綯「1日ラボメン見習い……?」岡部「そうだ!」(280)

岡部「世の中は何事も、等価交換で成り立っている」
   「恨むなら、お前を俺に預けたミスターブラウンを恨むのだな、フゥーハハハ!」

綯「あの……オカリンおじさん」

岡部「おじさんではない、鳳凰院凶真と呼べ」

綯「うう……」

……どうしよう、困っちゃったな。

あ、自己紹介がまだでした。
皆さんこんにちは、天王寺綯です。
今日は日曜日、お休みをお父さんと一緒に過ごそうと思っていたけど……。

――数時間前――

お父さんは秋葉原で、ブラウン管工房というお店をやっています。
お店にはたくさん古いテレビがあって、お父さんはそれらを愛してると言ってもいいくらい大事にしていました。
今日もお父さんと一緒に、お店へと向かいます。

……ですが、お店まで着いた途端、お父さんに電話が入りました。

天王寺「綯、急な仕事が入っちまってな。今日は一緒にいれねえんだ」

お父さんの仕事は正直暇そうですけど、たまにお客さんからの呼び出しがあったりして忙しいこともあります。
そんな日はお父さんと一緒にいれないから、ちょっぴり残念だなあ。
でも、私も来年から中学生。1人でお留守番なんてへっちゃらです!

綯「あれ、萌郁お姉さんは?」

天王寺「さっきメールがきてな、あいつ風邪引いたから今日は休むって。全く、健康管理がなっちゃいねえぜ」

萌郁お姉さんは、最近お店に入ったバイトさん。無口なところがあるけれど、とっても優しい人です。
でも、風邪を引いたなんて、心配だな。

綯「私、お見舞いに行きたい!」

天王寺「お見舞い? まあ、別にそれは構わねえが、バイトの家がどこだか知ってるのか」

あ……そういえば、私お姉さんの家がどこにあるか知らなかった。

でも私の様子を見て、お父さんが何かひらめいたようです。

天王寺「ああ、もしかしたらまゆりちゃんが知ってるかもな」

まゆりお姉ちゃん。いつも明るくニコニコしていて、私も大好きな人。

天王寺「そうだな――綯、もしお見舞いに行きたかったら、まゆりちゃんに頼んでみてもいいぞ」

綯「ほ、ホントに?」

まゆりお姉ちゃんと一緒なら、私も心強いな。

天王寺「――というわけで、綯を預かってくれ」

岡部「……なぜそれを、俺に頼むんです?」

天王寺「しかたねえだろ、お前しか部屋にいねえんだから」

私はお父さんの背中に隠れて、そんな2人の様子をじっと覗いています。
お父さんとお店の2階――未来ガジェット研究所を訪れると、まゆりお姉ちゃんはまだ来ていなかったようでした。
そして、代わりにいたのがこの人。

岡部「お断りします。俺は忙しいのだ」

ボサボサの頭に、しわだらけの白衣。
岡部倫太郎さん、通称オカリンおじさんです。

綯「その――オカリンおじさん」

岡部「ミスターブラウン、娘の教育はちゃんとしていただけませんか? おれはおじさんじゃないと何度言ったら」

天王寺「いちいちうるせえな。オッサン臭い見た目してるお前が悪い」

お父さんが指の関節をポキポキ鳴らすと、オカリンおじさんは急に黙り込んでしまいました。
いつもは優しいお父さんも、私とブラウン管のことになると熱くなり過ぎるところがたまに傷です。

天王寺「とにかく、今日1日だけでいい。俺もすぐ行かねえと」

岡部「うぐ……分かりました。その代わり、今月の家賃は」

天王寺「待ってやってもいいが、びた一文負ける気はねえ」

岡部「なっ――!」

……どうやら、話はまとまったようです。

天王寺「じゃあな、綯。岡部の野郎に何かされたら、すぐ連絡するんだぞ! お父さん、すぐ帰ってきて助けてやるからな」

岡部「人を暴漢みたいに言わないでもらえますか? きちんと預かりますから」

天王寺「……本当に、何かしたらぶっ殺すからな」バタン

お父さんがいなくなると、急に静かになってしまいました。

綯「えと……今日は、よろしくお願いします」

岡部「うむ」

正直、オカリンおじさんとはあまり話したことがありません。だって、いつよく分からないことを言っていて怖かったから。
最近教えてもらったのですが、そういうのを『厨二病』と呼ぶそうです。
そんな病気があるなんて、全然知りませんでした。

岡部「…………」

綯「…………」

……何か話さないと、やっぱり気まずいな。
すると、オカリンおじさんが携帯を取り出しました。


岡部「俺だ――今、強力な精神攻撃を受けている。これは機関の『空間氷結(エアーフリーズ)』が発動している可能性が……」
   「なに、お前たちが作戦を遂行する時間は稼げる。だが、早急に対策を練らねば。エル・プサイ・コングルゥ」

誰と話してるんだろう? 話の内容も、私にはよく分かりません。

岡部「……さ、さて、小動物よ」

突然オカリンおじさんが、私を指差します。

岡部「俺と2人きりになったのが運のつき、お前には、実験台として存分に働いてもらうぞ!」

フゥーハハハ! と大きな笑い声を出すオカリンおじさん。
でも、実験台って……。もしかして、痛いことされるの? 
どうしよう、足がすくんで動けない。オカリンおじさんて、ホントに危ない人じゃ――。

岡部「天王寺綯!」

綯「ひっ――」ビクッ

岡部「お前を、今日1日ラボメン見習いとする!」

――――――――――――――――――――――――――――――

というわけで、よく分からないうちに私はラボメンにされてしまいました。

岡部「まあ他のラボメンもそのうち来る。それまで、ラボの案内をしてやろう」

綯「……わかりました」

もう少しすればまゆりお姉ちゃんも来るだろうし、素直に従った方がよさそうです。
そういえば、ここって何をしてるところなんだろう? そもそもラボメンって何?

