千歌「脱獄」 (32)

同タイトルのボカロネタです。
頭に浮かんだのがちかまりのイメージだったのでちかまりで。
若干の死描写ありです。最後まで暖かく見守ってくれると嬉しいです。

千歌「出来た…完成だ…」



千歌(薄暗い『研究室』の中、天井の穴から差し込む日光を受け、黒々と輝くそれを、私は1人で眺めている。)



千歌(『解放』を目前に控えて、私の頭には此処に来てからの出来事が、泡沫の様に浮かんでは消えて行く。)



――――――



千歌(私はある日、見事抽選に選ばれて、このお空の上の鳥籠に晴れてご招待されることになった。)

キィィ…



警官「今日からここがお前の『籠』だ」



千歌「…」



警官「ここでは2人1組で生活してもらう」



警官「彼女はベテランだから、きっと頼りになるだろう」



警官「…時間だ。では」ガチャン



千歌「…寒い」



千歌(最初の感想はそれだった。 もちろん海抜高度が高くて気温が低いこともあったけど、たぶんそれよりもっと精神的な要因が大きかったのかも。)



千歌(不安を多く抱えた幼い私の『先輩』は、明るい金髪と、同じく金色の瞳をした綺麗な女の人だった。)


鞠莉「ようこそ、新人さん」



鞠莉「『アレ』に捕まるなんて、お互いツイてないわね」クスッ

鞠莉「…自己紹介がまだだったわね、私は小原鞠莉。 貴方は?」



千歌「…千歌。」



鞠莉「そう、ならちかっちね。」



鞠莉「いつまでの付き合いか分からないけれど、これからよろしくね」


千歌(そう言って先輩は笑った。 薄暗い籠の中に差し込む陽射しの量が増えた気がした。)



千歌「うん…よろしく、鞠莉…ちゃん」



千歌(鞠莉ちゃんの言った通り、ここでの付き合いの長さは運次第だ。)



千歌(時は20XX年。 人類は産業革命とエネルギー転換により大きな発展を遂げ、私達の生活は驚くほど豊かになった)



千歌(街にはガスの臭いが充満して、灰色の煙が空を覆っている。)



千歌(そのせいで光は遮られ、地上はどこか仄暗い。)



千歌(そしてその煙は…まるで『此処』から人の意識を逸らすためにも存在しているみたいだ。)



鞠莉「かつて西洋で『魔女狩り』なんていうのがあったらしいけど、他人事に思えないわね」



鞠莉「反逆者がいるかもしれないからって、ランダムで決めた人間を処刑していくなんて」




千歌「鞠莉ちゃん、外に…聞こえちゃうかも」



千歌(皮肉を込めた言動。 どうやら鞠莉ちゃんは、私の親族ほど思考を止めてはいないらしい。)



鞠莉「平気よ。 …彼らも気づいてるのよ。 この制度の異常さに」




鞠莉「だから、私の声も聞こえないフリ。 国に飼われて、言う通りに働けば、命だけは保証される」



千歌(話が進むにつれ、鞠莉ちゃんの顔が曇る。)



千歌(段々と早くなる口調から、鞠莉ちゃんの籠に対する感情は単なる批判などではなく、嫌悪あるいは憎悪であることは容易に読み取れた。)

千歌「…私達も、いつか死ぬのかな」




鞠莉「それは神様次第よ。 怖いなら精々徳を積むか、或いは…」




鞠莉「警察に『成り下がる』か」




千歌「…」



千歌(当時、私はその言葉の重さが理解出来なかった。 むしろ『賢い選択だ』とさえ考えていたかもしれない。)



千歌(鞠莉ちゃんは雰囲気を察し、努めて明るい調子で話題を変えてくれた。)




鞠莉「…さて、暗い話はおしまい! これから一緒に暮らすんだもの、もっとちかっちの話、聞かせて?」



千歌「私の…話?」



鞠莉「そう! 例えば…そうね、ちかっちは何歳?」



千歌(初日ということもあり、話の内容は簡単な自己紹介だったのを覚えている。)



千歌「えっと…17だよ」



鞠莉「あら、歳下だったのね、私は18」



千歌「そーなんだ。 鞠莉…ちゃん、でいいのかな」



鞠莉「オフコース♪ 歳上って言ってもたった1つよ、堅苦しいのはナッシングでいきましょ?」



千歌「うん、分かった…。 鞠莉ちゃんはさ…」グゥー



千歌「…/////」




鞠莉「あら、キュートな音ねぇ」ニヤニヤ




鞠莉「そろそろ配給の時間かなぁ」

ガンガン!!



