勇者ss 第2話(タイトル未定) (55)

一応
『戦士「勇者が甘っちょろすぎてみていられない」』
の続きですが、前作を読んでいなくても支障ありません。

他にはアイマスssの
『アイマス×プラネテス』
『千早「私が歌う理由」』
など書いてます。

良かったら見てってください。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1600521518

魔法使い「あー疲れたー」

そう言って友人の魔法使いが家に入ってきた。彼女は一族代々この近くの森に住んでいて、町はずれに住んでいる私たちの一家とは昔から交流があった。

村娘「お疲れ様。また戦争?」

そう言いながら、彼女の前にお茶を出す。

魔法使い「ええ。何回邪魔しても懲りないんだから。どうしてあんなに戦をしたがるのかしら。」

彼女が今は一人で住んでいる森は、隣国との国境近くにある。優しい性格で、戦争になりそうになると死者が出ないように魔法で仲裁しているのだ。優しいねと言うと、本人は近くで戦われるとうるさいからだと言って否定するけれど。

魔法使い「まったく、嫌になるわよ。それに最近は森にも国の連中が押しかけてきて安心できないのよね。」

村娘「森に?どうして?」

魔法使い「私の住んでる森を切り開こうとしてるのよ。野営するのに薪がいるとか、即席の櫓だか柵だかを作るのに木材がいるとか言って。しかもそれが嫌なら戦争に協力しろ、なんていうのよ?図々しいと思わない?」

村娘「そうね・・・。でも戦争に巻き込まれて怪我をしないか心配だわ。ねえ、良かったら私たちと一緒にこの辺りに住まない?」

魔法使い「嫌よ。私はあの場所が気に入ってるの。私は昔からあそこに住んでるのに、どうして私の方が出て行かなきゃいけないのよ。」

村娘「そう・・・」

魔法使い「心配しなくても大丈夫よ。私が戦争くらいでどうにかなるわけないでしょ。」

彼女は不敵な笑みを浮かべて言った。確かに彼女の力は凄まじい。彼女の親や祖母の魔法の腕もかなりのものだったらしいが、彼女の素質はそれとは比べ物にならないほどだそうだ。彼女はその力を遺憾なく発揮して、邪魔するものは誰であれ排除してきたし、欲しいものはなんだって手に入れてきた。まあ、その善良で物欲もそれほどない性格のため、悪事らしい悪事は働いていないのだが。

村娘「確かにそうね。でも、無理はしないでよ。」

魔法使い「ええ、気を付けるわ。」

それから彼女は私と私の家族と共に食事をして、自分の住処へ帰っていった。私の家に国の役人が訪ねてきたのは、その翌日のことだった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

日が傾いてきた森の中を、戦士と二人で次の町へ向かって歩いている。

勇者「このペースなら今日は野宿じゃなくて、町でゆっくり休めそうだね。」

戦士「ああ、そうだな。・・・ん?」

戦士が立ち止まって森の奥の方に目を向けている。

勇者「どうかした?」

戦士「今、何か声がしなかったか?」

勇者「聞こえなかったけど・・・行ってみようか。」

行って誰もいなければそれでいい。でも、もしかしたら誰かが困っているかもしれない。町に近いとはいえ、この辺りはまだ魔物が出るだろうし。
戦士の後をついて声のした方へ走っていくと、一人の女性が魔物に追われていた。

勇者「気のせいじゃなかったね。」

戦士「ああ。」

女性が足をもつれさせて転ぶのと、僕たちが魔物に襲い掛かったのはほぼ同時だった。間一髪だったな、と思いながら魔物の相手を戦士に任せて女性の保護に向かう。

女性を安全な場所まで運び、地面に下ろして声をかけた。
勇者「大丈夫ですか?」

村娘「あ、ありがとうございます・・・っ!」

立ち上がろうとしてバランスを崩した彼女を支える。大きな怪我はないようだが、どうやら足をひねってしまったらしい。

勇者「無理しないでください。家までお送りしましょう。」

村娘「すみません・・・あっ」

彼女が地面に目をやり、何かに気付いたように声を上げた。僕もそちらを見ると薬草が散らばっていて、先ほどの戦闘で無残にも踏みつぶされてしまっていた。

勇者「ああ、薬草を取りに来ていたんですね。僕がまた集めておきますよ。戦士!」

魔物を始末し、戦利品を探していた戦士がこちらにやってきた。

戦士「なんだよ。」

勇者「悪いけど、彼女を家まで送ってあげて欲しいんだ。僕は薬草を集めたら後から追いかけるから、何か印でもつけていってくれ。」

そう言うと、彼は露骨に面倒くさそうな顔をした。

勇者「頼むよ、力の強い君が運んだ方が効率的だろ?それに君、薬草の種類分かるの?」

戦士「バカにすんなよ、薬草ぐらい俺にも分かる。今日はもうその村で休んでくんだろ?なら俺はもうちょっと体を動かしておきたい。薬草は俺が集めてやるから、お前が先に行け。」

勇者「・・・分かった。では、そういうことなので僕があなたを送っていきます。案内お願いできますか?」

村娘「ええ、勿論です。よろしくお願いします。」

彼女は申し訳なさそうに頭を下げていった。

木に傷をつけたり、枝を折ったりして目印を残しながら彼女を背負って森を歩いていた。しばらく歩いたが、まだずいぶん森が深い。彼女に地図を確認してもらっていなければ、街に向かって近づいているとは思わなかっただろう。

勇者「随分道が険しいですね。いつも、こんな森の奥深くまで薬草を取りに来てるんですか?」

村娘「この方角にはほとんどだれも来ませんから・・・いつもはもう少し北の方で薬草を探してるんです。そのあたりはここと比べればいくらか開けてますし、歩きやすいですから。」

