<公衆トイレ>
紳士「あの……」
清掃員「はい?」ゴシゴシ
紳士「大変申し訳ありませんが、用を足してもよろしいですか?」
清掃員「あ、どうぞどうぞ」
紳士「では失礼して」スッ
清掃員(ずいぶん礼儀正しい人だな)
ズボンのチャックを開き、立ち小便を始める紳士。
紳士「…………」ジョボジョボ…
清掃員「…………」ゴシゴシ
紳士「…………」ジョボジョボ…
清掃員「…………」フキフキ
紳士「…………」ジョボジョボ…
清掃員「…………」ゴシゴシ
紳士「…………」ジョボジョボ…
清掃員「…………」フキフキ
紳士「…………」ジョボジョボ…
清掃員(──長っ!)
紳士「…………」ジョボジョボ…
清掃員(全っ然、途切れない!)
清掃員(いくらなんでも長すぎるだろ!)
清掃員(普通小便なんて、長くてもせいぜい数十秒ってとこだろ!?)
清掃員(いったい何リットル小便出してんだ!?)
紳士「……ふぅ」ブルッ
清掃員(あ、やっと終わった)
紳士「では失敬」ペコッ
清掃員「い、いえ」
清掃員(しかも──)チラッ
清掃員(あれだけ小便を出したのに、便器の外にはまったく飛び散っていない……)
清掃員(長年この仕事やってるけど、こんな人を見るのは初めてだよ)
<町>
紳士(やれやれ、さっきは掃除の人に迷惑をかけてしまったな)
紳士「──ん?」
少女「マッチはいかがですか~! マッチョもいかがですか~!」
マッチョ「いかがですかぁ~」
少女「あたしのマッチは世界でイチバン!」
少女「マッチョは一時間につき銅貨一枚でどんな力仕事でもやりまぁ~す!」
マッチョ「どんな、はちょっと誇大広告じゃないかな……」
紳士(そういえば、この町には──)
紳士(マッチを売る少女と、力仕事の依頼を受けるマッチョのコンビがいると聞いた)
紳士(なんでも二人は同い年のみなしごで)
紳士(町の人からは『マッチョ売りの少女』と親しまれているという)
紳士(……多分、彼らのことだな)
紳士は少女とマッチョに声をかけることにした。
紳士「こんにちは」
少女「あ、こんにちは~! マッチはいかがですか?」
少女「マッチョもいかがですか?」
マッチョ「ボクは……力だけなら自信あります」ムキッ
紳士「たしかにすごい筋肉だね。だが、今はあいにく間に合っていてね」
紳士「だけど……せっかくだからマッチを一ついただこうかな」
少女「ありがとうございま~す!」
マッチョ「ありがとうございます」
紳士(──む、これはなかなかいいマッチだ)
紳士「このマッチ、試しに一本ここですってみてもいいかね?」
少女「もっちろん! どうぞどうぞ!」
初春「糞スレが伸びてる理由もわかりませんし」
初春「百番煎じのSSは、タ書いてる奴も読んでる奴も何考えてるんですかねぇ」
初春「独自性出せないなら創作やるんじゃないっつーの」
初春「臭過ぎて鼻が曲がるわ」
初春「結果スとして面白くないのは許せます。許せるだけで面白くはないんですが」
初春「パクリ二匹目のドジョウ百番煎じは許ケせませんね。書いてて恥ずかしくないんですか?」
初春「ドヤ顔してる暇があればとっとと首吊って死ねよ」
初春「まあ、一番の害悪はそういったSSを持テち上げてる人たちなんですが」
佐天「初春?」
初春「そうネットに書いてありました」
佐天「なんだネットか」
紳士「…………」シュッ
ボッ……
紳士(ふむ……)
紳士(火は大きすぎず、小さすぎず)
紳士(穏やかで、それでいてマッチとしての使命を果たそうという力強さがある)
紳士(なんというか……心の中まで灯されるようだ)
紳士「このマッチは……実にいいマッチだね」
少女「!」ピクッ
少女「でしょでしょ~!? なんたって、このあたしが作ってるんだから!」
紳士「え、このマッチを……君が?」
少女「マッチなんてみんな同じ、なんていう人もいるけど」
少女「やっぱり見る人が見ると分かってくれるのよねぇ~!」
少女「おじさん、さてはプロね!?」
マッチョ「……なんのプロなんだよ」
マッチョ「でも……分かってくれる人に出会えて、よかったね」
マッチョ「こんなふうに褒められるのは初めてだものね」
少女「うん!」
紳士「その若さでこれほどのマッチを作れるとは、大したものだね」
紳士「もしかして……君はマッチに特別な思い入れがあったりするのかい?」
少女「あっ……」
マッチョ「…………」
紳士「?」
マッチョ「実はボクたち……昔、大きな火事にあったことがあるんです」
紳士「!」
紳士「そうだったのか……。すまなかったね、変なことを聞いてしまって」
少女「ううん、いいの!」
少女「また来てね、おじさん!」
紳士「ああ、また来るよ」
紳士(……火事、か)
その夜──
<紳士の家>
紳士「今月分の原稿です」
編集者「ありがとうございました」
編集者「先生はいつも締め切りをきっちり守って下さるので助かりますよ」
紳士「それだけが取り柄だからね」
編集者「ところで先生はなぜ、こうも頻繁に引っ越しをされるのです?」
紳士「…………」
紳士「いやなに、つまらない理由さ」
紳士「同じ場所にずっといるより、色んな場所で暮らした方が筆が進むんだよ」
編集者「なぁるほど、さすがは先生!」
紳士(嘘だ)
紳士(私はただ逃げているだけ……)
紳士「ところで、読者からの評判はどうだね?」
編集者「先生の冒険小説は、相変わらず好評ですよ!」
編集者「キャラクターやストーリーがしっかりしていて」
編集者「先生の誠実な人柄があらわれてるような感じですね」
紳士「ありがとう」
編集者「特に最新刊の炎の森からの脱出シーンは好評で……」
編集者「こういった小説を読み慣れてる私も、ドキドキしてしまいましたよ」
編集者「なんというか、ものすごくリアリティにあふれていて……」
紳士「!」ギクッ
紳士「そ、そうかい。それはよかった」
編集者「炎の森、といえば思い出しましたが……」
編集者「ウチの記者部で話題になってるのですが」
編集者「最近、あちこちの町や村で大火事が頻発していましたねえ」
編集者「伝説の放火魔が活動を再開したんじゃ、ってハナシもあるんですよ」
紳士「放火魔が……?」
編集者「はい、かつて無数の町や村で大火災を起こしたという……」
編集者「まあ、あくまでウワサ程度のものですけどね」
紳士「…………」
編集者「先生も火の元には、十分気をつけて下さいね」
紳士「ご忠告ありがとう」
編集者「ではまた、来月うかがいますので!」
ギィィ…… バタン
紳士「放火魔……」
その頃──
少女とマッチョは、古びた小屋で暮らしている。
<小屋>
マッチョ「あのさ」
少女「なによ、マッチョ」
マッチョ「昼間に出会ったあの人……。ボクたち、どこかで見たことなかったかな?」
少女「どこかで? 気のせいでしょ?」
マッチョ「そっかぁ……」
少女「あ~、それにしても嬉しかったわ」
少女「やっとあたしの作ったマッチが評価されたんですもの」
少女「うふふふ……」
マッチョ「あまり調子に乗ったらダメだよ」
少女「だれが調子に乗ってるってのよ!」ギロッ
マッチョ「ゴ、ゴメン」
翌日──
<町>
紳士「やあ、こんにちは」
少女「こんにちはー!」
マッチョ「こんにちは」
紳士「どうだね、商売は順調かい?」
少女「もうバッチリよ!」
少女「……でも、おじさんが買ってくれたら、もっとバッチリなんだけどな~」
紳士「ハハ、では一箱買わせてもらうよ。君は商売上手だね」
少女「毎度あり~!」
マッチョ(すごいなぁ……ボクもあんな風にしゃべれたらなぁ……)
マッチョ(よ、よ~し、ボクだって……)ゴクッ…
突然袖をまくり、右腕に力こぶを作るマッチョ。
マッチョ「紳士さんっ!」ムキッ
紳士「うわっ!?」ビクッ
マッチョ「ボクを使ってくれると……もっとバッチリですよっ!」ムキッ
紳士(おお、すごい力こぶだ!)
