八幡「俺と奉仕部のその後」(211)

「やはり俺の青春ラブコメは間違っている」のSSです



・原作7巻後の話。原作読んでないとわからないところもあります

・素人ゆえ登場人物の言動、感情の動きなどに違和感が伴うかもしれませんがご容赦ください

・スレ立て初めてなので何か問題点があったらおっしゃってください


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1374166103

【1】それでも彼の彼女に対する愛は揺るがない


比企谷八幡の朝は早い。
両親は俺や小町が起きる前に出勤し、寝るころに帰宅するのが常である。
結果、食事は自分たちで用意するのが我が家の暗黙のルールだ。

朝食くらいは用意してくれても良さそうなものだが、朝の早い両親は通勤途中に買った惣菜を仕事場で食べて朝食を済ませることが多かった。
そうでなくても、比企谷家の家庭内カーストがカマクラよりも低い俺である。
ちなみに小町の分だけ朝食が用意されてることが稀によくある。どっちだよ。

そんなわけで朝食と夕食は小町と交代で作ることになっていた。
小町はまだリビングに降りてきておらず、俺の朝が早いとはつまりそういうことである。

とはいえ、朝食なんてそう凝ったものを作るわけでもなく、今朝も食パンをトースターにセットし、焼けるまでの間にフライパンで卵とベーコンを焼くだけの簡単なもので、削られる睡眠時間なんて十分程度のものだろう。
つまり比企谷八幡の朝はそれほど早くない。

いやでも、十分を軽く見ちゃあいけないよ?
だってホラ、授業の合間の休み時間が十分から二十分になってごらん?
そんな長い間寝たふりなんて枕にしてる腕が疲れちゃう。

校内をぶらぶらして時間をつぶしてもいいが、休み時間になる度に教室出てたらホラ、あれだ。

「おい、あいつまた出て行くぜ~クスクス」的な。
「よせよ、教室に居場所がないんだろ。わかってやれよ~クスクス」的な。
「やった!今日の弁当クスクスだ!」的な。お前のかーちゃん何人だよ。

まぁ教室で寝たふりしてても陰口叩かれるのはかわらないだろう。

「おい、あいつまた寝たふりだぜ~クスクス」的な。
「よせよ、友達いないしやることないんだろ。わかってやれよ~クスクス」的な。
「好きなマンガはね~、キスシス」的な。
マガジン派とは、なかなかやるな。
だが妹は恋する対象ではない。守るもの。義理の妹にあこがれるなど言語道断。
よってお前に妹を持つ資格はない。

これまでだったらステルス迷彩強制装備モードの俺の休み時間の動きを気にする生徒はいなかった。
が、それも文化祭の一件でかなり変化していた。

自分の仕事を全うしようとしなかった文化祭実行委員長を叱咤激励、もとい罵詈雑言を浴びせた俺を待っていたのは好奇の眼、無意識に擬態した意識。

「ひ、ヒキタニのことなんか意識してないんだからね!」と言う雲形の吹き出しがクラスにはあふれている。
なに、お前ら、ツンデレなの?あと名前間違ってるから。
時がたって俺を非難する目もやや薄れつつはあるが、やはり未だに教室での居心地はよろしくない。

「お兄ちゃんおはよぉ~……」
「おう、ちょうど朝飯できるところだ。顔洗ってこい」

朝食の準備をしながらちょっと陰鬱な気分になっていると、妹の小町が寝ぼけ眼をこすりながらリビングに降りてきた。

あぁ愛する妹よ、お兄ちゃんはお前がいれば何もいらない。
軽く鬱に陥っていた俺の心も小町がいれば元気百倍!ハチマン!
俺とあのアンパンでできた国民的ヒーローは似ている気がする。
だってアイツ愛と勇気以外に友達いないんだぜ?
まぁI am 空気な俺よりはマシなのだが。
あと名前の響きも結構似てるよね。
関係者及び保護者から苦情が来るのでここまでにしておこう。

とにかく小町すごい。あと実は探し物がめちゃうまい。
さっきも俺が失くしたと思ってた服着てたし。
しかも昨日失くした服だよ?
なんという早期解決、名探偵。
ただし返ってくるわけではない。

今まで将来は主夫になると言い続けてきた俺だが、生涯妹と伴に暮らすというのはどうだろうか。
小町が働き俺が家事をする。
なにこれすばらしい。
結婚相手を見つける必要もないし、なにより小町が誰の者にもならない。
どっかよその女と結婚するより俺の家事のモチベーションも段違い。
誰にも小町の下着は触らせん。
誰にも小町の使った箸は洗わせん。
なんという隙のない人生設計。
八幡的にもポイント高い。
そんな妄想をしながら小町と朝食を食べていると唐突に小町が声をかけてきた。

「ほ兄ひゃん、小町はがっかりなのれふ」
「物食いながらしゃべるな」

マナー違反れふよ、小町ひゃん。
ちなみに妄想ならいくらしてもオッケーだ。
ただ俺の妄想は道徳的にアウトな気がする。

「お兄ちゃん、小町はがっかりなのです!」
「なんだよ?」

アレ?もしかして妄想が口に出てた?
いや、ないないない。
17年間生きてきて何をしてる時間が多かったかと聞かれたら妄想はベスト3に入るだろう。
というか一人でいるときは妄想か読書しかすることないし。クスン。
楽しいからいいもん。
ともあれ、そんな俺が妄想を無意識に口に出すような愚行をおかすわけなかろうて。

「お兄ちゃん、あなたは『小町おすすめ!おみやげりすと!』を覚えていますか?」
「ん?あぁ、あの獣王会心撃ね」
「そこに小町は書きました。『第一位 お兄ちゃんの素敵な思い出話』だと!」
「それ、兄が修学旅行から帰ってきたときの第一声が『お帰り!お土産は?』だったヤツのセリフと思えないんだが」

そもそも俺の記憶が正しければ第一位の欄に書かれていたのは『発表はCMの後!』だか言うムカつく煽り文句だったはずだ。

「なのになんで何も話してくれないのですか!?」
「いやだってお前、お土産渡すと俺には目もくれずオカンとキャイキャイはしゃぎ始めるし、お兄ちゃん寂しかったよ」

ちなみに母の第一声は『あら、アンタ帰ってたの』だ。
それも俺が修学旅行から帰った翌日。
いや、アンタが使ってるあぶらとり紙も今食ってる八つ橋も俺が買ってきたやつなんすけど。