勇者「そうなんですね。あれ?でもそれなら、今日はどうしてこんなところにいたんですか?」

村娘「・・・私がいた場所の少し奥に、塔が立っているのをご存じですか?」

勇者「ええ、そういえばありましたね。ここに来る途中に見かけました。その塔が何か?」

村娘「あの塔に、私の友達が捕まってるんです。」

彼女は、何か言いにくいことを告白するように言った。

勇者「え・・・?」

村娘「最初は、すぐに戻ってくると思ってたんです。でも一週間たっても、一か月たっても帰ってこなくて。それで、私彼女のことが心配になって・・・。」

押しとどめてものがあふれ出したように、彼女は続けて言った。友達がいなくなって不安だったのだろう。

勇者「それで、今日様子を見に行こうと思ったんですね。そのあなたの友人はどうして捕らえられたんですか?」

村娘「彼女は強い力を持った魔法使いで、それで、国に目を付けられたんです。戦争に協力しろって言われてて、きっとそれを断ったから・・・。」

途切れ途切れに、不安そうに彼女は言った。彼女もどうしてこんなことになったのか分かっていないのかもしれない。ある日突然、理不尽に連れていかれた彼女の友人のことを思うと、いてもたってもいられなくなった。

勇者「そんな理由で・・・分かりました、僕たちが何とかしますよ。必ずその人を助け出します。だから、安心してください。」

村娘「ありがとう、ございます・・・」

彼女は何かを堪えるようにそう言った。

戦士「ここか?待たせたな、薬草採ってきてやったぞ。」

彼女の家に到着し、足の手当てをしていると戦士がやってきた。彼も何とか完全に日が暮れる前に到着した。

村娘「ありがとうございます、戦士さん。」
勇者「ああ、ありがとう。ところでちょっと話したいことがあるんだ。」

来る途中に聞いた、彼女の友人の魔法使いのことを戦士に説明した。

戦士「なるほどな、助けに行くのは別に構わねえけどよ。なんであの塔なんだ?」

勇者「なんで、ってどういうこと?」

戦士「塔ってのは、来る途中にあったあれのことだろ?あれは恐らく物見だ。少なくとも監獄じゃねえだろ。国のやつらに連れていかれたってんなら、監獄か城に捕まってると考えるのが普通じゃねえか?」

勇者「確かに・・・どうして魔法使いがその塔に捕まってると知ってるんですか?」

村娘「それは・・・彼女が連れていかれたとき、私もその場にいたからです。」

彼女が言いにくそうにそう言った。その様子を見て僕は、強力な魔法使いだという彼女の友人が捕まってしまった理由が分かったような気がした。国の兵士は、彼女を人質にとって魔法使いを脅したのではないだろうか。彼女は自分のせいで友人が捕まったという負い目を感じて苦しんでいるのかもしれない。

戦士「あんた、なんか隠してないか?」

そんな僕の胸の内も知らず、戦士が無遠慮に質問した。

村娘「どうして・・・」

彼女の表情が凍り付いた。

勇者「なあ、ちょっと・・・」

戦士「言えよ。敵地に乗り込むんだ。情報は多い方がいい。」

僕の制止も意に介さずに戦士がそう詰め寄ると、彼女はポロポロと涙を流しながら話し始めた。

村娘「ごめんなさい、実は、彼女が捕まったのは私のせいなんです。」

「こんにちは」

村娘「ええと、どちら様ですか?」

役人「国の役人だ。こちらのお嬢さんが魔法使いと親しい仲だと聞いてね。お願いしたいことがあって来たんだ。上がっても?」

村娘「ええ、どうぞ。何のもてなしもできませんが。」

役人を家に招き入れ、お茶を出してテーブルに着く。

村娘「あの、それでお話と言うのは・・・?」

役人「今家にいるのはお嬢さんお一人だね?」

村娘「ええと、病気の母が奥で寝ていて、他の家族は今はいません。」

そう言うと役人は満足そうに頷いた。

役人「よろしい、それでは本題に入ろうか。」

そう言って役人は懐から液体の入った小さな瓶を取り出し、テーブルの上に置いた。

役人「次に魔法使いが訪ねてきたら、これを彼女に飲ませて欲しい。」

村娘「・・・何ですか?これ。」

役人「毒薬の一種だ。」

村娘「そんな!できません、そんなこと!」

役人「落ち着いてくれ。毒薬と言っても、一時的に彼女の体の自由を奪って能力を封じるだけのものだよ。本当だ。」

村娘「それでも、無理です。どうしてですか?彼女が一体何をしたっていうんですか?」

役人「知ってるだろう?隣国との戦争の邪魔をしたり、森を切り開くのを妨害したり。その他にも色々国の不利益になることばかりしてるんだよ。」

村娘「戦争の邪魔って言ったって、彼女は魔法を使って死人を出さずに争いを仲裁しているはずです。森だって、彼女は自分の居場所を守っているだけで・・・」

役人「だからダメなんだ。視野が狭い。確かにその戦闘での死者は出なかったかもしれない。
しかしそのせいで戦争が長引き、兵は疲弊している。
その結果他の方角の警備は手薄になり、魔物の襲来による死者は増えている。
森を切り開かなければならないのも、戦争で物資が必要だからだ。」

村娘「でも、そんな・・・」

役人さんの言っていることが本当なのかどうかは、私には分からなかった。

村娘「じゃあ、私が説得します。役人さんの話をちゃんと聞くように。だから、こんな薬は・・・」

役人「駄目だ。」

彼は急に怖い顔になり、きっぱりと言った。

役人「説得は散々してきたんだよ。彼女は自分が有利な状況にある限り、こちらの話に耳を傾けることはない。
君まで警戒されてしまったら、もう彼女と話し合いのテーブルに着くことはできない。」

村娘「でも、そんな友達を裏切るようなことは・・・」

役人「頼むよ。みんなのために、この依頼を受けてくれ。
このまま戦争が長引けば、今は城の警備にあたっている兵も前線に送られるかもしれない。
新たに兵を徴集する必要もあるかもしれないな。
薬草も必要になる。まあ政府が高く買い取ってくれると言えば、市民は近くに生えてる薬草を根こそぎ収穫してくれるだろうが・・・」

私は彼が何を言おうとしているのか理解できなかった。

役人「ところで、君のお父さんの職業はなんだったかな?
君の弟は今年でいくつになる?元気にしているか?
君は母親のために毎日薬草を採りに行ってるんだったね。
確かにこの辺りはいい薬草が生えてそうだ。」

