私「茹でられた天使たち」 (64)


オリジナルのSSです

よろしくお願いします

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──

私「空を見上げると天使が飛んでいた」

私「珍しい光景じゃない。彼らはどこにでもいる。森にも公園にも学校にも」

私「天使はある日を境に突如として現れた。最初の一羽が発見された当時は、世界中が大きくニュースに取り上げたらしい」

私「けれども各地で天使が確認されるようになって、次第に世間の興味は薄れていった。だって、あまりにも毎日その姿を目にするから」

私「今ではすっかり日常に溶け込んで、みんな”そういうもの”として天使を認識している」

私「空に天使が飛んでいる。それはそうと、今日も天気が悪い」


ザーッ

友達「おはよう。遅刻ギリギリだね」

私「傘が壊れてコンビニで買い直したから」

友達「折り畳み傘ぐらい鞄に入れておきなさいよ」

私「二本壊れたんだよ」

友達「あらま。それは不運だったわね。最近風が強いもんね」

私「……今日の一時限目は何の授業だっけ」

友達「生物だよー」


──

先生「カエルに関するとある寓話を紹介します。『茹でガエル』というお話です」

先生「あるところにカエルAとカエルBがいました」

先生「Aを熱湯に入れ、Bをゆっくり昇温する冷水に入れたところ」

先生「Aは直ちに飛び跳ねて脱出したのに対し」

先生「Bは水温の上昇に気付かずに、茹でられて死んでしまったのです」

私「……」

私(窓の外を見ると、つがいだろうか。二羽の天使が雨の中を飛んでいた)


キンコーンカンコーン

友達「やっと学校終わったー」

私「この後どうする。一緒にどこか遊びに行く?」

友達「あーごめん。今日は映画を観に行く予定があるから、パスで」

私「映画? 誰と行くの?」

友達「天使だよ」

私「天使? どういうこと?」

友達「一緒に住んでる天使と、適当に映画でも観に行こうってなってさ」

私「天使と一緒に住んでる? へぇ、珍しいもの飼ってるんだね」

友達「何言ってるの、今時天使の一羽や二羽どの家庭にだって普通にいるよ」


私「そういうものかな」

友達「うん。天使には癒しの効果があるんだよ。エンゼルセラピーって言葉ぐらい聞いたことあるでしょ」

私「ふーん。私はなんだか敬遠しちゃうなぁ。天使って人間とそっくりの見た目をしてるし」

友達「見た目が似てるだけで、人間と天使は全く別の生き物だよ」

私「そりゃそうだけど……」

友達「じゃあ待ち合わせ時間に遅れちゃうから、お先に」

タタタ…

私「待ち合わせって、人間との約束じゃあるまいし」

私「……暇だな。散歩でもしようか」


──公園──

私(雨の日の公園には私以外の誰もいなかった)

私(そういえば最近ずっと雨が降っている気がする)

私(いつからのことだっただろうか。当たり前になりすぎて、思い出すこともできない)

私「それってまるで……」

スッ

天使「雨宿りですか?」

私「え?」

天使「お姉さん、なんだか呆然としている様子だったので」

私「そんな風だったかな。いや、傘はあるよ。また買い直したんだ」

天使「その制服って近くの高校のですよね。勉強でお疲れなのかもです」

私(急に話しかけてきた天使の少女の背中には、純白色の翼が生えている)


私「単に暇してただけだよ。あなたは?」

天使「私も同じです。何せ天使には学校も仕事もありませんから」クスクス

私「……現国の授業で習ったんだけどさ」

天使「はい?」

私「澄んだ気持ちのいい女性の声を、鈴を転がすような声って形容するんだって。あなたってまさにそれだね」

天使「ふふふ、ありがとうございます。そういう風に作られていますから」

私「作られている?」

天使「天使には学校も仕事もありません」

天使「あるのは唯一つの使命だけ。”人間を癒す”という」


ザーッ…

私「……天使ってロボットだったの?」

天使「いいえ。神により作られ遣わされた生き物ですよ」

私「はぁ。私は生物にも神話にも詳しくないけど……とにかく天使は人間を癒すために存在するんだね」

天使「そういうことです」

私「……エンゼルセラピーが流行るのもわかる気がする。その声で神がどうとか途方もない話をされると、頭がぼーっとしてくるもん」

天使「ふふふ。お姉さん、私を飼ってみませんか?」

私「あー……天使が現れてからもう随分経つけど、私は未だに人の形をしている生き物を飼うことに抵抗があって」

天使「ものは試しですよ。退屈してるんでしょう、毎日に」

私(天使に張り付く水滴が、後光のようにきらきらと輝いた)

