安価でカオスSS作る(624)

なんでもいいから要望言って

>>2からすべての安価を使ってSS書く
今書いてる奴(現在レス数100くらい)がおわるあたりで始める

>>1
クレヨンしんちゃん

俺みたいに安価忘れて突っ走ることを祈る



レン「んんっ、やめてくださいマスター!!」

男「駄目だよレン君? おちんちんの皮を剥かないと歌声に艶が出ないぞ?」

 ヌコヌコヌコヌコ

レン「ぃやぁっ、ひぅっ、ぁ、あ゙あっ、ふんん!!」プルプル

>>1来ないならやってもいい?

>>106
やって、どうぞ。

>>107
ほい
じゃぁここまでで安価募集〆
まとめてきます

――――

ガドドドドドドッ

池田「…………」

ガドドドドドドッ

「――!―――ッ!!」

池田「?」

ガコン プシュー…

「池田ァ!てめぇさっきから何度呼んでると思ってるんだこの野郎!」

池田「すいません。掘削機がうるさくて――」

―バシッ!

池田「…………」

「言い訳するんじゃねぇ!俺が来る気配を呼んだら即エンジン止めて!聞く準備しろや!分かったかこのグズが!」

池田「すみませんでした」

「顔がいいから調子に乗りやがって……」ブツブツ

池田「……それで何の用件でしょうか」

「……用件だぁ?時計見ろや時計。もうとっくに撤収時間なんだよ」

池田「……すいませんアニキ。腕時計持ってなくて……」

アニキ「だったら洞窟内のメディカルセンターのところにデケぇ電波時計があるだろうがよ!」

池田「そこへ行くと掘削の効率が……」

―バシィッ!

アニキ「言い訳すんなって言ったよなァ?俺言ったよなぁ?」

ボグッ

池田「ぐっ……!」

アニキ「お前がチンタラやってると俺の評価にもヒビが入っちまうんだ、よっ!」バキッ

池田「がはっ!」ドサッ

アニキ「おい間違っても今日の仕事の報告書には書くんじゃねぇぞぉ?」バキッ

池田「うげっ……」

アニキ「これは『教育』だ。至らない後輩をかわいがってるだけなんだ」バキッ

池田「ぐむ……オエッ、エレレレレレッ!!」ビシャー

アニキ「おわぁ!汚ねぇな!吐くなら吐くって言ってから吐けよな。おら吐け!」ドガッ ドガッ

――――

池田「掘削ノルマ完了しました」

ロシア兵「ハイ、ゴクローサン。認識番号ト氏名ヲオ願イシマス」

池田「認識番号>>1。池田。名前はありません」

ロシア兵「Ok。把握。ソレジャオ楽シミノ給料タイム!!」

ロシア兵「トイキタイトコロダガ……掘削中ノ現場監督ヘノ暴力沙汰ハヨクナイナBoy」

池田「…………」

ロシア兵「ヨッテ給料ハ、『ハイチュウ』2粒ダ」

池田「……せめて……せめて1ケースになりませんか」

ロシア兵「……コレハペナゥティーダ。ドウシヨウモデキナイ」

池田「……そう……ですか……」

ロシア兵「……デモ個人的ナプレゼントナラ、問題ナイヨナBoy」

池田「……!これは!」

ロシア兵「シーーーーッ!ホンノ5粒ダ気ニスルナ。黙ッテ持ッテイキナBoy」パチッ

池田「Хорошо!」

――――

ハイチュウを口に頬張りながら、俺は道端の糞を踏まないように歩いていた。

仕事場からの帰り道が俺にとっての唯一の癒しであり、オアシスだ。

 職場に行けば兄弟子にあたるアニキに食い物にされ、サンドバッグにされる。 

宿舎に帰れば自分の肛門を守りながら、浅い眠りで仮眠を何回かに分けてハンモックで取る。

疲れも取れるはずもなく、翌日の仕事でどうでもいいミスをして……あぁ無限ループって怖いよなぁ。

 ともかく、誰にも邪魔されず、誰にも会うこともないこの帰り道があるから、俺は正気を保っていられるわけだ。

 頭ん中でハイチュウうめぇなぁとか、さっきのやっぱり踏んじまったよなぁとか思ってるうちに、自然と足は目的の場所に着いていた。

高熱でひしゃげたスベリ台。ココが俺の特等席だ。早速てっぺんに駆け登って腰掛け、懐から緑色のノートを取り出した。

貴重な紙を使った学習帳かなんからしいが、見つけたことは誰にも言ってない。

どうせ金にもならねぇし、なったとしてもアニキに没収されるだけだ。だったらココで紙本来の使い方を俺が個人的に楽しむのが正解のはずだ。

「えーっと今日は何を書こうかな……日記はこの前やったし、小説はめげたしなぁ……」

「……そうだ!」

俺は名案を思いついて黒炭でグシグシと学習帳の『学習』の部分を潰し始めた。

そして『学習』と名があった部分の真上になるべく殺伐とした感じで『復讐』と記す。

「よし、これで完成だ。名付けてジャポニカ復讐帳!」

「元が学習だから何か悪いことしたみたいで楽しいなぁ……」ヒククッ

「早速書くか……アニキに復讐をしたい。あの貧弱ゴリマッチョがぎゃふんと言うような……」カキカキ

「…………」

「……虚しい。非生産的だし。結果的にアニキをたくさん思い浮かべて不愉快だし……」

「今日は日記にしよう。ロシア兵がいい人だったんだよなぁ。そういうの書いていこう」

「…………」

「……そのまま書いてもあれだし、ちょっと壮大にしてみちゃったりして――」

――――
――

――――

 遥か未来。人類は存亡の危機にあった。女性が男性化してしてしまうという謎の奇病が感染拡大。地球全土を覆った。

対処できるワクチンの類は一切なく、人類は滅亡を避ける為にプロジェクト『シャイニング・プラネット』を立ち上げる事になった。

 『優れた惑星』と銘打たれたそのプロジェクトは、地球全体を巨大な外郭大地で覆い、内と外の世界を作るという壮大な計画だった。

当時は太陽から地球へ飛んでくる様々な宇宙線が主な原因だと思われていた為、正常な人間を内部へ。既に感染しているなら外部へ。

と振り分けが決まり、僅か数年で外郭が完成し、『内』と『外』での人類の生活はスタートした。

――それから何百年。『内』からの連絡などとうに途絶え、『外』はまさに世紀末と化していた。

「『内』の人間は平和になったからもう病原体だらけの俺たちのところへくるはずがない」

とは、二代目外郭大統領ランバ・ラルの言葉だ。

彼はこの言葉を残した後、ありったけのダイナイマイトを積んだMTローダーに乗って『内』のゲートへと突っ込み爆散。

もちろんゲートには傷一つつかなかった。

 そんな世界に俺はクローンとして生まれ落ちた。当然だ。もう外郭には女なんかとっくの昔に消えちまってる。

池田ってのが何年前だか何百年前だか知らないが、それが俺の父であり母であり俺だ。

そんな俺がクソみたいな毎日を送りながら、クソを避けつつ、岩盤を掘り終わり、帰りの給料を貰おうとした時だ。

俺は一人のロシア人に出会っ

「…………」

 そこまで書いて筆が、いや黒炭が止まった。

一応俺が知ってる限りの地球の歴史を冒頭から並べて、それなりに壮大にしてみたつもりなのだが。

……何というか恐ろしく陳腐だ。簡単に言うとクソだ。

 自分がこっそり集めてる旧時代のSF小説やファンタジー小説の冒頭は、読んでるだけでページをめくる手が止められなくなる。

事実は小説よりも奇なり、だったか。確かに言えてるな。悪い意味でだが。

これが小説なら『シャイニング・プラネット』って単語が出てきただけで、俺は読むのをやめる。で、よくほぐしてケツ拭く紙にでも使う。

 ……救いようがないのは小説じゃなくて、実際の歴史ってところだ。

外郭で歴史なんか気にしてる奴は俺とカルト教団の連中くらいしかいない。

だから俺は変態扱いされるし、まともな人の扱いもされないのだろう。

別に変態でも俺は構わないし、孤立したってどうでもいいが……だったらケツの穴も狙うのもやめて欲しいものだ。

……どんどん気分が滅入ってきたな。何のために日記を書くのに切り替えたんだか。

書く気もないのに作家の真似事したってしょーもない。小説はもう懲りた。

『日当をロシア兵がおまけしてくれた。クソありがたかった。いつか恩を返そう』

「……これでいいだろ」

―ガサッ

復讐帳と黒炭を懐へ収めて俺は足元の鉄パイプを手に取った。

公園の入口を視界の端で確認しながら物音のした方角を窺う。

野生化したトウモロコシの群生地。実が一切ならないのもあって静かに風に揺らいでいる。

――野犬か。野盗か。教団員か。食われるか、身ぐるみ剥がされるか、生贄にされるか。

こんな夜更けに、それも人気のない郊外となればメジャーどころははその三つだ。……強姦も付け加えて四つだな。

タイマンなら返り討ちにして手土産にしたいが……集団だったら逃げの一手しかない。

「あ……うぅ……」

池田「?」

うめき声?それもかなり若い人物のようだ。俺より先に被害にあった奴がいたのか?

……あるいは罠か。なけなしの善意で助けようとしたら後ろから棒でポカリ。ありうる話だ。

注意深く周囲を警戒しながら俺はトウモロコシの林に歩を進めていく。

池田「……誰かいるのか?」

とりあえず声をかけて、同時に鉄パイプを正眼に構えて膝を少し緩ませる。

何もないのに威嚇している俺の姿は見た目には滑稽だが、死ぬよりはマシだ。ずっとずっとマシだ。

「あ……」

 トウモロコシの根本から手がにゅっと突き出てきた。

反射的に伏せる。が、謎の手の先には銃器らしきものはない。

トウモロコシから突き出た腕と、鉄パイプを持って地面に伏せる男。絵になら……ねぇな。やはり滑稽だ。

軽く砂埃をはたいてから鉄パイプを左右に軽く振る。乾燥しきっていたトウモロコシはいとも簡単に倒れた。

池田「……あー」

 最初の雑感通り、俺より先に餌食になった奴がそこに倒れ伏していた。

野犬でも野盗でもカルト教団でもなかった。……多分これは四つ目だ。

 うつ伏せで表情は分からないが、かなり小柄な体つきだ。

 上着は原型が分からない程にビリビリに裂け、黒いタイツが膝下まで引き下げられている。

真っ白な薄い背中と、形のいい臀部が微かな月明かりでも確認できた。

下着はない。そこら辺に散らばる布切れのどれかがそれだろう。

ただそれよりも目を引いたのは、やたらと黒く長い髪だ。ふと図鑑で見たカブトムシの艶を思い出した。

そして暴漢が襲った理由も、この美しい髪が決定打になったに違いない。

ま、どう見ても合意の上の行為ではなさそうだ。……変態でなければ、だが。

池田「おい、あんた」チョン

一応用心して鉄パイプで黒髪をつつく。

「うぅ……」

池田「生きてるか?」

「だ、誰……?」

池田「俺は池田。掘削作業員。あんたは?」

「わ、私は……ええっと……」

「阿部……だと思う……」

池田「だと思う?頭でも殴られたか?」

阿部「殴られ……?そういえば何で真っ暗なんだろう……」

池田「そりゃ阿部さんとやら。うつ伏せのままだからだよ」

ムクリ

阿部「本当だ。通りで息苦しいと……」

池田「おまっ……!」

阿部「?どうしたの池田さん?」

池田「そ、そのむ、胸ッ!」

阿部「胸?」

池田「なっ、何でそんなに膨らんで……」

阿部「……あれ?上着がないわ」

池田「……待てよ待てよ待てよ。何かの冗談か、それとも俺の幻覚かよ!?」


 ――俺が孤立し、変態扱いされる大きな理由。

 男性が好きではない。恋愛対象として見れない。性的興奮もしない。

 それだけでも充分だが、一番問題なのは……

 『女性』が好きって部分だった。

 だから俺はあの胸を知っている。知らないはずがない。

 旧時代のデータを漁って漁って集めまくり――

 幾度となく抜いて抜いて抜きまくった俺が見間違うはずもない。

 あれは……あれは……ッ!

池田「おっぱいじゃねぇぇぇぇぇかぁぁぁぁぁ!」

阿部「?おっぱいだけど?」

池田「だけどって……」

阿部「……あ」サッ

池田「隠すの遅いしよ……」

阿部「あんまり見ないで欲しい」

池田「あ、ああ悪い。珍しくてな、つい……」

阿部「珍しい?」

池田「……いや、おっぱいなんて肉眼で拝めるもんじゃなくてな」

阿部「……服着てるからね」

池田「そういう意味じゃない。男で胸をデカくしようなんて酔狂な輩はそうはいないだろ」

阿部「男?私は――」

シュルッ

ストン

阿部「あっ」

池田「……えっ!?」

 立ち上がったせいで繊維が耐え切れなくなったのか。

 阿部さんの履いていたスカートがあっけなく落下した。



 ――ない。

 下着が、ではない。

 いや確かに下着はないが。ない。それ以上に大切なモノが。

 男性なら、必ず股間にあるモノ。時と場合によってそびえ立つモノ。……それがない。

 おぺにぺに。

 股間のスタンド。

 ――つまり男性器が、ない。

 肌が泡立つ。

 ついでに股間もいきり立つ。

 つまり、そう。

 目の前の阿部さんとやらは――

 ――女だったのだ。

――――

池田「汗臭いかもしれないが我慢してくれ」

阿部「そう?私はいい匂いだと思うけど」スンスン

池田「……鼻がどうかしてるんじゃないのか」

あのままだと目の毒なので俺の作業着を貸した。

……作業着を着た女性ってのも結構乙なものだな。

阿部「あなたがくれたコレもすっごい美味しい」モグモグ

池田「それは正しい。ハイチュウは美味い」

阿部「ハイチュウっていうのか。ッ……もう一個ちょうだい」

池田「最後飲み込んだな!?もっと味わって食えよ!」

池田「…………」

池田「……で、思い出したか?」

阿部「それがまったく」

池田「……参ったな」

 面倒なことに阿部さんは記憶を失っていた。

所属も。住んでるエリアも。仕事も。認識番号さえも。

覚えているのは阿部という自分の名前と性別のみ。

物の名前や日常会話に支障がないことから鑑みるに一時的な記憶喪失かもしれない。

……PTSD。心的外傷後ストレス障害。原因はわりとすぐに思い当たった。

池田「……参ったな」

 それを踏まえた上でどうするのか、自分への確認を込めてもう一度呟いた。

――これ以上阿部さんを抱え込むメリットは何か。

既に日当の1/5を大したありがたみもなく食われた上に、作業着を貸している。

貸しを返してもらおうにも阿部さんの家が分からない。しかも文無しで記憶喪失。

……これは間違いなく手助けをすればするほど利益が目減りしていくケース。

経験則から言うなら、すぐに作業着をひん剥いてこの場を離れるべきだ。……が。

阿部「う~~~ん……」

――彼女、阿部さんの顔を眺めていると、損得の思考が鈍るのだ。

そればかりか今の状況のままでいいんじゃないかとさえ思えてくる。

……いかんいかん。

一時の性欲なんかに身を任せてたら命がいくつあっても足りない。

第一貸し借りの話抜きにしたってずいぶんと不気味な話じゃないか。

とっくに絶滅したはずの女性。記憶喪失。ハイチュウを知らない。……陰謀の匂いがプンプンだ。

 知恵と権力があれば阿部さんを利用してうまい汁でも吸えるのかもしれない。

が、俺はただの作業員。不自由はあるが、それなりに人生を楽しんでる。

掘削作業もそんなに嫌いじゃないし、趣味のデータ集めも好きだ。

――君子危うきに近寄らず。

……決まりだ。この阿部さんとはさっさとおさらばしよう。『じゃぁ元気でな』と声をかければそれで終わり。

作業服は胸と+アルファが見れた駄賃代に置いていこう。そう思って俺は声をかけた。

池田「あんた、今夜これからどうするつもりだ?」

阿部「……へ?」

池田「…………」

阿部さんは呆気に取られた表情をしている。まぁこっちは虚をつかれたってだけの話だ。

問題は俺だ。俺が、俺自身の言葉に一番驚いていた。

池田「その分じゃぁ泊まる場所もないんだろ?」

さっき心の中で決めたことをあっさり無視して――

池田「まぁ……風呂にも入りたいだろうし」

胸の内を突き上げてくる訳の分からない感情に押されて――

池田「とりあえず安全な場所なら紹介できるぞ」

次から次へと言葉がぽんぽん飛び出す。

池田「……どうする?」

一体俺はどうしてしまったのだろうか。

心拍数は上がっているし、鼓膜に謎の圧がかかって変な耳鳴りがしている。

強烈に、らしくない。

少なくとも平静ではない。

きっとろくなことにならない。やめろ。冷静になれよ俺。だって――

阿部「……ありがとう」ペコリ

――だって……なんだっけか。

阿部さんの笑顔は、すべてがどうでも良くなる程……強烈だった。

――――

池田「ここだ」

阿部「……何ていうか、すごいですね」

そこにはゴミ屋敷と廃墟を足して2で割らない建築物が、奇跡的なバランスで建っていた。

入り口付近と思わしき場所には、今にも剥がれて落ちそうな看板がこれまたギリギリのバランスでぶら下がっている。

『天才ドクター・ナカマツの☆愛の診療所♪ 診療時間0:00~0:00 年中無休♪ お代は体でも可♪』

池田「…………」

 俺たちはこのエリアで唯一の診療所まで来ていた。

記憶喪失の訳有り人物、しかも女性とイレギュラー尽くしの彼女を匿ってもらえそうなのはココぐらいだったからだ。

……本当はここの『ドクター』が苦手で、気が進まなかったのだが……背に腹は変えられまい。

池田「ドク。ドク、いるか?」

阿部「……寝てしまっているのでは?」

池田「そりゃぁない。ドクは寝ないからな。……ドク!ドーークッ!」

ァァン……ットォ…ット…

池田「ん?奥か。邪魔するよ」

――――

池田「ドク、ちょっと頼みたいことが」

パァン

「あァん!イイわァ!サイッコーよサイッコー!」

「悦んでんじゃねぇ!この豚が!」

池田「」

阿部「え……と?」

目の前には理解し難い光景が広がっていた。

異様に目が血走った男がベルトを鞭代わりに振るい、

ブラジャーとショーツを着け、ミミズ腫れだらけの尻を突き出した筋骨隆々の男が喘いでいる。

どうやらお楽しみ中だったらしい。

「ってあらァ?池田ちゃんじゃない!」

池田「……おう」

筋骨隆々の男は俺の姿を確認すると、ベッドの端にかかっていた白衣を軽く羽織ってこっちへ近づいてきた。

……ケツを左右に振りながら。

「ヤダァ、来るなら来るって言ってよネ。こんなところ見られちゃって……恥ずかしいわもう///」

この2m近くある巨体をクネらせながら空中に『の』の字を書く男が――

天才外科医、Dr.ナガマツその人である。

池田「……その、なんだ。出直すわ」

「駄目よ!池田ちゃん滅多に来ないんだから。そーゆー訳であんたはお払い箱よっ」

「ええ!?先生そりゃないぜ!これからが盛り上がるって時に――」

「――続きはまた今度。ネ?」

「……つ、続きがあるなら……」

「次も刺激的なプレイを期待してるわネ♪」

「へっへっへ。もちろんでさぁ!じゃぁ先生また今度!」

バタンッ

池田「…………」

「さて池田ちゃん。まずは後ろにいるカワイコちゃんの紹介をして欲しいわネ」

池田「ああ。こいつは――」

阿部「私、阿部って言います。それ以外は忘れちゃったので、すいません」

「あらァ、記憶喪失?大変ねぇ。あたしは天才ドクター・ナカマツ、TDNって呼んでネ♪」バチコォンッ

阿部「……TDN?」

TDN「『T』ensai 『D』octor 『N』akamatsu。だからTDN。どう?カッコカワイイでショ?」

池田「……毎回言ってるがよ。日本語と英語混ぜるなよややこしい」

TDN「そうかしら?漢字とカナ文字が入り混じってるのって、とっても日本人らしいと思うのだけれど」

池田「まぁそれは別にどうでもいい。ドク、頼みがあるんだ」

TDN「オッケェイ♪」

池田「内容聞かないのかよ」

TDN「そりゃぁ池田ちゃんの頼みですもの。それでお代は?別に貸しでもいいけど」

池田「……情報」

TDN「あらァ?エリア一の事情通に情報で取引?池田ちゃん大きく出たわねェ」

池田「で?」

TDN「いいわ。で、内容は?」

池田「こいつだ」グイッ

阿部「わっとっと……」

TDN「どゆこと?阿部ちゃんが情報?」

池田「聞くよか早い。とりあえず触診してみろ」

TDN「ますます分からないわねェ。それじゃちょっと服を失礼して――」

フヨン

TDN「…………」

阿部「…………」

バッ

TDN「何コレ……豊胸……違う!ホルモン異常?」フニフニ

阿部「あ、く、くすぐったいです」

TDN「違うわ。そういうんじゃなくて……もっともっと根本的な……」

池田「下」

TDN「……嘘でしょ。まさか……!」サワッ

阿部「あっ、そっちもくすぐったいですからちょっと……」

TDN「……ない。ないってコトはつまりこのコは……」

池田「女だ。……こいつをしばらく預かって欲しい。それが頼みだ」

――――

TDN「頭を中心に診たけど、目立った外傷はないわ」

池田「……そうか」

ケガをしてないなら喜ぶべき知らせだが、素直に喜べない。

TDN「記憶喪失の原因は強姦未遂による精神的ショックの線が濃厚ねェ……」

池田「そうなるよな……ん?未遂?」

TDN「未遂よ未遂。なによ、池田ちゃん気付かなかったの?」

池田「いや、服が破り捨てられてたもんだからてっきり……」

TDN「軽い肩の捻挫と膝の擦り傷以外どうもなってないわ。女性器や肛門にも傷一つなかったし」

池田「服だけ破ってそれで終わりって……でも、そうか。あいつ無事だったのか」

TDN「……池田ちゃん、女の子が好きって本当だったのね」

池田「あァ!?何でんな事ドクが知ってるんだよ!」

TDN「色々と知ってるのよ私は」

池田「……っせぇな。人の勝手だろうが。ってか今の話のどこで確認できたんだよ」

TDN「顔に出てるわ。心底ホッとしたって感じでネ」

池田「……マジか?」

TDN「大マジよ」

池田「…………」

TDN「あーあー。池田ちゃんに襲ってもらおうと思ってたのに真性の変態だったとはねェ」

池田「お前が言うな。あと仮に俺が男が好きでも、あんたは天地神明に誓って襲わない」

TDN「ひっどォい!何それ!いくらあたしでも傷付くわよ!」

池田「だが信頼はしてる。阿部さんのこと、よろしく頼む」

TDN「……ずるいわァ。落として上げるとかもう……」

池田「後それとは別件で依頼したい事がある。こっちは後払いになっちまうが」

TDN「何かしら?」

池田「阿部さんを襲った奴の情報が欲しい」

TDN「……目的は?」

池田「因果応報……ってのを建前にして食料を根こそぎ奪い取る」

TDN「後払いってのはそーゆーことネ。いいわ、任せて。あたしイメージプレイは好きだけど、合意がない性行為大っ嫌いだから」

池田「重ね重ねすまん。恩に着るぜ」

――――

池田「よ」

阿部「あ、池田さん」

池田「良かったじゃないか。個室なんてこの辺じゃありえない話だぜ」

阿部「えへへ、TDNさんがすごくいい方で良かったです」

池田「…………」ドキッ

阿部さんの笑顔を見るだけで動悸が激しくなる。

何なのだこれは。まただ。また興奮とは違う何かが胸の内に溜まっていく。

池田「……俺は仕事終わったら、ここに立ち寄るからさ」

また変な事を言い出さない内に退散することにした。

池田「……なるべく、外出とか避けてくれよ。また襲われでもしたら――」

阿部「池田さんは、何で私によくしてくれるんですか?」

池田「……は?」

阿部「初めて会った時から、その……」

池田「…………」

池田「……ハイチュウ」

阿部「……はい?」

池田「ハイチュウだよハイチュウ!」

阿部「ハ、ハイチュウ……ですか?」

池田「阿部さん2個食っただろ?その2個はあげたんじゃなくて『貸し』だ」

阿部「ええー!?そうだったんですかー!」

池田「それをあんたから返して貰うまでは……いいツラ見せとくさ」

阿部「え……」

池田「ヘタに強気に迫って逃げられるよかマシだからな」

阿部「…………」

池田「だから逃げんなよ?」

阿部「……逃げませんよ」ムスッ

池田「……ならいい。じゃぁな」ガチャッ

阿部「はい!さよならです!」バタンッ

池田「……ッはぁ……」

――――

ガドドドドドドッ

池田「こんなもんか」

ガコン プシュー…

池田「……今日はやけに捗ったな」

「あ?池田もうノルマ終わったのか?」

池田「おう。何故かもう終わっちまった」

「……今日はアニキのいびりがなかったからじゃねぇのか」

池田「だな。てかアニキはどうしたんだ。朝から見かけないが」

「体調不良とかで休みらしいぜ。どっかで性病でも貰ったんじゃね?」

池田「ハハッ……だったら最高なんだがな。んじゃお先」

「うーい」

ガドドドドドドッ…

――――

池田「掘削ノルマ完了しました」

兵士「……あ?はいはい認識番号と氏名」

池田「認識番号>>1。池田。名前はありません」

兵士「池田……池田と。ほい、それじゃ給料な。今日は袋入りの綿あめ……らしい」

池田「あの……ロシア兵の方はいらっしゃいますか?」

兵士「ロシア?あー俺の前任な。クビになった」

池田「……え」

兵士「何でも特定の作業員に給料割増してたんだと」

池田「…………」

兵士「バカだねぇ。折角楽な仕事にありつけたってのにさぁ」

池田「…………」グッ

兵士「ま、そのおかげで俺は働けるからロシア兵様様だな」

兵士「で、そのロシア兵がどうしたよ?」

池田「……いえ。別に何でもありません」

――――

池田「……よう」

阿部「あっ!池田さんっ……なんか知らないです私」フン

TDN「お疲れ様池田ちゃん。今日は随分早いのねェ」

池田「ノルマ終わったからさっさと上がってきた」

TDN「……情報ならまだないわよ」

池田「……そうか。阿部さんに何か変化は?」

TDN「……記憶が一部分は蘇ったみたいなんだけど」

池田「おお、進展あったのか」

阿部「……ミトコンドリア」

池田「ミト……何?」

阿部「……エントロピー」

池田「インポロピー?」

TDN「ミトコンドリアにエントロピーよ池田ちゃん」

池田「何だそりゃ……地名か?それにしたって聞いたこともないが」

阿部「ミトコンドリアはこの地球上に存在する生物の細胞に含まれている細胞内構造物」

阿部「エントロピーは熱力学においては物体や熱の混合度合いを示し――」

阿部「情報学においては情報量のことを示す言葉です」

池田「…………」

TDN「阿部ちゃんてば博識!」

池田「スゲぇな。阿部さんは学者さんか何かだったのか」

阿部「さぁ……?」

池田「さ、さぁ?」

TDN「一部分ってそーゆーことなのよ。何で知ってるのかとかはもうぜーんぜんダメ」

池田「進展なしか……」

阿部「でも、すごく大事なことだった気がします」

池田「そのミト、ミトナントカとインポロピーがか?」

阿部「ミトコンドリアとエンポロピーです」

池田「ふぅん……それって科学とかの知識だよな」

阿部「ええ。私が学者だったかどうかはまるで確証は持てませんが」

池田「……記憶の復活に役立つかもなぁ」

阿部「ミトナンドリアとイントロピーがですか?」

池田「高校の連中ならそのナントカドリアとミントロピーを知ってるかもしれない」

TDN「ミトコンドリアにエントロピー。阿部ちゃんもごっちゃになっちゃってるわヨ」

阿部「ところで高校って何ですか?」

池田「高等学校。勉強をしたい奴が通う研究施設だな」

阿部「勉強!それは素敵ですね!」

池田「……素敵、か?」

阿部「学ぶのは素敵なことですよ!」

池田「……高校は生粋の変態だらけだから、阿部さんの想像してるのとは大分違うと思うが」

TDN「でもすごい食いつきようだから、いい影響あるんじゃないかしら?」

池田「ああ、確かにな。晩飯を食い終わったら行ってみるか」

阿部「楽しみです!早く夕飯にしましょう!」

TDN「夜行くのはあまり感心しないわネェ……」

池田「阿部さんと外出するなら、人目の多い昼間より夜だ。視界の広い道も選んで行くつもりだし……問題ないだろ」

――――

「校内見学ですか?」

池田「はい。学ぶなら高校が一番と聞いたもので」

「ええ!ええ!そりゃぁもう!高校以外の研究施設なんて全てゴミクズですからな!ハハッ!」

池田「是非とも素晴らしい教師陣の高尚な授業を受けたいと思いまして」

「結構!高校は全ての若人に学問の扉を開いております!」

「申し遅れました。わたくし、高等学校一年教師陣オリュンポスの一柱、ゼウスと申します」

池田「…………………池田です。よろしくお願いします」

ゼウス「池田さん!実に賢そうな名前だ!それで……そちらのサングラスとマスクを付けておいでの……」

阿部「はじめまして、阿部です」

ゼウス「阿部さん。大変申し訳無いのですが……当校でのセキュリティ面の問題がありましてねぇ」

ゼウス「基本的に素顔が見えない服装はお断りしてまして、はい」

阿部「あ、えと……」

池田「ゼウスさん、彼が顔を隠しているのはちょっと事情がありまして」

ゼウス「事情……と申しますと?」

池田「幼い頃の事故で顔にヤケドを負ってまして」

ゼウス「それは気の毒に」

池田「皮膚がその……見るに耐えないと言いますか」

ゼウス「そ、そうですか……」

阿部「…………」

池田「彼があの格好をしているのは、むしろ相手への配慮なのです」

ゼウス「な、なるほど……」

池田「しかし、決まりということであれば仕方ないですね」

ゼウス「う、うーん……」

池田「その代わり、その、夢に出て来ても私は保証しかねますが……」

ゼウス「そっ、そんなにっ……!?」

池田「それじゃ阿部さん、サングラスとマスクを――」

ゼウス「あー!結構!結構です!サングラスやマスクなんてファッションの内ですから!」

池田「そうですか。取らないでいいそうだ阿部さん」

阿部「…………」

――――

池田「何がオリュンポスだ。聞いたか?」

阿部「見るに耐えないって……」

池田「二年と三年はアースガルズにヴァナヘイムだぞ?クソちゃんぽんにも程があるだろ」

阿部「ひどいです……」

池田「学園の主任でもない癖にゼウスとか――」

グイッ

阿部「ムーーッ……」グイグイ

池田「……悪かったよ。あの場はああ切り抜けるしかなかったんだ」

阿部「分かってるんですけど……」

池田「ま、おかげで気味悪がって案内役投げてくれたから……こっちとしては動きやすいがな」

阿部「そうですね。ゼウスさんと話してる池田さん気持ち悪いですし」

池田「気持ち悪いってお前なぁ……」

阿部「池田さんの丁寧な言葉遣い聞いてると背中がムズムズします」

池田「……悪かったな。似合ってなくて」

阿部「でも、これってゲスト用のIDキーですよ?そんなに校内は周れないような……」

池田「こっちのIDがあるからどこでも行けるだろ」ピッ

阿部「教員用の……IDですか?」

池田「ああ、落ちてたから拾った。帰りに返そう」

阿部「…………」

池田「……すまん。さっきのゼウスから借りた」

阿部「……無断で?」

池田「返すからいいだろ。ともかくこれで校内施設が自由に使える」

阿部「…………」

池田「監視カメラには丸写りでも、IDがあれば言い訳できるしな」

阿部「……池田さん悪い人ですね」

池田「……賢いって言ってくれよ。ホラ行くぞ」

阿部「……もう」

テクテク…

――――

レン『んんっ、やめてくださいマスター!!』

男『駄目だよレン君? おちんちんの皮を剥かないと歌声に艶が出ないぞ?』

『ヌコヌコヌコヌコ』

レン『ぃやぁっ、ひぅっ、ぁ、あ゙あっ、ふんん!!』プルプル


「ハァハァ……レンたん萌え……」シコシコ

「ハァハァ……っうっ……ふぅ」フキフキ


阿部「」

池田「……教室覗いてないで、行くぞ」

阿部「あ、あのあのっ、今のって。な、ナニを、その……」

池田「……ここにいる学生はデータベースにアクセスできる権限を皆持ってる」

池田「いくつかセキュリティブロックを突破すると『旧史』の閲覧エリアまで辿り着ける訳だ」

池田「そこには旧時代のエンターテイメントもデータとして格納されてる」

池田「そいつを引っ張りだして生徒みんなで仲良く鑑賞オナニーってとこだろうな」

池田「各自役を決めて音声を直付けして臨場感アップってところか」

池田「……やれやれ、高校はやることがハンパないねぇ」

阿部「……池田さん詳しいですね」

池田「データ収集は俺の趣味だからな。……あいつらと一緒にするなよ」

阿部「は、はい……」

池田「…………」

 明らかに距離が取られている訳だが。

……説明するんじゃなかった。

阿部「あ、ここですかね?」

池田「……みたいだな」

 黄ばんだ紙にほとんど消えかけている『図書室』の文字が確認できる。

監視カメラの台数も少ない。高校の施設の中では重要度が低いようだ。

池田「……ま、こっちにとっちゃ好都合だが」

池田「んしょっと」

ガラララッ

――――

池田「……図書室、ねぇ」

天井まで届く高さの本棚という本棚はすべて空っぽだった。

略奪されたのか。あるいは冬の暖を取る為に燃やされたのか。

どちらにせよ、書籍と思わしき物体は一つも無い。

見つけられたのは薄っすらと積もった埃と鼠の糞のみ。

池田「……お、あったあった」

加えて埃をかぶったPC。

池田「……故障……中……?」

訂正。『故障中』の紙が貼られたPC。

池田「簡単な故障なら何とか……って……」

故障云々の問題以前にキーボードがない。

マウスもない。つまりインターフェースがない。

どこで調達するか頭を悩ましていると、阿部さんが俺の肩の上からにょっきりと顔を出した。

阿部「あ、PCあったんですね。早く起動しましょうよ」

池田「……見ての通り、肝心なモノが足りないから動かしようがない」

阿部「肝心なモノ?」

池田「キーボードやマウス」

阿部「何ですかそれ?」

池田「……そうか。えっとな、PCを動かすのに必要なもんで――」

阿部「とりあえず起動~♪なにはさておき起動~♪」

池田「……は?」

阿部さんは謎の歌を呟きながら、両手で机を撫で始めた。

積もった埃が阿部さんの手にまとわりつき、あっという間に真っ黒になる。

池田「…………」

阿部「~♪」

――恐らく阿部さんはPCに対する正しい記憶を失ってしまったのだろう。

笑顔で埃をワイプしている姿を見て、俺は目頭を軽く押さえる。

……やめさせよう。そしてさっさとキーボードを調達してこよう。

そう思って阿部さんの肩に手を置いた――その刹那。

 机に大きく光の亀裂が走った。

池田「……え?」

 短い間隔で明滅を繰り返しながら、濃緑色の光が四方八方縦横無尽に広がっていく。

机の端まで達すると、その光は何もない宙空にすら軌跡を描き始めた。

PCのディスプレイは以前沈黙したままで、空間に溢れる光の背景と化している。

阿部さんは笑顔で頷くと、宙空の光をタイミング良くタップして再び歌い始めた。

阿部「認証~認証~♪マスター権限は何じゃろな~♪」

 よく見れば彼女の左右の両手はピアノを弾くようにせわしなく動いている。

それがタイピングに見えなかったのは、己のタイプスピードの遅さ故か。

空間に表示された見慣れたアルファベットを確認して、ようやくコレがPCだと思い至った。

阿部「上手にできましたー♪」

ッターン!

 阿部さんが天高く上げた右手を振り下ろすと同時に、

<< システム キドウ >>

 無機質な電子音声が図書室に響き渡った。

>>173 修正
左右の両手→左右の腕

流石に4本腕はない

あと
>>6,10,11
みたいな安価は削ってます
悪しからず

池田「……スゲェ」

阿部「何がですか?」

池田「何がって……コレ!コレ全部だよ!」

阿部「?」

池田「こんなスゲェ機械があったのも驚いたがよ……」

阿部「すごい機械?」

池田「何よりお前がスゲェ!」

阿部「わ、私すごいんですか?」

池田「科学者じゃなくてプログラマーだったんだな!」

阿部「さぁ……?」

池田「さ、さぁって思い出したからコイツを動かせたんじゃ――」

阿部「こんなの誰でもできるじゃないですか」

池田「誰でもできるって……」

阿部「世代がかなり前の型とOSなので色々使い勝手は悪そうですけど」

池田「かなり前って……コイツが!?」

阿部「……ま、まぁ褒められるのは悪い気しないですね///」

池田「……お前」

阿部「はい?」

池田「本当に……どこから来たんだ?」


阿部「……思い出せません。それは、まだ……」

池田「……焦っても仕方ない、か」

阿部「…………」

池田「やる事やってさっさと退散しよう、な?」

阿部「……はい。何から調べましょうか」

池田「ミトコンドリアとエントロピー、だったか。それに関するデータと……一応書籍も」

阿部「はい」スッ

<< キョカ シマス >>

阿部「……そこら辺は自由に閲覧できるみたいです」

池田「よし。何か気になった言葉があったら、それもどんどん調べろよ」

池田「芋づる式に記憶も出てくるかもしれないしな」

――――

阿部「共生起源、分子進化の中立、利己的遺伝子……ミトコンドリア・イヴ?」

池田「…………」カキカキ

阿部「閉鎖系のエントロピーの増大、粗視化によって時間反転対称性を失う、エントロピー一方的な増加法則」

池田「…………」カキカキ

阿部「量子デコヒーレンス的解釈、ユニタリ作用素――ユニタリ的時間発展の特徴、エントロピーは変化しない」

池田「……なぁ」

阿部「無限部分集合が必ずどこかに集積してしまう……あ、はい?何でしょう?」

池田「本当はお前、記憶全部戻ってるんだろ?」

阿部「それはまったく」フルフル

池田「……そうか」

阿部「記憶を失う前の私が、この分野に非常に強い興味を抱いていたのは確かのようですが」

池田「あ?ひょっとして今まで読みあげたもの全部理解して――」

阿部「あぁプレコンパクトでしたね!でもこれはそんなにピンと来ないから違うかぁ」

池田「はぁ……」カキカキ

――――

阿部「池田さん池田さん」

池田「んぁ?」

阿部「私、大体自分が気になってた事を把握できました」

池田「来たかいあったな」

阿部「そして池田さんの言ってた芋づるも発見しました」

池田「何か思い出したのか!」

阿部「はい。これです」

ブォン

池田「……これは……地図?」

阿部「拡大します。……この場所です」

池田「俺の勤め先の、隣か?」

阿部「はい。ここを見た瞬間ビリッと来ました」

池田「確かシェルターだったような気がするが」

阿部「記憶を失う前の私は、何らかの理由でここを目指していた……そんな気がするんです」

池田「決定的な何かがありそうだな……。しかし参ったぞ」

阿部「地理的な問題でも?」

池田「通称『開かずの間』って言われててな。壁が硬すぎて表面すら削れないんだ」

阿部「そんなに頑丈なんですか……」

池田「シェルターだろ?食料があるのは間違いないから挑戦者はたくさんいたんだが……」

阿部「成功者0、ですか?」

池田「ああ。今じゃ挑戦する奴は物笑いの種ってとこだ」

阿部「……そう、ですか……」

池田「気を落とすなよ」

阿部「え?」

池田「俺はやらねぇとも、できねぇとも言ってねぇ」

池田「何か方法はあるはずさ。TDNんとこに戻ったら策を考えよう」

阿部「……はい!」

―ガタタッ

阿部・池田「!!」

――――

「っしょっと」ガララッ

「相変わらず建て付けが悪いでぶひねぇ」

「拙者のか細い筋肉には荷が重すぎますぞ」

「言えてるぶひ。そもそも幅が狭くてウェスト通らないぶひ」

「学長がバリアフリーを理解してるか怪しいところでござるな」

「さてさて今日もアニメ鑑賞会を始めめるでぶひー」

「フフフ、今日は拙者とっておきのアニメの最終回を用意したので負ける気がしないでござる」

「……しかし授業も出てないのにアニメとは、我々相当のワルでぶひねぇ」

「クククッ、拙者は授業が終わったら部活に行くのでワルではござらん」

「授業終わったらって授業出てないのにぶひかぁ?それ結局やる気ないぶひ!」

「流石よく見破りましたな。その通りやる気など最初からないのでござるよ」
「…………」
「ぶひひひひひっ!」
「クックックックッ!」


池田・阿部(…………)

カツーン…カツーン…

「! まずいでぶひ!」

「巡回のスケジュールが変わっていたとは!これはまずいでござる!」

「急いで片付けて脱出するでぶひ!」

ガタンッ バッタン ガララッ タッタッタッタッ…

池田「……行ったか。阿部さん出てきていいぞ」

阿部「……はい///」

池田「スケジュールが変わったとか言ってたな。帰りは気をつけ……ってどうした阿部さん?」

阿部「いえ、あの、隠れている時に、ずっと池田さんの肘が胸にめり込んでたので、その……///」

池田「わっ、悪い!き、気付かなかった!いや気づく程のボリュームはあったけど!違う!ごめん!」

阿部「い、いえいえ、私そんなに気にしてませんし……あと、阿部さんだったらいいかな、って……」ゴニョゴニョ

池田「しまった俺の株をまた不必要に下げちまっ……え?なんだって?阿部さん」

阿部「だっ、だからっ!阿部さんだったら!ぃぃヵなって私……」

池田「え?何?罵倒されてるであろう肝心な部分が聞こえないんだけど」

阿部「だから……もういいです!///」フンッ

池田「また怒らせてしまった……」

阿部「…………」プンプン!

池田「……えーと、あ、そうだ!さっきの学生がアニメとか言ってたし」

池田「趣味のアニメ鑑賞とかできたら嬉しいなぁ、なんて」チラッ

阿部「……」ピクッ

池田「あー、でもおれのぎじゅつりょくでは、とてもじゃないがみつけられないなー」

池田「こまったなー、こういうときとくいなひとがいれば、たすかるのになー?」チラチラッ

阿部「……しょ、しょうがないですねぇ池田さんはぁ、私がやらないと何も出来ないんですからぁ」

池田「それじゃ阿部さん、アニメ作品の閲覧をお願いしたいんですけど……どうでしょう?」

阿部「いいですよ!私に任してください!」
タカタカタカ ッターン! タカタカタカ ッターン!
<<コノ ライブラリー ヲ エツラン スルコトハデキ…>>
タカタカタカ ッターン! タカタカタカ ッターン!
<<コノ ライブラリー ヲ エツラン…>>
タカタカタカ ッターン! タカタカタカ ッターン!
<<コノ ライブラリー…>>

ッターン!

<<コノ ライブラリー ハ スベテ エツラン ガ カノウデス>>

阿部「ここのライブラリーは生きてますね」

池田「ってことは……」

阿部「と言ってもファイルが破損してて一部分しか見れませんが」

池田「見れるだけ御の字だ!ど、どんなアニメがあるんだ!?」

阿部「これがリストです。ア行は、駄目ですね。ほぼ壊滅状態です」

池田「じゃぁ次だ。カ行はどうだ?」

阿部「見れるファイル……ありました!クレヨン……しんちゃん?」

池田「クレヨンしんちゃんッ!?」

阿部「知っている作品なんですか?」

池田「マンガはな。アニメをまさかお目にかかれるとは……」

阿部「ファイル名は、『クレヨンしんちゃん・電撃!ブタのヒヅメ大作戦』とあります」

池田「なんてこった!そいつは劇場版だ!クレしんは劇場版が最高にクールだったって話を聞いたことがある!」

阿部「……後半部分から再生になってしまいますけど、いいんですか?」

池田「見れるだけマシだ!早よ!早よ!」

阿部「分かりました。ポチッとな」

ザーッ

フォン

池田「ぶりぶりざえもん!」

阿部「このブタさんの名前ですか?」

池田「ああ!救いのヒーローでクズなブタなんだよ!最高だろ?」

――――

ぶりぶりざえもん「…………」

ぶりぶりざえもん「……ソル、ワダシヴァ、クョルヴドシヴァイシャ。セカイジュルドディンゲンドボガワダシドバエディビィリヴズ……」

しんのすけ「ディガルヨ、ムディムディザエボン。オバエヴァオラドドゥボダディディ、『ズグイ』ドビィードーナンダヨ」

マウス「ダバッデドガクッ!」

ぶりぶりざえもん「『ズグイ』ドビィードー……」

ぶりぶりざえもん「……ソドヴァナシ、ボルズコシクカセデグリ」

――――

池田「」

阿部「?」

――――

ぶりぶりざえもん「ソルカ…コリカラヴァ、ビィドゥダズケヲシヨルドゥオボッダドディ…ボル、ダベラシイ」

ぶりぶりざえもん「オデノカラダハボドボドダ!」

博士「……イダヴィヴァア゙ドゥカ?」

ぶりぶりざえもん「イャ、ダイジョルムダ」

博士「……ソルカ……ズバナイ」

ぶりぶりざえもん「イイッデコドゥヨ、コリボビィドゥダズケダ」

ぶりぶりざえもん「…………」

ぶりぶりざえもん「……バダ……コンナナガベ、ヴィラリドゥカナ?」

博士「ボディドンジャヨ!……オバエヴァ、ココバディ、ジムンドア゙シディドボッデコリダジャナイカ!」


ぶりぶりざえもん「……シンドズケ」

ぶりぶりざえもん「……ボンドゥルヴァ、ワダシドディンディンドボルガオオクカッダヨナ?」

しんのすけ「…………」フルフル

ぶりぶりざえもん「バカ!……コルイルドゥクヴァ、ルソディボ『ルン』ッデイルボンダ!」

ぶりぶりざえもん「……ジャア゙ナ……!」スーッ…

プツッ ザーッ…

阿部「あ、映像ここまでですね」

池田「」

阿部「どこの国の言葉なんでしょうかね。独特な発音が――」

池田「ウゾダドンドコドーン!」ズシャァッ

阿部「わあっ!?」

池田「そんな……あんまりだよ、こんなのってないよ……」

阿部「い、池田さん?」

池田「他の!他のアニメを出すんだ!」

阿部「は、はい!」

――――

リュウセイ「オレァイディヴンイディビョル、ソシデコドシュンカンディボセイディョルシデイドゥ!」

リュウセイ「ダカラコソイエドゥッ!イバドオレァクドルドオリヨディ、ボッドゥボッドゥボッドゥ!ヅヨイ!!」

――――

池田「これもかよ!次だ次ィッ!」

――――

♪イーザズーズーベーャークッディーン

♪ベッザズーヴァージャーガーイボー

――――

池田「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」バンバンッ

池田「OPテーマまで侵食されてるのかよッ!」

阿部「ど、どれも同じ言語みたいですね」

池田「違うんだ……きっとこれは……カ行が死んでるだけで、他は、他はもっと……」ブツブツ

阿部「じゃぁ隣のサ行フォルダを――」

池田「駄目だ。隣もこうなってる可能性がある。一気に……そうだなマ行あたりまで飛んでくれ」

阿部「マ行ですね。ここもデータがほとんど死んで……あ!」

池田「どうだ?見れそうなのあるか?」

阿部「ギリギリいけそうなのが……ええっとも、もの、のけ、ホ、モ……?」

池田「……もののけ姫じゃないのか?」

阿部「ああっ!もののけ姫です!文字化けがひどくて。こちらもご存知なんですか?」

池田「ジブリっていう伝説のアニメスタジオが制作した作品だ」

阿部「伝説のアニメスタジオ……」

池田「何でもアニメ映画を世に出す度に、目が赤くなったり青くなったり、閃光で失明したりしたらしい」

阿部「うわぁ、流石伝説。凄まじいの一言ですね。でも何故目なんでしょうか……」

池田「もののけ姫はスタジオジブリとしては10作目に当たる作品だ」

池田「賛否両論あるが、共生をテーマとして扱ったアニメ映画としては非常に出来がいいそうだ」

阿部「……池田さん、詳しいですね」

池田「……見れないとなると、予備知識ばかりが膨らむもんなんだ」

阿部「じゃぁ、再生しますよ」

池田「頼む。お願いだからまともな声を……」

フォン

阿部「わ!すっごい綺麗です!後ろのって『森』ですか!?」

池田「美しい……」

阿部「大きいワンちゃんがいますよ!すっごいモフモフしてます!」

池田「……この妙なフードをかぶった男がアシタカで、あの少女がサンか」

阿部「ああっ!?でもワンちゃんケガしてます!血が出てます!」

池田「アシタカがサンに気付かれた!」

池田「――ッ」


池田「…………」チラッ

――――

バッ

アシタカ「ワガナヴァア゙シダカ。ビィガシドヴァデヨディコドディベクダ」

アシタカ「ソナダダディヴァシシガヴィドボディディズヴドゥクグヴドゥイカヴィカッ!」

サン「…………」

サン「……ザァリ」

――――

プツッ ザーッ…

阿部「あー、終わっちゃいましたねぇ」

池田「…………」

阿部「でも私は今のアニメが一番良かったですよ」

阿部「あのカブトムシみたいなのを激しく前後させるアニメより、こっちが好きです」

阿部「モフモフの白くて大きいワンちゃんもいますし……って池田さん?」

池田「違うんだよ……声が……一体どうして……」

阿部「違うって言語がですよね?」

池田「……ありゃぁ全部日本語なんだよ」

阿部「えっ!?あのボドボドとか言ってるアレがですか!?」

池田「……特撮モノの一つに仮面ライダー剣ってのがあってな」

池田「俳優の滑舌の悪さが一時期ニュースにも取り上げられる程、ひどかったんだ」

池田「『本当に裏切ったんですか!』ってセリフが『オンドゥルルラギッタンディスカー!!』こう聞こえるところから――」

池田「通称、オンドゥル語」

阿部「オンドゥル……」

阿部「! ってことはさっきのアニメでも池田さん聞き取れてたんですか!?」

池田「……大体な。アニメは見れなくても、特撮は腐る程見れたからな」

池田「特に剣が好きだったから……オンドゥル語は誤解を恐れずに言うなら、俺はマスターの域にまで達していると思う」

ペポン!

池田「ん?何だ?」

阿部「エラーですね。とりあえず閉じ――」

ペポン! ペポン!
ペポポポポポポポポポポポポ――

池田「お、おい……何か、様子が」

フッ

言いかける内に突然照明が真っ暗になった。

ディスプレイの光源が俺と阿部さんの二人を青白く照らす。

PCの電源は落ちてない。元気にエラー音をまだ響かせている。

……ということはブレーカーの類のトラブルじゃないらしい。

阿部「あの、池田さん……」

池田「ああ、嫌な予感がするな」

壁の警告灯が室内を赤く照らし始めた。

冷たい汗が背中を伝う。

まさか、そんな。

タイミングが悪かっただけで、俺たちはこの消灯と無関係かもしれない。

ただアニメを見ていただけだからきっと大丈夫なはず。

……そんな甘い考えは電子音声で砕け散った。

<< 不明ナユニットガ接続サレマシタ >>

<< システムニ深刻ナ障害ガ発生シテイマス >>

<< 直チニ使用ヲ停止シテクダサイ >>

池田「あ、阿部さん……?」

カタカタッ

阿部「! 私たちが鑑賞していたアニメのライブラリーから無数にファイルが拡散されてます!原因はここです!」

池田「嘘だろ!?俺たちただアニメを見てただけで……」

池田「…………」

阿部「池田さん?」

池田「阿部さん、ライブラリーにさ、ロックとかそういうの、かかってなかった?」

阿部「パスワードとかのセキュリティってことですよね?かかってましたよ」

池田「……それを」

阿部「あんなの赤子の手を捻るようなもんですよ!やたら厳重でしたが私の敵ではありません!」

池田「だよなぁ……じゃなきゃ見れないもんなぁ……やっちまったなぁ……」

<< 第一カラ第二マデノ障壁ノ汚染、破壊ヲ確認 >>

<< 再生プロトコルニ従イ、再起動.......失敗 >>

<< 増殖パターンカラ 第一種警戒レベル『オンドゥルウィルス』ト判明 >>

<< 感染シタスベテノファイルデータヲ オンドゥル暗号化スル悪質ナウィルス >>

池田「本当に悪質だな!」

<< ウィルス対策アップデート通信開始.......失敗 >>

<< 企業ハオフラインノ模様 >>

池田「企業なんか300年も前に潰れてるに決まってるだろ!」

<< 高等学校スベテノPC及ビサーバーヲ スタンドアローン化ニ移行 >>

<< 完了 感染拡大ヲ回避 コレヨリリリリ...... >>

阿部「リリリ?」
ピポンッ
<< (0w0) >>

池田「…………」

阿部「…………」

<< (0w0) >>

<< (#0w0)ウェェェェェェェェェェェェェェェイ!! >>

半ばヤケクソな電子音声が吠えると、次々と窓にシャッターが降り始めた。

対爆用の分厚い奴だ。まったくもって今使う必要はどこにもない。

オンドゥルウィルスにメインサーバーがやられ、暴走してしまったのだろう。

悠長に思慮していたら今度は扉付近のシャッターも降り始めた。

火災用だ。あれが閉じてしまうと図書室に閉じ込められてしまう。

池田「阿部さん、逃げるぞ」

阿部「りょ、了解です……」

自由帳を懐に入れて廊下を全速力で走りだす。

各教室でも軽くパニックに陥っているようで、教師が事態の収拾に当たっている。

玄関を目指していると聞き覚えのある声が階段の上から聞こえてきた。

「ありえないでぶひぃぃぃ!!」

「ボキの黒子たんはこんな事言わないぶひぃ!」

――――

黒子「ジャッジベンドゥディスド!」

――――

「ジャッジメントですの!って言ってくれないでぶひぃ!」

「ボキが特別に編集した電撃で気持よくなるシーン集も全滅してるぶひぃ!」


池田「あー……ラップトップ型だろうがなんだろうが接触すりゃアウトか」

阿部「一つ増えるごとに自分の一部分を変更しながら増殖するので……」

池田「ワクチンが間に合わないのか。……道理で厳重にロックされてた訳だよ……」

池田「あ!ゼウス先生!」


ゼウス「あぁ!ご無事でしたか!監視カメラも突然死んでしまってまったく校内の状況を把握できず――」

池田「私さっき隔壁に挟まれそうになって死にかけたんですよ!」

ゼウス「も、申し訳ございません!恐らくこの高校を妬む他の教育機関がサイバーテロを仕掛けてきたので――」

池田「説明はいい!とにかくこんな恐ろしいところにいられないんだ!帰らせてもらいます!」

ゼウス「申し訳ありません!本校の不徳の致すところでして――」

池田「あそこに書いてある校訓は嘘なんですか!」

ゼウス「こ、校訓ですか?ええっと――」

池田「あなたの真後ろです!」

ゼウス「失礼しました!」クルッ

池田「…………」

サッ シュッ

池田「『安全』を大切に、とありますがね」

ゼウス「申し訳ございません!!」

池田「もういいです。ではさようなら、行きましょう阿部さん」

阿部「…………」コクリ

――――

池田「ここまで来りゃ見えないか。やれやれ、怒るふりをするのも疲れるねぇ」コキコキ

阿部「ど、どうしましょう……」

池田「どうもこうもないよ。解き放っちまったもんはしょうがないだろ……」

阿部「折角高校に入れたのに、ごめんなさい……」

池田「阿部さんが謝る必要はないだろ。むしろ原因は俺だ」

阿部「池田さんは純粋にアニメを見たかっただけじゃないですか」

池田「今日の目的はアニメ鑑賞じゃない。あくまで阿部さんの記憶を回復する為の情報収集だろ?」

池田「だったら余計な事言った俺が悪い。気にするな」ポフッ

阿部「あっ……///」

池田「っとすまん!何だか無意識に手がだな……!」

阿部「……いえ、なんだか胸がポカポカしますから……続けてください」

池田「そ、そうか。じゃぁ……」ナデナデ

阿部「えへへ///」

池田「お、終わり!さぁ帰ろうぜ!」サッ

阿部「もう終わりですか!?もっと撫でてください!」ムーッ

――――

TDN「あらァ、お帰り。デート楽しかった?」

池田「デートじゃない!校内見学だ!」

TDN「恥ずかしがる池田ちゃんステキだわァ。下半身にグッとクるものがあるわネェ」

池田「っせぇ!」

TDN「あ、そうそう二人共聞いてよォ」

池田「嫌だね」

阿部「何でしょう?」

TDN「あたしのPCさっきから突然オカシクなっちゃってさァ」

池田「…………」

阿部「…………」

TDN「設定も何もしてないのにOSの言語変わっちゃったみたいでねェ」

池田「そ、そうか。そりゃ大変だな」

阿部「それってもしかしてオンドむーっ!」モゴモゴ

TDN「あら嫌だ。いきなりソフトSM羞恥プレイとか池田ちゃんコアね」

池田「ちっ、ちがわい!」

TDN「初体験は思い出に残る方が後々いいわよ。まぁあたしはどっちでもいいけど」

TDN「ほらコレよコレ。まったくもって意味不明でしょォ?」

<< (#0w0)オレハイマ!ウシロニハラガタッテイル! >>

<< (#0M0)オレノジャマヲスルナラカタイップロポッポデロ!! >>

<< (0H0)…フロート >>

<< (;0w0)!? ダリナンダアンダイッタイ!?>>

池田「……い、意味不明だな……ふ、くっ」ブフッ

阿部「あ、あのー……」

TDN「何かしら阿部ちゃん」

阿部「私、これ何とかしてみましょうか?」

TDN「あらァ、阿部ちゃんそんなことできるの?」

池田「……高校へ行った一番の成果がそれなんだドク」

池田「俺が動かし方すら分からないPCをあっさり起動させた上――」

池田「認証やパスワードをあっさり突破するスキルを、阿部さんは持っている」

TDN「それでいてなおかつ科学に関する知識が豊富、ねェ」

池田「阿部さんはここらのスラムみたいなエリアの出身じゃない」

池田「それだけの教養とスキルが身に付けられる場所で育ったはずだ」

TDN「なるほどねェ。でもそんな場所聞いたことないわよ?」

池田「そのヒントがあるとするなら……ここだ」スッ

TDN「……シェルター?」

阿部「はい。その地図の詳細を覚えているんです。何故か分からないんですけど――」

阿部「私は、そこに行かなきゃって強く感じるんです」

TDN「開かずのシェルターに女の子の阿部ちゃん。……謎は深まるばかりねェホント」

TDN「……そうだ!阿部ちゃん!お外出かけてきて埃っぽいでしょう?」

阿部「あ、はい。走ったりもしたんで、汗も多少」

TDN「ボイラー点けて来て頂戴。それでお風呂にも入っちゃいなさいな」

阿部「分かりました。ありがとうございます」

タッ

池田「……で?」

TDN「個人まではまだ特定できてないけど……阿部ちゃんを襲った犯人、ある程度目星はついたわ」

TDN「あなたが憩いの場にしている公園の近くで、立て続けに強姦事件が起きていたみたいなの」

池田「……そうか」

TDN「被害者の1人から犯人の特徴を聞くことができたわ」

TDN「身長は約170。中肉中背。体臭はきつめで、黒いパーカーに黒のジャージ」

池田「顔はどうなんだ?」

TDN「……黒のニット製の目出し帽」

池田「……それじゃ話にならないな」

TDN「いえ、次が決定的よ」

TDN「――右手の甲に『C』の焼印」

池田「!」

TDN「間違いなく教団のうちの誰か、ってことね」

池田「……確かにそれならかなり犯人を絞れるな」

TDN「まだ人を使って調査を継続させてるから……じきに分かるはずよ。ただ……」

池田「ただ、なんだ?」

TDN「もし教団だとして池田ちゃん、どうするつもりなの?」

池田「…………」

TDN「ナチュラルに狂ってる連中よ。手を出したら最悪――いえ確実に報復されるわ」

池田「要はやったのが俺だってバレなきゃいいんだろ?」

TDN「……池田ちゃん相手を甘く見るのは――」

池田「許せないんだ」

TDN「え?」

池田「許せないんだよ、俺は」

TDN「…………」

池田「最初はな、食料を得るのに丁度いい口実だと思ってたさ」

池田「リスクも高くないし、大義名分もある」

池田「だけどな、今はリスクだとか……そんなのはどうでもいいんだ」

池田「阿部さんを襲った奴が平気なツラして歩いてるのが、ただ許せない」

TDN「池田ちゃん……」

池田「なんだろうな。らしくない……ってのは分かってるんだけどよ」ポリ

TDN「それはね、『恋』ってヤツよ池田ちゃん」

池田「こ、恋?」

TDN「池田ちゃんが阿部ちゃんに惚れてるってこと。愛する人を傷つけられたことが許せないのねェ」

池田「惚れてるってのはつまり、俺が阿部さんを――」
阿部「呼びましたか?」

池田「どわぁっ!?」

阿部「?」

池田「な、何でもない!それより明日、明日の話だ」

阿部「明日ですか?」

池田「明日シェルターに行こう。仕事は早退けして迎えに来る」

阿部「昼間外に出ていいんですか!」

池田「だから目立つ格好はするなよ。ただでさえ阿部さんは人目を引くんだからな」

阿部「私、そんなに変ですかね……」

池田「変じゃなくて美人だから危ないって……あ」

阿部「///」

池田「と、とにかく地味な格好しろ!分かったか!」

阿部「……はい///」

池田「……えーと、俺は帰るッ!」

TDN「いいわネェ……若いって。ごちそうさまヨ」

――――

ガドドドドドドッ

池田「…………」ソワソワ

ガドドドドドドッ

池田「…………」チラッ

池田「!」

ガコン プシュー…

「お、どうした池田。昼飯にはまだ早ぇぞ」

池田「悪いな。今日は早退けなんだ」

「あぁ!?……皆勤賞貰えそうなのになんて勿体ねぇ」

池田「そんなもんより重要なことがあるんだよ」

「ははーん……腕時計もつけてるし、朝からそわそわしてたし、さてはお前――」

池田「なっ、なんだよ」

「男ができたな?お前もようやく変態卒業って訳だ」ニヤリ

池田「……じゃぁな」

――――

池田「遅れて悪い!」

阿部「…………」プクーッ

池田「思ったより長引いてさ、出来るだけ早く帰ってきたんだけど……」

阿部「……おこです」

池田「……はい?」

阿部「激おこぷんぷん丸です!」

池田「激お……何?」

阿部「激オコスティックファイナリアリティぷんぷんドリームです!」ゴゴゴゴゴ

池田「お、おう……」

阿部「おうじゃないです!2時間も待ってたんですよ!」

池田「お、怒ってるって意味なの……か?」

阿部「怒ってますよ!だから怒るの最上級、激オコスティックファイナリアリティぷんぷんドリームなんです!」

池田「……おい、ドク」

TDN「阿部さんが20世紀の文化に興味があるって言ってたから、試しにギャル語を教えたのヨ♪」

阿部「1時間だったらカム着火インフェルノォォォオオオウ!で済みましたけど、連絡もなく2時間ですよ!」プンプン

池田「すまん、その、仕事を終えた後、コレを探してたら時間かかっちまってな……」スッ

阿部「……これは……」

池田「髪留めだ。女モノは骨董屋ぐらいにしかなくてな。駆けずり回ってたらこんな時間に……」

阿部「……綺麗です」

池田「髪長いのが時折鬱陶しそうだったから、なんだ……後ろで髪をくくるのに丁度いいと、思ってな」

阿部「…………」

池田「その、どうだ?」

阿部「嬉しい、です///」

池田「そ、そうか。なら……良かった」ポリポリ

阿部「……だから、『おこ』だけにしときます」

池田「ええっと……なんとかそれもまけて貰えないかな?」

阿部「……ナデナデ」

池田「へ?」

阿部「ナデナデしてくれたら、それもなしにします///」モジモジ

池田「こ、こうか……?」ナデリ

阿部「あぅ……」

ナデナデ

池田「んーと、もういいか?」ナデナデ

阿部「ダメです。もうちょっとお願いします……」ホニャァ

池田「……おう」ナデナデ

――――

阿部「んふー!満足しました!」テカテカ

池田「…………///」

阿部「出かける前に髪留めつけてきますから、ちょっと待っててくださいね」

池田「……ああ」

阿部「ふーんふふーん♪」タッ

TDN「…………」

池田「……なんだよ」

TDN「阿部ちゃんがうちに来てから新しい発見ばかりだわァ」

池田「なっ、別にいいだろうが俺が何したって――」

TDN「あたし、池田ちゃん『の』とは一言も言ってないんだけどォ」クネリ

池田「ックソっ!勝手にしろ畜生!」

阿部「おまたせしましたー♪」

池田「早く行くぞ。このクソ医者が――」

池田「…………」

阿部「? どうかしましたか池田さん?」

 阿部さんの髪は元々美しかった。

闇を溶かしたかのような黒髪は陽光を受けて妖しく煌めき、弱々しい月明かりですら輪郭をその艶で浮かび上がらせる。

阿部さんが振り返れば、ドレスのように毛先が綺麗に翻り、跳ねる。

跳ねた髪は乱れることなく元の位置にゆるりと収まる。まるで動いた事実などなかったかのように。

それだけで美しかった。何かを加える必要も、何かを足す必要もないと俺は思って『いた』。

 今の彼女の髪の『美』の方向性は以前とはまったく違う。

髪留めで後頭部の髪を高く結い上げ、角度を高めに集め、先端は重力に任せて垂らす。

ポニーテール。さながら馬の尾のように見えることから名付けられた髪型の名前。

だがこれを『馬の尾』と呼んで良いものか、俺は真面目に思案していた。

それ程までに彼女のポニーテールは美しく、神がかっていたのだ。

清楚で天然なイメージがある彼女に活発そうな健康さが加味され、雰囲気が明るくまとまっている。

かつ、うなじが露出することによって首から肩、あるいは首から鎖骨のラインが露わになり、以前より更に色気が増した。

髪を結わえる場所が高くなった為に、阿部さんの僅かな動きで反応する『尾』も愛らしい。

俺は二つの事を強烈に思い知らされていた。

一つは、このあざとい髪型をした阿部さんが本当に美人であること。

もう一つは、俺にポニーテール属性があったということだ。……それも重度の。

阿部「えへへ。どうですこの髪型?」クルリ

池田「…………」

阿部「私の髪の長さなら丁度いいし、これなら作業する時とか、走る時にも――池田さん?」

池田「へっ!?」

阿部「ちゃんと聞いてました?」プクーッ

池田「あ、あぁっ、聞いてたとも、そりゃな///」

阿部「本当ですかー?何か上の空でしたけど……」


池田「に、似合ってるぜ。……その、すごく」ポリポリ

阿部「そ、そうですか……なら、別にいいんですけど///」モジモジ

TDN「今日一日出かけないならそこでイチャコラしててもいいけどさァ」

TDN「あんたたち、シェルターに出かけなきゃいけないんじゃないのォ?」

池田「そ、そうだな!じゃぁ、行こうか阿部さん」

阿部「……はい」

TDN「二回目のデートなんだからもっと肩の力抜きなさいヨ」

池田「だからデートじゃねぇ!」

阿部「……おこです」ムーッ

池田「ええっ!?」

TDN「ほらほらァ、こっちは医者の仕事があるんだからさっさと出てった出てった」

阿部「はい。じゃぁいってきますTDNさん」スタスタ

TDN「はい、いってらっしゃい阿部ちゃん」

池田「なぁちょっと、待って……何で今怒って……」

TDN「池田ちゃんもファイトよォ!……ハァ、あたしもイイ人欲しくなって来ちゃったわァ……」

>>225 ◆削除

――――

阿部「あれ?シェルターに行くならこっちの道の方が近いですよ池田さん」

池田「いや、こっちでいいんだ。お互い昼飯まだだろ?」

阿部「そういえば……」

池田「俺うまい店知ってるからさ、そこで食おう」

阿部「本当ですか!何かそういうの私、すごく嬉しいです!」

池田「……まぁ口に合うかは分からないが」

阿部「違うんです。池田さんと一緒に食べるから嬉しいんですよ」

池田「……そうか。うん、そうだよな」

阿部「ですよね?わぁー楽しみだなぁ……」ジュルリ

池田「阿部さんよだれよだれ」

――――

池田「おぅ親父、元気でやってるか?」

店主「おぅ!池田じゃねぇか!昼間にここへ来るたぁ珍しいな」

池田「まぁな。偶には俺だって休暇ぐらい取るさ」

池田「いつものやつ二つ頼むわ」

店主「二つ?あぁ隣の兄ちゃんの分だな。後輩か何かかい?」

池田「……まぁそんなもんだ。お代はチロルチョコでいいか?」

店主「単なるミルクチョコだと今レート低めだが……」

池田「……塩バニラにきなこもち」スッ

店主「こいつぁ参った!それなら全然問題ないぜ池田!よぉしちょっと待ってろよ」

池田「阿部さん、こっち来て」

阿部「はい。あ、席は取っておかなくていいんでしょうか……」

池田「空いてるから問題ないさ。それより出来立てを受け取る方がずっと大事だ」

阿部「出来立て?」

店主「へいお待ち!偽551まんだよぉ!熱くて美味しいうちにどうぞ!」

池田「おぅ来た来た!阿部さん相当熱いから気をつけて持てよ」

阿部「は、はい!」

池田「相変わらずウマそうだぜ……」ホカホカ

阿部「ふわふわしてて、とってもあったかいです……」ホカホカ

阿部「これ、どうやって食べればいいんですか?」

池田「両手でこう持って、一気に……かぶりつく!」ガブッ

池田「ハッハフッ!熱いから、ホッ!ひゅ、ひゅういひへふへよ!」モムモム

阿部「…………」ゴクリ

アムッ

阿部「!」

池田「……どうだ?」

阿部「お、美味しいです!ふわっとした生地の内側から熱々の肉汁とその、とにかく美味しいです!」アムアム

池田「気に入ってもらえたみたいで何よりだ……ハフッ!」

阿部「……でも」

池田「ん?」

阿部「何でこんなに美味しいのに『偽』とか名前につけるんでしょう……」

池田「ああ、それか。店内カウンターの奥見てみな」

阿部「あれは……生体用の培養槽ですか?」

池田「あそこにさ、入ってるんだよ。オリジナルの551の豚まんがな」

阿部「オリジナル……豚?」

池田「元々551の豚まんは今から何百年も前に売ってたのさ」

池田「そしてここの店主が第……何代だったか忘れたが末裔なんだよ」

池田「そして跡継ぎだけが、あの豚まんを齧ることを許される」

阿部「何百年も前の食べ物をですか!?」

池田「よくわからない保存用の液体に漬けられてるから腐らない。まだあと300年くらいは余裕で保つんじゃないか?」

池田「まぁ今じゃ豚なんてどこにもいねぇし、材料の野菜だって手に入らない」

池田「ここの店主が野草や他の常備食品をうまく加工することで、この味を作ってるってことなのさ」

店主「またよぅく知ってるな池田よ!」

池田「常連だぜ?それに俺の耳がタコになる位親父が自慢してりゃぁ嫌でも覚える」

池田「ま、とにかくこの551まんは最高にウマい551の豚まんを模して作られた」

池田「だから『偽』ってついてる。本人曰く、それが日本人の慎ましさだとかなんとか」

店主「おうよ!豚も使ってねぇのに豚まんなんて言って売り出したらご先祖さまに申し訳が立たねぇ!」

池田「……だそうだ。まぁ偽だろうがなんだろうが、ウマいんだからさ。美味しい内に……ハムッ」モムモム

阿部「そうですね……ハフハフッ!」アムアム

ザワザワ…

阿部「……あの人だかりは何でしょう?」

池田「……教団だよ。ありがたい説教を毎日毎日、広場でやってるのさ」

阿部「教団?」
      ルシファーズハンマー
池田「教団『堕天使の槌』。邪神ケイオスとやらを崇める、イカれた連中だよ……」

――――

ピーピーガガガ

司教『悩める民よ!罪深き民よ!』

司教『私が改めて問うまでもなくこの世は怨嗟に満ち満ちている!』

司教『何故か!何故憎しみによる連鎖は絶えず、我々は苦しみ続けなければならないのか!』

司教『先祖が犯した過ちや罪を何故我々が背負わなければならないのか!』

司教『諸君は常々疑問に思ってきたはずだ!』

司教『しかし違う!それは大きな誤解である!』

司教『これは試練!神が我々に課した試練なのだ!』

司教『実に927年前、この地球上に原因不明の男体化の病の嵐が吹き荒れた!』

司教『生殖は最早不可能とされ、病に対抗する為に人類は神の園、この外郭を作り上げたのだ!』

司教『だが男体化止めることなど出来なかった!地の底からも連絡は途絶え、人類は終焉を迎えたかに思われた!』

司教『だが見よ!我々は生きている!生殖などすることなく実に1000年近くも文化を繁栄させてきたのだ!』

司教『聡明な者は既に気付いただろう!そう、男体化は病などではない!』

司教『神はこの世に男しか必要ないと審判を下したのだ!』

司教『そして我々は試されているのだ!この男たちだけの園で楽園が築けるか否かを!』

司教『憎しみ、いがみ合う我々は大いなる一つ意思の元に集い、団結し創造する義務があるのだ!』

司教『例え誰もが許さぬ罪人であろうと、我々は赦す。そして神も必ず赦してくださる!』

司教『神を!邪神ケイオスを愛するのだ!何故なら神は罪人を愛するのだから!』

司教『罪人を!罪人を愛するのだ!何故なら罪人は諸君自身に他ならない!』

司教『聖域を!クローン施設を愛するのだ!何故なら聖域こそ我々の愛する息子たちの胎内なのだから!』

司教『おお神よ!男を除いて生まれながらに自由な存在などないと、行動で示した神よ!』

司教『負の力を!究極なる闇の力をもって我々を導く神よ!』

司教『我々は聖と邪を区別することなく施しを与えます!どうかこの者達に闇の祝福を!』

ピーピーガガガ

――――

阿部「…………」

池田「で、最後に配給だ。教団に入る事と引き換えに、食料を何の対価も無しに手に入れられる」

池田「だから入団してる連中はべらぼうに多い。神なんか信じてなくたって食料手に入るしな」

池田「……だが入ったが最後泥沼だ。狭い部屋に閉じ込められて、ありがたい教典を延々と聞かされ続ける」

池田「一月もすりゃ狂信者の出来上がり。利口な連中はうまくかわせるが、そうでない奴らは終わりだ」

阿部「…………」

池田「……ここに来る時間考えりゃ良かったな。気味悪いもん聞かせて悪い」

阿部「……いえ、偽551まん美味しかったですし。それに……」

池田「ん?」

阿部「いえ、何でもないです」

池田「じゃぁ、そろそろ行くか。腹ごなしがてら丁度いいしな」

阿部「はい」

池田「前も言ったけどな、教団には気をつけろ。近づくな、そして関わるな」

阿部「……心配、してくれてるんですか?」

池田「あー……親父、今日は夜まで店開いてるのか?」

阿部「あ!ちょっと池田さん!」

店主「おうよ。腰の調子もいいしな。客が引くまでは開いてると思うぜ」

阿部「はぐらかさないでくださいよ!」

池田「後でまた来る。行くぞ阿部さん」

阿部「今心配してくれてたんですよね――ってちょっと置いてかないでくださいよー!」

――――

 俺が勤める現場の西側。

外殻大地に半ば埋もれる形で建っている半球状の建築物がある。

様々な国の言葉で、入り口の思われる部分に『シェルター』と刻印されているその巨大な鉄塊。

当然シェルターなのだから、俺たちにとって喉から手が出る程欲しい水と食料が詰まっている。

なのにこのシェルターは長い間放置され続けてきた。

理由は至って単純。要は硬すぎたのである。

爆発物を仕掛けても吹き飛ぶどころか焦げ一つ付かず、ドリルで削ろうとすれば先端があっという間に摩耗する。

堅牢な外殻を削れる掘削機でさえ小一時間奮闘しても傷すら付かない。

開きもしない宝箱に価値はないように。

このシェルターに対する興味は徐々に失われていった訳だ。

池田「……さて、開かずの扉に着いたはいいが」

鈍色に輝くシェルターの壁面を眺めつつ軽く息を吐く。

鼻息荒く阿部さんを連れてきたものの、中に入る手立てはない。

池田「阿部さん、思い当たる節って地図以外に……あれ?」

先ほどまで隣にいた彼女の姿がない。

一瞬嫌な考えが頭の中を巡り、手の平に汗が滲む。

慌てて辺りを見回すと、いつの間に移動したのか。件の扉の前で阿部さんが屈んでいた。

池田「……頼むから一言俺に言うなりして――」

―ォォン…

池田「!」

異音。

正面の扉と自分の踏みしめる地面から同時にソレは聞こえた。

遠雷にも似た奇怪な音は一度では止まず、鳴り続ける。

シェルターが開ききった音でようやく我に返り、阿部さんの元へ急いで駆け寄る。

池田「阿部さんッ!」

阿部「はい?」

 状況にそぐわぬのんびりした返事で、膝が抜けそうになる。

こっちは動き出したシェルターで軽くパニックに陥っていたというのに……阿部さんは焦るどころかどこか楽しげな様子だ。

池田「いや、ケガとかなければ、それでいいんだが……」

池田「…………」

ここで先ほど頭の隅でもたげた疑問が再び浮かび上がる。

この開かずの扉は当然の事ながら、開かないから開かずの扉なのだ。

それがどうだろう。道具も何も使わずに、開いてしまったのだ。

何故?何故今開いてしまったのか。

……恐らく目の前で砂をほじ繰り返している人物が、それをよく知っているはずだ。

池田「阿部さん、ひょっとして扉を――」

阿部「開けましたよー!」

……案の定というか、何というか……やっぱりそうだった。

阿部「網膜認証と静脈認証の部分が、ほら、ここに埋まっちゃってて」ザックザック

阿部「さっきは無理矢理通しちゃったんで、帰りはスムーズにできるようにしときますね、よいしょ」ザクザク

池田「……つまりなにか」

池田「普通に認証すれば誰でも入れたってことか?」

阿部「だと思いますよ?シェルターですし」

池田「…………」

過去の挑戦者たちよ。

優秀なドリルなど必要ではなかった。

必要だったのは優秀な頭脳だったのだ。

とりあえず削るという脳ミソ筋肉な答えじゃどうしようもなかったのだ。

優秀な助手を手に入れた俺は、ありがたく中身の食料をいただいていく。

後で墓に備えてやるから化けて出るなよ。

阿部「早く行きましょうよ池田さん!」

池田「……警戒しながら行かないと危ないからな、ゆっくり行くぞ」

阿部「らじゃーです!」

 乾いた陽光が降り注ぐ地面から、シェルター内へ一歩踏み出すと、あまりの暗さに視界が白い残像で一杯になった。

なんなとく手探りで隣の阿部さんの腕を手繰り寄せ、手を繋ぐ。

今度こそ彼女が勝手に消えないようにと繋いだのだが……どうやら勘違いされたらしく、頬を染め、俯いている。

……理由を説明するとまた激おこぷんぷん丸とか言いかねない。そのままにしておこう。沈黙は金だ。


 少し時間が経つと、内部の暗さにも目が慣れてきた。

照明らしい光源は何もないが、代わりに天井、壁面、床すべてが淡く濃緑色に発光しており、最低限の光度を維持している。

時折強い光が継ぎ目に沿って走っていくのも外壁と同じだが、ここでは進行方向と思わしき方向に一定の感覚で流れているようだ。

 淀んだ空気など微塵もなく、埃っぽい外気より遥かに透き通った空気が肺を満たす。

湿度も温度も申し分ない。ちゃんと空調も生きているようだ。……何百年も経っているのにも関わらず。


 扉からおよそ30歩ほど進み、ゲートらしきものを抜けると突然視界が開けた。


シェルターの中心は何もなく宙空。ドーム状の天井と壁には、朧げではあるが大量のカプセルベッド。

そして俺の足元から下には、深くて巨大な人工クレーターがシェルターの端まで広がっていた。

クレーターの表面のパネルに数字とアルファベットが割り当てられてるのを見る限り、

恐らくあの区画ごとに住んだりするのだろうが……なるべくならあまりお世話になりたくないところだ。

向こう側が透けて見える案内板に近付こうとした瞬間、右腕が思いっきり引っ張られた。

阿部「池田さん池田さん!ロボです!ロボがいますよ!」

池田「……ロ、ロボ?」

確認する間もなく、ぐいぐいと引きずられていく。

阿部さんの意外な力強さに驚いてる内に、ゲートを抜けてすぐ横のスペースまで来てしまった。

池田「……ロボ……か、これ?」

阿部さんがロボと主張する物体は、縦長のガラスの円柱ケースの中に収まっていた。

表面を見る限り、確かに金属で出来ているのは間違いない。

が、俺のイメージするロボットのそれとはあまりにデザインがかけ離れていた。

大きめの楕円形の球体が1つ。

突起がついた楕円形の球体が2つ。

赤いボタンがついた球体が1つ。

小さめの楕円形の球体が2つ。

計6つの球体がケースの中でふよふよと浮いている。

しかも塗装は全部ピンク色だ。

阿部「カワイイですねー、このロボ」

池田「いや、ロボじゃないだろこれ。展示用のオブジェか何かだろ」

阿部「ロボですよ!」

池田「違う。ロボットってのはもっとカッコ良くてだな――」

阿部「カワイイロボです!」

池田「カワイイとしてもロボじゃない!じゃぁどれが腕でどれが頭でどれが足だ!」

阿部「これが頭で、これが腕で、これが胴体で、これが足ですよ」

池田「……適当に言ってるだろ」

阿部「適当じゃないですよ!」

池田「いやオブジェだ。ほら、ここのプレートにもきっと意味不明の題名が――」

<< ナビ ロボ ( タイプ:オワライ ) >>

池田「…………」

阿部「…………」

池田「マジでロボなのかよこれ……」

阿部「やっぱりロボじゃないですかー」プクーッ

池田「しかもナビ!?こいつが案内するのか!?」

阿部「じゃぁボタン押してみますね」

池田「いや後で――」

阿部「ポチッとな」

カチッ

♪テーテレテー テテテテー

阿部「音楽が鳴りましたよ!」

池田「……また随分とチープな音だな」

プシッと圧縮空気の抜ける音がして、ケースが静かに上へスライドする。

ドライアイスの雲を押しのけながらそいつは姿を現した。

『……ア、アーアーアー』

池田「…………」

頭らしき部分がくるくる回り、目らしき部分がしぱしぱと瞬き、頭らしき部分から声らしき音がする。

くるくる回転していた頭が阿部さんの前でぴたりと止まった。

あの点のような目で見ているのだろうか。そもそもあんな目で見えているのだろうか。

『アー。ドウモヒサシブリデスネ』

阿部「……私?」

『エエ。会ワナイウチニ、グット、綺麗ニナリマシタネ』

阿部「……そもそも私とあなた、初対面のはずだけど」

『エエー!?本当デスカ!?コリャ失敬』プペー

『昨日会ッタ人ト、勘違イシテマシタ』

池田「昨日っていつだそりゃ?」

『昨日ッテイウノハ、ワタシガ、起動シテイル時間カラ、デスカラ、エエット、ムウーーーン』

『昨日……イヤ319年ト6ヶ月前、イヤイヤ154年前ノ……』

池田(……なぁこいつアテにして大丈夫か?)ヒソヒソ

阿部(大丈夫ですよ。カワイイですし)ヒソヒソ

阿部「とりあえず、あなたのお名前は何て言うの?」

『ワタシデスカ?ワタシ、《スカポン》ト申シマス。コンゴトモヨロシク』プペー

阿部「私は阿部っていいます。よろしくね」

池田「……俺は池田。よろしく」

スカポン「トコロデ、オ2人ハ恋人デスカ?」

池田「おまっ!」

阿部「……見えますか?」

スカポン「オ似合イデスヨ、トテモ」

池田「…………///」ポリポリ

阿部「…………///」ホニャァ…

スカポン「サテ、ナビノ仕事シナイトマタ飛バサレチャウノデ」

スカポン「ナニヲオ探シデスカ?」

池田「食料と水」

阿部「私は……重要そうなものがあれば、それを見たいです」

スカポン「イケタサンノリクエスト。食料ト水、スグニゴ案内デキマス」

スカポン「デモアブサンノリクエスト。抽象的デ分カリニクイデス。ゴ案内デキマセン」プペー

阿部「…………」

阿部「……スカポンさん、セキュリティレベルが高い場所へ連れてってもらえますか?」

スカポン「オオ!アブサンノリクエスト単純明快!ゴ案内デキマスヨ!デハ、順番ニ行キマショウ!」プピーン

――――

池田「……なぁ、スカポン」

スカポン「何デショウイケタサン」

池田「『いけた』じゃなくて『いけだ』、な」

スカポン「失礼シマシタ。イケタサンデスネ」

池田「……まぁいいや。お前さんの入ってたケースにオワライって書いてあったよな?」

スカポン「ハイ。ワタシコウ見エテモ本職ハ『オワライロボット』ナノデスヨ」

池田「オワライロボット?」

スカポン「ハイ。人、アルイハ ロボットヲワラワセル、尊イシゴトデス」

スカポン「以前ハワライノ本場『カンサイ』デ修行ヲ積ンデイタノデスガ……」

池田「カンサイ?そりゃどこだ?」

スカポン「エエー!?カンサイヲ、ゴ存知ナイノデスカ!?」プペー

スカポン「『カンサイト』言エバ『オワライ』!『オワライ』ト言エバ『カンサイ』デス!」プピーン

池田「お、おう……」

スカポン「……マァ、今ハ ナビロボットデスケド」

池田「じゃぁ何でオワライ辞めたんだ?」

スカポン「ヤメテマセンヨ。『カンサイ』ガ無クナッタカラ修行ガ中止ニナッタダケデス」

阿部「……無くなった?」

スカポン「残念デス。本物ノ芸人トノ切磋琢磨ヲモットシタカッタノニ……」

池田「待てスカポン。無くなったってどういう事だ?」

スカポン「『カンサイ』エリアハプポープピーピポピーン」

池田「……ふざけないで真面目に答えてくれ」

スカポン「アレレ?フザケテイルツモリデハ……『カンサイ』エリアハプピープピープポーン」

スカポン「ア、コレ駄目デスネ。ワタシノ発言ニ『ロック』ガカカッテマス」プペー

阿部「…………」

池田「つまり、その情報をお前じゃ喋れないってことか?」

スカポン「ソウデス。エエット形式バッテ言ウナラ……第一条ト第二条ニヨリ、貴方タチニ情報ヲ公開デキマセン」

池田「……第一条と第二条って何だよ」

阿部「……ロボット工学三原則」

池田「……阿部さん?」

阿部「第一条。ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって人間に危害を及ぼしてはならない」

阿部「第二条。ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が第一条に反する場合は、この限りでない」

池田「…………」

スカポン「オオ!ソノ通リデスアブサン!オ詳シイデスネ!」

スカポン「ソノ2ツノ原則ニ反シテイルノデ、無理ナノデス」

池田「うーん……だったら俺たちは人間だぞ?『教えてくれ』っていう命令は聞いてくれないのか?」

阿部「恐らく私たちが知ることによって『危害』が加わってしまう事と、私たちより前の『人間』が命令した事を遂行しようとしてるんじゃないでしょうか?」

スカポン「素晴ラシイ!ワタシガ言イタイコト、全テアブサンガ言ッテクレマシタ!」プピーン

スカポン「アァー!?デモソレッテ『ナビ』ノ仕事ヲ丸投ゲシタコトニ!?折角ココノ仕事ニモ慣レテキタノニ!」プペー

阿部「大丈夫だよスカポンさん。私たちを案内してくれるだけでナビを立派にこなしてるもの」

スカポン「何ト オ優シイ オ言葉!今日ト言ウコノ日ヲ記念スベキ『アブサン記念日』トシテ メモリニ焼キ付ツケテオキマショウ!」

プピーン

池田「……なぁ阿部さん。今のも知識だけか?」

阿部「……残念ながら。情報はするすると出てくるんですけど……」

池田「……そうか」

――――

スカポン「着キマシタ。イケタサンノリクエスト、食料品ト飲料水デス」

スカポン「今オ開ケシマスネ。少々オ待チクダサイ」

スカポンが腕らしき部分を、壁面に埋め込まれた端末に差し込む。

虫の羽音みたいな音が天井あたりから聞こえたかと思った瞬間。

――よりかかっていた壁が突然無くなった。

池田「……え?」

唐突すぎる壁の消失に呆気に取られている内に、重力に従って体が傾き始めた。

受け身を取ろうとする――が

折り悪く手はポケットの中。

池田(――仕方ない)

一瞬の逡巡の後、覚悟を決めて強めに顎を引き、体を軽く横に捻る。

思った通りの床の硬さと、思った通りの痛みが左半身に広がる。

声を上げるのもみっともないので、そのまま転がり天井を仰いだ。

阿部「い、池田さん!?大丈夫ですか?」

心配そうな顔の阿部さんが駆け寄ってくる。

池田「…………」

スカポンに文句の一つも言ってやろうかと思ったが、止めよう。

これはこれで良かった。痛み以上の価値があった。

池田「大丈夫。これ位何ともない」

阿部「ほ、本当ですか?」

スカポン「アレレ?イケタサン、何デソコデ寝テルンデスカ?」

池田「…………」

……やっぱり文句を言おう。

そして思いっきり引っぱたいてやろう。

何が第一条だ。気付かなきゃ意味がないじゃないか。

内心毒づきながら、起き上がる為に床に手をつく。

だが――俺は立ち上がれず、うつ伏せの中途半端な姿勢で固まってしまった。

妙な物体が視界に飛び込んできたからだ。

いや……妙、と言うより、ありえない、と言った方がいいのだろうか。

目をこすり、もう一度ありえない物体を確認する。

阿部「い、池田さん……?やっぱりどこか強くぶつけ――」

池田「嘘だろ……」

震える手を伸ばし、怖々と指先を閉じる。

――掴める。

つまり、本物。

俺の幻覚でもなんでもない。

つるつるとしたビニールの包装の感触。

思ったより軽い重量感。

傾けると手の中で小さく響く乾いた音。

心臓が高鳴り、額と耳がカッと熱くなる。

唾液がとめどなく口内に溢れ出す。

これは。ひょっとしてはこれは――

池田「カップ……ヌー……ドル……?」

スカポン「ハイ。『カップヌードル』デスヨ。コロ・チャー増々ノ一品デス」

阿部「カップヌードルって――」

池田「マジかぁぁぁぁぁぁ!ヒャッホォォォォォォォウ!!」

阿部「い、池田さん!?」

池田「カップヌードルってアレだぞ!お湯を注ぐと3分でアレで何それ超すごい!」

阿部「し、知ってますよ。池田さん落ち着い――」

池田「落ち着けるかよ!これ一個でどんだけの価値があるかってもうそりゃ一財産できる位――」

スカポン「一個ジャアリマセンヨ、イケタサン」

池田「……な……に……?」

スカポン「一日三食換算デ、カップヌードル一年分アリマスヨ」

池田「――ッ」パクパク

スカポン「勿論、カレー、シーフード、塩、トマト、シーズン限定ノ商品ニ至ルマデ――」

スカポン「スベテノ商品ガ一年分備蓄サレテイマス」

池田「はァァッ!?」

スカポン「ア。日清ニ限ラズ、他メーカーモ同様デスヨイケタサン」

俺は気絶した。

――――

池田「う、うーん……」

阿部「池田さん!良かった意識が……!」

池田「あぁ……阿部さん……ふとももが気持ちいいなぁ……そうだ……俺は夢を見ていたんだ……」

阿部「夢、ですか?」

池田「カップラーメンが食い切れない位ほどあるっていう夢で――」

スカポン「夢ジャアリマセンヨ、イケタサン」

池田「…………」

バッ

阿部「あっ、ちょ、急に動いちゃ駄目です池田さんッ!」

池田「じゃぁ目の前のこのタワーみてぇなのは……」

スカポン「ラーメンニ限ラズ、様々ナ食料ガ詰マッテイマス」

スカポン「今見エテイルノハ地上部分ダケデスノデ、量ガ少ナク見エマスケドネ」

池田「こ、これで量が少ないってか……!」

池田「……いや、ここに避難する人数を考えれば……妥当な数なのかもな……ハハ……」

――――

スカポン「水ハ、タンクノ酸素ト水素ヲ反応サセ作成。サラニ無菌状態デミネラルヲ添加シテイルノデ……美味シク、安全ナ飲料水ヲ飲ムコトガデキマス」

池田「……なるほど。わからん。ありがとうスカポン」

スカポン「ソレジャァ次ハ、アブサンノリクエストデスネ」

阿部(……セキュリティレベルが高いエリアなら今度こそ何か手掛かりがあるかもしれないです)ヒソヒソ

池田(というかそこ以外食い物かトイレだったからな……)ヒソヒソ

スカポン「地下ニ行キマス。階段ヲ使イマスノデ、注意シテクダサイ」

池田「……何に注意するんだ?」

スカポン「ワタシニデス。ウッカリコケルト、頭ガカナリノ速度デ飛ビ出シチャウノデ」

池田「…………」

――――

スカポン「着キマシタ。ココガ、アブサンノリクエストシタ エリア デス」

池田「…………」

阿部「…………」

位置的には居住区クレーター中央の、まさに真下の位置。

スカポンが案内してくれた場所の正面に扉はあった。

壁と明らかに作りが違う、ピカピカに輝く金属の合板。

その硬そうな複数の合板が、カメラの絞りのようにぎゅっと閉じている。

……きっとドリルが何千本あったとしても足りない奴だ。

スカポン「一般ノ方ハ立チ入リ禁止デス。セキュリティレベルハココガ一番高イデスヨ」

スカポン「権限ヲ持ッタ人デナイ限リ通行スル事ガデキマセン」

池田「スカポンじゃ開けられないのか?さっきの備蓄庫みたいに」

スカポン「無理デス。一介ノナビロボノワタシニハアクセス権限ガ与エラレテイマセン」

阿部「スカポンさんでも駄目かぁ……」

スカポン「マァ、先日ココヲ通ッタ方ト一緒ナラ、イケタサン達モ行ケナクハナイノデスガ」

池田「……何?」

スカポン「アレレ?ワタシ言ッテマセンデシタッケ?」

スカポン「ワタシカラ見テ、昨日、実時間ニシテ4日ト2時間19分47秒前ニソノ方ニオ会イシマシタ」

スカポン「ヨク覚エテマスヨ。何シロ154年振リノ オ客サンデシタカラ」

池田「スカポン、そいつはどんな奴だった?そいつの力が借りたい。このゲートの向こうに、どうしても俺たちは行きたいんだ」

スカポン「ソレハ身体的特徴デヨロシイデショウカ?」

池田「何でもいい。そいつを探す為の手掛かりが欲しい」

スカポン「ソウデスネ……女性ノ方デシタ」

池田「何!?女!?阿部さん!ひょっとして仲間とかじゃ――」

スカポン「ソシテアブサン、アナタニ瓜二ツノ顔デシタヨ」

阿部「……え?」

池田「……は?」

スカポン「顔ダケナラ実ニ99.9894%一致シマス。髪型ハロングデシタケド」

阿部「…………」

池田「…………」

スカポン「デスガマァ顔ダケノ話デス」

池田「顔、だけ?」

スカポン「ワタシ、腐ッテモ錆ビテモオワライロボデス。一度会話シタオ客サンノ顔ト性格、決シテ忘レマセン」

スカポン「アブサン、見タ目ハソックリデスガ、性格ガマルデ違イマス」

池田「それは、どんな風にだ?」

スカポン「モット内向的ナ方デシタ。今ノアブサンミタイニ笑ッタリ焦ッタリモナク――」

スカポン「ドチラカト言ウトワタシ達ロボットニ近シイモノヲ感ジマシタネ」

阿部「感情に乏しいってことかな?」

スカポン「ソウデス。無機質トイウカ……オーヤダヤダ、仏頂面ノガードマシンミタイニハナリタクナイデス」

スカポン「ソレニ、ソノ方、何カニ怯エテイタヨウデス」

池田「怯える?何にだ?」

スカポン「サァ?コノシェルターニ近イ居住区ニツイテ ワタシニ2,3尋ネルトスグ出テ行ッテシマッタノデ」

池田「…………」

スカポン「オワライロボニアルマジキ シリアスナ空気ヲ感ジタノデ」

スカポン「ワタシノ一番ノ体ヲ張ッタ持チネタヲ披露シタノデスガ……クスリトモ笑ッテクレマセンデシタ……」プペー

スカポン「オオソウダ。ソレニアブサン、ワタシト初対面ダッテ仰ッテマシタヨネ?」

阿部「……は、はい」

スカポン「ダカラワタシ、他人ノ空似ト解釈シマシタ」

スカポン「確率的ニハ非常ニ低イデスガ、ワタシノオワライロボトシテノ経験ノ方ガズット信用デキマスカラネ!」プピーン

阿部「私にそっくりの、女性……」

池田「……スカポン、このシェルターの出入り口は何箇所ある?」

スカポン「マズ1番大キイゲートガ1ツ。イケタサン達ガ開ケタ場所デスネ」

スカポン「ソレカラ非常用ノ連絡通路ガ東西南北ニソレゾレ1ツズツ。ソノ4ツハ地下道デスガ」

池田「分かった。じゃぁそのすべての入口が開閉した回数は調べられるか?」

スカポン「エエット、ソレハ建設当初カラデスカ?」

池田「いや、5日前から今に至るまででいい」

スカポン「ソレデシタラ……ハイ、2回ダケデスネ」

池田「俺たちが開けたのも含めてか?」

スカポン「含メテ2回デス。ソレ以上前デスト、154年前マデ遡ル必要ガアルノデ、メインサーバーニアクセススル必要ガ――」

池田「いや、大丈夫だ。それさえ分かればいい」

阿部「……池田さん?」

池田「俺たちが開けて1回。5日前に1回。変だろ、それ」

阿部「……あ!」

池田「その、『阿部さんにそっくりな女性』がここへ入って出たなら――」

阿部「開閉した回数は3回のはずですよね」

池田「そうだ。……それに……」

阿部「ええ、そうですね。分かってます」

池田「…………」

阿部「私にそっくりな女性……」

阿部「記憶を失う前の『私』だったんでしょうね……」

スカポン「……何ヤラ、シリアスナ空気ヲ感ジマス。一ツ噺デモ打チタイ気分デス」プペー

――――

スカポン「記憶喪失!?ソレハ大変デスネ!医療センターヲ……アァ、ワタシタダノナビロボデシタ」プペー

阿部「心配してくれてありがとうスカポンさん。でもお医者さんだったらとっても便りになる人がいるから平気だよ」

スカポン「ソウデスカ。シカシ、アブサンハ強イオ人デスネ」

阿部「強い?」

スカポン「ワタシ、自分ノメモリガ一部分デモマッサラニナッタラ絶対ニ自暴自棄ニナル自信ガアリマス」

阿部「……1人だったら、私もそうだったかもしれない」チラッ

池田「……な、何だよ」

阿部「ふふっ。なんでもないよ池田さん」

スカポン「オオ!アブサン!」プピーン

阿部「はい?」

スカポン「モシ5日前ノ人物ガアナタナラ、ココノ扉ヲ開ケラレルノデハ?」

池田「……だな」

池田「それに『5日前の阿部さん』は……まぁまともに入り口を使ったとしての話だが」

池田「開閉回数を見る限りじゃ、シェルターの外から入ったのではなく――」

阿部「『中から来た』んですよね」

池田「……そう。そしてスカポンが入る事も見る事もできない扉が目の前にある」

スカポン「面目ナイ限リデス……」プペー

阿部「大切な事を忘れる前の私は、ここから……」

池田「……無理するなよ」

阿部「え?」

池田「どんどん事態はデカい方に傾いてきてる。ここまで来たら何が起こるか俺にだってさっぱりだ」

阿部「…………」

池田「ドクにも言われてるんだ。記憶を戻すなら徐々に徐々にってな。体に負荷がかからないようにだ」

阿部「池田さん……」

池田「だから焦らなくていい。今日これだけの収穫があったんだ。日を仕切りなおしたって別に――」

阿部「いえ、開けます」

阿部「スカポンさんから聞いた前の私の印象を聞く限り、のんびりしている暇はないと思います」

池田「……まぁな」

阿部「それに、池田さん。一緒にいてくれますよね?」

池田「……それとこれとどういう関係が――」

阿部「池田さんが一緒なら私、怖くないです」

池田「……そう、か」

阿部「私と一緒に……いてくれますか?」

池田「俺は――」

プピピーン!

