人生ゲーム (97)
僕の隣の席には、殺人犯が嬉しそうに座っている。
授業中なのにもさもさと赤ウインナーを頬張っている。
美味しそうだ。僕にも一つわけてもらえないだろうか。
「ねえ。僕にもそれ一つもらえないかな」
「嫌よ。だって後十本しかないんだもの」
十本もあるなら一本くらいわけてくれてもいいと思う。
ついに僕の赤ボールペンは赤ウインナーに見えてきた。
「あっ、いいこと考えたんだけど聞いてよ」
彼女の思いつく大半は他人にとって良い事じゃない。
いいけど、と僕が苦笑いして言うと、彼女は言った。
「次はあなたにしようかなって思ってるの」
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というわけで、僕は次の原因不明の死体になることとなった。
殺されるのは構わないけど、一応理由くらい知りたい。
ついでに言うならどういう論理で死ぬのかも気になる。
「いいけど。どういう理由で僕を殺そうって思ったの」
「え。なんていうか、生きててもつまんなそうだもの」
僕って割と周りからそういうふうに見られてるんだろうか。
実際つまんないけど。彼女を見てるとつまんなくはないな。
「そっか。なら、僕はどうやって死に至るんだろうか」
「知らない。でも、七日後には死んでると思うけれど」
割と他人事だった。いや別にいいんだけどさ。よくはないか。
恐らくこの彼女の発想は、数日前の会話に起因すると思った。
『ねえ、次は誰を殺すつもりとか、考えてるの?』
『考えてない。人生つまんなそうな人にするかも』
『だったら僕とかオススメだよ。つまんないもん』
家族が死んで、親戚中をたらい回しにされればつまらない。
ようやく僕を引き取るに至った理由は僕への保険金だった。
さらに言うと大学費用は奨学金で、収入は家へ入れろって。
もしくは高校を卒業してとっとと働いて、礼は金で払えって。
というのが、深夜リビングへ向かった時に聞こえた会話だ。
にこにこ笑って僕を育ててくれた感謝は未だそこにはある。
が、どうにもその日から家族間の溝はさらに大きくなった。
『というわけで、楽になれて保険金も入るんだし』
『わたしは今、何も説明されていないんだけど?』
『そうだっけ。とりあえず、オススメの一品です』
彼女は放課後、僕を屋上まで呼びつけた。
「やっほー」とこちらに手を振りながら待っている。
真顔でしかも抑揚のない声で言われれば少し怖いな。
「で、どうする? あなた、死にたい? どうしよっか?」
「今日の晩御飯は何にする?」という言い方で言われても。
彼女はどっか頭のネジが抜けてるが結構美人だったりする。
「あなた、このまま生きてても、ふらっと死にそうだし。
なら、わたしがどうにかしてあげる。どうにか。ふふふ」
「鋭いな。僕は高校卒業したら適当に自殺するつもりだよ」
「それなら、わたしがあなたを殺しても構わないでしょ?」
確かに。彼女が事後処理をどうするかだけは、気になるけど。
できれば「どうにか」の部分を具体的に教えてほしいものだ。
「うん、いいよ。今ナイフとか持ってる? 痛いのは嫌だ」
「そんなことはしない。だって、はじめての友達だもの。
屋上から突き落とすのもいいけど、今はまだ人が多いし」
そう言って、彼女は年中装着している右手の手袋を取った。
別に傷があるわけでもない。指と手がある。指が綺麗だな。
「こちら。この右手を握れば、あなたの余命は七日間よ。
奪った余命は戻せない。一秒たりとも戻りはしないわよ」
仮に彼女に不思議な力があるとしても、これなら少し納得だ。
殺人犯だと彼女の両親が触れ回り、彼女が逮捕されない理由。
「ねえ。一つだけいいかな? 君は、今、何人殺したの?」
「今のところは、一人よ。わたしの大好きだった祖父だけ」
「そっか。その右手は、余命を奪う能力だったりするの?」
「だいたい合ってる。余命を七日間にする能力、かしら?」
「つまり、僕は蝉になるわけか。なかなか悪くないかも。
今日からどうぞよろしく。これで余命は七日間なのかな」
彼女の細く長い、ひんやりとした右手を握った瞬間だった。
言い表せない感覚。近しいものだと、足元が崩れ落ちる感じ。
そんな感覚がやってきて、ああ、余命は七日間か、と思った。
「どう? 独特の感覚だったりしない? 皆そう言うのよ」
「これはだいぶ独特だよ。少なからず吐きそう。やばいな」
「そう。というわけで、あなたは七日後の六時に死にます」
「うん。じゃ、帰ろうか。ご飯でも食べに行ったりする?」
「あなた、わたしの言うこと信じてる? 疑ってないの?」
「信じてるよ。あの感覚やばいよ。持ってかれたって感じ」
珍しく、彼女はどこか困惑したような表情を見せていた。
困った顔も美人だな、なんて思いつつも先を歩き出した。
「でもさ、生き急いだって、僕の人生は短くならないから」
「あなたのおごりで、わたしはパフェを食べます。以上」
簡潔に金欠になるような一言で今後の予定が決定された。
一応、今後の為に節約してたんだけど、死ぬんだっけか。
「よし。好きなもの食べていいよ。千円未満で、だけど」
「なら、千円未満の商品を上から持ってきてちょうだい」
「君は僕の事を嫌いだったりしない? 気のせいかな?」
散財してもいいけれど、七日間生きるだけのお金は必要だ。
彼女はルールを破って七日間終えるまでに殺す気だと思う。
「ねえ。僕を殺した後は、どうするの? 君ぼっちだよ」
「どうしようかしら。あなたとずっと一緒にいようかな」
心中か。中々高校生にしては深い愛だと思う。悪くないな。
僕も彼女が好きだったりする。心から。それはどうだろう。
「あなたって、わたしのこと好きでしょう?わたしもよ」
心中の動機として青春の一ページのような告白を引用された。
ま、こうならないと僕が彼女に告白することなんてないものな。
告白してくれたし、僕も彼女に告白しないとフェアじゃないか。
「僕も君の事が好きだよ。相思相愛だったか。嬉しいな」
「会計はあなたに任せます。帰りましょう帰りましょう」
二人で二千五百円程度の会計を終え、僕たちはばいばいを告げた。
はずだったのだが、どういうわけかこちらに着いてくる。ふしぎ。
「君の家の方向は反対側じゃなかったっけ。どうしたの」
「だって、七日前に死なれたら、わたしが困るんだもの」
「死なないよ。僕は割と勝手にその辺でくたばってるよ」
しかし、一度決めたら揺らがないのが彼女という存在だった。
十五分ほどで、僕の家である集合住宅の一室へと辿り着いた。
「ただいま。でいいかしら。しばらくはわたしの家だし」
「いいよ。ていうかベッドの下を覗かないで。何もないよ」
彼女はいつもすっからかんの鞄から大量の下着を取り出した。
元々泊まる気満々だったのだろうか。これでは確信犯だろう。
「ねえねえ。あなたの今の親御さんは、どちらにいるの?」
「しばらくは帰ってこないよ。お仕事で忙しいみたいだし」
共働きをしなければならないからこそ、僕を引き取った。
部屋を貸し与え、食事を与え、後は金の鳴る木なわけだ。
僕が死ねば大層喜ぶだろうな。ちょっと悲しいけれどな。
「多分、向こうで泊まるだろうし、死ぬ頃には戻ると思う」
「そう。で、余命は七日を切ってるけど、何するのかしら」
何をしようか。特に決めてなかったんだよな。身辺整理。
うん、それがいいな。身辺整理とやらをしてみようかな。
「決めました。とりあえずは身辺整理をしようと思うんだ」
「ええ。なら、わたしもお手伝いしましょう。できる限り」
「自殺前とか、ふらっと消える人の定番だと思うんだよな」
と、僕は約四畳半の自室に入り部屋を見回しながら言った。
雑多。とにかく人に好かれようと思った結果がここにある。
人に合わせようとして、意図的に友達を作ろうとした結果。
「この中で、あなたの本当の趣味って、どれくらいある?」
「分からない。もしかしたら、ないかもしれないんだよな」
「他人まみれの部屋なのかしら。自室だっていうのに驚き」
この部屋から他人を取っ払って、果たして本人が残るのかな。
僕って、この部屋のどこに居たんだろう、とまで思えてきた。
