まどか「えっ?マミさん連休の予定無いんですか?」(381)

はい

キーンコーン… カーンコーン…

マミ (ふぅ。今日も終わりね…。宿題も無いし、時間が空いてるけれど……)

マミ (……ユザワヤでも覗いて帰ろうかしら?)

ガヤガヤ ザワザワ

「うん、あとで行くよ、先行ってて」

  「―――だから、―――だってさ! ビックリだよね!」

「えへへ、家族で出かけるんだ―――」

  「―――お前今度の連休どうする? 暇なら男だけで」

マミ (……そっか。もうそんな時期だったのね)

マミ (まだ先とはいえ……今年は連続しているわけじゃないけれど、三日間の休みが続くのだっけ)

マミ (連休か……また一人で暇になるわねえ……)

マミ (はぁ………)

バサッ トコトコ…

「ん、マミ帰るのー? ばいばい、また明日なー」

マミ「ええ、お先に失礼させて貰うわ。また明日ね」

マミ 「ん、マミ帰るのー? ばいばい、また明日なー」

マミ「ええ、お先に失礼させて貰うわ。また明日ね」

ビュゥ… カサカサ…

マミ (やあね、風が強い……。ああ、台風も近づいていたんだったかしら)

マミ (悪いことが起きなければいいけれど……)

マミ「気温も低いようね……? 一応、暖かい服の準備もしておきましょうか……」

トコトコ…

まどか「あ、マミさんだ!」

マミ「あら…鹿目さん、美樹さん、暁美さん。こんにちは」

さやか「こんにちはー。高校からの帰りですか?」

マミ「ええ」

まどか「あの、マミさんはこの後時間ありますか?」

マミ「え? 特に何も予定はないけれど…どうして?」

ほむら「これから私の家でだらだらしようと話していたのよ。マミも一緒にどうかしら?」

マミ「あら、嬉しいけれど……急に増えて迷惑じゃないかしら?」

ほむら「かまわないわ。あまりいいお茶は出せないけれど」

マミ「ふふ、そんなに謙遜しなくても。あなた最近すごく紅茶に詳しくなったじゃない」

ほむら「……バレてたかしら」

マミ「バレバレよ」ニコッ

さやか「あはは、ほむらあんたマミさんの家で紅茶を飲むときだけ、必ずいつものポーカーフェイスが緩むんだもん」

ほむら「…さやかにすらそういう指摘をされるのは、なかなかショックが大きいわね」

さやか「む、何だとぅー?」

まどか「もう、二人とも落ち着いて。さやかちゃんだって、マミさんにお菓子作りを伝授してもらってるのに。
    今日はそれをみんなで食べようって話だったよね」

マミ「あら、そうだったの?」

さやか「う、恥ずかしながら……。一応、人に食べさせても死なない事は確認済みなのであります……」

ほむら「安心なさい。もしもの時の119番とグリーフシードは準備万端よ」

さやか「ぬぬぬ、ちくしょー! ここまで言われて言い返せない自分の腕が憎いっ…!」

マミ「うふふ。美樹さんだって、うちに来る度に上達していたのは知っているもの。期待しておくわね」

さやか「あ、あはは、有り難い……ですけど、プレッシャーがっ……!」

ほむら「弟子に師の怒号が飛ばないことを祈ってるわ」

「「「いただきまーす!」」」

モグッ ムグムグッ カチッ……カタン

さやか「えーっとその……皆さん。どう、でしょうか……」

まどか「…うん! おいしいよ、さやかちゃん!」

マミ「ええ、良くできてるわ。確かな分量比でよく混ぜてあって、前はあった砂糖のざらつきやダマなんかはもう無いわね。
   ほどよくふくらんで舌の上で溶けるような生地……。ふふふ、上出来じゃないの」

さやか「し、師匠……!勿体ないお言葉で御座います……!」ウルウル

杏子「うん、文句なしにうめぇぞー」モグムグ

ほむら「驚いたわね。味は良いと思うわ。味はね。味は」ホムホム

さやか「繰り返すなっ! むむむ……分かってるってばさ。まだ何かどうも綺麗な色に焼けなかったり、型から外すのがうまくいかないんだよ」

マミ「まぁ、それはこれからの課題、といったところね。まずは何より美味しくなきゃ始まらないもの。
   第1段階は合格、ということで喜んで良いんじゃないかしら?」

まどか「よかったねー、さやかちゃん」

さやか「これからの課題として精進させていただきます!」ドゲッ

マミ「何も土下座しなくても……」

さやか「たはは、ここまで随分時間がかかったから、素直に嬉しいんで……ちょっと舞い上がっちゃってますかね……///」

ほむら「……で、いつのまに湧いて出たのよあなたは」

杏子「ん? 気にすんなよ」モグモグ

マミ「気にするわよ。……あまりに自然すぎて気づかなかったわ」

さやか「あんた呼ぼうにもケータイも何も持ってないから困るんだけど、気づいたらなぜか混じってるよねー。神出鬼没すぎる」

マミ「前に一回持たせてみたこともあるんだけど……」

杏子「あんなん使い方もよくわかんねぇしいらねえよ。このへんフラフラしてりゃ、あんたらには会えるからな」ムグムグ

さやか「もー、口にいっぱい詰め込みながら喋るのはやめなさいって。あんたは食い物の匂いだけは敏感に察知して顔出すのよね。
    ……おかげでま、毒味役には困らなかったんだけどさ」

ほむら「あら、それは可哀想に……いったいどんな酷いモノを食べさせられたのかしら、興味があるわね」

杏子「え? さやかの作る菓子はまぁ、よく焦げてたりするけど……わりとうまかったよ?」

さやか「………え?」

杏子「さやかが作ったケーキやらクッキーやら、いろいろ食べたけど、そんな酷く不味いってこたあなかったよ」

さやか「……はえ、え? ちょ、あんた毎回食べさせる度に結構ガミガミと文句言ってませんでしたっけ?
    あれてけっこうさやかちゃんのハートはグサグサと抉られ続けていたんですけど…!?」

杏子「そりゃー精進する見習いに甘い言葉はかけちゃいけねぇもの。でも嫌いじゃねぇよ、結構うまい」モグモグ

さやか「………」

マミ「これは……」

まどか「ティヒヒヒ……愛だねー」

マミ「愛よねぇ……」

ほむら「味覚障害ね……亜鉛不足じゃない?」

杏子「なっ……」

さやか「こっ、こら! あんたら、てきとーなことゆーなってっ! ほむらもさりげなく酷過ぎることを!!」

杏子「そ、そうだよ、何妙な事を……///」

ほむら「……じゃあ愛なの?」

さやか「ちーがーうー!!」 杏子「ちげーよバカッ!」

マミ (だって……)

まどか (元々のさやかちゃんのお菓子って……)

ほむら「……まどかも一口で泡吹いてノックアウトのアレ、食べたんでしょ?」

さやか「それよりはもっとマシになった後の話なのー!」

まどか「そういえば、杏子ちゃんってさやかちゃんと居る時にしか姿見掛けないんだよね、わたし……」

マミ「たしかにそうねぇ、私が見掛けてもすぐどこか行っちゃうけど、二人セットだと長くおしゃべりできるのよね」

ほむら「食べ物の匂いというより、さやかの匂いを嗅ぎつけてやってくる印象はあるわね」

さやか「ぬ……そ……そんな、ことは……」 杏子「ンの野郎………」

さやか「……きょ、杏子がっ! 変なこと言い出すからわけわかんない流れに!!」ガタッ

杏子「はぁ!? ふざけるなよ、さやかがしょっちゅうあたしにばっか味見させんのが悪いんだろ!」ドタッ

ほむら「痴話喧嘩するなら外へ出ないと撃つわよ?」ジャキッ

さやか「ちょ、ちょっと……ほむら君? ジョークを言うときは顔をゆるめてだねぇ……」ビクビク

杏子「うっぜぇー……」

マミ「はいはい、イジるのもその辺にしときなさい」

まどか「マミさんも結構ノッてましたよね?」

マミ「過ぎたことはいいのよ」

ほむら「二人とも顔が真っ赤ね……ちょっと冷ましたほうがいいわ。ほら、落ち着くわよ、飲みなさい」

さやか「うぅ……遊ばれてるぅ………」

トポトポポ……

――日も暮れてきて――

さやか「ふにゃー、ほむらの家はいつ来ても綺麗でいいよなあ」ゴロッ…

ほむら「あなたが汚さなければ、もっと楽に綺麗なまま維持できるのだけれど」

さやか「そ、そんなに汚してるかなあたし……」ゴロゴロ

ほむら「結構青い毛が目立つのよ」

まどか「そーやってゴロゴロするからだよ……」

さやか「スミマセン……でもこの空気、横になってだらだらしたくなるんだよ」

ほむら「まぁ否定はしないわ……。だらけるのはいいわね、ずっとこうしていたいくらい」

マミ「そうね。でも残念ながらもう暗いし、明日も学校……そろそろお暇しなきゃ」カチャカチャ

さやか「くぅー、時の流れはなんと残酷なのかっ!」

杏子「学校なんてめんどくせーもん行くからだよ、休んじまえ休んじまえ」ペラッ

ほむら「休めば明日も一日さやかとイチャイチャできるものね、貴女は」

杏子「………くそっ、何度も乗らねえぞ! その手には!」ドキドキ

ほむら「少しは学ぶようね」

まどか「でも、もうすぐ連休があるよ。そしたらたくさんだらだらできるよ!」

さやか「そうだ! あたしらには連休という救いがあった!」ガバッ

まどか「みんなで何かしよっか。せっかくの休みだし、いっしょに遊びたいなって」

さやか「ちょっと遠出したいねぇ。結局夏もあんまり出かけてないし」

まどか「いいね! あ、でもママ許してくれるかなぁ……」

ほむら「……マミは、連休は空いているのかしら?」

マミ「え? そうね……。予定と言えるようなものはないわ」

まどか「えっ? マミさん連休の予定無いんですか?」

マミ「…ええ。出かけたりするつもりはないわね」

まどか「なら丁度良かった! 一緒に旅行行きましょう!」

マミ「旅行……」

さやか「信頼ある先輩のマミさんが居てくれたら百人力ですよ! どこか行きましょうよ」

マミ (……そう、ね………)

マミ (誘って貰えたことは、素直に嬉しい……けど……)

まどか「……? マミさん……?」

マミ「あ………ごめんなさい。その、悪いけれど……遠慮させて貰うわ」

さやか「え………あ、やっぱり何か……予定が……」

マミ「いえ、そんなことは無いのだけれど……」アセアセ

さやか (……そういえば……夏休みも、結局一度も誘いに乗ってくれなかったんだよなぁ)

まどか (うーん……? おかね、の問題なのかな……)

マミ「ええと、その……」

まどか (でもマミさんすごく立派なおうちに住んでるし、困ってるようには見えないよね?)

まどか (うわ、こんなこと失礼すぎて絶対聞けないよ……!)

ほむら「………」

杏子「マミ、あんた相変わらず……」

マミ (……もういい加減、お茶を濁してもね………)

マミ「………私はね。…あまり簡単に、見滝原を留守にするわけにはいかないの」

杏子「はぁー、やっぱそんなとこか……」ドテッ

ふてくされたように横になり、会話の輪の外側に顔を向ける杏子。

さやか「杏子……?」

カチャッ… カタッ…
テーブルの上の食器をのろのろと片付けながら、呟くように続ける。

マミ「……まぁ、私自身の問題よ。……魔法少女が………どういう理由で、契約して……戦うか…」

マミ「そんなのは個人の自由だし……人に強制するつもりもない」

ほむら「………」

マミ「でも、私は……馬鹿らしいと思っているかもしれないけれど……。やっぱり、人を……助けるために戦っていたい」

マミ「……ふふ。くだらない、正義の味方を気取ってる……そんなことは分かってる……でも」

マミ「それは間違いなく私の本音。……その本音を裏切らないために、私はせめて自分の場所として……見滝原を守らなければならないのよ」

マミ「もし……この5人で旅行に出かけるとしたら、見滝原には数日の間、誰も魔法少女がいなくなる」

マミ「そして、その間に魔女の被害が何も生じないなんて……誰も保証はしてくれないでしょう?」

マミ「私はそれが……耐えられない」

マミ「だから、悪いとは思うけれど、旅行には行けないのよ。誘って貰えたことは本当に……とても嬉しく思ってる。
   ありがとう、でも……行けないの。ごめんね」ニコッ

ただの愛想ではない、決意の感じられる笑顔に、深い沈黙が降りる。

マミ「……お皿、流しに運んでおくわね」カタンッ トコトコ…

ほむら「…ええ。お願いするわ」

マミ「それじゃ、お先に。ごめんなさいね、今日は最後……空気、悪くしちゃって」

さやか「いえ、そんなことないです。こちらこそ、マミさんの気も知らずに……」

マミ「ふふ、ちゃんと言っておかなかった私が悪いのよ。それじゃまた……おやすみなさい」

ほむら「またね」

まどか「お、おやすみなさい! マミさん」

さやか「また明日!」

キィーッ……バタン…

ほむら「……はぁ、予想していた以上に厚い壁ね」

杏子「ほらな、前にしてやった忠告は間違ってなかったろ」ペラッ

さやか「……そうだよね、正義の味方だもん、簡単には休めないよね……。
    そのくらい気づかないなんて、あたしってバカだなぁ……」

まどか「でもこのままじゃマミさん……。困ったなぁ……」

さやか「うん……。何とかならないかな」

杏子「……あれで頑固なトコあるからな。諦めて、他の方法考えたほうが良いんじゃねぇかな」

まどか「うう……嫌がっているのに、無理を言うのは……良くないよね」

ほむら (それは……どうかしら……)

さやか「とりあえず今日はこの辺でお開きだね……。もう帰らないと親に怒られちゃうや」

まどか「うん、私も」

杏子「じゃ、二人とも送ってってやるよ」パタン

ほむら「それには及ばないわ。まどかは私が送ると前世から決まっている……ていうか貴女、戻ってきて夕飯でもタカりそうな口ぶりね」

杏子「いや、そんなつもりはないけど……コレ読みかけなんだよ。でも食わせてくれるってんなら頂くに吝かじゃあねぇな」ニヘラ

ほむら「結局食べるんじゃない……」

まどか「あはは……途中までは一緒だから、みんなで行こう?」

――週末、ショッピングモール――

トコトコ…

マミ (食材と、お菓子と、必要な物は……うーん、これだけあれば大丈夫かしらね?)

マミ (あしたは4人みんな来てくれるらしいから……ちょっと気合いを入れたお夕飯を作らなきゃ)

マミ (遠慮せずに、みんなでどこか行ってくればいいって言ったんだけど……)

さやか『駄目ですよ! あたしたちはマミさんと一緒に過ごしたいんです!』

まどか『そ、そうですよ、あのその、マミさんが……迷惑じゃなければ、ですけど』

ほむら『結局の所、楽しく時間がつぶせればいいのよ』

杏子『あたしは食いモンがあれば何でも良いよ』パリポリ

マミ (ふふ、慕って貰うのはくすぐったいうれしさがあるけれど……)

マミ (私は何も大した事、してあげられないのに、ね……)


マミ (……そろそろ帰りましょう。荷物も重いし)

帰り際、出口ドアの横にあるコーナーに目が奪われる。

マミ (……旅行……魅力的な響きよね)

北海道から沖縄まで、全国の観光地名リーフレットが並ぶ棚を眺めて寂しげに微笑んだ。

マミ (もう……覚えてないなぁ、最後に楽しく家族で行ったのは……いつだったかな……)

案内の内容に興味を覚えながらも、なんだか手を伸ばしてはいけない気がして……ただぼうっと眺め続ける。

マミ (許されない……? 違う。許してはいけない………)

マミ (私が……しっかりしなきゃね……)

誘惑を振り払うように踵を返し、マミはそのままショッピングモールを後にした。


「……そうよね。貴女はそういう人………」

「………それが悪いところでもあるのよ、マミ」


「…あ。……たい焼き、買い忘れてたわ………」スタスタ…

――マミホーム――

「「「お邪魔しまーす!」」」

マミ「はあい、いらっしゃい。待ってたわよ……って、あなたたちグチョグチョね……」

さやか「うひー、外すっごい雨ですよ!」

まどか「傘が飛ばされちゃったぁ……」

ほむら「まさかこんなに酷いとは思ってなかったわ……レインコートを着るべきだった」

杏子「…………う、」ヘクチッ

マミ「ちょ、ちょっとタオル持ってくるからそこで待ってて」トテテッ

杏子「んー、いいよ、そのうち乾くだろ」ゴソゴソ ペタッ ペタッ

さやか「こーらっ!」グイッ

さやか「床がびしょびしょになるから待ってろっての! じっとしてなさい」ペチッ

杏子「いてっ」

ファサッ
ゴソゴソ… ゴシゴシ…

さやか「ふー、すっきりしたあ」

まどか「すみませんマミさん、タオルありがとうございます」

マミ「どうってことないわよ。今お風呂沸かしてるから、とりあえず紅茶で暖まっててね」

まどか「ええ、そこまでは悪いですよ!」

ほむら「そんなに気を遣って貰わなくても良いのに」

マミ「だぁ~め、風邪引かれたら困るんだから。ふふ、時間はたっぷりあるし……そちらこそ気を遣わなくて良いの」

さやか「あはは……来て早速すみません」

マミ「部屋着に使ってるのをいくつか出しておくから…乾燥機終わるまではそれで我慢しててね」

ほむら「何から何まで悪いわね……」

ほむら「ふぅ、いただいたわ。暖まった……」ホワホワ

マミ「あら、おかえりなさい。そちらの鏡台にあるドライヤーを使ってね」

まどか「……」

さやか「ん? どうしたまどか、ぼーっとしちゃって」

まどか「ひぇ! あ、その…濡れた長い黒髪、すっごい綺麗だなぁって……ティヒヒ」

マミ「そうねぇ。これだけ長いのに痛みもなさそうだし……うふふ。大人の色気を感じるわね」サワ…

ほむら「…え、あ、ありがとう……///」

さやか「はぁー、かつてはこのさやかちゃんの嫁だったまどかも、もうすっかりほむらにメロメロだなぁー」ナデナデ

まどか「あわ、わ…/// もう! さやかちゃんには杏子ちゃんがいるくせに!」

さやか「こ、こら無理矢理そっちにもってくな! そんな関係じゃないって何度も言ってるじゃんか!」

ギャーギャー ワーワー

マミ「……? どうしたの、暁美さん。眉間にしわが寄ってるわよ。賑やかなの、きらい?」

ほむら「え、いえそうじゃなく……何でもないわ。気にしないで」

マミ「そう…?」

ほむら (借りたTシャツ……胸の部分が余ってるように感じるのは、私のコンプレックスのせいよね……多分)

杏子「…なあさやか、バカやってないで持ってきたゲームでもやろうぜ」

マミ「ゲーム?」

さやか「あ、そーだったそーだった。出そうか」トテテ…

ほむら「…大丈夫? 雨で壊れてないかしら」

さやか「はっはー、そこは抜け目のないさやかちゃん、二重ビニール袋で完全防備だ! マミさん、ちょっとテレビ借りていいですか」ガサゴソ

マミ「ええ、どうぞ」

まどか「あ、Wii持ってきたんだー」

さやか「みんなで遊びやすいし、まだ持ち運ぶの楽だからね」ガサガサ

マミ「へぇ、それが……。やったことないのよね」

まどか「マミさんはゲームとか、やらない人なんですか?」

マミ「そんなことは無いわよ。魔法少女になってからはそんなに時間もないし、やってないけれど……
   昔、64までならいくつか。……でもアクションみたいのは苦手で、RPGばかりね」

まどか「そうですか。えへへ、よかった……」

マミ (どうしても先に進めないと、すぐお父さんに泣きついてたっけ……)

マミ (……どこに仕舞ったかしらね?)

さやか「とりあえずは……」ウィーッ ポチッ


マーリオカート ウィッヒー!

さやか「マリカーでも」

杏子「しばらくやってねぇな。……大丈夫かな」ノソノソ

まどか「はいっ、マミさんもコントローラー」

マミ「え? で、でもやったことないわよ私」

ほむら「大丈夫よ。どうせ一人余るのだから、私が指導するわ」

マミ「あら、じゃ……お言葉に甘えて」

さやか「ふっふっふ、師匠相手でも手は抜きませんぜ……!」

杏子「……多分、大人げない、っつーんだよな。そういうの」

さやか「ふん、まだ大人じゃないもん。うら若き乙女だもん。
    まぁそいじゃ、ハンドル縛りってことでやりましょう」

杏子「…え? やったことねえよ、マジでかおい……」

テーッテレテッ テッテッテーレテレ

さやか「あたしもハンドルは辛いし……とりあえず50ccで慣らす?」

杏子「そうしてくれ」

さやか「4レース、コースはおまかせランダムで……と」

杏子「うーん、そんじゃ……ヨッシーでいいや」ヤホー ケロンッ

さやか「あれ、いつもバカの一つ覚えみたいにファンキーバウザー使ってたのに」オウケーィ

杏子「自信無いんだよ……」

マミ「この子可愛いわね」

ほむら「ベビーデイジーね。まあ、キャラクターによって多少性能差はあるけど……基本的には好きなのを選べばいいわよ」

マミ「そう、それなら」ハハッ イェーィ

まどか (キャサリンって何で人気無いのかな、こんなにカワイイのに……) ア゙ーゥア゙ーゥ

ほむら「そう、それがアクセル……で、アイテムがこのボタン。ドリフトはオートにしたから、まだ気にしなくていいわね」

ほむら「あとはアクセル押しっぱなしでコントローラーを左右に傾ければ、とりあえずはプレイできるわ」

マミ「なるほど……なんとかなりそうね」

ほむら「あ、スタートダッシュぐらい覚えときましょうか。スタートのカウントダウンのある場所でアクセルを押すといいんだけど……
    そうね、私が押すからタイミングを覚えると良いわ」スッ

マミ「ふむふむ……」

杏子「大丈夫かなぁ」

テーテッテレーテッテーッ

さやか「いけるいける」

まどか「……」ドキドキ

ピーッ ピーッ

ほむら「今よ!」グッ マミ「!」

ピーッ ピー!

