和「麻雀の神様」 (72)
優希「やっと長野に着いたじぇ!」
咲「う~ん、やっぱり長野の空気はおいしく感じるよ」
和「だいぶ疲れてたみたいですね。とても気持ち良さそうに眠っていましたよ」
咲「うん。東京にいるときは全然そんなことなかったけど気が抜けちゃったみたい」
優希「咲ちゃんとのどちゃんは団体戦と個人戦で試合漬けだったから仕方ないじぇ」
咲「あっ、もしかして和ちゃんにもたれたりして迷惑かけちゃったかな…」
和「いえ、そんなことはありません。ちょこんと可愛らしく座って眠っていましたよ」
咲「そ、そんな、可愛らしくなんて……」
和(よだれが少し垂れていたのは黙っておきましょうか)
和「それでは皆さん一度集合して下さい」
和「今日はここで解散とします。皆さん長旅で疲れてると思いますので各自家でしっかり体を休めるように」
「「はい」」
和「明日は休養日にして明後日は午後一時に麻雀部の部室に集合すること」
和「その日で私たち3年生は最後になります。部長の引き継ぎや部室の整理等をしますのでそのつもりでいて下さい」
「………」
和「それでは解散。皆さん気をつけて帰宅してくださいね」
優希「私たちもついに引退かー。何だかあっという間だったじぇ」
和「そうですね、まだあまり実感が湧きません」
咲「和ちゃん、一年間部長お疲れ様」
和「部長らしい働きがあまりできたとは思えませんが……」
咲「そんなことないよ。みんな頼りにしてたしかっこ良かったよ」
和「そう言ってもらえるとありがたいですが……」
優希「団体戦で3連覇できなかったのだけが心残りだじぇ」
和「私たちはみんな全力を尽くして戦いました。残念ですが仕方ありません」
優希「その分咲ちゃんが個人戦で優勝してくれて最高にすっきりしたじぇ」
咲「でも、やっぱり団体戦のほうでみんなと一緒に優勝したかったな…」
優希「咲ちゃんは素直に喜べばいいんだじぇ」
和「そうですよ咲さん」
咲「うん、ありがとう」
優希「咲ちゃんも2年生のときの個人戦で負けちゃってるから結局どっちも3連覇はできなかったんだな」
和「それでも十分称賛されるべき偉業ですよ」
優希「そういえば咲ちゃんのお姉さんの3連覇は私たちが阻止しちゃったんだじぇ」
咲「うん。お姉ちゃんには皮肉っぽく発破かけられてたんだけど約束果たせなかったや」
優希「麻雀の道を極めるのは険しいじぇ」
咲「ふふ、そうだね」
優希「部活なくなったら残りの夏休み暇だなあ」
和「引退といっても名目上でいつでも気軽に参加できますし。私は受験勉強が忙しいのであまり顔を出せそうにありませんが」
咲「和ちゃんは東京の大学受けるんだよね?」
和「はい。司法試験に強い東京の私立大に行くつもりです」
優希「そっかー。のどちゃんは大変だな」
和「優希も地元の大学受けるんですから他人事みたいに言ってる場合じゃないですよ」
優希「のどちゃんみたいに頭良い大学じゃないしまあなんとかなるじぇ!」
和「はぁ……言っておきますが私は勉強みてあげる暇なんてありませんからね」
優希「いざとなったら咲ちゃんがいるから大丈夫!」
咲「えっ、私…!? まあ教えられる範囲なら手伝うけど」
優希「さっすが咲ちゃんは優しいじぇ!」
和「まったく…あまり甘やかしては駄目ですよ、咲さん」
咲「あはは……」
3年生になってクラスでも進路の話題がそれとなく出始めるようになった。
友人とそのような会話になったとき、咲さんはきまってばつの悪そうな表情になり答えをはぐらかしていた。
その度に周りはそんな咲さんの様子を不思議そうに見つめていた。
確かに彼女はプロ向きの性格とは言えないかもしれない。
それでも、トッププロの姉を持ち、インターハイの個人戦と団体戦で二度ずつ優勝したという揺るぎない実績。
彼女の進むべき道を誰もが知っているのに、咲さん本人だけが何故かそれを決めあぐねているようだった。
咲「それじゃあ私今日はこっちだから」
