緒方智絵里「あなたと過ごす、特別で怠惰な一日」 (94)

※「アイドルマスター シンデレラガールズ」のSS

※キャラ崩壊あり、人によっては不快感を感じる描写もあるかも

※決して変態的なプレイをする話では無く、健全な純愛物を目指してます

※独自設定とかもあります、プロデューサーは複数人いる設定

以上の事が駄目な方はブラウザバック奨励






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緒方智絵里「私の特別な、あの人だけの贈り物」

緒方智絵里「私の特別な、あの人だけの贈り物」 - SSまとめ速報
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緒方智絵里「私の特別な、あの人からの贈り物」

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緒方智絵里「汚れた私は、お好きですか?」

緒方智絵里「汚れた私は、お好きですか?」 - SSまとめ速報
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緒方智絵里「特別な日の御祝い事」

緒方智絵里「特別な日の御祝い事」 - SSまとめ速報
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ここはどこだろうか。


辺りは一面と闇に覆われていて、光は一切と見えない。


人や動物、何かしらが生きている気配も感じはしない。


何も無い、何も見えない、寂しげで真っ暗な空間。


ここはある少女の心の中、夢の世界である。


そして主たる少女はこの世界の中央、そこで一人、膝を抱えて座り込んでいた。


「……」


少女は何も語らない、話もしない。口は噤んだままで、開く事は無い。


そもそも、話す相手が周りにいないのだから、その必要が無かった。


彼女はただただ、目の前に広がる光景を見つめているだけ。


しかし、見つめる対象は四方八方、全方位に広がる闇の景色とは違う。


少女が見つめるのは、約一メートル先にある水たまりの様な、底の見えない池。


何も無いこの世界で、唯一ある事を許された存在。


「……」


彼女は相変わらず、何も語らない。


けれども、ふと立ち上がると目の前の池に向かってゆっくりと歩いていく。


直ぐ手前まで近づくと、少女はその身を乗り出して池の中を覗き込んだ。


底の見えない池の水面には、鏡面の様に自分の姿が映し出される。


少女らしさの残る幼き容貌に、周りの景色と同じ、光の宿らぬ闇色の瞳。


彼女のトレードマークとも言える、長い髪を後頭部で二本に束ねたツインテールの髪型。


少女―――緒方智絵里が持つ特徴の全てが、そこに映っていた。


「……」


彼女はしばらく水面を見つめた後、乗り出していた体を元に戻した。


真っ直ぐに立った彼女は視線を少し下げて俯き、どうしたものかと数秒程考え込む。


「……うん」


考えが纏まったのか、少女はゆったりとした仕草で首を縦に振り、僅かに頷く。


そしてその手にはある物―――どこから取り出したか分からない小石―――が握られていた。


それを彼女は躊躇いも無く、池に向かってひょいと放り投げる様に投げ込んだ。


ぽちゃんという小気味の良い音を立てて、小石は池にへと入り、底にへと沈んでいく。


小石は直ぐに見えなくなったが、水面に触れた衝撃で、小さな波紋が表面に広がっていた。


ゆらゆらと幾重にも輪を描き、波を広げていく波紋。


しかし、数秒もすれば治まってしまい、また元の状態にへと戻ってしまう。


「……やっぱり、駄目なんだ」


少女はその光景を目の当たりにすると、淡々とそう口にした。


まるでこうなる事が分っていたかの様に、知っていたかの様に。


いや、実を言うと彼女は知っていたのだ。


今まで何度となく試してきた結果から、こうなる事は予測できていた。


中には今投げた以上の石を投じた事もあったが、結果は変わらなかった。


だからこそ彼女の口調からは、落胆した様な感じは一切しなかったのだ。


「……それなら」


ならばとばかりに、少女は次の手にへと打って出る。


再び彼女のその手に、何かが握られる。だが、それは先程とは違って小石では無かった。


彼女の手の中にあるのは、ハート型をした緑色の葉っぱを四枚も生やした四つ葉のクローバー。


それを小石の時と同じ様に放り投げるのでは無く、膝を屈めて姿勢を低くすると、水面に持っていたクローバーをそっと浮かべた。


手から離れた四つ葉のクローバーは、ゆらゆらとした動きで水面上を踊る。


しばらくしても沈む事も無く、ひたすら水面に波紋を描き続ける。


「……ふふっ」


その動きを眺めていた少女は、クスッと小さく微笑んだ。


あぁ、これならば……と、期待を込めた眼差しでより食い入る様に見つめる。


これまで以上の、良き結末に繋がる様にと願いを込めて……。





「ん……んんっ……」


部屋の中央に敷いてある布団の中、そこで眠る男は呻き声を上げつつ眉根を寄せた。


暑さや息苦しさからそんな声を上げた訳では無い。


カーテンの隙間から差し込む朝日をその身に浴び、目を覚ましたのだった。


「くあぁ……今、何時だ……?」


寝起きの直後、男は欠伸を一つしてから近くにある目覚まし時計を手に取り、時刻を確認する。


「六時前、か。ついついいつもの調子で起きてしまうな」


寝癖で跳ね返る髪を乱雑に掻きつつ、男は独り言を呟く。


この時間に起きてしまうのは、彼の習慣と言っても等しいものである。


会社に出勤する際には、この時間に起きて準備をしないと遅刻してしまうから。


それがいくら休みの日だからといっても、変わらなかった。