スカポン「オ2人共!見テ下サイ!コンナ所ニ隠シ端末ガアリマスヨ!」

池田「スカポンッ!お前なぁ!」

阿部「ふふっ。じゃぁ行きましょうか、池田さん」

慣れた様子で、掌紋認証や網膜認証を済ませる阿部さん。

そう、今日までに思い出した記憶はどれも『手段』にあたるものばかりだ。

『目的』や『自らの過去』に関する記憶はどれもはっきりしない。


『この場合の記憶喪失は人にとって自己防衛の一つなのヨ』

『あまりにつらく、そのまま受け止めてしまうと精神が崩壊しかねない記憶や情報から身を守っているの』

『阿部ちゃんはね。口には出さないけど、とても焦っているわ』

『くれぐれも無理はさせないでね。……まぁ池田ちゃんのことだから、私が注意しなくたって――』


――そんなの、言われなくてもな。

無茶したら気絶させてでも何とかするさ。

<< 個人情報の照合……完了。管理者権限を確認しました >>

やたら滑らかな電子音声が端末から響いた。

ほぼ肉声に近い発音だ。が、感情が篭ってない分妙にメカメカしい。

……こっちのノイズだらけの丸っこちい奴より遥かに手間がかかってそうなのにな。

スカポン「イケタサン、何カ失礼ナ事ヲ考エテマセンカ?」プピーン

<< ゲート。解放します >>

ゲートの中心に小さい穴が現れ、それが無音で瞬時に広がる。

ゲートの向こうにはまた同じタイプのゲートが幾重にも重なっており、それも同様に次々と広がっていく。

1つ。2つ。3つ。4つ……

……10から先は数えていなかった。

1つでかなりの厚さ、それもやたら硬そうな金属を使用していて――この数だ。

このゲートの奥で待っているものの重要さが、嫌でも伝わってくる。

開ききった後も俺たちはしばらく動けずにいた。

不気味な静寂の中で、無意識に拳を握り締め、皮膚が軽く突っ張った感触で我に返る。

阿部さんを見やると、心なしか青ざめた顔をしているように見えた。

……何やってるんだ俺は。

池田「行こう」

阿部「……はい」

こちらを見ずに阿部さんが左手を差し出す。

右手で細い指先を取り、俺たちは未知なる世界へ一歩踏み出した。

――――

ゲートの先はシェルターの1Fに比べると更に薄暗く、少し肌寒かった。

シェルターを維持する為の装置が近くなったののか――あるいは別の何かが近くなったのか。

若干耳につく駆動音が空気と床から伝わってくる。

それ以外に響くのは俺と阿部さんの足音と、時おり出るスカポンの気の抜ける音だけだ。

 長い長い廊下を抜けると少し視界が開けた場所に出た。

天井の低さからくる圧迫感から解放されたことに、軽く息をつき――そして息を呑んだ。

目の前の欄干から先が、ない。

まるでそこだけを、綺麗に切り抜かれたかのように。

――真っ暗で巨大な穴が、ぽっかりと目の前に現れた。

池田「……掘ってて空洞にぶち当たる経験は何度かしてきたが……こんなにデケぇ穴は初めてだ」

阿部「うぅ……底がまるで見えませんよ」

スカポン「アブサン!身ヲ乗リ出シテハ危険デスヨ!」カタカタ

池田「……スカポンは壁に張り付いて何をやってるんだ」

スカポン「ワタシ、高イ所苦手ナンデス!覗キコムナンテトテモトテモ!」プペー

――――

池田「――で、反対側までグルっと回ってきた訳だが」

阿部「これ、道路ですかね?」

池田「多分滑走路だとは思うんだが……何だってこんな地下にあるんだ?」

スカポン「大キイ穴マデ続イテマスネ。何ノ為ノモノナンデショウカ?」

池田「……この奥にこれが必要な何かがあるってことか?」

阿部「こっちも真っ暗でよく見えないですけど」

声の反響具合からして、かなりの広さがある。

だが他の場所と違って壁や床に光源がまるでない為、こちらも闇に包まれている。

スカポン「操作パネルガ16m先ニ見エマス」

池田「……こんなに真っ暗で何故分かる?」

スカポン「暗視モードニ切リ替エテミマシタ。ア、ダカラ強イ光ヲ出サナイデクダサイ」

池田「んなもん持ってたら最初から使ってる」

スカポン「アー、駄目デス。駄目駄目デスヨイケタサン」

池田「……何が駄目なんだ?」

スカポン「今ノハ『振リ』デス。『押スナヨ!絶対押スナヨ!』ト言ッタラ押スノガ正解ナンデス」

スカポン「デスカラ、今ノ正シイ『返シ』ハ多少無理ヲシテデモイケタサンガ発光シ、ワタシヲビックリサセルベキデシタ」

池田「……さっさと照明を点けてくれ」

スカポン「了解シマシタ」

本当に見えてるのか怪しいものだったが、特に危なげなくスイスイと進んでいくスカポン。

しばしの間の後、俺の場所だけピンポイントで照らされた。

……何故。

池田「……スカポン」

スカポン「スポットライトモ可能ミタイデスネ。イケタサンガマルデ銀幕ノスターノヨウニ――」

池田「……全部、照らしてくれ」

池田「……了解シマシタ」

俺たちのいる場所から奥へ奥へと天井の照明が次々と明かりを取り戻す。

――ぶら下がったクレーン。壁や床に走る色鮮やかなチューブ。荷が積まれたままのフォークリフト。

白光に照らされ、様々な設備が現れる。

――そして最奥の照明が灯った時、そいつは姿を現した。

池田「……ワオ」

少なめに見積もって全長30m程の戦闘機――らしき物体が側面をこちらに見せて鎮座していた。

パールホワイトに薄っすらサクラ色を混ぜたような光沢のあるボディ。

全体の7割程を占めるプレートは、直線よりも曲線を意識して作られているようで、どこか生物的に見える。

またパーツの節目節目に鮮血のように赤い機巧が見え隠れし、それがより拍車をかけている。

剣先を思わせる鋭い先端を両端に持つ一番大きなプレートは、機体後部から前部まで被さる形で覆っていた。

遠目に見ると巨人が持つサイズの超規格外の槍が、ただ置かれているようにも見えた。

らしき――と今いち確信が持てなかったのは図鑑やデータで見た戦闘機とあまりにデザインが異なっていたからだ。

第一視界を確保する為の窓がまったく見当たらない。

コックピット周辺までプレートで覆われている辺り完全に意味不明だ。

――ただ、こいつが戦う為に生み出されたのは間違いないだろう。

素人目にも分かる攻撃的な意思をデザインの端から見て取れる。

ただ飛ぶだけならば必要のない角度に付いた複数のスラスター。

広げるどころか、獲物を捕える寸前の隼のように窄められた主翼。

武器らしい武器を目にするまでもなく……この機体が自在に宙を舞い、戦う様子を容易に想像できた。

スカポン「何ダカ、イカ、ミタイデスネ」

池田「…………」

スカポン「チョット色ガツイテイルノデ……一夜干シ、モシクハスルメイカナ印象ヲ受ケマス」

――こいつがオワライロボットとして優秀か否かはさっぱりだが、一つだけ確実な事が分かった。

何かをダイナシにすることにかけてはピカイチだ。

許さんぞスカポン。こんなにカッコいいのにイカだと。

……見えなくもない辺りが、余計に腹立たしいのも多少あるが。

阿部「……ビー…ス……」

池田「……阿部さん?」

彼女が機体の方へふらりと一歩近づいた。

眼の焦点が宙空のどこか遠くに合っているようで、心ここにあらずといった感じだ。
   ビース
阿部「BEAS。プロジェクト『ダーウィン4078』によって生み出された機体の基礎パターン」

阿部「……やっと、見つけた……うん……?二度目?ああ……機体だけじゃ駄目、そう、協力者を……」

池田「あ、阿部さん?おい大丈夫か?」

阿部「情報は本物、だった。博士はやはり、これを完成……、私は外へ、でも中にイる」

阿部「私、外へ出て、それかラ、出テ私は、使命ヲ外、デ…何故ここへ戻っテ……ェゥ」

池田「おい阿部さん!どうした!?」

阿部「逃げナきゃ、何から、駄目ッ、こんナ事デワタし……ッア、ぐッ!」グラッ

阿部さんは額を押さえ、その場にうずまってしまった。

彼女の尋常じゃない反応に急いで駆け寄り、肩をささえる。

……体が恐ろしく冷たい。

顔面は血の気が引き、瞼が激しく痙攣している。

阿部「怖い……助けて、誰か、お願い、こんナ場所で、立ち止ま、うっ、あァッ!」ギクンッ

池田「阿部さん!聞こえるか!」

阿部「あ、ァ……う……?」

池田「俺だ。こっちを見るんだ」

阿部「いけ……だ、さん……?」

池田「そうだ。側にいるぞ。怖くない。もう何も怖いことはないんだ。……もう、全部終わってる事だから」

阿部「……あり、がとう……」

阿部さんはそう一言だけ告げると、俺の腕の中で意識を失った。

――――

阿部「…………」

池田「…………」

声をかけようとして口を開き、そのまま口を閉じる。

先ほどからそんな事を繰り返してばかりいる。

意識を取り戻した阿部さんは目に見えて分かる程衰弱していた為、探索を打ち切って今は帰り道だ。

当たり前のようについてこようとしたスカポンはシェルターから出れず、ハンカチを振って見送ってくれた。

阿部「…………」

池田「…………」

目を覚ました時から阿部さんは一言も喋っておらず、今も下を向いたまま黙って横を歩いている。

胃が痛くなるような沈黙を紛らわす為に、頭を軽く掻きながら首を捻る。

――何と、声をかけるべきなのか。

俺は彼女の記憶を取り戻す為に努力を重ねてきた。

大切な記憶や思い出を取り戻す――それは自然な事で、阿部さん自身の為だと強く思っていたからだ。

……それがどうだろう。その結果が、彼女をこうやって苦しめている。

――つらくて、心が折れそうな記憶を呼び覚ます事が、本当に自然な行為なのか?

――今彼女がああやって以前みたいに笑えなくなることが、正しい行いなのか?

――それならいっそ全部忘れたままで――

阿部「……ごめんなさい、池田さん」

池田「……へ?」

阿部さんが……謝ったように聞こえた。

阿部「……ごめんなさい」

もう一度、今度は俺の顔をはっきり見て阿部さんは言った。

池田「……何で、俺に謝るの?」

阿部「後少しで……」

池田「…………」

阿部「後少しで、思い出せそうでした」

池田「…………」

阿部「でも、私、逃げちゃいました。……思い出すことから」

阿部「自分がバラバラになりそうで、怖くて……」

池田「それがどうして――」

阿部「池田さんが一緒なら、怖くない、って……自分で言ったのに」

池田「!」

阿部「だから、その、ごめんなさい」

――ッ。

この娘は、阿部さんは、俺を信じれなかった事に対して謝っている。

――クソッ。

目の奥がカッと熱くなる。

――だったら俺のしてやれる事はなんだ?

阿部さんが俺を信じようとしたように、俺も彼女を信じればいい。

彼女が困難と戦おうとする意思を持っているなら、俺も一緒に戦えばいい。

それを俺は……

池田「……飯だ」

阿部「……え?」

池田「飯だ、飯」

阿部「ご、ご飯ですか?」

池田「おう。晩飯だ」

池田「物事がうまくいかない時ってのはな、疲れているからうまくいかないんだ」

池田「そういう時は何やったって駄目なんだよ。とにかく休まなきゃ駄目なんだ」

池田「で、疲れを取るにはたっぷり食って、たっぷり寝る。それが一番なんだ」

阿部「…………」

池田「だから、まず飯。それでその後目一杯昼までぐずぐず寝る」

池田「だから飯食いに行こう。551まんありったけ注文してさ。もう食えないって位食おうぜ」

阿部「池田さん……」

池田「その、なんだ。昼食った時、気に入ってたみたいだしな」

阿部「……はい。私551まん好きです。たくさん、食べてみたいです」

阿部「……あの、池田さん」

池田「ん?」

阿部「……ありがとう」

池田「……おう」

――――

店主「いらっしゃい!……って池田じゃねぇか。どうした?忘れ物か?」

池田「普通に飯食いに来たんだよ」

店主「へぇ!ケチ臭いお前さんが一日に二度もウチにねぇ」

池田「……悪いかよ」

店主「悪かねぇよ。対価さえ払ってくれるなら立派なお客様さ。後輩さんもいるみたいだし、奥のテーブル席にするかい?」

池田「そうだな。そっちの方が……ん?」

カウンターの端に座る人物にふと目が止まる。

季節外れの白のロングコートが目立ったのも勿論だが、何よりその顔に見覚えがあった。

白髪に碧眼。大きな体格に見合わぬ柔和な顔つき。

池田「……ロシア兵さん?」

ロシア兵「ハイ?」

池田「やっぱりそうだ!ロシア兵さんじゃないか!」

ロシア兵「……オオ!池田サンじゃないデスカ!」

阿部「?」

――――

池田「紹介するよ。ちょっと前に職場で一緒に働いていたロシア兵さんだ」

阿部「あ!ハイチュウの人ですか?」

池田「……そういや、名前聞いてなかったな」

ロシア兵「ソウ言えば名乗ってもいませんデシタ」

ロシア兵「私はセルゲイ。セルゲイ・ソボレフと言いマス」

阿部「初めましてセルゲイさん。私は阿部って言います」

池田「珍しいな。姓と名両方持ってるのか」

セルゲイ「本当はソボレフの姓だけなのデスガ……部隊の皆が付けてくれたTACネームを名として名乗ってマス」

池田「って事はセルゲイさんと呼んだ方がいいか?」

セルゲイ「ハイ。私としてもそちらの方が嬉しいです。あとサン付けしなくても結構ですよ池田サン」

池田「ハハッ!あんただって俺をさん付けしてるじゃないか」

セルゲイ「言われてみれば確かニ」

池田「親父、とりあえず偽551まん3つ頼む」

店主「あいよ!」

――――

阿部「熱っ……ふーっ、ふーっ」

セルゲイ「奢ってもらって何だか申し訳ナイデス」

池田「…………」

池田「すまなかったな、セルゲイ」

セルゲイ「? 何がデスカ?」

池田「……あんたが失職したのはほぼ俺のせいだ」

セルゲイ「アア、その事デスカ」

池田「俺が給料受け取る時にあんなワガママ言わなければ――」

セルゲイ「ソレは違いマス」

セルゲイ「……李下に冠を正サズ。勘違いをされるヨウナ状況デ個人的なプレゼントをした私がいけないのデス」

池田「……でもな」

セルゲイ「ソレに私は後悔も何もしてイマセンカラ」

池田「……え?」

セルゲイ「一日一善。私の流儀に従ったまでの話デス。ダカラ池田サンが気を病む必要は何もアリマセン」

池田「……そうか」

池田「……なぁ、あんたは酒、好きか?」

セルゲイ「エ?勿論好きデスガ……」

池田「ロシアの酒っつーとウォッカか……この店にあればいいが」

セルゲイ「池田サン?」

池田「なぁ親父、この店にウォッカって置いてるか?」

店主「一本だけならあるぜ。……値は張るぞ。一本しかねぇしな」

池田(親父、ちょっと屈め)ヒソヒソ

店主(あん?)ヒソヒソ

池田(……絶対に大声出すなよ)

店主(……お前何言って――)

チラッ

店主「なッ!!」ガタッ

池田(大声出すなっつったろ!)

店主(お前、これ、カップヌードルじゃねぇか!どこで手に入れたんだこんなモン!)

池田(詳しくは言えないが……どうだ?ウォッカのボトルでもお釣りが来るだろ?)

店主(……お釣りどころじゃねぇぞ。い、いいのか?受け取ったらもう返さねぇぞ。やっぱやめってのもなしだぞ)

池田(おう。今日の支払いはこれで頼むぜ。だからウォッカくれ)

池田「……じゃぁ親父、ウォッカをくれ。ボトルでな」

店主「あいよッ!」

セルゲイ「……池田サン、流石にお酒まで奢られる訳ニハ――」

池田「一日一善だっけか。まぁ、俺もそれをやってみたくなっただけだ」

セルゲイ「池田サン……」

店主「はいウォッカお待ち。ストリチナヤって銘柄だ。まぁ、店にはこれしか無いんだが」コトッ

セルゲイ「Столичная……故郷の、お酒デス……」

封を切り、グラスへ透明な液体を注ぐ。

アルコール度数の高い酒独特の鼻をつく香りが、ふわりと広がった。

池田「俺も少し貰うかな」トクトク

セルゲイ「……アリガトウ、池田サン」

池田「セルゲイ、乾杯しようぜ」

セルゲイ「……За встрe'чу 」チン
池田「За встрe'чу 」チン

チビリ

池田「……結構キツいな、コレ」

グイッ

セルゲイ「ッハァ!生き返りマス!我々ロシア人にとってウォッカは命の水デス!」

池田「そりゃ良かった!」

セルゲイ「……何とお礼を申し上げれば良いノカ、生きている内にこのお酒が飲めるとは思っていませんデシタ」

池田「……思ったんだが」

セルゲイ「ハイ?」

池田「あんた前より日本語流暢になってないか?」

セルゲイ「……アア、その事デスカ」

セルゲイ「職場ではわざと訛らせて喋ってマシタカラ」

池田「?」

セルゲイ「外国人は外国人らしくシテイナイと、色々と不便ナンデスヨ」

池田「……滑らかに話せた方がうまく行くような気がするんだがな」

セルゲイ「ココのエリアを管理する者が我々に求めているのは単なる労働力デス」

セルゲイ「ソシテ地元の人間に取って代わるような外国人は排除対象にアリマス」

池田「……使えない地元の連中より、やる気のある優秀な奴を雇うべきだと思うが」

セルゲイ「私が優秀かどうかはさて置き、地域の雇用を減らす事は得策ではナイデショウ。最終的にソレは私たち外国人にも牙を向くことにナルノデスカラ」

セルゲイ「……デスガ、一番問題なのは私がロシアの元軍人という点デショウ」コトッ

池田「国がロシアだと何かマズいのか?」

セルゲイ「……池田さん、数年前のカカオ戦役をご存知デスカ?」

池田「北の人工降雪地帯の?氷の下から見つかったチョコレート倉庫の利権争いとか、そういうのだった気がするが」

セルゲイ「ソレデス。……管理者を名乗る連邦と飢えに苦しむ民衆との戦いデシタ」グイッ

セルゲイ「……祖国は心から愛シテイマス。タダ、発見した食料を分け合う事なく独占しようとした連邦の判断は愚行と言う他アリマセン」

セルゲイ「……最も、当時私がテロリストと断じ、民衆と敵対した私が言える事ではないのデスガ」

池田「……じゃぁあんた――」

セルゲイ「お察しの通りデス池田サン。私はその連邦側の兵士、チロルチョコを管轄する指揮官デシタ」

池田「…………」

セルゲイ「攻めやすく守り難い地形。ソシテ貯蔵量の多さ故に、カカオ戦役の中で最も熾烈な戦いが繰り広げられた場所でもアリマス」

セルゲイ「……国に忠を尽クス。ただソノ為に私の部下たちは命を捧げ、敵を駆逐し……そして散って逝きマシタ」

セルゲイ「私や同志たちが倒してきたテロリストが、単なる一般市民だという真相が分かったノハ……瀕死で担ぎ込マレタ野戦病院の中での事」

セルゲイ「管理局は祖国を鎖国化し、誤った知識を兵士に植え付ケ、愛国心を体の良い餌にして利権を握っていたダケデシタ」

セルゲイ「私の任務には正義も大義も、何も存在していなかったノデス……」

池田「…………」チビリ

グイッ

セルゲイ「……最終的に倉庫は陥落シ、ソレが決定打とナッテ管理局は解体されマシタ」

セルゲイ「今ではソノ戦いは『聖戦』と呼ばれていマス。……国民が自らの手デ国家を取り戻し、実際多くの人々を飢えから救いマシタカラ」

池田「こいつの流通が多いのは、それが理由だったのか……」

セルゲイ「……私は決して祖国へ帰る事はデキマセン」

セルゲイ「国からスれば管理局の生き残リなど逆賊でしかナク、また祖国の外でハ私は単なる元殺戮者ダ」

セルゲイ「真実も知らズ散っていた同志たちを思エバ、兵としての過去も捨テル事も出来ナイ」

セルゲイ「……ダカラ、故郷のお酒を飲む事も、二度とナイと思ってイマシタ」

池田「…………」コトッ

セルゲイ「……改めてお礼を言わセテクダサイ。спасибо、本当に、アリガトウ」

セルゲイ「フフ。シカシアルコールが入ると暗くナルのが私の悪い癖デス。コンナに美味しいお酒なのに本当に申し訳ナイ」

池田「…………」スッ

セルゲイ「……池田サン?」

池田「亡き同志に」

セルゲイ「池田サン……」

セルゲイ「亡き同志ニ。……そしてアナタに――」

セルゲイ「За дружбу」チン
池田「За дружбу」チン

阿部「……ザ・どるージブ?で合ってるかな、池田さん、セルゲイさん」スッ

セルゲイ・池田「…………」スッ

セルゲイ「За дружбу!」チンッ
池田「За дружбу!」チンッ
阿部「ざっ、За дружбу!」チンッ

グイッ

コンッ!

池田「――ッカぁ!効くなぁコイツはァ!」
阿部「ハーーッ!く、口がッ!喉がッ!焼けそうですっ!?」
セルゲイ「Хорошо……素晴らシイ」

――――

阿部「むにゃむにゃ……にひひ///」

池田「っへー!あんたがマンガ好きだとはね!」

セルゲイ「ヨク言われマス。見た目のイメージと全く噛み合わナイ、と」

池田「でさ、でさ。それでどうして一番好きなのがドラゴンボールなんだ?」

セルゲイ「私は初期のRR軍と戦っていルぐらいが好きナンデス。ウパのエピソードが特ニ。後半の戦う部分はアンマリ、デスネ」

池田「俺はベジータ編だと思うんだけどな……まぁその続きが見つかってないのが問題だけど」

セルゲイ「ベジータ編のラストですか?」

池田「ああ、結局悟空が勝ったのかベジータが勝ったのか、分からないままでさ……」

セルゲイ「ソレならウチにその巻がアルと思いマス。……ロシア語デスケド」

池田「マジかッ!?ロシア語でも何でもいい!続きが見れるなら何だっていいさ!」

セルゲイ「池田サンは本当にマンガ好きなんデスネ」

池田「『面白い』ならな。面白いんだったらどんなもんでも首突っ込んで確認しないと気が済まないんだ」

セルゲイ「……フフ、故郷を思い出しマスネ」

池田「あ……何か、俺マズいこと言ったか?」

セルゲイ「イエイエ、違いマス。思い出したノハ近所の幼馴染デスヨ」

セルゲイ「アナタと同じくアニメやマンガが好きで堪らない人デシタカラ……池田サンを見てタラふと、思い出したんデス」

池田「へぇー、じゃぁ俺と同じで相当『オタク』だったんだな」

セルゲイ「エエ。アア、ソウソウ。彼には面白い話があるんデスヨ」

池田「面白い話?」

セルゲイ「彼はトビキリ優秀な数学者デシテネ。失われてシマッタ公式をこの世蘇らセル、ソンナ研究を続けてイルとらしいデス。私にはよく分かりまセンガ」

池田「……頭が良さそうな人だな」

セルゲイ「実際頭は良いのデショウガ、彼の出した論文がケッサクでシテ」

池田「ろ、論文?俺はエンタメ以外はからきしだぞ?」

セルゲイ「『ドラゴンボールはこの世にいくつ存在するのか?』」

池田「…………」

セルゲイ「ネ。面白いデショ?」

池田「……それ論文なのか?」

セルゲイ「論文デス。検索をかければライブラリにもあるハズデスヨ」

池田「ぷっ……あっはっはっは!た、確かにそりゃ傑作だ!」

セルゲイ「難しい事はよく分かりませんが、最終的にドラゴンボールは約3.14個。円周率とほぼ同じになるそうデス」

池田「ハハッ。何をどうやったらそんな数字が出るんだかな」クピッ

セルゲイ「デスヨネ。私は何かのジョークかと思っテ盛大に笑い飛ばしてマシタガ、本人は至っテ真面目デシタ」

池田「いやー、頭の良い連中が何を考えてるのかなんてさっぱり分からねぇな」

セルゲイ「……タダネ、池田サン」

池田「ん?」

セルゲイ「彼が何を思っテ数を割り出ソウとシタかは定かデハアリマセンガ……」

セルゲイ「意外とその数字には信憑性がアルと思いマセンカ?」

池田「んー、そりゃどういう理屈でだ?」

セルゲイ「ドラゴンボールは7つ揃えて初めテ、願イが叶うモノデス」

セルゲイ「……彼が出シタ答えは3.14個。7つに満たナイ」

セルゲイ「ツマリ、現実には願いが、アルイハ奇跡と言ったモノは起こり得ナイ――」

セルゲイ「ソウイウ結論を暗ニ示しているのではナイカト私は感じマシタ」

池田「……なるほどねぇ。そういう物の捉え方もあるかぁ……」クピッ

セルゲイ「……ト言ウト?」

池田「俺は逆に3.14個『も』ある、と感じたからさ」

セルゲイ「『モ』?」

池田「ああ。割合にして半分弱あるって事だろ?」

セルゲイ「…………」

池田「0じゃないなら、いいんじゃねぇのか」

池田「そいつが半分しかないと思ったのか、半分もあると思ったのかは……まぁ分からないけどよ」

セルゲイ「……要スルに3.14個しかナイと言うのは確率の数値で、極所的ニハ7つに成り得ルと?」

池田「まぁ、だとしたら十分すぎる位だ」

池田「何よりドラゴンボールが『ない』んじゃなくて『ある』って話だからな」

池田「3.14個しかなくても、ひょっとしたら小さい神龍でも呼び出せるかもしれないしな」

セルゲイ「……池田サン、アナタは面白い人デスネ」

池田「よく言われるよ。……変人だとか図々しいだとかな」

セルゲイ「イエ、イイ意味で言ってるンデス。彼もアナタと話せたらきっと喜ぶデショウ」

池田「……やっぱり同類扱いしてるじゃないか」クピッ

――バァンッ!

入口の扉がけたたましい音を立てて開け放たれた。

店内の客の視線が一斉にそちらへ向かい、そしてすぐに離れていく。

見慣れた作業着を着た男が、両手を広げてニタニタと笑みを浮かべている。

――貧相な下半身とムキムキな上半身、そして脂ぎったゴリラ顔。

できれば顔を合わせたくない男がそこにいた。

池田「……セルゲイ、場所を変えよう」

折角の酒がまずくなってはかなわない。椅子から軽く腰を浮かし――

アニキ「よォ、池田」ニィ

……あっさり見つかった。

アニキ「ン?もう帰るところか池田ァ」

池田「……そうですよアニキ。明日早いんで、もう帰ります」

アニキ「まぁまぁ、多少融通利かせてやるから一緒に飲もうぜ、なァ?」

池田「お気持ちはありがたいですが、結構です」

アニキ「……そうか、じゃぁ言い方変えるぜ。黙ってそこに座り直せ池田」

池田「……はい?」

アニキ「池田だけじゃねぇ。ここにいる連中全員そこから動くな」

ザワザワ…

池田「……アニキ、一体何が――」

アニキ「黙ってろってのが聞こえなかったのか池田」

アニキ「オイ、入って来いお前ら」

アニキの背後から音もなく複数の男たちが現れた。

全員が全員、真っ黒なローブを纏っている。

目深にかぶったフード。胸元に赤い刺繍で邪神のモチーフ。
  ルシファーズハンマー
――堕天使の槌?

何故ここに。それもこんなに大勢で――

店主「……おい困るぜ旦那。店で勝手な事されちゃよ」

アニキ「なぁにすぐ済むさ。それに善意でやってやるんだ。勿論無償でだぜ?」

店主「? 何をだ?」

アニキ「――『悪魔狩り』だよ」

アニキ「善人をかどわかすクソッタレを退治しに来てやったのさ」

スッ

アニキ「――天にまします我らの父よ、邪神ケイオスよ」

『我らの父よ、ケイオスよ』

アニキ「あなたが抱く神の園を悪魔の血で汚す行いを、我らの罪をどうか赦したまえ」

『我らの罪を、彼らの罪をどうか赦したまえ』

アニキ「我は神罰の代行者。御手を煩わせることなく、我らが剣となり矢となり、あなたの、我らの敵を討ち果たさん」

『我らは剣なり。我らは矢なり。槌を振り翳し、悪魔を屠る代行者なり――』

ギュッ

唐突に左腕を強く掴まれた。

見れば阿部さんがひしとしがみついている。

池田「……え?」

阿部「あ……あ……ぅ……」

池田「阿部さん?」

俺は顔を見て、何が起こっているか即座に理解した。

焦点の合わない大きく見開かれた目。青ざめた表情。

――今、阿部さんは『思い出している』。

何かを切っ掛けにして――

彼女は青ざめた唇を小さく動かし、

阿部「……わ、私を……私が最初に、助ケを求めタ、ぅ……」

池田「落ち着いて阿部さん。助けって誰を――」

阿部「そシて私ヲ、ぐっ、うっ襲った、あノ、あァ……」

冷たく、震える指先で、彼女は1人の人物を示した。

……黒衣の集団の中でたった1人、薄汚れた作業着を着ている男を。

男は片膝をついた姿勢を取り、さらに祈りの口舌を続ける。
        ルシファーズハンマー
アニキ「――我、堕天使の槌階級第三位、洗礼名スケィスの命を持って、神罰を代行する」

スケィスと名乗ったアニキは、工業用の特殊な手袋を緩慢な動作で引き抜き、

手の甲をこちらに向け、胸に手をかざす奇妙な格好を取る。


池田「――ッ!」

――アニキの右手の甲には、『C』の焼印が、醜く、黒く浮かび上がっていた……

――――

連続強姦事件の犯人は顔を隠し、複数の人物を犯し続けた。

その犯人に繋がる唯一の情報は右手に焼印があることのみだった。


だが、もう1つの確実な情報が存在したのだ。

……『声』、という実に有力な情報が。

襲われた被害者にしか分からない、もう1つの証拠。


阿部さんもあの日聞いたであろうその『声』の主が、目の前にいる。

手袋で隠れていた焼印。背格好。体臭。行動範囲。声。……すべての要素がパズルのようにするすると当てはまっていく。

――アニキが、こいつが、犯人。

池田「…………」

――震えている。

彼女は恐怖で。

俺は――

奥歯がぎちりと妙な音を立て、口の中に鉄の味が広がった。

――――

スケィス「――っとまぁ、決まりなんでね。形式ばらせてもらったけどよ」

池田「…………」

スケィス「池田ァ、俺ァな、堕天使の槌の幹部さまなんだよ。どうだ?驚いたか?」

池田「…………」

スケィス「おっかねぇ顔すんなよ池田ァ。折角のカワイイ顔が台無しだぜェ?」

スケィス「幹部っつっても俺のポジはお忍びでよ。表立って司教さまみたいなことはできんのよ」

スケィス「何しろ俺は『スケィス』!死の恐怖を司る実行部隊の長だからよ!死神って呼ばれて恐れられてるんだぜェ?」

スケィス「格好いいだろ?ん?」

池田「…………」

スケィス「……ノリ悪いなテメェ。……まぁいいや、俺の邪神の目を持ってすれば悪魔を探すなんざ朝飯前だからな」ハン

池田「…………」

スケィス「むーん……どうやらこの店内のどこかに悪魔が潜んでいるようだなァ……」ヌーン

スケィス「む、近い。近いぞ」ヌーン

スケィス「……見つけたぞォ!おい、そこのポニーテールの奴!」

阿部「…………」ビクッ

スケィス「そうだテメェだ。俺の目に狂いはねぇ、テメェが悪魔だ」

『――おぉ……あれが悪魔……』

『やはり地の底より神の園を――』

『――まるで人ではないか……何と卑劣な……』

スケィス「店にいる野郎ども!よく聞け!ここに悪魔がいる!」

スケィス「外殻の遥か地下深くからやってきた悪魔、つまり『女』だ!」

スケィス「女は俺たちを誑かし、地の底へと引きずり込もうとする恐ろしいバケモノだ!俺たちはそいつを退治しにここへ来た!」

ザワザワ…

「女だって!?そんな馬鹿な――」

「――お、女なんて、め、迷信だろ?な、なぁ?」

「魅入られたら最後、骨と皮になるまで精気を吸い取られるって話を――」

スケィス「――とは言ってもすぐには信じられねぇ奴もいるだろうな」

スケィス「……だがそいつは、間違いなく女だ!悪魔だ!存在するだけで俺たちを蝕む災厄だ!」ビッ

スケィス「嘘ではない証にこいつを今この場で処刑し、悪魔である事を証明してやる!」

池田「アニキてめぇ……!このッ、クソ野郎……ッ!」

スケィス「おーおー。可哀想になぁ池田ァ……お前は悪くない。何も悪くないんだ……」

池田「……何を――」

スケィス「俺は知ってるぜ。お前は可愛くて従順な俺の後輩だ。だから分かるんだよ……」

スケィス「お前はその悪魔に操られているだけなんだろう……なァ?」ヒククッ

池田「……アニキ、まさかマジで堕天使の槌に――」

スケィス「俺に任せておけ池田ァ。教団には魅入られちまった人間を浄化する方法だってあるんだ」

スケィス「だから何も心配ない。今すぐ横にいるバケモノを俺たちが退治してやるからよ……」

スケィス「……おうお前ら」
『はっ』

スケィス「写真で一応確認してるとは思うが、池田には傷つけるなよ。……他はまぁ殉教者で片付けちまっても構わねぇが」
『はっ。スケィス様の仰せのままに』

池田「――ッ」

控えていた男たちのローブの裾がゆっくりと持ち上がり、彼らの不自然な膨らみの正体が明らかになった。

――アサルトライフル。全自動射撃が可能な自動小銃。詳細までは分からないが、人1人を蜂の巣にするには十分な代物だ。それが、約10丁。

黒々とした銃口がこちらに一斉に向けられる。阿部さんただ1人へと。

本気で彼女を殺すつもりだ。

守らねば――でも、どうやって?

