このスレは去年の秋、自分が未完成で放り投げてしまったss
凛「アーチャーの願いって?」 アゲハ「オレの願いは……」の完全版です。
お話はpsyrenの夜科アゲハがアーチャーとして召喚されたらと言うものです。
前回、何も言わずに去ってしまい申し訳ありませんでした。
今回は十分な書きための元、多少の修正を加えて、始めさせたいと思います。
それと名前を忘れてしまったため変わっていますが、本人です。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1363504103
2度目なのでいくつか諸注意を。
現在、書きためは更新停止した地点から進み、全体の70%程出来上がっています。
前回分を一気に投下しようと思ったのですが、読み返してみて幾つか修正点が出たため、分割で投稿していきたいと思っています。
スタートは今夜から。
よろしければ、またお付き合い下さい。
――遠坂邸
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師シュバインオーグ。
降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」
「告げる――」
「――告げる。汝の身は我が下に、我が運命は汝の剣に。聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば応えよ――」
「――誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者――」
「――汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――」
「よしっ! 完璧に引き当てた。最強のサーヴァントを……って、あれ?」
召喚成功の手ごたえを凛は確かに感じた。
けれども、いくら部屋を見回そうともどこにもサーヴァントの姿はない。
本来なら魔法陣の上に呼び出されるはずなのだが、人どころから虫の一匹すらもいやしなかった。
霊体化している様子もない。
凛がこの不思議な現象に思案していると、下の階から大きな音が鳴り響き、屋敷全体が激しく揺れた。
――ガチャリ。
階段を急いで駆け下りる
音がしたのは儀式を行った真下の部屋だとはすぐに分かる。
部屋の前に辿り着くきドアノブに手をかけて開け放つと、そこには、15、16といったところだろう少年が寝そべり頭をさすっている。
「痛ててて、なんだいきなり?」
(何? もしかしてコイツが私のサーヴァントなの? どうみても只の高校生にしか見えない……でも一般人が侵入出来る訳ないし)
「なあ、ちょっといいか?」
「なに!?」
予想外の光景に混乱していると、目の前の少年が口を開く。
「色々聞きたいことはあるんだけど今は西暦何年だ?」
「西暦? サーヴァントのあんたが何でそんなもん気にすんのよ。それに、そういう根本的な知識は聖杯から付与されてるんじゃなかったかしら?」
「さーばんと? よく分からないけど、俺にとって大事なことなんだ。教えてくれ」
凛は目の前のこの少年がふざけているのだろうと思う。
状況的に考えればこの少年はサーヴァント。
身なりも容姿はそうじゃ見えないが、そうとしか考えられない。
それでも、しぶしぶと凛はアゲハの問いに答えることにする。
「……2002年2月よ」
(2002年……俺がいた時代より7年も前だ。どういうことだ? テレホンカードの力は使い切ったはず、それに過去にとばされるなんて……07号に何らかの思惑があったのか……それとも)
「満足したかしら。じゃあ次はこっちから質問良い?」
「あ、ああ」
「まず、あんたは私のサーヴァントであってるのよね? パスは繋がってるし、令呪だってあるんだから」
凛は左腕に現れた霊呪を少年に見せる。
マスターの証である。3回限りの絶対命令権だ。
サーヴァントであれば絶対知っているはずなのに、少年はイマイチ要領を得ない。
「??」
「……さっきから私のこと馬鹿にしてる? あんたは何のサーヴァントかって聞いてんだけど? 見たところセイバーではなそうね……も、ももしかしてキャスターやアサシンじゃないわよね?」
その時、凛の頭には最悪の想像がよぎっていた。
セイバーなら最高。
最低でも三騎士のクラスは絶対に引き当てたいところである。
しかし、この目の前の少年を歴戦の騎士として見るには、どうひいき目に見積もった所で無理である。
平凡な顔つきに、どこにでも売ってそうなシャツにジーンズは誰が見ても高校生にしか見えない。
100歩譲っても、せいぜい小賢しい暗殺者か魔術師がぴったりではないか。
「あああああ! だからさっきからサーバントだの聖杯戦争だの何の話してんだよ! こっちだっていきなりこんな所に連れてこられて状況がわかんねぇつーの!」
「はぁぁぁ!? あんたサーヴァントでしょ? いい加減ふざけるのやめなさいよ! そりゃ、ちょっと召喚に失敗しちゃったのは謝るけど、そこまで陰湿なの!? ……やだやだ、英霊ってのは偉そうなだけじゃなくて、ここまで姑息なんて考えもしなかったわ」
「だ・か・ら・最初からいってんだろ! サーバントなんて――」
話はいつまでたっても平行線のままで先程から全く進まない。
マスターにとってこんな序盤から令呪を使ってしまうことはなんとしても避けるべきなのだが、沸騰した脳では冷静な判断をできるわけもなく、半ばヤケクソ気味に令呪をもって命ずる。
「―――――Anfang……!」
「Vertrag……! Ein neuer Nagel Ein neues Gesetzl Ein neues Verbrechen―――!」
≪令呪に告げる 聖杯の規律に従いこの者、我がサーヴァントに戒めの法を重ね給え≫
「なっ?」
「まったく、こんな下らないことに令呪を使わなきゃいけないなんてね……まぁ、良いわ。これで少しは話も通じるだろうし――さて、私にあなたが何のクラスか教えてもらおうかしら?」
「だから、そのクラスとか何とか知らねーんだって。何回も言ってるだろう?」
「え?」
(おかしいわ。令呪を使ったんだから命令には従うはず……だけどクラス名も言わない……も、もしかして!)
1パスの繋がりは感じる。間違いなくこの男は凛のサーヴァントである。
2令呪は機能している。したがって基本的に逆らうことは出来ない。
3つまり、この男の話してる内容は真実であり、クラスすら分からないサーヴァントである。
4以上より遠坂凛の引いたサーヴァントは開始早々問題を持っていることになる。
(な、なんてこと……まさか私がこんなハズレ物を引くなんて、ううん。諦めちゃ駄目よ遠坂凛。存在が分からなくても強いかも……)
「どうしたんだよ? 急に黙り込んで、オレも聞きたいことがあるんだが良いか?」
「はぁ~良いわよ。あんたがイレギュラーな存在ってのは身に染みて分かったから何でも聞きなさい」
男の質問に凛が答える。その内容は一般人のそれと変わらない程で呆れてしまうようなものだった。
しかし、この男の真剣な態度に嘘をいっている様子はない。
馬鹿馬鹿しいと思いながらも凛は、魔術のこと、聖杯戦争、サーヴァント、その他もろもろものことをかいつまんで説明する。
一通り話終えると、次は凛のターンである。
この謎のサーヴァントの素性を少しでも知りたく、質問するのだが聞けば聞くほど不思議なサーヴァントであった。
「なるほどね。つまりあんたは、もともと2009年にいたと。そして最後は死んだか死んでないかわからないけど、死んでもおかしくない状態だった。そして英霊と呼ばれる覚えも無くはないわけね」
「ああ、そうだ。英霊なんて呼ばれる身分じゃねーと思うが、確かに世界を救ったって言えば救ったと言えるかもな」
「……まだ、完璧に納得したわけはないけど、とりあえず良しとしましょう、えーっと……」
「そういえば、まだ自己紹介してなかったな。俺の名前は――アゲハ。夜科アゲハだ」
――
マスター 遠坂 凛
真名 夜科 アゲハ
クラス アーチャー
性質 混沌・中庸
◆ステータス
筋力D 敏捷C 耐久D 魔力A 幸運C 宝具?
◆クラス別スキル
対魔力 D 一工程による魔術を無効化する
単独行動 B マスターからの魔力供給が無くなったとしても現界していられる能力。ランクBは二日程度活動可能。
◆保有スキル
ライズ B 魔力で脳の付加を外し身体能力をあげる。ランクBは筋力と敏捷を1ランク上げる
暴王の月 A+ 暴王の月をコントロールする能力。A+ならば真の力を引き出すことも可能とする
しかし、その代償は大きい。
星空の瞬き B 天賦の才による、戦闘を有利に進めるための洞察力や危機回避能力。
わずかな勝率が存在すればそれを生かすための機会を手繰り寄せる事ができる。
――
大変短いですがプロローグだけで終わらせていただきます。
続きは直ぐに投稿しにきます。
前回でた質問は後日まとめて投稿しようと思います。
それでは。
冷静なればマスターは自分のサーヴァントの能力が分かるのだ。
アゲハのステータスには意外にも三騎士であるアーチャーと出ている。
どこらへんが弓兵なのか凛にとっては全くの謎であるのだが、アゲハ本人は妙に納得している。
まあ問題はクラスではない。
どのクラスに属そうと聖杯戦争を勝ち残る強ささえあれば良いのだから。
アゲハ「それで、オレは何て呼べばいいんだ?」
ずっと凛が質問を浴びせていたので、アゲハは凛の名前を聞くタイミングがなかった。
凛「マスター」
アゲハ「いや……名前を教えて欲しいのだけど……」
凛「冗談よ。遠坂凛よ。呼び方は任せるわ」
アゲハ「……」
遠坂凛。
アゲハにとって初めて聞く名前のはずだが、どこか懐かしさを感じる響きだ。
2、3度口に出してみても、異様に馴染むというのか自然と口から零れてくる。
マスターの呼び方では味気ないし、そもそもアゲハはまだ凛がマスターだとも自分がサーヴァントだと言うことも実感がわかない。
少し悩んだあと、アゲハは遠坂と呼ぶことに決定した。
凛「じゃあ、最初の仕事よアーチャー。ここを掃除しなさい」
アゲハ「え? なんでオレ? 遠坂、自分の責任何だから自分で掃除すれば良いだろ」
凛「私は色々と事務仕事があるの。それに暇でしょ?」
アゲハ「だから、オレはやらねぇって――!?」
体が急に重くなる
手足が鉛の様に、という程ではないが、水の中で動いている様な夢の中でもがいているような、体の動きが規制されて気分が悪くなる。
凛「どう? まだ反抗する気は残ってるかしら」
アゲハ「……遠坂。お前、オレになにしやがった?」
凛「だから令呪だってば。さっき説明してあげたでしょ? マスターはサーヴァントに対して絶対服従の3回の命令権を持ってるの。抽象的な命令だったけど、どうやら多少の制約はあるみたいね」
じゃあ、お掃除よろしくねアーチャー。
そう言い残して、凛は部屋から去って行った。
振り返るとそこには山積みの本に埃が積もりうっすらと白くなっているのが分かる。
それにアゲハの落下により、家具に多少倒れているものも見られる。
長くなりそうだ。
アゲハ「おーけぇー、地獄に落ちろ遠坂」
誰もいない部屋で精いっぱいの抵抗を示すアゲハであった。
凛「感心、感心。綺麗なったじゃないアーチャー」
アゲハ「まあな。掃除や洗濯は姉貴に嫌ってほどやらされてるから、大したことねぇよ」
凛「……あんたにお姉さんね、見るからにわんぱく小僧で1人っ子って感じだけど」
アゲハ「別に間違いじゃないさ、実際は1人っ子みたいなもんだ。ありゃ実の弟にやる事じゃねぇ、母親みたいに口煩さいし」
凛「ふーん、仲良さそうね……」
アゲハ「は!? 話聞いてたのか遠坂。姉貴はな、ちょっと門限遅れただけなのにロープとかロープとか長い棒とか……」
思い出したくないトラウマがよみがえる。
何かを呟きながら部屋の隅の方でいじけているアゲハを放っておき、凛は考えはじめる。
凛(さて、綺礼によるとサーヴァントはまだ全部揃っていないみたいだし、戦闘もまだ起らないでしょう。それに戦争が始まってすぐ学校休むなんて、自分がマスターですって言ってるようなもんだもんね)
凛「じゃ、アーチャー。学校に行くから付いてきなさい」
アゲハ「学校? 戦争中なんだろ? 良いのかよ学校なんか行って」
凛「あのね。戦争が始まった途端、学校に来なくなった奴がいたらあなたはどう思うの?」
アゲハ「風邪でもひいた?」
凛「馬鹿。フツー真っ先にマスターだって疑われるでしょ!? ただでさえ遠坂の人間なんだから誰よりも注意を向けられるつーの」
アゲハ「ふ~ん、そんなもんか。で、オレはどうすんだ? 流石に学校の人間じゃない奴がいたら一発でバレるだろ?」
凛「誰がそのまま付いて来いなんて言ってんのよ。霊体化すれば良いじゃない」
アゲハ「レイタイカ? どうやってやんだソレ?」
凛「霊体化なんて魔力供給カットすれば出来るじゃない。イレギュラーなサーヴァントでも霊体化は大丈夫よね?」
試すこと数十秒。
待てども待てどもアゲハの姿は消えずに、変わらず現界し続けている。
アゲハ「……出来ん、全く出来ねー」
凛「は!? ちょ、ちょっと待ってよ。霊体化なんて何でもないことなのよ? 何で出来ないのよ!?」
アゲハ「分からん。遠坂は召喚乱暴だったしからソレじゃないのか?」
凛(な、な、な、何ですってええええええーーーー!!!!)
まさか、私のせいなの? 凛は自分のうっかりスキルもここまでくると本当に呪いだなと悲しくなる。
しかし、出来ないものは出来ないでしょうがない。
遠坂凛は出来ないものに、いつまでも固執してしまう程愚かな人間ではない。
ならば別の策を考えれば良い。ただそれだけのことだ。
凛(いっそのこと待機してもらう? 駄目ね。襲われたら大変だし、既に一画令呪を失ってるんだから呼び出すことなんかに使いたくないわ)
ならば、やはり学校にまで付いて来てもらうしかないだろう。
凛(あたかも生徒の様にふるまってもらう? 幸いアーチャーはどっからどうみても頭の悪い高校生にしか見えないし……でも、それは他のマスターに自分の存在をバラすことになる。セイバーやランサーならまだしまアーチャーじゃ正面勝負は分が悪いわ)
そうなると、残された手段は1つしかなくなる。
凛「アーチャー」
凛「あんた、こっそり私について来て学校の屋上に待機してなさい」
アゲハ「えーつまんねえええー!!! 屋上で待機とか死んでもやりたくねえって。別に見たって誰も気にしないだろオレのことなんて」
凛「あんたの頭は飾りなの? サーヴァント同士は互いに気配で分かるから注意しろって言わなかったかしら? 言ったわよねえ!?」
アゲハ「あー……言ってたなそんなこと、忘れてたわ」
ブチ。何かが切れる音がして、凛は笑顔のままアゲハに指を突きつける。
アゲハ「どうした遠坂? 性格はともかく良いとこのお嬢様が人に指差しちゃいけないだろ? そんなことも教えてもらってないのか?」
凛「ガンド」
放たれる漆黒の魔力弾がアゲハの頭を掠める。
やばい。あれが何かなんて分からないけれど、人に指差して放たれる弾丸が人体に良い影響を及ぼすはずがない。
明らかに敵意を持った何らかの攻撃以外の選択肢がどこにあるのか。
続いて第二弾第三弾が続々と押し寄せる。
身を屈め、跳び、捻り、あらゆる手段で躱す躱す。
言葉が通じないいまは、気が済むまでとにかく打たせるしかない。
凛「はぁはぁ、なんで避けんのよ! 当たんないじゃない!」
アゲハ「ちょ、お前。そりゃいくらなんでも理不尽すぎんだろ! 誰だって身の危険を感じたら避けるよな? フツー」
凛「ちっ。頭の方は動物並みでも本能だけは働くようね。とにかく姿がばれるようなことは厳禁! 分かったの?」
アゲハ「へい、へーい。ったく分かった。大人しく待機してりゃ良いんだろ」
凛「よろしい、じゃあ掃除よろしくね。私が帰ってくるまでに綺麗にしておくのよ」
アゲハ(また掃除……)
悪態をつきながらも、もはや慣れた様子で掃除を始める。
令呪には逆らえないのもあるが、無かったっとしてもアゲハは凛の言葉に従うだろう。
それが長年の生活で染みついてしまった夜科アゲハの悲しい性なのである。
アゲハ「願いねぇ……」
何度もタイムスリップの経験はあるが、まさか異世界へ召喚されることになるとは思ってもいなかった。
しかも、死んで英雄になった存在が聖杯戦争に呼び出されると凛は言っていた。
その話が本当だとすると、自分はミスラとの戦いで命を落としたことになる。
ノヴァを使いミスラを消滅させた。
弥勒は自分たちの世界を作るために旅に出て、皆が自分のことを心配していたのも覚えている。
だんだん声も遠く、視界も暗くなっていく。
そうして目が覚めたかと思えば見知らぬ部屋に投げ落とされていたのだ。
死んでしまったのなら、それでも構わない。
聖杯戦争を100%信じたわけではないけれど、召喚されたことは逆に考えれば世界を救った証明にもなる。
しかし、それでカイル達はどうなる。
自分たちはW.I.S,Eの野望も止め平和な世界を取り戻したが、未来の世界は何も変わらなかったではないか。
もう2度とカイル達がどうなったのか知ることは出来ないと思っていた。
だから聖杯を手に入れること出来れば良い。
何としても聖杯を手にし、あの荒廃した未来世界を救って見せる。
アゲハ「聖杯戦争。英雄が相手だか何だか知らねえけど、必ず手に入れてやる」
凛「ただいま~。アーチャーいる?」
アゲハ「なんだ、遠坂」
凛「あ、良かったいたんだ。アーチャーのことだからブラブラしてるのかと思ったわ」
アゲハ「遠坂が待機してろと言ったんだぜ。サーヴァントとして従うのは当たり前だろ?」
凛「うっ……そりゃそうだけど、あんたが素直だと逆に不気味だわ、なにか心境に変化でも?」
アゲハ「別に変化って程じゃねーよ。ただオレにも聖杯戦争に参加するだけの理由ができただけかな」
凛「ふ~ん。ま、やる気になってくれたならソレに越したことはないわね」
アゲハ「ところで、遠坂。今日学校はどうだったんだ?」
凛「うん。それについてはちょっと困ったことになってるのよ。どうも学校に結界が張られてるみたい」
アゲハ「――結界?」
凛「そう。結界。どこの誰かは知らないけど、この私がいる所にあれだけの結界を準備してんのよ? 全く」
凛はあからさまに不機嫌そうである。
遠坂家はこの土地の管理者として何世代も冬木を守ってきている。
その遠坂の現当主である凛の通っている学校に結界を準備するなんて、相手は相当の馬鹿か喧嘩を売っているかのどちからである。
アゲハ「そうか。で、その結界はどんなものなんだよ? 結界って言っても色々あるだろ?」
凛「……想像する限り最低最悪の結界よ」
凛「あれは一たび発動したら、その範囲内の抵抗力のない人間を文字通り融解させ吸収するものよ」
アゲハ「……なんでんなもんが。 聖杯戦争ってのは魔術師達だけで秘密裏に行われてるものじゃなかったのか?」
アゲハの質問は最もであり聖杯戦争は一般人には害を与えずに終わらせなければならない。
それでも犠牲が生じてしまうこともある。
その場合には監督役と呼ばれる存在が隠ぺい工作ををすることで魔術の秘匿を守っているのである。
凛「どこにでもルールを破る奴は出てくるわ。特に魔力を得る為に一般市民から力を得ることは、自分のサーヴァントを強化する一番手っ取り早い方法よ」
魔力の少ない一般人でも大量に吸収すればそれなりの力が集まる。
その点において高校に目を付けたのは、正しい判断と言える。
凛「それで、アーチャー早速だけど明日から学校まで護衛お願いね。授業中はあまり身動きとれないだろうから、アーチャーには周囲に気を張ってもらって、放課後から捜査開始するわよ」
アゲハ「ああ、良いぜ。誰だか知らねーが、関係の無い人間を巻き込むなんてタダじゃおかねー。必ず見つけ出してぶっ潰す」
――PM 6:00 学校の屋上――
アゲハ「どうだ、遠坂」
凛「……参ったわ。私の手に負えるレベルじゃない」
放課後になり生徒は部活動を行っていた僅かな生徒を残して、帰宅しているため校舎内に残っている人間はおらず、アゲハが生徒と遭遇する確率も低いと見てうごきだした。
早々と結界の起点を屋上で見つけたのだが、想定以上にレベルの高い魔術で凛を持ってしても手を出せない。
アゲハ「まさか、もう手遅れとか言うんじゃないだろうな?」
凛「そこまで切羽詰まってる訳じゃないわ、まだ結界の発動には猶予がある。それでも、ここまでレベルが高いとわね」
アゲハ「サーヴァントの仕業か」
凛「あら、珍しい。私も同じこと思ってたのよ。参考までにそう考えた経緯を聞かせて欲しいわね」
アゲハ「だって、一応遠坂は優秀な魔術師なんだろ? それを上回る魔術師の存在は中々いないだろ。いや、いるかもしんねーが確率は低い。さらにそれだけ優秀な魔術師だったらわざわざ遠坂のいる学校に設置なんかしない。それより適当なビルとか公園とかいくらでも適してる所はある」
アゲハ「それよりどーすんだ、遠坂。施しようがないなら黒幕を潰す以外道はないよな」
凛「うん。だけどその前に――」
凛「「Abzug Bedienung Mittelstand」
≪消去 摘出手術第二節≫
この結界の起点を示す刻印に手―をかざして凛は唱える。
消し去ることは出来ないが、妨害魔術の上書きをすることで結界の発動を遅らすことは出来る。
アゲハ「遠坂、いまのは?」
凛「破ることは出来なくても、邪魔ならで出来る。焼け石に水かもしれないけど、これで発動までの時間は稼げたわ」
アゲハ「すげーじゃねーか、遠坂! やっぱお前は優秀な魔術師だったんだな。いやー見直したぜ!」
アゲハにはこの世界で初めて見た魔術に興奮を隠しきれない。
魔術を見ていなかったため、凛のことを偉そうな口煩い奴と思い始めていたアゲハだったのだが、こうして結界を封印しているのを見ると改めて魔術師であることを実感する。
凛「ふ、ふん。そんなことは良いから、さっさと行くわよアーチャー。今日中に出来るだけ邪魔しときたいんだから」
アゲハ「へいへい、分かったよマスター」
凛「……期待してるわ、アーチャー」
アゲハの言葉に凛は嬉しく思う。
状況も分からずに呼ばれたアゲハと、前代未聞のサーヴァントを引き当てた凛。
少しづつではあるが2人の絆は太くなりつつあった。
――21;00 再び屋上――
凛「終わったわね」
アゲハ「おつかれさん、遠坂」
太陽はとうに沈み辺りは暗闇に包まれている
生徒はおろか職員でさえ学校には残っていない。
結界の刻印はいたる所に存在しており、校庭、体育館、教室、壁、果てにはトイレのなかにもあったため、全てを処理するのにかなりの時間がかかってしまった。
アゲハ「これで、どのくらいもちそうだ?」
凛「2週……いや、10日ぐらいかしらね。つまり、それまでに犯人を見つけ出せなければ私たちの負け。この学校の人間は根こそぎ養分にされるってわけ」
アゲハ「そんなことはさせねぇ。必ず見つけ出してやる」
凛「その通りよ。こんなふざけた人間は捕まえてボコボコにしてやんなきゃ気がすまないんだから」
凛に怒りが見える。
強い意気込みも感じ取れる。
始めは年相応にクールな女の子だと思っていたけれど、その心は熱く燃えている。
アゲハ(意外と熱血なんだな)
冷静でいて冷酷ではない。
熱血だけど直情的でもない。
凛とアゲハは案外似ているのかもしれない。
アゲハ「なあ、一つ聞いても良いか?」
凛「なに? 答えられる範囲でなら」
アゲハ「遠坂は聖杯にかける願いがあるのか?」
凛「……どうしたの急に? まあ、でも願いか……特にないわね」
アゲハ「ない? ないのに、こんな危険な戦争に首突っ込んでんのか?」
凛「だからこそよ。冬木のセカンドオーナーとして黙って見過ごせるハズないじゃない。私の管理している土地を使って、勝手に戦争を始めるなんて許す訳ないでしょ」
アゲハ「ふ~ん。やっぱ遠坂って――!?」
言いかけて口をつぐむ。
誰もいないハズの屋上に第三者の気配が感じ取れる。
それもサーヴァントのものだ。
「おっと、悪いな。せっかくの良い空気邪魔しちまったか?」
アゲハ「誰だ、お前」
「名乗る必要はねぇ……お前らはここで死ぬんだからな」
お構いなしか、アゲハは集中する。
全身に青い服を着た男は右手に持っていた獲物を凛に向かって突き出す。
暗闇のなかで敵の紅い得物が不気味に浮かび上がる。
凛は初撃をギリギリの所で躱す。
切っ先は制服を掠め少しだけ裂ける。
構うことなく屋上のフェンスにまで駆け出し、軽々と飛び越えて、臆することなく地面に向かって跳んだ。
地面まで十数m常人ならば落ちて助かる高さではない。
凛「アーチャー!着地頼んだ!」
「――良い脚をしてる。殺すのがおしくなっちまうぜ」
――
クラス ランサー
マスター ?
真名 ?
性質 秩序・中庸
◆ステータス
筋力B 敏捷A 耐久C 魔力C 幸運E 宝具B
――
凛「――Es ist gros, Es ist klein」
≪軽量、重圧≫
凛「vox Gott Es Atlas―――」
≪戒律引用、重葬は地に還る≫
着地の寸前でアゲハが受け止め、校門まで一気に駆け抜ける
凛(とりあえず距離を空けるしかない。ランサー相手に接近戦は分が悪すぎる)
魔力で底上げされ凛の脚力は100m走7秒程で走りきるスピードだが、サーヴァントの前でその程度のスピードなんて意味はなく、敵はすぐ後ろまで迫って来ている。
ランサー「おいおい、まだ始まったばかじゃねぇか。楽しもうぜもっとよ」
凛「ちっ、流石に撒くことはできないわね」
簡単に回り込まれランサーは進行方向前の校門で待ち伏せている。
簡単に撒けるとは凛も思っていなかったが、相手は英霊としても中々のスピードを持っているようだ。
こうなっては戦う以外の選択肢はなく、アゲハが一歩前に出る。
アゲハ「ここからはオレの出番だ。遠坂は下がっててくれ」
凛「それしかないわね。相手は接近戦が得意なタイプよ、くれぐれも気を付けて」
アゲハ「大丈夫だ。それに、その前にあいつには聞きたいことがある」
アゲハ「――この学校の結界はお前の仕業か?」
空気が凍る。
アゲハは怒気の篭った声と共に、殺意を込めた瞳でランサーを睨む。
これが、サーヴァントの殺気。
凛はこの時、本当の意味で夜科アゲハがサーヴァントだということが身に染みた。
人間如きでは、全く相手にならない。
ただの純粋な殺意に気圧されていた。
ランサー「そんなことか。くっくっく、さあ、どうだろうな。知りたきゃ力――!?」
瞬間。黒い閃光が2人の間にはしる。
ランサーが話し終わるのも待たずにアゲハは流星を放つ。
手から離れた流星は真っ直ぐにランサーに向かって飛んでいく。
しかし目の前のサーヴァントには矢除けの加護が備わっており、正面からの飛び道具は苦も無く弾かれる。
ランサー「危ねえ、危ねえ。まだ話終わってないだろ。お前まともじゃねえな……極上のエモノだ」
言い終わるや否や、今度はランサーから高速の突きが放たれる。
ただの人間、いや魔術師の身体能力をもってしてもよけきることなど到底不可能な突きを、アゲハは動じることなく、その矛先を冷静に見極め、対処する。
ランサー「どうした、どうしたぁぁああ! こんなもんじゃないだろお前の力はよぉおおお!」
ランサーは体を捻り、上半身のバネをだ使って十分に勢いを付けた一突きを放つ。
速さはさっきまでの比ではない。
英霊の力を持ってすれば、ただの突きが必殺の攻撃へと変貌する。
だが、その突きも突如現れた黒いディスクのようなものに弾かれ横に逸れる。
凛「なによ、それ……」
アゲハ「そういえば遠坂に見せるのは初めてだったな。これがオレの能力、暴王の月だ」
――メルゼズ・ドア
そう、アゲハに呼ばれた能力は何とも奇妙な形をしていた。
アゲハの右手につかず離れずの位置で浮遊しており、形状は黒い円盤の様に見える。
あれは魔術なのだろうか、それとも全く違う別の何かなのか。
マスターであり優れた魔術師である凛が必至で頭の中を漁るも分からない。
アゲハ「遠坂、悪りぃがオレの能力は結構危険なんだ。戦闘中は絶対半径5m以内に近づかないでくれよ」
凛「わかったわ。存分にやりなさい」
待たせたな、ランサーとアゲハはランサーに向き直る。
ランサー「さっきの飛び道具と言い、今の円盤と言い、てめえ本当になんなんだ? 味見だけの予定だったが変更だ。捻りつぶす!」
ランサーとアーチャーの戦い。
しかし学校のグラウンドで繰り広げられる戦いはとてもじゃないが、そうは凛の目に映らない。
何故ならアーチャーがランサーの互角の接近戦を行っているからだ。
凛「ほんと、デタラメな奴ね」
戦いを開始してから10分は経ったろうか。
その中でランサーは数え切れぬ程の槍を繰り出し、振るってきた。
アゲハはその全てを右手のディスクで打ち払い、ランサーの追撃を許しはしない。
ランサー「テメエ本当にアーチャーか? 弓兵にしておくには惜しい腕だ……だが遊びはここまでだ!」
ランサーが更にスピードを上げる。
あれだけ間合いが広い武器。
その分、確実に戻りは遅くなり小回りのきくアゲハがつけいる隙はそこのはずなのだが……普通ならば。
アゲハ(速い……)
それだけの長槍でありながらアゲハのスピードに引けを取らない。
戻りが速く隙なんてとてもじゃないが見つけることが出来ない。
いや、むしろ僅かにだが上回り始めてきた。
最速の英霊の名に値する動き。
単なるスピードだけの話ではない、動体視力、反応速度、身のこなし、その全てが数いる英霊達の中でもトップクラスだ。
凛(このままじゃ、いずれ……)
その戦いを間近で見ていた凛内心焦り始めている。
アーチャーがランサーの動きについていけるのは十分に賞賛に値するのだが、このままではジリ貧だ。
いつか捕まる。
かといってランサー相手に凛を抱えて逃げ切れるハズもない。
凛(何か手を打たないと)
そう思って、打開策を考えていると見事に不安が的中する。
今まで、ランサーの攻撃はアゲハ自身を狙うことに固執し、アゲハが向かってくる槍を打ち払ってきた。
だから、スピードで劣るアゲハでも対応出来ていたのだが――
一直線にアゲハの体を狙った槍は軌道を変えて横に薙がれる。
アゲハ「くっ!」
ランサーの膂力に右手のディスクは大きく弾かれる。
完璧に無防備な状態。
自ら作り出した隙に、ランサーはすぐさま槍を持ちかえてからの一突。
ランサー「これで、幕引きとしようぜ!! アーチャー!!」
ガキィィ!!
アゲハとて、ランサーとのスピードの差に気づかないわけがない。
いつか捕まることは分かっていた。
だからこそ、この千載一遇のこのチャンスを見逃さずに、左手の新たにディスクでランサーの長槍を払いのける。
完全に考えから除外していたアゲハの行動に、油断していたランサーの槍は大きく逸れる。
――ライズ全開
平均速度で劣るなら、最高速で勝ればいい。
瞬間的な肉体の解放。
その速度にはランサーでさえも反応できない。
一瞬でランサーの背後に周り込むと、アゲハは右手のディスクをランサーの首目掛けて振りぬく。
ランサー「――やるな、アーチャー」
アゲハ「ちっ!」
完全に仕留めたと思われたディスクをランサーは最少最速の動きで身を屈め躱す。
ランサーの背後への強烈な後ろ蹴りが、アゲハのみぞおちを捉える。
凛「アーチャー!」
アゲハ「くっ!……大丈夫だ遠坂」
大きく飛ばされてランサーとの距離が空く。
見た目の派手さ程のダメージはアゲハにはない。
ランサー「その能力、身のこなし、スピード。どれをとっても弓兵としては出来過ぎだが、問題はそこじゃなねえ」
ランサーの雰囲気が変わる。
今までの構えとまるで違う。
あのような構えから一体どんな攻撃が可能なのか。
ランサー「この技を使うからにもう逃げられねえ、覚悟しな」
アゲハ「……」
駄目だ。あの攻撃を受けては。
ランサーの言っていることは決して嘘ではない。
発動させてしまったら間違いなくアーチャーは負ける。
何とかしないと。
凛は直観的にあの槍の込められた魔力から良くないものを感じる。
凛(――令呪)
そう考えた。
令呪を使わない限りでもアーチャーの死は避けられない。
それこそ初めから死の運命が決まっているかのように。
凛(でも、令呪はあと2回しか)
まだサーヴァントが全機揃ってないうちから令呪を使い切るなど問題外だ。
でも、このままだとアーチャーが。
凛(仕方ないわね)
凛「令呪をもって命じる。アーチャー。全力で――」
令呪を使おうとした、まさにその瞬間にグランドの端の方から物音がした。
ランサー「誰だ!?」
その声と同時に影から人が飛び出して駆けている。
どこにいくつもりだろうか。
その人間は逃げようとしているのだろうが、焦っているためあろうことか校舎の方に走っていく。
ランサー「アーチャー、ここは預けるぜ。目撃者は消す、それがルールだからな」
ランサーは構えを解き校舎に向かって走り出す。
関係者以外に聖杯戦争を見られた何とかして隠すしかない。
ランサーは最も簡単な方法でそれを実行しようとしている。
アゲハ「遠坂!どうする!? ランサーを追いかけるか?」
凛「……今の姿は、もしかして……いや、そんはハズ……」
アゲハ「遠坂!」
凛「ああああ! もう分かってるわよ! アーチャー、絶対に今の人間を殺させるんじゃないわよ! ランサーを追いかけて仕留めなさい!」
士郎(なんなんだよ、なんなんだよいまのは)
不幸にも衛宮士郎はこの日、遅くまで学校に残っていた。
一成に修理を依頼され、慎二に部室の雑用を頼まれて、折角だからと隅々まで掃除していたら、こんな時間なってしまった。
同居人はお腹をすかし待っているかもしれないと、急いで帰ろうとしていたらグランドが何やら騒がしいじゃないか。
そこで、少し覗いてしまったのが運の尽き。
こうして、追い掛け回される羽目になってしまったのである。
士郎「はぁ、はぁ。ここまでくればもう」
ランサー「大丈夫だと思ったか?」
人間が英霊から逃げ切る。
そんなことは最初からあり得ることはない。
ランサーは士郎に追いつくと、その勢いのまま士郎の背中に回し蹴り。
走り続けて、疲労困憊の士郎は踏ん張ることもできずに蹴飛ばされて、廊下の柱に勢いよく頭を打ち付けてしまう。
ランサー「ったく。オレだって好きでこんなことやってる訳じゃねえぜ? でもよお、見られたからには生かす訳にいかねえな、恨むんなら自分の不運を恨みな」
ランサーは槍を構える。
出来るだけ苦痛を与えないよう、一撃で仕留める。
それが、せめてもの情けだ。
アゲハ「そこまでだ、ランサー!」
刺し殺そうとしたそのとき、ランサーのはるか後方、廊下の端から夜科アゲハが叫ぶ。
士郎を殺そうとした手を一端止めて、ランサーは声のする方向を振り向く。
目に映るのは先程の謎の黒い物体。
叫ぶのとほぼ同時に撃たれたアゲハの流星はランサーの眼前にまで迫る。
普通の人間なら、反応すら出来ないタイミング。
しかし、最速の英霊ランサーはそんなものも苦もなく右手に握る長槍で叩き伏せる。
ランサー「わざわざ、叫んで注意をそらしたかったのか? なら残念ながらそれは失敗だな。背後から不意打ちすればなんとかなったかもしれないものの。このオレに飛び道具など――ぐつ!」
突如、右腕に走る鋭い痛み。
何か打ち抜かられた様な痛みにランサーも思わず呻く。
弾いたと思った流星は向きを変えランサーの手首を射抜いていた
ランサー「くっ! やっぱりテメエからか!」
サーヴァントを倒さずして他の目標を狩れることはなかった。
確実に士郎を殺すためには、目の前のサーヴァントから始末するしかない。
アゲハ「――ホーミングは2回」
標的をアゲハに変え、廊下を疾走する。
しかし、それでも遅すぎた。
最初のホーミング開始点を支点として、ランサーの腕を貫いた流星は再び稼働する。
それは、さながらギロチン台。
漆黒の軌跡はグルリと一回転してランサーの肘から先を綺麗に切り落とす。
いかに英霊と言えど切断されれば血も出るし、瞬時に生えてくることもない。
右肘からはボタボタと血が流れ、廊下には真っ赤な血だまりが出来上がる。
ランサー「!? 流石にこりゃ……」
アゲハ「もう、やめとけ。ランサー」
構えを解かずにアゲハが言う。
不審な動きを見せたら、容赦せずに撃つ。
そんな意思表示だ。
アゲハ「片手じゃオレには勝てねえ。終わりだランサー。それより結界の止め方を教えろ」
ランサー「……テメエは勘違いしてるようだから、言っておく。この結界はオレが敷いたモンじゃねえ」
アゲハ「あ? ふざけてんのか、お前?」
ランサー「そういきり立つなアーチャー。オレは嘘はつかねえ、今日ここに来たのも、結界に引き寄せられたサーヴァントを叩きにきただけだ。大体結界用意する奴が正面から戦うわけねえよ」
それもそうだなと、アゲハはランサーの言葉に納得する。
何より戦いの中で感じたランサーという人物はこんな卑怯な真似をするようには見えなかった。
ランサー「ま、せいぜい犯人捜し頑張ってくれや。それと今夜は中々楽しかったぜ」
気づくとランサーは切り落とされた自分の腕も掴み、窓のヘリに足をかけている。
アゲハ「まて!! ランサー!」
ランサー「じゃあな」
そう言い残すとランサーは窓から飛び降りて姿を消す。
こうなるとアゲハのスピードをもってしても追うことは不可能だろう。
アゲハ「ちっ、油断した」
追いついていたのだが、邪魔にしかならないと柱の陰に隠れていた凛が顔を出す。
遠坂「アーチャー、大丈夫?」
アゲハ「遠坂。わりい、逃げられた。深手は負わせたからしばらく、攻めてくることはないと思うけど」
遠坂「そう、じゃあ問題は1つは解決ね。で、もう1つは……」
凛は見たくないもの見るかのように、恐る恐る横目で廊下の奥を確認する。
凛(やっぱり……よりによって、なんであいつが)
そこに転がっているのは凛の同級生、衛宮士郎の姿。
意識は失っているようで先程からピクリとも動かない、まあ凛にとってはそのほうが有難いのだが。
凛(ま、幸い意識は失っているようだし、このまま今夜の記憶を消す)
士郎を横に寝かして、その額に左手をかざす。
ぶつぶつと何か呟いているが、アゲハにその言葉は聞き取れない。
僅か数秒。
詠唱を終えた凛は、ほっと一息ついて立ち上がる。
アゲハ「なんだ今のは?」
凛「今夜の記憶を消したの。いつから見られてたかなんて分からないから適当にだけど大丈夫でしょ。それよりアーチャー。早く家に帰るわよ。あなたには聞かなきゃいけないことがたくさんあるんだから」
アゲハ「記憶ね……。分かった、遠坂。オレからも説明しなきゃならねえことがある。聖杯戦争を勝ち抜くためにも」
今夜、凛は初めてアゲハの戦闘を見た。
それは、とても弓使いと呼ばれる者の戦いではない。
それどころか、どのクラスに該当するのか疑ってしまう程謎に包まれた能力。
キャスターと呼ばれても不思議ではない、その力。
――暴王の月。
その危険性も応用性も説明する必要があり、2人は眠る士郎を置いていき、一度家に帰ることにした。
終わりです。
前回のスレは未完成のため乗せる必要もないと思っています。
そして1から投稿しているので、読む理由もないと思います。
それでは。
人少ないだろうから、ゆったり投下していきます
凛「――PSI?」
アゲハ「少なくとも、オレの世界は魔術なんてなかった。まあオレの知る限りだけどな。オレ達のような能力者はPSIを使うサイキッカーって存在なんだよ」
凛「それがどういうわけか魔術に置き換わってる……ランサーとの戦いでは魔力を感じたわよ?」
アゲハ「確かにそうなんだ。オレの暴王の月はPSIを自動感知して、そのエネルギーを食い尽くす。それ以外のものは、一方的に消滅させる。けど、今日戦ったランサーって奴にもオレの暴王の月は反応したし、あいつの槍だって破壊することが出来なかった」
ディスクの攻撃を弾いた槍。
あれがただの槍であったなら、一刀の元に切断されるはずだ。
ただ現実にはアゲハの攻撃を何度も防いだ。
そのためにあの槍は、その存在そのものがバースト波動を固めたものであるか、或いは普通の槍をバースト波動で包む必要がある。
しかし、魔術師である凛によると、アゲハの攻撃からは魔力を感知出来たという。
凛「じゃあ、アーチャーの使う力がそのPSIってやつから魔術に書き換えられたのよ」
アゲハ「……でもオレの中では何も変わってないぞ? 今まで通りPSIを使っただけだ。魔術を使用した感覚なんてなかった」
凛「それを可能にするのが聖杯の力ってところかしら。まあ、英霊ってのは聖杯によって作られた存在だもの。呼び出された結果サーヴァントは魔力を帯びた。ならアーチャーも魔術を使えるようになった。そう考えるのが妥当ね」
凛「でも、そんな話どうでも良いのよ。アーチャーの能力詳しく教えなさいよ。暴王の月って言ったかしら?」
アゲハ「ああ。さっきも言ったようにオレの能力はPSI……じゃなかった、魔力を自動感知して破壊するプログラムだ。触れたものも全てを消滅させる」
凛「うんうん。それで?」
アゲハ「だけど、その分扱うのも難しい。だからオレはそこに新たにプログラムを組んで、使いやすいようにカスタマイズしてんだよ」
流星、ディスク、ボルテクス、スプラッシュ。
アゲハの口から聞かされる能力の数々。
これだけのことを可能とする多様性と応用性に凛は舌を巻く。
そもそも魔力を自動感知して襲う魔術なんてきいたことない。
もちろん元が魔術ではなくPSIなのだから、あるはずないのだが。
凛(カスタマイズを続ければ無策の相手には無敵に近い。魔術だったら確実に封印指定ものだわ……でも、それだけじゃない。本当にすごいのは発想力ね)
これだけの能力を活用できるアーチャー自身の発想力。
遠距離狙撃、近接戦闘&防御、遠近両用の防御に無差別攻撃、そのどれも遊びではなく実践レベルまで昇華されている。
多分、必要を迫られれば更に多くの姿を見せることになるのだろう。
暴王の月自体は強力だが扱いづらい。
それを上手く活用している夜科アゲハの発想性こそが肝。
凛「アーチャーは……」
アゲハ「どうした?」
だから、少し好奇心が芽生える。
未来から来るのは良い。
聖杯の力ならそれも可能だろう。
魔術以外の異能力も分かる。
魔術だって一般人には絶対秘密だ。他にあってもおかしくない。
年齢は16と自分で言っていた。
別に若すぎるとは思わない。
死ぬことだってある。
魔術の訓練も死と隣合わせだ。
凛もいくつもの死線をこの年で超えてきた。
それでも、ごく近未来の地球で16の少年が英霊となる事態が起こり得るのだろうか。
ランサーとの戦いで生じた圧感や戦闘技術からは、アゲハが数多の死線を潜り抜けてきたことが感じられた。
生き抜くために、戦わねばならぬ世界。
それは、魔術鍛錬での命の危険とは意味が違う。
殺し殺される世界が、本当に起るのだろうか。
一体どんな世界でアゲハ生活し、戦ってきたのか、凛は聞いてみたくなった。
凛「……こ、紅茶でも飲む? 私のどかわいちゃってさ」
聞けない。
そんなこと聞いてはいけない。
サーヴァントの過去に好奇心を持って、同情なんかしたらどうするのだ。
戦いのパートーナーとして、同情なんて足を掬われる要因にしかならないのではないか。
それに聞いてどうするのか。
大変だったね、か。それとも、頑張ったわね、か。
命の駆け引きをしていた人間にかける言葉なんてどこにもない。
だから、別の言葉を絞り出す。
キッチンまで歩いて行き、慣れた手つきで戸棚からティーセットを2つ取り出し、紅茶の準備を始める。
凛は丁寧に紅茶を淹れるとカップを2つ持ち、再びアゲハの方に戻ってくる。
2人ともミルクも砂糖もなし。
カップには真っ赤な液体が満たされている。
アゲハ「ところで、こっちからも質問なんだが……ランサーは何がしたかったんだ?」
凛「は? サーヴァントを見つけたら倒すに決まってんじゃない」
アゲハ「いや、オレじゃなくてさ……あの学生のことだよ。を執拗に狙ってたろ?」
それを聞いて、凛はまだアーチャーに魔術師のあり方を教えてなかったことを思い出す。
良い機会だし、ここでレクチャーしとくのも悪くないと考え一から説明することにする。
魔術を追い求める意義や魔術の秘匿について。
聖杯戦争を一般人に知られるわけにはいかないのだ。0
凛「――というわけ」
アゲハ「まずいな。ランサーはあのオレたちが記憶を消したこと知らない。あいつの命があぶねえ」
ランサーはもう一度衛宮士郎の命を狙いに行く。
凛「っ! 迂闊だわ……そんなことにすら気づかないなんて」
記憶を消した所でランサーがそのことを知らなければ、再び目撃者を消しに行くのは当然のことである。
そんな簡単なことすら見逃していた自分に腹が立つ。
今は後悔してる時間すら惜しい。一刻も早く衛宮士郎の家に向わねばならない。
最低限の準備をして家を出る。
今度こそランサーと決着をつける。
――衛宮邸前――
凛「アーチャー、なかの様子は?」
アゲハ「……気配が1つ。サーヴァントのものだ」
凛「ランサーかしら?」
それは、分からねえとアゲハが答える。
しかし、その可能性は低い。
もしランサーが襲ってきているとしたら、静かすぎる。
アゲハ(それに、殺気や戦闘の気配も感じない。それとも終わったのか?)
中の様子が分からない以上不用意に近づくことは出来ない。
衛宮士郎の様態も気にかかるが、ここは慎重に行かなければ罠の可能性もある。
向こうもこちらの気配には気づいているのだから。
アゲハ「!? 下がれ、遠坂!」
ゆっくりと出来るだけ気配を殺しつつ歩いていると、突如として塀の向こう側、衛宮家の敷地から勢い良く飛び出してきた影がアゲハに襲い掛かる。
何者かの奇襲。
アゲハは右手に展開したディスクで襲撃者の一撃を防ぐ。
「!?」
押し切れるとでも思っていたのか、襲撃者は自分の一振りを止められたことに驚いたように目を丸くすると、空中で塀の壁を蹴りつけてアゲハと距離を取り着地する。
「私の一撃を防ぐとは……中々やりますね。それにとても奇妙な術を使う」
突如現れたその人物は、特に悪びれる様子もなくアゲハの力に関心している。
青と銀色の鎧を纏ったその人物は刀身のない柄だけを持っていた。
鍔もあり見た目は剣の様に見えなくもない。
凛「――セイバークラス? それともアサシン?」
アゲハ「不可視の武器……剣か」
「さあ、どうかな? 戦斧かも知れぬし、槍剣かも知れぬ。いや、もしや弓ということもあるかも知れんぞ」
アゲハ「ランサーに既に会った。斧の使い方でもない。そして――アーチャーはオレだ」
「なるほど。その術と身なりから魔術師かと思ったのだが、弓兵だったか」
アゲハ「テメェこそ、こそこそ武器を隠すなんてアサシンか?」
「私をあのような脆弱な暗殺者と一緒にされは困る。この身はセイバーのサーヴァントとして召喚されたものだ」
アゲハ「そうか。話は終わりだ、剣使い」
アゲハは両手にディスクを展開してセイバーに向かい力強く地面を蹴り跳ぶ。
狙うは首。
瞬く間にお互いの間合いに入ると、右手のディスクをセイバーの首目掛けて左下方から振り上げる。
吸い込まれるようにしてアゲハの攻撃は首に向かう。
しかし、そのような正面攻撃が効く相手ではない。
セイバーはその自慢の愛刀を上段から振りおろす。
アゲハ「くっ!」
セイバーの剣を受けて、その重さに少しだけ呻く。
上から体重をかけているからだけではない、セイバー自身の筋力がアゲハの筋力を上回っていた。
この小さな体躯のどこから、これほどの力が一体どこから湧くのか。
セイバーの攻撃は重く、いつまでもこの体勢でいる訳にはいかない。
アゲハ(重めえ……けど……)
両手で剣を握っているセイバーと違いアゲハには自由になっている左手がある。
残された左手のディスクで今度は、がら空きとなったセイバーの脇腹を狙い、ディスクを振るう。
一閃。
しかし、その攻撃は空しく中を舞う。
セイバーは身を屈めることでアゲハの攻撃を躱し、そのまま足払いの要領で剣を振るう。
アゲハ(まずっ!)
狙われた両足。
アゲハ(――ライズ全開)
一時的に筋力を向上させる。
刹那の時間、足の筋肉を弛緩させて溜めをつくる。
所謂、膝を抜くと呼ばれる動作だ。
次の間には強化された脚力で力いっぱい地面を踏み抜き、後方に身を翻す。
セイバーの目に映っていた足は唐突に消えて、斬撃は空を抜けた。
セイバー「魔力による身体機能の向上か……面白い」
両足が地面について一瞬だけアゲハの体の動きが止まる。
そこに間髪入れず切り込むセイバー。
アゲハも素早く体制を立て直してガードする。
セイバーの嵐のような猛攻と、それに対峙するアゲハ。
周囲は何人も近づくことなど出来ずに、道路や壁のコンクリートは徐々に削り取られていく。
2人のいる中心だけが台風の目のように穏やかに見えるほど、辺りの状況はみるも無残な姿に成り果てる。
標識は折れ、衛宮邸の壁には深い切り跡が残る。
アゲハ(見えない剣ってのは、随分やり辛いな)
元々の技量に差がある上に、セイバーの剣は風王結界によって不可視の剣となっている。
間合いもわかり辛く、常に頭の中でセイバーの剣の長さを補完して戦い続けることは精神的にも体力的もアゲハを追い詰めていく。
セイバー「この剣が随分と苦手の様だな。アーチャーよ」
アゲハ「そうでもねえよ、昔オマエの倍のスピードで動いて、伸び縮みする剣を持った奴と戦ったからな」
セイバー「それは。興味深い。是非とも一度手合わせを……」
アゲハ「戦闘中に口開いて、油断してんじゃねえよ!!!」
攻撃を受けていたアゲハは、ここで半歩だけ身を引きセイバーの斬撃をかわす。
受け止められると思っていたのかセイバーは支えを失いバランスを崩す。
アゲハ(確かにやり辛いがアイツ程のスピードも殺気も感じねぇ)
アゲハ「いい加減お前の剣にも慣れた。これで終わりだ!」
しかし、その隙はセイバーのフェイク。
直接剣を交わせて戦う剣士にとって、最も怖いのは攻撃を防がれることではない。
躱されてこちらが体制を崩すこと。
故に例え渾身の力を込め打ち合っていたとしても重心は自分が支配しているもの。
歴戦の剣士であるセイバーがそのような初歩的な間違いを犯すことなどない。
崩したかに見えた体制から見事にアゲハの攻撃を受け止める。
セイバー「――油断? これは余裕というものです」
わざわざフェイクを入れてまでアゲハに渾身の一撃を奮わせる。
今度は逆にセイバーが、その剣を握る両手から少しだけ力を抜く。
いままで支えられていたディスクは力の行き場を失くして、不可視の剣の上を滑る。
――受け流し。
ここまで魔力の限り押せ押せの剛の剣だったセイバーの剣筋は、巧みな体重移動と熟練された技から成る柔の剣によってアゲハの攻撃を華麗に受け流す。
好機と見たアゲハはその全体重を持って、セイバーに突っ込んでおり支えを失った体は前方に流れる。
アゲハ「しまっーー!!」
その勢いを殺さずにセイバーは左足を軸にしてコマのようにその場で半回転する。
セイバーの目に見えるのはアゲハの無防備な背中。
十分に勢いをつけた遠心力を剣に乗せて、カウンター気味で必殺の太刀を放つ。
ギィンと鈍い音。
セイバー「なっ!?」
背中から真っ二つにして、手に残るのは肉の感触、そして香る血液の匂い。
そのはずだった。
しかし
――まるでアゲハの左腕だけが意思を持っているかのように動いた。
見えない背中への攻撃を、しかも流れた体で、なのにまるで左腕だけ意志を持っているかのように動いてセイバーの攻撃を弾いた。
セイバー「なるほど。あなたに感じていた違和感の正体はこれか」
アゲハ「そうか、で?」
初見でありながら何度もアゲハとぶつかり合いセイバーはずっと違和感を感じていた。
アゲハの近接戦闘のスキルは英霊としてそれ程高いものではない。
特に最優のサーヴァント、セイバーを相手取ってここまでの戦えることが驚きだ。
それを可能にしているのがアゲハの能力。暴王の月である。
ディスク状に展開した暴王の月に今回アゲハが組んだプログラムは3つ。
その場で止まることと、半径2m内の魔力感知。
このプログラムが半自動的にセイバーの魔力に反応していた。
だから、セイバーが確実に相手の隙を狙った攻撃も、アゲハでは反応しきれないはずの攻撃も、何度も打ち込みその全てが防がれている。
そして今回の真後ろからの斬撃も、前方に流れていた上半身に反するように左腕だけが反応し、振り返ることもなくセイバーの剣を弾いた。
セイバー(あの円盤状の物体は私の魔力に反応している……)
セイバー「いえ、ただの戯言です」
両手で剣を握り直し、今まで以上の力を込めるセイバー。
アゲハも頭の上で手をクロスにするように構え、2枚の刃でセイバーの太刀を受け止める。
アゲハの防御能力の高さを考えて手数では勝負が付かないと考えたセイバーは、両腕に最大限の魔力放出を行い一層破壊力を上昇させる
セイバー(手数では決着がつかない、なら力です!)
そうしてセイバーの5度目の攻撃を受けきったとき、突然右手のディスクが崩れた。
ランサーとは比べ物にならない魔力。
セイバーの剣の魔力量がディスクの許容量をこえて自壊していく。
その機を逃すことなくセイバーがアゲハの左肩から袈裟がりに切り付けるも、すんでのところでアゲハは後ろに一歩下がり直撃を避ける。
それでも躱し切ることは出来ずにアゲハの肩から腰にかけて赤い血が滲む。
アゲハ(ここで退いたらマズイ!)
傷は幸い浅く、体に支障はない。
1歩大きく後ろに飛び退き、残った右手のディスクをセイバーに向けて大きく振るう。
アゲハ(――プログラム解除)
事前に組まれた第3のプログラム。
それはアゲハの意思によってディスクの固定を解除出来るものだ。
円盤はアゲハの手から離れ、止まる習性を失い本来の形を取り戻しす。
漆黒の流星がセイバー目掛けて走る。
セイバー「っく!」
追い打ちかけようと接近していたセイバー。
アゲハとの距離はあと一足で届きそうな程近い。
さすがに、これほどの至近距離でこの流星を躱すのはセイバーの敏捷さを持っても難しいかもしれない。
正に起死回生の一撃。
セイバーは魔力を感知するという暴王の月の基本性能は理解しても、その真の能力は知らない。
想像力だけで円盤にも流星にも盾にもなる、その能力の神髄は初見殺し。
対策をたてていなければ全貌を掴むことなく破れるだろう。
アゲハ「!?」
しかし、セイバーは最小限の動きでなんとか躱す。
頬に掠り、鮮血が滲むも完璧に見切っていた。
恐らくセイバー以外のサーヴァントだったら勝敗は決していただろう。
セイバーの、もはや未来予知とも呼べる直感さえなければ、流星はその胸を貫いていた。
勝ちを確信したのかセイバーは叫び、最後の一太刀を浴びせようとする。
凛「アーチャー!!」
形勢は逆転し追いつめられるアゲハ。
今からではディスクを展開するのも、ライズで躱すことも出来ない。
死刑宣告の様に見える不可視の剣がゆっくりとアゲハの胸に向かって突き――
「止めるんだ! セイバー」
――刺されなかった。
見えない強制力によってセイバーの体は引き戻される。
セイバー「何故止めたので――!? マスター、上です!!」
士郎「え?」
令呪によって行動をキャンセルされたことを咎めようと振り返れば、目に映るのは流星。
真っ暗な空に溶け込む黒い色をした流星が佇み、そして――
セイバー「っく、間に合え!」
勢いよくセイバーが走り出す。
しかし、それも間に合わない。
ホーミング能力を有した流星は士郎の握る木刀目掛けて流れる。
士郎には何が起きたのかも分からない。
上を見上げたら黒い棒状のものがあって、ソレは自分目掛けて振ってくる。
反射的に強化していた木刀を胸の前で身構える。
セイバーの剣ならまだしも、平均以下の魔術師の強化なんて暴王の月の前には只の棒と変わらない。
抵抗することも許されず、木刀は無残にも流星によって破壊される。
そのまま、術者である士郎の魔力を貪ろうと流星は士郎の体に進む。
誰もが駄目だと思った。
セイバーすら間に合わず、士郎にも何もできない。
自分の救った相手を自らのサーヴァントによって殺されるなんて、なんと不運なんだろう。
アゲハの手を離れた流星には令呪も利かないだろうと凛ですらも諦めかけた。
けれど、流星は士郎に届くことなく消滅する。
凛「え?」
士郎「あれ? き、消えた?」
それは煙の様に士郎の手前で消え去った。
理由はわかないものの、セイバーはまさに命の危機にされていた、自らのマスターの元に駆け寄る
セイバー「大丈夫ですか、マスター! 体にケガなど……」
士郎「お、落ち着いてくれセイバー。お前も見てたろ。目の前で消えたんだ。体は何ともない」
一体誰が。
そんなこと1人しかいない、
3人は原因であるアゲハの方に視線を向ける。
アゲハ「――ったく。強制終了すると頭割れそうになんだぞ? コレ」
そこには少しだけ苦しげに頭を抱える夜科アゲハの姿があった。
――
クラス セイバー
真名 ?
マスター 衛宮士郎
性質 秩序・善
◆ステータス
筋力B 敏捷C 耐久C 魔力B 幸運B 宝具C
◆クラススキル
対魔力:A
A以下の魔術は無効化。事実上、現代の魔術で彼女を傷つけることは不可能。
騎乗:B
大抵の動物を乗りこなしてしまう技能。幻想種(魔獣・聖獣)を乗りこなすことはできない。
◆保有スキル
直感:A
戦闘時、未来予知に近い形で危険を察知する能力。
魔力放出:A
身体や武器に魔力を纏わせて強化して戦う技能。
小柄なセイバーが撃ち合えるのは、このスキルあってのこと。
カリスマ:B
戦闘における統率・士気を司る天性の能力。一国の王としては充分すぎるカリスマ。
――
――
クラス セイバー
真名 ?
マスター 衛宮士郎
性質 秩序・善
◆ステータス
筋力B 敏捷C 耐久C 魔力B 幸運B 宝具C
◆クラススキル
対魔力:A
A以下の魔術は無効化。事実上、現代の魔術で彼女を傷つけることは不可能。
騎乗:B
大抵の動物を乗りこなしてしまう技能。幻想種(魔獣・聖獣)を乗りこなすことはできない。
◆保有スキル
直感:A
戦闘時、未来予知に近い形で危険を察知する能力。
魔力放出:A
身体や武器に魔力を纏わせて強化して戦う技能。
小柄なセイバーが撃ち合えるのは、このスキルあってのこと。
カリスマ:B
戦闘における統率・士気を司る天性の能力。一国の王としては充分すぎるカリスマ。
――
最後が連投になってしまいましたが終わりとなります。
現在書き溜めは佳境に突入し、投稿できる日がとても待ち遠しいです。
まあ、しばらくは前回投下分の修正版なので気長にお付き合い下さい。
本日分開始します。
見直ししながらのため、ゆっくりとやっていきます
凛「――そんなことだろうと思ったわ。つまり衛宮くんはへっぽこってことじゃない」
士郎「うぐっ。確かにその通りなんだが、こうして面と向かって言われると……へこむ」
あの後、どうにも戦う空気にもならなく一端引き上げることにした。
元々戦う意思は持っていなかったのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、せっかくなので情報の共有でもしようと凛は士郎に提案した。
突然の出来事に要領を得ず、中々うんと言わない士郎に痺れを切らして凛は――
凛『バカね。ちゃんと考えてるわよ。衛宮くん。慎重なのは良いかもしれないけど、急な出来事にも対応できないと、死ぬわよ』
などと物騒なことを言い放った。
その結果、凛とアゲハは衛宮家に上がりこみお茶までだしてもらい、何もわからぬ士郎に聖杯戦争に教えてあげていたのだ。
遠坂凛、衛宮士郎。2人とも意味は違えど学校随一の有名人同士。
一方は成績優秀、品行方正、才色兼備の学園のアイドル
方や「穂群原のブラウニー」「偽用務員」「ばかスパナ」と褒めてるのか貶しているのかよく分からない二つ名を持つ学園の便利屋。
お互いがお互いを全く知らないわけでもなく、すんなりと話は進んでいく。
しかし聞けば聞くほど士郎の魔術師としてのへっぽこさに頭が痛くなってきた凛。
凛「……なんで、こんなやつがセイバーを……」
こんな奴に最優のサーヴァントが渡ったのに納得がいかない様子。
余程セイバーが羨ましいのかぶつぶつと1人落ち込んでしまっている。
アゲハ「じゃあ、士郎は聖杯戦争のこと何も知らずに参加しちまったのか?」
士郎「ああ。そうなんだ。ランサーにいきなり襲われて土蔵に逃げ込んだら、セイバーが召喚されたみたいでさ」
アゲハ「おーオレと一緒だ! オレも聖杯戦争のこと全く知らずに召喚されちまって。しかもソファーの上に叩き落されるし」
凛「アーチャー! 何自分から知識がないことばらしてんのよ!」
アーチャー「こんなこと知られても何も変わんねえって。安心しろよ遠坂」
セイバー「知識がない? それは少し不思議ですね……」
セイバーが不思議がるのも無理はない。
サーヴァントは現世に現れるとき聖杯から必要な知識を与えられる。
聖杯に関してもだが、日常生活でトラブルを起こさないための最低限の現代の知識が与えられる。
セイバー「――それらが無い。しかしその割にアーチャーは現世に馴染んでいますね。見たところシロウと年齢や恰好も、それほど違うようには見えない」
アゲハ「だって16歳の高校生だしな」
一度ならず二度までも、我慢の限界を超えた凛がアゲハの襟元をひっぱってこちらに体をよさせる。
士郎たちに話が聞かれないように、2人に背を向けてからアゲハに囁き始めた。
凛(あんた馬鹿じゃない! なんでそうペラペラ自分の情報しゃべってんのよ)
アゲハ(だから、オレは未来から来てるからこの時代でバレても大丈夫だって)
凛(そうかもしれないけど、バレて良い事なんて一つもないじゃない)
アゲハ(少しは余裕持て遠坂。どんな時でも優雅たれ――だろ?)
凛(たっく……分かったわよ。)
サーヴァントは自分の真名に関わる様な名前は普通隠すものだ。
なぜらなら、英霊として召喚された彼らは、その死因が弱点として残っていることがある。
弱点にならなくても、英霊の真名が分かれば、そこから戦い方や宝具を看破されることもあり、凛の言う通り良いことは1つもない。
しかし未来の英雄。
夜科アゲハは名前がいくらバレようとも害はなく、なんなら名前を話してしまっても不利になるようなことはないのである。
プチ会議はつつがなく終了してセイバーと士郎の方に姿勢を正す。
お互いにやれやれといった顔をして振り返ったため、セイバーたちには果たしてどんな会話が繰り広げられたのか全く分からない。
謎の沈黙が居間を支配する。
堪えきれなくなった、士郎がさっきから気になっていた質問を口をした。
士郎「でもホントに高校生くらいにしかみえないよな。それなのにそんなにスゴイ英雄だったなんて凄いじゃないか」
単なる世間話そのつもりだったのだが――
アゲハ「――英雄なんかじゃない。オレには何も出来なかった……そう呼ばれる価値も資格も存在しねえよ」
アゲハにとっては地雷だった。
一番救いたかった者さえ救えなかった。
そのために全てを犠牲にしてでも良いと思ったのに、それでも届かなかった。
ゆえに、アゲハに英雄かという質問は無意味。
何も出来なかった男が英雄と呼ばれるハズなどないのだから。
凛「はいはい。アーチャーの話はそこまでよ。それより衛宮くん。あなたは聖杯戦争に参加するなら行かなきゃいけない所があるの。今から出発するから支度しなさい」
機転を利かせて話題を変える、というよりも端からこれが目的だ。
聖杯戦争に降りるつもりがないのなら、マスターとして届けを出さなくてはいけない。
それに聖杯戦争のしっかりとした説明もあいつに聞いた方が分かりやすいだろう。
士郎「い、今から行くのか? もう夜中だぞ?」
凛「大丈夫、大丈夫。明日は学校お休みでしょ。それに多分あなたも知ってるはずの所よ」
支度をして外に出る。
いくら冬木が比較的暖かい気候と言ってもこの季節の深夜は寒い。
吐く息は白く曇る。
ここから教会までは少し距離がある。
しかしこの時間ではバスもタクシーもないし、お金ももったいない。
歩いて行けない距離ではないのだから、歩いて行こうといったのは凛の言い分。
凛と士郎は先頭を歩き、いまだこの戦争のことについて話している。
遅れて歩くのはアゲハと派手な黄色いレインコートを頭から被っている。
アゲハ「セイバーも霊体化出来ないんだよな」
セイバー「はい。も、ということはアーチャー。あなたも霊体化出来ないのか?」
こくりとアゲハは縦にうなずく。
2体のサーヴァントが共に霊体化が出来ない。
偶然にしては出来過ぎな気もする。
何か理由があるなら知っておきたいとアゲハは考える。
もしかしたら自分がここに召喚された方法に原因があるのかもしれない。
アゲハ「セイバー。2体のサーヴァントが同時に不具合生じるってすごくないか。そりゃその可能性もあるだろうが、そう高くないだろう?」
セイバー「……何が言いたい、アーチャー」
アゲハ「セイバー、霊体化出来ない理由に心当たりあるんじゃないか?」
心当たりがあるのか、普段から鋭いセイバーの目つきは一層鋭くなる。
険しい顔をしたまま地面を見つめる顔は、ただバレたことを悔いたものではない。
言われたくなかったことを言われてしまった、そんな感じだった。
アゲハ「別に嫌なら話す必要はない。こっちもそんなに気にしてた訳じゃねえし」
セイバー「え?」
アゲハ「普通サーヴァントは自分の正体を隠すもんだ。オレには分からないけど、この話題はあんたの正体に関わることなんだろ? じゃあ話す必要はない。余計な事を言って悪かった」
セイバー「い、いえ。そんな謝らないでください。それに直接真名に関係してくる問題ではないですし……そうですね。話さなくて良いのなら私の方も助かる。アーチャーやはり貴方は変わっている」
アゲハ「まあな。自分の異常性は自分が一番理解してるさ」
セイバー「ふふ。そういう意味ではありません。褒めているのですから」
面と向かってそんなことを言われアゲハは少し困っていまい頭をかく。
あの突然切りかかってきた騎士と目の前の少女では印象が違い過ぎる。
あれだけギラギラしていた人物はどこにいってしまったのか。
まあ、蓋を開ければ英霊なんて存在もそんなものかもしれない。
会話も都合よくキリがついた所でようやく目的の場所に辿り着いた。
――言峰教会
普段はただの教会として、一時的な孤児院として機能しているが聖杯戦争の期間中は裏の顔を覗かせている。
この戦争の監督役である、言峰綺礼が詰めており聖杯戦争全般を運営している本部のようなものだ。
マスターの保護なんかもここではおこなわれている。
士郎と凛は当初の目的通り教会に入っていくようで、セイバーは外で待機しているらしい。
凛にあなたはどうするの? と聞かれてアゲハは答える。
アゲハ「オレもここで待機してるよ。何というか、あそこにはあまり近づきたくない」
凛「そう。じゃあ静かに待ってなさいよ。場合によっては時間がかかるかもしれないから」
凛は士郎を連れて教会の扉をたたく。
中には見たくもない顔が待っているのだろうけど、いずれは行かなければならなかったのだ。
だったら良い機会だったのだろう。
無理やり自分を納得させて、凛は薄暗い教会の中に入っていった。
30分くらい経ったころ、重そうな教会の扉が開き2人が揃って出てきた。
中でどのような会話が成されたのかは分からないし、知ろうともアゲハは思わない。
けれど衛宮士郎の顔つきは先程までとは、がらりと変わっている気がした。
何か大きな決断を下した人間の目である。
教会からの帰り道。
来たときよりも更に夜は深まり、一層静まり返っている。
立ち並ぶ家々はどこからも光が漏れておらず、ぽうっと電灯の明かりだけが道を照らしている。
今後のことについてアゲハは考え始めている。
勿論セイバーと士郎についてだ。
アゲハとしては戦うなら仲間は多い方が良い。強力なら者な尚のこと。
敵としての脅威が味方としての心強さに変わる。これ以上のことはない。
アゲハ(遠坂は嫌がりそうだな……)
魔術師として実力も思考も誇りも持っている凛にすれば、同盟なんて滅多なことがないと考えることはない気がする。
ここに来て数日だがアゲハの見ている凛はそのような人物である。
しかも相手が半人前の魔術師とあっては凛のプライドに傷がつくだろう。
アゲハ(しかし……まあ)
遠坂凛となら。
この2人でなら大丈夫だろう。
何となくアゲハはそんなことを感じていた。
もう少しだけ歩いたら、分かれ道になる。
そこで士郎とは別れようと凛は決めていた。
あまりに物を知らないマスターに少しだけ協力してあげたのもここまで。
聖杯戦争に参加すると決めたからには、これから両者とも敵同士となる。
いつまでも馴れ合う訳にもいかないし、一緒にいすぎると戦い辛くなってしまう。
そんな自分の性格を遠坂凛はよく理解していた。
じゃあね。そう言って別れようと思ったとき唐突にソレは現れた。
「――こんばんは。お兄ちゃん。こうして会うのは2度目だね」
終わりです。
それではまた。
「――こんばんは。お兄ちゃん。こうして会うのは2度目だね」
暗闇のなか道端の電灯にさらされてその2人は立っていた。
片方は2mは裕に越すであろう巨躯を持った、筋骨隆々の男。
片一方は雪を連想するような美しい髪を持つ少女、しかしその赤い瞳からは獲物を見つけた狩人の様な鋭さを感じる。
セイバー「知り合いですか、シロウ」
士郎「いや、一度すれ違っただけの子だ、それがどうして……」
凛「どうしてって見りゃ分かるでしょ! サーヴァントとそのマスターに決まってるじゃない」
夜道で待ち伏せなんて聖杯戦争参加者に違いない。
と言うか、半裸の2m級の男が夜中歩いているのが、人間なんてそれこそ嫌すぎる。
それに並のサーヴァントでない。
外見もそうであるが、放たれる魔力の量がランサーやセイバーと比べると段違いである。
2人から放たれるプレッシャーと魔力はこれまで出会ってきた英霊達とは比べ物にならない程強く大きい。
相手の強さを肌で感じて凛は一歩後退する、
凛「こいつら……やばい」
「初めましてリン。私の名前はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えば分かるでしょ」
その名前を聞いて凛はハッとする。
アインツベルン。
知らないわけがない。
アゲハ「遠坂、何か知ってるのか?」
凛「……アインツベルンってのは遠坂と同じ始まりの御三家のことよ。この聖杯戦争を始めた一族よ」
マキリ、遠坂、アインツベルン。
それぞれが得意分野を持ちここ冬木で聖杯戦争を始めたのは200年前。
その末裔も、無論この第五次聖杯戦争に参加していたのだ。
想定内とは言え、早々に強敵と出会ってしまったことに、凛は頭を抱える。
一介の魔術師よりも、知識や経験が豊富なアインツベルンは難敵である。
そんな凛の悩みなど意にも介さず、敵サーヴァントはこちらに突進してくる。
一歩踏み出す毎に大きな地響きを立て、その巨躯にそぐわぬ速さでこちらに向かってくる。
不意を突かれ反応が遅れる。
4人固まっている今ではマスターの身も危険に晒されている。
セイバー「来ます!! マスター下がってください」
イリヤ「やっちゃえ、バーサーカー」
いち早く反応したのはセイバー。
セイバーは片手で士郎を制し後退させると、敵サーヴァントが飛び込んでくるのに滑り出すように打って出る。
加速を加えての強烈な一撃。
身長差もあり体重も乗せられたバーサーカーの一振りを、全身全霊をかけセイバーは剣で受ける。
刃と刃が、腹を抉るような轟音を響かせて一点で交わる。
相手の武器は斧だろうか。
岩か何かをそのまま削り出したような無骨なデザインの武器は重量感がある。
あの剛腕でそれだけの重量を秘めた斧の初撃を150cm程度の少女が受け止めた。
凛「アーチャー、セイバーの援護を!」
アゲハはセイバーが後退させたよりも更に後方へと、士郎と凛を運び安全を確保する。
セイバーに遅れ、凛の指示より早くアゲハは飛び出す。
アゲハ(流星は使えねえ、接近戦で左から崩す!)
セイバーが全力を持って受け止めた攻撃を、軽く斧を振っているだけに見えるバーサーカーが何度も繰り返す。
今は防いでいるがそれも時間の問題。
ディスクを右手に展開し武器の持っていない左側から崩そうと切りかかる。
――しかし。
アゲハ「ぐっ」
セイバーと打ち合う刹那。
バーサーカーがただ横に振っただけの攻撃。
技も技術もなく、筋力にあかせただけの一撃。
それだけなのにバーサーカー程の英霊が行えば必殺の剣となる。
ディスクで守ろうとしたアゲハの努力をあざ笑うかのようなその一撃は、少し触れただけで根源的の力の差をアゲハの体に刻み込み、アゲハ程度の守りなど何の意味も持たず、軽々と吹き飛ばす。
そのまま空いている左手でアゲハのボディ目掛けて裏拳が入る。
踏ん張る事すらできない程、一瞬の出来事だった。
拳は顎を捕え、アゲハの大脳を激しく揺らし、首の骨が軋む。
アゲハは勢いよく飛ばされ頭からコンクリートブロックに突っ込み、その衝撃に壁は文字通りコナゴナに砕けて白い煙を上げている。
それだけでどれ程の威力で叩きつけられたかは容易に想像できる。
普通の人間なら即死、サーヴァントと言えどかなりのダメージ受けることになるだろう。
セイバー「アーチャー!」
一瞬だけアーチャーの身を按じたセイバーもバーサーカーの猛攻の前にすぐさま意識を引き戻される。
バーサーカーの攻撃を受けるたびに、地面は深くめり込みセイバーの全身の筋肉は悲鳴をあげている。
今度集中を切ったらセイバーでも瞬殺される、バーサーカーはそれ程のサーヴァントだった。
イリヤ「あはははは、リンのサーヴァントよっわーい。でも私のバーサーカーは最強だからしょうがないよわね。バーサーカー! はやくセイバーもやっちゃいなさい!」
バーサーカーの一振一振りがどんどん激しさを増す。
スピードもパワーも最強のサーヴァントに相応しい。
むしろ、ここまでかろうじにでも拮抗できているセイバーが凄い。
そう思ってしまうほどバーサーカーの能力はケタが違っていた。
そんな嵐の遥か後方、戦闘真っ只中に向かおうとする少年を凛は必死で止めていた。
凛「ちょ、ちょっと待ちなさいよ衛宮くん。あなたが行ってもどうにもならないでしょ!」
士郎「離してくれ遠坂。セイバーが戦ってるんだ! だったらマスターの俺も戦わなきゃ駄目じゃないか!」
凛「あなた、いまアーチャーがやられたの見てなかったの!? 英霊でさえ倒すような相手に只の魔術師……ううん。半人前の魔術師が対抗できるとでも思ってるわけ?」
士郎「そんなのやってみなきゃ分からないだろ!? それにこのままだとセイバーが危ないんだ。目の前で死にかけてる女の子を見過ごすことなんて出来ない!」
凛(なんて頑固なのよコイツ!)
今まで名前だけは知っていたけれど士郎がこんなに頑固だとは思っていなかった凛。
普段の何でも屋的な士郎なら話せば分かるかと思えば、てんで分からず屋だった。
放っておけば士郎はバーサーカーに向かい、殺されてしまうだろう。
かといって念入りに策を練る時間もない。
ちらりとセイバーの方を見ると、まだ粘れそうだが捕まるのも時間の問題に見える。
凛(衛宮くんが半人前なのを除いても、あのバーサーカーの強さは……)
凛「と、とにかく。私とアーチャーで何とかするから衛宮くんはここで見ていなさい!」
士郎「だから、それじゃあ遠坂だって戦うことになるんだろ?」
凛「ああああ!! もう! わたしと衛宮くんとでは魔術師としての――ってえ?」
何かの声が凛届く。
でも音じゃない。
脳に直接何かが語りかけてくる。
凛はその言葉に集中し黙り込む。
士郎はそんな凛の様子に不安になって声をかける。
士郎「おい、遠坂。どうしたんだよ」
凛「……士郎! 今すぐセイバーをバーサーカーから離れさせなさい! 巻き添えくらっても知らないわよ!!」
アゲハ『くっそ……』
頭強く打ち朦朧とする意識の中でアゲハは自分の不甲斐なさに怒りがこみ上げる。
視線の先ではセイバーが必死に交戦している。
バーサーカーの一撃に歯を食いしばって堪え、その体に傷一つ与えられないのに攻めることをやめない。
それに引き換え今の自分は何なんだ。
この様は。
この状況は。
まるで相手になっていない。
ランサーと戦いセイバーと戦い、自信はあった。
歴戦の英雄と呼ばれる存在にも自分の力は通用すると。
しかし、最強のサーヴァントの前にはなす術もなく倒されている。
右腕は衝撃で折れているかもしれない。
バーサーカーの拳を喰らい内臓までダメージが及んだのか血がこみ上げてくる。
頭はぼんやりとして上手く働いていないのが分かる。
ぐふっとその場にどす黒い何かを吐き出す。
――黒い血の塊
この世界に来る前にも似た経験をしていた。
ビデオの前で、ただ殺されるだけの子供たちを眺めていた。
何もない荒野で抵抗することも出来ずに、目の前で何人もの仲間を失った。
戦えると思っていた相手には、一太刀も入れることが出来す、仲間をさらわれた。
救えると思った人たちを最後の最後で手放してしまった。
嘆くのは、もう疲れたんだ。
暗い空に、零れ落ちる命に、途絶えた未来に。
届かずに泣くのには、もう、疲れたんだ。
だから、そう。
もう間違えちゃいけない。
失敗しちゃいけない。
そのための力を欲した。
有無を言わさない、強い力を。
あの時の失敗もその後の失敗も、全部全部オレの力がなかったからだ。
今は違う。今なら失わないで済む。今なら全てを救える。
――思い出せ。オレが何を望んでこの世界に来たのか。
何を求めているのかを。
限界なんて超える為にあるんだ。
――お前もそうだろ…?
ああ、そうだ。
限界なんて超える為にある。
敵わないのなら、その壁を乗り越えろ。
敵を打倒するために発想飛躍させ、イメージしろ。
ここで負けたらオレやセイバーだけじゃない。
遠坂も士郎も死ぬんだ。
そんなことはオレがさせやしねぇ。
オレの手の届く範囲には何も近づけやさせない。
いまだボロボロな体を引きずってアゲハは動き出す。
バーサーカーとの距離は目測100m。
ちょうどいい距離だ。
左手を前に掲げ右手を引いた姿は弓を射る弓兵。
見えない弦を引き絞って一筋の流星を放った。
士郎「――セイバー! 今すぐそこから離れろ!」
マスターからの突然の命令にバーサーカーとの間合い一端はずして剣を下げる。
セイバー「何故ですかマスター!?」
士郎「いいから早く。説明は後だ!」
そのマスターの本気の様子に素直に20m程後退するセイバー。
考えも無しに逃げろと言うはずはない、なにか策でもあるのだろうと考えている矢先のこと。
すると、見覚えのある漆黒の流星がバーサーカーを貫いた。
『プロクラム1.前方100m高速射出』
バーサーカー「■■■■■―――!!
無敵の巨人が呻き声をあげている。
その声は聞くものを不安にさせるような、言葉にならない低い地の底から絞り出たような声。
イリヤ「アーチャー? いつのまに」
良く分からない黒いものがバーサーカーを貫いたことで、すぐにアーチャーの存在を確かめる。
しかし、さっきまでそこで倒れていたアーチャーはそこにはいなく、黒い直線を目で追うと数100m先から伸びているように見えた。
イリヤ「一応アーチャーってだけのことはあるみたいね。でもそんな細い攻撃じゃあ私のバーサーカーに傷を負わせることはできないわよ!」
イリヤの言う通り、痛覚はあるのか痛みを感じているはいる様子はするものの動じずに、流星が飛来してきた方向に歩みを進めようとする。
『プログラム2。魔力感知は5m』
イリヤの言葉通り、あの程度の細っこい攻撃ではバーサーカーを止めることなんて出来ない。
セイバーや凛の目にもやはり駄目だったかと落胆の色が隠せない中。
『プラグラム3。ホーミングは無制限』
流星は再び動き出した。
貫いた所から足に向かって下方に伸びる。
そのままスライドして足を切断すると右腕に向かって突き刺さる。
胸、腰、肩、腹、肘、膝、頭。
バーサーカーを中心に半径5mの円の中を縦横無尽に流星は駆け巡る。
あらゆる関節、あらゆる肉体の全て喰らいつくしバーサーカーを肉塊に変えていく
バーサーカー「■■■■――――■■■■■■■■――!!!!!」
もはや叫び声なのかうめき声なのか、なんのか分からないバーサーカーの声が辺りに響き渡る
それでも流星は動くことを止めない。
外からの視認が出来なくなるほど、球体のなかを暴れまわり真っ黒に染めつくす。
そこにあるのは漆黒の球体のみ。
イリヤ「な、なに? なんなのこの攻撃は!?」
セイバー「これがアーチャーの真の力……」
アゲハのプログラム通り、敵が消滅するまで流星は止まることを知らない。
既にバーサーカーの声は止まっていたがその球体は依然として、中を見通せない黒いままである。
アゲハ「どうやら、上手くいったみたいだな」
凛「色々とやってくれたわね」
いつの間にかこっちに来ていたアゲハが呑気に自分の成果を見ているのに、凛は声を上げた。
凛「なんなのよこれ」
この不思議な能力のことは全員が疑問に思っていた。
突然飛来してきた黒い物体がバーサーカーを突き破り、そのまま漆黒の球体を形成したなんて意味が全く分からない。
アゲハ「説明はしても良いけど、後だ」
アゲハが指で指した方向に目を向けると暴王の月が活動限界を迎えた、漆黒の球体が解けて中が露わになる。
士郎「……」
そこには数分前までバーサーカーであった物が山積みにされている。
体のあらゆるパーツがバラバラにされている。
形状からかろうじで頭や腕の一部だったことが推測できるくらいだ。
イリヤ「ふ~ん。思ったよりもやるじゃない。リンのアーチャー」
自らのサーヴァントがやられたにもかかわらず、その声からは焦りも喪失感も感じられない。
凛「あら、負け惜しみ? あなたサーヴァントがやられた割に随分余裕そうね」
イリヤ「やられた? どうして? まだ私のバーサーカーは負けてないよ?」
唇に人差し指を当てて、心底不思議そうにイリヤが言う。
誰もが強がりだと思っていたしハッタリだろうと思いたかった。
けれど、そのイリヤの様子は嘘をついている様にも見えず嫌な予感が皆の脳裏をよぎり、その予感は的中することになる。
――バーサーカーは復活し始めた。
初めに足から、そして徐々に体腕頭と上に登っていき輪郭が出来上がる。
そこから傷の修復。
流れていた血は止まり傷は塞がる。
ものの数分もしないうちにバーサーカーは完全の姿となって凛達の前に立ち塞がった。
士郎「ウソだろ? なんで?」
ありえない。
いくらサーヴァントでもバラバラにされれば死ぬ。
死んだら生き返らない。
それは人間と変わらないはずだ。
眼を疑いたくなる光景が広がるも、セイバーは冷静に状況を判断し口を開く。
セイバー「……おそらく蘇生魔術がかけられていたのですマスター」
イリヤ「セイバーあったり~! 生前12の試練を乗り切ったバーサーカーは1回殺されたくらいじゃ死なないんだから」
凛「12の試練って……とんでもない奴を呼び出したわね」
皆の驚いた姿に満足したのかイリヤは元気に飛び回っている。
12の試練。そこから分かるバーサーカーの正体は英雄ヘラクレス。
普通バーサーカーとは霊格の低い弱い英霊を狂化して使役するものだが、ヘラクレスはそもそもの霊格が段違いだ。
その半身は神であり日本においてもその知名度はとても高い。
アーチャーの新プログラムもバーサーカーを殺し切るには至らず状況は最悪と言える。
凛(もう一回、アーチャーに……駄目ね。もうバーサーカーに油断はないわ)
それに頼みのセイバーが疲弊しきっている。
あのバーサーカーの猛攻にここまで耐えたのはすごいが、もう限界だ。
肩で息をして、さんざん攻撃を受け止めた両手からが握力も失われ剣を握ることもできないだろう。
セイバー「……マスター。もしバーサーカーが向かってきたら逃げてください。私が時間を稼ぎますからそのうちに」
士郎「馬鹿! そんなことできるわけないだろ!? セイバーが戦うなら俺だってたたかってやる」
士郎とセイバーはこんな時にも関わらず言い争っている。
冷静に事を収め様とセイバーはするが、身振り手振り激しく士郎はそれに対立する。
同じように凛がアゲハに耳打ちをする、イリヤに聞かれないように極限まで音量を落として。
凛(アーチャー、もしもの時は……)
アゲハ(分かってる。今度はオレの本気で潰す。そん時は危険だからセイバーと士郎をつれて逃げてくれ)
イリヤ「お取込み中のところ悪いけど、十分楽しんだから私は帰るね。リンのアーチャーも中々面白そうだし満足したわ」
凛「え?」
じゃあねお兄ちゃん。と言い残してイリヤはバーサーカーの肩に乗っかり去って行った。
途端に拍子抜けしてしまって全身の力が抜けるのを凛は感じる。
そのまま道にペタンと座り込んでしまい、大きく深呼吸をしている。
アゲハ「なんだったんだあいつら……」
セイバー「ともかく危機は去りました。士郎ここに留まるのはまずい。騒ぎを聞きつけて他のサーヴァントが近づいてくるかもしれない」
士郎「わ、わかった。遠坂も立てるか?」
気遣ってしゃがんでいる凛に手を差し伸べる士郎。
その手が握られることはないのだが。
凛「お気遣いありがとう、衛宮くん。でもわたしなら大丈夫よ――それより」
アゲハ「ん? どうした遠坂?」
思わず凛はアゲハの方に目を向ける。
素手でも、あのバーサーカーの攻撃が直撃したのだ、サーヴァントと言えど無事なハズはない。
凛「なによ、あんた元気そうね」
アゲハ「そうでもねえよ。頭はくらくらするし、体中は悲鳴をあげている。早く横になって休みたいもんだ」
士郎「そうだぞ遠坂。アーチャーもこう言ってるし、今夜は休もう」
まあ、それもそうね。
なにか腑に落ちない顔をしたまま、しぶしぶと凛は士郎の提案に承諾する。
セイバーもアーチャーも消耗しているいま、襲撃されたらシャレにならない。
こうして、誰も知ることのない真夜中の決闘は、戦いの痕跡だけをその場に残し幕を閉じた。
――
クラス バーサーカー
真名 ヘラクレス
マスター イリヤスフィール・フォン・アインツベルン
性質 混沌・狂
◆ステータス
筋力:A+ 敏捷:A 耐久:A 魔力:A 幸運:B 宝具:A
◆クラススキル
狂化:B
パラメーターを1づつランクアップさせるが、理性の大半を奪われる。
――
バーサーカー戦endです。
それでは、また
――夢を見た。
広がるのは朽ち果てた荒野。
数100m先まで見通せそうな景色。
崩壊したビルや建物が並び、異形の者たちが徘徊する世界。
そんなところにも、数十人の人々が身を寄せ合いひっそりと暮らしていた。
希望の見えない、絶望を具現化したような世界で彼らは生きていた。
生きることを諦める者、新天地に希望を持ち旅にでる者、ここで生きることを決める者。
皆、自分自身の選択をする。
空は重く厚い雲が広がり、太陽の光が差し込むことはない。
そこに一際元気な青年たちの姿。
彼らの顔に見覚えはない。
年は皆10代後半くらいだろうか、凛よりは少し年上に見える。
彼らは戦うことを選択した。
夢と希望だけを糧に生きる。
どれだけの時間がかかろうとも世界を取り戻す。
それがどれだけ困難な道であっても。
凛「ぅ……ん」
本日は日曜日。
先日の疲れもあり凛はいつもより遅い起床をする。
布団の温もりと外気の寒さのギャップが心地よい。
折角の休日だし、もう少しこのままでもいいだろう。
それだけ冬のベットといものは捨てがたい。
凛「……これこそ魔法ね」
なんて冗談を呟く。
凛「やっぱり、アーチャーの記憶……」
サーヴァントとそのマスターはパスを繋いでいるため、お互いの記憶が交錯して夢にみることがある。
だから凛が知らないのなら、それはアゲハの記憶。
見たくないものを見てしまった。
サーヴァントの記憶など余計な情報だ。
でも、見てしまったからにはどうしても考えてしまう。
凛「あれはどこかなのかしら」
荒れ果てた大地、瓦礫の山。
いまの光景はどこなのだろうか。
アゲハは自分は日本人で2009年の世界にいたと言っていた。
でもあの光景が日本だとは到底思えない。
凛(何かしらの天災? 地震とか隕石とか)
それしか考えられない。
でも、どれだとあの異形の生物たちの説明がつかない。
人型のもいれば、虫のようなもの、形容しがたい化け物までいた。
凛(ま、バーサーカーに比べれば紙みたいなものだけど)
どちらにしろ深く考えたところで仕様がない問題だ。
アゲハは日本と言っていたが、この世界と同じ世界とは限らない。
パラレルワールドの日本から聖杯が無理やりアゲハの魂を引っ張ってきただけの可能性も高い。
1つだけ気になる点があるとすれば
凛(……夢にアーチャーは出てこなかったのよね)
アーチャーの夢ならその光景もアーチャーの記憶のハズである。
しかし、いまの夢はアーチャーの記憶という感じではなかった。
それよりもあの5人の子供たちの記憶という感じだった。
夢の中に現れた5人の子供たち。
あの希望の閉ざされた世界の中、必死で毎日を生きていた。
彼らがアーチャーとどんな関係なのか、いまの凛に分かる術はない。
凛(じゃあ忘れましょう。やることはたくさんある。くだらないことに時間を使う暇はないのよ遠坂凛)
時間の経過と共に全身に血液が回り始め、回転の鈍かった頭も十分な酸素を供給して冴えてくる。
凛は自らの思考を打ち切りベットから飛び起きる。
昨日のバーサーカーのこと、学校の結界、謎の昏睡事件。
冬木の管理者として解決しなければならないことは山の様にあるのだ。
――夢を見た。
暗く、つらい、遠い昔の夢。
現実に打ちのめされ、無力さに泣いた。
それは、とても懐かしく、永久に戻ることのない、日々の記憶。
夜科アゲハは朝早く目を覚ます。
昨夜の死闘からまだそれほど時間はたっていない。
体は本調子だと言えないが、それでものんびり寝ていられほど穏やかな心中ではなかった。
圧倒的な敗北。
セイバーのおかげで一矢報いたが、一対一なら文字通り瞬殺されていた。
――貴様の力は狙撃にしか使えない。
いつか言われた言葉を思い返す。
不意打ち、奇策、能力の特異性。
自身の発想と応用力、柔軟性。
持てるすべての力を駆使し、格上との戦いも勝利を収めてきた。
ここでの戦いも、ここじゃない別のとの戦いも。
ランサー、セイバーおよそ白兵戦に関してはサーヴァントの中でもトップクラスの相手。
痛み分けで終わったが、あのまま続けていればどちらが勝ったかなど明白。
バーサーカーにいたっては抵抗することさえ出来なかった。
背中のソファーの感触は気持ちよい。
柔らかく、それでいて芯の通った暖かさに安心感を覚える。
指の隙間から漏れる明かりはアゲハの顔を明るく照らしている。
このままじゃ聖杯戦争を勝ち残ることなんて出来ない
狙撃だけじゃ駄目だ。
近中距離で戦える力を身につけないと。
付け焼刃じゃない、根本的な新しいプログラムを考えなければならない。
甘かった。
聖杯戦争を甘く見ていた。
でも、そのおかげで大事な事を思い出せた。
どんなことになっても、もう二度と大事な人は失わせない。
そのためにオレはここにいるのだから。
居間に電話の呼び出し音がけたたましく鳴り響く
セイバー「シロウ、電話がなっています」
士郎「悪いセイバー。手が離せないから代わりにでてくれないか」
激闘から一夜。
多少の疲れはあったものの幸い大きな怪我もなく帰ってきてからすぐに床に就いた
それでもいつもより朝起きたのが遅くなってしまい時刻は12時を回っている。
とりあえず食事にしなければ始まらないと、昼食の準備始めていたため士郎は手がいっぱいの様子だ
セイバー「はい、衛宮です」
凛『あ、セイバー? 衛宮くんに代わってもらえる?』
セイバー「シロウですか? 申し訳ありませんが少し手が離せない様なので、伝言があるのならば私が聞いておきます」
凛『そう? じゃあ、いまから行くから2人分のお昼用意して待ってるように伝えてくれる?』
セイバー「こちらに来られるのですね。分かりました」
凛『30分くらいで着くと思うからよろしく~』
それだけ言って凛は一方的に電話を切る。
セイバー(昨日の今日ですぐに再会とは……)
凛が意味もなく遊びに来るような人物でないことはセイバーもとっくに分かっている。
ならば要件は1つしか思いつかない。
セイバー(バーサーカー対策と聖杯戦争についてですね)
セイバー「シロウ、凛がこちらに来るそうです」
士郎「え!? 遠坂が? どうして?」
セイバー「推測ですが昨日のバーサーカーの件ではないかと思われます」
士郎「……どういうことだ?」
セイバー「バーサーカーは協力なサーヴァントでした。そもそもの英霊がヘラクレスであるのに加えて狂化されている。万全な状態ではないと言え私たちだけで倒すことは難しい」
士郎「一緒に戦おうぜ、ってことか」
セイバー「あくまで推測です。魔術師がそう簡単に同盟を組むとは考えにくいですが、凛は下手なプライドや意地に囚われるな人間には見えませんでした」
それはつまりアーチャーだけではバーサーカーに勝てないと言っていることになる。
だから凛は力を求めて同盟を提案してくるだろうと、セイバーはそう言っている。
しかしそれはセイバーも同じこと。
今の段階では、たとえセイバーの宝具を持ってしても倒すことができるか難しい。
士郎は蛇口をひねり出しっぱなしにしていた水を止めて、濡れた手をかけてあるタオルで綺麗にふき取る。
昼食の準備を一時中断して士郎は食卓の前に腰を下ろした。
士郎「セイバーはどう思うんだ?」
セイバー「私は凛と組むことに賛成です。戦力的には勿論ですが、何より魔術師としての凛の頭脳は必ず重宝します。シロウの魔術の勉強にもなるかもしれない」
士郎「そうだよな。俺も遠坂が仲間になってくれるなら心強い」
じゃあ遠坂が来る前にご飯にしようと士郎は立ち上がる。
今日は疲れていたこともあって、メニューは簡単なサラダと鶏肉の照り焼き。
後は鶏肉を焼いて御飯をよそえば準備は完了のはずなのだが。
セイバー「シロウ。大事な事を言い忘れていました」
士郎「なんだ?」
セイバー「――凛が昼食を用意しておいて欲しいと」
凛「ごちそう様。衛宮くん料理上手ね、美味しかったわ」
士郎「そりゃどうも。こっちもわざわざ一品増やした甲斐があったってもんだ」
あれから程なくして凛が衛宮邸を訪れた。
御飯は大目に炊いていたものの、2人が4では人肝心のおかずは少々心もとなかった。
折角凛がウチに来るというのだから少しばかり気合いを入れて作ろうと手早く主菜を一品追加したのだ。
士郎「それで? 食事するためだけにウチに来たわけじゃないだろ遠坂」
凛「もちろんよ。じゃあ本題に入るけど――」
凛「衛宮くん。私たち手を組まない?」
士郎たちの予想通り凛は同盟を提案してきた。
昨日のバーサーカーとの戦いでは、2対1にも関わらず、結果は辛勝。
それも、相手は一度の死では死なないらしく、あのまま戦いが続行されていれば結果は火を見るよりも明らかであった。
特にいがみ合ってる仲ではなく、高校の知り合いなら今後のことも考えて同盟を結ぼうとするのは、悪くない考えである。
とはいえ、凛が簡単に同盟を結ぼうとしたかと思えばそうではない。
凛『――同盟なんてもってのほかよ!』
アゲハ『そう意地になるな遠坂。お前もバーサーカーの強さは見てただろ』
これからの方針を立てようと起き上がってきた凛とアゲハは食事そっちのけで作戦会議をしていた。
アゲハとしてはバーサーカーだけの話ではなく、聖杯戦争を有利に進めるためにも味方は多い方が良いと考えている。
誰でも良いというわけではないのだが、士郎とセイバーのコンビならば悪くないと思っている。
凛『だからって衛宮くんの手を借りろっていうの? アーチャー、あんたいつからそんなに弱気になったのよ』
アゲハ『そうじゃねえ。オレに自信があるかないかは問題じゃない。手を組んだ方が有利戦争を進められる。勝つためには有用なことなら、なんでもやるべきだと言ってんだよ』
凛『あんたは戦争に勝てば良いだけかもしれないけど、わたしはそれだけじゃない。遠坂の名前に懸けてこの戦争に参加してんのよ!』
凛はアゲハと違い願いがあって戦争に参加したのではない。
生前の父の教え。
そして遠坂の名前に誇りを持ってこの戦争に参加している。
アゲハ『なあ遠坂。遠坂ほどの人間がこの状況が分からない訳ないよな……それに理由はそれだけじゃないだろ?』
凛『なによ、他にどんな理由があるって言うの?』
アゲハ『同盟を組んだら後々戦いにくくなるってかんがえてるだろ』
凛『……っつ』
アゲハ『遠坂は口では冷徹に振る舞ってるけど心の中はそんな冷たいやつじゃない。仲よくすれば情が移って戦いにくくなるんだろ? じゃなきゃ同盟なんて適当な口約束程度の戦略的駒として考えてれば良いんだ』
アゲハの発した言葉は核心をついていた。
同盟なんて利用だけ利用して最後は裏切れば良い。
むしろ魔術師なら誇りもあるが、自分が勝つためにはそれ位平気でやってのけるものだ。
今までの聖杯戦争が上手く行かなかったのも、他の魔術師を出し抜こうとしたためことごとく失敗してきている。
しかしこの少女は口で言う程、徹しきれてないし非情な人間でもない。
そして、そんな自分のことも正確に理解している。
だから同盟を簡単に結ぶわけにはいかなかったのだ。
数日しか一緒にいないが、アゲハにはそのことが良く分かっていた。
凛『はあ……分かったわよ。そこまで言われちゃ、どうしようもないじゃない』
士郎「……むしろこっちからお願いしたいくらいだ遠坂。よろしく頼む」
凛「あれ? わたしの予想ではもっと大きなリアクションをとってくれると思ってたんだけど、意外と冷静なのね衛宮くん」
士郎「いや、本当のこと言うと同盟の話って分かってた。今更ただの馴れ合いを遠坂が好まないのは知ってるし、このタイミングならバーサーカーの件だって思うだろ。ま、それでもこんなにストレートにお願いされるとは思ってもみなかったけど」
凛「形振り構う程余裕ある状況じゃないのよ残念ながら」
セイバー「凛。その言い方ですと、他にも何か問題が?」
凛「ええその通りよ。衛宮くん。最近学校で変な気配とか感じたことはない?」
士郎「そうだな……気配とはちょっと違うかもしれないんだが、昨日学校の校門を潜ったら甘ったるい鼻を突くような感覚を覚えたな」
凛「ふ~ん、衛宮くんはそういう風に感じるんだ」
セイバー「凛。それが一体なんだというのですか」
凛はそこで一度アゲハにしたのと同じ説明をする。
あの違和感の正体は結界。
それもとても大きく一度発動したら学校の敷地内にいる人間が全て溶解してしまうほどである。
説明を聞くと士郎の顔は驚きを隠せなく目を見開いているが、次第にそれは怒りへと変わっていく。
士郎「なんだよ、それ……」
凛「現状最優先するべき課題はバーサーカーよりもこっちの方よ。残された時間も長くはないわ」
セイバー「どのくらいの猶予があるのですか?」
凛「今日を含めて残り9日ってとこね。だから私たちは優先してこの結界をなんとかする。その後対バーサーカーに向けて対策を練らなければならないの」
まだ太陽の位置は高く、行動を起こすには十分な時間が残されている。
まさか自分の学校がそんな危険にさらされていたとは士郎は夢にも思っていなかった。
士郎は今すぐにでも学校に向かい、犯人を捕まえたいのだが、それに引き替え凛は焦っている様子など微塵も見せていない。
ゆっくりとお茶を飲みほしてから立ち上がると、大きなキャリーケースに手をかける。
士郎「……遠坂、その大きな荷物はどうするつもりだ?」
凛「何って、これからここに泊まるんだから色々必要なものがあるのは当たり前じゃない。それよりわたしはどこの部屋を使えば良い? 士郎」
士郎「それなら奥に行って別棟の……って泊まる誰が!?」
凛「誰ってわたしとアーチャー以外に誰がいるのよ」
士郎「いや、そんなに急に言われても……その……」
凛「はぁ。衛宮くん同盟組んでるんだから一緒にいた方が安全じゃない。ここまで来たんだからいつまでもぐちぐち言ってたら駄目よ」
そうして、まだ納得できない士郎をおいて凛は我が物顔で衛宮家を奥に進んでいく。
ただでさえセイバーと一緒で緊張するってのに凛まで、我が家に泊まるなんて言い出し士郎の胸中は穏やかでない。
セイバー「シロウどうしたですか? 凛が一緒に住めば大変心強いと思うのですが何か問題でも?」
士郎「いや大丈夫だ。遠坂がああいう奴だってことは分かってたから。動揺するだけ無駄なんだ」
セイバー「?」
そう言えばアーチャーはどこに行ったのだろうと気になる。
凛と一緒に来たのだが、そのまま食事もとらずにどこかに消えてしまった。
庭にもいないしあの話し合いにも一度も顔を出していない。
さすがに士郎も気になりはじめ家の中を探し始める。
部屋はいくつもあり面積自体も広く初めての人間だと迷いがちだが、慣れると簡単に一周できるようになる。
土蔵を覗き大きな部屋を探していくも姿はなく、最後に一つだけ場所が残った。
士郎「やっぱりここだったか」
さっきまでの喧騒が嘘のように、その空間は静寂に支配されている。
まるで時間が凍りついてしまっているような印象を受ける、その部屋の中心にアゲハはいた。
士郎「……アーチャー」
呼びかけても返事はない。
こちらの声などまるで聞こえていないようだ。
しばらく待っていても変わり映えはなく、アゲハは身動ぎもせずに集中している。
士郎(邪魔しちゃ悪いな)
士郎は何もせずにアゲハの姿をそのまま眺める。
別に面白いものがあるわけでもなく居間に戻っても良かったのだが、なんとなく動く気にはならなかった。
凄く長い時間のように感じられたが実際には数分経ったころ。
アゲハが士郎の気配に気づき、集中を解いて振り向く。
アゲハ「お、士郎か。なにしてんだ?」
士郎「いや、別になにもしてなかったよ。それより邪魔しちゃったか?」
アゲハ「いや、いま気づいた。それに別にそんな大切なことしてたわけじゃねえし」
そうか、と士郎は頷く。
セイバーも言っていたが本当に不思議なサーヴァントだと思う。
ランサー、セイバー、バーサーカーと何人かの英霊を既に見てきたが、そのどれもに貫録というかオーラのようなものを感じていた、のに目の前に人物からはあまり感じられない
ただクラスメイトと話してるだけのうような気楽さである。
士郎「なんか全然英雄っぽくないよなアーチャーって」
アゲハ「中身はどこにでもいる16のガキだからな。あ! てか勝手に入っててワリィ! 良い所見つけたからつい長居しちまった」
士郎「良いよそんなこと、気にするな。それよりアーチャーはこんな所が気に入ったのか?」
アゲハ「なんつーか、ここは静かで心が落ち着くし集中できる。遠坂の所は全体的に洋風で豪華だから、いまいち集中できないんだよ」
士郎「へー。それでアーチャーはここで何してたんだ? 凄く集中してた様に見えたけど」
アゲハ「新しい技の開発をちょっとな」
士郎「技って……あの黒い奴のことか?」
アゲハ「ああ。詳しくしゃべると遠坂が怒るから言わないけど、オレの能力は自由自在にカスタマイズできる。その新しい案を考えてたんだ」
自由自在にカスタマイズ。
それだけ聞いて士郎は素直にスゴイと驚いてしまう。
バーサーカー戦の最後のアーチャーの一撃。
あれには目を疑った。
突然黒い塊が飛来してきたと思うと、一瞬でバーサーカーがバラバラにしてしまうのだから。
魔術師として半人前の士郎でもあれがどれだけ異質のものか肌で感じた
アゲハ「今回はセイバーがバーサーカーを抑えてくれていたおかげで一撃かますことが出来たけど、それじゃあ駄目だ。一対一でも戦えるくらいにならないと聖杯戦争を勝ち抜くことなんてできない」
士郎「やっぱりアーチャーも聖杯戦争に勝ち残りたいのか?」
アゲハ「まあな。それに遠坂が召喚したサーヴァントがオレだ。1人でも勝てるくらいじゃないと遠坂凛に失礼だろ? オレはあいつを勝たしてやりたいしオレも勝たなければならない理由がある。だからこんな弱いオレのままだとダメなんだよ」
士郎(まだ強くなるつもりなのか……)
サーヴァントとして召喚され、すでに完成されている強さを持っているのに、まだ力を求めるアーチャーの姿勢に少しだけ驚いた。
でもそういうものかもしれないと士郎は納得する。
自分も魔術の鍛錬、肉体の鍛錬を続けてきたけどそれは身近な人を守れる強さが欲しいからだ。
別に何でも救えるような過度な強さを求めるわけではない。
あくまで災害時などに役に立つようなレベルだ。
士郎(でも、それじゃあ足りないんだ)
もう安全な日常は終わってしまった。
あの日、教会で戦うことを決めたときから、もう衛宮士郎は足を踏み入れてしまったのだ。
生と死。
血と肉が躍る弱肉強食の戦争の世界に。
士郎「俺も強くならないといけないんだ」
アゲハ「……」
士郎「俺に力がないのは分かってる。それでも、目の前で誰かが傷つくのは嫌なんだ。誰かを助けるための強さが欲しいんだ」
アゲハ「そうか」
士郎の気持ちがアゲハには痛いほど分かる。
守ることの大変さも、守れないことの辛さも、幾度も感じてきた。
だから、今目の前にいる少年のことを放っておこうとは、到底アゲハには思えなくなっていた。
セイバー「シロウ。ここにいましたか。アーチャーも」
士郎「どうしたセイバー」
セイバー「凛が2人のことを探していました。今は庭にいると思うので早めに行ってあげてください」
アゲハ「やれやれ、なんか悪い予感しかしないな」
士郎「奇遇だなアーチャー。俺もそんな気しかしない」
しかし待たせると待たせたで、また後が恐ろしい。
へそを曲げられる前に行ってしまおうと2人は道場を後にする
終わりです。
次の更新は日があき、28日ごろを予定しています。
思うと士郎とアゲハってどっちも作中でトップクラスに考え方危ない人ですよね。
主人公なのに……
それを見守るのはfateならヒロインらしく凛ですが、PSYRENのヒロインは恐ろしいのでヒリューさんになるんでしょうか?
なんてことを追加したシーンで思いました。
それでは。
通された部屋はえらく殺風景なものだった。
片隅に小さな机が配置されているほか家具らしい家具は見当たらない。
しかし見える所に埃やチリはなく、家主である衛宮士郎の性格が窺い知れる。
士郎「何もないところだけど、まあ好きに使ってくれて良いから」
アゲハ「悪いな。急に押しかけておいて部屋まで用意してもらって」
士郎「気にすんな。部屋ならいくらでもあるし、あー……俺としてもこの部屋割りに出来たのは正直助かった」
その部屋割りというのはセイバーがどうしても士郎と同じ部屋、あるいは隣でないと納得できないというものだった。
敵サーヴァントに襲われたらどうするのです、サーヴァントとして私には士郎を守る義務が存在するというのがセイバーの言い分。
対して士郎の言い分としては結界も張っているし、そこまでしなくても大丈夫との事。
たしかに本音でもあるが士郎の心を少しばかり解説すると、女の子と一緒の部屋になんかで寝られるかという意味を含んでいる。
しかしながら、セイバー決して首を縦に振ろうとはしない。
話はいつまでたっても平行線のまま終わりが見えなかったのだが、そんな時に凛が言った『じゃあアーチャーを隣にすれば良いじゃない』の一言で片が付いた。
それなら護衛も出来るし安心だということで渋々ながらセイバーを納得させたのだ。
アゲハ「セイバーは不服そうだったけどな」
セイバーにとってしてみれば自分のマスターの安全を他サーヴァントに任せるのだから、中々納得しないのも無理はない。
セイバーでなくたって普通の神経ならこんなことはしない。
その点に関していえば、凛は士郎のことを士郎は凛のことをお互いに信頼しているのだ。
士郎は凛に呼ばれているらしくアゲハを部屋に残し、凛の占拠している部屋へと向かった。
ちなみに余談ではあるが、凛の選択した部屋はこの家で一番良い部屋で中も畳ではなくベットにカーペットの洋風な作りになっている。
いわく、魔術師として場所に拘るのは当然とのこと。
士郎が去り話し相手もいなくなり、アゲハは急に暇になってしまった。
あいにく凛と違い荷物も持っていないため荷ほどきの必要もない。
時刻はまだ午後4時ごろ。
アゲハ「また行くかな……」
そうして選んだ先は昼間の道場である。
静かな環境で、なんとなく気も引き締まり考えもまとまるかもしれない。
アゲハ(ノヴァを使えばバーサーカーにも勝てるかもしれない……でもそれは……)
ノヴァを使えば聖杯戦争を制することができるだろうとは、前々から思ってはいた。
しかしあれは諸刃の剣。
発動すれば自分はどうなるか分からない。
それに今は凛から魔力を供給されている身である。
下手にノヴァを使えば凛の魔力を根こそぎ奪い尽くし、命を脅かすかもしれない。
何よりも自分はこんなところで倒れてはいけない。
元の世界でミスラと戦ったときは、ただ勝ちさえすれば良かった。
自分の命がどうなろうともミスラを倒せば、世界の平和は保たれアゲハの目的は達成されたのだ。
しかし聖杯戦争ではバーサーカーも含め6体のサーヴァントを倒さなければ聖杯を手にすることは出来ない。
だから、長期的な戦略で戦っていかなければならない。
アゲハ(誰かいるのか?)
そうこう考えてるうちに目的の道場までたどり着いた。
扉は少しで開いており、中からは人の気配が感じられる。
いまこの家にいる人物からすると、誰がいるかは明白でアゲハは躊躇せず中に踏み込んだ。
アゲハ「よっ、セイバー」
セイバー「足音の主はあなたでしたか。何か御用ですか?」
アゲハ「サーヴァントってのも暇なもんだな。せっかくだからゆっくり考え事でもと思ってな」
セイバー「結構なことではないですか。我々が大変な状況にあることは主の危険にもつながる。疲弊しているいま、これくらいがちょうど良い」
アゲハ「つっても迂闊に出歩くこともできないのは、性に合わねえ」
アゲハはついこの間まで、普通の高校生として生活していた。
いきなり外出は駄目、有事の際以外は従いなさいと言われても暇を持て余してしまう。
アゲハ「セイバーも歴史上の英雄なんだよな?」
セイバー「はい。真名を明かすことは出来ませんが、この身は遥か昔に朽ちたものです」
アゲハ「それって地味にすごくね? 要は織田信長と話してるようなモンだろ?」
セイバー「まあ、そうなりますね……と言っても貴方もこうして召喚された身。同じような存在ではないですか」
アゲハ「う~ん、実感は湧かないな」
セイバー「しかし、聖杯戦争に呼び出されたからには何かしらの功績を立てたのでしょう。その能力もただものとは思えない」
アゲハ「……」
アゲハは黙る。
剣を握っている姿は眼光鋭く凄みさえ感じるセイバーが目の前にいる彼女が同一人物だとは思えない。
今も部屋で姿勢正しく正座をしており背筋も真っ直ぐと伸びている。
その佇まいや所作からは気品も感じ、英雄たる雰囲気に溢れている。
アゲハ(意外と良く知っている人物なのかな、どっかの王女様とか)
アゲハの妄想は半分正解で半分不正解。
正しくは王様である。
しばらく座り込んでいるとアゲハに1つ面白い考えが浮かび上がり、急に立ち上がったりゆっくりと道場を見回し始める。
ぐるっと一周し部屋全体を探すと、お目当ての物を見つけたらしく道場の隅まで歩いて行く。
そこには道場らしく数本の竹刀が立てかけてあり、そのうちの一本を手に取り感触を確かめるように2度3度その場で振る。
アゲハ「セイバーもいま暇だろ? よかったら付き合ってくれないか?」
そうして手に持っていた竹刀を一本セイバーの方へと放り投げると、竹刀は緩やかな放物線を描き正座しているセイバーの膝元に届く。
いきなりの展開に戸惑いつつも、セイバーはつい飛んできた竹刀を受け止める。
セイバー「アーチャー、これはどういう意味ですか?」
アゲハ「なんだ……折角何だから体でも動かそうぜ」
いきなりの展開に面食らって、思考が停止する。
黙り込んでいて、動き出したかと思えばサーヴァント同士で試合をしようと言うのだから。
でも、それもおもしろいかもしれないとセイバーは思う。
セイバー「――面白そうですね。その勝負受けて立ちます」
セイバー「アーチャー、あなたはそのままでいいのですか?」
セイバーと正対するアーチャーの手は空。
それなのにセイバーの右手には竹刀が握られている。
素手と剣。
戦争の最中での得物の違いならば別段驚くことでもないのだが、道場で試合となればその異様さが分かる。
アゲハ「良い。そもそも剣なんてつかったことないし、オレにはこっちのがしっくりくる」
胸の前で両の拳を突き合わせ、そう語るアゲハ。
その目は真剣で気迫に満ち溢れている。
セイバー「分かりました。竹刀とは言え、痛いでは済まされませんよ」
アゲハ「そっちこそ打撃の辛さは斬撃とは違うぜ、鎧は付けなくても良いのかよ」
セイバー「それこそ愚問だ。この両手で握るは真剣にあらず。防具だけは身に着けるなど私の騎士道に反する」
セイバーは竹刀を正眼に構える。
両者の間に語るべき言葉は尽きた。
後はただ純粋に交わるのみ。
凛「――あら思ったよりも元気そうね。素質あるじゃない」
最初凛に宝石の様なものを飲まされた時は、体が沸騰したのかと思う程熱くなり意識は朦朧としたが、しばらくしたら体に馴染んでくるのを士郎は感じていた。
凛「さっきも言ったけど、強制的に衛宮くんの魔術回路を開くために荒っぽいことしたから今日一日はゆっくり休みなさい。間違っても魔術を行使しようなんて思わないこと」
士郎「ああ、ありがとな。遠坂。協力関係とは言えここまでしてくれて助かった」
凛「あら、これだけの間違いでしょ?」
これだけ。なにがこれだけなのだろうと士郎は凛に聞き返す。
ここまでやっていてくれて、既にこれだけのことではないと士郎は思っていた。
凛「だって、これから数日で少しでも戦力になってもらおうって言ってるのよ。普通に鍛錬してたら間に合う訳ないじゃない」
これだけ。
今回の鍛錬がまだ序の口らしい。
士郎「望むところさ。元々俺がやってた鍛錬も相当危険なものなんだろ? だったら何も変わらない」
凛「……流石に毎回魔術回路を一から生成するなんて自殺行為はしないわよ。でも、そうね。衛宮くんにはこれくらいがちょうど良いのかもね」
あの遠坂をも自殺行為と言わせる行為を休みもせず、5年間も続けてきたことに今更ながらゾッとする。
死にかけた事は1度や2度ではなかった。
それも今夜で終わりと思うと名残惜しい気がしないでもない。
凛「今日は鍛錬も出来ないし、折角だから衛宮くんの工房……って持ってるはずないか。うーん、いつも鍛錬している所に連れて行ってくれない? 今後の教育方針に役立つと思うから」
士郎「分かった。言っとくけど遠坂が持ってるような部屋と一緒にするなよ? ガラクタしかないし単にそこが落ち着くだけで、別に何かがある訳じゃないぞ」
凛「言われなくても半人前以下の衛宮くんが立派な工房持ってることなんて期待してないわ。少しでもあなたの魔術の雰囲気が掴めれば良いだけ」
何かすごく酷い事を言われている気がするけれど、本当のことだけに何も言い返すことが出来ない士郎。
ともあれ凛を土蔵まで連れて行くことになったので、いつまでもここにいてもしょうがない。
まだ本調子でない体を支えて、土蔵に向かうことにした。
打ち合いを初めて既に一時間。
アゲハの体は限界まで身体能力を上げて、反応速度も研ぎ澄まされる。
二人の間で繰り広げられるせめぎ合い。
拳を足を一体どれだけ繰り出したのかなんてアゲハは覚えていない。
それでもセイバーに自身の攻撃が一度として通っていなかった。
アゲハ「っく!」
バランスを崩れたところに容赦ないセイバーの剣が奔る。
仕方なしにアゲハは右手の甲で斬撃を受け止める。
竹刀とは思えぬ重さに腕がじんわりと痺れる。
ライズで強化されている肉体の上からでも、その太刀筋の鋭さが分かる。
折角近づけたのだ。
この機を逃すことなく間合いを詰めての殴打も、僅かに首を傾けることで躱される。
ここまで戦ってきてアゲハには一つ分かったことがある。
どうやらセイバーには天賦の才能なのか百戦錬磨の賜物なのかは分からないが、ずば抜けた勝負カンを持っている。
どう動けば躱せるのか、どこに打ち込めば相手に当たるのか。
長年培ってきた技術に加え類まれなるカンによって、一瞬の間に判断して実行している。
正面からの攻撃なんて、いかにスピードがあろうと捉えることは難しい。
それこそバーサーカー程の膂力があれば話は別なのだが。
アゲハ(となると素手じゃキツイ相手だ……オレはいつまでもセイバーの攻撃を避けてはいられない)
セイバーと距離空けて思案する。
状況は極めて悪い。
なにしろ有効な攻撃手段がいまのところゼロに等しい。
まあ何かの武術を学んだのでもなく単に喧嘩慣れしているだけの少年なのだから、当然と言えば当然なのだが。
この距離ならセイバーの踏込みに対応できると思ったのだが、それが間違いだった。
セイバーはアゲハのその油断を逃さずに腰を落として力の限り床を蹴った。
音も立てず、一瞬の間にセイバーはアゲハに接近する。
セイバー「油断と言うものは、このような状況を指すのですよアーチャー」
最速の突き。
腕が少し引かれ、切っ先がアゲハを睨む。
踏み込むのと同時に放たれた突きのスピードはいままでの比じゃない。
躱すことは不可能。
アゲハ(どうする!?)
咄嗟に拳が出る。
避けられないのなら、せめて一撃だけでも。
考えたのでもなく放たれたその攻撃は、突っ込んできたセイバーにカウンターの要領でその顔面を狙う。
それも空しく散る。
なんてことはない。
そんな軌道の読みやすい攻撃をセイバーが受けるハズもなく、アゲハの拳は紙一重の差で空を切る。
掠ったことで頬がきれたのだろうか。
セイバーは頬に血を滲ませながらも、完璧に躱してその剣をアゲハに向けて突きたてる。
――ドクン
――ドクン、ドクン
――ドクン、ドクン、ドクン
心臓は激しく収縮と弛緩を繰り返し、痛いほど脈打っている。
聴覚を刺激するのは心音のみ。
道場も、竹刀も、セイバーも、消え失せて目に映るのは真っ赤な血。
戦いの最中だというのに、眼前にもセイバーの切っ先が迫っていたのに、なにも分からなくなって、脳に焼きつくのは一筋の紅い血。
(――オレは今なにをして……)
意識はより心の深層に到着する。
思い出すのはセイバーとの出会い。
(あの時も、追いつめられて、攻撃して、そして……)
――鮮血
(そうだ、あの時も)
あの時も同じだった。
不可視の剣。
砕けるディスク。
痛む胸。
黒い流星。
一筋の鮮血。
ホーミング――
より深く深く、暗く。
圧倒的なスピード。
満たされる毒ガス。
狙撃だけ。
そして……
追いつめられた体の中で何かが噛み合う。
あのプラグラム解除も必要なことだった。
無ければ今頃セイバーに真っ二つにされていたに違いない。
ランサーとの戦いでサーヴァントの強さは知っていた。
接近戦で戦う危うさも感じていた。
だから必要だった。
追いつめられ、それでも相手に報いるために、あのプログラムは無くてはならなかった。
接近戦でのディスクを、ボルテクスを、考え出し生き抜いてきた。
なになら出来るとか、これなら制御できるとか、あのプラグラムなら勝てるとか。
そうじゃない。
必要だった。
負けないため、死なないため、守るため、救うため、なければいけなかった。
あの世界の中を生き抜くため考えた末、自然とたどり着いたのだ。
難しく考えることはない、生きる為に何をすれば良いのか。
それはオレが一番わかってる。
それだけで今日までオレは――
急激に体の熱が下がっていくのを感じる。
考えた訳じゃない、知っていたのでもない。
この場を切り抜けるため、肉体が勝手に動いた。
――夜科アゲハの細胞が瞬間的に反応した。
肘を支点にそこから先を振り回す。
遥か遠くの地で完成された暗殺術。
もちろんアゲハはそんな技は知らない。
死をも恐れぬ信念と、生存のための本能が、アゲハの体を突き動かす。
アゲハは振るう。
勝つために。
それが必然なのだ。
死角からの予想外の攻撃をモロに受けるセイバー。
同時にセイバーの突きもアゲハの喉を打ち抜く。
アゲハは背後に、セイバーは真横に吹き飛ばされる。
貫かれた喉はじくじくと痛み、受け身も取れず打ち付けた背中にも鈍痛が走る。
だが相手も同じだ。
こめかみに入った一撃に顔を歪ませて膝をついている。
セイバー「ああ、完璧に避けたと思ったのでしたが……」
――相討ちですね。
セイバー「極限状態に追い込まれた体が反射的に動いた。アーチャーは生前からそのような生死を懸けた戦いを行ってきたのはないですか?」
アゲハ「……思い返せばそうかもな」
楽な戦いなんてほとんど無かった。
いっつも命がけで戦い、綱渡りのような危ういバランスの中で勝利を掴み取ってきたのだ。
竹刀とはいえセイバーの剣を目の前にして余裕なんてあるわけがなかった。
だからこそ相討ちにまで持ち込めた。
単純な技量では話にならない。
セイバー「手を合わせて思ったのですがアーチャー。あなたは前回も今回も戦い方が変わりませんね」
アゲハ「どういう意味だ?」
セイバー「素手か……あの円盤を持っているかの違いはありますが、あなたの戦いのパターンは何も変わっていない。いや、むしろ円盤を持った時の方が退化している」
セイバーの意図は何も掴めない。
何を伝えたいのか、何のためにこんな話をしているのか。
分からないから余計な口を挟まず聞き役に徹することにした。
セイバー「柔術、剣術、槍術、杖術。武器は違えば戦い方も変わる。しかし、あなたは変わらずに円盤を振り回すだけだ。動きにくさも相まって振るう以外の選択肢もなくなり、素手のときよりも更にワンパターンな戦い方になる」
アゲハ「他にもある。セイバーに放った流星もバーサーカーを打倒するのに使えただろ?」
溜まらずに反論するアゲハ。
そこにあるのは怒りではなく、純粋な疑問。
少なくとも自分の能力が他人より、応用性に富んでいると思っていたことから湧く質問だった。
セイバー「ですから、それも単一的なものです。アーチャー、あなたの能力は強力だ。単純な能力の性能だけで判断すれば、あなたの能力程戦いに関して優れているものもそうはないでしょう」
セイバー「しかし実際に戦闘において優位に立てるかと言えば……そうでもない。あなたは自分の能力が強力さ故に自己が縛られてしまっている」
アゲハ「……」
セイバー「その力を中心に戦うのは当然のことです。しかし、それが全てではありません。私も宝具に頼ってるだけではないのです。敵との戦闘において、特殊能力や技に頼ることは選択肢の一つに過ぎない。
セイバー「――あなたは、その才能を生かし切れていません」
ズシリと言葉がアゲハの体に染み込む。
言われたとおりだった。
いかに新しいプログラムを組むのか、それしか考えていなかった自分に嫌気がさす。
大事なのはどう能力を使うのではく、どう戦うのか。
能力も含め、戦いというものを考える。
それすら暴王の月を得てからの僅かな時間で忘れてしまったというのか。
強く奥歯を噛みしめる。
アゲハ「――サンキュー、セイバー。いろいろ気づかされた」
セイバー「いえ、私は感じたことを口にしただけです。あとはアーチャーがどう受け止めるかです」
アゲハ「ふっ……そりゃそうだ」
何が可笑しかったのかアゲハは吹き出す。
アゲハ(全く死んだこの身で学ばされるなんて)
士郎『セイバー、アーチャー。何処にいるんだ? もう夕食にしようー』
セイバー「もう、そんな時間ですか。アーチャー。シロウが呼んでいるので私は先に行きます」
アゲハ「オレもすぐに向かう、士郎と遠坂にもそう伝えてくれ」
終わりです。
前スレでも言いましたが、今回は少しパロネタが使われているので苦手な方がいたら失礼します。
耐久の値はそんな感じですね。
上げったとしても微々たるものだろうと。
では、これくらいで。
凛「それで、今後の方針なんだけど」
アゲハ「やっぱ学校か。時間制限もあるし」
セイバー「そうですね。凛の言う通りの結界なら早急に手を打つ必要がある」
士郎「う~ん、でも結界自体は強力で解呪出来ないんだろう? どっから手を付ければ良いんだ?」
凛「そう、問題はそこよ。今までの様に結界の起点を捜して壊すのじゃ問題の解決にはならないわ」
アゲハ「だったら、犯人を捜し出して倒せば良いだろ」
セイバー「その通りですが、その敵が見つからないから困っているのでは?」
士郎「俺はともかくとして、遠坂なら学校で怪しい奴とか見つけられるんじゃないのか?」
凛「そいつの残していった残滓みたいのものは感じるけれど、特定できる程じゃないわね」
アゲハ「それに相手は大したマスターじゃない。士郎が魔術師だってばれなかったように遠坂が魔術的アプローチで見つけるのは難しい」
セイバー「大したマスターでない? アーチャーそれはどういう意味ですか?」
夕飯は昼のお礼を兼ねて凛が調理した。
衛宮家では中華料理つくるものがいないと分かると、凛は冷蔵庫の中身を手早く確認してから見事な中華の腕前を披露した。
その味はすばらしく、わずかに残っていた士郎のプライドを砕くには十分な出来栄えであった。
魔術で負け、成績で負け、しかし料理ならと淡い期待を抱いていた士郎は、皿に盛られた麻婆豆腐を一口食べてその期待が期待に過ぎなかったことを知ったのである。
魔術師2人にサーヴァント2体。
話題は自然と聖杯戦争のことになった。
食事が進み凛が今後の方針を口にし始めたからでもあった。
四人もいると実に賑やかなもので、会話のキャッチボールはもはやドッジボールのように乱れ飛んでいる。
セイバー「なるほど。確かに一流の魔術師はそんなことしませんね」
以前アゲハが屋上でした推測をもう一度2人に説明する。
結界を張ったマスターは素人であるだろうこと。
士郎「でも結局犯人がどんな奴か分からないよな。まさか一人一人に聞いて歩くことも出来ないし……」
そう。
結界を張って力を蓄えようとする、狡猾な人間なら中々姿を現さないだろう。
それに魔術師の存在は秘密であり、一般人に知られるわけにはいかない。
単純な計画だが、意外と打破するのは難しく皆一様に黙り込んでしまう。
凛「待って……聞くことは出来ないけど、おびき出すことは出来るかも」
そんな中、凛の頭には一つのアイデアが生まれた。
その言葉に暗く沈んでいた顔は明るくなり、食い入るように凛の考えを聞きはじめた。
アイデアは実に簡単なもので恐らく、かなりの確率でおびき出すことが出来る。
そのために凛と士郎は放課後誰もいなくなったら屋上に集合して学校を捜索することにした。
今は全部活停止中。
誰にも見られることなく学校の中を隈なく捜索できる。
その騒動は学校に行こうと玄関に向かったときに起った。
士郎はいつもの様に、早起きをして朝食を作る。
凛の言っていた通り一晩休息を取ると、体の怠さも綺麗さっぱりと消えていた。
どこにも違和感はない。これなら魔術の鍛錬も問題ないと思われた。
それでも違うのは朝の光景。
いつもならここには、朝から猛烈なテンションで辺りを引っ掻き回す冬木の虎とわざわざ朝食を作りに来てくれる1つ下の後輩の姿があった。
でも、今はいない。
2人はしばらくここに来ない様に言ってあった。
とうとう7人のマスターとサーヴァントが揃い、聖杯戦争はひっそりと幕を開いた。
ランサーみたいに、またどこかのサーヴァントが襲撃してきたとしたら2人にまで危険が及ぶ。
だからこその判断であった。
「シロウ。今日の朝食はなんでしょう」
ご存じ腹ペコ王と
「うぅ……牛乳……牛乳……」
とても人様には見せられない姿となってしまった元優等生と
「よっ、士郎! 昨日はよく眠れたか?」
只の高校生にしか見えないサーヴァントの3人だけである。
しかし、今起きている問題とはそのことではない。
セイバー「何故ですかシロウ! なぜ私だけが付いて行ってはならないのですか!」
士郎「私だけって、アーチャーが学校に行って良いのは遠坂の判断だろ。別にセイバー1人だけを外した訳じゃない」
セイバー「そういうことを言っているのではないのです! 聖杯戦争においてマスターがサーヴァントも無しで歩き回るなど不用心すぎます。そもそも学校に行くことにも私は反対だというのに……」
士郎「その話はもう終わっただろ!? 聖杯戦争でも普段の生活リズムは変えない。学校に他マスターがいると分かった以上なおさら休めないじゃないか」
セイバー「ええ、ですからその件は良いのです。ですがそれも自らの身を守る手段があってのもの。敵がいると分かった所に、みすみすマスターを向かわせるサーヴァントがどこにいますか」
士郎「でもセイバーがいなきゃ誰も俺のことをマスターなんて思わないだろ? 俺と遠坂じゃ状況が違うんだ。それにアーチャーもいる」
セイバー「寝床と言い護衛と言いシロウは全てアーチャーに任せるつもりなのですか!? あなたのアーチャーは凛のサーヴァントなのですよ」
士郎「それくらい分かってる。でも今は同盟中なんだし……」
セイバー「はー……そうやってシロウは甘いのです。リンからもシロウに言ってやって下さい。サーヴァントも付けずに出歩くマスターなんてありえないと」
凛「アーチャーもいるし安全性は大丈夫でしょ。それにセイバーの容姿は日本じゃ目立ちすぎるわ。わたしみたいに魔術師ならともかく、衛宮くんは半人前なんだし普通にしてればまず魔術師であることはバレないわ。そこにセイバーが護衛するってことは本末転倒なのよね」
セイバー「……し、しかし。イリヤスフィールの様な者もいますし……」
凛「あの娘だって所構わず襲ってくる馬鹿じゃないわよ。昼間の戦闘は禁止。少なくとも日中襲われる心配はないはずよ」
セイバー「う、うぅ……し、しかしですね……サーヴァントとして」
凛「霊体化できない貴方が衛宮くんに付いて歩くことは、言うなればただのまき餌よ?」
セイバー「……」
士郎(あかいあくま……)
凛「じゃあ衛宮くん学校に行きましょうか! セイバーもしっかりと自宅警備をしてくれるみたいだし、アーチャーも学校で待ちくたびれちゃってるかもしれないから」
心の中でスマンとセイバーに謝る士郎。
凛にぐうの音も出ない程言い負かされ、自慢のアホ毛も元気なげにうなだれるセイバーを残し、2人は学校に向かうのであった。
短いですが、今回はこれで終了です。
――1日目 放課後 屋上――
凛「さてと。昨日も説明した通り、結界の起点を片っ端から見つけて、封印する。それだけよ」
凛の考えは実にシンプル。
結界はいくつかの起点となるものが学校の至る所に刻印されているものだ。
その起点を出来るだけ多く探しだし、凛が魔術で重ね掛けし、発動までの時間を稼ぐ。
すると犯人はいつまでたっても発動しない魔術に、痺れを切らして何らかの行動を起こすだろう。
――2日目 夕方 屋上――
凛「それで? なんで士郎は2日目にして屋上にこなくなったのよ」
アゲハ「いやオレに言われても……」
授業が終わり凛はすぐに屋上まで来た。
昨日のうちに半数以上の起点を潰すことに成功したが、まだまだ数は残っている。
犯人を炙り出すためにも徹底的にやらなければならないのだが、要である士郎の姿がここにはない。
凛「もう30分よ30分! 2月の寒空の下に女の子を待たせるなんて少し認識をあたらめさせる必要がありそうね」
アゲハ「まあ、程ほどにしようぜ」
凛「そんな酷いことするわけないじゃない、少し鍛錬を厳しくするだけよ」
アゲハ(それは本当に少しなのだろうか?)
凛「さてと、じゃあ今日も始めますか」
士郎がいないと効率は悪くなってしまうがそれもしょうがない。
少しでも動いた方が後々役に立つ。
そう思って1人学校の探索を始める凛であった。
――interlude――
セイバー「遅いです!! シロウ!」
あれだけ約束をしたにもかかわらず、凛と一緒に行動せず挙句帰ってきたのが19時過ぎ。
士郎を待っていたのは優しい「お帰りなさい」の一言でなく恐ろしい暴君の雷であった。
士郎「ごめん! セイバーどうしても外せない約束があって」
セイバー「私はシロウとの約束を守り家で待機していたというのに……」
今回の約束は半ば強引にこちらの意見を認めてもらったものである。
セイバーとしては最大限の譲歩をしこの条件なら文句はないと言ってもらったのに、僅か2日で破るとは何と言うザマだろうか。
セイバー「たった2日……たった2日で約束を破るとは、もう断じて許すことは出来ません!」
セイバーの怒りは静まる気配を見せない。
こうなればいよいよ帰りに仕入れたアレで機嫌をとるしかないだろう思い、口に出そうとしたとき。
士郎「セイバー今日の夕食なんだが――」
セイバー「そんなものはあとです! 今度という今度は徹底的にそのなまった心を叩き直してあげます! さあ、今すぐに道場に行きましょう!」
士郎「え!? だって遠坂やアーチャーだっているんだぞ? まずは食事をしないと」
セイバー「2人は帰ってきてからずっと部屋に閉じこもっていますから問題ありません。さあ。シロウ!」
自分より10cm以上も背の低い少女に引きずられることがあるとは思わなかった。
しかし、現実として衛宮士郎の体が首根っこを持って引きずられている。
今日は夕食を食べる元気があるのだろうか。
引きずられながら、この後に待つ拷問のような特訓を想像し体が重くなる士郎であった。
――interlude out――
凛「アーチャーはそのまま待機していて」
アゲハ「ああ、気をつけろよ? 相手は何をしてくるか分かったもんじゃない」
凛「大丈夫よ。あいつもそこまで馬鹿じゃないから、バカだけどね」
今日も同じように凛は屋上で人を待つ。
ただし相手は士郎ではない。
士郎なら今頃道場でセイバーにしごかれている頃だろうかと、凛は今日の士郎の顔を思い出している。
――4時間前――
凛『ぷぷ、っくっくっくあはははははは!!! なに? それで士郎ったらそんな顔にされたの?』
士郎「そうだよ。約束破った代わりにセイバーにボコボコにされたらこのザマだよ」
凛『ぷっ、っくっくっく。ダメわたし死んじゃう、アーチャー聞いた? コイツ自分のサーヴァントにこんな顔にされたのよ! こんな面白い話他にないわよ』
アゲハ(姉貴がフラッシュバックして笑うに笑えん……)
昼休み、昨日のことを尋ねるために凛は士郎を屋上に呼び出した。
ちなみに丁度一成と共に生徒会室で昼食をとろうとしていたらしく、凛のことを仇の如く睨み付ける一成から士郎を奪ってきたことを一応記載しておく。
教室では優等生遠坂凛の顔もあったため笑うに笑えなかったが、2人きりになると突然指を指して笑い出した。
士郎の顔は凛が笑う程ひどく変形していたのではないが、所々腫れており喧嘩でもしたのかと妙な疑惑を持たれてしまう程度の印象は周りに与えていた。
士郎『笑い事じゃないんだよ。友達からは喧嘩でもしたのだ、また人助けしていただの言われて……一成に至っては「遠坂にやられたのか!」なんて言う始末だぞ?』
凛『うんうん、ごめんごめん。いくらなんでもちょっと面白すぎて我慢出来なかったわよ』
士郎『それで? わざわざ笑うために呼び出したんじゃないだろ?』
いつまでたっても話が進まないと思い自ら話を振る士郎。
その言葉にようやく笑うのをやめて、凛はこちらに向き直した。
凛『そうね。ま、単刀直入に言うと今日から学校の見回りは無しにしましょう』
士郎『……もういいのか?』
凛『ええ。起点はほぼ全て潰し終えたわ』
アゲハ『これみよがしに結界をはる奴だ。今の状況にはハラワタが煮えくり返ってるだろうぜ』
士郎『なるほど』
凛『それに今日は先約がいるの。だから士郎は早く帰って少しでも多くぶっ叩かれてなさい』
と言う訳でココに来る人間は士郎ではない。
では凛を呼び出すような人間は他にいるだろうか。
恐らくこの学校には3人程しかいないだろう。
ただの告白であるならば、この2年間で星の数程多くの人間に呼び出されたのだが。
聖杯戦争の最中、玉砕確定の夢見る少年の相手と会う程凛とて暇ではない。
1.衛宮の敵討ちに来た柳洞一成
2.大穴まさかの間桐桜
3.――
「やあ、遠坂。僕と会うのが待ちきれなくて早くにきてしまったのかな?」
凛「相変わらずの様ね慎二。悪いけどつまらない冗談に付き合ってる時間はないのよ」
3.間桐慎二。
表向きはこの学校において遠坂凛に勝るとも劣らない評価を得る。
眉目秀麗で成績もトップクラス。
運動能力も高く、弓道部では副部長を務める。
おまけに良家の生まれでもあり金回りが良く、彼の周りにはいつも学校の女子の姿が絶えない。
にもかかわらず努力嫌いで、この多くを持って生まれた才能のみで成し遂げる。
所謂、天才と呼ばれる人種である。
慎二「――間桐と遠坂。200年間共に根源を目指した仲じゃないか。少しくらい待ちわびても良いんじゃないかな?」
凛「200年前は、でしょ? 今や間桐の血は途絶えたわ。枯れた一族の貴方たちに今更何が出来るの?」
表向きには有名人・
しかし、その裏の顔は遠坂と並ぶ魔術師の大家。
かつて200年も前に魔術の根源を目指したマキリ、遠坂、アインツベルン。
その始まりの御三家の一角。
そこの正当な子孫こそが間桐慎二である。
慎二「言ってくれるなあ遠坂。でもその認識は改めて貰わないと
凛「なに? 魔術を諦めて一般の家庭に戻るっていうの? ならわたしも賛成よ。そんな下らない相談のために呼び出したの慎二」
慎二「はー……まだ分からないのかよ遠坂。これは僕の買い被りだったのかな?」
凛の返答に大げさに失望した――ような芝居がかった演技をする慎二。
この人間はいつもこうなのだから、別段凛がイラつくこともない。
だけど、これだけ言われて怒り出さない慎二の様子に嫌な予感がする。
凛「……」
慎二「だんまりか、まあ良いさ。いいか? 良く聞け、僕も今回の聖杯戦争に参加したんだよ!」
凛「……そんなことかと思ったわ。今更何が望みだっていうの?」
想像通りの結果に舌打ちをする凛。
マキリ。転じて間桐家は日本に来て以来その力を急速に失っていった。
土地が合わなかったらしく力を失っていき、先代ではもう微々たる魔術回路しか残っていなかった。
そうして目の前の慎二には至っては完全に魔術回路を失っていた。
つまり、そこらの一般人と何も変わらない。
慎二「望みって……魔術師なら聖杯戦争に参加するのは当たり前だろう?」
凛「そういうことじゃないって……まあ良いわ。考えれば魔術回路が無くても聖杯戦争に参加するくらいのことは出来るものね。それで、わざわざ宣戦布告しにきてくれたわけ?」
慎二「まさか。話ってのは簡単さ遠坂。僕達一緒に戦わないか?」
凛「は?」
慎二「なに、悪い話じゃないだろ? 敵は多いんだ。協力出来るものが協力した方が良いに決まってる。それに遠坂も気づいているだろ? この学校の結界にさ。実は僕には心当たりがあるんだ、こんな結界を張った犯人にさ」
凛「へーそれは少し気なるわね。わたしももう1人魔術師がいるところまでは分かったんだけど、かなり出来る奴なのか中々尻尾を出さないのよ」
慎二「やっぱりな、遠坂なら分かると思ってたんだ。それでさ犯人は……衛宮士郎に違いない」
凛「衛宮って……あの衛宮くん?」
慎二「そうさ、あの超が付くほどバカでお人よしの衛宮だよ。あいつ自分が魔術師であること隠して生活してたんだぜ。それで聖杯欲しさに学校の人間を犠牲にしようとしてるんだ。全く許せない奴だよ」
凛からは何も聞いていないのにペラペラと良く口が回る人間だ。
味方に引き込みたい慎二の気持ちは分からなくもないが、それにしたって上手い方法はいくらでもある。
にもかかわらず、この間桐慎二は第三のマスターの存在と結界の犯人を何の駆け引きにも使用せず自ら暴露した。
元から同盟を組む気など凛にはなかったが、より一層その気持ちがこの数分の会話で強くなっていく。
凛「慎二。悪いけど組むことは出来ないわ。他を当たって頂戴」
慎二「は? なんで? どうしてそういう流れになるんだよ! おかしいじゃないか!」
凛「何もおかしくないわ。だってパートナーなら既にいるもの、衛宮くんが」
慎二「衛宮!? 衛宮とだって! 衛宮とお前が……」
凛「そ。あなたみたいな中途半端なマスターと違って信頼できるのよ? じゃ、もう帰っても良い?」
士郎の名前を聞いた途端に慎二の様子は一変する。
口の中で「衛宮の方が……」なんてブツブツ呟きだし先程の余裕な顔はどこにもない。
こうなるだろうことを予測していたのだが、どうやら効き目が強すぎたらしい。
ともあれ、こうなってしまったらすべきことはないと凛は思い、屋上から立ち去ろうとする。
しかしその瞬間後ろから激高した慎二が掴みかかる。
慎二「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなよおおお!!? どうして衛宮なんだ!! アイツよりも僕の方が劣っているとでも言うつもりか! そんなことある訳がないだろう!」
凛(ったく、面倒なやつ)
心の中でどうしようもない級友に悪態をつく。
調子に乗っていたかと思えば急に逆ギレする。
まるでガキと変わらない。
そのまま慎二に掴まれるのも嫌なので、凛は振り返りざまに慎二の顔面に鉄拳を放り込んだ。
慎二「あぐっ!」
手には柔らかい軟骨の感触。
慎二は痛そうに鼻を押さえ、視線だけは凛から外そうとしない。
凛「良い機会だから言っておくわ。確かに貴方にしろ衛宮くんにしろ魔術師の才能なんてものとは無縁だわ」
凛は一端区切息をつく。
次に話すことはとても大事なこと。
だからしっかりと理解してもらわなければいけない。
だから大人が子供を諭すように、ゆっくりと優しく話しだす。
願わくば魔術なんてものを忘れて生きていけるようにと。
凛「でもね。衛宮くんには魔術師としての素質があるわ。それは、単なる才能なんかよりずっと大事なものなの。衛宮くんと貴方が違うのはそこよ?」
じゃあ、今度こそサヨウナラ。
そう言い残して凛は校舎に戻る階段へと消えて行く、後ろ姿は完璧な拒絶を示していた。
同盟の拒絶。
価値観の拒絶。
なにより魔術師としての拒絶。
遠坂け6代目当主が間桐の正当な子孫を拒絶したのだ。
残された人間は間桐慎二1人。
慎二(僕が衛宮に劣る?)
聞きなれない外国語のように慎二にはこの言葉が理解できない。
凛が何を言っていたのかがまるで理解できない。
慎二(そんなことあるものか。見てろよ遠坂、お前のせいだからな。僕だってこんな手は使いたくなかったんだぞ)
慎二「ライダー」
誰もいないハズの屋上。
慎二は人の姿のない後方にいる誰かに向けて声をかける。
ライダー「はい。なんでしょうシンジ」
慎二「――鮮血神殿を発動する」
慎二「もう全員、この学校から生きては帰さない」
ここまでです。
3月と比べるとスピードは遅くなると思いますが、よろしくお願いします
あれから程なくし2人は衛宮家に戻った。
成果としてはこれ以上ない程のものがつれた。
学校に潜む3人目のマスターは間桐慎二であり、結界の犯人も本人の行ったものであった。
凛「敵のサーヴァントはあの屋上にいたの?」
アゲハ「一体いたな。姿は隠してるからどんな奴かは分からなかったが、マスターのそばを離れずついてたよ」
凛「そう。丸腰で来るほどの間抜けではないか……まあ、小心者で自尊心ばっかり高いアイツが1人で来るはずもないけどね」
アゲハ「セイバー、アーチャー、ランサー、バーサーカー。残るはキャスター、アサシン、ライダー……無難にキャスターのサーヴァントか?」
アゲハは残されたまだ見ぬサーヴァントから、慎二のサーヴァントを予想する。
あれだけの結界を張ったことからも、キャスターである確率は高いと言える。
凛「うん、あれだけの結界ならキャスターが妥当。だけど少し気なることがあるのよ」
凛の考えとしてはアゲハの予想に同意しているし、正当な意見だと思っている。
しかし、そう簡単にことは進まない。
凛はテーブルの先に置かれていたテレビのリモコンを掴むと、電源を入れた。
画面には夕方の報道番組が映し出される。
ちょうど、ここ最近発生している事件について、アナウンサーが読み上げている所だ。
『――昨夜も新都のビルで謎の集団昏睡事件が起こりました。2月に入ってからの被害は十数件にも及び被害者の数は100人を超えました。専門家の意見ではなんらからのガスが発生しているのではないかとの見方が強く――』
アゲハ「これも聖杯戦争の影響ってことなのか?」
凛「十中八九そうでしょうね。事件そのものの不可解さ。ガス漏れか何か知らないけど、2月に入った途端集団昏睡が何度も起る?」
1回のガス漏れで集団昏睡が起こる事はあるだろう。
それでも場所を変え時間を変え、連続して一月に100人もの被害者が発生することなんて、人為的な何かが絡んでいると考える方が理屈は通る。
しかし、一般人にはその事件を人為的な仕業と決めつけるための、重要な情報が足りていないのである。
だからいまだに事故との考え方が強いのである。
凛「それだけじゃないわ」
凛の言いたいことはまだあるらしく、グイとテーブルに身を乗り出して話す。
凛「柳洞寺に魔力の流れがあるわ。それも異常な量で」
柳洞寺とは、ここ冬木市が誇る最大の霊脈――魔力が最も集まりやすい土地であり過去の聖杯戦争においても聖杯の降霊場所として利用されたこともある。
位の高さは折り紙つきである。
凛はそこに魔力が流れていると言う。
士郎「でも、そんなの当たり前じゃないのか?」
夕食の準備をしていた士郎が台所からこっちを覗いている。
まだ何かを火にかけているようだが、もうすることもないのだろう。
話もしっかり聞いており疑問を口にした。
凛「量が異常なのよ。明らかに人為的な力が働いていないと、ああは一か所に魔力が流れたりしないものよ」
セイバー「――つまり、あの寺を拠点に町の人間から力を奪っているサーヴァントがいる。そしてそれはキャスターでいる可能性が高い」
凛「あら、セイバー? いつからそこにいたの?」
セイバー「ついさっきからです。シロウ今日も良いお湯加減でした」
人が多いため入れるときに入っておけよと士郎は食事前に入浴を進められていた、セイバーがいつの間にか居間の入り口に立っていた。
髪も洗っただろうに自慢のアホ毛は健在であり、むしろ一層そびえたっているようにも見える
凛「うん。わたしもセイバーと同じ意見。多分柳洞寺にはキャスターがいる。柳洞寺の流れと学校の結界。どっちも高度なものだけど、柳洞寺の方がより優れた魔術師じゃないと出来ないの。学校の結界は他のサーヴァントが宝具の力で作った結界と考えるのが……って士郎、なに難しい顔してるの?」
士郎が難しい顔しているのに気づき凛は話を止める。
士郎は何か迷っている様に見え、しばらくの間悩んでいたのだが、結局覚悟決めて全てを話すことにした。
士郎「いや正直話して良いものかと悩んでたんだけど、この際だから話す。慎二のサーヴァントはライダーだ」
凛「は?」
セイバー「え?」
士郎「実はこの間の帰りが遅くなった理由は慎二の家に行っていたからなんだ。そこにはライダーも一緒にいた。そして一成の話だと最近柳洞寺に女の人が居候してるらしいんだ」
衝撃の新事実に言葉を失う2人。
まさか丸腰で敵地に乗り込む馬鹿がいたとは夢に思っていなかった。
さらに話題の柳洞寺の情報でさえ忘れているのだから、もう救いようがない。
怒りを通り越し呆れてさえいる凛は一先ず士郎への警告は後にして話を進めることにした。
凛「この感情を抑えるのは難しいけど一端説教は後にするわ。セイバーも良い?」
セイバー「はい。このマスターに言わなくてはならないことは多々ありますが、あとにしましょう」
アゲハ「てーことは……慎二はライダー。そして柳洞寺にはキャスターがいて町中から力を吸い取ってるってことか。遠坂、どうする? ライダーはともかくキャスターは時間が経つにつれて被害が大きくなる。今夜にでも偵察にいくべきじゃないか?」
凛「……うん。そうね」
学校の結界は完成するまで10日はかかるし、それよりあのマスターのことだから何かしらのアクションは起こしてくる。
そう考えると、人的被害の大きいキャスター対策は今日からでもすべきとアゲハは言う。
セイバー「しかし、あの寺院にも結界が張られています。人間には影響がなくともサーヴァントにとっては鬼門です」
凛「え? 初耳なんですけど……アーチャー知ってた?」
アゲハ「さあ?」
セイバー「柳洞寺の周囲に張られた結界は侵入者を拒むものではありませんが、サーヴァントの能力を大きく低下させる。唯一の抜け道は正面の石段を突破するしかありません」
そこには結界が張っていませんからと、付け足してセイバーは口を閉じる。
膨大な魔力を蓄えているキャスターの拠点に情報もなしに飛び込むなど自殺行為だ。
相手は魔術師のクラス。
セイバーを始めランサーやアーチャーは耐魔力のスキルを持ち合わしているため、キャスターは全サーヴァント中最弱と言われている。
そのためキャスターは勝つために様々な策略を巡らす。
魔術師と言えど英霊の身ともなれば、その術は魔法に近いものも存在するかもしれない。
よってキャスターの拠点に無策で突撃するなど、あのバーサーカーに勝負を挑むことと同じくらい無謀であると言える。
凛「厄介なことになってきたわね……でも、ま学校の方は必ず近日中に決着がつくわ。だから士郎もセイバーも自分達だけで柳洞寺に近づこうとは思わないこと良い?」
2人に柳洞寺の危険さは伝わったらしい。
駄々をこねるかと思われたセイバーも凛の意見に不満の色を見せずに頷いている。
ともあれ、ようやく話が具体性を帯び、存在の確認がとれないサーヴァントはアサシンのみとなった。
まずは目の前のライダーを撃破する。
次にキャスター。
他にも考えなくてはならないことはあるが、当面はこの方針で決定した。
冬でも比較的温暖を言われる冬木市でも、寒いものは寒い。
しかしどういう訳か、衛宮邸の庭に面している縁側。
ここだけは薄着でも全然平気である。
明日についてあれこれ考え火照ったアゲハの頭を2月の風が優しく撫でる。
凛「本当にこの家の魔術は怒りを覚えるほど徹底的よね」
アゲハの隣に凛が腰かける。
思えば、士郎と同盟を組んでからこういうのも久しぶりな気がする。
アゲハ「……」
凛「普通の魔術師だったら家にかける魔術なんて結界やトラップの類のもの。外敵を寄せ付けず内に篭って真理を探究する……でもこの家は違うわ。あるのは警報装置位、むしろつい自然と覗き込んで一休みしてしまいたくなる暖かさがある。衛宮くんのお父さんがどんな魔術師かは知らないけど、衛宮くん以上に変わった人のようね」
アゲハ「……羨ましいのか?」
その問いを聞いて凛は一度アゲハの方を向いた。
羨ましいのか。
もしも遠坂の人間に生まれなければ、こんな人生でもなかった。
両親が死ぬこともなく。
広い豪邸で。
たった一人で
毎日毎日魔術の鍛錬。
魔術師の家系に生まれさえしなければ、今も聖杯戦争とは関係せずに幸せに暮らしていた。
望んだ力ではない。
偶然持って生まれてしまった。
ただそれだけの力によって、簡単に1人の日常は崩れ去った。
凛「あんたはどうなのよ」
凛は答えない。
それどころか逆に質問を質問を返してきた。
真剣な顔でアゲハ覗き込む凛の表情からは、自分が質問に答えたくないのではなくて。
恥ずかしいから誤魔化したのでなくて。
本心から来るものであることが分かる。
あの荒廃した世界を暮らしたであろう、アゲハが何を思ったのか。
オマエの方こそ羨望はなかったかのと、言わんばかりの顔である。
――羨ましいのか。
考えたこともない。
でも可能性はいくらでもある。
もしも、あのとき鳴り響く電話を無視していたら。
もしも、電話あの刑事もどきに奪われていたら。
売っぱらっていたら。
差し込んでいなかったら。
枝分かれする未来の中で、少し選択肢が違っていたら、PSYRENに関わることもなかった。
そんな平凡な人生に憧れを持つことはなかったのだろうか。
アゲハ「――ない」
それだけはない、とアゲハは強く言い切る。
アゲハ「選択肢はいくらでもあった。ここにいない人生だってあったさ。戦いとは無縁の人生もあったさ。だけどオレが選んだんだ。ここに座ることを、聖杯戦争に参加することを、無限にある未来の中で、オレは今の未来を選び取ったんだよ」
アゲハ「……皆が自分の未来を求めて生きた。だからオレは、選ばれなかった奴らのためにも胸張って生きなきゃ
ならねえんだ。ましてや他のものに憧れるなんて、あいつ等に対する侮辱だ」
凛には詳しい事情は分からないが、アゲハが言いたいことは理解できた。
アゲハは未来の世界を行き来することで、その度に未来を強引に変えてきた。
どれだけの人に影響を与えたかなんてものは分からない。
でも、だからこそ目を背けてはいけない。
凛「そうね。わたしも憧れなんてこれっぽちもないのよ。根っからの魔術師ってわけ」
一方の凛にも魔術師の家に産まれたことに後悔もないし、平穏への憧れもない。
むしろ感謝しているくらいだ。
魔術師としての生き方は凛にとって居心地が良いものであった。
お互いそれ以上何も聞こうとはしない。
長い沈黙の中で、凛は前々から聞こうと思っていたことを聞くことにした。
凛「前から聞きたかったんだけど、アーチャーのドックダグって大事なものだったりする?」
アゲハ「――コレか? うーんわかんねえな。貰ったもんだし」
凛「貰い物? いまどきドックタグなんてプレゼントする奴どんな奴よ」
ドックタグなんて中学生くらいの男の子が好みそうなものだと、凛はプレゼントした人のセンスを少しだけ疑う。
ほんの少し茶化したつもりなのだが、対するアゲハの顔はいたって真面目。
動揺するそぶりも見せない。
アゲハ「オレもさ、小さいころに母親が死んでるんだ」
ちなみに、も、というのは凛も幼少期に両親を亡くしているからだ。
10年前に行われた第4次聖杯戦争。
そこで凛の父親――遠坂時臣は戦いに敗れ死んでいる。
その死のショックからか母である遠坂葵も程なくし夫の後を追う形となった。
アゲハ「そのときのオレは……何もしないで人生に嫌気がさしてた。母さんのいない世界になんの意味も持てなくなってて。そんときその人に貰った」
凛「その人って?」
アゲハ「知らね。結局一度しか会えなかったし、遠坂に言われるまで思い出したこともなかったよ」
凛「ふ~ん」
アゲハ「なんだよ嫌な笑いこっちに向けやがって。それよりどうしてコレが気になったんだ?」
凛「いやさ、これからライダーにキャスターでしょ? もしかしたらアーチャーが肌身離さず持ってる、そのタグが宝具じゃないかな~なんてね」
アゲハ「そんな大層なシロモンじゃねーよ」
凛「宝具ってのはね別に宝物である必要はないの。その英雄と密接な関係にある武具が宝具にまで昇華されるだけなのよ」
宝具があるとしたらテレホンカードだったりするのかなどとアゲハは想像した。
もともと超能力の塊みたいなものだから宝具になったとしたら、どれ程の力を発揮するのだろうか。
凛「さて、いよいよ本格的な戦いが始まるわよ」
アゲハ「そうだな」
凛「ここからは、こんな平穏も懐かしくなる」
アゲハ「安心しろよ。なんたって遠坂凛が呼んだサーヴァントなんだ」
――最強のサーヴァントでないはずがない。
だから絶対勝ち残る。
凛「それもそうよね」
終わりです。
今回は凛とアゲハの最後の会話のシーンが大きく前回と変わっています。
書き直してて思うのは、戦闘シーンってあまり手を加える所ないんですよね。
それよりも読み返すと、会話のそっけなさとか、人間関係の淡白さが目に付きます。
なので、このような何気ない会話のシーンが大幅に改良したくなるんですよね。
では、土日にも一回はこれると思いますのでまた。
凛(う~ん、どこにやったかな)
その日、凛は学校に行かずに自宅まで戻ってきていた。
凛(確かこの辺りに……)
遠坂の家の地下にある書庫。
部屋はそれなり面積があり大量の本が所せましと置かれている。
本棚に収まっているのもあれば、置き場に困り床に積み上げられているものもある。
凛(というか、いい加減ここも整理しなくちゃまずいわよね)
凛は近くにあった一冊を取り上げて中身を確認する。
風化一歩手前と言ったところだろうか。
読めなくはないものの文字が消えかかっている箇所が見受けられ、長い年月を感じさせる。
この書庫に保管されている一冊一冊は全て魔術に関わる本である
内容はと言えば遠坂の積み上げてきた魔術の成果であったり、一般的な魔術師の教科書の様なものであったりと、価値、年代、著者がほとんどバラバラだ。
凛(あった)
自分の幼き記憶を探り、やっとの思いで探していた本を見つけ出す。
凛が手にした本のタイトルには投影魔術、強化魔術に関する本。
凛「まっさか士郎の先生役を引き受けたは良いけど、ここまで手間を取らせてくれるなんてね」
これも心の贅肉ね、と自嘲ぎみに呟く。
聖杯戦争を一緒に戦うことが決まってから、凛は士郎に魔術を教えることにしていた。
それには、即席ながらも戦力になって欲しいという意味と、無知なへっぽこ魔術師へのおせっかいが入り混じっていた。
数度に渡る魔術訓練によってだんだんと衛宮士郎の魔術が見えてきた凛に言わせれば、士郎の魔術の才能はほぼ0。
素材は悪くない。
魔術回路の本数も初代としては多い方であるし、魔力量も十分人並には存在する。
もちろん肉体も丈夫である。
しかし、簡単な魔術でさえ成功させることは出来ずセンスはまるでない。
ほんの少し残された才能は強化魔術と燃費の悪い投影魔術だけであった。
≪強化≫
『魔術としては初歩の分類とされるが、ゆえに極めることは至難の業。
物体に魔力を通し強化するだけだが、そう用途は多岐に渡り単純な硬度強化から、刃物ならば切れ味の強化、食物ならば栄養度を高めることも可能
物体に魔力を通すことは異物――毒を混ぜることに等しく、対象物の構造への高い理解が必要とされる。
そのような点から“他者への強化”は最高難度とされる』
凛(今更確認することでもないわね。簡単だけど難しい。そりゃメインに据える魔術師がすくないのも当然だわ)
分かりきったことを確認して少々落ち込んでしまう凛。
続いて投影の説明が載っているページに目を移す。
≪投影≫
『術者の創造理念が真作を再現する魔術。
強化・変化の上位魔術とされこのタイプでは最高難度を誇る。
しかし強化や変化と違いオリジナルを1から10まで自身の魔力で作るために難易度と比べ実用性は低い。
何故ならば、オリジナルに似た物をあらかじめ用意し、そこに強化なり変化の魔術を用いた方が燃費が良い。
そもそも術者のイメージに完成度が左右されるため到底完璧なものは作れず質の面でも強化・変化の魔術でつくりあげたもの劣るからである。
そして投影魔術で作り出したものは数分程度で消えてなくなってしまう。
よって、儀式などで必要な代用品を一時的に作り出す程度使用用途はしぼられる』
凛(やっぱり載ってないわよね、この場に残り続ける投影魔術なんて)
最初の訓練で士郎の工房――とは呼べぬが土蔵を見に行った時に凛は不思議なものを目撃していた。
それは投影魔術で作り上げたはずのもの。
でもそれはあり得ない。
投影とは無から有を作り出す魔術ではない、そんなことができたら魔法の領域だ。
あくまで魔力で一時的に形を成しているだけで、数分もすれば四散して消えてしまう。
それなのに士郎の家には普通にガラクタと変わらずに放置されている。
だから悩む。
強化だけか、全く魔術の才能が無ければこんな悩みはない。
凛(バレたら良くて研究のために監禁、悪くてホルマリン漬けってとこね)
そんな聞いたこと間もない投影魔術なんて良い実験材料にされてしまう。
恐らく、彼の父もこのことが分かっていて彼に強化の魔術を教えたのだろう。
でも同時にあれだけの異才を放っておくことの危うさも存在している。
危険な魔術ならば正しく扱えるように指導するのも師の努め。
出る芽もないだろう強化を訓練するのか、パンドラの箱の様な投影を学ばせるのか。
凛「ま、いま悩んでもしょうがないわね」
士郎の魔術はずっと未来の話だ。
聖杯戦争が終わって落ち着いたら、本格的に叩き込むつもりでいる。
だから今はこの戦争を勝ち残るか。
それを考えなければいけない。
壁にかかっている時計を確認すると午前11時半を示していた。
当り前のことだが学校は休んだ。
優等生だって風邪くらいはひいてしまうことだってある。
と建前の元ここに調べものをする時間が欲しくずる休みしたに過ぎない。
案の定9時から本を漁り整理し読んでいたら2時間以上も経ってしまっていた。
時間を確認した途端に凛は空腹感を覚え、お腹を擦ってみる。
学校に行っていればもうじき昼休みになり昼食をとる時間帯である。
当初の目的は成果と言う意味では果たされなかったが、行うべきことは一通りすんだ。
衛宮邸に戻るのも良いし、久しぶりにここで食事をとるのも良いかもしれない。
しかし数日放置していたため食材は残して行かなかったため、食事をとるには買い物に出かけなくてはならない。
すると、やっぱり士郎の家に戻るのが楽だと結論づけて部屋から出ようと一歩踏み出したときに、ある物が凛の視線を奪う。
凛(これは?)
視線の先には見覚えのある本たちに埋もれる中見慣れない一冊の本。
いや正確に記すならば、それは幾多もの羊皮紙を閉じ込んだだけの簡素な作りで、とても本とは呼べない代物。
なにかしらの研究レポートと言った方が正確であるかもしれない。
凛(こんなもの家にあったかしら?)
タイトルは擦り切れて読めないものの表紙の下部に書いてあった文字を、どうにかこうにか読むとブライスと人の名前の様に思えた。
心当たりはない。
なによりブライスだけでは名前か姓かも判断できず、特定の誰を指すのかなど分かりっこない。
特に凛には怪しい気配は感じていないが曰くつきの品の可能性もある。
恐る恐るページをめくるとそこには細かい字で、このレポートの目的についてびっしりと書かれていた。
『数年前私は奇妙な能力を持つ青年と出会った。
彼の能力は感情の爆発によって漆黒の球体を生み出し辺りを破壊しつくすというもの。
結局彼は私の研究も空しく能力を抑えることが出来ずに急死してしまった。
その後研究を続けていき少しだけ分かってきたことがある。
もし、遠い未来で彼と同じ様に“メルゼー”に苦しむ人間が現れたときのために、ここにその全てを記そうと思う。
10th August,1757 Brythe』
凛(どうやらメルゼーってことについて書かれてるようね)
前書きを読み終えてみるとメルゼーについて記す文書であることは想像できる。
しかしそのメルゼーがなんなのか分からない。
凛(病気やウィルス的なものかしら?)
1ページめくり次を読む。
更に1ページ、続けて1ページ。
ほんの少し流し読みするつもりだったが、ページを捲る手は止まらない。
それどころかスピードは増していき、次から次へと新たな情報が頭の中に吸い込まれるように入っていく。
『――ライズ、バースト、トランスからなる3つの力を――』
『PSIの自動感知が行われているのではないだろうか?』
『――まさに自動破壊プログラムと呼べるだろう』
出てくる専門用語はどれも凛には聞き覚えのないものだ。
少なくとも魔術について書かれたものではない。
それでも、分からないところは無視して読み進めると、話が徐々に繋がってきた。
前半は全く新しい技術体系の理論書のようだ。
魔術ではないPSIと呼ばれる力について、丁寧に論理的に記されている。
PSIを知らぬ凛の頭でも十分に理解できるように、分かりやすく書かれている。
聞き覚えのないPSIと呼ばれる力。
いや、正確には一度聞いたことが凛にはある。
アーチャーの行使する力がそれだといっていたが、あれは違う世界の話だと思っていた。
聖杯の力により呼ばれたアーチャーはPSIを魔術として使用することができる。
そう思っていたのだが、この文章によるとPSIはこの世界に実在する。
それも魔術とは全く異なる形で。
凛(デタラメ? それにしてはアーチャーの話と似すぎている。何よりこのメルゼーって能力。アーチャーの魔術と同じものじゃない!)
しかし問題は後半。
書いてあったのはPSIだけではなくアーチャーがメルゼズ・ドアと呼んでいた能力と酷似したメルゼーと呼ばれる力。
偶然のはずはない。間違いなく同一のものだと凛は直感する。
『私の頭の奥に潜む“メルゼー”という悪魔が私を破壊と狂気に駆り立てるのだ』
凛「それに、この最後に残した言葉……これって一体?」
リリリリリリイィィン!!!
部屋に電話の音が鳴り響く。
凛「ったく誰よ!いま良い所だってのに!」
電話なんか割く時間はない。
コレを読み込まなくてはならない。
そうすればアーチャーの力も知ることになる。
だから居留守を使おうと思ったのだが電話は一向に鳴り止まない。
余程しつこいセールスだろうか。
凛「ったく、でりゃ良いんでしょ! でれば!」
しぶしぶその研究書を元に戻すと、せっかくの時間を邪魔されイライラしながら受話器を持ち上げた。
凛「はい!遠坂ですが」
『なんだよ、家にいるんじゃないか』
その声は予想していたような、事務的な丁寧さを備えたセールス口調ではない。
人をバカにして、プライドばかり高そうな、まとわり着くベタベタした声。
間桐慎二の声だ。
凛「……その声は慎二ね」
凛「いまあんたの相手してる暇はないの、イタズラだったら殺すわよ」
慎二『おー怖い怖い。じゃあ殺されないように要件だけ伝えるけど、早く学校に来いよ面白いものがみられるぜ』
凛「は? なに言って――」
ブツリ。
一方的に電話が切られる。
電話を取る前にイライラしていた頭は冷静になり慎二の言葉を思い返す。
凛(学校に来い、か。なんか嫌な予感がするわ)
昨日の今日で学校に来いと命令口調。
あの慎二が上から目線なのはいつものことだが、あれだけ強い物言いは中々しない。
するとすれば何か切り札があるとき。
凛(まさか……でも慎二に限って……)
不安はどんどん広がりたちまち凛の心を覆う。
もしかしたら最悪の結果が待ち受けているかもしれない。
だったらすぐに動かなければならない。
自分の想像をふり払い凛は学校に向かうことにした。
とりあえず、ここまでにしときます。
次回からようやくライダー戦です。そして新規パート突入です。
お待たせしました、今日中に投下します。
今回は新規パートも含め、ライダー戦の決着まで。
凛「着いたわね」
アゲハ「ああ」
慎二からの電話を受けて、凛はアーチャーを連れてすぐに学校に急行した。
こうして校門の前に立って、母校を観察してみるもこれと言った変化は感じられない。
しかし気を緩めることは出来ない。
目に見えない結界なんていくらでも存在する。
凛「分かっていると思うけど、一歩足を踏み入れたら何が起こっても不思議じゃないわ。もう、ここはアイツのテリトリーなのよ」
アゲハ「安心しろよ。気は抜いちゃいない。それよりソッチこそ何が起きても取り乱すなよ」
一応不可視の結界かも知れぬことを考えて、凛は注意を促す。
帰ってきた声からは油断している様子など微塵も感じず、未知の物への緊張と集中しているのがはっきりと伝わる。
いきなり爆発が起こらないとも限らない。
周囲に注意を張り巡らせ、静かに学校の敷地に足を踏み入れる。
――ドクン
学校の敷地に侵入した途端体の内側から熱が吹き出す。
冷たく。
重く。
暗い。
不快感。
この感じは間違いなく負の結界が張られている。
それはアゲハも同様に感じ取っていた。
凛「想像以上にやばそうね」
凛の魔術師としての経験が告げる。
やはりこの結界は一介の魔術師風情のものではない。
威力も効果も比べるまでもない。
だからこそ凛は焦る。
中の生徒は、先生たちは果たして無事なのだろうか。
凛(落ち着け、私)
焦る気持ちを押さえつけて何とか冷静になろうと努める。
脳内では一瞬最悪の結末を考えてしまったもの、それも力づくで無視する。
意味のない推測は捨てて脳をクールダウンさせる。
そして大きく深呼吸するとアゲハと共に全力で校舎に向かって駆け出した。
凛「アーチャー! 一番異変が濃いのはどこ!?」
アゲハ「二階だ! 多分そこになにかがあるに違いない」
探知が苦手なアゲハでも、この嫌な感じの出所はすぐにわかった。
学校に入ってから濃厚な負のオーラが感じ取れていたが、二階のそれは段違いに濃い。
凛はチラリと上を見上げると二階の校舎で窓が空いている所を発見する。
丁度良かった。
どうやら無駄な器物損壊をする必要はなくなった。
凛「Es its gros……vex Got As Atlas――」
軽量化と重力制御の呪文。
体重はより軽く、掛かる重力はより弱く。
世の理を破り、凛を地上に縛り付けるものは微弱。
――跳べ。
目標を確認し強化された脚力で地面を強く蹴りつける。
凛は高く高く跳びあがる。
ゆうに5、6mの高さにまで凛の体は地球の重力に逆らってふわりと浮いた。
凛「Es ist klein――」
目標を見定めて逆に今度は加重する。
毎秒9.8mの重力が凛の体に再び働きだし上昇力は失われゆっくりと下降し始める。
ガツッーー凛が二階の窓に足をかけて、コンクリートとの衝突音が鈍く響く。
今の凛にはたいした衝撃でもない。
そのまま二階の校舎へと体を滑り込ます。
廊下に降り立つと、まず右を確認しすぐに反対側にも指を構えて敵の姿を確認する。
二階の廊下には敵の姿は見えない。
それにしても妙だ。
敵の姿が見えないのは良いが、生徒や先生の気配さえも感じないのはどういうことだろうか。
授業中なら聞こえるべき声も、チョークや鉛筆の音も全く聞こえない。
校舎は不気味なくらい静まり返っていた。
大丈夫。
まだ結界の発動からそう時間はたっていない。
凛は心を落ち着かせるために大丈夫と自分に言い聞かせ、扉にかけた右手に力を込めて勢い良く扉をあけ放った。
飛び込んできた映像は凛の安易な想像をあざけ笑うものだった。
倒れてる人、人、人、人、人の山。
生気を失くして白くなっている生徒達と先生がそこには倒れ伏せている。
必死に押しとどめた予感は覆ることなく、残酷な現実を凛に見せつけている。
昨日まで何ともなかった。
昨日まで平和な学校だった。
なのに、なんで、なんで皆倒れているのだろう。
凛には理解できない。
いや理解はしていたが認められない。
なぜなら、自分が結界の妨害に失敗したことが原因なのだから。
ライダーの結界を発動してしまったから。
そして、それは遠坂の人間として遠坂凛が防ぐことができなかったからに他ならない。
問題なく上手くやれる予定だった。
起点を潰され力を失った結界のために犯人は動き出す。
そこを捕える。
最初からその方法しかなく、そのために今日まで動いてきたというのに。
まさかたったの一日で結界を再び発動させるなんて思ってもみなかった。
凛は見誤ったのだ。
間桐慎二の執念を。
彼の根底に眠る憎悪の塊を。
――遠坂。
凛(わたしがもっと……)
――遠坂。
凛(もっと……)
――とおさか?
凛(もっと用心していれば――)
「と・お・さ・か!!!」
凛「わっ!」
気が付くと目の前には怪訝そうに凛を覗きこむアゲハの顔。
アゲハ「しっかりしろ! この人達を助けるには結界の術者を倒さなきゃならねえんだ、こんなとこで呆けてる時間はないだろ?」
凛「……え? 助けるって」
アゲハに言われ慌てて近くの生徒の手首を取ると、弱弱しいが確かに一定のリズムで脈打っている。
死んでいない。
生きてる。
衰弱しきっているが確かに生きている。
その鼓動が凛を安心させる。
だが、逆に、アゲハは違っていた。
関係の無い一般人が、こうして倒れている光景はアゲハにとって何よりも許せぬものである。
嫌な記憶がよみがえる。
もう間違えてはいけない。
アゲハ「急ごう。屋上だ。アイツらはそこにいる」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
凛「慎二!」
屋上に着くとそこにはこの件の首謀者である男子高校生の姿があった。
全校生徒犠牲にしてまで、こんな馬鹿げたことを企むふざけた人間に凛はこれ以上なく腹の底から出した大きな声で名を叫ぶ。
対照的に慎二は笑っている。
焦る凛、苛立つ凛を見てこれ以上なく慎二は笑っている。
全てが計画通りに進み、慎二にとってこれほど愉快なことは生涯でも初めてかもしれない。
慎二「遠坂。僕の趣向は楽しんでもらえたかな?」
憎ったらしいにやけ面のまま慎二は問う。
生徒を教員を全てを意識不明に陥れたこの状況を楽しんでいるか、と。
凛「結界を止めなさい。慎二」
慎二の言葉に付き合う時間はない。
こいつの戯言の相手していたら時間なんてあってないようなものだ。
凛は慎二の問いには答えない。
今にも殴り倒してやりたい衝動を抑え冷たく一方的に命令する。
慎二「聞いているのは僕だ。君じゃない」
凛「結界を止めなさい」
慎二「うるさいんだよ! この状況が分かってないのか!! 質問してるのは僕だ!」
凛「結界を止めろって言ってんのよ! 慎二!」
慎二の言葉はもう凛にはとどいていなかった。
ただ結界を止めろ、凛の慎二への要求はそれだけ。
再三の忠告にも凛のまるで怯まない姿は慎二にとって面白くない。
プライドの高い遠坂凛を学校の結界を材料に屈服させることが慎二にとって最高の結果なのだから、いまの状況は非常に面白くない。
慎二(泣いて謝ったら許してやることも考えてやるってのに……)
もちろんそんなことはない。
当初の目的と変わり凛に復讐するためだけに学校を結界に取り込むような人間。
調子にのらしたら、どんなことまでしてくるかわかったもんじゃない。
慎二「もういい!! ライダー!」
その呼び声とともに慎二の後ろの空間にサーヴァントが現れる。
現れたのは長身長髪の女性。
身長はアゲハよりも高く女性にしては大柄といえる170cmはありそうで、鮮やかな紫色の美しい髪は地面に届きそうな程長い。
全身はボディコンの様なぴったりした黒が基調となっている服装である。
その恰好に容姿と重ねて嫌でも人目を引く恰好をしているが、なにより注目してしまうのは目。
両目は奇妙なアイマスクのようなものに覆われて両目とも隠れている。
ライダー「では、マスター場所を移動します」
そう呟くとライダーと呼ばれたそのサーヴァントは現れるや否や慎二を抱えて屋上から飛び降りた。
凛「は? ここまで来て逃げる気!?」
アゲハ「ふざけやがって! 追うぞ遠坂」
逃がしてなるものかと急いで凛とアゲハも続いて校舎から飛び降りる。
追う側と追われる側の違いがあるものの、この構図は対ランサー戦を彷彿とさせる。
遥か下方にはライダーの姿。
アゲハ「逃げ切れると思ってんのか?」
スピードには自信があるのだろうか。
大きなアドバンテージもなくアゲハが逃げ切ることが出来るのならば、それはランサークラスのスピードがないと難しい。
だからこそ先の戦いでは追いつかれてしまったのだが。
しかし、逃げるために地面に着地すると思っていた二人の想像に反して、ライダーは唐突にその動きを変える。
そのまま地面に着地するのではなく、まるで蜘蛛の様に両手両足で校舎の壁沿いに張り付く。
アゲハ「嘘だろ? どういう体してんだよ!?」
凛「……アーチャー、あんたもアレやりなさい」
アゲハ「ムリいうな!」
アゲハの驚きも無理はない。
出っ張りに手をかけてスピードを殺したならまだしも、落下中に平な壁に張り付くなど身体能力どうこうの問題ではない。
張り付いたライダーは器用に壁伝いに横に跳んでいく。
凛「誘いかしら?」
逃げるだけの行動とは思えず、凛にはライダーの誘いの様に感じられた。
その疑いを証明するかのようにライダーは移動していき、最終的には校舎の隣に茂る巨大な雑木林中に姿を消した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
アゲハ「鬼ごっこはもう終わりで良いのか?」
ライダー「ええ。元より逃げる気もありませんでしたが」
凛達の通う高校には裏に大きな雑木林がある。
その大きさは、これほど広い土地を有効利用しなくても良いのか悩む程広い。
木々が生い茂り、太陽からの光はかなり遮断されてしまうため、昼間だというのに辺りは薄暗い。
慎二「遠坂、謝るのなら許してやっても良いんだぞ?」
凛「ちょっと何言ってるのか分からないわね」
まだそんなことを言っているのかと凛は慎二の態度に呆れてしまう。
逆に慎二は、ああ、そうかよとは悪態をついている。
慎二にとっては一応最終警告のつもりの物も受け入れられなかった。
慎二は言葉は発さずに一度だけライダーに目を向ける。
それが合図。
ライダーは一度身を屈めて四つん這いになったかと思うと、大きく跳ね上がり反動を利用して高く高く跳躍した。
一瞬の間に、鬱蒼と生い茂る木々のなかに紛れ込むと動きにくい足元や障害物など意にも介さずに、動き回り姿をくらます。
凛「さっきの壁渡りと言い随分身軽な奴みたいね」
アゲハ「だからこそココを選んだんだろ。アイツが自分の力を発揮できる場所をな」
凛「アーチャーどこに敵がいるか分かる?」
アゲハ「うっすらと……って感じだな。直接マスターを殺りにくる可能性もあるから気をつけろよ」
凛「あら? 主を殺させないように頑張るのがサーヴァントの役目でしょ?」
アゲハ「ふ……簡単に言ってくれるぜ」
あくまで冗談めいてアゲハは、外国人がやれやれとでも言うかのように両手の平を上に向けて肩をすくめる。
最初は凛この様な物言いにも戸惑ったものの今やアゲハも慣れたものだ。
凛もそんなアゲハのことを面白そうに眺めるも、ここから先は冗談では済まされないと険しい顔つきに戻り口を開く。
凛「隙あれば、私が慎二を倒す。アーチャーは何としてもライダーを止めなさい」
アゲハ「分かってるよマスター」
アゲハは向き直り周囲に神経を集中する。
ライダーは相当この手の場での戦いが得意らしいことは、さっきの校舎での動きで予想はつく。
素早く動くライダーの気配の正確な位置を掴むことはアゲハにとっては難しい。
アゲハ(恐らく相手の戦法はヒットアンドウェイ。結界もあるこっちにゃチンタラしてる時間もないしな……さて、どうするか)
結界の時間制限もある上に相手のホームグランドの様な所での戦闘。
条件は悪いが絶望には程遠い。
アゲハが未来世界で経験した絶望はこんなものではない。
開幕は唐突。
相手の姿が見えずに、一歩も動けないアゲハに突如飛来物が襲い掛かることで戦いの火ぶたが切って落とされた。
方向は真横から。
不意を突いたとは言えその程度の攻撃が決定的な要因になることはなく、物体が風を切る音、殺気、あと特徴的な金属同士の擦れ合う音の様なものを感じ取ってアゲハは回避行動に入る。
アゲハ(釘? 鎖つきの釘か?)
悠々と躱したアゲハの目の前には、自分が数秒前まで立っていた所に寸分狂わぬ精密さで飛んできた大きな釘が地面に突き刺さる。
ライダーの武器であるこの鎖の先には当然本人に繋がっているであろう。
アゲハは地面に深く突き刺さっている釘に手をかけようとすると地面に浮かび上がる大きな影に気が付いた。
アゲハ(まずい!!)
手をかけようと前かがみになっていた体を強引に引き戻す。
咄嗟のことに体が付いて行かず倒れそうになるものを、右手を地面について体を支え、そのまま後ろに不格好なバク転をする。
コンマ以下数秒の差でライダーは一方の釘を振りかざし空から降ってきた。
間一髪の所でアゲハに躱されるも、投擲した釘を地面から引き抜くと流れるような動きでアゲハに追い打ちをかける。
視界が一回転する。
三半規管で液体が流動して、平行感覚が薄くなる。
前方に顔を向けると、そこにはライダー。
アゲハの脳が認識するよりも早くライダーはもう一方の釘を投擲する。
アゲハ(影虎さんなら受け止めるかもしんねえけど)
アゲハには飛来する刃物を額で受けることなぞ出来る訳もなく、ギリギリの所で体を捻り躱す。
しかし、すぐさま投擲と同時に突っ込んできたライダーが眼前に迫る。
今の今まで流動的で変則的に動いていたライダーがココで初めて見せた線の動きは、ランサー程ではないにしろかなり速い様に感じ取れた。
手には何も持っていない。
アゲハ(チャンス到来!)
それでも十分常識の範囲内のスピードである。
迎え撃つようにアゲハが右手の拳を振りぬくとライダーは急に視界から消えた。
アゲハ(あら?)
姿勢は低くく。
地面と平行になるほど低くしなやかに体は沈みこむ。
地を這い回る蛇の様に。
ゆらゆらゆらゆら右に左に上に下。
まさに縦横無尽を絵に描いたように身を屈めるライダーは、ほふく前進かの如く体勢になっているにも関わらずスピードは落ちない。
地上の平面の戦いですらライダーの前では空中戦とは変わらぬ立体感。
それを可能とする天性とも言える柔軟性。
ケンカ慣れし未来世界で様々な戦いを行ってきたアゲハにも、こんな動きをする相手とは初めてである。
一定の形は無く、思うがままに自由に展開されるライダーの身のこなしに楽々とアゲハは懐に入り込まれる。
ライダーは間合いにアゲハ捉える。
その柔らかな肢体を十分に活用された蹴り。
長く伸びる足を、体をムチのようにしならせて力任せでない遠心力を利用したミドルキックがアゲハの脇腹を捕える。
ズシリと重い衝撃。
スピードだけではない。
ライダーの放たれた蹴りからはバーサーカーにも劣らぬ重さを感じ、アゲハの体は10m近くも吹っ飛ばされる。
その衝撃は全身に突きぬけ受け身もままならずアゲハを地面に叩きつけた。
ライダーは攻撃の手を緩めない。
あれだけの蹴りを放っても、それほど力を込めたようには思えない。
なぜならすぐに次の行動に移れているのだから。
投げた釘も鎖を引っ張り素早く回収すると、アゲハに跳びかかりいまだ身体機能が戻らないアゲハの胸その鋭利な武器を突きたてた。
アゲハ「あっぶね……」
心臓まで僅か数ミリ。
紙一重のところで、アゲハの両手に挟まれて釘はそれ以上の進行を阻まれていた。
アゲハ「真剣白刃取り……一度やってみたかったんだよな」
目は隠れているもののライダーの顔に驚きの様なものが映る。
一瞬のスキを見逃さずにアゲハは仰向けの体勢から両足でライダーを強く蹴り上げる。
ライダー「っく!!」
仰向けの状態から地面を背にしての蹴りには十分な力があり、ライダーは高く蹴り飛ばされる。
しかしライダーが器用にも空中で体勢を立て直すと、獣の如く4つ足で音もなく地面に着地する。
アゲハ「身軽だな……」
ライダー「あなたの反応速度もたいしたものです。動きは少々雑ですが。とてもアーチャーとは思えません」
ライダーの動きは速いと言うよりも疾い。
直線のスピードはアゲハと同等だが、的を絞らせない柔軟性と身のこなしで、立体的な空中戦が得意である。
アゲハは、ここまでの戦いでそう判断を下す。
ここまでは互いに様子見。
戦闘は第二局面へと移る。
アゲハはここまでの自分の能力を見せていない、ライダーも同じく手の内は分からない。
それでもライダーのその言葉に少しだけ楽しくなってきたアゲハは笑いながら一言だけ返す。
アゲハ「さあて、本当にそれだけか?」
――
クラス ライダー
真名 ?
マスター 間桐慎二
性質 混沌・善
◆ステータス
筋力C 敏捷B 耐久E 魔力B 幸運D 宝具A+
――
――凛side――
凛からすれば全く何を企んでいるのだろうかと言いたくなる。
先程から暴王は使用せずに馬鹿正直な素手の接近戦。
あげく相手の得意とする空中戦を頭上で繰り広げられると気になってしょうがない。
凛(瞬発力なんかだったらランサーやアーチャーの方が上かしら。ただアジリティがとんでもないわね)
ライダーの素早い動きを見て凛はそう評価する。
木々を障害物などないかのように動き回り、一挙手一投足の身のこなしは洗練されていて無駄がない。
だからこそこんな雑木林を選んだのだろうけれど。
戦いは5:5いや6:4でライダーに分がある。
アゲハも頑張ってはいるけれど慣れない足場のなかライダーに決定的な攻撃は与えられずにいる。
ただしライダーも動きは速いのだかイマイチ火力不足感が否めずに致命傷となる傷は負わせることができていない。
次に凛が注目したのはマスターである慎二。
自分のサーヴァントが押していることに気分が良さそうにライダーに向け何かをしきりに叫んでいる。凛のことなんてまるで警戒せずに。
凛(良くあんなのがマスターになったわね)
自分が狙われていることに気づきもしないのだろうか。
聖杯戦争で戦うのはサーヴァントだけではない。
マスター同士も戦うことになる。
むしろ強力な存在であるサーヴァントよりは、いかにしてヒトであるマスターを無力化するかの方が大事な要素となってくる。
力がないだけではなく、まともな状況判断も出来ない。
仮に士郎ならこの状況でも自分に出来ることを探して動くのだろうが、慎二はライダーに賞賛をアーチャーに罵声を浴びせるだけで凛には目もくれずにいる。
凛(先に慎二を倒した方が良い? でもライダーが見逃すはずもない……)
ここで慎二を倒すことは容易い。
慎二を脅して結界を解かせる。
シンプルかつ最速の解決法であるだろうがライダーがだまっているとも思えない。
余計な手出しはアーチャーの邪魔になる可能性もある。
アーチャーもバカなとことはあるけれど、無駄なことはしない。
この戦法にも何か意味があってしているに違いない。
――先手必勝。
それしかない。
凛は右手を慎二に向ける。
それは凛の得意とするガンド打ちと呼ばれる物。
指差しの呪いであり向けられたものは風邪などの症状を引きおこす簡単の呪いであるのだが、凛クラスになるとそこには物理的要素も加わってくる。
凛「殺しはしないけど骨の一本や二本はご愛嬌ってね!」
一発二発三発の黒弾が凛の指から放たれ三つとも狙いは慎二へと向かう。
当たれば意識はとぶだろう。そうしたら人質にしてライダーに結界を解かせれば良い。
実に簡単なこと、けれども上空に意識を向けていた慎二は自分に迫るものを察知して凛の放ったガンドを頭を抱えるようにしてしゃがみ込むことで躱した。
凛「外した!?」
不意打ちを受けた慎二は面白くなさそうに立ち上がると何かを言い始めた。
慎二「ちっ! 遠坂お前がその気なら僕だってやる気になるんだぜ? 命だけは助けてやろうと思ったのによ!」
攻撃が向けられたことに激怒した慎二はいつになく強気で声を荒げる。
凛「は? 魔術も使えないアンタが何言ってんの? おとなしくやられなさい慎二」
慎二「魔術が使えないだって? ……甘いんだよ遠坂、僕にだって魔術位つかえるんだからなあ!」
そう叫ぶと今度は慎二の影が徐々に姿を変えて奇怪な動きをしだす。
影はそうして三つの刃となると地面を走りだして一直線に凛の元へと駆ける。
凛「!?」
突然の攻撃に慌てて一瞬の反応の遅れの後、凛は横に飛び退いて影の攻撃を躱す。
影はそのまま直進し凛の後方にあった木を綺麗に切断して突き進んでいるのが視界に入り、正面から喰らえば人間の体なんて三枚に下ろされかねないな、なんて凛は想像する。
凛(危ない危ない。完璧に油断してたわ慎二が魔術を使うなんて)
慎二は笑っている。
自分の攻撃凛が逃げたことに気でも良くしているのだろう。
痛手を与えたのでもないのに。
全く。
凛「だから素質ないって言ってんのよ、あんたは」
影がもう一度伸びる。
今度は逃がさないように三方向に分かれ凛の逃げ場が無いように襲ってくる。
さっきよりは頭を使っている。
それが慎二が意図しているのか単に影が得物を捕える習性なのかは分からないけれど。
だけどそんなものに意味なんてない。
ゆっくりとした手つきで凛は右手を持ち上げると影に向かい照準を合わせ、人差し指に魔力を込めて三方向にガンドを発射する。
慎二「え?」
慎二の影なんて紙切れのよう。
微塵の抵抗も許されず、少しでも勢いを止めることすら敵わない。
凛のガンドは何事もなかったかのように影を飛散させると慎二に迫って腕にヒットする。
慎二「がっ!」
骨くらいは折れたかもしれない。
慎二の魔術と凛の魔術では込められた魔力、密度が違う。
慎二如きがいくら頑張ったところで最初から凛の攻撃を止められることなどあり得なかった。
勢いで木に叩きつけられた慎二は一度だけ凛を睨み付けるも、凛の顔をみて自分の危険を感じ取り痛む右腕を抱えて森の中に駆けていく。
凛「逃がすはずないでしょうが!」
追いかけるように凛もまた森の中に走っていき、すぐに姿がみえなくなった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ライダー「何を企んでいるのですか?」
アゲハ「何がだ?」
真っ直ぐに刺してきたライダーの攻撃を刃のついてない釘の側面を弾くことで防ぐ。
と同時に右足でのローキックも狙うアゲハだが、360度木々に囲まれているこの場では地上での何倍もライダーの動きは冴えを見せて、難なく上方へと飛び移る事で躱されてしまう、
ライダー「貴方はアーチャー。それなのにさっきから接近戦しか行っていない。しかも私の得意な空中戦ばかり」
アゲハ「生憎こっちにも都合ってのがあるんだよ! 別に手加減してるんじゃねえからな」
幾度となく拳を交え戦っていても両者に決定的な差は全く生まれない。
お互いが奥の手を隠している嘘の応酬。
ライダー(なぜ? 私の宝具は抵抗力のない学校の人間なんてすぐに溶解させてしまう。だから短期決戦で決めてくると思っていましたが)
だからライダーは当初、アーチャーはすぐに宝具を発動して時間をかけない戦い方をしてくると思っていた。
そうしなければライダーの宝具の犠牲に生徒がなってしまう。
――他者封印・鮮血神殿≪ブラッドフォート・アンドロメダ≫
凛の指摘通り範囲内の人間を溶解させて吸収するもの。
それなのに蓋を開けてみれば、チマチマとした体力の削り合い。
このままでは確実に持久戦にもつれ込んでしまう。
それはアーチャーや凛にとって避けなければならない事態ではないのか。
ライダー(なぜ?)
答えの出ない問題は結局どれ程考えてもスタート地点に戻ってくる。
その間にも生徒達は弱り、不利なアーチャーは傷を負うというのに。
その答えは思いがけないところから降ってくることとなる。
四人以外には動物は存在しないこの林は今も森閑としている。
その空間に響き渡る怒鳴り声。
この状況に答えを与えると同時に拮抗していた状況に変化をもたらす。
「ライダァァーーー、どこにいるんだ!! お前のマスターがピンチなんだぞ!!!」
ライダー「……」
林に木霊する慎二の声。
凛と慎二では力に差がありすぎる。
そんなこと分かっていたのに、すっかりと忘れていた。
そう、あまりにもライダーにとって有利すぎる展開。
そのことがライダーにとって一番の弱点となるマスターの存在を忘れさせていた。
すぐに向かわないと慎二なんて凛の手に掛かればひとたまりもない。
しかし、ここでアゲハがみすみす逃すハズもない。
アゲハ「今更気づいた所で遅いっての。ま、それでも行かせる気はさらさらないけどな」
ライダーの行く手を阻むため進行方向に現れるアゲハ。
このための位置取りもしっかりと考えていたのだろうか。
ライダー「初めからコレを狙っていたのですか」
アゲハ「さあて、なんのことかな?」
この展開でアゲハは絶好のチャンスを手に入れたも当然である。
事前に聞かされた話によるとライダーのクラスは優秀な宝具を持ち、しかも複数個所持している場合もある宝具が強力なタイプのサーヴァントが多いらしい。
ぞんな相手にアゲハのとっておきは相性が悪い、最悪自滅の可能性もあるのだから。
しかし凛vs慎二なら天地がひっくり返ろうと凛が勝つ。
そうしたらライダーは現界できなくなる。
まさに最も簡単な戦略。
逆にライダーにはここでアゲハとじゃれ合う時間はない。
時間に余裕ある者が一転して追われる者に、言葉以上にメンタルへのダメージが大きい。
ライダー(時間はありません。小細工は無用)
ごちゃごちゃと作戦を考える時間はない。
隙間を縫うように駆け抜け慎二のいる方向を遮っているアゲハに突進していく。
あと一本、あと一歩この木の先にアゲハがいる。
そこでライダーは両足への力を一時的に本来の数倍まで高めると、太い大木がそのライダーの脚力に押されてみしみしと音をたてて削れ抉れる。
そして限界まで込めた力を持ってして大木を蹴りぬいた。
アゲハ「は!?」
今までの様に優雅な動きで接近してくると思っていたアゲハにとってはまるで逆の映像。
筋力にあかした強引な加速で瞬きほどの間にライダーに接近を許してしまう。
――怪力。
それがライダーの固有スキル。
一時的筋力のランクを上げることが出来る。
そのスキルを持って自身の持つ理から以上の加速を実現させたライダーはその勢いを殺さずに、右足を空高く振り上げる。
狙うは一点、アゲハの頭。
持前の柔軟性を活かし限界までかかげられた足は、相手を死に誘う大鎌を連想させる。
そして巨大な岩も砕く破壊力を持った踵落としを、アゲハに向けて振り下ろす。
アゲハもとっさに腕をクロスさせてガードする。
それでも力の差は絶大。
分かりやすくステータスで表すならアゲハの筋力はDかよくてC程度。
対するライダーの筋力はBは確実にある。
データは裏切らずにアゲハはライダーの攻撃は受け止めきれない。
腕を強く固くして、負けない様に両足で全身を支える。
それでも。
アゲハ(っく! 堪えきれねえ)
圧倒的威力を秘めた蹴りが踵の一か所に集中している衝撃はすさまじく、アゲハの骨が限界を超え悲鳴を上げ始める。
しかしアゲハにとっては幸か不幸か足場が悪かった。
アゲハも耐えきれぬ衝撃に、下の木がそれだけの圧力に耐えることは出来ない。
結果足場の木もろとも粉砕されてアゲハの身は遥か下まで落下していった。
ライダー「この程度で死ぬはずもありませんが……しかし、今はシンジです」
追撃をしている暇は無いとライダーは判断する。
あのマスターが遠坂であるならば、間桐など相手にもならない。
手負いのサーヴァントを逃すのは惜しいが、今は最優先事項ではない。
アゲハの状態も確認せずに、ライダーは声のした方に急ぎ向かうのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
はぁはぁはぁ。
息も絶え絶えに慎二は森の中を走る。
後ろからは凛の怒号と共に、時折ガンドが飛んでくるので後ろにも注意を向けないといずに、思うように逃げられないでいた。
凛に喰らった右腕はズキンズキンと痛みを休みなく慎二の脳へと発し、そのことが余計に慎二の怒りを駆り立てるのであった。
慎二「何だよアイツ。マスターのことほったらかしで一番大事なときに使えないなんて、くそっ!」
この悪条件を生み出したのは自分のせいにも関わらずいまだに、サーヴァントにあたり続ける慎二。
慎二「そもそも不公平だ。最初から強いサーヴァントをもらえば勝てるにきまってるじゃないか。そうだ。これは僕の実力じゃない――がっ!」
呟きながら逃げていた慎二は注意力は散漫になっていた。
後方から飛んできたガンドが慎二の右足にヒットする。
大振りのハンマーで叩かれるのに等しい衝撃が慎二を襲い、体は脳の命令を無視して倒れ込んでしまう。
前につんのめりながら転がり大木に強く背中を打ち付ける。
そんな慎二に凛は一歩づつ詰め寄る、どうせ逃げることなんて出来やしない。
凛「終わりよ慎二。ライダーに結界を解くように命じなさい。そうすれば命だけは助けてあげるわ」
慎二「ふ、ふざけるなよ……だれがお前の言葉なんかに……」
凛「そ。じゃあ死になさい。桜にはわたしから上手く言っておくわ。勇敢な貴女の兄は誇りある戦いの末敗れましたってね」
今度は今までの魔力よりも大きい魔力を右手に込める。
口ではああ言っていたものの命をとるまではしないが、意識を刈り取るのに十分な威力を秘めている。
人差し指の先には木の幹を背にしてこっちを睨んでいる慎二は悔しそうだ。
結界まで張ってようやく凛のことを出し抜いたと思ったのに結局はこの有様では無理もないと思うけれど。
後は凛の気持ち一つで発射される。
意識失くしたら聖杯戦争に関する記憶を消してしまおうと考える。
多分慎二にとてもそれが良いのではないだろうか。
心の中で引き金に指をかけると躊躇うことなくを引いた。
ライダー「危ないところでしたね、シンジ」
けれども凛の予想とは違う光景が繰り広げられる。
慎二の意識を吹き飛ばすと思われたガンドはどこからともなく現れた黒い影に阻まれてしまい、勿論その影の正体はライダーである。
凛「……思ったよりずっと早いわね。私のアーチャーはどうしているのかしら?」
ライダー「さあ? 今頃木の根元お昼寝中かもしれませんよ?」
慎二「っくっくっくっくあーっははははははは!!! なんだ! やっぱり遠坂のサーヴァントなんてただの雑魚じゃん! そもそも見た目からしてみすぼらしいし、貧乏な遠坂にはお似合いってワケか! なあライダーもそう思うだろ? あんな雑魚サーヴァントと戦った思えが一番わかってるだろ? っくっくっくっく」
森の中に一人慎二の馬鹿みたい笑い声だけが響く。
慎二「じゃライダー。殺さない程度に痛みつけてよ。コイツには返さないといけない借りがたくさんあるからさあ!」
慎二の指示を受けてライダーが構える。
逃げられないようにまず足を潰す。
次には腕を。
そうして鎖で縛りあげてしまおう。
それでも凛は少しも怯んだ様子を見せない。
ライダー「勇敢ですね。令呪を使わないのですか?」
凛「……生憎1つ消費しちゃってるのよね。だからアンタたち如きに使えないし、そもそも使う必要もないわ」
ライダー「そうですか」
ライダーとしては別にかまうことではない。
ただマスターはサーヴァントを道具の様に扱う、無論慎二もそうである。
自分のピンチには必ず令呪でサーヴァントを呼び寄せると思っていたが凛はそうしないという態度に少しだけ遊び心が出る。
ライダー(使わせてみせますか)
だからライダーは1つ自分にルールを課した。
この少女に令呪を使わせる。
特に意味はない、遊びの様なものだ。
ライダーがこんなことを考えていると今度は凛がゆっくりと右手を持ち上げる。指の形は人差し指を真っ直ぐとライダーに向け伸ばし親指は天に向く。
ガンド。
その魔術の構えをライダーに向け、不敵にほほ笑んだ。
ライダー「なんのつもりですか?」
凛「貴女は絶対にわたしの攻撃から身を守ることは出来ない。避けることも出来ない」
ライダー「さっきあなたのガンドを打ち消したのお忘れですか? あなた程度の魔力では私の対魔力を打ち破ることは出来ません」
凛「ええ、そうね。でもね、この攻撃の前にはあらゆるものが意味を成さないの。全てを喰らい飲み込む最悪の魔術。貴女は見たことある?」
追いつめられているこの状況下で凛は挑発するかのように問う。
その姿は堂々とし臆してなど微塵もない。
だからこそライダーの心も固まる。
一切の油断や慢心を捨て目の前の少女に挑むと。
それだけの迫力にいまの遠坂凛は満ちていた。
身を低くし体勢の準備に入るところまでは凛の目にも追えた。
次に瞬間には目の前からライダーの姿は消え失せる。
考える時間も動く時間もない。
目から入力された情報が脳に届き指示を待つ頃には凛はこの世にいない。
だから熱いものに触れたら手を引っ込めるのと同じ。
反射的に原始的に思考を介さずに脊髄で凛は引き金を引く。
凛「――BAN」
一言つぶやく。
次の瞬間には飛来する漆黒の球体。
ライダーの死角。
遥か上空から。
目には黒い流れ星にも見えたかもしれないそれは、今まさに凛に襲い掛かろうとしていたライダーの太ももを貫いた。
ライダー「かはっ!?」
踏み込む足を貫通され、後一歩の痛みに怯みライダーは後退する。
すぐに傷口を抑えるも血は止まらない。
こうしてライダーは今日2度目の失念をしていた自分を忌々しく思うのである。
凛「……遅い」
アゲハ「ワリィ、ワリィ。でも――ヒーローってのは遅れやってくるもんだろ?」
明確に意図していた訳ではなかった。
それでも、その考えはアゲハの頭の一部分に巣食い、絶えず警鐘を鳴らし続けていた。
きっかけとなったのはセイバーとの試合。
能力頼りであった戦い方を看破され、自分の実力不足を痛感し、出来るだけ能力を抑えた戦いをしようと考えるようになった。
それは本来のスタイルを捨てての一種の賭けであったが、意外や意外。
結果は上手い方に転がり、予期せぬ狙撃のチャンスを得て、こうして戦局は大きく傾いていた。
形勢は逆転、いや勝負になどなっていない。
ライダーは高い機動力と独特な柔らかな動きで近中距離戦が得意なサーヴァント。
その要ともなる足が貫かれたのだ。
次第にアゲハに追いつめられ、そのたびに体に傷を作る。
ライダー「……少々分が悪いようですね」
慎二「分が悪いだあ!? どう見てもやられてるじゃないか! くっそ! こんなハズレのサーヴァント掴ませるなんて」
そう分が悪い所の話ではない。
状況は絶望的で勝負は決しているように思えた。
だと言うのにライダーからは焦りを感じない。
凛「アーチャー。油断しないで。あいつ何か企んでるわ」
アゲハ「ああ」
凛もタダならぬライダーの気配に警戒する。
罠を張り迂闊に飛び込んでくるの待ってるやもしれない。
ライダーの目は覆われて表情は読めない。
このある種の独特の雰囲気に気圧されアゲハは攻撃の手を緩め、数歩後ろに距離を取る。
相手は大規模な結界さえも用意するほど、多彩な宝具に恵まれているサーヴァントである。
しかし、ここが勝負の分かれ目であった。
ライダー「あなた方はミスを犯しました」
ライダーがゆっくりと口を開き始める。
その声には落ち着きと、自身の優勢を疑いようもない余裕が感じられる。
ライダー「私の気配から危険を察知したことは立派です。……しかし戦いには、そこで決着をつけなければならない勝機があります。貴方方はその勝機を逃した。そして私はチャンスを得たのです」
話し終えるその瞬間。
ライダーは手に持っていた釘を持ち上げると、真っ直ぐに自分の喉元へと突きたてた。
凛「は!?」
喉からは血が噴水のように吹き出す。
致命傷となる傷に出血量。
自決かとも思われたその行動の後に、ライダーの後方に奇妙な文様か浮かび上がる。
アゲハ「まずい!!」
アゲハはその魔法陣にただならぬ危機を感じ取った。
これこそがライダーの奥の手。
急ぎ凛の手を掴み引き寄せると、瞬時にプログラムをくみ上げ走らせる。
アゲハ「遠坂!! 離れんなよ!」
周囲に高速で動き続ける球体を多数出現させ、リングで動きを固定する。
どこまでの防御力を発揮するかは怪しいところだが、何もしないよりはマシというものである。
そうしてコンマ一秒の差で辺りは眩いばかりの光に包まれる。
眼が眩み、何が起こったかのか分からない。
激しい衝撃と共にゆうに10秒程経った頃。
目の前の光景は林などではなく、だだっ広い土地となぎ倒されている木々だけであった。
◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇
凛「やられたわね。最後の最後に奥の手を残しておくなんて」
セイバー「しかしリン達が無事で何よりです。それで被害の方は?」
凛「とりあえず学校裏の林は綺麗な更地にされたわ。でも生徒で死者は出てないわ。多少衰弱している人もいるけど命に別状はないでしょう」
強烈な光に奪われた視力が戻る頃2人の前に現れた光景には何も存在していなかった。
木々や地面に落ちた落ち葉など、一切合財が消滅して綺麗な更地だけがそこには広がっていた。
凛「どうやら、かなり高ランクの対軍宝具ね」
士郎「タイグンホウグ? なんだそれ?」
対軍宝具。
聞きなれぬ言葉にアゲハが聞き返すと、予想していたかのようにセイバーが答える。
セイバー「宝具にはその純度としてのランクとは別にいくつかのタイプに分けられます。一対一力を発揮する対人宝具。私の風王結界やランサーのゲイボルグなどがこれに該当します」
セイバー「そして対軍宝具。言葉のとおり一対多での戦いでより力を発揮します。他にも結界宝具、対城宝具、対界宝具とありますが……今はこの説明は良いでしょう」
対軍宝具。
広く周囲を破壊した、あの攻撃の範囲から考えると対軍宝具であるはず。
それでも話を聞いていた士郎には一つだけ気にかかることがあった。
士郎「説明は分かった。だけどライダーは足を怪我してたんだろ? 一瞬の隙だけで逃げ切ることができるものか?」
凛「これは憶測だけどね」
凛「あの威力と逃走を成功させたこと。ライダーというクラス、発動前の魔法陣。何か乗り物を召喚して逃げたんじゃないかしら」
セイバー「確かに。ライダーの騎乗スキルならば神獣、幻獣の類も使役出来るかもしれません」
神獣、幻獣。
アゲハには身に覚えがある。
夢喰島での戦闘ではスピード破壊力ともに強力なPSIバーストが存在していたし。
友人にも竜を作り上げた人物がいる。
もし、ライダーがそのクラスの生物を召喚するとしたら、生憎だがアゲハには相性が悪い。
多彩な能力に、スピード重視のライズは対人戦では猛威を振るうが、巨大な相手だと決め手に欠ける。
敵は一瞬で戦場から離脱するほどのスピード。
簡単に流星で捕えることは難しいかもしれない。
無論、策がないわけではない。
しかし、あくまで奥の手に取っておきたい。
リスクが大きすぎる。
その後も4人は話し合いを続けた。
具体的には今の慎二はすぐにでも仕返しに来るだろうということ。
そのための魔力補充を人の多い場所で始めるに違いない。
学校で失敗した結界をどこかで張りなおす準備に向かうはずである。
士郎「――新都だ。慎二は必ず新都で事をおこす」
結果は新都が次の標的にされるに違いない。
ビル街で多くの人が日中活動している新都は、魔力を集めるには絶好のエサ場となる。
凛「私も同感ね。でも流石に今日は動けない。動き出すとしたら、明日の深夜からよ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――新都――
アゲハ「人っ子一人いないな」
凛「まあ、こんな時間じゃあね。オフィス街だから夜になると人は少なくなるわよ」
真夜中の都市で二人は巡回を続ける。
人の気配はなく辺りは静まり返っている。
昨日の話し合いで巡回は当番制にしようと決定していた。
2組が一緒に行動するよりも交代しながら行った方が、体力的にも都合が良い。
それに襲撃の可能性も考えると家を空けることは好ましくない。
長期戦になることも考えての、先を見越した戦い方であったが、意外なほど早く結果が出たようである。
アゲハ「……と、おしゃべりはここまでみたいだな」
ジャラジャラ音が響き渡る。
鎖を引きずっている様な、都会に似合わない嫌な音。
真っ暗な闇の中でその不快な音だけが存在を知らせる。
ライダー。
彼女の持つ武器を引きずる音が、彼女の存在をアゲハに伝えていた
ライダー「……」
アゲハ「また、不意打ちでもしてくるかと思ったぜ。今度は正面から戦うっていうのか?」
アゲハの挑発にもライダーは何も返さない。
身動ぎもせず、新都の暗闇に溶け込んでいる。
視線だけの攻防。
にらみ合いが続いた後、突然ライダーは跳びあがり近くのビルに張り付いた。
凛「!? っち、あいつまた……」
ライダーは垂直に壁を登っていく。
前の戦闘と同様に地の利を活かして戦うつもりだろうか。
アゲハ「オレはこのままライダーを追う。遠坂はビルの中から追いかけてくれ!」
凛「了解! 私が到着するまでやられんじゃないわよ!」
凛は走って真っ暗なビルの中に、アゲハはそびえるビルを登って行った。
――ビル屋上――
アゲハ「っと」
アゲハ(登ってる最中に襲ってくるかと思ったけど……)
アゲハの予想ならば空中戦が得意なビルを登ってる最中に戦闘を仕掛けてくるかと思っていたが、そんなことはなかった。
アゲハの前を先行していたライダーは待ち伏せることもなく、どんどん先に上って行き最終的にはアゲハの視界が外れて行ったのだ。
そうしてライダーの到着から遅れること数十秒。
アゲハは屋上に辿り着き、眼前にはライダーが待ち構えていた。
ライダー「ようこそ。今度こそ決着をつけましょう」
ライダーは地上ではなく空中で待ち構えていた。
空想上の動物、ペガサスにまたがるライダーが空中からアゲハを見つめている。
アゲハ「戦う前に1つ聞いて良いか?」
上空のライダーにアゲハは大胆にも問いかける。
戦いの前の最後の確認。
問われたライダーの方も少々困惑してしまう。
これから戦うと言うのに質問などとは。
ライダー「なんでしょうか?」
それでも結局ライダーはアゲハの問いを許す。
どうせ数分後にはミンチになる定め。
今さら大したロスにもなるまい。
アゲハ「あの結界。ありゃアンタが用意したもんで良いんだよな」
ライダー「ええ。それがどうしましたか?」
アゲハ「いや……」
アゲハ「どうもしねえよ!! 最初の脱落者はオマエで決まりだ! ライダー!!」
指を突き差し声を張り上げて、宣言する。
ライダー「その言葉、そのままお返ししますよアーチャー。この子は優しい本来なら戦いには向かないのです。ですが――」
そこまで話すとライダーの周囲が輝き始める。
良く見るとライダーの手に今まで無かった手綱が現れているのが分かる。
ライダー「ベルレフォーン!!」
――真名解放。
ライダーの宝具が真名と共に真の力を発揮する。
光に包まれライダーは一度高く飛びあがり、アゲハに向かい降下する。
轟音が屋上に響き光が暗闇に映える。
アゲハ「っち!」
面食らったもののすぐにアゲハ回避行動に移る。
あれを只の突進だと思えるほどバカではない。
最小限、最大効率のライズで攻撃を躱す。
風切り音がアゲハの耳を掠め、屋上を抉る。
アゲハ「おいおい、まじかよ」
アゲハ「思っていた以上にやばいな」
ライダーの通った後は綺麗に抉り取られていた。
屋上には傷痕を残してライダーは再び空中にUターンする。
ライダー「どうです? 小賢しい攻撃しか能がない弓兵にはなす術もないでしょう?」
アゲハ「言ってろ」
アゲハ(しかし、どうする。ただの突進じゃねぇと思ったけど、ありゃ光線だな。触れようもんならバラバラにされちまう)
ベルレフォーン。
騎英の手綱はその乗り物の能力もそこ上げする。
それが幻想種であるペガサスともなれば、最高速度は400~500kmに到達する。
いくらライズでも触れれば怪我では済まされない。
アゲハ(なら)
近接戦のディスクは使えない。
その代りに選択するのはランス。
アゲハ(正面から来るなら、難しく考える必要はない。流星をカウンターであてて終わりだ)
アゲハは構える。
左手を前に掲げ標的をライダーに定める。
ライダー「ふふ。正面勝負する気ですか。しかし、その考えは実に浅はかです」
加速の距離を得るためもう一度高く飛びあがる。
アゲハ(来い!)
来る。
再びライダーが猛スピードで降下してくる。
あれだけのスピードで機動力は無いに等しい。
カウンターを狙うのは造作もない
撃つ。
アゲハの手から流星が放たれライダーと空中で激突する。
アゲハ「っくそ!」
しかし全く問題にならない。
流星はかき消され、ライダーのスピードは少しも落ちずにアゲハに向かう。
すんでの所で躱そうとするも、間に合わない。
直撃は免れたものの、衝撃が左半身を襲い屋上の端まで吹き飛ばされる。
2回転3回転と転がりようやくアゲハの体は止まる。
ライダー「あの程度の小さな攻撃で私の攻撃を食い止められると思って? 随分と面白い考えですのね」
一見無敵に見える暴王の月もようは魔力の塊。
アゲハの攻撃よりもライダーの攻撃の方が魔力の密度や量が上ならば、このような結果になる。
アゲハ(……へへ。ドルキのPSIにもこんなボロ負けしてないっての。全く――)
――世界は広いな
アゲハ「って、笑ってる場合じゃない」
2度3度頭を振って、ふざけた考えをふり払う。
たった2度の攻撃でも、あの天馬が相当の魔力の質量と密度を持っていることが分かる。
今のままでは、打ち破ることは不可能。
ライダー「長かったですけども、次で終わりです。今回の最初の脱落者は貴方だったようですね」
ライダーは攻撃体勢に移る。
十分な速度を得る為に、一段と空高く飛びあがりアゲハに狙いを定めている。
この体では躱すことは出来ない、次の攻撃が最後になる。
渦でもあの攻撃を止めることはできない。
ならば、ならば、どうするか。
ライダーが降下する。
時間はない。
生半可な攻撃では通用しない。
あの質量、あの密度、英霊の中でもトップクラスの威力。
アゲハは1つしか知らない。
ライダーの攻撃に対応する術は1つしか知らない。
ライダー「これで……終わりです!!!」
広がる。
ライダーの纏う光が広がり迫る。
アゲハ「脱落は……テメェだああああああああ!!!!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
凛「はぁはぁ」
ビルの階段を駆け上る。
人のいないビルのエレベーターは止まっており、20階以上ある階段をひたすら走る。
焦りも相まって息は荒い。
凛「あーもっと鍛えておくべきだったわ」
ようやくビルを登り切り屋上へのドアを開ける。
果たしてグッドタイミングなのかバッドタイミングなのか。
どちらにせよ凛は戦いの決着を見逃すことなく、屋上に辿り着いたのだ。
光線の様なライダーの突進がアゲハ目掛けて降下する。
アゲハ「脱落は……テメェだああああああああ!!!!」
黒球。
そう。
巨大な光の塊と化したライダーに相対するアゲハの手には、見たこともない巨大な黒球。
凛が見てきたアゲハの能力の何倍も大きい。
大きいだけではない。
何か、こう――
むき出しの殺意。
未加工の宝石。
これまでの能力とは根本的に何かが違う。
暴王。
凛「きゃ!?」
アゲハの黒球とライダー空中衝突。
無人のビル屋上。
2体の英霊が共にもてる最高の攻撃。
空気は震え凛は衝撃によろけそうになるのを、なんとか踏みとどまる。
ライダー「!?」
始めは互角。
徐々にアゲハが押し返す。
暴王は天馬すらもその身にのみこむ。
そうして天馬は地にひれ伏した。
決着。
ライダー「……サクラ……申し訳…ありません」
今回の投稿はおよそ2万字ほどでした。
長かったライダーとの戦いも決着です。
本来は自己封印も出して、もっともっとライダーを強敵に見せようかと思っていました。
しかし文字数や流れの関係で今回の様な形に落ち着くことに。
さて、次回からは完全に新規パートです。
書き溜めはあるのですが、修正しながら投稿するのでスピードはあまり変わらないと思います。
新プログラムも出ますよ。
しかしネーミングはまだ決まってないです。
それでは長々とありがとうございました。
また次回。
>>1殿はもしや以前まどマギとpsyrenのクロスSSを書いてた人かネ?
おはようございます。
とりあえず少量になると思いますが、今日明日は投稿しにきます。
しかし金曜から一週間ほど遠出してしまうので、その次の更新は早くとも6日以降になります。
>>295
残念ですが別の人です。
PSYRENのSSは量が圧倒的に少ないんで、そう思う人がいるかもしれませんね。
もっと増えてくれると嬉しいのですが・・・
あと自分としては、今の流れの様に新プログラムの話とかするのは全然OKです。
そのせいで荒れてしまうようなら考えますが、PSYREN好きの人達なら大丈夫だと思っています。
最近、新作の構想に引っ張られていますが、まずはしっかよこの作品を完結出来る様頑張っています。
それでは。
じゃあ、ゆっくりと始めていきます
◇◆◇◆◇◆◇◆
セイバー「それで、凛が担いで帰ってきたのですか……昨夜は何事かと思いました」
凛「勝ったのは良いけど、その度に倒れてちゃ考え物だけどね」
昨夜の戦いはアゲハの勝利で幕を閉じた。
両者が込めた渾身の一撃はアゲハの方が僅かに上回り、結果として最初の脱落者となったのはライダーであった。
ライダーの結界の影響もあり凛の高校はしばらくの間休みとすることが、朝の連絡網で衛宮家にも届いていた。
生徒が謎の衰弱、さらには教職員まで倒れてしまっては授業どころではないし、当然の判断と言える。
そんなわけで平日の朝っぱらから、本来なら家を出ていなければならない時間にも関わらず、凛とセイバーはこうしてゆっくりと居間で話していられると言うわけだ。
セイバー「しかし、それだけの魔翌力を消費したと言うのに凛の方は元気そうですね? 反対にアーチャーの方はまだ寝込んでいるようですが」
凛「それはあのバカが気を使ったんでしょ。出来るだけマスターには負担をかけたくないとか。全く遠坂の名も見くびられたものよ」
セイバー「本当に贅沢な話です。リンほど優秀なマスターもそうはいないと言うのに」
凛「そっちはそっちで大変そうね」
セイバーが不安そうに話すのを見て、凛は大切な同盟相手の状態を気に掛ける。
ランサーならまだしも、お世辞にも燃費が良いとは言えないセイバーをあの素人魔術師が使役しているのだ。
魔翌力不足は一番に気にかけていることであろう。
セイバー「これでも随分と改善されました。本当にリンには感謝しています、シロウの魔術の面倒まで見てもらって」
凛「まーこっちとしてもあのままじゃ使い物にならないからね。それに管理者としては未登録の魔術師が勝手に夜な夜な魔術鍛錬を行ってる方が心配ってもんよ。だから今も頑張ってもらってるしね」
本来ならここにいるハズの家主士郎は現在、凛による魔術鍛錬プログラムを行ってる最中である。
凛「ともあれ、ライダーはここで脱落よ。第一目標は倒せたことだし頭切り替えていかなきゃ」
凛の言う通りようやく一体が倒れたに過ぎない。
分かっているのはランサー、バーサーカーそれにまだ見ぬキャスターとアサシン。
どの陣営もそろそろ動きが活発になってくる頃合いだ。
聖杯戦争はようやく動き始めた。
――
「ライダーが堕ちましたか」
真っ暗な部屋の中で今終えたばかりの戦いに感想を漏らす。
聖杯戦争が始まってから、あらゆる形の使い魔や魔術で各サーヴァントの戦いを監視してきていたのだが、ライダーとアーチャーの戦いの結果は中々面白いものだった。
「ライダーが勝つと思っていたのですが……予想が外れたわね」
予想に反して勝ち残ったのはアーチャーこれには少しばかり驚いた。
ライダーは豊富な宝具にステータスも悪くない。
各能力で少しずつアーチャーを上回っていたライダーが僅差で勝利すると読んだのだが、いやはや勝負とは分からないものである。
そもそも、あのアーチャーは何者なのだろうか。
戦いの結果よりもそこが疑問である。
見た目からして英霊には見えないし、見たこともない魔術を使う。
(かなりの多様性と応用性を持っている魔術みたいね。でも基本構造は実にシンプル)
ブルリと体が震える。
――素晴らしい
始めは自分の知らぬ魔術に嫉妬と怒りさえ覚えた。
しかし、今となっては些末なことに過ぎない。
是非とも研究をしてみたい。
どんな魔術なのか属性は、構成は、起源は、あの魔術のあらゆる情報が欲しい。
戦力としても申し分ない。
あの小娘に気を使っているのか、まだまだ底がありそうだ。
無限の魔翌力を彼に注いだら、一体どんな姿を見せるのか。
そう。策を練ろう。
焦ることはない。
こっちには無限の魔翌力と要塞があるのだから。
――
凛(……)
凛は自室(衛宮家の最も広い部屋)で考えを巡らしていた。
気なっていることは2つ。
1つはアゲハがライダー戦で見せた黒球。
見るだけで高純度、高密度の魔翌力で構成されていることが分かる。
それもライダーの宝具を真っ向から打ち破るほど。
あれはアゲハ固有の魔術なのだろうか、それとも何らかの宝具の力なのか。
アゲハは宝具のことは知らないと言っていた。
ならば、あの魔術は純粋にアゲハ固有の技。
凛(相手はAランク以上の対軍宝具……それを正面からぶつけて破る魔術。ホントになんなのかしら……)
恐ろしささえ覚える。
ただの魔術が英霊の宝具を打ち破るなんて。
聖杯戦争のバランスが崩壊しかねない程の能力だ。
凛(でも……だからこそあの燃費か。使えば魔翌力を使い果たしぶっ倒れる……あれが奥の手?)
