凛「ふーん、アンタが私のサーヴァント?」 (669)


日菜子「むふふ…」

凛「ま、まあ…悪くないかな? うん…」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1378473381


※モバマスでFateのパロディSSです。Fate側のキャラクターは出てきません。聖杯戦争の設定だけ拝借し改編しています

※キャラ崩壊、細かいことは気にしない人向け

※Fate本編、Hollow、Zero原作、プリヤ原作などは目を通しています。EXTRA、CCCは未プレイ。

※ゆっくり進行していきます


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渋谷凛(15)

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喜多日菜子(15)


《ここではないところ》にある世界

?そこではトップアイドルの称号を賭け、七組のアイドルとサーヴァントたちの闘争が幾度となく繰り広げられていた。

願いを叶える万能の釜、輝く世界の魔法たるシンデレラ聖杯を巡る争い

?――通称、正妻戦争

?なぜトップアイドルを目指すこの争いが正妻戦争という名を冠するのか

?それは【アイドルマスターシンデレラガールズ】というゲームが、結局はプロデューサーの正妻の座を奪い合う死闘であるからに他ならないだろう……


【Prologue】

日菜子「むふふ…なるほど、日菜子は正妻戦争に召喚されたんですねぇ……」

?凛「えーと、……アンタが私のサーヴァントで、……合ってるんだよね?」

日菜子「一応そうみたいですねぇ……、魔力のパスが通っているのを感じます。貴方はどうですか、むふふ…」


私のサーヴァントであるらしい、その少女。

胡乱な瞳、だらしなく垂れ下がった目元、薄気味悪くつり上がった口角、底の知れない深みのある微笑。

背は私よりも低く、肉付きもそれほど良いとは思えない。

運動部にはまずいるようなタイプではないし、文化部にいても浮いてしまいそうな独特の雰囲気がある。


どこにでもいそうな女の子ではない。それは確かだ。

だが、少なくとも常軌を逸した存在であるようには到底思えない。


――はっきり言ってしまえば、弱そう。


戦いなんてまず向いてない。

見た目だけで判断すれば、うちの愛犬ハナコにだって負けてしまいそうだ。



……だけど、確かに感じる。

彼女と繋がっているという魔力のパスから、怖いくらい伝わってくる。

正妻戦争に召喚されるサーヴァント、かつて実在した伝説的なアイドルとしての、圧倒的な存在感を――


凛「……うん、確かにパスは通ってる。アンタが結構スゴイ存在なのも伝わってくる。……当たりを引いたみたいでホッとしたよ」

日菜子「おや、もう当たりだと判断してしまうのですか? むふふ…妄想するにしても材料なしでは片手落ちですねえ…」

凛「むっ、……なに、アンタもしかして弱いの?」

日菜子「むふふ…それは貴方がこれから妄想…もとい、判断することですよぉ…。日菜子はただ、そのための材料を提示するまでです」

凛「材料…?」

日菜子「そうです、……マスターであるのなら、日菜子のステータスを確認できるはずですからねえ、むふふ…」

凛「あ、そっか。そういう仕組みになってるんだっけ」

凛「……あのさ、でもその前に」

日菜子「はい、何でしょうか?」

ふわふわぽわぽわしていて、どこか掴みどころのないそのサーヴァントに、私は右手を差し出す。

差しだされた側は、私が何をしようとしているのか、自分が何を要求されているのかわからないらしく、きょとんとした顔をしている。

……その無垢で純朴な様子は、ちょっと可愛いかもしれなかった。さすが、伝説のアイドル。



凛「……自己紹介、忘れてたから」

そう告げた瞬間、驚いたように瞳が見開かれる。

……このような扱いを受けるとは、彼女は予想していなかったのだろうか?


この子はサーヴァント……つまり奴隷で、私がマスター……つまりはご主人サマ。

正妻戦争の仕組み的には、どうやらそういうことになっているらしい。

――そんなこと、知ったことではない。

短い間とはいえ、お互いの命を預け、お互いの信念を支え合っていくのだ。

例え相手が自分より強大な存在であろうとも、……いや、相手が格上であるからこそ。

私は見栄を張ってでも、彼女とは対等な立場で付き合っていきたい。


こういうことは、ファーストインプレッションが一番大事なんだ。

……先ほどはつい、驚きのあまり、プロデューサーと出逢った頃のような第一声を放ってしまったが。

まだ挽回は充分できるだろう。……できると信じたい。


そんな私の思いを知ってか知らずか、初めはおずおずと、やがて確かな意思の籠った動作で、

……やはり私よりも華奢でほっそりとした手を、彼女は重ねてきてくれた。



ーー思わず、笑みがこぼれる。

大丈夫、やっぱり全然悪くない。ぶっちゃけ大当たりだ。

このサーヴァント、この少女となら、きっと背中を預けて戦っていける。


凛「……私の名前は渋谷凛。趣味は犬の散歩。職業はアイドル。目標はトップアイドル。……今日からパートナーとしてよろしくね?」

日菜子「……喜多日菜子です。クラスはアーチャー。趣味は妄想、特技も妄想。目標は、……むふふ、素敵な王子様を探すことです」



ーーこうして、私の正妻戦争は幕を開けた。

それは、決して忘れられない七日間

血も涙もないシンデレラストーリー

妄想好きの奇妙な少女と駆け抜けた、輝く世界の魔法へと続く道


【Interlude】?

日菜子「むふふ…紳士的ですねえ凛さんは。日菜子、とっても気に入っちゃいましたよぉ…」

凛「紳士って……私は女の子だよ?」

日菜子「女の子でも紳士な人はいますよぉ…、王子様だっていてもおかしくはないですよぉ…むふふ…」

確かに女性アイドルの中には王子様キャラでカッコいい路線を行き、同性相手に相当な人気を誇っているような存在もいなくはないが……。

凛「え、……もしかして日菜子はソッチの趣味の人、なの?」

日菜子「むふふ…どうでしょうか…日菜子は性別よりも、魂の輝きの強さに惹かれますので…」


凛「魂の、輝き?」

日菜子「そうですよぉ…、何かを貫き通そうとする情熱や、何事にも揺さぶらされない屈強な意志。そういった人の想いが、日菜子は大好きなんです、むふふ…」

凛「うーん、わかるようなわからないような。……人は外見じゃなく中身ってこと?」

日菜子「あまりこういった安直な言葉は使いたくないのですが、要は魂がイケメンであれば良いということです…」

凛「た、魂がイケメン…な、なるほど…?」

日菜子「むふふ…凛さんの魂は中々のイケメンのようですねぇ…妄想が捗ります…むふふ…」

凛「そ、そっか、それはどうも…ありがとう」

日菜子「むふふ…楽しみですねぇ…これからの凛さんとの毎日…むふふ…むふふふふ……」


……何か、正妻戦争以前に早速、私の貞操がピンチな気がしなくもない。

にやにやと笑い続ける少女に、そこはかとない不安を抱きながらも、来るべき戦いの前夜は静かに更けていったのだった。


ひとまずここまでです

長い戦いになりそう…(遠い目


【DAY 1】


おはようございます! 島村卯月です!

念願のアイドルになれてから、しばらく時間も経って、最近はお仕事もレッスンも中々順調です!

月に1マスや2マスしか予定が埋まらなかった頃が嘘のようで、毎日とっても充実しています!

精一杯頑張ってきた成果がきちんと結果に繋がってくれているみたいで、ますますやる気がみなぎってきてしまいます!

事務所の社員さんやアイドルの先輩もとっても優しくて、素敵なお友達もいっぱいできたし、こんなに普通の私が何だか普通じゃない人生を送っているようで、何だか不思議な気分です。



普通じゃないと言えば、今朝起きたときに気付いたんですけど、私の左の手のひらに小さな痣のようなものができちゃってました!

初めは、寝ている間にどこかにぶつけちゃったのかなって思っていたんですけど、……でも特に痛くもないし、事務所に向かう時間が来ちゃったのでそのまま放置中です。

今もまだ痣は引いてないですけど、やっぱり痛くないです。これなら、病院に行く必要もない、かな?



まだ人の少ない事務所、事務員のちひろさんに挨拶をしてから、ソファに座ってほうっと一息をついてみます。

今日も一日、私に出来ることを精一杯頑張ろう!

そんな風に、心のなかで気合いを入れていた時でした。


「おいーす! おっはよ~しまむー!」


後ろから軽く肩に手をぽんと乗せ、元気な声で挨拶をしてくれたのは、……振り返らなくてもわかります、これは間違いなく私の大好きな親友です!



卯月「おはよう未央ちゃん! 未央ちゃんも今日は早いんだね?」

未央「うむ、しまむーこそこんなに朝早くから事務所にいるとは……まことに大義であるぞ!」


本田未央ちゃん。明るくていつも元気一杯、ちょっぴりいじわるだけど、そんなところもまた愛しい私の大事なお友達。

アイドルとしてはライバル…なんだけど、同じユニットでお仕事もするし、どちらかと言えば『仲間』って意識の方が強いですね。


卯月「えへへっ、そうかな? でも…やっぱりお仕事の前に一回事務所に顔を出しておきたくって」

未央「お、しまむーはこれからお仕事? いやぁさっすがだね、お忙しいですなあ……しぶりんにもそのうち追い付いちゃうんじゃないの?」

卯月「そ、それはどうかなぁ…? 凛ちゃんの最近の勢いって、何かひと味もふた味も違う気がするもん」


渋谷凛ちゃん、真っ直ぐでかっこよくて、そっけないけど優しくて、抱き締めたくなるくらいすっごく可愛い、私のもう一人の親友です。

凛ちゃんは今、人気急上昇中のイチオシアイドルってことで、事務所のみなさんも張り切って売りだしてます!

すごいなあ凛ちゃん、私も負けないよう頑張らないと……。


未央「まあねぇ……しぶりんはニュージェネだけじゃなくてトラプリの方のお仕事もあるし、忙しそうにしてるよねぇ……」


ニュージェネというのは、凛ちゃん、未央ちゃん、そして私、島村卯月によるユニット、ニュージェネレーションズのことです!

事務所の中でも最初期メンバーで組んでいて、凛ちゃんは未央ちゃんと仲良くなるきっかけをくれた、私の大切な居場所……だと思っています。


トラプリというのは、トライアドプリムスのことですね。凛ちゃんと北条加蓮ちゃん、神谷奈緒ちゃんの二人が組んで、同じくユニットを組んでいます。

ユニットのコンセプトとしては『クールでカッコいい系』らしいので、……そうなると確かに私や未央ちゃんはお役ゴメンなのかなって、ちょっと残念にも思ったり。


最近ではニュージェネよりもトラプリの方が活躍の場をを広げてしまっているので、私や未央ちゃんが凛ちゃんと一緒にいる時間も減ってしまいました。

ちょっぴり、……いえ、正直かなり淋しいです。

だけどニュージェネも解散した訳ではないですし、凛ちゃんはトラプリもニュージェネも大切にしたいとも言ってくれています。


つまり、私は私で出来ることを頑張る! これしかない!

もっと頑張って、凛ちゃんに追い付いて、もしかしたら追い抜いて……。


そうしたらきっと、……もっと大勢のファンの方を笑顔にできる力をこの手に掴めるって、私は信じています。


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島村卯月(17)


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本田未央(15)


卯月「それで、未央ちゃんはどうしてこんなに朝早くから?」

未央「私は自主練、お仕事は午後からなんだ。せっかく学校が休みだし、時間がもったいないもんね!」

卯月「なるほど、頑張ってるんだね! さっすが未央ちゃん!」

未央「へへっ、私もいつまでもしまむーやしぶりんに置いてけぼりにされているつもりじゃないからね! 油断してたら、すぐ追い抜いちゃうからね!」


未央ちゃんの弾けるような笑顔に、私もついつられて頬が緩んでしまいます。

やっぱり未央ちゃんはスゴイです!

こうしてお話をしているだけで、ちょっとだけ心の中にあった不安が見事なまでに吹き飛ばされてしましました。


……うん、そうだ。凛ちゃんだけじゃない、未央ちゃんにだって負けない!

私は私らしく、頑張って、頑張って、頑張り抜いて、……二人の親友として恥ずかしくないところをみせないと、ですね!


未央「それじゃ、私はそろそろレッスン場に向かうとするとしますかな。……じゃあねしまむー、また今度! お仕事頑張ってね!」

卯月「はーい、行ってらっしゃーい♪」


元気いっぱいで走り出していく未央ちゃん、ふりふりと手を振ってその姿を見送っていると、入れ替わるようにしてプロデューサーさんが事務所にやってきました。

未央ちゃんったら、勢い余ってプロデューサーさんにぶつかりそうになっちゃって、……ちょっと張り切りすぎだよ、何だか危なっかしいかも?



モバP「――そっか、じゃあ頑張って来い未央。自主錬も良いが、ちゃんとレッスンや午後の仕事のための体力はとっとくんだぞ?」

未央「もう、それくらいわかってるって! 未央ちゃんはちゃんと自己管理が出来る子なのです! ……じゃあ、またねプロデューサー!」


プロデューサーさんが改めて、レッスン場へ向かう未央ちゃんを見送って、そして私の方へと向かってきます。

プロデューサーさんは、私がアイドル候補生だった頃からずっと担当してくださっている方です。

とっても優しくて、何だって笑顔でこなしちゃって、……そのせいというか、おかげというか、いつも忙しそうにしています。

お仕事をバリバリこなしちゃう姿もカッコいいとは思うんですけど、たまにはちょっと休んで欲しいかも…?

まあ、……ついつい頑張り過ぎてしまう私がこう思っても、説得力はないような気もしますけど。


モバP「おはよう卯月。ごめん、待たせちゃったか?」

卯月「いえ、私も今来たばっかりです! ……じゃあ、今日もお仕事よろしくお願いしますね?」


ソファから立ち上がって、すっと一息。

朝の事務所の空気はひんやりしていて、すっかり眠気を覚ましてくれます。


さあ、今日もお仕事にレッスンに、やることはいっぱいだ。

後悔だけはしないように、……精一杯頑張って行こう!


……と言う訳で、あっという間に夕方になってしましました。


お仕事は何とか無事に終わって、プロデューサーさんと一緒に事務所に戻ってきた時のことです。

事務所のソファにはトライアドプリムスの三人が居て、その中でも真っ先に凛ちゃんが私たちに気付いてくれました!


凛「あ、卯月! ……プロデューサーと、一緒だったんだ」

卯月「うん、今日はちょっと難しいお仕事だったから、一緒に居てもらってアドバイスをしてもらってたんだ!」


ホントは一人でも何とかならなくはなかったとは思うんですけど。

……でも、ちゃんとプロデューサーさんに見てもらっていれば万全バッチリ憂いなし、ですからね!


凛「そっか、……お仕事は上手くいった?」

卯月「うん、バッチリ!」ドヤッ

凛「……ふふっ、そっか。やるじゃん、プロデューサー?」

モバP「おう、ありがと。いやあ、凛に褒められるとやる気でるなあ~!」

凛「な、何言ってるの、もう…バカっ」


卯月「あれっ!? わ、私は褒めてくれないの凛ちゃん?」

凛「卯月は褒めなくても頑張るから別に良い…かな?」

卯月「ひ、ひどい…確かにそうだけどー!」

モバP「俺がさっき散々褒めてやったからもう良いだろ、卯月?」

加蓮「あ、なにそれ羨ましい。さらに凛からも褒められたいって、卯月って実はけっこう…欲張り?」

卯月「え、ええっ!? そ、そんなことないよ加蓮ちゃん!」


北条加蓮ちゃんは、ネイルとヘアスタイルとアイドル活動に静かな情熱を燃やすクールな女の子。

アイドルになりたての頃は、その…あまりやる気がなかったみたいなんですけど、今はお仕事でもプライベートでもすっごくキラキラ輝いています!

……人って変わるモノなんだ、変われるモノなんだって、私は加蓮ちゃんの頑張る姿に教えて貰ったような気持ちがしています。


加蓮「プロデューサー、……今日は私も卯月に負けないよう頑張るからさ、お仕事終わったらきちんと褒めてよね?」

モバP「俺は褒めるべき時はきちんと褒めてるつもりだぞ。叱るべき時もそうだけどな?」

加蓮「もうっ、それはわかってるけど、……でも、そういうことじゃないんだよ?」

モバP「どういうことだよ……、謎かけか何か?」

凛「……プロデューサー、私が言うのも何だけど……いや、やっぱり何でもない」

卯月「あ、あはは~」


……加蓮ちゃんは、もしかしたらプロデューサーさんのことが好きなのかもしれません。

何と言うか、恋する乙女特有のオーラみたいなものが出ているような気がしてならないです。


私はというと、その…素直に応援してあげたいような、でもちょっとそうしたくないような、……正直よくわかりません。


――凛ちゃんは、どうなのかな?

凛ちゃんも、その…プロデューサーさんのことすっごく信頼しているし、加蓮ちゃんといる時間も多いから、気付いてないはずはないと思うんですけど……。


奈緒「あー、ちょっといいかモバPさん。その…今日の仕事のことなんだけどさ?」

モバP「おう、どうした奈緒?」


おずおずと話に割って入って来たのは、トラプリの最後の一人にして最も気苦労が絶えない神谷奈緒ちゃんです。


……気苦労が絶えない理由ですか? 

それは……奈緒ちゃんと一緒にいるとわかりますけど、ついついからかいたくなっちゃうんですよね。

それで、その反応もまたとびきり可愛くて、もっとからかってみたくなっちゃうというか。

……まあ、そんな感じで凛ちゃんと加蓮ちゃんはよく奈緒ちゃんを可愛がっています。

三人の中では奈緒ちゃんが一番年上のはずなんですが、……というか私もニュージェネでは一番年上ですけど、あんまり年上らしい扱いって受けたことないような?

うぅ…別に年齢にこだわる訳ではないんですけど、もうちょっと頑張って、オトナな扱いを受けるような女の人になってみたいところです。


奈緒「あーその、今日の仕事な? ……今ちょっと、加蓮が体調悪そうにしてたからさ。どうしようかなって、三人で相談してて」

加蓮「もう、相談ってなに? 私はこんなの何でもないって言ってるじゃん」

凛「そうは見えなかったけど、……かなり苦しそうにしてたし」

加蓮「大げさだよ、私が身体弱いのはいつものことじゃん」


モバP「……加蓮? 今日の仕事は融通が利くから、無理はしなくても良いんだぞ?」

加蓮「大丈夫、何ともないって。明日にはケロっとしてるよ、ピンピンだよ。……ホントだよ?」

モバP「いまいち信用できないような……」

加蓮「ひどい…、プロデューサーは私のこと、嫌いなんだね?」

モバP「な、なんでそうなるんだよっ!」


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神谷奈緒(17)


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北条加蓮(16)


加蓮「ふふっ…焦っちゃって、でも冗談だよ!」

モバP「止めてくれよ、俺の心臓が止まりそうだわ」

加蓮「大げさだなあ…でも、私はホントに大丈夫だから。ね、ねっ…お願い?」

モバP「……まあ、わかったよ。俺もついていくんだし、いざって時は何とかなるだろうから」

加蓮「やった! えへへっ、さすが私のプロデューサーだね!」

凛「もう…加蓮が一番わがままじゃん。卯月のこと言えないよ」

卯月「だ、だから私はわがままじゃないってばー!」


うぅ…、また凛ちゃんにからかわれてしまいました。

凛ちゃんはいじわるです。未央ちゃんに負けないくらいいじわるだと思います。


でも、和気あいあいとした雰囲気になってくれたのでちょっとホッとしました。

……加蓮ちゃんの体調は心配ですけど、プロデューサーさんが一緒にいてくれれば、どんな時だって安心ですからね!


奈緒「……、……加蓮、やっぱりアタシは…こんなこと…」ボソッ


卯月「ん、どうしたの奈緒ちゃん? 奈緒ちゃんも、何だか元気なさそうだけど?」

奈緒「――なおっ!?」ビクッ


……なおっ? な、奈緒ちゃんの鳴き声かな?


奈緒「あ、ああごめん卯月、……いやちょっとびっくりしちゃって。何でもないって! アハハ…」

卯月「ふーん? まあ、いっか。……あの、奈緒ちゃん? 凛ちゃんと加蓮ちゃんをよろしくね?」

奈緒「へっ? な、なんでアタシにそんなこと言うんだよ?」

卯月「それは、その…ほら、一番年上だから…かな?」

奈緒「年上? ……あー確かに、そうだな。アイツらといると、まったくそんな気しないけど…」

卯月「えへへっ、私もそうだよ。ニュージェネでおんなじ立ち場」


そう言うと、奈緒ちゃんはちょっとだけ目を見張って、それから妙に得心がいったように頷いてくれました。

ふふっ…おんなじ苦労人同士、私と奈緒ちゃんには、何か通じるものがあるようです。


奈緒「そっか、そうだよな。……同じ立場の卯月の頼みだもんな? アタシでよければまかせとけ。アイツらの面倒は、さ?」

卯月「うん、よろしくね奈緒ちゃん!」


加蓮「ほら、奈緒? 何やってんの? 置いてくよ~!」

凛「……加蓮、プロデューサーが来てから急に元気になったよね?」

加蓮「えー、そんなこと…あるかも?」

モバP「マジかよ、俺は特効薬か何かなのか」

加蓮「えへへっ、そうかもねっ」

凛「……はあ、まったく調子良いんだから」



卯月「ほら、早くいかないと…だよ?」

奈緒「おう、じゃあ…またな卯月!」

卯月「うん、――行ってらっしゃい!」


頼りがいのある笑顔を見せてくれた奈緒ちゃんは、プロデューサーさんたちに駆け足で向かっていきます。

追いすがった奈緒ちゃんに、凛ちゃんがまた何かを言って、加蓮ちゃんがそれに便乗して、奈緒ちゃんがむくれながら言い返す。

そうやって、三人はプロデューサーさんを囲って笑い合っていました。


こうしてトライアドプリムスの三人は、この日のお仕事に意気揚々と向かって行ったのです。

思えばこの時が、……トライアドプリムスが揃って、心の底から笑っていられた、最後の瞬間だったのかもしれません。


――こんばんは、島村卯月です!


すっかり夜になってしまいました。

あの後、トライアドプリムスの三人を見送った後、私はレッスン場に移動して、トレーナーさんたちにたっぷりビシバシと鍛えて貰っていました。

レッスンの時間が終わった後は、今朝未央ちゃんが自主練をしていたことを思い出して、私もちょっと残ってやっていくことにしました。

レッスンで上手くいかなかったところを何回もやり直して、ようやく自分で納得のいく出来栄えになってきた頃、ちひろさんがそろそろレッスン場を閉めるからとやってきました。

私ももうヘトヘトに疲れていたので、ちひろさんに待って頂いたことにお礼を言ってすぐにレッスン場を後にしました。



私たちの所属するCGプロダクションは、都内にそれなりに背の高い自社ビルを所有していて、レッスン場も内部に完備しているという中々の豪勢っぷりです。

いくつかのアイドル事務所を吸収合併しながら、ここ数年で急成長をしたそうで、いつのまにか正式に活動しているアイドルだけでも150人以上という大所帯になってしまいました。

おかけで中々みなさんの顔と名前を覚えきれません。失礼のないよう、頑張っていかないといけないとは思うのですが……。



私はCGプロダクションの核となったとある事務所にアイドル候補生として合格し、そこで凛ちゃんや未央ちゃんと、少し後に奈緒ちゃんや加蓮ちゃんたちと出逢いました。

私としては、その頃からプロデューサーさんに必死で付いきただけのつもりだったので、いつのまにかスゴイ事務所に所属していていたんだなあ……という感想しかないのですが。


さて、CGプロの事務所を出ると、私は事務所が用意してくれている女子寮へと向かいます。

ホントは私も都内出身なので、実家から通えないこともないんですけど……。

でも本格的にアイドルを目指そうって決めた時に、家族といると甘えちゃうかなって思って、涙を飲んで女子寮生活を選びました!

通っている高校も実家より女子寮の方が近いこともありますし、うちの女子寮はお金もかからないので、まさしく至れり尽くせりです。


……と言いつつも、やっぱり淋しくなってしまうことも多いですけど。

でもその淋しさをバネに日々頑張れているのかなとも思います。


女子寮は事務所から徒歩で迎える距離にあるのですが、いつもはあまり暗くなってから歩くことはないのでちょっと不安です。

道すがらには都内有数の大きな公園があって、私はその縁をなぞるようにして女子寮へと歩いていきます。


それにしても、夜の公園というのは中々に雰囲気があると思いませんか?

公園そのものは素敵だとは思いますし、日が出ているうちであれば天気が良い時にジョギングなんかもしますけど……

でも、やっぱり夜の公園はちょっと怖いかもです。

特に都内にあるような公園、沢山のビルに囲まれた中でぽっかりと闇が口を開けているようなものは……って、何だか考えていたらますます怖くなってしまいました。


――そうして、疲れた体を引きずるようにして、そそくさと女子寮へ向かうため歩を進めていた時のことです。


卯月「……なんだろう、何か…金属がぶつかるような、音が聞こえる?」


夜の公園、ぽっかりと空いた都会の闇の中から。

何かと、何かが、まるでコーラスのように響き合って合っているような……音が。


その音は、あまり日常で聞くような音ではなくて、……何だか、心の奥底がざわざわとざわめくようで。

でも不思議と、……綺麗な旋律を奏でる楽器の演奏会のようにも思えたのです。


だからでしょうか。……私は、どうしても気になってしまいました。



いつもなら素通りするはずの、その夜の公園に

日常の中にぽっかりと口を開いた闇の中に

私は、吸い込まれるようにして……まるで魔法に誘われるようにして、足を踏み入れて行ってしまったのです。


――戦況は、膠着していた。

この様子だと、誰がどう見たって千日手だ。


片や自身の体躯の優に倍はあろうかという長大な槍を苦もなく振り回し

大小二本の闘剣が獲物に取りつくハイエナのように槍を打ち流していく


一撃一撃が【死】の予感を伴った圧倒的な暴力の奔流。


だけど、その討ち合いの奏でる無骨な音色は、やっぱりどこか美しくて……

武の達人が繰り広げる極上の演武に、あるいは感動、あるいは恐怖のせいで、私の身体はすっかり硬直しきってしまっていた。



――正直のところ、私はこの戦いをまだ心のどこかで舐めていたのかもしれない。

だってそうだろう、……争い合うといっても、サーヴァントだって所詮は元アイドルだ。

せいぜいが牧歌的なキャットファイトを展開するか、さもなければ路上で突発的にLIVEバトルでもして勝敗を決めるものかと。

正妻戦争だなんて間抜けなネーミングも悪い。誰がどう聞いたって下手な冗談にしか聞こえない。

明日また目が覚めた時、プロデューサーだが番組のスタッフだかがドッキリの札を掲げてにやにやしているというのがオチだ



もちろん、そうではないことは頭では分かっていた。知識としては理解はしていた。


……けれど、でも、今こうして。

実際に自分よりも小さな女の子たちが、一歩気を抜けば【死】に直結するその争いを展開するこの瞬間になってようやく。


私は、正妻戦争というものの恐ろしさを肌で実感するに至ったのだった――


七人のマスターが揃いきっていない状態での遭遇戦、舞台は静まりきった夜の公園


相手取るはランサーのサーヴァント。

迎え討つアーチャーのサーヴァント。


アーチャー、私のパートナーである喜多日菜子は、千夜一夜物語の世界から飛び出してきた踊り子のように妖艶な衣装に身を包んでいる。

それが妙にメルヘンでハロウィンな大小二本の、杖のようにもマイクスタンドのようにも見えなくない剣を両手に携え、文字通り華麗な演武を展開してみせたのだ。

しかもまるで、チアガールがするダンスのように元気いっぱいで、フラメンコのように情熱的で、血なまぐさい戦いとは縁遠い感じ。

超インドア派、運動もまったくできなさそうなあの見た目のどこに、これだけのエネルギーとパッションが詰まっていたと言うのか。



そして、ランサー。

お団子のように左右に纏めた髪と、成熟しきっていない子供のような体躯。

身に纏っているのは、おそらくライブ衣装の類なのだろうが、黒とピンクを基調としたデザインがまさしくマンガやアニメで見る小悪魔そのものだった。

ご丁寧に頭からちょこんとした角を生やし、自身の意志で動くかのようにデビリッシュな羽としっぽも兼ね備えている。

こんな状況でなければ、正直お持ち帰りしても毒はないような可愛らしさだ。


……プロデューサーにああいう衣装を提案したら、一体どんな顔をされるだろう。


そんなことをふと思いついて、凝り固まっていた思考がやっとくだらないことを考える余裕を取り戻したことに気付く。


そうだ、……考えなくては!

もうこれ以上ないほどに思い知った、――身体能力では、人間はサーヴァントに遠く及ばない。

あんな歩く【死】の暴風に立ち向かっていけるのは、同じくサーヴァントの位を冠するモノだけだ。


だから、今の私にできるのは考えること。

考えて、考えて、考え抜いて、この膠着した状態から、どうにか抜け出す手立てを見出さなければ……!


ランサーとアーチャーの打ち合いは、一見するとランサーが優勢であるように思える。

……優勢であるかどうかなんて、実は動きが早すぎてよくわからないんだけど、でも……それでも判断できる要素はある。


アーチャーは、――手にした武器を何度も何度もランサーに破壊され、叩き折られ、弾き落とされているのだ。


そうするとアーチャーは丸腰でランサーの相手をしていなくてはおかしいはずなのだが、

……どういう訳か、武器を失った次の瞬間にはまたアーチャーの手に武器が出現している。


戸惑いながらも苛烈に攻め込み続けるランサーを、捉えどころがなくふわふわした雰囲気のまま、アーチャーがくるくる回る独楽のようにいなし続ける。

そんな現実離れした打ち合いを、何合も、何合も、もう数えきれないほど重ね続けている。



……だ、ダメだ、やっぱり私に何かできそうなことなんて全然思いつかない。

震えそうになる身体を必死で抑えつける、せいぜいがそんな惨めな真似しかできない。

私が何か動きを見せようものならすぐ、ランサーのあの三又の槍が私の心臓をまるごと貫き抉り抜く……そんな気がしてしまうのだ。



永劫に続くと思われた剣と槍が響き合う演武の音色は、――しかし突如、ランサーが大きく後退したことで、ようやく収まってくれた。


「むぅ…埒が明かないね。……いくら弾き落としても、次から次へと武器が出てくる。……手品師(マジシャン)のサーヴァントなんていたかな?」


動きを止めつつも、構えを解かないまま、ランサーのサーヴァントは呆れたように口を開いた。

その声色には、やはり見た目相応の幼さが残っているように思える。


「マジシャンはいませんが、魔術師(キャスター)ならいますよぉ…むふふ…」


投げかけに応じるアーチャーは涼しい顔をしている。

私の部屋で妄想に耽っている時の、あのだらしなく緩んだ顔そのまんまだ。


「うひひ、そんな機敏に動けるキャスターがいるっていうなら是非、揉んでみたいけどね……」


ランサーはふいに、それこそアーチャーに通じるように眉尻を下げ、不気味に口角を釣り上げた。

というかこの二人、まったく同じ表情をしている。……もしかして、サーヴァントというのは決まってこうなのだろうか。


「うーん、多分セイバーなんだろうけど……ていうかセイバー以外に剣で槍を捌かれるなんてむぅりぃ~なんですけど……なんちって☆」

「むふふ…そちらはランサーの名にふさわしい尋常ではない槍捌きでした…。随分とアイドルらしからぬ特技をお持ちで…」

「あたし? あたしのこれはただの借り物だよ。《英霊の座》の近くで揉んだどこぞの英霊だか神霊だかの、ね。……影の国の女王とか言ってたかな、あの人」


……か、影の国の女王? な、何だそれは、そんな国があるのか。

ていうか、揉む? 揉んだ? さっきから、ランサーは一体何を言ってるんだろうか。


「なるほど、貴方の真名は非常にわかりやすいですね…あまり妄想する余地もありませんでした…。尤も、あまり隠そうともしてないようですが、むふふ…」

「うひひ、隠したって隠しきれないし、……生きているのなら神様だって揉んでみせる。それがあたしの生き様、だからね!」


……よくわからないが、絶対に共感できない生き様だ。

あとそういうランサー自身はもう死んでいるんじゃないか、とかそういうツッコミは野暮なんだろうか。


とはいえ、どうやらアーチャーはランサーの正体に思い辺りがあるらしい。それは、今夜の一つの収穫だろう。

……ここを無事に切り抜けられれば、の話だが。


「さて、それじゃあ身バレもしちゃったところで、せっかくだからいっちょお披露目でもしておきますかね……」


そう言うと、ランサーは臨戦態勢だった構えを解き、そして信じられないことに……


「槍を、……捨てた?」


驚きのあまり思わず、ぽつりと掠れた声が漏れてしまう。

ランサーの三又の槍は、何気なしに虚空へ投げ捨てられると音もなく消えてしまった。

サーヴァントは自身の装備を虚空から自在に取り出す、あるいは仕舞うことができるとはいうが……。


「おや、降伏……という訳でもなさそうですね。むふふ…大丈夫なんですかぁ、こちらは手加減できませんよ?」


そしてその自身の装備をいくつ持っているのか底の知れない私のサーヴァントは、ランサーの意図のわからない行動を図るような投げかけをする。


「うひひ、ご心配ありがとう。……でも大丈夫、あたしは、――素手の方が強いから☆」


そして、そう言った瞬間……ランサーの周りの空気が一気にドス黒くなった。


アーチャーが堪らず緩みきった顔を引き締める。

先ほどまではただ暴力的なまでに吹き荒れていた魔力の奔流が、研ぎ澄まされ精練されていくようにしてランサーの両の手に凝縮していく……


まずい、――宝具が来る! 

宝具、サーヴァントが必ず所持しているという、自身を象徴する一線級の輝き。

物質化した奇跡とも呼ばれる最上級の奥の手、……その本領は「真名」を解放する事によって発揮される!


「……正体を隠そうが何をしようが、あたしには揉めばわかっちゃうんだよねえ…!」


不敵に笑うランサー、その両手の宿る魔力の渦は、もはや凝縮されきって今にも臨界点に達しようとしている。

相対するアーチャーは、一歩も動かず、ただ迫りくる嵐の予兆を静かに見つめ、嗅ぎ取っているかのよう。


「……だめ、アーチャー、逃げて…」


激突は必至、――あの魔力の塊が解放されれば、ランサーは苦もなくアーチャーの守りを突破してしまうだろう。

だけど、身体はやっぱり硬直しきって動かない。

思考は濁った泥のようにぐちゃぐちゃしていて、私はただ何もできずに、アーチャーがランサーに敗れるところを見ているしかない。


そう、だからその時、私は……


「――ひっ! わ、わぁああ…!?」


私たちの他に、この戦いを目にしていた者がいたなんて、……まったく気付けずにいたんだ。


――こ、こんばんは! またまた島村卯月です!


よ、夜の公園はやっぱり怖いところでした!!

よくわからないんですけど、その…私よりちょっと年の幼い女の子が二人いて、あの…よくわかんないものを振り回していて、それがぶつかり合って火花がばばーって!?

うぅ…なんだか全然伝わっている気がしません。


……で、でもあの女の子たちが戦っているっていうのはわかりました!

ケンカ、ではないと思います。

私が知っているケンカはもっとこう、とっても平和的で穏やかなものですし、あれはまさしくホンモノの戦いって感じでした!!


それで、一端その戦いが収まって、お団子の女の子の方がが距離を取ったんですけど、そしたら今度は

あの、それで、気付かれないようかなり遠くから見ていたんですけど、その…びっくりして、つい声をあげてしまって。


その後は、一目散に走って逃げてきてしまいました。というか…今もまだ走り続けています…!!

でも方向とかはまったく考えていなかったので、女子寮とは反対方向、事務所の方に逆戻りしてきちゃっていますが、……うぅ。


「だ、ダメだぁ…もうくたくた…」


レッスンと自主練で疲れきった身体に鞭打って、でもそれももう限界です。

振り返ってみても、道の先には誰もいませんでした。

どうやら、うまく逃げ切れたみたいです。

……こんなに頑張って走ったのは久々だな、私もまだまだ頑張れるんだなぁとか、そんなことを考える余裕も戻ってきました。



息を整えて、深呼吸。

落ち着いて、さてこれからどうやって女子寮に戻ろうかと思案していると。


「おいっすそこの美少女。ちょっと失礼しますよ~☆」


――場違いなほど陽気なその声に、私の心臓は壊れてしまうほど大きく脈打ったのでした。

>>56
ちょっとミスったので訂正



――こ、こんばんは! またまた島村卯月です!


よ、夜の公園はやっぱり怖いところでした!!

よくわからないんですけど、その…私よりちょっと年の幼い女の子が二人いて、あの…よくわかんないものを振り回していて、それがぶつかり続けていて火花がばばーっ!って!?

うぅ…なんだか全然伝わっている気がしません。


……で、でもあの女の子たちが戦っているっていうのはわかりました!

ケンカ、ではないと思います。

私が知っているケンカはもっとこう、とっても平和的で穏やかなものですし、あれはまさしくホンモノの戦いって感じでした!!


それで、一端その戦いが収まって、お団子の女の子の方がが距離を取ったんですけど、そしたら今度は急に驚くほど空気が冷たくなって……!

あの、それで、気付かれないようかなり遠くから見ていたんですけど、その…びっくりして、つい声をあげてしまって。


その後は、一目散に走って逃げてきてしまいました。というか…今もまだ走り続けています…!!

でも方向とかはまったく考えていなかったので、女子寮とは反対方向、事務所の方に逆戻りしてきちゃっていますが、……うぅ。


「だ、ダメだぁ…もうくたくた…」


レッスンと自主練で疲れきった身体に鞭打って、でもそれももう限界です。

振り返ってみても、道の先には誰もいませんでした。

どうやら、うまく逃げ切れたみたいです。

……こんなに頑張って走ったのは久々だな、私もまだまだ頑張れるんだなぁとか、そんなことを考える余裕も戻ってきました。


息を整えて、深呼吸。

落ち着いて、さてこれからどうやって女子寮に戻ろうかと思案していると。


「おいっすそこの美少女。ちょっと失礼しますよ~☆」


――場違いなほど陽気なその声に、私の心臓は壊れてしまうほど大きく脈打ったのでした。


「一応、人避けはしたはずなんだけどなあ…。まあ仕方ないか、あの魔術だって借り物だもんね」


どこからともなく聞こえてきた、まだ幼さの残っていて、底抜けに明るい声。

それは、……とても可愛らしくも禍々しい、文字通りの悪魔の羽を広げ、まるで空を滑るかのように目の前へと降り立った少女のモノでした。


「でもまあ、どういう訳だか知らないけど、こうして実際見られちゃった訳だし。……これは、やっちゃってもいいよね?」


……や、やる? やるってアレですか、殺るって書くやつですか!?

不敵に笑うその悪魔の少女は、そう言って両の手をかかげると、わきわきと指を蠢かせ始めました。


「ごめんね? ……目撃者は揉み消せっていうお達しなんだよね、うひひ☆」


――も、揉み消すって、やっぱりそういうことですか!?


「大丈夫、怖がらないで…取って食いはしないよ! ……ただ見たことを忘れちゃうくらい、とおっても素敵な思いをしてもらうだけだから☆]


そ、そんな言葉、到底信頼できるものではありません。

生命の危機と、あとなぜか貞操の危機をビシバシと感じ取った私は、脇目も振らず一目散に反対方向へと走り出したのでした。


「およ、まだ逃げるだけの体力があったの? ……いいよ、おしりも柔らかそうだし、追いかけっこの後でゆっくりほぐしてあげるのも悪くない…」


――おし、おしり!? なななな、なんでおしり!?

な、何だかよくわからないけど、背後には確実にその少女が迫ってきている気配を感じます。

……と、とにかく逃げなきゃ!? そ、そして誰かに助けを呼ばないと……!!


「うひひひひっ☆ わんたーっち!」サワッ

「うひゃあっ――!?」


必死に足を動かして、逃げ続けても、悪魔の羽を持った女の子は苦もなく追い付いてきてしまいます。

そして時折、からかうように、楽しむように、私の身体の色んなところを触ってくるのです。

……そう、触ってくるのです。けっこういやらしい手つきで。

……。

……あれ?


「あああああっ、良いねえ~女の子の身体……やっぱり柔らかくって最高だよぉ~☆」ゾクゾク


――へ、へんたいさんだったー!? 女の子でもへんたいさんっているんだー!?

というか冷静になって考えても、いや冷静に考えなくても何かがおかしい!! そもそも人って空を飛べましたっけ!?


「うひひひっ、ほーらもっと頑張って逃げないと、……あたしに揉まれたらちょっとただじゃ済まないよ?」


…う、ううぅぅう~!! で、でもへんたいさんなら余計に逃げ切らなきゃダメです!

ただ…こ、殺されるだけじゃなくて、その…い、いやらしいこといっぱいされちゃう!!

そ、そんなのされたらアイドルじゃいられなくなっちゃうし、えっちなのはイケナイことだし、そもそも初めての相手は好きな人とじゃなきゃダメだもんってああ何をこんな時に、もう考えが全然まとまりませーん!?


「うーん、っていうか大丈夫? お姉ちゃん、顔色悪くなってきてるよ? そろそろ走るの止めて、休んだ方が良いんじゃない?」

「だ、誰のせいだと…、い、いいから放っておいてくさだーい!?」

「ふーん、そう? まあ辛くなったら言ってよ、あたしはいつでもかまわないからさ、うひひっ☆」サワッ

「――ひゃあ!? ま、またさわっ!?」

「おおぅ、何という柔らかさ…このあたしがおっぱい以外に心動かされるとは……お姉ちゃん、素晴らしいおしりをお持ちで」

「お、おしりのこと言うのは止めて~ちょっと気にしてるのにぃ~!?」


「うーん、でもやっぱ、あんまり頑張りすぎちゃって失神とかされてもなあ……。マグロ相手でもそれはそれでそそるけど…やっぱリアクションも欲しいし」

「ま、マグロっ!? まぐっマグロって!?」


……絶対言葉通りの意味じゃない!!

とにかく末恐ろしい、つ、捕まるわけにはいかないのに…。

で、でももう…ホントに疲れきっちゃって、……だ、だめ、もう頑張れない…かも…


「……よし、決めた。やっぱり今すぐ揉もう、そうしよう☆」


身体のあちこちが軋みを上げ、心が折れそうになった私は、悪魔の羽を持つへんたいさんに首根っこをがっしりと掴まれてしまいました。


「へっ? ――って、わわっ、わあああああ? た、たかっこわっ、怖いいいい!?」

「はいはい騒がない騒がない。大丈夫だって、絶対に落とさないから……お姉ちゃんみたいな極上の女体…大事に扱うに決まってるじゃん☆」


お腹の底にぽっかりと穴が開いてしまったような浮遊感、不快感――

まるで夜空に向かって落ちて行ってしまっているような感覚

みるみるうちに公園の木々が小さくなって、地面が遠くなって……




そうして私は、みるみるうちに近くにあったビルの屋上へと連れ去られてしまったのです。


「ほい、到着っと。……とりあえずここなら邪魔は入らないかな? 人避けのアレするのもめんどいんだよねえ……」


突然の恐怖のフライトは比較的丁寧なランディングを無事に迎え、へんたいさんはまるで大事な積み荷であるかのように私を降ろしてくれました。


「…こ、ここは! う、うちの事務所の屋上だ…」


恐怖に足がすくんで、もう一歩も動けないと思っていたのに、疲れきった身体はビルの内部へと勝手に動き出していました。

事務所の屋上であれば、まだ逃げられる…まだ頑張れる! それに、この時間ならまだ警備員さんだって残っているかもしれない!


「おっと、逃がさないよ――ほいっと」


だけど、降ってわいた希望は、すぐに絶望へと変わってしまいます。

ひゅんっ、と何かが鋭く風を切る音がして、……そして、信じられないことに。

ビルの内部へと繋がる入口のドア、そこにいつのまにか三又の悪魔の槍が突き刺さっていて、決して開かないよう固定されてしまいました。


「うひひっ☆ ホントに活きがいいね、お姉ちゃん? あたし、すっごく気に入っちゃったかも…」


相変わらず陽気な声につられるかのように、ゆっくりと振り返ると、……そこには、緩みきった顔で両手の指をわきわきわきわきと動かすへんたいさんが。


「……やっぱりお姉ちゃんには、ゆっくりじっくりねっとりあたしの指を味わってもらって、元気な声で感想を聞かせて貰わないと…だね?」


――ああ、もうダメかも。

これから私は、あのわきわきと蠢く指に身体中をいじくりまわされて、あんなことやこんなことをされちゃうんだ……。


……でもこれも、もしかしたら因果応報なのかもしれないです。

私も、もしかしたらへんたいさんだったのかもしれないから。

ご、ごめんね凛ちゃん。……愛情表現とか言って、いつも未央ちゃんと一緒になってスリスリして…。


「――うひひひひひひひひひひひひっ☆」ワキワキワキワキ


心の中でそう後悔しているうちにも、――わきわきと蠢く指先は、もう…目の前に……


「うひひっ、やっぱりまずはおっぱいから頂くとしますか☆」


へんたいさんの指は、まず私の胸元へと伸びてきました。

小刻みに蠢き、まるでマッサージ器のように振動しているかのような指先が、ずぷりと音を立てるように沈み込んでしまいます。


「や、やあっ…あっ…んっ、ひぃ…!」ビクッ

「おお、うおお!? た、たまんないよこれは…最高だよ!!」モミモミッ


それは、今まで想像もしたことのないような、異次元の感覚でした。

こそばゆくて、ふわふわとしていて、頭の中に火花が散るように、目の前が真っ白になって……


「はぁあああああああああぁん――!! お姉ちゃんのおっぱいぃぃいい!!!」モミモミモミモミッ

「…あっふわぁ…や、やあ…やらぁ…んっ…」ビクッビクッ


今まで頑張ってきたのが、どうでもよくなりそうなくらい、それは…気持ち良くて…

夜の闇の中に、私の身体がドロドロになって、溶けていってしまうかのようで…


私が、私じゃなくなっちゃいそうで……


だけど、――やだ、嫌だ…やっぱり嫌だ!


……私は、島村卯月です! 

最後まで、諦めないで頑張る、それが、私です!!

だから、私は、こんなところで……!


こんなところで、好きでもない人に、こんなことされて……!

トップアイドルにもなれないで、好き勝手された後に、殺されちゃうなんて……

そんなの、そんなのってないよ…! 絶対に、諦めたくないっ!!

今までずっと、これからだってずっと、私は頑張り続けるて決めてるんだから…!


だから、お願いです。助けて、ください。

どうか、誰か…私の声を聞いてください。


……凛ちゃん、未央ちゃん…プロデューサーさん……だ、誰か…!!



お願いだから、誰か私を助けて――!!





「――その願い、確かに聞き届けました!」




――それは、一瞬の出来事でした。


夜空に浮かぶ、まるで哀れな私をせせら笑っているかのような半分の月

薄情なそれにさえ、助けを求めずにはいられず、伸ばされていた左の手のひら

……そこから、まるで世界を白く塗りつぶすかのような輝く光の渦が溢れだしてきたのです。


「――う、うおっと!? こ、これは…召喚の光…!? お姉ちゃん、マスターだったの!?」


眩い煌めきの中、へんたいさんの驚く声だけがやけにはっきりと聞こえます。


「ちょ、っちょっと待って、そのおっぱいはあたしの……うひゃあああ!!?」


――そして、轟音。

雷が落ち、嵐が吹き荒れ、天地が鳴動する……まるでそういった音を一点に凝縮して、一気に弾けさせたよう


光と音に何もかもが満たされて、本当にこの世界にまだ私はいるのか、それすらもあやふやになってしまいました



そうして、一体どれほどの時間が過ぎたことでしょう。


白い光の渦が止んで、再び夜空に浮かぶ半月が見えてきた頃

……私の目の前には、見たこともない一人の少女が立っていました。



「問いましょう、――あなたが我がマスター殿ですか?」


桜色の意匠をあしらった蒼の袴を身に纏い、竹刀を右手に携えた、ショートカットの似合う小さな女の子。

半分の月を背負ったその影が、凛とした意志の籠ったその瞳が、透きとおるような声で語りかけてきます。


「ま、ますたあ? な、何のことでしょうか…」


……突然の質問に、ただおろおろ戸惑ってしまうだけの私。

女の子は、床にへたりこんでしまったままの私を見かねたのか、空いている左手を私に差しのべてくれました。


ハッとしながらも、差し出されたその手を握ろうと、私も左手を伸ばして……


「あっ、…い、痛い…!」


突然、左手の手のひらに出来ていた痣がズキズキと痛み始めたのです。


「――令呪、確かに確認できました。魔力のパスの繋がりも感じます。……さあマスター殿、手を貸しましょう」


痛む左手を庇うように蹲ってしまった私を、女の子は優しく抱き起こしてくれました。

立ちあがってみると、その女の子は私よりもかなり背が小さいことに気付きます。

一房の髪がぴょこんと頭のてっぺんから飛び出していて、風に揺られるそれはまるで意志があるようにぴこぴこと動いていました。


「さて、マスター殿はお疲れでしょうが、……どうやら早速、一仕事あるようですね」


『ますたあどの』というのは…マスタードの、ですかね?

そんなにおいしそうな名前になった覚えはないのですが…、それとも何か別の意味があるのでしょうか。


正直、身体はもうくったくたに疲れきっていて、思考もろくに回らない状態で、だから私は……


「――あーあ、ホントにサーヴァントを召喚しちゃったよ…。でもね、そのお姉ちゃんはあたしの獲物だからね☆」


今の今まで、私を絶体絶命の大ピンチに陥れていた存在のことすら、忘れてしまいそうになっていました。

目を向けると、へんたいさんはその手に三又の悪魔の槍を携え、まるで品定めをするかのようにぺろりと舌で唇を濡らしています。


……先ほどまでの、あの指先の感触を思い出してしまって、身体がふるふると震えてしまいそうになります。

そんな私を庇ってくれるかのように、袴姿の女の子は前に歩み出て、竹刀を正面に構えました。


「下がっていてください、マスター殿。ひとまず、あの不埒な不届き者を叩きのめします――」


そうして……この夜二度目となる、ホンモノの『戦い』を、私は息の詰まるほど間近で目撃することになったのです――



――アーチャーとランサーの死闘は、予期せぬ目撃者の介入によって打ち切られた。


あの後ランサーは、まさに解き放たんとしていた宝具の使用を即座に中断し、逃げ去って行った目撃者を追走していったのだ。


……それ自体は、かなりの幸運だった言えるだろう。

あのまま戦っていれば、アーチャーは間違いなく大きな痛手を負っていた。


だから不運があったとすれば、目撃者の方。

正妻戦争は秘匿された争いであり、目撃者は基本的に『いないこと』になっている。

いないことに、というよりは……いなくなると言った方が正確だろうか。

口封じのため、何らかの手段で記憶を消すというのが正妻戦争のルールであるらしいが……

……面倒な手順を踏まずに、過激で簡単な手立てを選ぶ者も、いないではないらしい。


「やばい、……ランサーを追わないと! アーチャー、お願い!!」


凝り固まっていた身体に鞭打って、ようやく出せた掠れた声で、私はアーチャーへと懇願する。

ところがアーチャー、頼りがいのある私のパートナーの顔は浮かない。


「……凛さん、お言葉ですが…日菜子は追うべきではないと思います」

「ど、どうして!?」

「今の相手、ランサーを打ち破るには、色々と準備が必要ですから…」


普段にやにやぽやぽやしているアーチャーだからこそ、何の表情もないその状態は際立って異質に思えた。

それだけ、今の相手…ランサーは強敵で、警戒すべき相手だということだろう。

……だけど、私だって引くわけにはいかない、引いてはいけない理由がある!


「そ、そうじゃないの! さっきの声、私知ってた! あれ、あの声はきっと……」

「……お知り合い、ですか?」

「親友、だよ。私の大事な…! だ、だからお願いアーチャー!!」


何にもできない私、ただ必死で訴えかけるしかない、惨めなこの私。

だけど、そんな私の言葉でも……凍りついていたようなアーチャーの表情を、溶かせるだけの熱はあったようだ。


「そういうことなら、……応えてあげない訳にはいきませんねえ…、日菜子にお任せください、むふふ…」


――それから先は、信じられないことの連続だった。


とぼけた顔をした一匹のトナカイが、サンタクロースが乗るようなソリを引いている。

季節外れのサンタクロースの格好をしたアーチャーが、操縦席とでも呼ぶべき場所に座り、トナカイの手綱を繰っている。

私はその後ろ、子供たちのプレゼントを乗せるはずの荷台に身を寄せ、夜風に靡く髪を押さえながら必死に目を凝らしている。


……サンタクロースのソリは、空飛ぶソリだ。

そんなことは、世界中の子供たちが知っている。だから、別に驚くことじゃない。

もちろん、これが平時であれば私も度肝を抜かれ、この世のモノならざる奇跡に感動し、夜空を駆けるロマンチックなドライブに心を躍らせていただろう。


だけど今は、……そんなことよりも、私の親友の無事の方が大事だ。


「凛さん、……ランサーの魔力ですが、あの建物の屋上から感じますよぉ…むふふ…」

「あれは…うちの事務所? ――よし、とにかく向かって!」

「了解ですぅ…全速前進フルスロットルですよぉブリッツェンさん…!!」


ブモオオオオ――!!

とぼけた顔をしたトナカイが、似つかわしくないほど勇壮ないななきで応え、空飛ぶサンタのソリは中空を滑るようにして加速していく――

みるみるうちに事務所のビルが近づいてきて、その屋上の様子が見て取れるようになると……


「――卯月っ!?」


……ランサーがその両の手で、倒れ込んだ卯月を弄んでいるという最悪の光景が飛び込んできた。


「アーチャー!!」

「むふふ…妄想と現実の区別もつかない悪い子はおしおきですよぉ…」


呼び掛けの応えるように、アーチャーが右手を虚空に掲げると、その先に眩い光の粒が集まって行く……

空飛ぶソリを取り出した時と同じ輝き、

妄想を現実のモノにするかのようなアーチャーのとっておき!

その真骨頂が、今まさに発揮されようとしていた――


「……待ってください、凛さん…あれは――」


だがアーチャーが束ねた魔力が形を為し、解き放たれることはなかった

視線の先、ランサーと卯月がいるビルの屋上に、――煌々と輝く光の柱が現れたのだ。


「そ、そんな…! 召喚の光!? ……う、卯月がマスターになったの!?」

「……ふむ、どうやらそのようですねえ…むふふ…」


光の渦が引いた事務所の屋上には、先ほどまではいなかったはずの、袴姿の少女の姿があった。

手綱を引き、空飛ぶソリを急停止させていたアーチャーは、驚きつつもどこか呆れた声音を洩らす。


「目撃者を消そうと襲いかかったランサーに対して、逆に盛大な花火をあげてしまうとは…。凛さんのご親友は、随分と派手好きなお方なんですねえ…」

「……あまり、おもしろくない冗談だねアーチャー?」

「おっと、失礼しました…むふふ…」


そう言ってアーチャーは、いつものにやにや顔を止めて、またあの…冷たく凍りついた表情を私に向けてくる。


「ですが、これからどうするのかは凛さんが考えなくてはいけません…。……貴方のご親友は、確かにマスターになられたのですから」


厳しい言葉は、アーチャーなりに私を想ってくれた証だろう。

そうだ、……信じられないけど、これは決して妄想じゃない。

――島村卯月が、マスターになった。

七人のマスターが競い合う死闘……正妻戦争の、正式な参加者になった。


これが、今の私の目の前で展開されている、受け入れざるを得ない確かな現実なんだ……


――またまたまた、こんばんは…島村卯月です…


す、すいません、何だかもう元気がでなくて…

でも、私がこうしてぼーっとしてしまっているのは、疲れてしまっただけではありません

目の前で繰り広げられる、あまりに人間離れした『戦い』が、とても信じられないからです……


へんたいさんが三又の悪魔の槍を、ほとんど視認できないほどの速さで振り回していて

だけど袴姿の女の子は、それにまったく動じず、むしろ圧倒するかのように応戦しているようです。

……しかも袴姿の女の子の武器は剣道とかで使うあれ…竹刀なんですよ、竹刀! 

竹でできた刀が、金属でできている(多分)へんたいさんの槍とぶつかって、文字通り火花が散っている理屈が私にはまったくわかりません。


「――うひゃああ、やるねぇやるねぇ☆ これぞまさしくセイバーって感じだよ!!」

「……それはどうも。ですが、貴方と仲良くおしゃべりするつもりは、ありませんよランサー?」


陽気な声で軽口を叩くへんたいさんですが、『せいばあ』と呼ばれた袴姿の女の子は攻撃の手を緩めません。

小さいながらもどっしりとした構え、それでいて軽やかなステップ、そして流れるような竹刀の連撃。

……こんな状況でなければ手放しで絶賛したくなるような、本当に素敵なダンスを見ているかようです…!

す、すごい…『せいばあ』ちゃんカッコいい…!


「わっ、わっ! ちょ、ちょっと待ってタンマタンマ…!!」

「懲りもせず戯言を…せいやっ!!」


気合いの入った声と共に『せいばあ』ちゃんは一歩を踏み出し、竹刀の切っ先を掬いあげるようにして振り抜きます。

へんたいさんは何とかその一撃を受け止めようとしましたが、槍をしっかり持ち続けることができず、どこかへ弾き飛ばされてしまいました。


「おっと…こりゃやばいやばい…」

「逃がしませんよ、いざっ!!」


堪らずへんたいさんは大きく後退し、しかしその隙を逃すまいと『せいばあ』ちゃんがさらに大きく前進します。

ところが、へんたいさんは悪魔のしっぽの先から、…それこそマンガやアニメで見るようなビームを発射したのです!


間一髪、すんでのところでビームを避けた『せいばあ』ちゃんですが、その間にへんたいさんは充分な距離を取ることに成功してしまいました……


「……小癪な、まさしくその悪魔のような見た目に相応しい卑怯な戦法です」

「うひひっ☆ まあそう言わないでよ、……これが、あたしの本来のスタイルなんだからさ」


そう言って、へんたいさんは両手の指先をわきわきと蠢かし……

――夜の公園で感じた時と同じように、あっという間に、空気が凍てつくように冷たくなってしまったのです。


「――宝具!」

「うひひっ、あのね…大きさじゃないんだよ?」ワキワキ

「くっ…させません!!」


刺突の構え、弾丸のような勢いでへんたいさんに突進する『せいばあ』ちゃん!

……しかし再び飛んできたしっぽビームに一瞬だけその軌道を逸らしてしまいます。


「もうお遅い……行くよ、――《ゲイ・モムグ(揉み解す☆師匠の槍)》!!!」


そしてへんたいさんが何か呪文のような言葉を唱えた瞬間――

――へんたいさんの両腕が、まるで槍のように伸び『せいばあ』ちゃんの胸元に襲いかかったのです…!


一瞬の閃光、――捻じれ曲がった軌道で迸る二本の槍

そして、ピタリと時間の止まってしまったような、気味の悪い静寂……


「……お前は既に、揉んでいる」


それを打ち破ったのは、どこかで聞いたことのあるようなへんたいさんの台詞でした。


「くっ――!!」


うめき声をあげ、『せいばあ』ちゃんが片膝をついてしまいます。

苦悶の表情、上気した肌、潤んだ瞳、……お前は既に、揉んでいる?

……あ、あれ、何かあのリアクションものすごーく身に覚えがあるような?


「ひ、卑猥な…このような宝具に…屈することなどありませんよ…!」


そう言って、少しだけふらつきながらも『せいばあ』ちゃんは立ちあがってみせたのです。

これにあっと驚いた表情をしたのは、名残惜しむように指をわきわきさせていたへんたいさんでした。


「……立ちあがった? このあたしが、揉みきれていない…だと!? ……つるぺたゆえに掴みどころが無かったか!」

「つ、つるぺた言うな! 大器晩成型なんですよっ!!」

「ううーん? それはどうかねえ…あたしが揉んだ感じ、もう成長の余地はあまりない感じだったけど…」

「な、何をっ!! いけしゃあしゃあとデタラメを!!」

「デタラメじゃないってば、……まあ成長するしないなんて、サーヴァントなんだから関係ないけどね☆」

「ぐ、ぐぬぬ…」


な、何だか今度は言い争いが始まってしまいました……。

クールだった相貌を真っ赤に染めてわめくような『せいばあ』ちゃん。

一方で、へんたいさんの顔色は陽気な声に反して曇ってしまっています。


「……まあ、良いや。半端とはいえ一撃は入れたし…セイバーちゃんの情報は読み取れたからね☆」

「――逃げる気ですか? この屈辱…晴らさないうちにみすみす見逃すとお思いですか?」

「見逃さざるを得ないでしょ? だって珠美ちゃんは、空も飛べないし…遠距離への攻撃手段もないもんね…?」

「……っ! わ、私の真名を!?」


動揺を隠せない『せいばあ』ちゃんを尻目に、へんたいさんは大きく悪魔の羽を広げると、ふわりと宙に浮き上がります。


「うひひっ☆ 今日のところはこれでお暇するよ。結構疲れちゃったし…それに、怖い顔したギャラリーもいるみたいだし…」

「……やはり、貴方も気付いていましたか」

「まあね、お楽しみを邪魔されるのは好きじゃないんだあたし、…うひひっ」


そういってへんたいさんは、ちらりと私の方に顔を向けると、

……まるで子猫がおねだりをするかのように両手を掲げ、指先をわきわきさせました。


「じゃあ、次はちゃんと全身まるっと揉んであげるから。……またね、お姉ちゃん☆」


投げかけられた言葉に、私はまたぶるりと身体を震わせてしまいます。

――そうしてへんたいさんは、半分の月が昇る夜の薄闇へと、音もなく飛び去って行ってしまったのです。


◇ランサー◇

http://i.imgur.com/Sdtrvo9.jpg
http://i.imgur.com/fMFehUK.jpg

【真名】棟方愛海
【マスター】???
【属性】中立・中庸
【ステータス】
筋力:D 耐久:D 敏捷:A(S) 魔力:D 幸運:B(A) 抱具:A


燃費の良い宝具(抱具)を数多く所有する優秀なサーヴァント

敏捷値が最高峰であり、相手が女性であればプラス補正あり

防御は紙だが当たらなければどうということはない

獲物のおっぱいへと伸びる手の動きがまるで槍の一撃のように見えるのがランサーたる所以


【スキル】

《対魔力》
ランク:D
魔力避けのアミュレット程度の対魔力

《おっぱい神の加護》
ランク:B
この世全てのおっぱいを揉むために生まれてきた
女性を相手にした場合、敏捷と幸運がワンランクアップ

《カリスマ》
ランク:C
人を惹きつける魅力、軍勢を指揮する才能
師匠はおっぱいマスターとして一部の人間から絶大な支持を持つ

《トラウマ》
ランク:C
生前の体験から婦警、ナース、ボイストレーナーなどを苦手とするが、逆に揉んだ相手にトラウマを植え付けることもある

《はぁああああああんん☆》
ランク:B(C)
サキュバスとしての資質。
エナジードレインによって他者から魔力を強奪・貯蔵することが出来る能力。
本来はランクB相当だが、師匠は女性の柔らかいものにしか興味が無いためランクダウンしている。


【抱具】

《揉み解す☆師匠の槍(ゲイ・モムグ) 》
ランク:B
因果を捻じ曲げ、揉んだという結果を作り出した後に揉むという過程を経る不可避の一撃
成功判定は相手の幸運とバストサイズ(つるぺたなほど回避up)に依存する

なお完全に余談ではあるが、同性愛者(特に男性)を表すgayという英単語の元来の意味は「自由で縛られない」「お気楽」「幸せ」である


《???》
ランク:???


《己がおっぱいのためでなく(フォー・サムワンズ・オッパイ)》
ランク:A
おっぱいサーチ能力
いかなる隠匿を前にしても相手が女性であればかなりの精度でおっぱいを補足できる
また、どのようにすればおっぱいを揉めるかの状況判断にも役立つ高レベルの直観力


《師匠は徒手にて死せず(マスター・オブ・オッパーイ)》
ランク:A
今までにおっぱいを揉んだことのある相手の能力を借り受け、再現することが出来る(ただし能力は本人よりワンランク下がる)
また応用として、既に揉んだ相手であれば対応力が格段に上昇する他、揉むことで相手の未知の能力やステータスを看破することもできる
槍術、飛行能力や動く尻尾、人避けの魔術などは基本的にこの宝具に依拠して行使している

優秀かつ万能、まさしく師匠を師匠たらしめる抱具である



……へんたいさんが去った後には、またしても驚くべきことが待っていました。


「マスター殿、そこを動かないでくださいね。……新手が来ます」

「えっ、……あ、新手?」

「はい、あちらを見てください」


言われてへんたいさんが去った方とは反対の空へと振り向くと、……そこには、空飛ぶソリに乗った妙に季節外れなお方がいました。


「……さ、サンタクロース!?」

「いえ、違います。あれもサーヴァント……この私や、先ほどの不届き者と同様の存在です」


さあばんと、またよくわからない単語です。

ですけど、……普通のことじゃないってことはわかります。

今日は本当に、普通じゃないことばかりが起こって、だけどそれはまだまだ終わりではないようでした。


空飛ぶソリは、シャンシャンシャンと鈴の音を鳴らしながら、ゆっくりと事務所の屋上へと降りてきます。

そうしてようやく私は、空飛ぶソリに手綱を握ったサンタさん以外の乗客がいることに気付きました。


それは、意志の強さを示すかのように真っ直ぐ伸びた黒髪が印象的な少女。

……静かに燃える澄んだ瞳をした、私のライバル、私の仲間、そして……大好きな親友。


「り、凛ちゃん…?」


ソリは私たちの正面に着地し、優しそうな顔をしたトナカイさんが一仕事を終えたようにブルブルと首を振ります。

そして、よく見ると女の子だったサンタさんにエスコートされるようにして、私の親友が事務所の屋上に降り立ちました。


「…むふふ、先ほどのランサーとの戦い、勝手ながら拝見させて頂きました…。セイバーのサーヴァントとお見受けしますが?」


にやにやとにやけ顔のサンタさんが、恭しく一礼をし、一歩前へと進みでます。


「……そちらは…ライダーですか? まあ…貴方のクラスが何であろうと、誰が相手であろうと、私のやることに変わりはありませんが」


呼応するかのように『せいばあ』ちゃんが、サンタさんと凛ちゃんに厳しい目線を向けたかと思うと、竹刀を正面に構えます。


「――あっ、待って『せいばあ』ちゃん! ダメっ、戦わないでっ!?」

「……どうしてですか? マスターがサーヴァントを連れて、正々堂々と姿を現してきたのです。戦わずして、何が正妻戦争でしょう?」

「せ、せーさいせんそー? ……よくわからないけど、絶対にダメ! 戦っちゃダメだからね!!」


私の必死の訴えに、竹刀の切っ先をサンタさんに向けたまま、『せいばあ』ちゃんはおろおろとうろたえたような顔をしました。


「…むふふ、ご安心を…こちらに戦闘の意思はありませんよぉ。どうしてもと言うならお相手致しますが、……いかかですかセイバー?」

「ぐっ、……わかりました。こんなことでマスター殿に貴重な令呪を使って頂くのも忍びないですから」


サンタさんの諭すような語りかけに、『せいばあ』ちゃんは渋々ながら構えを解き、竹刀を腰の帯に差してくれました。

……よ、良かった、サンタさんは良い人だった…、さっすがサンタさん!


一触即発の雰囲気が無くなり、ようやく一息つけたところで、静かに状況を眺めているだけだった凛ちゃんが、意を決したように口を開いてくれました。


「……卯月、あの、さ…」

「うん、なあに凛ちゃん?」


びっくりするほどか細くて、消え入りそうな凛ちゃんの声。

まるで怯えているようなその様子に、私は今にでもぎゅっと抱きしめてあげたいような気持ちになります。

だけど、凛ちゃんと私の間には、今までに感じたことのないような見えない壁があるようで、駆け寄ることを許してくれません。

私に出来ることは、ただいつものように、凛ちゃんの言葉をきちんと聞いて、凛ちゃんにきちんと言葉を返してあげることだけ。


「……色々と聞きたいことはあるだろうし、私も色々と言いたいことはあるけど……でもまず、ひとつだけ質問に答えて欲しい」

「うん、良いよ凛ちゃん……何でも聞いて?」


思いつめたような、張り詰めた様子の凛ちゃんを、私は出来るだけ優しく促します。

温かい言葉が、私たちの間にある分厚い氷を溶かしてくれると信じて。


「――卯月にとって、……私は、どういう存在…なのかな?」


どんな無理難題でも答えて見せようと意気込んでいた私にとって、その質問はとても簡単に答えられるものでした。

目を瞑り、大きく深呼吸をしてから、……私は心に浮かんだままのフレーズをゆっくりと口にしたのです。


「……凛ちゃんは、私の憧れで、いつか追いつきたいライバルで、とっても信頼できる仲間で……、大好きな親友…だよ?」

「……、……そっか。うん、ありがとう…卯月」


私の言葉に、凛ちゃんは大きく瞳を見開いた後、……安心したように吐息を洩らします。


「ねえ、私も良いかな? 凛ちゃんは、私のことどう思ってるの?」

「そんなの、聞くまでもないよ…」


そっけなく、呆れたような口調……だけど、そこにいるのはいつもの、私が知っている凛ちゃんでした。

質問にどんな答えが返ってくるのか、……こんな時ですけど、とってもワクワクです!


「……でも、恥ずかしいから、言わない」


――果たして、こんなことが許されていいのでしょうか?

そう言って顔をほんのり紅く染めた凛ちゃんは、あろうことかそっぽを向いてしまったのです!


「え、えぇ~!? ずるいよ凛ちゃん、私にばっかり言わせて~!!」

「ずるくないよ、卯月は私より年上だから良いんだよ」

「ひ、ひどい…こんな時だけ年上扱い、しかも意味わからない理屈で…」


いつものような、凛ちゃんと私の、他愛もない会話。

だけどそんな普通のことが、本当に、本当に嬉しくて、疲れきってしまった今の私にはとてもありがたくて……


「おやおや、むふふ…これは中々…良い妄想ができそうです、貴方も一緒にどうですかセイバー? …むふ…むふふ…」

「……何のことやらさっぱりわかりませんが、……とりあえず貴方、ちょっと不気味です」


サンタさんと『せいばあ』ちゃんも、私たちにつられたかのように言葉を交わしています。

和気藹々とした雰囲気、さっきまでの大惨事を考えれば、まるでこの世の春が訪れているかのよう……



だけど、それもやっぱりほんの一時のことで……

とても長くて、ちっとも普通ではない半月の夜は、まだまだ明けることはないのでした――


――も、もう挨拶はいりませんかね? 島村卯月です!


私たちは今、凛ちゃんの乗って来た空飛ぶソリの荷台に乗って、ビルの灯りが瞬く夜空をロマンチックのフライト中です!

空を飛ぶのは今日はもう(何故か)二回目なんですけど、やっぱり足場があるっていうのは気分的に全然違うものですね……

それに、サンタさんのソリは不思議と恐怖心を和らげてくれる効果があるらしいのです。

そのおかげでしょうか、身体はホントにくったくたですけど、心は何だかちょっぴりウキウキしてしまいます。


凛「それじゃあ卯月、今までのおさらいをするよ? ……正妻戦争はどういうもの?」

卯月「えっと、何でも願いを叶えてくれるシンデレラ聖杯っていうのがあって、それを奪い合う戦い…」

凛「誰と誰が戦うの?」

卯月「アイドルの中から選ばれたマスターと、サーヴァントっていう伝説のアイドルたち、二人一組で七つのペア…」

凛「魔力ってなに?」

卯月「えっと、アイドルとしての魅力や潜在能力のことで、《存在の力》っていう別名があって、色々な不思議を起こせる力だけど……なくなると、みんなに忘れられちゃう?」

凛「うん、そんな感じ。魔力はスタミナ(体力)とエナジー(精神力)の総量でもあるみたいから、寝ていれば自然と回復するんだってさ」



※魔力の設定はタイプムーン作品以外の設定も色々と混ざっています。


卯月「だってさって、……そういえば凛ちゃんは誰からこういうこと聞いたの?」

凛「私? ……えっと、アーチャーに詳しく教えて貰う前は、……誰だっけかな」

卯月「え、……覚えてないの?」

アーチャー「正妻戦争にはメッセンジャーがいるんですよぉ…、むふふ…」

卯月「メッセンジャー、ですか?」

アーチャー「参加の見込みがありそうなアイドルに、正妻戦争のあらましを説明し、不参加であれば該当する記憶を消して去って行くのです…むふふ…」

卯月「記憶を消して、……じゃあ、参加するって答えたら?」

アーチャー「その場合は、メッセンジャーの記憶だけを消して去るようです…。マスターとして必要な知識だけ残して…」

凛「ふぅん…そうだったんだ…。てことは私は、正妻戦争や魔力の話を聞いて、自分の意志で参加するって決めたってことだね?」

アーチャー「もう覚えていらっしゃらないとは思いますが、つまりはそういうことです…むふふ…」


セイバー「……ふむ、状況を聞いた限りでは、何故か卯月殿にはイレギュラーであったようですね?」

卯月「そ、そうだよね…何でだろう…?」

アーチャー「もしかすると、卯月さんが七人目……最後のマスターであることと関係があるのかもしれません…むふふ…」

凛「……どういうこと?」

アーチャー「順を追って説明しましょう、むふふ…。まず、最終的にマスターとなるのは七人ですが、当然ながらマスター候補はそれ以上の人数がいるのです…」

卯月「ふむふむ…」

アーチャー「ですが、先ほどのメッセンジャーの話の通り、正妻戦争への参加には基本的に自由意志があります…。ですから、参加者が集まり切らないこともあるのです…」

セイバー「……とすると、メッセンジャーは最後の枠を埋めるため、何人かのマスター候補にアプローチをしていたはずですね?」

アーチャー「むふふ、そうです…そして卯月さんは一人のアイドルとしてマスター候補でありながら、あまりメッセンジャーにとって優先順位が高い存在ではなかった…」

卯月「う、うぅ…もしかして私ってアイドルとしてダメダメな感じですか?」

セイバー「そんなことはないです! マスターに選ばれるためには様々な理由がありますから、選ばれたマスターが他のアイドルより優れているという訳ではありません」

卯月「そ、そうなんだ…良かった…」


凛「……つまり、アーチャーはこう言いたい訳? 卯月はマスター候補だったけど、メッセンジャーが説明にやってくる前に、偶発的にサーヴァントを召喚しちゃったと」

アーチャー「そうですね、その線で概ね間違いはないでしょう…。あるいは、卯月さんは既にメッセンジャーと接触していて、参加を拒否していた…」

卯月「ふ、ふむふむ…?」

セイバー「なるほど、……それならメッセンジャーの記憶はなくなりますが、マスター候補であり続けることに変わりはないですね」

アーチャー「そうです…そしてどちらの場合でも、マスター候補である卯月さんは、ランサーに襲われたことで身の危険を感じ、セイバーを召喚するに至った…」

凛「……そっか、それなら辻褄は合うね」

卯月「な、なるほど……、よ、要するにこれから頑張るしかないってことですよね!?」

セイバー「その通りです、卯月殿! 一緒に頑張って行きましょう!!」

凛「……ちゃんとわかってるのかな、卯月」


凛「じゃあ続きの話をするけど……マスターは魔力の扱いとかについては素人だから、それを補助するために聖杯からアイテムが配布されるの」

卯月「アイテム?」

凛「そう、さっき説明した令呪…サーヴァントに三回だけ使える絶対命令権のことだけど、その痣を指先で触ってみて」

卯月「う、うん…」


言われて私は、左の手にひらにできた痣……今は三つの線を組み合わせた模様の刺青みたいになっちゃってますけど……を、右手の人差指でおずおずと触ってみる。

すると、痣が一瞬だけパッと光って、……いつのまにか目の前に、ふよふよとカードのようなモノが浮いています。


凛「それが、マスターのSRカード。アイドル個々人の魅力や潜在能力に合わせて、特定の効果を持った形で魔力を解放できるんだって」


SRカード、と呼ばれたそれを、よく見てみると……何と私の姿がイラストになって描かれていました!

