【FGO】マシュ「二人で分け合いましょう、先輩」 (23)

少しだけ七章のネタバレがあるかもしれません

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目を覚ました時、私の目の前は真っ暗闇だった。
時刻を確認する。
午前三時三十四分。
いつもの起床時間にはまだ早い。
レイシフト先での長期の生活で、少し活動のリズムが崩れているようだ。
目が冴えてしまって、暫く寝付けそうにない。
……少しだけでも、体を動かして来れば変わるだろうか。
カルデアを一周してこよう。

一週。
ふと、足が止まる。
先輩の部屋の前。
人類最後のマスター。
世界で一番サーヴァントを知るマスター。
私の、先輩。
私の、マスター。
何の訓練も受けていない、普通の人。
でも、どんな絶望的な状況でも諦めない。
人より少しだけ前向きで。
先輩は、誰よりも強い。
ふと、口元が緩んでいることに気が付いた。
……先輩、私は、先輩のサーヴァントで本当に良かったです。
マスターが先輩だったからこそ、私は。
いつか、口にしなくてはいけない。
私の……命が尽きる、その前に。
でも、それはまだ早い。
全てを告げるのは、全てが終わったその時に。
先輩、おやすみなさい。
心の中でそう告げ、部屋に戻ろうとしたその時。

「うわあああああああああああっ!!!」
「先輩っ!?」
目の前の扉から聞こえた悲鳴。
聞き間違えるはずもない、先輩の声。
私は考えるよりも先にドアを叩いていた。
「先輩! マシュ・キリエライトです! どうなさいましたか!?」
敵襲?
このカルデアの内部に?
しかし先輩は精神だけを連れ去られたこともある。
もしものことがあっては……!

「……マシュ? どうしてそこに……まさか、ずっといたの?」
「ち、違います! たまたまです!」
扉越しに聞こえる先輩の声。
その物言いは普段通りで、何か緊急事態が起きた訳ではないと胸を撫で下ろす。
「それよりも先輩。何があったのですか?」
「ん……いや、何でもないよ。心配しないで」
「ですが、その、あれはほとんど悲鳴でした。流石に何もなかったとは思えません。一目でもいいので、姿を見せてくれませんか?」
少しだけ、沈黙が流れた。
「……分かった。今、開けるよ」
カシュッ、と音が鳴って扉が開く。
その先は真っ暗闇。
踏み込むのを躊躇した瞬間、明かりがついて視界を焼く。
数度まばたき。
その後で部屋を見渡す。
先輩は寝間着のまま、ベッドの上で蹲っている。

「……先輩」
ベッドの傍らまで進み、声を掛ける。
「先輩、顔を……顔を、見せて頂けませんか?」
「……ちょっと待って。今は駄目」
それは、私が聞いたことの無い、消え入りそうな声だった。
「分かりました。それでは、待たせていただきます」
ベッドの上に腰を下ろす。
止められるかとも思ったが、先輩は何も言わない。
……再び、沈黙。
ただ先輩を見つめ、ジッと待つ。
五分だろうか、十分だろうか、もっと長いかもしれない。
時間が流れ、そして先輩はフッと声を漏らし、肩を揺らした。
「……我慢強いね、マシュは」
「はい。私はシールダーのサーヴァントですから」
私は、誰かを守る力を持つシールダーのサーヴァントであることを誇りに思っている。
でも……例えシールダーでなかったとしても、いや。
サーヴァントでなかったとしても、先輩を守りたい。
力になりたい。
私は、先輩の。

「……ありがとう」
「はい! って、ええ!? 私、口に出していましたか!?」
「全部ね」
かぁぁっと頬が熱くなる。
いや、例え口に出ていたとしても、私の想いに嘘偽りなんかなく、恥ずべきことなどない……の、だが。
……恥ずかしい。
「……マシュの恥ずかしいとこ、見ちゃったから。俺も見せるよ、恥ずかしいとこ」
え、と言う前に。
先輩は顔を上げた。
「先輩っ、どうしたんですか!?」
その顔色は真っ青。
目の下には濃い隈が出来ていて、額は薄く汗に覆われている。
どう見ても普通の状態ではない。
これまでいくつもの特異点を旅してきたが、こんな先輩の姿は見たことが無い。

「うなされてたんだ。嫌な夢を見て」
「……夢?」
「特異点から帰ってきた後は、毎回こうなんだ。毎回……特異点で見た、一番……酷いことを、自分が受ける夢を見る。今日は……ラフムにバラバラにされる夢。その前はラフムにされて皆と戦う夢。その前は……もういいや」
ははは、と弱弱しく笑う先輩。
いつも前向きで、強気で、絶対に諦めなかった先輩。
その先輩の、この姿は……どう控えめに言っても、強い衝撃を私に与えた。
「ずっと……第一特異点の時から、ずっと、ですか?」
「うん。ずっと……ずっと、そうだ」
「そんな、だって先輩、一度もそんな素振り……」
「見せてなかった? なら、良かった。隠せてたんだ、ずっと」
「どうして……」
「俺は、マスターだから。俺が弱いところを見せたら、皆に影響するかもしれないから。俺は、魔術師としての才能なんてない。戦闘で役に立つことは出来ない。だから……気持ちだけは、いつも強くなくちゃいけないんだ。俺は、人類最後のマスターで……世界を救うのは、俺にしかできないんだから」
……どんな言葉で、否定すればいいのか分からなかった。
先輩の言葉は、正しい。
私はいつだって、誰よりも強い先輩の言葉に背を押されて戦ってきた。
もし、先輩が怯えていたら。
その怯えは、きっと私にも伝播していただろう。

