豊川風花「140日に1度のチャンス」 (86)

 アイドルというのはなかなか忙しく、それなりに大変ではあるけれど、それでもなりたくてなった身なのでそれに対する不満はない。
 それに忙しいとはいえ、それでも休日ーーいわゆるオフの日を、プロデューサーさんはスケジュールをやりくりしてなるべく週に1度は取れるようにしてくれている。

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 しかしこのオフの日というのが問題で、実は私はオフの日でも特にすることや予定がない。かつての看護師仲間は夜勤もありなかなかオフが一緒になることはないし、友人たちも同じだ。
 劇場の同僚アイドルのみんなも、オフはまちまちであり、それに夜に行動できる成人組は人数も少ない。

 自然、オフの日というのは私にとって退屈な日となる。
 猫カフェやエステに行ったりもいいが、1人ではなんとなく寂しい。

 寂しくなると頭に浮かぶのはあの人ーーそう、プロデューサーさんだ。あの人と一緒にいられたら、オフも楽しいんじゃないだろうか。
 あの人は、どうなんだろう? オフの日に寂しさを感じないんだろうか? そもそもオフをどう過ごしているんだろうか?

 プロデューサーさんは、昔は全然オフのない生活をしていたらしい。
 ワーカーホリックにもほどがあるが、ある時に社長さんと小鳥さんからきついお達しがあったという。

高木社長「君の熱意や気持ちも分かるが、身体を壊してはなんにもならないよ。せめて少しでも……そう、月に一度……いや二ヶ月に三度ぐらいは休むことだ。いいかね。これは業務命令だ」

 この時から、プロデューサーさんは最低限の休み、二ヶ月に三度のオフをとるようになったそうだ。つまりおおよそ20日に1日のオフだ。
 そして私は、週に一度オフをいただいているので、こちらもおおよそ7日に1日のオフとなる。

真壁瑞希「最小公倍数は、素因数分解……いえ、今のは忘れてください。周防さんはまだ小学生でした。ですので、すだれ算という方法で求めます。一緒にやってみましょう」

周防桃子「お願い、瑞希さん」

 事務所の私の隣で、桃子ちゃんが瑞希ちゃんに算数の宿題を聞いている。
 学生さんは大変だ。芸能活動の合間に勉強や宿題もある。
 そして今ここに、数学の得意な瑞希ちゃんがいてくれて良かった。そうでなかったら桃子ちゃんは、私に最小公倍数のことを聞いてきただろう。

 いや、私だって数学には多少の心得はある。
 看護師というのは、数学的素養も求められるのだ。
 1本500mlの点滴を1日3本Dr.が指示した場合の滴下数はいくらかを頭の中で計算し、調整したりする必要に迫られたりもする。
 だがそれと、人にそういうことを教えたりするのは別だ。

 そう、私が最小公倍数について理解しているという証拠に、例えばとして計算してみよう。
 20日に1日のオフと7日に1日のオフが一致するには……?

 7は素数なのでこの場合は簡単だ。20と7をかければ最小公倍数は求められる。
 すなわち――

風花「140日に1日……」

 改めて計算してみたことで、その数字の遠慮のなさに少し絶望を感じる。
 私とプロデューサーさんは、おおよそ140日に1度しかオフの日が重なることはないのだ。
 4ヶ月以上に1度!
 1年なんて、365日しかないのだからつまり、年に2度はあっても3度はないのが、私たちが一緒にオフとなる日なのだ。
 いやそれだって、私たちは規則的にオフを迎えているわけではない。様々なお仕事の合間にオフをもらっている。
 つまり実際には年に1度も共通のオフなどないのかも知れない。もしかしたら数年に1度しかチャンスはこないのではないだろうか。

風花「そんなの……私、おばあちゃんになっちゃうよ……」

瑞希「え?」

桃子「え?」

風花「……あ、な、なんでもないのよ」

 慌てて私は、宿題をしている2人に取り繕う。

瑞希「先ほど……140日に1日と呟いておいででしたが、それに何か関係することなのですか?」

桃子「風花さんは、とっても若いじゃない。桃子から見てもそう思うよ?」

風花「う、うん、あの……そういうことじゃなくてね、なんて言うか……」

馬場このみ「え? プロデューサー、明日はオフなの?」

P「ああ、明日予定していた打ち合わせ、先方の都合で全面的に中止になってな。せっかくだから明日、オフ入れちゃってこの先動けるようにしておこうと思って」

 事務室に帰ってきたプロデューサーさんとこのみさんが、そう話しているのが聞こえる。
 せっかくのオフを、休みを取ったことにするというのがプロデューサーさんらしいが、明日と言えば私もオフの日だ。

 普段だったら、いざとなると勇気を出せない私はためらったかも知れない。だが、今は違う。
 先ほどの計算が、私を突き動かした。
 私にとってチャンスは、どんなに多く見積もっても140日に1度しかないのだ!

風花「プロデューサーさん!」

P「お、なんだ風花?」

風花「プロデューサーさんってオフの日はどう過ごしてるんですか!?」

P「え?」

風花「私も明日はオフなんですけど、意外となんにも予定がないんですよ!!」

 言ってしまった。
 いや、事ここに至ってもアピールだけで誘い切れていないのが私らしいとちょっと思うが、それでもやってしまった。
 プロデューサーさんに、同じ日がオフで自分は予定がないアピールを。

P「そうか、風花も明日はオフだっけな。じゃあ……明日は一緒にでかけるか?」

風花「ふぇ?」

P「朝は早くても平気だよな? じゃあ、8時に迎えに行くから」

風花「あ、ひゃ、は、はい」


風花「あ、あの……これはどういう……」

このみ「ついに風花ちゃんが一歩踏み出して、プロデューサーを誘って成功したお祝いと」

百瀬莉緒「明日の対策を考える作戦会議よ」

桜守歌織「……」

 夕刻になり、私はこのみさんと莉緒さんに、半ば強引にバルへと連れて行かれた。そしてそこには歌織さんも待っていた。

このみ「いやー、あの風花ちゃんがプロデューサーにアピールして共にオフを過ごすとはね!」

莉緒「もう一生、関係が進展しないんじゃないかと思ってたのよね!」

歌織「……」

風花「べ、別にそういうのじゃないんですけど……」

歌織「ないの?」

風花「え?」

歌織「そういうのじゃないなら、私が替わりましょうか?」

風花「え? え? え?」

歌織「私は風花ちゃんが羨ましいな。できたら替わって欲しい」

このみ「おおっ! 言ったわね歌織ちゃん」

莉緒「堂々のライバル宣言、女子力が燃えてるわね!」

歌織「好きですよ、プロデューサーさん。でも、このみさんや莉緒さんは違うんですか? 私はみんなライバルだと思っていたんですけど」

このみ「プロデューサー? まあ、好きよ。普通に男性として。でもまあ、積極的に私がセクシーをアピールするまでではないかもね」

莉緒「私も。向こうから『好きだ、つきあってくれ』って言われたら考えるけど、まあ……歌織ちゃんや風花ちゃんの方がずっと好きだってわかってるしね」

風花「えええ? わ、私ってそんな風に見られてたんですか?」

このみ「プロデューサーを射止めるのは、歌織ちゃんか風花ちゃんだろうな……とは思ってるわよ? 少なくとも、急に現れたどっかの誰かに連れてかれちゃうよりはその方が嬉しいし」