紳士(といっても、今力仕事はないが……せっかくだ)
紳士「じゃあこれから私は隣町に出かけるのだが」
紳士「このカバンを持ってもらえるかね?」ニコッ
マッチョ(本当はボクを使うような用なんてないのに、わざわざ……)
マッチョ「あ、ありがとうございますっ! 無理をいってすみませんっ!」
紳士「ハハハ、いいよいいよ。一時間は歩くし、ちょうど話し相手も欲しかったしね」
少女「毎度あり~!」
スタスタ……
マッチョ「──で、なんで君まで?」
少女「いいじゃない、別に!」
紳士「ハハ、かまわないさ。短い旅とはいえ、にぎやかな方が楽しいからね」
マッチョ「ところで紳士さんのご用件ってなんですか?」
紳士「取材だよ」
マッチョ「取材?」
紳士「私は小説を書いていてね」
紳士「小説の参考にするために、話を聞きに行くんだよ」
紳士「今日は隣町の女探偵さんを取材するんだ」
少女「へぇ~、わざわざそんなことするなんて、けっこう大変なのね」
マッチョ「紳士さんはそうやって物語を作るんですね」
一時間後、三人は隣町にたどり着いた。
<隣町>
紳士「さて、と。このあたりでいいかな。どうもありがとう」
紳士「はい、代金」チャリン
マッチョ「え、一緒に歩いただけでこんなに!? わ、悪いですよ。お返ししま──」
少女「…………」グサッ
マッチョ「いだぁっ!? 肋骨を指で強打するのはやめてよ!」
少女「マッチョ、親切はちゃんと受け取るのが礼儀なのよ。ね、おじさん」
紳士「ハハハ、そのとおり。受け取ってもらえると嬉しいよ」
紳士「それじゃ、またね」ザッ
少女&マッチョ「さようなら~!」
少女「うふふ、儲かった、儲かった!」ニタァ…
マッチョ(礼儀のカケラもない笑顔だ)
<探偵事務所>
紳士「ここか……」
紳士(物語の展開上、探偵を登場させたいが)
紳士(自分の想像で書いていてもどうもしっくりこなかったからな)
紳士(今日の取材が役に立てばいいが……)
コンコン ギィィ……
紳士「失礼します。本日取材させていただく予定になっていた──」
女探偵「あ、どうも」
紳士「!」
女探偵「!」
紳士「き、君は……!」
女探偵「あなたは……!」
女探偵「生きて……いらしたんですね、先輩」
紳士「…………」
女探偵「探しましたよ、ずっと」
女探偵「消防団を辞めて探偵になったのも、あなたを探すためだったんですから」
女探偵「でもまさか……こんな形で再会できるなんて……」
紳士「…………」
女探偵「みんな、あの時のことを反省しています」
女探偵「私も消防団に戻ってくれとはいいません」
女探偵「でも、もう一度消火人としてやり直すことはできないでしょうか……?」
紳士「すまない……」
紳士「これは今日の取材費だ。受け取ってくれ」スッ
女探偵「先輩っ!」バッ
バタン……
女探偵(いえ……今の私に追う権利なんてないわ……)
紳士(すまない……)
紳士(しかし、あの頃のことを思い出すたび、私は身震いしてしまうんだ)
紳士(それにしても、まさかこんなところで彼女に会うとは……)
紳士(また近いうちに、引っ越さねばならないようだな)
紳士(もっと遠くの、かつての私を知る者などいない土地に……)
紳士(私は……)
紳士(いったいいつまでこうして逃げ続けるのだろうか……)
一方、その頃──
<町の本屋>
少女「これよね? あのおじさんの小説って」
マッチョ「うん」
少女「じゃあさ、さっきおじさんにもらったお金で買いましょ」
マッチョ「えぇ!?」
マッチョ「紳士さんからもらったお金を、そのままこの本の代金に使うのは」
マッチョ「なんだか失礼な気がするんだけどなぁ……」
少女「アンタってホントそういう細かいこと気にしすぎよ!」
少女「おじちゃ~ん、この本買うわ」
店主「あいよ~!」
<小屋>
少女「おんもしろ~い!」
少女「マッチョ、早く次のページにいきなさいよ!」
マッチョ「ま、待ってよ。ボク、読むの遅いんだからさ」
少女「んもう、なんで体は大きいのに文字読むのは遅いのよ!」
マッチョ「体の大きさは関係ないだろ」
マッチョ「でも、本当に面白いね」
マッチョ「特にこの炎の森の描写なんか、思わずあの時のことを思い出しちゃったよ」
少女「あ、あたしも……」
マッチョ「あの時ボクらを助け出してくれた人、今も元気にしてるかなぁ」
少女「そうねえ……あの時のおじさんの顔……」
少女「なんだか急に思い出してきたわ──」
少女「!」ハッ
翌日──
<町>
紳士(近いうちに引っ越さないとな……)
紳士(そうだ、引っ越しの時はあのマッチョ君たちに手伝ってもらうか……)
すると──
少女「あ、いたいた!」
