子供「願い事を枝に結ぶよ」クリスマスツリー(それ七夕じゃない?)(43)


1997年12月24日


──私は、このツリーの精。

ある街の駅前広場に植えられたモミノキに、いつしか宿った木の精霊。

時季には街路樹と共にイルミネーションの飾り付けをされて、地域で一番大きなクリスマスツリーになる事が私の自慢。


単純な背の高さなんかは、駅の建物越しに見える運動公園のセコイア並木には敵わない。

だけど地元の人を見送り、訪れる人を迎えられるこの場所を私は気に入っている。

時々、駅から出てきた人が『立派なツリーだね』なんて褒めてくれると、背筋……幹がぴんと伸びた気持ちになれる。


そして一年の内で特に幸せなのが、まさに今夜。

待ち合わせる恋人やパーティーを終えたグループで私の足元が賑わう時間は、もうすぐそこに迫っている。

あと30分程すれば日が暮れて、そうしたら一年も楽しみに待ったイブの夜。

そんな夕方頃に、二人の子供達が私の元へ訪れた。


「──このツリー、大きいよね」

「この木ならきっと叶うよ」フンスフンス

「僕、オトコだから緑のリボンにしたよ」

「私は赤にしたから、ちょうどいいね」


…モゾモゾ
シュルッ、ギュッ…


「ちょうちょ結び、どうやるんだっけ……」

「やってあげようか?」クスクス

「いい、自分でやる」

「そっちじゃ縦結びになっちゃうよ」

「わ、わかってるし、間違えただけだし──」モゾモゾ…


──小学生になったばかり、くらいかな?

なんだろう、下枝にリボンを結んでくれたみたい……何か書いてあるね。


『おとしだま お たくさん ほしい』

『くりすます ふれぜんと たまごっち もらえますように』


これは、願い事? クリスマスツリーに願い事をするのって、普通なのかな?

もしかして七夕みたいなものと思ったのかも?

でも可愛い、頼りにされたみたいでちょっと嬉しいな。


お年玉たくさん貰えるといいね。

たまごっちも手に入りますように──


……………
………


1998年12月24日


──私は、このツリーの精。

また今年もイルミネーションを纏い、訪れる人々を眺めながらイブの夜を楽しんでる。


昨年の夕方、私の下枝に願い事のリボンを結んだ子供達は今年も同じ時間帯に来てくれた。

……という事は、去年の望みは叶ったのかもしれない。

別に私の力でもなんでもないけれど、ちょっと誇らしい気がする。


今年もまたそれぞれに願い事を結んで行ったけど、内容はどちらもほとんど同じ事だった。

『三年生でも同じクラスになれますように』

二人は幼馴染みだね、ずっと仲良く一緒ならいいね──


「──やっぱここのツリー、超めりくりじゃね?」

「写スンですで撮るしかないしー」ガリガリガリ……パチンッ

「夜だから写らなくね?」

「チョーウケルー」


「は? なにこれ? なんかリボンに願い事書いてあるしー」ピラッ

「それやってみるしかなくね? ね?」


「リボンとか持ってないしー」

「ルーズソックスに書いて吊るせばよくね?」

「チョーウケルー」

「めっちゃダメっぽいし、そこに100均あるし──」


──なんか子供達が結んだリボンに気づいた人がいるみたい。

最近、ああいうファッションの女の子が多いな……リボンに悪戯とかされなければいいけれど。


あれ? 一人がリボン買って戻ってきた。

この子達も結ぶんだ……


『L'arcのチケット当てるしかなくね?』

『タイタニックみたいな恋に憧れるしー』

『世界が平和でありますように』


最後のを除くと願い事の体をなしてなくね?

