多摩「月影に浮かぶ猫」 (143)


・基本台本書き、書き溜めです
・独自解釈があります
・設定に矛盾がありましたら目を瞑っていただけると幸いです
・多摩改二告知前から書き始めていた為、環境や時期が現在と少し異なります

多摩「以上、注意するにゃ」


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1513165587

暗いお空に煌々と浮かぶお月様。光を反射させながらてらてら揺れる水面は、確かに幻想的だけれど。
ねぇ。この下にどれだけ深い闇が待ってるか、知っているの?

強い光が暗い影を生み出すからか。それとも、静かで広大な世界にぽつり。一人だけだからか。自分の存在がまるで、何倍にも大きく膨れあがったかのような錯覚を覚える。
嗚呼、これだけ大きいのだ。きっと自慢の三本煙突だって良く目立つに違いない。

でも。私をこんなに大きくして置いて、あなたはただ見ているだけなんだね。
もう歩くことしかできない私は、あなたのせいで、水中を駆ける鬼に捕まってしまう。

それなのに。

空に浮かぶ月は、水面に浮かぶ私の身体を唯々見てるだけ。
世界を照らす光も、二つに折れた身体が沈む深淵にまで微笑んではくれない。
無責任で、自由気ままなお月様はまるで……そう。例えるならば――

多摩「猫じゃないにゃ!!」バンッ

司令官「うおっ!ね、寝てたかと思えばいきなり叫ぶな机を叩くな!」

【司令官さん?】

司令官「あ、ああすまない。多摩も起きたしそろそろ切るな、今日は楽しんでおいで」

【はい、なのです!では】

司令官「ふぅ……あらら、机の上の書類の束が崩れてる……」

多摩「多摩は悪くないもん。多摩のことを猫って言う提督が全て悪いにゃ」

司令官「いやぁ、だってさ。唐突に執務を放り出して日なたぼっこを始めたかと思えば、猫じゃらしにつられて遊び始めるし……かと思えば急に僕の膝を枕にして眠り出すし……」

多摩「提督が猫じゃらしを取り出したのがそもそもいけないのにゃ。執務中になにをやっているやら……」

司令官「その言葉、そっくりそのまま返すぞ……。ったく、今週の秘書艦なのに無責任で自由気ままで……ほんと、まるで猫みたいだよ」

多摩「また言った!もうっ、今度ばかりは許さないにゃあ!」フシャー

司令官「わ、わ!タンマタンマ!」

一〇〇〇 鎮守府巡洋艦寮 球磨型の部屋

球磨「それで、ふてくされて帰ってきたと。全く、多摩も困った妹だクマ」

多摩「つーん」クシクシ

北上「いやぁ、多摩姉ぇらしいと言えばらしいじゃん?」

球磨「だとしても、仕事中は良くないクマ。きっと提督、今頃一人でヒーヒー言ってるクマ」

多摩「どうせ夕方辺りに戻った電が執務室を訪れて、そのまま手伝うだろうから何も問題ないにゃ」

球磨「いや、寧ろ問題しかないクマ……それに今日は、」

多摩「そんなことより、こんな良い天気にお日様に当たらないのは損なのにゃ。ちょっと日なたぼっこに行ってくるにゃ」シュタッ

球磨「あっ、こら!せめて窓じゃなく扉から出て行くクマー!」

北上(見事なまでの猫っぷりだなぁ)

一〇二〇 鎮守府 船着き場 灯台

多摩(ここは風も心地良いし、十月半ばとは言え今日みたいな暖かい日は最高のお昼寝スポットにゃ)

多摩(ただ、今日の灯台見張り番は――ああ、彼女なら)ソッ

多摩「失礼するにゃあ」キィ

瑞鳳「あれ、多摩?」

卯月「あー、多摩さんだ」

多摩「何で卯月がいるのにゃ……今日の見張りは瑞鳳なのに」

卯月「それを言うなら、多摩さんもどうしてここに来たぴょん?」

多摩「日なたぼっこにゃ」シレッ

卯月「多摩さん、今日秘書艦じゃなかった?おさぼりは良くないぴょん」

多摩「む。卯月こそ今日は非番じゃないはずにゃ」

卯月「うーちゃんはぁ、巡回業務中なんだよ。だから、ここにも見回りで来てるんだぴょん」

瑞鳳「卯月、ここに来てもう1時間以上立つんだけど……」

卯月「……」

多摩「……」

卯月「……今日は絶好の日光浴日和ぴょん」ゴロン

多摩「そうだにゃあ」ゴロン

瑞鳳「二人とも……仕事、しようよぉ……」

多摩「ふにゃ……あぁ~」ノビー

卯月「おっきなあくび~」ケラケラ

瑞鳳「もう、勤務中に良いのかしら……」

卯月「最早それは今更ぴょん」

瑞鳳「その発言もどうかと思うんだけど」ジト

卯月「でも、だってうーちゃん達普段はそんなに出撃も遠征もないし……鎮守府にいる時間が長いけれど、その時間が一番平和だし」

卯月「書類整理や執務は秘書艦の役目だから、秘書艦でもない限り時間は有り余っているぴょん」

瑞鳳「その秘書艦もこうして一緒にお休みしているわけだけど」ハァ

多摩「にゃ?」

瑞鳳「まぁ、でも確かにそうよね。私達がかり出されるのって、それこそ各深部海域とか、定期的に大本営から発表される大戦時くらいだものね」

卯月「その大戦だって大抵は最難関海域まで出番がないぴょん。決戦兵器、って響きは好きだけど……」

瑞鳳「そう言えば、この間の大規模作戦はさすがに堪えたわよね。何度姫級達に追い遣られたことか」

卯月「あー、あの時は久々に『もうダメかも知れないー!』って思ったぴょん」

瑞鳳「疲れ切っていたものね。私達も……提督も」

卯月「司令官、あの時ばかりは備蓄資材も枯渇して大分参っていたぴょん」

瑞鳳「結局は、意地と信念だったなぁ。今となっては良い思い出よね」

卯月「ぴょん」

瑞鳳「……考えてみたらさ」

卯月「んー?」

瑞鳳「どうして、私達なんだろうね」

卯月「……」

瑞鳳「練度が上がれば正規空母並みの活躍をお見せします。初めて提督に出会った時ね、そう言ったのよ、私」

瑞鳳「確かに、練度が上がるにつれて艦載機運用の精度も上がったわ。けど……」

瑞鳳「結局は、同じく練度が上がった正規空母達には追い付けないのよね。どう頑張っても」

卯月「……そんなの、うーちゃんだってそうだぴょん」

卯月「うーちゃん……張り切って、頑張って。自分を鼓舞して戦っているけれど」

卯月「それでもやっぱり、他の駆逐艦の子達を見ていると、自分の力不足を感じずにはいられないぴょん」

卯月「この間も……司令官が別の鎮守府の提督に、『なんで決戦艦隊に卯月なんか入ってるんだ』って言われてて……卯月は……」

瑞鳳「……」

多摩「……くだらないにゃ」

瑞鳳「多摩?」

卯月「話に参加してこなかったから寝てたと思ったぴょん」

多摩「こんな話聞いてたら、寝たくても眠れないにゃ」

卯月「ちょっと辛気くさい話をしちゃったぴょん……」

多摩「全くもって本当にゃ。決戦艦隊に卯月が入ってて、何が可笑しいことがあるのやら……にゃ」

卯月「でも……」

多摩「……多摩だって。多摩だって、妹達は雷巡になって……球磨には、性能で勝つことは出来ない」

多摩「軽巡洋艦の中では何の取り柄もない。それが、多摩なのにゃ」

多摩「けれど……。いつだって、提督は多摩を信頼してくれる。ここぞと言うときに起用してくれる」

多摩「最深部海域での軽巡枠……。いつだってそこに身を置かして貰えることは、多摩だけの特権で、誇りで、自慢。他の軽巡にはない、多摩の取り柄だにゃ」

瑞鳳「……そうね。どうして提督が私達を起用するのか、なんて。そんなことに、悩む必要はないのかも知れないわね」

瑞鳳「提督が信頼してくれている。それで充分なのかも」

多摩「そうそう。それに、瑞鳳も卯月も多摩も……性能差で勝てないなら、練度と実戦経験の差で勝てばいいのにゃ。多摩達ほど過酷な戦いを押し付けられてきた艦娘は他には居ないはずにゃあ」フンス

瑞鳳「確かに。提督も、いっつも難しい海域ばかりに出撃させるんだから。困っちゃうわね」クスクス

多摩「提督の信頼を受ける立場も楽じゃあないにゃ」ニヘラ

卯月「……そっか。卯月は、決戦艦隊に入っていることを誇りにして良いんだ。司令官が、信頼してくれてるから……」ポソ

卯月「……、……」ウヅウヅ

卯月「あー、日光浴気持ちよかったぴょん!じゃあそろそろうーちゃんはおいとまするぴょん!」

瑞鳳「そうね、巡回業務もあるわけだし。それが良いと思うわ」

卯月「ぴょん!多摩さんも瑞鳳さんも、またねー!」タタタッ

瑞鳳「……で、あなたは秘書艦業務に戻らないの?」

多摩「今執務室に戻るのは野暮ってもんにゃ。瑞鳳だって、分かっていたから何も突っ込まなかったわけにゃ?」

瑞鳳「あ、ばれてた?まぁ、卯月ちゃんも分かりやすいもんね」クスッ

多摩「明らかにわざとらしかったにゃ」

瑞鳳「まぁ、あんな話したら、ね。卯月ちゃん、提督が大好きだし」

多摩「あーあ、提督もますます今日の仕事が捗らなくなるにゃあ」

瑞鳳「その一端……というかほとんどの原因が自分にあるって自覚してるわよね?」

多摩「にゃー?」ゴロン

瑞鳳「もぅ……」ハァ

瑞鳳「……だけど、私も見張り業務じゃなかったら執務室へ行ってたかも」

多摩「……」

瑞鳳「提督のこと大好きなのは……何も、卯月ちゃんだけじゃないものね。私だって……多摩も……」チラ

多摩「……」

瑞鳳「……」

瑞鳳「……あの、さ。業務中に雑談とか、本当は良くないって事、分かってるんだけど。折角の機会だし……ちょっと、愚痴っちゃっても良いかな……?」

多摩「……。……さっきまでも、雑談していたようなものだし。今更にゃ」

瑞鳳「……ふふ。そうね、今更よね。じゃあ、お言葉に甘えるね」

多摩「にゃー」

瑞鳳「私ね。提督のこと、許せないんだ」

多摩「いきなりビックリ発言にゃ」

瑞鳳「あ、別に怒ってるとかひどいことをされたとかじゃないのよ?うん……」

多摩「格納庫をまさぐられ過ぎて怒ってるとかじゃないのにゃ?」

瑞鳳「何で知っ……、確かに提督はことある毎に私の格納庫まさぐろうとしてくるけれど……。ううん、私だけじゃないわ!提督ってばほんと、色んな艦娘にセクハラ紛いのことしてくるんだから!」カスンプ