「「「イヤッフー!」」」

マミ「わわっ…!」

マミ「あ、ほんとだ、傾けた方向に走る……面白いわね。あっ」

ドカッ バキッ ボコッ

マミ「あれ、なんか……すごい体当たりで吹っ飛ばされまくってる……」

ほむら「……軽量級の辛いところね。出来るだけ避けたほうがいいわ」

さやか「ベビーデイジーは軽いからはじき飛ばされやすいんで、ってこら杏子、雲は! 要らないッ!」ポチポチ

杏子「なんだよー、たまの贈り物ぐらい素直に受け取れよー」カチカチ

さやか「そんなイヤゲモノ貰っても嬉しくないっての! ほら返す!」ゲシッ

杏子「あっ、待てコラ」

まどか「ティヒヒ、お先ー」ポチッ ドヒューン

杏子「あれっ? おい、そっちには曲がってないってば!」

杏子「なんだなんだ、壊れてんのかこれ…?」

ほむら「残念ながら……ハンドルはそれで正常なのよ……」

テレレテレレ… ピローン

マミ「えと、これは……カミナリ?」

ほむら「あら、いいアイテムを引いたじゃない。ちょっと待って、私が合図したらそのアイテムを使うと良いわ」

杏子「ばっ、ほむらてめぇ! そういう悪事を教えるんじゃねぇ!」カチカチ

マミ「…?」

ほむら「もうちょっと……もう少し………よし、今よ!」

まどか「だ、だめっ!」

さやか「それはッ!」

杏子「マミ落ち着け!」

ポチッ バリバリビッシャーン!

さやか「あー…」 杏子「落ちた……」 まどか「落ちたね……」

フィーン フィーン… ポテッ

ほむら「ふふふ、アイテムは使うタイミングも大事なのよ」ファサッ

マミ「なるほどね……」

さやか「やっぱキノコキャニオンにサンダーは出しちゃいかんって……」

マミ「むー、駄目ね……悔しいけど勝てないわ……」

さやか「あはは、さすがにハンドルでも経験者側に分がありますね」

マミ「そうね。……負けっ放しはしゃくだし、特訓したくなってきたわ」

杏子「マミも買えばいんじゃねーか? ソフト変えればいくらでも遊べるぞ」モグモグ

マミ「うーん、そうねぇ……。暇な夜には良さそうだし……考えておこうかしら」

マミ「とりあえず疲れたから、暁美さん交代ね」ヒョイ

ほむら「分かったわ。…マミ、あなたの死は無駄にしない……かならず敵を取ってみせる」パシッ

マミ「……頼んだわよ。あなただけが頼りなの」ニコッ

さやか「はっはっはー、我々を舐めない方が身のためだよ? ほむら君」

ほむら「…金ハン☆3は伊達じゃないというのを教えてあげるわ」ギロリ

さやか「……え? あんたハンドル使いだったの?」

杏子「……マジで?」

マミ (ふー、久々にゲームなんて熱中しちゃったな……)

マミ (……あ、紅茶ももう冷めてるわね。飲んじゃって新しく煎れてきましょうか……)

コポポポ… コクッ…

マミ (ん、これ……)

マミ (暁美さんがぱらぱらと読んでた雑誌、かな?)

パラ…

マミ (ふーん……女性向けの雑誌なのね………)

マミ (あ、この服ちょっとかわいいかも……。……値段は…書いてない……)

ペラペラ…

マミ (……K-POP特集? よくわからないわね……)

マミ (ん………これは……温泉?)

『名湯・秘湯巡り 温泉効果でキレイな肌を手に入れよう!』と書かれた特集に、目が奪われる。
写真にうつる女性の、湯気の中で緩んだ表情に…見ているこちらも頬が緩んでしまいそうだ。

マミ (気持ちよさそう………)

マミ (……いいなあ。温泉……)

まどか「……マミさん?」ヒョコッ

マミ「! …あ、鹿目さん。ゲームはいいの?」ガサッ

まどか「うー、あの三人強すぎるんですよ……。何見てたんですか?」

マミ「え、うん……暁美さんが持ってきた雑誌、ね」

まどか「……温泉特集かぁ、ティヒヒ、いいですよね。想像するだけで極楽気分になれちゃう……」トロン…

マミ「……そうね。鹿目さんもお風呂は好きかしら」

まどか「もっちろん! 大好きですよー。ママにもあんたは風呂が長すぎる、って言われるくらいで」

マミ「ふふ、そう……」

まどか「……マミさんは好きじゃないんですか?」

マミ「え? いえ、そんなことは……。大好きよ。あれほど幸福感に満たされる時間、そうそう他にはないもの」

まどか「ですよね! うう、なんだか行きたくなってきちゃいますね、温泉」

マミ「そう……ね………」ペラッ…

まどか「……」

まどか「……行っても、いいんですよ? マミさん」

マミ「………え?」

まどか「温泉ぐらい、行ったって……いいんじゃない、かな」

マミ「……あのね、鹿目さん。それができない理由は前も言ったと思うけれど…私には譲れないことなの」

まどか「うーん……」

まどか「でも、マミさんは一人で戦ってるわけじゃない…ですよね?」

マミ「え……」

まどか「てへへ、魔法少女じゃないわたしが言うのもおかしいのかもしれないけど……」

まどか「ほむらちゃんだって、杏子ちゃんだって、居るんだもん。マミさんからしたら、ちょっと頼りないのかもしれない……
    けどわたしは、とっても頼りになる友達だと思ってるんです」

マミ「……そうね。頼りにはしてるわ……お互いに」

まどか「だったら、もっと頼りにしたっていいじゃないですか。数日ぐらい、ほむらちゃんたちに任せてくれても……」

まどか「それは別に、見滝原を見捨てるとか、マミさんの努力を否定するとか、そういうことじゃないんじゃないかなって」

まどか「マミさん、なんだか一人で気負いすぎてるように見えて……不安なんです」

マミ「………」

マミ (まぁ、一日二日見滝原を空けたからといって、そもそも大した害は無いのでしょうけれど……)

マミ (……性格よねぇ、多分………)

マミ「うん………ありがとう。あなたの気持ちはよく分かったわ。……ふふ、たしかに気負いすぎていたかもしれない。
   心配してくれたみたいで……悪かったわ」

まどか「なら…!」

マミ「でもその……考えさせてちょうだい? 今すぐ休まないと壊れる、ってわけでもないんだから。
   自分でどうしようもないくらい疲れてるな、と思ったら……さすがに皆に迷惑がかかるものね。そのときはお願いするわ」

まどか「あ、う……はい……」

まどか (………)

数週前の夜を思い出す。

ほむらと歩く帰り道…突然の魔女の反応にかけつけてみると、
距離があったせいか、すでにマミがさっさと片付けてしまった後だった。

まどか (………この前)

声をかけようとして、異様な空気にいったん足を止めた。
街頭に浮かんだマミの顔は、なぜか…酷く焦りに追われているように見えたのだ。

まどか (この前、まさにそういう顔をしてたんだよ……? マミさん……)

――数日後――

ギィーッ パタン

マミ「ただいまぁー……」

ゴソゴソ パタン

マミ「うー、つっかれたー……」テクテク…

ボスッ

マミ「お布団……幸せー……」

マミ (全く…何なのよあの魔女、弾が当たらないったらありゃしない……無駄に時間かかっちゃった)

マミ (……佐倉さんの手を煩わせることになるとはね………)

マミ「とりあえず、お風呂……は……う………。面倒……」

マミ「でも入らないと……明日は………」

マミ「……あ。確か……明日って、祝日だったわよね……?」

ポケットから携帯電話を取りだし、ぼんやりと眺めて確認する。

マミ (また連休、そうだった、そうだった……)

マミ (先週は楽しかったわ……。みんな来てくれて、ゲームしたり……お夕飯を食べて……夜遅くまでどうでもいい話をして……ふふ)

マミ (……今回は特に約束もしてないし。明日は昼過ぎまで寝てもいいのよね)

マミ (疲れた……眠いよ………)

マミ「うん、寝ちゃえ……」モソ…

いつも通り、携帯電話をサイドテーブルに片付け、そのまま意識を手放す。

マミ (……ずっと夢を……見ていたい………)

マミ (何も悩むことのない……楽しい夢が良いな……)

マミ「……」スゥ…

マミ「……zzz」

―――――――――――
―――――

だだっ広い空間の真ん中、マミはぽつんと机に向かって座っていた。

マミ (のっぺりと広がった……魔女結界よりも、地味で、広くて、薄暗い場所……)

マミ (……前から、ずっと居るような……)

マミ (………? 首に……鎖が)

じゃらりと音を立てて振り向くと、筋骨隆々なボディを手に入れたキュゥべえが鎖のもう一方を握っていた。
反対の手には、しなやかな乗馬鞭を手にしている。

QB「どうしたんだいマミ? ほら、はやく仕事をしないと。痛い目に遭うよ」バシッ

マミ「ヒッ!」

床に向けて力強く振り下ろされた鞭の音に驚き、正面に向き直る。

と、目の前にもやはりキュゥべえが居て、遙か遠く彼方まで途切れぬ列を作っていた。皆同じ顔。

QB2「よろしく頼むよ」

そう言われて渡される書面に、しなければいけない気がしてサインをする。

マミ (……そう……これが、私の仕事なのね……)

手を止めたら殴られる。書き損じたら痛い目に遭う。
夜が明けるまで、マミは重い腕でペンを走らせ続けた…

――翌朝――

遠く、大型の自動車が走る音が聞こえる。

マミ (ん……眩し……)

マミ (あー………うん。分かってた……。
   ……いい夢を見たいなぁと思った日に限って、ろくでもない夢見るのよね)

マミ (はぁ、日差しが結構強い……。………もう正午近く?)

寝る前と同じように、携帯電話を確認しようとして。

マミ (………え?)

その時点でようやく、頭が急速に覚醒していく。

マミ「んむ……むう? むむ………む!」

喋れない。

マミ (………え、ちょ……! 嘘でしょ!?)

マミ (手も……後ろ手に……!)

動けない。

マミ「あむー! うあーーーっ!!」

巴マミの2回目の連休は、彼女が知る限り最悪の目覚めで幕を開けた。

マミ (くっ、これはいったい……? どうなって……) モゾモゾ

完全には覚めていない頭を必死で動かす。

マミ (確かに昨日は……魔女退治から帰ってきて……そのまま寝た。間違いないわ)

マミ (あっ……! そういえば、玄関の鍵を閉めた……記憶が……ないような……?)

マミ (そんなまさか……。昨日、偶然……ちょっと気を抜いて、忘れただけ。
   たった一度の過ちで、それでこんなこと、あるわけない)

しかし現実に、自室で身柄を拘束され、状況は分からないまでも窮地である。

マミ (……私が夜出歩くことを知っていて、目を付けられていた……?)

女子高生の一人暮らし。オートロックに防犯カメラで侵入しづらいマンションとは言え、
深夜に一人出歩く黄色い縦ロールの女の子が目立っていたことは否定できない。

マミ (ただ……それなら、外を出歩いてるときに狙われそうよね……)

マミ (いずれにしろ、わざわざこんなことをする人の目的と言えば………)

もちろん。性的なイタズラとしか思えない。

マミ (………い、いやっ! そんなの……いやよ!!)

マミ「はん……んぐうううう!」

叫び声を上げようにも、声は出ず、聞かせる相手も居なかった。

マミ (……あれ。足は……動くのね) モソモソ…ドテッ

少し冷静になり、身体の拘束はさほど厳しいものではないと知る。

マミは身体をうつ伏せに捻り、なんとか上体を起こしてベッドから降りた。

マミ (………部屋の様子は……特に変わってない)

とにかく逃げなければならない。

腕は縛られたままながら、両手を握っては開いてその自由を確認する。

マミ (うん、物は握れる。ドアは多分後ろ手でも空けられないことはない……。外に出れば何とか……)

マミ (……って! そもそもこんなの、リボン使えば何とかなりそうな気もするわね)

そうだ、私は魔法少女なのだから。

後ろがよく見えないので、一歩誤れば自分の身体にも被害が及ぶかもしれないが…
ともかくリボンを叩き付ければ自由になれそうではある。

マミ (それじゃ………。 ………? あれ?)

いつも通り、左手に力を込め、

マミ (んっ? ぬぬ……! このっ!)

得意のリボンが……
出てこない。

マミ (………! う……そ、こんなの……)

そしてようやく、最悪の可能性に気づく。

マミ (そんなわけない………)

そんなことがあってはならない。だからそんなことはありえない。
でも…確かめねば先へは進めない。

もういちど、今度はさっきよりもゆっくりと左手を開閉する。

明らかに、中指に指輪の感触は感じられなかった。

マミ (……嫌……嫌! 嘘だと言って!!) ドタンッ

唯一自由なその足を、苛立ち紛れに床へ踏み降ろした。

マミ (どうして……なんでソウルジェムが………!)

ノソ… ゴソゴソ…

不自由な身体をなんとかねじり、ベッドの隙間や布団の中を探ってみるも……見つからない。

マミ (くっ、どこよ、どこにいったのよ!?) ボスッ

泣きそうな顔を布団に沈める。

マミ (あ……でも動けるから……多分、この部屋のどこかにあるのね)

マミ (……理由は分からないけれど。ともかく誰かに隠されたということのようね……)

マミ (つまり部屋は離れられない。……誰か……助けを………)

マミ (………もう、一人で解決できる状況じゃないわよね……)

マミ (………携帯電話は)

サイドテーブルを振り向くも、

マミ (……はぁ、無いわね。ソウルジェム隠すぐらいだからあるわけがない)

マミ (そうだ………テレパシー。届く範囲に誰か………)

可能性は低いとは思う。それでも、何とかして助けを呼ばなければ、間違いなくマズいことになる。

マミ (頼むわよ………)

マミ『誰か! 誰かいませんか!?』

マミ『お願い、聞こえたら返事をして!!』

『………』

マミ (駄目……なの?)

マミ『お願い……暁美さん、佐倉さん、居ないの!? ねぇ………』

マミ『誰かあぁぁーーーっ!!』

『……っぁ………』

マミ『!! だ、誰? ねぇ、お願い! 助けてほしいの!』

『………』

マミ (あれ……今、何か聞こえたような気がしたけれど………)

マミ (………駄目ね。……距離が遠いのかな)

マミ (はぁ………)

途方に暮れて、その場にゆっくりとしゃがむ。

マミ (うっ………何なのよ………こんなの………やだよ………)

少しだけ、目を赤くしながら床を眺めた。

マミ (………)

ガチャッ ギギー バタンッ

マミ (!)

ぼーっとしていると、突然玄関の方から乱暴にドアを開ける音がした。

マミ (えっ、や、やだ、誰!?) ドテッ

驚きのあまりその場に尻餅をつく。

ガシャ… ドカドカ…

マミ (何よ、何なの!? 嫌、来ないで……!)

恐怖に目を見開き、音のする方を凝視する。

ガバッ

勢いよくリビングのドアが開いて…

ドタドタドタッ

マミ (…あ……)

迷彩服に身を包み、目出し帽を被り、ゴーグルをしていて目元すらわからない。

どこからどう見てもアブナイ人が4人、それぞれこちらに銃を向けながら、土足のまま侵入してきた。


                                     __
                              -‐ニ ┤
                       _  -‐ ´ /   }
                 __ /´        `ヽ、  j
             _ -‐二 ─ァ         (:.r:.) ヽノ

            く  ̄   /   (:.r:.)          ヽ\
                  \  / /         、_,    } ヽ   こんなスレ支援だよ
                   ヽ/   {       ー´       ノ  ヽ
               /   ハ               イ     ヽ
               ,′   | ゝ           / l     ヽ_┐
          _    l    ├─`ー ┬-    l´   l     ヽ //
         \ヽミヽ/     !     l        !    l     /ヘ
   /⌒     ヽ\〃ミヽ、 j     ,'      l\  ∧_ // ゚ \
  /  (       `ノ    \、    l       \/レ-< 、 ゚、_ _ )
 /   \     /o      ノヽ\  ハ  i     ヾ、:..ヽ \゚`ヽ、  \
 {    r‐` ̄ / o  o / `ー┘ { {  |       `"ヽ `ヽ、_)`ー--'
 、    ゝ-/   /  /         ! 丶 {          ヽ
  \    'ー─/__ /       / l  ∨    /       }
    \     ´      _ -‐ ´    l  {   ∧       ノ
     ` ー─--  -─ ´       ((l,  H   ト、ゝ─ ´ /
                        〉 ハ / (r  , '´
                       ゝノ/ ノ   ̄'

震えながら、マミは4人を、4人はマミを見つめる。

コツッ…

マミ (ひっ…!) ビクッ

中央にいた一人が、ゆっくりとした足取りで前に踏み出す。

その一人は手に持った、明らかに場違いな可愛らしいクロッキー帳を開いて、
少しずつメッセージを書き始めた。

「おはよう、よくねむれたかい」

「きみにはこれから少し、ある場所までつきあってもらう」

「そのあいだ、決して、ぼくたちに逆らってはいけない」

「言うことをきかないなら、きみはこの大切なゆびわを失うことになる」

そのメッセージと共に、迷彩服の一人が開いた手の中には、
昨日まで左手中指にあったはずの……少女の魂が握られていた。

マミ (そんな………)

メッセージは続く。

「わかってもらえたかな?」

促すようにクロッキー帳が鼻先へと突きつけられ、
マミは何度も何度も、深く頷いて肯定の意を示した。

「守ってもらいたいのは、二つだけ」

「ぜったいにしゃべらないこと、静かについてくること」

「それができなければ、ソウルジェムはこなごなにしちゃう」

「いいね?」

頷くマミ。
すると、迷彩服はお互いに目配せをした後、ゆっくりとマミに近づいてきた。

マミ (……っ!)

恐怖に後ずさりそうになるのを何とかこらえる彼女に、
まずはそっと目隠しがかけられた。

マミ (あ……)

念入りに光が入って居なさそうなことを確認されると、次に口のガムテープがはがされ、
噛まされていた轡が外される。

マミ「う…んぐ………ぷはっ……」

マミ (あ、よだれが……)

飲み込むこともままならなかった唾液が口から垂れる。
4人のうちの誰かが、それをハンカチで静かにぬぐった。

マミ (……? 耳栓?)

耳の穴に何か柔らかいモノが詰められ、
上から何かヘッドホンのようなものを被される。
これで、マミは何も見えず、何も聞こえなくなった。

マミ (これは……上着……?)

マミ (…! 腕……)

最後に仕上げとばかりに多分……コートのような上着を羽織らされ、
二の腕を優しく握られる。

そのまましばらく待っていると、やがて立ち上がるよう促され、
マミは左右の腕を引かれながら自分の部屋を後にした。

ゆっくりと、少しずつ歩を進める。

ともかく言う通りにするしか無い。引かれるままに歩いていく。

見知らぬ四人組の恐怖よりも、何も見えず聞こえないまま歩かされる恐怖が勝る。

マミ (っとと……転びそう)

マミ (まだマンションの中……よね。これは)

マミ (……あ。この感覚は……エレベーターを下ってるのね)

マミ (降りた……。誰か、住人の人が通報してくれたり……しないかな)


マミ (…っ! え? え?)

急に強く制止された。ぽんぽん、と背中を叩かれ、なぜか右足首が掴まれ前に引かれる。

それに併せてそっと足を出して確認すると、どうやら段差があるようだ。

マミ (……? 障害物の合図……ってこと?)

とりあえず理解の意は示した方が良いのだろうか?

ちょっと迷ったあと、マミは姿の見えない相手に頷いて見せた。

しばらく歩いて、

ガンッ

マミ「ぃ゙つっ……!」

また障害物の合図があったので、足を前に出してみたら、何かとがったものにスネを打ち付けてつい声が漏れる。

マミ (あ、あ、や、……やっちゃった?)

喋ってはいけないと言われたのに。

マミ (やだ……殺され……!)

少しぐらいなら、見逃してくれないかな。見逃して。お願いだから。助けて。

マミ (……!)

…身を固くして震えていると、

マミ (…え…………)

打ち付けたスネを優しく撫でられた。

マミ (……ほっ)

見逃して貰えたようだ。

犯人は、冷静な相手らしい。

しかし、安心してばかりもいられない。
今度はそっと、先ほど足を打ち付けた障害物に触れてみる。

マミ (………? ……これは………)

マミ (もしかして、車……?)

