P「春香……お前だったのか」 (132)
P「調子良さそうじゃないか」
リハーサル前半を終え、一息ついている春香に対して、声をかける。
春香は彼女らしい満面の笑みで答えた。
春香「だって、本番は明日ですよっ!明日!」
P「それもそうだな……それにしても、最近すごく調子がいいよな。
特にこの新曲、めちゃくちゃダンスも歌もレベル上がっているじゃないか」
春香「たくさん練習しましたからね!それに……」
P「それに、この曲で、春香はAランクアイドルに上り詰めたんだもんな」
春香「えへへ……」
そう、天海春香は、つい先日リリースしたこの新曲により、
ついにAランクアイドルの称号を手にすることができたのだ。
明日のソロライブは、春香のAランク昇進の記念ライブである。
P「さて、そろそろ後半が始まる時間だな」
春香「はい……!それじゃあ、行ってきますね!」
春香はそう言って、小走りでステージへと向かう。
春香「……」
少し進んだところで、春香は立ち止まった。
そして、何ともいえない表情で、こちらを振り返る。
P「どうした春香?どこか痛んd……」
春香「プロデューサーさん」
春香「……いえ、しっかり見ていて下さいね!」
一瞬だけ、とても悲しそうな表情を見せたあと、彼女はいつも通りの笑顔に戻り、また走りだした。
何か伝えたそうな、何か言いたそうな、何か、不安そうな表情を残して。
P(さっきのは何だったんだろう……)
ステージ上では、春香がリハーサルの後半を続けている。
気のせいか、時折こちらを伺っているようにも感じる。
その度に俺は、彼女に伝わる程度の笑顔を見せていた。
P(Aランクアイドルになって、初めてのソロライブ……やはり緊張するのか?)
しかし、それだけとは思えないような表情だった。
緊張しているというよりも、不安に満ちているような顔。
P(もっとしっかり春香のことを見てやらないとな……)
ウチの事務所で、一人目のAランクアイドル。
もっと精神面でも、俺がサポートしていかなれば、彼女にかかるプレッシャーは想像を絶する物になるだろう。
P(それにしても、ここ最近の春香は本当に……)
春香「プロデューサーさん!!!!!!!」
彼女の叫び声に反応し、彼女を見る。
彼女の視線の先、指の指す方向、俺の頭上。
ふと顔を上げた瞬間、大道具のライトが視界を埋め尽くし、
そして俺は、意識を失った。
prrrr……prrrr……
電話の音が鳴り響く。
prrrr……prrrr……
その音は鳴り止むことはない。
prrrr……prrrr……
P「……!?」
ふと目を開けると、そこは俺の職場、つまり、765プロの事務所であった。
俺は自分の机に座っており、事務所の電話が延々と鳴り響いている。
事務所を見渡すが、誰一人としてその姿はない。
prrr……
理解が出来ないまま、俺はつい反射的に電話を取る。
一種の職業病とも言える行為をし、俺はその受話器を耳に当てた。
P「はい765プロダクションです……はい……」
P「春香が、Aランクアイドル候補にノミネート……?」
電話をやりとりを終え、俺は受話器を置く。
聞かされた内容は、765プロダクション 天海春香のAランクアイドルへのノミネート情報。
俺は停止した脳と体を必死に動かし、ポケットの中の携帯電話を取り出した。
そこに記されていた日付は、あの、Aランクアイドル昇進記念ライブの、3週間前であった。
P「一体……?」
ガチャン
突然扉が開かれる。
小鳥「すみません、プロデューサーさん。お留守番なんて頼んでしまって……」
何やら大きな買い物袋を持つ小鳥さんが、扉の向こうから現れる。
現状を理解できない俺は、何も返事することが出来ず、ただただ立ち尽くす。
小鳥「どうしました?プロデューサーさん?」
律子「ややややややりましたねーー!プロデューサー殿!!」
小鳥さんの後ろ、玄関の扉を勢い良く開けて入ってきたのは、秋月律子。
声を大にして走り、俺の元へと駆け寄る。
律子「春香、春香が!Aランクアイドルにノミネートされましたよ!!」
小鳥「ぴ、ぴ、ぴよおおおおおおおおおおおおお!!」
律子が俺の手を握り、ぶんぶんと振り回す。
この展開は、知っている。
俺は一度、この展開を、経験している。
P「あ、あぁ……知っているよ」
律子「ついに!ついにウチの事務所から!Aランクアイドル候補が!」
竜宮小町も負けてられません!と、嬉しそうに叫びながら、律子は自分の席へと戻る。
すぐさまパソコンを立ち上げ、何やら企画書のような物を打ち始めた。
ちらりと見えたその企画書には、当然ながら、見覚えがあった。
少し時間がたち、俺は完全に理解した。
俺は、あの日から3週間前に、戻ってきている。
最初は何かの間違いか、それとも夢かと思ったが(三週間の夢か、今が夢なのか分からないが)、あまりに”経験と同じこと”が起こり、それは確信へと変わった。
日付も、環境も、人々の記憶も、綺麗に3週間前に戻っている。
ただ一つ変わらないのは、俺の記憶だけ。
P(俺はあの時……)
落ちてきたライトに頭を打ち、意識を失ったはずだった。
あの大きさのライトなら、ひょっとしたら死んだのかも知れない。
しかし、現実は、俺はここにいる。
何故かは分からないが、3週間前に、戻ってきているのだ。
真「プロデューサー!春香がAランクアイドルにノミネートされたって本当ですか!?」
ぐいっ、と真が顔を寄せる。
その後ろには、いつものようにオドオドした様子の雪歩。
雪歩「ま、真ちゃん。その話は何回もしたよぅ……」
真「確かに律子には何回も聞いたけど、プロデューサーにはまだ聞いてないよ!」
P「ああ、本当だよ。ついさっき電話があった。
実際の決定は、来週になるそうだ」
俺は落ち着いて答える。
真はくぅーっと嬉しそうにガッツポーズして、喜びを噛み締めている。
同じ仲間の成功を喜び合える、本当にいいアイドル達だった。
P(……そうだよな。俺はまだ、死ぬわけにはいかないんだよな)
俺には、こいつら全員をトップアイドルにする義務がある。
こんなにも仲間思いで、一生懸命で、強い心をもったこいつらを燻らせたまま、死ぬわけにはいけない。
そう考えると、このタイムリープは、神様からの贈り物だったのかも知れない。
あの事故で死んでしまった俺への、一度きりのやり直し。
ガチャ
「おはようございまーす!」
再びドアが開く。
そこから現れたのは、今話題沸騰中の、天海春香本人。
真「春香!!おめでとう!!」
雪歩「春香ちゃん!!」
春香「え?え?どうしたのみんな!?」
二人の突然の祝いに、春香は驚きを隠せずにいる。
ちらちらと二人を見比べる春香に、俺は声をかけた。
P「ついさっき電話があってな。765プロ所属の天海春香が、Aランクアイドルにノミネートされたそうだ」
ぽんっ、と春香の方を叩く。
春香は一瞬の無言の後、大声を上げた。
春香「わ、わ、わ、私がAランクアイドルーーーー!?」
P「まだ決定したわけじゃないぞ。あくまでノミネートだ、ノミネート」
春香「は、はい!それでも!それでもぉぉぉ!」
