国王「さあ勇者よ!いざ、旅立t「で、伝令!魔王が攻めてきました!!」 (1000)



ザザァン…


魔王「…」

雷帝「魔王様…間もなく陸が見えて参ります」

魔王「そう…」

雷帝「海を越えれば、王国領港町。人間の王の座す王城まで、数える砦はひとつのみとなります」

炎獣「砦ったって、大したことないだろっ? 俺たち四天王と、魔王が居ればさぁ!」

雷帝「敵戦力の大部分はすでに壊滅したからな。そこまで心配はいらんと思うが」

氷姫「いよいよ…ってワケね」

炎獣「でも、それはそれで物足りないないよなー…これ以上の敵がいないなんてさ!」

氷姫「馬鹿言わないでよ。王国軍の本体を壊滅できるかどうかは、賭けだったんだから。あんなのはもうゴメンよ」

雷帝「ああ…。だがその甲斐あって、人類撃破の願望は目の前だ」



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炎獣「いよぉしっ! 木竜のジイさん、飛ばしてくれー!」

木竜「やっておるわい。騒がず静かに儂の背中に乗っておれ」

雷帝「翁…長時間の飛行になりますが、お身体は持ちますか」

木竜「ほほっ! これでも現役四天王じゃからのう。伊達に竜族をまとめとるわけではないぞい」

氷姫「無理すんじゃないわよ、じーさん」

木竜「無理もしようと言うものじゃ。儂らの悲願が…」

木竜「目の前に来ておるというのじゃからな」

氷姫「…そうね」

木竜「姫様。少しばかり揺れる旅じゃろうが、もう少し我慢して下され」


魔王「…」

魔王「無理をさせて、ごめんなさい。爺」

木竜「ほほっ。何のこれしき、じゃ」


ビュオオオオオ…


炎獣「おっ!」

炎獣「見えたぞ! 陸だっ!!」

雷帝「…さて、気を引き締めて参りましょう」

氷姫「そうね。人間が、まだどんな手を隠してるか分かったもんじゃないし」

木竜「そろそろ、前線崩壊の一報が人間の王の元へ届いていてもおかしくはないからのう」

炎獣「へへっ。強い奴がいるなら、ドンと来いだぜっ!」


魔王「――みんな」

魔王「ここまで、長い道のりだった」

魔王「けど、とうとう人間をここまで追い詰める事ができた」

魔王「あと少し…あと少しの間だけ」



魔王「私に、力を貸して…!」



王城 謁見の間


国王「なに…!? それは真かっ!?」

勇者「…!」

ザワザワ…

伝令「はっ!!」



「ま、魔王が…?」

「そんな馬鹿な…! 勇者が旅立ってこれからと言う時に!」

「なんということだ…っ」


国王「…状況を詳しく申せ」

伝令「はっ!本日未明、魔王軍との最前線基地へ、新たな敵軍が出現!」

伝令「我が国の軍は、新手の出現からわずか半時で全滅しました…!」

国王「な、なんだと…!?」


伝令「新手はどうやら、魔王と直属の精鋭兵のようです!」

勇者「魔王が、自ら…!」

伝令「魔王の部隊は、その後直近の拠点を蹂躙!南方大陸から海路に出ました!」

伝令「その猛進凄まじく…我が国の港町までおよそ数刻…!!」

国王「なにっ!」ガタッ

勇者「!!」


「う…嘘だ…港町まであと数刻だと」

「港町からは、もうこの王城まで砦ひとつ隔てるのみだぞ!?」

「お、王国軍は!? 王国軍はどうなって…」

「主戦力の半分以上は最前線に送られているはずだ…それが全滅…」

「で、ではもはや港町以降を守れる人類の戦力は…!!」

「そんな…そんな馬鹿な!!」


国王「………」


兵士「し、失礼致します!」

国王「…今度は何だ」

兵士「陛下、こちらの書状を…。港町の長から、火急の報せとのことです!」

国王「港町…長というと、武器商会の長か」

国王「よい。読み上げてみよ」

兵士「はっ」パサッ








港町


「おい、倉庫のモンは全部港へ回せ!」

「へい!」

「おい、こっち人手が足りねぇぞ!」

「てめェらで何とかしやがれ!!」


商人「…」

役員「社長。大方の配置は完了してやす」

商人「ああ、ご苦労」

商人「それでは、役員会議を始める」


商人「魔王はどうやらドラゴンに乗ってこちらまで移動している」

商人「あちらの攻撃手段がどういったものか、詳しいことは何も分かっていない。…王国軍の騎士連中はその解析を待たずして全滅してくれたからな」

商人「それだけの速攻と破壊力があるのは間違いない。奴らが港に近づく前に撃ち落とす」

「「「へい!!」」」

商人「大砲の配置はどうなっている?」

役員「倉庫のありったけを、沿岸に並べてありやす。砲弾の扱える連中は全員そこにつぎ込んで、魔王が来た瞬間に砲弾の雨を降らせられますぜ」

商人「上等だ。鉄砲も行き渡っているな?」

役員「へい。王国軍にも卸してない東方の特製品でさぁ。あれだけ数が揃えばちょ? っとしたハリケーンが起きまさぁ」

商人「よし。…魔導砲は?」

役員?「準備出来てやす」

商人「そうか」

商人「魔王のドラゴンの姿が確認出来しだい、大砲の波状攻撃を開始する。砲弾は出し惜しみするな」

商人「鉄砲の射程に浸入されたら、こっちは一斉射撃だ。魔導砲の攻撃範囲へ敵を誘導する」

商人「エリアに誘い込んだら…これを魔導砲で撃ち落とす」

商人「敵は確かに未知数の恐ろしい力を持っているが、幸い海の上、一匹のドラゴンの所へ集まっている」

役員「俺らにとっちゃ、格好の的ってわけですね?」

商人「そういうことさ。魔導砲の威力で、まとめて消し飛ばす」

商人「奴らに見せてやるのさ。人間様の、技術の結晶ってヤツをね」


商人「町の連中の様子はどうだ?」

役員「港町の男の大多数は、作戦に賛同して、士気も高いですぜ」

商人「…くく。元々が海の男や、職人業の連中さ。荒っぽいのは嫌いじゃあないんだろう」

役員「それも、姐さんの号令あればこそです」

商人「あたしにそこまでの人徳なんざありゃしないさ。汚い商売で散々人を利用してきたんだからね」

商人「あたしゃちょいと…お祭り騒ぎのための神輿を作っただけさ」

商人「″打倒魔王″という名の、分かりやすい神輿を、ね」

役員「…他の連中がどうだろうと、あっしらは社長…姐さんについて行きますよ」

商人「ったく…もの好きな奴らだ」

役員「姐さんほどじゃありやせん」


商人「そろそろ、魔王が現れる頃かもしれん。皆、配置に着いて各々指揮をとってくれ」

「「「へい」」」

商人「………アンタたち」

役員「へい、何でしょう」

商人「…」

商人「付き合わせて、すまないな」

役員「…とんでもございやせん」

役員「あっしらが、自分で選んだ事です」

商人「…ふっ。そうかい」


バタン…


役員「…」スゥッ

役員「てめぇら!! よく聞きやがれ!!」

役員「これァこの武器商会の意地をかけた大博打だっ!!」

役員「魔王のクソッタレが、王国軍どもを蹴散らしてこっちに来やがる!!」

役員「何てこたァねぇ、これはいつも通りにてめぇらの身をてめぇらで守るための戦争だ!!」

役員「俺たち武器商会の恐ろしさを、尾っぽの先まで魔族共に思い知らせてやれぇッ!!」

ウオオオオオオオオオオオッ





「親愛なる国王陛下」

「我々、武器商会が陛下にこうして書状をしたためるのは久しぶりだ」

「戦争と侵略を良しとする前王とは持ちつ持たれつの良好な関係を築けたが」

「戦争を嫌い平和を愛する陛下とは、どうやら反りが合わなかったようである」

「しかし漫然とした平和を享受し、牙を研ぐことを怠っていたのツケは今まさに人類を滅ぼさんとしている」

「我々、武器商会は立ち上がる。人の手にて魔王を迎え撃つ」

「港町は王国の騎士殿の力を借りずして、人類の意地を見せつけるだろう」

「陛下や教会のお伽噺がもし現実となり、女神の神託を受けた勇者とやらがそこにいるのならば」

「せいぜい、この間に魔王を打ち破る策を打ち出してみせよ」


「陛下は我々を、悪の分子として排除しようとされたが、我々は人の心の闇に巣食ってしぶとく生き延び続けた」

「あのイタチごっこは不毛なものであったようだ。現に我々は、我々の望むように生きて、望むように死んでいく」

「勝ち逃げを許されよ」





国王「…」

国王「…武器商会は」




国王「捨て身で魔王を止める気か」






【商人】




港町 居住区


遊び人「…」コソッ


「こっちは準備終わったぞォっ!」

「こっちもだ!」

「魔王のクソヤローが、来るなら来てみろってんだ!」

「返り討ちだぜ!!」

ワァァアア!!


遊び人「…」


「もしかしたら…これが最後かもしれねぇ。だがそれも悪くねぇ!」

「どうせウチに籠ってたって、ダメな時はダメだしな!」

「へっ! 死ぬにしても、華々しく死んでやるぜ! ドラゴンのどてっ腹に風穴空けてから逝ったらぁ!」

「天国の父ちゃん…見ててくれよ!」


遊び人「…」

遊び人「ったくよぉ、冗談じゃねぇぜ」

遊び人「オレはこの港町で、余生を楽しく過ごそうって思ってたのによぉ…」

遊び人「魔王が攻めてくるだぁ? はあ、ツキがねぇぜ…」

遊び人「馬鹿どものお祭り騒ぎに付き合うこたぁねえ。さっさとこんな所ずらかってやらぁ…」

遊び人「死んだら元も子もねぇんだ…!」ダッ


「もし、そこの方…」


遊び人「!?」

遊び人「な、なんだ…てめぇ」


男「魔王が攻めてくると聞いたのですが、本当でしょうか…」


遊び人「あ…?」

遊び人「けっ、知らねぇや。そうなんじゃねぇの。どいつもこいつもそれで決死の顔をしてやがるぜ」

遊び人「まぁオレには関係のないことだがな!」

男「…なるほど」

男「実は、魔王の撃退のための武器が配られていると耳にしたのですが、そこに行かれたりはしませんか?」

遊び人「はぁ?」

遊び人「…てめえ、なんだ? まさか武器商会の連中じゃあるめぇな?」

遊び人「ふざけんじゃねーぜ。テメェらの勝手な自爆に人様を巻き込むんじゃねぇや! 人手を探してるってんなら他を当たんな!! 」

男「…」ス…

遊び人「!? な、なんだ、やろうってのか…っ!」

男「この目を見てください」

遊び人「っ!? …テメェ」

男「――そう。私は盲ろう者なのです」

遊び人「…」

遊び人(帽子を目深に被ってやがったんで見えなかったが…目の回りにひでぇ跡がある)

遊び人(焼けただれたような、おぞましい傷痕)

男「これは、魔族に受けた傷です」

男「私の妹は…行商の道中魔族に襲われ、死にました。何とか生き延びた私もご覧の有り様」

遊び人「…」

男「もう私の目は欠片も光を映すことはありません。ですが、この瞼には、あの時最後に見た光景が焼き付いて離れません」

男「何度も何度も、あの日の事を反芻しながら今日まで生きてきました」

男「妹が…目の前で喰われてゆく所を…」

男「これは、チャンスなのです。私が、復讐を遂げることができる…恐らく、最後の」

遊び人「………」

男「私も、この戦いに参加させて欲しいのです。だから、お願いです。どうか」

男「どうか…私をその場まで導いて頂けないでしょうか」


――――――
――――
――

遊び人(…オレは何やってんだ?)

遊び人(馬鹿らしい。今時、こんな連中は世の中ゴマンといる)

遊び人(同情でもしたってのか。このオレが?)

遊び人(はっ。遊び人が情に流されてちゃオシマイだぜ)

遊び人「…こっちだ。モタモタすんな、しっかり着いてきやがれ」スタスタ

男「ありがとう、ございます」ヨタヨタ…

遊び人(目の見えないヤツが戦場に出て何をしようってんだ?)

遊び人(わざわざ死にに行くようなもんだ)

遊び人(…そもそもこんな人間に武器商会が獲物を持たせるかあやしい話だがな)

遊び人(奴らほとんどヤクザ紛いの組織だぜ。今回は随分派手に振る舞ってやがるが、元は債権回収のために切った張ったをするような連中なんだ)

遊び人(下手すりゃ味方を撃ちかねないようなコイツに、何かさせるとも思えねえ)

遊び人(…無駄だ。こんな事は、全て無駄。何の意味もない)

男「…はあ…はあ」ヨタヨタ…

遊び人(…)

遊び人(ちょっと移動しただけで息が上がってやがる。無様だぜ)

遊び人(………)


遊び人「…着いたぞ」

男「ほ、本当ですか!」ゼェハァ

三下「おう? なんだテメェらは。こんなトコで何してやがる?」

遊び人(うげっ。巻き添えはごめんだ)

遊び人「あァ、イヤね、旦那。今しがたこの野郎が戦列に加わりてぇってんで、仕方なくあっしが持ち場を離れて連れてきた次第でしてね」

三下「あぁん? なんだ、今さらか?」

遊び人「ええ。全くトロい野郎で――」

男「お願いします!!」バッ

遊び人「うおっ」

男「私も、どうか戦いに加えて下さい!!」

三下「てめぇ、その目は…!?」

男「はい…私の目は既に潰れて何も見えていないのです」

三下「なんだって?」

男「それでも、戦いに参加したいのですっ! どんな雑用でも構いません!!」

男「魔王に…復讐したいのです!!」

遊び人「…」

三下「駄目だ駄目だ!」

三下「目が見えん奴に何が出来るってんだ! 邪魔になるだけだ!」

男「そんな…! お願いです! どんな事でもしますから!」

三下「何を言ってやがる! おめぇみたいな奴に出来る事なんかねぇ!!」

遊び人(あーあ。やっぱりこうなったか)


商人「何の騒ぎだ」ザッ

三下「しゃ、社長っ!」

遊び人「!?」

遊び人(げぇっ! この女、あの悪名高き武器商会の女社長か!? とんでもねぇのと出くわしちまったっ!)

三下「お、御疲れ様です! この男が、手伝いをさせろと行ってきたんですが…」

商人「ん? お前…」グイッ

男「っ」

商人「盲人か」

男「…はい」

商人「………」

遊び人(い、今のうちに逃げるべし)ソローリ

商人「…お前、戦いに加わって何をするつもりだ?」

男「わ…分かりません。何が出来るのか」

男「で、でも、どんなことだってやります」

商人「どんなことでも、か?」

男「はい」

商人「――例え、その結果命を落とすことになっても?」

男「はい…!」

商人「ふむ」

遊び人(ひぇえ…! あの馬鹿、誰に啖呵切ってるか分かってんのか!? 本当に殺されちまうぞっ!)


商人「おい」

三下「へ、へい!」

商人「こいつに短剣を一本やれ」

三下「え…!?」

商人「急げ」

三下「へいっ…!」タッタッタッ

商人「そこのお前」

遊び人(ん…? 誰の事を言って…)

商人「お前だ。コソコソ隠れてるんじゃないよ」

遊び人「っ!?」

遊び人「あ、あっしですかい?」

商人「お前、うちのカジノに入り浸っていた遊び人だな?」

遊び人「うへっ!?」

遊び人(こ、この女、何でそんな事知ってっ!?)

商人「大事な顧客の顔は覚えるさ。これでも商人の端くれだからねぇ」

遊び人「こ、こりゃあ光栄な事で…」

商人「しかし、お前は客というだけでは留まらなかった人物でもある」

遊び人「!?」

商人「ウチで扱ってる″粉物″。ウチの若い衆から随分安く仕入れて横流ししていたみたいだな…?」

遊び人「ヒェッ…」


商人「おい」

三下「へ、へい!」

商人「こいつに短剣を一本やれ」

三下「え…!?」

商人「急げ」

三下「へいっ…!」タッタッタッ

商人「そこのお前」

遊び人(ん…? 誰の事を言って…)

商人「お前だ。コソコソ隠れてるんじゃないよ」

遊び人「っ!?」

遊び人「あ、あっしですかい?」

商人「お前、うちのカジノに入り浸っていた遊び人だな?」

遊び人「うへっ!?」

遊び人(こ、この女、何でそんな事知ってっ!?)

商人「大事な顧客の顔は覚えるさ。これでも商人の端くれだからねぇ」

遊び人「こ、こりゃあ光栄な事で…」

商人「しかし、お前は客というだけでは留まらなかった人物でもある」

遊び人「!?」

商人「ウチで扱ってる″粉物″。ウチの若い衆から随分安く仕入れて横流ししていたみたいだな…?」

遊び人「ヒェッ…」


遊び人(な…なななな何で、あのことが、バレて)

商人「知らないとでも思ったのかい? まあ、その小さな脳ミソじゃそこまで考えも回らんだろうなぁ」

商人「あたしも暇じゃなくってね。あんたみたいな小物は今まで見逃してやってたんだが、こうしてバッタリ会っちまったらしょうがないねぇ」

商人「貴様には″貸し″がある。本当なら、ここで指の一本でも貰って返して貰うところだが」

遊び人「ひ、ひぃいいっ!」

商人「こんな日には、そんな余興じゃシラケるだけだ。貴様には他の事で働いて貰おうか」

商人「この男を、ある場所の警備につける」ポン

男「…?」

商人「貴様はそこまでこの男を連れていけ」

遊び人「は、は、はいッ! 喜んでッ!!」

商人「場所は、商館街の高台にある円形の建物だ。この紙をそこにいる者に見せれば、話は通るだろう。私のサインがしてある」

遊び人「…!」

遊び人(し、しめた! この場から離れられればこっちのもんだぜっ! どうにかトンズラして…)

商人「逃げようなんて考えるんじゃないよ。うちの商会の連中は貴様の顔を覚えている」

遊び人「」

商人「貴様は今まで、我々の監視下で生かされていたに過ぎないのだ。そして、今日この日でさえそれは変わらない」

商人「その事を、よく肝に命じておけ」

遊び人「」


商人「…ふぅ」

商人「…」スタスタ

役員「ね、姐さん! こんな所においでだったんですかい! ここは危険ですぜ」

商人「構わんさ。必要な指示は全て与えた。私がどこに居ようと、戦争は始まる」

役員「そりゃ、そうですが。それでもいけやせんや」

商人「何?」

役員「姐さんには、魔王を倒した後のこの港町を、また切り盛りしていって貰わねぇといけやせんから。身体は大事になさって頂かねぇと」

商人「…ふっ」

商人「そうだな。少し、堤防の辺りを見たら、あたしは本社の…魔導砲の所へ戻っていよう」

役員「そうして下せえ。それじゃ、あっしはこれで!」

タッタッタッ

商人「…」


商人「…」スタスタ

商人「…」ピタッ

商人「何か用か? さっきからつけ回して」

商人「なあ、魔法使い」



魔法使い「あれ、バレていましたか」

商人「姿を見えなくする魔法か? それは」

商人「相変わらず悪趣味だな」

魔法使い「ひどいなぁ。僕は僕なりに気を使ったんですよ」

商人「何?」

魔法使い「黄昏の港町を眺めて歩いて、感傷に浸っている商人さんの邪魔にならないように…てね」

商人「ふん、何を寝ぼけてるんだい。まだ昼も回ってないだろう」

魔法使い「いえ、そういう意味ではなく。見納めじゃないですか。これが」

魔法使い「活気溢れる、港町の」

商人「…」


魔法使い「分かっているんでしょう。きっと、魔王は倒せないと」

魔法使い「港町は今日で滅びると」

商人「…」

魔法使い「貴女は、この町を事実上支配していましたから、愛着も沸くんでしょうねえ」

商人「ククク。そんなに上等な物じゃないさね」

商人「あたしのこれは、独占欲だ」

魔法使い「独占欲?」

商人「ああ。あたしは思うまま生きてきた。おかげで敵は多かったが、その全てをねじ伏せ、出し抜き…そうして欲しいものを手に入れてきた」

商人「結果、あたしの我が儘にこれだけの人間を利用してみせている。その満足感に浸っているんだよ」

魔法使い「貴女の我が儘…ですか」

商人「ああ」

商人「…あたしはね、我慢ならないのさ。知らない余所者が簡単にあたしの縄張りを土足で蹂み荒らしてみせるなんてことは」

商人「それが、魔王だろうと誰だろうと、ね」

商人「だから、喧嘩を売った相手がどれだけ恐ろしい者なのかっていうのを、分からせてやらなきゃならない」

商人「この港町の人間を全て巻き添えにしてでもね」


魔法使い「…せめて、一矢報いよう、と?」

商人「あのヘタレ国王には、もう期待しちゃいないのさ。勇者なんて、胡散臭いシロモノにも」

商人「あたしは、あたしのやりたいようにやるんだよ。最後の時まで 」

魔法使い「…ふふふ」

魔法使い「実に貴女らしいですね。面白い」

商人「地獄に落ちるならそれでもいいさ。女神なんてモノがこの世にいるんだとしたら、好きにするといい」

魔法使い「そうは言いますが、さっきは随分と優しかったじゃないですか?」

魔法使い「あの盲目の男…連れていったのは魔導砲のコアの警備でしょう」

商人「…」

魔法使い「あんな人間に短剣ひとつ持たせて、あそこへ警備につかせるなんて…あれは貴女なりの救済ではないんですか?」

魔法使い「魔導砲…この港町の切り札。もし、あれのコアまで攻め込まれるなんて事が起これば」

魔法使い「それ即ち、その時がこの町の滅びる時、ですからね。言うなれば、港町の一番最後の場所でしょう」

魔法使い「随分と豪華な特等席じゃありませんか」

商人「ちっ、あんたは本当に鬱陶しい男だね」

商人「そんな事ばかり言うためにわざわざ顔を出したのかい」


魔法使い「ふふ。いえ、何せ僕にとってもあの魔導砲は所縁の深い場所ですからね」

魔法使い「あの傑作は、僕と貴女の合作じゃありませんか。アレの晴れの舞台を、見ない手はないと思いまして」

商人「確かに、アレはあんたの魔法の知識が無ければ完成しなかった」

商人「よくよく首を突っ込んだもんだよ、あんたも。あんな危険な物を作るのに手を貸した日には、王国を丸ごと敵に回すようなものなのに」

魔法使い「ふふふ。貴女からの提案が、とても魅力的だったもので」

魔法使い「それに、面白そうな事には関わらなければ気が済まない性格なのですよ」

商人「…呆れた男だ」

魔法使い「まあ、そう言わないで下さい。それで、どうなんです?」

魔法使い「あれは、貴女の″優しさ″だったんですか?」

商人「…」

商人「ふん」





商人「只の、気まぐれだよ」

今夜はここまでです


ザザァ…

炎獣「港町が見えてきたぜー!」

魔王「あれが、港町…」

氷姫「随分デカいわね」

雷帝「今まで通ってきた町々もかなりの文明を感じていましたが…ここまでとは」

魔王「ええ」

魔王(…)

炎獣「…何か、考え事か? 魔王」

魔王「うん、少し」

炎獣「聞かせてくれよ」

魔王「…」

魔王「私たちはここまで、人類を倒すために必死にやってきた」

魔王「この作戦は、能力の特に高い私たち精鋭部隊による一点突破が肝なの」

氷姫「分かってるわよ。あたしたちで、勇者を倒す」

炎獣「勇者を倒しさえすれば、人間側に魔王を倒す手立てが消えて、降伏せざるを得ないってわけだよな!」

雷帝「勇者はまだ神託を得て間もない…。″勇者一行″という組織の結成や強化の前に此方から攻勢に出る、ということですよね」

魔王「そう。皆の言う通り。つまり、魔族軍の戦い方は、今、すべて私たちに委ねられてる」


魔王「今までの人間達の町々を見て、その文化水準の高さには驚かされ続けた…魔界は、まだまだ魔王城周辺ですらここまでの生活を実現出来ていない」

魔王「魔族は、人間の文化を吸収する必要があるわ」

炎獣「…??」

雷帝「そうですね、確かに。戦争に勝利した後、人間文化に根付く技術の数々を魔族の職人層が手に入れられれば…」

氷姫「魔界はますます繁栄するってわけ?」

魔王「うん。だから、皆にもそのつもりでいてほしいの」

炎獣「つまり…どういう事だってばよ?」

氷姫「アンタねぇ…」

炎獣「い、いや、俺も聞いてたけどよー! もうちょい俺にも分かるように説明してくれよ!」

雷帝「つまり…敵地だからと言って何でもかんでも火の海にするなと言うことだ」

炎獣「? なんで? 人間の陣地なんだろ?」

氷姫「ハア…いいからアンタは魔王の言う通りにしてなさい」

炎獣「? 分かったー!」

魔王「くす…」


炎獣「俺には難しい事は分からねーけどさ、でも、魔王!」

魔王「? なあに?」

炎獣「俺、きっとお前の理想の世界を実現してみせるからな!」

炎獣「その為に、一番に突っ込んで行くのは俺だっ! 絶対!」

炎獣「約束する!」

魔王「…ふふっ。ありがとう、炎獣」

雷帝「…」

氷姫「…」


木竜「ほっほっほっ。若いもんはええのう」

氷姫「…ふん、爺さんは暢気でいいわよね」

木竜「何を言うか。ワシャこれでも昔はモテモテでブイブイ言わせとったんじゃがのう」

氷姫「昔話は別の時にしてくんないかしら」

木竜「なーんじゃツレないのう…」

木竜「しかしな、氷姫。人生の先輩として一言言わせてもらうと」

木竜「ヤキモチを妬いておるよりは、とっとと素直になった方が楽じゃぞい」

氷姫「…」ピクッ

木竜「ほーっほっほっ!」


雷帝「全く、貴方たちは…少し緊張感が足りないのでは?」

木竜「おや? 素直になれないのがもう一人」

雷帝「なっ、何を!」

氷姫「ま、コイツの場合は分かりやすすぎるけどね」

雷帝「ななな、何の話をしているんだお前はっ!」

木竜「ほっほっほっ! 固いのう、雷帝」

炎獣「お前らなんの話してんの?」

氷姫「アンタには関係ないわよ、バーカ。チビ。脳筋」

炎獣「ええっ!? ひどくね!?」


魔王「…ん」

魔王「みんな!」

雷帝「むっ」

氷姫「あれは、船?」

炎獣「へへ、おいでなすったか」

雷帝「翁、準備は宜しいですか?」

木竜「無論じゃ。みな、少しばかり揺れるからのぉ」

木竜「振り落とされるでないぞい!」

ビュオオッ!

炎獣「ひゅうっ! 速いぜ速いぜー!」

氷姫「騒ぐんじゃないわよ、馬鹿。チビ。オタンコナス」

炎獣「ぇえっ!?」

魔王「雷帝、どう読む?」

雷帝「…はい。人間の船団は大砲を積んでいることが多く、その射程はもう間もなく…」

雷帝「港町を守るための先鋒として送り込まれた王国軍でしょうが、翁の飛行速度であれば、あれしきの船団の砲撃であれば優にかわしきれます」

魔王「うん、そうだね。私もそう思う」

雷帝「…」

氷姫「おい。顔が緩んでるわよ」

雷帝「なっ、なにを!?」


シーン…

木竜「なんじゃ、撃って来んぞ」

炎獣「えーっ? なんだよ、つまんねぇ」

木竜「ボサボサしてると、抜き去ってあっという間に港じゃぞ、人間!」

木竜「儂の翼を甘く見ぬことじゃ!」

氷姫「…どうなってんのよ」ジト

雷帝「お、おかしいな。それではこの船団は何のために」

魔王「…」

魔王(静かすぎる)

木竜「堤防が近づくぞ…!」

ビュオーンッ







商人「――てぇっ!!」


ズドドドドドォンッ!!



木竜「!?」

氷姫「港の方から、砲撃っ!?」

木竜「ちっ、猪口才な!」

ギュゥウンッ

炎獣「どわーっ!」

魔王「船は囮だったの!?」

雷帝(いや、しかしこの距離では船に砲弾が当たって…)

雷帝(――待てよ。まさか)

雷帝「いけません、翁っ!高度を上げて下さい!!」

木竜「なに…?!」

雷帝「急いでッ!」

木竜「く…!」ギュンッ


――ドガァァアアンッ!


魔王「!? 真下で、爆発!?」

氷姫「船団が、爆発してるんだわ!」

雷帝「最初から、これが狙いだったのです…! あの船団は無人で、火薬を積んでいたのです!」


ズドドドォッ

木竜「ちっ、物凄い数の砲撃じゃ!」ギュンッ

雷帝「我々の飛行経路を絞るための船団でしたか!」

氷姫「人間も随分大それた手に出たもんね!」

魔王「…それだけ、彼らには後がないということよ…!」

炎獣「うおおおっ!? あっちこっちで爆発してやがるぅ!」

木竜「しかし、これしきでやれる儂ではないぞ!」バサッ!

ギュウウウゥンッ

魔王「爺…!」

氷姫「やるじゃない、ジーさん!」

雷帝(…しかし何か引っかかる。この砲撃の仕方)

ズドドォ…

木竜「もう少しで堤防じゃ!」

炎獣「いけいけー!」

雷帝「…氷姫」

氷姫「なによ?」


雷帝「この距離なら、お前はテレポートで翁より先に堤防まで飛べるか」

氷姫「…イケるわよ、ここまで近づけばね。ジーさんは砲撃掻い潜りながらだし」

雷帝「では先に飛んでくれ。恐らく、あちらにまだ何か準備があるように感じる。それを、潰して欲しい」

氷姫「アンタ、それ本当でしょうね」

雷帝「ああ」

氷姫「…」

魔王「氷姫」

魔王「お願い。雷帝の読みを信じましょう。それに、氷姫の奇襲は人間にとっても頭にないはずよ」

氷姫「…ふう」

氷姫「ま、アンタに言われちゃしょうがないわね、魔王」

氷姫「――この氷の女王にお任せあれ!」

ビュッ


堤防


「ちぃ、ちっともドラゴンの奴に当たらねぇぞ!」

「それでも真っ直ぐこっちにゃ飛んでこれねぇみてぇだ!」

「近づいてくりゃ鉄砲で蜂の巣だぜっ!」

役員「しゃあ! 次だぁ!」

役員「鉄砲隊、用意っ!」

「「「おう!!」」」

役員「狙いをつけろ!! いいか、ドラゴンを港の西側に飛ばせれば、作戦は成功だ!!」

役員「よく引き付けろよ――…ん?」

フワッ

役員「なんだ、雪?」

「お、おお、俺、武者奮いがとまんねえぜ」

「お、俺もだ…」

「い…いやちょっと待て。こりゃ武者奮いっつーか…極端に冷え込んできたんじゃねぇか?」

「まさか…でも、なんだこりゃ。震えが止まらねぇぞ…」

役員「ど、どうしたってんだ、こりゃ」

役員「俺まで、震えてきやがった…」

役員「…………ん? ありゃ、誰だ?」

役員「あんなトコに女が立って――」





パキィンッ!




「ぎゃあああッ!」

「う、腕がああっ」

役員「!!」

役員(なんだ)

役員(なんなんだ、これは)

役員(一瞬で氷の塊がが至るところに…! 人間が丸ごと氷づけになっちまってやがる…!!)

氷姫「ハァーイ♪ 人間のみなさぁーん」

氷姫「ずいぶん危なそうなもの持ってるじゃなぁい? あたしにもよく――」

氷姫「見・せ・て?」

パキィンッ!

「ぐわぁああっ!!」

「ひ、ひぃいぃッ!」

役員(あ、あの女だ! あいつがこの氷を…!!)

役員(このままじゃあ鉄砲隊がやられる…!!)


「て、敵だ! 敵襲だぁああ!!」

「あっちを撃てぇえ!!」



役員「馬鹿野郎がぁぁッ!!」

役員「鉄砲隊は、ドラゴンを狙え!!じゃねえと魔王の思惑通りだぞっ!!」

「…そ、そんなこと言ったって」

「このままじゃ俺達…!!」

役員「もともと死なばもろともじゃなかったのかてめぇら!!」

役員「てめぇらが守りてえもんはなんだっ!! 前を向けっ!! てめぇらの仕事をしろォッ」

「「!!」」

「そ、そうだ…」

「くそ…くそぉ!! やってやるぞぉ!!」

「うわああああああああ!!」


氷姫「なーんか、うっさいのが居るわね」

氷姫「ちょっと黙ってくれる?」


パキィッ!

役員「うがっ――」ピシィッ…

役員(…ああ)

役員(やられたのか。これで俺は死ぬ)

役員(くそ…これで終わりか)

役員(これが死か)

役員(………だが)

役員(抜かったな。魔物のクソ女)

役員(口が完全に塞がってないぜ。最後に一声、張り上げられるじゃねぇかよ、これじゃあ)


役員「…」スゥ…


役員「白兵隊ッ!!」

役員「突撃ィッ!!」




氷姫「!?」

「合図だぞ!!」

「白兵、全軍あそこへ突撃だあ!!」

氷姫「…ちっ」



役員(ああ)

役員(これで後ろに控えさせてた白兵が来て、鉄砲隊の盾になって)

役員(そしたら、作戦が上手くいって、姉御が………)

役員(姉御が………またこの町を………)

役員(………どう…でもいい…か…)

役員(…ああ…最後にもう一度…)

役員(………娘の顔が………見た…かっ………)





役員「」








氷姫「こんなに雑兵がまだいたっての!?」

氷姫「ちっ、邪魔よぉ!」


バキィイイン!!