多摩「にゃはは……確かに多摩も良くじゃらされるにゃ」

瑞鳳「本当、みんなにちょっかい出して……。……そう、なのよね……提督はみんなに、ちょっかいを出して、みんなに……優しくて」

瑞鳳「いつだって、みんなの事を考えてくれる。だから、きっとこの鎮守府の艦娘達はみんな、なんだかんだ良いながら提督を慕っているんだと思う」

瑞鳳「でも、平等じゃない」

多摩「……」

瑞鳳「って、言い切っちゃったら語弊があるかな。提督は、私達艦娘を平等に愛してくれているもの」

瑞鳳「だけど、そんな提督にも……、誰よりも大切な存在がいる」

多摩「あの子のことが、羨ましい?」

瑞鳳「……羨ましくないって言えば嘘になる、かな。でもそれは良いのよ、さっきも言ったように、提督はみんなを平等に愛してくれているから。多摩もそうじゃない?」

多摩「……ケッコンカッコカリの話を聞いたとき、『もしかしたらもう提督は多摩と遊んでくれないんじゃないか』と不安になったにゃ。でもその不安も、杞憂で終わったにゃ」

多摩「ケッコンする前もしてからも、提督の多摩に対する態度は変わらなかったから」ニコ

瑞鳳「うん……。そんな提督だからこそ、私達、提督のことが好きなんだろうね」

多摩「……にゃー」ポリポリ

瑞鳳「だから、ね。許せないの。みんなを愛してくれる提督が、誰よりも大切な子を持つ提督が。特別にしている子が一人だけじゃないってことが」

多摩「……」

瑞鳳「『あの子』は初期艦としてずぅっと提督と一諸だから。彼女が提督にとっての一番なのはもう、分かってるし、理解しているわ」

瑞鳳「だから……あの子だけが指輪を貰っていたなら、私も、こんな思いはしなくて済んだのに……」

多摩「……あの子『達』のことが、羨ましいんだにゃ」

瑞鳳「……うん」

瑞鳳「私ね。初めて提督からケッコンカッコカリの発表があった日の夜にね。まぁ、やけ酒というか、軽空母寮で飲んでいたんだけど」

瑞鳳「その時ね。隼鷹に言われたんだ――」



隼鷹『……あたしから言わせて貰えばさ。あんたは、幸せだよ』

隼鷹『きっとあんたは、あたし達と違って提督から指輪をもらえる艦娘だ。……一番最初じゃなくてもな』



瑞鳳「この鎮守府の古参一員として、決戦艦隊には必ず入れて貰える身として」

瑞鳳「私は、うぬぼれていた……ううん。今も、うぬぼれているんだと思う」

瑞鳳「いずれ私もケッコンして貰える。この、左手の薬指に、提督から貰った指輪を嵌めることができるんだ――って」

瑞鳳「あはは……可笑しいわよね、私。あの子達は練度99になってすぐケッコンして貰ったのに……私は、練度99になってもう大分経つのに……ね」

多摩「……提督は相手を選べるけれど、多摩達は選べないからにゃあ」

瑞鳳「本当、それよね。男の人が提督しかいなくて……普段一つ屋根の下で暮らしていて関わる時間も長いし」

瑞鳳「いつも私達を大切にしてくれて、全力で艦隊指揮を執ってくれて……こんなの……」

瑞鳳(好きになるなって方が……酷な話よね……)

瑞鳳「……」

多摩「……」

瑞鳳「……」

多摩「……まぁ、懐くなって、言われる方が無理な話にゃ」

瑞鳳「……えっ?なつっ?」

多摩「にゃ?」

瑞鳳「……ふふっ」クス

多摩「?」

瑞鳳「んーん。多摩らしいなって」

多摩「どういうことにゃ……」ムム

瑞鳳「多摩で良かったなって。こんな話、仲良くないとできないし。多摩とは小沢艦隊としても、この鎮守府の初期の頃からも一緒だしね」

多摩「聞くだけで良いならいつでも聞くにゃ」

多摩「あ、いつでもって言ったけど寝てるときは止めて欲しいにゃ……引っ掻いちゃうかもしれないし」

瑞鳳「そうね、気をつけるわ」クスクス

多摩「さーて、じゃあ改めて多摩はお昼寝タイムに……」ゴロン

瑞鳳「もう、しょうがないんだから……」

多摩「……」ファ~

瑞鳳「……。……」

瑞鳳「……多摩。もう一つだけ、いいかな」

多摩「んー……」

瑞鳳「あなたは……どう思っているの?」

多摩「……」

瑞鳳「だって、あなたは――」

多摩「……、……」

二二〇〇 鎮守府 執務室

多摩「」ヒョコッ

司令官「Zzz」

多摩「……机で寝てたら風邪引くにゃ」パサッ

司令官「ん……」Zz

多摩「……?あれ……」

多摩(お仕事、全然片付いてない……)

多摩「……」チラ

多摩(……ああ、そっか。あの子達は四人とも今日、外泊で帰らなかったのにゃ……)

多摩(提督、一人でずっと……。悪いことしちゃったにゃ……)

多摩「……」カサッ

多摩(今の時間、会議室なら誰も居ないはずにゃ)ゴソゴソ

多摩(触ったら起きちゃいそうだし、せめて電気を……)パチン

多摩「ぁ――」

電灯の消えた部屋は、暗闇に侵されるはずなのに

多摩「……」トテトテ

何故だか妙に明るいのは

多摩「――お月様」

窓から差し込む、光の道のせい。

多摩(……これだけ明るかったら、窓に向いて座れば月の光でも文字は見えるかにゃ)

多摩(……)

多摩「ふぅ……」ギッ‥

多摩(またここまで持ってくるのも面倒だし、このままここで片付けちゃうにゃ)スッ

〇一三〇 鎮守府 執務室

多摩「……」カリカリ‥

多摩(ん……さすがに眠くなってきたにゃ……)

多摩(でも、もうあと少しだし……)チラ

司令官「Zzz」

多摩(提督、あの様子だと明日の朝疲れが抜けきらないだろうし……それを口実に午前は提督を休ませて多摩も一諸に休むにゃ)

多摩(そうと決まればもう一頑張りにゃ……)カリ

多摩(起きたとき、業務が片付いていたら)

多摩(提督、ビックリするかにゃ。褒めてくれるかにゃ、撫でてくれるかにゃ)クス

多摩(でもサボったのは多摩だし、調子の良い願望だにゃ……)ニャハハ‥

多摩(それでも、きっと。提督は褒めてくれる、撫でてくれる。ううん……)

褒めて欲しい、撫でて欲しい

瑞鳳『あなたは……どう思っているの?』

今までみたいに、今まで以上に

瑞鳳『だって、あなたは――』

――きっと、次に指輪を貰うことの出来た艦娘だったから――

結局。

多摩「……あの子達のことが、羨ましいんだにゃ」

この鎮守府に初めて着任した巡洋艦として。着任順の三番目として。今も尚、水雷戦隊の「エース」を任されている身として。

多摩「……」

あまりにも長く、長く彼と関わり続けてしまったのだ。



多摩(静かだにゃ……)

そっと瞳を閉じてみる。

脳裏に浮かぶ、艦として与えられた生は、確かに栄光もあったけれど。

多摩(身に受ける砲弾が)

痛くて

多摩(溶け落ちる鉄板が)

熱くて

多摩(人の焼けるにおいが)

臭くて

多摩(いくつもの別れが)

悲しくて――

多摩「提督――」パチ

提督「ん……」

多摩「……」

多摩(それでも)

在りし日の、生々しい記憶は。

多摩(提督が、いたから)

今ではすっかり影を潜めてしまった。

多摩(毎日がすごくすごく、楽しい)

だから

多摩(離れたくない、離したくない)

閉じた記憶を開かぬように

多摩(見えない別れが、怖い)

温かい日なたで寝ていられるように

多摩(ずっとそばにいても良い、証が欲しい)

この願いも

多摩(あの子達だけでなく……私も――)

この想いも

 



ああ、何と我が侭で。臆病なのか




 

時計<ボーンボーン

多摩「!」

多摩(〇二〇〇……さすがにぼーっとしすぎたにゃ)

多摩(さっさと終わらせよう)セッセコ

多摩(しかし、まぁ……夜の執務室は静かで、部屋も暗いし、なんだか不気味にゃ……)カリカリ

多摩「まだ真っ暗じゃないだけマシだけど……」カリカリ

多摩「……」カリカリ

多摩(月明かり、か)ピタ

それは何の因果か。もしくは、日の光(しあわせ)に罪を忘れた私への罰か。

ふと。本当に何となく、振りむいてみた。

多摩「にゃ……」

目の前には、影が長く、長く伸びていて。

多摩(あれ……)

まるで、自分の身体が何倍にも大きくなったかのように。

多摩(この光景、どこかで……)

痛かった、熱かった、臭かった、悲しかった。
その、先にあった最期は。



己れをあざ笑う光と。ただただ冷たい、暗闇――

多摩「……!」ゾッ

バチバチと、思考が火花を散らしながら過去の映像を映し出す。
忘れかけていた見たくもない記憶に、身の毛もよだつ悪寒に、たまらず正面に向き直った、その先で。窓越しに視界に飛び込むのは、影を生み出すお月様。
眩しい。ああ、こんなにも眩しかっただろうか?

鬱陶しい程の明るさを向ける月を窓越しに睨み付けてみても、何も変わらない。それどころか、あの時と変わらず空に煌々と浮かぶ月が、不気味な笑みを浮かべているようにすら見えてきた。

多摩「っ、っ!」

動悸がする。
届くはずもない威嚇は、自分を奮い立たせるための暗示だ。
忌々しくも恐ろしい、渦巻く記憶に負けてしまわぬよう。全身の毛を逆立てた猫のように、滑稽な姿をさらけ出しながら何とか、カーテンを閉める。

多摩「は……」

広がる闇が

多摩(怖い――ッ)

まだ慣れない眼で必死に辺りを探りながら、

多摩(怖い、怖い!)