……いけない、語尾が伝染った。

私はたぶん神聖なる木の精霊、砕け過ぎた言葉なんかつかわないしー。


……………
………


2003年12月24日


──あれから数年。イブの夜に私の枝にリボンを結ぶ人は少しずつ、でもかなり増えてきた。

先月あたりにローカルのTV番組で『クリスマスの願い事』なんて題して、この広場で中継をしてたっけ。


もちろん最初にそれを始めた幼馴染みの二人は今年も来てくれた。

中学校の制服で、昔に比べるとずいぶん背も高くなった男の子は、女の子に見られないよう背伸びして結んだみたい。

それもそのはずだよね。

『幼馴染みに彼氏ができませんように』

こんな願い事、本人には見せられない。


緑のリボンは男性、赤は女性。

いつのまにかそのルールも定着して、私の下枝はたくさんのリボンでデコレーションされている。


『ゆいちゃんと仲直りできますように』

お互いにごめんなさいすれば、きっと大丈夫。


『志望校に合格できますように』

これは責任重大だなぁ……と言っても何もできないけど、私も祈っておくよ。


『おじいちゃんが100才まで長生きできますように』

100才ってすごい、今いくつのおじいちゃんなんだろう? このモミノキよりずっと年上なんじゃないかな。


『可愛くて性格も良くて、俺だけに一途で料理が上手くて、俺のオタク趣味を理解してくれる巨乳の彼女ができますように』

……これはノーコメント。


なんだか賑やかになったと思ったら、時々この広場で弾き語りライブを開く男の子二人組がギターを鳴らし始めたんだね。

前に立ち話が聞こえたけど、二人はまだ高校一年生という事だった。

ギターも歌もそこまで上手なわけじゃないし、足を止める人はまばらなもの。

でもカバー曲を中心に歌う彼らの音色、私は結構好きだったり。


今夜はクリスマスソングが多いみたい、それでも──


「そうさー俺らは♪ 地球ぅーにーひーとーつだーけーの花♪」


──この曲は外さないよね、本当に今年は駅前でもよく流れてた。


二人の歌をできるだけたくさんの人が聴いてくれますように。

リボンを結んでくれた人もそうでない人も、楽しいクリスマスを過ごせますように。

願いを叶える力なんて無いはずの私、だからせめて真剣に祈るからね。


……………
………


2008年12月24日


──去年から、私に飾りつけられるイルミネーションは一段と華やかになった。

願いのリボンを結ぶ習慣が、とうとう自治体にも認知されて『クリスマスの地域イベント』として取り上げられたらしい。

私の周囲には2mくらいの高さがある足場が組まれ、たくさんのリボンがそれまでよりも高いところまで結ばれている。

足場からでも手が届かないと思われる高さから上は、イルミネーションを施工するのと同時に飾りのリボンが着けられた。


もともとこの広場のシンボルツリーとして立っていた私だけど、こんな形で人々に親しまれるようになるなんて。

ちょっとくすぐったくて、なんだか感動してしまうくらいに嬉しい。


『赤ちゃんが元気に産まれますように』

楽しみだね、男の子かな? 女の子かな?


『うちゅうひこうし に なりたい』

宇宙なんてすごい、私は地面に立ってる事しかできないもの。どうか、夢が叶いますように。


『!Phoneを買ってもらえますように』

乗るしかないよね! このビッグウェーブに!


『企画書が通りますように』

この街の企業戦士さんなのかな、がんばって!


『可愛くて性格も良くて、俺だけに一途で料理が上手くて、オタク趣味を理解してくれる巨乳でJKの彼女ができますように』

……微妙に増えてない?


「──ケーキのお買い忘れありませんかー? イチゴたっぷりのケーキ、お安くなってまーす」


ああ、やっぱりそうだ! 今まで気づかなかった!

あのサンタ衣装でケーキの売り子やってるの、最初にリボンを結んでくれた男の子だ!

アルバイトかな? あんまり在庫捌けてなさそうだけど……お隣りと比べて。


「2500円ちょうど頂きます、ありがとうございました! ……はい、こちら2つですね! 少々お待ち下さい!」

「くっそー、なんでそっちばっか売れるんだよー」ブツブツ…


じゃあ、ミニスカ履いたサンタさんの方は幼馴染みの女の子なんだね。

残念……帰り道の男性サラリーマンが多い時間帯、売れ行きの違いは歴然みたい。


「半分引き取ろっか?」

「うるせーし、自分で売れるし!」


女の子のお言葉に甘えた方が、たぶん早いと思うけどなぁ……


……………
………


2011年12月24日


──今年のイブの広場は、例年とは少し趣が違う。

イルミネーションはちょっと控えめに、でも広場は一面にキャンドルの優しい灯りで彩られている。


同じ国の少し遠いところで、とても悲しい出来事があった。

規模はともかく同じような事は他の年にもあったんだと思う、でも今年あったそれはずば抜けて大きなものだったんだろう。

この広場で得られる情報しか知らない私でも察せられるくらい、街頭のモニターでひっきりなしに報道されていたから。

私に結ばれたリボンに書かれた内容も、それに関する願い事がちらほらと見られた。


『少しでも早く被災地が復興できますように』

『がんばろう、日本』

『早く故郷に帰れますように』


私みたいな木の精がいるんだもの、神様だっているかもしれない。

もしそうなら、どうかこの願いを叶えてくれたら──私もそう願わずにいられなかった。

もちろんそれ以外の願い事もある。そっちは私の役割だよね……と言っても祈る事しかできないけど。


『3D-Sがもらえますように』

プレゼント開けるの楽しみだね、そうならいいね。


『幼馴染みへの告白が上手くいきますように』

祈るよ、過去にないくらい真剣に祈るからね!


『まだ年齢的にセーフなはず。可愛くて性格も良くて、俺だけに一途で料理が上手くて、オタク趣味を理解してくれる巨乳でJKの彼女ができますように』

惜しくもないアウトだよ、ていうかこのリボンだけ異様に長くて怖いよ。


少し久しぶりに、あの二人組が広場で弾き語りライブを始めた。

ギターも歌もすっかり上手になって、ファンも随分ついてきたみたい。


「今夜の演奏は僕らへのお気持ちは結構です。それでも、もしこの音色が少しでも皆さんの琴線に触れる事ができたなら」

「そこのコンビニの募金箱へ……幾らでも構わないので、お願いします──」


立派になったなぁ……ちょっと感動してしまった。

オリジナル曲もたくさんできたんだね、どの曲も素敵だよ。


あっという間に夜は更けて、二人がライブを切り上げたのはイルミネーションの消灯時刻が迫る頃。

そしてギターを片付けた彼らは、私を見上げながら言った。


「……またいつか、ここで演ろうな」

「おう、でもまずは東京で頑張ってからだ。胸張って帰って来られるように」

「絶対にデビューして、有名になって……もう一度、このスギの木の下で──」


──モミノキなんだけど。


……………
………


2013年12月24日


──私に結ばれる願いのリボンは、年々増え続けている。

今年からは『直接結びに来られない人』を対象に自治体がリボンを預かり、高所作業車で上の枝まで余すところなく飾りつけられた。

なんでもその数は2000本を超えたとか、私としてもすごく誇らしい。

12月の初めにイルミネーションと一緒にその作業が行われて、それからひとつひとつ願い事を読んでいたら意識しない内にイブ当日になっていた。


噂では数年先くらいに駅前周辺の再開発が計画されているみたい。

この広場も、ここから見える街並みも模様替えされるのかもしれない。

今の景観も好きだけど、ちょっと楽しみに思ったりしてる。


『いもおと げんき うまれますよおに』

女の子だというのは判ってるんだね。がんばれ、新米お兄ちゃんかお姉ちゃん!


『100倍返しだ!』

これだけリボンが増えると、願い事じゃないネタが書かれたものも多くなる。楽しいからいいけどね。


『おじいちゃんが110歳まで長生きできますように』

お爺ちゃん、ほんとに100歳突破してたんだ!


『あやかしうおっち ほしい』

お正月にはアニメが始まるって街頭TVで言ってたね、人気なのかな?


