ミカサ「あやかし奇譚」(344)

この世界には、

人間でも、

動物でも、

そして憎き巨人でもない、

不思議な生物が存在する。


これは、

そんな彼らが視える私と、

不思議な彼らの、

不思議なお話。

【其の一、画霊─がれい─】

“ねぇ、知ってる?”


夕食の時間、同じテーブルで食事をしていたクリスタが私達に向かって言った。

それに答えたのは、アルミンだった。

口に運ぼうとしていたスプーンを皿に戻し、興味津々、といった表情で「何が?」と返事をする。

クリスタは、あのね、と勿体ぶるような口調で言いながら、ぐっと顔を私やアルミンの方まで近付けた。

クリスタ「今はほとんど使われていない倉庫にね、幽霊が出るらしいの」

その言葉を聞き、アルミンは「ああ」と言いながら頷いた。「知ってる!」

アルミンの返答に、クリスタは顔を輝かせた。
どうやら、誰かとその話をしたくてうずうずしていたらしい。

確かに、彼女がいつも一緒にいるユミルはそういった話題を「くだらない」と一蹴しそうだし(実際に今も興味なさそうにパンをかじっている)、
サシャもその手の話をするのに向いているとはいえない。

そういった意味では、好奇心旺盛のアルミンに話題を振ったのは正解といえる。


一方の私はというと、アルミンとクリスタが話しているのを聞きながら、
エレンが皿の端に避けていたニンジンをフォークで刺し、エレンの口元へ運ぶという作業を繰り返していた。

エレンは不機嫌そうに私を睨みながら「いらねぇ」と言うが、好き嫌いはよくない。
ので、食べなければ駄目。

ぐいっと唇にニンジンを押し付けた時、クリスタがこちらへ振り向いた。

クリスタ「ねぇ、ミカサはどう思う?」

ミカサ「……ニンジンは栄養満点。食べなければ強くなれない」

私の言葉にユミルが盛大に吹き出し、

クリスタは「そうじゃなくて」と唇を尖らせ、

エレンは観念してニンジンを食べたのだった。



──食事が終わった後。

私はエレンやクリスタ達に「教官に呼び出された」と言って、一人で歩いていた。

向かっているのは、もちろん、教務室ではない。
教官に呼び出された、というのは嘘なのだから。

では、どこに向かっているか。

クリスタの言葉を借りるなら“今はほとんど使われていない倉庫”だ。


その倉庫は、訓練所から随分と離れた場所にある。

使われなくなった理由は、距離の関係もあるに違いない。

月明かりだけを頼りに、歩くこと数分。
ようやく、目的の倉庫へと辿り着いた。

扉の鍵は、不用心なことに開いていた。
いや、壊されていたと言った方がいいだろうか。

大方、他人の目を盗んで“ナニか”をしたい人が壊したのだろう。
許されることではないが、今の私には好都合だった。

重い扉を開け、中に入る。
使われていないということもあって、埃っぽい。そして暗い。

私は、ここに来る前に準備していたマッチをポケットから取り出して、ランプに火をつけた。

柔らかい光が倉庫の中を照らしてくれる。

さて、明かりを得たところで、私は早速捜索を始めた。

探すものは、こちらもクリスタの言葉を借りるなら“幽霊”だ。

あまり時間を掛けすぎると同室の子に不審に思われるので、なるべくならば早めに出てきて欲しい。

──と、思っていると。

物陰に何かが隠れているのを見付けた。

意外とすぐに見付かったことに安堵しつつ、私はそちらへ歩み寄った。

物陰にいたのは、やはり“幽霊”だった。

その“幽霊”は。

ブロンドの髪に、空のように青い碧眼の、見目麗しい少女だった。

どことなく、クリスタに似ているような気がする。

私は、努めて優しい声を作り、少女に話し掛ける。

ミカサ「こんばんは」

話し掛けられたことに驚いたのか、少女は目を丸くして私を見た。

そして、もじもじしながら答える。

少女「……こんばんは」

ミカサ「あなたは、本当に“幽霊”なの?」

その問い掛けに、少女は頭を横に振った。

ミカサ「では、何?」

少女「……わたし、あの絵の中にいたの」

少女が指差したのは、埃を被った一枚の絵画だった。

長い間、ここに放置されてしまっていたのだろう。
随分と色褪せ、ぼろぼろになっている。

描かれているのは──この少女に似た人物だ。

それを見て、私は理解した。
この少女の正体を。

ミカサ「……あなた、画霊なのね」

すると、少女が黙って頷いた。

さて、画霊と分かったはいいけれど、どうすればいいのだろうか。

少女の絵を持ち上げ、私は頭を悩ませた。

画霊を戻すには、元の絵画を修復させなければならない。
けれど、訓練所に十分な画材は揃っていないし、何より、私に絵の才能は皆無だ。

かといって、少女をこのままにしておくわけにはいかない。


散々頭を悩ませた私が出した結論は──。

ミカサ「アルミンに相談しよう」

少女は、アルミンと同じブロンドの髪を揺らしながら首を傾げた。



翌朝。

なんとタイミングのいいことに、今日は訓練がない。
ので、私は人気のないところにアルミンを呼び出して、絵画のことを相談した。

もちろん、画霊の件は伏せておく。

アルミン「絵画の修復? ミカサって、そういうの興味あったっけ」

ミカサ「……興味はない。けれど、この前の倉庫掃除の時、気になる絵を見付けてしまって」

アルミン「へぇ。どんな絵なの?」

ミカサ「女の子。アルミンに似てるところもある」

アルミン「えっ」

ミカサ「髪の色が」

アルミン「ああ、髪ね……」

容姿が似てるって言われたら男としてどうかと思ったよ、と呟きながら、アルミンは考える素振りを見せた。

暫くの間、考えてくれていたアルミンが、「そういえば」と手を叩いた。

アルミン「街に安価で絵を修復してくれる店があったはずだよ」


アルミンに詳しい話を聞き出し、私は絵画を抱えてその店に向かった。

店は、街の外れにひっそりと佇んでいた。

外から店内を覗いてみるが、薄暗くて中は見えない。
閉まっているのか、と思ったけれど、看板には“open”と書かれている。

少しばかり心配になりつつ、店の扉を押した。

カラン、と小気味好い音が鳴り響く。

店主「いらっしゃい」

奥から出てきた店主らしき人は、眼鏡と白髪の初老の男性だった。

店主「ご用は?」

ミカサ「絵の修復を」

そう言いながら、抱えていた絵を見せる。

すると店主は絵画を一目見るなり、「ああ」と感嘆の声を上げた。

店主「またこの絵に会おうとは」

ミカサ「……?」

店主「……お恥ずかしい話、この絵は私が描いたものでしてね。昔、街で見かけた娘を描いたものなんです」

ミカサ「そう、なんですか」

店主「……。色々あって手離した絵ですが……、こうしてまた出会ったのも何かの縁。必ず、修復してみせましょう」

ミカサ「お代は」

店主「……いえ、結構ですよ。またこの絵に出会わせてくれたのがお代ということにしておきましょう」

そう言ってくれた店主の優しさとこの絵画を生み出してくれたことに感謝の意を込めて、私は深々と礼をした。

修復が完了するのは数週間後とのことだ。
何分、保存条件が最悪だった為、ほとんどの箇所に手を加えなくてはならないそうだ。

では、また数週間後に。
そう言って、私は今一度礼をして、店を出ようとした。

そこへ。


少女「お姉さん」

少女「ありがとう」


少女の声に振り向くと、彼女はにっこりと微笑んで、絵画の中へ消えていった。


店を出て、せっかく街に来たのだから少し歩こうと決めた私は、たまに行っているお菓子屋へ向かった。

あの店を教えてくれたアルミンにお礼を買っていこうと思ったのだ。

と、そこに。

クリスタ「ミカサ!」

休日を利用して街にやって来たらしいクリスタに出会った。隣にはユミルもいる。

クリスタ「偶然だね、ミカサもお買い物?」

ミカサ「ええ」

クリスタ「そうなんだ! じゃあ、せっかくだし一緒に回らない? 皆で回った方が楽しいよ!」

手を合わせながら、クリスタがにっこりと微笑む。

その笑顔は。

先程見た、少女の笑顔と同じ、だった。



『昔、街で見かけた娘を──』


昔、街で見かけた娘。

もしかしてそれは──。


ミカサ「まさか……ね」

クリスタ「ミカサ?」

ミカサ「ううん、何でもない。せっかくだし一緒に回らせてもらおう。ユミルもいいだろうか」

ユミル「へいへい、お好きにどうぞー」

クリスタ「決まりだね! じゃあ、あそこの雑貨屋さんなんだけど……」

クリスタに手を引かれ、私達は街の中を歩いた。



──さて、数週間後。

綺麗に修復された絵画は、私達の部屋に飾られることになった。

その絵を一目見て気に入ったらしいユミルが毎日のように手入れをしてくれているお陰で、

絵の中の少女はいつも綺麗に私達に微笑みかけてくれている。



終わり
其の二へ続く?

アルミン怪奇譚を書いた人かな?期待して良かった。乙。

>>22
別人です
申し訳ないです

【其の二、雨降小僧─あめふりこぞう─】

ここ一週間、ずっと雨が降り続いている。

雨なので屋外で行う訓練は中止、
なんてことにはならず、私達は雨に濡れながら日々の訓練に励んでいる。


さて、本日の訓練が終わり、私達はすっかり冷えきった体を温めるために浴場に向かっていた。

サシャ「うう、寒いです……こんなに寒いなら、何時間も座学をしていた方がましです」

サシャが体を震わせながら言う。

全く以て同感だ。
この冬の時期はただでさえ寒いというのに、更に雨に打たれるとなると体の芯まで冷えてしまう。

外で訓練するより、室内の暖かな空間で座学をする方が何倍もましに思える。

クリスタ「それにしても」

濡れた髪を丁寧にタオルで拭きながら、クリスタが口を開いた。

クリスタ「この時期にここまで雨が続くなんて、珍しいね」

確かに、その通り。

この時期、雪が続くのは不思議ではないけれど、雨が続くというのは珍しい。

私やクリスタ意外の人もそう思っていたらしく、皆、うんうんと頷いている。

ここで、クリスタとは正反対に、少々乱暴に髪を拭いていたユミルが口を開く。

その時、意地の悪そうな笑みを浮かべていたのを、私は見逃さなかった。

ユミル「何か、悪いことの前触れじゃなきゃいいけどなぁ?」

その言葉に、一瞬、この場がシーンと静まり返った。

ユミル「……、ダッハッハ、冗談だっての! お前ら、本気にすんなよな!」

さすがにこの空気を何とかしなくてはならないと思ったのか、ユミルがいつも以上に明るく、そして大きな声で言った。

クリスタ「も、もう! 変なこと言わないでよ、ユミル!」

サシャ「そうですよ! びっくりしたじゃないですか!」

ユミル「悪かったって。まさか本気にするとは思わなかったんだよ」

そんな話をしているうちに、浴場に到着した。

皆は、早く体を温めようと、駆け込むようにして入っていった。

……ここだけの話であるが、先程のユミルの言葉に、私も少し怯えてしまった、
というのはここだけの秘密にして頂きたい。


さて、それから更に数日後。

相変わらず雨は降りやむ気配がない。

本日は兵站行進の予定だったけれど、地盤が弛み土砂災害の危険があるとして、急遽部屋で待機するように言い渡された。

突然やって来た休日に、喜ぶ訓練兵が大半だったが、一部の……例えばクリスタやサシャは浮かない顔をしていた。

原因は、なんとなく想像がつく。

クリスタ「本当に悪いことが起こったらどうしよう……」

そう、彼女達は以前のユミルの言葉を気にしているのだ。

ユミルはばつが悪そうに髪を掻き上げながら、「だから、」と言う。「あれは冗談だったんだって」

けれど、二人はその言葉に納得しなかった。

サシャ「でも、もうずっと雨なんですよ。雨季でもないのに。異常ですよ」

クリスタ「そうだよ、ここまで降り続くなんて……」

と、二人がますます不安そうな表情をすると、遂にユミルが「ああもう!」と苛立ったような声を上げた。

そして、二人の頭に手を乗せて、わしゃわしゃとやや乱暴に髪を撫で始めた。

ユミル「私が悪かったよ! あれは冗談! っつーことで、この話は終わりだ!」

サシャ「わー! 分かりましたから、ユミル!」

クリスタ「髪がぐちゃぐちゃになっちゃうよ!」

随分と乱暴な話の終わらせ方だと思ったけれど、口で何かを言うよりも効果はあったらしい。

二人は、それ以降不安を口に出すことはなかった。

ユミル「さて、じゃあせっかくの休みだしな。よし」

サシャ「遊びましょう!」

クリスタ「それなら皆でトランプしようよ!」

ユミル「おお、そうするか。……お前はどうする、ミカサ」

ユミルがこちらへ振り向き、問い掛けてくる。

ミカサ「では、せっかくなのでご一緒しよう。けど、その前にお手洗いに行ってくる」

クリスタ「じゃあ先に始めてるね」

クリスタの言葉に頷いて、私は部屋を出た。


──さて、用を済ませ、部屋に帰る途中。

私は、あるものを見付けて足を止めた。

あるもの……それは、少年だ。
頭に傘のようなものを被り、手にはランタンのような物を持った、少年だ。

その姿を見て、すぐに分かった。

この少年は雨降小僧。
雨を自在に降らせることが出来る“あやかし”だ。

恐らく、この連日の雨も雨降小僧の仕業なのだろう。

さすがに降らせ過ぎだと、一言言ってやろうと思って彼に近付いた私だったけれど、
様子がおかしいことに気付き、思わず首を傾げた。

──雨降小僧は、泣いていた。

ミカサ「……どうしたの?」

とりあえず、話を聞こうと声をかけてみる。

すると、彼は弾かれたように顔を上げ、そして私の顔を見て驚きの表情を浮かべた。
かと思ったら、彼はますます泣き出してしまった。

雨降小僧「うわああああん!!」

ミカサ「あ、あの」

雨降小僧「た、助けてくださいいぃぃ!!!」

顔面を涙やら鼻水でぐちゃぐちゃにしながら、雨降小僧は私の足にすがり付いてきた。

ああ、スカートが濡れてしまう。
そう思ったが、泣いている彼を無下に扱うことも出来ず、私は彼の目線に合うようにしゃがみこんだ。

ひとしきり泣きわめいてようやく落ち着いてくれた雨降小僧は、今度はさめざめと泣きながら、理由を話し始めた。

雨降小僧「雨降小僧は提灯を振って雨を降らせるんです」

ミカサ「ええ」

雨降小僧「止ませる時も、同じなんです、け、ど……!」

そう言いながら、彼は持っていたランタンのような物……基、提灯を見せてくれた。

その提灯はというと、所々穴が空き、傷だらけだった。

雨降小僧は泣きながら言う。

雨降小僧「転んだ拍子に壊してしまって……雨を止ませることが出来なくなってしまったんです……」

なるほど、どうやらこの雨は、雨降小僧の仕業ではあるものの、故意にしていたわけではないらしい。

ミカサ「話は分かった。……少し、待っていて」

そう言って、私は首を傾げる雨降小僧を置いて駆け出した。


やって来たのは、私の部屋だ。

中に入ると、クリスタ達が楽しげにトランプで遊んでいた。

サシャ「あ、ミカサ! 待ってましたよ!」

ミカサ「ごめんなさい、大切な用事が出来たの」

私は自分の荷物から色紙と糊、そして鋏を取り出して、不思議そうな表情の三人に「また後で入れてほしい」と告げて、部屋を出て、また駆け出した。


──雨降小僧は、私の言いつけをしっかり守り、その場で待っていた。

ミカサ「待たせてしまって悪かった」

雨降小僧「いいえ。……あの、それは?」

雨降小僧が私の手の色紙と糊と鋏を見ながら目を瞬かせる。
一体、これらで何をするのだろう、と疑問に思っているのだろう。

私は鋏を構えながら、言った。

ミカサ「とりあえず、応急処置を」


提灯を貸してもらって、穴のや傷の大きさに合わせて紙を切る。

そして、ずれないように気を付けながら、貼り合わせる。

と、いう作業を繰り返していく。


さて、切って貼ってを繰り返すこと数十分。
ようやく全ての穴と傷を塞ぐことが出来た。

つぎはぎだらけで見た目はよくないが、提灯としての機能は果たしてくれるはずだ。……恐らく。

応急処置をした提灯を見た雨降小僧は目を輝かせ、それを持った。

そして。

雨降小僧「雨よ、止め!」



雨降小僧「本当にありがとうございました」

ぺこり、と、頭の傘が落ちてしまうのではないかと心配になるほど、雨降小僧は深々とお辞儀をした。

ミカサ「気にしないで。けれど、もう壊さないように気を付けて」

雨降小僧「はい、それはもう!」

足元には注意します、と、意気込みながら言う雨降小僧に、逆に心配になる。
力みすぎるのもいけない。

雨降小僧「では、帰ります。このお礼はいつか必ず」

ミカサ「お礼なんていいから、気を付けて帰って」

雨降小僧「はい、気を付けます!」

そう言って、雨降小僧は私の前から姿を消した。


彼は無事に帰れたのだろうか。

今度は転ばなかったのだろうか。

そう思いながら、空を見る。

先程までの雨が嘘のように晴れ渡った空には、虹が架かっていた。

雨が降りそうな気配はない。


──きっと、無事に帰ることが出来たのだろう。

あのつぎはぎだらけの提灯を持って。



終わり
其の三へ続く?