岡部「ここ未来ガジェット研究所では、機関の攻撃に備え、世界の支配構造を塗り替えるための研究を行っている!」
「お前も1日限定とはいえラボメンになったのだから、ラボの繁栄のために尽力してもらおう」

じ、尽力って……結局、何も分からずじまいです。

岡部「よし、それではまず、わがラボで発明された未来ガジェットを紹介しよう!」

そう言って、オカリンおじさんは何かをごちゃごちゃと取り出してきました。

岡部「まずはこれだ、未来ガジェット1号機『ビット光線銃』!」

ものすごく得意げに取り出したのは、おもちゃの光線銃。

綯「なんですか、これ?」

岡部「これは見た目はただの光線銃だが、実はテレビのリモコンが内蔵してある」

綯「へえー」

さっき研究って言ってたけど、色々なものを作ってるんだ。

綯「あの、試していいですか?」

岡部「勿論だ、テレビはそこにある」

オカリンおじさんがテレビの電源を付けたので、さっそく引き金を引きました。

綯「すごい、チャンネルが変わった!」

岡部「そうか! お前にはこれの価値が分かるのだな。クリスティーナ達とは大違いだ」

綯「あれ? でもこれって、他の操作は……」

岡部「うむ、残念ながら、チャンネル送りしか出来んのだ」

綯「そ、それだけですか」

……ショボい。

綯「じゃあ、こっちは?」

岡部「それは未来ガジェット2号機『タケコプカメラー』だ。動力なしで上空からの撮影が可能になっている」
   「しかし、カメラも一緒に回転するから、映像を見ると高確率で酔う」

綯「……なんに使うんですか、そんなもの」

岡部「分かってないなあ小動物よ! 世紀の大発明とは得てして偶然から生まれるものなのだよ」

……そう言えば、お父さんが言ってました。

天王寺『いいか綯、あいつは下らないモンばっか作ってる変わり者だからな、あまり関わり合いになるなよ』

今、その言葉の意味が良く分かった気がします。

ガチャ

ダル「ふー、疲れた」

岡部「おお、ダルか」

綯「お、おはようございます」

ダル「あれ……オカリン、自首するなら今のうちだお。ブラウン氏に殺されるより留置所の方が」

岡部「ウェイウェイウェイ! 勘違いするなよダル、これはミスターブラウンに頼まれたのだ!」

この人はダルおじさん。正直、オカリンおじさんと同じくらいこの人は苦手です。

ダル「ほうほう、綯氏がラボメン見習いね。つーか、なにさせる気?」
   「まさか、未来ガジェットの実験台としてあんなことやこんなこと……ハア、ハア」

綯「ひう――!」

岡部「おい、いきなり妄想を垂れ流すな!」

ダル「フヒヒwwwサーセン」

綯「うう……」

なんだか、すごく嫌なオーラを感じます……。

岡部「……小動物よ、そろそろ離れてくれないか」

綯「え?」

気が付いたら、私はオカリンおじさんの後ろに隠れて、しわしわの白衣の裾を握りしめていました。

綯「あ――」バッ

岡部「そ、そこまで飛びのかなくても……」

ダル「オカリンの嫌われ具合も中々」

岡部「黙れこのHENTAIが!」

ダル「で、何で急にラボメン見習い?」

岡部「愚問だな、俺の労働の対価としてこいつにも働いてもらう」

ダル「ははー、気まずくなってまた厨二病暴発したんだろ? ちっちぇー、人としての器がちっちぇーよオカリン」

岡部「う、うるさい! 余計なお世話だ」

オカリンおじさんは顔を真っ赤にして言い返します。
……もしかして、図星だったのかな?

岡部「そ、そんなことより、お前がまゆりより早く来るとは珍しいな」

あ、話そらした。

ダル「今日まゆ氏はバイトだお。オカリン忘れてたん?」

岡部「そ、そうだったか?……それよりも、何故お前はまゆりのシフトを知っているのだ」

ダル「行きつけの店の情報ぐらい全部把握してるって! まあ、僕の目当てはフェイリスたんだけど」

ふーん、まゆりお姉ちゃん、バイトなんだ。
あれ、それじゃあ萌郁お姉さんのお見舞いに行けない! ど、どうしよう……。

綯「あ――あの!」

岡部・ダル「「ん?」」

突然大声を出してしまったので、2人の視線が痛いです。
お、怖気づいちゃダメ! 勇気を出さなきゃ……。

綯「お2人に、お話があります……!」

――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――

岡部「萌郁が、風邪を引いた?」

ダル「ほうほう、それでお見舞いに行きたいと――僕もょぅι゛ょに見舞われたい!」

岡部「ダル、少し自重しろ」

綯「それで、あの――」

岡部「分かっている、俺もさすがに心配だ」

綯「萌郁お姉さんのおうち、どこなのか教えてほしいんです……だめ、ですか?」

ダル「ょぅι゛ょの上目遣いでお願いキター!!! まったく、小学生は最高だぜ!」

うう、お父さん、ダルおじさんはやっぱり怖いです……。

岡部「ダル、まゆりのバイトが何時に上がりになるかわかるか」

ダル「確かお昼前には終わるはず。それまで待つ?」

岡部「いや、今からならメイクイーンにいた方が早いかもな」
   「小動物よ、お前に最初のミッションを与えよう!」
   「ラボメンNo,005、桐生萌郁の治療。それが、お前に課せられた使命だ!」

ミッション? 私はただ、お見舞いしたいだけなのに。

ダル「綯氏、これはもうオカリンの病気みたいなものだから。スルー推奨だお」

……オカリンおじさん、やっぱり病気なのかな。

――メイクイーン・ニャンニャン前――

結局私たちは、まゆりお姉ちゃんを訪ねてバイト先のメイド喫茶までやってきました。
私、メイド喫茶なんて初めてだ。まさか、オカリンおじさんたちと来ることになるなんて、思ってもみなかったです。

フェイリス「お帰りニャさいませ、ご主人様♪……ってあれ? 凶真!」

岡部「うお! いきなり抱き着こうとするな暑苦しい!」

ダル「オカリン、小学生と戯れてさらにはフェイリスたんまで……許さない、絶対にだ」

この猫耳をしたメイドさんは確か、まゆりお姉ちゃんのお友達のフェイリスさん。
そういえば、この人ともあんまり話したことなかったな。

岡部「お前は今日も店に出てるのか」

フェイリス「そろそろ2号店もオープンするから、バリバリ働かないと全然追いつかないのニャ! 凶真も一緒に働かないかニャ?」

岡部「断る。俺が猫耳メイドになる必要性がない」

まあ、確かにそうですね。オカリンおじさんがメイド喫茶で働くなんて、すごく場違いです。
でも一瞬、オカリンおじさんの猫耳メイド姿を想像して――。

岡部『お、お帰りニャさいませ……って猫耳なんてつけられるか!』バシッ

――これはヒドイ。

岡部「どうした? 何だか顔色が悪いようだが」

綯「な、なんでもないです!」

さすがにあんな想像しちゃったなんて、言えるわけないですよね?

フェイリス「あれ、その子は……?」

オカリンおじさんの後ろから、猫耳がヒョコッと覗きます。

岡部「ああ、ミスターブラウンの娘、天王寺綯だ」

フェイリス「始めまして、ラボメンNo,007、フェイリス・ニャンニャンニャ!」

両手を猫みたいに丸めて、ファイティングポーズをとるフェイリスさん。

フェイリス「……ねえ、ここで働いてみないかニャ? こんなかわいらしいメイドさんなら売上倍増間違いなし――」

……はい?