歌織「まあ、応援してくださるんですか?」

莉緒「2人に関しては、ね。まあここで一歩、風花ちゃんがアドバンテージを得たわけだけど」

歌織「それなんですけど、私は今日いなかったのでわからないんだけど、風花ちゃんはなんて言って明日デートすることになったの?」

風花「え……プロデューサーさんは、オフの日どう過ごしてるんですかって」

このみ「その後、自分もオフだけどなんの予定もないアピールだったわよね」

歌織「なるほど。けれど風花ちゃんらしからぬ、大胆なアピールだったのよね。なにか心境の変化でもあったの?」

風花「え?」

歌織「風花ちゃん、自分からそういうの言わなそうだなって思ってたから」

風花「心境の変化というか……」

 私は件の計算をみんなに話した。

莉緒「なるほど。140日に1度のチャンスか」

このみ「そう考えると、あの風花ちゃんがああいう行動に出たのも理解できるわね」

歌織「はあ……私にはまだまだ覚悟が足らなかったんですね」

風花「覚悟っていうか、そんなたいしたものじゃないんですけど、でもそう考えたらなんだか……」

歌織「明日はがんばってきてね」

風花「え?」

歌織「立場的に応援はできないけれど、風花ちゃんの勇気は称賛します」

莉緒「うんうん。そういう女の友情もまた、セクシーよね」

このみ「風花ちゃん、明日は決めるところで決めちゃわないと、今度は歌織ちゃんのターンよ?」

風花「き、決めるって……」

このみ「風花ちゃん、歌織さんに秘訣を教えちゃったのよ?」

風花「秘訣?」

歌織「140日に1度のチャンス……ってことですよ。はい、私も次の機会にはその心境でアタックします」

風花「えぇ~?」

このみ「うふふ。今日は明日に備えて、早めに散会しましょうね。風花ちゃんは翌日に残らないタイプだけど、酔うのは早いから」

莉緒「明日、8時だったわよね?」

歌織「え!? 8時……?」

このみ「あーそうか。歌織ちゃんには厳しい時間よね、朝の8時は」

歌織「い、いざとなったら私もなんとか……」

莉緒「随分と早いわよね。もしかしてプロデューサー君、なるべく長く風花ちゃんといたいから……かしらね。うふふ」

 莉緒さんの言葉に、頬が赤くなる。
 そうなんだろうか?
 私と少しでも一緒にいたいから?
 お仕事ではなく、オフの時間を私と少しでも長く過ごしたいから?
 そうなんですか?
 プロデューサーさん。

 実際にはそうではなかった。
 いや、そうではなかったようだ。
 プロデューサーさんは時間通り、朝の8時に私の部屋のインターホンを押した。
 おかしくなるぐらいに、そしてお仕事と混同してるんじゃないかと思ってしまうぐらいにキッカリ朝8時にインターホンが鳴ったのだ。

P「用意はできてるみたいだな。じゃあ行こうか」

風花「はい。あの……今日はどちらに?」

 軽く驚いたような表情になると、プロデューサーさんは頭をかいた。

P「言ってなかったな。映画だ」

風花「映画……なにを見るんですか?」

P「パラノーマル・アクティビティ」

 簡素な答えの中に、私はプロデューサーさんが浮かれている事実を見つけた。
 それは少年が、楽しみにしている夏休みの予定を答えるような、大好きな給食のメニューを答えるような、本当に嬉しそうな感情がこもっていたからだ。

P「実は俺は、映画が好きだ」

 電車の座席に座ると、プロデューサーさんは重大な秘密を告白するかのように私の顔に口を近づけて言った。

P「忙しいので映画館へはなかなか行けないが、今でもDVDをたくさん買って見ている」

風花「知りませんでした」

P「学生時代は、日に3本も4本も見たりしていた」

風花「やっぱり映画の同好会とかサークルに入ってたんですか?」

P「いやー……」

 プロデューサーさんは、頭をかいた。

P「ああいうとこってな、見たい映画を好きなようには見られなくてな」

風花「? そういうものなんですか?」

P「趣味というか好きなものにあんまり人間関係を持ち込みたくなかったんだ。そう言えば、実は……」

風花「?」

P「家族以外の誰かと映画を見に行く、というのも初めてだな。実は」

 少し照れたように言うプロデューサーさんに、私もちょっと顔が赤くなる。
 そうか、プロデューサーさんもこういうの、初めてなんだ。

P「今日、見に行くパラノーマル・アクティビティな」

 照れ隠しなのか、プロデューサーさんは急に話題を変えた。

P「元々は自主制作映画だったんだ。撮影は全部、制作者の自宅。それも7日間で取り終え、制作費はなんとたったの1万5千ドルだ」

風花「それって少ないんですか?」

P「メチャクチャ少ないな。そして完成した映画は、最初12館だけで上映がスタートしたんだが口コミで評判が広がってあっという間に2000館近くの映画館で上映された」

風花「そんなに面白い映画なんですね」

P「もちろん面白いんだが、さっき言ったように低予算で撮ったことで雰囲気がマッチしてるんだ。実はあのスピルバーグがこの映画のリメイク権を獲得したんだが、彼の技術を持ってしても原作を超えられないって言って制作を諦めたというエピソードもある」

風花「プロデューサーさんは、もう見たことあるんですね。その映画」

P「DVDでな。劇場で見たいと思っていたんだが、今日たまたまリバイバル上映されるのを知って、それで」

 なるほど朝の8時というのは、この映画に間に合わせる為だったのだ。
 残念ながら、私と少しでも長く過ごしたいからというわけではなかったが、それでもそうした彼が楽しみにしていたことに付き合えるのは嬉しい。

 映画館に着くと、既に予約してあったのか、プロデューサーさんはすぐにチケットを発券する。

風花「あ、チケット代……」

P「いいって。今日はエスコートさせてもらう」

風花「そんな……悪いです」

P「見たいのは俺だし、誘ったのも俺だから」

 実際には誘ってくれるよう水を向けたのは私だが、こうしていると本当のデートみたいで嬉しい。

風花「あ、じゃあ食べ物をなにか買ってきますね。ポップコーンでいいです?」

P「いや、一緒に行くよ」

 列に並んでメニューを見ながらポップコーンとドリンクを選ぶ。
 ああでもない、こうでもないと話しながらポップコーンの種類やドリンクを選ぶのが楽しい。
 好きな人と列に並ぶだけで、こんなに楽しいなんて。
 しかしここで私は大事なことをプロデューサーさんに聞いていないということに、この時はまだ気づいていなかった。
 そう、これから見るパラノーマル・アクティビティという映画がどんな映画か、ということをだ。

 最初にスクリーンに映ったのは、豪華で広い家が舞台。そう言えばこの映画を撮った人の自宅なんだっけ。
 そこで暮らす、若いカップル。まだ結婚していないけど、双方の親から認められた同棲生活。こんな素敵な家で、好きな人と暮らすとかいいなあ……そういう目で見ていた。
 ところが、徐々に雰囲気がおかしくなる。
 夜になると聞こえてくる不気味な音……
 険悪になりながらも、仲直りを繰り返すカップル……
 あれ?
 もしかしてこれって……

 ホラー映画!?

 カップルの寝室のドアが、2人の寝ている間に勝手に開くシーンに私は悲鳴を上げかけた。

風花「きゃ……」

 その時だった。暖かな手が伸びてきて、私の手を握ってくれた。
 プロデューサーさんだった。
 見れば視線はスクリーンを見たままだが、しっかりと私の手を握ってくれている。

 プロデューサーさんが、私を案じて手を握ってくれている。
 ここが映画館で良かった。
 明るい所だったら、私は真っ赤になっていただろう。
 そう、ここが映画館で本当に良かった……

 結局そのまま、私たちは映画が終わるまでずっと手を握っていた。
 私が不安そうな素振りを見せると、プロデューサーさんは力を入れて握ってくれる。
 言葉は交わさないのに、2人の気持ちが重なり合っているのを感じられて、私は幸せな時間を過ごした。

