志々雄「たまには料理でも作ってみるか」(143)

方治「……は?」

方治「志々雄様──」

方治「今、なんとおっしゃられました……?」

志々雄「二度もいわせんじゃねェよ、方治」

志々雄「たまには料理でも作ってみるか、っていったんだよ」

方治「りょ、りょ、料理!? 志々雄様がですか!?」

志々雄「ああ」ニヤッ

志々雄「ほら、亀の姿焼き」ボロンッ

方治「宇水ぃいいいいいい!!!!」

方治「しかし……何故いきなり……?」

志々雄「こうアジトでの生活が長引くと、さすがに退屈になってくるしな」

志々雄「まァ……国盗り前の余興みたいなもんだ」

方治(やはり、このお方は計り知れない……!)ゴクリ…

志々雄「そういや一週間後に、十本刀を集結させる手はずになっていたな?」

方治「はい。新たな指令を与えるため、宗次郎に命じて連絡は済ませております」

志々雄「よし……」

志々雄「その時、この俺自ら十本刀に手料理を馳走してやる」

志々雄「てめぇらの大将の手料理でも食えば、ちったぁ励みになるだろ」

方治「ところで、志々雄様」

方治「失礼ですが……料理をされたことはあるんですか?」

志々雄「不安か?」ニッ

方治「いえ、そういうわけでは……」

志々雄「心配すんな。もちろん板前のように、ってわけにゃいかねェが──」

志々雄「かつて逃亡生活をしてた頃は、当然自炊しなきゃならなかったからな」

志々雄「ま、あとで宗次郎に聞いてみろ。アイツが覚えてるかは知らねェが」

方治「は、はい……」

志々雄「ほら、丸鷄の照り焼きだ!」

方治「ち、張ぉおおおおおおお!!」

志々雄「──てなワケだ」

志々雄「さっそく食材を集めに、出かけてくるぜ」スクッ

方治「は!?」

方治「お待ち下さい、志々雄様!」

方治「料理はともかく、食材など部下に命じて集めさせればよいでしょう!」

志々雄「分かってねェな、方治」

志々雄「料理人にとって料理ってのは、剣客にとっての決闘だ」

志々雄「決闘の行方をモロに左右する要素を、他人任せにする馬鹿がどこにいる?」

方治「し、しかし……」

方治「ただでさえ、志々雄様は明治政府から狙われる身。しかも──」

志々雄「このナリじゃ目立ちすぎるってか?」ニィ…

方治「……おっしゃるとおりです」

志々雄「フッ、これでも元々暗殺稼業で食ってたんだ。隠密行動には長けてる」

志々雄「それに、今の明治政府に俺を殺ろうなんて気概がある奴はいやしねェよ」

志々雄「どいつもこいつも保身に精一杯の二流三流ばかりだからな」

志々雄「んじゃ、出かけてくる。十本刀集結の当日には戻る」

志々雄「留守は任せた」ザッ

方治「あっ、志々雄様!」

方治「ああ……行ってしまわれた」

由美「えぇ~っ!? 志々雄様お一人で!?」

宗次郎「相変わらず大胆な人だなぁ」

由美「なにやってんのよ、方治! なんで止めなかったの!?」

由美「もしも志々雄様の身になにかあったら、どうするつもりなの!?」

方治「しかしだな、どうやって止めろと……」

由美「アンタが志々雄様に料理されちゃえばよかったのよ!」

方治「生憎だが、人肉は不味いと文献で読んだことがある」

由美「なに真面目に答えてるのよ、バカ!」

方治「す、すまぬ」

宗次郎「アハハハ」

方治(これだから女は苦手だ……!)

方治「──ところで、宗次郎」

宗次郎「はい?」

方治「お前はかつて、志々雄様と放浪生活をしていた時期があったと聞いているが」

方治「その時、志々雄様が料理をしたことがあるというのは、まことか?」

宗次郎「ん~……ああ、ホントですよ。懐かしいなぁ」

宗次郎「ボクが食糧を盗んで、志々雄さんが刀でそれを斬ったりしてくれました」

方治「で、味は?」

宗次郎「あんまり覚えてませんけど……」

宗次郎「いつも空腹でヘトヘトだったんで、きっと美味しかったはずですよ」

方治(普通味ぐらい覚えているもんだろうが! まったくどいつもこいつも……!)

由美「羨ましいわぁ……志々雄様の手料理なんて……」

方治(志々雄様が作る料理……いったいどんなものなのか?)

方治(この“百識”の方治でも、まったく想像がつかん!)

方治(だが、信じるのだ!)

方治(主を信じるのは臣下として当然の務め!)