岡部「おい、こいつを誑かすのはよしてくれ。俺の命もかかっているのだ」

フェイリス「ええー、凶真のいけずー!」プン

フェイリスさんはわざとらしくむくれていますが、さっきの目は明らかに本気でした。

フェイリス「そういえば、今日はどうしたのニャ? まさか今日も、世界の支配構造を塗り替えるための作戦会議かニャ?」

岡部「いかにも。今こうしている間にも、機関の魔の手はすぐそこまで迫っている」

フェイリス「ニャニャ!? それなら、このアキバを守る守護結界を強化しないと……機関の企む終末の刻は、いつ訪れてもおかしくないのニャ!」

岡部「なに、この狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真にかかればそんな陰謀を壊滅させるなど造作もない!」

フェイリス「さすが、アキバを守護する四天王の1人。フェイリスも、有事の時には天山山脈で兄弟子を犠牲にしてまで手に入れた、必殺奥義を――」

岡部「……前は、ギアナ高地と言ってなかったか?」

綯「あの……お2人は、何を話してるんですか?」

ダル「ぶっちゃけ、僕にもわけわからん。オカリンの話についていけるのはフェイリスたんだけだしなあ」

もしかして、フェイリスさんもオカリンおじさんみたいな人なのかな?……だったら、ちょっと嫌だな。
私が不安そうにしてたからか、ダルおじさんがおずおずと2人に話しかけてくれました。

ダル「なあオカリン、さすがに綯氏がかわいそうになってきたのだが」

岡部「ああ、そうだった。フェイリス、まゆりはいるか?」

フェイリス「マユシィなら奥で接客中ニャ。それでは、3名様ご案内ニャーン!」

岡部「小動物よ、何か好きなものを頼んでいいぞ!」

綯「好きなもの――ですか」

さっきからメニューを眺めていますが、何だかたくさんあって悩んでしまいます。それに、値段もびっくりするくらい高くて、ちょっと遠慮しちゃうな。

綯「えっと――この『特製オムライス』がいいです」

岡部「そうか、じゃあ俺もそれでいいか」

まゆり「ご注文はお決まりになりましたかニャーン?」

綯「あ、まゆりお姉ちゃん!」

猫耳に長い髪のかつら。いつもと姿は違うけど、その笑顔は私の大好きなまゆりお姉ちゃんのものでした。

まゆり「ああー! 綯ちゃん、トゥットゥルー♪」

綯「トゥットゥルー♪」

ダル「さっきまでの暗い表情が嘘の様だお……悔しい! でも、ビクンビクン」

綯「まゆりお姉ちゃん、実は、お願いが……」

――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――

まゆり「ええー! 萌郁さんが風邪? それは心配なのです」

綯「それで私、お見舞いに行きたくて……」

まゆり「うん、萌郁さんの家は知ってるし、まゆしぃも一緒に行くよ!」

綯「ホント!? ありがとう、まゆりお姉ちゃん!」

あんまり嬉しかったので、2人でハイタッチしてしまいました。

ダル「猫耳メイドとリアルJSのハイタッチ……萌える」

まゆり「ダルくん、鼻血出てるよー? ところで、オーダーはお決まりでしょうかニャ?」

岡部「特製オムライスを3つとオレンジジュース、あとコーヒー2つだ」

まゆり「はい、かしこまりましたニャン。少々お待ちくださいニャーン♪」タッタッ

オカリンおじさんが注文を告げると、まゆりお姉ちゃんはすぐに行ってしまいました。
まゆりお姉ちゃん、忙しそうだな……。むりやり頼んじゃった気がして、ちょっと申し訳ないです。

岡部「……案ずるな、まゆりは、心から萌郁のことが心配なんだろう。遠慮することはない」

オカリンおじさんが私に語りかけます。その声はとてもまじめで、さっきまでの怖い感じとかは全く感じません。
……今日初めて、オカリンおじさんの口から私も分かる言葉を聞いた気がしました。

岡部「それに、まゆりは俺の人質だからな。拒否権など存在しないのだ、フゥーハハハ!」

訂正します。やっぱりいつものオカリンおじさんでした。

フェイリス「お待たせニャーン! 特製オムライス、ただいまお持ちしましたニャ!」

フェイリスさんが器用に3つのオムライスを持ってきました。ものすごいバランス感覚です。

綯「――おいしい!」

岡部「うむ、やはりうまいな。ただ萌えを提供するだけにとどまらず、料理にも力を入れているからこそここまで人気が出たのだな」

私のオムライスには、ケチャップで大きく『萌え萌えキュン!!』と書かれていました。
こういうところが、メイド喫茶ならではなのかな……勉強になります。
オカリンおじさんの文字は、すぐスプーンで平らに伸ばされて見れませんでした。
なにか見られると恥ずかしいことでも書かれたのかもしれません。

ダル「オカリン、その癖やめなって。その文字があってこそ、このオムライスの美味しさが際立つのに」

岡部「お前の意見など聞いていない! くそ、『LOVE注入!』とか悪ふざけにもほどがある……!」

オカリンおじさんは、耳まで赤くなっています。

ブーン ブーン

岡部「……メールか」ピッ

From 紅莉栖
Sub 今どこ?

ラボに行ったら誰もいないorz
このまま来ないなら勝手にお昼
食べちゃうから!
ラボにあったカップ麺にしよう
と思うけど別にいいわよね?


岡部「……そういえば、クリスティーナのことをすっかり忘れていた」

綯「なにか、あったんですか?」

岡部「大丈夫だ、問題ない……でも、連絡はしてやらないと」

そう呟いて、携帯をいじりだすオカリンおじさん。その顔は、なんだか少し嬉しそうでした。

――――――――――――――――――――――――――――――

まゆり「えっへへー、綯ちゃんの手、ちっちゃくてかわいいねー」ギュッ

岡部「まゆり、言い方が怪しすぎるぞ」

オムライスを食べ終わって、私たちは近くのスーパーで買い物をすることになりました。ダルおじさんは、もう少しお店にいると言っていました。
本当は、直接萌郁お姉さんの家に行こうと思っていたんですが……。

岡部『おい、何か買っていった方がいいと思うぞ』

まゆり『それもそうだねー、風邪なら買い物も大変だもん。買い置きだけじゃ足りないかも』

岡部『……断言してもいいが、指圧師の家にはおそらく買い置きはない!』

まゆり『ええー、さすがにそんなことないとおもうけどなー』

結局オカリンおじさんの提案で、なるべく消化のよさそうなものを買っていくことになりました。
でも、オカリンおじさんの言い方は、まるで萌郁お姉さんの家に行ったことがあるような口ぶりでした。
……もしかしたら、ホントに行ったことがあるのかな?

