八幡「どうした由比ヶ浜。その左腕」 結衣「え、えへへ……」 (225)

教室


結衣「やっはろー」

八幡「そのバカっぽい挨拶いい加減やめろ」

結衣「むぅ、気に入ってるのにー!」

八幡「俺は気になって仕方ねえよ」

結衣「え、あたしの事が!?」

八幡「すげえ。会話が全く噛み合ってねえ」

八幡(……つーか)


八幡(なんでこいつ、最近になってこんなに話しかけてくるんだ?)

八幡(由比ヶ浜結衣。こいつは葉山グループに引っ付いている、いわゆるキョロ充って奴だったはずだ)

八幡(それなのに、カースト最底辺の俺にこんなに話しかけてくるとかバカなのか? いや、バカっぽそうってのは分かるけど)

結衣「どうしたのヒッキー?」

八幡「ヒッキーっていうのやめろ。ちゃんと学校来てんじゃねえか」

結衣「ん? “ヒッキー”っていうのは“比企谷”を略してヒッキーっていう事だよ?」

八幡「いやそれは分かってるから」

八幡(こいつと話してると疲れるな……やっぱこんだけ話しかけてくるのはあれが理由なのか?)

八幡「なぁ由比ヶ浜」

結衣「なに?」

八幡「もしかしてお前、あの犬の件で気を使って俺に話しかけてくるわけ?」

結衣「疼くぜ…闇の力を封じたワタシの左腕が…」

結衣「いいぜ…暴れたいんだろう…?」

結衣「解き放て…そして全てを喰らいつくせ…『夜覇狼』」

結衣「えっ」

八幡「知ってるよ、お前があの犬の飼い主だってのは」

結衣「そ、そっか……あのね、ヒッキー」

八幡「別に気にしてねえから。ぶっちゃけ、そうやって気を使われるってか同情される方が嫌だ」

結衣「…………」

八幡「どうせあの事がなくても、俺ぼっちだったし。だから無理して話しかけないでもいいぞ」

結衣「む、無理なんかしてないもん!」

八幡「はぁ?」

結衣「えっと……ごめんね、すぐ謝れなくて。あと、ありがとう、サブレのこと」

八幡「だからいいからそういうの。勝手に俺がやった事だし」

結衣「そ、それでも!」

八幡「……お、おう」

八幡(やべえ、押された。俺としたことが)

八幡「つーかあのバカ犬ちゃんと躾けろよ。あぶねえから」

結衣「ご、ごめん……でも、サブレの事バカって言わないで! バカなのはあたしだから!」

八幡「そうだな。悪かった」

結衣「サブレは素直で純血な良い子なんだよ!」

八幡「サブレってサラブレッドからとってるのかよ、一気にイメージ変わったぞ」

結衣「素直で純粋な良い子なんだよ!!」

八幡「何事も無かったかのように言い直したな。分かった分かった、バカなのはお前だけだよ」

結衣「そうだよ!」

八幡(そこはいいのかよ、どんだけプライドないの)

結衣「それでね、あたしがヒッキーに話しかけてるのは、その、同情とかそういうんじゃないよ」

八幡「信じられねえな。理由が思い当たらねえ」

結衣「そ、それは……///」

結衣「……うぅ///」

八幡「…………」

結衣「……///」チラチラ

八幡「…………」

八幡(いや察しろ的なアピールされてもな。つかこの状態が続くのはマズイ。周りからはぼっちに絡んでるリア充って構図にしか見えねえ)

八幡(まずこいつ、由比ヶ浜が俺に話しかけてくるようになった転機。そこに何かあるんじゃねえか)

八幡(つっても最近の事だし……何かあったか……?)

八幡「……あ」

結衣「っ! ど、どうしたのヒッキー!?」

八幡「お前もしかして、奉仕部に依頼でもあんの?」

結衣「えっ」

八幡(ん、違ったか?)