さらに問題となるのが2つ目の事項。
凛は手を伸ばし机に置いてあったレポート引っ掴んで寄せる。
――PSIについての研究レポート。
ブライスと言う人物によるPSY研究書で、PSYの基本構造とメルゼーと呼ばれる破壊プログラムの記録が綴ってあった。
何度も読み直したが、どう考えてもこの能力はアゲハの暴王の月と同一のものである。
この人物は制御しきれずに死んでしまったらしいが、アゲハは上手く制御しているように見える。
少なくとも昨日の戦いを見るまでは。
今までの戦いは制御して戦っていたのが分かる。
しかし昨日の技は、このレポートにも載ってる未加工の暴王に違いない。
アゲハはあれを制御しているのか、それとも違うのか、
凛には判断のつけようがないのである。
そして一番問題であるのが、このレポートが遠坂家にあったこと。
偶然でも偶々でもない。
何者かが明確な意図を持って、保管していた。
どうも凛にはそう感じられる。
凛(能力の秘密だけじゃない。何かある。きっと、暴王と遠坂には何か関係がある)
だから、もう一度。
あの書庫訪れなければならない。
聖杯戦争が終わる前に。
凛「あー頭痛い……少し休も」
しかし一端休憩をいれよう。
こう篭ってばかりだと頭の方も煮詰まってしまう。
時刻はもう午前12時を回っている。
そろそろお昼にするのも悪くないが、士郎とセイバーは道場で稽古と呼べば聞こえは良いものの、猛烈なしごきにあっている。
あれが終わるまでは食事になることはない。
アゲハ「よう」
凛「あら? もう良いの?」
居間にはアゲハが寝そべっていた。
凛の方に一瞬だけ顔を向けて確認すると、何が面白いのかまた天井を観察する作業に戻ってしまう。
体調が悪そうには見えない。
アゲハ「まあな」
凛「ふ~ん」
涼しい顔のアゲハを素通り過ぎ台所の冷蔵庫の中を確認する。
同盟を組んでからもう凛の家みたいなものだ。
慣れた手つきでお目当てのものを取り出すと、グラスを2つ手に取り机に向かう。
凛「飲む? 牛乳」
アゲハ「お! 気が利くな、サンキュ」
コップに牛乳を注ぎアゲハに渡す。
もうさっきまでの横になっている姿勢ではなく体を起こし行儀よく座っている。
激闘から一夜明け、束の間の平穏が訪れる。
アゲハも特に調子悪そうには見えず、ダメージを引きずっている様には見えない。
そもそも。英霊なのだから傷は直ぐに癒えるし、眠る必要もないのだが。
凛「アーチャー、なに私に気使ってんのよ」
アゲハ「なんのこと?」
凛「ライダーに使った術。アーチャーが寝込むくらいの魔力消費にしては、私の魔力が減ってないんだけど」
アゲハ「ありゃ、バレてたか」
イタズラが見つかってしまった子供の様に、ことの重大さが分からずにあっけらかんとして、それでも凛の雰囲気に少しだけ気まずそうに頭を掻いている。
そのアゲハの様子がますます凛に油を注ぐ。
凛「バレてたか、じゃないっての。これは私に対する侮辱よ」
まさかサーヴァントに自分の魔力を心配されるとは思ってもいなかった凛には、気を付かわれることなんで信じられない程の侮辱である。
凛の怒りの言葉に、鈍いアゲハも自分の思っている以上に状況が悪化していると分かり、必死で取り繕おうと急に慌てだした。
アゲハ「! ま、待てって、そんなつもりねえって。ただオレの魔力量で十分賄える範囲だったし……」
凛「――寝込んどいて、何が賄える範囲だったのよ!!」
凛の本気の言葉に部屋の中が静まり返る。
凛「あんたは私のことを3回怒らせたわ。1つは私の魔力量を侮っていること。2つ目は、それで大丈夫だと判断したのに結果倒れていること」
分かりやすく魔力量を数値で表してみよう。
成熟した魔術師は平均25程度であるのに対し彼女は、未成熟でありながら500を超えている。この数値は並みの魔術師と比べても破格であり、かけだしの衛宮士郎とは比べ物にならない魔力量を誇っている。
そして最優のサーヴァントとされ能力は高いのだが燃費の悪いセイバーの魔力量は1200程であり、そのA++クラスの宝具の使用が凛の魔力ならば2回放つことが出来る。
つまりバーサーカークラスのサーヴァントでなければ凛は、既存のあらゆるサーヴァントの能力を100パーセント引きだし、宝具の連発も可能にさせているのである。
アーチャーの魔術の燃費は分からないが、凛の魔力量ならば問題とするレベルではない。
さらに、凛に気を使って倒れてしまうのは本末転倒である。
もし第三のサーヴァントに襲撃されたらどうするつもりだったのだろうか。
アゲハ「……そうだな。オレが悪かった」
凛の説教は誰が聞いても正論そのものであり、アゲハは自分の認識の甘さと自惚れを深く反省していた。
いつから独りで戦っているつもりになっていたのか。
現在の自分は凛がいないと存在することさえ出来ないと言うのに。
今回の戦いで聖杯戦争は1人で勝ち残れる程甘くはないことが良く分かった。
サーヴァントとマスターが互いに協力しなければならない。
十分に自分の心意が伝わったことが分かり凛は席を立つ。
そろそろ士郎の様子見をして食事としたいところだ。
そうして道場に向かおうと通路の角を曲がると、聞き耳をたてていたのか壁にもたれかかっていたセイバーが可笑しそうに口元が緩んでいるのが目に入る。
セイバー「あと1つは?」
凛「何がよ?」
セイバー「怒った理由2つしか言ってないじゃありませんか」
凛「そんなの決まってるじゃない」
――サーヴァントが魔力供給を絶つなんて、危ない真似するからよ。
終わりです。
前半saga入れ忘れてました申し訳ありません。
それではまた明日。
――
「ほんっとセンスないわね」
「うるせ」
昼食を終えて士郎は、座学へと移っていた。
少しでも力をつけたいと話す士郎のために、セイバーによる剣術訓練と凛による魔術訓練を欠かさず行っている。
やってるのは強化の訓練。
凛の持ってきたランプに強化をかけ明かりを明るくするというもの。
紙を硬化するよりも繊細な魔力コントロールが必要であり、魔力を通す場所を間違えるとその場で粉砕してしまう。
「成功3割。日常で使うならいいのかもしれないけど戦いの中で使うとなると、成功率は99.9%はないと使い物にならないわよ」
「はあ~戦闘中だともう失敗しないんだけどなー」
士郎は愚痴をこぼす。
確かに士郎は戦闘中の強化は失敗しない。
そもそも失敗していたら、ここにはいないのだが。
「集中力が足りないのよ。訓練だからって手を抜いてんじゃない」
「そうじゃないんだけどさ。イメージが掴みにくんだよなあ……いや、いかんいかん集中力が足りない証拠d「待って」
「え?」
そうだ。確かに士郎は戦いの中では確実に強化を成功させてきた。
そして今まで1から魔術回路を作るという、荒業をこなしてきているのだから集中力がないのではない。
出来ないのは、もっと別の理由。
「アーチャー、この部屋の蛍光灯を外して」
「え、なんだよ。いきなり」
「いいから。考えがあるの」
凛はふざけている様には見えない。
本気そのものであるので、遊びに来ていたアゲハは凛の指示通りに天井の蛍光灯を外した。
この部屋の蛍光灯は細長いタイプであり2本で部屋の明かりを保っていた。
「いい? 士郎。いまからこの蛍光灯に強化をかけてもらうわ。ただし明かりじゃなくて強度の強化をするのよ」
「わ。分かった」
やっていることはふざけていそうだが、凛の表情は今までの鍛錬の中で一番真剣である。
訳も分からぬまま、士郎も不思議緊張感に包まれ恐る恐る蛍光灯を受け取った。
――同調、開始
――基本骨子、解明
――構成材質、解明
――基本骨子、変更
――構成材質、補強
――全工程、完了
「……出来た」
「2本目もお願い」
続いて2本目も強化に移るとこれも成功。
強度も申し分なく、脆い蛍光灯が鉄パイプ並みの強度になっている。
(やっぱり)
凛は自分の想像に確信を得始めてきている。
完全とは言えないが予測の結果としては悪いものではない。
「いまから話すことは魔術師として最重要なことだから良く聞くのよ。士郎、あなたの魔術の起源は恐らく『武器に関するモノ』よ」
思い返せば兆候はあった。
士郎が襲われたとき、戦うときには決まって棒状の物を強化して戦っていた。
それも一発で確実に成功させている。
ならば士郎の特異な魔術は強化で、それが100%発揮されるのは武器なのではないだろうかとの予測が立つ。
しかし、士郎には凛の言葉の意味が分からない。
「何を言ってるんだ遠坂?」
「良い? 起源ってのは簡単に言えば士郎の魔術の元は何かってことなのよ。大抵その起源である魔術がその人に適しているってわけ。それが武器に関する何かなのよね、または武器全般かもしれないけど」
「つまり、この蛍光灯も俺が武器としてみたから強化が上手くいったってことか? 確かにいままでの戦いの中で強化が失敗したことはなかったな」
「まあ、そういうことよ。2回の強化成功じゃあ確証があるわけじゃないけどね」
「だから士郎とアーチャーは武器っぽいものたくさん探してきて、できれば色々種類があると良いわね。剣だったり槌だったり」
「オレもかよ」
「暇でしょ? それに私も考えまとめるから」
「士郎ー金槌は武器に入るのかー?」
「う~ん、大丈夫じゃないか」
「じゃあ、これも持ってくと」
凛に言われた通り武器になりそうなもの家の中で集めて回る。
とはいえ武器が簡単に家の中で集められることもなく、これまでの成果は金槌や鉈や手斧、弓、木刀といったものしか見つけることは出来なかった。
それでも土倉に行けば何か見つかるかもと思い、こうしてわざわざ探しに来ていたのだ。
「なんだ、これ?」
土倉を漁っているとアゲハは不思議なものを見つけて手を伸ばす。
それらは形だけは、成しているものの中身がなく空っぽなのだ。
「ああ、それか……俺が作ったんだよ。でも、どうしても中身が空っぽになるんだ」
「作ったってどうやって?」
「投影魔術ってやつだ。無から有を作り出す魔術なんだけど、昔から魔術の鍛錬が上手くいかないときの気晴らしにさ」
「スゲェよ! なんだ、士郎才能あんじゃん」
「でも戦いには向かない。それに俺の腕じゃあ、この未完成品しか作れないから使い道なんてないんだよ」
そう投影魔術は燃費が悪い。
10の魔力から10の武器を作る投影なら、10の武器に10の魔力で強化し20の武器をつくった方が効率が良い。
父にも投影は使わない方が良いと言われ、それ以来鍛錬はしていない。
それでもたまの息抜きに投影を行い、溜まったガラクタを捨てるわけにもいかずに土倉にしまっている。
「それに遠坂にも使うなって言われてんだ。それ以上にえらい剣幕で食って掛かってきてさ」
「ほう。あの遠坂が」
「ああ。もう鬼気迫るって感じで、あまりの真剣さに恐怖を覚えたね」
アゲハは少しだけ引っかかりを覚える。
あの凛が鬼気迫るほど怒るなんて、あまり想像できない。
いや、自分はついさっき怒られたばかりだから、どんな様子かは脳に焼き付いているのだが、他人が使っている魔術に関して怒る姿は思い浮かばなかった。
「アーチャー、もう戻ろう。ここは探しつくしたし、十分な量が集まっただろう」
「……そうだな、戻るか」
――
「竹刀や木刀はもう100%に近いわね」
あれから色々持ち帰ってきた物は片っ端から強化をかけられた。
結果は刀の類や棒状のものは強化の成功率が軒並み他よりも高い。
そもそも刀系以外は少ないことも問題であるのだが、草刈用の鎌や金槌、果てにはドライバーなどは成功率が極めて低く、部屋にはその成れ果てが散らばっている。
凛の心の中で確かな確信が得られた。
「士郎。貴方の起源はかなりの確率で『剣』よ」
凛が結論付ける。
『剣』
いきなり凛に言われたのも関わらず、士郎には不思議とその起源がしっくりと来た。
昔から剣には、並々ならない魅力を感じてきた。
剣を見ると体の底が熱くなって血がざわつく。
どうしようもないほど強い魅力を剣から当てられていたのだ。
ごく最近の話ではやけに剣の夢を見ることが多くなっていた。
それは一度も見たことないはずなのに、はっきりと細部まで作り上げられていて今にも手に取ることが出来そうだった。
「……うん。そうかもな。俺もそんな気がする」
確信を得たとは言え凛は腑に落ちないものがある。
剣。
魔術師なのに剣とは。
そして起源としては豪くはっきりっとした具体的な物だ。
それに剣では、もう聖杯戦争中に凛が士郎に役に立てそうもないことも明白となった。
「こうなってくると私が出来ることは、もう少ないわね。数日で効果の上がる魔術鍛錬なんてないし、それよりもセイバーと実践を積んだほうが効果的よ」
そうして少しでも生存率を高めること。
それが今の士郎に出来る、最善の努力事項である。
「投影について教えてくれよ、遠坂」
もう話を終わりにしようとしていたら。思わぬ人物から待ったが入る。
魔術に詳しくないアゲハから投影の話題とは凛にとって予想外だ。
士郎も目を丸くして驚いている、それでもアゲハはこの話を聞かねばならないと考えた。
どんな危険な手段なのか、本当に使い物にならないのかは知らないが、戦いに使用できる物があるなら、それはキチンと知っておかねばならない。
「土倉で何を見たか知らないけど、駄目よ。危険過ぎるわ」
「危険って、魔術の鍛錬に危険はつきものだろ? なに神経質になってるんだよ?」
「違う。今までの意味の危険とは違うのよ。鍛錬も危険だけど、それ以上に……」
そこで凛は言い淀む。
果たしてこの先を話して良いものなのか。
ここで話すことは、もしかしたら衛宮士郎の一生を決めてしまうかもしれない。
長い長い沈黙が部屋を支配する。
凛は迷っている。
それはつまり、危険の他に有用な手立てかもしれないことの裏返しでもある。
だから士郎は聞きたいと思った。
それがどんな危険な手段であっても。
「話してくれ、遠坂」
「強化とは比べ物にならないのよ。貴方の人生も……もしかしたら最悪の方向に流れて行ってしまうかもしれない」
「それでも……聞きたいんだ。これからもっともっと戦いは厳しくなる。俺のせいで誰かが傷つくのは見たくない。もし俺にも出来ることがあるなら、どんな危険なことでもやらなきゃいけないんだ」
「頼む。遠坂」
士郎はその場で頭を下げる。
簡単な気持ちで言っているのではない。
自分の命さえもかけて真剣に頼んできていることが凛にも伝わってくる。
そんな士郎の姿を見ていて、急に自分がとんだ小心者であると思えてきた。
士郎は全てを懸けてこの戦争を戦っている。
アゲハも同じだ。
「分かったわ」
そうして凛は話始めた。
投影魔術の基本から、士郎の投影がどれ程異端であるかを。
そして、どちらにせよ戦闘には向かないことを付け加えて、凛は口を閉じた。
――
「だから親父も投影は止めさしたのかな」
「そうじゃない? まともな魔術師なら目を疑うわよ。まして息子なら一番に安全を考えて教えないでしょうね」
今となっては切嗣が何を思っていたか分からない。
そもそも魔術を教えることを渋っていた切嗣だから、単に教えたくなかっただけかもしれないが。
聞いてみると、驚くほど呆気ない。
そして戦いで有用な手段とも思えない。
しかし、凛もくれぐれも簡単に投影は行わないようにと士郎に散々釘を刺す。
「ホルマリン漬けになりたいのなら別だけどね」
「へーなんか似てんな」
「なにが?」
別段大したことでもないようにアゲハがボソリと呟いた。
似てるとは何のことなのか。
「いやさ、大したことじゃねえけど、士郎の投影魔術の仕組みがオレの使う術と似てるんだよ。」
凛の投影魔術の説明と士郎の魔術の形。
細部の細部に至るまでイメージして魔術で形を固め現実に出現させる。
アゲハには自分達が使うPSIと発動方法が似ている気がしていた。
魔術はもっと論理的な学問の様な形式でPSIとはまるで違う技術体系だと思っていたのだが、どうやら魔術にも色々あるらしいとアゲハは理解した。
特に深刻なことを言ったつもりはないだが、言われた方はそうでもない。
あの謎の魔術を使うアーチャーと自分の投影が似ていると言われ、士郎もこの話題に喰いついてきた。
「術って、アーチャーの魔術は投影に近いのか?」
「まあ魔術じゃなくてPSIって言うんだけどさ……イメージを固めて行使するのがそっくりなんだよ」
似ている。
アゲハの使う正体不明の術と士郎の投影が。
士郎には非常に興味が魅かれる話だ。
もしかしたら、何か自分の魔術へのヒントとなり得るかもしれない。
凛も同じだ。
あの本を読んで少しはPSIについて学んだが、直接アゲハからPSIについて問うたことはない。
「詳しく話してくれないか?」
「……そう。私も興味あるわ。詳しく話してくれない?」
そうして、今度はアゲハが話し始めた。
アゲハの話はイメージが大事だということ。
出来るだけ詳細なイメージを持たないと術の行使は出来ない。
行使出来たとしても、イメージが崩れてしまえば消滅してしまう。
「例えば身体能力の強化は自分の強くなった姿を創造するんだけど、それも具体的に想像できないと駄目だ。強化といっても硬化するのと敏捷性を上げるのでは全く違うだろ?」
「確かに、私の魔術でも魔術の膜を張って防御力を上げるのと体を軽くするのは、全く理論が別物だわ。なに。じゃあアーチャーって馬鹿そうに見えて体の動きの仕組みとか把握してるわけ?」
凛は少しだけ見直したように言う。
理論に基づく学問である魔術で体の強化を行うなら、正しい肉体の構造の理解が必要となる。
神経系や筋肉、骨格の働きを理解していないと肉体への強化を掛けることは出来ない
ゆえに他者強化の難易度は高い。
「いや、知るわけないだろ。学者じゃあるまいし」
「え? それでどうイメージしてるのよ」
「ようは自分が一番想像し易けりゃ良いんだよ。頭が良ければ筋肉がどうのとか、神経がどうのとか、考えるのが良いんだろうけどオレにそんなイメージはないからな。オレは簡単に、より早く、より強くなった自分を想像している。ビルも超すほどのジャンプする自分。コンクリ―ト詰のドラム缶の様に固くなった自分。そんなもんだ」
(デタラメ過ぎる。想像出来れば何でも良いって……)
「それが明確なイメージで創造ができる投影と似てる気がしたんだよ」
それだけ言って、アゲハは口を閉じた。
より明確なイメージを持つ。
アゲハにその気はないだろうが、士郎は大きなヒントを得ることが出来たのだ。
終わりです。
今回から「」の前の名前を消すことにしました。
途中で変更することは申し訳ないのですが、話を考えるとどうしても名前つきでは軽すぎると思いこうしました。
それでは、またききます。
今夜、来ます。
戦闘シーンに入るまではテンポよく進めていきたいと思っているので、よろしくお願いします。
――
深夜、アゲハは一人布団を抜け出し中庭に出て、月明かりだけが照らす庭に突っ立っている。
アゲハは考える。
ここまでの六度にわたる戦いで自分の弱点は理解していた。
それは、接近戦の強化と能力の使い方。
敏捷性が高いアゲハは別に接近戦が苦手なわけではなく得意としているが、それでもセイバーやバーサーカーと言った近距離主体のサーヴァント相手には劣る部分が目立つ。
それを補うのが暴王なのだが、セイバーにも言われたようにイマイチ生かし切れていない感がアゲハの中で拭えずにいた。
そもそもがとても強力な能力なので、割と力押しだけでも勝ててしまえることも原因の一つかもしれない。
しかし、そんな苦悩も今日でおさらばである。
この世界に来てからずっと考えていた新プログラムの構想がようやく固まったのだ。
新たに一つとその改良型、さらにもう一つ。
「こんなもんか」
丹念に頭の中でプログラムをくみ上げて、納得のいく成果にアゲハは満足する。
残るは実践で試してみて、どうなるかといったところだろう。
ここで試すことは危なすぎて出来ない。
「こんな夜更け何事かと思ったら、あなたでしたか」
いつの間に近づいていたのだろうか。
声がした方向にアゲハが振り返ると、縁側に立っていたセイバーと目が合う。
「起こしたか?」
「いえ。そもそもサーヴァントは眠る必要がありませんから」
戦闘時ではないためセイバーは、いつもの鎧ではなく凛にもらった青と白の服を着ている。
アゲハは縁側に腰掛けて、立ちっぱなしのセイバーにも腰かけるように促す。
「ライダーとの戦いはお見事でした」
「よしてくれよ。戦った後にぶっ倒れてマスターに迷惑かけてちゃ、誇れねえよ」
賛辞を贈るセイバーに対し首を横に振る。
相討ちでは駄目なのだ。
他のサーヴァントに奇襲されていたら、どうしようも無かった。
最後の1人の残らなければ意味はない。
辺りに街灯はなく、部屋の明かりもついていない。
月の明かりだけが部屋に射し込み、2人を照らす。
アゲハは縁側から足を放り出し、両手で体を支えており、少しだらしなく座っている。
反対にセイバーはしっかりと正座をして背筋もピンと伸びて、行儀が良い。
「なあ、セイバーの聖杯にかける願いってなんだ?」
「え? どうしたのですか、急に」
不意を突かれた質問にセイバーは目を丸くする。
いきなり、どんな意図でそんな質問をしてきたのか計りかね、少なくともアゲハの横顔からは何も読み取れない。
「なんとなくな。別に深い意味はねえよ」
アゲハの言葉は淀みなく語られる。
本当にパッと思いついただけの、世間話にセイバーには感じられた。
アゲハにも他意はなく、純粋に興味が湧いたからした質問である。
「そうですね」
どう答えようか迷う。
と言うよりは、どこから話せば良いのか。
初めから話せば真名をバラすことにもなるし、そもそもそこまで話す必要もない。
そんなことは士郎にも話していない。
「これは、遠い昔の話です」
「ある少女が些細な切っ掛けから国を治めることになりました。彼女は民のことを一番に考えて、国の繁栄が永遠となるよう努力をしていました」
語られる内容はどこか他人事であるように聞こえた。
それでも話の流れから、セイバー自身の体験であることはアゲハにも分かっている。
「しかし、最終的に国は荒れ全てを失ってしまった。今でも彼女は思うことがあるのです。もし……もしも、自分以外の人物が王だったのなら、祖国はあのような結果にならなかったのではないかと」
セイバーの真名はアルトリア・ペンドラゴン。
ブリテンの英雄である。
彼女は15にして王の選定の剣、カリバーンを引き抜きブリテンの王となった。
しかし部下の反乱に息子の裏切りも重なり、最後はカムランの戦いでモードレッドと壮絶な死闘の末、その生涯を終える。
誰よりも祖国に真命を捧げたものは、その誠実さゆえに不安と疑念を招き、最後まで理解を得ることはなかった。
アーサー王は人の気持ちが分からない、と。
「だから彼女は王の選定をやり直すことを願うのです。そしてあるべき人物が王とし、今度こそ祖国は導くのだ」
「んなもん。冒涜じゃねえか」
「オレには王の気持ちなんてわかんねえし、国を治めた経験もない。けど。あんたのやろうとしてることは、一緒に生きた人間たちへの冒涜だろ!」
セイバーの行いは過去の否定である。
それも自分だけでなく、同じ時代を生きた人間全てのへの侮辱である。
どんな世界になっても希望を捨てず生きる子供たちをアゲハは知っている。
暗闇の中、自分達の空を取り戻すために戦っている子供たちをアゲハは知っている。
セイバーのすることは、その時代を生きる人間の否定に他ならない。
それが、いかに悲惨な結末を迎えようとも。
精一杯生きる彼らのことを、どうして悔いることが出来ようか。
「冒涜? それは違う。どんなことがあっても民が望むのは長く続く平和と安寧だ。そのためなら、どれだけの犠牲も厭わない」
人それぞれ想いはあるだろう。
それでも王が望むのはただ一つ民が少しでも平和に暮らせること。
だから他国の侵略もするし、大を生かすため小を殺すし、過去さえもやり直す。
「そのためなら、あんたを慕い信じた仲間たちの気持ちも踏みにじるのか?」
「……彼らは私を信じてなどいません。あるのは不安と疑惑だけでした」
そう言うと、セイバーは頭を落とし、もう一度アゲハを見上げることはなかった
拳を膝の上で握りしめているセイバーの表情は髪に隠れ見えることはない。
分からない。
セイバーの頭の中にあるのは後悔だけなのだろうか。
この聖杯戦争はそのための業なのだろうか。
絶対正しいとは思わない。
どんな過去であっても、それを壊すことは誰にも出来ない。
そんなことをするなら、現代を生き、未来を創るべきではないのか。
アゲハは月を見上げる。
雲一つなく晴れた夜空だった。
――
ガトリングの如くガンドが飛び交い、襲撃者の竜牙兵を蹴散らしいく。
ここ数日、外に出れば間違いなく奇襲を受ける。
一体一体は大したこともなく、集団で襲ってきても凛一人で軽く返り討ちに出来るのだが、こう毎日では体力よりも精神力が削られてくる。
「……弱いくせに何度も何度も、ほんと頭にくるわね」
最後の一体の頭を吹き飛ばして、凛はイライラを隠しきれずに呟く。
今日の襲撃は全部で二十体位か。
「大丈夫か? 遠坂。最近戦いっぱなしだろ」
「この程度の相手なら何体来ても、問題じゃないわよ。それよりもアーチャー気づいてる?今のこの状況のがマズイってことに」
「そうだな。敵は確実にこっちの行動を監視している。でなきゃこんなに毎晩毎晩襲われるはずがねえ」
「まず、間違いなくキャスターね」
一難去ってまた一難。
ようやくライダーを倒したかと思えば次に来るのはキャスター。
それも直接こちらをご指名とは、また面倒な相手に絡まれたものだとアゲハは新たな障壁に嫌気がさす。
「これは挑発よ。柳洞寺を拠点にするくらいだもの。この連日の襲撃は戦力ダウンよりも、痺れを切らすのでも狙ってるんでしょうね」
知謀知略に長けているキャスターならではの戦略だ。
焦って攻め込めば敵の拠点での戦闘となり、圧倒的に不利な戦いになる。
だから、こうして一見意味もない攻撃をくりかえしているのだろう。
「だからって、埒が明かないよな。こうしてる間にも町の人間は衰弱してるし」
「……」
本来なら、逆にこっちが閉じこもり向こうが痺れを切らすのを待ちたい。
それか他のサーヴァントに倒させるか。
誰にしても日々力を蓄えるキャスターは懸念事項で、もしかしたらどこかの陣営が動くかもしれないが、今回ばかりはそれも待てない。
アゲハの言うように町の人間の命に関わる問題なのだ。
「どうすんだ、マスター?」
「決まってんじゃない。向こうがその気なら乗ってやるわよ。覗き趣味の陰険野郎なんてフルボッコしてやるっての」
生憎、他人の命を簡単に見過ごせる人間では凛もアゲハもなかった。
罠であることは分かってる。
それでも二人は柳洞寺に向かうこと決心した。
終わりです。
とうとうキャスター戦の導入部まで来ました。
まだまだ先は長いですがよろしくお願いします
「思い立ったが吉日ってね」
「ええ。これ以上好き勝手させるわけにはいきません」
もう一時も無駄には出来ないと凛は使い魔を飛ばして士郎とセイバーを柳洞寺まで呼び寄せた。
本来の策は交互に巡回をして、様子を見る待ちの姿勢だったのだが。
「いくら魔力を蓄えていようが、こっちのが数の利はある。普通に行けば勝てない相手じゃないはずだ」
さらに三騎士のサーヴァントが二体。
特にセイバーの耐魔力を持ってすれば、負けることはないように思われた。
「だけどキャスターはそのことも既に知ってる……油断が禁物よ」
四人の目の前には長い階段が続き、下からでは山門も確認することは出来ない。
元々の土地柄も相まって、真夜中の頂上までの道は不気味な気に満ち溢れていた。
この先にはキャスターが待ち構えている
前方はセイバー、続いて士郎、凛、アゲハと続く。
もうここは、キャスターの手の中であり、どんなトラップが待っているか分からない。
長い長い階段をひたすら登っていくと、本堂に近づくほどに、禍々しいオーラが強くなっていくのを肌がで感じる。
「見えた!」
今まで高すぎて視界に捉えられなかった山門も、ようやく見えて来たところで士郎が声を上げる。
ここまでは順調。
予想された襲撃もない。
何の生涯もなく柳洞寺の本堂に踏み込めると思い一瞬の安堵。
その時。
長く続いた階段の最上段に、月光を一身に背から受けて立ち上がる影が一つ。
「止まって下さい!! 誰かいます!」
セイバーが片手で制すと四人の足がピタリと止まる。
この時間にこんな場所で、一般人が呑気に寺に参拝に訪れるわけがない。
そこでようやく悟ったのだ。
自分たち以外にも同盟を組んでいる可能性があると言うことに。
「――柳洞寺の守り手、アサシンのサーヴァント。佐々木小次郎」
――
クラス アサシン
真名 佐々木 小次郎
マスター ?
属性 中立・悪
ステータス
筋力C 耐久E 敏捷A+ 魔力E 幸運A 宝具?
――
「アサシン?」
アサシンと名乗る男はおよそ暗殺者と呼ばれるクラスには見えぬ出で立ちであった。
長髪を後頭部で括り、日本風の着物を身にまとい150cmはあろう日本刀をぶら下げている。
武士。
そんな言葉がピタリと当てはまるような男だ。
「私たちはその先のキャスターに用がある。大人しくそこを通してもらおうか」
「……なるほど。それも良いかも知れぬ。貴様らがあの女狐を討ち果たすなら私もここに縛られる理由もなくなる……」
アサシンの様子は少しおかしい様に思われた。
決して通さぬと息巻いたと思えば、今やそこまでのこだわりも見えずに悩んでいる。
それに真っ当な同盟といった形でもないのかもしれない。
「この世に未練はない。叶えるべく願いもない。ただ一つを除いては……そう」
「見たところセイバーのサーヴァントとお見受けする。最優と称されるその剣技。見逃すと言うのも無作法であろう」
持ち上げられた剣先は真っ直ぐにセイバーに向けられている。
飄々とした雰囲気がすっと消えて、鋭い眼光でセイバーを睨む。
成し遂げたいこともない。
聖杯も欲していない。
ルールを無視し、召喚された名もなき武士の望みは一つ。
セイバーはこの相手を無視することは出来ない。
本来なら耐魔力に優れたセイバーをキャスター相手と思っていた。
それでも。
名乗られ、申し込まれた戦いを断る無粋な真似はセイバーには出来なかった。
アサシンの誘いに導かれるようにセイバーが一歩階段を上り、振り返り凛に告げる
「凛。どうやらアサシンは私をご指名の様子です。ここは私たちに任せ先へ」
「そのようね。アーチャー、先に進むわよ」
凛とアゲハはセイバーを残し先に進む。
その様子をアサシンは見向きもしない。
「良いのですか。先に行かせてしまっても」
「構わぬ。取るに足らぬ些末な事よ」
アサシンは長い剣を構える。
一筋縄でいく相手でないことが見ただけでも良く分かる。
「シロウ、離れていてください。どうも簡単にはいかぬ相手なようです」
「いざ――尋常に」
アサシンをセイバーに託しアゲハと凛は一気に本堂まで駆け登る。
山門を抜けると、普段の荘厳な雰囲気とは似ても似つかぬ、禍々しさを醸し出している柳洞寺の本堂が目に入る。
そして境内には砂利が敷き詰められた空間が広がっており、本堂へと続く道のみが歩きやすいよう石畳が真っ直ぐと敷かれている。
キャスターは隠れるでもなく、その道に立っていた。
深いフードに隠された顔からは表情がまるで読み取れず、そのいかにも魔術師といった長いローブの様な恰好で覆われている姿は一つの大きな影に見える。
「キャスターね」
「最近の昏睡事件の犯人はオマエだな」
境内に入るとキャスターから10m程の位置で2人とも走っていた足を止めて質問する。
相手はキャスター。
どんな策を張り巡らしているのかも分からない相手である。
アゲハは周囲への警戒を最大限に上げて、同時にキャスター自身にも鋭く注意を向ける。
もし何にも答えず指の一本でも動かそうとしたならば、その瞬間に流星がキャスターの胴体貫くことになるだろう。
「ええ。龍脈にそって少しずつ魔力を吸収し柳洞寺に集めていたのですよ。おかげで思い通りの拠点を作り上げることが出来ました」
少しだけ顔を上げてキャスターが答えた。
依然として顔は見えないものの、その不気味に微笑む緩んだ口元だけが暗闇の中で猶更強調されて見える。
ヘドロの様なドロドロとした不快な空気が柳洞寺を包み込み、ライダーの結界とは比較にならない程の魔力量がここに集められていることを、空気を通して凛に伝えてくる。
一体どれだけの人間から集めたのか。
「気に入らないわね。そのために罪のない人たちを犠牲にしてるの?」
「別に命までとりはしてないでしょう」
悪いと思っている様子は感じられない。
一段と可笑しそうに口元がにやりとしたところで、アゲハの手が慣れた動作で動いた。
もう何も聞きたくはない。
必要もない。
躊躇いや怒りもなく淡々と、手を構えて流星を射出する。
避ける間などない。
キャスターの体に黒い閃光が奔り、そのまま四つに切り裂いた。
「……なるほど。想定していたよりもずっと速いのですね。それに狙いも精密」
残ったものは黒い影。
当のキャスターは翼にも思える何かを広げて空中を漂っていた。
しかしこれは予想されていたこと。
アゲハは焦りもせずに声のした上空を見上げると、間髪入れずに2発目をセットし狙いを定める。
「こっちも暇じゃないんだ。人形遊びなら他でしてろ。次は実体なんだろ?」
「確かに次に攻撃を受けたら私の体なんて、さっきの傀儡と同じように切り刻まれてしまうでしょうね」
キャスターの話は内容の割に焦りを感じさせない。
それどころか翼をたたみ地上まで下りてきた。
(何をかんがえているのかしら?)
(分からないが、出方を見よう。何か考えがあんのかも)
キャスターに聞こえないように素早く耳打ちして相談する。
地上に降りてしまえば、こっちの攻撃はし易くなる。
ならばキャスターは攻撃を誘っているだろうともアゲハは考える。
カウンター式の魔術も存在するのかもしれない。
「そんなに警戒しないでも良いではありませんか。別に何も仕込んでなどいません。ただ……そうですね。少し提案があるのでお聞きになったらどうでしょう?」
「……」
何か企んでいるのか。
相手の意図が分からずに、二人とも黙る。
「ふふふ。殺されていないと言うことは、お話を聞いてもらえるものと思って良くて? では本題にうつりましょう」
キャスターは機嫌がよさそうに会話を進めていく。
自分の思惑通りにことが進むのが、そんなに楽しいのか。
ここまで来て敵の手のひらで踊らされている感は癪だが、一度猶予与えてしまった以上話を聞くより他ない。
それにアゲハも、キャスターがどんな話をしてくるのか少なからず興味があった。
キャスターの口から笑みが消える。
真一文字に結ばれた唇からは真剣さが伝わり、本気であることが分かる。
そして、キャスターはとんでもない提案を口にし始めたのである。
「――アーチャー。貴方、そんな小娘など捨ててしまいなさい。そして私と共に聖杯を目指すのです」
「……は?」
凛にはすぐに目の前の女が言った言葉が理解できない。
何をいってるのだろう。
話の衝撃に思考がパンクする。
しかしそんな凛のことなんてお構いなしにキャスターは話を続けていく。
「貴方の特異な術は相応の人物の元でこそ輝くもの……その小娘の元では腐っていくばかりよ?」
「ちょ、あんたいきなり何を言って……」
「私の魔力に貴方の能力があればバーサーカーもセイバーも敵ではありませんわ」
「見たところ、貴方にはまだまだ秘めた力があるではないですか」
「……」
アゲハは俯いたまま黙っている。
この拠点の魔力を注ぎこめば、どれ程の力を発揮するのか。
一瞬だけそんなことも頭の片隅を過った。
「呆れた。どんな言い方しても自分達じゃバーサーカーに勝てないから仲間を増やしたいだけじゃない。それに最終的な聖杯は1つよ。最後の最後で私たちが裏切れば終わり。キャスターの割に考えが足りないのね」
「ふふ。聖杯。そんなものに興味は元からないのよ。聖杯なんて仲間になった後なら幾らでも差し上げても良いわ。今の私には大概のことは出来てしまうから」
キャスターの発言は強がりが本心か。
強がりにも聞こえる。
聖杯を求めぬサーヴァントは一体何を求め現界してると言うのか。
しかし、英霊クラスの魔術師となると、もしかしたら聖杯は必要ないのかもしれない。
どっちも憶測の域は出ない。
嘘か誠。
どちらにせよ言えることは一つ。
夜科アゲハにとっては心底どうでも良い、なんら意味のない話題であること。
「おしゃべりが過ぎましたね。さあ、アーチャー!! 決断しなさい」
キャスターがまくし立てる。
決断のとき。
「確かに聖杯は欲しい。バーサーカーの対策もまだ思いつかねえ」
「だが、関係の無い町の人を傷つけるやり方は気に食わねえ。消えるのはテメエだ。キャスター」
アゲハの殺気が込められた両目がキャスターに拒絶の意志を、これでもかという程叩きつける。
初めからキャスターの提案なんて聞く耳持たなかった。
騒がず黙っていたのもそう。
聞く必要なんてどこにもなかった。
どんな理由があろうと。
アゲハには許すことが出来ない。
自分自身のためだけに 弱者を利用し ふみつける人間。
なにも知らぬ無知なる者を利用する。
自分の利益だけのために利用する。
そんな人間に、アゲハは、心の底から嫌悪する。
「交渉は決裂ね」
――
クラス キャスター
真名 ?
マスター ?
属性 中立・悪
ステータス
筋力E 敏捷A 耐久E 魔力A+ 幸運C 宝具B
――
短いですが、これで終わりです。
戦闘まで行くと思いましたが、意外と導入部が長くなったので、一端切ります。
戦闘シーンは一気に投稿すると思うのでよろしくお願いします。
とりあえずアサシンは話し方が難しいです。
「Κεραινο(ケライノー)」 ≪疾風≫
キャスターが何かを唱えると体は浮かびあがり空高く飛翔した。
十数m上空。
「Ζευ?」 ≪紫紅弾≫
境内はキャスターの手から放たれた紫紅の光弾にたちまち埋め尽くされる。
それだけの量にも関わらず質も相当なもので一個一個がA級魔術に相当する威力を持ち、アゲハの持つ耐魔力では痛いではすまされない。
ましてや凛など一たまりもない。
そう判断すると、アゲハは近くにいた凛の背に左手をまわして強引に引き寄せてから右手で足を支えて抱えこむ。
急な行動に驚く凛の顔を一瞬視界に捉えるも、気にしている時間などない。
目の前には数十個の光弾がアゲハを包囲するように向かっている。
動かなければ骨すら残らないのだろう。
避けるための脚力、更に光弾を見切る動体視力、さらに反応速度を高め光弾の隙間を縫うように躱していく。
「ったく、爆心地かよ、ここは」
耳をつんざく爆音が鳴り響き、巻き上げられた土砂で煙が立ち上る。
視界は絶望的。
聴覚も奮わない。
キャスターの位置も判断できず、今は逃げ回る事しかできない。
「――、――!! ―――」
「聞こえねえよ!!」
凛は何か話しているが、とてもじゃないが聞こえない。
まずはこの降り注ぐ弾幕をどうにかしないと反撃どころではなさそうだ。
(バカバカ無駄打ちしやがって、どこぞの警備員じゃあるまいしよ!)
降り注ぐ紫紅弾も永遠には続かない。
ただひたすら躱し続けるアゲハ。
幸い視界の悪さはキャスターにとっても同じ。
上空から見ているとはいえ、この状況。
キャスターもアゲハの位置を正しく認識出来ておらず、ある程度のカンで撃っていると推測できる。
ならば避けることはそれ程難しいものでもないし、永遠と続くものでもない。
徐々に弱まる弾幕にアゲハは凛をゆっくりとその場に下ろすと、上空に体を向け爆炎のなか上空に流星を放つ。
眼が見えなくとも、耳が利かなくとも、ホーミング性能のある暴王の月の前には意味がない。
空で高みの見物を決め込んでいる女狐へとホーミングが開始する。
(この紫色弾の中で正確に私を狙ってくる。追尾性能は確かな様ね)
砂煙の中、正確に自分に向かってくる流星にキャスターは研究対象として評価を下す。
あれくらいの攻撃でアゲハが倒れるとは思っていない。
それよりかは暴王の月の戦力分析が目的であった。
第三者からの目線ではなく、直接対峙して確かな能力の性能を知りたい。
「なら……これならどうかしら?」
キャスターの指先に魔力が集中する。
込められる魔力量は一緒だがその密度は紫色弾とは比べ物にならない。
「Εκατη(ヘカテ)」 ≪烈閃≫
なら強度はどうか。
(この烈閃は私の魔術の中でも最高の貫通力と密度を誇る。一点集中された破壊力にどこまで対応出来るのかしら?)
自らに迫りくる流星に向かい一本の光線が発射される。
お互いの凝縮された魔力が空中で衝突し、行き場を失った力が周囲の砂煙を吹き飛ばす。
「相殺? それとも外したか?」
結果は互角。
アゲハの流星は許容量を超え自壊、キャスターの光線は魔力を吸い尽くされ失い互いに消滅した。
「驚きね。この烈閃で貫けぬ盾なんて……私の生きた時代には存在していなかったのに」
あれだけの弾幕を完璧に避け疲労もない。
それも恐らくマスターを抱えて。
キャスターは目の前の男が能力頼りなだけでなく、相応の身体能力を兼ね備えていることを理解する。
そして烈閃と相殺したことにも素直に関心した。
そして同時にますます、じっくりと研究してみたいと願った。
「時代は常に流れてんだよ!!」
一部始終を見ていたキャスターと違いアゲハはキャスターがどのように流星を防いだのか分からない。
もう一度アゲハはキャスター目掛け流星を放つ。
盾なのか、それともデコイなのか。
次の一手でそれが明らかになる。
「Εκατη(ヘカテ)」 ≪烈閃≫
再びの相殺。
(なるほどな。こりゃ手ごわい)
少なく見積もってもキャスターは、あのドルキ程度の破壊力を持った魔術を行使出来ることがアゲハには分かった。
それも魔力を高密度化して集中するのに、さほどの時間もかけずに連発も効きそうだ。
更に使える魔術の種類には底が見えない。
(キリがねえ。少なくとも流星じゃ有効なダメージは通らない)
(キリがないわね。あんな数だけの砲撃を喰らう程のろまではないし、烈閃でも貫けないとなると……)
((接近して直接潰す!!))
「Κολχι?(コルキス)」 ≪竜牙≫
地面が盛り上がり、見覚えのある顔が湧き出る。
竜の牙を用いて作られた骸骨の兵隊。
見覚えがあるどころか、もう飽き飽きするほど戦ってきたそいつ等は数にして50体くらいだろうか。
「またこいつら……アーチャー。私に任しなさい。構わずキャスターを狙いなさい」
「まあ大丈夫だと思うけど、気をつけろよ」
アゲハは凛残して竜牙兵の群れを駆け抜ける。
雑魚に構ってる時間はない。
凛が相手でも十分すぎる相手だ。
最高速度のライズでキャスター接近する。
ディスクを両手に展開し跳びあがり切りかかる。
空を飛べるキャスターと違い跳んでるだけのアゲハ空中戦は不利にしかなりえない。
奇襲に近いこの攻撃は一撃仕留めなければアゲハが危険に晒される。
「Ετνα(エトナ)」 ≪冥火≫
2つ3つ4つ。
巨大な火球がキャスターの手から放出されてアゲハを襲う。
「そんなもんか!!」
ディスクを振り切り払う。
防御型のディスクはそう簡単に壊れない。
いとも簡単に火球は薙ぎ払われて、そのままキャスターに接近する。
冥火がいとも簡単に切り払われて、無防備なキャスターは上下左右4つに切り裂かれた。
「また変り身か」
残るはずの肉体は残らず、黒い影が四散している。
ここまではアゲハの予想の範疇。
身体能力に劣るキャスターが簡単に身をさらすとは考えにくい
――バースト波動全開
ズギャギャギャギャ!!!!
ディスクから無数の棘が吹き出す。
自ら暴王の限界を超えた魔力を込めて、暴走させる。
漆黒の棘は枝分かれを繰り返し繰り返し、周囲にある全ての魔力を自動補足する。
網目状に伸び、残っている地上の竜牙兵は一掃され、アゲハも分からぬキャスターを補足する。
10本以上の棘が強い魔力を持ったキャスターを襲う。
あの数は烈閃では対応しきれまい。
「Μαρδοξ(マルゴス)」 ≪盾≫
魔力で作られた盾の呪文。
棘はことごとく盾に阻まれ、キャスターの元に届く前に砕け散った。
あるいは流星なら打ち破れたかもしれない。
しかし、面制圧力のある棘では包囲は出来ても貫通までは出来なかった。
「また変り身なら捉えられたか?」
「盾で防ぐか、変り身で躱すか、烈閃で対抗するかは私が見て判断することよ」
「なるほど。簡単にはいかねえな」
どうやら頭の方も馬鹿ではない。
自らの術に溺れることなく、場面場面に応じて効果的な術を選択する。
戦いの中で最も厄介な能力を持っているようだ。
それに――
「厄介ね、あの高速神言は」
「なんだ、それ?」
決死の攻撃が空振りに終わり地面に着地する。
一掃された竜牙兵の前に立ち尽くす凛は、アゲハの聞きなれぬ単語を口にした。
――高速神言
神代の言葉を用いて、呪文・魔術回路を使用せずに術を発動させることが出来る。
現代の魔術師ならば何小節も詠唱しなければならない大魔術でも、たった一つの単語で発動することを可能とし、同時に神代の言葉であるために現代の人間には発音できない。
「神代の魔術師……」
「正直なめてたわ。どうやらキャスターとしては最高クラスの英霊が呼ばれたみたい。神代の魔術なんて想像もつかないわ」
「それでも魔術には変わらねえ。あいつの攻撃じゃあオレを傷つけることは出来ない」
そう魔力を補足し捕食する暴王の月はキャスターには最悪ともいえる相性であることに変わりはない。
アゲハの防御壁を超えるには、セイバー以上の攻撃をしなければならない。
果たしてキャスターにそれが可能であるのか。
「そうかもしれないわね。でも攻撃するだけが魔術じゃないのよ」
キャスターは翼をたたみ降りてきた。
何かの誘いに間違いはないが、この機を逃すわけにはいかない。
アゲハ走り出し、ディスクを展開する。
遠距離の流星では相殺されてしまう。
接近してのディスクでなければダメージを与えることなど。
「Ατλασ――Αριαδνη――Αρπυια(アトラス――アリアドネ――アエロ)」
≪圧迫――逆巻――病風≫
三連魔術がアゲハを襲う。
一段目の圧迫が唱えられると、体が急に重くなり圧迫感が体包む。
関節と言う間接に、そして腕、脚、腰、前進が鎖で縛られ地面に縫い付けられているみたいだ。
体が自分のものとは思えぬ程重い。
一瞬でも集中力を失えば、その瞬間地面に這いつくばり立ち上がることが出来なくなる。
だが動かないわけではない。
「この……程度で……オレの動きを止められると?」
可笑しい。
甘すぎる・
ライズ。それもストレングスに集中して魔力を込める。
鎖を引きちぎるように。
神代な加重さえも無視して一歩踏み進める。
「やるわね圧迫の中で動くとは……でもまだまだ」
圧迫は広範囲の魔術ではない。
範囲は限定的で対象が動けばすぐに、術の範囲外に逃げることが出来る。
しかし遅い。
あと数歩で圧迫から逃れられたアゲハの体は、逆に支えを失った人形の様に崩れ落ちていく。
アゲハからしてみれば、それはまさしく落下であった。
地面に足がついてるのに落下とはおかしな話ではあるのだが、急に足元の地面が消えて体は落下していった。
そうして気づくと今度は空にいた。
それだけじゃない。
地面の中に落下した体は空中に放り出され、現れた魔法陣に固定され身動きも出来ない。
「侮ったようね。貴方の時代の魔術師がどれほどだったのかは知らないけど、この指は神代に生きたもの」
(動けねえ……そして上手い。加重して動きを止め、空間転移させて無防備な空中で固定する。洗練された魔術の組み合わせだ……)
「なかなか楽しかったですが終わりにしましょう」
キャスターはアゲハに狙いを定める。
魔法陣に絡め取られアゲハは身動きがとれない。
「Εκατη(ヘカテ)」 ≪烈閃≫
あの光線が放たれた。
目標は真っ直ぐに心臓に向かってくる。
ここまではキャスターの勝ちだ。
恐らく今までの戦いを見て、これで勝負を決められると思っていての魔術。
しかし、キャスターは知らない。
まだ一つ。
アゲハがこの世界でまだ見せていないプログラムが一つだけあることを。
原理は分からないが、この魔法陣も魔力で構成されているものに過ぎない。
暴王をほんの少し発動し、魔法陣を破壊する。
パキィ!!
「な!!」
アゲハの拘束は解かれた。
烈閃は空を切りアゲハは空中に着地し、間髪入れず走る。
今度こそキャスターは分身ではない。
「覚えとけ。オレは手だけでなく、自分の周囲なら魔術行使が出来る。それと――ゲームオーバーだ」
一撃で仕留める。
キャスターの首にディスクを振るう。
――いない。
分身を切った感触すらない。
本当にその場からキャスターは煙のように消えた。
(今度こそ本体のはず! どこに逃げた)
「……危ない所だったわ。まさか、病風すら破られるとは思ってもいなかった。手からしか出せないと思っていたのは私のミスね」
凛は一部始終を見ていた。
アゲハに攻撃する瞬間、キャスターの唇が素早く動いて、そして消えたことを。
『Τροψα(トロイア)』 ≪瞬来≫
次の瞬間にはアゲハから遠く離れた所に移動していた。
「空間転移……嘘でしょ。そんなの魔法の域じゃない」
「言ったでしょう。現代の魔術師とは各が違うと……これで本当に最後にしましょう」
キャスターはそう言うと、背後に巨大な魔法陣が出現する
直径10m程の魔法陣と最大まで広げられた翼に魔力が込められる。
夜空にギョロリとした眼球の様な模様が浮かび上がる
高速神言ではなくわざわざ余計な工程を挟んだ魔力量は今までで最大の量だ。
今度こそ奥の手。
恐らくキャスターの最高の攻撃魔法。
柳洞寺を焦土とするつもりなのか。
「神官魔術式・灰の花嫁≪ヘカティックグライアー≫」
逃げ場のない光線が降り注ぐ。
直撃すれば死体も残らず消滅するだろう。
「アーチャー!!」
アゲハが凛を庇うように立ちふさがる。
マスターだけでも助けるつもりか。
直撃。
ゆうに10秒以上は攻撃が続く。
火球、雷撃、氷劇。
ありとあらゆる魔術が惜しみなく発射され、極太のビームが最後に放たれる。
直撃すれば耐魔力Aのセイバーといえ塵も残らないだろう。
(勿体ないでしたが、仕方ないことね。それにセイバーもいる)
――リング解放 攻撃モード“裂弾(スプラッシュ)”
「っが!!」
煙の中から無数の球が飛来する。
そのうち2つが正確にキャスターの体を射抜き、口からは血が零れる。
「完全に仕留めたはずが……」
「敵の死体も確認しねえで、勝ちを決め込むには早いんじゃないのか? 魔術師さん」
自らの魔術に対する絶対の自信。
喰らって生きているものはいない、と言う自信がキャスターの目を曇らせた。
しかし。
そう簡単にアゲハも防げたのではない。
ただでさえ消費の激しい渦を通常の十倍に増やしての行使。
その姿足るや、もはや薄いリングに覆われていた渦ではない。
表面のリング同士の間隔を密にし、更にそれを三重に展開。
そこには絶対防御と化した黒球が二人を包んでいた。
「たった二発……当てただけ……こんなところで……私はあああああ!!!!」
「終わりじゃねえ」
これで終わりにはしない。
もうアゲハには魔力が残っていない。
対してキャスターは無尽蔵。
長期戦は不利すぎる。
だからアゲハは次で最後にする
そう。
仕込まれた最後のプログラム。
「次の新プログラムで終わりだ」
――暴王の星群≪メルゼズ・アステリズム≫
なにも起らない。
追撃の一手が来ると思っていたキャスターは拍子抜けする。
新プログラムと言っていたが何も起こらないではないか。
「魔力切れですか? それともハッタリ? なら相応に塵となりなさい」
キャスターは魔力をもう一度こめる。
もうアゲハには反撃の力が残っていない。
A級魔術の塊が翼に充填し、勝利の秒読みを開始する。
その瞬間、鋭い痛みが翼に走った。
「痛っつ!! なに!? どこから!?」
キャスターは動揺したのと翼の痛みでバランスを崩す。
すると、またしてもバランスを崩した体に鋭い痛みが走った。
(これは……狙撃されてるの!?)
もうキャスターには何が起きてるのか分からない。
急いでこの場から逃げようとするも、少しでも動けば体に激痛が走る。
恐らく何らかの方法で狙撃されている。
しかし、その発射場所が分からない。
アゲハは変わらずに遥か下で立ち尽くしている。
流星を打った様子もない。
それなのに、動くたびに体は打ち抜かれ引き裂かれていく。
見えない流星に幾度も狙撃され、間もなく。
漆黒の魔女は地に堕ちた。
「この術は……」
「敵に自分の術を丁寧に説明するのは漫画の中だけで十分だ。終わりにしようぜキャスター」
そしてアゲハは一歩づつキャスターに近づく
敵はすぐには動けるようにならない。
片手にディスクを展開して一撃で仕留める。
「っく! Τροψα」
しかし、とどめを刺そうと近づいた途端キャスターは空間転移で逃げて行った。
この魔術がある限り、本気で逃げに入ったキャスターを仕留めるのは中々難しい。
絶好のチャンスを逃がしたが相手はボロボロ、依然アゲハの有利は動かない。
「尻尾撒いてったわね」
凛が口を開いた。
本当にその通りだ。
キャスターらしく小賢しい真似ばかり使う。
「っち、メンドウクセェ相手」
「どう? どこに逃げてったか分かる?」
「少なくとも境内にはいない。いたらオレの星群が反応するはず……いるとしたら外」
「!? それって……セイバー!?」
「多分な……急ぐぞ、遠坂。死に体だが二対一にするのは危ない」
――
暴王の星群 ≪メルゼズ・アステリズム≫
スプラッシュで散らばった暴王に新たに2つのプラグラムを加えたもの。
1つはその場に止まる。
2つ目は動きのある魔力だけを追尾する。
よって魔術を行使しようとしたキャスターを打ち抜き、逃げると攻撃するようになった。
今回は夜中の全方位攻撃だから、キャスターから技の出所は見えなかった。
――
「――っく、多重次元屈折現象……まさか純粋な剣術が魔法の域まで昇華されてるとは」
「なに、飛んでいる燕を切ろうと編み出した遊戯に過ぎぬよ。最も躱せる物ではないのだが、足場が悪かったのが幸いしたな」
これほどの相手とはセイバーも考えていなかった。
階段の地の利もあるが、単純な技術だけならばセイバーをも上回る。
そしてこの技はある種ランサーの宝具に匹敵するものがある。
避けようとして避けられるものではない。
ここで足止めくらうわけにも行かないのに、あと一歩がアサシンには届かない。
この相手には出し惜しみすることは出来ない。
「マスター……宝具を使用します。危険ですので下がっていてください」
「分かった。本気でいけ、セイバー」
士郎は宝具の使用を許可する。
セイバーの宝具はトップクラスの破壊力と攻撃範囲を併せ持つ対城宝具。
純粋な剣技での決着とはいかなかったがこれで、全て終わらすべくセイバーは剣を空高く構える。
「そんな物騒なもの仕舞って下さらない?」
「!?」
背後から聞きなれぬ声がして勢いよく振り返る。
(誰かは知らないが、高確率でキャスター!! アーチャーはリンはどうしたのですか!?)