警官「入るぞ」



警官「今晩の食事だ。」



鞠莉「タイムリィ…」



千歌「わぁ…」



警官「…? 見ない顔だな」



鞠莉「今日から来た新人なのよ」



警官「そうか」



警官「では、失礼する」




鞠莉「素っ気ないわねぇ」ハァ




千歌「すごい…」キラキラ



鞠莉「…ちかっち?」



千歌「もっと、なんていうか、栄養取るだけみたいな食事だと思ってた」

千歌(私は鳥籠で出される食事の美味しさに驚いた。 処刑を控えた容疑者達に対するそれとは思えないほどの厚遇だと思ったから。)



鞠莉「まぁ、食事くらいしか楽しみが無いものねぇ。 あとは…逃げ出さないようにしてるのかも」



千歌「こんなの出されたら逃げたく無くなるってこと?」



鞠莉「そ。 ねぇ、私もお腹すいちゃった。早く食べましょ?」



千歌「うん!」ニコッ



鞠莉「あっ」



千歌「??」



鞠莉「ちかっちの笑った顔、初めて見た」



千歌「さっき会ったばかりだよ」



鞠莉「そーだけど。 …つれないわねぇ」



千歌(私は普段からよく笑顔を見せる方だったから、恐らくこの時は緊張していたのだと思う。)



千歌(食事は器でなく、床に盛られる…などと言うことはなく、空の上にいることを忘れるほど豪華な盛り付け。 これは気を抜くとどこまでも堕落してしまいそうだ。)



千歌「んー!」モグモグ



鞠莉「もー、口の周りが…ほらこっち向いて?」フキフキ



千歌「んにゅ…」



千歌「あ…」



鞠莉「ん?」



千歌「ありがとう…/////」



鞠莉「…どういたしましてっ」ニコッ



鞠莉・千歌「…ふふっ」



鞠莉・千歌「あははははは!!」

千歌(籠の中で、ただ死を待つ生活。)



千歌(その幕開けは、今思うと不気味なほど、希望に満ちていたように感じる。)



―――――



千歌(食事が終わると、鞠莉ちゃんと床に座って話をした。 後にもこれが日課となる。)




千歌「鞠莉ちゃん」



鞠莉「んー?」



千歌「鞠莉ちゃんは、ここでの生活、長いの?」



鞠莉「そうねぇ…えーっと」



鞠莉「今年で3年目…かな」



千歌「おぉ…じゃあ大先輩だね」



鞠莉「ふっふーん。 なんでも聞いてくれていいのよ?」


千歌(鞠莉ちゃんが胸を張る。 それはもう、ピンとではなく、ボンッと。)

千歌「じゃあ、えっと…普段は何して過ごしてるの?」



鞠莉「そうねぇ…本を読んだり、外を眺めたり…かしら」



千歌「読書かぁ…」



鞠莉「ちかっちは、本あんまり好きじゃないの?」



千歌「『下』にいた頃は、漫画しか読んでなかったから…」



鞠莉「あら、漫画もあるわよ。 ここの図書館、割とバリエーション豊富なの」



千歌「え、そうなんだ」



鞠莉「割と不便はしないのよねぇ…ただし」



千歌「ただし…??」



鞠莉「たまに断末魔が聞こえてくるのが悩みかなぁ」



千歌「ひぃっ」ビクッ


千歌(やはり、都市伝説などではない。 この場所では、日常的に『処刑』が行われているのだ。)



鞠莉「まぁ悔しいけど、そのうち慣れちゃうのよ」



千歌「こ、怖くないの…?」



鞠莉「そりゃあ最初は怖かったわよ。 でも…ここで生きるしかないんだもの」



千歌「…そうだよねぇ」



千歌(実際に断末魔は毎日のように聞こえた。 その声はもちろん、それに段々と慣れていく自分も怖かったけれど、やがて感覚も麻痺してしまった。)