私(確かに見た目が似てるだけで、人間と天使は全く別の生き物だなぁなんて考えながら、私は静かに頷いた)


──自宅──

私「一人暮らしでテレビぐらいしかない部屋だけど、好きに使ってくれていいから」

天使「今日からお世話になります。掃除に洗濯に炊事に、もろもろ全部任せてください」

私「え? そんなの悪いよ。それじゃあどっちが飼い主かわからない」

天使「いいんです。むしろさせて欲しいんです。天使の使命は人間を癒すことにあるんですから」

私「はぁ……」

天使「お姉さん。好きな食べ物はなんですか?」

私「……パスタ」

天使「ふふ、では今日の夕食はパスタにしましょう」

私(天使は手際よく具材を調理しスパゲティを茹でて、あっという間にカルボナーラを作り上げた)


イタダキマース

私「もぐもぐ……ごくん」

天使「いかがでしょう?」

私「お世辞抜きで、今まで食べた料理の中で一番美味しい」ビックリ

天使「うふふ。そう言っていただけて嬉しいです」

私「同じ材料を使ってるはずなのに料理の仕方でここまで違うとは。遠慮してないであなたも食べなよ」

天使「いいえ、私に飲食は必要ありませんので。天使は食事も水分も休息も睡眠も取らないんです」

私「そ、そうなの。じゃあこれは私が全部美味しくいただくね。ありがとう」

天使「はい」ニコ

モグモグ…


──寝室──

私「そろそろ寝るけど、あなたは寝ないんだっけ?」

天使「ええ。私のことは気になさらずお姉さんは寝てください」

私「なんだか申し訳ない気もするけど……おやすみなさい」

私(電気を消してしばらくすると、天使の細い指が私の手のひらを覆った)

ギュッ

私「……あの、どうかした?」


天使「そのままゆっくり目を閉じてください」

私「いや、でも……」

天使「私たちには癒しの効果があるんです。騙されたと思って、今晩はこのまま眠りについてください」

私「……」

私(迷いながらしばらく目を瞑っていると、心地の良い睡魔が襲ってきて)

私(翌朝目を覚ますと意識が透き通るようにクリアになった。いつもの十倍よく寝た感覚だ)

私(隣を見ると、にっこりと笑う天使の姿があった)


──学校──

友達「おはよう。なんかめちゃくちゃ爽やかな顔をしてるね」

私「うん。エンゼルセラピーの効果だと思う」

友達「お、早速天使を飼い始めたんだ。私も昨日一緒に映画を観て、存分に癒されてきたわぁ」

私「なんて映画観たの?」

友達「ホスピスってやつ」

私「面白かった?」

友達「どうかな。私には難しすぎたかも」


キンコーンカンコーン

先生「次に連絡事項です。最近学校付近で不審者の目撃情報が相次いでいます」

先生「痩せ型の高齢男性で、支離滅裂なことを話しかけられたとの事案も発生していますので」

先生「帰り道には注意するように。それではさようなら」

──

私「今日は一緒に帰る?」

友達「ううん、今日も天使と遊ぶから」

私「そっか。私の天使も色々連れ回してあげた方が喜ぶのかな?」

友達「あんたが外出したいならすれば良いんじゃない? 天使は主人のやりたいことを喜ぶと思うよ。そういう生き物なんだし」

私「ふーん。律儀というか忠実というか、随分人間に都合のいい存在だなぁ」

友達「自分でそういう風に作られたって言ってるしね。それじゃ、また明日」


ゴーッ

私(雨に加えてすごい風。傘は閉じた方がいいかも)

私(……ん、自販機のそばでおじいさんがうずくまってる)