アーチャーや凛はやられてしまったのかと想像する。
そして今危機に晒されているのは自らのマスターである。
振り返りざまに切りかかろうと、体を反転させつつ右手に握る剣を水平に薙ぐ。
しかしキャスターの狙いは全くの別。
「破戒すべき全ての符≪ルールブレイカー≫!!!」
キャスターの手にはくねくねと折れ曲がった短刀があった。
そしてキャスターは士郎の方を狙ったのではない。
キャスターはセイバーの方を向いており、そして不気味な短剣をセイバーの身に突きたてた。
――
「セイバー!!」
境内を抜け階段に辿り着く。
そこには不思議な光景が広がっていた。
マスターである士郎へ向け今にも剣を振り下ろそうとしてるセイバーの姿。
理由は分からないが、ともかくこの状況は危険過ぎる。
アゲハは階段の最上段から渾身の力で跳ぶと、勢いにまかせてセイバーとび蹴りをくらわす。
「なにしてんだよ!!」
セイバーは階段の脇、暗く鬱蒼とした林に吹き飛ばされ返事はない。
その代り返事があったのはキャスター。
「無駄よ。既にセイバーは私のもの。どうやら形勢は逆転したようね」
「セイバーが私たちを裏切るわけないでしょ! あんたセイバーに何をしたの?」
回答を示すようにキャスターは歪な短刀を凛に見せる。
ルールブレイカー。
マスターとサーヴァントの契約を強引に断ち切る、キャスター唯一の宝具である。
故にセイバーは士郎との契約を断ち切られた。
その後キャスターがセイバーと契約。
これでキャスターは英霊二対を契約したことになる。
「お分かり? セイバーのマスターはこの私です。セイバー!! 早くこの目障りなマスターどもをやっておしまい!」
蹴飛ばされただけで足止めになるはずもなく、体勢を素早く立て直したセイバーが今度は無防備なアゲハに切りかかる。
(間に合わねえ!)
今からディスクを展開しては間に合わない。
セイバーの切りかかりはそれ程素早く、それほど正確であった。
しかし、ここで思ってもみなかったことがおこる。
「!? ここに来て何故私の邪魔をするの?……侍」
「貴様こそ私の邪魔をするのか? 下劣な女狐よ」
そのままアゲハを真っ二つにすると思われたセイバーの剣戟はアサシンの剣によって見事に受け止められている。
そんな予想外のアサシンの動きにキャスターは今まで見せたこともないほどの怒りを露わにしている。
飼い犬にかまれるとは思ってもいなかったのだろう。
「アサシン……あなた」
「刹那の花を摘むことは出来ない……往け」
「すまん、恩に着る!」
ともかく今は逃げるしかない。
手負いとはいえキャスターにセイバー。
そして今は見逃してくれたが、根本的には敵のアサシン。
サーヴァント三対一では分が悪いなんてものではない。
この場はアサシンに任せ、三人は急ぎ柳洞寺を後にした。
セイバーパートはあっさりしましたがこれで終了です。
結局キャスター戦も一度は決着がつかず二戦目へ……
キャスターの術ですが、本編で使われていたものとUCで使われていたものを用いています。
ちなみにギリシャ文字は全く分かりません。
コピペしたりなんやかんやして載せています。
そこはご容赦ください。
アゲハの新プログラムはようやくお披露目です。
出来るだけ矛盾はないように作ったつもりです。
それではまた。
「キャスターのやつ、とんでもない宝具を隠し持ってたわね」
まさか契約破りの短剣とは、キャスターらしいえげつない宝具もあったものだ。
一応あの場は逃げ切ることは容易であった。
しかしもう一度攻め込むとなると、その難易度は跳ね上がる。
2体のサーヴァントにも苦戦していたのに、無限の魔力を得たセイバーも加わるとなるとバーサーカーでも迂闊には近づけない。
「……」
士郎は帰ってくる道からずっと無言だ。
自分のサーヴァントが奪われた怒りと、何もすることのできなかった自分の不甲斐なさに挟まれ、上手い感情の発散の仕方が分からないでいた。
キャスターは士郎の目の前に現れた。
体はボロボロで不意を突けば人間でも十分にとどめを刺せるくらい弱っていた。
それなのに体は動かず、頭は真っ白で何も考えることは出来なかった。
悔しさがこみ上げ、拳を床に打ち付ける。
ごつんとした鈍い音と、じわりと痛みがこみ上げてきた。
「士郎、気持ちは分かるけど何かにあたるのは止めなさい。なら、その気持ちを敵にぶつける方に尽力しなきゃ。そうでしょ?」
「ああ。もう大丈夫だ……」
悩むくらいなら少しでも先へ。
現状の戦力差をどう覆しセイバーを奪還するのか、それを考えなければならない。
「遠坂、何か策は?」
「策って程のもんじゃないけど……というよりは消去法でそれしか残されていないのよ。他に良い案があれば良いのだけれど……まあ、なんとかなるでしょ」
凛は話しながらも考えを巡らしていた。
確かにこの案は消去法であるのだが、いう程悪い案でも無いように思えた。
その前に一応確かめなくてはいけないことがある。
「アサシンはどんなサーヴァントなの?」
凛とアゲハはアサシンの実力を知らない。
変わった相手であるのは理解したが、その戦力は未知数である。
「アサシンか……武器は見た通りにあの長い刀なんだ。そして、これは悪い知らせだと思うんだが、俺の目から見ると純粋な剣技だけならセイバーより上だと思う」
「おいおいマジかよ? セイバーは剣士のサーヴァントなんだろ? それが暗殺者に負けてるって」
「かなりイレギュラーなサーヴァントね。ま、うちも特異さで言えば負けず劣らずだけどね」
「いっても剣技の話だ。総合力で比べればセイバーだって負けてない宝具もある。手ごわい相手には変わりがないけど」
「宝具……アサシンの宝具は何か分からないの?」
サーヴァント同士の戦いは宝具で決まると言っても過言ではない。
いくらカタログスペックが低くても、強力な宝具の存在で戦況はいくらでもひっくり返る。
暗殺者ともなれば、強力な対人宝具を持っているかもしれない。
「アサシンの言葉が本当なら宝具は持ってないはずだ……ただそれに代わる剣技をアサシンは持ってる」
アサシンは宝具を持っていない。
その代りとなるがアサシンの必中の剣技。燕返しである。
一の太刀:頭上から股下までを断つ縦軸
二の太刀:一の太刀を回避する対象の逃げ道を塞ぐ円の軌跡
三の太刀:左右への離脱を阻む払い
の三太刀を全く同時に放つ。
連続ではなく同時であり、刀が三本に分身する魔剣。
その本質は多重次元屈折現象と呼ばれ「ある現象を複数の平行世界からひとつの世界に取り出す」魔法の領域に相当する。
よって今回のセイバーの足場の悪さ等の条件が無ければ、避けることの出来ない攻撃である。
「多重次元屈折現象って……馬鹿じゃないの!? ただの剣技が魔法にまで昇華されるなんて……」
「しかし現実起きちまってるんだ。今回はたまたま避けれたが、アサシン相手に白兵戦は危険過ぎる」
「じゃあ、狙撃すれば良い。遠くからの暴王の流星で終わりだ」
「……それも駄目よ。あの場所はキャスターのテリトリー。狙撃に対する対策は万全。有効な手段とはなり得ないわ」
アゲハと言えどアサシンと戦って無事では済まない。
手傷は負うし、疲れもある。
その後にセイバーとキャスターが控えているのはあまりにも困難な道のりである。
「だからね」
「正面突破はさけて脇道から柳洞寺に潜入しようと思うの」
「それは! ……でも、サーヴァントにはきついんだろ?」
「それでも正面からアサシンと戦うのは得策とは言えないわ。多少のリスクを背負ってでも戦いは避けるべきよ……それにアーチャーはあの盾は使えるの?」
「盾って……渦のことか? そりゃ使えはするけど、どうなるかわかんねえぞ?」
「結界だって魔力で作られたものよ。アーチャーの魔力を吸収する性質で周囲を覆えば、もしかしたら効果を無効か出来るかもしれない」
「確かに……アサシンと戦うより、無防備で突っ込むより、多少の魔力消費で渦を張った方が得策かもな」
「じゃあ突入はそれで良いだろ。その後は? 敵はセイバーとキャスター。サーヴァントが二体いるんだ」
士郎の発言は的を得ていて、結局一番の問題はそこである。
サーヴァントの数の利をどうやって覆すのか。
こればっかりは小手先は効かず、凛と士郎でどちらかを撃破する他ない。
「これも消去法でセイバーの相手はアーチャーに任すしかない。セイバー相手に張り合うには生身の人間だと身体能力が違い過ぎるわ。でもキャスターなら……なんとかならないわけではないわ」
その言葉は自分と士郎の二人でキャスターを倒すと言っているのだ。
魔法の領域にまで到達し得るキャスター相手に凛はどう挑むつもりなのか。
しかし消去法と言う割には凛の顔は悲壮感に包まれているのではなく、かといって自信に満ち溢れているのもない。
やらねばならない。
そんな、決意の篭った顔をしている。
「……やれんのか?」
「ええ。それにこれ以外に策はないわ」
ない。
これもかなり危険な策だが他にはない。
それからすぐに準備があると言って凛は部屋に引き上げて行った。
続いてアゲハも。
奪還作戦は明日の深夜。
――
「遠坂、ちょっと良いか?」
「士郎? うん良いわよ、入って」
あれから少し間を置き士郎は凛の部屋に訪れた。
明日の戦いの前にどうしても聞かねばならないことがあったのだ。
「なあ、どこまで自信あるんだ?」
「うーん、そうねえ……良いとこ、五分五分ってところかしら」
「五分五分って……大丈夫かよ? それで、もし……遠坂が」
「負けたらどうするかって?」
五分五分と聞いて驚いた。
凛の姿を見ていたらもっと勝率が上のように感じられたからだ。
それが良いとこ五分五分。
つまり半分は死んでしまうかもしれない。
だから狼狽え慌て、凛の身を案じたのだが、当の本人はなんのその。
いたずらっぽく笑って、士郎の言葉を言い返してきた。
「でも、相手はサーヴァントなのよ? 本来なら一分の勝ち目もない。それを半分まで持ってけたら大したもんでしょ」
「だからって……」
「じゃあ、あんたは退くの? 士郎?」
その問いと共に、凛の目は一層鋭く士郎を見つめる。
凛の目が訴えかけてくる。
お前は逃げることが出来るのか、と。
「逃げられる? 敵を前にして、自分のサーヴァントも盗られて、それであんたは尻尾撒いて逃げることができるの?」
「そんなこと……出来るわけがない。俺は助けるんだセイバーを」
「そういうことよ。それに私は負けるなんて微塵も思ってないわ。必ず勝つ」
そう言って凛はぐっと手のひらを握りしめた。
その様子を見て、士郎は自分の心配が杞憂に過ぎなかったのだと理解した。
凛ならキャスターに負けない。
あの飛び切り優秀な凛が、必ず勝つと言ったのだから、それは信じるに値するものだ。
しかし、もし。
もしものことがあるならば。
(俺がキャスターを倒す。その後にどんな結果が待っていようと。俺の手で、必ず)
――
柳洞寺の裏。
首尾よく回り込みアゲハは予定通り周囲に渦を発生させる。
キャスターの攻撃を防いだほどではないが、少しだけ多くリングを発生させ、塀を乗り越え飛び込む。
一瞬暴王が魔力を感知して吸収する。
「どう?」
「今の所は。しかし結界は確かに存在したな、全部無効化したけど」
偶然かもしれないが驚くべき応用力。
懸念事項の一つはさくっとクリアし三人は柳洞寺の境内に向かう。
そこにキャスターとセイバーがいる。
――
『だから彼女は王の選定をやり直すのです』
『民はそんなこと望んでいない』
『……信頼などなかった』
何も言い返すことが出来なかった。
セイバーの願いは間違っている。
全ての想いを踏みにじり、過去の全てをなかったことにする。
それは人々への冒涜である。
その考えは今も変わっちゃいない。
しかし。
同時に何としても救いたいと言う願いも、痛いほど分かってしまう。
アゲハの願いも、救い、やり直しだ。
セイバーの望みの様な全てを覆すものではないが、その心の出所は一緒だ。
だから、アゲハには言い返す言葉がなかった。
「……来たわね」
「セイバーは返してもらうぞ!! キャスター!」
「返す? いまはセイバーのマスター私ですよ? 奪いにきたのはあなた方じゃなくて?」
よくもぬけぬけと言えたものだ。
しかし、キャスターが左腕のローブを見せつけるように捲ると、そこには刻印されている霊呪が赤く光っていた。
これでキャスターは正式なマスターとして士郎と成り代わっているようだ。
残りは二画。
「その割にはセイバーの姿が見えないけど? あなた、自分でも御しきれていないんじゃないの?」
確かにセイバーの姿はここにはない。
当然キャスターの近くに控えていると思われたのだが。
「そうね。確かにセイバーの耐魔力は霊呪にも対抗できる……それも一個までならね」
「霊呪を持って命ずる。セイバー。この目障りな三匹を容赦なく完膚なきまで叩き潰しなさい!」
より一層霊呪の一画が光り消えた。
そして、その命に呼応するように柳洞寺の本堂の襖が開け放たれ何かが勢いよく飛び出してきた。
跳びあがり、月と重なり真夜中の柳洞寺にシルエットが浮かび上がる。
剣を高く掲げている、その影は、徐々に大きくなりアゲハに迫る。
ディスクを大きく振る。
「よう、見ない間に随分お洒落になったな」
攻撃は受け止められ敵は地面に脚をつける。
逆光は消え、月の光が敵の姿をありありと照らしアゲハの目に映らせる。
それは依然までの青い鎧に身を包んだセイバーではない。
全体は白で統一されている鎧。
しかし肩と背の部分はまるで違う。
首まで覆っていた鎧は胸までしか覆っておらず、胸から上の首から肩にかけては露出している。
腕にも手甲は身につけているが肘までで、そこから先には身を守るものはない。
黒い可愛らしいリボンは、セイバーの長い髪を後頭部で束ねて美しいポニーテールを織りなしている。
「あんたの趣味か。キャスター」
「そうよ、とっても可愛くなったでしょう?」
「下らねえ」
吐き捨てる。
キャスターは着せ替え人形でも手に入れたつもりなのか。
見た目ばかり煌びやかにして、心は霊呪で縛り付ける。
この手でぶった切ってしまいたいとも思う。
それでも、今回のアゲハの役割はセイバーを食い止めること、それも出来るだけ長く。
「遠坂、手筈通りだ!! そっちは任したぞ!」
アゲハは凛と大きく距離を取るように離れていく。
途中一度振り返り、人差し指でチョイチョイとセイバーを惹きつけるように挑発すると、それに従うようにセイバーもアゲハの方に駆けていく。
残されたのは凛、士郎、キャスター。
「もしかして貴方達が私の相手をするのかしら?」
「ええ。そうよ。あんたなんてアーチャーが戦うまでもない。私たちで十分よ」
――
クラス セイバー
真名 アルトリア
マスター キャスター
性質 秩序・善
筋力A 敏捷B 耐久B 魔力A++ 幸運B 宝具A++
――
一度目は邪魔者が入った。
二度目は手合わせ。
そして三度目――
(接近戦はマズイ)
事前の打ち合わせで凛から情報は貰っていた。
セイバーの能力は格段に上がっているから注意しろと。
サーヴァントのステータスはマスターからの魔力供給量が大きく関係している。
ろくに供給も出来ない士郎と、無限の魔力を持つキャスターがマスターではセイバーの性能に格段の差がある。
接近戦は危険過ぎる。
名実ともに最優のサーヴァントに恥じないステータスとなった剣士に弓兵が接近戦を挑むのは、無謀と言う他ない。
距離を詰められる前に迎撃する。
振り返り構え流星を放つと、矢のようにセイバーに向かい飛んでいく。
起動は直線でセイバーの視界にも入っている流星は、余裕を持って紙一重で躱される。
勢いは全く止まらずアゲハに向かいセイバーは突っ込んでくる。
アゲハも正面からの攻撃でセイバーを止めることが出来るなど甘いことは考えていない。
前方高速射出からホーミング。
セイバーの後方から180度向きをかえ背中を襲う。
死角からの攻撃。
それもセイバーはまるでスピードを落とさずに苦も無く頭を屈め、姿勢を低くし躱す。
ここまでは想定通り。
先の戦いで用意に倒せないことは分かっている。
前方高速射出と違いホーミングの流星の動きは、自らが動くのではない形態変化である。
セイバーの頭上には流星の奔った線が残り、動きを制限しており、縦に躱すことは出来ず躱すのなら横しかない。
そこで一度動きが止まる。
再び方向を変えて二度目のホーミングがセイバーを襲う。
が。
セイバーの動きはアゲハの予想よりも上を行く。
右肩から仰向けになるように体を捻り、左半身を軸として強引に半回転すると、セイバーの頭、中心線を狙っていた流星は三度標的を逃して空しく地面に突き刺さる。
巧みなボディバランスで減速することなく、軸を平行移動させ躱すと、そのままアゲハに迫る。
結局三度のホーミングでもセイバーの前では足止めにもならなかった。
(っち! やっぱセイバーに狙撃は当たらねえか。あの直感があるから無機質な流星の軌道じゃ駄目だ)
流星の連射は出来ない。
次弾装填には時間がかかりセイバーの接近を許す。
セイバーが迫り剣を振り上げるのを見て、アゲハもディスクで斬撃を受ける。
――重い
軋む体が筋力差を伝える。
その力はバーサーカーに近い。
何度もは受けきれない。
体もディスクもそう長くは持たない。
動体視力と反射神経、ライスの中でも特にセンスに魔力を集中。
セイバーの動きを見切ることに全力を注ぐ。
肩から腕の筋肉の動き、重心を見極め、次に来る攻撃を予測し、体を動かす。
天性の直感ではなく戦闘で培った洞察力を駆使し、綱渡りの様な戦い方だが、こうでもしないとセイバーの剣戟を躱すことは出来ない。
(中段の払い、突き、切り上げ――)
コンマ一秒の遅れが死に直結する。
今のセイバーの速度は今までの比ではない。
ギリギリで勝っていた敏捷性さえも今や互角。
(これが……真の実力か)
「Fixierung, EileSalve――――!」 ≪狙え、一斉射撃≫
魔術と魔術が至る所でぶつかり合う。
全部を受けていたらきりがない。
確実に避けられるものは避け、自分に襲い掛かる弾だけを見極め相殺する。
逸れた魔力弾に地面は抉られ、立ち上る黒煙と共に巻き上げられ砂利が、豪雨の様に降り注ぐ。
(ばかばか撃ってんじゃないっての)
キャスターの戦法は前と変わらず、自らは安全な空中から無数の弾幕を張り続ける。
芸も策もなにもない物量作戦だが、こう数が多いと反撃の隙も中々見当たらない。
「このレベルは余裕の様ね。ではこれならどうかしら?」
キャスターの攻撃に一層魔力が込められる。
これはガンドでは相殺することは出来ない。
凛は持ってきていた、とっておきの宝石を取り出して唱える。
「――――Acht……!」 ≪八番≫
宝石に込められた魔力はA級。
いかにキャスターの魔術と言えど用意に突破することは出来ない。
蓄えられた魔力は解放され、凛は思い切りそれを光弾に投げつける。
「あら? 予想以上にやるようね、あなた。でもいつまでもつかしら?」
もう少し驚き慌てるかと思っていたが、思った以上に落ち着いている。
Aクラスに相当するキャスターの魔術。
その魔術に対抗できたのは、凛が幼い頃から宝石にせっせと魔力を蓄えていたからである。
(……残りは七個)
それで確実に殺る。
「――――Sieben……」 ≪七番≫
――
時間が進むにつれて躱しきれない攻撃が増え始める。
致命傷は避けているがそれも長くは続かない。
(決着をつける必要はない。キャスターを倒せば霊呪の効果も消える。それまで何とか……)
そしてセイバーを倒してしまうことも、出来れば避けたい。
しかし、相手のことを気遣って戦って引き分けに持ち込める相手ではない。
ここまで出の速く隙の少ない攻撃を繰り反してきたセイバーが、突如半身を捻って剣を高く構えた。
右足大きく踏み込みながらセイバーは、その手に体重を乗せてアゲハの胴体目掛け切り掛かる。
削り合いは捨てて勝負を決する一撃を放とうとするセイバー。
今までの以上の力が込められた一撃を受けることは危険だ。
見えなくとも大体の長さは分かっている。
この間合いの振りならギリギリ躱せる。
大きく距離を取る必要はない。
最少で最速の動きを心がけ地面を後ろに蹴る。
風圧が頬を撫で、服を掠める。
セイバーの手は空を切り、アゲハは安堵する。
これで形勢は逆転しセイバーには大きな隙が出来た。
(勝機!!)
ここは逃がさない。
千載一遇のチャンスにアゲハはディスクを展開しセイバーに迫る。
セイバーは手を振り切った。
あの状態から構えなおして攻撃するのはおろか、防ぐのすら間に合わない。
そのとき、アゲハは視界の端におかしなものを捕えた。
それは振り終えたセイバーの手。
両手で握っていたはずなのに、あるのは片手のみ。
そして、その先には柄も鍔もない。
(まずい!? これは……)
アゲハも良く気づいた。
好機の最中、良く異変に気づけた。
それでもセイバーの方が速い。
セイバーは初めからこの一振りに勝負をかけてなどいなかった。
振り終えたあと。
セイバーは剣を両手から左手のみに持ち替え、切り付けた勢いのまま自らの背の裏まで剣を引き力を溜めた。
刀身の見えない剣は相手の目を鈍らし、アゲハはセイバーが二段構えの攻撃を用意していることに気づくのが遅れてしまったのだ。
一段目は仕込み。
空振りは次の一撃へと続く伏線。
限界まで体は捻じられ、それが破壊力を生む。
上半身のバネのみので繰り出される、零距離射程の突き。
それが。
紙でも貫くように。
簡単にアゲハの肉を抉り骨を穿つ。
「っぐ……」
貫かれたのは右胸。
即死はなんとか避けた。
それでも刃は貫通し致死量に迫る血液が失われ、呼吸もままならない。
(やっべ……こりゃ死ぬかな)
仕留めそこなったセイバーは剣を引き抜く。
既は敵は虫の息。
次で本当に最後にする。
三度目の戦い。
これまで一度たりとも優勢になったことすらない。
そんな相手が、より強化されて出てきたのだ。
(そりゃ、手ごわいはずだ……)
しかし不思議と屈辱感はなかった。
何度やられても、どれだけやられても。
負けるとは思えない。
動きのキレも、剣技の冴えも、依然より数倍増している。
それなのに、セイバーの剣は死んでいる。
誇りや命も、その刀身からは感じない。
(んな……攻撃で……オレを倒すことは出来ねえよ)
見えない切っ先が迫りセイバーの突きがアゲハを狙う。
だからアゲハはディスクに魔力を集中し、ディスクを自壊させ暴走させる。
「……!!」
ショットガンの如く漆黒の棘が吹き出しセイバーを襲う。
突きを放とうと構えたセイバーは2本の棘を弾くけれど、量の多さは流星の比ではない。
数十を超える攻撃がセイバーを襲い、全てを打ち払うことは到底不可能で後退を余儀なくされる。
セイバーは下がりながらも剣を右に左に奮って、少しずつその数を減らしていく。
ようやく全ての攻撃を防いだ後にセイバーは異変に気付いた。
「……!?」
いない。
アゲハの姿がない。
あれ程距離を空けたがっていたアゲハが、この広い境内のどこにも確認出来ない。
もしかしたら姿を隠し狙撃の機を狙っているのか。
だが、どこから狙われようともセイバーに対しては有効な攻撃とはなり得ない、ことは分かっているはず。
それなら、一体どこに。
「――戦闘中に、余所見してんじゃねええええええ!!!!!!」
声に反応し頭を上げると、アゲハがいた。
跳びあがり空からの奇襲。
その周りには何層ものリングは張られて身を固めている。
渦を身にまとい、決死の体当たりにアゲハは打って出ていた。
しかし、無駄な事。
あの程度の薄い盾でセイバーの剣を防ぐことなんて出来ない。
セイバーの目からみても、あの渦が頑強な防御力を持っているふうには見えない。
切り裂き。今度こそアゲハを殺す。
「――リング解放」
切り裂こうと振り上げたセイバーの剣が止まる。
破壊するはずの渦は、弾け無数の弾丸がセイバーの体を襲った。
「攻撃モード“裂弾(スプラッシュ)」
流石に躱しきれない。
攻撃モーションに入っていたセイバーと、棘の倍は速度がある流星はセイバーの脇腹貫通し頭を掠める。
リボンは飛び散り、髪がほどける。
脇腹の痛みに呻くも必死で堪えアゲハに目を向ける。
空中からの落下と体重を足してアゲハはディスクを振り下ろす。
「はああああああ!!!!!」
セイバーの剣。
アゲハのディスク。
二つは激突し、衝撃が大気を振るわす。
アゲハの捨て身の攻撃。
この攻撃が防がれると後がない。
これで決める。
距離を空けた後からの、まさかの接近。
渦で突進と思わせてからの裂弾。
何重にも策を巡らせたアゲハの奇策。
しかし。
絶対的な力の前には、意味がない。
セイバーの剣が押し返し始める。
どこにこんな力があるのか。
「……!!!」
そのまま筋力だけで、子供の様にアゲハは弾き返される。
背中から落ち一瞬三半規管が狂う。
それだけでセイバーには十分。
飛ぶ様に走り出し、無防備のアゲハに向け刃を振りかざした。
セイバーは勝利を確信する。
しかし、この空間は既にアゲハの制御下。
裂弾によってばら撒かれた無数の暴王。
「――暴王の星群≪メルゼズ・アステリズム≫ 時限式 ε≪アルニラム≫」
振り上げたセイバーの腕を流星が打ち抜く。
その衝撃に攻撃が一瞬遅れる。
アゲハその隙を見逃さない。
寝た姿勢のまま、力の限りセイバーの腹を蹴り上げた。
セイバー咄嗟に腕でガードする。
それでも勢いは消せず、数m吹っ飛び地面に転がっていく。
倒れているセイバーを襲うように2本の流星が奔る。
セイバーは転がりながらも、何とか躱す。
この機を逃さずにアゲハは攻め立てる。
形勢は逆転。
腕とお腹の傷のせいかセイバーの動きはさっきより鈍い。
それだけではない。
アゲハと切り合う最中にも、流星は容赦なく飛来しセイバーの動きを制限する。
切り掛かろうとすれば、流星はセイバーの腕を狙い、アゲハの攻撃を避けようとすれば、逃がさぬように流星が飛んでくる。
これでは攻撃どころの話ではない。
受けに回っていても、体の傷は増え血は流れる。
仕方なくセイバーは距離を空けるように、二度三度地面を後方に向かって蹴った。
この距離なら対応すれば良いのは、流星のみ。
何とかこの場をやり過ごし、次の機会を狙う。
アゲハと距離を空け一定のリズムで飛来する流星を打ち払い躱していく。
改良という程ではないが、今回の星群は時間差で固定解除されるようにプログラムしている。
接近戦においては強力な援護攻撃となるが、単体で躱すことは難しくない。
この距離なら安全圏、そのはずであった。
「距離を空けたな」
なのに何故かアゲハは構えている。
左手は真っ直ぐとセイバーの向かい、右手には漆黒の球体が今か今かと射られるのを待っている。
「このプログラムは……想像を現実にし、未来を創りだす。外れることが無ければ、避けることも出来ない」
――暴王の背理 ≪メルゼズ・パラドクス≫
The paradox of "tell and apple"
(テルの矢は林檎に届かない)
放たれた矢は吸い込まれるようセイバーの元へ。
そして。
純白の鎧が、鮮血に染まる。
終わりです。
戦闘シーンは切らずに投下したかったのですが長くなるのと、あえて新プログラム前で止めてみました。
しかし、このプログラム。
分かる人は簡単に元ネタが分かってしまいます。
そして別に隠しているのではないので、分かった方は話しても別に構いません。
それでは後半はまた今度
うわ……なんか誤字多くすみませんでした。
まさか簡単な慣用句と令呪ミスするとは……
まあ、気を取り直して今夜投稿します。
今までは結構溜めてから投稿していこうと思っていたのですが、それだと更新間隔長くなるので、短く刻んでいこうと思います。
ゆっくり始めていきます
――
ここまでキャスターの怒涛の攻撃を、凛は人の身でありながら防ぎきってきた。
残りの宝石は五個。
当初の予定よりも十分なほど消費を抑えることが出来、中々有利な戦況を迎えられた。
「まさか……ここまで時間がかかるなんて思ってもいなかったわ」
キャスターにとってみれば現代の魔術師に粘られたのは想定外。
最初は想像以上の才気に楽しんでいたが、今や苛立ちしかない。
神代の魔術師である自分がここまで苦戦するとは。
「だから、この一撃で仕留めましょう。私にこの魔術を出させる人間がいたことは驚きです。そして誇りなさい」
(来る! ここしかない)
キャスターの最大魔術は前の戦いで一度見ている。
消去法で凛と士郎がキャスターと戦わねばならないとなったとき、凛はあの魔術を使う瞬間にこそ勝機があると考えた。
しかしキャスターが人間如きに、最大魔術を易々と唱えないことも分かっていた。
だから、出来るだけキャスターを苛立たせる必要があったのだ。
そのためにここまで無駄に戦いを引き延ばした。
(……士郎)
(今から私の近くを一歩も離れないで。離れたら命の保証は出来ないわよ)
(……分かった。存分にやれ、遠坂)
凛はアゲハに小声で耳打ちする。
勝負はここで決める。
大切なのはタイミング。
失敗は許されない。
広げられた翼に魔翌力が込められていくにつれ、蛾の模様のように幾何学的な魔術が現れる。
「神官魔術式・灰の花嫁」 ≪マキア・ヘカティックグライアー≫
視界を覆う程の魔術が襲い掛かる。
確かにこの魔術は切り札に相応しい攻撃範囲と破壊力を持ち合わせている。
様々な魔術を同時に放ち広範囲に制圧するこの術は、宝具で言えば対軍宝具並みの攻撃範囲を誇る。
(でも、だから勝機がある……躱すことは無理。だけど、私のとっておきを三つ、それも一か所に集中すれば……)
「Funf、Drei、Vier……」
宝石を指で挟み取り出す。
使うのは三番、四番、五番。
凛の生きてきた十数年分の魔翌力を解放させる
「Der Riese und brennt das ein Ende――――!」 ≪終局、炎の剣、相乗≫
「これで……消えなさい!!」
神代の魔術。
古来より続く魔術の歴史の中で一際輝いた時代に生を受け、英霊にまで上り詰めたキャスターの魔術の結晶。
凛は素直に美しいと思えた。
自分の一生では決して辿り着けぬかもしれぬ、遥か高みに存在するキャスターに一人の魔術師として凛は魅かれた。
でも。
だからこそ負けたくない気持ちも強い。
寸前まで引きつけ、迫りくる魔術に宝石を一点に集中させて放る。
Aクラスを超える魔術同士がぶつかり合い、キャスターも凛達をも覆う大爆発が起こる。
その爆発に合わせ凛は、軽量化と重力制御の魔術を唱え、強く地面を蹴り跳ぶ。
可能性はここにしかない。
キャスターが大魔術を使い視界を覆う程の爆発が生まれる。
恐らくキャスターは油断している。
自分の最大魔術が人間如きに敗れるはずがないと。
だから油断が生まれる。
「終わりね。もう少し愚かだったら弟子にしてあげてもよかったのだけれど。優秀すぎるのも身を滅ぼすものね」
「誰が?」
爆風も上昇力に使い、一瞬のうちにキャスターの傍にまで躍り出る。
魔術は唱えさせない。
口を開くまえに仕留める。
「stark―――Gros zwei」 ≪二番 強化≫
宝石一個分の魔翌力を強化に充てる。
拳の硬化と筋力の強化。
サーヴァントが人間に対して驚異的なのはその身体能力。
人の身の反応速度を超えて動き、固く、強い。
いくら強化しようとも常人が敵う相手ではない。
しかし、キャスターの耐久力ならば、魔術でなく強化した凛の体術でもダメージを与えることが出来る。
つまり、どう接近戦に持ち込めるかの戦い。
だから、ここまで近づくことが出来れば、それは。
キャスターの鳩尾を目掛けて、凛は拳を引いて構え、より深く衝撃が届くように拳を回転させながら打ち抜く。
深く拳はめり込み、キャスターからは声にならない呻き声が漏れる。
(声は上げさせない、そのまま仕留める)
高速神言と言えど詠唱出来る余裕は、キャスターにはない。
腹部の痛みに耐えるように体を折り曲げているキャスターの頭に、凛は容赦なく拳を振りおろして遥か下方、固い地面に叩きつける。
「……これで終わらせる」
腹部と頭のダメージ、それに地面に叩きつけられた衝撃でキャスターは起き上がれない。
距離は少し遠いが、それでもキャスターが復活するよりは確実に早い。
凛は地面に着地すると、間髪入れずにキャスターを責め立てるべく走り出そうとするが、突然体の動きが止まる。
鉛の様に、石像にでもなったように体は固まりピクリとも動かない。
「っく……体が」
「……保険は掛けとくものね、まさか私が人間の小娘に土をつけられるなんて」
「設置型の魔術……いつの間に」
「初めからよ。私の周りを囲うように用意しておいたの。何が起こるかわからないものね」
立ちあがったキャスターは苦しげで、まだ痛みはあるようだが話すのに支障はなさそうである。
凛はこのとき、自分が敵の本性を見誤っていたことを理解した。
自信過剰で敵を見下す傾向にあるキャスター相手なら、人間である自分のことは確実に甘く見てくる。
それこそが付け入る隙で唯一の勝機だと思っていたが、それ以上に執念深く抜け目ない相手だったようだ。
(これは、完璧に私のミスね……そりゃ拠点つくって魔翌力蓄えるような敵よ。隙があるわけもなかったか)
「貴女は本当に優秀な魔術師だったわ。もう少し長く生きられれば、さぞ高名な魔術師となったのだろうけれど……残念」
キャスターの指に魔翌力が集中し、指先に紫色の光が丸く灯り始める。
そんな絶対絶命の光景を前にしても、凛の体は少しも動く気配がない。
もう少しだった。
あと一歩のところまで追いつめておきながら、最後の最後で上手く行かなかった
(もう私じゃどうしようもないわね……指一本も動かせない。こうなったら……)
自力での脱出は不可能。
だとしたら、助かる道は一つしかない。
「――令呪を持って命じる……」
助られるのは凛以外の誰か。
だから凛は令呪を用いてアゲハの助けを請う。
(――投影、開始)
しかし、この場にはもう一人いた。
凛を助けることが可能な人物が。
奔りながら士郎はイメージする。
士郎の頭には何度も夢でみた光景。
名前も知らない。思い出もない。
なのに、他の何よりもはっきりとした夢だった。
それは美しい刀剣の夢。
夢で見るたび、魅かれ、憧れた。
一度でいいから手にしたいと。
(だから……俺は)
全身の魔術回路に魔翌力が流し、士郎は想像を具現化する。
形、色、刀身、鍔、柄。
事細かにイメージを具現化し、無いはずの物を魔翌力で固め具現化する。
魔術回路に一層魔翌力が流れ込み体を熱くさせる。
今までのガラクタとは違う。
本物の宝具を投影しているのだ。
あまりに過剰。
その身を優に超えた英霊の武具を作り出そうとした、士郎の体は限界ギリギリで悲鳴をあげている。
それでも、止めるわけにはいかない。
それ位でないと、キャスターには対抗出来ない。
キャスターの前、窮地に立たされている凛を救うにはそれしかない。
「うおおおおおおお!!!!!!」
指先に集められた魔翌力が小さく凝縮され、凛の急所へと発射される。
今からでは本体には届かない
だから、士郎は凛とキャスターの間に体をねじ込み、投影したばかりの剣を襲い掛かる光線に向けて振り下ろす。
凛には不思議な光景だった。
令呪でアゲハを召喚しようと思い口を開いたら、思いもよらぬ人物が割って入ってきた。
しかも、その人物が、とても美しい刀剣を持って、キャスターの光線を簡単に防いだのだから。
光線は軽々と剣に引き裂かれ、四散する。
軽い。
それは士郎にしてみれば意外なほど簡単だった。
鋭い衝撃も鈍い重圧も感じず、素振りでもするような感触。
その感覚は明確な性能差を示していた。
士郎の投影した剣とキャスター攻撃の絶対的な魔翌力の差。
「士郎!? あんた、なんで……それよりも、それ……一体」
凛が目も丸くして驚いている。
しかし、構っている暇は士郎にはない。
キャスターの攻撃を防ぐと同時に、投影した剣も崩れてしまった。
意識を再び集中する。
すぐに投影し直してキャスターを倒さなければ、今度こそ自分も凛も殺される。
何が足りない。
何が足りないのか。
完璧な投影であれば壊れるハズはない。
(壊れたのは、俺の投影が不完全だったからだ……もっと、もっと正確にもっと深く)
しかし、思えば思う程分からなくなる。
士郎はこの剣の名前も知らない。
材質も、作り手も、歴史も、技術も、工程も。
何も知らない。
投影するにあたって、最も大事な情報がまるで存在していなかったのだ。
(駄目だ)
より完璧に近いものを創りだそうとすれば、イメージは遠ざかり、真作から離れていく。
それでも、創らなければならない。
一体、どうやって。
『――似てるな』
ある日の言葉が唐突に蘇った。
『ようはイメージし易けりゃ良いんだよ』
アゲハは何と言っていたのか、投影と似ていると言って、何と言っていたのか。
深い深い記憶に手を伸ばす。
アゲハは自分のイメージし易い方法で、基本や理論は考えず、自分のやり方で行っていた。
それがアゲハの魔術の行使の仕方だと言っていた。
そして、その時、自分は感じたはずだ。
本能的に気づいたはずだ。
自分の魔術の本質に。
(そうか……考える必要も理解する必要もなかったんだ。大切なものは全部俺の中にあるんだから)
創造の理念を鑑定し、
基本となる骨子を想定し、
構成された材質を複製し、
制作に及ぶ技術を模倣し、
成長に至る経験に共感し、
蓄積された年月を再現し、
あらゆる工程を凌駕し尽くし、
――ここに、幻想を結び剣と成す
今、明確なイメージが脳内に浮かび上がった。
それは何度もみた夢の光景。
触れそうなほどの現実感。
だから、士郎は手を伸ばし、引っ張り出す。
再び剣は手に現れる。
美しい両刃の刀身。
士郎が夢に見たそれと一寸の狂いもない出来だった。
「勘違いしていた!! 俺の剣製ってのは剣を創りだすことじゃない。自分の心を映し出すことだったんだ!!」
これで終わりにする。
地面を強く蹴り前方に飛び出す。
目標はキャスター。
この剣なら、英霊でさえも打倒出来る。
(っくあの子……ただの素人かと思ったらこんな!!)
キャスターは全く眼中に入ってなかった士郎に焦っていた。
凛だけを殺せばそれで終わりだと思っていたのに、まさかこんな子供が封印指定ものの魔術師だったとは予想だにしてなかった。
キャスターには見ればあの剣がどれ程の一品か分かる。
真名は分からないが、あの剣は英霊の宝具にさえも匹敵する代物。
だから。
(悔しいけれど、ここは一端空に逃げるしか……空から攻撃すればあんなガキ共に対応できる術なんて)
「―――――――Sechs Ein Flus,ein Halt……!」 ≪六番、冬の河≫
「っく!!」
飛び上がろうとした翼は打ち抜かれる。
「逃がすと思ってるの? それに私の呪縛を解く何て詰めが甘いわね」
「こんな……」
「終わりだ、キャスター!!!」
その剣の名は『勝利すべき黄金の剣(カリバーン)』
アルトリアが王となる際に引き抜いた、王の選定の剣。
まぎれもない宝具であり、聖剣である。
それを。
士郎は大きく振りかぶり、そして。
キャスター目掛けて振り下ろした。
避ける間も、詠唱する間もなく、キャスターは肩口から聖剣の斬撃を受け、真っ二つに切り裂かれた。
「っふ……アーチャーばかりに目がいって……こんな才能を見逃すなんてね……私も堕ちたものね」
それでもなおキャスターは喋り続ける。
途切れ途切れに話しながら、口を開くたびに血があふれ出てくる。
血は失われ顔に生気は無く先が短いことを否応なしに伝える。
「あんたが消えればセイバーは元に戻るんだよな」
「ええ……そうね。マスターである私が消えれば……セイバーとの契約は切れる……そのあと好きにすれば良い……だけどね、私もそう簡単には消えない。最後の……置き土産に……とっておきのものを――」
死にかけだったキャスターの顔に一瞬だけ生気が宿る。
最後の命の一滴を振り絞りキャスターは何かをしようとしている。
凛は何を企んでいるのか分からないが、その様子から危険を察知し叫んだ。
「士郎!! 早く止めを刺して!」
「――最後の……令呪を持って命じる……宝具を使用して……目の前の敵を…………葬り去りなさい」
腕の令呪の最後の一画が不気味に光り消滅した。
終わりです。
今回は完璧にFate回でPSYREN成分ゼロでお送りしました。
次がキャスター戦ラストです。
それでは。
行きますよー
――
夜科アゲハは壁にぶつかっていた。
ここまで聖杯戦争を続けてきてアサシン、キャスターを除くサーヴァントと戦い、アゲハは限界を感じ始めていた。
それは根本的に自分の身体能力が劣っている事実。
さらに戦いのスキルも稀代の英霊達に比べれば遠く及ばない。
そもそもアーチャーと言うクラス上、直接戦闘は苦手としており、まともに正面からなぐり合えば勝ち抜いていくことは難しい。
互角に戦っていくには別の戦闘スタイル、新たなプログラムの開発がどうしても必要であった。
暴王の星群は、まず初めに思いついたものだった。
暴王の強みは自由にカスタマイズ出来ることの他に、プログラムを組めばその通り自立行動をしてくることがある。
渦も裂弾もその特性を利用したもので、自分の両腕を自由にしたまま自動的に相手の攻撃を防ぎ攻撃することが出来る。
星群は更にその発展型である。
常に敵を狙う見方が増えたのと同義であり、しかも、術者の操作が必要ないので、アゲハにはなんの負担もなく、全力で敵と戦い続けることが出来る。
この星群により近中距離の戦闘力は飛躍的に伸び、ステータスに格段の差があるセイバーと亙りあうことが出来た。
次に考えたのが遠距離での戦い方。
流星があるので遠距離は得意としているが、セイバーには一度目の戦いで躱されている。
そしてライダー相手にも通用したかどうか分からない。
今のままでは、機動力のある英霊には流星を与えることが出来ない。
常軌を逸した英霊同士の戦いで、アゲハは何としても絶対に当てられる遠距離プログラムが必要だった。
そこで考え出したのが暴王の背理。
流星が躱されてしまうのは、バーストストリームにより出力を抑えられた暴王の追尾能力は目標を決定するその一瞬しか発揮されないことに起因していた。
だから軌道は曲線でなく折れ線を描く。
それでは無駄も多く速い相手にはどうしても通用しない。
かといって元の暴王なら追尾性能は高く曲線を描くことも出来るが、あれではスピードが遅く話にならない。
となればホーミングのタイミングを調節していくしかない。
アゲハが背理にしたプログラムはたったの一つ。
対象までの距離を感知、その距離の半分を進んだところで、目標を再補足する、
瞬間的な追尾を細かく刻む。
目標に近づけば近づくほど、その追尾性能は上がり、躱すことは困難になる。
これは一種の賭けであった。
…………
………
……
…
「このプログラムは……想像を現実にし、未来を創りだす。外れることが無ければ、避けることも出来ない」
――暴王の背理 ≪メルゼズ・パラドクス≫
The paradox of "tell and apple"
(テルの矢は林檎に届かない)
リンゴAを目指して放たれた矢は、中間地点Bを必ず通る。
AとBの間にはCが存在し、AとCの間にはDが存在する。
どこまで行けども中間地点は無くならず、リンゴAとの距離が0になることはない。
具体的に言えば100メートル先のリンゴに向け矢を発射する。
矢は必ず中間地点を通る。
となれば、リンゴと矢の距離は50、25、12.5、6.25、3.125、1.5625…….
その距離は決して0にならない。
しかし届く。
セイバーは案の定紙一重で躱そうと動く。
それが効率的で、セイバーの体力的にも限界。
しかし、そのセイバーの動きに沿うように背理は軌道修正する。
操られ表情は読めないが、セイバーも過去何度も躱したモノとの軌道の違いに驚いているかもしれない。
先程よりも大きく体を動かし、今度は確実に避けの姿勢を見せてくる。
背理はそれでも、ぴったりと張り付き真っ直ぐにセイバーの元へと飛ぶ。
ようやくセイバーにも焦りが生まれ、左右に前後にステップを踏んで攪乱を試みるも、距離がより近づき狙いが正確になっていく背理は全く問題にしない。
既にカクカクとした流星の動きは消え、滑らかな曲線を描きながらセイバーを逃がさない。
放たれた矢は吸い込まれるようセイバーの元へ。
そして。
純白の鎧が、鮮血に染まる。
終わりだ。
裂弾で二発、更に背理で一発が胸に、それ以外にも損傷は数え切れず。
いくらセイバーと言えど、満足に戦うことは出来ないだろう。
セイバーの胸を背理が貫くのを確認し、アゲハは地面に膝をつく。
(血を流し過ぎた……そりゃ腹に風穴をがあって……こんだけ動けばな……)
生暖かい血が流れているのを、感じる。
死ぬほどの傷口でもないが、このまま放置すればサーヴァントさえも命は危険に晒される。
それはセイバーも同じこと。
視線をあげれば、仰向けに倒れ全く動かないセイバーが視界に入った。
いくら令呪の強制があろうとも、無理に動けば死んでしまう身では、効力を発揮しないのだろうか。
あそこから動こうとしても、距離が遠すぎる上にアゲハが背理を撃つ方が早い。
自分はとりあえずの役目を完了した。
両者戦闘続行不能で、これ以上出来ることはない。
あとは凛たちに託す。
サーヴァント対人間の戦い。
いくら自分の体が傷ついていたとしても、出来ることなら加勢に行きたい。
でもアゲハは凛のことを信じている。
凛がやると言ったからには、やってくれるはずだと信じて疑っていない。
これまでにも凛の優秀さは実感していたし、サーヴァントとマスターの在り方も理解してきた。
凛は自分を信用しろと言った。
一人で戦うなと言った。
だからアゲハも凛を信じる。
この場はここで動かない。
アゲハの役目はセイバーから目を離さずにいることだ。
大人しく横たわるセイバーを見ていると、アゲハは彼女との戦いが三度目になることを思い出した。
初めて戦い同盟を組むことになった日から、いつかこんな日が来るのだろうと予想はいていが、出来ることならば、こんな無理やりな状況での決着など望みはしていなかった。
力も速さも格段に上がっていたが、それでも戦う意思を植え付けられただけの傀儡では、一振りに懸ける重みが違う。
素のセイバーなら裂弾も背理も、こう簡単にくらうことはなかったのではないかとさえ思う。
(オレはこの戦い全てを懸けた。オレだけじゃなく士郎や遠坂それにセイバー。お前の命をも懸けて戦いに挑んだ。オレが負けるのはオレだけじゃく、全員の命を失うことと同じなんだ。それに比べれば、一つや二つの令呪なんかじゃあ、重さが違う――そうか……そういうことか)
そこまで考えて、アゲハようやく答えを見つけた。
今なら分かる。
セイバーの願いとアゲハの願い。
確かに出所は一緒かもしれない。
しかし、その方向性は真逆。
「お前の願いはなセイバー。ただの破壊なんだよ。全てを無かったことにして……過去を壊す狂気の剣。オレは違う。オレの剣は……未来を切り開くためのもんだ。なあセイバー? お前の剣は旧時代を壊すためのものじゃない。新時代を創りだすものなんだよ……だからさセイバー。お前の願いは――」
急に柳洞寺に突風が吹き荒れ、砂利や土は舞い視界が塞がれる。
自然に起る風とは思えぬ、突風と呼ぶに相応しいこの状況にアゲハは目を閉じ、腕を交差させて顔を守る。
原因も分からないまま顔を起こし前を向くと、不思議なことに満身創痍のはずのセイバーが立ち上がり剣を天高く掲げていた。
「な……それに、あの剣は?」
不可視であったセイバーの剣は、今やその全貌を現していた。
その剣は黄金に輝き、魔術に詳しくないアゲハにも相当量の魔力が込められているのを感じ取れる。
「やばいな……あの剣はケタ違いだ……」
膝は笑い、血は足りずに頭はクラクラするのにも構わず、ゆっくりとアゲハ立ち上がる。
あの剣が真価を発揮すれば、柳洞寺なんて消し飛んでしまう。
しかし長々と考える間もなく、セイバーはようやく真の姿を見せた聖剣を、アゲハに向かい振り下ろす。
想像を超えた威力の光線が発射され、アゲハの視界は黄金の輝きに覆われる。
雰囲気はライダーの宝具に似ているが、あれよりも遥かに広範囲でその規模はとてもアゲハ一人に向けられたものではない。
A+ランクの宝具である英霊の手綱さえも、込められた魔力量は比較にならない。
まさに最優のサーヴァントに相応しい最高の宝具。
流星を打ち本体を狙うのか。
無理だ。
あの密度の魔力を前にして劣化版暴王ではなんの意味ももたない。
(逃げ場はない!! ここで受けきる!!)