まゆり「うわー、レジすごく混んでるねー」

岡部「今日は特売日のようだったからな。やむを得まい」

レジまでは長い行列ができていて、先が見渡せません。
オカリンおじさんはお米やスポーツドリンクを抱えて何だか辛そうです。
でも、まゆりお姉ちゃんはオカリンおじさんくらい重そうな荷物を持っているのに、顔色1つ変えていません。
……おじさん、体力ないんだなあ。

まゆり「あー!!」

岡部「な、なんだまゆり、いきなり大声出して」

まゆり「あのね、おだし買うのを忘れてたの! どうしよう、とって来ないと……」

まゆりお姉ちゃんが慌てています。ここで列を抜ければ、ものすごく時間がかかりそうです……よし!

綯「わ、私が取りに行きます!」

まゆり「え、綯ちゃんが?」

綯「まゆりお姉ちゃん、たくさん荷物持って大変そうだし……すぐ戻って来ます!」

私は返事を待たずに、列からかけ出していました。

綯「えーと……あった!」

いつも家で使ってるだしの素。でも、家の近くのスーパーよりちょっと高いところに置いてあります。

綯「んー……!」

思いっきり背伸びして手を伸ばしても、もう少しのところで届きません。
クラスの中でも背が小さい方ですが、あんまり気にしたことはありませんでした。
だって、あと何年かすれば私も萌郁お姉さんみたいな――。
でも、今ほどすぐに身長が欲しいと思ったことは初めてです。もう少し、あとちょっとなのに……。

その時、私の視界に白い袖。

綯「あ――」

岡部「こら、急に走り出すな。はぐれたらどうするつもりだったのだ」

頭の後ろから聞き覚えのある声。振り返ると、そこにはだしを手にしたオカリンおじさんが立っていました。

綯「あ、あの――もしかして、とってくれたんですか?」

岡部「だって、全然届いてなかったぞ」

そ、そうだったのか。私からはもう届きそうに見えたのに。

綯「その、ありがとうございます」

お礼を言うと、オカリンおじさんは、口の端でにやりと笑います。

岡部「フン、貴様も、ラボメン見習いとしての自覚が出てきたようだな! 目上の者を敬うことは組織では重要だぞ」

あう……また病気が出てきました。

岡部「……それに、困ったときは仲間を頼れ。欠けたところを補い合うのが仲間の本質だ」

照れくさそうにそういうと、オカリンおじさんはレジへ歩き出します。
……仲間、か。なんだか、オカリンおじさんっぽくないセリフです。

――――――――――――――――――――――――――――――

綯「ここが……」

岡部「ああ、色気もへったくれもないな」

まゆり「オカリーン? そんなこと言っちゃダメなんだよー」

まゆりお姉ちゃんが頬を膨らませて言い返します。
萌郁お姉さんのアパートは、思っていたのと違ってとても質素な感じです。

コンコン

まゆり「萌郁さーん、いますかー?」

ガチャ

萌郁「……」

綯「萌郁お姉さん!」

マスクをしてメガネをはずした萌郁お姉さんは、とっても苦しそうにみえます。
私たちが来たことに気付くと、すぐに携帯を取り出してすごいスピードでメールを打ち始めます。

ピロリーン


From 閃光の指圧師
Sub お見舞い

わざわざ来てくれてありがと
う♪
頭も痛いし体もだるくて大変
だよー><
喉もはれちゃって喋れないか
ら今日はメールで勘弁してね
☆ 萌郁

綯「萌郁お姉さん、大丈夫?」

萌郁「……」コクコク

岡部「いろいろ買ってきてやったから、今はゆっくり休め」

萌郁お姉さんに招かれて、私たちは家に上がりました。

岡部「……指圧師よ、これはどういうことだ?」

ピロリーン

From 閃光の指圧師
Sub 恥ずかしい><

最近お掃除してなくて……
岡部君たちにこんなとこ見ら
れちゃうなんて!
出来れば、見なかったことに
してほしいな(汗) 萌郁

台所に散らかった、コンビニ弁当やカップ麺のゴミ。床には洗濯物が無造作に置かれています。
……もしかして萌郁お姉さん、掃除とかできない人? 何だか意外です。

綯「あ、あの、台所借りますね!」

早速料理に取り掛かろうと思って、冷蔵庫を開けてみます。まさか、この中までゴチャゴチャになってたりして。

ガチャ

……中には、何も入っていませんでした。
どうやら、オカリンおじさんの言ってたことは当たってたようです。
ということは萌郁お姉さん、朝から何も食べてないのかも。……お見舞いに来て、ホントに良かったです。

岡部「部屋がこんな状態じゃ風邪だって引くに決まっている……まゆり、掃除を手伝ってくれ。小動物は料理の方を頼む」

まゆり「うん、わかったー。綯ちゃん、1人で大丈夫?」

綯「うん、大丈夫」

私の家はお父さんと二人暮らしなので、お料理は普段からやってます。1人でも全然平気です!

岡部「よし、それでは状況開始だ!」

トントントン・・・

まゆり「おお、綯ちゃん上手だねー! 今度まゆしぃにも教えてほしいな」

綯「うん! また今度、一緒にお料理しよ!」

まゆりお姉ちゃんと料理かあ。今からとっても楽しみです。
一方オカリンおじさんは、大量のゴミをゴミ袋に詰め込もうと四苦八苦しています。

岡部「まゆり、料理の観察もいいがこっちも手伝ってくれ!」

綯「す、すごい量ですね……」

岡部「全く、詰めても詰めても――ってうお!?」ガタッ

綯「?……どうしたの、オカリンおじさん」

岡部「ハッ――い、いや。お前が包丁を持ってるからなんというか、トラウマが……」

そういえば、包丁を持ったままでした。
……どうしたんだろう。オカリンおじさん、刃物が怖いのかな?

――数十分後――

綯「できた!」

まゆり「すごい! 何だか、まゆしぃもお腹が減ってきちゃったなあ」

岡部「……一応言っておくが、これは萌郁のだからな」

まゆり「いくらまゆしぃでも、つまみ食いはしないよー。えっへへー」

私特製の卵がゆ。体があったまるように、刻んだネギも入れてみました。
これを食べて、萌郁お姉さんが早く元気になってくれればいいなあ。

岡部「萌郁、お粥ができたぞ」

萌郁お姉さんは、布団の中で寝込んでいました。オカリンおじさんたちが掃除したおかげで、何だか部屋もすっきりしています。

綯「萌郁お姉さん、具合はどう? おかゆ、食べられる?」

萌郁「……」コクコク

萌郁お姉さんが、おかゆを口に運びます。

萌郁「……!」カチカチ

ピロリーン

From 閃光の指圧師
Sub おいしい!