「というわけで、色々聞かせてもらうよ!お兄ちゃん!」
「そんな聞かせるようなこと起こってねえよ。班の奴についてって、寺やら何やら見て回っただけだ。まぁそれなりに楽しかったけどな。なんつーか、歴史に触れることができたっつーか」
「そんな寺とか歴史とかどうでもいいよ!」

おい、受験生。

「じゃあ何が聞きたいんだ?」
「それ以外のことだよ!例えば、結衣さんと何かあったとかぁ、雪乃さんとなんかあったとかぁ」
「何かってなんだよ、なんもねえよ」
「またまたぁ。あ、でも結衣さんに聞いてもなんか微妙な感じだったなぁ」



まぁ、そりゃあそうだろうな。

というかいつの間に由比ヶ浜に連絡取ったんだよ。
今日も今日とて小町と俺の周りの連中とのつながりに恐怖をおぼえる。
この調子だといつか二人はどこかの妹達よろしく脳内の情報共有するようになるんじゃなかろうか。
ほら、由比ヶ浜も小町もちょっと電波だし。

「もういいだろ。トラウマなら話してやらんこともないが」
「それはもう聞き飽きたし」
「だろうな。ほら、そろそろ学校行くぞ」

話しながら朝食を食べていたせいか、そろそろ出発しなければいけない時間になっていた。

「そういえばお兄ちゃん」

急いで朝食の後片付けをしていると、再び後ろから声がかかる。

「お守り、ありがと」

語尾に余計な言葉がつかないところを聞くと、ポイント稼ぎのつもりはないのだろう。
実際兄妹間で交わされるいたって普通の言葉だったから。
でも、妹のこういうところがかわいいと思ってしまう自分は生粋のシスコンなのかもしれない。

「小町、お前は誰にも嫁にやらんからな」
「なにそれ?小町はお兄ちゃんが結婚するまではどこにも行かないよ。あ、今の小町的にポイント高い!」
「小町ぃ……」
「でも三十までに結婚できなかったらどっか売り飛ばすから」
「あげて落とすとか、お前カプコンのヘリなの?」

なにこのアメとムチ。いやむしろ角砂糖と絞首台。
溶けるの早すぎ。そして待つのは絞首DIE。
でもお兄ちゃんはくじけないよ。なぜなら小町を愛してるから。

今日はここまでです
次回更新は早くて今日の夜、遅くても三日以内に続き書きます

続き投下します

【3】常に、彼女は彼らのことを気にかけている



「さて、今日呼ばれた理由はわかるか?」
「いえ……」


翌日の放課後、俺は平塚先生に呼ばれ職員室を訪れていた。
とはいえ本当に呼ばれるようなことをした自覚はない。

ということは俺に言わなければならないことがあるわけではなく……

「婚活パーティーの愚痴なら今度にしてくだウグェ」

思い当たることを口にしてみると、腹への衝撃とゴスッという鈍い音が言葉をさえぎった。
思わず体が前かがみになり、えずいてしまう。

「君は学ばないな」
「エホッ……先生こそ、もっと女子力ってもんを学ばないと結婚できンゲェ」

またもや言葉をさえぎられる(物理)。

待って、もう無理立ってらんない。

なんでこの人的確に鳩尾をえぐるなんていう余計なスキル持ち合わせてんの?
そんなスキル習得するより婚活スキル身につけろよ。
先ほど口に出そうとした言葉を心の中で呟きながら涙目で顔を上げる。





先生も涙目だった。

あれ?この人「殴った方も心が痛いんだ!」とか言うタイプの高尚な精神の持ち主だったっけ?

いや違いますね俺のせいですねすいません。
ところでいい大人がこの程度で涙流すってどうなの?

「グスッ……聞くところによると、雪ノ下と喧嘩してるらしいじゃないか」
「喧嘩って……誰から聞いたんすか?」
「由比ヶ浜だよ」

まぁそうだろうな、とあきれながらため息を、つこうとしたがうまく空気が肺を行き来してくれなかった。
ホントこの人教師にしとくにはもったいない戦闘力もってんな。
というか、生徒の腹に二発入れたことに関しては触れるつもりは無いんですかそうですか。

「喧嘩なんかしてませんよ。喧嘩って友達とか夫婦とか家族とか、近しい者同士でするもんでしょ」
「うぐっ、そ、そうか?」


夫婦という言葉に反応したのか、なんか勝手にダメージを受けてた。
いい加減誰か貰ってやってください。
あまりにかわいそうで婚約届突きつけちゃいそうになるんで。


「最近は仲良くなってきたように見えたのだが、君が言うならそうなのだろう。ではすれ違いといったところか」


まともな教師なら「君と彼女はもう友達だよ!」とか心にもないことを言いそうなものだ。
だがこの人は俺の言葉を否定することなくそう言った。
誰よりも教師らしい平塚先生は、誰よりも教師らしいがゆえにこのように時々教師らしくないことを言う。


ていうかこんな会話以前もどっかで誰かさんとしたな。

「このままでは奉仕部の活動に支障がでる。早急に仲直りしたまえ」

「俺と雪ノ下は勝負してるんでしょう?空気は悪くなるでしょうけど、奉仕活動自体に大きな支障が出るとは思いませんが」

「そんなもの君たちにやる気を出させるための建て前だよ。君ならわかっていると思ったんだがね。そもそもの目的は君たちの孤独体質の更生だ。奉仕部の活動も重要だがあくまで手段でしかない。その活動を活発化させるための勝負などという口上は君は忘れてくれて構わないよ」

「そんなこと言っていいんすか?」

「君なら大丈夫だろう。ただ雪ノ下には黙っておいてくれ。私の挑発に乗せられただけだと知ったら君を奉仕部から追い出しかねん」

「俺が追い出されちゃうのかよ……」

「俺がそれを聞いて奉仕部やめるとは思わなかったんですか?」

「君はもう彼女たちからは逃げないだろう。いや、逃げられないと言った方がいいか」

「あいつらは俺がどうしても辞めると言ったら無理に引き止めるとは思いませんが」

「そういう意味ではないよ。それに私が引き止める」

そういって先生は自分の正面に持ってきた拳を握りしめる。

じゃあどういう意味だよ。
ていうかアンタには"たたかう"というコマンドしかないの?
まぁ俺にはこうかはばつぐんなんですけど。
ヒキガヤはにげられない!
やな感じ~!

「早急にって言われても、今週は奉仕部休みでしょう?」

平塚先生の指示により、今週の奉仕部の活動は休止していた。
何かいいことでもあったのだろうか、それとも修学旅行の疲れを癒すためだろうか。
なんにせよ、先生もたまには粋な計らいをする。

「そうだったな。ふむ、では済まないが、そうだな、今週の金曜日に活動を再開してもらうことにしよう。土日を挟んで変に時間が空くのも良くないだろうからな」

前言撤回。
金曜日に奉仕部再開、週は跨ぐなとのこと。
つまりは短時間でスパッと解決させろということである。
これもある意味、粋な計らいである。
そして余計な計らいである。

「雪ノ下には私から伝えておこう。由比ヶ浜への伝言は君に任せるよ」

そう言って平塚先生は意味ありげに微笑んだ。


任せる、か。
要は、雪ノ下との仲直りの場に由比ヶ浜を同席させるかさせないか、自分で決めていいということだろう。
活動再開を金曜日にした件といい、こういうところに瞬時に気を回せるこの人は素直にすごい。

そう思って先生の方を見ると、何かを考えるかのように顎に手を当ててうつむいていた。
そのまま10秒ほど時間が経ち、こちらから声をかけようかと思ったところで、平塚先生が口を開いた。



「比企谷、君は雪ノ下を信用できるか?」

『信用』。俺の嫌いな言葉だ。

比企谷八幡のトラウマその1
誰にも言わないからという言葉を信用して好きな女の子を暴露したら次の日にはクラス中に広まっていた。

比企谷八幡のトラウマその2
先生は味方だからという言葉を信用してクラスで孤立していることを話したら君の人間性に問題があると叱責を受けた。

比企谷八幡のトラウマその3
友達(と思っていたクラスメイト)と遊ぶ約束をし、集合場所で待ってても誰も来なかった。

まだまだでるぞー!
トラウマの宝石箱やー!

比企谷のトラウマその……あ、ちょっと待って。
目から涙という名の宝石が零れ落ちてきそう。

閑話休題、雪ノ下のことを考えてみる。
考えるまでもなかった。

「まぁ、信用できますね。あいつは嘘をつきませんから」

俺がそういうと、平塚先生は虚を衝かれたかのように目を丸くし、すぐにクスリと笑って続けた。

「そのとおりだな。言葉の真偽云々の『信用』について言えば彼女ほど信用できる生徒はこの学校にはいないだろう」

何が面白かったのか、一石で二鳥を得たかのようにクツクツと笑っている。
なんで俺笑われてんの?

「いや、済まない。そう不機嫌そうな顔をするな。質問の仕方を変えよう」

そう言うと平塚先生は一度腰を浮かせ、椅子に座りなおすと再び真剣な表情になってこちらを見た。

「例えばだが、君が何か重要な選択を迫られたとき、君はその選択を雪ノ下に託せるか?信用というより信頼と言った方がニュアンスが近いかな」

「はぁ……」

質問の意図が読めない。
とはいえ答えないと帰してくれないだろうから考えてみる。

雪ノ下は選択を間違えないだろう。
正しすぎるほどに正しいやつだから。
選択の結果傷つく者、救われる者が誰なのか明確であっても、彼女は正しい選択をするだろう。
たとえ傷つくのが自分であっても、だ。
由比ヶ浜が関わっていた場合は一概にそうとも言えないが。
悪い言い方をすると薄情だが、それは他の人にはない、雪ノ下の強さだ。

しかし、だからと言って俺は自分の問題を他人に押し付けるかと言われれば、それは別問題だ。
答えは決まっている。

「無理ですね。重要な選択を他人に押し付けるなんて怖くて出来ません。間違いを覚悟で自分で選んだ方が何百倍もマシです」
「ふふっ、君ならそう答えるだろうと思っていた」

そう言って、先生は満足そうに優しく微笑んだ。
じゃあなんで聞いたんだよ。

「結構な時間を取らせてしまったな。済まなかった。もう行っていいぞ」
「うっす」

質問の意図が読めず、釈然としない気持ちのまま職員室を後にしようとしたところで、再び声がかかった。

「そうだ、比企谷、碌に人に謝ったことがないであろう君にアドバイスしておこう」
「一言余計だよ……事実ですけど」

碌に人と関わったことがないのだから。

「謝るということは謝罪の言葉を述べるだけでは足りない。大事なのは反省点も述べること、そしてそれを踏まえた上で次回以降どうするか声明することだ。そうすれば誠意は伝わる。君よりもわずかではあるが、長く生きてる私からのアドバイスだ。私のことを信用してるかどうか知らんが、まぁ覚えておいて損はないぞ」

俺たちのことを見てくれている数少ない御方の言葉だ、ありがたく頂戴しておくことにしよう。

ただ、一つ言わなければならないことがある。




「長く生きてるのは、わずかではないですよね?」




そう言いながら先生の方を振り返るのと同時に、顔に国語の教科書がぶち当たった。

以上
次回はまた番外編的なものの予定

続きいきます
かなり短いです


【独白】そして彼女は独りごちる

まったく、口の減らない奴だ。
私をいくつだと思っているんだ。
まだ20代だぞ……
まだ大丈夫だろう……
うん、大丈夫だ、問題ない。

しかし、「信用できるか」という問いに対する彼の答えには思わず笑ってしまったな。
雪ノ下のことをある程度知ってるものならあぁ答えて当然だが、彼ほど信用という言葉が似合わない生徒は初めてだ。
ふふふ、期待を裏切らない奴だ。
おっと、いかんいかん、そろそろ私も彼の認識を少し改める必要があるかもしれないな。

期待を裏切らないと言えば、その次の質問に対する反応も期待通り、いや期待以上に時間をかけて悩んでくれた。
以前の比企谷だったら、数秒の間もなく否と答えていただろう。
答えるまでに間があったということは考える余地があったということ。
おそらく比企谷は、雪ノ下を、実際に問題を託せるかどうかは別だが、信頼はすることはできる存在だと認識しただろう。
だからこそあの間があった。
これは彼にとって大きな一歩だ。
やはり雪ノ下という存在は彼を少なからず変えてくれたようだな。

しかし、『押し付けるのが怖い』ときたか。
私は『託せるか?』と聞いたのだがな。
この二つの言葉は似ているようで意味が全く違う。
彼はそのことに気づいているのかな。
ふふ、彼はいったい託すことの何が怖いのだろうな。
裏切りが怖いのか、間違った選択をされて自分が傷つくのが怖いのか、それとも……

以前の雪ノ下では彼にここまでの変化をもたらすことはできなかっただろう。
彼女自身も以前とはだいぶ変わっているようだ。
以前の比企谷が雪ノ下を変え、変わった雪ノ下が以前の比企谷を今の彼に……
いや、確かに比企谷を奉仕部に入れたのはそうした相互作用を狙ってのことだったが、雪ノ下に大きな変化をもたらしたのは彼ではないな。
もちろん彼も少なからずは影響を与えただろう。
が、決定打は由比ヶ浜、彼女の存在か。

おそらく文化祭の時期に何かあったのだろう。

『あなたを頼らせてもらっても、いいかしら』

まさか雪ノ下が、由比ヶ浜にあんな言葉をかけるとは。
彼女の活躍には目を見張るものがある。
彼女の入部は想定外だったが、本当にいい方向に転がってくれた。
三人が三人とも、お互い良いように作用してくれているようだ。

彼らが卒業するまであと一年と約半年、か。
そのころ私はどうしているだろうな。
卒業まで彼らを見守れるのならそれは喜ばしいことだが。
一年もしないうちに寿退社なんてことも……!
こうしちゃおれん、さて、次の婚活パーティーの日程は確か……土曜日か。
一番いい装備で馳せ参じねば!

短いですが今回は以上
今後もこの程度のボリュームの番外編をちょくちょく混ぜたいと思ってます

あと続きは少し遅くなりそうです

お待たせしました
続きいきます

【4】やはり彼との青春は間違っていた(前)

ぼっちという言葉はなかなか面白い。

言うまでもなく集団やグループというのは個人が集まってできるものだ。
つまり、個人という概念がなければ集団という概念もまた存在しないことになる。
ところが、ぼっちという概念は、突き詰めれば一個人が集団に属さずにいることと同義なのにも関わらず、個人とは反対に集団という概念がなければ有り得ないのである。


例えば昼休み、多くの者がグループを作って仲睦まじく食事をする中、ただ一人自分の席で黙々と弁当を食す者の姿を見たら、事実はどうであれ、「彼はぼっちなのかな?」と思う者がいるだろう。
ところが、例えば図書館、各々が机に向かって黙々と繙読や勉学に勤しんでいる姿を見て、「彼らはぼっちなのかな?」と思うものはほとんどいないだろう。

ぼっちという概念は、集団よりも上に位置している。



つまり、ぼっちの方が強い。ぼっち最強。

そこまで考えたところで、授業終了のチャイムが鳴った。


む、今回のぼっち最強証明の微妙な出来だったな。
専業主夫正義証明も飽きてきたしそろそろ新しい理系授業時間の消化方法を考えないといけないだろう。
リア充情弱証明はぼっち最強証明の対偶のようなものだからあまり変わらないか。
この際証明にこだわらなくてもいいだろう。


次は「妹」をテーマに脳内討論をしようと言う結論に至ったところでショートホームルームも終わり、今日も学校でのお勉めは終了。

奉仕部の活動も休みになっているので学校に残る理由も無い。
明日には活動も再開されるので今日が終わればまたしばらく放課後は奉仕部に拘束されることになる。


昨日までは、いつもは奉仕部で過ごしてるこの時間を有意義に使ったるんじゃ、と息巻いていたが、部員との仲直りという俺には生涯無縁と思われた悩みのせいか、それとも奉仕部の活動がなんとなく習慣のようなものになっていたせいか、
いざ時間が空いてしまうとなんとなく何かをしようという気が起きず、結局だらだらと過ごしてしまった。

最終日もそれは変わらず、そういえば雪ノ下にはなんて言おうかなとため息を一つつき、いまいち自分のものだという実感のわかないことに頭を悩ませながら、次々と教室から吐き出されていく生徒たちに混ざって教室を出て行こうとしたところで、制服の背中が何者かにツイと引かれた。
俺の帰宅を邪魔するとは、不届き者め!おのれ何奴!?




「……抱きしめてもよかですか?」
「抱き……?えぇ!?こ、ここじゃ恥ずかしいよ……」

脳がそこにいる人物が誰なのか認識するよりも早く口が動いて変なことを口走ってしまった。

不届き者などと、私の無礼な言葉をお許しください。
思わず許しを乞い願ってしまうほどの天使、わが心のオアシス、戸塚彩加が立っていた。
いつも通りテニスのラケットを背負い、蛍光色の学校指定のジャージを着ている。

「いや、すまん寝ぼけてた。何か用か?」

教室の奥でハァハァ言いながら鼻血吹いてる腐メガネが怖かったので適当にごまかすことにした。
戸塚もここじゃ恥ずかしいらしいので非常に遺憾ではあるが続きは二人きりの時にした方がいいだろう。
続いちゃうのかよ。

俺の適当な言い訳も全く気にした風もなく、優しく微笑んでいる。

「えっと、このあと暇?」

まったく、戸塚は優しいな。
これが雪ノ下だったらどうせ用事なんて無いでしょうと決めてかかってきたところだ。
しかし、暇と聞かれて正直に暇と答えるのはためらってしまうのがぼっちである。


そう、あれはまだ俺がうら若き小学生だった頃。
クラスメイトに放課後暇かと聞かれれば遊びに誘われるものだと愚かな考えを持っていたあの頃。
暇と答えたら「じゃあ俺たち遊びに行くから掃除当番変わっといて!友達だろ?よろしく!」と言われ友情の薄っぺらさを知ったあの頃。
懐かしいぜ……

そんなことを思い出してると、表情に出てしまったのだろうか、戸塚が心配そうに顔を覗き込んでくる。

「八幡、大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だ。あ~、何か俺に用事があるのか?」

戸塚が奴らみたいなことを考えてるとは思えなかったが、どうしても防衛策をとってしまう。
悲しいけどこれぼっちの性なのよね。


すると戸塚は何やら言いずらそうにもじもじとしている。
あれ?まさかそうなの?
パシられちゃうの?
でも戸塚ならかわいいから全然OKだわ。
もし戸塚がカラスは白いと言ったら俺、世界中のカラスを白く染めに行っちゃうわ。
かわいいは正義、これ豆な?

「えっと……」

恥ずかしそうにうつむいていた戸塚の目がゆっくりと俺をとらえる。
頬はわずかに上気し、何かを言いたげにフルフルと震えていた唇が何か決意をしたかのように一度キュッと結ばれると、ぷるぷるした唇が開かれ言葉が飛び出した。






「…………こ、この後遊びに行かない?あの、暇だったらでいいんだけど……」






「ハッ!?」


ここはどこだ……?
待て待て待て、落ち着け八幡。
あわてるな、クールに状況を確認するんだ。
俺は今道を歩いている。
この景色には見覚えがある。
ここは間違いなく、学校から駅に行くまでの道程の景色。
俺は学校を出て駅に向かっているようだ。


斜め後方に目を向けると天使がいた。
というか戸塚だった。

何か考えるように目を伏せて歩いていたが、俺の視線に気づくとどうかしたのとごまかすように問いかけてきた。

「あ~、俺たち駅に向かってるんだよな?」
「もう、八幡まだ寝ぼけてるの?駅の近くで遊ぶんでしょ?」

かわいい眉毛を寄せてムーっと怒ってるとつかわいい。

とりあえずやっと思い出した。
あの時戸塚に遊びに誘われた俺はあまりのかわいさに考えることを放棄して誘われるがままになってしまったのだ。
つまりあの時戸塚の目は俺の姿を捉えるとともに俺のハートまでキャッチしちまったってわけだ。
さすがプリティでキュアッキュアな戸塚だぜ。

まぁ別に用事もなかったし戸塚と過ごす放課後ほど有意義なものも無いだろうから後悔はないのだが。
しかし俺に親父の血が混じってるのは間違いないようだった。

「えっと、今日はなにしよっか?前ゲームセンター行ったから今日はカラオケにする?」
「ん、まぁカラオケでいいだろ」
「えへへ、二人で行くのは初めてだね!」


七月、ん?いや、六月だったか。
まぁいいや。
由比ヶ浜の誕生日をカラオケで祝ったことがあった。
そして、その場には奉仕部のメンバーだけではなく、戸塚と小町とその他一名も参加していた。

誰かと一緒にカラオケなんて何年ぶりだっただろう。
ただ、その時はその他一名のピザとアニソンをデュエットさせられたせいでいい思い出というわけではない。



まぁ、誕生会自体は別につまらないということはなかったが。

そんなことを考えているといつの間にか駅に到着していた。
前回戸塚と遊びに来た時とは違い、行先はカラオケと決まっていたので特に足踏みすることもなく目的地へと向かう。


この近辺にはほかにカラオケがないため、ここ、ムー大のカラオケはたまに(一人で)利用させてもらうのだが、高校から歩いてこれる距離にあることもあり、同じ高校の生徒と遭遇してしまうことがあるのが瑕だ。

しかし、最近は一人での利用者もそれほど珍しくは無いらしく、「一人カラオケ歓迎」みたいな謳い文句を掲げるカラオケが増えている。
なかには、「現在お一人様でもご利用いただけます」「現在お一人様でのご利用はお断りさせていただいています」などの掲示を設けてる店もあるらしい。
一人で申し込みに行って残り部屋数が少ないからと断られた時のダメージ半端ないからな。
受付前にそれがわかるというのはぼっちに非常にやさしい。


しかし、今日は一人ではないのである。
ドヤァ。

二人で受け付けをすませ、ドリンクバーで飲み物をもらって部屋へと向かう。

ちなみに今日はカップルデーだったらしく、戸塚が女性と間違えられていた。
あたふたとあわてて謝る受付の女の人がかわいかったがそれ以上に「ボク、男、なんですけど……」と恥ずかしそうに訂正する戸塚がかわいかったです。

部屋に入ると、青みがかったライトが薄暗く部屋を照らしており、壁側に設置された液晶には最近出た女性ボーカルのJ-POPのPVが流れていた。
コンビニなんかでもよく流れている曲で、聞き覚えのある曲だ。
戸塚も聞いたことある曲らしく、やけにテンションをあげて楽しそうにはしゃいでいる。

「わ、この曲もう入ってるんだ!歌おうかな」
「まぁ、二人だけなんだし、好きなように歌おうぜ」



ドキッ!うす暗い密室で二人っきりのカラオケ大会!開催です。



ーーー

ーーーーー

「Darlin' Darlin'~ここにきーてーみえるで~しょ~」

「無限大な夢の~後の~何もない世の中じゃ~」



「Baby Baby Baby~あたしなら知ってる~」

「おはようおはよう、そこにいるの~眩しい眩しい、夢があるの~」



「シャングリラ~幸せだって 叫んでくれよ~」

「走り出した~思いが~今でも~」



「「アザレアを咲かせて~暖かい庭まで~」」

ーーーーー

ーーー




「楽しかったね!あー、喉痛い」
「ん、そうだな」

っていうか女性ボーカルを原キーで歌う戸塚ぱねぇ。
普通下げなきゃ無理だろ。
俺も女性ボーカルの曲は全部音下げて歌ったし。
まぁ、でも楽しかったのは確かだ。
たまには誰かと一緒にカラオケに来るのも悪くない。
今度小町でも誘ってみるか。

「じゃあ、そろそろ帰るか」




「待って、八幡」

別れようとする俺を、戸塚は引き止めた。
え、なに、今日は帰りたくないとかそういうの来ちゃいますか?
そんなことは淡い希望に過ぎず、戸塚は真剣な表情で聞いてきた。

「八幡、悩んでることあるでしょ?」



「いや、無いけど」

以前にもこんな事があった。
確かに修学旅行の一件以来、それ以前と全く同じようにできていたかどうかは怪しいものだ。
戸塚はおそらくその事を言っているのだろう。
しかし、人に話すような内容でもないので、適当にごまかす事にした。

しかし、どうやら戸塚はこの返答がお気に召さなかったようで、むーっとした表情でこちらを見ている。
かわいい。

「いや、本当に無いんだが……」

むー。
かわいい。

「いや、あの」
「溜め息ついてたもん」
「え?」
「今日教室出るとき、溜め息ついてたでしょ。それに修学旅行の時から八幡変だよ」


やっぱり、その事だったか……

「あ~、それは奉仕部の、というか俺個人の問題で戸塚が気にする必要は……」
「話して」


戸塚には珍しい、強制するかのようなはっきりとした口調だ。


「だから、戸塚は関係ないんだよ」
「知りたいんだ。八幡が抱えてる問題」
「……お前、なんか今日変だぞ?」
「……話して」
「っ!……親しくても話せないことくらいあんだろ!?」


戸塚の追及するような言い方に思わず語気を荒げてしまう。




しかし、俺は今発した自分の言葉に違和感を覚えた。



「親しい……?」






急に戸塚の声音が弱々しくなった。

そう、俺は今、親しいと……
それは俺が彼に対して使っていい言葉だったか。
しかし、発した言葉は彼に届いてしまった。
もう戻れない。


「嘘つき……」

次いで出るその言葉はわずかに湿り気を帯びていて、見ると戸塚の目はわずかにうるんでいる。



「八幡は、ボクのことどう思っているの?」



そう聞く彼の目には、すがるかのような感情。


やってしまった。そう思った。


どうして今まで気づかなかったのか。
いや、気づいていたが、それでもいいと思ってしまっていた。
そのことに今、気づかされた。






俺は彼のことを……友達だなんて思っていなかった。



感情の処理は適切に。
彼我の距離は適当に。


余計な期待をしてはならないと、必要以上に近づいてはならないと。
俺は今までそうして他人との距離をとってきた。



どうして距離を間違えてしまったのだろう。

どうして彼をここまで近づけてしまったのだろう。


そんなのわかりきったことだ。
ただ、彼は都合が良かっただけ。
彼は、俺を裏切らないだろう、と、優しくしてくれるだろう、と。

実際、彼は俺を、本当の友達だと思って付き合ってくれていたように見える。
俺はそれに甘えきっていた。

同情にも、優しさにも、甘えてはいけないと、そうしてやってきていたはずなのに。

彼の中性的で柔らかな雰囲気が、いつもの警戒心を鈍らせた。



結局今まで自分を裏切ってきた連中と同じ。
そして、自分が今まで散々馬鹿にしてきた連中と同じ。



自分は彼を友達だと思っていないくせに、彼には自分の友達であることを期待してしまっていた。
そして、それで良しとしてしまっていた。





そんな俺が、彼の質問になんと答えても傷つけてしまうだけだ。

ーーーーーー間違いなく伝わってしまう。



それなら、もう――――――


「お前は」


二度とこうならないように―――――――


「ただの、クラスメイトだ」


これで、最後に――――――――





「面倒だから、もう誘うな」





その言葉でついに戸塚の目から雫が流れた。




問われる前に、自覚できていたら、もっと楽に終わっただろうか。




傷つけることなく、終わらせられただろうか。



そんな後悔も意味がない。
こぼれた水は戻らない。





「じゃあな」


戸塚の顔は見れなかった。


でも、泣いているだろうな。

目を伏せたまま、立ち尽くす戸塚の横を通り過ぎる。



悪いな戸塚。
やっぱり俺は一人がいい。



傷つけて、傷つけられて、そんな関係は無い方がいいだろう。




ぼっちが最強、証明終了。




間違いだらけの彼との青春も、これで終わり。

今日はここまで
後編は近いうちに投下できると思います

今回はなんかすいません

戸塚と八幡が険悪な関係になるシーンが全然想像できず時間かかってしまった上クオリティも微妙かも
ただあの八幡がかわいい男という理由だけで戸塚と仲良くしてるのがなんか違う気がしたからこんなんなってしまった
当然二人をこのままにするつもりは無いんで続き楽しみにしていただければ幸い

続き

『人間はいつになったら正しい道を選択できなかったという負い目から、自由になれるのだろう』



何かのミステリー小説に、そんな文句が書かれた帯がかけられているのを目にしたことがある。

「いつになったら自由になれるのだろう」と、疑問形でこの一文は締められているが、当然答えを求めているわけではない。
この文の真意はこうだ。


『人間は一生、正しい道を選択できなかったという負い目からは、自由になれない』

この一文で言う『正しい道を選択できなかったという負い目』と『後悔』は似て非なるものだ。

『後悔』という行為は、現状を受け入れるまでの過程のようなものだと思う。


人は後悔せずに生きることはできない。
もちろん間違った選択がいい結果をもたらすことも往々にしてある。
ソースは最近の世界○天ニュース。

だが、そんな幸運はめったに起こりえない。

あの時こうしていれば、あの時ああしていたら。



そんな風に仮想の、理想の世界に一時的に自分の思考を逃がすのが後悔だ。
しかし、仮想は仮想。理想は理想にすぎない。


それでも、後悔することが悪いことだとは思わない。
そんな空想の世界に逃げなければやっていけないことくらい山ほどあるだろう。
一説では、後悔という行為には、辛い現状から、自身を乖離させることで精神のバランスをとる効果があるらしい。
そうして、いずれ受け入れなければいけない現実に備えるのだそうだ。
それに、後悔は教訓になる。

だとすれば、『負い目を感じる』とは言わばよけいな荷物を背負う行為なのだと俺は思う。


「あの時どうしてああしなかったのだろう」などと、自責の念にとらわれ、理想するだけにとどまらず現実でも自分の心の負担としているのだ。

そんなものを背負ったまま現実を迎えて、それまでと同じように前に進めるだろうか。
答えは否。
荷物はあるよりも無い方が早く前へ進めるのが道理だ。
背負うものが大きい方が強いなどというのは、バトル漫画の世界の中だけだろう。

