モバP「緒方智絵里は天使になりました」 (88)

モバP「ふむ、『智絵里ちゃんは天使』『エンジェルちえりん』。……流石だな」

智絵里「ただいまです」

かな子「レッスン終わりました」

モバP「おかえり、お疲れ様」

杏「その通り、疲れちゃったよ。一週間ぐらい休みないの」

モバP「その一週間後に控えたライブのためのレッスンだからな。無理だ」

杏「ぐぬぬ」

かな子「プロデューサーさんは何をしているんですか?」

モバP「ああ、そのライブに向けて届いているファンレターのチェックと整理をな。後で渡すから読んでくれ」

かな子「はい、嬉しいです」

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モバP「特に智絵里のはすごいぞ。次のライブのメインだから量も多いっていうのもあるけど、その内容がな」

智絵里「内容ですか?」

モバP「ああ。智絵里を天使とかエンジェルと言ってるものが多くてな」

杏「ああ、ネットでもよく言われてるよね。智絵里ちゃんは天使って」

智絵里「そ、そんな!恥ずかしい、です」

かな子「そう?私はぴったりだと思うけど」

智絵里「かな子ちゃんまで……」

モバP「まあまあ。いいじゃないか。それだけファンのみんなが素敵なアイドルだと思ってるってことで」

智絵里「それは、そうですけど。……あれ」

杏「どうしたの?」

智絵里「いえ、今何かブルッときたような」

モバP「む、ライブ前に風邪を引いたら大変だ。ファンレターのチェックはまだかかるから、今日はもう帰って休め」

智絵里「は、はい。……くしゅん」

ブワサッ

モバP「な!?」

杏「え?」

かな子「……綺麗」

モバP(智絵里が小さなくしゃみをした瞬間、智絵里の背中からばさりと白い翼が広がった)

智絵里「うう、やっぱり風邪の引き始めみたいで、どうしたんですか皆さん?」

モバP(そしてきょとんとこちらを見た智絵里の頭の動きに合わせ、頭上に金色に輝く輪っかが浮いている)

モバP(その姿はまさに)

杏「……天使」

智絵里「あれ?なんですかこの翼?」

モバP(その日、緒方智絵理は天使になった)

モバP「さて、状況を確認しよう。智絵里、何か違和感はあるか?」

智絵里「……いえ、何もないです」

杏「どんな小さなことでも言いなよ。背中の翼が重いとか、あるでしょ?」

智絵里「ううん。それが目で見ないと翼も輪っかもあると気付かないぐらいで。翼なら動かせるかとも思ったけど感覚もないからさっぱり」

杏「……翼に触るよ」

スカッ

杏「あれ?」

かな子「今、杏ちゃんの手が翼をすり抜けたように見えたけど」

杏「ちょっと智絵里ちゃんも触ってみて。プロデューサーとかな子ちゃんも」

スカッ スカッ

モバP「触れないな」

智絵里「私もです」

かな子「見えてるのに触れないなんて、まるで雲みたいですね」

杏「輪っかも同じかな」

スカッ

モバP「そうみたいだな。あ、智絵里ちょっと後ろ向いてくれ」

智絵里「はい?」

モバP「なるほど」

かな子「どうしたんですか?」

モバP「いや、あくまで確認だけどどうやらその翼、とおそらく輪っかは物体をすり抜けるみたいだ。証拠にほら、智絵里の服も破れた様子はない」

杏「もし間違ってたらセクハラ案件だったね」

モバP「あ」

かな子「……プロデューサーさん」

モバP「ち、違うぞ?そういうつもりは」

智絵里「だ、大丈夫です。私、信じてますから」

モバP(純粋な目が辛い)

かな子「それで、どうしましょうプロデューサーさん」

智絵里「……」

モバP「こんな姿じゃ一週間後のライブ以前に明日の学校も大変だよな」

杏「一晩たったら戻ってたりしないかな」

モバP「そうだったら楽なんだが。とにかくまったく情報がない。……よし」

智絵里「プロデューサーさん?」

モバP「智絵里、明日から何日か学校を休めるか?名目はライブ前の合宿をする、ってことで」

智絵里「は、はい。できると思います」

モバP「できれば急だけど親御さんにもそう伝えて、ライブの日までは寮の部屋に泊まってくれ。今の智絵里が出歩くのはあまり歓迎できない」

杏「まあ普通に週刊誌にのるよね。アイドルじゃなくオカルト記事としてだけど」

モバP「そしてライブまでの期間に身体の検査を内密に行う。この超常現象が智絵里にとって危険なものかどうか判断する。危険だったら本格的に療養中として、治るまで活動休止も考えなければいけない」