優希「あれ、咲ちゃん何か用事でもあるのか?」
咲「うん。今東京からお姉ちゃんが帰ってきてるしお店で私のお疲れ様会をしてくれるんだって」
咲「お姉ちゃん明日には東京に戻っちゃうらしいから」
和「そうなんですか。それではまた明後日」
咲「うん。ばいばい、和ちゃん、優希ちゃん」
優希「おう、さらばだじぇ」
優希「私たちもついに引退かー」
和「さっきも全く同じセリフ言ってましたよそれ」
優希「何度も口に出したくなるほどセンチな気分なんだじぇ」
和「まあ、分からなくもないです」
優希「楽しかったじぇ」
和「ええ、楽しかったですね」
優希「部活帰りにこうして二人で歩いてると何だか中学生の頃を思い出すじぇ」
和「高校に上がってからはいつも咲さんも一緒でしたからね」
そう、この道で優希とぶつかったあの日から私の麻雀部活動は始まったのだ。
その屈託ない明るい笑顔と笑い声で、彼女はしばらく人と打つことから遠ざかっていた私を麻雀部の部室へと導いてくれた。
かけがえのない出会いだったと思う。
和「そういえば優希、マホちゃんのことありがとうございました」
優希「何のことだじぇ?」
和「団体戦の決勝で失点したあの子を励ましてくれたでしょう。だいぶ落ち込んでいたようですから」
優希「ふふん、先輩として当然のことをしたまでだじぇ」
和「私も部長ですから何とか元気づけようとしたんですがうまく言葉が見付からず」
和「優希のおかげでだいぶ救われたようでした」
『部長として』、確かにそういう責任感もあったがそれだけではなかったと思う。
私を慕ってくれる後輩が悲しむ姿を見るのは辛く、その涙を止めてやれない自分の無力さを痛感させられた。
優希「私にはあいつの気持ちがよく分かるんだじぇ」
和「優希……」
優希「こういう言い方はあれだがのどちゃんと咲ちゃんは私から見れば特別な存在だったじぇ」
優希「二人とも一年生のときからすっごく麻雀強くてインハイでも堂々と活躍してた」
優希「私は大事な試合じゃずっとマイナスでみんなの足を引っ張ってることがすごく申し訳なかったんだじぇ」
優希「勝ち進んでも次また大失点してしまうんじゃないか不安で」
優希「でも咲ちゃんが決勝で勝ってくれた瞬間やっと心から喜ぶことができたんだじぇ」
優希「私はみんなに助けられて笑うことができたから、マホを泣かせたまま負けてしまったのが心苦しいんだじぇ」
和「……」
一年時のインタ―ハイで、普段からは想像できないようなしおらしい態度で部長のアドバイスに熱心に耳を傾けていた優希の姿はよく覚えている。
ずっと側で見てきて、優希は本当に成長したと思う。
底抜けに明るい性格や無邪気さはそのままに、強く、頼もしくなった。
優希「それじゃあのどちゃん、また明後日だじぇ!」
和「ええ、また」
私は成長できたんだろうか。
少なくとも変わったとは思う、この一年で特に。
ただ、その変化を自分の中でどう捉えればいいのか私はいまだに上手く処理できずにいる。
一人になった帰り道をぽつぽつ歩きながら、
私は団体戦終了後に染谷先輩が話してきかせてくれたことを思い返していた。
―――――
―――――――
まこ「お疲れさん、あと一歩だったんじゃが残念じゃったのう」
和「仕方ありません……ですが、やっぱり悔しいです……」
まこ「……」
和「わざわざ長野から応援に来ていただいてありがとうございました」
まこ「個人戦まで観てやれんですまんのう。実家の雀荘の仕事もそう何日も空けるわけにいかんけえの」
和「いえ、団体戦の間ずっと見守ってくれていたんですから。本当に感謝しています」
染谷先輩は東京で下宿している部長の部屋に泊まり込んで、二人はずっと会場や宿舎に足を運んでくれていた。
まこ「何度も押しかけて迷惑じゃなかったかのう」
和「そんなことはありませんよ。私も久しぶりにお二人に会えて嬉しかったです」
まこ「後輩に気を遣わせてもいかんし久にはほどほどにせえ言うたんじゃが」