春香は嬉しさのあまりか、大泣きを始めてしまった。
それもそうだ。Aランクアイドル。トップアイドルの仲間入り。
彼女がずっと夢を見ていた舞台を、ついに射程距離に入れたのだ。
P(そういえば、”一回目の時”も、春香はこうして大泣きしてたなぁ……)
あまりに大きな声で泣く春香に対して、雪歩が背中を撫でてあげている。
真に至っては、一緒に大泣きし始める始末だった。
P(よし、それじゃあ、Aランク昇進に向けて、ソロライブの企画でも始めるか)
まだ決定ではないが、俺の中ではほぼ確定している。
“一回目の時”よりも、完璧な準備とするために、俺はパソコンに向かった。
───三日後
ダンスレッスンの場所。
仕事に少し余裕が出来たため、俺は春香の様子を見にここまで来た。
そっとドアを開けると、そこにはソロで練習を重ねる春香と、逆サイドで別の曲を練習する美希の姿。
中に入るが、ふたりとも集中しており、俺に気づく様子はない。
俺は壁によりかかり、二人の様子を黙って見守ることにした。
P(春香は……あの新曲か)
春香が練習しているのは、つい最近出したばかりの新曲。
今回ノミネートを掴んだ、あの新曲である。
P(美希は……自分の新曲か)
美希もつい最近、春香と同じタイミングで新曲を出していた。
売れ行きは良かったのだが、Aランクノミネートへは一歩足りない結果となっていた。
P(竜宮小町の時みたいに、やる気なくすかと思ったが……)
どうやらいい方向に影響されたようである。
必死に汗を流しながら踊るその姿は、間違いなくキラキラと輝いていた。
春香の方に視線を戻す。
その姿は、お世辞にも上手なダンスとは言えないが、美希と同じくらい、
いや、それを超えるように、キラキラと輝いていた。
P(俺が記憶している春香のダンスはこれから三週間後の姿なんだから、今下手に見えるのは仕方ないな……)
三週間後の春香は、完璧なほどに、このダンスを踊りこなしていた。
今の姿からは想像出来ないほどである。
P(たくさん練習しましたから!……か)
“一回目の春香”の言葉を思い出す。
俺には想像出来ないほど、必死に、一生懸命、何度も、練習を重ねたのだろう。
美希「あ!!ハニーなの!!」
曲が終わった瞬間、美希が俺の方へと走ってくる。
曲の間の集中力もすごいが、その切替も半端ではない。
P「お疲れ様、美希」
美希「ねぇねぇミキのダンス見てくれた?これからもーっと上手くなるから、毎日見に来てね!」
P「ははっ、毎日は無理だよ。お前だってダンス以外のレッスンの日もあるだろ?」
美希「じゃあ何でもいいから、毎日美希のこと見てて欲しいの!あはっ」
P「そういう訳にもいかないさ。俺だっていろいろな仕事が──」
美希「春香ばっかり見てちゃ、や、なの」
美希はそういうと、小走りで自分のレッスンへと戻る。
それとちょうど同じくらいのタイミングで、春香が俺のもとへとやってきた。
春香「お疲れ様です!プロデューサーさん!」
P「お疲れ様なのはお前のほうだよ、春香」
春香「えへへ……この曲すっごく難しくて……」
実際、さっきの練習の時も、春香は何度かステップを失敗していた。
“一回目”の時はそこまで気にならなかったが、どうやら上手いダンスを見た後だからか、かなり気になってしまう。
P「うーん、もっとこう、軽くステップを踏んでいいと思うぞ。
今のはちょっと重い感じがしたからな」
一回目の春香と比べて、今の春香の感想を言う。
ある意味完成形を見てきた俺だからこそ、伝えれる事はあると思う。
春香「なるほど……次からはやってみますね!ありがとうございました!」
そういって、春香もレッスンへと戻る。
俺もしばらく見たあと、仕事へと戻った。
俺は俺のやれることを、一生懸命しよう。
───最終審査の日
そしてついに、最終審査の日が来た。
この日は実際に審査員の前で曲を披露し、審査をしてもらう。
時間にして10分もない程度。
本当の意味で、最後の審査なのである。
春香「き、緊張しますね……」
春香と俺は、二人で審査の待合室にいた。
俺達の他にも、何度もテレビで見たことのあるアイドル達が勢揃いしている。
どの人たちも、ここ最近で勢いをつけてきた、Aランクアイドルのノミネート者たちだ。
この光景も、二回目である。
一回目は俺も緊張していたものだが、今回は特段緊張はない。
むしろ、春香が叩き出す高得点に期待するばかりである。
P「大丈夫さ、春香。お前なら出来るよ」
本心からの言葉。
P「絶対に、春香は、合格するから」
俺は、知っている。
春香なら、絶対に大丈夫ということを。
春香は、過去最高得点を出して、圧倒的な点数で、一位になることができる。
『765プロの天海さん──どうぞ』
審査室から呼び声がかかる。
ふぅ、と一つ、深い息をついた春香。
P「行って来い!春香!」
春香「はいっ!!」
────この日春香はAランクアイドルの称号を手にした────
───しかし、俺の期待とは真逆の、ギリギリの点数で───
───その夜
「ウォッホン!それでは、天海君のAランク昇進を祝して……」
「「「「「かんぱ~い!!!」」」」
その夜、事務所では春香を祝したパーティーが開かれた。
みんな嬉しそうに、春香に寄っている。
あの美希でも、悔しさを持ちつつも、心から春香を祝しているようだった。
P(……)
一方の俺は少し悩んでいた。
俺が知っている最終審査では、春香は過去最高得点を叩きだして、余裕の合格だったはずである。
しかし、今回は違う。ギリギリのギリギリ。あと一歩で落ちるところだった。
P(俺の……口出しのせいか?)
春香は別段失敗したわけではない。
自分の力を出しきり、あの点数だったのだ。
そうなると、一回目と二回目の違いを考えるしかない。
今回の俺は、春香にダンスの口出しをした。
もちろんそれ以外も、細かいことは違っただろうが、審査に影響するのはその部分だけなはずである。
P(そもそも、何も言わなくても、春香はあのレベルまで行けたはずなんだよな……)
そう考えると、口出しをした自分が馬鹿みたいである。
こうなってしまった以上、あと二週間、一回目に追いつくまでは、俺は一回目と同じようにするべきであるような気がしてきた。
P「……」
楽しそうな雰囲気に馴染めず、俺は思わず屋上へと足を運ぶ。
手すりに手をかけ、綺麗な夜景を目に写した。
P(自分が生き返った…というより時間を遡ったのは……)
今日の点数を聞いて以来、そればかり考える。
俺は全員をAランクにするまでは死ねない。
それはそれでいいのだが、追いつくまでの三週間は、なにもしないほうがいいというのは少し悲しい気持ちだった。
P(やれることはやりたいんだけどなぁ……)
はぁ、と溜息をついて、目を閉じて頭をかく。
ガンッッ!!!
P「ガッ………」
突然、頭に衝撃が走る。
重く、鋭く、どうしようもないほどの痛み。
P「だ……れ……」
ガンッッ!!!
目を開けようとする前に、もう一発。
ふらりと倒れる俺の体。
意識が無くなる寸前、止めを刺すかのような最後の一発が、俺の頭に響いた。
ガンッッ!!!