『贅沢言わない、年下で可愛い彼女が欲しい。できればJK』

そろそろ理解して。


夜も9時を回る頃、遅ればせながらリボンを結びに訪れる女性がいた。

ほとんどの枝はたくさんのそれで埋まっている。

それでも僅かに隙間の多いところを探して、彼女は赤いリボンを結んだ。


私はその女性に確かな見覚えがある。

でも彼女が一人でここを訪れる姿は、今まで見た事が無かった。


『幼馴染みが元気に新年を迎えられますように。それと来年はもっと会えますように』


そっか……去年、二人の願い事は『新生活が上手くいきますように』と『彼が浮気しませんように』だったっけ。

離れているのは寂しいね、元気だといいね。

そして貴女も、元気で待っていられますように。


……………
………


2015年12月24日


──今年のイブはイルミネーションと共に、別の明かりが駅前に瞬いている。

とは言っても、それは鑑賞用の照明ではなく安全を確保するための『灯火』と呼ぶべき赤い光。

再開発工事が、まずは駅の建物から着工したからだった。


ちょっと雰囲気を損なってる気もするけど、人が怪我をしないために必要な措置なんだから仕方ない。

たぶん全ての工事を終えるには数年でも要するんだろう……綺麗になった街並みを見られる日が待ち遠しいな。


近くが工事中とはいえ、願い事のリボンは今年も変わらず枝に揺れている。

去年は赤が1173本、緑が962本で赤の勝ちだった。

今年も日付が変わったら数えよう──私がそうやって楽しんでいるだけの事だけど。


『らぐびーせんしゅ に おれ は なる!』

すごかったよね、がんばれ未来のラガーマン。


『おじいちゃんが天国から見守ってくれますように』

おじいちゃん……


『あやかしウォッチしんうち ほしい』

ほんとにブームになったね、もらえるといいね。


『もう、誰でもいい』

……涙拭けよ。


『来年も、たくさん彼に会えますように』

知ってる、このリボンはあの女性のもの。そして──


『幼馴染みへのプロポーズが上手くいきますように』

──本人が結んだんじゃないけど、上の方の枝にこんなリボンがある事も。


イルミネーションは夜11時まで、10時を過ぎる頃には人通りは減り始める。

その時間帯にここを訪れるのはイブの夜なんか関係ないサラリーマンか、或いは仲睦まじいカップル達。

毎年のこの時間が、なんとなく『祭りのあと』みたいな気がして切なくなる……まあ本当のクリスマスは明日なんだけどね。


一年に一度、私が心待ちにしている冬の晴れ舞台。

来年も来る事は解ってるのに、それでも終わるのは寂しいんだよ。

もちろん、どの季節だって人の営みを愛おしく見守る事は私の幸せなのだけど。


こんなにたくさんの人に親しんでもらえている、それだけで特別な事なのに。

これは幸せ過ぎるモミノキの贅沢な想い。

ただの我儘だ……って、解ってる──


──でも、この時の私には『解っていない』事があったんだ。


……………
………


2016年12月24日


──私は、このツリーの精。

ある街の駅前広場に植えられたモミノキに、いつしか宿った木の精霊。

時季には街路樹と共にイルミネーションの飾り付けをされて、地域で一番大きなクリスマスツリーになる。


いつからか『願いのクリスマスツリー』なんて呼び名がついて、たくさんの人々が願い事を書いたリボンを枝に結んでくれるようになった。

願いを叶える力なんて無いけれど、それが私の自慢であり誇りだったんだよ。

みんなの願いを、せめて一緒に祈ってた。


……だけど今年はそれができない。

いつもと同じように願いのリボンは12月の初め頃からその数を増していったけど。

私はそれらを読むことさえ許されなかった。


駅周辺の再開発工事は着実に進み、とうとう今年の11月には広場の工事も半面は完成した。

広場の新しいエリアには、ステンレスの管でできたオブジェがあちこちに作られている。

ひとつひとつ違う造形をしたそれらは、私に代わる『リボンを結ぶ先』として設けられたものだった。


今年のリボンはそこに揺れている。

足場や高所作業車を使って大掛かりな準備をしなくても、人々がリボンを結べる金属の枝。

剪定や水遣りを施さなくても姿が変わらず、管理の手間がかからない人工の木々。


来春に着工する残り半面の広場改修工事で、私は伐採される事が決まっていた。

今年の私はイルミネーションこそ纏っているけれど、周囲は赤いパイロンで囲まれ『人避け』が施されている。


悲しくはある、寂しくもある。

でも『より便利で手軽にイベントを楽しむ事』が人々の願いであるならば、私は受け入れるべきだと思った。


時刻は夜7時を回った。

私は最後のイブの光景を目に焼きつけようと思った。

