紳士「お暇でしたら保健室の先生になってみませんか?」(1000)

男「保健室の、先生……?」

紳士「はい、ご興味はありませんか」

男「興味はあるが……いやいや、お前は誰なんだ」

紳士「これは申し遅れました」

紳士「私、紳士です」

男「深夜の人の家に不法侵入する紳士があってたまるか」

男「出ていかないと警察に通報するぞ」

紳士「女学校なのですが」

男「やります」

紳士「貴方も紳士のようですね、話が早くて助かります」

男「半分冗談だ。で、お前は誰なのか」

紳士「うーん、紳士だと言っているのに」

男「納得できるわけないだろう」

紳士「強いて言うのであれば、職業斡旋家でしょうか」

紳士「ちょっと特殊なやり方をしていますが」

男「なんで俺の部屋にいる」

紳士「まあまあ、そういきり立たずに」

紳士「せっかくやると決まったのですし、本日はご就寝なされてはいかがですか」

男「いや、そこははっきり――」

紳士「朝起きれば、分かりますよ」

ぷつりと、意識が途切れた


何かがおかしかった

男「む……?」

もぞもぞと手を動かして
おかしなものの正体を突き止める

男「ない」

紳士「お目覚めですか、おはようございます」

男「俺の……あれがないぞ」

紳士「おや?」

男「息子がいない」

男「ふくらみがある」

男(女)「なんじゃぁああぁああこりゃぁああああああああああッ!!」

紳士「落ち着いてください」

紳士「さびしい一人暮らしとはいえ一戸建てではないのですから、朝はお静かに」

男(女)「なんで女になっているのか」

紳士「中々胸の方も大きいですね」

紳士「ああ、もう始業の時間が迫っていますね」

紳士「着替えはこちら、持ち物はこちら。ささ、急いで」

男(女)「いやいやいやいや、いやいやいやいや」

紳士「いやいやしないでください。遅刻は嫌いでしょう貴方」

男(女)「ぐぬぬ、遅刻は確かにしたくないが……」

男(女)「だってこれ! おかしいだろ!」

紳士「説明は後でいたしますから」

紳士「今は夢だとでも思って、とにかく支度をしてください」

男(女)「くそ、後で絶対説明しろよ!」

紳士「似合っておりますよ」

男(女)「さ、様にはなってるな……」

紳士「はい。では、行き先はこの地図の通り」

男(女)「その学校ならバスで行けるな」

男(女)「だが、行ったらどうすればいいんだ?」

紳士「こちらをお読みください」

男(女)「ほ、保険の先生お仕事ノート?」

紳士「マニュアルのようなものです」

ぱらぱらと捲ってみる

男(女)「可愛い字、書くんだな」

紳士「……人は見かけによらないというものです」

近くのバス停から二十分
俺は目的の場所で降りる

男(女)「とりあえずギリギリ遅刻じゃないな」

男(女)「……まずはえっと、校長室でタイムカードを切ればいいのか」

男(女)「職員室じゃないんだな」

てくてくと歩いて、校門

男(女)「……女子高等学校、ね」

私立の学校とあって、公立と比べればどこか花のある校舎だった

男(女)「むむむ」

だがそれよりも、ちらほらと見える生徒の全てが女性だという点が、どうにも気になって仕方ない

男(女)「とりあえず校長室は……」

俺は「保険の先生お仕事ノート」に目を落としながら、校舎に入っていくのであった

男(女)「おはようございます」

校長「おはようございます。ギリギリですよ」

男(女)「す、すいません」

校長室が分からず、少し手間取ってしまったのだ

男(女)(タイムカードは、あれかな)

ICカードを挿入する形式になっており、俺は持ち物のなかにあったそれを挿入する

男(女)「では、失礼します」

とくに校長の返事は無かった

男(女)「とりあえずこれでいいんかな」

男(女)「さて次は……、保健室に移動して白衣を着る、か」

男(女)「……」

男(女)「どこだよ保健室」

また手間取りそうだった

既にHRが始まる時間がせまっているからか、校舎には生徒が増えてきた
俺はいまだに保健室が見つからない

男(女)(聞くしかないかな……)

俺は手っ取り早く、近くにいた眼鏡の女の子に声を掛けた

男(女)「あの……、保健室ってどこだっけ」

女の子は驚いた顔をしていた

眼鏡娘「え……? あ、えっと、あっち……、すぐそこ、です」

男(女)「お、ありがとう」

眼鏡娘「は、はいっ、では……っ」

女の子はそそくさと立ち去ってしまった

男(女)「うーん、俺、怪しいのかな」

保健室は、校舎一階の端っこにあった

男(女)「角部屋か。窓が多くていい」

ちなみに俺の部屋、205号室も角部屋である

男(女)「白衣白衣っと……」

がさがさ

男(女)「これか、よし」

男(女)「白衣は初めてだが、気がひきしまるな」

男(女)「……」

ふと落ち着いて、思う
状況の違和感が、ものすごい

男(女)「……どうなってんだろうなあ、俺」

とりあえず俺は、目先の仕事をこなす事とした

男(女)「まずは水質検査ね」

保健室の棚から、簡易水質検査キットとやらを取りだす

男(女)「こいつで毎日水道水の検査、か」

ノートには、簡易的な水質検査は毎日行うとかいてあった
他に月一のものと半年に業者と共に行うものがあるらしい

男(女)「保険室の先生って、仕事してるんだな」

正直、保健室で一日ダラダラとでもしているのかと思っていた

男(女)「それじゃあ行こうかね」

ついでに校内を見回ろうと思って、保健室をでた
HRの時間だからだろう、廊下に生徒はいない

軽く歩いてから、手近な水道で蛇口をひねる

男(女)「む?」

ビーカーに水を入れて色の確認をしている時だった

眼鏡娘「あ……」

男(女)「どうした、HRの時間だろ、今」

眼鏡娘「あ、えと……」

男(女)「……?」

眼鏡娘「……、た、体調不良、ですっ」

男(女)「あ、なるほど」

男(女)「とりあえず、……えーと、そうだ。熱をはかって」

保健室に彼女を連れてきてすぐ、俺はノートを見る

男(女)(どどどどどうすりゃいいんだ)

内心、焦りまくりであった
なにせ俺は保健室の先生の仕事などしたことがないずぶの素人である

男(女)(えーと、なんだ、まず、ああ、保健室利用カードに名前を書くのか!)

男(女)「こ、ここ、これに君の名前を書いて」

眼鏡娘「は、はい」

男(女)(つ、次は……えっと……)

男(女)「くそお……」

眼鏡娘「あ、あの、どうしました……?」

男(女)「え? あ、いや、なんでもないぞ……!」

ピピッ

男(女)「い、いくつだ?」

眼鏡娘「……36度2分です」

男(女)「平熱か……、えーと」

平熱の場合は、しっかり顔色を伺う
生理かどうかも確認

男(女)「なっ」

眼鏡娘「……?」

男(女)「い、いや……。えーと、今日は、あの日か?」

眼鏡娘「あの日……?」

眼鏡娘「あ、ああっ、違います」

男(女)「そそ、そうか……」

男(女)(なら、なんでだろう)

ノートを読み進める

男(女)「……ふーむ」

眼鏡娘「あの」

男(女)「ん?」

眼鏡娘「先生、男の人みたいな話し方、するんですね」

男(女)「えっ」

男(女)「よ、よく言われるんだよねそれー」

男(女)(ばれたらまずい、とは言われて無いけど……)

実は男です、とは言えるわけが無い
俺は隠すことにした

男(女)「もっと女らしくしなきゃ、いけないよね」

眼鏡娘「い、いえ、私は、好きです……よ?」

男(女)「あ、あはは……」

男(女)(す、好き!?)

初めてそんな事をいわれたので、俺は顔が赤くなる
隠すために、ノートに目をおとした

男(女)(え、えーと、えーと……)

ガラッ

黒髪「あ、やっぱりここにいたんだね」

眼鏡「ふえっ」

黒髪「ほら、これ」

眼鏡「あ……」

黒髪の、少し目の釣りあがった少女が、無愛想に差し出したのは
可愛らしい、髪留め

黒髪「取られてたんでしょ」

眼鏡「……貸してって、言われて」

黒髪「またそんな。貴方が自分のためにつけてきたんでしょ、これ」

黒髪「嫌なら、ちゃんと言わなきゃ」

眼鏡「う……」

男(女)(ああ……)

保健室の用途は、生徒の体調不良や怪我の手当てをすることだけではない

男(女)(そういうこと、だったか)

一時間目開始のチャイムが鳴った

黒髪「教室戻るよ」

眼鏡「……」

黒髪「せっかく久しぶりに学校へ来たのでしょう。保険室の先生にも迷惑かかるよ」

眼鏡「……うぅ」

男(女)「あー」

男(女)「そういうことなら、まだいてもいいぞ……こほん、いいよ」

黒髪「先生、甘やかしちゃだめです」

男(女)「しかしこの子も色々あるようだし。ここは多目に」

黒髪「だって、今ままで学校にほとんど来て無いんですよこの子」

男(女)「だからこそじゃないか」

男(女)「久しぶりに来たなら、まずは学校に慣れるところから始めようよ」

眼鏡「あう……」

黒髪「しかし……」

男(女)「ね? ここは俺――こほん、私に免じて」

黒髪「……むう」

黒髪「……分かりました」

黒髪「あんまり長居しちゃ、ダメだからね」

眼鏡「……! あ、ありがとうっ」

昼休みになった

男(女)「んー、案外仕事ってあるんだな」

朝の水質調査にはじまり、校内の見回り、全校生徒の出欠席の確認及びまとめ
そして怪我をした生徒への応急処置
とりあえずここまでは、素人でも見よう見まねでなんとかはなった

しかし教育委員会から送られてきている文書の事務処理や、掲示物の作成となると、難しい
俺はノートに向かいながら、午前中の大半をすごした

男(女)「読みながらいけば、なんとかなるかな」

黒髪「先生」

男(女)「うお」

黒髪「気づいていなかったんですか?」

男(女)「ああ、すまん――じゃなくて、ごめんなさいね」

黒髪「……。あの子は?」

男(女)「そこのベッドで寝てるよ」

黒髪「……ぐっすり寝てますね」

男(女)「そうだね」

黒髪「朝はちょっと、厳しくしちゃったかな……」

男(女)「ん?」

黒髪「学校に来るだけで、きっと精一杯だったんだなって」

黒髪「この寝顔みると、そう思って」

黒髪「……」

男(女)(うお!?)

彼女は、眠っている少女の頬にキスをした

黒髪「あっ……」

しまった、というように両手で口を覆う
ゆっくりと俺の方を見た

黒髪「い、今の、秘密ですよ……」

男(女)「わ、わかった……」

男(女)「ただいま」

紳士「おや、遅かったですね」

男(女)「仕事が良くわからなかったんだよ」

紳士「それはそれは」

紳士はふふっと笑う

男(女)「それもこれも、全部お前の所為だろ!」

紳士「おお、胸倉を掴まないでください」

男(女)「さあ洗いざらいはいてもらうぞ、これはどういうことだ」

紳士「まあまあ、おちついて」

紳士「せっかくの初勤務ですし、私不慣れながら、お祝いにと夕食を作っておきました」

男(女)「な……」

男(女)「女の子にも……食事を作ってもらった事無いのに……」

なんだかとても、力が抜けた

男(女)「何が悲しくておっさんの料理に出迎えられなきゃいかんのだ……」

紳士「でも食べているではありませんか」

男(女)「うるせー……」

紳士「ふふふ」

男(女)「ったく。ほら、ごちそうさまだ」

紳士「お粗末さまでした」

男(女)「お前が女だったら、と思わずにはいられない」

紳士「これはまた。貴方が女ではないですか、男女の食事ですよ」

男(女)「……」

紳士「おやおや怖い顔をしなさる」

男(女)「さあ教えろ、これはどういうことだ」

紳士「ふむ……」

紳士「貴方はどう思いますか?」

男(女)「聞いてるのは俺だ」

紳士「ううむ手厳しい」

紳士「分かりました、お教えしましょう」

紳士「実はコレ、魔法なんです」

男(女)「魔法?」

紳士「はい、魔法です。貴方の妄想をかなえる魔法です」

紳士「なりたいと思いませんでしたか? 女子校の保健室の先生」

男(女)「そりゃ、まあ……」

紳士「それを叶えただけなんですよ」

男(女)「……」

男(女)「嘘だろ」

紳士「おや」

自称紳士の男は、微笑む

男(女)「ほらな、その顔。やけにあっさりしすぎている」

男(女)「本当は違うんだろ」

紳士「なるほど。いえいえ、これは嘘ではありませんよ」

男(女)「……じゃあ、何か隠してる」

紳士「さて、どうでしょう」

どうやらこいつは、これ以上この問いに答えるつもりはなさそうだった

男(女)「……分かった。質問を変える」

紳士「懸命です」

男(女)「俺はこの姿から、戻れないのか」

紳士「はい? あ、ああ。戻れますよ」

男(女)「戻れないのか、やっぱりな――えっ」

紳士「戻りますか?」

男(女)「え、あ、はい」

しゅわん

男「あ、あれー……」

男「どうなってんだ?」

紳士「あまり嬉しくない事なので言っていませんでしたが」

紳士「やめるのも自由なんですよ」

男「な……」

紳士「言ったでしょう、あなたの妄想を叶える魔法だと」

紳士「やりたい時に、やればいい」

紳士「まあもちろんその姿では警備的な意味であの学校には入れませんし」

紳士「当然ですが、時間だって進みます」

紳士「つまり貴方が行かなければ、あの学校の養護教員はいなくなります」

紳士「それだけのことです」

男「……汚いぞ」

紳士「おやおや、何がでしょう」

遅刻は嫌いである
もちろん、仕事をふけることも、嫌いである
そして、なにより――

男「帰れ。お前が何者かしらないが、俺は降りる」

少女の顔が、浮かぶ

紳士「貴方がそうおっしゃるならば、はい」

紳士「ですが望めば――また、なれますよ」

そういって、紳士はふっと消えた

翌朝

男(女)「……」

なりたいと思っただけで、体はどちらにも変えることができるようだった

男(女)「汚い、あいつ本当に汚い」

男(女)「俺がやめられないの分かってて……」

昨日、全く説明もなく学校に向かわせたのは、きっとこのためだ
一度でも行って、学校と関わらせれば、簡単にはやめられないだろうと

……まんまと策略にはまってしまった

男(女)「あーくそ、むかつく」

男(女)「行ってくるからな! 帰ってきたらちゃんと飯くらいつくっておけよ!」

保健室

男(女)「あー、もう。はめられたままじゃ悔しい」

男(女)「あいつの隠してる事、絶対暴いてやる」

そのためには、とにかく今はこの仕事を続けるしかなかった

男(女)「仕事を、覚えよう……。その場しのぎってわけにはいかないからな」

男(女)「えーと、ノートに書かれているのは……」

応急処置の方法や、保健室の備品の場所、時間の使い方
そのほか文書にどう答えるべきだとか、学校行事でやる事についてなどなど
仕事に関するデータが一通り、まるでメモのように書いてあった
が、生徒に関する部分――つまり、カウンセリングのことだけは抜けている

男(女)「これはもう自分で対処していくか……」

男(女)「とりあえず、それ以外の仕事で最低限乗り越えられるものは揃っているってことだな」

男(女)「……とはいえ、コレだけではだめか」

素人の俺には、基本的な知識が圧倒的に足りなかった
これでは特殊なケースや緊急の事態に対応できない

まずは、養護教諭としての知識を詰め込まなければ

幸い保健室だ、参考書は大量にある

男(女)「……む、結局当面の仕事はその場しのぎで、知識を蓄える事が優先か」

男(女)「仕方ないが、悔しいな」

やると決めた事にはこだわる性質である

男(女)「さてっと、考えるのもそこそこに、仕事をやっていこう」

男(女)「ん」

水質検査を終えて、保健室に戻ってくると、扉の前に少女がいた

眼鏡「えと……」

男(女)「君か」

眼鏡「は、はい、えと」

男(女)「はいろうか」

眼鏡「め、迷惑じゃありませんか……?」

男(女)「そのなんだ、あんまり気にするな」

男(女)「私も、保健室登校やったことあるし、な」

眼鏡「……あ、ありがとうございます」

男(女)「さてっと……」

俺はまず、出欠席の確認に取り掛かる

男(女)(秋から冬にかけてはインフルエンザに注意、か)

欠席率が二割を超えたら、教委に連絡しなければならない

男(女)(今日はとりあえず、問題なさそうだな)

教師の取った出席確認を、手書きでまとめる

男(女)(これ、エクセルでやった方が早いんじゃねーかな)

男(女)(あとで作っておこう)

男(女)「あ。君、一年生なんだ」

眼鏡「え? はい、そうですけど……」

男(女)「あ、いや。ここにほら、名前かいてあったから」

眼鏡「あ、これ出席簿……。保険室の先生が、まとめてるんですね」

男(女)「そういうことです」

眼鏡「あはは、休んでるの、ばれちゃいますね」

男(女)「そうだなあ……」

彼女の名前を見ると、ずらりと×印が並んでいる

男(女)「まあそういう人もいる。今は来てるんだからいいよ」

眼鏡「うう、先生甘いです」

男(女)「君が甘えているんだろう」

眼鏡「あう」

男(女)「ところで……、君のクラスのこの子」

男(女)「ちょうど一週間くらい前から休んでいるようだけど、どうしたんだ?」

眼鏡「その子はえっと確か……、謹慎させられているらしいです」

男(女)「謹慎? なにかやったのか」

眼鏡「たぶん。でも私は学校に来ていなかったので、詳細は……」

男(女)「そうか……」

男(女)「まあそれならそれでいいか」

男(女)「今日も、寝る?」

眼鏡「い、いえ。今日は勉強をしようと、思います」

眼鏡「皆より、遅れているので……」

男(女)「……そっか」

順調に彼女は、復帰への道を進んでいるようだ
嬉しくなった

男(女)「私も勉強しなきゃいけない事があるからな、一緒にがんばろう」

眼鏡「はいっ」

二時間目が終わった休み時間

黒髪「あ、やっぱりここにいた」

男(女)「やあ。君は元気そうだな」

黒髪「体調管理には気をくばってますから」

黒髪「それで。貴方も、元気そうね」

眼鏡「あ、あう……」

黒髪「……怒らないから。おびえないでよ」

眼鏡「……」

黒髪「勉強、してるの?」

眼鏡「は、はい」

黒髪「教えてあげようか」

眼鏡「え……?」

黒髪「ちょっと見せて」

眼鏡「はい……」

黒髪「ふむ……」

黒髪「……貴方、要領わるいって言われない?」

眼鏡「え、あ、はい……」

黒髪「あ、ご、ごめん。そ、そんな気を落とさないでいいから」

黒髪「その、ちゃんと追いつけるように教えてあげるから……」

黒髪「どう、かな?」

眼鏡「でも……、悪いです……」

黒髪「気にしなくていい。私は大丈夫」

眼鏡「う、えと……」

男(女)「教えてもらったらどうだ?」

男(女)「一人でやるより、知ってる人に教えてもらった方が捗るよ」

黒髪「うん。だから、ね?」

眼鏡「え。と……」

眼鏡の少女はうつむいて、もじもじとしたあとに

眼鏡「お願い、します……」

そう言ったのだった

黒髪「お願いされます」

無愛想な顔をしていた少女もまた、にこりと笑う

それを見て、俺は思った

男(女)(女の子って、いいなあ)