私の父は城の警備兵だ。
私の弟は今年で15になる。徴兵されてもおかしくない。
薬草はこの辺りでは私しか採らないから十分足りているが、売る目的で多くの人が取りにくれば、すぐになくなってしまうだろう。

役人が冷たい目で私を見ている。私は背筋が凍るのを感じた。

「君がやってくれれば、誰も困らずに済むんだ。全て丸く収まるんだよ。
彼女だって、捕まえはするが別に拷問するわけじゃない。あくまで説得だ。
それでも言うことを聞いてくれないようなら、身柄を拘束しなくてはならないかもしれないが。」

優しい声色で役人が話しかけてくる。

私には、最初から拒否権なんてなかったんだ。

役人「何も難しいことをお願いしてるわけじゃない。
次に彼女が訪ねてきたら、飲み物にこの薬を入れて飲ませる。
薬が効いて彼女が眠ったら、窓を開ける。
それを合図に、近くに待機している私の部下が彼女を回収に行くから、君はただ見ていればいい。
それだけだ。できるね?」

村娘「・・・はい。」

絞りだした私の声は、ひどく弱弱しかった。

彼女は話し終えてからもしばらく泣き続けた。ようやく泣き止んだ彼女を別室で休ませ、戦士と今後についての話を始める。

戦士「さあ、どうする?」

勇者「手口が汚い。それに監禁されている場所もあんな胡散臭い場所だろ?おそらくだけど、魔法使いはおおっぴらに犯罪者として連れていかれたわけじゃないと思うんだ」

戦士「まあそうだろうな。おそらくあの塔にもろくな戦力はいないだろう。正面突破で行くか?」

勇者「うん、時間が惜しい。今すぐここを出て、仮眠は塔を見張りながら交代で取ろう。塔の兵士が眠っていそうなら、夜明け前に突入だ。」

何だか嫌な予感がする。一刻も早く助けてあげたいと思った。

塔には見張りはいなかったが、出入り口は閂か何かで内側から完全に閉じられていたため、外壁をよじ登り、窓の鉄格子を外して中に入った。

勇者「ここかな・・・」

戦士「ああ、可能性は高そうだ。」

鍵のかかった大きな部屋を見つけ、ピッキングで鍵を開ける。

勇者「うっ」

戦士「・・・」

扉を開けると、よどんだ空気が流れだしてきて思わず顔をしかめた。

勇者「・・・ここで合ってたみたいだね。」

戦士「そうだな。」

部屋の奥にベッドが見えた。その上で誰かが横になっている。近づくと、魔法使いらしき女性が裸で拘束されているのが分かった。今は眠っているようだ。

戦士「酷いな、これは。」

戦士が顔をしかめながらそうつぶやく。僕もその痛ましい様子に、目をそむけたくなった。

勇者「大丈夫?」
そう言いながら手を触れた途端、彼女はハッと気づいて飛び起き突然怯えて暴れだした。

魔法使い「やめて!もう許して!何でもするから、もう」

もう殺して
その悲痛な叫びを聞いて、胸が苦しくなる。どうやら僕たちの声は聞こえていないみたいだった。それどころか姿も見えていないらしい。

戦士「おい、目が見えてねえのか?」
勇者「うん、多分耳も・・・」

怯える彼女に上着をかけて、手を握る。

勇者「もう、大丈夫だ。もう君を傷つけるものはいないから、安心してくれ。」

少しずつ抵抗が弱まり、それから戸惑いながら探るように手を握り返してきた。

魔法使い「・・・あなたは誰?」

握っている手を開き、彼女の手のひらにゆっくりと『助けに来た』と書く。

彼女は少し呆然としてどういう意味か理解できないようだったが、突然涙を流し始めて、それからわあわあと声をあげて泣いた。

しばらく彼女を抱きしめて落ち着かせていると、遠くから戦闘の音がした。
気が付けば戦士の姿が消えている。

勇者「ごめんね、少しここで待ってて。」

異臭と汚れの残ったベッドの上に戻すよりはマシだろうと思い、泣きつかれて眠っている彼女を壁の近くまで運んで床に寝かせる。

加勢に向かうために部屋を出ようとすると、ちょうど戦士が戻ってきた。手を縛られて口をふさがれた兵士を一人連れている。

勇者「・・・早かったね。他の兵士はまさか皆殺しに」

戦士「してねえよ。」

ため息をつきながら言った。

戦士「めんどくさかっただけで、弱すぎて戦いにすらならなかったからな。一番偉そうなやつだけ連れてきて、他は全員手と脚を潰してその辺に転がしてある。とどめを刺してこいっていうならやってきてやるよ。どうする?」