【其の三、月兎─つきのうさぎ─】

馬術の訓練が終わり、馬を小屋へ返し、エレンとアルミンと話をしながら寮へと向かっていた時だった。

私は、紙袋が歩いているのを見付けてしまった。

正確には自分の体ほどの大きさの紙袋を持って歩いている“あやかし”を、だけれど。
ヨタヨタと、おぼつかない足取りで歩いている。

一体どうしたのだろう、と、思わず凝視していると。

隣を歩いているアルミンが、不思議そうな表情でこちらを見てきた。

アルミン「ミカサ、何を見てるの?」

そう言いながら、私の視線を辿っていく。

けれど、アルミンにはあやかしが視えない。
ので、その目に映るのは何の変哲もない景色だけだろう。

首を傾げているアルミンに、何とか誤魔化さなくてはと思った私は、咄嗟にこんなことを言っていた。

ミカサ「あ」

アルミン「あ?」

ミカサ「蟻の行列」



エレンとアルミンには「小屋に落とし物をした」と言って、先に寮へ戻ってもらった。

二人の姿が完全に見えなくなったのを確認してから、私は紙袋の元へと歩み寄った。

近くに来てみると、紙袋で隠れてしまっていたあやかしの姿を認めることが出来た。

──白くてふわふわの毛に、長い耳。
その姿は、一言で言ってしまうと“兎”だ。

兎が自分の体ほどの荷物を持って歩いている姿は、形容し難い愛らしさがあった。

ミカサ「何を運んでいるの?」

私は、兎に声を掛けてみた。

なるべく驚かせないようにと気を付けたつもりだったけれど、驚かせてしまったらしい。

兎は、「ひゃあ」と声を上げながら、言葉通り跳び跳ねて驚き、びくびくしながら私へ目を向けてきた。

ミカサ「ごめんなさい、驚かせるつもりはなかった」

兎「い、いえ……こちらこそ」

そうは言うものの、兎は訝るような目で私を見る。

「怪しいものではない」私は、敵意がないことを証明するために、両手を挙げながら言った。「あなたが何をしているか気になっただけ」

兎は、私のことを頭から爪先までまじまじと見つめた。
そして、自分の敵ではないと判断してくれたのか、口を開いてくれた。

兎「人を探しているのです」

ミカサ「人……?」

兎「はい、私を助けてくれた人間です」

ミカサ「え……人間が、あなたを?」

思わず聞き返してしまったのは、無理のない話だ。

あやかしは、普通の人間には視えない。先程のアルミンが良い例だ。

いわゆる霊感の強い人間なら視ることが出来るが、そのような人間は稀だ。

少なくとも、私の知っている限りでは、私を除いてそのような人間はいない。はずだ。

私の考えていることを察したのか、兎は「助けられたといっても、間接的にですけれど」と言った。

兎「私、蔦に足が絡まって動けなくなっていたのです……」

兎は語り始めた。
助けられた時のことを。


──それは、つい先程の話らしい。

兎は蔦に足を取られ、身動き出来なくなっていた。

自分でほどこうと試みるも、余計に絡まってしまい、更に動けなくなってしまった。

どうしよう、と、困り果てていると、そこに人間が通り掛かった。

助けを求めようにも、人間に兎の姿は視えない。
兎は素通りされるのを、ただ見ていることしか出来なかった。

が、ここで、奇跡としか言い様のない出来事が起こる。
その人間が、蔦に引っ掛かり、転んだのだ。

人間は、「蔦の分際で」と怒り、その蔦を引きちぎった。

その時に兎に絡まっていた蔦も引きちぎられ、結果的に助かったらしい。


語り終えた兎は、恍惚の表情を浮かべながら、ほうと溜め息をついた。

兎「あの時のあの人、それはさながら王子様のようでした」

ミカサ「……そう」

話を聞く限りでは、王子様には程遠いように思えたが、兎がそう思うのならそれでいい。

兎「それで、お礼をしたくて探しているのです」

ミカサ「なるほど」

兎が持っている紙袋は、その人間へのお礼の品なのだろう。

と、ここで、兎は恍惚から焦燥へと表情を一変させた。

兎「けれど、急がなくてはなりません。……今夜は満月。私は月へ帰らなくてはならないのです」

ミカサ「月……あなた、月兎だったの」

兎は頷いた。

しかし、これは大変。
もう既に日が傾き始めている。夜はもうすぐそこだ。

このままだと、兎は王子様に会えずに月へ帰ることになってしまう。

ミカサ「……私も協力しよう」

兎「いいのですか!?」

ミカサ「ええ。ので、その人の特徴を教えて」

兎「特徴……ええと……そうだ、馬、馬を連れていました!」

ミカサ「馬」

なんと、馬を連れていたなんて、本当に王子様なのだろうか。

と、そんなことを考えていたところで、私は思い出した。

私達の今日の訓練が、馬術だったということを。

ミカサ「……もしかしたら会えるかもしれない」

兎「本当ですか!」

ミカサ「ええ。行こう、急がないと日が暮れてしまう」

兎を抱き上げて、私は駆け出した。
向かうは、104期生の寮だ。


向かっている途中、私はふとある疑問を抱いた。

ミカサ「そういえば、お礼はどのようにするの? あなたの姿はその人には見えないはず」

兎「それは、心配ご無用です。少しの間だけですが、人間に化けられます」

ミカサ「それならいい」

そんなことを話しているうちに、寮の近くに到着した。


物陰に隠れ、兎に訓練兵一人一人の顔を確認させる。

あの人でもない。
この人でもない。
その人も違う。

そうやって確認を始めてから、何人目だろうか。

ついに兎が「ああ!」と嬉しそうな声を上げた。

兎「いました、あの人です!」

そう言うなり、兎は人間へと化けた。
その姿は、私達くらいの年頃の女の子だった。

兎は、居ても立ってもいられないといった様子で物陰から出ようとする。
が、私は慌ててそれを止めた。

兎が何をするんだと言いたげな表情を浮かべ、私を軽く睨む。

ミカサ「それは目立つ。ので、このマントを」

それ、とは、兎の頭にピンと立った耳だ。
姿は人間だけれど、耳だけは兎のままだったのだ。

自分のマントを兎に着せ、そしてフードを深く被せて耳が隠れたのを確認してから、私は兎の背中を押した。

ミカサ「いってらっしゃい」

ピョンと跳び跳ねるようにして、兎は物陰から出て、駆け出した。

彼女が向かった先にいたのは──。




兎「ありがとうございました、お陰でお礼も言えました!」

兎が深々と頭を下げる。
彼女はもう兎の姿に戻っていた。

そして、辺りはもう暗い。夜になったのだ。

ミカサ「いいえ、私は何も」

兎「そんなことはありません。あなたが声を掛けて下さらなければ、私はちゃんとお礼することは出来ませんでした」

ミカサ「……役に立てたのなら、良かった」

兎「あなたにも、いつかお礼を致します。今日はもう帰らないといけないので」

ミカサ「お礼なんていい。気を付けて」

兎「はい、本当にありがとうございました」

そう言って、兎が満月に向かってピョンと跳ねると。

次の瞬間には、その姿は消えていた。


──さて、兎と別れた後、寮に戻り着替えた私は、食堂へやって来た。

既にエレンとアルミンはいて、私の席も取っておいてくれている。

二人にお礼を言いながら、私は兎の王子様を探した。

その姿は、すぐに見付かった。
私のテーブルの隣のテーブルにいたからだ。

彼は、友人と話している。
大きな声なので、耳をすまさなくても会話は聞こえてきた。

「そんで、お礼だって紙袋を渡してきたんだけどよ……」

話の内容は、先程のことらしい。


「中を見たらニンジンがぎっしり詰まってたんだよ。なあ、これって……」

ジャン「厚意に見せかけた悪質な嫌がらせだよな?」


王子様、基、ジャンの言葉を聞いたエレンが呟いた。

エレン「ああ、確かにニンジン渡したくなるな。あいつ馬面だから」



終わり
其の四に続く?

【其の四、枕返し─まくらがえし─】

ここ数日、訓練兵の間で不気味な現象が起きている。


朝起きたら、体の向きが上下逆さまになっているのだ。


それが一人や二人だけの話なら、なんて寝相が悪いんだという笑い話になるのだが、
一人や二人だけではなく、ほとんどの訓練兵が逆さまになっているのだから笑えない。

その“ほとんどの訓練兵”の中には、私やエレン、アルミンも含まれている。

ので、これは他人事ではない。



──今日の朝食の時間も、この話でもちきりだった。

エレン「しかし、本当に変な話だよな。オレもアルミンもミカサも、そんなに寝相悪くねぇのに」

アルミン「そうだね。一体、何が起こってるんだろう。ただの寝相とは思えないよ」

エレン「体が逆さまになってるだけで他に何かあるってわけじゃねぇけど、気味悪いよな」

アルミン「本当だよ。ねぇ、ミカサも変だと思わない?」

アルミンが私の方へと顔を向けてきた。

その時の私はというと、ちょうどパンを口に入れたばかりだった。

早くアルミンに答えなければならないと思いつつ、しかしよく噛んで食べなければならないとも思ったので、私は急いで咀嚼をする。

「あ、そんなに急がなくてもいいよ」アルミンが苦笑する。「ゆっくりよく噛んで食べて」

──実のところ。

私は、この現象はあやかしの仕業なのではないかと思っている。

そして、この数日で調べた結果、“枕返し”というあやかしの仕業だということが分かった。

何の仕業か分かれば話は早い。

これ以上、エレンやアルミンを不安にさせるわけにはいかない。

ので、私は早急にこの問題を解決することにした。


枕返しが現れるのは皆が寝静まった真夜中だ。

……今夜は、眠れない覚悟をしておかなければならない。


さて、そんなこんなで、夜。

眠る前に「また上下逆さまになったらどうしよう」と不安そうにしていた皆も、睡魔には勝てずにすっかり夢の中だ。

皆の気持ち良さそうな寝息を聞いていると、つい私も寝そうになってしまうが、痛み刺激を与えて何とか眠らずに済んでいた。

しかし、そろそろ現れてくれないと私の眠気もそろそろ限界を迎えてしまう。

早く出てきて。
そして、早く眠らせて。

と、強く願っていた時だ。

ペタペタと、明らかに人間ではない者の足音が聞こえた。


──枕返しの登場だ。

私は、息を殺し、なるべく音を立てないように体を起こす。

そして、足音がした方へと目を向ける。

暗くてはっきりと見えないが、人間のものではない影があった。

まず、誰を逆さまにしようか考えているのだろうか。
ウロウロとさ迷い歩いている。

そして、さ迷うこと数十秒。
ようやく誰にするか決めたのか、枕返しは歩みを止めた。


そこは……アニのベッドだった。

枕返しが、アニに手を伸ばす。

しかし、私がそれを許さない。

ベッドから降りて駆け寄り、伸ばしかけた手を掴んだ。

ミカサ「させない」

枕返し「え!?」

ミカサ「これ以上、皆を不安にさせるのは止めて」

ぎゅうっと力の限り掴んだ手を握ると、枕返しは「ぎゃあっ」と叫んだ。

枕返し「痛い! スゲー痛い! 離してくれ! 話を聞いてくれ!!」

ミカサ「……話?」

枕返し「そう! 俺がこんなことしてる理由を!」

そう言われては、聞かないわけにはいかない。
私が手の力を緩めると、枕返しはほっとしたように息をついた。


枕返しから話を聞くために、私達は部屋の外へ出た。

「それで」私は早速、話を切り出した。「理由とは?」

因みに、掴んでいる手は離していない。
万が一、逃げられたらいけないと思ったからだ。

枕返し「ああ……最初はな、悪戯してやろうと思ったんだよ」

ミカサ「最初?」

枕返し「そう。あんた、俺のこと知ってんだろ? どういうあやかしなのか」

それは、調べたので知っている。

枕返しというあやかしは、人間が寝ている間に枕を引っくり返したり、体の向きを変えるといった“悪戯”をするあやかしだ。

“悪戯”された人間は二度と目覚めることがないとか、不幸になるなど、様々な伝承があるようだが。

枕返し「けどな、ここの奴らのほとんどは悪戯するまでもなかったんだよ!」

ミカサ「どういうこと?」

枕返し「皆! 北枕、北枕、北枕! 何なんだよお前ら、不吉過ぎるだろうが! えげつねぇ寝相の奴もいるし!」

枕返しが叫ぶ。

……が、私は言葉の意味が分からずに首を傾げた。

ミカサ「きたまくらって、何?」

その問い掛けに。
枕返しは目の玉を落としそうなほどに目を見開いたかと思うと、また、叫んだ。

枕返し「そこからかよ!!」

枕返しは教えてくれた。

枕返し「北枕っていうのはな、北に枕を向けて寝ることだ」

ミカサ「それの何が悪いの?」

枕返し「東洋ではな、死人を北枕にして安置するんだ。だから縁起が悪い、不吉って言われてんだよ」

その説明を聞き、納得した。
なるほど、確かに縁起が悪いかもしれない。

……と、いうことは。

ミカサ「あなたは、私達のためを思って上下逆さまにしていたの?」

枕返し「まぁな。見てるこっちまで不吉になってきたんだよ」

ミカサ「そうだったの……ごめんなさい、理由を知らなかったとはいえ、酷いことをしてしまった」

謝ると、枕返しは指先で頬を掻きながら「いや、俺も悪戯しようとしたんだし、どっちもどっちだよ」と言った。


結局。
この日の夜は、枕返しに皆の体を上下逆さまにしてもらった。

しかし、この現象が起こるのは今夜で最後となるだろう。

ミカサ「では、明日の朝、皆に話してみる。北枕について」

枕返し「おう、ぜひそうしてくれ」

ミカサ「……今回はあなたに感謝するけれど、次、悪戯に来たときは容赦しない。ので、そのつもりで」

枕返し「わ、分かったよ、何もしねぇよ。だからそんなに睨むなって……」

ミカサ「それから、聞きたいのだけど。さっき言っていた“えげつない寝相”って、誰のこと?」

枕返し「ああ、あいつな……本当にすごかった。男でな、高身長だった。あいつには頼まれても悪戯したくねぇよ……」



──次の日。
私はすぐに、北枕を止めるように言った。

私の話を聞いた時、皆は半信半疑だったが、止めた途端に上下逆さまになることはなくなったのでとても感謝をされた。


さて、それから数日のことだ。
私は、ライナーに呼び止められた。

ライナー「なぁ、ミカサ。相談なんだが」

ミカサ「ライナーが私にとは珍しい。何?」

ライナー「あれから俺達の妙な寝相は収まったが、……ベルトルトは相変わらず酷いんだ。何か、治す方法はないか?」

ライナーの言葉を聞き、あの時の枕返しの言葉を思い出す。

──頼まれても悪戯したくねぇよ。

ミカサ「……ごめんなさい、私には分からない」

枕返しですら音をあげるような寝相の持ち主を、私がどうにか出来るわけがない。


終わり
其の五に続く?