結衣「あー、えっと、そういうわけじゃないんだけど……そういえばヒッキー、奉仕部に入ったんだよね」

八幡「ほとんど強制的にな。平塚先生に更生しろとか言われてよ」

結衣「そ、そっか……奉仕部にはあれだよね、ゆきのんもいるよね……」

八幡「ゆきのん?」

結衣「雪ノ下雪乃さん」

八幡「あぁ、そうだな。いやけどあいつがまた悪魔みてえな奴でよ」

結衣「……でも、ヒッキーの入部は受け入れたんだよね」

八幡「由比ヶ浜?」

結衣「…………」

八幡(なんだ、もしかして地雷踏んじまったのか? つか気まずい。ここで泣かれでもしたらマジでやばい)

八幡「そ、そういえばさ」

結衣「ん?」

八幡「どうした由比ヶ浜。その左腕」

結衣「え、えへへ……」

八幡「…………」

結衣「…………」

八幡(くっ、心配している振りをして空気をやわらげる作戦が……!)

八幡(いやけど、あんな左腕を包帯でぐるぐる巻きにしてんのに、何も突っ込まないっつーのもあれだろ……)

結衣「これは、その、階段に落ちちゃって」

八幡「……そうか」

八幡(何だそのベタな嘘は。あからさまに目を逸らしてる辺り、バレバレ過ぎてもはや何かの罠かとも思っちまう)

結衣「……ヒッキーは、さ」

八幡「ん?」

結衣「ゆきのんと居て……楽しい?」

八幡「んなバカな。隙あらば俺の人格否定してくる奴だぞ」

結衣「あ、あはは……ゆきのんはそんな酷い人じゃないって……」

八幡「……なぁ由比ヶ浜。お前もしかして雪ノ下と友達か何かなのか?」

結衣「…………」


結衣「ううん、そういうんじゃないよ」

 

放課後 奉仕部


ガラガラ


八幡「うっす」

雪乃「こんにちは」

八幡「やっとまともな挨拶するようになったな」

雪乃「何を言っているのかしら、私はいつだってまともよ」

八幡「いやお前この間まで俺が入ってくる度に『誰?』とか訊いてきたじゃねえか」

雪乃「あぁ……もう飽きたのよ」

八幡「ずっと飽きてろ」

八幡(この毒舌女雪ノ下雪乃には、ある秘密がある。そしてそれを知っているのは、現時点で俺と雪ノ下の姉だけらしい)

八幡「……つーかさ」

雪乃「なに?」

八幡「お前って他の奴等に体の秘密を知られたくないんだろ? じゃあ何でわざわざこんな事してんだよ」

雪乃「何よその私の体の事なら何でも知っているかのようなアピール。通報するわよ」

八幡「お前って絶対会話の中に“通報”って言葉が入ってくるよな」

雪乃「それは比企谷君相手の時だけよ。それで、何の話だったかしら……あぁ、私がこうして奉仕部として活動している理由?」

八幡「おう。こんな無駄に人と関わるような事してたら、その秘密がバレる確率だって高くなるだろ」

雪乃「……その通りね」

八幡「じゃあ何で……」

雪乃「前に持つ者と持たざる者の話はしたわよね?」

八幡「あー、持つ者は持たざる者に手を差し伸べなくてはいけないとか何とかっての?」

雪乃「えぇ。まぁ、私自身はよく持たざる者に妬まれ、足を引っ張られたわ。ほら、私って可愛いし」

八幡「…………」

八幡(その通りだとは思うが、絶対に肯定したくねえ……)

雪乃「そういう人達は、自らを高めるという事をしない。でも私が手を貸す事で何か力になれたら、とも思うのよ」

八幡「……自分のトラウマから、ってやつか」

雪乃「失礼ね、そこまで傷ついていないわよ。目だってほら、あなたと比べたらキラキラ輝いているでしょう?」

八幡「凍りついているから輝いて見えるってやつだな」

雪乃「とにかく、この信念だけは曲げられない。奉仕部はこれからも活動を続けていくわ」

八幡「その段階でお前の秘密がバレたらどうするんだよ」

雪乃「その時はその時よ。比企谷君の時のように脅せばいいだろうし」

八幡「なるほどな。分かったよ、ご立派な奴だ」







雪乃「…………」ペラ

八幡「……ふひひ」

八幡(この本おもしれー……あ、そうだ)