月の光なんかじゃない、人工の光を求めて壁を這うように移動して。

多摩(嫌……いや、にゃ……)ブルブル

右も左も分からぬ暗闇に、とうとう身が縮こまり。
終にはその場に座り込む。

多摩「提督……てい、とく……」

子猫のように震える身体を押さえつけ、ぎゅっと目蓋を瞑りながら。
ひたすらにあなたを呼ぶ、私は


多摩(嗚呼、なんてちっぽけなんだろう――)

パチン

多摩「!」

司令官「多摩……?」

多摩「ぁ……」

司令官「なんだかバタバタと音が聞こえると思ったら……どうしたんだ、そんなところで」

多摩「て……とく……」ジワ

多摩「ぅ……ひっ、ぅ、う~……」ポロポロ

司令官「本当にどうした……多摩。何か……あったのか?」スッ

多摩「っ……」ギュウ

司令官「よしよし……。何だ、誰かとケンカでもしたか?」ナデナデ

多摩「うぅ……」フルフル

司令官「どっか、痛いのか?体調は?」

多摩「にゃ……」フルフル

司令官「……怖い夢でも、見たか」

多摩「……」ギュ

司令官「……、そっか……。お前がそんなになるなんて、よっぽどだよな」ナデ

多摩「……」

司令官「よし、よし」ナデナデ

多摩(――嗚呼)

多摩(落ち着くにゃあ――)

暖かい。心地良い。この人はなんて、大きいのだろうか。

一寸前まで感じていた不安も、恐怖も。最早過去のものになってしまった。

彼の存在が、私の中で膨らむから。他のものは、小さくなってしまうのだ。

生まれ変わって、ここに着任して。出会ってから今日まで、ずっと、ずっとそうだった。

改めて再確認する。それなのに

多摩(どうして……今更……)

司令官「……」ナデナデ

嗚呼、今浮かびかけた疑問さえ、彼の愛撫にほだされて。もう、どうでも良くなってしまった。

我ながらこの切り換えの良さ……いや、自由気ままさには笑みがこぼれる。

司令官「落ち着いた?」

多摩「ん……」

本音を言えば、このまま彼に撫でられ続けていたい。この多幸感は、ひなたぼっこにも勝る中毒性がある。

多摩(でも……この時間にゃ。提督も疲れているはずなのに、眠たいはずなのに)

多摩(多摩が甘え続ける限り……提督は、お休みできないにゃ……)

多摩(……そうにゃ)

多摩「提督」

司令官「うん」

多摩「今夜は……多摩と一緒に、お休みするにゃ」

司令官「……うん?」

多摩「多摩と一緒に、寝て欲しい……にゃ」

司令官「……」

多摩「……」

多摩「あっ」

多摩「変な意味じゃないにゃ!……提督のえっち」

司令官「いやまだ何も言ってないだろう!全く……」

司令官「それは構わないけれど……球磨型部屋の皆は心配しないか?」

多摩「ん、もうこの時間だし……それに多摩はたまに夜中ウロウロしてるから大丈夫にゃあ」

司令官「それは大丈夫というのか。……まぁでも」

多摩「じーっ……」

司令官「……良いよ、一緒に寝ようか、多摩」

多摩「……提督から言われると変な意味に聞こえるにゃ」

司令官「理不尽だ……」

多摩「にゃはは」クスクス

〇二三五 司令官の部屋

多摩「着替えてきたにゃー」

司令官(パジャマ姿の多摩……新鮮だな)

司令官(……薄いピンク地にアヒルと魚、か……何故だ……)

司令官「煎餅布団敷いておいたから、二人で寝ても狭くないと思うよ」

多摩「……わざわざ煎餅布団にゃ?」

司令官「布団が二つ無いんだ。手を出すつもりはないから安心しろ」

多摩「眠れる多摩に手を出したら、引っ掻くにゃ」フンス

司令官「その怖さは昼間に、重々承知しているよ」

多摩「よいしょ」ゴソゴソ

司令官「狭くないか?」

多摩「大丈夫……提督も、反対側はみ出してたりしないかにゃ?」

司令官「むしろ余裕があるくらいだ、大丈夫だよ」

多摩「安心にゃ」

司令官「しかしまぁ。お前とこうして一つの布団で寝る日が来るとはなぁ。なんかこう、緊張するな」フアァ

多摩「それ、欠伸しながら言うのかにゃ」

司令官「仕方ない、時間も時間だからね」

多摩「……」

多摩「ワガママ言って……ごめんなさい……にゃ」

司令官「何、これくらいは」

多摩「うぅん……」フルフル

多摩「昼も、勝手にどこかへ行っちゃって……。だから提督、夜中まで仕事をすることになって……」

多摩「さっき、残ってる分を終わらせようと思ったけれど結局終わらなくて……それどころか、あんな、姿見せちゃって……」

多摩「多摩は、ワガママ放題の迷惑かけ放題……にゃ」

司令官「……。ま、確かに多摩は自由気ままだな。昼間は隙があれば寝てばかりだし」

多摩「にゃー……」

司令官「でもそれも個性だからね。勿論、ちゃんと自分の仕事はしてもらわないといけないけれど、ちゃんとやることやりながら掛けられる迷惑やワガママは受け止めてやるさ」

多摩「……」

司令官「それになにより……元気になったなら、良かった。何があったかは分からないけれど……ああいうワガママなら、何時だって遠慮するなよ?」

多摩「……じゃあ」ゴソゴソ

司令官「ん」

多摩「にゃはは……提督を抱き枕にするにゃ。なんだか良い夢が見られそうにゃあ」ギュー

司令官「今日の多摩はとことん甘えん坊だな。まるで……」

多摩「猫呼ばわりは許さないにゃ」

司令官「……あはは」

多摩「もう」

多摩「……」

多摩(お布団の中……提督のにおいでいっぱいにゃ……)クンクン

多摩(提督……離れないで欲しいにゃ……もっと、多摩を提督で満たしてにゃ……)ギュウ

司令官「……」ナデナデ

多摩「明日は、ちゃんと……お仕事するにゃ……提督……おやすみにゃあ……」

司令官「ん……。分かったよ、多摩。お休みなさい」ナデ

多摩(そしたら……もう、あの記憶(悪夢)も……)スゥ

翌日 
一四〇〇 巡洋艦寮 球磨型部屋

球磨「結局、昨日は灯台に居たみたいだクマ」パチ

北上「あー、灯台かぁ。確かにあそこは気持ちいいけど、見張り担当が居るしあんまり長居できないんじゃないの?」パチ

多摩「昨日は瑞鳳が当番だったのにゃ」パチ

大井「見事に、姉さんを追い出せない相手ですね……。確か今日は加賀さんが担当だから、今日ならおさぼりは出来なかったんでしょうけど……」

木曾「なるほどな、だがまぁその分今日はしっかり仕事するって提督と約束したみたいだし良いんじゃないか」パチ

多摩「したにゃあ」

球磨「……」

球磨「……で」

球磨「その約束したはずの妹が何故今球磨達とコタツで麻雀してるんだクマ!!!」

多摩「にゃ?」

球磨「首をかしげてる当事者の話をしているクマ!後木曾それロンだクマ!」

木曾「げっ、またかよ」

多摩「あ、多摩も。リーピンタンヤオ三色赤1ドラドラ裏3だにゃ」

木曾「はぁ!?」

大井「飛んだわね」

北上「飛んだねー」

多摩「心配しなくても、お仕事はちゃんと終えてきたもん。後は夕方の出撃までフリーなのにゃ」パチ

北上「それでここに戻ってきたんだねー。まぁあたしらもヒマだったからいいんだけどさ」パチ

大井「私は北上さんと一緒なら、ヒマな時間も素敵な一時ですぅ」パチ

球磨「んー……でも、秘書艦という立場なんだから一応提督のそばにいた方が良くないかクマ?」パチ

木曾「確かに……考えてみれば巡回が秘書艦以外に割り当てられてるのも、秘書がそばにいられるようにだしな」

多摩「ん……今日は、あの子達が帰ってきてるから……。心配しなくても、今提督の隣にはちゃんと電が居るにゃ」パチ

球磨「む……」ピーン

大井「はっ……!」ピキーン

球磨(……大井、それは女の感クマね?)チラ

大井(そういう姉さんは、姉としての感ですね?)コク

木曾「?」

大井「……、ああそういえば。こうして皆で卓を囲んでいると、あのときのことを思い出しますよね」

多摩「あのとき?」

大井「ほら、鎮守府でケッコンカッコカリ騒動が起きたときですよ。あの晩も、皆で喋りながら麻雀をしたじゃないですか」

北上「あー、そういえばそうだったねぇ。懐かしいなぁ」

大井「あのときも、恋の話題で盛り上がりましたよね。私が舞い上がり過ぎちゃって球磨姉さんに諫められたこと、今でも良く覚えています」

多摩「にゃはは……そうだったかにゃ?」

木曾「あーそうだったそうだった、姉さんあのとき大分参ってたから覚えてないのかもな」

多摩「にゃは……」

大井「そして今も……。いいえ、今はあのとき以上に。参っているように見えますよ?多摩姉さん」ジッ

多摩「……そんなことはないにゃ。多摩はいつもどおりにゃあ」

球磨「……本当クマ?前はいつもなら、この時間は大体提督の部屋で寝ている時間じゃなかったかクマ」

多摩「……今は、ここで遊びたい気分……なのにゃ」

大井「とても、遊びを楽しんでいる表情には見えませんけど……」

多摩「……」

球磨「多摩が今ここにいるのは……、提督に、遠慮しているからなんじゃないかクマ?」

多摩「」ピクッ

球磨「……多摩」

球磨「あのとき多摩が心配したこと……提督が、変わってしまうんじゃないかということ。多摩と一緒に居てくれなくなるんじゃないかということ。それが杞憂だったことは……良く、分かっているクマね?」

多摩「……」コク

球磨「けれど……。提督がケッコンしてから『多摩が変わってしまった』ように、球磨には見えるクマ」

多摩「……」

北上「そう?いつも通りの多摩姉にも見えるけれど……」

球磨「いつもどおり気ままに見えて、その実多摩には余裕がないように見えるクマ」

球磨「もっと言えば、提督との距離感がなんだか不安定というか……。意識してか無意識かは分からないけれど、変に遠慮と無遠慮が混在しているところがあるように見えるクマ」

多摩「そんなこと……」

球磨「……何の根拠もない暴論を言うクマよ?多摩。もし第六駆逐隊の皆が、電の休みが明日までで、今日帰ってこなかったなら。多摩は今頃、ここには居なかったんじゃないかクマ?」

多摩「そ、そんなこと……!」バッ

球磨「……」ジッ

多摩「うう……」

木曾「……まぁ……多摩姉さんがたじろぐって事は、球磨姉さんの言うとおりなんだろうな」

北上「んー……確かにそう言えばいつの間にか、提督の部屋で寝てる事が明らかに少なくなったもんねぇ」

多摩「木曾、北上まで……」

大井「姉さん……、気付いていないかも知れないけれど、最近の姉さんは、どこか寂しそうにしています」

球磨「多摩。悪いことは言わないクマ、多摩はもっと――」

多摩「……なんにゃ」

多摩「みんなして一体、なんなのにゃ!多摩がどこで何をしていようと、多摩の勝手だにゃ!」

球磨「た――」

多摩「今だってっ!多摩は、多摩はただみんなと遊びたくてここに来ただけだもん!それなのに、お説教される筋合いはないにゃ!」

球磨「多摩、話を」

多摩「ふーっ!!」

球磨「多摩っ!!」

多摩「ッ」ビクゥ

多摩「にゃ……!」ダッ

木曾「あ、お、おい!」

北上「ありゃ……凄い勢いで逃げちゃったねぇ」

球磨「……、……」

球磨「はあぁ……失敗したクマぁ……」ズーン

北上「球磨姉は怒ると怖いからねぇ」ケラケラ

球磨「怒った訳じゃないクマ……。とはいえ、少し前置きが長すぎたクマ。一番肝心な部分を伝えられなかったクマー……」

木曾「仕方ないさ……。それに、要は多摩姉さんにはもっと提督に対して気楽に考えて欲しい……ってな事を言いたかったんだろ?俺でも今の流れから読み取れたんだし、多摩姉さんなら球磨姉さんの言いたかったことも分かってるだろ」

球磨「……。それじゃダメなんだクマ。あの子の場合は、きっと頭では分かってても心で認めることが出来ない」

球磨「今のあの子は、本来望んだはずの『ほんの少しのワガママ』すら出来なくなっているクマ……」

木曾「うーん……つまり、どういうことなんだ?」

大井「木曾、恋する女はね。複雑なのよ」ハァ

木曾「そういうもんなのか……」

北上(大井っちの視線、一直線にこっちを見詰めてるけどアレ一応木曾に言ってるんだよね?)