少女「おじさぁ~ん!」タッタッタ
マッチョ「紳士さん」タッタッタ
紳士「おお、どうしたんだい?」
少女「ちょっとお話しがあるから、あたしたちの家に来てくれない?」
紳士「?」
紳士「ああ、いいとも」
<小屋>
紳士「ほう、なかなかいい家じゃないか」
紳士「ところで私に用というのは?」
少女「それにはまず、あたしたちの昔話を聞いて欲しいの」
紳士「昔話?」
マッチョ「はい、元々ボクらはある田舎の村に住んでたんです」
マッチョ「ボクたち二人とも、物心ついた時には天涯孤独の身だったんですけど」
マッチョ「村の人たちはとてもよくしてくれてました」
少女「だけど、あの日──……」
………
……
…
~ 回想 ~
<村>
少女「わぁ~い、わぁ~い!」タタタッ
少年「待ってよ~!」タタタッ
少女「ほら、おいてっちゃうわよ~」タタタッ
少年「うう……っ」ウルッ
少女「もう、すぐ泣くんだから! この泣きむし!」
少年「ゴ、ゴメン……」グスッ
村人「コラコラ、二人とも仲良くしな」
少女「はぁ~い!」
少年「はい……」グスッ
村人「ところで、最近村で何度かボヤが起こってるんだ」
村人「空気が乾燥してるから、それが原因だと思うんだが……」
村人「二人ももし火元を見つけたら、すぐに大人に知らせるんだぞ」
村人「家や畑が燃えたら、一大事だからな」
少女「はぁ~い」
少年「はい」
少女「みんな、しんぱいのしすぎよねえ」
少女「ちょっとボヤがあるぐらいのほうが、おおきい火事にならなくていいのよ」
少年「そのりくつはおかしいと思うなぁ……」
その夜──
<村人の家>
村人「ぐう……ぐう……」
少年「すう……すう……」
少女「ちょっと! ねえ、起きて!」ユサユサ
少年「ん? なんだよぉ……」ムニャ…
少女「ねえ……なんかいいニオイしない?」
少年「……あ、たしかに!」クンクン
少女「村のだれかが夜食でもつくってるのかも! 行ってみようよ」タタタッ
少年「あっ、待ってよぉ!」
少女「こっちからだわ……」クンクン
少年「待って。暗くてこわいよぉ……」グスッ…
すると──
メラメラ…… パチパチ……
放火魔「どんな風に焼けるかな? どんな風に燃えるかなァ~?」
放火魔「ボクの特製、超可燃性オリーブオイルで、この村はウェルダンだァ~」カチッカチッ
水筒から垂らしたオリーブオイルに、火打ち石で火をつける放火魔。
ボワァッ……
少年「なにあの人……石をぶつけて火をつけてるよ」ボソッ
少年「どんどん火が広がってく……」ボソッ
少年「どうしよう……村が……!」ガタガタ…
少女「そんなの決まってるじゃない!」ダッ
少女「ちょっとアンタ! なにやってんのよ!?」
少年「あわわ……」ガタガタ…
放火魔「ン~?」
少女「いますぐ火を消さないと、ひどいめにあわすわよ!」
放火魔「子供か……ボクのファイヤータイムのジャマをしないで欲しいなァ」
放火魔「マイ火打ち石で、ちょっと大人しくしててもらおうか」ブンッ
ガツッ! ゴッ!
少女と少年は、火打ち石であっさり殴り倒された。
少女「うぅ……っ!」ドサッ
少年「あう……」ドサッ
二人が目を覚ますと──
少年「うぅ……」ムクッ
少年「こ、これは!?」
少女「なによこれ!? 村が火の海じゃない!」
ゴォォォォォ……! ボワァァァァァ……!
炎はすでに村の半分以上を包み込んでいた。
村人たちも消火に励んでいるが、炎は勢いを増すばかり。
放火魔「ハッハッハァ~、いいとこで目覚めたねェ! ベストタイミング!」
放火魔「いい眺めだろう!?」
放火魔「これじゃまだミディアムってとこだけど、ウェルダンも時間の問題だァ~!」
少年「ひ、ひどい……これじゃ村のみんなが……!」
少女「な、なんてことすんのよ!」
放火魔「安心しなよ、キミたちもすぐにウェルダンにしてやるからさァ~」
放火魔「未来ある子供がド派手に焼け死ぬシーンってのは」
放火魔「間近でじっくり見物する方が格別だからねェ~」
放火魔「ほらァ、オリーブオイル」ドボドボ…
二人に大量のオリーブオイルが浴びせかけられる。
少女「いっ、いやぁぁぁっ! だれか、だれか助けてぇっ!」
少年「だいじょうぶだよ、ボクが、ボクが……っ!」
放火魔「いくら泣き叫んでも無駄だっつうの」
放火魔「村のヤツらも火をどうにかするので精一杯さ」
放火魔「ま、少し水をかけたぐらいじゃボクの火は消えない……どうにもできんがね!」
少女「うわぁぁ~~~~~んっ!!!」
少年「ボクがかならずきみをまもる……っ!」ガシッ
放火魔「仲良くファイヤーしな!」カチカチッ
ジョバァァァァァ……! バシャァッ!
