グリP「かなとしほ」(29)

 可奈の朝は、インコのけるちゃんに挨拶をすることから始まります。
「クルクル!ピロロ!」と、けるちゃんは歌を歌うように声を上げるので、可奈もそれに合わせて歌います。
「グッドモ~ニング♪ おはよ~う♪ 今日もいい日にできるかな~♪」
明るく朗らかな歌声が部屋中に響きます。
「よしっ! 今日も喉の調子はバッチリ!」と、可奈は言って、食卓へと駆けて行きました。

 「おはよう! お母さん」と、可奈は言いました。

「おはよう、可奈。今日も元気いっぱいね」と、お母さんは言いました。

可奈は、こうしていつも笑顔で迎えてくれるお母さんのことが大好きでした。

だから、朝ご飯の途中でもたくさんのことを話したくて、ついついお箸が止まってしまいます。

「ほらほら、手が止まっているわよ。今日から忙しくなるんでしょ? だったら、しっかり食べていかないと」と、お母さんは少しばかり呆れながら時計を見ました。

「あ! そうだった! 急がなきゃ」

こう言って、可奈は大慌てでお皿に残っていたものを口に入れ、身支度を整え、玄関を飛び出しました。

 この日は可奈にとって、ユニットでの活動が始まる特別な日だったのです。

一週間ほど前にプロデューサーから告げられた時の胸の高鳴りは、今でもはっきりと覚えています。

可奈は信じることができなくて、何度もプロデューサーに聞き返しました。

その度に、プロデューサーはふふっと笑いながら首を縦に振りました。

可奈は自分の体の中から力が溢れてくるのを感じました。

一人ではできないことを誰かと作り上げられることが嬉しくてたまらなかったのです。

それから、可奈の気持ちが高ぶったのにはもう一つわけがありました。

それは、パートナーが志保だったことです。

可奈と志保は同い年でしたが、これまでレッスンに居合わせても話をする機会がほとんどありませんでした。

しかし、ユニットを組むとなれば自然と会話をすることになるでしょう。

二人の良いところをいっぱい足して、魅力を広めちゃおう。

こう思って、可奈は興奮のあまり歌いだしそうになるのをなんとか抑えて劇場へ急ぎました。

ところが、レッスンを重ねても、可奈が思い描いていたようになることはありませんでした。

物事はなかなか思い通りにはならないと言いますが、可奈はそのことをいたく実感しました。

志保は非常に練習熱心で、決められた二人きりの合同レッスンでもてきぱきと課題をこなしていました。

可奈は、なにもかもに興味を惹かれました。

歌唱も、姿勢も、集中した眼差しも、……。

大勢が集う場所で一緒に練習していた時よりも鮮烈に映りました。

可奈は、足を引っ張ることだけにはならないように、私ももっと頑張ろうと思いました。

そして、志保と練習法をきっかけに話してみようと考えました。

けれども、志保はレッスンの時間が終わると、荷物を素早くまとめて部屋から出て行きました。

可奈は、志保とあいさつをしたり、連携を確認したりする時に言葉を交わしましたが、ほとんどこれまでと変わりませんでした。

そこで可奈は、メールアドレスの交換を提案することにしました。

そうして、二人で時間を合わせて、場所を借りてレッスンしたいことを伝えましたが、そのメールが返ってくることはありませんでした。

志保は一日のレッスンが終わると、時計を確認しながら弟のいる学童保育所へと行きました。

そして、劇場の仲間たちが聞いたら思わず目を丸くするような優しい声で声をかけ、手を繋いで帰りました。

「お姉ちゃん、何も手まで繋がなくていいと思うんだけど……。もう僕四年生なんだよ?」こう言って、弟は困ったような表情をしました。

「まだ四年生だからよ」と、志保は言いました。

弟も志保のことは大好きでしたから、こうして一緒に帰って、買い物に寄って、楽しく夕食を食べる生活は気に入っていました。

友だちにからかわれることも気になりません。

ただ、つきっきりで面倒を見てもらう時間が多いことは引っかかっていたのですが。

志保は、夕食を摂り終えると自室に籠って復習をしていました。

トレーナーさんに撮ってもらった映像を確認しながら、一つ一つの動きを丁寧に見直します。

足音が弟の邪魔にならないように、座りながらでもできる柔軟も取り入れた練習は、お母さんが帰ってくるまで続きました。

その間、可奈からのメールも届いていました。

しかし、練習中で、かつ普段から家族以外とのやり取りをしない志保が気づいたのは、日付が変わろうとしているころでした。

朝になり、可奈は受信件数が変わっていなかったのでほんの少しだけ頬を膨らませました。

可奈はさっとけるちゃんの鳥かごの前に行くと、いつものように挨拶をしました。

「へこたれても~♪ 信じるんだも~ん♪」と、可奈は歌いました。

「クルクル! ピロロ!」と、けるちゃんは綺麗な声で返事をしてくれました。