「ぐわャァアァアっ!!」



「怯むな、突っ込めぇ!!」

ウオオオオオオオオ!!


氷姫(キリがない…! こいつら命が惜しくないの!?)

氷姫(まずい。このままじゃ、あのヤバそうな武器を持ってる人間共に、ジーさんがやられる…!)

氷姫「………うざいのよ、弱い癖に」ォオオ…

氷姫「雑魚は、黙ってなさいよッ!!」



――キィィイイイイン!!



「うぎゃあああぁっ!!」

「グアァアアアァッ!」




氷姫「はあ、はあ」

氷姫「人間の三下共にこんなに力を使わされるとは、ね」

氷姫「でもこれで、あとは、あの連中を」




「残存の鉄砲隊、全員、てぇっ!!」


パパパパパパパンッ!!



氷姫「しまっ――!」





ドスドスドス!!

木竜「ぐおぉおおおおっ!」


雷帝「!?」

魔王「爺っ!!」

木竜「ぐはっ…おのれ、人間どもめぇっ!!」バサッ


炎獣「お、おい…! 爺さん平気かっ!?」

木竜「何のこれしき…ッ!」

雷帝「あちら側に鉄砲隊がいます!氷姫が倒し漏らした連中です!逆側から回り込みましょう、翁!」

雷帝「西側へ!」

木竜「ぐぅっ…やむを得んか…!」

魔王「…」ギュッ

魔王「もう少し…もう少しだけ、堪えて…爺…!」


氷姫「くっ、あんたらぁ!!」

氷姫「殺してやるっ!」ォオオ…

「や、やったぞ…」

「ドラゴンを…西に追いやった…!」

氷姫「!?」

氷姫「なん…ですって…?」

氷姫(この人間たちにとって、あたしは死の象徴…目の前にそれが迫っているというのに、この満ち足りた表情はなに?)

氷姫(こいつらは、只これだけを狙っていた…?)

氷姫(木竜を一定の場所におびきだす、只それだけを)

氷姫(一体、何を狙って………)

ビリ……ビリビリ…

氷姫「!?」

氷姫「なに…この波動…」


《――皆、聞こえる!?》

炎獣「氷姫!?」

魔王「…テレパシーだわ」

《今すぐそこを離れてっ!! 人間たちの狙いは、そこに皆を連れ出すことよ!!》

雷帝「!?」

魔王「なんですって…!」

雷帝「くっ…やってくれる!」

炎獣「おい、爺さん!! どこでもいい!! 離れねぇとやられちまうぞっ!」

木竜「ぐぅっ…今はこれが最高速じゃ!」

雷帝「どこから狙ってくるつもりだ!?」

《町の崖の上にある妙な円い建物よ! 物凄い波動を感じるわ!!》

魔王「――!」

バリバリバリ…バリバリバリバリ…!

雷帝「あれか!」

炎獣「もう間に合わねぇ!! 来るぞ!!」

木竜「ぬぅ…っ!!」

魔王「…みんな」




魔王「伏せていて」



カッ





ゴゴォォオン…!!





「魔導砲、敵に命中した模様ですっ!」

「や、やったぞッ!」

「作戦成功だぁ!!」


商人「………よし」

商人(さあ…魔王)

商人(どんな気分だい? 舐めくさっていた人間にやられた気分は)

商人(………恐らく、お前個人の命を奪うまではいかないだろう)

商人(しかし、そのドラゴンか…もしくはそこにいる精鋭連中の誰か)

商人(それともお前の片腕でも持っていっただろうかね)

商人(戦慄したか? 後悔したか? 今、お前はどんな顔をしている)

商人(このあたしの、恐ろしさを胸に刻んだか)

商人(武器商会の長、商人の、最期にして最大の一撃を…)


「魔王はどうなった!?」

「煙で姿が見えねぇが…いや、風で煙が晴れるぞっ!」


商人(あたしに、見せてくれ)

商人(お前が一体、この魔導砲でどんな姿になったのかを)

商人(今、どんな顔をしているのかを)

今夜はここまでです

レスいずれも有り難く読んでます

また来週の土曜に更新する予定です



魔王「…」

魔王「皆、無事?」

炎獣「あ、ああ…。助かった…のか?」

木竜「なんとか、のう」

雷帝「はい…魔王さまの、魔弓のおかげです」

魔王「――良かった」

雷帝「まさか…あんなに強烈なエネルギーが放たれるとは」

炎獣「魔王の、必殺技を使わされることになるなんてな…!」

炎獣「人間、やるじゃねーかっ!」

木竜「うむ…してやられたかと思ったわい」

雷帝「魔王様…お手を煩わせてすみません」

魔王「あんな膨大な魔力を打ち消すには、こうするしかなかったもの。魔弓の一撃で相殺出来て良かった」

魔王「それより、皆。まだ終わってないわ」

魔王「ここで立ち止まっている時間は、ない」

魔王「私たちは、全魔族の命運を背負っている」


魔王「負けるわけには、いかない」



商人「…!!」


「そ、そんな…無傷だと!?」

「あ、あの魔導砲を受けて、か!?」

「ウソだ…ありえない!!」


商人「…」ジ…



魔王「…」



商人(…)

商人(小娘、だと?)

商人(魔王の姿が、あんな年端も行かぬ…)

商人(それが、あたしの魔導砲を受けて…それでいて、あんな涼しい顔で、こちらを見据えている)

商人(その顔には、恐怖や混乱はない。ましてや、相手を打ち負かしたという勝利の嘲笑もない)

商人(あの目は…ひたすら真っ直ぐだ)

商人(ただただ、雑念なく、前を見ている)


商人(………まさか)

商人(奴は、この町のことなんかを、見ていないのか?)

商人(ここで潰えるつもりは毛頭なく)

商人(もっと大きなものを見ている、とでも言うのか?)

商人(この港町は、魔導砲は)

商人(このあたしは、その中の小さな要因に過ぎないと…)

商人(――このあたしを、通過点に過ぎないと)

商人(そう、言うのか!!)


「ど、どうするんだ…?」

「もう…駄目だ………」

「馬鹿、言うんじゃねぇ! もう一発だ! 魔導砲をもう一発お見舞いして…」

「無理だ…! 魔力の充填に時間がかかり過ぎる!」

「そ、それじゃあ、一体どうしたら」

商人「…クククク」

商人「アーハッハッハッ!!」

「「「!?」」」

「ね…姐さん?」





商人「終わりだよ」


「え…?」

商人「終わりだ。ここまでだ」

商人「もう打つ手はない。強いて言うとすれば」

商人「座して死を待つのみ、だ」

「…え」

「そ、そんな…」

商人「それが嫌だったら…とっととこの魔導砲から逃げ出すことだね」

商人「あいつらは、次は間違いなくここを潰しにくる」

商人「魔導砲と同じ火力の攻撃を持ってるくらいだし、もしかしたらそいつを直接ぶちこんでくるかもしれないね」

商人「何にせよ、未来はない。ここで野垂れ死にさ」


シーン…


商人「それが嫌なら、とっとと逃げ出すしか、ないんだよ」

「…」

「う、嘘だ…まだ、何か、打つ手が…」

商人「そんなものはない。下らない希望は捨てるんだね」

商人「たかが利用されてただけの人間が、この状況をどうにか出来ると思ってるのかい?」


「な…何…?」

商人「ククク…つくづく見上げた連中だよ」

商人「最初から、この戦に勝ち目なんて無かったんだ」

商人「精々足止めが良いところさ。そんな事も分からなかったのか?」

「…」

商人「他人におんぶに抱っこで信用なんざしてるから、そんな事になる。この武器商会にいながら、そんな事も学ばなかったのかい」

商人「お前たちは、あたしの手の上で踊らされていたに過ぎない」

商人「あたしの思惑通りに動かされ、それ以上のことは何もさせて貰えないままここまで来たのさ」

商人「そのあたしが駄目、といってるんだ。使われてきただけの人間が、一丁前に希望なんか語って見せるんじゃないよ」


ドカッ

商人「あは…」

バキッ

商人「アハハハハ!!」

ガシャーンッ

商人「何もかも、終わりなんだよ!!」

商人「無様に逃げ出せ!! 何の力もない雑魚どもが!!」

商人「あたしが全てを決めるんだよ!!」

商人「最初も、終わりも!!」

ドガシャーンッ!

「ひっ…」

「う、うわああ…狂ってる」

「も、もう駄目だ…」

「に、逃げろ!」

「でも、ど…何処へ?!」

「知るか! ここにいるよりマシだ!!」

「とにかく、何処かへ、逃げろ!!」


「くそ…! くそぉ!」

「こんな事が…!!」

「死んでいった奴らに会わせる顔がねぇっ!! 」

商人「だったら!」

商人「せいぜい死人に顔付き合わせないように、生き残るんだね!!」

商人「這ってでも生き残って見せるがいいさ…使われるだけの人間の、意地ってもんを、見せてごらんよ!!」

「ふ、ふざけんじゃねぇや!! てめぇのせいだ!!」

「この人でなし!!」

商人「………はっはっはっはっ!!」

商人「罵れ、吠えろ!! それで晴らせる程度のうさならば、そうするがいいさ!!」

商人「惨めに敗走しろっ!!」

商人「この、港町の最後は…」

商人「あたしだけのもんなんだよ!!」











商人「…」ツカツカツカツカ

商人「…」ツカツカツカ

商人「…」ツカツカ

商人「…」


商人「あんた、まだこんな所に居たのかい」

男「…ええ」

商人「とっとと失せな。ここに居たって何の意味もないよ」

男「…」

男「ここを、守るよう命じたのは、他ならぬ貴女ですよ」

商人「ああ。思いつきでね。だが、貴様には所詮何も出来まい」

商人「港町は既に敗北した。魔王に屈したのだ」

商人「お前は復讐を遂げられない。精々、無様に死ぬのがオチだよ」

男「………貴女は、優しい人ですね」

商人「――…何?」

男「噛みつくように、寄せつけぬように、自らを刃のようにして人を遠ざけて」

男「その実、一人でも多くの人間の命を救おうとしてるのですね」

商人「…」


商人「…ハッ」

商人「何を言うかと思えば馬鹿馬鹿しい
。あたしが人を救おうとしている? 何を勘違いしているんだ」

商人「この戦争は、そもそもあたしが始めた戦争だ。そうしなければ死なずに済んだはずの命が、既に幾つも散っていっている」

商人「今さら数人の生き死にを左右してどうしようってんだい。そんな無駄な勘定をするほど、あたしは暇じゃないんだよ」

男「…そうですか。では、そういうことに」

商人「ちっ。最後の最後でとんだ厄介モンを雇っちまったもんさね。あたしもヤキが回ったってとこか」

男「私がこういう男だということも、きっと貴女は見抜いていたはずです。天下の大商人である、貴女なら」

商人「目の見えない奴がよく言うよ」

男「視界がなくなったからこそ、見えてくるものもあるのですよ」

商人「そうかい。ぞっとしないね」

男「ふふ。…おや、冷えてきましたね」

商人「…部屋の中にまで霜が張ってやがる。これから地獄へ行こうってのにゃ、おあつらえむきの演出じゃないか」

男「…」

商人「…死が」

商人「近づいてきているんだ」


男「不安、ですか?」

商人「何?」

男「大丈夫」

男「大丈夫ですよ」

男「女神様は、全てを見ています」

男「貴女の悪行も。悪態の裏の、優しさも。…貴女の孤独も」

商人「………」



商人「あたしは、女神は嫌いなんだよ」

商人「最後まで…自分の道は自分で開く」

男「そうですか」

男「しかし、旅は道連れ。こうして運命のいたずらで時を同じくした者同士です」

男「私も、お供しましょう」

商人「…はん」

商人「分からない男だね」

商人「あたしは、運命って言葉も嫌いなんだよ」



パキパキパキパキ…


商人「………なんだい」

商人「あんたが、あたしの″死″か」

商人「…女神といい、魔王といい――」



商人「全く、女ってのは、キライだよ」




「それはそれは」

氷姫「ご愁傷さま、ね」
















キィィイイイイン…!!


炎獣「うお! なんだ!?」

雷帝「このまばゆい光…先程のエネルギー波を生み出していたコアに、氷姫が辿り着いたのでしょう」

木竜「ふう、やれやれじゃわい。これで、あのとんでもない攻撃は来ないというわけじゃな?」

雷帝「ええ…しかしあれは…」

魔王「…うん。恐らく、あのエネルギー波を産み出していたのは、何ら方法で大きな魔力を捻出する装置か何か」

魔王「それに、氷姫の魔力が共鳴しているんだわ。――港が…」

魔王「港が、凍りついてゆく………」



――――――
――――
――

魔法使い(…あっという間に、一面の銀世界)

魔法使い(魔導砲を中心として、港町に氷が張っている)

魔法使い(魔王方には、恐ろしく強力な氷魔法の使い手がいるようですね)

魔法使い(人びとの活気に溢れていた港町は消え去り…死の世界が突如全てを覆い尽くしてしまった。そんな様子ですね)

魔法使い(………商人さんはあの喧騒の港町と、命運を共にされましたか)

魔法使い(あの方は…最後まで港町の商人であり続けた、といったところでしょうか)

魔法使い(武器商会の長、王国で最も恐れられた女性。その、最期…)

魔法使い(…やれやれ、私としたことが。何を感傷的になっているのでしょうか)

魔法使い(そうさせるだけの人生が…あのひとにはあった、と?)

魔法使い(人の死というのは、こうも無駄に想いを馳せさせるものでしたかね)

魔法使い(下界との付き合いを遮断してしばらくになる私には、少し慣れないものがあるというのは、否めませんね)

魔法使い「…しかし。魔導砲を相殺するほどのエネルギー攻撃、ですか」

魔法使い「魔王の力…これほどまでとは」


「…おおう、寒いのォ! 何事じゃあ、これは?」

魔法使い「…ふう。やっとお目覚めですか?」

「お? なんじゃあ、魔法使いか。相変わらずひょろっちい身体つきだの!」

魔法使い「放っておいてください。それにしても、あれだけの戦闘の中で居眠りとは…貴方という人は一体どういう神経をしてるんです?」

魔法使い「…武闘家さん」

武闘家「ふあーあ。なんじゃい、戦闘? 喧嘩騒ぎでもあったんか?」

魔法使い「け、喧嘩騒ぎ…?」

武闘家「ぶぇっくしょん!! ウゥ…おかしいのお、ちょっとばかり昼寝のつもりが、季節が一巡してもうたのかの?」

魔法使い「…熊じゃないんですから」

武闘家「がっはっはっは! まあ、寝溜めはする方じゃがのぉ!」

魔法使い「呆れた人ですね…」



【武闘家】


今夜はここまで

また来週の土曜日更新…したいなあ




武闘家「なんじゃと!? 魔王が攻めてきた!?」

魔法使い「ええ。前線の王国軍はほぼ壊滅状態です」

魔法使い「王国最大の貿易圏をもつ武器商会が向かえ討とうと、最新鋭の武器と人類の叡知を結集した兵器を投入するも――」

魔法使い「敢えなく、敗北。指揮をとっていた武器商会の社長はつい先程、討ち取られました」

武闘家「…それで港町がこのザマというわけか?」

魔法使い「そういうことです」

武闘家「ふーむ、しかしこりゃまた派手にやられたもんじゃのぉ。温暖な港町が、北の果ての山岳地帯のような有り様じゃ」

武闘家「あっちこっち凍りついてしもうて…一体こりゃ何度まで下がったんじゃ? 水路が凍って、上を歩けるようになっとるじゃないか」

魔法使い「魔導砲のコアと共鳴したにせよ…これだけの範囲を凍てつかせるとは、恐ろしい力ですね」

武闘家「全くもってたまげたもんじゃ。くわばらくわばら」

魔法使い「私に言わせれば、この状況でそのような薄着で平然としてる貴方も、かなり驚異ですが」

武闘家「何を言うとる、これでも寒くてしゃーないんじゃ。お前こそ、ヒョロいくせによくもまあ平気な顔をしているではないか?」

魔法使い「ヒョロいヒョロい言わないで下さい! まったく。私は魔法で周囲の大気の温度を調節していますから」

武闘家「そりゃ便利じゃの! せいぜい一人だけぬくぬくとしておれ」スタスタ…

魔法使い「………どちらへ行かれるのです?」


武闘家「…知れたことよ。この状況でワシが向かいそうな所なぞひとつしか無いじゃろ」

魔法使い「まさかとは思いますが………魔王のところへお一人で行かれるつもりですか?」

武闘家「そうじゃが? 何かおかしいかの?」

魔法使い「…」ハア

魔法使い「物好きもいたものですね。死にに行くつもりですか?」

武闘家「死にに行く、か。悪くないのお」

魔法使い「何ですって?」

武闘家「ワシを死なせることができる程の者が、今までどれだけおったと思う」

武闘家「東の国の剣豪がそうだったか? 地下迷宮の伝説の魔物がそうだったか? それとも死火山の火竜がそうだったか?」

武闘家「どれも違う。奴らは、確かに噂に違わぬ強敵じゃったが――」

武闘家「ワシを倒すことなど到底出来はしなかった」

魔法使い「…貴方は、名だたる強者をしらみ潰しに討ち取っていった。今や貴方の名は、剣を手に取らぬ者たちにも知れ渡っている」

魔法使い「とは言え、魔王の一行は魔族最強の精鋭部隊です。いくら貴方と言えど…」

武闘家「魔族最強、か。なかなか魅力的な響きだのぉ」

魔法使い「…」ハア

武闘家「………ぬふ」

武闘家「ぬふふふふふふ」

武闘家「見ろ。全身が粟立っておる」

武闘家「正に死ぬかもしれんと、身体が感じておる」

武闘家「相対しておらずとも、直感が警告しておる。危険じゃと」

武闘家「港町を丸ごと凍らせてしまうような敵じゃ。ま、当然と言えば当然じゃが…しかし、今の今までワシにそこまでの感覚を抱かせた者はおらんかった」

武闘家「世界で最強と言われ始めた頃から…一度もな」


魔法使い「…世界最強の武闘家。それゆえの孤独、ですか?」

武闘家「ぬふっ、そんな小難しい話はしとらんよ。ワシは、ただ楽しみなのじゃ」

武闘家「ワシを殺せるほどの者と、やりあうことができる。その事実がな」

武闘家「その結果、今日が人生最期の日になるのであれぱ、それは人生最高の日」

武闘家「最強の敵…それすなわち、最愛の者じゃ」

魔法使い「………本当に、呆れた人ですね」

武闘家「何とでも言えい。ただのう、魔法使いよ。これだけは覚えておけ」

武闘家「――人生は、愉しまねば損じゃぞ」ニタァ






氷姫「…あたしのせいね」

魔王「…氷姫」

雷帝「全くだな。お前が敵の部隊を早々に殲滅できていれば、翁が撃たれることはなかった」

氷姫「っ…」

炎獣「お、おい雷帝。何もそんな言い方しなくたってよう」

氷姫「アンタは黙ってて」

炎獣「ぇえっ!?」

木竜「ほっほっほっ。その程度のこと、気にするでない。確かに少しばかり痛むがのう。儂を誰だと思っとるんじゃ?」

木竜「緑を治める者、竜属の長じゃぞ。まあ見ておれ…」

ヒュウウウウン…

雷帝「傷が…」

炎獣「うおーっ! 傷が塞がっちまった!」

魔王「相変わらず、爺の治癒能力はスゴいね」

木竜「ほっほっ! どんなもんじゃ!」

氷姫「ジイさん…」

炎獣「良かったな! なっ? 氷姫!」

氷姫「…う、うっさい! 馬鹿! チビ! アホンダラ!」

炎獣「なぜ!?」


魔王「治ったとは言え、無理は禁物よ。爺」

木竜「うぬ…立つ瀬がありませぬのう」

炎獣「そーだぜ? いつまでも若くねーんだからよー?」

木竜「何を言うか、子わっぱが!」

雷帝「前衛は、ひとまず私と炎獣にお任せ下さい。翁は後方支援を」

木竜「むう…まあいいじゃろう。」

木竜「じゃがまあ、お主ら二人に手傷を追わせられる者がこの先居るのかは、疑問じゃがのう」

炎獣「居てくれなきゃ張り合いがないぜ!」

魔王「…実際、人間側がこの先どんな手を打ってくるかは分からない」

魔王「ここは敵地の真っ只中よ。油断は出来ない」

炎獣「つってもさぁ、魔王…。この有り様で敵なんて居るのか?」

氷姫「………」

木竜「見渡す限り氷の世界、じゃからのう」

氷姫「………」

雷帝「全く、加減を知らんのか」

氷姫「…う、うっさい!」


木竜「これでは、人間側の文化を残して上手く吸収、というわけに行くのかのう」

炎獣「ああ、またその話か?」

雷帝「炎獣。覚えておけ。これが悪い例だ。本来は人間の町を保護しつつ、敵を倒すべきだった」

炎獣「ふーん。なるほどなー。そういうことかー」

氷姫「…」ショボン

炎獣「でもよー、氷なら後でいくらでも俺が溶かせるぜ?」

炎獣「これだけ広範囲だと、ちょっと時間はかかりそうだけどな。いやー、やっぱ氷姫の魔力ってスゲーよな!」

氷姫「え…」

炎獣「もしそれで町が元通りになれば…全然問題ないんじゃないか?」

氷姫(…)

木竜「ふむ。まあ今はそんな時間はないからのう。勇者を倒した後になるかもしれんが」

雷帝「それで全てが元通りになるわけではない。一度氷ってしまったものは、材質などによっては痛んだり変化をしたりということもある」

雷帝「とりわけ、あのエネルギー砲…あの技術を――」

魔王「雷帝」


雷帝「…魔王、様」

魔王「大丈夫よ。炎獣の言うことも一理ある」

雷帝「しかし…!」

魔王「ありがとう。雷帝の言うことはもっともよ。いつだって雷帝は知識と経験と観察力で、皆を…私を含めて、導いてくれてる」

雷帝「い、いえ! 魔王様を導くなどと、お、怖れ多い…」

魔王「本当のことだもん。いつも感謝してるわ。でも、″文化の吸収″はあくまで無事にこの戦いに勝った先の話」

魔王「まずは、打倒勇者を、達成しなくちゃならない。それも、皆が無事に、ね」

魔王「私は…戦いのあとも、皆に四天王を務めて魔族を率いて欲しいと思ってる」

魔王「まずは、一人も欠けることなくこの戦いに勝利したいの」

魔王「そのために、戦いの勝利を優先することを、責めることはできない、と私は思う」

魔王「おかげでこの町での驚異はかなり軽減されたし、ね」


魔王「だから、進みましょう。この戦い自体を、終わらせましょう」

魔王「それが、私たちの、何よりの願いのはずだから」

雷帝「…はい、魔王様」

木竜「これだけ休めば、ワシも問題ないわい」

炎獣「よっしゃー!出発進行!」

氷姫「…ありがと。魔王」

魔王「ふふ」

魔王「それ、ちゃんと炎獣にも言ってあげてね?」

氷姫「な、なんでよ…」

魔王「ふふふふ」


雷帝「…」スタスタ

魔王「…ねぇ、爺」ヒソヒソ

木竜「なんじゃ?」ヒソヒソ

魔王「やっぱり、雷帝気を悪くしたかな?」

魔王「雷帝は正しいことを言ったのに、それを否定するような事言っちゃって…」

木竜「…ほっほ。案外姫様も心配性だの」

魔王「イジワル言わないでよ」

木竜「これは失礼仕った。心配いりませんですじゃ。あやつは今気を悪くしたと言うよりは…」


雷帝「…」スタスタ

――「 いつだって雷帝は知識と経験と観察力で、皆を…私を含めて、導いてくれてる 」

――「 いつも感謝してるわ 」

雷帝(い、いかん。どうしても顔が緩んでしまう)ニヤニヤ


木竜「どちらかと言うと、有頂天じゃ」

魔王「え?」

木竜「ほっほっほっ。姫様もニブいのう!」


炎獣「たっおせーにっんげん♪ せーいぎのなーのもとーにー♪」

氷姫「…ね、ねぇ炎獣」

炎獣「んー? どーした氷姫」

氷姫「い、いや…あの」

氷姫「………あ」

氷姫「…あんた、寒くないわけ?」

炎獣「ん? ああ、寒いぜ! 俺ってば炎属性だからな!」

炎獣「と言っても、触ったら火傷するくらいいつでも身体は熱くしてるんだけどなー! それでもこれはちょっとキツイかなー!」

氷姫「…っ。な、何よ。悪かったわね、何でもかんでも氷付けにして」

炎獣「え? なんで謝んの?」

氷姫「え?」

炎獣「俺はさっき言ったように、こうなっちゃっても仕方ないと思ってたかんなー。っていうか、ほんとスゲーよ! 氷姫!」

炎獣「俺、どっちかっつーと力自慢だからさー、こんな魔力ねぇもん!」

氷姫「…」

炎獣「さっきは、雷帝にあんな見栄張っちゃったけどさ。ぶっちゃけ俺の魔力じゃ溶かすのスゲー時間かかる気がする!」タハハ

氷姫「…あ、そ」


氷姫(…ったくこの馬鹿は)

氷姫(こっちの調子、狂いっぱなしじゃない。ほんとにもう)

氷姫(………)

氷姫(で、でも、お礼は、言わなきゃ、よね)

氷姫(ちゃ、ちゃんと………)ドキドキ



「――氷姫っ! 危ないっ!!」


氷姫「えっ…?」




バキャアッ!



氷姫「え、炎獣?」

炎獣「無事か? 氷姫」ザッ!

氷姫「え、ええ。一体何が…」

炎獣「こいつが、いきなり飛んできたんだ」

氷姫「…何、このデカイの?」

雷帝「…馬車。人間が馬に牽かせて荷物や人を運ぶ道具です」

魔王「みんな、構えて」

魔王「敵よ」

氷姫「…!」

木竜「この氷の世界で、生きてる人間がおったんか?」

雷帝「しかし、何者だ。魔族ならともかく、人間が馬車を投げ飛ばしてくるなど…。そんな兵器はなかったはずだが」

炎獣「来るぞっ!」



ビュンッ! ビュンッ!


雷帝(ワイン樽に、滑車、小舟…! 一体こんな物どうやって投げ飛ばして!?)

炎獣「おらおらおらおら!!」

バキバキバキィッ!

木竜「全部叩き落とすとはのう…」

炎獣「へへーん、これが若さだぜ! …にしても」

炎獣「雪合戦にしちゃ、ずいふんと馬鹿デカイもん投げ飛ばしてくるじゃんかよ!?」

炎獣「どこのどいつだぁっ!? 姿を現せ!!」




「ぬふふふふふふ」




武闘家「面白い小僧じゃっ!!」バッ

炎獣「!?」

炎獣(どこに潜んでた…!?)

武闘家「ぬん!!」ビュンッ

炎獣「ちっ!!」ドシィッ

武闘家(受け止めおった!)

炎獣(すげぇ力だ…!!)


氷姫「炎獣っ…!」


炎獣「なんつーパンチだよ…! お前本当に人間か!?」ググ…

武闘家「ぬふふふふふ、流石は魔族」グググ…

炎獣「アレぶん投げてきたのもお前かよ…!?」

武闘家「まさか叩き落とされるとは思わなんだぞ…!」

炎獣「へーえ! こりゃ面白ぇ…!!」



雷帝「炎獣を動けなくさせる力は大したものだが」

雷帝「隙だらけだぞ、人間」

雷帝「″居合い抜き″」ビュッ


武闘家「ッ!!」バッ


炎獣(! 逃げられた!!)

雷帝(かわされた!?)


武闘家「ふう、危ないとこじゃった」スタッ

武闘家「一瞬遅けりゃ死んでたの。ぬふふ…」


氷姫「…な、何!? あいつ! 」

木竜「炎獣と組み合っていながら、雷帝の一撃を避けおった…」

魔王「…」

雷帝「人間が、私の剣を逃れただと…?」

すみません…寝落ちしました。
もう少しだけ。


武闘家(敵は、ドラゴンも入れれば5体)

武闘家(どいつもこいつもえげつない能力を持っとるのお)

武闘家(ワシの必殺の一撃を受け止めたあの小僧…。それからワシを殺ろうとしおったあの若造の剣はとんでもない疾さじゃ)

武闘家(後ろの女二人は…)


氷姫「ちっ! 人間が調子のんじゃないわよっ!」

氷姫「距離を取れば安心できるとでも!?」キュィイイ…!


武闘家「…!!」バッ

バリバリバリバリ!!


武闘家(立っておった所があっという間に氷の塊の中…!)

武闘家(あの女が氷の魔術師か…。となると隣で澄まして立っておるのが)

武闘家(あの小娘が、まさか魔王か?)


氷姫「死ね! 死ねっ!」

バキィンッ! ガキンッ!


武闘家「ぬうっ!」

武闘家(全く馬鹿げた火力じゃ!こりゃ一旦退くしかないの)バッ



氷姫「ちょこまかと…!!」

木竜「姿を消しおったか」

雷帝「人間にしては、やるようだな」

炎獣「…」

魔王「………炎獣?」

炎獣「なあ、雷帝」

雷帝「何だ?」

炎獣「魔王を、頼むぜ」

雷帝「? 何を――」

炎獣「」ゴゥッ!

氷姫「ちょっとあんた! 何処へ行くつもり!?」

炎獣「アイツは俺に任せとけ!」ダンッ!

雷帝「おいっ、勝手な行動は…!」

ヒュゥゥウウウ…

木竜「行ってしもうたの」

魔王「炎獣…」

雷帝「アイツ! 何を考えてるんだ!」

氷姫「…はーあ」

氷姫「ホント、脳筋」

ここまでです。


武闘家「フーッ…ここまで来ればひとまず安心かのお」

武闘家(それにしても…予想以上じゃ)

武闘家(最初の一撃、あれは渾身の一打じゃった。あれで一匹削る算段じゃったが…受けられるとはのお)

武闘家(あの化け物集団相手に一人で突っ込んでは流石に身が持たんぞい)

武闘家(一匹ずつ誘きだして撃破…が理想じゃがまあそう上手く行くか…)

カッ

武闘家(むっ、なんじゃ今の光は)





炎獣「」スゥー

炎獣「 ど こ に 隠 れ た あ あ あ ! ! 」

ゴオオオオオオオッ!!





「………」

武闘家「なんちゅー馬鹿デカイ声じゃ」スッ



炎獣「おっ!」

武闘家「普通の人間だったら鼓膜がヤられとったの。そこまで耳は遠くなっとらんぞい」

炎獣「素直に出てきてくれて嬉しいぜ! 町を壊すと怒られるからな!」

武闘家「それはこっちの台詞じゃ。わざわざ一人でのこのこ現れたのか?」

炎獣「おう! 俺は斬り込み隊長ってやつだからな!」

武闘家(好都合じゃな。一番破壊力のある者を倒せる)

武闘家「そりゃ災難じゃったのお…」ォォオ…

武闘家「――己の立場を呪うがよい」ゴゴゴゴ

炎獣「…まさか。呪うわけねーじゃん?」

炎獣「俺は嬉しくてしょーがねーぜ。お前みたいなのと、会えてよ」ゴゴゴゴ

武闘家「くふ…! なんじゃ、おぬし」

武闘家「同類かよ!!」バッ!


武闘家「オラオラオラオラ!!」ガガガガガッ!!

炎獣「――ッ」

炎獣(圧倒的な闘気。圧力。そしてそれを纏った拳の壁)

炎獣(コイツ、本物だ!!)

炎獣「りゃりゃりゃりゃあっ!!」ビュボボボボボッ!!

パパパァンッ

武闘家(掌低で叩き落とされた!?)

武闘家(ならばッ)グルン

炎獣(! やべえのが来る!!)バッ


武闘家「喝ーッ!!」ビュバッ!!

バリィインッ!!!


炎獣(回し蹴り! 風圧で建物がぶっ壊れたぞ!?)

武闘家(ちっ、跳び上がって避けたか!)

炎獣「負けてらんねえな!」

炎獣「うおおおお!! 炎パァアアアアンチィイイイ!!」カッ

ゴゴォオオンッ!!


武闘家「…とんでもないのお」

武闘家「石畳の道がまるっとえぐれおったぞ」

炎獣「当たんねーかあ。仕留めたと思ったんだけどな」

武闘家「ぬふ、当たってはおらんが、お前の纏った熱気のせいで、背中が爛れたぞい」

炎獣「あ、ワリィ! そりゃ俺の魔力のせいだな」

武闘家「…何?」

炎獣「ちー、本気出すとついつい魔力纏った攻撃になっちまうや! お前みたいのが相手なら、魔力は使わないでおこうと思ったんだけどな」

武闘家「…」

炎獣「肉弾戦に魔力はズッコイよな! 悪かった! 今のなし!」

炎獣「お詫びに、そうだな…一発殴らせてやんよ!」

武闘家「………」


炎獣「さあ来い! ほれ!」

武闘家「………この」

炎獣「?」


武闘家「うつけ者がああああっ!!」ガシャアアアアンッ!