「さて、どうしたものか……とりあえず飯の準備……いや、先に顔を洗ってこようか」


「よし、そうしようか」と、男は自分に言い聞かせる様に言った。


それから立ち上がろうとして右手を布団の上に置いた時、


「ん?」


彼の手に、何か細長い様なものが触れた。


仕事で使うペンの様に細く、しかし無機質な感触では無く、柔らかくて暖かい。


これはどう考えても、人の指に手を触れた感触だった。


「あぁ、そういえば……」


男は大して動揺もせずに、そう言って首を右側に九十度曲げて顔を向ける。


彼のの視線の先にはこんもりと盛り上がった掛け布団。


それともう一つ、幸せそうな笑みを浮かべている少女の寝顔。


「昨日から智絵里が来てたんだったな」


男―――CGプロに勤めるプロデューサーのPが担当しているアイドル、緒方智絵里がパジャマ姿で彼の横で眠っていたのだった。


昨夜に人目の忍んでPの自宅を訪れ、そのまま泊まり込んだ少女。


彼女はまだ目を覚ましていない為か、すーすーと静かに寝息を立てていた。


そんな様子をPは目を大きく見開き、じろじろと隅から隅まで観察をする。


「なるほど……何となくあの子の気持ちが分かった気がする」


好きな人の寝顔を写真で撮ると、とても幸せな気持ちになれる。


以前にそんな自慢をしてきたある少女の事を思い出しながら、Pはそう口にする。


確かにこの場にカメラが置いてあれば、何枚だろうと撮ってしまいそうだった。


しかし、Pはカメラを持ってはいないので、それは叶わない。


「おっと、そうだ。携帯にもカメラは付いてたな」


閃いたかの様に手を打って、Pはそう言った。


そんな当たり前の事を直ぐに思い出すと、直ぐ様実行しようと携帯に手を伸ばす。


「ん……あれ……?」


「あっ……」


だが、タイミングが悪かった。Pが実行に移す前に、智絵里は目を覚ましてしまう。


こしこしと目を擦る彼女の仕草を見つつ、『仕方ないか』と、Pは諦める事にした。


また今度、次は絶対に撮ってやると己に誓いながら。


「……? ぷろ、でゅーさー、さん……?」


「おはよう、智絵里」


智絵里が目を覚まし、意識をはっきりとさせた所でPはそう声を掛ける。


普段はツインテールの髪型でいる彼女ではあるが、寝起きの直後である為に髪は下ろしてある。


そんな彼女の姿はPにとっては新鮮そのものだった。


「あっ、はい……おはよう、ございます」


彼女は体を起こすと、Pに向かって頭を下げて、おはようと返す。


「今日は、その……よろしく、お願いしますね?」


「……なぁ、智絵里。一応、確認なんだが……」


「……? はい……?」


「えっと、な。昨日に言ってたルールで……本当に、大丈夫なのか?」


「大丈夫です」


Pからの問い掛けに、智絵里は余地を与えない様にきっぱりとそう答えた。


「それ以外は、ルール違反で許しませんから」


「……智絵里が良いっていうなら構わないが、結構大変じゃないか?」


「そうでも無いですよ? 今日一日中、プロデューサーさんに私の全権を委ねる事ぐらい」


智絵里は右手の人差し指を唇にそっと当てると、ニッと笑ってそう言った。


「私からは基本的に何もしません。自主的に動く事もしません。文字通り、プロデューサーさんの人形になります」


人形。分かりやすいようで、分かりにくい例え。だがしかし、そうとしか表現のしようが無かった。


移動の際には、Pが動かさないと一歩たりとも動かない。


食事の時には、Pが食べさせないと食べないという。


着替える場合は、着ている服を脱がしてから着させないといけない。


その他にも色々と……日常生活の中での行動の全てを、智絵里はPに委ねると言っているのだから。


これらの命令は全て、智絵里が誕生日の日に受け取った『一日何でも命令権』の権利を使用している為、Pは逆らえない。


今日一日に限って、Pは智絵里の下僕であり、主人でもあるという……何とも言えない状態なのであった。


「ここから先、私は一切動きません。ですので、どうするかはプロデューサーさんにお任せしますね」


「お任せ、ねぇ」


「何をするでもいいですよ? プロデューサーさんの自由ですから。動かしやすくする為に、拘束してくれても構いません。そこにある道具を使って、ね」


そう言ってから、智絵里は部屋の隅に置いてある鞄を指差した。


『拘束』、『道具』。その二つのワードから、中身はろくなものでは無い事をPは察した。


故に、Pは何が入っているのかを確認するべく、鞄に近づいてその中身を取り出した。


「……よくもまぁ、こんなものを用意できたもんだよ」


中から出てきた物を目にして、Pはため息交じりにそう言った。


鞄から出てきたのは手錠に首輪、鎖、手枷、足枷。


おおよそ人を拘束するのに必要な物は全て揃ってはいた。


それと何故か、鞄の奥底にはスタンガンやら口に出して言えない様な物騒なものまで入っている始末。


「これで何をしろと言うのだ」と、Pは声に出して言いたかったが、いやいやと首を横に振って押し留まった。


「……これ、誰から借りてきたんだ?」


「そ、それは、えっと、その……秘密、です」


出所をPが聞こうとすると、智絵里は言いたくはないとばかりに目を横に逸らしてそう言った。


さっきの様なはきはきとした調子は消え去り、歯切れの悪い答え方。


今までと違うその反応を見てか、Pは答えが何となく分かってしまった。


こんな物を借りてきて尚且つ、その相手を隠そうとするのなら相手は限られている、


「秘密……と言っても、大体は察しはつくけどな」


「……えっ?」


「多分だけど夕美ちゃ……いや、これは加蓮ちゃんだな」


北条加蓮。智絵里と同じく、CGプロに所属しているアイドル。