イラストの中の私は、嬉しそうに飛び跳ねていて、顔はにっこり、両手でピースなんかもしちゃっています


卯月「こ、これを使えば…私もその…魔力っていうのが使えるの?」

アーチャー「正確には魔術…いえ、シンデレラ聖杯の力を用いているので魔法に分類されます…むふふ…」

卯月「魔術と、魔法…ですか?」

凛「その違いは、あまり気にしなくて良いよ。要はどっちも不思議なことを起こせるってことだから」

アーチャー「……ふむ、まあ確かに深入りするような話題でもありませんねぇ…むふふ…」

卯月「は、はあ…」


セイバー「それで、卯月殿のSRカードを使用すると、どのような効果が得られるのですか?」

凛「うん、……卯月、カードに書いてある『特技』ってことを読んでみて」

卯月「えっと、……満点スマイル(味方全員の攻 特大アップ)ってある…けど?」

アーチャー「むふふ…なるほど…、全体バフ系の良いサポート能力ですね…」

卯月「う、うーんと、…つまりこれを使えば、みんながパワーアップ?」

セイバー「そうですね、マスターとサーヴァントの両方に効果があるはずです!」

凛「使い方は、カードを持って使いたいって念じるだけでいいから。……あともちろん、効果を発動したら魔力も消費するからね」

卯月「そ、そうなんだ…じゃあ、使いどころに気を付けて、……とにかく頑張ります!!」


もう一度手のひらの痣を触ればカードは収納されるそうなので、ひとまずしまっておきます。

……段々、こういう不思議じゃないことに慣れていっている自分が、ちょっと悲しいような気がしてなりません


卯月「あ、ちなみに凛ちゃんのSRカードはどういう効果なの?」

凛「え、私? …わ、私のは、その…」


ふと思いついただけの私の質問に、凛ちゃんは何だか歯切れ悪く応じつつも、私と同じく左の手にひらにある痣を触ってカードを取り出してくれました。

凛ちゃんのSRカードには…、純白のドレスに身を包んで、おすまし顔をしている凛ちゃんのイラストが描かれていました。


卯月「えーと、……何か、特技のとこに何も書いてないね?」

凛「そう、なんだよね。……で、効果はこんな感じ」


凛ちゃんがSRカードをふりふりと軽く振る様にします、すると……


卯月「カードがきらきら光ってるね?」

凛「うん」

卯月「……効果、これだけ?」

凛「そうみたい、これだけ」

卯月「……」

凛「……」

卯月「え、えっと…?」

凛「良いの、卯月…何も言わないで、もうわかってるから」

>>96
ちょっと訂正

× ……段々、こういう不思議じゃないことに慣れていっている自分が、ちょっと悲しいような気がしてなりません

○ ……段々、こういう普通じゃないことに慣れていっている自分が、ちょっと悲しいような気がしてなりません


い、一体なんと声を掛けたら良いんでしょうか……?

凛ちゃんは夜空に上った半分の月を見上げ、なんだか遠い目をしてしまっています…

そしてふと、凛ちゃんは自分のサーヴァントであるアーチャーさんに声をかけたのです。


凛「ごめんねアーチャー、私、全然役立たずで……」


するとアーチャーさんは、空飛ぶソリを引くトナカイさんの手綱を握ったまま、事もなげに言って見せたのです。


アーチャー「むふふ…、凛さんがマスターになっていなければ、日菜子はここまで頑張っていません。日菜子は、魂の面食いですから…」

凛「そ、そっか…そうだったね…ありがとアーチャー」

アーチャー「むふふ…礼にはおよびませんよぉ…」


そんな二人の様子は、……知り合って間もないはずなのに、すっかり信頼し合っているようで。

……私は、アーチャーさんにちょっとだけ嫉妬してしまいました。


セイバー「……どうされましたか、卯月殿?」

卯月「う、ううん…なんでもないの。……改めて、よろしくねセイバーちゃん?」

セイバー「も、もちろんです! セイバーのサーヴァントとして、卯月殿を最後まで守り抜くことを誓いましょう!!」


セイバーちゃん、私のピンチに颯爽と現れて、守ってくれた命の恩人。

私も、たとえ短い間だとしても、この子と素敵な絆を気付けたらいいなって、そう心の底から思ったのです――


◇セイバー◇

http://i.imgur.com/SATusOc.jpg
http://i.imgur.com/bnTkrQW.jpg

【真名】脇山珠美
【マスター】島村卯月
【属性】秩序・善
【ステータス】
筋力:B 耐久:C 敏捷:B 魔力:D 幸運:B 宝具:B


身長(リーチ)以外は割りと普通な性能。そして頑張り屋。だから卯月がマスター

ステータスにはあまり凹凸がない。ついでに言うとボディラインにもない

正統派のセイバーであり、近接戦闘であれば一線級のポテンシャルを秘めているが、中・遠距離攻撃性能はほぼ皆無


【スキル】

《対魔力》
ランク:C
魔力に対する耐性。大魔術・儀礼呪法など、大掛かりな魔術は防げない


《頑張り屋さん》
ランク:B
弛まぬ努力と研鑽により、戦闘が長引け長引くほど立ち回りが上手くなる
一度でも戦闘経験のある相手に対しても同様の効果を発揮する


《アホ毛》
ランク:C
自身への干渉を感知するちょっとしたアンテナの役割を果たすが、引っこ抜くと能力大ダウン


《我慢》
ランク:B
スタドリをがぶ飲みし、尿意を我慢すればするほど敏捷値にボーナス。おもらしすると能力特大ダウン


【宝具】

《気合い》
ランク:C
読んで字の如く気合いを入れる。発動時に吹き飛ばし効果。一時的に筋力と耐久をワンランクアップ


《真剣勝負》
ランク:A
剣聖として最高ランクの剣技が使用できる。
また、装備した剣・刀に強化の魔術が自動で付与され、その性能を最大限にまで引き出すことが出来る

竹刀から持ちかえ、読んで字の如く真剣で勝負するとさらに効果が上がる
真剣の場合は、居合い切りによる中距離攻撃もできたりする。割りと物騒

なお、真剣自体はどこかから調達してくる必要がある模様

>>100

また訂正…千枝ちゃんガチャのせいで精神的に疲れている気がする…

あと珠ちゃん正直すまんかった


× 私も、たとえ短い間だとしても、この子と素敵な絆を気付けたらいいなって、そう心の底から思ったのです――

○ 私も、たとえ短い間だとしても、この子と素敵な絆を築けたらいいなって、そう心の底から思ったのです――

たまちゃんの宝具があんまり宝具っぽくないけど
≪気合い≫と書いてマスタータマチャンとか≪真剣勝負≫と書いてマジデワタシニコイシナサイとか読むんでしょうか


アーチャー「さて、それではそろそろ目的地に着きますよぉ…、下降するのでしっかりつかまっていてください…むふふ…」


アーチャーさんがそう言うと、空飛ぶソリはみるみるうちに高度を落とし、地面へと近づいていきます。

そういえば…、この空飛ぶソリって誰かに見つからないものなんでしょうか?

こんなに堂々と街中を飛んでいたら、大騒ぎになってしまいそうですけど…

ですが、不思議とそういった懸念すべき事態にはまったく陥らず。

空飛ぶソリは、我が物顔でビルの並んだ街中の路上に着地したのでした。


ブモオオオオ――!!

トナカイさんが一仕事を終えたように大きく鳴きます。

結構大きな音だったと思うんですけど、やっぱり誰かがソリに気付いて騒ぎ出すような気配はありません。

そして、空飛ぶソリはこれでもかというくらい眩い光を発しながら、……溶けるようにしてきれいさっぱり消えてしまったのです。


……多分、サンタさんのソリだからバレなかったんですね、うん。

サンタさんがいちいちみんなに見つかってたらお仕事になりませんからね…!

普通じゃないことでも、ありのままを受け入れ納得するようにする!

これがおそらくこの正妻戦争を生き抜く秘訣な気がします……島村卯月、挫けないよう精一杯頑張ります!


凛「さて、じゃあ行こうか卯月。ここがさっき話していた教会。……正妻戦争の監督役がいるところ」


降り立った先は、背の高いビルとビルの間にひっそりと建っている、こじんまりとした教会でした。

存在を知らなければ、そのまま通り過ぎてしまいそうな、街の狭間にある神様の家。

……親しみやすさよりも、何だか気遅れしてしまう感じを受けてしまいそうです。


セイバー「……卯月殿? 凛殿らはもう先に行かれてしまいましたが…」

卯月「えっ、わっちょっと待ってよ凛ちゃん! い、行こうセイバーちゃん!」

セイバー「はい、了解です!」


すたすたと先に歩いていってしまう凛ちゃんに、慌てて追いすがって、私たちはその教会へと足を踏み入れたのでした――



>>105

読み方を特に決めてない(読んだままの)宝具が結構あるので…

もし何か良い案があれば使わせて貰いたいです


教会の中は、イメージしているよりも広く感じるような作りになっていました。

左右に何列も居並んだ長椅子で分けられた真ん中の道が、そのまま正面の聖壇に続いています。

正面の壁には、綺麗な絵柄のステンドグラスが散りばめられていて、その中央に質素な十字架が掲げられていました。


凛「こんばんは……、クラリスさん…いますか?」

卯月「クラリスさん…? そっか、ここクラリスさんの教会なんだ…」


クラリスさんは、私たちの事務所に所属しているアイドルで、自身の所属する教会を存続させるためにアイドル活動をされている方です。

プロデューサーさんが結構最近になってスカウトされた方で、……私はまだ、あまり話したことはなかったんですけど。


凛ちゃんが呼び掛けてから少しすると、教会の右奥にあった扉が開き、一人の女性が姿を見せてくれました。

紺の地味目な(当たり前ですが)修道着に身を包んだ、優しそうなシスターさん。

聖歌隊で磨かれた歌声がとても魅力的な、私たちの事務所のアイドル仲間。

彼女が、正妻戦争を滞りなく進行させるために選ばれた……監督役という役職を持っているそうなのです。


「――お待ちしていました、凛さん。そして、……貴方が最後のマスターですね、島村卯月さん?」


そう言って、シスタークラリスは優しそうな目をいっそう細めて、頬笑みながら私たちを迎えてくれたのです。


http://i.imgur.com/4QzSRzw.jpg
http://i.imgur.com/K9beqJb.jpg
クラリス(20)

クラリス「さて、私からの卯月さんへとする説明はあまり多くはありません。監督役の役目について、ですね」

卯月「は、はい…よろしくお願いします!」

クラリス「……監督役の責務は、基本的には二つあります。一つは、正妻戦争の秘匿。もう一つは、サーヴァントを失ったマスターの保護です」


ゆっくりと私の正面に歩いて来ながら、クラリスさんは透き通るような声色で説明を続けてくれます。


クラリス「正妻戦争の秘匿についてですが、これについてはさらに三つ役割があります」

クラリス「正妻戦争によって生じた物理的な損壊を修復し隠匿すること、マスターやサーヴァントたちが無闇に一般人に危害を加えないよう注意すること…」

クラリス「そして…正妻戦争の目撃者を『いなく』させることです」

卯月「……あ、あの、すいません。質問…良いでしょうか?」

クラリス「かまいませんよ、どうぞ」

卯月「えっと…一般の方に危害を加えないというのと、目撃者を…その…いなかったことにするのは、矛盾していませんか?」

クラリス「必ずしもそうではありませんよ。故意に一般の方を正妻戦争に巻き込むことは推奨されませんが、誰にでも過失はあるものですし…」


そうしてクラリスさんは、ちらりと私の顔色を窺うように一瞥し、少しトーンを下げた声で続けます。


クラリス「……目撃者を殺害するだけが、口封じの方法ではありません」


クラリス「一般人の方をこちらの教会に連れてきて頂ければ、記憶消去の魔術を提供することが出来ますし、……サーヴァントの中には同様の能力や宝具を持つ方もいらっしゃいます」

クラリス「何より、私個人としても、人殺しというのは到底許容できる手段ではありません。仮にもトップアイドルを目指そうという方々の中に、そのような蛮行に及ぶ人間はいないと信じたいものですが…」

クラリス「いずれにせよ、正妻戦争の秘匿に関してあまりに逸脱する行為をする者が現れた場合、私には制裁を発動する権利があります」

クラリス「正妻戦争を一時的に休戦させ、他のマスターに違反の該当者の排除を依頼するのです。無論、無償ではありません、誰もが聖職者という訳にはいきませんから…」

クラリス「違反者の討伐に成功した者には、監督役より追加の令呪を進呈致します。これらの令呪は歴代の正妻戦争で消費されずに余っていたものになります」

クラリス「令呪というのはサーヴァントに対する絶対命令権であるだけでなく、使い方次第ではそれ自体が不可能を可能にする膨大な魔力の塊でもあります。……マスターだけではなくサーヴァントにも恩恵のある報酬だと言えるでしょうね」


流れるようなクラリスさんの説明に、情けないことに正直話についていくのがやっとな私でした。

だけど何とか、普通じゃない争いである正妻戦争の中にも、人の情が通っているようなルールがあることは理解できたように思えます。


クラリス「さて、それでは次はマスターの保護について、ですね…あるいはこちらの方がお聞きになる価値あるお話になるでしょうか」

クラリス「戦いの中でサーヴァントを失ってしまったマスターは教会に保護を求めることが出来ます。そうしないと、余った令呪を狙われて他のマスターに襲われる危険もありますから」

クラリス「また、令呪はマスターの証でもあります。もし一画でも残っており、マスターを失ったサーヴァントがいれば、同意の元で再契約し戦線に復帰することも可能です」

卯月「えっと、……つまりどうしても危なくなったら、この教会に逃げ込めば良いんですか?」

クラリス「簡潔に申し上げれば、その通りです。加えて言うならば、どのタイミングであっても、例えば今この場でも、正妻戦争からリタイアすることも可能です」

卯月「えっ、リタイアもできるんですか?」

クラリス「はい、もちろん。その場合、監督役である私に令呪、マスターSRカード及びサーヴァントSRカードをお渡し頂きます」


卯月「えと、あの、すいません……サーヴァントSRカードって何でしょう?」

クラリス「おや、まだご説明を受けられていませんでしたか…」


クラリス「……サーヴァントはSRカード化して、マスターSRカードと同じく令呪に収納できる。SRカード化、令呪への収納はサーヴァントの自由意思による…こういうことになります」

クラリス「一般の方にサーヴァントの存在を認知される訳にはいきませんから、普段の生活の中ではSRカード化して頂くのがよろしいかと…」

卯月「そ、そうなんですか…セイバーちゃん、試してみて貰っても良い?」

セイバー「お安いご用です、それでは…」


そう言ったセイバーちゃんは、一瞬で光に包まれたかと思うと姿を消し、その場には代わりにふよふよとカードが浮かんでいたのです。

手に取ると、やはりそこには、竹刀を肩に掲げた凛々しいセイバーちゃんのイラストが描かれています


セイバー『さて、もう戻ってもよろしいですか?』

卯月「わっ、わわっ!? この状態でも喋れるの?」

セイバー『正確には念話の類いになりますが…これもカードの機能になりますね』

卯月「へ、へぇ~すごいね…あ、もう元に戻って良いよ?」

セイバー『了解です!』


再び、今度はカードが光を放ったかと思うと、やはり一瞬でセイバーちゃんの姿が現れました。

うーん、これは何というか手品みたいでスゴいですね。

ファンのみなさんにお披露目する機会がなさそうなのが残念です…


クラリス「さて、それでは私が伝えるべき事項は以上となりすが……何か質問はありますでしょうか?」

卯月「じゃ、じゃあ一つだけ…あの、監督役というのは、どうやって決まったのでしょうか?」

凛「私も、……それは知りたいかも」


お話頂いた内容とはあまり関係がないような何気ない質問でしたが、隣でじっと見守っていてくれた凛ちゃんもピクリと反応を見せます。


クラリス「ふむ、確かに…お話しておくべきでしたね。メッセンジャーのお話は、もうお聞きになっていますか?」

卯月「は、はい…!」

クラリス「マスターの場合と同じく、監督役もメッセンジャーによって打診されるのですよ。そして了承した場合には必要な知識と、歴代の令呪を預かるのです」

卯月「な、なるほど…では、あの…クラリスさんは何故監督役を引き受けたんですか?」


私の投げ掛けに、クラリスさんはふむ、と一息置き、……じっくりと言葉を選ぶようにして答えてくれました。


クラリス「……正妻戦争という秘匿された争いがあり、困ったり苦しまれたりする仲間がいる。……それを知って、私にも何かできることはないか、おそらくはそう思ったのでしょう」

卯月「……おそらく、ですか?」

クラリス「ええ、やはりマスターの場合と同じく、メッセンジャーからの打診それ自体は記憶から消去されてしまいますから……」

卯月「そ、そっか…そうでしたね…」


監督役という大変そうな役目を引き受けたというクラリスさん。

当たり前だけど、彼女はその見た目通りの優しいシスターさんで、事務所仲間のアイドルみんなのことを心配してくれている。

そんなクラリスさんになら、いざという時は安心して頼れるって、私は素直に思えるような気がしたのです。


クラリス「さて、これ以上の力添えは公平性に欠きますね。
私は監督役ですから、貴方だけを贔屓するというわけにもいきません」

卯月「は、はい…あの、色々教えてくださって、ありがとうございました!」

クラリス「礼には及びません。正妻戦争のマスター及び監督役は同じプロダクションから選出されますし……みなさんは、私の大切な友人でもあるのです」

柔和な微笑みで、無償の愛を振り撒いてくれるシスターさんに、私は心が暖まるのを感じます。


そうして私と凛ちゃんは、とても優しいシスターさんの住まう神様の家を後にしたのでしたーー


凛「さて、……それじゃあ卯月はこれからどうするの?」


教会を出てすぐ、凛ちゃんはまるで遊びの予定を尋ねるような、気さくな投げ掛けをしてきます。

だけどそれは、決してそういう意味じゃなくて……


凛「……私たちはライバルだけど、でもトップアイドルは一人じゃなくたっていい。デュオやトリオで、……ユニットだからこそトップアイドルになれた人たちもいる」


私が、……島村卯月が、正妻戦争のあらましを把握した今、どういう選択をするのか。

そういう、とても重たくてピリピリとした、避けては通れぬ問いだったのです。


凛「……いや、こんな回りくどい言い方は良くないね、やっぱり正直に言うよ」


真っ直ぐに、凛ちゃんは私を見つめて……


凛「私は卯月と戦いたくない、けど。……卯月は、どう?」


ぽつりと、消え入りそうな声で…だけどはっきりと口にしてくれました


卯月「……私は…正直まだどうしたいのか、よくわからない…」


巻き込まれちゃっただけで、きちんと考えて決めた訳じゃない

だから、正妻戦争が本当はどういうものかも、それが正しいことなのかどうかもわからない

聖杯にかけるような願い事も、トップアイドルの座を掴もうとする気概も……今はとてもあやふやなままです


卯月「だから、だけど…ね?」


ホントは、何にも知らないはずの私を、凛ちゃんはここまで連れてきてくれる必要はなかった。

私が、凛ちゃんの前に立ちはだかる敵マスターになる可能性も、ゼロじゃなかった。

ーーだけど、それでも凛ちゃんは、私を見捨てなかった。

きちんと説明してくれて、その上で私に選択肢を与えてくれた。

そんな、そんな優しくて真っ直ぐな凛ちゃんだからこそ、私は……


卯月「……凛ちゃんは、正妻戦争を続けるんだよね?」

凛「そのつもり、だよ。これはきっと、私の目標への近道だから」


そう言った凛ちゃんの瞳は、いつもと変わらず…いや、いつも以上に、静かに熱く燃えていたのでした。


卯月「……私は、凛ちゃんを信じてる。どうしたら良いかはわからなくても、それだけは自信を持って言える」


何もかもが普通じゃない暗闇の中でも、変わらずに輝いていたものがある。

私にとって、凛ちゃんは絶対に失ってはいけない灯火だ。


卯月「……だから、凛ちゃんと一緒なら…凛ちゃんのお手伝い…したいって理由で…戦っちゃ、ダメかな?」


そして、できることなら私も…凛ちゃんにとっての灯火になれたらいい。

そんな想いを籠めた私の言葉に、凛ちゃんはそっけなく、だけどちょっぴり頬を赤く染めて……


凛「うん、……それは、全然悪くない…かな」


そう、はにかみながら答えてくれたのですーー


卯月「えっと、セイバーちゃん? 私は凛ちゃんと一緒に戦っていきたい…けど、それでも良いかな?」

セイバー「私は卯月殿を守護するのが使命です。卯月殿がそう望むのなら、異論はありません!」

卯月「そっか、良かった…ありがとう」


小さな胸をエヘンと張った、私の大事な恩人…守ってくれた剣士様。

凛々しく頼りがいのあるその姿も、今では何だかとても可愛らしくて……

私は何だか無性に嬉しくなって、セイバーちゃんをぎゅっと抱き締めてしまったのです


セイバー「わっ、わわわっ卯月殿!? す、スリスリはいけません~!!」

卯月「えへへ~、これは愛情表現なんだよ~♪」

凛「……卯月は最近、未央に影響されすぎだと思うな…」

アーチャー「むふふ…それではこれで、正式に共同戦線の成立ですね…、むふふふ…妄想が捗りますよぉ…」


こうして私、島村卯月は……正式に、自らの意思で…正妻戦争という暗闇の中へ身を投じていくこととなったのでした。


凛ちゃん、セイバーちゃん、アーチャーさん。

――願わくは、誰一人欠けることなく……輝く世界にたどり着けますように。


◇アーチャー◇

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【真名】喜多日菜子
【マスター】渋谷凛
【属性】混沌・中庸
【ステータス】
筋力:E 耐久:D 敏捷:D 魔力:B 幸運:B 宝具:EX


妄想に生きる暴走お姫様。基礎能力は低いが宝具が規格外のトリックスター

妄想内容は基本メルヘンチックだが割と何でもいける雑食。ただし機械音痴で破壊魔のため、宝具によるデジタル機器の再現はできない


……え、ちっとも弓兵っぽくない…ですか?

むふふ…アーチャーはとっても心の広い素敵なクラスですので…むふふふ…


【スキル】

《単独行動》
ランク:B
マスターがいなくとも2~3日の現界が可能。妄想があれば一人でも淋しくない


《対魔力》
ランク:D
魔力避けのアミュレット程度の対魔力


《心眼(真)》
ランク:B
修行・鍛錬によって培った洞察力
窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す戦闘論理
日菜子の場合は、膨大な妄想力によってあらゆる状況を妄想し尽くし最適解を導き出す


《妄想癖》
ランク:A
類まれな妄想力により精神干渉に対して強靭な耐性を持つが、妄想に夢中になりすぎて周りが見えなくなることも
また《専科百般(Bランク)》と同等の効果を有するため、宝具《妄想幻姫》によって獲得した専業スキルについて、Cランク以上の習熟度を発揮できる


【宝具】

《妄想幻姫(ヒナコスプレ)》
ランク:B
強力な自己暗示によって、秘めたる力を解放する
『ものすごい強い自分』を妄想することで肉弾戦を可能とする他、『色々な特技を持つ自分』『様々な職業の自分』などを妄想し具現化する
もちろん、この宝具を用いれば弓も撃てる。申し訳程度のアーチャー要素がここに
なお、衣装武装その他は《無限の妄想》の効果で調達している模様

婦警、ナース、ボイストレーナーはもちろん、プリンセスにもなれますよぉ…むふふ…


《無限の妄想(アンリミテッド・ヒナコ・ワークス)》
ランク:E~EX
固有結界。妄想は力なり
非常に自由度が高く、幻想種が用いる空想具現化に近い大技
固有結界内であればメルヘンチックな使い魔や武器、乗り物などを際限なく妄想具現化できる

ただし結界を展開するための魔力消費が激しく、持久戦には向かないことや、
実在のモノをモデルとしてレプリカを作成する場合は、本来のランクより一つ下がるなどの制約は存在する

また、結界を展開しない場合は、同時に扱える使い魔は一体、武器及び乗り物は合わせて三種までに限定される

あ、衣装は別腹ですよぉ…むふふ…


☆使い魔の例

・サンタさんのソリ:トナカイの使い魔ブリッツェンとサンタクロースのソリとのセット。保温保湿対策抜群、認識妨害のステルス効果もある高機能の移動宝具。
・幸運の女神さま:???
・忍ばない忍者さん:???
・おっきなヒョウ君さん:???


――卯月との共同戦線が無事に成立し、私たちはひとまず今後の指針を話し合うことにした。

空の上ほど安全な場所も他にはないだろうということで、ひとまずはアーチャーが召喚した空飛ぶサンタのソリへと再び乗り込んでいる。


卯月「えっと…マスターはうちの事務所のアイドルなんだから、……令呪は、隠した方が良いよね?」

凛「そうだね、包帯で隠したりしたら逆に怪しいかもしれないけど、やらないよりマシ…かな」

卯月「それじゃあ、目立たないような肌色のテーピングで隠すとか…どうかな?」

凛「うん、良いね。それで行こう…。幸い、私も卯月も令呪は手のひらにあるから、張るタイプのやつなら上手くごまかせるかも…」

セイバー「珠美たちは基本的にはカード化して待機、ですよね? ……いざという時はおまかせください!」

アーチャー「むふふ…、それでは次はお二人のお仕事やレッスンをどうされるか、ですね…」


――正妻戦争中は、マスターは基本的に臨時の仕事をしているという扱いになる。

本来のスケジュールをこなしていなくとも支障がなく、事務所にも不思議がられない。

そういうカモフラージュ……認識阻害の魔術がかけられてるのだ。


凛「卯月がマスターになって、七体目のサーヴァントが召喚されたから、もうこの魔術は有効になってるはず…」

アーチャー「むふふ…一日中お家で妄想に耽っていても怒られませんよぉ…」

卯月「そ、それもどうかと思いますけど…あはは…」

凛「あとこの魔術はマスター同士にも有効だよ。聖杯の影響下にあるから。サーヴァントも同じだね…」


おそらく例外がいるとしたら、魔術に長けたキャスターのサーヴァントか、あるいはよっぽど強力な対認識阻害の能力や宝具を持っているか。


セイバー「そういう意味では、マスターを見抜く上でキャスターはかなり有利になりますね……」

凛「その点に関してなんだけど、アーチャーなら【スキル】の効果でカモフラージュを見破れたりしない?」

アーチャー「むふふ…やって出来なくはないと思いますが…カードの状態では難しいですねぇ…」

凛「あ、そっか…事務所や仕事の場でサーヴァントが実体化するのは不味いね…」


……中々難しい、やっぱり正妻戦争は一筋縄ではいかないらしい。

とはいえ、文句を言ってばかりもいられない。


凛「要はキャスターさえいなければ、仕事やレッスンにはいかず正妻戦争に集中しても問題はないってことなんだけど…」

卯月「でも、だからってアイドルのお仕事やレッスンをサボっちゃうっていうのも、何か違う気がするよ…?」


確かに、卯月の言うことにも一理ある。

こういった非常時だからこそ、普段の生活スタイルを維持することには一定の意味があるだろう。


凛「……とりあえず、明日の日中は普通に過ごそう。私は私の、卯月は卯月のスケジュールをこなして、でも連絡は密に…定時で取り合おう」

卯月「わかりました、了解です!」

凛「気を付けてね、卯月。もし他のマスターと遭遇しても、絶対に一人で戦おうとしないで」

卯月「うん、わかってる。……でもそれは、凛ちゃんも同じだよ?」

凛「……そうだね、ありがと卯月」

卯月「うん、……えへへっ、一緒に頑張ろうね凛ちゃん!」


そう言って、卯月はいつものように抱きついてきて……頬をスリスリしてくる。

正直もう抵抗する気もないので、やりたいようにさせておこう…。


アーチャー「むふふ…やはり良い…とても良いですねこのお二人…むふふふふ…」

セイバー「……アーチャー殿、味方にも警戒対象がいるとなると少々やりにくいのですが…」

アーチャー「おっと、これは失礼…むふふ…」


とりあえずではあるが、今後の指針が決まったところで、卯月を送り届けるためにソリを女子寮に向かわせる。

……今さらながら、空飛ぶソリから見下ろす街明かりは中々にいい景色だ。

本来ならもう肌寒いはずの夜風も、サンタのソリの上では不思議と心地よい。

一息つき、何気なしに街並みを眺めていると、事務所の近くにある都内有数の大きな公園が見えてくる。


夜の闇が一層と深くなったその中ほどに、何か突然…きらりと光るものが見えた――


セイバー「――っ!? アーチャー殿、回避を!!」

アーチャー「間に合わない、…みなさん掴まって!!」


――そして、迸る一筋の閃光

遅れて響く、まるで雷鳴のような轟音……


卯月「きゃあああああっ!?」

凛「な、なにっ!?」


ブモオオオオオ――!!

とぼけた顔をしたトナカイが、悲鳴を上げるように大きくいななく……!

私たちを乗せた空飛ぶソリはガクガクと激しく揺さぶられ、、一瞬で大きくバランスを崩してしまっていた――


卯月「ど、どうしたのっ…い、今のなに、またビームですか!?」

セイバー「……強力な光学兵器による狙撃です!! 十中八九、敵性サーヴァントの仕業かと……!」


狙撃、ビーム……サーヴァント!? 油断した、まさか空の上にいても狙われるなんて…!

大波に揉まれるように揺れる空飛ぶソリの上から、必死に夜の公園の方を見遣ると、またしても…きらりと一筋の光が……!


アーチャー「……次弾が来ますよぉ、直撃に備えてくださいっ…!」

セイバー「不意打ちとは小癪な、……二度目はさせませんよ!!」


言うや否や、セイバーのサーヴァントは大きく竹刀を上段に振りかぶる……

そして今度ははっきりと見えた――公園の森の中から、冗談のように真っ黄色な一筋の光の砲撃が放たれる――!!


セイバー「――《気合い》全開っ!!」


振り上げた竹刀を、セイバーはただ思いっきりビームに向けて振り下ろす……!

そして、――まるで花火を至近距離で百連発ほど炸裂されたような光と音の奔流。

これはいよいよお迎えがきてしまったか、と一瞬は思ったものの、すぐに自分の身体がまだしっかりと現世に留まっていることが確認できた。

空飛ぶソリは、再び大きな衝撃を受け揺さぶられたものの、しかし砲撃の直撃は何とか避けられたようだった。

質量を持っているかのような、冗談じみた威力のビームもさることながら、――光の束を竹刀でぶん殴って弾いてしまったセイバーもまた冗談じみている。

サーヴァントというのは、……やはりどこまで行っても人間離れしていた。


卯月「す、すごい…セイバーちゃんカッコいい!!」

セイバー「……いえ、おそらく次は持ちません。ここは足場が悪すぎる…」

凛「アーチャー!このまま空に居たんじゃ狙われ続ける、良い的だよ…!」

アーチャー「心得てますよぉ…公園の広場に不時着します…」




軋みをあげながら、蛇行するように高度を落としていくサンタのソリ。



ほどなくして、公園の広場……整えられた芝生の広がる地面が
近づいてくる。


セイバー「次弾、来ます――!!」

アーチャー「むふふ…ここまで来たら…飛び降りた方が早いですよぉセイバーさん!」

セイバー「――心得ました、アーチャー殿!!」


そう言ってセイバーは卯月を抱き上げると、ソリから一瞬で飛び去っていく。

アーチャーもまた、トナカイの手綱を離すと、私の方に手を差し伸べて……


――そうして、空飛ぶサンタのソリは、……とぼけた顔のトナカイごと、光の束に押し潰されるようにして吹き飛んでいってしまった


アーチャーに抱きかかえられたまま、私は綿雪のようにふよふよとゆっくり下降していく。

ほどなくして広場の芝生にアーチャーは着地し、……しかしそのまま動きかずにジッとしているままだ。

こんな非常時に何だが……今の状態は、俗にいうお姫様だっこというやつだ。

さすがロマンチックでメルヘン好きなアーチャーだけあるが……でも女の子同士とはいえ、ちょっとこれは恥ずかしいかもしれない。


凛「あ、あの…アーチャー? もう降ろしてくれると、ありがたいんだけど…」

アーチャー「……どなたかは存じませんが、日菜子の大切なお友達をよくも…むふ、むふふ…!」


あ、ダメだこれ話を聞いてない。

いつものにやにや顔のまま、目に見えるようなドス黒い恨みのオーラを発散しまくるアーチャー。

サンタのソリも、とぼけた顔をしたトナカイも、言ってしまえばただの妄想の産物ではあるのが……


アーチャー「……ブリッツェンさんはしばらくお休みですね…。痛い思いをさせて、ごめんなさい…」


でも、アーチャーにとってはそうじゃない。

……例え魔力を注げばいつかは回復するような存在だとしても、尋常ではない思い入れがある『友達』なのだろう。


卯月「り、凛ちゃーん! 大丈夫ー?」

凛「だ、だいじょーぶー!!」


広場の少し離れたところから、セイバーを連れ立った卯月が呼び掛けてくる。

その声に反応して、ようやくアーチャーが私を地面に下ろしてくれると、卯月とセイバーが急ぎ足で駆け寄ってきた。


セイバー「……先ほどの狙撃の主、おそらくこちらへ近づいてきます。……だだっ広いこの広場ではまた狙われます!」

アーチャー「むふふ…なら一度、森の中へ入りましょう…」

卯月「た、戦うの…? 今の…すっごいビームを撃ってきたサーヴァントと?」

アーチャー「戦うにしても、撤退するにしても…森の中の方が有利に動けるはずです…むふふ…」

凛「よし、それじゃあ急いで森へ移動しよう……」


そうして私と卯月は、再びそれぞれのサーヴァントに抱きかかえられながら、夜の公園に広がる人工の森へと踏み入って行く。

……果たして、相手は次にどのような手を打ってくるのか。


その答えは、どうやら思ったよりもずっと早く……


にょわ…

     にょわ…


――ズシン、ズシンと、まるで巨大な恐竜めいたモノが歩いてくるような足音と、


にょわ…

     にょわ…


甲高く、気の抜けるような……、一度聞いたら忘れられない、何かの鳴き声のような音が教えてくれた。


アーチャー「……むふふ、セイバーさん、前衛をお願いできますか…?」

セイバー「もちろんです、おまかせください!!」

卯月「わ、私もお手伝いします! え、えっと…マスターSRカードを準備して…」


最前列にセイバー、中列にアーチャー、そして最後列…木の影に身を隠すように、私と卯月は位置どった。


にょわ…

     にょわ…


そして、――半月の照らす薄闇の中、木々の間からゆっくりと姿を現す、そのサーヴァント。

アイドルとしては異様なまでの巨躯と、ウェーブのかかった亜麻色の長い髪……

黒を基調としたゴシック調の衣装には、綺羅星やキャンディ、アイスクリームなどを象った小物がそこかしこに散りばめられている。

そのマスターは、どうやら小脇に抱えられた小さな女の子らしい…

色褪せたように淡い琥珀色の髪、身長ほどはあろうかというそれを、ゆるく二房にまとめている。


「――ふわぁ…、こんばんは~。…多分、はじめましてじゃないと思うけど…」


見た目にたがわず、いかにもやる気なさげだ。

……だらんと手足を投げ出して、こちらのサーヴァント二体を前にしてもまるで緊迫感がない。


凛「……双葉、杏!」

杏「……ん、杏のこと知ってるの?」


だらけきったその姿を、うちの事務所で知らない人間はおそらくいないだろう。

ニートアイドル、という矛盾めいた言葉こそがまさに彼女を象徴するフレーズだ。

……本人ですら何がウケているのかわからないらしいが、とにかく圧倒的な人気を誇るうちの看板アイドルであり、

――つまりは、アイドルとしての魅力としての強大な【魔力】を持つマスターだということ!


杏「ああ、凛ちゃんだったんだ…それと、卯月ちゃんか。二人とも…しばらくぶりだね…?」

卯月「う、うん。…杏ちゃん、久しぶり」

凛「……あのさ、杏。一応、聞いておくけど…戦わないって選択肢は、ない?」

杏「んー? 何だかよくわからないけど…せーさいせんそーってのに勝てば…杏は一生印税生活ができるんだよね…」


そう言いながら、めんどくさそうに地面に降り立つ、その小さなマスターは

本当に、心底嫌そうな顔をしながら、だけど何のためらいもなく……


杏「だから、めんどくさいけど…、――やっちゃえ、バーサーカー!」


そう言って、あっけなく戦いの火蓋を切って落としてみせたのだった――


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双葉杏(17)


――バーサーカー。

サーヴァントの理性を奪う代わりに能力を増強させる狂戦士のクラス。

通常は、さほど力のない存在を後押しするために《狂化》によって《強化》を施すのがセオリーだ。

しかしステータスを確認する限りでは、この巨躯のサーヴァントにその理屈は当てはまりそうにもない。


「ニョワアアアアアアアアアアーーーー!!!」


……天地を割くような甲高い咆哮を放つそのサーヴァントは、――《狂化》によって《強化》される前段階で、既に一線級の実力を持っていた。


アーチャー「その特徴的な巨躯と言動、思い当たる真名は一つしかありませんね…むふふ…」


バーサーカーは、自らを奮い立たせるかのように叫び続けながら、――その身に見合わぬ敏捷さでセイバーへ猛然と突撃していく。

たまらず応戦するセイバー、脳天をかちわるようなチョップの打ち降ろしを、竹刀で合わせ打つようにして受け流す。

しかしバーサーカーは止まらない、一撃、二撃、三四五……手瞬く間に、数えきれないほどの連撃をセイバーに見舞っていく――


セイバー「なるほど、これが…諸星きらり殿か…!!」


しなやかに伸びる長い両腕が作り出す暴風の嵐を、しかしセイバーは押し潰されそうになりながらも器用に捌き切っていく

しかしやはり、あまりにもリーチが違いすぎる…!

攻撃を受けることは出来ても、セイバーからの攻撃はバーサーカーにまったく届きそうにもない。

……このまま防戦一方では、明らかにジリ貧だろう。


凛「――アーチャー!!」


だからこそ、攻撃はアーチャーの役目だ。

衣装を森の賢者たるハイエルフのようなそれに早変わりさせたアーチャーは、幾つもの木の枝が螺旋を描いて形作ったような弓を既に構えている。


アーチャー「むふふ…森の守護者さんの弓はちょっと痛いですよぉ…」


言うが早いか、視覚化するほどの魔力の渦を帯びた矢が、バーサーカーの眉間へと一切の容赦なく放たれた――


唸る様に風を切るその鏃は、確実にバーサーカーを捉えたように見えた

だが被弾する直前、あるいは被弾した直後に放たれた矢は魔力の渦を霧散させ、バーサーカーに傷一つ付けられていない……!


凛「そ、そんな…!? 今の一撃がまったく効いてない…?」

杏「スーパーアーマーってやつだよ、半端な攻撃はバーサーカーには通用しないよ」

アーチャー「……むふふ、なるほど…一定ランク以下の攻撃を無効化する…そういう宝具なのですねぇ…」

卯月「こ、攻撃を無効化って……ず、ずるいよ杏ちゃん!!」

杏「えー、そんなこと言われてもなあ…」


そうこうしている間にも、バーサーカーはセイバーへの猛攻をさらに加速させていく。

足を止めたぶつかり合いでは分が悪いと判断したのか、セイバーは小刻みにステップを踏み、決して一か所に留まらないよう努めている。

木々の間をすり抜け、時に盾に使いながらも、バーサーカーの生み出す暴風雨を危なっかしく、だが器用にいなし続けていく。

――だが、それも長くは決して長くは続かなそうだ。

……メキメキと、何本もの木々が根元から圧し折られ、ぐらりと傾いていく度に、バーサーカーは小柄なセイバーが有利なフィールドを強引に塗り替えていく


卯月「し、自然破壊…、自然破壊はダメです!! えっと、……頑張ってセイバーちゃん!!」


卯月が大きな声でエールを送ると同時に、手にかざしたマスターSRカードが輝きを放つ……

セイバーと、そしてアーチャーにもその効果は及ぼされたのか、二人のサーヴァントの身体もまた輝きに包まれ始めた。


セイバー「……力が湧いてきます、これならいける!! ――《気合い》全開っ!!」


そう叫ぶと、まさしく気合いが形を持ったようにセイバーから生じた猛烈な風圧に、さすがのバーサーカーが巨体をぐらつかせた

その機を逃さず、防戦一方だったセイバーは、一転して攻めの姿勢を見せる

誤魔化しいなすのがやっとだったバーサーカーが振り回す長腕を、卯月のサポートと宝具でのブーストが掛かった今のセイバーは、真正面から受け止めては跳ね返していく――


凛「でも…ダメだ、まだ届かない……!」

卯月「うぅうぅ…!! セイバーちゃん、もっと頑張ってえぇ…!!」


さらに輝きを増す卯月のSRカード、しかしそれでもセイバーはバーサーカーに決定打を与えることが出来ず……

そして、最悪なことに……空の上から見たあの煌めき、ソリを撃ち落としたのと同じ色をした光の粒が、バーサーカーの口元へと集束していく――


「ニョワアアアアアアアアアアーーーー!!!」

杏「あー、それ使うんだ…まあこんな近くからじゃ、避けられないよね…ビームは」


――マズイ、マズイマズイ!!

あの物理光線とでも言うべきふざけた威力の砲撃、こんな至近距離から食らったら、――いくらセイバーでも耐えきれない……!!


ーーそして、夜の森は眩い光に包まれる


「ニョワアアアアアアアアアアーーーー!!!」


だけどそれは、その激しく逆巻くような光の渦はーー

セイバーの真横を掠めるように過ぎ去って、バーサーカーの鳩尾を抉るようにして直撃する!!

轟音を伴った激しい衝撃に、バーサーカーの巨体も堪えきれず大きく後方へと弾き飛ばされた


杏「う、うわあっ…!? ーーバーサーカー!?」


小さな敵マスターが狼狽の声を挙げる。

ーーバーサーカーのビーム兵器は不発だった。

窮地にあったセイバーも、肩で息をしながらも何とか無事に立ち続けている。


アーチャー「むふふ…森を大切にしない悪い子はお仕置きですよぉ…」


してやったりな声の方へ視線を向けると、アーチャーの傍らには、切り揃えた前髪と清楚に纏められたポニーテールが印象的な女性が控えていた。

弓を射った後の残心の姿勢で、静かに目を伏せ佇むその姿は、まさしく大和撫子のお手本のような佇まいだ。


アーチャー「むふふ…やはり弓矢は本業の方に射ってもらうのが一番ですねぇ…ありがとうございました、翠さん…」


翠と呼ばれたその女性は、アーチャーの謝辞に頬を僅かに弛めて応えると、すぐに淡い光の粒となって消えていってしまう

……つまりあの女性もまた、アーチャーが宝具で呼び出した使い魔の一人だったのだろう。


卯月「す、すごい……バーサーカーさんが、飛んでっちゃいました…!」

セイバー「か、かたじけない……助かりましたアーチャー殿」

アーチャー「いえいえ、むふふ…卯月さんの応援のおかげで私も元気一杯でしたからねぇ…妄想が捗りました…むふふふ…」

とにかくこれで、何とか強敵だったバーサーカーを討ち取れた。

後に残された小さなマスター、双葉杏は、呆然自失とした様子で立ち尽くしており、まったく動きを見せようとしない。


凛「……杏! もう良いでしょ…降伏して? そしたら、クラリスさんのところへ送り届けるくらいはしてあげるから…」

杏「……えっ?」


杏「凛ちゃん、……何を言ってるの?」

凛「……?」

杏「杏は、……ちょっと怒ってるんだよ」

卯月「……あ、杏ちゃん?」


感情のない濁った瞳で、小さな白いマスターはこちらを見返して来る。

それは、だがその姿こそが、……普段は決して見る機会のない、双葉杏というアイドルの激情の表れなのかもしれない。


杏「杏が食べようと思ってたキャンディ、……バーサーカーが一個食べちゃったから、ね」


「ニョワアアアアアアアアアアーーーー!!!」


――そして、咆哮。

打倒したはずの巨躯のサーヴァントが、森の薄闇から再び姿を現して来る。

光の渦に引き裂かれ、大きな穴の空いた衣装……だが露出したへそのあたりは、驚くべきことにまったくの無傷だった。



セイバー「そ、そんな!? あの一撃をまともに食らって、まだ立ち上がれるのですか!?」

アーチャー「いえ、ただ立ちあがった訳ではないようですね、むふふ…」

卯月「ど、どういうことですか?」

凛「……アーチャーの攻撃は、確かに一線級だったはず。ダメージも確かに入っていたのに…!」

杏「その通り、そっちの攻撃はきっちり食らってるよ。しかも致命傷ってやつ……まさかスーパーアーマーをこんなに簡単に抜いてくるとは思わなかったけど…」

アーチャー「なら、話は簡単ですよぉ…むふふ…、――回復、されたんですね…?」

凛「か、回復!? こんな短時間で、致命傷を?」

セイバー「……なるほど、それもまた諸星きらり殿の宝具、という訳ですね」


そ、そうか…宝具!! それなら納得はいかないけど、理解はできる。

常時発動型か、特定条件下での任意発動かはわからないが、回復用の宝具があっても確かに何もおかしくはない。


杏「バーサーカーのライフストックは全部で一三個まであるよ、……そして同じ攻撃は二度と通用しない」

卯月「じゅ、じゅうにっ!?」

凛「……同じ攻撃が、通用しない…!」

杏「……めんどくさいよね、こんな相手はさ?」


セイバーとアーチャーが、再び臨戦態勢の構えに入る。

バーサーカーが動きを見せれば、すぐにでも迎撃はできる。

だが、だけど……十三個のライフストックだって?

その言葉を信じるのならば、バーサーカーの暴風雨と物理光線を凌ぎながら、最低でも今のクオリティの攻撃をあと十二回は叩きこまなければならない

……しかもそれは、決して同じ手段の攻撃であってはいけないのだ。

いくらセイバーとアーチャーの二人掛かりとはいえ、それだけのことが本当に可能なのか…

うづきだけ12っていってるよ>>1ちゃん!

>>136
ほんとだ、これはひどい


>>135

訂正
×卯月「じゅ、じゅうにっ!?」
○卯月「じゅ、じゅうさん!?」


凛「……?」


だが、ジリジリと肌を焼くようなこちらの焦燥を他所に……

巨躯のサーヴァントは、ゆっくりと己のマスターの元へと歩みよると、ひょいと片手で持ちあげて肩に乗せてしまう。


杏「今日のところは、見逃してあげるよ。杏も、凛ちゃんたちの相手をするの、ちょっとめんどくさくなっちゃった……」

卯月「え、えっ?」

杏「ふわぁあ…、だいたい夜は寝る時間なんだよねー。杏は朝になっても寝るけど…じゃあ、またね…」


そう言って、小さな白いマスターは唐突に戦闘を打ち切ろうとするのだった。

……な、なんだ、何かの罠なんだろうか?

そして、それを疑わせるかのように、巨躯のサーヴァントは双葉杏を肩に乗せたままピクリとも動かない。


杏「あれ、どうしたのバーサーカー? もう、おうち帰るよ?」


小さなマスターの声に反応したのか、バーサーカーは一瞬だけそちらに目を向けると、すぐに首を動かして……


セイバー「……な、何でしょうか? こちらを見てる?」


ただじっと、セイバーの姿をその星型の瞳の中に映しているのだった。


杏「あ、ああ、なんだ…そういうことね。でも、今日は我慢してよバーサーカー…また明日ね、うん…」


双葉杏がまるで幼子をなだめるようにそう語りかけると、バーサーカーはどこか名残惜しそうに踵を返した。


そして、……拍子抜けしたことに、まったく罠でも何でもなく、ただ本当に。

小さな白いマスターと、大きな黒いサーヴァントは、……姿を消してしまったのだった。


◇バーサーカー◇

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【真名】諸星きらり
【マスター】双葉杏
【属性】混沌・善
【ステータス】
筋力:A(EX) 耐久:A(S) 敏捷:C(B) 魔力:E 幸運:B 宝具:A


特にひねりはなくバーサーカー

ちっちゃくて可愛いモノがとにかく大好きな、おっきおっきな女の子

圧倒的な対人性能を誇るが、マスターのやる気とスタミナがないので長続きしない(杏の魔力は非常に良質ではあるが、絶対量が少ない)


「ニョワアアアアアアアアアアーーーー!!!」


【スキル】

《狂化》
ランク:C
理性を失う代わりに物理ステータスをワンランクアップ


《きらりんぱわー☆(物理)》
ランク:B
筋力にプラス補正。狂化と合わさってもはや物理攻撃の威力はギャグの領域


《精神汚染》
ランク:B
他の精神干渉をシャットアウトできるが、同レベル以上の相手でなければ完全な意思疎通は出来ない
とはいえ狂化により理性を失っているのでそもそも意思疎通が可能かどうかすら怪しい

なおマスターへの加護はない模様。

みんなもぉ…はぴはぴ☆するにぃ?



【宝具】

《大地揺るがす巨神の鎧冑(ましゅまろ☆ほっぺ)》
ランク:B
常時発動型のスーパーアーマー。ぷにぷにしている。
Bランク以下の攻撃を無効化し、また一度受けた攻撃に耐性を得る


《十二の至飴(ハピハピ☆きゃんでぃ)》
ランク:A
全ライフ回復のキャンディ。10+2個セット
マスターにも使用可能で、その場合マスターの魔力が全回復するが異様な興奮状態になる。

本家より1ライフ分ストックが多いような気がする…


《天地乖離す開闢の綺羅星(きらりん☆ビーム!!)》
ランク:A
ものすごいビーム(物理)
被弾すると混乱効果あり。収束砲と拡散砲の二種類がある

その姿はさながら世界を七日で焼き尽くした巨神兵のごとく…


――そうして、正妻戦争の長い一日が終わった。


正直、緊張から解き放たれた私は疲れ切ってしまって、どうやって家まで辿り着いたのかよく覚えていない。


……だけど、まだ何も終わっていない。

アーチャー、ランサー、セイバー、バーサーカー。

四人の、誰しもが人間離れしたサーヴァントたち。

そして、まだ見ぬ三人のサーヴァントと、そのマスターたち。


アイドルたちの命とプライドを掛けた、この世ならざる闘争の渦。

長い戦いの日々は……きっとこれからも続いていく


だから、せめて…今だけは

まどろみの中で、……ゆっくりと休んでいられたら――


【Interlude 1-1】


「うぇ~、なんで猫探しなんてしなきゃいけないんだろ…」

「うーん、もうすっかり夜になっちゃった……」

「……無理なら別に良いって言われてるけど、……でもなあ、途中で諦めるのもなあ」

「それって、――全然ロックじゃないよね?」


<ニャー


「お、おお! いたいたっ子猫ちゃん!!」

「へへっ、これでバッチリなんだよね?」

「ウッヒョー、明日が楽しみだなあ……!!」


【Interlude 1-2】


「うう、すっかり遅くなってしまったな…」

「……ん、何だ…あれは、女の子?」

「き、君…こんな時間に危ないよ…何して…――なんだこれはっ!?」

「た、沢山の人が倒れて…ま、まさかき、君がやったのか!?」

「や、やめろ、やめてくれ…いやちょっと良いかもしれないけど…私には妻も子供も…――んはあああああああんっ!?」


【DAY 2】


――その朝、私は割と最悪な気分で目を覚ました。


場所は、実家の花屋の二階にある自分の部屋。

……いつもより、身体が重く感じる。

何かにしがみつかれているような倦怠感、全身のダルさもあれば、頭も全然すっきりとしない。

きっと、昨夜の疲れがまだ取り切れていないのだろう。

肉体的にも、精神的にも、正妻戦争のマスターというのはとにかく激しく消耗してしまうらしい。

アーチャーも空飛ぶソリや森の守護者さんとか、結構派手に宝具を使っていたし……そのための魔力の供給源になっているのは私だ。

もちろん、サーヴァントが使用する魔力の全てをただの人間が賄える訳はないので、あくまで一部を譲渡しているだけにすぎない。

それに、魔力はスタミナと精神力の混合物でもあるから、寝れば回復はするはずなのだけど……


――でも、それでもキツイものはキツイのだ。


凛「……って、なにこれ」


なんだか、ベッドの膨らみ方が明らかにおかしい。

私一人が作り出す大きさの膨らみではないし、……なんだか私以外の素足が掛け布団からはみ出している。


凛「えっ、……誰かいる、よね?」


ごくりと唾を飲み込み、おそるおそる布団をめくると……

そこには、私の身体を抱き枕にした、見慣れた親友の姿があったのである。


凛「な、何だ…卯月、えっと?」


昨夜の記憶が、割と曖昧なのだけど……。

卯月は昨日、セイバーを召喚して、クラリスさんの教会へ行き、双葉杏のバーサーカーと遭遇した時と同じ衣服のままだった。

そして、私。……私もやはり、昨日バーサーカーと戦っていた時のままの格好だ。


――ちょっと待って、これは一体どういうことだ。

卯月と私、お互いの着衣に乱れはない……いやあるけど、でもそういう行為で起きる乱れじゃない、はずだから、多分…そういうことにはなってない、はず。


……ていうか、何の心配をしてるんだ私は。

卯月は親友だけど、でもそういう仲ではないし、そもそも私は、その…プロデューサーが……


卯月「うーん、むにゃ…えへへっ」


……。

勝手に焦って、勝手に変なことを想像してしまったのは私が悪いのだけど。

でも、平和な顔で幸せそうに眠りながら、スリスリと頬を擦りつけてくる親友の姿に、私は何だかちょっと無性に腹が立ってしまった。

なので、……しかえしにほっぺを指先でぷにぷにしてみる。


卯月「う、ううーん? …う、うぅ~やらぁ…」


お、苦しんでる苦しんでる。

……これはちょっと、面白いかもしれない。

卯月のほっぺたはすっごく柔らかくて、もちもちしていて、触っていてとても心地が良くて…


アーチャー「むふふ…良いですねえうづりん…むふふふ…」

凛「――わ、わあっ!? い、いたのアーチャー!?」


そして私は、ものすごいにやけ顔でこちらをにやにや見つめるサーヴァントの存在に、ようやく気付いたのだった。


セイバー「おお、おはようございます凛殿! お加減はいかかですか?」

凛「せ、セイバーもいたんだ…お、おはよう…うん…」

セイバーは部屋のドアを少し開けた隙間から、キリッとした顔とピコピコ動く触覚めいた髪だけを出して声を掛けてくる。

アーチャー「むふふ…セイバーさんはマスターさんお二人の休息を邪魔する訳にはいかないと、お部屋の外で待機されていたのですよぉ…」

凛「そ、そうなんだ…ありがとう。でも、遠慮なんてしないで部屋に入ってよ、セイバー」

セイバー「い、いえ決して遠慮などでは…珠美はちょっとスキンシップが苦手なだけでして…」

凛「スキンシップ? ……ああ、コレね?」

呆れ顔をしながら、未だにがっちり私を抱き枕にしたままの卯月の頬をさらにつついてやる。

凛「……わかった、こうしよう。セイバーが卯月を守ってくれるなら、私が卯月からセイバーを守ってあげるよ」

セイバー「……り、凛殿!! なんというお心遣い、とてもありがたいです!!」

アーチャー「おや、それは……むふ、むふふふ…!」

素直に喜んでくれるセイバー、その姿は……私たちと何ら変わらない年相応見た目相応のものだった。

……アーチャーのにやけ顔がさらに深まったことについては、深く考えないでおくことにしよう。


さて、当初の予定では、私は卯月を空飛ぶソリで女子寮まで送り届けることにしていたはずだ。

……だが、バーサーカーによる予想外の襲撃によって、その…多分お互い疲れきってしまっていたのだろう。


セイバー「あの後、お二人は気を失うようにして入眠されてしまったので、どうしようかとアーチャー殿と相談をしたのですよ」

アーチャー「むふふ…セイバーさんは卯月さんの女子寮の場所をまだご存じありませんでしたし、……勝手ながら、凛さんのお部屋に運ばせて貰いました…むふふ…」

凛「いや、まあ…それは良いんだけどさ…うん」


私が拠点としている実家の花屋だが、正妻戦争に参戦するということでそれなりに下準備はしている。

まず愛犬であるハナコは、非常に心苦しくはあるが数日間は都外のペットホテルに預けてある。

最大の懸念であり敵マスターとの争いでアキレス健となりうる両親も、アイドルの仕事で貯めたお金を使い、日々の恩返しと称し夫婦水入らずで旅行に行って貰っている。

その上で、他のマスターに疑われないよう出来るだけ普段の生活を再現する手立てをいくつも打ってある。

だから、例え卯月が私の実家に『お泊まり』したとしても、あまり支障はないといえばないのではあるが……


凛「……ねえ、何で卯月と私を一緒のベッドに寝かせた訳? 予備の布団とかあるって教えてあったよね、アーチャー?」


私は当初、サーヴァントにも寝床はいるだろうと思っていたから、アーチャーにはそういったことも予め伝達してある。

アーチャーは結局、実体化しているだけで魔力を消費してしまうので休息の際はSRカード化するという風に話していたが……


アーチャー「それは……色々と材料があった方が色々と捗るからですよぉ…むふふ…」

セイバー「は、捗る…? 材料? 一体何のことですか…?」

凛「いや、気にしないでセイバー。アーチャーのこれは病気みたいなものだから…」

セイバー「そ、そうですか。……ああそうだ、我々でしたら、待機中はもちろんSRカード化しておりましたよ!」

アーチャー「むふふ…魔力供給もバッチリですし、……朝から良いモノをたくさん見れましたから、今日も日菜子は頑張れそうです…むふふふ…」


もはやピンクのオーラを発散しだしたアーチャーはもう放っておいて、そろそろ寝坊助な親友をひっぺがして起こすとしよう
……


――お、おはようございます、島村卯月です!


普通だった私の日常を根本から覆してしまった昨日の出来事でしたが、その原因である正妻戦争は今日も続いています。

凛ちゃんと話し合った結果、やはり他のマスターが判明しないうちは私たちも日中はなるべく普段通りの生活を送ることに決めました。

ただ、へんたいさん(ランサーのサーヴァントらしいです)のマスターには私たちのことはバレてしまっているはずなので、それについては警戒を怠らないように、ということです。

何かあったら決して一人で対処しようとしないで連絡を取り合う、これも絶対の約束です。

あとは、……一日の予定が終わった後は、凛ちゃんの家にお泊まりさせてもらうことになりました。

理由は、昨日の戦いの経験から、少なくともバーサーカーさん相手に単独で立ち向かうのは危険なので、その襲撃に備えるため。

あとは数的優位を活かして積極的に他マスターの探索をするのことも……これはまだ未定ですが、その可能性はまだあります。

……とまあ、そんなこんなで私は、一緒に寝ていた凛ちゃんに手厚く起こされてから、慌ただしく事務所へと向かったのでした。


卯月「むむ…この問題はたぶん、あの公式を応用して…」


午前中に雑誌のインタビューお仕事を済ませ、今は事務所で次のお仕事に向けて待機中です。

こういった時間も無駄にはできません。今のうちに、溜まってしまっていた学校の課題をやっつけちゃいましょう!

アイドルだからといって学業を疎かにする訳にはいきません。

お仕事の都合で学校に通えない日も最近は多くなってきてしまいましたが、……でも私はお仕事もお勉強もどっちも頑張るって決めているんです!


ちひろ「あら、卯月ちゃん……お勉強ですか?」

卯月「あ、はい! 最近ちょっと忙しかったので、学校の勉強に遅れないようにって!」


声をかけてくれながら、さりげなく机に淹れたての紅茶とおかしを用意してくれたのは、事務員の千川ちひろさんです。


ちひろ「ふふっ、卯月ちゃんは本当に頑張り屋さんですね? でも、ほどほどにしておかないと、プロデューサーさんみたいになっちゃいますよ?」

卯月「え、プロデューサーさんみたい……ですか?」

ちひろ「そうですよ~、目を離せばスタドリエナドリ三昧ですからねあの人は。休んでも良いって言ってるのに、まったく……」

卯月「あ~、確かにそんな感じかもです…あはは」


プロデューサーさんは、ニュージェネやトラプリの担当をされているだけでなく、事務所全体の運営に関わったり、スカウト活動にも積極的に取り組んでいます。

本来ならプロデューサーさんのお仕事ではないことまで、自ら請け負ってはバリバリと成果を挙げてしまうので……

……すごい人なんだなあと思う反面、無理をしているんじゃないかってちょっと心配でもあります。


ちひろ「プロデューサーさんは働いて続けていないと生きていられないんですよ。マグロみたいなものなんです、きっと」

卯月「マグロ、ですか?」

マグロというワードに何かトラウマちっくな響きを感じてしまいます、あまり関係ない気もしますが。

ちひろ「そうです、知ってますか? マグロは回遊魚と言って……なんと泳ぎ続けていないと死んでしまうんです!」

卯月「え、えぇ!? じゃあ、寝る時も泳ぎ続けているんですか?」


何ということでしょう、マグロさん頑張り屋さん過ぎです!

私も中々の頑張り屋さんだと自負していましたが、上には上がいるものなんですね……


ちひろ「そうなんです! ……って、これよく考えなくても失言ですね。ごめんなさい、忘れてください卯月ちゃん」

卯月「えっ? あ、そう…ですかね? はい、わかりました…」


ちひろさんは人差し指を立て、口元に可愛らしくちょこんとつける『内緒ね?』のポーズをしてから、いそいそと自分の机に戻っていきます。

歩みに合わせて、三編みに纏めた長い髪が揺れるのを何気なしに見ながら、ちひろさんが淹れてくれた紅茶を一口すすり、ほぅっと一息つきます。

すると、何やら事務所のドアの向こうから、聞きなれたリズムの足音と、楽しそうに言い合う声がいくつか。


……噂をすればなんとやら、プロデューサーさんが事務所に戻ってきたようです。

ちひろ「王は孤高にあらず!」

課金兵達「然り!然り!然り!」


モバP「ただいま戻りました~」

加蓮「ただいま戻りました~♪」

モバP「……って何だよ加蓮、真似するなってば」

加蓮「え~、真似なんかしてないよ、ホントだよ?」

奈緒「声色まで真似しといて良く言うよ、ホント……」


モバPさんと一緒に帰ってきたのは、ルンルンとご機嫌な様子の加蓮ちゃんと相変わらずの呆れ顔な奈緒ちゃんです。


卯月「お疲れさまです、プロデューサーさん!」

モバP「おう、卯月もお疲れさま。……学校の勉強してたのか、流石だな」

卯月「えっ、そ…そんなことないです、普通ですよ。成績だって普通ですし…」

モバP「いやあ、卯月くらいのランクのアイドルで、普通に勉強してるってだけでも大したもんだよ。それこそ、普通なら忙しくてつい疎かになってしまうもんだ」


随分と感心した声音でモバPさんは言うと、傍らにいるトラプリの二人にちらりと視線を投げます。


モバP「お前たちも、見習ってくれると助かるんだけど……」

奈緒「な、なんだよ! あたしだってそれなりにきちんと勉強はしてるぞ!」

モバP「ま、まあ奈緒は大丈夫か、……なあ加蓮?」

加蓮「あ、ひどい……ひどいよモバPさん、私のこと嫌いなんだね?」

モバP「またそれか、……そんな訳ないだろ、勘弁してくれよ」

加蓮「えへへっ、ゴメンね? わかってる、学校の勉強もちゃんとやるって! ……ほら、約束だよ?」


そう言って、加蓮ちゃんはちょこんと右手の小指を立てて見せたのです。

モバPさんは少し驚いた様子でシゲシゲとそれを見つめていましたが……

やがて加蓮ちゃんのキラキラとした瞳に根負けしたのか、やれやれといった風に、その小指を重ねたのでした。


加蓮「ふふっ、指切った~♪」


今日の加蓮ちゃんは本当に元気一杯という感じです。

昨日は少し体調が悪そうだっただけに、一安心といったところでしょうか。


それにしても、すごい積極的なアピールですよね、加蓮ちゃん……

あれだけ色々とできちゃうモバPさんが、気づいてないなんてことが果たしてあるのでしょうか……?


モバP「あとは、……未央はまあ要領も良いし問題ないとして、凛だなあ」

加蓮「……凛なら、それこそ心配ないよ。すました顔してるけど、私たちの誰よりも真面目だもん」


凛ちゃん、そういえば姿が見えません。

トラプリの二人と一緒でないのなら、今日はソロでのお仕事でしょうか?


卯月「あの、凛ちゃんは今日はどんなお仕事をしてるんですか?」

モバP「テレビ番組の単独ゲスト出演だな、ほらあの大御所のお笑いコンビがやってるバラエティの」

卯月「――え、ええっ!? わ、私それ毎週見てますよ!! す、すごい!」


さ、さすが凛ちゃんです……やっぱりうちの事務所で一番トップアイドルに近いのかもしれません。

うぅ…やっぱり遠いなあ…、すごいなあ、凛ちゃん……


卯月「……あれ? そ、そんな大きなお仕事なのに…その、凛ちゃん一人で行ってるんですか?」

モバP「いやまあ、俺も今日ばかりは凛に付いてやりたかったんだけどさ……」


何だか珍しくバツが悪そうに頭を掻くプロデューサーさんに、私は首を傾げてしまいます。


奈緒「……あー、あれだよ。凛の仕事は結構急に決まったからさ、元々は今日はうちらと別の予定が入ってたんだ」


困り顔のプロデューサーさんを見かねたように、奈緒ちゃんがフォローを入れてくれました。


奈緒「で、なんというか……プロデューサーには前々から今日のトラプリの仕事に付いててもらう約束しててさ、それで……」

加蓮「……ごめんねモバPさん、私のわがままで困らせちゃって」

モバP「いや、そうじゃないさ。俺がスケジュール組みをミスっただけだよ。……こっちこそ、今日はトラプリのみんなに苦労かけちゃったな」

奈緒「い、いやいや! 全然そんなことないって! むしろ、あたしらも凛一人にばっか負担かけちゃってさ…」

モバP「そんなことないさ、俺ももっと頑張らないと…だな? ……凛は頼りがいがあるし、つい甘えちゃうんだよ」


プロデューサーさんにここまで信頼されて、一人で大きなお仕事も任せられている凛ちゃん。

悔しいけど、私もまだまだ…それこそプロデューサーさんやマグロさんにも負けないよう頑張らないと、ですよね?


加蓮「……モバPさんはさ、凛のこと信頼してるんだもんね?」

モバP「そりゃそうだ、当たり前だろ?」

加蓮「……うん、そりゃそうだ、当たり前…だよね?」

モバP「な、なんだよまた俺のモノマネか?」

加蓮「ふふっ、いいじゃん別に~♪」

奈緒「……はあ、やれやれ」


加蓮ちゃんがいつもより積極的で、奈緒ちゃんはいつもより呆れ顔。

……凛ちゃんのいないトライアドプリムスは、私がいうのも何ですけど、やっぱりちょっと普通じゃない感じがしたのでした。


『――昨日未明、東京都○○区内で発生した、ガス漏れと見られる集団昏倒事件についてですが…』


事務所にある、いつもつけっぱなしのテレビから、原稿を読み上げるアナウンサーさんの緊迫した声が流れてきます。

……○○区といえば、この事務所からもそう遠くはありません。

釣られるようにしてふと目を向けると、画面端に表示された時刻は思ったよりも遅くなってしまっていました。


卯月「あっ、私はそろそろ次のお仕事に行かないと……」

モバP「おっと、もうそんな時間か。……俺も付いて行こうか、卯月?」


言うや否や、こちらの返答も待たずに出掛ける支度を始めるモバPさん。

いつもなら、私もここでちょっとプロデューサーさんに甘えてしまうところなのですが……


卯月「……プロデューサーさんは、今日はもうご予定はないんですか?」

モバP「ん、俺か? そうだな、ちょっと事務処理は残ってるけど……ああ、凛の迎えにも行ってやらなきゃな…」

卯月「ふむ、つまりまだお忙しいんですね?」

モバP「ん、んん? まあ、そうとも言うかもな……」


……なるほど、これがマグロさんなんですね。

ちひろさんに言われるまで、気付けなかったのがちょっと情けないかもです。

きっと、いつも優しくしてくれる影で、余計な気苦労まで背負い込ませてしまっていたのでしょう。

本人がそれを気苦労だと思ってないっぽい辺りが、また厄介なのかもしれません。

頑張りすぎちゃうのも、考えモノなんだなあ……


卯月「プロデューサーさん? ……私は大丈夫ですから。プロデューサーさんは、しっかり残りのお仕事を終わらせて、そしたらきちんと休んでくださいね?」

モバP「ん、んんん? そ、そうか?」

卯月「はい、頑張り過ぎちゃダメですよ? 私にはわかっちゃうんですから!」


この人は、ホントにプロデューサーっていうお仕事が好きなんだなあって、こんな形で実感するとは思いませんでした。

目をぱちくりとさせるモバPさんは、まるでごちそうを目の前にしておあずけ状態なわんちゃんみたいで、ちょっと可愛かったかもしれません。

……頑張り過ぎがわかっちゃうなんて、ちょっとだけ大人ぶって嘘をついちゃいましたけど、それくらいは別に良いよね?


加蓮「お、ねえねえ奈緒? 卯月がプロデューサー離れしてるよ?」

奈緒「プロデューサー離れとか、どの口が言うんだよ…まったく…」

卯月「そ、そんなんじゃないってば加蓮ちゃん! もぅ…じゃあ、行ってきます!」


そうして私は、加蓮ちゃんにからかわれてしまう前に、ちょっとだけ淋しそうなプロデューサーさんを後にして、次のお仕事へと足早に向かったのでした。


【Interlude 2-1】


「ふん、悪くない風だな……」

「……あん、何だよ? まさか今さら怖じ気づいたのか?」

「心配すんなよマスター、アンタが下準備をしてくれたおかげで、今のアタシは力が漲ってる」

「世話になった義理は果たすさ。……どんな奴だろうと、どんな手を使ってこようと、アタシは絶対に負けやしねえ」

「まあ、いざとなったら……気は進まないが、奥の手もある。心配せず、どーんと構えとけって」

「それが、お前の言う……ロックってやつなんだろ?」


「ああ、そうだ。それで良い、……さあ、お望み通り見せてやるよ、アタシなりの――ロックってやつをよ!!」


【Interlude 2-1 END】


――その馬鹿みたいにドでかい魔力の塊は、突如として出現した。

ここからそう遠くはない、おそらく5キロと離れてはいない場所、おそらく湾岸部だ。

素人の、まだ魔力という存在を知って間もない私でさえ、これ以上ないほど明確に感じ取れる……真っ直ぐで気迫に溢れる、圧倒的な存在感!


アーチャー『むふふ…凛さん、お気付きだとは思いますが…サーヴァントの魔力ですよぉ…』


実体化しないまま、令呪を介してアーチャーが頭の中へ語りかけてくる。

周囲に人がいないのを確認して、それでも細心の注意を払いながら、私はアーチャーに微かな声で返答する。


凛「まるで隠す気もないようだし、……挑発かな、これは」

アーチャー『おそらくそうでしょうね……こんなにあからさまだと、罠に警戒する気も削がれてしまいそうです、むふふ……』


そのタイミングで、スマホが着信を告げる音楽――S(mile)ING!という楽曲だ――を奏だした。

そうか、実体化していないサーヴァントと人前で話す時は電話をしている振りをすれば良いのか……ふとそう思いつつも素早く操作をし着信に応答する。


『も、もしもし凛ちゃん? あの…今なにか、すっごく大きな魔力?みたいなのが……』

凛「うん、わかってる。こっちでもそれは捕捉してる……ていうか、あからさますぎて驚いてるよ」

『ど、どうしよう? ひとまず合流した方が良いよね?』

凛「そうだね、卯月は今どこにいる? ……そっか、じゃあ?△駅前の広場で合流すれば良いかな」

『う、うん、わかった! じゃあ、また後で……気を付けてね、凛ちゃん!』

凛「そっちこそ気をつけてね、……さて、と」


通話を終え、思わず空を仰ぐと、太陽は西の空に沈み僅かな名残を地平線に残すのみとなっていた。

普通の日常は既に終わり、非日常が嬉々として顔を覗かせ始めている。

――長い夜が、やってきた。


仕事終わり、テレビ局のロビーにて、私はプロデューサーの迎えを待っているところだった。

……ちょっと惜しい気もするけど、私はプロデューサーの番号を検索しながら、さてどう言い訳したものかと思案を開始するのだった。


二匹の白馬が、道なき空の道を蹄で打ち鳴らしては進んでいく。

虚空を駆ける幻想的な白い影がけん引するのは、お伽噺から飛び出してきたようなカボチャの馬車だ。

――アーチャーが空飛ぶソリの代わりに用意してくれたのは、いかにも彼女の脳内から出てきそうな、乙女趣味全開の乗り物だった。


アーチャー「むふふ…さすがに実在かつ極上の神秘をモデルにした【サンタさんのソリ】には劣りますが…この馬車も中々のモノでしょう?」


御者席に陣取った、やはりカボチャをモチーフにデザインされた衣装に身を包んだアーチャーが、馬車の内側にいる私たちに後ろ目で語りかけてくる。


凛「……うん、まあ悪くはないんだけど。……この、王子様ちっくな衣装はどうにかならないの?」

卯月「あ、あはは~、私はお姫様ですね…、ちょっと恥ずかしいくらいストレートの…」

セイバー「で、私が西洋の騎士の格好ですか…。ナイトも悪くはありませんが、珠美はどちらかというとお侍さんを目指しているのですが……」


そして、馬車に乗り込んだ私たち三人もまた、それぞれがお伽噺の登場人物のようなコッテコテの衣装にいつのまにか早変わりさせられていたのだった。


アーチャー「むふふ…それはこの馬車に乗るための仕様ですので、諦めてください…むふふふ…」


……やれやれ、果たしてどこまでが本当で、どこからがアーチャーの趣味なのだろうか。

別に仮装自体はアイドル活動の一環と考えれば一向に構わないのだけど、……さすがに男性役の衣装を着ることになるとは思っていなかったのでちょっと複雑な気分だ。


アーチャー「むふふ…もう少しゆっくりみなさんのお姿で妄想を堪能したいところでしたが……そろそろ目的地が見えてきましたよぉ…」


言われて馬車の横側から眼下を覗き見ると、そこには大きなイベントを開催できる巨大な施設群や、積み上がったコンテナなどが居並ぶ港湾地域の景色が広がっていた。

カボチャの馬車はゆっくりと高度を落としていくと、コンテナとコンテナの合間を縫うように進んでいく。


……そして、先ほどから絶え間なく魔力を放出し続けているその存在の様子が伺える位置で、そっと動きを停止させたのだった。


凛「……いた、あれが…この馬鹿でかい魔力の源!」


視線の先、積み上がったコンテナ群によって意図的に作られたような、まるで闘技場のようなスペースに、その姿はあった。

静かにざわつく夜の海を背負うようにして、僅かに満ちた半月に照らされ浮かび上がるのは、あまりにも特徴的な出で立ちのシルエット――


潮風にたなびく漆黒の長髪と、さらしを巻いた胸元、一昔前の暴走族が着ているような特攻服

……そして、あまりにも武骨な一振りの木刀

背後には、意外にもデコレーションの類がまったくない、実用一辺倒のスッキリとしたフォルムの大型バイクが控えている

その座席後方に跨がっている少女がおそらくマスターだろうが、やはり彼女もその姿を微塵も隠そうとせず、いっそ清々しいほどに堂々としていた


以上の状況から察するに、このサーヴァントのクラスはおそらく……


「――ライダーのサーヴァント!! 天上天下、喧嘩上等、特攻隊長・向井拓海だ!!」


そして、驚くべきことにそのサーヴァントは、クラス名どころか本来なら秘匿すべき己の真名までも、自ら高々と言い放ったのだった――


ライダー「チャラチャラした回りくどい手段は好かねえ! こんだけ派手にアピールしてんだ、聞こえてねえとは言わせねえぞ!! 良いか、耳の穴かっぽじってよく聞きやがれ!!」


天を裂くかのような大音声が、おそらく私たち以外にもいるであろう、周囲に潜みあるいは使い魔を飛ばし様子を伺っているサーヴァントやマスターにこれでもかと叩きつけられていく。


ライダー「てめえらもトップアイドルなんてくだらねえ夢見ちまった大馬鹿野郎共だろうが! ――こそこそせずによ、正々堂々アタシとヤろうぜ!」


さらしを巻いた胸をはち切れんばかりに張り、大きく天を仰いで……ライダーのサーヴァントは獰猛な笑みに顔を歪ませていた。


……あまりの事態、信じがたい愚行を前に、開いた口が塞がらなかった

己の姿、その正体やマスターまでも自ら晒けだすというこの上ないリスクを犯しながら、やっていることは不特定多数に喧嘩を吹っ掛けるだけ

――何という、実のない行為なのだろう

それは、一人のサーヴァントの、かつての伝説的なアイドルの、決して上策とは言えない、むしろ愚かとさえ言える真っ直ぐな有り様そのものだった


「――ウッヒョオオオ!! 良いね良いね、さいっこうにロックだよ姉御ォ!!」


大型バイクに跨がったマスターらしき少女が、喜色に満ち満ちた歓声を揚げる

……だけど、その興奮の伝播は彼女だけに留まることはない


ライダーのサーヴァント、その威風堂々たるパフォーマンスは確かに……

愚かだけど、真っ直ぐだからこそ、――これ以上ないほどに、見るものを魅了する輝き、聴く者の魂を揺さぶる力を持っていた……!