炎獣「どわっ!?」

武闘家「――命のやり取りに、そのような無粋なものを持ち込むでない!!!」

武闘家「勝った方が生き、負けた方が死ぬ!!! その神聖な闘いにおいて!!!」

武闘家「加減をするとは何事かァッ!!!」

武闘家「勝負の在り方を、お前ほどの使い手が歪めてどうするのだ!!!」

武闘家「闘いを、汚すな!!!!」


炎獣「…っ!」ビリビリビリ


武闘家「…ふうー…」

武闘家「つい説教臭くなったの。歳はとりたくないもんじゃ」

炎獣「…」

武闘家「ん?」

炎獣「…」ムス

武闘家「なんじゃ、むくれておるのか?」

炎獣(…なんで怒られなきゃならねーんだよ。俺、せっかくフェアにやろうと思ったのによ)

武闘家「ふーむ。どうやら精神面にムラがあるようだの」

炎獣「う、うっせーぞ!」

武闘家「その隙を突かれたらどうするんじゃ。全くなっとらんな」

炎獣「なんで敵にそんな事言われなきゃいけねーんだ!?」

炎獣「つーか、お前だってその隙を突いてこないじゃねーかよ! それ、手加減じゃねーの!?」

武闘家「…うむん?」

武闘家「言われてみればそうじゃの」

炎獣「人を怒鳴りつけといてそれはないだろ!?」

武闘家「ぬふふ、まあそう言うな」

武闘家(はて、ワシはなぜ戦いの最中にこんな話を…)


炎獣「ちっ! 分かったよ…」

炎獣「じゃあ、全力で、行くからな。後悔すんじゃねーぞ、オッサン」

武闘家「それこそ、望むところ」

炎獣「どーなっても知らないぞぉ…」

炎獣「…」スゥー



炎獣「炎キーッ」バシュッ




武闘家「!!」

武闘家(なんだ!? 急に物凄い速さで距離が詰められ――)



炎獣「ク!!!」ドッ



ズドオオオオオッン!!!




ゴッ バキャッ ドガッ 

ドゴーン…

炎獣「…ふしゅーっ!」

炎獣「ありゃりゃ。オッサン何処まで吹っ飛んだ?」

氷姫「やり過ぎだっつーの、アンタも」ス…

炎獣「氷姫! なんだ、見てたのか?」

氷姫「まあ、ね。相手が一人じゃなかったらヤバいかな、と思って」

氷姫「アンタそういうこともちょっとは考えなさいよ。あれが二人も三人も居たらヤバかったでしょーが」

炎獣「あ、言われてみりゃそーだな」

氷姫「ったく、脳ミソまでチビなわけ?」

炎獣「うぐっ…ひどい」

炎獣「でも、ありがとな、氷姫」

氷姫「は?」

炎獣「え、俺の心配して来てくれたって事だろー?」

氷姫「なっ、ばっ、誰がアンタの心配なんて!!」

氷姫「調子乗んな! このチビ! クズ! カス!!」

炎獣「ええっ!?」




炎獣「ま、さ。あんな強ぇーのがそうポンポン居たら俺としちゃ嬉しいけど…そうそう会えやしないよ」

氷姫「…なんでアンタ、ちょっと寂しそうなのよ」

炎獣「え? え? そうか?」ワタワタ

氷姫「分かり易いのよ、アンタ」

炎獣「…なんだろな。あのオッサンだったら、分かりあえるかもって、ちょっと期待してた」

氷姫「分かりあえる?」

炎獣「…いや、ちょっと違うな。何て言うんだろ。もしかしたら、俺の全力も受け止めてくれたかも、てさ」

氷姫「…」ハア

氷姫(ったく、闘いの事しか頭にない奴はこれだから…)

氷姫「それだけ、あんたが強いってことでしょ。四天王で一番の武闘派なんだから、それだけ魔王もアンタのこと頼りに…」ズキ

氷姫「頼りに…してんのよ」ギュ

炎獣「そ、そーかな。そーか。じゃあ、良いんだよな、これで!」

氷姫「………うん、いいのよ。これで」


炎獣「へへ! なんか今までで一番強い人間が出てきたけど、俺の敵じゃなかったぜ!」

氷姫「あっそ」

炎獣「うん、言葉にしたら元気出てきた! ありがとな、氷姫!」

氷姫「うっさい! 死ね!」パキィイン

炎獣「うおあっ!? 何で!?」

氷姫「…ふん」


ズン…

炎獣「ん?」

氷姫「何よ?」

炎獣「今なんか音が…」

ズン… ズン…

氷姫「…確かに。これは、何の…」

炎獣「地鳴りみたいな…これ、巨人族の足音に似てないか?」

氷姫「馬鹿言わないでよ、こんなトコに巨人族がいるわけ――」

ズン… ズン… ズン…


氷姫「…っ、あれ、見て!」

炎獣「!? なんだ、ありゃ!!」

氷姫「家が…動いてる!?」

炎獣「ま、マジかよ…一体ありゃなんの…」

氷姫「あ、あれ! 家の下!! なんかいるっ!」

炎獣「!? まさか――」



武闘家「ぬぅうううう…!!」

ズシン! ズシン!


氷姫「何、あれ、どうなってんのよ…。あの人間、あのデカイ家引っこ抜いて担いでるってわけ!?」

炎獣「…は、はは。本当に人間か?」

炎獣「って、ヤバい!! 氷姫、下がれっ!」


武闘家「ぬおおおおおおおおお!!」ブオォンッ


氷姫「わっ、家投げてきた!」

炎獣「やっぱり!!」


炎獣「へ、ったく」

炎獣「何回全力出させりゃ成仏すんだよ!」

炎獣「うおおおおおッ!!」ボウッ

氷姫「ちょっと、どうするつもり!?」

炎獣「あの家、ぶち割るっ!!」

氷姫「はあ!?」


炎獣「炎ぉ」


炎獣「チョーップ!!!!!!」


ドガシャアアアッ!!



氷姫「ほ、ほんとにやった…」

炎獣「っしゃオラァ!! どんなもん――!?」

炎獣(いない! あのオッサン消えて…)

ガタ…

氷姫(っ! 真っ二つになった家の中に何かいる…!!)

氷姫「炎じゅ…」



武闘家「捉えたぞ…」ヒュッ



炎獣「馬鹿なっ…!!」

炎獣(投げ飛ばした家に追いついて、中に潜んだってのか!? 滅茶苦茶――)



武闘家「喰らえッ!!」ギュンッ

ドシュッ――!


炎獣「あがッ…!!」



氷姫「炎獣っ!!」

炎獣(腹を、貫かれたっ…! なんつー突きだっ!)

炎獣(けどっ…!!)ガシッ

武闘家「!?」

炎獣「この腕、貰うぜ…!」ゴォ


炎獣「発火ぁっ!!」ドシュゥウウッ


武闘家「ぬわあぁあっ!?」






武闘家「…ぜぇ…はぁ…」

武闘家(右腕を、失った…焼き切られたか)

炎獣「がふっ…ごほっ」

炎獣(へっ…腹に風穴開いちまったよ…)

氷姫「え、炎獣っ!! アンタ…!」タタッ

炎獣「――来るな」

氷姫「えっ?」

炎獣「来ちゃあダメだ、氷姫。手ぇ出さないでくれ」

氷姫「は!? そんな事言ってる場合じゃないでしょーが! そんな怪我負わされて…」

炎獣「へへっ、そうだよな。でも、だからこそなんだよ」

炎獣「今…瀬戸際なんだ。下手打てば死ぬかもしれない所にいる」

炎獣「今、俺は際の際に立たされてる。こんな強い奴…初めて会った」

炎獣「だからこそ、見えそうな景色がある気がする」

炎獣「こんな気持ちは、初めてなんだ。こんなに怖くて………こんなに楽しいなんて」

氷姫「っ!? 何を…」

武闘家「ぬふ」

武闘家「ぬふふふふふふ」


武闘家「ようやく理解したか、小僧。それこそが命のやり取り」

武闘家「死の深淵を覗き込み、尚且つ生を掴み取らんとすること…そのために己の全てを賭ける」

武闘家「ひとつの挙動に、ひとつの反応に、ひとつの瞬きにさえ――己の全存在を乗せる」

武闘家「それが、まことの、″闘い″じゃ」

炎獣「…へっ」

炎獣「しゃべってたって、わっかんねーよ」

武闘家「ぬふ。そうじゃな」

武闘家「これ以上の言葉は不粋か」

炎獣「だからさ――」

武闘家「応」



炎獣「行くぜッ!!」

武闘家「来いッ!!」



ドッ


本日はここまでです。

また来週の土曜日に…



ズドガガガガガガッ!!


氷姫「…っ!」

氷姫(何、これ………目で、追いきれない! それに)

氷姫(どんどん攻防が加速している――!)

氷姫(なんで…炎獣も相手の人間も、死ぬかもしれないような傷を負ってるのに、なんで…!!)

氷姫(動きが研ぎ澄まされて………まるで、舞いを踊ってるかのような)ゾワッ

氷姫「………綺、麗」



炎獣(身体が、勝手に動いていく。考えるまでもなく反射で)

炎獣(繰り出し、捌き、跳び、弾く)

炎獣(なんだろう。この感覚)

炎獣(今まさにこの時、殺し合いをしてるってのに)

炎獣(なんだか遠くの出来事のような、ぼんやりとした時の中にいる)

炎獣(目の前に敵の足が迫る。身体を捻ると、それが耳を少し掠めて通りすぎる)

炎獣(風圧で耳に痛みが走り、頬は死の予感で逆毛立つ。でもそれを感じた時には俺はもう攻撃を繰り出していて)

炎獣(ああ、意識が海の底に沈んでしまったような)

炎獣(なんだろう、これは)

炎獣(――静かだ)



武闘家(思考は必要ない)

武闘家(ただただ、どう動くかは身体が知っている)

武闘家(ふふ。ぬふふふふ)

武闘家(あはははははは)

武闘家(そう、身体を極限の状態で動かす喜びに、身を委ねるだけ)

武闘家(………ここまでの高みに辿り着いたのは初めてだ)

武闘家(ここには、こんな世界が広がっていたのか)

武闘家(足りないものは、何もない)

武闘家(生きていて良かった。もうこれ以上はない)

武闘家(ずっと…)

武闘家(ワシはこれが欲しかったんだ)



ドゴガガガガガガガガガッ!!!



炎獣「」ヒュ

武闘家「」…ヒュ



氷姫(!! 僅かに人間の反応が遅れた――)



ドガッ

武闘家「!!?」



ズドドドドドォンッ!!


氷姫「っ、直撃した!!」

氷姫(港の方まで、吹っ飛ばしたっ!)

炎獣「…ハッ…ハッ…」

炎獣「…ハッ…?」ポー

氷姫「やったわね!! 炎獣!!」

炎獣「…ハッ…やった…?」

炎獣「あれ、アイツは…?」

氷姫「何言ってんのよ、今アンタが殴り飛ばしたでしょうが!」

氷姫「町の家々をぶち抜きながら、海の方まで飛んでったわよ」

炎獣「そ…うか」

氷姫「ったく無茶して! そんな怪我しながら、信じられないわ! 早く木竜のジイさんの所に行くわよ!」

氷姫「何だったワケ、あの人間! 人間の動きしてなかったわよ! 気が気じゃなかったんだから…本当にもう!」

炎獣「………」


氷姫「な…何よ? もうちょっと喜びなさいよ」

氷姫「あ、何? 町壊したこと気にしてるワケ? 大丈夫よ。魔王もああ言ってたし」

氷姫「雷帝の頭でっかちがなんか言ってきたら、今度はあたしが言い返してやるから!」

氷姫「ほら、早く――」

炎獣「ふ、ふふっ」

氷姫「?」

炎獣「ねえ、氷姫。多分さ。多分だけど」

炎獣「あいつは、まだ生きてるよ」

氷姫「え…?」

炎獣「分かるんだ、あいつの事なら。あれぐらいで死ぬはずがない」

氷姫「な、何言ってんのよ、アンタ。だって、アンタの全力の一撃が、あいつの胴に直撃して…」

炎獣「俺は多分、世界中の誰よりもあいつの事を理解してる」

炎獣「あいつも…俺の事を分かってくれた」

氷姫「ちょっと…大丈夫、あんた!?」

炎獣「…こんな事、初めてだったんだ」

炎獣「俺を分かってくれた奴」


炎獣「ほら」ニヤァ

氷姫「は? 何処見て…空?」

氷姫「っ!? 何、あれ…っ」

氷姫「船が…――ガレオン船が、宙に浮いてる」

炎獣「まだ、闘えるんだ」

氷姫「も、もしかして、あいつっ! あそこに居るの!? 自分で投げ飛ばして、自分で乗ってここまで飛んでくるつもり…!?」

氷姫(炎獣の本気をまともに受けて…しかも片腕のはずよ…!?)

氷姫(あまりにも…馬鹿げてる…!!)

炎獣「こっちから行くさ」


炎獣「あの世界にもう一度」


氷姫「炎、獣…!?」

氷姫「ちょっと、待っ



炎獣「」ダンッ!!



ヒュオオオオ…!!

武闘家(さあ、もう一度)

武闘家(もう一度だけ、ワシをあの世界に連れて行ってくれ)

武闘家(…もはや、身体は長くもたぬ。声も出ないし、視界も半分とない。骨は砕け、内臓も潰れとる)

武闘家(これが最後。だがそれでいい)

武闘家(さあ…友よ)



炎獣「よぉ、オッサン」スタッ

炎獣「ほんと、馬鹿デカイもん投げ飛ばすの好きだよな、あんた」

武闘家「…」ニィ

炎獣「さあ、やろうぜ」ニヤァ


武闘家(この宙に投げ飛ばした大型船が、地上に墜落するまでの刹那)


武闘家(最後にここで、あの愛しい時間をもう一度)



雷帝「あれは…!?」

木竜「なんじゃあ!? 巨大船が、飛んできおった――」

魔王「…! 炎獣!?」

雷帝「えっ!?」

木竜「ぬっ! 飛んでいる船の上で闘っておるのか!?」

雷帝「何だと!? 馬鹿なっ!」

魔王「…っ」

魔王(炎、獣!! 駄目…!!)

魔王(その人間の目…危険すぎるっ!)




炎獣「」ビュッ

武闘家「」ボッ

炎獣「」ギュンッ

武闘家「」ヒュオ

炎獣(きた)

武闘家(きたきた)

炎獣(すべてが見えて、何も見てないような)

武闘家(すべてを動かし、何も動いていないような)

炎獣(ただ胸のうちにあるのは)

武闘家(喜びだけ)




氷姫「…炎獣のあんな顔」

氷姫「初めて見る、な」

氷姫「………でも」

氷姫(ごめん。あたしは、どうしても…アンタに死んで欲しくない)



パッ

武闘家(うぬん? なんじゃ。急に意識が、独立してしもたぞ)

武闘家(闘っておる。あれが、ワシ?)

武闘家(うむ、いいぞ! そうじゃ、そこ! ああ、違う違う!)

武闘家(…って。どうなっとるんじゃこの状況。闘っとるワシらを外から眺めとるぞ)

武闘家(そういえば…何処かで聞いたことがあるな。頭が急速に働き過ぎると、周囲を置き去りにして妙な世界が見えるんだとか)

武闘家(これが、そうなのか? それとも、もう半分くらい死んどって、魂が身体から抜け出しているのかもしれんの)

武闘家(あれだけボロボロじゃったら、まあそれも頷けるわい。我ながら、死に損ないじゃのお)

武闘家(自分を外から見るなど、なんだか変じゃな…)


武闘家「」ゴッ

炎獣「」グンッ

武闘家「」ブォ

炎獣「」バッ


武闘家(………)

武闘家(あんな、楽しそうに笑えるんじゃったか、ワシは)

武闘家(子供みたいじゃな)


武闘家(魔族の小僧も、まあ楽しそうだこと)

武闘家(殺し合いだぞ、分かっとるのか。ったく)

武闘家(じゃが、なんじゃ。あやつ…)

武闘家(…ああ、そうか)

武闘家(あやつは、ワシの若い頃にそっくりなんじゃな)

武闘家(だから叱り飛ばしてやりたくなったり、妙な愛着を持ってしまうんじゃな)

武闘家(生涯孤独じゃったワシが、な…可笑しな事じゃ)


武闘家(………ああ、船が墜落する)

武闘家(悲しいかな、終わりの時じゃ。気づいてしもうた)

武闘家(名も知らぬ魔族の小僧よ。おぬしが次に繰り出す攻撃を)

武闘家(ワシは若かりし頃…受けたことがあった)




武闘家(すまぬな。ワシの、勝ちじゃ)





炎獣(――!)

炎獣(あれっ、この技をそんな風に避けるのかっ!)

炎獣(すげぇすげぇ!! ほんとにすげぇ!!)


武闘家「」ギュッ…


炎獣(…あ)

炎獣(そっか。俺の負け、かよ)

炎獣(俺の次の一撃が届く前に、アンタの拳が俺の頭を砕く)

炎獣(チクショウ。悔しいなあ)

炎獣(あんたが居れば、俺もっと強くなれる気がするのに)

炎獣(おしまい、か)

炎獣(死ぬのか)

炎獣(――死…)











氷姫「はああああああああっ!!」


パキィイインッ!!!





武闘家「ッ!?」

炎獣「!!」




武闘家(あーあ)

武闘家(なーんじゃ。結局最後は別の魔族に邪魔されおった)

武闘家(胴体が氷付けにされて身動き取れなくなっとる)


武闘家(…かっかっかっか! そりゃそうか)

武闘家(元々、魔王の一行に挑んだ闘いじゃ。邪魔されても文句なぞ言えん)



炎獣「あッ…!」



武闘家(拳を止めようとせずとも良い、小僧よ。これも、闘いの形じゃ)

武闘家(結局、ワシは魔王の足元にすら届かなかった)

武闘家(小僧との、サシであれば勝てたやもしれぬが………)

武闘家(………ん。なんじゃ、ワシは)

武闘家(″勝ち負け″すら、どうでも良くなってしもーたのか)

武闘家(ははっ。最後の最後で、これかよ)



武闘家(魔王と人間の闘いとか)

武闘家(ワシの人生うんぬんとか)


武闘家(そんな事よりもただ)







武闘家「…楽しかったぞ」ニ…





炎獣「!!」

炎獣(駄目だ、攻撃が止まらな――)










グシャッ――




ズズゥ…ン!!


雷帝「船が墜落した…!」

木竜「炎獣は!?」

魔王「………爺、急いであそこへ連れて行って」

木竜「承知!」バサッ

ビュウンッ!
















炎獣「………」

ヒュォオオ…


バサッ バサッ

魔王「炎獣!」タタタ…

木竜「! おぬし、なんじゃその姿! よくそれで戦っておったな!?」

魔王「爺、治療を」

木竜「うむ」

雷帝「敵は!?」


氷姫「…あれよ」ス…

氷姫「もう………死んでるわ」


雷帝「!」

魔王「良かった…。倒したのね」

木竜「全く無茶をしおって!」ヒュィイイン

炎獣「………」

炎獣「俺が一人で倒したわけじゃないさ」

雷帝「何?」

炎獣「――なんで」


炎獣「なんで手出ししたッ!!」


氷姫「っ…」


雷帝「お前、何を言ってるんだ!? あんな危険な敵を、一人で倒す必要がないだろう!」

炎獣「…」ギリ…

氷姫「…」

氷姫「…ごめん」

雷帝「おい、氷姫! お前までどうしたんだ!?」

魔王「………炎獣」

魔王「自分が死んでしまっても構わなかった…なんて言うつもりでいる?」

炎獣「…」ギュッ

炎獣「邪魔、されるくらいなら…っ!」

氷姫「………」

雷帝「何だと…!? お前、自分が何を言っているか分かっているのか!?」

炎獣「…っ!」ダッ

木竜「これ、待たんか! まだ治療は終わっとらんちゅーに!」バサッ


魔王「炎獣…」

雷帝「…放っておきましょう。少し頭を冷やすべきです」

魔王「…」

雷帝「…。翁もついてます。心配はいりませんよ」

魔王「そう、ね。整理する時間もいるかもしれないわ」

雷帝「全く、理解し難い思考回路ですがね。勝てたのだから、その上何を望むというのやら」

魔王「…それにしても、炎獣を倒しかねない程の能力を持っているなんて。にわかには信じられない」

雷帝「はい。人間には今まで見られなかった戦闘能力を有していたようですが…しかし、これ程の者が何故、最前線に送られてこなかったのか」

雷帝「単独行動をしていた辺り、王国軍とは関係を持っていなかったのかもしれませんね」

魔王「王国に属していなくとも…この先、人間は、種としての存亡をかけて私達の前に立ちはだかるかもしれない」

魔王「色んな立場の者が…色んな形をとって」


氷姫「………」


――炎獣「何で手出ししたッ!!」


氷姫「…」ギュウ…

ポンッ

魔王「氷姫。行こう」

氷姫「え、ええ。そうね」

魔王「…炎獣を、助けてくれて」

魔王「ありがとう、氷姫」

氷姫「………」

氷姫「うん…」







今夜はここまで

来週、また投下…出来たらいいなあ…

炎獣「…」ボー

炎獣「…」ボー

炎獣「…」ヨダレダラー




木竜「…ふぅ。全く、ひどい呆けっぷりじゃな」

木竜「おい。炎獣、終わったぞ」

炎獣「…んあ?」

炎獣「…あー………ありがとよ、じいさん」

木竜「腹に穴が開いておった上に、あっちこっちボロボロだったんじゃ。全部が全部元通りというワケにはいかん。暫くは身体を慣らせ」

木竜「下手に今まで通りの動きをしようとした所で、肉体がついてこない…という事態になりかねん」

炎獣「…あー、うん」

木竜「………どんな奴じゃったんじゃ?」

炎獣「え…?」

木竜「この爺に、聞かせてみぃ」

炎獣「…」

炎獣「強かったよ。…闘いが、好きなんだなって」

炎獣「そればっかりしてた、その生涯をぶつけられているような」

炎獣「ひりひりするような…まるで闘気の塊のような…」

炎獣「…」

木竜「…そうか」


木竜「若いうちは…腕を試したくなるもんじゃ。少なくとも儂ら魔族にはそういう血が流れとる」

木竜「儂も若い頃は随分と無茶ばかりしたものじゃ」

炎獣「…じいさんが?」

木竜「うむ。竜族の血の気の多さは知っておろう」

炎獣「あー…」

木竜「力こそが全てじゃと。多くの敵をねじ伏せ、四天王の座についた時は、それを力の象徴のように感じたものじゃ」

木竜「…じゃが。下を纏める者というのは、力だけではだめなのじゃと、程なくして思い知る」

木竜「炎獣、お前は先代の火の四天王と代わって間もなかったな?」

炎獣「…そうだけど」

木竜「お前もそのうち、嫌と言うほど感じるようになるわい。ほっほっほっ」

炎獣「………」


炎獣「力を、強さを求めるのは…間違ってんのか」

木竜「一概に、そうも言いきれんがな。強さは四天王たる大前提じゃ。それがあるからこその今回の作戦でもあるしのう」

木竜「じゃが、そこだけに留まってはいかん。そこから得たものは…世を生かすために使わねばならん」

木竜「お前は、その立場にある」

炎獣「…世を生かす、ため? …なんだか、よくわからねーよ」

木竜「炎獣。お前にも素質はあると、儂は思うぞ。そのひたむきな真っ直ぐさは、お前の良いところじゃ」

木竜「そして、この世のために必要な大事なものを誰より持っているのが…姫様じゃ」

炎獣(魔王…)

木竜「儂は長いこと生きておるが、姫様には敵わんと思うとる」

木竜「勿論、それは単純な強さの話ではない。…あの方は、儂ら魔族の未来を背負っていけるだけのお方じゃ」

木竜「その姫様に、お前は四天王として力を必要とされているのじゃ。…それを、忘れてはいかんぞ」

炎獣「………ああ」

炎獣(…そう、だったな。俺は、魔王の…)





魔王「いよいよ、最後の砦…」

魔王(ここを越えれば、人間には私たちを迎え討つ術はない。懸念すべきものがあるとすれば)

魔王(――勇者)

魔王(勇者が打って出てくる可能性はないとは言い切れない。けど、人類にとって勇者は、いわば最後の希望)

魔王(あちらから来るならば、却って好都合だわ。先に勇者を倒しさえすれば)

魔王(………戦いは、終わる)

魔王「…」

魔王「終わらせてみせる…」


雷帝「魔王様」ザッ

魔王「…雷帝。ちょうど良かった。これからの事、相談しようと思ってたの」

雷帝「は。王国軍との戦いですね」

魔王「うん。本隊を倒したとは言え、あの砦にはまだかなりの王国軍がいるはずだから」

雷帝「ええ、決して楽観視できる数ではありません。それに、港町で少々足止めを食ったために時間を与えてしまったのも痛いところです」

雷帝「加えて、港町のエネルギー砲や、炎獣を追い詰めた者など、今だ人間側がどんな手を隠し持っているか定かではありません」

魔王「…」


魔王「雷帝…ありがとう」

雷帝「え?」

魔王「雷帝がいてくれるのが、とても心強いなぁ…て、ね。ごめん、話を遮って」

雷帝「い、いえっ…///」

雷帝(お、落ち着け。平常心、平常心…!)

魔王「…」

雷帝(魔王、様…)

雷帝「わ、私は…! 魔王様の為ならば、命も惜しくありませんっ!」

雷帝「魔王様は、この争いを終わらせることが出きるだけのお方だと信じています! ですから…」

雷帝「魔王様が、これ以上″力″を使い、生命を削るような事は…私がさせません」

魔王「雷帝…」

雷帝「港町では遅れをとり、魔王様は魔弓を使われました。あのような事にはならないよう、今回は確実にここを切り抜けます」

魔王「でも――」

雷帝「分かっています。他の四天王が犠牲になるような事にもさせません」

雷帝「お任せ下さい、魔王様」

魔王「………うん」

魔王「信じるわ。雷帝」




氷姫「………」






「魔王が来るぞ!!」

「全軍、展開!!」

「急げ!!」









少し離れた丘の上


狩人「…ふーん。王国軍は打って出るみたいだよ」

剣士「へっ、急に俺らんトコから軍を引いたと思ったらよォ…そういう事かい」

吸血鬼「王国軍の会話の内容は聞き取れますの? エルフ」

エルフ「うーん…まっ、要するに籠城しても無駄だから、死なばもろともで魔王を倒しにかかるみたいだねっ!」

斧使い「…」

ハーピィ「うぅ…また戦争かぁ、怖いよう」

騎士「恐怖に怯えていては剣先が鈍りますぞ」

魔女「そうは言うが、誰もおんしのように死に急いでないからな。…それより、どうするんじゃ、軍師?」

軍師「…ふむ」


軍師「…我々、辺境連合軍は、今まで王国軍から我らの大地を守るべく戦ってきました」

剣士「マジで、血ヘド吐く思いでな」

軍師「が、その王国軍が今、滅ぼさんとされています」

魔女「なんと情けないものよ」

軍師「新たな敵…魔王。これに対し、我らがどう行動を取るのか。これはこの辺境連合軍の意義を問うような問題です」

斧使い「…」

軍師「我らが盟主よ…決断の時が来たようです」







「………あー、んー…そうだな」

「まあ、アレだ。なんにせよ、俺らがやる事っていやぁ…」



盗賊「かっさらう事、だろ?」





【盗賊】




傭兵の町の兵団


剣士「――ってなわけで、魔王と戦うことになったぜェ」

「はぁ!? 魔王と!?」

「ざけんじゃねぇや、王国軍に肩貸すってか!?」

剣士「ま、そういう事になるのかもしれねェが…結果としてそれが、俺らの町を守ることに繋がるワケよォ。…何より」

剣士「こりゃ盗賊の決めたことだ」





エルフの兵団


「…盗賊様が」

エルフ「そう! あの人、頑固だからさー、こうって決めちゃったからにはしょうがないよね、皆っ!」

「…」

エルフ「…ね、ねー?」

「…盗賊様が決められたことなら」

「ええ。私たちはそれに従うのみです」

エルフ「およよ…?」

「我々エルフは、先の大戦で王国軍に敗れ、三等国民として虐げられてきました」

「それを、解放して下さったのは盗賊様です」

「盗賊様がいなければ、この命、無かったも同じ。私たちは盗賊様の決めたことならば異論ありません」

エルフ「…ふふ」

エルフ「そう、だね。そうだよね」

エルフ「私も皆と同じ気持ちだよっ」


騎士団


騎士「我らの国は、あわよくば王国に飲み込まれる所であった」

騎士「王国は卑劣な策で、騎士道の国たる我らを従えようとしていたである」

騎士「その時、辺境の隅で反乱を起こしたのが盗賊殿であった」

騎士「我らは、その勇気に励まされ、連合軍として共に剣を取ることに決めた」

騎士「…皆の者」

騎士「魔王との闘いは今までのそれよりも熾烈を極めるものになるやもしれぬ!」

騎士「しかしっ! 我らの闘いはひとつも変わらぬっ!」

騎士「故郷の家族を思えっ! 隣に立つ戦友を思えっ!!」

騎士「今こそ!! 練り上げた剣の腕を示すのだぁっ!!」

「「「ウオオオオオオオッ!」」」




魔女の兵団


魔女「あやつにしてみれば、今までと変わらぬ、盗みのひとつなのやも知れぬ」

魔女「王国軍に奪われた領土を盗み返す、と始めたこの戦乱も」

魔女「王国の魔導研究施設でオモチャにされていた妾達を救ってみせたのも」

魔女「…そして、今回は、王国軍から魔王討伐の手柄を、盗んでしまおうというわけよ」

魔女「全く、呆れた男よ。…しかし」

魔女「妾は、そんなあやつが嫌いではない」

魔女「――皆、力を貸してくれるな?」


「「「はい!」」」


盗賊「………」ソ…

盗賊(皆…)

盗賊「…すまねぇ」


軍師「何を、コソコソしてるんですか」ヌッ

盗賊「のわっ!? おまっ、どっから出てきた!?」

軍師「失礼な。ずっと盟主様の後ろに居ましたよ」

盗賊「こ、怖ぇよ。何なのお前。軍師より忍びの方が向いてんじゃないの?」

軍師「盗賊を名乗っていながら、気配も感じ取れないあなたの方が廃業するべきかと思いますが」

盗賊「うっせーわ!! マジうっせーわ!!」

軍師「ボキャ貧」

盗賊「むぐっ…!」

軍師「実際、総大将のあなたが後ろを取られてあっけなく死なれてしまっては、それでおしまいですからね」

軍師「もっとも、盗賊様のような風体の人物がこちらの将とは、魔王も思うまいとは思いますが」

盗賊「悪かったな、貧相な見た目でよ!」

軍師「あなたがそうだから、我々辺境連合には翼の団という名前があるにも関わらず、″賊の一団″なんて呼ばれるんですよ」

盗賊「じゃかーしい! 元々は、ただの盗賊団だったんだ。それがいつの間にか…」

盗賊「――こんな、デッカいお祭り騒ぎになっちまいやがってよ」



軍師「よくもまあ、これだけ多種多様な民族や町をまとめ上げたものですね。感心を通り越して呆れてきますよ」

盗賊「お、お前なあ。お前が、王国軍に勝つにはそれしかないって言ったんだろうが!」

軍師「そうは言いましたが、ここまでやるとは正直思いませんでした」

盗賊「しょーがねーだろーが…王国の陰で苦しんでた連中は沢山いたんだ」

盗賊「そいつらを拾ってたら、いつの間にかこんなことに…」

軍師「このお人好し」

盗賊「おい軍師さん、俺一応お前の上司なんだけど」

軍師「まあ、そんなあなただから、皆ここまでついてこれたのですよ」

盗賊「…ったく…ガラじゃねぇぜ」

軍師「………珍しく、弱気なんですね。いつもは他の皆には見せない顔」

盗賊「うっせ。つーか、二人でいる時ぐらいお前も敬語やめろよ」

軍師「もう、癖みたいなものですから」

盗賊「…あっそ」

>>177
ミス
2レスに分ける予定でした、投下し直します


盗賊「………」ソ…

盗賊(皆…)

盗賊「…すまねぇ」


軍師「何を、コソコソしてるんですか」ヌッ

盗賊「のわっ!? おまっ、どっから出てきた!?」

軍師「失礼な。ずっと盟主様の後ろに居ましたよ」

盗賊「こ、怖ぇよ。何なのお前。軍師より忍びの方が向いてんじゃないの?」

軍師「盗賊を名乗っていながら、気配も感じ取れないあなたの方が廃業するべきかと思いますが」

盗賊「うっせーわ!! マジうっせーわ!!」

軍師「ボキャ貧」

盗賊「むぐっ…!」

軍師「実際、総大将のあなたが後ろを取られてあっけなく死なれてしまっては、それでおしまいですからね」

軍師「もっとも、盗賊様のような風体の人物がこちらの将とは、魔王も思うまいとは思いますが」

盗賊「悪かったな、貧相な見た目でよ!」

軍師「あなたがそうだから、我々辺境連合には翼の団という名前があるにも関わらず、″賊の一団″なんて呼ばれるんですよ」

盗賊「じゃかーしい! 元々は、ただの盗賊団だったんだ。それがいつの間にか…」

盗賊「――こんな、デッカいお祭り騒ぎになっちまいやがってよ」


軍師「よくもまあ、これだけ多種多様な民族や町をまとめ上げたものですね。感心を通り越して呆れてきますよ」

盗賊「お、お前なあ。お前が、王国軍に勝つにはそれしかないって言ったんだろうが!」

軍師「そうは言いましたが、ここまでやるとは正直思いませんでした」

盗賊「しょーがねーだろーが…王国の陰で苦しんでた連中は沢山いたんだ」

盗賊「そいつらを拾ってたら、いつの間にかこんなことに…」

軍師「このお人好し」

盗賊「おい軍師さん、俺一応お前の上司なんだけど」

軍師「まあ、そんなあなただから、皆ここまでついてこれたのですよ」

盗賊「…ったく…ガラじゃねぇぜ」

軍師「………珍しく、弱気なんですね。いつもは他の皆には見せない顔」

盗賊「うっせ。つーか、二人でいる時ぐらいお前も敬語やめろよ」

軍師「もう、癖みたいなものですから」

盗賊「…あっそ」


軍師「何、むくれてるんですか?」

盗賊「…別に」

軍師「ふふ。喜ばしいことじゃないですか。翼の団の皆が、賛同してくれたんですから」

盗賊「…」

軍師「バラバラなひとつひとつの軍隊を、ひとつに纏めあげていたのは、″打倒王国″だった」

軍師「それを、急に″打倒魔王″に舵を切るなんて…正直誰もついてきてくれないかと思いましたよ」

盗賊「ぐ、軍師のお前がそれを言うか…」

軍師「蓋を開けてみれば、満場一致です。――…つまり、翼の団を纏めあげていたのは、貴方の力だったのですよ」

盗賊「………」

軍師「重い、ですか?」

盗賊「…今回ばかりは、どう転ぶか分からねぇ。何て言ったって、あの魔王だ」

盗賊「少なくとも、沢山の人間が死ぬだろうな」

軍師「――戦争とは、そういうものです。今までだってそうでした」

盗賊「…お前は、強いよ」

軍師「いえ、私はただ、色々な感覚が麻痺しているのです。そうでなくては、軍師として数々の判断を下すことは出来ませんでした」

軍師「本当に強いのは…あなたです」

盗賊「…ははっ」

盗賊「そう、信じたいね」

すみません、きょうはここまで


盗賊「…」

軍師(………悲しそうな、目。重いものを背負った背中)

軍師(この人に、ここまで背負わせて…私の選択は、本当にこれで良かったんだろうか)

軍師「………盗、賊」ス…

吸血鬼「あら、ここにいらっしゃいましたの? 盗賊様!」シュタ!