球磨「……いや。寧ろこの中だと木曾が一番、今の多摩を知っているはずだクマ。木曾、多摩と二人で良く行動していた『あの頃』に、多摩が少し戻っているんだと考えれば良いクマ」

木曾「俺と多摩姉さんが……。……ああ、そうか」

北上「何々、一人で納得してないで教えてよ」

木曾「姉さんはこの鎮守府に来てから、猫っぽくなったんだよ」

北上「うーん?そりゃ、鎮守府に来る前……というか軍艦時代は猫っぽくなりようもないわけだし、そんなの当たり前じゃないの?」

木曾「いや……」

球磨「……今でこそ多摩は自由気ままでのんびり屋さんでマイペースで、昼寝が好きな猫みたいな子だクマ。でも、……その内面は責任感が強くて、自分を押し殺す事も厭わない子なんだクマ」

北上「内面が今の多摩姉と中々結びつきにくいんだけど……」

球磨「アレでも結構、戦闘に関しては責任感を持っているんだクマ。提督は通常艦隊でも連合艦隊における第二艦隊でも、第六駆逐隊と多摩と卯月を良く起用するから……純粋な火力や艦隊運用経験なら多摩が一番クマ、事実主力にとどめを刺す機会も多摩が多いクマ」

大井(改めて考えてみればとんでもない編成よね……まぁ、あの子達にはもう練度的に遠慮はいらないんでしょうけど)

球磨「自分の役割とその責任をハッキリ自覚している。立場を分かっている。だから多摩は、レイテの時に……。……」

北上「?」

球磨「ま……その辺詳しい話は五十鈴や瑞鳳にでも聞くと良いクマ。とにかく、多摩が猫っぽくなった原因……は分からないけれど。ここまでのんびり屋さんになれたのは、きっと、艦娘として生まれ変わった生が、この場所が。安心できる、落ち着ける場所だったからなんだと思うクマ」

大井「……提督の存在も、大きかったんでしょうね」

球磨「そう……寧ろ、大きすぎたんだクマ。多摩にとって提督は……いや、逆クマね。提督にとって多摩が、他の艦娘達と一線を引いた、特別な存在だからクマ」

北上「提督にとって特別な艦娘、って言ったら電とかじゃ……、と思ったけれど、ああそうか確かにねー。分かる気がするわー……」

大井「提督は平等で不平等、ですからね。皆同様に気に掛け思いやってくれていも……、多摩姉さんは巡洋艦組の古株として、提督には特に信頼を置かれているでしょうし」

木曾「……提督や電に気を遣ってか変に責任感とかが自縛となって、不安定になってるって事か?」

球磨「最早提督は多摩にとって安心できる一番の居場所なんだクマ。その居場所を失ったと『思ってしまった』とき、あの子は不安を抱えたり自分の立ち位置が分からなくなったり、……トラウマが蘇ってしまうことだって考えられるクマ」

全員「……」

球磨「……今の多摩の状況は一つ違えば、球磨達にもあり得た話だクマ。多摩に限らず、提督が悪気なく無意識に引いた線の中に入っている艦娘達は……きっと、それぞれ悩み悶々としているところがあるんだと思うクマ」

大井「提督も罪作りな人ですね……」

球磨「まーそもそもケッコンとかいう制度だったりそれが何人も出来たり、法律で艦娘との重婚が制限されてない部分が事をややこしくしてるんだクマ。やれやれだクマ」

大井「それら含めて、そもそも私達が皆女性として転生した事が複雑にしてますけどね」

球磨「全くだクマ。神様の考えることはよー分からんクマ」

球磨「……ま、でも。心を持った立場としては、妹には幸せになって欲しいクマ」

球磨「だからこそ……、例え提督の一番が電でも、第六駆逐隊とだけケッコンカッコカリを済ましていても」

球磨「多摩には、ケッコンだとか電とか第六駆逐隊とか提督とか、何より多摩自身の過去に搏られて欲しくないんだクマ……。あの提督のことだからどんな多摩も受け入れてくれるだろうし、多摩には変に遠慮を持ったり自分の在り方を決めつけたりして欲しくないクマ」

球磨「そもそも法律未記載に託けていっそケッコンすっとばして結ばれちまえば良いんだクマ!提督には球磨のことを『球磨御義姉様』って呼ばせてやるクマ!」

木曾「と、唐突に凄いこと言い出したな姉さん……」

北上「もれなく第六駆逐隊も付いてくると考えると、凄いハーレムだねぇ」クスクス

球磨「言っといて何だけどその場合後何人か増えるような気もするクマ……」フゥ

大井「……まぁ法に背いては居ないし皆が納得してればそれ自体は許しますけど……もしその場合、ハーレムに浮かれて姉さんを傷つけるようなことがあれば、もれなく酸素魚雷40門もお見舞いしてあげるんだから……」ボソボソ

木曾(相変わらず本気なのか冗談なのか分からねぇのが怖いよな……)ゾゾッ

北上「そんで。あたしらには球磨姉の言いたいことが分かったけど、多摩にはいつ伝えるの?追いかける?」

球磨「……いや。もう多摩の居場所に関しては、居場所自身に何とかして貰うクマ」

木曾「ま、提督ならうまくやってくれるだろうしな」

球磨「何より逃げ出した多摩を追いかけるのは一苦労だし面倒だクマー」ボソッ

大井「あれだけ姉らしいことを言っていたのにその呟きですか……」

球磨「ほらほら、続きやるクマ。木曾、多摩の抜けたところに入るクマ」

木曾(この気ままさは、姉妹だなぁとつくづく思うわ……)

一四二〇 鎮守府 廊下

多摩「……」トボトボ

提督が電と関わって居るときに、彼を避けていただなんて。

多摩(そんなこと、多摩が一番良く分かっているのにゃ……)

それでも、提督が一人で居るときは前以上に甘えたくなる自分を

多摩(多摩は多摩自身、充分理解しているにゃ……)

そして。分かっているはずなのにどうして、私は

多摩「……雨」

ふと窓から見上げた空は、いつの間にか泣いていた。昨日はあんなに晴れ渡っていたはずなのに、これでは日なたぼっこも出来ないではないか。

多摩「……」

そこで気付く。ああ、また私は無意識に提督の居る執務室を避けて、一人日なたぼっこをしようとしていたのだと。

多摩(多摩はどうして……今になって……)

伊19「多摩?」

多摩「あ、……イク」

伊19「どうしたの、こんなところで。お散歩~?」

多摩「……そんなとこだにゃ。本当は日なたぼっこをしたかったんだけど、生憎の天気なのにゃ」

伊19「ふーん、でも天気予報だと通り雨みたいなのね。夕方には止むと思うの」

多摩「夕方には任務で出撃にゃ」

伊19「あちゃー、多摩も大変なのね」

多摩「にゃはは……」

伊19「なんだか元気がないように見えたのも、日なたぼっこが出来なかったからなのね」クスクス

多摩「……そうだにゃあ」

多摩「イクは、何してるんだにゃ?」

伊19「今日は特にやることがないから、今から提督の所にでもいこうかなーって。ほら、六駆の子達が今朝帰ってきたでしょ?きっと今頃提督、彼女たちとラブラブしてるだろうから割り込んでくつもりなの!」イッヒヒ

多摩「……」

伊19「あ、その顔はなんなの?お邪魔虫とか思ってるでしょー?イクさんはぁ、寧ろ保護者的目線であの子達を提督の魔の手から守るために行くのね!」フフーン

伊19「寧ろ提督には、イクに手を出させてそのままイクが提督とラブラブしてくるの!なーんてね」

多摩「……、……」

伊19「……多摩?」

多摩「イクは……凄いにゃあ」

伊19「……多摩、熱でもあるの?」ピトー

多摩「なんでにゃ……」

伊19「いつもなら『野暮にゃ』とか『イクが提督と居たいだけじゃないかにゃ』とかため息混じりのヤジが飛んでくるところなのに……ぼけ殺しなのね」

伊19「あっ!別に提督を好きな気持ちがぼけとかじゃないの!そこは勘違いしないで欲しいのね!」

多摩「野暮にゃ」

伊19「タイミングおかしいの!」プンプン

多摩「にゃはは……」

伊19「それで。多摩は行かないの?執務室」

多摩「にゃ?」

伊19「だって、日光浴も叶わなかったら暇なんでしょ?じゃーあ、いつもみたいに提督の部屋で寝ないの~?」

多摩「多摩は……」

多摩「……、このあと、装備の点検をしなきゃいけないから……」

伊19「……ふーん」

多摩(う……日なたぼっこをするつもりだったって言っておきながら装備の点検とか、多摩も言い訳がへたくそにゃ……)

伊19「提督絡みなんだろうけど……、ま。あえて深くは突っ込まないのね」

伊19「取り敢えず、多摩、いつもと調子が違うのはバレバレなんだから。早く元気になるのね」

多摩「にゃあー……」

伊19「何なら執務室で待ってるから。イクと一緒に、提督に元気を補給して貰うの~」ヘラヘラ

多摩「……。……イクが、羨ましいにゃ」

伊19「そぉ?イクの事、羨ましい?」

多摩「にゃ……」コク

伊19「そっか」

伊19「私からすれば……多摩の方が、何倍も羨ましいのにね」ボソ

多摩「……」

伊19「……じゃあね。またなの、出撃頑張ってなの」ヒラリ

多摩「頑張る……にゃ」

多摩「……」

後ろ姿をぼんやり見つめ、曲がり角に消える蒼い髪を見送って

多摩「……」

なんだか騒がしい時間が過ぎさって、窓を見上げてみても

多摩「……」

まだ、雨は止んでいない。

多摩「……」

多摩「……仕方ない。工廠に行って装備を見てくるかにゃ」

多摩「何だかんだ……時間は、潰せるにゃ」

一八〇〇 鎮守府海域 南西諸島防衛戦

多摩「みんな、着いてきてるにゃ?」

暁「と、当然よ!」

響「ハラショー」

雷「はーい多摩さん、ちゃんと続いているわ」

電「なのです!」

卯月「心配ないぴょーん!」

司令官【うむ、通信状態は良好……】ザザッ

司令官【さて、月次恒例の水雷戦隊任務だが、皆気は抜かないようにな】

司令官【しっかりと旗艦である多摩の言うことを聞くように】

雷「ええ司令官、大丈夫よ!」

卯月「寧ろ気を抜いてるのは司令官の方じゃないぴょん?この任務、軽巡洋艦旗艦指定なのにいつもの癖で電ちゃん旗艦で出撃させようとしていたしぃ~」

暁「そうそう、暁が気付かなかったら、一回無駄に出撃するとこだったんだから」

司令官【ははは……いや、すまない】

響「結構雨も強いしね。早めに終わらせて、ゆっくりお風呂に浸かりたいところだけど」

多摩「それを鑑みても誤出撃しなくて良かったにゃ」

司令官【本当にすまない……】ズーン

電「し、仕方ないのです!そういうことだってあるのです!」

雷「そうそう!それに私達の練度なら誤出撃してもすぐ済んだでしょうし、何より帰りは司令官の督戦用輸送船に乗れるんだから雨だってそう気にはならないわ。元気出して、司令官!」

司令官【(天使……)】

多摩「呟きが聞こえてるにゃ……」ハァ

一八二〇 鎮守府海域 南西諸島防衛戦 敵主力艦隊出現ライン

響「見つけた……正面、敵艦の反応有り。規模からして主力艦隊だね」

多摩「各艦は敵空母ヲ級の航空急襲に注意にゃ!」

卯月「ぴょん!」

多摩(空母ヲ級が二隻、重巡リ級が二隻。後は軽巡と駆逐……確かに今のこの子達の練度なら何も問題はない、けど油断は禁物にゃ)

多摩(もう夜に差し掛かっている……初撃さえ躱せば艦載機の心配はない、寧ろ危険なのは水雷組にゃ)

多摩「陣形は単縦のまま、同航を保つにゃ!暁、電はリ級、響雷卯月でヘ、ハ級を叩くにゃ!」

暁「分かったわ!」

雷「任せて!」

多摩(多摩は撃ち漏らしを、なければヲ級を捌くにゃ!)ザッ

電(やっぱり、多摩ちゃんの旗艦指揮はすごいのです!電も、見習わないと……!)