彼女の名前をPが告げると、智絵里は驚いた様に目を見開いた。


それが指し示すのは、Pが告げた内容が正解なのだという事に他ならない。


「やっぱり、そうなのか」


智絵里の分かり易い態度を見てか、呆れた様にしてPはそう言った。


「……何で、分かったんですか?」


「偶にだけど、変な痣ができてるのを見た事があってな。だから、多分そうなんだろうと思って」


「凄い、ですね。そんな細かな部分も見てるなんて」


「プロデューサーたるもの、観察眼は鋭くないとな」


「……ちなみに、夕美さんだと思わなかったのは?」


夕美―――相葉夕美とは、智絵里の先輩に当たる最初期からCGプロに所属するアイドルの少女。


Pと智絵里の二人とは親交が深く、プライベートでも付き合いのある関係。


だからこそ、Pは彼女が答えに該当しない事を直前で判断できた。


「夕美ちゃんは独占欲が強過ぎる娘だけど、こういうのを使うってのは聞いた事が無かったから。まぁ、ただ……これを使うつもりは全く無いんだけどな」


そう言うと、Pは鞄から取り出して広げた物を手に取り、それをまた鞄の中にへと戻していく。


躊躇いも無く戻していく様子を見てか、智絵里は首を傾げて後ろから問い掛けた。


「……いいんですか?」


「何が?」


「せっかく無理を言って借りてきたんですし、こういう物を使う機会は滅多にありませんから、好きに使ってくれてもいいんですよ?」


「必要無いからな。智絵里と接するにこんな物は」


必要無い。彼女からの問い掛けをPはきっぱりとそう告げて答えた。


「俺としては、智絵里とはありのままで接したい。こんな物なんかに頼らず、な」


「プロデューサーさん……」


「だから、本当は人形どうこうとかは反対なんだが……どうしても、なんだろ?」


「……はい、駄目です」


「……そうか。なら、今日は従う事にするさ。そもそも命令権はそっちにあるから、逆らえないし」


鼻でフッと笑った後、智絵里に向けてPは肩を竦めてそう言った。


それから鞄の口をギュッと閉め、ゆっくりとその場に立ち上がる。


「さて、それじゃあそろそろ朝食にしようか」


「朝ごはん、ですか……」


「何をするにしろ、朝食を取らないと始まらないしな」


「は、はい。えっと、それなら……あっ」


Pの言葉に反応して智絵里は咄嗟に立ち上がろうとするが、途中でその動きを止める。


自分は今、Pの人形であって自由には動く事はできない。行動の全ては封じている。


それを思い出した智絵里は今起こした行動を巻き戻し、元の状態にへと戻った。


「あ、あの……」


「ん? どうしたんだ?」


後ろから声を掛けられたPは振り返って智絵里を真っ直ぐ見つめる。


見つめられてか智絵里は少し逡巡してしまうが、意を決すると伝えたかった事を口にした。


「その……ま、待ってます、から」


「……うん、分かった」


何も手伝わずにただ待つ。ルール通りの、智絵里からの言葉にPは頷いてからそう答えた。


その後、朝食の準備を始めようとするが、まだ顔を洗っていない事を思い出し、洗面所にへと消えていく。


智絵里はその後ろ姿を目で追いつつ、楽な体勢に座りなおしてPを待つ。


その表情は心なしかいつもより晴れやかで、愉しそうに見えるのであった。


とりあえず、ここまで

今日か明日には完成させたい所ですが、間に合うかどうかは不明

まだ二割ぐらいの進み様なので、追い込みを掛けて頑張ろうと思います

それでは、また書き溜めたら投下します




「よーし、できたぞ」


右手にご飯の盛られた茶碗を、左手には湯気の立つ味噌汁の入ったお椀を。


二つの椀を手にして、Pが零さない様にとゆっくりとした動作で居間にへと現れる。


「よいしょ、と」


それらを居間の中央にある机の上にへと、Pはそっと置いた。


置いたその横には既に配膳してある二つの椀が並んでいる。


そして目の前には、目玉焼きと炒めたソーセージ、二種類のおかずが乗った皿。


Pが用意した朝食のメニューはこれが全て。準備はつつがなく終えたのであった。


「あとは……そう、智絵里を連れてくるだけだな」


そう判断をしたPは直ぐに行動する。


配膳をしていた時よりも早いスピードで歩き、居間から寝室にへと向かう。


寝室に辿り着くと、そこで待っているのはもちろん智絵里である。


「あっ、プロデューサーさん」


智絵里はPの顔を見ると、待ってましたとばかりに口元を綻ばせた。


そんな彼女の体勢は、Pが寝室から出ていった時から少しも変ってはいない。


自分のルールに対して、忠実に守って実行している証拠である。


「朝食の準備ができたから、あっちに行こうか」


「はい、分かりました」


「ただ、あれだな……」


「……?」


「どうやって向こうまで、智絵里を連れていくかだな」


Pはそう言いながら顎に手を当てると、その運搬手段を考え出した。


とはいえ、考えるといってもその手段はかなり限られている。


例を一つ挙げるとするなら、智絵里の手を掴み、そのまま居間にへと引き摺っていくとう方法。


しかし、そんな強引な手段をPが選ぶ訳が無い。いや、選ぶ必要が無い。


「やっぱり、これしか無いよな」


仕方ないとばかりにそう呟くと、Pは智絵里に近づいていき、目の前に立つと姿勢を低くする。


「ちょっと我慢しててくれよ」


智絵里に告げるのと同時に、Pの手が彼女に向かって伸びていく。


伸ばしたその手を智絵里のちょうど腋の下辺りに入れ、


「どっこいしょっ」


「わ、わっ」


両手に力を籠めて、智絵里の身体を抱き上げたのだった。


移動の際にはこうなる事は分かっていたつもりの智絵里だったが、表情にはどうしても困惑の色が浮かんでしまう。


まるで赤子を抱き上げる様な宙ぶらりんの体勢というものは、嬉しくも複雑な心境であった、