靴ごしの感覚でも、大まかなかたちを辿ると、
どうも打ち付けた相手は自動車のフレームだったことが分かってきた。

マミ (これに乗ったら、もう……)

終わりかもしれない。でも、乗らなければ助かるわけでもない。
半ばヤケな気分で、そっと車のドアをくぐった。

マミ(っと……。あ、左右を固められてるわね………)

マミ(多分、後部座席の真ん中……)

目も耳もふさがれているせいか、嗅覚ばかりが妙に鋭くなる。

押し込められた車内のタバコくさい空気に混じって、やけにどぎつい香水が匂う。

マミ (何だろう。甘ったるい花の香り……)

時折止まったり、曲がったりする感覚はあるけれど、どちらにどれだけ走ったかなど見当もつかない。
5分も経ったあたりで、マミは外の情報を得ようとする無駄な努力をやめた。

マミ (………何も、されないからかしら……だいぶ落ち着いてきた)

マミ (私……これからどうなるんだろう)

マミ (……そもそも……いったいこの人たちは何者なのかしら)

マミ (ソウルジェムが奪うに値する大事なモノだと分かっていると言うことは、
   魔法少女について知っている……それも、並の魔法少女よりもよく知っていると言うこと)

マミ (……本当に、あるのかしら。魔法少女について極秘に調査を行う機関のようなものが)

マミ (政府レベルでは宇宙人との密約が出来ているという話も……。
   まさかキュゥべえ達も、実はそういうかたちで知られているとか……)


マミ (……駄目ね………こんな時なのに……非現実的な話に逃げたくなる)

マミ (……これが全部、私の妄想だったら良いのに………。
   ぱっと変身して、あっという間に悪を退治するような、白昼夢の中なら良いのに……)

マミ (現実は……ただただ怖いばかり………)

マミ (……お母さん………)

途中、たまにテレパシーを飛ばして徒労に終わることを繰り返しながら、1時間も経っただろうか。
どこかに車が止まり、外へ出るよう促される。

マミ (結構、走ったわね………)

マミ (どこだろう……。人気のない山の中………? という感じでも………)

マミ (……あ! これ……コーヒーの匂いがする)

マミ (……喫茶店?)

マミ (いや……それだけじゃないわね……何だろう、おいしそうな匂い……カレー……? いろいろ……) スンスン

マミ (っとと、階段……)

マミ (おなか、すいたな………)


そのまま歩き続け、何度か階段の上り下りを繰り返し、またしばらく歩いたところで立ち止まらされた。

時折やけに……強い風が吹く。
顔にも日差しが当たっているらしく、暖かい。

マミ (今度は……何するのかしら………)

マミ (………あっ)

4度目ぐらいの強い風の後、腕を引かれてまた歩き出した。

マミ (これは……部屋? に入ったみたい……)

マミ (わ、なんだか……狭い通路……?)

マミ (何ここ、彼らの隠れ家か何かじゃないでしょうね)

やけにつるつるした床を歩く。

マミ (あ……椅子? 座らされた)

マミ (……んっ……。……あれ? え……!。手の縄が……外された……)

マミ (えっ、ということは……本当に目的地? もうついたの……?)

マミ (そんな……やだよ……。これから……私何されるの……?
   人体実験とか……拷問とか……そんなのされるの……?
   助けてよ……。誰か助けて………!)

最悪の行く末ばかりが頭に浮かんでくる。
縄を解かれたのに腕をそのまま後ろに置いたまま、がたがたと震えていた。

すると、次にヘッドフォンが外された。さらに耳栓も抜き取られると、しばらくぶりに音が流れ込んでくる。
低く唸る機械音の中に、籠った喧噪が聞こえてきた。

マミ (え……? 何か……賑やかな場所ね)

聴覚の開放感を楽しんでいると、耳の後ろ、アイマスクのゴムひもにも手がかけられる。
ずっとつけていたせいか、少し耳の後ろがひりひりとしている。

マミ (………)

現状を確認するのが怖い。目で認識した現実に絶望してしまいそうで怖い。
その気持ちを知ってか知らずか、アイマスクを外す手はとてもゆっくりとした動きだった。

そして……

マミ (…眩し……)

慣れていない強い光を急に浴びて……
まぶしさに目を細めながらも次第に視界がはっきりしてくると、


ほむら「ふふ、おはよう、マミ。気分はどうかしら?」

まどか「ウェヒヒヒ…おはようございます、マミさん!」


目の前の座席で、良く見知った二人のいたずらっぽい笑顔が出迎えた。

マミ (…………え?)

マミ「……? いったい………」

マミ「ど、どういう事………」

呆気にとられて固まっていると、空気の抜けるような音が聞こえたあと、ゆっくりと窓の外の景色が動き出した。

ほむら「……さすがに混乱が激しいようね」

まどか「やっぱり、やりすぎちゃったかな…? あはは……」

ほむら「要するに、ドッキリよ。プラカードまでは用意してないけれど」

まどか「実はマミさんは、タクシーに乗って駅に来ただけなのでした!」

無邪気にネタばらしをする二人を見て、ようやく……総計1時間余り続いた緊張の糸が途切れた。

マミ (………何だ。そっか。そうだったんだ)

マミ「………そっか……」

マミ「……良かった………本当に……良かった………」

まどか「え、あ、マ……マミさん?」

ガバッ

突然両手を大きく広げ、マミは対面の二人に勢いよく抱きついた。

まどか「わわわっ」

ほむら「あえ、ちょ……」

マミ「うわあああああううう……えぐっ……本当に……怖かったんだから……」

マミ「ひくっ……このまま………死んじゃうかと思ったんだから……」

マミ「もう……ひくっ………みんなに会えないかと………思ったんだから………!」

まどか「あう、ご、ごめんなさいっ! マミさん!」

ほむら「……悪ノリしすぎたことは謝るわ」

マミ「……私どうなるのかって………心細くて………」ズズッ

マミ「……でも、良かった……うっ………」

まどか「………」

ほむら「………」

互いに目配せるまどかとほむら。

マミ「良かったよう………えぐっ……」

そのまま泣きじゃくるマミを、二人もまた優しく抱き返した。

マミ「………ふぅ」

まどか「え、えと………」

ほむら「落ち着いてもらえたかしら……」

マミ「うん……。恥ずかしいとこ、見られちゃったな」

まだ赤い目で微笑む。

まどか「ごめんなさいマミさん、わたし、えっと、そんなに怯えるなんて、思わなくて……」

ほむら「ええとその……立案者はさやかで……」

まどか「はいそこ、人のせいにしないで謝るのっ」ペシッ

ほむら「………すみませんでした」ペコッ

いつも通り他愛のない会話を続ける姿に、ようやく、今までの恐怖が夢だったのだと実感できてきた。

マミ「ふふ……ふふふふ……」

ほむら「……マミ?」

マミ「あーあ。……可笑しっ」

マミ「………それじゃ。なんでこんなことをしたのか、聞かせてもらいましょうか」

ほむら「……あなたが、頑固すぎたからよ」

マミ「頑固? 私が?」

まどか「そうです……。マミさんは、絶対疲れてました」

マミ「………疲れ?」

ほむら「自分じゃ分かってなかったようだけれど。特に最近、周りから見たら……明らかに顔色が変だった」

マミ「そう………かしら」

まどか「勘違いなら良かったんですけど、何度かおかしいなって思って……」

ほむら「4人が全員、同じ意見だったわ。特に魔女を倒した後が酷かった……何かに追われているような表情で」

マミ「………」

マミ (……そう……なのかな)

まどか「だから、みんなで話し合ったんです。マミさんを休ませて、旅行に連れて行こうって」

まどか「そしたら疲れも取れて、元気なマミさんになってくれるんじゃないかなって……」

マミ (……そんなに、心配かけてたんだ………)

ほむら「だから旅行の話を振ってみたんだけれど、きっぱりと断られちゃったものだから……。
    その意思自体があなたを疲弊させていたようだったし、どうしようもなくなって」

まどか「それで……もう力づくでも連れて行くしかないって話になって、みんなで今日の計画を立てたんです」

マミ「そう、4人の共犯だったのね……。たしかに私の部屋に来た変質者も4人だったわね」

まどか「ティヒヒ、文字を書いていたのがわたしですよ」

ほむら「ソウルジェムを持っていたのが私……って、返してないわね。はい」

そういって、自分の手に嵌めていた指輪の一つを抜き取り、マミの手を取って持ち主の指に戻す。

マミ「あ……。ありがとう」

マミ (……奪われたぐらいじゃ実感できないわよね、これが魂って………)


マミ「………あれ。ええと。つまり、今までの話をまとめると……
   私を無理矢理旅行に連れて行くのが目的?」

ほむら「そうよ」

マミ「………じゃあ、やっぱりこの今乗ってるのって……新幹線だったりする?」

まどか「その通り!」

マミ「……はえ、ちょっと待ってよ、突然すぎるわよ! それじゃ……見滝原はどうなるのよ!」

ほむら「落ち着いて。貴女の心配がもっともなことは、私たちも分かっているわよ」

マミ「だったら!」

ほむら「だから、ここには3人しか居ないのよ」

マミ「………え?」

まどか「さやかちゃんと杏子ちゃんは、居残り組なんですよ」

マミ「……そういえば、居なかったわね、二人。……でも、二人だけ置いてけぼりなんて悪いじゃない」

ほむら「良いのよ。あの二人にはこの連休中、代わりに私の家を貸してあるから。
    杏子はマトモな家がないし、さやかも親が居るからあんまり自由に出来ないし。
    二人で好きなだけイチャコラ出来るって事で、結構喜んでいたわ」

まどか「ティヒヒヒ……素直じゃなかったけどねっ! 二人とも!」

マミ「……そういうことね」

ほむら「だから、この連休中だけは魔女のことを忘れて。ちゃんと二人が代わりに守ってくれるから」

まどか「今の杏子ちゃんなら……大丈夫ですよ。さやかちゃんと友達になってから、すごくいい笑顔になったもん」

ほむら「二人がお互いの手綱握ってれば、そう面倒なことは起こさないでしょう」

マミ「ふふふ。そう、ね」

マミ (確かに、昔みたいに素直に笑ってたわね……)

マミ「……私、旅行の準備してないんだけれど。昨日の制服のまんまだし」

まどか「それなら問題ないです。ちょっと急いじゃったけど、着替えとかいろいろ……」

頭上の網棚を指さすまどか。見上げると、見知った自分の鞄が顔を覗かせていた。
あんな大きな鞄を使うのはいつ以来だろうか。

マミ「………うーん………。……あ、じゃあ旅費はどうなってるのよ、旅費は」

ほむら「心配には及ばないわ。貴女の分は、皆で分け合って出したから」

まどか「えへ、結構ほむらちゃん頼りではあるんですけど……」

マミ「え、ちょっと、それこそマズいじゃない。後輩にそんなお金出してもらうわけには……」

ほむら「いいのよ……来月、あなた誕生日じゃない。ちょっと早いけど…プレゼントだって思ってちょうだい」

マミ「えっ? あ、私の誕生日、来月だっけ……。忘れてた。よく知ってたわね」

まどか「あ、それなら前にほむらちゃんがマミさんの部屋を漁って生徒手cモゴッ ムガモゴッ ジタバタ

ほむら「……」

マミ「なるほど? ……これはあなたへのペナルティで良さそうね……?」

ほむら (え、な…何をされるのかしら……) ドキドキ

マミ「何かもう聞いても無駄な気がしてきたけれど……。親御さんの許可は?」

まどか「それなら、『ああ、あの先輩が引率なら大丈夫そうだな』って……」

マミ「そういえば、ガーデンパーティにお呼ばれしたときに良くしてもらったわね」

マミ「他には………」

マミ (………思いつかない。うん……)

マミ「………参ったわ」ハァ…

ほむら「ふふ、逃げられないわよ。外堀はほぼ全て埋めてある」

マミ「……ふう。分かったわ、負けました」

マミ「せっかくの旅行だものね。たまには……魔法少女稼業を忘れて楽しみましょう」ニコッ

まどか「マミさん!」

マミ「……それと、その………」

マミ「本当に…ありがとう。心配かけて、ごめんなさい」ペコリ

まどか「あわ、そ、そんな、謝らないといけないのはわたしたちっていうか……」

ほむら「そうね。もっと『ふん、ま、わざわざ用意したっていうなら……勿体ないから、仕方なく行ってあげるわよ』みたいな態度でも良いのよ?」

マミ「何でそんなツンデレキャラにならなきゃいけないのよ……」

マミ「……そういえば、どうして私が家の鍵をかけ忘れることが分かったの? 偶然としか思えないのだけれど」

ほむら「え? ……ああ、そんなアクシデントもあったのね。別に関係ないわよ、最初からあなたの部屋に居たもの」

マミ「……はい?」

ほむら「学校から帰った後、いつも換気のために窓を開けるでしょう? それでちょっと、お邪魔しまーすって。
    あとはクローゼットの奥に潜ませてもらったわ。途中、ちょっと意識が飛んだけど……些細な問題ね」

マミ「………何やってんの……」ハァ…

ほむら「確かにこの作戦では、貴女の部屋に侵入する経路はなかなかの問題点だったけど……」

ほむら「やると決めたら。私は決して逃げない、諦めない女なのよ」ファサッ

マミ「下らないことにそういう情熱を傾けないでよ……」

まどか「あはは……」

ほむら「『適当に使い魔を生け捕りにして、パトロール中のマミを駅まで誘導する作戦』のほうが楽だったかしら」

まどか「それはほむらちゃん、もっと危ないからボツにしたんだよ」

ほむら「うーん、『杏子が台風に乗ってとんでもない所に飛ばされて大変だから迎えに行ってあげて作戦』は?」

マミ「それはボツでよかったと思う……」

マミ (……ん。 そっか、朝から行ってない……)

マミ「ちょっと……お手洗い行ってくるわね」

まどか「あ、マミさんいってらっしゃーい」

マミ「………車両と車両の間にあるのだったかしら?」

ほむら「そうよ。えっと、この車両だと……あっちが近いわね」

マミ「ありがとう」

スタスタ…

マミ (連休だからか……結構、人が乗ってるわね……)

マミ (うーん……ということは………)

マミ (……私、この人数の中で泣いてたのかぁ………///)

ちょっとだけ、通路を足早に駆け抜けてデッキへ向かった。

ジャゴゴゴー
ガラガラガラ…バタン

マミ (ふぅ………)

マミ (あ……そうだ、髪)

トイレ向かいの洗面台に入り、カーテンを閉める。

マミ (ああ、やっぱり……。さすがに寝っぱなしだと酷いわね……) サワサワ

いつもは怨念を感じる程に整っていたマミの縦ロールは、少し解れ、形をゆがめていた。

マミ (でもまぁ道具も無いし……)

マミ (ちょっとだけ整えてと………)

しばらく、鏡を見つめながら髪をいじる。

ようやくいつもの朝の風情が出てきたようにも感じられた。

マミ (………よし、こんなもんでしょう) ニコッ

鏡にほほえみかける自分を見つめる。

マミ (……やっぱり、私、すごいテンションあがってるわね)

マミ (………行きたかったんだなぁ、旅行。自分でも驚くくらい……)

マミ (それにしても、綺麗な車内ね……。新しい車両なのかしら) トコトコ

マミ (すごく速いわよね……)

ドアの小さな窓の中を、雑多に並んだ建物が素早く流れていく。

マミ (……ん。これは……案内図だわ)

マミ (ふうん、いろいろと……。あ、自動販売機あるのね)

昔乗った事もあまり覚えていない、新鮮な乗り物に興味が湧いてきた。

マミ (喉も渇いたし、ちょっと行ってみようかしらね?)

トコトコ… ウィーン

マミ「! …っとと」ササッ

目の前のドアが開き、入ってきた台車にぶつかりそうになって避ける。

「あっ、すみません、失礼致しました」ガラガラガラ…

マミ「いえ、こちらこそごめんなさい」

マミ (車内販売かぁ……。後でまた、私たちの席にも来るかしら)

マミ (自販機みーつけたっ。……ちょっと思ってたよりちっちゃいけど)

マミ (財布はと……) ガサゴソ

チャリン チャリン

マミ (しかしいろいろあったわね……。喫煙ルームが別室で作られてるなんて、ちょっと驚いたな)

ポチッ……ガタンッ

マミ (っと……)

出てきたお茶を取り出し、蓋を捻って一口流し込む。

マミ (ふぅ………)

マミ (……さっきより、ちょっと田舎になったのかしら?)

窓を眺めてみる風景が、すこしのどかになってきたようだ。
ぽつぽつと、色あせた人家や畑が混じったものに変わっている。

マミ (………離れて行ってるのね、見滝原から……)

しばらくぼうっと眺めながら、ペットボトルの中身を飲み続けていると、
視界が急に暗転した。トンネルに入ったようだ。

マミ (……そろそろ、戻らないと心配されるわね)

空いた容器をゴミ箱に捨て、来た通路を元の席へと歩いていった。

ほむら「……あ。おかえりなさい、マミ。遅かったわね」

マミ「ごめんなさい。ふふ、ちょっと面白かったから探検して来ちゃった。……鹿目さん、寝ちゃったのね」

まどか「………」スー…スー…

まどかはほむらの膝に頭を預け、ゆったりとした寝息を立てていた。

ほむら「ええ……。まだ暗いうち、あなたが寝ている間にいろいろとやらなければいけなかったから、朝が早かったのよ」

マミ「なるほどね。暁美さんは眠くないのかしら?」

ほむら「私は……その。慣れてるから……」

マミ「………キュゥべえを追いかけ回したり……それをずっと繰り返してた、って言ってたわね」

ほむら「そうね……。武器の調達なんかも」

マミ「………大変、だったでしょうね。何度も、何度も。ずっと、毎晩……」

ほむら「……大変……ではあったけれど。ずっとってわけでもないわ」

マミ「……え?」

膝の上のまどかの髪を優しく撫でながら続ける。

ほむら「私も最初は……ただただ、約束を守ることだけを考えて。そのためだけに毎日を生きていたわ」

ほむら「でも………。何度やっても、失敗して。その度に心が折れそうになって、それでも誰にも頼ることが出来なくて……」

ほむら「もう、どうしていいか分からなくなってた」

マミ「………」

ほむら「………それで、焦ってたんでしょうね」

ほむら「魔女と戦っている時に、ちょっとしたミスで……足を失いかけた」

ほむら「さすがにあれは驚いたわ。死にはしなくても、魔法でも簡単には回復できないレベルで……」

ほむら「何とか手術してもらって、回復も見込める状態にはなった」

ほむら「でも、治るまで何も出来なくなったし、今回もやっぱり駄目だったんだなって……。
    魔女と戦うことを思うと、恐怖もあって………病室で泣いてたの」

ほむら「……そうしたら、まどかが来てくれたのよ。お見舞いに」

マミ「……鹿目さんが?」

ほむら「ええ。……さやかちゃんが、上条くんのお見舞いに来るついでなんだ、って言ってたけど」

ほむら「駅前の、おいしいシュークリームを買ってきてくれた」

ほむら「……それで、もう止まらなくなっちゃった」

ほむら「まどかを前に、みっともない大声で泣いたと思う……」

ほむら「泣きながら……勢いに任せて、いろんな事を話した。魔法少女のこと、繰り返しのこと」

ほむら「……きっと、全部を信じてくれたわけではないのだと思う」

ほむら「でも、『暁美さん、がんばるのは大事だけど、がんばりすぎたら、だめなんだよ』って、そう言ってくれたの」

マミ「………鹿目さん、本当に優しい子よね」

ほむら「ええ」

ほむら「それ以来……心の余裕って、大事なんだなって、そう思うことができたの」

ほむら「………立ち止まって、息を整えることですら、全てを諦めて……約束を破ることと同じじゃないのかって、そんな思いもあった」

ほむら「それでも、走り続けて立ち止まったら、二度と立ち上がれなくなるよりはきっといいんだって……そう言い聞かせ続けて」

ほむら「やっと、この未来を手に入れることが出来た。まどかも……さやかも、杏子も、マミ、貴女も失うことなく、先へ進むことが出来た」

ほむら「これが正解かは分からないけれど、最低限望む物は手に入れられたつもりよ……」

マミ「……そうだったの…………」

ほむら「ずっと気を張り続けてたら……いつか、予想だにしないタイミングでぷつりと切れて、心も折れてしまう。急激にね」

ほむら「あなたも、気を張りすぎていたのよ。巴マミ」

マミ「………」

ほむら「私たち後輩が4人居たことが、逆に酷く重荷になっているようにも見えた。
    ……魔法少女としても、学生としても。そうじゃない?」

マミ「……うん。いい格好しようとしてたのは……認めるわ」ハァ…

ほむら「……気持ちは、分かるのだけれどね」

ほむら「あなた一人で、全て抱える必要はないの。私たちはあなたのことをとても頼りにしているけれど、
    だからこそ同時に……出来ることなら頼られたいし、そうであるべきだと思うわ」