「ねえ。手伝うって言って、寝転んで読書ってどうなの?」
彼女は鼻歌を歌いながらも、ずっと本を読みふけっている。
とりあえずリビングからマスクを回収して、作業を始めた。
「今日中に終わればいいんだけどな。この量はひどすぎる」
という僕の予測は見事に当たってしまった。作業が進まない。
いざ余命が決まるともう一度目を通したい本が山ほどある。
「懐かしいな」からはじまり「進んでねえな」で終わった。
売れる物は売って、親への遺産にしよう。はした金だけど。
本を読むのに飽きたのか、彼女がとことことこちらにやってきた。
「進んでないわねえ」と口に手を当てくすくす笑った。むかつく。
「必要か不必要か、僕には中々判断できないんだ。困ったよ」
「悩む時点で必要じゃないのよ。必要ならすぐわかるでしょ」
そう言われればそうだな。必要なものはすぐにそう判断できた。
となれば、悩む時点で僕の中での優先順位の上位ではないのか。
「役に立たねえなと思ってたけど、ありがとう。助かったよ」
「気にしないで。後で散々奢らせてあげるから。ふふふふふ」
あまり本音は言わないほうがいいのかもしれない。怒らせた。
しかし、僕の中で本音で話せるのは彼女だけだし。困ったな。
途中から紐を持って途中参戦した彼女は、中々に役立った。
一つ問題点があるとするならば、本を亀甲縛りで縛るところか。
一般雑誌から音楽からゲームまでが猥褻物に早変わりしていた。
「あなたの部屋、何もないのと変わらないじゃない。すごい」
「中身のない人間だったのかも。僕の趣味はこれだけだった」
部屋を見回せば、もうそこには他人はどこにも残っていなかった。
人に勧められて好きになったものもあるけれど、それでも少ない。
数十冊の蔵書、数枚のCD、ゲーム機が数個と数十本のゲームだ。
「良かったの?カーテンやら、何やらまで取っ払っちゃっても」
「いい。僕が選んで、僕が好きになったものが気になったから」
人に好かれようとしない僕自身の部屋は、あまりに殺風景だった。
でも、ああ、これが僕なんだ。そう思うことができて嬉しかった。
まともに自分が誰かも分からないまま死ぬなんてのは、ごめんだ。
「手伝ってくれてありがとう。何か作るよ。お腹もすいたから」
三杯目からはそっと出しなんて言うが、彼女には通用しなかった。
四杯目も五杯目も嬉しそうに「おかわり!」と叫んで出す。
割とうるさい。作業に加え近所迷惑に拍車がかかっている。
「もう深夜だよ。さすがに叫んでいい時間帯じゃないからな」
「本当。午前三時。三時のおやつ。何が食べられるのかしら」
「しかも薄着じゃダメだよ。僕だって男だ。しかも夏だよ。
目のやり場には困るし、蚊に噛まれる。悪いことだらけだ」
「蚊に噛まれる。かにかま。ああっ、なくなった。おかわり」
食べ過ぎだろ。五合炊いてもう米が殆ど残ってないんだけど。
二週間ほどで生活費の全てを使い果たしそうな勢いだと思う。
もさもさと食べている彼女を見ていると、どこか僕は和んだ。
財布の中は、あまり穏やかじゃないけれど。
「じゃ、わたし、寝るから。したくなったら風俗でも行って」
相思相愛であれど雰囲気は大切にしているのだろうか。
僕のベッドを占有してそそくさと寝に入ってしまった。
「僕も寝るよ。明日学校に行くかは気分次第かな。おやすみ」
そう言って、僕はまぶたを閉じるとすぐに眠ってしまった。
リビングのソファも一応寝るには適しているけど、狭いな。
疲れていたからか、夢も何にも見なかった。はずだと思う。
「おはよう。おはようの時間じゃないけれど、一応おはよう」
「おはよう。わたし、あまり眠れなかったかも。寝たいかも」
学校には完全に遅刻だ。というかもう授業も殆ど残ってない。
テストを終えてから短縮授業だ。帰宅している頃合いだろう。
そうして再度寝に入って、僕らが起きたのは十四時半過ぎだ。
「おそよう。わたし、シャワー浴びてくるから。それじゃあ」
うだるような暑さに耐え切れず、僕は遠慮なくエアコンをつけた。
僕らはエアコンの直下を占領して、ただただ風に身を任せた。
あと三時間ほどで、余命は六日か。何しようかな。困ったな。
「僕、もうすぐ余命が六日なんだけど、何するべきなんだろ」
「するべきことなんて何もないわよ。だって、そうでしょ?
したくないことならば、しないって選択肢もあるのだもの」
「なら、したいことかな? したいことを探せばいいのかな」
「やりたくないことをしてるって人は、嘘つきだと思うの。
生死にだってそれはある。死にたきゃ、死ねるでしょう。
何かと理由をつけながらも、したいことをしてるの。多分」
極論だけれど、何だか彼女の言っている事に納得してしまった。
理由を求めるのは、そうしないと自分が納得できないからだな。
やりたいこと。やりたいこと。まずはお腹がすいた。それなら。
「まずはご飯を食べよう。涼しくなって、お腹すいてきたよ」
「ごちそうさま。相変わらず、美味しかった。いい主夫になる」
今結婚したとしても、結婚一周年どころか一週間も生きてはいない。
腹が膨れれば眠くなる。ソファで互いにうとうとしていたら時間だ。
「あ。今、僕の余命が六日になった。もうすぐ死ぬんだな僕は」
「ええ。死ぬ。六日で死ぬ。お疲れ様。楽しかったわよ今まで」
「君、本当に僕の事好きなの? 絶対嫌いだったりするでしょ」
「あ」と彼女は思い出したかのような声をあげ、着替え始めた。
僕は慌てて目を背けた。目の保養にもなるけど目の毒にもなる。
「余命、余命」と歌いながら彼女は玄関から出て行った。何だ。
しかし、彼女とこうなってから僕は少しだけ変わったように思える。
少しずつ彼女の言葉で、僕の薄っぺらい人生観に肉がついてきた。
気楽そうだが、その裏返しでとんでもないものを抱えていそうだ。
人を殺せる能力を持っているのだから。余命を奪い、削る能力を。
「きりもいいし、残りの余命でもタイマーにセットしようかな」
143 : 52 : 19
「ただいま。お腹がすいた。お昼食べていないんだもの。お腹」
この街は狭いし、早々行く宛などないらしく、すぐに帰ってきた。
街の端から端まで往復しても三時間と少しくらいもかからないし。
「おかえり。ご飯はできてるから、食べながら相談を聞いてよ」
恐らくこうなるだろうな、と思いつつ手間暇かけて作ってみた。
人の為に料理を作ったことなんて、数えるくらいしかなかった。
美味しい美味しいと食べてくれる彼女になら、とか思っていた。
「それで、相談ってどうしたの。何か面白いことでもあった?」
「ううん。やりたいことが見つからなくて。一番やりたいこと」
「あなた、面白いこと言うじゃない。中々センスがあると思う」
「そうかな。そんなに面白い? 割と真剣に悩んでたんだけど」
「だって、一番やりたいことは、あなたが今やってることよ。
わたしの為に、時間をかけて料理を作って、一緒に食べて。
わたしが美味しいって言うのを嬉しそうに聞くこと。違う?」
「一番やりたいからこそ、あなたは、今それをしてる。どう?」
「そう、かも。そうだよ。僕は、君に食べてほしくて作ってた」
「なら、いいじゃない。とても美味しい。この味、本当に好き」
一瞬だけ真剣になった彼女の表情に驚いていたら、すぐに戻った。
淑やかながらもご飯を食べる速度は尋常じゃない。食欲旺盛だな。
彼女は気楽なふりをしているだけではないだろうか、そう思った。
「僕、次にやりたいことができたんだ。一緒にゲームしようよ」
「賛成。わたし、人とゲームすることなんて、殆どなかった。
あってもオンライン対戦ばっかり。でも、そこそこ強いわよ」
そう言って笑ってくれる彼女を見て、僕はどこか安心していた。
何かを抱えている彼女。話さないなら、話すまで待っていよう。
それまでは、彼女が笑えるだけの環境を、僕が作ればいいんだ。
「僕の現状もゲームだ。人生を全うできるかできないか、だ。
セーブもロードもバックログも、オプションも使用不可だ。
グラフィックと音声は無限大。難易度は最上級。主人公は僕」
「あなたの名前は『ああああ』かしら。誰でもなさそうだし。