智絵里「……!」

かな子「き、危険じゃなかったらどうなるんですか?」

モバP「例えばさっき杏が言ったように勝手に元通りになるなら重畳。そうではなく身体に問題は見受けられず、それでいてライブの日まで翼と輪っかが消えなかった場合は」

杏「……」

モバP「リアル天使アイドル智絵里のお披露目をライブで行う」

智絵里「なんでやねん」

モバP「ボケてないぞ!?」

モバP「どうせ隠せないんだったら堂々とした方がいいだろ」

智絵里「えっと、そうなんでしょうか?」

杏「確かに服を貫通するんだから上着や帽子で隠したりも出来ないんだよね」

モバP「そういうことだ。酷な話だが、日常生活を送るうえでその姿を隠し通すのは不可能に近い」

かな子「でもなんでライブでお披露目なんですか?」

モバP「変なところから歪んだウワサとして広まるより、事務所を通して公式に発表した方が混乱が少ないだろ。天使になったなんて、世間にどんな影響を与えるかわからないからな」

智絵里「あ、ありがとうございます。迷惑をかけてるのに、こんな」

杏「気にしなくていいよ。今の計画、プロデューサーの趣味がだいぶ入ってるから」

モバP「おい」

杏「わざわざライブでお披露目しようってのがもうね。ファンを驚かせようって魂胆が見え見え」

モバP「い、いいだろ!天使と言われてた智絵里が本当に天使になったんだ。自慢したくなるだろ」

杏「自慢って」

かな子「あ、あはは。あれ、智絵里ちゃん?」

智絵里「……グスッ」

モバP「げ」

杏「あー、泣かせた」

モバP「ええ!?す、すまん智絵里!はしゃぎ過ぎたか!?」

智絵里「ち、違うんです!」

かな子「……?」

智絵里「……私、急にこんな姿になって、どうしようって。アイドルはやめなきゃいけないだろうとか、皆に気味悪がられちゃうとか、そういうこと思ってたんです」

杏「……」

智絵里「でも三人とも、全然そんなことなくて。それどころかプロデューサーさんは自慢とまで言ってくれて、そしたらなんだか涙が……グスッ」

かな子「大丈夫だよ。智絵里ちゃんの姿が変わったからって、私たちは智絵里ちゃんを嫌ったりしないよ」

杏「そうそう。変わったっていってもファン達の言ってた通りになっただけじゃん。大して変わらないって」

モバP「そこまで雑なまとめはどうかと思うが、まあそういうことだ。智絵里が気に病むことはないさ」

智絵里「グスッ、ありがとう、ございます」

いったんここまで。夜に続き書きます。

モバP(こうして智絵里の天使生活は始まった)

智絵里「……おはよう、ございます」

モバP「おはよう」

モバP(さすがに一晩眠れば元通りってわけにはいかなかったか……ん?)

モバP「お、おい?具合悪そうだぞ!?大丈夫か!?」

モバP(しまった。悪影響を及ぼすものだったか!気持ちが落ち着くよう午前までは様子を見る予定だったが)

モバP「今すぐ医者を呼ぶから!」

智絵里「ち、違います……」

モバP「え?」

モバP「寝不足?」

智絵里「はい。この輪っかが、眩しくて……」

モバP「な、なるほど」

モバP(そういえばコレも物体すり抜けるから、布で覆ったりはできないんだよな)

智絵里「輪っかが視界に入らない体勢や顔に毛布を被った寝方を考えていたら、寝不足に……」

モバP「地味に辛いな」

杏「だったらいい方法があるよ」ニュッ

モバP「いたのか杏。あれ、学校は?」

杏「今日は休みだよ。それより智絵里ちゃんパス」

智絵里「これは?」

杏「アイマスクだよ。智絵里ちゃんにあげる」

モバP「いいのか?」

杏「うん。杏は使ってないやつだからね」

智絵里「そう、なの?あ、ありがとう」

モバP(愛用してないものを持ち歩いてるわけないだろうに。素直じゃないな)

杏「なにその目は。杏は寝るから夕方まで起こさないでよね」

モバP「レッスンの時間になったら起こすぞ。それと智絵里もせっかくだし軽く寝てこい」

智絵里「は、はい」

かな子「おはようございます」

モバP「おはようかな子。いつもより早いな。学校から直接きたのか?」

かな子「はい。智絵里ちゃんに渡したいものがあって」

モバP「これはクッキーか。クローバーにウサギに、色んな形があるけど作るの大変だったろう」

かな子「大丈夫です。昨日のうちに準備しておいて、学校で焼くだけですから」

モバP「すごいなかな子は」

モバP(友達に異変が起きたその日のうちに、元気づけるためお菓子を作ろうと行動できるかな子はすごい)