P「もしかして苦手だったかな? ホラー映画は」

風花「き、聞いてませんでしたよぉ~ホラーだなんて」

P「前に仕事でミイラの役をやった時は……」

風花「あれはお仕事じゃないですか~」

P「いや、悪かった。平気だと思っていて」

風花「まあ……スプラッタ的なホラーはそうでもないんですけど、今日の映画は怖かったですよ~」

P「ああ、さすがに血を見て気分が悪くなることはないんだな。いやそれにしても悪かった。お詫びにこのランチはおごるよ」

風花「まあ。ふふっ、じゃあ……許してあげますね」

P「ありがたい」

 たわいもない話をしながら、2人で昼食を摂る。
 楽しい。
 今日はもう、朝から本当に楽しい。
 デートではないかも知れないけれど、デートみたいだ。

P「さて、この後まだいいかな?」

風花「もちろんいいですけど、どうするんですか? 次の映画です?」

P「いや、今日はもういいかな」

風花「いいんですか? 1日に3本とか4本、見たいんじゃないですか?」

P「せっかく風花と一緒だからな。買い物とか付き合ってもらっていいかな」

風花「え? あ、も、もちろんですよ」

 午後はショッピング。
 これはもう、休日を共に過ごすカップルと言っても過言ではないのではないだろうか。 勘違いしそうになる自分。
 けれど勘違いしそうになるぐらいなら、ここはもう勘違いしちゃおう。
 私はそう考えた。
 だって――

風花「140日に1度しかないことなんだもん」

P「ネクタイ、どれがいいかな?」

風花「その柄ならこっちの色が良くないです?」

P「……俺には派手すぎないか?」

風花「そんなことないですよ。素敵です」

P「じゃあ……それにするか」

風花「普段着なんですけど、これゆったりしていていいですよね」

P「……」

風花「あれ? 似合いません?」

P「いや。風花はなんでも似合うな」

風花「……もう、そういうの適当って思われるんですよ」

P「え? そ、そういうものか?」

風花「でも……ありがとうございます」

P「う、うむ……うん」


P「ここでいいのか? 荷物もあるし、家まで送るぞ?」

風花「ちょっと明日のご飯の食材とかスーパーに寄って買って帰ろうと思いますから。もうすぐそこですから、大丈夫ですよ」

P「……今日は、ありがとう」

風花「いいえ、こちらこそ」

 プロデューサーさんは黙り込んでしまった。
 な、なにか言った方がいいのかな。
 どうしよう……

P「……また」

風花「え?」

P「誘っていいかな」

風花「は、はい。待ってます」

P「良かった。じゃあ……また明日」

風花「はい。おやすみなさい」

 私は幸せだった。
 こんな素敵なオフは初めてだ。
 スーパーでも今日一日のことをひとつひとつ思い返しながら、買い物をした。

風花「手……握っちゃった。ふふっ」

 見ると、家電量販店が目の前にある。
 時々電化製品や消耗品を買っていたのだが、DVD等のソフトコーナーに自分のDVDやCDが置かれるようになると自然に距離をおくようになった。
 恥ずかしいからだ。
 特に自分の水着等身大ポップが店頭に設置された時は、どうしようかと思った。
 結局、顔を隠して下を向きながら前を通り過ぎたのだが、今思い返してもあれは恥ずかしい体験だった。
 今はもうそのポップもない。
 私は意を決して店に入ると、ソフトコーナーに向かった。

風花「パラノーマル・アクティビティ……あ、あった……あれ?」

 ホラー映画のコーナーに今日プロデューサーさんと見た映画、パラノーマル・アクティビティのDVDは置いてあった。
 しかし……

風花「パラノーマル・アクティビティ2……3……4……5? パラノーマル・アクティビティTokyo Night? パラノーマル・アクティビティ呪いのビデオ?」

 その種類の多さに私は圧倒される。
 そういえば大人気となった映画だとプロデューサーさんも言っていたので、きっと続編やその類いの作品も多いのだろう。
 しかしどれがどう違い、どれを選べばいいのかがさっぱりわからない。
 悩んでいる私に、誰かが声をかけてきた。

二階堂千鶴「風花ではございませんこと?」

風花「あ、千鶴ちゃん。どうしてここへ?」

千鶴「先日わたくしのCDが発売になりましたでしょう? それで、どのぐらい売れているのかをちょっと見に……ま、まあ当然完売しておりましてよ。おーっほっほ……げほごほ」

風花「そうなんだ。すごいなあ」

千鶴「それで? 風花はどうしてこちらに?」

風花「あ、えっと……ちょ、ちょっと気になる映画があって、DVDがあるかなー……って」

千鶴「なんですって? もしかして風花、こちらでDVDをお買い求めになるおつもりですの?」

風花「か、買うかどうかはまだ……あ、あるかなーって」

千鶴「それはいけませんわ!」

風花「え?」

千鶴「こちらのお店、手広い量販店ではありますが、それだけお値段には融通がききませんのよ!」

風花「そ、そうなんだ」

千鶴「それって最新作なんですの?」

風花「えっと……リバイバル上映って言ってたから……それにこれだけ類似作が出ているということは……」

千鶴「え?」

風花「あ、な、なんでもないの。最新作っていうわけではないと思うんだけど」

千鶴「でしたら、わたくしについてきてくださいまし!」

 千鶴ちゃんは私にそう言うと、少し離れた商店街へと連れてってくれる。

千鶴「こちらの商店街。活気もあるし、売っている物の質、量共に最高でしてよ」

風花「へえ……千鶴ちゃん、商店街とかでお買い物するんだ」

千鶴「えっ!?」

風花「なんか意外だな」

千鶴「た、たたた、大切なのは本質ですわ! どこで買うのかではなく、良い物を買うべきなんですのよ!! ええ!!!」

風花「そうか。なるほど、そうよね」

千鶴「ええ! ……と、DVDならこちらのお店でしてよ」

店長「へい、らっしゃい! おや、千鶴ちゃん」

千鶴「英雄おじちゃん久しぶり。えっと……風花、なんてDVDなの?」

風花「えっ?」

千鶴「探してたDVDですわよ」

風花「あ、えっと、パラノーマル・アクティビティっていうんですけど」

店長「ああ、パラノーマル・アクティビティな。何作かあるけど、どれかな?」

風花「それなんですけど、私も多すぎて困ってまして」

店長「ふむ。探してるのはどんなヤツ?」

風花「たぶんですけど、一番最初の映画だと思います」

店長「無印か」

千鶴「ありますわよね?」

店長「当然あるけど、あの映画に興味あるならアルティメットBlu-rayコレクションってのもあるんだがどうする? 日本版以外は全部入ってるうえに特典付きで値段も倍ぐらいにしか違わないけど」

千鶴「そうですわね……特典にもよりますけど……あ、これは風花のお買い物でしたわね。いかがいたします、風花?」

風花「あの、私は最初の映画だけでいいんですけど」

店長「なら無印のBlu-rayだな。Blu-rayは見られるのかい?」

風花「は、はい。大丈夫です」

店長「そらきた……えっと……これだな。今はベスト版も出てるから同じ980円でいいよ」

風花「えっ!?」

 そんなに安いの!?
 驚く私だが、千鶴ちゃんは更に交渉をしようとし始める。

千鶴「初めてのお客さんなのよ? ここは半額とかにサービスしておくべきじゃないの?」

店長「かなわないな千鶴ちゃんには。わかった、500円でいいよ」

千鶴「ちょっと待って。980円の半額なら490円でしょう!」

風花「あ、あの! ご、500円でいいですから……!」

 結局、千鶴ちゃんが間に入ってくれたことにより、次もまたこのお店で買うことを約束して税込み500円で私はパラノーマル・アクティビティのBlu-rayを買うことができた。


 千鶴ちゃんにお礼を述べると、私は自宅に戻った。
 手にはBlu-rayのパラノーマル・アクティビティをしっかりと抱えて。

風花「こんなに安く新品を買えちゃうなんて、千鶴ちゃんには感謝よね。あ、あとあのお店の人にも」

 私はプレイヤーにディスクを入れると、再生ボタンを押す。
風花「そうそう、この始まり方に騙されちゃったのよね。もう、プロデューサーさんたらホラー映画ならホラー映画って、最初から言っておいてくれればいいのに……」

 と、そうは言っても、もしプロデューサーさんが「明日はホラー映画を見に行くぞ」と意気揚々と宣言していたとしたら、私はどうしていただろうか。
 ホラー映画なら結構です、と断っただろうか?
 断った?
 140日に1度のチャンスを?
 それは考えにくい。
 では、やんわりとでもプロデューサーさんに予定を変えて欲しいことを伝えただろうか?