シンプルでいいと思う。クソゲーにならなければいいけど。
誰かの手元に残る名作になりなさいよ。で、ゲーム名は何?」
「人生ゲームってところかな」
その後、僕は余命が六日を切りながらもゲームをしていた。
彼女はやはりと言った具合に「死ね」と連呼していた。
僕も割とゲーム中はがらが悪くなって本音が出ていた。
「あなた、中々やるじゃない。見直した。強いじゃない」
「君もだ。丁度勝率は半々ってところか。苦戦したよ。
僕の人生、割と負けてばっかりだからな。勝ちたいな」
「いいじゃない、いくら負けたって。勝てばいいのよ。
人生の成功か失敗を決めるのは、あくまで自分なのよ」
「確かに。不幸せそうに見えても幸せだって人もいるし」
「そういう人はきっと、根本的な意味で勝ってるのよ。
いくら負けてもいい。人生は勝った数で決まると思う」
「じゃ、僕の人生もそろそろ一勝くらいしないとダメだ」
「そう思ったところで、一勝よ。一歩前に進んだのだし」
「ねえ、今度お祭りがあるそうよ。いつかしら。楽しみ」
「ああ。それって、僕が死ぬ当日じゃないか。残念だよ」
「あら、そう。残念よ。一緒には行けないかもしれない」
かもしれない、ではなく行けないけれど。僕も非常に残念だ。
彼女は手帳を取り出し、また「余命、余命」と呟いて消えた。
何だろうか。暇潰しに誰かを殺しに出かけているのだろうか。
「夜食までには帰ると思う。すぐに戻るから。それじゃ」
と、携帯と財布を持ってそのまま玄関をばたんと閉めていた。
一応夜なんだけどな。彼女は美人だし、少し心配でもあった。
でも、いざとなれば手を使わずとも彼女は普通に殺しそうだ。
僕は取っ払ったカーテンのあった窓から、静かに夜景を眺めていた。
ああ、あんなところにあれがあって、ここにこれがある。
余命を失ってはじめて、自らの周囲に目を向けたと思う。
綺麗な景色だな。僕は、こんないい景色を知らなかった。
僕はあと何度、この景色を見られるのだろう。
「ただいま。いっぱいお土産貰って来ちゃった。どぞどぞ」
何の土産だろう。冥土の土産か?そう思わざるを得ない。
しかも現金封筒まである。万札がぎっしりと詰まってる。
「僕も貰っていいの? ありがとう。貰うよ。美味そう。
それにしても、こんな時間にどこ行ってるの? 殺人?」
「契約更新。お金はその時押し付けられちゃった。ふふふ」
彼女の能力を持ってすれば、人を殺すことなど容易そうだし。
学校でも噂になってるし、殺し屋でもやっているのだろうか。
だって、完全犯罪ができるんだもの。タイム・リミット式の。
「わたし、お土産よりあなたのご飯が食べたい。よろしく」
「夜食ってそういう意味? 食べ過ぎだよ。頭おかしいよ」
「おかしいのはお腹よ。困っちゃう。ああご飯が食べたい」
くるくるぱーになっちゃう、と言うが既にくるくるぱーだろ。
何だかんだ言っても、美味しそうに食べてくれるのが好きだ。
「そういえば、僕って、突然死するの? 心臓発作とかさ」
「そうじゃない? わたし、そういうのは詳しくないから」
あまり、自分の能力について深く考えた事がないのだろうか?
死因にも色々あるのかもしれない。分からないなら仕方ない。
「ここに泊まるので二日目だけど、両親は心配しないの?」
「しないわよ。むしろ死んでくれって思ってると思うわよ」
「どうして? 君が殺人犯だから? よく分からないんだ」
「わたしの家、知ってる?この街で一番大きい家。あれ。
あれは、祖父から受け継いだのよ。遺産として、だけど」
「ああ、知ってる。何度か行ったこともあるし。知ってる」
「あそこには、もうわたししか住んでないの。隔離中なの」
「隔離。その右手で親まで殺すかも、って意味だとかかな」
「そういうこと。それに遺産についても親は怒ってるの。
本来は親に行くはずのものが、直接わたしに来たから。
しかも、わたしは祖父を殺してる。納得できないって事」
「両親は、君みたいに完全犯罪なんてできないだろうしな」
「いえす。わたしは潤沢な仕送りだけで生きてるって事。
勝手にわたしが死ぬのを、待ってるんじゃないかしら?」
「なるほど。時間については問題ないか。祖父とやらは?
好きだったんでしょ。なのに、何で殺しちゃったのかな」
「え。『もう少し生きてたい』とか言ってたからかしら。
わたしがこの手に気付いたのも、祖父のおかげだった。
とりあえず、遠慮なく手を握ってやったのよ。うふふふ」
中々いい性格してるなと思った。聞いた所病床だったらしい。
最期は家族に看取られながら死んだらしいが、原因は彼女か。
ちなみに、この話は彼女の両親、主に母親が言っていた事だ。
彼女が隔離される理由も納得だ。
「でも、それだと君が遺産を貰う理由にはならなくない?」
「だって、わたしは可愛がられてたし。愛されガールよ。
しかも、望みまで叶えて殺してあげたの。幸せ者でしょ」
色々腑に落ちない点しかないが、彼女がそう言うならそうだ。
でも、どうしてそんなに寂しそうな顔をしているんだろうか。
「でも。祖父は、もういいって言ったの。ありがとうって」
だから、わたしは殺したの。大好きだったおじいちゃんを。
僕の殺風景な部屋の中に、彼女の吃音だけが小さく響いた。
僕には何も分からないから、彼女に何も言えることがない。
適当な事を言って慰めるより、黙って隣にいよう。
少しは、僕も彼女のおかげで人間らしくなってきたと思う。
他人に埋もれた僕を、彼女は引っ張りだしてくれたんだし。
「もう少し生きてたい」って思える人生になってきたんだ。
なら、後は、僕が彼女に恩返しだ。
「僕、授業風景覚えてないから、ちょっと学校行ってくる」
彼女は昨日泣き疲れて寝てしまったようだった。無理もない。
五食作って、書き置きを残して。僕はふらりと学校へ行った。
授業風景は余命を削ってから死ぬほど回想してたし覚えてる。
僕は色々考えていて一睡もしてないけど、目は冴えてる。
普通に登校し、職員室に向かって僕は担任に頭を下げていた。
無断欠席してすみません、と。内心全く思っていないけれど。
まともに親がいないとこうなる、と担任は彼女の事も言った。
僕はどれだけ説教されてもいいけど、それだけは怒った。
親が居たって、まともじゃない人間だっているでしょう、と。
先生は彼女の家庭事情を知り尽くした上で言っているのかと。
それは彼女の両親の一方的な言動から判断しているのではと。
せいぜい裏で愚痴を言うくらいだった僕が珍しく反論した。
けれど、爽快感なんて微塵も湧いて来なかった。泣きそうだ。
先生も唖然とした目で僕を見ていた。怒りも通り越したのか。
僕に良くしてくれてた先生が慌てて止めに来て、頭を下げた。
「すみません。彼には私の方からよく言っておきますので」
「お前な。言ってることは正しいけど、やり方がどうもな」
「ごめんなさい。先生にご迷惑をかけるつもりではなくて」
「いいんだよ。俺らは、生徒に迷惑かけられてなんぼだ。
が、どうした? 休むのはいいが、病気でもしてたのか」
「いえ。ちょっと自分探しの旅に出てたっていうか。その」
「ああ、ま、いい。変な事に首突っ込んでなけりゃいい。
彼女のことと、何か関係あるのか。それだけ教えてくれ」
「ええ。そうです。けれど詳しく言えないんです。えっと」
「無理に話さなくても、話したくなったらでいいんだよ。
何かあったんだろ。何かしに来たってところじゃないか」
「はい。彼女のことです。彼女のご両親の一件について。
あのせいで、彼女は友達が居ません。お願いがあって。
それとなく、彼女が友達を作れる環境を作って欲しくて」
「それは俺も、ずっとやってるとこだ。が、尽力してみる」
「…ありがとうございます。では」
「が、どうしてお前が含まれていないニュアンスなんだ?」
言葉に詰まった。
僕の余命はもうすぐ五日になって死にます、とは言えない。
そんな事を言えば、彼女はますます一人になるだろうから。
これは恩返しだ。決して、彼女に被害が行ってはいけない。
「ああ、ええと。僕。転校するかもしれないみたいなので」