「ああ、助かったよ、ありがとう。でも[ピーーー]のは駄目だ。先にしなきゃいけないこともあるし。」

戦士の連れてきた兵士にちらりと目をやる。

「そうだな。」

戦士はそういうと、連れてきた兵士を地面に放り投げた。
僕は彼に近づくと口の拘束を解いた。

勇者「この塔で一番偉いのはあなたですか?」

兵士「だったら何だ。」

勇者「まずはいくつか知りたいことがあります。余計なことは言わずに、速やかに答えて下さい。彼女の視力や聴力を元に戻すためにはどうすればいいですか。」

兵士「教えるわけにはいかな・・・っ!」

兵士の足にナイフを突き立てると、彼は苦悶の声を漏らした。

勇者「お願いですから、速やかに答えてください。手荒なことはしたくありません。」


戦士「そんなんじゃ失血で気を失うかもしれねえぞ。
もっと安全なことから始めねえと。爪をはがすとかよ。」

勇者「・・・そうだね。ごめん、気を付けるよ。」

兵士の男を仰向けにして背中に乗り、彼の右手の小指をつかんだ。

勇者「もう一度聞きます。彼女の目と耳をもとに戻すには、どうすればいいですか。」

兵士「知らねえよ!あれはあいつの調教を始めてしばらくしてから、城の呪術師が呪いをかけていったんだ。解呪する方法はやつしか知らない。」

戦士の方をちらりと見る。

戦士「まあ、本当なんじゃねえかな。」

次の質問です。彼女は強力な魔法使いのはずですが、どうやって彼女の力を封じているんですか。

兵士「・・・薬を飲ませてるんだ。呪術師の用意した薬だ。
・・・服用を止めれば、何時間か後には力が戻るだろう。」

勇者「本当ですか。」

戦士の方を見ると、「何か、隠してそうだな。」と首をひねっている。

兵士の小指の爪と肉の間にナイフの刃を入れ、指の肉ごと爪をはぎ取る。兵士が叫び声をあげる。

勇者「僕はどうやって彼女の力を封じているか聞いただけです。
どうして、どうすれば彼女の力を戻せるか教えてくれたんですか。」

兵士「理由なんてねえよ!それを知りたかったんだろうが!他意はねえよ、本当だ!」

今度は薬指の爪にナイフを当てながら質問する。

勇者「教えてください。彼女に薬を飲ませなかったら、どうなるんですか。」

兵士「・・・分かった、言うよ。言えばいいんだろうが。」

勇者「・・・」

兵士「あの女は精神的に不安定になっている。その上長期間薬で無理やり魔翌力を抑え込んでいるし、しかも視力と聴力を失っている。この状態で薬が切れれば、魔翌力が暴走する可能性があるらしい。」

勇者「・・・その薬はどこにあるんですか。」

兵士「あと一週間分はここに備えがあるが、実際の所は一週間持つか分からない。
耐性ができているのか、効き目がどんどん短くなってきてるんだ。
だから俺たちも焦ってたんだよ!
薬が効かなくなってこの女が暴走すれば、俺たちはこの塔ごとぺちゃんこだ。」

戦士の方に目をやる。どうやら今度は本当らしい。

兵士「これで、知ってることは全部話した。もういいだろ?解放してくれ!」

勇者「どうして、彼女をあんな目に合わせてるんですか?」

質問を続けると、兵士は落胆したようにため息をついて言った。

兵士「お前たちはこいつの何なんだ。知り合いか?」

勇者「彼女の友人に助けてくれと頼まれたんです。質問に答えてください。」

兵士「この女は、強大な魔法の力でこの国の邪魔ばかりしてたんだよ。
だからその力を有効に使えるように俺たちが教育してやってたのさ。」

勇者「仕事だから仕方なくやった、と言うんですか?」

兵士「そうだ。言っただろ?この女を調教しないと、俺たちの命も危なかったんだよ。
俺たちだってやりたくてやったわけじゃ・・・ギャア!」

薬指の爪をはぎ取ると兵士が叫び声をあげて体を捩る。
逃がさないようにしっかり押さえ、続いて中指の爪もはぎ取った。

勇者「嘘をつかないでください。彼女の体を見れば、あなたたちが彼女のことを散々おもちゃにしてきたことくらい分かります。」

兵士「ああ、そうだよ。あの女にはたっぷり楽しませてもらったよ。
俺たちは魔法や呪いで従わせて利用するために、痛めつけて抵抗力を奪うように上から命令された。
その方法については指定されていないし、ある程度自由に扱っていいと言われたからそうしたまでだ。
何か文句でもあるのか?俺たちは咎められるようなことは何もしてねえんだよ。」

兵士がぜえぜえと息を荒げながら喚いた。

兵士「お前らの方こそこんな事をしてただで済むと思ってるのか?」

ニヤリと笑みを浮かべて言う。

兵士「俺たちはこの国の正規兵だ。お前らは犯罪者なんだよ。あの女だってこの塔から連れ出したところで・・・っ!」

兵士の小指を切り落とす。
戦士が「まだ爪の痛みが残ってるうちに指を切ってどうすんだよ」と呆れたようにつぶやいている。

勇者「僕たちのことは心配には及びません。あなたに考えて欲しいのは、彼女のことです。
可哀想だとは思わなかったんですか。」

兵士「思わねえよ!一方的にいたぶれる相手がいて、それを実行しても咎められない。
ましてや正しいことだって言われりゃ、喜んでやるよ!
誰だってそうだろうが!」

勇者「・・・彼女は、もう殺して欲しいと言ってたんですよ。」

兵士「そんな心理状態じゃ、まだ不十分だったんだ。俺たちの機嫌をとるためならどんなことでも喜んでやるくらいじゃねえとな。魔翌力が戻って、いざ実戦って時に自棄を起こして自爆なんてされたら致命的だろ?」

戦士が苦虫を嚙み潰したような顔をして舌打ちをする。

戦士「もういいだろ?さっさとこいつを殺して城の呪術師とやらに会いに行こうぜ。」

勇者「・・・どんな気分でしたか?」

戦士「なあ、おい。聞いてんのかよ。」

勇者「もう少し。もう少し待ってくれ。僕は知らないといけないと思うんだ。一体何が起きていたのか。どうしてそんなことが起きてしまったのか。」

戦士「・・・」

勇者「頼むよ」

戦士「分かった。先に金目のもんとか探してくるから勝手にやってろ。ついでにそいつが言ってた薬とやらも取ってきてやる。」

戦士は舌打ちをしてから、うんざりしたように言った。

勇者「ありがとう。助かる。」

戦士に礼を言い、再び兵士に向き直る。

勇者「もう一度聞きます。どんな気分でしたか。」

兵士「言わねえ。[ピーーー]ならとっとと殺せ。」

勇者「命は取りません、安心してください。」

兵士「信用できねえな。」

勇者「信じてください。」

兵士「・・・チッ」

信じようと信じまいと、相手に命運を握られている事実は変わらないと考えて諦めたのだろうか。兵士は観念したように話し始めた。

兵士「楽しかったよ。最初は生意気で反抗的だった女が、泣いて許しを請うようになっていくのを見るのはな。怯えるあの女を脅して無理やり言うことをきかせるのもいい気分だった。」

