雪歩「季節外れの雪」 (17)
うだるような暑さ。
空から降り注がれる光は地を焼き、世界を歪ませる。
私は雪で作られた偶像。
その暑さで少しずつ溶けていく。
指先から、髪の毛から、雫は垂れて、美しさはすでに醜さに変わり、水たまりになる。
そして、いつしかそれは気体になる。まるで、最初からなにもなかったかのように。
世界から忘れられた私は、どこへ行く?
――――あなたの元へ戻りたい。
季節外れの雪を降らせて、今度はあなたと共に輝きたい。
また、1から私に手を差し出してくれますか?
また、1から私を作ってくれますか?
あなたと共に新しい夢を見てみたい。
私はもう2度と消えないから。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1397395286
「ふぅ、できた」
日課としている自作詩の作成を終え、ゆっくりと机の上に置いてあるお茶に手を伸ばす。
うん、美味しい。
冷たいお茶が私に安らぎと余裕を与えてくれる。
今日の詩は夏の暑さと私をイメージして書いてみた。
もう一度、最初から最後まで推敲してみては、なかなかいい出来だと自画自賛してみる。
これを、プロデューサーや真ちゃんに見せたらどんな反応をするのだろう。
恥ずかしいけど……褒めてくれるかな?
「暑いよぉ……」
今日は夜になっても暑いままで。
冷たいお茶がくれた心地よさはすぐに熱に変わり、汗が頬を沿って落ちてくる。
再び、お茶を口に含ませる。さっき飲んだときより、満足のいく安らぎは与えてくれなかった。
本当にこのまま溶けてしまいそう……。
この詩のように消えた存在になってしまいそう……。
そんな中、窓越しから空を見上げている女性が事務所にいた。
銀色の髪の毛を持った女性、四条貴音さん。
暑さなんてものとしないまま、月を眺めている。
「凄い……綺麗……」
思ったことが口に出てしまう。
お淑やかで可憐でそして、ミステリアスで……。
銀色の髪からして、本当に月から来たお姫様のような感じがして。
彼女は彼女自身の行動に自信が溢れているのが感じ取れる。
私はどうだろうか。
正反対の人間。
彼女が月なら、私は雪。
月が出ているときは雪は降らない。
そう、空ではどうやっても交わらない存在。
地上に落ちた雪は夜になると月を見上げて羨むしかない。
本当に、羨ましい……。
「雪歩、どうしたのです?」
「!? い、いや、なんでもないですぅ」
び、びっくりしたぁ……。
いつの間にか四条さんの顔が私の顔の近くに来ていた。
独特の香りが鼻を通って……、綺麗な女性ってこんなにもいいにおいがするの……かな?
「まさか、また、雪歩自身のことを蔑んでいるのですか?」
心の奥底に生まれた気持ちが四条さんに読み取られる。
じっと、私の顔を見てくる四条さん。
猫の前の鼠、鵜の前の鮎。
体が強張って震え、視線を外したくなる。
「どうなのです、雪歩?」
「……はい」
彼女を見ていると自信をなくしてしまう。
彼女みたいに自信を持ちたい、けどなれるわけがない。
一生かかっても無理だ……。
そう決めつけてしまっている私がいる。
そして、一瞬の静寂が流れる。
「では、雪歩。少し散歩に行きませんか?」
部屋の中は暑かったのに、外はほどよい冷たさの風が流れていて、
体からあふれ出ていた汗は知らない間に引いていた。
「どこにいくのですか?」
「……」
「あ、あの四条さん?」
「……」
答えてくれない。もしかして、嫌われた……とか?
この後、人がいないところで罵倒され、終いには……。
良くないことが頭をよぎる。
少しずつ、少しずつ、人影が無くなっていき――。
「着きましたよ」
「あ、あの、すみません! わた――」
「しっ、静かに」
四条さんの指が私の唇の止まり、発言を制する。
「もうすぐですよ」
そう言った瞬間だった。
「……!!」
言葉を失った。
形容できない世界が目の前に広がっていた。
黄緑の光が不規則な軌道で宙に浮きながら点滅し、私を魅了させる。
「蛍の光とは、まこと、雪のようですね……。静かにそして力強く輝く、あなたのようです……」
夏に降る雪と月が一緒に存在している。
月光浴を楽しんでいるように、小さな光たちが踊っていた。
「どうですか、雪歩。貴女は決して弱い光ではありません。
貴女自身の力で輝いているのです。
どうか、自信を持ってください」
四条さんが笑顔で私に囁いた。
四条さんは私を認めてくれている。
それだけで嬉しかった。
その言葉を心の奥底に、目の前に広がる風景をじっくりと脳裏に焼き付けた。
ずっと、ずっと、時間が経つのを忘れて……。
「あの、四条さん。ありがとうございます。
私、自信を持てるようになりました!
あ、あれ?」
辺りを見渡すと、四条さんの姿は無くなっていた。
ど、どこにいったの!?
と、とりあえず、事務所に戻ろう……。
「し、四条さん!」
「雪歩、どうでしたか?」
「はい、とっても綺麗でした……。
って、なんで私を置いてくんですかぁ!?」
「雪歩が見惚れていましたので。
雪歩の満足いくまで、待っていようと思っていましたが、
らっぷらぁめんのお湯が出来上がる時間でしたので、
先に帰らせてもらいました」
「……」
……四条さんらしい。
「雪歩、このお湯でお茶を入れてくれませんか?」
「はい、わかりました」
私はまだ何もできないけど、これから四条さんに少しずつお返しをしていこう。
万が一、四条さんに何かあったら、真っ先に私が駆けつけよう。
「雪歩のお茶はとても心地いいですね」
「そうですか?」
「ええ。飲んでみては?」
四条さんに勧められて、私も飲んでみる。
熱いお茶なのに、不思議と心地よかった。
その心地よさはずっと体から離れず、心を潤してくれているようで。
「ありがとうございます、雪歩」
「こちらこそ、ありがとうございます」
微笑んだ四条さんの表情に反応するかのように、笑顔を返した。
これから、もっと自信を持とう。
これから、頑張って、もっと四条さんに認めてもらう。
だから、今日見た、季節外れに降る雪を私は決して忘れない。
おわり
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません