ハンジ「みんなの贈り物」(48)




「あ」


昼食を食べ終わり、
コニーと共に頬杖をついてぼぉーっとしていたサシャが唐突に顔と声をあげた。


「なんだ? また腹でも減ったのか?」


その声にコニーは頬杖のまま身動きをしたないまま口を開いた。



「違いますよ! 確かもうすぐ誰かの誕生日だった気がして」

「ふぅーん、そりゃめでたいな」

「そうですよ。めでたい時にはご馳走が出ると相場が決まってます!」

「あー、って結局食いもんの事じゃねぇか」

「おい、お前ら昼休憩だからってだらけすぎんなよ」


食器を片付けていたジャンが騒がしい二人の所に近づくと側の椅子を引き、
そこへ座った。



「あ、ジャン。聞いてくださいよ、近々誰かの誕生日のはずなんですよ!」

「あぁ、ハンジさんのだろ?」


ジャンは事もなくそう返す。


「そう! ハンジさんの誕生日なんですよ! コニー!!」

「いや、お前誰のかわかってなかったじゃねぇか」


まるでコニーだけが知らなかったとばかりに言うサシャにコニーがツッコんだ。



「いつでしたっけね?」

「確か5日だろ。9月5日」

「そうそう! 5日です! 何かお祝い事をするんでしょうか?」


こいつ、絶対詳しい日付なんて知らなかっただろうとジャンは訝しげに横目でサシャを見た。
太陽に雲がかかったのか窓からの陽射しが陰る。視線をサシャから窓の外へと移し、口を開いた。