「……」


「え、えっと……プロデューサーさん? その、どうしましたか?」


しかし、抱き上げたのはいいがPはそれから動かなかった。


眉根を寄せて首を傾げ、表情は納得がいかないといった感じ。


『これは何か違う』という不満を抱いているのは明白に分かった。


「ごめん、智絵里。一回、元に戻すな」


「は、はい」


智絵里が頷いて答えると、Pは彼女の身体をゆっくりと布団の上にへと下ろす。


それから腋の下に回していた手を離すと、今度は別の位置にへと移す。


左手は背中の後ろ、右手は膝の下に入れて支えるようにして。


「あ、あの……これ、って……」


移動した手の位置から、智絵里はPが何をするのかを察する。


それを聞こうとして尋ねる前に、


「どっこいしょっ」


再び力を籠めて、Pは智絵里の身体を持ち上げた。


先程の様に持ち上げる様にして抱き上げるのでは無く、抱きかかえる様にして。


そう、所謂お姫様抱っこというものだ。


「あぁ、やっぱりこの方がいいな。持ち上げるにしろ、雰囲気的にも」


Pはそう言いながらも、余裕の表情で智絵里の身体を軽々と持ち上げていた。


「そ、その、私……重くは、ないですか?」


「えっ? いや、別に。智絵里は軽い方だしな」


「だ、大丈夫、なんですか……?」


「大丈夫、大丈夫。心配するなって。これでも鍛えてはいるからな」


「そ、そう、なんですね」


「よし、それじゃあ移動するぞ」


そう一声掛けてから、Pは智絵里を連れて居間にへと向かう。


彼女の身体を落としてしまわない様にしっかりと抱き、ゆっくりとした速度で移動する。


「……えへへ」


その最中、Pの腕の中で智絵里は幸せそうに微笑んだ。


こんな体験をするのは初めてだった事もあるが、何よりもPにされた事が嬉しかったのだ。


自分が好きな相手に、彼女がまだ小さかった頃、夢見て憧れもしたシチュエーションだったから。


「なぁ、智絵里。この体勢、辛くは無いか?」


「いえ、平気です。寧ろ……ずっと、このままでいたい……です」


「……ずっとは、難しいなあ。体力的に」


「なら、より長く支えられる様に……もっと鍛えて下さい、プロデューサーさん」


「はいはい、分かりましたよ」


二人で軽口を叩きつつも、着実に席に向かって移動はしていく。


そして居間の机の前まで辿り着くと、抱きかかえていた智絵里を椅子の上にへとそっと下ろした。


「あ、ありがとうございます」


「別に礼なんていいさ。それよりも、冷めない内に食べてしまおうか」


「そ、そうですね」


Pはそう言うと両手を合わせ、「いただきます」と唱えた。


智絵里も同じ様にして唱えようとするが、身体は動かせないので動作は無く、口だけの「いただきます」となった。


「さて、そうしたら……」


まずはとPは箸を手に取ると、それを使ってご飯を一口分の量を摘まんで持ち上げる。


「ほら、智絵里」


落とさない様に注意しながらも、智絵里の口元までそれを運んだのだ。


「あの、私は後でも……」


「どっちが先でも変わらないさ。ほら、早く」


「そ、それなら……あ、あーん」


Pに催促されて、智絵里は口を開く。


やはり少し恥ずかしいのか、控えめにではあるがそれでも開いた。


その開いた隙間を狙って、Pは箸を進めていった。


「あむっ」


ご飯が智絵里の口内に入ると彼女は口を閉じて、Pは箸を引き抜く。


口内に残ったご飯はよく咀嚼して細かくし、それからごくりと飲み込んだ。


「……何だか、こうして食べるのって新鮮ですね」


「まぁ、そう滅多にやるものじゃないからな」


「思えば、バレンタイン以来ですね。あの時は、私からプロデューサーさんにでしたけど」


そう言われてか、Pは約半年前の出来事を思い出す。


智絵里の家に赴いて、そこで溶かしてあったチョコを口移しで飲まされた事を。


あれは口から口、今は箸を使って口にではあるが、食べさせるという意味合いでは同じ様なものである。


「あぁ、そんな事もあったな。まだ数ヵ月前の事だけども、大分昔の出来事にも思えるよ」


「ふふっ、プロデューサーさんさえ良ければ、またやります? 口移し」


「いや、止めておこう。ああいった特別な事は、頻繁にやるものでも無いしな。良い思い出として残しておいた方が良いと思う」


「……なら、また来年にですね」


フッと微笑む智絵里を横目で見つつ、Pも自分のご飯を口にし、その後に味噌汁を啜った。


「さぁ、次はどうする? 何が食べたい?」


「えっと、それじゃあ……」


智絵里が食べたいものを指し示し、それをPが彼女の口にへと運ぶ。


それを終えると、今度はP自身が食べる。そんなやり取りを交互に繰り返していく。


結果的に食事に掛かる時間はいつもの倍以上になってしまっうが、それを悪く言う事は無かった。


面倒な食事の仕方だろうと、当の本人達は楽しく感じていたのだから、それで良かったのだ。


まだ朝方なのだというのに、二人の密接なやり取りは長く続くのだった。






「すみません、プロデューサーさん。本当なら、手伝った方がいいのに……」


「まぁ、そういうルールだからな。今日ばかりは気にするなって」


「ごめんなさい……」


朝食を取り終えた後、使った食器や箸をPは手慣れた手つきで洗浄していく。


それを動く事を封じている智絵里は椅子に座ったまま、Pの背中を眺めて過ごしていた。


しかし、皿洗いといっても使ったものの数は微々たるもの。


数分も掛からずにPは洗い物を終え、智絵里の傍にへと戻り、椅子にへと座った。


「で、この後はどうする?」


「この後……ですか?」


「そうそう。何かしたい事とかはあったりはしないのか?」