がぜんやる気がでたのだった

男(女)「帰ったぞー」

紳士「お帰りなさいませ」

紳士「お食事になさいますか、お風呂になさいますか、それとも……」

男(女)「皆まで言うな」

紳士「おや、そちらの気はお持ちではないですか」

男(女)「あるかそんなもん」

紳士「いやはや、しかし私が女でも、それはそれで百合百合ですよ」

男(女)「薔薇より百合のがいいよ。俺は」

紳士「ううむ、どちらもすばらしいのですが……」

男(女)「やめろ」

紳士「仕方ありません。では、とりあえず食事の用意をいたしましょう」

男「ふう……」

風呂に入る時は、さすがに男の姿に戻った
女のままでは、どうにも気恥ずかしい

紳士「お背中お流ししましょうか」

風呂の曇りガラス越しに、紳士のシルエットが浮かぶ

男「嫌です」

紳士「裸の付き合いは仲を深めると言うのに……」

男「お前と仲を深める気はない」

男「っていうかだな、なんでお前は俺の部屋に住み着いてるんだよ」

紳士「貴方が仕事をやり遂げるか、確認しなければいけませんので」

男「……お前、何者なんだよ」

紳士「紳士ですってば」

男「言うと思った」

翌日の事であった

男(女)「お?」

眼鏡「あれ?」

黒髪「ち、ちょっと放しなさい」

ツインテ「今日は放しませんっ」

黒髪「ここ、保健室だから。静かにしなさい」

ツインテ「じゃあ静かに放しませんっ」

黒髪「ああもう……」

男(女)「どうしたんだ?」

ツインテ「貴様か! お姉様をいつもいつも保健室によぶのは!」

男(女)「え? いや……」

黒髪「だーもう! 私が自分できてるって言ったでしょう!」

ツインテ「ぐううう」

男(女)「お、おい、この子は……?」

黒髪「うちのクラスの子で同級生」

男(女)「はあ。なのにお姉様なのか」

ツインテ「だってお姉様の方が一個上だもの」

黒髪「ああもう余計な事を……」

眼鏡「そ、そうなんですか……?」

黒髪「そうよ。貴方と一緒、一年遅れて高校に入ってるの」

眼鏡「知ってたんですか!?」

黒髪「知ってたわよ」

黒髪「……だから、気になってたんじゃない……」

眼鏡「え……?」

黒髪「なんでもないわ」

闖入者は、ツインテールを揺らしていた

ツインテ「おいそこの眼鏡」

眼鏡「は、はひ」

ツインテ「貴様だなあ、お姉様を保健室に――ぐう」

両頬が、ぐいと掴まれる

黒髪「だから、私が勝手に来てるの。いいでしょ」

ツインテ「ふうー」

黒髪「ち、ちょっと! 息を吹きかけないでよ!」

ツインテ「ぷはっ! ……ここに来て何してるんですかっ」

黒髪「……はあ。勉強よ勉強。貴方の嫌いなね」

ツインテ「なななな……」

黒髪「とりあえず、保健室にいたいなら声のトーンを下げなさい」

ツインテ「ううう」

ツインテ「全く、私に全然構ってくれないかと思ったらこんな事してたんですね」

黒髪「それは謝るわ。でも休み時間しかできないから……」

眼鏡「あ、あの、無理はしなくても……」

黒髪「いいの。無理して無いから」

ツインテ「私が無理してます!」

黒髪「ああ、それはごめんねってば……」

ツインテ「先生はどう思いますか!」

男(女)「え? んー……」

男(女)「そうだな、君がもう少し静かになって、で、ここに一緒にいればいいと思う」

ツインテ「むう、声大きいですか私」

男(女)「声は小さくなったけど、保健室らしくない騒がしさ」

ツインテ「直球で言われるとキますね……っ」

ツインテ「分かりました静かにしています」

黒髪「そうして。じゃあ、勉強始めようか」

眼鏡「は、はい」

開かれていた教科書に、二人は目を落とす
一人は目を落とさない

ツインテ「じーーー」

黒髪「えーと……、ここはね」

眼鏡「はい」

ツインテ「じーーーー」

黒髪「こんな、かんじ」

眼鏡「あ、なるほど……」

ツインテ「じいいいいい」

黒髪「声にでてるうるさい」

ツインテ「きゃんっ」

黒髪「ごめんね、今日は早めに切り上げるわ」

眼鏡「い、いえ、私のことはいいので……」

黒髪「後は先生、任せます」

男(女)「はいよ」

黒髪「ほら、いくよ」

ツインテ「わあお姉様優しい!」

黒髪「貴方がうるさいからでしょうが」

ツインテ「うー手厳しいお姉さまも素敵」

黒髪「今日は構ってあげるから。でも次もし保健室で騒いだら」

黒髪「……分かってるわね」

ツインテ「わ、わあ……、マジギレの顔もす、素敵、だあ」

黒髪「分かった?」

ツインテ「はい……」

男(女)「すごい子がいるもんだ」

眼鏡「あはは……、元気でしたね」

男(女)「うむ。まあ、ああいうのも女子高生らしいのかな」

眼鏡「そうですね」

男(女)「それじゃあ、作業に戻るよ」

眼鏡「あ、先生……、あの」

男(女)「ん?」

眼鏡「ここ、さっき教えてもらいそびれちゃったんですけど……」

男(女)「ん、見せてみろ」

放課後

男(女)「うーんむ……」

まさかこんなことになるとは

眼鏡「すう……すう……」

男(女)「一応、女同士だが……」

少女は、俺の膝の上で、安らかな寝息を立てていた
まるで警戒心の無い寝顔である

男(女)「う、うーむ……」

隣で勉強を教えていたら、突然ことりと倒れてきたのである

男(女)「う、うーむむむ」

この姿でいると自分が男だというのをふと忘れてしまいそうになるが
こうなると男である自覚がむくむくと……

男(女)「実際に起き上がるモノがなくてよかった……」

黒髪「……ッ!」

なんとなく予想はしていた

男(女)「し、静かに……」

黒髪「ち、ちょちょちょっと! なにしてるんですか!」

声のボリュームは非常にしぼってあるのだが、その荒さは猛々しい

男(女)「いや実はだな……」

黒髪「な、なんて役得……! ああ今日私が教えていれば……!」

黒髪「交代してください」

男(女)「ど、どうやって」

黒髪「交代してほしいです!!」

男(女)「お、起こしてもいいなら……」

黒髪「だめです」

男(女)「じゃあどうするんだよ……」

眼鏡「ふ、ふえ……?」

黒髪「起きちゃったじゃないですかっ!」

男(女)「私のせい!?」

眼鏡「あ、おはようございます……」

黒髪「おはよう。もう放課後よ」

あ、いつものクールな彼女に戻った

眼鏡「わ、す、すいませんっ」

男(女)「いやいいけど……、俺は、ね」

黒髪「……。ほら、帰るわよ」

眼鏡「あ、は、はい」

わたわたと、帰り支度をする

眼鏡「そ、それじゃあ先生、さようならっ」

男(女)「はい、さようなら」

そんなこんなで、数日はあっというまに過ぎていった
少女達の姿に、時たま目的を忘れそうになりながらも
俺は一日の仕事をさっさと終わらせては、勉強を続けたのだった

そしてそれは金曜日の放課後のことである

眼鏡「あの、先生」

男(女)「んー?」

眼鏡「私、来週から教室に行こうと思います」

男(女)「お!? 本当か!」

眼鏡「はいっ」

眼鏡「勉強はまだおいついていませんけど、教室で彼女に教えてもらえれば、少しは負担も……」

男(女)「あー、ツインテの元気な子がいるからな。教室でなら騒げるし」

眼鏡「はい。それに……ここにずっといて甘えていてもいけないなって、思って」

少女は初めてあったときとは違う、明るい笑顔を見せた

男(女)「……そう、だな」

俺は保険室の先生になって初めて、嬉しい、と思ったのだった



男(女)「なあ、やっぱ何にも教えてくれないのか」

紳士「大体答えるとおもいますが」

男(女)「いつもごまかしてるだろ」

紳士「ははは、気のせいでは」

男(女)「ったく……」

男二人――正確には、俺は女の姿をしているから違うのだが――小さなテーブルを囲んで夕食をとる

紳士「どうです、保健室の先生というのは」

男(女)「まあ素直に認めるのもアレだが……」

男(女)「面白い、かな」

紳士「それはよかった。あ、おかわりしますか」

男(女)「お願いします」

男(女)「だがいつまで続くんだ?」

紳士「貴方が望むなら、いつまででも」

男(女)「妄想だからか」

紳士「はい」

男(女)「うーむ……、男に戻ったら、終了じゃないのか?」

紳士「貴方にとっては、終了でしょうな」

男(女)「学校を無視すれば、ってことか」

紳士「はい」

男(女)「汚いなあ」

紳士「その言葉は心外ですよ。……ああ、お風呂わきましたね」

紳士「どうぞ」

男(女)「先入っていいよ。いつも俺だし」

紳士「……では、間を取って一緒に」

男(女)「先入ってくる」

紳士「ああ……悲しみ」

火曜日、昼休み

男(女)「今日も教室にいけたか」

眼鏡「はい、なんとかっ」

黒髪「来ちゃえば何とかなるものよ」

ツインテ「私とお姉様が構ってあげてるからね!」

眼鏡「あはは、ありがとうございます」

どうやら三人は仲良くやっているようで、俺は安心した

男(女)「ん」

生徒が一人、扉のあたりに立っていた

男(女)「どうぞ、いらっしゃい」

しかし入りづらそうな様子である
俺はそれを察するとすぐに、そちらへと向かった

男(女)「どうしたのかな」

金髪「……」

その少女は金髪――というかブロンドの髪をしていた
目は力強く、俺を見返す

まるで見定められているようだった

金髪「保健室では……」

男(女)「うん」

金髪「相談をさせていただいても、良いのでしたわね……?」

男(女)「構わないよ。秘密は守る」

金髪「……分かりました。放課後に、時間を取っていただけますでしょうか」

男(女)「うん、分かった」

黒髪「あまり、保健室に堪らない方が良いかもしれないわね」

眼鏡「そうですね……、入りづらくなってしまいます」

男(女)「まあ、ほどほどにしてくれればいいよ」

男(女)「君達が全然来なくなると、それはそれでさびしい」

ツインテ「ふっふっふ、私達の偉大さが分かったようですね!」

黒髪「貴方が一番うるさくて保健室に入りづらくしてるんだっての」

ツインテ「はうああ、直球は効きますわああ……」

眼鏡「あはは……、で、でも私も一緒だよ」

黒髪「そんなことないよ、一番静かだもの」

ツインテ「眼鏡ばっかりかばって! 私も眼鏡かけてきてやる!」

男(女)「と、とりあえず、そろそろ昼休みも終わりそうだよ」

黒髪「ん、本当。それじゃあ、そろそろ私達も戻ります」

男(女)「はい、またね」

放課後

金髪「どうも」

男(女)「待ってたよ、こちらへどーぞ」

金髪「……はい」

ブロンドの髪をひらりとたなびかせて、少女は座る

男(女)「綺麗な髪だね」

金髪「自慢の髪ですわ」

男(女)「自慢できるだけある。私のとは比べ物にならないもの」

金髪「貴方のも、そう卑下するものではないですわ」

男(女)「そうかな」

金髪「ええ」

男(女)「それは嬉しいな。……それで、今日はどうしたのかな」

金髪「……はい」

金髪「単刀直入に、申し上げます」

男(女)「どうぞ」

金髪「……女性が……、その。女性に恋をするのは、おかしいでしょうか」

男(女)「女性が、女性に?」

金髪「……はい」

男(女)「なるほど、ね」

男(女)(ああ……)

いつかは来るかもしれない、と思っていた
女子校であれば、起こってもおかしくないとは思っていた

男(女)(同性愛の是非、か)

分かっていても、これは……むずかしい

金髪「女子校だから、でしょうか」

金髪「私は男というものを知らないからでしょうか」

金髪「私は……、おかしいのでしょうか」

男(女)「……ふむ」

自身が経験していないからこそ、どう答えるべきかしばし悩む

男(女)「いや」

だから、俺自身思っている事を言った

男(女)「おかしい、なんてことはない」

先生として、こう答えるのはもしかしたら、間違っているかもしれないのだが

男(女)「好きならそれでいいと、私は思う」

男(女)「だけど、その相手がどう思うかは、私には分からないな」

紳士「どうしました、元気がないようですが」

男(女)「学校でな」

あの後、少女と二言三言の他愛無い会話を交わし、彼女は頷いて去っていった

男(女)「同性愛について、生徒に聞かれたんだよ」

紳士「愛があればどんな障壁も乗り越えられましょう」

男(女)「そうは言うが、現実は厳しい」

男(女)「高校生にそれでいいと言ってしまうのは、相談を受けた大人として、どうかな、と」

紳士「ふふ、先生として、悩んでおられますな」

男(女)「そりゃあ、今は先生だからな」

紳士「そうでした。くっくく」

男(女)「何がおかしい」

紳士「いえ。あれほど嫌がっていたのに、今では先生なのだな、と」

男(女)「ふん」

紳士「まあ。そうですね、そういったものは経験で覚えていくものでしょう」

男(女)「そんなもんかね」

紳士「そんなものです」

紳士「ということで、私と」

男(女)「なんでそうなる。っていうか前々から思ってたけど、お前そっちの気あるのか」

紳士「いえ、両刀というだけです」

男(女)「あるんじゃねーか」

紳士「専門じゃないですよ」

男(女)「はあ……」

男(女)「結局、どうしたもんかなあ」

紳士「ふふ、貴方は立派に先生へとなっていっていますね」

紳士「……本筋から逸れていくことにも、気がつかず」

男(女)「え?」

紳士「いえ、なにも。……さあ、夜も深い。終身の時間ですよ」

眼鏡「先生、どうしたんですか?」

男(女)「あーいや。色々保健室の先生は大変だなーって」

男(女)「で、今日は本物の体調不良か」

眼鏡「あはは……、はい」

男(女)「君一人だけだと、最初を思い出すな――ん?」

金髪「失礼します。体調不良、ですわ」

男(女)「ん、了解。じゃあまず熱を測ってみようか」

昨日の事はデリケートだ
向こうから触れてこない限りは持ち出さないようにと思って、俺はそう受け答えた

金髪「ええ」

眼鏡「あ……」

金髪「おや……?」

金髪「どこかで見た顔と思えば、中等次代の同級生ではありませんか」

男(女)「ん、なんだ、知り合い?」

眼鏡「ど、どうも……」

金髪「どうも。あまり喋らなかったから、覚えて無いかもしれませんわね」

眼鏡「お、覚えてます」

金髪「あら、嬉しい。……ん? でも同い年なのにこの学校では見かけなかったような」

眼鏡「私あの、一年遅れて……」

金髪「ああ、なるほど。ふふ、大変でしたのね」

眼鏡「は、はい」

ピピッ

金髪「37度1分……ふむ」

男(女)「少し熱があるな。堰と鼻はでるか? それと頭痛」

金髪「いえ、そういった症状は」

男(女)「ふむ。なら少し横になっていくといい」

金髪「そうさせていただきます」

眼鏡「すごい、大人っぽい人」

男(女)「ああ、そうだな」

くすっと、彼女がはいったベッドのほうから、笑い声が聞こえた

男(女)「喋ってたら邪魔になっちゃうな」

眼鏡「あ、あの、私も横になってもいいですか……?」

男(女)「ああ、どうぞ」

眼鏡「あ。ありがとうございます」

彼女も横になると、保健室にはとても静かな空気が流れた
二つの寝息が、ベッドを囲うカーテンを越えて聞こえるようだった

男(女)「んーむ」

仕事に戻ろうかとおもったが、なんとなくうとうととする昼下がり
俺は勉強も仕事も少し後にして、手近にあった「保健室の先生お仕事ノート」を、手に取った

ノートは何度も見返した
まるでメモのように書かれた中身は、見慣れたものだ

男(女)「ん……?」

ふとそれに気づいたのは、パラパラと文章を読まずにみていたからか
最後のページを開いた、裏表紙
少し厚い紙に、くぼみがあるような気がした

男(女)「なんだろう」

俺はエンピツをとって、そこに色をつけてみる
案の定、くぼみの周りにのみ色がついて、浮き出るものがあった

男(女)「“先生あのね。を目指すために”……?」

男(女)(なんのこっちゃ)

新しい発見だったが、俺には良くわからなかった

栗毛「あ、あの、先生……っ」

ぼーとノートを見上げていたからか、訪問者に一瞬気がつかなかった

男(女)「お、おお、いらっしゃい」

可愛らしい栗毛の少女である

男(女)「体調不良?」

栗毛「いえ、その……、相談に」

男(女)「ん、了解」

保健室を利用する人数は、俺が始めてから数えて、大体一日平均二十人
そのうちの二割程度が、相談事だ
昨日のように難しい相談をする子もいれば、お話を聞いてほしいだけの子もいる

さてこの子には、どんな悩みがあるのだろうか

栗毛「秘密にしてくれますか……?」

男(女)「もちろん」

栗毛「そ、その。信じてもらえないかもしれませんが……」

男(女)「うん」

大抵こうして始まるのは、お化けがみえるだとか、霊を感じるだとか
そんなお話

栗毛「私……、いえ、僕は……、男、なんです……」

男(女)「うんうん、そうかあ……そ……へ?」

男(女)「ご、ごめん、もう一度」

栗毛「男、なんです」

男(女)「ここ、女子校だよね」

栗毛「……はい。だから、誰にも相談できなくて……」

これはまた、とんでもないのがいらっしゃった……

男(女)「そ、それ、本当……?」

栗毛「……はい」

顔からは、言われて見れば男かもしれない、と思う程度にしか分からない
ほとんど女性である

男(女)「し、失礼して」

胸を軽く触ってみる

栗毛「わ、んっ……」

男(女)「あ、あるじゃないか」

栗毛「これ、ぱっとです……」

と言って、栗毛の少女――少年は、パッドを取り出して見せた
そしてもう一度触らせられた

男(女)「……ない、っすねえ」

栗毛「はい……」

男(女)「な、なんでこんなことに」

栗毛「その、家の事情なのですが……」

栗毛「どうにも私の両親、というかお家が女性をほしかったらしくて」

栗毛「男として生まれた私は、このように……」

男(女)「戸籍どうなってんの」

栗毛「男です」

男(女)「学校に、入れなくない……?」

栗毛「ここの理事長と両親が知り合いでして……、私立ですし」

男(女)「ああ、そういう……」

絶句モノである。まさかこの女の園に、男が紛れ込んでるとは

男(女)(いや、俺も言えたもんじゃないな……)

そう思うと、妙に親近感が沸いてきた

栗毛「もう、隠すのも大変で……、誰かに相談しないとやっていけそうも無くて……」

男(女)「あ、ああ、そうだよな。まあそうなるよね、普通」

栗毛「もういっそ、だれかにばらして……、終わるなら終わるで、それもいいかな、とか」

女装したままもぐりこまされて、誰にも相談できないというのは想像を絶する辛さだったろう

男(女)「い、いや、さすがにそうなると大変だろう、家の問題なんだろ?」

栗毛「はい……、でも、もう、体も……」

確かに、高校生となれば男女の違いははっきりと別れてくる
どうがんばって隠しても、隠し切れない部分もでてくる

栗毛「もう……」

味方が、ほしかったのだろう

男(女)「わ、わかった。私は君の味方だ。絶対にばらさない」

栗毛「ほ、本当、ですか!?」

男(女)「ああ、絶対だ」

彼女(彼)のはりつめた表情は、すこし、ほっとした表情へと変わった

男(女)「何を隠そう、実は俺も男だからな」

栗毛「ふえ? あ、た、確かに喋り方は男らしいですが……」

男(女)「あ、えーと、そうか、言っても分からんか……」

栗毛「き、気を使ってくださらなくても、大丈夫ですよ」

栗毛「学校に僕の事を知っている人がいると思えるだけで、とても楽になります」

男(女)「うん。いつでも来い。俺も男として相談にのってやる」

栗毛「あはは、それっぽいです」

男(女)「おう」

三時間目終了の、チャイムがなった

栗毛「あ、そうだ。授業でてなかったんだった」

男(女)「サボるのはあんまり良くない。ほら、解決したならさっさと戻れ」

栗毛「は、はい、ありがとうございましたっ」

男(女)「おう」

昼休み

黒髪「あの子、います?」

男(女)「いるよ。寝てる」

黒髪「そうですか。ならいいんですけど、手出したりしてませんよね」

男(女)「は? いやいや、するわけないだろう」

黒髪「とかいって、この前は膝枕してたじゃないですか」

黒髪「ちょっと警戒してるんですからね」

男(女)「そ、そういわれてもなあ……」

男(女)「ああ、ところで元気娘はどうした」

黒髪「今日の昼休みは、部活の集会なんだそうです」

男(女)「なるほど、部活やってるのね」

金髪「貴方、こちらで寝ている方が好きなのですか?」

黒髪「ふ、ふえ!?」

男(女)「あ、おはよう」

金髪「おはようございます。ごめんなさい、少し話が聞こえたもので」

黒髪「い、いや、好きとか、そんなんじゃなくて、と、友達としてはもちろん好きだけど……」

金髪「友達ではない好きもある、と?」

黒髪「へ!? ち、ちょっと何言ってるのよ貴方」

金髪「気に障ったなら謝りますわ。ですが、少々気になりましたので」

黒髪「む、謝られるとなんとも言えないけど……、気になるって?」

金髪「いえ、女性が女性を好きになるのは、どうなのかな、と」

黒髪「……いけないわ」

金髪「なぜそう思われます?」

黒髪「相手も困るし、周りも困るし、良い事なんて、何も無いもの」

金髪「……でもそこに愛があれば」

黒髪「そんなの妄想。愛は流動。固定じゃないわ、普通でも大変なのに、そんな歪な愛はどこかで綻ぶ」

金髪「なるほど、納得ですわ」

男(女)「えーと……」

なんとなく、立つ瀬が無い

金髪「いえ、どの意見も一つの内。考えるのは、自分ですから」

男(女)(何も言って無いのに見抜かれた……!?)

栗毛「先生ー、来ちゃいましたっ」

男(女)「お、よ、よう」

栗毛「あれ、同じクラスの……」

金髪「あ、あら、どうも、ごきげんよう」

栗毛「ごきげんようです」

金髪「な、なんで貴方がこちらに……?」

栗毛「あ、ええと、息抜きが出来るから、かなあ」

金髪「なな、なるほど。そうでしたか。そうですね、保健室はゆったりできますものね」

栗毛「はい! ……えっと、同じ理由、ですか?」

金髪「ま、まあ、そんなところ、ですわ」

黒髪「あれ、貴方もしかして……」

金髪「よ、余計な詮索は無用ですっ」

男(女)(おっとぉ……)

ツインテ「お姉様ぁ!」

黒髪「うへ」

ツインテ「集会がおわりましたよ!」

黒髪「それはよかったわね、離れなさい」

ツインテ「大変でした、全然意見がまとまらなくて!」

黒髪「それはお疲れ様、離れなさい」

ツインテ「だから仕方なく最後は多数決。あーあー、とっても原始的なやり方ですよねー」

黒髪「そうね、離れないと」

黒髪「怒るわよ」

ツインテ「す、素敵な顔だあ……」

眼鏡「ふえ……?」

黒髪「ああほら、貴方が騒ぐから起きちゃったじゃない」

眼鏡「あや、皆さんおそろいで……」

ツインテ「金髪お嬢様と栗毛美少女は初対面ですけど」

栗毛「び、美少女……」

金髪「そうですね、美少女です」

黒髪「やっぱ貴――」

金髪「余計です――」

ツインテ「ちょっとなにお姉様の口に手を触れてるんですかー!!」

男(女)「こらー! ここは保健室だ静かにしろー!」

ツインテ「はい」

黒髪「ふん」

金髪「ごめんなさい」

栗毛「すいません……」

眼鏡「あ、あはは……」

男(女)「帰り、おそくなってしまったな」

なんだかんだで、昼のうちに仕事をすすめなかったから、残業することになってしまった

男(女)「まあたまにはいいか……」

そろそろ保健室だよりというのも書かなければいけない
その時もまた、こうなるだろうし

男(女)「月が綺麗だなあ」

冬も間近なこの季節、月が良く冴える

男(女)「ん……?」

校門のあたりで、人影があった

眼鏡「あ、先生……」

男(女)「どうしたんだ、こんな時間に。三時間は前に帰ったんじゃなかったのか?」

眼鏡「はい、一度帰ったのですが……」

眼鏡「家の鍵を……、どこかに落としてしまったようで」

男(女)「む、鍵っこなのか」

眼鏡「そ、そうですね。両親はあまり、家にはいませんから……」

男(女)「なるほど。それで、鍵は見つかったのか?」

眼鏡「いえ……」

男(女)「そうか。……ん、もしかして、今まで探してたのか?」

眼鏡「……はい」

彼女の頬に、手を当てる

男(女)「ばか、凍るようだぞ」

眼鏡「あはは、言いすぎですよ」

男(女)「手は? ……ほら、青白くなってる」

男(女)「全く何やってるんだお前は」

眼鏡「で、でも、鍵が無いと家にも入れませんし……」

男(女)「一緒に探してやる、といいたいところだが……」

眼鏡「そ、そんな迷惑かけられません」

男(女)「このままお前を外に出しておくわけにはいかないな」

男(女)「ウチへ来い」

眼鏡「へ!?」

男(女)「仕方ないだろう。まあ一応先生の家だ、問題ないだろ」

眼鏡「あ、えと……」

バスの中で、彼女の手を握る

男(女)「こんなに冷たくなるまで外に出すなんて……」

眼鏡「わ、私が悪いですから……」

男(女)「文句の一つもいいたくなるよ」

眼鏡「あう」

男(女)「このままだと風邪をひきそうだな……、早く家につかないと」

眼鏡「あ、あはは……、それもう、回避できないかなあ、なんて」

男(女)「……かもしれない。だが多少は症状もやわらげられればいいだろ」

眼鏡「……はい」

家の前に着き、やっとそこで思い出す

男(女)(あ、男だった……!)