凛「――行こう、アーチャー。罠だろうが何だろうが、あんなに真っ直ぐ挑戦状を叩きつけられておいて無視するようなら、トップアイドルになんてなれない」

アーチャー「むふふ…良いですねぇ…痺れますよぉその即答…! やはり凛さんの魂は限りなくイケメン……むふふふふ……」

セイバー「卯月殿! ……珠美はサーヴァントである前に一人の武士でありたいです。あれほど堂々とした名乗り、受けなくては末代までの恥です!」

卯月「……うん、大丈夫だよセイバーちゃん。私だって、ここが頑張りどころだってことぐらい、わかってるもん!!」


そして、……ある種の異様な熱に浮かされるかのようにして、白馬が引くカボチャの馬車は、今宵の舞踏会ならぬ武道会へ、招待された向う見ずの客人たちを運んでいくのだった――


コンテナで囲まれたアリーナの主、仁王立ちするライダーの正面に向かって、二匹の白馬はゆっくりと歩を進めていた。

カボチャの馬車は、その不可思議な威容をいっそ誇るかのように悠々と、たっぷりと時間をかけて動きを止める。


アーチャー「むふふ…勇ましきご招待に預かりまして、素敵な王子様と可憐なお姫様、そしてご自慢の守護騎士様をお連れしましたよぉ…むふふふ……」


御者役のアーチャーに促され、まずは守護騎士役であるセイバーが、次いで王子役である私がお姫様役である卯月の手を取り、エスコートするかのように馬車から闘技場へと降り立つ。

私たちを守るような位置に陣取ったセイバーは鉄製の西洋甲冑を身に纏っており、鞘に収まった騎士剣を腰に下げてはいるものの、その手に持っているのはいつもの竹刀のままだった。

ちぐはぐな格好ながら、それでも割と様になっているのは彼女の纏う武士としての雰囲気故だろうか…


ライダー「おう、随分とチャラチャラした格好してやがる連中だが、……悪くねえ、骨のあるサーヴァントがさっそく二人! しかもマスターまで引き連れて出てきやがった!」


相対するライダーのサーヴァントは、今この状況が楽しくて堪らないと言った様子で、猛禽を思わせる笑みをいっそう深く歪ませる。


ライダー「――これがまさしくお前の言うロックってやつだ、そうだろ李衣菜!!」

「ふっふっふ……、間違いないね姉御っ!! やっぱりロックはこうじゃないとっ!!」


大型バイクに跨ったまま、洒落たヘッドフォンを首にかけたショートヘアの少女がライダーの気炎にさらなる燃料を注いでいく。


――多田李衣菜。うちの事務所でも指折りの人気を誇るアイドルであり、一番の『にわか』だという噂のある(それが逆に人気の源泉になっている)少女だ。

彼女がライダーのマスターであるというなら、そのポテンシャルはかなり高いはず……

マスターSRカードによる何らかのサポートにも、充分警戒しなくてはならないだろう。


ライダー「さあ、どうする? 見たとこお前らは同盟でも組んでるようだが、……アタシは別に、タイマンじゃなくてもかまわねえぜ?」

セイバー「……いえ、私が一人でお相手させて頂きましょう。一介の武士として、貴殿の曇りなき心意気に応えない訳にはいきません」


そう言って、さらに一歩前に歩み出るセイバー。

こちらとしても予想外のその行動に、私は思わず目を瞠ってしまうが……


セイバー「――かまいませんね、凛殿? アーチャー殿?」


振り向いて、決意の滲んだ凛々しい表情を見せるセイバーに、私は何の文句も紡げなくなってしまったのだった。


アーチャー「むふふ…ナイト様がお望みとあれば…野暮な真似はしませんよぉ…」


私の代わりに、セイバーの『矜持』に賛意を示してくれるアーチャー。

ちらりと視線を移してくるセイバーに、私は頷きだけで答えを返すのだった。


セイバー「……マスター殿?」

卯月「うん、わかってるよセイバーちゃん。サポートはまかせて!」

セイバー「かたじけない……それでは、お願いします!」


そして、いつのまにかすっかり通じ合っている様子の卯月に、セイバーは言葉少なく、だが絶対の信頼を寄せた言葉を投げかけて……

セイバーのサーヴァント、アイドル界屈指の剣豪・脇山珠美が、己の全てをぶつける一騎打ちのためさらなる一歩を踏み出した。


http://i.imgur.com/vaLf1RN.jpg
http://i.imgur.com/Xfbi3IJ.jpg
多田李衣菜(17)


ライダー「おいおい、いいのかチビっ子剣士? お一人様で大丈夫か? アタシは手加減なんかできねえぜ?」

セイバー「……ご心配にはおよびません。私は相手がどんなに無駄な荷物を胸元にぶら下げていようとも、ハンデと思わず遠慮なく力を振るえますから」

ライダー「ハッ、吠えやがったなチビ助野郎! ……良いぜ、ますます気に入った…真正面から叩きのめして、アタシの舎弟にでもしてやるよ!」

セイバー「……なるほど、ご立派だったのは心意気だけでしたか。栄養が頭以外に行くと、中々生きていくのも大変そうですね」


牽制と挑発の言葉を交わし合いながら、ジリジリと距離を詰め、木刀と竹刀を構える二騎のサーヴァント。

そして、その背後を守るかのように控えた二人のマスターが、互いに視線を交錯させる。


李衣菜「良いね良いね良いねっ!! 一騎打ちとか最っっっ高にロックな展開だよっ――!!」

卯月「マスターSRカード……準備おっけー! 負けないよ、李衣菜ちゃん!!」

李衣菜「卯月ちゃんこそ、最っっ高にロックな輝きを魅せてよねっ!!」


一触即発、いつ戦いの火蓋が切って落とされてもおかしくはない、はらわたをねじ切られそうな緊迫感が周囲に張り詰めていく……

そして、セイバーとライダー、どちらともなく動きだそうとした、まさにその瞬間――


「――いやいや熱いねえお二人さん、素晴らしきかなロックな生き様! とか言うあたしもある意味ロックな人生を謳歌してる気がするけど……」


剣呑な雰囲気にまったくそぐわない底抜けに陽気な声が、頭上から私たちへと投げかけられたのだった。


卯月「へ、へんたいさん!? ――へんたいさんだあっ!?」

「うひひっ、また会ったね! マイスウィート女体お姉ちゃんっ☆」


空気を読まない突然の闖入者に、真っ先にリアクションを見せたのは卯月だった。

セイバーとライダーが今まさに突撃し合おうとしていた空間、まさしくその上空に、悪魔の両羽を広げた一騎のサーヴァントが浮かんでいた。

忘れるはずもない、……死の暴風めいた三又の槍と、因果を捻じ曲げ胸を揉むとかいう無駄に強力でふざけきった宝具

わいせつ小悪魔、空飛ぶ不審者、色々な意味で恐るべきランサーのサーヴァントの姿が、そこにはあった


ランサー「うひひひっ☆ ちっぱいからでかぱいまで、おっぱいがいっぱいYORIDORI MIDORI☆ ……こんな天国みたいなとこに、あたしが来ない手はないよね?」ワキワキワキワキ

卯月「う、うわぁあああ!? た、たいへんだあ、へんたいだああ!?」

李衣菜「な、なんだこの人……お、おっぱい? こ、これもロック…なのかな?」

アーチャー「……むふふ、相変わらず変な人ですねえランサーさん…」

セイバー「いえ、あの…失礼ですがアーチャー殿も負けてはいないような……」


独特かつマイペースすぎる空気を持つランサーは、張り詰めていたはずの闘技場の雰囲気を一気に牧歌的なものに変えてしまった。

……というか、さっき卯月のリアクションが何だかおかしい。

やっぱりランサーにこう…割と好き勝手されてしまったことは、ちょっとトラウマになっているんだろうか?

>>167

ちょっと訂正

×……というか、さっき卯月のリアクションが何だかおかしい。
○……というか、さっきから卯月のリアクションが何だかおかしい。


ライダー「おい、盛り上がってるとこ悪ぃんだがよ。……なんだ、ランサーで良いのか? お前もアタシとヤりたいってんなら、ちょっと順番待ってくれねえかな?」

ランサー「およ、ライダっぱいは順番待ち? うーん、困ったなあ…あたしはちょっと、テンション上がっちゃっててさあ、どうにも待ちきれないんだよなぁ…」


指先をわきわきと蠢かせ、悪魔のしっぽをふりふりと動かしながら、ランサーは八の字を描くようにひらひらと飛んでいる。

――それにしても、改めて考えるまでもなく、これは異様な状況だ。

ライダーの愚直な挑発の効果で、既に半数以上のサーヴァントが一同に会している。

……もしかすると、私も含めてだが、思った以上にこの正妻戦争の参加者は馬鹿が多いのかもしれない。

だけど、それもまた悪くないかもしれないな……


――そう思ってしまったこの時の私は、やっぱりまだまだ甘かったと言わざるを得ないのであるが。


ランサー「うーん、じゃああたしはマジシャンさんとリベンジマッチとでも行こうかな? この前は良いとこで邪魔が入っちゃったし☆」

アーチャー「おや、もしかして私のことですかねえ…お望みとあれば、お相手致しますが…むふふ…」

ランサー「おお、ノリが良いね! じゃあそんな感じでやってみようか……なんちゃって☆」


言うが否や、ランサーは視界から突如として消え失せる――

そして、――甲高く響く金属音めいた振動、一瞬遅れて視線を向けると、それはランサーの槍とライダーの木刀が激突した反響音であることがわかった。


ライダー「……おう、不意打ちはまだ良いとしてもだな? ……よりにもよってアタシのマスターを狙うとは、中々良い度胸してんじゃねえか、コウモリ女?」

ランサー「うひひっ☆ これでちょっとは、あたしともやる気が出たんじゃないのライダー? 他所見してたら、ヘッドフォンちゃんをおいしく頂いちゃうよ?」

李衣菜「……えっ、――えっ!?」


目の前で起こっている光景、自らの命を脅かした敵の矛先を、ライダーのマスターは致命的な遅さでようやく認識している。

……躊躇いなくマスターを狙った、ランサーの槍の一撃。

こんなの、不意打ちどころではない。――気付いた時には、もう命が終わっている。

狙われた李衣菜だけではなく、その場にいたマスターの誰しもが、もはや神速の域にあると言っても過言ではないランサーの素早さにまったく反応できていなかったのだ。


――そうだ、サーヴァントは何もサーヴァントだけを狙う訳ではない。


少しでも隙を見せれば、サーヴァントよりもよっぽど貧弱なマスターを狙わない通りなどどこにもない。

そして、未だに遭遇はしていないが……マスターを襲うことに特化したクラスのサーヴァント、アサシンだって存在するのだ。

ライダーが大々的に他のサーヴァントを呼び寄せ、注目を集めている今この瞬間、アサシンの持つタガーの矛先が自分に向けられていないと、一体誰が断言できよう?


ライダー「おい、李衣菜! さっさとマスターSRカードを発動させとけ、それで自分の身は守れるだろ!」

李衣菜「う、うん! わかった!!」


ライダーが檄を飛ばすと同時に、そのマスターのSRカードが輝きを放ちだす。

会話の内容から判断するに、おそらくはマスター護身用の自己強化系だろうか。

そしてそれと同時に、――ライダーはランサーへと容赦なく木刀を叩きこんでいる。

猛禽の笑みに怒りを滲ませているライダーとは対照的に、木刀の連撃を三又の槍で器用にいなすランサーはしてやったりの涼しい顔をしていた。


……呆気にとられていたのは、他ならぬセイバーだった。

いざプライドを掛けた一騎打ちに臨もうかとしていた彼女は、その相手を突然の乱入者に奪われた状態のまま、所在なさげに竹刀を構えて続けている。


アーチャー「やれやれ…どうやらお互い、良い具合にダシにされてしまったようですねぇ…セイバーさん?」

セイバー「……アーチャー殿。もうこうなったらいっそ、貴殿の弓の一撃であの連中をまとめてやっちゃっても良いのではないでしょうか?」

アーチャー「おや…随分と武士らしかぬ曲がりくねった発言ですねえセイバーさん? しかし、その考えもまた一理あります…むふふ…」


妙に感心した様子でにやにや顔をいつも以上に深めるアーチャーは、ふいにセイバーを追い越してその前へと歩み出る。


アーチャー「ですが、――どうやら私の見せ場はまた別に用意されていたようです、むふふふ…」


そう言って、私のパートナーはついと右手を中空に掲げる。

それはまるで、そこにはいないはずの王子様に、エスコートをお願いする姫君のような仕草。

アーチャーが手のひらを向けたその先は、闘技場を形成する、積み上がったコンテナで出来た壁の一つ。


その薄闇にできた稜線の中で、……きらり、と。

――見覚えのある、開闢の星の輝きが瞬いた。

>>170

訂正

×少しでも隙を見せれば、サーヴァントよりもよっぽど貧弱なマスターを狙わない通りなどどこにもない。
○少しでも隙を見せれば、サーヴァントよりもよっぽど貧弱なマスターを狙わない道理などどこにもない。


もう誤字は諦めた方が良い、ちぃ覚えた


――まるで流星のように飛来する、あまりにも真っ黄色の光の束は、一直線にアーチャーへと襲いかかって行く。

しかし迫りくるビームの尖端は、アーチャーの正面で不可思議なまでに湾曲すると、すっかり他所見をして鍔迫り合いをしているライダーとランサーへと真っ直ぐに向かっていく!


そして、――駆け抜ける閃光、空間を揺さぶるような衝撃。

夜の海へと着弾した物理光線が、あまりにも巨大な水柱を打ち立てる!


ランサー「――のわあっ!? 今のあっぶなぁ!? ちょ、ちょっとな、何事!?」

ライダー「おいこらあっ!! 不意打ちがこうも流行るってのは感心できることじゃねえぞ!!」


天地が鳴動し、水しぶきが舞う中、かろうじてビームを回避したランサーとライダーの肝を冷やしきった声がやけに大きく聞こえてくる。


――続いて、次弾。

同じく絶大な物理的破壊力を持ったビームが、次こそは仕留めるという確かな意思を持ってアーチャーへと発射される。

……だが、結果はまったく同じだった。

まるで光線の進む方向を操れるかのように、アーチャーの手前の空間で湾曲されられた光の束は、今度はぐるりと向きを変え、放たれてきた方角へと撃ち返されていく。


「ニョワアアアアアアアア―――!!!」


そして、天地を割くような甲高い咆哮をかき消すように……

ビームの着弾がもたらす衝撃と閃光が、狙撃主の潜むコンテナの壁上にて容赦なく展開された。


卯月「な、なにが起きてるの…? アーチャーさんは、一体何を…?」

ライダー「……おいおい、どうなってやがるんだよ?」


味方が、敵が、そして我がサーヴァントながら、アーチャー当人以外の誰もが、この状況には困惑を隠せそうにもない。

至高の神秘である空飛ぶサンタのソリさえ撃ち落としてみせた、信じられないほどの威力のビームを、アーチャーは指一本触れもせずに撥ね返してしまったのだ。


ランサー「あれまあ、大した手品だねこれは、……さっすがマジシャンさん☆」

李衣菜「す、すごい…ロックにもほどがあるよ…」

アーチャー「むふふ…、中々どうして大した隠し芸でしょう? 種も仕掛けもありませんよぉ~♪」

ランサー「……今のビームの動き方、あたしの抱具と似たような感じを受けるね。ちょろっと因果律だったり運命的なサムシングを捻じ曲げちゃってない?」


ランサーの割と的を射ていそうな鋭い投げかけは、しかし燃え盛るコンテナ壁上から飛来した黒い影によって遮られる。


――どずん、っと闘技場の中央辺りに着地したのは、まさしく砲撃の主であるバーサーカーだった。

ご自慢の宝具の一撃を自ら食らってしまっては、流石に大きな痛手を負わざるを得なかったはずのその姿は……

しかしやはり、焼け落ちそうになった服以外に、負傷らしい負傷が見当たらなかった。

黒衣の巨躯、その肩に乗った小さな白いマスターは、それでも随分と憎々しげにこちらを見遣って口火を切る。


杏「また、とっておきの飴をきらりに食べられちゃった。……杏は、激しい怒りで今にもスーパーアンズ人に目覚めちゃいそうだよ」

凛「……よくわかんないけど、さらに自堕落ぶりに磨きが掛かるってことでいいのかな、杏?」


何が起こったのか、私にだって把握は出来ていないけど、とにかくまたアーチャーがバーサーカーから一本取ったのだ。

バーサーカーのライフストックは、これであと残り十一。……あまりにも遠い道程だが、着実に前に進んでいっている!


杏「……凛ちゃんのサーヴァントだよね? めんどくさいよね、その人。あんだけ便利な弾避けがあったのに、なんで前回は使わなかったの?」

アーチャー「むふふ…これから打倒すべき相手に対して、おいそれと手の内を明かすと思っていらっしゃるとは、中々妄想がお上手ですねえ…?」


ここぞとばかりに、したり顔でにやにやと杏を挑発するアーチャー。

味方ながら、中々えげつない削り方をするものだとちょっと寒気がしてしまう。


杏「あー、うん、それもそうか。……ごめん、今のは杏が悪かったよ」 


それは、いつにも増して、平坦で抑揚のない声音だった。

……流石の双葉杏も、今のアーチャーの切り返しには応えるものがあっただろうか。


杏「――最初からこうしとけばよかったんだ。……みんな一辺に潰しちゃえば、面倒が省けていいよね?」


そう言って、杏の瞳はみるみるうちに感情を失ったように濁って行く。

――活動に圧倒的な魔力の量あるいは質を要求されるバーサーカーを、完璧に制御している双葉杏。

マスターとしての優れた資質が伺える彼女の、その病的なほど白い肌に、……いつしか血のような紅い紋様が浮かび上がっていた。


凛「――ちょっと待って、まさかそれ、令呪!?」

卯月「あ、杏ちゃん!? 何する気なの!?」


たった三画しかないことが信じられないくらいの、まるで全身を覆うかのように、夥しいまでに張り巡らされた令呪。


杏「――令呪に告げる、その魔力尽きるまでバーサーカーの《狂化》を《強化》せよ!」


その一画が激しく輝きを放つと共に、バーサーカーの巨躯が際限なく膨れ上がっていく……


杏「お遊びの時間はおしまいだよ、――さあ、やっちゃえバーサーカー!!」


「ニ"ョワ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"―――!!!」



戦いの始まりを告げる、天地が鳴動するような唸り声。

セイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、バーサーカー

現代のコロシアムに集結したサーヴァント五騎による、果てなき大乱闘が今まさに始まろうとしていた――




ライダー「――来て早々にぶっ込んでくるとは! せっかちだが大したタマだなてめえら!!」

ランサー「良いよ良いよ良いよおおおお、またおっぱいが増えたあああああ――!!」


鬨の声を挙げる二騎のサーヴァントは、迫りくるバーサーカーの巨躯を各々が迎撃する態勢に入る。


「ニ"ョワ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"―――!!!」


しかしバーサーカーは、ランサーとライダーには目もくれず、まるで飢えた獣のような狂暴さでもってセイバーに突撃していく!


セイバー「な、なな!? 狙いは私ですか! ――上等ですきらり殿、いざ!!」


――足を止めての戦闘は無謀なのは前回で承知済み、森の木々のような遮るモノも今回は何もない。

だからこそ、セイバーは敢えてバーサーカーへと一歩踏み出し、姿勢を低く保ったまま弾丸のように滑り出す!

ドス黒いオーラを伴い肥大したバーサーカーの両腕は、それでも決して逃すまいとセイバーへと暴風雨のように浴びせかけられていく……

真っ黒な雨粒が着弾するたびにボコボコと地面が抉れていくが、しかし駆け抜けるセイバーはこれ以上ない繊細さで竹刀を繰り、見事に死の豪雨を突破してみせたのだ。

対するバーサーカーはすぐさま片手を地面に突き立て、それを支点にした強引な方向転換でもってセイバーへと再び肉薄していく。


アーチャー「むふふ…援護しますよぉセイバーさん…!」


すっかりセイバーとコンビでの戦闘が板に付いてきたアーチャーは、西部劇に出てきそうなガンマンの格好に早変わりしている。

前回放った弓での一撃はもうバーサーカーには通用しない、――だからこその二丁拳銃、その銃口がバーサーカーの背後へと付き付けられる!


「ニ"ョワ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"―――!!!」


第六感めいた直観で反応したのか、バーサーカーはぐるりと半身を翻すと、その口元へと真っ黄色に輝く光の粒が集束していく……


アーチャー「またそのビームですか、むふふ…懲りない人です…」


にやにや顔のアーチャーは、構わず二丁拳銃の引き金を引こうとして、――そして一転して銃をホルダーに仕舞うと慌てて右手を掲げる。

そして、――今宵三度目の《天地乖離す開闢の綺羅星(きらりん☆ビーム!!)》が、今度は線状ではなく扇型に広がり、辺り一帯を巻き込むようにして放たれた!


ランサー「――おわっとっ!? うひゃあ、やっぱおっかないねえそのビーム…☆」


済んでのところでビームを回避し、悪魔の羽を広げランサーは空へと躍り出る。


凛「――拡散砲っ!? そんなことも出来るなんて……」

卯月「……わ、わわわっ!!」


拡散されたビームに巻き込まれる位置にいたはずの卯月と私も無事だった。

おそらくアーチャーが咄嗟に、先ほどビームを曲げてみせた手立てを使って、こちらへと向かうはずの余波を回避してくれたのだ。


アーチャー「むふふ…やってくれますね…、マスターもろとも射程圏内に含めてくるとは…!」


真正面からビームを受けたはずのアーチャーもまた無事だった。

そしてその目前に、艶やかな蒼の振袖姿をした妙齢の女性がアーチャーを守るようにして佇んでいる。


杏「なるほど、その振袖の人がビームを曲げるからくりの源って訳だね?」


そう言い放つ小さな白いマスターは、こちらもどんなからくりだか知らないが、悠々と宙に浮いている。

そして、――アーチャーによる妨害を振り切ったバーサーカーは、ここぞとばかりにセイバーへと追いすがり、両腕による攻撃を雨あられと畳みかけていく!!


「ニ"ョワ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"―――!!!」

セイバー「――ぐっ、このっ負けませんよ!!」


身を隠す場所もなく、ただ逃げ惑うようにしてかろうじてバーサーカーの黒ずんだ暴風雨をいなしていくセイバー。

善戦むなしく追い込まれていく様は、まさしく追われる草食動物と追う肉食動物のような構図を思わせる。


ライダー「おいおいデッカイの、お楽しみ中のとこ悪ィんだがよぉ……そのチビッ子は、アタシとの先約が入ってんだよ――!!」


バーサーカーが草原を駆ける百獣の王だとしたら、ライダーはさながら空行く猛禽の類か。

――横合いから、バイクに跨り猛烈な勢いで突撃してきたライダーは、そのまま一切の容赦なくバーサーカーへと『人身事故』をお見舞いする!!


「ニ"ョワ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"―――!!!」


くの字に折れ弾き跳ばされていくバーサーカーの巨体、バラバラとスローモーションで分解していく大型バイク……

そして、――閃光、爆風、湧き立つ紅蓮の炎が、バーサーカーを火の玉のようにしながら焼き尽くしていく!


ライダー「ざまあみやがれってんだっ!! 良い子は真似すんなよコラァ!!」


激突の瞬間に座席から飛び降りていたライダーは、荒々しく着地すると吹き飛んで行ったバーサーカーに木刀を掲げて凄んでみせる。


李衣菜「あっつぅ…いけどウッヒョオオオ、大爆発ゥウウ!!」

ライダー「……おーい李衣菜ァ? 一応言っとくが、今のは多分ロックじゃねえから真似すんなよ?」

李衣菜「そ、そんなんわかってるよぉ!! てか真似したら死ぬってぇ!!」

杏「……ちぇっ、またきらりに飴食べられちゃうなこれ」

ランサー「うーん、みんなやること派手だねえ、結構わくわくしてきちゃったよあたしも……☆」


対サーヴァントではあるが、これ以上ないほどの『交通事故』の現場を見た後とは思えないリアクションばかりだ。

そして、大型バイクの衝突は間違いなくクリーンヒットしてはいるものの、バーサーカーは間違いなくあの焔の中から『無傷で』這い出てくるだろう。

……全てが、異常だ。何もかも、常識とかけ離れている。

――これが、この混沌極まる闘争こそが正妻戦争なのだろう。


セイバー「……光栄ですね、ライダー。一騎打ちの件、私はてっきり忘れられているものかとばかり……」

ライダー「あん? んなわけねえだろうが、……アタシを舐めんなよチビ助? ちょっと順番が狂っちまってるだけだっての」


肩で息をしながらも軽口を言ってみせるセイバーに、ライダーはややバツが悪そうに応答する。


「ニ"ョワ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"―――!!!」


甲高い咆哮、そして一瞬の輝きの後、自らを覆っていた大火を掻き消すように『無傷の』バーサーカーが再臨する……!


ライダー「……おいおいあのデカブツまだ立ち上がってくんのかよ? 今の割と一発きりの大技だったってのによぉ…」

セイバー「バーサーカーの宝具の効果です。あと十個のライフストックを、全て違った手段で削っていく必要があります」

ライダー「なんだそりゃ、反則くせえな? ……だが、燃えてきたぜ、それでこそ叩きのめし甲斐があるってもんだ!!」


勇ましく仁王立ちし、今度は木刀を勢い良く振り回し始めるライダー。

彼女もまた、バーサーカーを最たる難敵として認識しているのだろう。

……その剣先はセイバーではなく、迫りくるバーサーカーに向けられたのだった。


「ニ"ョワ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"―――!!!」

バーサーカーを包む漆黒のオーラが、まるで竜巻のように巻き上がっていく……


凛「ま、また魔力が上がった…底無しにも程があるよ!?」

アーチャー「むふふ…まさしく闘技場の主たる狂戦士ですねえ…妄想の余地なく、ただシンプルにお強い…」


纏った魔力の渦そのままに、黒き疾風となったバーサーカーは、またしてもセイバーに向かって突撃していく!


セイバー「――くっ、何度来ようが負けませんよ! 《気合い》全開!!」

卯月「こっちもおおっ《満点スマイル》でぱわーあっーぷっ!!」


セイバーが宝具を、卯月がマスターSRカードをそれぞれ発動させる。

サポートとブーストにより白き光の旋風を纏ったセイバーは、だが悪夢のように真っ黒な暴風に押し潰されるようにして弾き飛ばされてしまう!


卯月「――セイバーちゃん!?」

セイバー「何の、……ま、まだまだっ!!」

「ニ"ョワ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"―――!!!」


たたらを踏みながら何とか接地するセイバーを、バーサーカーがさらに追い詰めていく――


ライダー「おいこらデカブツ!! そのチビッ子はアタシの獲物だっつってんだろうが!!」


一心不乱にセイバーへと牙を剥き続けるバーサーカーに、ライダーが脳天をカチ割るような木刀の一撃をお見舞いする!

目を覆いたくなるような、わかりやすく暴力的な光景、――だがダメだ…まるで効いてない!

やはりバーサーカーは一定のランクに達しない攻撃を宝具の効果で無効化してしまっている……


ライダー「うおっ、かてえな! …いや柔らけえのか? どっちでも良いが、とりあえずアタシを無視すんじゃねえオラァ!!」


追撃、追撃に次ぐライダーの木刀の追撃……その全てをまるで意に介さず、バーサーカーはひたすらセイバーへと長腕を振るい続けていく

ここまでくると、狂戦士というよりはもはや暴走列車とでも形容した方が適切かもしれない……


……それにしても、バーサーカーは何故セイバーばかりを狙うのだろう…?

確かに前回の戦闘も加味すれば、近接一辺倒のセイバーに対してリーチに勝り遠距離攻撃の手立てもあるバーサーカーは相性的に優位にあるだろう

だが、だからこそバーサーカーが警戒すべきは自らのライフストックを削ってみせたアーチャーやライダーであるべきではないのか

敢えて執拗にセイバーを狙い続けるというバーサーカーからは、潰しやすい相手から潰すというシンプルな理由以上の何かがあるように感じられてならない

……とはいえ、このままただ手をこまねいて見ている訳にもいくまい

バーサーカーがセイバーしか眼中にないというのなら、こちらはこちらで出来ることがある!


凛「アーチャー、お願い!!」

アーチャー「むふふ、了解です…サーヴァントが突破できないのなら…あとはこちらですよぉ…!!」


私の意図をすぐさま把握したアーチャーは、ガンマンの格好のまま二丁拳銃を引きぬき、空に浮かぶバーサーカーのマスターへと銃口を向ける。

……先にマスターを標的にしてきたのは向こうだ、文句もあるまい。

――そして一瞬の躊躇もなく、西部劇で見るような二丁のリボルバー銃がまるでマシンガンめいた連射で放たれる!!


杏「おっと、危ないなあ…」


だが、弾丸の雨は双葉杏の目の前で見えない何かに弾かれ、むなしく火花を散らすのみに留まってしまう。


凛「なっ、効いてない!? ……ま、マスターがサーヴァントの攻撃を防いだの?」

杏「……やられたらやり返すってやつだね? マスター狙いはめんどくさくないし効果的だもんね~、……普通は、だけど」

アーチャー「なるほど、防御特化のマスターSRカードってところですかねえ、むふふ…」

杏「ご名答。本気だせば、杏はどんな妨害や干渉も受け付けないよ。宝具だって例外じゃない。……それやっちゃうとこっちからも何も出来なくなっちゃうけど」

アーチャー「……」


無言のまま佇むアーチャーの傍らに、今度は昨夜も見た《森の守護者さん》である女性が光を伴って出現する。

切り揃えた前髪と清楚に纏められたポニーテールの《翠さん》が、流れるような所作で弓に矢をつがえると、猛烈な光と風の渦がその鏃に集まって行く……!!


そして、一瞬の、静寂。


矢が放たれると共に、……バーサーカーの命さえ奪った逆巻く光の一撃が、宙に浮く双葉杏を丸飲みにするかのようにして掻き消していった


アーチャー「……なるほど、どうやらご自慢のマスターSRカードの効果、嘘ではないようですねぇ…」


光の矢が確かに貫いたはずの双葉杏は、しかし何事もなかったかのように涼しい顔をして宙空に佇んでいた。


凛「そ、そんな……、今のまで、防ぎきるなんて!」

杏「だから言ったじゃん、宝具でも無駄だって」


つまらなそうに、退屈そうに、双葉杏はそう言いきった。

……他のサーヴァントを圧倒し暴れまわるバーサーカーと、サーヴァントの宝具ですら防ぎきる鉄壁の防御力を誇る小さな白きマスター。

サーヴァントも規格外なら、マスターもまた規格外だとでもいうのか。

この組み合わせを打倒するには、……やはりバーサーカーのライフストックを削り切るという、茨の道を進まなければならないのか。


卯月「り、凛ちゃん!! セイバーちゃんがっ!?」

側に駆けよってきた卯月が、泣きそうになった必死の表情でセイバーの窮地を訴えてくる。

見ればセイバーはバーサーカーの黒き豪雨の直撃こそ貰っていないものの、その余波を浴びせられ続けているだけでも相当消耗してしまっているはずだった。


凛「……アーチャー。無謀を承知で訊くけど、セイバーが持ち堪えてる間に、バーサーカーのライフストックを全部削りきれる?」

アーチャー「……そうですねぇ、……宝具を全力で展開し、令呪の力もお借りすれば、あるいは…」


頼もしいこと言ってくれるアーチャーだったが、その顔からは平時のにやにやが影を潜めている。

……私のパートナー、喜多日菜子は正直者だ。

妄想と現実、出来る出来ないの区別ははっきり自覚しているようだし、それがすぐ顔に出る。

凍りついたような、アーチャーの冷めきった表情。

――それは確かに、このままバーサーカーと激突することが私たちの【死】へと直結していることを雄弁に物語っていた。


凛「……いいよ、やろう。令呪も一画と言わず、必要なだけ使っていい。……私の全部をあげるよ、アーチャー」


迷う必要など、どこにもなかった。

どのみち、暴れまわるあの巨躯の悪魔を何とかしない限り、正妻戦争を勝ち抜くことなど不可能だ。

どこかで全力を出す必要があり、目の前に全力を出す理由がある。……これはきっと、そういう単純なことなのだ。


アーチャー「むふふ、眩しいですねえ凛さんは……。できることなら今すぐお持ち帰りして、じっくりお傍で眺めていたいものです…むふふ…」

凛「……まあ、バーサーカーを倒せたら、それくらいはかまわないよ。信頼してるし」

アーチャー「むふふ…、言質は頂きましたよぉ…楽しみですねぇ…むふふふ…!」


こんな時でも相変わらずな調子のアーチャーに、思わずくすりと笑みが漏れてしまう。

やっぱり、私のサーヴァントは全然悪くない。とっても素敵で、きっと私にはもったいないくらいだ。


凛「……さあ、行くよアーチャー。バーサーカーをやっつけよう」


……左手を掲げ、令呪を使用するため意識を集中させる。

手のひらに描かれた三画の紋様、ずくりとした痛みと共に、やがてその一つが紅い輝きを放ち出して……


ランサー「いやあ、あちらさんばっか盛り上がってズルイよねえ? ……だからさ、こっちはこっちで楽しもうか?」


そして、もう一人の悪魔――マイペースで、どこまでも陽気なそのサーヴァントが、……両手の指を蠢かせながら、私たちの目の前に立ち塞がったのだった。


凛「卯月、眼を瞑って――!!」

卯月「り、凛ちゃん!?」


咄嗟にマスターSRカードを呼び出し、ありったけの魔力を籠める――

直接的な攻撃力はなくとも、輝きで目を眩ませることくらいはできる!!


ランサー「おわっと!? ……な、何これまぶしい!?」


神速を誇るランサー相手に通用するかは未知数だったが、良い具合に油断をしてくれていたようだ

そして一瞬の隙を逃さず、アーチャーがランサーとの間に割って入ってきてくれる

ランサーと初めて激突した夜の再現とばかりに、アーチャーは千夜一夜物語風の衣装に早変わりしたまま、大小二本の闘剣でランサーへと切り掛かる!!


ランサー「おっと危ないっ、ほいさっ!」


だが慌てず騒がず、ランサーは憎たらしいくらいの飄々さでもって、三又の槍でアーチャーの闘剣をいなしていく


アーチャー「……そこをどいて頂くとありがたいのですが、ランサーさん?」

ランサー「それはできない相談だね☆ ……まだあたしが揉んでないうちに、マジシャンさんたちに死なれちゃったらつまらないじゃん?」

アーチャー「それはそれは、いらぬ心配をどうも…むふふ…」

セイバー「アーチャー殿!!」

アーチャー「むふふ…申し訳ないですが、少し辛抱してくださいねセイバーさん…、この悪い子のお相手はおまかせを…!!」


これは、……どう考えても、マズイ状況だ。

いくら令呪で《狂化》を《強化》されているとはいえ、セイバー、アーチャーにライダーまでいるのなら、バーサーカーを落とすことは不可能ではないはずだ。

逆にこのまま二対一の状態で、さらにバーサーカーのセイバーへの異様な執着が続けば、まず間違いなくセイバーは陥落する。

また、ランサーの戦闘スキルとしぶとさもまたまったく過小評価できるものではない

アーチャーはランサーの宝具を既に一度見ているから、そう簡単にはやられないだろうけど……

でも、例えアーチャーがランサーを倒せたとしても、……その時にはもうとっくに時間切れだろう


卯月「へ、へんたいさぁん…お願い、どいてよぉ…!!」

凛「な、なにか…考えなきゃ! でも、…待って、そうだ…ランサーなら」


そうだ、何も無理にランサーを倒さなくても良いんだ……!

一時的にでもランサーを味方に引き入れることができれば、バーサーカーは実に四対一の戦いを強いられることになる。

バーサーカーの強みは何と言ってもあの異常なタフネスだ。

そのライフストックを削り切るには手数は多ければ多いほど良いし、同じ攻撃に耐性を持たれてしまうのならなおさらだろう。

……なら、私の…いや、私たちのすべきことは一つしかない。


凛「……卯月、ちょっと相談というか…お願いがあるんだけど、聞いて?」

卯月「えっ? う、うん…もちろん!」


そうして私は、ある意味捨て身で、我ながらなりふり構わない提案を親友に耳打ちしたのだった。


凛「――ランサー!! 条件を出すから、アーチャーの邪魔はしないで!」


尋常でない切り結びを続けるランサーとアーチャーに向けて、私は精一杯の声量で言葉を投げかける。

私の言葉にまずアーチャーがぴくりと反応し、次いでランサーが流れるようなステップで後退し、槍を地面に突き立てる


ランサー「ふむ、良いよ……ひとまず、話だけは聞こうか?」


聞く耳を持ってくれるか不安ではあったが、……そこはひとまずクリアできたようだ。


凛「……えっと、出来ればアンタにもアーチャーやセイバー、それにライダーと一緒に、バーサーカーの討伐に加わって欲しい」

ランサー「ふぅん、まあそりゃそうだろうね。あたしだってさ、あのバサカっぱいを揉みたい気持ちは山々なんだけどね…?」


ランサーはランサーで、今の状況を正確に把握してはいるのだろう。

その上で、数的優位を作れそうな対バーサーカーではなく、敢えて私たちの相手をすることを選んでいる。

それは彼女が、不可侵の確約がないまま共闘をするほど大胆な性質でもない、ということになるだろう。


ランサー「で、あたしはその要求の対価として何を得られるのかな?」


そしてそれは、逆に捉えれば確約さえあれば動く、ということでもあるはずだ。

ランサーだって正妻戦争の参加者なのだから、大きな障害となり得るバーサーカーを討つメリットは考えるまでもない。

だからこそ私は…ただそのための道筋を、ランサーが納得してくれるような条件さえ整えればいいだけなのだ。


凛「……私と、それから卯月…隣の子だけど、一日アンタの自由にしていいよ。……殺すのとか、痛いのはダメだけど」

卯月「で、です! へんたいさん…私、痛くしないなら、我慢しますから…だから…!」

アーチャー「……凛さん、卯月さん…それは!」


全く似合わない、道化っぷりの欠片もない真剣な表情で、アーチャーは悲痛な声を投げかけてくる。

心配、してくれているのだ。妄想好きのみょうちくりんな私のパートナーは、すっごく優しいから……


凛「でも、良いの。大丈夫だよ、アーチャー。だって今は…これしか手がないから…!」


ランサー「ふむ、なるほどなるほど☆ ――それは、まあ悪くない…かな?」


知ってか知らずか、私の割とよく言ってしまう口癖を言い放ったランサーは、上機嫌そうに舌舐めずりし、指先をわきわきと蠢かせている。

品定めをするように細められた眼が、卯月と…そして私の肢体を余すことなく、むしゃぶるようにしてねめつけていくのがわかるようだった。


ランサー「……良い覚悟だね、気に入ったよ☆ 特に女体お姉ちゃん…あたしの指を味わってなおそれに身を捧げようとするなんて…!」

卯月「う、うぅ…そのことは出来れば忘れていたいんですけど…」

ランサー「うひひっ☆ ダメだよ、ずっと忘れられないよう心を籠めて揉んだんだもん…」ワキワキ

卯月「う、うぅぅ…負けないもん…」


やはりランサーに揉みくちゃにされた記憶は、卯月の中でトラウマになってしまっているらしい。

それを承知で、敢えてこんな条件…無茶な提案を飲もうとしている卯月の頑張りには、悲壮感もあるけど……親友として、誇りに思える。


ランサー「――うん、決めた。お姉ちゃんの覚悟に免じて、条件は緩和してあげよっかな☆」

凛「……!」

ランサー「そうだね、もしあたしがお姉ちゃんたちに協力することで、あのバサカっぱいを揉めたなら、今の条件はなしで良いよ☆」


それは、――思った以上に、これ以上ないほど、私たちにとって優位な条件緩和だった。


卯月「へ、へんたいさんっ…!?」ウルウル

ランサー「あー、あんま期待はしちゃダメだよ? サポートくらいなら出来るけど……あたしの《揉み解す☆師匠の槍(ゲイ・モムグ) 》のランクじゃ、あのスーパーアーマーを貫けないっぽいし…」

凛「そっか、……でも、良いよそれで。アンタなら、きっとどうにかして揉むんでしょ?」

ランサー「うひひっ☆ その通りだよ! ……じゃあ、まあいっちょ…難攻不落の山脈登山に参るとしますかね~☆」

アーチャー「……ぐぬぬ、こんな変な人に私の凛さんを…でも、確かにそれしか手段が…むむぅ…」

ランサー「ほらほらマジシャンさんも、そんな顔しないでさ? あ、何ならあたしが緊張とか色々解してあげよっか?」ワキワキ

アーチャー「……むふふ、結構ですよぉ…、要はあのでっかい人をこう…磔的な感じにしちゃえばいいんですから…むふ、むふふふふ…」

ランサー「あたしが言うのも何だけど、……マジシャンさんも、変な人だよね?」

凛「い、良いから…お願いだから早くして、二人とも…」

卯月「アーチャーさん、へいたいさん、よろしくお願いします!!」


卯月が改めてマスターSRカードを構えると、みるみるうちに白い輝きを増していく。

その効果、《満点スマイル》は味方の全能力アップだ。

その《味方》の定義を、セイバーとアーチャーだけでなく、今度はランサーと…念のためライダーにも拡大して使用してもらうよう既に話してある

卯月のSRカードの恩恵を受け、悪魔のしっぽを揺らし両翼を広げたランサーの肢体もまた白き光に包まれていく……


ランサー「さて、それじゃあ…狩りの時間だね☆ ――いっちょ気合い入れて、一揉み行こうか!!」

>>185

訂正
?卯月「アーチャーさん、へいたいさん、よろしくお願いします!」
○ 卯月「アーチャーさん、へんたいさん、よろしくお願いします!」

にしても長い…ひとまずお休みなさい


――僅かに満ちた半月の照らす闘技場は、もはや原型を留めないほどに歪んでいた。

舗装された港の一角の面影はもはやなく、凸凹の地面は侘しい荒野のように荒みきっている。


「ニ"ョワ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"―――!!!」

セイバー「やあああああっ――!!」


蹂躙と粉砕の主バーサーカー、その尽きることのない膂力の嵐が、逃げ惑いながら決死の反撃を試みるセイバーを容赦なく巻き込んでいく。


セイバー「……っぐあっ、このぉ…!!」

ライダー「ちぃっ、一向に攻撃が通らねえな…しゃあねえ、やるか…!」


苛立たしげに猛禽の笑みを歪めながら、ライダーは暴れ回るバーサーカーから距離を取ると、特攻服の懐からハチマキのようなものを取り出す。

まさか額に巻いて気合いでも入れるのかと思いきや……ライダーはなんと自分の眼を覆うようにしてハチマキを頭に結いつけたのだ。


ライダー「おい、李衣菜!! 準備は良いか!!」

李衣菜「まかせといてよ、姉御っ!! いっくよ《ロックなハート》!!」


ライダーのマスターであるヘッドフォンの少女は、SRカードを高々と掲げると同時に蒼白い輝きに包まれていく……

そして、目隠し状態のまま、大上段の木刀を構えたライダーが、――鮮やかな黄色の光を纏いながら弾き跳ぶように前方へと突進していく!!

――間違いない、あれこそがライダーの切り札たる宝具の輝きだ。


李衣菜「――左へ修正、11時の方向!!」

ライダー「……良いぜ、手に取るようにわかるみてーだ、――喰らいなデッカイの!!」

「ニ"ョワ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"―――!!!」


だが、まるで光り輝く砲弾の如く迫って来たライダーに対し、バーサーカーが初めて反応を示す!

セイバーへと振り回していた長腕を地面に突き刺し、強引に方向転換することで、自らの脳天をカチ割らんとする一撃を済んでのところで回避してしまったのだ。

駆け抜けたライダーは、足底で土煙を激しく巻き上げながら自らを制動し、急旋回しながらさらなる突撃姿勢に入って行く。


ライダー「だああ、ちくしょう外したか!! ――もう一回だ李衣菜!!」

李衣菜「――直進、2時の方向!!」

ライダー「あいよ、了解!!」


李衣菜の掛け声に応えて、ライダーは再び輝く黄色の砲弾となってバーサーカーへと射出される――!!


「ニ"ョワ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"―――!!!」


だが、本能的に自らの装甲を抜く威力の攻撃だと察しているのか、バーサーカーは大きくバックステップし、またしてもライダーの突撃を回避する


杏「……バーサーカー、その宝具はちょっと厄介だし、まず誘導してるっぽい李衣菜ちゃんを落とそう」

「ニ"ョワ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"―――!!!」


自らのマスターの声に応えたバーサーカーは、長腕を振り回すと大きく地面を抉り、幾つもの瓦礫の散弾を李衣菜へと向けて射出した……!


李衣菜「――甘いよ、それしきの攻撃じゃ私には当たらない!!」


迫りくる無数の瓦礫、だがライダーのマスターであるヘッドフォンの少女は、およそ人間離れした速度で横合いへと駆け抜けてそれを避け切ってみせる。


杏「……自己強化系のマスターSRカードか、めんどくさい!」

李衣菜「――次は直進、4時の方向!!」

ライダー「よっしゃまかせろ、逃がさねえぞデカブツ!!」


人類最速の男もかくやという素早さで走り続けながら、李衣菜がさらなる指示を飛ばすと、静止していたライダーが眩い黄色の光に包まれていく……

――状況は悪くない、……このチャンス、逃す手などどこにもない!!


凛「アーチャー、ライダーとそのマスターを援護――!!」

アーチャー「むふふ、面白い使用条件の宝具ですねえ…?」

ランサー「当たれば間違いなく必殺だろうから、あたしたちで当たるようにしてあげよう☆」


私の掛け声に、アーチャーはもちろん、ランサーまでもが待っていましたとばかりに応答する。

状況を静観しながら魔力によって帯電させていた三又の槍を、ランサーはまるで雷光のようにして投げ撃ち、

森の守護者の衣装へと早変わりしていたアーチャーが、構えた弓矢から逆巻く光の一撃をバーサーカーに撃ち放つ!!


「ニ"ョワ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"―――!!!」


ほぼ同時に着弾する槍と矢の衝撃は、だが予想通りバーサーカーの宝具による概念的装甲を打ち破るには至らない。

――でも、これで良い。……狙いは、バーサーカーではなく、その足場である地面を一瞬でもいいから吹き飛ばすこと!

いくらバーサーカーでも、地に足付かない状況では、ライダーの宝具を避け切ることなど出来はしないのだから――


李衣菜「行って、今だよ姉御っ!!」

ライダー「お膳立て、礼を言っとくぜお前ら……」


三度目の正直、千載一遇の機を逃さず、光の砲弾となったライダーがバーサーカーへと猛烈な勢いで突撃していく!!


「ニ"ョワ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"―――!!!」

ライダー「一刀★両断、――《自己封印・酢烏賊惡(ブレーカー・ブレーカー)》!!」


そして、……やはり直視しがたいわかりやすく暴力的な光景を展開させながら、バーサーカーの命を奪う【スイカ割り】は見事に成功を収めたのだった。



◇ライダー◇

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http://i.imgur.com/49yanHu.jpg
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【真名】向井拓海
【マスター】多田李衣菜
【属性】中立・善
【ステータス】
筋力:S 耐久:B 敏捷:C 魔力:D 幸運:E 宝具:B


ライダーと言いつつ木刀でぶん殴ってくる姉御肌

一応バイクは乗りこなせるが、本人は地に足付けてタイマンでの決闘を好む

ステータスは典型的なパワータイプだが、宝具はどれもやや変則気味で扱いにくい

とはいえ、きちんと下準備をすればその圧倒的なポテンシャルを遺憾なく発揮できることだろう


【スキル】

《騎乗》
ランク:C
乗り物を乗りこなす能力
「乗り物」という概念に対して発揮されるスキルではあるため、生物・非生物を問わない
拓海の場合はあらゆる種類の『バイク』『クルマ』を乗りこなせる


《負けん気》
ランク:C
威圧、混乱、幻惑といった精神干渉に対する耐性を持つ。また、格闘ダメージを向上させる


《戦闘続行》
ランク:A
名称通り戦闘を続行する為の能力。決定的な致命傷を受けない限り生き延び、瀕死の傷を負ってなお戦闘可能


【宝具】

《全て遠き理想像(たっくみん☆スマイル)》
ランク:B
恥ずかしい格好をした(させられた)後、ブチ切れる
恥ずかしければ恥ずかしいほど幸運以外の能力をブースト


《自己封印・酢烏賊惡(ブレーカー・ブレーカー)》
ランク:B(S)
木刀にて脳天をかちわる大技。目隠しをした状態だと威力ランク極大アップ。
当然ながら目隠し状態では命中率や回避率が大幅に低下するデメリットがあるため、諸刃の剣である。

また、マスターが誘導を行うことで命中率を補填すること出来るが、そのためには抜きんでた視力や感知能力が要求される
そのため、自己の能力を特大アップさせることのできる多田李衣菜のマスターSRカード《ロックなハート》とは非常に相性の良い宝具


《礼はすっから夜露士苦!(ギフト・フロム・ザ・グレートキャッツヴィレッジ)》
ランク:C
拓海の出す無理難題(主に猫探し)を完遂すると次戦時に幸運以外の能力を特大アップ


>>122

アーチャーの使い魔、追加。

・幸運の女神さま:
  隠し芸と勢いだけのめでたいダジャレがお好きな和装の女神さまを召喚する。
  運命と因果律を操作し、あらゆる飛び道具の軌道を意のままに操ることができる。


・森の守護者さん:
  大和撫子の見本のような艶やかな女性を召喚する。女性の衣装は弓道着かエルフちっくなモノがランダムで選択される模様。
  Aランク相当の、逆巻く光の渦を纏った弓矢による一撃を放つことができる。


これらの使い魔の力は、《妄想幻姫(ヒナコスプレ)》の効果でアーチャー自身が借り受けることも出来る

SじゃなくてExじゃ……

>>192
アイマスモバマスっぽくAランクの上にSランクを置いてます

EXは規格外なのでSランのさらに上あるいは評価不能ということで…


卯月「や、やったー!! みんなすごいです!!」

セイバー「……いえ、まだまだですよ! 気を付けてください!」


こちら側では唯一累積ダメージでボロボロなセイバーが、それでも闘志が折れていない瞳で睨んだ先で……

ぐらつくバーサーカーの巨体は、しかし決して膝を折ることはなく……瞬時に真っ黄色な光に包まれると【無傷】となって再臨した。


ランサー「んー、何度見ても反則ちっくだなあ……でも、だからこそ揉んで揉んで揉みしだいてやりたい、うひひっ☆」

凛「……これでバーサーカーのライフストックは残り九個か、まだまだ先は長いね」

アーチャー「…むふふ、ですがこの数的優位は滅多にないチャンスですよぉ…」

李衣菜「何度倒しても立ち上がってくるその姿…これが、ロック…?」

ライダー「ったく、めんどくせえデカブツだな。……潰せる時に潰しとかないと後が面倒か!」


まさしく難攻不落のバーサーカーだが、しかし今日この場この条件下ほどこちらが有利な状況もあるまい

どんな危険があろうとも、ここで出来るだけバーサーカーを消耗させておくべきというのが正着だ……


杏「……ちぇっ、流石に四対一じゃいくら地力を底上げしてても分が悪いか…」


だが、小さな白きマスターもそれは百も承知のはずだ。

サーヴァント五騎が相対するバトルロワイヤル状態ならまだしも、現在の状況を継続してバーサーカーに得など何もない。

だけど、だからこそ、面倒くさがりな双葉杏というマスターは……


杏「仕方ないな、……もう一画、令呪使っておくかな?」


――実に四騎ものサーヴァントを一網打尽にする機会を、みすみす逃そうとするはずもなかったのだ。


双葉杏の全身に、再び血の色めいた夥しい紋様が浮かび上がっていく――


杏「……これだけやれば、もう誰にもバーサーカーを止められないでしょ?」

凛「――令呪の、重ねがけ!?」

ランサー「うひひっ☆ 動かすなら口より手だよ!!」


言うや否や、ランサーは目にも止まらぬ速さで飛び上ると、一気に宙に浮く双葉杏の背後を取ってみせた

あまりにも雑食すぎる蠢く両手の指先が、凹凸のまるでない双葉杏の胸元に吸い込まれるようにして伸びていって……

そして、触れるか触れないかの直前で見えない壁に阻まれて止まってしまった


杏「……無駄だよ、何をしたって《あんずのから》は破れない」

ランサー「うひひっ☆ でも干渉遮断を強めたら、その分そっちからも出来ることは減るんでしょ? ……この状態で、令呪が発動できるかな?」

セイバー「な、なんと…敵のマスターSRカードの効果を逆手に取るとは…!」

杏「……はぁ、めんどくさい人ばっかだね、ほんと。……バーサーカー、やっちゃって」


「ニ"ョワ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"―――!!!」


己のマスターの窮地に、空を見上げたバーサーカーが甲高い咆哮と共に光の粒を口元へと集束させていく

……マズイ、双葉杏は自分ごと標的にさせてあの物理光線でランサーを巻き込むつもりだ!


アーチャー「むふふ…もうそのビームは撃たせませんよぉ…!」

ライダー「お前の相手はこっちだぜ、デッカイの!!」


すぐさまバーサーカーへと木刀を振り上げ突っ込んでいくライダー、またしても《幸運の女神さま》を傍らに呼び出すアーチャー

各々が各々のやり方でで次なる一手を打たんと動きだした、まさにその時……


セイバー「――待ってください、何か…変です!!」


その言葉を合図にするかのように、バーサーカーとそのマスターの足元に突如として、六芒星をベースにした複雑な魔法陣が出現したのだった。


ランサー「――うおおっと、あちちちちっ!?」


魔法陣からバチバチと蒼い稲妻が放たれ、双葉杏に密着していたランサーに襲いかかる。

堪らず身を翻すと、ランサーは悪魔の両翼を広げ双葉杏から距離を置いて宙空で静止した。


杏「……なに、杏の邪魔する気なの? 勝手な真似は…、だって今さら引けないよ、令呪だって使ってるんだよ?」

卯月「……あ、杏ちゃん、誰と話してるの?」


独り言、ではない。双葉杏は明らかにここにはいない何者かと会話を交わしている様子だ。

おそらく、テレパシーとかそんな類の魔術なのだろう。


杏「……そっか、令呪に関しては問題ないか。……わかった、今日以上にめんどくさくならないなら、それで良いよ…」

ランサー「あっ、これまずっ、――逃げられる!!」


再び双葉杏へと肉薄しようとしたランサーだったが、しかし六芒星の魔法陣が煌めいたかと思うと、双葉杏の姿は一瞬で掻き消えてしまった。

はっとしてバーサーカーへと目を向けると、やはりそちらも影も形もなく魔法陣ごと消え去っている……!

蠢く両手の指が空を切り、オーバーランならぬオーバーフライをしたランサーは、すぐさま両手を掲げ大きく天を仰ぎ見た。


ランサー「ああああっ、あたしのぺちゃぱいがあ、バサカっぱいがああああ!?」

セイバー「……消えちゃいました、ね?」

アーチャー「むふふ…空間転移、至高の魔術の一つですねえ…しかも使用者の姿すら感知できない遠距離からの発動とは…むふふふ…」

ライダー「ってことは、考えるまでもねえな。……キャスターとつるんでやがるのか、あいつら」

凛「キャスター、魔術師のサーヴァント…!」


そうして、突然の事態に戸惑う四騎のサーヴァントと三人のマスターをその場に残して……

僅かに満ちた半月が照らす夜の港に舞い降りた暴虐の主は、やはり昨夜と同じように、あっさりと撤退してしまったのだった。


――バーサーカーという共通の敵が消えたことで、残された四騎のサーヴァントの間では、新たな緊張感が生まれていた。


ライダー「さて、どうすっかな。……アタシはまだまだやれるっちゃやれるんだが」

セイバー「……おや、それは良かった。ようやく邪魔もなく、ライダー殿と剣を交えられそうです」

ライダー「けっ、なーに虚勢張ってやがんだチビッ子が。ボロ雑巾の方がまだマシに見えるぜ?」

セイバー「……!」


呆れきったライダーの声色に、セイバーはただ無言で竹刀を構え直す。

……バーサーカーに執拗に狙われ、その暴風雨を一身に受け続けた肢体は、至るところが傷だらけなその姿は、見ているだけでも痛々しいほどだ。


卯月「せ、セイバーちゃん…! いくらなんでも無茶だよ、今日はもう頑張りすぎだってば!」

セイバー「……だ、大丈夫ですよ、卯月殿。これしき、何ともありません!」


小さな身体であからさまな虚勢を張るセイバー、だけどその瞳だけは決して折れてはおらず、ただ静かにライダーを捉えている。

相対するライダーは、負けじとセイバーに【ガン飛ばし】をしていたが、……やがて鬱陶しそうにガリガリと頭を掻くと、踵を返して背を向けた。


ライダー「けっ、帰るぞ李衣菜。……ボロボロの相手をいじめるのは趣味じゃねえ、今日のところは出直しだ」

李衣菜「えっ? う、うん…わかったよ姉御」

セイバー「ライダー殿、貴方は…」

卯月「……ら、ライダーさん…ありがとう…!」

ライダー「――れ、礼なんか言ってんじゃねえ! 別にてめえらに情けをかけた訳じゃねえぞ! ……勘違いすんじゃねえ、バーカ!!」


木刀の先をカラカラと地面に擦りながら、ライダーは戸惑う様子のマスターを引き連れ、不機嫌そうに港を去ろうとする。

だが、……彼女らの目前に、今度は悪魔のしっぽをふりふりと揺らす影が立ちふさがった。


ランサー「おやおや、……これ以上あたしが、そう易々と揉み甲斐のありそうなおっぱいを逃がすと思っているのかな?」

ライダー「あん? 何言ってんだこの変態…てめえを張っ倒すのは、別に今でもかまわねえんだぜ?」

アーチャー「おや、良い考えですねぇそれは…! 協力しましょう、凛さんや卯月さんを狙うへんたいさんは、この手で駆逐しなくてはいけませんから…むふふふ…」

ランサー「お、おお? それって微妙に約束違反じゃないのマジシャンさん? ……あれ、バサカっぱいを揉むための共闘関係ってまだ継続中だよね?」

アーチャー「むふふ…だからですよぉ…バーサーカー討伐が終わらないうちは、貴方こそが最重要警戒対象ですので…むふふふ…」

ランサー「……まずったね、ちょっと条件を譲歩しすぎちゃったかなあ…?」


ライダーと、それからアーチャーにまで凄まれた歩くわいせつ罪のサーヴァントは、しばらくキョロキョロと周囲を見まわした後、


ランサー「……あー、わかったよわかったよ。大人しく帰りますってば」


……心底残念そうな声音で、がっくりと膝を折ったのだった。

座り込んだ姿勢から、ランサーは大きく悪魔の両翼を広げると、だらんと手足を垂れ下げながら宙に羽ばたいていく。


ランサー「あーあ、今日は揉めずしまいかあ。……仕方ない、後でマスターの胸で慰めてもらおっと、うひひっ☆」


そして、一際大きくその両翼が空を叩いたかと思うと、ひゅうっという乾いた風の音を残して、ランサーは夜空の闇の中へと消え去って行ってしまったのだった。


ライダー「ふん、行ったか。……アタシらも行くぞ、今日は今日で李衣菜にはノルマがあるからな」

李衣菜「いっ? ま、まさかまた猫探しするの? これから?」

ライダー「そういうこった、最高のロックのために、下準備はしっかり頼んだぜマスター?」

李衣菜「う、うぅ…これもロックのためか…うん…わかったよ姉御」


ランサーに次いで、ライダーが肩をいからせながら、真夜中のアリーナに背を向ける。

……海風に特攻服をはためかせるライダーの後ろ姿に、マスターである多田李衣菜がまるで子犬のよう健気に付き従っているのが印象的だった。

おそらく、また何か…彼女たちの言う【ロック】な出来事を巻き起こしそうな二人組は、そうしてこの夜の舞台を後にしたのだった。


そして、全ての敵サーヴァントの気配を完全に感知できなくなった、その瞬間――

もはや気力だけで起き上っていたセイバーが、力尽きたように膝からくずおれてしまった。


卯月「せ、セイバーちゃんっ!!」

セイバー「…す、すいません…気を抜いてしまいました…」


竹刀を地面に突き立て、何とか膝立ちの姿勢で踏ん張るセイバーだったが、……やはりバーサーカーの猛攻を一人で受け続けた代償は大きかったようだ。


アーチャー「…セイバーさん、今すぐ実体化を止めて回復に徹してください…。その間、卯月さんは日菜子がきちんとお守りしますから…」

セイバー「アーチャー殿、で、ですが…!」

卯月「む、無理しちゃダメ、休まないとダメだよ! い、言うこと聞かないと、えっと…令呪、使っちゃうんだから!」

セイバー「ま、待ってください! ですから、このような些細なことに令呪は…」

凛「うん、使わない方がいいね。……大丈夫だよ、セイバー。私は卯月を絶対に裏切ったりしないし、それに…」


卯月をその手で守る、自らに課したその使命のために、あまりにも懸命な強がりを見せるセイバーに、私はできるだけ優しい口調で語りかける。


凛「……セイバー。貴方とした約束も、私はきちんと守るつもりだよ?」


そう言い切った私の言葉に、セイバーの目が大きく見開かれる。

それは、今朝交わしたほんの些細なやりとり。

――セイバーが卯月を守ってくれるなら、私が卯月からセイバーを守ってあげる

口にした時はただの冗談だったはずのその一言が、だけど…いつの間にか、私の中では確かな結晶となっていた。

そしてそれは、……きっとセイバーも、そう思ってくれると信じられる…とても、温かなものだ。


セイバー「……わかりました、凛殿。お言葉に甘えて、珠美はしばし休息に入ります」

卯月「え、うん…それは良かった、んだけど…約束って何、凛ちゃん?」


急に素直になったセイバーを目の当たりにして、事態が飲み込めず、目をぱちくりさせている卯月。

その姿がちょっとおかしくて、とても可愛くて……だからつい、ちょっぴりいじわるをしたくなってしまった。


凛「卯月には内緒、だよ…。ねっ、セイバー?」

セイバー「はい、ふふっ…いくらマスター殿とはいえ、明かせぬ秘密もあるものです…」

卯月「え、ええ~!? なにそれ、ずるいよ二人とも~!!」

アーチャー「むふふ…むふふふふ…! 良いですねえ…捗りますよお…!」


わめく卯月を尻目に、セイバーはまるで逃げるようにSRカードの姿になり、その様子を見てまた私はつい、くすくすと笑い声を漏らしてしまう。

そして、にやにや顔が妙に深まったアーチャーが再び用意してくれた空飛ぶカボチャの馬車に乗りこんで……


ようやく私たちは、……正妻戦争の二日目、わずかに満ちた半月の夜を、無事に乗り切ることが出来たのだった。

>>122

アーチャーの使い魔、追加。

・魔法の馬車☆ぱんぷきんいちGO:
  西洋のおとぎ話をモチーフにした、アーチャーオリジナルの移動宝具。苺ではなく一号、そしてもちろんカボチャ。
  《サンタさんのソリ》ほどではないものの、飛行能力を含めた移動性能と優れたステルス性能を併せ持つが、メルヘンな衣装を着ないと乗車できない。


【Interlude 2-2】


『うふふ…、杏さんにも困ったものですねえ…。良質すぎる魔力とマスターSRカードのせいで、完全に支配下に置くことができないものですから…』

「ふぅん、そうなんだ…。でも、……それでもやっぱりえげつないよ、貴方の宝具って」

『あら、貴方がそうおっしゃるとは、ちっとも説得力がないですねぇ…?』

「自覚してるよ、……だからこそ私は、貴方と組んでるんだから。…ホントだよ?」

『うふふ…そうですか、……では今日も、きちんとこの街のみなさんから、魔力を存分に頂いておくといたしましょう』

「……わかってるよ。それもこれも、……絶対に、凛に負けないために必要なことなんだから!」


【Interlude 2-2 END】


【Interlude 3-1】


――その日、いつものようにベッドから飛び起きると、一目散に事務所へと向かった。

私は暇さえあれば、どんな時だろうと自主練を欠かさない。

今日は午前中から少し長めのお仕事が入っていたから、学校はお休みすることになっていた。

だから、どうせならお仕事までの僅かな間だけでも、有効活用しようと思っていたのだ。


事務所の入っているビルに備え付けのレッスン場、その窓を大きく開け放って、朝一の済んだ空気をいっぱい吸い込んで深呼吸。

窓の外に広がるのは、都内有数の公園を近くに望む、いつもどおりの晴れ上がった朝の風景だ。


……だけど今日は、きっと私にとって特別な一日になるだろう。


ストレッチを入念に行い、ダンスと歌の基本をしっかりとおさらいした一時間ほどの自主練習。

気持ち良く汗を流した後に、レッスン場に備え付けのシャワー室でさっぱりするのがまた爽快だった。

だけどそんな晴れやかな気分も、シャワー室から出てお仕事までの待機場所へと向かうにつれ見る間に萎んでいってしまう。

――今日は久々の、ニュージェネレーションズでの番組収録だ。

以前であれば、あの二人に会えるだけでもウキウキしていたのに……


「おっはよーございまーす☆」


陰鬱になりかけた自分を吹っ切るかのように、所属する部署の部屋のドアをこれでもかと元気よく開け放つ。

苦笑しながら挨拶を返してくれた事務員のちひろさんに、朝一で借りていたレッスン場の鍵を返していると……


「おっはようございまーす!!」


私に負けず劣らずの、何だかから元気っぽい声色で、……毎日お仕事ご苦労様なプロデューサーが出社してきたのだった。


お仕事までの時間にはちょっと余裕があって、残りの二人はまだ来ていない。

朝の事務所には、プロデューサーと私の二人っきりだった。……いやまあ、ちひろさんはもちろんいるけど。


……でも、こういうことは、結構珍しいかもしれない。

思えばプロデューサーの周りには、いつだってキラキラと輝く誰かがいた。

優しくて、熱心で、疲れ知らずで、余計なことにまでいつも首を突っ込んでいて、少年のようにあり得ないくらい無邪気に笑う、プロデューサーはそういう人だ。

だから、彼は担当する数多くのアイドルの信頼を勝ち得ているし、……明らかに信頼以上の感情を向けているような子も少なくない。

私だって、色々と負けるもんかとは思うものの、……でも最近は、ちょっと自信がなくなってきてしまった。

いくら頑張っても、努力を重ねても、先が見えない暗闇の中を進んでいるような不安を、どうしても感じてしまうようになってしまったのだ。


「ん、どうした? ……今日はなんか元気がないな?」


そして、これである。

……プロデューサーは、とぼけた顔をして、いつだって担当アイドルの心を見透かしているかのよう。

意図的かそうでないのか知らないけど、この絶妙なまでの匙加減が、この人の厄介なところでもあり、また魅力でもあるのだろう。


「ううん、そんなことないって! むしろ元気すぎてもうおすそわけしたいくらいだよ!」

「そ、そうか…? それはなにより…」


こういう時、普段ならもう少し踏み込んできてもおかしくないけれど、今日のプロデューサーは割とあっさり引き下がった。

そこにちょっと違和感を覚えた私は、逆にプロデューサーに質問を投げかけてみる。


「ていうかさ、プロデューサーこそ今日は何だか元気がないよ?」

「え、そうかな? ……そう見えるか?」

「うーん、なんかこう……心なしか、しょんぼりしてるね?」

「そっか、しょんぼりか。うん、そうかもしれないな…」


珍しいことは続くもので、……落ち込んでいる風のプロデューサーなんて、ほとんど見たことがなかったのに。

うずうずと好奇心を刺激された私は、ぐいっと大きくプロデューサーの方へと身体を乗り出したのだった。


「……何かあったの? 話せることならさ、このちゃんみおにどーんと話してみなよ!」


「――はあ? しぶりんとしまむーに嫌われた?」


のっけから、ずいぶんとあり得ないことをプロデューサーが言うので、思わずオウム返しをしてしまった。


「あ、ああいや、もしかしたらそうなのかなって…その、考え過ぎだとは思うんだけど……」

「ふぅん? でもそう思う理由はあるんでしょ?」

「うーん、いや本当に大したことじゃないんだけど…その、昨日さ? 卯月にも凛にも、送迎を断られたんだよ…」

「送迎を? ……ふーん、それは珍しいかもね…」

「そ、そうだろ? やっぱそう思うよな?」


珍しい、本当に珍しい。プロデューサーがおろおろしている。

……こんな一面もあるんだな、何だかちょっとプロデューサーが、同い年くらいの男の子みたいに思えてしまう。


「で、二人には何て言われたの? 断る理由みたいなの、なかった?」

「えっと、卯月には…その、まだまだ仕事が忙しいだろうし、送迎なんてしてたら俺が疲れちゃうだろうからって」

「ほうほう、なるほど。で、しぶりんは?」

「凛は、……やっぱり同じ感じだったな。疲れてるだろうし、わざわざ送って貰うのも悪いからって…」


そして、しょんぼり肩を落とすプロデューサー。

かと思えば、そわそわと足を動かしたりと落ち着かない。

……これは、もしかしてアレだろうか。

大切に育てていた娘がちょっと反抗期ちっくなことになっちゃった時の父親の心境みたいな感じの。


「な、なあ…やっぱり俺なんかしちゃったのかな?」

「えぇ~、多分考え過ぎだと思うけどな? しぶりんもしまむーも、きっとプロデューサーが頑張り過ぎないよう気を使ってくれたんだと思うよ?」

「……あの、俺ってもしかして頑張りすぎなのか?」

「えっ、気付いてなかったの?」


割と、心の底から呆れてしまう。

頑張り過ぎてるのって、意外と本人にはわからないものなのか。


人の振り見て、じゃないけど……もしかしたら私も、ちょっと頑張り過ぎてるのかもなって時々思ったりもするけど。

でも、私よりもずっと先を行っている人がいるんだから…、追い付くために、追い越すために頑張るのは当然だとも思う。


――チャンスをつかめるのは、いつだってほんの一握りの人だけで、私は…もしかしたらそうじゃないのかもしれないけれど……

それでも……諦めるってことだけは、絶対にしたくないって思うから。


「うぉっほん! ……まあとにかくだね、プロデューサー君?」


で、それはそうとして、――しおらしげなプロデューサーというのは、……何だかとっても、からかいがいがあるように思えてならないのであって。


「お、おう…なんだ、急に偉そうになったな未央?」


私はできるだけ顔をにまにまさせないように努めながら、すすすっとプロデューサーの傍に寄って行く。

そして……ぎゅっと、プロデューサーの腕を取って…ちょっとだけ自慢の胸を押し当ててみたりして。


「……しまむーとしぶりんがそっけなくて淋しいなら、代わりに私が慰めてあげても…良いよ?」

「――ちょ、ちょっと、こらこら未央!?」


……いやいや、もちろんこんなこと恥ずかしいんだけど、こういうのはノリとテンションとパッションで押し切ってしまうのが大正解なのだ。


「えへへっ、良いじゃんたまには私にも甘えさせてくれたってさ~☆」

「何か語弊のある言い方やめろって!? てかそもそも甘えるってレベルじゃないだろ、こらちょっと離れなさいってば!?」

「やっだよ~だ、えへへっすりすり…☆」

「ひゃおおっ!? 待って未央、すりすりはダメだってば!!」


想像以上に狼狽するプロデューサーがおかしくって、ついつい調子に乗ってすりすりしてしまう。

それはやっぱり、親友の二人によくするような『愛情表現』とは違って、とってもドキドキするものだった――



【Interlude 3-1 END】


【DAY 3】


――卯月の作ってくれた朝食は、お味噌汁と白ご飯、ベーコンを敷いた目玉焼きに野菜炒めと、割と普通な献立で、そしてとってもおいしいものだった。

だからといって責任を押し付ける訳ではないが、連日の疲れもあって、卯月の醸し出すぽやーんと弛緩した幸せな空気感にはすっかり時間間隔を狂わされてしまった。


凛「ま、マズイ…、遅刻…遅刻はマズイ!」

卯月「うえーん、今日はしっかり起きれたのに何でこうなってるのー!?」


すっかり朝の気配が遠のいた街並みを、私たちは事務所に向けて疾走していた。

私の実家から事務所までは、バスと電車を経由して40分ほどだけど……今こうして慌ただしく家から飛び出した出た時点で、約束の時間までの猶予は30分くらいしかない。


『むふふ…凛さん、お望みとあれば…日菜子はいつでもお手伝い出来ますよ…?』

「で、でも…街中でそんな目立つことなんて…」


SRカード化し、令呪を通じて語りかけてくるアーチャーは、割と大胆不敵な提案を平然としてきた。

念のため、周囲に怪しまれないようにスマホを懐から取り出し、通話している振りをしながら話を続ける。


アーチャー『ふむ、…日菜子の馬車なら一般の方に見つかる心配はありませんし…、こんな朝っぱらから仕掛けてくるマスターもいないと思いますが…』

凛「そ、そうかもしれないけど…でも、馬車ってあれでしょ? またあのメルヘンな格好しなきゃなんでしょ?」

アーチャー『当然です、むふふ…凛さんの王子様、よくお似合いでしたからねえ…』

凛「それがちょっと恥ずかしいんだってば!!」

アーチャー『一般の方にはもちろんバレませんよ…?』

凛「そりゃそーかもしれないけど! でも恥ずかしいの、日が出てると余計に恥ずかしいの!!」

アーチャー『むふふ…ですがそれ以外に手段はないはずですよぉ…むふふふ…』

凛「ま、まだ…奥の手があるから…ヘイ、タクシー!!」


通りがかったタクシーに、とりあえず勢い良く手を上げてみるものの、あいにく乗客がいたようでスルーされてしまう。


アーチャー『…なるほど、確かにタクシーは便利かもしれませんねえ…。道が渋滞しなければ、信号に捕まらなければ、ですけど…むふふ…』

凛「くっ…、わ、わかったよもう…何かあったら責任とってよね!」

アーチャー『むふふ…おまかせを…、それでは行きますよぉ…!』


言うや否や、私と卯月は瞬く間に光に包まれると、昨夜の巻き直しのようにコッテコテの王子様とお姫様へと早変わりしてしまう。

ただし今度は、……卯月が王子様役で、私がお姫様役のようだったが……。


凛「――ちょ、ちょっと待って、これはこれで逆に恥ずかしいよ!!」

アーチャー『むふふ…こっちのパターンもアリですねえ…妄想が捗りますよぉ…むふふふ…』

卯月「わ、わわわっ…凛ちゃん、この格好は何事!?」

凛「うぅ…、ごめん卯月…お願いだから、今は耐えて…」


そうして街中に突如として出現した王子様とお姫様は、にやにや顔の御者が用意したカボチャの馬車へと、逃げるようにして乗り込んだのだった。


凛「な、何とか間に合いそう…」

卯月「えへへ~、お姫様な凛ちゃんも可愛いかったな~!」

凛「……卯月、その記憶は後でしっかり忘れてもらうからね?」


軽口を交わし合いながら、バタバタと事務所の廊下を足早に進んでいく。

……悔しいが、空飛ぶ馬車による空の旅は非常に快適かつ快速だった。

やはり遮るものなく直線的な移動が出来るというのは大きなアドバンテージだ。


凛「……ヘリコプターとか、あれいくらくらいするんだろう…?」

卯月「えっ? う、うーんと、…凛ちゃんヘリコプター欲しいの?」

凛「いや、そうじゃないけど…ちょっと気になって…」

卯月「そ、そっか…多分、すっごい高いと思うけど…免許もいるだろうし…」

凛「……ごめん、そんなに深く考えなくていいよ。…っと、着いたね」


所属する部署の部屋、その扉の前で腕時計を確認すると、約束の時間の五分前だった。

図らずして五分前行動を達成してしまった……何と言うか、ちょっと罪悪感を感じる。

……まあでも、やっちゃったものはしょうがないよね、うん。


卯月「おはようございまーす!」

凛「おはよう、ございます…」


ドアを開けて、卯月と揃って挨拶をする。

狭すぎず広過ぎない、親しみやすさのあるオフィスには、事務員のちひろさんはもちろん、プロデューサーも既に出社していた。


ちひろ「おはようございます、凛ちゃん、卯月ちゃん!」

モバP「おはよう! 五分前行動だな、感心感心」

卯月「あ、あはは…そうですか?」

凛「……そ、そんなの当然だよ、うん」


ああ、また罪悪感が…二人の笑顔が眩しすぎる…! ごめんねプロデューサー、何だか本当にゴメン…。


未央「おお、来たね二人とも! おっはよ~☆」

凛「……未央、もう来てたんだ、早いね?」


ソファに陣取り、テレビの画面を眺めていたらしい未央が、私たちに気付くとにぱっとした笑顔を向けてくる。


卯月「あ、もしかしてまた自主練してたの未央ちゃん?」

未央「ふっふっふ…、何を隠そうこのちゃんみお、しまむー以上の頑張り屋さんなのです!」ドヤッ

卯月「なっ、なんだってー!? だけど私も負けないよ!」ドヤッ


出会い頭からよくわからないテンションでいちゃつき始める卯月と未央に呆れつつ、私もぽすっとソファに腰を降ろしてみる。

自主練、か…。未央も頑張ってるんだな、私も気を抜かないようにしないと…なんて思いながら、何気なしにテレビ番組へと目を向ける。


『――昨夜未明、東京都○×区内で発生した、ガス漏れと見られる集団昏倒事件についてですが…』


画面の中の女性アナウンサーが、貼りつけたように深刻そうな顔でニュース原稿を読み上げている。

○×区内と言えばこの事務所からもそう遠くはないな…と思っていると、卯月が少し意外そうな顔をしてぽつりと呟いた。


卯月「……? あれ、このニュース昨日見たような、またこの事件のニュースやってるの?」

未央「いや、違うよしまむー。さっきもやってたんだけど、昨日のとは別の場所で起こった昏倒事件なんだってさ。……また、ガス漏れが原因らしいけど」

凛「ふぅん? ガスって怖いね…うちのキッチンもそろそろIHにしてもらうかな」

卯月「えー、でも今朝は凛ちゃんのお家のキッチン、とっても使いやすかったけどなあ?」

モバP「……なん、だと?」ガタッ

未央「えっ、……なにそれどういうこと?」ズイッ

凛「ちょ、ちょっと卯月…!」

卯月「へっ? あ、やばっ…!」


ぽやーっとした顔で放たれた卯月の失言に、未央どころか少し離れて仕事机に腰掛けていたプロデューサーまでもがぐいぐいと近寄って来てしまった。


未央「な、なんてこと…二人はいつのまにそんな関係に…!?」ズイッ

モバP「……おい、まさかそうなのか凛、卯月?」ズズイッ

凛「い、いやいや!? 違うって、昨日はたまたま、卯月がうちに泊まりに来ただけで…」

未央「えぇ~!! しまむーしぶりんのお家にお泊まりしたの? ずるいよ~!!」

卯月「い、いや違うの…何て言うかその、昨日は前々から凛ちゃんとお約束してて、それで…」


ま、マズイ…こんなところで正妻戦争のボロを出すわけにはいかないのに…!