風花「どうせ映画を見るなら、ホラーよりももう少し楽しい……恋愛映画とかどうですか?」

 ……いや、パラノーマル・アクティビティと言った時の、あのプロデューサーさんの嬉しそうで楽しそうな、期待の詰まった表情を見た私が、どうにもそれを壊すようなことを言ったとは思えない。

 思考はぐるぐると、私の頭の中で巡る。
 そもそも戻れない過去に想いを馳せて、私はどうしようというのだろうか。
 それに今日は本当に楽しかった。
 最高のオフを送れたのだから、どうやり直したであろうかということなど考える必要もないんじゃないだろうか。

 そうこうしていると、再生されているパラノーマル・アクティビティは例のシーン……にさしかかる。

風花「あ……」

 私は自分の右手を、左手で思わずつよく握る。

風花「ここで……プロデューサーさんが、私のこの手を……」

 思い返すだけで幸せな、胸がいっぱいに何かで満たされるような感覚になる。
 だって……

風花「あの人が、私の手を握ってくれた……」

 私は幸せな気持ちで、プレイヤーを停止する。
 今日は、いい夢が見られそうだ。


このみ「そんな早い時間に帰ってきたの!? な、なにやってるのよ風花ちゃん!!」

 翌日、私はこのみさん莉緒さん歌織さんに取り囲まれると、昨日はどうだったのかと聞かれ、問われるままに答えた結果のこのみさんのリアクションがこれだった。
 ちなみに莉緒さんはなぜか少し首を傾げ、歌織ちゃんもなぜかホッとした表情を見せる。

このみ「私はね」

 このみさんが、私に詰め寄る。

このみ「風花ちゃんがこの140日に1度というチャンスを逃さないだろうと思っていたの。つまりその、決めちゃうんじゃないかってね!」

莉緒「このみ姉さん? 決めるってそれはなにを……」

歌織「き、きめ……」

風花「そ、そんなこと……」

 莉緒さん以外の3人は、真っ赤になりながら顔を見合わせる。

風花「き、昨日が実質初めて2人だけで過ごしたプライベートだったんですよ? いきなりそんな、ね、ねえ」

歌織「ううん」

風花「え?」

歌織「私が風花ちゃんだったら、き……き、おほん。決めちゃったかも知れないわよ?」

 さすがに照れているのがわかる顔の赤さだが、歌織さんは私にそう言った。
 それが事実かどうかは問題ではない。
 これは歌織さんから私への、ライバル宣言なのだ。
 そう、次は……


歌織「プロデューサーさん、次は私にも時間を取っていただけませんか?」

 その日の午後、歌織さんはプロデューサーさんにそう言った。
 側には私もいるのだが、歌織さんは臆していない。
 自然と私はうつむく。
 プロデューサーさんが、ちらりと私を見た気がした。

P「時間……というと?」

歌織「次のオフ、私をエスコートしていただけませんか?」

P「次のオフって、俺のですか? 再来週以降になりますけど……」

歌織「かまいません。いつですか? その日は、私もオフにしてください」

 うつむいたまま、私は身が縮むような思いになった。
 いやむしろ、このまま小さくなって2人の視界から消えてなくなりたい。

P「……じゃあ、来月の3日に」

歌織「はい。楽しみにしていますね」


 そこからの3週間近く、私は悶々とした思いで過ごすことになった。
 歌織さんは、本当にその日にすべてを決めてしまうのだろうか。
 そもそも2人でどこに行き、なにをするのだろうか。
 そうしたことが千々に頭を巡り、私の胸を痛める。
 そして歌織さんとプロデューサーさんのオフが重なる日の前日のことだ。

風花「あの、どうして私の家に集まるんですか~?」

このみ「まあほら、前回風花ちゃんがプロデューサーと出かける日の前にも集まったじゃない?」

莉緒「なるべく条件はそろえた方がいいんじゃないかな、って」

歌織「でも私、今日は早く寝るつもりなんですけど……」

 歌織さんも困惑しているところを見ると、この訪問は莉緒さんとこのみさんの発案らしい。

このみ「早く寝れば、早く起きられるの? 歌織ちゃんは」

歌織「それは……そうでもないんですけど、やらないよりは……と」

莉緒「睡眠は量よりも質、って聞いたことがあるんだけど」

風花「それはあるかも知れないですね。質のいい睡眠は、肉体の疲労回復も早いみたいですし」

歌織「そうなの? でも具体的にはどうすればいいのかしら」

このみ「要はぐっすり眠る、ってことでしょ? それなら歌織ちゃんはいつもぐっすり眠っていると思うのよね」

歌織「え?」

莉緒「揺すったり大きな声で起こしても起きないものね」

 申し訳ないが、私は吹き出してしまった。
 そう。確かに歌織さんは、一度眠ると起こしてもなかなか起きない。そして起きてもいつもの歌織さんが起動するまで、かなりの時間を要する。
 その間の歌織さんは、少し子供っぽい。その寝ぼけ眼の歌織さんを思い出してしまう。

歌織「風花ちゃん」

風花「え? ははは、はい」

歌織「今、寝起きの私は子供っぽいって思って笑ったでしょ?」

風花「そ、そんなことは……」

歌織「違うの?」

風花「……ごめんなさい」

歌織「やっぱり……はあ」

莉緒「歌織ちゃん、普段は大人っぽいから余計に。ね」

このみ「そうよね。それで? 明日のご予定は?」

歌織「とりあえずドライブ……ということになってるんですけど、どことは決まってなくて」

莉緒「いいじゃないの。車の中ってことは、2人だけの空間ですものね!」

このみ「でも、普段の仕事の送迎と変わらない気も……」

風花「ですよね」

歌織「やっぱり……なにかこう、特別な雰囲気って出せないでしょうか」

このみ「そうね。そうすると風花ちゃんは、結果はともかくまあまあの選択だったわよね」

風花「え?」

莉緒「映画だったのよね? 2人並んで座って同じ時を共有……周りは暗いしあまり気にされない。なるほど、理想的かも知れないわね!」

風花「そ、そんな。でもそれは、プロデューサーさんが決めたシチュエーションでしたし」

歌織「ドライブはまずかったでしょうか?」

このみ「そんなことはないと思うわよ? でも、なにか一工夫必要かもね」

莉緒「歌織ちゃんの車で行くの? なんかすこい車に乗ってそうよね」

歌織「私のというか、父の所有なんですけどヴァンキッシュっていう車です」

このみ「もしかしなくても外車よね?」

歌織「アストン・マーティンです。英国車ですね」

このみ「それは……どうなのかしらね。プロデューサー気後れとかしないかしら」

歌織「まあ、そういうものなんですか?」

莉緒「左ハンドルでしょ? プロデューサーくん、運転とかしたことなさそうだから、歌織ちゃんばっかり運転することになるんじゃない?」

歌織「私はかまいませんが」

このみ「駄目よ。デートなんだから、むしろずっとプロデューサーが運転してた方がいいの」

歌織「はあ。そうすると国産車……」

莉緒「ないの?」

歌織「いえ。父は愛国者ですからもちろんありますけど、普通の車なので……なんていうか特別な日だから特別な車にしたいなと」

このみ「気持ちはわかるけどね。風花ちゃんだって特別な場所に行ったわけでもないし」

風花「はい。でも楽しかったですよ。プロデューサーさん、映画が大好きなんだそうです」

歌織「ええ? 知らなかったなあ。じゃあチキチキバンバンにでも乗って行ったら喜ばれるのかな?」

このみ「持ってるの!?」

歌織「持ってはいないんですけどね」

このみ「それはそうよね」

 チキチキバンバンというのがなんなのか私は知らないけれど、私たちは笑った。

 歌織さんはライバルだし、明日は彼女のターンなわけだが敵愾心というものを不思議なぐらい、私は持てないでいる。
 こうして大人組のみんなで集まって飲みながら、わいわいと話すのはやはり楽しいし、女同士の友情も感じる。
 そう、私もわかった。
 この恋に敗れるなら、プロデューサーさんが誰かを選ぶなら、たとえそれが自分でなくてもこの中の誰かであって欲しい。