どこからともなく飛んできた液体が、放火魔の火打ち石と水筒に命中した。
放火魔「!?」
放火魔「なんだこの液体は……小便!? ま、まさかっ!」
放火魔「“小便小僧”かッ!!!」
小便小僧「もうとっくに小僧なんて年齢じゃないがな……」ザッ
小便小僧「今日こそ捕まえてやるぞ、放火魔!」
放火魔「くそォ~いつもいつもボクのジャマしやがって……!」
放火魔「まさか、こんな田舎の村にまでやってくるなんてェ……!」ギリッ…
放火魔「オマエさえいなければ、ボクが誇る全焼市町村数記録や焼死体数記録は」
放火魔「10……いや100倍はちがっていただろう!」
放火魔「この小便まみれの火打ち石やオイルじゃ、当分放火は無理だ……」
放火魔「オマエは、いつかこのボクが必ず燃やしてやるからなァ~!」タタタッ
小便小僧「待てっ!」ジョバババッ
小便小僧「くそっ……!」
小便小僧「君たち、大丈夫か!?」
少女「えぐっ……えぐっ……」
少年「あ、ありがとう、ございます……」
小便小僧「強い子たちだ。だったら、もう少しだけ我慢できるね?」
小便小僧「君たちはここから絶対動いちゃダメだ」
小便小僧「今すぐ消防団とともに、村の火事を消し止める!」
小便小僧「大丈夫、絶対に犠牲者は出さない!」タタタッ
少女「ううっ……」グスッ
少年「もう、だいじょうぶだよ」ガシッ
少女「うん……」
そして──
小便小僧(消防団の力でどうにか村は全焼を免れ、犠牲者も出なかったが……)
小便小僧(放火魔は取り逃がし、畑や家はだいぶ焼け落ちてしまった……)
女後輩「先輩、お疲れ様です!」ビシッ
女後輩「さすがです! あの神出鬼没の放火魔が次に狙う場所を的確に予測して」
女後輩「住民を一人も死なせることがなかったのですから!」
小便小僧「……ありがとう」
団員A「なぁ、アイツまた放火魔取り逃がしたってよ。なにが“小便小僧”だ」ヒソヒソ…
団員B「やっぱりあのウワサは本当なんじゃねえか?」ヒソヒソ…
団員A「ああ、十分考えられる」ヒソヒソ…
団員B「だいたいこうもみごとに放火魔の狙いを当てられるって時点でさ……」ヒソヒソ…
ザワザワ…… ドヨドヨ……
村人(命こそ助かったが……家や畑がこれでは……)
村人(王国や消防団から多少は支援金が出るらしいが……)
村人(とても今までのように、子供たちを養っていく余裕はない……)
村人(どうすれば……)
少女&少年「…………」
少女「ねえ、おじさん!」
少女「あたしたち、村からでていくわ!」
村人「え!?」
少年「いつまでもお世話になるわけにはいきませんし……」
少年「ボクたち、そろそろ自立したいと思ってたんです」
村人「二人とも……」
村人「すまんっ……すまんっ……!」ポロポロ…
少女「な、なかないでよ、だいじょうぶだって!」
少年「そうです。都会にいけば、きっとしごとだってありますし」
村人「俺たちが情けないばかりに……!」グスッ
少女「だから全然だいじょうぶだって! ねえ?」
少年「うん!」
村人「すまんっ……!」ポロポロ…
<山道>
少女「──と村を出たはいいけど」
少女「ねえ、これからどうしよっか」
少女「あたしら二人きりで、生きていけるわけないよねえ」ポロッ…
少女「ううっ……うっ……このまま死んじゃうのかな、あたしたち……」グスッ
少年「──そんなことないよ!」ガシッ
そばに落ちていた、大きな石を持ち上げる少年。
少年「お、おもっ……」ヨロッ…
少女「ちょ、ちょっと! 石なんか持ち上げてなにやってんの!?」
少年「ボク、つよくなって……きみをまもるよ!」グッグッ…
少年「ふたりでがんばって生きぬいてさ……」グッグッ…
少年「いつか、この村やボクらを助けてくれたあのおじさんにお礼をいおう!」グッグッ…
少女「…………」グスッ
少女「ふん、アンタじゃいくら強くなっても、気が弱いからダメよ!」
少女「アンタ一人に任せてらんないわ!」
少女「だったら、あたしはマッチ売りになるわ!」
少年「マッチ売り……? ボクたちは火事のせいでこんな目にあったのに……?」
少女「だからこそ、よ」
少女「火事のこわさやくやしさを、ぜったいわすれないようにってね!」
少女「あぶない時は、マッチを投げてたたかうの」ヒュッヒュッ
少女「放火魔だって逃げちゃったけど、いつかあたしが捕まえてみせるんだから!」
少年「ハ、ハハ……すごいなぁ」
少女「さあ、いくわよ!」タタタッ
少年「ま、まってよぉ!」タタタッ
………
……
…
<小屋>
少女「ま、そんな感じで色々あって今に至るワケ」
マッチョ「昔のことを、こうやって人に話すのははじめてです」
紳士(私もこの子らの話を聞きながら、まるで昨日のことのように思い出した)
紳士(あの時の子供たちは厳しい現実から逃げず、二人でたくましく生きてきたんだな)
紳士(私は逆に、ちょうどあれからすぐ、消防団から──)
紳士(そして、全てから逃げた……)
紳士(仲間からも、放火魔からも、“小便小僧”だった自分自身からも……)
少女「ねえ、おじさん……」
マッチョ「あなたはあの時の小便小僧さん、ですよね?」
少女「そうよ、絶対そうだわ! ずっとお礼をいいたかったの!」
紳士「…………」ズキン…
紳士「いや……わ、私は……」
ワアァァァ……! ワアァァァ……!
紳士「!?」
少女「なに!?」
マッチョ「外でなにかあったのかな……」
「火事だっ!」 「燃えてるぞ!」 「消し止めろーっ!」
少女「火事だって!」ダッ
マッチョ「行ってみよう!」ダッ
紳士「火事……か」ダッ
少女「あ、町民さん!」
町民「やあ、少女ちゃんにマッチョ君」
マッチョ「みんな、火事だって大騒ぎしてましたけど……」
町民「なあに、大したことはないよ。ただのボヤだよ、ボヤ」
町民「ゴミ捨て場にあったゴミがちょっと燃えただけさ」
町民「おおかた、ちゃんと火の消えてなかったタバコが燃えたんじゃないかな?」
町民「最近ボヤが多いけど、火の始末はしっかりしなくっちゃな!」
紳士「…………」
紳士(最近ボヤが多い……)
紳士(これは……ヤツの……放火魔の手口だ)
紳士(何度かボヤ騒ぎを起こし、住民の行動パターンや町の構造を探り──)
紳士(もっとも手薄と思われるところから、一気に町全体を焼き尽くす!)
紳士(私がいなくなったことで、活動を再開したということなのか……?)
