三峰結華「大人の味にご用心」 (15)


これはシャニマスSSです

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「……はぁ……」

 春、桜や出会いや花粉の季節。

 少しずつ上がる気温に浮き足立ち、外へ出て植物どもの撒き散らす害悪に恨みを飛ばす、そんな季節。
 先週より3度も高い平均気温に胸を踊らせ、ヒートテックを手放しマフラーや手袋をタンスの奥へと追いやった今日。
 いや、俺の判断は午前中までは間違っていなかった。
 そう、今日の午前中までは、だ。

 ズァァァァァァァァッ!!

 駅から出た俺を出迎えてくれたのは、満開の桜を吹き飛ばす肌寒い雨だった。
 天気予報では深夜から雨が降ると言っていたが、まだ18時なのに少しばかり雨雲は焦り過ぎではないだろうか。
 一瞬回れ右して改札を抜けそのまま家へと帰りたくなるが、しかしながら今日は帰る前に一度事務所に寄るとはづきさんに伝えてしまっている。
 タクシーを使う程の距離ではなく、かと言って傘も差さずに歩けば事務所へ着く頃にはプール上がりの様になってしまう。

 そして何より、寒かった。

「……仕方ない」

 駅内のコンビニでビニール傘を買い、ちらほらと水たまりの出来た道を歩く。
 吹く風は冷たく、冬がまだ忘れないでと激しい自己主張をしている様だった。
 靴が多少濡れるのは覚悟し、事務所へ向かって小走りに急ぐ。
 はづきさん、暖房付けて作業してくれてると助かるな。

「雨、か……」

 それは俺にとって特別な天気だった。

 正確には、『俺たちにとって』だが。

「ふぅ……着いた……」

 ようやく事務所が見えてくると、ラストスパートとばかりに更に足を速める。
 ビル内に入り傘を畳むと、少し息が上がっていた。
 それでも階段を駆け上がって三段跳び、着地地点はドアの前。
 あったまってくれているであろう室内に希望を募らせ、一応ノックをしてから扉を開ける。

「戻りましたー」

「あっ、お帰りなさい」

「Pたんっ!」

「ん、居たのか結華。お疲れ様」

「居たのかとは失礼じゃない? そこはもっと三峰の顔を見れた事に喜ぶべきでしょー」

 事務所内には、はづきさん以外にもう一人。
 メガネをかけた担当アイドル三峰結華が、コーヒーカップを傾けていた。


 はづきさんに今日の報告をしつつ書類を渡して、帰る前に一息とソファに座り込む。
 この間に雨が止んでくれていると助かるんだが、おそらくそれは叶わないだろうな。
 それに今止んだところで、下がった気温がすぐ上がる訳ではない。
 そのくらい分かっているけれど、それがもっと早くに分かっていたのならヒートテックを手放してはいなかった。

「そう言えば結華はどうして来たんだ?」

「どうして来たと思う?」

「歩いて来た」

「はい残り回答数は2!」

 少し怒った様に大きな声でピースを俺に向ける結華。
 流石にふざけ過ぎたか。
 さてさて、どうやら俺は残り2回の回答で結華が来た理由を当てなければならない様だ。
 最低限、彼女の機嫌を損ねない回答を捻り出さなければならない。

「んー……忘れ物を取りに来た」

「ラストワン!」

 外れらしい。
 正直これが一番可能性があると思っていたのだが、それも違ったらしい。

「もっとさー、プロデューサーは自意識過剰になっても良いんじゃない?」

「ん、どういう事だ?」

「それか女の子の気持ちに敏感になった方が良いと思うのです」

 女の子の気持ち、か……

 世界三大謎の一つである『女心』とやらは、自慢じゃ無いが俺は最も理解出来ず自分からは縁遠いものだと思っている。
 秋の空どころか春の空すら読めない俺にそれを理解しろと言う方が無理だ。



「ま、コーヒーでも飲みながらのんびり考えたら? さっきお湯沸かし過ぎちゃったから、三峰が淹れたげる」

「ん、ありがとう」

 結華がコーヒーを淹れに行ってくれてる間に、はづきさんに書類を渡しつつ今日の報告をする。
 1分とかからず手持ち無沙汰になった。
 折角なので結華が事務所に来た理由を考えてみる。
 来た理由、自意識、女の子の気持ち……

