鷺沢文香「階段のお話」 (25)


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「さて、そろそろ帰るか」

 雨の止まない秋の夜。
 これから外に出なければいけない事に溜息を吐きながら、傘を片手に立ち上がった。
 夜になれば弱まると思ったが、そう上手くはいかず、むしろ昼ごろよりも強まっている気もする。
 窓ガラスに吹き付ける雨の音は、暖房の音すら掻き消して存在感を主張していた。

「あ、プロデューサーさん……よろしければ、一緒に……」

 ドアを出ようとしたところで、担当アイドルである鷺沢文香にそう声を掛けられた。
 特に断る理由も無いだろう。
 駅までの短い道のりだが、一緒に話せる相手がいるとより短く感じられる。

「構わないぞ。それじゃお疲れ様でした、ちひろさん」

「お疲れ様でした……」

「お疲れ様です。プロデューサーさん、文香ちゃん」




 部屋から出ても、廊下の奥にあるガラスからは外の風景が見える。
 先ほど見たのと同じく、吹き付けられた雨がガラスを埋め尽くしていたが。

「……プロデューサーさん。せっかくですし、階段で降りませんか……?」

「ん、別にいいけど」

 エレベーターはきっと今頃フル稼働しているだろう。
 よしんば上からこのフロアへ辿り着いても、おそらく人で埋まっている。
 ならまぁ、ここは六階だし階段で降りるのも悪くない。
 それに最近運動不足気味だし。

「少しでも長く、二人で……」

 文香が何かを言っていたが、雨音に掻き消されて聞き取れない。
 そのまま廊下を歩き、階段へと繋がるドアを開けた。

 暖房が効いていないからか、廊下と比べてかなり冷える。
 同じ建物内なのにまるで別世界の様だ。
 壁も床も灰色一色なのが余計寒々しい。
 今すぐにでも回れ右してエレベーターを使いたくなったが、まぁ数フロア分だし我慢するとしよう。

 ギィィ、と音を立ててドアが閉まる。
 さっきまでの雨音は、もう聞こえなかった。
  




 かつん、かつん。

 足音だけが階段中に響く。
 蛍光灯と非常用誘導灯がやけに明るく見える。
 一人で歩こうとは思わないな、なんて考えながら下へと向かった。

「寒くないか、文香」

「はい、大丈夫です……ありがとうございます」

 かつん、かつん。

 大きなビルだから当たり前の事だが、一フロア分の階段もそこそこ長い。
 金属製の手すりに掴まろうと思ったが、思った以上に冷たくて諦めた。

「階段、結構冷えるな」

「そうですね……そう言えばプロデューサーさん、階段に纏わる怪談はご存知ですか?」

 思わず笑ってしまいそうになった。
 いや、文香は場を温めようと話題を降ってくれたのかもしれないが。
 逆に寒くなってしまったよ、なんてツッコミたくなる。





「学校の七不思議とかにあるよな。二人で段数を数えてたのに何故か食い違う、みたいな。そう言えば確かに階段に纏わる怪談って多い気がする」

「単純に風景が変わらず思考が麻痺しやすいから、と言う理由もありますが……階段はどの階にも属さない、謂わば狭間・あやふやな場所だからです……」

「なるほどなぁ。よく階段を二段飛ばしで降りてると違うどの段を踏めばいいのか分からなくなるけど、脳の問題なのか」

「一時的なストレスが大きいから、との話も……」

 そう言われて改めて足元を見ると、次にどの段を踏めばいいのか一瞬分からなくなる。
 危ない危ない、足を挫くところだった。

 気付けば既に五階まで降りていた。
 やっぱり、人と話しているとあっという間だ。
 文香の話すペースがゆっくりという事もあるが。

「では……せっかくですし、怪談でもしながら降りて行きませんか?」

「構わないけど、俺そんなに知らないぞ?」

「大丈夫です……私に任せて下さい」

 えっへん、と言うようにこちらを微笑む文香。
 文学少女である文香なら、さぞかし怖い怪談をたくさん知っているのだろう。

「それじゃ、お願いしようかな」

「はい……では、一つ目を」



 有名かどうかは存じませんが……とあるマンションの、非常階段に纏わるお話です。
 ……いえ、よくあるかも存じませんが……兎に角、そこに住む住人は、管理人さんから『非常階段は使うな』と伝えられていたそうです。
 ですが勿論、禁じられればより気になってしまうのが人の性。
 親御さんからそれを伝えられたとある男の子が、友達二人と一緒にその非常階段を使用してみよう、と……