【其の五、轆轤首─ろくろくび─】

この冬の時期は、どこにいても寒くていけない。

例えば、今、私がいる街の図書館もそうだ。

暖炉があるにはあるのだが、暖かいのは周りだけ。
本を探そうとそこから離れれば、たちまち寒さがこの身に襲いかかってくる。


私は、暖炉から随分と離れた場所で、寒さに身を縮めながら目的の本を探していた。

早く見つけ出して暖炉で暖まりたいと思うのだけれど、そういう時に限って中々見付けられないのだから、不思議な話だ。

ミカサ「寒い……」

思わずひとりごちる。
すると。

「本当に寒いわねぇ」

と、後ろから私の言葉に同意する声がした。

私以外に人はいないと思っていたものだから、声がしたことに驚いて、振り向いてみる。

と、そこには、一人の女性が立っていた。

女性は私と目が合うと、「あら」と目を丸くしながら声を上げた。

女性「ごめんなさいね、驚かせてしまったかしら?」

ミカサ「……少し」

女性「そんなつもりはなかったんだけど」

そう言いながら、女性は私の隣までやって来て、にっこりと笑いかけてきた。

女性「何の本を探しているの? 手伝ってあげましょうか」

ミカサ「え?」

見ず知らずの人に探し物を手伝わせるのは気が引けたし、何よりいきなりそんなことを言ってくるなんて怪しすぎる。

結構です、と断ろうとしたが、女性は更に言葉を続けた。

女性「遠慮しなくていいのよ。困った時はお互い様じゃない」

ミカサ「……」

女性「それに、私、探し物は得意なのよ。何せ……」

そう言うと。

信じられるだろうか。
女性は、首を長く伸ばしたのだ。

長くなった首を蛇のようにぐにゃりと曲げて、女性は私と目が合う位置に顔を寄せた。
そして、笑みを絶やさぬまま、言う。

女性「こういう身なの」

ミカサ「……轆轤首?」

女性「ご名答。ほら、何を探しているのか言ってみて」

手伝ってもらおうか少し悩んだけれど、確かに、轆轤首に手伝って貰えたら、すぐに見付かるかもしれない。

そう思った私は、彼女の言葉に甘えることにした。

探している本の題名を伝えると、轆轤首は「任せておいて」と言って、本を探しにかかってくれた。


──それから、数分も経たないうちに。
轆轤首は、本を見付けて来てくれた。

女性「はい、これでいい?」

ミカサ「ええ、ありがとう。助かった」

轆轤首から本を受け取りながらお礼を言うと、彼女は首を元に戻して「いいのよ」と頭を振った。

改めてお礼を言って、暖炉で暖まりながらこの本を読もうと、轆轤首に背を向けた時だ。

ぐいっと、手を引かれた。

女性「待って。次は、私のお願いを聞いてくれない?」

それが目的だったの。
と、思ったけれど、手伝ってもらった手前、嫌とは言えない。

まずは、轆轤首の“お願い”の内容を聞いてみることにした。

女性「さっきあなたも言っていたけれど、寒いでしょう? 特に私は轆轤首だから首もとが冷えて仕方ないの」

それならこの時期に首を伸ばさなければいいのでは、と思ったけれど、そんな野暮なことは言わないでおく。

なるほど、と頷きながら、続きを促す。

女性「そこで。あなたのソレ、貸してくれない?」

そう言いながら女性が指差してきたのは、私の首に巻かれている、マフラーだった。


このマフラーは大切なもの。

一時もこの身から離したくないと思う、大切なもの。

いくら探し物を手伝ってくれたからといって、そう簡単に貸せるものではない。

ミカサ「駄目」

女性「あら。寄越せって言ってるわけじゃないのよ?」

轆轤首が口を尖らせるが、何を言われようと貸すつもりなんてない。

「駄目」もう一度、強い口調で言う。「このマフラーだけは、貸せない」

轆轤首は、私が絶対に貸してくれないと分かったのか、不服そうな表情を浮かべながらも、「じゃあいいわ」と諦めてくれたようだった。

ミカサ「……。このマフラーは貸せない、けれど」

女性「え?」

ミカサ「あなたにマフラーを贈ることは出来る」

女性「どういうこと?」

ミカサ「言葉通り。行きましょう」

不思議そうにしている轆轤首の手を引き、本の貸し出し手続きをしてから、図書館を出た。


──やって来たのは、雑貨屋だ。

さすがにこの時期は、豊富な種類のマフラーが揃っている。

ミカサ「好きなものを選んで」

女性「え? けど、これ売り物よ?」

ミカサ「言ったでしょう、贈ることは出来るって」

女性「いいの?」

ミカサ「ええ、本を探してくれたお礼。それに、困った時はお互い様なのでしょう?」

私の言葉に、轆轤首は「じゃあ遠慮なく」と、マフラーの品定めを始めた。



さて、品定めを始めてから十数分。

悩みに悩んでいたようだけれど、ようやく轆轤首のお眼鏡にかなうものが見付かったらしい。

女性「これにするわ!」


そう言って彼女が手にしたのは、

赤いマフラーだった。


ミカサ「これ、は」

女性「あなたとお揃いね」

ミカサ「……どうしてこれに?」

女性「深い理由なんてないわ。あなたの赤いマフラーが暖かそうだったから、私もそれがいいって思っただけ」




──会計を済ませ、轆轤首にマフラーを渡す。

彼女は大変喜んでくれて、着用するなり「すごく暖かいわ!」と顔を輝かせた。

女性「ありがとう。これで、寒さ対策も万全よ」

ミカサ「喜んでもらえてよかった。私の方こそ、ありがとう」

女性「うふふ、困った時はお互い様。また何かあったら呼んでね、私も呼ぶから」

轆轤首は軽く手を振りながら、赤いマフラーを揺らして、去っていった。




轆轤首に探してもらった本を胸に抱き、マフラーに顔を埋めながら彼女の言葉を思い返す。


──あなたの赤いマフラーが暖かそうだったから。


彼女は中々、見る目がある。

このマフラーは、エレンが巻いてくれたマフラーは、何よりも暖かいのだから。



終わり
其の六に続く?

【其の六、煙々羅─えんえんら─】

冷たい北風と共に、木々の葉も吹いてくる。

カサカサと音を立てながら、風に吹かれた枯れ葉は宙を舞い、そして地に落ちた。

私はその枯れ葉を箒で掃いて集めていた。

サシャ「……それにしても」

不意に、隣で掃き掃除をしているサシャが手を止めて口を開いた。

サシャ「掃いても掃いても、終わりませんねぇ」

その言葉に、私は頷いた。

掃いても掃いても、容赦なく吹き付けてくる風が新たな枯れ葉を落としてくる上に、せっかく集めた葉を運んでいってしまうのだ。

けれど、そうやって文句ばかり言ったところで、何も変わらない。

ミカサ「さっきよりは確実に綺麗になっている。ので、もう少し頑張ろう」

サシャ「はーい……」

私の言葉に、サシャは渋々と言った様子で手を動かし始める。

しかし、明らかにやる気は感じられない。
どうせ掃除をしても、すぐに枯れ葉でいっぱいになるのに──とでも思っているのだろうか。

そんな風では、いつまでたっても終わりそうにない。

ここはひとつ、サシャにもやる気を出してもらわなければならない。

私は手を動かしながら、「そういえば」と口を開いた。

ミカサ「この枯れ葉、集めた後は燃やすように言われた」

サシャ「ああ、そうでしたね」

ミカサ「けれど、ただ燃やすだけでは勿体無い」

サシャ「? はあ……」

ミカサ「そこで私は教官に聞いた。燃やす時、芋も焼いていいか、と」

芋。
その単語が出た瞬間、サシャは分かりやすく反応した。

目を輝かせながら私のことを見つめてくる。

サシャ「それで、教官は何と……!」

ミカサ「良いと」

サシャ「やったー!!」

よっぽど嬉しかったのか、サシャはいつぞやの月兎のようにピョンと跳び跳ねた。

サシャ「そうと分かれば、さっさと終わらせちゃいましょう!」

そして、先程とは打って変わってやる気に満ちた様子で、掃き掃除を再開させる。

サシャを動かすには食べ物が効果的ということは知っていたが、まさかここまで効くとは思わなかった。

きびきびと手を動かすサシャを見ながら、この分だとあと数十分もしないうちに掃除は終わるだろう、

なんてことを思いながら、私も手を動かしたのだった。



さて、数十分後。
私が思った通り、やる気を出したサシャのお陰で掃き掃除はあっという間に終わった。

サシャ「さあミカサ、待ちに待った焼き芋ですよ!」

サシャが待ちきれないといった様子で言う。

ミカサ「ええ。では、私は火を起こしておくので、サシャは芋を持ってきてほしい。場所は」

サシャ「分かりました! 調理場にあったさつま芋ですね!」

ミカサ「え」

そうだけど。
なぜ、サシャがそれを知っているのだろう。

と、私が疑問に思っているうちに、サシャは「焼き芋ォ!」と叫びながら駆け足で調理場へと向かっていってしまった。

サシャのあの様子だと、きっとすぐに戻ってくるだろう。
その前に火を起こしておかなければならない。

ポケットからマッチを取り出して、枯れ葉に火を着けた。

葉が乾燥していたということもあり、火はすぐに燃え盛り、冷えた体を暖めてくれる。

ああ、暖かい。
ずっとこうしていたい。

そんなことを思いながら、もくもくと立ち上る煙を眺めていた。

と、その時だ。

ミカサ「……え?」

煙の中に、ぼんやりとだが人の顔が浮かび上がって見えたのだ。

最初は目が。
次に鼻、口、耳と輪郭。
少しずつ形作られていき、遂にはっきりと人間の顔になった。

煙は、揺らめく双眼で私のことを見つめる。

私もまた、煙の顔を見つめた。

少しの間見つめ合っていた私達だったけれど、やがて煙の方が口を開いた。

煙「お前、私が見えるか」

ミカサ「見、える」

煙「そうか、そうか」

そう言いながら、煙の顔は微かに笑う。

──ああ、そういえば。
こんなあやかしもいたはずだ。

名前は確か、

ミカサ「煙々羅?」

煙「私を知っているのか」

ミカサ「少しだけ……」

煙「ならば、私が見える理由も分かっているな?」

ミカサ「……ええ」

煙々羅。
その名と姿の通り、煙のあやかしだ。
煙々羅の姿が見える者は、心に余裕がある者だという。

私は自分が余裕を持っているとは思えないのだけれど、見えているということは思っていたよりも余裕があったのだろうか。

煙「最近は私が見える者がめっきり減ってしまってな」

ミカサ「……それは仕方ない。壁が壊されてから、人類に心の余裕なんて」

煙「そちらにはそちらの事情もあるだろう。仕方がないことだと分かっている」

「しかし」煙々羅は続ける。「誰にも気付かれないというのは、寂しいものだ」


──煙々羅は、煙があるところにならば、どこにでも現れるという。

私達が生活していく上で、煙というものは必ず発生するものだ。

なので、もしかしたら、私が気付かなかっただけで……。

ミカサ「あの」

煙「何だ?」

ミカサ「私にいつも心の余裕があるわけではない、けれど、もしもまた煙が」

と、ここまで言いかけたところで。


サシャ「お待たせしましたっ!!」

サシャが戻ってきた。

このまま煙々羅と話を続けるわけにもいかず、私はサシャの方に振り向いた。

振り向いた先にいたサシャは、さつま芋だけでなく、じゃが芋やみかんも抱えている。

どうやら、一緒に焼くらしい。
……どこから持ってきた、基、盗ってきたのかは、敢えて聞かないでおくことにする。

サシャ「むふふ、たくさん食べましょう! 早速焼きますね!」

そう言いながら、サシャが燃え盛る炎へ近付いていく。

私はハッとして、煙を見上げた。
そこには既に煙々羅の顔はなく、白い煙がゆらゆらと揺れているだけだった。

私がサシャと話しているうちに、消えてしまったらしい。

……まだ、伝えていないこともあったというのに。

といっても、サシャが傍にいる手前、煙々羅と会話することなど不可能に近かったのだけど。

ぼんやりと煙を見上げていると、火の中にせっせと芋を放り投げていたサシャが「ミカサ?」と声を掛けてきた。

サシャ「どうかしましたか?」

ミカサ「……いいえ。何でもない。私も手伝おう」

芋を一つ掴み、火の中に放り投げた。

その、時。


──いずれ、また。


ミカサ「!」

サシャ「どうしたんですか、ミカサ。急に空なんて見上げて」

ミカサ「……いいえ、何でもない」




これから、心に余裕を持てる瞬間があるとは限らない。

それでもきっと、また会おう。

それでもきっと、また会える。

誰もあなたに気付かなくても、私があなたに気付いてあげたい。



終わり
其の七に続く?

【其の七、花の精─はなのせい─】

“ねぇ”

食堂に向かう途中、女の子に話し掛けられた。

その顔に見覚えはない。

けれど、訓練兵はかなりの数がいるので、まだ覚えていない人の一人や二人くらいいてもおかしくはない、はず。


“あなたはミカサ?”


女の子が問い掛けてくる。

その聞き方に少し違和感を覚えたものの、いかにも私はミカサなので頷いてみせた。

すると、女の子は顔を輝かせて私の手を両手で握り、言った。


“会いたかった、ミカサ!”

ミカサ「……失礼だけど、どこかで出会ったことがあるだろうか」

先程も言ったが、私はこの女の子に見覚えはない。
……忘れているという可能性も大いにあるけれど。

女の子は、私の失礼にも思える発言にも気を悪くした様子は見せず、相変わらず顔を輝かせたまま、言った。

女の子「うん。ずっと昔にね、出会ってるよ」

ミカサ「ずっと、昔?」

女の子「そう。あなたが小さい時に」

ミカサ「……それは、どれくらい昔の話なの?」

女の子「ざっと六、七年前かな」

六、七年前といえば、私の両親がまだ生きていた頃。
つまり、私がまだ山で暮らしていた頃、ということになる。

その時に、この子と出会っている?