『人間は一生、正しい道を選択できなかったという負い目からは、自由になれない』

それならば、最初から背負わなければいい。


いくら後悔してもいい。
だが俺は、負い目などという余計な荷物は持たずに置いていく。
そんなもの背負い始めたらきりがない。



今回も、後悔して、空想して、それでも現実を受け入れて、いままでと何も変わらずに、一人で……


【4】やはり彼との青春は間違っていた(後)

「ただいま」


玄関を開けた直後に、階上からドタドタと足音が聞こえてくる。

「あー、やっと帰ってきた!もう、遅いよお兄ちゃん!小町お腹すいた!」

壁の影からひょこっとしかめた顔を出して、小町は俺を迎えた。
なんでお前はまた俺のシャツを着てるんだ。
あとズボンはけズボン。
最近寒くなってきてるんだから、女の子が腰冷やしちゃいかんでしょう。

「遅くなるから先食ってろってちゃんとメールしただろ」
「でもでも、小町はお兄ちゃんとごはん食べたかったし。今の小町的にポイント高……」


小町は何かに気づいたかのように言葉を切ると俺の顔を覗き込んで鼻をスンスンならしてる。
お前は犬か。かわいいじゃねぇか。


「何してんの、お前」
「む~、お兄ちゃん戸塚さんと遊んできたんじゃないの?」
「怖いんだけど。なんでしってんだよお前普通に怖いんだけど」
「や~、お兄ちゃんが部活も無いのに遅くなるって言うから、ここは妹として探りをいれないわけにはいかないでしょ」
「妹としてもっと家族のプライベートを大事にしろよ」

「そんなわけで小町はお兄ちゃんが結衣さんと放課後デートでもするんだろうとあたりをつけて結衣さんに激励のメールを送ったわけです」
「ねぇ話聞いてる?妹ならもっとお兄ちゃんの言うことに耳を傾けてもいいでそ?」
「ところが結衣さんは心当たりがないと。聞くと戸塚さんと教室出て行くのを見たと言うじゃないですか」
「聞けよ」
「でもその割にはテンション低くない?いつもなら戸塚さんが関わると目ギラギラさせて『戸塚がー戸塚がー』って聞いても無いことしゃべってきてすごい気持ち悪いのに」
「ごめんな?謝るから人の話を聞いてくれ」

「あと戸塚さんが使ってる制汗スプレーの匂いがしない!」
「その変態っぽい発言はすごくポイント低いんだが……なんで俺から戸塚の使ってるスプレーの匂いがすると思ったんだよ」
「戸塚さん小町のと同じの使ってたから覚えてたの!それに匂いって結構人に移るんだからね!」


なるほど、戸塚が男なのにいい匂いするのはそのためか。
相変わらずそこらの女子より女子力たけーな。
まぁ、もう関係ないけどな。

「今日は使ってなかったってだけだろ。部活も無かったみたいだし」
「ふーん、そっか。で、なんかあったの?」
「別に……いつも通り」


嘘は言っていない。
いつも通り、一人に戻っただけ。
小町の言うように「戸塚が、戸塚が」とあれこれ話してもよかったが、その程度でごまかせるとは思えない。
それに、嘘を重ねるより黙秘を貫く方が楽で安全だということを俺は知っている。

「ふーん……ま、いっか。ごはん食べよ。小町腹ペコ」



釈然としない様子ではあったがそれ以上は聞いてこなかった。
さすがは妹、兄の地雷の場所がわかってる。
もういっそのこと処理してくれないかと思うが、地雷とはつまりトラウマなのだから場所が分かったところで掘りおこすことはできても不発のまま除去することなんて特殊な技術がないと無理だ。
というか、正直他人には不可能だ。


人によって、出来事によって、時期によって、埋まり方も爆発のタイミングも処理の仕方も違うのだからたちが悪い。
その上普通の地雷とは違い爆発させてよしOKというわけでもない。

そう考えると世のいわゆるカウンセラーのような業種の人たちはすごい。
と言っても俺はそういう人たちを全然信用してないんですけど。


ちょっと人の心理を勉強した程度でその人の抱える傷を癒そうだなんて傲慢だ。


そもそもトラウマなんてのは人に克服してもらうものではなく、自分が過去のその出来事とどう折り合いをつけて生きていくかだと思う。
俺もよくトラウマだの地雷だのと過去の出来事を他人に話すことはあったが、それもそれらの出来事が話したところでどうでもいいことだということで自分なりに決着をつけてきたからだ。

そこまで考えて気づく。


じゃあさっき小町に今日のことを話したくなかったのは?

戸塚に修学旅行の時のことを話せなかったのは?



そういえば最近人に話せなくなったことが増えた気がするな。
いや、折り合いをつけるまでに時間を要することなんてこれまでにいくらでもあっただろう。
今日のことも、修学旅行のことも、これまでのことも、全ていつか笑い話になる。
話す相手がいるかはまた別だが、その時は小町にでも聞かせてやればいい。
小町なら相手にしてくれるだろう、おそらく。
いや、多分、きっと、もしかしたら、うん。

・・・・・・・・・・・・・・・・

翌日、駐輪場に自転車を置き昇降口に向かうと、生徒たちが制服姿で行き来する中に一人、黄緑色のジャージを着た文字通り異彩を放つ人物が靴箱に寄り掛かって立っていた。
ふぅ、と思わずため息をついてしまう自分に気づき、やはりどこかいつも通りではない自分を落ち着かせる。

彼はおそらく俺を待っている。
落ち着け、脳内シミュレートだ。
俺のようなぼっちは常人より脳内シミュレートに長けている。
なにせ女子に一声かけるだけでも少なくとも数回のシミュレーションが必要なのだ。
脳内にとどまらず練習で女子の名前をボソッとつぶやくまである。
そしてそれが相手に聞こえてしまい「何こいつ私の名前つぶやいてんの?キモっ」ってなる。
今こそ本気を出す時だ。



