モバP「アイドル、だろ?」 (27)
モバマスSSです。
肇「だから、湯呑」
肇「だから、湯呑」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/news4ssnip/kako/1386/13866/1386689255.html)
多分これの続き。
お付き合いいただければ幸いです。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1391237209
「プロデューサー、あの、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
デスクワークをこなしていた俺の背に、やや遠慮がちに声がかかる。
振り返るまでもなく、それが凛の声だと分かったが……何だか違和感が拭えない。こんなに畏まった調子で声をかけられるのはいつぶりだろうか。
「なんだ、改まって」
振り返ると、やや伏目がちに俺を窺がう凛がいた。これまた珍しい。
俺に対しては、割と傍若無人な振る舞いをする事の方が多いのだが……
「プロデューサー、この間 肇に新しい湯呑貰ったよね?」
「おぅ、今も使ってるぞ」
「ん、知ってる。で、その前に使ってた湯呑ってどうしてるの?」
少し勢いがついてきたのか、少しずついつもの調子に戻ってきた凛が、やや喰い気味に尋ねてくる。
「あぁ、たまに使おうと思って置いてあるぞ」
問いかけの真意はよく分からんが、ここで答えを渋る意味もないので、デスクの下から二番目の引き出しを開けてみせる。
「ひ、引き出しに湯呑……? しかも二つもあるし」
「まぁ、この引き出しは大事なものスペースというか」
いわゆる、アイドルスペースというか。まぁ、担当アイドルからもらったものなんかを保管してある引き出しだ。もちろん、鍵付き。
「あれ、その包装って……」
「うむ、お前にもらったカップケーキの包装だな」
「……ありがと」
「どういたしまして」
凛が目ざとく見つけた包装の他にも、泉からもらったクッキーの包みやら、奈緒からもらったどら焼きの包装なんかもある。
「じゃなくて。その湯呑なんだけど……使わないのって勿体無いと思わない?」
脱線したことに気付いたか、凛が慌てて軌道修正を試みる。が、
「いや、だから使ってるって。二週間に一回くらい」
「……道具は、使われてこそ輝くと思うんだよね」
「頼むから人の話を聞いてくれ。ていうか、本題を言ってくれ」
この噛み合わない会話である。これは、予め何を言うか決めてきたな。
こういう場合、大抵ろくな用件じゃないものだが……
「その湯呑、譲って欲しいなって」
案の定である。両手を合わせ、可愛く言ってみせる凛だが、
「ダメ」
まぁ、いくら凛の頼みでも、これは不許可だ。
「即答?」
「当然だ。これは俺の」
「そ、そうだけど。そこを何とか」
「断固拒否」
「別に変な使い方しないから」
何とか食い下がろうとする凛から、なんとも不穏当な単語が出てきた。変な使い方って何だ。
「……その発想は無かったわ。とにかくダメ」
「一応、肇の了承は取ってるよ」
「肇が許しても俺が許さん。これは俺の」
それはちょっと意外な情報だった。まぁ、芸術家肌なところもある肇らしいといえばそうなんだろうか。
が、それとこれとは別の話で、ダメなものはダメなので突っぱねたところ、
「……プロデューサーさん、さすがにそれはちょっと大人気ないんじゃないですか?」
意外なところから、凛への助け舟がでた。
「あれ、ちひろさんは凛の味方ですか?」
それまで俺の隣のデスクで黙って仕事をしていたちひろさんである。
おかしいな、こういう場面では大抵俺の援護をしてくれる人なんだが……
「まぁ、凛ちゃんと肇ちゃんの会話の立会いをしていましたから。了解を取ってるってのは本当ですよ? 私が証人になります。嘘だったら今度の飲みは私が奢ります」
「そこは疑ってないですよ。でもダメです。これは肇が俺に作ってくれたものなんですから」
ちひろさんがそこまで言うなら本当だろう。そもそも凛がそういう、いい加減な嘘を吐くとも思えない。
しかし許可できない理由はそういうところにはないのだから、俺の答えが変わるわけもなく。
「……そりゃそうだよね」
さて、それをどう納得させようかと無い知恵を捻ろうとしたところで、
「ごめん。さすがにデリカシー無かったね」
凛があっさりと自己完結してしまった。これも凛らしいといえば凛らしい。
「分かればよろしい」
俺は内心安堵の息を吐きながら、
「というか、華の女子高生が男の湯呑を欲しがるんじゃないよ、まったく」
