モモ「先輩へ」 (188)

[正午:加治木宅]

加治木「……」


  …チリン


加治木「ん……」

加治木「…風鈴か。そういえば、夏から出しっぱなしにしていたな」

加治木「……」


 チリン 


 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


モモ 「ふーっ」


 チリン チリリン

モモ 「…ふふ」

加治木「…良い音だな」

モモ 「ですよね! さすが夏の風物詩、っすよ!」

モモ 「…けれど、秋には片付けなきゃっすね」

モモ 「季節外れの風鈴の音ほど、哀しいものはないっすから」

加治木「おいおい、ずいぶん先の話だな」

モモ 「あは、それもそうっすね!」


 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


加治木「……」

加治木「…しまわなきゃな。風鈴」ス


 チリリン チリン



[昼:女流プロ麻雀連盟・岩手支部]

蒲原 「ワハハ、それロン。5800だ」パタ

睦月 「こら。上家の喰い仕掛けに2萬切りは甘いぞ」

妹尾 「えと、えと…その通りです!」

   「なるほどー。超勉強になるよー!」


  ガチャッ


加治木「おはよう」

蒲原 「おー、ゆみち……加治木プロ。おはよー」

   「「「オハヨーゴザイマース!!」」」

睦月 「…って、ちょっとちょっと」

加治木「どうした、津山プロ?」

睦月 「なんで来ちゃってるんですか。今は忌引き休暇中でしょう」ヒソヒソ

加治木「いや…家でじっとしてるのも落ち着かなくてな」

睦月 「はあ…まあ良いですけど」

蒲原 「だったら向こうの卓に入ってくれないかー?加治木プロの御鞭撻を待ってるんだ」

加治木「ああ、分かった」


 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


加治木「…という理由で、この場での親はまだイーシャンテンだと判断できる。だからここではまだオリるべきではないんだ」

   「ふんふむ…」

睦月 「加治木プロ。ちょっと」

加治木「ん。 …今言ったことを意識して、もう一半荘打っていてくれ」

   「分かりましたっ!」「ダル……」「こらそこっ!」

加治木「…どうした?」

睦月 「加治木プロにお客です」

加治木「客?」

睦月 「ええ。なんでも……」




加治木「遺言ハートセンター?」

   「はい。この度、奥様から遺言書を預かっております。私の死後渡すように、と」

加治木「遺言書……」

   「こちらになります」スッ

加治木「どうも」

   「加治木桃子様、で間違いありませんね?」

加治木「ええ。 …モモが、これを……」

   「それと……実はもう一通、奥様からの遺言書が」

加治木「もう一通?」

   「ただ、奥様の御希望で、今お渡しすることは出来ないんです」

加治木「…その遺言書は、今どこに」

   「長野の郵便局へ、局留め郵便で発送してあります。そちらで受けとっていただければ……」

加治木「…なるほど。ありがとうございます」




[夜:加治木宅]

   ザァー…… ザァ ザァァ……


蒲原 「ふーん……遺言なー」

加治木「ああ。 …酒注ごうか、蒲原」

蒲原 「おっ、ありがとなー」


   トットット……

蒲原 「ほら、ゆみちんも」トットトト

加治木「すまないな」

妹尾 「それで、桃子さんからの遺言はなんて?」

加治木「『遺骨は故郷の山に散骨してくれ』と」

蒲原 「故郷…っていうと、長野かー」

加治木「そうなるな。 …ほら、妹尾も。注ぐぞ、酒」

妹尾 「あっ、ありがとうございます」


   トットット……


妹尾 「…って、桃子さんの分も入れなきゃですよね。うっかりしてました」

加治木「そうだな。頼む」

妹尾 「それじゃ……」トトトッ

   ……ザァァァ…… ザァ ザァー……


妹尾 「…止みませんね。雨」

加治木「そうだな。…帰り、大丈夫か?」

妹尾 「智美ちゃんに送ってもらいますから」

加治木「そうか……」


   ザァァ…… ザァ ザァーッ


蒲原 「…献杯、するかー」

加治木「ああ。…献杯」

妹尾 「献杯っ」

蒲原 「けんぱーい」

蒲原 「ほんとはむっきーも連れて来たかったんだけどなー」

加治木「仕方ないだろう。あいつの忙しさはよく分かってるつもりさ」

妹尾 「女流麻雀プロ連盟……今じゃその支部長ですもんね」

蒲原 「でも意外だなー。私はてっきり、ゆみちんが支部長を任せられると思ったんだよね」

加治木「……大勢を率いることについては、津山の方が適性を持っていた、ということだろう」

蒲原 「そういうもんかー」ワハハ

妹尾 「けれど、長野となると結構距離がありますよね」

蒲原 「だなー。岩手支部から長野だと…… …どれくらい?」

加治木「400キロほどだな」

妹尾 「どうするんですか? 確か、こっちのお墓に入れるつもりだったんじゃ…」

加治木「さて、な……どうしたものか」

蒲原 「ワハハ、ゆみちん迷ってるなー。まあ、そういう時は飲め飲めー」ドバドバッ

加治木「お、おいっ」

蒲原 「迷ってる時はいくら考えたって仕方ないって。飲んでから考えよう!」

妹尾 「智美ちゃん、何その理論っ」

加治木「…ふふ。それもいいか。 もう一杯もらえるか?」

蒲原 「あいよっ!」


~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


加治木「それでだな。リアの部分を改造して、簡単なキッチンも取り付けようかと思うんだ」

モモ 「わわ、それじゃ料理も出来るんすか?」

加治木「ああ。蒲原の承諾も得た。数日後には改造も完了するはずだ」

モモ 「…なんだか、あの時を思い出すっす」

加治木「あの時?」

モモ 「ほら。鶴賀学園麻雀部のみんなでキャンプに行ったときっすよ」

加治木「ああ…。蒲原に散々連れまわされた時か」

モモ 「みんなで食材調達してふんどし剥いたり……」

加治木「懐かしいな。…女子高生がするようなことじゃないと思うが」

モモ 「思えば、高校卒業してからは無かったんすね。みんなで一緒に遊びに行くって」

加治木「もうあれから10年だ。蒲原もそれを気にしていたんだろうな……だからこんな旅行計画を」

モモ 「楽しみっすね、ゆみちゃん」

加治木「ああ。 …あとは、お前が身体を治すだけだ。」

モモ 「……」

加治木「蒲原も、津山も、妹尾も待っている。 …それに何より、その……」

加治木「…ゎ、わたしが…だな。お前の帰りを……その、待ってるんだ」

加治木「正直な話、お前がいない家は……すごくさみしいんだ」

加治木「だから……」

モモ 「……もーっ!」ダキッ

加治木「わぷっ!? お、おいっ、モモっ!」

モモ 「先輩可愛すぎっすよー! 大好きっすー!」

加治木「こんなとこ、でっ! 抱きつくなぁっ!」

モモ 「先輩! 私、絶対……」



モモ 「絶対治しますからっ!!」

加治木(! …モモ……)


~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

[早朝:加治木宅 車庫]

加治木(あの時、モモの目に浮かんでいた涙)

加治木(モモ。お前はすでに、気づいていたのか? 自分の身体が……)

加治木「…なあ、モモ」スッ


  カシャ カラン


加治木「……」

加治木「…ふ。遺骨が何を答えるというのだろうな」


蒲原 「おー、ゆみちん。ここにいたのかー」

加治木「ん。蒲原か」

加治木「水たまりではしゃぐな…子供か、お前は」

蒲原 「この様子ならじきに晴れそうだなー、うん」

加治木「…ああ、そうだな」

蒲原 「昨日はありがとなー。結局寝床まで貸してもらっちゃって」

加治木「何、構わないさ。独りでいるには寂しすぎる」

蒲原 「…そっか」

加治木「……」

蒲原 「……」


蒲原 「…ずっとここに置きっぱなしにしてたんだなー、ワーゲンバス。すっかり忘れてたよ」

加治木「ああ。あの時のまま、変わらないよ」

蒲原 「そっか。 …これで、旅行に行く予定だったんだよなー」

加治木「そうだな。お前と津山と妹尾と。 …モモと」

蒲原 「……」

蒲原 「…なあ、ゆみちん。提案があるんだけど……」

[朝:女流プロ麻雀連盟]