「……マシュ?」
気が付けば私は身を乗り出し、先輩を抱きしめていた。
私は、自分で思っているより行動的らしい。
「ごめんなさい、先輩……私は、ずっと先輩と一緒にいたのに、先輩の事、何も分かっていませんでした」
先輩は、強くなんかなかった。
強い振りをしているだけの、普通の人だった。
普通の人なのに、辛さ、怖さを自分の胸に抑え込んで、気丈に振る舞っていたんだ。
私達の為に。
世界を救うために。
「それは……いいんだよ、俺はずっと、隠してたんだから」
「でも、今は知っています」
背に回した手に力が籠る。
ぎゅっと、ぎゅうっと。
私がここにいる事を、全身全霊で先輩に伝える。

「先輩、私、いつだって戦うことが怖いです。戦って死ぬことが、怖いです」
「うん。俺も、怖い。いつだって怖い……いつだって、逃げ出したいのを必死に堪えて、抑えてる。いつも皆を励ますようなこと言ってるけど、本当は自分に言ってるんだ」
「私達は一人ではありません。だから……二人で分け合いましょう。怖いこと、辛いこと、嫌なこと。一人で抱えることが苦しくても、二人でなら、きっと大丈夫です」
「うん……うん」
先輩が腕を私の背に回してくれた。
向こうからも、ぎゅっと力が籠められる。
私はもっと腕に力を込め、頬を頬に寄せ、もっと大きく、もっと強く、全身で先輩を抱きしめる。
「ありがとう、マシュ。ありがとう……」
寄せた頬に、冷たい感触。
これは、先輩が振らせた雨。
それとも、私?
重ねた胸から、先輩の鼓動を感じる。
きっと先輩も、私の鼓動を感じてくれている。

「一人じゃないんです、先輩。私がここにいます。マシュ・キリエライトが、ここにいます」
「うん、分かるよ。マシュはここにいる。俺も、ここにいる」
「はい。私達は今、二人でここにいます」
ふふふ、と先輩の笑い声が聞こえた。
……いつも通りの、明るい調子で。
「ありがとう、マシュ。もう大丈夫」
ぽんぽん、と背中を叩かれる。
残念だが、体を離す。
……残念?
何が、残念なんだろう。
身を引くと、いつも通り、明るく強気な笑みを浮かべた先輩がそこにいた。

「でも、どうせ分け合うなら嫌なことだけじゃなくてさ、良いことも分け合いたいな。そしたらきっと……少しだけ、幸せな気分になれると思うから」
「はい、そうですね。このような状況だからこそ、幸せは分かち合わないといけません」
幸せ。
私の幸せ、それは。
「先輩、早速ですが、私の幸せをおすそ分けしてもいいですか?」
「うん、もちろん。あ、待って、ちょっと考えさせて……パンが焼きたての時とか?」
それも幸せですが、違います。
私が首を横に振ると、先輩はえー、と唸り出す。
その様がなんだか面白くて。

「あー、笑わないでよ」
先輩が口を尖らせる。
それでは、答え合わせ。
再び先輩の背に手を伸ばし、ぎゅっとその身体を引き寄せる。
「先輩の身体は、大きくて暖かくて……今、私。とても、幸せです」
「えっ、と……うん。俺も、幸せ、です」
どうして敬語なんですか。
笑いながら問いかけると、マシュが急にこんな事するからだ、と拗ねたような声。
慌てて体を離すと、先輩はニヤリと笑っている。
「先輩!」
「びっくりさせられたから、その分を分け合おうと思ってさ」
「もう……ふふふっ、ふふ」
「ははっ」
笑い合う。
暫くの後。
ふと笑い声が途切れた時、私達は見つめ合っていた。
先輩は何故か真面目な、真剣な表情で……きっと、私も同じ顔をしていた。
何故か……何故か、先輩の唇に、強く視線が吸い寄せられる。

「先輩、私――」
何を言おうと思ったでもなく、勝手に口が開いて言葉が飛び出た、その時。
「今だっ、主殿! ここが勝負どころよなぁ!」
……えっ?
私の声ではない。
先輩の声でもない。
聞こえたのは、廊下側から。
ぎぎぎ、と、視線をそちらへ向ける首の動きは、錆びついていた。
「あっ」
「……あっじゃねーんだよお前そこで何やってんだ佐々木ィ!」
「某は通りがかっただけでござるよォ。何やら青春の匂いがしたので、つい」
「……お前今度こそ霊基変還するからな」
「えぇ~!? たまたま聞いてしまっただけでそれは無いだろう主殿ォ」
「だったら保管室にぶち込んだらぁ!」
「はははっ、いやいや、良いものを見せてもらった。それでは某はこれにて失礼! はははははは!」
「あっ霊体化してんじゃねぇ卑怯だぞ! 出て来い佐々木ィ! 覚えとけよ後で酷いからな!」

小次郎さんの出現から消失まで、私は呆然として事態を見つめることしかできなかった。
私はあの時、何と言って、何をしようとしたのだろう?
いくら考えても、答えが出ない。
だけど、あの人の所為で、なんだか幸せを逃したような、そんな気がした。
……私はあの時、何と言って、何をしようとしたのだろう。
いくら考えても、答えは出ない。

おわりです
読んでくださった方がおられましたらありがとうございます

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