「えっと、私からは特には……プロデューサーさんのやりたい事、好きな事をして下さい」


「……その何でもって感じなのは、選択肢としては困るんだが……」


「さて、どうしたものやら」と、Pは顎に手を当てて考える。


彼自身も言ったが、やりたい事、好きな事と言われてもパッとは思いつかない。


ましてや何でもと言われれば、選択肢の多さに困惑してしまうのだ。


「その……わ、私は別に、え、えっちな事でも、構いませんよ……?」


「はい、却下」


「……何で、ですか?」


「そういった気分じゃないし、前にも言ったが、それは越権行為だからな」


「あう」


駄目だとばかりに、Pの手刀が智絵里の頭にへと振り下ろされる。


といっても、触れる程度の軽い力なので、ダメージが入る事は無い。


「智絵里が夕美ちゃんに憧れてるのは知ってるけど、そういう所まで真似をしなくてもいいからな」


「……ごめんなさい」


「……よし。なら、こうしようか。智絵里、また運んでもいいか?」


「あっ、はい。どうぞ」


智絵里からの許可を得ると、Pは立ち上がって再び彼女を抱きかかえる。


それから目指すのは、机のある場所の近くに配置されたソファの上。


Pは先に智絵里をソファにへと下ろすと、その横に自分も腰掛けた。


「それから、こうして……っと」


「え、えっ?」


腰掛けた後、Pは座ったままの姿勢で智絵里をまた、今度は軽くで持ち上げる。


そして慌てる彼女を他所にして、Pは有無を言わさずに自分の膝の上にへと乗せたのだった。


横座りじゃなくて、正面を向いた対面座位の様な状態。


必然的に、Pと智絵里との距離は先程抱き上げた時よりも近くなる。


目と鼻の先。少し顔を動かせば、キスができてしまいそうな距離間。


「ぷ、プロデューサーさん……?」


「いや、な。せっかくの機会だし、前からやってみたかった事があってな」


そう言っている内に、Pの右手が智絵里の左頬にへと触れる。


触れてから何かをする訳でも無く、ただそっと手を添えただけ。


これは彼女が自分から顔を逸らしてしまわない様にと、その為の措置だった。


「それをやってみても……いいか?」


「は、はい、分かり、ました」


今までの一連の流れから、Pが何をしたいかは直ぐにピンとこなかった智絵里。


しかし、状況的に判断して……Pがやろうとしているのは、キスかそれに類似した行動では無いのかと考えた。


そもそも二人の間でしっかりとしたキスを交わした経験は一度も無い。


強いていうのならバレンタイン時の口移しだが、あれをカウントしないとそういう事になる。


だからこそ、今回の機会を利用してちゃんとしたキスをしたいのだろうと。


「……ん」


そう思って智絵里は目を瞑って唇をきゅっと閉じ、Pを待ち構えた。


「……」


「……」


「……」



「……(あ、あれ……?)」


だが、どれだけ待っても唇にキスをされた感触は訪れない。


それを不思議に思ってか、智絵里はどうなっているの確認しようとそっと目を開いた。


開けた視界の先、目の前には相変わらずの間近に迫ったPの顔。


けれども、彼がしている表情は嬉しいとかドキドキしているとか……その様な好ましい感情は見て取れない。


なら、その表情からは何が読み取れるのか。


それは「何か、ごめん……」といった申し訳ない様な感じであった。


「いや、あのな……期待している所を悪いんだが、そうじゃないんだ」


「そうじゃ、ない……?」


「別にキスがしたくて、こういう風にしたつもりじゃなくて……その、な」


「は、はぁ……」


「つまりだな、端的に言うと……智絵里を近くで観察したかったんだ」


「具体的に言っておけば良かったな」という反省の言葉も入れつつ、Pはそう言った。


しかし、それを聞いてか智絵里の中で一つの疑問が生まれる。


Pは一体、自分のどこを、何を観察したいのかという点についてだった。


観察したいというが、箇所によっては別に離れて見ても可能だ。その方が映える場合もある。


ただ、ここまで近くまで迫るとなると、余程に細かな部分を観察したいという事なのだろう。


その部分はどこなのか……それが智絵里は気になった。


「観察って……私の、何を見たいんですか……?」


恐る恐ると智絵里は尋ねる。Pの目を真っ直ぐと見つめつつで。


それを聞くとPはばつの悪そうな顔をした後、後頭部を乱雑に掻き毟った。


「……一応言っておくが、胸だとかそういう部分じゃないぞ」


「は、はい。じゃあ、どこを……?」


「まぁ、目だな。智絵里の目をジッと観察したかったんだ」


お前の目を見ていたい。きっぱりとPは悪びれもせずにそう言い切った。


意外なその答えに、智絵里はきょとんとして目をぱちくりとさせた。


「あの、私の目なんて見て……楽しい、ですか……?」


「楽しいかどうかは分からないが……多分、良いと思った。だから、やってみたかったんだ」


多分、良いと思った。素直なまでの彼からの言葉。


確かに、楽しいかどうかはPの言う通りで分かりはしない。


けど、何となく……響きは良い感じに聞こえてしまう。


そんな風に、智絵里も思えてしまった。


「中々こういう機会も無ければ、じっくりと目を見つめるなんてできそうに無いからな」


「……確かに、そうですね。普段のアイドル生活だと、できないですね」


「そうだろ。だからこそ、現実にしたいじゃないか」


そう言うと、Pは左手をスッと動かし、今度は智絵里の右頬にへと触れる。


両頬をPの手で固定され、こうなった以上は彼からは逃げる事はできない。顔も逸らせない。


そんな状態の智絵里に、Pは顔をグッと近づけて迫った。


彼女の目をより見やすい位置で観察する為に。


「という訳だから、辛いかもしれないが……目は開けたままでいてくれ」