~シミュレーション開始~


戸塚、俺に気づく。
控えめに挨拶してくる戸塚。

『あ……は、八幡……おはよ……』
『うす』

何事もなかったかのように軽く挨拶を交わしすっと立ち去る俺。


~シミュレーション終了~


OK、超クール。
どっかの連続殺人鬼も『クゥゥゥゥゥルだよ、あんた!』と叫ばずにはいられないだろう。

「あ、おはよう、八幡!」
「っ!……お……うす」


……現実は非情である。

よく考えたらシミュレーション通りに言ったことって数えるくらいしかなかったわ、てへっ。
大抵名前呼ぶ時点で噛んで『こいつ何言ってんの?』みたいな目で見られる。
シミュレーションが逆にプレッシャーになってるんだよな、悲しいことに。


それから誤算が二つあった。
一つは、戸塚の目に泣いた跡が残っていたこと。
もう一つは、戸塚がそれでも笑っていたこと。


とりあえずこれ以上動揺してる姿を見せたくなかったので立ち去ることにする。
比企谷八幡はクールに去るぜ。
全然クールじゃないけど。
むしろフールだけど。

戸塚の横を通り過ぎたところで、制服の袖に抵抗を感じた。
その手は、いつものようなおびえるかのようなつまみ方ではなく、行かすまいと力強く袖をつかむ。


「ボクは諦めないよ、八幡」


振り向くと、彼は目をわずかにうるませながら、それでもやはり笑っていた。


「わからん。お前を傷つけた相手だぞ」
「友達でもそういうことくらいあるよ」
「俺はお前を……そうは思ってない」
「なら、今から友達になってよ」


わからない。

「傷つけて、傷つけられて。そんな関係のどこがいいんだ?」
「傷だってその『友達』と関わった証になる」


戸塚がゆっくりと、つかんでいた袖を話す。


「それに、友達は傷つけあうだけの関係じゃない。ボクが教えてあげる」


そう言って、彼はゆっくりと右手を差し出してきた。


「八幡も昨日のことを気にする必要なんてない。ボクはなんて言われても、八幡から離れないから」


戸塚は、自分を裏切った相手に対してそんなことを言ってのけた。

小学生のころ、俺は涙を流すことが多かった。
別に、周りの子供に比べ泣き虫だったわけではない。
むしろ我慢強い子供だったように思う。
それでも泣くことが多かったのは、涙を流すような出来事を多く経験してきたからに他ならない。
無論、一人がつらくて泣くことが多かったのである。


今となってはぼっち至高主義の俺だが、当時の俺には、周りの人間に見限られて、見放されて、裏切られて、そうして出来上がった一人ぼっちの環境は相当こたえるものだった。


しかし、そんな涙もいつからか流れなくなった。



俺は、一人で生きていけると。
味方なんか自分には必要ないと。
いつの間にかそうして自分をごまかして生きるようになった。
結果、嫌なことが体に溜まっていき、目も心も澱みきってしまった。
そうして出来上がったのが今の俺だ。


最後に涙が汚れを流してくれたのはいつだっただろうか。




数年ぶりに目に水分がたまり、こぼれていく。
昨日、戸塚に別れを告げた時の汚れが綺麗に流されていくのを感じた。

「八幡でも泣くことあるんだね」
「っ!泣いてねえよ!」


戸塚の言葉で我に返り目元をごしごしと拭う。

「八幡のこんな表情見れたのはこの学校じゃきっと僕くらいだよね」



戸塚は、それはもう本当に嬉しそうに、満面の笑みで、そんなふざけたことを言った。





あぁ、俺の負けだ。
彼は何を言っても折れないだろう。
俺は彼の笑顔を見て折れてしまった。



彼の手をつかもうと右手をゆっくりと伸ばす。
もう、ゴールしてもいいよね――――――










「あ!ヒッキー、さいちゃんやっは……えぇ!?ヒッキーどうしたの!?なんで泣いてんの!?」











……おい。

「なんなのお前、馬鹿なの?空気読めよ。てか誰?」
「えぇ!?」
「由比ヶ浜さん空気読んでよ」
「さ、さいちゃんまで!?」
「空気を読むのがあなたの唯一の特技だったでしょう?それもできず空気を吸って吐くことしかできないならそこらの空気清浄器の方がよっぽど有能よ、由比ヶ浜さん」
「ヒッキーうっさい!てか真似すんなし!微妙に似てるのが本人に言われてるみたいで傷つくからぁ!てかホントにどうしたの!?よく見たらさいちゃんも目はれてるし、お腹痛いの!?」
「うるせぇよ、お前と一緒にすんなよ。てか見るんじゃねえよ。見ていいのは小町と戸つ……」





『それ』は時に友情の証として友達との間で交わされる。





「見ていいのは、小町と……彩加だけだ」





くだらない。
呼び方一つで変わる関係が絶対の関係と言えるはずもない。
でも、気分は悪くない。
ちょっと恥ずかしいけど。
そんな恥ずかしさも彩加の嬉しそうな顔を見れたのだから、些細な犠牲だ。




「ひ、ヒッキー、さいかって!?」
「もういいよ、行こうぜ、彩加」
「うん!八幡!」
「もう!なんなの!?」






彼との青春は間違っていた。
後悔し、ああしとけばよかったと空想したりもした。

しかし、間違いがいい結果をもたらすことも往々にしてある。
ソースは最近の世界○天ニュース。
ある報道官の憶測と思い込みで発言するという報道官として間違った行為が平和的解決をもたらしたというあれだ。
ベルリンの壁崩壊の裏にあんな出来事があったなんてな。



そして新たなソースも今日入手した。




だが、そんな幸運はめったに起こりえない。




だから、少なくとも彼との青春だけは、これからは間違えないようにしよう。









この後悔を教訓に、絶対に

ここまで
次回番外編予定

今回特定業種の人を馬鹿にするような(?)描写がありましたが本意ではありません
所詮二次創作だからって感じで軽いノリで聞き流してください

あと最初の方に出てきた「後悔は一説では~」のところも思いついたことを都合の良いようにもっともらしく書いただけなんで人に話す際はよく調べてからでオナシャス

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