その声は、「可奈ちゃん、がんばってね!」と言っているように思われました。


すると、突然部屋のドアが開いて、お母さんがこう言いました。

「こら、可奈。歌うのはいいけど、声量は抑えなさいって言ってるでしょ!?」

「はれっ!? そんなに声出してないつもりだったのにー……。ごめんなさーい」

「まったく……。こんなに近くで大声出したらけるちゃんもびっくりしちゃうでしょ? ねぇ?」と、お母さんは言って、鳥かごの中にいるけるちゃんの様子をうかがいました。

けるちゃんは変わらず楽しそうに鳴いています。

けるちゃんは調子外れの可奈の歌声にも嬉しそうに合わせてくれるので、自然と可奈も元気が出るのです。

レッスンの時間が近づくと、可奈のもとへ志保が歩いてきました。

可奈は志保からメールが遅れた理由を聞き、胸をなでおろしました。

しかし、借りようと思っていた部屋には既に先客がいたので、結局二人で特訓をすることは叶いませんでした。

お互いに学校が忙しくなり、レッスンにも最低限の時間しか割けず、可奈は志保とのコミュニケーション不足からくる不安が募りました。


でも、可奈は志保とメールのやり取りをするようになりました。

何度か続けていくうちに、トレーニングに関することであれば大抵返信がくることが分かったので、ストレッチのやり方を教わりました。

可奈は、受信箱に少しずつ増える志保からのメールの一覧を眺めて顔がほころびました。

そして、もっとお話したいなと思いました。

そうこうしているうちに、プロデューサーの前でこれまでの成果を発表する機会が訪れました。

これまで練習してきた課題曲を二人で披露します。

可奈は指定された場所に立ちました。

視界に入る志保からは自信が感じられました。


限られた時間だったけれど、これまで一緒に練習してきたんだもん。

私だってちゃんとできるもん。と、可奈は自分に言い聞かせました。

発表はほろ苦い結果に終わりました。

可奈はピリピリとした緊張感が良い方向に作用して、音程はいつもより安定したのですが、声量を抑えられずにバランスを崩してしまいました。

一方志保は、歌唱もステップも合格点の内容でしたが、二人が交差をするタイミングに遅れてしまい危うく衝突してしまうところでした。


プロデューサーは、発表が終わった二人の呼吸が落ち着くのを待ってから座らせるとこう言いました。

「うん。二人とも頑張って練習してきたことがよく分かったよ。」

可奈は、その言葉に安心して一つ息を吐きました。

志保は変わらず険しい表情のままでした。

「ミスをしたところは、二人が一番分かっていると思うから、しっかりと話し合って改善していこうね」と、プロデューサーが言いました。

二人は静かに頷きました。

「次の発表は一週間後でいいかな? 後は……、難しいなとか厳しいなと思った時には俺でもトレーナーさんでもいいから早めに言ってね。ちゃんと次のやり方は用意してるから。それから、ちゃんと休む時には休むこと」

「プロデューサさん……」可奈は、レッスンが終わるとすぐさまプロデューサーに駆けよりました。

「お疲れ可奈。何かあった?」と、プロデューサーは言いました。

「あのですね……。志保ちゃんともっと一緒に練習したいんですけどなかなか都合が合わなくて…。どうしたらいいですか……」と、可奈は弱った声で悩みを打ち明けました。

「うーん、もうメールでは連絡取りあってるんだよね? だったら、レッスンの前に集まるのはどうかな?」と、プロデューサーは言いました。

可奈は、これまでのレッスン前の風景を思い浮かべました。

志保は、ほぼ毎回、時間が近づき可奈の準備が整ったころに部屋に入ってきていました。

可奈は学校が長引いていたのだと思い、聞くこともしていませんでした。

「志保ちゃんは、そんなに前から来てるんですか!?」と、可奈は思わず身を乗り出しながら言いました。

プロデューサーは可奈を落ち着かせて、時計を指さしながらこう言いました。

「トレーナーさんから聞いた話だけど、30分前には来てるみたいだよ」

可奈は、改めて志保の練習に対する厳しさを知ったと同時にやる気が込み上げてきました。

ところが、プロデューサーはこう続けたのです。

「でもね、今のまま集まれたとしても、もったいない時間で終わってしまうかもしれないよ。可奈、だいぶ焦ってるんじゃない?」

可奈は、その言葉に何と返せばいいのか分からず、黙ってしまいました。

今日の発表でこれまで抱いていた不安が的中してしまい、その解消に先走っていました。

「今日見ている感じだと、志保も焦りは感じているように見えたから、今はお互い気分転換でもしてほしいかな。可奈は最近、ここ以外で歌ってる?」



「朝はけるちゃんと歌うけど、それ以外は……。…えへへ! そうですよね! 私が暗い顔してたら、志保ちゃんも迷っちゃいますよね。元気出して~♪ 走りだして~♪ ゴーゴゴー♪ …なんでそんな顔するんですか…?」