加治木「待たせたな、蒲原」

蒲原 「ワハハ、全然待ってないって。 …ゆみちんも変なトコできっちりしてるよなー」

加治木「けじめってヤツだよ。さあ、行こうか」バタム

蒲原 「シートベルトはちゃんと締めるんだぞー。 …んー?」


 タッタッタッタ……


蒲原 「ゆみちん、あれ」

加治木「…津山か」

睦月 「―――! ―――!」バンバンッ

加治木「蒲原、窓を」

蒲原 「あいよっ」


 ウィーン


加治木「どうした、津山プロ」

睦月 「どういうつもりですか加治木プロ! 机の上に…こんなものっ!」

蒲原 「おー、辞表。達筆だなー」ワハハ

睦月 「理由も聞かずに受け取れません!」

加治木「…長野へ行こうと思ってな。無断で長期休暇を取るわけにもいかないから、それを」

蒲原 「ワッハハ、ゆみちんは偉いなー。私は勝手に休み貰う気まんまんだったぞー」

睦月 「……桃子さんですか」

加治木「ああ。モモからの遺言で、遺骨を長野に埋めてくれ、と」

睦月 「なるほど……」

睦月 「……」


  ビリビリッ


加治木「!」

睦月 「本日からの有給ということにしておきます」

加治木「お、おいっ」

睦月 「まだまだ、加治木プロのノウハウが必要な若手が大勢いるんです。…それに」

睦月 「……私も、先輩がいないと困りますから」

加治木「…そうか」

蒲原 「ゆみちーん、モテモテだなー! このこのっ」

睦月 「あ、蒲原プロの欠勤分はきっちり給料から天引きしておきますので」

蒲原 「ワハッ!?」ガーン

睦月 「まあ、安心して行ってきてください。今まで十分に貢献してきてもらったんです、少しくらいのわがままは聞きますよ」

加治木「…良い後輩を持ったな、私は」

睦月 「ええ。これからもご指導お願いしますよ、先輩」

蒲原 「私も先輩なんだけどなー…」

睦月 「蒲原先輩。加治木先輩をよろしくお願いしますね」

蒲原 「…! おう、任せとけー!」

加治木「…そろそろ出発しようか、蒲原」

睦月 「それでは。何かあればいつでも連絡してくださいね」

加治木「ああ、ありがとう」

蒲原 「ワハハ、出発だー!」


 ギャルルルルルンッ


加治木「おい蒲原ッ! 飛ばしすぎ――――――!」


 ブロロオオオオォォォ…


睦月 「…うむ。私も後進の育成に励まないとな」

[宮城:東北自動車道]

   ブロロロロ……


加治木「疲れたならいつでも替わるからな」

蒲原 「それもう何度目だー? まだまだ大丈夫だって」ワハハ

加治木「そ、そうか……」


加治木「……」ソワソワ

蒲原 「…落ち着かないかー?」

加治木「すまない…。麻雀以外でこんな遠出なんて久しぶりで」

蒲原 「久しぶり?」

加治木「あぁ。新婚旅行以来、だな」

蒲原 「ワハハ! そりゃー随分ご無沙汰だ!」

加治木「思えばどこか出かける時はいつも麻雀だったからな」

蒲原 「ま、たまにはいいんじゃないかー? 仕事も、しがらみも、忘れてさ」

加治木「…そう、だな」


   ブロロ……


蒲原 「……ゆみちん。窓の外」

加治木「ん? ……おぉ」

蒲原 「ススキ野かー。ちょうど日も照って、昨日の雨粒が光を反射して……」

加治木「絶景、だな」

加治木(……モモ。どうやらこの旅、祝福されてるようだぞ)

[夜:福島]

   ブロロロッ キキィーッ


蒲原 「よーし、今日はここらで一泊することにするかー」


   ガチャ バタム


蒲原 「ほら、外! すぐそばに海が見えるぞー!」ワハハ

蒲原 「……ゆみちん?」


   ガチャ バタム


加治木「か…蒲原……。相変わらず運転が荒すぎだ……」ヨロヨロ

蒲原 「これでも安全運転を心がけてるんだけどなー?」

加治木「はあ…。 まあいい。夕飯を作るとしようか」

蒲原 「おー。材料は近場のスーパーでちゃんと買ったからなー」

蒲原 「…って、あれ? ゆみちん料理できたっけ?」

加治木「簡単なものならな」


 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


加治木「モモ。見舞いにきたぞ」

モモ 「わーっ! ありがとうっす!」

加治木「調子はどうだ?」

モモ 「ゆみちゃんの顔が見れて絶好調っすよ!」

加治木「冗談はいい。 …というか、そのゆみちゃんというのはなんとかならんのか。…さすがに恥ずかしい」

モモ 「えーっ? だって、結婚したのに先輩じゃおかしいっすよ!」

加治木「む…それはそうだが。 …それで、身体の具合は?」

モモ 「相変わらず、毎日病院のベッドの上っすかね。快復してるとは言えないっす」

加治木「そうか……」

モモ 「そんなことより、私は先輩の方が心配っすよ。ちゃんとまともなもの食べてますか?」

加治木「安心しろ、私だって料理くらい出来る」ムンッ

モモ 「ホントっすか?」

加治木「なんだ、疑っているのか?」

モモ 「……昨日の夜は?」

加治木「………肉じゃが」

モモ 「材料は?」

加治木「じゃがいもと…肉と…塩と…砂糖と……」

モモ 「……」

加治木「…酢、とか……」

モモ 「……」

加治木「……」

モモ 「…っぷ、あは、あっははは!」

加治木「わ、笑うなっ!」

モモ 「ご、ごめ、あは、はははっ! す、酢って!」ケラケラ

加治木「~~~っ」カアアッ

モモ 「は、ははっ…。 …先輩、相変わらず料理ダメなんすね」

加治木「…いざ作ろうと思っても、すぐに面倒になってしまってな」

モモ 「そんなじゃ栄養バランス取れないっすよ。 …はい、これ」

加治木「? なんだ、これは」ペラ

モモ 「どうせそんなことだろうと思ったっすから、先輩でも作れるような簡単なレシピをまとめておいたっす」

加治木「ほうれん草のおひたし、鯖の煮付け、ワカメと豆腐の味噌汁……和食ばかりだな」

モモ 「先輩、和食好きですもんね。それなら作ってくれると思って」ニコ

加治木「…ありがとう。今度モモにも作ってやらないとな」

モモ 「! 先輩の手料理っすか!」ガバッ

加治木「お、おい。そんな急に起き上がって」

モモ 「これは絶対にいただかなきゃっすね! うおーっ!!」

モモ 「退院してからの楽しみが1つ増えたっすよー!!」


 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ 

 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


加治木「……」トン トン

蒲原 「ゆみちん」

加治木「なんだ、蒲原?」

蒲原 「…包丁は両手で持つものじゃないんだぞー」

加治木「! …し、知ってるさ、それくらい……」

加治木「……」プルプル

蒲原 「ゆみちん、手震えてるぞー」

加治木「…すまない、今まで両手で使ってきたものだからな…。」

蒲原 「ワハハ。ゆみちんは料理のレシピは覚えてても、基礎がダメダメなんだな」

加治木「うっ…」グサッ

蒲原 「まあ、ゆっくり慣れていけばいいさー。 モモから教えてもらったんだろ? そのレシピ」

加治木「…ああ」

蒲原 「美味しかったよなー。モモの料理は」

加治木「そういえば、私たちが結婚したての頃は毎日のように来てたな。タダ飯を食べに」

蒲原 「ワハハ、今思えばお邪魔ムシだったかもなー」

加治木「そんなことはないさ。食卓は賑やかな方が良いとモモも言っていたよ」

蒲原 「なら良いんだけどなー。あまりイチャイチャ出来なかったんじゃないかなって」

加治木「……まあ、それはあるが…」

蒲原 「ワーハハ、やっぱりかー!」


 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


[早朝:福島]

加治木「…」

蒲原 「すー……すー……ワハ……」

加治木(…少し起きるのが早すぎたかな)

蒲原 「うーん……ころもぉ…… …くー」

加治木(気持ち良さそうに寝ているな、蒲原は。 …起こすのは悪いな)

加治木(…外の空気でも吸ってくるか)


   ガチャ バタム



加治木「ん……っ。…はーっ」ノビーッ

加治木(夜明けの冷たく、綺麗な空気。目の前には一面に広がる海と日の出。……清々しい気分だ)

加治木(家でふさぎ込んでいたんじゃ、こんな心持ちになることはなかったろうな)

加治木「……蒲原に感謝しなければな」

   …スタスタスタ


加治木(…ウォーキングか。なるほど、確かにこの辺りは景色も良いし、絶好のルートだろうな)


   スタスタスタ


加治木(……)

加治木(……んん? どこかで見たような……)

加治木(モスグリーンのジャージに肩まで伸びた髪、そしてどことなく感じる苦労人のオーラ)

加治木(もしかすると……)

加治木「おーい! ちょっとそこの人!」

   「!?」ビクンッ

加治木「すこし聞きたいことが……」

   「……」


   ダダダダッ


加治木(逃げた!?)

