エレン「ホワイトデー?」(220)

進撃の巨人SS

エレユミメイン

ユミル「バレンタインデー?」の続き

アルミン「うん。そろそろホワイトデーの時期だなと思ってさ。3月14日が近いだろう?」

エレン「あー、もう3月入ったもんな」

アルミン「エレンはどう? 何か考えてる?」

エレン「う……いや、まだ全然」

アルミン「実は僕もまだなんだ。だから一緒に考えようよ」

エレン「助かる。それでどうなんだ? やっぱりクッキーやキャンディとかを渡すのが多いのか?」

アルミン「うん、街で宣伝されているのもその辺りが定番だね」

アルミン「けれど、そういった菓子類を買う時には気をつけなきゃいけないことがある」

エレン「うん? というと?」

アルミン「クッキーやキャンディなどの菓子類はチョコレートほど貴重じゃないから、種類が豊富なんだ」

アルミン「チョコみたいに販売元が一つじゃなくて、味、形、包装、値段などが様々だろう?」

アルミン「それにバレンタインの贈り物はチョコレートってほぼ固定されてるけど、ホワイトデーはそうじゃない」

アルミン「相手が喜んでくれるなら、なにも菓子にこだわる必要はない。自分が良いと思ったものを渡すことができる」

エレン「なるほどなぁ。チョコと違って選択肢が多いわけか」

アルミン「お返しについて真剣に考えるなら、そうなるね」

エレン「適当にするわけにはいかねぇだろ。特にミカサには三年前に大したものやれなかったし、しっかりやらねぇと」

アルミン「子供だったし、自由に使えるお金なんてほとんどなかったもんね」

エレン「二人で出し合って少し大きめのキャンディを買ったんだよな」

アルミン「すごく喜んでくれて、その時ミカサが見せてくれた笑顔は忘れられないよ」

エレン「ああ。あいつ普段はほとんど笑ったりしねぇから、バレンタインデーと合わせていい思い出だ」

アルミン「……と、思い出に浸るのもいいけど、今は今年のホワイトデーについて考えないと」

エレン「そうだった。でもどうする? そんなたくさん選択肢があるんじゃなかなか決まりそうにないぞ」

アルミン「やっぱりしっかりと時間をかけて決めるべきだと思うから、休日に街に出て見て回ろうよ」

アルミン「ちょうどホワイトデーの当日と前日が休みだし、前日なら店も賑わってるはず」

エレン「お、いいな。一日あればいいのが買えるだろ」

アルミン「じゃあホワイトデーの前日に二人で買いに行くってことで」

エレン「ああ、外出届忘れないようにしないとな」

エレン「……そういえばその日は珍しく連休だよな。しかもホワイトデーちょうどって、どうなってんだ」

アルミン「もしかしたら教官たちもホワイトデーを楽しみたいから、わざとそういう日取りにしたとか?」

エレン「ははは、だったら傑作だな! あの鬼教官たちがキャンディ買ってるところはさぞ笑えるだろうな」

アルミン「はは、確かに見てみたいかも」

消灯前 男子寮

エレン「――ていうわけで、アルミンと買いに行くんだけどさ。お前らはホワイトデーどうするんだ?」

ライナー「ホワイトデーか。確かに、チョコを貰ったからには何か返さないとな……くっ、パスだ」

ベルトルト「二回目のパスだよ。じゃあ僕たちもその日に買いに行こうか、ライナー」

ジャン「大抵の奴はそうするだろ。その連休まで休日ないぞ……ちぃ、オレもパスだ。ダイヤとハートの4止めてるの誰だよ」

コニー「そーだそーだ。おとなしく出しやがれ。ほい、ダイヤのJ」

アルミン「連休にする分、訓練が続くわけだね。ダイヤのQ」

エレン「ぬぬ、パス。これで三回目だ。誰かハートの4出してくれ」

ベルトルト「仕方ないな。じゃあ僕が4を出してあげよう。ダイヤだけど」

エレン「ハートだっつってんだろ!」

ライナー「さすがだベルトルト。ダイヤの3」

ジャン「ぎゃははっ! いい気味だ。ダイヤの2」

コニー「ダイヤの1――んでさ、ホワイトデーって何だよ? 俺知らねぇんだけど」

ジャン「はぁ? マジかよコニー」

エレン「お前って本当に何も知らないんだな」

コニー「バカ、知ってることの方が多いっつの。ホワイトデーはたまたまだ。なぁ、誰か教えてくれよ」

ベルトルト「コニーに教えるのは大変そうだ」

アルミン「あはは、それじゃあ僕が。いいかいコニー、ホワイトデーっていうのはね……」

アルミン「だいたいこんな感じかな。分かった?」

コニー「ああ、もうばっちりだ! つまり俺はサシャにクッキーとかキャンディをあげりゃいいんだろ」

アルミン「そうそう。きっとサシャも喜んでくれるよ」

コニー「なら俺も買いに行かねぇとなぁ。ああそんでさ、もう一つ聞きたいんだけど」

コニー「お前らは誰からチョコ貰ったんだよ? 俺だけ喋るのも不公平だし、言えよ」

ベルトルト「えっ」

ジャン「良いこと言ったぞコニー。今夜はカード大会に加えて暴露大会といこうじゃねぇか」

エレン「何勝手に決めてんだよ」

ベルトルト「そ、そうだよ。言いたくない人だっているかもしれないし」

ジャン「言いたくないだぁ? 何を恥ずかしがってんだ。減るもんでもなし、お前らだって聞きたいだろ?」

ジャン「それにカード対決の方はまだ続いてるんだぜ? ここで試合放棄して逃げるならそいつはドンケツ決定だ」

ライナー「興味がないといえば嘘になるしな。いいんじゃないか?」

コニー「さっさと言え!」

アルミン「じゃあ、どうしても嫌ならパス一回追加ってことで」

ベルトルト「結構ノリノリだね、アルミン」

ジャン「決まりだな。よし、じゃあまずは言い出しっぺのエレンからだ!」

エレン「はぁ? 何でオレが言い出しっぺなんだよ」

ジャン「ホワイトデーの話をし始めたのはお前だろ。それともパス追加するか? すでに三回使っちまってるエレンちゃんよぉ」

エレン「この野郎……分かったよ、言えばいいんだろ。えーと、オレが貰ったのはミカサと」

ジャン「それは皆知ってんだよ。それ以外だよそれ以外」

エレン「分かってるって、うるせぇな。それから、ミーナとアニと……ユミルだ」

ジャン「お?」

ベルトルト「えぇっ!?」

ライナー「ほう」

アルミン「へぇ」

エレン「な、何だよ皆して。なんか変だったか?」

ジャン「ミーナから貰ったのか?」

エレン「ああ、班で一緒になった時に迷惑かけてるからって。まぁ迷惑なんてことないんだけどな」

ジャン「マルコが聞いたらどう反応するか見たかったんだが、義理だろうしな。大して気にしねぇか」

コニー「そういやそのマルコはどこだ? いなくね?」

アルミン「夕食後にミーナと一緒にどこか行ったところを見たけど、まだ帰ってきてないみたい」

ライナー「付き合い始めてからのあいつらのいちゃつきっぷりは凄いな。方向性は違うがフランツとハンナにも匹敵する」

アルミン「フランツもいないね」

ジャン「こんな時間まで何してんだか……んで、次はアニからか」

ベルトルト「ほ、本当にアニから貰ったのかエレン!?」

エレン「何だよベルトルト、本当だぞ。自主訓練してたら差し入れだって言われて」

ベルトルト「あのアニが……差し入れ!?」

エレン「アニもチョコ欲しそうだったから、半分ずつ分けて食べたんだけどな、一緒に」

ベルトルト「チョコを……一緒に食べた!?」

エレン「なぁ、こいつどうしたんだ」

ライナー「ま、まぁ気にするな。誰しもそういう時はある」

エレン「あるかぁ?」

ジャン「おかしくなってる奴はほっとけ。それに俺としてはアニもだが、それ以上に意外だったのは……」

アルミン「ユミルだね」

ライナー「ああ。いつもクリスタと一緒にいるし、男に興味あるようには見えなかったが」

ジャン「チョコも自分で食うか、誰かにやるとしてもクリスタぐらいだと思ってたな」

アルミン「エレン、ユミルは何か言ってなかった?」

エレン「え、えぇ? うーん、と……バレンタインに興味あるとは、言ってた」

ジャン「そうなのか? だがそれだけだとエレンにやる理由になってねぇだろ」

アルミン「理由は分からないけど、最近エレンとユミルはよく話してるよ」

エレン「えっ。そ、そうか?」

アルミン「そうだよ、明らかに一緒にいる時間が増えてるじゃないか」

ライナー「コニーとサシャ、マルコとミーナたちと同じで、バレンタインで距離が縮まったんだろう」

ジャン「どうなんだエレン?」

エレン「し、知るかよ。たまたまだろ、たまたま」

エレン「そ、それに何でそこまで話さなきゃならねぇんだ。チョコ貰った相手の名前言うだけじゃなかったのかよ」

アルミン「あ、そうだね。少し追求し過ぎたかも」

ライナー「こういう話題は加熱しやすいな。悪い」

ジャン「ち、今日はこの辺にしといてやる」

エレン「チンピラの捨て台詞かよ。まぁいいや、次行こうぜ次」

アルミン「うん、それにカードの方も進めないと」

エレン「ハートの4出してくれないと、オレが死ぬ」

コニー「出し惜しみしてねぇで出しやがれ――あ。ハートの4、俺が持ってた」

消灯後

エレン(くそぉ、コニーの奴、ハートの4持ってるのに気付かないとかありえねぇだろ)

エレン(おかげでカード大会最下位になって罰ゲームだし)

エレン(一位のジャンの代わりに倉庫の整理と掃除をさせられるとか、普通に面倒だ)

エレン(それにバレンタインの話に熱中しすぎて、肝心のホワイトデーについてほとんど聞けなかった)

エレン(ベルトルトは何か変だったしだし、ジャンはユミルユミルしつけぇし)

エレン(……ユミル)

エレン(チョコをくれた理由は咄嗟にはぐらかしちまったけど、言い触らすことでもないしな)

エレン(女の子として見て、か)

エレン(バレンタインの話をすると、いろいろ思い出してしまう。あいつの照れてる顔とか、初めて見た涙とか)

エレン(あと……少しだけど、抱き合ったこととか)

エレン(女性とあんなことした経験なかったからか、妙に体が熱くなって、緊張した)

エレン(意外と体が柔らかくて、女性特有の香りがして……この辺は考えたらいろいろまずい)

エレン(あいつと最近よく話してるってのも、事実だよな。これも否定しちゃったけど)

エレン(何でもないことで軽口叩き合ったり、得意な訓練について助言し合ったり)

エレン(バレンタインが終わって、一番関係が変化したのは、やっぱりユミルだ)

エレン(ホワイトデーは、そんなユミルやミカサだけじゃなく、アニやミーナにも喜んで貰えるようにしないといけないのか)

エレン(大変そうだな。女の好みとか全然分からねぇし)

エレン(でもアルミンが手伝ってくれるし、少しだけど時間もある。やるしかないよな、うん)

今日はここまで

翌日

クリスタ「ユミル! もうすぐホワイトデーだね!」

ユミル「あ? ああ、そういやそうだな」

クリスタ「そういやって、ホワイトデーに対する意識が低いよ」

ユミル「そ、そうか?」

クリスタ「そうだよ! ホワイトデーはバレンタインデーがあった年の3月14日にしか経験できないんだよ」

クリスタ「バレンタインデーと同じで、女の子らしいことをする貴重な機会なんだから、しっかり楽しまないと」

クリスタ「女の子のユミルも興味あるでしょ?」

ユミル「……ああ、まあな。ホワイトデーを楽しみたいってのは私も同じだ」

ユミル「けどなクリスタ。バレンタインの時は女が渡す側だから積極的に行動できたが、ホワイトデーは違うだろ?」

ユミル「お返しをするかしないかを決めるのは男なんだから、女の私たちにできることなんて待つことぐらいじゃねぇか」

クリスタ「確かにお返しを期待してわくわくするのも楽しいと思う」

クリスタ「けどそれはホワイトデー当日の話だよ。それまでだったらできることはあるはず」

クリスタ「例えば、男の子がお返しをしたくなるようにアピールするとか」

ユミル「アピールって、ホワイトデーに何か下さい! って言うのか?」

ユミル「そんなのがっついてる女だと思われて余計に貰えなくなるんじゃ」

クリスタ「そこまで露骨なのはダメだけど、そうじゃなくて、普段からお返ししたいなって思って貰えるように接するの」

ユミル「つまり、どういうことだ?」

クリスタ「うーんと、簡単に言えば、意中の男の子と仲良くするってこと」

クリスタ「ユミルの場合はエレンだね」

ユミル「待て待て。いつからあいつが意中の男になった?」

クリスタ「あれ、違うの?」

ユミル「いやだからな、あいつにチョコをあげたのは好きとか嫌いとか以前の問題で、私が女だと伝えるためだ」

ユミル「それはお前も知ってるだろう? だから、わざわざそんな行動を起こす必要は……」

クリスタ「じゃあユミルはエレンからお返し貰いたくないの?」

ユミル「う」

クリスタ「バレンタインが終わって、二人とも仲良くしてるから、私てっきり」

クリスタ「エレンからだけじゃなくて、ユミルの方からも積極的に話しかけてるように見えたんだけど、違った?」

ユミル「うぅ」

クリスタ「それにエレンがお返しをくれるってことは、ユミルがちゃんと女の子として意識されてる証拠だと思うけど」

クリスタ「どうなの? 本当にエレンから貰えなくてもいいの?」

ユミル「……貰いたい、です」

クリスタ「もう、素直じゃないんだから」

ユミル「うるせぇ、バレンタイン一つで急に素直になんてなれるか」

ユミル「それにエレンのことをどう思ってるか、私自身まだ掴み切れてないのは本当なんだ」

ユミル「確かにバレンタイン以降、それなり会話するようになったし、お返しをくれたら嬉しく感じるだろうな」

ユミル「だが、だからといってそれがエレンを好きってことに直結するかといえば、分からないってのが本音だ」

ユミル「今まで誰かを好きになった経験もないし、な」

クリスタ「そっか。ごめんね、私の中で勝手に決めつけちゃって」

ユミル「いいって。エレンから貰いたいって気持ちは、ちゃんとあるんだし」

ユミル「だから……もう少しだけ、エレンと仲良くしてみる」

クリスタ「うんうん! がんばれユミル!」

ユミル「そんでさクリスタ。私はお前のことも聞きたいな」

クリスタ「私?」

ユミル「ライナーとアルミンだよ。お前は恋愛感情を否定していたが、向こうはどうか分からんぞ?」

クリスタ「え、どういうこと?」

ユミル「クリスタからチョコ貰って勘違いしてるかもしれねぇってことだ」

ユミル「特にライナーの奴は以前にも増して目つきがいやらしくなってやがる」

クリスタ「そ、そうかな。私は感じないけど」

ユミル「クリスタの前では隠してんのさ。それにアルミンだって心の中で何考えてるか知れたもんじゃない」

クリスタ「もうっ、勝手なことばかり言って。心の中なら何思ってても自由でしょ」

ユミル「ほう。だったらあいつらが妄想で、お前にあんなことやこんなことしてても、何とも思わないわけだ」

クリスタ「ど、どんなこと!?」

ユミル「さあね、それは自分で考えな」

クリスタ「もう! ユミルったら!」

ユミル「ははっ」

消灯後 女子寮

ユミル(ホワイトデーか……)