八幡「なぁ雪ノ下」

雪乃「何かしら、さっきから気持ち悪い笑い声をこぼしていた比企谷君」

八幡「お前そういうのすぐ言えよ!」

雪乃「嫌よ、気持ち悪い」

八幡「お前さ、うちのクラスの由比ヶ浜ってやつと友達なのか?」

雪乃「……違うわ。というか、どうしてあなたがそんな事を訊くの? もしかして」

八幡「別に何か犯罪をするとかじゃねえよ」

雪乃「そう。それならいいのだけれど。それで、由比ヶ浜さんがどうかしたのかしら?」

八幡「最近妙に俺に話しかけてくるからよ。俺が奉仕部に入ったってのも知ってるみてえだし、もしかして何か依頼があるんじゃないかってな」

雪乃「なるほど、可愛らしい女の子に数世紀ぶりに話しかけられて有頂天になっているというわけね」

八幡「どんだけ長生きしてんだよ俺。つかお前とも話してんじゃん」

雪乃「そういえばそうだったわね」

八幡「……はっ!」

八幡(くそっ、気付けばこいつの事を可愛いって思ってるって白状させられちまった! なんて姑息な奴だ!!)

雪乃「それで、由比ヶ浜さんは自分から依頼があるとか言っていたのかしら?」

八幡「……いや、そういうわけじゃねえんだけどさ。むしろそれは否定されたんだが」

雪乃「それならいいじゃない。無理に助けようとするのはむしろ迷惑だって、あなた言っていなかったかしら?」

八幡「あぁ、だから別にそこはどうでもいいんだ。ただお前の事を“ゆきのん”なんてあだ名で呼ぶ奴を初めて見たから驚いただけだ」

雪乃「……あなたの口から“ゆきのん”って聞くと本気で身の毛がよだつわね」

八幡「へぇへぇ、悪かったな」

雪乃「別に……由比ヶ浜さんとは少し縁があっただけよ。以前に彼女の持ってきた依頼を解決する手伝いをした。ただそれだけ」

八幡「ふーん……秘密の事はバレなかったのか?」

雪乃「えぇ。だからそれ以降は彼女と関わる事もなかったわ」

八幡「そんだけであだ名呼びか。まぁ、ああいう奴等の思考回路はよく分かんねえからな」

雪乃「……まぁ、彼女は随分と私に感謝していた様子だったからね。この奉仕部にも入部しようとしたわ」

八幡「え、マジで?」

雪乃「えぇ。もちろん諦めてもらったけれどね。私の秘密の事もあるし、それ以上関わるのは考えられなかった」

八幡「俺も拒否しろよ……」

雪乃「あなたは平塚先生の依頼なんだから仕方ないじゃない。それに、私の秘密に関しても既に知られてしまっていたし」

八幡「……つまり、そうやってあいつの入部を拒否した結果、微妙な感じになってるっつー事か」

雪乃「そうね。だけど、それがあなたに何か関係あるのかしら?」

八幡「いや別にねえけどさ」







八幡「そんじゃ、俺帰るわ」

雪乃「えぇ、さようなら。明日のこと、ちゃんと覚えていなさいよ。三歩で忘れたりせずに」

八幡「俺は鳥か。分かってるよ」


ガラガラ


結衣「あ、ヒッキー……」

八幡「由比ヶ浜? やっぱなんか依頼あるんなら、まだ雪ノ下残ってるから……」

結衣「う、ううん、そういうわけじゃないんだけど……その……楽しそうだったね」

八幡「どこがだよ。つかお前覗いてたのかよ」

結衣「ごめん……」

八幡「別に見られて困ることしてねえからいいけどよ……何話してるかまで聞いたのか?」

結衣「流石にそこまでは聞こえなかったけど……え、もしかして何かいい感じの会話とかしてたり……?」

八幡「はぁ? いや、まぁ、それならいい」

八幡(とりあえず雪ノ下の秘密うんぬんは聞かれてないみたいだしな)

結衣「あ、でも、ヒッキーが出てくる直前の話はちょっと聞こえちゃったかも……明日の事がどうのこうのっていうの……」

八幡「あー」

八幡(そういや微妙にドア開けながら聞いてたからな……まぁそこだけなら別に問題ないか)

結衣「えっと……もしかして、デート、とか?」

八幡「んなわけあるか。依頼だ、小町……俺の妹からの」

結衣「へ、へぇ……それじゃあ、ゆきのんはヒッキーの家とか行ったりするの……かな?」

八幡「あぁ、まぁ、そうだが」

結衣「…………」

八幡「……なぁ由比ヶ浜。お前まだ奉仕部に入りたいのか?」

結衣「えっ?」

八幡「言っとくが全く楽しい所じゃないぞ。ほとんど雑用押し付けられてるようなもんだ。そこまでして入るような部活じゃねえよ」

結衣「あ、ううん、それはもういいんだ! そりゃゆきのんとはもっと仲良くなりたかったけど……やっぱりゆきのんの気持ち無視するのは違うと思うし」

八幡「そう……なのか?」

八幡(それじゃあ、こいつは何でここまで絡んでくるんだ……?)

