渋谷凛「これAmazonで買ったんだ」鷺沢文香「アマゾンで……!?」 (21)


事務所のソファに腰掛け、いつもの如く読書に興じていたところ凛さんがやってきました。

「お疲れ様。邪魔だったかな」

「……いえ、そんなことは。凛さんはこれからお仕事でしょうか?」

「ううん。お仕事は午前中で、午後はレッスンだったんだ」

「なるほど、それで今日は大荷物なのですね」

「うん。やっぱり冬は荷物がかさばるよね」

「そう、ですね。レッスンが始まってからは暑くなるので上着を持ってきても結局は脱いでしまうのですが」

「始まる前、だよね」

「はい。こればかりはどうにも……」

「まぁ、愚痴っても仕方のないことだよね。ところで文香は今日のお仕事は?」

「先程、撮影を終えて戻って来たところです」

「じゃあ、もう上がりなんだ」

「ええ、一息ついてから帰ろうかと思い……」

「じゃあ、私と一緒だ」

そう言って、ふふっとはにかむ凛さんでした。

凛さんは私の横に座ると、かわいらしいハンドバッグからスマートフォンを取り出し、私に見せてくださいました。

「これ、どうかな?」

「……カバーを変えられたのですね」

「うん。つい、可愛くて」

チョコレートの形をした素敵なカバーでした。

ああ、凛さんはきっと今日一日これを誰かに見せたくて見せたくて、たまらなかったのだろうなぁ、と思うと、思わず頬が緩みます。

「はい、とても素敵だと思います。それはどちらで……?」

「ああ、Amazonで買ったんだ」

「……今、何と?」

「え? いや、Amazonで買ったんだ」

「……なるほど」

南アメリカに広がる熱帯雨林、アマゾン。

凛さんが行動力に優れた方だということは存じておりましたが、よもやここまでとは思いもしませんでした。


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「すみません。そのお話、詳しく聞かせていただいても……?」

「え、このカバーを買ったって話?」

「はい。後学のためにも、と」

「んー、よくわかんないし、あんまりおもしろい話でもないと思うけど、それでいいなら」

「ありがとうございます」

凛さんが如何にして、あのチョコレート型のスマートフォンカバーを得るに至ったか。

きっと私には想像もつかないような大冒険があったに違いありません。

これは、これだけは聞いておかなくては。


「んー、まず買おうかな、って思った理由は前のカバーがぼろぼろになっちゃったからなんだよね」

「なるほど。それで新しいものを、と思ったわけなのですね」

「うん。それで、いいのないかなー、って探してたら見つけたんだ」

「……えっと、それはアマゾンで?」

「うん。Amazonで」

急に舞台が南米へと飛んでしまいました。

まさかの超展開です。

凛さんにとってはアマゾンに到着するまでの紆余曲折は語るまでもない、ということなのでしょうか。


「すみません。もう少し詳しくお願いしてもよろしいでしょうか……?」

「詳しくって?」

「……探す過程が気になりまして」

「あー。うん、いいけど。こんなの聞いてて楽しい?」

「はい。とても」

「文香がいいなら、別にいいけどさ」

「よろしくお願いします。」

「ぐいぐい来るね……。んー、最初はAmazonの前に普通のお店とかも見て回ったんだよね」

「それは、日本の……?」

「うん。普通の雑貨屋さんとか、そういうお店」

「……最初は国内で探されていたのですね」

「? あー、確かに海外のカバーとかって、かわいいの多いもんね」

「? 私はあまり詳しくありませんが……そうなのでしょうか」

「うん。やっぱり、日本では売ってないのもあったりして、見てるだけでも楽しいよ」

「なるほど。それで、日本のお店では買わなかったのですよね?」

「そうだね、なんかしっくりくるのが来なくてさ」

「それでアマゾンに?」

「うん。Amazonに」

「なんと……」


凛さんがコンビニに行ってくる、くらいの軽さでアマゾンに行ったことを知り、驚きのあまり言葉を失いました。

やはり、私のような者と凛さんとではそもそもの生まれ持った行動力にとてつもない差があるのでしょう。

「そういえば、文香はカバー普通のやつだよね」

「そうですね。こういうものをあまり気にしたことがなくて……」

「文香のカバー選んであげよっか」

「!?」

「どうしたの? そんなびっくりした顔して」

「それは……Amazonで……?」

「うん。アマゾンで」

「そうじゃなくても、別に文香も今日はお仕事もうないなら、今から行ってもいいし」

「アマゾンに……?」

「え、Amazonは行かないよ……ってちょっと待ってね。色々分かってきた気がする」

「……?」


凛さんの言っている意味がよく分からず、ぽかんとしていると凛さんはスマートフォンで何やら検索し、その画面を私に見せました。

『Amazon | 本, ファッション, 家電から食品まで』

……。

なるほど。

そういうことだったのですね。

状況を理解した私は、膝の上に置いていた開きかけの本に顔を突っ伏しました。

頬が、耳が、紅潮していくのが自分で分かります。

ああ、穴があったら入りたいとはこういうときに使うのですね。

などと、無駄な思考ばかりがぐるぐとる回るのでした。


私が落ち着きを取り戻し、ようやく顔を上げると、先ほどと変わらずにこにことした笑みを浮かべる凛さんがそこにはいました。

「そうだよね、知らなかったら何言ってるのか分かんないよね」

ごめん、と手を合わせる凛さんなのでした。

「よし。じゃあ話を戻そうか」

「え、っと。私のスマートフォンのカバーについて、ですよね」

「うん。ほら、かわいいのいっぱいあるよ?」

そう言って、たくさんのカバーが表示されている画面を私に見せてくださいましたが、これだけあっては、目移りしてしまって決めきれない、というのが正直な感想でした。


ですから、そのまま凛さんにお伝えすると「じゃあ、これなんかどうかな」と本を模したカバーをおすすめしてくださいました。

きっと凛さんから見た私と言えば本、なのでしょう。

おそらくほとんどの方がそう言うでしょうし、私もきっと本と答えるかと思います。

思いますが、何故だかそれが少し悔しくもあるのです。

そのため、どうせ買うのならば私からはあまりイメージできないようなものにしたく、その旨を凛さんに伝えます。

すると、凛さんは「んー、じゃあこの辺りとか。文香、甘いもの好きでしょ?」と言ってお菓子を模したカバーをいくつか見せてくださいました。

その中には凛さんが今つけてらっしゃるチョコレートの形のカバーも表示されていました。

「……それ、気になるの?」

どうやら顔に出ていたようです。

「はい。……しかし、凛さんと被ってしまうので……」

「私は別にいいけど、文香は?」

「私も構いません……と言うより、嬉しく思います」

「なら決まり」

凛さんは私のその言葉を聞くや否や、チョコレート型のスマートフォンカバーを購入してしまいました。


「これでよし、と。ふふっ、お揃いだね」

「そうですね。なんだか少し気恥ずかしいです」

「そうかな? でもまぁ、ちょこっとむず痒くはあるかな」

「……チョコだけにでしょうか」

「……何かコメントした方がいいかな」

「結構です」

「……それじゃあ、届いたら渡すね。それまでちょこっと待ってね」

「……」

「チョコだけに」

「何かコメントした方がよろしいでしょうか」

「いらない」

「……」

「……」

「あの……ところで代金は、どうしたら?」

「あとで一緒に払いに行こっか。あ、南米は行かないよ?」

「……どうか忘れてください」



おわり

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