「……分かりました。プロデューサーさんがそうしたいのなら、私はいいですよ」


智絵里が微笑みながらそう言うと、Pは彼女の目を、その瞳の奥底まで見てしまいたいという思いで見つめる。


視界いっぱいに広がる智絵里の目の中。普段の生活の中ではまず見られない景色。


黒く淀んで濁った色を見せ、その中に僅かに灯った淡い光。


この世にあるどんな宝石よりも、Pは今見ている彼女の目の方が綺麗だと思えた。


智絵里の感情に合わせてころころと変化する色合いも素晴らしい。


まさに、これはPにとってすれば芸術品の一種だと言っても過言ではなかった。


「あの、どう……ですか?」


「うん?」


「私の目を見てみて……楽しい、ですか?」


智絵里はそう言って、二度目の問い掛けをPに向けて口にする。


実際に見てみてどうなのかと気になっている様子だった。


「あぁ、楽しいな」


そしてPは当然だと言わんばかりにそう答えた。


「こうして観察しているだけでも、かなり楽しいよ」


「……なら、良かったです」


「ただ、一つだけ……」


「……?」


「こうして俺が観察している間、智絵里を暇にさせてしまうのが欠点だな……」


そう言うとPは一旦自分の顔を智絵里から離し、明後日の方角にへとため息を吐いた。


「何もできないで見られているだけじゃ、つまらないよな?」


「……そうでも、無いですよ」


「……えっ?」


Pからの言葉を、智絵里はふるふると首を横に振って否定した。


「プロデューサーさんが私の目を見ている間、私も……じっくりとプロデューサーさんを観察できますから」


Pが智絵里の目を見ていたのと同様に、彼女もまた、間近に迫ったPの目を見ていた。


いや、目だけに留まらず、彼の顔の細部まで隅々と眺めていたのだった。


「だから、こうして座っているだけでも、楽しめてます」


「……そうか」


しかし、Pは考える。果たしてこのまま続けていて良いものかと。


観察をしているのは、確かに楽しい。このまま何時間でも眺めていたいぐらいに。


だが、今日一日をこれだけに費やしてしまうというのは、いささか不毛に感じてしまう。


せっかくの智絵里と二人きりで過ごせる時間というのなら、尚更の事だった。


「そうだよな、うん」


「……? どうか、しました?」


「あぁ、いや……この後の事をちょっと考えていてな」


「この後の事……何か、良い事でも思いついたんですか?」


「うーん……良い事、というよりもいつも通りになってしまうかもしれないが……外にでも行かないか?」


「お出掛け……」


「そう。ずっと部屋の中にいる訳にもいかないし……どうだ?」


「あっ、大丈夫です。どこだろうと、プロデューサーさんといられるのなら、私は楽しいですから」


「……分かった。ありがとう、智絵里」


「よし、じゃあ、そうしようか」と、予定を決め終えると、Pは再び自分の顔を智絵里に近づけて観察を再開する。


まだ観察したのはたったの数分程度。これではまだ彼は満足し切れなかった。今すぐに出掛ける事はできない。


そして智絵里にしたってまだ満足していない。


いつもは近くに他の誰かがいて見れない分、この場で十分にと見ておきたかった。


こうして、二人が満足して納得するまで、この観察のし合いは続けられた。


それまでに掛かった時間は、優に一時間を超えたという……。









「あの、プロデューサーさん……そろそろ、休んだ方が……」


「いや、まだまだ大丈夫。それに、ゴールまであと少しだからな」


Pの事を心配してか、彼の背中に背負われた智絵里は気遣ってそう声を掛ける。


彼の家を出てから数分以上も、Pは動けない智絵里を背負ったまま、歩き続けていたから。


しかし、Pは『大丈夫』、『平気だ』と言って彼女の気遣いを黙殺した。


二人はこんなやり取りをしながらも、ある場所を目指していた。


ちなみに、流石に外出するとあってか、Pと智絵里もしっかりと着替えをしてから出掛けている。


Pはいつものきっちりとしたスーツ姿では無く、ラフなTシャツとジーンズという簡素な組み合わせ。


智絵里はというと、清純な白のワンピースで身を包み、日除けの為の麦わら帽子を被っていた。


彼女を着替えさせたのは言うまでも無くPであるが、髪型は普段通りのツインテールでは無くて、下ろしたままのストレートの状態。


セットをしていない訳では無くて、出掛ける前に長い時間を掛けてとかしている。


一応、周りに智絵里だと気づかれない様にという変装の意味であった。


が、主な理由としては『Pがそのままの彼女を見ていたかった』と、いう意味合いの方が大きい。


「しかし……周りから見たら俺達、どんな風に見えるんだろうな」


「恋人同士……には、見えませんね。せいぜい、仲の良い兄妹でしょうか」


「それか、あれだ。親子に見えてるかもな」


「……えいっ」


「いたっ」


Pの言葉を咎めるかの如く、彼の頭頂部に智絵里のチョップが振り下ろされた。


非難の気持ちが籠っているせいか、それなりのダメージをPは受ける。


「私が幼く見えるからって、意地悪な事を言わないで下さい」


「わ、分かった、分かった。ごめんな、智絵里」


自らの不満を表す様に、智絵里はそう言った後、ぷくっと頬を膨らませる。


背負っている為にそれを見る事は叶わないが、恐らくはそうしているだろうと思いつつ、Pは謝罪の言葉を口にした。


そして彼の家を出てから十分以上経った頃、二人は目的の場所にへと辿り着く。


その場所はPと智絵里、二人が良く足繁く通う事務所の近くにある公園だった。


「やっぱり、ここは静かでいいな。適度な広さもあるし」


「そう、ですね。私も……この公園はお気に入りです」


「俺達以外にも、結構来るみたいだぞ。……いつかファンの出待ちで溢れかえる公園にならないといいが……」