保健室の先生をやっていたらすっかり忘れてしまうのだが、一応俺の中身は男なのだ
今この部屋に入ったら、間違いなくばれる

男(女)「ち、ちょっと外でまっててな、すぐ、すぐだから」

眼鏡「は、はい」

部屋に入り、申し訳ないと思いつつも玄関を閉める

男(女)「お、おい、いるか」

紳士「はい、おりますよ。ただいまとか、帰ったぞ、とか言わないのは珍しいですね」

男(女)「今はそんなこと言ってる場合じゃない、来客だ」

紳士「はあ、入れたらどうでしょう、貴方の家ですよ」

男(女)「俺の家だからだめなんだっ」

男(女)「どうにかならないか、この部屋を見せるわけにはいかない」

紳士「ああ、隠したいのですね」

男(女)「そうだ。うちの生徒だ」

紳士「なるほど……」

男(女)「な、なあ、どうなんだ?」

紳士「ええ、何とかなりますよ」

男(女)「ほ、ほんとか!?」

紳士「はい。貴方を男から女に変えたように」

紳士「この部屋も、変えることができます」

紳士「ただし、内部だけですが」

男(女)「それで十分だ、いますぐやってくれ」

紳士「分かりました」

ふと瞬きをした瞬間だった

男(女)「な……」

部屋は散らかった男の部屋から、がらりと様変わりしていた
物数の少ないシンプルな部屋だが、十分女性的であった

紳士「どうでしょう」

男(女)「大丈夫だ。すごいな」

紳士「ええ、これしきは」

男(女)「ありがとう。……じゃあ、入れるぞ」

紳士「はい。私は消えていた方が良いですね」

男(女)「そうしてくれると助かる」

紳士「では」

こういうときは紳士だな、と思った

男(女)「ど、どうぞ」

眼鏡「お、お邪魔します……」

おずおずと、入ってくる

眼鏡「わあ、先生の匂いが……」

男(女)「へ? あ、まあここで暮らしているからかなー」

男(女)「と、とりあえずあったかいモノを入れるよ」

男(女)「そのあたりに座ってて」

眼鏡「す、すいません……」

男(女)「いえいえ」

男(女)(おおお、おい、カップ、どこだ)

紳士(右上です。インスタントーコーヒーは左下の開き戸。ポットはすぐ目の前)

男(女)(そ、そうか、ありがとう。ってお前どこから話しかけてるんだよ)

紳士(細かい事は気にしないのです)

男(女)「コーヒーは飲めるか」

眼鏡「あ、大丈夫です」

男(女)「よかった」

男(女)(コーヒー以外だと何があるか分からんしな……)

紳士(紅茶がありますが)

男(女)(そ、そうなのか……。とりあえず、あとはこっちでやるからつっこまなくていい)

紳士(承知)

男(女)「えーと、それ飲んだらお風呂に入った方が良い」

眼鏡「お、お風呂、ですか!?」

男(女)「ああ。冷えた体を温めないと」

眼鏡「そ、そうは、言いましても……」

男(女)「あ、着替えか……」

俺はタンスをちょっと漁ってみる

男(女)「このパジャマなら着れるかな、ちょっとだぼつくかもしれないけど」

男(女)「下着は……」

眼鏡「あ、あの、代えの下着は、その、持ってます」

男(女)「あ、ああそうか。ならいいな」

眼鏡「あ、う……」

男(女)「じゃあ、風呂沸かしてくる」

眼鏡「……はい」

男(女)「あれ、風呂沸いてる……アイツの仕業か」

男(女)「今回ばかりは絶対に覗くなよ」

紳士(ご安心を、紳士ですので)

男(女)(はいはい)

男(女)「風呂、沸いてたぞ」

眼鏡「え!?」

男(女)「あー。ほらあれだ。タイマーでセットできるみたいな。セットしたの忘れてた」

眼鏡「な、なるほど……」

男(女)「さ、入れ」

眼鏡「……」

眼鏡「あ、あの……」

男(女)「ん?」

眼鏡「一緒に、入りませんか……?」

男(女)「……」

俺が弱かったのか、甘かったのか

眼鏡「せ、せんせ、大きいですね……」

男(女)「そそそそそうですかね」

あなたも着やせするタイプですね、とはいえなかった

眼鏡「……?」

華奢に見えて、ついてると事はついていた

男(女)「ほ、ほら、そっちむけ、背中流す」

眼鏡「私が先にやりますよっ」

男(女)「ぐ、ぐう……」

彼女が動くので、余すことなく全身が見えてしまう

眼鏡「女の子同士なのに、何でそんなに顔が紅いんですか?」

肌は白く、綺麗だった

男(女)「いや、いや、いやあねえ……」

背中をごしごし洗われて、その姿はみえなくなったのだが、前の鏡には自分の体がうつっていた
それは潤沢に育った女のそれ

俺のものではない、それだった

男(女)(だから、これでお風呂に入りたくなかったんだ……っ)

自分の体に興奮する
その背徳感は、体をぎゅっと収縮させる

眼鏡「どうしました?」

男(女)「いや、なん、でも……」

くらりとするほど魅力的な女の体が、二つ
男の体は無く、意識だけがそこにある感覚

男(女)(頭が……)

視界がゆがむ
体感する感覚が、なにもかも桁違いだった

男(女)「こ、交代、だ」

とにかく鏡から離れなくてはいけない

眼鏡「あ、ありがとう、ございます」

彼女は嬉しそうに、前に座る
小さい
白い

眼鏡「ふふ」

あわ立てたタオルを彼女の背に当てる時、片手が彼女の腕に触れた
男のように硬くは無い
柔肌はもちりと弾力をもっていた

男(女)(ぐ、う……)

こらえるのが、精一杯だった
俺はゆっくりと、彼女の背中を洗っていく

体は女でも、中身は男
理性も欲望も、もちろん男でできていた

ぴしり、と何かが音を立てる

眼鏡「――ッ!?」

彼女の背中を洗っていたはずの両手は、いつの間にか彼女よりも前に

眼鏡「せ、せんせ……」

男(女)「私より、大きいんじゃないか……?」

眼鏡「そんなこと……んぅっ……ない、です……」

抵抗などあるはずがなかった

男(女)(何をやってるんだ……ッ!)

どうにかそれを押さえつけようとしたところで

男(女)(――な)

ぶん、と体が揺れて
そうあの時のように
女の体が、男の体へと、変わりだした

わけがわからない
左足は女で、右足は男
これは如何様な奇怪なのか

男(女)「振り、向いちゃダメ、だ」

眼鏡「え……?」

体が段々と男へ変わっていく
それも、まるで足から頭へと昇るようにして

男(女)(く、っそ……っ)

理性のタガが、ギリギリの状態で女を保っていた
だがそれももう、半々か

男(女)(そこも、かよ……ッ!)

腰までが、男となっていた
つまりそれが、既に現れている

眼鏡「な、なんか、あたって……」

体が火照り、頭が沸騰する
それらすべてを、吐き出したい

手が腰にそえらえた
俺は力を上にいれる

眼鏡「せ、せんせ……?」

おびえの混じった声で、彼女は俺の手に従うようにゆっくりと腰を持ち上げる
振り向くな、という命令はしっかりと聞き届けているようだ

眼鏡「ど、どうし……」

男(女)「だ、だめ……、目、瞑って……っ」

鏡から、姿が見えてしまう
彼女はけなげにも、目を瞑った

既に俺の両足は立てられていたその中心にあるそれは、彼女を確実に射程におさめている

手は柔肌を撫でた

眼鏡「あ、う……っあ……」

それをなぞるように、婀娜っぽい声が上がる
彼女はもう、腰を曲げて、上半身を壁で支え、そして両足で、立っていた

そのときふと、鏡に自分の姿映ったのが見えた

男(女)(まるで、獣……)

それを感じた時、一瞬すっと冷え切った瞬間
俺は勢いよく曇りガラスを開けた

眼鏡「せんせ!?」

バスタオルを引っつかみ、そのまま洗面所へと転げ出る

男(女)「あ、ああ……」

罪悪感に体が震えていた

男(女)「なにを、してるんだ……ッ」

しばらくおれは、動くこともできなかった

二人とも、寝巻きに着替えて、床に就く

体はもう、元に戻っていた

眼鏡「せ、先生……」

男(女)「ん……」

眼鏡「ご、ごめんなさい、私……」

男(女)「いや、大丈夫、だ」

眼鏡「私その、先生が、女の子同士でしたくなるって、知らなくて……」

男(女)「……」

そう取ってくれたのは、不幸中の幸いではあった
男になりかけていた事のほとんどは、彼女に悟られていなかったから

男(女)「今日は、もう寝ろ」

眼鏡「私その、先生、なら……」

男(女)「ばか、生徒と先生ってのは、いけない」

男(女)「おやすみ」

眼鏡「……」

翌朝、二人で登校する
ご両親には、朝電話をした

男(女)「なんでそう、ひっつく……」

眼鏡「先生が私に欲情してくれるんだな、って……」

男(女)「欲情言うな……」

ギクシャクしてしまうかと思っていたのに、まさかこう、転ぶとは思わなかった

眼鏡「えへへ」

男(女)「あー、あんまりひっつくなー」

眼鏡「いいじゃないですかあ」

眼鏡「私も、女の子同士もいいかなって、思いました」

男(女)「どうしてこうなった……」

黒髪「ち、ちょ、ちょ、ちょっとおおおおおおッ!?」

男(女)「うわ」

保健室につこうかというところで、見つかってしまった

黒髪「そ、それ、なんですか」

男(女)「あー、えーと……」

黒髪「二人でご登校……ですかぁああ……?」

眼鏡「はいっ」

男(女)(はいじゃないが)

黒髪「説明してください」

眼鏡「昨日先生に、お、お持ちかえられました……っ」

黒髪「――――」

絶句していた

男(女)「違、違うんだ、聞いてくれ」

俺は正しく、説明をする
ただし昨日の夜のことは伏せた

黒髪「鍵を……、なるほど、それなら、仕方な――」

眼鏡「一緒にお風呂も入ったじゃないですかあ」

もう何も言わないでください

黒髪「お、おふ、おふ……っ」

男(女)「い、いや、普通に、な。普通に」

眼鏡「えへへー」

男(女)「こんどほら、お前らも入ったらどうだ、なんならウチを貸してやるぞ……?」

黒髪「いいです。うちでやります」

黒髪「今日うちに泊まって。ね。わかった」

眼鏡「さ、さすがに二日連続で帰らなかったらおこられちゃうよお……」

ツインテ「おっ姉様ァとお風呂にィいいい――ぐッ」

黒髪「ね、おねがい。明日でもいいから」

ツインテ「おなかに、おなかにお姉様の拳が……」

眼鏡「う、うん、分かった……」

黒髪「よし、一緒に洗いっこしよう」

眼鏡「う、うん」

黒髪「よーしきまり! 楽しみだねー!」

男(女)「だ、大丈夫か、元気印の娘」

ツインテ「ま、まけないです……」

すいません、限界です
少しだけ寝かせてください


新・保守時間の目安 (平日用)
00:00-02:00 15分以内
02:00-04:00 25分以内
04:00-09:00 45分以内
09:00-16:00 25分以内
16:00-19:00 15分以内
19:00-00:00 5分以内

新・保守時間目安表 (休日用)
00:00-02:00 10分以内
02:00-04:00 20分以内
04:00-09:00 40分以内
09:00-16:00 15分以内
16:00-19:00 10分以内
19:00-00:00 5分以内

最悪日付変更するくらいには戻るよう努力する
途中で寝るような真似してほんとすまん

三人とも一度保健室にはあつまったのだが、HRが始まる前には教室へと戻っていった

男(女)「元気でなにより」

男(女)「よし、俺も仕事をしよう」

ぱらぱらと、ノートを開く
そろそろ、普段の仕事以外のことにも手をつけていこうと思った

男(女)「保健室だより、かな」

十一月号では、インフルエンザについて書くらしい

男(女)「インフルって、案外どうしようもねえからなあ」

とはいえ注意喚起があるとないでは、少しは違うかもしれない
俺は仕事をこなしつつ、内容を考えるのであった

冬の到来を感じさせる昨今である
窓を開けると、すうと寒い空気がはいってきた

男(女)「風邪引きそうだなあ……」

チャイムがなるごとに、グラウンドでは入れ替わり立ち代り生徒が走っていた
体育の授業では、どうやら体力づくりの時期のようだ

男(女)「先生大変だなあ、がんばれ」

二時間続けてグラウンドにいるのも普通に見かける
動いていればまだ暖かくもなるだろうが、大体は生徒を見守っているのだ
当然寒いだろう

男(女)「……あ。免疫力と抵抗力、なんて記事がいいかもな」

風邪対策、なんて

男(女)「よしよし、保険室だよりっぽい」

男(女)「イラストとか練習しておいたほうがいいんかな……」

保健室の先生が、段々と板についてきた気がする

栗毛「先生、こんにちはっ」

男(女)「はい、いらっしゃい」

男(女)「あれ、三時間目は?」

栗毛「その、体育なんです」

男(女)「サボりか? こら、いかんぞー」

栗毛「そう、なんですけど……」

男(女)「ん?」

栗毛「着替えに、教室にいるのが大変で……」

男(女)「ああ……なるほどね」

男(女)「今までどうしてたんだ?」

栗毛「体育の日は休んだり、影でこそこそ着替えたり……」

栗毛「いつも危うくて……。だから今日は、こっちに避難です」

男(女)「そうか、バレちゃいけないんだもんな」

栗毛「それも、そうなんですが……」

男(女)「ん?」

栗毛「女の子が着替えてるところに、いられない、っていうか……」

男(女)「ああ、そっち……」

栗毛「はい……」

栗毛「隠れて着替えるのはもう慣れてしまったからいいんですけど」

栗毛「問題は周りが女の子ということに、どうしても慣れないことで……」

男(女)「男として、ってことか」

栗毛「……はい」

男(女)「問題だなあ」

栗毛「だ、大丈夫な日もあるんですよっ」

栗毛「でもやっぱり……、気持ちがおかしなことになる事も多くて……」

男(女)「そりゃそうだよなあ」

男(女)「女の子の肌は、男には凶悪でしかないからな」

栗毛「はい……」

男(女)「一つでも大変なのに、それが十や二十もいたら……」

なんとなく、先日の風呂場の出来事を思い出す
体育の着替え程度ならばさすがに局部は見えていないとはいえ――

男(女)「……お前、よくがんばってたなあ」

栗毛「あ、あはは……」

男(女)「ちょっと興味本位で聞くんだが」

栗毛「は、はい……?」

男(女)「着替え中に、どうしても収まりがつかなくなった場合、どうするんだ?」

男(女)「その後の体育にも差しつかえが出そうだー、ってくらいの時」

栗毛「えっ!? あ、えーと……」

栗毛「とりあえず、教室からでます」

男(女)「ほうほう」

栗毛「……トイレに、駆け込みます」

男(女)「それでそれで」

栗毛「……」

男(女)「ほうほう」

男(女)「その後にトイレへ入った女子がいうんだな」

男(女)「なんだろうこのトイレ……、変なにおいがする」

男(女)「かいだ事のない……、でも、不思議なかほり……」

男(女)「じゅんっ」

栗毛「ち、ちょっと先生……っ!」

男(女)「ははは」

栗毛「ひ、ひどいですよ……」

男(女)「なに、男として話すなら、下ネタのほうがそれらしいと思ってな」

栗毛「ふ、普通の男の人って、こんな話ばっかりするんですか……?」

男(女)「ばっかりってわけでもないが、話せば大体は盛り上がるぞ」

栗毛「な、なるほど……」

栗毛「じ、じゃあ、やっぱり僕もそういう話をするように……」

男(女)「ああいや無理はするな無理は」

男(女)「体は男とはいえ、女として育てられたんだもんな」

男(女)「こういうのは苦手だったか」

栗毛「確かに苦手、ではあるのですが……」

栗毛「……じ、じつは」

男(女)「ん?」

栗毛「ちょっと雰囲気は違うのですけど……」

栗毛「女の子の中でも、そういう話は結構……でてたりして」

男(女)「む、それは詳しく聞きたいところだな、あくまで保健室の先生として」

栗毛「え!? い、いやその……」

男(女)「話しちまえっ。女ってのはどうなんだっ」

栗毛「あ、あの、えっと……」

男(女)「ええい、なんだ男のくせに女々しいなちょっとこっちこい」

栗毛「わああち、ちょっとなにするんですかっ!」

男(女)「なんだか俺も楽しくなってきた。ベッドでゆっくり話をきいてやる」

栗毛「な、なんでベッド!?」

男(女)「押し倒したくなった」

栗毛「ち、ちょ、先生、だめ、あ、ぁ」

男(女)「抵抗がよわいぞお。女の先生に押し倒されて本当はちょっといい気分なんだろう」

栗毛「ち、ちが……」

男(女)「さあ大丈夫、今は保健室には二人以外に誰もいない」

男(女)「洗いざらい話をしてごらんなさい。男から見る女の園は、どんななんだあ……?」

栗毛「せ、先生、ち、ちょ、や、ぁ、ぁああぁああああっっ!!!」

三時間目終了のチャイムがなった

金髪「体調を崩したというから様子を見に来てみれば……」

金髪「……何がありましたの?」

美しいブロンドの髪の持ち主は、さげすむような目で俺を見た

栗毛「ぁ……ぅ」

男(女)「……なんでも、ありません……」

男(女)(やってしもうた……)

栗毛の少年を見ていたら、つい女としてノってしまった
どうも彼は、受け身が良すぎるというか嗜虐心を刺激するというか

金髪「何もないにしては、服の乱れがすごいですけど」

男(女)「さ、さああ、なんでですかねぇ……」

放課後

男(女)「うーん、早退者おおいなあ……」

午後から、数名の早退者が現れた

男(女)「インフルエンザはまだ流行ってないみたいだし……」

眼鏡「風邪、ですかね……こほんっ」

男(女)「ああお前もじゃないか」

黒髪「だ、大丈夫……?」

眼鏡「はい、なんとか……」

そういえば、昨日の今日である
彼女が風邪をひくのは、仕方ない

男(女)「今日はもう帰れ」

眼鏡「……はい」

明日からは、忙しくなりそうだった

思ったとおり、翌日からは体調を崩す子が徐々に増えだした
ベッドで少し休憩をして体力がもどる程度の子が多くて、
大事というではないのだが……

昼休み

黒髪「あの子、今日はお休みだって」

男(女)「みたいだね……、早く良くなるといいけど」

黒髪「お泊り会、なしになっちゃったなあ……」

黒髪「残念」

ツインテ「なら私とッ!」

黒髪「んー、今日はお見舞いに行ってあげようと思うから、また今度ね」

ツインテ「ならそれに私もついていきますっ」

黒髪「うん」

黒髪「……邪魔にならないように、今日は引き上げますね」

男(女)「ああ、すまないな」

黒髪「いえ。では」

男(女)「ふうー……」

放課後、生徒が帰ってようやく、いつもの仕事に手をつける
結構残ってしまった

金髪「お疲れのようですわね、先生」

男(女)「お? どうした」

金髪「いえ、生徒会の雑務がありまして、帰りに少し顔をだしてみただけです」

男(女)「へえ、生徒会なんだ」

金髪「そうですよ。特に目立たないですけれど」

金髪「何か、手伝いましょうか?」

男(女)「あー……」

一瞬断ろうと思ったが――まだ仕事が残っている思うと、その前に少し話し相手がほしいなとも思った

男(女)「お茶でも入れてくれるとうれしいな」

金髪「分かりましたわ」

男(女)「もう五時だけど、時間はいいのか?」

既に辺りは暗い

金髪「いえ、むしろ少し、遅く帰りたい気分ですから」

金髪「それに私は車で送ってもらっていますから、電話すればすぐに車がきますわ」

男(女)「お嬢様なのね」

金髪「大したものでもありませんわ」

入れてくれたお茶をすすりながら、書類に向かう

金髪「お仕事のお手伝いは、出来なさそうですわね」

男(女)「そこで話し相手になってくれるだけで助かるさ」

金髪「そうですか。なら、お言葉に甘えまして」

男(女)「んー、休みが増えてるなあ」

出席簿を、ぱらぱらと捲る

金髪「もう冬ですからね」

男(女)「そうだなあ……、この前まで暑かったのに」

季節が過ぎるのは早いなあ、と思う

男(女)「……あ」

そこで久しぶりに、気づく事があった

男(女)「なあ、この人達、しってるか?」

金髪「はい?」

それは前に、謹慎といわれた一年線の子と――そして全く同時期から欠席をしている、二年や三年の数名
たぶん同じ理由での謹慎なんだろうな、とは前から当たりはつけていたが、
あまり話題に上がることはなかったのだ

金髪「……ああ」

前に眼鏡の少女に聞いたときは、良くわからないといわれたんだっけ

金髪「たしか、喫煙と暴行、いじめ……、噂には援助交際もあったとかいう不良のグループですわね」

男(女)「えっ……?」

金髪「初めて聞いた、という表情ですか」

金髪「教師なら、むしろ詳しく聞いていませんの?」

男(女)「いや、初耳だ」

金髪「……? ですがこの子たちは、丁度この謹慎がおこる寸前まで」

金髪「この保健室でたむろしていた連中ですが……」

男(女)「…………え……?」

金髪「皆怖がっていたのを、知っているでしょう?」

金髪「ですから、緊急の時以外はほとんど保健室は利用されなかったではありませんか」

金髪「相談事など、もっていけるような空気ではなかったですし」

男(女)「……ち、ちょっとまってくれ」

男(女)「いや、え……?」

金髪「全く記憶にございませんの?」

男(女)「い、いや……」

記憶にない――当然だ
俺がこの学校へ保健室の先生としてやってきたのは、この子たちが謹慎処分された後
その前にどうなっていたかなど、いないのだから知るわけが無い

男(女)(どういう、ことだ……?)