莉緒「あ、ちょっとテレビいい? 確か今日は、ヨーギいつきの3分間でできるヨガ3時間スペシャルが……あれ?」

このみ「なにこれ? 今何か変なものが……あ、テレビじゃなくてDVDか」

歌織「本当。レジュームで、途中から再生してるのね」

莉緒「レジューム?」

このみ「途中で止めたDVDを、その場所から再生するプレーヤーの機能よ。え? ちょっとこれ、もしかしてホラー映画?」

歌織「ケースがここに……パラノーマル・アクティビティ?」

 実は私は最近ほとんど毎日、このパラノーマル・アクティビティを再生している。
 その意味では買って良かったDVDだが、実はいつもこのシーンしか見ていない。
 このシーンにさしかかると、あの時……プロデューサーさんが私の手を握ってくれた事が、あの手の感触と気持ちが、私の中に鮮明に蘇る。
 それで、日課のように私は毎日このDVDを再生しているのだ。このシーンだけを。

莉緒「意外よね。風花ちゃんがホラー映画なんて」

風花「ま、まあ、心境の変化というか」

歌織「……プロデューサーさんと見に行った映画なんでしょう?」

風花「うっ」

 歌織さんは鋭い。

このみ「なるほどね。プロデューサーと見た映画だから、手元に置いておきたい……と。それもまた女子力よね」

歌織「……私やっぱり、ヴァンキッシュで行きます! デート!!」

莉緒「え?」

歌織「それで父からヴァンキッシュはもらい受け……いいえ、買い取ります。それで私の記念車にします!」

このみ「歌織ちゃんなりのライバル心ね。うんうん。それも女子力だわ」

 段々、女子力がわからなくなりながらその日の会合は浅い時間に終了した。
 明日は……歌織さんのターンだ。


 翌日の私の仕事ぶりは、お世辞にも誉められものではなかった。
 プロデューサーさんの代わりに来てくださった社長さんの熟練のフォローでなんとか事なきを得たが、申し訳なさに私は社長さんやスタッフの方々に頭を下げて回った。
 無論それは、歌織さんとプロデューサーさんのデートがどうなっているのかが気になって仕方がなかったからだ。
 でも、先にあった私のターンでは歌織さんもやはり同じ思いをしたであろうし、歌織さんはきちんと仕事もこなしている。
 その敗北感と心配と、そして申し訳なさに私は事務所に戻ると落ち込んでしまった。

桃子「風花さん、どうかしたの?」

瑞希「私でよければ、手品でもお見せしましょうか?」

 桃子ちゃんと瑞希ちゃんが、そんな私を気遣って声をかけてくれる。

風花「大丈夫よ2人とも。ありがとう」

 普段なら私が劇場のみんなの体調を気遣うのだが、今日は私が気遣われている。
 ちょっとした反省感におそわれていると、事務所にこのみさんと莉緒さんが帰ってきた。

このみ「まあ気持ちはわかるわよ」

 このみさんはポンと私の頭に手をおいてくれる。
 優しい、なぐさめの手の温かさだ。

莉緒「歌織ちゃんも、風花ちゃんとプロデューサーくんのデートの時はそうだったものね」

 そうだったの?
 そっか、歌織さんも……

莉緒「待つ身は辛いって言うし、今夜はこれから飲みパーティーにしましょうよ」

このみ「そうね……風花ちゃんどう?」

 正直、飲みたい気持ちではなかったけれど、1人で今の精神状態を乗り切れる気はしなかった。

風花「そうですね……はい」


莉緒「降ってきたわね。風花ちゃんの家が近くて助かったわ」

このみ「悪いわね、連日押し掛けちゃって」

風花「いえいえ。あ、タオルこれどうぞ。なんならお風呂わかしますけど」

莉緒「そんなに濡れてないから大丈夫よ。それにしても降り出したわね……歌織ちゃんたち大丈夫かしら」

このみ「案外、雨を口実にどこか休憩に入ったりしてるかもよ……あ! ま、まあ可能性としてね」

 途中で気づいたこのみさんが、私を気遣うように付け加える。
 そう、歌織さんは機会を逃さないつもりだと言っていた。
 どうなんだろうか。
 そうなんだろうか。
 その想像は、私の心臓を容赦なく責めてくる。
 だけど、もしそうだとしても歌織さんの勇気は賞賛したいという気持ちも嘘偽りなく私は持っている。

このみ「……ねえ」

風花「? はい?」

このみ「今、ドアの外で何か物音がしなかった?」

風花「えっ!?」

莉緒「やだ。誰かにつけられたのかしら……アイドルが3人も連れだってたから」

風花「ど、どうしましょう……こういう時はプロデューサーさんに……あ」

 そのプロデューサーさんは、プライベートな時間中だ。それも……いや、今はそれはいい。

このみ「私がちょっと見てみるわ」

 このみさんはそう言うとドアに向かい、ドアアイから外をうかがってくれる。

このみ「あ!」

風花「ど、どうしたんですか?」

 このみさんは、慌ててそのまま施錠を外すとドアを開けた。


 そこにはびしょ濡れのまま立ちつくす、暗い顔でうつむく歌織さんの姿があった。


 一瞥して何かが起こったことは理解できた。
 私たちは大慌てで歌織さんを部屋へと招き入れ、とりあえずお風呂に案内した。
 歌織さんはその間、一言も発しなかったが浴室からは水音に紛れ、彼女の泣き声が聞こえてきた。
 何をしたんですかプロデューサーさん!
 我がことのように胸に痛みを覚えながら、私は歌織さんのその泣き声を聞いていた。

 しばらくすると、歌織さんは浴室から出てきた。
 私の服を着て、目はまだ赤いが、それでも少し元気が戻ったように見える。

歌織「ごめんなさい、迷惑をかけて」

風花「そんなこと全然ないです。えっと……大丈夫?」

歌織「ええ。少し落ち着いたわ……あの」

風花「え?」

歌織「醜態をさらしちゃったわね。そんなつもりはなかったのに」

風花「そんなことありませんよ。でも、その……」

このみ「何があったのか、聞いてもいいの?」

歌織「お2人もおられるとは思わなかったんですけれど、却ってちょうどいいかも知れませんね」

莉緒「もしかして……」

歌織「はい、失恋しました」


 その後は落ち着いたのか、歌織さんはさっぱりとした口調になって、今日なにがおこったのかを話してくれた。

P「すごいのに乗ってくるんじゃないかとは思っていましたが、ヴァンキッシュですか」

歌織「まあ、ご存じでしたか」

P「憧れの英国車ですよ、アストン・マーティン・ラゴンダの車は」

歌織「わあ、アストン・マーティン社の正式名称までご存じとは思いませんでしたね」

P「いや実は俺、映画が大好きで……」

歌織「……そうなんですね」

P「? アストン・マーティン・ラゴンダは007のボンドカーとして有名ですからね! ヴァンキッシュはダイ・アナザー・デイでピアースが乗ってたんですよ!! ピアース最後の007で!!!」