こっちは丸腰。しかも相手は交渉が通じないイカれた狂信者どもだ。

――アニキがゆっくりと右手を上げた――

俺が弾避けになったとしても、気が動転した今の彼女では――

――笑みを浮かべながらその右手を――

クソッ!考えている時間はない!こうなったら彼女だけでも――

ドンッ


突然俺は左から右に向かって猛烈に突き飛ばされた。

継ぎ接ぎだらけ鉄板の床にしたたかに背中を打ち付け、悶絶する。

更に息をつく間もなく、今度は阿部さんがこちらに落下してきた。

ワケも分からず慌てて彼女を抱きとめる。

―― 一体、何が――

轟音。銃声ではなく、金属がひしゃげたような音だ。

音のした方角を見れば、再利用合金製の重いテーブルが不気味なほどあっさり宙に浮いている。

池田「セルゲイ……?」

テーブルを浮かした主は、想像を絶する速度で俺たちに駆け寄り、

飛んでいるテーブルの縁を掴むと、そのまま床に叩きつけて床にめり込ませた。

白いコートが重力を思い出したかのように、ひらりと舞い落ちる。

続いて、立て続けの銃声が店内を引き裂いた。

金属製のテーブルに銃弾が当たり、破裂音が至近距離で響き渡る。

――遮蔽物。

遅まきながらに気付いた。

この男は一瞬で俺たちを守る為の砦を作り上げたことに。

守れる位置に俺たちを突き飛ばし、テーブルを蹴りあげ、それを防壁にしたのだ。

セルゲイ「予告も無シに手荒な事ヲシテスイマセン。コノ手以外思いつかなカッタモノデ」

先ほどと変わらぬ穏やかな表情で俺に語りかけてくる。

銃弾の雨の中にも関わらず、セルゲイは極めて落ち着いた様子だ。

池田「……そうか。あんた元兵士だったな。ありがとう、助かったよ」

セルゲイ「いえ、まだ助かッテイマセンヨ池田サン」

ババババッ―

キン キンキンキンッ―

アニキ「――ッ――撃つのやめろっつってんのが聞こえねぇのかボンクラども!池田にも当たっちまうだろうが!」

『…………』

アニキ「ハァ……おい池田ァ。聞こえるか?」

池田「…………」

アニキ「2,3発当たっちまったかもしれないがよ、こっちに悪気はねぇんだ。そもそも的が動かなきゃ当たらなかった話だからなァ」

池田「…………」

アニキ「そこにいる真っ白いのは用心棒かなにかかよ……チッ、面倒臭ぇ真似しやがってまぁ」

アニキ「いいか、よく聞けよ池田ァ。こっちは銃をたっぷり持った集団で、そっちはたった3人だ。そこに立て籠もったってお前らには万に1つの勝ち目もねぇ」

アニキ「それにだ。……お前ら全員皆殺しにしようって言ってるワケじゃないんだぜ?」

アニキ「俺たちは悪魔狩りに来ただけだ。無用の血が流れるのは大司教様もケイオス様もお望みにならないだろうしな」

アニキ「ただその悪魔を俺たちに引き渡せばそれでいいんだ。間違っても池田――あとついでにその真っ白い奴にも危害は加えねぇさ」

アニキ「何だったらお前らに報酬として食料を与えてやってもいい。悪魔を逃さずに見張っておいてくれたってことにしてな」

アニキ「ん?どうだ池田ァ?悪い話じゃぁないだろう?」

――――

池田「……万事休す、か」

池田「…………」

池田「……セルゲイ」

セルゲイ「ハイ?」

池田「頼みが、ある」

セルゲイ「…………」

池田「阿部さんを助けて欲しい」

セルゲイ「……阿部さんヲ?」

池田「兵役を退いたあんたに……戦いで色んなものを失ったあんたに……こういう頼み事はしたくない」

池田「でも今俺に頼れるのはセルゲイ、あんたしかいないんだ」

セルゲイ「…………」

池田「無論対価は払う。与太話でも何でもなく、大量に食料のある場所を知ってる。それを全部あんたにやるから、阿部さんを助けて欲しいんだ」

セルゲイ「……池田サンは?」

池田「……この状況を無傷で切り抜けられるなんて思っちゃいないさ」

池田「俺が何とか時間を稼ぐ。だから彼女を脱出させて欲しい」

セルゲイ「…………」

池田「食料の場所は開かずのシェルターだ。開け方は阿部さんに聞けば分かる。飲料水に食料、何だってある」

池田「そうだな、あんたの職を取り上げちまった……せめてもの罪滅ぼしだ」

池田「……代わりに教団と敵対しちまうおまけが付いちまうが……一生食うには困らなくなるはずだ」

ガンッ

アニキ「――なァ!!聞いてんのかよ池田ァ!!」

池田「!」

バッ

池田「この通りだ。頼む!」

セルゲイ「…………」

セルゲイ「池田サンは、アナタは助かりたくないのノデスカ?」

池田「……助かりたい。できればな」

セルゲイ「デハ、何故彼女を優先スルのデスカ?」

池田「……一週間前だったら、自分を優先しただろうな」

池田「ここじゃそれが当たり前だし、俺だって生に齧り付いて生きてきた」

池田「……でもな、今はもう駄目なんだ」

池田「俺はもう……自分より何より、阿部さんが大切なんだよ」

池田「俺だって死にたくはない。死にたくはないが……俺が犠牲になる事で阿部さんが少しでも長く生きられるなら――」

池田「――命は惜しくない」

セルゲイ「……本気で言っテいるのデスネ?」

池田「……ああ。阿部さんを犠牲にした人生に意味が、幸福があるとは思えない」

セルゲイ「…………」

セルゲイ「分かりマシタ。引き受けマショウ」

池田「……セルゲイ。ありがと――」


セルゲイ「アナタと阿部サンを助けマス」

池田「……え?」

セルゲイ「池田サン、アナタは嘘ツキデスネ」

池田「は、あ……え?う、嘘つき?」

セルゲイ「エエ。さっきアナタは自分の事を変人デ図々シイと言っテイマシタ」

セルゲイ「本当に図々シイ人ナラ、最初カラ自分も含メテ私ニ頼むハズデス」

セルゲイ「……ソシテ変人でもナイ。アナタが阿部サンを想う気持ちハ、気高く愛に溢れてイマス」

池田「……セルゲイ」

セルゲイ「アナタは阿部サンの為なら自分がどうナッテモ構わナイと言う、迷いなき覚悟を見セテクレタ」

セルゲイ「大切な人を思いやる優しさの心。自己を犠牲に、殉じようとする勇気……」

セルゲイ「私はアナタの魂ニ、黄金の精神を見マシタ……誇り高く、崇高で、犯しがたい精神を……」

セルゲイ「……イイ人が損をスル世の中を変エル。ソレは私にはできナイ事デスガ――」

セルゲイ「イイ人のアナタ達を救う事はデキるかもシレマセン」

池田「……! セルゲイ、まさか――」

優しく青い眼で微笑みながら、セルゲイは立ち上がった。

彼は膝の埃とガラス片を軽く払うと、アニキ達の方へと歩き出す。――ふと思い出したように肩越しにこちらに振り返り、

セルゲイ「アア、ソレと食料の件デスガ……私はイリマセンヨ」コッ…

セルゲイ「Столичная――ウォッカ。故郷の酒。アレだけデ有り余ル程の対価デス」コッ…

セルゲイ「……ソシテ何よリ」コッ…

セルゲイ「私には素敵な友人ヲ守るという、己を捧げるに足ル理由がアリマスカラ」コッ…

>>337 修正
アニキ→スケィス

――――

スケィス「おっとそこで止まりな、真っ白いの」

セルゲイ「…………」

スケィス「どっかで見たと思ったら……ハッ、ちょっと前にウチの現場にいたロシア兵か」

スケィス「失職して用心棒ってところか。まァ、お前さんの経歴からすりゃァ再就職先なんてそんなもんだよなァ」ヒククッ

セルゲイ「…………」

スケィス「おゥ。投降したいなら条件があるぜ。池田を説得して悪魔をここに連れてこさせるんだ」

スケィス「そうすりゃお前もさっき逆らったのチャラにして無罪放免だからよ?なァ?」

セルゲイ「私は……話合いに来まシタ」

スケィス「……話合いだァ?」

セルゲイ「エエ。悪魔をスグ処刑トイウ形ではナク、何か別の方法デ穏便に済ませラレナイカト思いマシテ」

スケィス「……何言ってんだお前?」

セルゲイ「アナタたちの説法の中ニモ『例え誰もが許さぬ罪人であろうと、我々は赦す』とアリマス」

スケィス「……まさか悪魔に改心させるとか……そういう事言ってるのか、テメェは?」

セルゲイ「仰る通りデス」

スケィス「……ハァ……お前ははまともだと思ったんだがなァ……」

スケィス「悪魔は悪魔なんだよ。罪人どころか人ですらねぇんだ。さっき言っただろ?存在するだけでアウトなんだよ」

スケィス「まァお前も悪魔に魅入られちまったんだろうが……池田と違ってお前に良くしてやる義理はねぇな」

スケィス「そんなワケでよ。悪魔に加担した罪で、お前処刑な」

セルゲイ「……ソウデスカ」

スケィス「……意味分かってんのか?お前をぶっ殺すって、そう言ってるんだ、俺はよ」

セルゲイ「…………」

スケィス「ああ、そうだ、丁度いいや。冥土の土産に教えてやるよ」

スケィス「――お前をクビにしたの、俺なんだわ」

池田「なッ……!?」

セルゲイ「…………」

スケィス「知ってるぜ。池田に給料オマケしてやったんだってなァ?勝手に俺の池田に色目使いやがってよォ……クソが」

スケィス「……まァ、いいか。こうして殺せるワケだしな」

アニキの脇に控える黒ローブ二人がこちらから銃口を外し、セルゲイに向ける。

スケィス「――死ね」

虫を払うような手付きで、アニキの手が振り下ろされた。


瞬間――視界に入るすべての出来事がスローモーションのように流れ始める。

――セルゲイに向かって手を伸ばそうとする――意識だけで、手が前に出ない。

――セルゲイの方に駆け寄ろうとする――やはり意識だけで、足も動かない

それならば声を、と腹部に力を込め、

池田「セル――」

ババッ――

名前を完全に呼び終える前に、黒ローブの手元でマズルフラッシュが炸裂した。


近距離での銃撃。


当然、近くの遮蔽物へ隠れる時間など、ありはしない。


銃身の中で加速を得、セルゲイに向けて放たれた弾丸は――


  ・・・・・・
――何もない宙空を通過した。

スケィス「なッ……」

一瞬の内に仲間が2人倒されたことに絶句するアニキ。

セルゲイは構えていたハンドガンを下ろし、アニキの方に向き直った。

セルゲイ「私の心臓、腹部付近にポイントし、射撃――」

セルゲイ「明確な殺意と敵性ヲ確認したノデ、反撃シマシタ」

セルゲイ「……タダ、命までは奪っテイマセン。適切な処置をスグにスレば助かるデショウ」

池田「……え?」

よく見れば黒ローブの2人は右手を押さえて地面に屈み込んでおり、足元には小さな血溜まりが広がっている。

どうやらセルゲイは先程の2発の銃撃で2人のそれぞれの利き腕を撃ち抜いたらしい。

つまり、あの状況で敵を殺さずして無力化したというワケだ。……いよいよもって人間技じゃない。

彼は一体――

『悪魔だ……』

アニキの後ろに控えていた男がぼそりとつぶやいた。

「白コート、白髪、二挺拳銃……あ、悪魔……」

男は震える手でフードを取り、素顔が露わにする。

右頬に目を引く大きい傷跡があり、それがスキンヘッドの側頭部にまで届いている。

体格と銃を持つ構えが他の者より様になっている様子から鑑みるに、元傭兵か何かだろうか。

恐れるものなどなさそうな――むしろ見る者が恐れるであろう男が、明らかに恐怖の表情を浮かべている。

スケィス「あァ!?悪魔に決まってるだろうが!俺たちは悪魔狩りに来てるんだからよォ!」

動揺を隠す為なのか荒い口調でアニキが叫ぶ。

頬傷の男は青ざめた顔で慌てて首を横に振った。

「ち、違いますスケィス様。あの男です、あの男が悪魔なのです」

「頭髪、肌、服装に至るまで白ずくめの男……二挺拳銃の名手……間違いない……管理局の、白い悪魔……」

スケィス「白い、悪魔だと……?」

「……最後の聖戦で、解放軍の死体の山を築き上げた管理局の歩兵、セルゲイ・ソコロフ……」

「白い死神、白い悪魔、災いをなす白き者、呼び名は様々ですが、言葉の意味するところはすべて同じ――」

「――即ち、敵対すれば死あるのみ、と」

スケィス「ッ!こッ、こいつがそうだってのか……!?」

「銃弾を回避し、トリガーにかける指だけを狙撃する――そんな腕を持った男を、私は他に知りません」

スケィス「クソッ!何だってそんな奴がこんなところに――」

セルゲイ「話し合いにしまショウ、スケィスさん」

スケィス「!」

セルゲイ「私を殺そうとシタ事は水に流しマス」

ザワザワ…

スケィス「…………」

「ス、スケィス様……」

スケィス「……こいつは悪魔を庇った」

スケィス「……こいつは俺たちの同胞を傷つけた」

スケィス「……許される事か?いや、断じて許されないッ!」

スケィス「聞け!我が同胞たちよ!我らの身は邪神ケイオス様に捧げている!」

スケィス「そう!我らの血と肉はケイオス様の御身そのものだ!」

スケィス「その我らを傷つけたこの男は、神の体を傷つけたことに他ならない!」

『おお……!』

『そうだ……!我らの体はケイオス様に捧げている……!』

『あの男は神に対して反逆したのだ……!』

スケィス「断罪せよ!この男をこの場所から生かして帰してはならない!」
       ルシファーズハンマ-
スケィス「我ら堕天使の槌!我ら剣なり!我ら矢なり!槌を振り翳し!悪魔を屠る代行者なり!」

『我らは剣なり!我らは矢なり!槌を振り翳し!悪魔を屠る代行者なり!』


「し、しかしスケィス様……!」

スケィス「……白い悪魔だかなんだか知らねぇが、何年も前の話だろう?」

「それは……はい」

スケィス「強力な後ろ盾、腕の立つ部下がいて戦いってのは成り立つんだよ」

スケィス「……あの男にはそのどっちも今はねぇ」

スケィス「だったらその両方で勝る俺たちが負けるはずがねぇ」

スケィス「……それにそういう話はな、多少なり尾ヒレ羽ヒレつくもんだ」

「な、なるほど……」

バッ

スケィス「囲め!殺せ!人の形が分からなくなる程に鉛の玉をぶち込んでやれ!」

『はッ!』

アニキの怒号に合わせて、後ろに控えていた黒ローブたちがセルゲイを中心に扇状に広がった。

一方セルゲイは両腕を下げたまま何の構えも見せていない。

セルゲイ「……池田サン、危ないデスカラ伏せていテクダサイ」

振り返らずに俺たちに注意すると、殺気立つ信者たちに視線を巡らせる。

セルゲイ「…………」

セルゲイが彼らのエリアへと一歩を踏み出した。

―コッ

静寂の中のセルゲイの軍靴の足音。

これが戦闘開始の合図となった。


セルゲイに対して信者たちが一斉に射撃。アサルトライフルから軽く10を超えるマズルフラッシュが炸裂した。

先程の戦闘以上に、逃げ場のない銃弾の嵐が吹き荒れる。

だが――彼は退くどころか地を這うような低姿勢で『前へ』出た。

正面の信者が一瞬呆気に取られ少し動きを止めたが、すぐにセルゲイにポイントしフルオートで発射する。

セルゲイは雨のように降りかかる弾丸をまるでボールを避けるような最小限の動作で躱し、正面へ肉薄しつつ左右に発砲した。

サイドの信者2人を撃ち抜き、正面の信者へほぼゼロ距離まで接近――

――アサルトライフルの銃身部分を左から裏拳を当てて銃口を逸らし、右後方で同士討ちを恐れ射撃を躊躇っていた信者に銃弾を浴びせた。

――――

最後まで立っていた信者のアサルトライフルが沈黙する。

セルゲイの放った弾丸が眉間と心臓を撃ち抜いたからだ。

これで阿部さんとセルゲイを殺そうとしていた信者は全員いなくなり、

残ったのはケガをしている信者と頬傷の男、そして丸腰のアニキだけになった。


セルゲイは大きく呼吸を整えながら太極拳のように左右の腕を回し、

まだ赤熱しているハンドガンのマズルを、右は上へ向け、左は下に向け、ハンドガンで十字架を型作った。

そして深く呼吸をし、静止。

――残心。

剣道や居合道でいう、動作を終えたあとでも緊張を持続する心構え。

……見方を変えるならば、ここまでの戦いは型稽古に過ぎない、という事なのか。どこまでも底が知れない男だ。


コッ… コッ…

セルゲイ「スケィスサン」

スケィス「ひッ……こ、殺さなっ、殺さないでくれッ!たっ、頼むッ!」

セルゲイ「マダ生きテいる方がいらッシャイマス」

スケィス「はッ、はぁ……」

セルゲイ「デハソノ方達の治療をお願いシマス。ソシテ今回はコレで手打ちにシマショウ」

スケィス「だっ、あ、そ……こ、断ったら?――」

―ジャキンッ

セルゲイ「今度は有象無象ノ区別ナく処理シマス」

スケィス「ひぃッ!わ、わっ分かった!退く!退くよ!」

頬傷の男の肩を借りて立ち上がるアニキ。

アニキがへたり込んでいた床には、謎の染みが広がっていた。

チビったのだろう。……ざまぁみろ。

店主「……おう、池田」

池田「親父さん、悪い事しちまったな。あんたの店なのに……だから片付けを――」

店主「それは気にするな。カップメンでどうとでもなるからよ」

店主「問題はそれじゃねぇ。このままここにいると危ないって話だ」

池田「! ……ああ。確かにそうだな」

店主「さっさとここを離れな。そこのロシア人の……セルゲイだったか、あんたもだ」

セルゲイ「店主サンの仰る通リデス。彼らが報復に来る可能性がアリマス、場所を移シマショウ」

池田「まず知り合いの医者の所へ行こう。あそこなら近いし……何より阿部さんの容態があまり良くないからな」

阿部「…………」ハッ… ハッ…

店主「奴らが来たら見当違いの方角を教えて時間を稼いでやる。早い内にこのエリアを出た方がいいぜ」

池田「……親父、すまない」

店主「常連を大切にするのは商売人として当たり前だろうが。早く行きな」

池田「……ありがとう」タッ

店主「あ、おい!セルゲイ!」

セルゲイ「ハイ?」

店主「忘れ物だぜ」ヒュッ

パシッ

セルゲイ「……Столичная」

店主「口開けちまったんだ、最後まで飲んでやれ。勿体無ぇからよ」

セルゲイ「……アリガトウゴザイマス」

――――

TDN「……そう。ごめんネェ、こんな遅くに働いてもらっちゃって」

「へへっ、姐さんの頼みとありゃぁ断る理由がねぇからよ」

TDN「あらヤダ嬉しい♪引き続きよろしくお願いできるかしら?勿論、報酬はたんと弾むわヨ」

「報酬なんて滅相もねぇ。それに姐さんに恩を返したいと思ってるの俺だけじゃぁねぇからな。顔見知りにも協力してもらうさ」

TDN「本当!頼りになるワァ~。これはサービスよ♪」ンチュッ

――――

バタンッ

池田「……どうだった?」

TDN「池田ちゃん、悪い予感的中よ。教団の連中人海戦術でシラミ潰しに探してるみたい」

池田「やっぱりか……」

TDN「あたしのツテで嘘の情報あちこちバラ撒いてるから、ある程度は誤魔化せるけど……正直時間の問題よネェ」

池田「……すまない。厄介事を次から次へ持ち込んでしまって」

TDN「池田ちゃんが謝る必要はどこにもないわよ。悪いのはあいつらでしょ?それにあんなにカワユイ阿部ちゃんを悪魔呼ばわりとか私も許せないし!」

池田「……ありがとうドク」

コンコン

『ゴメンクダサイ。セルゲイデス。TDNサンのお宅はこちらでよろしいデショウカ?』

TDN「アラ、例のロシア軍人さん?」

池田「ああ。セルゲイ、合ってるぜ。鍵は開いてる」

ガチャッ

セルゲイ「失礼シマス」

池田「しかしよく迷わなかったな」

セルゲイ「池田サンの足跡を辿ればソコマデ難しくはアリマセン」

池田「……こ、この暗さでか?」

セルゲイ「念の為消しておきマシタ。アノ、池田サン、ソチラの方が……」

池田「そうか。2人は初対面だったな。紹介――」

TDN「ッありえなぁぁぁぁい!ちょっと池田ちゃんどういうことなの!?」

池田「なッ!急にバカデカい声出すなよ!何だよ!」

TDN「想像を絶するゴツイケメンじゃない!服の上から見ても分かるわ!何て美しい筋肉の持ち主なの……!」ブルブル

セルゲイ「オオ、やはりアナタが!初めマシテ。セルゲイ・ソボレフと申シマス」ペコリ

TDN「は、初めましてセルゲイさん。あたし、中松左馬之助光春って言います。あたしの事は気軽にミッチー♪って呼んでください///」

池田「…………」

セルゲイ「素敵なオ名前デスネ。私の事もどうかセルゲイと気軽に呼んでクダサイ、ミッチーサン」

TDN「セルゲイ……///」ポワァ

セルゲイ「アナタも美しい筋肉をシテイマスネ。ソノ大胸筋はドウヤッテ作りこんだのデスカ?」

TDN「アラやだ!さっきの聞こえちゃってたの!あたしったら超恥ずかしいわァ!ミッチー大失態!」

池田「…………」

――――

セルゲイ「周囲の地形をザッとデハアリマスガ、確認シテキマシタ」

池田「それで結構時間がかかったのか」

セルゲイ「視認が困難な場所に簡易のサウンドトラップ――日本で言うと鳴子を仕掛けるのに手間取りマシテ」

池田「……結構って部分撤回するよ」

セルゲイ「コノ家屋は明かりが漏れてイナイノデ隠れ家としてはカナリ優秀デス。ただミッチーサンの仰る通り、長時間の潜伏は厳しいデショウ」

TDN「目撃情報に頼ってる内ならまだいいけどねェ。デマばっかりって事に気が付かれたら、神様盾にして片っ端から家に押し入るのは目に見えてるもの」

池田「ここ以上に安全な場所が必要って事か……」

池田「…………」

池田「あるにはあるんだが……」

TDN「それって昼間阿部ちゃんと行ったシェルターの事かしら?」

池田「一応変な知り合いもそこにいるし、誰も入れる事自体を知らないってのは大きなメリットだと思う。けどな……」

TDN「阿部ちゃんのフラッシュバックが怖いのね」

池田「……いや、殺されかけた手前、他に選択肢はないよな」

セルゲイ「採掘場への道デシタラ明かり無しデモ先導デキマスヨ。見通しの悪い道を選ぶので、多少遠回りニハナリマスガ」

池田「どれ位かかるセルゲイ?」

セルゲイ「45分ト言ったトコロデショウカ。阿部サンを背負って移動スルナラ1時間は見た方がイイデショウ」

池田「分かった。ただ時間はあまりない。ギリギリまで阿部さんの意識が回復するのを待って――」

阿部「その必要はありません」

いつからそこに居たのか。彼女が部屋の入り口にもたれる形で立っていた。

顔色も悪く、まだ肩で息をしているような状態だ。ただでさえ線の細い体が強調され、まるで青白い幽鬼のように見える。

池田「……あ、阿部さん?」

彼女の体調を気遣う言葉が喉元で消え、名前を呼ぶだけに留まってしまった。

微かな違和感。

彼女が阿部さんである事に自信が持てなくなる――そんな奇妙な不安が漠然と胸の内を覆う。

目の前にいる人物が阿部さんである事は間違いない。美しい黒髪、顔立ち、姿形。どれも彼女である事を示している。

――そして俺は唐突に気付いた。

瞳。

彼女の瞳が、今日の昼間や昨日、もっと言うなら初めて会った時のものとまったく違っていることに。

記憶を取り戻したい、あるいは楽しい事や新しい事を知りたい――その感情を代弁するように大きく見開き、よく動いていた目。

それが閉じているのか開いているのか分からないほどに窄められている。

よく磨かれた琥珀のごとく太陽光を反射していた黒目は、目の細かい紙ヤスリをかけられたように輝きを失っていた。

阿部「状況は把握しています。ただまだ若干混乱を含んでいるので、整理が。……どこから話し始めて良いものか」

様々な思いを巡らせるには充分すぎる間を持って、昼間とは別人のように彼女は語りはじめた。

阿部「そうですね、まず……私は、『地上』――あなた達が『地下』と呼ぶ、外殻の遥か下から来ました」

冷たいながらも強い意思を宿した彼女の瞳を見て理解した。きっと、阿部さんは、欠けていた最後の記憶の歯車を取り戻したのだ。

同時に初めて彼女に会った時に感じた不気味さが足先から這い上がってきた。

その歯車が動かすのは、彼女と俺だけではない――遠くで、大きく複雑な何かが動き出す音を、聞いた気がした。

――――

池田「……阿部さんは、外殻の内側の人間」

セルゲイ「ソレナラ阿部サンが女性な事にも納得が行きマス。外殻の外での人という種を増やす方法はクローンに適宜頼っていく他アリマセン」

TDN「そしてクローンの媒体データに女性のものが一切ないのよねェ。だからここで女の子の阿部さんに会えたということは――」

阿部「そういう事です」

セルゲイ「……シカシ、驚きマシタ。外殻内の人類はトックに滅んだものと聞いてマシタカラ」

池田「セルゲイだけじゃないさ。皆そう思ってる。……でもそれは間違いだった」

阿部「ここからは少々長い話になります。……時間は大丈夫でしょうか?」

セルゲイ「保証はシカネマスガ、30分程はマダ安全デショウ。コノ区域に近づいテイル敵兵の気配もマダシマセン」

阿部「……猶予はありませんね。今のこの状況においても……やはりこの先のおいても」

池田「……この先?」

阿部「はい。出来るだけ簡潔に整理して話すよう心がけます」

阿部「まず、私は外殻の外側の人間に助けを求めにきました」

阿部「では何故助けを求めにきたのか?それを説明するにはまず外殻大地を巡る地球の歴史から話さなければなりません」

阿部「今から1000年近く前、全世界にある奇病が蔓延しました。俗称、正式名称ともに『男体化病』という病が」

池田「そこら辺なら誰でも聞いた事あるな。それを防ぐ為に外殻を作ったって話だろ?」
         
阿部「――シャイニングプラネット計画。外殻で地球全体を覆う、とてつもなく巨大なプロジェクト」

阿部「その内容は、世界規模で感染者と健常者を隔離し、男体化の主な原因である宇宙線から地球そのものを保護するという、途方も無いものでした」

TDN「……宇宙線って放射線とかよねェ。それを浴びただけで病気になっちゃうの?」

阿部「厳密には違います。大気圏内に入り込んだ宇宙線が遺伝子を傷つけ、生物の根幹であるミトコンドリアに変異を促し、新たに生まれたウィルスによって男体化を引き起こすのです」

セルゲイ「記憶違いデシタラ申し訳ナイノデスガ、地球は磁場と大気にヨッテ宇宙線の大半を防いでいるハズデハ?」

阿部「……残念ながら1000年前に事情が変わったのです」

阿部「当時地球の磁場が弱まり、一部の地域が宇宙線にさらされる事態に陥っていました」

阿部「諸説ありますが――世界中に張り巡らされた強力な電力網がインダクタの役割を果たし、地球規模の自己インダクタンスを導いたのが主な原因と考えられています」

池田「……ま、まるで分からねぇ」

阿部「単純に述べるならば……成長しすぎた人類の科学が破滅を呼び込んだということです」

池田「……なるほどな。それで男体化を止める事はできたのか?」

阿部「……ええ。男体化に対するワクチンは完成し、外殻によって新たなウィルスが発生する事もなくなりました」

TDN「馬鹿げたプロジェクトだと思ってたけど、効果はあったのネェ」

阿部「……ただこの病を克服する過程で、ある1人の人物が――いえ、結果的には外殻の内にいた人類すべてが大きな過ちを犯しました」

池田「過ち?」

阿部「……彼女の名前はイヴ。男体化に効果のあるワクチンを作成し――」

阿部「シャイニングプラネットの研究チームとNEATにも所属する――非常に有能な科学者でした」

池田「はぁーん、人類の救世主、ってやつか」

阿部「……違います」

阿部「彼女は救世主などではありません」

阿部「むしろ人という種を絶滅に追いやろうとしている『悪魔』ですッ!!」バッ

池田「…………」

阿部「……失礼しました。話を続けます」スッ

池田「……お、おう」

阿部「池田さん、そして皆さん。落ち着いて聞いてください」

池田・TDN「…………」ソワソワ

セルゲイ「…………」

阿部「今地上には、外殻の内側には……」ギュゥッ…


阿部「――男性が、存在、しません」

TDN「…………」

セルゲイ「…………」

池田「……どういう事だ、そりゃ」

阿部「彼女が男性が存在しない世界へと、極めてゆっくりな速度で地球全体を変貌させていったからです」

セルゲイ「……一体何の為ニ?」

阿部「……残念ながら分かりません。明らかになっているのは、彼女が男性に対する強い不信感と敵意を持っていた事だけです」

阿部「ミトコンドリアの権威であった彼女はワクチンを作ることによって、国家規模での信用と権力を手に入れました」

阿部「そして人類社会を大きく発展させる発明や開発を次々と成功させ、私の祖先は彼女に強く依存するようになったのです」

阿部「中でも最たるものはナノマシンでしょう」

TDN「……驚いた。あなたたちの場所では既に実用化されているものなのね」

阿部「――病気に対する耐性、細胞の最適化による延命、治癒能力の向上、脳内物質や感情の制御……まさに夢の発明でした」

阿部「彼女の賢者の石と言っても差し支えない発明は瞬く間に世界中へ広がり、新たな規格として浸透していったのです」

阿部「……それが、彼女が全人類に仕掛けた新たな枷とも知らずに」

池田「新たな、枷?」

阿部「……ナノマシンには人体そのものを飛躍的に強化させる事に加えて、体内に組み込まれた端末をネットワークに繋ぐ機能が搭載されています」

阿部「従来のIRCなどのデバイスを必要とする通信技術と違い、脳内の電気信号をサーバーを介して他人のナノマシンに向けて送信できる画期的なテクノロジーなのですが……」