加治木(……すこし心苦しいが、仕方ないか)



加治木「…アラフォーッッッ!!」

   「アラサーだよ!!」クルッ 

   「いや、今はもうアラフォーか……だけども心はまだまだ……」ブツブツ

   「……」

   「あっ」

加治木「小鍛治プロ、ですね」

小鍛治「いやー、お恥ずかしい」

加治木「何やってるんですか、あなたみたいな人が……」

小鍛治「最近ちょっとお腹が出てきてね? それで……」

加治木「そういう話ではなく、です」

小鍛治「……」

加治木「国内無敗、最強と名高いプロ雀士だったあなたが突然、麻雀の世界から消えたのは……何年前でしたか」

小鍛治「…3年くらい、だっけ」

加治木「どうして……」


小鍛治「……実は。妻を……亡くしちゃって、ね」

加治木「……!」

小鍛治「なんだろう……喪失感、っていうのかな。胸にぽっかり穴が空いたような気持ちになって……」

加治木「……」

小鍛治「…それで、思わずやめちゃったんだ。麻雀」

加治木「……同じです」

小鍛治「え?」

加治木「同じです! 私と…!」

小鍛治「…あなたも?」


 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


小鍛治「…そっか。つらかったね……」

加治木「いえ、それはお互いでしょう」

小鍛治「それじゃ、今から長野に?」

加治木「はい」

小鍛治「その後は?」

加治木「その後?」

小鍛治「うん。長野で散骨した後」

加治木「散骨した後……」

小鍛治「…あれ? もしかして、まだ散骨する気は……」

加治木「…ええ。実を言うと、まだ気持ちは固まってないんです。遺言のことを考えればちゃんと埋めるべきだとは思うのですが」

小鍛治「そっか……いや、分かるよその気持ち」

加治木「分かりますか?」

小鍛治「うん。なんていうか……繋がりが消えちゃいそうな気がするんだよね。…上手く言い表せないけど」

加治木「繋がり……」

小鍛治「埋めちゃったら、そこで本当にお別れのような気がするんだ。それからは、自分ひとりで生きて行かなきゃいけない……って」

加治木「……」

小鍛治「あっ、あくまで私の考えだよ? 変なこと言ってごめんね?」

加治木「いえ、ありがとうございます。……繋がり、か」

   オーイ、ユミチーン


加治木「…蒲原。起きたのか」

小鍛治「連れの人?」

加治木「ええ。一緒に長野まで」

小鍛治「そっか……。うん、それじゃ私はもう行くね」

加治木「えっ? もうですか?」

小鍛治「うん。日もだいぶ高く昇って来てるし、絶好のドライブ日和だよ」

加治木「…これからどこへ?」

小鍛治「とりあえず、このまま西の方へ行くつもり。…もしかしたら、また会うかもね」

加治木「…ぜひ。また会いましょう」

小鍛治「……それじゃ」


   タッタッタッ……

蒲原 「ワハハ。おはよ、ゆみちん」

加治木「ああ。おはよう」

蒲原 「……知り合いかー? あの人」

加治木「…いや。偶然会っただけさ」

蒲原 「ふーん……それじゃ、出発しようか」

加治木「ああ」

 


[夕方:東京]

   ブロロロロ…… キキィッ


蒲原 「ワハハ。今日はここで一泊とするかー」

加治木「おいおい…大丈夫なのか? スーパーの駐車場じゃないか」

蒲原 「もーんだいない、もーんだいない。ほら、周り見てみたらさー」

加治木「…キャンピングカーばっかりだな」

蒲原 「そーいう人たち用、って面も持ってるんじゃないかー? たぶん」

加治木「多分、って……お前なぁ……」

蒲原 「……ん?」

加治木「どうした、蒲原」

蒲原 「ほら、あそこ」



洋榎 「…全っ然分からへん!」

絹恵 「おねーちゃん……」

末原 「だからおとなしくカーレスキュー呼べば良かったんですよ……」

洋榎 「…嫌や」

末原 「嫌って……」

洋榎 「いーやーや! そんなんに頼るんは! なんか負けた気ぃするもん!」

絹恵 「はぁ……ごめんなさい、末原先輩。おねーちゃん、こう言い出すと聞かなくって……」

末原 「絹ちゃんが謝ることやあらへんよ。…でも、どうするんです? これじゃ戻れませんよ、大阪」

洋榎 「ぐぬぬぬ……」


加治木「…あの」

末原 「?」

加治木「あ、いや。何か困ってるようでしたので声をかけたのですが……」

蒲原 「あー。これ、バッテリーが上がっちゃってるな。ゆみちん、確かバッテリーケーブルあったよなー?」

加治木「ああ、今持ってくる」

洋榎 「なー? なんとかなったやろー?」フフン

絹恵 「おねーちゃん何にもしてへんやんか」

末原 「ホンマ、ありがとうございます。なんとお礼を言ったら良いか……」

蒲原 「ワハハ、気にしない気にしない! 困ったときはお互い様ってなー!」

洋榎 「その通りや! よく分かっとるやん! ……えーっと?」

蒲原 「蒲原智美。智美って呼んでくれていいぞー」

洋榎 「よっしゃ、智美やな! うちは洋榎や! そっちが妹の絹…絹恵で」

絹恵 「どうもです」ペコ

洋榎 「で、こっちの口うるさいのが恭子や」

末原 「誰が口うるさいですか。大体、この中で一番口うるさいのは主将でしょう」

洋榎 「恭子、また主将呼んでるで」

末原 「…ごめんなさい。つい……」

洋榎 「敬語も本当はやめて欲しいんやけどなぁ……」

末原 「一度染み付いたらなかなか直らんもんですね…… …あ」

絹恵 「あ、また敬語」

洋榎 「……ぶ。ぶわーっはっはっは!」ゲラゲラ

末原 「ちょ、主将!」

洋榎 「言われた直後にそれってどうやねん! あー、おっかし…!」ケラケラ

蒲原 「ワハハハー!」

末原 「あ、あんまり笑わんといてください……もー、蒲原さんまで…!」


 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


蒲原 「…よし、これで明日の明け方には動かせるはずだぞー」

洋榎 「やー、ホンマ助かったわ! ありがとうな、智美!」

蒲原 「私と洋榎の仲だろー。気にするなってー」

加治木「…いつそんな仲になったんだ……?」

末原 「それで、蒲原さんと…加治木さんでしたっけ。これからどこまで?」

加治木「ええ。長野まで行こうかと思っています」

絹恵 「長野……岩手からよく車で行こうと思いましたね」

加治木「急ぎでもありませんから……」

末原 (…訳ありか何か、やろな……)


洋榎 「なー! でもやっぱりなんのお礼もせーへんのは悪いわ!」ガシッ

末原 「うわわっ!? …主将、もしかして飲みました?」

洋榎 「おう!」

蒲原 「私もいただいたぞー」

加治木「蒲原……」

末原 「明日大丈夫ですか? ちゃんと起きられます?」

洋榎 「まっかせとけー!」ヘロヘロ

蒲原 「ワハハー!」ベロベロ

末原 「…はぁ」

加治木「ウチの蒲原がご迷惑を……」

末原 「いえ、ウチの主将こそ……」

加治木「…明日はどちらまで?」

末原 「あ、私たちですか? この近所のショッピングモールなんですけど……あ、そうだ」

加治木「?」

末原 「もし良ければ昼頃に来ませんか? 私たちが何してるか、よく分かると思いますよ」

加治木「昼頃…ですか」

洋榎 「おー、ええやんか! お礼もしたいしな!」

蒲原 「ワハハ! それじゃお邪魔させてもらうぞー!」

加治木「おいおい……すいません、それじゃ昼に」

末原 「ええ、お待ちしてます」

[正午過ぎ:都内・某ショッピングモール]


  ガヤガヤ   ワイワイ
      ニギニギ    ワイワイ


加治木「…なるほど。これか……」

蒲原 「おおー。すごい列だなー」ワハハ


洋榎 「さー本場大阪の味やで! ちょっとでええから見てってや!」

絹恵 「試食もやってますよー! ほら、1ついかがですかー?」

末原 「1パックお買い上げありがとうございまーす! ……あ、加治木さん」

加治木「どうも。すごい列ですね」

末原 「いや、おかげさまで! あ、良かったらこれ」スッ

蒲原 「おお、たこ焼き。恭子たちはたこ焼き屋さんだったのかー」

末原 「たこ焼きオンリーってわけじゃないんですけどね。他にも地方の特産弁当とか売ってたりも……」

洋榎 「恭子ー! タコが足らへん!」

末原 「はーい! …ほな、失礼を」

加治木「はい、頑張ってください」


加治木「……すごいな」

蒲原 「あー、確かにこの絶妙な焼き加減にソースと鰹節、青のりの黄金比は……」

加治木「いや、そっちじゃなくてだな……」

蒲原 「…列の方かー。確かに、この人数でよく回しきれてるなー」

加治木「ああ…… …んん?」


   ハイ2パックオマチー!!      ガヤ      ガヤ
          オレノマダー?        ニギ
    ワイワイ        オーイマダススマナイノカー?
         ガヤ        ヤキテガタラヘン!!