和「みんなも喜んでましたよ。去年や一昨年のインターハイを観てうちに入部してきた子達ばかりですから」
まこ「そう言われると何か照れ臭いわい。久の奴はちやほやされて満更でもなさそうじゃったが」
和「ふふ、部長らしいですね」
まこ「そんな呼び方しとったらまた不貞腐れるぞ」
和「そうですね、久先輩でした」
まこ「まったく、変なとこで乙女なんじゃからあいつは」
和「どうしても部長と呼んでいた頃の癖が抜けなくて」
まこ「今の部長はあんたじゃろ」
まこ「どうじゃった? 一年間部長を務めてみて」
和「難しくて……大変でした……」
和「とてもお二人のように立派にやれたとは……」
まこ「久はともかくワシはそんな褒められるようなことは何もしとらん」
まこ「風越みたいにとはいかんが部員も増えてワシらの頃より苦労も多かったじゃろうし」
和「そうですね。随分賑やかになりました」
まこ「実を言うとな、あんたを部長に推したんは久なんじゃ」
和「えっ、そうなんですか?」
まこ「ああ」
―――――
―――――――
まこ「ふう、やっと終わったのう」
久「お疲れ様、まこ」
まこ「部長っちゅうんは思ってたより大変じゃのう。あんたの苦労が身に染みて分かったわ」
久「あら、私は苦労なんてしてないわよ。楽しいことばかりだったもの」
まこ「どこまで本心なんじゃか」
久「ふふ」
久「でも立派だったわよ。団体戦だって見事2連覇達成したんだし」
まこ「あいつらのお陰じゃ。まったくえらい後輩を持ったもんじゃ」
久「そうね、それに関しては私も同感よ」
久「ところで、次の部長は誰にするかもう決めてるの?」
まこ「ぼちぼち考えとったところじゃがまだ決めとらんのう」
まこ「三人ともあんまり部長ってタイプじゃないけえ」
久「あくまで私個人の意見として聞いてほしいんだけど、和に任せてみたらどうかしら」
まこ「まああの中じゃ一番適任じゃと思うが、また何か企みでもあるんか?」
久「企むだなんて人聞き悪いわね」
久「強いて言えば、私はあの子にもっと他人の麻雀を見るきっかけを作ってあげたいの」
久「自分の対戦相手の情報だけなら和は興味を持てないかもしれないけれど、部長という立場になったらあの子だってきっとそう簡単には割り切れなくなるわ」
久「後輩がぶつかる相手の打ち筋を研究してアドバイスしたりね」
まこ「確かに咲や優希には絶望的に向いてない仕事じゃが、それは和も同じじゃろう」
まこ「部長がやらんでもしっかりしてるムロ辺りに任せてもよさそうじゃが」
久「だからこそ和がそれをするきっかけを作りたいのよ」
まこ「あんたまさか、和に自分のスタイルについて散々噛み付かれたことを根に持ってやせんか?」
久「あはは、あなたも良い性格してるわね、まこ。さすがにその発想はなかったわ」
久「ネット麻雀で培われたあの子の完成されたデジタル打ちや強い意志は到底私たちなんかが口出しできるものじゃないわ」
久「だから和に打ち方や考え方を変えてほしいなんて思ってるわけじゃない」
久「でもね、和には知っておいてもらいたいのよ。仲間や相手がいて、人と打つことでしか感じられないこと、得られないようなことをもっと」
まこ「……」
久「あの子言ってたわ、『麻雀は高校で卒業するつもりだ』って」
久「そしたら麻雀を打つ機会はネット以外でほとんどなくなってしまうかもしれないから」
まこ「なるほどのう」
久「余計なお世話かしらね」
まこ「ワシにはどうなるか分からんが、あんたが和のためを思って絞り出した考えならそう悪いようにはならんじゃろ」
久「あら、けっこう信頼されてるのね、私」
まこ「まあのう」
久「ふふ。ありがとう、まこ。」
―――――
―――
和「久先輩がそんなことを……」
まこ「あいつはあんたらのことが可愛くて仕方ないんじゃ」
まこ「ワシがバラしたんは内緒にしといてくれのう。あいつは嫌がるじゃろうから」
初めての合宿で、できるだけリアルの情報を遮断して打つよう部長がアドバイスしてくれたことがふと脳裏によぎった。