いいや、それは、

ミカサ「ありえない」

女の子「あれ」

ミカサ「あそこには私以外に子供がいなかった。もし、あの頃あなたに出会っているなら、覚えているはず」

あの頃。
私は自分と同年代の子供に出会ったことはほとんどなかった。

もしも、彼女と出会っていたとするならば、強く印象に残っていて、決して忘れるようなことはないだろう。

女の子「ううん。ミカサ、あなたはちゃんと私のことを覚えているはずだよ」

きっぱりと言い切った女の子の顔は、とても自信に満ちている。

そう言われても、覚えていないものは覚えていない。
と、私が困惑していると。


女の子「覚えているでしょう、あなたの家の周りに咲いた花を」

ミカサ「……え」


──私の家の周りには、山ということもあって、たくさんの花が咲いていた。

畑で育てていた野菜の花や、木の花、野花など。
たくさんの種類の花が色付いていた。

その花たちの色も香りも、私は確かに覚えている。

ミカサ「あなた、まさか……」

女の子「そうだよ。私は花の精」


女の子が笑う。

花の咲いたような笑顔だった。



女の子「今日はあなたに、お別れを言いに来たの」



ミカサ「え?」

女の子……否、花の精は語った。


──あの日。

両親が殺され、私がエレンと家族になったあの日から。

花の世話をする人間がいなくなり、栄養を十分に貰えなくなった花は、一輪、また一輪と枯れていった。

生き残った花もあったが、壁が壊され、巨人が侵入してきた時、ほとんどが踏み荒らされてしまったという。

それでも辛うじて生き延びていた花もあったが、日を追うごとに元気を無くしていき、そして遂に……。


女の子「最後に残った私にも、寿命が来ちゃった」


ミカサ「……ごめんなさい」

女の子「何でミカサが謝るの? あなたは何も悪くない」

ミカサ「けれど」

思わずうつむくと、花の精は私の頭に手を乗せた。

花の冠を乗せられたような、優しい感覚だった。

女の子「さいごにミカサに会えて、話せて、本当に良かった」

ひらり。
足元に、花びらが舞い落ちる。

顔を上げると、花の精が花びらとなり消えていくところだった。

ミカサ「あ……」




女の子「今までありがとう。私、とても幸せだった」

足元には、たくさんの花びらが残されていた。

私はその場にしゃがみこみ、一枚、拾い上げる。

そして、その花びらにそっと唇を寄せた。


ミカサ「……私の方こそ、ありがとう」


なぜだろう。

今、無性に泣いてしまいたい。



終わり
其の八に続く?

【其の八、鈴彦姫─すずひこひめ─】


アルミン『ねぇ、エレン、ミカサ。クリスマスって知ってる?』


エレン『何だそれ。ミカサ、知ってるか?』


ミカサ『いいえ、知らない』


アルミン『おじいちゃんの本で見付けたんだ。すごいんだよ、それがね……』



──そこで、私は目を覚ました。

随分、懐かしい夢を見てしまった。
まだ私達がシガンシナ区で平和に暮らしていた頃の夢だ。

あの頃は、アルミンが毎日のようにおじいさんの本を持ち出してきて、私達に面白い話を聞かせてくれていた。

アルミンが聞かせてくれた話の内容は、大体覚えている。
ので、先程の夢の話も、もちろん覚えている。


クリスマス。
神の子と呼ばれる人の聖誕祭。

もみの木を飾り付け、讃美歌を歌い、ご馳走を食べる。

そして子供達が寝静まった夜にはサンタクロースと呼ばれるお爺さんがベルを鳴らしながらやって来て、枕元にプレゼントを置いていく。

そんな、夢のような日だ。

確か日付は、12月25日。

……ああ。
そういえば今日は12月25日だった。

だから、あの夢を見たのかもしれない。

外はまだ薄暗い。

もう一眠りしようかと思ったけれど、目が冴えてしまって寝付けそうにない。

私は体を起こしてベッドから下り、コートを手に取った。
朝食までの時間潰しに、外を歩こうと思ったからだ。

コートを着て、マフラーを巻き、しっかりと防寒対策をしたところで、私は静かに部屋を出た。


外に出ると、きんと冷たい空気が頬を刺すようだった。

けれど、歩いているうちに少しは温かくなるだろうと、私は歩き出す。

霜の降った土が、ザクッと音を立てた。

行くあては決まっていないので、とりあえず、訓練所の周りを一周してみることにした。


何をするわけでもなく、ただ歩く。

すると、私の足音の他に、木々の葉が風に揺れる音や鳥の鳴き声が聞こえてきた。

冬の朝特有の澄んだ空気と相まって、何だか爽やかな気分にしてくれる。

意外と、こういうのも悪くないかもしれない。

今後、今日のように早起きしたら出歩いてみるのも悪くない。

……なんてことを思いながら、歩いていると。


しゃん、と。


木々の音でも、鳥の鳴き声でもない音が、私の鼓膜を揺らした。

最初は、気のせいかと思った。

けれど、音は確実に大きくなって、私の方へと近付いてくる。


──しゃん、しゃん、しゃん。


鈴のような、ベルのような音だ。

私は、今日の夢にも見た、アルミンに教えてもらった話を思い出す。

クリスマスに、ベルを鳴らしながら、子供たちにプレゼントを持ってやって来るお爺さん……サンタクロースのことを。


まさか、まさかこの音は……。

と、わずかな期待を胸に抱いていた私の前に現れたのは、
当然のことながら、サンタクロースではなかった。


現れたのは、一人の女性だ。
頭に大きな鈴を付けて、手にも鈴を持った女性。

もちろん、普通の女性ではない。
あやかしだ。

彼女の名前は確か、

ミカサ「……鈴彦姫?」

鈴彦姫「おや」

鈴彦姫は立ち止まり、私を見つめた。

鈴彦姫「これはこれは、私の姿を見える人間に出会おうとは」

そう言いながら、私の顔を穴が空いてしまいそうな程にじぃっと見つめてくる。

ミカサ「あの……」

鈴彦姫「いや、すまない。人間と話すなんて久々で、嬉しくなってしまってね」

ミカサ「いえ」

鈴彦姫「しかし、もっと話したいのは山々だが、私は今から用事があるものでね……」

そう言って、鈴彦姫は心底残念そうな表情を浮かべた。

私も残念に思う。
鈴彦姫は付喪神の一種だ。

なので、私よりもずっと昔から生きている。
そんな彼女から話を聞くのは、とても楽しそうだし、為になると思ったからだ。


鈴彦姫「もう行かなければならないんな……そうだ」

鈴彦姫が頭に付いている鈴を一つ、外した。

そして、私の髪に付けたのだ。

しゃん、と、小さな鈴の音が優しく鼓膜を揺らした。

鈴彦姫「うん、よく似合っているぞ」

ミカサ「これは」

鈴彦姫「また会えるように、という願いを込めた。私の鈴の音が聞こえたらその鈴を鳴らせ」


「また会おう」そう言って、鈴彦姫は鈴をしゃらんと鳴らしながら去っていった。



──サンタクロースは、ベルを鳴らしながら、子供たちにプレゼントを持ってやって来る。


鈴彦姫はあやかしだ。

サンタクロースとは程遠い。

けれど。


髪に付けられた鈴を外す。
金色の、可愛らしい鈴だ。
揺らしてみれば、しゃんと優しい音を立てた。


ミカサ「……素敵なプレゼントをありがとう」

ミカサ「また、会おう」


気付けば、辺りは明るくなりかけていた。



終わり
其の九に続く?

※エレミカ風味

【其の九、桂男─かつらおとこ─】

冬の時期は日が短い。

夏の時期にはまだ明るかったこの時間も、すっかり日が暮れてしまい、空には月と星が光っている。


本日の訓練──立体機動訓練を終えた私は、馬車に荷物を積みながら、夜空を眺めていた。

煌々と照る月を見て思い出すのは、以前出会った月兎だ。

彼女は元気にしているだろうか。
月で暮らしながら、王子様ことジャンを想っているのだろうか。

また、会えるだろうか。

と、そんなことを考えながら月を見ていると。


「こんばんは、月が綺麗ですね」


後ろから、誰かに話し掛けられた。

振り向いてみると、そこには見知らぬ男性が立っていた。

“白皙の美青年”

その男性を見て、最初に頭に浮かんだのはその言葉だった。

私はあまり人の容姿の美醜にこだるような性格ではないと思っているけれど、そんな私から見ても、男性はとても美しい。

月の青白い光が、美しさを一層引き立てていた。

男性「すみません、驚かせてしまいましたか」

ミカサ「いえ……」

男性「それは良かった。それより、先程から月を眺めているようでしたが」

ミカサ「……知り合いを思い出して」

と、ここまで言って、私はハッとした。

月に住んでいるのは、月兎だけではないことを思い出したのだ。

月を眺めていると現れるあやかし。

その姿は絶世の美青年だが、彼に手招きされると寿命が縮むと言われている。

ミカサ「あなたは……桂男?」

男性「はい、そうですよ」

桂男は私に正体を見破られても、特に驚く様子も慌てる様子も見せず、笑った。

食えない態度に警戒する。

すると、それが伝わったのか、桂男は「やだなぁ」と困ったように笑った。「そんなに警戒しないでくださいよ」

そう言われても、するな、という方が無理な話だ。

男性「大丈夫、何もしません」

ミカサ「信じられない」

男性「貴女におかしなことをしたら、月兎に何と言われるか」

ミカサ「! 月兎と知り合いなの?」

男性「はい。話を聞いて、ぜひ僕もお会いしたいと思ってやって来た次第です」

そう言いながら、桂男は私の手を取った。

けれど、いくら月兎の知り合いとはいえ、そう簡単には信用できない。

ので、私はその手を振り払った。

私の行動に、桂男が目を丸くする。

男性「参ったな、そんなに信用できませんか?」

ミカサ「できない」

男性「即答とは。傷付きますねぇ」

とは言っているものの、桂男は笑みを絶やさない。

この状況を楽しんでいるのが手に取るように分かった。

ミカサ「私にはもう会った。目的は果たせたはず。だから、帰って」

桂男「これは手厳しい。そうですね、目的は果たせたので帰りましょう。けれど、ひとつだけ」

そう言って、桂男は私の腕を掴み、引いた。

先程のように振りほどこうと思ったけれど、意外にも力が強くて、それは叶わなかった。

桂男が私の耳に口を寄せて、囁くように言った。

男性「最初に言った言葉の答え、期待しています」

ミカサ「最初……?」

男性「では、また」

腕を掴んでいた手を離して、桂男は消えた。

彼は、最後まで笑みは絶やさなかった。

──さて、私はというと、桂男に最初に言われた言葉を思い出していた。

確か、“こんばんは、月が綺麗ですね”と言われたはずだ。

それが何だというのだろう。
ただの挨拶のように思えるのだけど。

しかし、桂男は答えを期待していると言った。

あの言葉には、挨拶以外の意味が含まれているというのだろうか。

と、頭を悩ませていると。

エレン「おい、ミカサ。何してんだよ、帰るぞ」

エレンに話し掛けられて、私は我に返った。

ミカサ「……ごめんなさい。考え事をしていた」

エレン「考え事? 何をだよ」

ミカサ「……エレンは、“月が綺麗ですね”って知っている?」

その問い掛けに、エレンは眉を寄せながら「はぁ?」と首を傾げた。

エレン「その言葉のまんまじゃねぇのか」

ミカサ「私もそう思ったのだけど」

エレン「何だそりゃ。つーか、誰に言われたんだよ」

その疑問はもっともだ。

私は何と答えるべきか悩んだ。
まさか、あやかしに言われた、なんて言えるわけがない。

散々頭を悩ませたが、残念ながらいい答えは出てこなかった。

ミカサ「……急に頭に浮かんで」

中々、苦しい言い訳だと思う。

エレンもそう思ったのか「はぁ?」と怪訝そうな表情を浮かべた。

エレン「意味わかんねぇぞ」

ミカサ「ごめんなさい」

エレン「いや、別に謝らなくてもいいけどよ……まあ、でも確かに」

エレンが夜空を見上げる。

つられて、私も見上げた。

夜空には、相変わらず月と星が光っている。


──エレンが、続ける。




エレン「月が綺麗だな」



終わり
其の十に続く?