歌織「……良かった。やっぱりヴァンキッシュにして」

P「え?」

歌織「いえ、別に。そんなに喜んでもらえるとは思いませんでしたから」 

P「これ俺、運転してもいいんですか?」

歌織「ふふっ。じゃあ、お願いしますね」



歌織「ちょっと新鮮ですね、この車の助手席に乗るのは」

P「いつもこれを運転しているわけですか。すごいな」

歌織「お買い物とか、近場へは普通の車にも乗っていますよ?」

 西の方角へドライブを開始した2人は、なんとなくで芦ノ湖まで行ったそうだ。

歌織「晴れていて良かったですね。富士山があんなに綺麗に」

P「疲れてませんか、歌織さん」

歌織「安全運転だったので平気ですよ。初めての車なのに、運転がお上手なんですね」

P「VIPを助手席に乗せていますからね」

歌織「まあ、ありがとうございます」

P「せっかく芦ノ湖まで来たんですから、ランチにワカサギでもどうです?」

歌織「名物なんですね?」

P「確か、宮内庁にも献上してるんじゃなかったかな」

歌織「そうなんですか。では、高貴な気分でランチにしましょうか」

P「歌織さんといる時は、いつもそんな気分ですよ」


風花「……」

莉緒「え? な、なんかいい雰囲気だったんじゃない?」

このみ「そこまでは予想以上だったわけね」

 歌織さんといると、いつも高貴な気分?
 そうなんですかプロデューサーさん?
 じゃあ、私は?
 私といるとどんな気分なんですか!?

歌織「その後、湖畔のお店でワカサギや駿河湾直送の桜エビとかを堪能して、帰途についたんですけど……」

風花「けど?」

歌織「その車中でプロデューサーさんが……」


P「まだ浅い時間ですけど、どこか行きたい所とかありますか?」

歌織「……言ってもいいんですか?」

P「もちろん。たまのオフですし、今日はこんないい車を運転させてもらいましたからね」

歌織「実は私、行きたいところがあるんですけど……本当にいいんですね?」

P「今から行って、歌織さんの門限までに送り届けられる場所ならいいですよ」

歌織「……本当に?」

P「? ええ」

歌織「それでは私……プロデューサーさんのお宅に行ってみたいです!」


風花「!」

莉緒「プロデューサーくんの自宅訪問?」

このみ「ふ、踏み込んだわね歌織ちゃん」

歌織「ドライブデートだけでも楽しかったんですけど、もう少しだけ……勇気を出してみよう、って」


P「ご、5分だけここで待っていてください」

歌織「ドアの前でそう言われて。まあ実際には10分ぐらいかかったんですけど、中に入れてもらいました」

 えええ~! い、いいなあ。プロデューサーさんのお家。
 どんな感じなのかな。
 アパートなのは知っているけど、どんなところに住んでるんだろうプロデューサーさん。

莉緒「なんか、家のこととかあんまり手をかけてなさそうよねプロデューサーくん」

このみ「確かにそんなイメージあるわよね。でも独身男性の家なんてそんなものだと思うし」

歌織「あ、そんな散らかってはいませんでしたよ? 流しに洗い物とか、洗濯物が散らばってたら全部洗って差し上げようかと思ってたんですけど、それもありませんでしたし」

風花「……」

 わ、私だってそういう場というかシチュエーションだったらやってあげたと思う……というかやってあげたいな。
 もう、お仕事以外もちゃんとしてくださいね……とか言いながら……プロデューサーさんも頭をかいたりして……

莉緒「そういうの、女子力のポイント高いわよね!」

このみ「そうね。でも意外にきれいだったのね」

歌織「最初はそう思ったんですけど、クローゼットからガタッて音がして」

このみ「え?」


歌織「今、なにか音が……」

P「あー……い、いや。そこは……」

歌織「……開けてみてもいいです?」

P「そ、それは!」

歌織「失礼しますね」

 ガラガラガラガラザラザラドサドサ

歌織「これは……」

P「あ、あはははは」


このみ「な、なんだったの!?」

歌織「DVDです。比喩でもなんでもなく、山のような映画のDVDがクローゼットを開けたら崩れ出てきて」

風花「ああ」

 そう言えばプロデューサーさん、言ってたっけ。
 忙しいので映画館へはなかなか行けないが、今でもDVDをたくさん買って見ている……って。
 あれは本当のことだったわけだ。それにしてもそんな、山のようにとは……

歌織「……風花ちゃん」

風花「え?」

歌織「なんだか知ってた、って感じよね」

風花「あ、えっと、この間映画を見に行った時にそんなことをプロデューサーさん言ってたな……って」

歌織「……そうなのね」

莉緒「? それで? それからどうなったの?」

歌織「え? ああ、その山のようなDVDを前にして……」


歌織「これだったんですね? 私に待っててくれっておっしゃったのは」

P「え、ええ。足の踏み場ぐらいは確保しないと、と……」

歌織「ふふっ。もう、お仕事以外もちゃんとしてくださいね」

P「あ、はあ。面目ありません……」

歌織「じゃあ、ちょっと整理して片付けましょうか」

P「え?」

歌織「このままにしてはおけませんから」


莉緒「なるほど、それも女子力よね」

このみ「お宅訪問に続き、世話女房アピールもできたわけね。でも……」

風花「あ」

 そうだった。
 歌織さんは失恋してここに来たんだった。
 なにがあったんだろう。
 プロデューサーさん、歌織さんになにをしたんですか?

歌織「そこまでは楽しかったんですよ。例えば……」


歌織「このバスケット・ケースという映画は、ジャンルはなにになるんですか?」

P「怪人ジャンルなんですが、続編の2と3がどこかにあるはずなので、それを見つけるまで別にしておいてもらえますか」

歌織「はい。それと北京原人の逆襲というこのDVDのジャンルは?」

P「キングコングものの隣に置いておいてください」

歌織「え?」

P「はい?」

歌織「北京原人なのに、キングコングと同じジャンルなんですか?」

P「キングコングの便乗作品なんです」

歌織「そうなんですか……ではこの赤い風船という映画は?」

P「えっ!?」

歌織「はい?」

P「こんなところにあったのか……探していたんですよ、この映画」

歌織「それは良かったですね」

P「ありがとうございました、歌織さん」

歌織「どういたしまして。あ、このCUBE2という映画は?」

P「捨てましょう」

歌織「えっ!?」

P「いい機会だ。整理のついでに捨てましょう」

歌織「いいんですか!?」


歌織「談笑しながらパッケージを見てどんな映画かプロデューサーさんに聞いたり、色んなお話をして……でも」

 歌織さんは、私を見た。
 な、なんだろう?

歌織「あ」

P「どうかしましたか? それは……あ、パラノーマル・アクティビティですか」

歌織「……このDVD」

P「?」

歌織「どうしてケースだけで、中にディスクが入っていないんですか?」

P「!」

歌織「どこにあるんですか?」

P「それは……その」

歌織「……失礼します。いいですよね、つけてみて」

P「……はい」


莉緒「え?」

このみ「結局、なにがあったの?」

歌織「……風花ちゃん、失礼するわね」

 歌織さんはそう言うと、私の部屋のテレビをつけてプレーヤーを作動させる。
 昨夜と同じ、パラノーマル・アクティビティのいつものシーンがレジューム機能で再生され始める。

莉緒「これが……え?」

このみ「歌織ちゃん!?」

 歌織さんは、大粒の涙を流していた。
 ディスプレイを見て、泣いていたのだ。

風花「歌織さん?」

歌織「同じなの」

風花「え?」

歌織「プロデューサーさんの部屋のプレーヤーも、同じ場所で……このシーンで再生されたの。レジュームで、風花ちゃんの部屋とまったく同じに……」

 え?
 プロデューサーさんもパラノーマル・アクティビティを……
 このシーンを?