prrrr……prrrr……
電話の音が鳴り響く。
prrrr……prrrr……
その音は鳴り止むことはない。
prrrr……prrrr……
P「……!?」
ふと目を開けると、そこは俺の職場、つまり、765プロの事務所であった。
俺は自分の机に座っており、事務所の電話が延々と鳴り響いている。
事務所を見渡すが、誰一人としてその姿はない。
prrr……
P「さん……週目……?」
電話に出ると、聞き慣れた台詞が並べられる。
春香のノミネート。三度目の、知らせだった。
ガチャン
突然扉が開かれる。
小鳥「すみません、プロデューサーさん。お留守番なんて頼んでしまって……」
何やら大きな買い物袋を持つ小鳥さんが、扉の向こうから現れる。
P「いえ、大丈夫ですよ。
それよりも、大事件です!小鳥さん!!」
P「春香が、Aランクアイドルにノミネートされました!」
小鳥「ぴ、ぴ、ぴよおおおおおおおおおおお!!!」
律子「ややややややりましたねーー!プロデューサー殿!!」
小鳥さんの後ろ、玄関の扉を勢い良く開けて入ってきたのは、秋月律子。
声を大にして走り、俺の元へと駆け寄る。
律子「春香、春香が!Aランクアイドルにノミネートされましたよ!!」
小鳥「やりましたね!!プロデューサーさん!!!」
P「ええっ!でもまだノミネートですから……
最終審査も、春香なら行けると思ってます!」
律子「さっすがプロデューサー殿!確かにここで浮かれてはいられないですね!!」
竜宮小町も負けてられません!と、嬉しそうに叫びながら、律子は自分の席へと戻る。
すぐさまパソコンを立ち上げ、企画書を打ち始める。
俺も自分の席に戻り、そして思考を始める。
P(一周目は……事故だと思っていた)
大道具のライトが落ちてくる事故。
たまたま俺がその下にいただけの事故。
P(だが……)
二周目は、確実に殺された。
誰かに、誰かによって、俺は殺された。
P(……)
そして、俺は、一周目のことを思い出す。
一周目の時も、春香を祝うパーティーは行われていた。
そして、一周目の時も、俺は、屋上に出ていた。
P(理由は夜風に当たりたいとか、そういうのだったが……)
理由こそ違えど、俺は一周目も二周目も屋上に出ている。
しかし、一周目は殺されずに、二周目は殺されている。
そして───
P(一周目、俺は春香と屋上にいた)
すみません、少しだけ休憩します。
読んでくださっている方はありがとうございます。
応援レスは非常にありがたいです。
少ししたら戻ります。
二周目、俺は姿こそは確認できなかったが、誰かによって殴られ意識を失った。
おそらく何かしらの物で殴ったのだろう。
P(一周目の時は……)
一周目の時、俺は屋上で春香と一緒に話した覚えがある。
はっきりと、完全に覚えているわけではないが、俺が屋上に出たあとに、春香がついてきて、話をしたと思う。
P(その時は、おめでとうとか、良かったな、とか……そういうことを話したっけ)
春香は、いつも通り笑ってくれていた気がする。
……が、言われてみれば、少し挙動不審であったかもしれないと思う。
P(そもそも、二周目の殺害は……)
765プロの者で無ければ難しい。
あのタイミングで俺が屋上にいることを知っているのは、あの場にいた765プロのみ。
考えれば考える程、俺の考えはある一つに固まっていってしまう。
真「プロデューサー!春香がAランクアイドルにノミネートされたって本当ですか!?」
ぐいっ、と真が顔を寄せる。
その後ろには、真を止めようとする雪歩の姿。
雪歩「ま、真ちゃん!プロデューサーは考え事してるんだから邪魔しちゃ駄目だよぅ……」
真「いーや!ちゃんとプロデューサーの口から聞きたいんだ!」
P「あ、ああ真。本当だよ。ついさっき電話があってな。
実際の決定は、来週の最終審査で決まるぞ」
俺の言葉を聞き、真はくぅーっと嬉しそうにガッツポーズをした。
雪歩の顔もパッと明るくなり、喜んでいるようである。
「おはようございまーす!」
そして、彼女が来た。
真「春香!!おめでとう!!」
雪歩「おめでとう!!」
春香「え?え?どうしたのみんな!?」
驚く春香に、俺は声をかける。
P「さっき電話があったんだ。春香、お前がAランクアイドルにノミネートされた」
机から動かずに、春香に物事を伝える。
春香は一瞬の無言の後、大声を上げた。
春香「わ、わ、わ、私がAランクアイドルーーーー!?」
P「そうだ。来週最終審査があるから、それまで頑張ろう!」
春香「はいっ!はいいぃぃ!!」
泣きだした春香に対して、雪歩と真も一緒に泣いてくれている。
同じ仲間の成功を喜び合える、本当にいいアイドル達だ。
いいアイドル達のはずだ。
P(俺は……くそっ)
考えがまとまらない。
春香のことを疑いたくはない。しかし、疑うような事実ばかりが残る。
一周目の時、春香はなぜ悲しそうな顔をした?
二周目で殺された屋上に、一周目はなぜ春香が一緒にいた?
疑いたくはない。
だが、どうしても疑ってしまう。
俺が出した結論は、待つことであった。
P(出来る限り普段通りに過ごして……そして、あの日を待つ)
P(あの日を待って、屋上で、誰が来るのかを、この目で確認する)
それが、俺が出した結論。
疑いたくはないが、疑わずを得ない、俺の結論。
P(そのために……)
出来る限り、普段通り。
“一周目”や”二周目”と変わらぬように、俺はソロライブの企画づくりを始めた。
──三日後
予定通り、仕事に余裕が出来た俺は、春香と美希のダンスレッスンを見に行くことにした。
出来る限り前回と同じ流れ。時間の流れに無駄な変更をしないためである。
そっとレッスン場のドアを開けると、案の定二人が一生懸命練習をしている。
俺に気づく様子もない。
P(相変わらず、春香のダンスは……)
一周目に比べてお粗末なものである。
二周目と同じレベル。これから春香は、必死で練習をするのだろう。
その春香の様子を、ずっと見つめる。
ダンス自体の旨さは微妙だが、どこか惹かれる。
彼女の輝く笑顔が、とてもまぶしく見える。
美希「あ!!ハニーなの!!」
曲が終わった瞬間、美希が俺の方へと走ってくる。
春香に気を取られてた俺は、少し虚を疲れて驚く。
美希「ねぇねぇミキのダンス見てくれた?これからもーっと上手くなるから、毎日見に来てね!」
P「ははっ……そうだな」
美希「むー。適当な返事は良くないって思うな!」
P「ごめんごめん、美希」
美希「……ねぇハニー。今日の夜話したいことがあるから、事務所で待っててね!」
美希はそういうと、小走りでレッスンへと戻る。
このようなやり取りは……一度も、ない。
「お疲れ様です!プロデューサーさん!」
今度は逆に、春香から声をかけられる。
少し動揺していた俺は、その気持を抑えて答える。
P「おう、お疲れ様、春香」
春香「えへへ……この曲すっごく難しくて……」
ここで、前回の俺は、春香にアドバイスをした。
一周目の春香を見て、それを比べた感想を言った。
しかし……
P「ああ……難しそうだな。でも、今の春香はそれなりに輝いてたぞ」
言わない。
前回のアドバイスは、ひょっとしたら春香の邪魔をしたかもしれない。
殺される相手に気を使うのも変だが、今の俺はなんといおうと、春香を応援する、一人のプロデューサーである。
P「それじゃ、俺は仕事に戻るよ」
春香「はい!頑張ってください!」
そう言って、春香はレッスンへと戻っていく。
俺も、仕事へと戻った。
───夜
律子も仕事を終え、帰っていった午後11時。
事務所には、ただ俺一人。
P(……)
俺は美希に残るよう言われたため、一人で椅子に腰を掛けていた。
今までにないパターン。今までにないシチュエーション。
少しの動揺が、俺を揺さぶる。
美希「あー。やっとハニーとふたりきりなの!」
律子が帰って少しして、美希が現れる。
どこかで時間を潰していた様である。
P「それで?話ってなんだ、美希」
美希「またなの、ハニー」
P「……」
“また”?
なにが、”また”?
美希「また、怖い顔してるよ、ハニー」
P「え、あ……」
美希「今日のレッスン見てた時も、ハニーずっと怖い顔してたの。それに……」
美希が一歩、俺に近づく。
美希「ミキのこと、全然キョーミないって感じ」
美希「ミキには分かるよ。ハニー、ミキにキョーミなくなっちゃったって」
P「そんなことないさ……ちょっと最近いそがしくて」
美希「全部、春香でしょ?」
どくん。と胸を打つ。
全部?春香?なにが全部?
