由比ヶ浜結衣「電池って……何なんだろう?」 (39)

――部室――

八幡「…………」

雪乃「…………」

八幡(ダメだこいつ……早く何とかしないと。いや、待て)

八幡(これは由比ヶ浜渾身のボケなのかも知れない。ボケなら当然つっこみをいれてやるのが人情というものだが)

八幡(いかんせん、由比ヶ浜のことだ。本当に文明の利器である電池の存在を失念してしまったとも考えられる)

雪乃(由比ヶ浜さん……いきなり何を言っているのかしら)

雪乃(電池とは何か、彼女はそんな簡単なことまで分からなくなってしまったというの?)

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雪乃(いいえ、この考え方はあまりに由比ヶ浜さんの知性を蔑ろにしてはいないかしら)

雪乃(もしかすると由比ヶ浜さんは、電池を通して何か哲学的な問いかけをして、私たちを試しているのかもしれないわ)

八幡(待てよ。そういやこの前、化学の授業で電気分解出てきたよな。こいつ、よもや授業がきっかけで電池の仕組みについて興味を持ったのではなかろうか)

雪乃(『電池とは何か』。確かに突き詰めれば奥の深いテーマかも知れないわね。理数系科目も絶望的な由比ヶ浜さんが電池に興味も持った。これはとても好ましい現象なのではないかしら)

八幡(由比ヶ浜同様に理数系科目が絶望的な俺には電池について詳しい解説などできるはずもない。となると)

雪乃(電池についての問いかけは私に向けられたものね。比企谷くんなんて何の役にも立たないのだし)

八幡(まあ、勉強嫌いな由比ヶ浜が珍しく勉強する気になったんだ。ここは後押ししておいてやろうじゃないか。へるもんじゃないしな)

雪乃(ここは茶化したりせずに、由比ヶ浜さんの探求心に応えてあげるのが優しさというものだと思うわ)

結衣「あれ、ヒッキーもゆきのんもどうしたの? 急に何か考えこんじゃって」

雪乃「いえ、何でもないわ。由比ヶ浜さん、電池のことが知りたいのよね」

結衣「あ、うん……そうなんだけど……」

八幡「まあ、こういうのは理数系が得意な人間に聞いた方がいいだろう。雪ノ下、答えてやれよ」

雪乃「電池というのは一言でいうと、何らかのエネルギーによって直流の電力を生み出す電力機器のことよ」

雪乃「化学反応によって電気を作る『化学電池』と、熱や光といった物理エネルギーから電気を作る『物理電池』の二種類に大別されるわ」

八幡(さすがユキペディアさん。まるで本家からそのままコピペしてきたかのような簡潔さだ。これなら私立文系の俺でも一応の理解はできる。だが)

結衣「え? え? え?」

八幡(相手は由比ヶ浜だ。いきなりこんな教科書に載っているような説明をされても容易く理解できるはずがない)

雪乃「ちょっと言葉足らずだったかしら?」

雪乃「由比ヶ浜さん、今の説明で分からないところがあったら何なりと質問してもらってかまわないわ。一つ一つ、丁寧に答えてあげるから」

結衣「いや、その……違くて」

八幡(雪ノ下は基本的に超高スペックだから、まったく未知の分野の事物に関して説明を受けても、一回聞けば、大まかな内容は理解できるだろう)

八幡(だからその上で、なお分からないこと、補足説明してもらいたいことを抜き出して、質問することができる)

八幡(だが、それは雪ノ下だからできることであって、由比ヶ浜の場合にはその原理が通用しないのだ)

八幡(何故なら由比ヶ浜はアホの子だから。未知の分野の専門用語満載な説明を聞いたって、何ら理解できない。未知の外国語を垂れ流しで聞かされているのと同じなんだ)

八幡(外国語そのものが意味不明なのに、その内容に関して質問をしろというのが土台無理な話)

八幡(で、結局のところ何も質問を出すことができずに終わる)

八幡(何一つ理解できず、何ら得られるところもなく、貴重な学習の時間が失われてしまうのだ。ソースは数学の授業中の俺)

