あの子「アイデンティティ・クライシス」 (20)


小梅ちゃんとあの子の捏造ストーリー。

モチーフは同名のボカロ曲です、すまない。


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 僕は、なにもかもが曖昧だった。

 自分の名前すら思い出せない。目的も、帰る場所も。
 
 ただあてもなく、ローカル線に乗ってさまよっている。


 誰も僕を気にしないし、僕は誰も気にしない。

 かんからと、こわれた風車のよう。


 雪も雨も降らない、寒がりの中。

 ふと電車を降りて、街に向かってみた。

 雑踏にまぎれて、くらりくらり。

 やっぱり誰も僕を気にしないし、僕は誰も気にしない。



 辿り着いたのは……遊園地。
 
 人気はない、音楽もない。

 サビついた観覧車、ズタボロの回転木馬。

 まるで全体がホーンテッドハウス……潰れた遊園地。

 意味もなく、溜息が出た。


 ふと、視線を感じた。

 視線の主は、女の子。

 薄い金髪、薄い白肌。

 なんだか……何もかもが薄い。

 うっすらと隈で縁取られた目でこっちを見つめている。


 おかしいな? 

 誰も僕を気にしてないし、僕は誰も気にしてないはずなのに。

 女の子は、ふるふると唇をふるわせて、たどたどしく喋り始めた。


「あの……ここに……つ、憑いてる……わけじゃないみたいだね……」

 ——ああ、僕にむかって喋っていたのか。

「……ここには……留まらないほうがいい……」

 ——別に、ここに用があるってわけじゃ……。

「引き寄せられている……原因はわからない……けど、きっと良くない」

 ——……? 

「ここ……良くないモノが集まってる……ここにいたら……貴方も……悪霊に」

 ——……悪霊?

「もしかして……気付いてない……? 貴方……」

 ——ああ、察しがついた。なるほど、僕は幽霊……もう死んだ身か。


 今明かされる、衝撃の真実。僕は幽霊だった。

 そりゃあ、誰も僕を気にしないわけだ。

「そ……そんなわけで……ここから離れることをおススメする……」

 ——でも、行くところもない。

「え……えっと……それじゃあ……」

 わたわたとちょっと困ったような少女。

 ——じゃあ、君に憑いていこうかな。

「え……」

 ——いや、とりあえずの目標は必要かなと。

「えぅ……で、でも……」


 ——別に悪さをしようとは思ってない。
 ——なんにもできないお化けだよ。

「でも……無意味に留まるのは……」

 ——じゃあ、君の友達になるってのはどう?

「と、友達……?」

 ——そ。なに、騙して取り憑いて、君の名前を拝借……なんて考えてないよ。

「あ、私の名前……白坂小梅……です」

 ——あ、これはどうもご丁寧に……
 ——僕の名前は……あ、そうだ。忘れてたんだった……。
 ——ついでに年齢、性別すらわからなくなってるよ……。


http://i.imgur.com/BjTra8q.jpg
http://i.imgur.com/Czsdsge.jpg
白坂小梅(13)


小梅「え、えと……友達なら……いいかな」

 ——あれ、意外と前向きに考えてくれたんだ。
 ——いたずら心から言ってみただけなのに。

小梅「ん……わ、私、その……他に友達いないし……わ、悪い子じゃ……なさそうだし」

 ——なんだか、コメントに困ることを聞いちゃったよ。

小梅「……だ、だから……いい子……にするなら……いいよ、一緒にいこう」

 ——いい子にするって……もしかして、僕は小梅よりもちっちゃいのだろうか。

小梅「ん……たぶん……だけど……そ、そう見える、よ……?」

 ——なんだろう、世の中の不条理を感じた気がするよ。

小梅「ふふ……こ、小梅お姉ちゃんに、お、おまかせ……最初のお友達……!」


 そんなわけで、友達ができた。

 誰も気にしないはずだった僕は、ちょっとお休みだ。

 彼女の名前は白坂小梅。年齢13歳。

 趣味はホラー・スプラッタ映画鑑賞。
 
 それと、心霊スポット巡り……その途中で、僕と出会ったわけだ。

 彼女はいわゆる霊感があるらしく……僕の他にも、イロイロ見えていた。

 でも、彼女と親しくしてるのは……親を除けば僕くらいだ。

 それは相手が生きてる、死んでるに関わらず。


 彼女に寂しくないの? と聞いてみた事がある。

小梅「い、いいもん……ホラー映画観てたら、そ、それで満足……」

 うるさい人、うるさい場所……というか、明るい感じの所は基本的に好まない。

 「爆発すれば……いいのに……」って考えてたことを、僕は知っている。


 そんな彼女の毎日が、一変することが起こった。

小梅「……ほ、ホラー映画を見ているときが、い、一番幸せです……けど」

 いつものように、街に繰り出した彼女の目の前に現れた闖入者。

 ちんまい彼女に熱心に語りかけたのは、スーツ姿の男性。

 アイドル事務所の、プロデューサー。
 
小梅「ア、アイドルに……な、なれたら、もっと楽しい…です…か?