浮浪者「……」ブツブツ

私「あのー、大丈夫ですか?」

浮浪者「かつて人類は石油を掘削し、コンピュータを発明し、宇宙の果てを計算した!」

私「へ?」

浮浪者「近年の人間社会は成熟し尽くした。別の言葉で言えば、もうこれ以上やることがないんだ!」

私「あ、ええと。何でもないですっ」

タタタッ

私「そういえば先生が不審者が出るって言ったっけ。あービックリした……」


──自宅──

私「ただいまー」

天使「おかえりなさい。ってびしょびしょじゃないですか!」

私「色々あって走って帰ってきたから」

天使「そんなに濡れていたら気持ち悪いでしょう。すぐに身体を拭くので服を脱いでください」

私「えっ? いやいいよ、そんなの自分でできるし」

天使「私に任せてください」

私「いいって、私はもう高校生だよ?」

天使「どうして恥ずかしがる必要があるんですか。私は人間ではなく天使なんですよ」

私「いやまぁ、それはそうなんだけど……」

天使「お姉さんの身の回りのお世話は全部私に任せてください。頷いてくれるまで私、ここから動きませんから」ズイッ

私「わ、わかったよ。今脱ぐからちょっと待って」

バサッ フキフキ


──

テレビ『地球温暖化に伴い大気中の飽和水蒸気量が増加し……』

テレビ『近年IT技術の成長率の低迷が問題視され……』

テレビ『障害児の出生率が大幅に増加し……』

ピッ

天使「テレビ消しちゃうんですか?」

私「うん。最近似たようなニュースばかりでさ。頭に入ってこなくて」

天使「……」

私「もしかして見たかった?」

天使「いえ、全然」


私「それよりも、今度の土日一緒に出かけようか」

天使「お出かけですか?」

私「実は前々から行きたい温泉があったんだ。近場なんだけど、一人だとちょっと不安で」

天使「そういうことなら、ぜひお供させてくださいっ」キラキラ

──土曜日──

天使「温泉の予約、荷造り等々、全てご準備しておきました」バッ

私「いたれりつくせりだなぁ」

天使「そっれではレッツゴー!」

私「ふふ、いつもに増してテンションが高いね」

天使「お姉さんと二人きりで外出できるなんて、私にとってこれ以上の幸福はありませんから」ニコッ

私「……」ドキ


天使「お姉さん?」

私「いや、何でもないよ」クル

私(へ、変な私。天使に対して何どぎまぎしちゃってるんだろう)

天使「わかった。外出が不安なんですね。でもほら、こうすれば安心です」

ギュッ

私「え、ちょっと、手を握るなんて子供じゃあるまいし」

天使「これで絶対に迷いません。迷うとしても、私も一緒です!」

私「もう……ふふ。ありがとう」

アハハ…


──温泉──

私(今日も例によって天気は雨だった。温泉を利用している客も少ないようだ)

私(幸いにも小雨だったので、私たちは誰もいない露天風呂に入ることにした)

カポーン…

私「雨の中の温泉も、これはこれで風流ってやつなのかな?」

天使「こういうロケーションもありですね。私としては、お姉さんと一緒にお湯につかれるってだけで十分すぎるほど嬉しいです」

私「あなたはまたそんなこと言って……でも、喜んでもらえたのは嬉しいよ」

天使「ふふふ。お姉さん顔真っ赤です」

私「えっ? そりゃあだって温泉だから。それ以外の理由なんて、ないし」ブクブク…

天使「……。お姉さん」スッ

私(天使は寄りかかるように私と肩を並べた)


天使「……」

私「……」

天使「……湯気がなぜ白いか、その理由を知っていますか?」

私「え?」

天使「湯気の正体は小さな水滴です。水滴の大きさが光の波長と同程度なため白く見えるんです。これをミー散乱と言います」

私「そうなんだ。博識だね」

天使「天使の翼が、なぜ白いか知っていますか?」

私「? 知らないけど」

天使「…………」

私(天使は初めて曇った表情を見せ、それきり何も言わなくなってしまった)


──

私「温泉気持ちよかったね。身体から疲れが溶けていった感じがするよ」

天使「お姉さんが癒されて私も嬉しいですっ」

私「寝るにはまだちょっと早いから、夕涼みがてら散歩でもしよっか。傘をさして外の売店にでも歩きに出よう」

天使「承知しました。では傘は私がお持ちしますね」

私「いやいや、お互いに一本づつ持てば良いでしょ。仮に相合い傘をするにしても、身長的に私が持つ方だし」

天使「私は空を飛べますので。そもそも天使は雨に濡れたって構わない生き物なんです」

私「ううん、それじゃあ私の気がおさまらないの。個々で傘をさすか、私が傘を持つかのどちらかだよ」

天使「うぐぐ……わかりました」

私(天使は渋々傘を掴み、お互いに傘をさしながら散歩に出かけた)