鞠莉「ふぁ…」




千歌「あ、ご、ごめん! 千歌、面白い話とかできなくて」



鞠莉「あぁ、違うのよ」



鞠莉「することもないし、普段はこの時間はもう寝てるから、生活リズムがね」



鞠莉「今日はちかっちと話したかったから起きてたの」



千歌「話し…たい…」



鞠莉「でももう割と限界…」



鞠莉「ねぇ、一緒に寝ない?」



千歌「え、いいの?」



鞠莉「寒いし丁度いいじゃない」



鞠莉「お風呂そこだから、交代で入りましょ。 ちかっちからでいいわよ」



千歌「そんな! ここはやっぱり年長者から…」



鞠莉「それはキ・ン・シ!」ホッペムニッ

千歌「あぅ…ごめんなふぁい」



鞠莉「私お布団敷いとくから、ゆっくりしてきて」



千歌「はーい。 ありがとう」






千歌(鞠莉ちゃんがいい人そうでよかったと思った。)




千歌(怖い人だったらどうしようかと思っていたけど。 上手くやっていけそうだと安心した。)




チカッチー!




千歌「はーい、どうしたの?」



鞠莉「タオルと着替え、置いておくわね」



千歌「あ、ありがとう」



鞠莉「ごゆっくり~」ヒラヒラ





~数分後~



千歌「さっぱりしたぁ~」ホカホカ



鞠莉「あら、お風呂空いた?」



千歌「うん、鞠莉ちゃんどうぞ~」



鞠莉「ありがと。 それじゃ、入ってくるわね」



千歌(この『鳥籠』は、不気味な程に居心地が良かった)



千歌(家族と引き離された私が、1日でこれほど心を開いてしまうほど)



千歌(労働義務は免除。 1日のんびりしているだけで、温かいご飯、お風呂、お布団が提供される)



千歌(鞠莉ちゃんの言葉を借りるなら…これも『逃げられないため』の待遇なのだろうけど)



千歌(きっと、すぐ隣で眠っている『死』を見ないようにして、この偽りの平和を両手を広げて受け入れても、そこそこ幸せだったと思う。)

千歌(でも…私は怖かった。 偽りに甘んじて、この事態の異常さを無意識に受け入れるようになることが。)



千歌(…鞠莉ちゃんはどうだったんだろう。)



千歌(私が鞠莉ちゃんの同居人になったということは、私の『前任』がいるということ。 そしてその人は恐らく…)



千歌(…鞠莉ちゃんは1人の人間の死を経験して、私よりも長く此処に居た)



千歌(そんな鞠莉ちゃんが何を考えていたのかは―――今も分からないままだ。)




鞠莉「ふぅ~。 いいお湯だった」ホカホカ



千歌「あ、鞠莉ちゃん」



鞠莉「空の上でのんびりお風呂に入れるってのも、悪くないでしょ?」



千歌「…うん、そうかも」



鞠莉「あ、そうそう。 さっき言い忘れたんだけどね」



千歌「??」



鞠莉「前の先輩と遊んだボードゲームがいくつかあるのよ。 丁度相手が欲しかったの。 明日はそれで遊びましょ?」



千歌「ほんと!? 楽しみ…」キラキラ



鞠莉「ふふっ、よかった」



鞠莉「じゃ、湯冷めしないうちに寝よっか」



千歌「うん…おやすみ、鞠莉ちゃん」



千歌「今日はありがとう」ギュッ



鞠莉「どういたしまして」ニコッ



千歌(ターニングポイントとか、運命の瞬間っていうのは、案外気にもとめない形で転がっているのかもしれない)



千歌(そう考えると、私と鞠莉ちゃんの出会いも、ありふれた出来事のように思えて、実際は運命の出会いだったのかも)



千歌(その翌日、私と鞠莉ちゃんは宣言通りボードゲームで遊んだ。 ルールを教えて貰いながらモノポリーをプレイしたけど、頭脳戦で私が鞠莉ちゃんに叶うわけもなく…)