雪乃「違う、とはどういうこと?」

結衣「あのね、ゆきのん……そういう電池の話じゃなくて」

八幡「もう少し、とっつきやすいところから入った方がいいんじゃねぇの?」

結衣「ヒッキー?」

雪乃「とっつきやすいところ、というと?」

八幡「別に電池の原理原則やら、難しいところから入らなくてもいいんじゃねぇかってことだ」

八幡「お前の説明はまんま教科書に載っていそうな内容だ。今、俺たちがやっているのは授業じゃないだろ」

八幡「別に小難しいこと考えるんでなく、もっと気楽に電池について調べてみるってのはどうだ」

雪乃「気楽に?」

八幡「由比ヶ浜も、ただ単に化学の試験勉強のために電池のことを知りたいわけじゃねぇと思うんだよ」

八幡「こう、何つーの……日常生活の中で沸いたきた素朴な疑問として、みたいなことなんじゃないか?」

雪乃「……なるほどね」

雪乃「確かに、ちょっと私の説明は堅苦しすぎた感があるかもしれない。悪かったわ、由比ヶ浜さん」

結衣「う、ううんっ! ゆきのんが謝ることなんて……ないし」

雪乃「では、どういった形で電池を調べたらいいのかしらね。図書室で電池関連の書籍を借りることにしましょうか」

八幡「いや、図書室で本を借りるという行為自体が、読書に縁のない由比ヶ浜にとっては肩肘張った勉強の範疇になるだろう」

雪乃「確かに……そうね。図書室利用ではポイントとなる調査の『気楽さ』と『とっつきやすさ』を満たすことができない」

雪乃「では、どうすればいいのかしら……難しいわね」

八幡「ああ、俺たちが由比ヶ浜のレベルに合わせるのは難しい。だが、せっかく由比ヶ浜が科学分野に対して知的好奇心を抱いているんだ」

八幡「俺は由比ヶ浜の気持ちを優先してやりたいと思う」

雪乃「そうね、私も同感よ」

結衣(何か馬鹿にされてるような気もするけど……。でも、二人ともあたしのこと凄い考えてくれてるんだ。これってちょっぴり……嬉しいかも)