 その子の住んでいた部屋は十三階で、そこから一階まで降りてみる事にしたそうです。
 私は、十三階から歩いて降りようなどとは思いませんが……子供とは、なかなか元気な……
 ……と、すみません。
 話が逸れましたね。

 兎にも角にも、学校が終わってからその男の子の部屋の前に集合し、降りる事にしたそうです。
 決行は夕方の十七時。
 男の子は友達が来るのを今か今かと待っていたそうで。
 もしかしたら、お母さんも気付いていていざとなったら注意するつもりだったかもしれません。

 時刻は十六時五十分。
 そろそろ友達がエレベーターで上がってきてもいい頃です。
 男の子はエレベーターの前で友達を待ち構えていました。
 フロア表示は十二階、間違いなく友達が上がってきています。




 ……いえ、別にそのエレベーターからこの世のものではない何かが出てきた訳ではありません。
 普通に、きちんと友達が乗っていたそうです。

「よう、待ち合わせ二分遅れだぞ」
「ごめんごめん、エレベーターなかなか来なくてさ」

 仲良く話しながら、これからする事に胸を弾ませて……
 そういえば、もう一人の友達がまだ来ていない事が気になりました。

「あれ?あいつは?もしかしてビビって逃げたのか?」
「あー……それがさ、エレベーター来るの待てなくて階段で登ってったんだよ。そろそろ着くんじゃないか?」

 なかなか、勇敢なお友達ですね。
 まぁ小学生くらいの男の子ですから、そう言う曰くなんて信じていなかったのかもしれませんが。
 もちろん二人も、本気で信じていたわけではなく。
 どうせ途中でバテているだけですぐ上がってくるだろ、と学校での出来事を話しながら待っていたそうです。

 けれど。
 いつまで経ってもお友達は現れませんでした。

「……おい、あいつ本当に来てるのか?」
「確かに遅すぎるな……帰ったのかもしれない」

 五分、十分と待っても。
 なかなか非常階段に繋がるドアは開きません。




「……しょうがないし、二人でやるか」
「おっけー」

 夕焼けで真っ赤に染まったマンションの廊下を、二人で歩きます。
 誰もいないのは不気味ですが、まだ明るいから、と。
 そう安心していたのでしょう。
 それにいざという時には、叫べば母親が来てくれるから、と。

 ガチャ

 非常階段に繋がるドアを開けると、一気に風が吹き込んで来ました。
 非常階段は、夕焼けに照らされてる以上に真っ赤です。

 バタンッ

 ドアを閉めて二人で階段に出ると、広がるのは綺麗な街並み。
 曰くつきなんて事を忘れて、二人でその景色に見入っていたそうです。

「なーんだ、大した事ないな」
「ね、せっかくだしこのまま一階まで行かない?」

 そう、二人で話していた。
 その、時でした。



「おーい、ごめんごめん。待たせちゃったな」

 階段の上の方から、もう一人のお友達の声が聞こえました。

「なんだよ待たせやがって」
「今から一階まで降りるぞ」

「今すぐ降りるよ。間違えてもっと上まで登っちゃってさ」

 かん、かん、かん

 足音がやけに大きく聞こえます。
 そんな時、男の子は気付きました。

 ここが、彼の住んでいる部屋のある十三階が。
 一番上のフロアだと言う事に。

「な、なぁ!この上って屋上しかないんだけどさ!」

 そう小声で呟くと、一緒にいたお友達も気付いたようです。
 間違えてもっと上まで登るなんて、あり得ないと言う事に。

 かん、かん、かん

「ごめん、すぐ降りるから待っててくれ!」

 友達の声が、真上から聞こえます。

 降りて来た音がしたのに、今真上にいると言うことは。
 そのお友達は、もともと何処に居たのでしょう?