結衣「……あー、じゃあ、あたしはもう行くね! 明日のデート頑張ってね!!」


タッタッタ……


八幡「だからデートじゃねえって」

次の日 比企谷家


小町「こんにちは雪乃さん! 今回は小町の為にどうもです!」

雪乃「いえ、構わないわ。お邪魔します」

八幡「…………」

小町「ほらお兄ちゃんも初めて学校の友達が遊びに来たからって緊張しないで」

八幡「おいお前そういう事言うな本当の事でも」

雪乃「…………」

八幡「お前もそんな心の底から哀れむ目で見るな」

八幡(つか、単なる相談なら俺の家まで来る必要なくね……?)







小町「それでですね、幽霊なんか居ないって言ってるのに皆真面目に聞いてくれないんですよー!」

雪乃「そういう時はまず……」

八幡(何の話してんだこいつら……)




小町「あ、もうこんな時間ですね……雪乃さん、ご飯食べていきます? お兄ちゃんが数少ない特技である料理を披露しますよ」

八幡「数少ないとか言うな。これでも結構ハイスペックだと自負してるぞ」

雪乃「何か変なものを入れられそうだから遠慮するわ」

八幡「安心しろ雪ノ下。そういう事なら醤油とか塩とか味付けの類を全く入れない、味気ない料理を作ってやる」

雪乃「それにしたって怨念とか色々入ってそうだわ。とにかく、そこまでお世話になるのも悪いから、私はもう帰るわ」

小町「えー……仕方ないですね……それじゃお兄ちゃん! 送って行ってあげてね!」

八幡「分かったよ……」ハァ

雪乃「むしろ身の危険が高まる気がするのだけど」

八幡「あのな」

雪乃「冗談よ。お願いするわ」

小町「あ、雪乃さんやっとちょっと笑いましたね!」

雪乃「……気のせいよ」


ヴヴヴ……

八幡「……悪い、電話だ」

小町「そんな……お兄ちゃんのケータイが鳴るだなんて!!!」

八幡「そんな怪奇現象みたいに言うな」

八幡(つっても、確かに珍しい……というか異様だな)


スタスタ……


八幡「知らない番号か……架空請求じゃねえだろうな…………もしもし?」ピッ

陽乃『ひゃっはろー! こんばんは比企谷君。雪ノ下雪乃ちゃんの姉、雪ノ下陽乃です!』

八幡「え、雪ノ下の姉……ですか? どうして俺の番号……」

陽乃『私に知らない事はないんだよ。私は何でも知っている』

八幡(こええよ)

陽乃『それでね、こうやって比企谷君に電話したのは、くれぐれも雪乃ちゃんをよろしくって事が言いたかったんだ。今君の家に居て、これから帰るところだよね?』

八幡「……はい、まぁ」

陽乃『だからその道中、しっかり雪乃ちゃんを守ってほしいっていう事なんだ』

八幡「はい……そりゃ常識的に一人で帰したりはしませんけど……」

陽乃『うん、私は比企谷君の事を信じてるよ。例え何があっても雪乃ちゃんを守ってあげてね。君なら大丈夫だから』

八幡「……あの、雪ノ下ってそんなに誰かに狙われるような人生送ってんですか?」

陽乃『そりゃ雪乃ちゃんは何かと人から妬まれちゃうから。それでいて、力を隠そうとはしない。分かるでしょ?』

八幡「まぁ……何となくは」

陽乃『そういうわけで、頼んだよ比企谷君。ああ見えて、雪乃ちゃんも結構あなたと居て楽しそうだしね。それじゃ!』プツッ


八幡「……よく分かんねえ人だ」







スタスタ……


雪乃「比企谷君。暗い夜道で二人きりだけれど」

八幡「何もしねえから安心しろ」

八幡(何となくこいつの姉の事言い出せねえな……なんかこいつ姉は嫌ってるみたいだし)