勇者「どうしてですか。」

兵士「は?」

勇者「そんなことが楽しいとは思えません。どうして、そこまで苦しんでいる人を見て楽しいと思えるんですか。自分の親しい人が同じ目に合ったら、とは考えないんですか。」

兵士「知らねえよ、そんなこと。」

兵士は激高して言った。

兵士「自分以外の誰がどんな目に合おうと、俺の知ったこっちゃねえよ。お前がどう感じるか知らねえけどな、みんなが同じように感じると思ったら大間違いだ。」

勇者「それでも、僕は理解したいと思っています。教えてください。あなたの親しい人が、あなたのしたことを知ったらどう思うと思いますか。」

兵士「うるせえな。親しい奴なんていねえよ。[ピーーー]ならさっさと殺せ。いつまでもくだらない質問してんじゃねえよ。」

勇者「僕はあなたに危害は加えません。」

兵士「ハッ。これだけ拷問しておいてよく言うぜ。」

勇者「それは情報を聞き出すために必要だったからです。あなたに罰を与えるとしても、それは僕ではありません。」

そう言って僕は離れた所で寝ている彼女に視線を移した。彼女はまだ眠っている。

兵士「あいつに、自分が受けた苦痛をやり返させるわけか。お前の方が悪趣味じゃねえか。」

勇者「そんなつもりはありませんが・・・彼女が今回の事を乗り越えるためにあなたたちが必要になるかもしれません。だから、僕があなたたちにすることは何もありません。」

兵士「・・・」

勇者「もう一度聞きます。あなたはどうしてこんな事をしたんですか。どうしてこんな事が楽しかったんですか。どうして、彼女を可哀想だと思えなかったんでしょうか。」

兵士「知らねえよ。関係ねえだろうが。」

「まだやってたのかよ。そろそろずらかるぞ。」

戦士が戻ってきて、そう声をかけた。

勇者「ああ、そうだね。出ようか。」

「それでは、彼女を治したらまた会いに来ます。それまでにさっきの質問の答えを考えておいてください。」

床に転がっている兵士にそう言って、魔法使いを背負って黴臭く陰鬱な部屋を後にした。

塔を出ると、ちょうど朝日が昇り始めていた。憂鬱な自分の心とは対照的に、透き通るように爽やかな光景が広がっている。背中で眠っている彼女にこの光景を見せられないことが残念だった。

勇者「綺麗だなあ」

戦士「そうだな。」

こんな時でも世界は変わらず美しくて、安心するような悲しいような、複雑な気分になる。

戦士「有意義な話は聞けたか?」

戦士が呆れたような、バカにするような調子で尋ねてきた。

勇者「どうだろうね。でも、決して無駄にはならないと思う。」

戦士「お、起きたみたいだぞ。」

焚火を囲んで朝食を食べているときに戦士が言った。
魔法使いが目を覚ましたようだ。魔翌力を封じる薬は、彼女が眠っていたため飲ませられなかった。
しかしもうとっくに日は昇りきっているにもかかわらず、魔翌力が暴走する様子は見えなかった。どうやら杞憂だったようだ。安心させようと、彼女の手を握る。

魔法使い「この匂い・・・塔の外なの?あなたたちは誰?」

彼女の手を開き、手の平に文字を書く。

『安心してくれ。君の友達に頼まれて塔から助け出したんだ。』

魔法使い「そう・・・あれは夢じゃなかったのね。ありがとう。本当に・・・」

そういってまた涙を流し始めたため、僕は慌てて彼女の手に次の言葉を書いていった。

『魔翌力が暴走する危険があると聞いたけど、大丈夫そう?』

魔法使い「ええ、大丈夫みたい。目も見えないし耳も聞こえないから不安だけど・・・」

戦士「杞憂だったみてえだな。」

勇者「そうだね。起きた瞬間パニックを起こして、辺り一帯ごと吹き飛ばされたらどうしようかと思ってたよ。」

戦士に笑って返事をしながら『ご飯食べる?』と書いた。

魔法使い「ありがとう。でも今はちょっと、人に食べさせられたくないの。手に持たせてくれない?」

口を開けて、と書こうとしたら彼女が困ったような顔で言った。確かに監禁されていたときは無理やり口に押し込まれていてもおかしくない。配慮が足りなかったな、と反省して彼女のもう片方の手に焼き魚を持たせる。
『熱いから気を付けて』

魔法使い「ありがとう・・・美味しい」

一口食べ、そう言って笑った。少し元気になってくれたようで嬉しい。

勇者「しかし、会話ができないってのは不便だな。」

戦士「そうだね。早く城に行って呪術師に呪いを解いてもらわないと。」

自分の食事を再開させようとしたところで、魔法使いが僕の片手を握っていることに気が付いた。振りほどくのも悪い気がして、僕もそのまま片手で食事をとる。

勇者「彼女、どうしようか。彼女の友達の家に預けていくしかないかな。」

戦士「そうだな。城に連れて行くわけにも」

魔法使い「私の目と耳はどうなるのかしら・・・」

戦士が話しているのを遮るように、魔法使いが言う。もちろん仕方ないことだが、やはり会話が難しい。

『もう少し準備をしたら、君に呪いをかけた人に会ってくるよ。』

魔法使い「私も連れて行って。絶対足手まといにはならないから。お願い。」

戦士「おいおい、そりゃ無茶だろ。」

勇者「そうだね、さすがに・・・」

魔法使い「お願い、一人にしないで。」

『大丈夫だよ。君の友達の所に』

魔法使い「嫌!私を売った人の所なんて、行けるわけないじゃない!」

そうだった。魔法使いを助けてくれと頼んだのも彼女だが、政府に脅されて彼女に薬を飲ませ、兵士に引き渡したのも彼女だ。

勇者「彼女を連れて城に潜入できると思う?」

戦士「俺に聞くなよ。まあ殺してもいいってんなら、城を制圧する方法もとれなくはないけどな。これからの旅はやりづらくなるだろうよ。」

勇者「そうだよな・・・仕方ない、正式に被害を訴えよう。この件にどのくらい上の人間が関わってるのか分からないけど、あんな事を国が容認しているとは思えないし、ちゃんと話せば何とかなるよ、多分」。