響「着弾、ハ級の沈黙を確認!」

雷「ヘ級は倒したわ!」

卯月「ぴょん!」

リ級「!」ドォン

多摩「リ級より砲撃、警戒を――暁!」

暁「へっちゃらよ、暁には当たらないんだから!」ザッ

ザパァ……ンッ!

卯月「わぷっ!凄い水しぶきだぴょん!」

雷「まぁ、もう今日は雨で元々ずぶ濡れだけどね!……って、あら」

響「気付けば、上がっているね。雨も」

暁「おかげで狙いやすくなったわ!決めるわよ、電!」ドォッ

電「はいなのです、暁ちゃん!」ドォン

ヲ級「グッ!」轟沈

リ級「ガァッ……」轟沈

暁「あ、あれ?」

卯月「暁ちゃん、思いっきり外してるぴょん……」

暁「い、良いの!数は減ったんだから、結果オーライよ!」

多摩「残ったリ級は多摩が叩くにゃ!」

多摩(けれど、その前に!)グッ

暁(照明弾ね!暁も探照灯でサポートするわ!)グッ

多摩(これで、リ級の姿がよく見え――)

そう。強い光に、リ級は浮き彫りとなる。

多摩(あ……れ……)

未だ、照明弾を照射していないのに。

未だ、探照灯は点されていないのに。

影が、伸びる。

雲の切れ間から世界を照らす光が、大きな大きな黄金色の玉が、顔を覗せて――

多摩「っ!」ドクン

強く脈打つ機関部に手を当て、猛烈に込み上げる吐き気に猫背を更に丸くしながら。

影を見る、影が見える、大きく大きく膨張した私の影が――。

卯月「多摩さん!」

多摩「!」

永遠とも思われる走馬燈が脳内をグルグルと激しく駆け巡る、その一瞬の硬直を。敵が見逃すはずもなく。

暁「リ級、こっちだぁ!」ビカァ

リ級「!」

目がくらむ、脳が揺れる。沸騰する胃酸、全身を這う悪寒にも。

多摩(多摩は……この子達を預かる旗艦なのにゃ……!)

歯を食いしばる、血が滲むほどに、壊れるほどに強く握りしめた照明弾を

多摩(引っ込め……出て、来るな……!)

思い切り空へと放り投げ、強い閃光が迸る戦場の直中で

多摩「う……にゃあああああぁぁぁ!!!」

――吠える。

一八五五 鎮守府海域洋上 督戦用輸送船『ぷかぷか丸』甲板

雷「――兎に角。多摩さんは、凄かったわ。……凄かったというより」

卯月「……怖かった、ぴょん……」

電「……」

響「あんな多摩さんは……正直、ここ最近の大規模作戦でも見なかったよ」

暁「本当に、鬼気迫る感じで……。リ級もヲ級も、一瞬で沈めてしまったのだけど……」

司令官「戦闘が終わったと同時に、気を失ってしまったと……。……そうか」

電「ぅ……」ジワ

司令官(電……仲間に、多摩に怯えるくらいか……。あいつ……)ナデナデ

司令官「多摩には、僕が後で話を聞いておくよ。今は奧で寝ているし、このままそっとしておこう」

司令官「兎に角作戦自体は誰一人損傷無く、成功だ。皆も帰ったら、ゆっくり休むと良い」

卯月「ぴょん……」

司令官(多摩……)

時刻????? 場所?????

多摩(……)

多摩(……硝煙の、臭い……)

ぼんやりとした光に照らされ、浮かび上がる影絵。
飛び交う砲雷撃の中に、知り合いによく似た影が立ち上がる。

五十鈴『多摩!今救援を――えっ?千代田を、先に……?』

五十鈴『……分かったわ。多摩、どうか無事で……!』

多摩(……)

瑞鳳『そんな身体で、私は大丈夫だから何て……!』

瑞鳳『っ……。……そう。それがあなたの役割だというなら、私ももう否定はしません』

瑞鳳『……ごめんなさい、多摩……』

多摩(……どうして、今更)

灯籠が回る。二つの影が一つになり、作した形は。

司令官『……』

多摩(提督……!)ダッ

その隣に、更に一つ。

電『司令官さん、お待たせなのです』

多摩(っ!)ピタ

司令官『ああ。行こうか、電』

電『はい、なのです!』ギュ

手を繋いだ、二つの影。
駆け寄りたいのに、止まった足が動かない。

多摩「」ハッ

影絵で遊ぶ、気ままな光。ケタケタと笑うように次々に影を形成する、その作り手に振り返ると。

ほら――まぁるい月が、浮かんでる。

多摩(うぅ……)ジリ

本当は寂しかった。けれど、それが私の役割で、運命だったんだよね。
嗚呼何て滑稽なんだろう。

多摩(笑うな……)

本当は駆け寄りたかった。けれど、その居場所には既に誰かが居たから。
嗚呼何て可哀想なんだろう。

多摩(蔑むな……)

月は照り、影は踊る。
過去を嘲り、今を憫み。

多摩(止めろ……止めて……)

月は満ち、影は巡る。
己れの未来を、運命を、決めつけるように。

多摩(思い出させないで……見せつけないで……)

多摩(今になって……)

月が、嗤う。

二〇〇〇 鎮守府波止場 ぷかぷか丸船内

多摩「ぅ……う……?」

多摩(あれ……ここ、は)

司令官「……」コク、コク

多摩(提督……?船の、中……多摩は、寝てたのかにゃ……)

多摩(提督、こんなところで座ったまま寝てたら風邪、引くにゃ……。この布団を……)ギッ

司令官「……」

多摩「……」

多摩「…………、」

多摩「……嗚呼。多摩、やっちゃったにゃ……」

もう、とっくに忘れたはずなのに、

多摩「また……どうして……何で……」ツゥ

あの子達の旗艦として責任があったのに、最後まで冷静でいなくちゃいけなかったのに

多摩「今更になって……多摩は……こんなにも……」ポロ

月なんていつも見ていたはずなのに、いつだって提督のそばで寝ていたはずなのに

多摩「弱い――」ボロボロ

司令官「多摩……?」

多摩「提、督……」

涙に霞む視界の先で、ぼんやりとしか見えないあなたのシルエットが。
今の私には何より、たまらなくて。

多摩「う、うぅ……提督……多摩、多摩は……」

既に零れる涙も、口をへの字に曲げねば耐えきれぬほど次から次へと溢れ出てくるから。

多摩「うー……ぅ、っう~……」ボロボロ

ただ呻く。何度も何度も、ひたすらに鳴く。

司令官「……多摩」ギュ

多摩「!」

司令官「よしよし……」ナデ

多摩「――」

暖かい。

昨晩と同じ、提督の温もりが直に伝わってくる。

多摩「ていとく……」ギュ

彼の大きな身体を抱き締め返して、そっと目を瞑る。それだけで、頬を伝う冷たい雨は温かな滴に変わってゆく。

日なたで眠る心地好さ、それ以上に。残酷な過去も、胸を締め付ける今も溶かしてくれる温もりは、さながら麻薬のようにも思える。

多摩(それでも良い――)

この安心感が得られるのならば。私は、麻薬にも穢されよう。
マタタビに浮かされる猫のように、酔い痴れダメになってしまっても構わない。

だから。

司令官「……落ち着いたか」

多摩「……」フルフル

司令官「……」ナデナデ

本当は充分、ほだされているはずなのに。頷けばこの腕が離れてしまうから。
小さな悪戯、小さな嘘。

司令官「多摩」

多摩「ん……」

司令官「落ち着いたらで良い。……最近、君ともゆっくり話せなかったし、僕と話をしよう」

多摩「……」

司令官「多摩の気持ち、多摩の抱えている物……それを全部、聞かせて欲しいんだ」

多摩「……」

司令官「皆は先に鎮守府内に帰したから。今は、二人きりだから。僕はいくらでも、多摩に付き合うからね」ニコ

多摩「――」

彼の笑顔に、彼の言葉に。
彼の、温もりに。
頬が紅潮する。動力炉が早鐘を打つ。



そこで悟ってしまった。最早彼は私にとって、ただ落ち着けるだけの場所ではないんだと。

そこで気付いてしまった。私は彼を特別な存在としていることを。

 




球磨『けれど……。提督がケッコンしてから「多摩が変わってしまった」ように、球磨には見えるクマ』





多摩(そっか――)

沈み行く、船、船、船。

多摩(大切な居場所。大好きな温もり)

燃え行く、人、人、人。

多摩(愛の味を、知ってしまったから)

大破した自分は、囮としての役目があったから。

多摩(弱い自分が浮き彫りになる)

だから、

多摩(提督で埋められた多摩の心は、提督が居ないと空っぽになってしまう)ギュ

付けられた護衛艦を、未だ戦える子達に託して

多摩(提督が居ないと……)

私は、独り月影の許に沈む――

多摩「……」グイッ

司令官「痛っ!た、多摩……?」

多摩「提督……」スッ

多摩「ごめんね、提督……いきなり押し倒して……頭、打っちゃったかにゃ」ナデ

司令官「それ、は……大丈夫だけど……」

多摩「良かったにゃ……」ギュウ

司令官「多摩……」

多摩「……」

在りし日の、生々しい記憶は

多摩(提督が、いないと)

私を蝕み、苦しめる

多摩(毎日がとてもとても、辛い)

だから

多摩(離れたくない、離したくない)

開いた記憶を押し込めるように

多摩(見える別れですら、怖い)

あなたの隣で、寝ていられるように

多摩(ずっとそばにいても良い、証が欲しい)

多摩「……多摩と一緒に、寝て、欲しいにゃ」

司令官「今夜も、か?構わないよ、じゃあ……」

多摩「……」フルフル

多摩「ただ寝るだけじゃ……いや、にゃ……」スッ

司令官「多、摩……?」

目に見える、証を。
確実にあなたと繋っていることを、実感できる証を。

多摩「提督、お願い……多摩を」

この首に、首輪を嵌めて。
鎖を以って、繋ぎ止めて。

今、ここで

多摩「抱いて、欲しい……にゃ」シュル

司令官「多摩、それは――」

多摩「っ」グッ

司令官「う……」

司令官(腕が、上がらな……っ)

多摩「無理にゃ……提督の力じゃ、艤装を付けた多摩達には敵わない……にゃ」ググッ

司令官(多摩、お前本気で……)

多摩「ごめんなさい……提督」プチ、プチ

見下ろした軍服のボタンを少しずつ、少しずつ外しながら

多摩「ごめんなさい……」プチ

多少の罪悪感と、それ以上に膨らむあなたへの想いを侍らせて

司令官「……」

早く、早くあなたとの証が欲しいと焦がれる

多摩(……?提督の首からぶら下がってるの、なんにゃ……?)チャリッ

この願いも

多摩「!」

この想いも

多摩(指、輪――)


 
 

 



嗚呼――私が抱くことは、罪なのですか?