「……どうだろうな。壁の外の巨人はもう全滅させちまったけど大変さも忙しさも変わってねぇしな」


ジャンは頭を片手で支えて肘を机につき、窓から見える流れる雲と青い空を眺めている。
さっきまで騒がしかったコニーとサシャもそっと空に視線を移す。


外は良い天気でまだ陽射しが強く、入道雲が見える。風はほんのりと冷たい。
真夏が過ぎ、秋へと移り変わろうとしていた。

つい最近、彼らは"海"を見た。空とはまた違う青さでどこまでも広がる塩水だった。


「あ」


またもやサシャの口から言葉が漏れた。


「今度はなんだよ。また別の誰かの誕生日でも思い出したのか?」


頬杖をつき続けているコニーが空をみたままそう言った。



「誕生日の贈り物、あの"生き物"なんてどうですか?」


その場にいた男二人の頭に「?」が浮かぶ。
生き物なんて贈ったって世話が大変だろうとジャンは思い、
いろいろ生き物いたからわかんねぇな、とコニーは思った。


「あれですよ。いつのまにかハンジさんが両手で掴んでた海の芋虫みたいなやつです」

「……あれ、貰って喜ぶか?」

「いや……いや、でもあれ見つけて喜んでたよな、ハンジさん」


ジャンは誰かよろしく眉間にシワをよせて疑問を抱き、
コニーはその疑問に肯定しようとして思い直した。



「あぁ……確かに。喜びそうだ」


軽くため息を吐きながらジャンも肯定する。


「それならあれにしましょう!」

「いや、でも勝手に海には行けねぇだろ」


決定したとばかりに喜ぶサシャにコニーが待ったをかけた。


「何言ってるんですか! 近々もう一度壁外、海に行くでしょう?
 確かハンジさんの誕生日前日だったかと思うのですがそれがチャンスです!」



サシャの言うとおり壁外調査が予定されている。この前に行ったのは道筋と海の確認だ。
詳しく調べるには時間がかかる。


「何がチャンスなの?」


遅れて入ってきたのはアルミンだ。その後ろにはエレンとミカサがいる。


「今度のハンジさんの誕生日にあの海の芋虫をあげようかと!」


得意気に、自信満々といった体(てい)で胸を張ってサシャは答えた。



「海の……芋虫」

「それ、嫌がらせじゃねぇのか」


ミカサは嫌そうに眉をひそめ、エレンは素直な感想を述べた。


「えーっと、ジャン、説明してもらえるかな?」


アルミンはそこにいる三人を流し見て、ジャンに目を止めて言った。





「海だぁーー!!」

「海でーーす!!」

「おいコラ、コニー、サシャ!!」


ジャンの制止にも聞く耳を持たず二人は海に飛び込んでいく。
壁からここまではそれなりに遠いため、調査兵団は海に着くとひとまず休息をとることにした。

秋に近づいたとはいえまだまだ暑い。適度に休憩を取らなければ下手をすると倒れてしまう。


そうして休憩にしようとハンジが言ったとたんに二人は海へと突撃したのだ。
いくらなんでもそれはねぇだろうとジャンはたしなめに行ったが二人に海に引きずり込まれ沈められたようだ。


「またやってる」


アルミンが笑いながら三人をを見ている。
ミカサも三人を見て呆れたような様子だ。


「あの変なの捕まえるんじゃねぇのか」


幼馴染三人はあの後、ジャンから説明を受け海芋虫を贈り物にすることに同意した。
あのハンジさんだから喜ぶ! と力説されれば確かにそうかと納得してしまったからだ。


今では少し後悔している。
本当に誕生日プレゼントが"あれ"でいいのかと。

しかしここまで来たのならやるしかない。
そう心に決めたエレンは海に着く頃には捕まえようと意気込むほどになっていた。

が、あれである。海で遊ぶ三人を見て少しがっかりだ。


「エレン、アルミン。とりあえず海の中を見てみよう」


ミカサがエレンとアルミンの手を取って海へと向かう。



「おい、お前ら調査に来てるんだぞ。全身ずぶ濡れはねぇだろ」


ジャンたち三人に少し離れたところからフロックが声をかけた。


「俺は巻き込まれたんだよ! おい、いい加減、海から出るぞ!」

「ダメですよ。"あれ"を探さないと」

「そうそう。さっき潜ったけど見当たらなかったな」

「……お前ら」


まさかさっきのはしゃぎっぷりは演技だったのか?
と驚きを隠せないジャンだが……



「しかしいつ来ても海ってでっけぇよな!」

「ええ! 広いし大きいし、つい飛び込みたくなりますよね!」


あ、違った。飛び込んだのはただ遊びたいだけだからだった。
そう理解したジャンは二人の頭を上から掴んで海に沈めた。


「あいつら、何やってんだか。風邪引いてもしらねぇからな」


フロックはもう呆れて注意する気も起きなくなった。



遊びながらもジャンたちはエレンたちと合流し、海芋虫を探す。
よく見ればそこかしこにいるようだ。


「うっし! 捕まえた」


コニーが右手で海芋虫を持ち上げた。
それを見てジャンはどん引く。


「うわぁ、間近で見ると気持ち悪ぃな」

「……これ、食べられるんですかね?」


ジャンの横で真剣な顔をしたサシャが呟いた。一斉にみんながサシャを見る。


全員が顔で

『こいつ、正気か!?』

と訴えていた。


「あ、これなんですかね?」


ひょいっとサシャが持ち上げたのは星形の生き物だった。


「なんじゃそりゃ。手みてぇだな」


海芋虫をにぎにぎしながらコニーはサシャの持つ生き物を見つめる。
にぎにぎされているモノを嫌そうに見ながらミカサが注意をする。



「コニー、それはずっと持っていると内臓を吐き出すらしい。
 以前ハンジさんが言っていた。早く何かに入れないと」


それは大変だ! 生きたままじゃないと!
と大慌てで海の水を袋に入れ、捕まえたものも入れる。
これで一安心と、また更に探し始めた。

あまり見た目が良いとは言えないがプレゼントだからと、なんとか集めていく。
ついでとばかりに人の手のような生き物も捕まえていく。

その内になんとなく楽しくなり、みんなは夢中で集め始めた。



「おい、お前ら。何してやがる」


突然、なんの前触れもなく、聞けば背筋が伸びるような声が聞こえた。
何人かが「ひっ」と短い悲鳴を漏らす。


「何か集めてやがったな。なんだ?」

「それは、そのぅ……」

「いいから見せやがれ」


リヴァイは言い淀んだジャンから袋を奪い、中を覗いて一瞬ビクリとした。



「……お前ら、なんでこんなもんを」


眉間にシワをよせ、心底嫌そうな顔をして部下たちを見る。

珍しく兵長の表情が読めるなーとジャンとアルミンは少しばかり現実逃避した。
エレンは体を強ばらせ、ミカサは目を明後日の方向へ向けている。


「あの、ハンジさ……団長には内緒にしてください」


サシャがおずおずとリヴァイへ告げる。
リヴァイは何故だとばかりにサシャへと目を向けた。



「その、団長への誕生日プレゼントなんです」


海からよせては返す波の音が一際大きく聞こえる。
先程まで騒がしかった声が一瞬にして静まり返ったからだろうか。

リヴァイがかわいそうなものを見るような目をしている……ように104期の目には見えた。


「いや! 違うんです! 嫌がらせじゃないっス!
 その、初めて海に来たとき嬉しそうに掴んでたから!」


慌ててジャンが必死で弁解をするが、だからといってこれを? とリヴァイは袋の中を覗く。
袋に詰まったそれらはもぞもぞとうねっている。


今すぐにでも遠くへ投げ飛ばしたくなったリヴァイはとりあえずジャンへ袋を返した。
袋を開いたまま渡した所為でジャンもその様子を見てしまい、
やはり投げ飛ばしたくなったが耐えて袋の口を閉めた。


「何かもっとマシなもんはなかったのか」


リヴァイは全員を残念そうに見つめて呆れた。

これしか浮かばなかったわけではないがサシャの力説と何か奇抜で喜びそうなものと考えてこれになってしまった。
やはり普通のプレゼントにするべきだったと後悔が全員によぎる。

理由を告げるとリヴァイはみんなが持つ袋に目線をやり、軽くため息をついて好きにしろと去っていった。



去っていく後ろ姿を見送ってから集めてしまったものをみんなで確認する。


「なぁ、これ……」

「ちょっと多くねぇか?」


コニーが言い淀んでいるとエレンが後を継いだ。
それにジャンがうなずく。


「確かに……これはヤバイな」


先程リヴァイから袋を返された際に見た時より前に気づいてはいた。
が、正直集めることが楽しくなってしまって手を止められなかった。


全員で顔を見合せてうなずき合うと、袋から半分くらい海へ戻した。
1ヶ所にまとめて戻したものだから海芋虫の山ができた。

なんともいえない表情でそれをみんなで見つめる。

――なんで俺達はこんなもんを嬉々として集めていたんだろうか?