男(女)「一つ聞きたい」

金髪「はあ」

男(女)「俺はいつから、この保健室で先生をやっているんだっけ」

金髪「……不思議な事を、聞かれますね」

男(女)「深く考えず、とりあえず教えてくれないか」

金髪「かまいませんが……」

金髪「そうですね、さすがによく覚えておりますわ」

金髪「なにせ貴方がこの保健室の先生になられたのは」


金髪「今年の春から、ですもの」


ぞくり
背筋に嫌な悪寒が、走った

男(女)(忘れていた……!)

俺は何のために保健室で先生をやっていたのか
目的は保健室の先生になる事じゃない

紳士を自称するあいつが、何を隠しているのか
それを探ることだったんじゃないのか

紳士「おかえりなさいませ」

男(女)「おい」

紳士「おい、とはまた――」

男(女)「夕食は後だ、話を一つ進めるぞ」

紳士「……ほう」

男「“俺”があの学校へ行き始めたのは、いつだ」

紳士「“貴方”が行き始めたのは、二週間ほど前ですね」

男「そうだな」

男(女)「なら――“私”があの学校へ行き始めたのは、いつだ」

紳士「……」

男(女)「今年の、四月か」

紳士「……然様」

男(女)「……、……なるほど、な」

今でこそ、“俺”は“私”
しかし“俺”が“私”になる前は――


男(女)「“俺”は、誰を演じている」

紳士「はて、どういうことか」

男(女)「この“私”は、過去のある人物」

紳士「……ほう」

男(女)「しかし今の“私”の中身は、“俺”だ」

男(女)「だから、それまで中に入っていたはずの“本来の私”の記憶を、“俺”は“私”なのに知らない」

男(女)「では――過去にいた“本来の私”とは、誰だ」

紳士「……く、くくくく」

男(女)「もっと言ってやろう」

男(女)「俺は俺で、そして、彼女は彼女なんだ――つまりどちらも、別の人間。特定の、誰か」

男(女)「そして俺は、お前の力でそのどちらもになることが可能で、そして何故かどちらも演じる事ができる」

男(女)「……あたっているな?」

紳士「……く、くく」

男(女)「……」

紳士「……その、通り。大正解ですよ、お客様」

男(女)「やっぱりな」

男(女)「俺が女体化しているのではなく、既存の女性の体を借りている」

男(女)「そういうことだな」

紳士「それもまた、その通り」

男(女)「……ここまで来たんだ、答えろ」


男(女)「お前は誰で、“私”は誰だ」

紳士「……言ったでしょう」

紳士「私は、職業斡旋家の紳士です」

男(女)「……」

紳士「提供するのは貴方の言ったとおり、仕事そのものではなく」

紳士「誰かが歩むべきだった道、つまり人間そのもの」

男(女)「……そういうことか」

紳士「いやよく気づきました。貴方と彼女が別の人間であると」

紳士「ですがあ……」


紳士「チェックメイトには、程遠い」


男(女)「――ッ!?」

紳士「ええ、確かに気づいた事はほめました」

紳士「でもそれは、ごめんなさい。社交辞令のようなもの」

紳士「なにせこんなこと、最初の最初からヒントだらけだったのですから」

男(女)「な……ん、だと……」

紳士「不思議に思いませんでしたか?」

紳士「なぜあの学校にその姿ではいる事ができて」

紳士「そして誰にも疑われなかったのか、と」

紳士「いえ、思ってはいたのでしょう」

>ふと落ち着いて、思う
>状況の違和感が、ものすごい

>男(女)「……どうなってんだろうなあ、俺」

紳士「貴方はその違和感に気づいてはいた」

紳士「だが――考えていなかった」

紳士「十月号までの保健室だよりはだれがだしていたんですか?」

紳士「それまでの行事は誰が行っていたんですか?」

紳士「そもそもなぜ、こんな時期になって貴方の仕事がはじまった?」

紳士「ええそれこそそれまでの出欠確認は誰がまとめていたんですか?」

紳士「前任の担当? ならなぜ引継ぎが無い? 誰もいない?」

男(女)「あ……ぁ……、あ……」

紳士「考えなかった結果が、これ」

紳士「こんなにも遅れて、貴方はやっと気づく」

紳士「いかにあなたの目が、節穴だったのか、と」


男(女)「あ……、ぁああ、アアアアああああああああああああああああああああああああああああああ」

かくりと、膝をつく

紳士「……さあ、続けてください」

紳士「はじめに言いましたとおり」

紳士「これは貴方がやめなければ、終わらない妄想の魔法」

紳士「ですが、この問答でヒントは得たはずです」

紳士「ですからどうか、続けてください」

紳士「明確な答えはいまだ闇の中」

紳士「もう少し、先へ進んでみては」


紳士「いかがでしょうか」


幕が降りる
視界は段々と細まり
そして暖かな暗闇が、全てを隠したのだった

翌日

黒髪「どうしたんですか、先生」

男(女)「……いや、考え事を、な」

黒髪「そうですか」

朝は、自称紳士の男と話すことなく家をでた

男(女)(一体、何を隠してるんだあいつ……)

チェックメイトには程遠い、といっていた
つまりどこかにゴールはあるはずなのだが……

……分からない

男(女)「っていうか今、授業中だぞ。四時間目」

黒髪「なんだかやる気でなくって」

男(女)「嘘でもいいから体調不良とでも言えばいいのに」

黒髪「そこで寝てるじゃないですか、可愛い子が」

男(女)「寝てますね」

黒髪「気になったの」

黒髪「今日は病み上がりでがんばって学校に来たみたいだけど」

黒髪「すぐこれですし」

男(女)「……体弱いからなあ」

黒髪「生まれつきみたいで、仕方ないけれど」

男(女)「……そうなのか」

黒髪「……、なんか、上の空ですね」

男(女)「え? あ、ああ、ごめん」

黒髪「何に、なやんでいるんですか?」

何に悩んでいるのか
どう答えていいのか、難しいところだった

男(女)「んー、そうだな……」

男(女)「どういっていいかわからないんだな」

黒髪「はあ」

男(女)「そもそも、問題が分かり難いんだ」

男(女)「例えば……、そう、漂流教室のようなイメージ」

男(女)「突然右も左もわからない奇妙な状況に置かれる、みたいな」

黒髪「ふむ」

男(女)「うん、そうだな。その時に、どうすればいいのかな、って考えてた」

黒髪「小説でも書くつもりですか?」

男(女)「いやいや、そんなつもりは無いよ」

黒髪「まあ、鉄板でいうなら、状況の整理から始めればいいのでは」

男(女)「整理か……」

黒髪「何に関してもそうですけど、自分の持ち札がわかって無いと、そもそも何もできませんし」

男(女)「……なるほど。その通りだな」

黒髪「そのあとは、周りを見回して、何とかできるものを探せばいいんじゃないですか」

黒髪「勉強する時も、わからない部分を探しますし」

黒髪「そうすればほら、問題も浮彫りになる……と思う」

男(女)「そうだね」

前にエンピツで色をつけて文字を浮かした、なんて事があったなあと思い出す
真っ白では分からないけれど、回りを埋めていけば、いいのではないか

男(女)(……なるほど)

そういえば、今までは行き当たりばったり立ったなあと思う

男(女)「ありがとう」

黒髪「こ、こんなので役に立ちましたか」

男(女)「うん。順序立てる、ってことを忘れていた気がする」

黒髪「……そうですか」

クールな少女が、ふっと笑った

眼鏡「ふあ……」

黒髪「あ……、おはよう」

しかしそれも一瞬で、彼女はいわく可愛い子のもとへとててと走る

眼鏡「おはよう、ございます」

黒髪「よだれたれてる」

ティッシュも何も使わず、彼女は指でそっと、それをふき取った

眼鏡「わ、わわっ、き、汚いですよっ」

黒髪「そんなことないない」

とはいえ、そんな彼女達の会話も、四時間目にしかなかった
やはり体調不良の子は多く、忙しいのだ

ほっと息をつけるのは、放課後

男(女)「んー」

仕事を終えるまで、余計な事を考えている暇はあまりなかった
既に七時を回っている
部活動も終っているし、学校に残っている人間はもうあまりいないだろう

男(女)「……まあ、急がなくてもいいか」

俺が望むまで続く妄想の魔法
急ぐ必要は、ない

男(女)「校内の巡回でもするかなー」

養護教諭の巡回というのは、警備的な意味ではない
警備員は警備員で、いるからだ

俺がするのは、例えば掲示物の画鋲がとれていないか、とか
お手洗いなど汚れやすいところをちょっとみてみるとか
そんな程度

お気楽なものである

男(女)「ふあー」

あくびをしながら、ふらふらと歩く
学校を歩くのは、朝と夜の二回だけだ
昼間は保健室にばかりこもっているから、生徒で騒がしい廊下というのは、余り見ないなと思った

男(女)「ん」

教室の扉が開いていた

男(女)「鍵、閉め忘れたんかな」

金髪「……ごめんなさいね、こんな時間に呼んでしまって」

栗毛「う、ううん。大丈夫だけど……、どうしたの?」

少女が二人
カーテンを閉め切った教室の角で、向かい合っていた

金髪「……お伝えしたい事がありますの」

栗毛「えっと……?」

金髪「……貴方の事」

栗毛「え、……え!?」

栗毛の少女は、一瞬胸に淡い思いを抱いた
予想はしていたのだ
こんな時間に呼び出されて、そして「貴方の事」からはじまるその言葉を

――だが

金髪「貴方の事……知っている」

栗毛「……え……?」

金髪「貴方は……男、ですわね」

栗毛「な……なん、な……」

少女――いや、少年は、耳を疑った
まさか彼女から、そんな事を言われるとは思っていなかったからだ

栗毛「先生から……、聞いたの……?」

金髪「いいえ。先生は、秘密を守っています」

栗毛「な、なら、どうして……」

金髪「ごめんなさい」

金髪「私が、盗み聞きをしてしまったのです」

栗毛「盗み聞き……?」

金髪「ええ。あの日、貴方が先生に秘密を打ち明けたあの日」

金髪「私は保健室のベッドで、寝ていたのですから」

栗毛「あ……」

少年は思い出す
あの日ベッドのカーテンが二つ、しまっていた事を

栗毛「じ、じゃあ、もう一人の子も……」

金髪「おそらく、それはないかと。彼女はぐっすりと寝ていたと思います」

金髪「私が偶然、起きてしまっていただけの事」

栗毛「……僕が、注意していなかったから……」

少年は秘密を打ち明ける時、周りが見えないほどに焦っていた
だから気づかなかった

金髪「……そこで、貴方に持ちかけが、ございます」

栗毛「もち、かけ……?」

少女もまた、こんな形で話を持ち出すつもりはなかった
本当は「貴方の事」のあとに「が、好きです」と伝えたかった

でも、出来なかったのだ
彼女もまた、あとに引けなくなっていた……

ブロンドの髪を揺らし、少女は少年を壁際に追い詰める

金髪「ばらされたくなければ……」

金髪「私の言うとおりに、しなさい」

それは両者にとって甘いささやきであった

栗毛「そ、そんな、こと……」

少年は高校二年生という今の年になるまでずっと、女性に囲まれ過ごしてきた
大きくなるにつれて膨らむ男を抑えつつ抑えつつ、まるでその場しのぎのように

金髪「……ね」

だから少女の直接的な誘惑に、逆らえるどうりは無かったのだ

少女の手が、黒いタイツの上から少年の足を撫でた

なで上げるようにして、上部へ
スカートの中へと、侵入する

金髪「これ……?」

栗毛「ぁ……っ」

少女はその盛り上がりに、触れた

栗毛「だ、だだだ、だめ、だめだよ……ぅっ」

金髪「……」

少女は大きさを確かめるように、それを触れる
彼女にそのつもりは無かったが、それはまるで擦るようであった

栗毛「く……あっ」

金髪「ね、気持ちいいの……?」

栗毛「い、言えない、よ……、そんな……」

金髪「言ってごらんなさい」

栗毛「……っ」

さわり、さわり

金髪「気持ち、いいのでしょう……?」

金髪「ばらしちゃいますよ……?」

栗毛「ひっ……ぃっ……」

少女はもう、分かっていた
手の内で膨れるそれが、もう彼女の求める問いに答えていたからだ

それでも、声を、聞きたかった
――いや、言わせたかった

栗毛「きもち、い、い……です……っ」

少年は羞恥に、頬を紅く染める

金髪「ふふっ」

その言葉で、少女の知覚しない感覚が満たされる

嗜虐心と、支配欲
じくり、と腿の内が震える

少女は少年の頤に手を当てて、そっと顔を上げた

金髪「良い子、ね」

金髪「ねえ。いつもこんなふうにしていたの……?」

金髪「体育の時や、プールの時」

金髪「いいえきっと、普通の授業のなかでも……」

金髪「女の子達が回りを囲む中で一人、貴方はこんなふうに、求めていたの……?」

栗毛「ち、ちが……」

金髪「嘘は、ダメです」

少女はきゅっとしめるように、ソレを掴んだ

栗毛「うっ……うぅぁっ」

金髪「そうなのね……?」

栗毛「…………は、ぃ……」

金髪「ふふ。褒美よ」

少女は少年の耳元を、きらりと唾液の光るその舌で、舐めた

栗毛「はぁ……ぁ」

肺から空気がもれ出るような嬌声
それを聞くだけで、少女はじくん、じくんと、自信の内側の蠢きを感じていた

少年は、何かをもとめるように、足を捩る

金髪「何がほしいのです……?」

栗毛「な、なに……も……っ」

金髪「嘘はダメだといっているのに」

少女はもう、それの扱いを心得始めていた
さすっていたその手を、ぴたりと止める

栗毛「ぁっ……、くう……」

無くなった感覚に縋るような声のあとに、悔しさをにじませる呻き

金髪「ああ……」

彼のことを、支配している

ぞくり、と少女の体が、震えた

学校の制服は、ブレザーだ
少女はその前ボタンを、片手ではずす

栗毛「ぁっ……」

すぐにブレザーの前は開かれた
そのまま、シャツのボタンにも手をかける

金髪「ふ、ふふ……」

全てが外れると、少年の肌があらわになった
少女はその肌を撫でる

這うごとにあがる彼の声が、心地よかった

金髪「そうれ」

栗毛「……っっ!」

胸の突起へ触れると、彼はもう、声すら上げずに背を反らせた
じわりじわりと、その周囲をなぞる
ツメで、引っ掛ける
そんなふうに弄ぶ事が、たまらなく快感だった

少女はそこで、一つ思いついた

金髪「そこに、座りなさい」

床に座らせようかと迷ったが、ソレは少し彼がかわいそうだと思った
だから少年は、椅子に座らせた

金髪「行儀がわるいですが……」

少女は机に腰掛ける

金髪「足を、開きなさい」

栗毛「ふ、ぇ……っ!?」

少年はいやいやと顔を振る

金髪「……足を、開きなさい」

それでも、少女のもち札は彼を従わせるに十分だった
少年は顔をうつむかせ、両手で体を抱きながら、震える足をゆっくりと開く

金髪「スカートをたくし上げなさい」

栗毛「ぇ……っ」

少年はおずおずと、スカートの裾を持ち上げた
下着とタイツに隠されたままではあるが、彼の局部はもう、無防備

少女は履物を脱いだ
黒いタイツをはいた足を持ち上げると、彼女はそれを少年の局部へと押し当てた

栗毛「はっ……あぁあッ!」

金髪「どう、ですか……?」

栗毛「ぁ、ぁああ……」

金髪「答えなさい」

栗毛「……い、いい……、いい、です……っ」

ぞくり

金髪「そう」

足を、ぐいと押し付ける
指くねりと動かせて、さする

栗毛「は、ぁあ……っ」

足などで、こうもよがっている彼を見て、彼女は恍惚を覚えた
そして次第に、隠されたままではなく、全てを剥ぎ取ったその姿を見たいと、思った……

俺は壁に背をついて、頭を抱えていた

男(女)「俺が、ちゃんと注意していれば……」

本当は、男女だったのだ
もしあのような形で知られなければ
彼女達二人はもっと、まともな付き合いができていたはずなのに

男(女)(――ッ)

そのとき、足音が聞こえてくる事にきがついた
時刻は七時半
警備が、巡回する時間だった

男(女)(すまない……っ)

俺は悪いと思いながら
その教室の扉を、トントン、と、中にいる人間に聞こえる程度の大きさで、叩いた

そして俺は、足止めのつもりで警備の人と軽い世間話を交わしてから、保健室へと戻った

男(女)「無事に帰れているといいんだが……」

保健室で一人、ごちる

騒ぎは起こってないようだったから、おそらく大丈夫だろう

特に片方は生徒会の生徒だ
雑務で遅くなったとでもいえば何とでもなろう

男(女)「さて……、俺も帰るか」

俺は鞄を持って、保健室をでるのであった

男(女)「帰ったぞ」

紳士「おかえりなさいませ」

男(女)「……」

紳士「まだ怒ってらっしゃいますか」

男(女)「……もういい。俺がバカだっただけだ」

男(女)「挽回してやるからみてろよ」

紳士「おお、これは楽しみにしております」

紳士「ところで、夕食は」

男(女)「食べるかー」

紳士「ふふ、やはり食卓は複数で囲うのが良い」

男(女)「……そうだな」

翌日

男(女)「さて、整理だな」

保健室の仕事もそうそうに、状況の整理をすることにした

男(女)「俺は……」

現時点での俺は、二人存在する
“俺”と“私”だ
だたし、どちらも同時には存在できない
俺が女になれば“私”になり
俺が男になれば“俺”になるだけのはなしだ

これらは元々別の人間だったはずだが、何らかの理由で、一つになっている
いや、俺に統合されていると考えた方がいいだろう
なぜなら俺はどちらにもなる事ができるからだ

では、“本来の私”はどこへいったのか
問題はここだ

しかし、この問題に関して俺は有効な手札を持ち合わせていない
二人は別人である、という以上に迫る事ができない
だから俺は先日の問答で、負けたのだ

男(女)(なら、俺の持ち札って、なんだ……?)

“本来の私”が誰なのか分かれば手もあるのだが……そう簡単ではない

男(女)「なら、逆に“本来の俺”を考えればいいのかな……」

本来の俺は、ただのその日ぐらしである
社会人を少しやってはいたが、途中で会社が潰れて以降働いていない
とにかくその時の貯金で、今はその日暮らしをしていたのだ

知り合いも友人も、ほとんどいなかった

男(女)「だからこそ、“俺”を無視して、“私”に専念できるわけだが……」

つまるところ“俺”は――いてもいなくても、問題がなかった

男(女)「ぐ、そう考えるとつらいな……」

少なくとも“私”は、居なくなれば困る人間が出てくるのだ
誰も困らない“俺”とでは、雲泥の差だった

男(女)「家族とも連絡とってねーしな……」

家族すら困らないとなると、もうどうしようもない

住んでいるのは、三階建てのマンションだ
俺が住んでいるのは205号室
しかし204号室や104号室は存在しない
四や九はよく縁起が悪いとかで抜け番にされるが、まさにそれ