とりあえず二度と変な気を起こしてくれるなと釘を刺した。
「本当だよ」
その言葉に同意の声をあげたのは、いつの間にか凛の後ろにいた加蓮だった。
「え……加蓮!?」
特に親しい友人の登場に、凛が目に見えて狼狽する。
「引くわー」
その様子に、加蓮が顔を顰めて露骨に溜息を吐いてみせる。
「ち、違う違う! プロデューサーの湯呑が欲しいんじゃなくて、肇の湯呑が欲しかったんだってば」
そんな加蓮の様子に、両手を慌しく振りながら言い繕う凛だったが、
「ふふ、冗談だよ。この間肇と話した時に聞いたから」
その様子に、加蓮が吹きだす。
「もう……」
すっかり顔を紅潮させた凛が、気恥ずかしげに口を尖らせる。
「でも、本当に交渉するとは思わなかったけど」
「う……」
そこへ加蓮の追撃が入る。
「これは、奈緒の部屋に予約を入れないとね」
「……お手柔らかにお願いします」
まぁ、何と言うか、相変わらず仲が良さそうで大変結構なことだ。
二人のやり取りに思わず口元が弛むのを感じながら時計を確認する。
「プロデューサー、そろそろ」
「あぁ、もう時間だな」
加蓮がやってきたのは、何も凛をからかうためだけではなく、次の仕事の都合でもある。
デスクワークを適当にキリにして俺が立ち上がると、
「それじゃ凛、プロデューサー借りるよ」
「ちゃんと返してよね」
「さぁ、それはプロデューサー次第かな」
加蓮がそんな事を言いながら、凛と、その後ろにいる俺にウィンクをしてみせる。
「こらこら、そもそも俺は凛のものじゃないぞ」
その仕草に、一瞬でもドキリとさせられてしまった焦りを押し殺してそんな事を言ったところ、
「そうですよ。それは、私のです」
隣でPCでの作業をしたままのちひろさんが、こちらに一瞥もくれずに、俺の言葉への同意なんだか何なんだか良く分からない事を言い出した。
「いや、違いますから。というか、物扱いは勘弁してください」
これ以上場が荒れるのも勘弁なので、俺は慌ててその場から逃げ出した。
・ ・ ・
事務所から逃げ出した俺は加蓮を助手席に乗せて、今日の仕事場であるテレビ局まで車を走らせる。
「でも、ちょっと意外だったな」
走り出して三分ほど。最初の信号につかまった辺りで、加蓮が口を開く。
「何が?」
「Pさん、凛に頼まれたら譲るかと思ってた」
「……あぁ、湯呑の話か」
一瞬、何のことだか分からなかった。
が、よくよく考えれば、ここ最近で凛の要求を拒否したのが今日の湯呑くらいだったので、加蓮の言わんとしていることを察した。
「いやいや、さすがに凛のお願いでも聞けるものとそうじゃないものはあるって」
「肇の湯呑が、そうじゃないものなんだ」
「肇の湯呑もそうだし、凛がくれたチョコレートも、加蓮がくれたクレープも、そういう類のものだ」
加蓮の呟くような言葉に、俺はなんとも言い訳がましい事を言ってしまう。
「……ずるいな。そう言われたら、それ以上突っ込めないよ」
「まぁ、こういう誤魔化し方だけは、ここ最近でうまくなったからな」
「誤魔化し方って自分で言うし」
加蓮の表情を盗み見ると、やや面白く無さそうに口を曲げて、窓の外へ視線を投げている。
「悪いな」
「……Pさんが謝る事じゃないよ」
その様子に思わず謝ってしまうと、加蓮は小さく息を吐いて、
「困らせてるのは私達の方だって自覚くらい、私にもあるから」
そんな事を言った。だからって聞きわけが良くなる私でもないけど、なんて呟きをその後に足して。
その呟きが車内を一回りして、まだ寒さの残る車内を暖める暖房の風に溶け込もうとするかしないかのうちに、
「あ~あ、Pさんが凛に譲ってたら、私も便乗して一つ貰おうと思ってたのにな」
加蓮は、空気を変えようとしてか、一際明るい口調で言う。
「貰うって、湯呑をか?」
「そう。今の、四つ目でしょ? 最初に肇が送った湯呑は家に飾ってるって聞いてたから、二つ余ってると思って」
「よく知ってるな。確かに今は事務所に三つ置いてあるんだが」
凛ですら、事務所に置いてある湯呑が二つしかないと思っていた節があったんだが……
「まぁ、実を言うと、そういう二次災害を起こしかねないと思って、凛の頼みを断った節もある」
「ふふ、さすがだね」
そう言って笑う加蓮の視線を頬辺りに感じる。凛とは似ているようで違う、好奇心と優しさが混じったような視線だ。
「まぁ、曲がりなりにもお前達のプロデューサーだからな」
「うん」
こんな視線を向けてくれるようになったのは、いつ頃からだったろうか。ふと昔を懐かしむ。最初に出会った時は……
「……ほんと、ごめんね」