紳士(いや……偶然のボヤにちがいない。きっと……そうだ。そうに決まってる)
<小屋>
少女「……ねえマッチョ、どう思う?」
マッチョ「どうって?」
少女「なんか、あの時とそっくりじゃない? 状況が」
マッチョ「う~ん……たしかに……」
少女「結局うやむやになっちゃったけど、あたし絶対おじさんは小便小僧だと思うの」
少女「明日朝一番で、もう一度二人で相談してみない?」
マッチョ「うん、そうだね」
翌朝──
<紳士の家>
紳士「やあ、おはよう。どうしたんだい、こんな朝早く」
少女「ねえ、おじさん……」
少女「あたしたち、この町で起きてるボヤは放火魔の仕業だと思うの」
マッチョ「きっと町の近くにいると思うんですけど」
マッチョ「ボクたちが町の人に防火を呼びかけたところで」
マッチョ「きっと放火魔にとってはなんの意味もないでしょうし……」
少女「だから、おじさんの力を貸して欲しいの!」
少女「いいえ、小便小僧さん!」
紳士「……悪いが、私では力になれないよ。まして放火魔に立ち向かうなんて……」
少女&マッチョ「!」
少女「ど、どうして!?」
紳士「一連のボヤはただの偶然だよ」
紳士「何かあったとしても、兵士や消防団が駆けつけて何とかしてくれるさ」
マッチョ「紳士さん……」
少女「おじさん、なんでそんなこというの!?」
少女「おじさんは……おじさんは小便小僧なんでしょ!?」
紳士「…………」ズキッ…
紳士「私は……」
紳士「私はもう……小便小僧じゃないんだ……」
少女「!」
マッチョ「…………」
少女「ふんっ、もういいわよ! 行きましょ、マッチョ!」
少女「おじさんのいくじなしっ!」ダッ
マッチョ「……あ、さようなら紳士さん」ダッ
バタン……
紳士「すまない……」
マッチョ「ダメだよ! 事情も分からないのに、いくじなしだなんて……」
少女「事情がどうあれ、町が危ないかもって時に動かないのはいくじなしよ!」
マッチョ「でもほら、まだ放火魔の仕業って決まったワケじゃないし……」
少女「い~え、間違いないわ。絶対そうよ!」
マッチョ「でもどうするの? ボクたちだけで探してみる?」
少女「う~ん……」
少女「そうだわ!」
少女「おじさんが取材に行ったっていう探偵さんに頼むのはどう?」
少女「探偵なら、人探しはお手のものでしょ!」
マッチョ「なるほど、いいかもしれないね!」
少女「そうと決まれば急ぐわよ、マッチョ!」ダッ
マッチョ「うん!」ダッ
隣町にたどり着いた少女とマッチョ。
<探偵事務所>
少女「こんにちは!」
マッチョ「こんにちは」
女探偵「あら、いらっしゃい」
女探偵「あなたたちはマッチョ売りの少女、ね? ウワサはこの町にも届いてるわよ」
女探偵「この私になにか用?」
少女「実はね……放火魔を探して欲しいの!」
女探偵「!」ピクッ
女探偵「放火魔ですって!?」
女探偵「──なるほど。たしかに放火魔が活動を再開したという情報は聞いてるし」
女探偵「ヤツは大火事を起こす前に、ボヤ騒ぎを何度か起こすクセがあるわ」
女探偵「分かったわ、協力しましょう」
少女「やった~!」
マッチョ「ありがとうございます!」
少女「小便小僧さんも協力してくれればいいのに、もう」
女探偵「あなたたちは先輩──小便小僧を知っているの!?」
マッチョ「はい、最近ボクたちの町に引っ越してきたそうです」
女探偵「そうだったの……」
少女「でもいくじなしよ!」
少女「あたしたちがいくら頼んでも“私はもう小便小僧じゃない”っていうしさ」
女探偵「いいえ……先輩は悪くないわ。先輩を小便小僧でいられなくさせたのは」
女探偵「私たちなの……」
少女&マッチョ「え?」
女探偵「先輩が小便小僧と呼ばれるようになったのは、幼い頃の武勇伝に由来するわ」
女探偵「なんでも五歳の時、敵国が故郷の町に仕掛けた爆弾の導火線に小便をかけて」
女探偵「火を消して、町を救ったらしいわ」
少女「たった五歳で!?」
マッチョ「すごい勇気だ……」
女探偵「その後も小便で火薬庫の火事を消し止めたり」
女探偵「全焼まちがいなしの山火事を鎮火したりと大活躍したそうよ」
女探偵「そんな先輩が、消防団に入るのは当然のなりゆきだったといえるわ」
女探偵「先輩の力は消防団に入ってから、よりいっそう輝きを増した」
女探偵「先輩は消火能力はもちろん、火や放火犯人の動きを読むことにも長けてて」
女探偵「仲間を指揮して八面六臂の活躍をしたわ」
女探偵「直接的、間接的に救った命はおそらく万は下らないでしょうね」
女探偵「あの悪名高い放火魔でさえ、先輩には何度も放火を阻止されてたもの」
女探偵「だけど──」
女探偵「ある日、こんなウワサが流れ始めたの」
女探偵「先輩の活躍はマッチポンプなんじゃないか、とね」
マッチョ「マッチポンプ?」
少女「アンタ、知らないの? マッチの形をしたポンプのことよ!」
女探偵(全然ちがうけど、とりあえず説明を先にしようかしら)
女探偵「ようは、先輩は自分の活躍を演出するため」
女探偵「自分で火をつけて、自分で消してるんじゃないかといわれ始めたのよ」
女探偵「同じ頃、放火魔とグルなんじゃないか、なんてウワサも流れ出したわ」
少女「ひっど~い! どうして!?」
女探偵「先輩の消火は、消防団の仲間から見てもあまりにも的確だったし」
女探偵「被害を食い止めてはいたけど、あの放火魔を何度も取り逃がしてたからね……」
女探偵「とはいえなんの証拠もない、ガセ同然のウワサだった」
女探偵「だけれどもウワサが広がるにつれ」
女探偵「いつの間にか、みんなの中でそれは“事実”となっていったの」
女探偵「愚かなことに、あの当時は私さえそれを信じてしまった」
女探偵「それから先輩は……毎日のようにひどい嫌がらせを受けた」
女探偵「中傷の手紙が山のように送りつけられ、町を歩けば石を投げつけられ」
女探偵「嫌がらせがエスカレートして、自宅に火をつけられたこともあったわ」
女探偵「同時期に、先輩には敵わないと悟ったのか、放火魔が活動しなくなったのも」
女探偵「ウワサの真実味をますます高める結果となってしまった」
女探偵「そして先輩はとうとう……消防団を辞め、どこかに消えてしまった」
マッチョ「そんな……」
女探偵「その後……先輩がいなくなった消防団は烏合の衆と化したわ」
女探偵「仕事に厳しかった先輩がいなくなってからは、ろくに訓練もしなくなり」
女探偵「小さな火事にすらまともな対処ができなくなってしまった」
女探偵「私は消防団に見切りをつけ、独自にあのウワサの出所を調査したわ」
女探偵「結果、先輩の活躍に嫉妬していた消防団内の一派が出所だったと分かったの」
女探偵「私はその事実を公表し、先輩の名誉を回復した」
女探偵「そして失踪した先輩を探すため、消防団を辞めて探偵になったの」
マッチョ「そんなことが……」
少女「あたし……おじさんにひどいこといっちゃった……」
女探偵「……とにかく、先輩についてはそっとしといてあげて。お願い……」
女探偵「あと、放火魔については私に任せて!」
女探偵「私も消防団のはしくれ、きっと探し出してみせる」
女探偵「だけど、もう何度かボヤが起こったというなら、時間がないわ」
女探偵「急ぐわよ!」バッ
少女「うん!」
マッチョ「あ、あのお代はどうすれば……」
少女(また余計なことを……)
女探偵「いらないわ。これは私自身、決着をつけたかったことだからね」
マッチョ「そうですか! ……ありがとうございます」
少女(ラッキ~)ニコニコ
女探偵(先輩……必ず私が放火魔を捕まえてみせます!)