あやかしの話ではありませんが投下

【閑話】


しのぶれど


色に出りけり


わが恋は


物や思ふと


人の問ふまで

私は知っている。
エレンへのこの気持ちが、家族に向けるべきものではないということを。


私は知っている。
この気持ちは、誰にも気付かれてはいけないということを。


だから私は、誰にも悟られないうちに心の奥底に閉じ込めた。

そして、これからも悟られないように、細心の注意を払っていた。


……つもりだった。


それは、エレンが自主訓練をしている姿をアルミンと見守っていた時のことだ。

走り込むエレンの姿を見ていたアルミンが、不意に口を開いた。

アルミン「そういえば、ミカサってさ」

ミカサ「何?」

アルミン「エレンのこと、好きなんだよね?」

その言葉に。
ドクンと心臓が高鳴った。

けれど、ここで動揺するのは肯定したようなもの。

私は努めて平静を装いながら、「どうして」と問い掛けた。

アルミン「あれ、違った?」

ミカサ「……もちろん、好き。家族だから当然」

するとアルミンは「そう言うと思った」と笑いながら言った。「そういう意味じゃなくて」

アルミンがこの後に何と言うか容易に想像がついた。

ミカサ「アルミン」

アルミン「ん?」

ミカサ「それは……、あの、気のせい」

アルミン「……、そっか」

そう言ってアルミンは笑い、それからは何も言ってこなかった。


私は、なぜかこれ以上エレンを見ていることも、アルミンを見ることも出来ずに、足元に目を落とした。


隣でアルミンが、小さく笑った。

気がした。



心に秘めてきた私の恋は、表情や態度に出てしまっていたようだ。

「何か物思いがあるのか」と人に問われるまでに。


終わり

【其の十、鳴釜─なりがま─】

食事の準備は、基本的に訓練兵が行う。

野菜の皮を剥く係、
それを切る係、
さらにそれを煮る係など、
担当はその日によって変わってくる。

今日の私は、スープを煮込む係だ。

なので、まずは鍋にお湯を沸かさなければならない。
の、だけれど。

どういうことか、鍋が見つからない。

これではスープを作れない。
どうしようか、と、困り果てている時だった。

食器の横に、見慣れない形の鍋が置いてあるのを見つけたのだ。

こんな鍋、あっただろうか。
と、思ったが、他の鍋は見当たらないし、これを使うことにした。


その鍋を持ち、水を汲みに行こうとした。
その時。

「待て、待ってくれ、私に何をする気だ!」

と、声がした。

どこから?
……今、持っている鍋から。

突然のことに驚き、鍋を落としかけたが、何とか持ちこたえることが出来た。

私は周りに誰もいないことを確認して、鍋を地面に置いた。

そして、話し掛けてみる。

ミカサ「あなたは、何者?」

すると。
鍋は急に蒸気を出し始めた。

そして、その蒸気に全体が包まれたかと思うと。
次の瞬間には、胴体が生えていた。

私が鍋だと思っていたそれは、あやかしだったらしい。

ミカサ「……あなた、は……?」

「私か。私は鳴釜だ」

ミカサ「鳴釜?」

鳴釜「いかにも」

その名前は聞いたことがある。

確か、付喪神の一種だったはずだ。

ミカサ「……せっかく鍋の代わりにしようと思ったのに」

鳴釜「何をしようとしていたかと思えば、私で調理をするつもりだったのか……」

鳴釜が心底ホッとしたような声色で言う。

しかし、そんな鳴釜とは正反対に、私は溜め息のひとつでもつきたい気分だった。

せっかく代用できるものが見つかったと思ったのに、それがあやかしだったとは。
また鍋を探さなければならなくなってしまった。

そんな私を見て、鳴釜は「どうした」と言った。「何か困っているように見えるが」

ミカサ「鍋を探している」

鳴釜「なるほど」

ミカサ「早くしないと、スープが作れなくなってしまう。探さなければ」

鳴釜「まあ、待て」

調理場に戻ろうとした私を、鳴釜が引き留める。

振り返ると、鳴釜はどこからか小さな絵付の木の板を取り出して、私に向かって言った。「私が見つけてやろう」

それは、一緒に探してくれるという意味だろうか。

確かに、一人より二人の方が見つかりやすいかもしれない。
そう思った私は、「それでは、お願い」と、鳴釜に探してもらうように頼んだ。

すると。

鳴釜はおもむろに持っていた木の板を振り始めたではないか。

ミカサ「……、あの」

何をしているの、と言おうとしたが、鳴釜に「いいから見ていろ」と言われてしまった。
ので、色々と言いたい気持ちはあったが、まずは黙って見守ることにした。


さて、見守ること数秒。

木の板を振る手を止めて、鳴釜は顔(と思われる部分)を上げた。

鳴釜「マルコに聞け、と」

ミカサ「……マルコ?」



鳴釜に言われた通り、私は芋の皮を剥いているマルコの元へ向かった。

ミカサ「マルコ」

マルコ「ミカサ? 何か用かな」

ミカサ「ええ。あなたは、スープ用の鍋がどこにあるか知っている?」

マルコ「鍋……?」

と、怪訝そうな表情を浮かべたマルコだったが。

マルコ「ああ、そうだ! ちょっと待ってて!」

そう言って、どこかへ行ってしまった。


言われた通り待っていたら、彼はすぐに戻ってきた。

その手に鍋を持って。

マルコ「ごめんごめん、洗った後、元の位置に戻すのを忘れてた。はい」

ミカサ「そうだったの。ありがとう」

マルコ「それより、よく僕が最後に使ったって知ってたね」

ミカサ「それは……」

まさかここで、あやかしのお陰だとは言えるわけがない。

私は、少し悩んだ末に、こう言った。


ミカサ「勘、のようなもの」



ミカサ「ありがとう」

鍋に水を入れながら、私は鳴釜にお礼を言った。

鳴釜「構わん。それに、あそこで占っていないと、お前は私を鍋代わりに使っていただろう」

ミカサ「そんなこと……」

ない、とは言い切れない。

全く見つからなかった場合、鳴釜には悪いが、代わりに使っていたかもしれない。

鳴釜は私の様子を見て、「やはりか」と呆れたような声色で言った。

ミカサ「それも占ったの?」

鳴釜「違う。ただ、お前はそんなことをしそうだと思っただけだ」

なるほど。
失礼な話だ。

鳴釜「では、私はもう休む。占いは神経を使うので、疲れた」

ミカサ「そう。本当にありがとう」

鳴釜「構わん。私はいつでもここにいる。何かあったら呼ぶといい。占いくらいしか出来ないがな」

そう言うと、鳴釜は先程の鍋のような姿に戻った。

私はそれを持ち上げて、元いた場所に戻しておいた。



──さて、次は何を占ってもらおうか。



終わり
其の十一に続く?

【其の十一、雪ん子─ゆきんこ─】

寒い夜。
朝までまだ遠いこの時間に目を覚ましてしまったのは、笑い声が聞こえたからだ。

横たえていた体を起こして、耳を澄ます。
声はどうやら、この部屋からではなく、外から聞こえてきているようだった。

こんな夜更けに、しかもこんなに寒い中、笑うもの。
もしかしなくても、あやかしだろう。


出来るなら、極寒の地と化している外には出たくない。

けれど、もしも、万が一、笑い声を上げているあやかしが人間にとって善くない者であったら。

そう思うと、放ってはおけない。

私はベッドから降り、外套とマフラーを着用し、ランプを持って部屋の外に出た。


外は。
私の想像通り、極寒の地だった。

風が吹き、雪が積もっている。
ちなみに雪は現在進行形で降っている。中々の勢いで。

ベッドに戻りたい。
そう思った私は、早くあやかしを見付けてしまおうと、ランプをかざした。

すると、先程は暗くて見えなかったが、積もった雪に足跡がついているのが確認できた。

あやかしのもので間違いないだろう。

足跡は小さい。
そして、規則的ではなく、縦横無尽につけられている。

まるで、子供がはしゃいでいるような。

その時だ。

私の耳に、さくさくと雪の上を歩くような音と、楽しそうに笑う声が聞こえてきた。

十中八九、あやかしのものだ。

聞こえてきた方向へ目を向ける。

すると、そこには。

女の子「雪、雪ー」

と、まるで子犬のようにコロコロと楽しげに走り回る女の子がいた。

雪のように白い髪と白い服。
そして、驚くことに素足だった。

見ているこちらの方寒くなる格好だ。

私は、女の子へと歩み寄った。

すると、今まで走り回っていた女の子は立ち止まり、きょとんとしながら私を見つめた。

努めて優しい声を作り、話し掛ける。

ミカサ「こんばんは」

始めは、自分が話し掛けられているとは思わなかったらしい。

女の子はキョロキョロと辺りを見回した。

そして、誰もいないことを確認すると、ようやく自分に声を掛けられたと分かったのか、表情を輝かせながら私を見た。

女の子「こんばんは! お姉ちゃん、私が見えるんだね!」

ミカサ「ええ。やっぱり、あなたはあやかしなのね。見たところ、雪ん子?」

女の子「うん、そうだよ!」

雪ん子は雪の精。
この季節にしか現れず、人間に悪さをするようなあやかしではない。

なので、心配しなくても大丈夫。

正体も分かったことだし、これで安心して眠れる。
そう思った私は、部屋に戻ろうとした、のだけれど。


グッと外套の裾を掴まれる。

誰に、とは愚問だ。
雪ん子に、だ。

「あの」振り向いて、聞いた。「なに?」

雪ん子は、私に満面の笑みを向けながら言った。

女の子「遊びましょ!」

本当は、早くベッドに戻って暖まりたい。

明日も訓練があるので、眠りたい。

そう、思っている、というのに。


雪ん子の笑顔を見たら、私は何故だか断ることが出来ずに、頷いてしまった。

すると雪ん子は更に表情を明るくさせ、裾から手を離した。

そして、今度は私の手を握ってきた。

さすが雪の精、雪のように冷たい手をしている。
けれど私は振りほどけずに、その手を握り返した。

女の子「行きましょ!」

そう言うや否や、雪ん子は私の手を引いて駆け出した。

「あの」雪ん子の後を走りながら、口を開く。「遊ぶって、何をするの?」

その問い掛けに、雪ん子はぴたりと足を止め、振り向いた。

女の子「……分かんない!」

ミカサ「え?」

女の子「だって、誰かと遊ぶのって初めてだから」

ミカサ「あ……」

それもそうなのかもしれない。

雪が降っている間だけ現れる雪ん子は、他のあやかしと交流するのは難しいのだろう。


思わず、雪ん子の手をぎゅっと握り締める。

彼女は、不思議そうに私を見つめた。

……私も、多くの遊びを知っているわけではない。

けれど、エレンやアルミンに教えてもらったので、いくつか知っている。

その中で、二人で出来る遊びといえば……。

ミカサ「雪だるま、なんてどうだろう」

女の子「ゆきだるま?」

ミカサ「そう。説明するより、実際に作ってみた方が早い」

雪ん子は少し戸惑っているようだったけれど、「やろう」と促すと、頷いてくれた。

と、いうことで、まずは雪玉を作る。

私が雪玉を作るのを見ながら、雪ん子も雪玉を作っている。

中々綺麗に出来ないらしく、苦戦しているようだ。

女の子「難しいんだね」

ミカサ「最初はそんなもの。けれど、あなたは上手い。私が初めて作った時はもっといびつな形で、土で汚れてしまっていたから」

そう言うと、雪ん子は嬉しそうな表情を浮かべ、雪玉を作る作業を再開させた。

楽しそうにしている横顔を見つつ、私も作業を続けたのだった。


──さて、作り始めてから一時間といったところだろうか。

雪ん子の作った雪玉を私が作った雪玉に乗せて、木や石で顔を作り、雪だるまが完成した。

あまり大きくはないし、形もいびつになってしまった。
決して素晴らしい出来とは言えない。

けれど、雪ん子はとても嬉しそうに、雪だるまの周りで跳んだり回ったりしている。

女の子「雪だるま! 私の雪だるま!」

彼女のあまりのはしゃぎっぷりに、私は思わず小さく笑った。

そこまで喜んでもらえたら、教えた甲斐があるというものだ。

ひとしきりはしゃいで満足したのか、雪ん子がこちらへ駆け寄ってきた。

女の子「お姉ちゃん、遊んでくれてありがとう!」

ミカサ「いいえ、喜んでもらえて良かった」

女の子「また遊ぼうね、約束!」

ミカサ「ええ」

雪ん子が小指を差し出してくる。

それに私の小指を絡ませ、指切りをした。


雪ん子は満足そうに笑い、消えた。


気付いたら、もう雪はやんでいた。



──その後、ベッドに戻ったが、雪ん子と遊んでいた為、眠れたのは二時間程度だった。

まだ眠り足りないけれど、訓練があるので仕方なく起き上がる。

眠い、と、あくびをしていると、既に準備を終わらせ、部屋を出ていったクリスタが「大変!」と駆け込んできた。

サシャ「どうしたんですか?」

クリスタ「雪……!」

サシャ「雪? それがどうかしたんですか?」

クリスタ「雪だるま! 昨日、無かったはずの雪だるまがあるの!」

その雪だるまは、私と雪ん子が作ったものだろう。

私は真実を知っているので何とも思わないが、何も知らないクリスタ達からすると、
朝になったら突如現れた雪だるまというのは中々に恐いかもしれない。

クリスタ「その周りにもね、足跡があって……ひとつは大人の、もうひとつは子供の!」

サシャ「そ、それはちょっと恐いかもしれませんね……」

クリスタ「だよね!? ねぇ、ミカサは……」

不意に、クリスタがこちらへと振り向いた。

けれど、私の表情を見て首を傾げている。

クリスタ「ミカサ、何だか楽しそうじゃない?」

ミカサ「……いいえ、別に」



終わり
其の十二に続く?

【其の十二、送り提灯─おくりちょうちん─】

本日は休日だけれど、体を鈍らせてはいけないと思い、丸々1日を使って自主訓練をしていた。

結果。

気付いたら日が暮れていて、辺りはもう暗くなっていた。

暗くなっているのに気付いた時、しまった、と思った。
こんな時間まで訓練しようとは思っていなかったので、ランプなどの明かりは持ってきていないからだ。

訓練場から寮まで帰る道には、明かりはない。

ので、暗い中を歩いて帰らなければならない。

運が悪いことに、本日は雲が出ている。
月は分厚い雲に隠されてしまっていて、月光を頼りにすることは出来ない。

寮まで続く道を見やる。
先は、闇色に包まれていた。

これは、歩く時に足元に気を付けなければならない。
落ち葉などで滑って転んでしまう恐れがあるからだ。

私は訓練に夢中になりすぎて、周りが見えていなかったことを悔いた。
せめて日の傾きには注意しておくべきだった。

……けれど、もう過ぎてしまったこと。

後悔するのは後にして、まずは寮に帰ることにする。

今は何時頃だろうか。
皆に心配をかけていないだろうか。

そんなことを思いながら、帰路を辿る。

覚悟はしていたが、やはり暗い。

せめて月明かりがあってくれたら、少しは違っただろうに。

と、そんなことを考えた時だ。


突然。
前方に、光が現れた。
ランプのような光だ。

もしかしたら、誰かが探しに来てくれたのだろうか。

そう思い、近付いていくと。
光は、すぅっと消えてしまった。

ミカサ「……?」

見違えだったのだろうか、と、首を傾げた時。

また前方に光が現れた。

やはり見違えではなかった。
私は、また光に近づこうとする。

けれど、もう少しというところで光は消えた。


──と、ここでふと思い出す。

確か、こういう怪異があったはず、と。

暗い夜道に現れ、追い付こうとしたら消えてしまう明かり。

それは。

ミカサ「送り提灯?」

私が口を開いた瞬間。
今度は先程よりも近くに、というよりも目の前に光が現れた。

思わず目を丸くしてそちらを見れば、提灯を持った女性が立っていた。

送り提灯「見破られてしまいましたか」

ミカサ「あなた、が」

送り提灯「いかにも送り提灯です」

笑みを浮かべ、送り提灯が頷いた。

送り提灯「本当はあのまま森の深くへ送るつもりでしたが……まさか見破られるとは」

その言葉を聞き、安堵した。

光の正体を気付いていなければ、私は今ごろ森の奥へ誘われていたかもしれない。

送り提灯「見たところ、明かりが無くて困っているご様子。私が目的地まで照らしましょう」

ミカサ「……本当に?」

ありがたい言葉ではあるけれど、素直に頷けない。

当然だろう。
森の深くへ送るつもりだった、なんて聞いてしまったのだから。

私の疑いの眼差しに気付いたのか、送り提灯は「大丈夫ですよ」と笑いながら言う。「正体を知られてしまっているんですから」

……確かに、そう言われてみればそうかもしれないけれど。

送り提灯「それに、違う道へ入ろうとしても、あなたは付いてこないでしょう?」



結局、送り提灯に照らしてもらいながら、寮へ帰ることにした。

どうやら彼女は本当に寮まで送ってくれるようだ。
疑ってしまったことを申し訳なく思う。

「あの」ここで、不意に送り提灯が口を開いた。「ありがとうございます」

急にお礼を言われて、私は首を傾げた。
お礼を言うのは、明かりを貸してもらっているこちらの方だと思うのだけれど。

首を傾げている私を見ながら、送り提灯は続ける。

送り提灯「気付いてもらえて、嬉しかったから」

その言葉に、いつかの煙々羅が言っていたことを思い出す。

“誰にも気付かれないというのは──”

ミカサ「……」

もしかしたら、彼女も寂しかったのかもしれない。

ミカサ「……あの」

送り提灯「はい」

ミカサ「私は自主訓練をしていると、つい時間を忘れてしまう。今日もそうだった」

送り提灯「そうなんですか」

ミカサ「きっとこれからも、暗くなっていることに気付かずに訓練してしまう」

送り提灯「はあ」

ミカサ「……ので。次、また今日のようなことがあったら、こうして明かりを貸してもらえないだろうか」

私のその言葉に、送り提灯はぽかんと口を開いている。

ミカサ「迷惑?」

問い掛けてみると。
送り提灯は、勢いよく頭を振った。

送り提灯「いいえ、喜んで!」

ミカサ「ありがとう、よろしく」

送り提灯「こちらこそ、よろしくお願いします!」

そう言った送り提灯は、とても嬉しそうにしていた。



──さて、そんな会話をしている間に、寮の近くまで到着してしまった。

ミカサ「ここで大丈夫。助かった」

送り提灯「お役に立てて良かったです」

ミカサ「本当にありがとう。それでは」

と、寮まで戻ろうとした時だ。

「あの」と、声をかけられたので、私は立ち止まった。

ミカサ「何?」

振り向いて問い掛けると、送り提灯はモジモジしながら言葉を続ける。

送り提灯「あの、次はいつ、自主訓練するんですか?」

ミカサ「次の休日に。一週間後」

送り提灯「分かりました! 待っていますね!」

ミカサ「ええ。では、また今度」

そう言うと。
送り提灯は顔を輝かせながら、答えた。

送り提灯「また今度!」



終わり
其の十三に続く?