「……そうなったら、もう利用できませんね」


「そうだな。そうならない事を切に願っておくか」


そんな会話をしつつ、二人は公園の奥にへと向かって歩いていく。


道中、ここまでで何人かの人々に擦れ違う事もあったが、誰もPが背負っている少女をアイドルの緒方智絵里だと気づいた者はいない。


『疲れてしまったのか、兄の背中で休んでいる妹』と、そんな風に二人を微笑ましく思って過ぎ去るだけだった。


そうした事もあって、大した騒ぎも起こさずに二人は公園の奥にある原っぱにへとやって来た。


「あの……ここで、何を……」


「……まぁ、いつも通りの事を、な」


そう説明すると、Pは原っぱの中にへと足を踏み入れた。


草花を踏まない様にと、なるべく土の部分を選んでゆっくりと歩いていく。


彼が目指すのは、原っぱの中央付近に立っている木の根元。


ちょうど日が当たらず、木陰になっている場所に辿り着くと、Pは背負っていた智絵里をそこにへと下ろした。


「暑いだろうから、智絵里はここで待っててくれ」


「え、あっ、はい」


Pはそう指示を出すと、智絵里の側から、木から離れて原っぱにへと戻る。


そして膝を屈めて姿勢を低くし、地面にある何かを探し始めた。


「……」


「……」


「……ふぅ」


「……」


黙々と、Pは静かに何かを探す。その後ろ姿を、智絵里も静かに見守っていた。


彼が今、何を探しているかなんて薄々と理解はしている。


けれども、それを言ってしまうのは野暮だろうと。


そう思って彼女は口にはせずに、ただただ見守っているのだった。


だが、数分が経過しても探し物は見つからない。


その探し物は直ぐに見つかる時もあれば、全然見つからない場合もある。


今回は後者の方だったのか、Pは地面とにらめっこを続け、悪戦苦闘していた。


「……良い、天気」


ふと、空を見上げてみると、そこは雲一つない晴れ晴れとした世界が広がっている。


最近は夏も本番になってきて暑くなってきているが、この日はぽかぽかとした陽気の良い日だった。


辺りは喧噪も無くて、都内にいる事を忘れさせるそんな穏やかな世界。


それを確認すると、彼女はその視線を再びPにへと向ける。


彼は腕で額の汗を拭いつつ、まだ探し物を続けている。


「……お散歩とか……したい、な」


こんなに陽気の良い日だったら、Pと並んで散歩をして、色々な場所を辿ってみたい。まだ知らない場所を巡ってみたい。


その方がPへの負担も少なく、選べる選択肢は今よりも多くなる。


しかし、今の自分は自らの意思で動く事のできない人形。


例えそう願っても、ルールを捻じ曲げなければ叶わなかった。


「……どうしよう」


自分から言い出した我が儘。自分自身で選んだ道。


ここまでの人形としての生活。不便な事が多かったけれども、悪い事ばかりでは無い。


少なくとも、ここに至るまでは十分に満足して、幸せだった。


しかし、これ以上の幸せを求めるとなると、人形でいる事は彼女にとって足枷にしかならなかった。


だが、『ルール違反は許さない』と言った手前、それを口にするのは憚れた。


「今日は……うん、我慢しよう」


他ならぬ自分で選んだ道なのだから、貫き通そう。


そう思ってか智絵里は小さく、誰にも聞こえない様に口にした。


そして更に数分が経過し、それでも尚、Pは探し物を継続していた。


流石の智絵里も座り続けた為か、うつらうつらと眠気が差してくる。


気が抜けて、眠りに落ちてしまいそうになった、その時、


「智絵里。おい、智絵里」


「……ふぇ?」


側まで戻ってきていたPが彼女の肩を揺らし、眠ってしまいそうだったのを阻止したのだった。


「あれ……? いま、わたし……」


「ちょっと寝掛けてたな。もしかして、疲れたりでもしたか?」


「い、いえ……そんな事は、無いです。ただ、ちょっと……」


「ちょっと?」


「……えっと、何でも……ないです」


寝てしまいそうだった理由を言おうとするも、そう言って智絵里は口を噤む。


ずっと座っていて退屈になり、眠気に負けそうになったとは言えなかったのだ。


「それよりもさ、ようやく見つけたんだよ。探してたアレをさ」


「見つ、けた……?」


「あぁ。ほら、手を出して」


そう言うも、Pは智絵里が手を動かせないのを思い出し、彼女の右手を取ってその上に探していた物を乗せる。


「あっ……四つ葉の、クローバー……」


彼女の小さな手の平の上、そこにはPがやっとの思いで見つけ出した四つ葉のクローバーがあった。


「いやぁ、中々見つからなくてな。探すのに、結構な時間が掛かったよ」


Pはそう言いつつ、智絵里の横の空いている場所に腰を下ろす。


それからポケットからハンカチを取り出して、流れ出る汗を拭き取っていった。


「しかし、智絵里は凄いよな」


「えっ?」


「これだけのクローバーの中から四つ葉を探すのは大変なのに、それでもめげずに探し続けて、何本、何十本も集めるんだからな」


「そ、そんな事は……無い、です」


凄くなんてないと、智絵里は首を横に振って否定する。


四つ葉のクローバー探しは自分の趣味でしているから、大変になんて思いはしない。苦痛になんてならない。


だって、それに……


「あっ……」


そこまで考えた所で、智絵里はある事に気づいた。そして思い出した。


今まで自分がどんな思いで、四つ葉のクローバー探しをしていたのかを。


「……ねぇ、プロデューサーさん」


「ん? どうした?」


「何で……私の我が儘に、これ程まで付き合ってくれるんですか?」


「何で……って」


「別に、無視して切り捨てても良かったのに……」


