高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「違うことを試してみるカフェで」 (41)

――おしゃれなカフェ――

<からんころん

北条加蓮「ふぅ。暖かーい♪ あれ?」

加蓮「あー……。どうしよっか、これ」

加蓮「考えてみたら今までなかった方が不思議なんだよね。確かにそんなにお客さんがいっぱいって場所でもないけど」

加蓮「藍子ー、どうする?」

加蓮「……藍子?」チラ


――の、外の入り口前――

高森藍子「じ~……」

猫の置物 <じ~……

加蓮「…………」ペシ

藍子「痛いっ」

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レンアイカフェテラスシリーズ第96話です。

<過去作一覧>
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「膝の上で」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「最初にカフェで会った時のこと」

~中略~

・北条加蓮「藍子と」高森藍子「冬の始まりのカフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「お互いを待つカフェで」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「ちょっぴりもどかしい日のカフェで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「のんびり気分のカフェで」

加蓮「何してんの……。ほら、さっさと入るよ。寒いんだからっ」

藍子「ま、待って加蓮ちゃん。もうちょっと、もうちょっとだけ!」

加蓮「はぁ? 何が?」

藍子「ほら、これ。これっ。見てください。入り口のところに、猫さんの置物が」

加蓮「猫の? ……あ、ホントだ。猫だ」

藍子「ねっ」

加蓮「椅子の上に座ってるポーズで、等身大の……。え、これ置物? パッと見ただけだと本物っぽく見えちゃうね」

藍子「ですよね! 私も、最初に見た時には本当に猫さんがいるのかなって思っちゃって――」

藍子「じ~って見ていたら、ぜんぜん動かないから……あ、これ置物だ、ってさっき気が付いたんです」

藍子「加蓮ちゃん。これ、目のところ。見てください。すっごく綺麗でしょ?」

加蓮「おー。すごい作り込んであるね」

藍子「目も、本当の猫さんみたいだから――」

藍子「じ~、って見ていたら、なんだか目が離せなくなっちゃって」

藍子「そうしたら、この前、事務所に行く時に猫さんを見つけた時を思い出しちゃったから……」

藍子「つい、にらめっこをしてしまいました。ふふっ」

加蓮「あはは……。ってことは何? 前に見つけた猫ともやったの? にらめっこ」

藍子「はい。何か食べる物を探しているみたいで。私は、その時には何も持っていなかったんですけれど」

藍子「ごめんなさいって言って事務所に行こうとしたら、後ろから猫さんが、とことこってついてきてくれたんです」

藍子「そのまま事務所に行ったら、みなさんが食べる物を持ってきてくれましたっ」

加蓮「へー……」

藍子「あの猫さん、今も元気にしてるかなぁ」

加蓮「そういえばちょっと前に猫に餌あげたーってのをいくつか見たけど、その時のだったのかな」

加蓮「で、藍子ちゃん?」

藍子「はいっ……え、あの、加蓮ちゃん? もしかして、怒って――」

加蓮「置物とのにらめっこには、もう満足したかな?」

藍子「……えと、」

加蓮「歩いて喋ってる加蓮ちゃんをほったらかしにして、動かない相手とやるにらめっこには、もう満足したのかなー? ふふっ」

藍子「……、……あ、あはは」

加蓮「ほら、入るよ?」

藍子「……はぃ」

――改めて、おしゃれなカフェ――

藍子「あ……」

加蓮「うん。いつもの席。先客がいるんだよね」

藍子「みたいですね」

加蓮「どうしよっか?」