【其の十三、豆腐小僧─とうふこぞう─】

食事を済ませて寮に戻る途中、一人の男の子が泣いているのを見付けた。

周りの人が気付いていないところを見ると、彼はあやかしなのだろう。

けれど、一体どんなあやかしなのだろうか。
一見すると普通の男の子のようだけど。

私は、出来るだけ不自然にならないように気を付けながら男の子に近寄り、
彼の目線と合うようにしゃがみこんだ。

ミカサ「どうしたの?」

声を掛けると、男の子は涙でぐしゃぐしゃになっている顔を上げた。

男の子「うわああああん!!」

そして、私の顔を見るなり大きな声を上げて泣き出した。

……以前にも、こんなことがあったような。
と、思っていると、涙声で男の子が訴えかけてきた。

男の子「僕の豆腐を知りませんか!?」

ミカサ「……とうふ?」

聞き慣れない言葉に首を傾げると、男の子は更にわんわんと泣き出してしまった。

落ち着いて、と声を掛けてみるも、私の言葉など聞こえていないようだ。

……とりあえず、助けようにも話を聞かないことにはどうにもならない。

ので、私は男の子が泣き止むのを待つことにした。

さて、泣いて、泣いて、ようやく男の子は落ち着いてくれた。

そんな彼に向かって、改めて問い掛ける。

ミカサ「一体、どうしたの?」

男の子「豆腐を無くしたんです……」

ミカサ「とうふ、とは?」

男の子「食べ物です。白くて、柔くて、四角い、美味しい食べ物。僕の……僕の、存在意義です」

その説明ではよく分からないけれど、その“とうふ”というものが彼にとってとても重要なものということだけは分かった。

ミカサ「……聞いてもいい?」

男の子「どうぞ」

ミカサ「あなたは、どんなあやかしなの?」

私の問いに、「はい」と男の子が答える。「豆腐小僧です」

豆腐小僧。

聞いたことがないあやかしだけど、その名前から考えるに、とうふに関するあやかしで間違いないだろう。

それは一体、何をするあやかしなの?
と、聞こうとした時だ。

今まで落ち着いていた豆腐小僧が、また涙をポロポロと流し始めた。

ミカサ「ど、どうしたの?」

男の子「ぼ、僕は、豆腐小僧、なのにっ」

ひっく、ひっくと肩を震わせしゃくりながら、豆腐小僧が続ける。

男の子「飛べない豚はただの豚であるように、豆腐のない小僧はただの小僧……ッ!」

なるほど。

意味が分からない。

ミカサ「……よく分からないけれど、私も一緒に探そう」

男の子「ほ、本当ですか!?」

ミカサ「ええ。だから、心当たりはあるか考えてほしい。どこに置き忘れたか」

服の袖で涙を拭いて、豆腐小僧は考え始めた。


……考える豆腐小僧を待つこと数分。
頭を抱えていた彼が、顔を上げた。

ミカサ「思い出した?」

男の子「思い当たるところはいくつか……」

ミカサ「では、行ってみよう」

ということで、私は豆腐を探しに行くために立ち上がった。


豆腐小僧が思い当たった、いくつかの場所。

屋根の上、
木の上、
倉庫の中、
水汲み場。

それらを回ってみたけれど、豆腐らしきものは見当たらなかった。

無い、と分かった時に、ひどくがっかりする豆腐小僧の姿を見るのはいたたまれない気持ちになった。

けれど、まだ希望を捨ててはいけない。
まだ探していない場所が残っている。

ミカサ「では、残りの場所を探そう」

豆腐小僧は、何も言わずに頷いた。

さて、やって来たのは食糧庫だ。

教官にバレたら大目玉を喰らうことは確実なので、物音を立てないように細心の注意を払いながら、探す。

豆腐小僧曰く、白くて、柔そうで、四角く、美味しそうなものを。


こっちには無い。
そっちにも無い。
では、あちらには……無い。


見落とさないように、隈無く探しているつもりだけれど、それらしきものは見付からない。

男の子「やっぱり、ここにも……」

豆腐小僧が諦めてうつ向いた。

まだ諦めてはいけない、と、豆腐小僧を言おうと彼へ目を向けた、時。

私は、見付けた。

彼のすぐ後ろにある箱の上にある、白い物体を。

ミカサ「……とうふ、というものは」

ゆっくりと、豆腐小僧が顔を上げる。

ミカサ「もしかして、あれのこと?」

男の子「え……?」

私が指差した先へ、豆腐小僧が目を向ける。


次の瞬間、彼の顔は輝いた。




男の子「ありがとうございました!」

豆腐を片手に、豆腐小僧は深々と頭を下げてくれる。

ミカサ「いいえ、気にしないで」

男の子「本当に、何とお礼を言えばいいのか……これで僕はただの小僧から豆腐小僧に戻れました」

ミカサ「よく分からないけれど、見付かって良かった」

そう言うと、彼は「はい!」と言いながら、豆腐に頬擦りしそうな勢いで顔を近付けてた。

その行動は、離れ離れになっていた恋人に“もう離さない”と言っているようにも見える。

相当、豆腐を愛しているのだろう。

男の子「また今度、お礼をしに来ます」

ミカサ「気にしないでほしい。ただ、もう無くさないように気を付けて」

男の子「はい、勿論です。では、今日はこれで」

もう一度礼をして、豆腐小僧は去って行った。



──さて、その後。
私は豆腐小僧が何をするあやかしなのか、調べてみた。

ミカサ「豆腐を持って、人のあとをつけてくる……だけ?」

世の中には、首を傾げてしまうようなあやかしもいる。



終わり
其の十四に続く?

【其の十四、旧鼠─きゅうそ─】

訓練所の建物は年季が入っている。
ので、人間以外の生物が入り込んでくるのも珍しくない。

様々な生物がいるが、特に頭を悩ませているのは鼠だった。
鼠が食糧庫に侵入し、食べ物をかじったり、ひどい時には盗んでいくのだ。

捕獲するためにいくつか罠を仕掛けてみるものの、よっぽど賢い鼠なのか、引っ掛かっていたことは一度もないらしい。


さすがにこれではいけない、と思った教官は、食糧庫の隙間を全て塞ぎ、念には念をとぼろぼろだった鍵も変えたという。

すると、ようやく鼠の被害はなくなり、食糧庫には平穏がもたらされた。


……と、いう話を、サシャが涙ながらに語った。

ミカサ「それは良かった」

サシャ「良くないですよ! もう忍び込めなくなっちゃったじゃないですかぁ!」

ミカサ「それで困るのはサシャだけだと思う」

サシャ「ううう……」

サシャはしょんぼりと肩を落としている。

その落ち込みようといったら、座学でコニーに次ぐ最低点を取った時よりも酷い。

そんなサシャを見ながら、私は思う。
本当に良かった、と。

もしも、もっと早く鍵を変えられていたら、先日の豆腐小僧の件で食糧庫に入れなかったかもしれないからだ。

それにしても、悲愴に満ちたサシャを見ていると、何だかこちらまで気分が落ち込んでしまいそうだ。

ミカサ「……サシャ。この機会に、食べる量を減らしてみてはどうだろう」

サシャ「……無理ですよ」

ミカサ「やる前からそんなことを言ってはいけない」

サシャ「自分のことですから、分かるんです……ああ、こんなことを話してたら、お腹が空いてきました……」

ミカサ「もうすぐ食事の時間なので我慢して」

サシャ「はーい……」

そう言って、お腹の虫を鳴かせながら、サシャはベッドの上をゴロゴロと転がり始めた。

そんな彼女に、散歩に言ってくると伝えて、私は部屋を出た。

行く宛も目的もなくぶらぶら歩いていたつもりだったが、つい食糧庫の方へ来てしまったのは、サシャから話を聞いたからだろうか。

……なるほど、確かに鍵は新しくなっている。
隙間も塞がれていた。

これならサシャはもちろん、鼠の一匹すら入れないだろう。

サシャが嘆くはずだ。

そんなことを思っていると。

「そこのあんた」

と、声を掛けられた。


振り向いてみた私の目に飛び込んできたのは、

一匹の、鼠だった。

当然ながら、普通の鼠ではない。

大きさは中型の犬くらいだろうか。

ミカサ「……ええと」

鼠「よかった、やっと私が見える人間に出会えた」

ミカサ「……あなたは? 私に何の用?」

問い掛けると、鼠は「ああ」と声を上げ、続ける。

鼠「見ての通り、私は鼠。旧鼠と呼ぶ奴もいる。で、あんたに声を掛けた理由だけど」

と、鼠こと旧鼠は私の後ろ側へと目を向けた。

視線を辿っていくと、その先には、食糧庫の扉……正確には、新しくなった鍵があった。

ああ、なるほど。

もしかしなくても、この旧鼠が食糧庫を荒らしていた鼠の正体なのだろう。

そして、隙間も塞がれ、鍵が新しくなってしまったここに入れなくて困っているのだろう。

鼠「……あんたさ、ここの鍵って開けられる?」

その言葉は、おおよそ私の予想通りだ。

けれど、残念ながら鍵は開けられないので(力ずくなら可能かもしれないけれど)、頭を振ってみせる。

すると、旧鼠は「そうか」と肩を落とした。
その様子は、つい先程のサシャを連想させる。

鼠「ああー、何で鍵が変わってるんだ……これからどこで食い物を調達すればいいんだ……」

ミカサ「残念だけど、諦めてほしい。ここにあるものは、私達の生きる糧」

鼠「そりゃ分かってるよ。けど、あいつらが……」

旧鼠の言葉に、思わず首を傾げた。

ミカサ「あいつら、とは?」

鼠「子猫。私が育ててるんだ」

目を丸くしてしまったのは、仕方ないことではないだろうか。

猫は鼠にとって天敵のはずだ。
なぜなら、猫が鼠を食べるから。

恨むことはあっても、愛でることは決してないように思えるのだけれど。

と、私の考えていることが分かったのか、旧鼠が口を開いた。

鼠「親猫がいないんだ、あいつら。それを不憫に思ったから育ててるんだ」

ミカサ「そう……優しいのね」

鼠「大したことはしてないさ」

旧鼠は、照れ臭そうに笑った。

「で、だ」表情をキリッとさせた旧鼠が、だんっと強く地を踏みつける。「食い物が必要なんだ」

ミカサ「気持ちは分かるけれど……」

食糧庫の鍵は開けられないし、仮に開けられたとしても、ここの食料は私だけのものではない。

ので、分け与えられない。

けれど、ここまま何もせずに子猫を飢えさせるのは、気分が良いものではない。


そんなことを考えていると。
食事の時間を告げる鐘が鳴った。

ミカサ「……、来て」

手招きをすると、旧鼠が不思議そうな表情を浮かべた。

ミカサ「少しだけど、私の食事を分けてあげる」




食事後。

ちぎって隠しておいたパンを、食堂の外で待っていた旧鼠に渡す。

人間用のパンを、あまり猫に食べさせてはいけないと言うけれど、これくらいしか分けられるものがないので許してほしい。

ほんの少しの量だったけれど、旧鼠はとても感謝してくれた。

鼠「ありがとう。これで、あいつらも飢えずに済む」

ミカサ「ええ。……今回はいいけれど、毎回は分けられないということは、覚えておいて」

鼠「分かってるよ。これからは自分で何とかする」

ミカサ「頑張って」

鼠「ああ。じゃあ、あいつらが待ってるから行くわ」

「本当にありがとう」そう言って、鼠は山の中へ去っていった。




──さて、それから数日後。


訓練で山に入った私の耳に、猫の鳴き声が聞こえてきた。


それは、あの旧鼠が育てている子猫のものなのかもしれない。



終わり
其の十五に続く?

【其の十五、傘差し狸─かささしたぬき─】

突然だけれど、私はとても困っている。

と、いうのも、雨が降っているからだ。

それのどこが困るのかと思われそうだが、
私は今街へやって来ていて、雨具を持っていないと言えば納得してもらえるはずだ。


……雨は、急に降りだした。

小雨ならば、雨具がなくても気にしないのだけれど、残念ながらざざ降り、大雨だ。

しかも、にわか雨と思いきや、かれこれ二時間降り続いている。

また、どこかの雨降小僧が提灯を壊したのではないか、と疑ってしまうほどだ。

さて、私はというと、本屋にいた。
雨が降り出して、慌てて駆け込んだのがここだったからだ。

本屋というのは時間を潰すのに最適だけれど、二時間も何も買わずに立ち読みだけしている、というのは、店側にとっては歓迎できるものではないはずだ。

事実、一時間が経過した辺りから、店主の視線が痛い。

そろそろ出た方がいいだろうか、と思いながら、外を見る。

相変わらず、雨は降り続いていた。
止む気配は、ない。


……どうしようか。

この際、雨の中を走って帰ろうか。

と、悩んでいた時だ。

「あのう」

声を掛けられた。

振り向いてみると、そこには女の人がいた。

その手には、傘が握られている。

女の人「もしかして、傘がなくて立ち往生を?」

ミカサ「……はい」

女の人「それは大変。良かったら、私の傘にお入りくださいな」

そう言いながら、女の人が持っていた傘を胸の辺りまで持ち上げてみせる。


……それは、とてもありがたい申し出だ。

けれど、初対面の人間を傘に入れてくれる、なんて、怪しいにもほどがある。(本当に親切心から言ってくれていたら申し訳ないけれど)

何も言わないでいると、女の人は私の考えを察したのか、「怪しい者ではありませんわ」と笑った。「困っている人を放っておけない性分ですの」

どうしよう。

私は今一度、外へと目を向けた。

雨はまだ降っている。


きっと、このままここで待っていても、雨はしばらく止まないだろう。

早く帰らなければ、訓練所の門限に間に合わないかもしれない。

そして何より、店主の視線が、痛い。

ミカサ「では、お言葉に甘えて」

そう言うと、女の人は顔を輝かせた。

女の人「ええ、是非!」

ミカサ「よろしく……、お願いします。その前にこの本を買ってくる、ので」

さすがに二時間も居座っておいて、何も買わないというのは心証が悪い。

女の人「では、扉の外で待っていますね!」

そう言って、女の人は店を出ていった。


私はというと、この二時間の間にチラリと読んで面白そうだと思った本を何冊か持ち、会計へ向かった。

会計している時、店主は何も言わなかったけれど、顔に“ようやく出ていってくれる”と書いてあるように見えた。

本当に申し訳なく思う。

さて、会計を済ませ、外に出ようとすると。

私が開ける前に、扉が開いた。

入店してきたのは。

アルミン「あれ、ミカサ?」

ミカサ「アルミン」

アルミンだった。
手には、ちゃんと傘が握られている。

アルミン「偶然だね。本を買ったんだ?」

ミカサ「ええ。……雨宿り目的に入店したのだけど」

アルミン「ああ。いきなり降り出したからね……ってことは、傘持ってないの?」

頷いてみせると、アルミンは「それなら」と言って、傘を私に差し出してきた。

アルミン「僕の傘に入っていくといいよ。外で待ってて、本を買ったらすぐに行くから」

願ってもない申し出だ。

私は傘を受け取り、「ありがとう」とお礼を言って、店を出た。


外では、先程の女の人が傘を差して待っていた。

彼女は私の姿を見て近寄ってきたが、ふと足を止めた。

その目は、私の手元に……傘に、向けられている。

女の人「それは?」

ミカサ「ちょうど、知り合いに出会って。入れてくれると言ったので。……待っていてくれたのに、ごめんなさい」

女の人「……」

女の人は、何も言わずに私を見つめる。


暫し、女の人は私を見つめていたけれど、やがて「あーあ」と心底残念そうに声を上げた。

女の人「残念、あと少しだったのに」

ミカサ「……あの」

女の人「運が良かったね、お姉さん」

突然の変わりように呆気にとられている私に、女の人は笑いかけてきた。

悪戯っ子のような、そんな笑い方で。

女の人「今日のところは諦めてあげる」

そう言って、女の人は私に背を向けた。


──その時、私は見た。


女の人に生えている、尻尾を。

それを見て、悟ってしまった。

ミカサ「……あれは……」




程なくして、アルミンが店から出てきた。

アルミン「お待たせ、……ミカサ、何を見てるの?」

ミカサ「……いいえ。それよりも、アルミンが来てくれて本当に助かった。ありがとう」

アルミン「あはは、大袈裟だなぁ」

そう言ってアルミンは笑ったけれど、大袈裟なんかじゃない。


──あの女の人の正体は、傘差し狸。

その傘に入れてもらうと、とんでもない場所に連れていかれるという。


もしもアルミンに会わなかったら、私は今頃……。



終わり
其の十六に続く?