モバP(あと家庭科室を完全に私物化してるのもすごい)

かな子「……それで智絵里ちゃんの様子はどうですか?」

モバP「それについては三人揃ってからにしよう。昼に病院でやった検査結果を含めて。これは全員聞いておいたほうがいい」

かな子「……はい」

モバP「いいか智絵里?」

智絵里「はい、お願いします」

モバP「検査の結果だが、なんの異常もないことがわかった」

杏「……」

かな子「……」

モバP「うん、言いたいことはわかる。見えてるからね翼と輪っかが。明らかに異常あるだろ、って」

杏「で、どういうことなの?」

モバP「その、医学的というか科学的にはこの翼と輪っかは存在してないんだよ。センサーにも引っ掛からないし、カメラにも写らない」

かな子「え?えっと、それって?」

杏「あ、ホントだ。ほら、スマホを通して見たら何もないよ。写真には翼も輪っかも写ってない」

かな子「わっ、不思議ですね」

モバP「智絵里の身体がどうとかじゃなく、まわりが幻覚を見せられているようだと医者は言っていた」

モバP(その後も、智絵里の身体に他に異常はないか検査をし、念のため俺も検査されたが全く異常は見当たらなかった)

モバP(強いていえば『アイドルとはいえ緒方さんは痩せすぎです。もう少し食べるように』と医者に注意されたぐらい)

かな子「えっと、じゃあ智絵里ちゃんは健康ってことですか?」

モバP「たぶんな。オカルトすぎて確実性はないけど、緊急の問題は見当たらなかった」

杏「……あ、ということは」

モバP「と、いうわけで予定通りライブを行うことになった」

杏「杏は反対!ここは智絵里ちゃんの大事を取って休みにするべきだ!」

モバP「その場合は智絵里抜きで杏とかな子の二人でライブすることになる」

杏「杏達はみんな仲良し!誰か一人を見捨てたりできないよ!」

モバP「じゃあ三人で頑張れ。かな子も智絵里もそれでいいか?」

かな子「智絵里ちゃん、大丈夫?」

智絵里「はい。みんながいるから、頑張れます」

モバP(で、実際にライブ当日になったわけだが)