結衣「……って、ちょっと待って! だからそうじゃな」

八幡「俺に考えがある。『由比ヶ浜がとっつきやすく、気楽に電池のさまざまな情報を調べられる方法』」

八幡「それはこの部屋の中でも、容易に実現できる」

雪乃「ずいぶんはっきりと断言するのね。いいわ。そのアイディア、聞かせてもらえるかしら」

結衣「て……二人とも聞いてない……」

カタカタカタカタ

結衣「電池という言葉は、『電』気をためる『池』ということばからきている。へぇ~、あれ、池なんだ」

八幡「池というよりは桶とか樽のような見た目だけどな、電池」

雪乃「現在の電池のイメージから池は連想しづらいわね。このサイトの説明が参考になるわ。図も添えられているし」

結衣「何これ? 並んでるグラスの中に何か入ってて、コードみたいなので繋がってる」

八幡「ああ、これは俺にも分かるぞ。ほら、あれだ、ポンタ電池」

雪乃「ボルタ電池よ……ポンタって何者なの?」

八幡「え、知らねーの? ほら、試合に負けた時にすぐ脱ぐやつ」

雪乃「すぐ脱ぐ……汗にまみれたユニフォーム?」

結衣「え? ポンタってカードじゃないの?」

雪乃「この図の通り、原始的な電池はガラス製などの容器の中に硫酸と金属片を入れて電気を生じさせていたの」

八幡「なるほど。元は液体をためておく容器で、それが文字通り『池』だったんだな」

結衣「し、知らなかった!」

雪乃「これでもう、電池という字を書き間違えることはなくなるでしょうね。よかったわね、由比ヶ浜さん」

八幡「ああ。地面の『地』じゃなくて『池』だぞ。しっかり覚えとけよ由比ヶ浜、ここテストに出るぞ」

結衣「出ないしっ! 電池くらい書けるもんっ! ヒッキー笑顔がムカつく~!」

カタカタカタカタ

雪乃「電池切れ。乾電池、蓄電池等が放電しきってしまった状態」

八幡「ああ、まあそうだな。その通りだ。電池が切れてるんだからな」

結衣「ヒッキー、放電って何?」

八幡「ほうでん? あー、あれだ。3割の確率で相手をまひ状態にするやつ。ダブルバトルで全体攻撃できるから使い勝手がいいぞ」

結衣「え……3割で麻痺って? 何それ、電池こわっ、触れないし!」

雪乃「いったい何の放電の話なのかしら……」

結衣「活発に動いてた動物が急に無気力になっちゃうことも電池切れって言うんだって」

八幡「ほう、なかなか言い得て妙な例えだな」

雪乃「なるほどね。比企谷くんが常に覇気のない目で力なく椅子に腰かけていたのは電池切れだったということかしら」

八幡「おい、うだつの上がらない仕事に疲れたサラリーマンが家に帰りづらくて近所の公園のベンチに独り腰かけているような描写やめろ」

雪乃「いやにリアルなイメージね……」

結衣「だ、大丈夫だって。ヒッキー、充電したら元気出るよ」

八幡「いや、俺生身なんだけど……感電死するから充電するのはやめてくれ」

雪乃「電池切れな上に充電すらできないなんて……あなた、電池としてもはや何の役にも立たないわね。もう使い捨てるしかないのかしら」

結衣「ヒッキー……かわいそう」

八幡(え、何なの……俺いつから電池になっちゃったの?)

八幡(つかその本気で可哀想な物を見るような目やめてくれませんかね。ちょっと悲しくなっちゃうだろ……)

八幡(好きなように使われるだけ使われてまさしくゴミのように捨てられる使い捨ての電池……)

八幡(ちょっと感情移入しちまったじゃねぇか。電池君かわいそう……)

>ふにゃ・・

雪乃「…………」

結衣「この猫……さっきから全然動いてないけど大丈夫なのかな。まさか死んでるんじゃ」

雪乃「静かにして。かすかに鳴き声が聞こえるわ。肉球も小刻みに震えているし」

結衣「ねぇ、ゆきのん……次は犬の電池切れ動画探そうよ~」

雪乃「ええ、次はね。だから静かにして」

八幡(猫の動画凝視してる雪ノ下さんの目つき怖えぇ……こいつ美少女でよかったな。もしもおっさんだったら絵面がさらに残念なことになる)

八幡(……とまあ、こんな感じで)


八幡(俺たちは、以前『千葉県横断お悩み相談メール』を受け付けるために貸与されたパソコンを使って、『電池』関連の情報を収集しているだけなのだ。まあ、だいぶ脱線もしたがな)

八幡(しかしまあ、これがなかなか、知的好奇心を満たすのに役に立つ代物なのである)

八幡(ネット上には信憑性の高いニュースや統計から眉唾物なネタ話、逸話までありとあらゆる情報が混在する)

八幡(キーワードを入れて検索すればさまざまな情報に接触でき、さらに気になったものに関してはリンクを開き……)

八幡(といった感じで、ほとんど無限に関連情報を収集することができる)

八幡(信憑性の問題から論文執筆用の資料収集なんかには向かないが、由比ヶ浜のような人間が、とっつきやすく、気楽に調べものをするにはもってこいの方法なのだ)

八幡(元来、由比ヶ浜のようなイケイケリア充たちは、ネットを専ら他人とのつながりを維持するツール、連絡手段として利用している)

八幡(由比ヶ浜がこういうふうに、『電池』のような特定の関心ごとについて、これだけ長い時間ネットで調べた経験はたぶんないのではないか)

八幡(そして、その隣には雪ノ下がいる。由比ヶ浜とパソコンを共有して使いながら、由比ヶ浜の興味を引きそうな電池ネタを引っ張り出し、その場で対話を展開)

八幡(俺も申し訳程度に会話に加わって補足意見を述べ、印象を残すことで知りたての新知識の定着を図るわけだ)

八幡(二人はもともと仲がいいということもあるが、楽しみながら電池の知識、あるいは雑学に触れられたことは、プラスになったはずだ)

八幡(この経験によって、由比ヶ浜が電池を皮切りに理数系の分野に対する興味・関心の幅を広げ、それが勉強にも結び付いていくことになれば……)

八幡(このミッションは成功ということだ)


八幡(おっと、やべぇな……マジで由比ヶ浜が理数系の勉強できるようになったら俺の立場がやばい)

八幡(由比ヶ浜に成績で後れを取るとかさすがにメンタル的にきついからな……。早く帰って宿題しなきゃ!)