ユミル(女が男にチョコを渡して、今度は男が女にそのお礼を返す)

ユミル(バレンタインデーとホワイトデー、合わせて一つの行事と捉えることもできる)

ユミル(女の中にはお返しを期待してチョコを渡す奴もいるだろうし、逆にチョコを渡せるだけで十分という奴もいるだろうな)

ユミル(私の場合はチョコを渡すことで手一杯で、ホワイトデーのことを考える余裕なんてなかったが)

ユミル(逆に男はホワイトデーをどう捉えてるんだろう)

ユミル(……エレンは、私にくれるのかな)

ユミル(クリスタの言う通り、私とエレンの仲は深まってると、そう思う)

ユミル(バレンタインで、私を女らしいって言ってくれて、すごく嬉しかった)

ユミル(他にもあの時は色んな私を見られてしまった。涙を流したり、顔を赤くしたり)

ユミル(それから、自分からあいつに抱きつく、なんて)

ユミル(でも……まさかあいつからも抱きしめ返してくれるとは思わなかったな)

ユミル(あいつの体温や力強さを感じられて、すごく安心した)

ユミル(くぅ、恥ずかしくてしょうがねぇ。思い出すの止めよう)

ユミル(とにかく今の関係が続くなら、ホワイトデーは期待していいよな)

ユミル(……そういや、バレンタインで関係が深まったのは私たちだけじゃない)

ユミル(一番はやっぱり、ミーナとマルコだ)

ユミル(なんたって恋人同士。訓練兵としては、もっとも進んだ仲と言っていい)

ユミル(もともと両想いだったんだから、いずれにせよくっ付いたんだろうが)

ユミル(他には、サシャとコニーも仲良くなった、か?)

ユミル(今までとあまり変わらん気もするが、二人で楽しそうに喋ってることが増えた)

ユミル(バカ二人のことだから恋だの愛だのに進むかは分からんが)

ユミル(この二組に比べて、アニとライナー、ベルトルさんは何か変わったようには思えない)

ユミル(そもそもアニがチョコをやるってのが意外なほど、接点がなかった)

ユミル(ただ単にアニの好みがでかい男ってだけだったのか? でもでかいだけならあの二人以外にもいるしなぁ)

ユミル(でもそれより気になるのは、アニがエレンにもチョコを渡してたってこと)

ユミル(誰に渡すのか聞いた時、エレンの名前だけは言わなかった。ライナーとベルトルさんとは違う、特別な感情があったのか?)

ユミル(エレンと二人でチョコを食べてるところも見てしまったし)

ユミル(……このことを考えると、何とも言えないもやもやした気持ちになる)

ユミル(それに最近のエレンは、ミカサとも良い感じに見える。まぁこれはアルミンも含めた三人でだが)

ユミル(バレンタインで互いの思いを再確認できて、より仲が深まったのかもしれない)

ユミル(こんなこと、私が気にする必要はないはずだ。エレンが誰と仲が良いかなんて)

ユミル(でも……)

ユミル(結局、私はエレンをどう思っているんだ……?)

翌日 朝食時 食堂

ユミル(久々に寝不足だ)

ユミル(バレンタインデーの時といい、ぐだぐだと考え込んでしまう女だったらしいな、私は)

ユミル「さて、どこに座るか」

クリスタ「ユミル。ほら、あそこあそこ」

ユミル「ん?」

クリスタ「エレンたちが座ってるよ。右隣にミカサ、正面にアルミン」

ユミル「いつもの光景だろ。それがどうした?」

クリスタ「エレンの隣に座ろうよ、ユミル」

ユミル「えっ。いや、けど」

クリスタ「昨日エレンともっと仲良くするって言ったでしょ? 良い機会じゃない」

ユミル「そ、そうだな。まずは会話の数を増やさないとな」

ユミル「隣、座るぞ」

エレン「ん? ああ、ユミルとクリスタか」

クリスタ「おはよう皆。アルミン、隣いい?」

アルミン「も、もちろん! どうぞどうぞ」

ミカサ「珍しい。あなたたちは大抵二人で食べているのに。もしくはサシャと三人で」

ユミル「たまにはな。それとも邪魔だったか?」

エレン「邪魔なんてことはないだろ。誰と食おうが自由だし」

アルミン「そうそう。だから遠慮なく座ってよ」

クリスタ「ありがと、アルミン」

ミカサ「……」

ユミル「あん? おいエレン、スープの人参残してるじゃねぇか」

エレン「うっ」

アルミン「エレンは昔から人参が苦手だから。でも残すのは良くないよ」

ミカサ「アルミンの言う通り。この食事はちゃんと栄養バランスを考えて作られているはず」

ミカサ「兵士として丈夫な肉体を作るためには、嫌いなものでも食べなければならない。食べなさい」

エレン「分かってるって。でもこの食感とか甘さとかがどうにもな」

ユミル「人参が苦手とかガキかよ。なんなら私が食べてやろうか、エレンちゃん?」

エレン「うるせぇ、ちゃん付けすんな。仕方ねぇだろ、嫌いなものの一つや二つ誰にだって」

クリスタ「そうだよ。ユミルだって玉ねぎ苦手じゃない」

ユミル「ちょっ、クリスタ」

クリスタ「玉ねぎが出てくると嫌そうにしてるし、食べる時は味わわないように丸呑みしてる気が」

クリスタ「それにサシャがいる時は、くれてやる、とか言いつつ実は押しつけてるよね?」

ユミル「バカっ、余計なこと言うな!」

エレン「何だよ、オレと大差ないじゃねぇか。そうだな、今度玉ねぎ使った料理が出た時は、オレが食ってやるよ」

ユミル「くっそぉ……おいアルミン、お前も苦手な食べ物言ってみろ」

アルミン「えぇっ。ここで僕に振るの?」

クリスタ「私も聞きたいな、アルミンの苦手なもの」

アルミン「クリスタがそう言うなら……えーと、そんなにないんだけど、強いて言うなら味が濃すぎる料理は苦手、かな」

ユミル「そんな漠然とした答えで納得できるか。具体的な名前を出せ」

アルミン「そ、そんなこと言われても」

ユミル「おいエレン、何かないのか。古い付き合いなら一つぐらい知ってるだろ?」

エレン「そうだなぁ、アルミンもミカサも割と何でも食べるし、これと言ってないんじゃないか」

クリスタ「ミカサも苦手なもの少ないの?」

ミカサ「特にない。私に比べてエレンは好き嫌いが多い」

エレン「一つも嫌いなもののないお前が変なんだよ。オレぐらいなら普通だ」

アルミン「クリスタは苦手なものって何かある?」

クリスタ「えーと、私はね……」

今日はここまで

クリスタ「ご馳走様でした」

ユミル「よし、朝一の訓練の準備しに行くぞ」

クリスタ「また後でね、皆」

アルミン「また一緒にご飯食べよう!」

クリスタ「うん!」

アルミン「今日はついてる。朝からクリスタと一緒になれるなんて。しかも隣同士」

エレン「あの二人と食べるのは初めてだったし、新鮮で悪くなかったな」

ミカサ「……」

クリスタ「それにしてもクリスタは辛いものが苦手なのか。可愛いなぁ」

エレン「ユミルは玉ねぎが嫌い。今度からかってやろう」

ミカサ「……最近のエレンは、ユミルと仲が良い」

エレン「えっ、何だよ急に」

ミカサ「バレンタインが過ぎてからは、特に」

アルミン「あ、やっぱりミカサもそう思う? エレンはあまり自覚ないみたいなんだけど」

ミカサ「いつも一緒にいる私たちが言うのだから間違いない」

ミカサ「もしかして……バレンタインにユミルからチョコを貰ったんじゃない?」

エレン「な、何でそう思うんだよ?」

ミカサ「それ以外にあなたたちが仲良くなるきっかけが見当たらない」

ミカサ「バレンタインデーの時のユミルは、エレンに対してのみ様子がおかしかった」

ミカサ「それにバレンタインが終わった直後の二人は、お互いに意識しているようにも見えた」

ミカサ「二人が仲良くし出したのは、それから。違う?」

アルミン「さすがミカサ、僕よりよく見てるね」

エレン「……」

エレン「……確かに、オレは最近ユミルとよく話してるし、まぁ、仲良くなった、と思う」

エレン「ユミルからチョコを貰ったってのも、その通りだ」

エレン「けど、それが何なんだよ。オレとユミルが仲良いとまずいのか?」

ミカサ「そういうわけではない。ただ、少し気になっただけ」

エレン「気になったって、何でそんなこと気にするんだよ?」

アルミン「ミカサ。兵士として信頼を得るためには、色んな人と仲良くすることも重要だよ」

アルミン「今までエレンには親しい異性がミカサぐらいしかいなかったし、ユミルと仲良くすることは別段気にすることじゃないと思うけど」

ミカサ「……そう、アルミンの言うことは正しい。つまらないことを聞いた。忘れて欲しい」

エレン「お、おう……?」

アルミン「さ、僕たちも準備しよう? 訓練に遅れちゃうよ」

ミカサ「うん」

エレン(ミカサの奴、一体何だったんだ? オレとユミルが仲良くしてるのが気に食わないのか?)

エレン(でもその理由は何だ? 実はユミルのことが嫌い?)

エレン(いや、そんな風には見えないし、それこそきっかけの一つぐらいないとおかしい)

エレン(だとすると……もしかして、オレと話す時間が減って寂しい、とか?)

エレン(はは、そんなわけないか。子供じゃないんだし、それぐらいでなぁ)

エレン(でももし本当だったら、どうする?)

エレン(……ホワイトデーのことと一緒に、少し考えてみるか)

夕食後 

ユミル「今日の夕食は珍しく良い味だったな」

クリスタ「そうだね。ユミルの苦手な玉ねぎも入ってなかったし」

ユミル「ったく、勝手にばらしやがって。あそこはエレンの人参嫌いを突っ込むところだろうが」

クリスタ「いいじゃない。仲良くするには相手のことを知るだけじゃなくて、自分のことも知って貰わないと」

ユミル「ち、それでうまいこと言ったつもりか? まぁいいや、次は徹底的にからかってやる」

クリスタ「あはは。それで、これからどうしようか? 明日座学の小試験だし、図書室で勉強でもする?」

ユミル「いや、私は倉庫の整理と掃除の当番だ。消灯前までかかるだろうし、一人でやってくれ」

クリスタ「あ、そうなんだ。手伝おうか?」

ユミル「いいって。勉強に専念しな。手伝いなら同じ当番の奴に頼むさ」

クリスタ「そう? じゃあまた明日。がんばって」

ユミル「ああ」

ユミル「とは言ったものの、面倒くさいことには変わりねぇ」

ユミル「サシャの奴にやらせるのも手だが……」

サシャ「コニー、一緒に明日の試験勉強しませんか? 分からないとこは教えてあげますよ」

コニー「お前人に教えられんのかよ」

サシャ「そこまで得意ではありませんが、おバカのコニーに教えるくらいなら私でも十分です」

コニー「誰がバカだ誰が! お前だってバカだろ!」

サシャ「では前回の小試験の点数は? 私は72点でしたよ」

コニー「うぐっ……本当だろうな。くそ、54点で過去最高だったとは言えねぇ」

サシャ「聞こえてますよ。どうやら決まったようですね。大人しく勉強しましょう」

コニー「明日の試験で度肝抜いてやるからな!」

サシャ「ほう、それは楽しみですね」

ユミル「……ち」

ユミル「えーと、ここが私の担当場所か」

ユミル「何だ、意外と片付いてるじゃねぇか。前の当番がしっかりやったのか」

ユミル「これなら思いの外早く終わりそうだな。時間が余ったらクリスタと勉強しよう」

ユミル「……ふぅ、終わった終わった。なんだ、ほとんど時間残ってないぞ」

ユミル「ちょっとした汚れでも見つけると気になっちまうんだよな。人目につかない場所までやり出すときりがなくなるし」

ユミル「それで結局時間を食ってしまう。だから嫌なんだよ、掃除は」

ユミル「さっさと寮に戻って寝るか。他の場所の当番ももう帰ったみたいだし」

ユミル「……ん? あそこはまだ誰か残ってんのか? 私より遅いってどんだけ要領悪いんだか」

ユミル「――て、何だこりゃ!?」

エレン「んん? 何だユミルか」

ユミル「エレン。お前、今日ここの当番だったか?」

エレン「いや本当はジャンなんだけど、一昨日カード対決に負けてよ。代わりにやらされてんだ」

ユミル「男ってのは賭け事が好きだな。まぁそんなことはどうでもいい」

ユミル「この惨状はなんだ? まるでここだけ天地がひっくり返ったかのような有様だぞ」

エレン「オレが知りてぇよ。元からこんな感じだったんだ。これでも大分片付いたんだけどな」

エレン「前オレが当番だった時も異様に汚かったし、どうなってんだか」

ユミル「……手伝ってやるよ」

エレン「え、いいのか? もう消灯時間が近いし、遅くなるぞ?」

ユミル「だからこそだ。一人より二人でやる方が早いに決まってるだろ。お前一人でやってたらそれこそ消灯までには終わらねぇよ」

エレン「そうか、悪いな」

ユミル「気にするな。私は散らかってるのを見過ごせない性格なんだ。こんなの放っておいたら眠れない」

ユミル「……似合わないだろ?」

エレン「え? そんなことないぞ。綺麗好きなんだろ、良いことじゃねぇか」

ユミル「ふん……ほら、さっさと片づけちまおうぜ」

エレン「ああ、助かる」

エレン「あーっ、ようやく終わったぁ」

ユミル「満足いった。文句なしにピカピカだ」

エレン「本当に助かった。ありがとう」

ユミル「ああ」

エレン「ユミルも困ったことがあったら言ってくれ。今度はオレが手伝うからさ」

ユミル「ほう、ならそうさせて貰おうかな。と、消灯時間ぎりぎりだ」

エレン「本当だ、間に合ってよかった――お前その顔!」

ユミル「顔? 埃でもついてるか?」

エレン「埃じゃなくて傷だよ傷! 頬に擦り傷がくっきりと」

ユミル「ああ、妙にひりひりすると思ったら。備品の奥を掃除する時に顔突っ込んだから、それでだろ」

エレン「なに冷静に分析してんだ。菌が入るとまずいし、医務室に行くぞ」

ユミル「大した傷でもないんだろ? 水で洗って放っとけばそのうち治る。つーか早く寝たいんだが」

エレン「バカ、ちゃんと消毒しないとダメに決まってる。それに菌は入らなくて痕になるかもしれないし」

ユミル「痕って……おいエレン、私たちは訓練兵だぞ。体中に傷を負うなんて日常茶飯事だ。傷痕なんていちいち気にしてられねぇよ」

エレン「だからそれを気にしろって言ってんだ。特に今は顔にできてるんだぞ。放っておけるか」

エレン「……ユミルは、女の子なんだからな」

ユミル「――な」

エレン「ったく。あれだけ女扱いしろって言ってたくせに、自分で蔑ろにしてんなよ」

ユミル「う……」

エレン「ほら行くぞ。嫌だって言っても無理矢理連れてくからな」

ユミル「わ、分かったよ。分かったから腕を掴むな」

ユミル「けど……私のこと、ちゃんと女として見てくれてるんだな」

エレン「あ、当たり前だろ。前にそう言ったじゃねぇか」

ユミル「……それでも、嬉しいよ」

エレン「……おう」

医務室

エレン「失礼します! 彼女が頬に傷を負ってしまったので、診てやってください」

ユミル「お願いします」

医師「あー、はいはい。んーと……何だ、大したことないね」

医師「んー、もう眠いし、消毒液と絆創膏出しておくから、自分たちでやっておいて」

ユミル「へ?」

医師「ここの鍵も預けるから、用が済んだら事務室に返しておくように」

エレン「あ、ち、ちょっと」

医師「それじゃあお休み」

エレン「……なんて適当な。あんなんで大丈夫なのか、ここ」

ユミル「まぁ、消灯直前に駆け込む私らも私らだ。早いとこ終わらせよう」

エレン「そうだな。そこ座れよ、オレがやってやるから」

ユミル「い、いや、いいって。これぐらい自分で」

エレン「顔だぞ? 自分でやるよりオレがやる方が早いし正確だろ。それに元はといえばオレを手伝ってついた傷だし」

ユミル「そ、そうか。じゃあ……頼む」

エレン「任せろ」

エレン「まずは消毒からだな。いくぞ」

ユミル「あ、おいエレン……んっ」

エレン「傷は結構浅いみたいだ、良かった」

ユミル「だから言っただろ、大したことないって。それより、あのな」

エレン「んー? はい、じゃあ次は絆創膏な。じっとしてろよ」

ユミル「いや、じっとしてるというか、せざるを得ないというか……あ、うぅん」

エレン「よし、終わりだ。それで何だって?」

ユミル「……顔、近いんだよ、お前」

エレン「え? ああ悪い。けどある程度は近づかないとこっちもやりにくいし」

ユミル「それはそうだろうが、あんなに近寄られると、その、お前の息遣いとか、いろいろ」

ユミル「いや、やっぱり何でもない! 今度こそ寮に戻るぞ!」

エレン「急にどうした?」

ユミル「だから何でもないって。そうだ、医務室の鍵は私が」

エレン「いや、オレが返しておくよ。ユミルは先に帰っててくれ」

ユミル「けど怪我したのは私だぞ? 手当てまでして貰ったし」

エレン「だからそれはオレの手伝いでできた傷だろ? オレが手当てするのは当然だ」

エレン「それに一人で倉庫の掃除してたらこんな時間には帰れなかっただろうし、十分助かってるよ」

ユミル「分かった、お前がそう言うなら任せる」

ユミル「手当て……ありがとな」

エレン「ああ、こっちこそありがとう。それじゃあユミル、お休み」

ユミル「お休み、エレン」

今日はここまで

消灯後 女子寮

ユミル(今日はエレンとたくさん話したな)

ユミル(ホワイトデーまでにもっと仲良くするって決めたのが昨日だし、順調だと思う)

ユミル(それにしても、さっきのエレンは妙に優しかった)

ユミル(あんなに他人に気を使える奴だったか? 普段はもっと鈍感でがさつで)

ユミル(それとも……私だから、気にかけてくれたのか?)

ユミル(は、さすがにそれは考え過ぎだろ。いくら女扱いしてくれたと言ってもな)

ユミル(いやでも、その私を女扱いするってのが、エレンの中ではもう当たり前みたいだった)

ユミル(傷なんてしょっちゅう負うことくらい分かってるはずなのに、医務室まで付き添ってくれて)

ユミル(自分でやるって言ったのに、手当てまで……)

ユミル(間近で見たエレンの顔とか、手から伝わる体温とか、頬に当たる吐息とか)

ユミル(うぅ……忘れられそうにない)

ユミル(でも待てよ。私はこれだけエレンのことを考えて、仲良くしたいって思っている)

ユミル(エレンをどう思っているのかは……まだ分からないけど)

ユミル(逆にエレンの方はどうなんだろう? 私のこと、どう思っているんだろう?)

ユミル(あんなに平気で顔近づけてきて、躊躇なくぺたぺた触ってきて)

ユミル(女とはいえ、ただの仲が良い同期程度の認識なのか)

ユミル(もしそうだったら……少し、寂しいな)

ユミル(寂しい? 仲が良いと思ってくれるなら十分なんじゃないか?)

ユミル(仲が良ければ優しくもするだろうし、ホワイトデーにお返しをしても不思議じゃない)

ユミル(本当なら、寂しいと感じる必要なんてない、はず)

ユミル(ああもうっ、全然分からん。自分の気持ちが全然分からねぇ)

ユミル(また、寝不足になりそうだ)

ユミル『エレン、こんな場所に呼び出して何の用だ?』

エレン『なんだ、分からないのか。今日はホワイトデーだ。お前への用なんて一つしかないだろ』

ユミル『そ、そうなのか。もう夜も遅いし、てっきりお返しはくれないもんだと』

エレン『バレンタインデーにあれだけ気持ちのこもったチョコを貰ったんだ。そのお返しをするのは当然だ』

エレン『でも遅くなったのは悪かった。せっかくだし、雰囲気の良い場所で、二人きりの時にと思ったから』

ユミル『お前が、雰囲気? はっ、あのエレンがそんなこと考えるとは、明日雨でも降るんじゃないか?』

エレン『茶化すなって。こんな時ぐらい、素直に受け取れよ』

ユミル『……そうだな。ならありがたく頂戴しようか。お前の心のこもった贈り物ってやつを』

エレン『ああ』

ユミル『ん? おい、何で距離を詰める? というかお前、何も持ってなくないか?』

エレン『ああ』

ユミル『ああ、じゃなくて。待て待て、どんどん近付いてくるな。少し怖いぞ』

エレン『ユミルへのお返し、何が良いかとずっと考えてたんだが、なかなか思い付かなくて、結構悩んだ』

ユミル『し、真剣に考えてくれたのは嬉しいが、ま、まず一旦止まれ。話はそれからだ』

エレン『そこで閃いた。お返しはなにも物にこだわる必要はないってことに』

エレン『――あ、後ろ壁だぞ』

ユミル『なに!? に、逃げられないじゃねぇか』

エレン『逃げる必要なんてない。ホワイトデーの贈り物を渡すんだ。お前もありがたく頂戴するって言ったろ』

ユミル『そ、そりゃあ言ったが――ちょっ、肩に手を乗せるな!』

エレン『お前が動くからだろ。それじゃあちゃんと渡せない』

ユミル『落ち着けエレン! 考え直せ! 顔を近づけるな!』

エレン『オレは落ち着いてる。落ち着くのはお前の方だ』

ユミル『ほ、本気なのか……?』

エレン『ああ、もちろん本気だ。だから、受け取ってくれ』

ユミル『あ……あ……』

エレン『ユミル……』

ユミル『え、エレン……』

ユミル「――はっ!」

ユミル「はっ、はっ……え、っと? ここは……布団? 女子寮?」

ユミル「時刻は5時20分……早朝だ」

ユミル「じ、じゃあさっきのは……エレンは……」

ユミル「もしかして……夢?」

ユミル「……」

ユミル(――マジか。なんつー夢見てんだ。バカなのか私は)

ユミル(夢なんて大抵あやふやで、支離滅裂で、起きた時にはほとんど覚えてないことも多いのに)

ユミル(さっきの夢は、鮮明に覚えてる)

ユミル(エレンが、ホワイトデーのお返しだって言って、私を壁際に追い詰めて、肩に手を置いて、顔を近づけてきて)

ユミル(そのまま……)

ユミル(バカだ。私はバカだ。完璧にバカが見る夢だ。エレンはあんなことしないだろ)

ユミル(なんだってあんな夢を見たんだ。寝る前にエレンのことを考え過ぎたせいか? いやだからって)

ユミル(……で、でも夢は、そ、その直前で終わったよな)

ユミル(だ、だから結局、それは、やらず仕舞いだったわけだが)

ユミル「……ちょっと、残念、かな」

ユミル(い、いやいやっ。残念なわけあるか! 何を血迷ってんだ私は!? 誰にも聞かれてねぇだろうな!?)

ユミル(くぅ、何でこうも立て続けに忘れられそうにないことが起こるんだ)

ユミル(しかも、エレンとのことばっかりだし……)

ユミル「もう眠れそうにない。汗も結構かいてるし」

ユミル「少し早いけど起きるか。朝食までに座学の試験勉強でもしとこう」

朝食時 食堂

ユミル「ふぅ……」

クリスタ「どうしたのユミル? 溜め息なんかついて」

ユミル「いや、何でもない……こともない」

クリスタ「つまり、何かあったってことでしょ? 良ければ言ってみてよ」

ユミル「うー、ただ私がバカだってだけだから、わざわざ相談するほどのことじゃ」

エレン「誰がバカだって?」

ユミル「うわっ、エレン!?」

エレン「何だよその驚きようは。そんなびっくりさせるようなことした覚えはないんだが」

エレン「それより、今日も隣座るぞ?」

ユミル「え」

アルミン「二人ともおはよう。僕はクリスタの前に、いいかな?」

クリスタ「おはよう。好きな所に座って」

ミカサ「私はエレンの前」

エレン「それで、バカって誰だ? ユミルか?」

クリスタ「そうみたい。自分で自分をバカだって。それに朝から元気がなくてぼんやりしてて」

エレン「おいおい、大丈夫かよ。寝不足か?」

ユミル「……寝不足なのは確かだが、それもこれも全部お前が」

エレン「オレ? あ、もしかして昨夜の疲れが溜まってんのか? だったら悪いことしたなぁ」

ユミル「そういうわけでも……いや、ある意味原因はそこにあるとも言えなくはないが」

ミカサ「昨夜何があったの? それにユミルは頬に絆創膏をしている。昨日の夕食まではなかったと思うけれど」

クリスタ「それ私も聞きたかった。昨夜は倉庫の掃除当番だったよね?」

アルミン「あれ、確かエレンも罰ゲームでジャンの代わりに倉庫の掃除をさせられていたはず」

ミカサ「夜の倉庫で何をしていたの?」

ユミル「ミカサ、お前おかしな考えを巡らしてないか? と、特に何があったわけでも」

エレン「オレの担当場所がすごく汚くてな、ユミルに手伝って貰ったんだ」

エレン「頬の絆創膏はその時のもんで、一緒に医務室に行ったんだけど、医師の人が帰っちまうもんだからよ」

エレン「だからオレが代わりにユミルを――むぐっ!?」

ユミル「バカ! それ以上言うな! というか思い出させるな!」

エレン「んぐぐっ! むぐぅ!」

ミカサ「つまり、夜の医務室に二人きり……?」

クリスタ「じゃあユミルが元気なさそうなのって……」

ユミル「やめろ! 気色の悪い妄想を膨らませるな! そんなことがあってたまるか!」

エレン「ん、んんー……」

アルミン「ユミル、分かったからエレンの口から手を離してあげて。このままだと死んでしまう」

ユミル「あ? あ、ああそっか。悪い」

エレン「はぁっ、はぁっ、はぁっ……お前なぁ、何も鼻まで塞ぐことねぇだろ。本当に窒息するかと」

ユミル「いや、その、悪かったって」

エレン「何だって急に……あ、それと医務室ではオレがユミルの手当てをしてやっただけだぞ?」

ミカサ「よく考えてみれば、昨晩のユミルはぎりぎりとはいえ消灯前に寮に戻っている」

ミカサ「夕食後に倉庫の掃除を始めてエレンの手伝いもしていたとすると、時間的に無理が出てしまう」

クリスタ「あ、そっか。ごめんユミル、勘違いでした」

ユミル「二度とそういう妄想はしてくれるな。身が持たん」

エレン「身が持たないって、さっきみたいに慌てなくても普通に否定すりゃいいんじゃ……お?」

エレン「おい、今日のスープ、玉ねぎが入ってるぞ」

ユミル「なに?」

アルミン「あ、本当だ。薄く切られた玉ねぎとトウモロコシのスープだね」

エレン「確かユミルは玉ねぎが苦手だったよな?」

ユミル「にやにやしながら言うな。くそ、恨むぜクリスタ」

クリスタ「あはは、まさか昨日の今日で玉ねぎを使った料理が出るなんて、ついてないね」

エレン「ほら、前に言った通りオレが食べてやるよ」

ユミル「はぁ? いや、いいって。あれ本気だったのか」

エレン「苦手なもの無理矢理食っても美味いわけないんだから、いいじゃねぇか。それとも今からでも克服するか?」

ユミル「う……絶対無理」

エレン「だろ? 遠慮せずにそう言えよ。スープが飲みたいなら玉ねぎだけ食ってやるから」

ユミル「あ、おい」

エレン「んぐんぐ。美味いんだけどなぁ、玉ねぎ。人参の方がよっぽど無理だ」

ユミル「……」

エレン「でも玉ねぎって人参以上の頻度で出てくるだろ。それが苦手ってのも大変だな。んぐんぐ」

ユミル「……」

ミカサ「ユミル、何故エレンを見つめているの?」

ユミル「……はっ」

エレン「何だ? 心配しなくても、スープまでは飲まねぇって言ってるだろ?」

ユミル「そうではなくてだな……というかお前にとって私はスープ一つにがっつくような女なのか?」

エレン「そうじゃねぇけど、だったら何でオレを見てんだよ。まぁいいや、玉ねぎ全部食べてやったぞ」

ユミル「おう……」

エレン「今度はスープとにらめっこか? やっぱり調子悪いんじゃないのか?」

ミカサ「エレン、あなたもユミルに構ってばかりいないで自分の分の食事を進めるべき。せっかくの食事が冷める前に」

エレン「構ってばかりって、仲間の具合が悪そうなんだぞ。心配するのが当たり前だろ」

ミカサ「本当に具合が悪いの?」

ユミル「いやだから、ただ寝不足なだけだって。というか私のことで言い合いを始めるのはやめてくれ」

ミカサ「ユミルはこう言っている」

エレン「分かったって。オレが気にし過ぎた。ほら、さっさと食うぞ」

ミカサ「うん」

アルミン「……それで、これまでの出題傾向から考えると、今日の試験は穴埋め問題が中心になると思うんだ」

クリスタ「やっぱり? 私もそう思ってたの。だからできるだけ頭に詰め込んだんだけど」

アルミン「出題されるのは主要な単語ばかりのはずだし、クリスタは座学得意でしょ? 大丈夫だよ」

クリスタ「アルミンほどじゃないけどね。他に得意って言えるのは馬術くらいしかないから、頑張らないと」

アルミン「僕だって満足にできるのは座学と技巧ぐらいだよ。他はてんでダメだ」

アルミン「あ、それからこれは予想なんだけど、もしかすると皆が見落としがちだと思われるこの部分が……」

ユミル「いつの間にか食べ終わってる二人はこっちに見向きもせず雑談かよ……」

座学 小試験時

ユミル(今回の試験は温いな。予想通り、暗記に頼る穴埋め問題ばかりか)

ユミル(論述形式の問題が一つもないから、もう終わってしまった。試験終了まで残り二十分もある)

ユミル(見直しもやったし、することがない)

ユミル(……エレンは、三列前の席か)

ユミル(あいつはまだ終わってないみたいだ。座学はそれほど得意じゃなかったはずだしな)

ユミル(まあ座学一位のアルミンや、全科目トップクラスのミカサに教えて貰ってるだろうし、大丈夫か?)