とってもおいしいよ!
今朝から何も食べてなかった
から実はお腹すいてたんだ☆
これを食べれば、風邪なんて
すぐ治っちゃいそう!
萌郁


短い文面ですが、おいしいの一言だけで心があったかくなります。

綯「よかったあ。早く、元気になってね!」

萌郁お姉さんは、ほんの少しだけ笑ってるように見えました。

――――――――――――――――――――――――――――――

まゆり「萌郁さん、今日はゆっくり休んでね。綯ちゃんものためにも!」

綯「バイバイ、萌郁お姉さん。お夕飯もお鍋の中にあるからね」

ガチャ

岡部「指圧師もだいぶ調子よさそうだし、2、3日もすれば全開するだろう」

綯「でも、やっぱり早く元気になってほしいなあ……」

他に、何かしてあげられること……。うーん、全然思いつきません。
そのとき、まゆりお姉ちゃんが何かひらめいたようです。

まゆり「それなら、柳林神社で神様にお願いしようよ! 萌郁さんの風邪が、早く良くなりますようにって!」

綯「……うん! 私も行きたい!」

それなら、きっと萌郁お姉さんも元気になってくれるはず。

ピロリーン

岡部「あれ、またメールか」


From 紅莉栖
Sub ((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル

なんかすごい地震キタ!!
橋田も帰っちゃったしどうし
よう。
このビル耐震とか大丈夫なん
でしょうね!?


岡部「地震……? まゆり、お前分かったか」

まゆり「地震? んー、全然気づかなかったよー。綯ちゃんは?」

私も、全然気が付きませんでした。

岡部「……まあいい、早く柳林神社へ行こう」

――柳林神社――

まゆり「あ、るかくん! トゥットゥルー♪」

こじんまりとした神社の前で、巫女服のお姉さんが刀を振っています。
その姿はこの神社の雰囲気によく溶け込んでいて、思わず見とれてしまいました。

るか「39……40! あれ? まゆりちゃん、おか――凶真さん」

まゆりお姉ちゃんの呼びかけで気づいたのか、そのお姉さんはこちらにパタパタと駆けてきます。

るか「今日は、どうしたんですか?……あれ、その子は」

岡部「天王寺綯、ミスターブラウンの娘にして、今日1日ラボメン見習いとして働いてもらっている」

るか「へえ……こんにちは。ボク、漆原るかと言います」

その笑みはとてもやわらかで、まるで女の子のお手本みたいです。
……憧れちゃうなあ。

岡部「ルカ子よ、さっきも清心斬魔流の修行に取り組んでいたようだな。では、合言葉を」

るか「は、はい! えっと……エル・プサイ・コンガリ――」

岡部「違う、コングルゥだ!……なぜだ、何故覚えてくれない! お前もラボメンなのだから、少しは自覚をだな……」

オカリンおじさんは頭を抱えて唸っています。
でもこの人――るかお姉ちゃんも、ラボメンみたいですね。そういえば、お店の前で何回か見かけたことがある気がします。
……そうだ、萌郁お姉さんの風邪が治るようにお願いしないと!

綯「あ、あの、るかお姉ちゃん」

るか「え、おねえ――」

何だかおろおろしだするかお姉ちゃん。あれ? 反応がおかしいな。

岡部「……知らぬが仏か」

岡部「ルカ子よ、お前に祈祷をお願いしたい」

綯「萌郁お姉さんの風邪が治るように、神様にお願いしたいんです!」

まゆりお姉ちゃんが事情を説明すると、るかお姉ちゃんはよく巫女さんが持ってる白いわさわさのついた棒を持ってきてくれました。

るか「そ、それでは、桐生さんの健康を祈って」

るかお姉ちゃんが棒を振ると、わさわさが擦れ合って音が鳴ります。
私はあんまりこういうのは詳しくないですが、なんだかすごく効き目がありそうです。
私も、一生懸命心の中でお祈りしたので、きっと大丈夫!