だからアゲハは留めもしない、むき出しの暴王を出現させ構える。
セイバーの宝具の魔力が尽きるのが先か、暴王の許容限界を超えるのが先か。
全てを受け止めるように片手を突きだし、セイバーの宝具に正面から立ち向かことを選択する。
「っく!!」
触れた瞬間に伝わってきた。
絶望的なまでの差。
小手先の勝負は無く、純粋な力比べ。
とても堪えきれない。
暴王が限界を超え亀裂が入り始める。
全てを喰らい尽くす暴王さえも、その身に余る古の聖剣。
(……まだだ)
もう温存なんて生ぬるいことは忘れる。
魔力が尽きようとも、この身が朽ちようとも。
左手も前に差し出し、イメージする。
素の暴王を二つ。
その二つが合わさり、自分の身の丈も遥かに超す、限界を超えた暴王を。
そして、イメージを、写し出す。
崩れかけた暴王は消え、一個の巨大な暴王が姿を現す。
これで駄目なら手はない。
アゲハの決死の防戦。
脳の許容量を超え魔術を行使。
だが、それさえも、届かない。
アーサー王。
アルトリアの宝具。
聖剣約束された勝利の剣≪エクスカリバー≫は、そんなアゲハの努力をあざ笑うかのように、暴王ごとアゲハを押しつぶし、柳洞寺は聖剣が放つ黄金の光に包まれた。
お終いです。
ステータスに関しては自分の考えを作中に差し込んでみました。
いかかでしょうか?
素で戦い続けたら、アゲハじゃあサーヴァントには勝てないと思います。
こうして見ると、つくづく暴王はチートだと感じますね。
残るサーヴァントは3体? ですね。
それではまた。
今夜投下しに来ます
――
いつの記憶だろうか。
それともただの夢だろうか。
身に覚えはない光景。
忘れてしまったのか、元から知らないのか。
断片的で、霞んでいて、何処なのか、誰なのか。
それでも待っていると少しだけ鮮明になってきた。
ここは外。
緑が多く。
水の流れる音も聞こえる。
河川敷だろうか。
そして二人の人間。
男なのか女なのか。
大人なのか子供なのか。
なにも分からない。
――
――
長いところ眠っていた気がする。
そして何だか分からない夢も。
『気持ちは分かるけど、アーチャーが目覚めるまで待ちなさい! 今の貴方じゃどうしようもないでしょう?』
『けれどシロウは敵の手に囚われてしまったのですよ!? 一刻の猶予もない。今すぐにでも出発しないと』
『……歩くのもままならない程疲弊してるのに? いまのセイバーなんて私でも勝てるわ』
『っぐ……しかしですね。私は……』
耳元で騒がしく言い合ってるのが聞こえてくる。
体も頭も披露して、もう少し眠っていたいのだが。
しょうがなくアゲハは目をさまし、布団の中から体を起こす。
「……おい。何の騒ぎだよ? 人の枕元でビービービービーうるさいったらねえ」
「あ、アーチャー!? いつから起きてたの!?」
「いつって……いま起きたんだが、それより何だ? 何かあったのか?」
寝込んでる人間の前であれだけ騒いでいたのだから、それなりの理由があるだろう。
むしろ、これで夕飯の献立で喧嘩していたのならアゲハとしても許せることではない。
アゲハは起きたばかりでいまだ覚醒していない頭を動かして、二人に尋ねると、慌てたように凛が答える。
「そう! こんなところで話してる場合じゃないのよ、説明は道中説明するわ。アーチャー体はもう大丈夫でしょ?」
言われて体を動かしてみる。
立ち上がり上半身を右に捻り左に捻り、前に倒して後ろにも伸ばす。
特に痛いところも、動かない箇所もなく体は健康体そのものである。
むしろ寝過ぎで体が逆に怠いくらいだ。
「ま、問題はないな……それで? どこに行くんだ?」
「――アインツベルンまでちょっとね」
――
「タクシー使うのか?」
「ええ、そうだけど?」
イリヤスフィールが住んでいるのは、冬木市の外れに位置する森の最深部であり、そこにお城を構えている。
森まではとても徒歩で行ける距離ではなく、車で行っても数時間かかる。
しかし、徒歩と言うのは一般人の話。
この三人ならば誰かが凛を抱え、跳んでいけば車よりもよっぽど早く着くのだから、アゲハはわざわざ車と言う選択肢を選んだ凛に疑問を持った。
「そんなの……走って行った方が早くないか? 遠坂はオレかセイバーが抱えれば良いわけだし?」
「す、すみません。アーチャー……実は」
「それも含めて行きながら説明するわ。さあ、とりあえず乗っちゃいなさい」
何かを言いかけていたセイバーに凛が口をはさむ。
アゲハが眠っていた間に、思っている以上に面倒な状況になっている様だった。
仕方なくアゲハは、さっきからずっと待っているタクシーに乗り込んで、郊外の森を目指すことにした。
「んで、じゃあ聞かせてもらおうか。あのあと、どうなったのか」
乗り込むや否や、アゲハすぐさま口を開いた。
起きて間もないのに、説明もされないままバーサーカーの本拠地に乗り込むのだから、そう悠長に待ってもいられない。
しかし、ここで話すには余計な第三者が存在している、ので凛は魔術によって運転手の意識を逸らして、運転にのみ集中させる。
これでこちらの会話が聞こえることはない。
簡単な眩惑魔術だ。
後部座席にはアゲハとセイバーが乗り、助手席には凛が乗り込む。
虚ろな目をしている運転手がエンジンをかけ車を発進させたところで、凛はゆっくりとあの日に起ったことを説明し始めた。
「…じゃあ、最初から話すとしましょうか――」
――柳洞寺――
『アーチャー!!』
振り返るとちょうど、セイバーの放った宝具がアゲハを呑み込む瞬間だった。
キャスターは最後の力を振り絞り令呪によってセイバーに宝具を使用させた。
一体どこまで意識が存在したのか、彼女が死の淵で望んだ宝具を一目見でも見ることは叶ったのか、今となっては何も分からない。
光は収束して再び、再び真っ暗な柳洞寺へと戻っていく。
凛はアゲハ、士郎はセイバーの元へと向かう。
近くまで来ると凛は注意深くアゲハの体を観察していく。
意識は失っている。
一番最初に目が行くのは勿論、腹部の刺し傷だ。
正確には腹部と胸部の中間辺りで、その傷は、ろっ骨を砕き、肺に穴を空けている。
サーヴァントと言えど、よくこれ程の傷で戦っていたものだ。
肺を潰されは、満足に呼吸さえ出来ずに苦しんだろうと言うのに。
人間ならば致命傷となったかもしれないが、アゲハの体はそれほど脆くできていない。
(大量出血の上に肺がやられて、脳への酸素供給が極度に減っている状態で運動したことによる意識昏倒。まあ、寝かしとけば問題ないわね)
他の部分にも目を移してみても目立つ傷はない。
とはいっても、このまま放置してしまえば回復するのに時間はかかるし、変な障害が残ってもいけない。
凛はアゲハの傷口に手をかざして治癒魔術をかける。
サーヴァントの傷口を塞ぐことは凛にとっては造作もない。
あとは寝かしておけば、自然に体力が回復して何の支障もなく動けるようになるだろう。
作業を終えて一息つくともう一度アゲハの顔を眺める。
顔色は悪くない。
それにしても。
本当に大したものだと、凛は感心する。
キャスターがマスターとなったセイバーに正面から戦って相討ちに持ち込むとは。
信じていなかったわけではない。
それでも、最初の召喚したとき印象とはまるで違う。
自分と年もさほど変わらぬ少年が、一層大きく見える。
「あなた、ほんとうに凄い。あの頃は、全然そんな風に見えなかったけど……懐かしいわね」
思い返すと本当にここまで長かった。
まだ二週間しか経っていないのが信じられない程、もう遠い昔に感じている。
ハズレを引いたと思ったこともあったが、今では心より信頼できるパートナーとなった。
でも、だからこそ、このままでは駄目なんだと凛は思っている。
キャスターも言っていたように、アゲハの力はこんなものではない。
使えないのか、使わないのか、恐らく両方ともあるのだろうけれど、マスターとして凛はアゲハに全力で戦って欲しいと感じている。
また、それが可能な自分でありたいと願ってる。
(もっと勉強しなきゃ、アーチャーのこと……そして遠坂との関係を)
それには自宅に所蔵してあった本がカギを握っている。
アゲハの使うPSIと暴王について書かれていた本が、何故遠坂の家に存在していたのか。
あれは偶然ではない。
なにか、なにかある。
この夜科アゲハと遠坂を繋ぐ何かが。
聖杯戦争も終盤に差し掛かる頃だ。
最初の一体が倒れるまでは長いが、それが済めば一気に局面が進む。
倒れたのはライダーとキャスター。
残るはセイバーとアーチャー、それにランサー、バーサーカー、アサシン。
五体。
もうそんなに長い時間が残されていないかもしれない。
だから、聖杯戦争が終わる前に、何としてもこの謎を凛は解かなければいけない。
(でも、とりあえずは……って、セイバー!!)
そこでようやく凛はセイバーの存在を思い出した。
相討ちで向こうも十分危険な状態のはずなのだ。
自分のサーヴァントではないが同盟相手だから、失えば大きな痛手となる。
セイバーはアゲハから少し離れた所で倒れている。
急ぎ足で駆けていくと、士郎が何やら深刻な面持ちでいるのを見つける。
「どうなの?」
「遠坂か、傷は結構ある……だけどそれより顔色が悪すぎるんだ。何か分からないか?」
士郎に言われて、セイバーに目も向けると確かに顔色が悪い。
体の傷の方はアゲハと同じ様なもので、脚、腕、胸に目立つ傷がありどれも貫通している。
それ以外には、切り傷が幾つか。
それにしては顔色が悪く呼吸も荒い。
まるで風邪や病気にでもかかったかのような症状に対し、凛はすぐに原因が分かった。
「原因は簡単、魔力不足ね」
「魔力……不足?」
「そう。人間でいえば、極度に体力を消耗している状態ね。宝具を使ったことで、自分の魔力が枯渇したんでしょう……本当ならマスターから供給されるんだけど、どういうことか上手く供給されていないみたい」
「でも、キャスターがマスターだったんなら、供給は十分のはずだろ?」
「タイミングの問題かしらね。セイバーが宝具を使った瞬間にキャスターは消滅した。だから魔力は供給されていない……とりあえず再契約してみなさいよ。このままじゃあセイバー、一時間持たないわよ」
言われてから慌てて士郎は再契約を試みる。
と言ってもやり方も分からないので、凛に尋ねることで何とか再契約を行った。
自分の手に令呪が戻るのを見て士郎も、ようやく一安心する。
「じゃあ二人を運びましょう。後は寝かせて様子を見るしかないわね」
――
「――とまあ、こんな感じだったのよ。だから、その後二人を家まで運んで寝かせていた。そしたら、その日のうちに士郎が姿を消して、調べたら連れ去られていたことが分かったのよ」
そこまで話を聞いて、なるほど、とようやくアゲハは状況を理解する。
しかし、そうなるとやはり、どうしても気になることが一つある。
「こう言っちゃ何だが、セイバーは待機してた方が良くないか? 今だって体調良さそうには見えないぞ」
「っぐ! ……確かに……それはそうなのですが……」
まだ、再契約して士郎から魔力が流れて来てから日も浅く、満足いくほどの魔力量とは言えない。
戦うなんてもってのほかで、歩くことが何とか出来る位にしか回復していない。
セイバー自身もそれは理解しているのだろうが、それでも自分のマスターを放っておくことは出来ずに無理を言ってここまで付いて来ているのだ。
「そこが、セイバーのセイバー足る所以ってことね」
それで結局、押し切られる語りで凛も半ばあきれ気味に認めてしまったという話である。
そうして話しているうちに車は、市内から離れて郊外の森へと近づいていた。
森に入ればどんな罠が用意されているか分からない。
気楽におしゃべりしている時間も、そろそろ終わりに近づいていた。
短いですが、これで終わりにします。
一息つくまもなく次の戦いへと駒を進めていきますね。
少し展開が急かもしれませんが、皆さん付いてこれているでしょうか?
作中にもあったように、これからはドンドン話のスピードが速くなっていきます。
それでは近いうちに、また。
――
「セイバー大丈夫か?」
鬱蒼と茂っている木々の中は太陽の光もほとんど入ってこないため、一体どれだけの時間歩いているのか正確なことは凛たちには分からない。
それでも凛の感覚的には四時間程が経っている頃で、それが正しければ現在は正午過ぎである。
森の中は大木の根っこや石、窪みなど所々にあり普通の道を歩くよりも体力を倍消費する。
それに魔術による罠への注意も疎かにできないので、同様に精神的疲労も重なって、セイバーへの負担は相当のものである。
健全な状態ならこの程度のこと何の問題もないのだが、魔力不足とは余程辛いのだろうと
アゲハはセイバーの身を按じて立ち止まって振り返る。
「す……すみません。大丈夫です」
大丈夫と言うセイバーの声は、途切れ途切れで声量も小さく、およそ大丈夫な人間が出す返事には聞こえない。
顔色は優れずに汗はかいている割に異様に白い。
本当なら一度休憩を入れたいのだが、無駄な時間は避けたいし、何よりセイバー自身が自分のせいで遅れることを良しとはしないだろう。
再びアゲハは歩き始める。
「……ありがとうございます」
「何が?」
「貴方がいなかったら、私はこの剣で、自らマスターを殺してしまうところでした。そして無駄な戦いも……」
起き上がってから、セイバーはどういう態度でアゲハに接すれば良いのか悩んでいた。
敵の罠に陥り、マスターに剣をあげて、アゲハには生死をかけた戦いも行った。
自分の不甲斐なさに、唇を強く噛みしめる。
多大な迷惑をかけ、今も我儘を言って困らしている自分に対して怒りと悔しさがこみ上げる。
この感情をセイバーはずっと持て余していた。
「そんなのお互い様だ。今までオレが助けられたこともあるし、今セイバーの魔力が少ないのも間接的にはオレにも責任がある。仲間なんだから、もっと気楽に頼って行こうぜ」
セイバーがいなければ、アゲハは既にバーサーカーとの戦いで敗退していたし、キャスターを攻め落とすことも出来なかった。
それに士郎だってセイバーがいなければ死んでいたかもしれない。
もう十分過ぎるほど助けられていた。
アゲハの言葉にセイバーは胸のつかえがなくなったように感じた。
王であったセイバーにとって、仲間とは馴染の薄いもの。
自分の盾となる人物はいたし、自分が守り抜いた人々はいたが、お互いに助け合って頼る仲間という関係は初めての経験だった。
今後自分がアゲハや凛を助けられれば良い。
セイバーはそう判断して、悩むことを止めた。
そうこうしていると、森は急に開けて目的の城が突如姿を現した。
三人は足を止める。
「ようやく、着いたわね……さて、ここからどうしようかしら」
目的の城の周りは開けていて、身を隠せるような草木は存在しない。
一先ず近づかずに、森の中に身を潜めて三人は作戦を練る。
無策で足を踏み入れるには危険過ぎる相手だ。
ここは一度圧倒的な力の差で敗れたバーサーカーとイリヤの本拠地なのだから、誰よりも助ける気持ちが強いセイバーでさえも、機を伺い動き出さない。
「……このまま、こうしても仕方ないな。オレが行ってくる」
アゲハは常に冷静な判断を下せる思考を持ち合わせており、直情的な人間ではない。
かといって気が長い方でもない。
それにこのまま見ていても、状況は悪化するばかりで、何一つ進展しない。
「待ちなさいアーチャー。言いたいことも分かるけど――ってちょっと待って」
言いかけたところで凛は慌てて口を閉じて、身を屈める。
セイバーとアゲハも同様に姿を隠し、凛の目線を追ってみると、ちょうどイリヤとバーサーカーが屋敷から出ていくところだ。
あまりにもグッドタイミングすぎる。
ここまでの動きをイリヤが見逃しているとも思えず、セイバーには罠である可能性が高いように思えた。
「罠ですか」
「うん、その可能性は高い。こんな良いタイミングでいなくなるなんて」
「どっちでも変わらないな。罠だったらもうこっちには気が付いているんだろうが……だとしても士郎を置いていくことは出来ない」
「勿論です。今、シロウの元にイリヤスフィールがいないことは、罠があろうが完全なる好機です」
二人は完全に火がついていて、今すぐにでも屋敷に乗り込みそうな勢いである。
それに二人の意見は最もで罠であろうがなかろうが、進むしかない。
結局、それでも正面は危険があるかもしれないということで、少し離れた位置に存在する窓からの侵入を試みることにした。
――
侵入は成功して、三人はすぐに捜索を始めた。
屋敷はとてつもなく広い。
部屋の数も多く、装飾も似通っているため迷いやすい。
手分けすれば合流も難しいと考え、三人は固まって動き、目についた部屋から全て確認していく。
(ここも違う……)
もう何個目のドアかも分からぬ程開け放ち、凛には段々と焦りが生まれ始めてきていた。
士郎は本当にここにいるのだろうか。
仮にいたとしても、イリヤが何の策もうたずにいるのだろうか。
焦りが不安を生み、不安が焦りを生む。
そうして次の扉に手をかけた瞬間に、廊下の反対側からアゲハの声が聞こえてくる。
「いたぞ! こっち来てくれ」
部屋の中には椅子に縛り付けられた状態の士郎が何とか、逃げ出そうともがいている最中だった。
アゲハは急いで、縛っている荒縄を切断すると士郎を起こし、逃げるための準備を始める。
「大丈夫か?」
「ああ、サンキュー助かった。それよりどうやってここに?」
凛とセイバーも廊下から駆けつけ、士郎の安全を確認すると安堵した表情を見せる。
しかし、いま再会の喜びに浸る時間はない。
一刻も早くここから脱出して、衛宮家まで帰らなければ、まだまだ危険な状況である。
「とっとと脱出するわよ。士郎、あなた何かされてないわよね?」
イリヤが連れ去った目的は分からないが、何らかの魔術を士郎にかけている可能性もある。
それでなくとも逃走防止に運動を阻害されていることも考えられ、凛は士郎の体を確認する。
「別に……なんともないな。それよりセイバー!! お前ずっと寝込んでたはずじゃ――」
「マスター、話は後にしましょう。いまはこの屋敷からすぐにでも離れなければ」
つもる話も士郎にはあるだろう。
自分が拉致されたときには、セイバーもアゲハも眠っていたのだから。
あれからどうなったのか気になる所だ。
それでも今はそんな話はする時間なんてない。
早く脱出しないと、イリヤが帰ってきてしまえば元も子もない。
「オレが先導する! 遅れないように付いて来い!!」
アゲハが先頭に立って、広く長い廊下を走り出口に向かっていく。
屋敷の構造上、ここからなら正面玄関に向かったほうが遥かに早く、罠はあるかもしれないが、そちらの方に向かって進んでいく。
セイバーも何とかそれに着いていく。
つきあたりを左に曲がり、少し直進すると大広間に出る。
そこはいかにもお城というイメージの風景が広がっていて、アゲハは思いがけず目を奪われる。
正面ホールはとても広く、数百人の人間が一度に集まれそうな程で、簡単な運動なら十分過ぎるほどのスペースが存在している。
そのホールの両脇には高さ四メートルはありそうな窓が、幾つも並んで設置されているため、外にいるかのように明るく照らされている。
そしてアゲハたちが今いるのは、そのホールから伸びている階段の踊り場であり、二階に位置している。
踊り場はアゲハ達が来た左側と、向かい側にも通路が伸びているのと、正面にも道が続いている。
ともかくここを抜ければ屋敷から脱出となる。
アゲハは周囲に注意を張り巡らせながら、階段を素早く降りて行き正面玄関まで進むと外の状況を伺った。
そこはとくにバーサーカーが待ち構えていることもなく、来たときと同じ真っ暗な森が広がっているだけに見える。
アゲハはそれだけ確認すると手で、安全であることを凛たちに伝える。
途中セイバーが躓きそうになったものの、特に支障もなく無事玄関まで辿り着くことが出来た。
「ここまでは上手く行ったわね」
「ああ。少し拍子抜けしたけどな」
もっと妨害があるかと思っていたが、そんなことも無く、難なくここまで来ることが出来た。
第一関門突破したというところだろうか。
ここから森を数時間かけてぬけ、家まで戻るにはまだまだ時間がかかる。
とりあえず一安心。
だれもがそう思っていた。
しかし、それを打ち破るように、無邪気な冷たい声が、ホールに響いた。
「――なんだ、もう帰っちゃうの? もっとゆっくりしていけば良いのに」
背筋が凍りつく程震えて、一斉に振り返る。
そこには、最も会いたくない相手、バーサーカーとイリヤが、二階へ続く階段からゆっくりと降りてくるところだった。
「いつから……そこにいたの?」
「いつから? そんなの最初からに決ってるじゃない。貴方たち如きの動きが私にばれていないとでも思ったの?」
「……最初から、貴女の手のひらで踊っていたという訳ですか」
「あらセイバー、貴女もいたのね。すっごく辛そうだけど大丈夫かしら?」
イリヤは本当にアゲハ達の行動を楽しんでいたらしく、既にセイバーが不調であることもばれている。
図星を突かれたセイバーの顔は暗い。
「――ところで、もう一度考え直さないシロウ? 他の人は駄目だけど貴方だけなら殺さないであげる。私の言う通りにして、一緒に過ごしましょう?」
アゲハを含め三人にはイリヤと士郎の間にどんな出来事があったのかは知らない。
しかし、イリヤは教会の帰り道に会ったとき士郎と初対面ではない様であったし、現在イリヤが士郎のことを殺さずに監禁してることからも、イリヤにとって士郎が他の人間とは異なる存在であることが理解できる。
だからと言って、この場で士郎に一緒に暮らそうと提案するとは、イリヤの性格はまるで掴めない。
その話を聞いて士郎は少し悩んでいる様である。
上手く話を誘導すれば戦わずに逃げられるかもしれない。
「……それは出来ない。俺にはやらなきゃいけないことがあるんだ」
それでも士郎は偽りのない言葉でイリヤに答えた。
この場しのぎの都合の良い言葉では、イリヤは納得しない。
何よりも自分に嘘をつくことは嫌だった。
「そう……結局シロウも裏切るのね……」
士郎の答えを聞いたイリヤはさっきまでの、希望に満ちた目はしていない。
一縷の望みであった士郎さえも、既にイリヤにとっては排除すべき敵でしかないのだ。
「違う!! 俺はそんなつもりじゃない!」
「もういい!! もう何も聞きたくない。バーサーカー! 今度こそ全員まとめて殺しなさい! 一人も生きて帰すんじゃないわよ」
イリヤの命令を受けて、それまで全く動かなかったバーサーカーが唸り声をあげて動き出し、ゆっくりと一歩一歩アゲハ達に近づいていく。
バーサーカーは英霊の中でも最強の攻撃力と防御力を誇り、それでいてランサークラスのスピードを併せ持っている。
まともに戦えば勝ち目はない。
それでも今、四人は選択を迫られていた。
ここで全滅覚悟でも戦いを挑むのか、何としても戦いを避け逃げるのか。
張りつめた空気が屋敷を包み、緊張感が一気に高まっていく。
バーサーカーはゆっくりと近づいてくる。
そんな絶体絶命の空気の中でも遠坂凛は落ち着いていた。
初めから無傷で終われるとは思っていない。
敵の本拠地に乗り込む以上、それなりの覚悟を持ってここまで来た。
だから凛は、他人から見れば残酷とも思える判断さえも下す。
「アーチャー、体の調子は問題ないわよね?」
「……ああ、問題ねえな」
「そう……アーチャー。貴方はここに残り私たちが逃げ切るまでの時間を稼ぎなさい」
時間稼ぎ。
それは、言い換えれば死刑宣告かもしれない。
この場に一人残りバーサーカーと戦う。
無謀とも言える作戦だが、アゲハは驚くでもなく微動だにしない。
アゲハ自身にも分かっていたことだ。
しかし、当然の様に非難の声もあがる。
「遠坂、それは無茶だろ! 相手はバーサーカーだろ? そんな相手にアーチャー一人なんて……」
「士郎、現実を見なさい。ここで数を増やしたところで意味はないの。待ってれば全滅だってあり得る。非情な判断に思えるかもしれないけど、私たちはそれを選ばなければならないのよ」
反論した士郎もそんなことは分かっていた。
自分たちがいたところで足手まといにしかならないことを。
それでも、簡単に割り切れてしまえる程士郎は賢く出来てはいなかった。
「なら、私が。アーチャーはこの先でシロウとリンを守る役目がある」
「馬鹿か。いまのオマエじゃ足止めにすらなれねえよ。まだ士郎の方が幾分マシだ」
小さく呻いて、セイバーはがっくりとうな垂れる。
「それに……オレがいなくなってから遠坂を任せられるのはオマエだけだ……うちのマスターを頼んだぞ」
頼んだ、そう言ってアゲハはセイバーの肩にポンと手を置く。
それは偽りのないアゲハの本心であるし、セイバーも理解して渋々と頷いている。
背後からは感じたことのない程大きなプレッシャーを感じる。
アゲハは静かに振り返り、バーサーカーと相対する。
忘れもしない、深夜の戦い。
何も出来ず敗れた。
圧倒的な力の差を前に、自分の力だけでは一矢報いることも出来なかった。
だから、アゲハはここでの戦いを引き受けた。
仲間を救いたいのも勿論だが、個人の意思として再戦を望んでいる。
負けっぱなしで、勝ち逃げを相手に許すことは我慢ならない。
「遠坂」
「……なに?」
「――時間稼ぎとは言ったが……別にあいつを倒しても良いんだよな?」
そう言ってアゲハは大胆不敵にも笑みを浮かべる。
それは、諦めに似た自嘲なのか、勝利の確信なのか。
どちらとも判断とれる反応だけれども、凛には分かっている。
「……ええ。そうよ! とっととバーサーカーなんか倒して早く追いかけてきなさいよね」
アゲハは必ずバーサーカーを倒して追いつくことを。
だから、ここはアゲハに任せて先に進む。
必ず再開できることを信じて。
「行け」
そうして凛、士郎、セイバーは屋敷を出ていくと一度も振り返ることなく、深い深い森の中へと消えて行った。
改めてアゲハは前を向いて、二人を見る。
今まで戦ってきたどのサーヴァントよりも強い。
それでも負けるつもりは毛頭ない。
「へー……それで結局アーチャー一人残ったんだ」
「ああ、負けっぱなしは趣味じゃないんでな。悪いが最後まで付き合ってもらうぞ」
アゲハは弓を引くように構え、魔力を集中させる。
まず初めは流星。
この攻撃でどこまで傷つけることが出来るのか。
十三回という驚異の再生回数を誇るバーサーカー相手に接近戦は博打過ぎる。
慎重に、そして確実に。
「良いわ。シロウを殺す前にまず、この思い上がったサーヴァントからやっつけなさい!!」
「■■■―――■■■■■■――■■」
イリヤの命令を受けバーサーカーが跳びかかりに来る。
死ぬかもしれない。
そしたら、全てが消えてしまう。
この世界も、そしてアゲハの世界も。
アゲハにとって聖杯戦争で最大の戦いが始まる。
終わりです。
次からはバーサーカー戦ですね。
キャスター、アサシンのマスターは別にこの先関わりはないと思います。
ので知りたい人は調べてみるのも良いかもしれないです。
では、また。
お久しぶりです。
先週はずっと風邪で調子悪かったため書き溜めも投下しにも来れませんでした。
いま書き溜めているので、もうしばらくお待ちください。
ところで、自分の住んでいる地域では喉がやられる風邪が大流行しています。
自分も声も出せない状態だったのですが、声が出ないって辛いですね。
知り合いにあって、挨拶もかえせないと自分の人格が疑われそうな嫌な気分でした。
大事な電話も出来ませんし。
皆さんも風邪にはお気を付け下さい。
それでは。
少し間が空いて申し訳ありませんでした。
少し忙しい日が続いていたため、中々更新に来られませんでした。
今日から再開します
この城まで来る道のり。
罠を気にしながら慎重に、それでも最大速度で森を駆け抜け四時間かかった。
帰りは来た道を戻るだけなのと、バーサーカーに捕まれば一巻の終わりと言うこともあり、少しは早く森を抜けるかもしれない。
それでもバーサーカーと凛達の速力の差やセイバーの調子を考えると、少なくともここで二時間は足止めが必要とアゲハは考えた。
それが、いかに非現実的な数字かは考えるまでもない。
(だから、ここで奴を倒す。例え――アレを使うことになろうとも)
バーサーカーは何も考えずに一直線にアゲハと距離を詰めようと突進してくる。
覚悟を決めアゲハは流星を構える。
暴王の前ではステータス上での耐久値に意味はない。
敏捷性が高くてもあの体格ではセイバーのように躱すことは出来ないはず。
バーサーカーのクラスは能力が底上げされている代わりに、理性を失い生前の武芸は発揮出来なくなっている。
正面から攻撃が来ると言うのに目にも入っていないのか、狂化による副作用なのか少しも減速せずに突っ込んでくる。
アゲハにとってはチャンスである。
しかし、次に起った光景はアゲハにとって信じられないものであった。
流星はホーミングの必要もなくバーサーカーの肉体にぶつかる、そこまでは良かった。
バラバラにされるはずのバーサーカーの肉体は、苦も無く流星を押し切りアゲハ目掛けて変わらず突進してくる。
途端にアゲハは窮地に追い込まれる。
バーサーカーは目と鼻の先で、避けなければその巨大な戦斧で切り刻まれてしまう。
アゲハは落ち着き冷静にイメージを固める。
練り上げられた力は脚に。
下半身、脚力の筋力に全神経を集中する。
膝を折って、腰を深々と落とす。
十分な力を蓄え、そして床を強く蹴った。
床は耐えきれず陥没し、アゲハは高く飛びあがる。
一瞬でバーサーカーの遥か上空に飛出ると、壁に僅かに存在する窪みに指を懸け体を支える。
敏捷性さえもアゲハを上回るステータスを持ち、加えてあの巨体から繰り出されるリーチとで、半端な左右の動きでは攻撃を躱し切ることは出来ないと判断した。
流石のバーサーカーも瞬時に上までは反応出来なかったのだ。
(一先ずは安心か? それより……あいつの体は……流星が貫通も出来ずに消えるなんて)
それ自体はおかしい事ではない。
暴王の特性からすれば、その許容量を超えれば自壊するのは当然のこと。
しかし、それが武器や攻撃でもなく単なる肉体で起こると言うことは、それだけの魔力を秘めていることになる。
(考えたくないな。しかし、だとするとより質も密度もある攻撃で叩かないとダメージは通らない)
いくつか手はあるが、アゲハはディスクによる接近戦を選択する。
危険はあるが、他の手段が更に危険が付きまとうのでこれでも、アゲハの札の中では安全なものである。
アゲハは少し油断していたのかもしれない。
気づくとアゲハの目の前にバーサーカーが迫っていた。
あの巨体で体重の持ち主がこの高さまで跳び上がることは出来ないだろうと、アゲハは高を括っていた。
バーサーカーは単に体が大きく筋力があるだけでないことを悟る。
しかし反省している場合ではない。
バーサーカーは右手に持っている斧を振り上げ、アゲハを叩き潰そうとしている真っ只中で、すぐに回避運動をとらければ今度こそ命はない。
空中では動きに制限がある。
安易に跳び上がったのは失策だったか。
天井までは余裕がある。
逃げ道は一つしかない。
右腕一本に力集中して、体を引き上げる。
バーサーカーの攻撃は既にいないアゲハの影を切り空を割く。
アゲハは飛び上がり空中で体を上下反転させる。
反転したことで、脚は天井に付き、頭の下にバーサーカーが来る。
飛び上がったときと同じように、天井を強く蹴り、下方にいるバーサーカーへとドロップキックをくらわせる。
アゲハ程度の蹴りが普通なら聞くはずもないが、ここは空中。
支えもない空で思い切り蹴りつけられたバーサーカーは、床に向かって叩きつけられる。
この高さから、かなり速度を持っての落下。
まともなサーヴァントなら多少なりとも手傷は負わせるはず。
アゲハは注意深くバーサーカーから離れた所に着地して様子を観察すると、300キロを超える体重に床は耐えきれず破壊され陥没している。
「ダメージ……はないか」
衝撃で舞った埃が晴れてると、無傷のままのバーサーカーの姿が視認出来るようなっていく。
耐久値の高さは伊達ではないらしい。
とりあえずやることは一つ。
バーサーカーに対して有効な攻撃手段を見つけること。
そのためには攻め込み接近戦を制するしかない。
右手にだけディスクを展開すると動かないバーサーカーに向かってアゲハは走り出す。
先手必勝。
バーサーカーが斧を振りかぶり、アゲハの突撃に迎撃の体制をとる。
それでもアゲハは怯まない。
減速どころか逆に加速して、バーサーカーの間合いに入る。
身長二メートルを超すバーサーカーの方が、攻撃のリーチは遥かに長い。
切りつけるためにはもう二歩程進まねば届かない。
つまり、次の一撃を躱さねばバーサーカーには攻撃することさえも出来ない。
バーサーカーの両腕は振るわれ、斧がアゲハの胴体を真っ二つにしようと襲い掛かる。
速い。
瞬き一つでもすれば胴体が千切れてしまう。
とてもアゲハの自身の間合いに、持ち込むことは出来ない。
その圧倒的膂力が繰り出される攻撃はそれだけで必殺の一撃。
受け止めることも不可能。
だからアゲハは低く低く身を屈める。
踏み出す一歩を大股にして、腰を深く沈める。
上半身は骨格の限界まで折り畳む。
極限まで低く沈み込み、顔は地面に触れてしまいそうな程低い。
右肩に担がれ振り下ろされた斧が髪の毛を掠めて、紙一重で通り過ぎる。
ギリギリの所で躱すことに成功する。
反対にバーサーカーは無防備。
渾身の力で振るわれた攻撃を躱され、上半身はバランスを崩して右に流れてしまっている。
アゲハは左側に一歩踏み出し回り込む。
そこからはバーサーカーの首筋が確実に狙える。
バーサーカーとの身長差は大きい。
普通に向かったのでは首にすら届かない。
アゲハはその深く沈んだ姿勢を維持し、あと一歩と言うところまで迫る。
そして、すれ違いざまに跳び、右腕のディスクを引き首を切り裂く。
(捉えた!)
肉を切る感触が直接伝わってくる。
でも、それにしては軽い。
バーサーカーの首を切断したにしては、軽すぎる触感に違和感を覚える。
それとは別の鈍い感触も。
切り裂きすれ違い、アゲハはすばやく体を反転させてバーサーカーの方に向き直る。
そこには首の直径四分の一程の傷が入っていた。
切断にしては感触がないと思っていたが、深部まで到達していなかったのか。
その理由は右手に目を向けるとすぐに理解できた。
ディスクが崩れていく。
膨大な魔力に耐えきれず、自壊していく。
(一度の攻撃で駄目になるってことは、あいつの魔力が軽く上回ってるってことか? だから流星も……)
悩むアゲハは半ば絶望的な気持であった。
只でさえ何度も殺さないとならないのに、まともに攻撃も通らないとは幾らなんでも辛すぎる。
だが、そんなアゲハの悩みを上回る悲痛な声が屋敷に響く。
「なんで? どうしてアーチャーの攻撃に傷がつけられるの? バーサーカーの能力なら傷一つ付かないはずなのに」
アゲハにはイリヤが何故叫んでいるのか理解できない。
こっちの方が叫びだしたい気分なのに何故あんなにも、イリヤは動揺しているのか。
(傷一つ付かない……か。良く分かんねえがバーサーカーは殺しても死なない位だ。なんらかの防御があるのか?)
アゲハの疑い通り、バーサーカーの十二の試練はある程度以下の攻撃は完全に防ぎ尚且つ、一度受けた攻撃は二度目以降完全に無効化できる。
それに加えて複数回殺さねばならない、反則級の能力を持っている。
しかしそれも結局の所魔術。
全てを喰らい尽くす暴王を止めることは出来ない。
ただ、バーサーカーの誇る膨大な魔力の前に今の暴王では耐えきれないのだ。
(どちらにせよ、オレの攻撃は通用する。更に密度を上げた暴王なら)
絶望的だが勝機はないわけでない。
あまり気が乗る作戦ではないが、攻撃の手段はまだ残されていた。
一時間は走っただろうか。
足場が悪くただでさえ歩きにくい森を、全速力で駆け抜ける。
一分一秒が惜しく、あとどれだけの時間が残されているか分からない。
分かるのは、まだアゲハやられていないこと。
それは令呪を通して凛に教えてくれる。
凛が様子を見ようと振り向くと士郎のスピードが少し落ちて距離が空き始めていた。
それもしょうがない。
なにせ士郎は今セイバーを抱えて走っているのだから。
「大丈夫? 少し速度落としましょうか?」
「いや大丈夫だ。アーチャーが必死で稼いでいる時間だ。俺達が無駄にするわけにはいかない」
最初はセイバーも走っていたのだが、体が付いて行かずいまの形に落ち着いている。
言う通りに士郎はスピードを上げて徐々に距離も詰まってきている。
無論、凛とて本当に速度を落として良いとは思っていない。
士郎の性格を考えれば、この言い方で無理をしてでも凛にペースを合わせることは分かっている。
凛は走りながらも思考を巡らす。
逃げ切り、生き延びるためにはどうすれば良いのか。
あの場での最善策はアゲハを残すことだが、それだけでは足りない。
状況は常に最悪の場合を想定して対策を練り続けなければ、この森から抜け出すことは叶わない。
(最悪の状況はアーチャーはやられ、バーサーカーに追われること。そうなったときのためにセイバーへ魔力を補給させるしかないわ……でも、それにはゆっくりできる場所と相応の時間が必要)
凛はこうなることを見越して来る際に目ぼしをつけていた。
廃墟同然と化した館。
そこでなら、なんとかなるかもしれない。
しかしまだ距離がある。
なので今の所は急ぐしかない。
考え得る状況は考えたはず。
それなのに凛の中の不安は一向に拭えずにいた。
なにか見落としがあるのだろうか。
より大きな、困難が凛を待ち構えている。
そんな、言いようもない、不安が凛に襲い掛かっていた。
「――もう、おしまいなの?」
声は遥か遠い。
水の中から聞くような、はっきりしない音声。
油断はしていなかった。
反応速度や瞬発力はバーサーカーの方が高いが、小柄な体格のアゲハの方が身軽さでは上を行く。
トリッキーな動きで接近戦を互角以上に戦い、最終的には未加工の暴王をぶつけバーサーカーの頭部を完膚なきまでに破壊した。
と話すと簡単な様にも聞こえるが、その道は険しくたった一度倒すために何度死にかけただろうか。
それにチャンスもそうそうあるわけでない。
体力以上に極限までの緊張下で戦い続けていたアゲハは精神的に疲労していた。
一瞬の隙を突かれ、振り上げられた斧を避けることも出来ず、防御の体制もままならないままアゲハはその一撃を身に浴びた。
バーサーカーの筋力を持ってすれば、それが必殺の一撃となった。
体が真っ二つにされることはなかったが、それでも骨は砕け損傷個所からの出血もある。
脳は絶え間なく警告を発し続けている。
これ以上は危険だと。
まだ致命傷となる程の傷ではない。
ダメージは大きいが、体はまだ動く。
しかし。
このダメージで先程と同じように動くことは出来ない。
動きの速さもキレも反応速度も、失血と肉体の損傷で万全とは言い難い。
ここでの戦い、それまでの戦いからもアゲハにはあのバーサーカーの猛攻を避けることは不可能に思えた。
倒すどころか時間稼ぎすらも出来ない。
「バーサーカーを一度殺したことは賞賛に値するわ。でも、これで貴方も、もうお終い。シロウたちもまだ森からは抜け出せていない。倒すことも時間稼ぎも出来なかったわね」
屋敷には無慈悲な声が響く。
戦い始めてから30分。
ここで倒れればアゲハの成したことは何の意味もない。
凛は追いつかれ殺される。
努力空しくゲームオーバーだ。
それに子供たちのことも、あの世界の行く末も、何も変わらず分からないまま。
ここで死んでは、何も変わらない。
「でも結構楽しかったわ。面白いものも見れたし。サヨナラ」
イリヤの言葉を合図にバーサーカーがゆっくりとアゲハに迫る。
その足取りはとてもゆっくりとして、その余裕が一層状況の絶望さを表している。
そんなバーサーカーの動きにさえも、今のアゲハは付いていくのがやっと。
とても戦うことなんて出来ない。
ただ一つ。
その方法を除いては。
出来るだけ使うまいと、心の中で決めていたはずなのに、今となっては不思議と高揚感に満ちていた。
この力を使えばどうなるか自分でも分からない。
もしかしたら魔力の消費が激しく、凛に影響を与えてしまうかもしれない。
それでも、ここで戦わなければ、未来はない。
やることは一つ。
バースト、トランス、ライズ。
三つの力をより高次元でまとめ上げ、精神と肉体の関係性を破壊する。
自分自身を思念体へと変化させる。
そうして思念体は術者の心の底まで映し出す。
守るため。
救うため。
維持するため。
倒すため。
破壊するため。
力が欲しい。
有無を言わさない、絶対的な力。
アゲハの感情に呼応するように。
その身を漆黒の王が包みこむ。
「な、なんなの?」
イリヤは突然の変化に驚きを隠せなかった。
アゲハの姿は異様で、全身を黒く染め上げ、目だけが白く輝きを放っている。
一応人としての形は保っているが。
化け物にしか見えない風貌。
まだバーサーカーの方が人間味があると思えるほどに。
アゲハにとっては三度目のノヴァ化である。
怒りに任せ行使した以前とは違い、穏やかな変化だった。
ノヴァ化と共に周囲の物を破壊すると言ったことも無く、ただ純粋に姿だけが異質なものへ変容する。
“悪いが、遊ぶ時間はない。速攻で潰す”
その言葉は既に声ですらなかった。
発声器官を失ったのか、理由は分からないが、その言葉はイリヤの脳に直接訴えかける。
“流星”
アゲハが右手を前に掲げると背後に無数の流星が現れる。
その数は十や二十ではない、もっと多い。
その全てが、アゲハに掴みかかろうとするバーサーカーに向かい飛んでいく。
「バーサーカー!!」
さっきまでの苦戦はどうしたのか。
バーサーカーの纏う鎧など意にも介さず、容易にその肉体を貫く流星群。
腕は切り落とされ、下半身も原型を留めておらず、止めの一撃がバーサーカーの頭部を襲った。
“後十一回”
体の違和感は直ぐに感じた。
全身から力を吸われるような、虚脱感と倦怠感。
ライダーの結界を何倍も強くしたような症状に凛の足は止まってしまった。
「遠坂!」
士郎は慌てて駆け寄ってくる。
あの遠坂が急に膝をついたのだから、何か重大なことが起きたのかと心配している。
「大……丈夫……と言いたい所だけれど……ちょっと……これは」
凛の呼吸は荒い。
そして、その体調の悪さを証明するように、程なくして凛はその場に横たわってしまった。
「リン、リン! どうしたのですか?」
今や弱っていたセイバー以上に衰弱した様子の凛に、セイバーも不安そうに呼びかける。
顔は赤く染まり、呼吸も荒い症状は、セイバーの魔力切れしたときと良く似ている。
士郎とセイバーは凛の突然の不調に慌てふためいていたが、凛本人には原因が既に分かっていた。
この感覚は魔力が切れかけていることを示していた。
パスを通じて大量の魔力が流れていくのを感じる。
(アーチャー……まさか、奥の手がコレ程のものだったなんてね。そりゃ……使いたがらないのも頷けるわ)
凛程の魔術師をして枯渇させん勢いで魔力を消費するノヴァ化。
アゲハはその燃費の悪さも何となく理解して使用を避けていたが、これ程とは本人も思っていなかったかもしれない。
最もアゲハ本人に今の凛の状態を知る由もないのだが・
とにかくこのままでは不味い。
魔力は刻一刻と凛の体から抜けていき、最悪の場合は死にも至る可能性がある。
仮に死ななくとも、凛の魔力が切れてしまえば、供給は止まりアゲハはノヴァを維持出来なくなる。
そうなってしまえば、それは凛たちの死と意味は変わらない。
ノヴァが解除されたアゲハはバーサーカーに殺される。
だから凛に迷いは無かった。
躊躇いもせず、残された二つの自分のとっておきの宝石を取り出すと、そのまま飲み込んだ。
クラス アーチャー
真名 夜科アゲハ
マスター 遠坂 凛
性質 混沌・中庸
◆ステータス(ノヴァ)
筋力A 敏捷A+ 耐久C 魔力A 幸運C 宝具EX
◆宝具
名称 暴王
ランク EX
種別 ?
終わりです。
8月に入れば書く速度も上がると思いますが、しばらくゆっくりになってしまうと思います。
アゲハは暴王という能力そのものが宝具で、ノヴァはそれを引きだすための鍵だと自分の中では設定しています。
それでは。
???「やはりPSYRENスレは生き残れない運命…」
???「悲しいですね」
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