ユミル(でも誤字とかの凡ミスはするなよ。ちゃんと見直ししろよ)

小試験終了後

エレン「あ、ユミル」

ユミル「おう」

エレン「小試験、どうだった?」

ユミル「九割ってところかな。これ点やる気ないだろって問題がいくつかあったが、それ以外はできたはずだ」

エレン「九割!? お前、勉強できるんだな」

ユミル「なるほど、つまりお前は私をバカだと思っていたわけだ、うん?」

エレン「い、いやっ、そうじゃなくて、得意か不得意か全く知らなかったから、すごく点が高くて驚いたんだよ」

ユミル「すごく高いって、そんなに難しくなかっただろう。お前はどうなんだ、予想点数はどんなもんだ?」

エレン「うっ……七割ぐらいだと思う」

ユミル「……思った通り、バカなんだな、お前」

エレン「お前が高過ぎるだけだろ。確かに満足いく点数じゃないけど、七割あれば及第点だろうし、バカってほどでも……」

エレン「つーか思った通りってなんだ!」

ユミル「その通りの意味だが? それに及第点つっても多分ぎりぎりだぞ」

ユミル「簡単な暗記問題ばかりの試験でそれじゃあ、記述問題が出てたらさぞ悲惨だったろうな」

エレン「……何も言い返せない」

ユミル「てっきりアルミンやミカサから傾向と対策を教わってるもんだと思っていたが、違ったのか?」

エレン「教わってはいるんだけど、おそらくまだ勉強時間が少ないんだと思う」

エレン「でも座学はなかなか捗らないから、体力づくりや格闘術の訓練に時間を割きがちで」

ユミル「ま、そっち方面の訓練も大事だし、それについては何も言わないが、このままだとそのうち及第点割るかもな」

エレン「やっぱもう少し勉強時間増やすべきだよな」

ユミル「……私と、勉強してみるか?」

エレン「えっ、いいのか?」

ユミル「いつも同じ面子とばかりじゃなくて、たまには違う奴とやってみたら、何か得るものがあるかもしれないだろ」

ユミル「いろいろと、さ」

エレン「確かにそうだな! それにもし何も見つからなくても、ユミルと一緒に勉強できるだけで十分だ!」

ユミル「へ?」

エレン「実はオレの方から誘おうかと思ってたんだが、まさかそっちから言い出してくれるとは思わなかった」

エレン「よろしく頼む、ユミル!」

ユミル「あ、ああ……いやお前、そんなこと思ってたのかよ。私と勉強したいって……」

エレン「あっ……そ、そうか悪い。大声で何言ってるんだろうな、オレ」

ユミル「いや、謝る必要はないんだが……私も嬉しいし……」

エレン「え? それって」

クリスタ「ユミルー、ごめんちょっと来てくれないー?」

ユミル「クリスタ!? こんな時に何の用だ……じ、じゃあ今日! 今日の夕飯後に図書室に来い!」

エレン「お、おう。分かった」

ユミル「試験の自己採点もするから問題用紙と教本忘れるなよ! じゃあな!」

エレン「ああ、また後で……」

エレン(こんなにあっさりと話が決まるなんて、予想外だ)

エレン(もちろん嬉しいけど、ユミルも嬉しいって言ってたよな。それに向こうから誘ってくれたんだし)

エレン(やば、にやつきそうだ)

エレン(ダメだダメだ。次の訓練は立体機動だし、気を抜いてたら命にかかわる。しっかりしないと)

クリスタ「ごめんね、話の邪魔しちゃって」

ユミル「気にするな。もうほとんど終わってたし。それで何の用だ?」

クリスタ「うん、この資料を二人で教官室まで運んでくれって」

ユミル「はあ? 何だって私たちなんだよ」

クリスタ「私が最初に目を付けられちゃって、それでよく一緒にいるユミルが思い浮かんだんだと思う。ごめん」

ユミル「だから気にするなって。お前は何も悪くない。悪いのは女子に荷物運びをさせるオヤジどもだ」

ユミル「まあ文句言ってても仕方ないし、さっさと運ぼうぜ……よっと」

クリスタ「そうだね……んしょっ」

クリスタ「それでユミル。さっきエレンと何話してたの?」

ユミル「試験の話だよ。どうやらあいつは七割くらいしか取れなくて、及第点すれすれだろうなって」

クリスタ「確かに七割はぎりぎりかも。ユミルはどうだった?」

ユミル「九割前後だ。一部を除いてほぼ予想通りだったからな。お前は?」

クリスタ「私はもう少し取れたと思う。アルミンがもしかしたら出題されるかもって言ってた、いじわるな問題がそのまま出ちゃったから」

ユミル「あいつ、そこまで見抜くか。さすがだな」

クリスタ「座学トップだしね……それとユミル」

クリスタ「エレンと話してたのは試験のことだけ? ほんの少し嬉しそうな顔してるよ?」

ユミル「なっ」

クリスタ「それともエレンと話しただけで嬉しくなっちゃったとか?」

ユミル「ち、違う。ただその、今日の夜、一緒に勉強するだけだ」

クリスタ「本当に!? そこまで進んでたの!?」

ユミル「進んでるってなんだ! あいつが座学苦手だって言うから、ちょっと手を貸してやるだけで」

クリスタ「ふーん、そうなんだぁ」

ユミル「全く信じてないな、お前」

クリスタ「さあどうかな……あ、着いた」

クリスタ「失礼しま――」

ユミル「待て。中から話し声が聞こえる」

クリスタ「え?」

教官1「――いやあ、もう少しでホワイトデーですね」

教官2「そうだな。その当日と前日は連休になるよう日程を組んだし、訓練兵への良い刺激になるだろう」

教官1「そんなこと言って、刺激が欲しいのは私たちの方では?」

教官2「ふ、訓練兵だけでなく、教官である我々にも息抜きは必要だよ」

教官2「……いや、実を言うと妻からチョコレートのお返しをせがまれていてな。無視できそうにないんだ、これが」

教官1「ははは、それが本当の理由ですか」

ユミル「……」

クリスタ「……」

ユミル「……何も聞かなかったことにしよう」

クリスタ「……うん。知らないふりしてさっさと中に入ろうか」

ユミル「本当に大丈夫なんだろうな、ここ」

夕食後 図書室

ユミル「よし、自己採点終了。92点か、こんなもんだろうな」

ユミル「エレン、お前は?」

エレン「……67点」

ユミル「七割届いてないじゃねぇか。それだと及第点危うくないか。最悪補習だな」

エレン「くっそぉ、まさか誤字が二つもあるなんて。これがなけりゃ七割いったんだが」

ユミル「はあ? 誤字二つだあ? ちゃんと見直したのかよ」

エレン「したって! それも三回も」

ユミル「回数重ねても、正しく書けてる前提でやるからそうなるんだ」

ユミル「とにかく誤字みたいな凡ミスは、他人にはどうにもしてやれない。まずはそれ潰す努力をしろ」

エレン「面目ないです……」

ユミル「ふん。それで、誤字以外で間違ったところはどこだ?」

エレン「ええっと、ここと、ここと……ああ、この辺はほとんど勉強してなかったところだ。案の定ほぼ全滅」

ユミル「んー、まあ勉強時間が短いと言っていたし、山を張らざるを得ない部分はあるだろうが、やり方が悪い」

エレン「やり方?」

ユミル「お前のやり方だと、例えばAの範囲とBの範囲を、10対0の割合で勉強していることになる」

ユミル「それだとAの範囲の余計な単語を覚えてしまうし、逆にBの範囲の重要な単語は全部落としてしまう」

ユミル「だから今回みたいな単語の穴埋め試験の場合、山を張るなら範囲ごとじゃなく、単語の重要度に合わせろ」

ユミル「問題のほとんどが主要な単語で占められているのは分かるだろ?」

ユミル「試験範囲を全部通して、重要だと思えるものを抜き出して、それだけを頭に詰め込む方が効率がいい」

ユミル「まあその抜き出しにもある程度の知識は必要だが、そこらは分かる奴に聞け」

ユミル「次の試験は、今言ったやり方を試してみたらどうだ? それでも勉強時間を増やすのは避けられないだろうが」

エレン「……」

ユミル「どうした?」

エレン「……いや、ちょっと感動してる。すごいんだな、ユミルって」

ユミル「この程度で感動とか軽すぎるだろ」

エレン「いや、本当だって。どう悪かったのか分かりやすかったし、代わりのやり方まで教えてくれて」

ユミル「褒められて悪い気はしないが、今までアルミンやミカサは何も指摘しなかったのか?」

エレン「えーと、一緒に勉強する時は、大抵オレが分からないところを聞いて、それに答えて貰うくらいで」

エレン「あいつら自分一人だけでも十分できるしな、互いに教え合う機会は少なかったんだ」

エレン「それにオレが座学苦手とはいえ、成績は少しずつ伸びてたから、あまり気にしなかったのかも」

ユミル「んで、今回ついに限界を迎えたわけだ。なら二人には勉強法についても見て貰うようにしとけ」

エレン「そうしておく。でも次はユミルが教えてくれた方法でやってみる。ありがとな」

ユミル「……ああ」

エレン「――ええっと、この部分はどうなってるんだっけ。確か教本には……」

ユミル「立体機動のとこじゃねぇか。お前立体機動の成績上位だろ。何で分からないんだ」

エレン「いや、それは」

ユミル「感覚でやってるのか。それも才能と言えるだろうが、その仕組みまで理解しないとミカサやジャンには勝てないぞ」

エレン「分かってるって。だから今必死で覚えようとだな」

ユミル「……あ、立体機動と言えば入団直後の適性検査を思い出すな」

エレン「ぬぐっ。ま、まさか」

ユミル「あれだけ大口叩いてた奴が、初歩の姿勢制御さえ満足にできず醜態さらしたなんて、あの時は大いにバカにさせてもらったもんだが」

エレン「やっぱりそのことか。いい加減忘れろよ、からかってくれるな」

エレン「それにあれは整備項目にもなかった金具の破損が原因なんだから、誰だってああなったはずだ」

ユミル「ああそうだな……本当に、金具の破損でよかったよ」

エレン「え?」

ユミル「もしあの装備に何の欠陥もなくて、あれがお前の素の実力で、そのまま開拓地に戻されていたとしたら」

ユミル「もうそうだったなら、今こうして、お前と一緒に勉強することもできなかった」

エレン「そう、だな」

ユミル「……気付いてるか? 今この図書室には、私とお前の二人しかいないことに」

エレン「……そういえば」

ユミル「少し前に最後の一人が出て行った。もう消灯が近いし、今から来る奴もいないだろうな」

エレン「何が、言いたいんだ?」

ユミル「この状況を、お前はどう思っている? 他に誰もいない密室で私と二人きり、何を感じている?」

ユミル「私は――すごく、ドキドキしてる」

エレン「……」

ユミル「昨日の医務室でだって、そうだ。今に負けないくらいドキドキしてた」

ユミル「そのせいでなかなか寝付けなくて、ようやく眠ったと思ったら、おかしな夢を見てしまうし」

エレン「もしかして、今朝お前の様子が変だったのは」

ユミル「ああそうだ。分かってくれたか? 私がどれだけ意識していたか」

ユミル「だからお前も教えて欲しい」

ユミル「エレンは、この状況をどう思っている?」

エレン「お、オレは……」

ユミル「うん」

エレン「オレは……いや、オレも……」

ユミル「うん」

エレン「えっと、その、オレも――」

アルミン「あれ? エレンにユミル、二人で勉強かい?」

消灯後 女子寮

ユミル(くそ、結局聞けなかった。もう少しで答えてくれそうだったのに)

ユミル(アルミンめ、借りてた本を返しに来ただと? なんて間の悪い奴だ)

ユミル(でも、さっきの雰囲気自体は悪くなかった)

ユミル(すごく緊張したけど、自分の気持ちを正直に伝えられたし、それに対するエレンの反応も……)

ユミル(オレも……のあと、何て言おうとしたんだろう?)

ユミル(オレも、ドキドキしてる、か? もしそうなら、嬉しい)

ユミル(私の気持ちが一方通行のものじゃなく、あいつも私との時間を特別に感じてくれているってことだから)

ユミル(あそこまで互いの気持ちが接近したのは、バレンタインデー以来だ)

ユミル(それだけに最後まで聞けなかったことが悔やまれる。あんな良い感じになれる機会なんてそうないのに)

ユミル(いやいや、ここまできて諦められるか。機会がないなら作ればいい)

ユミル(そして今度こそ、エレンの気持ちを聞こう)

教官3「では最後に先日行った小試験を返却する。名前を呼ばれた者は取りに来るように」

エレン(もう返却か。補習は勘弁してくれよ)

教官3「今回の試験の及第点は68点だ。分かっているとは思うがそれ未満の者は補習の対象となる」

エレン(なにぃ、68点だと!? 1点足りねぇ!)

