【モバマス】里美「家族写真」 (22)

おはようございます、プロデューサーさん。

はい、里美ちゃんはこれから来るそうですよ。

それまでは私と二人っきりですね、ふふっ。

ええ、甘々になる前にコーヒーでも煎れましょうか。

ところで砂糖はお幾つ入れますか?

あら、もうご自分で用意してたんですね。じゃあ私も、っと。

ふー、ふー……あつっ……えへへ……。

え、そ、そうですねぇ、久々のオフでしたから。

ご実家に帰るとは言ってましたけど――。

……。

え? あ、すみません。ちょっと考え事を。

もうっ、私の悩みなんて――ホントに聞きたいですか?

いえ、実は昨晩、里美ちゃんに相談を受けてしまいまして。

昨日の過ごし方がアイドルとしては不安なものだったそうです。

あー、話しましょうか? 気になってらっしゃるようですし。

でもあの緩くて甘い里美ちゃんから聞いただけの話ですからね。

細かいところまでは保証しませんよ。

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里美ちゃんのご実家は山形の、少し山がちなところにあります。

スカウトされた時は偶々町に出ていたみたいですね。

それで、行くにもなかなか苦労するみたいで。

列車を使って行ったそうです。それもローカル線。

ええ、さぞ慌ただしい帰省になったでしょうね。

何せオフは一日しかないんですから。

でもそこは矢っ張り里美ちゃんと言いますか、

ゆる~い気持ちで、列車に揺られていたそうですよ。

上京する時には余裕がなくて見ていられなかった、

車窓からの景色が段々と移ろっていく様が楽しかった、と。

ふふっ、それはそうですよ、上京で緊張しないなんて大抵ウソです。

まだ高校生なんですから、不安も大きかったでしょう。

それで、その二両編成の列車に暫く揺られていると、

こう、ぽつぽつと。人が減っていったそうです。

残ったのは里美ちゃんを含めてたった三人だけでした。

まあ乗降数の少ないローカル線だとそう珍しくもないですけどね。

一人は男の人。もう一人は女の人。

どちらも若くて、でもどことなく疲れた雰囲気で。

でも、肌だけはとってもきれいな人達だった、とか。

……う~ん、どうきれいだったか、までは聞いてないですね。

とにかく、そんな人達だったので、

アイドルとバレる心配はしていなかったそうです。

里美ちゃんは隙だらけですから、声を掛けられなかった

ということは多分、相当疲れた人達だったんでしょうね。

列車は段々と山奥深くへ入っていきます。

すると、日がまだ高いお昼時にですが、ある山深い無人駅で

停まったきり、列車はそのまま進まなくなってしまいました。

いかに甘くても帰省はしたいですからね、運転手さんに訊くと、

どうもこの先で人身事故があったらしい、

運転を見合わせるから、一時間はこのままだ――と。

ええ、そんなに長いこと何もしないでいたら辛いですから。

里美ちゃんは、他の二人の乗客に合わせてホームに降りました。

駅名は見てなかったそうです。まあ、あの里美ちゃんですからね。

そのホームは狭くて短くて、まさしく乗って降りるだけ、

それさえ出来ればいい、といった感じで、あとは出札係の立つ

あの囲いと、ベンチが一人分あるだけの駅舎しかなかったそうです。

それで、里美ちゃんは一旦駅から出ることを選びました。

先に降りた二人はその時点でもう、見失っていたとか。

歩く速度で差をつけられたんでしょう。恐らく。

さて、その駅は当然、山中の均された土地にあったワケですが。

駅舎を出ると、そこにはいきなり急な階段がありました。

斜面を下るためのものですね。細い丸太を埋め込んだだけの

もので降りるのには苦労したと――……ええ、まあ、はい。

多分、お察しの通り胸の影響もあったと思いますよ。

こほん。で、慎重にそれを降りていくと、木々が開けて

視界が広がって、やがて目の前に村のようなものが現れてきた、と。

ただその村の様子がどうも変というか、妙というか、おかしい。

……里美ちゃんの感想ですよ?

その村は、時代が違っていた――だそうです。

何せ東北の、人の乗り降りの珍しいローカル線の、

それも山中ですからね。敢えて口を悪くすればド田舎ですよ。

でもこう、何と言うか、その空間は異質だと感じたそうです。

そこここに生えている背の低い木は、果物のもの。

一面隙間なく広がる田畑は、自給自足の生活を思わせるもの。

けれどこのご時世で外へ伸びる道は車道はおろか舗道すらなくて、

自販機も公衆電話もなくて、役所らしい大きな建物までないなんて

……ちょっと普通じゃないとは思いませんか?