卯月が私の家に泊まり込んでいるのがバレた時にため、適当な言い訳を用意していなかったのが悔やまれる…


未央「な、なんということでしょう…まさかしまむーとしぶりんが、一緒に朝チュンを迎える仲だったなんて…」

モバP「そうか…それで今日の同伴出勤か…。昨日二人とも割とそっけなかったのは、そういう理由が…」


……おや、ちょっと待って。

正妻戦争うんちゃらとかじゃなくて…これ何か、普通に雲行きがおかしいような。


凛「あ、あれ…? な、何か変な勘違いしてない二人とも? 違うからね、そういうんじゃないから!!」

モバP「ああ、わかってるよ。……色々とつらいこともあるだろうが、何かあったら相談に乗るからな?」

卯月「へっ? あの…何かって、なにが…?」

未央「しまむー、それは言わせんなってやつだよ! ……ちょっぴり悲しいけど、……でも、私は二人の門出を応援してるからね?」

凛「ぜ、全然わかってないじゃん!? だからさあ、違うってば、もう…!」

ちひろ「はいはい、盛り上がっているところ失礼しますけど、みなさんそろそろお仕事の時間ですよ~?」


見かねた風のちひろさんに促されて、何とかその場を凌ぐことができた私たちだったが…

送迎の最中も、番組収録の仕事中も、プロデューサーが私と卯月を見る目が…その、妙に慈愛に満ちた感じに揺らめいているのが、とてつもなーく気になってしまうのだった。



【Interlude 3-2】


――番組収録を終えると、街並みは既に夕焼け空に染まっていた。

プロデューサーの運転する送迎車、その助手席の窓の外で流れていく初秋の景色はどこか物悲しい。


「さて、今日はもうお前たちの予定は終了だけど、これからどうする? 一度事務所に戻る形で良いよな?」

「……うん、それで良いよ」

「あ、私もそれでお願いします!」


プロデューサーの呼びかけに、後部座席に座った二人が各々、瞳をキラキラさせながら応える。

……今日の収録を通じて感じたのは、……二人とも、やっぱりホントに魅力的な女の子で、尊敬できる存在だということ。


しまむーはまるで苦手なモノなんてないみたいに、何でもかんでも普通にやってみせちゃうし……

しぶりんは言うまでもなく、その名の通り凛として迷いなく前に進み続けるカッコ良さに加えて、最近は貫録めいたものまで感じるようになってきた。


本当に、本当に…、私なんかを親友と言ってくれるのが、もったいないくらいに…素敵な子たちだ。

……昂った感情を抑えきれず、潤んでしまった視界が揺れて、羽織ったままの長袖のパーカーの先でぐしぐしと目頭を抑える。

グラグラと、……決意が揺らめいていくのがわかる。


「お、おい…未央? どうかしたのか?」

「な、何でもないよ…ごめん、ちょっと目にゴミが入っちゃって…」


こんな時でも、プロデューサーはプロデューサーだった。

私がちょっとでも隙を見せると、すぐ手を差し伸べてくれて、優しくしてくれて……

思わず、全てを忘れて、全てを吐き出して、彼に何もかも委ねたい気持ちにさせられてしまう。


……でも、それじゃダメなんだ。


プロデューサーに言われたことばかりをやってるだけじゃ、きっと二人には追い付けない

だってそうだろう、……しまむーだって、しぶりんだって、彼がプロデュースして来たのに。

プロデューサーが、二人と同じように後押ししてくれて、その結果として…今の私があるんだから。

……私が、二人に【追い付かなきゃいけない場所】にいるのは、……全部、私自身の責任なんだから。


だからこそ、きっと私は、……二人とは、違う道を歩かなきゃ、その先へ進めないんだ――


「――ねえ、二人とも? もしこの後予定が無いんだったらさ、ちょっと事務所近くの公園寄って行かない?」


くるりと後部座席の方を向いて、精一杯の笑顔を作る。

きっと二人にも、私の様子がおかしいのはお見通しだろうけど……

こういうのは、……ノリとテンションとパッションで押し切ってしまうのが、大正解なのだ。


「う、うん、別に良いけど…、どうしたの未央ちゃん?」

「まあまあ、しまむーとしぶりんの大事な時間は邪魔しないからさ?」

「も、もうっ…未央! だからそんなんじゃないってば!!」

「あははは、ごめんごめん☆ いや、何て言うかさ、あのね…?」


きょとんした顔の、頑張り屋な私の親友と、

照れた顔がずるいくらいに可愛い、私の親友に


「ちょっと、話があるんだ。――聞いてもらって、良いかな?」


そう言って私は、意図的に見せないようにしていた肌色のテーピングを、そっと剥がして。

……左の手のひらに刻まれたソレを、お披露目したのだった。


【Interlude 3-2 END】


――夕暮れ時の別名を、逢魔が時と呼称すると聞いたことがある。

世界が徐々に光を失っていく、昼夜の狭間にある薄暗闇にこそ…世に言う妖怪や魔物は姿を現すのだそうだ。

だとするならば、……私たちが夕闇の中でそのマスターと出逢ってしまったのも…決して偶然ではなかったのかもしれない。


事務所の近く、都内有数の公園の中にある…並木道。

近くには大きな遊具場があって、ブランコや滑り台で遊ぶ子供たちの姿がちらほらと見受けられる。

プロデューサーに公園の入り口で三人一緒に降ろしてもらった後、何も言わずに先を歩く未央の背中に、私たちは言葉もなくただ付き従っていった。

やがて……ほとんど何の前触れもなく、未央の歩く隣に……お団子頭の女の子が付き添っていた。

私の隣にも、いつのまに実体化したのか、品の良い私服姿のアーチャーが冷めきった顔をして控えている。

セイバーは、まだ完全に回復するには至っておらず姿を見せてはいないが……彼女の分まで、アーチャーが卯月のことも守ってくれるだろう。


未央「うん、ここらへんで良いかな? あんまり人も来なさそうだし…」


そう言って、ようやく口を開いた未央が示したのは、並木道に備えられたちょっとした休憩場だった。

雨は防げるが風は防げない、骨組みと屋根だけの建物の下に、幾つかのベンチが並べられている。

建物が作り出す影の中に入ると、未央は立ち止まって私たちに向き直った。

傍らに控えるお団子頭の女の子は、いかにも清楚で純朴そうなデザインのワンピースを着ているが……

欲望に忠実なまま、いやらしく歪んだ笑みのせいで…それも台無しになっていた。


ランサー「うひひっ☆ 改めて自己紹介する必要はないよね?」

凛「……うん、忘れたくても忘れられない顔だし」

卯月「へ、へんたいさん…未央ちゃんが、へんたいさんのマスターなの…?」

未央「そうだよ、しまむー。だから私は、二人がマスターだってこともずっと知ってたし…しまむーがしぶりんの家にお泊まりしてる本当の理由も…ちゃんとわかってる」

そう応えた未央の声音は、……今まで私たちが聞いたこともないほど平坦で、一切の感情を読み取らせないものだった。


卯月「み、未央ちゃん…」

未央「……ごめんね、しまむー? ランサーの手癖のせいで、しまむーを苦しめちゃってたみたいだね…」

卯月「そ、そんなことないよ! 未央ちゃんは……目撃者を出さないって正妻戦争のルールを守ろうとしただけなんでしょ?」

ランサー「うひひっ、その節はどうも…☆」ワキワキ

卯月「う、うぅ…どういたしまして…」


蠢くランサーの指先にたじろぐ卯月だったが、しかしその瞳はしっかりと……未央が正妻戦争の参加者だという現実を受け止めようとしていた。

ならば、……次は私の番だ。

凛「……自分がマスターだって隠し通すこともできたはずだよね? どうして話してくれる気になったの、未央?」

未央「それは、……二人には、嘘をつきたくないって思ったから」

凛「……そっか、じゃあ話は早いね」


大丈夫、卯月の時と一緒だ。

……マスターになろうが何だろうが、未央は未央のまま、真っ直ぐで一生懸命な女の子なんだ。

だから私も、いつもの私のまま、私が思うように行動すればそれで良い。


凛「単刀直入に言うよ。……未央、私たちと共闘しよう」

未央「……うん、しぶりんならそう言ってくれると思ったよ」

卯月「み、未央ちゃん、それじゃあ…!」


ほら、やっぱり心配する必要なんてなかった。

それはそうだ、当たり前のことなんだ、だって未央は私と卯月の大事な親友ーー


未央「……ううん、ごめんね。私は、――二人に宣戦布告するために、ここにいるんだ」


凛「……未央? 今のは、私の聞き間違い…なのかな?」


やけにはっきりと聞こえた、その言葉の意味が、信じられなくて。

往生際悪く、私はあがいてみせたのだけど……


未央「いーや、そんなことないよ。私は、しぶりんとしまむーと一緒には戦わない」


だけどやっぱり、未央はこれ以上なく明確に言い切った。

私たちが、……敵同士のマスターだということを。


卯月「そ、そんな…未央ちゃん、どうして!?」

未央「そんなにおかしいかな? ……正妻戦争って、最初からそういうものでしょ?」

卯月「ち、違うよ! 今はそういう話をしてるんじゃないよ!」

未央「ううん、違わない。だって私は、……二人には嘘をつきたくないし、……自分の気持ちにだって、嘘をつきたくない」


視線を俯かせ、その表情は伺えないけれど、でも未央がとってもつらそうな様子であることが今は容易に感じ取れる。

震えそうになるのを無理に抑えているような、極端に平坦で穏やかな声色で、……未央は懸命に、決別の想いを打ち明けているのだ。


未央「私は、しまむーとしぶりんと戦って、勝ちたい。正妻戦争に参加するマスターとしての、……これが私の、正直な想いだよ」

凛「未央、……本気、なんだね?」

未央「さすがの私も、冗談なんかじゃこんなこと言わないよ。この戦いで得られるものが、例えまやかしにすぎないとしても、……いっぱい悩んで、こうするんだってもう決めたんだから…!」


そうして俯かせていた顔を上げ、未央は私たちを一瞥すると……眉をきつく吊り上げて、高らかに宣誓したのだった。


未央「だから、――聖杯は譲れない。願いを叶えてトップアイドルになるのは、私だよ!」


……ああ、そうか。

マスターになろうが何だろうが、やっぱり未央は未央のまま、真っ直ぐで一生懸命な女の子だった。

何も変わらない、ただ…ありのままの未央が……私と卯月に負けじとトップアイドルを目指す一人の女の子が…ここにはいるだけなんだ。

ならば、――親友だからこそ、ライバルだからこそ。

……私は、未央の秘めたる想いに応えてあげなくてはいけないのかもしれない。


未央「ごめんねしぶりん、……わがまま言って困らせちゃって」

凛「……良いよ、未央になら私は何されたって我慢できる」

未央「そっか、……さっすが、しぶりんだね」


そう言って、未央はちっとも似合わないような苦笑いを浮かべた。

……そっちから私を振っておいて、少しだけ淋しそうな顔をするのはずるい気がする。

それでも、未央がその道を選ぶというのなら……私たちはただ、全力でぶつかり合うより他にないのだ。


卯月「ま、待って未央ちゃん! 私はイヤだよ、未央ちゃんと戦うなんて出来ない!」


だけど、もう一人の親友は…私よりもずっと心優しい卯月が、未央の決意に食い下がる。


未央「……しまむー、ちゃんと考えなきゃダメだよ。正妻戦争の勝者は一組だけ、……もしこのまましまむーが勝ち抜けたとしても、最後はしぶりんと戦わなきゃいけないんだよ?」

卯月「た、戦わないよ! 私は、凛ちゃんのお手伝いをしているだけだもん!」

未央「……それが、しまむーの望みなの? 本当に、願いを叶える聖杯がいらないって言うの?」

卯月「そ、それは…! わ、私はただ…訳もわからず巻き込まれちゃっただけだから…」

未央「そうだったね、……だけどどう思っていようと、しまむーはもう正妻戦争の参加者なんだよ?」

卯月「そんなこと関係ないよ! そんなの、私が凛ちゃんや未央ちゃんと戦う理由になんかならないもん!」


お互いに平行線のまま、卯月が声を荒げて、未央は逆に感情を殺したかのようにして言い合っている。

思えば、この二人が口論をしている姿を見るのは初めてかもしれない。

卯月がこんなに憤りを露わにしているのも、未央がこんなに淡々と理屈を並べていくようなことも、……やっぱり初めてだった。


卯月「未央ちゃん! 未央ちゃんが何て言おうと、――私は納得なんてしないから!!」

未央「……納得して貰わなくても良い、嘘をつくよりはマシだから。私はしまむーにだって、絶対に負けたくない。……これはただ、それだけのことなんだよ」


こんな状況でなければ起こり得ない、こんな状況でしかあり得えない光景は、……現実味が希薄すぎて、見ているだけで胸が抉られるようだ。


ランサー「……およ、もうお話はおしまいで良いの、マスター?」

未央「言いたいことは言った。聞いて貰いたかったこともちゃんと話せた。……だから後は…どうするか決めるのは、私じゃないから」

卯月「ま、待ってよ未央ちゃん!!」


言い争いを打ち切り、踵を返してこの場を去ろうとする未央を、卯月がすかさず追いすがって呼び止めようとする。

だけど、戸惑う卯月の目前で、驚くべきことに、――未央とランサーは、自分たちの影の中へとずぶずぶと沈み込んでいくのだ。


アーチャー「むふふ…影を用いた空間転移とは…、マジシャンなのは一体どちらなのですかね…?」

ランサー「うひひっ、まああたしの魔術はあくまで借り物だからね…昨日の魔法陣みたいな派手さがいまいち足りなくてさ☆」


アーチャーの皮肉を歯牙にもかけず、相変わらずマイペースで陽気な声音で語らうランサー。

だけど、このサーヴァントの持つ朗らかな雰囲気は、どこか普段の未央に近いものがあった。

そしてそのせいもあって、すっかり平時の明るさが影を潜めてしまった今の未央とのコントラストが、ひどく際立っているように思えてしまう。


未央「……ランサーから、バーサーカー討伐までの共闘関係の話は聞いてるよ。だけど…もしそれが済んだら…」


そうして、最後まで言葉を紡ぐことなく……仇敵ランサーのマスター、私たちの無二の親友は、黄昏時の薄闇へと吸い込まれるようにして姿を消してしまったのだった。


卯月「ど、どうして…未央ちゃんのばか、わからずや…!」

凛「卯月…」


悔しそうに俯いた卯月は、だけど私の声にぴくりと反応すると、泣きそうになった顔をキッと引き締めて睨みつけてくる。


卯月「り、凛ちゃんも凛ちゃんだよ! どんな理由があったって、未央ちゃんと戦うなんて間違ってる!」

凛「……そんなこと、わかってるよ」

卯月「わかってないよ! 全然わかってないもん!!」


見たこともないような思いつめた顔で卯月は詰め寄ってくると、私の肩に手をかけてぐいぐいと揺さぶってくる。


卯月「り、凛ちゃん! 考え直して、未央ちゃんと戦っちゃダメだよ! そうしたら、絶対に後悔しちゃう!」

凛「……卯月の気持ちだって、私はよくわかるよ。でも、それと同じくらい、未央の気持ちも大事にしなきゃいけないって思う」

卯月「だ、だからって、……私たちが戦うなんて、そんな…そんなのって!」

凛「……卯月、止めて…痛いよ…」


肩に掛けられた卯月の手が、噛みついてくるかのように喰い込んでくる。

不安と悲しみと、そしておそらくは憤りで、卯月の身体は小刻みに震えていた。

だけど私には、……これ以上、何を言えばいいのか、どうしてあげるべきなのか…ちっともわからない。


アーチャー「むふふ…そこまでですよぉ卯月さん…」

卯月「アーチャーさん、でも…私は…!」


見かねたかのようにアーチャーが助け舟を出してくれるが、……卯月は少し怖いくらいの形相で、しがみついて離れてくれない。

そして、その時だった、……私の肩に取りついていた卯月の左の手のひらから、淡い光が放たれる。


卯月「わ、わわっ…」


異変に気付いた卯月がぱっと手を引くと、手のひらの令呪がちかりと瞬いて……

学生用の短いスカート、スクールシャツに蒼いネクタイを締め、同じく蒼のジャージに袖を通した姿のセイバーが、私と卯月の間に現れたのだった。


卯月「せ、セイバーちゃん! もう大丈夫なの!?」

セイバー「はい、何とか…ご心配をおかけしました…。ですが卯月殿、まずはどうか…落ち着いてください」


そうしてセイバーは、まるで私を庇うかのように卯月に向き直ると、諭すような優しい口調で静かに語りかける。


セイバー「……凛殿だってつらいのは同じです、……それがわからないほど、珠美のお守りすべきお方は愚かではないはずです」

卯月「セイバーちゃん…、でも…」

セイバー「大丈夫です、何があろうと…珠美は卯月殿の味方です。――サーヴァントとして、アイドルとして、武士として、一人の人間として…確かにお約束します」


そう言って、セイバーは卯月に向かって半歩進むと、己が主君に忠誠を誓う臣下のように、恭しくひざまずいたのだった。


卯月「や、やめてよセイバーちゃん、立って…私…そんなことしてもらうような偉い人じゃ…!」

セイバー「卯月殿、これは珠美のケジメなのです。……召喚に応じたのは偶然だったかもしれません。ですが珠美はもう…友を想う貴方の優しさを知っています。そして、だからこそ――主君としてお守りしたいと、心の底から思えるのです」


誓いを、ここに――

セイバーは今まさに、単なるマスターとサーヴァントという関係ではなく、己が守護するに値する存在として、卯月と真の意味での誓約を結ぼうとしているのだ。


凛「……卯月、セイバーは本気だよ? 割と頑固者で、わがままなとこもあるって、もう卯月もわかってるでしょ?」

セイバー「……聞き捨てなりませんね、凛殿? 珠美はただ、武士としてのケジメをですね…」

卯月「うん…わかってる。…ありがとう、セイバーちゃん。ごめんね…?」


そうして、目の前でかしづくセイバーに、卯月は目線を合わせるようにしてしゃがみこむと、……少し恥ずかしそうにはにかみながら、おずおずと右手を差し出した。


卯月「……私も、マスターとかそういうの抜きにして、――珠美ちゃんと、頑張っていきたいって思う。……だから、改めて、これからよろしくね?」

セイバー「……は、はい! 卯月殿、こちらこそ…!」


伸ばされた卯月の右手を、真名を呼ばれたセイバーは感激したようにがっしりと掴む。

だが卯月は、そこでちょっといたずらっこのような顔をすると、……ぐいっと手を引いて、セイバーを立ち上がらせたのだった。


卯月「…えへへっ、つーかまえた! えいっ!」

セイバー「わ、わわわっ…! 卯月殿!? だ、だっこはダメですってばあ!?」


そして、有無を言わさずセイバーに抱きつく卯月。もちろん、件の愛情表現も忘れていない。


卯月「ううぅ~こんなにちっこくて可愛いのに、カッコ良くて強いんだもん…珠ちゃんはすごいなあ…すりすりすりすり♪」

セイバー「た、たまちゃ!? って、すりすりはちょっと待っ…凛殿、助けてくださーい!!」

アーチャー「おやおや…、むふふ…良いですねえ…良いですねえ! 妄想が捗りますよぉ…むふふふふふ…!」


……うん、とりあえず卯月がいつもの調子に…いやいつもより若干ハイテンションだけど、……戻ってくれてよかった。

ついでにアーチャーはいつも以上ににやにやくねくねしてるけど…、まあこれは特に問題ないとして。

約束の件もあるし、ここは助けてあげるべきなんだろうけど……卯月のためにあともうちょっとだけ、セイバーには我慢していて貰うとしよう。


卯月「……凛ちゃん、さっきは取り乱しちゃってごめんね?」

凛「うん、……全然大丈夫、問題ないから」


卯月をセイバーから引っぺがした後、私たちは公園内の大きな遊具場の一角にあるブランコ乗り場に四人揃って陣取っていた。

……傍から見たら、大の大人が何をしているのやらと中々シュールな光景だったのではないだろうか。

といっても、私と卯月はともかく、セイバーとアーチャーは下手したら中学生くらいに見えるかもしれないが、……特にセイバーが。

というかそのセイバーが、何故かこのブランコ乗り場を随分と気に入ってしまったせいで、こんなことになっているのだが。


凛「さて、……それじゃあ、未央のことも含めて、これからどうすべきか…だけど…」


まあ、幸い周囲にはもう人影はまばらだったし、もし近くに来ても子供くらいのものだろう。

話を聞かれたところで、何がどうなるとも思えないし、あまり心配はしなくていい…のかな、うん。


セイバー「……未央殿のランサーは確かに強敵ですが、やはり現段階で最も優先すべきはバーサーカーの討伐でしょうね…」

卯月「そっか、……未央ちゃんも、少なくともバーサーカーさんをやっつけるまでは、私たちとは戦わないって言ってたもんね…」

アーチャー「それくらい、あのバーサーカー…諸星きらりさんとそのマスターの実力が抜きんでている、ということですねえ…むふふ…」

凛「まだ九個もあるんだよね、ライフストック…。先は遠いよね…」


もう随分とバーサーカーとは戦ってきたような気もするが、道程はまだ半分にも達していないのだ。

流石に、気分が少し滅入ってしまって、……気まぐれにブランコを漕いでみたりしてみる。


太陽は今まさに地平線へと気持ちよさそうにダイブを決めていて、……見上げた空は、もうすっかり夜に染まっている。

今日もまた、長い長い戦いの幕が開けようとしているのだ……


セイバー「……実は、卯月殿。……そのことで、ご相談があるのですが」

卯月「う、うん、…何でも言ってよ、珠ちゃん!」

セイバー「うっ…ですから珠ちゃんはやめてくださいと…、他のマスターに真名を容易に伝えてしまうことになりかねませんし…」

卯月「あ、そっか…。うん、残念だけど、わかったよ…セイバーちゃん…」


不服そうだけど、しぶしぶ納得した様子の卯月は、ブランコを少し漕いで気分を紛らしている。

その様子に苦笑しながらも、セイバーはゆっくりと、……まるで己の罪を白状するかのような悲壮感を伴って、ぽつぽつと続けた。


セイバー「それで、ですね。……悔しいですが、今のままでは珠美はバーサーカーには、……諸星きらり殿には及びません。彼女と渡り合うためには、珠美の宝具の力をもっと引き出すために……竹刀ではなく、別の武器が必要です」

卯月「べ、別のっていうと…?」

セイバー「ありていにいえば、真剣です。マコトのツルギと書く、本当に斬れちゃう真剣のことです。……相性的には、やはり刀の類が好ましいですね」

卯月「な、なるほど…真剣かぁ…! ――って、えええっ!?」


驚きのあまり、卯月はブランコからすっぽ抜けるかのように前へと飛び上ってしまう。

……マスターではないが、卯月と同盟を組んだあの夜に互いに公開し合っているので、セイバーのステータスは私も余すところなく確認できる。

そして、セイバーの持つ二つの宝具のうちの一つには、確かに…セイバーの言うとおりの、さらなる力を引きだすための方法が表示されていたのだ。


凛「……刀か。そんなの、一介のアイドルが用意できるような代物じゃないよね?」

卯月「あ、あたりまえだよ! でも…ど、どうしよう…それがないと…バーサーカーさんには勝てない?」

セイバー「はい、……珠美も、無茶を言っていることはわかっているのですが、少なくとも竹刀のままでは、……前回の戦闘の有様をなぞるだけになってしまうかと」

凛「そっか、…うーん、どうしよう? まさかプロデューサーに相談する訳にもいかないし…いやでも、あの人なら何とかしてくれそうではあるけど…」


そうして、私たち三人が途方に暮れていると……、ぶらぶらと一人気ままにブランコをゆらゆらさせていたアーチャーが……


アーチャー「そうですねえ…ですが、そういうことなら日菜子が何とかできるかもしれません、むふふ…」


頼りになる時にはとことん頼りになる私のパートナーが、――これ以上ないにやにや顔で、そう宣言してくれたのだった。


アーチャー「もうご存じだとは思いますが、日菜子の宝具である《無限の妄想(アンリミテッド・ヒナコ・ワークス)》は、武器の類も妄想によって生み出すことができるんですよぉ…」


確かにこれまでも、アーチャーは弓矢や闘剣などの武器を自在に取り出しては使いこなしていた。

……それを今度は、セイバーにも渡してしまおうということか。


アーチャー「ただし、固有結界の範囲外で日菜子以外のお方が扱うようなモノとなると、現世に定着させるには多大な魔力が必要です。また…サーヴァント戦に耐えうるような質を求めるならば、何らかの伝承を持つ著名な武具をモデルにするのが望ましいですねえ…むふふ…」

凛「そうそう便利すぎるものはないってことか。……それでも、やってできないことはない…そういうことだね?」

アーチャー「そういうこと、です…むふふふ…」


にやにやと不敵に笑うアーチャーは、ともすると悪戯の計画を悪友と語らうような雰囲気さえ醸し出している。

知らない人であればあまりお近づきになりたくないかもしれないが、……味方としては、やっぱり非常に頼もしい限りだった。


セイバー「武具をモデルにするというのは、具体的にどうすればいいのですか?」

アーチャー「実物をこの目で見て、子細に観察する…というのが最も効果的ですねえ…、あとは、それにまつわるお話をたくさん見聞きするなど…むふふ…」

卯月「う、えーっと? …つまりその…美術館とか、そういうところで…昔から伝わるスゴイ武器をアーチャーさんが見れば大丈夫…?」

アーチャー「はい、それで充分です…制作に必要な魔力さえ何とかなれば、ですけど…むふふふ…」


なるほど、つまりそれは、……条件さえ整っていれば、あとは力技で何とかしてみせる、ということであって、……ならば話は簡単だ。


凛「魔力か、それなら問題ないよ。……こういう時に使うべきものでしょ、令呪って」


そう、……昨夜のバーサーカー戦では結局使う機会を逃してしまっていたが。

それこそ、双葉杏がバーサーカーにやったように、アーチャーが武具を製作するのをサポートする形で令呪の魔力を用いれば……!


セイバー「……凛殿、よろしいのですか? 令呪はマスターにとって貴重な切り札です、それを…ご自身のために使わないとは…」


大きく眼を見開いて問いかけてくるセイバー。それも、至極当然の反応だろう。

だけど、私にとってその質問は、……敢えていうならば、実に即答しがいのあるものだった。


凛「うん、何の問題もないよ。――その代わり、セイバー? 何があっても、絶対に、……最後まで卯月を守り抜いて」

卯月「り、凛ちゃん…!」

セイバー「――と、当然です、おまかせください凛殿!」


そして今度は、セイバーがブランコから勢いよく飛び降りる番だった。

大きく前方に身を投げ出したセイバーは、着地と同時に振りかえると、相変わらずにやにや顔でブランコをゆらゆらしているアーチャーの元へ一目散に駆け戻ってきた


セイバー「……それではアーチャー殿! 武具制作のほど、どうかよろしくお願いします!」

アーチャー「むふふ…まかされましたよぉ…、質の高い妄想をするのは、日菜子にとってもこれ以上ない幸せですので…むふふふふ…!」


サーヴァントの二人は、沈みゆく夕陽に負けないくらいお互いに瞳をキラキラと輝かせていて、そうしているとまるで、……彼女たちが何の変哲もない、ただの女の子のように見えてきてしまう。

それがちょっぴりおかしくて、……私は思わず、口元を緩めずにはいられないのだった。


凛「よし、じゃあ話はまとまったね。……あとは、実際にどういった武器をモデルにするか…だけど」

卯月「ひとまず、今からでも…美術館とかに行ってみようか?」

アーチャー「……いえ、その必要はありません。名刀や妖刀の類は数あれど、現存しているモノはそう多くありませんが、……その中でも、最も妄想しがいのある剣を日菜子は知っていますので…むふふ…」

セイバー「なるほど、……実は珠美にも思い辺りがあります。伝承が残っていて、なおかつ現存している名剣…その中でも最も著名なものが、ここからそう遠くない場所にあるはずです」

アーチャー「おや、さすがは剣の英雄たるセイバーのクラスのサーヴァントですねぇ…むふふ…」

卯月「な、なに? 二人とも、もったぶらずに教えてよ?」

アーチャー「もちろんですよぉ…むふふ…」


不満そうに頬を膨らませる卯月を、アーチャーは少し面白がるようにして見遣った後、……こほんと可愛らしく咳払いをしたのだった。


アーチャー「その名剣とは、日本神話上でおそらく最も有名なエピソードであり、またその逸話から誕生した現代に伝わる三種の神器の一つ…」


そうしてアーチャーは、ちらりとセイバーに目配せをすると……セイバーは、こくりと頷いて後を継いだ。


セイバー「……スサノオノミコトの伝説、ヤマタノオロチ討伐の証、悪しき蛇竜から生まれた聖剣、――草薙の剣、ですね?」


そうして紡がれたのは、……神話の時代から現代へと伝承された、紛れもない【宝具】の名だったのだ。


卯月「さ、三種の神器…!? えっと、冷蔵庫とかじゃなくて、元ネタの方の…?」


わかりやすく慌てふためく卯月だったが、……私の分まで驚いてくれるので、こっちとしては幾分か楽というか。


凛「……なるほど、少なくともこの国を出ない限り、それ以上は望めないね。……アーチャーが草薙の剣の実物さえ見ることが出来れば、セイバーに最高級の【真剣】を提供できる」

卯月「り、凛ちゃん? そんな簡単に言うけど、えっと…でも、その剣がある場所って…どこなの?」

アーチャー「……日本経済の中心地、東京の一等地に残された最後の秘境……皇居の最深部ですね、むふふふ…」


唖然としたままの卯月を、だがアーチャーはさらに仰天させるように言ってのけた。


卯月「……こ、皇居の最深部って、…に、日本で一番入っちゃいけないとこじゃないのかな、それ?」

凛「なりふりなんてかまっていられないよ。……それに、何も盗み出す訳じゃない。あくまでアーチャーが実物を見ればそれで良いんだよ?」


まあ、それでも不法侵入とか色々と犯罪ちっくなことにはなるだろうけど、……背に腹は代えられないし、アーチャーの宝具なら何とか出来る気もする。


卯月「えっと…待って待って、そもそも皇居にあるその剣ってホンモノ…なの? レプリカとかじゃなくて?」

アーチャー「皇居の【剣璽の間】に収められているモノは確かにレプリカですが…むふふ、そもそも草薙の剣にホンモノはないのですよ…」

卯月「え、……どういうことですか?」

アーチャー「草薙の剣と伝わるモノは、現在は熱田神宮という所に御神体として納められています…ですが、それも幾度かの盗難や紛失を経た【三代目】なのです、むふふ…」

卯月「と、盗難? 三代目…」

セイバー「なるほど、では仮に神話上の存在である草薙の剣が実在していたとしても…少なくとも今伝わっているモノは、オリジナルではないと?」

アーチャー「むふふ…その通りです…」

凛「だけど、それでも…アーチャーが【視る】価値はあるんだね?」

アーチャー「もちろんですよぉ…むふふ、例えレプリカでも、人の想いが寄せられたモノには力が宿るものです。まして一個の神話体系によるバックアップがある草薙の剣ならば当然です、むふふ…」


自信たっぷりに、にやにや顔をいつもの三倍増しで断言しきってみせるアーチャー。

その言葉を信じずして、一体何を信じればいいと言うのか。

――決まりだ、何としてでも…アーチャーに【草薙の剣】を見てもらう。

そしてその先にこそ、この正妻戦争を勝ち抜くための道が広がって……



『――監督役より伝達、只今より正妻戦争を一時休戦し、全てのマスター及びサーヴァントの招集を要求します。……詳細は、教会にてお伝えいたします。使い魔の派遣でかまいませんので、必ず招集に応じて頂くようお願い致します。繰り返します、……』


そうして、突如として脳内に響いてきたその声、街中の教会に住まうシスター・クラリスの深刻な声色が……正妻戦争の三日目の夜を、思わぬ方向へと導いていくのだった。


アーチャーの《魔法の馬車☆ぱんぷきんいちGO》に、またしてもメルヘンな格好をさせられながらも乗り込んで、私たちは教会へと向かうためビル群の上を飛び越えていく。

使い魔でかまわないとは言っていたが、昨夜の件で私と卯月はもう他のマスターに素性がバレているだろうから、クラリスさんのいる教会には直接赴くことにしたのだ。

それに……望みは薄いかもしれないが、未央にもまた会える可能性だってあった。卯月は特にそのことにこだわったのでなおさらだ。


アーチャー「……教会が見えました、降下しますよぉ…むふふ…」


御者姿のアーチャーがそう声をかけると、馬車はみるみるうちに高度を落としていき、街中にぽつんと建った小さな教会の前の路上に着地する。


卯月「な、何があったんだろう…一時休戦って言っていたけど…」

凛「まあ、ここまで来たらさっさと聞いた方が早いよ。さあ、行こうか…」


高いビルとビルの間にある、存在を知らなければ素通りしてしまいそうな小さな教会は、……当たり前ではあるが、先日マスターになったばかりの卯月を案内した時から何も変わっていないままだった。

正面の扉を開いて、礼拝堂へと足を踏み入れると、……居並ぶ長椅子の列には既に見知った人影が座り込んでいた。


ライダー「おう、お前らも面出しにきたか! ……使い魔とか逆にめんどうだっつの、そう思わねえか?」

李衣菜「うーん、さっすが姉御…やること為すことロックだなあ…」


案の定というか、そもそも身バレとかをまったく気にしていなかったロックな二人組は、迷いもなくこの場に赴いていたようだった。

……しかしライダー、不良風な見た目の割に一番乗りとは…人は見た目によらないというかなんというか。


クラリス「……ようこそおこしくださいました、みなさん」


声のした方に振り向くと、荘厳な宗教画の散りばめられたステンドグラスを背に、教会の主であるシスター・クラリスが佇んでいる。


クラリス「ご足労をおけけしてしまい、申し訳ありませんでした。……あの念話魔術は効果範囲が広い代わりに、相互意思疎通が出来ないものでして…」


……なるほど、念話が出来るくらいならわざわざ呼び立てる必要はないのではとも思ってはいたが、あれは単にメガホン的なものだったのか。


李衣菜「な、何かそれ…電話の方が便利だよね?」


クラリス「それはごもっともですが…、監督役とはいえ、あいにく私は全てのマスターやサーヴァントを把握している訳ではありませんから…」


そう言って、クラリスさんは大きく溜め息をつくと……顔に若干の影が差した陰鬱そうな声音で続けた。


クラリス「ちなみに…ですけど、……昨夜は一晩中、ボロボロになった港を魔術で復元していたので、一睡も出来ませんでした、ふふふ…」


ずーん、というマンガちっくな擬音が、クラリスさんの頭上に目に見えて浮かぶようだった。

確かに、よく見ればいつも眠っているように細められているクラリスさんの目元には、不健康そうな大きい隈ができてしまっている。

そうか……よくよく考えれば都内有数の港の一角が一夜にしてあんな凄惨たる有様になってしまっていたら、普通ならはかなりのニュースになっていたはずだ。


卯月「あ、ああ…そっか、監督役ってそういうお仕事もされて…」

凛「……た、確かにこれ以上ないほどズタボロに粉砕されちゃってたよね」

李衣菜「ご、ごめんなさい…なんか、ごめんなさい…」

ライダー「……あんだよ、別に李衣菜が謝ることもねえだろ。それがそいつの仕事なんだし、……そもそも派手にぶっ壊しやがったのはあのデカブツじゃねーか」

アーチャー「むふふ…そもそもの原因はライダーさんのロックな挑発ですけどねえ…むふふふ…」

セイバー「……いやまあ、応じてしまった側にも責任はあると思いますが…私が言うのも何ですけど…」

クラリス「ふふふ…いいのですよ、ただ…これからはなるべく器物損壊をしないように気を付けて頂ければ…ふふ、ふふふふ…」


笑ってはいるけど…クラリスさんは真顔のままだ。……しょ、正直めちゃくちゃ怖い…!

き、気を付けよう…もしかすると怒ったクラリスさんは、下手なマスターやサーヴァントよりも恐ろしい存在かもしれない。


ライダー「んで? まさかそんな愚痴話を聞かせるためだけに、アタシらを招集した訳じゃねんだろ?」


長椅子に浅く腰をかけ、足を前列の背もたれに投げ出したままで、ライダーは獰猛な笑みをクラリスさんに向ける。


クラリス「もちろんです…全てのマスターもしくはサーヴァント、あるいはその使い魔が招集するまで、今しばらくお待ちを……」

対するシスターは気圧された風もなく、ただ落ち着き払った静謐な佇まいのまま薄く微笑んで、そして――


「――うひひっ☆ 隙あり~!!」


……視認することすら許さない神速の変態小悪魔に、背後から抱きつかれるようにして揉み敷かれてしまっていたのだった。


クラリス「なっ、なななっ!? ちょっと…何事ですかっ!?」

ランサー「……いやあ、あのさー? 正妻戦争が休戦だっていうからさあ? あたしの溢れだすパトスをどうすることかと思ってたんだけどさ、でも…シスターさんなら揉んでも問題ないよね?」モミモミモミモミ

クラリス「ど、どういう理屈ですか!! 良いからや、止めて…止めなさいこらっ!!」


流石のシスター・クラリスも、サーヴァント相手にああも動きを制限されては厳しいものがあるのか、……懸命に振りほどこうとしても、ランサーの両指は吸いついたように離れようとはしなかった。


ランサー「んー、にしても何か違和感あるような? ……もしかしてシスターさん、入れてる?」モミッチョモミッチョ

クラリス「――失礼な!? 神に誓って天然物ですよ!?」

卯月「あぁ…ああぁ…、クラリスさんがぁ…へんたいさんの餌食にぃ…!」ガクガク

李衣菜「う、うひゃあ…、なんというロック…」

ライダー「いや違うって李衣菜、絶対あれはロックとかじゃねえって…」


聖堂に集結した一同は、ランサーのあまりの早業にただ呆然とするのみであった。

……にしても、あの指の動きは確かにヤバイ…、傍から見ているだけでも、卯月が軽くトラウマになってしまうのがよくわかるほど…その、わきわきと蠢きまくっている。


凛「……アーチャー、ちょっとクラリスさんを助けてあげてくれる? 話、進まなそうだから…」

アーチャー「むふふ…あれはあれで悪くない組み合わせですねえ…むふふふ…」ポワポワ

凛「あ、ダメだこれ…ダメなやつだ…」

セイバー「……はぁ、とりあえずあの不埒者は卯月殿の目に毒ですし、ひとまずこの竹刀でしばいておきますか…」


そう言って、見かねたセイバーが割と致命傷めいた一撃をランサーの脳天にお見舞いするまでには、さほど時間はかからなかったのだった…


卯月「へ、へんたいさん…あの、未央ちゃんは?」

ランサー「んん? マスターなら来ないよ、あたしが来ればそれで充分だからね☆」


頭上に大きなコブを作って、ようやくクラリスさんを解放したランサーは、懲りた様子もなく陽気な口調で卯月に応答する。


ランサー「うひひっ、ごめんねお姉ちゃん。大事なモノと離れ離れになっちゃうつらーい気持ちは、あたしにもよくわかるんだけどさ……?」ワキワキ

卯月「う、うぅ…そっか…」


割りと神妙な面持ちでのたまうランサーだったが、その指先の動きで全て台無しである。


卯月「あ、あの…じゃあ、という訳でもないんだけど…その…へんたいさん? ……未央ちゃんを、どうかよろしくお願いします」


そう言って、卯月はそれこそ神仏を前にした敬虔な信者のように、とても真摯に、深々とランサーに頭を下げたのだった。


ランサー「へっ? …あ、あの、お姉ちゃん?」

卯月「……私は、未央ちゃんの考え方には納得できないけど、…それでも、やっぱり、未央ちゃんには傷ついて欲しくないから。今の未央ちゃんを守ってあげられるのは、貴方だけだから…」


珍しく戸惑い狼狽した様子を見せたランサーだったが、続く卯月の言葉に幾分か心を動かされたのか、……口角を上げ、心底愉快そうに笑いだした。


ランサー「うひひっ☆ そういうことなら、言われるまでもないよ! あたしは結構気に入ってるんだ、みおっぱい!」

卯月「うぅ…その言葉が頼りになりそうって思えちゃうのも何か違う気がするけど……」

ランサー「……でも、やっぱり良いねお姉ちゃん…敵に頭を下げてまで友達を想うその心意気、あたしますます気に入っちゃったよ! うひひひっ、やっぱ揉んでいい?」

セイバー「言い訳がないでしょう! ――もう一発お見舞いしますよランサー?」

クラリス「かまいません、やっておしまいなさいセイバーさん!!」


卯月とランサーの間に、ものすごく不機嫌そうな顔で割って入るセイバー、そして割と私情な感じで休戦状態を反故にさせようとするクラリスさん。

どうもランサーがいると、場の空気が変わるというか何と言うか……。

そのマスターである未央もまた、場の雰囲気を明るくする達人だったなと思うと、少し胸が痛んでしまう。

結局、未央は顔を出さないようだけど、……次に顔を合わせる時までには、私も自分なりに覚悟を決めなくてはならないだろう。


――卯月が今、彼女なりの優しくて真っ直ぐな覚悟を見せてくれたように。


ライダー「…ふぁああ、あーあ。……にしてもよー、ただ残りの連中が来るのを待っているってのも退屈だな?」


大きなあくびを噛み殺そうともせず、手持無沙汰そうにしていたライダーが、じろりと周囲を見回すようにして獰猛な笑みを剥いた。


凛「……なにをするつもり?」

ライダー「まあまあ、そう睨むなっつの。昨日の夜でお前らの実力は大体わかったからな、……今度は、お前らがシンデレラ聖杯にふさわしい器かどうか、ちょっと知りたくなったって訳だ」

卯月「ふさわしい…器ですか?」

ライダー「ああ、そうだ。……まあ、大体の連中が結果としてトップアイドルを目指すってのに変わりはないだろうが…アタシが知りたいのは、その理由だ!」


腰かけていた長椅子の上に仁王立ちし、ライダーは私たちを見下ろすようにして語りかけてくる。


李衣菜「要は、えっと…聖杯に何をお願いしたいのか宣言しろってこと、姉御?」

ライダー「そーいうこった。……お前らも別にかまわねえだろ、暇つぶしに付き合ってくれてもよ?」

アーチャー「むふふ…そういうことなら、とりたてて袖にする理由はありませんねえ…むふふふ、妄想の材料も増えますし…」

凛「……私も、別にかまわないけど。隠すようなことじゃないし」

クラリス「ふむ、なるほど。つまりは聖杯問答というわけですか、……中々興味深い話題ですね。監督役としても、是非拝聴したいです」


ライダーに椅子の上に立たないでさっさと下りてくださいという目線を送りながらも、クラリスさんは感心したように状況を見守っている。

同じく無言のままでいたセイバーは、ちらりとライダーを一瞥した後に、己のマスターへの意思を確認する。


セイバー「……卯月殿?」

卯月「うん、……私も、大丈夫。未央ちゃんと別れてから、ずっと考えてたから」

ランサー「うひひっ☆ それも良いけど…暇つぶしならさあ、あたしがもっと楽しいことしてあげるよライダー?」ワキワキ

ライダー「――テメエはちょっと黙ってろ、マジで!!」


……そして、ランサーは相変わらずだった。


こうして、暇を持て余したマスターとサーヴァントたちによる……己の願いと信念をぶつけ合う場外乱闘が、割とその場のノリとテンションだけで開催される運びとなってしまったのだった。


ライダー「……ったく、興味本位とはいえマジメにやれよ? 特にそこの色ボケ!!」

ランサー「うへーい」

卯月「へんたいさん、…やる気ゼロだね?」

ランサー「えー、だってあたしの願いとかって聞くまでもないでしょ?」

アーチャー「むふふ…妄想の余地が一切ありませんからねえ…」

ランサー「あっ、でもでも! 強いていうなら受肉したいかなあ? またこの世に生を受けて、世界の最果てまでおっぱいを求め続けて旅するのも悪くはない…うひひっ☆」ワキワキ


滔々と語りながらも、ランサーは瞳を閉じてはイメージトレーニングでもしているのか指先をうじゃうじゃわきわきと蠢かせている。

……本当、卯月がトラウマになるのもわかる。もし、あの動きにやられてしまったらと思うと、見ているだけで背筋がぞっとしそうだ。


李衣菜「ど、どこまでも自分を曲げない人なんだね…ロックだなあ…」

ライダー「あー、うん。わかった。アタシが悪かった。ランサー、とりあえずテメエには聖杯は渡しちゃいけねえってことだな」

ランサー「うひひっ☆ あ、ちなみにあたしのマスターは真面目にトップアイドル目指してるからね? トップアイドルになること自体が目標って感じだけど…」

ライダー「ほー、目的が手段ってやつか? なるほどな、……テメエともども、ますますぶんなぐって目を覚ましてやりたくなってきたぜ…!」

ランサー「おお、こわいこわい…☆ けどおっぱいデカイから許す!」

ライダー「胸のことはほっとけつってんだろバカ野郎!!」

ランサー「あ、ちなみにマジシャンズマスターさん! あたしは小さいのもいけるんで、そこんとこよろしくどうぞっ☆」


そう言って、ズビッという擬音が聞こえてきそうな俊敏さで、ランサーはこちらに向かって指を差してくるのだが……


凛「……え、もしかして私のこと言ってるの?」

ランサー「おう、あったぼうよ! おっすキミちっぱい!!」

アーチャー「むふふ…やはり貴方にはさっさとご退場願うべきですかねえランサーさん?」

ランサー「うおお、やーだっな~みんな怖いってもう☆」


真顔でアーチャーに凄まれても、やっぱりランサーはケロっとしている。マイペースもここまでいくと逆に尊敬してしまうような……ってちょっと待って!?


――じ、自分ではあまり気にしたことなかったけど…私のってやっぱ小さい…?


いやいや、別に私が小さい訳じゃなくて…周りはアイドルばっかだから大きい人が多いっていうか少なくともあんなこと言ってるランサーよりは大きいし、……でも卯月よりは小さい…けどいやでも卯月はスタイルに関しては普通じゃないから…


卯月「あ、あの…凛ちゃん? 様子がおかしいけど、大丈夫?」

凛「あ、ああ…えっと、ごめん。何でもないから、うん…」


……深く考えるのはよそう、時にはそうすることが生きていくために大事な気がするから。

>>237

訂正

×ライダー「ほー、目的が手段ってやつか? なるほどな、……テメエともども、ますますぶんなぐって目を覚ましてやりたくなってきたぜ…!」
○ライダー「ほー、手段が目的にってやつか? なるほどな、……テメエともども、ますますぶんなぐって目を覚ましてやりたくなってきたぜ…!」


凛「……えと、じゃあ次は、…言いだしっぺからで良いのかな?」

ライダー「おう、アタシか。……まあ、大した理由でもねえ。妙ないきさつがあって、アイドルなんてもんになることになった。――だが、何であろうがやるなら頂点を獲るってのは当然だ!」


すっぱりと、何の衒いもなく、――昨夜の、あの威風堂々たる名乗りとも相通じる、不遜で不敵な猛禽の笑みを浮かべて

ただそうあることが自然であるように、ライダーはこの戦いを必ず勝ち抜くと宣言してみせたのだった。


ライダー「だから、聖杯にかける願いはそれとは別になっちまうが、……借りた恩をまだ返せてねえ奴がいてな、それを返すのが願いだ。もうあいつの顔も思い出せもしねえが…」

凛「顔を、……思いだせない?」

アーチャー「むふふ…サーヴァントは生前の恩人や想いを寄せた人物、とりわけ担当プロデューサーだった方の記憶が曖昧になるのですよ…」

卯月「そ、そんな…どうして?」

ライダー「そういうもんなんだよ、アタシたちサーヴァントは人間から《アイドルとしての概念》に昇華した存在だ。ぶっとんだ力を得る代わりに、……不特定多数のファン連中にとっての偶像(アイドル)らしくない部分ってのはどうしても削られちまうもんだ」


ライダーの言葉に反応するかのように、マスターとして……おそらくは《メッセンジャー》によって予めインプットされた知識が、頭の中でゆっくりと紐解かれていく。


サーヴァント、――それはシンデレラ聖杯によって召喚される、かつて存在した伝説的なアイドル。

《アイドルとしての概念》《絶世の人気を誇った何者か》として、魂の輪廻、転生の環から外れ、その存在を《ここではないどこか》の世界に固定された者たちの映し身。

この、本来なら圧倒的な知名度を持つはずのサーヴァントを、……彼女たちの生前の姿を、世間一般の人々はまったく知らない。

マスターである私たちだけが、《メッセンジャー》によって与えられた知識を通じて、彼女らの【かつて】に触れることができるのだ。

何故ならそれは、……アイドルであった彼女たちの身が、この世ならざる存在へと変質した際に、人々の想いをまるごと取り込んで結晶化してしまうから。

つまりは、《アイドルとしての概念》を創り上げるためには、元となったアイドルの存在だけではなく、彼女らのファンの記憶が要求されるというのだ。

そして、その過程を経ることで、かつての伝説的なアイドルたちもまた、……ライダーが言うように、何もかもが同じままではいられないという。


誰も知らない、誰よりも輝いていた星々、《ここではないどこか》にて燦然と瞬く煌めき――それこそが、正妻戦争を彩るサーヴァントたちの正体だった。


ライダー「まあ、だからこそ……アタシの願いは聖杯でしか叶えられねえって訳だ。何せ、顔どころか生きてるのかどうかもわからん相手にどう借りを返せば良いかなんて、アタシの頭じゃ見当もつかんからな」

李衣菜「それでも姉御は、……顔も分からない誰かのために走り続けるんだね?」

ライダー「ああ、だがそれはあくまでついででしかねえ。――この大層なケンカにケリをつけて、李衣菜を最高にロックなアイドルってやつにする…な?」


そう言って、ライダーは猛禽を思わせる笑みを己のマスターに向ける。

水を向けられたヘッドフォンの少女は、一瞬だけきょとんとした顔をしたあと、……ふるふると、うずうずと、瞳をきらきらとさせ、そして――


李衣菜「あ、姉御ォオオ!! やっぱり姉御は最っっっ高にロックだよォ――!!」


大きく飛び跳ねるように、ありったけの歓喜の雄叫びを、礼拝堂に木霊させたのだった。


――元・特攻隊長という肩書を持つ異色のアイドル、稀代の姉御肌・向井拓海。

彼女のマスターは、まさしくその魅力にすっかり惚れ込んで、最も身近にして最も力強いファンとなっている。


……きっと、この頼りがいのある堂々とした気質こそ、《アイドルとしての概念》に至る変質を経ても変わらない、ライダーの核たる部分なのだろう。


ライダー「おう、アタシらはこんなもんで良いだろ。……じゃあ次は、お前らの番だなチビッ子?」

セイバー「だから、チビッ子ちゃうし…この鳥頭め…」

卯月「ま、まあまあセイバーちゃん、抑えて抑えて…」


じろりとライダーを一瞥し、小さな肩を怒らせるセイバーだったが、卯月に宥められるとこほんと軽く咳払いをし、……静かに語りだしたのだった。


セイバー「私は、……聖杯にかける願いはありません。何故なら私の願いは、今まさに叶っているからです」

李衣菜「……えっと、つまりどういうこと?」

セイバー「アイドルとしての私は、……自分で言うのも何ですが成功していましたし、自分でも出来る限りのことはしたつもりです」


そうしてセイバーは、遠い記憶の中にあるかつての日々を慈しむかのように目を細め……


セイバー「ですから、アイドルとしての自分に悔いは微塵もありません。良き友、良き仲間に恵まれた、心の底から誇れる大切な思い出です」


――胸に手を当て、とても優しい声音で微笑んだのだった。


ライダー「……ふん、そりゃ結構なことだな。で? 今まさに叶っているって願いの方はなんだよ?」


悔いを残した生前を語ったばかりのライダーが、すこし拗ねたようにしてセイバーに先を促す。

そんなライダーを正面に見据えながら、セイバーはまさしく己の罪を告解する子羊のような渋面を浮かべた。


セイバー「……私は、アイドルではありましたが…それとは別に、一つの夢がありました」


音もなく、セイバーは虚空から竹刀を一振り抜き放つと、……ぽんっと軽くそれを手のひらに打ち付ける。

竹刀の具合を確かめているかのようなその俯いた様子には、どこかセイバーらしくない暗い影を感じざるを得ない。


セイバー「いにしえの武士、音に聞く侍たちのように、誰かのために戦い、誰かのために尽くしたい。幼心の頃より抱いていた想いでしたが、……私の生きた時代では無論のこと、現世ではそれは望むべくもない空想に過ぎませんでした」


それは、……誰もが一度は夢見る物語。

自分がもし、ヒーローだったら、魔法使いだったら、正義の味方だったら。今の自分とは違う……憧れの存在だったら。

生前のセイバーが抱いていた『武士になりたい』という想いも、……きっとそういう類の夢だったのだろう。


セイバー「まして私は、女ですからね。たとえ運良く……いえ、不運にも戦乱の世に生まれていたとしても、武士として戦いに赴くようなことはない。その時はその時で、部屋の隅で怯えながら、争いのない平和な世界を夢見ていたことでしょう」


自嘲めいた口調で語るセイバーの背中は、いつになく小さく見えて、まるでそのまま消え行ってしまいそうで……


セイバー「我ながら、身勝手で子供染みた、まさしく夢物語でしかありません。だが、どういう訳か……私の夢は今、こうして現実のものとなっている」


だけど、――竹刀をくるりと回し、その切っ先を大理石の床に打ちたてたセイバーは、息を吹き返したようにして気迫を溢れさせてみせたのだ。


セイバー「戦いの舞台があり、守護すべきお方がいる。……この身は不運にも、闘争の渦の中にある」


そうして、己の分身である使い込まれた竹刀を、その場にいる全ての者に堂々と誇るかのように。


セイバー「だから、――戦うと決めた、それが私の誓いです!」


小さな一人の武士が、主を守る一振りの剣が、その輝く刀身を魅せつけたのだった――


ライダー「はっ、つまりは夢見るチビッ子のごっこ遊びって訳か? 付き合わされるマスターも大変だなそりゃ」

セイバー「否定はしませんよ? 私が愚かなのは百も承知しています。ですがアイドルというのは……夢を見せる存在、夢を叶える姿で魅せる理想像のことです」


呆れたように両手を掲げるライダーを、しかしセイバーは微塵も動じずに、ただ静かに睨み返した。


セイバー「だからこそ私は、アイドルとしての誇りに賭けて……セイバーのサーヴァントという新たな自分自身にも、悔いを残すつもりはありません!」


いつの時代か、アイドルとして走り抜けた自分。

その軌跡に、確かな誇りを持っているからこそ……

かつての自分に恥じないよう、かつて叶わぬ夢を抱いていた自分自身のためにも、――脇山珠美というアイドルは、セイバーのサーヴァントとして、ホンモノの武士であり続けるのだろう。


ライダー「……なるほどな、チビッ子のくせによく吠えやがる。ますますタイマンでぶつかり合って、その竹刀を圧し折ってやりたくなってきたぜ」


獰猛な笑みに顔を歪め、ライダーは猛禽が獲物に狙うを定める瞳でセイバーを一瞥する。

だけどその様は、もうそろそろ理解できるようになってきたが、ライダーのこれ以上ない愉悦を表しているのだった。


ランサー「うひひっ☆ カッコいいねえ珠ちゃんは…結構怖がりのくせしてさあ…!」

セイバー「な、なあっ!? ランサーそれは聞き捨てなりませんよ、どういうことですか!? あと珠ちゃん!?」

ランサー「いやあ、だってあたし珠ちゃんとは揉んだ揉まれたの仲じゃん? そういうことも、ちょっとはわかっちゃうんだよねえ…」

アーチャー「……揉んだ、揉まれた…むふふ…」

李衣菜「え、二人はそういう関係…? もしかしてこ、これもロック…?」

凛「……や、やっぱりランサーがいると空気がおかしくなるね」


シリアス一辺倒だった雰囲気が、ランサーの介入で一瞬にして跡形もなく壊れるのはもう何回目のことだろうか。

だけど弛緩した空気の中でも、……次に問答の順番を迎えるであろう卯月だけは、きつく唇を結んでいたのだった。


ライダー「んで? 無欲なチビッ子サムライのマスターはどうなんだ、……お前は聖杯に、何を望む?」


水を向けられた卯月は、一瞬だけびくりと身体を震わせながらも……ゆっくりと大きく深呼吸をし、意を決したようにして目を見開いた。


卯月「私は、……私も、初めは巻き込まれる形で正妻戦争に参加したから、……セイバーちゃんみたいに、聖杯にかける願いもなかったんです」


それは、もちろんよく知っている。卯月は本来、意図的にせよそうでないにせよ、必要のない争いは極力避ける性質だ。


卯月「だけど、色々と考えて……難しく考えることもないのかなって思って。お願い事なんだから、普通のことで、普段から想っていることで良いんだって」


誰にでも優しくて、いつだってにこにこえへへと温厚で、……だけど、そんな卯月にも、他人を押しのけてまで叶えたい願いがあるとしたら、それは――


卯月「だから、……もしも願い事が叶うとしたら、仲の良い友達や、お世話になっている方々、そして何より…私を応援してくれるファンの方々のため、――トップアイドルになって、みんなの笑顔が見たいです!」


……それは、ある意味で最も理想的で、普遍的で、実にアイドルらしい夢だった。

ともすれば、薄っぺらく嘘っぽいと思われてしまいそうなほどに綺麗な綺麗事。


だけど、私にはわかる。卯月の願いは、……ただ一片の曇りもなく、彼女の本心だった。


どんなに状況が、環境が、待遇が変わっても…変わらずに在り続けられるその在り方。

アイドルであることが誰よりも自然で、アイドルであることを誰よりも楽しむ、まさしくアイドルになるべくして生まれてきた女の子。

努力の意味を知り、挫折の味を覚え、それでもただ純粋に、ひたむきに前へと進み続ける、誰からも愛される満点のスマイル。


奇をてらわない、奇をてらう必要のない、王道の中の王道――

島村卯月は……道半ばながらも、まさしく『アイドル』としての一つの理想像なのだろう。


ライダー「……お前らの願い、何も悪いとは言わねえ。だがそれでいつまでやれるかって話だ。結局、人は自分満足のために動く生き物だからな」


正論すぎる正論、理想的すぎる卯月の受け答えに、前にも増して呆れた様子のライダーは所在なさげにガシガシと頭を掻いている。


ライダー「みんなの笑顔が見たい、誰でも良いから尽くしたい。……他人ありきの志がどこまで折れずにいられるのか、これからじっくり見極めさせてもらうさ」

凛「……私には、アンタの願いも他人ありきに聞こえたけど、ライダー?」

ライダー「アタシか? アタシは自分のタメにやってるのさ。世話になった恩を返したいのも、慕ってくれる物好きの舎弟を頂点まで連れてくのも、全てアタシ自身の満足のタメだ。そうしねえと、気分がスッキリしねえんだよ!」


そうして、これ以上どうやったら深まるのかと言いたいほどに、ライダーはまたしても猛禽を思わせる笑みで口角を釣り上げたのだった。


ライダー「――さて、そんじゃ最後はテメエらだな、おすまし顔とニヤニヤ女?」


おすまし顔って、……なんか前に未央にもそう言われたな。ライダーにそういう意図がないのはわかっているが、少し胸が締め付けられるような思いがする。

一方で、私の隣に佇むアーチャーは相変わらずのにやにや顔をこれでもかと全開にしながら、ぽわぽわと夢心地な声で返答をしたのだった。


アーチャー「むふふ…お願い事はいつだって変わりませんよぉ…どんな妄想よりも素敵な、理想の王子さまに出逢うことです…むふふふ…」

ライダー「り、理想の王子様ぁ…?」

アーチャー「むふふ…そうです…、アイドルになったのも、今こうしてサーヴァントとしてこの場にいるのも…全ては素敵な王子様と出逢うためです…むふふふふ…」

ライダー「――おい、おすまし顔! お前こいつのマスターだろ、通訳してくれよ?」

凛「……通訳も何も、言葉の通りだよ。アーチャーは本気で、えっと…王子様というか、魂がイケメンな人に逢いたいんだって」

李衣菜「そ、そうなんだ…よくわからないけど、ロックだね?」

卯月「……私はちょっと李衣菜ちゃんがよくわからなくなってきたような…?」

アーチャー「むふふ…一念天に通ずとは言いますが、気付いたらここまでたどり着いていた…そういう感じですので…」

ランサー「うひひっ☆ いやあわかるよわかるよ! おっぱいと王子様……志は違えど、あたしと似た者オーラを感じるねえマジシャンさん!!」

アーチャー「あ、やめてください…貴方と一緒にされるのはイヤです」

ランサー「がーん、……っていうかその真顔は止めて…流石のあたしも割りと心にくるからそれ」


珍しくランサーがダメージを受けている…っていうのはどうでも良いんだけど。

アーチャーはあれで何も嘘を言ってないから、何とも補足のしようもない。

ありていに言えば、運命の人を探し出すことが目的……なのだろうか?

恋愛脳…というとちょっと違うんだろうけど、きっと本人でないと理解できない独特で乙女な感覚なのだ、うん。


ライダー「はぁ、もういい。わからんもんはわからん。……で、お前はどうなんだ、おすまし顔?」


そして、いよいよ順番は最後の私に回って来た。

……と言っても、気負うことなど何もないのだけど。


凛「私は、――トップアイドルになる。それが、今の目標。スカウトされたのがきっかけだけど、簡単な道のりじゃないってわかって……だからこそ、挑戦しがいがあるって思ってる」


その場にいる全ての者たちをぐるりと見回しながら、私はただ淡々と、自らの想いを言葉にしていく。

難しいことではない、……ただ、心に浮かんだフレーズをそのまま口にすれば良いだけのことだ。


凛「やるからには、……諦めたりなんて、絶対しない。最後まで全力で駆け抜けて、絶対に頂点に立ってみせる。……そういう意味では、アンタの気持ちもわからなくはないかな、ライダー?」

ライダー「ま、そういった気概は勝負事をするんなら当然持ってるべきもんだ、珍しくもねえ…」


腕組みをして、ライダーは少し不機嫌そうにも思える表情で睨みを利かせてくる。

……とはいえ、私の投げかけに特に文句をつける気もないのか、とっとと話せというジェスチャーと共に先を促してきた。


ライダー「で、やっぱテメエも聖杯の力でトップアイドルにしてもらおうって魂胆か?」

凛「いや、そうじゃない。そもそもトップアイドルには聖杯への願い事なんかじゃなくて、自力でならないとあんまり意味ないし……」

李衣菜「うっ、さすが凛ちゃん…痛いとこつくねえ…」

ランサー「まあ違いないね、シンデレラ聖杯なんて裏技も裏技みたいなもんだしさ☆」

ライダー「はっ、ご立派じゃねえか。……で? トップアイドルには自力でなるんだったらよ、なぜわざわざ聖杯を求める?」


そう、……実を言えば私は、シンデレラ聖杯自体にはさしたる興味はない。

だって、自分自信の力で目標を掴み取りたいという願いは、いくら万能の願望器といえど叶えられまい。

聖杯が願いを叶えた瞬間に、それは自力での目標達成ではなくなってしまうのだから。


だからこそ、私が望むのは、自力で目標を達成することを阻む可能性の排除。

……別にライバルを抹殺するとか、そういう物騒なことじゃなくて。

ただ、正々堂々と……アイドルとして、全ての困難にぶつかって行きたいって思うから、だからこそ私は――


凛「……正妻戦争を放っておいたら、誰かが聖杯を使ってトップアイドルになっちゃうかもしれないでしょ? ――だから、それを止める!」


それこそが、この闘争を…正妻戦争を戦う理由だ。

……他の人に意地悪をしたい訳じゃない。

ただ…誰にも裏技めいたズルはさせないってこと。


後ろ暗いことなく、持てる力の全てをぶつけ合う勝負のその先にこそ、……私の見たい景色が待っているはずだから。


ライダー「なるほどな、……すました顔して、中々に肝っ玉の据わった女だ!」

凛「……肝っ玉がどうかは、わからないけど。……そういう訳だから、私も聖杯にかける願いはついででしかない…かな?」

ランサー「ふむふむ、……して、おすましさんがついでにちゃっかり叶えちゃおうってお願いは何かな? そーいうのって人の本心でるよね☆」

アーチャー「むふふ…貴方は本心を出し過ぎですけどね、ランサーさん…」

ランサー「うぅ…だからその真顔止めてよマジシャンさん…」


凍てつくようなアーチャーの真顔に、ランサーは本当に寒がるかのように肩を抱いている。

……と言っても何だかんだ楽しそうにしている辺りがやっぱりランサーだったが。


凛「……そうだね、聖杯に願うなら、例えばだけど…今よりもっと世界が平和になったら、とか」

ランサー「えっ」

ライダー「……はっ?」

セイバー「……り、凛殿?」


何気なしに口にした願いに、静聴していてくれたセイバーまでもが驚きの表情を顕にしている。


凛「え、何かおかしなこと言ったかな? ……でも、そうしたらもっと沢山の人に…アイドルの魅力を伝えられるかもって思うし…」

ランサー「お、おお…これは結構、意外な一面…? しれっとした顔した割に、結構ロマンチスト…なのかな?」

アーチャー「むふふ…良いですねえ…、平和な方が王子様も余計なことを考えずにいられますもんねえ…むふふふ…」

ライダー「ちょ、ちょっと待ておい! そんな大雑把ででっかすぎる願い、いくら聖杯だって叶えきれねえぞっ!? 中途半端どころかソッコーで効力切れになるのがオチだ!」

卯月「わ、私はとっても素敵なお願いだと思うよ凛ちゃん!! ラブ&ピースは世界を救うって、こないだプロデューサーさんがスカウトしてきた新人さんも言ってたもん!」

凛「そ、そう…かな? ありがと…卯月、嬉しいよ」

アーチャー「むふふ…やはり凛さんはスケールの大きいお方…むふふふ…」

ライダー「あ、ああ…もう良い、よくわかった…。アーチャー、お前らのペアは外面はまったく似ちゃいねえが……中身は案外そっくりだってことがな」


理由はよくわからないけど、やにわにざわつき始めた一同にちょっと驚いてしまう私だった。

そんな中でも、妙に得心がいったような、だけど微妙に疲れたような顔で、ライダーが最後にぼそっと漏らした言葉が印象に残ったのだった。


クラリス「……さて、先ほどの呼び掛けから既に小一時間ほど経過致しましたが…お集まり頂いたのは五組だけのようですね」


聖杯問答を終えた後しばらく待ってみたが、教会に集まったのは結局私と卯月、ロック組とランサーの他には、……どの陣営かわからないが、ボロボロの、なぜかラジカセを持ったウサギのぬいぐるみが独りでに動いてやってきただけだった。


クラリス「……お集まり頂いたみなさんをこれ以上待たせる訳にもいきませんね。残る二組には、また別口での伝達手段を考えるとしましょう」


しびれを切らした訳ではなさそうなクラリスさんだったが、確かにいつまでも来るかどうかわからない連中のために時間を割く訳にも行かないだろう。

そうして、聖壇の正面にゆっくりと歩み出たクラリスさんは、まさしく神託を授かった聖女のような厳かさで私たちを見下ろしたのだった。


クラリス「では、監督役よりマスターおよびサーヴァントに伝達を致します。……最近、連日のように都内を騒がせている『ガス漏れによる集団昏倒事件』についてですが、これがサーヴァントによる仕業である可能性が高いことが判明致しました」


……集団昏倒事件? 確かに今朝も、卯月や未央と事務所にいた時に、そんなニュースをやっていたような気がするけど。

意外なその言葉に、思わず卯月の方へと振り向くと、……卯月も意味がわからないのか困惑した表情を浮かべている。


ライダー「ガス漏れだぁ? ……仮にサーヴァントの仕業だとして、んなことして何の得があるんだよ?」

ランサー「そりゃガス漏れじゃ誰も得はしないだろうけど、……でも、どうせガス漏れが原因じゃないんでしょ?」

クラリス「その通りです。現場には私も足を運びましたが、……何らかの魔力行使が行われた痕跡を発見することが出来ました。当然ながら、我々の他に魔力を用いるような存在は考えにくいですから……」

セイバー「まず疑うべきは正妻戦争の参加者だ、ということですね。……なるほど、それで一時休戦と」


ガス漏れじゃ…ない? 魔力の痕跡? どういうことだろう、まったく話が見えてこない。

サーヴァントを使って、何か危険なことをしているらしいというのは、どうやら間違ってはいないようだけど。


ライダー「……他に、なんかそれらしい理由はあんのか?」

クラリス「警察発表ではあくまで原因不明で、可能性としてはガス漏れが最も妥当という内容になっていますが、……事件現場は決して密閉性の高くない路地裏などですし、しかも被害に遭われた方々は男性ばかりなのです」

アーチャー「むふふ…なるほど、ハニートラップという訳ですか…、中々にお盛んな方なんですねえ…」

卯月「お、お盛ん…? ど、どういうことですか…?」

凛「は、ハニートラップ? それって、あれだよね? ちょっと、その…」

アーチャー「むふふ…そうですよぉ…、むふふなアレですよぉ…!」

セイバー「……アーチャー殿、その表現の仕方はちょっと…」

クラリス「いえ、あながち間違いとはいえませんね。……ツテを使い、被害者の方々にも何人かお会いすることが出来ましたが、……どの方も非常に消耗していらしたので」


な、なんだなんだ…? アーチャーのせいでますます訳がわからなくなってしまった…

でも、……被害者がだ、男性ばっかりってことは? 正妻戦争のサーヴァントは女性しかいないはずだし、つまりは……そういう?