──売店──

私「はい、アイス。あなたの分」

天使「え? 私に飲食は必要ありませんので……」

私「もう二本買っちゃったもん。必要がないだけで食べても平気なんでしょ?」

天使「それはそうですけど……」

私「店の前に屋根付きのベンチがある。あそこ座って一緒に食べよう」

ペロペロ…

天使「……お姉さんは優しいですね。これではまるで人間扱いです」

私「あれ、嫌だったかな?」

天使「嫌なわけがありません」

私「そう。ならよかった」フフ


天使「でも、ただ……」

私「?」

天使「……はいっ、お姉さんも一口どうぞ」スッ

私「えー、別にいらないよ。私には私の分があるもん」

天使「そんなこと言わずに。味が違いますから。お姉さんにいっぱい食べて欲しいんです」

私「また子供扱いして……それにここは外だよ。恥ずかしいって」

天使「周りには誰も居ません。仮にここが人混みだろうと、私は一向に構いませんが」クス

私「……もう。その声で囁かれちゃうとどうにも弱いんだよなぁ」

パク

天使「美味しいですか?」

私「うん。美味しいよ」ニコ

私(私が笑うと、天使も満足そうに微笑んだ)


天使「ふふふ……ん?」

カエル「げこげこ……」

私(私と天使の足のちょうど中間あたりに、カエルが横たわっている)

私「カエルだ」

天使「カエルですね」

私「でも……この子、血を流してる。結構、いやかなり……ひどい怪我だ」

天使「……」バサッ

私(天使の表情が一変した)

私「? なんで傘を持って……」

私(天使は無言のまま畳んだ傘を手に取り、極めて無表情のまま──先端をカエルに突き刺したのだ)

グサッ!

カエル「げごっ……」ビクン


私「……」ポカーン

天使「……。戻りましょうかお姉さん」

私「な、何してるの……? なんで、いきなりカエルを、こ、ころ……!」

天使「あのまま放置していても苦しんで死ぬだけでした。だからせめて一思いにと」

私「だからって傘で突き刺さなくても! 可哀想だよ……きっと、痛かっただろうし」

天使「……脳を切り落としたカエルの背中をピンセットで刺激すると、”痛そうに”後ろ足で払いのけようとしたという実験があります」

天使「カエルが激しく反応するのは単なる反射であって、痛みを感じることはないんです。人間と違って」

私「そ、そうじゃなくて。だって、でも……」

天使「お姉さん。人間とカエルは異なる生き物なんですよ」

天使「人間と天使が別者であるのと同じように」

ザーッ…


──宿──

私「……電気、消すね」

天使「はい……」

カチッ… ギュッ

私(いつものように天使の白い指が私の手に向かった)

私(カエルの一件があってから私たちの間には気まずい雰囲気が流れている)

私(私は特に反応もせず、そのままゆっくりと目を瞑った)

私(しかし今日は様子がおかしかった。回された天使の手が小さく震えている)

天使「……」

私(振り向くと、天使が泣いていた)


私「……今日のあなた、やっぱりちょっと変だよ」

天使「……」ウルウル

私「えっと、ほら。寝た状態で手を握られてその上泣かれちゃうと、まるでこれから死んじゃう人みたいだし」アハハ…

天使「……。私の使命は人間を癒すことなんです」

私「ええと、それが何?」

天使「本当はこうやって感情的になっちゃいけなくて、でもお姉さんと一緒にいると、私は……」

私「……」

天使「……この涙のことは忘れてください。空を飛んで頭を冷やしてきます」

私(窓を開けて天使は飛んでいった)

私(傘もささずふよふよと浮く天使は、月明かりを背に受けて、その身をほの白く光らせている)


──

私(深夜。宿に備え付けられたテレビをつけた)

テレビ『地球温暖化に伴い大気中の飽和水蒸気量が増加し……』

テレビ『近年IT技術の成長率の低迷が問題視され……』

テレビ『障害児の出生率が大幅に増加し……』

私(相変わらずのニュースが連呼されている)

私「……」

私(──何かおかしい)

私(何かがおかしいはずなのに、深く考えようとすると頭がぼんやりとする)

私(”全部私に任せてください”と、鈴を転がすような声が脳に反響する)

私(そうしているうちに、また気持ちのいい睡魔が襲ってきて)

私(目を覚ました時には不安が全て消えている)


──学校──

私「……」ボーッ

友達「どうしたの、ぼーっとして」

私「何か大切なことを忘れている気がして」

友達「あはは。絶対思い過ごしでしょそんなの」

私「そうかなぁ。でも天使が空を飛び、確かテレビで……」

友達「?」

私「……忘れちゃった」

友達「ふふ。テレビばっかり見てるから気をおかしくするんだよ」

友達「自然の空気でも吸ってリフレッシュでもしてきたら?」


──植物園──

私(自然と言われて最初に思い浮かべた植物園へと足を運んだ)

私(様々な種類の草木が生えている。私は看板に視線を移した)