藍子「……と言っても、他の席に座るしかありませんよね?」

加蓮「まぁそうだよねー。それとも暖炉(ストーブ)の前にし――って、暖炉の前にもいるじゃん。他の人」

藍子「加蓮ちゃん。あっちの席に座りましょ? あっちなら、暖炉から距離も近いですから、暖かいですよ~?」

加蓮「そうしよっか」

藍子「もし寒かったら店員さんに言ってくださいね。ブランケットをお借りできると思います。あっ、このセーター使いますか?」

加蓮「心配しすぎっ」ペシ

藍子「痛いっ」

……。

…………。

藍子「……」

加蓮「……」

藍子「…………」

加蓮「……な、なんか落ち着かないね」

藍子「加蓮ちゃんも? 実は、私も……」

加蓮「同じカフェなんだけど……の、筈なんだけど」

加蓮「……ここっていつも来るカフェだよね?」

藍子「やだな~、加蓮ちゃん。ここは、いつものカフェですよ。……ね?」

加蓮「藍子だって! 今なんか自信ないって感じだったっ」

藍子「あ、そうだっ。何か注文をしましょう! 何か食べれば、ここがいつものカフェだって思い出せますよ。きっと」

加蓮「それいいね。すみませーんっ」

藍子「……」

加蓮「……」

藍子「……あ、店員さんっ」

加蓮「……うん。気持ち分かる。でも今日はこっちの席なの」

藍子「あはは……。こういうこともありますよね」

加蓮「ま、そうなんだけどね。逆に今までなんでなかったの? ってくらいだし」

藍子「注文……。加蓮ちゃん、どうしますか?」

加蓮「決まってて呼んだんじゃないの!?」

藍子「メニュー、メニュー……」パラパラ

藍子「あっ、見てください加蓮ちゃん。12月の限定メニュー、"ミニ七面鳥"だそうです」

藍子「七面鳥って、料理するのも食べるのもちょっぴり大変ですよね。でもミニサイズならお気軽に食べ、」

加蓮「いっつも食べてるのを食べようって話はどこに行ったの??」

藍子「あっ」

加蓮「ハァ……。ごめんね店員さん。この子いつもよりアホになってるっぽい。とりあえずコーヒーとココアをお願いしていい?」

藍子「お、お願いしますね」

加蓮「……藍子。とりあえず落ち着きなさい?」

藍子「そうですね。落ち着きます……」

藍子「すぅ~、はぁ~。……すぅ~、はぁ~」

加蓮「……なんかいつもと逆になってるなぁ」

藍子「じ~。……うんっ。加蓮ちゃんがいるっ」

加蓮「ま、ホントならこっちが当たり前なんだけどね――はいはい、加蓮ちゃんならここにいるよ?」

藍子「うんっ。落ち着きました。ありがとう、加蓮ちゃん♪」

加蓮「どういたしまして」

加蓮「いつもと違う席で見えてる光景も違うから、違和感が出るのはしょうがないけど……思い込みすぎるともっと混乱するから、考えすぎないようにしなさいよ?」

藍子「思い込みすぎると……?」

加蓮「んー……とね。例えばさ、藍子。私がある日急に髪型を変えて事務所に来たら、どう思う?」

藍子「どうって……。……特に何も? 加蓮ちゃん、色んな髪型でいるから……」

藍子「今日はそういう気分の日なのかな? って思うくらいでしょうか」

加蓮「だよね。では質問です。そういう気分って藍子は今言ったけど、じゃあその時の――」

加蓮「とりあえずポニテくらいにしとこっか。ポニテの加蓮ちゃんはどういう気分の日でしょう?」

藍子「……。……、……じ~」

加蓮「え、なんでそこで距離詰めて私を見つめ出すの……」

藍子「加蓮ちゃんには、何か加蓮ちゃんなりの法則があるんですよね。それなら、加蓮ちゃんの目を、じ~、って見れば分かるかなって思ってっ」

藍子「だから……じ~っ」

加蓮「待て。待ちなさい。こらっ」ペシ

藍子「痛いっ」

加蓮「あのね……。たとえ話。これはたとえ話だから。知ってほしいとか暴いてほしいとか、そういうのじゃないから。例え話」

藍子「そうだったんですね。私、てっきり加蓮ちゃんが、自分のことをもっと知ってほしい! って思ったのかな、って……」

加蓮「……アンタの中の私ってどんだけ構って欲しい子になってんのよ」

藍子「え? だって、今日ここに来た時に、私が猫さんの置物を見ているのを加蓮ちゃんが怒ったのって、そういうことだったんじゃ――」