智絵里「緒方智絵里です!つい先日、天使になりましたっ!!」

「うおおおお!」「本当に天使だ!!」「俺は信じてたぞー!」

モバP「一曲歌ったあとのMCでカミングアウト。どんな反応になるかと思えば」

杏「けっこうすんなり受け入れられたね」

モバP「お、一曲目お疲れ様」

杏「ん。ライブの雰囲気もあると思うけど、ファンの皆は疑ってないみたい。変なの」

モバP「そうか?」

杏「普通は衣装とかちょっとした冗談だとか思うものじゃないの?」

モバP「うーん。普通はそうなんだけど、なんかそういう気になれないんだよ。あの翼も輪っかも、見れば見るほど本物だって納得できるというか」

杏「そっか、杏だけじゃなかったんだ」

モバP「杏も?」

杏「うん。普段の杏なら目の前で智絵里ちゃんが天使の姿になっても、マジックか何かを疑ったと思う。でもあの日はそう思えなかった」

モバP「そうだな」

杏「一目見ただけで本物だってわかっちゃった。天使なんて見たことないのにね」

モバP「なんでか信じてしまうんだよな。これが神々しさってやつなのかな」

杏「かもね」

モバP「神々しさといえば、今日の智絵里はいつもより強気に見える」

杏「そう?」

モバP「ああ。いつもは観客の視線にもう少し緊張してるけど、今日はあまり気になってないみたいだ」

杏「重大発表をしたっていうのに?」

モバP「むしろそれで吹っ切れたのかもな。天使になったと公表するのに比べたら、観客の視線なんて気にならないだろ」

杏「そういうものかな。あ、そろそろ次の曲の準備するね」

モバP「そうだな。頑張ってこい」

杏「安心して見てなよ。今ステージには天使様がついてるんだから」

モバP「ははっ、違いない」

モバP「さて、三人ともお疲れ様。そして智絵里、頑張ったな」

かな子「MCの後も堂々としてて、智絵里ちゃんすごかったよ」

智絵里「プロデューサーさんも、二人もありがとう」

モバP「とりあえず智絵里が天使だってことは公表された。今後の対策については事務所に戻ってから話し合おう」

杏「それはいいけどさ、これ帰れるの?」

かな子「会場のまわりにもう一度近くで智絵里ちゃんを見ようとファンが集まっちゃってますね。これじゃあ帰れませんよ」

モバP「まあ、こうなるよな。とりあえずスタッフさんが車を出せるようにしてくれるまで待機だ」

杏「ウワサを聞いてどんどん人は増えてるみたいだよ。いつまで待たされることやら」

モバP「そう言うな。みんな智絵里のファンなんだからさ」

智絵里「……邪魔だなあ」ボソッ

かな子「ん?今智絵里ちゃん何か言った?」

智絵里「え?ううん、何でもないよ」

モバP「……?」

一旦ここまで。

モバP(ライブから一週間たった。というのに)

「天使って本当なの?カメラには写らないってのはないでしょ」

「マジだって!智絵里ちゃんは天使なんだよ!」

「見ればわかるよ、きっと」

「智絵里ちゃんに会いたいよー」

モバP「事務所まわりは今日も大盛況、と」

杏「これじゃあお仕事どころじゃないね。今日は休みにしよう」

モバP「事務所にきた時と同じように俺が車で送るから安心しろ」

智絵里「あの、私が外の人達にこの姿を見せて、やめるように言いましょうか?」

モバP「……ん?ああ、いや大丈夫だ。そんなことしてもあの騒ぎが収まるとは思えないし」

杏「なにより、こんなことで智絵里ちゃんの手を煩わせるわけにはいかないもんね」

モバP「……そうだな。うん、確かにその通りだ。智絵里があんなの気にする必要はないよ」

智絵里「それもそうですね」

モバP「ああ。それより杏、時間だ。仕事行くぞ」

杏「えー、やめとこうよ。外は危ないよ」

モバP「どうせ移動中も寝てるだろお前は」

智絵里「頑張って杏ちゃん」

杏「むう、仕方ないか」

モバP(あれ?今日は普段より素直だ)

杏「あ、そうだ智絵里ちゃん」

智絵里「はい?」

杏「杏のうさぎソファー、杏がいない間なら使っていいよ。普通のソファーの三倍は座り心地いいから」

智絵里「え、いいんですか?これは杏ちゃんのお気に入りじゃ」

杏「いいから。ほら、行くよプロデューサー」

モバP「お、おう」

かな子「あ、こっちですプロデューサーさん。おはようございます」

モバP「おはよう、待たせたな。学校はどうだった?」

かな子「友達から智絵里ちゃんについていっぱい聞かれちゃいました」

モバP「すまないな、迷惑かけて」

かな子「迷惑だなんてそんな。智絵里ちゃんの魅力をたくさんの人に伝えることができて、私も嬉しいです」

モバP「ああ、そうだな。あれ、その包みは。またお菓子作ったのか?」

モバP(智絵里が天使になってからほぼ毎日学校で作ってるけど、学校はそれでいいのか)

かな子「はい、今日はフィナンシェです。智絵里ちゃんが食べたいと言っていたのでいっぱい作っちゃいました」

モバP「え?智絵里がリクエストしたのか?」

かな子「そうですけど。それがどうかしましたか?」

モバP「いや、大したことじゃないけど」

モバP(なんだろう。智絵里も杏もかな子もこんなだったっけ?)

モバP(……考えすぎだな)

モバP(友達同士で頼みごとをするのも、お気に入りアイテムを使わせてあげるのも全部普通のことだ。何もおかしいことはない)

モバP「それにしても包みから甘くていい香りがするな。それ、一つくれないか」

かな子「ごめんなさい。これは智絵里ちゃんの為に作った分なので、プロデューサーさんの分はないんです。智絵里ちゃんが食べたあとに余ったら智絵里ちゃんから貰ってください」

モバP「そうか、残念だ」

モバP(智絵里のために作ったんだもんな。そりゃそうか)

モバP(ちなみにその日、俺がフィナンシェを食べることはなかった)

モバP「さて、次の仕事の予定だが」

杏「ねえ、お披露目ライブの日から智絵里ちゃんのお仕事量多くない?」

モバP「確かにキツいスケジュールだと思う。でも出来れば早めに智絵里の天使姿を周知して、智絵里が平穏に過ごせるようにしたいんだよ」

かな子「私達はともかく、智絵里ちゃんはまだ車じゃなきゃ移動できないもんね」

杏「大丈夫、智絵里ちゃん?」

智絵里「心配してくれてありがとう。私は大丈夫だから」

杏「そう?智絵里ちゃんがいいならいいんだけど」

かな子「でも最近の智絵里ちゃんは本当にすごいよね。たくさんのファンを前にしても全然物怖じしなくて格好いいよ」

モバP「そういえば近頃はカエルさんのおまじないを聞いてないな」

智絵里「ふふっ、そんなのもういりませんよ。ヒトもカエルさんも似たようなものじゃないですか」

モバP(……え?)