「いや、そんな気にする事じゃないって。結局、欲しいなんて言い出してないわけだし、そもそも寄せてくれている信頼は、俺としても嬉しいものだしな」
俺の感情が過去に遡りそうになったところで、突然加蓮が顔を伏せてそんな事を言い出したので、一気に現実に引き戻される。
慌てて戻ってきた感情がなかなか着地点を定めかねて、何だかまくし立てるように返していた。
「ううん、そうじゃなくて」
「?」
が、加蓮は俺のそんな調子を笑うこともしないで、
「最初、だるいとか言って、Pさんや皆と真面目に向き合わなくて」
顔を伏せたまま、そう言った。
なるほど、昔を思い出していたのは俺だけではなかったらしい。
「なんだ、それは前にも謝ってもらったぞ。全然気にしてないし、今こうして立派にアイドルとして輝いてくれてるんだから」
「うん。だけどPさんといると、何となく思い出しちゃうことがあって」
俺にとっては悪くない思い出が、加蓮にとってはそうでもないらしい事は、知っていた。こうして謝られる事も今日が初めてではない。
「……自分でも分かってるつもりなんだ」
が、今日は一段とそれが深刻だ。普段は困ったように、でも笑いながら謝って、それで終わるのだが……
「最初から、今みたいな気持ちで走っていたとしても、結局のところ今の私か、今より少し前を歩く私にしかなれなかっただろうって」
「可能性の話、だからな」
何かに焦っている、のだろうか。今日の加蓮は膝の上で組んだ自分の手を見つめながら言葉を続ける。
「うん。だけど、後悔してしまう私を、決して振り切れない。もしかしたら、そうだった私にしか辿り着けない場所があって、今の私には絶対に見ることができない景色があるんじゃないかって」
それは、きっと誰もが一度は陥る感覚なんだろう。俺にも、嫌になるほど覚えがある。
後悔というものは、時間とともに薄れるものだが、ふとした切欠でフラッシュバックすることがある。その時に陥る虚無感は、時間とともに増すような気さえする。
「……あるよ」
「え?」
俺のその答えは、きっと加蓮の期待するものとは違ったことだろう。驚いたような声を上げた加蓮の視線を感じる。さっきとは違う、戸惑いの視線だ。
「そういう景色は、ある」
「……そう、だよね」
ただ、今の加蓮に単なる気休めは毒な気がしたから。
「加蓮、そういう景色は、きっと誰もが持っているんだ。俺にだってある」
「Pさんにも?」
だから、せめて少しでも本当の混じった気休めを。
「俺がプロデューサーになって、こうして加蓮をテレビ局に送る事なんて、少し前の俺には想像すらもできなかった事だしな」
今までの、俺の短い人生経験の、それでも精一杯の真実を込めて。
「本当に偶然なんだ。偶然事務所の前で、今の会長に拾われて……」
それで、加蓮を救いたかった。なんて、ちょっと大袈裟で格好付けすぎかもしれないが。
「あの時会長に声をかけられなければ、俺はどうなっていたんだろうな。その先を、俺は絶対に知り得ない」
思い出すのは、敗北感に打ちひしがれていたあの頃。ただの通りすがりを、事務所の牽引役に選んだ会長の脳みそを疑っていたあの頃だ。
ちひろさんがいて、凛がいて、千早がまだいたあの頃。俺は、今の俺を想像することなんてできやしなかっただろう。
同じように、そうじゃない俺を、今の俺は想像できない。
「今ほど充実してなかっただろうとは思うけど、もっと意外な幸運を掴んでいたかもしれない。それは、誰にも分からないことだから」
「……うん」
「加蓮の悩みとは、少し性質が違うかもしれないけどな。でも、最初そういう態度でアイドルに向き合っていた加蓮だからこそ、見えている世界があるかもしれないだろ?」
一度、この世界に打ちのめされた俺だから、加蓮の焦りも分かる気がする。
一心不乱に理想を目指す凛が眩しく見えることがあるのだろう。
だけど、それが眩しく見えることそのものが、財産となることもあるはずだ。
「そう、かな?」
「そんな加蓮だからこそ、凛や奈緒と組ませているんだ」
いつか、奈緒が言っていた気がする。凛と加蓮の目指すもの。欲しいもの。奈緒が護りたいもの。
本当に、不思議な関係だと思う。年齢もバラバラで、趣味も違って、性格も。だけどお互いに認め合って、高め合える仲間。
だから本当は、俺なんかの言葉は加蓮には不要なんだろう。凛と奈緒の二人がいれば、きっと加蓮は何度でも立ち上がれるし、挫けそうな高い壁をも乗り越えていくだろう。
だけど、せめて。二人がいない今くらい、加蓮の助けになりたい。そう思う。
「……そっか」
「気休めくらいにはなったか?」
「ん、ちょっと気楽になったよ」
俺の言葉がどのくらい届いたろうか?