しかも無作為というか、歩くためのところにまで一様に

奇妙な拗れ方をした木が、こう、堂々と。生えていたとか。

その木そのものも何だか変な気がして、近付いてみたそうです。

で、近付いて気付いたのは、幹の色が不自然だ、と。

樹皮に、そのー、何と言うか、石英か大理石みたいな

白いモノがところどころ混じっていたって言うんです。

里美ちゃんの話し方が何だか曖昧だったので確証はないですけど、

まあ、素人の目で見て不自然なんですから病気の類ではないでしょう。

それが枝の先端の方までざらざらした質感で続いていて、

伸び放題の枝は周囲の山々とは対照的に丸裸だったらしいです。

もうこの時点で何とな~くイヤな感じですよね。

極めつけは村の中そのもので、全くの無人なんです。

いや、人の気配は感じたそうですよ? でもそれはどれも屋内で、

インターホンもないその扉の前を通っただけで急に静かになる。

まるで、入ってくるなと言わんばかりに。

あと扉の前には白い粉がこんもりと、そうそう、盛り塩ですね。

あんな感じで盛られていて、魔除けみたいだったって言ってました。

その盛り塩みたいなのにアリがいっぱい寄って来ていて

どうにも気持ち悪かった、とも言ってましたね。

そうして村を一周して、腕時計で確認すると四〇分経っていて。

昇るのが遅いという自覚はあったんですね、さっき降りた

階段を急いで昇って駅に戻ると、一時間経つまで残り一〇分でした。

列車はドアを締め切っていて、ホームに立って開くのを待ったそうです。

でも少しすると運転手さんはこちらを――つまり里美ちゃんを

見て、ドアを開けることなく走り去った、って言うんです。

要するに置き去りですね。ええ、怒って当然ですよ。

何せその駅には一日一本しか停まらないんですから。

これには流石の里美ちゃんも意気消沈してですね、

でも夕方になってきて山から獣の声が聞こえ出すと、

気を取り直してまた村まで戻ったんだそうです。

なりふり構っていられませんから、扉を叩いて、

すみませ~ん、一晩泊めて戴けませんかぁ? と。

それで、どう思います? プロデューサーさん。

里美ちゃんの過ごし方についてですよ。忘れてました?

――そうですよねぇ。そんな状況に置かれたら仕方ないことです。

アイドルだとか女の子だとか、それ以前に生き物ですから。

身の安全を図ろうと思ったらそうするしかないですよね。

え? ……その後はどうなったのかって?

確かに聞きましたよ。でももういいじゃないですか。

私の受けた相談の話はここまで。これ以上は話す必要もない

――なんて、許してはもらえなさそうですね。ふふっ。

コーヒーのおかわりは要りますか? はい、どうぞ。

ところで砂糖はお幾つ入れますか?