蒲原 「…あれ、よく見たら捌き切れてない……?」

加治木「……よし」スック

蒲原 「ゆみちん? ……ああ、なるほどなー」


洋榎 「はい3パックのお客さん! ありがとうなー! ……恭子、次のは!?」

恭子 「まだ全然焼けきってへんわ!」ジュー

洋榎 「せやろな……! …ん?」

加治木「…消毒液か何かはあるか?」

洋榎 「ゆみ……。 …あ、あぁ、それやったらこっちに」

加治木「よし」ギュッ

蒲原 「おお、髪を縛って本気モードだな」

洋榎 「智美も…」

加治木「人手、足りてないんだろう? …手伝うよ」

洋榎 「……! …助かるっ」

洋榎 「恭子! まだ焼くスペースあったな!?」

恭子 「ありますけど…って加治木さん!?」

加治木「よろしく頼む」

洋榎 「絹! 売り子そっちに一人やるでー!」

蒲原 「ワハハ、まっかせとけー!」




[夜:都内・居酒屋]

洋榎 「それじゃー、今日も無事に営業を終えたことを記念してー……!」


    「「「「「かんぱーい!!」」」」」


洋榎 「……っぷはー! この一杯のために生きてるっ!」

絹恵 「おねーちゃん、ちょっとおっさんくさいで……」

洋榎 「何やと!?」


   ギャー ギャー


加治木「……」フフ

蒲原 「…よっこいしょ、っと」

加治木「……蒲原か」

蒲原 「ほら、ゆみちん。お酒注ぐよ」

加治木「ああ。悪いな」


   トットット……


加治木「…良いものだな」

蒲原 「んー?」

加治木「こうして、大勢で集まる機会なんて。随分久しぶりだよ」

蒲原 「ワハー……」


末原 「あの……」

加治木「ん?」

末原 「…ありがとうございます。昨日といい、今日といい…本当に助かりました」

加治木「いや、いいさ。それに私自身楽しかったからな」

末原 「上手く焼けてましたよ。飲みこみが早いです」

蒲原 「最初の方は焦がしまくってたけどなー」ワハハ

加治木「うぐ……」

末原 「あはは。それでもすぐに焼けるようになってたじゃないですか」

蒲原 「思えば麻雀も覚えてすぐ上達したんだよなー、ゆみちんは」

洋榎 「麻雀!? 今麻雀言うた!?」

蒲原 「ワハッ!?」

絹恵 「私らも麻雀やってたんですよー」

末原 「姫松高校ってとこの……ご存知です?」

加治木「姫松……大阪の強豪じゃないか」

洋榎 「強豪…ええ響きやなぁ……」ウットリ

蒲原 「だけどプロにはならなかったんだなー」

末原 「麻雀は十分打ち込めたかなって思いまして。今は趣味くらいですわ」

絹恵 「でもおねーちゃんはちゃうんですよ! おねーちゃんは――」


末原 「絹ちゃん」

絹恵 「……あ」

加治木「…?」

洋榎 「…あー。実はなぁ……」ポリポリ




洋榎 「……プロ試験に応募したんやけど、書類審査で落ちてしもて……」ズーン

加治木「書類審査…あの書類審査でか?」

蒲原 「ウチの団体でも申込書くらいの扱いしかしてない書類審査でかー…!」

洋榎 「プロフィールをぜーんぶネタで埋めてしもたのがアカンかったんかなぁ……秘蔵のネタやったんやけど」

末原 「悪ふざけと勘違いされたんと違います…?」ハァ


絹恵 「あの…ところで『ウチの団体』って……」

加治木「あぁ。女流プロ麻雀連盟で一応、プロ雀士をしている」

末原 「プロ雀士……!」

洋榎 「おー、ええやんか! そうするとあれか、遠征か何かやろ?」

蒲原 「えーっ、と……」

加治木「仕事は関係ないさ。ちょっとした小旅行だよ」

洋榎 「ほーん……」

絹恵 「おねーちゃん、露骨に興味無くすのやめてや…」


 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


加治木「…姫松か。そういえば、ウチの地区の清澄と当たっていたところが……」

蒲原 「姫松だったなー」

末原 「清澄……」

洋榎 「……なんや、清澄まで知っとるんか!」

加治木「あぁ、県予選で打ち合った仲だ」

蒲原 「合宿もしたよなー」

洋榎 「合宿!? ちょ、詳しく聞かせえや!」

絹恵 「ちょ、おねーちゃん!?」

洋榎 「ええやろ絹ー? なー、聞かせてやー。聞かせてやー」

末原 「…すんません。主将、こうなるとしつこくって」

加治木「いや、別に構わないさ。だがその前に注文だな……この煮付けを」

洋榎 「ウチもそれや! それと……」


 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


モモ 「それじゃ、初めての東京遠征を記念して……」

加治木「あぁ。かんぱ―――」


   「くっそ!! また藤田にまくられた!!」


モモ 「……」キョトン

加治木「……あぁ」


   フェレッターズフジタ、バイマンチョクゲキー!!
   コレデ ロードスターズヲマクッテ ユウショウデス!!