家賃四万円の1Kで、南向き

男(女)「ううむ、普通だな……」

趣味は――まあ、雑多に
普段はPCをいじったり音楽を聴いたりなどなど……
料理は余り得意ではない、たぶんあの紳士には負ける

男(女)「ううむ、俺自身の持ち札ってこういうことか……?」

なんか、違う気がする

男(女)「……実際に持ってるもの、っていうことかな……」

とすると最初に思い浮かぶのは――保険室の先生お仕事ノートだった

男(女)「うーむ」

これはもうすみからすみまで読みつくした
今更手がかりも何も――

男(女)「あ」

男(女)「“先生あのね。を目指すために”……だったか」

一番最後のページ、裏表紙。そのくぼみから浮き出た文字

男(女)「うーむ……」

先生あのね、とはどういうことか

男(女)「先生、あのね? ……かな」

話しかけられる先生、という事だろうか

男(女)「……む、もしそうなら……」

俺は勝手に思い込んでいた
このノートを書いたのは、あの紳士だと

男(女)「い、いや、違う……」

>男(女)「可愛い字、書くんだな」
>紳士「……人は見かけによらないというものです」

あいつは自分で書いた、とは言っていなかった
そしてただのマニュアルならば、“先生あのね。を目指すために”なんて書かない――つまり

男(女)「コレを書いたのが、“本来の私”……?」

一歩前進、だろうか

男(女)「そうか……、そういう先生になりたかったんだな」

ならばきっと、その人物は俺なんかより暖かい人間だ

男(女)「どこにいっちまったのかな……」

この姿は、俺にとっては殻でしかない
できることならば、本来の中身に返してやりたい

男(女)「まだ、ピースがたりないなあ……」

あいつを追い詰めるには、こんなんじゃ全然だめだ
もっとはっきりとした確証を……

男(女)「あと持っているものは……」

何度も言っているように、この代えられる体くらいか

男(女)「あー、あとそうだ……。一応部屋の模様替えも、できるか」

人を招く時くらいにしかつかえないけれど、一応持ち札ではある

金髪「こんにちは」

男(女)「んっ!? あ、ああ。いらっしゃい」

一瞬、昨日の事を思い出してどきりとしてしまった

金髪「何か考え事をしていらしたようですわね」

男(女)「ああ、少しな。体調不良か?」

金髪「いいえ。サボりですわ」

男(女)「は、はっきり言うなぁ……。生徒会の人間がそれでいいのか」

金髪「まあ、それでも生徒の一人ですし」

男(女)「ふむ……」

金髪「ところで……、保健室には今、お一人ですの?」

男(女)「え? あ、ああ。特に誰も居ないが」

金髪「……そう」

金髪「……昨日」

男(女)「……はい」

金髪「私たちのこと、見ましたわね?」

男(女)「……、……はい」

金髪「ノックをしたのは、先生?」

男(女)「はい」

金髪「そう」

金髪「……よかった」

男(女)「え……?」

金髪「ふふ、もし先生以外に見られていたら、大変でした」

金髪「もし違ったらなんて、とても考えてしまいましたわ」

金髪「とても助かりましたわ、警備の人がきていたのを、報せてくれたのですよね」

男(女)「う、うむ」

金髪「ありがとうございます」

男(女)「いや……、そのなんだ、あの場合感謝されていいのか、難しい」

金髪「でもそのおかげで見つからなかったのですから」

金髪「……もしかして、一部始終をみておられました?」

男(女)「い、いやそんなことはない。見つけたときに、少しだけ、だ」

男(女)「まあその、どうしたものかと困って、廊下にはいたが……」

金髪「ふふ、そのまま見過ごせばよかったのに」

男(女)「……ちょうど、君が彼の秘密を知った理由を、聞いてしまってな」

金髪「なるほど……」

男(女)「すまない」

金髪「……いえ」

金髪「アレを聞いたからこそ、私は悩みから一つ、解放されました」

金髪「……同性愛ではないのだ、と」

男(女)「そうだが……、しかしもっと普通なやり方があったと」

金髪「そんな事言ってたら、キリがありませんわよ?」

男(女)「む、そうだが……」

保健室の扉が、開かれる

金髪「あら」

栗毛「あの……」

男(女)「……いらっしゃい」

栗毛「昨日の……事、ですけど……」

金髪「やはり、ノックしたのは先生でしたよ」

男(女)「む、うむ」

栗毛「……そうでしたか」

金髪「昨日は、ごめんなさいね。つい、犯したくなってしまいました」

栗毛「お、犯しっ……」

金髪「ふふ。……嫌いに、なってしまわれましたか」

栗毛「.……え、えっと……」

栗毛「ううん……、そんなことは、ない、よ」

金髪「よかった」

栗毛「なんだかその、優しかった、から……」

金髪「あら、あんなことまでしたのに」

栗毛「そ、それはその、あの……っ! ぅ、ぅう……」

金髪「ふふ」

男(女)「……すまんな」

栗毛「い、いえ……、ここで話しちゃった僕もいけませんし……」

男(女)「しかし秘密がもれてしまったのは……」

栗毛「う……」

金髪「安心ください。別にバラしたりはしませんわ」

栗毛「ほっ……」

金髪「まあ、でも、それでたまにはゆすらせてもらおうかな」

栗毛「なっ!? そ、それは……冗談だよねっ!?」

金髪「ふふ、どうかなー」

男(女)「ううむ、まあ、悪い方に転がらなくてなにより……」

男(女)「あとはがんばれ、少年」

栗毛「見捨てないでくださいーっ!!」

金髪「……ところで、何に悩んでいたんですか?」

男(女)「え?」

金髪「ほら、さっき。何か考えているようでしたから」

男(女)「あ、ああ……」

男(女)「そうだな、アイツにも話したんだが……」

先日黒髪の少女と話したことを、伝えた

金髪「ふむ、なるほど……」

金髪「持ち札は分かったのですか?」

男(女)「うーん、大体……は」

金髪「もし考えても持ち札が思い浮かばなくなったら」

金髪「次の段階へ行ってしまえばいいと思いますわ」

男(女)「と、いいますと」

金髪「周りを見て、探す」

金髪「そうですね……、持ち札をつかって、実験をしてみる、とか」

金髪「一回限りでなければ、ですけど」

男(女)「なるほど……」

金髪「とにかく行動をしていかないと、お話は進みませんわ」

金髪「何に関してかは分かりませんが……」

金髪「がんばって下さいませ」

栗毛「あはは……、僕は彼女以上の事はなにもいえないけど……」

栗毛「悩み事が解決すると、いいですね」

男(女)「……ああ」

男(女)「ありがとう。頑張るよ」

男(女)「ただいま」

紳士「おかえりなさいませ」

男(女)「なんかすっかり、お前が居る事になじんでしまった気がする」

紳士「ふふ、それはより親密になった、ということでしょうか」

男(女)「違うよ、慣れだよ」

紳士「これはまたはっきりとおっしゃられる」

紳士「さて、夕食にいたしますか」

男(女)「ああ。たのむ」

紳士「かしこまりました」

夕食を食べながら、向かい合う

男(女)「やっぱりこれ、お前の書いた本じゃないよな」

紳士「はい、正解です。その保健室の先生お仕事ノートは、私の書いたものではありません」

男(女)「“本来の私”が書いたって事でいいのか」

紳士「然様」

男(女)「なるほどね」

男(女)「ふと思ったんだが」

紳士「なんでしょう」

男(女)「お前の言葉って、どこまで信じていいの」

紳士「私は嘘をつきません」

男(女)「……そうか。嘘はつかないが、のらりくらりとはかわすってことだな」

紳士「さてなんのことやら」

男(女)「だけど、正解を持ってきたときは、正解って言うんだよな」

紳士「はい。根拠をしっかりと提示していただければ」

男(女)「……やっぱり、お前ってなんなんだ」

紳士「今まで以上のお答えは、できかねます」

男(女)「じゃあ質問を変えて……、味方なのか敵なのか」

紳士「敵ではない、としか」

男(女)「ふむ……」

男(女)「仕事っていうからには、利益はあるのか」

紳士「ありますよ」

男(女)「それが目当てなのか」

紳士「まあ利益というからには、それ目当てでしょう」

紳士「副次的な利益も、含めて」

男(女)「ふーむ……」

男(女)「難しいなあ……」

紳士「そうでもないんですけどね」

紳士「ですが簡単なパズルも、解けるまでは難しくも思えるものです」

男(女)「ふむ……」

男(女)「まあ、いいか。ゆっくり解いていこう」

紳士「はい」

男(女)「……ところで、食後にアルコールがほしいな」

紳士「そうですね……、しかし切らしておりますよ」

男(女)「そうか、なら買ってくる」

男「よっ」

紳士「そちらでいくのですか」

男「さすがに夜だしな」

紳士「……そうですね」

さっと玄関まで移動して、靴を履く

男「……ん?」

がちゃり

男「あれ……?」

がちゃり

男「開かない……?」

がちゃり、がちゃり

鍵がかかっているのかと思って、見てみる
かかっていない

男「…………」

今の今まで、まったりと話をしていたことで、油断していたのか
ぞっと、背筋を凍らせるような感覚が走る

もういちどドアノブをひねる

がちゃり

男「どういう……ことだ……」

玄関扉はどうしても、開かなかった

男「……おい」

紳士「なんでしょう」

男「玄関が、開かない」

紳士「さあ」

さっきまでの穏やかな空気が、ぴしりと張り詰めた

男「何が起こっている」

紳士「……さあ」

男「……閉じ込められたのか」

紳士「いいえ」

男「……」

紳士「……」

紳士を名乗る男は薄く、微笑を浮かべていたのだった……

男「……」

一体、どういうことだ……

やつが嘘をつかないというの信じるのならば
今俺は、閉じ込められたわけではない

だが現に、出られない
俺はこの部屋から、出られない

男(女)「……まさか」

体を女に変える

そっと、ドアノブに触れた

男(女)「――ッ!?」

玄関はあっけなく、開いたのだった

男(女)「これは……、どう、いうこと、だ……」

俺は目を見開いたまま、振りかえる
紳士は先と変わらず、ただ椅子座って、背中を見せていた……

男(女)「お、おい、こ、これはどういう……!」

紳士「さあ、どういうことでしょう」

男(女)「俺は、どうなっている……!」

紳士「貴方は、貴方ですよ……?」

男(女)「なぜ本来の姿のまま、外にでられない」

紳士「さあ、なんででしょう」

男(女)「おいッ!!」

俺は掴みかかった

紳士「くっ……くくく」

焦った
心の底から、俺は焦った

たとえこの部屋で男になれたところで、外に出られないのならばそれは

“俺”という存在が居なくなってしまった事と、変わらない……!

俺は安心していた
いつでも男の姿に戻れるからと、安心していた

だから今まで女の姿で生活してきた
別人になったからといって、危機感を感じる事はなかった

だがその余裕はいま、瞬く間に恐怖へと転じる……

男「お、おいッ! 説明を……、説明をしろォッ!!」

紳士「説明もなにも。男の姿では出られない。女の姿では出られる」

紳士「それでけではありませんか」

男(女)「何故でられないかと聞いているンだッ!!!」

紳士「何故? くっくく……、自分で見つけたら、どうですか?」

男「お、お前……ッ!」

男と女、双方の体でぶれる
きっとはたからみたら“それはどちらだかわからない”


“俺”という存在は――どこへいった……ッ!?

問題が、最初から間違っていた

“本来の私”という存在はどこへいった?

これはあまりに、足元をみない問題提起

探すべきはもとより“本来の私”ではなく――

男「自分、自身……、だと……」

――自分自身

自分がどこにいるのか、分からない

最初から
そうそれは最初からだった

俺の中に二人存在する?――違う

自分でいっていたじゃないか
同時に存在できない、と

なぜなら俺は一人だから
俺という意識は一人だから、どちらかにしか、なれない

二人だと分かっているのは俺だけで、傍から見たとき、結局俺はどちらかでしか、なかったのだ
自分しかしらないそれを「二人存在している」なんて言えるわけが無い
結局そうだ

“俺”が“私”であるとき――“俺”は、存在していなかった……!

紳士「ね……?」

紳士「これもまた、最初から分かっていた事、でしょう」

紳士「今男の姿で外に出れなかった事は、いい機会でしたね」

紳士「その危機感が、貴方の間違いをしっかりと教えてくれたではありませんか」

男「き、っさま……ッ」

紳士「説明しろ説明しろと貴方は言っておりますが」

紳士「大体のことは、私から聞かなくても分かるんですよ」

紳士「最初は確かに必要事項をいくつかお伝えしましたが、それも最初だけです」

紳士「そうでしょう?」

紳士「だって私はそれ以外で結局――」


紳士「――ただの答え合わせをしているだけじゃないですか」

恐ろしいと、思った

一体奴はどこまで答えを隠しているのか
底の見えなさが、とてつもなく恐ろしい

男「それでも……」

紳士「……?」

男「それでもお前は……、敵じゃないと……、言うのか……ッ」

紳士「……はい」

男「お前は全てしっているんだろうッ!」

紳士「しっていないと、○も×もつけれませんからね」

男「……お前が……、お前がきたから、全てがおかしくなった!!」

男「お前が敵でなくてなんだというのかッッ!!!!!」

男「俺は、俺はどこへいった……ん、だよ……!」

紳士「……損な役回りです」

男「え……?」

紳士「私は敵ではない。なのに憎まれ役」

紳士「何度も言っているように――貴方と仲良くなりたいのですよ、私も」

男「……」

紳士「ですがそれも、仕方がない」

紳士「私はさながら、貴方が向かう問題集と対になる回答集」

紳士「その回答集をすべて私の裁量で開かれては、確かに不平も漏らしたくなるもの」

紳士「ですがきっと最後には」

紳士「貴方と仲良くなれることを、祈っております」

翌日

男(女)(……結局、この姿のまま学校へきてしまった)

いや――選択肢が、なかった

俺は男の姿のままで出る事ができない
外に出るためには、この姿しかない

眼鏡「先生……?」

昼休みには、いつもの面々が保健室を訪れていた

男(女)「ん……」

眼鏡「顔色、悪いですよ……?」

男(女)「そう、かな……」

黒髪「そうね、先生、少し休んだ方がいいかもしれない」

男(女)「大丈夫、大丈夫だよ」

栗毛「例の、悩みの件でしょうか」

金髪「かもしれませんわね」

黒髪「あ、貴方達も聞いたのね」

金髪「ええ」

ツインテ「何の話ですかお姉さまっ」

眼鏡「私も、聞いて無いかも……?」

黒髪「えっとね……」



ツインテ「……はあ、それはまた漠然とした悩みですね」

黒髪「そうね……」

眼鏡「どうにも曖昧で、なんといえばいいのか……」

ツインテ「わざとボカしてるんじゃないですか?」

眼鏡「え?」

ツインテ「話を聞く分には、もっとはっきりとした事態があるような気がするんですけど!」

眼鏡「……そうなんですか? 先生」

男(女)「あ、いや……。どう伝えていいものか」

黒髪「私の時もこんな事いってた」

男(女)「はは……」

ツインテ「いえですから……、起こってることをそのまま伝えればいいんじゃないんですか?」

ツインテ「わざとボカして伝えようとするから、伝え方わからなくなるだけのような……?」

男(女)「え、っと……」

たしかに、それはその通りであった
しかし、これはそのまま伝えるわけにはいかない

俺は実は男で、女に変身することができて、紳士を名乗る男がいて――なんて、言えるわけが無かった

金髪「私達が、信用に足りませんか」

男(女)「あ、いや……、そういうわけじゃないんだが……」

男(女)「ただ悩みを、どうにも伝え難いんだ」

眼鏡「……それは、言い難い事、という意味ですか?」

男(女)「……いや、そうでは、ないんだ……」

眼鏡「なら、何故……?」

男(女)「……あまりに、突飛すぎるんだ。問題が」

男(女)「例えばここで話したとして、きっと誰も、その問題を信じられない」

黒髪「でも現に先生は、悩んでいるじゃないですか」

男(女)「そう……、そうなの、だが……」

言えるわけが、ない

眼鏡「……先生。きっと、どんな悩みでも私達は、聞きますよ」

栗毛「うん。もし相談してくたら、真剣に考える」

金髪「そうですわね。伝え難いことなら、仕方ありません」

金髪「でもとにかく言ってみてくださればきっと、私達は先生のために協力いたしますわ」

男(女)「む……」

ツインテ「まー、お姉様がいれば、問題なんてすぐ解決ですよ!」

男(女)「……そうか」

黒髪「それはどうかわからないけど……」

黒髪「無理に、とは言いませんけど。でも、相談したくなったら、いつでもどうぞ」

皆がそういってくれることが、たまらなく嬉しかった

男(女)(だが俺は、裏切っている……)

“俺”は“私”じゃない
それがとてつもなく、心に響いた

男(女)「……分かった。一人で抱えきれなくなったら、たのむよ」

日曜日、休日

彼女達に相談できるかもしれない
それが心の余裕になったのか、俺はここ数日で、一つだけ思いついたことがあった

紳士「でかけられるのですか」

男(女)「……ああ」

それは休日にしかできない

紳士「どちらへ?」

男(女)「……“俺”はどこへ行ったのか。それを、確かめてくる」

紳士「……ほう」

男(女)「まだ詰めってわけじゃないが……」

男(女)「一歩でもコマを進めてくるよ」

紳士「それはそれは……」

がちゃりと、玄関から俺はでる

男(女)「行ってくる」

紳士「行ってらっしゃいませ」

電話でも、良かったかもしれない
だけど俺は、この目で確認がしたかった

電車を乗り継ぎ、乗り継ぎ
目的の場所へ、向かう

そこへは行って帰るだけで、一日が潰れる
だから、休日でなければならない

男(女)(どうなっているかな……)

いつぶりだろうか
俺は窓の外で移ろう景色に、思いをはせる

男(女)(この姿で、大丈夫かな……)

不安はあった

でもこの一手は、いままでのどんな一手よりも、意味がある

男(女)(もうすぐ、か)

俺は電車を降りた

駅の周りはそこそこに栄えているが、一時間も歩けば山の中
そんな、田舎の町

道は覚えていた
問題はない

一歩一歩を踏みしめて、そうして俺は目的地へ到着した

男(女)(実家へ戻るのは、いつ振りかな)

戻る、というのはおかしいか
今は女の姿なのだから

俺は深呼吸をした

男(女)(よし……)

そして、呼び鈴を鳴らした

母『はい……』

家をでてからもう何年も聞いていない母の声だった

男(女)「あの……」

俺は、“俺”の古い友達だと名乗った

男(女)「彼は今、どちらにおられますか……?」

返事まで、少しの間があった

母『住所のメモを、あげるよ』

男(女)「は、はいっ」

すぐにがらりと扉がひらいて、久しぶりの母の顔を見た
やせほそっていた

男(女)「これ、ですか」

母「……あの子にも、友達がいたんだね」

男(女)「あはは、一応は」

母「そうかい……。……いってあげておくれ」

男(女)「……はい」

その場所は、実家から少し離れていた

といっても、駅からバスがでていたので、それに乗れば二十分程度だったか

男(女)「……」

バスをおりる
そこは山の中だった

男(女)「…………」

もう、なんとなく、きづいていた

男(女)「こっち、か……」

俺は歩く
ゆっくりと、歩く

ああ、なんでこんなにも涙がでるのか

男(女)「ちくしょう……」

そうして、その前へと俺はたった

空は、青かった

寒々しい場所だ
人は誰も、見当たらない

ひゅう、と風が通り抜ける

男(女)「俺……、何、やってんだよ……」

そこは、墓地

男(女)「ふ、ふざ、ふざけ……」

男(女)「ふざんなァァ……ッ!」

目の前の石――墓石に刻まれた文字は、紛れも無く

男(女)「ちく、しょぉ……、ちくしょォおォオオオおおおおおおおおッッッッ!!!!!」

――俺の、名前


男(女)「うわァああァアあアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!!!!!!!!」


流れる声とともに、ボロボロと
涙があふれていた

だん、と墓石に頭をぶつける

硬い

男(女)「おい……、お前……、何やってんだよ……」

俺は、死んでいた

母から住所を貰った時点で分かっていた
そこにはこの場所の、墓地の名前が書いてあったからだ

男(女)「なんで、骨に、なってんだよぉ……」

まるで忘れ去れたかのような墓地
その中で、この石だけは少し、綺麗だった
最近おかれたからか、それとも掃除をよくされているからか
それはわからないけれど

男(女)「なあ、おい……、俺は――」

どこへ行ったのか

その問いの答えは、つまり

男(女)「ちくしょぉお、ちくしょぉおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオおッッッ!!!」

叫ばずに入られなかった

声にこたえるものは、風だけだった

火照った俺を冷ますように、ひゅう、ひゅうと、優しくふいていた

男(女)「……」

しばらくして涙は止まった
俺は目をはらしたまま、自身の墓石の前で、じっと空を見つめる

男(女)「……」

どうしていいのか、分からなかった

やっと一つのピースを手に入れたのに
俺は動く事ができなかった

いっそこのままここで死んでもいいのではないかと思った
どうせ俺はもう、死んでいるのだ

人の居ない墓地、目の前には自分の墓
うってつけの場所だった

男(女)「……く、う……、くそ、くそぉお……」

――でも、だめなんだ

まだなんだ
今はまだ、早い

今ここに居る俺は――まだ先に、進む事が出来るのだから

放心状態のまま、バスにのった

バスからは、連なる山々が見えた
こんな景色は、家を出て、都会に引っ越してから久しぶりに見る
だから、幼き日に毎日みていたそれも、今はどこか珍しい

男(女)「昔は、あの中を走り回ったっけ」

遠い記憶を霞の中から掘り起こす

男(女)「……」

いつか作った秘密基地は、どうなっただろうか
いつか埋めたタイムマシンは、どうなっただろうか

子供の頃にそうして作ったものは、すぐに忘れられていたような気がする
そのときが面白ければそれでよくて
次があるならばそれは、また新しいものを作る事

男(女)「誰とあそんだっけかな……」

色々な子が居たと思う

――その中に

何かを忘れているような、気がした

なんとなく、であった
そのまま帰る気にならなくて、俺はまだ、実家へと戻ってきてしまった

用事があるわけではないから、呼び鈴も鳴らせないのに

男(女)「……さむいな」

どうしよう、とおもった
このままいても仕方な――

母「……どうしたの」

――偶然か、母が、玄関からでてきた

男(女)「あ、いえ……」

どう答えるか、悩む

男(女)「その、……行って来ました」

母「そっか」

母「……おかえり」

男(女)「――」

声を、失った

男(女)「……はい」

いつ振りかに言われたその言葉はとてもとても嬉しかったけれど
ただいま、というのは何だが気恥ずかしかった

母「貴方……」

男(女)「はい……?」

母「前にも一度――来てくれたよね」

カチリ

時が止まったかと思った

母「あの時はごめんなさいね」

母「つっけんどんな態度とって、追い返しちゃって」

男(女)「え……?」

母「あれ、違ったかしら」

母「確かにインターフォン越しで顔は見て無かったけれど……」

母「ほら、たしか、一ヶ月くらい前」

なん……だって……?

男(女)「あ、えっと……、そ、そうでしたね」

話を合わせるべきだと、判断した

男(女)「あの時は、なんで……?」

母「恥かしいけどね、私、息子とは仲があまりよくなかったから」

母「突然家に来て、古い知り合いだなんていわれても、胡散臭さしか感じなくてね」

母「あの子、余り友達の多い人でもなかったと思うし」

母「息子の墓地を教えるなんてなると……、さすがに気がひけてねえ」

男(女)「そ、そう、でしたか……」

確かに俺と母は仲が良くなかった
あまり息子の知り合いと関わりたくないという気持ちもあったのかもしれない
そこにきて突然の来客だ、墓を教えたくないという気持ちもわかるし
追い返すのも、分かる

母「でもほら、二度もきてくれたから……さすがに、ね」

母「実際、嬉しいとも思ったし……」

男(女)「……そうですか」

男(女)「彼は、いつ、亡くなったのです?」

母「えーと、三月の終わりごろ、だったかな」

男(女)「三月の終り……」

男(女)「どういう理由で……?

