~ のび太の家 ~
のび太「ただいまぁ~!」
のび太「あれ、パパ。絵なんか描いちゃって、珍しい」
のび助「久しぶりに描きたくなってね」ヌリヌリ…
のび太「へぇ~、けっこううまいじゃない!」
のび助「これでも、昔は画家志望だったからね」ヌリヌリ…
すると──
ぬうっ……
ピクル「…………」
のび太「うわぁぁぁぁぁっ!?」
ピクル「ハルル……」
のび助「う~ん……」ドサッ
のび太「うわっ、パパ!?」
のび太(たしか、この人は……こないだテレビで大騒ぎになってた……原人)
のび太(ピクル……だっけ?)
のび太(な、なんで、ぼくの家に……!?)
ピクル「ハルル……」
ここで時間は、一億年以上昔にさかのぼる──
─────
───
─
遠い未来で『白亜紀』と呼ばれる時代──
ピクルは独り、ただひたすらに歩いていた。
遠くへ、より遠くへ──
ピクル「…………」ザッザッ…
己が生きるこの世界を堪能するため──
そしてなにより、より強いヤツに出会うために──
どのくらい歩いただろうか──
現代の距離でいうと、おそらくは数千……否、1万キロメートルはすでに歩いただろうか。
ピクル「…………」ザッザッ…
そんな時であった。
「ピューイ、ピューイッ!」
鳴き声が聞こえた。
この時代、生物の鳴き声など珍しいものではないが──
ピクルは鳴き声が聞こえた方角へと向かうことにした。
ピクル「ハルルル……」
ダッ!
すると──
首長竜「ピューイッ、ピューイッ!」モソモソ…
ズルッ…… ドサッ……!
首長竜「ピィ……」ヨロッ…
ピクル「…………」
一頭の首長竜が、穴にハマっていた。
登ろうとしても、柔らかい土のせいで登れない。
このままでは、この首長竜は餌も取れぬまま穴の中で力尽きるであろう。
この首長竜こそ──ピクルを含め、誰も“名前”を持たないこの時代において、
唯一名前を持つ首長竜、フタバスズキリュウの“ピー助”であった。
ピクル「…………」スッ…
ピー助「ピュイ?」
ピクル「ハルル……」ガシッ…
グンッ!
ピー助「ピィッ!」ドザァッ…
ピクルはピー助を穴から救い出した。
食べるため? ──否。
“弱肉強食”はピクルのルールにはない。
強いヤツ、向かってくるヤツしか餌としないピクルにとって、
強くもなければ向かってもこないピー助は、捕食対象にはなりえない。
ならばなぜ?
白亜の王者の気まぐれ……としかいいようがないだろう。
気まぐれでピー助を助け、立ち去ろうとするピクル。
ピー助「!」ハッ
ピクル「?」
ピー助「ピューイ、ピューイ!」
ピクル「ハルル……」
ピー助が、ピクルを見るなり、再び大声で鳴き始めた。
むろん、恐竜や首長竜の言葉など、ピクルには分からない。
分からないが──
時として、“想い”というものは、言葉をも超越(こえ)る。
ピー助「ピューイ、ピューイ、ピューイッ!」
ピクル「…………」
“コイツには大切な親友(とも)がいる”
“そして、オレをその親友(とも)の仲間だと思っている”
ピクルは言葉を持たないが、このような答えにたどり着いた。
そう、ピー助は──
かつて自分を育ててくれた親友──
野比のび太の面影を、彼と同じく二足歩行をしているピクルに見出していたのだ。
ピクルは身振り手振りで、ピー助に伝えた。
ピクル「ハル……」ブンブンッ
ピクル「ハルルル……」ブンブンッ
ピクル「ハルラァ……」ブンブンッ
ピー助「ピュイ……」
“オレはお前の親友(とも)の仲間ではない”
ピクルの返答に、ピー助は落胆したようにうつむいた。
すると、ピー助はピクルについてこいとでもいうように、動きだした。