「そうか。そりゃ、寂しくなるな。いつ頃か分かるのか?」
「いえ。まだ何も、詳しくは。色々、あるみたいですから」
お世話になった先生に対して、嘘を吐くことが苦しかった。
お金が無いとき、先生は笑って弁当を買ってくれたりした。
「缶コーヒー我慢すりゃなんとかなるしな」とか言ってた。
引き取られてからは、僕はアルバイトばかりしていた。
迷惑をかけてるんだから、家にお金を入れなきゃいけない。
出席ギリギリまで削って、朝から晩まで働いてた時だった。
「自分の身も大事にしろよな」と言ってくれた先生なのに。
職員会議でも、僕の留年に関して一番に反対してくれたらしい。
勉強する時間がないだけです。あいつは大丈夫です、と。
わざわざ両親の職場にまで行って、話もしてくれていた。
そして、働くのは高校を卒業してからという話もつけてくれた。
そんな甲斐あり、僕は恩返しも含めて必死に勉強していた。
そう難しい高校じゃなかったし、すぐに学年上位になった。
それを聞いて最高の笑顔で笑ってくれた先生を裏切るんだ。
「お前は、どっかにふらっと消えちまいそうになったな」
「そうでしょうか。どうでしょう。そうかもしれません」
「俺は、お前が選んだことなら、別に止めはしねえよ。
教師としてあるまじき発言だが。責任もとってやる。
『死ぬなんて』と言う奴もいるが、俺はそう思わない」
「僕、迷惑しかかけてない気がします。本当すみません」
「続けるぞ。生き続けて不幸より、死んで幸せになる。
そういう奴もいるかもしれない。どっちでもいいが。
結局、お前が幸せになれりゃ、俺はそれでいいんだよ」
「だが、お前には死んでほしくはねえかな。やっぱな。
そういう解釈もある、って程度に聞いといてくれよ。
止めはしない。が、俺はお前に死んでほしくはない。
でも、それで幸せになるなら。もう、わけわかんねえ」
「ありがとうございます。そう思って頂けて、よかった」
「ああ。お前、少しは自己主張できるようになったな。
悪くねえぞ。自分ってのが見えてきたように見えるぜ」
「そうかもしれません。では、僕、授業に行ってきます」
「行ってこい。何であっても、人生悔いるんじゃねえぞ」
はい。僕は今までで一番深々と頭を下げ、その場を後にした。
何だろう。少しだけ泣いてしまいそうだった。なんでだろう。
ああ、こんな話だって、こうならなきゃ僕にはできなかった。
人生を全うしようと思って、はじめてできたことだな。
その後、僕は匂わせる程度に彼女の評判を上げておいた。
今まで話したことのなかったクラスメイトにも、声をかけた。
どういう人なのかな、と気になっていた人もいたからだった。
それは、僕の事を覚えていてほしい感情の裏返しだったのか。
遅れて参加した授業にも、とてもやる気があったと思う。
高校生で発言するのは恥ずかしかったけど、構ってられない。
分からないことは聞いたし、授業中の雑談にも熱を上げてた。
なんていうか、学生生活そのものを全うしようとしてたかな。
体育は全力で走ったし、数学も全力で頭を悩ませた。
斜に構えていたと自覚はあったけど、素直もいいなと思った。
僕にはもう、設定された余命がある。それを使い切らないと。
つまらないと思ってた一つ一つに色が付き、いい景色だった。
ああ、今になって、僕は気付いた。
「ただいま。学校って楽しいよ。僕、学校が好きになったよ」
「そう。わたしは、あまり楽しくないかも。友達いないし。
作ろうとしても、向こうから逃げていく。仕方ないのかも」
乾いた声で笑う彼女の声を、僕は聞いていられなくなっていた。
放課後に残って友達と話すのも悪くなかったけど、彼女の事だ。
じっとここで待ってくれていたんだろう。料理が一つもないし。
「ねえ、君も一緒に学校行かない? 嫌ならいいんだけどさ」
「嫌。ここでこうしているほうが、わたしには合ってるの。
わたし、もしこんな能力がなかったら、友達作れたのかな」
「作れると思うよ。きっと。きっとじゃない、絶対に。うん」
「あなたも、そう? こうして友達になったと思うかしら?」
「なったよ。で、きっと君を好きになる。僕はそう思うけど」
恥ずかしいこと言ってるな、と思いつつも、これは本心だし。
「つまらなそうにしてる君を見て、僕はきっと気になるよ。
で、声をかける。可愛いし。ちょっと下心を隠しつつだ。
君はいい性格してるし、僕は仲良くなりたいって思うんだ」
「なら、わたしは、そんなあなたの魂胆を見抜いてるかな。
そこそこまともな顔してるな、とか思いながら話すはず。
で、あなたのその歪曲しきった性格をきっと好むでしょう」
褒められてるやら貶されてるやら、分からないくらいの笑顔だ。
けれどよしとしよう。彼女が笑ってくれるならそれでいいかな。
「そろそろ、あなたの残りの余命は五日を切ったみたいよ?」
「うん。残り五日未満か。中々、人生ってわからないよな。
僕、明日も学校へ行くよ。残りの人生、楽しまないとだし」
「そう。分かった。わたしはちょっと出かけてくるつもりよ」
118 : 46 : 12
僕と彼女は夕飯を終え、また散々夜遅くまでゲームをしていた。
とは言っても、僕は学校に行くつもりだからもう終わりだ。
切り上げると彼女はつまらなさそうに読書をはじめていた。
「おやすみ」
「おやすみ」
僕は、今やりたいことを全力で出来ている気がしていた。
つまらない人生が綺麗な景色に変わって、気に入ってる。
残り少ない余命だけど、彼女にも同じ景色を見てほしい。
そう思っていると、僕はすぐに眠りに落ちた。
夢の中では、彼女は浴衣を着て、僕の前にいたっけな。
どうしてか僕は膝枕をされていて、涙を流されていて。
そして、そこで、僕は。
「おはよう」
人気者でもないけれど、教室に入って開口一番そう言った。
まだ二日目だから、僕の様変わりを訝しがる目線があった。
けれど、僕は気にしない。気にしたら何もできなくなるし。
「お前。彼女でもできたのか。変わった感じがするけど」
と、僕の後ろの席の男子がそう声をかけてきた。
彼女ができたとでも踏んでいるのかもしれない。
「ううん。好きな人はいるけど、いまいちどうなんだろ」
彼女の愛は本当に愛なのかなと思ってしまう。多分僕のもだ。
お互いある程度擦れてるから駆け引きみたいに思えてしまう。
「今度。またテストだろ。前期期末試験。めんどくせえ」
「ああ。いつだっけ。僕、よく覚えてないんだ。いつ?」
「一週間後だったと思うけど。お前、色々大丈夫なのか」
先に説明しておくと、彼は人気者で頭もよくて顔もいい。
僕に対しても割と気さくに話しかけてくれる良い人だと思う。
よく学年上位で争うこともあり、彼と仲良くなったはずだが。
「一週間後か。一週間後か。なら、僕には関係なさそう」
一週間後には、僕は死んでいる。残念ながら戦わないのだ。
今回こそ彼を完封勝利してやりたいなどと思っていたのに。
「何だよ。今回のテスト、捨てる気か? 勝負しようぜ」
「捨てる。というか、捨てざるを得ない。僕の負けだよ」
「負けるって分かってるから、お前は勉強しないのか?」
彼の机を見てみると、少し先の範囲まで予習しているようだ。
恐らくテストの範囲を数周はしたであろう書き込みも見える。
「負けるって分かってても、俺は全力でやって負けたい」
「負けるのはいい。悔しいけどな。それが結果だから。
が、何もせずに負けるってのは、俺は嫌だな。うん。
お前には事情があるんだろうが、勝っても嬉しくない」
「僕と勝負するよか、学年一位と勝負したらいいと思う」
「してる。学年一位は常々抜いてやろうとか思ってる。
が、まずは似たレベルの奴からだ。競い合えるとか。
上ばっか見てても、前が見えねえ。それはダメだから」
ふう、と僕は溜息を付いて、自らの両頬を軽く打ってみた。
ぱちん。痛い。けど、中々悪くない痛みだな、とか思った。
「全力でやれば、どこでどう負けたかってのが分かる。
何もしなけりゃ、抽象的な結果しかわからないわけだ」
さてもう一度。ぱちん。やはり痛い。でも割といい痛みだ。
僕の目を覚ますには丁度いいかもしれない。やっと覚めた。