そして──
<町>
女探偵「……見つけてきたわ!」
少女「えっ、もう!?」
マッチョ「すごい! 名探偵ですね!」
女探偵「からかわないの。消防団時代、何度か対峙したのが幸いしたわ」
女探偵「あの気配、まちがいない! ヤツは今町外れの廃屋を隠れ家にしてるわ!」
マッチョ「どうしましょう……人を集めますか?」
女探偵「いえ、ヤツは勘が異常なまでに鋭い。少数精鋭の方がいいでしょうね」
女探偵「もしここで取り逃がすと、さらに厄介なことになる」
女探偵「だからここは、私とマッチョ君の二人で行きましょう」
少女「えっ、ちょっと待って。なんであたしだけ留守番なの!?」
女探偵「相手は超のつく凶悪犯よ。さすがに女の子は──」
シュババッ!
カカカッ!
少女の投げたマッチが、近くの石壁に突き刺さった。
女探偵「…………!」
女探偵(まるで投げナイフじゃない……! いえそれ以上かも……!)ゴクッ…
少女「これでも置いてく?」ニコッ
女探偵「わ、分かったわ。あなたもついてきて。ただし無理は絶対ダメよ」
少女「はぁ~い!」
マッチョ「紳士さんへは、どうしましょうか?」
女探偵「……一応、もう一度三人で訪ねてみましょうか」
ところが──
少女「……留守だったわね」
マッチョ「ボクたちを避けてるのかな……」
女探偵「仕方ないわ。放火魔の居場所だけ、手紙に書いてポストに入れときましょう」
女探偵(先輩……)
<町外れの廃屋>
少女「……あそこ?」
女探偵「ええ、さっきあそこに入っていった。間違いないわ」
女探偵「ヤツはこれまでのボヤで、すでにこの町の構造や町民の行動パターンを分析し」
女探偵「あとは“本当の放火”を待つばかりのハズよ」
マッチョ「どうしますか?」
女探偵「まずは私がアジトに入るわ。これでも腕には自信があるの」
女探偵「だけど、私一人で捕まえきるのは困難でしょうから──」
女探偵「私が声を上げたら、あなたたちも隠れ家に突入し──」
女探偵「自慢のマッチと筋肉でヤツを捕まえてちょうだい!」
少女「分かったわ」コクッ
マッチョ「分かりました」
女探偵「うん。じゃあ行ってくるわね」スッ…
女探偵(中に気配はある……)
女探偵(ドアを少し開けたら、一気に中に突入する!)キィィ…
バッ!
女探偵「!?」
女探偵(だれもいない!?)
放火魔「ハロォ~」
女探偵「後ろ──」バッ
ガツンッ!
火打ち石で、女探偵の頭を殴りつける放火魔。
女探偵「きゃっ……!」ドサァッ
放火魔「バァ~カな女め、こそこそ人のことを嗅ぎ回りやがって」
放火魔「あんな尾行に気づかないボクじゃないよォ~?」
放火魔「放置してせっかくのファイヤータイムをジャマされたくないから」
放火魔「来るのを待っててあげたんだよ~ん」
放火魔「そうだ。町を火の海にする前に、コイツをウェルダンしとくかァ~」ニヤッ
マッチョ「なんだか様子が変だよ……?」
少女「行くわよ!」ダッ
~
放火魔「さァ~て、オリーブオイルをかけて、と」ドボドボ…
放火魔「もう帰ってくることもない、この隠れ家ごと燃やし──」
シュバババァッ!
放火魔「!」バッ
少女(ウソ!? あたしのマッチをかわした!?)
マッチョ(背後からだったのに……なんて反応だ!)
放火魔「おやおやァ? ずいぶん可愛いのとゴツイのがまだいたのか……」
放火魔「まぁいい、この気絶してるバカ女ごと燃やしてやるよォ~」
少女「このマッチで、今までアンタに傷つけられた人の痛み、味わわせてやるわ!」サッ
マッチョ「人を殴るために鍛えたわけじゃないけど、おまえだけは全力で殴る!」ムキッ
少女「あたしのマッチ、今だけ無料出血大サービスよ!」シュバババッ
放火魔「ほォう」サッ
ガキキキンッ!
十数本のマッチが、放火魔の両手にある火打ち石によって全て叩き落とされた。
少女「ウ、ウソ……!」
放火魔「なかなかい~いマッチ捌きだ。けっこう驚いたよ、ボク」
マッチョ「うわぁぁぁっ!」ダッ
ブオンッ! ブンッ! ブオッ!
マッチョが拳を振り回す。しかし、当たらない。
放火魔「放火でなにより大切なのは、“神出鬼没”ってことさァ」ヒョイッ
放火魔「“神出鬼没”ってことは、全ての動作が速いってことなんだよねェ~?」シュッ
ガガガッ!
火打ち石による顔面殴打。
マッチョ「ぐあ……っ!」ガクッ
少女「マッチョ!」
放火魔「ボクはさァ、子供の頃から20年以上も放火一筋で生きてきた」
放火魔「消防団や兵隊だって、幾度も撃退してきたよ」
放火魔「君らもいいセンいってたけど、ボクに挑むのは……三年後にすべきだったなァ~」
マッチョ「ぐっ……!」グラッ
少女「なんでよ……。アンタこんなにすごいのに、なんで放火なんかするのよ!」
放火魔「決まってるだろォ? 楽しいからだよォ~!」
放火魔「ボクの作った炎で、村や町や人が一瞬でパァになっちゃうんだ」
放火魔「悲鳴や、混乱や、オリーブオイルの匂いのおまけつきでねェ~」
放火魔「こんなに楽しいこと……他にないだろォ~? 絶対ない!」
放火魔「ハァッ~ハッハッハッハァ!」
少女「この外道!」シュバババッ
放火魔「おっと」ガキキキンッ
放火魔「さァてと、ボクは忙しいんだ。これからこの町を焼き払うんだ」
放火魔「さっさと君らをウェルダンしちゃうかなァ~」カチカチッ
放火魔「まァ~ずは、さっきからやかましいキミからだァ!」バシャッ
少女の体に大量のオリーブオイルがかかった。
少女「きゃああっ!」
放火魔「お次はこのマイ火打ち石で……」
マッチョ「うおおおおっ!!!」バッ
放火魔「──うわっ! あれだけ顔面を殴られて、まだ動けるのか!?」
マッチョ「逃げて! ボクがコイツを食い止める!」ブンッ
放火魔「……うぜェなァ~」バシャッ
ズルッ……!
マッチョ「うわっ!?(足がぬるぬる滑る……!)」ドサッ
放火魔「キミの足にオリーブオイルをかけた……もうまともに立てないよォ~」
放火魔「そうだ、そんなにあの小娘が大事だってんなら」
放火魔「他ならぬあの小娘のマッチで燃やしてやるよ!」シュッ
すると、放火魔は落ちていた少女のマッチに火をつけ、マッチョの足に投げつけた。
ボワァァァッ!