マミ「うん……良く分かった………」

マミ「いい恰好するはずが、逆に酷く情けない姿をさらしてたみたいね、私……」

マミ「ごめんね、なんだか」

ほむら「良いのよ。貴女が幸せであれば私も幸せ、それだけのことだから」

マミ「……あなたも優しいわね、暁美さん………」

ほむら「ま、そういうわけだから……この旅行は、死ぬほど気楽にしててもらえると有り難いわ」

マミ「大丈夫よ、もう気持ちの切り替えはできてるもの。うふふ、これで結構ワクワクしてるのよ? 私」ニヤリ

ほむら「あら、そんな悪戯っぽい笑いをされると、なんだか企んでるように感じるわよ?」ニヤリ

マミ「ふふ、ふふふ……」 ほむら「ふふふふ……!」

特別に意味もなく、二人で笑いあった。

そんなことをしていると、

グゥーッ

まどかのお腹から、低い音が響いてきた。

まどか「………ん……」

ほむら「……」

マミ「今のは……」

まどか「……んあ………あれ……ここは?」

目を擦りながら、ほむらの膝から起き上がる。

まどか「あ、ほむらちゃん……って、あ、そっか、新幹線……」

ほむら「おはよう、まどか。少しは眠れたかしら」

マミ「ふふふ、おはよう、鹿目さん」

まどか「マミさんも戻ってきてたんですね。おはようございます。えへへ…すいません寝ちゃって」

マミ「朝早かったのでしょう? 仕方ないわ。それより……」

ほむら「お腹、すいた?」

まどか「……え? あ、うん、すいてるよ………?」

グゥー

きょとんとした顔で見つめ返すまどかのお腹が、また鳴った。

まどか「わわ……///」

マミ「可愛いわね……」

ほむら「あげないわよ」

マミ「盗らないわよ……」

まどか「ううっ、きょ、今日は朝からちゃんと食べてないんだもん……///」

マミ「あら、そうなの?」

ほむら「マミが目覚め次第行動できるようスタンバイしていたから、
    強奪した杏子のロッキーと…あとカロリーライトを食べたぐらいだったかしら」

マミ「……ご飯ぐらいちゃんと食べなさいよ、もう」

ほむら「悪いことしてる最中は仕方ないのよ」

マミ「まったく………あれ、それでお昼、どうするの?」

まどか「ウェヒヒヒ……それなら心配無用ですよマミさん!」

ほむらが立ち上がり、網棚からビニール袋を取り出した。

ほむら「さっき、乗る前に駅で買っておいたのよ」

マミ「あら、お弁当? 準備が良いわね」

ほむら「さやかと杏子のセレクトだから、何が入ってるか……」ガサガサ

まどか「わくわくするね!」

ほむら「とりあえずお茶ね」

誰の趣味か、入っていた3本の十六茶を全員に配る。

まどか「ありがとう」 マミ「いただくわ」

ほむら「それで、肝心のお弁当は……」

それなりにずっしりとした、3っつの箱を取り出す。

『特製幕之内御膳』

マミ「なるほど、定番の幕の内ね」
まどか「いろんなのが入ってるんだっけ?」

『牛すき重』

ほむら「なかなか豪華じゃない」
マミ「甲乙付けがたくなってきたわ」

『深川めし』

ほむら「深川めしって……何かしら?」
まどか「あれ、これテレビ番組で、見たような……」


ほむら「……あの二人に頼んだ割に、意外とまともな感じね」ハァ…

まどか「ほむらちゃん、残念そうな顔する所じゃないよ、そこ……」

ほむら「マミ、あなたはどれにする?」

マミ「え? 二人はどれが良いのかしら?」

まどか「今日はマミさん主役なんですよ、最初に選んでください」

マミ「そう? でも……うーん、困ったわね。どれも美味しそうに思えるし……」

マミ「……うん、じゃあ『深川めし』にしましょう。何なのか気になるし……」

マミ「でも、みんなで分け合いっこしましょう?」

まどか「もちろんですよ!」

ほむら「望むところよ。まどかはどっちにする?」

まどか「ほむらちゃんはどっちがいいの?」

ほむら「私は残った方でいいのよ、まどか」

まどか「ううん、ほむらちゃんが好きなの選んでよ」

ほむら「まどか……!」

まどか「ほむらちゃん……!」

マミ (相変わらずねぇ………)

――10分後――

マミ「……それで結局、暁美さんが『牛すき重』で、鹿目さんが『特製幕之内御膳』に決まったのね」

ほむら「対話による平和的解決の末、そうなったわ」

マミ「まあいいわ、早速食べましょうよ。私もお腹すいちゃって待ちきれないわ」

まどか「そうですね、それじゃ」

「「「いただきまーす」」」

ガサゴソ… ピリリ… ガサッ…

3人が、それぞれにパッケージを空ける。

マミ「へぇ、これは、穴子……よね?」

ほむら「敷き詰められた牛すきに卵焼きと漬け物、シンプルでいいわね」

まどか「わっ、すごい、ほんとにいろいろ入ってる……」

マミ (この色は……炊き込みご飯? それに焼き穴子と、あさりが乗ってるわね)

モグムグ…

マミ「うん……美味しい。あさりの炊き込みご飯みたいね。しつこさがなく、焼き穴子とマッチしてて食べやすい」

マミ (穴子も柔らかくて、香ばしさがあっていいわね……) モグモグ

ほむら「……一口もらってもいいかしら?」

マミ「ええ、もちろん」

ほむら「………なるほど、これが深川めしというの。おいしいじゃない、当たりを引いたわね」モグモグ

マミ「別にハズレなお弁当は無かったと思うんだけれど……」

まどか「マミさん、わたしもわたしも」

マミ「どうぞ、鹿目さん」

まどか「………うん、おいしい! このおさかなさんの甘いの、ご飯が進みますね!」

マミ「どれどれ……」パクッ

マミ (……本当だ、小魚が甘ーい味付けで煮てある。……でも、これ何て魚なのかしら………) モグモグ

マミ「暁美さんのはどう?」

ほむら「しょうゆベースのしっかりとした味付けよ。けっこういけるわ」モグムグ

マミ「ふふ、それじゃ、一口……」

ほむら「ええ。まどかもどう?」

まどか「ティヒヒ…それじゃ、このタマネギも一緒にもらっちゃおっと」

マミ「………へぇ、意外とお肉、柔らかいじゃない。お弁当なのに」モグモグ

まどか「味がしっかり染みてておいしいね!」モグモム

マミ「鹿目さんの幕の内は……なんだか、いろいろありすぎて迷うわね」

まどか「えへへ、私もどれから食べるのか悩んじゃってるぐらいで……」

ほむら「どれも美味しそうよね……。黒豆、貰って良いかしら」

まどか「うん、どうぞ! 甘くておいしいよー」

マミ「これは……じゃこのご飯かな? ちょっと貰ってもいい?」

まどか「どうぞどうぞ」

マミ「……これも美味しい。ふふ……やっぱりみんな当たりじゃない」

――しばらく経って――

ピーンポーンパーンポーン

まもなく、京都です。
東海道線、山陰線、湖西線、奈良線と、近鉄線は、お乗り換えです……

ほむら「あ、ついたわね」

マミ「え……降りるの?」

ほむら「ええ」

まどか「えっと、かばんと、ゴミと、忘れ物無いかな……」ゴソゴソ

Ladies and gentlemen. We will soon make a brief stop, at Kyoto...

マミ「鹿目さんの鞄、可愛いわね」トコトコ…

まどか「ティヒヒ、この旅行のために買って貰っちゃったんです」テクテク…

やがてじわじわと速度を落としながら、N700系のぞみは滑らかにホームへと滑り込んだ。

フィーン… プシュー

ガヤガヤ ザワザワ

まどか「んーっ……」

ホームの真ん中で、まどかが笑顔のまま大きく伸びをした。

まどか「もう京都かぁ…。新幹線って速いねぇ」

マミ「本当ね、あっという間に遠くまで来ちゃったみたい」

高い位置から眺める風景の中、ロウソクのような一本の塔が目にとまる。

マミ「あれは…?」

ほむら「京都タワー? あまりパッとしないデザインよね」

まどか「そうかな? 可愛らしくていいと思うよ?」

マミ「へぇ、こんなものもあるのね……」

マミ (そういえば、中学の修学旅行……。みんなは、京都に行ってたらしいわね……)

マミ (…………)

マミ (ふふ………今更ね)

ほむら「さて、それじゃ特急に乗り換えね」

マミ「……へ。まだ目的地じゃなかったの?」

まどか「え?」

ほむら「……あ、もしかして。まだ私、行き先告げてなかったかしら?」

まどか「そういえば……言ってないような……」

マミ「ええ。朝からあの流れだったから、着くまでの楽しみかなと思ってたんだけれど……」

ほむら「そう。それじゃ、このまま内緒にしておきましょうか」

まどか「ほむらちゃん意地悪だなぁ」

マミ「ふふふ、そう言う鹿目さんも教えてくれないんでしょう?」

まどか「もっちろん!」ニコッ

ほむら「さ、行くわよ」

マミ「ええ」 まどか「うん!」

トコトコ…

――繁華街――

さやか「いやー、それにしても面白かったなー、マミさん拉致☆大作戦」

杏子「マミのやつマジで震えてたよな、あれ……。大丈夫かな、帰ってきたときがちょっと怖ぇよ」ブルッ

さやか「あー、うん、大丈夫だと信じよう。まどかとほむらが多分うまくやってくれるよ」

杏子「そろそろ到着してる頃か?」

さやか「どうだろ……何か遠くの山奥にある温泉でしょ? 結構かかるんじゃないかなあ」

杏子「そうか、あんな凄そうな電車でも時間かかるもんなのか……」

さやか「あはは、あんた見送りんとき目ぇまん丸くしてはしゃいでたもんねー」

杏子「う、うるせーな、カッコよかったんだから仕方ないだろ……」ポキッ

さやか「…乗りたかった?」

杏子「……そうだな、正直。でもまぁ、今回はマミのためって話だからな。あいつらの信頼を裏切るわけにはいかないよ」モグモグ

さやか「うん……そうだね」

杏子「それにあたしは、旅費が出せないし出して貰うのも嫌だ! っつーのもあったし」

さやか「……窃盗の常習犯だったあんたがここまで更正してくれて、あたしゃ涙が出るほど嬉しいよ」ナデナデ

杏子「や、やめろよっ…///」

さやか「まっ、またどこか行くこともあるでしょ。その時のために、貯金とかしとかなきゃね」

杏子「そうだな……。そう言う目標みたいのがあると、やる気も出るよな」

最近は二人で出歩くことも多くなった賑やかな道を、ゆっくりと歩いていく。

杏子「あ、ゲーセンいかね? 最近ポップンもやり始めて……」

さやか「ダメダメ、そんなことより今日はまずやらなきゃいけないことがあるんだから!」

杏子「え……? そんな話……」

さやか「うん。言ってない」ニヤリ

杏子「おいまて、何だその微笑みは」

さやか「ほら、行くよ!」グイッ

そう言って、突然杏子の手を掴んで速度を上げるさやか。

杏子「お、ちょいっ…」トトト…

杏子 (………暖かい手、してるよな……)

少しためらいを感じながらも、その手を強く握り返して後を急いだ。

さやか「まずはここだっ!」

杏子「ここは……?」

「いらっしゃいませ」

さやか「え? 見ての通り、洋服屋さんだよ」

杏子「いや、それは分かるけど……」

たしかにそう珍しいことではない。だらだらと出歩いて、ちらほら服を見るぐらいはいつものこと。

ただ、この始めて入ったお店には、やけに可愛らしいひらひらした服ばかりが並んでいた。

杏子「さやか、こんな服の趣味してたっけ?」

さやか「んーん? あたしは着ないよ?」

杏子「なら何で」

さやか「着るのは杏子、あんただもん」

杏子「………はあ?」

さやか「今日は、あんたをいつもとひと味違う感じにしちゃおっかなって思ってね」ニヒヒ

杏子「さあ出ようか」ダッ

逃げようとするも、繋いだ手は強く握られたまま離して貰えそうにない。

さやか「ふっふっふ、逃がさないよ~?」

杏子「こんなの似合わなねーって!」ジタバタ

さやか「大丈夫だって、あんた素材はいいんだから何でも似合うよ」

杏子「いや無理無理、笑われちまうよっ!」

さやか「誰が笑うのよ?」

杏子「え、そりゃ……マミとかほむらとか………あ」

さやか「ほら。今日はあんたを知ってるの、あたしぐらいしか居ないんだよ?」

杏子「……それは、そうだけど」

さやか「………ね。駄目かな? あたし、可愛い杏子の……もっと可愛い姿、見てみたいんだ」

少し困ったような微笑みで、じっと見つめられ……うろたえる杏子。

杏子「ううっ………」

杏子「…………分かった、よ。今日ぐらい……遊ばれてやっても……いいよ」ハァ…

さやか (よし、押し切ったっ……!)

ガサゴソ…

さやか「うーん、これどうだろ。ちょっと色が暗いかな?」

杏子「無いだろ……」

さやか「いやいや。お、これいいんじゃない。髪の紅色が綺麗だから、こういう白っぽいののほうが」

杏子「合わないって……」

さやか「あーもー、あんたはちょっと黙ってなさい、とりあえず嫌だとしか言わないっぽいし」

杏子「ううう……」

さやか「よし、ちゃんと着て見て確かめた方がいいね」ガサガサ

杏子「えっ」

そういって、さやかは随分沢山の服を手に抱え始める。

さやか「すいませーん、これ試着しても大丈夫ですか?」

「はい、どうぞ。試着室はこちらに……」

杏子「おい待てって」

さやか「いいからいいから」グイグイ

杏子「何が良いんだよぉ……」ズルズル

「ありがとうございましたー」

店から、満足そうな笑顔のさやかと、真っ赤な顔でうつむいた杏子が出てきた。

さやか「ふぃー、やっぱあんた何でも似合うわ。決めるのにこんなに時間がかかるとは……」

杏子「恥ずかしくて死にそう……///」

さやか「そんな恥入る行為をしたつもりは全く無いんだけどなー」

杏子「店員とかぜってー笑ってたって……」

さやか「何でそんな被害妄想に陥ってんのよ……もうっ」

ギュッ

うつむいたままの顔を、柔らかく抱きしめる。

杏子「ぅわっ……」

さやか「このさやかちゃんがあんたはかわいーって言ってるのにさ、信用できないの?」

杏子「それ……は……」

さやか「………杏子さ、自分で着飾るの避けてるでしょ?」

杏子「え………?」

さやか「いっつもさ、買い物に出かけても、あたしの趣味に合わせて見て回ってるばっかりで……。
    ちょっと似合いそうなの見つけても、『あたしはいいから』って言うだけでさ」

杏子「………」

さやか「ま、理由はあるんだと思う。魔法少女の事とか……生活のこととか……いろいろね」

杏子「ああ………」

さやか「……でも、女の子だもん。本当は、もっと綺麗な服とか、着たいと思わない?」

杏子「………」

さやか「あんたを笑う奴なんて、本当はどこにも居ないよ。変な負い目みたいの感じてないでさ……。
    もっと、ムカつくぐらい自分に自信持ったっていいじゃん。そのほうが、杏子らしいよ」

杏子「そう……かな………」

さやか「仮に笑うような奴がいたら、あたしがぶっ飛ばすし。……ね?」

杏子「さやか……」

目を閉じ、膨らみかけの少女の胸に頭を預ける。

杏子「………ありがと」

さやか「………うん……」ナデナデ

トコトコ…

杏子「……でも良かったのか? そんなん買って貰っちまって」

さやか「いいんだって、そもそもはあたしが着せたいだけだし。これから寒くなるから、値段下がってるしね」

杏子「そ、そっか………」

さやか「んじゃ、次は靴かなー。この服にブーツはちょっと合わないからね。よしレッツゴー!」スタスタ

杏子 (……くそ……まだ恥ずかしい思いが続くのか……///) トテテ…


そんな、いつもと違った買い物を楽しんでいる後ろから。

ヒョコッ

「おや、あれは……」

見覚えのある白い獣が、建物の影で二人を見つめていた。

――駅のホーム――

京都から特急を二つ乗り換えて、終着駅。

まどか「ついたー!」

ほむら「ようやく到着したわね」

マミ「京都から……大体新幹線と同じぐらいかかったのかしら」

ほむら「そうね、そのくらいだと思う」

先ほどに比べれば幾分小さな駅のホームを、三人並んで歩いていく。

マミ「結構な距離よね……随分遠くに来ちゃったみたい」

まどか「えへへ、わたしこんな遠くに来たのはじめてかも」

ほむら「マミが逃げられないように、出来るだけ離れたところを選んだのよ」

マミ「何で逃げる前提なのよ……」

まどか「もー。遠くに来た方が、いつもと違うって感じが出て良いよねーって話だったよ?」

マミ「ふふ、なるほどね」

ほむら「温泉に入るだけなら、結構近場でも…もっといい場所はあるのだけれどね。
    今回はマミを日常から引っ張り出すのが目的だもの」

ほむら「後は、静かでこぢんまりしてたほうがいいかなっていうのもあってね……」

最後までほむらが3人分を握っていた切符を、駅員に渡す。

改札を通り、小さいながらも綺麗な駅舎を抜けると、広いロータリーに出る。

そろそろ傾きかけた日差しが、しだれ柳を綺麗に照らしていた。

まどか「わぁ……」

マミ「ここが……」

ほむら「ええ。ここが、歴史と文学、そして何より温泉の街……城崎よ」

ほむら「とりあえず旅館まで向かいましょうか」

トコトコ…

あたりをきょろきょろと見回しながら、何やらガイドのようなものを睨むほむらに付いて歩いていく。

二階から三階建ての古い建物が、しっかりと舗装されたアスファルトの両側を埋めている。

マミ (いいな。来たことも無いのに、なつかしい感じ……)

まどか「ねえねえ、泊まるとこまでは遠いの?」

ほむら「いえ、そんなに無いはずよ。駅の目の前から温泉街だもの……ほら、あそこ」

そう言って、駅のすぐ隣にある、ピラミッド型の随分大仰な瓦葺きを指さす。

ほむら「あれも……ええと、『さとの湯』って言うらしいわ。温泉よ」

まどか「へぇー、あんな駅の近くに……あ、ほんとだ書いてある!」

マミ「さすが、駅名に温泉ってついてるだけあるわね」

しばらく歩いていくと、小さな川に出くわす。

ほむら「ここを左で、まっすぐいけばいいみたい」

プァップァーッ

まどか「わっ」ササッ

ほむら「あっ、まどか!」

川沿いの狭い道を、人混みを散らしながら車が抜けていった。

ほむら「……あの車、あとで爆破してあげた方がいいかしら」チッ

マミ「あなたが言うと本気っぽいからやめて頂戴……」

マミ「それにしても、やっぱり連休だからかしら? 結構人が多いわね」

まどか「なんだか浴衣の人がいっぱいいるね……?」

ほむら「ええ、ここは外湯と言って、宿とは別にいくつかの浴場があるのよ。
    だから泊まってる人はみんな、浴衣で街を歩くのが普通みたい」

マミ「へぇ、面白いわね……。浴衣が街の雰囲気に似合ってて良いじゃない」

まどか「わたしたちも着れるのかな?」

ほむら「旅館にあるはずよ?」

まどか「えへへ、楽しみだな……!」

そのまま10分ほど歩いて、細い道を突き当たると、目的の旅館に到着した。

ほむら「ここね……ついたわ」

まどか「わぁ、立派なところだね」

和風の木造建築に、松の木が風格を添えている。

ガーッ

自動ドアをくぐると、内装も手入れが行き届いていることが分かる。

「いらっしゃいませ」

ほむら「あ、えっと、予約していた暁美と申しますが…」

「はい、ようこそお越し下さいました。こちらでお手続きの方を…」

そう言われ、やけに沢山の下駄が並んだ玄関で履き物を替えて、奥に向かう。

「お連れ様はこちらで少々お待ちください」

まどか「あ、はいっ」

マミとまどかは日当たりの良いテラスの椅子に案内された。
和風らしさを失わないまま、明るく洒落た作りになっている。

マミ (静かね……落ち着いた感じ……)

マミ「ふぅ……」コクッ

出されたお茶を一口頂く。暖かい。

まどか「ティヒヒ…なんだか緊張しちゃいますね」

マミ「そうね、学生だけ3人は、ちょっとだけ場違いかも……」

まどか「ほむらちゃん、気合い入れて選んでたからなあ」

マミ「そうなの?」

まどか「パンフレットとかインターネットとか、ずーっとにらめっこしてましたよ。
    マミさんのためだからって」

マミ「……ほんと、そういうそぶりを見せないわよね、あの子」

まどか「根はすごく頑張りやさんで、恥ずかしがりやさんなんですよね、ほむらちゃん」

マミ「ふふ……ツンデレはやっぱり、私より暁美さんのほうが似合うわね」

まどか「やっぱりそうですよね!」

そんな、居ない人の話をしているうちに、チェックインを済ませたほむらがやってきた。

ほむら「お待たせ、ちょっと荷物置いてこっち来てもらえるかしら」

マミ「どうしたの?」

ほむら「これよ、浴衣」

促されて見た机の上を見ると、
赤、青、黄、紫……様々な柄の色浴衣が並んでいた。

まどか「うわあっ、すごい!」

マミ「綺麗ねー……」

「こちらからどうぞ、お一人一つお好きなものをお選びください」

マミ「え、いいの?」

ほむら「貸して貰えるのよ」

まどか「えへへ、どれにしよう……」

マミ「これだけあると、ちょっと悩むわ……」

マミ「やっぱり黄色かな……」

ほむら「それはちょっと地味にならないかしら。……この赤いのは?」

えんじに近い深い赤に、薄い紫で花柄が入っている。

マミ「それはそれで派手すぎない?」

まどか「そんなことないですよ! マミさんの髪にも似合いそう」

ほむら「いいじゃない、せっかくなら少しぐらい派手でも」

マミ「じゃ、じゃあ……これにしようかな……?」

まどか「ほむらちゃんにはどれがいいかな?」

ほむら「え……?」

ほむら (………自分が着ること、すっかり考えてなかったわ……。地味な色で良いのだけれど)

まどか「この黒いの格好良さそう! あ、でも、もうちょっとかわいいほうがいいかな」

ほむら「え、えっと……」

マミ「そうねぇ、ならこの紫色のなんかは……」

ほむら「その……」

まどか「うーん、これなんてどうかな」

紫がかった深い群青色に、百合の花が咲いている。

マミ「いいわね」

ほむら「そういうのは……私には合わない……と思う……」

マミ「え? そんなことないわよ? どうしたの、急にしおらしくなって」

まどか「うん、これほむらちゃんによく似合うと思う!」

ほむら「ん……。まどかが、そう言うなら………これにするわ」

マミ「鹿目さんは? 桃色の可愛らしいの、合うと思うのだけれど」

まどか (ピンク色は大好きだけど……ううん)