かな子「そっか、智絵里ちゃんは天使だもんね」

杏「人間相手にカエルさんのおまじないも、なにを今さらって感じだよね」

モバP(そう、なのか?天使になったとはいえ智絵里は智絵里だろ?なのに、人も蛙も大した違いはないなんてそんな)

モバP(…………いや)

モバP「智絵里の言う通りだ。要らない心配だったな」

モバP(まったく、何を当たり前のことで悩んでる
んだ俺は)

モバP(智絵里は天使で、上位の存在なんだ。以前の人だった頃と同じように扱うなんて)

モバP(智絵里様に失礼だ)

昼はここまで。夜に続き書きます。

モバP(ある日事務所に戻ると、杏は普通のソファーに座り、智絵里様はうさぎソファーで眠っていた)

モバP(べつにおかしいことはない)

モバP「ただいま」

杏「おかえり。智絵里ちゃんお昼寝中だから、起こさないようにね」

モバP「わかってるさ」

モバP(智絵里様を一目見ようと集まる人は今でも多い)

モバP(なので智絵里様が外出する際は俺が車を出していたのだが、智絵里様はそんな俺を気遣って室内で過ごすことが増えた)

モバP(杏のうさぎソファーの座り心地兼寝心地には智絵里様もご満悦のようだ)

かな子「おはようございます。あっ、智絵里ちゃんは寝てるんですね」

モバP「おはよう。今日の包みは大きいな。それも智絵里様のお菓子なんだろう?」

かな子「はい。智絵里ちゃんのためのケーキです。今回は自信作なんですよ」

モバP「それはきっと喜んでくれるだろう。昨日のシュークリームもとても美味しいと食べていた」

かな子「えへへ、近頃は学校のみんなと一緒にお菓子教室みたいにして作ってるんですよ」

モバP「さすがにそれは学校に怒られないか?」

かな子「大丈夫です。私が学校でお菓子を作る時は家庭科の先生も一緒ですから」

モバP「初めから公認だったのか」

モバP(かな子が学校でお菓子を作るたびに感じていた俺の気苦労はいったい……)

モバP(俺の気疲れはともかく、智絵里様はかな子の作るお菓子を毎日楽しみにしている)

モバP(杏は智絵里様に安らげる空間を、かな子は美味しいお菓子を捧げている)

モバP(じゃあ俺は?俺はいったい何を渡せるのだろうか)

モバP(俺が渡せるのはアイドルの仕事、そう思っていたけれど、先日このようなことがあった)

智絵里「嫌です」

モバP「……え」

智絵里「だから、握手会は嫌だと言ったんです。手が汚れるじゃないですか」

モバP「あ……。そ、そうですね。すいません考えが足りませんでした。では他の何かを」

智絵里「あの、それ以前に少しお仕事を減らしませんか?」

モバP「え?えっと、それはどういう?」

智絵里「いえ、天使になってから一日でも早く私の日常を取り戻そうと、大小問わずたくさんの仕事を取ってきてくれたプロデューサーさんには感謝しています。でも、もういいんです」

モバP(もういい、と智絵里様は言った。赦しを与えるようなその言葉に俺は違うと言いたかったけれど、何も言えなかった)

智絵里「今さら人だったあの頃に戻ろうとも思ってませんし、そう考えるとチマチマと人前に姿をさらすのは天使の有難みが減る気がするんですよね」

モバP(かな子が作ったエクレアを一つつまんでから、智絵里様は天使の笑顔でこう続けた)

智絵里「なにより汗水流して働くなんて、天使らしくないじゃないですか」

モバP(あの日智絵里様にもういいと言われてから、俺は悩み続けている)

モバP(だったら俺は、いったい智絵里様に何を渡せるというのだろうか)

一旦ここまで。
6時までは夜時間なのでセーフ。

モバP「どうすればいいんだ……」

??「ほー?そこのお方ー、何か悩みがありましてー?」

モバP「え?」

モバP(声に振り向くと、和服の少女が立っていた)

少女「よろしければ、私に打ち明けなさいませー」

モバP(智絵里様とは違う、でもどこか近い神秘的な雰囲気をその少女から感じた)