少女「マッチョォッ!」
放火魔「ハァ~ッハッハ! どうだ!? 大切な相棒のマッチの味はァ!?」
放火魔「足がみるみる燃えていくゥ~! ウェルダンだァ~!」キャハッ
少女「マッチョ、ごめんね、ごめんね! あたしのマッチのせいで!」
マッチョ「……大丈夫」ニコッ
少女「え?」
マッチョ「大丈夫だよ……君のマッチの火だもん! 全然……熱くなんかない!」
少女「マッチョ……」ポロッ
放火魔「…………」イラッ
放火魔「うぜェ~」
放火魔「こんなにボクをイラつかせてくれたヤツらは、小便小僧以来かな……」
放火魔「もういいや、めんどくせェ! オイルぶちまけて一気に燃やす!」ドババッ
少女「マッチョ……!」
マッチョ「早く逃げて……!」ボワァ…
放火魔「三人仲良く焼いてやるよ! お楽しみのファイヤータイ──」カチッ
ジョバァァァァァ……!
どこからともなく飛んできた液体が、放火魔に炸裂した。
放火魔「ぐおおおおっ!?」
少女&マッチョ「え!?」
さらに──
マッチョ「あっ、ボクの足についていた炎も消えた……」ジュウウ…
少女「いったいなんなの!?」
紳士「……待たせてすまなかったね」ザッ
女探偵「うっ……(や、やっぱり来てくれた……先輩……!)」
放火魔「お、お、おのれェ……またしてもボクの前に立ちはだかるかァ~……!」
放火魔「“小便小僧”ッ!!!」
紳士「いや……私ももういい年だ」
紳士「私はもう……小便小僧じゃないんだ……」
紳士「今の私は──」
紳士「“小便紳士”だ!!!」
少女「おじさん……!」ウルッ
マッチョ「ありがとうございますっ……!」
小便紳士「いや、礼をいうのはこちらの方さ」
小便紳士「村を焼かれ、まだ幼いのに二人きりで村を出ざるをえない困難の中」
小便紳士「君らは決して腐らずに、己を鍛え、立派に前を向いて生きてきた」
小便紳士「君たち二人を見ていたら、いつまでも逃げるワケにはいかないと──」
小便紳士「ようやく気づくことができた!」
小便紳士「……それに、後輩に少しはいいところを見せないとな」チラッ
女探偵「先輩……」
小便紳士「放火魔! 今日こそおまえを捕え、法の裁きを受けさせてやる!」
放火魔「消防団を追われ、くたばったと聞いてたが、生きてたとはなァ~」
放火魔「まいいや。もしいるんなら、放火の神様に感謝するよ」
放火魔「オマエはやっぱりィ、ボク自ら焼き殺したかったからねェ~!」ギロッ
女探偵(大勢の人の運命がかかってるのに、自分の命すら危ういってのに)
女探偵(なんだか少しワクワクしてしまっている自分がいるわ)
女探偵(ついに始まるのね……“消火の天才”と“放火の天才”の戦い!)
放火魔「ファイヤーッ!」カチカチッ
放火魔はオリーブオイルの飛沫をばら撒きつつ、その飛沫に火打ち石で火をつけていく。
ボッ! ボッ! ボッ! ボッ! ボッ!
無数の火の玉が小便紳士を襲う。
しかし──
ジョバアァァァァァ……!
小便紳士の小便は、それら全てをまとめて消火した。
女探偵(さすが先輩!)
女探偵(しかも、見せてはならない箇所はきちんと手で隠している!)
女探偵(まさしくあれこそ紳士的立ち小便!)
女探偵(これほどまでに見ている者に不快感を与えない、気品漂う立ち小便ができるのは)
女探偵(世界広しといえど、先輩だけでしょうね……!)
放火魔「やるなァ……じゃ、お次はこれだ!」
空中にヒモ状にばら撒いたオリーブオイルに、火打ち石で着火する放火魔。
ボワァァァッ!
マッチョ「うわぁっ!」
少女「まるで炎の龍だわ!」
小便紳士「なんの!」ジョバァッ
小便紳士もまた、龍のような小便を放ちこれを相殺する。
ジュワァ……!
放火魔「そうこなくっちゃァ……なァ!」
小便紳士「小便紳士の名にかけて、いくらでも消火してみせる!」
ボワァァァ……! ジョバァァァ……!
炎と小便の壮絶なる死闘。
もはや、他の三人が割って入るスキはなかった。
ボワァァァッ! ジョバァァァッ! ボワァァァッ! ジョバァァァッ!
少女「おじさん、頑張れ~!」
マッチョ「放火魔がいくら炎を放っても、あのオシッコが消してしまう……」
マッチョ「でも紳士さんのあのオシッコの量はいったいどうなっているんでしょう?」
マッチョ「少し触れただけで、火を消してますし」
マッチョ「もう軽く10リットルは出してるはずですけど……」
女探偵「先輩の尿は特別製なのよ」
女探偵「世界一の消火剤よりもずっと優れた消火作用を持つらしいわ」
女探偵「しかもとても清潔だそうよ(それでもなるべくかかりたくないけど)」
女探偵「そして、先輩の腎臓と膀胱もまた特別製」
女探偵「少し水分を取るだけで膨大な量の尿が作られ、貯蔵することができるの」
女探偵「先輩はまさしく、小便と消火の申し子といえるでしょうね……!」
マッチョ「すごいなぁ」
少女「すごぉ~い!」
女探偵「私にいわせたら、あなたたちも十分スゴイわよ……」
放火魔「ハァ~ッハッハ! さすがだねェ~」
放火魔「だけど小便紳士、オマエの弱点を教えてやろう!」
放火魔「しょせんオマエは一方向にしか放水することができなァ~い」
小便紳士「だったらなんだ」
放火魔「ドマヌケがァ……」
放火魔「屋内で戦ったのは失敗だったなァ~!」
カチッ!
放火魔が火打ち石を鳴らすと──
ブオワァァァッ!
突然舞い上がった巨大な炎が、小便紳士を包み込んだ。
小便紳士「ぐわぁぁぁ……っ!」
少女「おじさん!」
女探偵(しまった……! 今までの戦いで、気化したオリーブオイル!)
放火魔「紅蓮のファイヤーに抱かれて、燃えろ燃えろォ~!」
放火魔「ウェルカム、ウェルダァ~ン!」
小便紳士「ぐおぅぅ……っ!」ボワァァァ…
放火魔「いいザマだァ~! ついに、ついに、ついにやったぞォ~~~~~!」
小便紳士「それは……どうかな」ニヤッ
放火魔「!」
小便紳士「小便とて、工夫すれば広範囲をカバーすることは可能だ!」
ブシュウゥゥゥゥゥ……!