軍師「!」パッ

ハーピィ「あーん! もう、待ってくださいよう、吸血鬼さーん!」フラフラ

吸血鬼「ハーピィ、貴女の翼は飾りでして? そのような鈍足では、王国兵の弓に撃ち落とされてしまいますわよ?」

ハーピィ「そ、そんなぁ…」

盗賊「おう、賑やかじゃねーかよ。そっちはどうだ?」

吸血鬼「あんっ、盗賊様! 今日も素敵なお姿ですわ!」ダラー

盗賊「ねえちょっと、涎垂れてますけど。ねえそれどうして?」

ハーピィ「と、盗賊しゃまっ! わ、我々、異形の民は、元より盗賊しゃまの元を置いて居場所などなく…!」

吸血鬼「おうコラ餓鬼んちょ、てめー何わたくしの台詞とってるんですの?」ア?

ハーピィ「ひ、ひぃいい! だって話が逸れそうだったからぁ!」

吸血鬼「やかましいんじゃボケナスッ! このわたくしの一世一代の決め台詞をっ!!」ガバッ

ギャアアアッ タスケテー! ウルセェオラァ! ドガシャーン

軍師「…」

盗賊「あのー、もしもーし」

吸血鬼「うおら!」ブン!

ハーピィ「きゃっ」ヨケ

盗賊「へぶっ!?」バキッ


軍師「大丈夫ですか? 盟主様」

盗賊「…心配してるなら助け起こそうとかしないんですかね」

軍師「いえ、それはあなたの業として与えられしあなたが乗り越えるべき試練ですから」

盗賊「ぁあ? 何言ってんだお前…」

狩人「よーするに妬いてるんだよ」

盗賊「おわっ!? 狩人、お前いつから…!」

狩人「ん? 僕は、盗賊が皆の反応を覗き見しようとキャンプふらふらしてる時から見てたけど」

盗賊「うっ…」

狩人「予想外に上がっていく軍の士気、眺めながら遠い目してる所も見てたし」

盗賊「ヤ、ヤメロ…」

狩人「もっと言えば、それを離れた所から切なそうに見つめる軍師さんも見てたよ?」

軍師「なっ…!?」

狩人「軍師さん、可愛いとこあるよね」クスクス

軍師「…狩人」ゴゴゴゴ

盗賊「こいつが可愛い? お前ガキのくせにこういう女が好みなワケ?」

盗賊「やめとけやめとけ、コイツは。性格キツいし、味方すら罠にハメるし、飯はマズいし、胸はないし…」

軍師「」ピシッ

狩人「うわ、オワタ」



軍師「盟主様。ちょっとこちらへ」ガシ

盗賊「…んっ?」

軍師「久しぶりに私のテントで″お話″しましょうか」

盗賊「っ!? おい、ちょっ! ま、まさかアレか!? アレは勘弁してくれ!! おいっ!!」ズザザザ…

軍師「問答無用」

盗賊「ぎやあぉああァあ!! 誰かぁあぁあぁあ!!」


狩人「南無三…」

狩人「まったく。こんな調子でホントに大丈夫なのかね…って」

狩人「やあ。斧使いのオッサンじゃない」

斧使い「…」

狩人「そっち、どうだったのさ?」

斧使い「…」コク

狩人「…そっか。アンタんとこの集落が出てくれたら、心強いや。確か、全員が狂戦士の民族なんだったよね?」

斧使い「…」

狩人「よく、あの頭の固そうな長老達がOKしたね。あんたが説得を?」

斧使い「…」

狩人「っはは、そんなわけないか」

斧使い「…」


狩人「まあ…皆、分かってるよね」

狩人「王国が魔王にやられたら、次の標的は自分達だ、って」

斧使い「…」

狩人「ついこの間まで、翼の団は自分達のために戦ってたのにね………こんなにガラッと状況、変わっちゃうなんてなあ」

狩人「人間が、生き延びられるかどうか。そういう事なんだよね、もう」

斧使い「…」

狩人「王国の奴らに手を貸すなんて気に食わないけどなぁ。ま、軍師さんなら、戦いの後の事も考えて、上手いことやってくれるかな」

斧使い「…」

狩人「そしたらさ、僕ら盗賊に近い仲間だし、取り立てられて大出世しちゃったりしてね!?」

狩人「狩人将軍…なんて呼ばれたりして、さ! あ、アンタは軍に据え置きの師範とかかな、やっぱり」

斧使い「………」

斧使い「…」フルフル

狩人「――…うん。分かってるよ」

狩人「生きて帰れるか分からない戦いになるって事くらい」

狩人「だから、皆もあえて普段通り明るく振る舞ってるって事ぐらい」

狩人「僕だって、分かってる」


狩人「魔王…か。どんな奴なんだろうね?」

斧使い「…」

狩人「………怖い、な」

斧使い「…」ポン

狩人「…」

剣士「おやー? お坊ちゃんは怖くてぶるっちゃったのかなァ?」

狩人「っ! け、剣士」ゴシゴシ…

剣士「らしくねぇなァ。いっつも斥候やって敵軍のギリギリまで潜り込むような奴がよォ」

狩人「う、うるさい!」

剣士「ま、死にたくないなら今のうちに逃げ出した方が良いと思うけどなァ、俺は。的を外した矢が後ろから飛んできちゃたまんねェし」

狩人「なんだって…!?」

エルフ「ちょっと、キミって男は。もうちょっと上手い励まし方ってもんがあるだろ?」

剣士「あァ…? チッうっせーな反省してますwwwww」

エルフ「あのねぇ…」

魔女「それだけ余裕があるのだ、戦場ではいつもの倍働いて貰おうぞ」

剣士「うぜぇババア」

騎士「下手に動き回られては足手まといになりかねませんぞ」

剣士「あ? なんだテメェこの鉄人形が。テメェから刀の錆にしてやろーか?」

騎士「貴様ら傭兵ごときの剣では、我輩に片膝つかせることも出来ぬ」

剣士「ほおぅ…面白れェ」ピキピキ

騎士「やるのか?」


キィン! ジャキィ! ガッ!

エルフ「ちょ、ちょーっとぉ! こんな所で斬り合ってる場合じゃないでしょお!?」

魔女「放っておけ、エルフ。…のう、狩人」

狩人「魔女のばっちゃん…」

魔女「心配するな。翼の団は、今まで幾つもの戦場を切り抜けてきた」

魔女「王国軍の圧倒的な数の圧を跳ね返して、時に勇敢に、時に狡猾に、生き延びてきた」

魔女「月並みな言葉だがな…一緒なら大丈夫よ」

狩人「………うん」

魔女「あとな」



魔女「ばっちゃんじゃなく、オネーサンと言え」

狩人「あ、ハイ」

エルフ「い、いやオネーサンは無理があるんじゃ」

魔女「何か言ったか?」

エルフ「イエ、何モ」

斧使い「…」

斧使い「…」ニ…


剣士「い…今剣を引けば…特別に許してやらァ」ゼェハァ

騎士「…そっくり…そのまま…貴様に返そう…」ゼェハァ

剣士「ケッ…後悔してもしらねェぜ…!」

騎士「望む、ところ…!!」



ハーピィ「わぁあっ!? どいてどいてぇ!!」

「「!?」」


ドンガラガッシャーン!!


エルフ「うわ…痛そお」

狩人「何やってんの、あの人達」

魔女「全く、緊張感のない奴らだのう」


吸血鬼「盗賊様!? 盗賊様はどこ!?」シュタッ

狩人「盗賊なら、軍師さんと一緒に軍師さんのテントに行ったけど」

吸血鬼「な、なんですってー!? あのメガネ女狐! ちょっと目を離したスキに、私を差し置いて盗賊様と二人っきり…」

軍師「だれが狐ですかこのコウモリ女」

吸血鬼「どへぇー!? ちぃっ、私の背後を取るなんて中々腕を上げましたわねっ!」

軍師「食らえニンニク爆弾」ポイッ

吸血鬼「あぎゃぁあああッ!? やめろっつってんだろこの貧乳!!」

軍師「あ?」

エルフ「どーでもいいけどメガネ女狐って言いづらいね」


盗賊「おーおーメチャクチャだな、相変わらずウチの幹部はよ」

エルフ「あっ、盗賊!」

剣士「ゲホッ…ああん? なんだ盗賊。テメーのその格好はよ」

盗賊「…や、やっぱ似合わない?」

騎士「ゴホッ…いえ、大変凛々しいですぞ」

魔女「ほう、これは大したものじゃ。孫にも衣装じゃな」

盗賊「…馬鹿にしてねーか?」

ハーピィ「ゲホゲホ…そ、そんな事ないですっ! とても素敵ですっ!」

吸血鬼「はぁーん! 盗賊様…っ! なんて美しい戦衣装ですのーッ!!」

盗賊「そ、そうか…?」

斧使い「…」コク

狩人「確かに。なんだか引き締まって見えるね」


盗賊「なあ、皆」

盗賊「俺には、ちょっとばかり特別なチカラがある」

ハーピィ「?」

軍師「…」

盗賊「ある時、教会の連中の荷車を狙ったことがあって…その時、不思議な石像を見つけて」

盗賊「石像が急に輝き出したと思ったら…この身体に不思議なチカラが宿った」

盗賊「ま、ここにいる皆には今さら話すことでもないよな」

斧使い「…」コク

魔女「妾達を救い出したのもその力だったの」

騎士「我らの窮地に現れた時も…そうでしたな」

盗賊「奇跡の力だ、聖なるご加護だ…この力のことを有り難がる人間は沢山いた。まったく、俺には身の丈に合わない大それた力だよ」

盗賊「俺は…このチカラが好きじゃなかった。何だか面倒事ばっかり運んできやがってよ」

盗賊「辺境の片田舎でケチな盗賊団やってたはずの俺は、気づけば大勢の人々に担ぎ上げられてた。いつの間にか、その集団には″翼の団″なんて立派な名前がついてた」

盗賊「なんつーか…ヒジョーにらしくねぇんだけど」

盗賊「今は、この力に感謝したい気分なんだ。皆と繋ぎ合わせてくれた、この力に」

軍師「…」

盗賊「俺に宿ったこの″翼″の力。その力が本当に女神様の与えた聖なる力の賜物だってんなら」

盗賊「魔王だって、倒せるんだ…って、今はそう信じてる」


盗賊「この″翼″は、きっと、俺たちを勝利へ導いてくれる」

盗賊「だからよ…」



盗賊「………勝とうぜ、皆」




軍師(…盗賊)

ハーピィ「はいっ。盟主様っ!」

斧使い「…」コク

エルフ「頑張ろう、ねっ!」

魔女「当たり前じゃの。負ける気などハナから微塵もない」

剣士「ババァに同じく。………どわっ!? 何しやがる!?」

狩人「ちょっ、僕を巻き込まないでよ!?」

騎士「我らに勝利を!!」

吸血鬼「はぁんっ、盗賊様素敵すぎますわっ!! 地獄の果てまでお供致しますっ!!」






――――――
――――
――

軍師「全軍、出撃準備出来ています」

盗賊「おう。そーか」

軍師「…盟主様」

盗賊「ん?」

軍師「魔王側は、恐らくまだあ貴方の力の存在を知りません。その虚を突きます」

盗賊「…ん」

軍師「…また、その力に頼った作戦になってしまいます」

盗賊「構わねぇよ。…ま、つってもいつものは三回が限度なんだけどな」

軍師「…もし、それだけで魔王を追い詰められなかった時は…」

盗賊「…使うよ。奥の手をな」

盗賊「ははっ。まぁラスボスだしな。おあつらえ向きじゃねぇか」

軍師「…盗賊」

軍師「その翼の力は今までいつも貴方の味方だったわよね」

盗賊「ん?」

軍師「ねぇ…その真の力を解放したとき、貴方はどうなるの?」

軍師「生きて、帰ってきてくれる…?」

盗賊「…」


盗賊「大丈夫だよ」

盗賊「軍師が、そんな不安そうな顔すんな」ガシガシ

軍師「…」

盗賊「殺しても死なねぇような俺だぜ? いらねぇ心配すんな。それよりも」

盗賊「…作戦、頼りにしてんぜ。軍師どの」

軍師「――…はい」


盗賊「さぁて、んじゃまあ」





盗賊「ボチボチ行くか」








炎獣「腕が鳴るぜっ!」

木竜「くれぐれも、無理するんじゃないぞい」

炎獣「わぁかってるって! …あ」

氷姫「…っ」フイ

氷姫(やば…思わず、目そらしちゃった)

炎獣「…」

木竜「なんじゃ、何処を見とる?」

炎獣「えっ? い、いやぁ、あはは! 何でもねって!」

雷帝「魔王様。そろそろ」

魔王「ええ」







魔王「行きましょう」



王国軍陣地


兵士「前方に、魔王の一団発見! 間もなく、前衛の魔族3体と接触します!!」

将軍「よし、進めッ!!」

兵士「っ!? 四時の方向に、新たな…軍隊ですっ!」

将軍「な、何!?」

兵士「あれは…っ、辺境連合軍です!! 辺境連合軍が現れました!!」

将軍「なッ!?」

将軍「馬鹿な…奴らは東方にて暫く身動きが取れぬはず…!!」


「それ、軍師さんの流した嘘情報だよ?」

将軍「! 誰だ!」

王国兵「それが、辺境連合軍からの使者と名乗っている者でして…。そこで捕らえたのですが」

将軍「使者だと…?」

「捕らえた? 馬鹿言わないでよ。僕が君らみたいな鈍足に捕まるわけないでしょ」

「御使い果たしに、わざわざ来たってわけ。とっとと用件伝えて帰りたいんだけど、良いかなあ?」


狩人「…ね、将軍さん?」



将軍「何だと!?」

狩人「そーいう事だから、よろしくね!」

将軍「馬鹿を言うな! 戦いに味方するから辺境連合の国々の独立を認めろだと?!」

狩人「もともとこっちは独立国家ばっかだよ。そっちが攻めてこなきゃいいだけの話」

狩人「たかが期限つきの休戦が、そんなに難しいのかな?」

将軍「ぬっ…!」

狩人「このまま、王国が滅んでもいいわけぇ? ちょっとでも戦力が欲しいんじゃないのかなー?」

将軍「…!! 王国が滅べば、次は貴様らの番なのだぞ…!!」

狩人「知ってるよ、そんなこと。でも、″今″滅びそうなのは、そっちでしょ?」

将軍「ぐぅ…人類の危機に、貴様らは…!!」

狩人「ほーら、早くしないと手遅れになっちゃうかもよ?」

狩人「そもそも将軍には、魔王を絶対に倒す策があるのかな?」

将軍「………貴様らにはあるというのか」

狩人「僕らには、あのイカツい魔王のしもべを通り越して、魔王に直接攻撃する手立てがある」

狩人「正面からやるしかない王国軍とは、状況はかなり違うかも、ねぇ?」

将軍「くっ…」

将軍「………」

将軍「…くそっ!」


ザッ ザッ ザッ

炎獣「おー、いるいる! 人間の軍ってこんなに残ってたのかよ?」

雷帝「王国軍の半分以上は前線に送られてきていたはずだが…これが最後の足掻きだろう」

炎獣「まあそーなんだろーけど…なんかさー」

炎獣「…地味じゃね? 歩き、ってさ」

木竜「儂が乗せてひとっ飛び行きたいところじゃがのう…」

雷帝「魔王様の″魔神の傘″の加護を得て、確実にこの場をやり過ごすためだ、とさっきも説明しただろう」

炎獣「ああ…スゲーよな、この結界。お陰で、矢やらテッポウやら大砲やら、魔法まで弾いちまうんだからなー」

雷帝「範囲は限定されるがな。だが、だからこその徒歩だ。長期戦になるが、肉弾戦で人間の軍を蹴散らして行く」

炎獣「ま、俺はそっちのが好みだぜ!」

木竜「…代わりに、後方で詠唱をしている姫様には、指一本触れさせられんぞい」

氷姫「――問題ないわよ。あたしらより後ろには行かせないわ」

炎獣「お、おう! 魔王は俺らが守るっ!」

氷姫「…っ」

炎獣「な、氷姫!?」

氷姫「………」

炎獣「………あ、あれ…」

雷帝「…やれやれ」

木竜「集中せい、おぬしらは」


魔王「………」ゴォオオオオ



氷姫「…」チラ

氷姫(″魔王は″、か)

氷姫(…何を、当然のことを。あたしは一体、何を求めてるんだ)

氷姫(………)

氷姫(馬鹿らしい。あたしだってそれは一緒だ)

氷姫(もう、随分前に決めたこと)

氷姫(魔王を守るって)

氷姫(迷う必要は…)

氷姫(ないんだ)



氷姫「雷帝、爺さん」

雷帝「む」

木竜「なんじゃ?」

氷姫「………それから炎獣」

炎獣「お、おぅっ?」

氷姫「…守りきるわよ」



炎獣「…!」パア

炎獣「おう!!」



ウォオオオオオオオオオオオオ!!!

ドドドドドド…


氷姫「来たわね」

木竜「さあ、いよいよじゃ」

雷帝「お互いの攻撃に巻き込まれぬよう、距離を取るぞ」

炎獣「合点っ!」

雷帝「炎獣。この平原なら問題ない。――思いっきり暴れろ」

炎獣「! よっしゃああ! 任せとけ
!!」

木竜「ふむ、久しぶりにやるかの」

雷帝「氷姫」

氷姫「何よ」

雷帝「もしもの時は…」

氷姫「分かってるわよ。よく見ておくわ」

雷帝「頼む」

氷姫「あんたこそ」

雷帝「む?」

氷姫「…魔王に、ああまで言わせたんだから。やること、やんなさいよ」

雷帝「………無論だ」





炎獣「さあ――」

炎獣「踊ろうぜ、ニンゲンッ!!」

日曜まで跨いでしまいました。
ここまでです。


将軍「結界で遠距離からのダメージは与えられぬ!!」

将軍「騎兵隊、正面から斬り込めぇええ!!」

「うぉおおおおおおおお!!」


ドゴォンッ!!


「!?」

炎獣「ウオラァッ!!」


ドカァアンッ!!

「うわぁああぁっ!?」


将軍「何だ、あれは…」

将軍「大地が、えぐれて…人が木っ端のように宙を舞っている…」


炎獣「でりゃァアッ!!」


ズドォンッ


炎獣「なんだよっ!? こんなもんかニンゲン!!」


兵士「ち、近づけません!!」

将軍「ちっ…たった一匹で…鬼神か奴は!」

将軍(大気に立ち上っている陽炎…炎系魔族、炎の四天王か。代替わりがあったと聞いたが…)

将軍(魔族一の剛力の座は変わらず、か。あれに多勢で攻めいってもこちらに利は得られぬかもしれん)

将軍「左翼、右翼、展開!!」





木竜「グォオオオオオオォオオォオオオォオオッ!!」


兵士「う、右翼…ドラゴンのブレス攻撃が凄まじく…押し返されます…!」??



木竜「グォオオオオオオォオオォオオオォオオッ!!」

ゴォオオオオオオッ


将軍「化け物め…結界内部に銃兵が入り次第、一斉に撃ち込め!」

将軍「左翼は!?」

兵士「はっ、左翼は第七、第八騎兵が前進! 中央への援護に向かわせますか?」

将軍「構わん、そのまま直進! 結界を張っている人物を撃破せよ!!」



炎獣「ぁあっ!? すばしっこい奴らめ、いつの間にあそこまで…」

炎獣「つーか、雷帝の奴何やってんだよ!?」




第七騎兵長「よし、我々はこのまま直進、結界を解くぞ!!」ダッダッダッダッ

副長「相手は魔術師か!? 魔王か!?」

第七騎兵長「分からん! 魔王ならば、討ち取ったものは勇者を名乗れるな!」

副長「ならば俺が!!」

ヒュッ

副長「めp・#」

第七騎兵長「んっ? おいどうした…」

副長「」ドシャア

第七騎兵長「なっ!? う、馬ごと真っ二つ…だと!!」


第七騎兵長「なんだ、何処から!?」

騎兵「前方に敵影!!」



雷帝「気をつけろ、人間。そこはもう」ス…

雷帝「私の間合いだぞ」ヒュッ


スパパパパッ


「うわぁああぁッ!!」

「た、助けt°∵、」ブチュッ

第七騎兵長「な、なんだこれは…っ!」

第七騎兵長「あブ」ベシャ




兵士「だ、第七騎兵隊、全滅…」

将軍「…」


兵士「敵、じりじり前進しています!!」

将軍「………たった、三匹の魔族に」

将軍(前線の壊滅の報せを聞いた時には耳を疑ったものだが…悪夢のような連中だ)

将軍(しかし本当にそれで本隊が…いや、いずれにせよこのまま引くつもりもない)

将軍「中央、左翼は重装歩兵を前に出せ!!」

兵士「し、しかしあの破壊力の前では」

将軍「敵がいかに屈強でも、立ち止まるな!!」

将軍「決して歩みを止めるなッ!!」

将軍「我らの後ろに逃げ場などとうにないッ!!」

将軍「ここが、この王国軍が人類最後の砦だッ!!」

将軍「進めッ!!」

将軍「死して尚も前へッ!!」



「うぉおおおおおおおおおお!!!!」



炎獣「…へえ、やっぱ最後の最後っぺは流石に迫力あるぜぇ」

木竜「火事場の馬鹿力という奴か!」

雷帝「だが、気合い云々でどうにかなるほど…」

氷姫「――この四天王は甘くないわよ」






兵士「銃兵、結界内部に到達!!」

将軍「よし、中距離から撃ち込め!!」



「合図です!!」

銃騎兵長「第一、第二小隊、撃ち方用意!!」

ザッ!




氷姫「目障りよ。それ」パチン





パキパキパキ…

「うが、氷が…!!」

銃騎兵長「ちっ…!! 魔術師が!!」



氷姫「――沈め」



パキィィィィィイイン…!



兵士「銃騎兵、氷系魔法に飲まれました…!!」

将軍「くっ…」

将軍「………只でさえ、怪物共だというのに、こちらの攻撃範囲を限りなく限定してくる…!」

将軍「結局…我々は足止めにしかならなかったと…そう言うのか。そして貴様らなら…」

将軍「この状況をどうにか出来ると言うのか」

将軍「見せてみよ…翼の団」


雷帝「…む。新手か?」

雷帝「なんだ、あの一団は。随分と素早いな」

雷帝「そっちへ行くぞ!! 炎獣!!」

炎獣「おお? なんだなんだ…」

炎獣「…こ、こいつら」



ハーピィ「さあ、い、行くよ!!」

ハーピィ「人魔連合部隊っ!!」


ウォオオオオオオオオオオオオ!!


炎獣「お、おいおい、なんで魔族が…」

雷帝「炎獣!! ためらうな!! そいつらは敵だ!!」

炎獣「あ、ああ!」

炎獣「ち、邪魔するなら容赦しねぇぞ!!」ゴォオオオオ


ハーピィ(け、結界を越えた!)

ハーピィ「い、今!」

「はっ! 召喚! 沈黙の魔神!!」



炎獣「しょ、召喚術!?」




コォオオオオオ…


炎獣「魔力が…消された!?」

木竜「まさか、こんな術を…ハーピィの一族か。厄介な古の術を持っておるな!」

雷帝(まさか魔族が、王国軍に味方するなどと…しかしこの程度の奇策だけではこの戦況を変えられは、しない)

雷帝「魔力など使わずとも、貴様らごとき敵ではない」

雷帝「図に、乗るな」ビュッ!

「ぬぅうん!」ギィンッ

「はあぁっ!」バチッ

雷帝「むっ。…こいつら」

戦士長「敵ながら見事な太刀筋。我が一族の敵として不足はなし」ザッ

雷帝(…何だ、こいつら? 王国軍とは雰囲気が…)

雷帝(奴らは囮で、別動隊がこちらに向かっていたと言うのか)

雷帝「………少しは、出来るみたいだな」



木竜「魔力を消しても儂は止められぬぞ!!」ゴオッ

エルフ「大いなる守りよ!」キュィイイ…

木竜「!? 精霊魔法!」

エルフ「ひゃあ、デッカい竜だなあ!」

エルフ「皆っ、気合い入れてくよっ!」

「はっ!!」

木竜「…エルフ! 生き残りがおったのか!」


炎獣「おうおう、何だあいつら苦戦してんな」

炎獣「でも、俺のとこに来た奴は残念。魔力なんかオマケくらいしかねぇから、なっ!」バッ

ハーピィ「わっ、こっちに来――」

炎獣「でも邪魔だから、まずはてめぇらから潰すぜ!!」



剣士「おぅらッ!!」ビュンッ

炎獣「っ!」

炎獣「…ほお」スタ…

剣士「ちっ、掠めても傷ひとつ無しかい。…離れてな、ハーピィ一族」

ハーピィ「う、うん!」

剣士「さァて…てめェの相手は俺たちだぜ」チャキ…

炎獣「何? お前ら強いのか?」

剣士「常勝無敗の傭兵団様に、鉄人形集団までいるんでな」

剣士「ナメんじゃねーよ、魔族」

炎獣「………そりゃいいな」ニタァ


氷姫「…流れが、変わった」

氷姫「でも残念。そんな召喚術ごときで、この氷姫様の魔力は」

氷姫「抑えらんないわよっ!!」バリッ



ハーピィ「ひゃあっ! ひ、ひとり魔神の封印を解いたよっ!!」

魔女「氷の四天王じゃな。想定の範囲内じゃ」

魔女「…皆、迎え撃つぞ!」

「はいっ!」ザ…!



氷姫「ああ、そ。あたしの相手はあの魔導士軍団ってわけ」

氷姫「――上等じゃない」





盗賊「…始まったな」

軍師「ええ。ここまでは計算通りです」

盗賊「どうなんだ、実際の四天王は?」

軍師「はい…やはり個々の能力は異常に高く、まともにやり合えば翼の団と王国軍の残存兵が束になっても足止めが限界でしょう」

軍師「しかし、木竜、雷帝ら古株の四天王に関しては、多少の情報があります。我が軍の魔族からの貢献も大きい」

軍師「木竜には弱点があり、それこそがエルフの使う独自の魔法、精霊魔法です。過去自らの領地のエルフを滅ぼしたことがある程ですから」

盗賊「そんだけ煙たかったってか。まさか、人間側にエルフがいるなんて頭にゃねーだろーな」

軍師「ええ。王国軍の加勢もあります。ここは抑えられるでしょう」

軍師「それから雷帝。こちらは知略に長け、魔力で己の能力を高めて太刀を振るう猛将ですが」

軍師「魔力を抑えた上で、斧使いさんの狂戦士の一族の総攻撃にあえば…少なくとも前進は出来ないはずです」

斧使い「…」



軍師「…問題は、残りの二体」

騎士「残り…と言っても、炎の四天王の相手は、我らが騎士団と傭兵隊ですぞ。我が軍の主力たる彼らの練度たるや、王国軍など相手にならないほどで…」

吸血鬼「そうですわ。それに、人魔連合軍がいましてよ。率いてるのは百戦錬磨の剣士さんですし…」

軍師「ですが、単純な戦闘能力が高すぎます。時間稼ぎが限界です」

盗賊「そんなにやべぇのか」

軍師「ええ。むしろ、よく耐えています」

盗賊「なら、俺達もとっとと行かねえと…」

軍師「――いえ。ここで動くと危険です。一番警戒すべきもう一人の…氷の四天王」

吸血鬼「あの女、ですわね。わたくしの目にも分かりますわ。あの結界内の魔法の撃ち合い…僅かながら、魔女さんの隊が押されています」

盗賊「…信じられねーな。あいつらほぼチートだと思ってたのによ…」


軍師「…実は、王国軍本体全滅の報せを受けて、狩人に港町へ向かってもらっていました」

軍師「港町陥落の戦いを話に聞きましたが…状況から考えて、あの氷の四天王は」

軍師「空間移動魔法が使えます」

騎士「まさか…それは」

盗賊「そーゆーことかい」

軍師「ええ」

盗賊「ちぇ…そりゃ、こっちの専売特許だと思ってたのによ」

軍師(――…そう。こちらの切り札は盟主様の能力。″翼の力″)

軍師(自分を含めた数人であれば、魔法の翼で包み込み、任意の場所へ転移することができる)

軍師(どんな魔術師にも真似できないとされた奇跡の術…空間移動。日に幾度も使えないという制限はあるものの、その業は何度も翼の団に勝利をもたらしてきた)

軍師(これがある限り、圧倒的有利はこちらにあると思っていた…が。それと同等の魔法を使える者が、敵にいたすれば)

軍師(話は、簡単ではなくなる)

軍師「こちらが魔王への奇襲に成功したとしても…この状況では氷の四天王が魔王の元へ即座に転移してみせるでしょう」

吸血鬼「そうなれば、わたくしたち精鋭部隊は、魔王と四天王の二人を相手にしなければならない…というわけですの?」

斧使い「…」

軍師「魔女たちで抑えが効かぬ以上は…。今無闇に動いてもその危険は多いにあります」

盗賊「結果、魔王を倒し損ねれば、俺らの負けってか」

軍師「ええ…」


軍師(こちらの奇襲でチャンスが得られるのは一度きり)

軍師(考えろ、まだ何か策が………ん?)

吸血鬼「!? あれ、ご覧になって!」

盗賊「魔女達が…押し返してる!?」




氷姫「くっ!? 急になんなのよ!?」

氷姫「どこにこんな膨大な魔力…!!」

氷姫(一体なんだっての…!?)




魔女「…!」

魔女「この力…」

「お困りのようですねぇ、先生?」

魔女「貴様っ!?」

魔女「ど、どうして…」

「微力ながらお力添えに参りましたよ」


魔女「………魔法使い!!」

魔法使い「お会い出来て、嬉しい限りですよ…先生」


魔女「何故、貴様がこちら側にいる?」

魔法使い「嫌だなあ、僕も人間の端くれですから。人類の危機には黙っていれませんよ」

魔女「戯れ言を…!!」

魔法使い「随分な物言いですねぇ? 冷たいじゃないですか、せっかく教え子がこうして恩師の危機に現れたというのに」

魔女「教え子、だと? 貴様のような者が、そうであってたまるか!!」

魔女「妾達を欺き、陥れ、そしてあの技術をあろう事か――」



氷姫「はぁあああぁあぁあっ!!」

ギィイィィィィイイン!



魔女「うぬっ!」

魔法使い「ふふ…流石は四天王といった所ですか」

魔法使い「どうやら、久々の再開を喜んでいる時間はあまりないようですねぇ」

魔女「ちぃっ…!」

魔法使い「ともあれ、今は貴女方に加勢しているわけですから、ご安心を」

魔女「…何が、目的じゃ…っ!」

魔法使い「目的? そうですねぇ」



魔法使い「そろそろ人間側が一矢報いても良いんじゃないかなと、思ったまでですよ…」


ゴゴゴゴゴゴ!!

氷姫「なん、ていう魔力…っ!」

氷姫(…ああ、もう)

氷姫(守りきるって言ったのよ)

氷姫(こんなところで)

氷姫「つまづいて、らんないのよッ!!」ゴォオオオオアッ



炎獣「氷姫!?」

剣士「余所見たァ、良いご身分だ」

ビュッ ドスッ!

炎獣「うぐっ! …銛?」


剣士「片腕封じたぜ!! 一斉にかかるぞォっ!!」バッ

「うおおおおおおおおおおおああぁっ!!」

炎獣「…お前ら」

炎獣「 邪 魔  す ん な !!」




木竜(なんじゃ、この魔力…。何処かで感じたことが…)

エルフ「″大妖精の矢″!!」キュィイ!

木竜「! ええい、鬱陶しいのう!!」ゴッ

銃兵「てぇッ!!」

パパパンッ


木竜「ぬっ…!」

木竜「寄せ集めが…図に乗るでないぞ――」


雷帝「…まずいな。こちらにも余裕がなくなってきている」

雷帝(しかし…この敵の布陣。どうやら、先方にはこちらの事情に精通した策士がいるな)

雷帝(召喚術による魔力の封印、それを氷姫が解くことを想定した魔導兵、さらには翁にエルフをぶつけてくるとは)

雷帝(…まだ、何か策をうってくるか? だとしたらそれは何だ?)