少女「迷える子羊を救いましょうー」

モバP「宗教違ってない?」

少女「似たようなものでしてー」

モバP「いいのかそれで」

少女「なるほどー。敬愛する方の力になりたいと」

モバP「ああ。でも俺が与えられる物を彼女は望んでいないみたいだ」

少女「むー?そなたが本当に相談すべきことはそれではない気がしますがー」

モバP「?」

少女「まあ、いいでしょうー。しかしそなたは自身の役目を忘れているのではー?」

モバP「役目?」

少女「そなたの話では、ぷろでゅーさーとは与えるものではなく道を示すものではー?」

モバP「……!」

少女「その方が何を喜ぶのか悩むのではなくー。何を喜ぶのかを尋ね話し合い、そのための道を選ぶことにそなたは頭を悩ませるべきかとー」

モバP「で、でも彼女は仕事をしたくないと」

少女「仕事の頻度を減らしたいと言っても、それは拒絶ではありませぬー。聞くところ、その方は自身のいめーじを大切にしているようでしてー」

少女「ならばそなたがすべきは、その方の望むものは何か話し合い、時に妥協し時に説得して仕事を考えることかとー」

モバP「今の彼女に相談なんて、恐れ多いというか……」

少女「ほー、壁を作っているのはそなたの方かとー。場の空気に流されやすい性格のようでしてー」

少女「その方は親しい者の言葉を邪険にはしないかとー。畏れることなく話しませー」

少女「なにより親しい者に距離をとられるのは、きっとその方も望んではいないのでしてー」

モバP「……わかった」

モバP「相談に乗ってくれてありがとう。彼女と話をしてみるよ」

少女「力になれたようでなによりでしてー」

モバP「……ところで話は変わるけど、アイドルに興味は?」

少女「むー、それは……また出逢った時にお答えしましょうー」

モバP「そうか。ああ、じゃあまた会った時に」

少女「そなたの道に主のご加護があらんことをー」

モバP「だから宗教間違えてない?」

少女「ふふっ、冗談でしてー」

少女「でも今の世はその辺りが曖昧になっておりましてー。普通の少女が天使と呼ばれ続けただけで、真に天使へと成るようにー」

モバP(あれ?天使の話はぼかしたはずだけど?)

少女「心配はいりませぬー。そなたの敬愛する方に起きている異常は稀によくある事象でしてー」

モバP「稀なの?よくあるの?」

少女「稀によくありましてー。ただし」ズイッ

モバP「……!」

少女「今の状態が長引くことはその方にとって決してよいことではありませぬー」

少女「その異常は時間が解決する程度の小さきもの、しかし今の在り方に浸り続けるほど、以前の日常に戻るのには時を要しましょうー」

少女「場合によっては、取り返しのつかないことにもー」

モバP「で、でも彼女は元に戻ることは望んでいない。だから何の問題も……」

少女「いずれ奇跡は終わりましょうー。その時にそなたが現実を直視するのか目を背けるのか、どうか今の言葉を片隅にでも置いておきませー。ではー」

モバP(そう言って和服少女は去っていった)

一旦ここまで。

モバP(事務所に戻ると、かな子と杏はレッスンに向かったようで智絵里様が一人でくつろいでいた)

智絵里「……」

モバP「ただいま戻りました」

智絵里「おかえりなさい」

モバP(さて、どう会話を切り出そうか)

智絵里「……プロデューサーさん」

モバP「は、はい?なんでしょうか?お菓子でしたらかな子が冷蔵庫に入れていますけど」

智絵里「あ、ならそれ取ってください」

モバP「はい。どうぞ」

智絵里「わあ、美味しそう。じゃなくて話があるんです」

モバP「はい?」

モバP(智絵里様の方から話なんて珍しいな)

智絵里「あの、今の私は……私は今でもあなたの誇りですか?」

モバP「え?」

智絵里「答えてください」

モバP「それは……」

智絵里「……」

モバP「もちろんです。多くのファンの崇められて、そしてファン達が望む在り方を守ろうとする智絵里様を俺はこれからもずっと誇りに思います」

智絵里「そうですか。……よかった」

モバP「智絵里様?」

智絵里「お仕事ですけど、少しならやってもいいですよ。私の有難みが減らない程度なら」

モバP「そのことですが、俺の方からも提案があります」

智絵里「なんでしょう?」

モバP「すでに智絵里様のことは多くの人が知っています。なのでこれからは智絵里様の仰る通り、智絵里様の周知ではなく偉大さを示す方向で進んでいきます」

モバP「なので仕事もそれにふさわしい大きなものだけを選びます。握手会やサイン会などの仕事はすべてキャンセル、代わりに少し遠い予定になりますがステージでのライブに参加して頂ければと」