「テストに出れないかもしれない。けど、勝負しよう。
僕は君に負けるのは嫌だ。勝ってこその勝負なんだし」
「いいぜ。それでいい。やろう。俺は負けねえからな?」
彼はそう言って不敵に笑った。その笑顔もカッコいいな。
負けたら駅前のラーメンおごりな。とんでもない約束だ。
「僕の財布は薄いから、とても負けられそうにないかな」
「やっぱ、お前、ちょっと変わったな。良い感じにな。
いつものお前なら、多分断られるかと思ってたけどな」
「人生って、勝った数で決まるらしい。負けてもいい。
というのは、僕の友達の言葉だけど。それに従うだけ」
「へえ。面白い友達だな。この学校なら紹介してくれよ」
「そこの席の彼女だよ。面白くて可愛くていい子だよ。
だから、是非とも、君によろしく頼んでおきたいんだ」
「ああ、分かった。やっと友達らしい会話ができたな。
なら、俺からも一つ。負け方を知ってる奴は勝つぜ。
言い方おかしいけど。上手く負けるやつは賢いと思う」
僕と彼の会話を聞いてか、さらに数人がそこに加わっていた。
彼は良い人だし、後のことを彼に任せてもいいと思えた。
彼なら、きっと彼女の事も幸せにしてくれるだろうから。
「じゃ、また明日な。忙しいみたいだから、また今度か?」
「そんなとこかな。僕もそろそろ帰るよ。また今度、かな」
人気者の目に留まれば、少なからずは彼女も興味を持たれる。
元々美人だし、噂がなければファンだっていたレベルだしな。
次に彼女が登校する頃には、少しは住みやすくなってるはず。
ちょっと違う景色が見たくなり、僕は遠回りして商店街に寄った。
夏祭りを知らせる旗のようなものが各所各所に刺さっている。
少し遠くからは、会場と思しき所からの太鼓の音も聞こえる。
それを聞いて、ああ、夏だな。ちょっと感慨深くなっていた。
そこで僕の目に留まったのは、店にあるシンプルな印象の浴衣だ。
これを着た彼女は、きっと、綺麗なんだろうな。そう思った。
もう、彼女と浴衣を着て歩くチャンスすら存在しないけれど。
「あら。あなた、こんなところで何をしているの? 視姦?」
「ちょっと寄り道したくなったんだよ。違う景色が見たくて」
視姦ってなんだろう。僕って本当にそういうふうに見えるのか。
そう言うと彼女は納得したように僕の手を取り、帰宅を促した。
「君は、相変わらず用事で何処かに出かけていた感じなの?」
「そうよ。帰りにアイス買っちゃった。帰ったら食べましょ」
「君は随分高級なアイス買うんだな。僕の財布じゃ無理だよ」
一つ三百円はする某有名アイスがびっしりと詰まっていた。
リッチな買い物をする彼女がうらやましくて仕方がないな。
彼女はちらりと後ろを振り返って、アイスを食べはじめた。
「暑い。溶ける。溶けた。もう色々溶けたかもしれないかも」
「何が溶けるの? それに若干日本語が不自由になってるよ」
「ええ。あなた、勉強するの。頭おかしくなったのかしら?」
ゲームしましょう、と誘われて断ったら開口一番にこれだった。
少なからず学生の本分と果たそうとしているのに酷い言い草だ。
「友達と勝負することになって。負けられない戦いってやつ」
「ま、いっか。あなた、とっても楽しそうなんだもの。許す」
お許しが出たので、僕は料理を彼女に任せて勉強をはじめた。
彼女は頭が良かったから、料理の合間にも色々質問ができた。
と、しばらく勉強していたところで、料理ができたそうだった。
「君、お金持ちだし料理できないかと思ってた。何か意外だ」
「割とお嬢様設定って頭以外不自由って設定多くないかしら」
否定はできない。彼女は学業の才能があってもネジが足りない。
しかし、美味しい。親はコンビニ弁当を置いているだけだった。
それと比べれば天と地ほどの差だった。一口一口を噛み締めた。
「ごちそうさま。ありがとう、美味しかった。勉強続けるよ」
95 : 59 : 59
そこから二日ほどは、僕の生活に特に変化はなかった。
なので、割と簡潔にその二日間の話は収めておくことにする。
僕が学校へ行って、大変真面目に授業を受けて、会話してた。
テスト勉強について彼と議論を交わしつつ、人と仲良くなる。
家に帰る前に寄り道をすると、毎回どこかで彼女と遭遇している。
というのが、この二日間の大雑把な記録という感じだと思う。
残りの寿命は今のところ四十九時間くらいか。もうすぐ二日。
僕の人生は、今になって、非常に充実したものとなっている。
「わたし、そろそろ出かけてくるから。ご飯は任せました」
「了解。行ってらっしゃい。何か好きなものでも作っとく」
と、長年連れ添った感じの雰囲気は出せてはいるが、全然だ。
未だに、手を握ったこともない。偶然でも触れたら怒るんだ。
ま、彼女が隣に居て笑ってくれるだけで、僕は満足だ。
48 : 00 : 00
そろそろ、いい頃合いじゃないかな、とか思っている。
というのは、彼女が学校で馴染めるだけの基盤作りのことだ。
お節介と言われても仕方ない。僕にできるのはこれくらいだ。
あんなことが無ければな、と僕は高校一年の中盤を思い出す。
彼女がああなったのは、彼女の祖父が死んだと聞いてすぐだった。
祖父が亡くなる数日前から、家族の都合でと言って休んでいた。
亡くなった翌日、母親と彼女が職員室に並んで学校へ来ていた。
そこで母親は人の目も気にせず狂ったように彼女を罵っていた。
わざとだ。彼女から一つずつ色々奪っていくつもりだったのだろう。
しかも、一度で済めばよかったのだが、二度目があったらしい。
お父さんがどうの、と言っていたあたり、遺産相続の件だろう。
自分に回ってこない事を知り、それはそれはお怒りだったろう。
そんな親のプライドを賭けた作戦は見事に成功し、彼女はぼっちだ。
最初はいじめられていたが、職員室の話が広がって敬遠していた。
唯一の救いというところだろう。殺される、と騒ぐ生徒までいた。
そんな時に出会った、たらい回しにされた後の、やさぐれた僕だ。
だが、誤算だったのは彼女が相当屈強な精神力の持ち主だったことだ。
手に負えなくなった彼女の両親は話通りに家に隔離したのだろう。
しかし、金を送らず殺せば殺人だ。一応は扶養するしかなかった。
そして、僕の恥ずかしい告白の通り僕たちは仲良くなったわけだ。
その頃に彼女が自殺していれば、祖父の後追いにでもなると思ったか。
と、ここまでが既知の事実と彼女と他人から聞いた話からの推測だ。
多分、当たっているだろう。中々に壮絶な人生を送っていると思う。
しかし、彼女も人間なわけだし、あれから頭のネジが外れたと思う。
あとは、何故彼女が祖父を殺すに至ったか。
それだけは、彼女は今のところ頑なに口を閉ざしている為分からない。
あるいは、一生秘密にして生きていくのだろうか。どうなのだろうか。
「ただいま」
と、残り余命二日にして、はじめて帰宅して彼女がいないパターン。
珍しいこともあるものだ、と僕は内心驚いていた。本当に珍しいな。
相変わらず、彼女が居たという形跡はそこら中にあった。汚いし。
もう、下着を見ても目を背けることもしなくなってしまった。
これは男性的には色々とまずいんじゃないか、と最近は思う。
何も入っていないすっからかんの鞄を拾い上げ、下着をかき集めて。
と、そこで僕は彼女が大切そうにしている黒い手帳を発見した。
鞄の中に入っていたんだろうか。ページが捲れてしまっている。
一瞬のできごとだったので、僕は目を背ける暇もなく見ていた。
そこには、異常な程几帳面に人の名前と電話番号が記載されていた。
人の名前。性別。電話番号。住所。家族構成、身辺についても。
恐ろしくてたまらなくなった。流麗な字で人の事がびっしりだ。
他には何の記載もない。どこを捲っても人の事しか書いてない。
最後の一行には、僕の名前もそこにあった。
そこであまりにも不自然な共通点と言えば、日にちのことだろう。
どの項目を見ても、曜日と時間が記載されているのだから。
僕は直感した。誰がどの時間に死亡するかではないか、と。
改めて思った。彼女はあの右手を使って何かをしていると。
今日にあたる日付を探せば、十数人ほどいた。十数人も死ぬのか?