八幡(それにしても……こいつが俺と居て楽しそう?)チラ

雪乃「叫び声をあげるわよ」

八幡「やめろ、近所迷惑だから」

雪乃「あなたは暴漢に襲われそうになっている女性にそんな事を言うのね。見下したわ」

八幡「それはいつもだろ」

八幡(いやまさかな。ツンデレってレベルじゃねえ。デレねえし)

雪乃「……はぁ」

八幡「どうした疲れたか?」

雪乃「あなたと話すと少しね」

八幡「そりゃ悪かったな」

雪乃「……別に、悪くはないわ」

八幡「は?」

雪乃「元々、私は誰かと話す機会というものが少ないから。捉え方によれば貴重なものと言えなくもないわ」

八幡「……そっか」

雪乃「それに……あなたの事も、少しずつ分かってきたから。悪いところばかりじゃないって」

八幡「えっ」

雪乃「…………」ジー

八幡「…………」

八幡(え、何これメッチャデレてんじゃんこいつ。俺の青春ラブコメ間違ってねえじゃん)


雪乃「……とか言うだけで簡単に動揺するわよね比企谷君」


八幡「……分かってた。俺は分かってたぞちゃんと」

雪乃「どちらかと言うと、自分に言い聞かせている感じね」

八幡「いいや、負け惜しみとかじゃねえ。お前の性悪っぷりはよく分かってるっつの!」

雪乃「さっきの言葉。全部がウソ、というわけではないけれど」

八幡「何なのお前。そうやって俺をからかって何が目的なの。金ならないぞ」

雪乃「ふふ、ただ楽しいというだけよ」クスッ


八幡「……ん?」

雪乃「あっ」


雪乃「いや、その、まぁ今のもあなたをからかう言葉なのだけど」

八幡「…………」

八幡(今のもわざとだったら大したものだな。無茶苦茶萌えたぞ俺)

雪乃「何かしらその目。そうやってすぐいい気になるあたり童貞ね」

八幡「いやお前結構動揺してるだろ? いきなり下ネタとか違和感しかねえぞ。つかお前だって処女だろ」

雪乃「セクハラで訴えるわよ」

八幡「先に言ったのはお前だ」

雪乃「知らないの比企谷君。最近は女尊男卑の風潮があるのよ」

八幡「……悪かった」

雪乃「分かればいいのよ」

八幡(くそっ……結局いいように言いくるめられて…………ん?)


??「…………」


八幡(なんだ……あいつ。雨も降ってねえのに雨合羽なんか着て)

雪乃「……比企谷君。あの人、たぶん、人間じゃない」

八幡「は? 何言って……」

??「!!」ダダッ!!


ゴォ!!!


八幡「ッ!!」

八幡(何だこいつ、こっちに来……っ!!)

雪乃「きゃっ」コテッ


ドガァァァァァ!!!


??「…………」

八幡「……なんだよ、こいつ」

八幡(パンチでブロック塀破壊とか漫画かよ! つか、今雪ノ下が転んでなかったら……)

雪乃「どうやら……私を狙っているようね」

八幡「…………」

八幡「なぁお前分かってんの? そんなんで雪ノ下ぶん殴ったらこいつ死ぬぞ? 人殺しだぞ?」

??「…………」

八幡(話は通じない……か。とりあえず警察に電話……いや、それじゃ絶対に間に合わない)

八幡(けど、こんな人気のない場所で襲ってくるっていう事は、それなりにこいつも周りの事を気にしているって事か……?)

雪乃「比企谷君、二手に別れましょう。そうすればどちらか一方は助かるわ」

八幡「お前分かってだろ。こいつ明らかにお前狙いだし、普通にお前が死ぬぞ」

雪乃「……ふふ、それならあなたがナイト気取りで助けてくれるのかしら? 絶望的に似合わないわね」

八幡「んな事するか」

八幡(つっても、見捨てる事はできねえな。そんな事したら、雪ノ下の姉に何されるか分かったもんじゃねえ。別にツンデレとかじゃねえけど)

??「…………」

八幡(つか、こいつは何で動きを止めてんだ? 俺が声かけてからだけど……意外と脅しが効いてるとかか?)

八幡(いや、待てよ)


『うん、私は比企谷君の事を信じてるよ。例え何があっても雪乃ちゃんを守ってあげてね。君なら大丈夫だから』


八幡(そういやあの人、こうなる事を知っていたかのように……俺なら大丈夫……?)