加蓮「違うけど!? なんでこう中途半端に見抜いて来るのよ。どうせならしっかり見抜きなさいよ!」

藍子「見抜いて……って、違わないじゃないですか~」

加蓮「……ああもう、今は話が違うの!」

加蓮「っていうかこの話はもう終わり! 藍子も随分落ち着いてるみたいだし……もういいでしょっ」

藍子「む~。もうちょっと聞いてみたかったのに……。でも、無理にとは言いません。このお話はおしまい、ですねっ」

藍子「じゃあ、さっきのポニーテールの加蓮ちゃんはどういう気分の日か、というお話の続きを――」

加蓮「それを終わりって今言ったつもりなんだけど!?」

藍子「……あれっ?」

加蓮「な、何この噛み合わない感じ……。藍子ってこんなに話が通じない相手だっけ……?」

藍子「きっと、いつもと違う席だから?」

加蓮「学校の席替えの直後でもここまで混乱することはないわよ……」

加蓮「あ、店員さんだ」

藍子「ココアのいい香り……♪ コーヒーは……ちょっぴり苦めの、大人の感じ?」

加蓮「この方が落ち着けそうと思ったから? ふふっ、ありがと。でもさー、私より藍子の方が混乱してるんだよね」

藍子「それなら、飲む物を交換しますか?」

加蓮「いいよー? でもこのコーヒー結構濃いみたいだよ。ほら、いつもより真っ黒だし、匂いも――」

藍子「……本当ですね。それに、加蓮ちゃんに淹れてくださった物を私が飲んだら、店員さんに失礼になってしまうかもしれません」

加蓮「んー、そこまで気にする必要――あ、うん。店員さん、今一瞬だけ寂しそうな顔したね?」

藍子「ふふっ。このコーヒーは、やっぱり加蓮ちゃんが飲んでください。店員さんのまごころが、いっぱい詰まった物でしょうから♪」

加蓮「そ、そこまで言われると照れるなぁ……あ、私より店員さんの方が照れてる。ってか逃げてった」

加蓮「コーヒーは私がもらうね。いただきます」

藍子「私は、ココアを。いただきますっ」

加蓮「ずず……」

藍子「ずずず……」

加蓮「ふうっ……。さっきじゃないけど、ホント、私と藍子が逆になった気分」

藍子「ふう……♪ 逆……ですか?」

加蓮「ん、まぁなんとなく? ちょっとちらっと思っただけ」

藍子「逆と言えば……。そういえば今日の私たちって、座っている位置が逆ですっ」

加蓮「え?」

藍子「ほら、いつもは加蓮ちゃんが入り口を見る方向に座っているけれど、今は――」

加蓮「そういえばそうだっけ。意識してなかったなぁ」

藍子「意識すると……。なんだかちょっぴりだけ、加蓮ちゃんになった気分?」

加蓮「じゃあ私が藍子? えー」

藍子「なんでそこで不満そうにするんですかっ」

加蓮「不満っていうか、無理だし」

藍子「そんなことありませんよ。加蓮ちゃんだって、う~ん……そうですね」

藍子「まず、よくカフェに行っています」

加蓮「行ってるけど。いや、アンタのアイデンティティはそれでいいの……?」

藍子「よくスマートフォンで写真を撮っています」

加蓮「まあ、一応は」

藍子「そして、今の加蓮ちゃんはゆるふわアイドルです」

加蓮「確かにそうだけ……ん?」

藍子「なので、加蓮ちゃんだってきっと、私になることはできるハズですっ」

加蓮「待て。ちょっと待ちなさい。こら。満足そうに頷いて自己完結すんなっ。誰がゆるふわアイドルだって?」

藍子「え?」キョトン

加蓮「え?」

藍子「……誰がって、加蓮ちゃんが?」

加蓮「いやいやいやいやいやいや。え、私がゆるふわアイドル? さすがにそれはない。それはないから」

藍子「え~?」

加蓮「確かにちょっと前に未央が冗談で"あれ? かれん、あーちゃんになった?"とか言ってきたかもしれないけど」

加蓮「確かに最近なんか歌鈴に頼られたりすることが増えて言い合うことなくなったなーとか思ったかもしれないけど」

加蓮「確かにこの前雑誌の記者さんと話が盛り上がった時に写真を撮る企画の看板はどうですかって言われて、その時に藍子ちゃんみたいですねって言われたことあるかもしれないけど――」