まどか「二人とも、なんだか大人っぽいんだもん、ピンク色は……」

マミ「ふふ、じゃあ……この水色のは? 明るくて鹿目さんによく合うと思うわ」

鮮やかな水色に、パステルカラーで細かく柄が入っている。

ほむら「うん……とても良いと思う」

まどか「似合うかな?」

マミ「ばっちりよ」

マミ「あ、でもこれ……どうやって着るのかしら? 私着たことないわよ」

まどか「そういえば……」

「それでしたらご安心ください、着付けのお手伝いもさせていただきますので」

マミ「あら、本当ですか? ありがとうございます」

「お決まりでしたら、お部屋の方にご案内させて頂きます。どうぞこちらへ…」

まどか「は、はい!」

マミ (荷物持ってこないと……) トトト…

ギシ…ギシ…

ゆっくりと先導する仲居さんに付いて、よく磨かれた木造りの階段を上っていく。

ザザー

「こちらが本日ご宿泊頂くお部屋でございます」

マミ「あら、思ったより広いわね」

まどか「畳だー! ティヒヒ」

ほむら「へぇ……。写真で見てたより綺麗かも」

割と新しい畳張りの和室に、木製のテーブルと座椅子、奥にはテレビ。
広々とした窓からは、先ほど辿ってきた川がよく見える。

「よろしければ、今から浴衣に着替えてお出かけになりますか?」

まどか「えっと……どうする?」

マミ「うん、せっかくなら、早速お湯に入りにいきたいかも……。昨日、入ってないし」

ほむら「玄関からベッドまで真っ直ぐ沈んでいたものね」

マミ「……観察してなくてよろしい。それじゃ、すみませんが……着方を教えて頂けますか?」

「畏まりました」

拙い手つきながらも、丁寧に教えて貰い、なんとか三人が艶やかな浴衣の装いを完成する。

まどか「うーん、思ってたより難しくないけど、帯がちょっと不安……かな?」

マミ「お風呂から上がった後、ちゃんと着直せるかしら……?」

「どうしてもお困りの時は、各浴場の者に言って頂ければお手伝いも致しますので…」

マミ「それなら何とかなりそうね」

「歩いていて着崩れたときも、『ゆかたご意見番』の看板がある店にお尋ね頂ければご案内させて頂きます…」

まどか「へぇ、そんなのまであるんだ……すごいね」

「ご夕食の時刻はどうなさいますか。6時から8時までの間でお選び頂けますが」

マミ「そうね……。今からお風呂に行ったら……7時ぐらい?」

「畏まりました。夜7時に、こちらのお部屋までご用意させて頂きます」

「それから外湯巡りにお出かけの際は、お部屋備え付けのバスタオルをご利用下さい」

「それでは、どうぞごゆっくりとお楽しみ下さい」ペコリ

マミ「ええ。ありがとうございました」

ザザー

まどか「……? ほむらちゃん?」

マミ「暁美さん? どうかした?」

先ほどから沈黙したままのほむらは、自分の浴衣姿をじっと見つめていた。

ほむら「あ! ……いえ、その……。変、じゃない……かしら」

マミ「何言ってるのよ。一番似合ってるくらいじゃない?」

まどか「すごく綺麗だよ! ほむらちゃん!」

ほむら「そ、そう……かな……? まどかほどじゃないとは思うけれど……」

マミ「浴衣って、黒い髪が一番映えるんじゃないかしら。うらやましい位よ」

ほむら「そう………あ、ありがとう……///」ヒラヒラ

マミ「私も……どうかな」

そう言いながら、袖を広げてくるくると廻ってみせるマミ。

まどか「マミさんも似合ってますよ!」

マミ「えへへ、浴衣って、着てるだけでなんだか楽しくなるわね」フリフリ

まどか「あ、そうだ。みんなで写真撮りましょうよ」

マミ「いいわね!」

まどかは脱いだ服から携帯電話を取りだし、なにやらテーブルに置いて操作をする。

マミ「どうしたの?」

まどか「タイマーが付いてるんで、ちょっと設定を……できたっ」

まどか「マミさん、ほむらちゃんの隣に寄って下さい!」トタタ

マミ「オッケー」トトト

ほむら「あっえっ…?」

まどか「ほら、ほむらちゃん向こうむいて」

相変わらずもじもじとしているほむらを真ん中に、マミとまどかが二人で挟み込む。

ピローン

まどか「撮れたかな? ……あ、うまく入ってるー」

マミ「見せて見せて。……うん、いいじゃない。あとで頂戴?」

まどか「はい、もちろん! そだ、さやかちゃんにも送っておこうっと……」ピポポ

ほむら「……え。い、今のさやかに送るの?」

まどか「うん、ついたよーって連絡してないし」ポポ

ほむら「まどか、その! ……ちょっとそれは!」

まどか「え? ……もう送っちゃったよ」パタン

ほむら「そんな、何か……からかわれそうじゃない……」

マミ「そんなこと無いわよ」

まどか「そうだよー」

ほむら「あう……」

マミ「じゃ、早速外に出ましょうか?」

まどか「そうですね、みんなで行きましょう! お風呂!」

マミ「ふふふ……」

まどか「あ、タオルも持って行かなきゃ……」

一緒に貸して貰った巾着に財布を入れ、タオルの袋と共にゆらゆらとぶら下げながら部屋を出た。

「お出かけでしたら、こちらの案内をどうぞ」

玄関に降りると、先ほどとは違う人が一枚のリーフレットを差し出してきた。

マミ「これは……地図?」

まどか「あ、お風呂の場所とか載ってますね!」

マミ「へぇ……。えっと……7カ所あるのね」

「ご入浴の際は、こちらの入浴券をご利用下さい」

マミ「入浴券? これを渡せば入れるって事かしら」

「はい、ご宿泊のお客様方は無料でご利用頂けるようになっております」

マミ「ふふ、サービスいいじゃない」

まどか「どこが良いかな?」

ほむら「……『一の湯』でいいんじゃないかしら? どうせ他の浴場も回れるだろうし、数字の1からで」

マミ「そうね。開運・招福って書いてあるし……うん、最初に入るには良さそう」

まどか「えーと……来るときに渡った橋のあたりだね? 行こう行こう!」

カラン… コロン…

旅館の下駄を慣らしながら、三人が並んで歩いていく。

日はすっかり暮れていたが、街灯とお店の光でまだ明るく、多くの客で賑わっていた。

まどか「あっ、甘い匂い……。わらび餅パフェ? ねぇねぇ美味しそうだよほむらちゃん」クイクイ

ほむら「駄目よまどか、この後夕飯なんだから」

まどか「えへへ、分かってるよー♪」

マミ「お土産やさんもわりとあるわよね。ちょっと気になるな……」

ほむら「そうね……。明日は一日ゆっくりできるから、見てみましょう」

マミ「ええ」

カラン… コロン…

ほむら「あ……あそこね」

正面に、黄色の壁をした左右対称の建物が明るく灯っている。
中央の入り口に、『一の湯』と書かれたのれんが見えた。

まどか「あれは何だろ?」

一の湯の向かい、橋の横にある屋根に人が集まっている。

マミ「……何か飲んでるわね?」

ほむら「温泉じゃないかしら? 何カ所か飲湯所があるって読んだわ」

マミ「へぇ、飲んでみましょうか」

まどか「おいしいのかな……」

置いてある湯飲みに少し注ぎ、熱いお湯を一口飲む。

ゴクッ

まどか「ん、これは」

ほむら「しょっぱい……」

マミ「不味くはないけど……ちょっと塩辛いわね……。健康に悪そう」

ほむら「でも、たしか……胃腸に良いらしいわよ? ほら、書いてある」

マミ「え、そうなの?」

マミ (それはつまり、お通じにも良いってことよね?)

マミ (……もう一杯だけ……貰っておこうっと……) ゴクッ

湯飲みもそこそこに、浴場ののれんをくぐる。

中に入ると外からの見掛け以上に明るく、広々とした内装だった。

まどか「お風呂~♪ お風呂~♪」

マミ「二階もあるのね?」

ほむら「休憩所か何かじゃないかしら」

女湯のほうの脱衣所に入ると、数人の先客がいた。

さすがに……自分たちと同じような学生は見あたらないが。

スルスル…

帯を外し、浴衣を脱ぎ、生まれたままの姿になる。

マミ (……指輪、変色したりしないかしら?)

マミ (ま、仕方ないし……。素材も多分謎の宇宙合金だから大丈夫でしょう)

まどか「………」ジーッ

マミ「……? どうしたの、鹿目さん?」

モミッ

マミ「え、鹿目さんっ!?」

まどか「マミさん、高校生になってますます大きくなってますよね……」モミモミ

マミ「ちょっ、好きでこんなんなったわけじゃないわよ」

まどか「ウェヒヒヒ……このさわり心地、とっても安心感があるなって」サワサワ

マミ「こ、こら、やめなさいって」グイッ

ほむら「………」

マミ「! ちょっとほら、鹿目さん、暁美さんが泣きそうな顔してるわよ」ボソボソ

まどか「えっ……あ、ホントだ……」ボソボソ

まどか「ほ、ほむらちゃん? お風呂、入ろっか?」

ほむら「……ええ」

ほむら (………気にしてないわ。気にしてない)

まどか「うわー、やっぱり広いねー!」

少し深めの浴槽が、ざばざばと溢れるお湯を湛えている。

室内に満ちる蒸気に混じって、硫黄の匂いが肺に入ってくる。

マミ「ちゃんと身体流してからじゃないと駄目よ?」

まどか「はーい」

備え付けのシャワーの前に座り、まずは丁寧に身体の汗を流していく。

マミ (ふー、すっきりする……)


マミ (……それじゃ、湯船に入ろっかな)

チャパッ…

足からゆっくりと入っていく。最初は、お湯はすこし熱すぎるくらいに思う。

そのまま肩まで漬かると、じんわりと身体の芯まで温められる。

少しすると慣れてきて、それがとても心地よい熱さであると感じてきた。

マミ (はぁ………。癒される………)

マミ (なんだか全身から嫌な事がみんな抜けてくみたい………ふふふ)

まどか「マミさん、外のお風呂面白いですよ!」

マミ「え? どんなのかしら……」ザパッ

急に来たまどかに手を引かれ、扉の外に出てみる。

そこは、岩盤の深い窪みを利用して作られた露天風呂になっていた。

マミ「へぇ……洞窟? みたいな感じね」ヒタヒタ

ほむら「あ、マミ……。一応、ここの目玉の洞窟風呂よ。結構面白いでしょう」

マミ「ええ」

窪みの奥に背を預けて見上げる空は、確かにそれなりの不思議な世界を感じる。

マミ「でも、もうちょっと本格的に洞窟だったら良かったな」

ほむら「……ホントに洞窟の中に入れるお風呂も、城崎じゃないけど……たしかあったはずよ。またそのうち行きましょう?」

マミ「そうなの? ……うん、それもまた楽しみね」

マミ (まるでRPGの洞窟みたいなんだろうな……)

マミ (戦いで傷ついた黒魔道士マミは、洞窟内で偶然見つけた泉で束の間の癒しを得るのであった……と)

マミ (ふふふ)

まどか (マミさんさっきから変にニヤニヤしてる……)

マミ「そういえば……」

ほむら「どうしたの?」

マミ「……こういう場所には、魔女って居ないのかしら」

まどか「あっ、マミさんそれは忘れないと駄目ですよ!」

マミ「う、そうでした……。ごめんなさい、でもちょっと気になって」

ほむら「……みんな、幸せそうな顔してるから。魔女もキスしづらいんじゃない?」

マミ「ふふ、なるほどね。そうかもしれない」

ほむら「……思春期の少女も……少なそうだし、ね」

マミ「………そうね」

まどか「………」

マミ「そろそろ、出ましょうか。結構いい時間じゃない?」

ほむら「そうね、あんまりゆっくりしてると遅れちゃうわ」

まどか「うん、お腹もすいてきちゃった」

ザパッ…

――混雑したレストラン――

ザワザワ… ガヤガヤ…

杏子「やっぱイカ墨スパゲティは美味いな」モグモグ

さやか「色がアレだけどねー。味はいいよね」

杏子「このピザのアンチョビも…塩が効いてて相変わらずうめぇ」モグモグ

さやか「それにしてもあんた、奢りだからって食べ過ぎ」

二人のテーブルには、ぱっと見4人でも多いであろう量の空き皿が敷き詰められていた。

杏子「ん? なんださやか、今更あたしにゲーセンで勝負を挑んだことを後悔してんのか?」ニヤニヤ

さやか「そういうわけじゃないけどさー。……なんでそんだけ食べて太らないのよ。うらやましいヤツ」

杏子「さーなぁ。……魔法少女だからかな?」モグムグ

さやか「え、あんた魔法で体型維持してたの!?」ガタッ

杏子「いや? 別に何もしてねーけど」

さやか「………ちょっと期待しちゃったじゃん、もう」

杏子「いつも思うけど、これどの辺がミラノ風なんだろうな。美味いからいいけど」ガツガツ

さやか (ううー、うまそうに食いやがってっ! このっ!)

ブブブブッ ブブブブッ

さやか「ん? ケータイ……」ゴソゴソ

杏子「メールか?」モグモグ

さやか「みたい。……あ、まどかからだ!」

杏子「ああ、無事か? マミにティロ・フィナーレされてねぇといいけど」ゴクゴク

さやか「んなわけあるかって。……写真ついてる。おお、浴衣だ。きれー!」

杏子「あたしにも見してくれよ」フキフキ

さやか「ほい」

杏子「へぇー、綺麗じゃん。三人ともよく似合って……ん、何か、真ん中のほむら変な顔してねぇか?」

さやか「んー? あー、たしかに見てる方向とか変かも」

杏子「まどかに抱きつかれてキョドってんのかな」

さやか「あはは、それもあるかも。でも自分の浴衣見てるっぽいし、似合ってるかどうか気にしてるんじゃん?」

さやか「あんたも今日、結構こんな感じだったと思うよ」

杏子「う……。ごめん、や、やっぱまだ慣れないからさ……///」

さやか「いやいや、非難してるわけじゃないってばさ。ゆっくり慣れてけばいいよ」

杏子「うん……」

さやか「今日はもう着替えちゃったけど、明日また見せてくれたら、あたしすごく嬉しいな~? なんて」

杏子「………それは、あたしも嬉しい……けど」ボソッ

さやか「ん? 何か言った?」

杏子「いやっ」

杏子「……ちょっとドリンクバー貰ってくるよ」ガタッ

さやか「あ、それならあたしのウーロン茶もよろしく」

杏子「はいよ」トコトコ…

さやか (………)

さやか (……あ。あれは……)

ぼーっと窓の外を眺めていると、洒落た服を着た緑髪の少女が道を急いでいた。

さやか (久しぶりに見たなあ、仁美……)

さやか (3年でクラス分かれてから、もうほとんど話さなくなったし……)

さやか (……恭介とデートかな? あんなニコニコしちゃって)

さやか (………)

終わった話だ。忘れよう。そう言い聞かせる。

さやか (……あたしも、新しい恋? ってやつを探さなきゃいけないのかねぇ)

さやか (………今はそんな暇ないか。もうすぐ高校受験だし)

さやか (うん、女子高生さやかちゃんに変身すれば、新しい出逢いがある気もする!)

さやか (マミさんと同じトコ、行けるかなぁ……?)

杏子「……? どうかしたか?」ゴトッ

さやか「っあ、杏子……。いや、何でもないよ。お茶ありがと」

――旅館の部屋で――

ほむら「間に合ったわね」

マミ「これは……」

まどか「うわあ、すごいね……」

すっかり暖まった身体を外の風で冷ましながら旅館に戻ると、既に夕食の準備が始まっていた。

「本日は、但馬牛のしゃぶしゃぶ御膳で御座います」

テーブルの上には、見るからに美味しそうな牛肉が、たっぷりと円形の皿に載って待ち構えている。

そのほかにも天ぷら、刺身、漬け物、煮物、茶碗蒸しなどが、所狭しと場所を争っていた。

普段の生活ではまず味わうことのない贅沢さである。

マミ「お夕食まですごく豪華……。これ、本当に大丈夫なの?」

ほむら「何が?」

マミ「その……。宿泊費とか、いろいろ……」

ほむら「え……ええ。全然大丈夫よ。問題ないわ」

ちょっと目をそらしながら答えるほむら。

ほむら (大丈夫、ご飯と醤油さえあれば死なない事は既に実証済み……。戦える)

マミ「それじゃ、食べましょうか!」

まどか「うん!」

「「「いただきまーす!」」」

マミ (まずは……やっぱり、お肉からよね)

示し合わせたわけでもなく、3人が皆、薄く切られた牛を箸で取り持ち上げる。

マミ「3秒ぐらい、って言ってたわよね?」

ほむら「ええ」

湯気で霞む鍋の中に潜らせると、すぐに肉は淡いピンク色へと変わった。

マミ (こんなものかしら?)

用意されたポン酢とごまだれのうち、悩みながらポン酢を選んでつけ、口に含む。

マミ (! これ……)

マミ「すごい……。口の中で溶けるようなお肉って、ホントにあるのね……」

まどか「お肉じゃないみたいに柔らかいねー!」

ほむら (この感動を胸に、あと1ヶ月はご飯が食べられるわ……) ホムホム

マミ (天ぷらも気になるわね……)

マミ (……まずは塩、かな?)

サクッ

マミ「あら、まだ揚げたてね? 中がちょっと熱いぐらい……うーん、茄子の天ぷらはいいわね」モムモム

ほむら「お刺身も美味しいわよ」

マミ「どれどれ……」

わさびを醤油に少しだけ溶かし、一切れ口にする。

モグッ

マミ (……うん、歯ごたえもあって、ぜんぜん生の嫌な感じがないわ)

マミ「美味しい。新鮮なのねー」モグモグ

まどか「どれ食べても美味しいから迷っちゃうよ……」

ほむら「あら、全部食べればいいだけのことよ?」モグモグ

まどか「えへへ、食べきれるか心配なんだ」

マミ (こんな贅沢しちゃっていいのかしら……うふふ、しあわせ……♪)

まどか「うーん、これでビールでも飲んだら、極楽ー!……ってやつなのかな、なんて」

マミ「こーら、まだあなたたち未成年でしょ」

まどか「ティヒヒ、そうなんですけど、ママが週末になると美味しそうにお酒を飲むんですよ」

ほむら「あなたのお母さんホント酒豪だものね……」

まどか「見てるこっちは困るぐらいなのに、すごく楽しそうなんだよねー」

まどか「……どんな味なのかな。ほむらちゃん、飲んだことある?」

ほむら「あるわけないじゃない……。匂いをかぐだけで、気分が悪くなって駄目なのよ」

まどか「そっかー。マミさんはありますか?」

マミ「……え!? いや、まさか、ないわよまだ私も未成年だし……えへへ……」アセアセ

ほむら (……あるのね)

まどか (……あるんだ)

まどか「………どんな味でした?」

マミ「あ、うん、苦いしすぐ吐き出しちゃって………って! いや、何でもないのよ、うん」キョドキョド

ほむら (ちょっと興味を持っちゃったのね……)

マミ「……忘れて………///」ハァ…

ほむら「……? あら、マミ……茶碗蒸しは苦手?」

マミ「…え? ふふ、何言ってるのよ。逆よ逆」

まどか「あ、マミさんも好きな物は最後に食べる派ですか?」

マミ「そういうこと」

まどか「ですよねっ!」

マミ「たまに家族で外食に行くときは、頼めるなら必ず頼んでたわ……」

まどか「そんなに好きなんですか……」

マミ「ぷるぷるした卵液の食感、贅沢な出汁の味、ほくほくしたゆり根や銀杏、椎茸……。
   ああ、想像するだけでよだれが出そう……!」

ほむら「自分で作ったりはしないの?」

マミ「うん、茶碗蒸しって結構難しい料理なのよ。ちょっと気を抜くとすが入るし、怖がると全然固まらないし……。
   材料も他から使い回せないようなの多いしね。私も気軽には作れないわよ」

ほむら「そうなの……?」

まどか (今度パパに頼んでみようかな?)