凛「ま、まさか…あのクラリスさん、…そ、それは…その、……性的な意味で?」


クラリス「……まあ、否定は致しません。まさしく精根尽き果てた、といった状態でしたので」


凛「……っ!」

李衣菜「――え、ええええっ!?」

卯月「な、なんでそんなことするんですか!?」


割りとドキドキしながら聞いてみた質問にズバリ返されてしまって、三者三様に驚きを露わにせずにはいられなかったマスター連中なのであった。


ランサー「うひひっ☆ エナジードレインってのは割りとポピュラーな魔術なんだよ? ほら、よくあるじゃん、人の精をこう…じゅるじゅるって言うかさ? ――ガッとやって チュっと吸って はあぁぁぁぁぁぁんん!! ……みたいな?」

アーチャー「むふふ…魔力吸収の手段としては使い古された妄想ですねえ…、ですがそれだけに…確かな効力が望めるでしょうね…」

卯月「え、えっ? ま、魔力吸収…?」


顔を真っ赤にした卯月が、そっくりなにやにや顔を浮かべるランサーとアーチャーの言葉に目を丸くしている。

……あれ、ちょっと待って。これ何か違う、絶対に勘違いしてるよ私。


ライダー「ふん、そういうことか…、くだらねえ真似しやがって…」

李衣菜「あ、姉御…? どういうことなの?」


不機嫌そうに目を伏せ、息を吐いたライダーは、いらつきを隠さない口調で李衣菜の質問に応える。


ライダー「……アタシたちサーヴァントは活動に魔力が必要で、魔力ってのは体力と精神力の混合物だ。なら、てっとり早く強くなるにはそれを他人から奪っちまえば良い」

クラリス「まさしくその通りです。おそらくですが、件の事件の真相は、サーヴァントによる不特定多数の人間からの魔力収集だと思われます」

凛「……そ、そっか、そうだよね…うん」


――魔力を使えば、当然ながら人は消耗する。

私だって、マスターとして魔力を使いすぎた時の心身まるごと持っていかれるような疲労感は、嫌なほどよく知っている。

だからライダーの言うように、……マスター以外の人間、しかも複数の人々から魔力を奪えるサーヴァントがいるのなら、それは色々な意味で効率が良いだろう。


アーチャー「むふふ…凛さんがどのような妄想をされたのか、とっても気になりますねぇ…むふふふ…」

凛「――アーチャー、全部わかってて誘導したでしょ? ……あとでお仕置きだからね?」

アーチャー「おや、むふふ…凛さんのお仕置き…楽しみですねえ、むふふふふ…!」


だ、ダメだこれは…、手ごわ過ぎるよこの子……

そうして私は、にやにや顔を満開にさせたアーチャーに、ただ恨めしい顔を向けることくらいしかできないのであった。


セイバー「さて、改めて聞くまでもないことですが、クラリス殿? 一般人へと無暗に危害を加えることは、正妻戦争のルールに反していますね?」

クラリス「ええ、もちろんです。……正妻戦争の秘匿のためやむを得ない場合ならばまだしも、この【集団昏倒事件】の首謀者の目論見は明らかにそれとは外れたところにあるようですから」

セイバーの問いかけに、クラリスさんは深く頷きを返すと、聖壇の前に改めて直り、私たちを見渡すようにして右手を掲げた。

クラリス「一度目は黙認し、二度目は容認いたしますが、三度目はありません。この警告以後、再び一般の方々へ同様の危害を加えるような愚行がマスターあるいはサーヴァントによって為された場合は……」


十字架を背負い、全ての罪を暴くかのような荘厳さで、シスター・クラリスはまるでこの場にいない者にすら届かせるような言霊を放っていく。


クラリス「監督役の権限により、当該マスター及びサーヴァントに対する制裁を発動させて頂きます。具体的には、再び正妻戦争を休止させた上で、その他全ての参加者に令呪を報酬として討伐を依頼することになります」


……討伐、実に穏やかではない言葉だ。仮にも戦争と名のつく闘争の渦の中にあっても、尋常ではない響きがそこにはあった。


ライダー「ふんっ…、討伐依頼なんかされるまでもねえ、性根の曲がりきった卑怯者どもは、アタシが探し出してとっちめてやるよ…!」


終始不機嫌そうな様子だったライダーは、話はこれで終わりだとばかりに、肩を怒らせてクラリスさんに背を向ける。


李衣菜「さ、探し出すって、アテはあるの姉御?」

ライダー「考えるまでもねえだろ、十中八九キャスターか、そうじゃなければアサシンのどっちかだな」

アーチャー「むふふ…確かにキャスターならば多人数相手に魔力吸収の魔術を行使することも難しくないでしょうね…」

ランサー「うひひっ、宝具次第ならアサシンにも不可能じゃないね☆ ……まあそれを言ったら、どのサーヴァントでも出来ちゃいそうだけど」

凛「……そういう訳らしいけど、何か根拠でもあるのライダー?」

ライダー「あぁん? そんなん決まってんだろ、……アタシの呼び掛けにわざわざテメエの面を晒してまで挑んでくるヤツらに、コソコソした真似は似合わねえっつの」


まるで不貞腐れたようにそう言い捨てると、ライダーはすたすたと教会の出口へと歩を進めていく。


李衣菜「わわっ、待ってよ姉御~!?」


そして、慌てて追いすがる李衣菜が、ちょうどライダーの背に追い付こうかとした時――


「あっれ~、どこ行くの? もう話は終わっちゃった感じ?」


教会の入り口の扉を開けて、一人の小さな女の子が姿を現したのだった。


卯月「あ、あれ…? 凛ちゃん、あの子…うちの新人アイドルの子、だよね?」


ヒョウ柄を基調にした露出の多すぎる服装に、特徴的な黒髪のツインテール。

大きく開いてはいるが膨らみのない胸元には、ハート型のペンダントが掛けられている。

大人っぽいというよりは、マセているというような形容が合うその女の子は、……確かに、プロデューサーがつい最近スカウトしてきた新人アイドルだった。


凛「的場…梨沙、なんで、こんなところに…?」

アーチャー「むふふ…少なくともサーヴァントではないようですねえ、むふふ…」

ライダー「あん、てことはマスターか? こんなガキが?」

梨沙「む、子供扱いすんなよオバサン!!」


ビシッ、と空気が割れる音が聞こえた。

……あ、あの子、すごいなあ。

ていうか小学生からしらた、見た目は相当に娘盛りなライダーでさえオバサン扱いなんだ…それ、ちょっとショックかも。


ライダー「……ほう? 良い度胸だなぁ、クソガキ?」

李衣菜「わ、わわわっ…!? ダメだよ姉御、子供が言うことなんだから…怒るのはロックじゃないよ!?」


今にも容赦なく殴りかかりそうなライダーを、李衣菜が慌てて間に入ってなだめようとする。


梨沙「んー? なに、アンタもアタシを子供扱いするわけ?」


だけど、梨沙はジッと見上げたかと思えば、――ふらりと、まるで壊れた人形のように前に倒れ込んで、


李衣菜「……えっ?」

ライダー「バカっやろう、おい李衣菜そいつから離れっ――!?」


そうして、血相を変え李衣菜を突き飛ばすように庇ったライダーの胸元に、一挺の無骨な包丁が突き立てられたのだった――


http://i.imgur.com/Zrcx343.jpg
http://i.imgur.com/warcJOx.jpg
的場梨沙(12)

>>255

ちょっと画像修正

http://i.imgur.com/pdUlqVr.jpg
http://i.imgur.com/warcJOx.jpg
的場梨沙(12)


切っ先をライダーの胸元に埋めた梨沙の包丁は、鮮血の替わりにショッキングピンクの光を一瞬巻き散らしたかと思うと、跡形もなく消えてしまう。


ライダー「ぐっ、ぐあ…て、てめえクソガキ…何しやがった…!?」

梨沙「ふんっ、小学生だからってなめないでよね!…舐めるとかキモいって!」


よろめいて、堪らず片膝をつき蹲るライダー。

……明らかに尋常の反応ではない、そもそもただの包丁ごときでサーヴァントは傷つかないはずなのだ。


李衣菜「あ、姉御ぉ!?」

梨沙「フフン♪ 上手くいったね、これでパパにも褒めてもらえるってもんよ」


苦しむライダーを得意気に見下ろす的場梨沙の瞳、その虹彩には、胸元のネックレスと同じような、まるで絵に描いたようなハートマークが浮かんでいる。

そして、そのハートが不気味に揺らめいたかと思うと、……梨沙の手には再び無骨な包丁が握られていたのだ。


凛「ま、まさかあれ宝具!? やっぱりサーヴァントなの?」

セイバー「いえ、やはり彼女からそんな気配は微塵も…」

ランサー「うひひっ、――だから口より手を動かしなって☆」


突然の状況の変化に戸惑いを隠せずにいる私たちを尻目に、ランサーは一瞬で的場梨沙まで距離を詰めると、指先を蠢かせながら大きく両手を開いて……


ランサー「おマセなJSっぱい、いっただきまーすっ!! ――ってぐえっ!?」


その神速の足運びは、いつの間にか身体中に巻き付いていた深紅のリボンによって阻まれてしまったのだった。

深紅のリボンは、教会の床面や虚空に浮いた無数のハートマークから伸びていて、それはまるで、獲物を捕らえる蜘蛛の巣のように……


アーチャー「いけない、凛さん…逃げて!?」


呼び声にハッと周囲を見れば、すぐ側の地面や中空にも同じく手のひら大のハートマークが無数に展開されている


セイバー「失礼します、卯月殿!!」

卯月「わ、わああっ!?」


セイバーが傍らの卯月を小さなその身に抱え弾丸のように駆け出すのと、アーチャーが手を伸ばして私に駆け寄るのとはほぼ同時のことだった。

伸ばされたその手を、私もまた精一杯に掴もうとして……


凛「くっ…い、いたっ…!」


だけど、握りかけた手のひらを引き離されるように、私とアーチャーは深紅の蜘蛛の巣に捕らえられてしまったのだ。


セイバー「――《気合い》全開!!」


卯月を抱き寄せたまま、宝具による吹き飛ばし効果を活用しセイバーは迫り来る深紅のリボンを強引にいなしてみせた。


卯月「す、すごいよセイバーちゃん!」

セイバー「……いえ、ですが不覚を取りました。この状況はあまりに不味い」


クラリスさんのいる聖壇のすぐ手前まで後退したセイバーは、油断なく的場梨沙とその周囲を観察し反撃の糸口を探っている。

だが、……事態はかなり深刻だ。

教会に集結していた四騎のサーヴァントのうち、一瞬にして三騎が無力化されてしまったのだ。

敵ながら、恐るべき手際の良さだと言わざるを得ない。


クラリス「どちらのサーヴァントの所業かは存じませんが、……私はまだ正妻戦争の休止を解除した覚えはありませんよ?」

梨沙「ふん、もう話ってのは終わってるんでしょ? なら良いじゃん別に」


クラリスさんの底冷えするような声音の忠告もまるで意に介さず、的場梨沙はゆらゆらと手にした包丁を遊ばせている。


梨沙「さて、じゃあそっちの…李衣菜だっけ? アンタもさっさとこの包丁の【虜】になっときなって!」

李衣菜「へっ? わっちょっと待って、やめっ…!?」


すぐ側で茫然自失の状態だった李衣菜に、――ふらりと、やはり壊れた人形のように傾いた的場梨沙が再び襲いかかる。

だが、無骨な包丁は此度も李衣菜に至ることはなく……


ライダー「――止めろ、クソガキが…アタシのマスターに手を出すんじゃねえっ…!」


掲げた木刀に、ライダーは包丁の切っ先を刺させることで受け止めてみせたのだった。


李衣菜「――い、今の姉御、最っっ高にロックだよぉ!!」

ライダー「へっ、たりめえだろうが…アタシを、誰だと思ってやがる…!」


感極まった声を上げる李衣菜に呼応するかのように、ライダーは顔を上げ、ふらつきながらも立ち上がってみせたのだった。


梨沙「な、なんでアンタまだ動ける訳? 意味わかんない、さっさと【虜】にされちゃいなっつの!!」

ライダー「あぁん? 何…しやがったか、知らねえが……アタシがそう簡単に…ヤられるかってんだよ…!」


驚愕の表情を浮かべる梨沙、しかしライダーはまるで意に介さず、木刀を軽く一振りして刺さったままの包丁を梨沙から奪い取ってしまう。


梨沙「あっ、こらっ返しなさいよオバサン!!」

ライダー「誰が…オバサンだ、いい加減にしねえと、アタシもそろそろキレるぞ…クソガキ?」

梨沙「ひっ!?」


ふらつきながらも凄むことで、普段よりもむしろ増した威圧感がライダーから放たれる。

一歩、また一歩と迫っていくライダーに、梨沙は怯えきったように後じさりをするが、すぐに背後の扉に背を付けてしまう。

どん詰まりだ、……あの状態から扉を開いたところで、ライダーは決して梨沙を逃がすまい。


ライダー「さあ、…観念しなクソガキ。安心しろ、別にタマまで取りゃしねえが…意識はしっかり刈らせて貰うぜ…!」


そうして、ライダーは容赦なく手刀を振りかぶり、恐怖にすくんだ的場梨沙の首元へと打ち下ろしたのだった。


――異変は、まさにその時に起こった。

的場梨沙の掲げていたハート型のネックレス、そこから無数の深紅のリボンが猛烈な勢いで飛び出して、ライダーの手足を見る間に絡め取っていく。


ライダー「ぐあぁっ!? ちっくしょ…!」


さらに、床や虚空にも新たにいくつかのハートマークが出現し、それらを起点に深紅のリボンはまるで蜘蛛の巣に掛かった獲物のようにライダーを宙へと浮かせてしまった。


「うふふ…お痛はダメですよぉ…」


そして、吊し上げられたライダーの背後から、……まるで愛しの人を慈しむ恋人のような抱擁をする一つの人影が、どこからともなく現れたのだった。


梨沙「も、もうっ出てくるの遅いよ!」

「うふふ…ごめんなさいね、でもよく頑張ってた…褒めてあげる、梨沙」

梨沙「ふ、フフン♪ 当然じゃん、だってパパとアナタのためだもん!」


深紅のリボンで縛り付けられたような衣装の上から、魔女のような黒衣を羽織ったその人影。

広く開けられた胸元には、無数の鎖でがんじがらめにされた真っ赤なハートのペンダントがあしらわれている。

ふんわりと内側にカールした栗色のセミロングヘアーは、やはり深紅のリボンカチューシャでまとめられていた。

そして、少し垂れがちな瞳の中には、……彼女の【愛】を象徴するかのようなハートマークが刻まれている。


ライダー「て、てめえ…キャスター…か?」

「さあ、どうでしょう…知りたいですかぁ、うふ♪」


苦しそうに呻きながら、ライダーは必死にもがいて深紅のリボンから逃れようとする。

だが、もがけばもがくほど深みにはまりこむのは蜘蛛の巣の必然だった。


「うふふ…無駄ですよぉ、貴方にはもう、自由なんてないの♪」


そんな彼女を嘲笑うかのように、深紅と黒衣のサーヴァントはまるでマリオネット人形のようにグイッとライダーの四肢を操ると、

……まるで私たちに見せびらかすかのようにひざまづかせたのだった。


ライダー「ぐっ、くそっ…調子に…!」


乱暴に扱われた衝撃で、ライダーはかろうじて掴んでいた木刀を手離してしまう。

だが、すぐ傍らにいた李衣菜がすぐさま木刀を拾うと、逆の手で高々と掲げたマスターSRカードを煌々と輝かせる。


李衣菜「こ、このやろっ、――あ、姉御を離せえっ!」


そして、自己強化系のマスターSRカード《ロックなハート》の効果で、人並みならぬ機動力を得た多田李衣菜が、返す刃で深紅と黒衣のサーヴァントに襲いかかる――!


ライダー「ばかっ、止せ李衣菜!!」


だが、決死の想いで放った一撃も、サーヴァント相手には遠く及ばない。

深紅と黒衣のサーヴァントは易々と木刀の一振りをリボンでいなすと、そのまま木刀ごと李衣菜の両手を絡め取ってしまった。


「うふふ…マスターさんにはちょっとおとなしくしていてもらいますよぉ…、ライダーさんのこと…まゆはとっても気に入ったので…♪」

李衣菜「ううっ、ちっくしょー!! 離せっ、離せって、――ええっ!? な、なにそのぶっとい注射器ぃ!?」


そうして、どこからともなく取り出した、ショッキングピンクに輝くハートの粒が詰まった注射器を、深紅と黒衣のサーヴァントはライダーの首筋に躊躇なくぶすりと突き刺したのだった。


ライダー「ぎっ!? あっ…うぅ…テメエ、な、何を…!?」

「うふふ…、大丈夫ですよぉ♪ すぐに気持ち良くなれますから…」


ぎゅううっと、ショッキングピンクのハートの粒が、物理法則を無視するようにして狭まった針の先を通り、ライダーへと注入される音が聞こえてくる。

ハートの粒が無理やりに体内へと押し込まれていくにつれ、ライダーの頬は見る間に紅潮していき、零れる吐息には熱っぽいものが含まれてくる。


ライダー「う…は、あっ、…ふぅううぅ…! んっ…く、そぉ…」

「さあ、終わりましたよぉ…、気分はいかかですかぁ?」


すっかり空になった注射器は、梨紗がライダーに突き刺した包丁と同じようにショッキングピンクの光を放ち、消え失せてしまう。

その途端、ライダーはがくんと力を失ったかのように前方へと突っ伏ししまった。

その姿はさながら、手足を鎖に繋がれ処刑の時を待ち俯く咎人、次なる過酷な運命を待つ奴隷囚のようで、……威風堂々としたライダーらしからぬ、小さくて惨めなものに映ってしまう。


李衣菜「あ、姉御? ……姉御に、なに…したの?」


呆然と、目の前の光景が信じられないかのように呟いた李衣菜に、ハートの瞳をした二人の人影は不気味に歪めた笑みを向ける。


梨沙「だーかーら、さっきから言ってるじゃん? アンタのサーヴァントはね、もう【虜】になっちゃってんの!」

李衣菜「と、とりこ…って?」

「うふふ、…身も心も、捧げてしまいたくなる…そんな素敵な想いを抱いてもらうこと…ですよ♪」


そう言って深紅と黒衣のサーヴァントは、ライダーの首筋に甘えるようにして抱きつき、上気した頬を愛しげに撫でまわしながら、……ゆっくりと、その面を上げさせた。


ライダー「……あっ、ぐうぅ…、ち、くしょ…おっ!」


ガクガクと身体を震わせ、まるで快感を噛み殺すかのように大きく息を乱すライダー。

己の心をかき乱す蹂躙と凌辱に屈すまいと、溢れんばかりの涙を湛えたその瞳、その虹彩には、――従属と盲愛を示す、ハートの紋章が刻まれていたのだった。


セイバー「精神干渉系の宝具…ですね。おそらくライダーの自由意思は、あのリボンまみれのサーヴァントの支配下にあるようです!」

卯月「そ、そんな…!? じゃあ、もう李衣菜ちゃんを守ってくれるサーヴァントさんが…」

凛「……いや、それだけじゃない。もし李衣菜……マスターまであの宝具にやられたら、令呪が万全なマスターとサーヴァントがまるごとアイツの手下になるよ」

アーチャー「むふふ…趣味の悪い宝具ですねえ…、人の想いを捻じ曲げることは、妄想の中だけでこそ許されるというのに…!」


眼前で繰り広げられた悪夢の光景に、残された面々は驚愕と焦燥を顔に滲ませずにはいられない。


卯月「ちょ、ちょっと待って…! じゃあ、もしかして…、このまま捕まっているままじゃ……凛ちゃんやアーチャーさんや、へんたいさんも、あの宝具で…?」

「うふふ…安心してください♪ あまり無暗に【虜】にするのも味気ないですし、……お人形遊びは、趣味ではないので…」


そう言い捨てると、深紅と黒衣のサーヴァントは、愛おしげにライダーを背後から抱きよせ、……サラシをゆっくりと解きながら、その豊満な胸部の形を崩すようにして弄ぶ。

だがライダーは、自らの肢体が受ける辱めにまったく抗うことが出来ず、……ただ切なげな吐息を噛み殺すように洩らし、上気した頬には一筋の涙が零れている。


ランサー「ごあああっ、ちょっとおおお!? ライダっぱいはあたしが揉むのおおっ――!?」

「うふふ…ダメですよぉ…この方は既に、まゆの【虜】ですので…」


シリアスおかまいなしのランサーが、深紅のリボンに拘束されながらもここぞとばかりに天まで届くような魂の叫びを上げる。

そして……その尋常ならざる想いがある種の奇妙な天運を動かしたのか、――深紅と黒衣のサーヴァントの失言を、私たちは聞き逃さなかった。


セイバー「ま、まゆ…だと? ――純真と狂愛のアイドル、佐久間まゆか!」

アーチャー「むふふ…、なるほど、この強靭なリボンの拘束に加え、人心を操る宝具…間違いなさそうです…」

「おや、……つい癖が出てしまいましたか。一人称というのは、中々変えづらいものです…」


――佐久間まゆ。

大衆の理想像たるアイドル、数多くの熱狂的なファンを抱える身でありながら、一人の男性への狂愛を億すことなく貫いた、ある意味で最もアイドルらしからぬ逸話を持った伝説の存在。

公式の発表こそなかったものの、生前の彼女が担当プロデューサーに抱いていた純粋で異様な恋慕は世間には筒抜けであり、……にもかかわらず、彼女には半ば狂信的と言っても過言ではないファンが無数にいたというのだ。

本来ならば、アイドルとしての避けえない破滅さえも覆し、決して届かぬ想いを抱くことさえ厭わせぬほどに大衆を魅了した、純なる【愛】の人。

そんな彼女が、……まさしく自身の逸話を象徴するかのような【愛】の宝具でもって、私たちの前に立ちはだかっているのだ。


梨沙「ふんっ、真名がバレたとこでどうってこともないでしょ。……こんな弱っちい連中に、アタシたちが負ける訳ないんだから!」

「うふふ、それもそうですねえ…、では…そろそろ仕上げと行きましょうか…」


そう言うと、佐久間まゆは黒衣の内から星型の飾りが付いた指揮棒のようなものを取り出す。

……それは、魔女というにはあまり似つかわしくない、子供のオモチャのような魔法のワンド。

佐久間まゆはそのワンドを軽く一振りし、その星型の先端が、……どの陣営のものかわからなかった、独りでに動くボロボロのウサギ人形へと向けられる。


すると、ラジカセを持ったウサギ人形の使い魔を起点に、――蒼い煌めきが迸り、稲妻がバチバチと放たれ、昨夜にも見たあの転移の魔法陣が姿を現したのだった。


悪夢というのは、とことん救いがないからこそ悪夢なのだと、……これ以上なく思い知らされるような光景だった。

心臓が、バクバクと狂ったような鼓動を打ち鳴らし、だけど身体の内から響くはずの警鐘さえも靄が掛かったようにおぼろげだ。


卯月「う、うそ…そんな…!?」


……転移の魔法陣が煌めかせた蒼い光のカーテンが、少しずつ引いていく。

光の中に佇む、アイドルとしてはあまりにも大きすぎるそのシルエット。

ゴシック調のフリルに、ゴテゴテとしたカワイイモノの飾りをあしらった黒のライブ衣装。


杏「……なるほど、これはめんどくさくなくて良いね…?」


肩口に乗った、小さな白いマスターが、妙に感心した声音でにやりと嗤う。

そうして、正妻戦争の三日目、月明かりの差し込む夜の教会のステージに、……今宵もまた、狂乱と暴虐の主が登場したのだった。


凛「……ば、バーサーカー!?」

セイバー「な、なんという…この状況で…、きらり殿とは…!」

ランサー「――ぬおおお!? おっぱいが増えたあああ!?」

アーチャー「……お願いですから、今すぐ自害してくださいランサーさん」

ランサー「はあああぁんっ☆ マジシャンさんマジ冷たい!?」


一見するとこの後に及んでマイペースすぎるランサーだが、しかし妙にハイテンションな彼女でさえ、額には尋常ではない量の汗を滲ませている。

それは、……あのランサーでさえも余裕を失うほど、この状況が圧倒的に破滅的だということを如実に表していた。

唯一の望みは、……佐久間まゆとバーサーカーに繋がりがないという、もはや万に一つもないであろう可能性だけでしかありえないが……


「うふふ…ご紹介は要りませんかぁ? まゆのお友達の、双葉杏さんですよぉ…♪」

杏「友達になった覚えはないけどね、おいしい飴くれるから協力はするけど…」


だが、そんな拙い希望は存在さえ許されない迅速さで、佐久間まゆと双葉杏は互いの共闘関係を宣言したみせたのだった。


凛「……くっ、こ、これは…さすがに…」


――チェックメイトだ、完全に詰んでいる。

……ライダーは佐久間まゆの手に堕ち、ランサーとアーチャーは深紅のリボンに拘束されたままで、こちらで動けるのはセイバーのみ。

これだけでもほとんど打つ手がなかったのに、さらに万全のバーサーカーと双葉杏までが出っ張って来た。

先ほどから状況を静観しているクラリスさんは、あくまで監督役として中立な立場にあるから、助力は期待できそうにもない。


卯月「り、凛ちゃん…ど、どうしよう?」


深紅のリボンに拘束されてはいないのに、卯月はまるで囚われの身であるかのような儚さで、怯えきった顔を向けてくる。

だが、……どうしようもない。少なくとも、こちらからアクションを起こせるような状況ではないのだ。

私はともかく、頼みの綱であるアーチャーまでが佐久間まゆの拘束に囚われていてしまっては、……


アーチャー「……凛さん、昨夜のお覚悟…約束を、覚えていらっしゃいますか?」


そうして、他の誰にも聞こえないような小さな声で、ぼそりと……親愛なる私のパートナーが、凍りついたような表情でそう呟いたのだった。


「先ほどは、随分と面白いお話をされていましたねえ…うふふ…、聖杯にかけるお願い…まゆもちゃあんとありますよぉ…」

凛「き、聞いていたの? いつのまに…?」

「まゆは、ずっとみなさんのお傍にいましたよぉ…♪」


直立不動のままのバーサーカーに睨みを効かされ、一歩も動けないセイバー。

深紅のリボンに拘束され、自由に身じろぐことすら許されないランサーとアーチャー。

そんな私たちをあざ笑うかのように、我が物顔で教会の通路をひたひたと歩む佐久間まゆは、開き切った瞳孔にハートを浮かべたまま不気味に口角を吊り上げる。


「うふふ…だけど凛さぁん? ――貴方…さっきはちょっとウソをつきましたね?」


ずいっと、まるで壊れたマリオネット人形のように、――佐久間まゆは他のサーヴァントには目もくれず、眼前に顔を差し出して私のことを覗き込んできた。


凛「――な、…なんのこと!? 聖杯を他の人に渡さないために戦ってるってことなら…私は本気だよ!」


吐息のかかるほど間近に迫られて、思わず身を引こうとするも、深紅のリボンが決してそれを許さない。

佐久間まゆは、ただ前かがみにジッと、言葉もなく、……まるで私の口元や耳朶や眉根を観察しているかのようだ。

純真さの中に隠しきれない狂気を孕んだ視線を受け続けていると、底知れず濁ったあのハートの瞳の中に吸い込まれていってしまいそうで……


「聖杯を求める理由…ではなくて、……トップアイドルを目指す理由のこと、ですよぉ…?」

凛「えっ?」

「うふふ、確かに貴方は…とっても真っ直ぐな心意気をしているようです…ですが、その原動力は、果たして向上心だけなのでしょうか…?」


唐突に、佐久間まゆは全てを悟ったような薄らとした笑みを浮かべ、ゆったりとした口調で私に投げかけをしてくる。


「ライダーさんもそうでしたねぇ…。お世話になった恩を返したいという望みは人として自然なことですが…、問題は『ナゼ』そうしたいのか…ということです、うふ♪」

凛「……な、何が言いたいの?」


詰問の意図がまったくつかめず、ただ気力を振り絞るようにして深紅と黒衣のサーヴァントを睨み返す。


「お気づきでないのか…それとも敢えてひた隠しにしているのか…。うふ、やはりいつの時代も…オンナノコとは変わらないものですね♪」


そう言って、佐久間まゆはまるで口づけをねだるようにして、私のあごにそっと手を添える。

ゾッとするほど冷たいその指先に、ゾクゾクと全身に鳥肌がたちのぼり、氷点下にまで冷めきった汗が背筋を流れていく

そうして、愉悦に歪んだ純真と狂愛のサーヴァントは、月明かりの差し込む教会で、まさしく咎人の罪を暴くかのようにして……


「凛さぁん? 貴方は…正々堂々とトップアイドルになって、――愛しの人に、貴方のプロデューサーさんに、褒めて貰いたいんでしょう…?」


私のココロを、……秘めたる胸の内を、抉りとる様にして切開したのだった。


凛「……っ!?」

「うふふ、わかりますよぉ…、まゆにはわかるんです。『渋谷凛』がトップアイドルになることは…貴方の目標ではなくて、貴方のプロデューサーさんの目標だってこと……」


見えない両の手が、鈍色に濁った包丁が、錆びついた鎖の束が、ザクザクとこの身を乱暴に抉じ開けていく。


「そして貴方の目標は、愛しの人に認めて貰うこと…、褒めてらうこと…、愛しのプロデューサーさんを自分だけのモノにすることです…うふ♪」


全てを見透かすようなハートの瞳の中に、驚愕の顔を浮かべ怯えきった『渋谷凛』が囚われている。


凛「……ち、違う…そんなことない! 確かに、プロデューサーには感謝しているし、そのために頑張ろうって思ったりはするけど……」


――アイドルとして、正々堂々と、後ろ暗いことなく、持てる全ての力をぶつける。その先に見える地平を、ただひたすらに追い求めてきた。

そこに、……佐久間まゆが言うような感情など、あるはずがない。あってはいけない。……アイドルは、私の目指す理想像はきっと、そんなことを許してはくれない。


「何も、トップアイドルを目指すのはそんなに自分勝手な理由じゃない…恋や愛のためではないと…、そう言いたいんですかぁ…?」

凛「そ、そうだよ! 当たり前じゃん、そもそもアイドルは恋愛なんて御法度だし、ましてアイドルとプロデューサーなんて…」

「うふふ…、そんな使い古された建前でしか反論が出来ないなんて…、可愛いですねぇ…凛さん?」


……ぐうの音も、でない。

確かに目の前にいるサーヴァントは、禁じられたはずの愛を貫き、アイドルとしても大成した佐久間まゆその人だ。

アイドルとプロデューサーだからという理由など、彼女にとっては何ら障害となるものではないのだろう。

――でも、だけど、それでも、私は…!


「貴方のプロデューサーさんのこと、まゆも拝見させて頂きましたが…とても素敵なお方のようですねぇ?」

凛「……えっ?」

「想いを寄せている方も、……うふふ、貴方だけではないようです♪」


それは、……そんなこと、言われるまでもない。

ずっと一緒に、必死になって頑張って来た私が、そんな当たり前のこと、……気付いていない訳がない。


凛「だから、……何だって言うの。そんなこと、アンタには関係ない」


だけど、なんでそんなことを……私のプロデューサーのことをよく知りもしないこんなオンナに、物知り顔で諭されなきゃいけないんだ。


「うふふ、怒った顔も素敵ですけど、……プロデューサーさんには、もっと別の貴方を見せてあげるべきですねぇ…」

凛「――っ、このっ!」

「……素直になった方が、オンナノコは可愛く見えるものですよぉ…?」


苛立ちを隠さない私に構わず、深紅と黒衣のサーヴァントは私の髪を一房手に取ると、……慈しむようにさらりと指を通していく。

きっと、……佐久間まゆというアイドルは、私には想像がつかないほどに純真で、だからこそ無垢ではいられなかった存在だ。

そんな彼女の言うことなのだから、きっとそれはある意味で正しいことで……


アーチャー「……凛さん? そろそろ日菜子は、……我慢の限界がきてしまいそうです」

凛「奇遇だね、アーチャー。私も、好き勝手言われまくって……ちょっと頭にきていたところなんだ」


だけど、やっぱり、……人のココロに土足で上がり込んできて、人のココロを好き勝手に弄ぶような相手に、――愛だの恋だのを説かれるような筋合いは、これっぽっちもない!


「なにをする気ですかぁ…? この状態で、まゆのリボンから逃げられるとでも……?」


くすくすと、道に惑う哀れな子羊を見つめるように、佐久間まゆは私たちをあざ笑っている。


凛「逃げないよ、……もう決めたんだ。アンタ相手に、そんなことはしないって――」


ズクン、っと左の手にひらが焼ける様な痛みを放つ。

例え囚われの身だろうが何だろうが、……口さえ動けば、令呪はいつだって発動できるんだ!


凛「この状況を、……アンタに有利なこの空間を、変えさせてもらうよ!」

「令呪、ですかぁ? そう易々と発動は…くっ――!!」


鮮血の色をした令呪の煌めきに即応した佐久間まゆだったが、――突如として、まるで風切る矢のように飛来した竹刀にその身を捩って後退する。


セイバー「邪魔はさせません、――《気合い》全開!!」

卯月「頑張ってセイバーちゃん、――《満点スマイル》!!」


竹刀をぶん投げ、徒手空拳となったセイバーが、宝具を発動させながら有無を言わさず佐久間まゆへと突進していく。

まるで機を図っていたかのような絶好のタイミングで卯月がマスターSRカードを発動させたことで、重ねがけされたブーストに後押しされたセイバーは、文字通り砲弾となって深紅と黒衣のサーヴァントを弾き飛ばしたのだった。


梨沙「――ま、まゆ様ぁ!? なにすんのよアンタら!!」

杏「ちょ、ちょっと…マズイ、あれ止めてバーサーカー!!」

「ニョワアアアアアアアア―――!!!」


すぐさまバーサーカーが、甲高い雄叫びと共に、その巨体を繰って暴虐と破滅をもたらす魔の手を伸ばしてくる。


――だけど、もう充分だ。

卯月とセイバーが稼いでくれた、一瞬の空白。

ただそれだけの時間があれば、令呪を発動させるに事は欠かない。

ズクズクと痛む手のひら、一瞬にして臨界点に至った鮮血色の魔力の渦が、――言霊と共に放たれる!


凛「令呪に告げる、――我がサーヴァントに、全力全開で宝具を解放させよ!!」




そうして、本来あるはずのあらゆる条件、手段や工程を強引にショートカットして……


アーチャー「むふふ…さあお見せしましょう…、吾は面影偽を真と為す偶像。―――ようこそ、この素晴らしき妄想空間へ」


喜多日菜子の抱く圧倒的な妄想の質量が、今まさに現世を塗り潰したのだった――

>ランサー「――ぬおおお!? おっぱいが増えたあああ!?」
>アーチャー「……お願いですから、今すぐ自害してくださいランサーさん」
ワロタwwww


――それは、四方を囲う青空が、夕焼けが、夜空が、朝焼けが、それぞれの領域を守りながらも綺麗に溶け合った世界だった。


星降る夜には、お伽噺から飛び出したような六花煌めく白き尖塔の古城

朝焼けに霞むは、小鳥飛び交う穏やかな清流が育む、風光明媚な瑞々しき森林

青空の下には、果てなく広がる灼熱の砂丘と命萌ゆる緑のオアシス

夕焼けに染まるは、海上に浮かぶ大鳥居と山の内に聳える雅な五重塔に彩られた古都の街並み


四方の空色はまるで舞台装置のように、それぞれの世界の営みの背景として少しずつ、時計回りに回転していく

現実にはあり得ない光景、常軌を逸した世界法則、妄想を具現化したこの異世界こそが、妄想★暴走アイドル喜多日菜子を象徴する宝具。


――固有結界。

術者の心象風景をカタチにし、現実を侵食する結界を形成する大魔術。

異界を想像し創造するという、人に身にて神を真似てみせる禁忌の業。

心象風景を具現化させるため、ヒトツしか形を持てないという制約はあるものの、結界内においてこの世の法則を書き替え、捻じ曲げ、塗り潰すことのできる破格の大技だ。


凛「す、すごい…、これが、アーチャーの宝具…《無限の妄想(アンリミテッド・ヒナコワークス)》!!」


そうして、月明かりの射す教会の姿はすっかり消え失せ、敵味方を問わずにまるごと別世界へと誘なわれた一向は……


アーチャー「むふふ…さあとくとご覧あれ、日菜子の大事なお友達たちですよぉ…!!」


視界を埋め尽くす四界のあちこちから、実に種々様々な鬨の声が上がるのを、驚きと共に迎えたのだった。


「――お助けしますよ、ニンッ!」


アーチャーの傍らに現れたのは、朱色の華柄を基調とした忍び装束に抜けるような青空色のスカーフを合わせた、まったく忍ぶ気のない忍者の女の子。

明るすぎるそのくのいちが、逆手に持った刀――というか刀の柄をした黒い傘のようだが――を振るうと、アーチャーを戒めていた深紅のリボンが一瞬にしてバラバラになる。


アーチャー「むふふ、お手数をおかけします、あやめさん…」

「おやすい御用ですよ、あやめにおまかせです!ニンニンッ!」


そして私の傍らには、千夜一夜物語の世界から飛び出してきたような、踊り子姿の褐色の女の子が現れていた。


「ホラ、こっちもお助けだヨ! アハハっ、これでもう大丈夫だナ!」


瞬く間に深紅のリボンを斬り裂き解いてくれた大小二本の闘剣は、アーチャーがよく使っているお馴染みのモノを持っているが、よく見ると柄の部分が何だかバナナっぽい。


凛「あ、ありがとう…! えっと…」

「ナターリアだヨ! でもお礼は後、今は悪い子をやっつけるのが先だカラ!!」


そう言って、ナターリアと名乗った褐色の女の子が視線を向けた先には、驚愕の表情を隠せないままでいる深紅と黒衣のサーヴァントが立ちつくしている。


「……固有結界とは、驚きましたよぉ…!」


佐久間まゆは、恨めしそうに唇を噛むと、ハートの浮かんだ瞳をぎょろりと蠢かせてアーチャーの姿を視界に収める


「確か日菜子とおっしゃいましたね? ……なるほど、妄想と暴走のアイドル喜多日菜子、その真髄こそ、このハチャメチャな妄想空間という訳ですか」


そう言って、佐久間まゆは、ライダーを戒めていた深紅のリボンを自ら解き放ち――


「うふふ、これは厄介です。……では、まゆの新しいファンのお方に…お手伝いをして頂きましょうか…」


そうして、……濁り切った瞳の中にハートを浮かべた特攻服の猛者が、木刀を掲げてゆっくりと立ち上がったのだった。


杏「――また凛ちゃんのサーヴァントだ! ホントめんどくさいよね、もう!」


昨夜と同様に、独りでに宙に浮いていた双葉杏が、苛立った声を上げる。

見ればバーサーカーは既に、――数えきれないほど無数の妖狐たちに囲まれ、色とりどりの炎や雷が容赦なくその巨躯に浴びせかけられていく!


「ニョワアアアアアアアア―――!!!」

「んー、めんどくさいのはこっちの台詞だって。……ちょっと守りが堅すぎない、この子?」


妖狐たちの猛攻をモノともせず暴れ始めたバーサーカーを呆れたように見遣るのは、色白の肌とくりっとした黒目、狐の能面を散りばめた白装束、そして何よりピンと立った狐耳と、スカートのように広がった九尾が特徴的な女の子。


「……開闢の星を墜とすのは、人の身に余る難業。一人で挑むのは、……得策ではないわ」


狐娘の隣に現れたのは、サイバーにアレンジされた十二単に袖を通した、長く流麗な銀髪が印象的な長身の女性だ。


「うーん、キツネシューコじゃダメかなあ? 人の身じゃないよね、これ?」

「言葉の綾…ね。……まあ、それなら私も、人の身ではない一撃を、………………………にゃん」


そのミステリアスな雰囲気をぶち壊すかのように甘える猫のポーズを取ると、銀髪の女性は十二単から一瞬にしてサイバーなネコミミメイドに早変わりする。

そして、甘える猫のポーズのまま、――虹色に輝くその瞳から、あろうことか虹色に輝く光線が荒れ狂うバーサーカーに向けて放たれたのだった。


「ニョワアアアアアアアア―――!!!」


迫りくるレインボーなサイバービームを、身を捩ってかろうじていなしたバーサーカーだったが……


「もう一撃、今度は………………………ぴょん」


両手をウサギの耳に見立てた銀髪の女性が、何故かバニーガールの姿に早変わりしたかと思うと、やはり再び七色の煌めくビームがその瞳から放たれる!


「……それ、見た目を変える意味はあるの、のあさん?」

「……周子、衣装はただの外装、私の本質ではないわ」

「じゃあなおさら変える意味ないやん、変なの―」


バーサーカーへと見事にサイバービームが直撃するのを横目に、ウサギとキツネの二人組は戦いの最中にも関わらず、どこか楽しそうに言葉を交わしていたのだった。


セイバー「ライダー!! 目を覚ましてください!!」

ライダー「――オラアアアアアッ!!」

セイバーの竹刀と、ライダーの木刀がぶつかり合って、文字通り火花を散らす。

しかし洗脳のためか一切の迷い躊躇いのないライダーの猛攻に対し、セイバーの剣筋は鈍く惑っているかのようだ。

さもありなん、本来ならばライダーは打ち倒すべき敵ではあるが、しかし武士たることを自認するセイバーでなくともこのような形での果たし合いは本望ではないだろう。

そして、ライダーを意のままに操る深紅と黒衣のサーヴァント、佐久間まゆは、……リボンで捕らえたままの多田李衣菜の傍らに立ち、的場梨沙を守るようにして、アーチャーの友であるくのいちとアラビアン褐色娘に相対している。


あやめ「おのれ、人質とは卑怯な!」

ナターリア「ヒキョーモノにはバナナスシを食べさせるのが良いってヒナコが言ってたゾ! ってナンデヤネン!」

「うふふ、でも…多人数でか弱い乙女を襲う方がひどいとは思いませんかぁ?」

梨沙「そーだそーだ!! やっちゃえまゆ様!!」

「うふ、わかってますよぉ♪」


言うや否や、佐久間まゆの周辺に無数のハートマークが浮かび上がり、――先端に包丁や鋏、注射器をくくりつけた深紅のリボンが意思ある触手のようにして襲いかかってくる!


アーチャー「むふふ…直撃は避けてくださいねえみなさん…ライダーさんの二の舞になってしまいますよぉ…!」

あやめ「委細承知!」

ナターリア「うひゃあ、ウネウネしてるヨ~!?」


深紅のリボンと人心を操る器具、おそらくは二種の宝具の組み合わせである変幻自在な佐久間まゆの触手。

注射器や包丁の直撃を受ければ心が、リボンに絡み取られれば身体を持ってかれる非常に厄介な攻撃だ。

綺麗な薔薇には棘があるとは言うが、佐久間まゆのそれは少々棘が多すぎてウニだかイガグリのようにも見えるほどで、極めて隙がなくまさしく攻防一体の芸当だった。


李衣菜「ち、ちくしょー!! 離せ離せ離せえ~!?」

梨沙「ふん、足掻くだけ無駄だっての!」


球状のトゲトゲした物体のように変化し、ハートマークの連なりが蜂の巣のようにも見える佐久間まゆのハートの防御陣の中から、拘束された多田李衣菜が必死にもがく声が聞こえてくる。

佐久間まゆが敢えて李衣菜を洗脳しないのは、……やはり人質としての価値を残すためだろうか。


あやめ「秘技! 忍法鉄傘隠れの術!」

ナターリア「アハハっ、じゃあナターリアはニンポーくるくるダンスのジュツ!」


射出され、雨あられと降り注ぐ深紅の触手を、くのいちが刀の柄をした黒い傘を開いてしのぎ、褐色娘は独楽のように回転しながら器用に触手の先端をバナナ柄の闘剣二本で弾き返していく。

二人はこうしてジリジリと佐久間まゆとの距離を詰めつつも、やはり決定的な間合いというのを確保するには至らない。


卯月「凛ちゃん、……李衣菜ちゃんを何とか助けられないかな?」


側に駆け寄ってきた卯月の言葉に、私はちらりと左のてのひらに目をやる。


凛「この状況、もし突破口があるとしたら……」


――そう、やはり令呪だ。だけど今度は私のじゃなくて、囚われている李衣菜の方。

ライダーは自由意思を奪われているけれど、多田李衣菜との主従契約はまだ生きている。

ならば李衣菜に令呪を使わせて、ライダーに佐久間まゆの支配に抗うだけの魔力を供給させれば良い!


ランサー「あのー、あたしのリボンも解いてくれると嬉しいんだけどな? きっとあたしは役に立つよ?」


ぽつねんと、私も存在を半ば失念していたランサーが、深紅のリボンに拘束されたままの格好のままアーチャーに懇願している。


アーチャー「……むふふ、お断りします。どうせ貴方、自分で解けるでしょう?」

ランサー「あ、バレてた? ――そんじゃ、ほいっと」


すると呆れたことに、ランサーは小悪魔のシッポをふりふりと動かすと、その先端から漫画やアニメちっくなビームを出してリボンを焼き切り始めたのだった。


ランサー「いやあシッポは拘束されてなかったからさ、ラッキーだったねこりゃ☆」

「うふふ、なるほど。……次はそのシッポ、引っこ抜いてから縛り上げてあげますよぉ…!」


無数のとげとげハートの中から、佐久間まゆのおどろおどろしい声が響くと共に、――さらに数を増したスカーレット・リボンの触手が、縦横無尽に展開されたのだった。


アーチャー「むふふ…、サイキックバリアーですよぉ…!」


見れば、銀のスプーンを高々と天に掲げたポニーテールの女の子が、アーチャーを守るようにして前方へと飛び出していたのだった。


卯月「す、すごい…超能力ですか!? 初めて見ました…あ、貴方のお名前は…?」

「名乗るほどでは……ユッコです!!」


妙に小気味良いテンションとパッションで応じたエスパー少女が、さらにひときわむぅ~んと唸ると、触手の群れは完全に押し返されて引っ込んでいってしまった。


ランサー「うひゃあ、どっちもおっかないねぇ☆ ……にしても、アサシンだかキャスターだか知らないけど、どっちのクラスにしても規格外なジツリキだね、あのいかれリボンちゃん?」

アーチャー「確かに…どうにもステータスが高すぎるように感じますねえ…、何かカラクリがありそうです、むふふ…」


……なるほどあの佐久間まゆのことだ、何かしらの隠し玉や奥の手を持っていてもおかしくあるまい。

だがいずれにせよ、いつまでも佐久間まゆに籠城戦じみた真似をさせている訳にもいくまい。

こうしている間にもセイバーは操られたライダーの猛攻に耐え続けているし、――何より、固有結界内にはバーサーカーがいるのだ。

今はまだアーチャーの友人たちに抑えられているようだが、いつまた双葉杏が令呪を用いて昨日のような暴風を吹き荒らせるか、正直気が気ではない。

あの状態のバーサーカーが相手となれば、この固有結界が持てる全ての力を用いたところで、勝率は五割を切るだろう。

だからこそ、……一刻も早く、佐久間まゆは無力化せねばならない。


凛「アーチャー、李衣菜に令呪を使わせるよ。ライダーを佐久間まゆの支配から解放するには、それしかない」

アーチャー「むふふ…、なるほど。ではその線でいきましょう。……ランサーさん、たまには役に立ってくださいね?」

ランサー「うーん、やっぱり冷たい。でも段々心地よくなってきたよマジシャンさん。……だから、揉んでいい?」

アーチャー「やっぱり貴方を先に潰しておくべきでしたかねぇ…むふふ…」


軽口を叩き合いながらも、ランサーはその両手にゾッとするほど冷たい魔力を凝縮させていき、アーチャーの傍らにはまた新たな人影が現れる。

光り輝くような波打つ金糸の長髪と、天女のような純白の聖衣に身を包んだその少女は、幼い見た目ながらも圧倒的な存在感を放っていた。


アーチャー「むふふ、刃が届かないのなら、歌を届ければ良いのです。……さあ聖さん、お願いしますよぉ…!」

「……わかりました、心を込めて…歌うから……」


そう言って、聖なるオーラを放つ少女が、ゆっくりと大きく息を吸ったかと思うと……



「「「「「□□□□□□□□□□□□――――!!」」」」



人智を超えた、圧倒的な物量の【歌声】が、空間を切り刻むようにして佐久間まゆへと襲いかかったのだった。

>>281
先頭の一文抜けてました、修正


逃げ場のないほどに隙間なく飛び交う触手は、しかしこちらの陣営の目前で見えない壁に阻まれるかのように次々と弾かれていく。


アーチャー「むふふ…、サイキックバリアーですよぉ…!」


見れば、銀のスプーンを高々と天に掲げたポニーテールの女の子が、アーチャーを守るようにして前方へと飛び出していたのだった。


卯月「す、すごい…超能力ですか!? 初めて見ました…あ、貴方のお名前は…?」

「名乗るほどでは……ユッコです!!」


妙に小気味良いテンションとパッションで応じたエスパー少女が、さらにひときわむぅ~んと唸ると、触手の群れは完全に押し返されて引っ込んでいってしまった。


ランサー「うひゃあ、どっちもおっかないねぇ☆ ……にしても、アサシンだかキャスターだか知らないけど、どっちのクラスにしても規格外なジツリキだね、あのいかれリボンちゃん?」

アーチャー「確かに…どうにもステータスが高すぎるように感じますねえ…、何かカラクリがありそうです、むふふ…」


……なるほどあの佐久間まゆのことだ、何かしらの隠し玉や奥の手を持っていてもおかしくあるまい。

だがいずれにせよ、いつまでも佐久間まゆに籠城戦じみた真似をさせている訳にもいくまい。

こうしている間にもセイバーは操られたライダーの猛攻に耐え続けているし、――何より、固有結界内にはバーサーカーがいるのだ。

今はまだアーチャーの友人たちに抑えられているようだが、いつまた双葉杏が令呪を用いて昨日のような暴風を吹き荒らせるか、正直気が気ではない。

あの状態のバーサーカーが相手となれば、この固有結界が持てる全ての力を用いたところで、勝率は五割を切るだろう。

だからこそ、……一刻も早く、佐久間まゆは無力化せねばならない。


凛「アーチャー、李衣菜に令呪を使わせるよ。ライダーを佐久間まゆの支配から解放するには、それしかない」

アーチャー「むふふ…、なるほど。ではその線でいきましょう。……ランサーさん、たまには役に立ってくださいね?」

ランサー「うーん、やっぱり冷たい。でも段々心地よくなってきたよマジシャンさん。……だから、揉んでいい?」

アーチャー「やっぱり貴方を先に潰しておくべきでしたかねぇ…むふふ…」


軽口を叩き合いながらも、ランサーはその両手にゾッとするほど冷たい魔力を凝縮させていき、アーチャーの傍らにはまた新たな人影が現れる。

光り輝くような波打つ金糸の長髪と、天女のような純白の聖衣に身を包んだその少女は、幼い見た目ながらも圧倒的な存在感を放っていた。


アーチャー「むふふ、刃が届かないのなら、歌を届ければ良いのです。……さあ聖さん、お願いしますよぉ…!」

「……わかりました、心を込めて…歌うから……」


そう言って、聖なるオーラを放つ少女が、ゆっくりと大きく息を吸ったかと思うと……



「「「「「□□□□□□□□□――――!!」」」」


人智を超えた、圧倒的な物量の【歌】が、佐久間まゆへと襲いかかったのだった――


梨沙「きゃああ――!?」

「くっ…歌声、ですかぁ…?」


何重にも折り重なった【歌】の音波は、佐久間まゆのハートの防御陣を無く通り抜けていく。

そして、連なるハートマークの統制が乱れたかと思うと、その中に耳を押さえてもがき苦しむ佐久間まゆと的場梨紗の姿が垣間見えた。


李衣菜「えっ、えっ…!?」


一方で同じく聖なる少女の【歌声】に曝されたはずの李衣菜はケロリとした顔をして、何が起こったのかまったく分かっていない様子だ。


アーチャー「届けたい人にこそ届く聖なる歌声、さすがですねえ聖さん…」

聖「本当は、みんなに聴いて欲しいんですけど…」

ランサー「うひひっ、わかるよその気持ち! あたしもみんなの揉みたい☆」

アーチャー「……聖さんに話しかけないでください、穢れますので」

ランサー「はああぁんマジシャンさんマジ冷たいぃ!?」


身もだえるようにして肩を抱くランサーだったが、その両手には既に尋常ではない密度の魔力が結集している。

それは、因果を捻じ曲げ、揉んだという結果を先に作り出し揉むという過程を追随させる不可避の一撃、――初日の夜にセイバー相手に披露したあのふざけきった宝具、《揉み解す☆師匠の槍(ゲイ・モムグ)》の予兆だった。

しかし、佐久間まゆとの距離は少なくとも10mはある、……いくら因果を捻じ曲げる宝具とはいえ、射程による制限というものは存在するはずだ。

さらに、いくら必中の一撃とはいえ、あの密集したハートマークの鱗甲を素手で突破することなど果たして可能なのか。


「……これ以上、好きにはさせませんよぉ…!!」


だが、佐久間まゆが底冷えするような声を漏らしたかと思うと、――セイバーとライダーによる剣戟の音が突如として消え失せ、その方角から眩い黄色の光が放たれ始める。


セイバー「なっ、宝具…ですか!?」

ライダー「ウオオオラアアアアアア――!!」


昨夜見せた、マスターとのコンビネーションで初めて成立するはずの宝具、――《自己封印・酢烏賊惡(ブレーカー・ブレーカー)》

既に目隠しした状態となったライダーは、正面にいたセイバーには興味を失ったようにして踵を返し、――光の帯を引きながら、誘導もなしにして無差別に此方に突進してきたのだった。


閃光と見紛う一陣の疾風が、破壊の帯を引いてランサーとアーチャーの間を掠めるようにして通り抜けていく――

……は、外れ、外れだ! だが駆け抜けたライダーはすぐさま急旋回をすると、己が身を射出する一撃の次弾を即座に装填しにかかる!


李衣菜「――あ、姉御ォ!! 目を覚ましてよ、そんなのロックじゃないよぉ!!」


悲痛の叫び声を振り絞る李衣菜だったが、ライダーはまったく意に介した様子もなく、……いや意に介す術もなく、その身はただ再び黄色い輝きへと包まれてく。

――マズイ! 佐久間まゆはランサーにとにかく数を撃たせる腹積もりなのだ。そう乱発されてしまっては、いくら命中率に何があると言えどいつかは被弾してしまう!

あれはバーサーカーのライフストックすら奪ってみせた破格の突撃宝具だ、――命をそういくつも持ち合わせていない私たちがまともに食らえば、脳天を真っ二つにされ即あの世行きだろう。


アーチャー「むふふ…、ここはお任せを! ――さあ、ライダーさん、アーチャーのサーヴァント、喜多日菜子はこちらですよ!!」


それは、アーチャーらしからぬ大音声、――それこそ昨夜のライダーにも負けないほど威風堂々とした名乗りだった。

だからこそ、ココロを奪われていても感じ入るモノがあったのか、目隠しをしたライダーが、ついとアーチャーの方へと顔を向ける。


卯月「あ、アーチャーさん…?」

アーチャー「大丈夫ですよぉ卯月さん、むふふ……妄想の中の日菜子は、とっても強いんですから…!」


心配そうに覗きこんだ卯月を、アーチャーはいつもの三倍増しはあろうかというにやにや顔で頬笑み返す。


ライダー「ウオオオラアアアアアア――!!」


そうして、大上段に木刀を振り上げたライダーが、その身を包む輝きが臨界点に達したと同時に、【死】の砲撃となってアーチャーへと発射された――


アーチャー「むふふ…、真正面から受け止めて見せましょうライダーさん…!!」


眩い閃光そのものとなって迫りくるライダー、対するアーチャーは徒手空拳のまま両手を前方に掲げ、――その眼前に背を向け現れた騎士甲冑姿の人影を支えるように踏ん張る姿勢を取った。



――そして、衝撃。



衝突の轟音と共に、眩い閃光は渦を巻くようにして拡散し、だがその勢いを衰えさせることなく前進してゆく。

だが、騎士甲冑姿の人影、――黒髪のショートカットの女性が、ずっしりと前方に構えた大きな盾で、脳天をカチ割ろうと迫るライダーの木刀を確実に受け止めている!


アーチャー「……ぐっ、ぐうううっ! とーまーれえ~!!」


そして、騎士甲冑の女性の後ろで彼女を支えるようにして踏ん張っているアーチャーは、何時の間に早変わりしたのか自らも騎士甲冑に身を包み、何故かメガネもしていた。

まるで飛来した流星が地面を抉って行くようにして、二人の騎士は大きく後方へと無理やりに押しやられていったが、……しかし徐々に、着々と、流星の灯火はうすろいでいくのだった。


「……目が見えなくて、お困りですか?」


そうして、完全にライダーの宝具の勢いを殺し切り、土煙舞う中で、……ショートカットの黒髪の、可愛らしいピンクフレームのメガネをかけた姫騎士が、にやりと口角を吊り上げる。


「それなら、話は簡単です。――まぁまぁ眼鏡どうぞ?」


そう言ってメガネの姫騎士は、どこからともなく取り出したメガネを、目隠しをしたまま呆然としているライダーに恭しく装着させたのだった。

>>285
少し誤字訂正…

?
まるで飛来した流星が地面を抉って行くようにして、二人の騎士は大きく後方へと無理やりに押しやられていったが、……しかし徐々に、着々と、流星の灯火はうすろいでいくのだった。

?
まるで飛来した流星が地面を抉って行くようにして、二人の騎士は大きく後方へと無理やりに押しやられていったが、……しかし徐々に、着々と、流星の灯火は薄らいでいくのだった。

>>285
文字化け…

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まるで飛来した流星が地面を抉って行くようにして、二人の騎士は大きく後方へと無理やりに押しやられていったが、……しかし徐々に、着々と、流星の灯火はうすろいでいくのだった。


まるで飛来した流星が地面を抉って行くようにして、二人の騎士は大きく後方へと無理やりに押しやられていったが、……しかし徐々に、着々と、流星の灯火は薄らいでいくのだった。


李衣菜「う、うおおおおっ、姉御の宝具を止めたああ!?
――すごい、最っっ高にロックだよ!!」

アーチャー「むふふ…これでライダーさんは大丈夫です、春菜さんにメガネをかけられた方は感激のあまり一定時間あらぽわわ状態ですので…」

卯月「あら…ぽわわ?」


きょとんとした顔で首を傾げ、私の分まで不思議がってくれる卯月。

アーチャーの言っていることはよくわからないが、ライダーは先程までの暴れぶりとは打って変わって、憑き物が落ちたかのように大人しくなっている。


「…くっ、やはり日菜子さんの固有結界内では何かと不利のようですねぇ…」

ランサー「うひひっ、さあ今度はこっちの番だよ☆」


その両手に抱いていた、背筋に氷柱を当てられるかのようなおぞましい寒気のする魔力の渦を、ランサーはいよいよ臨界点まで加速させていく――


「させませんよぉ…うふ♪」


だが佐久間まゆは、魔力をチャージするランサーを嘲笑うかのようにノータイムで、しかも今までで最大級の本数の深紅の触手を、四色の空模様を埋め尽くすほどに広げて展開してみせたのだった。


アーチャー「みなさん、あまり気は進みませんがランサーさんを援護ですよぉ…!」


高々と号令を出すアーチャーに、気合いの入った鬨の声が応える!


裕子「結ぶ方は得意ですよ! サイキック知恵の輪結び!!」


迫りくる無数の触手の一部が、互いに絡まりつつ固い結び目をひとりでに作り出し、


あやめ「数が多ければこちらも数で勝負です! くの一忍法奥義、にんにんにんの術!!」


あろうことか二人、三人と分身していく忍ばない忍者は、さらに目立ちながらも鉄傘や小刀、手裏剣で触手を打ち倒していく。


ナターリア「バナナのチカラ、見せてあげるヨ!」


そして、手にした二本の闘剣を巨大な、見た目もまさしくバナナソードに肥大化させた褐色娘が、物理法則そっちのけで等身大の大剣二本をグルグルとぶん回していくのだった。


聖「……ランサーさん、…私の【歌声】に合わせて…お願いします」


槍兵の傍らに立ち、澄んだ瞳で佐久間まゆを見据えたのは真っ白な聖衣の少女だ。


ランサー「うひひっ☆ 了解だよおっぱい聖女ちゃん!」

聖「……お、おっぱ…!?」

凛「い、良いから! 気にしなくて良いから!? ランサー真面目にやってよ!!」


無駄に味方を動揺させるランサーを咄嗟に戒めるが、しかしランサーは恍惚にふやけきった笑みで応じる。


ランサー「あたしはいつだって大真面目だよおすましちゃん! ――おっぱいを揉むことにかけてはね!!」


そうして、少しだけ頬に朱が差した聖なる少女が、両手を大きく広げ円らな瞳を閉じたまま、小さなその口をいっぱいに開き、――天にも昇るような神域の調べを奏でたのだった。


「「「「「□□□□□□□□□――――!!」」」」


梨沙「ま、またその【歌声】…!?」

「うふふ、そう何度も同じ手は…通用しませんよぉ!」


だが佐久間まゆは眼前に、これでもかというほどのハートマークを展開させると、そこから飛び出した深紅のリボンが即座に折り重なり編み込まれるようにして、尖った鏃のような流線型の盾を作り出した。

空気の流れを裂き、【音】を殺すためのその形状は、聖なる少女の【歌声】の衝撃に曝され激しくたわみながらも、見事に持ちこたえてみせたのだった。


凛「そ、そんな…受け流されたの!?」

聖「いえ、これで良いのです…さあ、ランサーさん…!」


攻撃のため、そして防御のために、おそらく限界近くまで深紅のリボンを展開し繰っていた佐久間まゆは、【歌声】の余波に吹き飛ばされぬよう苦々しげにたたらを踏んでいる。

――それは、底知れぬ実力と不気味さを秘めた深紅と黒衣のサーヴァントがようやく見せた、隙らしき隙。

そして、――神速の槍兵たるランサーのサーヴァントが、その一瞬のチャンスを逃すわけもない!


ランサー「どんなに遠くにあろうとも、あたしに揉めないおっぱいはない! 唸れ、――《掴み揉む☆師匠の槍(ゲイ・モムグ)》!!」


そうして、これ以上ない喜色の相を浮かべ、これ以上ない気色の悪さを持つ魔力の渦を従えて……

真名を解放されたランサーの抱具、因果と時空をねじ曲げる悪魔の腕(かいな)が、迸る稲妻のようにして佐久間まゆの胸元に襲いかかった――


【Interlude3-3】


――双葉杏は憂鬱だった。


見上げれば四色に割れたありえない空模様。見渡す先はまったく異なった植生や営みの四界。

そして、今こうしてふよふよと透明な殻に包まれ宙に浮かぶ自分の眼下に広がるのは、見るからに頭が痛くなるような、メンドクサイ有り様だ。


「ニョワアアアアアアアア―――!!!」

「んー、ちょっとは効いてきたかな? いちいち攻撃のパターンとか性質を変えないといけないのはめんどいねえ…」


狐耳の娘に指揮され、わらわらと出てきては色とりどりの火を吹き氷柱を撃ち雷を落とし続ける妖狐たち。


「元より人の手の及ばぬ綺羅星、……ならばあらゆる手を尽くした先にこそ、その答えはあるわ」


何かとサイバーでサイケデリックな衣装に早着替えを繰り返し、そのたびに真顔で虹の七色から一色を抜きだしたようなビームを放ってくる銀髪。

この二人、信じがたいことに、――そんじょそこらのサーヴァントより明らかに格上の実力者だ。

バーサーカーの持つスーパーアーマーの上から、様々なパターンで一線級の攻撃を繰り出しては、着実にダメージを蓄積させてくる。


「引き出しの多さなら任せとくばい!ファラオから驚きのスフィンクスに変身たい!!」

「……ふふっ、鈴帆ちゃんの場合は、引き出しじゃなくてきぐるみだと思いますけど?」


それどころか、ツタンカーメンなきぐるみやらゆるふわな雰囲気の森の魔女など、やたらと高水準のステータスを持った【サーヴァント級】のアイドルたちが次から次へと湧くようにして出現してくる。

しかも彼女たちの全員が、この悪夢めいた光景の全てが、――たった一人の、渋谷凛のあのにやけ顔のサーヴァントによって召喚された使い魔にすぎないのだ。


「悪い子は、ぺろぺろですよぉ~♪ さあ、ヒョウくんのお通りです~!」


――ずしん、ずしんというアニメめいた足音に振り返ると、……電車か何かと勘違いするほど冗談めいて巨大なイグアナに乗って、コテコテのプリンセス衣装の少女が満面の笑みを浮かべている。


……あれも、使い魔なんだろうか。

あのサイズ、もはや恐竜やドラゴンの類じゃないか。……何だか本当に気が滅入ってくる。


「ニョワアアアアアアアア―――!!!」


雨あられと降り注ぐ魔弾の嵐、ビームの群れ、それらを一方的に浴びせかけられる一つの影……


「――ぬおっ、やっぱりバリ堅じゃけんね…、これだけの集中砲火でも削り切れんと!?」

「落ち着いてください、……大丈夫、焦らずいきましょう!」


だが狂戦士のサーヴァント、しかもアイドルとして最高峰の実力を誇った諸星きらりは、これしきの攻勢では決して倒れない。


――正直に言えば、この壮大かつ強大な固有結界を用いるかのサーヴァントとて、決して勝てない相手ではないのだ。

昨夜のように、令呪によって《狂化》を《強化》してやりさえすれば、暴虐の主と化したバーサーカーは単騎で連中を駆逐することも可能だろう。

……しかし、それはバーサーカーの持つ残りのライフストックをいたずらに、それこそレッドゾーンにまで減少させて初めて達成されることだ。

まだ一騎もサーヴァントが脱落していない状況で、必要以上に消耗するのは出来れば避けたいところである。


「ふぅ、……ホントにめんどくさいね。んー、どうしよっかなぁ…?」


幸い、令呪の補充には当てがある。なら別に、いっそここでパァーっと使ってしまってもかまわないのだが。

あるいは、……バーサーカーのライフストックを令呪で回復させてやることも出来なくはない。……飴、食べたいし。


「――、唸れ、――《掴み揉む☆師匠の槍(ゲイ・モムグ)》!!」


そんなことを思っていた双葉杏の気だるげな瞳に、……少し離れた場所で戦線を開いていた渋谷凛や佐久間まゆの姿が映った。

見れば、――小悪魔の羽根とシッポを持ったサーヴァントの放った一撃、ふざけたピンク色をした雷のようなものが、佐久間まゆのリボンの防御陣をすり抜けその胸元に容赦なく突き刺さっている。

……ていうか、よく見るとピンク色の雷の先に二本の腕がくっついていて、佐久間まゆの胸をこれでもかと揉みしだいている。うわっ、なにあれ超キモイ。


「あーあ、何だ…あっちは結構ピンチじゃん。……えー、もしかしてこれ杏が頑張らなきゃいけないやつ?」


佐久間まゆは、ハートフルなその見た目にそぐわず、中々の戦略家だ。

正直、付き合いがめんどうなこともあるが、……めんどくさいことを全部やってくれるから、このタイミングで退場されると余計にめんどい。

……なら、昨日とは違う令呪の使い方をして、とっととこの奇天烈な異世界からお暇するのもありだろうか。


「うーん、しかたないなぁ、もう…!」


決心してからの行動は、双葉杏は割と早い方だった。

全身に夥しく張り巡らされた令呪、その残り二画のうちの一つに、……命を灯すようにして魔力を籠める。

全身を焼くような痛み、だけど痛みを感じることさえ面倒な杏は、――さっさとこの苦痛が終われと、さらに荒れ狂い鮮血めいた色に輝く魔力を増幅させていく


……この悪夢めいためちゃくちゃな世界が、現実を塗りつくす妄想で出来た夢幻だというのなら


「――令呪に告げる。バーサーカー、対界宝具にてこの異空間に風穴を開けよ!」


バーサーカーの宝具、《天地乖離す開闢の綺羅星》は、――偽りの世界を切り拓き、どんな深い夢からさえ人を覚醒させるハピハピ☆でにょわー!!な一撃となれば良い!!