拒否する理由もない。ピクルもピー助についていく。
ガサガサ……
ピクルがピー助についていくと──
ピー助「ピューイ!」
ピクル「ハル……」
ピー助の棲み家である、大海原が広がっていた。
ピー助は海に入ると、あざやかな手並みで魚をとり──
ピクルに差し出した。
ピー助「ピューイ、ピュイ、ピューイ!」ドサッ…
ピクル「…………」
ピクル「…………」ニカッ
助けてくれたお礼、ということなのだろう。
ピクルも快く魚を受け取った。
夜になった。
現代とは異なり、空には星がぎっしりと詰まっている。
ピー助「…………」ピュウ…
ピクル「…………」スゥスゥ…
輝く星に照らされながら、二人は眠った。
もう決して会えぬ友を想い、眠るピー助。
白亜の王者として、堂々と大の字で寝そべるピクル。
やがて、夜が明けた。
朝日が昇る頃には、ピクルとピー助は親友になっていた。
親友となるのに、時間は問題ではない。
ピクル「ハルル……」
ピー助「ピューイ……」
いつまでも、一緒にはいられない。
別れを告げるピクル。
ピー助「ピューイ! ピューイ! ピューイ!」
ピクル「ハルルァ!」
しつこいようだが、二人に言葉はない。
あえて二人のやり取りを言語化するなら、
“もし、ボクのトモダチを見かけたら、伝えて欲しい”
“ボクは元気でやっている、と”
“ワカった。必ず伝える”
といったところだろうか。
約束を交わした後、ピー助とピクルは別れた。
そして、二度と会うことはなかった……。
ピクルはT-レックスとの戦闘中、岩塩層に閉じ込められ──
ペイン博士のチームによって、現代に蘇ることになるのである。
─────
───
─
~ 東京 ~
烈海王、愚地克巳、ジャック・ハンマー、範馬刃牙との“死闘”──
刃牙と勇次郎による親子喧嘩の“見学”──
めまぐるしい日々を終えたピクルは、ふと思い出していた。
かつて交わした、親友(とも)との約束──
ピクル「ハルル……」
超直感ともいうべき感覚で、ピクルは確信していた。
この時代に、この東京に、ピー助の親友(とも)はいるのだと!
ならば、約束を果たさねばならないが──
さすがにそれがどこの誰かまでは分からない。
ならば、頼るしかない。
この時代の親友(とも)に。
~ 刃牙の家 ~
ピクル「…………」
刃牙「いやァ~、驚いたよ」
刃牙「まさか……君の方から俺を訪ねてくれるなんてね」
刃牙「ところでこないだは牙折っちゃって……ゴメン」
ピクル「ハルルァ!」ガシッ
ピクル「ハルル……ガルァ! ハルラァ!」ユサユサ…
刃牙「!?」
ピクルは言葉を持たない。
己の願いを、吠えることで、揺さぶることで、必死に訴えかけるピクル。
むろん、これが現代人である刃牙に伝わる可能性は極めて低いのだが──
刃牙(ピクルは俺になにかをしてもらいたがっている!?)
刃牙(して欲しい!? なにを!?)
刃牙(戦い……じゃない。なにかを欲しがってるワケでもない)
刃牙(なら人……ピクルはだれかに会いたがっている!?)
刃牙(すでにピクルは自由の身……会いたい人がいるなら自分で会いに行くハズだ)
刃牙(ってことは、それができない相手──つまり)
刃牙(ピクルは自分が知らない相手に会いたがっている……もっといえば)
刃牙(“人を探して欲しい”ってことか!?)
イメージとは、なにも姿形を思い浮かべるだけではない。
相手のことを理解(わか)ってやる力でもある。
刃牙の研ぎ澄まされたイメージ力は、ピクルの心にたどり着いた。
刃牙「ピクルッッッ!」
刃牙「だれかを探してるんだろう!? そうだろう!?」
ピクル「ハルルァッ!」
刃牙(この反応……マチガイない!)