岡部「うむ、中々だったぞ。これからも精進するように」

まゆり「ねえねえるかくん、実は、お願いがあるんだけど……」

るか「……なに? まゆりちゃん」

まゆり「今度ね、近くでコスプレのイベントがあるんだけど、るかくんに来てもらいたいコスがあるのー」

るか「ええ!? また、あんな格好に――は、恥ずかしいよ……」モジモジ

まゆり「大丈夫だよー。るかくん、もう男の娘としてすごく有名なんだよ。『こんな可愛い子が女の子のはずがない』って」

るか「だ、だからって……それより、何でちょっとずつ近づいてきてるの?」ビクッ

その直後、か細い悲鳴が神社にこだましました。……でも、そんな姿も魅力的です。

綯「オカリンおじさん、男の娘ってどういうことですか?」

岡部「……お前は気付かなかっただろうが、ルカ子は正真正銘の男だ」

綯「…………え?」

まゆりお姉ちゃんと戯れるるかお姉ちゃん。どこからどう見ても女の子にしか見えません。
でも、それなら私が『お姉ちゃん』と呼んだ時の反応も説明がつきます。

岡部「あいつも、自分の見た目がコンプレックスだったんだ。それでもルカ子は、それを楽しもうと決めたんだ」

オカリンおじさんは、2人の姿を見つめて微笑んでいます。

岡部「だから、外見にとらわれず仲良くしてやってくれ」

綯「も、もちろんです!」

確かに、るかお姉ちゃんが男の人だなんて信じられないけど、その優しさは本物だと思うから。

岡部「フフ、フゥーハハハ! それでこそ、わがラボの一員にふさわしい!」

突然、大きな笑い声。でも、何だかそれも慣れてきてしまいました。

――ラボ――

神社から帰るころには、日が傾き始めてしまいました。

ガチャ

岡部「今帰ったぞ……って、クリスティーナだけか」

紅莉栖「だから、クリスティーナって言うな!……で、桐生さん、大丈夫だったの?」

岡部「案ずるな、俺たちの華麗な看病とルカ子の祈祷により生気を取り戻した」

紅莉栖「……結局、あんたは役立たずだったのね。はいはいワロスワロス」

大きな本が、ポンと音を立てて閉じられます。
オカリンおじさんをからかうような口調。たしか、この人は――。

綯「――助手のお姉ちゃん!」

その瞬間、すごいスピードで私の目の前を影が横切りました。

紅莉栖「ちょっと岡部! 綯ちゃんまで定着してるじゃないの!」

岡部「ま、待つのだクリスティーナ! 暴力はいかんぞ!」

綯「あの、け、ケンカは止めてください!」ギュッ

2人を止めなきゃと思って、とっさにお姉ちゃんに抱き着いてしまいました。

紅莉栖「あ――そ、そうよね、暴力はいけないわよね。でも、私は『紅莉栖お姉ちゃん』ね」

ゆっくりとしゃがみこんで、私の顔を覗き込んできます。オカリンおじさんは、ホッと胸をなでおろしました。

綯「う、うん。紅莉栖お姉ちゃん」

紅莉栖「よし、お利口ね。綯ちゃんは、岡部なんかよりずっと学習能力が高いようねー」ニヤニヤ

岡部「おい、何がいいたいのだ」

紅莉栖「べっつにー」

まゆりお姉ちゃんは、そんな言い争いをニコニコ聞いています。

まゆり「2人とも、相変わらず仲良しさんだねー」

紅莉栖「なっ、仲良くなんかないわよ! なんでこんな厨二病と……」

紅莉栖お姉ちゃんはそういうけど、顔は真っ赤になってます。

紅莉栖「そ、そういえば、店長さんはいつごろ帰ってくるの?」

岡部「どうだろうな。あわただしく出て行ってしまったから聞きそびれた」

綯「確か、お夕飯前には帰ってくるって」

岡部「ほう、それではあと1、2時間といたところか」

まゆり「綯ちゃんもこのまま、本当にラボメンになっちゃえばいいのにねー」

紅莉栖「え、まさか岡部、綯ちゃんまでラボメンにする気?」

まゆり「あのねー、綯ちゃんはラボメン見習いなのです」

私は、今日オカリンおじさんに1日限定でラボメン見習いにされたことを話しました。

紅莉栖「……またあんたは下らないことを」

岡部「下らないとはなんだ。1日限定の見習いとはいえ、わがラボの一員になれたのだ。後世まで誇ってもいいと思うぞ!」

紅莉栖「駄目だこいつ、早く何とかしないと……」

まゆり「綯ちゃんがラボメンになったら、No,008だねえ」

岡部「いや、008は欠番だ……与えるとしたら、009になる」

紅莉栖「ああ、そういえばバッジの8番目ってAだよね。Aって結局誰なの? あんた、そのことは全然話してくれないし」

岡部「フン、いずれ分かる。あと7年もすれば――」



バンッ

鈴羽「おっはー!!」



岡部「」

いきなり、三つ編みの女の人が玄関から飛び込んできた! なに、何が起きたの?

鈴羽「あ、もしかしてオカリンおじさん? すっごーい、やっぱり若いなあ! さんざん探し回った甲斐があったよ」

岡部「す――鈴羽! お前何でここに!」

オカリンおじさんは、ものすごく動揺しています。
三つ編みの人――鈴羽って呼ばれてた――はオカリンおじさんと同い年くらいなのに、何でおじさんって呼んでるんだろう?