目を合わせず、少し俯き気味になって、智絵里はPに訴えかける。その様は、昔の彼女の姿を彷彿させた。


それを見てか、Pは一度ため息を吐いた後、


「切り捨てるとかは論外だな。そもそも、命令権を渡したのは俺だし」


と、はっきりとそう言った。


「それにな……俺は智絵里の事が好きだからさ。どんな我が儘だろうと、お前の為なら叶えてやりたいんだ」


「プロデューサーさん……」


『あぁ、やっぱりか』と、智絵里は心の中でそう思った。


自分が四つ葉のクローバーを探し集めていたのは、自分の……自分以外の誰かの幸せを願っての事だった。


最近で言うのなら、Pの為を思って集めて、そしてしおりや色々な形にして渡していたのだ。


しかし、今回の我が儘―――人形にしてというのは、自分の為でも、Pの為のものでも無い。


そこに思いが込められてなければ、内容が伴わないのは必然だった。


それに智絵里は、今更ながらも気づいたのであった。


「……ごめんなさい、プロデューサーさん」


「……何で、謝るんだ?」


「私……実は試したかったんです」


「試す……?」


「はい。私が何を言っても……プロデューサーさんは見捨てないでいてくれるのかを」


それを言うと、智絵里は顔を上げてPの目を真っ直ぐに見た。


「怖かったんです。いつかはみんなみたいに……プロデューサーさんが私を置いて、どこかに行ってしまうんじゃないかって」


「……だから、私を人形にしてなんて、無茶なお願いを?」


「……ごめんなさい」


智絵里はそう言ってから、ゆっくりと頭を下げた。


自分で決めた、自らに課したルールを破って、でだ。


「でも、私……分かったんです。甘えているだけじゃ駄目なんだって。いつまでも、誰かを頼ってばかりじゃいけないって」


「智絵里……」


はっきりと自分の想いを吐露した智絵里。


そんな彼女を褒めるかの如く、Pは智絵里の頭を優しく撫でた。


「智絵里は偉いな」


「……え、えへへ」


撫でられた事で、智絵里は表情を緩ませてはにかんだ。


その屈託の無い笑顔に、Pも釣られて笑みを零してしまう。


「だから、その……プロデューサーさん」


「うん、何だ?」


「今からは……普通に接して下さい。私も……普段通りに戻りますから」


そう宣言すると、智絵里はスッとその場に立ち上がる。


数歩ばかし歩いて木陰を出ると、振り返ってPを見て、


「人形の私は、ここで卒業します」


と、そう言ったのだった。


「……よし、分かった」


彼女の言葉を聞き、Pはそれを受け入れて強く頷く。


そして同様に立ち上がると、智絵里の側にへと駆け寄っていった。


「それじゃあ、ここからはどうする? クローバー探しを続けるか?」


「……いえ。今は、その……プロデューサーさんと、お散歩がしたいです」


「お散歩か、いいだろう。なら……」


Pは智絵里の左側に立つと、彼女の手を取ってギュッと握る。


ちょっとやそっとで離れてしまわない様に、互いの指を絡めてしっかりと手を繋いだ。


「せっかくだし、これで行こうか」


「……はいっ」


その提案を、智絵里は満面の笑みで受け入れた。花が咲いた様な曇りの無い笑顔で。


それから二人は手を繋いだまま、何処かに向かって歩き出す。


目的地も無い、自由気ままなぶらり旅。


その先にある幸せを求めて、二人は並んで歩いていくのであった。






「あっ、そうだ、プロデューサーさん。あとで写真を撮ってもいいですか?」


公園を抜けた後、智絵里は上目遣いの目線でそう問い掛ける。


「ん? あぁ、いいけど……」


写真を取るぐらいなら別に構わない。


そう思って許可を出すも、どうにも嫌な予感がしてならなかった。


絶対に何か、悪い風に使う……そんな感じに思えてしまった以上、その使い道を聞かねばならなかった。


「その写真、何に使うつもりだ?」


「もちろん、思い出として残しておきたくて」


「あぁ、そうか」


その答えを聞いてPはホッと安堵する。


自分が思い抱いたのは思い過ごしであり、杞憂であったのだと。


「それと……」


「えっ?」


しかし、智絵里の言葉はそれで終わりでは無かった。


「まゆちゃんに、自慢する為です」


ニヤリと、智絵里は先程とは性質の違う、あくどい笑みを浮かべてそう告げるのだった。


「秘密にはしたくは無いので……今日一日であった事の全て、包み隠さず伝えておきたいんです」


「……送ってもいいけれど、あんまり煽り過ぎない様にな。そんな事すれば、後が怖いから」


「あははっ、分かってますから、それぐらい。安心して下さい」


「(……凄く、不安だ)」


智絵里のどす黒く淀んだ目を見て、Pはひっそりとそう思った。


そして、その予感は的中してしまう。


この日の夜、智絵里は事細かな詳細をメールに書き記し、何十通にも渡ってまゆにへと送付する。


それを見たまゆが嫉妬して、翌日に智絵里と同じ目の色をしてPに迫ったのは、言うまでも無かった。


まぁ、それでも……満更では無いと思えてしまうPなのであった。






終わり


以上になります

時間が無いのと、文字制限もあって、何か中途半端な感じは否めませんね

制限さえなければ、延々と五万字ぐらいは智絵里とのいちゃラブを書いていたかもしれない

やっぱり智絵里は可愛い、最高

本当ならこれ以外にも着替えとかをじっくりと書いていたかったけど、

全てを注ぎ込むと絶対に制限を越える為、あえなくカットする事に

そもそも時間がギリギリすぎる計画だったので、次回があるのならもう少し、余裕を持って参加しようと思います

それでは依頼を出してこようと思います

ここまで読んで下さった方々、ありがとうございました

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