教官3「なお、その補習は特別に……」

キース「私が担当することになった」

エレン(げっ! キース教官!)

キース「補習は次の連休の二日目に行う。本来ならば休日だが、この程度の試験で及第点に達しない者に連休など必要ない」

エレン(つまりホワイトデーじゃねぇか。まさか丸一日補習で潰れるのか!?)

キース「……が、その日世間では何やら行事があるようだな。年頃の貴様らも興味があるだろう」

エレン(お?)

キース「よって、特別に補習は昼食後から夕食前までの半日程度で許してやる」

キース「その分この私が付きっ切りでしごいてやるから、覚悟しておけ! 以上!」

エレン(な、何とか助かった。それなら昼までか、もしくは夕食後に時間が取れる)

エレン(でもキース教官が担当か……悪夢のような半日になりそうだ)

夕食後

アルミン「エレンの点数は67点か……惜しかったね」

エレン「ああ、自己採点の時点でやばいかもと思っていたが、まさか1点差とは」

ミカサ「今回の試験は比較的簡単だったから、及第点も上がったのだと思う」

エレン「その簡単な試験、お前らは何点だったんだ?」

ミカサ「97点」

アルミン「えーと、100点」

エレン「100!? マジかよ、満点なんてありえるのか」

アルミン「僕も初めてだよ。毎回必ず一つや二つはある、いじわるな問題の予想がたまたま当たっちゃって」

ミカサ「たまたまではなく、それがアルミンの実力。予想を的中させつつ他の問題を一つも落とさないなんて、そうできることではない」

アルミン「あはは、褒め過ぎだよ」

エレン「うぅー、半日とはいえ、キース教官と補習か……」

ミカサ「自業自得。補習が嫌ならもっと勉強しなさい」

エレン「分かってるって。だからこれからは勉強時間を増やそうと思ってだな」

アルミン「そうだよ。数日前にユミルと二人で勉強していたし、エレンだってちゃんと考えて」

エレン「ちょっ、アルミン」

ミカサ「それは初耳。何故ユミルとなの? 勉強なら私やアルミンが教えてあげる」

エレン「誰と勉強したっていいだろ。それにあいつ結構頭いいし、説明も分かりやすかったぞ」

ミカサ「そう、ならこれからは四人一緒にしよう。その方が捗るはず」

エレン「お、おう。そりゃそうかもしれんが」

アルミン「じゃあさ、クリスタも呼んでいいかな。彼女も勉強できるし、何よりユミルといつも一緒にいるから」

ミカサ「なら五人で。エレン、構わない?」

エレン「分かった分かった。もう好きにしてくれ」

ミカサ「どこに行くの?」

エレン「外だ。ちょっと腹ごなしついでに風に当ってくる」

ミカサ「……分かった」

エレン(ふう。走ってると、夜風がいい感じだ)

エレン(……ミカサの奴、やっぱり気にしてるみたいだな。オレとユミルが一緒にいることを)

エレン(それは前から分かってたんだから、勉強のことは予め言っておくか、アルミンに口止めしとくべきだったか?)

エレン(でもそこまでする必要ないだろ。オレがユミルと一緒にいたいことは事実だし、変に気を遣う方がおかしい)

エレン(……だったら、そのことを正直に言った方がいいのかな)

エレン(と、適当に走ってたら井戸の近くまで来ちまった)

エレン(ん? 井戸の傍に人が。誰だ?)

エレン(……ユミル)

今日はここまで

>>111>>112の間が抜けていました

数日後

エレン(図書室での勉強から数日経ったけど、結局あの時の答えを言えてない)

エレン(一緒に飯食べたり話したりはしてるけど、二人きりになる機会がなくて)

エレン(周りに人がいる時に言うことでもないし、だからってそのためだけにわざわざ呼び出すのも、なんだかな)

エレン(でもユミルも中途半端になってるのを気にしてる感じだ)

エレン(せっかくユミルが気持ちを伝えてくれたんだ。オレもちゃんと応えないと、とは思っているんだけど)

間にこれが入ります
申し訳ありません

エレン「ようユミル。水汲みの当番か?」

ユミル「……エレン。その通りだ、見りゃわかるだろ?」

エレン「一人か? 水汲みってだいたい数人が割り当てられてた気がするんだが」

ユミル「もう一人の当番は体調崩して医務室だとさ。おかげで普段より労力二倍増しだ」

エレン「ならそいつの代わりにオレが手伝うよ。最近ユミルには世話になってること多いし、そのお返しってことで」

ユミル「……ん。頼むわ」

エレン「ああ」

ユミル「試験、残念だったな」

エレン「ああ、1点差だったし、やっぱり二つの誤字が痛かった」

ユミル「だがあのハゲ教官にしては珍しく温情ある措置だったじゃないか。半日で済むんだから」

エレン「その分密度がすごそうだけど。あの圧力の中の補習とか、逆に頭に入らねぇよ」

ユミル「はは、隣に立たれて睨まれでもしたら、覚えた単語全部吹っ飛ぶかもな」

エレン「補習の意味ないじゃねぇか。本来ならあの人座学の担当じゃないだろ。何だってわざわざ」

ユミル「もしかしたら、ホワイトデーだからかもな」

エレン「え?」

ユミル「本当はなかったことにしておきたかったんだが、特別に教えてやる」

ユミル「少し前に教官室に行こうと思ったら、中で教官たちがホワイトデーのことで話しているのが聞こえてな」

ユミル「聞き耳立てると、どうやら教官殿もホワイトデーに興味津々のご様子で、そのためにわざと連休にしたらしい」

エレン「……マジか。予想が当たっちまった」

ユミル「予想? まあ私もそれ聞いた時は、大丈夫かこいつらと思ったが。そんなわけで座学を担当している教官もホワイトデーを楽しみたいんだろう」

ユミル「だからその代わりとして、キース教官が補習を担当するんじゃないか」

エレン「ちぇ、だったら補習を別の日にすればいいじゃねぇか」

ユミル「ま、せいぜい頑張りな」

エレン「次は絶対に補習回避してやる。ユミルに教わった勉強法でな」

ユミル「そうか……」

ユミル「……」

エレン「……」

ユミル「……実はさ」

エレン「ん?」

ユミル「実は、サシャにやらせようと思っていた。体調管理もできないバカの代わりの水汲みは」

エレン「何でサシャ?」

ユミル「私とクリスタはあいつの命の恩人だからな。たまにこき使ってやってたんだよ」

エレン「お前らそんなことしてたのか。それに命の恩人って何だ」

ユミル「本当だぞ? でもクリスタは初めからやらせたがらなかったし、私ももう当番を押し付けるなんてしてないが」

エレン「それが普通だけどな。どういう心境の変化だ?」

ユミル「ここ最近、サシャがコニーと仲良くしてるのは知ってるか?」

エレン「そうらしいな。ちょっと前にライナーが言ってた。バレンタインで距離が縮まったんだろうって」

エレン「あ、コニーはサシャからチョコ貰ったらしいんだよ」

ユミル「知ってる。サシャから聞いたんだが、コニーのバカはバレンタインの意味を知らなくてな。私とクリスタが教えてやった」

エレン「あいつバレンタインも知らなかったのか。ホワイトデーもアルミンに教えて貰ってたし、何なら知ってるんだ」

エレン「で、コニーとサシャが仲良いことがどう繋がるんだ?」

ユミル「……邪魔したくなかった」

ユミル「コニーと良い感じにやってるところ見ると、そこに水を差すのはなんだか気が引けてな」

ユミル「今までだったらそんなこともお構いなしだっただろうが、バレンタインがきっかけで仲良くなったのを知ってるから」

ユミル「私も、バレンタインで仲良くしたいって思える相手ができたから」

エレン「――ユミル!」

ユミル「うわっ」

エレン「お前にばかり話させて悪い。オレもお前に伝えたいことがある」

ユミル「……それは?」

エレン「ああ、図書室での――」

ミカサ「こんな所にいたの、エレン」

エレン「ミカサ!?」

ユミル「……」

ミカサ「なかなか戻ってこないから心配した。何をしているかと思えば、またユミルと一緒?」

エレン「水汲みの手伝いでな。それがどうかしたか?」

ミカサ「……特に何も」

エレン「本当か? だったら何で毎回ユミルとのことを気にするんだよ。何か言いたいんじゃないのか?」

ミカサ「何もないと言っている。それにあなただって、私に何も言おうとしない」

エレン「それは……」

ユミル「おい、やめろお前ら」

ミカサ「あなたは黙っていて。私はエレンからの言葉を聞きたいのだから」

ユミル「そうはいくか。私が原因なんだろ、お前らの喧嘩が始まったのは」

エレン「いや、別に喧嘩ってほどじゃ」

ユミル「ミカサ、お前は私とエレンが一緒にいるのが気になって仕方がない。違うか?」

ミカサ「……」

ユミル「だいたい察しはつくが……確かに少し距離を詰め過ぎたかもな、私たち」

エレン「ユミル?」

ユミル「エレン、水汲みの手伝いはもういい。ミカサと寮に戻れ」

エレン「はあ? 何でそうなる?」

ユミル「ミカサの相手もしてやれってことだ。寂しがってるんじゃないのか、あいつ」

エレン「うっ」

ユミル「幼馴染ならそれくらい分かってるだろ? 私に構う前にまずミカサを何とかしてやれ」

エレン「いや、けどオレはお前に」

ユミル「ほら行った行った」

エレン「お、おい、押すなって……分かったよ。行くぞ、ミカサ」

ミカサ「……うん。ごめんなさい、ユミル」

ユミル「はいはい、ちゃんと仲直りしとけよ」

エレン「だから喧嘩じゃないんだが。それじゃあまたな」

ユミル「ああ、お休み」

消灯後 男子寮

エレン(あーくそ、ミカサの奴、肝心なところで邪魔しやがって)

エレン(数日ぶりに二人になれて、ようやく答えを伝えられそうだったのに)

エレン(……けど、オレも悪いといえば悪いんだよな)

エレン(オレが思ってることをちゃんとミカサに言わなかったせいで、ユミルに気を遣わせてしまった)

エレン(そのおかげでミカサの機嫌は少し良くなったように見えるけど、根本的な解決にはなってない)

エレン(これからもユミルと接する度にミカサが気にするようじゃ、何も変わらない)

エレン(結局のところ、オレがユミルをどう思っているのか、どういう関係でいたいのかをはっきりさせないといけないわけだ)

エレン(そして、ミカサにそれを正直に伝える必要がある。もちろんミカサへの思いも一緒に)

エレン(ユミルと二人きりでいてどう感じるか……その答えはもう決まっている)

エレン(けど、何故そう感じるのか、つまりオレがユミルに対してどういう感情を持っているのかは、まだ)

エレン(これが分からないことには一歩も前に進めない)

エレン(ホワイトデーまでにって思ってたけど、こんな調子じゃ分からないまま当日を迎えてしまいそうだ)

エレン(ユミル……)

女子寮

ユミル(あー、やっぱり一人で水汲みするのは骨が折れる)

ユミル(にしても、まさかあの状況でミカサが乱入してくるとは。もう少し遅ければ答えを聞けたんだがな)

ユミル(まあ前にも何度か私とエレンの関係を気にしていたし、いずれはこうなったのかもしれん)

ユミル(ミカサに関してはエレン、もしくはアルミンの言葉しか聞きそうにないし、私がどうにかできる問題でもなさそうなんだよな)

ユミル(当事者の一人だってのに蚊帳の外に置かれてしまっているが、それもやむなしか)

ユミル(あのままエレンとの距離を近づけ続けると、余計にあいつらの関係がこじれそうだし)

ユミル(仕方ない。ホワイトデーまであと数日しかないが、少しエレンと距離を置こう)

ユミル(残念だな。せっかく良い感じになってきたと思ったのに)

ユミル(さっきや図書室での反応からすると、ただの同期という認識は薄いはず。その程度なら、わざわざ向こうから言おうとしない)

ユミル(それどころか予想以上の答えすら期待できたし、そうであって欲しいと願ってしまう)

ユミル(……どうして、そう思うのだろうな)

ユミル(どうして、同期や仲間以上の関係を望んでしまうのか)

ユミル(どうして、距離を置こうと決めただけで残念に感じるのか)

ユミル(どうして、二人きりになるとドキドキしてしまうのか)

ユミル(どうして、あいつの気持ちを知りたいと思うのか)

ユミル(それは、私が――)

ユミル(――どうしようもなく、エレンを欲しているから)

ユミル(……ようやく分かった。私の気持ち。私の思い。そして、エレンとどうなりたいのか)

ユミル(これまではっきりしなかったのは、それがどういうものか知らなかったからだ)

ユミル(けれど、胸に灯るこの感情こそがそれなのだと、今なら分かる)

ユミル(熱くて、優しくて、でもほんの少し、切ない)

ユミル(これが――恋)

ユミル(こんな気持ちを知ることになるなんて思いもしなかったけど、知れてよかった)

ユミル(お前のおかげだ、エレン)

ユミル(エレン……)

今日はここまで

ホワイトデー前日 朝食後

アルミン「ごちそうさま」

エレン「今日もいつも通り質素な飯だったな」

アルミン「もう慣れちゃったけどね。じゃあエレン、さっそく行こうか」

エレン「だな」

ミカサ「二人とも、どこへ?」

エレン「街だ。ちょっと用事があってさ、前から決めてたんだ」

ミカサ「……そう、行ってらっしゃい。気をつけて」

エレン「ああ、行ってくる」

エレン(……あの日以来、ユミルとはほとんど会ってない)

エレン(翌日に呼び出されて、ちゃんとミカサとの関係を解決してこいと言われて)

エレン(オレの気持ちを伝えるのはその後でいいから、と)

エレン(それきり飯を一緒にすることもなくなったし、二人きりになるなんてもちろんない)

エレン(むしろ避けられてる感じだし、そうなるとこっちからも声かけ辛いんだよな)

エレン(これが結構こたえる。数日間あいつと話さなかっただけなのに)

エレン(……ミカサへの気持ちはもうほとんど決まっている。後は明日正直に言うだけ)

エレン(けど、ユミルへの気持ちは……)

エレン(もうホワイトデーは明日だってのに……まずいよな)