母「理由は、私にもわからない」

母「ただまあ、前にも言ったと思うけど……、自殺ね」

自殺……、その可能性は、考えられた
なぜなら俺は、俺自身だ
何度も自殺したいと思っていたのを、はっきりと覚えている

男(女)「……前にも、っていうのは」

母「突き返しちまった時だよ。あの時に、自殺、ってのは言ったと思う」

男(女)「なるほど……」

男(女)「他に彼について、何か……」

母「そうだねえ……、私はあの子について、余り詳しくなかったから」

男(女)「そうですか……」

母「……あ」

母「そうだそうだ。たしかあれは、不動産屋から聞いた話なんだけど」

男(女)「はい」

母「あの子、丁度死ぬ前くらいに、引越しをしようとしていたみたいでね」

母「でも、引越し先が、だぶるぶっきんぐ? っていうのかな。になったらしいの」

男(女)「ダブル、ブッキング……? 二重契約ですか」

母「そうそう。で、うちの息子が断ったらしいんだけど」

母「そのあとにすぐ自殺しちゃったから、一応連絡があったのよ、ウチに」

男(女)「……205号室、ですか」

母「そうそう、確かそんな事、言ってた」

帰りの電車の中

男(女)(やはり無駄足にはならなかった……)

それどころか、ものすごい収穫である

男(女)(ダブルブッキング、ね)

確かに、その件はあった
でもそれは、母からきいて、今さっき、ああそうだっけ? なんて思い出したくらいだ

男(女)(たしか、そうなってしまったかもしれない、なんて話をしていた気がする)

男(女)(でも、そのあとすぐに問題がなくなったっていわれたんだ)

だから、ほとんど覚えていなかった
いつの間にか起こって、いつの間にか解決して
俺にはほとんど、関係の無い話だった……はずだ

男(女)(……ふむ)

しかし話自体は確かに、納得はできた
二重契約となった、できればこの件はなかったことにしてほしい、なんて不動産屋にいわれていたら
面倒くさい事の嫌いな俺は、なんの抵抗もなく折れただろう……

男(女)「ただいま」

紳士「お帰りなさいませ」

角の部屋、205号室へと俺は戻る

紳士「どうでしたか」

男(女)「上々だ。見つけてきたよ、“俺”を」

紳士「それはそれは。……お話を、伺いましょう」

男(女)「ああ。だが、なれないことをしたからかな、腹が減ってつらいや」

紳士「ふふ、では夕食をとりながらでも」

男(女)「そうしてくれると助かる」

すまん、限界くさい
一、二時間ほど仮眠をとらせてくれ

男(女)「……今日あったのは、こんなところだ。ごちそうさま」

紳士「なるほど。お粗末様でした」

俺は箸を置く

男(女)「……俺は、死んでいる」

紳士「……そうですね」

男(女)「やっぱり、自分の墓を自分で見るというのは……どうにも、胸糞悪いもんだな」

男(女)「お前と向かい合って、俺の考えもいっぱいあるのに、全然気分が乗らないや」

紳士「……はい。胸倉を掴むようないつもの勢いが少し、懐かしい」

男(女)「そうだな」

男(女)「自殺に関してだが……、これは俺のことだ、よく分かる」

男(女)「きっと自殺に、大きな理由はなかった」

男(女)「そのきっかけももちろん、本当にたいしたものでもない」

男(女)「これはもう、確信している」

紳士「……その通り」

男(女)「……。そのきっかけというは――」

紳士「――その通り」

男(女)「……」

男(女)「今思えば、そのときの俺はとても、馬鹿だった」

男(女)「でもそれは“今”だから思えるだけだ」

きっと、今の俺でなければ、自分の墓を見たところでなく事はなかっただろう
なぜなら自殺したいという気持ちは、ずっとずっと持ち合わせていたものだから
むしろよくやったとほめていた、だろう

ただきっかけがなくて死ねなかった、俺だったから

男(女)「……人とのつながりを持てた、今だから、馬鹿だなと思える」

男(女)「その思えるようになった、という意味では、感謝をしなければならない」

紳士「……感謝など」

男(女)「まあそう言うな」

男(女)「……」

おそらく、俺の持ち札は、ほとんど揃っている
これ以上、考えられるものが無い

俺はゆっくりと、深呼吸をする

男(女)「よし」

紳士「気合十分、ですか」

そう、俺は自身の死を見て絶望はしたが――

男(女)「ああ。これで、面倒くさい問答も、最後だ」

――俺の予想があたっているのならそれは、大したことではない

紳士「……ほう」

にやり、と紳士が笑う


男(女)「詰みにしてやる」

紳士「やれるものなら」

男(女)「まずは……、お前からだ」

紳士「私ですか」

男(女)「お前は、結局今でも、何なのか、分からない」

男(女)「だが――お前の領域を狭める事は、できる」

紳士「……」

男(女)「俺は勘違いをしていた。だから最初、だまされた」

男(女)「お前が一体何者か分からなかったから、何でも出来るモノだと思い込んでいた」

男(女)「例えば……、人の意識を操作する事も」

紳士「……」

男(女)「俺ははじめ、俺以外の人間の記憶を操作し、学校の人間に保健室の先生として認識させたものだと思った」

男(女)「何でもできるのだろうと思っていたから。あんな不思議なやつは何でもするだろうと思ったから」

男(女)「だが実際にお前の力にかかっていたのは、俺だけだ」

男(女)「前に確認したように、俺は、ただ“本来の私”を引き継いだだけだったのだから」

紳士「……」

男(女)「いや正確には、考えてはいなかった」

男(女)「確かに俺の目は節穴だったな。その時、そこまで考える頭を持ち合わせていなかったのだから」

男(女)「でも今、はっきりと二人の人間だと認識している今なら、それは違うと分かる」

紳士「ええ。……しかしそれは、ただの確認ですね」

男(女)「そうだ。これは前の確認。今の俺が言いたいのは、その先」

男(女)「薄々感じ始めたのは、あの子を俺の部屋に連れてきた日からだったか」

男(女)「お前はあの時いったな」

>紳士「はい。貴方を男から女に変えたように」
>紳士「この部屋も、変えることができます」

男(女)「ただし」

>紳士「ただし、内部だけですが」

紳士「……」

男(女)「内部だけ、と」

男(女)「お前、いつもこの部屋にいるよな」

紳士「……」

男(女)「……来てくれ」

俺は立ち上がる
彼は立ち上がらない

男(女)「……」

俺はそのまま、玄関へと向かう

紳士「……」

そうして、外に出た
外は日が暮れて、もう寒い

男(女)「男に戻せ」

そうつぶやく


――だが、何も変わらない

男(女)「こういうことだ」

男(女)「お前の力は全て――この部屋の中でしか使われない」

紳士「……」

男(女)「お前は何でもできるわけじゃない」

男(女)「結局、この部屋の中でしか力を使えないんだ」

紳士「……ではなぜ、貴方は外に出る事ができるのか」

男(女)「言うだろうと思った。……だがそれはその前にもう一つ、確認をしてから答える」

紳士「……」

男(女)「部屋を、女のものに変えてみろ」

しゅん、と音を立てて、あのシンプルな女性の部屋になる

男(女)「……では、俺のものに、戻してくれ」

部屋が、戻る

男(女)「……うむ」

男(女)「では――これ以外のものにしてみろ」

紳士「――ッ」

男(女)「……できないのか」

紳士「……」

男(女)「やはり、な」

男(女)「思ったとおりだ。これで答えは分かったな」

紳士「……」

男(女)「この部屋もまた、俺と同じだという事だ」

男(女)「まさにお前が言った“貴方を男から女に変えたように”というわけだ」

男(女)「つまりそう、この部屋は――」


男(女)「――“本来の私”の、部屋だ」

紳士「もう、分かっていて言っているようですね」

紳士「……ならば、答えましょう」

紳士「その通り。この部屋は貴方の言う“本来の私”の部屋。……正解、です」

男(女)「そうだな」

この部屋の事を、俺は完全に確信した

男(女)「……だが、それだけではお前は詰められない」

男「こっちの姿も、説明しなくちゃな」

紳士「……」

男「なあ。俺、死んだんだよな?」

紳士「……」

男「なのに俺はここにいるな」


男「なら、ここにいる俺は――誰だろうな?」

紳士「……貴方は、貴方です」

男「そうだ」

男「“この俺”は、死んでいない」

紳士「……」

男「なぜ?」

男「……もうここまでくれば言わずもがな、だな」

男「この部屋には、今確認したように二つの部屋が存在した、逆を返せば二つしかない」

男「そして、それぞれの部屋には一人ずつの人間、つまり“俺”と“本来の私”が存在する」


男「――この部屋は、重なっているんだ」

男「『“本来の私”がいるはずのこの部屋』と『“俺”が死なずに生きて過ごしたこの部屋』とで」


男「……そうだな?」

紳士「……く……っ」

紳士「……正解です」

男「そうだな」

男「俺はダブルブッキングの件で、薄々考えていたこの可能性に確信を持った」

男「もとより、この部屋には二人の人間のどちらかが存在する可能性があったんだ」

男「一人は俺。そして、もう一人こそおそらく……、“本来の私”だろう」

紳士「……はい」

男「そうでないと、説明がつかないからな」

男「こういうのは得意じゃないんだが……」


男「いわゆるこれは……パラレルワールド、というやつであってるか」


紳士「……、……」

紳士「その、通り……!」

紳士「いやはや、すばらしい。解かれてしまいましたね」

紳士「嬉しくて、……笑ってしまいそうだ」

男「む……?」

紳士「いえ、なんでも。さあ、続きをお聞かせください」

男「……」

男(こいつ、まだ何か隠してる……!?)

嫌な悪寒が走るが、俺は続きを述べ続けるしかなかった

男「と、とにかく。ならば俺が外に出られるのも簡単に説明がつくな」

男「重なったこの部屋が、丁度二つの世界を行き来できる場所という事だ」

男(女)「こっちの姿で外に出れるのは、元から“私”が存在する世界だからだ」

紳士「はい、その通り。正解です」

男(女)「……」

男「あ、いや、“俺”では外にでられなかったか……」

紳士「さあ、どうでしょう」

男「……?」

なんだ、この感覚

男「……ま、まあなんだ、つまりこういうことだ」

男「お前がよくわからん力で二つの世界をつなげられるやつで……」

男「世界はパラレルワールドで……、この部屋は重なっていて……」

口が、渇く

男「“本来の私”は、保健室の先生で、俺とダブルブッキングした相手で……」

男「それに俺が成り代わって過ごしていた……」

男「そ、それが、答え、だろ……?」

紳士「……」

男「答え、だろ……?」

紳士はただ、微笑んだ

男「……」

俺は彼を一瞥すると、玄関へ向かった

がちゃり

男「――ッ!?」

扉は、あっけなく開いた

それは別段俺の理屈を覆すものではなかった
むしろ安堵をもたらすはすのものであったのだが……

男「どういう、ことだ……」

不思議とそれは、恐怖になる

紳士「……どうもなにも、出られるだけ、ですよ」

男「で、出られないんじゃなかったのか」

紳士「あの時は、出られなかったですね」

紳士「覚えていますか」

紳士「あの時私、『今男の姿で外に出れなかった事は、いい機会でしたね』と、言いましたよね」

男「な……」

今このとき聞くと、まるでその言動は
「普通は出られるのに、あの時は丁度でられなかった、タイミングがよかった」
といいたげではないか……

男「……」

俺は勘違いをしていのか
「閉じ込められたのか」という問いに「いいえ」と答えたのは
女の姿なら外にでられるからだ、という意味だと思ったのに

「今男~」という言葉だって、俺が間違っていた事を気づかせてくれるいい機会だったじゃないか
という意味だと、思っていたのに

紳士「勘違いとは、よくあるものです」

男「お前……、わざと……」

紳士「嘘はついていませんよ」

男「……」

底が、まるで見えなかった

紳士「貴方のお考えは、ここまでですか?」

男「……」

紳士「……そうですか」

紳士は目を瞑る


紳士「残念です」

紳士「チェックメイトには――まだ足りないじゃないですか」


なんということだろう
俺はパラレルワールドを見抜いた時点で、勝ったと思っていたのに――

紳士「く、くくく……」

紳士「あんなにもドヤ顔で詰めてやるなんて言ってくださったから、私期待していたんですよ」

紳士「なのに、ここで弾切れとは……」

紳士「拍子抜けだ、と思わずにはいられません」

――それなのに彼は、まるでなんでもないというように、微笑んだ

言葉が、でなかった

紳士「さてっと、それで終りならば、私は夕食の片づけをしますね」

紳士な立ち上がる

男「ち、ちょっとまってくれ……っ」

紳士「はい?」

男「……」

何も、なかった
まるで弄ばれるような感覚がいやで、引き止めただけだった

紳士「ははは、そう落ち込まないでください。すくなくとも進んではいるじゃないですか」

男「……まだ、続けるというのか……」

紳士「……? 貴方が降りるなら、それでも構いませんが」

いい加減、頭がいかれそうだった
こんな底の見えないやつを目の前に、そしてその状況に

男「……く、そ……」

でも、降りるわけにはいかなかった

男(……知りたい)

――純粋に俺は、ヤツの隠す答えを、知りたくなっていたのだった

翌日

黒髪「やだ……かわいいっ」

眼鏡「わ、わっ」

黒髪「ぎゅうしてもいい? いいよね?」

眼鏡「ち、ちょ、もうしてるじゃないですかっ、ああっ」

すりすりすり

眼鏡「ぅ、ぁあ……」

黒髪「ネコミミをつけただけでこんなに可愛くなるなんて、やっぱり貴方は可愛いわ」

眼鏡「な、なんか日本語おかしくないですか……」

黒髪「いいの。ね、ポーズとってみてポーズ」

男(女)「保健室で、なにやっとるんだ……」

黒髪「スキンシップです」

男(女)「……そ、そうですか」

男(女)「なんでネコミミなんて代物があるんだ」

ツインテ「私がお姉様につけようと思ってもってきたんです!」

ツインテ「なのにお姉様嫌がって、しかたなく眼鏡行きです」

眼鏡「わ、私もいやだよ……」

黒髪「いいの、可愛いから」

男(女)「なるほど……」

男(女)「それはいいが、そろそろ一時間目の時間だぞ」

眼鏡「ほ、ほら、いこういこう」

黒髪「むー」

ツインテ「あとでお姉さまもつけてくださいね!」

黒髪「私はいいの、似合わないから」

ツインテ「似合いますから!」

眼鏡「う、うん、私もそう思うな」

男(女)「私もみたいな」

黒髪「えっ、いや、……うう……っ」

彼女達が保健室からでていく
あんな事があっても、月曜日の朝はいつもどおりであった

男(女)「さて、仕事だな……」

まだ降りたわけでも終わったわけでもないのだから当然ではあるが
ここがパラレルワールドと思うと、なんとも、不思議である

男(女)「うーんむ」

とはいえ今はどうしたって、保健室の先生だ

男(女)「こっちの方が、しっくりくるようになって来ちまったな……」

仕事を休もう、とは思えない
というより、行きたいと思うのだ

男(女)「でも、そろそろ終わらせないとな」

余り長引かせるのも良くないとは思っていた

男(女)「もう少しだけ、な」

放課後

金髪「先生」

男(女)「はい」

金髪「女として、篭絡の仕方を教えてはいただけませんか」

栗毛「えっ」

黒髪「えっ」

眼鏡「えっ」

ネコミミをつけるつけないとじゃれあっていた二人も、停止した

男(女)「……何を言っているのでしょうか」

金髪「堕としたいと、思いまして。彼女を」

栗毛「えっ」

そういえば、彼が男だと知っているのは、俺とブロンドの少女だけだったな、と思う

黒髪「先生、私も知りたいんですけど」

男(女)「そんな真剣な目で見ないでください」

金髪「大人の女性なら、その辺り詳しいのではありませんの?」

中身男です

男(女)「ば、ばっかやろ、そんな、そんなことはなあ……」

つーかそれ以前に、童貞です

男(女)「じ、自分で、学ぶもんだ、ぞ。と、年が違うと、色々違うかもしれないしな」

金髪「ふむ……」

栗毛「ひっ」

黒髪「むう……」

眼鏡「うっ……」

黒髪「ねえ、ちょっと」

金髪「そうですわね」


二人「ベッドかしてください」

男(女)「だめです」

ツインテ「お姉様、部活おわりましたよー!」

黒髪「あら、お疲れ」

ツインテ「はい! ってあれ、これはまたおそろいですか」

金髪「ええ、ちょっと女の色気の出し方を教えてもらいたくて」

ツインテ「それ私も気になるんですけどちょっとどいうことですか」

男(女)「そういうのは家でやれ家で……」

保健室は、騒がしい

ツインテ「あ、先生顔色よくなってますね」

男(女)「え?」

黒髪「ね。今日は元気」

金髪「お悩み事が、解決なされたのでしょうか」

男(女)「あーいや……」

男(女)「一週回って、もう何も分からなくなって清清しいっていうか……」

金髪「……逆でしたのね」

男(女)「うむ・……」

金髪「私達には相談、まだできませんの?」

男(女)「……うーむ」

確かにもう、一人でどうしようもない気はしていた
彼女達の手を借りるというのも手だが……

男(女)「信じてもらえないだろうし――」

ちょっとまて

眼鏡の彼女を家に招いた日を思い出す

男(女)(家に招いて姿を晒せば……、信じてはもらえるのか)

そういう手もあるにはあったようだ

男(女)(とはいえ、裏切るのとは変わらないからなあ……)

男(女)「――信じては、もらえるかもしれない」

黒髪「あれ、そうなの」

眼鏡「そ、それなら、ぜひ」

男(女)「う、ううむ……しかし」

金髪「……となるとそれは、ただの隠し事、ということでしょうか」

ストレートにいわれると、つらい

男(女)「そう、だな……。すまない」

白状するべきか、悩んだ
嘘をつくことくらい、ある程度はできる

でも、彼女達には嘘をつきたくないと思ってしまう

金髪「いえ、隠し事の一つや二つ、人ならいくらでもあるでしょうし」

眼鏡「そ、そうですよねっ」

その優しさが、辛い

ツインテ「それあれですか、言ったら嫌われちゃうー! 見たいな類ですか」

男(女)「……っ」

答えに窮する
それで、悟られてしまった

金髪「なるほど」

黒髪「別に嫌いにならないと思うけど」

眼鏡「も、もしそういうことなら……」

眼鏡「内容よりも、悩んでいる事を打ち明けてくれた方が、嬉しい、です」

迷った
すでに知られている以上、隠し続けるのはあまり釈然としない
それに、彼女達に嘘をつくのも、好ましくない

それにそもそも、問題の状況は手詰まり
人の手を借りるべきだとも、思った

眼鏡「たとえ……」

眼鏡「先生が実は男でした、なんてことがあっても」

男(女)「――!?」

眼鏡「あ、あれ……」

男(女)「い、いや……」

眼鏡の奥の瞳から、彼女は「ほ、本当ですか……?」なんて、聞いてくる
あのときに、感付かれていたのか……?