あり得ない。これだけ一日に死んだとしたら、さすがにまずい。
警察だって動く。身辺調査から彼女に行き着くのは間違いない。
けれど、彼女のやってることは完全犯罪だ。どうなるんだろう。
僕は何もかもを忘れたふりをして、再び掃除を続けた。
けれど、どこを掃除して、どこを拭っても彼女の存在は消えない。
それより、頭の中にこびりついて這い回っているのが僕の現状だ。
どこか浮世離れした彼女に親近感を覚えたのは、間違いだったか。
「でも、君が好きなんだよな、僕」
そのまま、彼女はその日は帰って来なかった。
帰ってきたと知ったのは、翌日学校を終えて帰ってからだ。
彼女は、子供のような寝顔ですやすやと寝息と立てていた。
とても、殺人犯の顔とは思えないんだよな。本当。
彼女は嫌な夢でも見ているのか、脂汗をかいて寝ていた。
僕の挙動に気付いたのか、彼女は慌てて飛び起きていた。
「おはよう。帰ってたとは知らなかった。昨日は帰れなくて」
「そっか。君も忙しそうだからな。仕方ないよ。残りあるよ」
そう言うと、彼女はラップしてあったおかずを食べはじめた。
美味しい。美味しい。そう言ってくれる彼女が少し怖かった。
あの手帳の中身が何か分からないからだ。不安は恐怖になる。
「昨日は、人を待っていたんだけれど、中々来なかったのよ」
「うん。そっか。僕は気にしてないよ。じゃ、僕は勉強する」
23 : 52 : 00
夕食を終え、最後の一日をどうするか、と僕は悩んでいた。
と言っても、やろうとする大部分については既に決まっていた。
一つ。一日、何も考えずに過ごすこと。学校は休むことにした。
二つ。彼女に学校へ行ってもらって、世界を楽しんで貰うこと。
「ねえ。これは、僕の遺言みたいな感じなんだけどさ。
君に、明日だけ学校に行ってほしい。理由は聞かずに」
「え。冗談で言ってるんじゃ…ない、みたい。でしょ?
明日一日だけでいいのなら、わたし、構わないけれど」
昨日の事も含めてか、彼女はどこか罪悪感を感じているようだ。
それに、僕の使った「遺言」という言葉にも反応しているのか。
「うん。僕は明日、適当に気ままに過ごすつもりだよ。
帰ってくる頃には居ると思う。それじゃあ、よろしく」
「ねえ。ゲームをしましょうよ。少しだけでもいいから」
「いいよ」と僕は答え、恐らく最後になるゲームをはじめた。
相変わらず最初から最後までやりきったけど、勝敗は五分だ。
「じゃあ、わたしは行ってくる。もう帰りたくなった」
早いな。まだ玄関から一歩踏み出したところだってのに。
ホームシックにも程がある。ちなみにここは僕の家だよ。
「後で携帯に連絡を入れるから。必ず。ちゃんと出て」
「分かった。多分家でのんびりしてると思うよ。じゃ」
ぱたん、と扉が閉まった。僕は、貼りつけた笑顔を剥がした。
僕はここに来て彼女のことがよく分からなくなってしまった。
けれど、僕は彼女が好きで、恩返しがしたかったのは事実だ。
それだけは、きっと、死んでも変わらないのだろう。
僕だけになった殺風景な自室の中から、外を覗いてみた。
通学中の生徒が話している様子が伺える。何だか和むな。
彼らは、夏を終えても生きていく。彼らの思うがままに。
もう、僕の余命は残っていない。
9 : 55 : 21
僕は、この選択をして正しかったのだろうか、と思った。
けれど、すぐにこれで正しかったんだ、と思い直した。
だって、僕は一番やりたいことをやった結果だからだ。
ゼロに近い人生を七日間に凝縮したら、一になるかな、って。
きっと、僕はあのままじゃ、自殺するか適当に生きるかだ。
それなら、寿命を縮めて、一瞬でも価値を見出したかった。
他人にまみれた部屋。自己主張も何もできなかった僕とか。
失敗を恐れて、かと言って勝つ方法も知らなかった僕がいた。
僕は、本来の寿命分は生きれたんじゃないかな、と思った。
一秒たりとも、やりたくないことはそこになかったからだ。
と言うのも、彼女の言葉で人生観が変わったからだけれど。
ああ。楽しかったな。人と話して、勉強して、悩んで。
何もかもに目を留める事を知って、人生の楽しみ方を知った。
けれど、人生ゲームにも終わりはある。すなわち、あがりだ。
色々手に入れた人からあがってく。僕は少し先にあがるんだ。
もう少しだけ、生きたかったな。
僕は財布に入っていた僅かなお金で、大量に食材を買い込んだ。
余命はもうないってのに、僕は何をやってるんだろうな。
美味しいって食べる彼女の顔が、好きだったからだっけ。
もうあの顔は見られないけど、そんな顔をしてほしいな。
一品一品、色にまでこだわって、僕は料理を作っていった。
どれなら、彼女は喜んでくれるだろうか。どんなものならば。
思案しつつ料理を作る楽しさというのが、少しだけ分かった。
買い物に行って帰って、料理を作ってもう十二時過ぎだった。
あと、余命は五時間と少しか。
外は相変わらず晴れ渡るような空だった。きっと夜も晴れだ。
どこまでも青々とした空に、落ちていきそうな感覚になった。
あまり痛くならないで死ねたらいいな。あっ、メールが着た。
『すごい! 皆がわたしに優しいの! 学校楽しいかも!』
正確に言えばもっと多量の顔文字やデコレーションがあった。
しかし、表現しきれないのでここでは割愛させていただこう。
でも、よかった。
これで、僕のやることは終わりだ。
これが、僕の遺産だ。チャンスをくれた、君への贈り物。
それから、両親の部屋にあるアルバムを見て、涙を零した。
昔の両親から貰って来たものと、今の両親とのが混在している。
今の両親も、何だ言って、僕をきちんと育ててくれたんだよな。
ぶつくさ言ってもご飯は出してくれるし、部屋も貸してくれた。
父さんと母さんと、仲がよかったからだっけか。
欲しい参考書があれば買ってもらえたし、誕生日もくれてたな。
入学式だって来てくれたし、模試のお金まで出してくれたっけ。
そこにどんな考えがあっても、親として、僕を見てくれたよな。
こうなって、やっと気付くなんて、僕は遅いよ。
結局のところ、墓参りだってまともに行けてなかったんだった。
でも、もうすぐそっちに行くわけだから、喜んでくれるはずだ。
ああ、どうだろ。何か、怒られちゃいそうな気がする。ごめん。
「次も、彼らに出会いたいな」
4 : 30 : 24
そろそろ学校は終わっているはずだけれど、彼女は?