少なくとも加蓮の声音が、柔らかくなったように感じ、俺も内心息を吐く。
「ありがとう、Pさん」
「うむ。まぁあんまり思い詰めず、気楽になりすぎず、いつもの加蓮でいてくれ」
「ん」
加蓮は小さく頷いてから、大きく息を吐き出して再び窓の外へ視線を投げる。
それから暫く、沈黙が続いた。不思議と、心地のよい沈黙。
「ね、Pさん」
「ん?」
その沈黙を破ったのも、やはり加蓮だった。
「肇から湯呑をもらった時って、どんな感じだった?」
「どうって……実家から戻ってきた肇が、いつもお世話になってるお礼にってことで……」
また、突然の質問である。あまりに唐突だったので、なんともピンボケした答えを返してしまった。
「違う違う、そうじゃなくて。どう思ったのかってこと」
「あぁ、そっちな」
俺の間抜けな返答に加蓮が笑う。やっぱり、加蓮はこうして笑っている方が似合っている、なんて事を心のどこかで思いながら、
「そりゃ嬉しかったよ、素直に」
何の捻りもない答えを返していた。
「凛にチョコもらった時は?」
「嬉しかった」
「奈緒にどら焼きもらった時は?」
「嬉しかったな」
「……私がクレープ作っていった時は?」
「嬉しかったよ、もちろん」
「もう、全部同じ感想?」
決して適当に答えているわけではないのだが、あんまりな俺の返答に、さすがに加蓮がやや怒ったようにそっぽを向く。
そう言われても、まぁ嘘偽りのない感想なのだから仕方ない。
「違うけど、言葉にすると同じことってあるだろ?」
「どう違ったの?」
「……黙秘」
それを言葉にするのが気恥ずかしい、というのが半分。そもそもうまく言葉にできない、というのが半分。
「むー」
剥れたように頬を僅かに膨らませた加蓮は暫く流れる景色を黙ってみていたが、やがてその追求を諦めたか、
「それにしても……湯呑、かぁ」
そんな事を呟いた。いや、別のアプローチにしただけで諦めてないのかもしれない。
「なんだ、やっぱり欲しくなったか?」
「そうじゃなくて……ていうか、分かってて言ったよね、今のは?」
「ノーコメント」
だから敢えて空気を読まない発言をした俺に加蓮は苦笑して、
「でも、まぁ実際すごく贅沢だよね、肇作の湯呑って。肇のお爺さん、知ってるよね?」
今度こそ諦めて、話題を移す事にしたらしい。
「……そりゃ、当然知ってる。実際に挨拶にも行ったんだからな」
「この間、凛が作ってもらうって話を聞いて奈緒と調べてみたんだけど」
加蓮は調べた時の事を思い出したか、やや口元を歪ませながら言う。
「お爺さんの作品、お猪口で40万とかしてたよ」
「まぁ、人間国宝だしなぁ」
「すごいよね」
溜息を吐いた加蓮の言葉を、俺はそのまま肇のおじいさんに対する賞賛かと受け取ったが、
「そんな境遇でもあんな良い子に育っちゃうなんて」
「そっちか」
意外にも、それは肇に対する言葉だった。ま、言われてみれば確かに。
単純に境遇だけ見れば、もう少し傲慢な感じになっててもおかしくない気はするが……
「まぁ、お爺さんの教育が行き届いてたんだろう」
まぁ、実際に肇の実家に挨拶に行った身としては、肇が肇に形成されたことは、自然な成り行きに感じてしまう。まぁ、やっぱり人を作るのは人ということだろう。
「ちょっと、羨ましくなる時があるんだ」
「肇がか?」
「うん。なんか、違う世界に生きてるみたいで」
「おいおい、アイドルが何を言うか」
「ふふ、そうだよね。でも、肇ってここ一番で出す雰囲気……オーラって言うべきかな。それが凄いから」
加蓮もそういう面で負けては無いと思うんだが……まぁ、人は自分に対して鈍感であるものか。
それに実際、肇の集中力が凄いのは事実だから、
「同じ舞台にいるのに、時々肇が遠く感じることもあるよ」