多摩「うっ……!」

猛烈な吐き気に、思わず口許を抑える。
月の光が届かない船内のはずなのに、再び脳内に様々な影絵が写し出されてゆく。

   身に受ける砲弾の痛み
                  初期艦の電
 溶け落ちる鉄板の熱さ
                提督との出会い
  人が焼け落ちる臭さ
                       ケッコンカッコカリの証
 二つに折れ行く身体
            温かい日なたの温もり
      あざ嗤う月の光
             

     

多摩「ううぅ……にゃあぁ……!」

割れんばかりに痛む頭を抑えながら流れる映像の果てにあったのは。
提督のそばで、心地よく眠る多摩の姿と。

多摩(どうして……)

提督を必死に求める、無様で醜い私――。



多摩「多摩はただ……提督と一緒に居るだけの時間を……」

多摩「ほんの少しのワガママを……望んでいただけなのに……」フラッ

司令官「多摩っ」ギュ

多摩「ぁ――」

多摩「うぷ……!ごほっ、うぇ……っ」ズキズキ

司令官「……」ナデ

多摩「て……とく、ぐ、うっ……!う、げぇぇ……」ゴホゴホ

多摩「はぁ、はぁ……ていとく、あったかい……」

多摩「ていとく、怖い……よ……」

司令官「……」ギュウ

多摩「もう、独りの夜は……ヤ、にゃ……」

多摩「あ、す、も……一緒に……寝――」フッ

多摩「――」

時刻????? 場所?????

多摩『提督は……』

木曾『ん?』

多摩『提督は、ケッコンしたら……もう、多摩とは遊んでくれないのかニャ……』パチ

多摩『はぁ……』

北上『多摩姉ぇ、だいぶ参ってるねぇ……』パチ

大井『お気持ちは分かります、姉さん……好きな相手がケッコンしたら、遠くへ行ってしまうのではないかと、不安にもなりますよね……』

北上(大井っちはなんでこっちを見ながら言うんだろう……)

木曾『分からないな。提督が誰とケッコンするかなんて、まだ発表されてないだろう?多摩姉さんは悲観しすぎだと思うが』パチ

球磨『あ、それロンだクマ』

木曾『げっ、マジかよ』

北上『でもあれだよねー。多摩姉ぇはさ、一応うちら巡洋艦組の中でも古株だし練度だって高いわけで』パチ

木曾『そうそう、可能性は十分あるだろ』パチ

球磨『……』パチ

多摩『……多摩は、ただ提督と一諸にひなたぼっこをして』スッ

多摩『一諸に、お昼寝して』カチッ

多摩『ただのんびりと、ただ一諸に過ごす時間があれば……それで、いいのにゃ……』パチ

大井『……甘い、甘いわよ姉さん!』

大井『恋する女は、もっと積極的に!略奪するくらいの勢いで行かないと!』

球磨『あ、カンだ球磨。おっ』

大井『球磨姉さん……。姉さんからも言ってあげてよ!』

球磨『……、……多摩』

球磨『きっと提督は誰とケッコンしても、多摩との時間も大切にしてくれるはずだクマ』

球磨『だから、だから安心していいクマよ』

大井『姉さん!そうじゃなくて……』

球磨『大井』ジッ

大井『っ……?』

球磨『多摩は、もう、分かっているクマ。覚悟も決めている。だからこそ、ほんの少しのワガママを、望んでいるクマ』

球磨『だからもう。球磨達は、何も押しつけてはいけないんだクマ』

大井『えっ……それって……』

球磨『大丈夫、大丈夫。高嶺の花は中々手に入らない物だけれど……そこにあるのは、変わらないクマ』ナデナデ

多摩『……にゃぁ』

多摩(……)

時刻????? 場所?????

瑞鳳『あの時のこと……恨んでいる?』

多摩『……』

瑞鳳『あなたは囮で、私は未だ戦っていたから。けれど、そのせいで多摩は、走れない身体で独り洋上を漂うことになった』

多摩『……』

多摩『仕方なかったのにゃ。それが多摩に与えられた役割で、多摩に与えられた責任で』

多摩『多摩の、運命なのにゃ』

瑞鳳『そっか……』

瑞鳳『じゃあさ、多摩。あなたの今の役割は何?』

多摩『にゃ……?』

瑞鳳『あなたの、今の運命は。決まっているの?』

多摩『……』

瑞鳳『過去の運命は決まっていても。未来の運命まで、決める必要はないと思うな、私』

多摩『未来の運命……』

瑞鳳『あなたは……どう思っているの?』

多摩『……』

瑞鳳『だって、あなたは――』

多摩『……、……』

〇七三四 鎮守府 司令官の部屋

多摩「ぅ……む……」モゾ

多摩「ん、ん……?にゃ……」クシクシ

多摩(何か、夢を見ていたような……。忘れちゃったにゃ……)

多摩「ここ、提督の部屋かにゃ……?」

多摩「何でこんな所に……」

多摩(この寝間着……多摩のじゃないにゃ。袖が凄く余ってるし……提督の、かにゃ……?)

多摩(枕元に、多摩の制服がたたまれてるにゃ……。……洗濯もしてあるみたい)クン

多摩「昨日は……。……」

多摩「……にゃぅ~……」カアァ

〇七五〇 鎮守府 司令官の部屋

多摩(提督の部屋に、洗面台が隣接してて良かったにゃ)

多摩(取り敢えず着替えて顔と歯は磨いたし、後は慎重にささっとここから出るにゃ)

多摩(……昨日、多分提督がここまで運んでくれたんだろうけど……)

多摩(状況から察するに、多摩を着替えさせたり服を洗ってくれたのも多分、提督にゃ……)

多摩(身体も拭かれてるみたいだし、これってつまり……。……)

多摩(……今提督に会うのは、非常に気まずいにゃー……)

多摩(提督の部屋を開けたらすぐ執務室だけど、さすがに窓からは高さがあるし……ばったりだけは避けないと……)

多摩「そろ~……」キョロ

多摩(ほっ。執務室は誰も居ないみたいにゃ)ギィ

多摩(このまま注意して部屋に戻るにゃ……)

〇八〇五 鎮守府 巡洋艦寮 球磨型部屋

多摩「ただいまにゃ~」ガチャ

シー、ン……

多摩「……」

多摩(ここに来るまで誰ともすれ違わなかった上に、部屋にも誰も居ないなんて……)

多摩「今日って何かあったかにゃ……。でも特に出撃とか無かったはずだし……」

多摩(考えても仕方ない、にゃ……)

多摩「取り敢えず、シャワーを浴びるかにゃ」

〇九〇〇 同室

多摩「……、……」

多摩「……」

多摩「暇だにゃあ……」

多摩(誰も、帰ってこない。外から演習の音も聞こえない)

多摩(何もすることがない……。外は、お日様が出ていてとても気持ちよさそうな気候だけど)

多摩(なぜだか、日なたぼっこをする気力にもなれない)

多摩「はぁ……」

多摩(さっきからため息ばっかり出るにゃ……何か寂しいにゃあ)

部屋の片隅で体育座りをしながら、誰かと遊ぶ想像を膨らませるけれど。
浮かぶ姿は

多摩「……提督ばかりだにゃ……」

会うのが気まずいと、そう、思うけれど

多摩(やっぱり、会いたい)

無性に

多摩(提督に、会いたいにゃ)

〇九一〇 鎮守府 廊下

多摩(執務室には戻って居なかったにゃ……。相変わらず人にも会わないし)

多摩(提督……どこ行ったのかにゃあ……)

多摩「」グゥ~

多摩「そう言えば昨日の夜から何も食べてないにゃ……出しちゃったし……」

多摩「間宮に行ってみるかにゃ」クル

瑞鳳「あれ、多摩じゃない」

多摩「ふにゃあ!!?」

瑞鳳「わぁっ!」ビクッ

多摩「ず、瑞鳳?」

瑞鳳「いてて……もう、いきなり大声出されたからビックリしちゃったじゃないの」

多摩「瑞鳳がいきなり現れるからにゃ……はい」スッ

瑞鳳「ん、ありがと……よい、しょっと」グッ

多摩「瑞鳳、丁度よかったにゃ。提督を知らないかにゃ?」

瑞鳳「提督?提督なら、外出してるわよ」

多摩「……やっぱり、今日何かあったかにゃ?朝から誰にも会わないし提督は外に出てるし……」

瑞鳳「もしかして多摩、忘れてる?それとも、一週間前の朝礼に居なかった?」

多摩「寝てたかも知れないにゃあ……」

瑞鳳「あー……そっか」クスクス

多摩「???なんにゃ?」

瑞鳳「えっとね――」



多摩「中秋の、名月……」

瑞鳳「うん。最近、月が綺麗だったでしょ?今日は鎮守府総出でお月見をするって、決まってたの」

多摩「お月見かにゃ……」

瑞鳳「特にほら、見事な秋晴れ!天気予報でも今夜は絶好のお月見日よりだって!」

多摩「……」

瑞鳳「今、外にススキを取りに行っている子達だとか、間宮でお団子を作ってる子達だとかみんなそれぞれに動いてるわ。私もね、さっきまでお団子、作ってたの」

瑞鳳「提督は多分、昼過ぎには戻るだろうから。多摩も間宮でお団子作りしてきたらどうかな。今の時間は駆逐艦の子達が頑張ってるわよ」

多摩「……」

瑞鳳「多摩?」

多摩「……多摩は、食べる専門で良いにゃ」ニヘ

瑞鳳「あっ、またすぐそういうこと言うんだから……全く」

多摩「にゃはは……」

瑞鳳「それじゃあね、多摩。私一度軽空母寮に行かないとだから」

多摩「うん……また、にゃ」

瑞鳳「またね」

多摩「……。……」

多摩「……」スッ

多摩(……こんなにも、お日様ぽかぽかな快晴を恨んだことはないにゃ……)

多摩(お腹は空いたけど……今、間宮に行けば駆逐艦達……暁型の子達に会う可能性もある)

多摩「……気まずい、にゃ。それ以上に」

多摩(普通に接せられる自身がないにゃ……)