雷帝(敵は、優秀な駒を持って我らの動きを止めてきている…が)

雷帝(我らの動きを止めるに過ぎない事も同時に理解している? 事実、氷姫が封印を解くことを読んでいた、つまりこちらにそれだけの能力があることは承知の上)

雷帝(我々を撃破する事は最初から狙っていない? …そうだとしたら)

雷帝「敵の狙いは………まさか!」






軍師「盟主様」

軍師「今をおいて機はありません」

軍師「――お願いします」


盗賊「…よーやく出番かよ」

盗賊「三人とも、準備はいいな」

吸血鬼「いつでも…!」

騎士「無論」

斧使い「…」コク


盗賊「――我が身に宿りし翼の力よ!」


カッ



雷帝「まずい!! 氷姫っ!!」

氷姫「!?」

雷帝「敵の狙いは魔王様だっ!!」

氷姫「なん、ですって!?」





魔王「………!」

魔王(何か、来る)

魔王(この気配は、聖なる………まさか勇者!)

フワ…

魔王「え?」

魔王(これは、羽根…?)




バサアッ!

盗賊「見ーっけ!」

騎士「魔王、覚悟!!」チャキ

吸血鬼「ひれ伏しなさいっ!!」ザッ

斧使い「…」ジャキ…


魔王「! 何者…!?」

今日はここまでです。


雷帝(なんだ、あれは!? 突然敵兵が魔王様の近くに現れた…!!)

雷帝(翼…? 転移魔法か!? 人間がそんな術をどうやって! …くそ!)

雷帝「氷姫っ!!」

氷姫「うっ、くっ!!」ゴゴゴゴゴ

雷帝(ちぃっ!! 氷姫がテレポートを使えない! 氷姫が魔法戦で押されているだと!?)

「ぬぅんっ!」ビュッ

雷帝(そして、眼前の兵士共は今までの人間とは比べ物ならんほど屈強だ…!)

雷帝(どうする――)

――「信じるわ。雷帝」

雷帝(………使うか、これを)チャキ

雷帝(すべては、我らの勝利のために)

――「………魔王を………」

――「………あの子を………」

雷帝(そう、だな。迷いなど、最初から不要なのだ)

雷帝「魔王様…お許しを」




雷帝「――雷鳴剣」



バリバリバリッ!!!



「がッ…!?」

「うぐッ…!」

戦士長「雷!? 敵の魔力は封じたはず…」


雷帝「ああ、魔力ではない…が、この力が何なのか、貴様らが知る必要もまたない」

雷帝「まさか、これを使わされるとはな。貴様らには敬意を払い…全力をくれてやる」




雷帝「…去ね」

バリィッ!!





盗賊「一斉に行くぞ!」

騎士「承知!」

吸血鬼「分かりましたわ!」

斧使い「…」

バッ


魔王(一瞬で私の背後に現れた。まるで翼に包まれるようにして、飛んできた?)

魔王(この波動、勇者のものかと思ったけれど、どうやら…勇者一行ではない、別の何者か)

魔王(おかしい。勇者以外の人間が、なぜ)

魔王(いずれにせよ、この力は、危険だ…!)


魔王「…」フッ


斧使い「!」

騎士(消えた!?)

吸血鬼(くっ、速い! 何処に――)

盗賊「後ろだ!!」


魔王(完全に排除しなければ)ザッ

魔王(…ごめんなさい、雷帝)



魔王「魔弓」スッ

ゴォォオオゥンッ!!





盗賊「翼の力よッ!!」


魔王「!?」

魔王「いない…何処に」

魔王(跡形もなく消し飛んだ…? いや、違う!)


バサッ!!


魔王(転移っ! 今度は私の回りを囲むように…!)

盗賊「次は逃がさねぇぜ!」ザッ

騎士「取り囲まれては先程の高速移動も上手くはいくまい!」ザッ

吸血鬼「観念なさい!」ザッ

斧使い「…」ザッ

魔王「! ここまで自在に転移魔法を、どうやって…うっ」グラ…

魔王(しまった、魔弓の反動で身体がすぐには動かな――)



盗賊「貰った!!」バッ





カッ







バリバリバリバリバリ――!!


盗賊「がッ!」

吸血鬼「ぁぐっ!」

斧使い「ッ!」

騎士「ぬあっ!」



魔王(!? …何が、起こって…)


「お怪我はありませんか」

雷帝「魔王様」


魔王「………雷、帝」



盗賊(…なんだ、一瞬にして閃光みたいなもんに吹っ飛ばされた…!)

斧使い「っ」ヨロ…

騎士「ぬぅ…!」ゼェハァ

吸血鬼(まずいですわ…)ハァ…ハァ…


魔王「雷帝…どうやって、ここまで?」

雷帝「…」

魔王「――…まさか、あの魔剣を…っ!」

雷帝「はい」

魔王「そんな! それを使ったら雷帝の身体が…」

雷帝「…この戦が終わるまでは持ちます」

魔王「でも!」

雷帝「魔王様」

雷帝「結界の張り直しをお願い致します。このままでは前衛が持ちません」

雷帝「賊の相手は、私がします」

魔王「…」

雷帝「どちらにせよ、一度この魔剣を抜けば、敵を排除する他ないのです。だから、もう、お体を削って戦われないで下さい」

魔王「雷帝…」

雷帝「勝手を、お許しください」

魔王「…雷帝。私は」

魔王「私は…誰一人、失いたくないよ」

雷帝「分かっています」

雷帝「そのための、私の剣ですから」

魔王「…」

魔王「結界の、詠唱に入ります」クル…

雷帝(そう、魔王様の願いの為の我が剣)

雷帝(迷いなど、存在しない)

雷帝(例え、この戦いの後に、魔剣の呪いでこの身が焼かれても)

雷帝(必ずや、勝利をもたらしてみせる)



雷帝「さあ。最初に死にたいのは誰だ?」ザ…


盗賊(最悪だぜ。四天王がここまで戻ってきやがった)

盗賊(力を二回も使って奇襲に失敗した…この時点で作戦はほぼ失敗…だ)

盗賊(このままじゃ、待ってるのは王国軍と心中しかねぇ…クソ!)

盗賊(どうする…!!)



雷帝「ん? …貴様は、あの豪腕の兵士どもと同じ部族の者か」

斧使い「…」ピク

雷帝「厄介な。まだ生き残りがいたとはな」

斧使い「…!?」

騎士「生き残りだと!? まさか…前線にいた狂戦士たちは…」

雷帝「まあいい。一族と同じ刃であの世に送ってやる」

雷帝「ありがたく思え」

斧使い「――っ!!」

盗賊「狂戦士達が、やられた!?」

吸血鬼「そんな…!」

斧使い「」ダンッ!


盗賊「! 待て、斧使い!」


雷帝「ほう、物凄い突進だな。一族で最も優れた使い手はお前だったか」

雷帝「記憶しておこう。だから…」

バリッ!

斧使い「ッ!?」

雷帝「さらばだ――」


騎士「させんっ!」ビュッ

雷帝「! こっちはナイトか」ガキン!

騎士(この速さで打ち込んで受けられるのか!)

雷帝「なかなか良い剣を使うな、魔剣がなければ良い勝負もできたかもしれん」

雷帝「が、やはりもの足りぬ」

ズバッ

騎士「うがッ…!!」


吸血鬼「でぇああぁあッ!!」ギュン!

雷帝「!」ガッ!

雷帝(こいつ…上位魔族か。なぜここに)

雷帝「ん? 貴様…」グググ

吸血鬼「あら、覚えていまして…!?」グググ

吸血鬼「忘れられてしまったのかと、傷つきましたわよ…!」

雷帝「…元部下の顔だからな。遠い昔の話だが。こんな所で何をしている?」

吸血鬼「見て分かりませんこと!? こちらにいらっしゃる盟主様のお供として、魔王の首を取りに来ましてよっ!」

盗賊「…」

雷帝「人間が貴様の主? 何の冗談だ」

吸血鬼「冗談などではありませんわっ!」

雷帝「…その人間が、お前を御していると言うのか?」

雷帝「かつて、取って代わって四天王になろうと私を殺そうとした、お前を」


吸血鬼「そんな昔の話、忘れましたわね…!!」

雷帝「都合のいい女だ」

吸血鬼「女というのは…上書き保存して生きているもの、ですのよ!!」ガッ

雷帝(ちっ、流石にやるな)

雷帝「だが、魔剣を抜いた私との実力差が分からぬ貴様ではあるまい?」

吸血鬼「…プライドの高い貴方が、そんなものにすがるなんて、どういう風の吹き回しですの!?」

雷帝「…守るべきものが、あるのだ!」

吸血鬼「ふふ…! それはこちらも同じでしてよ!!」




盗賊「………」

盗賊(まだだ。堪えろ)

盗賊(信じて待つんだ。吸血鬼たちなら、必ず魔族に隙を作るはず)

盗賊(最後の一回で、魔王に近づければそれでいい。そこで切り札をきる)

――「ねぇ…その真の力を解放したとき、貴方はどうなるの?」

盗賊(………悪いなぁ、軍師)

盗賊(ここで退けば、勝ちはねぇんだ)



バリッ!!

吸血鬼「がぁッ…!」ドサッ

雷帝「…ふん。分かりきっていた結果だ…!?」

吸血鬼「…ま、だ、終わっ、て、ません、わ…」

雷帝「…」

雷帝「ではとどめだ」

騎士「ぜぇあッ!!」ジャギッ

雷帝「む! 貴様」

吸血鬼「私、たちを…侮らないで、頂きたい、ですわ」

吸血鬼「あの頃、と、違って、わたくしは、一人では、ないのですわ…!」

雷帝「…死に損ないどもが」

騎士「それ、は、どう、だかな…」ゼェハァ

騎士「奥義…一の太刀!!」ヒュバッ!


雷帝(どこに、こんな力が…)

雷帝「そんなものでは私は捉えられんぞ!」ザッ

騎士「っ、二の太刀ッ!!」ギュン!

雷帝(読んできた、だと!?)

雷帝「だが、それでも遅い!!」

バリィッ!!

騎士「ぐおォッ!!」ドサ…

吸血鬼「せぇあっ!!」

雷帝「それで虚をついたつもりか!!」

ズバァンッ!!

吸血鬼「ぅがッ…!!」

雷帝「――終わりだ!」

吸血鬼「か…かり、ました、わね」ニヤ

雷帝「!?」

雷帝(なんだ、視界が暗く…)


斧使い「ぬぉおおおっ!!」

雷帝(上からっ!!)

雷帝「ちぃ!!」

バリバリバリ!!!

斧使い「ギッ…!!」

斧使い「ガァアァアァアァアッ!!!」

雷帝(馬鹿な!! 雷撃を受けながら!?)


ズドォンッ!!


雷帝「…私に一太刀、入れたのは誉めてやる」

斧使い「…」ドサ…

雷帝「だが、只それだけよ、貴様らは」




盗賊「――それだけ貰えりゃ十分だぜ」


雷帝「っ!? 何処にいる!?」


――バサッ


盗賊「最後の一回だ。そんでもって」

盗賊「魔王、借りてくぜ」

魔王「っ!?」

雷帝「魔王様ッ!!」

盗賊「翼の力よ――」



盗賊「その真の力を示せ」



ゴァッ――!!



雷帝「な、なんだ…――この力!! 魔王様ぁッ!」

雷帝(!? 近寄れないだとっ! 魔剣の力をもってしても!?)

雷帝(こ、この力は一体――)









魔王「………」

魔王「ここは…」

盗賊「さあ、俺も良くは分からねぇ」

盗賊「異次元か、あの世か、とにかくあんまり長居したくはねぇ場所だよな」

魔王「…真の力、と言ったわね。なるほど」

魔王「それがこの空間に転移すること…という事ね」

盗賊「…」

魔王「…あなたは、一体?」

魔王「ここまでの力を持っているなんて…あなたが勇者と言われれば、そう信じる他ないわ」

盗賊「俺が勇者? ハッ、よしてくれや。俺はどこにでもいるただのしがない盗賊だよ」

盗賊「…最期の最期で、あんたみたいな大物を盗んでみせたってワケだな」

魔王「…そう」

盗賊「ああ。ま、しかし我ながら大きく出たもんだとは思ってるぜ」

盗賊「魔王討伐、なんてよ」

魔王「あなたにそれが、出来ると?」

盗賊「しなきゃならねぇんだよ」

盗賊「これだけの犠牲を払ってここまで来たらな」


魔王「あなたの力は、その翼の力…自在に転移を繰り返す特殊な魔法。そうね?」

魔王「人間の世界で言うなら…奇跡の力、とでも言うのかな」

盗賊「そうだな。普通の人間じゃあまず、得ることが出来ない力らしい」

魔王「その力の集大成が、これ」

魔王「…異空間に自分と対象を移動させる術」

盗賊「そういうこった。流石察しがいいね」

魔王「この空間は、聖なる力に満ちている。あなたはその恩恵で、一体どれだけの力を得ているの?」

盗賊「………知りたいかい?」

盗賊「ほらよ」


ゴッ


魔王「!!」


魔王「………」

盗賊「お、避けたのか。やっぱりラスボスは、簡単にはいかねーってか」

魔王「あなた…今…」

魔王(………魔弓だ)

魔王(間違いない。彼は今、いとも簡単に魔弓を真似てみせた)

盗賊「何か、文句言いたそうな眼だねぇ?」

魔王「………あなたこそ、つらそうよ」

盗賊「…鋭いねえ、ホント。顔色を変えない演技に関しちゃ、自信があったんだけどな」

魔王「力の負荷に、肉体も精神も押し潰されそうなのね。力をもて余してる」

魔王「あなたには、与えられるべくして与えられた力ではないわ」

盗賊「ま、そうなんだろうな。俺の身の丈にゃ合わねーよ、どう考えてもな」

盗賊「いいトシこいて背中から翼なんざ生やしてよ。勘弁してくれってんだ、こいつをデザインした野郎はどんな趣味してんだろーな?」

魔王「思い当たらないわけではないわ」

魔王「………女神教会、ね?」

盗賊「…」


盗賊「確かに、この力は教会の荷から手に入れたもんだ。大層な護送してやがるから、どんなお宝かと思えば、光の力と来たもんだ」

盗賊「…ちょーっとばかり王国を困らせてやろうって手ぇ出したはずなのにさ、オカシイと思ったんだよなぁ」

魔王「やはり…」

魔王(女神教会。…確か、女神を唯一神とする人間の教団)

魔王(人のほとんどは宗教として女神を信じているから、膨大な権力を持っているはず)

盗賊「あの時の王国の慌てようは想像以上だったが…それ以上に反王国勢力から俺は戦乱の主役に担ぎあげられて」

盗賊「力を使えば…奇跡を起こす英雄として祭り上げられた」

魔王(…勇者に与えられるがごとき女神の力を使えば、確かに人にとって英雄となりうるだろう。でも…)

魔王「奇跡は、そう易々と起こしていいものじゃないわ」

盗賊「…へえ? 奇跡の塊みたいな力をもった魔族四天王の、ボスがそれを言うなんてねぇ?」

魔王「あなたの力は、存在自体に大きな矛盾を孕んでる」

魔王「この世に本来あるべきじゃない、捻れを…違和感を感じる。力の所有者であるあなたは、何も感じないの?」

盗賊「ああ、おかしいと思うね。奇跡の力だってんなら、使うたんびに俺の体を蝕まないでくれ、てさ」

盗賊「…何度も思ったよ」ツー

魔王(…血が)

盗賊「いい迷惑さ。起こしたくて起こしたわけじゃない奇跡も沢山ある。英雄だとか言って、多くの人間を戦乱に導いて、死なせてきた」

盗賊「力を封じて、役目も捨てて、何度戦いをほっぽり出しちまおうと思ったことか。…けどよ、今さら、そうもいかねぇんだ」

盗賊「こーんなダメな俺を…時には引っ張り回して、時にはケツを叩いて、側にいてくれたあいつらが居るからな」

盗賊「捻れた奇跡だって、起こさなきゃならねぇのさ」


魔王「あなたの歯車は、もう、止まらないのね」

盗賊「そゆこと。でもさ、俺は運命の為すがままに流されていたんじゃねーよ」

盗賊「俺は自由でありたかった。最初からな。そのために剣を取った」

盗賊「あんたと相対している今も、それはひとつも変わらないんだ」

魔王「………そう」

魔王(何かが起こっているんだ…何だろう、嫌な感じがする)

魔王(駄目だ。立ち止まって考える暇はないんだ。私は…)

魔王「私は、勇者を倒さなければならない。ここで倒されるわけにはいかないの」

盗賊「…そーかい」

盗賊(迷いのない眼だ。射抜くように、真っ直ぐな)

盗賊「こんな圧倒的に不利な状況で、そうきっぱり断言されちゃあたまんないぜ」

盗賊「肝っ玉の座ったねえちゃんだよ。魔王じゃなかったら、口説いてたかもなあ。あんた、魔族ってわりに美人だしな」

魔王「変わった人ね、あなた。でも、分かってるんでしょう?」

盗賊「ああ。…俺たちは殺し合わなきゃならない。名残惜しいけど、そろそろ始めるとすっか」

魔王「いつでも、どうぞ」

盗賊「言っとくけど俺マージで強いぜ、今」

魔王「…そう。楽しみね」



盗賊「女を泣かすのは趣味じゃねぇが」


――「ねぇ…その真の力を解放したとき、貴方はどうなるの?」

――「生きて、帰ってきてくれる…?」


盗賊「…俺が負けても、泣く女がいるんでね」


盗賊「恨むなよ」





魔王「………私が」


魔王「解放してあげるわ」



軍師「…」

狩人「…盗賊と魔王、光に包まれて消えた…」

狩人「使ったんだね…。あの力」

軍師「…そのようですね」

狩人「これで良かったの? 軍師さん」

軍師「………」

軍師「やめろと言っても、あの人はそうしたでしょう」

軍師「…それに、実際それに頼らざるを得ない状況に違いはありません。…私の能力の限界です」ギュ…

狩人「軍師さん…」

軍師「狩人。魔王が消えたことによる敵の動揺を誘います。ハーピィの術式の援護をしてください」

軍師「私たちに、出来ることをするのです」

狩人「そう、だね。分かった」

狩人「行ってくるよ」バッ

軍師「…」

軍師「どうか…生きて帰ってきて…」




雷帝「…」

雷帝(魔王様と、人間が光に包まれ消えた…)

雷帝(人間の自爆? いや、仮にそうだとしても、ここまで塵も残さず魔王様の肉体を消し去るのは不可能だ。あの人間が見せていた能力…転移魔法の一種、と考えるのが妥当だろうが)

雷帝(どこかに転移をして、魔王様を倒すつもりか? しかし、何処にも魔王様の気を感じられぬのは何故だ?)

雷帝(まるで、この世界から消え去ってしまったような…こんな事がありうるのか…!?)

雷帝(くそ…っ! どうなっている!)

吸血鬼「………ざまぁ…ありません、わね…」

雷帝「…まだ息があったか」

吸血鬼「…ふ、ふ…貴方の…そんな、狼狽たえた、 顔が見れる…なんて…長生きは、するものです、わ…」

雷帝「…」


雷帝「お前は、あの人間の能力を知っているのか」

吸血鬼「…知って、いたとして…教えると思い、まして…?」

雷帝「吐かせるまでだ」グイッ

吸血鬼「…やって、みな、さいな…」ニィ

雷帝「! 貴様…その瞳の色…」

雷帝(なんだ!? 瞳が青く光っている!?)

吸血鬼「ああ…これ、ですの?」

吸血鬼「魔力を、送ってるの、ですのよ…ハーピィ、に」

吸血鬼「私の、記憶を…」

雷帝「何…?」


雷帝「お前は、あの人間の能力を知っているのか」

吸血鬼「…知って、いたとして…教えると思い、まして…?」

雷帝「吐かせるまでだ」グイッ

吸血鬼「…やって、みな、さいな…」ニィ

雷帝「! 貴様…その瞳の色…」

雷帝(なんだ!? 瞳が青く光っている!?)

吸血鬼「ああ…これ、ですの?」

吸血鬼「魔力を、送ってるの、ですのよ…ハーピィ、に」

吸血鬼「私の、記憶を…」

雷帝「何…?」


ハーピィ「吸血鬼さんの魔力を拾えた!」

ハーピィ「き、記憶を拡散するよ! 召喚術用意っ!」

「了解!」

ハーピィ「! こ、これ…」

狩人「ハーピィ! 行けるなら、やって! こっち押さえるのも限界だっ!」


ハーピィ「よ、よし! 行くよ!」

「召喚!! 幻惑の海獣!!」




剣士「隊列を立て直せッ! 受けに回ったらやられるぞォ!!」

炎獣「いい加減うざったいぜ! オラァッ!!」

ドカァンッ!!

剣士「ちィ、バケモンが…ッ!」

炎獣「これで終わりだっ!」

炎獣「炎ぉ――」ゴゴゴゴ

フワッ

炎獣(!? な、なんだこれ!? 急に妙な景色が目の前に…!)


炎獣(敵の幻術か!?)

炎獣(あれは雷帝…それに、魔王?)




盗賊『魔王、借りてくぜ』

魔王『っ!?』

雷帝『魔王様ッ!!』

盗賊『我が身に宿る力よ――』

盗賊『その真の力を示せ』

ゴァッ――!!

雷帝『な、なんだ…――この力!! 魔王様ぁッ!』



炎獣「――!!」

炎獣「魔王が………消された?」


氷姫(またハーピィの召喚術ってわけ? …にしても、これ)

氷姫(只の幻術じゃ、ない! 誰かの記憶を幻として映し出しているんだわ。だとすれば、これは実際に起こった事…!?)

氷姫(まさか、本当に魔王が…!)



木竜(姫様が………! 馬鹿な…)

木竜(しかし、姫様の気が、感じ取れぬ! 本当に、消えたとでも言うのか…!?)

木竜「姫様………!!」バサッ


エルフ「て、敵が引き上げていく…」


魔女「乗り切った…か…!」

剣士「作戦は…成功ってかァ…?」

エルフ「精鋭部隊の突撃は、上手くいったってこと!?」

狩人「じゃあ、魔王を倒した…!?」

魔女「まだ、そこまで考えるのは早計じゃ」

ハーピィ「………」

剣士「…どうした、ハーピィ」

ハーピィ「きゅ、吸血鬼さんから受け取った記憶のなかに…倒れている騎士さんと斧使いさんがいたんだ」

エルフ「えっ!?」

ハーピィ「ま、魔王の他に、別の四天王の姿もあった…。と、盗賊様たちの突撃は、成功したのかもしれないけど」

ハーピィ「きゅ、吸血鬼さんたちは、もしかしたら…!」

剣士「んだとォ…? あんな、殺しても死なねぇような連中が…!!」

狩人「っ!」バッ

魔女「どこへ行くんじゃ、狩人!」

狩人「精鋭部隊、助けに行く…!」パカラッ


魔女「一人で行くつもりかっ!?」

狩人「まだ間に合うかもしれない!」

エルフ「私も行くよっ!」パカラッ

剣士「くっそッ、俺も…ぐっ!」

魔女「落ち着け! その傷ではお前が行ったところで足手まといじゃ」

剣士「くっそがッ…!」

ハーピィ「う…うぅ…」

狩人「皆は陣形を整えて軍師さんの指示、待っていて!!」

狩人(…そこには、四天王が全員揃ってるのかもしれない…)

狩人(怖い…怖くてどうしようもない…けど)

狩人(僕に出来ることがあるなら………!)

パカラッ パカラッ…


魔女「くっ…援護しようにも、妾たちの魔力も限界が来ておる…」

魔力(できることは、最早待つことだけか…しかし…)

魔女(魔法使いの奴め。いつの間にか姿を消しおった)

魔女(何を企んでおるのじゃ、お前は)



氷姫「雷帝っ!」スタッ

雷帝「氷姫…何故お前がここに」

氷姫「んな事どうだっていいのよ! どういうことよ!? 魔王は何処っ!?」

雷帝「落ち着け…!」

氷姫「落ち着けですって!? これが落ち着いていられるもんですかっ!」

氷姫「答えなさいよ!! 魔王は何処!?」

雷帝「…っ」

氷姫「何とか言えっ!」

雷帝「…私にも分からない」

氷姫「!」

氷姫「分からない、ですって!? あんた、それでも――」

炎獣「待てって、氷姫!」ザ…

木竜「こりゃ、どういうことじゃ…」バサッ

雷帝(炎獣、翁まで…)


炎獣「雷帝に噛みついたってどうにもなんないだろ! 一旦落ち着いて…」

氷姫「離しなさいよ!」バッ

炎獣「なっ…」

氷姫「あんたはなんとも思わないわけ!? あんなに言ってたじゃない! ″魔王を″守るって!!」

炎獣「…俺だって焦ってるさ…!」

氷姫「じゃあ、何でこの状況で平気でいられるのよっ!」

炎獣「平気じゃねえよ! 俺だってなあ…!」

木竜「よさんかッ!!」

氷姫「っ!」

炎獣「…!」

木竜「…こうしてこちらの混乱を招くこと事態が、敵の目的じゃ」

木竜「だからわざわざ、ああやって儂らに幻影を見せ、前線から退かせた…そうじゃろう、雷帝」

雷帝「翁…すみません」

雷帝「その通りです。これは敵の策の一種。…恐らく敵はこれを機に我々を包囲しにかかります」

氷姫「あ…」

炎獣「…くっ」

木竜「ふむ…かといって、姫様の身に何が起こっているか分からぬ以上、下手に身動きも取れぬ」

雷帝「…はい」


吸血鬼「く、ふふ。四天王、が、揃いも揃、って、不様、ですわ」

雷帝「こざかしいマネを…。どうやら、その浅知恵を働かせている者から排除する必要があるようだな」ギリ…

吸血鬼「そん、な事を、する前に、貴方たちの、負け、ですわ」

吸血鬼「魔王、は倒され、る」

雷帝「………」

雷帝「あの男の能力は…女神の力の片鱗だな?」

吸血鬼「!?」

雷帝「転移魔法の時に発生する白い翼…そして聖なる波動。光の勢力の使う術そのものだ」

炎獣「お、おい、どういうことだよ。女神の力…て、それ…」

炎獣「勇者に与えられる力のことだろ!?」

雷帝「そうだ」

氷姫「なんなのよ…。つまり、あいつが勇者だったってこと?」

雷帝「いや…少し違うな。それにしては聖なる波動が不十分だ」

雷帝「あの者はその断片の力を操っていたに過ぎない。最も、人間どもの目にはそんなものですら超常の力に写っただろうがな」


雷帝「ほんの一部とは言え、伝説と言われる女神の力だ。貴様ら魔族のはぐれ者や、外界を遮断し続けていたような特殊な民族ですら、その奇跡の前に夢を見たのだろう」

雷帝「そうして出来た特殊な集団は、王国軍とはまた質の異なる勢力を形成していた…それが、貴様らの軍、といったところか」

吸血鬼(…っ。この短時間で、そこまで見抜くなんて…)

雷帝「そして、その奇跡の力こそが、貴様らの奥の手だった。魔王様ですら、その力を以てすれば打倒できるはず…と」

吸血鬼「………」

雷帝「--…切り札にしては、何とも陳腐だな」

吸血鬼「なん、ですって…!?」

雷帝「女神の力の、断片程度で…魔王様を討てると思ったのか?」

雷帝「あのお方は、全ての魔族の頂点に立つお方」

雷帝「我々四天王を付き従えるだけの偉大なる力を持ったお方」


雷帝「――邪神の加護を一身に受けた、我らの救世主だ」




魔王「…」

魔王「ここまで、ね」

盗賊「がッ………ごッ………」

魔王「翼の力…か。勇者以外に聖なる力を使うものが現れるなんて思わなかった」

盗賊「うッ………ぎぃッ…!!」

魔王「でも…それでは、私は倒せない」

盗賊「…く………そ………ッ!!」

魔王「…さよなら」


盗賊「………お…れが…」

盗賊「…ま……ける………わけ…に………」

盗賊「いか………な…」



魔王「魔弓」









――「どうか…生きて帰ってきて…」


盗賊「………軍――」





ゴォッ――


炎獣「!! なんだ!?」

氷姫「眩しくて何も見えない…! でも…でもこれって…!」

木竜「姫様の、気じゃ!」

雷帝「………魔王様」




魔王「みんな」スタッ

魔王「心配かけて、ごめん」ニコ



炎獣「ま、魔王っ!」

氷姫「魔王!!」

木竜「姫様…良かった…!」

雷帝「魔王様…」




吸血鬼「そん…な」

吸血鬼「盗賊…様………」

あー!年内に投下終わらせられず…
ってゆーか年内に完結しないのかよ

クリスマスだろーが大晦日だろーが正月が来ようが土曜日はss
今後ともよろしくお願いします


氷姫「良かったっ…! 良かった無事で…!」

炎獣「魔王! 怪我、してないか? 」

魔王「ふふ、大丈…夫」ヨロ…

木竜「姫様!」バッ

雷帝「…!」

魔王「ごめん、なさい。少し立ち眩みがしただけよ」

魔王「聖なる波動にあてられ続けてたから…でも、もう平気」

炎獣「無理すんなよ!」

氷姫「そうよ…!」

雷帝「魔王様。手を見せてください」

魔王「っ、雷帝、平気だってば」

雷帝「魔王様」

魔王「…う、うん」ス…

木竜「! ひどい痕じゃ…」

氷姫「これ…!」

雷帝「魔王様…力を何度か使われたのですね」

魔王「…」


魔王「ほんの一部とは言え…女神の加護を受けた力と対峙するには、こうするしかなかったの…」

雷帝「…」

炎獣「…魔王、ごめんな」

炎獣「俺、守るって言ったのに…」

魔王「謝らないで。私は平気だから」

雷帝(………私には)

――「信じるわ。雷帝」

雷帝(私には、申し開きをする権利すらありはしない)

木竜「治療をしますぞ、姫様」

炎獣「か、肩貸すか? それとも椅子代わりになろうかっ?」

魔王「くすっ…大丈夫だってば、炎獣」

雷帝「…」

氷姫「…変に意地張ってると、本当に蚊帳の外になるわよ」

雷帝「………なんの話だ」

氷姫「…馬鹿」


炎獣「でもよ、まさか人間がこんな手を使ってくるなんて…」

木竜「女神の力の断片を手にした人間、か。もしそんな者が他にもいるとなると、今後の儂らの動き様も考えねばならんのう」

魔王「彼は、どういう経緯かは分からないけれど、力を持っていた…」

魔王「女神の力は、代々選ばれし人間が魔王を倒すために授けられてきたもの。すなわち、勇者にしか与えられない力のはず」

魔王「それを、勇者以外の人間が手にしていた…」

氷姫「なんでそんな事が…?」

雷帝「分からん。が、どうにもきな臭いな」

雷帝「何者かが、秩序を乱しているように感じる。…いや、もしくは」

雷帝「…」

炎獣「? なんだ?」

魔王「…」

雷帝「…いや。ともかく、魔王様をお守りしつつ、この戦いを乗りきらなければな」

木竜「そうじゃな。形勢は、それほどウマくないからのう」



エルフ「聖水の煌めき…っ!」


カッ!


氷姫「! 敵!?」

炎獣「ちっ! ここに攻めてきたのか!? なめやがって!」

木竜「しかしこれは…」

雷帝「単なる目眩まし、か? 」



エルフ「斧使いはオーケーだよっ!」パカラッ

狩人「こっちは騎士をつんだ! あとは…!」パカラッ

吸血鬼「…行きなさいな」

狩人「何言ってんの!? 吸血鬼も早く乗って!!」

吸血鬼「誰かが、敵の追跡を、防がねば」

エルフ「一人で、四天王全員相手にする気!?」

吸血鬼「誰かがやらなきゃ、振り切れませんわ」

吸血鬼「それに…」

吸血鬼「少しでも、あの人の側に居たいんですの…」

エルフ「!? それって…」

狩人「………まさか」



吸血鬼「盗賊様は、帰ってきませんわ」

エルフ「…っ!!」

狩人「…嘘、だよね…?」

吸血鬼「あのメガネ女狐に伝えてくださいな」

吸血鬼「きっと、仇を討て、と」

エルフ「盗賊、が…」

狩人「…嘘だ」

狩人「嘘だっ! 盗賊がっ! 死んだなんて!!」

吸血鬼「早く、お行きなさいな!!」

狩人「嘘だっ!!」

吸血鬼「エルフ!!」

エルフ「! くっ…!」ガシッ

狩人「離して、エルフ!! 盗賊がっ! 吸血鬼まで!!」

エルフ「行くんだ狩人…!」


「おい」

炎獣「奇襲にしちゃ、ずいぶん悠長だなあ!?」バッ


吸血鬼「盗賊様は、帰ってきませんわ」

エルフ「…っ!!」

狩人「…嘘、だよね…?」

吸血鬼「あのメガネ女狐に伝えてくださいな」

吸血鬼「きっと、仇を討て、と」

エルフ「盗賊、が…」

狩人「…嘘だ」

狩人「嘘だっ! 盗賊がっ! 死んだなんて!!」

吸血鬼「早く、お行きなさいな!!」

狩人「嘘だっ!!」

吸血鬼「エルフ!!」

エルフ「! くっ…!」ガシッ

狩人「離して、エルフ!! 盗賊がっ! 吸血鬼まで!!」

エルフ「行くんだ狩人…!」


「おい」

炎獣「奇襲にしちゃ、ずいぶん悠長だなあ!?」バッ


吸血鬼「貴方の相手は」ガシ…!