【恩返し 月兎編】

月兎「お久しぶりです!」

訓練が終わり、寮へ戻る途中。

突然、草陰からいつぞやの月兎が飛び出してきたので、私は驚いて足を止めた。

すると、一緒に歩いていたエレンとアルミンが不思議そうな表情を浮かべ、こちらを見てきた。

エレン「おい、どうしたんだよ」

アルミン「何かあった?」

二人には、月兎の姿は見えていない。

なので、私が急に立ち止まったように思えるだろう。

ミカサ「ええと……」

まさか、あやかしの月兎が現れた、なんて言えるはずがない。

何とか誤魔化すために、私は言った。

ミカサ「あ、蟻を踏みそうになって……」


二人には「忘れ物をしたかもしれない」と言って、先に戻ってもらった。

二人の姿が完全に見えなくなったのを確認してから、私は月兎へと向き直る。

ミカサ「久しぶり。だけど、出てくるタイミングをもう少し考えてほしかった」

月兎「すみません……あなたの姿を見たら、早く話したいと思ってしまって、つい……」

しょぼんと耳を垂らしながらそんなことを言われては、これ以上は責めにくい。

ミカサ「次から気を付けて。ところで、何か用?」

問うと。
月兎は垂らしていた耳をピンと立て、嬉しそうに言った。「よくぞ聞いてくれました!」

月兎は、先程飛び出してきた草陰から、紙袋を引っ張り出してきた。

それには見覚えがある。

以前、ジャンに渡していたものと全く同じものだ。
恐らく、中身も同じに違いない。

ミカサ「また、ジャ……助けてくれた王子様に渡すの?」

私の言葉に、月兎は「ち、違いますよ!」と勢いよく頭を振った。
照れているのだろうか。

月兎「今日は、あなたです。あなたにお礼を」

ミカサ「……私? なぜ」

月兎「言ったではないですか、いつかお礼をすると」

そう言われれば、確かに言っていた。

ミカサ「お礼なんていいと言ったはず」

月兎「けれど、本当に感謝しているのです。どうか受け取ってください」

そう言いながら、月兎は紙袋をずいっと差し出してきた。


──私はお礼をされるようなことをしていないと思うけれど、わざわざここまで持ってきてくれたのだ。

これは、受け取らない方が失礼というものだ。

差し出された紙袋を持ち上げる。

ミカサ「ありがとう」

月兎「受け取ってもらえて良かったです!」

表情を明るくさせながら、月兎が言った。

月兎「では、用は済みましたので帰ります」

ミカサ「……王子様に会わなくてもいいの?」

月兎「その辺は大丈夫です、あなたを探している時に偶然お見掛けしたので、この目にしかと焼き付けておきました!」

ミカサ「そう……」

中々、抜かりがない。


月兎は深々と頭を下げて、「またいつか」と言った。

そして、空に浮かぶ月に向かってピョンと飛び跳ねた。

次の瞬間には、月兎の姿は消えていた。



──さて、私は、寮への帰路を辿りながら、受け取った紙袋の中を覗き込んでみた。

その中には案の定、ニンジンがこれでもかというくらい詰め込んであった。

……エレンやアルミンにニンジン料理でも作ってあげようか。
と、考えていた時。


前方に、ある人物を見付けた。


誰か? ……ジャンだ。

そうだ。
と、思い付き、私は彼に話し掛ける。

ミカサ「ジャン」

すると、ジャンは勢いよく振り向いた。

ジャン「ミ、ミカサ! どうした!?」

ミカサ「渡したいものがあって」

ジャン「渡したい、もの!」

何やら落ち着かない様子だけれど、どうしたのだろう。

私は紙袋から何本かニンジンを取り出して、ジャンに差し出した。

ミカサ「どうぞ」

ジャン「これは……?」

ミカサ「見ての通り、ニンジン」

ジャン「あ……ありがとな」

受け取ってくれたものの、ジャンはどこか複雑そうだった。



終わり

「あの」そんな私に、先程まで窓を叩いていたであろう女性が声を掛けてきた。「よろしいですか?」

私は体を縮みこませながら、「どうぞ」と答えた。

私の言葉を聞き、その女性は話し始めた。

女性「実は私、道に迷ってしまって」

ミカサ「道に……? 失礼だけど、あなたはどこから来たの、ですか?」

女性「はい、その……北の方から」

ミカサ「北……」

その言い方に違和感を覚える。
普通は、地区を答えるところだと思うのだけど。

……もしかしたら、言えない事情でもあるのだろうか。
それなら、深く聞きすぎない方がいいだろう。

私は、「それで」と、話の続きを促した。

女性「さ迷うこと丸一日、ようやく人がいそうな施設を見付けて……それで、申し訳ないと思いながら、敷地内に入らせて頂いて……今に至ります」

……いや、それは、おかしい。

訓練所の出入口では常に誰かが警備をしていて、訓練兵や教官、その他関係者しか入れないようになっている。

それを掻い潜り、尚且つ誰にも見付からずにここまで来るというのは、不可能に近いだろう。

ミカサ「……入り込むというのは」

どのように、と続けようとした私だったが、その言葉は女性によって遮られてしまった。

女性「あの、私、朝から今まで飲まず食わずで……お水を一杯だけ、頂けませんか?」

……まあ、話は、後で聞けばいいだろう。

そう判断した私は、女性にそこで待っていて欲しいと伝え、(申し訳ないと思ったが)窓を閉めて水汲み場に向かった。


──コップを持ち、水を汲もうとした時。
私はふと、あることを思い付いた。

あの女性が言葉通り、この寒い中、丸一日さ迷っていたとしたら。

体は芯から冷えきっているのではないか?

それなら、冷たい水よりも、熱いお茶の方がいいのではないか? と。

私はコップに水を汲むのを止めて、調理場に向かった。

ランプを照らしながら、鍋を探す。

今回はちゃんといつもの場所に置いてあったので、すぐに見つかった。

中でも一番小さな片手鍋を持ち、また水汲み場に行こう、と、すると。

「こんな夜中にどうした」

突然、声を掛けられた。

誰もいないはずの夜の調理場で誰かに話し掛けられる……というのは、普通なら驚き、恐怖するだろう。

けれど、私はその声の主が誰か知っているので、特に驚きもしなければ怖がりもしない。


声がした方を見やると、そこにいたのは。

ミカサ「鳴釜」

すっかりここに居着いている、鳴釜だ。

鳴釜「何をしている?」

ミカサ「来客にお茶を出そうと思って」

鳴釜「来客だと? こんな夜中にか?」

ミカサ「そう。水が欲しいと言ったので」

鳴釜「ほう、水か……」

そう呟き、鳴釜は何やら考え込んでしまった。

何か、気になる点があったのだろうか。

ミカサ「どうしたの?」

聞くと。
鳴釜は「いいや」と言いながら、顔を上げた。

鳴釜「それでお前は、水を?」

ミカサ「いいえ。寒いと思ったので、熱いお茶を淹れる」

すると、鳴釜は一瞬黙った。

が、その次の瞬間、声を上げて笑い始めた。

何かおかしなことを言ってしまっただろうか。

ミカサ「あ、あの……?」

困惑しながら声を掛けると、鳴釜は笑いながら「悪い」と言った。「お前は親切だな」

ミカサ「……よく分からない」

鳴釜「ふふふ、いや、それでいい。よし、熱いお茶をくれてやれ」

ミカサ「? ええ」

鳴釜の言い方に少し引っ掛かったものの、これ以上女性を待たせてはいけないと思い、私は水汲み場まで向かったのだった。


──さて、それから数分後。

ようやくお茶を淹れた私は、鳴釜に見送られて調理場を後にした。


冷めないうちに、と、足早で寮に戻ってきた私は、窓を開けて待たせていた女性に声を掛けた。

ミカサ「待たせてごめんなさい」

女性「いいえ。こちらこそ、わがままを言ってしまってすみません」

女性が笑いかけてくる。
寒さを感じさせない笑顔だ。

そんな女性に、私はお茶を差し出した。

ミカサ「どうぞ」

女性「ありがとうございます」

と、お茶を受け取ろうと手を伸ばしかけた女性だったのだけれど。

ティーカップを受け取る直前、その手を止めた。

女性「これは……水では、ありませんね?」

ミカサ「え、ええ。水だと冷えると思って、熱いお茶にしたのだけど……」

私の言葉を聞いた途端、女性の顔から笑みが消えた。

彼女は、伸ばしていた手を下ろし、無表情で私を見つめてくる。

突然の豹変に何も言えず、私はお茶を持ったまま固まっていた。

女性「……水でないなら、結構です。それでは」

ミカサ「え? な……っ」

突如、風が強くなり、雪が吹き付けてくる。
私は思わず目を閉じてしまった。


──風と雪が収まり、目を開けた時には、女性の姿はなかった。



翌朝。
食事後の食器洗いの当番だった私は、鳴釜を傍に置き、洗い物をしながら昨晩のことを話した。

私の話を聞いた鳴釜は、「やはりな」と呟いた。

鳴釜「それは雪ノドウだ」

ミカサ「雪ノドウ?」

鳴釜「雪が降ったら現れるあやかしだ。民家などにやって来て、水を要求してくる」

なるほど、あやかしならば、誰にも見付からずに訓練所に侵入できる。

どこから来たのか、という質問に曖昧に答えたのも、あやかしなのでこの世界の地区について詳しくなかったからだろう。

ミカサ「しかし、悪いことをしてしまった」

鳴釜「何故そう思う?」

ミカサ「雪のあやかしに、熱いお茶を差し出すなんて」

鳴釜「いや、あれは熱いお茶で正解だ」

ミカサ「どうして?」

鳴釜「万が一、水を渡していたら……お前、死んでいたぞ」

ミカサ「……え」

鳴釜曰く。

雪ノドウは雪の精。
普段は目に見えないが、雪の降る夜、女性や雪玉の姿になって人間の前に現れる。

そして、水を要求してくるのだ。

言われた通りに水を渡してしまうと、その場で殺されてしまうという。

殺されないようにするには、ある呪文を唱えるか、私がしたように熱いお茶を渡すのがいいらしい。

ミカサ「そうだったの……」

鳴釜「お前の親切心のお陰で助かったな。今後もそれで助かることは多いだろう」

ミカサ「わ……! わ、私は親切、というわけではない」

鳴釜「何だ、照れているのか」

ミカサ「照れていない! ……けれど、ありがとう」

そう言うと、鳴釜は「照れているじゃないか」と軽く笑った。


だから、照れていないと言っている。



終わり
其の十七に続く?