クリスタ「アルミンとエレン、行ったね」

ユミル「ああ」

クリスタ「きっとホワイトデーのお返しを買いに行くんだよ。他の男子もどんどん出ていくし」

ユミル「ああ」

クリスタ「これでもう私たちができることはないよね。後はただ貰えることを期待するだけ」

ユミル「ああ」

クリスタ「もう、話聞いてないでしょ。適当な返事ばっかり」

ユミル「聞いてるよ。ただ今日は暇だなと思ってただけだ」

クリスタ「本当に? 最近のユミル、元気ないように見えるんだけど」

ユミル「そうか? そんなつもりは」

クリスタ「エレンと何かあったんじゃない? ちょっと前からエレンのこと避けてるでしょ」

ユミル「……分かるか?」

クリスタ「分かるよ。ご飯も一緒に食べなくなったし、エレンの話題も出さなくなった」

クリスタ「ホワイトデーまでにもっと仲良くなろうって言ってて、結構いい感じになってると思ってたんだけど」

クリスタ「もしかして、エレンと喧嘩したの?」

ユミル「いや、それは違う。私とあいつの間には何もないんだが、別のところで問題というか解決しないといけないことができてな」

ユミル「私が口を出すことでもないから、しばらくは距離を置くことにしたんだ」

クリスタ「そうなの? なら私は何も言えないけど……でも、なんだか寂しそうだよ」

ユミル「……まさか、ちょっと接する機会が減ったくらいでクリスタに心配されるとは思わなかった」

クリスタ「ねぇ、やっぱりユミルってエレンのこと……」

ユミル「ああ、そういうことらしい」

クリスタ「ほ、本当に!?」

ユミル「バカっ、声がでかい! まだ周りに人いるんだぞ!」

クリスタ「ご、ごめん。でもユミルがあっさり認めるから」

ユミル「本当だよ。クリスタにならいずれ見抜かれるだろうし、隠しておくことでもない」

クリスタ「そうなんだ。自分の気持ちに気付けたんだね」

ユミル「ああ」

クリスタ「だったら余計寂しいんじゃない? エレンと一緒にいられないなんて」

ユミル「まあな。けど、おそらくそれももう少しの辛抱だ」

ユミル「あいつなら、しっかり解決して向き合ってくれるんじゃないかと、そう思うから」

クリスタ「そっか……よしっ、じゃあ今から遊ぼう!」

ユミル「は? 何でそうなる?」

クリスタ「ユミルが寂そうだから。久しぶりの休みなんだし、他の子も連れてカードでもしようよ」

クリスタ「何もしてないとエレンのことばかり考えちゃうでしょ。それにたまには女同士の友情も深めないと」

ユミル「……そうだな。悪い、気を遣わせた」

クリスタ「気にしないで。あっ、サシャー! 今からみんなでカードゲームしようと思うんだけど、サシャも来ないー?」

サシャ「え? 私はこれから街に出て買い食いでもしようかと」

クリスタ「優勝したら今日の晩ご飯総取りできるから!」

サシャ「本当ですか!? 行きます行きます。必ず優勝してみせます」

ユミル「は、ボコボコにしてやる」

クリスタ「えーと、他に暇そうにしてる人は……」



エレン「おおーっ、すっげぇ。めちゃくちゃ賑わってるな」

アルミン「ホワイトデー前日だしね。お祭りみたいになってるのかも」

エレン「店いくつ出てんだよ。多すぎて逆に選べないぞ、これ」

アルミン「焦る必要はないよ。一つずつ順番に見ていこう」

エレン「ならあそこから……なになに、クッキー、キャンディ、マシュマロにケーキまで」

アルミン「どれも美味しそうだね。お返しより自分で食べたくなってしまいそうだ」

エレン「試しに買ってみるのは味見も兼ねてありだと思うぞ。財布事情的に何個も買う余裕はないけど」

アルミン「エレンはお返し四つだし、試しといっても慎重にいかないとね」

エレン「だな。まあ最初はいろんな店を回ろうぜ。良さそうなのは覚えておいて後でまた来よう」

アルミン「うん。じゃあ次はあっちに……」

エレン「うおっ、何だこのバカでかいケーキ。誰が買うんだよ」

アルミン「パーティ用だと思う。さすがに個人へのお返しに買う人はいないでしょ」

エレン「こっちのクッキーは小さいくせに高ぇな、おい」

アルミン「量より質、なんじゃないかな。大きさが全てというわけじゃないし」

エレン「この店は……財布に鞄、他にも指輪とかの装飾品。ここだけおかしくないか?」

アルミン「高級品だ。とてもじゃないけど僕たちのような訓練兵に手を出せる値段じゃない」

エレン「訓練兵じゃなくてもきついと思うが。こういうの売るなら内地だろ」

アルミン「そうかもね。あ、こっちには花が売ってある。装飾品よりは格段に値段は落ちるけど、菓子類とはまた違った風情が出せるんだろう」

エレン「ふうん、選択肢が多いとは言ってたけど、本当にいろいろだな」

アルミン「うん、そろそろ次行こうか」

エレン「……ふう、結構見たな」

アルミン「少し休憩しようか。あ、ちょうどいい所に休憩用のベンチがある」

エレン「ここも人がたくさん……お、あそこ座れそうだ。よっと」

アルミン「疲れたね」

エレン「ああ、けど店をただ見て回るだけでも結構楽しかったな」

アルミン「うん。それでエレン、いろんな店を見たけど目ぼしいものはあった?」

エレン「正直言うと思ってた以上に難しいな。バカでかいのとかバカ高いのとかは無理だし、装飾品なんて論外」

エレン「そうなるとやっぱり定番の菓子類に落ち着くんだろうけど、なんか全部同じに見えちまう」

アルミン「確かにそれはあるかも。数は多くても実際にはそこまで大差ないのかもしれないね」

エレン「あ、それと思ったんだが、お返しってのは全部同じものでいいのか?」

アルミン「え?」

エレン「オレは四人にお返しするわけだけど、クッキーならクッキーで全員に同じ店の同じものを渡すべきなのかな?」

エレン「でもそれだと適当になってる気もするし、全員に違うものを渡すのがいいのか?」

アルミン「うーん、もしエレンが貰ったチョコが全部義理なら、同程度の価格のものでもいいと思う。同じ店の同じものとまでは言わないけど」

アルミン「義理チョコを渡した女の子はお返しの内容をそこまで気にしないだろうし、貰えるだけで嬉しいんじゃないかな」

アルミン「でも逆に本命だったり好意が強かった場合、適当に選んだお返しだと相手の子はがっかりするかもしれない」

アルミン「そういうのって、案外贈り物から伝わると思うから」

エレン「いやちょっと待てよ。どれが義理でどれが本命かなんて分からないぞ」

アルミン「あ、そっか。エレンだもんね」

エレン「バカにしてるだろ。分からないのは事実だけど」

アルミン「本当に分からない? 本命はそれを隠す場合もあるだろうけど、義理は義理って分かるものがいくつかあるんじゃない?」

エレン「えぇ? えーと……あ、ミーナはどう考えても義理だろ。マルコと付き合ってるし」

アルミン「そうだね。だからミーナへのお返しはそこまで悩む必要はないよ。ちゃんと感謝の気持ちを伝えられれば」

エレン「そっか。次は……アニも義理だろ。ただの差し入れって言ってたし。通りすがりに気を利かせてくれたんだろうな」

アルミン「……ただの通りすがりに三個しかないチョコをあげるとは思えないけど」

エレン「うん? どうした?」

アルミン「ライナーとベルトルトにもあげたんだから、普通なら適当な人に渡して自分が食べる機会をなくすとも思えないし。怪しいなぁ」

エレン「おい何ぶつぶつ言ってんだ? 何かおかしな所あったか?」

アルミン「ああいや、エレンがそう思うんならそうなんじゃない?」

エレン「何だそれ。まあいいや。んでミカサだけど……あれは義理とか本命とかじゃなくて、いつも一緒にいることへの感謝つーか、そんな感じだろ」

エレン「オレも同じ気持ちだし、やっぱりただの義理へのお返しとは違ったものにしないとな」

アルミン「うん、ミカサも僕たちのためにチョコの包装を自作してくれたんだし、それがいいと思う」

アルミン「……ミカサのエレンへの気持ちがそれだけかと言われたら、これまた怪しいところではあるけど」

エレン「またかアルミン」

アルミン「気にしないで。さあ次へどうぞ」

エレン「最後は、ユミルだけど……」

エレン(あれもその、ただ女として見て欲しいっていう思いの表れで、好意があるとかじゃなかったはず)

エレン(でもどうなんだろう? 最近は距離置かれてるけど、その前は当番を手伝ってくれたり、勉強教えてくれたり)

エレン(仲良くしたいと思ってくれていて、そして……二人でいるとドキドキするって言ってくれた)

エレン(……)

アルミン「エレン? ユミルはどうなの?」

エレン「分からん」

アルミン「え?」

エレン「あいつから貰ったチョコは義理じゃなくて、かといって本命なわけでもなくて……」

アルミン「つまりユミルがどういう気持ちでくれたか分からないんだね。確かにエレンじゃなくても他人の気持ちを正確に測るのは難しい」

アルミン「だったら今度は相手じゃなく自分の気持ちで決めてみるのはどう?」

エレン「自分の?」

アルミン「ミカサの時と同じだよ。ただの義理とは違ったお返しをしようと思ったのは、他の人よりミカサに特別な思いを持っているからだろう?」

アルミン「ユミルに対してエレンがどういう思いを持っているのか、それに合わせてお返しの内容を決めてもいいんじゃないかな」

エレン「ユミルに対する思い……」

エレン(結局それか……)

アルミン「たとえ義理チョコを貰ったとしても、その人のことを特別に思っているならお返しも自然と特別なものになるはずだ」

アルミン「極端な例を挙げればホワイトデーに告白する男性も少なくないだろうし、その時のお返しが適当な内容であるはずがないからね」

エレン(告白……)

アルミン「難しく考える必要はないよ。要はユミルに対する好意の度合いだ」

アルミン「君がどれだけユミルを想っているか、そういう話だよ」

エレン(オレがどれだけユミルを想っているか……何度も繰り返したことだが、もう一度考えてみよう)

エレン(一緒にいて接する機会の多かった数日間はすごく充実していたし、楽しかった)

エレン(逆に距離を置かれてその時間が減った今は、なんだか物足りなく感じてしまっている)

エレン(バレンタインで抱き合ったことを思い出す度に体が熱くなって、時々見せる女らしい一面は驚くほど魅力的で)

エレン(まだ伝えられてないけれど、あいつと二人きりでいると……)

エレン(それに今、ホワイトデーのお返しを他の誰よりも喜んでくれたらいいと、そう感じている)

エレン(つまり、ユミルの気持ちを引き寄せたいと、そう思っているんだ)

エレン(……それから、告白という言葉を聞いて一瞬どきりとした。この場合の告白が何を意味するかというと……オレでも分かる)

エレン(そう、オレでも分かるんだ。だったら何でどきりとしたかだって分かるだろ。自分の気持ちなんだから)

エレン(この緊張が、この熱が、この気持ちが、どう表現されるべきものなのか)

エレン(それは――)

アルミン「エレン?」

エレン「――やっと気付いたよ。オレがユミルのことをどう思っているのか」

エレン「お前の助言のおかげだな。ありがとう、アルミン」

アルミン「え、そう? 僕はごく普通の一般論しか言ったつもりはないんだけど」

エレン「そんなことないぞ。確かに簡単なことだったのかもしれないけど、それに気付けたのはその一般論のおかげだから」

アルミン「ふうん? でも力になれたのなら良かったよ。今のエレン、とてもさっぱりした顔してる」

エレン「そうか? まあ、そうかもな。よし、休憩終わりだ。次の店に行こうぜ」

アルミン「その前にご飯にしようよ。もうお昼だし」

エレン「お、それもそうだな。じゃあどっかの軽食屋にでも入って……」

夕食時 食堂

サシャ「ふふふふふ。さあ、二位以下の負け犬の皆さんはおかずを一品差し出して下さい」

ユミル「くっそぉ、こいつの飯に対する執着心を舐めていた」

クリスタ「そういえばバレンタインの時も、チョコを一番に買うために朝四時から待機してたんだっけ」

アニ「無理矢理付き合わされた挙句、夕食取られるってどういうこと?」

サシャ「さあさあ! 文句言ってないで早く! アニも夕食を賭けることを了解した上で参加したはずですよね」

サシャ「もともと総取りだったのを一品にしてあげたんです。むしろ私の寛大さに感謝するべきでは?」

ユミル「分かりやすく調子乗ってるな、こいつ」

アニ「次の機会があれば、覚悟しておきなよ」

クリスタ「もしかしてアニって負けず嫌い?」

ミーナ「あれー? せっかくの夕食だっていうのにサシャ以外楽しくなさそうね」

クリスタ「ミーナ」

ユミル「今帰りか? 今日は一日中いなかったようだが」

アニ「どうせマルコとでしょ」

ミーナ「ご名答。二人で休日を目一杯満喫してきました。ふふん」

ユミル「お前の惚気話はこの一月で聞き飽きた」

ミーナ「おやおやぁ? 羨ましいですかなユミルさん?」

ユミル「うぜぇ」

サシャ「そういえば今日はホワイトデー前日なわけですが、街はどんな感じでした?」

ミーナ「それはもうすごかったよ! ほとんどお祭りみたいなものね、あれは」

クリスタ「へぇ……それだったら私たちが行っても楽しめたかも?」

ミーナ「男性の方が多かったけど、女性もそれなりにいたよ。なんたって美味しそうなお菓子がたっくさん並んでるんだから!」

サシャ「やっぱり行けばよかったかも……まあ今日は皆さんからいただいた夕食で十分ですが」

ミーナ「ホワイトデーは明日だけど、マルコがいくつか買ってくれて、あーんってしてくれて」

アニ「だから惚気はいいって」

ミーナ「ちぇ。そうだ、男子の訓練兵も何人か見かけたよ。コニーとジャンはそれぞれ一人で、ライナーとベルトルトは二人でだったかな」

サシャ「コニーもいましたか! これは期待できますね!」

アニ「あんたはコニーにチョコあげたの?」

サシャ「はい。バレンタイン以来仲良くしてますし、貰えるといいんですが。ところでアニは誰にチョコを?」

アニ「……言わない」

サシャ「えー、それはずるいですよ。言わないなら代わりにおかずをもう一品です」

アニ「どうしてそうなる。寛大な心はどこへ行ったわけ? それにあんたが勝手に言ったんだからずるくない」

ユミル「……私たち知ってるけどな」

クリスタ「うん」

ミーナ「あとはそうね、エレンとアルミンも二人で店を回ってたんだけど、ちょっとびっくりしたことが一つ」

クリスタ「びっくりしたこと?」

ミーナ「お返しの数見せて貰ったら、エレンが四つも買ってたの。結構多くない? 意外ともてるのかな、エレンって」

ミーナ「一つは考えるまでもなくミカサだし、実は私も義理で渡してるんだけど。他の二人って誰だろう?」

アニ「……」

ユミル「……」

サシャ「おや、二人ともどうしました? 急に黙ってしまって」

アニ「別に」

ユミル「何でもねぇよ芋女。さっさと飯食え。せっかくの優勝賞品が冷めるぞ」

サシャ「あ、そうでしたそうでした。ではいただきます!」

アニ「ミーナもそろそろ自分の分取ってきたら?」

ミーナ「あ、そうね。じゃあ行ってくる。席一つ確保しといてね」

クリスタ「うん、任せて」

ユミル「……」

クリスタ「……良かったねユミル。エレンから貰えるよ」

ユミル「ああ」

ユミル(それは素直に嬉しい……あとは、あいつがミカサとのことをどうするか、だ)