そんな心の声が聞こえてきそうだ。


「おーい。君達何してんの? そろそろ休憩終わるよ」


みんなはハッとして声のした方向を見る。
この海芋虫を集めることの要因となった人、ハンジ・ゾエだ。

わたわたと海芋虫の山を隠そうとするがすでに遅かった。



「うわっ! 何これ山を成してるの? 集まる習性があるの?」


バシャバシャと音を豪快に立てながら近寄ってきたハンジは、
海芋虫の山の前で止まると手をひざに置き、腰を曲げて覗き込んだ。


「んん? 星の形っぽいものがいるね?」


目敏く海芋虫に隠れた生き物を見つけて観察する。


「集まる習性があるのなら何匹か持ち帰って観察してみようか……いや、持ち帰ったら怒られそうだな」


ブツブツと呟きながらそれらを見つめる。
何か誤解をさせてしまっているかもしれないとジャンが口を開いた。



「ち、違うんです! あの、その、ゲームみたいなもので!」

「! そうなんです! どれだけ集められるかって!」


すぐに意図に気づいたアルミンがジャンの話に乗る。一寸、目を合わせ頷く。


「いや、そんなにいないんじゃないかと思って探してたら結構いたな!」

「うん、数を競ってたけどもう何匹いるかわからないね」

「じゃあ、数えてみっか。どんだけ捕まえたんだろうな、俺ら」


コニーが意図を知ってか知らずか話に参加する。
いや、もうそろそろ休憩も終わるし職務に戻ろうとみんなで海から上がる。

後ろ手にモゴモゴと蠢く袋を持って。




蠢く袋は海に漬け込む形で口の所に石を起き、固定した。
岩の陰に置いているので気づかれないはずだ。

それを遠くで見ていたリヴァイが何かに気付き、彼らに近づいて一言訊ねた。


「お前ら、ソレ壁内でどうやって育てるんだ?」


全員があっと声をあげた。


海芋虫をどう育てたらいいのかわからない。



海の水も補充が難しいし、餌も何を食べるのやら……。
だからハンジさんは持って帰らなかったのか、とそこで気づいた。気づくのが遅かった。
アルミンが恐る恐るみんなの方を見る。


「どう、しようか? こんなに集めちゃったし」

「せっかく集めたんだから勿体ねぇよなぁ」


そう言いながらコニーがアゴに手をやり首を傾げた。うーん、とみんなで頭を悩ませる。


「あ!」


またもや短い声をあげたのはサシャだ。それに「何だよ」とコニーが言う。



「兵長、ハンジさんの誕生日って明日、5日ですよね!?」

「……ああ、確かそうだったと思うが」

「うん、それならこうしましょう!」


サシャが思い付いたことをみんなに告げると
せっかく集めたコレを無駄にするよりいいかとその提案に乗った。

リヴァイはそれを眉間に眉を寄せ、目を細めて見つめていた。




「さっきからずっと睨んでるけど何なんだい?」

「睨んでねぇ」

「なんか見張られてる気分なんだけど」

「そりゃ気のせいってやつだ」

「いや、気のせいじゃないだろ」


リヴァイは腕を組み、ハンジの近くで仁王立ちで立っている。
突然やって来て、ずっとこんな感じだ。

ハンジを奇行種などと呼ぶ彼だが、今はよほど彼が奇行種然としている。


さっぱり行動の意味がとれずハンジは首を捻るばかりだ。
とりあえず放っておいても問題はないので放っておくことにした。
その内意味はわかるだろう…………多分。


「兵長! 準備が出来ました!!」


ジャンが敬礼をしながら告げる。
やっとかと、小さく息を吐いてリヴァイはうなずいた。


「へ? 何? なんの準備?」

「ハンジさん、来てください」


突然現れたミカサがハンジの手を取り引っ張っていく。そこにサシャも加わった。
二人に引っ張られ、海岸にあった岩に近づく。そして目を瞑ってくれと言われ瞑ると、そのまま登らされた。



「いいですか? まだ目は瞑っていてくださいね」

「おお? ちょっと怖いね」


サシャに手を引かれ、ミカサが体を支えてフォローする。


「着きましたよ。では、目を開いてください!」


パチリと残った片目を開く。
目の前には見事な水平線、眼下には太陽の光を反射してキラキラと光る青い海が広がっていた。
陸に近い手前の海は砂地が透けて見えている。

その透き通った砂地に黒い何かが並べられていた。





      ☆    ☆
  ☆            ☆
☆たんじょうびおめでとうございます☆
  ☆            ☆
      ☆    ☆




.