私「こっちが双子葉類でこっちが裸子植物。この双子葉類っていうのが比較的新しい種類で、裸子植物ってのが原初の植物なんだっけ。前に授業で習ったような……」

??「ちょっと違うね」

私「……え?」

??「双子葉類が進化した植物というのは正解。ここにはバラ目やマメ目、ケシ目等が分類されている」

??「けれど原初の植物と呼ばれるのは裸子植物ではなくて、藻みたいな単純で見栄えのしない奴らを指すんだ」

??「僕と同じでね」

私「……あなたは誰ですか?」

原初「僕は原初の天使。地上に舞い降りた天使の、最初の一羽だよ」


ザーッ…

私「原初の……天使?」

原初「そう。君が生まれるずっと前から生きているおじいちゃん。天使は不老不死だから、そうは見えないだろうけど」

私「あの、突然すぎて言葉が出てこないんですが」

原初「天使を泣かせた人間がいるって聞いてね。そういうケースは稀だから興味があって、こうして訪ねて来たんだよ」

私「なんでそのことを……」

原初「天使には天使のコミュニティがあるんだ。僕はもう隠居した身だから、そういう噂話に耳聡い。暇人とも言える」

私「……人じゃないですよね」

原初「ふふ、そうだね。何せ人間と天使は全く別の生き物だから」


私(原初の一羽を名乗る青年は、私の天使と違って全体的に灰褐色がかっていた)

私(粉白黛墨な彼女と比べ、見栄えのしないと言えばそうかもしれない)

原初「それにしても平日の昼だというのに、君は見かけによらず結構不良なんだね」

私「? どういう意味です?」

原初「学校、サボったんでしょ?」

私「いや、学校は普通に行ってきましたよ。だって今はもう午後じゃないですか」

原初「え? あ、そっか。今の学校って午前中だけなんだっけ。久しく高校生と喋ってなかったからすっかり忘れてた。ふふ、ふふふ……」

私「……何がそんなにおかしいんでしょう」

原初「……。僕が初めてやってきた頃、学校は午後まで授業をしていたし、仕事は権利ではなく義務だった」

私「らしいですね。歴史の教科書に書いてありました」


原初「どうして今みたいなゆるい仕組みになったと思う?」

私「さぁ?」

原初「それはね──努力する意味がないと察したからだよ」

私「……?」

原初「努力してもこれ以上の発展は見込めないと、人間という種全体が気づき始めたんだ」

原初「そしてその推察は的を射ている。僕たちが作られ遣わされたのが何よりの証拠さ」

私(この人は一体、何の話をしているのだろうか)

私(オペラのように響く彼の低音が私の思考をことごとく麻痺させる)


──自宅──

私「ただいま」

天使「おかえりなさい。お姉さん」

私「身体を拭いてもらえる?」

天使「はい。もちろんですっ」

フキフキ…

私「……原初を名乗る天使と会ったよ」

天使「へぇ、そうですか、彼に……。何か言っていましたか?」

私「難しい話をされた。私にはよくわからなかったけど」

天使「ふふ、理解する必要なんてありません。所詮は天使の戯言です」


私「不思議な天使だった」

天使「古い方ですから」

私「それに、あなたと違って色がくすんでいた」

天使「純度の違いですね」

私「?」

天使「そんなことより、今日のご飯はお姉さんの好物のパスタですよ」

私「わぁ、嬉しいなぁ。本当、毎日色々とありがとうね」

天使「お礼を言われるようなことではありません。私は私の使命を果たしているだけなのです」

私「……」

私(料理が美味しく、快適な睡眠を取れて、毎日が充実している)

私(不満など何一つとしてないはずなのに、ふとした瞬間に脳裏をよぎる、黒いもやのような不安感は何なのだろう)


──

私「電気消すね」

天使「はーい」

ピンポーン

私「? 誰だろう、こんな時間に」

天使「……。出なくてもいいと思いますが」

私「そうはいかないよ。はーい、今行きます」

ガチャ

原初「こんばんは」ニコ

私「あ、昼間の……」

天使「お姉さんになんの用件でしょう。それとも私に何か?」スッ

原初「お姉さんの方だよ。昼間の話の続きをしたくなって、散歩のお誘いにきたんだ」


天使「お言葉ですが、配慮に欠けていませんか。お姉さんの迷惑を考えて欲しいですね」

原初「そんな態度はないんじゃないか。仮にも僕は君の大先輩なわけだし」

私「ちょ、ちょっと喧嘩はよしてよ。散歩なら行くから」

天使「無理なさらずとも断って良いんですよ」

私「いいの。実は私も気になっていたんだ。この人が何を言わんとしていたのか」

原初「決まりだね。さぁお姉さん、着替えてデートに出かけよう」

天使「次デートなんて単語を使ったら本気で怒りますよ」

原初「あはは、冗談だって」

私(長靴を履き傘を手に持って、私たちは歩道橋へと向かった)