ツインテ「いやさすがにそれは無いんじゃないですかー」

黒髪「でも確かにたまに一人称が「俺」になってることもあるんだよね」

黒髪「うーん、そうなると少しなやむけど……、内容次第かな」

金髪「私は別にそれでも全然いいですけど」

栗毛「う、うん、それは私も大丈夫」

黒髪「許容範囲広いな」

金髪「ふふふ」



男(女)「……」

男(女)「みんな今日これから……」

男(女)「時間、空いているか?」

そうして、俺は部屋へと帰る

黒髪「さてどんな隠し事かなー」

ツインテ「部屋の中が人形だらけとか」

黒髪「こわいなそれは」

金髪「趣味ならあんなに悩まないでしょうに」

ツインテ「それもそうですねー」

男(女)「とんでもないぞ、本当に」

ツインテ「楽しみっ」

元気な娘は、完全に興味本位であった

俺はとりあえず先に一人で、中にはいる

男(女)「部屋、女の方にしてくれ」

紳士「来客ですか」

男(女)「そう。あと、最初は隠れといて」

紳士「了解いたしました」

皆を、部屋に上げる

眼鏡「お、おじゃまします」

黒髪「あれ、普通のお部屋だ」

ツインテ「人形いませんね」

栗毛「じ、女性のお部屋……」

金髪「何を今更」

男(女)「狭い部屋ですまないな、適当に座ってくれ」

俺はお茶を入れて、配る

男(女)「……さて」

男(女)「どこから、話をしようか……」

黒髪「端折るとわからなくなるので、こういう場合は全部です」

金髪「そうですね。真摯に拝聴いたします」

ツインテ「保健室の先生が元気なくなってたら、皆困っちゃいますからね」

栗毛「そうだね。解決できるか分からないけど……、真剣に聞こう」

男(女)「……話、重いぞぉ」

黒髪「どんとこい」

金髪「ふふ、如何様なものでも」

男(女)「……分かった」

まずは、話して聞かせよう
物語の、始まりから

眼鏡「……、先生……」

物語の始まりは、彼の一言

「お暇でしたら保健室の先生になってみませんか?」

あの日、“俺”は“私”となった

眼鏡「……っ」

黒髪「ほ、本当に、男……なんですか……?」

男(女)「あとで、見せるよ」

彼女達と出会って、日々を過ごす中で
自分がどんな状況に置かれているのかを、模索していった

“私”は、他の誰かであった
“俺”は、いなかった

ツインテ「ちょくちょくでてくる紳士っていうのはなんです?」

男(女)「それもあとで、紹介するよ」

この世界は、パラレルワールドであった
この部屋は、それらの重なる場所であった

そして俺は、死んでいた

短く感じていたそれも、話せばとても、長い物語

結構な時間がたったろうか
早めに保健室を出たとはいえ、既に外は真っ暗だ

男(女)「そんな、ところだ」

男(女)「……本当に、すまなかった」

裏切っていた事を、謝る
俺は女では、ない

金髪「見せて、いただけますか」

金髪「貴方の、素顔を」

男(女)「……」

俺は唇をかんだ
見せてしまえば、本当にあとに戻れない

男(女)「……」

俺はぎゅっと目を瞑る



男「……」

今までは話だけだったからまだ空気も和やかではあった

だがさすがにソレをみて

黒髪「わ、わあ……」

ツインテ「マジ、ですか」

眼鏡「……っ」

金髪「……」

栗毛「本当、だったんだ……」

男「……こういう、ことだ」

ツインテ「ちょっと触っていいですか」

男「こ、こら、変な所さわろうとするな、腕な、腕」

ぺたぺた

ツインテ「わあ、男だ」

男「男です」

ツインテ「いや驚いちゃって、とりあえず確認しなきゃって」

すたたたっ

眼鏡の少女が、すごいスピードで近づいてきた
耳元で言う

眼鏡「あああああのあのあ」

男「お、落ち着け」

眼鏡「あの時、やっぱりその、男性、に……?」

男「……」

無言で頷く

眼鏡「……っっっっ」

すたたたっ

少女は元の場所にもどって、顔を伏せてしまった

黒髪「……」

黒髪「あーーー!!! お、おふ、お風呂一緒にはいったって貴方!!!」

男「すまない……」

こればっかりは反論の余地も無かった

黒髪「……く」

ツインテ「え、なに、眼鏡とお風呂入ったの」

眼鏡「う……」

黒髪「あんた……ッ!」

ぎろり、とにらまれる
いつも先生と生徒として仲の良かった彼女から、こんな目を向けられるとは
……胸が締め付けられる思いだった

眼鏡「で、でも、まってっ」

眼鏡「先生、最初は嫌がってたの……、でもわ、私のわがままで、一緒に入ってもらって……」

眼鏡「そ、それに先生、その……、女の人として、先生として入ってくれたよ……?」

黒髪「……」

黒髪「男として、入ったわけではないの」

男「……もちろんだ」

中にはいって、男としての葛藤はあった
それでも、やましい気持ちで承諾したわけではない

黒髪「……」

金髪「今までを、思い出してごらんなさい」

金髪「この方が、一度たりとて、そういう目で私達を見たことがありましたか」

金髪「彼女――いいえ、彼は、与えられた役を、性別が違うにもかかわらず、ちゃんと演じていた」

金髪「そうは、思いませんか」

黒髪「……」

黒髪「女の先生として、なのね」

男「ああ」

少女はじっと、俺の目を見据えた

黒髪「……、……ふう」

黒髪「そう。そうね、分かった。それなら、今は不問にしてあげます」

男「……いいのか」

黒髪「実際は男、とはいえ」

黒髪「それでも貴方は、私達の知っている、保健室の先生ですから」

黒髪「でも一緒にお風呂にはいった事は……、女だろうが男だろうが、恨みますからね!!」

ツインテ「はいお姉様落ち着いて。どーどー」

黒髪「ふん」

金髪「ふふ、では、話を仕切りなおしましょう」

黒髪「そうね……、本題にうつりましょう」

黒髪「でもこれって……、もう一人を紹介してくれないと続けられない、ですよね」

男「そうだな」

男「おい、出てきてくれ」

どこからともなく、彼が現れる

紳士「ごきげんよう、皆様方」

それは紳士の佇まい

眼鏡「わ、ど、どこから……」

ツインテ「ううん、この方と先生の二人でテレビにでたら、マジシャンも涙目ですね」

紳士「ははは、そうですね。ですが私、大衆の前は苦手なもので」

ツインテ「得意そうなのに」

黒髪「さ、さっきから貴方、適応力高いよね……」

眼鏡「あ、あの、もしかしてこの前も、居ました……?」

紳士「ええ。貴方とは二回目ですね」

眼鏡「もしかして、毛布、かけなおしてくれました……?」

紳士「……さて、どうでしょう」

眼鏡「夢……だったのかな」

紳士は、にやりと笑う
それ、絶対こいつだ

眼鏡「あ、ご、ごめんなさい、本題のほうに」

男「そ、そうだな……」

黒髪「とりあえず、二つの世界があるってことでいいんですよね?」

紳士「然様」

黒髪「なら面倒くさいから、一旦二つに名前付けた方がいいかも」

黒髪「先生が女で、私達がいる世界を、“世界A”。もう片方の世界を“世界B”でいい?」

金髪「問題ありません」

男「わかった」

黒髪「世界Aと世界Bの違いは……」

男「分かっているのは、俺が死んでるか生きてるか、だな。世界Aでは死に、世界Bでは生きている」

黒髪「そうですね。ここでは先生の言い方を借りて“俺”にしておきます」

黒髪「……ん。“私”は生きているのですか?」

男「世界Bに関しては、分からない」

男「でも少なくとも世界Aで“私”の姿で外に出られるっていう事は、生きているってことじゃないか」

紳士「中身が違うものを、生きているというのであれば」

黒髪「あ……」

黒髪「そっか……、だから、“本来の私”はどこへ行った、なんだ……」

金髪「でも死んでいるわけではありません。中身は違えど、生きているから、生活を続けられる」

金髪「中身の違いはおいておき、ここでは便宜的に生きている、とした方がいいかと」

黒髪「そうね……」

金髪「他に、世界AとBでは、この205号室の主も違いますわね」

黒髪「うん。世界Bでは“俺”の方が。世界Aでは“私”の方が、それぞれ住んでいる」

栗毛「先生が生きていると、205号室は先生のものになる、ということ……かな」

眼鏡「ダブルブッキングしていたから……ですか」

黒髪「……いや、その時の“俺”が断るか断らないか、が分岐点かもしれないね」

金髪「いえ、それもおそらく違う……、“本来の私”の方が、断るか断らないか、ではないでしょうか」

黒髪「え……?」

金髪「……連絡は、少なくとも世界Bで生きた貴方には、あまりこなかったのですわね?」

男「ああ。ダブルブッキングはしていたが、いつのまにか解決していた」

金髪「となるとやはり、先に“本来の私”の方が折れた、と考えるが妥当かと」

金髪「もし“本来の私”が断らなかった場合、業者としてはとりあえず“俺”の方に話を持っていくはず」

金髪「そして“俺”は契約解消を望む連絡が来た場合に断る、と本人が確定している」

金髪「“俺”に選択が迫られた場合は必ず折れる、とするならば」

金髪「その分岐点は、相手にあったと考えるのが妥当です」

男「……なるほど」

男「先に向こうに話が持ちかけられ、彼女が断るか断らないかで俺に連絡が来るか来ないかが決まる」

男「『彼女が断る事』がイコールで『俺がこの部屋に住む』となるのだから、確かに分岐点は彼女にあった、となるわけだ」

紳士「ほう、これはまた……、良い生徒にめぐり合いましたね」

紳士「その通り。業者はまず、彼女へと話を持ちかけました」

男「なるほど、これで世界Aの“俺”が死んだのが三月の終りであった事にも説明がつくようになった」

男「自殺のきっかけは些細な事。……つまり、そういうことだな」

紳士「はい」

紳士「彼女の選択次第で、貴方が自殺するかしないかが決まる、ということです」

眼鏡「ち、ちょっとまってくださいっ。せ、先生はなんで、自殺をしたいと思っていたんですか……?」

男「ん……」

男「……今はもう馬鹿らしいと思う理由だよ」

男「今思えば、死にたいと思うなんて馬鹿げている」

男「でもきっと、俺と同じように思っている人は世界中にも少なくないはずなんだ。とくに、最近のこの国なら」

眼鏡「……何故、ですか?」

男「理由をコレだと決め付けるのは、難しい問題だ」

男「でもとにかく今は皆に会ったから、俺は死にたいなんて、思ってないよ」

黒髪「優しいけど、馬鹿なんですね、貴方」

黒髪「世界Aにきて保健室の先生やるまでは、自殺する気満々だったってことですよね」

男「む……、よ、よくわかったな」

黒髪「私達と会ったから変わった、って自分でいってるじゃないですか」

黒髪「さあ。話を進めましょう」

この子達を呼んでよかったと、俺は心底おもった
一人で悩み続けるよりも、思考のスピードが何倍も速くなる

ツインテ「あのー、私あんまり話についていけてないんですけど、ちょっと質問です!」

黒髪「ん?」

ツインテ「結局、何が問題なんですか?」

黒髪「ん……、確かにそうね。一旦それを抽出したほうがいい」

黒髪「最終目標は?」

男「こいつが隠してる事を全部暴くこと、だな」

紳士「別に隠してませんよ。私は答えを持っているだけです」

紳士「前にも言いましたが、必要なことは、私の答えがなくても見つける事ができるようになっていますから」

男「そうだったな。じゃあその必要な事、を見つけることか」

金髪「では今の時点で分からないものを考えればいいのでしょう」

ツインテ「この紳士が誰か!」

栗毛「神様?」

黒髪「悪魔っぽいけど」

金髪「何かの幽霊とかでしょうか」

眼鏡「ま、魔法使いだったり……?」

紳士「あー、そういう意味では解かなくていいですよ。あえて言うなら、人でない何かというだけで十分です」

男「人じゃなかった……だと……!」

紳士「いやそれは最初からわかっていたでしょう」

男「はい」

男「……となると問題は“本来の私”は誰、かな?」

金髪「そうですわね。……話を聞く限り、貴方と接点がありそうですけど」

男「あるけど……、思い当たらないんだな……」

黒髪「“本来の私”の情報は、聞いた中にはほとんどなかったわよね」

眼鏡「そ、そうですよね……、外見は分かるんですけど」

男「あとはこのノートくらいか」

金髪「先生あのねを目指すために、とは可愛いらしい先生ですわね」

栗毛「どんな人なんだろうねえ……」

男「……あ。お前ら、学校で見かけたことなかったのか? 四月からいたんだろ?」

金髪「ううん、前に言いましたように、保健室には近寄りがたかったので……」

男「あ、そうか」

眼鏡「わ、わたしも何度か登校したことがあるんですけど」

眼鏡「保健室は確かに、私みたいな人は入れなさそうでした……」

黒髪「私もそうね、全然係わりなかったし」

栗毛「同じく、です」

男「うーんむ」

金髪「これは、難しい……。手がかりになるようなものが、古い友達というくらいしか……」

男「うーん……、実家に俺を訪ねてくるような人、なんだよな」

男「俺も一応、知り合いがゼロってわけではなかったが……」

男「ここ数年――世界Aで俺が死ぬ前の数年――で付き合いがあった人は、俺自身の連絡先を知っているはずだし」

男「今の実家を知っているような古い友達となると、少なくとも中学生から高校生までの知り合いになる」

男「遠くはない距離だったが、中学にあがる時に一度、引っ越しているからな。それと、大学からは一人暮らしだったからだ」

男「とにかく中学にあがる時に、学区は変わったから、」

男「小学生時代の内に縁のなくなった友達は、今の実家をしらないはずだ」

男「となると必然的に、中学生以上高校生以下の時代に付き合っていて、同時に実家を知っている人間にしぼられるが」

男「その数少ない中で、今の時期になって実家を訪ねるような人間を、俺は知らない」

男「というか、そもそも女性でそんな知り合い自体いない」

ツインテ「モテなかったんですか」

男「残念ながら」

男「んー、こじ付けで無理やりに縁のありそうな人間を思い出してみても、やっぱり男しかありえないな」

ツインテ「安心してください、私も異性の友達いません!」

男「フォローになってんのかそれ」

黒髪「つまりまとめると……、友達が少ない、と」

男「はい……」

黒髪「その中で思い当たる人がいない……。って、それ手詰まりじゃないですか」

金髪「ですわね……、幼馴染という線も、引越しの件でつぶされていますし……」

金髪「何か忘れているとか、ありませんか」

男「うーむ……」

眼鏡「難しい、ですね……。どこからはじめていいのか」

手がかりがあまりに少なかった

ツインテ「あのー」

男「ん?」

ツインテ「“本来の私”は誰って話ですよね?」

男「ああ、そうだな」

ツインテ「……」

彼女はしばり、うーんと悩んでから、言った


ツインテ「……ならなんで、この部屋を調べないんですか?」

男「……は」

黒髪「…………え」

金髪「…………ああ……」

ツインテ「あ、あれ、私なんかおかしいこと言いました!?」

それはなんと――

紳士「くっくくく……」

男「なんてこった……」

金髪「灯台下暗し、ですわね」

“本来の私”を調べるために、何が一番適切かって
……本人の部屋に、決まってるじゃないか

男「理屈で考えようとしすぎて……、全然思いつかなかった」

黒髪「そうか、そうよね、まさにここに、彼女の事があるんじゃない……」

黒髪「よくやったわ! あとでぎゅうしてあげる」

ツインテ「お、おおお……、やったー!!」

そうして、捜索がはじまった

眼鏡「趣味は料理、ですかね……?」

金髪「料理の本がいっぱいありますものね」

ツインテ「んー、服装は割りと地味」

黒髪「可愛い小物が好きそうね」

男「あー、えーと」

今思えばまったく他人の部屋なのだ、しかも女性の部屋に手をつけるとなると、消極的にならざるをえない

栗毛「あ、これ……日記帳……?」

金髪「おお! これは大収穫ですわ」

黒髪「よしさっそく見よう」

男「なっ」

眼鏡「ひ、人の日記をみるのは……っ」

男「そ、そうだよな、いかんぞ」

黒髪「そんな事いってる場合じゃないでしょーが」

男「はい……」

黒髪「三月の二三日から書かれているわね……、引越しした日がこの日みたい」

金髪「ふむ。とりあえず、最近の動向を見てみましょう」

黒髪「十月くらいでいいかな」

10/1
十月にはいっても、あの生徒達は保健室にいりびたる
……私が弱気だからいけないのだろうか
どうにもなめきられているようだ
私は保健室の先生にむいていないのかもしれない

金髪「……例の、不良かたがたでしょうか」

10/3
校長先生に相談をした
しかし、保健室の利用に支障はでていないと判断された
この程度は自分で解決してみろといわれた
あの子達は私の前以外では猫をかぶるから、大したことと思われていないようだ
もうとても長い期間、悩まされているのに

10/4
今日はあの生徒達はあまりこなかった
うれしい

男「……」

10/5
おきにいりの東側の窓の外を、ずっと眺めていた
あの子達に消えてほしい

10/7
月曜日は憂鬱だ
学校にいくのが、つらい
今日は生徒に頭を叩かれた
先生をなんだとおもっているのか

10/8
生徒が問題行動をおこしていたのが発覚した
全員が謹慎処分をうけた
消えてほしいと書いたからだろうか。全員、保健室に入り浸っていた生徒だった
私が、指導で  きなかったから だろうか
私の せ い だろう  か

10/9
謹慎処分者がまた増えたらしい。保健室で見たことのある名前だ
                 私のせい だろうか
入院した子もいるらしい、
   私のせい?
どうやらいじめから発覚したようだ
          誰か教えてください

10/11
問題が浮き彫りに 死 なるたびに、死にたくなる
私はなん 死にたい のために保健室の先生になったのか
  先生あのねをわすれたのか
死んで、もう 全 部   投げ出してしまいたい

黒髪「ここまで……ですね」

栗毛「こ、これ……」

ツインテ「す、すごい、なあ……」

日記の節々に、涙のあとがあった
引っかいたようなあとも見える

日記からは、“本来の私”の苦悩が、痛さを覚えさせるほどに滲み出ていた

眼鏡「せ、先生……」

ひし、と眼鏡の少女は俺の服の裾を掴み、顔を伏せる

男「入り浸っていた……、そういう、ことか」

今の自分がやっている保健室の先生とは、余りにかけはなれた姿
……いや、謹慎によって、保健室がリセットされた、と考えるべきだった

もとより入り浸っていた生徒は、謹慎により保健室から離れた
結果、普通の子達が入れるようになり、今ここに居る子たちが、保健室へとやってきた

男「リセット……。そうか、このタイミングで、俺が入れ替わっているのか」

紳士「……然様」

男「……」

男「まさか……」

“本来の私”はどこへ行った

嫌な予感が頭をよぎる
“俺”がどこへ行ったかの答えを、思い出す

男「……おい、どういう、ことだ」

紳士「……さあ」

男「……これ、は……」

男「い、いや、だが死んではいない、はずだ」

男(女)「ここに体が、ある。……彼女としての生活も、続けられている」

紳士「……」

金髪「……本来の中身は、いったい……」

男(女)「……っ」

男(女)「……気は引けるが……、他のページも、読んでみるしかない」

どこかに、手がかりが、あれば

後ろのページから、段々と前へ前へと、時間を遡る

九月はほとんど、十月とかわらない生徒への呪詛ばかり

男(女)「……ん」

9/19
彼のように自殺をする、というのも手かもしれない

男(女)「彼……?」

ところどころに、自殺とセットのようにして彼、というのが出てきていた

男(女)「……これか……!」

9/4
休日だから、勇気を出して、あの人の家を尋ねてみた
だけど、追い返されてしまった
そのときに聴いた言葉が頭から離れない
……彼は、自殺をしてしまったらしい
いつ? どこで? それもわからない
彼にまた会いたいと思って、もう十七年もたっただろうか
私のことを忘れていてもいいから、会いたかったのに
ひどいよ

金髪「……貴方の事、ですね」

男(女)「……ああ」

金髪「一七年前……。貴方が小学生の頃ではありませんか」

男(女)「…………ああ」

覚えていない
全く、覚えていない

男(女)「君は誰、なんだ……」

まるで思い出そうとすると、そこだけ隠されているような感覚

紳士「……」

紳士はなぜか、少しさめた顔をしていた

男(女)「続きを、読むぞ」

日記を、めくっていく

八月は夏休みだったからだろうか
呪詛は見当たらない
それよりも、一般的な日常の生活が、たくさん書かれていた
知り合いと遊びにいったとか、研修が大変だったとか

でも、保健室の事には、ふれていなかった

男(女)「……こ、れは……」

8/14
お盆休み、実家に帰る前に、私は昔遊んだ土地へと行ってみた
山がきれいな所で、昔とあまりかわっていなかった
いつも書いている彼とは、ここで出会ったのだけど、
四年生の頃に私が引っ越してしまってから、会えていない
そうそう、タイムカプセルを彼と埋めた
たしか彼は「これはタイムマシンだよ」なんていっていたっけ
今度一緒に開けようと言っていたのに、結局開けずじまい
今日は小さな宿にとまる

8/15
好奇心に負けて、一人でタイムマシンを掘り返してみた
そしたら、あとから入れたような缶の中に、手紙がはいっていた!
住所が書かれていて、もし見る事があったら連絡をください、って書いてあった!
いつ入れたものだろう、きっとずっと昔だと思うのだけど……
でも今日は、恥かしくて、尋ねることができなかった
近いうちに今度、勇気をだしていってみよう

男(女)「俺があとから、手紙を入れた……?」

金髪「なるほど……、これならば、貴方が言っていた中学生以上高校生以下の時代という範囲から、すり抜けられる」

男(女)「……全然、覚えていない」

紳士「……」

男(女)「なんでだ、まるっきり、まるっきり覚えてない……」

男(女)「どういうことなんだ……?」

金髪「まるっきり、ですか」

男(女)「……」

ページをまた、捲っていく

七月は後半は比較的落ち着いていたが、前半はつらそうだった
それでも、罵る言葉は見当たらない

六月後半もまた、少し辛い文章がみえたが、時間を遡るにつれて、明るい姿になっていた
生徒達に手を焼いている先生、といったような文面

五月はすべて、明るい
不良の生徒の話は、ほとんどでてこない
頑張っているのが、よくわかった

これはどの月も同じであったが、ちょくちょく“彼”がでてきた
八月の文面からさっするに俺の事をさしているのだろう
俺の住所を発見するまでは、連絡先がわからなかったらしい

とはいえ、書かれた昔の事を読んでも、俺は全くピンとこなかった

四月は一日も欠かさず日記が記されていた

4/28
保健室の先生の仕事は、今日も大変
でも、夢が叶って嬉しい
私は何か気づくたびに「保健室の先生お仕事ノート」に書き込んでいる
研修の時につくって、それからずっと使っている
本当は「先生あのねを目指すために」っていう名前にしようとしていたけれど
人に見られるかもしれないと思うと恥かしくて、やめてしまった
ただちょっとわるあがき
裏表紙に、あとをつけてやった

男(女)「……夢が叶って嬉しい、か……」

九月や十月の日記を読んだあとでは、その言葉がとても、つらい

男(女)「……」

たまらず、ぐっと拳を握る

日記を読み進めたことで、彼女の事をなんとなく、わかってきた
思ったとおり、心優しい人間のようだ

しかし彼女自身を見つけるための手がかりは、やはり何も、ない

男(女)「四月は、これでおわりか」

もう日記をじっくりと読んでいるのは、俺と、ブロンドの少女だけであった
結構な時間がたっている、すでに深夜だ

男(女)「あ、お、お前ら家に連絡は」

黒髪「大丈夫よ。知り合いの家に泊まってくるって言っといた」

黒髪「ここで寝てる二人も、ね」

黒い紙の少女を中心に、眼鏡の娘はよりかかり
元気な娘は、膝枕をされていた

金髪「私もメールで連絡していますし、この子も」

机に伏せて寝ている栗毛の少年の頭を、ブロンドの少女はそっと撫でる

男(女)「いつのまに」

黒髪「貴方が日記に集中している間に。結局一番よんでるじゃない」

男(女)「す、すまん、どうにも気になってな」

三月に入った
どうやら、学校始まる前は引継ぎ作業をしていたようだ

3/28
もうすぐ四月
早く生徒が登校してこないかな
とってもたのしみだ!

3/26
養護教諭は、狭き門
実家からはちょっととおいけど、やっと採用してもらった職場だ
がんばって、立派な先生になろう
あのねっていわれてやる

3/24
こちらに引っ越してきた事で、学校に行くのが楽になった
研修のために毎朝5時おきは、ちょっとつらかった
今日からは7時起きです

男(女)「……なるほど、な」

男(女)「さて、これで最後か」

一番最初のページへ、たどり着く


男(女)「――ッ!?」

俺は目を、疑った

3/23
今日から、日記をつけます

やっと勤務先近くのマンションに引越しをできた
業者の手続きに不備があったらしく、なんだかギリギリ
ダブルブッキングだったらしい
でも、相手の人が断ってくれたみたい
ありがたいけど、なんだか申し訳が無い

念願の角部屋だけど、相手も角がよかったのだろうか
なら、私は204号室でも良かったかもしれない
学校に近いし、家賃も高くないし、間取りは好きだし
角じゃなくても十分いい部屋だ

あ、そうそう鍵はいつもどおり、鉢植えの中に隠しました
なくすと、いけないからね

男(女)「……な……ッ!?」

金髪「どうなされました」

男(女)「そんな……、ありえ、ない、ありえない……ッ」

金髪「……?」


>住んでいるのは、三階建てのマンションだ
>俺が住んでいるのは205号室
>しかし204号室や104号室は存在しない
>四や九はよく縁起が悪いとかで抜け番にされるが、まさにそれ

男(女)「あ、あるわけがない……」

男(女)「204号室は……存在しない……ッ!」

金髪「ど、どうしたのです」

俺は頭を抱える
なんだ、なんだ、それはなんなんだ

男(女)「ないんだよ……、ないんだ……」

男(女)「203号室の次は、205号……ッ!」

金髪「204号室が、ない……?」

男(女)「こ、これは、なんだ!? この日記は、なんだ!?」

これは誰の日記だ?
205号室は“どこの205号室”だ!?

どういうことだ……? 何故存在しないはずの204号室でもいいと、書かれている!?

男(女)「これを書いたのは……誰だ……!?」

205号室に住んでいる“本来の私”だと思って、この日記をよんできた
幼い頃に知り合ったが、俺の忘れてしまった誰か

でもこのマンションに、204号室は
存在しない……ッ!!!!!