美希「最近のハニーは、春香ばっかり気にしてる。
でも、その春香に対しても……」
美希「怖い顔してるよ、ハニー」
ピタリと固まって動けない俺に対して、美希は更に近づいてくる。
その距離は、あと、三歩、二歩……
美希「だからね、ハニー……」
そして、一歩。
ぎゅっ、と、彼女は俺を抱きしめる。
美希「何か悩み事があるなら、話して?ハニー。
ミキは……ミキはいつでもハニーの味方だよ」
一瞬で、体の力が抜けていくのを感じる。
目の前にいる中学生が、こんなにも俺の心配をしてくれていたなんて。
P(俺は……)
春香に対して怯えていた。殺されぬよう、気を張っていた。
そしてついさっき、俺のことを心配してくれている一人の少女に対しても
俺は恐怖を抱いていた。
P「美希……ごめんな。もう大丈夫」
そう言って、俺はミキを少し体から離す。
不安げな顔をしている彼女に対して、俺は出来る限りの笑顔を作った。
P「ありがとう、美希。大分救われたよ」
美希「じゃあ──」
P「今は話せないけど……きっといつか、話すよ」
美希はそれで納得してくれたようで、小さく頷いた。
時間が時間ということで、美希と一緒に下まで降り、車へと向かう。
美希「ううん、大丈夫。一人で帰れるよ」
車に乗せようかという時、美希は言った。
P「……時間が時間だし、送るよ」
美希「今はちょっと一人がいいな」
そう言って、美希は歩き出す。
止める言葉が思いつかず、俺はその背中を見送った。
───最終審査の日
俺と春香は、二人で審査の待合室にいた。
俺達の他にも、いつも通りの面子が自分の出番を待っている。
この光景は、三回目。
だが、この後の結果は、一回目と二回目では違っている。
春香「き、緊張しますね……」
P「大丈夫さ、春香。お前なら出来るよ」
──いつも通りの台詞
P「絶対に、春香は、合格するから」
──きっと。
『765プロの天海さん──どうぞ』
審査室から呼び声がかかる。
ふぅ、と一つ、深い息をついた春香。
P「行って来い!春香!」
春香「はいっ!!」
──その夜
「ウォッホン!それでは、天海君のAランク昇進を祝して……」
「「「「「かんぱ~い!!!」」」」
いつも通り、その夜はお祝いのパーティーが開かれた。
春香はAランクアイドルへと昇格した。
ギリギリの、点数で。
P(俺が口出ししてもしなくても、春香はギリギリ……?)
確かに多少の違いで、点数はバラつくとは思う。
しかし、一回目とそれ以降では、こんなにも差が付くことがあるのか。
P(だが……それよりも)
俺には、今日、確認すべき重要なことがある。
それを知るために、俺は少し間をおいた後、そっと事務所の屋上へと向かった。
P(……)
フェンスに背を向け、入り口を見つめる。
これなら誰かが入ってくれば、すぐに分かる。
P(結構高いな、ここ……)
敢えて武器は持たなかった。
例えどんな形になろうと、俺は自分のアイドルには手を出さないと決めたからである。
P(美希のおかげだな……)
美希のおかげで、少し、自分を取り戻せた。
アイドルを疑っていた自分に、少しだけ恥を持つ。
これは、アイドルを疑わないための、確認。
P(というより……)
例え、犯人が、俺の担当のアイドルだとしても。
P(俺は、きちんと話し合いたい)
殺される理由を知りたい。
それで納得できるなら、殺されてもいい。
だから、俺を殺そうとした人物が誰なのか、きちんと知りたい。
様々な思考にふける。
今から来るのが誰か分からないが、それでも、俺は、きちんと話をしたいと思っていた。
P(………)
あれからしばらく経つが、一向に人が来る気配は無かった。
二周目の時は、割りとすぐに。
一周目の時は、はっきりとは覚えていないが、こんなに長時間は外にいなかったはずだ。
ガチャ
P「!!!!」
ドアが開かれる。
そこから現れたのは
やよい「あれー?プロデューサー!こんなトコにいたんですかー!?」
亜美「何一人で黄昏てんのさ→!早く戻ろうよ!」
真美「兄ちゃん早く早く→!」
三人に連れられて、俺は下の階へと戻っていく。
P(この三人が二周目の時…?)
いや、それは少し違うと思われる。
三人の手には武器など握られていないし、そもそも大の大人を一撃で倒すほどの重いものを振り回せるとは思わない。
P(ただ、呼びに来ただけか……)
結局、この日、俺は殺されることなく、家路へと着く。
どこか元気のない俺を、アイドル達は気にしているように見えたが、
俺はそれすら少し払いのけてしまった。
次の日、俺はあまり眠る事ができずに、朝を迎えた。
家にいてもすることがなく、少し早いが事務所へと向かう。
P(結局……)
俺を殺そうとしている人間はいるのだろうか?
時間を戻っているとしたら、その殺されるタイミングは基本的には一緒のはずである。
しかし、一周目も、二周目も、殺されるタイミングは違った。
ひょっとすると、一周目も二周目も、事故や通り魔だったのかもしれない。
P(というか、できればそうであって欲しい……)
アイドルに殺される。これは、やはり悲しいことである。
俺が殺されるということももちろんそうだが、俺のせいで、
誰かが殺意を抱くほど苦しんでおり、誰かが結果として捕まってしまうのだから。
事故や通り魔で殺されるという運命。
それならそれで仕方が無いのかもしれない。
俺はあいつらをトップアイドルにするまで死ねないとは言ったものの、
死ぬという運命を回避し続けるのにも限界はあると思う。
P(あれ?というか、そもそもあと何回時間を戻れるんだ?)
そういえばそうである。
時間が戻るのが神様の贈り物であるならば、神様はあと何回贈り物をくれるのだろう。
神様は、俺が死に続けることを、望んでいるのではないか?
P(とりあえず……死なないように気をつけるしかないのか)
事務所に付き、鍵を開ける。
その瞬間だった。
ジジジジッ!!
首元に電撃が走る。
比喩ではなく、そのままの意味で、俺に電撃が走った。
P「────ッッ」
一瞬で体が硬直し、しびれていく。
目すら動かすことが出来ず、俺は誰の姿も見ることが出来ないまま、
その意識を失った。
prrrr……prrrr……
電話の音が鳴り響く。
prrrr……prrrr……
その音は鳴り止むことはない。
prrrr……prrrr……
P「……!?」
ふと目を開けると、そこは俺の職場、つまり、765プロの事務所であった。
俺は自分の机に座っており、事務所の電話が延々と鳴り響いている。
事務所を見渡すが、誰一人としてその姿はない。
prrr……
俺の、四周目が始まった。
四周目の俺は、殺されないようにすることに集中した。
落下物に気をつける、暗い道を歩かない、人の気配に敏感になる。
仕事の方は多少遅れをとっていたが、何度も同じ作業をしているせいか、
ほとんど考えずとも仕事を終えることができるようになっていた。
春香のAランクアイドルノミネート。
春香のダンスレッスン。
そして、最終審査。
ギリギリでの合格、パーティー。
常に気を張った。殺されないように気をつけた。
三周目のように、美希が俺を心配するようなことがあったが、
俺はその時も二人きりでは合わず、電話でのみ話をした。
そして、パーティーから四日後。
少し疲れていた俺は、夜道、電柱に隠れた”誰か”により、殺された。
五周目の俺は、犯人探しを始めた。
待つのではなく、自分から行動する。
自分を殺そうとしている人間はいないか。
何か武器となる物を買っている人間はいないか。
俺が一人になるのを狙っている人物はいないか。
俺の隙を狙っている人物はいないか。
それでもなかなか見つからず、日々は過ぎていく。
周りから目つきが怖いと噂されるようになったが、俺にはどうしようもない。
この週は、美希はあまり寄って来なかった。
代わりに、春香が俺の心配をするようになった。
俺のことをこまかに気にかけ、声をかけてくれる。
しかし、それは俺にとって、悪影響でしかない。
誰も信じれなくなりつつあった、パーティーの日。
俺は自分のグラスの飲み物を飲んだ時、突然の目眩により、意識を失った。
六週目、俺は時間の流れを変えるため、様々な事をした。
まず、最初の電話に出ない。
何故か戻るときはそこに戻るのだ。ならば、この電話をでなければどうか。
結果は、何も変わらない。
電話でノミネートを知ることは無かったが、数分後に現れる律子によって、俺はノミネートを知らされる。
レッスンに行かない。
これも無意味である。
春香の最終審査は、俺のアドバイスの有無にかかわらず、ギリギリで合格である。
最初の一回だけがイレギュラー。それ以外は、毎回ほとんど同じ点数である。
パーティーを欠席。
これは変化があった。
心配した美希、春香の両方から電話があった。
両方から心配されるのは始めてであった。
これから数日、俺は殺されることなく生き延びた。
だが、ソロライブの一週間前、自宅で睡眠中していた俺は、目が覚めると事務所にいた。
どうやら、寝ている間に殺されたようである。
7週目、俺は少しずつ壊れていった。
寝ている間に殺されたのだ。もう眠ることさえ恐怖である。