【Interlude3-3 END】


――ランサーの放った宝具の一撃は、この上なく見事に佐久間まゆへと突き刺さった。


胸元を直撃した二本の悪魔の槍は、その勢いのまま佐久間まゆを大きく後方へと突き飛ばし、――だが宙に浮くハートからまたしても射出された無数のリボンが、今度は空行く佐久間まゆ自身を捕らえた。

そうして、深紅のリボンは直進しながら揉み続けるランサーの槍のコースから佐久間まゆを横合いに、強引に逸らしてみせたのだった。


「ぐうっ…! ふざけた宝具ですねえ、……この借りは高くつきますよぉ?」


ランサー「うひひっ、あの状況からこのあたしが揉みきれないとは、大した魔力とラックの持ち主だね! でもまあ、……揉んでみて、色々と謎が解けたよ」


何とか着地しながら毒づく佐久間まゆに、ランサーは満足げな、だけどどこか涼しげな笑みで応じる。

とにかく、――何とか囚われの李衣菜から佐久間まゆを引き剥がせた、この機を逃す手は万に一つもありはしない。


卯月「セイバーちゃん、李衣菜ちゃんをお願い!」

セイバー「無論です、――さあ、李衣菜殿!」


言うや否や、セイバーはまさしく疾風の如く李衣菜の元へと駆け寄って戒めのリボンを切り裂いてみせる。

そして、李衣菜の傍には佐久間まゆに取り残されたまま立ち往生している的場梨紗もいる。……これで、立場は逆転したも同然だ。


凛「さあ、今度はこっちの番だね。――アンタのマスター、人質に取らせてもらうよ!」

セイバー「あまり気は進みませんが、……目には目を、という訳ですね」

「うふふ、……どうぞ、ご自由に♪」


しかし、……マスターから引き離され、圧倒的に不利なはずの深紅と黒衣のサーヴァントは、片膝をついた状態からゆっくりと立ち上がると……


「――ですが、気を付けてくださいねえ、……一般人を傷づけるのは、正妻戦争のルール違反ですよぉ♪」


ハートに歪んだその瞳をぎらりと光らせ、これ以上なく不気味に口角を吊り上げてみせたのだった。


セイバー「まさか、……いや、やはりこの子はマスターではないと?」

卯月「も、もしかしてライダーさんみたいに、梨沙ちゃんは操られているだけなんですか!?」

梨沙「ふん、アタシが今こうしているのは自分の意思だっての。アタシの実力じゃまゆ様の役には立てないから、マスターを代わっただけ」

アーチャー「むふふ…なるほど、つまりは元マスターという訳ですか。妙な違和感も納得ですねえ…、権利を委譲された真のマスターはまた別にいると…」


的場梨紗、――確かにアイドルとしては駆け出しの新人であり、幼いその身はサーヴァントを扱うための魔力すなわち【存在の力】もまだまだ充分ではないのかもしれない。

しかし、それだけの理由で、自ら佐久間まゆの宝具による支配を受け入れたとでもいうのか。

……いや、的場梨紗のこの言動ですら佐久間まゆの宝具で操られて、言わされている可能性も捨てきれない。真相は闇の中だろう。

そして、佐久間まゆが再び、容赦なく深紅のリボンを展開させようとした、まさに瞬間だった


「ニ"ョワ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"―――!!!」


――世界を白く染めるような閃光、天地を裂くような甲高い咆哮が、世界をまるごと揺さぶるかのように轟く。

それは紛れもなく、かの巨躯のサーヴァントから発せられていたのだった――


凛「――ば、バーサーカー!? 何をするつもり!?」


明けの明星が如く目映く輝くのは、幾度となく目撃した今となってもなお、圧倒的な【破壊】を予感させずにはいられない真っ黄色な物理光線。

数十発単位で次々と射出されていく光の束は、バーサーカーが天に掲げた腕に幾重にも巻き付くようにして螺じ曲がり、互い違いに回転しながらも集束していく。

それは瞬く間に、破壊の嵐をもたらす黄金色の旋風となって、――その中心で凝縮されきった光の渦はもはや世界を抉り削ぎ取るような異形の【剣】となって形を成していくかのようだった。

掘削剣とでも言うべきその恐るべき光源の周囲では、背後の風景がまるで静謐な水面に隕石でも落としたかのように激しくたわんで見える


凛「なっ、まさか、……空間が、歪んでる!?」


マズイ、空間が歪むということは……つまりはアーチャーの創りだしたこの世界自体に、バーサーカーの光輝く掘削剣が干渉でき得るということだ。

今この固有結界を破られたら、バーサーカーや佐久間まゆに対抗するための戦力が大幅に削がれてしまうことになる。


アーチャー「いけません、――みなさん、アレを止めてください!!」


号令を放つアーチャーに、四色の空の世界に生きる盟友らは浮足立つことなく、実に種々様々な攻撃手段でもってバーサーカーへと集中砲火をかける。

色とりどりの炎や雷、ふんわりとした軌道ながらも無数に迫る魔弾、虹色に輝く図太いビーム、天より響くような聖なる【歌声】、――だけどそのどれもが、巨躯のサーヴァントが作り出した荒れ狂う光の暴風に飲まれて掻き消されていってしまう。


杏「何をしたって無駄だよ、……この固有結界ごと、今のバーサーカーは壊せちゃうんだからさ」


透明な殻に包まれ、中に浮いた双葉杏が、気だるそうに吐き捨てる。

その瞬間、バーサーカーが天に掲げた黄金色の旋風が、――周囲の景色ごとその渦の中に取り込むようにして歪ませながら、竜巻のように膨れ上がった。


「――エ"ニ"ョワ"ワ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"・エ"リ"シ"ュ"――――!!!」


そうして、理性を無くしたはずのバーサーカーが宝具の真名を解放すると共に、


杏「さあ、――やっちゃえバーサーカー!!」


――天地を巻き込み壊離する諸星の渦が、私たちに向けて振り下ろされたのだった。


――目を覚ますと、そこは辺り一面が真っ白な世界だった。

だから私は、……ああ、もしかしたら死んでしまったのかもしれないなと思った。

だけど、――次の瞬間に、風景は一変した。

遥か彼方まで広がる、現実離れした四色の空模様。……未だにアーチャーの固有結界は、健在だった。

だけどその中天からこちら側にかけて空は大きく裂け、こうして見る間にもひび割れては崩れて始めていく。


アーチャー「……固有結界を、破られました。こうなっては、維持は難しいですねえ…」


ふと気付くと、私はまたアーチャーの腕の中にいた。……初日の夜と同じように、いわゆるお姫様だっこというやつだ。

どうやら私は一瞬、気を失ってしまったらしく、……見ればセイバーは片側の腕に卯月を、もう片側に的場梨沙を抱えながらも何とか難を逃れていた。

多田李衣菜もまた、佐久間まゆに操られていたはずのライダーの腕の中にあり、……色々なことに驚きすぎているのか、あんぐりと口を開けている。

クラリスさんも無事だ、……みんなと同じく、驚いている様子なのは変わらないようだったが。

そして、だけど、……ありったけの混乱と恐怖をもたらした佐久間まゆの姿だけは、どこを探しても見つからなかった。


杏「……あー、杏はもう、疲れたよ…」


先ほどまで私たちがいた地面もまた大きくえぐれ、……そこからは先ほどまでいたクラリスさんの教会の様子が覗いている。

だらんと身を投げ出すような双葉杏を肩に乗せると、空間さえ破壊してみせた狂戦士のサーヴァントは、悠々と時空の裂け目に向かって歩を進めていく。


凛「……逃げる気なの、杏?」

杏「ボロボロのくせに、よく言うよね凛ちゃん? この結界、ただでさえ維持が大変そうなのに、……壊しちゃったから、反動結構ヤバいんじゃないの?」


それは、……そうかもしれない。

令呪の助けがあったとはいえ、これだけ壮大な異世界を想像し創造するというのはかなりの魔力を使うようだった。……気を失ってしまったのも、そのせいだろうか。

だけど、もっと辛いはずなのは宝具の使用者であるアーチャーの方だ。思わず、抱きかかえられたままアーチャーの顔を覗いてしまう。


アーチャー「むふふ…ご心配はいりません、…確かにこの場の維持は難しいですが、宝具としての《無限の妄想》が壊された訳ではありませんよぉ…」


……だけど、アーチャーは辛そうな顔を微塵も見せず、逆に私を安心させてくれるかのように声をかけてくれる。

そうしているうちにも、四色の空模様はうっすらと【確からしさ】を失っていくようで、……徐々に、現実世界である夜の教会の天井が姿を現していくのだった。


アーチャー「……固有結界とは、あくまで術者の心象を現実に具現化したものであり、……日菜子のココロが壊された訳ではありませんから、むふふふ…」

杏「ふんっ、ならなおさら大人しくしてるのが正解だよ」


そうして、……もはや四色の空は完全に消え失せた夜の教会、開け放たれたままの正面の扉を、ゆっくりとバーサーカーは潜っていく。


杏「……まゆのやつ、さっさと逃げちゃったけど、――ココロを壊すのは、あの子の得意分野だろうから」


そう言い残して、最後に双葉杏が視線を向けた先は、――先ほどまで確かに、佐久間まゆに操られてしまっていたはずのライダーだった。


ライダー「…おい、李衣菜、……そろそろ不味い、令呪を使ってくれ…」

李衣菜「あ、う、うん…わかったよ、姉御!」


双葉杏が教会から去った後、ライダーは腕の中で大事そうに抱えていた李衣菜に懇願し、……佐久間まゆの支配を和らげるために令呪を使用した。

その結果、……瞳の中に浮かんでいたハートは消え失せたものの、……ライダー曰く、身体にはまだ妙な気だるさが残っているらしい。

サーヴァントの精神さえ支配してみせた佐久間まゆの宝具は、それだけ強力なものだったということだろう。


ランサー「うーん、何か今日はもう色々とメチャクチャだったけど…、でも根性だけであの精神支配に抗えちゃったのも割とメチャクチャだね、ライダー?」

ライダー「あ? なんだそりゃ、嫌みかよシッポオンナ?」

ランサー「いやいや、褒めてるんだって! ……あの子のを揉んだからさ、あたしにはそれがどれだけ凄いことか、わかっちゃうんだよね」

ライダー「……何言ってんだかマジでまったくわかんねえな、ったく」


バリバリと苛立たしげに頭を掻くライダーだったが、……しかし思い立ったようにして私たちに向き直ると、深々と一礼をしたのだった。


ライダー「情けねえが、てめえらにも助けられちまったな。……この借りは必ず返す。あとこのメガネも返す」

アーチャー「むふふ…そのメガネはプレゼントだそうですので、大丈夫ですよぉ…」

セイバー「……ライダー、礼は要りません。……私は。貴方とは正々堂々と果たし合いたいだけですから」

李衣菜「う、うおおっ、なんてロックな返答…!」

ランサー「うひひっ、借りなら今すぐ返せるよぉ、……ちょろっと、そのライダッぱいを揉ませてくれれば…!!」

ライダー「うるせえっ!! てめえにだけは死んでも揉ませねえよ、ばーかばーか!!」

ランサー「うえぇっ、そんなご無体なぁ…」

卯月「へ、へんたいさんはブレないですね、…ホントに」


和気藹々とした、まるで何でもない日常のような光景が、非日常だらけの夜にふと出現していた。

本来なら敵同士であるはずの四騎のサーヴァントたちだったが、……だけど不思議と、……みな昔馴染みの仲間であるかのように思えてしまう。

もし正妻戦争という枠組みの中ではなく、……それこそ、もし同じ事務所のアイドルとして出会えていたとしたら、とても良いユニットになったに違いない。


だけど、……それはきっと、叶わぬ幻想、壊れた妄想にしか過ぎなくて。

だからこそ、こうした一瞬が眩しく思えるのだろうな、……なんて感傷的になってしまうのは、果たして疲れのせいだけだったのだろうか。


クラリス「……さて、それではみなさん、本日は一度解散してください。……色々とアクシデントもありましたが、正妻戦争を正式に再開するにしても、今この場でという訳にも参りませんから」


改めて教会の祭壇の前に立ったクラリスさんは、割と疲れ切ったような顔を覗かせながらも、残った私たちにそう宣言したのだった。


ライダー「例の、ガス漏れに見せかけた事件を起こした馬鹿にも注意しなきゃなんねーってんだろ? とはいえ、……アタシには、どうにも佐久間まゆの仕業じゃねえかって思えてならねえんだけどな」

ランサー「んー、それはどうかなって感じだけど、……まあ、とにかく今日はお開きだねっ☆ じゃあまたね、あたしの愛しいおっぱいたちよ!!」


言うや否や、……ランサーは夕方の時と同じく、ずぶずぶと自らの影に沈み込んで消えていってしまった。

……夕暮れの中、未央の想いと決別の意を告げられたのが、今日の出来事とは思えないくらい随分と昔のことのように思える。


ライダー「だーれがてめえのだっつの、ったく。……じゃあな、お前ら。次こそは、まともにぶつかり合いたいもんだ」

李衣菜「ま、またね…凛ちゃん、卯月ちゃん!」


次いでライダーと李衣菜が、すたすたと開け放たれたままの正面扉へと向かっていき、……瞬く間に、夜の闇へと姿を消していく。


クラリス「さあ、貴方達もですよ。……私の方でも、ガス漏れと偽った一般人からの魔力搾取の件については調べを進めますから、何かわかればまたお知らせしますので」

卯月「わ、わかりました! よろしくお願いします!!」

セイバー「……卑劣な行為は許せませんが、ひとまず今は休息をしたいところですね」

アーチャー「むふふ、では…日菜子の馬車に乗ってひとっ飛び、……と言いたいところなのですが、さすがにちょっと疲れちゃいました…」

卯月「そ、そっか、そうだよね。……またあのお姫様とか王子様の仮装ができるかもって思ったけど、ちょっと残念」

凛「えっ、卯月あれ気に入ったの?」

卯月「えっ、お、おかしいかな? ……だって王子様な凛ちゃんはカッコ良かったし、お姫様な凛ちゃんは可愛いかったから…」

アーチャー「むふふ…、まったく同意見ですよぉ、……さすがは卯月さんです、むふふふ…」

セイバー「……アーチャー殿、卯月殿はあげませんからね」


そんなこんなで、ようやくこれくらいの軽口を言い合えるくらいには、私たちにも余裕が戻って来た。


……未央との決別、ガス漏れ昏倒事件の真の顛末、各々が想いをぶつけ合った聖杯問答、……そして、佐久間まゆとバーサーカーによる襲撃。

様々な転機を迎えた正妻戦争の長すぎる三日目は、ようやく終わろうとしていたのだ。


だけど未だに、全てのサーヴァントとマスターは明らかになっておらず。

そして未だに、ただ一人の参加者の脱落もない。


折り返し地点すら見えない戦いの日々、非日常の夜は、……容赦なく、まるで各々の運命を弄ぶかのようにして続いていくのだった。


【Interlude 3-3】

「う、うああ…」

「た、たすけて…し、しんじまう…」


どことも知れない、ありふれた街中の路地裏。

そこで、……おびただしい数の人間が、地に伏して呻き声をあげていた。

ある者は苦しげに表情を歪め、またある者は恍惚とした吐息を洩らし、……そしてそのほとんど全てが、年の差はあれど男性ばかりだった。

ゆっくりと、ねっとりと流れる時の中で、……少しずつ、少しずつ、生命が抜けだしていくかのようにして、呻き声は力を失っていく。


――そんな中で、この空間の支配者のように君臨する人影が二つあった。


一人は、おとぎ話の魔女が愛用するとんがり帽子を被った、背の小さな女の子。

星型の飾りがついた小さな杖をその手に持ったまま、人の耳では聞き取れないよう何かを小さく呟き続けている。

そしてもう一人、……つまらなそうに腕を組んだ年頃の少女が、冷めきった瞳で倒れ込んだ人々の群れを見下ろしている。


『うふっ、ひどい人ですねえ…♪』

「大丈夫だよ、これくらいじゃ死なないってわかってるから。……まだまだ足りないよ。もっとやって、……もっと、ギリギリまで搾り取って」


人影がそう言う間にも、……サラリーマン風の若い男性が、ふらふらとした足取りで、まるで誘蛾灯に惑わされたかのように路地裏へと足を踏み入れてくる。

そして、その目前に一瞬だけ、白い薄靄のような小さな人影が現れたかと思うと、……男はがくりと膝を追って倒れ込み、周囲の人間と同じようにして恍惚とした呻き声を上げ始めるのだった。


「また一人…上手く引っかかってくれたみたいだね?」

『うふふ…、小さな女の子を好きな殿方がこんなに多いのも困りものですねえ…』

「……それは言わない約束でしょ。……さあ、まだまだ夜は始まったばかりだよ」


そうして、……誰にも気付かれることなく、誰にも暴かれることなく。

今宵もまた、訪れる者に夢心地をもたらす魔女の饗宴が、深々と続いていくのだった。


【Interlude 3-3 END】

>>303訂正。あと更新遅くて申し訳ないです…

×
【Interlude 3-3】

【Interlude 3-3 END】



【Interlude 3-4】

【Interlude 3-4 END】


◇???◇

http://i.imgur.com/u4ynqdI.jpg
http://i.imgur.com/lnQ5y2c.jpg

【真名】佐久間まゆ
【マスター】的場梨沙→???
【属性】中立・悪
【ステータス】
筋力:E(B) 耐久:E(B) 敏捷:C(A) 魔力:C(A) 幸運:S 宝具:B

【解説】
魔女のような黒衣と、深紅のリボンを纏ったサーヴァント。
残されたクラスであるアサシン及びキャスターのいずれの場合であっても、あまりにも高水準なステータスを持つ。
そのため、何かしらの【裏技】を用いているのは明らかだろう。

【スキル】
???

【宝具】

《恋愛シンドローム(スベテハアナタノタメニ)》
ランク:B
強烈な惚れ薬を用いて相手を自分に従属させる。
この宝具の形態は、飴や注射器、包丁など実に様々。

相手の魔力ランクが低ければ低いほど成功率が上がるが、理性を持たない相手には効果が薄い。
また対魔力や精神干渉への耐性を持つスキルなどにも影響される。
ただし、完全に従属させることが出来ない場合も、対象の行動に一定の負荷をかけることが出来る。

これを用いて自らのマスターであっても傀儡にすることが可能なようだ。


《スカーレット・リボン(ソウシソウアイ)》
ランク:B
ハートマーク型の起点から発生し、縦横無尽に駆け巡る深紅のリボン
《恋愛シンドローム》と組み合わせることで、ココロとカラダを奪う攻防一体、変幻自在の触手となる。

相手を拘束する場合は、効果範囲を狭めるほど、束縛する対象を少なくするほど強力な拘束具となる
また、拘束相手が想いを寄せる対象に対する気持ちが強ければ強いほど拘束力アップ

>>84
ランサーの【抱具】、情報追加


《掴み揉む☆師匠の槍(ゲイ・モムグ)》
ランク:B
因果を捻じ曲げる《揉み解す☆師匠の槍(ゲイ・モムグ)》のもう一つの形態。
ランサーが獲物と認識したおっぱいを射程に関係なく揉むことができる、趣味の悪いピンク色をした雷の槍。
射程を伸ばしたこと、命中精度を向上させた代わりに、《揉み解す☆師匠の槍(ゲイ・モムグ)》に比べ威力そのものは低下している。


>>139

バーサーカーの【宝具】、情報追加

《天地壊離す壊百の諸星(エニョワ・エリシュ)》
ランク:EX
対界宝具。
世界をぶっこわすきらりん☆パワー。

理性を奪われたバーサーカーのクラスでは真名解放できないため、令呪の消費によって初めて到達することのできる派生宝具であり、また真の姿でもある。

きらりん☆ビームを腕に幾重にも纏い、掘削ドリルのように渦巻くそれを極限まで加速した後に解き放つ規格外の一撃。
威力と範囲は大きいが、命中精度自体は大味。そのため、ターゲットとなる対象もおっきおっき☆でないと普通に避けられる恐れもある。

>>122
アーチャーの使い魔、情報追加

《サンタさんのソリ》
http://i.imgur.com/lTQYwxx.jpg

《幸運の女神さま》
http://i.imgur.com/cUUXKy0.jpg

《森の守護者さん》
http://i.imgur.com/DZj4Mfe.jpg

《忍ばない忍者さん》
http://i.imgur.com/MsWHDTs.jpg
割りと派手な配色の忍び装束に身を包んだ忍びの者。
露出箇所も妙にフェティシズムを刺激するようなわかっている構成。
扱う技も割りと派手で、分身くらいは普通にこなす、まさにNINJA
装備武器は手裏剣、くない、鉄傘などこれまた多種多用。
ちなみに、諜報活動も不得手ではないが、上には上がいるらしい


《アラビアンバナナイトさん》
http://i.imgur.com/lsJaw1v.jpg
大小二本のバナナ柄をした闘剣を使いこなす、アラビアンナイトな舞姫
アラビアンだけどブラジル人
よくフィリピーナとか間違われるけどブラジル人
そしてこの世で一番可愛いブラジル人である
単純な火力はさほどでもないが、踊り子らしくステータスバフのスキルに長けており、サポート役もお手のもの


《まぁまぁメガネどうぞさん》
http://i.imgur.com/K9WXc2d.jpg
攻守に優れた姫騎士であり、メガネの使徒。
メガネと言ったらあの人な人。
メガネに注ぐ情熱は、クールと言うよりもはやパッション属性なメガネの女の子
装備した盾にもメガネの紋様が刻まれている。
そのメガネはかけた者の心を豊かにするとかしないとか。


《お笑い大好きファラオさん》
http://i.imgur.com/wRULs5o.jpg
その人生全てを笑いに捧げた笑いの現人神
だけど正直その仮装はずるいと思います上田しゃん。
ファラオコスの他にも、身に纏う仮装によってステータスが大きく変わる器用さを持つ万能選手。


《深緑のゆるふわ魔女さん》
http://i.imgur.com/uMvNqeK.jpg
一緒にいるだけで幸せな気分になれるゆるふわな森ガール。
あまりに幸せで時が経つのもを忘れてしまう。またの名を時間泥棒。
守りの魔術に長け、その防御性能はまさに鉄壁を誇る。絶壁ではない。
滅多に怒ることはないが、怒らせると鬼のように強い荒猛怒(あ・ら・モード)になる……かもしれない。


《聖なる夜の歌姫さん》
http://i.imgur.com/47P8tfl.jpg
儚げに見えて、幼い割りにやたらと発育が良い、聖なる少女。
【歌声】は文字通り彼女の武器であり、とりわけ中・遠距離は彼女のテリトリー。
聞き手に与える影響や効果範囲すら自在に歌い分けるその技量は圧巻の一言。
機動力こそないものの、攻守サポート何でもこなすポテンシャルを持っている。


《あやかし京娘といっぱいお稲荷さん》
http://i.imgur.com/Jg5drkG.jpg
京都の和菓子屋の看板娘らしいが、気分の赴くままちょくちょく家出を繰り返していたらいつのまにか妖狐の長になっていたらしい。
狐さえ虜にするそのてきとーさが魅力。化かされたのは果たしてどちらだろうか。
戦闘に置いては妖狐たちの司令塔として、和の世界におけるあらゆる系統の魔術を駆使する
つまり銀髪は強キャラ


《ネコミミメイドでサイバネバニーな和服の孤高女王さま》
http://i.imgur.com/FBuAUOF.jpg
要素が多すぎる、とにかく詰め込みすぎな真顔のお姉さん。
ある意味ミステリアス、ある意味クールで、誰も付いていけないその生き様はまさしく孤高。
人外だのアンドロイドだのよく言われるが、虹色の瞳は実はカラーコンタクト
あとアンドロイドだとしてもその性質はポンコツアンドロイドな方に近い
全てのステータスが高水準にまとまった万能型であるが、本人は割りと派手目のビームぶっぱな戦闘スタイルを好む。
つまり銀髪は強キャラ

>>311
酉つけ忘れましたが>>1です


【Day 4】

――おはようございます、島村卯月です!


昨夜はあれから、クラリスさんの教会の近くでタクシーを拾って、そのまま凛ちゃんの家まで戻ってきました。

……ちなみにですけど、最後まで教会に残っていた梨沙ちゃんは敗退したマスターという扱いになるらしいのですが、クラリスさんが責任を持って保護してくれるそうなのでひとまずは安心です。


さて、最近は連日の疲れが溜まってきて中々朝が辛いのですが、今日はきちんと起きることができました。

……色々と辛いこともあるけど、でもじっとしている方がもっと辛いですからね。不純な動機かもしれませんけど、アイドルのお仕事もますます頑張っちゃえます!。

とはいえ、私の今日のお仕事は午前中でおしまいです。午後はレッスンに充てるつもりでしたが、……今日はちょっとやるべきことが出来たので、モバPさんにお願いして半日だけオフを貰いました。

凛ちゃんはというと、ソロのお仕事に加えてトラプリのお仕事もいくつかあるみたいで、今日も中々忙しそうです。

でも、だからこそ、……どんなに正妻戦争が大変でもアイドルのお仕事で妥協はしたくない、それじゃ意味がないんだって頑張る凛ちゃんのために、私は私で出来ることをしなきゃって思うのです。


――と、いうわけで。

やってまいりました、日本経済の中心地! そしてその中央にでーんと広がる緑とお城の空間、この国最後の秘境こと、皇居です!

みなさん、ご存知ですか? 皇居の周りは信号がないので、サイクリングやランニングコースとして人気があるんですよ!

一周およそ五キロの程よい距離感に加え、ロッカールームやシャワーを備えたランナー用の施設なんかもいくつかあったりして、中々に充実した環境みたいです。

私もランナー用の施設でランニング用のジャージ姿に着替えて、……ついでにちょっと自意識過剰かもですがサングラスなんかもしちゃって、いよいよ準備は万端です!


アーチャー「むふふ…、せっかくの入れ替えデートです。楽しんでいきましょうねえ卯月さん、むふふふ…」

卯月「で、デートって、……だからそんなんじゃないよアーチャーさん」


私の傍らでは、かなりオシャレなランニングウェアに身を包んだアーチャーさんがにこにこと、いやにやにやと微笑んでいます。

というか、……ランニングウェアにもオシャレとかあったんですね。こういうところで女子力は磨かれていくのでしょうか、また一つ勉強になりました!


あやめ「――さあ、いよいよわたくしの本領発揮ですね!」

卯月「いや、あの…あやめさんは、もうちょっと忍ぶ感じの衣装で…」


アーチャーさんのお友達である忍者なあやめさんは、ランニングウェアも忍者っぽいです。そしてやっぱり配色が派手です。


……さて、もうおわかりかもしれませんが、私たちが皇居にやってきたのは単に手軽な運動を求めてのことではありません。

お仕事が忙しい凛ちゃんには今、アーチャーさんと入れ換えっこでセイバーちゃんがついていてくれます。

サーヴァントSRカード状態になってもらっていれば、どこでも一緒にいれますから安心ですね。

そして、……時間に余裕のある私はアーチャーさんと一緒に、皇居に眠る幻の逸品、三種の神器の一つである《草薙の剣》を一目見ようと行動を開始している訳なのです。


アーチャー「むふふ…ではまずは軽く外周を回りましょうか。……どのタイミングで忍びこむにしろ、まずは下見をするに越したことはありませんし…」

卯月「うぅ…、やっぱりホントにやらなきゃダメなのかな。ちょっと調べてみたけど、草薙の剣って天皇の寝室の隣にあるんだよ?」

あやめ「ふっふっふ、良いではないですか。忍びの者として、実に燃えてきますよ、ニンッ!」


ニンッって、ニンッって言いましたねあやめさん!?

……し、忍ぶ気が全然ないような気がしてなりません、流石にちょっと不安かもです。


卯月「あの、えっと…あと、天皇も草薙の剣の実物を見たことないっていうか、見ちゃいけないってされてるみたいなんだけど…?」

アーチャー「むふふ…ご心配なく、実在が怪しいものこそ神秘性を帯びるものですし、……ないならないで、今度はまた他を当たれば良いだけのことです」

あやめ「そうですそうです。そもそも皇居の草薙の剣はレプリカって話ですからね。盗み出す訳でもありませんし、まあ気楽な気持ちでいきましょう卯月殿!」

卯月「うぅ…お父さんお母さんごめんなさい、卯月はいけない子になってしまいそうです…」


とまあ、そんなこんなで、東京駅から正面に進んだ先にある皇居の大手門から、私たち一行のランニングはスタートしました。

といっても、お二人とも私のペースに合わせてくれるので、進み自体はゆっくりです。

ぐるりと反時計周りに皇居の外周を巡っていると、……やっぱり不思議な感じがしますね。

右を向けば近代的なビル群、左を向けばお堀に囲まれた緑生い茂る光景。事務所の近くにある公園とは、同じようでいて何だか雰囲気が違って見えます。

……あるいは、これから悪いことをしようとしているので、その後ろめたさがそう見えさせているのかもしれませんが。


あやめ「ふむ、……なるほどなるほど。平穏そうに見えて、中々の警備体制が敷かれているようですね」

卯月「えっ、あやめさんわかるんですか?」

あやめ「もちろんです、これでも忍びの者ですからね! ……それに、通常の警備網だけでなく、呪術的あるいは魔術的な防壁も展開されているようです」

アーチャー「むふふ…なるほど、これでますます目標のモノがありそうな気配がしてきましたねえ、むふふふ…」

卯月「う、うう…私の知ってる普通の世界はいったいどこにいってしまったんでしょう…」


……どうやら世界には、私が思っているよりもずっと不思議に溢れているようです。

そんなことに半べそをかきながらも、なんだかんだ私は束の間のランニングをしっかりと楽しんで、心身共にリフレッシュすることができたのでした。


……頑張ること、やっぱり好きなんですよね私って、えへへ…


ぐるりと周回を終え、再び大手門に戻ってきた後は、そこから皇居内でも一般公開されている東御苑に足を伸ばします。

江戸城の本丸跡や天守閣跡などがあるエリアですね。……といっても、見た感じの印象はちょっとした原っぱなのですが。

そしてその原っぱの縁までいくと、蓮池濠を挟んで予め参観の申し込みをしないと立ち入れない宮内庁庁舎や宮殿のあるエリアが望めます。


アーチャー「むふふ…さて、あちらが狙うべきターゲットのある建物ですねえ…」

あやめ「むむう…、やはり何かしらの魔力の気配を感じますね。……守護者でもいるのでしょうか?」


……守護者ってなんでしょうか。なんか明らかに不吉なワードっぽいですが。……正直、もう半分思考停止状態でよくわかりません。


アーチャー「むふふ…とはいえ魔力の気配は断片的なものです。一番大きなものが、おそらくは草薙の剣と八尺瓊勾玉が安置されているという剣璽の間ですが、……そこまでの経路は何とかなりそうですねえ…」

卯月「な、なんとかなるって…やっぱりやっちゃうんですか?」

アーチャー「もちろんですよぉ、…この様子なら、今すぐに行動を起こしても問題なさそうです、むふふ…」


な、なんと…白昼堂々と不法侵入宣言ですね…。うぅ…これやっぱり頑張っちゃいけないやつな気がします…。

……でも、だけど、セイバーちゃんのためだし、凛ちゃんのためだもん。未央ちゃんにだって、言葉を届けられるだけの力が得られるかもしれない。

それに、正妻戦争で負けずに残っていられることは、――私にとっても、何か意味だってあるのかもしれないって、今なら思えるんだ。


卯月「……わかりました。島村卯月、頑張ります! ……とは言うものの、私は何をすれば良いんですか?」

アーチャー「むふふ…まあベストなことは、何もせず安全な場所にいてもらうということなんですが…」

卯月「ありゃ…、それはそうですよね…うぅ…」

あやめ「ですが問題は、安全な場所などないということです。……強いて言えば、わたくしたちの側にいて頂くことが最も安全な訳ですから」

アーチャー「……ですから、卯月さんにも日菜子たちと一緒に潜入して頂くことになります。むふふ…もちろんそのための手管はご用意しますので…」

卯月「う、うん…わかった…とにかく頑張るね!」

あやめ「ふっふっふ、では一度退却し、改めて潜入用の衣装で突撃すると致しましょう。……さすがにちょっと派手な気もしますからね、ニンッ」


……あ、自覚あったんだあやめさん。でもニンッって、またニンッって言ってるよお…


卯月「……で、なぜ私たちは電車ごっこをしているのでしょうか?」

アーチャー「本来は被って使うものなのですが…なにぶん人数が多いものでして…、むふふ…」


ランナー用の拠点に引き返した私たちは、シャワーで軽く汗を流した後、改めて皇居へと向かっています。

……その、長い布を輪にしたものを三人で持って、まんま電車ごっこの形で。

えっちらほっちら、えっちらほっちら。

この布、アーチャーさんやあやめさんのお話によると、視覚的・魔術的その他諸々の探索から逃れられるというのですが……

うぅ、見られていないとわかっていても、街中で白昼堂々と電車ごっこをするのは恥ずかしいです、すっごく恥ずかしいです…


あやめ「さあ、みなさんそろそろお静かに…。あやめ忍術秘奥義《身隠しの布》は、音までは遮断できませんので…」


先頭を進むあやめさんが、軽く振り向きながら注意を促してくれます。

そろそろ宮殿や宮内庁庁舎があるエリアへと繋がる桔梗門が見えて来ました。

……ところであやめさん、ようやく地味目な忍衣装に身を包んで貰ったのは良いんですが。

この不思議な布があるならその必要すら無かったような気がしますね…なんか、ちょっと申し訳ないです。


アーチャー「おや、ちょうど宮殿エリアへ参観に行く団体様のようですよ、せっかくですので後ろからこっそり便乗させてもらいましょう、むふふ…」

卯月「うぅ…ごめんなさい、せめてお金は払いますからぁ…」

あやめ「う、卯月殿、お気持ちは立派ですがどうか今は抑えて…」


そうして私たちは、まんまと皇居の宮殿エリアへとキセル乗車めいたまま侵入してしまったのでした。

こんな時に言うのも何ですが、皇居というのは和やかな自然のとの調和の中にもどこか厳かさがあって、中々良い雰囲気があります。

忙しない都会の中にあって、人々の憩いの場にもなっている、そんな場所であるように感じます。


……もし機会があれば、次は普通に観光したいなぁ…


草薙の剣が収められている、すなわち天皇の寝室があるお目当ての建物には、意外なほどスムーズに入ることが出来ました。

……というのも、あやめさんが時折電車ごっこの輪の中から姿を消しては、謎の忍者パワーで見回りの方や施錠された個所など、電車ごっこのままでは立ちいかない障害を次々と、鮮やかに攻略してきてしまうからです。

私とアーチャーさんがしたことと言えば、あやめさんが「良し」というタイミングで、指示されたルートをえっちらほっちらと電車ごっこで進むだけでした。


卯月「す、スゴイ…ニンジャすごい…」

アーチャー「むふふ…当然ですよぉ…、だってニンジャですからねえ…むふふふ…」


そうして全ては順調に進み、しばらくすると……おそらくは天皇の寝室だと思われる配置の部屋の少し手前に、あやめさんが颯爽と降り立ったのです。


あやめ「ふむ、ここがおそらくは件の【剣璽の間】で間違いなさそうです。……っと、施錠はこれで解除ですね、ニンッ」


うわあ、またニンッって言ってる……、で、でもすごい、最後の障害だったはずなのに、もう突破しちゃった…!


アーチャー「むふふ…それではいよいよ草薙の剣とご対面ですねぇ…、行きましょうか、卯月さん…」

卯月「う、うん…わかったよ…」


そうして私たちが踏み行ったのは、……おそらくこの国でも有数の要警護区域であり、世界でも類を見ないほど長きに渡って続く『皇室』の象徴を収めた宝物庫。

驚くほど簡素で、だけどとても美しい木目の床材に彩られたその部屋の中では、先に潜入していたあやめさんがぽりぽりと拍子抜けしたように頭を掻いて佇んでいました。


アーチャー「……むふふ、この二つの木箱のどちらかが草薙の剣ですね?」

あやめ「ええ、そのようですが。……どうも、きな臭い感じがします。正直な話、魔術的な防護の程度があまりに低すぎて、《身隠しの布》をわざわざ持ち出すほどでもなかったくらいなのです」

卯月「え、そう…なの? で、でも…それならそれで、ほら…早く草薙の剣をアーチャーさんに【視て】もらって、ごめんなさいしてからお家に帰ろう?」

アーチャー「むふふ…大賛成ですよぉ…、あまり長く留まるのは得策ではない気がしますので…」


電車ごっこの布を懐に収めながら、アーチャーさんは部屋の中心に並んだ二つの木箱に向かっててくてくと歩を進めていきます。

木箱は片方が細長く、もう片方は小さな正方形です。……どちらに剣が収まっているか、考えなくともわかりそうな外見をしていますね。


アーチャー「思ったより小ぶりなんですねえ…むふふ、……それでは、草薙の剣、拝見させて頂きますよぉ…」


そう言って、アーチャーさんが細長い方の木箱に手を触れた、まさにその瞬間――


「ふわぁ~、だれぇ? だれか、いるの~?」


どこからともなく、……幼い少女のような透きとおった声が、私たちの【頭の中】に直接響いてきたのでした。


卯月「だ、だれ…どこから!?」

あやめ「……正面です、卯月殿!」


鋭く飛んだあやめさんの指摘に任せて目を向けると、……そこには、陶磁のように白い肌と、まっさらでふわふわとした髪を腰まで伸ばした小さな女の子が佇んでいたのです。

どこか杏ちゃんにも似た、妖精めいた雰囲気を持ったその女の子は、……底が深すぎて逆に濁って見えているかのような翡翠色の瞳を瞬かせて、私たちをじっと興味深そうに眺めていたのでした。


「ふわぁ~、だめぇ…それ、まもる~」

アーチャー「むふふ、…守護者さんですか、随分と可愛らしいですねぇ…むふふふ」


気の抜けた言葉とは裏腹に、アーチャーさんは木箱から手を離し、その両手に油断なく大小二振りの闘剣を出現させています。

少し離れて控えるあやめさんも、鈍色に光るクナイを逆手に構え、反対の手には棒手裏剣を何本も指の間に、まるで鉤爪のようにして握りしめています。


卯月「ちょ、ちょっと…待ってください、相手は小さな女の子なんですよ!?」

あやめ「卯月殿、今のわたくしたちの立場をお忘れですか? ……紛れもない、侵入者なのですよ?」

アーチャー「むふふ…そういうことです、……こうなってしまえば、残された道はそう多くはありません」

卯月「そ、それは…でも、…!」


ジリジリと、間合いを図る様にして、アーチャーさんとあやめさんは小さな女の子を見据えています。

傍から見れば、……やはり二人がかりで弱い者いじめをしようとするような構図にしか思えません。


「ふわぁ~、おいた、するの~?」


だけど、……きょとんと首を傾げた小さな白い女の子が、再びその小さなお口を、開いたかと思うと――



     【おいた」「は」「だめ】



ココロに、チョクセツ、ヒビくそのコエに、コタえるかのように……

からん、からん、と。

アーチャーさんとあやめさんが、手に持っていた武器をまるごと床に落としてしまったのです。


あやめ「なっ…、なにごと!?」

アーチャー「……むふふ、まさかとは思いますが、……これならどうですかぁ!」


落とした闘剣に構わず、アーチャーさんは即座に捻じれた木の枝で出来た弓矢を取り出すと、その鏃を容赦なく小さな女の子へと向け構えます。



     【おいた」「は」「だめぇ~】



だけど再び、ココロにチョクセツ、女の子が語りかけると……


からん、からん。

やはりアーチャーさんは為すすべもなく、……弓矢を床に落としてしまったのでした。


卯月「い、一体何が起こっているの…?」

アーチャー「……《統一言語》、人が世界に語りかけるための…神代にて失われたはずの言の葉ですねぇ…」

あやめ「バベルの塔の逸話ですね、……この国にも、古来より《言霊》という概念はありますが、《統一言語》ともなればその最上位に位置する概念でしょう」


バベルの塔。……遠い昔、人々が一つの【言葉】を話していた頃、天まで届けと願って建設した人類最古の摩天楼。

人々の夢を乗せたその楼閣は、だけど【嫉妬する神様】の怒りに触れてしまって、……人々から【言葉】を奪ってしまったというお話です。

意思疎通が出来なくなった人々は、バベルの塔の建築を諦めてしまい、夢は潰えてしまいました。

……だけど、翡翠色の瞳をした白い少女が話しているのは、様々な言語が分かたれる以前の【言葉】だと、アーチャーさんは言うのです。


アーチャー「《統一言語》は、世界に語りかけ世界を動かすことで、世界に存在するいかなる存在をも意のままに操る特別な【言葉】です。……言うなれば、この世で最も強力な催眠術となり得ます…!」

あやめ「ですが、このまま手をこまねいている訳にもいきません、――いざ、参ります!!」

「ふわぁ~、またくるの~?」


白い少女は、大きくあくびをしながらも、……武器が持てぬならばと徒手空拳で迫るあやめさんを見据えて――



     【そこ」「に」「たおれる】



あやめ「ぬわっ!? ……うぎぎっ、そんなぁ~」


【言葉】を耳にしたあやめさんが、白い少女の目の前で独り出につんのめって、派手に倒れ込んでしまいました。

あやめ「……ううぅ、に、ニンジャにあるまじき…失態…」

アーチャー「むふふ…ではこれでどうです? 音であるなら、耳さえふさいでしまえば…、――」


一瞬の輝きの後、アーチャーさんの両耳にはもふもふで暖かそうなイヤーマフが出現しています。な、なるほど、言葉であるのなら、聞き取りさえしなければ防げる?



     【ここ」「から」「たちさる】



だけど、――ココロにチョクセツ響くその【言葉】には、音が届く届かないなんて関係ないようです。

白い少女の【言葉】によって、アーチャーさんはいつのまにか部屋の中心から入り口辺りまで後退してしまっていたのです。


アーチャー「あー、やっぱりダメですかぁ…厳しいですねぇ…むふふ…」

「ふわぁ~、だめだよ~。ここ、まもるから~」


つ、よい…というより、ずるい…! こんなの…どうやって突破したらいいの!?


「まだ、おいたするの~? おいた、だめぇ~」

アーチャー「……残念ながら、ダメと言われて諦めるほど、素直じゃないんですよねぇ…むふふ」

「ふぅ~ん? なんでぇ?」

アーチャー「むふふ…何がなんでも、ですよ…!」

にやにや顔を不敵に歪ませたアーチャーさんは、懐から銀色に輝くスプーンを取り出して、その先端を木箱へと向けます。


アーチャー「――サイキック、一本釣り…!」


すると細長い木箱が独りでに、まるで釣り上げられ水面から飛び出す魚のように勢いよくアーチャーさんへと向かっていくのです。



【それ」「を」「もどす】



だけど、白い少女が【言葉】を紡ぐと、木箱はやはり独りでに、意思あるように穏やかなテンポで元の位置に戻っていってしまうのです。


アーチャー「むふふ、超能力も上書きされてしまいますか…やはり元を叩かねばいけないようですねえ…ならば!」


武器での攻撃を封じられ、サイキック強奪までもが通用しない相手に、アーチャーさんは今度は真っ白な聖衣へと早変わりして相対します。

そうして、瞳を閉じ大きく息を吸ったアーチャーさんは、間髪入れずに声ならぬ歌声を放ったのです。


「「「「「□□□□□□□□□□□□――――!!」」」」


「ふわぁ~、うるさいー」

あやめ「目には目を、言葉には歌声、ですね!」


【歌声】の衝撃にたじろいだ白い少女は、たまらず両手で耳を塞ぎ苦しそうに顔を歪ませます。

――効いてる! こ、これはいけそうかも…!



【こえ」「を」「なくす】



だけど、……アーチャーさんが奏でる天上の調べは、【言葉】の圧倒的な質量に押し潰されるようにして、いとも簡単にヤンでしまったのでした。


アーチャー「――、……!」


驚愕の表情を浮かべるアーチャーさんの口は、パクパクと声なく開け閉めを繰り返しています。


あやめ「こ、言葉を喋れなくされてしまったのですか!? そんな、……これほどとは」

「ふわぁ~、もういいのー? はやく、かえってぇ~」


翡翠の瞳をまどろませ、フラフラと左右に揺れる白い女の子。

戦いにすらなっていない、あまりにも一方的なその展開に、私はただただ驚くことしか出来ませんでした。

……サーヴァントであるアーチャーさん、あんなに強いアーチャーさんでも、まったく手も足も出ないなんて…


声を封じられたアーチャーさんは尚もめげずに、今度は両手の小指と人差し指で狐の顔を形作ります。

すると今度はもこもこと腰の辺りから狐の尻尾のようなものがスカートのようにいくつも生えてきて、頭からもひょっこりと可愛らしい狐耳が飛び出します。


「ふわぁ~、キツネさんいっぱい~」


そして気づけば、いつのまにか部屋の中に私たちを取り囲むようにして、無数の白キツネが尾をぴんと立て佇んでいるのです。

あやめ「人がダメなら動物という訳ですか日菜子殿…ですが…」

アーチャーさんが、狐の頭の形にした指先をちょこちょこと動かすと、指示を受けたかのように一斉に狐たちが威嚇のポーズを取ったのです。



【そこ」「に」「おすわり】


だけど、……その【言葉】が白い少女から発せられると、狐たちはたちまち頭を垂れ、ピンと立てたしっぽを萎えさせてしまったのでした。


卯月「す、すごい…これが、こんなのが全部…言葉だけで…!」


狐たちのコントロールを奪われたアーチャーさんは、ならばとますます気合いを入れるように艶やかな七色のサイバーちっくな十二単に早変わりしています。

見ればアーチャーさんは目を見開いて鼻息も荒く、いつもの冷静さを欠いているようにも思えます。

そして開かれたその瞳孔が、たちまちのうちに七色に煌めく光を放ちぐるぐると回り始めたのです!


あやめ「わわっ、日菜子殿それはマズイですよっ!? のあ殿のビームぶっぱはこの建物ごと貫いてしまいますって!?」

卯月「え、ええっ!? 待ってアーチャーさん、これ以上罪を重ねるのはダメぇ!?」


ど、どうしよう…何とかしなきゃ、何とかしないと…!

でもきっと、何をしようともあの子の【言葉】はそれを上回ってしまうような気がします

それほどあの【言葉】には力があって、……言葉の、力?


卯月「――こ、こんにちは! 東京都出身、島村卯月17才ですっ!!」


思い立ったが吉、――口から飛び出すように放たれた言葉は、いつもオーディションで最も頑張って言うフレーズになってしまいました。

突き抜けるような、精一杯の大声での挨拶に、その場にいたアーチャーさんやあやめさんはもちろん、白い少女もきょとんと目を丸くしています。


卯月「あ、あの、えっと…あなたのお名前はなんですか!?」


私自身、動揺を隠しきれないながらも、翡翠の瞳をしたその少女に必死に語りかけます。


「なまえ~? ……こずえはねぇ、ゆさこずえ~」

卯月「――こずえちゃん、ですね? はじめまして、こずえちゃん! 今日はいきなり押しかけちゃって本当にごめんなさい!!」

「うんー、……いいよ~、ひまだったから~」

卯月「あの、えっと…こずえちゃんはどこから来たんでしょうか? もしかして、ここに住んでいるんですか?」

「…ちがうよー、こずえはねー…ここじゃないところからー…きたんだってぇ」


来たん、だって…? な、何故そんな…まるで他人事みたいなお返事なんでしょう?

……って、いけないいけない! ――今はとにかく細かいことは気にしちゃダメです! 言葉を、頑張って、繋げるんです!!


「あの、その…こずえちゃん! し、趣味とかありますか? 最近ハマっているものとか!」

「ふわぁ~、……しゅみって、なぁに?」

卯月「え、えっと、……つまり、好きなことですね! こずえちゃんは、ここにいることが好きなんですか?」

「んー、わかんなぃ…すきでもきらいでもない…こずえ、まもるひと~」


翡翠の瞳を瞬かせる少女、こずえちゃんは、……もうすっかりアーチャーさんたちから目を離して、私のことだけをジッと見つめています。

そして、アーチャーさんとあやめさんもまた、やはり驚きと戸惑いに見開いた目を私に向けているのでした。

部屋の中にある全ての視線を頼りないこの一身に受けていると思うと、まるで射竦められてしまうような心地がします。


だけど、何とか……やってみる、やってみせるんだ…!

――だって、そう…言葉の力です!

あの子の【言葉】ほど、特別な力はないけれど。

この私だって、誰かに語りかけるための言葉を持っているんです!


「あなたは、…なぁに? …なにをするひとー?」


あまりにも深い翡翠の瞳が、真っ直ぐ私を射抜くようにして純真かつ無垢な問いを投げかけてきます。


卯月「私、ですか? ……私は、アイドルです! ――島村卯月、頑張ってアイドルやってます!!」

「あいどるぅ~? …なにするのー?」

卯月「……アイドルはですね、えっと…可愛かったり、カッコ良かったり、……お仕事の内容は人によって様々ですけど、――でも、一言で言うならば!」

「……いうならば~?」


そうしてすぅっと大きく息を吸った私は、ちょっとだけ考えを巡らせた後、……ココロに浮かんだままの、私にとっての理想のアイドル像を言葉にしたのです。


卯月「――沢山の人に笑顔を咲かせて、元気いっぱい勇気百倍になってもらう人のことですっ!!」


どばーんと、マンガだったら擬音と後光がこう私の後ろから勢いよく飛び出しているに違いない、それは私にとって精一杯のどや顔でした。

だけど、嘘は言っていません。……テンションはいつもより高めですけど。

――でも、私にとって憧れのアイドルって、そういうものなんです。


「…あいどる…もっとおしえてー…? ねぇー?」


そして、そんな本心からの想いが伝わったのか、……こずえちゃんはますます私に興味を持ってくれたようです。

唖然とした様子のアーチャーさんとあやめさんは、だけどもう私の意図を察してくれたようで、まさしく固唾を飲んで見守っていてくれています。


卯月「うん、えっと…もっと教えてあげる! こずえちゃん、何でも聴いて! ……でも、その代わり、私のお願いも聴いてくれる?」

「おねがいー? なぁに~?」


……さあ、ここからが頑張りどころです! アイドルに興味を持ってくれたなら、それを活かさない手はありませんよね?

見ていてくださいね、――島村卯月、頑張ります!!


卯月「えっとね、……こずえちゃんは、この部屋にある大事なものを守らなきゃいけないんだよね?」

「うん、そぉなのー、…まもるひと、なんだってぇ~」

卯月「だけど、私はね、……私たちは、その大事なものを盗もうとしてるんじゃないの。ちょっとだけ、……見せてもらえればいいなって思って、ここまで来ちゃったんだ」

「そぉなの~? …みるだけ~? …いらないの~?」

卯月「うん、そうだよ! ……だからお願い、聴いてくれるかな?」


ちょっとだけずるい気もするけど、でも…これならきっと誰も傷つかずにいられるはずです!

……だけど投げかけられた、こずえちゃんは、人差し指を唇にちょんと当てると、困ったように首をかしげたのでした。


「ん~、えっと…わからない…かもぉ~」


とてとてと、こずえちゃんは可愛らしく私に向かって歩を進めてきます。

――それに反応して、アーチャーさんとあやめさんがすぐさま臨戦態勢応戦まっしぐらな構えを見せますが、……大丈夫、きっとやれると、私は視線だけで彼女たちに意思を伝えたのです。


「でも、おしえて~? あいどる、もっとおしえてぇ~」


私の目の前までやってきたこずえちゃん。近くで見てみると、ふわふわの髪は白いというよりは透きとおっているという表現の方がふさわしいのしれません。

ともすれば杏ちゃんよりも小さいかもしれない背丈に合わせて少しだけ前かがみになって、私はジッとその翡翠の瞳を覗きこみます。


卯月「うーん、そこまで頼まれたら仕方ないですね…? じゃあ先に教えてあげましょう! 大事なものを見せてくれるかどうかは、その後でまた教えてね? 約束だよ?」

「うん、わかったー、…やくそくー、いいよ~」


こくりと、可愛らしく頷いてくれたこずえちゃんは、心なしかその翡翠の瞳にキラキラと光りを宿したようにも思えます。

……さて、それでは何から話しましょうか。とっても難しくて、頑張り甲斐があって、……みんなを笑顔にできる、素敵なお仕事のこと、ちゃんとこずえちゃんに教えてあげなきゃ!


「ふわぁ~、見せて~。…こずえに、あなたの…じんせい…」

「――えっ?」


だけどこずえちゃんは、さらに私に一歩近づいてくると、……上目遣いで私の瞳を覗きこんできて、



     【あなた」「を」「みせて】



そうして、一瞬にして目の前が真っ白になったかと思えば。

その【言葉】が、――《ここではないどこか》へと、私を連れ去ってしまったのです。


――それは、はじめてあいどるになったときのこと


『はじめまして、プロデューサーさん! 島村卯月、○○歳です。私、精一杯頑張りますから、一緒に夢叶えましょうね♪よろしくお願いしますっ!』

『元気出していきましょうネ!』

『ま、まだまだ頑張れます!』

『皆楽しんでくれてるかな?』

『プロデューサーさん! 一人前のアイドルになりたいです!』



――それは、はじめておおきなおしごとを、もらえたときのこと


『プロデューサーさん、ついに私の出番ですね! 私、こうして選んでもらえて本当に嬉しいです! ファンの皆の期待に応えるために精一杯頑張って来ます! 島村卯月、いってきまーすっ♪』

『卯月を応援してくださいねっ♪』

『運動は自信ないです…てへっ』

『笑顔なら自信あります! へへっ』

『えへへーピースっ…イェイっ♪』

『頑張るの好きなんです。努力が報われる時が来たらいいなって!』

『プロデューサー、私…アイドルとして、皆を笑顔にするのが夢です! えへへ、言っちゃった…恥ずかしいなっ! 本気ですよ?』



――それは、はじめてじぶんのうたを、もらえたときのこと


『プロデューサーさん、私もCDデビュー出来るって…ほ、本当なんですか…? あ、あのっ、グズッ、すみません、みんなを笑顔にするアイドルが泣いてちゃだめですね! うれしくって…つい…!』

『えへへ、みんなとお揃いですね!』

『笑顔だったら一番自信ありです!』

『夢って叶うんですねっ!』

『これからもファンのために頑張っていくつもりですっ! えへへ♪』



――それは、すこしだけおおきくなれた、いちねんのはじまりのこと


『私、神様にお願いしたいコトが多すぎてー!あ、ト、トップアイドルになれますようにー! と、とりあえずよし…あらためて、あけましておめでとうございます♪えへへ♪』

『目標は大きい方がイイですよね♪』

『そうだ、一緒におみくじ引きませんか? 毎年吉ばかりなので、今年こそは大吉を目指しちゃいます! 今年こそ…頑張ります!』

『あれ、お仕事は明日からじゃ…!』

『今年も卯月をヨロシクです♪』

『みなさん、あけましておめでとうございますーっ! 今年も島村卯月をよろしくお願いしまーす♪ 今年もどんどんお仕事して、みーんなにいっぱい私のことを知ってもらいたいです! えへ♪』


――いろんなことが、ありました


――いろんなことを、がんばりました


――いろんなことを、これからもがんばります


……なんでぇ? なんでがんばるのぉ~?


――あいどるが、すきだからです


……なんでぇ? なんであいどるすきなのぉ~?


――みんなが、すきだからです


……みんなって、だれぇ~?


――いっしょにがんばるなかま、ともだち、ぷろでゅーさーさん、そして、ふぁんのみなさんです


……ふぅーん? あいどるって、たのしいのぉ…?


――たのしいです、とってもたのしくて、つらいこともあるけど、がんばりたいっておもいます


……そぉなんだー、…ふぅーん?


――みんなのえがおが、みたいんです。だから、がんばれます。がんばりたいっておもいます


……ずっとぉ~? ずっとがんばるのぉ~?


――ずっとです、ずっと…いけるところまで、やれるところまで、じぶんもみんなも、えがおになれるまで


……そっかぁ~、わかったー、ありがとー


――はい、どういたしまして


「……き…どの、卯月殿!!」

ぺちぺちと、頬を叩く音と冷たい手のひらの感触が、真っ白だった世界に広がって行きます。

ひんやりと、固い床を背中に感じます。……どうやら私は、仰向けに倒れ込んでしまっていたようです。


「だいじょうぶー、もう…めをさますからぁ」

「そ、そうなのですか…?」


呼び掛けてくれる声に、うっすらと目を開いていくと、……そこには心配そうに私を覗きこんでいるあやめさんとアーチャーさんがいたのでした。


あやめ「あっ、卯月殿!! お気づきになりましたか!?」

卯月「う、うん…あやめさん、ありがと…なんかほっぺた痛いですけど…」

あやめ「あ、ああ…申し訳ない…。で、でも日菜子殿の方がもっといっぱい叩かれてましたよ!」

アーチャー「……!?」


珍しく焦ったような、怒ったような、困ったような顔をして、アーチャーさんはわたわたとあやめさんと私を交互に見遣ります。

……あ、ていうかアーチャーさん、まだ喋れないままなんだ…。


卯月「あの、こずえちゃん? できれば、アーチャーさんに声を返してあげてほしいんだけど…?」

「…うん、…いいよ~」


やっぱり私のすぐそばにいたこずえちゃんは、とっても素直に、小さな口元を可愛らしく綻ばせてくれました。



     【こえ】「を」「もどす】



アーチャー「……、…むふっ、むふふふ…! ――ああ、ようやくしっくりきましたよぉ、むふふふふ…」

卯月「よ、良かった…ありがとう、こずえちゃん!」

「んーん、いいよー? …あのね、うづきのいうことだからぁ」

卯月「えっ、…私の、ですか?」


半身を起こした私に、こずえちゃんは膝を少し曲げて視線を合わせると、……深い翡翠の瞳を、嬉しそうに細めたのでした。


「こずえ、ふぁんに、なった…。おしえてもらった、みせてもらったからぁ~。きれいな、すてきな…かわいい、あいどるぅ…うづき、すきぃ~」


そう言って、――なんとこずえちゃんは、私にぎゅっと抱きついてきてくれたのです!


卯月「え、ええっ!? わ、私のファン…ですか!?」

あやめ「そうなんですよ…、この子…こずえ殿がですね、卯月殿がお眠りになってからそうおっしゃっていまして…」

アーチャー「むふふ…、おそらく【言葉】の力で、卯月さんの半生を追体験されたのでしょうねぇ…」

卯月「はんせい…、ついたいけん…?」

アーチャー「……つまり、貴方の真っ直ぐな生き方そのものが、こずえさんの琴線に触れたということですよ、卯月さん?」


……生き方、そのもの。

それが素敵だと、そんな風に思って貰えたのだとしたら、それはとっても幸せなことなのかもしれないです。


「うづき、…すきぃ~、すりすりするぅ~」

卯月「わっ、わわっ…くすぐったいよ、こずえちゃん!?」

「すきなひとには、すりすりするぅ~、…うづきが、そうしてたからぁ」

卯月「た、確かにそうですけど…うぅ…、ホントに【視】られちゃったんですね、私のこと…」


こずえちゃんの【言葉】の前では、おそらく私の過去は丸裸だったのでしょう。ハダカになっちゃってますし、ハートも見せちゃってますよね。

凛ちゃんへの愛情表現の仕方まで、初対面のはずなのにこずえちゃんにはバレバレです。

それどころか、……もしかしたらこずえちゃんにちょっと変な影響を…与えてしまったかもです。


……ま、まあ…そうなってしまったものは仕方ないですよね、うん。

――めげない挫けない落ち込まない! 今はまだ、やるべきことが残っているのですから!!




卯月「あの…こずえちゃん? さっき言った私のお願い、聴いてもらえるかな? 大切な、守っているモノを見せてもらうって。……どう、ですか?」

「うん、いいよ~、……うづきのこと、しんじてるからぁ」


まるで懐いた子猫のように熱心にすりすりしていたこずえちゃんは、私の投げかけに二つ返事で了解をしてくれました。

そして、……くるりと踵を返すと、こずえちゃんはとてとてと部屋の中心にある二つの木箱の方へと向かっていきます。


卯月「こ、こんなあっさりオッケーを貰っちゃって…良いんでしょうか?」


手を取ってもらい、半身を起こした状態から立ち上がると、アーチャーさんは妙に感心したような顔で私のことを見つめてきたのです。


アーチャー「むふふ…あっさりなどではありませんよ、卯月さん? 日菜子だけでは、まず間違いなくこの状況は得られませんでした。……先ほどは、失礼なことを言ってしまいましたね、ごめんなさい」


そう言って、アーチャーさんはにやにや顔を引き締めるようにして真顔になると、恭しく頭を下げたのでした。

傍らにいたあやめさんもまた、無言で片膝をつき頭を垂れて、これでもかというほど潔く謝意を示してきたのです。


卯月「わっ、わわっ、…な、なんですか二人とも!? 謝られるようなことなんて、ありましたっけ?」

アーチャー「……卯月さんには安全な場所にいてもらうことが一番だと、そう言いました。……貴方の覚悟、貴方の勇気、日菜子たちはないがしろにしてしまうところでした」


安全な場所にって、……そういえば昼下がりに下見をした時に、そんなことを言われたかもしれません。

……正直、言われて思い出したくらい気にも止めていなかったので、二人のこんな態度にはただただ驚くばかりでした。


卯月「あ、あぁ…あれですか? でも、だって…実際その通りじゃないですか…? こうやって上手くいったのは、たまたまですし…」

アーチャー「それでも、ですよ…。強さだけが全てではない、……そんな当たり前のことを、日菜子たちは忘れてしまっていたのです」

卯月「あ、あの…と、とにかく頭を上げてくださいアーチャーさん! あやめさんも、そんなことしてもらう必要はないですから!」


頭を下げ続ける二人に、ただわたわたと応じることしか私には出来ませんでした。

……だって、私はホントに、自分に出来ることを頑張っただけで…頑張れたのかどうかも、よくわからないくらいで…


「あれぇ~、…なにしてるのー? …はやくー、こっちきてぇ~」


そんな様子の私たちを、こずえちゃんは不思議そうに見つめながら声をかけてきます。

その機に乗じて、私は二人の頭を無理やり、手の平をつかってこう物理的にえいやっと上げさせると、……ぽかんとした表情のお二人にきっぱりと言いました。


卯月「そんなことしてもらっても、私は嬉しくないです! ……それに、二人とも私のことをちゃんと考えてくれてるってわかってます! さあ、そんなことより…今はやるべきことをやりますよ!!」


そう言い放って、私は二人を置いてさっさとこずえちゃんの待つ方へと歩を進めていきます。

……そして、背後で顔を見合わせるような気配がしたあと、……ちょっとだけ遅れて、アーチャーさんとあやめさんも後に続いてきてくれたのです。


「こっちでいいのぉ~? …つるぎのほうー」

アーチャー「はい、そちらでお願いします。……むふふ、勾玉の方も拝見したい気持ちはありますが」

「んん~、…わがままは、だめかもぉ。ひとつだけ~」

卯月「そ、そうですよアーチャーさん! ワガママはダメです!」

アーチャー「おや、言ってみただけですよ…むふふ…」


すっかり元の調子を取り戻してくれたアーチャーさんに安堵しつつ、――さていよいよ、このドタバタな侵入劇のクライマックスが近づいてきました!

こずえちゃんが、二つの木箱のうち細長い方へと手をかけると、……暖かな淡い光が、木目に沿ってみるみる木箱を覆っていきます。

そうしてすぐに淡い光が消えてしまったかと思うと、木箱の蓋が独りでに、縦にすっと音もなくズレていったのでした。


あやめ「お、おぉ…、これが…かの有名な…!」


木箱の中にあったのは、……長さにして80センチほどの、真っ直ぐに伸びた両刃の剣でした。

錆のないその表面の色は白っぽくて、まるでこずえちゃんの髪色のようにも思えます。


アーチャー「むふふ…、レプリカとされるコレですら、確かな神気を感じますねえ…むふふふ…」

卯月「そ、そうなんですか…?」

アーチャー「ええ、むふふ…こずえさん、もう少しじっくり見せて貰っても? 出来れば手にとってみたいのですが…」

卯月「こずえちゃん、……大丈夫かな?」

「んんー、わかったぁ…ちょっとだけー」

アーチャー「感謝しますよぉ、むふふ…、それでは…」


木箱の中へそっと両手を伸ばしたアーチャーさんは、剣の柄の部分をおずおずと掴むと、……そのまま縦に剣を持ちあげ、身体の正面に構えました。


あやめ「おぉ、…やはり美しいですね、これは。ふーむ、日本刀の美とはまた違った趣が…」

アーチャー「むふ、むふふふ…!? 良い、良いですねえ、良いですよぉ…!! 流石は神代の逸品です、妄想が捗りますねぇ…むふふふふ…!!」

卯月「あ、あの…落とさないでくださいね、アーチャーさん?」


感動やら興奮のあまりぷるぷると身を震わせるアーチャーさんに、私はつい要らぬ心配をしてしまいます。

アーチャーさんによれば、剣の構造を把握するまでしばらくかかるそうで、それからはもう色々な角度からためつすがめつ剣を眺め続けていたのでした。


こずえちゃんはというと、そんなアーチャーさんの様子をこれまた興味深そうに見つめていましたが、……ふいにくいくいっと、私の服の裾を引っ張ってきたのです。


「ねぇ…うづき、……こずえも、あいどるになれるぅ~?」


上目遣いで、純粋無垢なその翡翠の瞳が投げかけたのは、思いもよらぬ質問でした。

だけど私は、一瞬にしてその可能性――アイドルとして輝くこずえちゃんの姿に、それはもう爆発的にテンションが上がってしまったのです!


卯月「――な、なれますよ! こずえちゃんなら、絶対になれます!!」

「…ほんとぉ? …こずえも、うづきみたいにかわいくなれるぅ~?」

卯月「こずえちゃんなら、きっと私よりもずっと素敵なアイドルになれます! 絶対ですっ!!」


思わずぎゅっとこずえちゃんの小さな両手を握って、私は興奮のあまりぴょんぴょんと飛び跳ねてしまいます。

そしてこずえちゃんもまた、深い翡翠の瞳にきらきらとした喜びの色を浮かべて、ぴょんぴょんと応えてくれたのです!


「ほんとにほんとぉ~? こずえも、あいどるぅ…たのしく、なれるぅ~?」

卯月「ホントにホント、ですよ! ――あっ、何なら私のプロデューサーさんに紹介しても…、今から一緒に事務所に行きましょう!!」

「…じむしょ…おそとー?」

卯月「そうですよ、お外です!」


だけど、……そう言った瞬間に、こずえちゃんのきらきらした瞳には陰りが出来てしまったのでした。


「…こずえは、ここからでれないのぉ~、…まもらないと、ダメだからぁー」

卯月「あ、…そ、そうなんだ。……そっか、残念」


……平坦でいて、それでいて気落ちしたこずえちゃんの声色。

すぐ先ほどまでのはしゃぎようが嘘のように、私たちは二人してしんと静まり返ってしまったのです。


アーチャー「むふふ…いやぁお待たせしました…! やはり何事も一級品というのは良い物ですねぇ…! ばっちり妄想が捗りましたよぉ、むふふふふ…、――って…おや?」


白き聖剣を両手に持ったままのアーチャーさんは、両手を繋いだまま俯く私たちにきょとんとした顔を向けます。


アーチャー「あの…あやめさん? お二人は一体、どうされたのですか…?」

あやめ「いや、その…えっと、ですね…」


私とこずえちゃんの一部始終を見ていたあやめさんは、アーチャーさんの問いに困ったような顔を向けました。

……アーチャーさんのお仕事が終わったというなら、もう私たちは一刻も早くここから去らなくてはいけません。

だって、……私たちは招かねざる客であり、誰がどう見ても立派な侵入者なのですから。


アーチャーさんが両手に持った聖剣を細長い木箱の中に収めると、やはり蓋が独りでにスライドして音もなく閉まってしまいます。

そして、再び木目に沿って淡い光が迸ったかと思うと、……草薙の剣は、またしても深い眠りの中に戻って行ってしまったのです。


「ねぇ、うづき~、…また、あいにきてくれるぅ? こずえ、…ひとりぼっち」


聖なる剣と、神秘の勾玉。二つの秘宝を預かる守護者であるという、……とても幼く、小さな女の子。

こずえちゃんは、翡翠の瞳を少しだけ潤ませながらとてとてと私の元にやってくると、ぎゅっとすがりついてくるのでした。


卯月「……うん、必ず。何としても来ます。可愛いファンのお願いですからね…! また会いましょう、……約束ですよ?」


こずえちゃんのふわふわな髪をそっと撫でてあげながら、……私は、こぼれそうになる涙を必死に堪えていたのです。


「うん、わかった~、じゃあね…うづき、…ふわぁ~、…おやすみぃ」


そう言って、ひときわ大きなあくびをしたと思うと、……私の腕の中にいたはずのこずえちゃんは、いつのまにか跡形もなく姿を消してしまったのでした。


あやめ「……行きましょう、卯月殿。あまりここに長居するのはよろしくない」

卯月「うん、わかってます。……またね、こずえちゃん」

アーチャー「それでは、……帰りもあやめさんに先導をお願いしますよぉ…、最後まで気を抜かずに行きましょう、むふふ…」


そうして私たちは、この部屋に来た時と同じように、あやめさんが取り出した《身隠しの布》を使って、……誰にも見つかることなく、誰に咎められることなく、皇居の敷地を後にしたのでした。


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遊佐こずえ(??)


凛「ふーん、そんなことがあったんだ…?」


仕事終わり、すっかり日の沈んだ頃に待ち合わせたとあるカフェの一角で、私は卯月たちから皇居潜入についての一部始終を話して貰っていた。

易々と敷地内に侵入できたこと、二つの秘宝の前に立ち塞がった《こずえちゃん》という難攻不落の守護者と、……アーチャーでさえまったく歯が立たなかった相手を、卯月の真っ直ぐさと頑張りで乗り越えたこと。

私と一緒に一日いてくれたセイバーなどは、己のマスターである卯月の活躍が非常にご満悦だったようで、その件を聴いている間はもうずっと瞳をキラキラと輝かせていた。

……だけど、見事に試練を乗り越え、草薙の剣を拝見するという目的を達成してみせた卯月の顔は、どうしても晴れないままだった。


卯月「こずえちゃんは、……何者だったのでしょうか?」


そう、……剣璽の間にいた守護者である《こずえちゃん》のことが、卯月は気になって仕方がないらしい。

確かに、話を聴いた限りだと可哀そうな気もしてくる。……ひとりぼっちで、おそらくは外の世界に焦がれたまま、彼女はずっと秘宝を守ってきたのだろう。


アーチャー「おそらく彼女は、神代の術師が用いた式神、あるいは使い魔の一種ではないかと。……失われたはずの《統一言語》使いであることからして、少なくとも2、3000年単位の【古株】でしょうねぇ、むふふ…」

卯月「さ、さんぜんねん…? そ、そんなに…」


気の遠くなるような話だ、……神代というのがいつのことだかはわからないが、そこには単に時間的な隔たりとは別にもっと大きな空白があるように感じる。


あやめ「つまり彼女は、いわば太古の精霊や妖精の類というですが、……こずえ殿ほどの存在ともなれば、もはや【秘宝を守る概念】と言った方が近いかもしれませんね…」

卯月「概念、ですか…?」

アーチャー「むふふ…【概念化】についての詳しい説明は省きますが、……要は一つの事しかできない換わりに、一つのことに優れることの究極のカタチです」

あやめ「つまりこずえ殿は、……あの二つの秘宝を守るためだけに存在しているからこそ、現代において《統一言語》なる埒外の力を発揮できるという訳ですね。……まあ、あくまで推測の域をでませんけどね、ニンッ」

卯月「そ、そうですか…よくわからないけど、……つまりこずえちゃんは、ずっと一人ぼっちだったってことなのかな?」

セイバー「でも、……今はもうそうではないですよね? 卯月殿が、約束されたのですから」

卯月「うん、……どうすればいいかはまだわからないけど、きっとまた、……こずえちゃんに会いに行かなきゃって思う」


静かな決意を滲ませた言葉を、卯月はゆっくりと口にした。……それこそ例の【言葉】のように、自らに暗示をかけるかのように。


凛「そっか、……卯月は、やっぱりすごいね?」


この国最後の秘境たる皇居の最奥に住まう、人ならざる存在。……そんな相手であっても、卯月の持つ普遍的な、誰からも好かれるような魅力が通じたということだ。

そして何より卯月は、ほんの少し触れ合っただけの相手でも、その人の笑顔のために何か出来ることはないかと本気で頑張ろうとする。


……そんな子だからこそ、私にとってもずっと、大切にしていきたい相手だって思えるんだろうな。


凛「……さて、じゃあこれからの動きのことなんだけど」


飲みかけのアイスティーをぐいっと飲み干して、私は集まった面子に改めて声をかける。


凛「まず、予定通りどこか人目のないところでアーチャーに令呪を使って、セイバーの【真剣】を創ってもらうための魔力を供給する。これが一つね」


ピンと人差し指を立ててみせた私は、さらにもう一本、チョキの形になるように指を立てる。


凛「それと、もう一つ…さっき私とセイバーで話してたことなんだけど、今日どうしても確認しておきたいことがあるんだ」

卯月「確認したい…こと?」

セイバー「ええ、そうです。……クラリス殿からお話があった【集団昏倒事件】の件について、今朝のニュースはご存じですよね?」

アーチャー「むふふ…どうやらクラリスさんの警告も空しく、またしても発生したそうですねぇ…」

凛「そう、しかもこれまでで最大規模で被害が出てるらしいの。……それで、ライダーが言ってたように、私はまだ判明してないマスターの仕業なんじゃないかって思う」

アーチャー「むふふ、…根拠はあるのですか?」

凛「ないよ、まったく。……ただ、そろそろ残りのマスターも判明させておきたい気持ちはある。今のところ、私たちばっか矢面に立ってる気もするし…」

セイバー「そして無論、一般の方に被害が出るのは正妻戦争のルールなどとは関係なく、あってはならないことだとも思います。……いかがですか?」

卯月「そ、それはもちろんだよ! 無関係な人を巻き込むなんて…そんなの、止めなきゃ!」


身を乗り出してそう訴える卯月に、安堵というか信頼の情を強く抱きつつも、私はふうむと考え込むような仕草をするアーチャーに視線を向ける。


アーチャー「むふふ、なるほど…つまり凛さんはこう言いたい訳ですねぇ? ……状況に流されるままであるのではなく、そろそろこちらから打って出ようと…」


……そう、つまりはそういうこと。今までの交戦を振り返ってみれば、私たちは常に後手後手に回ってしまっているのがすぐにわかる。


アーチャー「状況は作られるものではなく、作り出すべきものです。有利に動きたいのならなおさらですねぇ…むふふ」


察しの良いアーチャーの投げ掛けに頷きつつ、私はさらに話を進めていく。


凛「これからどう動くにしても、残りのマスターを判明させておいて損はないでしょ? だから、そうしよう。……何か異論はある?」


集まった顔ぶれをぐるりと見回すと、……卯月がおずおずと手を挙げてから、口を開いた。


卯月「……でも凛ちゃん、うちの事務所は大手で人も多いから、どのアイドルがマスターか、わからないんじゃなかったの?」

凛「そう、……だから、考えてみたんだ、今までに判明してるマスターの共通点。……思ったより、ずっと簡単に見つかったよ」

アーチャー「ほう、それは興味深いですねぇ…むふふ…」


相槌を打ちつつ、先を促すようににやにやと目配せをしてくるアーチャーに、私は声のトーンを少しだけ落として応える。


凛「現時点で判明しているマスターは、私、卯月、未央、李衣菜、杏に、…敗退扱いだけど、梨沙。……全員、私たちのプロデューサーが、……モバPさんが担当してるアイドルなんだ」


卯月「い、言われてみれば確かに…梨沙ちゃんは最近モバPさんがスカウトしてきたばっかりで、とりあえず担当になっているって話だったような…」

凛「ニュージェネの三人は言うまでもないとして、……杏みたいな気難しいアイドルを扱えるプロデューサーはうちではモバPさんだけだし」

卯月「……李衣菜ちゃんは? 李衣菜ちゃんはモバPさんが担当じゃないよ?」

凛「厳密には違うけど、でも李衣菜をスカウトしてきたのはモバPさんだし、今の担当Pも基本的なプロデュース路線はモバPさんの案を踏襲しているって話だよ」

卯月「そ、そうだったんだ…」

凛「……そもそも、李衣菜は夏樹やみりあ、かなこたちとの連携を取りやすくするためにモバPさんが担当を代わって貰ったみたい。……あの人、ただでさえ多忙のくせにユニット二つも専属で担当しているから」

アーチャー「むむふ…なるほど、150人以上もの所属アイドル、すなわちマスター候補がいるならば特定は難しいですが、……そういう想定があれば話は別ですねぇ…」

セイバー「ええ、そしてモバP殿の担当アイドルは、専属としては多めではありますが、それでも12、3人程度です。……どんなに敏腕なプロデューサーでも、これ以上はチームを組んで当たるべき目安の数ですね」


セイバーが補足してくれている間に私は、氷だけになったアイスティーのカップをあおり、仄かに味のついた溶け出しの水を乾いた喉に落とした。

そうして、一瞬だけ瞳を閉じ、ふぅっと深い息を吐いて、……決意が揺らがぬうちに、その言葉を口にしたのだった。


凛「だから、疑いたくはないけど…、まずはトライアドプリムスの…、奈緒と加蓮。――この二人を、試してみようと思う」


喫茶店を出た後、私たちはひとまずアーチャーの《魔法の馬車☆ぱんぷきんいちGO》に乗り込んで、事務所の屋上までひとっ飛びしてきた。

……奈緒と加蓮は、今日は私と別行動で仕事をしていたが、おそらくまだ事務所に残っているはずだ。

一応、仕事終わりにプロデューサーにもそれとなく確認しておいたので間違いない。


卯月「うぅ…事務所の屋上かぁ…、なんか、何となく背筋の凍るような悪寒が…」

セイバー「――あぁ、そうでした…!? き、気を確かに持ってください、卯月殿!!」


……そ、そうか、ここは卯月にとって、その…揉みくちゃにされたトラウマな場所だったっけ。


アーチャー「むふふ…、今しばらくご辛抱を、卯月さん。…いずれ、またすぐに移動することになりますので…」


私たちの降車を確認したアーチャーは、ファンタジー丸出しな馬車を光の粒と変え掻き消していく。

そして、それと入れ替わりに、再び派手な忍び装束姿の忍ばない忍者が出現してくる。


あやめ「ふぅ…、固有結界なしだと使い魔は一度に一体しか出られないって、もどかしいですねぇ、ニンッ」

アーチャー「むふふ…面倒をかけてしまって申し訳ないです…」

あやめ「いえいえ、そんなことありませんよ! それでは私は、ターゲットのお二人の様子を探ってきますので…いざ、ドロンッ!」


ぼわん、という気の抜けた音と白い煙幕を残して、派手すぎる忍者は姿を消してしまった。

……卯月が言うには、あれで凄腕の潜入術を持っているらしいのだが、いまいち実感が湧かないというか。


セイバー「うーむ、それにしてもあやめ殿…見事に忍者ですね…。ジャンルは違えど、どこか他人の気がしないというか…」

卯月「あはは~、きっとセイバーちゃんとは気が合うんじゃないかな?」
セイバー「や、やはりそうでしょうか? ……むむ、出来れば一度ゆっくりお話をしたいものです」

アーチャー「おや、むふふ…それではいずれ、あやめさんとお茶の席でも設けて語らうとしましょうか…、あんなことや、こんなことを、むふふふ…」


ぽわぽわと妄想に移行するマイペースなアーチャーに、呆れ顔のセイバーと困り顔の卯月が互いに顔を見合わせている。

目を離すとすぐに和気藹々としだすのがこの面子の悪いところというか…、まあ良いところでもあるんだけど。


……まあ、その分私がしっかりしてれば良いか。



凛「さて、それじゃこっちは令呪の方だね。……具体的にはどうすれば良いの、アーチャー?」


水を向けられると、アーチャーはすぐににやにや顔を引き締めて、私の方へと向き直った。


アーチャー「むふふ、……それでは日菜子にこう命じてください。『友の為、仲間の為、果てなき想像で以て、至高の剣を創造せよ』、と」

凛「……うん、わかった。じゃあ、行くよ…?」

セイバー「……凛殿、本当によろしいのですか?」

凛「何度も言わせないでよ、セイバー。……これは、私がしたいことなんだよ? だから卯月を守るって約束、最後までちゃんと貫いてね?」

卯月「り、凛ちゃん…!」

セイバー「……無論です、おまかせください!!」


感極まった声音を上げる卯月、潤んだその瞳は、満ち欠けた楕円の月を眩しく映すかのようだった。

その傍らで、小さな拳を握りしめ決意を新たにするセイバーに頷き返して、……私は、正面にいるアーチャーに向けて、舞踏へ誘うように左の手のひらを差し出した。

手にひらに刻まれている鮮血の色をした紋様……残り二画の令呪が、仄暗い月明かりに照らされながら、今か今かと解放される時を待っている。


凛「令呪で以て、親愛なる我がサーヴァントに命ずる。――友の為、仲間の為、果てなき想像で以て、至高の剣を創造せよ!」


刹那、――放たれた言の葉は鮮血の色をした魔力の渦へと形を変え、アーチャーの糧となるべくその身を覆っていく。


アーチャー「むふふ…、良いですねぇ…これだけの魔力があれば…むふふふ…!!」


紅蓮の渦の中に佇むアーチャーは、歓喜のあまり大きく両の手を広げ、にやにや顔をこれでもかと際限なく歪めていく。


アーチャー「――投影、開始(トレース・オン)」


そうして、アーチャーが何らかの呪文めいた言葉を囁くと、魔力の渦は一瞬で消え失せ、――キィンと鋭い金属音めいた音が辺りに響いたのだった。


「――――基本骨子、解明済」

「――――構成材質、解明済」

「――――基本骨子、変更中」

「――――構成材質、補強中」

「――――憑依経験、妄想中」

「――――全行程、推移良好(トレース・オールグリーン)」


虚ろな瞳で、ぶつぶつと何かを呟き続けていたアーチャーだったが、……その最後らしきの一節を終えると、ふぅっと大きく息を吐き全身から力を抜いたのだった。


凛「……お、終わったの、アーチャー?」

アーチャー「ええ、終わりましたよ。これ以上ないくらいバッチリです、むふふ…」


自信たっぷり、やり切った感溢れるドヤにやにや顔で、アーチャーは似合わないガッツポーズまでしてみたりしている。

……だけど、周囲には何も変わったような様子もない。

令呪を使う前と同じ、楕円の月に照らされる事務所の屋上の光景があるだけだった。


凛「そ、そっか…。あの、それで…出来あがった剣は?」

アーチャー「……? いえ、剣はまだ出来あがっていませんよ? 日菜子の妄想は、そんなにすぐには現世に固定化できませんので…」


きょとんとした顔のアーチャー。

同じくきょとんとした顔のセイバーと卯月。

……そしておそらく、私も同じ顔を浮かべている。


あれ、おかしい。……何かが、かみ合ってないような気がひしひしとしてきてならない。


あやめ「――ドロンッ、只今戻りましたぁ、ニンッ! ……って、あら? な、何ですかこの状況は…?」


白い煙幕と共に再び姿を現した、派手かつ忍ばない忍者の少女。

……だけど申し訳ないことに、今はおろおろ周囲を見回す彼女にかまってあげるような心の余裕が、その場の誰にもなかったのだった。


卯月「あ、あはは~、…もしかして、すぐに完成するモノではないんですかアーチャーさん?」

アーチャー「え、ええ…そうですよぉ、世界の修正に逆らうような武具をそんなポンポンと創り出すには、それ専門の固有結界でもないと難しいでしょうねぇ…」

セイバー「な、なるほど…珠美はてっきりこう、一瞬で出来てしまうものかと……。戦いの最中、アーチャー殿はすぐさま武具を創り出していたように見えたので…」

アーチャー「あれは日菜子専用の、しかも馴染みに馴染んだ妄想の産物ですから…。他の方が用いるための武具を新しく妄想するには、それなりに時間が掛かってしまいます…」


な、なるほど。……完成までにかかる時間っていう大事な前提で、私たちとアーチャーの間に齟齬があったらしい。

思えば、草薙の剣をどうこうするって話が初めて出た時……未央と別れた後の夕暮れのことだが、クラリスさんからの呼び出しがあって、アーチャーから剣の練成についての詳しい話は聞けずしまいだったような気もする。