??「…………っ!!」ググッ

八幡(くそ、長く考えている余裕はねえか。一か八か賭けてみるしかねえ)


スタスタ……


雪乃「……な、何をしているの。そこを退きなさい。今更ヒーロー気取りかしら」

八幡「うるせえな、そういうんじゃねえよ」

雪乃「じゃあどういうつもりよ。そこに居たらあなた……」

八幡「いや、ここでお前が死んだら化けて出てきそうでこえーしな。なるべく二人とも助かりてえってだけだ」

雪乃「だ、だからそのままだとまずあなたが!」

八幡「たぶん……大丈夫だ」

雪乃「何を言って……」


??「……!!」


雪乃「……動かない?」

八幡「諦めろ、俺はここを動かない。雪ノ下を殴りたいなら、俺を倒してから行け」

八幡(まさか一度は言いたかった言葉の一つをここで達成できるとはな)

??「っ!!」


タッタッタ……


八幡「はぁ……」ガクッ

雪乃「……逃げた? なに、どういう事?」

八幡「何となくだけどよ、あの雨合羽、俺に苦手意識持ってたような感じだっただろ。教室の隅の奴等が葉山に抱いているような」

雪乃「つまりあなたが葉山君に抱いているような苦手意識という事ね」

八幡「違う俺はそんなの持ってない。まぁ、とにかく、アイツは俺にはどうしようもないと思っただけだ」

雪乃「凄まじい程の思いあがりと当てずっぽうね。自殺願望でもあるのかしら」

八幡「うるせえな、二人共助かったんだからいいじゃねえか」

雪乃「…………ありがとう」

八幡「おう」


八幡(それにしても、あのちらっと見えた左手は……)

次の日 学校


結衣「……ヒッキー。ちょっといいかな?」

八幡「おう」

八幡(きたか。まぁそうだよな)

結衣「その、ここじゃなんだから、ついてきてくれる?」

八幡「分かった」


スタスタ…………ガラガラ


結衣「ここなら誰も居ないから……あっ、別に変な事するつもりとかじゃないからね!」

八幡「分かってるっての。つかそう言われると逆に意識するわビッチめ」

結衣「び、ビッチじゃないし! 処女だし! あっ!!」

八幡「…………」

結衣「……///」

八幡(結局変な雰囲気になってんじゃねえか……)

結衣「あの、さ……ヒッキーとゆきのんは昨日、一緒に居たんだよね。それで、その、夜に……」

八幡「…………」

八幡(あの雨合羽の正体は由比ヶ浜結衣。それは何となく予想がついた)

八幡(まず、あのタイミングで雪ノ下を狙えるとしたら、あいつが俺の家に来る事を知っていたやつだ)

八幡(それに……包帯でぐるぐる巻きにされた由比ヶ浜の左腕は……)

結衣「ご、ごめんなさい! あたし、本当に、そんなつもりはなくて……!!」ペコッ

八幡「…………」

結衣「実はね、その、この左腕なんだけど……」


シュルシュル……


八幡「っ!!」

結衣「……ご、ごめんね……キモいよね……」ウルッ

八幡(毛むくじゃらの……猿の腕か? けど、昨日わずかに見えた雨合羽の腕と一致する。決まりだな)

八幡(雪ノ下が人間じゃないとか言っていたからまさかとは思ったが……やっぱアイツの蟹と同じような感じか)

結衣「これって願い事を三つ叶えてくれるっていうようなもので……それで、えっと……お願いしたの」

八幡「何を?」

結衣「あたしも……ゆきのんみたいに、ヒッキーの側に居たいって……」

八幡「……そうか」

結衣「だ、だからね、つまり……その……」

八幡(つまり……勘違いしてもいいって事なのか?)

八幡(いや、でも由比ヶ浜の願いってのはそれだけじゃなかったはずだ。裏の願いもあったはずだ)

八幡(俺の側に居たいっていうだけで雪ノ下を殺そうとするなんてありえない。だから)


八幡(由比ヶ浜は……雪ノ下の事が邪魔だったんだ)

 

八幡(無理もない事だけどな。雪ノ下が、由比ヶ浜を拒絶しておいて、俺を奉仕部に入れたのは事実なんだ)

八幡(その事で、多少なりとも雪ノ下の事を暗い気持ちで見ても仕方ない)

八幡(たぶん、こいつ自身も気付いていないのかもしれないが)