結果、俺は最終審査の帰り道、車の事故にあい死亡した。
過去最短の記録だった。
8週目、ひたすらに警戒した。
この時には、死ぬこと自体には慣れていた。
しかし、どうしても、恐怖はある。
死んでから事務所で起きるまでの間。暗闇とも言える時間。
もしその時間が永遠になるとするなら、それはどんなに恐怖だろう。
俺はいつまで時間を戻せるのか。
いや、時間を戻されるのか。
俺を殺している犯人は誰だ。
何故俺を殺そうとするのか。
すべてが信じられなくなってきていた。
自分で購入した物以外口にせず、人とは距離を置く。
周りからはひどく心配されたが、それすらも警戒した。
俺はこの週、最も生き延びることが出来、ライブの4日前まで生きていた。
しかし、睡眠不足が体に無理をさせ、俺は家の中で身動きがとれなくなった。意識を失い、起きた時には、事務所だった。
9週目、俺は目覚めてすぐに、事務所の屋上へと向かった。
小鳥さんとすれ違い、何か言っているようだが、ここは無視をした。
屋上に上がった俺は、すぐさま飛び降りた。
これで、このループを終わりにするつもりだった。
prrrr……prrrr……
電話の音が鳴り響く。
prrrr……prrrr……
その音は鳴り止むことはない。
prrrr……prrrr……
P「……!?」
ふと目を開けると、そこは俺の職場、つまり、765プロの事務所であった。
俺は自分の机に座っており、事務所の電話が延々と鳴り響いている。
事務所を見渡すが、誰一人としてその姿はない。
prrr……
P「ははは……」
P「ははっはははははははっアハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
死ねない。違う、俺は死に続けるしかない。
殺されても時間が戻り、自害しても時間は戻る。
どれだけ警戒しても、あのライブまでさえ生き残ることは出来ない。
犯人を見つけることすら出来ない。
俺は、死に続けるしかない。
電話が止み、それから小鳥さんが買い出しから戻ってきた。
小鳥「すみません、プロデューサーさん。お留守番なんて頼んでしまって……」
P「小鳥さん」
小鳥「ぴよっ?」
俺は無言で小鳥さんに近づいていく。
小鳥さんはいつもと変わらぬ顔で、ただ立つばかり。
小鳥「プロ……デューサー?」
俺との距離がほぼ0になる。
普段なら顔を赤くするであろう距離だが、俺の異常な顔を見たのか、小鳥さんは一歩後ずさりした。
小鳥「ど、どうしたんですか……?」
その表情は、明らかに怯えている。
俺の意味不明な行動がわからないのか、それとも、俺の今からやろうとしている行動を予知してか。
どちらにせよ、彼女の表情は固まっていった。
律子「ややややややりましたねーー!プロデューサー殿!!」
ドンッ、とドアが開く。
ああ、そういえばこいつがいたな。
律子「春香、春香が!Aランクアイドルにノミネートされましたよ!!」
小鳥「ぴ、ぴ、ぴよおおおおおおおおおおおおお!!」
小鳥さんがハッとしたように、俺の肩を叩く。
小鳥「プロデューサーさん!あまりに怖い顔してたらびっくりしましたよ!
プロデューサーさんもこのことを知って、びっくりしてたんですね!!」
凄いな小鳥さんは。
明らかに異質な目をした俺を庇うように、言葉を並べている。
今までの俺の信頼というのもあるのか。
だとしたら、今の俺は相当に狂っているように見えるだろう。
いや、実際に狂っている。
狂うに決まっている。
P「9回も殺されりゃ、こうなっても仕方ないよな」
小鳥「え?」
呟いて、俺は事務所を出て行く。
少ししてから律子と小鳥さんが俺を追いかけてきたが、俺は完全に無視をした。
俺の腕を引っ張ろうとする律子を突き飛ばしたあたりで、俺を追いかけるものはいなくなった。
家に帰る前に、スーパーにより、有り金全部で食料を買った。
そのまま家に帰り、鍵を全て締め、ベッドへと入る。
P「なぁ、俺を殺そうとしている誰かさんよ」
俺は、宙に向かって話しかける。
俺を睡眠時に殺せるあたり、盗聴器か盗撮器くらいはあるはずだ。
最も、今付けられているのかは知らないが。
P「もう俺何もしないからさ。殺したって時間が戻るだけだし。
俺はもう何もしない。仕事もしないし誰とも連絡も取らない」
P「ただ、生きているだけにするからさ、許してくれないかなぁ」
殺したいのなら殺してもいい。
だけど、俺はまた元に戻るだけなんだ。
だから、何もしないから、時間を進めてくれないか。
当然だが、返事は無かった。
この日の俺は、殺されても構わないと思ったからなのか、
久しぶりにゆっくりと眠ることが出来た。
次の日、俺の携帯は着信履歴が大変なことになっていた。
担当のアイドル、いや竜宮小町も含むから、765プロの関係者から、大量の電話が鳴っていたからだ。
しかし、俺はひとつの電話も出ない。
残された留守番電話も出ない。
“誰とも連絡を取らない”ことが、犯人との契約。
次の日もその次の日も、俺の電話が鳴り続ける。
そのうち電話の充電が切れ、俺のもとに連絡が来ることはなくなった。
それから何日かが経った。
今も俺は生き続けている。
ただ、生きている。
どんどんどんっ
ドアを叩く音が聞こえる。
しかし、俺はベッドから動くことはない。
「ハニー。ミキなの」
扉の外から、声が聞こえてくる。
誰かなんて、どうでもいい。
「ハニー、いるんでしょ?会って話しよ?」
今の俺には、何もいらない。
俺はただ、生きるだけ。
もうこれ以上、死ぬためだけの人生は嫌だから。
「むー。無視はよくないって思うな」
「でも、ミキは優しいから、許してあげるの!」
「扉越しで聞こえにくいかもしれないけど、ちゃんと聞いてね?」
「昨日、春香がAランクアイドルに昇格したよ」
「ミキ、悔しいけど、それでも春香はすごいなって思うんだ」
「最近、ハニーは春香にばっかり目がいってて……」
「少し寂しかったけど、春香凄い頑張ってるから、素直に負けたなって思ったんだ」
「だから、最近はミキ、すごく頑張ってたんだよ?」
「ちゃんとレッスンも行って、ハニーに甘え過ぎもしないで、一生懸命アイドルやってたよ」
「でも、同じくらい春香も頑張ってた」
「『戻ってくるまでに、絶対にトップアイドルになるんだ!』って言って、頑張ってたよ」
「でも」
「今日、春香は来なかった」
「昨日まであんなに頑張ってたのに、今日は急に連絡が取れなくなったの」
「ハニーのとこかなって思ったけど、家にはいるらしいし……」
「ねぇハニー。ハニーはなにか知ってる?」
「……」
「知らないのかな。まぁ、それは仕方ないのかもしれないけど……」
「でも、ハニーはこのままでいいの?」
「ハニーは、ミキのプロデューサーでもあるけど、春香のプロデューサーでもあるんだよね」
「それなのに……春香を困らせたままで、本当にいいの?」
「……また無視しちゃうんだね」
「そろそろミキ、帰るね」
「……春香のソロライブが、二週間後に決まったよ」
「律子さんが企画してくれたんだって」
「……それじゃあ、帰るね」
「………ばいばい」
しばらくして、人の気配が消える。
俺はただ、何もせずに、ベッドの中。
死に続けないために、生きている。
P「……」
俺のせいかは分からない……なんてことは言ってられない。
確実に俺のせいで、春香が引きこもった。
理由は全ては分からない。
だが、間違いなく、俺のせいである。
P「……ごめん、春香」
それでも俺は。
何もしちゃいけないんだ。
俺が何かすれば、殺されて、時間が戻る。
時間が戻り続ける限り、お前達は前に進むことが出来ない。
進んでは戻され、進んでは戻され。
こんなのはあんまりだ。
報われない努力をしているのと同じじゃないか。
次の日には、律子が来た。
昨日はミキが勝手に来たようですみません、と。
それと、春香が今日は来ていたことを告げられた。
だが、あの輝きは、失われていたと。
律子はそれだけを告げ、足早に帰っていった。
それからしばらく、俺はただただ生き続けた。
誰からの連絡もなく。
殺されることもなく。
死ぬこともなく。
俺は生き続けた。
そして、日付の感覚が無くなってきたある日。
俺のポストに一通の手紙が入れられていることに気づいた。
最初は、見ずに捨てるつもりだった。
誰からの手紙だろうと、俺は一切連絡を取らないつもりだった。
捨てるつもりで、ふと手にした。
手紙、見るつもりは無かったが、その一行目、その言葉が目に入る。
くだらない挨拶ならば、そのまま捨てることも出来ただろう。
しかし、その言葉は、俺の行動を変えるのに、十分な言葉だった。
「今、何週目ですか?プロデューサーさん」
それは、可愛らしい字、天海春香らしさが滲みでた文字だった。
思わず手紙を広げてしまう。
例え盗聴器だろうと何が仕掛けてあろうと、構わない。
この手紙の情報を読めるのなら、死んでもいいかも知れない。
長々と書かれたその手紙を読み、俺はある一つの真実を知る。
手紙の全てを読み終えた時、俺は思わず呟いた。
P「春香……お前だったのか」
休憩します。
出来るだけ今夜中に終わらせます。
読んでくれてる方(いるかわかりませんが)ありがとう!!