まどか「ふぅ、ごちそうさまぁー!」ケプッ

ほむら「食べた……」

マミ「結局、全部食べちゃったわね……」

マミ (………帰ったら、運動しないとかな……)

マミ「食後にまたお風呂に行っても良いかなと思ったけど……ちょっと動けないかも」

ほむら「そうね……ゆっくりしてましょう」

まどか「そだ、ほむらちゃんトランプ持ってきてたよね? 何かやらない?」

マミ「面白そうだけど……3人だと、ちょっと寂しいんじゃない?」

ほむら「そんなことないわよ。トランプは1人でも10人でも遊べる優れものよ?」ガサゴソ

まどか「一人って?」

ほむら「ソリティアとか」

マミ「ああ……」

ほむら「3人なら、ハンドメイキング系がやりやすいかしら」

マミ「ハンドメイキング?」

ほむら「ポーカーみたいに、手札をうまく組み合わせてあがるゲームよ。51とか……そうね、セブンブリッジでもやりましょう」

マミ「はい、それ貰って上がりね!」パサッ

ほむら「嘘……嘘だと言って……」

まどか「そんなのって無いよ……あんまりだよ……」

ほむら「また勝てなかった……。どうして何度やってもマミに勝てないの……!?」ドンッ

マミ「ふっふっふ……」

マミ (鹿目さんは顔で分かるし……。暁美さんは全然顔に出ないけれど、やり方が愚直すぎる……)

マミ (ふふっ、久々に先輩の貫禄を見せつけた気分♪)

コンコンッ

マミ「はい、どうぞ?」

ザザーッ

「お布団の準備に参りました」

ほむら「あ、ありがとうございます……片付けなきゃ」イソイソ

部屋の隅で待っているだけで、着々と寝床ができあがっていく。

放っておいたら片付けられた夕食の場所に、放っておいたら今度は布団が敷かれてしまった。

マミ (わー、何もしなくても布団が……。これ、慣れたら私ダメになっちゃうかも……)

マミ「うーん、もう寝ちゃいましょうか」

ほむら「まだ早くないかしら?」

マミ「でも二人とも、朝早かったんでしょう?」

まどか「う……たしかに、ちょっと眠い……かも。あふ…」

ほむら「……そうね。明日もあるのだし、今日は早めに寝ましょう」

まどか「えへへ、それじゃお布団くっつけよー」ズルズル

ほむら「マミが真ん中ね」

まどか「うん! 二人でマミさん囲んじゃうよー? ウェヒヒ」

マミ「え? えっと……」

マミ (なんだか二人を引き裂くみたいな恰好になると思うんだけれど……)

マミ「……いいの?」ヒソッ

ほむら「……今日は特別」ヒソヒソッ

ほむら「ほら、おとなしく横になりなさい」

マミ「きゃっ!?」ボフッ

無理矢理、布団の上に押し倒された。

マミ「もう、危ないじゃない……」

まどか「そしたら……こうだっ!」ノソノソ

左右から、ほむらとまどかが抱きついてきた。

ギュッ

マミ「あ………ふふ、私抱き枕じゃないのよ?」

ほむら「夜中に逃げられたら困るもの」

マミ「まだ言ってる……」

まどか「おうちだとみんなベッドだから……こんな風に三人で寝られるって、なかなか無いもん」

マミ「そうね……」

マミ (ちょっと暑いけど……)

でも、幸せな暑さなのだった。

マミ「ありがと、それじゃ……おやすみなさい」

まどか「おやすみなさい!」

ほむら「おやすみ」

―――――――――――
―――――

マミ「っはあ、はあ、はあ」タタタタ…

蒸し暑い迷路を駆け抜ける。辺りは蒸気で曇り、視界は良くない。

ザパパパパ

マミ「っ! 来た!?」

目の前のドアの隙間から、みるみるうちに水が溢れてくる。
勢いを増した水はドアを突き破り、一気に押し寄せてきた。

マミ (こ、こっちは駄目ね……じゃあこっち!) ダッ

マミ (あーもうっ! 聞いてないわよ! 何でお湯に襲われなきゃなんないのよっ!) タタタタ…

先ほどから、やけに心地よい温度のお湯のカタマリに襲われていた。
逃げても逃げてもついてきて、何度か溺れそうになりながらもまだ生きている。

マミ (このままじゃマズい……。でもどうしていいのか分からないし……)

マミ (とりあえずこの結界の出口を探さなきゃ!) タタタタ…

といっても、頼りになる物は何もない。
闇雲に走り続けても、結果はほぼみえていて……

マミ (げげっ、行き止まり!)

マミ「あ……」ジリッ

壁を背に、ありもしない打開策を考える。

マミ (まずいわ、銃も効かないしリボンもすり抜けるし……かなりまずいっ……!)

ジャババババ…

襲い来るお湯に諦めて目を閉じる、その時、

「貴女ね、人を頼りなさいって言ったばかりじゃない……」ザッ

マミ「えっ?」

ドガンッ ガガガガッ!

酷い爆破音と共に、目の前のお湯が砕け散る。

その向こうに、濡れた黒髪をはためかせるほむらの姿があった。

マミ「あ……暁美さん……」

ほむら「ほら、行くわよ! まだコイツは死んじゃいないわ」

マミ「……えっと、その……ありがとう」

ほむら「お礼はいいから! 早く!」

マミ「………うん、そうなんだけど……///」ジィー

そんな問答をしていると、周囲に散った水滴が驚くべき速度でまた塊に戻りはじめた。

ジョボボボボボッ

ほむら「……馬鹿っ!」ダッ

無理矢理連れ出そうとマミに手を伸ばすが、既に遅く……
手を繋いだまま、二人ともお湯に飲み込まれた。

ほむら「くっ……!」

マミ「うわっぷ……ごぼっ……」

マミ (うっ……助けてくれるのは……いいんだけど……)

マミ (暁美さん……あなた……なんで裸にふんどしなの………)

ゴボボ……

マミ「っは!?」パチッ

身体をびくりと動かして、目が覚める。

マミ (……何だ、夢………)

マミ (昨日一日のほうが、夢見たいな感じだったのに。ふふ……変なの)

マミ (………ちょっと、お茶でも飲もうかな)

ゴソゴソ…

マミ (起きない……かな? 大丈夫そうね……)

寝たときの姿のまま、マミに抱きついているほむらの腕をそうっとほどく。

ほむら「……ん………」ゴロッ

マミ (あれ? 鹿目さんは……)

きょろきょろと薄暗い室内を見回すと、遙か布団から離れた畳の上で伏している何かが目に入った。

まどか「………zzz」

マミ (あんなところまで……。もう、風邪ひいちゃうじゃない)

主の居ない布団から毛布を引っ張り、大の字で眠り続けるまどかに優しくかけてあげた。

マミ (……かわいい)

ギシッ…

窓際にある椅子に腰掛け、窓から外を眺める。

街灯が下を流れる細い川を照らしている。

明かりの色が冷たいのが惜しいけれど、逆に静けさがあって良いのかもしれない。

マミ (……暗いけど……不安を感じない暗さよね)

手をかざして一瞬、魔法のティーカップが現れる。

マミ (………) コクッ…

カタッ…

マミ (月が綺麗………)


「……マミさん?」ゴソ…

マミ「!」

急に声をかけられて振り向くと、薄明かりにまどかの寝ぼけ顔が浮かんでいた。

……頬に若干、畳の跡がついている。

マミ「あ、ごめんなさい、鹿目さん。起こしちゃったわね」

まどか「いえ……そんなことないです。眠れないんですか?」

マミ「ん、ちょっと……変な夢で目が覚めちゃってね……」

ギッ…

向かいにまどかが腰掛ける。

マミ「………紅茶でもどうかしら」

まどか「え? ……あ、もらってもいいですか」

マミ「ええ」

テーブルの上に、すっと左手をかざす。

指輪がきらりと光ると、何もなかった空間にもう一つのティーカップが湯気を立てて現れた。

まどか「……すごいですよね、これ。いただきます」

マミ「………最初は、ただ格好良さそうって理由で出せるようになっただけ、なのだけれどね」

まどか「普段もこうやって魔法で出して飲んでるんですか?」

マミ「いえ、飲まないわよ。ちゃんとした茶葉を煎れるのには味も香りも敵わないし……そんなに魔力も使えないしね」コクッ…

まどか「そうなんですか……」コクッ…

マミ「今日は……本当に、楽しかったわ。連れてきてくれて、ありがとう」

まどか「え、いやその、わたしはただ付いてきただけなんです」

マミ「……ふふ。鹿目さんだって、目立たないところで活躍してるのよ?」

まどか「……?」

マミ「私も、暁美さんも、あなたの優しさにとても救われているって事よ」

まどか「そ、そんなこと……てへへ……///」

まどか「……でも、良かったです、喜んで貰えたみたいで」

まどか「最初、無理にでも連れて行こうって話になったとき、本当は不安で……」

まどか「新幹線を降りたぐらいから、以前の元気なマミさんに戻ってきたなって思って……。
    すごく嬉しかったんです」

マミ「なんだか恥ずかしいわね……。そんなに分かるものかしら」

まどか「分かりますよ! 大切なマミさんだもん」

マミ「………」

マミ「……疲れてるよ、って言われてから……いろいろ考えてみたけれど」

マミ「私……いつまで、魔法少女でいられるのかなって」コクコク…

まどか「……え?」

手をかざし、飲みきったティーカップにお代わりを注ぐ。

マミ「……魔法少女になってから、普通の人みたいに気楽に笑って過ごせるなんて思ってなかった」

マミ「それで寂しかったこともあったけれど……。昔はね、正義のための使命なんだって、心から信じて頑張れた」

まどか「………」

マミ「でも……高校に入ったぐらいからかな……」

マミ「周りはみんな急に大人びていって、いろんな遊びや経験を積んでいって……」

マミ「それを側で見ながら、やっぱり私はこっちの住人じゃないんだな、なんて思ったりして……。
   それがとても、空しいことに思えた」

マミ「多分……取り残されちゃった気がしたのかな……。魔法少女のまま」

マミ「それでも身体はどんどん歳を取っていって、自分が受け入れられていないはずの社会から
   求められる物はどんどん重くなっていって……」

マミ「……そう思うと、何となく生きていくのが不安になって」

マミ「………それで、なんだか疲れてたのかなって。今になると……そう思う」

まどか「そんな………」

マミ「………ごめんなさい、変な話しちゃったわね」ゴクッ…

まどか「そんなこと……思い込みですよ」

まどか「受け入れられないなんて嘘です。マミさんは、わたしたちの頼れる先輩じゃないですか」

マミ「それは……あなたたちが、魔法少女について知ってるから……」

まどか「そ、そうじゃなくって! 確かに、みんなの為に戦う魔法少女のマミさんをすごく尊敬してます」

マミ「……そんな、尊敬するほどのものじゃないけれどね」

まどか「ううん、とってもカッコイイ、正義の味方です。そう何度でも言い返せます」

マミ「………」

まどか「……でも、それだけがマミさんじゃなくって。
    料理やお菓子作りが得意で、勉強もわかりやすく教えてくれる優しい先輩で……」

まどか「だけど、たまに傷ついたり、悩んだり、悲しくなったりして……。
    えっと……泳ぐのとか……苦手なことだってあったりして……」

まどか「マミさんだって、そういう……普通の女の子じゃないですか。
    そんなマミさんが、わたしたちは、大好きなんです」

マミ「……う。その………///」

マミ (まるで……告白されてるみたいじゃない……)

まどか「ときどき、変身して魔法少女になって戦うとしても……。
    やっぱりマミさんはマミさんっていう一人の女の子じゃないかなって……」

まどか「いつまでだって魔法少女で、いつまでだって……マミさんです」

ぼうっと机に置いていたマミの手が、強くまどかに握られる。

マミ「あ………」

まどか「だから、悲しいこと言わないでください! ずっとずっと、楽しく笑っていてください。
    マミさんだって、ちょっと特別なだけで、みんなと同じ世界の人です」

まどか「えと、わたしには……マミさんが困ってても、お手伝いできないかもしれないけど、けど」

まどか「みんなで楽しさを分け合うことは出来るんじゃなかなって……」

マミ (鹿目さん………)

まどか「うんと、だから…」

マミ「うん。ありがとう。……今度こそ、ちゃんと分かった気がするわ」

まどか「え……!」

マミ「あなたが、本当に優しすぎるということと。私が……本当に愚かだったと言うことがね」

まどか「え、えっと……?」

マミ (多分、当たり前のことで……)

マミ「……明日も、みんなで旅行を楽しもう、そういうことでしょう?」

まどか「は、はい!」パアッ

マミ「楽しめるだけ楽しまなきゃ、損だものね?」

まどか「そうですよ! 楽しみましょう!」

マミ「ふふふっ」

マミ (そうよね。こんなに素敵な友達を持てて……。私は、勿体ないくらい幸せに生きている)

マミ (それを蔑ろにして……もっと勿体ないことをしていたのかもしれない)

マミ「……そろそろ、明日のためにも寝ましょうか」

まどか「あ、そうですね……眠れますか?」

マミ「ええ。鹿目さんのおかげで、とてもいい気持ちで眠れそうよ」

まどか「えへへ…おやすみなさい!」

マミ「おやすみなさい」

――静まりかえった夜道――

ひたひたと、水銀灯が緑色に照らす道路を獣が歩いていく。

相変わらず表情はまるで無く、仮面を付けた犬が歩いているようだ。

QB「ふぅ……。こんなものかな?」

誰にも聞こえない声で独りごちる。

QB (うん。今日一日、久々に見滝原を見て回ったけれど……)

QB (やっぱり今は、この街にいる魔法少女は彼女だけみたいだね)


QB (理由は分からないけれど……これはチャンスってやつなのかな?)


そう、きっと感情があったなら邪悪は笑みを浮かべるであろうことを考えながら、

インキュベーターは街灯のない横道へと消えていった。

――翌朝――

ほむら「ふぇ……。朝……?」

ほむら (以前に比べたら、随分長く眠るようになったわね……。私も)

ほむら「んっ……!」

布団に転がったまま、両手を上に上げて伸びをする。
と、身体に何か重しを感じる。

ほむら「あら?」

まどか「………zzz」

下を向くと、いつの間に転がってきたのか、まどかがほむらのお腹の上で寝息を立てていた。

ほむら (これは……! 動いたら打ち首ものね……)

彼女の平穏を壊さぬよう、努めて冷静に身を固くする。だが…

まどか「………zzz」モゾッ

ほむら「うっく!」ビクッ

そのまどか本人のせいか、ほむらの浴衣は着崩れて、おなかの素肌が露出していた。

そこに、桃色の髪の毛がさわさわと触れる物だから…

ほむら (くすぐったいっ……!)

ほむら (精神統一……精神統一……)

しかし一度意識してしまうと、なぜかお腹だけ感覚が鋭敏になるようで…

まどか「………zzz」スー… スー…

ほむら「ふっ………んっ! くっ……」ピクッ

ほむら (まどかの息が……っ!)

まどか「ん………」ゴロッ

ほむら「うひっ! ひ………っ! ………」ヒクヒク

ほむら(む、無理かも……!)

まどか「……んんー」モゾモゾ…

ほむら「えひゃひゃっはっはっははははっ!」ガバッ

まどか「ふあっ!?」ドテッ

まどか「いたた、あー……朝? だね、おはようほむらちゃん……?」

ほむら「まどっ……か、はぁ、ごめんなさい……」

マミ「ん……? あら、明るい……」モゾッ

まどか「あ、マミさんもおはようございます! 朝ですよー」

マミ「おはよう、鹿目さん。暁美さんも……? どうしたの、赤い顔して」

まどか「えっと……起きたら何か、こんなでした」

ゆっくりと息を整えるほむらを見て、二人で不思議そうな顔をする。

マミ「大丈夫? 風邪でも引いたのかしら……」

ほむら「いえ……健康よ。何でもないわ、気にしないで」

マミ「そう?」

まどか「お熱はあるかな……?」ピトッ

ほむら「っ!」ドキッ

まどか「……よかった、なさそうだね」

マミ「ならいいのだけれど……」

ほむら (ちょっと苦しかったけれど……とても、満たされた寝起きに感じるわ……。ふぅ……)

まどか「朝風呂?」

ほむら「ええ。結構、早い時間から開いているみたいなのよ。いかない?」

マミ「いいわね、行ってみましょう」

まどか「出かけるなら……ほむらちゃん、浴衣なおさないと」

ほむら「! そ、それもそうね……」サッ

ほむら「……でも、朝なら旅館の浴衣の方が楽かもしれないわ。えーと……ほら、これ」ガサゴソ

まどか「へー、こんなのもあるんだ。サイズも分かれてるし、たしかに楽そう」

マミ「じゃ、着替えて出ましょうか?」

マミ「あ、でも……。ちょっと朝は冷えるわね……」ブルッ

ほむら「なら、この羽織を上に着て行けばいいわ」

マミ「うん、それなら暖かそうね。昼はまだ日も暖かいけれど……もう秋なのねぇ」

ほむら「秋分の日だものね」

まどか「真っ赤な紅葉とかもうそろそろ見られるのかなー?」

マミ「紅葉はもうちょっと寒くなってからが時期ね。それならみんなで出かけられるし、今度お弁当持って行きましょう?」

まどか「はい!」

カラン… コロン…

まどか「あ、あれかな?」

ほむら「ええ。ここね、『鴻の湯』」

『一の湯』よりは、少し中心街から離れた広い場所。

マミ「何だか、お団子やさんみたいな雰囲気ね?」

三角屋根をした和風の建物が、親しみやすい印象を抱かせる。

ガラガラ…

引き戸を開けて入ると、内装もどことなく落ち着きを覚える。

まどか (おばあちゃん家みたいな安心感があるような…?)

マミ「そういえば暁美さん、ここにも目玉みたいのってあるの?」

ほむら「ええ。ここは、庭園風呂があるはずよ」

まどか「庭園風呂?」

ほむら「露天風呂がちょっと庭園ぽくなってるらしいわ。まぁ、入れば分かると思う」

マミ「それもそうね。さ、脱いじゃお脱いじゃお」ゴソゴソ…

ガラガラ…

まどか「ほんとだ、お庭みたいだー」

せっかくなので、人のいない室内の湯船をスルーして外に出る。

ほむら「まどか、そんなに急いだら転ぶわよ」

マミ「へぇ……」

岩で作られた露天風呂の周りに手入れされた植木が並び、
それほど本格的でないまでも日本庭園の雰囲気が出ている。

マミ「なるほどね……いいじゃない」ブルッ

マミ「う。寒いから早く入ろっと」チャポッ

マミ (ふぅぅ……。あったかい……)

寝起きから間もない身体がじわじわと暖められ、目が冴えてくる。

マミ (……垣根の向こうも、多分これは……自然の森林?)

マミ (庭の池に住む鯉になった気分かしらね……)

チャパ…

ふと、 揺れる水面の奥に、自分の手を広げて透かしてみる。

マミ (生きてるんだなぁ、私……人として)

マミ (鯉よりは苦労も多いけど。楽しみも多分、多い。……なんてね)

マミ (……あ。ちょっとまた眠くなって来ちゃったかも)

身体全体が暖まっているものの、外の涼しい空気で頭は冷やされ、あまりのぼせそうな感じがない。

マミ「あったかいのに、涼しくて、いい気持ちね……」

ほむら「ええ……朝の空気って良いわよね……」

まどか「えへへ……また寝ちゃいそう……」

3人で皆、半ば昇天しかけた顔を並べてしばらく過ごした。

――ほむホーム・お風呂場――

ザザー ザババー…

普段厳しい戦いに身を置いているとは思えない、華奢で透き通った裸体を少女がシャワーに晒している。

杏子「ああー、くっそ。ほむらの野郎、帰ってきたらマジでタタじゃおかねぇ……」

目をつぶったまま、苦々しく口をゆがめる。

杏子「何でいつも泊まるときにあった布団が無くなってんだよ! おかしいだろ、隠す必要ねーじゃねーか!」

杏子「おかげで同じ布団で寝なきゃならなくって……ひどい寝不足だよ……」

誰にと言うわけでもなく愚痴る。

杏子 (……さやかは、すぐ寝ちまったよなぁ………)

杏子 (あいつにゃ、そんな気はねーってことだろうけど……)

それが友情なのか、愛情なのか、それともまた別の何かなのか。自分でも分からない。

杏子 (……めんどくせぇよな、人間って………)

杏子「………」ハァ…

キュッ キィー…

ゴソゴソ…

杏子「ふー……」

身体を拭いて、一息つく。

脱ぎ捨てたパジャマを拾い、手で広げてみて…また顔をしかめる。

杏子「布団だけならまだしも、あたし用に置いといた寝間着が消えてて、代わりにコレ……
   わんこの着ぐるみパジャマだもんな……」

杏子「……うーん、やっぱ一度、槍と銃で存分に語り合う必要があるな、間違いない」グッ

他に寝間着があるわけでもない。仕方なしに、その服を着て風呂場を後にする。

窓からは朝日が差し込んでいるが、しんとした部屋に物音はない。
まださやかは寝ているようだ。

杏子「よっと……」ボスッ

ソファーに腰を下ろし、何を見るわけでもなく目線を泳がせる。

杏子 (……まだ、起きてこないよな………)

杏子 (………)

ぼーっと見開いていた目も、だんだんと重くなり視界が暗くなる。
杏子は、いつしかソファーに横になって寝息を立て始めていた…

――旅館の一室――

カチャカチャ… カタッ…

マミ「……正直、これが夕飯と言われても嬉しいぐらいよね」

ご飯、味噌汁、焼き鮭、煮物、漬け物…奥には湯豆腐まで煮立っている。

ほむら「普段の朝食なんて頑張っても食パン一枚が良いところだものね……」モグモグ

マミ「フルーツグラノーラを軽く一杯とかね」ムグモグ

ほむら「あれいいわよね」

まどか「え、二人とも……そんな食生活なの……?」

ほむら「一人暮らしはそんなものよ?」

まどか「うう、そう言われると言い返せないけど……。何か良くない気がするよ……!」

マミ「ふふ、本当は朝にしっかり食べるのが健康的らしいけれど……。
   実際は食べてるだけ良い方よ。朝は抜きって子、結構クラスに居るわ」

まどか「朝ご飯食べると、すごく元気が出るのに……」

ほむら「まどかの場合、お父さんが優秀だものね……。栄養バランスもよく考えられてそう」

まどか「ティヒヒ、それはあるかも」

マミ「このとろろ美味しいわね……。ご飯何杯でも行けちゃいそう」

まどか「あ、ご飯まだありますよ。おかわりしますか?」

マミ (……食べ過ぎかな? でも……)

マミ「………うん、鹿目さんお願い」スッ

まどか「はい! ……あれ、ほむらちゃんはとろろ食べないんだね?」

マミ「とろろご飯美味しいのに。おすすめよ?」

ほむら「え!? えっと、いや他にもおかずいろいろあるじゃない、別にいいかなって……その……」

マミ「……もしかして、嫌い?」

ほむら「………」

まどか「そう言えばほむらちゃん、納豆食べられないんだっけ……」

マミ「あ、なるほど。ねばねば系の物が苦手なタイプね……。ふふふ、暁美さんにも意外な弱点があるものね。
   これは是非とも食べられるようにしてあげたい気がしてきたわ」ニヤリ