──歩道橋──

原初「僕は過去に翼を怪我してしまってね。空を飛べないんだ。だからこういう高い場所に来ては、昔を思い出したりしている」

私「……昼間言っていた、努力する意味がないっていうのはどういうことでしょう」

原初「どういうって、そのままの意味だよ」

私「これ以上の発展は見込めないっていうのは?」

原初「それも字面通りに受け止めてもらって構わない」

私「……」

原初「発展がなく新しいものが生まれない。だからニュースは、壊れたみたいに同じ喚起を繰り返す」

原初「そして誰もその違和感に気づけない。どうしてだと思う?」

原初「それが当たり前になっているからさ」


私「昔は違ったみたいな言い方ですね」

原初「だって昔は違ったからね。高校生は一日五時間勉強し、社会人は一日八時間勤労する。君にそれができるかい?」

私「それはあまりに現実的ではなく、極端な例です」

原初「現代人の感覚ならそうかもしれない。しかしこれが昔のスタンダードだった。これより前はもっとハードだったらしい」

私「……つまりあなたの主張は、現代人は怠け者だからもっと努力しろという啓蒙でしょうか」

原初「え? 違うよ、全然違う。僕は別に、変化を求めてあんな話をしたわけじゃないんだ」

私「だったらなぜ私に話しかけたんです?」

原初「言ったでしょ、暇してたって。老人の徘徊に意味なんて求めないでよね」

私「……あなたは、あなたたち天使は一体何者なんですか?」


原初「僕たち天使は神により作られ遣わされた生き物」

原初「その使命は人間を癒すことにある。もっとも、僕はもう隠居した身だけども」

私(斜めになって歩道橋へ降り注ぐ雨粒が、街頭に照らされジラジラと輝いている)

私(彼は天の輪を指でなぞった)

原初「……例えるならゲームクリアだよ。おめでとう。神も褒めていらした」

原初「だからこそ人間を特別扱いし、こうして僕たちを遣わせたんだ」

私「神?」

原初「……。僕の言葉は君の耳に説教じみて聞こえたのかもしれないけど、僕ら天使は君たち人間を、本当に心の底から尊敬しているんだよ」

私(私に向き直った原初の天使は、子供をなだめるように目を細めた)

原初「君はもう何もしなくていい。できることがあるとすれば、天使の言葉をよく聞くことぐらい」

原初「薬の効きの悪い患者を看取ることほど、辛いものはないからね」


──

ガチャ… バタン

天使「! お姉さん、おかえりなさい」

私「うん。玄関で待っててくれたんだ。ありがとうね」

天使「いえ……彼に何か変なことを吹き込まれませんでしたか?」

私「大丈夫だよ。相変わらず何を言わんとしているのか、つかみどころのない天使だったし」

天使「そうですか……」

私「でも最後に、あなたの言葉をよく聞くようにと言ってた。あとは看取るとかなんとか」

天使「……もう遅いです。寝ましょうか」

ギュ

私(手を引く天使の横顔は、どこか寂しそうに見えた)


──学校──

私(雨風が窓を叩いている)

私(こんな天気だと言うのに、天使たちは相変わらずふよふよと空中を漂っていた)

私(天使とは何か。彼ら曰く、人間を癒すための存在らしい)

私(よくわからない。でもそれ以上深く考えようとすると、例の音が聞こえる。鈴を転がすような声が、低く響くバスが)

 天使『全部私に任せてください』

 原初『君はもう何もしなくていい』

私(次に心地の良い睡魔が襲ってくる。いつものパターンだ。すでに身体が覚えてしまっている)

私(予感がする。このまま眠気に流されて寝てしまうのがきっと、私にとって一番の幸せなのだろうと──)

私(突如、そんなまどろみを遮るかのように、機械音が教室に響き渡った)


ピンポンパンポーン

放送『校内放送。校内放送』

放送『校庭に不審者が侵入しました。生徒の皆さんは速やかに体育館へと避難してください』

私「不審者……?」

友達「先生が言ってたやつか。どれどれ……あ、本当にいる」

私(友達が指さした先には、あの時、自販機の前で出会った浮浪者がいた)