歌織「風花ちゃんも、プロデューサーさんも、同じ映画のDVDをプレーヤーに入れっぱなしにしていつも見ている。それもまったく同じシーンを。その瞬間、私はわかったわ。2人は通じ合ってるんだ、って」

 歌織さんは、少し残念そうだがそれでも笑ってそう言った。
 その言葉に私は、二重のショックを受ける。
 私が毎日のようにあの映画のあのシーンを見るのは、あの時のプロデューサーさんの手の感触と気持ちをまざまざと思い出せるからだ。
 そしてプロデューサーさんも同じ事をしている? それはやはり、私と同じ気持ちなのだろうか? あの時を、手の温もりと気持ちを思い出している?
 それは――信じられないぐらい、泣きそうになるぐらい嬉しいことだ。
 けれどそれが事実なら、その事実によって傷つけてしまった人がいる。そう、歌織さんだ。
 楽しいデートをしていたのに、当の相手は違う者を想っていたのだとしたら。そしてそれに気づいてしまったとしたら……

歌織「そんな顔しないで、風花ちゃん。私、負けたからには勝った相手を祝福したいの。そう、あなたの勝ちよ。風花ちゃん」

風花「そんな、あの、私、なんて言っていいか……」

歌織「じゃあ、ひとつだけ聞いてもいい?」

風花「え? あ、はい」

歌織「あの映画のあのシーンで、プロデューサーさんとの間になにがあったの?」

風花「あ……ええと、あの、怖いシーンだったので私が悲鳴を上げそうになったら、プロデューサーさんが手を握ってくれて……」

歌織「そうか。そうなのね。わかった」

莉緒「なるほど。プロデューサーくんも、風花ちゃんの手を握ったことをいつも思い出して……」

このみ「これは確かに完敗よね。風花ちゃんとプロデューサー、同じ気持ちで同じ時をずっと大事にしてるのを見せつけられたらね」

歌織「はい、むしろさっぱりしました。プロデューサーさんの気持ちを知ることができて」


歌織「さあ、それじゃあプロデューサーさんも心配しているでしょうし」

風花「?」

 歌織さんはそう言うと、バッグからスマホを取り出す。
 そして電源を入れると、途端に着信が鳴る。

P「ようやく繋がった。歌織さん? 今、どこにいるんです? どうして急に飛び出して行ったんですか!?」

歌織「ご心配おかけしました。今からこちらに来ていただけますか?」

P「わかりました。どこです?」

歌織「風花ちゃんのお部屋です」

P「え?」

 言い終えると、歌織さんは通話を切ってしまった。
 そしてすぐにプロデューサーさんはやって来た。
 私がドアを開けると、訝しげに彼は聞いてくる。

P「風花。歌織さん、ここに来ているのか?」

風花「ええ、まあ……はい」

 私は、どうぞと手を室内に向ける。
 考えてみれば、初めてプロデューサーさんを自分の部屋に招き入れるわけだ。
 彼は公私を混同しない人なので、仕事の送迎に来てくれる時でも決して室内には入ってこない。
 せっかくなのでお茶でもどうですか、と何度か誘ったがそれも彼は丁重に断るのが常なのだ。

P「……失礼します。え? このみさんに莉緒も?」

このみ「すぐ帰るわよ。邪魔者は退散するから」

莉緒「ええ、歌織さんもちゃんと送り届けるから心配しないで」

P「それはどういう……」

歌織「プロデューサーさん」

P「はい」

歌織「さっきはすみませんでした。急にお宅を飛び出したりて。でも、これを見ていただいたらその理由もわかっていただけると思います」

 歌織さんは、またプレーヤーを作動させる。
 パラノーマル・アクティビティのいつものシーンが再生される。

P「え? あれ? パラノーマル・アクティビティ? この場面……ここ、俺の部屋じゃないですよね……あれ?」

歌織「2人とも、同じ想いなんですよ。2人ともこのシーンが流れた時間を大切にしていて、今でも思い出している……それがわかったから、私は敗北を認めます」

P「敗北って……」

歌織「だから最後に見届けさせてください。プロデューサーさんの気持ちを、風花ちゃんに教えてあげてください」

 え?
 えぇ~!?
 い、今ですかぁ!?
 もういっぺんに色々なことが起こりすぎて、私は混乱している。
 プロデューサーさんと歌織さんのデートの結末を心配していたら当の歌織さんがびしょ濡れで立っていて、話を聞いたら楽しそうなデートをしていてちょっと嫉妬して、そうしたら歌織さんは更に踏み込んでいて、でもそうしたらプロデューサーさんも私と同じ……で、でも急にウチに呼んで、想いを……って!!!

P「そういうことだったですか……すみません、俺は今日は純粋にオフの外出を楽しんでいました。歌織さんも気の合う仲間という気持ちで……」

歌織「それはもういいんです。でも、風花ちゃんとは違うんですよね」

P「ええ……風花」

風花「ひゃ、ひゃい!」

P「俺は風花が好きだ。この間の2人の時間は、忘れられない時間だった」

風花「あ、は、わ、私も……です」

 私は真っ赤になってうつむいた。
 その頭を、プロデューサーさんが撫でてくれる。
 後に聞いた話だと、彼も真っ赤になっていたらしい。

莉緒「抱き合ってもいいのよ?」

歌織「ええ。そのぐらいしてもらわないと、プロデューサーさんのこと諦められないかも知れませんし」

このみ「はいはい、もうそのぐらいにしておいてあげなさい。良かったわね、風花ちゃん。そしてえらかったわね、歌織ちゃん」

歌織「全力でぶつかって負けましたから、悔いはないです。まあ悲しくないわけはないですけれど、風花ちゃんなら祝福できます」

莉緒「うんうん。本当にえらいわ」

このみ「じゃあ私たちは退散しましょうか」

風花「え?」

歌織「そうですね。ちゃんと2人が気持ちを伝え合うのを見届けましたし」

莉緒「タクシー呼んでおくわね」

 み、みんな帰っちゃうの!?
 私とプロデューサーさんを残して!?
 わ、私どうすればいいの!?

 私が戸惑っている間に、本当に3人は帰って行ってしまった。
 呆然とする私は、為す術もなく突っ立っていたが、ようやくプロデューサーさんの顔を見る。

風花「お、お茶でも……」

P「風花」

風花「あ……はい」

 プロデューサーさんが、私を抱きしめてくれた。
 私も彼の背に手を回し、抱きしめた。

 至福の瞬間だった。

 テレビとプレーヤーは、止める者がいないままパラノーマル・アクティビティをずっと流し続けていた。

一旦ここで止まります。


このみ「え? 抱きしめ合っただけ? そ、それで終わっちゃったの!?」

 翌日、結局あの後どうなったのかを聞かれ、私は正直に3人に真実を答えた。
 抱き合った後、なんだか急に恥ずかしくなり私たちは離れ、でも彼はずっとうちにいてくれて色々な話をした。
 オーディションで会った時から、彼は私を好きだったそうだ。だがそんなことをおくびにも出さずにプロデュースをしてくれていた。
 私は、少しずつ彼を好きになっていったことを話した。

歌織「いいじゃないですか。風花ちゃんらしいペースで。もう気持ちが通じ合ったんだし、急がなくても」

莉緒「急ぐ……ってなにを?」

このみ「まあ、そうよね。これから少しずつ……よね。あ、そうだ。あの後、ちょっと3人で話したんだけどね」

風花「? なんですか?」

莉緒「そうだったわ。ほら、例の140日に1度しか2人のオフが重ならないって話よ」

歌織「2人がつきあい始めたのは、この4人の間だけの秘密にしておくことにして、でもさすがにつきあってるのに140日に1度しか一緒に同じ時間を過ごせないのは可哀想じゃない」

このみ「私たちの間だけならオフを調整してあげるから、せめてもう少し2人が一緒にいられるようにしてあげようって相談したのよ」

莉緒「嬉しいでしょ? 風花ちゃん」

このみ「女の友情も女子力ですものね」

歌織「負けたからには潔く、2人を応援するわ」

 ど、どうしよう。
 確かに私は、あの後プロデューサーさんと私との間になにがあったのかを正直に話した。
 だが実は、3人に話していない事実がひとつある。
 それは……