   「くそったれのフェレッターズぅぅぅ……オヤジィ、もう一杯!」


モモ 「……かんぱいっ」クス

加治木「ああ、乾杯」 


モモ 「…久しぶりっすね、二人っきりで遠出だなんて」

加治木「遠征さまさまだな」

モモ 「何気に、結婚してからははじめてじゃないっすか?」

加治木「…そうだな。新婚旅行以来か…?」

モモ 「先輩ったらヒドいっすもん。岩手に来てからは麻雀ばっかりで、私のことなんて……よよよ」

加治木「おいやめないか、わざとらしい嘘泣きは」

モモ 「…あ、分かるっすか?」

加治木「何年お前と付き合ってると思ってるんだ……まったく」

モモ 「ふふ、それもそうっすね。私もゆみちゃんのことはなんでも分かるっすよ」

加治木「ほう?」

モモ 「毎日麻雀で忙しいけども、頭の片隅にはいつも私がいることとかー」

加治木「……」

モモ 「仕事を終えて家に帰ってきたときに私の顔を見るのが毎日一番の楽しみなこととかー」

加治木「……」

モモ 「そっけなく振る舞ってても、実は一番私のことが……」

加治木「も、もういい……分かった、分かったから」

モモ 「えー? まだまだあるっすよ?」

加治木「そんなに言われると……その、恥ずかしい……」

モモ 「……」ニコ

加治木「な、なんだ?」

モモ 「これからは、もっと、ずーっと、一緒っすからね」

加治木「……あぁ」


   「お煮付け、お待たせしましたー!」

モモ 「あ、来た来た! 来たっすよ!」

加治木「ん。いただこうか」


 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


加治木「……ん」

末原 「あ、起きちゃいましたか?」

加治木「…あぁ……すまない、少し寝ていたか」

洋榎 「大丈夫やで。他もみんな寝てしもとるわ」


絹恵 「…うぅぅん……おねーちゃーん……」ギュウッ

蒲原 「ワ、ワハー……」スピー


洋榎 「…おねーちゃんを間違えるとは、絹もまだまだやなぁ」

末原 「ふふ。…あ、そうだ。加治木さん」

加治木「うん?」

末原 「あの、あんまり聞いていいことなのか分からないんですけど……」

洋榎 「大丈夫やって。ほら、どーんと聞いてまえ!」

末原 「主将の問題やないでしょう……あの、もしかして加治木さんって……訳ありだったりします?」

加治木「訳あり?」

末原 「はい。どう考えてもおかしいと思うんです。こんな時期に車…それもキャンピングカーで長野までなんて…」

加治木「…まぁ、ただの旅行とは言えないか」

末原 「なんかあったんですか?」

加治木「聞いて楽しい話ではないと思うが……」

洋榎 「よっしゃ、この洋榎さまがどーんと聞いてやろうやんか!」


 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


洋榎 「……つらかったなぁ……!」ズビビーッ

末原 「…心中、お察しします」

加治木「ああ、いや……」

末原 「それで長野まで……散骨、ですか」

洋榎 「ずびーっ……。 ……でも、ええなぁ。夫婦仲は良かったんやろ?」

加治木「悪くはなかったな」

洋榎 「悪くは、って……アンタレベルでそれやったら恭子なんて最悪やで?」

末原 「ちょ、主将!」

洋榎 「ええやんか、ゆみにだけこんなこと喋らすのはずっこいで」

末原 「でも……」

洋榎 「実はこいつも嫁さんがおるんやけどな? これがまー、ヒドい嫁でなぁ……」

加治木「! 結婚してたのか」

末原 「ええ、まあ……」

洋榎 「コップ空いとるで。ほら」トットット……

末原 「ああ、どうも……」ゴクッ

洋榎 「で、どうヒドい嫁なんやったっけ?」

末原 「いや、話しませんよ!? ただのグチになっちゃいますし……」

加治木「グチでもいいさ。聞かせてくれないか?」

末原 「話しませんってば。加治木さんの気分悪くしちゃいますから……」

洋榎 「ほら、もう一杯」

末原 「……」ゴクッゴクッ……


 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


末原 「だからぁっ! 私はこぉんなに仕事頑張ってるのにぃ……! 代行はぁ…!!」

加治木「……何かしたのか?」

洋榎 「酒をちょーっと強いのにすり替えただけや」ニヒヒ

末原 「聞いてます!? 仕事は誰の為にしてるんだ、って話なんですよ! ね!?」

加治木「あ、あぁ……」

末原 「それなのに『私と仕事、どっちが大切なん?』ってぇ……もう、分かんないんですよぉ……」

加治木「…分からない?」

末原 「…確かに、最初は代行の…家族の為に、仕事してたと思うんです。だけど……」

洋榎 「だけど…なんや?」

末原 「最近は…その代行が冷たくなってきて……そりゃ、分かるんですよ? 出張ばっかりでロクに家に帰ることもありませんし……」

加治木「…それでも、辛いな……」

末原 「そうなんです! すごくつらいんです! 段々『ホントに私のこと好きなのかな?』って思い始めて……」

末原 「…はっきり分かっちゃうんです。夫婦仲がどんどん冷めてきてるのが……」

加治木「…もしかして」

末原 「はい。…多分、他の女連れ込んでるんです」

加治木「それは……」

末原 「気のせい、なんて言わんといてくださいね。何の証拠もなくこんなこと言えませんわ」

末原 「もう、どうしたらいいのか……それで最近は家にも帰りづらくて……」

末原 「……こういう時、地方回りの仕事は気が楽ですよね。遠方への出張ならしばらく家に帰らずに済みますし……はは」



末原 「…私、どうしたらええんですか? 立派な夫婦仲を築けてた加治木さんなら分かるんと違いますか…?」

末原 「教えてください…… ねぇ、教えてくださいよ! ねぇ!」ガシッ

加治木「……」

末原 「ねぇったら! 何か言うてくださいよ!」ユッサユッサ

洋榎 「恭子」

加治木「……」

末原 「教え……ぅ、ううぅ……」ポロポロ



洋榎 「……恭子。アンタはどうなんや?」

末原 「…私、ですか?」

洋榎 「結局のところ、一番大切なんは『アンタが嫁さんのことをどう思っとるか』やろ?」

末原 「私が、代行のことを……」

洋榎 「もし好きでもないんやったら、とっとと別れてしもたらええ。離婚でもなんでもせえ」

末原 「私は……」

洋榎 「どうなんや?」

加治木「……」

末原 「……好きに決まってるじゃないですか!! 好きじゃなかったら結婚なんてしませんよ!」

洋榎 「おう、よう言うた」カッカッカ

末原 「好きなのに嫌いになりそうだからつらいんですよー……う、うああああぁぁん……!」

洋榎 「おーおー、よしよし」ナダメナダメ


 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


末原 「……」クー スー

洋榎 「悪いなぁ、グチに付き合わせてしもて」

加治木「いや、私の方こそすまない。本来なら問われた私が答えるべきだった」

洋榎 「アホぅ、ゲストにそんな重いことさせられるかいな。ウチが答えてしかるべきや」

加治木「…だいぶ溜まってたようだな。不満」

洋榎 「結婚したての頃はおしどり夫婦やったんやけどなぁ。…時間が経つとどうしても、な」

加治木「……難しいものだな」

洋榎 「おう。ずっと仲良くいるってのは難しいもんやで」

加治木「…洋榎は、結婚は?」

洋榎 「ウチ? ムリムリムリムリ! もろてくれる人がおらんわ、こんなん」

加治木「そうか……それにしては、随分達観しているな」

洋榎 「せやろー、流石やろー? ま、洋榎さまの人生経験がそれだけ豊かってことや!」

加治木「…そういうことにしておこうか」フ

洋榎 「ところで、散骨する場所はもう決めてあるんか?」

加治木「ん? いや、まだ山としか……」

洋榎 「……そんなとこやろと思ったわ」

加治木「何かまずいことでもあるのか?」

洋榎 「ええか? 散骨するんやったら、その土地の所有者の許可が必要なんや」

加治木「……そうか。確かに、思えば当然のことだな」

洋榎 「せやろ? 場所も決めんと散骨なんて無茶苦茶やで」

加治木「……」

洋榎 「……せや。清澄と知り合いなんやったな」

加治木「…? ああ……」

洋榎 「恭子ー。ちょい書くもん借りるでー」

末原 「んん……」


   サラサラ......


洋榎 「……ほい」ス

加治木「これは……」

洋榎 「そこに行けばなんとかしてくれると思うで? ほな、夜も遅いし…うちらはこれで」

末原 「主将ー…? もう帰るんです…?」

洋榎 「ちゃっちゃと立ち。ほら」グイッ

末原 「うぅー……」ヨロヨロ

加治木「お、おいっ! この名前は……」

洋榎 「ほななー」


   ガララッ ピシャッ


加治木「……」



【長野県 ××市×××-××…………】

【…………竹井 久】


加治木「…久、か」

[翌朝:山梨・中央自動車道]


   ブロロロロ……


蒲原 「…ふーん。散骨の許可、なー」

加治木「ああ」

蒲原 「……」

加治木「……」

蒲原 「…なぁ、ゆみちーん」

加治木「なんだ」

蒲原 「その…」


蒲原 「もっと力抜いていいと思うぞ、運転」

加治木「いや、いつ危険な状況に出くわすか分からないからな」ギュウウウッ

蒲原 「ハンドルそんなに握りしめなくても……」ワハ…

加治木「そんなに強く握っているつもりはないが…」グルグル

蒲原 「ハンドルを回す手が露骨にぎこちないな!」

加治木「……むぅ」


蒲原 「ゆみちんさー。色々あったのは分かるけども、ちょっと力みすぎかなー」

加治木「……自覚は、確かにあるが」

蒲原 「もっと気楽に行こーって。どんより気分はあんまり楽しくないぞー?」

加治木「……気楽に、か」

蒲原 「そーそー。例えば……ほら。今まで仕事で忙しくって、ロクに休暇とか取れなかっただろ?」

加治木「まぁ、そうだが」

蒲原 「そんなゆみちんを見かねたモモがくれた旅行のプレゼント、とかなー。そういう見方をすればいいんだよ。前向き思考、前向き思考ってなー」

加治木「モモがくれたプレゼント、か。……面白い捉え方だな」

蒲原 「まー、急に言われても難しいと思うけどなー。ずーっとしかめっ面で長野まで行っても、モモは嬉しくないだろうな……って」

加治木「……あぁ、そうだな。善処するよ」


   プルルルル......