凛「ちょ、ちょっと待って。……わかった、すぐには出来ないんだね? じゃあ、いつできるの?」

アーチャー「それは、……そうですねぇ、妄想の調子自体は良いので、遅くとも明日のこの時間までには完了するかと…」

凛「丸一日ってことか…、そっか、それならまだ大丈夫かもしれないね…」

アーチャー「えぇ、……セイバーさん専用の、最高の【真剣】を創り出してみせますのでお楽しみに…むふふふ…」

セイバー「わかりました、……お任せしましたよ、アーチャー殿!」


すぐにセイバーの剣が用意できないのは予定外だったけど、一日のズレならまあ何とかなりそうだ。

……大体、焦ってもしょうがないし。うん、気を取り直していこう。


あやめ「……あ、あの…そろそろ良いですか…? ご、ご報告させて頂きたいのですが…」


そして、自体の推移から完全に取り残されていた忍ばない忍者が、派手な格好に似合わぬおずおずとした様子で挙手をしたのだった。


卯月「ご、ごめんねあやめさん…私たち、ちょっとびっくりしちゃってたから…」

あやめ「いえ、…それは良いのですが。……事務所内を拝見したところ、ターゲットのお二人の姿は確認できませんでした」

凛「……え、そっか。仕事が予定より早く終わったのかな? もしくは長引いてるとか…」

アーチャー「むふふ…では待ちますか? それとも、帰路につかれていると想定して追いかけるか…」

凛「うーん、私の仕事の後、プロデューサーはそのままあの二人に付き添いに行くって言っていたんだよね。……あやめ、モバPさんはいた?」

あやめ「ええ、いらっしゃいました。ご自身の机で、事務仕事をされているようでしたね」

卯月「……ってことは、加蓮ちゃんも奈緒ちゃんも、もう帰っちゃったってことかな?」

凛「そう…だろうね。……どうしよっか、何ならメールか電話してみても良いけど」

アーチャー「おや、…これから襲いにいく相手にそんな隙を見せて良いものでしょうか…むふふふ」

卯月「お、襲うって…あ、アーチャーさん…!?」


アーチャーの発言に仰天する卯月だったが、……でも私は初めからそのつもりだった。

マスターかどうかを確かめるには、少しくらい強引にやらなきゃダメだろう。


……というか、アーチャーの言い方だとまた別なニュアンスが含まれているような。多分、アーチャーのことだからワザとなんだろうけど。


凛「……アーチャーは間違ってないよ卯月。……表現の仕方はちょっと気にかかるけど」

卯月「え、ええっ!?――り、凛ちゃん…本気なの?」

凛「覚悟は出来ているつもりだよ、……未央の例もあるし」

セイバー「……ご親友といえど、もしマスターであれば戦闘の可能性も否めませんからね。充分に注意しましょう」

凛「うん、わかってるよセイバー。とにかく、今は行動しよう。――アーチャー、馬車をお願い」

アーチャー「むふふ…了解です。…ではあやめさん、またいずれ…」

あやめ「ええ、わかりました! ……それではみなさん、ご武運を!」


激励の言葉を残しながら、派手な服装の忍ばない忍者が、見る間に光の粒となって掻き消えていく。

そして、それに呼応するように、事務所の屋上には再びメルヘンチックど真ん中を貫く、二匹の白馬が牽くカボチャの馬車が出現したのだった。


凛「さあ、行こうみんな。……加蓮の家なら、風邪のお見舞いで行ったことがあるから、まずはそっちから試してみよう」


加蓮の実家は、事務所から電車を乗り継いで一時間ほどの住宅街にある。

23区の西の外れの方で、奈緒が言うには有名なアニメ製作会社がいくつかあるエリアらしい。

鉄道の路線に沿って進む空飛ぶメルヘン馬車に揺られながら、私たちはほとんど言葉を交わすことなく楕円の月の夜に沈んだ街並みを眺めていた。


卯月「……ねえ、凛ちゃん?」

凛「……なに、卯月?」


アーチャーの馬車へと乗る制約のため、幾度目かとなる華のような姫君の衣装を身に纏った卯月が、月明かりで出来た影に表情を隠したまま口を開く。


卯月「あのね、……もし凛ちゃんの言うこと、マスターがプロデューサーさんの担当アイドルってことが正しければ、……きっと、私たちにとって今まで以上につらい戦いになるよね?」

凛「……そうだね、間違いなく」

卯月「でも、……きっと凛ちゃんは、それでも最後まで自分を曲げないと思う。凛ちゃんなら、どんなにつらいことでも乗り越えちゃう、そんな力があるような気がするんだ」

凛「それは、……卯月だって一緒でしょ? 頑張るって言葉は、卯月のためにあるようなものだって思うよ」

卯月「えへへ…ありがと。……でもね凛ちゃん、私じゃダメなの。私はきっと、どんなに望まれたとしても、未央ちゃんとは戦えない」


顔を俯むかせ、卯月は申し訳なさそうに、消え入りそうな声音でそう言った。


凛「……仕方ないよ、だってこれは…正妻戦争だから」


アイドルとしての卯月は、たとえ相手がどんなに格上であろうと、そこに応援してくれる誰かがいる限り諦めたりはしない。

だけど、……正妻戦争の本質は、人の欲望を巧妙に揺り動かす殺し合いだ。

どんなに取り繕ったところで、命の危険がないとは決して言い切れない闘争だし、……例のガス漏れもどき事件のように、参加者でなくとも危害を被る可能性だってある。


卯月「……今の私じゃきっと、みんなを笑顔にすることができないよね」

凛「ううん、そんなことない。……少なくとも、卯月は私に笑顔をくれてる。卯月がいてくれなきゃ、もうとっくに折れてる」


似つかわしくないほどに弱気な卯月の言葉に、私はただ思うがまま即答した。

すると卯月は、面食らったように瞳をぱちくりとした後、……少しだけ淋しそうに、儚げな笑みを浮かべたのだった。


卯月「凛ちゃんのやろうとしていること、正々堂々とした勝負のため誰にも聖杯は使わせないって想いは、多分正しいことだよ。……だから、私は凛ちゃんを信じる、凛ちゃんを応援する」


憂いのある表情ながらも、真っ直ぐに射抜くような視線を卯月は私に向けてくる。


卯月「……凛ちゃんなら、この正妻戦争に参加したみんなを笑顔にできるような、そんな結末を迎えられる気がするから」

凛「……わかった。頑張るよ、――卯月と一緒に、ね?」

卯月「……うん、もちろん! 頑張ろうね、凛ちゃん!」


そう言うと、卯月はようやくいつもの笑顔を、……誰もかもを虜にする、あの満点のスマイルを浮かべてくれたのだった。


アーチャー『みなさん、お話中のところ申し訳ありませんが、……加蓮さんを補足しました。徒歩にて住宅街を進んでいらっしゃるようです。…お一人ですねぇ、むふふ』


御者席に座ったアーチャーの声が、カボチャの馬車の天井から私たちの会話を割って入るようにして響いてきた。


凛「……降下して、まずは気づかれないよう近くにいきたい。……できる、アーチャー?」

アーチャー『お易い御用ですよぉ…おまかせください、むふふ…』


私の言葉に反応して、カボチャの馬車は見る間に高度を落としていく。

目下の鉄道路線では今まさに長々と連なった黄色の電車が滑り抜けていき、その喧騒と灯火に紛れるかのようにして空飛ぶ馬車は夜の住宅街へと翔け降りていく。


セイバー「……このまま、馬車で加蓮殿に近づくのですか?」

アーチャー『……あまりオススメはしませんねえ、この馬車の隠匿性能はそれほど高くはありません。こちらから何らかのアクションを起こせば、加蓮さんだけでなく一般の方々にも存在が露見してしまう恐れがあります…』

凛「……なら、一度どこか人目のないところで降りるしかないね。その後は…」

アーチャー『あやめさんの《身隠しの布》を使わせて頂きましょう…魔術的な探知から逃れるにはうってつけの逸品ですので…むふふ』

卯月「うぅ…またあれかぁ…ちょっと恥ずかしいけど、しかたないですね…」


……恥ずかしいものなのか、それって。

コテコテのお姫様な格好や、体操服にブルマな組み合わせもお気に入りとしてしまう卯月でさえ恥ずかしがるとは、一体どんな布なんだろうか。


アーチャー『ふむ…おあつらえ向けの空き地がありますねぇ…あちらにひとまず降りましょう、むふふ…』


そうして空飛ぶメルヘンカボチャを引く二匹の白馬は、どこにでもあるような住宅街の合間にある小さな空き地へと、滑らかに歩を進めたのだった。


凛「……なるほど、これはちょっと恥ずかしいかも」


空き地に降り立った私たちは、アーチャーがどこからか取り出した黒ずんだ長い布をわっかにして、夜の住宅街を年甲斐もなく電車ごっこで駆け抜けていた。

えっちらおっちら。えっちらおっちら。

誰にも見えない、誰にも気づかれないというのがこの《身隠しの布》の効果だとは言うが……どうやら羞恥心というのはそれほど単純なものでもないらしい。


セイバー「むむむ…まさか電車ごっことは…。何かこう、心の奥底をくすぐられる感覚というか…何だかむず痒いですね…」

卯月「……うぅ、いっそ誰かに見られてる方が恥ずかしくない気もします」


この電車ごっこ、セイバーなどは妙に似合っているというか、ただでさえちっこくて可愛いのが割りと大変なことになっている。

その愛らしさたるや、流石は伝説のアイドルと評価せざるを得ないほどだ。

……見た目が子供っぽいからだとは思うけど、これは言わぬが華だろう、うん。


アーチャー「むふふ…みなさん、この布は魔術的・光学的な観測以外のもの、例えば音などは無効化できませんので、そろそろお静かに願いますよぉ…」


先頭を行くアーチャーがそう声をかけたところで、……進む道の先に、見慣れた制服の後ろ姿が見えてきた。


凛「……いた、加蓮だ」


声と足音を潜めながら、私たちは少しずつ、先を行く加蓮との距離を縮めていく。

加蓮は、どこか道すがらで買ったであろうファーストフード店のコーヒーを片手に、イヤホンで音楽でも聴きながら気ままに歩を進めている。

……夜道を歩くその姿は、少し不用心にも思える。

仮にもアイドル、可愛いらしい女の子であり、ましてやあの過保護な待遇をうけがちな加蓮だ。

プロデューサーがこの光景を見たら、今すぐ装甲車で駆けつけそうなくらいだと想像して、……こんな時だけど、思わずはにかんでしまった。


卯月「……り、凛ちゃん? これから、どうするの?」

凛「……だから、確かめるんだよ。加蓮がマスターか、そうじゃないか」

セイバー「……凛殿、具体的にどうするかを卯月殿は訊かれているのかと」

凛「……ああ、そっか。……えっと、アーチャー? 良い加減に手加減して、サーヴァントなら防げるけど、もし当たっても加蓮が傷つかないような攻撃って…できる?」

卯月「――あ、やっぱりそんな感じで確かめるつもりだったんだ…凛ちゃんって、やっぱ真っ直ぐだよね…うん、知ってた」

凛「……し、しかたないでしょ、それしか思い付かなかったの!」


珍しく冷めた口調で、呆れたようなジト目を投げてくる卯月に、つい声を荒げてしまう。

その傍らで、セイバーが『あああ…お静かに…』とわたわた焦った表情を向けてくるので…何だか物凄く申し訳ない気持ちになってしまった。


アーチャー「ふむ…中々難しい注文ですねぇ…まあやれないことはないと思いますが…むふふ」


そう言うと、アーチャーは電車ごっこの布から右手を離し、……音もなく、螺旋を描くように捻れた木の枝で出来た小振りの弓矢を取り出したのだった。


アーチャー「……森の守護者、翠さんの弓です。そしてこの矢は、森のゆるふわ魔女藍子さんが鏃に昏睡の呪いをかけたものです。いずれも本来の姿から大幅にダウングレードさせましたから…一般的な麻酔銃以下の効力しか発揮しないはずです」


一般的な麻酔銃、という表現が既によくわからないが……要は立派に手加減できるということだろう。


アーチャー「具体的には、この国で最も著名で江戸川な名探偵が愛用する程度の効力かと…」

凛「……なるほど、折り紙つきだねそれは」


あんなに何度も何度も同じ人間に打ちまくるつもりはないが、それなら変に中毒性もなく安心できるだろうというものだ。


凛「ねえアーチャー、その弓さ…私が射っても当たる?」

アーチャー「……自動追尾の呪いも付加されていますので、おそらくは…」


目を丸くするアーチャーを余所に、私は片手を布から外してアーチャーの目前へと差し出したのだった。


凛「……じゃあ、私がやるよ。――自分の手で、ちゃんと責任持って確かめたいから」


アーチャー曰く、布を身体の一部に括ってさえいれば姿を隠せるらしいので、くるりと輪を作ったところに片手を通しておく。

そうして私は、渡された小振りと弓を構え、アーチャーの見よう見まねで呪いの矢をつがえる。

標的は無論、私の大事な親友の一人、大切な仲間である……北条加蓮だ。

大きく息を吐き、ゆっくりと弦を歪ませていきながら、……限界まで小さな弓を引き絞っていく。


卯月「り、凛ちゃん…ホントにやるの?」

凛「……当たり前だよ、卯月。やってみなきゃわからない、――真実は、いつもひとつってやつだよ!」


指先から矢を離した瞬間、――的中する、という感触があった。

最初は明後日の方向へと飛んで行こうとした呪いの矢は、自らの意思があるかのように急激に方向を転換し、隙だらけの加蓮の背中へと一直線に向かっていく。

だから、ほら…きっと今にも、「……ほにゃっ?」とか漫画みたいな擬音を放って、加蓮がその場に膝を折って眠り込んで――

















そうして放たれた呪いの矢の一撃は、突如として現れた宙に浮かぶハート型の紋様に、キューピッドの矢が貫くかのようにして命中したのだった。


加蓮「――ひどいなぁ、凛?」


……それは、いつもと何ら変わることなく気ままに響く、私の親友の声だった。

ゆっくりと、極めておおらかな所作で振り向いていくその姿、……かつての、出会った頃のように気だるげで冷たい瞳。


加蓮「私、身体弱いからさ? ……そんなの当たったら、また病気になっちゃうじゃん」


親しげな、それでいて明確な敵意を滲ませる声で囁きながら……


――北条加蓮が、姿の見えないはずの私たちの前に立ちふさがったのだった。


加蓮「そこにいるのはわかってるよ、凛。魔術的な感知には引っ掛からないみたいだけど…音も匂いも、ついでに体温までダダ漏れなんだもん」


そう言うと、加蓮はファーストフード店のコーヒーを持ったのとは反対の手で、制服のポケットからスマホのようなものを取り出してみせた。

イヤホンのコードが繋がった先にあるその器具のモニターには、テレビでよく見るようなサーモグラフィーの他に、様々なグラフや情報が表示されている。


加蓮「これはね、探知機なんだって。お目当ての人が何をしてるか知るための、便利で都合の良い道具だよ」


そう言った加蓮の瞳は、明らかに視認できないはずの私たちを捉えているのだった。


凛「……アーチャー、《身隠しの布》を仕舞って」


私の投げ掛けに頷き返すと、アーチャーは私たちを括っていた長い布を光の粒と変え消し去った。

肉眼で見えるようになった私たちを見やり、加蓮は呆れたように軽く息を吐く。


加蓮「ふーん、やっぱり卯月もいたんだ? ……仲良いよね、今日も凛の家にお泊まりするの?」

卯月「……加蓮ちゃん、どうしてそれを?」

加蓮「バレてないとでも思った? ……案外守りがしっかりしてるから手は出しにくいけど、下見ならもう何度もした…ホントだよ?」

卯月「そっか、……加蓮ちゃんも、ずっと戦ってたんだね」


……吐き捨てるような加蓮の言葉に、卯月は震える肩を気力で抑えつけるようにして気丈に応える。

凍てつくような視線と、静かに燃える瞳が交錯する、そんな二人の間を、――ビュンといななく一陣の風が割って入った。


「うふっ…お痛はいけませんよぉ…」


――ドズンッ、と砲撃めいた鈍い炸裂音を立てて、加蓮の目の前に展開されたハートの盾に木製の矢がめり込んでいる。

音もなく、棒立ちのままの加蓮を庇うようにして虚空から出現したのは、深紅のリボンを身に纏う黒衣の魔女――やはり、佐久間まゆ!


アーチャー「おや、申し訳ない…手が滑りました…むふふ」


駆け抜けた風の正体は、言うまでもなくアーチャーの放った弓矢の一撃だった。

人の域外にある痛烈なその一閃は、直撃していればまず間違いなく加蓮の命を奪っていたはずだ。


凛「……アーチャー、後でお仕置きだからね」

アーチャー「むふふ…おっしゃりたいことはわかります、凛さん…ですが、あの方は今…間違いなく貴方の敵です」

凛「……わかってるよ、そんなこと!」


誰に対する苛立ちかもわからないまま、私はただ子犬が己を大きく見せようとするかのように声を荒げた。

いきなり当たりを引くとは、私の勘も中々捨てたものではないではないか……!

藪を叩いて出てくるのが佐久間まゆのマスターだとは思わなかったが、……いや、ちょっと待って。

佐久間まゆの宝具は、一体どのようなものだった?

人心をいとも簡単に操ることのできるものではなかったか?

――ならば、果たして加蓮はホントに……正真正銘の、佐久間まゆのマスターなのだろうか?

>>364ちょい修正、あと更新遅くて申し訳ないです


藪を叩いて出てくるのが佐久間まゆのマスターだとは思わなかったが、……いや、ちょっと待って。


藪をつついて出てくるのが佐久間まゆのマスターだとは思わなかったが、……いや、ちょっと待って。


加蓮「それにしても、やっぱり鋭いね、凛は…? こんなところでネタばらしするつもりはなかったんだけど、……あーあ、サプライズが台無しだなぁ」


大きなため息を吐きながら、加蓮は心底残念そうに両肩を落としてみせる。

それに呼応するかのようにして、傍らに控える佐久間まゆが妙に感心した風な微笑みを覗かせる。


「うふっ、流石は凛さんですねぇ…まゆが見込んだ通りの器です。もっと見せて欲しいですねぇ…繊細なそのココロの動き…!」

アーチャー「……聞き捨てなりませんねぇ、凛さんは渡しませんよ? 凛さんの将来のご予定はこちらが予約済みですので…むふふ」

凛「……初耳だけど、なにそれアーチャー?」

アーチャー「おや、つい妄想が口からタダ漏れに…むふふふ…」

セイバー「ブレませんね、アーチャー殿は…。戦いの場でのその平常心、是非とも見習いたいものです」


呆れ声で皮肉めいた言葉を漏らしつつ、セイバーは竹刀を晴眼に構え、いつでも突撃できる体勢にその身を落ち着けている。

無論、アーチャーも減らず口とは裏腹に、新たに矢をつがえ引き絞った弓の照準を佐久間まゆの眉間に合わせているのだった。


卯月「……凛ちゃんは、渡しませんよ」


そして、割りとガチな感じで佐久間まゆに睨みをきかせる卯月もまた、マスターSRカードをその手に構えいつでも発動できる状態にある。

――一触即発とは、まさにこのことだった。

……役立たずのスカカードではあるが、ハッタリくらいにはなるだろうと私も自分のマスターSRカードを手の内へと呼び出しておく。

楕円の月がしめやかに照らす路地で、――誠心、妄想、狂愛を司る三騎のサーヴァントが今まさに激突しようとしていた。

>>367
あああ順番ミス、ひとまずスルーで

>>364の続き

凛「ねえ加蓮…一応訊いておくけど、佐久間まゆに操られてるの?」


あまりに無意味な質問だ、とは思いつつも、……それは訊かずにはいられない類いのものだった。


加蓮「……一応訊いておくけど、どうしてそう思うの?」


私の質問になぞらえるようにして、加蓮はジッとこちらを観察するような視線を寄越してくる。


凛「まゆの前マスター、……的場梨沙のことだけど、あの子は明らかに佐久間まゆの宝具の影響下にあった。だから、加蓮がそうじゃないとは言い切れない」

加蓮「……なるほど、そうかもしれないね? 少なくとも、毒されてはいるのかも」


くつくつと、似つかわしくない乾いた笑い声を漏らす加蓮。

……だけど確かに、少しも喜色に滲んでいないその両の瞳には、佐久間まゆの支配の証であるハートの紋様は刻まれてはいなかった。


加蓮「……ねえ凛、こうして正妻戦争に参加しているのは私の意思…ホントだよ? だからもし…ほんの少しでも、私のことを心配してくれる気持ちがあるのなら、――今すぐ、そんな甘い考えは捨てて」


そうして、……まるで私の胸の内なんて簡単に見透かせるとばかりに、加蓮は皮肉にも親友同士だからこそ出来る忠告をしてくるのだった。

――お互いを敵マスターとして認めた上で、心置きなくぶつかり合うために。


加蓮「それにしても、やっぱり鋭いね、凛は…? こんなところでネタばらしするつもりはなかったんだけど、……あーあ、サプライズが台無しだなぁ」


大きなため息を吐きながら、加蓮は心底残念そうに肩を落としてみせる。

それに呼応するかのようにして、傍らに控える佐久間まゆが妙に感心した風な微笑みを覗かせる。


「うふっ、流石は凛さんですねぇ…まゆが見込んだ通りの器です。もっと見せて欲しいですねぇ…、繊細なそのココロの動き…」

アーチャー「……聞き捨てなりませんねぇ、凛さんは渡しませんよ? 凛さんの将来のご予定はこちらが予約済みですので…むふふ」

凛「……初耳だけど、なにそれアーチャー?」

アーチャー「おや、つい妄想が口からタダ漏れに…むふふふ…」

セイバー「ブレませんね、アーチャー殿は…。戦いの場でのその平常心、是非とも見習いたいものです」


呆れ声で皮肉めいた言葉を漏らしつつ、セイバーは竹刀を晴眼に構え、いつでも突撃できる体勢にその身を落ち着けている。

無論、アーチャーも減らず口とは裏腹に、新たに矢をつがえ引き絞った弓の照準を佐久間まゆの眉間に合わせているのだった。


卯月「……凛ちゃんは、渡しませんよ」


そして、割りとガチな感じで佐久間まゆに睨みをきかせる卯月もまた、マスターSRカードをその手に構えいつでも発動できる状態にある。

――一触即発とは、まさにこのことだった。

……役立たずのスカカードではあるが、ハッタリくらいにはなるだろうと私も自分のマスターSRカードを手の内へと呼び出しておく。

楕円の月がしめやかに照らす路地で、誠心、妄想、狂愛を司る三騎のサーヴァントが今まさに激突しようとしていた。


加蓮「……盛り上がってるとこ悪いけど、こんなところでやり合うつもりは私にはないからね? それに…弱い者イジメは良くないんだよ、知ってる?」

アーチャー「おや、弱い者イジメときましたか…むふふ、果たしてどちらがイジメる側という意味でおっしゃっているのか…」

加蓮「ご想像におまかせするよ、……そんなの、言うまでもないでしょ?」


不敵な笑みを浮かべる加蓮は、サーヴァント相手の数的不利に微塵も怯んだ様子もなく、いつにも増して実に堂々としている。

線の細いその身体からは、私たちが作り出した状況の中にあってもなお打ち砕けない自信の程が、まるでオーラのように現れ立ち上っているかのようだった。


セイバー「……そちらの都合を優先するつもりは微塵もありませんが?」

加蓮「まぁ、それはそうだろうね。……だから、逃げるよ」

セイバー「――逃げられるとお思いですか?」

加蓮「逃げられるよ、……それに、今日はこれから用事があるから、相手してあげる暇もないし」


半歩にじり寄ったセイバーをまるで意に介さず、加蓮は手にしたスマホ状の機器を制服のポケットに仕舞うと、返す手のひらで虚空を一撫でする。

するといつのまにか、……加蓮の手の内に、五芒星と円を組み合わせた簡素な紋様の刻まれた手帖のようなものが出現していたのだった。


加蓮「告げる、――此方より彼方へ、艱難辛苦なき地へと我が身を連れ去れ」


パラパラと恐ろしい勢いで独りでにめくれていく手帖、――加蓮と佐久間まゆの足元には瞬時にして、六芒星をベースにした複雑な魔法陣が蒼い光を放ちながら出現している。


セイバー「――転移魔法陣!」

アーチャー「むふふ、逃がしませんよぉ…!!」


言うや否や、弾丸の如く駆け出していくセイバーと、容赦なく必殺の威力の矢を解き放つアーチャー。


「――うふっ、ざんねぇん…届きませんねぇ?」


だがその何れも、佐久間まゆが展開した無数のハートマークと深紅のリボンが圧倒的な物量でもって行く手を阻んで見せたのだった。


凛「加蓮っ! 待って!?」

加蓮「また明日ね、凛? ……トラプリの仕事、休んじゃダメだよ?」


数十数百と群れる深紅のリボンの合間、蒼い光に包まれた加蓮は、最後にそんな…いつも通りの言葉と笑顔を残して……

瞬きのうちに、……跡形もなくその場から消え去ってしまったのだった。


加蓮と佐久間まゆ、二人があっけなく撤退してしまった後で、取り残された私たちはまさしく呆然としてしまっていた。


アーチャー「……いやはや、ランサーさんにも言えることですか、魔法に近いレベルのはずの転移魔術をみなさん実に軽々と扱いますねぇ…むふふ」

セイバー「五芒星に六芒星…非常にベーシックかつポピュラーな魔法陣に依拠してのこの飛び抜けた実力、……よほど術者が優秀であると言わざるを得ませんね」

卯月「それって、えっと……つまり加蓮ちゃんの持ってたあの本…みたいなやつがスゴいってこと?」

セイバー「いえ、……おそらくあの手帖のような魔道具は、佐久間まゆ由来の持ち物でしょう。転移魔法陣に、あれだけ無数の盾と触手を操る能力、……間違いなく魔術師のサーヴァントたるキャスターの器ですから」

アーチャー「むふふ、確かにキャスターで間違いなさそうですねぇ、……とはいえ、いまいちしっくりこないような気もどこかでしてはいますが…」

凛「……まあ、別に佐久間まゆがキャスターかそうでないかはどうでも良いよ。加蓮が正妻戦争のマスターだった、大事なのはそれだよ」


そう、例えばキャスターならば他のマスターが誰かというのは魔術によって透けて見えるも同然という話だったが、正体晒しまくってる私たちにとっては今さらな話だ。

――そんなことよりも、今はどうにかして加蓮を追わねばなるまい。

……狂愛のサーヴァント、人心を操る術に長けたあの佐久間まゆが、目的を前にただじっとしているような性質でないことは火を見るより明らかだ。

大事な用がある、と加蓮は言っていた。――ならばあの二人、今夜は間違いなく何らかの動きを見せるはずなのだ。


凛「……アーチャー、嫌な予感がする。加蓮を追いたいんだけど、何か手はない?」

アーチャー「おや、凛さん…気が合いますねぇ…? 実は日菜子も、とってもいや~な予感がしています…! ですからここは一つ、――頼れる博士の手を借りると致しましょう」

卯月「は、はかせ…ですか?」


残りの面々を代表するように首を傾げきょとんとした顔をする卯月を尻目に、アーチャーはいつものニヤニヤ顔を浮かべて宙に手をかざした。

すると、どこからともなく現れた光の粒が瞬く間に集まっていき、輝くシルエットとなって形作られていく。

――そうしてまた一人、アーチャーの抱く妄想の中の友人が、現世へと呼び出されたのだった。


「――時に日菜子、常々疑問に思っていたのだがね?」


小さな背丈に羽織った、地面に引きずりそうなほどぶかぶかの白衣。

明るい栗色の髪をツインテールに纏めた、四角い縁のメガネの少女。


「君は科学的な…というか、雑に言うとメカっぽい妄想というのは不得手なはずではなかったか?」


この、いかにもな格好の女の子こそ、アーチャー曰く『頼れる博士』ということらしいが、……外見からしてまず博士号を取れるような年齢には到底見えない。


アーチャー「むふふ、その通りですねぇ…日菜子は機械オンチですから」

「ならば何故、機械と工学の天才であるはずの私が、君の妄想の中に存在できるのかな?」

アーチャー「むふふ…それは簡単な話です、……昌葉さんの科学力は、ジーニアスすぎてメルヘンだから…ですよぉ」


迷いのないアーチャーの返答に、質問を投げ掛けたアキハというらしい白衣の少女は四角い縁のメガネに収まった目を丸くした。

たが次の瞬間、白衣の少女はアーチャーもかくやとばかりにニヤニヤと目元を緩ませ、心の底から満足げに口を開いたのだった。


「ふむ、なるほど…あまり頭の良い回答とは言えないが、嫌いではないな。天才は中々理解されないものだが、……少なくとも私のメカが、メルヘン級にジーニアスということは自明だからな!」


そうして白衣の少女が意気揚々と右手を宙に掲げると、手首に装着されたメカメカしいブレスレットが目映く光を放ったのだった。


「――亜空間転送ゲートフルオープン! さあ集まれ我がヒナちゃんロボたちよ!!」


――高度に発展した科学は魔法と区別がつかない、という言い回しを耳にしたことがある。

だから私がその光景を言葉に表すとしたら、やはり「科学のようだった」ではなく「魔法のようだった」と言わざるを得ないだろう。

白衣の少女の周りには、まるで静かな水面に広がる波紋のような空間のたわみが無数に出現しており……

――そこから何か…デフォルメされたアーチャーっぽいメカが何十何百と、次から次へと出現してきたのだ。


卯月「う、うわぁあ…! す、すごい数のアーチャーさんロボさんです!?」

アーチャー「むふふ…実に壮観ですねぇ…これだけいれば人海戦術でローラー作戦も無理からぬことです」

凛「――えっ!? あれだけジーニアスとか科学とか言っててそんなアナログな作戦なの!?」

「天才とは一の才能と百の努力で成り立つものだぞ、そこのおすまし君?」


ニヤニヤな目元を隠すようにメガネを煌めかせた他称・博士は、自らが呼び出した居並ぶチビロボの群れに向き合うと、堂々と誇らしげに口を開く。


「……ではヒナちゃんロボたちよ、目標は北条加蓮及び佐久間まゆの発見だ! ――ステルス潜行モードにて全方向に全力全開サーチを頼むぞ!」


「「「「「「ムフフ、リョウカイデス」」」」」」


白衣の少女の号令に従い、見る間に数百…いや下手をすると千に届くほどの数に膨れ上がったアーチャー型のチビロボたちが、放射状になるように一目散に走り去っていくのだった。


アーチャー「むふふ…加蓮さんたちを発見したら、ヒナちゃんロボを起点に亜空間転移を致しますので、心の準備の方をお願いしますよぉ…」

凛「く、空間転移…? そこまで出来るんだ、このロボット…」

セイバー「いやいや、いやいやいやいや!? さっき散々他の人を愚痴ってましたが、――いるんじゃないですかアーチャー殿にも、ご友人の中に空間転移魔術の使い手が!?」

アーチャー「いえ、昌葉さんのはあくまで科学ですので、魔術とかいうオカルトとは無縁ですので、むふふ…」

凛「……中々面白い冗談だね、オカルトの塊が言うあたりが」


あまりの展開に頭とテンションが付いていかず、辟易として周囲をに視線を向けると、……いつのまにやら卯月が一体のアーチャーロボとキャッキャウフフと戯れている。


「ムフフ、ムフフ!」

卯月「か、かわいい…見て見て凛ちゃーん! アチャロボさんすっごく可愛いよっ!!」


卯月に抱き上げられ、短いメカ手足をジタバタさせるメカアーチャー。

……正直な話、素直に可愛いというよりキモカワの方に近いと思うけど。動くと余計にそんな感じがする。


「一応正式名称はヒナちゃんロボなんだがね…まあ、デザインを気に入ってくれたのは素直に嬉しいものだが」


やれやれと呆れた様子を見せる白衣の少女だが、……やれやれ言いたいのはむしろこっちの方だ。

とにもかくにも何とか加蓮を追えることが出来そうで、そこはまあほっとしたのも事実なのだが。


……やれやれ、アーチャーと一緒にいると、ホントに退屈だけはしないなぁ…

ホントだ、申し訳ない…

>>374

アーチャー「むふふ…それは簡単な話です、……昌葉さんの科学力は、ジーニアスすぎてメルヘンだから…ですよぉ」


アーチャー「むふふ…それは簡単な話です、……晶葉さんの科学力は、ジーニアスすぎてメルヘンだから…ですよぉ」


>>377

アーチャー「いえ、昌葉さんのはあくまで科学ですので、魔術とかいうオカルトとは無縁ですので、むふふ…」


アーチャー「いえ、晶葉さんのはあくまで科学ですので、魔術とかいうオカルトとは無縁ですので、むふふ…」


【Interlude 4-1】


楕円の月が揺れる夜の街角には、密やかな嬌声の渦が蠢いている。

きらびやかなネオンに彩られた、金と欲望に突き動かされた人影の波、波、波。

そんな眠らない街の、眠らない営みの中にある小さな空白。

不可思議な力によって、よりいっそう人目につかなくなった路地裏に、制服姿のその少女が退屈そうに佇んでいた。


「……ねえ、ひとつ聞いても良いかな?」


目を細めて、都内有数の歓楽街の光景を見やりながら、北条加蓮はか細く吐息を漏らす。


「……この街で働く…女の子たちはさ? 私と…何が違うのかな?」


少女の背後、狭い路地裏には、……折り重なるようにして何十人もの男たちが倒れ込んでいた。

派手に着飾ったホスト風の若者もいれば、自分の親ほどの年のおじさんも少なくない。

煌めくネオンサインの合間を、今宵ありつく獲物を求めて遊泳していた小魚たちは、今はあっけなく少女の餌食となってしまっている。

より正確には、少女の持つ小さな魔道書――そこから呼び出された催眠と精吸の魔術式が、哀れな男たちを深い夢の中へと誘っているのだ。


「うふっ…どうしたんですかぁ? 今さら、ご自分の為さっていることが怖くなりました…?」

「そうじゃないよ…ただ、アイドルとしての私って、この街の女の子にそっくりだなって…」


少女の声に応えたのは、路地裏の暗闇の中に溶け込むような黒衣と深紅のリボンに彩られた、魔女。

縁の広い三角帽の下で、底が見えないほど深く澄んだ瞳が、悩める少女の姿を捉えて悦に歪む。


「うふっ…まゆで良ければ、聞かせてください…どうして、そう思ったんですかぁ?」


「……ここの子たちはさ、その…お客さんに、嘘を売っているでしょ?」


生活のため、享楽のため、あるいは叶えるべき夢や目的のため、時間と愛と…あるいは身体を売る…それがこの街の女の子だ。

ならば、……自分は身体こそ売らないけど、でもアイドルとしてやっていることは同じだと、少女は荒んだ胸の内を吐露する。


「子供の頃はさ、アイドルって…とっても綺麗で純粋なものだと思ってた。……よく体調を崩してたからさ? 退屈な入院生活の合間に、テレビの中で輝くアイドルに憧れてた」


病弱だったかつての少女は、やがてふとしたきっかけから憧れの存在だったアイドルへと転身する。

当初こそレッスンなどでやる気のない不真面目な態度を取っていたが、それは自分などが憧れのアイドルになれるはずもないとの思い込みがあったから。

だけどこんな自分でも、……北条加蓮というちっぽけな少女でも、輝けることを気付かせてくれる人がいた。

……輝く世界の魔法、その先に待っていたのは、憧れよりもずっと素敵でキラキラと煌めくアイドルとしての自分の姿。


「……アイドルになって、お仕事も少しずつ増えていって…今ではそれなりにファンも多い。自分で言うのも何だけど、昔憧れていた姿には届いたのかなって思う」

「うふっ…良いことではないですか…? 夢を叶えた女の子…素敵なお話ですよぉ?」

「……だけどさ、私はいつのまにか、嘘を売り物にしてるんだなーって気づいちゃったんだ」


――そもそも、アイドルとは何だろうか。

北条加蓮の知る中で最も普遍的で、最も純粋な定義は、島村卯月の掲げる『みんなを笑顔にする存在』だ。

そして少女も、アイドルとして活動するからには、少なくともその気持ちはファンに向いていなくてはいけないと思っている。


「今の私は、ファンのためにアイドルをやっている訳じゃない。みんなの笑顔なんて知らない、――ただ、あの人に気にかけてもらうために『北条加蓮』っていうアイドルを続けている。……どうしても、そう思えちゃうんだよね」


かつての憧れのアイドルは、病床に伏していた自分を含め、数多くのファンに笑顔を届けていた。

……だけど、もしそのアイドルが、実はファンのことなんて何とも思っていなかったとしたら?

もしあの輝く笑顔が、ファンではなく、誰か一人に向けられたものだったら?


それは、――偽りの愛を売るこの街の女の子たちと、いったい何が違うのだろう?


「なるほど、……まさしくまゆがお答えするにふさわしい悩みですねぇ…、うふっ」


深紅と黒衣のサーヴァント、――佐久間まゆ。

……彼女は大衆の理想像たるアイドル、数多くの熱狂的なファンを抱える身でありながら、一人の男性への狂愛を億すことなく貫いた、最もアイドルらしからぬ逸話を持つ伝説の存在だ。


「加蓮さんの言葉を借りるならば、まゆほどファンの方々に嘘を売ってきたアイドルもいないでしょう…。ですが、まゆは一度たりとも嘘をついたつもりはありません…」

「……言ってる意味が、よくわからないんだけど?」

「うふっ…要は自分の気持ちに素直になれば良い、というアドバイスです。一番つらいのは、自分自身に嘘をつくこと…ですよ?」


音もなく北条加蓮の隣に並ぶと、佐久間まゆはネオンの煌めく繁華街の光景に目を細めて、……小さな溜め息を漏らす。


「まゆは、愛しの人への想いを隠したことはありません…。そのせいで、辛い目にあったことも沢山あった。……ですが、どんな茨の道であっても、想いを偽ることの痛々しさには及びません…」

「……まゆは、ファンの想いを捨てたの?」

「否定はしません。……それは、まゆにとって必要なことでしたから」


だけどこのサーヴァント、……佐久間まゆという伝説のアイドルの恐ろしいところは、そんな状態であっても、なお熱狂的なファンが数多く残っていたということだ。

――北条加蓮は、どうだろうか。

かつて夢見たアイドルの姿とはかけ離れた内面性を持ちながら、理想的なアイドルの振りをしたままの、……ちっぽけな少女。

果たして自分自身のために、支えてくれるファンの想いを捨てられるのだろうか。捨てることが、許されるのだろうか。

……そんな自分を、あの人に受け入れてもらえるのだろうか。


「私は、……モバPさんのこと、好きだよ。大好き、……誰にも、渡したくない」

「そうです、……そしてその気持ちは、誰にも否定する権利のない、貴方だけの大切な宝物です」


みんなのアイドルでありたい。

誰かのシンデレラになりたい。

――矛盾した二つの想いを抱き続けることは、誰にでも出来ることではない。

だからこそ、……少女の目の前にいる深紅と黒衣のサーヴァントは、せめて自分自身に嘘だけはつかないようにと、生前の日々を駆け抜けたのだろう。


「……うん、わかった。ありがとね、まゆ? ちょっと気が楽になったかも」

「礼には及びませんよぉ? まゆは…恋する乙女の味方ですから…」


そうして佐久間まゆが浮かべた、可憐に咲いた頬笑みに……少女は不覚にも見惚れてしまったのだった。


悩める少女の抱く、どうにもならないような想いの行きつく先は、果たしてどこにあるのか。

その答えはきっと、この戦いの行く末が、――聖杯だけが、知っている。



【Interlude 4-1 END】


晶葉「――むっ、ヒナちゃんロボ28235号に反応ありだ!」


どこからか取り出した、デカデカとしていてメカメカしい装置のモニターを眺めていた白衣の少女が、鋭い声を上げる。


凛「仕事が早いね博士、……加蓮はどこにいるの?」

晶葉「目標を補足した位置は…西新宿エリアだな」

アーチャー「……おや、もしや歌舞伎町ですか? むふふ、ナニをしてらっしゃるんですかねぇ…?」

凛「――な、何もしてないに決まってるでしょ!! 良いからほら、さっさと転送してよ、転送!」

卯月「……? 凛ちゃん、何で顔赤いのかな?」

セイバー「さ、さあ…?」


唐突に変なことを言い出すアーチャーに噛みつくも、アーチャーはいつにも増して深いにやにや顔を返してくるのみだった。


晶葉「まあそう慌てるなおすまし君、……ほら、今すぐにでも転送の準備はできるから、――っと、おや?」

凛「……なに? まさか、故障でもした?」

晶葉「私のロボにマシントラブルは起きないよ、……ただ、残念ながらヒナちゃんロボ28235号からの信号が失われた。おそらく目標に発見され、敢え無く大破したようだな」

卯月「そ、そんな…ヒナちゃんロボ28235号さんが…。可愛いのに…ひどい」


がっくりと肩を落とす卯月、……あれほど無数にいるロボのうちの一体にも感情移入できる辺りは流石と言わざるを得ない。


アーチャー「……ふむ、ステルス潜行モードでも発見されますか…流石は佐久間まゆと行ったところでしょうかねぇ…むふふ…」

セイバー「如何いたしましょう? ひとまず信号が失われた現場へ行きましょうか?」

凛「……まあ、ここでぐだぐだしていてもしょうがないし、それが良いね」

アーチャー「むふふ…否定する理由はありませんねぇ?」

卯月「私も異議なし、です!」

晶葉「ふむ、ならば遭遇現場から最寄りのヒナちゃんロボ28234号を起点に亜空間転送を行うとしよう。……準備はいいかな?」


そうして、白衣の少女がメカメカしいメカに備え付けられたキーボードを素早く打鍵すると、――瞬く間に、閑静な住宅街の風景がぐんにゃりと歪んでいくのだった。


煌めくネオンサインと、仄かな危険の香りが漂う夜の繁華街を、私と卯月は息を切らして駆け抜けていた。

アーチャーとセイバーはそれぞれ、ひとまずサーヴァントSRカードの姿に戻ってもらっている。

……とはいえ、一応それなりに有名なアイドルである私と卯月、都会のど真ん中ともなれば、道行く人に気付かれてしまうことも少なくない。

慌てて近場のコンビニで適当に購入したサングラスとニット帽を身に付け、さらにひた走ること数分。

ようやっと私たちは、ヒナちゃんロボ28235号の反応が途切れたという地点へとたどり着いたのだった。


卯月「……路地裏、だね?」

アーチャー『お気をつけください、お二人とも…人避けの結界が展開されているようですので…』

凛「うん、わかった。……行こうか、卯月?」


騒々しい夜の繁華街の、こんないかにも危険が待っていそうな路地裏なんて、普段だったら、絶対に立ち入らない。

だけど、……まるで都会の喧騒を流すスピーカーが壊れたみたいな静寂が立ち込めた狭い路地裏には、――夥しい数の人が、折り重なるようにして倒れ込んでいたのだった。


卯月「――ひっ!? り、凛ちゃん!?」

凛「……お、落ち着いて、卯月。大丈夫だから…」


目の前の光景に竦み上がってしがみついてきた卯月を宥めながらも、私は直視しがたい思いに耐えて状況を把握することに努める。

心臓がバクバクと脈打ち、震える吐息の音に邪魔されながら、一歩、また一歩と惨状に近寄っていく


セイバー『――失礼、卯月殿!』

卯月「うひゃっ!?」


言うや否や、卯月が懐に仕舞ったサーヴァントSRカードから一気に実体化したセイバーが、駆け足で倒れ込んでいる人たちの元へと急ぐ。

連なった幾人かを素早く、かつ一人一人丁寧に横たえると、セイバーは迅速に反応確認と呼吸確認を行っていく。

その様子を見て、私も急いで残りの人たちの安否の確認を手伝いに駆け寄った。……何を恐れる必要があるのか、今はこの人たちの命の方が大事だ。

アーチャーもセイバーと同じく実体化し、私たちはみんなで手分けして倒れ込んだ人たちの様子を確かめていった。


セイバー「……全員、息はあるようですね」

凛「うん、良かった…」

卯月「り、凛ちゃん! サイレンが…きゅ、救急車が来たよ!」

アーチャー「おや、…いつの間にお呼びになったのです? むふふ…流石ですねえ卯月さん」

セイバー「……いえ、ちょっと待ってください。人避けの結界があったはずでは?」

凛「そっか。……救急車の人たち、この場所わかるの?」

卯月「いえ、ていうかあの…みんな、? ……私、呼んでないですよ救急車?」


おそるおそると言った様子で放たれた卯月の言葉に、私たちは一瞬ポカンと間の抜けた顔でお互いを見合った。


アーチャー「……加蓮さんたちが呼んだのですかねぇ? 後処理まで手慣れたものです、むふふ」

セイバー「術者本人が結界内へと招待したのなら、人避けも無効化されるでしょうね。……どうやら、長居は無用のようです」


そうして私たちは、セイバーの言葉を合図にそそくさと件の路地裏を去り、アーチャーの空飛ぶ馬車へと乗り込んで上空からその様子を伺うことにしたのだった。


凛「……これが、例のガス漏れモドキ事件、かな」


路地裏には、見る間に複数台の救急車が集まってきた他、パトカーも次から次へと駆けつけてきて、夜の繁華街が騒然とする様が見て取れた。


セイバー「まず間違いありませんね、……佐久間まゆと、北条加蓮。残念ながら、彼女たちが一般人へと危害を加えていた張本人のようです」

卯月「加蓮ちゃん、……どうして、こんなこと」


けたたましく鳴り響く赤色灯に照らされる街並みを見やりながら、俯く卯月は小さく溜め息を漏らす。


凛「とにかく、このことを監視役のクラリスさんに報告しよう。……どんな事情があったとしても、許されることじゃないよ」


懐からスマホを取り出して、私はすぐさまクラリスさんの教会に繋がる番号へと通話を試みる。


凛「……出ないな、外出中かも」

卯月「ケータイは? 凛ちゃん、クラリスさんの番号ってわかる?」

凛「いや、教会の番号しか知らない。……プロデューサーなら知ってるかな?」

卯月「多分わかるんじゃないかな? ちょっと待って、聞いてみるね!」


そう言って、すぐさま自分のスマホを取り出す卯月。

さすがは長電話好きの卯月だけあって、実に迷いのない動作でプロデューサーを呼び出し始めるのだった。


卯月「……あ、もしもし! プロデューサーさん、こんばんは! 島村卯月です! ……えっ、番号表示されるからわかってる、ですか? えへへっ、そうでしたね…」


心なしか、弾んだ声で卯月は受け答えをしているようだった。

受話器から漏れて聞こえてくるプロデューサーの声も、何だかいつもより楽しそうに聞こえなくもない。

こんな時にだけど、――ちょっとだけ、ずるいなって思ってしまった。


なにこれ。何だか腑に落ちない。

……ずるくないじゃん、別に。ちっとも…うん。


【Interlude 4-2】


「――はい、もしもし…どうした卯月? いや、わかるって、番号表示されるし、……えっと、今はまだ事務所でデスクワークを、……いや、ほどほどにっつってもなあ?」

「……うん、いやわかったよ…ほどほどにして切り上げるって、この仕事は何より身体が資本だからな」

「それで? 何か用事でもあったのか? あ、言っとくけど長電話には付き合えないからな! ……あははっ、いやいや…冗談だって、うん」

「……えっ、クラリスさんの? ああ、まあ一応わかるけど…スカウトしたの俺だし…あれ、知らなかったっけ? とにかくメールでアドレスと番号送っておくよ」

「あ、一応だけど、……ホントに一応だけど、失礼のないようにな? いやいや、卯月なら心配してないけどな、……おう、じゃあまた明日な!」

「……ふう、やれやれ。何だったんだ? ――あ、ちひろさん…これは、エナドリ…差し入れ、ですか? あ、ありがとうございます、……何だか申し訳ないですね」

「ええ~、いやいや、そんなことないですって! いっつも感謝してます、ホントですよ! うちは大手の割に事務員の数が少ないですし、ちひろさんが居てくれて助かります」

「ははっ、参ったな…良いですよ、俺なんかでよければ。……はい、じゃあこの後にでも飲みに行きましょうか? ……ちょうど、卯月のやつにも仕事し過ぎないようにって言われちゃったんで…」

「い、いやいやノロケって何ですか! ノロケな訳ないでしょう! ……え、いやいや違いますって!? ちょ、ちょっと待って、ちひろさーん!?」

「じょ、冗談…って、心臓に悪いよ心臓に…せっかく貰ったエナドリが逆効果になるとこですよ…、うん。……はいはい、ちょっと待っててくださいね、ぱぱっと残りの仕事片付けちゃうんで」

「……ふぅ、まったく。それにしても…、卯月には働き過ぎって言われちゃったけど、……最近、何だか前より仕事が楽になった気がするんだけどなあ? うーん、何でだろ…」


【Interlude 4-2 END】


クラリス『……ええ、わかりました。貴重な情報のご提供ありがとうございます、卯月さん。私もすぐ現場に向かいますので、後の対処はおまかせください。何かあれば、またご連絡致します』

卯月「はい、よろしくお願いします…!」


クラリスさんとの通話を終えると、卯月は得意げにピースサインを二つ作って微笑む。


卯月「ばっちりだよ! クラリスさん、後はおまかせくださいって!」

凛「……うん、ひとまずこれで大丈夫、かな」


そうして、喧騒に沸く街並みを背に、空飛ぶ馬車の中で待機していた私たちは、……これ以上ジッとしていられる訳もなく、すぐに次の行動へと取りかかる算段を話し合い始めたのだった。


セイバー「では、如何いたしましょう? 珠美は、このまま加蓮殿らを追うべきと思いますが…」

卯月「そ、そうだよ! こんなひどいこと、もう加蓮ちゃんにさせちゃダメだよ!」

アーチャー『むふふ、日菜子も賛成……と言いたいところですが、おそらくヒナちゃんロボによる索敵はもう効果はないでしょうねぇ。……同じ手が通用する相手とも思えませんから』


御者席に座ったアーチャーの声が、魔法の馬車の天井辺りから聞こえてくる。

その話の内容は、あまり芳しいものだとは言えないようだった。


凛「……そっか。他に手はないかな、アーチャー?」

アーチャー『索敵に限って言えばいくらでも手はありますが、問題は移動手段の方です。……あちらは自在に空間転移をなさいますが、日菜子のお友達ですと空間転移は博士だけの大技ですし…』

セイバー「あちらは気ままに空間転移で逃げれば良くて、こちらはその度に索敵を行わなくてはならない訳ですね? ……なるほど、これではいつまで経っても追い付けませんね」

卯月「そ、そんな…うぅ、何とかならないかなぁ…」


凛「……今この瞬間は無理だとしても、加蓮は明らかに正妻戦争のルールに違反してる。クラリスさんの出した警告だって無視してるから、……きっと、すぐにでも全マスターに討伐依頼が出されるよ」

アーチャー『むふふ…、残りのマスターが全て討伐依頼に乗ってくるとは思えませんが、……少なくとも、日菜子たちだけで加蓮さんらを追うよりはマシでしょうねぇ…』

セイバー「……少なくとも、ライダーは乗ってくるはずです。佐久間まゆとの因縁もありますし…、何よりこうした不義理を許すような人柄ではないですから」


確かにセイバーが言うとおり、敵ながらライダーの心意気には感じ入るところがある。

マスターである李衣菜も、基本的にはどこに出しても恥ずかしくないくらいの良い子なのだ。

討伐報酬に追加の令呪があることを鑑みれば、佐久間まゆの手管によって既に一画を失っているあの二人にとっては大きなチャンスだろう。

そして何より、――最高にロックなほにゃらららを自称するあの二人が、こういったお祭りごとに乗ってこないはずがない。


卯月「み、未央ちゃんも…きっと協力してくれるよ! 未央ちゃんだって、こういう曲がったことが大っきらいなんだから!」

凛「……うん、そっか。そうだね、未央なら…きっと」


未央は、……未央は今さら言うまでもない。

お調子者で、よく人をからかったりするけど、……一生懸命で、これ以上ないくらい真っ直ぐな子だ。

今でこそ私たちとは敵対関係にあるけれど、それもまた…未央がどこまでも真っ直ぐな子だからこそこうなった訳で…。

そして、そんな自分の感情を抑えて、やるべきことをやってくれるのもまた、未央の持つ真っ直ぐさの一面だ。……少なくとも、私はそう信じている。

あと、未央のサーヴァントであるランサーは、……よくわからないけど、とにかく揉めればいいやってことみたいだから、呼ばれたら多分くる…うん。


アーチャー『双葉杏は佐久間まゆと協力関係にあるようでしたが、……今後どう動いてくるかは未知数ですねぇ…』

セイバー「そして、未だに姿を見せないアサシンとそのマスターは、……やっぱり未知数ですね、うーん」

凛「……じゃあ、その。とりあえず、未知数を少なくしていく方に動く…とか、どうかな?」

アーチャー『ふむ…、と言いますと?』

凛「今日は元々、判明してないマスターを見つけ出そうってことで行動してたでしょ? だから、その続きをするの。最後のマスター、誰だかはっきりさせとくってこと」

セイバー「……なるほど、闇雲に加蓮殿を追うよりは、その方が建設的かもしれません」

卯月「……最後の、マスターさんかぁ…」

アーチャー『むふふ…、では…当初の予定通り、次は奈緒さんの元へ?』

凛「うん、そうしよう…奈緒の自宅は千葉だから、ちょっと遠いかもしれないけど…、っと、着信? 一体だれ、が…」

卯月「……? ど、どうしたの凛ちゃん?」


ふいに、卯月はとても心配そうに覗きこんでくる。

……おそらく、それだけ私の顔は一瞬にして真っ青になってしまったのだろう。

汗でスマホを滑り落としそうになるのを必死に抑えつけながら、……卯月に見えるように、着信を示すその画面を掲げた。


凛「着信…、見て。――加蓮から、だよ」


アーチャー『……ひとまず電話に出てください、凛さん。追うべき相手から接触を図ってくるなんて、またとない好機です』

卯月「り、凛ちゃん!スピーカーフォンに切り替えて、みんなに会話が聞こえるようにしてね!」

凛「う、うん…わかった。……それじゃ、出るよ?」


卯月に言われた通りに、スマホをスピーカーフォンモードに切り替える操作をして、……すっと一呼吸。

そして、――意を決して、私は画面上に表示された通話ボタンをタップしたのだった。


加蓮『――あ、やっと繋がった。もしもし?』

凛「……私だけど、なに?」

加蓮『……ずいぶん機嫌悪いね、凛? 追いかけっこは、もうおしまい?』


こんな状況にも関わらず、平然とした口調で言ってのける加蓮に、すっかり低くなっていた沸点を激情が軽々と超えていくのを感じた。


凛「――加蓮っ! アンタさ、やって良いことと悪いことがあるでしょ!!」

加蓮『……少し血を抜いたくらいじゃ、人は死なないんだよ? 魔力だって、同じでしょ?』


少しも悪びれた様子のないその返答に、私の中で燃える怒りの炎が、アルコールランプのような蒼色に安定していくのがわかる。

……ただ熱いだけじゃダメだ、ここは冷静にならないといけない。


凛「加蓮、……アンタのやり方は間違ってる」

加蓮『……知ってるよ、そんなこと。だけど、私のやり方なら必ず結果はついてくる。正妻戦争を勝ち抜けば、……あの人が望むような、トップアイドルになれるから』

凛「――トップアイドルには、正々堂々とならないと意味がないよ!!」

加蓮『卯月じゃあるまいし、凛にそんな綺麗事は似合わないよ。……凛だって、純粋な気持ちでトップアイドルを目指してなんかいない、そうでしょ?』

凛「加蓮、アンタは……!」

加蓮『ふふっ、知ってるよ凛。……未央にも振られたんでしょ?』


未央の名前が出たことに、スピーカーから流れる加蓮の声を聞いていた卯月がぴくりと反応する。

……私の方は、反応どころではなかった。

一瞬、どころか数瞬の間、私は返すべき言葉を見つけられずに呆然としてしまう。


加蓮『……未央の気持ち、私はよくわかるつもりだよ。凛はあまり自覚がないかもしれないけど、……凛はさ、それだけスゴいの。そうしなきゃ追い付けないくらい圧倒的で…ホントだよ?』


平静な声音、まるで幼子に童話を読み聞かせるように発せられた加蓮の言葉は、私の胸に容赦なくグサグサと突き刺さり、風穴を開けて通り過ぎていく。


加蓮『だからこそ、負けたくないんだ。――凛だけには、どんなことをしても、絶対に』


それは、……夕焼けに染まる公園で言われた決別の台詞と同じく、私に重くのしかかってくる呪いの言の葉だった。

未央は親友としてではなく、得難き好敵手としての『渋谷凛』と勝負することを望んだ。

そして加蓮もまた、……親友としてではなく、打ち倒すべきライバルとしての『渋谷凛』であることを、私に望んでいるのだ。

……ならば、少なくとも私には、言葉で加蓮を止めることは出来ないのだろう。

胸の内に秘めた想いをさらけ出して、ぶつかり合って、……きっと答えは、その先にしか存在しない。


加蓮『……ねえ、凛? 今夜、私はもっと魔力を蓄えに行くよ。……意味は、わかるよね?』

凛「加蓮、待って…! もう、これ以上は…」

加蓮『追いかけてくるなら止めないよ。追いかけて来なくたって良い。ただ、何と言われようとも、これが私の覚悟だから。……じゃあまたね、凛?』


そう言って、……可憐で一途で、いつだってキラキラと輝いている私の得難き親友は、――決別の意と伝えると、一方的に通話を切ってしまったのだった。


――居心地の悪い静寂が、魔法の馬車の中に訪れていた。

加蓮からの通話がもたらした底知れぬ不安だけが、ただひたひたと音を立てて徘徊しているようだった。


卯月「加蓮ちゃん…やっぱり、モバPさんのこと…」

凛「……加蓮の、ばか」


そうして、ほとんど同じタイミングでボソッと呟いた卯月と私を皮切りに、ようやく会話の波が私たちの間に戻ってきてくれたのだった。


セイバー「……加蓮殿、やはりまた一般人から魔力搾取をするつもりでしょうか?」

アーチャー『短い時間であの規模の搾取が行えるのですから…数をこなすおつもりならさぞ捗りそうですねぇ…むふふ』

卯月「加蓮ちゃん、きっと本気…だよね? 私たちにバレちゃったからもうコソコソする必要もないし、後は時間の問題だもん…」

凛「……クラリスさんが討伐依頼を出す前に、出来る限り力を蓄えるつもり…か。加蓮の考えっていうより、佐久間まゆっぽい気もする…けど」

アーチャー『日菜子もそんな気がしますねぇ…、これ以上ないタイミングでの見事な挑発でした…むふふ』

セイバー「……みなさん、こうなっては仕方ありません。ダメ元は百も承知ですが、珠美は加蓮殿を追うべきだと思います」

卯月「うん、私も…セイバーちゃんと同意見だよ…!」

アーチャー『……日菜子は白紙投票です。こう言っては何ですが、今後の戦いのことを考えるのなら、今すぐ帰って寝て英気を養うのが一番かと…』

凛「私は、……加蓮を追いたい気持ちももちろんある。追わなきゃダメだって思う。けど、……徒労に終わるのも目に見えてるよね」


正直、正妻戦争が始まってから連戦続きで魔力の消耗は日に日に激しくなっていくばかりだ。

私は今日でこそこれといった戦闘には遭遇していないけど、アーチャーは皇居で守護者とやらとひと悶着あったようだし…。

それに、博士の大規模ロボ捜索だったり、私たちが乗車しているこの空飛ぶ馬車だってアーチャー経由で私の魔力が使われているのだ。


卯月「……頑張りすぎるのはダメ、だよね? じゃあ、今日は…出来るところまで頑張る…とか?」

アーチャー『むふふ…それが妥当な気がしますねぇ…。舐められたまま逃げかえるというのもシャクですし…むふふふ…』

セイバー「な、中々不穏なことを言いますね、アーチャー殿…」

凛「……うん、でもアーチャーの言うこともわかるよ。……加蓮は、一度ほっぺた引っぱたいてでも目を覚ましてあげないといけない!」


その後私たちは、アーチャーの友人たちによって様々な助けを得ながら、眠らない街を跋扈し暗躍する加蓮と佐久間まゆの足取りを懸命に追うのだった。

……だけど、楕円の月がすっかり姿を隠す頃になっても、得られた成果は……数多くの、食い荒らされた餌場の残骸だけだった。

朝日が出る前にはもう、私たちは探索を切り上げて、空飛ぶ馬車は私の家へと進路を取っていた。


この調子だと、明けた朝の紙面やワイドショーはきっと大賑わいだ。

こんなの、単なるガス漏れ事件では済まされない、――誰だって、その異常性に気付くだろう。


……加蓮の、ばか。ホント、大馬鹿。

そんなことを心の中でぼやきながら、探索に疲れ切った私は、……途方に暮れるようにして、自室のベッドに倒れ込んだのだった。

>>122
アーチャーの使い魔、情報追加


《ハッピー☆ジーニアス☆ロボフェッサー》
http://i.imgur.com/sLOfkrM.jpg

機械オンチなアーチャーが唯一召喚できるロボット工学のジーニアスなアイドル

あまりに技術力が高すぎて、科学でありながらにして魔法の一歩手前の域にまで到達しているとかいないとか

アーチャーの使い魔の中で空間転移を扱えるのは彼女のジーニアスすぎてメルヘンなロボだけである

本人にはこれといった戦闘能力はなく、基本的には無数のヒナちゃんロボによる数のゴリ押しで物事に対処する


【DAY 5】


ここ数日どころか近年稀に見るほど最悪な気分でやってきた目覚めは、最悪すぎて二度寝を許さないほどに最悪だった。

……二つの意味で頭が回らない状態のまま、視線だけを動かして自室を見回すと、私のベッドの横に敷いた布団で卯月がくぅくぅと寝息を立てている姿が目に入る。

正妻戦争が始まり、私の部屋に卯月が泊まり込むようになって、もうかれこれ五日目に突入している。

そして五日目ともなると、意外なことに片付けが苦手だという卯月が持ち込んだ細々とした私物が、私の部屋を割りと…いや大幅に侵食していたりする。

特に昨日は二人とも疲れきっており、風呂にも入らずに寝床へと倒れ込んでしまったから、……その、脱ぎ捨てられたあれやこれが散らばっていたりもする。


凛「はぁ…仕方ない、片付けてあげるか…」


個人的に、服を散らかすというのは風紀の乱れの第一歩である。

……そういえば最近自称・風紀委員とかいう子が新人にいたな。

プロデューサーのスカウトセンスは最近斜め上に成長しすぎだと思う。

重い腰を上げ、ベッドから起き上がると、私は脱け殻っぽく脱ぎ捨てられた卯月の服を上下とも回収しつつ、小さな溜め息を残して部屋を後にしたのだった。


実家の花屋の二階にある私の部屋から、階段を降り一階のお風呂場へ向かうと、……その途中に通りがかる小さな庭の縁側に、セイバーが正座をして佇んでいた。

傍らに使い込まれた竹刀を置いた、紺の剣道着に身を包んだ小さな女の子。

もうすっかり見慣れたその姿での、凛とした佇まいは、……私の気配に気づくと一息に人懐っこい笑みに変わる。


セイバー「おはようごさいます、凛殿!」

凛「うん、おはようセイバー。……何してたの?」

セイバー「周囲の警戒も兼ねて、軽く素振りなどを…ですね。やはり鍛練は朝に限ります!」

凛「ふぅん、流石…だね。眠くないの?」

セイバー「眠く…ですか? いえ、寝ることは可能ですが、サーヴァントに睡眠は必要ありませんから…」

凛「あぁ、そうだった…ごめん、うっかりしてたよ」


まだ知り合ってから五日ということが信じられないくらい、この小動物めいた愛らしさのある女の子とは、昔ながらの友人というような感じがしてしまう。

それだけ、……これまでの正妻戦争の日々が濃密だったということなのだろうか。実際、時間の流れが物凄く長く感じるし。

……正妻戦争に備え、両親にプレゼントした海外旅行に出掛けてもらってから、もうすぐ一週間だ。

予定では三日後に帰ってくるはずだから、このまま正妻戦争が長引けば、活動拠点をどうすべきかも改めて考えなくてはならない。

売り物の花も、私がそれなりに世話をしてはいるが、いつまでもそのままと言うわけにはいかないだろう。


凛「……?」


そんなことを思っていると、売り場の方から何やら上機嫌な鼻唄が聞こえてきたのだった。


アーチャー「……おや、凛さん。おはようごさいます、お早いお目覚めですねぇ…むふふ」


鼻唄の主は、シャッターを下ろした売り場の中で、水色の大きなジョウロを片手に花に水やりをしているようだった。


凛「……あの、なにしてるのアーチャー?」

アーチャー「むふふ、見てわかりませんか? お花のお世話ですよぉ…」


いや、それは確かに見たらわかるのだが……問題はアーチャーの明らかに部屋着ではない衣服の方だ。

上機嫌そうにくるりと一回りしてみせるアーチャー。

その装いは、極彩色の染まったセパレートの水着にパレオを合わせ、南国の花をモチーフにした飾りをこれでもかとあしらった華やかなものだった。

……そろそろ本格的に肌寒くなってきた今、まるっきり季節感を無視しているのは否めない。

割りと露出も多めだし…つかほんと人の家でなにしてんのこの子は…


凛「……あれ、何か…心なしか花がいつもより元気になってる…?」


毎日世話をしているからこそ、私にはそれがわかるような気がした。

売り場中に咲いた花が、アーチャーの持つジョウロから水を与えられると、今にも歌い出しそうなほど瑞々しくシャンとしていくのだった。


アーチャー「むふふ…日菜子のお友だちの中にはお花が大好きな方もいらっしゃいますから…その知識やお力もお借りできるのです…」

凛「へぇ、花が好きな友達か…すごい効果だね?」

アーチャー「むふふ…やはりわかりますか? お陰さまで、ひとまずここのお花はあと一週間は元気でいられそうです」

凛「ふぅん…? その友達、ちょっと会ってみたい…かな」

アーチャー「おや…では機会があればお茶会などセッティング致しましょう…むふふふ」

凛「うん、よろしくね…? あと、うちの子たちの世話してくれて助かったよ、アーチャー」

アーチャー「むふふ…お礼はいりませんよぉ…日菜子は凛さんのパートナーですから…むふふふ」


朝っぱらからにやにや顔を全開にして、アーチャーは実に幸せそうである。

……ホントはちょっと悔しくもあるけど、でもこれだけ見事に手入れしてもらっちゃうと、まさしくぐうの音も出ないんだよなぁ…


アーチャー「……ところで凛さん? そちらは卯月さんのお召し物では?」


ジョウロを持っていない方の手でアーチャーが指し示したのは、私が部屋から回収してきた卯月の脱け殻だ。


凛「ん? あぁ…これ? 卯月が昨日脱ぎっぱなしにしてたからさ、とりあえず洗濯機に突っ込んでおこうかなって」

アーチャー「むふふ…それはそれは。てっきり日菜子は凛さんがイケナイご趣味にお目覚めになったのかと…」

凛「――なっ!? ど、どういうこと! 聞き捨てならないよアーチャー!!」

アーチャー「むふふ…日菜子には隠さなくても良いんですよぉ…? 匂いというのは、立派な妄想の材料になりますからねぇ…むふふふ」

凛「何言ってるのアーチャー!? ち、違うよ! わけわかんないよ!!」

卯月「……うー、喉カラカラ…りんちゃーん、お水飲んでい~い?」

凛「うひゃ!?」


背後から急に掛けられた声に驚いた私は、思わず手にしていた卯月の衣服を胸元へと抱え込んでしまう。

……その姿勢はそう、まるで何か特別な意味を籠めているかのような、いわゆる一つの愛情注入ポーズな訳で…


卯月「……り、凛ちゃん? それ、私のお洋服…だよね?」


振り向いた先、ピンク色のパジャマ姿の卯月が、眠気が一気に吹き飛んだような顔で目を丸くしている。


凛「あっ! ち、違うよ! いや違わないんだけど、そうじゃなくて!?」

アーチャー「むふふ…凛さん、恥ずかしがらなくとも、きっと卯月さんは受け入れてくださいますよぉ…!」

凛「――アーチャーはちょっと黙ってて!!」

卯月「り、凛ちゃん…あの、私はどんな凛ちゃんだって受け入られるから!」

凛「あぁ…だから違うんだってば…! もう、アーチャーのばかー!!」


自分でもわかるくらいの顔の火照りを感じながらも、私は精一杯の抵抗をにやにや顔のぽわぽわ頭なばかサーヴァントに試みる。

そして結局、朝っぱらから妙な誤解を無理やり生み出されてしまった私は、それを解くために朝の貴重な時間を目一杯費やす羽目になってしまったのだった。


『――ここ最近、都内にて頻発していたガス漏れ事件ですが、昨夜は発生件数が急激に増加し、――警視庁の発表では、大規模な連続テロ事件の可能性も否定できないとの見解を――』

アーチャー「おやおや、ついにテロ扱いですか…いよいよもって大事ですねぇ…」

卯月「アーチャーさん、そんな他人事みたいに…」


卯月が腕を奮ってくれた朝ごはん(焼き鮭、お味噌汁、サラダ、白ご飯、普通においしい)に箸を伸ばしながら、私たちは食卓を囲ってテレビニュースに耳を傾けている。

……ちなみにだけど、サーヴァントは食事を取らなくても良いらしいが、それでは何かと気分が悪いと卯月が主張したので、ここのところは毎日こうしてセイバーやアーチャーと食事を共にしていた。


凛「……まあ、気持ちはわかるよ。いくらなんでも気張りすぎだよ、ばか加蓮…」

セイバー「昨夜だけで六件ですからね…、とても追いきれませんでした」

卯月「あの…凛ちゃん? やっぱり今日も、……お仕事はいくの?」

凛「うん、そのつもりだけど…」


どんなに目覚めが最悪でも、どんなに身に覚えのない疑いを掛けられようとも、アイドルとしての仕事があるならば必ず事務所に向かう。

私が正妻戦争に参加しているのは、他の参加者に『聖杯の力でトップアイドルになる』なんてズルをさせないためだ。

だからこそ、正妻戦争はあくまで副業であり、本業は学生だけど、――本命はアイドル活動だ。これをおろそかにしては、それこそ本末転倒だろう。


卯月「……ねえ、セイバーちゃん? 正妻戦争のマスターさんは、お仕事にいかなくても問題ないような魔術がかかっているんだよね?」

セイバー「その通りです! アイドル活動に支障が出るような場合があっても、こう……上手いところ辻褄を合せてくれるようですね!」

凛「……えっと、なに? つまり卯月は、今日は休んだ方が良いって言うの?」

卯月「う、うん…だって、加蓮ちゃんはきっともう…なりふり構っていられない状況でしょ?」

セイバー「……確かに、白昼堂々と加蓮殿が仕掛けてくる可能性は捨てきれませんね…」

アーチャー「むふふ…まして相手はあの佐久間まゆです。……人心を操るあの宝具があれば、事務所の方々を支配下に置くことも容易い…いや、下手をすれば…」

凛「そんな、でも…」

卯月「……凛ちゃん、私だって加蓮ちゃんを信じたい気持ちはあるよ? でも…もう絶対、今の加蓮ちゃんにだけは負けちゃダメだって思うから…」

凛「だからって、……このまま家でジッとしていても、何にもならないよ」


私の言葉を最後に、居心地の悪い静寂が朝の食卓に訪れる。

唯一の音源である付けっぱなしのテレビからは、どこかのアイドルグループがレポートを楽しそうにこなしてはしゃぐ声がむなしく響いている。


セイバー「――あっ、凛殿! 凛殿ですよ!!」

凛「……? えっと、私がどうかした?」

セイバー「いえ、あの…テレビです、ほらっ!」


慌てた表情で指さすセイバー、その先を辿ると、……画面の中に映っていたのは、数日前に東京ドームの横にある遊園地でロケ収録した時のトライアドプリムスの三人――奈緒、加蓮、そして私の姿だったのだ。


卯月「あ、ホントだ! トラプリのみんな、こんなお仕事してたんだ…!」

凛「……そっか、今日放送だったんだ。すっかり忘れてたよ…」


画面の中の三人は、遊園地の中でもオススメだというアメリカンなエビ料理屋にてグルメリポートをしていた。

加蓮が目をキラキラさせながらとぼけたことを言って、奈緒が軽やかな笑い声をあげながらツッコミを入れて、どう見ても一人だけ無愛想な私は黙々とUSAサイズのエビ料理に舌鼓を打っている。

……こうして客観的に見てみると、正直グルメリポートとしてはそれほど出来の良いものではないのかもしれない。


セイバー「エビ料理! アメリカン! むむむ…是非食べてみたいものです!」

アーチャー「むふふ、良いですねえ…楽しんでいる気持ちが伝わってきます」

卯月「うん、…うん! えへへ…すごいね、さっすがトラプリだよ!」

凛「……そ、そうかな?」

卯月「そうだよ! 凛ちゃん、すっごくおいしそうに食べてて可愛いよ!」

セイバー「加蓮殿と奈緒殿の掛け合いもキレがあって面白いですね…! ボケとツッコミと自由人という組み合わせも中々…」

アーチャー「夢中でエビを頬張る凛さん…、夢中でほおばる凛さん…むふふ…」


三者三様のリアクションだが、自己評価とは違って割と好評であることにちょっと驚いてしまう。

……最後のアーチャーのだけは何かおかしい気もするけど。


でも、そっか。

……アイドルって、こういうことなんだ。

何気ない日常の中で、ちょっとだけ輝いている存在。

希望か、笑顔か、歓びか、――アイドルによって、届けられる想いは違うかもしれないけど。

少しでも多くの人にその輝きが届けば良いと思いながら、私は今まで走って来た。

だからその想いは、応援してくれるみんなのためにも、自分自身のためにも、……どんな状況になったって、捨てるわけにはいかないんだ。


凛「この収録、確か四日前だったから、……もうこの時、加蓮はマスターだったんだね」

卯月「り、凛ちゃん…」

凛「ごめんね、……やっぱり私は行くよ。仕事がある限り、休んだりなんてしたくない」

卯月「で、でも…凛ちゃん! 加蓮ちゃんは、もう絶対止めなきゃいけないんだよ! お仕事行くのだって、ホントに危ないかもしれないのに!」

凛「私は、加蓮に負けるつもりはないよ。親友として、引っぱたいてでも止めなきゃって思うし、……わがままかもしれないけど、アイドル活動からも逃げないでいたい」


心配してくれる卯月には本当に申し訳ないけど、これは私の意地だ。

アイドルであること。アイドルで在り続けること。妥協なく、最後まで走り抜ける、――それが『渋谷凛』だ。

だからこそ、挑まれた勝負から私は逃げない。そうしなきゃきっと、……未央にだって、加蓮にだって、失礼だって思うから。


アーチャー「むふふ…良いですねえ、それでこそ凛さんです…! 日菜子におまかせを…、全力でお守り致しますよぉ…!」

卯月「あ、アーチャーさぁん…」

セイバー「……むむ、正々堂々とした勝負を望む凛さんのお気持は、珠美もよくわかるつもりですが…」

卯月「うぅ…、セイバーちゃんまで…、でも…」


困り顔で、おろおろと私たちの顔を見回す卯月。それもそうだろう、きっと…正しいことを言っているのは卯月なのだ。

正妻戦争がいよいよこじれてきたこの状況で、共闘者である卯月と分断されることはあまり望ましくないのは尤もだ。

……まして今日の私の仕事はトライアドプリムスでの活動だ。この状況下で、何もなく終わるわけがない。

そう考えれば、自分の意地ばかりを主張する私などよりも、優しい心根を持つ卯月の訴えの方が、理があるのは明らかだろう。


アーチャー「むふふ…要はお仕事で凛さんと卯月さんが離れ離れになってしまうのがいけないのですから、……ならばこうしましょう」


思いついたようにアーチャーがピンと人差し指を立てると、私と卯月それぞれの目の前に淡い光の粒が集まって…すぐにテニスボールほどの大きさになっていく。


アーチャー「凛さん、卯月さん…手のひらを構えてください、……さあ、受け取って」


言われるがままに、私と卯月が手のひらを差し出すと、……光の球は、何やら緑色をした洋なし状の物体に姿を換えたのだった。


卯月「わ、わぁ…可愛い! これぬいぐるみ…ですか?」

凛「……可愛い、かな?」


それは、特徴的なタレ目と何かを企んでいそうな口元が特徴的な、緑色の不思議生物の人形だった。

でっぷりと突き出たお腹に小さな手足と長いシッポ、……猫のような耳の片方には、生意気にもオシャレを気取ってリボンなどを結んでいる。

……ええと、つまり一言で言うと、ブサかわ的な?