あのときの私に掛ける言葉はそれでよかったのだろう。
私は一年生で、先輩達に甘えられる立場で、自分の麻雀を打つことだけを考えていれば十分だった。
そして、3年生になる私はそれだけで許される存在ではなくなったのだ。
和「でしたら、私は久先輩の期待には応えられなかったかもしれませんね……」
和「結局最後まで私は自分の打ち方を変えようとしませんでしたから」
対戦相手の研究をしている内に人それぞれのスタイルがあるということに対して少しは寛容になったと思う。
それでも、私個人としては相手によって自分のスタイルを崩すことはしなかったし、私は常にデジタル的に最善の一打を選択し続けた。
まこ「言ったじゃろ、何もあんたが打ち方を変えることを望んでたわけじゃありゃせんって」
まこ「部長になってこの一年間、気持ちはそれまでと何も変わりゃせんかったか?」
和「……」
全国優勝したこともあって麻雀部員は増えたが正直に言えばそれほど有望な新人が入部してきたというわけではなかった。
そんな彼女達にとって私たちは雲の上の存在のようなものだったらしく、最初の頃は緊張してまともに会話することさえままならない子もいた。
でも彼女達はみんな本当に真剣で、ひたむきで、熱心で、私たち上級生の麻雀を必死に吸収しようとしていた。
試合前には私が何気なく掛けた言葉が、彼女達の不安そうな表情を和らげることもあった。
そんな後輩達の姿を見ていると、最初はあまり気が進まなかった他校の対戦相手の研究も次第に熱を入れて取り組むようになり、
オカルトという概念と戦いながらも私が伝えうる限りの言葉を尽くして彼女達にアドバイスを送るようになった。
確かに今までと比べれば、後輩やチーム全体のことを考えてる時間はずっとずっと増えただろう。
自分の対局に集中しているときでも、ふとみんなの顔が思い浮かぶことも何度かあった。
和「ですが……やっぱり私は部長失格です……」
和「私は傷ついて泣いてるマホちゃんを励ますことさえできなかった……」
和「何より……私を信じてついて来てくれたみんなを勝たせてやることができませんでした……」
そのとき私は初めて涙を流した。
悔しくて、申し訳なくて、感情を抑えることができなかった。
まこ「久が見たかったんはきっとチームの想いを背負って戦うあんたのその姿じゃ」
まこ「大丈夫、ちゃんとワシらには伝わっとる」
和「うっ……ぅぐ……」
まこ「周りに人もおらんけえ好きなだけ泣きんしゃい」
まこ「久は全国優勝したときわんわん泣いとったが、負けてたら多分ワシらの前では泣かんかったじゃろうな」
そうして、染谷先輩は私が泣き止むまでずっと側にいてくれた。
その後部長と顔を合わせたとき、私の赤くなった目を見て何かを察したように優しく微笑んで、
久「素敵だったわよ、とても」
そう一言だけ囁いて私の肩をそっと抱いてくれたのだった。
―――――
――――
そんなことがあった後も私は自分が部長の役割を十分に果たせたと心からは思えなかったが、
信頼しているあの二人から認めてもらえたのならそれは素直に嬉しくて、この一年間自分がしてきたことをいくらか前向きに考えられるようになった。
今では部長という立場を経験させてもらえたことを感謝しているし、今はまだはっきりと形にすることはできないけれど、
その時間の中で芽生えた微かな変化を私は大切にしていきたいと思っている。
それらを成長に繋げられるかはこれからの自分次第なのだろう。
そして、私がいまだに持て余しているのはもう一つの変化のほうだった。
和「ただいま帰りました」
母「おかえりなさい、和」
和「あれ、お母さん。今日は仕事の日ではなかったんですか?」
母「休みもらったのよ。さすがに東京まで応援に行く時間は取れなかったけど帰りぐらいは迎えてあげたくてね」
母「あなたが大好きな料理もうんと用意してるのよ」
和「そんなわざわざ……」
母「3年間お疲れ様、和」