紅莉栖「岡部、この人だれ? あんたのこと知ってるみたいだけど……」

岡部「……話せば長くなるが、簡潔に言うと、こいつがラボメンNo,008にしてダルの娘、阿万音鈴羽だ――」

岡部「……一つだけ聞かせてくれ。お前のいた未来では、第3次世界大戦が起きたのか? それとも、SERNのディストピアが――」

鈴羽「第3次世界大戦? ディストピア?……なにそれ」

そのきょとんとした表情に、オカリンおじさんは肩透かしを食らったように見えます。

岡部「過去を……変えるために来たのではないのか」

オカリンおじさんは、そのままソファに座り込んでしまいました。

鈴羽「でも、やっぱりオカリンおじさん私のこと知ってるんだ」

まゆり「あなたが、ダルくんの娘? そういえば何だか似てるねー」

紅莉栖「と、とてもそうは見えないけど。橋田の娘ねえ――それじゃ、あなたは未来から来たって言うの?」

鈴羽「うん、そういうことだね」

未来から来た? じゃあ、タイムトラベラーってこと? 小説や漫画でしか見たことがない、フィクションの中だけの存在。

鈴羽「いやー、紅莉栖おばさんもまゆりおばさんも全然変わんないね! 私もびっくりだよ」

岡部「……なあ、お前はなんでここに来たんだ?」

鈴羽「うーん、もしかしたら怒るかもしれないけど、タイムトラベルすること自体が目的というか……」

鈴羽「実はね、父さんが今年――じゃなくて、2036年にタイムマシンを完成させたの。ラボメンみんなで協力してね」

岡部「……シュタインズゲートに到達しても、タイムマシンは作られてしまうのか」

オカリンおじさんは、力なく顔を持ち上げます。

鈴羽「それでね、私が稼働試験に志願して、この時代にやってきた」

まゆり「えっとね、まゆしぃは難しい話はよく分かんないけど、どうして鈴羽さんはこの時代に来たのかな?」

鈴羽「父さんにね、2010年に未来ガジェット研究所が出来たって聞いて、どうせタイムトラベルするならその年にしたいなーって思ったんだ」

……けっこう軽い理由だなあ。

鈴羽「あれ……この子もしかして、綯お姉ちゃん!?」

綯「ひっ――」

急に声をかけられて、とっさにまゆりお姉ちゃんの陰に隠れてしまいました。

鈴羽「うわー! 小学生くらい? かわいいなあ、眼福だよ!」

すごく興奮しているようで、目がキラキラ輝いています。

鈴羽「ねえねえ、鈴羽お姉ちゃんて呼んでみてくれない?」

綯「えと……鈴羽、お姉ちゃん?」

鈴羽「か、かわいいー! 未来におっ持ち帰りぃ!!」ダキッ

綯「ひうっ! あ、あのその」カアァ

き、急に抱き着かれた……! すごい力で、全然抜け出せません。

岡部「……今確信した。やはり鈴羽はダルの娘だ」

紅莉栖「私もその意見には同意する。なんかマインドがそっくりだわ」

岡部「そういえばお前、タイムマシンはどうしたのだ? 俺の記憶する形なら、かなり目立つはずだが」

鈴羽「うん。このビルの屋上にタイムトラベルしてきてそのままなんだ。あとでビニールか何かかけておかないと」

その時、紅莉栖お姉ちゃんが何か気づいたようです。

紅莉栖「あ、もしかしてあの地震って、タイムマシンのせいだったのかな」

岡部「おそらくそうだろう。俺たちは何も感じなかったし」

タイムマシンなんて、机の引き出しが入り口になってるようなものしか想像できません。でも、実際はすごく大きいものなのかな。

岡部「だが、いくらなんでもその時気付かないか?」

紅莉栖「だ、だって……」

鈴羽「紅莉栖おばさん、私が下に降りようとしたら猛スピードでラボから逃げてたよ」

紅莉栖「なっ! あ、あなた見てたの!?」

岡部「……お前、まさか地震が怖くて」

紅莉栖「べ、別にいいでしょ! アメリカじゃ地震なんてあんまり起きないし、ホントにすごい揺れだったのよ!」

紅莉栖お姉ちゃん、クールな人かと思ってたけど、地震とか怖いんだ。
……何だか今日は、いろんな人の知らない一面を見てばかりです。

紅莉栖「でも、タイムマシンか――よくもまあ作ったものね。とても信じられないけど」

鈴羽「あー、やっぱり紅莉栖おばさんは信用してないんだ。1番ノリノリで研究してたのに……」スッ

や、やっと腕の力が緩みました。抱き着かれるのはいいんですが、あそこまで興奮されると何だか怖いです。

紅莉栖「の、ノリノリ!? そんなわけないじゃない、バカなの、死ぬの!」

鈴羽「オカリンおじさんもムリヤリ説得して参加させたって父さんも言ってたし」

岡部「ふむ、やはりお前も知的好奇心には勝てなかったのか。さすが天才HENTAI少女だ、年月を重ねてもなお衰えぬその探究心、まさにマッドサイエンティストに――」


紅莉栖・鈴羽「「少し黙ってて!」」


岡部「……はい」

……オカリンおじさん、カッコ悪い。

――――――――――――――――――――――――――――――

まゆり「ねえ、鈴さんは今何歳?」

鈴羽「えーと、18」

まゆり「へー、まゆしぃより1つお姉さんだね! あ、でもホントは年下なんだよね? 何だか頭が痛くなってきたよー」

紅莉栖「それよりも、ぜひタイムマシンを見せてほしいんだけど。あ、べ、別に、どんな構造で時空間の移動をしてるのか気になってるわけじゃなくて!」

鈴羽「……今見なくても、あと10年もすれば自分で答えが見つけられると思うんだけどなあ」

お姉ちゃんたちは初対面とは思えないほど話が弾んでいます。
さっきまで言い争ってた紅莉栖お姉ちゃんも、今は鈴羽お姉ちゃんを質問攻めにしています。
鈴羽お姉ちゃんはホントに私たちのことをよく知っていてすごく気さくに話してくれるので、何だかとっても明るい雰囲気です。

紅莉栖「あれ、そういえば岡部は?」

……さっきまでいたと思ったのに、いつの間にかいなくなっていました。

まゆり「どうしたんだろう……急にいなくなるなんて」

綯「私――さがしてきます!」ガチャ

階段を下りると、オカリンおじさんはすぐ見つかりました。お店の前に置かれたベンチで、ぼんやりと夕日を眺めています。

岡部「……ああ、お前か」

こちらの気配に気づいたのか、オカリンおじさんが声をかけてきました。

綯「……どうしたんですか? みんな、心配してます」

岡部「お前は、俺のこと苦手じゃないか」

綯「えっ、あの――」

……そういえば、なんでわざわざ探しに来たんだろう?

綯「――そう、お、お礼です。スーパーで、手伝ってくれた」

岡部「……あんなの、俺でなくてもできる」

綯「でも、わざわざ来てくれましたよね」

岡部「……フン、まあいい」

岡部さんがベンチの端によってスペースを開けてくれたので、私はそこに座りました。

岡部「……綯、お前には、大事な人がいるか?」

オカリンおじさんが私に尋ねます。その口調は今までになく真面目で、何だかオカリンおじさんじゃないみたい。

綯「あの、どうして急にそんなこと――」

……そういえば、今日初めてちゃんと名前で呼ばれた気がします。

綯「……私は、お父さんが大好きです。世界で、たった1人の家族ですから」

見た目はちょっぴり怖いけど、家族思いのお父さん。

綯「それに、萌郁お姉さんも大切な人です」

無口だけど、ホントはとっても優しい萌郁お姉さん。

岡部「そうか……お前は、その人たちを大切にしてやれ」

私の答えに満足したのか、オカリンおじさんはそのまま黙りこくってしまいました。
でも、どうしてそんな質問をしてきたのかやっぱり気になります。

綯「……オカリンおじさんも、大事な人がいるんですか?」

岡部「いるさ。ラボメンのみんな――まゆり、ダル、ルカ子、フェイリス、萌郁――それに、紅莉栖。ああ、今は鈴羽もか」
   「でも俺は、そんな大切な仲間を傷つけてしまったんだ……ミスターブラウンや、お前のことも」

……傷つける? どういうことだろう。

岡部「……いや、お前に話してもしかたないことだ。気にしないでくれ」

綯「私――聞きたいです」

岡部「なに?」

綯「……正直、オカリンおじさんのことは苦手です」

岡部「ず、ずいぶんはっきりと言ってくれるではないか」

綯「でも、今日会ったラボメンの皆さんは、みんなオカリンおじさんのこと慕ってました」
  「そんな人が、他人を傷つけるのかなって」

今日1日一緒にいて、なんとなく分かりました。オカリンおじさんは、ホントは悪い人じゃない。

岡部「……俺は、偶然手に入れた力に驕り、多くの人の運命を捻じ曲げてしまった」
   「それは、お前も例外ではない」

綯「私も……?」

岡部「俺のせいで、お前を残忍な復讐者にしてしまった」
   「15年の時を遡り、因果の輪に囚われた少女……」
   「俺はずっと、その時の悪夢に追われ続けている」

言い方は分かりづらいけど、ふざけているようには見えません。

岡部「でもな、今日お前が萌郁と仲良くしてるのを見て、少なからず安心したんだ」
   「改めて聞くが――お前は、萌郁が好きか?」

綯「はい! 大好きです」

岡部「……それなら、何も問題はない」スッ

綯「あ――」

オカリンおじさんの手が頭に伸びてきて、優しくなでてきます。
その顔は、夕日で紅く淡く染まっていました。
今まで見たことのない、優しい笑顔。
それはまるで、写真のように目に焼き付いて――。

岡部「結局、ラボメン見習いらしいことはほとんどできなかったな」

オカリンおじさんの声で、急に止まっていた時間が動き始めます。

綯「そ、そんな……でも、楽しかったです」

それはお世辞でもなんでもなく、私の素直な気持ち。

岡部「――さあ、ここは冷える。さっさとラボに帰るぞ、綯!」

オカリンおじさんはベンチから立ち上がり、私に手を差し伸べてきます。

綯「……オカリンおじさん、案外優しいですよね」

今朝まで感じていた怖さは、もう消えてしまいました。

ブロロロロ・・・

岡部「おい、あの車は――」

綯「お父さん!」

岡部「……やっと帰ってきたようだな」

キキッ バンッ!

天王寺「おい岡部! てめえ人の娘と2人きりで何してやがる……!」ポキポキ

岡部「み、ミスタ-ブラウン! あなたは誤解しているぞ!」

綯「そ、そうだよお父さん! 私はオカリンおじさんとお話ししてただけで……」

天王寺「綯、お前変なことされてないか? バイトのお見舞いは?」

綯「されてないよ! お見舞いも、まゆりお姉ちゃんたちとちゃんと行ったから」

天王寺「そ、そうか。ならいいんだ」

岡部「俺への謝罪は無しですか……」

天王寺「まあ、今日1日預かってくれたことは感謝してやる」

岡部「そうですか。……なら、今日はもう帰った方がいい。そろそろ暗くなるからな」

綯「あの、今日は1日、ありがとうございました」ペコリ

岡部「うむ、お前も日々の努力を怠らなければ、わがラボの一員に加わることが出来るだろう」

ピロリーン

岡部「メール……指圧師からか」

オカリンおじさんがそのメールを見ると、にわかに笑顔が広がりました。

岡部「これは、お前も見た方がいいな」

そういって、オカリンおじさんは携帯の画面をこちらに向けます。

From 閃光の指圧師
Sub 何だか

さっき起きたらすごく体が軽
くなったの!綯ちゃんのおか
ゆが聞いたのかな☆
今日はみんな、私のためにど
うもありがとう!
m(_ _)mペコリ
あとで綯ちゃんにもお礼言わ
ないとネ! 萌郁