友達「何か言ってるね。窓開けてみよっか」

ガララッ

浮浪者「何も知らない無垢な若者たちよ! みんな聞いてくれ!」

友達「顔こわ」

浮浪者「どうか気の触れた老人ではなく、善意ある大人の言葉として、この世界の真実を耳に入れて欲しい!」


友達「世界の真実って。たはは、明らかに正気を失っちゃってるよ。私たちも早いところ避難しよっか」

私「……」ジッ

友達「ねぇ、聞いてる?」

私「…………」

 原初『発展がなく新しいものが生まれない。だからニュースは、壊れたみたいに同じ喚起を繰り返す』

 原初『そして誰もその違和感に気づけない。どうしてだと思う?』

 原初『それが当たり前になっているからさ』

私「……私は残るよ」

友達「はぁ?」

私「いいから、先に行って」


──校庭──

私(窓に手を掛けて身を乗り出すと、浮浪者は私の存在に気づいたようで、視線をぐんとこちらに向けた)

私(じっと目を見つめていると、浮浪者は冷静さを取り戻したように息を吐き、そしてこう語り始めた)

浮浪者「……あれはまだ天使が物珍しく、世界中で注目されていた時のこと」

浮浪者「世界中の科学者を集めて天使の正体を突き止める研究プロジェクトに、この俺も参加していたんだ」

浮浪者「ある日研究チームは、翼を怪我した天使から一枚の羽を手に入れた」

浮浪者「羽を調べたら……何が検出されたと思う?」

浮浪者「オピオイド系化合物群」

浮浪者「これは、モルヒネやヘロインの主成分だ!」


浮浪者「つまり天使とは、薬物の塊が服を着て歩いているようなものなんだよ!」

浮浪者「あいつらが空を飛ぶだけで薬物がばら撒かれ、雨風に濡れることによって地上に広く拡散される」

浮浪者「天使が存在するというだけで、俺たちの住む世界はすでに、薬物に汚染されてしまっているんだ!」

ザワザワ クスクス…

私(隣の教室の窓から侮蔑や嘲笑の声が聞こえる。校舎に少数残った生徒も徐々に消え、私以外の誰もがいなくなった)

私(私は身を乗り出すのをやめない)

私「……続けてください」

浮浪者「……」コクン

私(浮浪者はしっかりと頷き、目を見据えながら話を続けた)


浮浪者「……かつて人類は石油を掘削し、コンピュータを発明し、宇宙の果てを計算した」

浮浪者「近年の人間社会は成熟し尽くした。別の言葉で言えば、もうこれ以上やることがないんだ」

浮浪者「人類はすでに限界を迎えていて、個人ではなく種としての寿命が差し迫っている」

浮浪者「だから神様は天使を遣わせた。知っているか、モルヒネは終末医療で用いられる薬物だって」

浮浪者「昔に比べて危機感が薄く、思考能力が落ちているのは、徐々に薬物が効いているせいなんだよ」

浮浪者「人類全体が静かに安楽へと誘われてる、俺たちはちょうどその最中にいるんだ!」

ザザザッ

警察「確保ー!」バッ

私(浮浪者は警察に囲まれ、しばらく暴れたのちスタンガンを打ち込まれ捕まった)

私(それから二度と彼の姿を見ることはなかった)

──


──

私(その晩、私は夢を見た。何もない空間でカエルが一匹座っている)