白い砂地に黒い海芋虫で書かれた祝いの言葉だった。
ざざーん、と波の音が響く。

やはりはずしたか、とジャンは白目になりかけた。
アルミンは気まずそうに笑い、エレンは海芋虫が動いて文字が崩れないように見張っていた。コニーは満足げな様子だ。

リヴァイは真顔だった。


「どうでしょうか? 持ち帰るのは困難だったのでこうしてみたのですが……」


覗き込むようにサシャがハンジを見た。



「どうもこうも…………すっごいじゃないか!!」


キラキラと隻眼を輝かせ、とても嬉しそうだ。
良かった、報われたな。とジャンが白目から戻ってアルミンを見るとアルミンはうんうんと頭を上下に振る。


「よくこんなに集めたもんだね! あっ、さっきの山盛りは……!」

「あれは……本当はこれを集めて贈ろうと思っていたのですが……」


少し目を逸らしてミカサが申し訳なさそうにしている。



「あー、育て方わからないからねぇ。でもとても嬉しいよ! あの星のやつも集めてたね」

「飾り付けに丁度よかったです!」


サシャは満面の笑顔で答えた。


「みんな、本当にありがとう。凄く嬉しいよ」


涙ぐみながらみんなに礼を言うハンジ。
それを受けて照れてみたり、ですよね!と自信満々に笑顔になってみたりと反応は様々だ。

本当にこれで良かったのだろうか? いや、喜んでいるのだからいいのか?
とそれを少し離れた所で見ていたリヴァイは思ったが無言を貫いた。





壁内に戻った次の日。ハンジの誕生日当日だ。
アレをプレゼントにはしたものの、それだけではと104期で集まりささやかな祝宴を開くことにした。

とは言うもののそれほど経済的に芳しくない104期達はパトロンに先立つものを出してもらっていた。
足りない分をと申し出たがほとんどを出すと言ってくれた。
さすがに多すぎると断ろうと少し揉めたが料理を担当しろと言われ話は落ち着いた。