阿部「彼女はナノマシンの一部をブラックボックス化し、外部からナノマシンを操作できるように改変を施していたのです」

TDN「が、外部からって……それじゃぁ人類全体の生命を掌握した事と変わらないじゃない!」

阿部「仰る通りですTDNさん。人体にプラスの効果を及ぼす事が可能なら、またその逆も可能――彼女はその技術を利用し、自らの野望へと突き進んで行きました」

阿部「秘密を知った関係者を病死に見せかけて殺す事も、犯罪者の行動を操り、事件に見せかけて自らの政敵を消し去る事も……すべて彼女の意のままでした」

セルゲイ「……何と恐ろシイ」

阿部「そして彼女が必要とする研究の科学者や、彼女に好意的な関係者は手元に残し、自らの計画――イヴが構想する最後のプロジェクトに取り掛かりました」

阿部「それこそが『全人類女体化計画』。ナノマシンによって人体の構造そのものを作り変えるというプロジェクト」

池田「……その女体化計画は、病気でもなんでもなく……そのイヴって奴がやりたいからやったって事か?」

阿部「ええ。マスメディアも彼女の支配下でしたから、当時の男性も女性になる事に何ら違和感を感じていなかったようです」

TDN「……ナノマシンと合わせて洗脳済みってワケネ」

阿部「同時に彼女は自らの脳を含めたサイボーグ化も急いでいました。……永遠にこの世界を管理できるように」

池田「…………」

阿部「そのサイボーグ化の依頼を受けたのが、ロボット工学の権威リトル・イーモン博士です」

阿部「当時の数少ない男性の科学者で、最後までナノマシンを拒否した人間でもあります」

阿部「イーモン博士はイヴ博士の企みに気付いていましたが、親友を人質に取られていた為にイヴ博士に逆らう事は出来ませんでした」

阿部「ロボットの研究は次々に成功していき、高度なAIを積んだガイノイドや、対暴徒用のガードマシンを市場に供給できるようになりました」

阿部「更に女性同士で生殖できるように最適化する実験が成功し――」

阿部「――イヴ博士は楽園を作り上げることに成功したのです。ナノマシン、ガイノイド、ガードマシン……必要だったすべてのものを手に入れて……」

池田「…………」

池田「……褒められたことじゃない」

池田「褒められたことじゃないが……それで人類は繁殖し、幸せに暮らせるようになったんだろ? 彼女が統治している世界で……」

阿部「…………」

池田「答えてくれ阿部さん。俺は……俺は本当のことが知りたいんだ!」

阿部「池田さん……」

池田「奪い合う事なく分け合える世の中なら、例え独裁だとしても俺は構わない。そんで管理者が頭がイカれてても構わねぇ。今よりずっとマシだからな」

阿部「…………」

阿部「……残念ながら、池田さんが思い描いたような理想の世界は訪れませんでした」

阿部「順調に思えた楽園プロジェクトですが、100年もすると異変が現れ始めました」

阿部「女性同士での生殖から誕生した子どもが、次々と謎の突然死に襲われたのです」

勇者「領主のくれた情報と地図によると遺跡の西側部分に街の人たちが閉じ込められているらしい」カサッ

女戦士「デッケェ宮殿だったんだな。間取りを見る限り、本来召使いとかが寝泊まりする区画か?」

勇者「東側に王の間とあるから恐らくそうだろうな。見れば分かる通り、建物の周りに何もないから非常に見通しがいい」

女戦士「……見つからずに連れ出すのは困難ってワケか。できれば一戦おっ始める前に救出するのがベストなんだがなぁ……」

勇者「そこで私の作戦はこうだ。……真正面から切り込む」

僧侶「えぇぇぇぇ!?勇者さん何言ってるんですか?」

女戦士「あたしは大歓迎の血の毛たっぷりの作戦だな。……が、街の人たちの安全はどうするんだ軍師さん?」

勇者「まず私たちを救出班と陽動班の二手に分けて襲撃」スッ

勇者「陽動班は逃げ回りつつ出来るだけ敵を打ち倒し、敵に増援を呼ばせるように暴れ回る――救出班はその混乱に乗じて西エリアに乗り込み、手薄になった警備を突破し救出」

勇者「安全な場所まで誘導した後、陽動班合流し、大将に仕掛ける」

勇者「……無茶は承知だ。ただ人命を優先するならこの案しかないだろう」

女戦士「勇者、その案に乗ったぜ。少なくともあたしの作戦より勝ち目がありそうだ」

僧侶「女戦士さんの作戦ってどういうのですか?」

女戦士「片っ端から斬る」

僧侶「…………」

単純に死にたい
誤爆

TDN「突然死……」

阿部「女性同士の生殖において何らかの不具合、歪みといったものが発生し、正常に我が子が育たなくなり……最後は突然死に至る」

阿部「イヴは持てる知識すべてを捧げ、専門分野の天才を何人も雇い、この病に取り組みましたが、突然死は止まりませんでした……」

阿部「……口には出さずとも皆彼女を除く科学者は理解をしていました。男性と女性の生殖から切り替えた事による影響であることに間違いはない、と」

阿部「それとは逆に、ありとあらゆる手を尽くし――疲弊し切った彼女が考えついた案は恐ろしいものでした」

阿部「理想的な状況で出会い、理想的な条件で生殖を行い、理想的な状態で母体を管理すれば、突然死のイレギュラーは避けられると判断したのです」

池田「……言ってる、意味がちょっと分からないんだが……」

阿部「池田さんは、ソードアート・オンラインをご存知ですか?」

池田「突然何を……いやまぁ知ってるよ」

阿部「あの作品の中で主人公たちは仮想現実へ現実世界からログインしていましたよね?」

池田「……ああ。それで?」

阿部「あの作品のような『仮想現実』を使って、人類を管理しようとしたのです」

池田「……!」

阿部「ええ。その為に仮想現実を作り上げ、人の精神をその中で暮らさせる事によって、脳波や体躯の末端に至るまでを完全にコントロールし――」

阿部「正常な『繁殖』をしようとしました」

池田「狂ってやがる……それのどこが正常だって言うんだ」

阿部「生活のすべてを彼女に掌握されていた私の祖先たちは為す術もなく、彼女の支配下に置かれました」

セルゲイ「ナルホド。ガイノイド、ガードマシン、数を揃えレバ統率の取れた軍隊に等しいデショウカラネ」

阿部「――人は生きたままカプセルに詰められ、培養液によって成長し、計画的な交配を延々と繰り返させられるのです」

TDN「……そしてイヴに管理された長い夢を見続けるのネ……」

阿部「今の地上に……人の尊厳、自由といったものはありません」ギュッ

セルゲイ「……シカシそうなるト気にナル事ガアリマス。阿部サン、アナタハ何処から来たノデスカ?」

池田「言われてみればそうだな。地上の人間はカプセルに閉じ込められているんだろ?」

阿部「彼女の計画が始まった直後、下層へと逃れて生き延びた人たちがいます」

阿部「彼女たちはレジスタンス組織『New Honest Keel』を結成し、イヴへのレジスタンス運動を行いながら、実にこの1000年近く抵抗してきました」

阿部「私はカプセルの中からNHKに救い出され、人類にもう一度自由をもたらす為の工作員として育てられたのです」

池田「……そう、だったのか……」

阿部「地上をイヴの支配から解き放つには、彼女が管理するサーバーの心臓部を破壊し、ナノマシンによる干渉を防ぐ必要があります」

阿部「ですがナノマシンに支配された我々では、心臓部にたどり着く事は愚か地表付近の行動もままなりません……」

TDN「……話がようやく見えて来たわ」

保守あり。

安価1つ見落とす → >>390以降を全部変更
って大事故で止まってました。

結末までの見通しが立ったので、近日中に投下します。
お待たせして申し訳ない。

60/82

>>393 修正 60/86

阿部「だからこそ、男性の協力者が私には必要だったのです」

阿部「……焦るあまり、最初に出会った男性の危険性を見抜けず……その……」

池田「阿部さん……」

阿部「……安易に警戒を解くべきではありませんでした」

阿部「……話を戻しましょう。私の任務内容は主に2つです」

阿部「1つはナノマシンの影響を受けない男性の協力者を得ること」

阿部「もう1つはイーモン博士が外殻に残した兵器を手に入れることです」

池田「……兵器ってシェルターの地下にあった、あの戦闘機か?」

阿部「はい。プロジェクト名:ダーウィン4078。機体名:BEAS。博士がイヴに秘密裏に開発した超兵器です」

TDN「あの開かずのシェルターにそんな物騒なものがあったのねェ」

阿部「……地上にある兵器はすべてイヴの管制下にあります。彼女の支配が及ばないたった1つの兵器、それがBEASなのです」

池田「博士はあの戦闘機が必要になることを予期していたのか……」

セルゲイ「……阿部サン」

阿部「なんでしょう?」

セルゲイ「ソノ兵器はイヴにとってどれ程の脅威なのデスカ?」

阿部「博士は失踪する直前まで、このプロジェクトに心血を注いでいました」

阿部「ロボット工学の父である彼が、当時考えうる限りの最先端の技術と理論をもって作り上げた兵器――」

阿部「現在も稼働し続けるガードマシン等の戦闘力を見る限り、その能力は計り知れません」

阿部「イヴも我々と同じようにこの兵器を捉え、未だに地上で捜索が続けられているほどですから」

池田「……何百年も探し続ける位、重要ってことか」

阿部「過去に世界を統治するのに必要な力を、博士から得ていた彼女は……ある意味我々より兵器を恐れているはずです」

阿部「……そして同時に手に入れたいとも思っているでしょう」

セルゲイ「破壊シ、反乱分子によるイレギュラーが起こラナイヨウニデスネ」

阿部「……いえ、違います」

TDN「違うって……?」

阿部「イヴにはある目的があるからです」

池田「目的って……女性だけで繁殖とかの、アレか?」

阿部「……ええ、最終的にはそうなるのでしょうか。彼女にとっては、ですが」

池田「……それと戦闘機がどう関係あるんだ?」

阿部「それは彼女が――イヴが外殻大地に存在するすべての生命を……根絶しようとしているから、です……」

セルゲイ「…………」

TDN「それって……」

池田「嘘……だろ……」

阿部「……私が最初に時間がないとお伝えしたのは、教団員に追われている現状ではなく――」

阿部「彼女が地上への侵攻計画を進めている事実についてです」

ガタッ

池田「いや、待てよ……!だってそんなのおかしいだろ!?」

TDN「池田ちゃん落ち着いてっ!」

阿部「……いえ、TDNさん。池田さんでなくてもおかしく思って当然です」

TDN「阿部ちゃん……」

阿部「彼女は最早狂人です。今となっては、それを正す者も誰もいません」

池田「…………」

阿部「イヴは女性による単性生殖の改善点をずっと探していました」

阿部「それから気の遠くなるほどの歳月をかけて辿り着いた結論。……それが『蝶の羽ばたき』だったのです」

池田「蝶の、羽ばたき?」

阿部「A地点で蝶が羽ばたくことによって、B地点で雨が降る。蝶の羽ばたきの影響によって、結果的に別の場所で雨が降ってしまう」

阿部「蝶の羽ばたき――一般にはバタフライ・エフェクトと呼ばれているものです」

池田「聞いたことがあるような……カオス理論、だったか?」

阿部「はい。カオス理論における、通常なら無視できると思われるような極めて小さな差が、やがては無視できない大きな差となる現象のことです」

池田「……難しいな」

阿部「イヴはこの理論を自らの世界に当てはめて考えたのです」

阿部「つまり――一見無視できる程度の小さな障害が、私の計画を妨げているのではないか、と」


TDN「…………嘘。じょ、冗談でしょ。まさかその女、外殻に男性がいるからうまくいかないって――」

阿部「仰る通りですTDNさん。彼女はそう判断し、侵攻計画に着手したのです」

池田「……そんな……滅茶苦茶な……」

阿部「その観測装置も彼女は開発しました。……影響の連鎖はすべて外殻の外で収束するように設定されていますが」

セルゲイ「……彼女はモウ、自分が正常な判断能力を持っているカドウカサエ、分からないヨウデスネ」

阿部「……私たち工作員は、外殻大地を支える巨大なシャフト――その中空を通ってここまで来ました」

阿部「イヴは同じようにこのシャフトを使い、管理下にある航空兵器を外殻大地へ送り込むつもりです」

阿部「外殻大地を爆撃し、施設のすべてを焼きつくし、男性をこの世から絶滅させる為に……」

池田「……だからイヴにも戦闘機が必要なのか。」

阿部「……はい」

TDN「そのシャフトとやらが、外殻を支えていたのネ。ってことは各エリアにあるシェルターの根本にはみぃんなシャフトがあるってことになるわねェ」

阿部「はい。私以外のNHK工作員メンバーは各エリアで任務を遂行していると思われます」

阿部「その問題のシャフトですが――シャフト内部は元々『外』の人間が安易に入って来れないように、防犯システムの巣になっています」

阿部「結果としてそのシステムが、イヴの侵攻を今阻み、時間を稼げているのが現状です」

セルゲイ「……その防犯システムを抜ける方法はアルノデスカ?」

阿部「我々NHKにはイーモン博士から託された『鍵』があります。部分部分で無効化をしつつ、外殻まで来れたので……勿論その逆も可能だと思います」

阿部「最も、地上へ帰るのに鍵は必要ありませんが」

池田「え?」

阿部「帰る為に、超兵器BEASを起動し、シャフトを高速機動で抜けます」

池田「…………」

TDN「…………」

セルゲイ「…………」

阿部「そしてイヴの航空兵器、マシンの工場を徹底的に叩き、イヴに通ずるサーバーというサーバー全てを完全に破壊します」

阿部「それが私たちNHKの工作員に課せられた任務です」

セルゲイ「……地上全土を掌握しているイヴに、BEAS単騎で対抗する事は可能なのデショウカ?」

阿部「……BEASの明確な性能が分からない以上、この任務の成功確率――」

阿部「いえ、そもそも我々に勝ち目がある戦いなのかさえお答えすることができません」

阿部「…………」

阿部「……それでも」

阿部「それでもっ、お願いですっ。私たちに力を貸してくださいっ!」

池田「…………」

阿部「外殻の外に隔離される――そんな差別にも等しい措置を受けたあなた達に対して、我々が助けを請う……」

阿部「身勝手なお願いだとは、思っています……」

阿部「でも……私たちには、あなた達に頼る以外に方法が――」

池田「阿部さん、何か勘違いしてないか?」

阿部「は、はい?」

TDN「そうねェ。その話し方だとあたし達が嫌がってるように聞こえるじゃない」

セルゲイ「ソウデスネ。私は最初から阿部サンに協力するツモリで、お話を伺ってイマス」

阿部「……え?」

セルゲイ「敵ガ教団であれ、イヴであれ、何れにセヨ我々の命が危険に晒されている事に変わりはアリマセン」

セルゲイ「合理的に考えたとシテモ……阿部サンに協力する事ハ、結果的に私たち自身の自衛になるのデス」

セルゲイ「ソレに何より――あなたは既に私の大切な友人デス」

セルゲイ「友の頼みでアルナラ、断る理由もアリマセン」

阿部「セルゲイさん……」

TDN「それにねェ阿部ちゃん。悪いのはあなたじゃないでしょ」

TDN「悪いのはイヴとか言う1000歳軽く超えちゃってるような性悪女でしょ?別にあなたが祖先の罪を背負う必要なんかないの」

TDN「何よりあたしがイヴを許せないもの。医者として生命を軽んじる行為を見逃す訳にはいかないわ」

TDN「あとアレよ!自分の目的の為にあたし達を皆殺しとかどんだけ自己中って話よ!理論がどうこう言う以前にモラルがなってないわよ!」プンプン

阿部「TDNさん……」

池田「じっとしてたら爆撃をいいように喰らって死んじまうだけだしな」

池田「だったらこっちから殴りこみかけて、そのイヴって親玉をぶっ飛ばしてやろうぜ」ヒュッ

阿部「池田さん……」

池田「で、ついでに人類救っちまおう。な?」

阿部「…………」

阿部「……皆さん、私……」

阿部「私、何て言ったらいいのか……」

阿部「………ッ」

阿部「…………!」ゴシゴシ

阿部「……ありがとうございます、皆さん」ペコリ

池田「お礼を言うのは、まだちぃと早いぜ阿部さん」

TDN「すべて終えてから、よねェ」

セルゲイ「エエ、阿部サンは……」

阿部「……?」

セルゲイ「…………」

池田「ん、どうしたセルゲイ?」

セルゲイ「シーッ!……トラップが反応してイマス。南西の方角、直線距離で3Kmと言ったトコロデショウカ」

池田「……奴らか」

セルゲイ「……コチラにはマダ気付いてイナイヨウデスガ……移動シタ方が良いデショウ」

――――

池田「……な、なぁセルゲイ」ゼェゼェ

セルゲイ「ハイ?何でショウ?」スッ スッ

池田「シェルターに、向かうなら、結構を道を、ソレちまった……ふぅ、気がするんだが」ゼェゼェ

セルゲイ「私は阿部サンの指示に従って、そこへ案内しているダケデスヨ」

池田「阿部、さんが?」フゥ

ガサッ

池田「ん?これは……トウモロコシ?」

セルゲイ「ハイ、野生モロコシの群生地デスカラ」

池田「って事は例の現場の近くじゃねぇか!な、何で阿部さんがココへ来る必要が――」

阿部「ここへ来る事が一番安全で確実だからです、池田さん」

池田「あ、安全?……どういう……」

阿部「……シェルターの正面ゲートの開閉音が、致命的なレベルで大きいからです」

阿部「この限界体制の中で開かずのシェルターが開き、轟音が辺りに響きわたってしまったら……」

池田「……それは全然考えてなかった。確かに無駄に派手だった気がするな」

阿部「なのでこちらを使います」ガサガサ

TDN「……こちらって阿部ちゃん、どう見ても壁よコレ」

阿部「錆びと苔で周囲の壁と判別がつかなくなっていますが」ピタッ

バシュッ

TDN「……ワオ」

阿部「この様にまだセンサーが生きています。触れなければ反応しない程に劣化はしているようですね」

セルゲイ「とスルと……コレはシェルターへの通路デスカ」

阿部「はい。東西南北にそれぞれ伸びた非常用連絡通路の内の一つです」

池田「扉と言えばドアノブ、非常扉はバルブだからな。扉だとも知らずに云百年経っちまったと」

阿部「無論、ありとあらゆる人間の通行が許可されています。シェルターとしては当然の役割なのですが……」

池田「教団に追われている今だけは、ありがたくない話だな」

阿部「ええ。うまくすれば緊急用の防火シャッターが下ろせるかもしれません。足止めにはなるはずです」

池田「それに心強い……いや、ほんの少しだけ頼りになる奴が中にいるからな。あいつなら力になってくれるはずだ」

TDN「あら、ここにも池田ちゃんの友達がいるの?それってイイ男だったりする?」

池田「……悪い奴じゃない。あと男か女なのかは自分で聞いてくれ」

――――

TDN「……あらヤダ///」

セルゲイ「? 何らかの兵器デショウカ?」

阿部「…………///」

池田「…………」

カンカンッ カンカンカンッ

スカポン「固定概念ヲ~♪払イノケロ~♪」

池田「……ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲じゃねーか。完成度たっけぇーなオイ」

スカポン「オヤ?ソノ声ハ――」

プピーン

スカポン「イケタサンデハナイデスカ!アブサンモ!ソレニ……ムム?ソチラノ方々ハ初対面デスネ」

池田「俺は池田な。あと彼女は阿部さんで、彼らは俺の友達で仲間の――」

セルゲイ「セルゲイ・ソボレフと申シマス」ペコリ

TDN「あたしは天才ドクター中松、TDNって呼んでね♪」クネリ

スカポン「了解しました。ゲイサン ト タダノサン デスネ」
セルゲイ・TDN「え?」

池田「ハァ……諦めてくれ。こいつは名前を覚えるのが壊滅的に下手なんだ」

スカポン「失礼ナ!ソノ言イ方ダトマルデワタシガ、 ポンコツノ様ニ聞コエテシマウデハナイデスカ!」

スカポン「『オワライロボ』トシテ必要ナ機能技能ハ顔ヲ覚エルコト。コレニ尽キマス。何故ナラ――」クドクド

池田「とりあえず、今はどうでもいいんだよスカポン」

スカポン「アア。ナルホド。マルデショートケーキニ鎮座マシマシテイル苺ヲ最後ニ食ベル如クワタシノ話ヲデザートノ様ニ聞キタイトソウイウ気持チデスネ?」

池田「違う!こりゃ何だって話だよ!」

スカポン「コレハネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲デスヨ」

池田「知ってるよ!じゃなくて何でネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲がシェルターの中央にででんって置いてあんのかって話をしてるんだ!」

スカポン「実ニイイ質問デス、イケタサン。……ワタシ、実ハアナタ達ガ帰ッタ後、深ク反省シテイタノデス」

池田「……は、反省?」

スカポン「アノシリアスナ雰囲気ヲ、ブチ壊シニ出来ル方法ガモットアッタノデハ、ト……」

池田「あれはあれで良かったんだよ。余計な事を――」

スカポン「ワタシハワライノ原点ヲ探リ始メ――」

スカポン「ソシテネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲ガ完成シタノデス」

池田「省くなよ!一番そこ大事なとこだろうが!」

>>417 修正
了解しました→了解シマシタ

スカポン「ワライヲ取ルニ当タッテ最モシンプル、カツ効果的ナ手段ヲ取ッタダケデス」

スカポン「男性器ヲ模シタオブジェヲ作リ、唐突ニ出ス事ニヨッテ、思ワズ笑ッテシマウ……ソンナ効果ヲ期待シテ、廃棄物デネオアームストロング――」

池田「長ぇよ!もういい!分かったから!」

スカポン「シカシ、イケタサン。アナタハ素晴ラシイ」

池田「何がだよっ!」

スカポン「アナタガネオアームストロングジェットサイクロンジェットアームストロング砲ヲ知ッテイタカラコソ、ワタシノオブジェガ輝カシイ意味ヲ持ツヨウニナッタノデス」

池田「ジェットが一つ多いっ!」

スカポン「ソシテ何ヨリ、コノ『ツッコミ』ノレスポンススピード……驚嘆ニ値シマス。ワタシト同期ノオワライロボデモ、ココマデノツッコミハ――」

池田「俺の事はもうどうでもいいんだよ!こっちは大事な話があって、なおかつ急ぎなんだよ!」

――――

スカポン「ナント……ワタシガネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲ヲ作ッテイル間ニ外デハソンナ事ガ……」