戦士「もし、上手くいかなかったら?」

勇者「その時は二人で何とか切り抜けよう。」

戦士「はいはい。まあ何とかなるだろ。」

魔法使い「どうしたの?」

魔法使いが不安そうに尋ねてくる。

『分かった。君も連れていく』

魔法使い「ありがとう。」

彼女はそう言ってにっこりと笑った。あんな目に合ったのだから、立ち直るのにはある程度の時間がかかるだろうと思っていたが、早くも笑顔を浮かべられるようになった彼女を見て僕は暢気に安心していた。

魔法使い「私を監禁していた兵士たちはどうなったの?」

先ほどの笑顔が消え、暗い表情で彼女が尋ねる。

『殺してはいない。まだあの塔にいると思うけど、また君を捕まえに来るようなことはないから安心してくれ。』

何と答えるべきか迷ったが、正直に答えた。
「そう」と呟いた彼女の目に暗い光がともっているように見えて、少し不安になる。何と声をかけようか考えていると、戦士が話しかけてきた。

戦士「殺しておかなかったのが、結果的に功を奏したな。最初の予定通り城の呪術師を脅して呪いを解かせるなら、殺して口を封じておいた方が後々楽になっただろうが、正面切って文句を言いに行くなら証人として生かしておいた方が都合がいい。」

戦士が吐き捨てるようにそう言った。なんだか少し声に不機嫌さが滲んでいる。

勇者「どうかした?なんだか、殺しておきたかったと思ってるように聞こえるよ。君は戦いが好きなだけで、無意味な殺しはしないんじゃなかった?」

戦士「・・・ああ、そうだよ。俺は殺し合いがしたいだけで、弱い奴はどうでもいい。でもな、弱いくせに自分よりさらに弱い奴を嬲って自分を強いと思い込んでるようなやつらは見てて腹が立つんだよ。」

勇者「そうなのか・・・意外だ、君は他人なんてまったく気にしてないのかと思ってた。」

戦士「うるせえな、お前こそあいつらをどう思ってたんだよ。殺してやろうと思わなかったのか?」

勇者「正直、少しはそう思ったよ。腹が立ったし、悲しかった。どうしてこんなことができるんだ、って考えると絶望的な気分になったよ。こんなにも自分の理解から外れた存在がいるのか、って。」

戦士「それで?あいつらと話して、何がしたかったんだ?理解して改心させようとでも思ったのか?」

勇者「違うよ。もちろん反省して心を入れ替えてくれるなら、その方がいいけど・・・」

戦士「じゃあ、なんなんだよ。」

勇者「言っただろ。知らなくちゃいけないと思ったんだ。
何が起こったのか。どうしてこんなことが起きたのか。
だってそうしないと、先に進めないだろ。
何が原因だったのか。どうすれば防げたのか。どうすれば、この不幸を乗り越えられるのか。
確かにあの人たちは悪人だったけれど、特別邪悪に生まれたわけじゃないと思うんだ。
あの人たちのしたことは悪いことだけれど、今回の悲劇の原因は、あの人たちが悪人だったことだけが原因じゃない。」

戦士「偶々それができる立場にあっただけで、あいつらは悪くないって言いてえのか?役人に唆されただけの被害者だって?」

勇者「違うよ。断じて、違う。でも、悪事を働く可能性のある人全員を排除するわけにはいかないだろ?」

戦士「そりゃ、まだ何も悪いことしてないやつを罰する必要はねえだろ。あいつらは罪を犯した。冤罪の可能性もない。だから罰する。それで何の問題があるんだ?」

勇者「・・・ねえ、僕は今からすごく当たり前のことを言うよ。」

戦士「何だよ。」

勇者「罪を犯してから悪人を罰した所で、被害にあった人は元には戻らないんだ。」

戦士「・・・」

勇者「多分、僕なんかじゃ到底理解できないような欲望を持った人はこれからも生まれてくると思う。そのほとんどはその欲望を抑えて生きていくけれど、その中の一部の人がそれを発散する機会を得てしまって、犠牲者が生まれる。もちろんその人達を罰することで、その人達が犠牲者を増やすことは防げるよ。でも、それだけじゃ被害にあう人はゼロにはならない。」

この人のように、と考えて魔法使いの手をぎゅっと握る。彼女は何か考えているのか、先ほどから下を向いて黙り込んでいた。

戦士「じゃあ、どうするんだ?」

勇者「分からないよ。でも、僕はそういう人たちのことを諦めたくないんだ。だから、知らないといけない。そしてみんなにも考えて欲しい。みんなと考えていきたいんだ。」

戦士「理想論だな。」

戦士が呆れたように、でも少し愉快そうに笑い、僕も「そうだね。」と笑った。

戦士「お前と旅をしてると、考えることばっかりだな。頭がいてえよ。」

勇者「ごめん・・・」

戦士「いいさ。前は気付かなかったが、こういうのも意外と悪くない。」

勇者「そっか、ありがとう。」

考え方の違う人たち、決して理解しあえない人達とだって、共に歩んでいく方法はきっと存在するはずだ。僕はこの旅の中で、その方法を探していきたいと思う。

勇者「いよいよだね。」

「町のはずれの塔で監禁されていた魔法使いについて訴えたいことがある」といって国王との面会を申し込む。
城の外で待っていると、案の定刺客が差し向けられた。口封じが目的だろう。その刺客を返り討ちにした後、裕に1時間以上待たされてからようやく応接室に通された。
戦士「ようやくかよ。ったく、いつまで待たせんだ。」
勇者「何のための時間だろう。ただの嫌がらせかな?」
戦士「さあな。どうにか俺たちを殺そうと方法を探ってたんじゃねえか。」
それだけならいいんだけど。しかし王と会うのが応接室というのは、どう考えてもおかしい。なんだか少し、いやな予感がする。

役人「お待たせしました。」

嫌な予感が的中する。応接室に入ってきたのは、王ではなく役人を名乗る男だった。
魔術師のような恰好をした男を連れている。おそらくこいつが兵士の言っていた呪術師だろう。

役人「王はお忙しい身ですので、代わりに私が対応いたします。それで、訴えたいことというのは?」

勇者「隣の彼女が塔に監禁されていた魔法使いです。彼女はそこで酷い・・・暴行を受けていました。さすがに人道を外れた行為だったので、こちらで保護したんです。彼女の視力と聴力が失われているのは城の呪術師のせいだというので、彼女の呪いを解いてもらいに来ました。あなたが指示したんですよね。」

