三峰結華が初めて煙草を吸った話 (16)


煙草はチェのレッドが一番旨い。彼がいつも言っていた。

事務所に一番近いコンビニ、ではなく少しだけ離れたコンビニに来た。今はそれが都合がよかった。それに、ここのコンビニ来たのには理由がある。

ジッポーは便利だしかっこいいけど肝心なときにオイル切れるし、メンテナンスが面倒くさいから使い捨てライターを使う。ターボライターじゃないと冬場は火がつけにくいけど少し高いとここで愚痴ってもいたのを覚えている。

だけどもなんだかんだジッポー使って、しばらくしたらまた使い捨てライターに戻っていた。


「いらっしゃいやせー」

「280番をください」

「年齢確認を押してくださいー」


レジのバイトがやる気無さそうに、それでいて手慣れた様子で目当てのものを持ってくる。


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年齢確認されなくてよかったー。いや、もう二十歳だからされても大丈夫だけど、それでもアイドルが煙草を買うなんてバレたら大変だ。どこで情報が漏れるかわからないし。

いつも隣で見ていたけど、自分がやるとなると緊張するものだな。

チェは少し珍しい煙草だからコンビニでも売っているところが限られてくる。ファミマでたまに見かけるくらいか。そう言って彼は少し遠いながらこのコンビニをいつも利用していた。

私は、産まれて初めて煙草を買った。


今日は誕生日だからと気を使ってレッスンやお仕事の類いは入れないでおいてくれた。夜にはこがたんの部屋でパーティーがあるけどまだ時間は十分にある。

誰にも見つかりませんようにと願いながら事務所に来た。日頃の良いからか、それとも初詣に行ったから神様が願いを叶えてくれたのか、知り合いに会うことはなかった。

階段を抜き足差し足忍び足で昇る。見慣れたドアを横目に、滅多に上がらないベランダを目指す。これが本当の大人の階段、なんちゃってね。よく彼がそこで吸っているのを知っていた。社長は昔は吸っていたようだが今はやめていて、ほとんど専用スペースになっている。