阿部「一時的で構わないですから……防火シャッターを閉じて、外部からの侵入を防いでいただけないでしょうかスカポンさん」

スカポン「オ安イ御用デスヨアブサン!――ト、言イタイノハ山々ナノデスガ……今防火シャッターヲ閉メル事ハデキマセン」

池田「何でだ?またあれか?三原則とかでできないのか?」

スカポン「違イマス。単純ニ コノシェルターノ メイン電力全テガダウンシテイル為ニ、シャッターヲ動カス事ガデキナイノデス」

阿部「……電力が使えない?」

スカポン「正確ニ言ウナラ約57分42秒前程カラデスネ。シェルター地上施設ノホトンドノ設備、備品ガマトモに稼働デキマセン」

池田「何があったんだ?」

スカポン「サーバーニ問イ合ワセテモ応答ガナイモノデ……何ガアッタカ、ワタシ自身モ把握シテイマセン」

池田「……訳もなく突然使えなくなるなんて、妙だな」


阿部「……! スカポンさん」

スカポン「廃材デ作ッタオブジェニ夢中ニナッテイル内ニメイン電力ガダウントカワタシノ監督不行――ハイ、何デショウ?アブサン」

阿部「そのメイン電力の流れ――このシェルターで、一番電力が消費されている場所は何処か分かりますか?」

スカポン「ハイ、モチノロンデスアブサン。適当ニ床ニアル端末ニ端末ヲ繋イデト……ムーーーーン……」ペポペポ

プピーン

スカポン「~~~ンッ!出マシタ!エエト……ドウヤラ地下ノ施設ニ、電力ヲマルゴト持ッテイカレテイマスネ」

阿部「……やっぱりそうでしたか」

スカポン「ソノ内ノ『不明ナユニット』ニ、毎秒 シェルター生活最低限電力20年分ヲ、絶エ間ナク貯メコンデイルヨウデス」

池田「! あの戦闘機か!」

阿部「皆さんっ。何故かは分かりませんが、離陸準備が始まっていますっ。急いで地下へ向かいましょうっ」

阿部「……これが、BEASの本来の姿……」

池田「……なぁ、BEASってのは兵器じゃなかったのか?」

阿部「兵器です。……それも、恐らく地球上で最も優れた性能の戦闘機でしょう」

池田「……だけど、あの血管、いや血管みたいな物が何と言うかその――」

スカポン「生物ノソレデスネ。ワタシニハマルデ生キテイルヨウニ見エマス」

池田「……だよな」

TDN「……心拍数は30から40、あたし達の半分程ね」


阿部「BEASの仕様については、私も詳しい事は知らされていません」

阿部「そもそもが表向きには存在すらしない、極秘裏に進められたプロジェクトです」

阿部「それにBEASを完成させた後、博士自身の手によって全てのデータは破棄されていますし……」

セルゲイ「……存在ソノモノがブラックボックスというワケデスカ」

阿部「ただ、博士はプロジェクトに着手する寸前まで、ある研究に没頭していたそうです」

池田「……ある研究?」

阿部「ロボットに生命を、あるいは魂を与える研究です」

スカポン「……ロボットニ……魂ヲ?」

阿部「もしその技術を応用したとすれば、この外観にも説明がつくかもしれません」

スカポン「…………」

阿部「……行きましょう皆さん」

――――

TDN「てっきり電気ビリビリで大変な事になるかと思ったけど、近付いたら収まってくれたわネ」

池田「そうでもしてくれなきゃ乗れないだろ。……しかし、まぁ……予想通りだな」

スカポン「エエ、外観ダケデナク、内部モ生物ヲ モチーフトシテ設計シテイルヨウデス」

TDN「見渡す限り機械――じゃなくて内蔵っぽい物体だらけなのが異様な雰囲気ねェ。怪物の胃の中にでも入った気分だわ」

セルゲイ「怪物と言う表現はアナガチ間違ッテいないかもマセンネ」


阿部「…………」

池田「どうした阿部さん?」

阿部「……これが電子戦術マップの上に置いてありまして」スッ

池田「何だこりゃ。手鏡……にしちゃぁ鏡の部分がないし」

阿部「いえ、これ自体は映像ログと呼ばれている機械です。映像を立体的に投影する装置なのですが……ここを見てください」

池田「えぇと……リ……トル……イー……モン?」

スカポン「……ナンデスッテ?」

阿部「え、あぁスカポンさん。この戦闘機を発明したリトル・イーモン博士の映像ログが――」

スカポン「カッ、貸シテクダサイッ!」

スカポンは必死な形相――見た目に変化はなかったが――で阿部さんの手から映像ログを奪おうとして――

静止した。

スカポンの手が、まるで不可視の壁にでも当たったかのように空中で止まっている。

それはスカポンが俺たちに初めて見せた感情的な動作だった。

スカポン「……申シ訳アリマセン、皆サン。ワタシノ今ノ動キガ敵意、モシクハ攻撃性ト判断サレタヨウデス」

池田「ス、スカポン?」

スカポン「……阿部サン。オ手数デスガ、ソノ映像ログヲ再生シテイタダケナイデショウカ?」

阿部「は、はい。勿論そのつもりでしたが……」

阿部さんは多少動揺しつつも映像ログを床に置き、操作パネルに指を走らせた。

《 参照カイスウ 01 記録ニチジ 03:11/21/05/3991 再生 シマス 》

無機質な電子音声が映像ログを作成したと思わしき年代を告げ、湿った機内にくぐもったように反響する。

――程なくして、音もなく宙空にノイズ混じりの青白い人影が浮かび上がった。

スカポン「……オオ……博士……」

池田「……え?」

阿部「スカポンさんはイーモン博士を知っているのですか!?」

スカポン「……博士ハ……リトル・イーモン博士ハ、ワタシヲ開発シタ科学者デス……」

スカポン「ワタシニオワライヲ教エ、ワタシヲ息子同然ニ愛ガヲ注イデクレタ、父ト呼ブベキ存在デス……」

スカポン「博士……ナント……オ懐カシイ……オオ……」


《 ……――の――ッな―― 》


《 ……これで良いじゃろうか 》

《 ………… 》

《 ワシの名はリトル・イーモン。BEASを設計し、開発した科学者じゃ 》

《 ……今からワシが残すメッセージは本来、誰かに託すものなどではない 》

《 ――大きな力には大きな責任が伴う。それはBEASという新たな力を生み出したワシにも当てはまる事じゃ 》

《 ケリをつけるならばワシ自身か、あるいはこの時代の人間であるべきなのじゃから 》

《 ……後世にこの映像ログが必要とされるような事態にならぬよう、ありとあらゆる手を尽くすつもりじゃ 》

《 ……じゃがワシらが志半ばでこの世を去り、イヴを止める者が絶えてしまったその時の為に―― 》

《 このログを残そう。イヴに立ち向かう為の、唯一の手段と共に…… 》

《 ……君が――あるいは君たちが今搭乗している機体は、プロジェクト『ダーウィン4078』によって生み出された超兵器『BEAS』じゃ 》

《 プロジェクト名が示す通り『進化』を遂げる兵器――むしろ無機物の生命体と受け取って貰っても構わないじゃろう 》

池田「し、進化……だって……!?」

スカポン「…………」

《 ――生命を生命たらしめているものは何か?ワシは高密度の精神エネルギーがその核を成していると結論付け、日夜研究に励んでおった 》

《 そしてその仮説は正しいと証明された。高密度のエネルギーを重複させ、擬似的に精神の核を生み出す事に成功したのじゃ 》

《 ……皮肉にもワシの生涯の研究テーマは、兵器を作る過程で完成してしまったという訳になるのぅ 》

《 ……話を戻そうかのぅ 》

《 ワシはその魂の代替物を『EVOL』と名付けた。今の地上にあるほぼすべての戦闘、あるいはナビロボットに導入されている謂わば精神のインプラントじゃの 》

《 ……じゃがそれはロボットと人のコミュニケーションを円滑にするレベルで、魂と呼べる代物ではなかったのじゃ 》

《 当然じゃの。ワシらは『EVOL』の扱いを間違っておったのだから。……BEASを作成するまでワシはEVOLの本質に気付かなかったのじゃ 》

《 ……生命は他の生命を自らに取り込む事によって……あるいは取り込まれる事によって、遺伝子の螺旋に新たな情報を書き加えていく 》

《 ……そう、『EVOL』も生命と同じ性質を兼ね備えていたのじゃ。捕食と被食によって自らを変化させる――即ち『進化』を 》

《 BEASはEVOLを余すところなく使いきった兵器と言えるじゃろう。他者――他の兵器を捕食し吸収する事によって、自身を進化させ、より機体を強化させる 》

《 あるいは他の兵器に攻撃された事によって、その兵器に対する装甲や兵装を強化させる事が可能じゃ。それも極めて短期間の間にのぅ 》

阿部「超兵器と聞いていましたが、ここまでとは……」

《 BEASの基本機体性能は非常に高い。それだけでも充分に決定打になりうるかもしれん。……が、BEASの一番の強みはそこではない 》

《 地上の兵器ほぼすべてにEVOLが埋め込まれておるが……それらには進化を促す機能は何もない。捕食や被食による変化はできないのじゃ 》

TDN「……なるほどネェ」

《 つまり地上すべての兵器にとってBEASは『天敵』であり、BEASにとっては地上すべての兵器は『餌』であると言えるのじゃよ 》

《 後出しの食物連鎖の頂点――イヴに対抗する為にワシが出した答えがコレじゃ 》

セルゲイ「動きを読ませナイ為の単機。奇襲の面から見テモ合理的デスネ」

《 ………… 》

《 ……名前も知らぬ君たちに……このような事を頼むのは筋違いかもしれぬ…… 》

《 BEASを駆使し、イヴを倒してくれと頼む事は、間違っているのかもしれぬ…… 》

《 ……じゃが、一つだけ確実に分かる事がある 》

《 生命はバランスですべて成り立っておる。減りすぎても、増えすぎても、軽微な増減であっても全体に大きな影響をもたらすのじゃ 》

《 その危ういバランスの中で、たった一人のエゴによって生物が淘汰されるような事があれば――その未来は確実に破滅を迎えるじゃろう 》

《 ………… 》

《 ワシはこれからイヴとの対話に向かう 》

《 同じ科学者として意見を貰いたいと先程イヴから連絡があった。……まぁワルナッチを人質に取られているワシとしては断る術もないがの 》

《 恐らく最後の説得の機会じゃ。……うまくいけばBEASを使わなくとも、力に訴えかけることなく解決することもあるじゃろう 》

《 ……無論、可能性はゼロに近い。が、ゼロではない限りかけてみるつもりじゃ 》

《 見ず知らずの人間に託す前に、ワシ自身がやれる事をやらねばならぬからのぅ!ホッホ! 》

《 ………… 》

《 じゃが、罠と言う可能性も……いや、ほぼ罠と言って差し支えないかの 》

《 もし罠ならば、ワシはここへは二度と帰って来れぬじゃろう 》

《 ……その時の為に、君に、君たちにお願いがあるのじゃ 》

《 先程の話とは別でな。こちらはそんなに難しくない 》

《 このBEASが格納されているシェルターに、スカポンと言うナビロボットがいるはずじゃ 》

スカポン「ハ、ハカセ……!」

《 ……良ければその子にこのログを見せてあげて欲しいのじゃ 》

《 本来の仕事を取り上げてしまったあげく、いつ終わるともしれぬシェルター勤務を命じてしまったのじゃ……それが心残りでのぅ 》

《 ……スカポン、元気にしておるかの? 》

スカポン「ハ、博士……!元気ニシテマストモ!ワタシハ元気ダケガ取リ柄デスカラッ!」

《 お前には本当にすまない事をした……。お前の本業はオワライじゃと言うのにのぅ…… 》

《 じゃが理解して欲しいのじゃ、ワシが一から作り上げたロボットとなればイヴが黙っているはずもない 》

《 お前を守るにはナビロボットと偽装した上で、辺境のシェルターに配備する他なかったのじゃ 》

スカポン「エエ!エエ!博士ノ事デスカラキット意味ガアルト、ワタシハ思ッテイマシタヨ!」

《 もしこのメッセージがお前に届いておるならば、このログを後で体に取り込みなさい 》

スカポン「コノ、映像ログヲ……?」

《 そうすればお前の回路から三原則の干渉を取り除けるはずじゃ 》

スカポン「エ……?」

《 心配せずとも良い。お前は素直で優しい子じゃから、三原則なんぞなくたって平和に人と暮らせるわい 》

《 何をすべきか、何をしたいのか、これからはお前の好きにしなさい 》

《 それが生きる、と言うことじゃ 》

スカポン「ハ……ハカ……セ……」

《 ……さて、そろそろ時間じゃ。イヴに会いに行かなくてはのぅ 》

《 ……元気でな、息子よ 》

スカポン「ッ……!博士ッ!」

《 ……BEASがイヴはなく、心ある者の手に渡る事を祈っておる 》

《 ………… 》

《 ……どうか 》

《 どうか、この星の……未来を…… 》


―ブィン

スカポン「ハッ、博士ッ!博士ッ!」

スカポン「ワタシ、博士ニ駄目出シサレテカラ沢山ノ練習ヲ シタンデスッ!」

スカポン「待機中デモ、ネタヲ練ッテイタンデスヨ!ネタ帳ダッテホラ!メモリニコンナニイッパイ!」

スカポン「博士ノ好キナ落語モ一生懸命学ビマシタ!古典モ新作モ、何デモ……ワ、ワタシハ……!」

池田「スカポン……」

スカポン「タッタ……タッタ一度デイイノデス……モウ一度、博士ニ噺ヲ……」

スカポン「……父サンニダケノ……トッテオキノ、噺ヲ……ウゥ……」

―ポツッ

池田「…………」スッ

スカポン「イケタサン?コレハ……化学繊維?」

池田「おう」

スカポン「オオ……イツノ間ニコンナニ冷却水ノ漏レガ……アリガトウゴザイマス、イケタサン」

スカポン「型ハ古クナリタクナイモノデスネ」フキフキ

池田「……悲しい時には泣いていいんだぞスカポン」

―ピタ

スカポン「……泣ク?」

スカポン「……デハ、コレハ……涙、ナノデショウカ……」

スカポン「イエシカシ、ワタシハロボットデスシ、ソノヨウナプログラムハ……」

池田「……なぁスカポン。俺はあんまり頭いい方じゃないから、よく分からないけどさ」

池田「EVOLってのは進化をもたらすんだろ?」

スカポン「ハイ、博士ノ説ニヨレバソウデス」

池田「だったらさ。外見や体の造りだけじゃなくて、精神とか心にも同じ事が言えるんじゃないか?」

スカポン「……!」

池田「俺はスカポンがプログラムで動いているようなロボットには見えないんだよ……まぁ、色々な意味でな」

TDN「同感ね。あんなに情熱的な男性器の大傑作を作れる並外れた感性――人間にだって作れるか怪しいレベルよ?」

セルゲイ「故人を思イ、涙を流ス。心を持っている紛れも無い証ではナイデショウカ?」

スカポン「ワタシニ……ココロガ……?」

阿部「池田さんの言うように、EVOLには博士でさえ知りえない力が存在する可能性があります」

阿部「それが、本当の意味での魂を宿す力ならば――」

阿部「博士の研究はBEASの開発によってではなく、スカポンさん、あなたによって完成するのかもしれません」

阿部「……それは博士が一番望んでいた答えのように私は思います」

スカポン「ワタシノ中ニアルEVOLガ……進化ヲ……」

スカポン「…………」

スカポン「ズットズット、博士ニ会イタイト……ワタシハ願ッテイマシタ」

スカポン「待ツ時間ハ博士ノ寿命ヲトウニ過ギ、ソノ何倍モノ年月ガ経ッテシマッテイテモ……ソノ気持チハ変ワリマセンデシタ」

スカポン「…………」

スカポン「ワタシノ……コンナニモ近クニ、博士ハイタノデスネ……」

―ポツッ

――――

スカポン「イケタサン達ハ、コレカラ地上ヲ目差スノデスカ?」

池田「ああ。こいつに乗ってな」

スカポン「…………」

スカポン「皆サン、ドウカワタシモ一緒ニ連レテイッテイタダケナイデショウカ?」

池田「……そりゃ本気で言ってるのかスカポン」

スカポン「ハイ。勿論ジョークデハアリマセン。本気デス」


セルゲイ「……スカポンサン。コレから先の地上に待ち構えてイルのは、イヴの指揮する軍隊デス」

セルゲイ「軍隊――恐らくガードマシンやロボット兵で編成サレた戦闘部隊を――」

セルゲイ「私達は蹴散ラシ、破壊しナガラ突き進まねばなりマセン。イヴの元へ辿リ着く為に」

セルゲイ「……つまり、アナタの同族を倒さねばならナイ」

スカポン「…………」

セルゲイ「私達がコレカラ赴く地上は、ソンナ戦場なのデス」


スカポン「……ワカッテイマス」

スカポン「……デスガ」

スカポン「コノママデハ、『ワタシ達』ニトッテモ、『アナタ達』ニトッテモ、良クナイ未来ヲモタラスノハ確実デショウ」

スカポン「一方的ナ破壊ト支配ハ、何トシテモ止メナケレバナラナイノデス」

阿部「スカポンさん……」

スカポン「ソレニ何ヨリ!」プピーン

スカポン「ワタシノ仕事ハ、『オワライ』デス!」

スカポン「生キトシ生ケルモノ――イエ、スベテノモノヲ笑ワセルノガ私ノ使命デス!」

スカポン「デスカラ皆サンカラ笑顔ヲ奪イ――」

スカポン「更ニハ人類ノ大半カラ笑顔ヲ奪オウトスル イヴ ヲ放ッテオク訳ニハイキマセン」


スカポン「……ソシテ」スッ

―ガシャコッ

ピコピコピコ―

《 SKPN/JMF/NTD…… 認識 シマシタ 》

スカポン「ツイエテシマッタ博士ノ意志ヲ……父ノ遺志ヲ……ワタシハ継ギタイノデス……」

《 修正プログラム 始動……L.I.構造 ヲ 基ニ 抽出 再構築開始 》

《 10%……22%……34%…… 》

スカポン「ソレハ自己防衛デモ、倫理回路デモ、命令デモナク――」

《 49%……68%……92%…… 》

スカポン「ワタシ自ラノ意志デ、オワライヲ――博士ノ遺志ヲ遂ゲタイノデス!」

《 100%……COMPLETED...WELCOME TO THE WORLD 》

―プピーン

スカポン「イケダサン、アベサン、セルゲイサン、TDNサン」

スカポン「ドウカワタシヲ連レテ行ッテクダサイ!オ願イシマス!」ペコリ

―ゴトンッ


池田「…………」

池田「正直、世界を救うには心許ない人数だったしな」

スカポン「! デ、デハ!?」

池田「ああ。BEASへようこそ、スカポン。仲間としてお前を歓迎するよ」

スカポン「ア、アリガトウゴザイマス!」ダバー

池田「……せめて首を拾ってから泣いてくれ」

――――

《 搭乗人数 5 名 ---0.393t 機体重量ト同期中... 》

池田「どんな具合だスカポン」

スカポン「ワタシノ陽電子頭脳トBEASノEVOL中枢ヲリンクサセマシタ」

スカポン「コノ改善ニヨッテ、BEASノ欲求ヤ、進化条件、進化予想ナドノ情報ヲダイレクトニ――」

池田「つまり?」

スカポン「ワタシヲ通シテ、BEASト対話ガ出来ルヨウニナリマシタ」

池田「分かった。引き続き出発までその作業を頼む」

スカポン「アイアイサー!イケダサン!」プピーン!


セルゲイ「池田サン、一通り兵装を確認しまシタガ……複座型の旧式機銃が一門あるだけデシタ」

阿部「エンジンルームも同様です。エンジン、姿勢制御の為の光子力ジャイロ、他様々なパーツが旧時代の物で構成されています」

池田「……後は進化に頼るしかないって訳か」

TDN「でも捕食しないと進化しないんでしょ?都合良く弱い兵器ばかり襲って来てくれればいいけれど……ネェ?」

池田「博士の言葉を信じるしかないさ。無謀は百も承知。今までも、現在進行形でもだ」

――――

池田「スカポン」

スカポン「スタンバッテマス。飛行制御ノ大半ヲワタシノ記憶領域ト折半シテ――」

池田「……スカポン?」

スカポン「空ヲ飛ブノハワタシニオ任セデス!」プピーン!

池田「セルゲイ、TDN」

セルゲイ「位置ニツイテマス」

TDN「同じく!セルゲイと息の合ったコンビネーションで敵を蜂の巣にしてあげるんだから!」

池田「阿部さん」

阿部「BEASの機器、計器共に異常無し。……いつでも飛べます」


池田「……皆、覚悟はいいか?」

『はい』『モチノロンデス』『Да』『よくってよ!』

池田「よしッ!目標ッ!イヴをぶっ倒し、生きて帰ることッ!」

池田「進路ッ!地上へ向けて――」

池田「 発 ッ 進 ッ !!」

――――

―キィィィン

甲高いエンジン音に奥歯がじくりと軋みを上げる。

未だに視界が閉ざされたままの機内に走る、静かな緊張感。

自分を固定しているシートベルトが、急に脆弱で細くなったように感じ、俺は拳を強く握りしめた。

池田「…………」

もう引き返せない。

世界を救うまで、ここには戻れない。

そもそも、ここに生きて帰れるかも分からない。

池田「……でも」

……それでも、だ。

最後までやり抜くって、最後まで戦うって、決めたんだ。俺は。

星の未来の為だとか、平和な世界の為だとか、そんな大義の為じゃなくて。

それをを背負おうとしてる――女の子の為に。

危険を顧みず、力を貸してくれた仲間の為に。

ふいに足元が押し上げられるような錯覚を感じ、全身を強張らせる。

阿部「降着装置格納完了。BEASの視界とメインディスプレイを同期、投影します」

阿部さんが宙空のバーチャルコンソールを一撫ですると、前方の『壁』にピシリと光が縦に走った。

白光色の直線が左右に裂け、暗く鬱屈としたコクピット内が徐々に明度を上げていく。

暗さに慣れた目には充分過ぎる程の明かりで、俺は眩しさのあまり目を閉じてしまった。

スカポン「同期、及ビ投影ガ完了シマシタ。応答速度モ問題アリマセン。任意ノ位置ニARヲ展開シマス」

瞼の裏に漂う光が落ち着くのを待ってから目を開き、俺は言葉を失った。

先刻まであったぬめり気のある黒い内壁は完全に消え失せ、格納庫を睥睨する景色が眼前に広がっていた。

前方だけでなく、床から天井、入ってきた扉に至るまで――すべてのコクピットを構成していた壁が消え、格納庫の景色とすげ変わっている。

客観的に見るならば操作パネルと俺達だけが宙に浮いているという、実に不可解で奇妙な状況だ。

これは一体――

阿部「池田さん、安心してください」

驚きが顔に出ていたのか、阿部さんがこちらを見ながら説明を始めた。

阿部「機体表面にある無数のカメラアイからの映像を補正して投影しているだけです。実体はありますからご心配なく」

池田「……シートまで透明にする必要はないだろ。落ち着かないからそこだけは戻してくれ」

鼓膜を小さく引っ掻くような駆動音が頂点に達し、エンジンは低く獰猛な唸りを残すだけとなった。

阿部さんが振り返り、視線ですべての準備が整ったを知らせる。

スカポンもほぼ同時に振り向き――硬直した。

動揺とも静止とも付かないような中途半端な表情に、阿部さんも小首を傾げる。

ふいに、あれだけパーツの少ない顔で感情を読み取れた自分に可笑しくなり、皮膚が白くなるまで握りしめていた拳が緩んだ。

スカポン「何デショウ。コノデータハ……声?イエ、感情……?ソレモ単純ナ……」

スカポン「……!」

スカポン「コ、コレハ……マサカBEASノモノデショウカ!?」

池田「声?」

スカポン「ワタシノ陽電子頭脳ニ、BEASノEVOL中枢カラダイレクトニ流レテ来テイルンデス!」

スカポン「欲求ヤ本能ト言ッタ類トハ全ク違イマス。コレハ感情――声デス!」

TDN「スカポンちゃん。BEASちゃんは何て言ってるの?」

スカポン「…………」チカチカ

スカポン「……先程カラ同ジ言葉ヲ繰リ返シテイマス」

スカポン「――『とびたい』、ト」

強張っていた顔の筋肉が一気に解け、意図せず唇の端がぐいと持ち上がった。

――同じだ。姿形は違うが、同じなんだ。

掘る事が困難な外殻にぶち当たった時、掘削員の価値は問われる。

技術や効率と言った理屈では計れない、掘削員の真価。

即ち、ただ『掘りたい』と言う一念があるかどうか。

思いが強ければ強い程、単純であれば単純な程に――その一念はドリルへ確かな威力を伝え、外殻を貫く。

俺が大して長くも生きていない人生で掴んだ、数少ない真理。

自我が芽生えたBEASにとって、翼を持ちつつも飛べなかったこの数百年間は、退屈で色のない日々だったはずだ。

そうして、待って待って、待ちに待ち続け……ようやく今日と言う日がきた。

ならばその『とびたい』と言う意志は何よりも強固で、シンプルなものに違いないだろう。

ドリルの先端とBEASの槍先を思わせるフォルムが瞼の裏で像を結び、重なった。

同時に漠然と心の内側に巣食っていたどす黒い不安が急激に晴れてゆく。

冷えきっていた全身の血管に熱が通い始め、腹の底にじんわりと確かなものを感じた俺は、口を開いた。

池田「……俺たちの声はBEASに聞こえているのか?」

スカポン「ソノヨウデス」

池田「……BEAS」

―ォォォォ…

池田「お前の望みが叶うのは、この真っ暗な地の底を抜けてからだ」

―ゥウゥゥ…

池田「さんざ待たされてお預けなんてのは酷な話だろうが……」

池田「約束する。お前が格納庫で埃をかぶってた時間を帳消しにする位」

池田「好きなだけ空を舞わせてやるってな」

―ォオォォォ…

池田「今、俺たちにはお前の翼が必要なんだ」

池田「誰も手が届かない位高く、誰も追いつく事の出来ない早さで飛べる――お前の翼が」

池田「だから……俺たちに力を貸してくれ!BEAS!」

―ォオォォォ…!

スカポン「……エエト、『まかせて』、ダソウデス」

TDN「フフっ、今のはあたしにも分かったわ♪」

セルゲイ「頼もシイ限りデス」

――――

阿部「スキャン完了。感知範囲内に多数の熱源反応有。恐らく、シャフト内部の迎撃システムだと思われます」

スカポン「暗視モードデ熱源ノ一ツヲ確認……火器データ参照……合致。兵装ハ20ミリ機関砲トTOW――対戦車ミサイルデス」

セルゲイ「……対戦車。と言うコトハ弾頭はHEAT弾デショウカ。BEASの装甲がいかに優れてイタとシテモ、マトモに受ケテいいものデハアリマセンネ」

TDN「……どうするの池田ちゃん?」

池田「…………」

TDN「ねぇ、提案なんだけど。やっぱりここは一つ一つ丁寧に砲台を片付けて――」

池田「突破する」

TDN「え?」

池田「銃口の補正が間に合わない程の早さで、シャフトを抜ける」

TDN「そ、それってまさか……!」

池田「自由落下にBEASの推進力を加えて――下に真っ直ぐ飛ぶんだ」

TDN「それは落ちるって言うのよォォォ!?」

池田「全部で幾つあるかも分からない固定砲台に付き合ってる時間はない。……だろ?」

TDN「ぐ、た、確かに、そう、かもしれない、けど……」

TDN「やっぱり、待って。うん、そうよ!もうちょっと考えましょ!皆で考えればきっといいアイディアが――」

池田「スカポン、振り切れるか?」

スカポン「BEASガカタログスペック通リノ機体ナラバ……ベイビーサブミッション――赤子ノ手ヲ捻ルヨリ簡単デスネ」

TDN「話を聞きなさいよォ!そ、そんなの正気の沙汰じゃないでしょ!だって飛ぶんじゃなくて落ちるのよ!?分かる!?落・ち・ちゃ・う・の・よ!」

池田「そのまま地表に激突するわけじゃないだろ?BEASの力を信じてやれよ」


TDN「……症……なの……」

池田「ん?」

TDN「あっ、あたしっ!高所恐怖症なのよォォォォォォォォォ!!」ブンブンブンッ

池田「……何?」

TDN「恐怖症の一つッ!医師の助けが不可欠な不安障害ッ!高所恐怖癖じゃないのよ!高所恐怖症なのよォォォ!」

池田「医者って、ドク自身じゃねぇか」

TDN「あたしの治療をあたしが出来るワケないでしょォ!?ホラ、見てこの手汗!BEASが浮いた時からかきっぱなしなのよォ!」

池田「だってさっきまで全然平気そう――」

TDN「我慢してたに決まってるじゃない!だけどモォ無理!絶対無理よ!1万歩譲って飛ぶのは我慢出来ても落ちるなんて絶っっっ対に無理!口から臓物吐いて絶命しちゃうわあたし!」

池田「…………」

池田「……セルゲイ」

セルゲイ「……ハイ、池田サン」

池田「……ドクを席に縛り付けてくれ」

TDN「池田ちゃァァァァァんッ!?」

「あ、ま……待ってセルゲイ。タイム!違うの!あなたに縛られるのはずっと夢見てたケド、違うの。こういうんじゃなくてもっと背徳的で淫靡な……」

「――アッーーーーー!?」

――――

TDN「力強い手があたしの腕を絡め取り、慣れた手付きで椅子とあたし自身を緊縛する。嗚呼、食い込んだ縄から伝わる確かな――」ブツブツ

池田「……阿部さん?」

阿部「へ?あ、は、はい。算出出来ました。被弾を避けられる速さで、かつ私たちが耐えられるGです。……あくまで試算ですが」

TDN「高らかに『あたし、この戦いが終わったらオナニーするんだ…』と宣言すると、セルゲイは侮蔑を込めた視線であたしを射抜き――」ブツブツ

池田「目があるならそれだけでも充分だ。……セルゲイ?」

セルゲイ「火器完成システムも大体把握シマシタ。。いつでもドウゾ」

池田「よし。スカポン、BEASの準備は?」

スカポン「オ待チクダサイ……」チカチカ

スカポン「……フフッ」プピーン

スカポン「『はやく』、ダソウデス」

池田「……おう。頼むぞBEAS」

―ォオオオオオ…!

TDN「……は、あ、え?何?あたしをスパンキングしていたセルゲイはどこに――」

池田「ほいじゃまぁ……」

池田「――行くぜ、皆」

水平を保っていた機体が俺の声に呼応し、鋭い切っ先を深い闇に滑るように移動させ、静止した。

体を固定するハーネスに体重すべてがかかり、思わず出そうになった呻き声を喉奥で噛み殺す。

この程度の痛みに反応する体に嫌悪感を抱きつつ、目の前に広がる一面の漆黒の深奥を睨みつけた――その瞬間。

ハーネスからの抵抗がふっと掻き消えた。

同時に格納庫の明かりが後方に流れ、すとんと落下するような感覚が全身を覆った。

とうに無重力を通り過ぎた事を、落ち着きどころを失った内蔵が全力で主張してくる。

歯を食いしばり、口の中に染み出して来た酸っぱさを無理やり嚥下していると通信――耳小骨を直接振動させる――が耳に飛び込んできた。

『モシモシ、ワタシデス。スカポンデス』

池田「どうしたスカポン!」

『……イケダサン。落チ着イテ聞イテクダサイ』

すべてが重力に身を任せる景色の中で、スカポンは頭だけをこちらに向け、神妙に切り出した。


『――実ハワタシモ、高所恐怖症ナンデス』ガタガタ

―ブチッ

池田「――ッ、うるせぇぇぇ!!」

俺が絶叫するのとほぼ同時に、凄まじい荷重が全身を襲った。

想像通りの――いや、想像以上の加速。

慣性に従って頭蓋骨がヘッドレストに押し付けられ、あまりの衝撃に内臓が体内に散り散りになってしまったような錯覚に陥る。

TDN「うおおおおおぉぉおぉおおおおおおおぉおおおぉおおぉぉぉぉッッッッ!!」

スカポン「ヌワアァアアァアアァァァアアァアァアアアァァァッッ!!」

人間と機械。寸分も違わず感情を同じくする二種の雄叫びが混ざり合い、音の奔流となって機内を駆け抜ける。

合いの手を入れるかのように機体が微振動し、ぱっと背後で赤い光が弾けた。

容赦のないGに抗うように首を後ろへ巡らすと、幾つもの光の筋が走り、合間を縫うように赤い炎が爆ぜる光景が目の前に広がっていた。

――そう。BEASの加速を追い切れない迎撃システムは、最早俺たちの旅の出発を彩る祝砲でしかなかった。

――――

池田「……しっかし信じられない分厚さだな、外殻ってのは」

落下に次ぐ落下と、加速に次ぐ加速によって俺たちは外殻の最下層と思われる部分まで降りてきていた。

ひっきり無しに撃ち込まれていた鉛弾や爆発物はとうに止み、BEASはひたすら暗い空間を探るようにゆっくりと降下している。

迎撃システムが配備されていないエリア――外殻の終わりが近い証拠の一つだ。

阿部「外殻を建造するのに必要な鉱石は鉱脈だけでは足りず、大陸を削ったという記録が残っています。公式な記録ではありませんが、海底からも掘削したという情報もあります」

池田「……途方も無さ過ぎて想像がつかないな」

俺は溜息を鼻から吐いて、椅子に深く腰掛けた。

BEASから発せられるスキャンの緑色光が、黒く凸凹としたシャフトの壁面を舐めるように照らし、目の前を通り過ぎていった。

――ブザー音。通路のワイヤーフレームモデルらしき物体がメインモニターにポップアップした。

池田「あったか!」

スカポン「シャフト内部ニ外気ヲ取リ入レル為ノ吸気口ヲ発見――アア!アリマシタ!メンテナンスプレーン用ノ飛行通路デス!」

阿部「……有線プラグによるハッキング開始――……セキュリティはざる同然ですね。隔壁を順次解放――BEASの自動操縦を牽引誘導に切り替えます」

セルゲイ「スキャン結果からは兵器の類は見つかりマセン。念の為に肉眼による警戒を続けマス」

池田「……いよいよ、か」

――最後の隔壁。

滑らかにBEASを隔壁の前に停止させると、阿部さんは最後のコードを打ち込んだ。

……エンターキーを叩く音が強く聞こえたのは、阿部さん自身の思い故か、それとも俺自身の思い故か。

そして何の前触れもなく、真一文字に光が走った。

白い光は徐々に幅を増し、シャフト内の闇を後方へと遠ざけてゆく。

余りの眩しさに手を翳す――が、それでも耐え切れず俺は思わず目を閉じてしまった。

閉じた瞼の先でも増々もって光は強くなり、ついには周りすべてが光に包まれてしまった。

顔を背けても、目を閉じていても、感じる光の奔流。

――轟音。隔壁が開ききった音だろうか――

背もたれに軽い慣性を感じる……。

地下深くの、地上の光へと俺たちを乗せたBEASは、まるで故郷を懐かしむかのように、ゆっくりと船体を滑らせていった――

――――

涙が止まらない。

眩しい。

痛い。

――いや。

――少し、慣れてきただろうか。

――とにかく、瞼を。

――皆を。

涙でボヤけた視界が、グニャグニャと滅茶苦茶に像を結ぶ。


――色?

――……青。

――……濃い青。

――……青と、濃い青――

――――

青。水色――空色とでも言うのだろうか。

白く綿菓子のような雲が――大小様々な形を描きつつ、どこまでも続く空に散りばめられている。

青。深く、どこまでも澄んでいるようで、底を見通せないような濃い青色。

よく見ると表面が蠢いている。時折白く光り、不規則に、しかし一定のリズムで波打ち――

……波打つ?

池田「……まさか、これが……」

かつて地表の約七割を占めていたと言う、巨大な、途方もなく巨大な――水溜まり。

すべての生命の故郷。

母なる――

――海。

阿部「…………」

池田「……阿部さん?」

阿部「あ、いえ。すいません池田さん。地上へ、地球へようこそ――皆さん」

この中でただ一人悲しげに海を見つめていた彼女は、精一杯の笑顔を浮かべると、メインモニターに向き直った。

――――

池田「……一面海ばかりで、陸地がまるで見えないな」

阿部「陸地はありませんよ池田さん」

池田「……え?」

阿部「海底火山が作る小さな島々はともかくとして、陸地はもう存在しません。……一箇所を除いては、ですが」

池田「……まさか、外殻か?」

阿部「お察しの通りです。先程お話した通り……鉱脈だけでは足りない資源を、先の人類は大地を削って補填しました」

阿部「海流をコントロールし、海中の生命体を管理する海底プラント以外はもう何もないのです」

阿部「……陸地があるのは地球上でたった一箇所のみ」

池田「……イヴの根城だな」

阿部「……はい」グッ

スカポン「――オ取リ込ミ中失礼シマス。阿部サン、座標ノ特定ガ完了シマシタ。ソレトBEASガ面白イ事ヲシテイマスヨ」

阿部「面白い事、ですか?」

スカポン「エエ。空中ニ漂ウ『電波』ヲ、今マサニ食ベテイルトコロダソウデス」プピーン

阿部「電波を、食べる……。……! それってまさか暗号化された通信を捉えられるって事でしょうか!」

スカポン「エエ、恐ラク。消化ガ終ワッタ場所カラ言語化シテ、ソチラニ転送シマス」プペー

阿部「…………」カタカタカタ―

阿部「……すごい。丸ごと落とし込んで偽装できれば、こちらから直接アクセス出来そう……」カタカタカタ―

阿部「……多分、これで――」

―ッターン!

―ブィン

阿部「やりました。無線の傍受は勿論、これでイヴ側のデータベースの一部を覗けます」

池田「流石だな阿部さん」

阿部「い、いえそんな大した事では……こ、この海域のデータを呼び出しますね!」

阿部「…………」カタカタカタ―

阿部「……妙、ですね」

池田「妙?……何か問題でも?」

阿部「問題と言う程ではないのですが……もしデータ通りであるなら、日照時間が少しおかしいんです」

TDN「日照時間って……この青空のこと?」

阿部「はい。外殻内側の投影パネルと7つの人工太陽で、かつての地球と同じく昼夜を繰り返させているのですが……」

阿部「データベースによるとこの海域と、一部の海域が120時間程昼間のままになっているんです」

池田「……5日間近く昼間のまま……?」

池田「…………」

池田「!」

阿部「データを読み違えているのか、暗号化をうまく溶けていないのか……とにかくもう一度データベースにアクセスを――」

池田「阿部さん」

阿部「は、はい?」

池田「ここ以外の太陽が出たままの海域に、シャフトは建っていないか?」

阿部「シャフト……ですか?少々お待ちを……」カタカタカタ―

阿部「……! 確かにここも合わせて、シャフトが建っている海域ばかりです」

池田「そうか……」

池田「……BEASはイヴ側のレーダーには映るのか?」

阿部「いえ、BEASはほぼ完全と言っていい程のステルス仕様です。イヴ側では捉える事はまず不可能と言っていいでしょう」

池田「イヴ側がBEASを確認出来る方法は?」

阿部「……私達の位置を確認する術はないはずです。それこそ実際に目視するしか――……え?」

池田「……やられた」

TDN「ど、どういう事よ池田ちゃん!」

池田「俺たちが来るすれば……それはシャフトからしかありえない」

池田「そしてBEASがレーダーにも映らない超兵器だとイヴが理解しているなら――」

セルゲイ「予め海域を強制的に昼間にシタ上で、光学機器による目視でBEASを観測スル。……単純デスガ、非常に効果的と言えマスネ」

TDN「で、でも周りは海ばかりじゃない。兵器どころか島一つ見当たらないし――」

―ォオオオオオッッッ…!

―ペポンッ

TDN「……なななな何ッ!?」

池田「やっぱりいやがったか!」

スカポン「BEASノ神経パルスガ大キク乱レテイマス!翻訳ヲ……」チカチカ

スカポン「コ、コレハ……!阿部サンッ!」プペー

阿部「はい!メインモニターに出力しますっ!」

―カタカタカタッ タンッ

《 …―― I N G !! 》

《 W A R N I N G !! 》

《 A HUGE BATTLESHIP 》

《 !a??a¶]@pskj…… 》

《 ?%a?@j3t…… P E T A E F ???????... 》

《 IS APPROACHING FAST 》

―ォオオオオオッッッ…!

セルゲイ「ダ、大戦艦……?」

池田「……ペータ、エフ……」

―ペポンッ

阿部「!」

阿部「きっ、極めて強大なエネルギーの揺らぎを感知!同時に巨大な熱反応を確認!」

池田「距離は!」

阿部「敵艦の位置は……位置は――」

阿部「――この機の、真下ですッッ!!」

池田「なッ……!」

機体が咄嗟に回避行動を取った直後。

穏やかな海面を突き破り、そいつは姿を現した。

戦艦と言うには余りに優美な――曲線を基調とした流線型のボディが、膨大な量の海水を押しのけて天へと突き上がった。

黒々とした装甲の歪みに濃緑色の光が明滅し、砲塔や甲板が次々と展開してゆく。

――こいつが……戦艦、ペータエフ。

ペータエフは圧倒的な質量を海面に叩きつけ、吹き上がった飛沫を浴びつつその全容を現した。

池田「まさか海中に潜んでいたとはな……!」

阿部「……! データベースにアクセス成功!ペータエフの情報参照します!」

―ブィン

阿部「こ、これは……ッ」

池田「潜水可能で……なッ!?か、艦載機も積んでるのか!?一体これのどこが戦艦だって言うんだよ!」

TDN「と、飛ばないだけマシってところかしら……」ダラダラ

セルゲイ「……阿部サン。周囲に他の敵艦の反応はアリマスカ?」

阿部「い、いえ、海中までサーチ範囲を広げても特に反応はありません。……少なくとも半径5km以内は、ですが」

セルゲイ「……ナルホド」

セルゲイ「ツマリ、ペータエフは僚艦無しで作戦行動が可能な戦艦、という推測が成り立ちマスネ」

池田「……シャフトをすべて押さえる手が足りない――ってのは流石に楽観的か……」

スカポン「! ペータエフ急速回頭ッ!同時ニ当機ニ対スル多数ノロックオンヲ感知!」

池田「クッソ……!投降勧告も無しに撃沈させるつもりかよ!」

セルゲイ「残骸さえアレバ良いのデショウネ。イヴの目的は我々ではなくBEASが持っているテクノロジーですカラ」

TDN「どッ、どうするの池田ちゃん!?」

池田「…………」

池田「……逃げる」

TDN「そ、そうよね。命あっての――」

池田「――為に、戦う」

―ザワッ…

TDN「なッ、何言ってるの池田ちゃん!?あっちは戦艦でこっちは戦闘機――しかもたった一機だけなのよ!?」

池田「勝てるはずだ。博士の言ってた事が正しければな」

池田「それに博士はこうも言っていた。『BEASは他の兵器を捕食し吸収する事によって、自身を進化させ、より機体を強化させる』超兵器だと」

池田「……逆に今の状態はただの少々優れた戦闘機に過ぎないってことだ。BEASを最大限利用するなら、戦闘は避けて通れない」

池田「艦載機があるとはいえ、相手は僚艦を持たない単艦。今逃げて複数の戦艦を相手するよりは、まだ『マシ』だとは思わないか?」

TDN「だ、だからってデビュー戦が未知の戦艦ってハードル高すぎないッ!?」

池田「無理だの無茶だのそういう話なら、今だけじゃなくて今までもそうだったろう?」

池田「これから先の安全を最大限確保する為に、今戦う。戦って強くなれば、イヴの根城に侵入するのだって容易になるはずだ」

TDN「……何そのスーパーポジティブシンキング……あたしついていけないわ……」ヨロヨロ

セルゲイ「……再度武装をチェック。すべてスタンバイさせておきマス」

TDN「セッ、セルゲイ!?」

セルゲイ「やりまショウ、ミッチーサン。我々に残された時間は少なく、決断にとらわれてイル暇はありマセン」

TDN「で、でも……ッ」

セルゲイ「……Why don't you do your best?」

セルゲイ「ベストを尽くさなカッタ事を後で悔いテモ、ドウニモなりまセン」

セルゲイ「いつやるのか?それはまさに今なんデスヨ、ミッチーサン」

TDN「セルゲイ……」

セルゲイ「信じまショウ。BEASを……そして、私達の力を」

TDN「…………」

TDN「ハァ……あなたにそう言われたら……信じるしかないじゃない……。どうせあんた達は池田ちゃんに賛成なんでしょう?」

阿部「……ええ」コクリ

スカポン「モチロンデス!BEASモ『たべたい』ッテ唸ッテマスカラ!」プピーン

―ォオオオオオッッッ…!