歌織「ど、同棲!?」

莉緒「それも昨夜からもう!?」

このみ「ふ、踏み込んだわね……!!」

風花「彼が、その……もっと2人の時間を作りたいけど仕事は減らせないし大事なので、それで……一緒に暮らさないかって」

莉緒「……聞いた? 彼が、ですって」

歌織「ええ、聞きました。それにつまりあの後プロデューサーさんは、そのまま風花ちゃんの部屋に?」

風花「な、なんにもなかったですよ!? 彼は床に毛布だけで寝てましたし」

このみ「そうは言うけど、同棲ってことはつまり同衾もすぐ視野に入ってるじゃない!!」

莉緒「……ドーキン?」

 仕事ぶりからもわかっていたことだけど、やるとなったら彼の行動は早く、そして強い。
 住所が同じだと芸能レポーターに嗅ぎつけられるとのことで、彼のアパートの賃貸はそのままにして彼は私の部屋に住み始めた。
 そのおかげで、オフの日は140日に1度だが毎日一緒に私たちは過ごせている。
 オフでなくても仕事終わりに買い物を2人でしたりして、その時間はデートと同じく楽しい。いや、2人でいれば買い物だろうと料理だろうと食事だろうと、輝くような幸福の時間だ。


 ただ最後にひとつだけ、私と彼との間において思わず苦笑いしてしまうようなエピソードがあった。
 彼とつきあい始めたこと――そして同棲していることは、私と歌織さんたち3人と彼の5人だけの秘密だったが、意外なことから意外な人にそれが漏れ、そして更に意外な事実が明らかになった。


千鶴「あの、風花……もし間違っておりましたら申し訳ないのですけれど」

風花「なに? 千鶴ちゃん」

千鶴「その……もしかして風花、プロデューサーとつき合っているのではありませんこと?」

風花「……え!?」

千鶴「間違いでしたら謝りますけれど、先だっての商店会で風花とプロデューサーらしき人が楽しそうに買い物をしていた、というお話が町内会……いえ、と、匿名の会合で複数持ち上がっておりまして」

風花「えええぇ~!?」

 そう、いつだったか千鶴ちゃんに連れて行ってもらった商店街。あそこはとても雰囲気が良く、庶民的な空気から私たちも身バレしにくいのではとよく行っている。
 もちろん変装はしていたが、まさかバレていたとは。

千鶴「あ、心配はいりませんことよ。ちゃんとみなさんわたくしの場合と同よ……い、いえ、分別をわきまえた方々でらっしゃるからどこにも話したりはしておられませんし、私も口外しないようお願いいたしましたから心配もありませんことよ」

風花「そ、そうなんだ。ありがとう千鶴ちゃん。そ、そうなの実は……少し前からおつき合いを。それでその、今は一緒に……住んでいて」

千鶴「やはりそうでしたのね」

風花「やはり……って、ええっ!?」

 つき合っているのはともかく、同棲の事実までどうして千鶴ちゃんが知っているのか。

千鶴「実は英雄おじさんの店……あ、先日DVDを買ったお店なのですけれど」

風花「? うん」

千鶴「毎週のように来て、ものすごい量の映画のDVDを買ってくれる上得意様が最近できた、と」

風花「……もしかして、それって」

千鶴「話を聞く限り、どうもプロデューサーらしいのですわ」


P「どうも」

店長「お、またアンタかい。いつもありがとうな」

P「いやあ、これほど品揃えが豊富で確かな店は、なかなかありませんからね。この商店街の馴染みになって本当に良かった」

店長「嬉しいね。ところで、これアンタ好みじゃないかと思うんだが、どうだい?」

P「これは……『太陽と月に背いて』に『ターミネーター2特別編日本語吹き替え完全版』、それにこちらは『黒い絨毯』じゃないですか!」

店長「アンタならコイツらの価値をわかってくれると思ってたよ。そしてほら、コイツだ」

P「あっ! これはあの幻の『ジェシー・ジェームズ対フランケンシュタインの娘』!!」

店長「ああ。アンタ、『ビリー・ザ・キッド対吸血鬼ドラキュラ』は持ってるって言ってただろ? なら2本組セット映画の片割れであるコッチも欲かろうと思ってな」

P「もちろんこれ全部、買います!!!」

 もう。
 私は思わず吹き出してしまう。
 相変わらず彼は、映画をDVDで見ているのだ。
 そう、同棲するようになって私も一緒に見ることもある。
 彼が様々な知識で解説してくれながら、隣で寄り添って見る映画は私も大好きだ。

 ……ん?


風花「毎週、山のようにDVDを買って……え?」

千鶴「プロデューサー、風花の部屋にそんなに持ち込んではおりませんわよね? なんでも英雄おじちゃんの話によると……」


店長「しかしアンタ、そんなDVDをたくさん買い込んで、場所に困らないのかい?」

P「それが大丈夫なんですよ。元々住んでいたアパートに最近、DVDを置くようにしましてね」

店長「元々住んでいた、ってアンタ今はどこに住んでるんだい?」

P「……実は今、恋人と一緒に暮らしていまして」

店長「そりゃいいな。遠慮なくDVDを買い込んでも置き場所にゃあ困らないわけだ」


千鶴「と言ってたので、もしかして商店街に来ている2人が風花とプロデューサーなら同棲をはじめたのではないかと気づいたのですわ」

 千鶴ちゃんには改めて口止めをし、商店街の方々にも同様のお願いとお礼してもらえるように述べた。
 そして私は彼に、ちょっと不貞腐れたかのような表情で聞いてみた。

風花「私と同棲を始めたのは、DVDの置き場確保の為だったんですね?」

P「い、いや、もちろんそうじゃなくて、純粋に風花が好きで一緒にいたいからで、今のアパートがそのままなのもマスコミ対策で、ただそれだけの為に賃貸しておくのもなというだけのことなんだ。信じてくれ!」

 私としても、本気で彼がDVDの置き場を作るために私と同棲を始めたのではないことはわかっているが、慌てて弁明をする彼はちょっと可愛らしい。
 仕事の場ではなかなか見られなかった、新鮮な表情だ。

風花「……本当ですか?」

P「ああ。もちろん将来的には……風花がトップアイドルになってから引退ということになったら、大々的にマスコミにも公表するし家も考えてるから」

風花「……」

P「風花?」

 ちゃんとそういうこと、考えくれてるんだ。
 なんとなくではないけれど、流れで同棲を始めた感じもあったが、彼は真面目に私との将来のことを考えてくれていたのだ。
 それは素直に嬉しい。

風花「嬉しいです」

P「うん」

風花「これからも、よろしくお願いしますね」

P「ああ」

風花「家は小さくていいですから」

P「地下室とか作って、そこにDVDは収納する」

 この期に及んでも、まだ映画のDVDを気にしているのが私は可笑しく笑ってしまう。
 それを許諾と思ったのか、彼も笑った。
 幸せだ。
 2人で笑えるのは、本当に幸せな時間だ。
 もう幸せは140日に1度じゃない。
 毎日が幸福な日々となってくれたのだ。

fin.



豊川風花(22)

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https://i.imgur.com/mSzW0Qr.jpg
https://i.imgur.com/63zhqkS.jpg

以上で終わりです。おつき合いいただきまして、ありがとうございました。
風花さん、大人の女性なのにとても可愛いですよね。

ミイラのお仕事画像を忘れていたので追加。

https://i.imgur.com/gxRrlg4.jpg
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https://i.imgur.com/vaywOyK.jpg
https://i.imgur.com/SAtAhZW.jpg

このSSまとめへのコメント

1 :  MilitaryGirl   2022年04月20日 (水) 20:38:21   ID: S:d-JJC3

今夜セックスしたいですか?ここに私を書いてください: https://ujeb.se/KehtPl

2 :  MilitaryGirl   2022年04月21日 (木) 05:10:14   ID: S:lY2HOl

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