「……はやく、戻ろう!」

 二人は急いで戻ろうとしました。
 けれど……

 ガチャガチャ、ガチャガチャ

「おい!なんで開かないんだよ!!」
「鍵なんて閉めてないって!なんで……!」

 扉は、開きませんでした。

「おいおい、待っててって言ってるじゃん」

 かん、かん、かん

 少しずつ、足音が近づいてきます。

「なんで!あいてよ!」

 かん、かん、かん

 二人は、パニックでした。
 戻ろうにもドアは開きません。
 下へと逃げようにも、まるで打ち付けられたように足が動きませんでした。

 かん、かん、かん

「あけて……あけて!」

 ガチャガチャガチャ

 上から降りてくる友達の影が踊り場まで伸びてきて。
 あとほんの一瞬で、その姿がーー



 ギィ!

「あんた達!何してるの!!」

 突然空いた扉の向こうから、誰かに無理やり引っ張られました。
 見れば、心配になった母親が助けてくれた様です。

「ぁ……助かったの……?」

 ドンッ!!

「ヒィッ!!?」

 その後、二人は気を失ったそうです。




「怖いな、めっちゃ怖いわ」

「ふふっ、それは良かったです」

「にしても、その話の続きが気になるな」

 果たして、そのもう一人の友達はどうなったんだろう。

「翌日、普通に登校していたそうです……六階くらいで疲れて結局エレベーターを使ったけれど、部屋の前に誰もいなくて帰ったとか」

 怖い体験をした二人が不憫でならない。
 いや、そもそも禁止されてる場所に入るなという話だが。
 好奇心旺盛な子供なのだから仕方がないだろう。

「いやー、面白かった」

 既に三階まで降りてきていた。
 ゆっくりと歩きながらする階段も悪くない。
 あと一、二本話してるうちに一階に着くだろう。

「それでは、二つ目のお話を……」



 学校の怪談、と言えばやはり階段に纏わる話が一つはあると思いますが。
 これはそのうちの、一つのお話。

 とある学校では、『屋上へ続く階段を、夜数えながら登ると何かが起こる』と噂になっていたそうです。
 そもそも夜学校に忍び込んでわざわざ誰が階段の段数を数えたのか、と疑問を覚えるところですが……
 学校の怪談なんて、初出はそんなものです。
 誰も、そんな事なんて気にしないんですから。

 やはりそこでも、とある男の子達がそれを決行しようとしました。
 危ないからこそそう言う話が出来たと言うのに……でも、そうですね。
 好奇心に逆らえないのは、いくつになっても変わらないのかもしれません。
 いえ、私は夜の学校に忍び込める程アグレッシブではありませんでしたが……

 兎に角、男の子グループが四人で夜の学校に忍び込みました。
 今やれば間違いなく警備会社の人員が派遣されますね。
 それはさておき、無事校舎に入り込めた四人はすぐに四階へとたどり着きました。
 あとは、屋上へと続く階段を登るだけです。



「懐中電灯持ってきてるよな?」
「もちろん、さっさと行くぞ」

 四人揃って、屋上への階段の前に立ちます。
 上へと向けられた懐中電灯は、途中の踊り場の壁を照らします。
 もしかしたら怖くて帰りたかった子がいるかもしれませんが、友達の手前そんなことは言い出せません。
 そして……

「いーち!」

 ダンッ!と。
 威勢良く四人で一段目の前階段を登りました。

「……まだなんもないか」
「そりゃそうだろ」

 赤信号、みんなで渡ればなんとやら。

「にーい!」

 ダンッ!

 元気が一番ですね。

「さーん!」

 警備員さんに聞こえてしまうかもしれません。

「よーん!」

 ところで。

「ごーお!」

 誰も。

「ろーく!」

 後ろを確認しませんが。

「なーな!」

 大丈夫でしょうか。

「はーち!」





 だんだんと楽しくなってきたみたいですね。
 テンポよく、どんどん登って行きます。
 そして、一旦踊り場へと到着しました。
 懐中電灯を屋上側へと向け直します。

 ここまでで二十段。
 あとは屋上までの十段も無い階段を登るだけです。

「それじゃ……」

「にじゅーいち!」

 ダンッ!