ユミル(もしそれを解決してきて、図書室での問いの答えを聞かされたら)

ユミル(その時は、エレンに私の気持ちを……)

消灯後 男子寮

エレン(結局お返しは定番の菓子類にしたけど、ユミルとミカサへは少し特別なものにした)

エレン(明日二人に、しっかり気持ちを伝える)

エレン(ミカサには日頃の感謝の気持ちと、ユミルとのことを)

エレン(そしてユミルには……)

エレン(早く明日が来るといい。今日は夜更かしせずにゆっくりと寝よう)

今日はここまで

ホワイトデー当日 食堂

エレン(バレンタインデーから一ヶ月、遂にホワイトデーがやってきた)

エレン(訓練兵といえども年頃の男女。共に関心を抱く行事ということで、朝食の間ほぼ全員が挙動不審だった)

エレン(とはいえバレンタインデーの時と同じく、この場でお返しの受け渡しが始まることは少ない)

エレン(ホワイトデーは丸一日あるのだから、ちょうど良い機会を見計らって渡す者がほとんどだろう)

エレン(そしてそんな中、堂々と愛を誓い合うバカ夫婦、もといお似合い夫婦がいることも、一月前と同様だ)

エレン(……そこにマルコとミーナという第二のお似合い夫婦が登場したことのみが、唯一の違いと言っていい)

エレン(そして朝食を食べ終えた者は辺りの様子を窺いつつも食堂を後にし始め、今やこの場にいる訓練兵は半数を切った)

エレン「アルミン、そろそろいいんじゃないか」

アルミン「そうだね、ミカサもちょうど食べ終わったみたいだし」

エレン「ミカサ、ちょっといいか」

ミカサ「いいけれど、何?」

エレン「……これ、やるよ」

アルミン「僕からも、これを」

ミカサ「これは、もしかして」

アルミン「うん、ホワイトデーのお返しだよ」

エレン「まあ、そういうことだ」

ミカサ「エレン、アルミン……嬉しい。とても、嬉しい」

アルミン「ミカサもバレンタインの時に正面から気持ちを伝えてくれたから、今度は僕たちの番かなと思ってさ」

アルミン「ね、エレン」

エレン「お、おう。え、と……お、オレもミカサのこと、すごく大事だし、いつも感謝、してる」

エレン「普段は邪険にしちまうこともあるけど、そういった感謝の気持ちをお返しには込めておいたので、その……」

エレン「だ、だから、これからもよろしくしてくれると嬉しい……です」

ミカサ「エレン……」

アルミン「僕もだよミカサ。ミカサのおかげでいつも助かってる。本当にありがとう」

ミカサ「アルミン……二人とも、ありがとう。大切にいただきます」

ミカサ「ふふ、エレン顔真っ赤」

エレン「う、うるせぇなっ。苦手なんだこういうのは! ミカサもアルミンも何で平気で言えるんだよ」

ミカサ「だっていつも思っていることを言葉にするだけだから」

アルミン「こういう機会でもないとエレンは素直にならないからね。三年に一度くらいいいんじゃない?」

エレン「うぅ」

ミカサ「……あれ? これ包装が少し変というか、いびつ?」

エレン「ぬっ」

アルミン「あっ」

ミカサ「もしかしてこれは二人が……」

アルミン「あはは。えーと、自作してみました」

エレン「やっぱりお前へのお返しは特別だから、だったらバレンタインでミカサがしてくれたようにやろうって話になって」

アルミン「案の定うまくいかなくて、ちょっとというか大分おかしくなっちゃったけど」

エレン「アルミンはまだましだろ。オレなんてひどいもんだぞ」

ミカサ「確かに二つとも、お世辞にも上手とは言えない」

ミカサ「けれど、だからこそ一生懸命さが伝わってくる。私にとってはどんな形であっても二人の心がこもっているということの方が大事」

ミカサ「ありがとう。一生の宝物にする」

アルミン「よかった。喜んで貰えたみたいだね」

エレン「一生とか、だからお前は大袈裟なんだよ……嬉しいけど」

ミカサ「……中身はクッキーとキャンディ。とても美味しそうだけど、二人は食べたりしたの?」

アルミン「それは大丈夫。昨日お店を回ってる時に自分たちの分も買って食べたから」

ミカサ「できれば今日まで残しておいて欲しかった。三人一緒に食べたかったのに」

アルミン「ああ、そっか。ごめんごめん、我慢できなくて」

ミカサ「サシャではないけれど、これを目の前にして食欲を抑えるのは大変」

ミカサ「ではさっそく」

エレン「……ミカサ、その前にもう一つ話がある。これは二人で話したいことだ」

アルミン「え?」

ミカサ「……分かった」

エレン「すぐ戻ってくるから、アルミンは待っていてくれ」

アルミン「う、うん。行ってらっしゃい」

ミカサ「ここなら二人だけ。他の人には聞かれないと思う」

エレン「その様子だと、オレが何を話すか分かってるみたいだな」

ミカサ「……ユミルのことでしょう?」

エレン「ああ、そうだ」

ミカサ「聞きたい。エレンの気持ち、教えて欲しい」

エレン「……オレは、ユミルと一緒にいたい。もっと仲良くしたいし、もっと知りたい」

エレン「バレンタインが終わって何となくそう思っていたのが、この一ヶ月あいつと接することで、今では確かな思いとしてあるんだ」

エレン「この思いはとても強くて大きくて、たとえミカサに何を言われても、譲るつもりはない」

エレン「これがオレの、正直な気持ちだ」

ミカサ「……それはつまり、そういうこと? その気持ちをユミルに伝えるの?」

エレン「ああ、ホワイトデーのお返しと一緒に伝えるつもりだ」

ミカサ「そう」

エレン「でもその結果がどうなっても、お前がオレの大切な家族であることは変わらないし、変えたくない」

エレン「これもさっき言った通り、オレの正直な気持ちなんだ」

ミカサ「……」

エレン「都合がいいと、そう思うか」

ミカサ「……いいえ、思わない。正直に言ってくれて、嬉しい」

ミカサ「本当は薄々感付いていた。あなたが彼女をどう思っているか。それに本来なら、あなたたちの関係に私が割り込むこと自体、おかしなことだった」

ミカサ「あなたが自分で選んだ相手がユミルだというのなら、私はそれを尊重する」

エレン「ミカサ……」

ミカサ「私とエレンが家族だということはずっと変わらない。それはさっきの言葉で十分に伝わった」

ミカサ「それだけで、私は満足」

ミカサ「……本音を言えば、少し寂しいけれど」

エレン「確かに、少し前はユミルのことばかり気にして、お前のことをあまり考えてやれなかった。悪い」

ミカサ「うん、それはエレンが悪い」

エレン「えっ」

ミカサ「ユミルと二人でいるのもいいけれど、たまには私やアルミンとも一緒にいて欲しい」

ミカサ「私たちは家族で、幼馴染なのだから」

エレン「……ああ、分かった。もうお前たちに寂しい思いはさせないって、肝に銘じておくよ」

ミカサ「うん。では食堂に戻ろう。アルミンが待っている」

エレン「おう」

ミカサ「……あなたの気持ちが報われるといい。今の私はそう思っている。がんばって」

エレン「……おう」

補習終了後

キース「本日の補習は以上だ。今後は補習など受けなくていいよう、勉学にも励め。それでは解散!」

エレン(はあーっ、終わったぁ。やっぱキース教官が担当ってのが最悪だった。こんなの二度と受けたくねぇ)

エレン(にしてもコニーの奴がいなかったが、もしかしてあいつ補習免れたのか?)

エレン(まあいいや、すぐに夕食だしさっさと食堂に……)

キース「イェーガー訓練兵」

エレン「――はっ! 何でありましょうか!」

キース「貴様に頼みたいことがある。夕食を食べ終わり次第、教官室まで来るように」

エレン「えっ!? 夕食後ですか!?」

キース「何か問題があるか?」

エレン「あ、いえ、その、時間はどれくらいかかりそうでしょうか……?」

キース「教官室にある備品を倉庫まで運ぶだけだ。他の者にも手伝わせるし、一時間もあれば終わるだろう」

エレン「そ、そうですか。分かりました」

キース「頼んだぞ」

エレン「はっ!」

エレン(……ついてねぇ。オレが選ばれたのって単に目に付いたからだよな)

エレン(まあ一時間で済むなら大丈夫かな。ミーナには朝に、アニには昼前に渡せたから、残りはユミルだけだし)

エレン(でも時間的にぎりぎりだろうから、寮に取りに行く手間を省くためにユミルへのお返しは予め持っておこう)

夕食後

ミカサ「そういえば今日も残り少ないけれど、アルミンは他の人にもホワイトデーのお返しをしたの?」

アルミン「もちろん。僕はミカサ以外だとクリスタだけだったから大して時間はかからなかったよ」

ミカサ「クリスタは喜んでいた?」

アルミン「うん、とてもね。ただ渡す時にライナーと鉢合わせてしまって」

ミカサ「ライナー?」

アルミン「実はライナーもクリスタからチョコを貰っていたんだ。それは前から知っていたけど、まさか同時にお返しを渡すことになるとは思わなかった」

アルミン「互いに牽制し合ったおかげで、結局何も進展しなかったよ」

ミカサ「それは少し残念……エレンは?」

エレン「一人だけまだ渡してない。補習で時間が取れなかったし」

アルミン「なら急がないと」

エレン「ああ。でも教官に用事頼まれてるから、渡すのはその後になるな」

ミカサ「代わりに私が引き受けよう」

エレン「いいって。一時間もあれば終わるらしいし、頼まれたのはオレなんだから」

ミカサ「そう……なら私は、応援していることにする」

エレン「ありがとな」

アルミン「応援って?」

ミカサ「アルミンにもそのうち分かる」

アルミン「ふうん?」

エレン「じゃあ行ってくる」

倉庫

エレン「よっ、これが最後の荷物か。結構重いな」

エレン「にしても倉庫と教官室を十人で五往復ずつとか、何をそんなにため込んでたんだか」

エレン「えーと、この荷物の置き場所はここだったよな……あ、ここって」

エレン(オレとユミルが一緒に掃除した場所だ)

エレン(あの日はその後医務室に行って、オレがユミルの手当てをしたんだったよな)

エレン(あの時すでにユミルはオレと二人きりという状況にドキドキしてくれていて……)

エレン(早く終わらせてオレの気持ちを伝えたい。早く早く)