千歌(それはきっと、今でも同じ。 でも私は―――)

千歌(…それからしばらく経って、私が『籠』での生活に慣れた頃、鞠莉ちゃんが例の話を持ってきた。)



千歌「鞠莉ちゃーん? …何読んでるの?」



千歌「こっち来て遊ぼーよー」



鞠莉「…ねぇちかっち」



千歌「なあにー??」



鞠莉「私達、助かると思う?」



千歌「…え?」



鞠莉「ここでずっと救いを待ってても、モノポリーが上手くなるだけだと思わない?」



千歌「…どうしたの急に」



鞠莉「ちかっち。 …もっとこっちへ」



千歌「えぇ~? 何の話??」



――――――逃げよう。




千歌「…えっ」


千歌(鞠莉ちゃんが口にしたのは、禁忌である―――――『脱獄』の話。)



千歌「それって…此処から…」



鞠莉「聞いて。 …この檻の外には、もっと広い世界がある」



鞠莉「人の温もりがある。 そして―――『愛』がある」



千歌「でも…管理だって厳重なのに」



鞠莉「策はあるわ。」



千歌「どんな?」

鞠莉「或るルートで仕入れたんだけれど…国は空飛ぶ船―――『飛行船』を極秘に開発しているらしいの」



千歌「空飛ぶ…船…?」



鞠莉「えぇ。 2人で、飛行船を作って、この檻から出よう」



千歌(今思えば、本当に子供じみた、ただの戯言)



千歌(でも私は…鞠莉ちゃんを信じたかった)



千歌「…うん! 逃げよう、2人で!」



鞠莉「そうと決まれば情報収集ね、とりあえず、図書館に行きましょうか」



千歌「うん! …なんか楽しくなってきたねぇ」ニヤニヤ



千歌(そう。 この時は本当に、心の底から信じていたんだ。 鞠莉ちゃんと切り開く、輝かしい未来の存在を。)



~図書館~


鞠莉「来てみたはいいものの…。 なんの本読めばいいのかしら」



千歌「んんん…科学、かなぁ」



鞠莉「やっぱりそうよねぇ」



鞠莉「でも、極秘に開発してるくらいだもの、飛行船関連の本なんてきっと置いてないわ」



千歌「そっかぁ…じゃあ船とか?」



鞠莉「そうねぇ…何を動力にして飛ぶかよね、問題は」



千歌「え、気球みたいにするんじゃないの?」



鞠莉「気球は確かに安定して飛べるけど、思った方向に飛びにくい」



鞠莉「それに、脱出が目的なんだもの、あんなにノロノロしてると撃ち落とされるわ」



千歌「うぅ…じゃあどうするの?」



鞠莉「…昔、本で読んだことがあるんだけど」



鞠莉「こう…板を繋いで、うまく回せば、風を捕まえて飛べるかもしれない」

千歌「風を…捕まえ…??」



千歌「わ、わかんなくなってきた」サーッ



鞠莉「ふふっ、これでも少しは勉強してたからねー、何かで役に立つと思って」



鞠莉「この図書館はいつでも開いてるから、ちかっちも勉強しないとね?」ニヤニヤ



千歌「うぅ…鞠莉ちゃんの足でまといにならないようにします…」



千歌(高校での勉強が分からなくて絶望し始めた頃に連れてこられた私は、一般教養ならまだしも理系の専門知識など皆無だった。)



鞠莉「とりあえず、この数冊だけ借りて帰りましょ? ちかっちは…この辺りから読み始めるといいかも」



千歌「あ、頭痛い…」



鞠莉「助手がいると助かるから、頑張って欲しいなぁ…」ジーッ



千歌「うぅ…分かったよ、頑張ります」



鞠莉「ふふっ、ありがと」ニコッ






千歌(それから毎日、私は基本的な数学と物理を、鞠莉ちゃんはよく分からない工学?の本を読んで過ごした)

千歌(2人ともが集中し始めると会話も無いし、籠の中が静かな時間も多かったけど、私はそれもそれで居心地よく感じていた)




千歌(たまに話した時は、いつも2人で夢を語り合った。 外には何があるのか。 外へ出たら何をするのか。)