そうですか、入れないんですか。残念。

それじゃ、里美ちゃんが来るまで続きを話しましょうか。

そうして丁寧に一件ずつ回ったのに、どの家も

扉に近付いただけで息を潜めていったそうです。

あり得ない話ではないですが、ちょっとねぇ。

村には鉄塔も電線もなかったとかで、灯りもないから

手持ちのスマホを使って真っ暗な中を歩いたそうです。

ええ、人の気配こそしても光は漏れてこなかったそうで。

暫く歩くと、一際離れた……村外れですね、そこに廃屋らしい

崩れかけの家を見つけて、やむなくそこに泊まることにしました。

人の気配はしないし、玄関も開きっ放しだったんだとか。

しかしこう、いざ入ってみると汚らしい中に妙に生活感がある。

でも返事はないし、靴もない。それに全体的に煤けた、

遺影みたいな印象を受ける家だったそうで、何だかおかしいな、と。

首をひねりつつ奥に進むと、襖で仕切られた先に部屋を見つけました。

入って先ず見えたのは畳ですね。すり切れた、古い畳。

その先に、多分部屋の中央ですが、綿のはみ出た掛け布団があって。

で、その上に――里美ちゃんから聞いたまま言いますけどね。

――大きな、剥いた茹で卵が乗っていたそうです。

はい。あの茹で卵です。大きさは大体人間と同じくらいの……。

正確には、こう、羊水に包まれた赤ちゃんみたいな湿った感じの、

それでいて表面がもっとつるりとして、大きくなったもの、みたいな。

その何だかよく解らない、茹で卵めいた人っぽいものに、

アリがその、びっしりと。わらわら、って、たかっている。

気持ち悪いですけど好奇心が優ったんですね、

里美ちゃんはそれに近付いて、それで気付いてしまいました。

うずくまった赤ちゃんみたいなそれの、指に当たる部分がですね。

太さが違う。

まるでチョコエッグみたいに、つるりとした表面が剥がれて、

中から何か別の、枯れた竹みたいなものが覗いている。

その――老人の指が。もそり、と。動いた。

里美ちゃんは慌てて駅まで引き返しました。

一刻も早く、この村から出たい、と願いました。

作り話? そうかも知れませんねぇ。

――話、続けますよ。

そのうちに夜が来てですね、まんじりともせず駅舎にいたそうです。

駅だけは線路沿いの電灯がありましたけど、眼下の村は

気付いた頃には真っ暗で、もう一歩も動けなくなっていました。

動物のものらしい鳴き声なんかはするし、不安で不安で、

何か見ていないと落ち着かなくてスマホは点けていたらしいです。

でもバッテリーも有限ですからね、残り二〇%になってからは

待機状態にしたスマホを握り締めて過ごしたそうなんです。

そうして、どれくらい経ったか分からなくなった頃、

ふと、どこからか甘い匂いが漂ってきました。

熟れ過ぎて腐り落ちた桃みたいな香りだったと言います。

段々とそれは強くなってきて、ぶわ、と押し寄せた次の瞬間、

電灯が一斉に消えて、持っていたスマホも何故か電源が落ちました。

音一つ、しなかったそうです。

見えざるものの驚異、と言いますか。何かを感じたんでしょう。

里美ちゃんが身を乗り出して駅舎から線路側を見ると、

山頂の方から何かが降りてくるのが見えました。

何だったのか――それはどうでもいいことです。

ただ、真っ暗な中でその何かだけははっきりと見えて、

それから受ける印象が里美ちゃんのお兄さん……ええと、

お兄様、ですか。それにそっくりだった、とだけ分かればいいんです。

プロデューサーさんを追ってしまった時と同じですね。

里美ちゃんは不安を抱えている時にお兄さんの影を見ると

どうにも甘えたくなって後について行ってしまうんです。

その何かは、村へと一直線に降りていきました。

里美ちゃんはそれを見て慌てて、真っ暗な中で村へ降りていきました。

不思議なことに、その何かは暗闇の中でも

一切の迷いなくスイスイと階段を降りていったそうです。

そんなこともあるんですねぇ、くらいの認識だったみたいですが。

地上に着いた時には、その何かはもうかなり先を歩いていました。

最初はそれが何をしているのか分からなかったそうです。

でも呼びかけながら駆け寄って、動きを真似て、それで分かりました。

その何かは、あの盛り塩みたいなものを蹴飛ばして歩いていたんです。

それでどことなく近付きがたくなってしまって、

里美ちゃんは声こそかけるのをやめませんでしたが、

回り込んで正面まで行ったり、肩を叩いて呼び止めたり、

そうしたことは出来なくなってしまいました。

結果的にはその何かが村を一周するのに同行する形になりますね。

で、最後の家の前で盛り塩のようなあの山を蹴り飛ばしたその影は、

山へ引き返すため、振り返りました。

里美ちゃんの方を向いたんです。それは――

ちょ――っ、ちょっと待って下さい。

「……どうかしましたか、プロデューサーさん」

ちひろさん、この話は矢っ張りおかしい。

昨晩に聞いた話の筈なのにまだ里美は電話を使ってないじゃないですか。

よしんばその何か、影とやらに会ってしまう前に連絡されたのだとしても、

その後の話まで知ることは出来ない。そうですよね?

「……」

公衆電話はないですし、モバイルバッテリーにでも繋ぎながらですか?

急なことで慌てている里美が、真っ暗な中で? それこそあり得ない。

そ、そうだ、そもそもこの話はおかしい。

村に来る列車は一本だけ――昼間に。だとしたら。

「今は朝だから里美ちゃんはまだ来られない。ですか?」

……ちひろさん。お願いですから正直に応えて下さい。

この話は本当に――いや、い、一体、どうやって知ったんです?

『はわぁ……おはようございます~……♪』

「ふふっ。ご自分で訊いてみたらいかがですか?」

「えへへ~、聞いて下さいプロデューサーさん」

里美はひどく嬉しそうな表情を貼り付け近付いてくる。

とことこ、という擬音が似合うのがどうにも危なっかしい。

手にしているのはスマホ。だが――色が違う。

「ほぇ? あ、これが気になりますかぁ?」

蜂蜜色だった里美のスマホが、今は砂糖のように白い。

「これはですねぇ、お兄様が下さったもので……♪」

その時を思い出して照れているのか、里美は身をよじらせた。

昨日の様子を尋ねようと開きかけた口を閉じる。

そう、何も心配することはない。

あの話はどこも作り話めいていたじゃないか。

ふっと微笑んで視線を落とし、そして硬直した。

里美の、砂糖菓子のようなきれいな肌が見える。

「あの……プロデューサーさん? どうかしましたかぁ」

そしてその肌に、目立たないながらも亀裂が見える。

砂糖みたいに白い肌とは対照的に、その奥は暗い。

糖衣に包まれたお菓子のようだ。

亀裂の向こうにはチョコレート色の、

――ミイラのような何かが見えた。

『里美ちゃん、お兄さんの話ばかりじゃ退屈なんじゃないかしら』

「わわわ~つい~。でもぉ、どうしてもこれを見て戴きたくてぇ」

里美はスマホを操作すると、その画面をこちらへ向けて突き出した。

「見て下さい、家族写真を撮ってきましたの♪」

これがお兄様です、プロデューサーさんに似ているでしょう?

そう言って、里美の姿をした何かは笑った。

その向こうでは髪が、肌も、服さえも不自然に

宇宙的な暗黒で染まったちひろさんが微笑んでいる。

――とにかく、そのお兄様とやらを見れば終わる。

視線を向ける。そこに写っていたのは、
















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