 彼は熱意を持って、彼女に語りかける。それはアイドルへのスカウト。
 
 たぶん、彼は彼女がちょっと苦手とするタイプ……と思っていたのだが。

小梅「プ、プロデューサーさん……が、お、教えて……くれるんですか? なら……ア、ア、アイドル…」  

 まるで啖呵を切る様に、説得を続け……真摯さのおまじないに、彼女の警戒は散っていった。

 晴れてここに……アイドル、白坂小梅が誕生した。

 
 そうして彼女はめくるめく、明るい世界へ……とはならず。

 熱心なプロデューサーと一緒に地味な活動から始めたが、伸び悩む。

 同期のアイドルからは、あいもかわらずなホラー趣味で敬遠される。

 輝く舞台は未だ遠い……みたいだった。


 ……そのことに、ちょっと安心しちゃったのは、小梅に内緒。

 僕はまだ、君と遊んでいたかったから。


 だけど。

涼「へえ……アタシもホラー映画は好きな方だよ」

小梅「じゃ……い、一緒にみ、観ませんか……?」

涼「はは、年こそ上だけど、ほとんど同期なんだ……敬語はいいよ!」

小梅「は、はい! 涼さん! じゃ、じゃあ……一緒に……いこう……」

涼「……小梅、なんで何にもないとこ見ながら喋ってんの? フレーゲンシュターミング現象 ?」


 アイドルとしての活動は。

小梅「メ、メイド服……はず、恥ずかしい……」

フレデリカ「大ジョーブ! 小梅ちゃんのメイド服、とっても似合ってるよ!」

小梅「そ、そっかな……」

フレデリカ「そうそう♪ だから、そのカワイイ小梅ちゃんのセンスで、デコレーションもいってみよ〜〜!」

小梅「な、なら……ここに……目玉を……」

フレデリカ「ウワーオ♪ いいよいいよ、かっわいいよ〜〜〜!!」

小梅「ふふ……み、みんなと一緒……う、うれしい……」

志保「ちょ、ちょっと〜〜〜! いくらなんでも個性出し過ぎよ〜〜!!」

小梅「あ、あの子も……お腹空かせてる……?」


 着実に、着実に。

小梅「こ、コテージでの……お仕事……」

P「……結構、雰囲気あるなぁ……」

小梅「……わっ……」ギュ

P「ヒッ!」ビクッ

小梅「……びっくりさせるの……おもしろい……」

P「小梅、心臓に悪いから、そういうの控えて、お願いします」


確実に、確実に。

幸子「142’sって……なんだか単純ですね。頭に“カワイイボクと”を付けましょう!」

P「お前なぁ……」

幸子「どんなユニットだろうと、ボクが可愛いのは変わらないですがね!」フフン!

輝子「フヒ!? さっちゃん……レモンティーが……!!」

幸子「え……フギャー!! 不自然な軌道でレモンティーがブッカかったァアアーー!!」

P「なんで少しジョ○ョ風なんだよ……」

小梅「め! ……だ、だめだよ……イタズラしちゃ……」

幸子「……小梅さん、もしかして“あの子”の仕業……!?」


 小梅の世界を広げていった。

P「ふう……流石に、あっついなあ……小梅、大丈夫か?」

小梅「う、うん……でも……」

P「ん?」

小梅「あ、あのね……プロデューサーさんのおかげで……そ、外に出るのも……あんまり嫌じゃなくなったかも……えへへ」

P「……そうか……」

小梅「うん……えへへ……でも……、や、やっぱり……つ、次のフェスは……緊張しちゃう……かな……」

P「……大丈夫、小梅ならこのユニットでのフェスも、絶対成功できる」

小梅「う、うん……が、頑張る……! ……あ、あの子……」

P「? どうした、小梅」

小梅「な、なんでもない……?」


 この時になって、やっと気付いたんだ。

 誰も僕の姿は見えていなかった。

 だけど、小梅は……最初の友達である僕を無視しなかった。

 ずっと一人で、何もない方向いて一人で笑ってた。
 
 周りからすれば君は「可笑しな子」だった……他でもない、僕のせいで。

 ああ、ごめん。許してね。

 
 だから僕は……小梅の前から、離れることにした。


 夕立の中を、彷徨い歩く。

 おかえり、誰も気にしない僕。

 少し前は、こんなの当たり前だった。

 僕自身が伽藍堂なのは、当たり前だった。

 遠くで、雷が鳴る。

 僕には、何も響かない。

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