呪文は

「先クロモジにボーシ、あめうじがわの八つ結ばえ、締めつけ履いたら、如何なるものも、かのうまい」

覚えておいて損はないかも

【閑話、大寒と轆轤首】

寒い。

今までも寒かったけれど、ここ数日はそれ以上に寒い。


どれくらい寒いのか具体的に言うと、

朝起きた時、しばらく布団から出られない。

ようやく出られたとしても、今度は着替えが出来ない。

頑張って着替えたのはいいが、今度は冷たい水で顔を洗えない。

そして、震えながら洗顔をした後に食堂へ行かなければならないのだが、寮の外に出たくない。


……と、朝だけでも、こんなにも寒いということがお分かり頂けるだろうか。

──さて、今日は休みだ。

外は寒いし、送り提灯との約束は次の休日だし、今日は寮でゆっくりしよう……と、思っていた私だったのだけれど。

ふと、あることを思い出してしまった。

私は、机の上に置いてある本を手に取った。

この本は図書館から借りてきたものだ。
私の記憶が正しければ、返却日は……。

ミカサ「……今日……」

思わず肩を落としてしまったのは、仕方のないことだろう。



コートの下には、カーディガンやシャツをいつもよりも多目に着込み、

耳はしっかりフードでガード。

マフラーには鼻まで埋め、もちろん手袋も忘れない。


図書館に向かうべく、寒さ対策を万全にして、私は「よし」と気合いを入れて扉を開けた。

その瞬間、冷たく乾いた空気が私の肌を刺す。

思わず室内へ引き返しそうになったが、今行かなければ後で後悔するのは目に見えている。

自分を叱咤し、外へと足を踏み出した。

風が吹き付けてくる中を、歩く。

徐々に早足になっているのは、この寒さから早く逃れたいからに他ならない。


……図書館に到着したら、まずは暖炉で充分に体を暖めよう。

返却手続きはその後でもいい。

まずは暖炉だ。暖炉、暖炉。


そんなことを考えて歩いていると。

「あら、お久しぶり」

と、声を掛けられた。

振り向くと。
そこには、赤いマフラーを着用した女性が……以前出会った轆轤首がいた。

轆轤首「随分、急いでいるみたいね。どちらへ?」

ミカサ「図書館。寒いので、つい早足になってしまった」

轆轤首「そうなの。確かに最近は寒いわね……もうすぐ大寒だから仕方ないかもしれないけど」

聞き慣れない言葉に、私は首を傾げた。

ミカサ「だいかん、とは?」

轆轤首「知らないの? 一年で一番寒くなる頃のこと」

ミカサ「……知らなかった」

けれど、そう言われると、ここ数日の寒さにも納得できる。

轆轤首「覚えておいたら? だからって何かあるわけでもないけど」

ミカサ「そうする。来年は、大寒に備えて寒さ対策をしなければならない」

轆轤首「その格好でも充分に見えるのに」

ミカサ「私は人よりも寒がり。これでも足りない」

轆轤首「そうなの……私はこのマフラーがあれば、充分よ」

そう言いながら、轆轤首はマフラーを巻き直した。

その様子を見ていると、贈った私としては嬉しく思う。

ミカサ「気に入ってもらえているようで、良かった」

轆轤首「ええ、とってもお気に入り。暖かいし、色も素敵だし。改めてお礼を言わせてもらうわね、ありがとう」

ミカサ「いいえ。そうやって、使ってくれているだけで充分」

轆轤首「そう? それなら、大切に使わないとね。何百年もつかしら」

そう言って、轆轤首は紅赤の舌を出しながら笑った。

大切に使ってくれる、というのは嬉しいけれど。

……何百年というのは轆轤首なりの冗談だろうか。

あやかしは何百年、何千年も生きるのが普通ので、冗談に聞こえない。


──本当に何百年も使ってくれたら、本当に、とても、嬉しいことだと思うけれど。




轆轤首「……そういえば、あなた、どこかに向かう途中じゃなかったの?」

ミカサ「あ」

そうだった。

暖炉が私を待っている。



終わり

因みに今年の大寒は1月20日からだそうです

【其の十七、ぬっぺふほふ】

歩いていると、「もしもし」と背後から話し掛けられた。

振り向いてみると。


何かが、いた。


何かとは何なのか、と思われるかもしれないが、これは“何か”としか言い様がない。

頑張ってその姿を言い表してみると、

顔のようなものから、短い手足が生えている。

目や耳といった生物とって欠かせない体の一部は無い。
皺のようなものが、表情を作っていた。

ミカサ「……?」

何も言えずに“何か”の姿を見つめていると、それは口に当たるであろう部分の皺をもぞもぞと動かした。

すると、なんと、驚くことに声が発せられたのだ。

「あなたにお聞きしたいことが」

ミカサ「……えっと、……はい、何だろうか」

色々とお聞きしたいのはこちらの方だが、とりあえず、まずはそちらの話から聞いてみることにした。

それは、「ありがとうございます」と言い、その後に「わたくし、ぬっぺふほふと申します」と自己紹介をしてくれた。

……ぬっぺふほふ。
確か、名前が判明しているだけでその正体は全くの謎のあやかしだ。

確かに、謎である。

ぬっぺふほふ「わたくしの家はどこか知りませんか」

ミカサ「……い、家?」

ぬっぺふほふ「はい、寂れた院でして。散歩をしているうちに、お恥ずかしながら迷ってしまったのです」

そう言われても、住んでいる本人が分からないというのに、私が分かるはずがない。

正直に「知らない」と頭を振ってみせると、ぬっぺふほふは「そうですか」と落ち込んだ。

しかし、帰る場所が分からないというのはとても困るはず。

と、いうことで、私は「ついてきて」と言って、とある場所へと歩を進めた。

こういう時に頼りになるのは、彼しかいない。



鳴釜「家探しか」

やって来たのは調理場の、鳴釜がいる場所だ。

こういう時は蝨潰しに探すよりも鳴釜に占ってもらった方が早いし、確実だ。

鳴釜は私とぬっぺふほふを交互に見て、「どうせ暇だからやってやろう」と言ってくれた。

その言葉に安堵した私だが、それ以上に喜んだのはぬっぺふほふだ。

「ありがとうございます」と何度もお礼を言いながら、体をぐにゃりと曲げてお辞儀のような姿勢になる。

その体の作りがどうなっているか、気になるところだ。

鳴釜「……。では、始めよう」

鳴釜もぬっぺふほふのお辞儀(のような姿勢)に思うところがあったようだが、何も突っ込まずに木の板(後にそれは絵馬というものだと教わった)を取り出した。

鳴釜がそれをおもむろに振り出す。
占いが始まった合図だ。

私とぬっぺふほふは何も発言せずに、その様子をじっと見つめる。

……そして、待つことに数十秒。

結果が出たのか、鳴釜が顔を上げた。

鳴釜「ここから東北東に向かって歩けば、自ずと辿り着くだろう」

ぬっぺふほふ「ありがとうございます。そういえば、そちらの方角から来たような気がしてきました」

鳴釜「……、そ、そうか」

鳴釜の思っていることが、何となくではあるが伝わってくる。ような気がする。

ぬっぺふほふ「ところでなんですが」

ミカサ「何?」

ぬっぺふほふ「東北東とは、どちらでしょうか?」

分かっている、突っ込んだら負けだ。




さて、その後、ぬっぺふほふにはちゃんと方角を教えてやり、帰した。

ぬっぺふほふは何かお礼をしたいと言っていたが、あれ以上ここにいられると、疲れてしまいそうなので、帰ってもらった。

鳴釜は、ただでさえ占いで神経を使ったというのに、ぬっぺふほふの相手をして更に疲れたらしく、もう眠ってしまっている。

彼が眠りにつく直前、言った言葉が忘れられない。

鳴釜「確かに何かあったら呼ぶといいと言ったが、もうあいつの相手だけは御免だからな」


終わり
其の十八に続く?

更新乙 
スレ主さんは、某大陸雑誌の読者かな?

【其の十八、髪鬼─かみおに─】

同期の女の子が独房に入れられたらしい。

ミカサ「なぜ?」

ユミル「私も詳しいことは知らねぇが、何でも、上位に食い込もうとして色々してたらしい」

ミカサ「色々、とは?」

ユミル「だから、詳しいことは知らねぇって言っただろ。……んで、それが教官にバレて頭冷やせって独房にぶち込まれたんだと」

そう言って、ユミルはにやにやと悪どい笑みを浮かべてみせた。

ユミル「しかし、そいつも馬鹿だよな。そういうのはバレねぇようにやらねぇと」

バレるバレないの問題ではなく、そもそも、そういう悪いことをしてはいけないのではないだろうか。

と、思っていると、ユミルの隣で話を聞いていたクリスタも同じ気持ちだったようで、ユミルを睨み付けた。

クリスタ「それ以前に、悪いことはしたら駄目だよ!」

ユミル「……あー、そうだな。ったく、クリスタはいい子ちゃんだな」

クリスタ「ユミル!」

ユミル「はいはい、悪かったよ。もう言わねぇって」

肩をすくめながらユミルが言う。

……その様子が、あまり悪いと思っていなさそうに見えるのは私だけだろうか。

クリスタはユミルが反省したと思ったのか、
それともこれ以上は何を言っても無駄だと諦めたのか、

「分かったならいいけど」と言って、それ以上は何も言おうとしなかった。


クリスタ「……、そういえば!」

先程までの様子とはうってかわって、クリスタが明るい声を上げた。

クリスタ「街に新しく雑貨屋さんが出来たらしいの、今度皆で行こうよ!」

ユミル「じゃあ、今度の休みにでも行ってみるか」

クリスタ「うん! ミカサはどうする?」

ミカサ「では、ぜひ一緒に」


──それから。話題が最初に戻ることはなかった。



その日の夜。

誰かの囁き声で、私は目を覚ました。

体を起こし、誰の声だろうと周りを見る。

しかし、誰一人として起きている様子はない。

気のせいか、それとも誰かの寝言か。
そう結論付けて、私は寝直そうと横になろうとした。

が、その時。

また、囁き声が聞こえてきた。

今度は先程よりもはっきりと聞こえてくるではないか。

“怨めしい”

“憎らしい”

“私だって、私だって”

聞こえてくる声は、何かを憎み、妬んでいるような内容だった。


一体、これは誰の声なのだろう。
一体、何を憎んでいるのだろう。

と、そんな疑問を抱いていると。


背後に、何かが忍び寄ってくる気配がした。

慌てて振り向く。

そこにいたのは。

ミカサ「……あなた、は?」

長い髪をした、女性がいた。

その顔は、髪に覆われてしまって見えない。

しかし、時折髪の隙間から覗く目は、ギラギラと光り、憎しみを込めて私を見据えていた。


当然ながら、訓練兵にこのような女性はいない。

ということは、あやかしなのだろうけれど。

ミカサ「あなたは、誰なの? 何の目的があって私に……」

女性「あんたが憎らしい、怨めしい」

ミカサ「……」

私は、あやかしに怨みを買うようなことをした覚えはない、はずだ。

何度か危ない目には遭遇しているが、それは各あやかしの性質というもので、私に怨みがあるわけではなかった、はずだ。

けれど、このあやかしは私に明確な憎しみと怨みといったを抱いている。

私は一体、何をしてしまったのだろう。

女性「あんたがいけなれば」

ミカサ「……」

女性「私だって、私だって」

ひたり、女性が一歩、私に近付く。

女性「もっと上位を狙えたのに」

ミカサ「……上位?」

そうだ。

ここで、私は唐突に思い出した。

このあやかしの正体は髪鬼。

女性の嫉妬や怨みの念があやかしと化したものだ。

ミカサ「あなたは……もしかして」

昼間のユミルとの会話が思い返される。

ミカサ「独房にいる子の、怨みの念?」

女性「……そうよ。あんたがいなければ、あんた達がいなければ、私だって」

ずるり、と髪が伸びていく。

どうやら、怨みの念が大きくなるほど髪も伸びていくらしい。

ミカサ「……仮に私がいなくても、今のあなたでは上位になれない」

女性「なん、ですって?」

ずる、ずる、ずるり。

髪はついに、床にまで到達した。

しかし、私は続ける。

ミカサ「あなたが何をして独房に入れられたのかは知らない。けれど、人のせいにしているばかりでは……上位になんて、なれない。違う?」

女性の動きが止まった。

髪の隙間から見える目は、私を見据えている。

私もまた、彼女の目を見据えた。

女性「だったら……どうすればいいの」

遂に、女性はその場に力なく座り込んでしまった。

女性「私なんかが何をしたって……」

ミカサ「……例えば、座学なら、アルミン」

女性「……え?」

ミカサ「立体機動なら、ジャン。馬術ならクリスタ。対人格闘なら私やアニ、が」

女性「?」

ミカサ「教えられる。ので、いつでも声をかけて。皆……少なくとも私は、嫌な顔はしない」

私の言葉に、女性は呆然と私の顔を見つめてきた。

ややあってから、女性はクスクスと笑いだした。

嫌な感じはしない。

心の底から笑っているようだ。

女性「誰かに教わるなんて、考えもしなかった。蹴落とすことばっかり考えてた」

ミカサ「では、今から考えを改めればいい」

女性「うん、そうする。……独房から出てきたら質問攻めにしてやるから、覚悟しておいてね」

ミカサ「楽しみにしている」

長い髪がみるみるうちに短くなっていく。

彼女の怨みの念が消えた証だろう。

女性「ありがとう」


笑いながら、彼女は消えた。

──数日後。

今日は訓練が休みの日であり、クリスタ達との約束の日だ。

クリスタ「お待たせ、準備できたよ!」

ユミル「おー。じゃあ行くか」

準備が出来た私達が、訓練所の敷地を出ようとした時。

「あの!」と、声をかけられた。

周りに私達以外の人間はいない。

ので、声は私達三人のうちの誰かにかけられたのだろう。

一斉に振り向く。

ユミル「ああ、あんた……」

ユミルがクリスタを守るように一歩前に出た。

ユミル「何の用だ? また独房にぶち込まれるようなことしに来たのか」

その口振りで、声をかけてきたのが例の独房に入れられた訓練兵だということが分かった。

訓練兵「あ、えっと……」

ユミル「言っとくが、クリスタには手を」

クリスタ「ユミル!」

ユミルの言葉を遮り、クリスタが脇腹に頭突きを食らわせた。

中々の威力だったようで、ユミルはその場にしゃがみこんでしまった。

クリスタ「失礼なこと言わないの! ……ごめんね、何か用だった?」

訓練兵「その、私……ミカサに」

ミカサ「私?」

訓練兵「色々、教えてもらいたくて!」

思い出すのは、数日前の夜のこと。

彼女は……というより、彼女の念はあやかしになっていたけれど、覚えているのだろうか。

彼女は、続ける。

訓練兵「急に何をって思われるかもしれないけど、何でかミカサに聞かないとって思って……」

ミカサ「もちろん」

頷くと、彼女は表情を輝かせた。

ミカサ「けれど、今から街に行くので……」

クリスタ「だったら、あなたも一緒に行こうよ!」

訓練兵「え?」

クリスタの思わぬ提案に、彼女、それに私やユミルは目を丸くした。

クリスタ「それなら歩きながら話を聞けるし! ね、いいでしょ?」

ユミル「……。クリスタに何かしたらただじゃおかねぇからな」

素っ気なく言い放つと、ユミルは立ち上がってすたすたと歩き出した。

クリスタ「もう、ユミル!」

その後を、クリスタが追う。

訓練兵「えっと」

彼女は本当に一緒に来てもいいのか分からずに、その場でオロオロしている。

そんな彼女に、私は言った。

ミカサ「行こう。まず、何が知りたい?」

訓練兵「あ、ありがとう!」

私が歩き出すと、彼女も一緒に歩き出す。

彼女は笑っている。

楽しそうに、笑っている。


──きっと、もう髪鬼は出ないだろう。



終わり
其の十九に続く?

>>295
読んでいませんが興味はあります

【其の十九、鬼─おに─】

鬼。
と、言われて、どのようなものを想像するだろうか。

多くは、角が生え、鋭い牙と爪を持ち、人を襲う凶暴なものを想像するのではないだろうか。

確かに、そういう鬼は多い。

だが、中には例外もいるということを知っておいてほしい。


ミカサ「そろそろ落ち着いただろうか」

私は、目の前で大きな体を縮めて、さめざめと泣く鬼に声をかけた。

私の言葉に、鬼はこくりと頷きながら顔を上げた。

ミカサ「今度は何があったの?」

鬼「……花が枯れた……」


鬼の中には。
花が枯れたことに心を痛めて涙を流すものも、いるのである。

──私がこの鬼と初めて出会ったのは、訓練兵になったばかりの頃だ。

その時も、この鬼は泣いていた。

「どうしたの」と声をかけると、ぼろぼろと涙を溢しながら鬼は「花が咲いた」と答えた。嬉し泣きだったのである。

「それは良かった」私が言うと、鬼は泣きながら、しかし嬉しそうな笑みを浮かべながら頷いたのだった。


その日から。

泣き虫の鬼は、度々私の前に姿を現すようになったのだ。



さて。

今回、鬼が泣いている理由は、先程の発言の通り花が枯れたからだ。

花が枯れ、散っていくのは自然の摂理。

鬼だってそんなことは知っているはずなのに、それでも辛いと彼は泣く。

鬼「あんまりだ、大切に育ててきたのに、こんなに早く散ってしまうなんて、あんまりだ」

ミカサ「……枯れない花はない」

鬼「そんなの知ってるさ」

そう言いながらも、鬼は涙で頬を濡らす。

私は小さく息を吐き、鬼の目線に合わせるためにしゃがみこんだ。

よく見ると、彼の手には枯れた花が握られている。

ミカサ「その花は、綺麗に咲いた?」

鬼「もちろん、とても」

ミカサ「それなら、あなたの育て方が良かったおかげ。きっと、最後まであなたにたくさん感謝をしたいたに違いない」

私の言葉を聞いた鬼は、手の中の花を見つめた。

鬼「そうなのか」

ミカサ「ええ、きっと」

しばらく花を見つめていた鬼だったが、やがてやや乱暴ぎみに涙を拭うと、「よし」と声を上げて立ち上がった。

鬼「この花、ちゃんと土に還してくる」

ミカサ「それがいい」

鬼「それから、また新しい花を育てる!」

ミカサ「とてもいいことだと思う」

鬼「じゃあ、またな、ミカサ。いつも情けないとこばかり見せて悪いな」

ミカサ「そんなの今更」

そう言うと、鬼は照れくさそうに笑った。




きっと、また会う時にも彼は泣いているだろう。


けれど、今度はどうか嬉し泣きであるように。


心優しい泣き虫の鬼の話。



終わり

【逢魔時─おうまがとき─】

今日もまた、一日が終わる。

太陽は橙に色を変え、山の向こうへ沈んでいく。


もうすぐ、夜が訪れる。


私達にとって、夜は休息の時間。

一日、頑張った体を休めて明日に備える大切な時間。


けれど、彼ら……あやかし達には、夜は本領発揮をする時間だ。

ほら、鈴の音がする。
鈴彦姫がそこを通る。


ほら、雪の中を走り回る足音がする。
雪ん子が駆け回る。


ほら、あちらこちらに怪しい灯り。
送り提灯があなたを誘う。


ほら、子猫の鳴く声がする。
そこにはきっと、旧鼠がいる。


そして、ほら、振り向くと。
豆腐小僧が笑ってる。

彼らはいつでもそこにいる。

私と出会い、別れていく。

今宵は誰と出会えるだろう。

明日は誰と出会えるだろう。

出会いは続く、きっと、ずっと。


あやし、あやしき、あやかし奇譚。


不思議な彼らの不思議な話。


一先ず、ここで終わりましょう。

終わり

お付き合いありがとうございました

終わっちゃったか
全部すごく良かった。乙!

もし、他にも書いてたら教えておくれ

1です
乙と一旦木綿ありがとうございます

>>337
アルミン「海」

コニー「覚えてるか?」

リヴァイ「観念しろ」

オルオ「リヴァイ兵長とハンジ分隊長の間に流れる空気が重いんだが」

ハンジ「泊めてくれない?」

しまった上げてしまった
失礼しました

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