刃牙「よし……ワカった」
刃牙「俺がなんとかするよ……必ず」
刃牙(とはいえ……いくらなんでも手がかりがなさすぎる)
刃牙(こういう時に頼りになるのは──神心会かなァ……やっぱ)
刃牙(克巳さんに……相談してみるかァ……)
~ 神心会本部ビル ~
克巳「……ナルホド」
克巳「ピクルがだれかを探したがっているのはマチガイないが──」
克巳「だれを探したらいいかワカらない、と……」
刃牙「ウン……」
ピクル「ハルルゥ……」
刃牙「人探しなら、やっぱり神心会に頼むのがいいのかな、って……」
克巳「オイオイ、ウチは探偵事務所じゃないぞ?」
克巳(ま……あながち否定もできないけど……)
克巳「他ならぬ君やピクルの頼みだ。もちろん、力になってやりたいが──」
克巳「だれを探していいかすらワカらないってのはな……ウ~ン……」
克巳「バキ……」
克巳「君のイメージ力で、ピクルが探してる人物を映し出すってのはムリか?」
刃牙「イヤ……さっきやってみたけどダメだったよ」
克巳(やったんだ……)
克巳「……ま」
克巳「こうして三人で話していてもラチがあかない」
克巳「寺田ァ、今すぐ門下生全員呼んできてくれ!」
寺田「オスッ!」
ずらりと並ぶ神心会門下生たち。
克巳「諸君……」
克巳「先ほど範馬刃牙からこんな依頼があった」
克巳「白亜紀の王者ピクルが、この現代で“誰か”を探しているというんだ」
克巳「俺も、ピクルとは拳を交えた仲、ぜひ力になってやりたい」
克巳「どんな小さな情報でもいい」
克巳「ピクルの探し人が誰なのか、思い当たる情報があれば、申し出て欲しい」
刃牙「…………ッッ」ゴクッ…
刃牙(克巳さん……すっかり館長だな……)
刃牙(愚地独歩の神心会ではなく、愚地克巳の神心会になっている……)
ピクル「…………」
ザワザワ……
門下生「オス、館長」
克巳「オウ」
門下生「自分、自宅が練馬区にあるンですが──」
門下生「少し前、近くの公園の池に怪獣がいるって騒ぎになったことがあって……」
門下生「結局、怪獣も恐龍も見つからなかったんですが……」
克巳「!」
克巳「そういえば、そんなニュースがあったな……よく思い出してくれた」
克巳「たしか、すすきヶ原にある公園だったな?」
門下生「オス」
克巳「現代に生きる恐龍、か……。もしかしたら、もしかする……かもな」
克巳「バキさん、ピクルを連れてすすきヶ原に行ってみよう!」
刃牙「ありがとう、克巳さん!」
それはピクルが、刃牙と克巳とともにすすきヶ原に足を踏み入れた瞬間に起こった。
“いる”
白亜紀の親友ピー助──が会いたがっていた人物は、この近辺(エリア)にいる!
予感や直感よりも、たしかな──絶対にいるという確信!
そのようなものを、ピクルの五体は感じ取っていた。
この時のことを、神心会館長、愚地克巳氏はこのように語っている。
克巳「ええ……いきなりピクルが奔(はし)り出したんです」
克巳「ビュアッというか、ギュアッというか……」
克巳「長年会いたくても会えなかった恋人に、やっと出会えた時のような──」
克巳「猛烈なスタートダッシュでした」
克巳「残された我々ですか?」
克巳「私と刃牙さんで顔を見合わせて──すぐ結論は出ましたよ」
克巳「“あとはピクルの問題だ。俺たちは立ち入らないでおこうや”……ってね」
しずか「さようなら、のび太さん!」
ジャイアン「じゃあな、のび太!」
スネ夫「じゃあな!」
のび太「うん、またね~!」
ピクル「!」ピクッ
まもなくピクルはのび太を発見した。
そして、すぐに直感(わか)った。
見た目こそ雌(おんな)のように虚弱だが、内に非凡な強さを秘めた少年──
あの少年こそが、ピー助がいっていた雄(おとこ)なのだと!