~数ヶ月後~


鞠莉「ちかっち。 これ、どう思う?」



千歌(ある日、鞠莉ちゃんが沈黙を破って、1枚の紙を渡してきた)



千歌「これって…」



鞠莉「簡単にだけど。 飛行船の設計図よ」




千歌(今冷静になって思い返すと、笑っちゃうほど馬鹿みたいな設計図で、所詮子供の空想だった)



千歌(でもあの時は―――)




千歌「すごい…すごいよ鞠莉ちゃん!!」



千歌「あと少しで制作に入れそうだね」



千歌「でも…形はもう少し平たい方が、空気抵抗が少なくていいと思うなぁ」



鞠莉「…まさかちかっちの口から『空気抵抗』なんて言葉を聞く日が…」



千歌「もー、馬鹿にしないでよ、ちゃんと勉強したんだよ?」ムスッ



千歌(私は鞠莉ちゃんに追い付こうと必死で勉強して、この時点で高校で習う程度の数学、物理は習得していた。)



鞠莉「ふふっ、冗談よ。 そうね、もう少し形状、考えてみるわね」



鞠莉「それと、見てよこれ」



千歌「なにこれ…ゴーグル?」



鞠莉「そう! 何が飛んでくるか分からないし、目は守らないとね?」



千歌「1個しかないけど」ジトー

鞠莉「ちかっちは…ほら、私の後ろに隠れてればいいし」



千歌「えーやだよ! 私も運転したい!」



鞠莉「じゃーそのうち、ゴーグルも手に入れないとね?」フフッ



千歌(鞠莉ちゃんが大まかな設計を考えて、私が細かい修正をする。)



千歌(鞠莉ちゃんの役に立ってる気がして、勉強もすごく楽しかった。)



千歌(このまま行けば、きっと出られる)



千歌(そう思ってたんだ。)



千歌(…この頃から、鞠莉ちゃんの外出が増えた)



千歌(歩けば思考が捗るとも言うし、外で考えをまとめてるんだと思ってた)



千歌(私は鞠莉ちゃんがいない間、少しでも負担が減るように家事をしたり、勉強したりして過ごした)



千歌(―――そう、あれはふと思い立って、掃除をした日のこと)



千歌「~♪」ユメーノトービーラー



千歌「…ん?」ガサッ



千歌「なにこれ…本?」



千歌「鞠莉ちゃんのかな」



『〇〇年度用 警察官試験過去問題集』



千歌「えっ―――」



千歌「…まさかね。 鞠莉ちゃん、疲れたから問題でも解こうとしたんだね」



千歌「やだなーもう、びっくりしちゃったじゃんかー」



千歌「こんなことする余裕あるなら言ってくれたら家事とか任せるのになー」アハハ

千歌「うん…そう、だよね」



鞠莉「ただいまー…」



鞠莉「…!!」



鞠莉「ちかっち、それ―――」サーッ



千歌「鞠莉、ちゃ…そんな…」



千歌(鞠莉ちゃんの顔が青ざめる。)



千歌(そんな反応しないでよ。)




千歌(このまま有耶無耶にしてくれたらよかったのに。)




千歌(そんなの―――何よりの証拠じゃないか。)




鞠莉「…ごめん。 今まで黙ってて」



千歌「…どうして? 言ったじゃん、逃げようって」



千歌「飛行船に乗って、ゴミみたいな都市を見下ろすんだって、語ってたじゃん」



鞠莉「ねぇ、ちかっち。 …聞いて「聞きたくない!」





千歌「聞きたくないよ…そんな話」



鞠莉「もう私達も子供じゃない。 …此処でどう生きるのが1番賢いか、もう分かってるでしょ?」



鞠莉「ねぇちかっち。 一緒に警察になろう? ちかっちだってもうすっごく賢いし、きっと合格できるって」



千歌「そんなことのために勉強してたんじゃない!!」



千歌「私は…私は…!!」ポロポロ




鞠莉「…感情的になっても仕方ないわ」



千歌「…頭冷やしてくる」ガチャン

鞠莉「…ちかっち―――」





―――――――ごめん。




千歌(それからは、お互い『籠』に帰ることも減った。 鞠莉ちゃんは警察になって、顔まで隠れる頭部の防具を付けて働いてる)