もしかしたら、新しい友達と話しているのかもしれないな。
携帯の充電器が無かった。一緒に捨ててしまったのかもな。
彼女は、もう、大丈夫だ。僕が居なくたって大丈夫。
元々、彼女は屈強な精神力を持っていたわけなんだからさ。
それに、人気者の彼もいる。僕はそろそろお役御免なんだ。
そう思うと、一つ深呼吸をした。財布を持って外へ出た。
最後に、僕の今まで住んでいた街を見ようかな、とか思った。
方法は一つ。歩く。だって、お金がないし。自転車もないし。
親のがあるけど、歩かなきゃ意味が無いかなって思ったから。
とりあえず、暑いな。そう思って、駄菓子屋に寄った。
昔から行きつけの駄菓子屋だ。友達とよく買いに来たっけ。
ラムネ飲んで、消費税入れて百九十八円で収めてたっけな。
「いらっしゃい」
僕はなけなしのお金でラムネを買って、ビー玉を転がした。
きゅぽん、と中々いい音がする。これが好きだったんだ。
炭酸が僕の喉ではじけて、上で風鈴のいい音がしていた。
少しだけ駄菓子屋のおばあちゃんと話し込んだりもした。
結論から言うと、そのおばあちゃんは僕の事を覚えていた。
「よく遊びにきてたでしょ」と目を細めて笑ってくれた。
ああ、こんなところにも、僕を覚えてくれてる人がいた。
なんだか、それって幸せなことだよな。少し泣きそうだ。
「また、遊びにきてちょうだいよ。待ってるから。
次にきたときは、少しだけおまけしてあげるから」
「はい。ありがとうございます。それでは、また。
さようなら。お元気でいてください。約束ですよ」
そう言って手を振ると、また優しげな微笑をしてくれた。
この街も、割と捨てたもんじゃないな。僕はそう思えた。
3 : 40 : 16
小さな商店街だとか、僕はそういうところを踏みしめた。
父さんと行ったスポーツ店とか、母さんと行った花屋だとか。
どこへ行っても「あの時の坊主か」なんて言われちゃったよ。
しかも、皆、僕を見てすごく嬉しそうに笑ってくれたりした。
それに釣られて、僕も少しだけ笑えた。
きつかったのは、近くにある小さな山だったと断言できる。
時間もないから、足早に行ったら逆に疲れが足に来ていた。
疲れた。けど、いい眺めだ。ここなら夜景で見たかったな。
登りつめた小さな山も早速下山し、家の近くに戻った。
と、そこで以前見た浴衣の店の前を通りかかって、気付いた。
ああ、僕のいいなって思ってた浴衣、予約されちゃってるよ。
できたら彼女に着てほしかったんだけど、それは欲張りかな。
そう思ったときには、太鼓の音が聞こえてきた。
01 : 15 : 02
それを聞いて、最後に祭の風景で人生を締めくくろうと思った。
祀られよう、とかわけのわからないことを考えていたと思う。
どっちかっていうと罰当たりだし、祟られるが正しそうかな。
でも、今日くらいは許してほしい。人生の卒業式なのだから。
もう、既に小さな子供や親子連れでそこそこ賑わっている。
この辺の祭なんて、まともにはここしかないんだしな。
割と規模自体は大きい方だと思う。色々な出店もある。
ああ、なんだか歩き疲れちゃったな。少し休もうかな。
そうして、そこから祭の風景だけを眺める作業がはじまった。
昔は、こんなふうに父さんと母さんと祭に来たんだっけか。
「疲れた」って父さんを「頑張って」って母さんが言って。
僕が「あれやろうこれやろう」とか、騒ぎまくってたんだ。
何で、こんなときに思い出しちゃうかな。
部屋でならともかく、人の前で泣き出すなんて恥ずかしいよ。
後に残ったお金でかき氷を買って、もう残りは数十円だった。
やっぱり、ブルーハワイが一番好きだ。
00 : 34 : 42
もう、その頃には僕の身体からゆっくりと力が抜けていった。
ああ、死ぬんだなってわかった。痛そうじゃないし、別にいいか。
僕はベンチに座りながら、眠りそうになっていた。寝たらまずい。
ここで寝たら、もう二度と目覚めないだろうなってのも分かった。
僕、割と寝付きいいし。起こされないと起きない。
身体に力を入れようとしても、もうどこにも力は入らなかった。
申し訳ないけど、僕の死体は祭の人たちに回収してもらうかな。
これが原因でこの祭がなくなりませんように、とだけ願ってた。
ああ。
割と悪くない人生だったと、僕は断言できる。後半だけだけど。
スロースターターと言えば聞こえはいいけど、せいぜい七日だ。
それでも、楽しかった。できたら、浴衣姿の彼女が見たかった。
僕は、ゆっくりとまぶたを下ろした。
00 : 09 : 01
と、思いきやまだ僕は生きているらしい。しかも耳元でうるさい。
多分、このやかましさが三途の川を渡れない原因だと僕は思う。
全身に力を入れても上体は起きない。目だけ頑張って開けよう。
「………」
「ああ、あなた。まだ、生きてた。死んだかと思ってた」
後頭部が温かい。それに僕の顔が濡れてる。涙?恐らくそうだ。
視線を揺らすと、彼女は浴衣を着て、しかも泥だらけであった。
下駄は履いてないし、というか何も履いてない。裸足だったか。
「携帯。持っててって言ったでしょう。何をしてるのよ」
「ああ、ごめん。…ええと、学校は、楽しかったかな?」
「ええ。楽しかった。あなたが、そうしたんでしょう?」
「よかった。これで留年せずに済むよ。後は頑張って。
僕ができることは、全部やったよ。人生、やりきった」
00 : 07 : 59
「少なくとも、君に出会えなきゃ、僕は自殺してたし。
人生楽しめるチャンスをくれてありがとう。感謝だ。
人を生かすゲーム。略して、人生ゲームのチャンスに」
「………」
「泣かないでよ。僕までも泣きそうになるんだからさ。
あ。それに、君の浴衣、僕がいいなって思ってたやつ」
「そうよ。そう。さっきまで店で着付けをしていたのよ」
「ああ、そっか。学校で話してたのかな、とか思ってた」
「いいえ。すぐに用事に向かってた。時間を作るため。
あなたに、この浴衣を自慢してやろうと思ってたから」
「そっか。よく似合ってる。あ、もう、そろそろやばい」
「ねえ。あなたに、最後に聞きたいことがあるんだけど」
00 : 03 : 32
「何かな。僕が答えられる範囲の事なら、何でもいいよ」
「一つ。あなたは余命を七日間にしてよかったと思う?」
「うん。思う。じゃなきゃ、君に膝枕してもらえてない」
「二つ。あなたは、人生を全うできたって言えるかしら」
「…できた、とは思う。けど…どうだろ。僕は、人生を」
「三つ。あなたは、わたしのこと、好きだって言える?」
「それは、言える。僕は君の事が好きだ。でもお別れ。
二つ目の答え。どうだろう。全うしたとは思うんだ。
でも、もう少しだけ生きたかったな、なんて思うんだ」
「それは、どうして?」
「だって、人生の楽しみ方を知ったんだ。君と一緒に。
喜怒哀楽して、一つ一つに目を向けて。楽しんでさ。
もっと、君から色々な事が聞きたいし、知りたかった」
00 : 01 : 58
「もっと君の隣に居たかった。欲を言えば、ずっと。
祭も楽しみたかったし、普通にデートもしたいな。
ああ、僕は。ごめん。やっぱり、何も全うしてない」
涙が零れた。意識すら、僕は定かではなかった。
彼女の声も震えている。ずっと僕の目を見てる。
「でも、ありがとう。僕、幸せにゲームクリアだよ。
幸せな人生だったなら、それはクリアでいいだろ。
もう少し生きたかった。そう思える人生になったよ」
「これが、最後の質問。わたしと一緒に居てくれる?」
うん。そう答えようとしても、もう、声も出せない。
頷くだけの力も残ってない。どうしようもないな僕。
最後の最後くらい、かっこつけないとダメなのに。
最後の力を振り絞って。いや、もう残ってないけれど。
彼女はそっと僕の手を握って、僕の言葉を待っていた。
たった一言、僕は言うだけでいい。ああ、口が動いた。
「僕は―――」
00 : 00 : 02
「君と、ずっと、一緒にいるよ」
00 : 00 : 00
-- : -- : --
168 : 00 : 00
「わたし、聞いたから。絶対、もう、離れないから」
彼女が笑って、けれど、泣きながら僕に叫んでいる。
意識もはっきりとしている。上体も起こせる。何故?