──……
─…
…
───夜
「ウォッホン!それでは、天海君のAランク昇進を祝して……」
「「「「「かんぱ~い!!!」」」」
春香「えへへ……みんな、ありがとう!」
私、天海春香は今日、Aランクアイドルに昇格した。
ずっと、私の夢だった、トップアイドル。
そのステージに、私は登ろうとしている。
P「よくやったぞ!春香!」
そう言って、プロデューサーさんが、私の頭を撫でる。
男の人のゴツゴツした手。普通なら少し怖いけど、プロデューサーさんのは、何故か安心する。
春香「いえいえ……これもみんな、プロデューサーさんのおかげです!」
P「そんなことはないさ。全部お前の実力だよ、春香」
まだまだ頭を撫でてくれる。
これだけで、今日まで頑張った甲斐があるといえるくらいだ。
美希「むー、春香ばっかりずるいの~!」
そう言って、美希がプロデューサーさんに飛びつく。
衝撃で私の頭から手が離れちゃった。
少し寂しい思いはするけれど、そんなことは、誰にも言えない。
真「本当におめでとう!春香!」
次第に私の周りに人が集まってくる。
みんな、自分のことのように嬉しそうに、お祝いをしてくれる。
本当に嬉しくて、本当に、この事務所で良かったと思えた。
しばらくすると、プロデューサーさんの姿が見えなくなった。
どこに消えたのか、事務所内には姿がない。
トイレにしては時間が長いし、こんな急に帰るような人ではない。
春香「屋上かな……」
夜風にでもあたりにいったのだろうか。
プロデューサーさんは変なところでカッコつけるから、十分に有り得る。
私は事務所を出て、屋上へと向かう。
階段を、いくつも登る。
なんとなくだけど、プロデューサーさんは、屋上にいるような気がしてきた。
階段を登る、登る。
そして、屋上の扉。
春香「プロデューサーさんっ♪」
ガチャッ、とドアを開く。
その瞬間、私の目に入ったのは───
───頭から血を流し、見るからに死んでいると分かる
───プロデューサーさんだった。
春香「い、いやああああああああっ!!」
私の声に反応し、事務所から人が上がってくる。
私は、明らかに死体となったプロデューサーさんを抱きかかえ、何度も声をかける
春香「プロデューサーさん!プロデューサーさん!!」
律子さんが何か叫びながら、私をプロデューサーから剥がす。
私はただただ泣き叫ぶ。
嫌だ。嫌だ。
どうして。
さっきまで何とも無かったのに。
みんなで楽しく、笑って。
私のお祝いをしていて。
私の頭を撫でていてくれたのに。
嫌だ。
嫌だ。
戻って。
こんなのおかしい。
さっきの時間に。
さっきまでの時間に、戻して!!!!!
春香「───」
一瞬にして、世界が変わった。
先ほどまでは、事務所の屋上、そして夜。
今私の目の前には、事務所の扉。そして昼。
春香「なん……で?」
ふと、事務所の中から、あの人の声が聞こえてきた。
私はその声に反応し、思わずドアを開ける。
真「春香!!おめでとう!!」
急に、真が私に向かっておめでとうと叫んだ。
状況が理解出来ないところに、あの人が、やってくる。
P「春香。おめでとう。Aランクアイドルに、ノミネートされたぞ!!」
いつも通りの、今までどおりの、プロデューサーさんがそこにいた。
そして、理解した。
私は、時間を逆戻りしたのだと。
それからの一週間、私は出来る限りプロデューサーさんの側にいた。
もう二度と、この人を死なせたくなかったから。
“二周目”のレッスンは一周目よりも楽で、今まで以上に自分を磨くことが出来た。
そして、”一周目”のスコアを超え、私はAランクアイドルに、昇格した。
その夜のパーティー。
みんなが楽しそうに話す中、私の注意はプロデューサーさんのみに注がれていた。
プロデューサーさんが外に出て行く瞬間を見計らい、私も後ろからついていく。
そして、屋上にあがったプロデューサーさんと、偶然を装って出会った。
春香「あ、プロデューサーさん。お疲れ様です!」
屋上で二人でいれば、きっと殺されることはない。
そう思っての事だった。
プロデューサーさんと話していると、自分の目的を忘れそうになるほど、楽しかった。
春香(ああ、本当に、この人が生きていて良かった──)
心から、そう思えた。
私の予想は的中したようで、”一周目”と違い、プロデューサーさんは殺されることは無かった。
二人で降りて行き、パーティーの続きを楽しむ。
こんな時間が、毎日毎日続けばいいなと思った。
その帰り道、プロデューサーさんは、何者かに襲われて、命を亡くした。
プロデューサーさんの死を知った直後、私はまた事務所のドアの前にいた。
どうやら、時間を戻したいと願えば、この時間……
つまり、『天海春香がAランクアイドルにノミネートされた』と知る前の時間まで、戻されるらしい。
三周目の私は、ひたすらプロデューサーさんに執着した。
殺されないように、ひたすら近くにいた。
見るもの全てが敵であるかのように、威嚇した。
そして、最終審査の日。
私は初めて、この試験に落ちることになった。
それもそうだった。
私は人々を楽しませるどころか、人々を威嚇していたのだ。
そんな人間が、Aランクアイドルになどなれるわけがない。
その夜、プロデューサーさんは私を呼び出し、夜の公園で話すことになった。
P「春香……落ち込んでるか?」
春香「……」
P「………最近な、春香、怖い顔をしてるんだよ」
P「春香は、笑ってる時が一番輝いているんだ。
みんなのことを想って、歌って、踊って、笑っている時。
その時が、本当の意味で輝いているんだよ」
P「今回も、正直ダンスや歌のレベルはかなり上だった……。
何か秘密の特訓でもしたのかっていうくらい、上手だったぞ」
P「だけど、春香は、ちっとも楽しそうじゃなかった。
いつも楽しそうに笑っている春香が、全然笑ってなかったんだよ」
P「何があったのかは知らない。だけど、俺はいつでも話を聞いてあげるし、できることはなんでもする」
P「なんて言っても……俺は、春香のファン一号だからな。お前の笑顔が曇っちゃうと、俺も悲しくなるんだよ」
私は、ただただ泣いた。
嬉しさからか、悲しさからか、それとも他の何かからか。
ただ、心から涙した。
この人を、悲しませるようなことは絶対にしない。
この人を、死なせたりは絶対にしない。
私は、絶対に、やり遂げてみせる。
そう、決意した。
結局この三周目は、プロデューサーさんは毒物により殺された。
プロデューサーさんが死ぬ経験は3回目であったが、私は、一回目と同じように苦しんだ。
最初は、犯人が捕まるまで待つことも考えたが、プロデューサーさんが死ぬ前に戻せなくなることが怖くて、毎回すぐに時間を巻き戻した。
そして、私は何度も時間を繰り返すことになる。
4週目、5週目、6週目、7週目……
天海春香で居続けながら、プロデューサーさんを守り続ける。
その両方はすごく難しかったけれど、私は決して折れることはない。
あの日の決意は、絶対に曲げたりはしたくなかった。
そして、繰り返される時間の中で、私はひとつの確信を得た。
春香(犯人も、記憶を引き継いでいる)
そう、あまりに、私の動きを予想出来ているのだ。
私がいない時、私が注意している時を、完璧に理解している。
これは、犯人もまた、私と同じように記憶を引き継いでいると考えるべきであった。
春香(犯人を見つけないと、終わらないの……?)