千歌(顔がバレて恨みを買わないように任務を遂行するためだとか聞いたけど、正直鞠莉ちゃんは金髪のせいでバレバレだ。)



千歌(鞠莉ちゃんとの会話はどんどん減ったけど、お互い大人になったからか、たまに話した時も衝突することはほとんどなかったけど。)




千歌(でもそれは、2人の距離が広がったことの象徴みたいだった。)



――――――



鞠莉「じゃあ、準備はいい? ちかっち」



千歌「ばっちぐーだよ」グッ



鞠莉「じゃあ、行くわよ…」



千歌「せーのっ!」



千歌・鞠莉「テイク・オフ!!」



千歌「わぁ…!! すごい、すごいよ鞠莉ちゃん、建物があんなに…ねぇ――――」



シーン



千歌(空に手を伸ばし、隣の鞠莉ちゃんの方を見る。―――誰もいない空間が目に入る。 ここは飛行機の上なんかじゃない。 見慣れた研究室だ。)

千歌「…」






千歌「またか…」




千歌(この頃から、私は起きているのか寝ているのかも分からず、ただ、鞠莉ちゃんと窓の外へ完成した飛行船で飛んでいく、そんな夢を何度も何度も見た。)



千歌(鞠莉ちゃんには、あれ以来飛行船を作るのはやめたと言った。)



千歌(実際には、1人で作業を進めていたけれど、その嘘が効いて、警官鞠莉ちゃんは作業場に1度も顔を見せなかった。)



千歌(そして、今に至る。)



千歌「――――出来たんだ。」



千歌「これが―――――あの日の飛行船」



千歌(私はついに、飛行船を完成させた。)



千歌(聞けば、鞠莉ちゃんは指揮官にまで成り上がったみたい)


千歌(警察に『成り下がって』指揮官に『成り上がる』とは随分手の込んだジョークだ。)




千歌(最後にもう1度、鞠莉ちゃんを誘おうか迷ったけれど)



千歌(やっぱりそれはやめにした。)



千歌(明日にはもう出発しよう。 そう思って私は、久しぶりに籠の布団に入る。)



千歌(いつからかもう、夢は見なくなっていた。)

~鞠莉side~



鞠莉「ふぅ…」



鞠莉(部下に見られないよう、そっと欠伸を漏らす)



鞠莉(ちかっちと喧嘩してから、久しく『籠』に帰っていない。)




鞠莉(睡眠不足が続いて、頭が痛い。)



鞠莉「ちかっち…」



鞠莉(彼女が何をしているのか、私は知らない。 飛行船を作るのは止めたと言っていたけれど…)



鞠莉(あの日、私はちかっちを誘った。 2人で警察になって、上の言うことを聞いて大人しくしていれば命は保証される。)



鞠莉(私はそれで良かった。 もうリスクを背負わず、安全に生きていたかった。)



鞠莉(ちかっちと2人なら、こんな仕事でもそこそこ楽しいと思っていた。)

鞠莉(でも駄目だった。)



鞠莉(私はいつからか夢を見なくなった。)



鞠莉(これが大人になるということなのだろうか。)



鞠莉(だとすれば、ちかっちはまだまだ子ども。)



鞠莉(まともな大人なら、あの場で分別ある選択をしたはずよ。)



鞠莉(だから私は…間違ってなんか…)



部下「指揮官。 そろそろ時間です。」



鞠莉「…えぇ。 そうね。 次は誰が…」




ビーッ ビーッ





鞠莉「っ!?」



部下「この音は…警報…!?」



鞠莉「何が起こってるの…?」



放送『諸君に告ぐ』

放送『何者かが脱獄を図っている』




放送『しかし通信網が破壊され、犯人の位置を特定できない』




放送『見つけ次第始末せよ。 やむを得ぬ場合は発砲も許可する』




放送『繰り返す。 やむを得ぬ場合は…』



鞠莉(脱…獄…??)