方治(明治政府のブタどもによって仕立て上げられた灼熱地獄をも乗り越えられた)

方治(志々雄様ならばきっと──)

方治(皆が驚嘆するような料理を作って下さるに違いない!)

一週間後──

方治「栄えある十本刀の精鋭たちよ!」

方治「各自、任務や修業で忙しい中、遠路はるばるよくぞ集まってくれた!」

張「ま、ワイは大阪やからほとんど小旅行気分やけどな」

鎌足「そりゃあ愛する志々雄様のためですもの~!」

由美「…………」イラッ

才槌「あいにく不二は外で待機じゃがのう。あやつはアジトに入れんからな」

才槌「ところで肝心の志々雄様がおらんようじゃが……どうされたのかな?」

方治「志々雄様は──」

方治「現在、諸君らのために厨房で手料理を作っておられる!」

ザワッ……!?

蝙也「将来この日本を支配される方が、料理を?」

蝙也(……料理など将棋の盤上にすら上がれぬ女のすることだ)

蝙也(いったいどうされたのだ、志々雄様は)

夷腕坊「ぐふふ?」

宇水「フッ」

宇水「志々雄も落ちたもんだ」

宇水「これはそろそろ殺り時かもしれんな」ニィッ…

方治「口を慎め、宇水!」

安慈(志々雄殿の手料理、か。意外な一面もあったものだ)

宗次郎「まあまあ、皆さん」

宗次郎「ここはひとまず落ち着いて、志々雄さんを待ちましょうよ」

宗次郎「もし美味しくなかったら、不味いっていってあげればいいんですから」

鎌足「あらぁ~志々雄様が作ってくれた料理なら、なんでも美味しいわよぅ」

由美「ホホホ、そうね」イライラ…

宇水「ふん……」

一時間後──

志々雄「待たせたな」ザッ

方治「おお、志々雄様!」

張「ワイ待ちくたびれて、もう腹ペコですわ」グゥゥ…

志々雄「悪ィな。久々だったんで、ちと手こずっちまってな」

志々雄「ここで俺から提案がある」

志々雄「三品作ったが、全部いっぺんに出すってのも芸に欠ける」

志々雄「ってなワケで、一品ずつ出すことにしたいがかまわねェよな?」

才槌「もちろん、かまいませんぞ」

鎌足「志々雄様ったら、じらし上手なんだから、もう!」

宇水「フッ、もったいぶりおって。酷評してやるから覚悟するといい」

志々雄「もちろん、遠慮はいらねェさ。不味かったら捨ててくれてもかまわねェ」

志々雄「一品目はこれだ」バッ

蝙也「これは──」

宇水(豆腐とネギと醤油と生姜の匂い……ということは──)クンクン

方治「冷奴!?」

安慈「ほう……」

宗次郎「へぇ~、豆腐がみずみずしくてキレイだなぁ」

才槌「ふひょひょ、年寄りには有難い一品じゃのう」

由美(本当に志々雄様の手料理が食べられるなんて、夢のようだわ)