綯「やったー! 萌郁お姉さん、元気になってくれたんだ!」

岡部「どうやらそのようだ。よかったな、綯」

綯「ハイ!」

お見舞いに行って、ホントに良かったです。

天王寺「綯、そろそろ帰るぞ!」

綯「うん、わかった!……バイバイ、オカリンおじさん」

岡部「ああ、これからも、気軽にラボを訪れるがいい」

オカリンおじさんは白衣をはためかせて、ラボへの階段を上っていきました。


ブロロロロ・・・

天王寺「綯、今日の夕飯はハンバーグにしような」

綯「ホント!? 私ハンバーグ大好き!」

天王寺「おお、そうか!……そういえば綯、今日は一体何してたんだ?」

綯「あのね、オカリンおじさんに、ラボメン見習いにしてもらったの――」

綯「(そういえば何であの時、時間が止まったみたいに……)」
  「(まあ、いっか)」


……こうして私の日曜日は、ゆっくりと終わっていくのでした。

――エピローグ――

それから私は、ちょくちょくラボに遊びに行くようになりました。
オカリンおじさんの病気は相変わらずですけど、基本いい人だってよく分かったから。
鈴羽お姉ちゃんは、1週間ぐらいここで過ごすみたいです。

鈴羽「せっかく来たんだもん。いろいろ観光したいんだよねー!」

今日も、私の写真を撮ろうといきなり床に寝転んで下から……。

綯「きゃっ! 鈴羽お姉ちゃん!?」

岡部「す、鈴羽! なぜお前がローアングラーに……!」

鈴羽「出発前に父さんから指南してもらったんだ。『当時日本で流行した画期的撮影法』だって」

岡部「……鈴羽、未来に帰ったら俺からだと言って、ダルの顔面に右ストレートを食らわせてやれ。もちろん全力でな」

オカリンおじさんの言葉も、ダルおじさんにはどこ吹く風です。

ダル「それにしても、僕にこんな美少女の娘ができるとか。自分のことながらリア充乙ww」

紅莉栖「全くよね、一体誰がこんなHENTAIにもらわれるのかしら……」

鈴羽「まあ、母さんとは今も仲良しだからね。どちらかというとオカリンおじさんと紅莉栖おばさんの方がイチャイチャ――」

岡部・紅莉栖「「!!!」」

一瞬、ラボの時間が止まったように感じました。

綯「鈴羽お姉ちゃん、それって……」

鈴羽「あ――ヤバ」

まゆり「へえー! 未来でもオカリンとクリスちゃんラブラブなんだねー」

まゆりお姉ちゃんの言葉で、2人は顔をゆでたタコさんみたいに真っ赤にして顔を伏せてしまいました。

ダル「まさか、こんなところで夫婦認定されるとか――全俺が嫉妬!」

紅莉栖「な、何言ってんのよ橋田! 別に、私は岡部の事なんか――」

全部言い切る前に、語尾がしりすぼみに消えてしまいます。

岡部「こ、こんなところで過ごせるか! 俺はもう帰るぞ!」

なんだか推理小説の被害者みたいなことを言い残して、オカリンおじさんはラボから出て行ってしまいました。

鈴羽「あちゃー、絶対こうなるからって紅莉栖おばさんに口止めされてたのに。完全に私の失態だよ……」

鈴羽お姉ちゃんは髪をぐしゃぐしゃとかきむしっています。


『……綯、お前には、大事な人がいるか?』


なんでだろう、あの時の言葉が頭によみがえります。
私の、大事な人。お父さんに萌郁お姉さん。
それに、まゆりお姉ちゃんたち――ダルおじさんは、やっぱり苦手だけど――ラボメンのみんな。
そして……。

まゆり「あ! 綯ちゃん!?」

気が付いたら、私はラボを飛び出していました。

綯「――オカリンおじさん!」

オカリンおじさんはすぐに見つけることが出来ました。いっつも白衣だから、すごく目立ちます。

岡部「綯か……情けない姿を見せてしまったな」

綯「そ、そんなことないです」

私も、いきなりあんなこと言われたらすごく恥ずかしいですし。

綯「どうした、まさか追いかけてきたのか?」

……そういえば、何で追いかけてきちゃったんだろう?

>>244
ごめんなさいミスりました

綯「どうした、まさか追いかけてきたのか?」
           ↓
岡部「どうした、まさか追いかけてきたのか?」

岡部「俺はもうしばらくしてから帰る。みんなにもそう伝えてくれ」

そう言い残して、オカリンおじさんは立ち去ろうとします。

綯「あの、オカリンおじさんは、紅莉栖お姉ちゃんのこと好きなんですか?」

……でも、私は気が付いたら口を開いていました。

岡部「なっ――何を言っているのだ!」

またラボにいた時と同じように、みるみる顔が真っ赤になります。

綯「――正直に答えて!」

思わず大声を出してしまい、オカリンおじさんはポカンとしています。でも、すぐにまじめな表情に戻って――。

岡部「……そうだな、俺は紅莉栖が――好きだ」

オカリンおじさんの答えは、私の想像どうりでした。
少しだけ、胸にちくりとした痛み。

綯「……見てれば分かりますよ」

岡部「なに!? こ、このマセガキが――!」

オカリンおじさんは白衣のポケットから携帯を取り出して耳に当てましたが、すぐに腕を下ろしました。

岡部「……いや、今回ばかりは、鳳凰院凶真に頼らない」
   「俺は、自分の気持ちを誤魔化すことしかできなかった」
   「だから今度は、自分の気持ちに素直になろう」

携帯をしまって、私に向き直るオカリンおじさん。

岡部「お前にも、感謝しなければな――ありがとう」

オカリンおじさんの手が、私の頭をなでてきます。

あの時、同じように頭をなでてくれた感触。
夕日に染まった、優しい微笑み。
記憶の中にある、その光景を思い出して――。


でも、気づいてしまったその気持ちは、私だけの秘密です。



綯「私でよかったら、何でも言ってください」


せめて今だけは、とびっきりの笑顔で。


 「――だって私は、ラボメン見習いなんですから!」



(END)

これで終了です。
ほのぼのしたナエオカのSSを書こうと思ったらこんな結末に……どうしてこうなったorz
ラボメンみんなと絡ませたくて鈴羽の部分とか結構ごり押ししましたが、
最後まで読んでくださってありがとうございました。

……覚醒すると思った? 残念! 可愛い小学生のままでした!

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