鞠莉「反逆者が出たっていうの…?」



鞠莉(それなら、今までの多くの犠牲は、何だったというのか。)



部下「指揮官。 日頃抜かりない警備がさらに強化されています。 脱獄できるルートは限られているかと」



鞠莉「…私は寄る所がある」



鞠莉「先へ行って、犯人を探してちょうだい。」




部下「ハッ!」

鞠莉(そんな…まさかね)




鞠莉(飛行船はもう作らないって言ってたし)



鞠莉(そう…だからこれは『アレ』を取りに行くだけ)



鞠莉(『あのゴーグル』は、重要な任務の際にはお守りとして持って行った。)




鞠莉(今回もそれを取りに戻るだけだ。)




キィーーー… ガシャン




鞠莉「…??」



鞠莉「あれ…どこに置いたっけ…」



鞠莉(枕元に置いていたはず。 それがどこにも見当たらない)



鞠莉(冷たい汗が背を流れる。)



鞠莉(そして――)

ブルルルルル…



鞠莉(例の『実験室』の方から聞こえた、何かが風を切るような音。)



鞠莉「ちかっち…!?」



鞠莉(私は何の根拠も持たないままで、気がつくと音の方角へ歩き始めていた。)



鞠莉「大丈夫…きっとただの思い過ごしよ」



鞠莉(自分に言い聞かせるように、何度も何度もそう呟く。)



千歌「鞠莉ちゃん」



鞠莉(そして実験室の手前で、ちかっちと出会った。)



鞠莉(予感は的中していた。)



千歌「…久しぶり。 ゴーグル借りてるよ」

鞠莉「ちかっち、貴方…」



千歌「ねぇ。 …着いてきてよ」


鞠莉(ちかっちは私を挑発するように口角を上げた。まるで大人になった私を嗤うように。)



鞠莉(ちかっちに連れられ、階段を上る)



鞠莉(相手は武装なし、発砲の許可も出ている)



鞠莉(でも私は)




鞠莉(引き金を引けなかった。)




千歌「見てよこれ…。 千歌、あれから1人で作ったんだよ」

鞠莉「飛行船…もうやめたって」



千歌「…嘘ついててごめんね。」



鞠莉「…」



千歌「…でも良かった。 最後は鞠莉ちゃんに見て欲しかったから」



千歌「お別れも言えてなかったし」



鞠莉「行かせない…絶対に」


鞠莉(私は銃口を向ける。)



千歌「さぁ。 鞠莉ちゃんは私を止められるのかな」



千歌「…ねぇ、鞠莉ちゃん」



千歌「大人になるって、そんなに大事なこと?」



鞠莉(正面から向き合って気づいた。 ちかっちの瞳は、『あの日』と同じだった―――)






~千歌side~



千歌「大人になった鞠莉ちゃんが、そんな濁った目をするなら…私はずっと子どものままでいいや」

千歌「鞠莉ちゃん」




鞠莉「やめ…待って…千歌!!」



千歌(私は操縦席への扉を跨ぐ。)



千歌(譲り受けたゴーグルを下ろし、エンジンをかけた。)



鞠莉「待って…考え直して…」



鞠莉「知ってるんでしょ…? その後ろの――――」



千歌(プロペラが唸りをあげる。)




千歌(鞠莉ちゃんが最後に何を言ったか、分かっていても聞いていなかった。)



千歌(既に私の意思は固まっている。)



千歌(だから私は――――)





千歌「見てなよ、鞠莉ちゃん」



千歌(精一杯、ペダルを踏んだ。)



千歌(顔に風が当たる。 重力が私を手放す。)

鞠莉「―――!!」




千歌(もう何も聞こえない。)




ビーッ!! ビーッ!!





千歌(警告音が響く。 これは施設のものではない。 …飛行船の音だ。)




千歌(背中が熱いのは恐らく、興奮でも恐怖でもない。 エンジンから燃え上がる炎だ。)




千歌(身体が、機体が、軽く感じるのは、機体が空中分解を始めているからだ。)




千歌(それでよかった。 眼下には汚いビル群が広がっていて、眼前には煙で濁った青い空が見える。)



千歌(私はただ、満足していた。)

終わりです。 ありがとうございました。

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