宇水「まさか、あの志々雄が本当に料理を作るとはな」

宇水「しかしながら、志々雄よ」

宇水「こんなもの、はっきりいって誰にでも作れる。目の見えぬ私にもだ」

宇水「やはり剣客に料理はできんようだな?」ニィッ

志々雄「宇水、そいつは食ってから判断しても遅くねェぞ」ニィッ

宇水「ふむ……」モグッ

宇水「──こ、これは!?」

宗次郎「さっぱりしてて、美味しいですね!」

由美「豆腐と薬味の配分が絶妙だわ!」

鎌足「剣では無敵を誇り、しかも料理までできるなんて……天は二物を与えるのねぇ~」

蝙也「今までに食べた冷奴で一番かもしれん……!」

才槌「ひょ~っひょっひょ! こりゃあたまらんわい!」

夷腕坊「うまい、うまい!」

安慈「……いい味をしている」

張「これ、ごっつ美味いでぇ!」

張「この絹ごし豆腐のふんわりとした舌触りを──」

張「薬味である生姜とネギがピリリと引き締めとる! まさしく“まっち”しとるんや!」

張「ただ豆腐に薬味乗せただけじゃ、こうはならん!」

張「これはまさに──」

張「味の……」

張「味の大化の改新やでぇ~っ!」

志々雄「落ちつけ、張」

方治「…………」モグモグ…

志々雄「気に入ってもらえたようでなによりだ」

志々雄「一週間かけて、いい材料を仕入れてきた甲斐があったってもんだ」

志々雄「んじゃあ、とっとと次行くぜ」

志々雄「次は──」

志々雄「コイツだ!」バッ

蝙也「おおっ!」

才槌「なんじゃと!?」

宇水「これは野菜、か……?」

志々雄「そのとおり」

志々雄「コイツは野菜盛りだ!」

宗次郎「色とりどりの野菜が、キレイに盛られてますね! どうしたんです、これ?」

志々雄「調達してきたんだよ……タダでな」ニィッ

宇水「──笑止!」

宇水「こんなもの、ただ皿に野菜を盛りつけただけではないか!」

宇水「冷奴以上に料理とはいえんぞ!」

志々雄「ただの素振り一つでも、剣客の技量は問われるもんだ」

志々雄「文句があるんなら、まずは食ってからいうんだな」

宇水「ふむ……」モグッ

宇水「──こ、これは!?」

宗次郎「とても新鮮ですね。シャキシャキとした歯応えがあります」

由美「わずかにふりかけられた塩が、野菜の味を高めているわ!」

鎌足「また私、お肌がキレイになっちゃうわぁ」

蝙也「今までに食べた野菜盛りで一番かもしれん……!」

才槌「ひょ~っひょっひょ! こりゃあクセになるわい!」

夷腕坊「うまい、うまい!」

安慈(昔、椿たちと畑を耕していた頃を思い出す……)

張「茄子! 胡瓜(キュウリ)! 赤茄子(トマト)! 南瓜(カボチャ)!」

張「大根! 萵苣(レタス)! 白菜! 人参! 菠薐草(ホウレンソウ)!」

張「全てが新鮮で、全てが美味や!」

張「しかも、このふりかけてある塩……これは岩塩やな!」ニヤッ

張「ワイの舌はごまかせへん!」

張「岩塩独特の風味が、野菜同士で味を競わせ、それを昇華させとるんや!」

張「これはまさに──」

張「味の……」

張「味の戦国時代やでぇ~っ!」

志々雄「頭がさらに逆立ってるぞ、張」

方治「…………」モグモグ…

志々雄「さぁて……」

志々雄「いよいよ大トリだ」

志々雄「豆腐と野菜で胃袋も調子が出てきた頃だろうし」

志々雄「お待ちかねの三品目に移らせてもらうぜ」

鎌足「待ってましたぁ」

蝙也「次はいったいどんな料理が……!?」ドキドキ…

志々雄「コイツも野菜と同じく新鮮さが命なんでな──とっとと出すぜ」

志々雄「三品目は、これだ!」バッ

夷腕坊「ぐふっ!?」

由美「えぇっ!?」

宇水(魚介類と酢飯の匂い……)クンクン

宇水「──握り寿司か!」

志々雄「ご名答」

宗次郎「色々な具が並んで、ずいぶん本格的ですね」

由美「まさか志々雄様が寿司を握れただなんて……」

宇水「フ……」

宇水「フ、フフフ……」

宇水「フハハハハハハハハハハッ!」

志々雄「何が可笑しい?」

宇水「とうとう馬脚をあらわしおったな、志々雄!」

宇水「寿司とは、単に酢飯に魚介を乗せたものに非ず!」

宇水「あの握りと呼ばれる技術には、相当の熟練が要求される!」

宇水「琉球を出て、初めて食った寿司の美味さは今でも忘れられん!」

宇水「長年剣客として生きてきたお前に、あの食感を出せるわけがない!」

宇水「お前はとんでもないあやまちを犯してしまったのだ!」

宇水「今度こそ酷評を下してやるぞ!」

宇水「フハハハハハハッ!」

志々雄「いうじゃねェか、宇水」

志々雄「だったら……まずは食ってみなッ!」

宇水「ふむ……」モグッ

宇水「──こ、これは!?」

宗次郎「すごいなぁ、これは本当に美味しいや」

由美「噛めば噛むほど、志々雄様の情熱で鼻がツ~ンとするわ! あ、これワサビね」

鎌足「志々雄様の手で握られたってだけで、興奮してきちゃうわ……」

蝙也「今までに食べた寿司で一番かもしれん……!」

才槌「ひょ~っひょっひょ! こりゃあヤミツキになるわい!」

夷腕坊「うまい、うまい!」

安慈「うむ、文句なしの素晴らしい味だ!」

張「こりゃあすごいで!」

張「寿司の握りを極めるには、十年以上の歳月が必要っちゅうハナシやけど──」

張「志々雄様はすでにその域に達しとる!」

張「ネタの新鮮さを微塵も損なわんこのふんわりとしたシャリの食感──本物や!」

張「さらに──」

張「このなんやよう分からん白い糸みたいなんが、絶妙な隠し味になっとる!」

張「これはまさに──」

張「味の……」

張「味の明治維新やでぇ~っ!」

志々雄(白い糸? しまった、包帯つけたままの手で握ってたからな……)