 例えば、である。
 これは仮の話だが、俺がもっと自意識過剰になったとして。
 更に女心に敏感になったとして。
 それなら、俺がその答えに辿り着けるとしたら……

 ……いや、違うな。
 もっと合理的と言うか、三峰結華と言う女の子に弄ばれていると考えよう。

「はーい、三峰特性ブレンドコーヒーお待ち! で、答えは見つかった?」

 俺の前にソーサーとコーヒーカップを置いて、反対側のソファに座る結華。
 取り敢えず落ち着く為に、コーヒーカップを傾けた。

「っあっっつ!」

「あ、熱いから気を付けてね」

「飲む前に」

「言わなきゃ分からなかった?」

 ぐうの音も出ない。
 淹れたてで湯気が出てるんだから熱いに決まっているだろう。

「で、答えは?」

「……そう、だな……」

「……私の事、分かってくれてる?」

 ……あぁ、分かるさ。
 俺と三峰結華が、どれだけ長く深い付き合いをしてきたと思ってるんだ。





「……はづきさんに書類を渡しに来た。どうだ?」

「……………………けっ」

 沈黙の後、拗ねた様に結華はそっぽを向いた。
 対して背後からは、くすくすと笑うはづきさんの声。

「正解です、プロデューサーさん」

「よーし、どうだ結華。これでも結構結華の事分かってるつもりなんだぞ」

「……へーへーそーですよーだ。三峰ははづきさんに書類を渡しに来ただけです。さっさとコーヒー飲んでさっさと帰るつもりだったのです。なのにPたんが帰って来たからワザワザコーヒー淹れてあげてるんだからもっと感謝すべきじゃないかなぁ?」

 それはまぁ、感謝しているが。
 けれどそこまで不機嫌になられても、こちらとしては理由が分からない。
 問1を答えたら問2を用意された気分だ。
 そしてまたしても、結華の事について。

「さーて、私はそろそろ帰りますね。プロデューサーさんはまだ事務所に残りますか?」

「んー、このコーヒー飲み終えたら帰るつもりです。その間に雨が弱くなってくれてると嬉しいんですけど……」

「雨、こんなに強いですから……あ、でもカフェインの摂り過ぎには注意して下さいね?」

「分かってますって、一杯で十分です」

「……ふふっ、お疲れ様でした」

「お疲れ様です、はづきさん」

 バタンッ、っと扉が閉じられる。
 そして再び雨音は遠くなり、部屋に響くのは時計の針とソーサーにぶつかるカップの音だけとなった。




「……あ、今更だけとコーヒー美味しいよ。ありがとな」

「……苦い」

「この苦味が良いんだよ。大人の味ってやつだ」

「はいはい三峰はまだまだ子供ですよーだ」

「砂糖入れたら?」

 返事は無かった。
 無視された。
 沈黙が痛い。
 傷付く。
 
 ……けれど、まぁ。

 遠くから聞こえてくる雨音をbgmに静かに過ごすのも、悪くない。
 毎日が余りにも忙しいからだろうか、こうしてノンビリと時間を浪費するのも、案外心地良いものだった。
 それはきっと、気の知れた仲である三峰結華という少女と一緒に居るからであり。
 だから別に無視されてもちょっと辛いだけで致命傷ではない、決して。





 
 コトン。

 空になったコーヒーカップを置いて、俺は伸びをした。
 雨は相変わらず降り続けているが、さっきよりは音も小さくなっている。
 帰るならそろそろだろう。
 ところでずっと無言を貫き通している彼女は、未だご機嫌斜めなままなのだろうか。

「……そろそろ帰るか?」

「んー、もう少しノンビリしてこっかなーと」

「さっさと帰るんじゃなかったのか?」

 既に彼女のコーヒーカップも空になっていて、やる事も特に残っていない筈だ。
 であれば何故、未だに帰らず事務所に残っているのだろう。
 雨宿り、では無いだろう。
 彼女は雨を楽しめる人間なのだから。

 ついでに言えば時間を効率良く使う人間だった筈なのに、何故ずっと何もせずにただソファに座っているのだろう。

「Pたんはもう帰る?」

「いや、結華が残るなら俺も残るよ」

「あらあら、殊勝な心掛けですこと」

「にしても手持ち無沙汰だな……コーヒーもう一杯淹れるか」

「はづきさんにカフェイン摂り過ぎに注意って言われてなかった?」

 そう言えばそうだった。
 はづきさんは俺がどうせ最低二杯は飲むだろうと見越して注意したのだろうか。

「読まれてるなぁ」

「読まれてるねぇ」





 苦笑いしながら、ヤレヤレと言った表情の結華。
 多少機嫌が直ってきたようだ。

「うん、良かった」

「何が?」

「結華の機嫌が直ったみたいで。俺はやっぱり、笑ってる結華の方が好きだから」

「さっきまでの結華は嫌いって事でよろしいですか?」

「そうは言ってないんだがな」

「そもそも元凶が何をおほざきになられてるのやら……」

 そう笑って、結華は空になったコーヒーカップを見つめた。

「でも……うん。甘い」

「もう一杯淹れようか? 砂糖も入れて」

「いやいや、もー結構です」

 …………ん?

 待てよ、逆に俺が二杯飲む状況ってなんだ?
 このコーヒー飲み終えたら帰ると言ったが、それでもどうせそれ以上事務所に留まると思われていた?
 俺がその一杯で帰らなくなると見越した上での発言だとしたら、逆にはづきさんは……
 俺が結華に留められる(と言うよりも結華が帰らないから俺も帰らない)ということを予測していた?