吸血鬼「わたくしですのよ」

炎獣「誰だ、お前」

炎獣「こっちは、気が立ってるんだよ」

吸血鬼「知ったことでは、ありませんわ…!」



狩人「離して、離してよエルフっ!!」

狩人「吸血鬼が、死んじゃうよ!!」

エルフ(…っ!!)ギュ…






炎獣「どけ」ゴッ

吸血鬼「あぐッ」グシャ


炎獣「逃がさないぞ、人間…!?」グイッ

吸血鬼「…」ニィ

炎獣「…お前」

雷帝「離れろ炎獣! 自爆する気だ!!」

炎獣「なっ…」

吸血鬼(…盗賊様………)

吸血鬼(地獄の果てまでお供します、なんて)

吸血鬼(…冗談で済めば良かったのですけど)

吸血鬼(今、お側へ…)


ドォ…ン!





狩人「吸血鬼ーッ!!」


王国軍・砦



軍師「…信用して頂けませんか」

将軍「ふん…。貴様ら賊の一団に、人類の命運を握らせるわけにはいかぬ」

軍師「面子の問題ですか? 王国正規軍の指揮を、辺境連合軍の指揮官に執らせる事が許せないと?」

軍師「人類の命運がかかっているのなら、尚更そのような事にこだわるべきではないと思いますが?」

将軍「…。確かにな」

軍師「ご理解頂けましたか。それでは今後の軍の指揮は、我々辺境連合軍が--」

将軍「だが、それだけではない。貴様らは信用するに値しない」

軍師「…将軍。意地を張るのも結構ですが…」

将軍「貴様らは確かに強い。魔王の手勢を相手取るだけの力と、策がある。しかし」

将軍「このような時ですら、貴様らは己達の利を考えている。…私の部下の最期を、みすみす貴様らの食い物にされるわけにはいかん」

軍師「…っ」

軍師「ですから、それは…!」




ハーピィ「--あぁ…!」ガタン


軍師「ハーピィ?」

ハーピィ「あ…あ…!」

魔女「どうしたんじゃ、ハーピィ!」

ハーピィ「吸血鬼さんが…吸血鬼さんが…!」

軍師「…!」

ハーピィ「吸血鬼さんが、死んじゃったよぅ…!!」

魔女「な…!」

軍師「…」ギリ…!

魔女「あやつが!? そのような事が本当に…!!」

魔女「………待て。それでは、精鋭部隊はどうなったのじゃ!?」

ハーピィ「…きゅ、吸血鬼さんの霊魂が………、え? なあに…? 僕に何か伝えようとしてるの?」

ハーピィ「分かんないよ…! 行かないでよっ、吸血鬼さん!!」

魔女「ハーピィ…何か見えておるのか?」

軍師(…)

ハーピィ「え…? と、うぞく、さま? 盗賊様が…」





ハーピィ「盗賊様が…死ん、だ?」









軍師「--…」







炎獣「…っぶねー…!」スタ

氷姫「炎獣、平気?」

炎獣「直撃したらヤバかったけど、な。平気だ」

木竜「逃がしたネズミを追うか?」

雷帝「…いえ」

雷帝「女神の力を使うものを排除した今、あのような雑兵が生き永らえた所で大した問題にはなりません」

雷帝「強いて驚異を排除するとしたら…敵の参謀です」

木竜「うむ。妙に敵がイヤらしい動きをしおるからのう」

炎獣「なんだかケンカがやりにくいのはそのせいか!」

氷姫「そいつを先に潰すにしても、こっちだってすぐには身動きを取れないでしょ。魔王の回復を待たないと」

雷帝「ああ」

魔王「ごめん、皆」

氷姫「謝らないでよ。元は、あたしたちが不甲斐なかったからなんだし」

氷姫(…そう、あたしが、人間なんかに遅れを取ったから)

氷姫(…)


氷姫「…究極氷魔法を使うわ」

炎獣「え?」

魔王「…!」

氷姫「そうすれば、敵の軍隊を一手に引き受けられる。その隙に…敵の砦を陥として」

雷帝「出来るのか? お前に」

氷姫「………やってやるわよ」

氷姫「あたしも…口先だけで、終わりたくないの」

雷帝「…そうか」

炎獣「おい、ちょっと待てよ。究極氷魔法って、氷姫お前、一度失敗して…」

氷姫「そうね。確かに、かつて一度負荷に耐えられずに暴走させた事がある」

木竜「あの時は、ひどい有り様じゃったのう。生きておったのが不思議なくらいじゃった」

氷姫「あの時のあたしじゃないわ」

氷姫「やり切ってみせる」

魔王「氷姫…」


氷姫「魔王…」

氷姫「信じて」

魔王「………」

魔王「ひとつだけ聞かせて?」

氷姫「何?」

魔王「究極氷魔法を使うのは、なんのため?」

氷姫「…」

氷姫(なんの、ため…? それは)

氷姫(人間に対する、怒り? いや、違う。不甲斐ない自分が許せないから…?)

氷姫(いや…それよりも)

――『なんで手出ししたっ!!』

――『ふふ…ふ。大丈…夫』ヨロ…

氷姫(私は…これ以上大事なものが傷つくのを見たくない)

氷姫(出来るかもしれないことをせずに、指をくわえて見てるなんて、そんなのは)

氷姫(もう、御免よ)

氷姫「――勝つため、よ。″皆で″ね」

氷姫「人間も必死だわ。そのためには、生半可な事じゃ駄目なの」

氷姫「魔王も。他の皆も。ここを乗りきるために」

氷姫「あたしも、自分に、勝ちたいの」

魔王「…」


魔王「そっか」

魔王「分かった。お願いします」

氷姫「…ええ!」

魔王「私も、爺に力を戻して貰ったら、手伝うから」

氷姫「そ? その頃には戦う相手はいなくなってると思うけど?」

木竜「やれやれ、負けん気の強い奴だのお」

炎獣「じゃあ、砦には俺が…!」

雷帝「いや、私が行く」

炎獣「!」

雷帝「私が、敵の本陣に攻め入り、この軍を指揮している人物…参謀を消す」

雷帝「今の私なら、それが確実に出来る」


炎獣「確実にって、どうしてそこまで…」

木竜「! 雷帝、おぬしまさか魔剣を抜いたのか」

雷帝「…ええ。魔剣の力があれば、氷姫のテレポートに似た瞬間移動すら可能です」

炎獣「…雷帝、おまえ」

氷姫「あんた、それって…」

雷帝「何も言うな」

雷帝「全てが終わったとき、魔剣との盟約により我が身は呪いに焼かれる」

魔王「…」

雷帝「その時は、翁。宜しくお願いします」

木竜「…まったく、どいつもこいつも。鷲の治癒能力に頼って無茶ばかりしよる!」

木竜「魔剣の呪いなんぞ、確実に解ける保証なぞありゃせんぞい!」

雷帝「信じていますよ」ニ…

木竜「………はあ」

木竜「好きにせい」


炎獣「…」

雷帝「炎獣。お前は魔王様の護衛を頼む。敵が、どんな手段をうってくるか分からん」

雷帝「お前が…」

雷帝(…)

雷帝「お前が守ってくれれば、安心だ」

炎獣「で、でもよ。俺…」

木竜「炎獣。おぬしは、おぬしの戦いをせい」

炎獣「え…?」

木竜「守るための戦いは、ただの殺し合いとは、わけが違う」

木竜「ただ相手を負かす、ということではない」

木竜「炎獣。お前の本能は、そういう事を求めておる。戦う相手は、そこになるかもしれぬ」

炎獣「自分の、本能と、戦う…」

木竜「………雷帝も、氷姫も。どうやら腹をくくったようじゃ」

木竜「おぬしも、自分と向き合うのじゃ」

木竜「本当の強さを、見せてみよ」

炎獣「…!」


雷帝「…行くぞ」

氷姫「ええ」

氷姫「………ねえ」

雷帝「なんだ?」

氷姫「重いわね」

氷姫「信じろ…って」

雷帝「…そうだな」

雷帝「だが、今はこうも思う」

氷姫「?」

雷帝「″信じる″というのは、悪くない気分だ」

氷姫「…そ、か」

雷帝「成功させろよ。究極氷魔法」

雷帝「信じてるぞ」

氷姫「…!」

氷姫「………そっちこそしくじるんじゃないわよ」

雷帝「ああ」

氷姫「信じて、やるんだから」

雷帝「…ふっ」






エルフ「…」

狩人「…」


剣士「おい…マジかよ」

剣士「マジで言ってんのかよ!?」

剣士「盗賊が死んだってよッ!!」

騎士「………」

騎士「ああ」

剣士「騎士ッ! てめェが…!」ガッ

騎士「…っ」

剣士「てめェがついてて、なんで…!!」

騎士「………」

騎士「すまない」

剣士「っクソがァ!」バキッ

騎士「ぐっ…」

エルフ「やめなよ!!」

魔女「………喚いたところで、盗賊は帰ってこんぞ」

剣士「…ちッ!!」

狩人「盗賊………吸血鬼…」

斧使い「………」


ハーピィ「ね、ねぇ」

ハーピィ「…でもさ、僕らなら…な、何とか出来るよね!」

魔女「…」

ハーピィ「盗賊様は、消えちゃったけど、し、死んじゃったって決まった訳じゃないし…!」

騎士「…」

ハーピィ「吸血鬼さんが…吸血鬼さんがさ。せ、せっかく命懸けで、助けてくれたんだから」

狩人「…」

ハーピィ「き、きっと…どうにか、出来るよね! 皆の力を合わせれば、さ!」

エルフ「…」

ハーピィ「か、仇、討たなきゃ、だよね! そう、でしょ…?」

斧使い「…」

ハーピィ「ね…ねえ。皆………」

剣士「…」


剣士「…盗賊の奴が生きてたとして、探しだしようがねェ」

剣士「そもそも、魔王はほぼ無傷で戻ってきたんじゃ…あのバカが生きてる可能性は低い」

ハーピィ「…っ!」

剣士「あいつの力を解放して勝てなかった魔王がいて………四天王は俺たちが全力でやって、一人として倒せねェ」

剣士「…翼の団も、王国軍も、疲弊してる。王国軍の連中なんざ、俺たちと連携する事を拒んで勝手に先走ってやがる」

剣士「俺たちも先の戦いで満身創痍だ」

剣士「吸血鬼は…死んじまった。認めたくはねぇが…あいつは俺たちの中で一番強かった」

ハーピィ「………」

剣士「状況は最悪だ。…そうだろうが」

剣士「何とか言ってみやがれ、軍師」


軍師「………」


剣士「そうなんだろうが…おい」

剣士「まだひっくり返せるってか…? 盗賊もいねェ、どいつもこいつもボロボロで」

剣士「生きているのでやっとだ! 絶望的じゃねェかよ…!!」

剣士「それとも次は、ケツまくって逃げ出す策か、ぁあ!?」

軍師「………」


軍師「盗賊なら」

軍師「盗賊ならこんな時、何て言ったのか…」

軍師「それを、考えていました」

剣士「…ッ! あいつは…!」

剣士「あいつはもう、居ねェッ!!」

軍師「居ますよ………此処に」

剣士「…何ィ?」

軍師「我々は…翼の団は…」

軍師「彼の志に共鳴して集まった者達です」

軍師「強者に虐げられた弱者に手を差し伸べ…自由を得るべく剣をとった人々です」

軍師「強大な王国の圧力の下で…空を飛ぶ鳥をただ羨んで、地面を這いつくばる事が当たり前だった私たちに」

軍師「空も飛べるのだと…彼はその障害を軽く飛び越えてみせました」


軍師「自由を得るための翼は、誰にでもあるのだ、と」

軍師「それを使わなくしている一番の敵は、王国ではなく、ただ落ちるのを怖がる自分なのだ、と」

軍師「さも、当たり前のように、彼はそれを言ってのけた」

軍師「…私たちが夢を見たのは、彼の身に宿る奇跡の力にだけでしょうか」

軍師「私たちは…いつの間にか、自分達まで空は飛べるのだと、当たり前のように口にしていたはずです」

軍師「彼の志は…もう」

軍師「みなの胸のうちに宿っているのではないのですか?」

剣士「………」

エルフ「――″絶望的な状況、か″」

エルフ「″まぁアレだ、やっぱヒーローの定番はピンチからの逆転勝利だろ?″」

剣士「!」

エルフ「…なんて。盗賊なら、そう言ったかもね?」


魔女「″もしダメでも、その時はせいぜい死ぬだけだ″」

魔女「などと、軽口を叩いてみせたかもしれんの」

エルフ「ああ、言いそう!」

狩人「″大丈夫だ、俺、持ってるから!″」

狩人「なんて、根拠のない強がり、言ったかもね」

騎士「…ああ。自身も不安でどうしようもなかったとしても」

騎士「盗賊殿なら、そう言った」

ハーピィ「…」

ハーピィ「″弔い合戦なら、派手にやんなきゃ″」

ハーピィ「″あの世の連中にも見えるように″」

剣士「…」ハァ

剣士「″つっても、俺たちがする事って言やァ″」

剣士「″ただ――″」


斧使い「″かっさらう事だけ、だ ″」




剣士「おっ…」

剣士「斧使い、テメェ普通に口きけたのかよ!?」

斧使い「…」

狩人「は、初めて聞いた! ね、オッサンもう一回! もう一回しゃべって!」

斧使い「…」フルフル

エルフ「あーっ、斧使い照れてる?」

斧使い「…」プイッ

騎士「お、斧使い殿からいつもの覇気がない…」

魔女「くくくっ、口を滑らせたのう、斧使い!」

剣士「かっかっかっ! なんだよ斧使いよォ、その顔はっ!」

ハーピィ「け、剣士さん、笑ったら可哀想…プッ、クスクス」

斧使い「…」ブン!

剣士「いてっ!? テッメェ斧使い、怪我人になんてマネしやがるっ!」

エルフ「もー、よしなよー!」


軍師(ああ)

軍師(やはり貴方がいなくては、ダメなのです)

軍師(何処かへ行ってしまっても…貴方の存在が、皆を救うのです)

軍師(だから、どうか)

軍師(どうか、見ていて下さい)



エルフ「軍師」

エルフ「…やろう。最後まで足掻こう」

騎士「これが最後になるならば…もはやそれで構いませぬ」

騎士「尚のこと、我輩たちらしくありたいと…そう思うのです」

魔女「勝ちを悠々取りに来る魔王に…手痛いしっぺ返しをくれてやろうではないか」

狩人「うん…もう、怖くないよ」

ハーピィ「わ、私は、ちょっと…恐いです、が………でも、頑張るですっ!」

剣士「…しゃーねェ。ここまで来たら腐れ縁だ」

剣士「付き合ってやんぜ」

斧使い「…」コク




軍師「………そうですね」

軍師「では、最後の策です」


今日はここまでです
長かった盗賊編、来週で終わります(多分)


氷姫「…」コォオオオ…


炎獣「究極氷魔法…。結局完成された技は見たことねぇ。どんな魔法なんだ?」

魔王「…冥界の死神を呼ぶの。呼び出された死神達は、術者が意図した範囲の生命を、刈り取り続ける」

魔王「死の行進、と言われる魔法よ」

炎獣「死の、行進…」

魔王(氷姫…)



氷姫(一度、失敗した術式、か)

氷姫(今度失敗したら、本当に、生きてられないかもね)

氷姫(あの時は、冥界に引っ張りこまれかけた)

氷姫(今思い出しても足が震えて…意識が飛びかける)

氷姫(でも)

氷姫(後ろを振り返ってる暇はもう、ない)

氷姫(あたしには力が必要なんだ)

氷姫(もう、仲間が傷つかない力が)


氷姫(だから…冥界の死神よ)

氷姫(力を、貸しなさい!)









氷姫「究極氷魔法!!」



将軍「いいかっ!! 魔王は疲弊し、敵はひと所に固まっている!!」

将軍「数々の犠牲の上に掴んだこの機を逃すな!!」

将軍「後ろを振り替えるな!!」

将軍「ただ我らのきりひらく、人類の未来だけを見よッ!!」

将軍「全軍、前進ッ!!」


ドドドドドドドドドドドドドド!!!


将軍(――止めてみせるぞ、魔王っ!!)

魔法兵「ぜ、前方に強力な魔力を感知っ!」

将軍「なにっ!?」

「おい、見ろ!!」

「なんだ、あれは!?」

将軍「っ!?」

将軍(雲が…暗雲が渦巻いて…世界が暗くなっていく…!)

将軍「敵の魔法か!?」

魔法兵「お、おそらく! しかし、このような魔法は聞いてことがありませんっ!」


ゴオオォォォ…

将軍「くっ、吹雪だと…! 氷の魔術師か!」

将軍「何が起こっている!?」


ドロドロドロドロドロドロ…


将軍(なん、だ!? この地鳴りは!)

「ぜ、前方…敵影多数…!!」

将軍「なんだとっ!?」

「吹雪の中に…きょ、巨大な影が幾つもみえます!」

将軍(どういう事だ…!? 軍勢を呼び寄せたとでも言うのか!?)

将軍(ここまで圧倒的な力を、こうも何度も…!!)

将軍「ちぃ…! だがもはや撃沈する他あるまい!!」

将軍「全軍、抜刀ッ!!」

ジャキィッ!!





キラッ キラキラッ

砲台長「…み、見えた! 抜刀したぞ!!」

砲台長「全砲台、撃ちまくれ!! 敵の結界は消えてるぞォ!!」


ドドーンッ! ズドーンッ!



将軍「よし、援護砲撃が敵に当たっている!!」

将軍「突撃ぃぃいっ!!」

「うおおおおおおおおぉっ!」


死神「…」シャキン…


将軍(巨大な、鎌…っ!?)


死神「…」ブゥン…

ズバァァアッ!!

「ぐわあああぁあっ!!」

「うわあぁあぁあっ!!」


将軍「ばかな…!!」

将軍(砲撃にもビクともしない耐久力に…巨大な鎌による破壊力…。今までの魔王軍との戦いでは一度も姿を現さなかった)

将軍(こんな化け物を…一瞬にして呼び寄せたとでも言うのか!?)

将軍(そんなことがあるわけがないっ!!)

将軍「くそっ、隊列を立て直せッ!!」




騎士「魔導士隊、てぇっ!!」

ズドドドドドドドドォンッ…!


将軍「翼の団…!」

騎士「我らを苦しめた天下の王国軍が情けない!! 貴君らはこの程度かっ!?」

将軍「今さら現れて何を言う!! 恐れをなして逃げ出したかと思ったぞ!!」

騎士「我らに恐れなどない!!」

騎士「いつ、なん時も、自由のために剣を取るのは我らだ!!」

騎士「今は人類の自由のためっ!! 今は共に剣を取ろうぞっ!!」

将軍「………人類の自由のために…だと?」

将軍「…くっ、ふふ! 都合のいい連中だ…!」

将軍「良かろう!!」

将軍「我らに遅れを取るなよ!!」

騎士「望むところッ!!」






狩人「…騎士が、翼の団全軍を率いて王国軍と合流したみたい」

剣士「あの鉄クズ、気合い入れすぎて傷口開いてやがるぜェ、絶体」

魔女「さあ、我らも進まねば」

斧使い「…」コク

エルフ「しばらくは、精霊魔法が効くはずだよ。皆の姿は敵に見えない」

剣士「つっても、あの怪物に効果あんのかよ?」

エルフ「分からないけれど…見るからに闇の住人の風体だ。精霊魔法の効き目があると、信じたいよ」

狩人「もし、こっちの動きを気取られたら…」

斧使い「…」


ドドドドドドドドドドドドドドドド…

ワァァァ… ズドーン… 

魔女「…色々な戦場を見てきたつもりじゃったが…」

魔女「空を覆う暗雲…絶え間なく吹き付ける豪雪…死の巨人…」

魔女「地獄のような、光景じゃな…」

エルフ「…うん、そうだね」

狩人「騎士…」

剣士「他人の心配してる場合かよ?」

狩人「…っ」

剣士「俺たちゃ、もっと恐ろしい連中と戦いに行くんだぜ…」

剣士「いや、戦いに行くってよりは」

エルフ「剣士」

剣士「…んだよ。そういうこったろうが」

剣士「運が良ければ、一人くらい生き残るかもしれねぇ………そういう戦いだろ、これァ」

剣士「まァ…生き残ることが果たして幸せかってェと…」

剣士「そりゃ、どうだか分からねェけどよ」



エルフ「そうだとしても…価値あることをしに行くんだと」

エルフ「ボクは、そう信じたいよ」

エルフ「君ほど…覚悟が出来てるわけじゃないから」

狩人「…」

斧使い「…」

魔女「後戻りはできぬ」

魔女「この行軍は、最後は魔王のところへ辿り着き」

魔女「あそこで戦う多くの兵士たちを囮に、魔王と戦う」

魔女「そこには四天王がいるかもしれぬ。それでも、刺し違えてでも」

魔女「妾たちはやらねばならん」


魔女「…すまぬな。自分のする事を…確認しておきたかった」

魔女「この歳でも………情けないがな」

狩人「…なんだ」

狩人「皆、迷ってるんだね」

狩人「迷いながら」

狩人「逃げ出したい心を必死に押さえて」

狩人「…歩いてるんだよね」

斧使い「…」

剣士「アンタは、そういうわけでも無さそうだなァ?」

斧使い「…」

剣士「…あのよ」


剣士「確かに俺ァいつだって戦場のド真ん中で、命を死の天秤にかけてきた」

剣士「…とは言えよ。死にたいわけじゃねェよ」

剣士「まだまだ、生きて成り上がってやりたかった」

剣士「もっと金を手に入れて、もっと名声を築いて、もっと女を抱いて…」

剣士「こんな所で死のうモンなら、未練なんざありすぎて化けて出かねねェ」

剣士「それが、こうして平気な顔で講釈垂れてるのにもワケがある」

エルフ「…ワケ?」

剣士「ああ。コツってもんがあるのさ」

剣士「冥土の土産に教えてやるぜ。それはな――」




「鉄砲隊、てぇっ!!」

パパパパパンッ


死神「…」

将軍「クソ…!! まるで効き目がない!」



騎士「引き摺り倒すぞっ!! 傭兵隊っ!!」

「おうらァっ!!」ドシュッ!

騎士「今だ! 騎士団、突撃ィッ!」

「うおおおおっ!!」


死神「…」ブゥン

ドシャアァアッ!

「ぎゃぁぁああぁッ!!」


騎士「くっ!! 駄目か…!!」


将軍「もう打つ手がないぞ…!」

騎士「ぬぅ…ッ、このままでは!!」


軍師『その魔法は究極氷魔法です』


将軍「!? な、なんだ!?」

騎士「軍師どのの声…!」


軍師『古い文献から見つけ出しました。その巨人を倒すのは不可能です』

軍師『魔法を詠唱をしている本人を倒す他ありません』


将軍「本人だと…一体どこに!?」


軍師『その吹雪きの吹き出し口。それが魔法の発される大元』

軍師『巨人の鎌を掻い潜り、魔法の詠唱者を倒してください』


騎士「…!」


騎士「よし…」

将軍「待て! もう、翼の団にも王国軍にも、残存の兵は残り少ないぞっ!!」

騎士「だから何だというのだ」

騎士「ならばその全軍で突撃するのみ」

将軍「っ!!」

騎士「迷う暇はない。死にたくないのならそこで待っていろ」

将軍「何…」



騎士「皆のものッ!! 聞こえた通りだッ!!」

騎士「人類の明日は吹雪きの吹く方にあるッ!!!」

騎士「逆風を進めッ!!!」

騎士「向かい風の奥の希望へッ!!!」

騎士「 我 に 続 け ぇ ッ!!!」


 ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド





軍師『王国兵、翼の団の皆さん』

軍師『辛く、恐ろしい戦いでしょう』

軍師『もう前に進みたくない』

軍師『止めてしまいたい』

軍師『死にたくない』

軍師『いや、いっそのこと殺してほしい』

軍師『――私には、救う事も助ける事も出来ません』

軍師『でも、どうか』

軍師『どうか、人類を救ってください』

軍師『もう、あなたたちにしか、出来ないのです』

軍師『傷つき、絶望と希望の狭間で苦しんだとしても』

軍師『それでもどうか』

軍師『どうか、人類を…』







ハーピィ「…も、もういいの? 軍師さん」

軍師「…、はい」

軍師「もう、私に紡げる言葉などありはしません」

軍師「ありがとうございました、ハーピィ」

ハーピィ「う、ううん。よ、良かった、よ…」

ハーピィ「で、出来る事が、す、少しでも、あって…」

軍師「…ハーピィ?」

ハーピィ「あ、あはは…ちょっと、一人で魔法を使うのは」

ハーピィ「つ、疲れちゃった、みたい…」

ハーピィ「急に、ね、眠気、が…」


軍師「ハーピィ…!」

ハーピィ「…ね、軍師、さん」

ハーピィ「か、仇を…」

ハーピィ「取れる、かな…?」

ハーピィ「きゅ、吸血、鬼、さんの…」

ハーピィ「か、仇…」

軍師「…ハーピィ」

軍師「約束します。必ず」

軍師「必ずや、魔王に一矢報います」

軍師「だから…」

ハーピィ「…」

軍師「…眠りましたか」

軍師(…進もう)

軍師(私に、出来ることを…)













雷帝「――あれが、敵の参謀か」


炎獣「…すげえ」

炎獣「氷姫のやつ…本当に成功させちまいやがった」

炎獣「こんな魔法、見た事ない」

炎獣「すげえな………」


――氷姫「あたしも、自分に、勝ちたいの」

――雷帝「何も言うな」


炎獣「氷姫………雷帝…」

炎獣「…」

炎獣(何だ…? 言葉が、出てこない)

炎獣(″大丈夫か? 無理すんなよ。頑張れよ″)

炎獣(…違う。そんなの、俺の言葉なんかじゃない)

炎獣(上っ面だけの…嘘っぱちだ)

炎獣(………何だよこれ。俺、一体どうしたいんだよ)

炎獣(あんな顔したあいつらに…何を言えってんだよ)


魔王「炎獣」

炎獣「…ん」

魔王「珍しい、ね。そんな顔」

炎獣「…」

魔王「…」

炎獣「なあ、魔王」

炎獣「何だかさ、変な気分なんだ」

炎獣「氷姫や雷帝のこと、応援したいし心配なんだけどさ」

炎獣「どうしたらいいか、分かんないんだよ」

魔王「そっか」

炎獣「変だよな。なんなんだろうな」

炎獣「どうしてこんな胸の内がざわつくんだろうな」

炎獣「何で俺…」

魔王「…」


魔王「″氷姫や雷帝を素直に応援出来ない自分が腹立たしい″」

炎獣「!」

炎獣「………そう、なのか。俺」

魔王「″何だか置いてきぼりにされたようで、寂しい″」

炎獣「………」

魔王「″二人が…、羨ましい″」

炎獣「…っ!」

炎獣(俺…!)

炎獣(俺は…、応援なんてハナっならしちゃいないんだ)

炎獣(あの時の二人の表情が頭から離れなくて…かける言葉も見つからなかった自分が、ひどくちっぽけに思えて)

炎獣(俺が戦う理由と、あいつらが戦う理由に、大きく差をつけられたような気分で)

炎獣(何か…なんだか………)

炎獣「…」

魔王「炎獣?」


炎獣「…おあーーーっ!!」

魔王「きゃ!?」

木竜「ぬお!!」ビクッ

炎獣「…はあ、はあ…」

木竜「な、なんじゃいきなり! 急に大声を出すな!」

魔王「…炎、獣?」ポカーン

炎獣「何でもねえ!」

木竜「何でもないなら静かにしとれ!」バシッ

炎獣「あだっ!」

木竜「姫様の治癒に集中しとるんじゃ、儂は!」

炎獣「ご、ごめん」

魔王「…大丈夫?」

炎獣「………なあ、魔王」

魔王「何?」

炎獣「俺は、どうしたらいいと思う?」

魔王「うーん…」

魔王「それは、多分ね。私が言うことじゃないんじゃないかな」

炎獣「でも、魔王は俺の気持ち分かるんだろ? 今言い当てたみたいに」

魔王「…全部分かるわけじゃないよ。私が言ったことが炎獣の全てだとも、私は思ってない」

魔王「炎獣自身がどうするかは、自分で探さなきゃ」


炎獣「ちぇっ…」

魔王「ふふ。…きっと氷姫も雷帝も、たくさん悩んだんじゃないかな?」

炎獣「俺、悩むの苦手だ」

魔王「そうだったね。じゃあ身体動かしてみる、とか?」

炎獣「お! それいいかもな!」

魔王「あ、でも。あまり遠くにいかないでね?」

魔王「雷帝にお願いされたでしょ?」

炎獣「…ああ、うん」


――雷帝「お前が守ってくれれば、安心だ」

――木竜「炎獣。おぬしは、おぬしの戦いをせい」


炎獣「…俺の戦いを…」

炎獣「しなくちゃ、だもんな」


炎獣「…」

魔王(炎獣…。この戦いで、初めての事が沢山あったんだ)

魔王(知らない気持ち、知らない思い。上手く消化する暇もなく、戦いは続く)

魔王(一番経験の浅い炎獣にとって、そういう不安定な中戦っていかなきゃいけない)

魔王(それはきっと、計り知れない不安だろう。…私が)

魔王(私が上手くフォローをしてあげないと)

炎獣「魔王もさ」

魔王「うん?」

炎獣「不安だよな、魔王も」

魔王「えっ?」

炎獣「先代様が死んで…即位した時、まだ魔王は小さかった」

炎獣「それでもそのまま俺たちの先頭に立って、ここまで引っ張ってくれたけどさ」

炎獣「もう少しで人間に勝てるってトコまでようやく来たけど…」

炎獣「人間の反抗は、生易しくなんかない」

魔王「…」

炎獣「魔王も不安なのにさ。俺たちを勇気づけてくれて」

炎獣「ありがとな」


魔王「っ…」

炎獣「あ、あはは、なんか照れんなぁ!」

炎獣「色々考えてたらさ、なんか言いたくなってさ!」

炎獣「俺は、魔王を支える、魔王の四天王だ!」

炎獣「必ず勝とうな!」ニッ

魔王「………うん」

魔王「そうだね。一緒に、勝とう!」

炎獣「ああ!」



木竜「…」

木竜(………そうじゃ、炎獣。そのお前の、真っ直ぐさが)

木竜(魔王様を…お前自身を、救うんじゃ)


魔王「!」ピクッ

炎獣「…魔王」

魔王「ええ。これは…」

炎獣「敵か。いつの間に、こんな近くまで…」

魔王(これも敵の能力?)