蒲原 「おっ。ちょっとゴメンなー」

加治木「ああ」


   ピッ


蒲原 「もしもしー? …おー、きょっちゃんか」

加治木「きょっちゃん?」

蒲原 「ほら、昨日の」

加治木「……あぁ、恭子か」

蒲原 「ん? …あぁ、いや、気にしてないぞー。それより、あの後大丈夫だったか? すごく酔ってたらしいけど……うん」

加治木「……」

蒲原 「…お礼? ゆみちんに? ……うん。そっか……分かった、伝えておくよ」

加治木「洋榎にも礼を言っておけ、と伝えておいてくれ」

蒲原 「んー。…聞こえた? そっかー……。 …何か困ったことがあればいつでも? いやいや、そんな……」

加治木「……」フフ

蒲原 「…そうだ。なー、きょっちゃん。山梨で観光できるとこってどこか知らないか?」

加治木「…観光?」

蒲原 「そー。ゆみちんがどーも気張っちゃってなー。…うん。…うん」

加治木「お、おい、蒲原」

蒲原 「分かった、次のインターだな! うん……ありがとう。それじゃ、また会おうなー」


   ピッ

加治木「蒲原! 観光っていったい……」

蒲原「ワハハ! ほら、そこのインターだぞー!」

加治木「……まったく」


   ブロロロロ......



[昼下がり:山梨・河口湖]


蒲原 「とうちゃーく!」

加治木「…おお。逆さ富士、か」

蒲原 「きれいに富士山が水面に写りこんでるなー」

加治木「あぁ。素晴らしい……な」

加治木(……ここがいい、か)


加治木「蒲原」

蒲原 「んー?」

加治木「すまない……少し、時間をもらえるか?」

蒲原 「時間? ……あー、そうか。ここでかー」


 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


加治木「……」

蒲原 「…それじゃ。開けるぞー、骨壺」


   ……キュポッ


蒲原 「よっ……と」


   ガシャ カシャ


加治木「……モモ」

蒲原 「割と丈夫な袋にくるんであるから、破れたりは無いと思うぞ」

加治木「あぁ。ありがとう」

蒲原 「金槌は……」

加治木「大丈夫だ。この為に買っておいた新品だ」

蒲原 「…ん、そっか」



加治木「……」スゥーッ

加治木「……ッ!」ヒュンッ


   ゴッ


加治木「……」

蒲原 「ゆみちん……力が入ってないぞ」

加治木「…あぁ」

蒲原 「…やっぱり、代わろうか? やっぱりゆみちんには―――」

加治木「蒲原。……これは、私がしなければいけないことなんだ」

蒲原 「……そっか」



加治木「……モモ」

蒲原 「……」

加治木「…こういう時には、なんと言うべきなんだろうな」

蒲原 「それは……私には、答えられないよ」

加治木「……そう、だな」


加治木「……」

加治木「……ッッ!!」ビュンッ



   ゴシャ

蒲原 「……」

加治木「……」


   ゴシャ......


加治木(……ありがとう)


   ゴシャ......


加治木(ありがとう)


   ゴシャ......


加治木(本当に、ありがとう……モモ)


   ゴシャ......

   ゴシャ...

   ゴ...

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


[夕暮れ時:山梨―長野・県境付近 道の駅]

   ブロロロロ......キキィッ

蒲原 「よっし。長野に入る前に一休みといくかー!」ワハハ

加治木「休んでばかりのような気もするが……」

蒲原 「気にしなーい、気にしなーい!」

加治木「まったく。……ん?」


   タッタッタッタッ......


小鍛治「――ッ、――っ」ハァッ ハァッ


加治木(あのジャージ……小鍛治プロ?)

蒲原 「うん? どしたーゆみちん」

加治木「おぉーい!!」ブンブンッ


小鍛治「―――?」タッタッタッ

小鍛治「―――!」


   ト......


小鍛治「……」ニコ


加治木「…小鍛治プロ?」

蒲原 「ゆ、ゆみちん! あれ!」

加治木「……!?」


   ダッダッダッダッダッ


   「容疑者発見!!」

   「確保! 確保ー!!」

小鍛治「―――。――」

   「容疑者、確保しました!!」ガッ

小鍛治「―――……」


加治木(警……官……?)




[山梨県警本部:エントランス]

蒲原 「なー、ゆみちーん。小鍛治プロとはいつ会ったんだー?」

加治木「福島の海辺に車を停めて一泊したことがあったろう。その時にな」

蒲原 「……あ。あの時のか」

加治木「あぁ」

蒲原 「……」

加治木「……」

蒲原 「…何があったんだろうなー」

加治木「…さぁな」


   ガチャリ


南浦 「……お待たせしました」

巴  「いや、すみません。ほんとにお待たせしてしまい」ペコペコ

蒲原 「まったくだなー。問答無用で着いて来い、なんて驚いたぞー」

南浦 「彼女の共犯の恐れもありましたから」

巴  「南浦ちゃん! …本当にごめんなさい。あなた方の身元は確認できましたから、もう大丈夫ですよ」

蒲原 「お。むっきーと電話繋がったかー」

巴  「津山さん…でしたか。すごく心配なさってましたよ」

蒲原 「むっきーには迷惑かけちゃったなー。あとで謝らなきゃ……ゆみちん?」

加治木「…あの。彼女……小鍛治プロは、一体何をしたんです?」

南浦 「機密です。無関係の方にはお伝えすることは―――」

巴  「車上荒らしですよ。それも常習犯の」

加治木「車上荒らし……!?」

南浦 「巴さん……」ジトー

巴  「無関係の人たちを無理矢理引っ張ってきちゃったんだから。それくらいは、ね?」

南浦 「……好きにしてください」ハァ

加治木「車上荒らし、というと……あの?」

巴  「えぇ。盗んだ車を走らせながら、地方を転々としていたそうです」

蒲原 「…人は見かけによらないなー」

加治木「一体どうして……」


   『妻を……亡くしちゃって、ね』

   『喪失感、っていうのかな。胸にぽっかり穴が空いたような気持ちになって……』

   『それからは、自分ひとりで生きて行かなきゃいけない……って』


加治木「…どうして……」

巴  「理由は私たち警察も取り調べ中です。生活難…だとは思いますが」

南浦 「昔のトッププロも麻雀を打たなくなっては……ですね。そりゃ、あれだけ麻雀が弱くなってしまってはプロも続けられないでしょうが」

加治木「弱くなった?」

南浦 「えぇ。父のツテで聞いた話ですが……3年ほど前に急に麻雀が打てなくなってしまった、とか。それで引退してしまったそうです」

加治木「……そう、か」

巴  「…南浦ちゃん、意外と麻雀好きだったんだね。堅そうな感じだし、てっきり嫌いなのかと」

南浦 「単なる趣味です。別に好きとか嫌いとかでは」

巴  「むむむ…。…あ、そうだ。加治木さん」

加治木「ん?」

巴  「その小鍛治さんから伝書を預かっていますよ。どうぞ」

加治木「伝書……」

巴  (ほんとは検閲しなきゃ、なんですけどね)ヒソヒソ

加治木「…?」

巴  (実はそれ、まだ検閲済んでないんです。…内緒ですよ?)

加治木(…それ、マズくないのか?)ヒソッ

巴  (お手数をおかけしたお詫び、ってことで。…それに)

加治木(それに?)