アーチャー「ぴにゃこら太ロボですよぉ…! 亜空間転送の際の起点としての性能しかありませんが、……これを卯月さんと凛さんにお持ち頂ければ、どちらがが窮地に陥った際に空間転移で即離脱、あるいは即合流できます、むふふ…」

卯月「な、なるほど…すごいですね! 可愛くてすごいって、すごいですね!」

凛「う、うん、そうだね。……これ、可愛いかなあ?」

卯月「えぇ~、可愛いよぉ…! ほら、おなかだってプニプニしてるよ!」


言われるがままになんたらこら太のお腹を触ってみると、なるほど確かにプニプニしている。

……ロボって言ったのにプニプニしている。さすがはメルヘン科学、謎の技術だ…。


セイバー「ふむ…これなら何とかなりそうですね…! アーチャー殿の宝具は本当に奥が深い…まさしく魔法のようです!」

アーチャー「おや、むふふ…褒めても何も出ませんよぉセイバーさん、むふふふ…♪」


何も出ないといいつつ、にやにや顔を全開なアーチャーである。褒められると割りと素直に喜ぶんだよね、この子…


凛「まあ、とにかくこれで一応は大丈夫…かな? 卯月、心配してくれるは嬉しいけど…仕事に行くなら、そっちも気をつけてね?」

卯月「う、うん…わかってるよ凛ちゃん!」


話が一段落ついたところで、私たちは卯月が作ってくれたおいしい朝ごはんをしっかりと残さずに平らげていく。

昨夜のこともあって寝不足だし、栄養はきっちりと採っておかなくてはならない。

腹が減っては戦ができぬと昔の人は言った。実際、その通りだと思う。

来るべき戦いのため、少しでも英気を養っておかなくては…!


卯月「――ごちそうさまでした!」

凛「ごちそうさま、おいしかったよ…卯月」

卯月「えへへ…そう言って貰えるとうれしいな…♪」


少しだけ頬を染めた卯月の満点スマイルは、……見ているだけで、心も身体も満たされるような気持がしてくる。

きっと、卯月のファンの人たちは…この笑顔に励まされて、時に救われて、どうしようもなく幸せな気持ちになれるのだ。

こうして一人占めするのはずるいかもって思うけど、……でも良いよね? 私だって、卯月のファンなんだから。


……うん、ばっちり。これでまた、今日もがんばれる。


そうしてこの日もまた、私たちはそれぞれの『戦場』へと足を運ぶのだった。

――誰かの為に輝やく、アイドルとしての自分たちであり続けるために。

>>411
ちょっと訂正、うーんこの…


○――誰かの為に輝やく、アイドルとしての自分たちであり続けるために。

×――誰かの為に輝く、アイドルとしての自分たちであり続けるために。

>>411
>>412
さらに訂正、なにしてんだろう…


×――誰かの為に輝やく、アイドルとしての自分たちであり続けるために。

○――誰かの為に輝く、アイドルとしての自分たちであり続けるために。


事務所に着くと、卯月はグラビア撮影の仕事があるとかで、プロデューサーに付き添われて慌ただしく出て行ってしまった。

……有名少年誌の表紙を飾るという話だから、来週には卯月のあの満点スマイルが全国の店頭に並ぶことになる。

正妻戦争のリスクが捨てきれなかったとはいえ、こんな大きな仕事をすっぽかさせてしまうところだったと思うと、……ファンの一人としては、今朝は強引に納得させて良かった、かな?

にしても、――グラビア撮影。

少年誌用だから、……水着とか、やっぱり着るんだろうか? そういうのは、私にはまだまだ未知の領域だ。

……卯月、スタイルは全然普通じゃないから、きっと様になるんだろうな。ていうか常々思っているけど、卯月の考える普通って何なんだろう…?

自分の胸元などをじっと見つめながらそんなことを考えていると、事務所の待機部屋のドアが開いて、見知った顔が飛び込んできた。


奈緒「おはよー! ……って、なんだ、凛一人なのか?」

凛「……なに、奈緒? 私じゃ不満なの?」

奈緒「いやいや、何でそうなるんだよ…。モバPさんは? 今日はいないのか?」

凛「卯月の仕事の付き添いに行ったよ。グラビア撮影だって、週刊少年○○の」

奈緒「えっ、マジ…? あれを卯月がやるのか!?」

凛「……あ、そっか。奈緒は毎週買ってるんだっけ、あの雑誌」

奈緒「お、おおお…すげえよ卯月、あれってまさしくアイドルって感じだもんなぁ…」


空いたソファに腰掛けながら、奈緒はしみじみと実感の籠った感想を述べる。

……うん、やっぱりすごいことなんだね、卯月。お仕事行くことにして、ホントに良かった…。


奈緒「……加蓮も来てないのか。まあ、まだ仕事まで時間があるもんな」

凛「うん、そうだね…」

奈緒「……? どうした凛、なんか元気なくないか?」


加蓮の名前が出て、思わず顔が強張ってしまったのだろうか。些細な表情の変化でも、奈緒は見逃してはくれなかった。

不思議そうな顔をしている奈緒を見て、ふと昨晩のことを思い出す。

……そうだ、加蓮から電話が来る前は、私たちは奈緒がマスターかどうか確かめようとしていたんだった。


凛「ねえ、奈緒? ――ちょっと、良いかな?」

奈緒「えっ? わわっ、何だよ!? 近いって、凛!」


マスターかどうか確かめるには、令呪の存在を確認するのが一番手っ取り早い。

令呪の出現場所は、基本的に手か腕のどこか。

双葉杏のように全身に出ることもあるけど、……あれは例外中の例外のはず。


凛「あのさ、ちょっと腕の部分の服をまくってみてもらっていい? 両方ともお願い」

奈緒「は? う、腕か…? べ、別に良いけど…なんだよ、何する気なんだ?」

凛「いいから、お願い…!」

奈緒「わ、わかったよ! わかったから! えっと、……ほらっ、これでいいか?」


長袖の袖をまくって、奈緒は言われるがまま特に抵抗もなく両腕の肌を露出してくれた。

……ぱっと見、令呪らしきものは浮かびあがっていないし、怪しげなテーピングで隠しているということもなかった。


奈緒「うぅ…、な、なんなんだよ…そんなジッと見るなってば…」

凛「……ごめん、もうちょっとだけ」


本当に、腕以外の場所に令呪が現れることはないのかな?

うーん、……何だか考えるの面倒になってきた。


凛「ねえ、奈緒? 一生のお願いだから、何も聞かずにちょっと服を脱いでくれない?」

奈緒「は? はあああぁ!? ――ななななに言ってんだよ凛!? おかしいだろ、どういうことだよ!?」

凛「うん、良いから。そういうリアクションいらないから、ほら…脱いで」

奈緒「ちょ、ま…待てってば! ダメだって、ここ事務所だぞ!!」

凛「……じゃあ、更衣室に行こう。そこなら良いでしょ?」

奈緒「え、あ…いや、そういう問題じゃなくて、っておい!? やめれって、掴むなって!!」

凛「……良いじゃん、恥ずかしがらなくても。友達同士じゃん」

奈緒「――友達は白昼堂々脱げとか言わねえよ!!」

アーチャー『むふっ、むふふふ…凛さん、結構なご趣味だとは思いますが、むふっ…れ、令呪はどのような場合でも、手か腕には必ず現れますので…むふ、むふふふふ…♪』


心の中に、私だけに伝わる声で、サーヴァントSRカード化したアーチャーが……それはもう喜色全開妄想暴走といった声音で語りかけてくる。


凛「むっ…、そういうことは早く言ってよ…」


……ていうかこの子、絶対わかってて止めなかったな。あとでお仕置きだ、絶対お仕置きしてやる。


奈緒「な、なんだよ!? どういうことだよ!!」

凛「……ジョークだよ、奈緒、ジョーク。軽い冗談だってば、……顔真っ赤じゃん、ふふっ」

奈緒「じょ、じょーく? じょうだん? えっ、えっ?」

凛「そうだよ、じょーく。……ふふっ、結構演技上手かったでしょ?」

奈緒「は、はぁああああぁ…!? ちくしょう、何なんだよもう…マジでビビった…」


へなへなとその場にへたり込んで、奈緒はドッと疲れと緊張の抜けて行くような大きなため息をついた。

……うん、なんとかごまかせたような気もしなくはないけど、ちょっと悪いことしちゃったな。


でも、これではっきりした。

奈緒に令呪は発現していなかった。

――神谷奈緒は、マスターじゃない。正妻戦争は、何の関わりもなかったのだ。


加蓮「ふぁあ…おはよー。みんな、もう来て…なにしてるの?」

奈緒「お、おう…おはよう」


いかんせん眠たそうではあるが、普段とまったく変わらない調子でやってきた加蓮は、床に座り込んだままの奈緒を見て実に可愛らしく首をかしげてみせる。


凛「……加蓮、おはよ」

加蓮「ふふっ…おはよう凛。ちゃんと、休まず来たね?」

凛「……当たり前でしょ。何があろうと、私はアイドル『渋谷凛』なんだから」

加蓮「うん、そかそか…それでこそ、だね」


妙に上機嫌そうに頷く加蓮に、私はもはや怒りを通り越して呆れの境地に達していた。

無作為かつ無差別、そして無尽蔵に行われていた一般人からの魔力搾取、……あれだけ多くの被害を出しておきながら、このふてぶてしさ。

まさしく、敵ながら天晴れといったところだろうか。……あまり見習いたくはないけれど。


アーチャー『むふふ…油断は禁物ですよぉ凛さん…、充分にご注意を…!』


うん、わかってる…心の中に響く声に頷き返して、私は人知れず気合いを入れる。


――ある種の覚悟を決めた人間は、やはり強いのだと思う。

特に加蓮の覚悟のほどは、尋常ではない。

その源は、アイドルとしての『渋谷凛』に、……そしておそらくは恋敵としての私に対するライバル心。


そうだ、いい加減、そろそろはっきりと認めなくてはならないだろう。

……加蓮と私は、恋敵なんだってこと。

そして加蓮を狂わせてしまったのは、きっと強すぎるその想いのせいだってこと。

純真と狂愛のサーヴァントである、あの佐久間まゆと波長が合うということは、つまりはそういうことなのだろう。


尤も私は、アイドルとプロデューサーとの恋なんて叶うはずがないと思う。

叶っては、いけないものだと思う。少なくとも今は、そうとしか思えない。

……『佐久間まゆ』という在り方は、私には到底受け入れが難い。


――だって私は、トップアイドルになるんだ。

想い描くその理想像には、恋愛なんて入り込む余地はない。

誰かのシンデレラじゃなくて、みんなのアイドルになる。

……それが他でもない、今の私の夢なんだから。


三人揃った私たちは、プロデューサーにあらかじめ指示された通りに自分たちで仕事の現場へと向かった。

いわゆる大手事務所だとユニット毎に担当がついてもおかしくないというか、いわゆるマネージャー的な役割の人がいるはずなのだけど、私たちの事務所はそうじゃない。

……別に規模が小さい訳じゃないけど、いくつもの小さな事務所が寄り集まって出来た名残か、私たちの事務所はアイドルたちの自主性が強い。

流石に年少組には保護者役がつくけど、私たちくらいの年齢ならある程度は事務所側も自主性を認めてくれているという訳だ。

この日も三人でタクシーに乗り、きちんと領収書を貰って、ゲスト出演するラジオ番組の収録のためスタジオ入りする。


――トライアドプリムスとしての活動は、つい昨日までの私にとってはまさしく日常の象徴だった。

加蓮は出会った頃こそ覇気のない気だるげな子だったけど、一緒に頑張っているうちに、誰にも負けない煌めきを放つようになった。

奈緒は三人の中で一番年上だけど、とても気さくで、だけど照れ屋で、中々素直になれないところが愛らしい。

二人から沢山の刺激と、それからかけがえのない安らぎを得て、私は本当に大きく成長することが出来たと思う。


そしてそれは、……全てが変わってしまった今日と言う日にも、変わらずに続いているように思えた。


加蓮「あ、そういえば今朝のクジテレビ見た? こないだロケしたドームシティの遊園地のやつ」

奈緒「そこまで覚えてるんなら名前で呼べよ…まあ見たけど、うん」

加蓮「あれぇ? 奈緒は恥ずかしいからオンエア見ないってこないだ言ってなかったっけ?」

奈緒「い、言ったけど…! 良いじゃん、気になっちゃったんだよ!」

加蓮「あはは、もしかして照れてる? 大丈夫、照れてる奈緒はテレビで見ても可愛かったよ」

奈緒「な、なんだよ…悪いか! まだ恥ずかしいんだよ…その、アタシなんかがテレビに映ってるのがさ」

凛「……」


ラジオ番組の収録は何事もなく無事に終わり、私たちは次の現場へと向かうため再びタクシーに乗り合わせていた。

今は私が助手席で、奈緒と加蓮は後部座席。今はというか、私が加蓮を警戒しているため今朝もこの配置だった。

敵…に背中を見せるのは痛手かもしれないけど、でもアーチャーがきちんと睨みを利かせてくれてはいるし。

無関係の奈緒も乗り合わせている内は、加蓮も仕掛けては来ないだろう。

……しかし思えば、運転手のおじさんを含めて四人のはずの車内に、実質六人。

私の懐のサーヴァントSRカードからいつでも実体化する用意のあるアーチャー。

そして、……ほぼ間違いなく、あの佐久間まゆも息を潜めて機を伺っているはずだ。


今さらながら、ぞっとする話だ。

考えてみれば、初めて遭遇した夜の教会で、佐久間まゆは私の内に秘めたる想いをこじ開けてみせた。

あの時は考え付く余裕すらなかったけど、……そうだ。

――ずっと、佐久間まゆは見てたんだ。加蓮の懐に収まって、私たちの日常を。

そして、……全く面白くもない話だが、佐久間まゆだからこそ容易く見抜けるものもあったのだろう。


――その時だった、視界の両脇から何かが、私を捕らえるようにしてまとわりついてきたのだ。


凛「――う、うわっ!?」

奈緒「うおおっ、何だよそんなにびっくりすんなよ…」


佐久間まゆの奇襲、座席の後ろから手を回して瞬時に私を拘束する

――そんな最悪の光景を頭が勝手に描いてしまって、私は恥ずかしいくらい大袈裟に驚いてしまった。

……実際は、後部座席から奈緒が乗り出してきて、私の両肩を軽く掴んだだけだったのに。


奈緒「凛、どうかしたのか? さっきから呼び掛けてるのに反応してくれないしさ…」

凛「えっ…? あ、ああ…そうなんだ」


気づけば私の心臓は壊れそうなくらいにバクバクと胸を叩き、握りしめた手のひらの中は汗でぐっしょりと濡れていた。

波を塞き止めていた緊張という名の壁が、ほんの些細なことで一気に決壊して崩れ去っていくのがわかる。

……我ながら、少し情けないようにも思える。ビビりすぎ、とも言う。


凛「ごめん、ちょっと寝不足でさ、……えっと、何の話?」

奈緒「ん…ほら、今朝のオンエア見たかって、こないだの遊園地ロケのやつ。加蓮がさっきから色々とさぁ…」

「――お客さん、危ないからきちんと座ってくださいね。安全運転を心がけてはいますが、それもお客さんの協力あってこそです」

奈緒「へっ? あ、ああ…ごめん、なさい…」


後部座席から乗り出したまま話を続けようとした奈緒を、私の隣でハンドルを握る運転手のおじさんが諭すように諌める。

想定外のところからのぐうの音もでない正論に、奈緒はぷすんと空気が抜けていくように萎れてしまった。


加蓮「あー、奈緒怒られてる。ふふっ…ほら、ちゃんと座りなよ」

奈緒「わーってるよ、もう…ちゃかすなっつの」


ぽすん、と奈緒が後部座席に腰かける音がして、……そのままタクシーの車内には、何だかこそばゆいような静けさが訪れてしまったのだった。


そんな静寂を破ったのは、他ならぬタクシーの運転手だった。


「お客さんたち、違ったら申し訳ないんだけど、アイドルの…なんつったかな、……トライアド…プリズム、でしょう?」


年の頃は40代くらい、かな…。私の両親よりは少し若いかもしれない。

少し痩せぎすだけど、柔和な雰囲気の優しげなおじさんだった。


加蓮「あはは、よく間違われるよ。でも、トライアドプリムス…だよ、おじさん!」

奈緒「お、おい…加蓮、ダメだってば…あまり一般の人に」

加蓮「良いじゃん別に、減るもんじゃないしさ?」


妙なスイッチでも入ったのか、いつもより饒舌になった加蓮に、奈緒が困った顔を向けているのがミラー越しによく見えた。


「おお、やっぱりそうですか。……その、トライアドプリムス、ってどういう意味なんです?」

加蓮「あ、気になります? えっとね、それは…」

凛「――最高の、三人組」


答えようとした加蓮が、ミラーの中でぱちくりと驚いたように瞬きをする。

目と目が合う、――だけど言わずにはいられない。

……例え敵同士になっても、相手がどう思おうとも、私にとってトライアドプリムスとはそういうものだったから。


凛「……そうなれれば良いなって、みんなで考えて付けたんだ、…です」


とつとつと、絞り出すような私の言葉に、鏡の中の加蓮は一瞬だけ、……思わせ振りに目を細める。


加蓮「ふふっ、まあそういうことです」

「ほえ~、なるほどなるほど…最高の三人組、ですか」

そんな微妙で些細な心の機微など知る由もなく、タクシーのおじさんは深々と頷いている。


奈緒「……な、なんだよこれ…なんか、すげえ恥ずかしいぞ…!?」

凛「……恥ずかしくないよ、私は本気だよ」

加蓮「ふふっ、良いの良いの。奈緒は照れてこそ可愛いんだから」

奈緒「ま、また加蓮はそういうことを言いやがって、もぅ…」


一日に何度顔を紅くするのか、ふと気になるくらい奈緒はよく顔を紅くする。

そして照れてる奈緒は可愛い。そこは加蓮に全力で同意せざるを得ない。


そうしてまた、こそばゆい静寂が車内に訪れる。

どことなく気恥ずかしい、そんな静けさを打ち破ったのは、……またしてもタクシーおじさんだった。


「恥ずかしついでで申し訳ないんですが、実はうちの娘がお客さんたちのファンでね。出来たら後でサインなんか貰えると嬉しいんですが…ダメかな?」


横を振り向くと、ハンドルを握るおじさんは何だか、普段の様子を知らないからあくまで想像でしかないが、……柄にもなく緊張しているといった様子だった。

……考えてみれば、当たり前かもしれない。

おじさんくらいの年の人が、赤の他人でしかも私たちくらいの年頃の女の子相手に頼み事をするということは中々ないはずだ。


――本来なら、こういう場合の答えはノーだ。

最近は芸能人が書いたサインが次の日にはネットオークションに出品されているという話も珍しくはない。

そしてアイドルにとってトラブルの多くはこうした何気ない触れ合いの中からも発生するとプロデューサーにも教わっている。

だけど私は、……この時は何だか、この申し出を断ってはいけない気がしたのだ。

それこそ、……私がアイドル『渋谷凛』であるために。


凛「――いいよ、もちろん。私たちで良ければ、……きちんとユニット名、覚えて帰ってくれるならね?」


そして、……私たちが、『トライアドプリムス』であるために。


まだ見ぬファンへささやかなプレゼントを残してタクシーから降りた私たちは、その後も順調にいくつかの仕事をこなしていった。

そうして忙しない一日を締め括る大型の歌番組の収録の直前には、別の現場からプロデューサーが駆け付け合流してくれた。


モバP「おう、いよいよだな? お前たちなら心配ないと思うが、ひとつだけ。……思いっきり、楽しんでこい!!」

奈緒「あったりまえだろ、……ち、ちゃんと見てろよな!」

加蓮「ふふっ…頑張ってくるね? じゃあ、また後で」


掛けられた激励に応えて、奈緒と加蓮は一足先に楽屋からスタジオへと向かっていく。

……仕事に貴賤はないとはいえ、大きなものだとやはりそれなりに緊張してしまう。

そしてそういう時は決まって私の…いや、私たちのプロデューサーは、いつも側に居てくれる。

私を見出だして、アイドルにしてくれた人。

私にやりがいのある目標を与えてくれた人。

私にかけがえのない出逢いを沢山くれた人。

私を、……今の私にしてくれた、大切な人。


モバP「……ん、どうした凛? 早く行かないと…何か忘れ物か? 」

凛「……ううん、何でもない。ねえ、プロデューサー?」

モバP「おう、なんだ?」

凛「……いつも、ありがとう。私、愛想ないから、あんまり伝わらないかもしれないけど…プロデューサーには感謝してるよ」

モバP「へっ? り、凛…? う、嬉しいけど、どうしたんだよ急に…?」


私がこんなことを言うのがそんなに意外だったのか、プロデューサーはまさしく鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべた。

……ちょっと、そのリアクションはしつれーだと思うな。まあ、別に良いんだけど。


凛「別に何でもないって、……ただ、きちんと言っておきたくなっただけだよ」


人の心に火を灯すのがお仕事の、きっと火傷だらけの人。

人生の先輩。恩人。仕事馬鹿。とうへんぼく。だけどとっても優しい、……それが、私のプロデューサー。


いつもは言葉に出来ないようなことも、私にしてはこれ以上ないくらい素直に伝えられたのは、きっと……

夜の帳が下りる頃、冷たい闇の中で待ち受ける戦いへと不安と、……それを振り払うための勇気が欲しかったせいだろう。


凛「じゃあ、行ってくるよ。これからもよろしくね、……例え、何があっても」

モバP「い、いや…おい、凛?」


戸惑うプロデューサーを一人置いて、収録に向かうため私も楽屋を後にする。

……例え何があろうとも、私はアイドルとして成功してみせる。

加蓮、そして未央、……例え今は違う道を選んでいるとしても、私は絶対に負けたりしない。

だからこそ、正々堂々と、同じ舞台の上で競い合うために。

正妻戦争だって、きっと勝ち抜いて見せるんだ――


ようやっとこの日の仕事が全て無事に終わり、収録スタジオから街中へと出ると、もうすっかり日は傾いていた。

プロデューサーは収録を見届けた後、また慌ただしく別の現場へと移動して行ってしまっていた。

けれど番組の製作陣に抜け目なく、さりげなく私たちをアピールしていたのは流石というか何というか……

残された私たちもまた各々で挨拶を済ませ、キャスケット帽や伊達メガネで軽く顔を覆う程度に変装してからスタジオを後にした。


奈緒「はぁ…今日も何とか終わったな…。二人とも、これからどうするんだ?」

加蓮「ん~? ホントは二人とマックでも行きたいんだけど、私は今日ちょっと忙しいんだよね…」

奈緒「あ、そうなのか…凛はどうだ?」

凛「私は、その…」

加蓮「あれ、凛も用事あるって言ってなかった?」


少し考え込もうとした私の機先を制して、加蓮は息を吐くように嘘をついてみせる。

私に向けられたにこやかなその微笑みは、キラキラと瞳の奥底まで輝いていて、真意を測ろうとする私の目を眩ませる。


奈緒「えぇ~、何だよお前ら…リア充ってやつかよ」

加蓮「ふふっ、そんなんじゃないけど…せっかくだし、奈緒も今日はゆっくりアニメでも見れば良いじゃん?」

奈緒「うぅ…確かに最近忙しくて録り溜めばっかしてるけどさぁ…」


眉根を寄せ、唇を尖らせてふてくされる奈緒に、加蓮はすまなそうに片手を掲げてゴメンネのポーズをとる。

奈緒「……まあ良いや、アタシは淋しくお一人様で帰るとするよ。じゃあな、二人とも…また明日!」


名残惜しそうに、だけど悟られまいと表面上はあっさりと、奈緒は街の人波の中へと消えていく。

淋しそうに丸まったその背中に心の中で謝ってから、私は横目でじろりと、飄々とした様子のままの加蓮を睨み付けたのだった。


凛「……加蓮、どういうつもり?」

加蓮「だって、凛が今朝からずっと睨んでくるからさ? ……奈緒にとばっちりが行ったら、かわいそうでしょ?」

凛「……誰のせいだと、思ってるの?」

加蓮「うーん、強いていうなら凛のせいかな? 私はまだマスターだってバレるつもりはなかったんだし…」

凛「――っ!」


少しも悪びれる様子のない加蓮に、私は思わず手を上げかけて……だけど、すんでのところでぐっと堪える。


加蓮「……叩いてくれても、良かったのに」

凛「勝手な事ばっか言わないで! ……加蓮、今からでも遅くない、一般の人を巻き込むのは止めて。そんなやり方で得た結果に、意味なんてない」


溢れだしそうになる激情を何とか抑え込みながら、私は必死に加蓮を諭そうとした。

だけど加蓮は、困ったように、あるいは呆れたように、大きく溜め息を吐いたのだった。


加蓮「……昨日も言ったでしょ? 私のやり方が間違ってることは知ってるって」

凛「だったら、なおさら――」

加蓮「でもさ、凛? ……望むものを手に入れるためには、捨てなきゃいけないものだって、きっとあるんだよ?」


射抜くようなその瞳には、狂おしいまでに真っ直ぐな思慕を支える強固な意志が現れているかのようだった。

――やはり、平行線。

今の私では、もう言葉で加蓮を説得することは出来そうにない。


加蓮「凛、敢えて言わせて貰うけど、……私は凛のこと、最高の友達で、最悪に厄介なライバルだと思ってる。だからこそ、凛だけは全力で叩き潰さなきゃいけないんだ」


そうして、決定的で痛烈な宣戦布告の言葉を言い放った加蓮は、……ふと視線を外すと、踵を返してこの場から立ち去ろうとするのだった。


凛「待って、どこ行くつもり?」

加蓮「こんな人通りの多い街中でやり合う訳にいかないでしょ? ……まあ、私はもう…別に気にしないけどさ?」


こちらを向かないままひらひらと手を振り、物騒なことをさらっと口にする加蓮。

一歩も動けずにいるままの私を嘲笑うかのように、その去り際は実に気楽な風に見えた。


加蓮「じゃあね、凛。――遊園地で、待ってるから」


最後の言葉を残して、加蓮の姿は儚く溶けるようにして人波に消えていく。

ありったけの親愛と、負けないくらいの敵意がまぜこぜになった、……キラキラと煌めくあの微笑みを覗かせて。


『――監督役より全てのマスター及びサーヴァントに伝達、只今より正妻戦争を一時休戦し、ルール違反者への制裁を発令致します』

『該当者は、マスター・北条加蓮、並びにサーヴァント・佐久間まゆ』

『再三の警告にも関わらず、一般人からの無差別な魔力搾取を繰り返したため、監督役の権限によりその他全マスター及びサーヴァントの討伐対象と致します』

『討伐成功者には、監督役より追加の令呪を進呈致します。討伐対象一人につき、令呪一画が報酬となります。繰り返します、監督役より全てのマスター及びサーヴァントに伝達……』


【Interlude5-1】


満ち欠けた楕円の月が浮かぶ夜、眠らない街の片隅で、陽気な二人は戦いの火蓋が切って落とされたのを知った。


「いよいよ大局が動き始めたみたいだね、……どうするのマスター? 予定通りに事を運ぶ?」

「……もちろん、そのつもりだよ。きっとこの状況を最も活用できるのは、他ならぬ私たちだって思うから」

「うひひ☆ やっぱりこの戦い、ガチで勝ちにいくつもりなんだねぇマスターは? まあ、アタシは揉めれば何でも良いんだけどさ…」

「わかりやすくて助かるよ、ホント…。ぐるぐると難しいことに頭を使うのは、あんまり私の得意分野じゃないからさあ…」

「いやいや、マスターの作戦は悪くないよ! それに、中々どうして大した度胸だとも思うね。……伊達に立派なぼでーをお持ちでないですなあ、うひひ☆」

「……ししょー、お願いだから今は我慢してね? 今日を無事に乗り越えられたら、好きなだけ揉ませてあげるから」

「うひひ、とーぜん☆ 抑えるべきところは抑えるよ! 全ての山脈を制覇するまで、アタシは負けるわけにはいかないからね!」


【Interlude5-1 END】


【Interlude5-2】


満ち欠けた楕円の月が浮かぶ夜、眠らない街の片隅で、ロックな二人は戦いの火蓋が切って落とされたのを知った。


「おう、マスター。今日の猫探しは終いだ。……これだけの魔力があれば、一暴れするには充分すぎる」

「え、そ、そうかな…? でも、姉御はまだ、こないだのダメージが…身体、思うように動かないんでしょ?」

「あのなあ、例え痛手を負ってようがそうでなかろうが、決して逃げちゃいけねえ時がある。……それが、今だってわかんねえか?」

「わ、わかんないよ! 今の姉御は無茶しようとしてるだけじゃん! 自分のことを大切にしないなんて、そんなの…ロックじゃないよ!」

「……なあ、マスター? これがワガママだってのは百も承知だ。けどな、……借りを返さずに終わる、そんなのアタシは二度とゴメンなんだよ」

「あ、あねごぉ…その言い方はずるいよぉ…」

「……心配すんな、負けるつもりはさらさらねえよ。――アタシの身体を蝕む毒、その元凶である佐久間まゆのヤローをぶっとばしさえすりゃ、全ては上手くいく」

「うぅ…、そうかもしれないけどさあ…」

「ごちゃごちゃうっせーぞ! それしか道がないんだから、そこを突っ走るしかねえだろうが!」

「わ、わっ、待ってよ姉御…! うー、もう! 仕方ないなあ…やるっきゃないか!!」

「そうそう、その調子だぜ! ――さあ、背中は預けたぜ相棒? いっちょ、ロックな感じでぶっこんでいこうぜ!!」


【Interlude5-2 END】


満ち欠けた楕円の月が浮かぶ夜、眠らない街の片隅で、私たちは戦いの火蓋が切って落とされたのを知った。

三日目と同じく、監督役のクラリスさんが伝達魔術を用いて全てのマスターとサーヴァントにメッセージを伝えたのだ。

加蓮と佐久間まゆのペアをルール違反者として制裁するというその内容。

昨夜の段階からわかりきったものではあったが、こうして正式に通告が為されると改めてその重みを感じざるを得ない。

クラリスさんのメッセージが途切れると、すぐに懐に収めたスマホが鳴動する。

S(mile)ING!という楽曲の着信音に応えて通話ボタンを押すと、……聞くだけで安心感をもたらしてくれる親友の声が聞こえてきた。


卯月『もしもし、凛ちゃん? 今のクラリスさんの…聞いたよね?』

凛「もちろん聞いたよ。……卯月、加蓮は遊園地にいる。遊園地で待ってるって、私に言ったんだ」

卯月『ゆ、遊園地…? って言っても、色々あるけど?』

凛「……多分だけど、今朝テレビで見たあの遊園地だよ。トラプリでロケに行って、今日一緒にいた時も話題に出してきたから間違いない」


アイドルにとっての一つの到達点である東京ドームという箱、その隣に鎮座するのが件の遊園地だ。

都心のど真ん中に位置するだけあって敷地面積自体は小さいものの、かなりの高度と見晴らしの良さを誇る観覧車やビルを突き抜けて走るジェットコースターなど、いくつかの特徴的なアトラクションを有している。

そして東京ドームを中心とした一大レジャーエリアの一部であるが故に、どのような時期であっても人波が途切れることはさほどないはずだ。

少なくとも、連中が魔力搾取を行うための【餌】に困ることはないだろう。


卯月『……そっか、じゃあ行くしかないね! 放っていたら、また沢山の人が犠牲になっちゃうかも…』

凛「うん、そうだね。……じゃあ、水道橋の駅で…いや、少し離れたところの方が良いかな、飯田橋の駅で合流しよう」

卯月『りょーかいです! また後でね、凛ちゃん!』


気合いの入った声を残して通話を切った卯月に、私は大いなる安堵と一抹の不安を覚えるのだった。


……この局面、明らかに見え透いた罠であるように思える。

しかし敢えて掛からない訳にもいかない状況を生み出している辺りが、策略を練っているだろう佐久間まゆというサーヴァントの厭らしいところだ。

だが、何があろうとも私は、……私たちは、負けない。

行く先にどんな障害があろうとも、真っ直ぐに突き進んでみせる。


凛「さあ、私たちも行こうか。今夜もよろしくね、アーチャー?」

アーチャー『むふふ、お望みとあればいつでも、日菜子はいつまでもお伴いたしますよぉ…むふふふ』

凛「ふふっ、そっか。……じゃあ…今日も残していこうか、私たちの足跡…!」


そうして私たちは、今宵もまた、……この世のものならざる闘争の渦へと、躊躇うことなく足を踏み出して行ったのだった。


駅に降り立った瞬間から、その場に立ち込める異様な気配に顔をしかめた。

喉の奥底を直接小突かれるような、吐き気を伴う不快感。

濃厚な魔力の流れが、件の遊園地から数キロ単位で離れているはずのこの辺りであっても容易に感じとれるのだった。


凛「……ひどいね、これは」

アーチャー「むふふ、コソコソする必要がなくなったからでしょうか、お相手さんもいよいよ本領発揮ということなのでしょう」

卯月「――あ、凛ちゃ~ん!! 良かった、ちゃんと会えたね!」

凛「卯月、セイバー。しばらくぶり、何事もなかった?」

セイバー「ええ、こちらは特には…。ちなみに卯月殿のお仕事は大成功でした!」

凛「そっか、流石だね卯月? 少年誌のグラビアとか、私にはまだまだ遠い世界だよ…」

卯月「あ、あはは~、ちょっと恥ずかしかったけどね、うん…」

セイバー「珠美にも遠い世界です…むむむ…」

アーチャー「むふふ…右に同じです、卯月さんの食生活がきになりますねぇ…」

卯月「…えっえっ、いやあの…そんなにジッと見られても…」


割りと普通じゃないボディラインを囲むようにして眺めるその他三人に、卯月は心なしか怯えたようにして両腕で身体を隠す。


凛「……って、こんなことしてる場合じゃなかった。アーチャー、馬車は出せる?」

アーチャー「むふふ、無論ですよぉ…では、本丸には空から攻め入るとしましょう」


アーチャーが虚空に手をかざすと、どこからともなく光の粒が出現しては集まっていき……

……やがて、幾度目かわからないほどお馴染みとなった白馬の牽くカボチャの馬車が姿を現す。

同じくすっかりお馴染みとなった王子様やお姫様などメルヘンな格好に身を包んだ私たちは、

――加蓮の待つ、暗闇に沈んだお伽の国へと一息に飛び出して行ったのだった。


空を行く魔法の馬車は瞬く間に、運命を告げる夜を駆け抜けていく。

夜の遊園地というと、きらびやかな電飾に彩られた華やかな姿を想像するが、今宵の密かな舞踏会を照らすのは煌々と浮かぶ満ち欠けた月のみであるようだ。

かなりの大きさの観覧車やビルを貫くジェットコースター、その特徴的な姿がうっすらと、厳かな闇の中に飲まれている。


アーチャー『初日の教訓がありますからねぇ…あまり無闇に高度を上げていても狙撃される恐れがあります。むふふ…ここからは馬車らしく地上を走るとしましょう…』

御者席に座ったアーチャーの声がかぼちゃの車内にどこからともなく響くと共に、魔法の馬車は急激に高度を降下させ始めた。

地上に鎮座する巨大なドームの横を滑る様にして通り抜け、いよいよ遊園地の敷地内へと突入しようかという、その間際……


――ひゅううう、と間延びした音が、辺り一面に響き渡ったのだった。


凛「……花火、かな?」

卯月「う、うわぁ…こんな近くで見たの初めてかも…! 綺麗…!」


進行方向斜め左前、遊園地の敷地内から垂直に撃ちあがったその光の珠は、ぽうっと一息に弾けると枝垂れ柳のようにいくつも枝分かれして降り注いでくる。

魔法の馬車に揺られながら眺めるそれはまさしく、……おとぎの国の、星降る夜の一幕のようで――


アーチャー『むふふ、そんな悠長なことを言っている場合でもなさそうですよぉ…!』

セイバー「――いけません!? アーチャー殿、緊急回避を!!」

卯月「え、ええっ? わ、わわわっ…!?」


不意に真剣味を帯びたサーヴァントたちの声が社内に響いたかと思うと、魔法の馬車は白馬のいななきと共に急激に方向を転換する!

――その刹那、夜空に咲いた花火が、降り注ぐ無数の流星群となって魔法の馬車へと襲いかかって来たのだった!


卯月「きゃああああ――!?」


一撃、二撃、三四五――もはや数える気すら起きないほど、それは文字通り雨あられと降り注ぐ砲撃だった。

魔法の馬車が走り抜けた、そのすぐ後ろの地面に着弾するたびに、視界を真っ白に染め上げるような明滅と衝撃が辺り一帯に迸る。

花火だと思っていたもの、――それは魔力を圧縮して放った絨毯爆撃に他ならない。

敵性サーヴァント、ほぼ疑いようもなく魔術師のサーヴァントであるキャスターによる攻撃、――いる、間違いなく加蓮がここに!


凛「――頑張って、アーチャー!! 何とか振り切って!!」

アーチャー『むふふ…おまかせください…! これしきの爆撃で捉えられるほど《魔法の馬車☆ぱんぷきんいちGO》は甘くはないですよぉ…!!』


気合いの入ったアーチャーの言葉と共に、魔法の馬車はしつこく追いすがってくる魔弾の雨を済んでのところで振り切って行く。


卯月「す、すごい…これなら、大丈夫かも…」

セイバー「――7時の方向! 次弾が来ます!!」


そう叫んだセイバーが指示した先、……またも遊園地の敷地内、10発は下らない数の花火が、ひゅうううと絶望の音を重ねながら虚空へと撃ち上げられていた。


卯月「え、えええっ!? 今の花火が、今度はあんなに!?」


――スターマイン、花火大会などで用いられる連発式の打ち上げ花火のことをそう呼ぶと聞いたことがある。

ならばこの圧倒的な物量と魔力による波状攻撃こそ、真の意味で【星の機雷】だと言えるのかもしれない。


セイバー「流石にああ数が多くては避け切れなさそうですね、――アーチャー殿、珠美が馬車に並走して援護します!!」


言うや否や、セイバーはかぼちゃの馬車の扉を開くと、殺人的な速度で前から後ろへと流れていく地面へ躊躇うことなく飛び出していく。

そして危なげなく接地を決めると、人類の限界など遥か後ろに置き去りにした神速で軽やかに、魔法の馬車と共に疾走を始めたのだった。


アーチャー『むふふ、頼みましたよぉ…!! ちょっと…お馬さんがお疲れですので…!』

凛「爆撃が来るよ! アーチャー、セイバー、――気を付けて!!」


そうしてまた、――夜空を真っ白に埋め尽くすほどに展開された魔弾の流星群が、私たちへと容赦なく襲いかかって来たのだった。


セイバー「――《気合い》全開っ! やあああああぁっ――!!」


――どぱんっ、とまるで荒波が岸壁に打ち付けるような轟音、セイバーが振り抜いた竹刀の一撃が襲いかかる魔弾の流星群を纏めて弾き返す!

そうして空いた僅かな隙間、強引に抉じ開けた活路へと、魔法の馬車は辛くも滑り込んで駆け抜けて行く……


アーチャー「セイバーさん、もう少しだけ時間を稼いでください!! あとは日菜子が何とかします!」

セイバー「了解です!! やああああああっ――!!」


――どぱんっ、と第二陣の魔弾の雨、その一部を裂帛の気合でもって晴らしながら、セイバーは魔法の馬車を辛くも被弾圏内から逃がしていく。


凛「す、すごい…でも、……数が、多すぎる!?」

セイバー「――仕方ない、次は直撃コースのものだけ撃ち落とします!!」

アーチャー「むふふ、了解しました…! 凛さん、卯月さん…衝撃に備えて、しっかりつかまっていてくださいねぇ…!」


虚空から降り注ぐ流星群は尚も勢い衰えることなく、第三陣、第四陣の絨毯爆撃が破滅の予感と共に魔法の馬車へと舞い降りてくる。

並走するセイバーはひゅっと短く息を吸うと、次なる一撃を解き放つため竹刀を握る両の手にぐっと力を込める。

全身の《気合い》を切っ先に集めて一息に解放する無銘の剣技、攻防一体の奥義たるセイバーの宝具、――その真骨頂が今まさしく発揮されているのだった。


セイバー「やあああああああぁ――!! ――《気合い》全開っ!!」


嵐の夜、荒ぶる波を立ち割るような轟音が続けざまに響き渡る、――そして、明滅。ほんの一瞬遅れて、衝撃。

がぼちゃの馬車は激しい爆風にがたがたと揺られながら、なおも懸命に魔弾の雨からの逃げ道をひた走って行く。


卯月「う、うぅ…セイバーちゃん、アーチャーさん、私も手助けするよ! ――《満点スマイル》!!」


手のひらに刻まれた令呪から、卯月はマスターSRカードを取り出すとすぐさまその効果を発動させる。

味方全員にバフをかけるその効力は、一時的にセイバーとアーチャーの能力値にブーストをかけることで、あまりにも厳しいこの窮地から抜け出すための確かな力となる!


セイバー「……っまだ、来ますよ!! 気を付けて!!」


――どぱんっ、どぱんっ!

途方もない物量、まるで永遠と滝を割り続けるような拷問めいた行いを、セイバーはただひたすらに気合いを振り絞ることで切り抜けていく。


卯月「わっ、きゃああ――!?」


アーチャー「ぐっ…!? な、何のこれしき…むふふ」

だが、……あまりにも多勢に無勢、セイバーが弾き返し損ねた魔弾の飛沫が、無慈悲にも魔法の馬車を掠め、ゴリゴリと音を立てるようにして抉りとって行く


凛「アーチャー! だ、大丈夫なの!? このままじゃ、セイバーも私たちも持たないよ!!」

アーチャー「……むふふ、それでは凛さん、ちょっと魔力を頂きますよ、――お力添えを」

凛「もちろん、良いから好きなだけ使って!!」


必死の想いで訴えかけたその瞬間、ガクッと身体中から力が抜けて行く感覚があった。

――アーチャーの宝具、あらゆる可能性を秘めた万能の箱庭たる《無限の妄想》。

大きすぎる魔力消費のために、普段は小出しにしているそれを、……今のアーチャーはわずかに紐解いて、さらなる力を行使しようとしているのだ。


アーチャー「さあ、行きますよ…むふふふ!」


そうしてアーチャーが、充填した魔力を形に為そうとした、まさしくその瞬間――


セイバー「……ぐあっ!? ――い、いけない…アーチャー殿おおおぉ!?」


轟音と濁流に飲まれ、弾き飛ばされるようにして怯んだセイバー、その姿を横目に捉えながら、私たちは、


いくつもの、光の砲撃が、視界を   真っ白に、染め、――あ、  死 



【タイガー道場】


タイガー「た、大変です! あれだけ必死に頑張っていた凛ちゃんが、ついにFate名物一寸先はご臨終、バッドエンドを迎えてしまいました!」

弟子1号「りぃいいいいいいいんんん!? いやああああああああ――!?」


『が、がおー☆(CV 三船美優)』
http://i.imgur.com/HdYqdzO.jpg


タイガー「はい、というわけで改めましてタイガー道場へようこそ! アイドル事務所のマネーの虎こと、千川ちひろです!」

弟子1号「えー、弟子1号ことモバPです」

タイガー「いやあ、道場着というのも良いですね! 何かこう…身が引き締まるような思いがしますよ!」

弟子1号「ちひろさんがその格好で、ついでに竹刀なんかも持っちゃっていると、中々迫力がありますね、……色んな意味で」

タイガー「ふふっ、素直に可愛いって褒めてくれても良いんですよ?」ピョンピョン

弟子1号「うぜえ、なんだこいつ」


タイガー「……ところで、ひとつ気になったことがあるんですが」

弟子1号「はい、なんでしょう?」

タイガー「何故モバPさんが体操着にブルマなんですかね?」

弟子1号「……いや、俺にもさっぱりわかりません。誰も得しませんよね、これ…」

タイガー「……」

弟子1号「……」

タイガー「――で、なんですけど!」

弟子1号「え、ちょっと、…これスルー安定でしたよね? 言わなければ気付かれずに、傷つかずに済んだかもしれないのに…、こいつひでえ…」


タイガー「今回の敗因は、それはもう無作為に魔力を搾取しまくって準備万端課金全開の相手に対し、何の準備もせず正面からぶっこんでいったことですね」

弟子1号「ん? ちょっと変なワードが混ざっていませんか?」

タイガー「課金は力なり、と偉い人は言いました。何だってそうでしょう、フェスだってアイプロだってツアーだって、課金なくして勝利なしです!」

弟子1号「課金…ガチャガチャ、うっ…頭が…」

タイガー「まあ冗談はさておき…、いやあながち冗談でもないんですが…それはさておきです! タイムイズマネーですからね。ささ、早いとこ凛ちゃんの反省会をしますよ!」

弟子1号「いや余計なこと言ってるの大体ちひろさんの方じゃ…まあ、もう何でも良いです、はい」


弟子1号「でもまあ、今回の結末はある意味真っ直ぐな凛らしいと言いますか、……アイドルとしてなら、もうどんな事態にでも立ち向かえるだけの実力はあるんですが…」

タイガー「正妻戦争のマスターとしては、今の凛ちゃんはポンコツですからね。サーヴァントにとっての魔力供給元としてはそれなりに優秀なのですが、いかんせん切り札たり得るマスターSRカードがスカ状態ですから…」

弟子1号「そうなんですよねえ…。具体的には、どのような準備をすれば良かったんですかね?」

タイガー「うーん、凛ちゃん自身がこう突発的に強くなるのは中々難しいですからね…。一つ挙げられるとすれば、セイバーちゃんの【真剣】が完成するのを待つべきだったかと」

弟子1号「ああ、そうでしたね。確か完成までに1日ほどかかるとアーチャーが言っていました。……それが昨晩のことでしたから、そろそろ出来てもおかしくないはずです」

タイガー「ふむ、という訳でやり直すとするならクラリスさんの討伐宣言後辺りでしょうか。……でも、あの時点で凛ちゃんも割と熱くなっていますからねえ…頭に血が上っているというか…」

弟子1号「加蓮が中々の煽り上手でしたからね。……ああいう演技も出来るんだなあ、加蓮…何と言うか、プロデュースの幅が広がりそうです」

タイガー「おお、こんなところでもお仕事のことを考えるとは、まさに社ちkプロデューサーの鑑ですね!」

弟子1号「ん、何か言ったかちひろ? あ?」

タイガー「いえ、なんでもありまへん」


弟子1号「あの…ところで本当にリセットとか出来るんですか」

タイガー「え、リセット? 何のことですか?」

弟子1号「いやだって、言っていたじゃないですか。クラリスさんのところからやり直すとか何とか」

タイガー「ああ、あれはたとえ話ですよ。リセットなんか出来る訳ないじゃないですか、正妻戦争は遊びじゃねえんだよってやつです」

弟子1号「えっ」

タイガー「えっ」

弟子1号「……」

タイガー「……」

弟子1号「え、あの…じゃあ凛は、本当に…?」

タイガー「ええ、――実は、本当は…」


【タイガー道場 END】


――走馬灯を見ていた気も、妙な道場の光景とふざけきった二人組を幻視していたようにも思えた、一瞬にして永遠の明滅。


「……んちゃん! ――凛ちゃん!!」


ぺち、ぺちっと頬を誰かに叩かれる感触がして、じんじんとした熱さと痛みがこみ上げて来て、……そうして私は、まだ自分の存在がこの世に留まっていることを知った。


凛「んんっ…卯月? い、痛いよ…」

卯月「あっ…! り、凛ちゃああん、良かった…目を覚ましてくれた…」


……爆撃の衝撃で、気を失っていたのか。

ほっと胸を撫で下ろす卯月、肺を空っぽにするほど深くついた溜め息が、私の額を撫でるようでこそばゆかった。


私は横たわった身体を後ろ手で支え、半身を起こしながら辺りの様子を伺う。

とはいっても、そこは意識が途切れる前と変わらず、かぼちゃの馬車の中のようだった。

かぼちゃ色とでも表現すべき、丸みを帯びた球体の中、……と思いきや、どうやら以前と違うところもあった。


アーチャー「むふふ…お目覚めですか凛さん。残念ながら、楽しい妄想のお時間とはいきませんが…」

凛「そんなの…いつあったのさ、……どういう状況?」


違うところそのいち、車内には御者をしていたはずのアーチャーの姿があった。

違うところそのに、馬車に備え付けられているはずの窓が行方不明。

違うところそのさん、かぼちゃ状の球体の中心に、不気味に揺らめくサッカーボールほどの大きさの火の玉が浮かんでいる。


卯月「えっとね、アーチャーさんが魔法の馬車をこう…なんでしたっけ、メルヘンちぇーんじ☆させたんですよね?」

アーチャー「むふふ…そうですよぉ、……凛さんの魔力をお借りして、かぼちゃの馬車は第二形態に移行することができたのです」

凛「め、めるへんちぇんじ? だいにけいたい?」

アーチャー「そうです、……機動力を犠牲に、防御性能を極限まで高めたこの形態こそ…むふふふ」


揺らめく炎に照らされて、アーチャーのにやけ顔は何だかいつも以上に深い。

そんなアーチャーの声に呼応するかのように、……ぴし、ぴしりと、かぼちゃの壁に、横を向いた稲妻のようなギザギザの大きな亀裂が入り始めたのだった。


アーチャー「さあ、これぞ日菜子とっておき、――《魔法のランタン☆ハロウィンにGO》ですよぉ…!」


ギザギザの亀裂は、そのままぽっかりと外側に抜け落ちることで文字通り口を開け、両目に当る部分もまた同じように穴が開いていく。


卯月「ハロウィン…ってもしかして、ジャック・オー・ランタンですか!?」

日菜子「そうですよぉ…、かぼちゃをくり抜いて作る、現代のハロウィンでは定番のモチーフですねぇ…むふふ」


……なるほどつまり今の私たちは、巨大なかぼちゃのランタンの内部にいるということか。

壁に空いたギザギザの両目と口からは、絨毯爆撃によって荒涼たる有様となっている辺りの様子が窺える。


セイバー「み、みなさん! 大丈夫でしたか!?」

卯月「セイバーちゃん! よ、良かった…無事だったんだね!!」


馬車の外側で、……いや、ランタンの外側で孤軍奮闘していたセイバーもまた、多少煤けた様子ではあるものの健在だった。

その耐久力、対魔力性能は、さすがは騎士たるセイバーのサーヴァントと言えるだろう。


アーチャー「むふふ…何とかメルヘン☆チェンジが間に合いましたねぇ…。さあ、これで先ほどまでの砲撃程度であれば持ちこたえられますよぉ…!」


言いながら、アーチャーが中心部で揺らめく炎に手をかざすと、魔法のランタンはふわ、ふわりと浮上を始める。

そうして、ゆっくりと旋回――確かに機動力はないようだ――すると、魔弾の流星群を降らせた花火が撃ちあがっていた方角へと舵を切りだす。


アーチャー「むふふ…セイバーさんも乗りますか?」

セイバー「……いえ、珠美は引き続き外側から援護しましょう。では、それらしい雰囲気も出てきたところで、――いざ、魔女狩りです!!」


こうして私たちは改めて、巨大なジャック・オー・ランタンに揺られながら、――魔女が待つ暗闇の遊園地へと向かっていったのだった。


――ひゅううう、と向かう先の遊園地からまたしても複数の花火が夜空を舞う。

続けざまに降り注ぐ魔弾の流星群は、ゆっくりふよふよと進行するジャック・オー・ランタンへと容赦なく襲いかかってきていた。


卯月「うひゃああああ――!?」

アーチャー「むふふ、どんなにどしゃぶりであろうとも負けませんよぉ…!」


視界を埋め尽くすほどの物量、まるで巨大な瀑布にでも飲まれるかのような、敵サーヴァントによる魔翌力砲撃の猛攻。

しかしまるで激流を遡る登り竜のように――といっても極めて鈍足だが――魔法の巨大ランタンは流星群を掻き分けては進んでいくのだった。


凛「ご、ゴリ押しだねこれ…相手もだけど、こっちも」

アーチャー「むふふ、ご安心を…この程度の散弾では《魔法のランタン☆ハロウィンにGO》は破られません。【防弾】の概念武装をとことん突き詰めた日菜子の自信作ですので…」


言葉の意味はいまいちよくわからなかったが、確かにこの特大ジャック・オー・ランタンの誇る分厚いかぼちゃの装甲は、幾度となく砲撃を被弾しながらもまるでビクともしない。

……いや、衝撃自体は殺しきれていないので、それはもうガタガタ車体(?)が揺さぶられまくって乗り心地は最悪なのだが…


凛「ね、ねえ…ホントに大丈夫なの、アーチャー?」

アーチャー「むふふ…少なくとも、お相手さんが【魔弾】や【砲撃】という概念の攻撃しかしてこない限りは無敵ですよぉ…! これは属性による相性の問題、つまるところジャンケンのようなものです、むふふふ…」


……なるほど、今の例えで大体わかった。

グーはチョキに勝つ。チョキはパーに勝ち、パーはチョキに勝つ。ジャンケンは誰かしらが決めたこのルール、すなわち概念に従う。

もっとオカルトめいたもので言えば、例えば吸血鬼。

吸血鬼は、人より遥かに優れた能力を持ちながら、日光はもちろんニンニクやら流水やら、よくわからないものを苦手とする。

何故か? 答えはそれが、現代にまで受け継がれた吸血鬼という概念のルールだからだ。

――アーチャーがやっていることは、まさしくそのルールを設定すること。

このかぼちゃのランタンは【防弾】という概念で武装しているのだという。

それはすなわち、グーがチョキに強いように、吸血鬼が日光に弱いように、この巨大なかぼちゃが砲撃や爆弾に強いということに他ならないのだろう。

>>453
酉忘れ


凛「……ん? ちょっと待ってアーチャー、質問いい…かな?」

アーチャー「はい、なんでしょう…なんなりと、むふふ…」

凛「えっと、このかぼちゃがそんなに【防弾】に優れてるとしてもさ? ……例えばだけど、もし相手が【斬る】とか【潰す】みたいな攻撃してきたらどうなるの?」


それはぱっと思い付いただけの、だけど当然と言えば当然の疑問だった。

もしこのかぼちゃの装甲がジャンケンめいたもの、……たとえばパーだとするならば、今は得意分野のグーしか相手にしていないということだ。


アーチャー「むふふ、鋭いですねぇ…凛さん。もし…ですが、お相手さんが魔弾一辺倒の使い手ではなく、幅広い魔術を習得したジェネラリストだとするなら、そろそろ…」


アーチャーがそう呟いた瞬間、――ぴたりと、あまりにも唐突に、あれだけ降り注いでいた魔弾の流星群が止んでしまった。

そうして訪れる、不穏なほどの静寂。

かき乱され、ざわついていたはずの風の音が、何かに吸い寄せられたかのように消え失せていって、そして――


セイバー「―― いけない、やああああっ!!」


不意に魔法のランタンの前へと飛び出したセイバーが、まるで素振りでもするかのように虚空へと剣を振り抜く。

そしてその切っ先は、たちまち見えない何かとぶつかって不自然に軌道を反らしたのだった。


――きぃいいいん、と間延びするようにして響く、金属同士を打ち鳴らしたような甲高い音。

それはまさしく、高らかに響く――剣戟の音色!


セイバー「空気の刃です! 気を付けてください!」

アーチャー「むふふ…やはりグーだけでなく、チョキも持っているお相手のようですねえ…」

凛「……! キャスター、魔術師のサーヴァント…やっぱり一筋縄じゃいかないみたいだね」


アーチャー「むふふ、色々なことが出来るのはお相手だけじゃありませんよぉ…!」


そう言ってアーチャーが魔法のランタンの中央に浮かぶ炎に手をかざすと、赤く燃えていたそれが見る間に青白く変わっていく。


セイバー「――次の一撃が来ます!」

アーチャー「むふふ…もう心配ありません、堂々と一発耐えて見せましょう」


ざわつく風の音が、またしても一瞬にして失われる不気味な前触れ、――そうして吹き抜ける、全てを切り裂かんとする疾風の刃!

だがその不可視の太刀筋は、――きぃいいいん、とまたしても間延びした音を立てて、かぼちゃの外皮に防がれたのだった。


凛「……空気の刃を、弾いた?」

アーチャー「むふふ…かぼちゃの皮の【属性】を変更したのですよぉ…。今度は斬撃全般に強い【防刃】モードにメルヘン☆チェンジです…むふふふ」

卯月「す、すごいですね! メルヘンです!」


なるほど流石はアーチャーた、その宝具……いや、妄想の引き出しの多さではきっと誰にも負けない。

なればこそ、相手の攻撃の【属性】に合わせてきちんと対応しさえ出来れば、――この猛攻を真正面から突破することも不可能ではないはず!


アーチャー「セイバーさん、日菜子が指示しますから、かぼちゃの皮が対応している属性以外の攻撃を打ち落としてください…!」

セイバー「――了解です、アーチャー殿!」

アーチャー「むふふ…さあ行きますよぉ…! 麗しの舞踏会に…シンデレラが遅れる訳にはいきませんからねぇ…むふふふ」

>>122

アーチャーの使い魔、情報追加


《魔法のランタン☆ハロウィンにGO》

巨大なジャック・オー・ランタン型の移動要塞宝具。

機動力を犠牲に防護性能を高めた《魔法の馬車☆ぱんぷきんいちGO》の第二形態。

そのかぼちゃの外皮は単純な防御力だけでなく、【防弾】【耐熱】【防刃】など様々な概念武装を切り替えることによって無類の頑丈さを誇る。

ただし、概念武装によって有利になった属性以外の攻撃には当然それなりの耐久しか発揮できないため、多彩な属性の攻撃を持つ相手には安定性が落ちる。


――息もつかせぬほど際限なく襲いかかってくる 魔弾の雨、風の刃、雷の槌、炎の槍を掻い潜って、巨大なかぼちゃのランタンは少しずつ、着実に前へと進んでいく。


卯月「も、もうちょっとで遊園地に着くよ! 頑張って、セイバーちゃん!アーチャーさん!」

凛「……こうも一方的に攻められるとはね、こっちも遠距離攻撃が出来ればまだマシなんだろうけど…」

アーチャー「むふふ…アーチャーの名が泣きますねえ…? まあ、こちらも遠距離攻撃はあるにはありますが…お相手の姿が見えないうちは何ともしがたいです…」

凛「そっか、……向こうはこっちの様子を把握してるってことだよね?」

アーチャー「この程度の遠見なら造作もないでしょうね…。準備も万端のようですし、流石は魔術師のサーヴァントですねぇ…」

卯月「そ、そんな呑気に感心している場合じゃないですよ! わ、わわっ…また違う種類の攻撃が!?」


そう卯月が叫んだ瞬間、ゴルフボール大ほどの大きさの雹が、凍てつく風の音と共にかぼちゃのランタンへと降り注いできたのだった。

――ゴン、ゴゴンッ、と鈍い音をたてながらかぼちゃの外皮に弾かれていく雹の数々、――これも弾という概念に当てはまるならば【防弾】モードで致命傷は避けられるはずだが…?


アーチャー「むふふ…今度は氷の礫ですか…? 威力はさほどではないようですが、効果の方は…」

セイバー「アーチャー殿! 被弾したかぼちゃの皮がみるみる凍りついて行きます! ご対応を!」

アーチャー「そういうことですか、むふふ…【耐寒】モードにメルヘン☆チェンジですよぉ…!」

セイバー「こちらでも出来る限り被弾を防ぎます! ――っと、これは…?」


続けざまに飛び交う雹に紛れて、黒ずんだヘドロのような雨粒がぼと、ぼとりとかぼちゃの皮へと付着していく。

そして瞬く間に、――しゅうしゅうと不快な音と白けた煙を立ててかぼちゃの外皮を溶かしていってしまうのだ。


凛「氷結魔術と溶解液の複合攻撃っ…!?」

セイバー「――くっ、あの溶解液…おそらく珠美の竹刀では弾けません!と、溶かされてしまいますよ!」

アーチャー「むふふ、これは不味いですねぇ…お相手さんも中々賢い…」

卯月「どうしましょう!? ど、どうすればー!?」


こちらの手の内を把握しきったような氷雪と酸性雨の嵐は、容赦なく魔法のランタンへと襲いかかってくる。

これまで外で奮闘していたセイバーも堪らずかぼちゃの影に身を隠すが、……有効な反撃の出来ないこの状況、放っておいたらすぐに詰みだ。


凛「……アーチャー、かぼちゃの防御を捨てて強引に突破、できる?」

アーチャー「むふふ…ここで再び《魔法の馬車☆ぱんぷきんいちGO》へとメルヘンチェンジ…ですか?」

凛「うん…ここまで来たら耐久よりもスピード、だよ。一瞬でも隙が出来れば、あとは一息に遊園地の敷地内まで行ける!」

セイバー「アイディア自体は良いのですが、その隙をどうやって作るか、ですね。……アーチャー殿、昨夜にお頼みした【真剣】はいつごろ完成しそうですか?」

アーチャー「ふむ…あとそろそろといったところです、半刻ほどお時間を頂ければ…!」

セイバー「――ならば、何とかしてみせましょう。……酸性雨による竹刀へのダメージはあるでしょうが、持てる限りの《気合い》を全て爆発させ、雨だろうが雹だろうがまとめて吹き飛ばしてみせます!」


セイバー「さあ、卯月殿! タイミングを合わせて、マスターSRカードでの援護をお願いします!」

卯月「うん、まかせてセイバーちゃん! いくよ…? いちっ、にの…さんっ!! ――《満点スマイル》!!」

セイバー「――《気合い》全開っ!! やあああああ――!!」


もう数年来のコンビネーションかと錯覚させるかのような、完璧に息のあった卯月とセイバーの連携。

宝具発動とマスターSRカードによる二重のブーストが、セイバーの攻撃性能を神域にまで加速させる!


――どぱああああんっ、とまるで水蒸気爆発でも起きたかのような激しい轟音、そして飛び散る飛沫、――吹き荒れる氷雪と酸性雨の嵐は今まさに、セイバーの一刀を以って両断されたのだった。


アーチャー「むふふ…、こちらも行きますよぉ…! メルヘン☆チェーンジ!! 来てください、――《魔法の馬車☆ぱんぷきんいちGO》!!」


そうアーチャーが宣言した瞬間、身体中からガクッと力が抜けていく感覚に襲われた。……私の魔力を、アーチャーの宝具が消費しているのだ。

半身を持っていかれるような気だるさに立ち眩みを覚えながらも、何とか踏みとどまる。――みんな頑張っているんだ、これしきでまた倒れてたまるもんか!!


凛「……アーチャー!」

アーチャー「ご安心を、…ばっちりですよぉ、凛さん!」


そして、かぼちゃの内側からふっとアーチャーの姿が掻き消えると共に、馬車をけん引する二匹の白馬のいななきが高らかに響き渡ったのだった。


卯月「お、お馬さんが! メルヘン☆チェンジ成功ですか!?」

アーチャー「むふふ、大成功ですよぉ!! さあ、一気に駆け抜けます…!!」


――氷雪と酸性雨の嵐を置き去りにして、再び降臨した魔法の馬車は一息に遊園地の敷地内へと突撃していく。

しかし流石というべきか、こちらの仕掛けに相手もまたすぐさま対応し、またしても魔弾の雨が障壁となって行く手を阻もうとする。


セイバー「同じ手はもう通用しませんよ、せいやぁっ――!!」


――どぱんっ、と真正面から魔弾の雨を弾き飛ばすセイバー、そうして僅かに生まれた隙間をくぐり抜けるようにしてかぼちゃの馬車は加速していく。


凛「よし、抜けた! これなら、行け――」

セイバー「ぐあっ!? と、トラップ!?」


だが一瞬の気の緩み、歓喜の刹那に生まれる隙を、……この相手は逃してはくれなかった。


卯月「――セイバーちゃん!?」


駆け抜ける馬車から振り向きざまに見遣ると、――セイバーの足元から真っ黒な植物の蔦が伸び、その身体を雁字搦めに捕らえてしまっていた。

……マズイ! 敢えて狙いをサポートに回っていたセイバーに絞ったのか!

囚われたセイバー上空には、今にも雷の槌を振り落としそうな黒々とした雲のようなものが集積していって――


凛「……!? セイバー危ない、上っ!!」

セイバー「くっ! なんの、これしき…!?」


――絶体絶命、ここでセイバーを失っては、――ダメだ、でも何をするにも間に合わない!?





「――おう、苦戦してるみてぇだな? 手、貸すぜ…?」


そうして、……線形に流れるヘッドライトの煌めきと、甲高いエンジンの音色が響き渡ると共に

――ドゴンッ、と猛る木刀の一振りが、黒々とした捕縛の蔦を地面ごと抉り返していく……

戒めから解き放たれ、宙に浮いたセイバーの首根っこをむんずとひっつかみ


――ライダーのサーヴァント、向井拓海が、獰猛な笑みを浮かべたまま遊園地へ向かって爆走してきたのだった。


李衣菜「――あ、姉御おおぉ!? 張り切るのは良いけど、な…なつきちのバイク壊さないでねええぇえ!!」

ライダー「当たり前だバカ野郎! 安全運転でフルスロットルだァ!!」


腰元にしがみつく李衣菜に応えながら、ライダーはタンデムでどこか見覚えのある中型バイクをかっ飛ばす。

安全運転といいつつ、片手で木刀を振り回したり、今もセイバーの首根っこをむんずと掴んでいたりと、割と大道芸めいたことをしていなくもない。


セイバー「ちょ、ちょっと…ライダー! はなっ、放して…」

ライダー「うっせーぞチビッ子、大人しくしてろ!」

セイバー「ち、ちびっこちゃうし…! 何回言わせるんですか、このアホー!!」


ぶんっ、とセイバーが竹刀を一振りすると、ライダーは堪らず首根っこを掴んでいた手を離す。

慣性の法則に従って宙に放り出されたセイバーは、およそ物理法則を無視した動きで姿勢を制御をすると、難なく接地し自らの足で走り出す。


ライダー「あんだぁ…? ダッシュでバイクに並走されちゃロマンがないだろうがチビッ子!」

セイバー「知りませんよ! あと助けて頂いた礼は言っていきますからね、どうもーだ!」


いーっと白い歯を剥くセイバー、どっからどう見てもただの子供である。……人類最速の壁を遥かに超えた次元で激走している点を除けば、だが。


凛「……何やってるんだか、あの人たち」

卯月「でも、セイバーちゃん…無事で良かった…」


ともあれライダー、どうやらこちらに助力してくれるようだ。聖杯を巡る敵同士ではあるが、彼女の人格は信用に足るものであるのはありがたい。

……加蓮と佐久間まゆの討伐、そのための戦いが、いよいよ現実味を帯びて私たちの前に広がろうとしている。


もう、引き返せない。そもそも引き返せるような瞬間などどこにもなかった。

――叩きのめしてでも、加蓮は止める。それが親友として唯一、私に出来ることだから。


ライダーが合流してからは、相手の攻撃は嘘みたいにパタリと止んでしまった。

猛攻の果て、あれほど遠く思えた遊園地…その敷地内に、私たちはすんなりと足を踏み入れることが出来たのだ。


卯月「く、暗いね…? それに、人もいない…」

凛「うん、……この時間なら普段はまだ営業時間のはずだけど」

アーチャー「むふふ…どうやらここら一帯にキャスターの手が及んでいるようですねぇ…」

セイバー「先程から派手にドンパチをしているにも関わらず、警察どころか人っ子独りも見かけませんでしたからね」

ライダー「人避けの結界かぁ? ご丁寧なこったな…」


見上げた先には、暗闇の中でもなおその存在感を主張する観覧車が、その反対側にはビルを突き抜ける特徴的なコースのジェットコースターがある。

居並ぶ飲食店や、イベントが行われるだろう小さなステージ、湛えられた水面へと落ちるスライダー。

周囲の様子を一通り探ってみても、そこに動く影はひとつもない。

遊園地という活気があるはずの場所に訪れる静寂ほど、物悲しいものはないだろう。


凛「――加蓮、いるんでしょ! 隠れてないで、出てきて!」


「ふふっ…凛もさ? そんなメルヘンな馬車に隠れてないで、表に出てきたら?」

凛「……!」


暗闇の中、どこからともなく響いてきたのは、……聞き間違いようもない、私の大事な親友の声だった。

あからさまな挑発であるその言葉に、私と卯月はかぼちゃの馬車の中で顔を見合わせる。


卯月「り、凛ちゃん…どうしよう?」

凛「……卯月、出よう。どのみちこの馬車を召喚したままじゃ、アーチャーが満足に戦えないよ」


アーチャーが扱う武器や使い魔は、固有結界《無限の妄想》を展開していない間は著しい制限を受ける。

中でも強力な援軍となり得る使い魔は、一度に一体しか扱えないのだ。

現在アーチャーが召喚しているこの馬車、《ぱんぷきんいちGO》は有用な使い魔かつ移動宝具ではあるものの、攻撃性能は皆無と言っていい。

ならばこの状況、多少のリスクを取ってでも攻撃の手を増やすのは当然の選択だ。


卯月「……わかった。頑張ろうね、凛ちゃん?」

凛「もちろん、……じゃあ、行こうか卯月」


震える手をお互いに取り合って、私たちはかぼちゃの馬車の扉を開き、……暗闇に沈んだ遊園地へと降り立つのだった。


闘争の舞台に上がった私たちを待っていたのは、他ならぬ招待主の哄笑だった。


「あはっ、あはははっ…! 卯月はともかく、凛ってそういう格好もするんだね? い、良いじゃん…似合ってるよ、カッコイイって! ふっ、くくっ…」


何を笑われているのかわからず、一瞬きょとんとした顔を晒してしまった私だが、――すぐに、私と卯月の着た衣服のことだと思い当たる。

おとぎ話に出てくるようなコテッコテのプリンセスな格好をした島村卯月と、ベルサイユでバラでも咥えていそうな王子様の衣装に身を包んだ渋谷凛。

……そう、アーチャーの《魔法の馬車☆ぱんぷきんいちGO》には、乗組員にもれなくメルヘンなコスプレがついてくるのだということを、私はすっかり失念していたのだ。


凛「こ、これは…そういう仕様なの! こうしないと、この馬車に乗れないからってアーチャーが言うから仕方なく…だよっ!」


今の今まで気にもしていなかったというか、アーチャーのせいで感覚が麻痺していたというか、――何だかこうも笑われてしまうと急に恥ずかしくなってきてしまった。


加蓮「あはは…いや、ごめんね? 私ばっか気合い入っているものかと思ってさ…」


すっかり火照ってしまった頬を、夜の冷たい風が撫でていく。それはまるで、親しい友との最後の語らいの時間が終わってしまったことを、優しく諭してくれるかのうようで……


加蓮「――私が一人だけこんな格好だったらさ、何か浮いちゃうじゃん?」


ついに姿を現した騒乱の主、――北条加蓮。

見上げた先、観覧車のゴンドラの一つの上で、腕を組んで仁王立つその姿。瑠璃色をベースに煌びやかなオレンジの装飾で彩ったゴシック調の衣装。

鍔の広い三角帽子を目深にかぶり、群青の外套をはためかせ不敵に微笑むその威容は、まさしくおとぎ話の中に住まう賢しい魔女のようだった。


加蓮「ふふっ…こんばんは! ライダーとは初めまして、かな? いつだかのご口上、痺れるくらいかっこ良かった…ホントだよ?」


不意に水を向けられ一瞬だけ顔を強張らせたが、ライダーはすぐにメンチを切って加蓮に言葉を投げ返す。


ライダー「……ふんっ、てめえが北条加蓮だな? サーヴァント、佐久間まゆのマスターで間違いねえか?」


一昔前の不良丸出しなライダーが凄むと、それはそれは迫力があるものなのだが、加蓮はまったくうろたえず…どこか嬉しそうに微笑み返した。


加蓮「ううん、違う…間違っているよライダー」

ライダー「なんだと…?」


加蓮「確かに私は北条加蓮だけどね、――でも私は、佐久間まゆのマスターなんかじゃない」


凛「……!? ど、どういうこと…?」

加蓮「ふふっ…残