役人「何のことか分かりませんね。確かにあの塔は元々わが軍の所有物ですが、今は使われていないはずです。」

勇者「彼女の友人が、あなたに脅迫されて彼女の拉致に協力させられたと証言してるんです。城の兵士たちからもあなたの名前を聞いています。ここに連れてきましょうか?」

役人「なるほど、あの兵士たちを生かしていましたか。」

役人は開き直ったように、悪びれずに言った。少しも動揺した様子はなく、飄々としている。

勇者「ええ、少し負傷はしていますけど。」

役人「いえ、構いませんよ。どうせなら処分しておいて欲しかったくらいですから。」

勇者「何ですって?」

役人「だってそうでしょう?野蛮で、残虐で、無能で、怠惰で、人を陥れることしか考えていないケダモノたちです。そこの魔法使いの教育もうまくいってないようでしたし、彼女の魔翌力の暴走で全滅するものだと思っていましたよ。」

役人は心底どうでも良さそうに言い放った。

勇者「そうですか。でも彼らは全員生きています。このことが明るみに出れば、彼らは主導者としてあなたの名前を出すでしょうね。彼女にどんな罪を着せた所で、あそこで行われていたことを正当化することはできないんじゃないですか。」

役人「あなたの言う通りです。甘んじて罰を受け入れましょう。何か月牢獄で過ごすことになるか分かりませんがね。」

戦士「ああ?何か月だと?」

戦士が声を荒げて言った。

役人「ええ。私が部下に命じたのは「魔法使いの説得」です。あの塔でどんなことが行われていたかは分かりませんが、実行犯はあくまであそこの兵士たちです。私の罪状は監督不行き届きで済むでしょうね。それに私は他の役人や大臣と持ちつ持たれつの関係でしてね。数年の刑期を言い渡されたとしても、それよりずっと早く牢から出られるでしょう。何か不満がおありですか?」

役人が意地悪く笑みを浮かべながらそう言う。
まずい、と思った。

勇者「それについては、今は構いません。それより、早く彼女の目と耳を直してあげてくれませんか?」

役人「ああ、申し遅れました。本当に申し訳ないのですが、彼女の呪いは解けないのです。
何分うちの呪術師は未熟ですから。なあ、そうだろう?」

役人が隣に立つ呪術師にニヤニヤしながら尋ねると、呪術師は無言で頷いた。今やすっかりあちらのペースになっていた。いつからか、いや、最初からかもしれない。

勇者「そうだとしても、あなたの悪事は必ず明るみに出します。呪いを解く方法は自分たちで探しますから。」

悪くなった流れを止めようと、きっぱりと言った。

役人「それでは私の気がすみません。いかがでしょう?もしこの件を内密にしていただければ役人の立場を利用して彼女の呪いを解く手立てを全力で探しますし、多額の慰謝料もお支払いいたします。呪いが解けるまで彼女にはこの城に住んでいただいて、何不自由ない生活をしていただきます。」

それは逆に、そうしなければ彼女には何も残らないということなのだろう。もともと国に仇なす魔法使いだった、ということになれば一切賠償金が支払われない可能性も有り得る。

勇者「それでも、あなたのしたことを許すことはできません。」

役人「分かっていませんね。」

役人はため息をついて言った。

役人「私はあなたの心配もしているんですよ?」

勇者「どういうことですか?」

何を言われているのか分からなかった。役人はその様子を見て、僕の愚かさをあざ笑うかのように笑みを浮かべている。

役人「先ほどは塔の兵士は殺していないと言ってましたけど、本当ですかねえ。殺したつもりはなくても、何かの拍子に死んでしまってるかもしれませんよ?多少人の道から外れた行為をしていたとはいえ、国の兵士を何人も殺したとなればそれなりの罪に問われるでしょう。」

そういうことか。外で随分と待たされた理由が分かった。おそらくこいつは既に塔に部下を向かわせ、一人を残して塔の兵士を皆殺しにしているのだろう。そしてその一人はこう脅迫されているはずだ。
『お前も他の兵士のように殺されたくなければ、裁判でこう証言するんだ。「ここで行われたことは私たちが独断でやったことです。他の兵士は女を助けに来た勇者に殺されました」と。』

自分の見通しの甘さにうんざりする。

勇者「あなたはさっき、あなたの悪事を見過ごせば彼女には城で何不自由ない暮らしを送らせてくれるって言いましたよね。あれは本当ですか?」

役人「ええ、勿論です。最高の待遇を約束しますよ。」

勇者「嘘ですね。」

役人「・・・なぜそうお思いになるんです?」

役人はそこで初めて、不快そうな表情を見せた。

勇者「あなたのような慎重な人が、彼女を生かしておくはずがない。あなたにとって彼女は、自分の悪事の証拠であり、暴走する危険を持った不発弾なのだから。そうでしょう?」

役人「だったら、どうするおつもりですか?」

役人は、それでもお前に選択肢なんてないだろ?とでも言いたげに冷笑を浮かべている。

勇者「絶対に、彼女を殺させたりなんかしません。」

魔法使いとつないだ手を、強く握った。
勇者「彼女の呪いを解かないのであれば、もう話すことは何もありません。僕たちは必ず、あなたの悪事を明るみに出します。覚悟しておいてください。それでは。」

最初の予定では、役人を断罪し、彼女の呪いを解いてもらい、大手を振ってこの城を後にするはずだったのだ。実際は自分の方が犯罪者になりかけ、役人に彼女へ謝罪させることもできていない。情けなくて自分が嫌になるが、どうにかして彼女の呪いを解く方法を見つけなければ、と気を取り直す。そしてその場を後にしようとしたが、役人が強い口調でそれを制した。

役人「お待ちなさい。城に事実確認に行っている私の部下が戻ってくるまで外に出すわけにはいきませんね。あなたは大罪人の可能性があるんですから。それまでは落ち着いて、もう少し考えなさい。」