エレン「早く……おわぁっ!?」

エレン「――痛ってぇ……躓いて尻餅つくなんてガキみたいだ」

エレン「ユミルのこと考えてたら足元の備品に気付かなかったのか……あ、荷物は」

エレン「……よかった、無事みたいだ。危うく教官にどやされるところだった」

エレン「んん? さっきから尻に変な感触が……はっ! ま、まさか……」

エレン「――あああぁぁっ!」

エレン「……あ……ぁ……ゆ、ユミルへのお返しが……ぺ、ぺしゃんこに……」

エレン「尻餅ついた時に押し潰しちまうなんて……ああぁぁ」

エレン「寮に戻る時間を節約しようと腰からぶら下げてたのがまずかったのか……でも時間がないのは確かだったし」

エレン「それより足元への注意を疎かにしたのが……いや、そもそも補習なんて受けなければこんな仕事を頼まれることも」

エレン「つまりオレが試験で及第点も取れないようなバカだったのが原因なのか……」

エレン「せっかく良いと思えるやつを買って、これと一緒にユミルにオレの気持ちを伝えるつもりだったのに」

エレン「どうしよう……いや、どうするも何も、どうしようもないわけだが」

エレン「はぁぁ……これはかなりへこむ」

エレン「はぁぁ」

ミカサ「エレン? もうユミルに渡して戻ってきたの? まだ一時間と少ししか経ってないけど」

エレン「ミカサ……」

ミカサ「どうしたの? すごく落ち込んでる……もしかして、ユミルに応えて貰えなかった、とか?」

エレン「いや、そうではなくてだな……」

ミカサ「話してみて。アルミンはもう寮に戻ってしまったけれど、たまには私が相談に乗ろう」

エレン「実はな……」

ミカサ「……そう。それは本当に気の毒」

エレン「全部自分のせいだけどな。それだけに気持ちのやり場がないわけだが」

ミカサ「……ホワイトデーのお返しは、渡さなければいい」

エレン「え? な、何言ってんだよ。そういうわけには……」

ミカサ「ではどうするつもり? 現実的に考えて壊れたものは元通りにならない」

ミカサ「そもそも今日という日は残りわずか。もはや今日中にお返しを渡すという選択肢はない。それはあなたも分かっているはず」

エレン「うぐっ、そりゃ正論だが……せっかくユミルに喜んで貰うために買った物だってのに」

ミカサ「……エレン。あなたにとってのホワイトデーは、ただ物を渡せればそれでいいの?」

エレン「え?」

ミカサ「確かに真剣に選んだ贈り物も大事だし、それが貰えるなら誰でも嬉しく思う」

ミカサ「けれど本当に大事なのは、物ではなく気持ちだと、私は思う」

エレン「ミカサ……」

ミカサ「私は今日エレンとアルミンがくれた自作の包装を一生の宝物にすると決めた」

ミカサ「でもこれがお店で売ってるままの包装だったとしても、いいえ、たとえお返しに何もくれなかったとしても、忘れられない思い出になっただろう」

ミカサ「あなたたちの気持ちが、何より嬉しかったから」

ミカサ「この考えを他人に強要する気はないけれど、少なくとも私はホワイトデーをそう捉えている」

ミカサ「エレン、あなたはどう?」

エレン「……オレも、ミカサの言う通りだと思う」

ミカサ「ならばあなたはユミルにちゃんと事情を話して、そしてその上で気持ちを伝えるべき」

ミカサ「しっかりと伝えれば、彼女も分かってくれるはず……何と言っても、あなたが選んだ女性なのだから」

エレン「そう、だよな。お返しを渡せないのは残念だけど、それでユミルへの気持ちが薄れるなんてことはない」

エレン「その気持ちを、ただ正直に伝えるだけでよかったんだな」

ミカサ「いつものあなたなら、私の助言がなくともそうしたと思う。お返しを壊してしまった衝撃で、慌ててしまっていただけ」

エレン「確かに、さっきまでのオレは冷静じゃなかった」

ミカサ「うん」

エレン「……あ、そうだ。今思いついたんだけど、渡せないお返しの代わりに何かしてやるってのはどうだ?」

ミカサ「悪くない。お返しの形は一つではないのだし、何かしら彼女の希望を叶えてあげてもいいかもしれない」

エレン「だよな……ありがとうミカサ。こういうことでも頼りになるとは思わなかった」

ミカサ「気付くのが遅い。これからはアルミンだけでなく私にもどんどん相談を持ちかけて欲しい」

エレン「ああ、そうさせて貰おうかな」

ミカサ「うんうん。あ、それから万が一彼女に気持ちが伝わらなかった場合の助言もしておく」

エレン「ん?」

ミカサ「エレンの気持ちを聞いてもなお物に拘るようならば、そのような女とは縁を切ればいい」

エレン「……え?」

ミカサ「その場合エレンの女性を見る目がなかったという残念な結果に終わるが、仕方のないこと」

エレン「あの、ミカサさん?」

ミカサ「そいつが今後も付き合いを続ける価値のない女だと分かっただけでも、良しとしよう」

ミカサ「……どうしたのエレン? 何かおかしなところでも?」

エレン「……前言撤回。これからも相談事はアルミンに頼る」

ミカサ「何故!?」

エレン「極端なんだよ! なんだ縁切りって! そんな簡単にできることか!」

ミカサ「うっ……ま、万が一と言ったはず。万が一の場合における最後の手段として提示しただけであって、その」

エレン「何だそれ。せっかく途中までは最高だったのに」

ミカサ「……」

エレン「まあいいや、お前のおかげでやる気が出たのは本当だ。ありがとな」

ミカサ「う、うんうん! 前半の助言を参考にして、がんばって!」

エレン「ああ行ってくる。お休み、ミカサ」

ミカサ「お休み。明日良い結果を報告してくれることを祈っている」

今日はここまで

クリスタ「……エレン、まだ来ないね」

ユミル「……ああ」

クリスタ「消灯まであと少ししかないよ。そろそろ来てくれないと時間が……」

ユミル「もう、貰えないのかもしれないな」

クリスタ「だ、大丈夫だよ! ミーナが言ってたでしょ、お返しを四つ買ってたって」

ユミル「それは分かってるんだが、前に言っただろ。その前に解決しなければならないことがあると」

ユミル「それを解決するまで、あいつは私に近づいてこない。というか近づかせない。たとえホワイトデーを過ぎても、な」

クリスタ「そのこと言われちゃうと何も口を出せなくなっちゃうんだけど」

ユミル「クリスタが気にすることじゃないんだって。明日以降になっても貰えるならそれだけで御の字だろ」

クリスタ「……でも本当は今日貰いたいでしょ?」

ユミル「そりゃあな。だからこうして一番目に付きやすいであろう場所で待ってるわけだ」

クリスタ「エレン早くー」

エレン「――ユミル! ここにいたのか!」

ユミル「……エレン」

クリスタ「やっと来た! エレン遅い!」

エレン「な、何でクリスタが怒ってるんだよ。そりゃもう今日が終わりそうな時間になっちまったけど」

クリスタ「女の子をこんなに待たせたんだから怒るのは当然だよ」

エレン「うっ……遅れたのは本当にすまない」

ユミル「それはいい……それより、ミカサとのことは?」

エレン「ああ、ちゃんと気持ちを伝えたし、分かって貰えた」

ユミル「……そうか、そりゃ良かった」

エレン「だから次は、お前の番だ。いいか?」

ユミル「……うん」

クリスタ「じゃあそろそろ私は寮に戻るね。がんばれユミル! 今度もかましてこい!」

ユミル「ああ、お休み」

クリスタ「うん。二人ともお休みー」

エレン「……クリスタって時々口調が少し変わるよな。かましてこいって何だよ」

ユミル「たまにはああいうのも悪くないさ」

エレン「ふうん? ま、いいか。それよりユミル、ここだとまだ人が通るかもしれないし、場所を変えよう」

ユミル「……ん」

ユミル「ここならいいんじゃないか?」

エレン「そうだな。めったに人通りはないだろうし、二人きりになるにはちょうどいい」

エレン「じゃあさっそく……まずはホワイトデーのことなんだけど」

ユミル「ああ」

エレン「――すまんっ! ホワイトデーのお返し、渡せないんだ」

ユミル「……え?」

エレン「ま、まずは話を聞いてくれ。た、頼むからそんな悲しそうな顔しないでくれよ」

ユミル「う……わ、分かった」

エレン「実は、補習の時にキース教官から任された荷物運びをしていてな。それが夕食後だったからこんな時間になっちまったんだけど」

エレン「その荷物を倉庫まで運んだ時、床にあった備品に気付かなくて、その、足引っ掛けて転んじまったんだ」

エレン「それで、その、腰から下げてたお前へのお返しを尻で押し潰してしまって……」

エレン「さすがに人に渡せるような状態じゃなくて、だから、申し訳ないんだが今日お前にお返しを渡すことはできないんだ」

エレン「本当にごめん!」

ユミル「……」

エレン「け、けど! お返しはなくなったけど、お前への気持ちはなくなってない!」

エレン「バレンタインデーでお前からチョコを貰えたこと、本当に嬉しかったし、感謝してる」

エレン「何と言っても、ユミルのような可愛くて、女の子らしい人から貰えたんだから」

ユミル「あ……」

エレン「だから、他の誰よりもお前に喜んで欲しくて、贈り物を選んだつもりだ」

エレン「結局自分で台無しにして、言葉だけになってしまったけど、改めて礼を言わせてくれ」

エレン「ありがとう、ユミル」

ユミル「……」

ユミル「……ばか」

エレン「え?」

ユミル「話を聞いた限りじゃ、全部気を抜いたお前のせいじゃないか」

エレン「うっ」

ユミル「しかもその荷物運びは補習の時に頼まれたって? つまり補習を受けてなければ頼まれることもなかったんじゃないのか?」

エレン「うぐっ」

ユミル「要するにお前が補習を受けるようなバカで、足元への注意を疎かにするようなバカだったのが原因なわけだ」

エレン「うぅ……返す言葉もございません」

ユミル「昨日ミーナからお前がお返しを買ってたっての聞いて、ここ数日距離を置いていた私にもくれるんだと、期待してたんだけどな」

エレン「……」

ユミル「……でも、いいや」

エレン「……え?」

ユミル「いいって言ったんだ。少し残念ではあるが、真剣に選んでくれたようだし、感謝の言葉も聞けたし」

ユミル「……あと、他の誰よりも喜んで欲しいとか、言ってたし」

エレン「あ、ああ」

ユミル「だからもういい。その言葉だけで、十分嬉しいから」

ユミル「こちらこそ、ありがとう」

エレン「……うん。嬉しいと思ってくれたのなら、良かった」

ユミル「……ま、転んだ拍子に自分の尻で潰すとか、何のギャグだよとは思ったが」

エレン「うっ。ま、まだ言うか」

ユミル「そういや、サシャに聞いたがコニーは補習免れたらしいな。コニー以下の頭脳を持つエレンなら仕方ないか」

エレン「お前やっぱ気にしてんじゃねぇか!」

ユミル「いいや? お前をからかうネタが増えたと喜んでいるんだが?」

エレン「あーもう勝手にしろよ! いくらでもからかいやがれ!」

ユミル「言ったな? なら104期生全員に言い触らしてだな……」

エレン「ちょ、待て待て。どんだけ大ごとにする気だ」

ユミル「あ? 早くも前言撤回か? 男に二言はないって言葉、知ってるか?」

エレン「くっそ。オレが悪いのは事実だし、口で勝てる気がしねぇ」

ユミル「はは……あー、それでさ、エレン。話は変わるんだが」

エレン「ん?」

ユミル「その、今日言おうと思ってたんだが」

エレン「あ、待てよ。その前にさ、突然なんだけど今何かして欲しいことってあるか?」

ユミル「は? して欲しいこと?」

エレン「ああ。まあその、渡せなかったお返しの代わりというか、やっぱり言葉だけじゃなくて何かしてあげたいなって」

ユミル「そ、そういうことか……な、何でもいいのか?」

エレン「え? あー、そりゃオレに出来ることならいいぞ?」

ユミル「……」

エレン「……」

ユミル「……」

エレン「……えらく長いこと考えてるが、やっぱ急には思い付かないか? だったら今日じゃなくても」

ユミル「ま、待て! 思い付いたから!」

エレン「そっか。何だよ?」

ユミル「……」

エレン「ユミル?」

ユミル「えと、その、何でもいいって言うなら」

エレン「うん」

ユミル「だったら、その……」

ユミル「……キス、して」

エレン「……は?」

ユミル「……はっ。ち、違う違う! 言い間違えた!」

エレン「言い間違い?」

ユミル「そ、そうだ! たまたま言おうとしていた言葉と似てただけだ!」

エレン「いやでも」

ユミル「忘れろ! そもそもキスなんてこんな形でやるもんじゃねぇ!」

エレン「……」

ユミル「や、やっぱりキスってのは一方的な要望じゃなく、好きな人同士で……」

エレン「オレは好きだぞ」

ユミル「……は? い、今、何て?」

エレン「お前のことが好きだと言ったんだ。聞こえてただろ?」

ユミル「はあぁぁ!? 何でそんな話になる!?」

エレン「お前がキスは好きな人同士やるもんだって言ったからだ。だからオレは好きだと言ったんだが」

ユミル「待て待て待て。き、急にそんなこと言われても」

エレン「急じゃない。本当は、ホワイトデーのお返しと一緒伝えるつもりだった」

エレン「ちゃんと伝えたいから、落ち着いて聞いてくれ」

ユミル「な、何だよ」

エレン「図書室での話の続きだ。お前の気持ちを聞いただけで、オレはまだ答えてなかっただろ」

エレン「ミカサのことも解決したし、ホワイトデーの感謝の気持ちも伝えた。もう何も気にする必要はない」

エレン「だから今、言わせてくれ」

ユミル「……ああ、私もずっと聞きたかった」

エレン「ああ。ユミルと二人でいてどう感じるかってことだけど……」

エレン「医務室で一緒の時は、正直言ってほとんど意識してなかった。お前の傷の方が心配だったし、手当てに集中してたから」

ユミル「……そうか、そうだよな」

エレン「でも後でよくよく考えてみるとさ、かなり大胆で恥ずかしいことしてたんだなって気付いた」

エレン「夜の医務室で二人きりで、互いの顔を近づけて、お前の頬に触れていたなんて」

ユミル「う……だから思い出させるなって。恥ずかしいんだよ」

エレン「オレだって言ってて恥ずかしいっての。でもちゃんと言わないと意味ないだろ」

ユミル「そ、そうだな」

エレン「だから、それに気付いてからは全然平気じゃなくなった」

エレン「図書室で二人きりだとお前に言われた時も、井戸で水汲みを手伝った時も、そしてもちろん、今も」

エレン「オレもすごく――ドキドキしてる」

ユミル「エレン……」

エレン「そして、こんな気持ちになるのはお前と一緒の時だけだ」

エレン「こんなに熱くて、激しくて、求めてしまう気持ちは、お前にしか抱かない」

ユミル「……うん」

エレン「普段のちょっときついところも、でも本当は気が利いて優しいところも、たまに見せる女らしいところも、全部」

エレン「全部魅力的なんだ」

ユミル「……うん」

エレン「だからもう一度言わせてくれ」

エレン「お前が好きだ、ユミル」

ユミル「……うんっ」

エレン「結構時間経っちまったけど、ようやく言えたな。オレの気持ち」

ユミル「ああ、嬉しいよ。こんなに正面から気持ちをさらけ出してくれるなんて」

ユミル「だから、今度は私の気持ちを言う番だな。聞いてくれるか?」

エレン「お、おう。遠慮なく言ってくれ」

ユミル「……」

ユミル「――私も、好き」

エレン「ほ、本当か!?」

ユミル「本当だよ。私だって、今日お前とのホワイトデーで、告白するつもりだった」

ユミル「私の心はいつもお前に惹きつけられていて、どうしようもなく求めてしまう。欲してしまう」

ユミル「これが恋という気持ちなのだと。私はエレンに恋しているんだ、ってな」

エレン「……やべぇ。すごく嬉しい」

ユミル「……私も、お前に負けないくらい嬉しいって思ってる」

エレン「も、もう一度聞くけど本当の本当に本当だよな?」

ユミル「だから本当だって。安心しろよ、これは夢や幻なんかじゃなく、現実だ」

ユミル「……それに本当に好きじゃなかったら……キスして、なんて言うかよ」

エレン「あ……言い間違いじゃ、なかったんだな」

ユミル「う、うん……言い間違いでも何でもない、私の心からの望みだ」

ユミル「……叶えて、くれるか?」

エレン「もちろんだ。オレだって、お返しの代わりなんかじゃなく、心からユミルとキスしたいと思ってる」

ユミル「うん」

エレン「……いくぞ」

ユミル「うん……きて」

エレン「ユミル……」

ユミル「エレン……」

エレン「……ん」

ユミル「んっ……」

エレン「ん――はっ」

ユミル「はぁ――ん、これが私の、ファーストキス、だな」

エレン「オレもだ。照れくさいけど、すごく心地いい」

ユミル「私も、好きな人とキスできて、幸せ」

エレン「……なあ、抱きしめていいか?」

ユミル「ああ、思いっきり抱きしめてくれ」

エレン「ユミル!」

ユミル「あんっ……はは、やっぱ少し強いかも」

エレン「悪い、緩めたくない」

ユミル「いいよ、嬉しい」

エレン「ユミル……」

ユミル「……ずっと、こうしていたいな」

エレン「ああ、オレも離したくない。けど残念なことに消灯時間はもうすぐだ」

ユミル「仕方ないさ。その代わりぎりぎりまでこのままでいさせて」

エレン「うん」

ユミル「……」

エレン「……」

エレン「……そろそろ、時間だな」

ユミル「ああ……もう終わりか」

エレン「そんな顔するなよ。明日からだっていくらでも時間はあるだろ」

エレン「俺たちはもう、恋人同士なんだから」

ユミル「そうだな……でもやっぱり少し寂しいからさ」

ユミル「最後にもう一度だけ、キスしたい」

エレン「……分かった。じゃあ、するぞ?」

ユミル「うん」

エレン「ユミル……」

ユミル「エレン……大好き」

エレン「――オレも、大好きだ」



おわり

ありがとうございました
もしかしたらエロありで続編書くもかもしれません

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