その日の夜、可奈はふかふかの布団に包まれて眠りました。

こんなにゆっくりと身体を休めることができたのは、ずいぶん久しぶりのことでした。

 志保は、発表のことで頭がいっぱいのまま夜を迎えました。

「ミスはあったけど、これから頑張れば補える範囲のはず。矢吹さんだってがんばっていた。プロデューサーさんも及第点はくれた。なのに、このしっくりこない感じは何なんだろう……」と、志保はぶつぶつと呟きながら、映像を繰り返し見続けました。

一人だったら……。そんなことが頭をよぎり、ぶんぶんと首を振りました。

志保はユニットを組むことを告げられた時も、特別に思うことはありませんでした。

周りを見ていれば、いずれ順番が回ってくることは明白でしたから。

一人でやってきた時にはなかったこのもやもやこそが、プロデューサーから課せられた今回の宿題。

頭では分かっているだけに、余計に悔しくて練習に打ち込んでしまうのでした。

「お姉ちゃん、ドラマそろそろ始まるよ」と、弟が部屋の外から言いました。

けれども、今の志保はそれどころではありません。

「録画しておいて。後で見るから」と、志保は弟に伝えました。

志保は、この壁を早く超えたい、早く超えたいとばかり焦っていました。

ですから、大切にしているぬいぐるみがベッドから落ちかけていることも、本棚からちょっと飛び出た絵本も気に掛けませんでした。

 あくる日、可奈は朝から良くないことが続きました。

体育の授業では体操服を後ろ前に着てしまい恥ずかしい思いをし、給食では納豆に苦戦して昼休みがいつもの半分になってしまいました。

せっかく気持ちの良い夜を過ごせたのに、時間を追うごとにため息が積もっていきました。

でも、可奈がそれよりも心配していたのは志保のことでした。

もしプロデューサーが言うように志保も焦っているのであれば、助けになりたいと思っていたのです。

そこで可奈は、いつもは休憩用のお菓子を買いに行くところを、直接劇場へと向かいました。

出欠を確認する名札に目をやると、志保はまだ来ていないようでした。

可奈は屋上へと上りました。やはり今日の出来事が気になって、まずは自分が気分転換をしようと思ったのです。


屋上へと繋がるドアに手を掛けて押してみると、そこには一人で遠くを見つめる仲間の姿がありました。

 屋上には、志保がいました。可奈には志保がどこを見ているのかは分かりませんでしたが、微動だにせず集中しているようでした。

「今の私には話かけないで」可奈は志保のその姿勢からそのことを感じました。

「それでも、これはチャンスだよね」可奈は呟きました。

可奈はドアの隙間から志保の様子を窺っていましたがなかなか行くことができません。

可奈は昨日の会話を思い起こしながらこう思ったのです。


「まずは、私が私らしく。私は猪突も~しん! も~も~しん!」


可奈は目の前にいる志保のことで頭がいっぱいになりました。

そして、身体の中から沸きあがる力に任せて志保が一息付いた瞬間に呼びかけました。


「志保ちゃん!!」


その声は発した可奈も驚くくらい大きく、思わず口を塞ぎました。

志保は何が起こったのかという戸惑いの表情をしています。

「……えっと、矢吹さん?」

「う、うん。屋上にきてみたら志保ちゃんがいたから、声掛けたくなっちゃって。邪魔だったかなー……」

「ちょうど終わったところだから……。それじゃあ、この後のレッスンで」と、志保は言うと早足でドアの方へとやってきました。

可奈は考える暇もなく進行方向に立つとこう言いました。

「あのね志保ちゃん。私、志保ちゃんに話したいことがあるんだ。だから、今からちょっと時間もらってもいい?」

 二人は先ほどまで志保がいたフェンスの近くに並んで立ちました。

「それで、話って何?」と、志保は言いました。

「私、もっと志保ちゃんと一緒に練習をしたいなって思っていて。レッスン前にこうやって集まって練習できないかな?」と、可奈は言いました。

「合同レッスンならトレーナーさんに見てもらいながらやってるじゃない」

「それでは足りないというか…、なんというか…。それに、私、志保ちゃんとお友だちになりたいんだもん!」

可奈は志保に思いの丈をぶつけました。


志保は、少しだけ拍子抜けしました。

けれども、次第に可奈の熱意に動かされていきました。