加蓮「……」

加蓮「…………あれ?」

藍子「ねっ♪」

加蓮「……………………」

加蓮「……藍子のせいだ」

藍子「ふぇ?」

加蓮「藍子のせいだよ! 私そんなアイドルじゃなかったし! 違うから、これ藍子が私になんかしたからでしょ!」

藍子「なんかって何ですか~っ。じゃあ、加蓮ちゃんはどんなアイドルなんですか!」

加蓮「私って言えばほら、LIVE! 歌! 歌また聴かせてほしいとかCD買ったよとかダウンロードしたよとかいっぱいファンレターで言ってくれる!」

藍子「ふんふん」

加蓮「あとネイルアイドル! ネイル真似してみたよーとか参考になるーとか、もう千件、いや1万回くらいは言われたね!」

藍子「ふんふん」

加蓮「それから――」

藍子「それから」

加蓮「……」

藍子「……?」

加蓮「……ねえ。藍子。これ、いつまで続けないといけないの?」

藍子「え? ……ええと、加蓮ちゃんがお話したい間ずっと?」

加蓮「何が悲しくて自分ってこんなにすごいアイドルなんだぞーってこと言い続けないといけないのよ……」

藍子「加蓮ちゃんが加蓮ちゃんのことを言いづらいのなら、私が代わりに言いましょうか?」

加蓮「それはそれで嫌なんだけど。……いや、ちょっと聞いてみたくはあるけどさ。藍子が私のこと、どう褒めてくれるのかなー、なんて」

藍子「分かりましたっ。ではまず――」

加蓮「待った! 待って! ストップ! ……マジで言わなくていいから! こら、指折り数えるな! 具体的に話した方がいいのかなって顔でスマフォの写真を漁り出すのをやめろ!!」