結衣「ねぇヒッキー。ヒッキーってば!」

八幡「お、おう!? 何だ? ちょっとぼんやりしてたわ」

雪乃「まだ電池切れが続いているようね。それとも漏電かしら」

八幡(雪ノ下さんは猫の電池切れ動画見てエネルギー充填されたみたいですね。活力がみなぎっておられる……)

八幡「どうした、由比ヶ浜」

結衣「えっと、その……あのさ、今日は……あたしのためにありがとね」

八幡「あ、……何が?」

結衣「電池のこととか、もともと全然興味なかったんだけど……今日3人でいろいろおしゃべりしながら調べてたら、すごい面白かったし、すごい勉強になったし」

結衣「だから、……」

八幡「…………」


結衣「ありがとう、ヒッキー」

八幡「……お、おう。どう……いたしまして」

雪乃「今回の提案は、あなたが考えたにしては信じられないほどまともで悪くないものだった」

八幡「雪ノ下……」


雪乃「だから……、……いえ、なんでもないわ」


八幡(え? だから何? 何なの? そういう言葉の切り方、わたし続きが気になります!)

結衣「ゆきのんもありがとー! またいろいろ教えてねっ!」

雪乃「ちょっと……もう、暑苦しいからそんなに抱き付かないでもらえるかしら……」


八幡(『あなたが考えたにしては信じられないほどまともで悪くないもの』か……まあそりゃ当然だ)

八幡(この方法は俺が考えたわけではないからな。ただの模倣、パクリだ)

八幡(俺の青春ラブコメが全く気づかないうちにほのぼの日常系になっていたシリーズその1)

八幡(比企谷八幡はきらら系列の女子高生だった……? やった! これで戸塚と合法的に結婚できる!)

八幡「……ふう」


八幡(もし、こういう円満な解決策を、俺が当たり前のように選択できるようになったとしたら)

八幡(雪ノ下雪乃はどう思うだろう。由比ヶ浜結衣はどう思うだろう。小町や葉山や平塚先生や陽乃さん、クラスひいては学校の連中はどう思うだろう)

八幡(そして、俺――比企谷八幡は、いったいどう思うのだろう)

八幡(まあ、それは深く考えるまい。人間の本性は簡単には変わらない。それは経験則であり、世の真理であるのだ)

――正面玄関――

結衣「それじゃ、またね! ヒッキー、ゆきのん」

八幡「おう、またな」

雪乃「また明日」

結衣(今日は3人で活動してるって感じで凄い楽しかった~)

結衣(いつもはヒッキーもゆきのんも自分の本ばっか読んでてあんまりしゃべらないし。あたしは暇を持て余してケータイ触ってばっかだし)

結衣(またこういう日があったらいいな)

結衣「あれ……」

結衣「そういや私、何で電池の事なんかで悩んでたんだろ?」


結衣「もう電池なんてどうでもいいや!」

――部室――

静「おいおい、部室の鍵が閉まっていないじゃないか。雪ノ下が忘れて下校するとは珍しいな」

静「ん、机の上に何か、本日の活動内容……だと? 活動日誌か」

静「ほう、こんなものを残していくとはな。どれどれ」




【まとめ】

電池は寿命が切れたら捨てましょう

                 奉仕部一同




静「ふふ、ふふふふふ」

静「せめて……寿命が切れる前に……」

静「……結婚したい」




(了)

一応つっこんでおくが、八幡の数学の成績はもともと結衣以下

>>23 まじか・・!
原作買い戻してくるサンクス

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2018年09月26日 (水) 10:35:06   ID: e0WD0LpX

特定されてひよって謝罪とかださすぎ

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