 踊り場から屋上に向かう階段を。
 一歩、踏み出した時でした。

 いーち

 かつん、と。
 足音と声が聞こえました。

「……おい、誰だよいちとか言ったの」
「いや……僕じゃないけど……」
「き、気のせいだろ」
「次行くぞ」

「にじゅーに!」

 にーい

 かつん

 間違いなく、聞こえました。

「おいやめろよ!誰だよふざけてるよ!」
「俺じゃないって!」
「もうやめとかない?」
「今戻れるの……?」

 怖いけれど。
 降りて行く方が、よっぽど怖いですから。



「……にじゅーさん」

 さーん

 かつん

「にじゅーよん」

 よーん

 かつん

 そして。

「に、にじゅーはち」

 一番上へとたどり着いた瞬間。
 パッと、懐中電灯が消えました。

「おい!消すなよ!」
「えっ?ちがっ!つ、つかない!!」

 はーち

 屋上と階段を挟むドアから漏れる月明かり以外、光はありません。
 四人は泣きそうになりながら身を竦めました。

 きゅーう

 じゅーう

 かつん、かつん、と。
 何かが登ってくる音が響きます。




「おい!誰だよ!」
「やめろ!騒ぐな!!」

 じゅーご

 じゅーろく

 彼らは知っています。
 何かの声が二十と唱えたとき、踊り場にたどり着いてしまう事を。

 じゅーしち

 じゅーはち

 どんどんどん!
 屋上へのドアを叩いたりスライドしたりしますが、当然鍵がかかっていて開きません。

 そして……

 じゅーきゅう

 かつん

 何かが、もうすぐそこまできてしまいました。
 電気なんて消えている筈なのに、何故か踊り場には何かの影が浮かんでいます。

 もう。



 次の瞬間……

「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

「おい馬鹿!」
「止まれ!」

 男の子達のうち一人が、耐えられなくなって階段を走って降りてしまいました。
 ダダダダダッ!と言う足音が聞こえた後。

 ドンッ!

 大きな音が響きました。

 けれど、誰もその場を動けません。
 踊り場を曲がったその先には、何かがいる筈なのですから。

 それから、二十を数える声も足音も聞こえず。

 ぶるぶると震え、鳴き声を抑え。
 結局そのまま、朝を迎えたそうです。



「こっえーよ……その走ってっちゃった男の子は?」

「階段から転落して、そのまま……」

 好奇心とは本当に恐ろしいものだ。
 逆らえないからこそ、尚更。

 文香の語りはうますぎて、また完全に聞き入ってしまった。
 こう、聞いているだけなのに風景が想像出来てしまう感じ。

 このままずっと文香の話を聞いていたくなる。
 文香のことだから、まだまだ沢山のお話を知っているだろう。
 それを、こんな完成度で聞けるなんて。
 怖くて面白くて仕方がない。

「さて……では、次のお話を……」



「……ん、ちょっとまって」

 危ない危ない、話に聞き入りすぎて一階を通り越してしまっていた。
 階段と言うのは階数表示以外にフロアを知る手段が無いからよろしくない。
 ここは地下一階だし、一個登ればすぐ一階だ。
 残念だが、今日はこのへんまでだろう。

「次は、永遠に続く階段のお話です。あやふやな、世界の狭間に迷い込んでしまったお話を……」

 そうだ。
 ここは地下一階だ。
 この建物は地下一階までしかない。

 なら……

「さあ、プロデューサーさん。早く降りましょう。早く、話の続きを聞きたくありませんか?」

 この目の前に広がっている、下へと続く階段は。
 何処へと繋がっているんだろう。






 引き返すべきだ、引き返さなきゃいけない。
 このまま降りていって、帰れなくなるかもしれない。
 地下一階までしかないんだから、本来こんな階段なんて無いはずだ。

 なのに……

 気になる、どうしても気になってしまう。
 この階段の先が。
 文香の話の続きが。
 このまま降りて行くと、どうなってしまうのか。

「……文香。その話の最期はどうなるんだ?」

「……さて、私にも。ですから……確かめて、みませんか?」

 引き返すべきだ。
 そんな事は分かっていた。





 だから……

「話の続き、聞かせてくれ」

 俺と文香は、階段を更に降りていった。



以上です
お付き合い、ありがとうございました

過去作です、よろしければ是非
文香「文学少女は純情だと思っていましたか?」
文香「文学少女は純情だと思っていましたか?」 - SSまとめ速報
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