□ ■ □ ■ □


加蓮「もぐもぐ……。うん。この定食の味は、間違えなくいつものカフェの味だね」

藍子「もぐもぐ……。うんっ。間違えなく、いつもの味ですよね」

加蓮「あ、ちょっとコーヒー残ってた。飲んじゃお……いや、食べた後に飲んだ方がいいかな?」

藍子「もぐもぐ……」

加蓮「でもそうしたら冷めるよねー。って、今でも十分温かった。いいや、飲も」ズズ

藍子「ごちそうさまでしたっ」

加蓮「ふぅ。……え? 藍子、もう食べ終わったの?」

藍子「はい。美味しく頂きました♪」

加蓮「……私、まだ食べ終わってない」

藍子「?」

加蓮「え、……食べるの早くなった?」

藍子「そうでしょうか。特に、そんなことはないと思うけれどな……」

加蓮「……??」

藍子「くすっ♪ これはやっぱり、加蓮ちゃんがゆるふわアイドルになったということで――」

加蓮「違うから! い、今すぐ食べてやるっ」モグモグモグ

藍子「ああっ。もう言いませんから。落ち着いて食べて大丈夫ですよ~」

加蓮「ごちそうさまでした! ったくもうっ」

藍子「ねえ、加蓮ちゃん。結局、さっきのポニーテールのお話はどういうお話だったんですか?」

加蓮「ポニテ? ……あぁ、さっきの?」

藍子「うん。なんだか気になっちゃって。最後まで、お話を聞いてないな~って」

加蓮「誰かさんが加蓮ちゃんのことをゆるふわーとか訳分かんないこと言うから」

藍子「む……。確かに、途中で遮ってしまったのは私かもしれません。でも、加蓮ちゃんだってゆるふわアイドルですっ」

加蓮「違うからね?」

藍子「ゆるふわの仲間ですっ」

加蓮「違うっての」

藍子「違うのなら、今からなりましょうっ」

加蓮「ならないから!」

藍子「もう。加蓮ちゃんはやっぱり意地っ張りです」

加蓮「アンタの言ってることがおかしいだけだからね!?」

加蓮「いや……」

藍子「?」

加蓮「分かった。私は意地を張りたがる女の子です。これならゆるふわではないでしょ?」

藍子「それはそれとして、加蓮ちゃんはゆるふわアイドルです」

加蓮「それはそれとして!?」

藍子「それはそれとしてっ」

加蓮「ズルくないそれ!?」

藍子「分かりました。加蓮ちゃんがそんなに言い張るのなら、事務所のみなさんに聞いてみましょう」

藍子「そうですね~。"加蓮ちゃんはゆるふわアイドルですよね?"って聞いて、そう思うか、そうは思わないかって答えてもらって――」

加蓮「何ナチュラルにズルいことしようとしてんの!?」

藍子「へ?」

加蓮「あのね。"~~ですよね?"って聞いたら、たいていの人は"はい"って答えるでしょ」

藍子「そうでしょうか?」

加蓮「ハァ……。じゃあ試しに。藍子、今から私が聞くことに"はい"か"いいえ"で答えてね」

藍子「分かりました」

加蓮「今日、外は寒いですね?」

藍子「はい。寒いですよね」

加蓮「今日の私……あ、私。藍子のことじゃなくて加蓮ちゃんのことね。今日の私はちょっとテンションが高めですよね?」

藍子「確かに、今日の加蓮ちゃんはなんだかいつもより楽しそうですねっ」

加蓮「楽しいっていうより藍子のせいで調子狂いまくってるんだけどね……。席のせいかもしれないけど……。今日のココアは美味しかったですよね?」

藍子「はい。暖かくて、ほんのり甘くて……。味が濃すぎず、薄すぎず。私は飲み慣れていますけれど、初めていらっしゃった方も、ついお代わりしてしまうのではないでしょうかっ」