方治「…………」モグモグ…

志々雄「どうだ宇水?」

宇水「!」ハッ

志々雄「ずいぶんと平らげたようだが、まさか不味いとはいわねェよな?」ニィッ

宇水「う、うぐぐ……っ!」ギリッ…

宇水「よもやこんなことになろうとは……一生の不覚!」

宇水「い、いつか必ず──我が故郷の琉球料理で逆襲してやる!」

宇水「首を……舌を洗って覚悟しておけ!」

志々雄「いいぜ。いつだって受けて立ってやるよ」

宗次郎「ハハハ、宇水さんも負けず嫌いだなぁ」

由美「だったら私も作るわ! 志々雄様のために!」

鎌足「あら、私だって負けなくてよ」

蝙也「俺の空中料理を披露する時が来たか!」

才槌「ふひょ~っひょっひょ! わしもちょいと料理にはうるさいぞい」

夷腕坊(料理か……たしかに芸術家としてこの分野に挑戦するのもアリかもしれん)

安慈「私もいずれ、皆に精進料理を振る舞うとしよう」

張「ワイは食う方に専念させてもらうで」

方治「…………」

方治(バカな! バカな! バカな! バカな! バカな!)

方治(こんなことがあっていいのか……?)

方治(いや、志々雄様を信じるのだ!)

方治(主を信じるのは臣下の務め!)

方治(そうだ、信じろ!)

方治(志々雄様は断じてこのまま終わる方ではないのだ!)

方治(信じるのだ……佐渡島方治!)

志々雄「……さて」

志々雄「食ってばかりでノドも渇いたろうから、そろそろ飲み物でも出すか」

宗次郎「さすが志々雄さん、用意がいいですね」

張「たしかにワイも、しゃべりすぎてノドが渇いたとこだったんですわ」

志々雄「フッ……ちょっと待ってな」

方治(──やはり!)

方治(志々雄様はこのまま終わる方ではなかった!)

方治(やはり志々雄様は私が崇めるに相応しいお方!)

方治(弱肉強食を体現なされるお方!)

方治(日本を統べるに相応しいお方!)

方治(志々雄様のためならば、私は蛇蝎にすらなれるッ!)

志々雄「俺自ら、神戸の六甲山で汲んできた水だ。喉を潤すにはこれ以上ない一品だ」

宗次郎「よく冷えてて、美味しいですね!」

宇水「ふん……(くそっ、水までも美味いだと!?)」

由美「あ~……一気に飲めちゃうわ。お代わりあります?」

鎌足「私たちのためにこんなにして下さるなんて、志々雄様って本当にステキ」ポッ…

蝙也「さっぱりしているな。これはいい」

才槌「ひょ~っひょっひょ! この年寄りの体に優しく染みわたるわい!」

夷腕坊「うまい、うまい」

安慈「いい舌触りだ」

張「このさわやかな喉越し! これはまさに味の文明開化やでぇ~っ!」

方治「…………」グビグビ…

方治「──志々雄様ッ!!!」バンッ

ザワッ……!?

志々雄「……ん?」

由美「ちょ、ちょっと、どうしたのよ方治!?」

宗次郎「なんだか怒ってるみたいですね」

方治「十本刀、“百識”の方治」

方治「本日志々雄様の手料理の数々、存分に堪能させていただきました」

方治「──しかし!」

方治「臣下として、一点だけどうしても申し入れたいことがあるのです!」

志々雄「ほう……」

志々雄「方治、まさかてめぇがこの俺に意見しようとはな」

志々雄「だが、これだけの部下の前で俺に恥をかかせようってんだ」

志々雄「もし的外れなことをほざいたら、それなりの覚悟はできてるんだろうな?」

シ~ン……

方治「…………」ゴクリ…

方治「む、無論です……!」

志々雄「よし許す。いってみろ」

方治「志々雄様──」

方治「何故、本日の料理には志々雄様の象徴ともいえる」

方治「“炎”を使ったものが、一品もなかったのですかッ!!!」

志々雄「…………」

志々雄「あ」

志々雄「……すまねェ」





                                     おわり

~ おまけ ~

兵士「あの、不二様……」

不二「……ん?」

兵士「冷奴と野菜盛りと寿司と水です。志々雄様から差し入れとのことです」

兵士「ここに置いておきますね」

不二「ありが、とう……」

不二「…………」モグッ

兵士(全部、一口で食べた……!)

不二「う、うま、い……」ニコッ

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