僕は確かに死んだような感覚があった。それなのに。
「わたし、最初に言ったでしょう。わたしの能力を」
余命を七日間にする能力。そのはずだ。余命を七日。
なら、彼女は七日未満の余命を強制的に七日にした。
彼女は最後に僕の手を握った。あれこそがそうだと?
「君は、祖父を殺した。そう言ってたはずだろう?」
「殺した。祖父の余命を七日にしてから、殺した。
おかげで全員に看取られて死ぬことができたの。
祖父はそれに感謝して、わたしに家を譲り渡した」
「君が黒い手帳に書いてた名前。あれは何の名前?」
「見たの。あれは、わたしの手を握った人の名前。
死にたいって言ってる人が手を握りに来るのよ。
でも、皆、人生の価値に気付いて生を願いだすの」
「けど、人々の本来の寿命は、決して返せはしないの。
でも、返すのではなく再設定することならできるのよ」
つまり、彼女は元々僕を殺す気なんてなかったのか。
死にたいと僕が願ったから、生の価値を気付かせる為に。
僕が自殺をしないように、彼女は僕に最終手段を取った。
彼女は自らを殺して、頭のおかしなふりをして、僕らに。
「一週間に一回握り直して、契約更新。余命は七日よ。
それでも、皆はとっても嬉しそうにわたしに礼を言う」
彼女が言っていた、感覚についてのコメントだってそうだ。
「皆そう言う」と言っていたはずなのに、殺したのは一人。
彼女が毎日出かけていたのも、契約更新の日のずれからか。
彼女に触れて怒ったのは、死の時間を計算していたから、か。
その時間までに契約を更新しては、生の価値を誤認するから。
「でも殺人は殺人よ。わたしは祖父を殺したんだもの。
神様が設定した寿命を歪曲させて、わたしは殺したの」
「余命を七日間伸ばして。祖父を幸せにして、殺したと」
「そう。ああ、あなたに語った色々な事は受け売りよ。
会いに来る人たちから人生観を話してもらってるの。
そうしたら、他の人も人生楽しめるんじゃないかって」
本当に、人を幸せにする、とんでもない殺人犯だな。
ああ。僕は生きてる。それが幸せでたまらなかった。
僕はまた、君の隣にいられる。
「噂がたっても、あなただけは、わたしの隣にいてくれた」
「僕はあの時、やさぐれてたから。あとは下心があったし」
「もう、わたしから離れられないわよ。生きたかったら。
わたしを嫌いになっても、好きな女の人ができたって。
ずっと、ずっと、離れられない。あなたは後悔しない?」
「しないよ。僕が好きなのは、君だけだし。後にも先にも」
「ああ、あの時死ねばよかったなんて思うかもしれない。
そんなときが、いつか来るかもしれない。ごめんなさい」
「来ないよ。僕は、君の隣に居られるだけで幸せだから。
それに、過去の僕は死んだ。生きてるのは新しい僕だ。
となると、もう一度告白しなくちゃいけなくなるんだよ」
「ふふふ。そう。そうです。告白してください。よろしく」
「僕は、ずっと、君と一緒に居たいな。居させてください」
「よろしくお願いします。わたしも、あなたが、好きです」
残ることと言えば、彼女の家のことだったりがそこにある。
怖がってるなら、僕が右手を握りながら家を訪ねてみよう。
時間はある。埋まらない溝なんてないはずなんだ。きっと。
僕も親孝行しなくちゃ。いい大学行って、楽させよう。
それにしても、彼女はあの一瞬でよく好きな浴衣を覚えたな。
愛の深さが成せる技なのか。それはちょっと自意識過剰かな。
何にせよ、僕は死んで生まれ変わったんだ。あがりは無しだ。
つまり、人生ゲームは再スタートということになる。
彼女が普通に右手で顔をかいている辺り、自分には通用しないか。
となれば、僕も彼女もいつまでも生きてるってことはないらしい。
でも、それが人生だ。僕は一生を彼女の隣で過ごす。それでいい。
「そろそろ泣き止んで、はじめてのデートに行こうよ」
「うん。ありがとう。花火も夜店も楽しみ。超楽しみ」
少なからず、今後も色々あるだろう。けど、僕らなら大丈夫だ。
人生の楽しみ方も知ったし、彼女もいる。さ、エンディングだ。
「ずっと、ずっと。隣にいてよ。これは、約束だから」
彼女は笑った。
おわり
「人生ゲーム」は以上です。
読んで頂いた方、ありがとうございました。
後日補足修正を行う為しばらく放置します。
修正です。
>>14
× テストを終えてから短縮授業だ。帰宅している頃合いだろう。
○ 小テストを終えてから短縮授業だ。帰宅してる頃合いだろう。
>>81-82
>>81-82 の間に以下の二レスを差し込んで脳内修正お願いします。
必要な情報の数が不適当でした。大変申し訳ございませんでした。
>>2 >>28
レスの最後に一行の改行を加えておりませんでした。
そちらの方も脳内修正してだったりをお願いします。
確かに、あの時の僕は自殺するなと言われてもしてたろうな。
彼女の判断は間違っていなかった。人を見る目あるよ。
そんな泥だらけになってまでも探しに来てくれたのか。
何だか申し訳ない。せっかくよく似合う浴衣なのにな。
「君のその能力って、いつから? 生後でもないでしょ」
「祖父の病床でこうなったみたい。教えてくれたのよ。
余命を再設定した時、分かっちゃったらしいんだって」
「君が家を貰った理由、なんとなく分かっちゃったかも」
祖父は、彼女の両親がこうなるって分かってたのかもしれない。
だからこそ、彼女の最後の居場所としての家を与えたんだろう。
あれだけ母親が発狂していれば、噂聞いた人が握りに来るよな。
「手帳は、その人が居なくなった時に探す用のメモかな」
「鋭いじゃない。遅く帰った夜もずっと探しまわった。
結局ただの用事でよかった。わたしが死にそうだった」
「僕。本当に死ぬと思ってた。でも、余命戻ってよかったよ」
「戻った、とは違うかしら。ふらっと湧いて出た余命かな。
じゃなきゃ、余命もない祖父を救えたりしないじゃない?」
それもそうか。さながらどこかの泉の如く湧きだす余命怖いな。
でも、その逆なら。彼女が余命を誰かに渡してるんじゃないか?
「君の」
「もしわたしの余命なら、とっくに死んでるくらいは握った」
僕の言いたいことって、そんなに見透かしやすいんだろうか?
こう考えよう。以心伝心してるんだと。何か気持ち悪いな僕。
聞きたいこと。聞きたいこと。ああ、もう一つしかないかな。
「何で僕なんかを好きになっちゃったの。なってくれたの?」
「そんなの、決まってる。言う。ちょっと恥ずかしいけれど」
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