加蓮「……」

藍子「?」

加蓮「……私もココア注文してきていい?」

藍子「はいっ。あ、それなら私はコーヒーを頂きますね♪ すみませ~んっ」

……。

…………。

加蓮「ずず……」

藍子「ずず……」

加蓮「ふうっ」

藍子「ふう……♪」

加蓮「……もうなんか色々どうでもよくなってきちゃった……」

藍子「考えごとは、後回しにして。今はのんびりしましょうっ」

加蓮「全部ぜんぶ、藍子が原因なんだけどさぁ……」ズズ

加蓮「……そういう訳で。"~~だと思うよね?"とか、"~~ですよね?"っていう質問はズルだから。いい?」

藍子「は~い。分かりましたっ、加蓮ちゃんせんせ――」

藍子「あっ……ええと……。加蓮ちゃん……、加蓮ちゃん……先輩?」

加蓮「同い年。しかも、ちゃん先輩って。おかしいでしょ」

藍子「それもそうですね。では……加蓮先輩っ♪」

加蓮「呼び捨てにすなっ」ペシ

藍子「あうっ」

加蓮「もう。……ずず」

藍子「ずず……」

加蓮「ふうっ」

藍子「ふう……♪」

藍子「では、加蓮ちゃん先輩」

加蓮「あははっ。それで行くことにしたんだ? あー、おほん。何かな? 藍子ちゃん」

藍子「もしかして、さっきのポニーテールの加蓮ちゃんのお話も、私に何か教えてくれようとしていたり……?」

加蓮「あー。また流れちゃってたね」

藍子「ふふ。なかなかお話の最後まで辿り着けませんね」

加蓮「だからそれ、藍子が何回も寄り道させるからだからね?」

加蓮「ポニテな加蓮ちゃんのお話は……。えーと……」

加蓮「あぁそうそう。あれ、どこまで話したんだっけ?」

藍子「確か……。加蓮ちゃんがポニーテールにしている時は、どういう気分の日でしょう? って質問だったと思いますっ。結局、正解は何だったんですか?」

加蓮「だからそれたとえ話だってば。答えなんてないよ」

藍子「え~」

加蓮「答えなんてないの。ないし、あったとしてもどうでもいいでしょ?」

藍子「どうでもはよくありません。加蓮ちゃんのことですもん」

加蓮「そう?」

藍子「それに、髪型を見て、加蓮ちゃんがどんな気分の日なのか分かれば、できることもあるかもしれません」

加蓮「ふふっ。そういうこと言ったら、そういう気分じゃないのにその髪型にしてくるよ?」

藍子「……えっと?」

加蓮「例えば、今はポニテにしてる加蓮ちゃんはパッションな気分の日、って言っておいて、実はクールな気分の日でしたー、なんてことしちゃうかもよ?」

藍子「そ、それだと加蓮ちゃんのことを誤解してしまいそうですね……」

加蓮「まぁ、そんなことしても何の意味もないからしないけど」

加蓮「っと、また話が逸れてる。お散歩中の藍子じゃないんだから」

藍子「私?」

加蓮「うん。藍子」

加蓮「……自覚なさげにきょとんとしてるみたいだから一応言っとくけど、アンタ、一緒にお散歩してる時いっつもフラフラしまくってるからね?」

藍子「……あ、あはは」

加蓮「藍子を見てあげる係の私がいないとどうなってることやら。変なとこ入っても知らないわよ?」

藍子「変なところ」

加蓮「藍子ちゃんにはまだ早い」

藍子「だから同い年ですっ」

加蓮「病院とか?」

藍子「病院は変なところではないと思いますっ。……たぶん」

加蓮「あははっ」

藍子「ずず……。あっ」

加蓮「?」

藍子「私は、お散歩している時にときどき寄り道をしてしまうかもしれません。そして加蓮ちゃんは、お話している時によく寄り道をしてしまいます」

藍子「そして、加蓮ちゃんは私のことをアイドルだっていつも言ってくれます。事務所のみなさんや、ファンのみなさんもよく、私のことをゆるふわだって言ってくれます」

藍子「ということは、やっぱり加蓮ちゃんはゆるふわアイドル……!」

加蓮「話だっていっつもアンタが寄り道してるからね?」ペシ

藍子「痛いっ」

加蓮「もー。なんだっけ? ポニテである理由は特にないってところで止まってたよね」

加蓮「理由は特にない、ってこと、世の中にはいっぱいあるよね」

藍子「ふむふむ。……例えば今日、このカフェの外に猫の置物が置いてあったこととか?」

加蓮「……それはなんか理由があるんじゃない?」

藍子「確かに。ひょっとしたら、可愛い猫さんを見つけたからとか……」

加蓮「本物の猫は店内には入れれないし、かといって外で飼っても目を離した隙に中に入り込んでくるかもしれないもんね」

藍子「あるいは、雑貨屋さんであの置物を見つけて、つい買ってしまったのかもしれません」

加蓮「あるある」

藍子「ううん。もしかしたら、この前加蓮ちゃんが暖炉の前で猫さんのお話をしていたのを聞いていて、それを参考にしたのかも……!」

加蓮「あれはpresent by藍子ちゃんじゃなかったー?」

藍子「いろいろ考えていたら、気になってきちゃいました。店員さんに聞いてみましょうっ」

加蓮「そだね。きっと店員さんも藍子に聞かれたら教えてくれ――」

加蓮「って。こら、藍子。また寄り道になってる」

藍子「あっ」

加蓮「自分で寄り道しておいて加蓮ちゃんのせいにするとかさー」

藍子「あはは……。たまたま。たまたまですからっ」

加蓮「どーだか。とにかくっ。このカフェの入口に猫の置物を置いたことには、何か理由があるかもしれないね」

加蓮「でも、加蓮ちゃんがポニテにすることには理由はないの。っていうか、とりあえずないってことにしといて」

藍子「ふんふん」

加蓮「だけどポニテな加蓮ちゃんを見た藍子ちゃんは、つい考えこんでしまいました」

藍子「考え込む」

加蓮「あれ、今日はポニテにしてる。何か理由があるのかな? と」

藍子「う~ん……」

加蓮「あまりに考え込んでしまった藍子ちゃんは、他のことに集中できなくなってしまいます」