加蓮のこの言葉も、きっと本音なんだろう。
「陶芸家として培ってきた集中力かもな。衣装に袖を通した肇は、確かに独特の世界を作ることが多いかもしれない」
「そうだよね。お花見ライブの時の肇が私は好きかな」
「あぁ、あの時な。あれは確かにすごかった」
夜桜の下で歌い、踊る肇は、幻想的という言葉がそのまま当てはまるようだった。
「だけど、あれは肇の描くアイドル像であって、加蓮や凛、奈緒の描くアイドル像とは少し違うだろ?」
あれはきっと、肇だから出せる魅力で、それを他の誰かが模倣しようとしたところで、模倣にしかならないだろう。
そこに、加蓮達トライアドプリムスのゴールはない。少なくとも俺はそう思っている。
「それはまぁ、そうだよね」
「他人を敬えない人間は救いようもないが、自負心を持てない人間もまた伸びないぞ」
前に進むために、学ぶべきを学び、拓くべきを拓く。人の背を見ながら、その背を模倣しない人間こそが、きっと前進できるんだろう。
「……なんて、仕事前に随分説教臭くなってしまったな。悪い」
「ふふ、良いよ。Pさんの言いたいこと、ちゃんと分かるから」
いつの間にか、加蓮の目に輝きが戻っている。自分を、今を信じる、綺麗な目。
「凛とも奈緒ともたくさん喧嘩して、分かり合って。だから今は、私達は違うからこそ一緒にいるんだって知ってる」
初めて出会った時とは違う。
ついさっきまで悩み、沈んでいた時とも違う。
はっきりと、自信に根ざした光を灯した目。
その目に映るものの先にこそ、彼女達の目指す場所があるはずだ。
「だから、肇もそうなんだよね。私とは違う目で、耳でこの世界を生きていて、だから私とは違う夢を描いて、きっと私とは違う悩みを抱えてる」
「そうだな……というか、加蓮がそこまで肇を意識してたとは知らなかった」
「そりゃまぁ、同い年だし。Pさんが付き合いたいアイドルナンバーワンとか言うし」
「だからそれは、」
「ふふ、分かってる。冗談だよ」
「ったく……」
すっかり調子を取り戻した加蓮のからかいに、溜息をつきながらも、口元が弛んでしまう。
「あとね、羨ましいって思うのは、もう一つあるんだ」
「うん?」
「湯呑」
そして、曇らない目のまま、だけどどこか照れたように はにかんだ加蓮は、
「Pさんへの気持ちを、目に見える形で残せるのが羨ましいかなって」
そう告白した。
「あー……そういうことか」
なるほど。これが、きっとさっきの唐突な質問から繋がっている本題で、車に乗ってから、ずっと話したがっていた事なのかもしれない。
「そりゃまぁ、プレゼントってのは嬉しいものだけど、形に残るものだけが全てじゃないだろ?」
「そうかもだけど、」
「加蓮、お前は何だ?」
「何って……」
「アイドル、だろ?」
見えてきたテレビ局を睨みながら、俺は思わず口角を上げる。
「……うん!」
俺の言葉の意味をしばらく考えていたらしい加蓮が、やがて力強く頷く。
「今日のパフォーマンス、ちゃんと見ててね。Pさんへの感謝の気持ち、きっと伝えられるから」
「それはありがたいが、」
「分かってる。何よりも、私達を支えてくれているファンのために歌うよ」
加蓮は、俺の大切なアイドルは、大きく深呼吸をしてから、
「だって、それが私達の考える、アイドルのカタチだから!」
そう高らかに宣言した。
願わくば、その強い瞳が見据える先に、彼女達の答えがありますように。
そんな事を考えながら、俺はテレビ局の中へとハンドルを切った。
終わりです。
お目汚し失礼しました。
加蓮SSを書こうと思ってたのに、何かPがすごい出張ってきたので急遽タイトル変更…;
いつかリベンジしたひ。
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