多摩「……お部屋、戻るかにゃ。何かしらあるはずにゃ」トボトボ

一八〇〇 鎮守府 巡洋艦寮 球磨型部屋

多摩「……」

空になったカップ麺の容器を、体操座りでボンヤリと眺める。

何時間、こうしているのだろうか。結局今の今まで、誰も帰ってこなかった。

多摩「……」

ちらりと、窓に目をやる。カーテンを敷いたせいで外の様子は見れないが、夕方には姉妹の皆も外で設営に動いていたのが見えた。
今も、賑わう声だけは遠く聞こえてくる。

多摩「……」

こてん、と横になる。床が冷たい。机の下に見える僅かな埃に目配せしながら、物思いに耽る事は。

多摩「提督に……会いたいにゃあ……」

朝からその想いは変わらないはずなのに、何故か、探す気力は失せてしまった。
いや寧ろ、提督に会いに行きたくない自分が出てしまってすらいる。

多摩「……」

提督に会いたい、のに会いたくない。
温もりが欲しい、のに動きたくない天の邪鬼。
そういえば、こんなのは、いつの間にやら最近の日常になってしまっていたっけ。

多摩「……」

多摩「……多摩は」

このままで、居たくない。
このままで、良いはずがない。

多摩「……」

ふらふらと立ち上がる。部屋の扉を開けて、廊下の電気が付いていることを確認してから。
執務室へと、駆けた。

一八一五 鎮守府 司令官の部屋

多摩「にゃ……」ガチャ

執務室は相変わらず人が居なかった。
司令官の部屋を覗いてみても、人影はない。

多摩「……」

部屋の明かりを付け、いの一番に目に入るのは、朝自分が寝ていた布団。
崩れた掛け布団がそのままになっていることから、提督は今日一日ここへ戻ってこなかったのだろう。

多摩「……」

窓の雨戸を閉め、カーテンで封鎖し、明るい人工灯に照らされる許で、布団に座り込む。

提督がどこにいるのかが分からない。
探し回っても、見付かる保証はない。
何より……外はもう、月が出ている。

多摩(このまま、ここで……)

待つことしか、私には出来なかった。

静かな室内で、カチ、カチと小さな目覚まし時計の針が進む音が響く。
しかし時計は視界の内に写らない。今、果たして何時なのかが分からない。

多摩「……」

何秒、何分、何時間経っただろう。
提督は未だ戻ってこない。

月は、どれくらいの高さにあるのだろう。
提督は未だ戻ってこない。

みんなは、どうしているだろう。
提督は未だ戻ってこない。

多摩(布団……)

多摩(提督の、匂いがする……)ギュウゥ

胸一杯に、大好きなお日様の香りを詰めながら。
一筋の涙が、零れた。

多摩(提督は、戻ってこない)

分かっていた。
だって、鎮守府挙げてのお月見だ。一週間も前から、決まっていたことなのだ。

きっと今頃、お月見を盛り上げる為に奔走しているに違いない。
きっと今頃、問題を起こす子達を諫めているに違いない。
きっと今頃、


私ではない、誰かのそばに居る。

多摩「うっ……う……」

本当は今夜も、提督と一緒に居たかった。
今夜だけじゃない、ずっと、ずっと提督と一緒に居たかった。

多摩「ううぅ~……」グスグス

月はどうして、私を照らすのだろう。
月はどうして、私を照らしてくれないのだろう。

多摩「ていとく……ていと……く」ポロポロ

布団を抱き締めながら、閉じた窓に目を向ける。
壁に隔てられ、見えない月を睨み付けながら。

多摩「お前……はっ!私の、命だけじゃなく……っ!多摩の、……提督まで……っ」

荒げた声も、すぐに弱くなって

多摩「提督……まで……」

多摩「奪わないで……」

背を曲げ布団に突っ伏して、静かに泣き叫ぶ――。



…………


 

多摩「!」ビクッ

不意に、頭に載せられた掌。その感触にびくりと身体を跳ねさせる。

??「多摩」

掛けられた声に、頭を撫でる優しさに。居るはずがないと、来るはずがないと思いながらも。

多摩「あ……あ、ぁ……」

彼ならば。もしかしてと、振り返る。

司令官「……待たせたね、多摩」

多摩「ていとく……」ツゥ

司令官「よし、よし……」ギュ

多摩「――」

ずっと求めていた、温もり。

多摩「提督……何で……今日は、お月見で……」

司令官「ああ……そうだな。今日はお月見だ。司令官としてやらなきゃいけないこともあるし、さっきまでも色々と動いてたよ」

多摩「じゃあ、何でここに……」

司令官「……約束したからね」

多摩「約、束?」

司令官「今夜も、一緒に寝るんだろう?」

多摩「ぁ……」

昨晩、苦しみ呻く中に、絞り出した願望。
朦朧とした意識の中で、自分でさえ忘れていた望みを。

多摩(提督は……聞いていてくれたんだにゃ……)ジワ

司令官「やるべき事は片付けてきたし、引き継ぎもしてきた。だから今夜は、このまま多摩と一緒に居るからね」

多摩「提督……。……」

多摩「……ごめん、なさい」

司令官「どうした、いきなり」

多摩「いきなりじゃない……にゃ。こんな、多摩のワガママで提督を、お月見から外しちゃって……」

多摩「ううん、もっと……。昨日も、多摩、提督に……その、襲い、掛かったり……吐いたり……すっごい迷惑ばかりかけて……」

多摩「多摩は……」

司令官「……」ワシャワシャ

多摩「わ、わ。何するにゃあ~」

司令官「確かに、昨日は色々凄かったな」

多摩「ふにゃ……」

司令官「でも……それだけ、お前が苦しんでたって事だろう?大丈夫。心配こそすれど、迷惑とか思っていないよ」ナデナデ

多摩「にゃあ……」

司令官「だからね、多摩。その苦しみを……多摩の想いを。僕にも、共有して欲しい。話せる限りで良いから、話して欲しいんだ」

多摩「……」

多摩「……、提督は……」

司令官「うん」

多摩「今夜はずっと……多摩と、居てくれるのかにゃ……?」

司令官「ああ」

多摩「……、……」

多摩(……)