ほむら「お願い、勘弁して……」

まどか「わたしも好き嫌いは良くないなって、ずっと思ってたんですよね……ウェヒヒヒ」

ほむら「本当にダメなのっ……!」

マミ「まぁ、納豆パーティーはまた今度の楽しみに取っておくとして……」

ほむら「いいから忘れてってば……」

マミ「今日はこの後どうするの? 予定とかある?」

ほむら「ああ、それなら。とりあえず、山の上でも行ってみない?」

まどか「山登りするの?」

ほむら「いえ、違うわ。……さっき、入ってきた『鴻の湯』の方、ほとんど山だったでしょう。
    あそこからもうちょっと奥に行くとロープウェイがあるらしいのよ」

まどか「へぇー、温泉だけじゃないんだね」

ほむら「今日も天気は良いし、景色も楽しめるんじゃないかしら?」

マミ「それじゃ、食べ終わったら出かけましょう」

ほむら「着替えもしてからいかなきゃね」

まどか「うん!」

――乗り場手前で――

ほむら「はぁ、はぁ……。ちょ、ちょっと待って……」

マミ「意外と体力無いわよね、暁美さん」

ほむら「もともと病弱だもの……。はぁ、魔力で強化しなければ……こんなものよ」

まどか「もうちょっとだよほむらちゃん、がんばって」

ほむら「はぁ……。こんな階段があるなんて聞いてないわよ、ロープウェイなら下から作りなさいよね……」

マミ「山頂まで歩くってんじゃないんだから、文句言わないの。ほら、手を貸してあげるから」

ほむら「……ありがとう、上までよろしく頼むわ」グイッ

マミ「えっ、ちょっ、そんなに体重かけないでよ!」

ほむら「冗談よ。……どうせなら背負って貰いたいくらいだけれど」

マミ「まったくもう……落ちても知らないわよ?」

ほむら「ソウルジェムはわりと丈夫なのよ」

ゴウンッ…

まどか「動き出した!」

マミ「っとと……。結構、揺れるわね」

ほむら「あら、高いところは苦手かしら? マミ」

マミ「そう言う訳じゃないけれど……。もしもの事を考えるとちょっと、ね」

ほむら「ふぅん……これは使えそうにないわね。何かもっと重大な弱点が欲しい……」ブツブツ…

まどか「ほむらちゃん……。さっきまであれだけ疲れた顔してて……」

マミ「乗った途端にこれなんだから」

ほむら「人の弱みを握ってニヤニヤしてる貴女が悪いのよ?」

マミ「根に持つわね……ふふ」

スピーカーから、明るい声で誰も聞かない観光案内が流れている。

マミ「あら……もう駅があんなに小さく」

まどか「もう、すっかり山の中ですねー……。見渡す限り緑色だよ」

やがて駅どころか、街全体も小さく見えてくる。

マミ「こうして見ると、すごく秘境って感じがあるわね。
   周りが全部山で、ぽつんと温泉街が密集してるのが良く分かる」

まどか「本当に山奥の温泉だったんですね。電車で来たから、あんまりそんなイメージなかったけど」

ほむら「……昔の人って、どうやって来たのかしら。平安時代からある温泉らしいけれど」

マミ「えっ、そんな古くからあるの?」

まどか「すごいねー。……あ、ほら、向こうに大きな川が見えるよ? 船で来たんじゃないかな!」

ほむら「なるほど、それはありそうね」

そうこうしているうち、5分もかからずゴンドラは駅へと着いた。

まどか「あれ、もう到着?」

ほむら「到着だけど、ここで乗り換えよ」

マミ「ここには何かあるの?」

ほむら「たしかお寺があったんじゃないかしら……。とりあえず一番上まで行きましょう?」

マミ「そうね」

赤いゴンドラから黄色いゴンドラに乗り換えて、また数分。

山頂に到着した一行は、早速展望台へと昇った。

まどか「いい眺めだねっ! これも写真に撮っとこうかな?」

ほむら「えっと、あの川があって……ほら、左の向こう側はもう日本海よ」

マミ「こんなに海の近くだったのねぇ……。道理でお刺身が美味しいはず……」

ほむら「冬場だと、その日に水揚げした美味しいカニがたらふく食べられるって話よ」

マミ「カニ……! あまりのおいしさに思わず無口になるというあの伝説の……!」

まどか「わたしカニ苦手だなー、殻を剥くのが大変だもん」ピローン

ほむら「! ……い、いくらまどかでも、カニを冒涜するその発言はちょっと許せないわ……」

マミ「鹿目さん、口に気をつけないと命がいくつあっても足りないわよ……?」

まどか「ちょ、ちょっと怖いよ? 二人とも!?」ズザッ…

マミ「……なーんて、食べたこと無いから、本当に美味しいのかは知らないのだけれどね」

ほむら「え、ダメじゃないマミ……。もう、もっと寒くなってから連れてくれば良かったわ」

マミ「うふふ」

まどか「あはは……」

それから3人は、城崎中を楽しく歩き回った。

温泉寺にお参りをしてみたり。文学碑を廻ってみたり。

歩き疲れたとなれば、まだ巡っていない外湯に入り。

木屋町小路に出てみれば、お酢を飲んで顔をしかめたり、甘いデザートに顔をとろけさせたり。

水族館があると聞けば、足を伸ばして魚たちとにらめっこしたり。

気づいたときには……もう日が暮れていた。

マミ (きっと……。私の走馬燈には、今日のことがいっぱい出てくるんじゃないかしら)

マミ (とても、素敵な時間だった……)

――ほむホーム――

杏子「……マジで大丈夫か? 菓子とは違うんじゃないか?」

さやか「何よー、失礼しちゃうわねー。あんたまであたしを見くびるわけ?」

杏子「いや、そういうわけじゃないんだけど……」

さやか「あのマミさんから仮免許皆伝を頂いた、このさやかちゃんに不可能は無いのだー!」

杏子「その仮なのか皆伝なのか分かんないあたりがすげぇ不安なんだろーが……」

さやか「……あたしね。厳しい修行の中で、とても大切なことを学んだのよ」

さやか「ひとぉーつ。レシピをよく読むこと」

杏子「ああ」

さやか「………」

杏子「え? ……それだけ?」

さやか「あー、あと材料をちゃんと量る……こと?」

杏子「よーし、出かける準備だ。ラーメンでも食いに行こう」トコトコ

さやか「ちょっとー!」ガシッ

杏子「離せさやかっ! あたしはもうちょっと長生きしたいんだ……!」ジタバタ

杏子「で………結局、カレーか」

さやか「うん。あたしだってそんな無茶したいわけじゃないし……。
    冷蔵庫の中身とか使って良いって言われてたから、見てみたらニンジンとかジャガイモとかあったし」ガサガサ

杏子「そういや肉とカレールウぐらいしか買ってこなかったな」

杏子 (まあ、これぐらいなら……ヤバいもんにはならない……はずだよな?)

杏子「せいぜいできあがりを楽しみにしとくか」

さやか「うん。あんたも手伝うのよ?」

杏子「もちろんだ、作業現場を監視する必要があるからな」

さやか「ぐぬ……見てなさいよ! あたしの本気!」

さやか「まずは、お米をといでっと……」

サラサラ… ジャバババ…

さやか「んじゃ、ニンジンとジャガイモの皮むき頼んだ。これピーラーね」ヒョイ

杏子「よし了解。全部剥けばいいんだよな?」

さやか「うん、洗ってそこにあるやつ全部」

杏子 (んーと、これ……当てて引けば良いんだよな?)

シャリシャリ… シャリシャリ…

杏子 (おお、剥けてる剥けてる)

杏子「……面白いな、これ」

さやか「必要以上に剥かないでよ?」

杏子「食いモンを粗末にしないことに関してはプライドがあるから。任せろって」シャリシャリ…

さやか「はいはい、そーだったわね。あたしはタマネギを切るかなっと……」

さやか (半分に切って……) ズドンッ

さやか (色が変わるまで皮を剥けばいい……んだったよね?) ペリペリ…

さやか (大丈夫、いけるいける)

さやか「よーし。下ごしらえも終わったし、ここからが本番だね!」

杏子「なぁ」

さやか「ん?」

杏子「………切ってないあたしが言うのもなんだが、不揃いだよな、野菜」

さやか「う、うるさいよっ! 火が通ればいいのよ火が通れば!」

杏子「まあカレーに関しては正論かもなぁ」

さやか「とにかく先へ進むのっ。ええと、鍋に油をしいて、火にかけて……」ガタガタ…

ピッ ウィーーン…

杏子「これ、いつ見ても不思議だよな。なんで火もないのに温まるんだ?」

さやか「んー? あいえっち、だっけ? 知らないけど……便利だしいいじゃん。
    魔法少女の変身だって、同じぐらいよくわかんないし」

杏子「………それもそうだな」

さやか「まずは、タマネギを炒めるのね」ザラザラ

ジュゥー… パチッ…

さやか「あつっ!? ……ちょっと飛んだような?」

杏子「大丈夫か?」

さやか「何とも無さそう」

ガサッ ジュジュー…

さやか「うん、このぐらいかな? 次は牛肉を入れて」

ジュジュジュー…

杏子「……うー、既にうまそうな匂いがするなあ」クンクン

さやか「まだ調理は始まったばっかだっつーの。相変わらずの食い意地め……」

杏子「仕方ないだろぉー、実際いい匂いじゃん」クンクン

さやか「そうだけどさー」ガタガサ…

さやか (んー……。もう火は通ってる、かな?)

さやか「他の野菜も行こう」ザザザ…

さやか「炒めはこんなもんかな……。焦げても無さそうだし、上出来上出来♪」

杏子「次はどうすんだ?」

さやか「えーっと……。杏子、そこのカップ一杯に水汲んで貰える?」

杏子「カップ……これか」

チョロチョロチョロ…キュッ

さやか「そんで、それをこの鍋の中に」

杏子「あいよ」ジャポポポポ

さやか「それを……あと2杯半、入れればいいみたい」

杏子「2杯半な。任せろ」ジョロジョロ…

さやか「よっし、そしたら中火で煮込むぞー!」

杏子「ほっときゃいいのか?」

さやか「基本的には……多分。……あ、そうだ、灰汁は取らなきゃ駄目か」

杏子「灰汁?」

さやか「え? 知らない?」

杏子「悪じゃなくてか?」

さやか「いや、灰汁。もうちょっと煮立ってくれば出てくると思うよ」

グツグツ… グツグツ…

さやか「ほら、鍋の周りに何か集まってきたでしょ」

杏子「なんか泡っぽいな……。これが灰汁なのか?」

さやか「うん。これを……ええとお玉は……。あった、これですくって捨てるのよ」

杏子「え、捨てちまうのか!? 勿体ないじゃねーか……」

さやか「………じゃ、食べてみる? コレ」

そう言って、すくった灰汁を計量カップに移し、杏子に渡す。

杏子「どれどれ……」ゴクッ

杏子「………うえ、なんだコレ……!」ペッペッ

さやか「ほーれ見ろ。美味しくないでしょ?」

杏子「あたしが悪かったよ……。これは捨てるべきだ。うう、口濯ごう……」

杏子「そういや、味付けってしないのか? 何か煮てるだけみたいだけど」

さやか「んー……。レシピ見る限り、味付けはカレールウだけっぽいからなぁ」

さやか (林間学校んときは、まどかが何か入れてたような気もするんだけど……)

杏子「ふーん……。ま、変に手を加えたりしないほうが安全か」

さやか「……正直やりたいなー、って思いはあるんだけどさ」

さやか「マミさんに教わってるときに、これバナナとか刻んで入れたら美味しそうだ! とか言ったんだったかな?
    絶対美味しいですよ、やってみましょうよ、って言ってみたんだけど……」

マミ『美樹さん? あなたは、料理における最も恐ろしい禁忌の一つを犯そうとしているわ』

マミ『生半可な気持ちでレシピのアレンジをするとね……最悪死ぬわよ。私も、あなたも。本当に』

さやか「とかって死んだ目で言われてさ……怖かったなぁ………」

杏子「そりゃ恐ろしいモン見たな……。」

さやか「あれ以来どーも気が引けて、手が加えられないのよねー……」

杏子 (そんなに怒ることなのか………?)

ルウを加え、弱火で煮込むこと数分。

さやか「かーんせーい! どうどう、ばっちりじゃないこれ!?」

杏子「おおー……。匂いも見た目もすげーうまそう……」ジュルル…

杏子「さやかさやか、味見してもいいか?」

さやか「あ、うん。熱いから気をつけなよ? ほれお玉」

さやか (……大丈夫だよね?)

杏子「どれどれ……」フーフー …ペロッ

さやか「………」ゴクリ…

杏子「………おい」

さやか「! え……もしかして……」ダラダラ

杏子「うめぇじゃねえか、これ!」ズルズル

さやか「へ……? え、あっ、あったり前じゃん! あはは」

杏子「へへ……あたしも手伝ってるせいかな、何かうれしい」モグモグ

さやか「おいこらっ、味見って量じゃないぞそれ!」

さやか (なんだなんだ、不安だったけどやっぱやれば出来るじゃんあたし! さやかちゃん上出来!)

――昭和を感じる遊技場――

ザワザワ… ガヤガヤ…

マミ「最後の一発ね……」

マミ「はっ! (ティロ・フィナーレ!)」

パシッ! ……コロン

まどか「わ、全弾命中だ!」

マミ「ふふ、こんなもんかしらねっ☆」フッ

煙を吹くマネをする。

ほむら「すごいわね、射的の銃なんてまともに弾が飛びそうにないのに。長年銃を打ち込んでるだけある」

マミ「銃を出せるようになった当時は、全然当たらなかったんだけれどね……。鈍器代わりに殴ったりしてたっけ。
   暁美さんだって、銃は結構メインに使ってるじゃない」

ほむら「私は時間を止めてから打つのにばかり慣れていたから……。近代的な銃ばかりだし。
    そんな、恰好をつけて射的で百発百中させる芸当は出来ないわ」

マミ「か、恰好つけてって……///」

ほむら「ほら、まどかみたいに身を乗り出すのが、射的本来の伝統的スタイルだと思うのよ。
    あ、でもまどか、それ以上乗り出すと向こう側に落ちるわよ」

まどか「えへへ……気をつけるよっ!」パンッ!

まどか「ううー、結局ダメだったよう……」

マミ「鹿目さん、何回も挑戦しすぎよ……」

まどか「だって二人とも成功してたんだもん! わたしもやりたかったー……」

ほむら「そんなに全弾命中に拘らなくても……。ほら、そこでフレッシュジュースでも飲みましょう? 機嫌治して、ね?」

まどか「ウェヒヒヒ……ほむらちゃん大好きっ!」ギュウッ

ほむら「え、ま、まどか……///」

抱きつかれて少し体勢を崩し、ほむらが下駄を踏む足に力を入れる。と、

ブチッ

ほむら「きゃっ」ズテッ

まどか「えっ? え、ごめん! 大丈夫!? ほむらちゃん!」アタフタ

ほむら「ええ、何とか。……下駄の鼻緒が切れてしまったみたいね」

マミ「怪我は無い?」

ほむら「大丈夫よ。ちょっとお尻を付いただけですんだわ」

マミ「肩を貸すから、少し二人三脚気味に帰りましょう?」

ほむら「ありがとう、助かるわ。……それにしても、不吉ね」

――ほむホーム――

ガラガラガッシャーン!

杏子「ああっ! くっそー、負けたっ」

さやか「ははは、さやかちゃんに勝とうなんて10年は早かったわね!」

杏子「ちっくしょう、ジェンガはダメだ、あたしが勝てそうなのは……」ゴソゴソ

さやか「何回ゲーム交換してんのよ、負け続きだし……」

さやか「……それにしても、ほむらの家も随分おもちゃ増えたよねー。遊びに事欠かない」

杏子「持ち込んでる本人が何言ってんだ。ほむらも仕舞う場所に困ってたぞ」

さやか「まあそうなんだけどさ」

さやか「……転校生、って呼んでたときのこと……何か思い出して」

杏子「転校生? ……ああー、ワルプルギスの夜の一ヶ月前に転校してきたんだっけ、ほむらの奴」

さやか「うん。最初は、綺麗な顔して無表情で、何かいけ好かないヤツだな―とか思ってた」

杏子「……それ今でもあんまり変わってないだろ?」

さやか「まあね」

さやか「でもさ、ほむらは意外と面倒見が良くて、優しくて、ただ不器用な可愛いヤツって……中身はそんなかんじじゃない?」

杏子「んー、まぁそうかもな。結局憎たらしートコ残るけど」

さやか「魔法少女の世界に巻き込まれていくうちに、なんだかそれが分かってきて……」

さやか「それで、誘われて初めてこの部屋に来たときに、すごく寂しい部屋だって思ったんだよね」

杏子「………」

さやか「何て言うか、生活のための最低限の物を置いただけで、他は一切排除しちゃいました!
    みたいな殺風景さがあって……痛々しかったのよ」

杏子「そうかもな……」

さやか「それをちょっと変えたかったのかな。いろいろと持ち込みはじめたのはさ……」

杏子 (………)

杏子「……そ、そういう所があるさやかが、あたしは……好きだよ。真っ直ぐな優しさでさ」

さやか「……! へへ、素直な杏子ちゃんも可愛いわねっ!」グリグリ

杏子「ちょ……茶化すなよ、真面目な話してんだろーが……///」

さやか「……ありがとっ」ニカッ

杏子「………」

杏子「……っ! おっと、こいつは……」

さやか「どした?」

杏子「使い魔……いや、これは魔女の反応だよ。マミの留守中にホントに出たな」

さやか「え、マジで……!?」

杏子「さーて、ようやくあたしが活躍する場面ってわけだ。ちょっくら行ってくるよ」ポキポキ

さやか「あ、その……」ソワソワ

杏子「ん?」

さやか「あたしも行くよっ! 心配だよ」

杏子「何言ってんだ、さやかは魔法少女じゃないじゃんか。危ないぞ」

さやか「そうだけど……」

杏子「大丈夫だって、あたしだってそれなりに魔女退治のベテランなんだ」

さやか「でも……」

杏子「いーからまかせて待っててくれよ。……さやかが待っててくれたら、その、ちゃんと帰ってこられるから」ポン

さやか「………うん、分かった。……気をつけてね?」

杏子「おう、じゃなっ」 ギィー パタン…

杏子 (……それにしても、想定外に強力な魔女反応だな、こいつ)

杏子 (………使い魔の段階で気づきそうなもんだけどな……)

考えていても仕方ない。

杏子 (ま、久々にやりがいのある相手だ、気合いいれていこうじゃねえか)

杏子 (あたしの実力をとくと思い知らせてやる)

杏子「よし、待ってやがれよっ!」

そう言うと、魔女の元へと、人通りも少なくなった夜の街を駆け出した。

――旅館の部屋で――

まどか「きょ、今日もおなかいっぱいだよ……」

マミ「お魚が美味しかった……。でも、う……。昼から食べ歩いてたせいか結構辛いわ……」

ほむら「ほんとね……。今日ももう、出歩けそうにないわ」ケプッ

マミ「……明日は、もう帰りねぇ。佐倉さんと美樹さん、仲良くやってるかしら」

まどか「さやかちゃんにメールしといたほうがいいかな?」

ほむら「大丈夫じゃない? むしろこんな贅沢をしてると分かったら、酷い嫉妬が返信されてきそう」

まどか「ティヒヒ、そうかも……!」

マミ「またトランプでもする? ……今日は、何か賭けても良いわよ? そうね、貴女の恥ずかしい話とか聞きたいわ」

ほむら「くっ、巴マミ……。自分のフィールドに誘い出して喰らおうとは、何と狡猾な……!」

マミ「あーら、暁美さん……そんなに自信がないのかしら? そもそも私はどちらかというと、素人。
   貴女は随分いろんなルールに詳しそうだったけれど、実戦ではとんと使えない臆病者だったの?」

ほむら「………」イラッ

ほむら「……いいわ。その減らず口、調子に乗ったことを後悔させてあげる」ファサッ

まどか「ほむらちゃーん、乗せられてるよー……?」

――ほむホーム――

チッ チッ チッ チッ…

一人の部屋で、時計の音が耳につく。

さやか (………まだかな……)

さやか (……ほむら、いつもこんな部屋で一人暮らしてるんだなぁ……)

目の前に散らばったままのジェンガ。

楽しい時間を作るそれも、遊ぶ相手が居なければ寂しさをかき立てるアクセントでしかない。

さやか (大丈夫だよね……)

さやか (杏子………)

チッ チッ チッ チッ…

壁の時計を見る回数が増えてくる。時間のすすみがどんどん遅く感じる。

そのまま……3時間が経過した。

さやか「……これ、絶対おかしい……よね?」

さやか (いつもなら……。1時間とかからない。長くても2時間ぐらいのはず……)

さやか「うん……ちょっとだけ。見に行った方が……いい」ゴソッ

言われた約束を破る後ろめたさ。それよりは、明らかに遅すぎる杏子を心配する気持ちが勝った。

ふらふらと導かれるようにドアへと向かう。

ギィー…

青ざめた顔でドアを開けると、その正面には…

さやか「!? え……」

QB「やあ、久しぶりだね。美樹さやか」

1年ばかり姿も見掛けなかった、あの憎たらしい顔があった。

さやか「あんた……どうしてここに!」

さやか (契約をするつもりはない。何をしに? ここにはあたし一人だけ……いやほむらに会いに来たの?)

混乱するさやかを見つめ、一言、

QB「心配しているんだろう? 佐倉杏子を。なんなら、僕が居場所を教えてあげるよ」

インキュベーターは、とても親切な提案をしてくれた。

――再び城崎――

マミ「……うふふふふふ。そろそろ、勘弁してあげてもいいかしらね?」

既に敷かれた布団の上で、勝ち誇って笑う。

その目線の先には、既にないはずの魂が抜けたように天井を見つめるほむらの姿があった。

まどか「ほむらちゃーん、生きてるー?」ポンポン

ほむら「ごめんねまどか……。私、あなたとの約束を守れそうにない……」ウルウル

まどか「いや別に何も約束してないけどね?」

ほむら (メガネに三つ編みだった頃の事……コッソリ書いていた同人誌の事……
    小学校の頃の大失敗……いい歳しておねしょしちゃった事……
    全て……! 何もかも知られてしまったっ………!)