犯人を見つけない限り、この連鎖は終わることはない。
それどころか、犯人は知恵を付け続け、プロデューサーさんは死に続けるだけである。
プロデューサーさんが死ぬ度に、私は身を引き裂かれる思いだった。
これは何度経験しても、耐えられるものではない。
代わりになれるのなら、私が死にたいくらいだ。
そして、何週目か分からない…とっくに二桁は超えていて、ひょっとすると三桁を超えたかもしれない頃。
私は、ついに限界を迎えていた。
春香(また……だ)
私は扉の前にいた。
もう何度目だろう。何度彼を殺してしまったのだろう。
何度彼を救えずにいたのだろう。
春香(……次に、かけよう)
私は、事務所の扉を開けずに、一度階段をのぼる。
人から見えない位置に移動した後、自分のメモ帳を取り出して、今までの全てをそこに書き記した。
そしてその紙を、小さく丸めて、自分の大事なお守りの中に入れる。
そしてそれとは別に、一言だけ書いた紙を、ポケットに放り込む。
素早くその行動を終え、私は事務所の扉を開けた。
今回が、天海春香が挑む、最後の挑戦───。
私は、天海春香として、必死に頑張った。
もう何度目も分からないレッスン。何度目かも分からない会話。
それでも、一切手を抜くことなく、必死にやり遂げる。
一瞬でも、プロデューサーさんに疑われてはいけない。
彼に、何かを悟られてはいけない。
その上で、彼を守り続ける生活を続ける。
今まで、私は何度も彼を殺してしまっている。
今回は、今までの知識を全て動員して、彼を守る。
彼が寝ている時も、彼が残業で遅くなる時も、何らかの対策を打つ。
でも、天海春香は天海春香である。
笑顔は崩さないし、誰かを敵とみなすこともしない。
私は、みんなを笑顔にするために、アイドルをやっているのだから。
この週、私は、自分の最高記録となる点数で、審査を合格し、
また、これも最高記録となる、ソロライブの前日まで彼と一緒にいることが出来た。
P「調子良さそうじゃないか」
リハーサル前半を終え、一息ついている私に対して、プロデューサーさんが声をかけてくる。
私は、私らしい満面の笑みで答えた。
春香「だって、本番は明日ですよっ!明日!」
──そう、初めての本番。
P「それもそうだな……それにしても、最近すごく調子がいいよな。
特にこの新曲、めちゃくちゃダンスも歌もレベル上がっているじゃないか」
──何度も何度も、練習しましたから!
春香「たくさん練習しましたからね!それに……」
──明日の本番が終われば、何か変わる気がするんです。
P「それに、この曲で、春香はAランクアイドルに上り詰めたんだもんな」
──最初はこの曲嫌いになりそうだったんですよ。いつも、あなたの死と結びつくから。
春香「えへへ……」
──でも、あなたは、いつも私のレッスンを見に来てくれた。だから──
P「さて、そろそろ後半が始まる時間だな」
春香「はい……!それじゃあ、行ってきますね!」
私はそう言って、小走りでステージへと向かう。
春香「……」
だけど、不安が襲う。
今日を乗り越えて、明日を乗り越えれば、きっと、何かが変わるはず。
P「どうした春香?どこか痛んd……」
春香「プロデューサーさん」
───死なないで下さいね
春香「……いえ、しっかり見ていて下さいね!」
それから、私はリハーサルの後半へと映る。
少しプロデューサーさんが気になるけど、私は完璧な天海春香を続ける。
どこでも手を抜かずに、一生懸命で──
瞬間、プロデューサーさんの頭上にある、ライトが落ちていくのが見える。
春香「プロデューサーさん!!!!!!!」
ハッとしたように、彼はこっちを向く。
私の指の先を見る。逃げて、逃げて、逃げて。
私の想いは虚しく、彼の頭上にライトが落ち、彼もそのまま倒れこむ。
ああ、嫌だ。もう、嫌だ。どれだけ守ろうとしても、どれだけ繰り返しても。
春香「私には、助けることが出来ない……」
今回で終わりにしよう。
私では、彼を助けることは出来ない。
でも、彼が死んだ世界で、私は生きていける気はしない。
というか、生きていても意味が無い。
そう。
だから。
───お願いします、神様。
───彼の、時間を元に戻してください。
…
…─
……──
『私は、ノミネートと聞かされた後、ポケットに入っている紙を見つけました』
『そこには、「彼の時間を戻して」とだけ、書かれていました』
『その時は、全く意味が分からなかったのですが』
『きっと、その文字を見ることで、とっさの時に、その台詞が浮かぶようにしたんだと思います』
『だからそれ以降の私は、プロデューサーさんが死ぬのを見る度に』
『「彼の時間を戻して」と祈るようになり、その結果』
『プロデューサーさんは、とても辛い経験を、続けてきたんだと思います』
『今回、私はお守りの中のメモを読みました』
『プロデューサーさんを助けたいと願ったお守りに、全ての真実を知らされました』
『ごめんなさい。プロデューサーさんを傷つけていたのは、私だったんですね』
『本当に、本当に、ごめんなさい』
『明日、私はライブに出ます』
『プロデューサーさんに見て欲しいけど……きっと、プロデューサーさんは、私のことを見たくないだろうから』
『最後に、一つだけ、伝えたいことがあります』
『私を、Aランクアイドルにまで育ててくれて』
『私を、私が大好きな天海春香にしてくれて』
『本当にありがとうございました』
手紙を読んだ俺は、すぐに家を出て走り始める。
この文章を読む限り、彼女は──春香は。
P「絶対に、死なせたりはしねぇぞ!春香!!」
ライブに出ますと書かれている以上、彼女はきっと、ライブには参加する予定なのだろう。
そしてその後、Aランクアイドルとして、彼女は死ぬつもりだ。
デビュー当時から見てきた俺……いや、ファン第一号として、春香のことならそんなことは分かる。
録に栄養をとってないせいか、体が沈むように重い。
だけど、止まるわけには行かない。
進め、進め、進め!!