多摩「じゃあ……。折角の、中秋の名月なんだし……外で、話さないかにゃ……?」

司令官「多摩と二人でお月見か。良いよ、じゃあ、準備しよう」

多摩「にゃあ……」

多摩(提督……)ギュ

鎮守府 船着き場 灯台

朝潮「!司令官、多摩さん。いかがされましたか?」

司令官「ああ、朝潮。見張りお疲れ様、異常はない?」

朝潮「はい!敵艦、その他不審な物は今のところありません!」

司令官「そっかそっか。ありがとな」ナデナデ

朝潮「ぁ……、恐縮、です!」

司令官「朝潮、今日は鎮守府挙げてのお月見だ。未だみんな、広場で騒いでいるから君も行っておいで」

朝潮「お月見……しかし、見張り番は」

司令官「それなら大丈夫。しばらく僕と多摩で務めるから」

朝潮「しかし……」

司令官「それと朝潮。できれば、日付が変わるくらいまで……この場にいさせてくれないか」ボソッ

朝潮「!」

朝潮「……かしこまりました。駆逐艦朝潮、暫しお暇をいただきます!」ビシ

司令官「うん。楽しんでおいで」ニコ

朝潮「はいっ!」ニコ

司令官「さて……ここは景色が良いが、夜は冷えるからな。暖房器具があるとは言え……」トットット

司令官「ほら、多摩。温かいコーヒーだ」

多摩「ありがとにゃ。……提督、多摩と一緒に毛布に入るにゃ。くっつけばもっと暖かいにゃ」

司令官「ん……何か照れるな」

多摩「一緒の布団で寝た仲なのににゃ?」

司令官「はは……それもそうか。失礼するよ、多摩」

多摩「にゃあ」

多摩「ふー、ふー……ん、暖かいにゃあ」

司令官「多摩の舌なら、これくらいが丁度良いか」

多摩「にゃあ」

司令官「しかし……本当に、見事な夜空だな。月の光が強くて、星々も目立たなくなるくらいに」

多摩「そう、だにゃ……」

多摩「……」ギュ

司令官「……」

多摩「でも……多摩は、お月様なんて……大嫌いにゃ……」

司令官「……」

多摩「明るいくせに、冷たい。大きいくせに、暗い」

多摩「お月様は……多摩の身体を、照らしてくれなかった」

司令官「……」

多摩「提督……最近、多摩はおかしいのにゃ。月を見ると、在りし日の記憶を思い出して、」

多摩「頭が痛くなる、胸が苦しくなる。涙が……止まらなくなるにゃ……」

司令官「そうか……」

多摩「けれど。今は平気にゃ。提督がそばにいてくれると、平気だって……分かったにゃ」

司令官「……」

だから本当は、ずっと私のそばに

多摩「……」ギュ

司令官「多摩……」

多摩「……」

多摩「……提督」

多摩「提督、多摩は、多摩は……弱い、にゃ……」

多摩「昨日も、出撃の時に月を見て……おかしくなっちゃったにゃ……」

多摩「でも、多摩は提督が一軍起用する水雷戦隊の、唯一の軽巡にゃ……」

多摩「月如きで弱さは見せられない……多摩には、その責任があるのに、」ツゥ

多摩「だから……強い自分になりたい、から……いつまでも、提督にしがみついてるわけには……いかない、のに」グスグス

司令官「……」

多摩「それだけ、じゃ、ないにゃ……。提督に、は……電が、居るから……多摩は、指輪を、貰っていないから……」

多摩「提督の隣に居る、のは……多摩じゃ、ない、って……思っ……て、多摩の在り方、……っは、傍観者なんだって、む、無意識に決めつけて、て」

多摩「だから多摩は、多摩はただ、提督と一緒に居る時間があれば良いだけだったのに……っ。そんなちょっとの、ワガママのはずだったのに……」

多摩「て、提督が電といる、時は……多摩はそばにいちゃいけないって……でも本当そんなことないって、分かってるのに、心が、言うこと聞かなくて」ボロボロ

多摩「それで勝手に苦しくなって、き、昨日は提督を……無理矢理、提督に、襲い掛かったり……して……うぅ」

多摩「多摩は、どうして今になって……っひ。こ、こんなにも、苦しい……のにゃ……?」

多摩「多摩は……どう、すれば……」グスグス

司令官「……。……そっか」

司令官「辛かったな……、苦しかったよな、多摩……」

多摩「うぅ……ぐすっ。うー……」ギュ

司令官「……多摩。こうして僕がそばにいることで、君を月の光から覆えるのならば。多摩が望むときに、こうして君の手を握ってあげる」

多摩「……」グス

司令官「だけどね。僕は、多摩が……月の光を浴びれるようになれれば良いなぁって。そう思うんだよ」

多摩「にゃ……?」グシグシ

司令官「それができれば……僕のとっても、嬉しいしね」

多摩「提督、それは、どういう……」

司令官「……多摩は、責任感が人一倍強くて。己れ自身のことより、自己犠牲を払ってでもその役割を全うする、……とても強い艦だ」

多摩「……」

司令官「でもそれは……『長崎で進水し、レイテに逝った軽巡洋艦多摩』の話だろう?今、僕の隣にいる『艦娘としての軽巡洋艦多摩』の話じゃあない」

司令官「多摩、僕はね。今の多摩が、過去の多摩に縛られなくても、良いんじゃないかって思うんだ」

多摩「……」

司令官「在りし日の記憶を忘れろ……とは言わない。過去の栄光、誇り、勝利、大切な仲間との思い出……それらを現在の糧とすることも良い」

司令官「魂に染みついてしまっていて、自然と表に出てしまう物事だってあるだろう。それだって、自分が気にしていないのなら矯正するつもりはない」

司令官「ただ……過去にこうだったから、今の自分もこう在らなくてはならない、なんて。そんな決めつけは、しなくても良い」

司令官「意識的にでも無意識下でも、その決めつけで苦しんでいるのなら……なおさらだ」

多摩「……でも多摩は……どうしても……」

司令官「思ってしまう?」

多摩「……」コク

司令官「……それなら多摩は、猫になればいい」

多摩「……ふにゃ?」キョト

司令官「責任に縛られ、自分の役割が決まった軽巡洋艦多摩は今日を以って。無責任で、自由気ままな、艦娘の多摩になればいい」

司令官「いや……折角女の子になったんだ。ガチガチの艦だった多摩は……、猫みたいな一人の女の子の、多摩ちゃんになれば良いのさ」

多摩「多摩、ちゃん……」

司令官「ああ」

司令官「多摩ちゃんはね。お日様が大好きで、しょっちゅう色んな場所で眠って。お腹が空いたら起きてご飯を食べて、一人で遊んでいたと思ったら急にすり寄ってきて」

多摩「……」

司令官「くだらない事にため息をついて。ちょっとしたことにビックリして。喧嘩したら、拗ねたりもして」

多摩「……」ツゥ

司令官「思い切り笑って。たくさん怒って。いっぱい、泣いて」

司令官「恋を、して――」

多摩「……」ポロ

多摩「……かにゃ」ポロ、ポロ

司令官「……」

多摩「多摩、に……なれるかにゃ……」ポロポロ

司令官「ああ……保証するよ」

司令官「だって。僕はずっと、そんな多摩ちゃんを見てきたからね」ニコ

多摩「っ……!」ブワ

多摩「うっ、ふ……うえぇ……うう、ぅー……」ギュウゥ

司令官「……」ナデナデ

結局。


司令官「落ち着いたかい?」

多摩「ん……」コク

司令官「良かった」クス


私は、提督に「良いよ」って言って欲しかっただけなのだろう。



多摩「提督の服、多摩の涙でぐちゃぐちゃになっちゃったにゃ……」

司令官「何、これくらい安いもんさ。寧ろ多摩ちゃん汁付きで高く売れるかも……」

多摩「もうっ!デリカシーがないにゃ」

司令官「あはは……ごめんなさい」

多摩「全く、しょうがないにゃあ」クス



たったそれだけのこと。

提督「……多摩」

多摩「んにゃー?」


あの子達が羨ましいと思った。
ううん、今でもちょっぴり羨ましいけれど。


司令官「月の光が嫌いだったのは、過去の君だ。言ったよね?僕は、君にもっと月の光を浴びて欲しいって」

多摩「……」コク


目に見える証がなくても、多摩と提督の間には目には見えない絆があるから。
「私」の出番は、きっとおしまいだ。

司令官「僕はね。君が僕の影に隠れて月を見るんじゃなく……君と隣同士、一緒に月光浴がしたいんだ」

多摩「うん……」


指輪なんてあってもなくても、居場所はもう。変わらないと分かったから。


司令官「きっと今の君なら、それが出来ると思う。だからね――」


だからね、多摩は……

司令官「……受け取って、くれるかな」

多摩「――」

 
 


 

月が綺麗だなって。
今ならそう、言えると思うにゃ。提督――


数日後
一三〇〇 鎮守府 巡洋艦寮 球磨型部屋

北上「いやぁ、最近平和だねぇ」パチ

大井「ええ、こうのんびり出来ると、たくさんたくさん北上さんと一緒に居られて嬉しいです」パチ

球磨「全く……大井も少しは北上離れした方が良いと思うクマ」パチ

大井「むっ。北上さんと私は一心同体ですから。離れようにも離れられないんです」

木曾「ま、今更言うだけ無駄だろ。それに、ベッタリと言えばもう一人。姉妹の仲にいるからな、凄いのが」パチ

北上「多摩もここで打つことが少なくなったもんねぇ」パチ

大井「寧ろ、前に戻ったと言って良いのかも知れませんね」パチ

球磨「いやぁ……良くも悪くも、前以上だと思うクマ」パチ

木曾「言えてるな……っときたぁ!球磨姉さん、それロンだぜ!」

球磨「クマ?」

木曾「へへっ、やっと一矢報いたなぁ!」

北上「んー……?木曾、それフリテンじゃない?」

木曾「へ?」

大井「そもそも、役がないじゃないの」

木曾「は?」

球磨「チョンボクマね。木曾、さっさと8000点よこすクマ」

木曾「ちっくしょお!!」

同時刻 鎮守府 執務室

電「失礼致します、なのです!駆逐艦電、午後の秘書艦に着任なのです!」ビシ

電「って、あれ?司令官さん、今日は座卓なんですね。多摩ちゃんは――」

司令官「」チョイチョイ

電「?」タタタ

司令官「しーっ……」

電「あ……ふふっ」クス

多摩「すー……すー……」

電「多摩ちゃん、司令官さんのお膝で気持ちよさそうに眠っているのです」

司令官「一応、午前の仕事は片付けてくれたけどね。まぁでも……やっぱりこの感じは猫だよ」ナデ

多摩「んん……猫じゃない、にゃあ」クアァ

電「起きたのです」

司令官「はは……おはよう、多摩ちゃん」ウリウリ

多摩「うにゃう~……♪」

多摩「ん~っ……おはようにゃ。……提督」

司令官「ん?」

多摩「多摩は多摩ちゃんになったけど……やっぱり、提督が多摩をちゃん付けで呼ぶのはやめてほしいにゃ。なんか……違う感じがするのにゃ……」モジ

司令官「そうか?結構気に入ってるんだけどな、多摩ちゃん」

多摩「む、そうにゃ。やめてくれないとここを離れないにゃ」ゴローン

司令官「うーん、それ寧ろやめたくなくなるんだけど……」

電「……」ジッ

多摩「……電も、提督の膝で寝ると良いにゃ」

電「はわ!?い、電は、その……」

多摩「遠慮が一番ダメだにゃあ。我慢は精神衛生上良くないにゃ」クシクシ

司令官「いや、遠慮も大事だと思うぞ」

電「……、……」

電「えいっ」ギュー

司令官(おいマジか)

多摩「にゃはは。暖かくて気持ちいいにゃ?」

電「な、なのです。ちょっと、恥ずかしいけれど……」

多摩「今日は電も、多摩と提督と一緒にお休みするにゃん」ホワホワ

電「はいなのです~」ホワワ

司令官(あー……これは、今夜も徹夜かなぁ……)

司令官(ま。幸せそうだし。僕も幸せだし、いっか)ナデナデ

多摩「……にゃあ♪」

とある昼下がり、穏やかな執務室。

暖かな日の光の許で行う日なたぼっこは、なんと心地好いのだろう。

多摩(提督――)

晴れ晴れとした空は、今夜も月が良く映える事だろう。

多摩(これからも、多摩を提督でいっぱいいっぱい、満たしてにゃ)

多摩(そしたらきっと……もっともっと、良い夢が見れるから)

煌々とした月明かりに影は伸びる。
自分の存在がまるで、何倍にも大きく膨れあがったかのような錯覚を覚える。


 
 


だけど

きっと、大丈夫。

 

多摩「起きたらまた一緒に。月光浴、しようにゃ……」ウト

司令官「……ああ」ニコ







月の光が生む二人の影は。繋っているから――





お目汚し、大変失礼いたしました。以上で本編は終了となります。

ほんっとうに蛇足になりますが、少しだけおまけを投稿して終わりとさせていただきます。
よろしければどうぞ。

入れたかったけど蛇足だなぁと思いボツになった、おまけ1
【灯台で指輪を渡した後の一コマ】

多摩「それにしても提督……昨日は……」

司令官「うん?」

多摩「……多摩の服、脱がせて拭いたかにゃ……?」

司令官「……。……それ、聞くか……」

多摩「にゃ……もし、電とか、他の誰かに頼んでたら……汚かっただろうから恥ずかしいし、御礼も言わないとって思って……」

司令官「あー……。……安心しろ、と言っていいのか分からんが……誰にも見られないよう、僕一人でやったから……」ポリ

多摩「……、……」

多摩「……えっち」

司令官「し、仕方ないだろう!状況が状況だったし……」

多摩「ごめんにゃ……」シュン

司令官「いや……こちらこそ、な、うん。そう凹むな」

多摩「もし昨日、あのまま多摩が提督を襲ってたら、もっと立ち直れなかったにゃ……そう思うとぞっとするにゃ……」

司令官「……ま、それも気にするな。昨日のあの状況であれ以上事が進みそうだったら僕ももっと呼びかけてただろうし……何としてでも止めてたさ」

司令官「あの状態で、多摩が望むままに抱いたとして……多摩が傷付くだけだからね。そんなことは絶対にしないよ」

多摩「提督……」

多摩「……あれ。じゃあもし、今、多摩が望んだとしたら……?」

司令官「……」

多摩「今夜も、一緒に寝てくれるのにゃ?例えばその時とかに、もし多摩が……」

司令官「…………」

多摩「……」

多摩「……提督の、えっち」

司令官「だからっ!未だ何も言ってないだろぉ!」

多摩「……にゃ」クスクス

当SSが完成する前に多摩改二が来ちゃったので、おまけ2
【球磨の憂鬱】

司令官「うりうり~」ナデナデ

多摩「くすぐったいにゃ……でも気持ちいいにゃ」

多摩「お返しに肩に多摩パンチあげるにゃ」パスッ、パス

司令官「お?お~……これは中々……」

多摩「気持ちいいにゃ?にゃ?」

司令官「ああ、これは良い……」

球磨「……」

司令官「よし。じゃあ肩もほぐれたところで」ネコジャラシスッ

多摩「!」

司令官「ほれほれ~」サッサ

多摩「に、にゃあ!じゃらすの禁止にゃ!」ピコピコ

球磨「…………」

球磨(提督と多摩がより気兼ねなくより仲睦まじくなったことは良いことだクマ)

球磨(けど……正直妹達全員に改二が来るとか……)

球磨「むちゃくちゃ焦るクマッ!」クワッ

司令官「球磨も遊ぶか~?」

球磨「クーマー♪」

以上で終わりです。
ここまでお付き合いくださった皆様、本当にありがとうございました。

次は瑞鳳か伊19、うーちゃんあたりを書きたいな……と思います。

では、HTML依頼出してきます。機会があればまた。

乙です
過去作有ったら教えてほしいです

>>141

僭越ながら……。

暁「とある司令官と電のケッコン」
響「とある司令官と電の改二」
雷「とある司令官と電の勲章」
朝潮「初恋のビターチョコレート」
暁「レディは飲んでも飲まれるな!なんだからっ」
電「二人だけの、メリークリスマス」
電「甘くて甘くて、溶けてしまうのです!」
電「愛しくて愛しくて、焦がれてしまうのです!」
とある司令官と電の安価スレッド

以上です。黒歴史化しているのも何個かあるので恐縮ですが……。
URLなくてごめんなさい、基本全部同じ酉で書いています。
宜しければ。

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