紳士「……」

黒髪「ど、どうしたの?」

金髪「204号室がないと、仰られて……」

黒髪「え……?」

おかしい、おかしい
204号室はないんだ、そんなもの見たこともない

俺は立ち上がる

紳士「……」

男(女)「答えろ……、この部屋は……、どこの、205号室だ……!」

紳士「……さて、どうか」

男(女)「のらりくらりとかわすつもりなら……、白か黒か、つけさせてやる……!」

男(女)「俺はこの日記から答えを読み解いた……」

男(女)「……この部屋、世界Aにおける“本来の私”の部屋、205号室は……」

男(女)「世界Bにおいて“俺”が住んでいた205号室とは、別物だ!」

男(女)「当たっているな!?」

紳士「……」

紳士「……別物。ええ、そうですよ。世界が違うのですから、別物でしょうな」

紳士「前にも確認したはずですが」

男(女)「……、ち、違う、そうじゃない……」

男(女)「そ、そうだ……」

男(女)「この日記の書き手が住んでいるのは、このマンションとは別の場所にあるどこかだ……!」

男(女)「世界Aと世界Bで、同じ場所にはないどこか別の場所の、間取りが全く同じの、違う部屋だ……!」

紳士「……」

この205号室で、もう半年は過ごしていている
その俺だから、分かる
204号室はこのマンションに存在しない

紳士「その勢いに、久しぶりでいいですね」

紳士「そうでなくては、私も○や×をつけるのに、やる気がでません」

紳士はしかし、前のような含みのある笑いはしなかった
乾いた、苦笑い

紳士「あなたのその解答は――」


紳士「――不正解です」

紳士「……正解していた答えを、何故わざわざ間違ったものにしたのか」

紳士「教えてほしいものですな」

男(女)「……っ」

そう、分かっていた
既に俺はこの二つの部屋が同一のものだと言っていて、もちろん正解ももらっている

男(女)「でも、おかしいだろ……!?」

男(女)「204号室は存在しない。でもこの日記では存在が示唆されている」

男(女)「そ、そうか、日記の書き間違いだな……?」

金髪「先生……」

す、と少女の手が背中に置かれる
俺は口だけ動かしながら、すでに机で、頭を抱えていた

金髪「落ち着いてください」

男(女)「で、でも……」

眼鏡「んん……、どうしたの……?」

男(女)「……」

眼鏡「先生……?」

紳士はただ、いつものように姿勢正しく立っていて
そして俺を、じっと見つめる

男(女)「どういう……ことだ……」

答えは分かっていた
でも、そんなはずが無いとおもっていた

男(女)「……20、4号室は……、存在……、しな……」

黒髪「先生」

ごつん

ツインテ「いてっ!」

膝枕をしていた少女が立ち上がったので、されていた少女の頭が落ちる

黒髪「204号室は――」

金髪「ま、待ちなさい。先生が、落ち着いてからで……」

黒髪「……でもどうせ、すぐ分かることでしょ」

黒髪「先生、204号室は」


黒髪「……この部屋の隣に、ありますよ」

男(女)「そんな……、馬鹿な……」

男(女)「お、おい、冗談、だろ……?」

金髪「……」

男(女)「……、見て、くる……」

俺はゆっくりと立ち上がると、ふらりふらりと玄関へと向かう

金髪「付き添います」

靴はかかとを踏んではいた
がちゃりと扉を開けて、部屋からでる

真夜中だ
空にはいつかのように、月が冴えている

男(女)「……これ、は……」

隣の部屋をみて、言葉を失う

男(女)「あ……った……?」

204号室が、そこにあった

男(女)「……ぐ、う……」

頭が、痛い
なんだ、なんだ、204号室は、なんだ

金髪「せ、先生」

男(女)「だ、大丈夫……」

部屋へと、戻る

男(女)「何で、だ……?」

何故俺は無いと、思い込んでいた?

黒髪「204号室に……何かあるわね」

男(女)「そう、なのか……?」

紳士「……ご自分で、確認なされたらどうですか」

男(女)「だ、だが、入れない……」

鍵などもっているわけがな――

男(女)「……まさ、か……」


>あ、そうそう鍵はいつもどおり、鉢植えの中に隠しました
>なくすと、いけないからね

俺は窓をあけ、ベランダへとでる
そこには、鉢植え二つ置いてあった

そこで育っていたはずの植物は、かれていた
もう何だったのかもわからない
世話などしていなかった、というかあったこともしらなかったのだから仕方ない

男(女)「……」

俺はそれを、適当に掘り返してみる

男(女)「……あ、った……」

しかしそれは、見慣れた鍵

男(女)「205号室の……鍵じゃないか」

隣、204号室のベランダをみるが、何も無い

眼鏡「あ、あの、先生」

眼鏡「もしかして……、貴方の世界で、という意味ではないでしょうか……」

眼鏡「日記を読みました」

眼鏡「204号室に何かがある可能性は……、貴方が、この部屋を借りた場合に、生じるのではないでしょうか……」

男(女)「……そう、だよな」

“本来の私”は角の部屋、つまり205号室を望んだ
しかし、相手が角の部屋を望むなら、204号室にする、と書いてあった

世界Aでは、彼女は205号室を手に入れた
では、世界B、俺が205号室を手に入れていた場合は――

一度部屋に戻る

男(女)「……」

男「こっちで、か」

眼鏡「わ、私も一緒にっ」

紳士「いいえ、それはいけません」

眼鏡「え……?」

紳士「貴方は、世界Aの人間でしょう」

紳士「彼が出る窓の外は、世界B。貴方は、いけません」

男「……外にでられるのは、その世界の人間だけ、ということだな……」

紳士「然様」

男「……わかった。一人で、いってくるよ」

紳士「ああお嬢様方」

紳士「彼が窓から出る時、そちらは見てはいけません」

紳士「外を視認するだけでも、それは別の世界にはいった事になってしまいます」

紳士「それは、危険だ」

金髪「見送る事もできませんか……」

紳士「はい」

栗毛「ふ、ふえ、何が起こって……?」

金髪「あら、いま起きましたの。では一緒に、向こうを向いていましょうね」

栗毛「え? う、うん」

黒髪「私達も、玄関の方を向きましょう」

眼鏡「……気をつけて」

男「大丈夫だよ」

ツインテ「んー、寝てて状況がよくわからんけど、頑張ってきてくーださいっ」

男「はいよ」

俺は窓を開けて、外へ出る

男「……」

今度は、205号室のベランダに、植木鉢はなかった
変わりに

男「204号室には、あるんだな」

俺はベランダの柵を登る

男「よっ」

そして飛び越えた
204号室の、ベランダへと、危なげに着地する

男「こいつ、だな」

枯れた花の植木鉢を、掘り起こす

男「……鍵、だ」

それは少し、俺の部屋のものと違う
204号室の、鍵だろう

男「あれ……?」

205号室のベランダにもどると、窓にはカーテンが引かれていた

男「……あかない」

窓には鍵がかかっているのか、中に入る事ができない
電気もいつのまにか消えているようで、中は見えなかった

男「……今は戻るな、ってことか」

俺はベランダ用のサンダルのまま、柵に手をかける

男「せーの」

ふっと、体が宙に浮く

どすっ

男「いてえ」

駐車場へと、着地する

男「えーと、あっちか」

俺はマンションの入り口へと向かった

見慣れた道筋をたどって、二階

204号室の前

目の前にしても、やはり目を疑う
俺はこの部屋を、ずっとないものだと思っていたのだから

男「……ふう」

三度、深呼吸

俺は震える手で、鍵を差し込んだ

かちゃり

男「あいた……」

あっけない

俺はドアノブに手をかける

がちゃり

男「……いくぞ」

そして、中へと入った

中は暗かった

俺は電気をつける

男「―-ッ」

その部屋は、どこか見たことのある

男「……“本来の私”の、部屋、か」

205号室と違うのは、東側に窓が無いこと
そこはただの壁だった

部屋の中には、誰も居ない

男「どう、いう――ぐっ!?」

ピキ、と、脳にひびが入るような感覚

男「あ、ぁあ……ッ」

もう一度、ひびが入る

男「――ッ」

また、ひびが
また、ひびが

……そうして、まるで砕け散るような感覚が、襲う

――十月も、半ばにさしかかろうかという時期のことである

俺は何も、する事がなかった
……いつものことだ

知り合いなど、大していない
友達と呼べる人間と、共に時間を過ごしたのはどれくらい前だろうか

男「……はあ」

男「いつ、死のうかな……」

なにかきっかけが、ほしかった
どこで暮らしていても付きまとう、自殺の願望
世界なんて、面白くない
このまま暮らしていたところで、何か将来があるとは思えない
金もどうせ、底をつく
ならそのまえに……

部屋のチャイムがなった

男「はいはい」

インターフォンから、聞きなれない名乗りを聞く
がちゃりと、扉を開けた

警察「どうも」

警察手帳を、見せられた

男「警、察……?」

何かやってしまっただろうか
一瞬、身構えてしまう

警察「ああいえ、お話をお聞きしたいのですが」

男「……はい」

警察「隣に住んでいる……」

隣人の名前など、しらなかった
だからこのとき、初めて俺はその名を聞いた

男「自殺……した……?」

隣の部屋で、女性が自殺した
彼女の仕事先から、連絡があって、捜査に来たそうだ
発見されたのは、今さっき

いやそんなことよりも、その名前が、重要だった

男「あ……、あぁ……」

彼女の名を、俺は知っている
時たま思い出す、昔の記憶
俺がとても楽しかった頃の、思い出
その中で笑っていた、彼女の姿

ずっと――また会いたいと、思っていた

彼女は、隣に、住んでいた、のか……

警察「彼女の遺品の中にこれが」

男「……?」

それは一枚の封筒
あて先に、俺の名前だけが書いてあった

警察「これが、結構な数あるんですよ」

男「……!」

警察「なんで、名前だけなのか分かります?」

男「……彼女……は、俺の住所を、しらなかった……」

覚えていてくれた
彼女はずっと、俺の事を、覚えていてくれた

忘れていると、思っていたのに

男「彼女と別れたのは……、小学四年生の、時……」

彼女が引っ越してしまったのだ
その日、いつかまた会おうといって、俺と彼女はタイムカプセル――いや、タイムマシンを作ったのだった

未来の自分達に、届きますように、と

警察「……それはまた、ニアミスですな」

会いたかった彼女が、隣にいて
半年間も、隣にいて

しった時には、もう

男「な、何故、彼女、は……」

警察「……仕事がうまく行っていなかったようですね。まあ、よくありますわ」

男「……何をしていたん、ですか……」

警察「えーと、それは個人情報だからなあ……」

男「お願いします……ッ! 教えて、ください……ッ!!!」

警察「ん、むう……」

警察「……養護教諭、だよ。保健室の先生。勤務先までは、さすがに簡便してくれよ」

男「保健室の……先生……」

彼女は、夢を、叶えた、のか……

何年も忘れていた、感覚
ぼろぼろと、涙があふれた

男「ああ……あぁああ……ッ」

なんと残酷な運命か
なんと非道な運命か

彼女は夢を叶え、そして俺を覚えていくれて、隣の部屋までやってきていたというのに……!

最期まで俺も、彼女も、気づく事はなかった
その上、夢を叶えたせいで、死んだ

こんなにも近くにいたのに……。たった一枚の壁をはさんで、隣にいたのに

男「……う、あああ……」

嘆かずにはいられなかった
声を上げずにはいられなかった

世界の誰もが、俺など気にしていないと思っていた
こんな世界、さっさと終わってしまえばいいと思っていた
全てがつまらない、全てが面白くない

生きている事に喜びなどなく
明日を追うことに生などなく

夢はどこかに、置き忘れた

男「ぁあ……あああああああああああああああ」

そんなくそったれな世界の中で
ただ一人、覚えてくれた人が

今はもう、いない

その翌日からだったか、俺にとって204号室は消えてしまった

おそろしく深い悲しみから、あまりに濃いつらさから
俺は身を守る術を、それしかもたなかった

男「……」

世界はゆっくりと、時を刻む
時間が進む中で、俺はただ放心して、前を向く

男「ああ……」

男「俺は……」

朝から晩まで、今日は何をしていただろう
何故こんなに放心しているのだろう
まったく、わからなかった

男「気が、抜けてるな、俺……」

男「しゃきっとしよう」

ぱんと、顔を叩く
その時、だった



紳士「お暇でしたら保健室の先生になってみませんか?」

男「保健室の、先生……?」

――くらりと、倒れそうになる

男「あ……れ」

そこは今さっき入ってきた、204号室

男「……ああ」

全てを、思い出した

男「そう、だった……」

俺は自ら、204号室を、忘れたのだった

男「……そう、か」

男「そういう、こと、だった、か……」

世界Aにおいて、彼女は205室の主となり、生きた。俺は、きっかけを得て自殺した
世界Bにおいて、俺は205室の主となり、生きた。彼女は、204号室に住み、そして半年後に、死んだ

彼女とは、俺の幼馴染
小学生時代に仲がよくて、でも、引っ越してしまった子

彼女が引っ越した二年後に、俺もまた引っ越してしまった
子供どうしだ。どちらも越してしまえば、これではあえなくなる
俺は危機感を覚えた

だから、タイムマシンなるものに、俺は追加で新しい住所をいれたのだ

男「ひさしぶりに、泣いたなあ……」

そんなことをいいながら、また、頬を伝うものがあった

男「ああ……」

俺は、204号室から、出た

そうして、隣
205号室のドアノブに、手をかける

男「とっくに、終わってたんだ……」

俺の世界に、彼女はいない
彼女の世界に、俺はいない

ただそれだけの、お話

男「ああ……」

自殺なんて、馬鹿のすることだ
きっとだれかが、泣いている

皮肉だった

男「ちくしょう……」



?「……お帰り」

俺は顔をあげた

男「おま、え……」

そこには、見知った顔があった
何せここ数週間、ずっと見てきた顔である

女「……おかえり。ひさしぶり、だね」

男「……お、え……?」

女「おかえりっていわれたら、なんてこたえるの?」

男「あ……っと」

男「ただい、ま……」

女「よく出来ました」

そこにいたのは、紛れも無い

男「なんで……」

幼馴染の、姿だった

男「ああ……」

女「もう、泣かないの」

その再会は、とてもじゃないが格好のついたものでは、なかった

紳士「お帰りなさいませ」

男「……なんで、お前……」

そこは俺の部屋だった
しかし、出て行ったときにいたはずの、少女達がいない

女「この部屋にはね、204号室の鍵をもっていないと入れないの」

女「私もね、君と同じように、“君”になってたんだよ」

女「そして、先にここまでたどり着いて、待ってたんだ」

女「えへへ、私の、勝ちだっ」

紳士「難易度は、同じ。どちらも相手の顔を覚えておらず、自分が誰なのか分からない」

紳士「ただ、彼女の場合、隣に自分の死体がありましたから、気づけばすぐではありました」

紳士「しかしながら貴方は日記を書いていませんでしたから、それが大変大変」

紳士「とはいえ貴方は、日記に気づくまでがながかったですが」

紳士「……いやそれにしても何より。よく二人とも、たどり着きました」

紳士「心より、賞賛を」

紳士「ああ、自己紹介がおくれました」

紳士「わたくし、死神の紳士でございます」

男「死……神……?」

紳士「はい。いったでしょう、私は解かなくて言い、と」

紳士「それは、イレギュラーだからです」

紳士「私はね、あの日あなた方を同時に狩るつもりでおりました」

紳士「別の世界ではありますが、世界A、世界Bにおいて、あなた方二人は同時刻に自殺する予定でした」

紳士「ですが調べてみれば、これはまた不憫なお二人」

紳士「死神の私もびっくりの、運のなさ!」

紳士「そこで私は考えました」

紳士「二人の命を刈りとる前に、少しだけ贈り物をしようと」

紳士「……お二人を、再会させてあげようと」

紳士「ですから、ね。人の世にない力で再会させてしまった事を、どうか、お許しください」

紳士「そうでもしなければ……あなた方二人は、そう、どうしても相容れない。再会することは、できなかった」

男「そう、だった、のか……」

紳士「言ったでしょう、敵ではない、と」

紳士「そしてほら、とてつもなく、損な役回りでしょう?」

男「……はは、そうだな」

紳士「仲良く、していただけますかな」

男「……おう」

女「ふふふー。私も5、6回くらい彼の事ひっぱたいちゃったよ」

男「あ、ああ、そうなのか……。俺は何回胸倉を掴んだかな……」

紳士「お二人とも、血気盛んでした、いやはや」

男「すまんな」

男「ん……、お前が死神だということは……」

男「俺達は、これからどうなるんだ?」

紳士「……ふふ、そうですね。貴方達は二人とも、死ぬ予定だったのですから」

男「そうだよな。お前が命を長引かせてくれていたわけだ」

紳士「……っふふ」

紳士「これより先の問題は、そう、オマケのようなもの」

女「オマケ?」

紳士「ここにたどり着くまでが、私が自分で用意した、百点満点の問題」

紳士「でも。そう。この問題、実はオマケ点がありまして」

紳士「実質、百五点満点。なんです」

男「百五点……?」

紳士「どういう意味か。わかったならば。私は五点を差し上げましょう」

女「ま、また解答しなきゃなの……」

男「ここにきて、か……」

紳士「さあ、全てを思い出して」

女「……」

紳士「簡単な、最後の問題」

男「……」


紳士「貴方達は、これからどうなるでしょう」

男「……」

女「……」

二人は、二人で、考える

男「こ、こうじゃないか……?」

女「ううん、たぶん……」

二人で、議論する

二人が思い返す、二つの物語
どちらも、とても面白く、そして、長かった

二人はたくさん、たくさん喋っていた
まるで17年分、一気に取り返すように

この世界はすでに、現実の世界ではない
だから時間は、たっぷりとあった

紳士(……百点でも、十分だったのですが)

彼らを再会させることが、目的だった
だけど私は……、死神のくせに甘い

私は最初から、それを用意してしまっていた
彼らが正解したら言ってやろう

こんなの、ヒントだらけでしたよ、なんて

男「一つ確認をしたい」

紳士「はい、なんでしょう」

男「俺が“俺”の姿で外に出れない時と、出れる時の二通りのパターンがあったな」

紳士「……はい」

二人は同時に、存在できない
俺達がこの紳士からもらったのは、それぞれの“人”という役目
世界にソレがあったから、俺は“私”の姿でそとにでれて、彼女は“君”の姿で外に出れた

どちらも、存在している人間を、演じたから、外を出歩けたのだ
新しい何かを、生んだわけではない

つまり

男「それは――既に彼女が“君”の姿で外に出ていたから」

男「で、あたっているな」

その世界に“俺”と“君”は同時に存在できない
だから、家から、出られない

紳士「……正解です」

男「よし」

これならば、そう
最後の問題にも、自信がつく

女「もう一つ、確認させて」

紳士「はい」

女「この、204号室の鍵をもっていなければ入れない部屋は」

女「私達を再会させるためにつくられた」

女「だから、再会を果たした私達がここから消えれば」

女「この部屋は、消える。……あたっている?」

紳士「……正解」

男「そう、か……」

女「……残、念……」

つまりもう、俺達は再会することが、できない

男「でも、ここで答えないわけには、いかない」

女「……うん。それを学んだのが、彼の問題」

紳士のだした最後の五点の、問題

答えは、出ていた

紳士「ふふ、もう、わかっているようで」

男「ああ。ドヤ顔でいってやるぜ」

女「貴方が楽しそうに私達に不正解を突きつけたお返しよ」

俺達二人は横にならんで、紳士に向かう


二人「これで――チェックメイトだッ!」


紳士「く、くくくく……!」

死神は、その本性をさらけだす。世界がぐるりと、回転した
この部屋は今、役目を果たし終えたのだった

――さあ、答えを、聞かせていただきましょう!――

この問題は、とても簡単だ……!

――ほう……!――

その答えは――

――ふ、ふはは……ふははははははは!!!!――-

――そう、そのとおり、そのとおり!! 死神をも辞さぬその答え、それでいいのです!!!――

――大ぃぃぃぃ正ッ解ッですッ!!!!!!!!!!――

崩壊する世界の中で、向かい合う

男「またいつか、絶対会おう!」

女「うん……うん……!」

分かっていた
それでも、会おうと、誓いたかった

女「きっと、きっといつか……」

男「ああ、きっといつか!」

俺達は、手を伸ばし
がしりと、つかみ合う

そしてすぐに、引き離された

離れ行く中で、叫ぶ

女「ずっと……!」

女「ずっと……ーーーーー!!!」

声はもう、聞き取れなかった

男「俺もだばか……!」

そうして、視界は、閉ざされる

朝目が覚める

男「ん……あ」

おきるとそこは、いつもの部屋
205号室だ

男「……そうか」

全ては終わっていた
だが、俺は生きている

俺はすぐさま走って、玄関扉を、がちゃりとひねった

男「ひらかない……」

紳士「さあ、なんででしょう」

男「……そりゃ、つまりそういうことだ」

紳士「……つれなくなってしまいました」

男「だってこの答えはもう貰ってるからな」

男「えーと、なら今日は……」

男(女)「こっちで行って、いいのかな」

彼の出したオマケ
それは、思い返すだけで分かってしまう

なぜなら最初から、言われていたから

>紳士「これは貴方がやめなければ、終わらない妄想の魔法」

問題の答えはつまり

男(女)「俺達はまだ死なない。か」

そもそも、彼は一度でも「制限時間」をだしたことはない

だから俺達はただ、魔法を続けることの宣言をすれば、良かった

男(女)「わるいことしちまったかな」

そのおかげで、紳士はいまだあの部屋にいるままだ

紳士「いえ。私の時間は、人の時間とは比べ物にもならない」

紳士「たまにはここで、貴方達が絶えるのをみるのも、いいでしょう」

男(女)「そうかい」

男(女)「なあ、いつまで生きれるんだ? 俺達は」

紳士「……さあ」

男(女)「ふむ」

俺と彼女は、もう会うことは出来ない
それでも、自分から死ぬわけには、いかなかった


俺は保健室へと向かった

男(女)「よっ」

眼鏡「あ、あれ、“俺”のほう、ですか……?」

男(女)「はは、正解」

金髪「昨日はびっくりしましたわ。帰ってきたと思ったら“本来の私”の方になってるんですもの」

男(女)「まあ、これからそっちの方が多くなるんじゃないかな」

黒髪「交互でもいいって言ってましたよ、彼女」

男(女)「いやいや、これは本来彼女の仕事だからな……」

男(女)「俺は俺自身を、がんばらなきゃいけない」

彼女と直接会うことは出来ないが、
しかしこうやって、誰かを介して、何かを介しては、伝える事は出来る

これこそ、この魔法の真価
今になったからできるわけじゃない
気づきさえすれば、最初からできたことだった

直接会う事が大変なだけで――彼女はいつも、近くにいる

栗毛「うう、でも、先生が来なくなるのはさびしいです」

男(女)「ちょくちょくはくるようにするよ」

ツインテ「楽しみに待っててあげますよ!」

男(女)「はいはい」

男(女)「さて……」

保健室の先生お仕事ノートを開く
すると、書き足しがあった

―― 一緒にがんばろうね!

男(女)「……、……おう」

俺はそのノートに、そう書き足したのであった

fin

乙!

なんとなく、だかぬし思い出した

お疲れ様でしためちゃくちゃながかったです
たぶん最長です

付き合ってくださった皆様がた本当にありがとうございました
保守してくださったかたにも、心より感謝を

見返すと誤字脱字が多く修正したいなとかすげーおもいます

あと一応最後にちょっとだけ宣伝をさせてください
現在フリーでエロゲ「玉響ノ花」を作ってますので、もしよければ完成し次第、プレイなんぞしてあげてくださいまし

それではそれでは、失礼いたします
皆さんお疲れ様でした!

>>990
わたしです

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