場所は調査兵団の食堂。食事の準備もほとんど終わった頃、パトロン、リヴァイが現れた。


「リヴァイ兵長、どうされたんですか?」


宴はまだですよ、と待てずに来たのかといった風情でサシャが言う。
いや、お前じゃないんだから宴が待ち遠しくて来たわけじゃないだろうとみんなは思った。



「そういえば兵長には先立つものを出していただきましたが、他に何かあげたりするんですか?」


リヴァイが何か返事をする前に続けてサシャが質問をする。
その質問に104期の面々は興味を持った。贈り物をあげるとするなら兵長はどんなものを贈るのだろう。


「……酒だな」


それにすりゃ良かった! なんで俺は奇をてらったんだ……。
そうジャンは心の中で叫び、頭を抱えた。



「それで、手が空いてる者はいるか?」


話を切り上げ、ここに来た目的を果たすべくリヴァイが104期達を見回しながら訊ねる。

なんの用事だろうか? もしやどこかの掃除がなっていなかったのだろうか?
と思い悩んでる間に料理が早めに終わった所為で手持無沙汰だったコニーが元気良く声をあげた。


「はいはい! 俺手ぇ空いてます! なんスか?」


それに続いてエレンやジャン、アルミンが手を上げる。
人数は充分とサシャとミカサは料理の番をすることになった。




「もう海で祝いの品は貰ったってのにこんなにしてくれて……ありがとうね」


嬉しそうに優しく微笑みながらハンジは礼を言った。
大したものではありませんが、と料理を運び終えると皆席に着く。


「そういえば、兵長も贈り物があるんですよね?」

「え? そうなのかい? 何かな? 楽しみだな」


サシャがそう言うとハンジはわくわくしたように笑いながらリヴァイに向き直る。



「……ただの酒だ」


そう言ってコニー、エレン、ジャン、アルミンを見やって首を縦に振る。
リヴァイが立ち上がると四人はそれを合図に席を立ち食堂の奥に行くと手に酒を持って現れた。

料理の皿を避けたハンジの机の周りにそれらを並べる。数は20は下らないだろう。
高級なものから珍しいもの、少し値の張るものと様々だ。


「これまた盛大な贈り物だね。数が多すぎやしないかい?」


面白そうに笑いながら近くにあった酒瓶を軽く指で弾くとキンッと音が響いた。
リヴァイは一つの酒瓶の天辺に指を置き、ほんの少し傾ける。



「こいつはゲルガーの酒だ」


低くも耳に届く声が食堂を静寂にさせた。
特にコニーとジャンは身を固くする。その名には聞き覚えがあった。

ウトガルド城で自分達を守って亡くなった兵士の内の一人だ。


「空瓶がえらく転がってやがったがこいつは寝床の近くに隠してあった。こっちはナナバのだ」


青みがかった瓶のそれは果実酒のようだ。
なかなか手に入りにくい物で取って置きだったのかもしれない。



「これはミケ、香りの良いものをよく飲んでやがったな」


スンッと鼻を鳴らしている姿が目に浮かぶ。
調査兵団でも特に背が高く、寡黙で少々妙な癖を持った男だった。

淡々とその他の酒も誰の物だったのかを告げていく。
そして、残りもあと2つ。リヴァイはその内の一つの天辺に指をかけた。


「こいつは……モブリットの物だ」


ハンジの視線が……残った右目がその酒を見つめる。彼が、守ってくれた目だ。


「あいつはよく呑む奴だったな。うちで一番飲んでやがった。
 ……まぁ、いろいろと大変だったんだろうが」


ちらりとハンジを見やる。その視線に気付いて思い当たる節がいろいろとあったハンジはすぐさま目を逸らした。



「そして…………エルヴィンの物だ」


沢山並べられている中で一際高そうな酒。
リヴァイがどの酒が誰の物かを言い始めた時からハンジは恐らくこれがそうであろうと思っていた。

きっと、みんなも。

その酒に皆が釘付けになる。
しんとした食堂で今やあちこちで使われているあの光る鉱石の明かりが酒瓶を照らしている。


「……勝手に持ってきちゃったのかい?」


静寂を打ち破るように、しかし微笑みを湛(たた)えてハンジが訊ねる。



「祝い事だ。文句言わねぇだろ」

「そうだね。何かしら理由を付けては飲むための口実にしてたね」


そうして在りし日を思い出すかのように目を細めた。
その時の光景を今此処に重ね合わせているのかもしれない。


「ああ、あいつらもどうせ持ち出して飲んでいただろうよ」

「確かに。でもこんなに飲めないよ」

「一気に飲む必要もねぇだろ。泥酔されても困る」

「そりゃそうだ」


そう言ってハンジは肩をすくめた。
リヴァイが酒瓶に手を伸ばし、少し迷って一つの酒瓶を手にする。


それはモブリットの物だった。

もう一つ、迷った酒瓶はエルヴィンの高そうな酒だ。
最初に飲んでしまっては他の物を楽しめないだろうと思ったのかもしれない。


「そう来たか」


ハンジは楽しそうに、頬杖をついて酒の栓が開けられるのを眺めている。
次に何を飲むかもあなたが決めてよ、と選択を全てリヴァイに任せた。

リヴァイは無言だったがハンジはそれを了承と捉えたようだ。



「待たせてごめんよ。さ、食べようか」


一部始終を黙って見ていた104期はハンジのその言葉にハッとし、
みんなで言うはずだった祝いの言葉をサシャがフライング気味に言うことで食堂に騒がしさが戻った。

わいわいと賑わう食堂をハンジは嬉しげに優しく、どこか懐かしむように見つめる。
ふと光に反射したグラスの中身に目をやると軽く揺らした。

全てを飲み干すにはどれくらいかかるだろうか?
どうせ飲むのならツマミはこの子たちが作ったものがいいな。

騒がしさを増す食堂で、そんなことを思いながらハンジはグラスを傾けた。




ハンジさんの誕生日は9月5日です

なんとか9月内に投下できたから良し……なわけがないな
間に合わなかったどころの話じゃないwwどうしてもやりたかっただけなんす……

読んでくれた人ありがとうございました

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