「よォ」

剣士「また会ったなァ? 化け物!!」




炎獣「魔王、下がってろ」

魔王「…うん。気をつけて」

炎獣「ああ」

炎獣「こんな所までのこのこ現れるなんてな! 倒されなきゃ気がすまないみたいだな!?」

剣士「かっかっかっ!」

剣士「どうやらそうらしいぜェ、俺って男はよォ!!」

剣士「………きっちり、倒してくれや!!」ザッ


砦内部


軍師「…」カツカツカツ…

守備兵「おい、貴様。何処へ行く」

軍師「…軍義の間へ。通して頂けますか?」

守備兵「軍義の間はこの砦の一番最奥にある部屋だ。まさか、あのような演説をしてみせておいて、一人のうのうと安全な場所に逃げ隠れようというのか?」

軍師「…まだ、信用して貰えませんか」

守備兵「貴様ら賊の一団を、我々が完全に信用したとでも思っているのか」

軍師「…」

軍師(この窮地にあっても、我々辺境連合軍と王国軍はこの有り様)

軍師「…人類が、敗北するわけですね」

守備兵「何? …貴様今なんと言った?」

軍師「魔王の圧倒的な戦力を前に、人間の希望は今消え失せようとしています」

軍師「その時ですら、国や、立場、我欲に縛られて…人間とはかくも見苦しいものだったのだな、と思ったのですよ」

守備兵「何だと!? 貴様…!」

ザクッ

守備兵「…!?」

軍師「だから、私の行いも許して下さい」

守備兵「貴…様…ッ! 一体………何
…を………」ズルズル…

軍師「こう見えて、汚い手段には慣れっこなんですよ。知ってましたか?」

守備兵「」ドサッ…

軍師「…遅いか、早いかの違いでしかありませんが、どうか安らかに」

軍師「急がなくては」カツカツ…


軍義の間


軍師「ここが、王国軍最後の関門。不落の城と言われた砦の最深部ですか」

軍師「ここにたどり着く時はもっと別の形なのだと…ずっと思っていたはず、なのですけれど」

軍師「…」

軍師「感傷に浸る時間もないようですね。もうそこに居るのでしょうか?」

軍師「雷帝さん」




雷帝「…」ス…


軍師「なるほど、それが魔界に伝わり伝説の魔剣の力」

軍師「雷光のごとき速さでの移動をも可能にする、というわけですね。こちらの奥の手と同等の力をそう容易く使われたとあっては、翼の団も形無しというものです」

軍師「砦には対魔族の結界がいくつか張られていたと思いますが、それも効果無しですか。いやはや、感服です」

軍師「初めから、こちらの用意した策などものともしないような能力を自負していらしてたんですか?」

軍師「それとも、少しくらいは貴方たちを追い詰めることが出来たんですかね?」

軍師「伺ってみたいものですよ。魔王四天王の一人、雷帝さん」


雷帝「………」


雷帝「勿体ぶるな。私が今、貴様の首を落としてしまわない理由はひとつだけだ」

雷帝「何が狙いだ?」

軍師「狙い、ですか。大方察しはついているかと思いますが」

軍師「私は単なる囮なんですよ。貴方なら、まず私を消そうとすると思いましてね」

軍師「ガラにもなく、目立つことをしてまでこうしてついてきてもらった次第です」

雷帝「…軍師が、自らを囮になるなど、下策中の下策だ」

軍師「返す言葉もありません。私はもう、策士などではありません」

軍師「ただ、復讐にかられた一人の醜い女です」

雷帝「…下らん」グッ

軍師「おっと、それで引き裂いておしまい、というのは少し味気ないでしょう」

雷帝「…」

軍師「ね? 貴方もそう思っているから、この刃を下ろさないのではないですか?」

雷帝(…なんだ? この女のこの雰囲気は。ハッタリにしては随分と…)

軍師「人間と魔族の双方の頭脳がこうして相対したのです。少しばかり問答をしてみるのも面白いとは思いませんか?」

雷帝「…」


雷帝「人間の頭脳? 貴様が?」

雷帝「笑わせるな。貴様が囮を演じていたとして、真打ちは誰が担っているというのだ?」

雷帝「外で、氷姫の究極氷魔法とやりあっている軍勢が、あの魔法を突破できるとでも言いたいのか」

軍師「彼らの突撃は、言わば人類の最後の突撃です。後のない者の死に際のひと噛みって、怖いものだと思いませんか?」

雷帝「馬鹿には出来ないだろうな。しかし残念だが、そんなものであの魔法を打ち倒せるほど現実は甘くない」

軍師「でしょうね」

雷帝「何?」

軍師「奇跡でも起これば…私もその可能性は棄てていないんですよ。そこに嘘はありません」

軍師「ですが、それに全てを懸ける気にもなれないのも、実際のところです」

雷帝「奴らも囮か?」

軍師「まあ、そういうことですね」

雷帝「下らんな。貴様の顔を見ていると虫酸が走る」

雷帝「大方、もうひとつの別動隊で奇襲をかける策でも打ったのだろう。エルフやハーピィの奇術があれば、或いは魔王様の元へ別動隊を送ることも可能になるかもしれん」

雷帝「それが何だと言うのだ? こちらの戦力をそこに割かないとでも思ったのか?」

雷帝「その別動隊とやらが、魔王様を撃破できると、本気で思っているのか?」

軍師「…」


軍師「私はね…好きなんですよ、彼らが」

軍師「そのわりには、これまで何度も彼らを危険な目に会わせて来たのですけどね。頭ばかり回るだけで、どうやら私という人間は大切なものが抜け落ちているみたいなんです」

軍師「そういう事はね、これまでにも何度かあって…ここに来る前は、″血の通わない女″とか、″魔族の生まれ変わり″とか色々言われてました」

軍師「それをあの人が…この場所に引っ張ってきて…この翼の団がかけがえのない場所になった」

雷帝「…なんの話だ」

軍師「ふふ。でも人は簡単には変わらないもので、今度は私、翼の団を守るために非情な手を幾つも打ち出しました」

軍師「命の危機に瀕しながら…それでも、彼らはそれを笑い飛ばしてみせたんです」

軍師「″全くいつもいつも殺す気か″って、平気な顔で、戻ってきたんです」

軍師「あの人が、居てくれたから、でしょうかね。全ては」

軍師「最後の最後まであの人に頼って、私は彼らを騙くらかして、死地に送りました」

雷帝「それで? 今度もそうして生きて帰って来るとでも言いたいのか?」

軍師「いえ」

軍師「彼らは死ぬでしょう」

雷帝(…こいつ)

軍師「…あの人は、もういないのですから。奇跡は、起こりません」



軍師「彼らですら、囮なのですよ」

軍師「雷帝さん」




剣士「おゥらッ!!」ビュッ

炎獣「!」

剣士「でりゃりゃりゃりゃァッ」ヒュバババ!

剣士「どうしたどうした、化け物よォ!! 俺様の神速の剣の前にゃぐぅの音も出ねェかァ!?」

炎獣(こいつの剣筋…どうも気になる。打ち返そうと思えばそれも出きる…けど)

炎獣(なんだ、嫌な気配がする)

剣士「ったくよォ…手抜きで相手されるたァなァ…」

剣士「傷つくだろォが!!」ゴッ

炎獣「…くっ!」

炎獣(コイツも並の戦士じゃあない。いなし続けるのも限度がある! …でも)

炎獣(守るんだ。俺は)

炎獣(まだ、堪えろ…!)

剣士(ちッ…誘いに乗ってこねェ!)


狩人「剣士…!」

狩人(あの四天王が剣士を狙って挙動を起こした瞬間、魔王を僕が狙撃する…!)

狩人(でも、それじゃあ剣士が…!!)

――「コツってもんがあるのさ」

狩人(…! そうだ)

狩人(僕は僕の仕事をしなくちゃ)



剣士「ちぇえありゃあぁあッ!!」ギュンッ!

炎獣(くっ、かわしきれない! 打ち返すしかない!)

炎獣「ふっ!!」ドシッ

剣士「かフッ…!?」

剣士(なんてェ破壊力だよ。ジャブで死ねるぜ、こりゃ)

剣士(…だが、掛かったな!)


狩人(今!)

――ズドンッ!

炎獣「!」


炎獣「――ッ」ヒュッ

炎獣「…危なかった」ポロ…

狩人(なっ!? あの体勢から反応をして…弾丸を掴んだっていうのか!?)

炎獣「見つけたぞ」ギロ

狩人(まずい…ッ!)

剣士「うらぁあぁッ!!」ドシッ!

炎獣(! 当て身!)

剣士「今しかねェッ! やれェ!!」


斧使い「っ!」バッ

エルフ「くっ!」バッ


炎獣「ち、あそこにもいたか!!」


斧使い「おおおおおおッ!」

エルフ「魔王ぉおっ!」

ダッダッダッダッ!


魔王「…来たわね」

木竜「姫様! いま力を使われてはまた…!」



炎獣「どけ」バキッ

剣士「うがッ!!」

狩人「っ! 剣士ぃ!!」


炎獣「…させるかよ」ドッ


狩人(な、なんて跳躍だ! 一瞬でエルフ達との距離を詰めて――)

魔女「狩人」

魔女「おぬしは魔王から照準を外すな」

狩人「!」

魔女「妾たちがもう一度チャンスを作る。だから」

魔女「誰が死んでも、決して視線をそらしてはならん」

狩人「…っ!!」


炎獣「魔王に、触らせるか!」

エルフ(ーっ! 追い付かれるっ!)

斧使い「先に行け」

エルフ「!? 斧使い――!」

斧使い「…」コク

エルフ「…くっ!」


エルフ「おおおおおおおおおおっ!!」


《…教えてよ。死ぬかもしれない戦いで、少しでも勇気を出す方法》

《あァ。それァな…》


《戦友を信じること、だ…》



斧使い「…」ザ…

炎獣「邪魔するなら遠慮しねえぜ」

炎獣「炎ぉ」

炎獣「パンチッ!」


ゴッ


《拍子抜けしたか? …でもなこれが案外、バカに出来ねェのよ》

《戦友ってのは、普通の縁とはちょっと違う、奇妙なモンで》

《食うメシも、眺める星も、死ぬ所だって共にするかもしれねェっていう、妙な共同体意識みてェなもんが芽生える》

《目にする最期の景色すら、隣のコイツと一緒なのかもしれねェ…って思うと》

《ああ、もし糞ったれた最期の瞬間を今日のこの日に迎えたとしても》

《俺はひとりじゃないんだって》

《それが例え見知らぬ誰かだったとしても。一緒に逝く奴がいるんだって…そう思える》


斧使い「」ボロッ…

剣士「…斧…使い…!」

狩人「…う」


狩人「うわああああああああああああああああああああああああっ!!」


炎獣「! 死んでも倒れねぇとか、お前ほんとに人間かよ」

斧使い「」

炎獣「邪魔だ」グシャ


《死ぬ瞬間がひとりじゃなくて良いってェだけの事が》

《案外、救いになるもんなんだぜ》




エルフ「食らえ…!」

魔王「!」ザ…

エルフ「大妖精の矢!!」

エルフ(あれっ…!? 景色が回って)

炎獣「捕まえた」

ボキボキボキッ!

エルフ「ヒュッ…」


剣士「エ…ルフっ!」


狩人(…見ちゃ、ダメだ)

狩人(見ちゃダメなんだ。照準をずらすな)

狩人(照準をずらすな照準をずらすな照準をずらすな照準をずらすな照準をずらすな照準をずらすな)



《…キミがそんな事を思ってたなんて、少し意外だったなあ》

《そうじゃな》

《っるせェ! だから、今まで誰にも教えずにいたんだろォが》

《でもよ。最後の最後くらい…》

《ひとりじゃねェんだって、この感覚を………伝えてみたくなったんだよ》


魔王「炎獣…!」

炎獣「悪い、魔王。ちょっとヒヤッとさせたか?」

炎獣「でも、気ぃ抜くなよ。まだ終わってねぇ」

魔女「その通りじゃな」

炎獣「!」

魔女「超強化雷魔法」

バリバリバリ…!

炎獣「っ…でけぇ雷でも落とすってか?」

魔女「ああ。妾を殺したところで、もう詠唱は止まらぬぞ」

炎獣「…てめぇも死ぬだろ」

魔女「承知の上じゃ」

炎獣「ちっ!!」

炎獣「爺さん! 全力で離れるぞ!! 魔王、捕まれ!!」バッ


魔女「せいぜい足掻け…」

剣士「…かふっ」

魔女「………すまぬな、剣士。巻き込む」

剣士「…あー、あ」

剣士「…せっかく、なら、絶世の、美女と、心中した、かった、ぜ…」

魔女「それなら、申し分なかろう」

剣士「…ババア、は、ごめん、だ」

魔女「まったく。最後まで口の減らぬ奴よ」

魔女「…だが」

斧使い「」

エルフ「」

魔女「お前の言った通り…」

剣士「………あァ」






《最期の瞬間に、きっと俺らは…》


《ひとりじゃ、ない》




カッ


ズゥン……





炎獣「はあっ、はあっ…」

炎獣「ギリッギリ、だったぜ」

魔王「炎獣、その腕…!!」

炎獣「あ、ああ。片腕雷に持ってかれちまった」

魔女「爺。私の治療はもう平気だから、炎獣を…!」

木竜「承知ですじゃ」

炎獣「待ってくれ。まだ、終わってねえ」

炎獣「もう一人いる。今の落雷で位置が掴めなくなった」

炎獣「魔王を狙ってる」

木竜「…どうやら気配の消し方が相当上手い奴のようじゃのう」

炎獣「ああ」

炎獣(何処だ。何処から狙ってくる…)









狩人「………皆の、仇」

狩人(食らえ!!)

パァンッ!


炎獣「!」ドシュッ

魔王「炎獣!」

炎獣「うぎッ…!」

炎獣(俺を狙ってきやがった!? くそ、只の弾丸じゃねぇな、こりゃ…肉体に食い込んでやがる)

炎獣(裏をかかれた、当たり所が良くねえ。…でも)

炎獣(俺の勝ちだ。守りきったぜ)

炎獣「返すぜ、この弾」ズボ…

炎獣「おらッ!」ボッ


ドスッ


狩人「あッ…」

狩人「」ドサ…





《…分かる気がする。魔女のばっちゃんが、言ってくれたよね》

《″一緒なら大丈夫″なんだって…》

《…そうじゃったな》

《俺たち翼の団は、ずっと一緒に死線を越えてきた》

《ああ、こりゃァ死ぬかもしれねェなって時、そういう奴らと肩を並べられてるってのは》

《俺に言わせりゃ、幸せな最期だぜ》


《だから、願わくば………》



ズゥ…ン!!

「ぐわァアアァッ!」


騎士「くっ…!!」

騎士(最早、この突撃についてきているのはたった…)

騎士(たったの十騎)

騎士「栄華を極めし王国の正規軍も…」

騎士「共に戦い続けた翼の団も………」

騎士(………もう、その影は見えない)

騎士「…っ」ギュウ

騎士「この戦いに、仮に勝てたとして、それの後人類は…」


死神「…」ブゥン

ドシャアッ!!

「ぎゃあぁああッ!」

「ぬぁあぁあっ!?」


騎士「…!!」

騎士(さらに半分、やられた…!)


騎士(――…意味など、ないのか)

騎士(受け入れてしまおうか)

騎士(敗北を。…絶望を)

騎士(もう………止めて、しまおうか)

――「だらしねェな! 鉄人形!」

騎士(!)

――「あれほど死に急いでおったお前が、音を上げるのかの?」

――「だから僕はアテにならないって言ったんだよねー、騎士道精神なんてさ」

騎士(何を…)

――「その鉄の着ぐるみは何の為に着けてんだ、あァ?」

――「もう、止めてあげなよ! 誰でも弱音を吐きたい時はあるでしょ?」

騎士(…)



死神「…」ブゥン


騎士「ッ!」

――ズバァアッ!


騎士「…はあ、はあ」

騎士「あ、危なかった…。しかし…」

騎士(しかし、まだ、生きている)

騎士(生きていて、良かった)

騎士(良かったと、まだ思える)

騎士「………さっきのは幻聴か」

騎士「…ふっ。だが」

騎士「思い出したぞ。我輩が誰なのかを」

騎士「――我輩は翼の団、死をも恐れぬ騎士団の長!!」


騎士「この前進は」


騎士「ただ自由を得るために!!!」



《願わくば、一人で立ち向かうアイツらも》

《隣で戦う俺たちを》


《感じてくれりゃ、いいな》




騎士「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」











死神「…」


ブゥン…










軍師「…」

雷帝「………何を言っている、貴様は」

雷帝「では、貴様の指示にしたがった人間はみな」

雷帝「犬死にだと、言いたいのか」

軍師「…」

軍師「あの人はね…もう居ないんです」

軍師「私は、″翼の団を勝利に導く常勝の軍師″から」

軍師「″魔族の生まれ変わりのような血の通わない女″に、逆戻りしてしまったんです」

軍師「だから、彼らをこうして殺して、平気でいるんですよ」

雷帝「………何だと」

軍師「でもね。ただ死んでいったんじゃ、それって復讐にならないでしょう?」

雷帝「これだけの囮を使った本命が、いるとでも言いたいのか」

軍師「さあ、誰だと思います?」

雷帝「………」

雷帝(騙されるな。圧倒されるな。全てはこの人間の妄言に過ぎない筈だ)

雷帝(単なる時間稼ぎ…だとして、時を得て利があるものなどこいつにはひとつもない)

雷帝(こいつは、もう、狂っているのだ)

軍師「あはははは。こうして、四天王を手玉に取っているのって、悪い気はしないですね」

雷帝「…」ス…

軍師「………さて、そろそろ貴方も痺れを切らして、私を殺してしまうかもしれません」

軍師「だからひとつだけ、種明かしをしましょうか。これを見て下さい」

ジャラ…


雷帝(…ネックレス? 何だ、この宝珠。この、波動は…)

雷帝「…ッ! 貴、様…!?」

軍師「凄いでしょう? 港町の武器商会っていう外道の集まりがあってですね、そこに流れていたものなんですけど」

軍師「こんな事もあろうかと、手に入れておいたんですよ」

雷帝「なぜ、そんな事が…ッ!!」

軍師「ね? 私も分かりません。でも、この世も末ってことですよ。汚らわしい私にはよく似合うでしょう?」

軍師「これ、一度首から下げたら、私が死ぬまで取れないんですよ。ちょっと不便なんですけど、それも今日までの我慢ですから」

軍師「それはそうと、貴方の魔剣を使った代償って、呪いの炎に焼かれるんでしたっけ?」

雷帝「!」

軍師「敵がいなくなると、その副作用も発動するんですよねぇ? その呪いと、コレの破壊力、同時に受けて――果たして無事でいられますかね?」

雷帝「くッ――」

軍師「そうそう、コレの起爆のスイッチは、私の″死″です」

雷帝「!」ピタッ

軍師「あはは、迂闊に殺せないですよね、これだと。そうだと思って…」

雷帝(こいつ、舌を――まずい、電撃で気絶させ――)


軍師「」ガリッ


雷帝「!!」


軍師(ねえ)

軍師(私も、貴方達と一緒の場所へ行けますか)

軍師(これだけの事をしておいて)

軍師(許されますか)

軍師(………盗賊………)

盗賊(もし出来るなら、貴方の元へ………)







     ズ   ッ




炎獣「!!」

木竜「な、なんじゃあ!?」

魔王「――この光」

魔王(何故、敵の砦から、この光が!!)

魔王(…待って)

魔王(あそこには、まだ雷帝が…っ!!)




魔王「雷帝っ!!」







今日はここまでです
盗賊編は終わり、次から新章です
もしかしたら再来週になるかもしれません

>>341 名前ミスってない?


>>354
ありがとうございます

>>346訂正
魔女「爺。私の治療はもう平気だから、炎獣を…!」

魔王「爺。私の治療はもう平気だから、炎獣を…!」

>>326ついでに訂正
木竜(魔王様を…お前自身を、救うんじゃ)

木竜(姫様を…お前自身を、救うんじゃ)

本編投下は来週(以降)になりそうです

安価ミス…
>>346の訂正ではなく、>>341の訂正でした

体調不良のため、少し更新が滞るかもしれません。
書き貯めはあるので、蛇足とは思いますが、予告編という形でお茶を濁すことをお許し下さい。

――それは、魔王との戦いへ近づいていく二人の兵士と、その周囲を取り囲む世界の物語


「少なくとも推し量る努力をしろと言ってるんだ、馬鹿たれ!」

「何ぃい…!?」

「…ったくよぉ、てめぇらはいつまでたっても俺様のガキらしくなりやがらねえ」

「ハハハ。どうやら、親父殿の血を継いでるのは弟だけではないようだな」




――忍び寄る、崩壊の足音


「あれじゃあ国は守れねえ」

(何かが、起ころうとしている…? 一体何が…)

「う、動くなよ…この反逆者どもめ」

「なんだと…!」





――物語の鍵を握る人物たち



「私が打ち滅ぼした魔王の、娘か」

女勇者「そんなものが、アイツに居たとは、な」



「そら、来たぞ。しっかり余を守れよ」

国王「というより、この状況だとそなたらの命も奪われかねんわけだがな?」



「ふん…あの温室育ちの若造には何も出来はしないよ」

商人「全ては動き出している…あとは只、運命の坂道を転がり落ちて行くだけさ」



――明かされる秘密




『魔王を討ち破る六人の英雄を』

『新たなる、勇者一行を!』








「俺たちはただの人間でしかない。人間は人間らしい生きる道のりを探さなければならない」


(――そんなお前を、俺はいつも、眩しく感じていた)







動乱の果てに、人々が選ぶ決断とは…。


次章、【戦士編】!乞うご期待!


「ひゅ…」

「ひゅう…」

「…ひゅう」

「………軍、師」

「騎士、狩人…」

「ひゅ…剣士、魔女」

「エルフ…斧使い」

「ハーピィ………吸血、鬼」

「みんな…」

「………くそ」

「動、けよ………」

「動いて、くれ………」

「…」

フワァアァ…

「………なんだ、よ」

「…今さら、そんなもん」

「成仏しろって…かよ」

「…はっ…俺は、もう、用済み、てか」

「ふざけ…んな」

サラサラサラ…

「…待て」

「待って、くれ」

「まだ、俺は…」

「………」





ゴゴゴゴ…ドスン!

木竜「よし…これで瓦礫は取り除けたわい!」

炎獣「居たか!?」

氷姫「…こっちには居ないわ!」

魔王「…そんな」

魔王「あっちの瓦礫の山を見てみましょう!」

炎獣「くそ、何処だ!?」

炎獣「何処だよ雷帝! いるんなら返事しろって!!」

氷姫「くっ…」

氷姫(アンタが死んじゃ、意味ないじゃない…!)

氷姫「うっ」グラ…

炎獣「お、おい。大丈夫か、氷姫」

氷姫「…うん」

炎獣「あんな魔法ぶっ放した後だ。そりゃ身体の自由も効かないよな」

氷姫「アンタだって…その腕」

炎獣「ああ、爺さんに治して貰ってたんだけどな。今は、雷帝の方が先決だ」

氷姫「そうね…」スクッ


魔王「………」

魔王(ひどい破壊だ。砦ひとつが跡形も無く消し飛んでる)

魔王(世界は灰に包まれてしまったかのよう。生き物の気配はない)

魔王(あの時砦を包んだ光は、見間違いようがない。――聖なる波動だ)

魔王(つまり、この大破壊は女神の力がもたらしたもの…という事)

魔王(…女神の力が、なぜ、人を滅ぼす?)

魔王(この破壊が勇者によるものだとしたら………)

魔王(ううん、違う。これもまた、波動自体に捻れを感じる。これは正統な女神の力ではない)

魔王(ねじ曲げられた…偽りの奇跡の力。人間すら飲み込む女神の加護)

魔王(………)


木竜「雷帝!!」

魔王「!」

炎獣「居たのか!?」

氷姫「雷帝…!!」

木竜「これは…」



炎獣「…どうなってんだよ、これ」

氷姫「………ホントにこれが、雷帝なの?」

木竜「さっきの、正体不明の爆発に巻き込まれたんじゃ。これだけ砦の深部に居ては簡単に出られんかったか!」

木竜「魔剣の呪いで、障壁すら築けず直撃を受けた…それで四肢を失ったんじゃ。今なお、呪いの炎に焼かれておる!」

魔王「…!」

木竜(これが敵の狙いだったか…! しかし、ここまでの状態、果たして………!)

木竜「儂は集中治癒に入る。どこまで出来るか分からん、が、やるしかあるまい…!」

魔王「…お願い、爺」

木竜「お任せ下され」

木竜「…」

ォオォオ…

ピシピシ… パキ…

炎獣「!」


氷姫「これが…ジーさんの集中治癒…」

氷姫(すごい…ジーさんの回りだけ、空気が変わった)

氷姫(足元から、植物が生えてきている…! 生命力が、あの空間だけ満ち溢れてるんだ)

魔王「………」

魔王「お願い、雷帝…」


木竜(雷帝)

木竜(お前はまだ、死んではならんぞ)

木竜(お前は…姫様にとって、必要な存在なのじゃ)

木竜(必ず、回復させる)

ォオォオォオォオ………


魔王「…暫くは、身動きが出来ないわ」

炎獣「あ、ああ。そうだな」

氷姫「ここで、ジイさんと雷帝を守らないと」

魔王「ええ。ただ、敵の軍のほとんどは、もう壊滅したはず」

魔王(氷姫の究極氷魔法と、あの爆発を受けて人間の生き残りはいない)

魔王(………結局はここまで…)

炎獣「しっかし…すごい爆発だったぜ」

氷姫「あれは…あのエネルギーは一体なんだったの…?」

魔王「あれは――」


ガラ…



魔王「!」

炎獣「敵か!?」

氷姫(まさか、究極氷魔法の中で、生き残りがいるはず…!)



「ああ。何故、私は生きているのだろうな」

「教えてくれないか? 魔王よ」ユラ…


氷姫「! 何、コイツ…」

炎獣「お前…」

魔王「炎獣、見覚えが?」

炎獣「…ああ。戦場でデカイ声張り上げてたからな。こいつは王国軍の…」

「そう。私はずっと、王国を守るために戦ってきた」

「守るべきものが、王国にはあった」

「色んなものに守られもした。そういう幾つもの想いを胸に進んでいくうち」

「人は私を、将軍、と呼ぶようになった」



「だが今の私は将軍などではない」

「兵を失い、旗は燃え尽き、剣は折れた」

「私は最早何も持たない」

「そう、私は只の――」





「戦士だ」






【戦士】




カラン…

戦士(王より授かりし聖剣…これが身代わりとなって折れたのか)

戦士(そうまでして生き延びた私に)

戦士(…今や、何の価値がある?)

戦士(身体は軋み、剣は折れ…)

戦士(兵を失い、誇りは費えた)

戦士(それでも私は)

戦士「…」ザ…

戦士(この者達の前に立ち塞がろうとしている)

炎獣「! …やるってのかよ」

魔王「…」

氷姫(雷帝は戦闘不能、ジーさんはそれにかかりっきり。あたしも魔力を使い切ってて、炎獣も負傷してる)

氷姫(不味い状況と言えばそうだけど…流石にボロボロの人間一人に遅れを取るようなあたしたちじゃない)

氷姫(折れた剣を構えて…コイツに何が出来るって言うの?)


炎獣「そうまでして戦うのか? お前一人ぐらい逃げたって追わないぜ、今ならな」

戦士「戦うことまで無くしてしまっては、私は戦士ですら無くなる」

炎獣「退かないってか」

戦士「それが、私の権利だ」

炎獣「…そうかよ」

炎獣「じゃあ、手加減しねえからな」

戦士「…いざ」


ヒュオオォ…


炎獣「…」


戦士「…」


炎獣「…」


戦士「…」




ガラ…


氷姫(瓦礫が…)




戦士「」ドンッ


炎獣「」バッ






戦士(――剣を振る時こそ己を示せ)

戦士(相手の命を奪わんとする時こそ、伝えろ)


戦士(自分が、何者であるのかを…)






――――――
――――
――



…遡ること三年

王国がその栄華を極めし頃





王城



「お、おい! 急げ急げ!」

「何事だ!?」

「戦士殿と、女勇者様が、模擬試合をやるんだと!」

「なにっ! そのお二人が!?」

「訓練所だ! 急げ!」



戦士「………」


女勇者「………」


ピリ………



「す、すげえ緊張感だ」

「し、黙ってろよ」



ドンッ


戦士「」バヒュッ


女勇者「」ズバッ




――ピタッ………



「お…おお!」

「ひ、引き分け!」

「凄まじい剣筋だ! とても俺には見えなかったぞ!」

「さすが、我らが戦士殿!! 女勇者様にも引けを取らぬとは!」

「やはり、"王国軍の鬼"の異名は伊達じゃないぞ!!」


ワァアアアッ!


女勇者「…ふう」

女勇者「腕をあげたな、戦士」チャキン

戦士「…ありがたきお言葉」チャキン

女勇者「なんだ、随分堅苦しいな。お前なら、私と引き分けに持ち込んだと雄叫びでも上げそうものだが」

戦士「…え、ええ。まあ」

女勇者「ああ、そうか。兵共の目もあるからな」

女勇者「フフ。お前も部下の前での振る舞いを気にするほどの立場となった、というわけか。私が歳を取るわけだ」



戦士「いや、えっと、その」

「そのくらいにしてやって頂けませんか、女勇者様」

女勇者「ん?」

戦士「あ、兄上!」

兄「我が弟はこれでも今にも踊り出さんほどに喜びにうち震えておるのですよ」ヒソッ

女勇者「くくっ。だろうな」

戦士「兄上ぇ!」

兄「さ、兵の目があっては女勇者様もおくつろぎになれないでしょう。どうです、これから我らの館にいらっしゃいませんか?」

女勇者「ああ、そうだな。お言葉に甘えるとしよう」

戦士「むぐぐ…」




女勇者「…うん、良い香りの茶だな」

兄「ええ、少し前に王城に立ち寄った北国の商人から手にいれたものです」

戦士「………」ズズ…

兄「こら。音を立てるなよ、女勇者様の前で恥ずかしいだろう」

戦士「…兄上は、作法にうるさすぎるのだ。まるで王族の貴婦人がごとき振る舞いではないか」

女勇者「ハハハ! 確かにな。しかしまあ、国家の大将軍の子息ともなれば、そういう必要も出てくるか」

兄「ええ。我々とて戦ばかりしている訳にもいきません。時には、婦人方のお相手を勤めるのも重要な役目」

兄「なのに、お前と来たら。いつもいつもそういう場は面倒だと私に押しつけて…」

戦士「俺は戦士だ。戦いに身を置くものゆえ、そのような茶会とは無縁」

女勇者「相変わらず、弟の方は父親似だな」

兄「我が一家は武骨ものばかりで困ったものです」

女勇者「おいおい、お父上に聞かれたらまずいんじゃないのか?」

兄「え、ええ。そうですね。失言でした。どうか内密にお願いします」

女勇者「ハハ。その歳になっても父は怖いか」


兄「それにしても、女勇者様はいつも優雅でいらっしゃいますね。やはり、素養が我々一家と違うのか」

戦士「…」ズズ…

女勇者「そうか? 照れるな」

兄「ですが、神託が下って勇者になるまでは、百姓の子だったんですよね」

女勇者「ああ。お前たちの親父殿と一緒に東方の片田舎で育った」

女勇者「親父殿は私の剣の師でもあるが、どちらかというと年の離れた兄のような存在でな、我らをいつもその強引さで引っ張ってくれた」

戦士「…ん? 我ら、というのは?」

女勇者「賢者だよ。あいつと親父殿と私は、同じ村で育ったのだ」

戦士「! で、では魔王を倒した伝説の勇者一行は、三人とも同郷であった、と!?」

兄「お前、そんな事も知らなかったのか?」

女勇者「伝説などと、こそばゆいな。まるで絵巻物の中の存在のようだ」

戦士「いや、まごうことなき伝説です! 魔王を倒したのですよ! 人類に光をもたらす偉業だ!」

女勇者「そうおだてないでくれよ。私は何も…」

女勇者「…」

女勇者(――そう、私は何も…)

戦士「…? 女勇者様?」


女勇者「気にしないでくれ。いつまでも古き時代の英雄でいるわけにもいかないさ」

女勇者「世は、新たな時代を迎えている。…お前たちも話は聞いているんだろう?」

戦士「…新たな時代。新国王の即位のことですか?」

女勇者「フッ、確かにそれは欠かせない話題ではあるな。和平と友愛を訴える賢王の誕生に、町は沸き立っているしな」

女勇者「だが、良い話題ばかりが世を賑わわせているわけではない。一部の者たちの間でまことしやかに囁かれていることがある」

兄「――新たな魔王の出現…ですね」

女勇者「うむ。私が打ち滅ぼした魔王の、娘…か」

女勇者「そんなものが、アイツに居たとは、な」

戦士「しかし、女の魔王などと初めて聞きます。先代を討った女勇者様の敵ではないのでは?」

女勇者「フフ。私にもう一度剣を取れと?」

戦士「先程の見事な剣さばき、衰えのなき技。女勇者様であれば、きっと新たな魔王を打ち砕けましょう!」

兄「おい…」

女勇者「くっくっくっ」


戦士「その時は、国を離れられぬ父上に代わって、今度は俺が女勇者様のつるぎになります!」

兄「いい加減にしろ!」スパーン!

戦士「あたっ!? 何をする兄上!」

兄「お前はよくもまあズケズケと遠慮のない言葉を並び立てられたものだな! 少しは女勇者様のお気持ちも考えろ!」

戦士「何を、偉そうに! じゃあ兄上には女勇者様のお気持ちが分かると言うのか!」

兄「少なくとも推し量る努力をしろと言ってるんだ、馬鹿たれ!」

戦士「何ぃい…!?」ガタン!

女勇者「お、おいおい、二人とも落ち着いて…」

女勇者「………」

女勇者(き…)


女勇者(キター!wwwwwwwww)

女勇者(美形兄弟のくんずほぐれつwwwwwwwwww小生これが見たかったでござるよwwwwww)

女勇者(あ、いつも冷静な兄が弟の胸ぐらをつかんでwwwwww)

女勇者(ちらりと除く厚い胸板最高wwwwwwwwあ、ちょっとたじろぐ弟堪らんwwwwwwwwwwかwわwいw
いww)

女勇者(いいぞwwwwwwwwwwもっとやれwwwwwwwwww)


兄(い、いかん。女勇者様の前で、熱くなりすぎた)

戦士「だいたい、兄上はいつもそうだ! 物事は慎重に運べなどと言って、すべき事をしない!」

兄「っ!」ムカ

兄「………戦士。この話は後だ」

戦士「それ見たことか! そうやって話を後回しにしても、解決はしないぞ!」

兄「お客人の前だろう!!」

戦士「…!」

戦士(し、しまった。女勇者様の前で…つい血がのぼって)

兄「…女勇者様、お見苦しい所をお見せしました。失礼を、お許しください」

女勇者(いやwwwwwwやめんなよwwww)「ハハハ。どうやら、親父殿の血を継いでるのは弟だけではないようだな」

戦士「す、すみません…」シュン

女勇者(や、やっぱもうやめろwwwwwwww可愛すぎかよwwwwwwwww)「気にするなよ。見慣れていると言えば見慣れているしな」ハァハァ

兄「…ん? 女勇者様、どこかお具合でも悪いのですか? 少し、お顔が上気しているような」スッ

女勇者(バァwwwwwwwwwイケメン面近づけんなwwwwwwwww)「そうか? 今日はよく動いたからな、疲れが出たのかもしれん。そろそろおいとまするか」

兄「…そうですか。次いらっしゃる時までに、謝罪の意味も込めて極上の茶葉を仕入れておきますね」

女勇者(帰りたくねえwwwwwwwww)「それは楽しみだ。父上に宜しくな」

兄「はい」




「挨拶ぐらい、直接言っていきやがれ、ババア」


兄「ち…!」

戦士「父上…!!」


大将軍「昔のツレに挨拶も無しで帰っちまおうなんて、随分じゃねぇか?」

女勇者(ゲッ…帰ってきやがった)「…久しいな、大将軍。相も変わらず剛健そうで何より」

大将軍「そんなに急いで何処行こうってんだよ、女勇者殿」

女勇者(急いでなどいないさ)「うっざ! 賢者とのフラグへし折りやがった貴様に用はないんだよ!!」

戦士「…えっ?」

兄「えっ」

女勇者「あっ」

大将軍「………」ニヤァ

女勇者(ク、クッソが~!! この老いぼれ筋肉ダルマ!!)