今までと違う道が現れたことによるものもありましたが、なによりも可奈がとても楽しそうに話すものですから志保もちょっとワクワクしていたのです。

ちょっとだけですけど。

「分かった」と、志保は言いました。

「え、ほんとにいいの? やったー♪」と、可奈は思わず叫ぶように言いました。

「えっと、じゃあ、これからよろしくね! 志保ちゃん」こう言うと可奈は右手を前に出しました。

志保の右手も自然と吸い寄せられるように出ました。


「えへ♪ 手と手を繋げば友だち! だね!」

「なに? それ」

「朝見てるアニメで言ってたんだー。志保ちゃんはアニメとか見ないの?」

「アニメはあまり……」

「そっかー。ふぅ。でも何だか安心しちゃった。はれ!? 安心したら鼻がムズムズしてきた……。ハッ、ハクション」

「え!? ちょっと矢吹さんティッシュは?」

「うーん、どこに入れたっけ」

「あぁもう。はい、ティッシュ」

「えへへ。志保ちゃん、ありがとう…!」

「はいはい。ほら、中に戻るわよ」

 それから、二人は徐々に一緒にいる時間が増えていきました。

レッスン前の練習はもちろん、合間の休憩時間、おやつを共にすることもありました。

可奈にとって、毎日新しい発見があるのはとても楽しいことでした。

二人しかいない練習では会話も生まれ、お互いの癖も見つかりました。

可奈にとって意外だったのは、志保がかわいいものが好きだったことです。

志保に聞いても教えてくれませんが、ペンケースからキーホルダー、下敷きまでかわいい黒猫さんで統一されていたのできっとそうです。

ヤキニクマンのステッカーがバッグから顔をのぞかせていたことも忘れません。

志保はこれまでと違うペースになかなか慣れませんでした。


しかし、自分でも気づく変化がありました。

それは、これまで抱えていた悩みについて考える時間が減っていったことです。

そうして重りが取れてきた心には、可奈の笑顔やひたむきさがじんわりと沁み込み、ゆっくりと膨らんでいきました。

 一週間が経ち、プロデューサーと約束をした日がやって来ました。

可奈には前回はなかった自信がありました。

視界に入る志保とも通じ合っているように思えました。

声のバランスも二人の間隔も整いました。

プロデューサーはその出来に驚き、発表を終えた二人を大きな拍手で迎えました。


可奈はほとばしる喜びのあまり、大きな声をあげました。

「やったー! できたー♪」可奈は思い描いていた成果を上げることができたのです。

プロデューサーはトレーナーさんと言葉を交わしながら笑っています。

それから、志保の方へ振り向くと志保は胸に手を当ててじっとしていました。

「志保ちゃん、身体どうかしたの? 大丈夫?」と、可奈は心配そうに言いました。

「大丈夫」と、志保は小さな声で言いました。


この時志保は、言葉にならないたくさんの感情が沸きあがってきていました。

可奈に部分的とはいえフォローしてもらった悔しさもありました。

けれども、それよりも抑え込めなくなりそうなくらい大きな達成感がありました。


「あ、あの、矢吹さん。その…、ありがとう。」と、志保は言いました。

可奈はきらきらとした目を更に輝かせながら「うん! こちらこそ♪」と、言いました。

志保はその笑顔がなんだか嬉しくて、もう一度お礼を言いました。レッスン室中に笑顔があふれました。

 二人は翌日から一段階上のレッスンを受けるようになりました。

やることはたくさんありますが、二人なら大丈夫です。

可奈は、レッスンとは別に新しい目標ができました。

志保に名前で呼んでもらうことです。自分から志保に頼むことはしませんでした。

志保がもっと仲良くなりたいと思ってくれるようになれば、自然と呼んでくれると考えたからです。

そのためにも、可奈は志保と一緒にいられる時間を大事にしようと張り切るのでした。


「これからも~♪ 私達の歌を~♪ 歌い続けるんだもーん♪」

おしまい

拙い作文でしたが、お付き合いいただいた方、ありがとうございました
明日はミリオンライブ一周年! おめでとうございます!
けるちゃんはゲーム中に登場しますが、可奈の歌を好んで聴いてくれるかは分かりません

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