巴  (目を見れば分かりますから。何か企んでるような目じゃありませんでしたよ)

加治木(……)

巴  (こんなこと、南浦ちゃんに言うと怒られるんですけどね)クス

南浦 「何か言いましたか?」

巴  「んーん、別に何も!」

[車中]

加治木「…読み終わった」ペラリ

蒲原 「でー? 中身はなんだったんだー?」

加治木「……」ス

蒲原 「おお、達筆。さすがアラフォーだなー」


―――お久しぶりです。と言っても数日ぶり……福島でお会いしたばかりでしたね。

―――あの時はすてきな時間をありがとうございました。人とあんなに明け透けに話すことが出来たのは、妻と最後に話して以来でした。

―――私と話していた数日前のあなたは、散骨の決意は固まっていなかったようですが……今はどうなのでしょうか。それを直接聞けないのが少し残念です。

―――散骨するか否か。それを決めるのはあなた自身なのでしょう。だけど、婆心ながらひとつだけ言わせてもらえないでしょうか。


蒲原 「ワハハ、婆心だって」

加治木「アラフォーとかけて、とか言うんじゃないぞ。茶々を入れるな」

蒲原 「……ん」

―――私は、妻への想いをずっと…ずっと、抱き続けて、死別後から今まで生きてきました。

―――その生き方は褒められたものではありません。たぶん、刑事さんたちからも聞いてるのかな。

―――未練がましく、亡くなった人への想いを持ち続けた結果が。それが私なんです。

―――もちろん、みんながみんな、私のようになるわけではないとは思います。だけれど……

―――どうか。あなたは私のようにならないように。


――――――小鍛治 健夜



蒲原 「……ワハー」

加治木「……」

蒲原 「……出そうか。車」

加治木「あぁ。長野はもうすぐだ」

[深夜:長野]


蒲原 「やー。到着したなー、長野。どことなく懐かしい匂いがするなー」

加治木「分かるのか?」

蒲原 「ま、なんとなくだけどなー。…それで。ここどこだー? この年代物の古臭いアパートは……」


   「あら、人のアパートにひどい言いぐさね」

蒲原 「ワハッ!?」

加治木「久しぶりだな、久」

久  「うん、久しぶり。ゆみ」


 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


[長野・竹井宅]


久  「さ、座って座ってー!」

加治木「…久。少しは掃除したらどうなんだ」

蒲原 「すごい散らかりっぷりだなー」

久  「あら、知らないの? 部屋が散らかってる方が欲しいものを探す時に脳がより活性化して老化を防ぐのよ?」

蒲原 「おおっ、眉唾情報」

久  「他にも色々あるわよ~? 例えば……」

加治木「…用件に入っていいか?」

久  「ん? あぁ……散骨だったっけ? 確かにおあつらえ向きの土地は持ってるのだけれど……よく知ってたわねぇ」

加治木「その土地に散骨させてもらいたいんだ。……どうだろうか」

久  「んー、そうねぇ……。…ひとつ!」ビシッ

加治木「?」

久  「ひとつ、条件!」

加治木「条件……?」

久  「……」スック

蒲原 「冷蔵庫かー?」


   ガチャッ


蒲原 「…おぉ、お酒がいっぱい」

久  「今晩は私と付き合いなさい!」スッ

加治木「……それくらいでいいなら喜んで、だ」スッ


   プシュッ!!


 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


   ワハハハオロロロロロ……


加治木「まったく……蒲原のやつ、はじめからトばすから……」

久  「…ゆみ。あなた、なかなか飲めるわね……」フラフラ

加治木「そうでもないさ。お前もかなりのペースだろう」

久  「もうフラフラだって……あわ、わわ」コテン

加治木「お、おい!」ガシッ


   ゴロンッ


久  「……」

加治木「……」

久  「やーん! ゆみのケダモノー!」キャー

加治木「お、おい久っ!」

久  「…ねぇ、ゆみ。このままもう少しだけ顔を近づけたら……キス、しちゃうわね」

加治木「…久……?」

久  「……」

加治木「……」



加治木「…久。冗談が過ぎる」

久  「バレちゃった?」テヘ

加治木「はぁ……私だったから良かったものの、他の知らない奴だったりしたら襲われたかもしれないんだぞ」

久  「……いっそ、襲われちゃった方が良かったのかも」

加治木「…何?」

久  「ゆみがうらやましいな。たくさんの人に愛されて、すてきなお嫁さんをもらって、結婚して……」

加治木「それを言うならお前だってそうだろう。何人お前に恋慕していた女がいたと思ってる」

久  「……それでも、本当に好きな子は振り向いてくれないのよ」

加治木「…久」



久  「……私にも、婚約までした子がいたの。高校を卒業してすぐ、だったかしら」

久  「今までいろんな子と遊んできたけども、あれだけ好きになった子はいない…って、断言できるくらいの子」

久  「その子、プロ雀士を目指しててね? 『私がプロになれたら、その時に結婚しよう!』なんて言ったの。それから彼女は東京に行って、そして……」

加治木「…連絡が取れず、か」

久  「……おかしな話よね。今まで散々女の子を弄んできた私が、今度は逆に純情少女みたいに彼女を待ってるの」

加治木「久……」

久  「…あは。ごめんね、こんな話しちゃって。もっとぱぁーっと盛り上がる話しましょ!」

加治木「……久、お前は―――」

蒲原 「よーし、もっと楽しい話だー!」ユララー

加治木「蒲原っ! …臭っ、臭いっ!」

蒲原 「ワハハ……ちょっと戻し過ぎちゃったからなー」

加治木「お前……本当に大丈夫か?」

蒲原 「大丈夫大丈夫ー、もう戻しきったしヘーキヘー……」

久  「……?」

加治木「…か、蒲原?」

蒲原 「……あー、ひさっち」

久  「わ、私?」

蒲原 「ビニール袋をろろろろろろ」ドバー

久  「きゃあああああっ!?」

加治木「か、蒲原ーッ!!」


 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

[朝:長野・郵便局前]

蒲原 「いやー、昨日はひどかったなー」ワハハ

久  「人の家で盛大に戻しておいてそれだけ爽やかに笑える子、初めて見たわよ……」

蒲原 「さすがだろー?」

久  (…ゆみも苦労してそうねぇ)ハァ

蒲原 「お、ゆみちん戻って来たなー」


加治木「すまない。待たせたな」

久  「たかだか10分くらいじゃない。それで……なんだったかしら。局留め郵便?」

加治木「あぁ。受け取ってきた」ヒラ

蒲原 「よーし。それじゃ散骨会場向かうぞー!」

久  「散骨会場、って……」


 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

   ブロロロロ......


蒲原 「ゆみちーん。モモの2通目の手紙、なんて?」

加治木「待て、今開けるところだ……」ペラ

加治木「……」



加治木「…そう、か」シマイー

久  「何て書いてあったの?」

加治木「ほら」スッ

久  「…単刀直入なメッセージね」クス

加治木「そうだな」

久  「だけどゆみにぴったりの言葉だと思うわ。…良いお嫁さんをもらったわね」

加治木「あぁ。私にはもったいないくらいの、な」

蒲原 「ん、何て書いてあったって?」クルッ

加治木「バカ! お前は前を向いていろ!」

蒲原 「だいじょーぶだいじょーぶ、こんな田舎道誰も通らないってー」

加治木「そういう問題じゃない! 後で読ませる、後で読ませるから!」


 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

[長野:キャンプ場跡地]

久  「到着よー!」

加治木「…久の土地だったのか、ここは」

久  「そうだけど…あれ、もしかして来たことある?」

蒲原 「高校時代になー。懐かしいなぁ」

久  「ま、今では誰も来なくなってご覧のありさまだけどね!」

蒲原 「おおっ、水道から赤水が流れるぞー」ジョロジョロ

久  「メンテナンスも何もしてなかったものねぇ」ケラケラ

加治木「それじゃ、ここで……」

久  「あー、待った待った!」

加治木「ん?」

久  「もっと見晴が良いところがあるの。せっかくだったら素敵な景色が見えるところの方が良いでしょう?」

蒲原 「お、そんなところがあるのかー」

久  「えぇ。もう少し山の上の方に登るのだけれど……」

加治木「折角だ。案内、お願いしようか」

久  「よしっ。こっちよ!」


 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


   ガサガサッ ガサッ


久  「大丈夫ー? 付いてきてるー?」

蒲原 「すごい草だなー。わは……うぇっ、口に入った」ペッペ

久  「そんなに口開けてるから……」

   ガササッ ガサッ


加治木「……」


   『せんぱーい! 見てください! サワガニがたくさんとれたっすよ!』

   『先輩っ! テントばっちり張れたっすよ!』

   『花火持ってきたっす! みんなで遊ぶっすー!』

   『先輩はテントで寝ないんすか? 残念っす……』

   『夜食持ってきたっすよ、先輩! サワガニっすけど!』


加治木「……」


   『先輩』 『先輩っ』 『加治木先輩っ!』


加治木「……!」ブンブンッ


   ガササッ ガサササッ


 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


加治木「これは…思った以上に絶景だな……」

蒲原 「ここだけ辺りに樹が生えてないのかー……空がよく見えるなー」ワハー

久  「ね? すてきなところでしょう?」

加治木「あぁ。きっとモモも喜ぶよ」

蒲原 「それじゃ…ゆみちん。散骨するかー」

久  「私は……うん。先に車まで戻ってるわね」

加治木「ありがとう、久」




加治木「……」サラ

加治木(…モモ)