加蓮「いつものように事務所のみんなをスマフォで撮る時にも、手ブレで上手く撮ることができません」

藍子「何回も撮り直させてって言ったら、ちょっぴり迷惑になってしまいますね」

加蓮「結局、その日の藍子ちゃんは色々なことが上手くいかない、よくない1日になってしまいましたとさ」

藍子「うぅ」

加蓮「さて問題です。藍子ちゃんはそもそも何に悩んでいたでしょう?」

藍子「えっと……。加蓮ちゃんが、ポニーテールにした理由?」

加蓮「はい正解」

藍子「やったっ」

加蓮「ではもう1つ問題。加蓮ちゃんがポニーテールにした理由はありま――」

加蓮「いや。加蓮ちゃんがポニーテールにした理由って、そもそも何もありませんよね?」

藍子「そうですね。とりあえず、ないんですよね?」

加蓮「はい正解」

藍子「やったっ」

加蓮「つまりその日の藍子ちゃんは、特になんの理由もないことを、もしかしたら何かあるのかも? なんて思い込んでしまってるの」

藍子「ふんふん」

加蓮「それってちょっと間抜け……間抜け、って言ったら言い方良くないけど、でもこう、おかしいよね?」

藍子「確かに……」

加蓮「けど、世の中にはそういうことがいっぱいあるの。意味なく考えすぎることとか、悩みまくったけど結局何もありませんでしたとか。そういうこと」

加蓮「藍子にも結構そういう経験ない? アイドルのこととか、学校のことでもいいけど」

藍子「あ~……」

加蓮「それか、理由はあったかもしれないけどそれはどうでもいいこととか、ほんの些細なことだったとか」

加蓮「例えば夢の中にポニテの藍子が出てきたから、起きた後でじゃあ今日はポニテにしようって決めただけかもしれないじゃん」

藍子「ふんふん」

加蓮「悩んだり、考え込んだりしたことでも、原因は些細なこと、そもそも存在すらしてないかもしれない」

加蓮「だけどそれを悩みすぎたり考え込みすぎたりすると、必要以上に混乱したり、そわそわしちゃうよ」

加蓮「ってことを、ここに座ったばっかりの時の、なんだかそわそわしちゃってた藍子に言いたかったんだけど……」

加蓮「ふふっ。もうすっかりいつもの藍子だし、言う必要、なくなっちゃったね」

藍子「あはは……。ううん、必要がないなんてことありませんよ。聞いていて、なるほど~って思いましたからっ」

加蓮「ま、今後何か悩んだりした時に思い出してくれればそれでいいよ。どうせ大半の悩み事なんて、自分で考え込みすぎて大きくなっちゃった物だろうし」

藍子「悩んじゃった時には、今のお話を思い出してみますね」

加蓮「よろしい。じゃ、授業料ってことで……何かおごってー♪」

藍子「……、……?」

加蓮「その……クリスマス前だし、定期テスト終わった後の打ち上げでちょっと……その、テンション上がりすぎちゃって」

藍子「あれ? ……あ、はい、分かりまし、って、…………」ジトー

加蓮「あははっ♪ 何注文しよっかなー」

藍子「も~……」

加蓮「大半の悩み事の原因は大したことのないこと、か……」

藍子「?」

加蓮「ううん。昔のさ、無駄に悩んで1人で塞ぎ込んでた頃の私にも聞かせてやりたいな、って」

藍子「……あ~……」

加蓮「なんてっ。昔の私は昔の私。そんないじけてた加蓮ちゃんはもういませーん」

藍子「あはは……。ほら……大半は、ですから。加蓮ちゃんの悩みごとが、そうではなかったのかもしれませんよ」

加蓮「かもね」

藍子「それに――」

加蓮「?」

藍子「……それに」

藍子「昔の……加蓮ちゃんがいて、今の加蓮ちゃんがいるんですから」

藍子「その……」

加蓮「……ん。いいよ。はっきり言って?」

藍子「……」

藍子「……今の加蓮ちゃんが、今の自分を大切にする気持ちは……とても大事だと思います」

藍子「でも、だからといって、昔の加蓮ちゃんをいなかったことにするのは……」

藍子「……違う、と、思い……」

加蓮「こら。そこで自信なくしたら、逆にこっちが訳分かんなくなっちゃうでしょ?」

藍子「……ごめんなさい。でも、どうしても言い切れなくて」

加蓮「まーね。まーそうなんだけど……」

加蓮「じゃあ私は、今の藍子の言葉を覚えとくね」

藍子「……忘れていいです。今のこと、なかったことに――」

加蓮「やだ」

藍子「もうっ」

加蓮「ふふっ。……昔の私をいなかったことにはしないで、かぁ」

藍子「加蓮ちゃん、たまに昔の加蓮ちゃんのお話をしますけれど……それだって、自分のことっていうより、なんだか別の人のお話みたいに聞こえることがありますから」

加蓮「これは友達の話なんだけどー、が実は本当に友達の話だったパターン?」

藍子「……ふふ。そうかもしれませんね」

加蓮「実際そういうとこあるかも。……ん、まあ、覚えとく」

藍子「はい。……あっ、でも、考えすぎないでくださいね。考えすぎたり、悩みすぎたら――」

加蓮「無駄に大きくなりすぎてそわそわして、本調子じゃなくなる……だよね」

藍子「そういうことです♪」

加蓮「分かってるよ。大丈夫」

加蓮「よし、じゃあ余計なことを考えないためにも今は食べることに集中しようっ。すみませーんっ」

藍子「そうしましょ? ……あれ? でも、その食べた分って私が支払うことに……?」

藍子「か、加蓮ちゃんっ。ええと……そ、そうだ。さっき定食を食べましたし今度は軽めのメニューで――」

加蓮「? もうパフェ注文したけど? ほら、この一番豪華なヤツ」

藍子「あああぁ……」

加蓮「っと、来た来た。いただきまーす♪ ……うん、美味しー♪」

藍子「うぅ、……加蓮ちゃんが嬉しそうだからいいんですけれど、でも……うぅ~!」


【おしまい】

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