結衣「でも、こんな事するつもりはなかったの! 夢を見ている感じで……本当はあんな事……するつもりじゃ……」

結衣「……ごめん、ただの言い訳だよね」

八幡「夢……」

八幡(よし、ここは)


八幡「さっきから何言ってんだお前?」

 

結衣「えっ?」

八幡「なるほどな、その毛むくじゃらの腕を隠す為に包帯なんか巻いてたのか。おもちゃか何かが抜けなくなったのか?」

結衣「えっ……えっ……?」

八幡「つーか、昨日だって結局雪ノ下はウチに来なかったっつーの。俺の家にあがるのは危険だって言い出して、二人でどっか行っちまった」

結衣「あれ、でも、えっ?」

八幡「それに夢? あのな由比ヶ浜、俺は人の夢の話とか聞くの好きじゃねえんだ。ああいうのって話してる方は楽しいかもしんねえけど、聞いてる方は置いてきぼりくらうんだよ」


結衣「…………あれ??」

結衣「ね、ねぇ、ヒッキー。昨日の夜、ゆきのんと一緒に襲われたりしなかった……?」

八幡「はぁ? そもそも夜に雪ノ下と一緒に居るわけねえだろ。通報されるわアイツに」

結衣「……でも、あれ……えっ?」

八幡「お前もしかして、夢の中で俺と雪ノ下が襲われてたとか言うんじゃねえだろうな。どんだけ俺達に恨みあるんだよ」

結衣「な、ないない!! そんなのないって!! ん……ゆ、夢……?」

八幡「現実と夢を混同するとか、どんだけ頭の中お花畑なんだよお前……」ハァ

結衣「……あ、あはは、そ、そっか、夢……なんだ……」

八幡「ったく、そんな事雪ノ下に話したりするんじゃねえぞ。ケンカ売ってるかと思われるぞ」

結衣「あ、う、うん、そうだよね!」

八幡「それと、夢に出てきた場所は縁起が悪いから行かないほうがいいぞ」

結衣「えっ、そうなんだ! 分かった!!」


八幡(大丈夫かこいつ……頭とか……)

放課後 奉仕部


ガラガラ


八幡「うっす」

雪乃「っ……こ、こんにちは」

八幡「そういうあからさまなデレとかいいから。もう騙されないから」

雪乃「…………」ジッ

八幡「な、何だよこえーよ。あと怖い」

八幡(何がしたいんだこいつは)

雪乃「……昨日の犯人、捕まったみたいね」

八幡「え、マジで!?」

雪乃「私も詳しくは知らないけれど……姉さんが言ってきたわ」

八幡「…………」

八幡(……結果的にはこれでいいんだが、こえーよマジであの人)

雪乃「でも、その、意外だったわね。あなたがあんな事するなんて」

八幡「あんな事?」

雪乃「……私を庇ったり」

八幡「だから別にお前のためじゃねえって言ってんだろ。化けて出られるのがこえーってだけだ」

雪乃「何よその言い訳。素直に言ったらいいじゃない、私からの好感度を上げるためにやったって」

八幡「俺は好感度を上げるために命を賭けるほど愛に飢えてないわ」

雪乃「……そ、そう」

八幡「おう」

八幡(つーか、何が言いたいんだこいつ……?)

八幡(……いや、今はそれよりやる事があるか)

八幡「なぁ、雪ノ下」

雪乃「な、何かしら? 言っておくけれど、今ここで告白とかしても、昨日の事だけで私がなびいたりは……」


八幡「俺、奉仕部やめるわ」

 

八幡「男子テニス部のマネージャーやるわ」
戸塚「わぁい」

雪乃「……えっ?」

八幡「正直、限界だ。お前が妬まれているってのは知ってたが、昨日みたいなレベルだとは思わなかった」

雪乃「…………」

八幡「俺だって自分の命は惜しいんだよ。だから、もうここには居られない。お前とは関われない。悪いな」

雪乃「……そう」

八幡「平塚先生にはもう言ってある。結構粘られたけどな。でも、お前にも一言くらいあった方がいいと思ってな」

雪乃「ふふ、最後に妙な気遣いね。あなたらしくもない」

八幡「……最期くらいはな。それじゃあな」スタスタ

雪乃「比企谷君」

八幡「ん?」


雪乃「あなたの事……嫌いではなかったわ」


八幡「……うっす」


ガラガラ

 

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