加治木「……」



   サラサラサラサラ……



 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


モモ 『先輩っ! 見てください、じゃーんっ! 紙ヒコーキ!』

加治木『……こんなキャンプ場で何を見せるかと思ったら』

モモ 『む。先輩、ただの紙ヒコーキって馬鹿にしてるっすね? この東横桃子特製のステルスヒコーキはそんじょそこらの紙ヒコーキとは違うっすよ!』

加治木『ステルスヒコーキって…』

モモ 『見ててくださいよーっ! えいやっ!』ヒュッ


   ユラーッ フワフワ

加治木『……よく飛ぶな』

モモ 『でしょ! 一人遊びは得意だったんすから!』フンスッ

加治木『…一人遊び、か』

モモ 『えへへ。小学生の頃は、よくこうして一人で飛ばしてたんす。おかげで折るのも上手くなっちゃって』

加治木『……紙はあるか?』

モモ 『へ? あるっすけど……』

加治木『……む、こうか……?』オリオリ

モモ 『あー…先輩、ここはこうやって折るんす』オリッ

加治木『あぁ、なるほど… …モモ』

モモ 『はい?』

加治木『…ヒコーキ。飛ぶ距離で勝負しようか』ニッ

モモ 『……はいっ!!』


 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


加治木「……蒲原。さっき渡したモモの手紙は?」

蒲原 「んー? 持ってるぞー。ほい」

加治木「すまない。…確か……こうだったか」オリオリ


加治木「……よし」カンセイー

蒲原 「立派な紙ヒコーキだなー」

加治木「……」

加治木「…やぁっ!」ヒュンッ


   ユラァ……


加治木「……一人遊び、か」


   ……ォォッ

   ビュォォォッ!!


蒲原 「うおっ! か、風!?」

蒲原 「わ、ワハ……だいぶ強い風だな」

加治木「! 遺骨が……!」



   サラサラサラサラッ……

   ヒュォォォォォォッ





    ―――先輩

    生きてください、っす

   “先輩の”人生を―――





   ヒュウゥゥゥゥッ

   サラ… サラサラ……

蒲原 「…うまく風に乗って行ったなぁ……」

加治木「……」


   ヘタッ


加治木「……」プルプル

蒲原 「……」

加治木「……ぁぁっ、うぁぁ……!」



加治木「うぁぁぁぁぁぁぁ!! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」ボロボロボロ

蒲原 「……ゆみちん」ギュッ

加治木「モモっ! モモ゙ぉ゙っ!! ……うぁぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁぁ……!!」グズッ グジュッ

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 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

[数日後:大阪]

洋榎 「らっしゃい! らっしゃい! 美味しいイカ焼きやで~! ちょっと試しに食べてってやー!」

末原 「主将。電話です」

洋榎 「電話? 誰や、こんな忙しいときに……」

末原 「加治木さんからですよ」

洋榎 「ゆみか!? おー、懐かしいなぁ……ってそんな古い付き合いでもないか」

末原 「私が客引きしてますんで」

洋榎 「悪いなぁ。よろしくー!」ピューン

末原 「…一瞬で行っちゃいましたね……」ハァ




洋榎 「おう。久しぶりやなー、ゆみ」

加治木「あぁ。相変わらず元気にやってるようだな」

洋榎 「ま、なんたって地元やからな! 元気も10倍、20倍ってもんや!」フンスッ

加治木「あぁ。見ているだけで伝わってくるよ」フフ

洋榎 「せやろー? さすがやろー?」

加治木「……私から呼び出しておいてなんだが……大丈夫なのか? 仕事中に抜け出したりして」

洋榎 「んー? 恭子もおるし、大丈夫やろ……そうそう! 恭子のヤツ、あれから代行……奥さんと大喧嘩してなぁ!」

加治木「大喧嘩?」

洋榎 「おう! 皿は割れるわ窓は割れるわ、最後には恭子が浮気相手の家に押しかけるなんて大立ち回りを見せたらしいで!」

加治木「それは……すごいな。今はどうしているんだ?」

洋榎 「別居中、らしいわ。でも恭子……今のがええ感じになった気がするわ。ほら、あそこ」

加治木「……」


末原 「いらっしゃいませー! 美味しいイカ焼きはいかがですかー!?」

末原 「2パックですね! ありがとうございますっ!!」ニッコリ


洋榎 「…な?」

加治木「あぁ。…いい笑顔だ」

洋榎 「……」

加治木「……」



加治木「久に会ってきたよ」

洋榎 「…!」

加治木「元気そうにやっていたよ。……そして、今でもある女の帰りを待っている」

洋榎 「今も…!?」ピク

加治木「あぁ」

洋榎 「……ったく。アイツやったらいくらでも良い相手おるやろ……」

加治木「『あれだけ好きになった子はいない』とか言っていたよ」

洋榎 「……アホたれ」


洋榎 「…久と付き合い出したんは、高3のインハイが終わった後からや」

洋榎 「大阪と長野の遠距離恋愛……ま、めっちゃ楽しかったで。毎日が充実しとったわ」

洋榎 「……で、高校を卒業してから。ウチは昔っからの夢のプロ雀士になろうと思っとったんや」

洋榎 「久に『プロ雀士になったら結婚しよう! ウチが嫁にもろたる!』なんて言ってな」

加治木「それがどうして……」

洋榎 「……プロテスト当日のことや」


 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


洋榎 『どやっ! 全戦全勝やで!』フンッ

   『イヤ、これは驚いた……まさか当協会のトッププロ全員を相手に連トップとは……』

洋榎 『格が違うわ…!』ドヤァッ

   『…よし。では、最終試験に入るとしようか。こっちの別室へ……』

洋榎 『おっしゃ! 今度は誰が相手や!』


   ギィィィ バタンッ


洋榎 『……なんや、この部屋。雀卓は?』


   サワ


洋榎 『ひっ!?』ビクッ

洋榎 『な、何するんや!!』

   『んん? 最終試験だよ?』

洋榎 『最終試験て……アホ! 麻雀団体ちゃうんかここは! ウチはフーゾク嬢ちゃうわ!』

   『……私の裁量次第で、洋榎ちゃんのプロ試験を不合格にすることもできるんだよ?』

洋榎 『な……!』

   『いいの? プロ、なりたいんじゃないの?』

洋榎 『……』ブルブル

   『…さ、私に身をゆだねて……』

洋榎 『…ふ』

   『ふ?』


洋榎 『ふっざけんなぁぁぁぁ!!!』


 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


加治木「ひどいな。そんなプロ団体が……」

洋榎 「プロ試験は不合格やった。それからプロになる気がすっかり失せてしもてな……」

加治木「…久には?」

洋榎 「話せるわけあらへんやろ。プロ試験に行ったらヤられそうになりました、なんて……そんなん聞いたらアイツ、卒倒してまうわ」

加治木「それで、久にも会いづらくなって今に至る、か」

洋榎 「アイツやったらすぐに別の女捕まえると思っとったんやけどな……」

加治木「……どうするんだ? これから」

洋榎 「んんん……」

洋榎 「……まぁ、久を未婚のまま三十路過ぎさせるのもアカンしなぁ。でも……」

加治木「でも?」

洋榎 「……約束守れてへんのが悔しいわ。プロにもなれてへんのに……」グヌヌ

加治木「…もしその気があれば、だが……」スッ

洋榎 「なんやこれ? ……!」

加治木「今度は私が洋榎に紹介する番だな」ニッ

洋榎 「…はんっ! ま、考えといたるわ!!」


 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


睦月 「…蒲原プロ」

蒲原 「なんだー?」ワハー

睦月 「加治木プロはどうしたんですか?」

蒲原 「あー…… …実は」スッ

睦月 「封筒? ……じ、辞表!?」ズゴン

蒲原 「『考えに考えた末―――』ってさー」

睦月 「いや、困りますよ! ただでさえハイレベルのプロ雀士が少ないウチなのに、加治木プロがいなくなったら……!」

蒲原 「それなんだけどなー。ゆみちん、どうも別のプロ雀士をスカウトしてくれたらしいんだ」

睦月 「代わり、ってことですか……ですが加治木プロレベルの雀士なんてそうそう……」

蒲原 「そこは期待してもいいと思うぞー。…ワハハ、私も関西弁を覚えないといけないかなー」

睦月 「……? …ところで、結局加治木プロは今何をしてらっしゃるんですか?」

蒲原 「ん? ゆみちんはなー―――」

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

   ブロロロロ......


加治木「……」ギュッ

加治木「…っと。力を緩めて……だったか」スッ

加治木「……よし」


   ブロロロ.......







―――――自分の人生を、楽しんでるよ。



●カン

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