ピー助の親友(とも)なのだと!
短い期間で、ピクルは多くのことを学んだ。
今いきなりのび太の前に現れても、いたずらに驚かせるだけだ。
ゆえにピクルは、のび太が自分の棲み家に戻ってから、話しかけることにした。
のび太「ただいまぁ~!」ガチャッ…
ピクル「…………」
ピクル──野比家への潜入を決行ッッッ!
~ のび太の家 ~
ぬうっ……
ピクル「…………」
のび太「うわぁぁぁぁぁっ!?」
ピクル「ハルル……」
のび助「う~ん……」ドサッ
のび太「うわっ、パパ!?」
のび太(たしか、この人は……こないだテレビで大騒ぎになってた……原人)
のび太(ピクル……だっけ?)
のび太(な、なんで、ぼくの家に……!?)
ピクル「ハルル……」
玉子「のび太、なに大声出してるの──」
玉子「きゃあっ!?」
玉子「ああっ……」クラッ… ドサッ
のび太「ママっ!」
ドラえもん「どうしたんだい、のび太君」
ドラえもん「うわぁっ!?」
ドラえもん(この原人は……ピクル! どうしてこんなところに!?)
ピクル「ハルル……」
のび太「ドラえもぉ~ん! ぼく食べられちゃうよぉ~!」
ドラえもん「待ってて、今すぐ助けるからね!」ゴソゴソ…
ピクル「ハルルァッ!」
のび太「ひいっ……!」ビクッ
ドラえもん「あれでもない、これでもない~!」ポイポイッ
“敵ではない”
“伝えたいことがあるだけだ”
──と、いくら伝えたくとも、ピクルはそれを伝える術を持たない。
目の前の少年はただ怯えるのみ。
しかし、無理はできない。
刃牙のように揺さぶったりすれば、この少年はたちまち壊れてしまうだろうから。
そうなっては、約束を果たせない。
ピクルは考えた。
なにか──なにかこの少年に自分の意志を伝える方法はないものか。
ピクル「ハルルル……」キョロキョロ
のび太「ド、ド、ドラえもん……早くなんとかして……」ガタガタ…
ドラえもん「ろくな道具が出てこない~!」ポイポイッ
ピクル「!」ハッ
あった。
まだほとんどなにも描かれていないキャンバスに、色とりどりの絵の具。
これはきっと、平面に物を作り出す道具なのだ、とピクルは判断した。
これを使用(つか)えば、きっと──
ピクルは絵を描き始めた。
むろん、ピクルに絵画の心得などまるで無い。
構図も、色使いも、初心者未満のレベルであった。
しかし、心はこもっていた──
ドラえもん(原人が絵を描いてる……? でも、なにを描いてるのかさっぱりだ……)
のび太「…………」
ピクル「…………」ヌリヌリ…
のび太(ん? これって──)
のび太(もしかして……)
のび太(ピー助!?)
のび太(なんとなく分かる……これは、ピー助だ! ピー助の絵を描いてるんだ!)
のび太(そうか!)
のび太「君は白亜紀でピー助と会ったんだろう!?」
のび太「それで……」
のび太「もし、ぼくに出会ったら、ピー助のことを伝えてくれって」
のび太「ピー助に頼まれたんだろう!?」
ピクル「ハルルァ!」
ピクルには、のび太がなにをいっているかなど分からない。
だが、のび太の満面の笑顔を見て、ピクルは確信した。
伝わった、と──
ようやく、親友(とも)との約束を果たせたのだ、と──
ドラえもん「ほんやくコンニャク~!」
ドラえもん「のび太君、これを食べれば、ピクルと話ができる──」
のび太「いや、いらないよ。ドラえもん」
ドラえもん「えっ」
のび太「ピクル、ピー助は白亜紀で楽しく暮らしているんだね」
ピクル「ハルル……」
のび太「わざわざ伝えにきてくれて、ありがとう……!」
時差一億年以上の友情──
ピクルの手によって、ピー助からのび太へと伝わった。
~ 完 ~
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