TDN「……ケツまくるしかないってワケね。……いいわ。でもセルゲイ、一つ約束して」

セルゲイ「ハイ?」


TDN「帰ったら、何でもあたしの言う事一つ聞くって約束を……今しなさい」


セルゲイ「……ハイ。帰ったラ、ミッチーサンの言う事を聞きマスよ。何でも。一つと言わず、いくつデモ」

TDN「……絶対なんだからね」

セルゲイ「エエ。必ず果たしマス」

TDN「…………」

TDN「ならッ!何が何でも帰らないとねっ!」ムキッ

TDN「さぁ池田ちゃん指示をよこしなさい!追い詰められたオカマはイカれた科学者より凶暴だって事を思い知らせてあげるんだから!」

池田「……頼もしい限りだドク」

スカポン「! 不明機六機ガペータエフヨリ発艦……機種照合中……」チカチカ

スカポン「汎用EVOL戦闘機ニョイ・アレイ、同ジク汎用EVOL戦闘機ザンゾーノ、混成飛行編隊デス!運動能力火力共ニ――」

池田「高いんだろ?分かった。阿部さん『例のアレ』準備出来てるか」

阿部「は、はい『例のアレ』スタンバイ出来てます。……とは言え何とか形になった程度で、安全に運用出来るかまでのテストまでは流石に――」

スカポン「イケダサン!アベサン!例ノアレデハナクテ『目覚メヨ友情パワー!全人類ト全機械ノ意識ガミルミル繋ガールリンクシステム(仮)ver.4078』デスヨ!」プピーン

池田「だから長いって言ってるだろうが!時間がないんだ!早く全員をシートに固定して『例のアレ』を作動させろ!」

スカポン「シート液状化、部分硬質化――16点ロック完了。仮想ニューロンジェル注圧開始」カタカタ

スカポン「『目覚メヨ友情パワー!全人類ト全機械ノ意識ガミルミル繋ガールリンクシステム(仮)ver.4078』へリンク。……数秒間意識ガ混濁シマスカラ耐エテクダサイ!」

―ヴゥン

池田「……ッ」クラッ

スカポンが勝手につけた名前はさておき、これもBEASに予め搭載されていた超科学の操縦装置だった。

パイロットの神経と生体兵器であるBEASの意識を接続させ、限界まで機体性能を引き出すことを可能にする新技術の結晶。

飛行経験がない――そもそもパイロットですらない俺たちにとって、このシステムはまさにイーモン博士が遺したもう一つの最高のプレゼントだった。

……だが、機内で最初に見つけた時点ではまともに運用出来る状態ではなかった。

神経接続の最適化が不十分な為にパイロットの脳に負荷が掛かり、最終的には『脳ミソガボンッ』となる未完成のシステムだったのだ。

人数も時間も限られている俺たちにとって、仲間の一人を犠牲にしなければならないという選択は余りにもリスクが大きすぎる。

使用を諦め、操作マニュアルを付け焼き刃でもいいから何とか頭に詰め込もうとしたその時。

阿部さんは俺たちにある一つの提案を持ちかけてきた。

――『パイロットの神経接続を全員で行ってはどうでしょう?』

火器管制に2人、哨戒に2人、操縦に1人と脳神経の役割を分担、脳にかかる負担を分散させ軽減。

BEASを媒介に飛行と戦闘のあらゆる情報を共有し、更に神経伝達速度とほぼ同等のコミュニュケーションを可能にするという――驚愕のアイディア。

……恐ろしい事に阿部さんとスカポンはこの短時間の間にフォーマットを書き換え、改装を完了させてしまっていた。

「基礎が既に出来上がっているのでそんなに難しい事はないです」とは言っていたが……。

1人用のシステムを5人用に改良する事が簡単なはずはない。それだけの事をやってのけてしまう彼女は一体――

―ズキッ

こめかみに軽く痛みが走り、雑多な思考がふいに遠のいた。

――スカポンの言っていた意識の混濁か。

立ち眩みのような感覚と共に、唐突に視界が目まぐるしく変化し始めた。

歪んだ数字や文字、写真のように切り取られた景色が瞬時に現れては消えていく。

聞いた事のある音楽や複数の銃声――あるいは人の声のようなもの――が耳の奥で鳴り響いている。

――皆の記憶?

銃弾。メス。時そば。型。ショーツ。モンティ・パイソン。

画像とも音とも形容し難いイメージがちらついては消え、現れる。

共生起源。分子進化の中立。利己的遺伝子。ミトコンドリア。ミトコンドリア・イヴ。

イヴ。女性。イヴ。母体。イヴ。異常。イヴ。進化。

イヴ。イヴ。イヴ。イヴ。

……イヴ。

――……阿部さんの、記憶、意識。

自分の体中にまとわりついた電極や管を、険しい表情の女性が引きちぎっている。

抱きかかえられ、その女性の肩越しに広がる景色――何百、何千と並ぶバイオカプセルの群れ。

中には胎児から老人まで、様々な人々が培養液に浮かび、一様に目を閉じている。

皆、女性だ。

つまり……ッ!――

突然目の前に映る記憶の残像が弾け飛び、俺の視界は青く広がる大空へと転じた。

――微動だにしない二つの太陽。空へと突き刺さったシャフト。

視線を下に巡らせる。

針鼠のように高射砲を突き出したペータエフ。V字編隊で迫る六機のEVOL戦闘機。

(敵機確認)

瞬時にスロットルを加速させ、バーニアを勢い良く噴かして回頭。

風の抵抗を鼻先で切り裂きながら、大きく弧を描くように上昇し、敵全体を視野に捉える。

(……?)

(太陽を背にした位置取りをしたはずなのに、まだ太陽が見える……?)

三つ目の太陽などそこにはなく、もう一度数えてもやはり太陽は二つ――

(――……背後の、太陽を、数え、る?)

軽い目眩を感じ、目頭を抑えようと手を上げる――が、右手は上がらなかった。

代わりに右翼のスラスターが緑色の炎を軽く吐き、視界がゆっくりと左へと流れた。

(……待ってくれ。何かおかしい)

よく考えてみれば。

手元にあるはずのコンソールはおろか、コクピットそのものが消失している。

そう言えば。

前方にいるはずの阿部さん達の姿も見えない。

いや、そもそも――

(――俺の体はどこへ行った?)

体が消えてしまったというのに、痛みも何もない。

いや、それどころか全身を打つ風に俺は解放感さえ感じている。

(いや違う。俺の体はないが、体はあるんだ。……こいつは誰の体なんだ? 俺の意識は一体誰の中へ入って――)

――微かに声が聞こえた。

体の向きを変えずに視点だけを真後ろに向ける。

……やはり二つの太陽と黒々とそびえ立つシャフトが見えるだけだ。

(……誰だ?)

動物の鳴き声に近いような『それ』は、聞き覚えのあるトーンの声だった。

不思議と警戒感を抱かせず、どちらかと言えば親近感の湧く、その声。

『――――』

今度は首元に吐息を感じた。さっきよりもずっと近い。

『……ォオォォォォ』

唐突にすべてを理解した。

この声の主。自分の体の所在。阿部さんたちの所在。そして……今、俺がどこにいるのかを。

足元に温もりを感じ、手を――腕など勿論そこにはないが――伸ばして、頭と思わしき場所を撫でた。

つるつるとした爬虫類の皮膚のような感触と、ふわふわとした長毛犬の脇腹のような感触が、仮想の指先に同時に返ってくる。

『……そうか。お前だったのか。お前の中に、俺は入って来たんだな』

『――BEAS』

『……ォオォン……』

この反応は喜んでいると受け取っていいのだろうか。擦り寄るような気配も感じるから、まず間違いはないと思うが。

『でもまぁそうか。こんなに近いなら、意思疎通も取りやすいってことだよな』

『……ォオォオ』

阿部さんとスカポンが共同で開発した『例のアレ』は、俺が思っていたよりずっとクレイジーな発明品だったようだ。

BEASと俺たちを同調――シンクロさせてすべての機能とすべての武装を、BEASの視点で選択し、使用する。

つまり、戦闘機を『操縦する』のではなく……戦闘機『そのものになる』ということ。

……回心がいった。

BEASの体で人の体の動きを出来るはずもない。

右手を上げようとしてスラスターを噴かしてしまった事も。背後に目玉がついている事に驚いて気分が悪くなった事も。

すべてBEASと一体化した事に気づいていない俺の意識と、体のズレが生んだものだったんだ。

(……だがもし、俺とBEASの同調を完璧に合わせられた――なら)


『そう、イメージするんだ。この同調からどのような可能性があるかを』

『……ォオ……?』

頭の中に残っていた記憶のノイズが治まると、俺は自分の知覚範囲が急激に研ぎ澄まされていくのを感じていた。

同調しきっていなかった人間の部分は丁寧に隔離し、戦闘機として――BEASとしての己の神経を、機体の隅々まで張り巡らせる。

左翼の先端から右翼の先端へ。機首から機尾へ。質量装甲や武装。

推進エンジンや果ては光子力ジャイロに至るまで、ありとあらゆるものに仮想ニューロンの枝葉を伸ばし、触れた傍から掌握していった。

――閉じていた目を開く。

以前よりずっとはっきりと映る俺の視界に、膨大な量のデータが画面狭しとひしめき合っていた。

加えてそれぞれのグラフや数値が目まぐるしく変動しており、煩わしいことこの上ない。

『……だが、見える』

視認するまでもなく、これらのデータを無意識に受け取り、更に超速で処理されたものを受け取り、最終的に『体感』として俺とBEASへ復元されるからだ。

更新遅くて申し訳ない
少し時間が取れるようになってきたので、少量投下

間が開かないよう善処します

――バーニアを軽く吹かし、機体を加速。

スラスターで微調整し、数秒前に自ら設定した位置に寸分違わず滑りこむ。

本来実戦経験を積んだパイロットでしか成し得ない精緻な動きを、BEASはあっさりやってのけた。

(いや、BEASがと言うより……今のは俺の意思だ……)

(俺の思考をそのまま機体軌道に反映できたんだ……)

(情報を受取るだけでなく、行動のリクエストさえもノータイムで機体に伝えられる……)

――喜悦。

それは最早BEASのものか、俺のものか分からなかった。

その場に留まっていられなくなるような強烈な衝動――獰猛な一つのある感情が腹の奥底から吹き出してくるのを感じる。

固く閉じた口を割って、熱い獣臭が漏れ出す。

――『『喰ウ』』

BEASのコクピット下部のプレートカバーが内側から小さく炸裂し、吹き飛んだ。

現れたのは『口』としか表現できない、戦闘機にあるまじき機関だった。

プレートと同じ素材で出来た短剣のようなパーツが、恐竜の乱杭歯のようにびっしりと並んでいる。

深奥では青白い稲妻と濃緑色の光の粒子が螺旋状に渦を巻き、漆黒の一点へと吸い込まれている。

それが何の為に存在しているか、説明を受けずとも俺は本能で理解していた。

敵対するすべてを屠り、喰らい、己が血肉とする為に開いている――臓腑へと繋がる道。

……そうだ。俺は――俺たちは腹が減っている。

当然だ。

何百年も食べていないのだから。

喰らわねバ。

一刻も、早ク。

腹いっパい。

『『……試さズにはいラれないナ』』


(――ッ ――……ッ)

(……ん?)

(――田さんっ! 池田――んっ! 聞こえますか!? お願いです! 返事をしてくださいっ!)

池田(その声は阿部さんか?)

阿部(い、池田さんっ?! 無事なんですね! 良かった……本当に良かった……!)

池田(……無事?)

阿部(神経結合の直後に池田さんだけが通信不能になって……しばらく意識サインを見失ったままだったんです)

阿部(急造の装置だから、もしかしたら何らかの故障で池田さんの意識を失っちゃったのかもしれないって……)

阿部(私、心配で、申し訳なくて……)グスッ

池田(……迷惑かけちまったみたいだな)

池田(だが心配ないさ。この通りぴんぴんしてるよ)

阿部(……池田さんが無事で本当に良かったです)

TDN(だからあたし言ったじゃない。あの恐ろしくしぶとい池田ちゃんがくたばるわけない、って)

スカポン(ワタシ知ッテマスヨ。ヒーローハ150%遅刻シテヤッテクルモノダト! 一度遅刻シテ更ニ遅刻スル確率ガ50%ト記憶シテイマス!)

セルゲイ(…………フム。やはりBEASに最も高いシンクロ率を示してイタ為に、池田さんのサインを見逃していたのでショウカ?)

阿部(……のようです。波長もバイタルサインも、完全にBEASと同期していて――)

池田(それで合ってると思うぜ。ついさっきまで一緒にいたからな)

阿部(い、一緒ですか?)

池田(いや……どっちかっつーと一体化してたのかな。ま、難しいことはよく分かんないけどさ……とにかく――)

池田『『――負けル気がしないんダ』』

(……ッ!)ゾワッ

ザンゾーの最高速を超えないようにスロットルを調整し、同時に相手の射程圏内ギリギリ外の距離を維持。

狙い通り後ろに食いついてきたザンゾーを後ろ目に確認しながら、その時を待つ。

一、ニ――

BEASの尾翼に、ザンゾーの攻撃範囲を示す球状のARが触れ――

三――

機銃のトリガーが――

――今だ。

機首をほぼ直角に上げ、すべての翼部可動域を一斉に動作させ――エアブレーキ。

急制動に対するアラートメッセージが雨あられと吹き荒れるが、一切合切を無視して機体の制御に神経を集中させる。

直後こちらの機体を掠めるようにして、ザンゾーが眼下を通過した。

即座にエアブレーキを解除して再加速。バーニアを多方向に噴き散らしながら、強引に姿勢を立て直す。

――一瞬前まで射程圏内にいた相手が、前方から消失する。

それだけでもまるで白昼夢のような話だが、その上消えた相手がすぐ背後にいるのだから……これは悪夢と言っても差し支えない。

いわゆる戦技飛行における悪手、オーバーシュート――敵機を追う内に追い越してしまう――を俺達は無理矢理ザンゾーに引き起こさせたのだ。

機体の汚れすら視認出来る程の超々至近距離の中で、視線入力で火器管制の射撃ポイントを的確に割り振っていく。

致命傷は与えない。

エンジンも、動力炉も、燃料管にすら傷つけてなるものか。

今度は爆発など『させない』。

黒焦げになった食材などマズくて喰えたもんじゃないからだ。

喰うなら新鮮な内――それも仕留めたばかりの獲物に限る。

『『――いたダキまス』』

――――

阿部「――だっ、駄目です! 攻撃フェイズの中断要請がまったく受けつけてくれません!」

スカポン「BEASトイケダサンノ共振反応ガ高スギマス! 共振率ノ低イ我々デハ割ッテ入ルコトモ……アババババ」チカチカ

阿部「こんな至近距離で敵機を破壊したら、機体の破片でBEASが致命的な損傷を負う可能性だってあるのに……!」

阿部「TDNさん! セルゲイさん! 何とか攻撃の中断をそちらで――」

TDN「ご、めん……ッ! あたし達も……池田ちゃんとBEASに引きッ、摺られ――」

セルゲイ「火器管制ヲ、グッ、奪われタのではナク……意識を直接撫でられテいるようナ――」

阿部「そんな……こんな事って……」

阿部「池田さん……!」

――Fire.

計算し尽くされた射撃によってもたらされた最小限の破壊は、まるで手術用メスのようにザンゾーの装甲を斬り裂いた。

幼子が蜻蛉から羽を無邪気に毟りとるように――嗜虐心というよりは好奇心に塗れた、あるいはそれよりもっと純粋な本能に近しいものによって。

降り注ぐ大小の鉄片を浴びながら、分断されていくパーツの隙間に鋭く視線を走らせる。

どこだ。どこにある。絶命したばかりだ。

まだ熱く、脈動しているはずのアレはどこにある。

どこに――

濃緑色の光が、ちらと視界の端に映った。

生爪を剥がすように、千切れ飛んだ翼がザンゾーの心臓部をめくり上げた――その向こう。

緑色の粘液を宙空に放出し、引き裂かれた数多の燃料管が繋がれている――その物体。

――EVOL反応炉。

未だに収縮し、脈動し、淡い濃緑光を放つ――汎用戦闘機の心の臓。

――……ああ。

口の端から透明な液体が滴り、真っ赤な意識の水面に大きな波紋が広がってゆく。

――何て……何て美しいんだ……。

BEASの口角が大きく裂け、咽頭部をたゆたっていた小さな暗黒の球体がぶるりと震えた。

球体は機体の鳴動に合わせて歪に捻じ曲がり、虚無の裂け目へとその姿を徐々に変貌させていった。

同時に緩慢な早さで吸い込まれていた緑光の粒子が尾を引くように加速し、BEASの喉奥へ――虚無の裂け目へと収束する。

口腔内でのたうっていた青白い稲妻が、蛇のように鎌首をもたげ――

――一瞬の間の後、BEASの周囲に散らばるザンゾーの残骸へ喰らいついた。

獲物を巣穴に引きずり込むようにその身をしならせると、四散していた残骸が矢のような速さでBEASの開口部へと向かい始める。

青い稲妻は裂け、小さな雷光へと無数にその数を増やしながら、空に散らばる残骸を正確に捉え続けてゆく。

ふと。

剥がれ落ちた小さな鉄片が弾き飛ばされ、虚無の亀裂へと到達した。

――ばぎり。

金属とは思えぬ異音が機体に響き渡った。

直後。機体の表面に血管のような模様が濃緑色に発光し、発現した緑光は何かに導かれるかのように機体側面の一点へと集約する。

緑光の粒子が瞬き、形成した小さな光のドームが一際大きく明滅した後――緑光は爆ぜ、風に舞う蛍のように散った。

光の跡には、爬虫類の鱗を思わせる装甲が浮き上がっていた。

それは――形や材質は違えど――あの鉄片と同じ大きさと質量をもってそこに在った。


戦う。

喰う。

――強くなる。


BEASの機体に起こった事象を、俯瞰に近い超感覚で受け取っていた俺は、軽く息を吐いた。

吐き出した息はとても熱く、喉や肺の筋肉は細かく震えている。

――興奮しているのだ、俺は。

博士は言った。

BEASは他者を捕食し、自らを強化する兵器だと。

EVOLは生命と同じ性質を備え、進化することが出来る魂の代替物だと。


……元々俺の頭の出来は悪い。

だからBEASの能力も、科学なんていう俺にとって遠い世界の中で優れているのだろうとぼんやりと考えていた。


――ところがどっこい。

どうだ。この野蛮で単純な理屈は。

喰ったものが、そのまま力になる。

量を喰えば、量を喰っただけ。

質が良ければ、質が良いほど。

喰えば喰うほどBEASはより輝き、より強くなる。

……力を手に入れる。

一対一でも、一対多でも霞むことのない――絶対的な力を、手に入れることができる。

戦う。

喰う。

強くなる。

――口元の歯が波打ち、前方の対象へと一斉に傾く。

戦う。

――バーニアが大気を取り込み、力を蓄える。

喰う。

――虚無の裂け目が稲妻を飲み込み、その顎を震わせる。

強くなる。

――狙うは相手の心の臓。

戦う。

――EVOL、進化の証。

喰う。

――BEASの、いや、俺たちの。

喰ウ。

――可能性を。

喰ウ!!

――『『寄越セ!!』』

BEASの背後が怪しく揺らめき、開ききった顎が瞬く間にEVOL反応炉へと突進する――

――――
ビリッ…!

阿部「カッ……ハッ!」ビキキッ

スカポン「ウヒィ! ビリビリ! 何デスカ何デスカ! ワタシ、面白イ事モツマラナイコトモ何モ言ッテマセンヨ!?」プピーン

セルゲイ「グッ。BEASカラの情報負荷――いえ、これは感情の爆発デショウカ」ギシッ

TDN「あ、はァンッ。び、BEASから光が、逆流してきちゃって、これ濡れる! 濡れちゃうわ……!」ビクビク

スカポン「!? ア、アベサン! タ、大変デス! 管制ニ意識ヲ戻シテクダサイ!」

阿部「言われなくてもやって――ま、す……?」

阿部「な、何ですかこれは……?」―ゴクッ

《 ...GET EVOL REACTER 》

《 PREDATION START 》

《 ...EVOLVE 》

スカポン「エンジン内部――チ、違イマス! エンジン全体ニ異常ナ エネルギーフィールド ガ発生シテイマス!」

阿部「エンジンだけじゃないですスカポンさん! 機体全体をエネルギーの奔流が覆っていて……!」

《 ...40% 》

《 BASUM >> SHARRU >> MISEAVE >>...》

スカポン「コッ、ココ、コレハ……!?」プペー

阿部「し、信じられません! 装甲が、推進装置が……いえ! 機体が、機体のすべてが再構築されていきます!」

セルゲイ「先程まであったガトリングも既にありマセン。……感じマス。新しい武装の気配ヲ。消えては、増え、変質し続けるBEASの鋼の意思ヲ……」

TDN「……先史によれば。胎児は胎内で脊椎動物の進化と絶滅を繰り返しながら、人の姿に近づいていったらしいわ」

TDN「……BEASは、それを機械の塊で短時間の内に行える。しかも適切な進化だけを選択し、圧縮し加速させることが可能ってこと……!」ゴクッ

《 ...78% 》

《 TWIPET >> DODOK >> ZUGAU >>...》

《 ...STANDING BY FOR [ KUES ] 》

《 ...COMPLETE 》

スカポン「ヘ、変異ガ、止マリマシタ……」

スカポン「……アァッ! スミマセン! 共通意識領域ニ機体情報ヲ反映シマス!」

阿部「機体名:KUES……? BEASよりランクが上と考えていいのでしょうか……それに機体各部とシステムがUNKNOWNだらけで、これでは何が何やら……」クシャァッ

セルゲイ「……阿部サン。データに意識を向け過ぎテはいけマセン。五感を研ぎ澄ますコトが先決デス」

阿部「ご、五感を、研ぎ澄ませる……ですか?」

TDN「『考えるな、感じろ』って事よ。細マッチョの超イケてる俳優が遺した最高にクールな格言ね♪」

セルゲイ「エエ。銃のグリップを握る時に考える事ハ、銃のスペックではありマセン」

セルゲイ「大切なのは銃口を向けた先――相手を、対象を意識シ、倒そうとスル意思を持つことデス」

セルゲイ「相手と意思を見据えたナラバ、後は武器がスベテを教えてくれるハズデス」

TDN「メスを握った指先に任せる方がイイ場合もあるってことよ、阿部ちゃん」

阿部「ええと……考えるのではなく、感じる。フィーリングに、身を任せる……」―スゥッ

―ピキィンッ

阿部「!」

阿部「レーザー……のような兵器、が二門程、アーム? もしくは翼らしき部分についているような、いないような……」ムム

スカポン「アヤフヤデスネ! ワタシアヤフヤ大好キデスヨ! 畏バッテナクテ素敵デス、憧レマス! ……オオ、触腕ガツイテ益々イカミタイニナリマシタネー」プピーン

セルゲイ「エエ。朧げではありマスガ、概ね武装はその通りだと思いマス。ソレニ実弾からエネルギー兵器に切り替わッタことデ、射程と弾速も伸びた気配がありマスネ」

TDN「ウフフ、あたしはねェ、セルゲイと通じ合おうと努力してたらァ、セルゲイの考えてることとかダイレクトに分かっちゃってェもゥ以心伝心? みたいな感じでェ、もうもうもうモーウ!」キャピ

セルゲイ「ハイ。おかげデ、攻撃時の連携は完璧に近いデスヨ、ミッチーサン」

セルゲイ「……アナタは、本当に素晴らシイ私のパートナーデス」フフ

TDN「……セ、セルゲイ?」

セルゲイ「……ミッチーサン、コノ戦イが終わったら私と……」

TDN「…………///」ドッキンコォ… ドッキンコォ…

阿部「ストーーップ! ストップですお二人共!」

TDN・セルゲイ「――ハッ」

阿部「い、いいですか? (仮)ver.4078システムによって、個々の情報処理がほぼ統合されてるんです」

阿部「その影響でお互いの距離を密に感じるのは、その、結構なんですが、その、色々ダダ漏れと言いますか何と言いますか……」

セルゲイ「…………」

TDN「……聞かれても、あたしは別に……///」ボソッ


スカポン「皆サァンッ!」プピーン!

阿部・TDN・セルゲイ「!!」

スカポン「今ハマダ――」

―クルゥリ

スカポン「――戦闘中ナンデスヨッ!」―ドヤァ


阿部「――ッ」

セルゲイ「…………」

TDN「――ッ」

阿部「……その、通りですね」ドヨォ

TDN「……空気を読まなかったのは謝るわよォ。ごめんなさいするわよォ。でも――」

スカポン「~~♪」キラキラ

TDN「結局あのポンコツだって、ツッコミの悦に浸りたいだけじゃないっ! それだけは何か納得出来ないわァ!」プンスカー!

スカポン「! 敵機接近。戦艦側ニブレイクシタ編隊ガ体勢ヲ立テ直シテコチラニ……ム? 待ッテクダサイ」

阿部「! ペータエフから多数のエネルギー反応感知。EVOL反応炉と比較……合致。戦艦内部の多数の艦載機が起動シーケンスに入った模様!」

セルゲイ「……今まで相手にシテイタ戦闘機ハ、コチラの能力を推し量る為の捨て駒、という訳デスカ」

スカポン「機種照合……失敗。不明機多数、ニョイ・アレイ、ザンゾー含ム混成部隊ノ発艦ヲ確認!」

TDN「UNKWON,UNKWON,UNKWON,UNKWONUNKWONUNKWON! 画面真っ赤っ赤よ! 数がハンパじゃないわ!」

ゾワ…

セルゲイ「!」
TDN「!」

スカポン「ウヒャァ! 背筋ガヒンヤリシマシタ! イ、今ノハヒョットシテ……」プペー

阿部「池田、さん……」キュ

セルゲイ「……阿部サン。池田サンハ今どういう状況デショウカ?」

阿部「誰よりも深く強くBEAS――KUESと繋がっている状態です。……驚異的な運動性能を得た代わりに、私たちとの交信がうまく取れなくなってしまったみたいで……」

セルゲイ「……なるホド」

セルゲイ「…………」

セルゲイ「ミッチーサン、私たちもBEASに深く潜りまショウ」

阿部「セ、セルゲイさん!?」

セルゲイ「私たちの攻撃の同期が取れナイようでハ、意味がないデスカラネ」

阿部「で、でも、もしかしたらセルゲイさん達まで……」

セルゲイ「大丈夫デス阿部サン。私は簡単に飲まれたりはシマセン。……自己を蝕む戦場の狂気ヲ、私は味わってイマスカラネ」

阿部「セルゲイさん……」

セルゲイ「ソレニ私一人だけではナク――」

セルゲイ「――ミッチーサンがいますカラ」ニコ

TDN「セ、セルゲイ……///」

セルゲイ「……約束しマス阿部サン。戦いが終わっタ時、必ず彼を――池田サンを狂気の淵から連れ戻しマス」

セルゲイ「ダカラ今ハ、私たちがスルコトを見守ってクダサイ」

阿部「…………」グ

阿部「分かりました。スカポンさんと私は今まで通り、可能な限りデータを解析して共通意識領域にアップロードします」

阿部「今までのBEASの挙動を見る限り、意思の疎通は取れなくても池田さんに情報は伝わっているはずですから」

セルゲイ「了解しまシタ」

阿部「……池田さんのこと、お願い、します」

セルゲイ「ハイ。任せてくだサイ」

TDN「……あの、セルゲイ。潜るって言ってもあたし出来るか分からないんだけど……」

セルゲイ「私は先ほどの空戦で少し感覚を掴みマシタ。……近いモノを挙げるナラバ『極限の集中力』デショウカ」

TDN「『極限の集中力』?」

セルゲイ「精神に過負荷を与えるコトデ、開く扉のヨウナモノデス。……私は戦いの中でソレを学びマシタ」

TDN「うーん、あたしに出来るかしらァ……」

セルゲイ「……ミッチーサンの職業は医師デスヨネ? 困難な手術や病魔と相対した時、ミッチーサンはどんな風に対応シマスカ?」

TDN「!」

TDN「それこそ『考えるな、感じろ』ってことね!」

セルゲイ「仰る通りデス。……ソレニ、我々にはこの意思を同期させるシステムがありマス」

セルゲイ「私の精神に寄り添うイメージでいレバ、アナタを先導出来るハズデス」

TDN「うふふ、ついていくわよォセルゲェイ! 外郭だろうと地の底だろうと地獄だろうと天国だろうと意識の海だろうと、ね!」

セルゲイ「……もし、私が狂気に飲まれソウニなったラ、その時ハ……」

TDN「ええ、分かってるわよォ。私の無限の愛の力で救い出してあ・げ・る♪」バチコーン

セルゲイ「フフ、心強いデスネ。……デハ行きマショウ」―スッ

TDN「ええ! よくってよ♪」―スッ

――――

(また一つ、増えた)

戦艦から戦闘空域に達するオレンジ色の飛行予測ラインが、データの付箋塗れになっている大戦艦――ペータエフから静かに現れた。

(212本……いや、今ので213本か)

束ねられたリボンのように見えるラインは、発艦後の予測目標地点によってグラデーションで鮮やかに色分けされている。

三次元に複雑に絡み合ったリボンたちは、あるものは大きく弧を描いていたり、定規で引いたように真っ直ぐ伸びていたりと、実に様々な姿を見せていた。

おかげでペータエフは、まるで丁寧に梱包されたプレゼント箱の体を成している。

(うん、プレゼント……うん、あながち間違いじゃないな)

展開されている戦術図の透明度を上げ、複数のカメラアイから捉えた実際の戦場の映像に重ねた。

(ん……見たことない奴がたくさん)

既に発艦が終わり、編隊を組んだ汎用戦闘機達が、白い排煙で青空にシュプールを描きながらこちらに向かっていた。


機体の強弱で危機レベルを示すデータの付箋は、強く困難である敵には赤を、弱く攻略が容易い敵には青というように……ランクによってこちらもカラーが自動で割り振られている。

そして強さが未知数である不明機、UNKWOWNのカテゴリには最大級の赤が付与される。予測の出来ない未知の事象が、戦闘において最大級のイレギュラーをもたらすからだ。

従って今現在、ペータエフ近辺の戦術図は赤いテキストと数字で埋め尽くされており、まるで真紅の鯨が虹色の潮を吹いたかのような状態だ。

その真紅の一端が、こちらに目掛けて飛行し初めている。

ザンゾー一機を除いたすべての機種不明機が全身真っ赤な付箋のホログラフィーに包まれ――

――更に情報管制によって雪だるま式にその付箋が強大化し、不必要なまでにホログラフィーが肥大化する。

その繰り返しで育ちきった仮想の化け物が、一編隊、二編隊と戦術図と視界を埋め尽くしてゆく。

(高見の見物……まぁ、あれか。すぐこの後戦うから……そうではないよな)

カラフルに梱包された戦艦から伸びるリボンは多数あり、皆思い思いの形を描いてはいるが……その終着点は一つだ。

二百余りのラインの終端は一点に収束し、ある一つの兵器を指し示している。

……BEAS。

つまり、このカラフルに絡み合ったラインはすべて……ペータエフの殺意そのものなのだ。

                        ビース
――超兵器BEAS――KUESをホバリングさせつつ、『俺』は眼下のソレらを眺めて楽しんでいた。

最高のビューポイントだった。

空を椅子と例えるなら、戦艦はテーブルで、そして『俺』は腹の空いた客だ。
ボギー
『餌』で真っ赤に染まったテーブル。そして『餌』はウェイターもウェイトレスも介さずに、わざわざ口へ飛び込んで来てくれる。

きっと死ぬ程唸らせてくれるに違いない。

(……楽しい)

エアインテークを拡げ、レーザーキャノンのシールドを格納。新しい推進装置に灯った炎に、小刻みに負荷をかけて轟音を鳴らす。

(『俺』はとても、楽しい)

反応炉のサイクルを加速し、機体全体に毛細血管のように伸びるエネルギーラインに、翠の力を走らせる。

(……?)

懐かしい気配がする。

『俺』以外の誰かが、いつの間にか傍に寄り添っていた。

それも二人。

二人分の熱量――感情の動きを感じる。

凍てつく氷のように澄み切った白い影と、熱くすべてを焦がすような炎を纏った影。

『俺』を軸にして、完全なる線対称に立った二人の影がぴたりと静止すると、空間にピリピリとした空気が満ち始めた。

(……ああ。ひょっとして来れたのか、ここまで)

誰だったかはよく思い出せない。

が、『彼ら』が有能であることは体がよく覚えている。

意図せずレーザーキャノンの出力が上がり、砲のオーバークロックを示すサインが画面端に流れ始めた時、朧げに抱いていた予感は確信に変わった。

『彼ら』は『俺』の領域で共に戦ってくれる戦士だ。

(……楽しい。すごく楽しい)

視界の端で小さく閃光が瞬いた。

(あ、もうそんな距離なんだ)

先刻のニョイ・アレイとザンゾーよりも遥かに足が疾い。

(……そうでなくては)

四肢に力を込めるのと同じ要領で、四基の推進装置と斥力装置にエネルギーを集め――解放。

『俺』は大気の壁を破りながら、敵機編隊の背後へ一瞬で移動した。

(――だが『俺』は先刻よりもっと疾風いぞ、『餌』共)

計九機の破砕点をコンマ1秒で視線入力で割り振り、砲身の先端を開いた。

装置の大仰さに対して、余りに細長な翡翠の光線が砲身から次々と放たれる。

一瞬の静寂の後、汎用戦闘機の機体が一様に『ズレ』始めた。

――高出力のレーザーが装甲を貫き、焼き斬ったからだ。

装甲の切断面はマグマのように沸騰し、切断されたパイプから濃緑の燃料が飛び散っている。

ショートした回路から火花が散り、燃料に発火すると――制御を失った翼の鉄塊は紅蓮の炎に包まれた。

(……美しい)

焼けた砲身に残る翡翠のエネルギーの残滓が、甘く躰の中枢を痺れさせる。

――橙に次々と爆縮する汎用戦闘機達。

炎の靄の向こうに、燃え――爆ぜるEVOL反応炉。

(…………)

相手に何もさせなかった。

反応することすら許さなかった。

(これが……圧倒的な、力)


―ィイィィィン ―オォオォォォン…


(…………)

(ククッ……)

(アハッ、アハハハハッ!!)

(知らなかった……『俺』は知らなかったよ……!)

(この世にッ!)

(『喰べる』ことよりッ! 『飛ぶ』ことよりッ!)

(――楽しいことがあったなんてさァッ!)

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