和「はい、ありがとうございます」
父「和、ちょっと話がある。こっちに来なさい」
母「そんな帰って早々じゃなくても」
和「いえ、私なら大丈夫ですので」
父「2年前に私とした約束は覚えてるな」
和「もちろんです」
父「団体戦で全国優勝したことで、私はお前に高校まではここで麻雀部を続けることを承諾した」
和「はい」
父「勘違いしてもらいたくないが、私はお前には麻雀はこれっきりにして勉強に集中してもらいたいと思っている」
和「……」
父「それでもお前の意志を尊重して改めて聞いておく」
父「本当に麻雀にもう未練はないんだな?」
最後に負けてしまった悔しさはあった。
麻雀が大好きだという気持ちももちろん変わらずにあった。
もし自分がプロ雀士になればどんな未来が待っているのだろうと想像することもあった。
それでも、私はすっきりした気分で言い切った。
和「はい、約束を違えるつもりはありません」
父「そうか」
和「それでは私は荷物の整理をしてきますので」
父「和」
和「何でしょう?」
父「私には麻雀のことはよく分からんが、良い試合だったと思うぞ」
父「3年間よく頑張ったな」
和「はい……ありがとうございます」
母「お父さんテレビの前であなたのこと応援してたのよ」
和「お父さんが?」
母「親だもの。娘があんな真剣な表情で打ち込んでる姿を見せられたらそりゃあね」
母「良い時間を過ごせたのね、和」
和「はい、とても」
和「ふぅ……」
食事と入浴を終え部屋に戻ってきた私はベッドに倒れ込んだ。
何だかんだいって私もやはり疲れがたまっていようだ。
和「ん……」
エトペンをぎゅっと抱き締めて目を瞑る。
和「本当にもう終わりなんですね……」
清澄高校に麻雀部があると知ったときのこと、咲さんと初めて会った日のこと、
昔の友人達とインターハイの舞台で再会できたこと、
団体戦で初優勝したときのこと、最後の団体戦で負けてしまったこと、
そして、咲さんと対局した高校生活最後の試合のこと。
暗い静かな部屋の中で、私は眠たくなるまでいつまでも次々に浮かんでくる思い出にふけっていた。
優希「うぎゃー! 本当に終わっちゃったじぇ!」
和「優希、恥ずかしいので道端でそんな大声出さないでください」
優希「だってのどちゃん、私達本当に引退しちゃったんだじぇ!」
和「そんなこと言われなくても分かってますよ」
咲「ふふ」
優希「マホの奴またわんわん泣いてたじぇ」
和「またいつでも学校で会えるんですからあんな寂しがらなくても」
咲「でも団体戦のことからは立ち直ったみたいで良かったよ」
和「ええ、そうですね」
優希「のどちゃんは寂しくないのか?」
和「もちろん寂しいですが、もうだいぶ気持ちの整理はつきました」
優希「咲ちゃんはどうだ?」
咲「私はまだあんまり実感湧かないや」
咲「私たちがもう送り出される側になったなんて何だか不思議な気分だよ」
和「あっという間でしたね」
咲「うん」
優希「私はまだまだ遊び足りない気分だじぇ」
和「これからはちゃんと勉強しなくちゃダメですよ、優希」
優希「分かってるじぇ!」
和「本当でしょうか……」
優希「のどちゃんも勉強ばっかしてたら体に悪いじぇ。遊びたくなったらいつでも声をかけてくれ!」
和「そうですね。勉強が体に悪いなんてことはないですが、気分転換したくなったらまた誘いますね」
優希「咲ちゃんも暇だったらいつでもこの私を呼んでくれ! オススメのタコス屋を紹介するじぇ!」
咲「うん、分かったよ」
優希「それじゃあさらばだじぇ!」
咲「何だかいつも以上に元気だったね、優希ちゃん」
和「寂しさを紛らわすためでしょう。あの子なりに思うこともあるでしょうから」
咲「うん」
咲「和ちゃんは昨日の休み何してた?」
和「何もしませんでしたね。ひたすらぼーっとしてました」
和「そのおかげで今日を落ち着いた気持ちで迎えることができたようです」
咲「そうなんだ」
和「咲さんは何をしてましたか?」