そこにはぽつんと灰皿が一つだけあった。先客もいないようだ。色々考えたけど外の喫煙所で吸って誰かに見られるのもまずいし、それに彼と同じ景色を見てみたかったから。

煙草の箱のビニールを剥がし、紙の封を開ける。そこまではよかったものの、煙草一本がなかなか抜き取れない。いや、本当に抜けないんだって。

しばらく格闘してようやくブツを取り出すことが出来た。へへっ、てこずらせやがって。


いよいよ、吸うときがきた。正直未知にたいしての恐怖とか、いけないことをしている背徳感とか、それでいてドキドキ興奮しているのも感じる。

初めはゆっくりと、一気に吸わないように。ありがちなミスは聞かされていたので注意する。

ない交ぜになった感情は煙となって肺に落ちていく。


「うっ」


注意していたのでむせるまではしなかったが、それでも違和感でびっくりしてしまう。

何回か煙を吸ってはいてを繰り返していると、なんとなくだけど少し慣れた気がする。

……なんか期待していたものと違うな。美味しくもないし、大人になれた感じもない。


それに、彼に近づけた気もしないや。


自虐気味に吐き出した煙を眺めながらぼーっとする。いや、これは本当に頭がぼーっとしているんだ。これがよく聞くヤニクラってやつか。

足に力が上手く入らず座り込む。そのまま膝を抱えて泣き出したい気分だった。

それを許してくれないのが彼、プロデューサーの良い所なのだろうか、タイミングよくベランダへの窓が開いた。


「よお、いいもの吸ってるな。その煙草を選ぶとはお目が高い」

「わかるの?」

「自分の吸ってる煙草の匂いぐらい案外わかるもんだよ。隣失礼するよ」


そう言って無遠慮に煙草に火をつけた。ぎこちない私と比べて実にスムーズな動作だった。

珍しい、今日はジッポーなんだ。またなにかの気まぐれでも起こしたのかな。

吐いた煙は私のものより薄かった。なにか違いがあるのかな。



「どうしたんだよ。こっち見て」

「いや、怒らないのかなーって」

「なんだなんだ、お前まで悪い子になったのか。勘弁してくれよ……」

「そういうわけじゃないけどさー」


まみみんの見つかるための悪戯と違って私のは見つからないのであればそっちのほうが良かったから。


「まあ、アイドルという立場上喫煙は褒められたことじゃないな」

「うぅ……、耳が痛い」

「それでもちゃんとこの場所を選んだのは自制心が働いて偉いなと思う。それに」

「それに?」

「社長とかはづきさんにばれるとなにか問題になるかもしれないけど、今は俺しか目撃していないからなかったことにする。色々と面倒くさいし」

「ははー、Pたんが理解があって助かるよ」


そろそろ足に力が戻ってきた。「えいや」と勢いをつけて立ち上がる。

せっかくなので私も二本目の煙草を取り出す。一本目と比べて大分取りやすかった。

喉が少し渇いた、なにか飲み物でも買っておけばよかったかな。


「Pたん、ちょっとジッポー貸して」

「いいけど、使い方わかるか?」

「大体は、いつも見ていたからね」


またしてもたどたどしい手つきで煙草に火をつける。うん、やっぱり美味しくは感じないな。


「なんかさ、三峰が思ってたのと違うなーって思うんだ」

「あんまり煙草が旨くなかったか?」

「それもあるけどさ、二十歳になればなにか変わるかもと思ったけど、案外何も変わらないもんだね」



「……そんなもんだよ」

「……Pたんはさ、なんで煙草を吸い始めたの?」

「昔、俺が大学生のとき憧れてた人がいてな。ただ単に真似っこだよ」

「その憧れてた人って男の人?女の人?」

「男の人」

「じゃあ許す」

「逆に女の人なら許してくれなかったのか」

「うん、勿論。Pたんはそれでなにか変われた?」

「いや、なんにも。一切近づけることはなかったな。煙草がやめられなくなっただけ」

「煙草は身体に悪いからやめたほうがいいよ」

「結華もな」


なんだ、同じじゃないか。

私だって憧れの人の真似をしているだけ。そこに抱いている感情は別物かもしれないけど。

二本目吸い終わって、少しだけ美味しさがわかった気がした。慣れてきたのか、それともプロデューサーが隣にいるからか。


「Pたん、そういえば誕生日プレゼントは?」

「いや、喫煙所に結華がいるとは思ってなかったから持ってきてない。というか事務所に来るとも思ってなかった」

「はぁー、これだからPたんは」

「へいへい、すみませんでございました」

「罰として三峰のお願い一つ叶えてよ」

「なんでしょうか。叶えられる範囲で叶えさせていただきます」

「シガレットキスってやつしてみたい」

「えぇ……、どこでそんな言葉覚えたんだよ……」

「最近読んだ漫画に書いてあった」

「少女漫画か?」

「いや、ブラックラグーン」

「……渋いな」


こういったときの私はなかなかに頑固なことを知っているからだろうか。

渋々といった感じだがプロデューサーは新たな煙草に火をつけ、私に顔を近づける。

私もちょこんと煙草を咥えて、先端をあわせるようにする。

こういうときって目をつぶったほうがいいのかな、それとも開けたままでいいのかな、わからないや。


「ふー、ドキドキしたね」

「俺はいろんな意味でドキドキしたよ」


流石に喉がカラカラなので一吸いしただけで煙草を灰皿に入れる。もったいないと言いたげな目でプロデューサーが見てきたけど放置する。

目的は果たしたので問題ない。


「Pたんはさ、心理学におけるミラーリング効果って知ってる?」

「知ってる知ってる、なんか真似されると好きになるってやるだろ」

「適当だなー、大体あってるけど」

「あってるならいいじゃないか」

「ねえ、私がプロデューサーの真似をして煙草吸ったのをどう思った?」


さっき、プロデューサーと私が同じだって思ったけど、やっぱり違うや。

私はプロデューサーに近づきたい。



「さあな」

「さあなって、なんにも回答はないの?」

「答えられないってことで察してくれ」

「ふーん、私は好きに考えちゃうよ」

「……それでいいよ」


なんだか煙に巻かれた気分、煙草だけに。

それでも、お墨付きをもらったから好きにとらえましょう。乙女な部分全開にしよう。


「Pたん、これあげる」

「いいのか?まだほとんど残ってるけど」

「もう三峰には必要ないものだしね。それに欲しくなったらPたんから貰うとするよ。……だからまたここに来てもいいかな」

「……ほどほどにな」


これは、私が初めて煙草を吸った話。一歩だけ大人になれた話。

以上短いけれど終わりです。

遅くなったけど結華誕生日おめでとう!

背伸びをしている女の子と煙草を吸っている女の子、それと三峰結華。自分の好きを込めました。

去年の誕生日

[シャニマス]三峰結華「アンティーカのみんなとお誕生日会」

[シャニマス]三峰結華「アンティーカのみんなとお誕生日会」 - SSまとめ速報
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