智絵里「汗を流して踊るのは嫌ですよ?」

モバP「かまいません。智絵里様にはステージの真ん中で姿を見せて歌っていただければ、それだけでファンは喜びます」

智絵里「では、そうしてください」

モバP「かしこまりました」

智絵里「……これからもよろしくお願いします」

「智絵里様ー」「お姿をお見せください」「天使様ー」

杏「今日も外は騒がしいねえ」

モバP「ライブまで仕事をキャンセルして、姿を見る機会がなくなったからな」

かな子「智絵里ちゃんのお昼寝の邪魔にならないといいけど」

杏「大丈夫だよ。あんなの智絵里ちゃんにとっては気に留めるほどの雑音ですらないから」

モバP「そうだな。それよりかな子のお菓子はどんどん豪華になっていってるな。そのホールケーキなんてお店のショーケースに飾ってありそうだ」

かな子「智絵里ちゃんがライブを控えてるしレッスン大変だろうから、いつもより頑張りました」

杏「あれ?智絵里ちゃんレッスンしてるの?」

モバP「いいや。必要ないって智絵里様は言ってるし、実際智絵里様なら必要ないだろうから」

かな子「そうなんですか?でもいいです。喜んでもらえるなら」

モバP「そうだな。じゃあ智絵里様が起きたら食べてもらおうか」

杏「そだね。そうだ、杏の飴も渡しといてよ。杏は今からレッスンだから食べれないし」

かな子「杏ちゃんはなんだか前よりレッスンするようになったよね」

杏「そうかな?」

モバP「そうだぞ。トレーナーさんも喜んでた」

杏「なんだか最近、智絵里ちゃんがお休みしてる隣でサボって一緒に休むのはいけない気がしてきて」

モバP「素晴らしい。天使様の御力だな」

かな子「智絵里ちゃんが天使になってよかったね」

モバP「ああ、智絵里様様だ」

杏「そうなのかなあ?」

モバP「さて、これからライブが始まりますが、準備はいいですか智絵里様?」

智絵里「はい。いつでも始めてください」

かな子「頑張ってね智絵里ちゃん」

杏「杏たちも後で参加するよ」

智絵里「ありがとうかな子ちゃん杏ちゃん」

モバP「では位置についてください。……スタッフさん幕を上げてください」

「始まった!」「智絵里ちゃーん!」「天使様やっと会えた!」

智絵里「……」

かな子「ライブが始まる瞬間は自分のじゃなくても緊張しちゃいますね」

モバP「ああ、でもこの後にはきっと最高の時間が」

「わあああ、智絵里ちゃ……ん?」「天使様、お会いしたかったで……え?」「智絵里さ……智絵里様?」

杏「……あれ?」

杏「ねえ、観客の様子がおかしいよ」

モバP「なんだって?」

「……おい」「あれって……」

ザワザワ

かな子「な、なんだか困惑してるみたいです」

モバP「いったい何だっていうんだ?」

かな子「どうしたんでしょう?光る輪っかも白い翼も今まで通りありますし」

杏「まさか今さら天使の姿を初めて知ったわけでもないだろうに」

智絵里「……?」

モバP(戸惑うファンと、それを見てハテナを浮かべる俺達)

モバP(終止符を打ったのは、ファンの一人が放った言葉だった)

「智絵里ちゃん……太った?」

智絵里「っ!?」

かな子「へ?」

杏「え?……あー」

モバP「なんだと!?」

「太ったよな」「見ればわかるでしょ」「あれは流石に太りすぎじゃないか」「わっほーい、私はいいと思うよ」「流石にあの太りかたは限度ってものが」

智絵里「え、え……?」

モバP「ど、どうしたんだ?彼らは何を言ってるんだ」

杏「プロデューサー」

モバP「どうした杏?これはいったい?」

杏「落ち着いて。ようく智絵里ちゃんの姿を見てみてよ」

モバP「そ、そんなのこれまでと変わらず神々しさに溢れたこの世ならざる美と形容するしかない御姿で」

杏「いや、そういう天使的なのに目を奪われず智絵里ちゃんだけを見なって。言われてみれば今の智絵里ちゃんやばいよ。かな子ちゃんなんて比べものにならないほどやばいよ」

かな子「なんで私を巻き込んだの」

杏「じゃあ、かな子ちゃんから見てどう?自分のウエストと今の智絵里ちゃんのウエスト見比べてみなよ」

かな子「そんなこと言われても」チラッ

智絵里「……」オロオロ

かな子「……」グッ

モバP「か、かな子が小さなガッツポーズをするほど、だと……!?」

杏(いや、智絵里ちゃんほどじゃないにせよかな子ちゃんもヤバいんだけどね。毎日お菓子つまみ食いしてたでしょ)