咲「私もおんなじかな、のんびり考え事してたよ。これまでのこととか、これからのこと」
和「これからのこと、ですか?」
咲「うん」
咲「家族以外には真っ先に和ちゃんに伝えたくて」
咲「私、プロになることに決めたんだ」
和「……そうですか」
穏やかに、だけど力強く彼女はそう言った。
驚きはしなかった。ただ、彼女なりに悩んだ末にやっと決断することができたんだなと思った。
咲「和ちゃんはもう麻雀やめちゃうんだよね……?」
和「ネットでたまに打つことはあるでしょうが、大学の麻雀部などには入らないつもりです」
咲「……そっか」
咲「あの、これは軽い気持ちで聞いてほしいんだけど、その……」
咲「和ちゃんは自分がプロになることとか考えたことなかったの……?」
その質問に私は少し胸がざわつくのを感じた。
私がその未来を想像するとき、いつでも同じ不安が私の心に付き纏った。
そして、私はいつもそこで考えるのをやめてしまう。
その動揺を悟られないよう私は彼女に返答する。
和「ないと言えば嘘になりますが、それはいわば妄想のようなものです」
和「父に言われるまでもなく、私はきっと麻雀は高校まででやめていたでしょう」
咲「そうなんだ……」
咲「私ね、この前夢を見たんだ……」
咲「最後の団体戦でできなかった優勝を、プロで和ちゃんと同じチームになって果たす夢」
咲「それでね、部長や、染谷先輩や、優希ちゃんや、清澄高校のみんながそれを祝福してくれるの」
和「咲さん……」
咲「あはは、何だか馬鹿みたいだよね……」
和「いえ、嬉しいです」
和「咲さんにそこまで思ってもらえて、本当に……」
咲「ほ、ほんとに……?」
和「はい」
大切な人に大切に思えてもらえることは素直に嬉しかった。
お互いに顔を少し赤く染めながら、私たちは俯きがちに少しの間無言で歩く。
そして、私は前々から気になっていたことをためらいつつも咲さんに尋ねた。
和「あの、私も一つ聞いてもいいでしょうか……?」
咲「なに?」
和「どうしてプロになることをそんなに悩んでいたんですか?」
和「お姉さんもいますし、私はてっきり咲さんはもう心に決めてるんだと思ってました」
咲「うーんとね……」
そう言い淀んで彼女はしばらく押し黙った。
話題を変えようかとも思ったが、私は彼女の胸の内にあるものが何なのかどうしても知りたかった。
和「プロになったら本業の麻雀以外の仕事もしなくちゃいけないのが嫌だとか?」
咲「んー、それも少し不安ではあるけれど……」
咲「お姉ちゃんもプロになりたての頃アイドルみたいな仕事ばっかさせられて不機嫌だったときあったし」
和「グラビアの撮影なんかもしてましたね」
咲「私なんかにそんな仕事は回ってこないだろうけど」
それから彼女は一呼吸間を置いて、意を決したように切り出した。
咲「私が怖かったのはね……」
咲「また麻雀が嫌いになっちゃうんじゃないかってこと……」
咲「私は今でもはっきり覚えてるんだ、自分が麻雀のこと大嫌いだったときの気持ちを……」
私は思わず息を呑んだ。
彼女のその答えは、驚くほど深く私の心を抉った。
なぜなら私も覚えているからだ、初めて咲さんの麻雀に出会った日のことを。
胸に突き刺さるような激しい痛みや悔しさを。
それは彼女と仲良くなって2年以上たった今でも恐ろしいほど鮮明に私の心に刻まれていた。
自分がプロになる未来を想像したとき、私の心にはいつもあのときの感情が蘇った。
高校生が公式の場で勝負する機会は極めて少ない。
それが同じ高校に属しているなら尚更だ。
でも、プロになって彼女と何十試合何百試合も真剣に向き合ったとき、あるいはそれすら叶わぬほど遠く置き去りにされたとき、
私はそれでも彼女に嫉妬せずにいられるだろうか、私は彼女のことを好きでいられるだろうか。
私にはその可能性を直視することができなかった。
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