 ……いや、そもそも、だ。

 はづきさんの『カフェインの摂り過ぎには注意して下さいね』は、果たして俺だけに向けられたものだったのだろうか?
 もし結華にも向けて言っていたのだとしたら?
 俺が事務所に戻って来た時点で、結華は既に二杯目のコーヒーを飲んでいた?
 もー結構です、は……いや、これはまだ確証を持たないが……

 そうでなくとも、俺が戻って来た時点で、結華のコーヒーに湯気はたっていなかった。
 彼女は眼鏡を掛けているから、湯気がたっていれば間違いなく気付く。
 では、その時点で既にコーヒーは冷めていたとしよう。
 だとしたら何故、そんなにノンビリと飲んでいた?

 早く帰るつもりではなかったのか?
 何故未だに、何もせずノンビリと事務所に留まっている?
 『読まれてるねぇ』は、果たして俺へ向けての呆れだったのか?
 一度、結華の視点に立って考える必要が……




「……あっ」

 繋がった。
 繋がってしまった。
 結華が何故未だに事務所に留まっているのか。
 その理由が、分かってしまった。

「……そっか、なぁ……結華」

「えっ、な、何? 急に改まっちゃって」

「……言い出すの、恥ずかしかったんだろ」

「……………………えっ? えええっっっ?!」

 顔を真っ赤にして、視線を逸らす結華。
 やっぱり、そうだったんだな。

「やっぱり俺から言い出すべきだったんだな」

「えっちょっと待って。待って待ってプロデューサー!」

「大丈夫、気にしなくていい」

「気にするって! なんで私が引いたボーダーラインを軽々踏み越えようとしてるの?!」

「なぁ、結華。お前さ……」

 照れたように、けれど視線だけはしっかりと此方へ向けて。
 スカートに乗せた両の手を、ぎゅっと握りしめて。
 それでも、俺の次の言葉を待つ様に。
 そんな結華に向けて、俺は答えを述べた。



「……傘、忘れたんだろ」

「…………は?」

「でもって雨宿りしてて、最悪雨の中走って帰ろうと思ったけど俺が戻って来ちゃって、しかもなかなか帰らないから『傘忘れた』って恥ずかしくて言えなくて困ってたんじゃないか?」

「……………………はーー」

「いや分かるよ? しっかり者アピールしてる人のそういうウッカリって人に言えないもんな」

「はーはーはーはー」

「どうだ、俺の推理」

「お疲れ様でした、明日もよろしくお願いします」

 スッ、っと立ち上がって帰りの支度をする結華。
 そんな彼女の鞄から、きちんと用意されていた折り畳み傘が取り出された。

「Pたんは残るんでしょ? せいぜいカフェイン中毒になるが宜しいかと」

「違ったのか」

「プロデューサーが夜に戻って来る事くらい知ってましたよーだ」

「……えっ、なんで?」

 はづきさんにしか言ってなかった気がするんだがな。
 いやまぁ、はづきさんに聞けばそれくらい分かる事でもあるが……

「……あっ」

「ん?」

「何でもないしPたんも早く帰ったら? ばいばい、じゃあねー!!」

 そう言って、駆け足で去っていた。



 結局、なんだったんだろう。

 帰ってしまったものは仕方ない、取り敢えず俺も帰る支度をしよう。
 ガスの元栓チェックして、窓の鍵をチェックして。
 そう言えばポットも電源つけっぱなしだろうな。
 きちんと中の水も捨てておかないと……

「……ん」

 ポットの中には、結構な量のお湯が残っていた。
 あいつ、何杯コーヒー飲むつもりだったんだ。
 カフェインどれだけ摂るつもりだ。
 そこまでして起きて、何をするつもりだったんだ?
 
「まぁ、良いか」

 中の残りを捨てる時、湯気のせいでよく見えずお湯が指にかかって火傷しかけた。
 今日は一日、水難だ。
 窓の外は未だ小雨だが降っている。
 帰るのが多少億劫になる。

「……まだ、帰ってないのか」

 窓の下、事務所の前。
 先程見た色の傘が、そこに広がっていた。
 待っていてくれているのだろうか。
 だとしたら、本当に……

「まったく、これで俺がまだ帰らなかったらどうするつもりだったんだ」

 どうせそれも、読まれているんだろう。
 俺が直ぐに帰る事くらい。
 電気を消せば、事務所の中は真っ暗になる。
 外は夜と雨で、遠くのものは何も見えない。

 だからこそ、雨の中に咲く傘の花は、やけに綺麗に見えた。



以上です
お付き合い、ありがとうございました

乙乙
三峰は面倒な女だなぁ(誉めてる)

三峰でこれなら、キリコやリンゼはどうなるやら

2人の気心の知れた感じがこれでもかと伝わってくる文章だった

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