モバP「まさか、そんな……」

智絵里「ぷ、プロデューサーさん……」

モバP「智絵里様……!」

モバP(ステージから救いを求めるように智絵里様がこちらに視線を向ける)

モバP(まるで一枚の名画のような光景だった)

モバP(地を照らす光輪の輝きは陰りを知らず、純白を誇る翼の清らかさを損なうものは存在しえない)

モバP(天使。天の輪と空の翼を持つ、人の上にあるもの)

モバP(そしてその御姿にはこれまで地上で過ごした時間がありありと表れていた)

モバP(かな子から毎日捧げられたお菓子の数々はそのすべてが体に豊かな脂肪として実り)

モバP(運動を拒み続け、杏のソファーでだらけ続けた成果は顔から足先までただならぬ存在感を示している)

モバP(天使を超えて豊穣の女神を思わせるふくよかな肢体)

モバP(それを人が持ち得る最上の言葉で讃えるならば)

『私は今でもあなたの誇りですか?』

『もちろんです』

モバP(讃える、ならば……)

智絵里「……」

モバP「太いな。掛け値なしに」

智絵里「ひぐっ!?」

モバP(ピシッと亀裂が入った音を会場にいた誰もが聞いた)

モバP(噂では、会場にいなくても智絵里の天使姿を見たことがある人は全員が聞こえたという)

モバP(音ともに智絵里の輪は光の粒子となって砕け散って、翼は白い羽を舞わせながら消えていった)

智絵里「わああああん!」

モバP(光と羽根が砕けて舞い散る幻想的な空間で、智絵里はステージの外、俺達がいない方へと走り去っていく。ただし)

智絵里「ひぐっ……ひぐぅ……」

モバP(その走りは)

智絵里「はぅ……あぅ……」

智絵里「ぐっ……ううっ、ごほっ、げほごほ」

智絵里「ふぅ……ふぅ……」

モバP(悲しいほどに遅かった)

『そなたが現実を直視するのか目を背けるのか』

モバP(あの和服少女が言っていたことを思い出す)

モバP「いやでも、あれは目の背けようがないって。太いもん」

智絵里「うわあああん!」

モバP(会場に智絵里の泣き声が響き渡った)

モバP(後日)

マストレ「緒方遅い!三村も遅れてるぞ!双葉も!お前ら全員遅い!もっとキリキリ走れ!」

智絵里「ひぃ……ひぃ……」

かな子「はぁ……はぁ……」

杏「なんで杏まで……。智絵里ちゃんと、つまみ食いのしすぎで一緒に太ったかな子ちゃんはともかく」

モバP「三人は仲良しいつも一緒なんだろ。頑張れよ。それよりも」

マストレ「プロデューサー殿も遅い!そんなことでアイドルをプロデュースできるか!」

モバP「どうして俺も一緒に走らされてるんだ!?」

芳乃「乙女の心を踏みにじったからでしてー」

モバP「そうするように誘導したの芳乃だろ!」

芳乃「あの生活を続けていれば、智絵里はいずれ取り返しのつかない体型になっていたのでしてー。必要なことだったかとー」

モバP「取り返しがつかないって、天使関係じゃなかったのかよ」

芳乃「あんな稀によくあること、大したことになるものじゃないのでしてー」

モバP「だから稀なの?よくあるの?」

芳乃「稀によくあるでしてー」

杏「でも悪かったのはプロデューサーのやり方だと思うな。ずっと味方、みたいなこと言っておきながらあの裏切り行為は智絵里ちゃんも怒って当然でしょ」

モバP「ぐ、おかげであの日から智絵里はまともに話をしてくれない」

芳乃「酷いぷろでゅーさーの元にきてしまったのでしてー」

杏「辞めるなら今のうちだよ」

モバP「本気できつい冗談はやめて」

芳乃「そんなことよりもお二人とも、周回遅れでしてー。ではお先にー」タタッ

モバP「げ」

杏「ちょ、待って」

ベテトレ「双葉、プロデューサー殿!また依田に抜かれたか!あとで腕立て30回さらに追加だ!」

モバP「ひえええ!」

杏「もう天使はこりごりだよ」

おしまい。

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