冷静を装っているが、役人の声には明らかに怒りが滲んでいた。

勇者「何と言われても、考えは変わりません。僕らは無理やりにでもここを出ていきます。」

立ち上がってそう言い放ち、二人を連れて外に出ようと思ったその時、
「勇者、ありがとう」
と声がした。一瞬誰の声か分からず声のした方を見ると、魔法使いが片方の手の平を役人たちの方へ向けているのが見えた。
勇者「え」
「メラゾーマ!」
そう魔法使いが叫ぶと、目の前が爆炎に包まれた。

勇者「え、ええええ!」

爆炎はあっというまに役人と呪術師を焼き尽くし、こちらまで熱風が吹き付けてくる。

戦士「あーあ、やっちまったな。逃げるぞ!」

戦士が少し嬉しそうに言う。

勇者「う、うん」

まだ事態が呑み込めないまま、僕は魔法使いを抱えて走り出した。

戦士「何とか逃げられたな。」

勇者「うん、本当に、逃げきれてよかった。」

戦士は結構余裕そうだが、僕は息も絶え絶えだった。

魔法使い「大丈夫?」

魔法使いが心配そうに声をかけてくる。

勇者「うん、大丈夫だよ。あれ?君耳は・・・?」

そうだ、さっきのあれはどうやっても会話が聞こえているとしか考えられないタイミングだった。

魔法使い「実は、魔翌力が戻ってからはテレパスが使えるんだ。だから、勇者の頭を通して会話を聞いてたの。まあ使えるのはこうやって手を触れてる間だけだけど。」

そう言って彼女は僕と繋いでいる手を上にあげた。なるほど、手を触れたがっていたのはそういうことだったのか。知らない間に頭を覗かれていたと知って、恥ずかしくなる。

戦士「ああ、そういうカラクリだったのか。」

勇者「戦士は気付いてたの?」

戦士「まあ、なんとなくな。お前は役人との会話に集中してて気づいてなかっただろうが、さっきは結構会話に反応してたぜ。」

勇者「そうなんだ・・・最初からああするつもりで、城について行きたいって言ったの?」

魔法使い「違うよ。最初は城丸ごと吹き飛ばすつもりだったの。それで自分も死んでも構わないと思ってた。だって・・・今回の事に関わったのはあいつらだけじゃないかもしれないし、知ってて何もしなかったやつらもいるかもしれない。だったら城のやつらみんな道ずれにして死んでやろうって、そう思ったの。」

勇者「そっか。」

魔法使い「怒らないの?」

魔法使いが恐る恐る尋ねる。

勇者「どうして?」

魔法使い「だって、私はあなたたちも巻き込もうとしてたのに。」

魔法使いが不安そうに言った。

勇者「ああ。そうだね、確かに。」

僕は怒るべきなのだろうか。少し考えたが、おそらくそんなことはないと思った。

勇者「・・・仕方ないんじゃないかな。」

魔法使い「何それ。」
予想外の返答だったのか、魔法使いが笑いながら言う。

勇者「あんなことがあったんだから、無関係の人を巻き込んででも自分の感情を爆発させたいと思うのは仕方ないと思うよ。」

彼女の抱えている、自分の命すら惜しくないと思うほどの憎しみを想像すると胸が苦しくなった。

勇者「むしろ、思いとどまってくれて、ありがとう。」

生きて笑ってくれている彼女を見て、心からそう思った。

魔法使い「何それ。」
彼女はそう言うと、今度はうつむいて涙を流し始めた。

僕はどうすることもできず、しばらくの間ただ彼女の手を握り続けた。

魔法使い「ねえ、これから私の呪いを解く方法を探してくれるんでしょう?」

勇者「うん、そうだけど。」

魔法使い「私も連れて行って。」

勇者「それは・・・」

魔法使い「足手まといにはならないから、絶対。」

勇者「・・・分かった。一緒についてきてくれ。」

戦士が深くため息をついていて、少し申し訳ない気持ちになる。でもきっとその方がいい。なんとなくだけど、そう思った。

魔法使い「ありがとう!」

そう言って魔法使いが両手をこちらに伸ばして、その手が僕の頬に触れた。そのまま彼女は両手で僕の顔に触れると顔を近づけてきて「えい」と言って僕の額と自分の額をぶつけた。

勇者「いてっ・・・えっと、今のは何?」

魔法使い「呪いが解けるまでの間、あなたの目と耳を借りるわ。あなたの見聞きしている世界を私が勝手に覗いてるだけだから、気にしないで。」

勇者「え、うん、いいけど。」

そんなことができるのか、と感心する。彼女からすれば、第三者視点で自分を見て体を動かすということだろうか。なかなかに難しそうだが、全く見えないよりはマシかもしれない。しかし視覚や聴覚だけならいいが、感情まで読まれてるんじゃないかと考えると少し恥ずかしくなる。

魔法使い「戦士さんはどこ?」

そう聞かれ、戦士の方に目を向ける。

魔法使い「この人が戦士さん・・・?もっとむさ苦しい人を想像してたんだけど、イメージと違うのね。もしかして、あなたの脳内で補正がかかってるのかしら?」

悪気はないのかもしれないが、すごく失礼なことを聞いた。

勇者「いやあ、どうだろう。あはは。」
戦士「知らねえよ、うるせえな」

戦士がぶっきらぼうに答える。

魔法使い「これからよろしく。」

自分の目では戦士が見えていないはずだが、器用に戦士に向かって握手を求めて言う。

戦士「ああ、よろしく。」

握手をする二人を見て、何だかこの旅も楽しくなりそうだな、なんて考えていた。

勇者「よし、じゃあ行こうか。まずはこの町を出よう。塔の兵士の生き残りや君の友達と決着をつけるにしても、ほとぼりが冷めるまで待った方がいいと思う。それでいいかな?」

魔法使い「ええ、大丈夫よ。」

戦士「そろそろ骨のある相手と戦いてえなあ。」

そしてできることなら、他の二人にとってもこの旅が生きる理由になってくれたらいいのに、とも思った。

終わりです。

相変わらず最後雑だなあと反省してます。
良かったら感想ください。

あと、登場人物たちの名前の案も良ければいただけると助かります。
いつまでも戦士、勇者、魔法使いじゃなんなので。

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