ほむら「ううう……。すみませんでした……。無謀な勝負を挑みすぎました……」

マミ「分かれば宜しい♪」

まどか「……でも、何もあんな正直に過去を語らなくても良かったんじゃないかなって」

マミ (無理矢理喋らせたわけでもないのに、馬鹿正直に喋ってくれるのよね……。
   真面目な性格ってことかしら……?)

ほむら「申し訳ありませんでしたぁ……」

――夜道――

サアアアァァ…

いつのまにか、見滝原には雨が降り始めていた。

より一層黒く染まるアスファルトに、紅色のシルエットが揺れる。

杏子「……おい! さやか! おい!!」ユサユサ

生気のない顔で地面に横たわるそれを、力強く揺する。

さやか「……っぐ………。あうっ………」

苦痛に顔を歪め、身体をねじりながらうめき声を上げる。

杏子「くそっ! 何で……何でこんな事に……!」

さやか「……はぁ……きょ……うこ……、ごめ……ん……。……うぐっ!」

杏子「馬鹿やろう喋るんじゃねえ! じっとしてろ!」

杏子 (魔法でも……これじゃあ………)

杏子 (考えろ……どうすればいい、考えるんだ! このままじゃさやかはヤバい!)

さやか「……ぐあっ……。もう………ダメか……も……」

杏子「お、おい! ふざけたこと抜かしてんじゃねえ!!」

さやか「……ホント……ごめ……んっ」ガクッ

杏子「あっ馬鹿寝るな! おいっ!」ペシッ バシッ

思いっきり、頬をはたく。だが何も応答はなく、死んだように意識がない。

さやか「…………」

杏子「ああああああ冗談じゃねぇぞ、何とかしなきゃ……何とか……」

杏子「よりによってこんな時に……マミもほむらも居ねぇし……」

杏子「……そうだ携帯!」

さやかのポケットを漁り、使い古された携帯電話を取り出す。

二つ折りのそれを開いて中を覗いてみるものの…

杏子「……ああ、わかんねーんだ……使い方……。何て……使えないヤツ……あたしって……くそっ」

カシャンッ

苛立ち紛れに放り投げる。

その後ろから。見るからに絶望漂う杏子の背中を伺う影が、そっと姿を現した。

「お困りのようじゃないか?」

杏子「!」

急に声をかけられて、後ろを振り向く。

右手には槍を構え、臨戦態勢を整えることは忘れない。

杏子「っ……てめぇは……!」

QB「やあ、佐倉杏子。半年ぶりぐらいかな?」

杏子「……こンの忙しいときに! 何の用だ、早く言え!」

構えた槍の切っ先を向け、焦りきった声で話を促す。

インキュベーターが向こうからノコノコやってきて、ロクなことがあるはずがない。

QB「そんなに警戒しないでもらいたいな。君は、そこの美樹さやかの身を案じているのだろう?」

杏子「だからどうしたって……。 ……っ! てめぇ、まさかさやかに……!」

QB「どうしたんだい? 僕は、君たちの手助けをしようと思って来たんだ」

杏子「ふっざけるなぁっ!!!」ブンッ

グシャッ

キュゥべえの空気を読まないセリフに対し、杏子は構えた獲物を叩き付ける行為で以て答えた。

――翌日、城崎温泉駅前――

まどか「もう帰りかぁ……。名残惜しいよ―」

マミ「あっという間だったわね。私が誘拐されてから」

ほむら「お望みなら、何度でも誘拐してあげるわよ? 目的地は私の家になるけれど」

マミ「心臓に悪いから遠慮しておくわ……」

まどか (一晩寝たらすっかり立ち直っちゃったなあ、ほむらちゃん。面白かったのに……)

マミ「……電車までは、まだ時間あるのかしら?」

ほむら「えっと……。ええ、まだ30分ちょっとあるわね。早すぎたかしら」

マミ「えへへ、ちょっとあれが気になって」

マミの指さす先、『さとの湯』の屋根の下に、日陰になった足湯スポットがある。

まどか「足湯……。なるほど、待ち時間に良さそうですね!」

マミ「ね? 行きましょ行きましょ」トトト…

まどか「はい!」テテテ…

ほむら「あ、ちょっと……!」

そそくさと、靴も靴下も脱いで足を湯に入れる。

チャプッ…

まどか「うーん、改めて入ると、なんだか帰るのが名残惜しくなりますね」

マミ「麻薬よね、この心地よさ……」

ほむら「マミもまどかも慌てすぎよ? もう……」トコトコ

置いていかれたほむらがやってくる。

まどか「あ、ほむらちゃんも入ろうよー。気持ちいいよー!」

ほむら「……ねえ、タオル用意して無いでしょう?」

マミ「あっ」

まどか「そっか、あれ旅館のタオルだから置いてきたんだ……どうしよ」

ほむら「全くもう……。ほら、二人でこれ使いなさい……」

鞄から、ハンドタオルを一枚取り出して膝に置く。

マミ「え、あるの……? ありがとう!」

まどか「さっすがほむらちゃん! 準備がいいね!」

マミ (……この準備の良さも、その努力を見せない所も、ホント感心するわね……ふふ)

それから、何も知らない三人は帰りの道のりを楽しんだ。

窓の外の景色を語り、旅先での出来事を語り、日常のあれこれを語った。

楽しい時間ほどすぐに過ぎる。復路は往路よりも短く感じる。

そうして気がつけば……もう、見滝原。


――ほむホーム前――

まどか「帰ってきたー!」

マミ「ふぅ……。なんだか懐かしい気がするわね……」

ほむら「空けたのは、三日間だけなのだけれどね。二人とも居るかしら?」

ピンポーン…

当然のごとく返事はない。

マミ「……出かけてるのかしら?」

ほむら「まぁ、自分の家だからいいのだけれどね」ガチャガチャ…

ほむら「あれ? 鍵が開いてる……」ギィ…

まどか「かけ忘れたのかなぁ?」

家の中に入り、ようやく三人とも違和感を覚えはじめる。

ほむら「電気が付けっぱなし……」パチッ

まどか「ジェンガが放ってある……」

マミ「二人とも居ない……。そして、鍵は開いたまま」

ほむら「……嫌な予感がするんだけれど」

マミ「同感ね。……ちょっとケータイにかけてみましょう」ゴソッ

ポケットから携帯電話を取りだし、かけ始める。
自分用に買ってきた、麦わら細工の綺麗なストラップが揺れる。

『現在、電波の届かないところにいるか……』

マミ「……駄目、繋がらない」ピッ

まどか「え、やだよ……? 何があったの……?」

ほむら「………」

マミ (……やっぱり、私が悪かったのかな。あのとき、無理にでも帰ってきていれば………)

きっとまずいことが起きている。自分に責めがあるのかもしれない。そう思い始めたとき、

「やあ、帰ってきたようだね。旅行は楽しかったかい?」

全てを知る者の声が、玄関から響いた。

QB「久しぶりだね、3人とも」

ほむら「インキュベーター!」

言うが早いか、銃を取り出してキュゥべえに向けるほむら。

まどか「ま、待ってっ!」グイッ

その銃口を、まどかの手が握って下に向ける。

まどか「……何か知ってるかもしれないよ。聞けることは聞こう?」

ほむら「………」コクリ

QB「全く、君は相変わらず見境無く僕を殺しに来るね、意味がないと知っているのに」

マミ「キュゥべえ、そういう御託はいいのよ? ……あなたの知っていることを教えなさい」

いつのまにか、マミもマスケット銃を召還して向けている。
1人と1匹で日々を過ごした頃の面影はなく、それは正面からぶつかり合う敵同士の顔だった。

QB「やれやれ、マミにもすっかり嫌われてしまったようだ……」

マミ「さっさと!」ギリッ

QB「……そもそも、そんなに険悪になる理由なんて無いんだ。
  僕はただ、君たちが望んでいる物を持ってきてあげただけなんだからさ」

ほむら「望んでいる物ですって……?」

QB「そうさ。君たちは、美樹さやかと佐倉杏子の居場所が気になっているのだろう?
  だからそれを教えてあげようと思ってね。ほら、喧嘩する理由はないだろう?」

まどか「キュゥべえ……それって……」

マミ「あなたがこの事件に深く関わっている……」

マミ「……いえ。あなたが起こした事件だと、そう認めているのかしら?」

引き金に添える指に、つい力が入る。

QB「それは違うよ。今回の事件は、彼女たち自身の未熟さが引き起こした問題だ。
  僕はそれに力添えをしてあげたに過ぎないんだ」

ほむら「……直接的な言及を避け、『嘘はつかない』と言いながら重大な情報を何一つ語らない。
    あなたのそう言うところ、もううんざりなのよ! さっさと言いなさい、あの二人に何をしたの!」

QB「だから……本当に何もしてないんだけどなあ」

マミ「っ……!」

QB「いずれにしろ、何があったのかは2人に会いに行けば分かるはずさ。その目で確かめた方が早いんじゃないかい?」

まどか「どこ? さやかちゃんと杏子ちゃんをどこにやったの!?」

QB「なに、君たちもよく知っている場所だ。見滝原中央病院、歩きでもそんなにかからないよ」

――病院の一室――

マミ「……ここね」

ほむら「開けるわよ……」

まどか「うん……」

ガラガラガラ…

部屋の中、真っ白なシーツの上。蒼い髪の少女が、安らかな顔で横たわっていた。

その姿を前にして、赤い髪の少女が突っ伏している。

他には誰も居ない。随分と静かな、静止した二人の世界に見えた。

マミ「美樹さん……」

ほむら「さ……さやか?」

まどか「さやかちゃん!!」トタタッ

一目散に、まどかがベッドへと駆けていく。

まどか「さやかちゃん! ねぇ、さやかちゃんってば!!」ユサユサ

目を見開きながら、さやかの身体をベッドごと激しく揺すった。

さやか「………うん……?」

杏子「……ん? 何だ……」

揺らされる衝撃に、二人が眠っていた意識を取り戻した。

まどか「さやかちゃん!」

杏子「ふぁ……。あたしも寝ちゃってたか」

さやか「あふふふっ……! おはよー、そしておかえりまどか」

まどか「さやかちゃん? 大丈夫なの!?」

さやか「あー……うん。何とかね、今は平気」

ほむら「あなた、魔法少女の契約をしてしまったの?」

さやか「え? 何で?」

ほむら「……魔女に襲われたとか、そういうことではないの?」

杏子「違う違う、魔女はあたしが倒したよ」

マミ「………? それじゃ、いったいなんで病院に?」

さやか「いやその……それがですね………」

マミ「ソラニン中毒……?」

杏子「昨日の夕飯にカレー作ったんだけど、どーもその中に悪いモンが入ってたらしい」

さやか「もう、酷い目に遭いましたよー。胃の中洗ったりとかして……大変でした、はは」

ほむら「……もしかして、あなたたち。うちの冷蔵庫に入ってたジャガイモ使った?」

さやか「あ、うん。使っていいって言ってなかったっけ?」

ほむら「『使ってもいいけど、使わない方がいいわ』って言ったはずなのだけれど……」

さやか「あれー、そうだったっけ……」

ほむら (あのジャガイモ、いつのだったかしら……?)

マミ (芽、ちゃんと取ってなかったのかな……)

まどか「でもよかった……。さやかちゃん、無事で……ううっ」

さやか「ごめんごめん、心配かけたね」ナデナデ

杏子「うーん、すげー美味かったんだけどなー、カレー。何でさやかだけ……」ブツブツ

さやか「多分体質なんだろうね。あんたどんな劇物飲んでもケロッとしてそうだし」

杏子「失礼だなっ」

QB「だから言ったろう? 僕は手を貸しただけだとね」ヒョコッ

マミ「キュゥべえ……」

杏子「おう、ありがとなキュゥべえ」

ほむら「え? ……このロクデナシがホントに何か役立つことをしたの?」

杏子「ああ、さやかが急に苦しみ出して、最後には意識まで失っちまったもんだから、
   あたし一人じゃパニックになっちまって……。情けない話だけど」

QB「せっかくの優れた素質を持つ少女だからね。死なれては困るし、
  ここの病院の救急が開いていることを教えて、連れてくるように言ったんだよ」

さやか「……あんた、まーだ契約諦めて無かったのかい」

QB「もちろんさ。もしも心境の変化で魔法少女になろうと思ったのなら、いつでも僕を呼んでくれて良いんだ」

さやか「お断りだよ、シッシッ」

QB「つれないねえ」トコトコ…

マミ「はあ、嫌な汗かいちゃったわよ……もう。佐倉さんも、書き置きぐらい残してくれれば良かったのに」

杏子「ん、ああ……悪ぃ。でも留守番の責任はしっかりと果たしたよ。結構な魔女だったけど、被害ゼロだ」ニッ

マミ「そういえばそんなこと言ってたわね……。ふふ、頼もしい後輩が居てくれて嬉しいわ」ニコッ

杏子 (正直、かなり危ねー相手だったけどな……。ま、マミの元で修行し直したあたしの敵じゃない!)

マミさん達に余計な心配させまいとあぶなかったことを隠す
あんあんまじ聖女

――病院の裏口――

ほむら「待ちなさい、インキュベーター」

もう用はないと出て行こうとする後ろ姿を、ほむらが呼び止めた。

QB「……わざわざなんだい、暁美ほむら。君は僕の顔も見たくないぐらい嫌っているんじゃなかったのかい」

ほむら「……あなたには、語ってないことがあるでしょう?」

QB「さて、何のことかな」

ほむら「本当の目的よ。美樹さやか一人が食中毒に苦しんでるのを嗅ぎつけて、それに手を貸しに来るような……。
    あなたは、そういう生き物じゃない」

QB「うーん、美樹さやかに死んで貰いたくなかったのは本当だよ?
  その場で契約しようにも意識がないし。全く、死ぬなら契約して魔女になってからにして欲しいよ」

ほむら「それは腹立たしいほど筋が通っているわね。でも話はそれじゃない、魔女についてよ。
    ……はっきり言うわ。あなたの仕業じゃないかしら?」

QB「……やれやれ。憎い相手のことなのに、君は本当によく知っているようだね」

ほむら「………」

QB「ここの来たの自体はただの偶然なんだけどね。久々に、新たな素質の持ち主が居ないかを探していたのさ」

QB「そうしたら、いつもいつも僕の邪魔をしてくれるはずの暁美ほむら、巴マミ、そして鹿目まどかが居なかった」

QB「旅行だというのは知らなかったけれど、これはチャンスだと思ったからね。
  佐倉杏子一人では手が余るレベルの魔女を宿したグリーフシードを、ちょっと持ってきた、それだけのことだよ」

ほむら「ろくでもない事を……」

QB「予定通りであれば、佐倉杏子は魔女となり、美樹さやかは魔法少女になっていたはずなんだ。
  佐倉杏子があそこまで効率的に戦えて……あの魔女を倒すというのはね。驚いたよ、本当に計算違いだ」

ほむら「……人は、成長するものなのよ」

QB「歴史を俯瞰してきた僕たちから見れば、君たち人類はさしたる成長を遂げていないんだけどね?」

ほむら「………」

QB「……まあ、今回の話はそんなところだね。これで満足してくれたかい?」

ほむら「ええ、とても参考になったわ。……これはお礼よ」

パキュッ!

サイレンサーを付けた銃で、顔面のど真ん中に一発たたき込む。

ほむら「それと。二度とふざけたマネはしないで頂戴、いいわね」グリグリッ…

もう動かないインキュベーターの抜け殻を踏みつけながら、最後の挨拶をしてほむらは病室へ戻っていった。

――いろいろあった連休から数日、朝――

ピピピピピピピピ…

ゲシッ

マミ「………ん………うるさーい………」

マミ「朝……ね………」

モゾ…モゾモゾ…

マミ「起きますか………」

マミ (………何か良い夢……見たような?)

マミ「……あれ、思い出せないな………」

マミ「………まあいいわ、学校行かないと……」

眠い目を擦りながら時計を3秒ほど眺めて、飛びあがる。

マミ「きゃあっ! 遅刻するじゃないのよぉっ!!!」ドタドタ

あれから巴マミは、ちょっとだけ……ねぼすけさんになった。

お寝坊まみさんかわいい

トタタタタ…

マミ「……っはぁ、はぁ……」

マミ (やっぱり、朝は冷えてきたな……。どんどん寒くなりそうね)

マミ「……ふぅ……。あ、あれは」

さやか「ひぃ、ひぃ……! 遅れるー!」ドドドドドド…

マミ「美樹さん? おはよう!」

さやか「あ、マミさん! おはようございます!」

マミ「身体はもういいの?」

さやか「はい、すっかり。ご迷惑おかけしてスミマセン……」

マミ「ふふ、普通の料理の基本も教えなければいけない気がしたわよ?」

さやか「あ、師匠それは是非お願いしますっ!」

マミ「……っと、遅れちゃう。じゃ、私はこっちだから。また放課後!」

さやか「はい、またー!」ドタダタタ…

トタタタタタ… ガラッ

マミ「……はぁ、はぁ。間に合った………」

「あ、マミ。おはよー、最近ギリギリなこと多いね」

マミ「おはよう。なんだかよく眠れちゃうのよね……。布団が恋しくて、つい」

「ははー、涼しくなってきたせいかもなー。夏はホント寝苦しくてさ、うちなんて―――」


今日もまた、何てことのない学校での一日が始まる。

私たちはこうして日々を過ごしていき、いつかきっと、死ぬんだろう。

魔法少女である私は、死が人よりずっと早いかもしれないけれど……本質的に変わることは、何もないと思う。

だったら私も、みんなと同じく、いろんなことをしてみたい。

いろんなことを学んで、いろんな遊びをして、いろんな人と……恋だってしたい。

せめて毎日を楽しく生きていたい。

一度は落としかけた命を、再び拾ってまで得た人生なのだから。

さやか「あ、マミさん来た来た」

マミ「お待たせ。ちょっとホームルームが長引いちゃってね、遅くなったわ」

まどか「今日はどうか、よろしくお願いします……。マミさんだけが頼りなんです……」

マミ「ふっふっふ、どーんと任せなさい。……文系科目なら、ね!」

ほむら「……学校なんて、理科と数学だけでいいと思わない? 作者の気持ちなんて考えてらんないわよ……」

さやか「あんたも意外と抜けてるよねー、転校直後の成績が嘘みたい」

杏子「それよりついてったらケーキ食えるのは本当か……?」


ずっと一人でいたら、こんな気持ちになることは無かったかもしれない……けど、私にはこうして素敵な仲間がいる。

お互いのために心を痛め、お互いのために力を貸してくれる仲間達が。

そう。今となっては、一人で重荷を背負う必要はなかった。

もう何も……怖くない。

左手に小さく輝く指輪を眺める。

このソウルジェムがどす黒く染まるその時も、きっと笑っていられる私になろうって、今はそう思えた。

~fin~

はい、どうもこんなのにお付き合い頂いた方々、お疲れ様でした。ありがとうございます。
マミさんと二人で温泉に行きたかっただけだったんですが、いつのまにかこうなりました…

          i>i<!´`⌒ヾ<i
         ((( ノノリ从从ゝ            /i´Y´`ヽ

    _     ゞ(リ ´ヮ`ノリ              ハ7'´ ̄`ヽ.
  ,r´===!〔〕   /U、}li\             | l ,イl//`ヘヘ! |
  i,l|从ハノリ|||   ( ●≡)O=ロ          0リノ(! ゚ ヮ゚ノリ 0 
  |リ、゚ ー ゚ノ|||o   `し'∪    __       -=='==-)杏i-=='==- ,
 ノノノノ つ/|||ゝ        , '´   ヽ      i´ ̄`i't‐t'i´ ̄`i-==-

   ノVV/ ぺ>      ∩{ i{ノハ从k.}     r―`ー ヽ'´ ̄ ヽ/ ‐'  |
   し´し´            ヽヽi|, ゚ ヮ゚ノリ     |   |   | ◎YA |    |
        , -─-、    ┌┴--っ )     /ー'、  / 、_ ノ、  /i」、
       ,マミ-─-'、    | [|≡(===◇
.     ν*(ノノ`ヽ)    `(_)~丿
      ξゝ*^ヮ゚ノξ      ∪    __
       θ、⊂ )             /
     ⊂二(\/,ゝ.           (__ゝ

         し \|/
          /|

乙乙
終盤の淫獣でどうなるかと思ったけど
ほのぼのした話でおもしろかった

              .,-'''''~~~ ̄ ̄~~''' - 、
 \      ,へ.人ゝ __,,.--──--.、_/              _,,..-一" ̄
   \  £. CO/ ̄            \       _,,..-" ̄   __,,,...--
      ∫  /         ,、.,、       |,,-¬ ̄   _...-¬ ̄
 乙   イ /    /   ._//ノ \丿    ..|__,,..-¬ ̄     __,.-一
      .人 | / ../-" ̄   ||   | 丿 /  ).  _,,..-─" ̄   ._,,,
 マ    .ゝ∨ / ||        " 丿/ノ--冖 ̄ __,,,,....-─¬ ̄
        ( \∨| "  t-¬,,...-一" ̄ __--¬ ̄
 ミ  ⊂-)\_)` -一二 ̄,,..=¬厂~~ (_,,/")

     .⊂--一'''''""|=|( 干. |=| |_      (/
   /  ( /      ∪.冫 干∪ 人 ` 、    `
 /      )         ノ '`--一`ヽ  冫
                 く..          /
                .  ト─-----イ |
                  ∪       ∪

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