小便紳士は小便を霧状にして噴射し始めた。
放火魔「なっ……!」
すると──
女探偵「みるみる火が消えて──あっ、あれは!」
キラキラキラ……
マッチョ「虹だ! 紳士さんのオシッコで虹ができたんだ!」
少女「わぁ~キレイ! ロマンチックね!」
放火魔「小便で……虹を描いただとォ……!?」ワナワナ…
小便紳士「さあ……これでもう打つ手はないハズだ! 観念しろ、放火魔!」
放火魔(くそォ~……こうなったら……)トロー…
シュバッ!
放火魔は床を滑るようにして、猛スピードで廃屋から逃げ出した。
小便紳士「しまった!」
女探偵(床にオリーブオイルを垂らし摩擦を減らして、まるでスケートのように!)
放火魔「オマエは消火は得意だが、逮捕は苦手だもんなァ~! ハッハッハァ~!」シャーッ
少女「マッチョ!」
マッチョ「え?」
少女「あたしを投げて! 早くッ!」
マッチョ「え!? ──う、うん!」ヒョイッ
ブンッ!
マッチョに投げられた少女が、マッチを投げる。
少女「逃がすもんかぁっ!」シュババッ
放火魔「なっ──」
グササァッ!
少女「よっと」スタッ
足にマッチが何本も刺さり、転げ回る放火魔。
放火魔「ぐおおおおっ……!」ゴロゴロ…
放火魔「あ、あ、足にマッチがァ……!」ゴロゴロ…
小便紳士「放火魔、これでオシマイだ!」
ジョバババァァァァァ~……!
鉄砲水のような小便が、放火魔に襲いかかる。
放火魔「ひ、ひぃっ!」
放火魔「うわぁぁぁっ! 来るなぁぁぁっ!!!」
ザバァァァッ……!
放火魔「しょ、小便に、呑まれ、る……ごぼっ!」ジタバタ
放火魔「ガボォ……ゴボォ……! ゴボゴボッ……!」ジタバタ
放火魔「ゴボ……ガボッ……」
放火魔「…………」ブクブクブク…
この日、町の外れに小さな池ができた。
池の中心にはまるで闘争心を消火されてしまったような放火魔が、
仰向けになってぷかりと浮かんでいた。
少女&マッチョ「やった、やったぁ!」バシッ
女探偵「先輩……やりましたね!」
小便紳士「ああ……事前に水を飲んでおいてよかった……」
小便紳士「みんな……ありがとう……!」
小便紳士は兵隊に、放火魔の身柄を引き渡した。
このニュースで、数えきれないほど多くの人々が歓喜に包まれたことはいうまでもない。
女探偵「ヤツはあまりにもたくさんの財産と命を奪いました。まちがいなく極刑でしょう」
女探偵「みんなの怪我やヤケドが、思ったより軽傷だったのは幸いでしたね」
女探偵「先輩……これでやっと終わったんですよね」
小便紳士「いや、終わってはいない」
女探偵「え?」
小便紳士「決めたよ」
小便紳士「私は世界中から火災をなくしたい」
女探偵「では消防団に……?」
小便紳士「消防団にはアドバイスこそ与えたいが、所属するとなるとなにかと制約も多い」
小便紳士「これからは……フリーの防火、消火人として働こうと思う」
小便紳士「小説を急に止めることもできないから、しばらくは二足のわらじになるがね」
女探偵「先輩……」
女探偵「だったら──」
女探偵「私も……私もぜひご一緒させて下さい!」
女探偵「もういなくならないで下さい……!」
小便紳士「フリーの消火人となるからには、優秀なパートナーが必要不可欠だ」
小便紳士「私からお願いしたかったくらいだ。ぜひ力を貸してくれないか?」
女探偵「はいっ!」
少女「ヒューヒュー! 子供の前で見せつけてくれちゃって。ねえ?」
マッチョ「…………」カァ…
少女「なんでアンタが真っ赤になってるのよ! まったくウブなんだから!」ゲシッ
マッチョ「あだぁっ!? くるぶしをつま先で蹴るのはよくないよ!」
小便紳士「君たちも……もしよければ」
小便紳士「ぜひ生活などの支援をさせて欲しいのだが……」
女探偵「ええ、力になれると思うわ」
少女&マッチョ「…………」
少女「いいのよ、おじさん! あたしたちは二人で大丈夫!」
マッチョ「ええ、ようやく商売も軌道に乗ってきましたし」
少女「おじさんたちも、ちゃ~んと二人で幸せになってね!」
小便紳士「こりゃまいった。君たちの方がよっぽどしっかりしているな」
女探偵「ふふふっ……」
ハッハッハッハッハ……!
それからしばらくして──
<町>
少女「マッチはいかがですかぁ~!」
少女「マッチョもいかがですかぁ~!」
マッチョ「いかがですか~!」
客「マッチ一つもらおうか」
少女「は~い! ありがとうございまぁ~す!」
少女「……ふう」
少女「おじさんと女探偵さん、今頃どうしてるかしらね」
マッチョ「きっと世界中を飛びまわって、火災をなくすために働いてるんだよ」
マッチョ「そういえば、紳士さんの最後の小説、さっき買ってきたけど読む?」
少女「アンタいつの間に……もちろん読むわよ! 今日はもう店じまい!」
<小屋>
少女「──あ~……面白かったぁ! ドキドキワクワクしたわ!」
少女「でもこれが最後なのは、ちょっと残念ね」
マッチョ「消火人としての仕事が落ち着いたら、きっとまた書いてくれるよ!」
少女「それもそうね!」
少女「ところで物語の途中から」
少女「おてんば妖精と心優しいゴーレムってのが出てきたじゃない」
少女「なぁ~んか見覚えあったのよねえ」
マッチョ「たしかに……ボクも親しみのようなものを感じたよ」
少女&マッチョ「う~ん……」
少女「ま、いいわ。明日もマッチとマッチョ売り、頑張りましょ~!」
マッチョ「うん、頑張ろう!」
そして、小便紳士たちはというと──
工場長「ありがとうございましたっ……!」
工場長「あなたたちがいなければ、燃料貯蔵庫が三日三晩は燃え続けるところでした!」
女探偵「これも私の調査のおかげね」
女探偵「管理の仕方がよくないなぁ、ってずっと気になってたから」
小便紳士「今後は二度とこういうことがないようにして下さいね」
工場長「は、はいっ!」
小便紳士「さて、これなら次のスケジュールをキャンセルせずに済むかな?」
女探偵「ええ、西の都市で火災予防に関する講演がありますね」
小便紳士「そうだったね。でははりきって行こう!」ザッ
かつて“小便小僧”と呼ばれた男、小便紳士。
彼は今日も小便をし続ける。
いつの日か、世界から火災がなくなるその日まで──
<おわり>
ありがとうございました!
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