なんとか会場に辿り着いた俺は、正面口からはチケットがないため入ることは出来なかったが、
裏口から、プロデューサーとしての名刺を持っていたおかげで、すんなりと中に入ることが出来た。
そして突き進む。
そして、ステージ裏。
律子が驚いていたような表情を見せたが、俺は気にせずステージを覗く。
そこには──
春香「~~♪~~♪」
歌う、春香がいた。
どうやら最後の曲のようで、この間の新曲を歌っている。
そのダンスは──
──一周目に比べたら、ひどく下手くそだったが──
俺が今まで見た春香の中で、最も輝いていた。
それもそうだった。
俺は今まで、観客を前にした春香のこのダンスを見ていない。
最長で、リハーサルまで。今日、この日の春香を、俺は初めて見たことになる。
真「プロデューサー!!」
美希「ハニー!!」
次から次へと、アイドル達が俺の元へ集まってくる。
律子が少し嬉しそうにしながら、こちらを見ているのが伺えた。
自分がもみくちゃにされている間に、春香の歌声が消えていくのがわかった。
これで、このライブも終わりなのだろう。
春香「本当にみんな!ありがとーーー!!」
そう叫ぶ春香の声。
そして、幕の閉じる音。
ふと、ステージに視線をやると、ステージ上には二つの人影が見えた。
その人影を見て、俺は今回の事件の、犯人を知る。
俺は慌ててみんなを振りほどき、一目散へステージへと向かう。
P「春香!!!!!」
春香「あ、プロデューサーさん……!」
春香顔が、さっきよりももっと笑顔になる。
そして、俺より前にいる、一人の女の子の存在に気づく。
雪歩「お疲れ様、春香ちゃん」
春香「ゆき……ほ?」
雪歩の様子がおかしいことに気づく。
そして、その手に握られているものも。
雪歩「ああ、これはね、ちょっとお父さんの金庫から盗ってきたんだぁ」
そういって、その手に握られた、銃の銃口を春香に向ける。
頭の理解が追いつかない春香は、ただ、固まるのみ。
P「雪歩、違うだろ!お前が殺したいのはこの俺だろっ!?」
雪歩「プロデューサー、駄目ですよぅ。誰とも連絡せずに、生きてるだけにするって言うから、生かしておいたのに」
雪歩はこちらを向くことなく、ただ春香に銃口を向け続ける。
雪歩「それに、やっと分かったんです!どうやったらちゃんとプロデューサーを殺せるのか!」
雪歩「今まで時間が戻ってたのは、春香ちゃんのせいだったんだね」
雪歩はそう言うと、にこりと、笑う。
雪歩「大変だったよ~。春香ちゃんはもう覚えてないんだろうけど、私はずっと覚えてるんだよ」
雪歩「春香ちゃんが覚えてるっていうのは分かってた。でも、私と同じように、ただプロデューサーへの想いから、記憶を引き継いでるだけだと思ってたんだぁ」
雪歩「好きすぎて、好きすぎて、愛してて、愛しすぎて、自分のものにしたくて、どうしようもないほど愛おしくて……
だから、プロデューサーが死んで時間が戻っても、記憶を引き継いでるんだと思った」
雪歩「でも、まさか春香ちゃんが時間を戻してたなんて……私としたことが、そんなこと全然考えなかったですぅ」
ふふっ、と雪歩は笑う。
雪歩「だから」
カチッ
雪歩「春香ちゃんを先に殺せば、もう時間は戻らないってことだよね?」
P「雪歩!!やめろ!お前は俺を殺したいだけなんだろ!?」
雪歩「そうですよ。プロデューサーの事をこんなに思っているのに、プロデューサーはちっとも私に振り向いてくれないのが悪いんですよ」
雪歩「私は、何年も何年も、誰も知らないくらい長い間、プロデューサーのことだけを考えて生きてきたんですぅ♪」
雪歩「あー、じゃあ、先にプロデューサーを殺して、もう一週した時に、先に春香ちゃんを殺すのも面白いですね♪」
雪歩「あ、でも、春香ちゃんかプロデューサー、どっちかは記憶引き継ぐんですよね……あはは、やっぱり私って駄目駄目ですぅ」
雪歩「じゃあやっぱり……春香ちゃん、さよなら!」
乾いた銃声が、ステージに響き渡る。
そして、視界に映る、大量の血。
春香「ぷ、プロデューサーさん!!!」
春香が俺の元へと走ってくる。
なんとか春香が打たれる前に、二人の間に入れたようだ
冷静にそんなことを考えていると、急に胸が痛み出す。
ああ、やっぱり、今回も死ぬのかなぁ。
雪歩「そ、そんなに頑張ったって……次の週も、私がプロデューサーを殺すだけですよ!」
P「ははっ……」
勘弁してくれよ、と言いたいところだが、そんなことをこいつはもう何十周もしているのだろう。
雪歩は、雪歩なりに、苦しんでいる。
P「なぁ、春香……」
最後の力を振り絞り、春香に声をかける。
春香は血だらけの俺を抱きかかえ、俺の口元に耳を寄せる。
P「もう一周だけ、お願いしていいか?」
春香は涙目になりながら、こちらを見ている。
もう、これ以上、俺が死ぬのを、見たくはないのだろう。
P「あと……できればでいいんだけど」
P「雪歩の記憶引き継がないようにって、神様にお願いしてくれないか?」
カッと目を見開き、雪歩が俺を睨む。
雪歩「そんなに……そんなに自分だけ助かりたいんですか!?」
P「いや……お前が、すごく……苦しそうだったからさ」
雪歩はハッとしたような表情になるが、すぐに、その顔を落とす。
雪歩「無理です……私はもう、この繰り返しから出られそうにないですから……」
P「だから神様にお願いするんだって……」
ああ、もう意識が消えかける。
初めて、自分が死ぬ瞬間を意識できるのかもしれない。
すごい涙を流しながら、頷く春香。
どこか悲しそうに、苦しそうに、こちらを睨む雪歩。
集まってくる、765プロのアイドル達。
全員が、涙を浮かべている。
P(……ははっ、こんなに泣かせてばっかじゃ、もう死ねねーな……)
そこで、俺の意識は途切れた。
prrrr……prrrr……
電話の音が鳴り響く。
prrrr……prrrr……
その音は鳴り止むことはない。
prrrr……prrrr……
ふと目を開けると、そこは俺の職場、つまり、765プロの事務所であった。
俺は自分の机に座っており、事務所の電話が延々と鳴り響いている。
事務所を見渡すが、誰一人としてその姿はない。
prrr……
P「さて、最後の一周、行ってみるか」
電話を出て、要件を聞く。
春香のAランクアイドル、ノミネートの知らせだ。
そしてすぐに、小鳥さんがやってくる。
小鳥「すみません、プロデューサーさん。お留守番なんて頼んでしまって……」
P「いえ、大丈夫ですよ。
それよりも、大事件です!小鳥さん!!」
P「春香が、Aランクアイドルにノミネートされました!」
小鳥「ぴ、ぴ、ぴよおおおおおおおおおおお!!!」
律子が来て、一緒に喜ぶ。
あいつの負けてられない発言に、発破をかけるように言い返す。
そして、真と雪歩が、事務所に来る。
真は律子に、何度も同じことを繰り返し聞いている。
そして、その後ろには雪歩。
しばらく問答を繰り返した後、俺の方へとやってくる。
真「プロデューサー!春香がAランクアイドルにノミネートされたって本当ですか!?」
ぐいっ、と真が顔を寄せる。
その後ろには、同じように、顔を寄せてくる雪歩。
雪歩「本当なんですか!?プロデューサー!!」
P「ああ、本当さ!!お前たちも一緒に、もっと上を目指していこうな!」
真「くぅ~~!やる気出てきましたよー!!」
雪歩「わ、私も!春香ちゃんには負けてられないですぅ~!」
P「よしっ!春香に知らせたら、次回のライブに向けてレッスンに行くぞ!」
真「え?春香がAランクアイドルになったら……普通はソロライブじゃないんですか?」
P「ソロライブも企画するかもしれないが……盛り上がるときは、みんな一緒がいいだろ?」
雪歩「え、でも、そんなに一杯のことしちゃったら……」
P「大丈夫。春香だけが俺の担当アイドルじゃない。
全員、765プロみんなが、Aランクアイドルを目指すぞ!」
ガチャン
「おはようございまーす!」
真「あ!!おめでとう!!でも負けないからな!!」
雪歩「おはよう~!私も負けないからね!」
「え?え?みんなどうしたの!?」
P「ああ、実はな………」
誰も苦しまない、11週目が始まった。
おわり
こんなに長い時間、お付き合いいただき、本当にありがとうございました!
書き溜めもなく、かなり遅いペースの投稿でしたが、なんとか完結出来ました。
本当にみなさんのおかげです。
まとめて頂けるとありがたいですが、自分で依頼とか出さないといけないんだっけ?
もしまとめる気がある管理人の方がいらしたら、ぜひお願いします。
では、失礼します!
本当にありがとうございました!
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