枝にリボンが無い事は切ないけれど、行き交う人々の顔には変わらぬ笑みが浮かんでいた。


「──入っても大丈夫かな?」

「良くはないだろうけど、入るしかないよ」


その時、私は自らの足元に周りを気にしながら近づこうとする人影がある事に気づいた。

数はふたつ、私はその青年と女性の顔に確かな見覚えがある。


「見つかったら怒られるだろうな……」

「僕らも怒ってるし、文句言ってやりゃいいんだ」

「ささっと結んじゃおう、早く」


…モゾモゾ
シュルッ、ギュッ…


赤と緑のリボンを結ぶ彼らの指には、銀色の指輪が着けられていた。

20年近くも前、私に初めてのリボンを結んだ二人。

あの男の子と女の子が大人になって、こうして『最後のリボン』を結んでくれている。

私は堪らなく嬉しかった。


でも、それは本当に最後のリボンとはならなかった。


「──誰か先に入ってね? ね?」

「ウッソ、先越されたしー」

「チョーウケルー」


また他の人影が近づく、手にはそれぞれリボンを持っている。

三人とも少し派手目な女性で、私の枝に赤のリボンが増えてゆく。


やがてここに人の姿がある事に気づいたのか、広場にいる他の人達も少しずつ私の周りに集まり始めた。


「やっぱり、同じこと考えた人いるみたい」

「よし、俺らも行こう」

「パイロン除けちゃっていいんじゃない? まだここが工事されてるわけじゃなし」

「私、この枝にしよ!」

「ずりぃ! 真正面じゃんか!」

「こっちこっち! この枝なら届くよ!」

「一人でたくさん結んでもいいのかな?」


いつのまにか私の足元には、ちょっとした人集りができていた。

赤も緑もリボンは次々と結ばれ、数を増してゆく。

それらに書かれた、願い事は──


『モミノキを無くさないで』

『伐採断固反対!』

『私はこのツリーに願掛けをして試験に受かりました、絶対に切って欲しくないです』

『現在署名活動中、市役所に叩きつけてやるからな』

『童貞貫いても魔法使いにはなれなかった、せめて願う先だけでも残してくれ』

『ツリーを きらないで ください』

『せめて移植を』

『伐採反対/駅前商店街有志一同』

『モミノキを保存するためなら管理のボランティアにも参加する意思があります』


──涙を零せたらいいのに、私はそう思った。

利便性や維持費用を度外視しても私を必要としてくれる人々は、こんなにもいたんだ。

みんな笑顔で、でも真剣な目でしっかりとリボンを結んでゆく。


その少し向こうで、不意にギターがコードを奏でた。


「メリークリスマス、ちょっと歌っていいですか?」


その姿は街頭TVで何度も見かけた──ううん、私はそれよりも前から彼らを知ってる。

この街で歌い始めて、もっと大きな街へ巣立って、そして帰ってきた。


「おい! あれ『かぼす』じゃね!?」

「嘘、地元のスターじゃん!」

「ちょっとちょっと、私ファンなんですけど!」

「これ撮影して拡散してもいいのか!?」


人集りは一層大きくなった。

二人はギターを構え直し、ハーモニカもセットして微笑んだ。


「どうも、地元に帰ってきました」

「この駅前は僕らにとって活動の礎になったところです」

「本当、よくこの木の下で歌ったんですよ……それで」

「噂で駅前が再開発されるって、そしてこの木が伐採されるって聞いて……今年のイブは絶対にここで歌おうって思いました」


バックボーカル担当がギターの弦を弾く。

聴いた覚えのない、静かで優しいアルペジオ。


「僕らはこの木に、ずっとここにあって欲しい。……その想いを込めて書き下ろした曲です」


それは、私のために書かれた曲だった。


「曲名は『大きなスギの木の下で』です。じゃあ、聴いて下さい──」


──モミノキなんだけど。


……………
………


2017年12月24日


──私は、このツリーの精。

ある街の駅前広場に植えられたモミノキに、いつしか宿った木の精霊。

時季には街路樹と共にイルミネーションの飾り付けをされて、地域で一番大きなクリスマスツリーになる。


いつからか『願いのクリスマスツリー』なんて呼び名がついて、たくさんの人々が願い事を書いたリボンを枝に結んでくれるようになった。

願いを叶える力なんて無いけれど、それが私の自慢であり誇りなんだよ。

みんなの願いを、せめて一緒に祈る事……そのくらいしかできないけれど。


だけど本当は私が祈ったりしなくても『みんなの願い』は、とても強い力を持ってる。


私は、このツリーの精。

みんなの願いに救われて、ここにあるんだよ。


【おわり】

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