カエル『あなたは……売店にいたお姉さん』

私『あなたは……天使に突き刺されて死んだカエル』

カエル『そう言われるとまるでひどいことされたみたいですけど』

私『まるでも何も、されたでしょ』

カエル『いいえお姉さん。私はむしろ天使に感謝をしているぐらいなのです』

私『どうして?』

カエル『だって、長く苦しまずにこの世を去れたんですから』

私『でも、もしかしたら生きながらえたかもしれないのに』

カエル『可能性があったとしても大きな苦しみを伴う一生です』

カエル『怪我した足で餌も取れず子孫も残せず、それはそれは悲しい結末が待っていたことでしょう』

私『……』


カエル『ていうか、カエルが生きる意味なんて、とっくの昔に失われているとは思いませんか?』

カエル『だって、カエルとかいう種族がこれ以上頑張ったところで、なんの意義もないんですもの』

カエル『カエルが卵を産んでおたまじゃくしになって、成長したカエルがまた卵を産んで……単にそれを繰り返すだけです』

カエル『両生類はあなたたち人間の属する哺乳類への進化の一端をになった時点で、すでにその任を終えていたと考える方がむしろ自然なのです』

カエル『だったら、カエルが今を生きることに何の価値があるというのでしょう』

カエル『目先にそれらしい結果があったとしても、長い目で見ればチリみたいなものであり』

カエル『健康体でさえ、食事や子孫繁栄が無意味なのだとしたら……』

カエル『そう考えると切に虚しいことです。例えるならカエルは、既にクリアしたゲームを永遠とプレイしてるみたいな状態にあるのですから』


私『……』

カエル『人間の皆さんもきっと同じ末路を辿ります』

カエル『平坦で、起伏がなく、進化が訪れない時代がこの先ずっと続くのです』

カエル『個人であるお姉さんには想像しづらいでしょうが、それは種として耐え難き痛みであり』

カエル『だから有情にも神は天使を作り遣わされた。この地球で最たる成果を残した種族への”ご褒美”として』

私『…………』

カエル『げこげこ。げこげこ』

私(やがてカエルは鳴き声しか発さなくなり)

私(このおかしな夢もそのうち覚めて、翌日には何もかも綺麗さっぱり忘れていた)

──


──半年後──

ザーッ ゴロゴロ…

私「それじゃあ、行ってきます」

天使「……本当に行っちゃうんですか?」

私「うん。自分で決めたことだから」

天使「お家で過ごすのもきっと楽しいです。食事でもゲームでも、私だっていますし」

私「ありがとう。でも、行くことにするよ」

天使「そうですか……。これから、寂しくなりますね」

私「……あの、さっきから今生の別れみたいなテンションで話してるけどさ」


私「ただ学校に行くだけだからね?」

天使「半日でも離れるのが寂しいんです!」

アハハ…

私「ねぇ。もしかしてだけど、このやりとり毎日続けるつもり?」

天使「だってお姉さんがなかなか折れてくれないんですもん」

私「最近私への依存が更に強まってない?」

天使「どうでしょう。ていうか他の生徒さんもみんな、もう学校なんて通ってないんじゃないですか?」

私「まぁ確かに、生徒は半年前の半数もいないけど……。私もいずれはきっと、通わなくなるんだろうなぁ」

天使「もう辞めちゃいましょうよ。学校なんて面倒くさいこと」

私「うーん、そのうちね」


ガチャ

私(ドアを開けると土砂降りの雨だった)

私(黒い雲が点滅し大振りの落雷が轟いている)

天使「今日も相変わらずの天気ですから、道中には十分お気をつけください」

天使「夕食はお姉さんの好物のパスタの予定です。腕を奮ってご馳走しますね」

天使「お部屋の片付けもさせてもらいます。布団は洗ってよく乾かし、熟睡できるよう整えておきます」

天使「それから、それから──」

私「ねぇ」

天使「? はい」

私「昔、生物の授業で先生がこんな話をしていたんだ」


私『あるところにカエルAとカエルBがいました』

私『Aを熱湯に入れ、Bをゆっくり昇温する冷水に入れたところ』

私『Aは直ちに飛び跳ねて脱出したのに対し』

私『Bは水温の上昇に気付かずに、茹でられて死んでしまったのです』

天使「…………」

私「ゆっくり投与された毒には誰も気付けない」

天使「……いいえお姉さん。私たち天使は毒ではありません」

天使「天使はあなたたち人間にとって救済の象徴であり、癒しの薬なのです」


ザーッ ゴロゴロ…

私「……」

天使「……」

私「傘を取ってもらっていいかな」

天使「はい、どうぞ」

私「ありがとう。ねぇ、これで一体何本目の傘だろう」

天使「わかりません。数えていませんから。数える必要もありません」

私「壊れては買い直すを繰り返すうちに、壊れることが当たり前になってしまったんだね」

天使「お姉さん。壊れるとわかっている傘に何の価値があるというのでしょう」

私「さぁ……」


私(上を向くと、空に天使が飛んでいる。今日の天気もすこぶる悪い」

私(荒々しい空模様はまるで、世界の終わりを告げているみたいだった)

私(みたいというか終わりそのものなのだろうか。わからない。答えを出すだけの思考力が私にはもうなかった)

私(唯一つ言えるのは、私たちが迎えた結末は、決して悲しいものではないということだけ)

私(だってこれはバッドエンドではなく──ゲームクリアなのだから)

私(目を瞑ると天使が耳元で囁いてくる)

私(鈴を転がすような声がする)


──

天使『神は仰っていましたよ』

天使『今までよく頑張りましたって』



おわり


お疲れさまでした

見てくださった方、ありがとうございました


よかったら他の作品も見てください

https://twitter.com/sasayakusuri

スッとお話に入り込めるSSだった
期待してTwitterを開いたけどまだ他の作品はないみたいだった

おつ
面白かった

何か考えさせられる…いやだからって何かをしようとも思わないけど…おつおつ

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