大将軍「訓練所の兵士共が騒いでやがるから何かと思えば、やっぱりお前かよ」

女勇者「…」

大将軍「勇者の身分を使って王城に入り浸るのはいいが、兵隊どもをそういういかがわs

女勇者『テメエエエエ!! このクソジジイ!! 余計なこと言うんじゃねええ!!』

大将軍「ぬ…念話か。器用なやつだぜ」

女勇者『それ以上言ったらずーっと耳元で騒ぎたてんぞ!! 寝れなくしてやんぞ!! いいのかオラァ!!』

大将軍「…ち、いいトシこいて、ガキかよ」

女勇者『いいトシとか言うんじゃねーよジジイ!! こちとらまだアラサーじゃボケ!!』


戦士「…? 一体何が…?」

兄「だっ、大丈夫だろうか」ハラハラ


女勇者『――それで、あの件はどうなったんだんだ!』

大将軍「…へっ、てめぇで聞いてこいよ」

女勇者「………」

女勇者「二人とも、世話になったな。また近いうちに会おう」

戦士「あ、は、はい!」

兄「女勇者様も、お元気で」

女勇者「ああ」スタスタ

バタン…

大将軍「ったく、ツラの皮の厚い女だぜ」

兄「父上、お帰りなさいませ」

戦士「父上、いくら旧友とは言え、女勇者様にあのような暴言の数々は…!」

大将軍「なんだぁ? 俺様に指図とは、おめぇも偉くなったもんだな」ジロ

戦士「っ…」

大将軍「しっかし、てめぇらももう少し物事の本質ってもんを見抜けるようにならねぇもんか?」

大将軍「あのババアはな…男と男の――」

女勇者『ジジイ、言っとくが私の念話の可能な距離はそれなりだぞ。余計な事を戦士きゅん達に言うなよ!!』

女勇者『分かったなッ!!』

大将軍「…」キーン

大将軍「ち、けたくそ悪ぃ」

戦士「…は?」

大将軍「酒持ってこい」

兄「はい、すぐに侍女に持たせます」

大将軍「お前も付き合え」

戦士「は、はい」


大将軍「王兄様が亡くなり、王弟様の正式な即位式が済んで暫くになる」グビッ

戦士「…」グビッ

大将軍「知っての通り、王弟様は王兄様のような武を誇るような王じゃねえ。むしろ正反対だ」

兄「…」

大将軍「王兄様のような威厳はなく、むしろ変わり者で通ってる。口を開けば友愛だ、命の尊さだ…。言うこといちいちもっともだが、あれじゃあ国は守れねえ」

兄(父上…? 何を…)

大将軍「今の世は泰平とは言いがてぇ。魔王軍は新たな魔王の即位に沸き立ち、辺境じゃあ小国が反乱を企ててが燻ってやがる」

大将軍「王弟様は…大胆な改革を押し進めて、和平による治世を実現しようとなさってるが、家臣は少なからず戸惑ってる」

戦士「…和平による、治世?」

大将軍「隣人に理解を示すせば、争いは起こらず平和が手にはいる。そんな女神教会の教義を鵜呑みにして何が出来る」

大将軍「あれじゃあ教会の傀儡だ」

兄「父上!」

大将軍「いいか」グイッ

兄「っ…」

大将軍「…真実を見抜く眼を養え。人物の臭いをかぎ分けろ。戯言に耳を貸すな。己の想いの味を噛みしめろ」

大将軍「大事なことは何か…常に感じ続けろ」

兄「…」

戦士「…」


兄「父上…何が起ころうとしているのですか」

大将軍「…」グビッ

兄「確かに、今の王国は不安定です。魔王の復活と、圧倒的な求心力を持っていた王兄様に代わって改革派の王弟様が王位についたこと…様々な混乱が起こることは明白でしょう」

兄「しかし…それとはまた違う何かが、王国を侵食している気配がするのです」

戦士「…」

大将軍「流石に鼻がきくな、おめぇはよ」

兄「父上、何か我らが知りえぬ事を探っているのではないですか?」

兄「…恐らくは、父上と女勇者様のおふたりの力で」

戦士「あ、兄上。何を言ってるんだ…?」

大将軍「…そうかい。なるほどな」

大将軍「おめぇは死んだ母ちゃん似だよ、やっぱりな。その目敏さ…鬱陶しいくらいだぜ」

兄「父上…! なぜ、我らに隠れて!」

大将軍「甘ったれんなよ、おい」ジロリ

兄「っ…!」

大将軍「与えてほしいと言えば、何でも与えられると思うのか? 何年俺様のガキやってんだ、ぁあ?」

大将軍「知りたいと思うなら、自分で辿り着いてみせるんだな」

兄「…」



大将軍「…明日は?」

戦士「え、あ、はい。王室の鹿狩りに招待を受けているので、兄上と二人で行ってきます」

大将軍「んじゃあもう寝ろ。俺はひとりで晩酌する」

戦士「…はい」

戦士「ほら、行こう。兄上」

兄「…分かった」


ツカツカ…バタン


大将軍「…へっ」

大将軍「ガキが育つのってのぁ、早いもんだぜ」



兄「…」ツカツカ

戦士「…兄上。一体、何の話をしてたんだ。俺にはさっぱり…」

兄「…俺にも確かな事何も分からん 」

戦士「…」

戦士「それにしては、必死だったように見えたが。あの父上に、あそこまで食ってかかる兄上を見たのは初めてだ」

兄「ふっ…だろうな。俺も、いつ殴り飛ばされるか内心ヒヤヒヤしていた」

戦士「はたから見てるこっちは、寿命が縮む思いだったぞ」

兄「はは。悪いことをしたな」

兄「…さて、明日は陛下にお供する日だ。万が一にも、不備があるわけにはいかんぞ。早く、寝てしまおう」

戦士「ああ…そうだな」

戦士(何かが、起ころうとしている…? 一体何が…)


夜明け前
大将軍の舘前


馬「…」ブルル

戦士「よーしよし。調子が良さそうだな」ゴシゴシ

戦士「陛下の前で恥をかくわけにはいかんからな、宜しく頼むぞ」

戦士(…結局、上手く眠れずにこうして夜明け前に床を抜け出して来たものの)

戦士(馬を駆けてみても漠然とした不安は拭いきれぬまま。大人しく寝床にはいっていれば良かったかな)


??「では、また日を改めて文を出そう」

副官「まさか、貴女が直接顔を見せて頂けるとは思わなかった」

??「なに、閣下にまた取引をして頂けるのであれば、我らにとってこれほどの利益になる事はないからな。これは我らなりの誠意だ」


戦士(あれは…父上の副官の…。こんなまだ暗い時分から何を…)

戦士(それよりも、あの副官殿に随分尊大な態度の女だな。あれは誰だ? 後ろに屈強そうな男どもを従えて)

戦士「…よし」


副官「では、また」

??「ご武運を。行くぞ」

強面「へい」

ツカツカ…

戦士「すまぬ。貴殿らは、何者だ?」

強面「!」サッ

??「待ちな」

強面「し、しかし姐さん」

戦士(今、コイツらは何をしようとした…? まさか、剣に手をかけたのか)

戦士(この王城の敷地の只中で、私に向かって、剣を抜こうとした!?)

??「大将軍閣下のご子息、戦士殿とお見受けする」

戦士「…いかにも。そちらは?」

??「"王国軍の鬼"と呼ばれるほどの誇り高い武人に、名乗る程の身分は持ち合わせてはいない。あたしは只の卑しい商人風情」

商人「武器商会の、長を勤める者だ。以後見知りおきを」


戦士「武器、商会…!?」

戦士「どういうことだ! 貴様らは、陛下のしいた条令により王城への立ち入りを禁じられているはずだぞ!」

商人「ああ…陛下は争いを嫌い、我らを疎んじているからな。しかし、ここには紛れもない我らの入城許可証があるのだ」ピラ…

戦士(! こ、これは…第一級特権の入城許可!? なぜ、こんな物をこいつらが…)

商人「ご理解頂けたか。我らは正当な権利で入城したまでのこと。無用な言い掛かりは勘弁願いたいな」

商人「先を急ぐ身ゆえ、これにて失礼させて頂く。…行くぞ」

強面「へ、へい」

戦士「ま、待て!」

商人「まだ、何か?」

戦士「…なぜ、貴様らがこの舘を訪れる!?」

商人「聞かされていないのであれば、それは我らの口から語ることではない。知りたければ、父上に直接尋ねるが良かろう」

戦士「何…!?」

商人「悪いが、親子の対話不足の問題に首を突っ込んでいる時間もないのでな。失礼する」

戦士「なっ…」

――兄「父上…! なぜ、我らに隠れて!」

戦士(どういうことだ…!! ち、父上が…!?)


男「良かったんですかい…姐さん」

商人「ふん…あの温室育ちの若造には何も出来はしないよ」

商人「全ては動き出している…あとは只、運命の坂道を転がり落ちて行くだけさ」



戦士「はあ、はあ」ダッダッダッ

爺「おや、戦士様。こんな朝早くにそんなに慌ててどうなさりましたか?」

戦士「父上は、まだ自室か!?」

爺「い、いえ…それが。先ほど火急の用があるとの事で、お出掛けになりました」

戦士「なんだと…!」

兄「おい」

戦士「! あ、兄上! 聞いてくれ、父上が…」

兄「取り乱しすぎだぞ。そんな大声で全ての事をここでぶちまけるつもりか?」

戦士「…!」

兄「丁度、私も鹿狩りの準備をしようと部屋を出てきたところだ。…お前、この時間にそんなに準備万端な所を見ると、ろくに寝ていないな?」

戦士「あ、ああ…」

兄「まあいいさ。ちょっと付き合え。…じいや、すまないが、朝食は私の部屋に持って来てくれないか?」

爺「はあ、分かりました」

戦士「…」



兄「…武器商会が…」

戦士「そうなんだ。第一級特権の入城許可証なんて、発行できる人物は限られている」

兄「…」

兄(我らにも打ち明けずに…という事はそれだけ表沙汰になることを避けている、ということ)

兄(条令を破ってまで武器商会の長を招き入れるなどと…いくら父上でも大罪だ)

兄(そこまでして秘密裏に、父上が運ぼうとしている事…)

――大将軍「このままじゃあ国は守れねえ」


兄「…」

戦士「…父上に一体何があったんだ」

兄「………考えたくは、ないが」

戦士「…」

戦士「兄上。思うところあるなら、俺にも話してくれないか」

戦士「…兄弟だろう、俺たち。俺だっていつまでもガキのままじゃない」

戦士「ただ事じゃないのは分かってる。一緒に背負わせてくれ」

兄「お前…」

兄(少し、弟をみくびっていたかな…)

兄「…分かったよ」



「これは俺の推測の域を出ない話だ。確たる証拠はひとつもない。ひとつの可能性の話だと思って聞いてくれ」

「父上の狙いは………クーデターかもしれない」

「…嘘だと思う気持ちも分かる。しかし、時期と行動から、結び付く点が多すぎる」

「新しい考えを以て王国を導く王弟様への、父上の厳しい進言の数々は城内では有名になる程…」

「そしてそんな父上に、信頼を寄せている他の王族は多い」

「条令を破るほどの危険を犯して、そんな強引なやり方をもって、あの父上しようとしている事…」

「平和を訴え武力を嫌う国王…それに同調し王国への支配力を目に見えて増していく教会」

「混乱の中での、魔王の復活。父上は、この先にあるものに繁栄はないと、見切りをつけたのかもしれない」






「そっちへ行ったぞー!」

「囲え、追い詰めろー!」


戦士「………」

戦士(父上が、陛下を…そんな事が本当にあるんだろうか)

戦士「…」

貴族「おや、戦士殿。この王室の鹿狩りに招待されていながら、この様な場所で一人、何をしておいでかな?」

貴族「お得意の一匹狼を気取るのも良いが…それは陛下への好意を踏みにじっているとも取れるぞ、んん?」

戦士「…」ボー…

貴族「おい、ちょっと」

戦士「ん? ああ貴殿か。すまん、何か言ったか?」

貴族(こ、こんガキャ~…!)


戦士「貴殿も呼ばれていたのだな。貴族階級の者は、こういう場には縁無きものと思っていたが」

貴族「っ! ま、また偉ぶった態度を! ″自分、こう言う場慣れてますけど、何か?″ とでも言いたげなその態度、気に食わん!」

戦士「いや…何もそこまで言ってないのだが」

貴族「そのような態度でいられるのも今日までだ! これを見よ!」ババーン

戦士「む、騎士の紋章? 教会のものか?」

貴族「その通りっ! 私は晴れて、十字聖騎士団の部隊長に就任したのだ!」

戦士(十字聖騎士団…ああ、そうか。教会直属のハリボテ騎士団)

貴族「どうだっ、この勲章! すごいだろう!? 輝いてるだろう~!?」

戦士(…とは言わないでおくか)

戦士「めでたいな。…にしても、こういう平野は慣れないんじゃないのか? 街道と違って、馬の扱いも難しいものだぞ」

貴族「み、見くびるな! 見ていろ、それ!」パシーン!

馬「!? ヒヒーンッ!」

貴族「う、うわ!? おい、止まれ!! うおおおおい!!」

貴君「誰か、止めてえええ!!」

パカラッパカラッ…

戦士「…健闘を祈る」



兄「やれやれだな」

戦士「兄上…」

兄「十字聖騎士団…教会の関係者がこんな所まで顔を出すようになるとは」

兄「正攻法で出世が望めぬと考えた者達が、教会の影響力を利用してのしあがる道を画策している…あれも、その一端だろう」

戦士「そんな者が一部隊を引き受けるのか…まともな軍事行動が取れるのか?」

兄「さあてね。そんな事よりも、問題はお前だよ」

戦士「何?」

兄「眉間にシワがよっているぞ。晴れの席に不自然に写る」

戦士「………平然としろ、という方が無理な話だ」

兄「はあ。だから、お前に話さずおこうと思ったのだがな」

戦士「兄上はどうして普通でいられる?」

兄「あくまで仮定の話だと言ったろう。俺も本気で父上がクーデターを起こすとは思っていないんだ」

兄「ただ…少し、私も迷っている」



兄「もしかしたら、王位が入れ替わった方が王国のためになる…という事はないだろうか?」

戦士「!」

兄「一見平穏なようで、脆く危うい基盤に支えられた王国を支えるには…大きな力が、必要ではないのか?」

兄「王兄様のご子息は、王兄様に似て豪胆なお方だ。そういうお方が中心にならなければ…新たな魔王軍や辺境諸国を抑えられないのではないか?」

兄「そういう問いを立てずにはいられなくなる」

戦士「…確かに王弟様では王家の支配力が弱い。それは今の王国にとって危険なものであるかもしれない」

戦士「だが、武力によってそれが行わたら、それが本当に正しいことなのか…分からなくなる」

兄上「戦士、お前…」

兄「!?」ビクッ

兄「姿勢を正せ、無表情をつとめろ!」ボソッ

戦士「?」


国王「このような隅で、そなたらのような若き武人が暇をもて余しているとは、感心せんな?」


戦士「っ…」

兄「これは陛下。失礼をお許しください」

国王「何か、悪巧みでもしておったか?」

戦士(!)

兄「とんでもございません。遠方に、狼の影を見留めたので、弟と共に警戒をしていた所です」


国王「ほう、狼が? それは看過できぬな」

国王「確かに森では餌も少なくなる時期だが…しかし、そなたらの眺める東側の森にはヤマアラシが巣を作っておるゆえ、狼どもは腹は空かしておらぬはずだがな?」

兄(…いかん、動揺するな)

兄「はっ。しかし、今年は東側の森の木々に病が流行りました。ヤマアラシの餌も減ってしまい、数を減らしている事が予想されます」

兄「対して年々増えていく狼の被害から、狼の群れは増え続けているようです。念のため、警戒をした方がよいかと存じます」

戦士(…)ゴクリ…

国王「…ははは! そなた中々博識だな。流石、あの大将軍の息子か」

兄「恐れ入ります」

兄(…何とか、なったか)

国王「二人とも余についてまいれ」

兄「はっ…? しかし、東方への警戒は」

国王「そんなものは、いらぬよ。そもそも東側の森は混交林だ。病の流行ったのはアオマツ。ヤマアラシが主食とするのはアカスギだ」

兄「えっ…」

国王「ふっ、中々に面白い知恵比べであった。褒美だ、余と並び立つことを許す」

兄「…ご無礼を…」

国王「構わぬ。ついてまいれ。三度は言わぬぞ」

兄「はっ…。行こう」

戦士「あ、ああ」


近衛長「陛下、警護は我々が…」

国王「よい。余は少しこやつらと話がしたいのだ」

近衛長「…御意」

兄「…」

兄(…まさか、見抜かれているのか? だとしたら、まずいことになる…)

兄(もしも父上の計画が本当で…それに勘づいた上で我らに詰問するつもりなのだとしたら)

兄(………知られてしまえば、我が一族に未来はない)

国王「全く、そなたらの一家は困った家臣だ」

兄「…陛下、これは、その」

国王「見苦しいぞ。余には全て見えている」

兄(…!)

戦士「…」

国王「そなたら実は…」


国王「――鹿狩りがツマランのだろう?」


兄「………えっ?」

戦士(んっ?)

国王「弟の方は今日一日ずっとしかめっつらをしておるし…兄の方はずっと涼しい顔をしておったが、内心この式典をサボるタイミングを見計らっておったろう!」

国王「何か考えているのはミエミエだったぞ。余はなんと言っても国王だからな。余を相手にしてサボタージュを働こうなど、甘い甘い!」

兄「や、あの」

国王「どうせ、″戦場に比べたら鹿狩りなんてぬるいわ、やってらんねー″的なことを考えておるのだろう、ぇえ!?」

国王「挙げ句の果てに、あんな見苦しい言い訳をしおって。余に論破されてやーんの、だっさwww」

兄「あっ、あの陛下…」

国王「やめとけやめとけwww今さら言い訳しても恥の上塗り乙wwwww国王tueeeeeeだわこれwwwwwww」

兄「…」ポカーン


戦士「おっ、恐れながら、陛下! 陛下と言えどもそのような愚弄の言葉の数々…」

国王「お前はだぁっとれwwwwwww余がカマをかけるたんびに顔を青くしたり白くしたりしおってからにwwwww」

国王「お前はカメレオンかっちゅーのwwwww」

戦士「ぐぬぬ…!」

国王「あ、怒った? 怒った怒った? 抜いちゃう感じ? 武士の誇り抜き放っちゃう感じ?」

国王「おーい衛兵ー、ここに謀叛人いるんですけどー。打ち首に処せー、もしくは切腹ー」

国王「あ、お前切腹する度胸なさそうだな、プーックスクス」

戦士「切腹くらい出来ます!!」

国王「じゃーやってみーよ」

戦士「望むところッ!!」

兄「やめんか馬鹿たれ」スパーン

戦士「あたっ」


国王「なーんだ、つまらん。せっかくいい所だったのに」

兄「………陛下。このような戯れをする為に我らを連れ立ったのでしょうか」

国王「はーあ。お前マジメだなあ。なんか、マジメ。なんか余、ちょっとお前ムリかもしれん」

兄(こ、この人は…変わり者、とは聞いていたが…)ピキッ…

国王「ま、確かに頃合いか。良いだろう、お前たちをここに連れだったワケを話してやる」

国王「…実は今、余、暗殺されそうなんだよねーえ」


戦士「…は?」

兄「………それは、どういう…」

国王「もうすぐ、今追われている鹿が森から飛び出してくる」

国王「それを追っている弓使いのうち数人は、鹿を狙うと見せかけて余を狙ってくる」

兄「…!」

国王「あそこに近衛隊がいるな。あれの数人にも、息がかかっている。狙撃に失敗すれば、余に襲いかかってこよう」

戦士「ま、まさか…」

国王「これ、マジだから。ほんとビビるわ、余を誰だと思ってんじゃいっつーの」

戦士「で、では何故警護の者を遠ざけているのです!? 陛下の側には今我々しか…」

国王「どいつが敵の息がかかった者かまでは余にも分からん。念のためよ」

兄「…それでは何故、我々は信用して頂けたのですか」

兄「近衛隊まで裏切るようなこの状況下で、なぜ我々を。言っては何ですが、大将軍の息子などという立場の者など、どの勢力に加担してもおかしくはないと思いますが」

国王「確かにな」ニヤ

戦士「お、おい兄上!」

国王「………匂いが、するのだ」

兄「…え?」



国王「おぬしらからは、匂いがするのじゃよ」

国王「あの大将軍の、忠義に厚く一本木な、汗臭い匂いと同じ匂いがな」

国王「だから余は、そなたらを信じる」

兄「…」

戦士「陛下…」


「よーし、鹿が出たぞ!」


「追えー!」


国王「そら、来たぞ。しっかり余を守れよ」

国王「というより、この状況だとそなたらの命も奪われかねんわけだがな?」

兄(…我々が生き残れるかどうかすら、我々次第だと)

戦士「…そう言うことなら、お任せを。この私に剣を向けることがどういう事か、思う存分分からせてくれましょう」

国王「おー気負ってる気負ってる。あんまりフラグ立てんなよ。腐っても近衛隊だ、奴ら強いぞ」

戦士「有り難い、誉れ高き近衛隊と手合わせ願えるとは」

兄「…単純な奴め」ハァ


戦士「と、言いつつ兄上も少し楽しそうじゃないか?」

兄「馬鹿たれ、分かってるのか。これでいやがおうにも国家転覆の陰謀に巻き込まれたのだぞ」

戦士「ふん。誰が相手だろうが、降りかかる火の粉は払うまで」

兄「…お前のそういう所が羨ましいよ。何はともあれ」チャキ…

戦士「おう。生き残ろうぞ」チャキ…



弓使い「…」キリキリキリ…


戦士「――来る」

兄「陛下、お下がりください」

国王「へいへーい、と」

国王「………すまぬ」ボソ

国王「余が至らぬばかりに…そなたらの命、無駄にはせぬ…」

兄(? 今、何と…)



弓使い「」パシュッ






「あっ!?」

「陛下――!」

貴族(や、矢が陛下の方に!!)

ドヨッ



戦士「はッ!」

兄「ふッ」

カカンッ!



弓使い「は、弾かれた!?」



近衛長「ちっ!」シャキンッ

近衛兵「やむを得ん!」シャキンッ

ダッ

近衛長「王弟様、お覚悟!!」



戦士「来るぞ、兄上」

兄「ひぃ、ふぅ…五人か」

戦士「おや、割り切れんな。さてどちらが多く倒すか」

兄「兄に、華を持たせろよ」

戦士「こればっかりはそうもいかんさ」

兄「ふっ、可愛くない弟だ」



近衛長「女神よっ! 我に加護をっ!!」ダダッ






「は、反逆だ!」

「近衛隊が陛下を!」

「反逆者を捕らえろ!! 陛下を守れ!!」

「そこの弓使いも仲間だっ!!」

ワーッ

貴族「…ど、どうなっているんだ、これは!」

貴族(一貴族の身分から何とかコネで勝ち取った十字聖騎士団の部隊長の座…しかも、王室の鹿狩りのお供に選ばれて出世街道間違いなしだったのに!!)

貴族(へ、陛下の暗殺ぅ!? 私にどうしろと言うんだ!)

「貴族殿! 我々十字聖騎士はどうすれば!?」

貴族「ええい、ウルサイ!! 今考えているっ!」

貴族(はっ。待てよ)キュピーン

貴族(ここで陛下をお守りしたとあれば、十字聖騎士団の株は上がるっ! そうすれば私も…フヒヒ)

貴族「よし! 全員陛下の元へ馳せ参じよ!! 陛下をお守りするのだ!!」


貴族「急げ急げー!」パカラッパカラッ

貴族「戦士殿、助太刀致す………!?」



戦士「御免」ズブ…

近衛兵「」ドサッ…

戦士「…遅いぞ。もう、全員片付いた」

貴族「………さ、流石、見事な腕前…」

戦士「お世辞はいい。守りを固めろ。近衛隊がアテにならん、俺の隊の者達を陛下の元へ集めてくれ」

貴族「むぅっ…!! わ、分かった」

貴族(くそぅ~! またしても邪魔をしよって!!)

兄「おい、無事か………聞くまでもなかったか?」

戦士「当然だ。しかし、兄上も腕が鈍ったな。一人を相手に苦戦するとは」

兄「相手は近衛隊だぞ、四人も切り伏せる方がどうかしている」

戦士「そうか? 女勇者様の方が数段強かったぞ」

兄(比べる対象が女勇者様では…近衛隊も不憫だな)

兄「…陛下、まだ危険は完全に去ったとは言えません。我らのそばに…」

兄「…陛下?」



国王「…」

近衛長「」



国王「…そなたらがかつて余に捧げた忠義、忘れぬ」

国王「ろくな埋葬もしてやれぬが、安らかに眠れ…」

近衛長「」


兄「…陛下は、何を…。奴らは謀叛人だろう…」?

戦士「…」

戦士(…自分を裏切った者を…ねぎらうのか)

兄「…陛下、我らの隊をつけます。王城へ戻りましょう」

国王「………分かっている」



伝令「こ、国王陛下!」

戦士「何だ、貴様は?」

伝令「い、急ぎの報せです! 申し上げます!」




伝令「大将軍が、東の森林部で密かに軍を集結しておりました!」


伝令「大将軍はここを攻めるつもりでいた様です!」






兄「な――」

戦士「何だとっ!?」



国王「………今はどうなっている」

伝令「いち早く異変に気づいた女神教会の十字聖騎士団が大将軍を捕縛!」

伝令「現在事態の収拾に当たっています!」

戦士「ば…馬鹿な!!」

戦士「父上が!? 本当にそのようなことを!!」

兄(父上が………本当に…!?)

兄(…そんな、いくら何でも早すぎる!)

兄(それでは、この近衛隊は…!)


シャキン…


戦士「!?」

兄「…!」

貴族「う、動くなよ…この反逆者どもめ」

戦士「なんだと…!」

貴族「ち、父親が反逆を犯したのだぞ! 貴様らが何も知らぬはずはあるまい!!」

戦士「………そ…それは…」

兄(まずい…!!)

貴族「それ見ろ! 奴らは共謀者だ!! …反逆の共謀者を捕らえろぉ!!」


戦士「くそッ!」チャキ!

戦士「出来るものならやってみろッ!! 俺を捕らえるまでに刺し違えてでも殺してやるぞッ!!」

ゴォ…

貴族「ひッ…」

「…な、なんていう威圧感だ」


兄「よせ、戦士」

戦士「…でも、兄上!」

兄「大人しく捕まろう」

戦士「…今なら陛下を人質にとって逃げられる!」

兄「そんな事をして、どうなる! お前はこの場で全てを失うつもりか!」

戦士「っ…」

兄「何も分からないまま…ただ汚名を着せられて逃げ出すのか」

戦士「………くっ!」

兄「――必ず、挽回のチャンスがあるはずだ」ボソッ

戦士「………」

戦士「分かった」

ポイ ガシャン…

貴族「ふ…ふはは!」

貴族「武器を捨てたぞ!! 今だ!! 捕らえろ!!」

ワーッ


――――――
――――
――






王城 裁きの間



国王「…大将軍よ。このような場でそなたと向き合う事になるとは…とても残念だ」

大将軍「………」

国王「何も、話さぬか。それもまた、そなたらしい」

大将軍「………」

大領主「陛下。既にこのような場を設ける段階は過ぎております。それほど、この者の罪は重く、そして許されざる事です」

大僧正「我ら女神教会も同じ見解です。即刻、処罰を下すことをここに進言します」

国王「………」

大将軍「………」


国王「…どのような罪を犯した者でも、最後の言葉をこの世に残すことは許される」

大将軍「………」

国王「かの者たちを、ここへ」


ゴゴゴ…


兵「歩け。ここに跪け」

戦士「くっ…。このような屈辱…!」

兵「発言は許されていない」

兄「………」



大領主「…! なぜ、あの者たちが」

大僧正(陛下の独断か。また勝手をなさる…)



大将軍「………よぉ、クソガキども」

戦士「!! ち、父上っ!!」

兄「父上…!!」


戦士「ち、父上!! なぜですか!! なぜ…!!」

兵「黙れ!」グイッ

戦士「ウグッ…」

兄「…父上っ!」


大将軍「…ったくよぉ、てめぇらはいつまでたっても俺様のガキらしくなりやがらねえ」

大将軍「父上父上ってよ、気色悪ィっつーのに…爺の奴の教育の賜物だぜ」

戦士(父上――)

大将軍「だがよ。てめぇらの人生はてめぇらの人生だからよ。それで、いい」

兄(父上…!!)

大将軍「俺様が教えられたことなんざ、剣の振り方ぐれぇのもんだ」

大将軍「だが、それでも俺様は満足だ」

大将軍「…忘れんなよ。己の全てを、伝えるために剣を振れ」



大将軍「てめぇの伝えたいことを…忘れんな。もののふだったら、その剣に誓ったことを忘れるな」

大将軍「相手の命を奪う剣だから…そいつでお前が正しいと思う道を示せ」

大将軍「人を切り伏せる時こそ…自分を伝えろ」


戦士「ち…父上ぇ!」

兄「父上…っ!」



大将軍「あばよ」

大将軍「…ま、元気でやれや」



裁判長「――時間である。退場を命じる!」


兵「さあ、下がれ」

戦士「父上!! 父上ぇ!!」

兄「くそぉっ…父上…っ!」




戦士「うわあああああああああああああああああっ!!!」




国王「…他に、言い残す事はあるか?」

大将軍「………」

大将軍「さっきも言ったように、俺様があいつらに教えたことなんざ剣くらいのもんだ」

国王「分かっておる。あの者たちは、狩り場で余を守るために戦った」

大将軍「…そうかい」

国王「…」


大将軍「ありがとう、ございます。陛下…」


国王「…」



裁判長「引き続き、刑を執行する!」



大将軍「…へっ」

大将軍(偉そうなことを言って、このザマとはな…)

大将軍(政治やら駆け引きやら立場やら、随分面倒なもんを背負っちまったが)

大将軍(あいつらの目を見たら、思い出しちまった)

大将軍(ただただ、剣でのみ己を語ってたあの頃を)

大将軍(ただの、いち戦士だった、あの頃を――)



「構え!!」


ガチャ…




大将軍(懐かしいぜ)









――パァン…



――――――
――――
――

王城 とある一室


見張り兵「食事です」カタ…

兄「…すまない」

兄「………」

兄「なあ、少しは食べたらどうだ」

戦士「………」

兄「…今さら、我らを毒殺しようなどという輩はいない。その価値がない」

戦士「…もはや、何の身分も持たぬ雑兵だからか」

兄「反逆罪に問われなかっただけ救われた方だ」

戦士「もはや、誰も信じられぬ」

兄「………」


戦士「我が一族は、その身分を追われた。私と兄上にあてがわれたのは、この小さな部屋ひとつ」

戦士「剣を振るう場所すら奪われ、ただ生かされているのみ。これでは囚人と変わらない」

戦士「そんな辱しめを受けてまで、永らえる命ではない。俺は、一族の誇りまで失った覚えはない」

兄「…誇りが邪魔をして、生きることを捨てててしまうくらいなら…」

兄「それを失った人生を受け入れる勇気も、時として持つべきだ」

戦士「………俺はな、兄上」

戦士「父上が真の反逆者であったとは、今も信じていないんだ。きっと何かの間違いだ」

戦士「父上が、そう簡単に陛下を…我らを裏切るわけはない」

兄「…そうだと信じたくても、それを示す証拠を探す手立てすら、我々にはないのだぞ」

戦士「だとしても。…父上は反逆者ではない」

兄「………」

兄「頑固な奴だよ、お前は」

戦士「兄上は、そう思わないのか?」

兄(…)

兄「俺はな…」

ガチャ…

見張り兵「失礼します」


見張り兵「食事をお下げします」

兄「あ、ああ。すまないな」

見張り兵「…戦士殿、やはり手をつけていらっしゃらないのですね」

戦士「…」

見張り兵「あの、これ良かったらどうぞ」ゴト

兄「…パン?」

見張り兵「俺の知り合いで、パン職人のヤツがいて、そいつに特別力のつくようなパンを焼かせたんです」

戦士「…お前。分かっているのか? こんな事をしたら…」

見張り兵「いいんです。俺、前に一度だけ戦士殿に稽古をつけてもらったことがあるんです。厳しかったけど…でも、あの一切妥協を許さない剣が」

見張り兵「俺には、すごく嬉しかったんです。ああ、俺みたいな下っ端にも本気でやってくれるんだなって」

戦士「…」

見張り兵「実は、これを焼いた職人も元々兵士で…戦士殿には大恩があるって。今の境遇を聞いたら、いてもたってもいられないって、コイツを焼いてくれたんです」

見張り兵「毒の仕込み様がないようにしました。良かったら、食べてください」

兄「…」

見張り兵「王国軍の…特に戦士殿の隊にいた連中は、お二人の解放を望んで声をあげています。どうか、もう暫くの辛抱を…」

戦士「………すまん」

戦士「有り難く、頂く」


戦士「…」ガツガツ

兄「…俺に言わせれば」

戦士「…」ガツガツ

兄「全てが誰かの仕組んだ策略で、父上はそれに陥れられた、というのならば。俺たちを殺そうとしている人物は、役者を使ってでもああいう嘘を吐かせるな」

戦士「…」ゴクン…

兄「甘いよ…お前は」

戦士「………匂いが、するんだよ。兄上」

兄「なに?」

戦士「あの兵士も。狩り場でお供した陛下からも。最期に出会った、父上からも」

戦士「…この人は信用に値するって、匂いが」

兄「………」

戦士「…真実を見抜く眼を養え。人物の臭いをかぎ分けろ。戯言に耳を貸すな。己の想いの味を噛みしめろ」

戦士「覚えているか。父上が最後に酒を酌み交わした時に言っていた言葉。…俺は、自分は鼻が効く方なんだと、信じていたい」

兄「…」


兄「お前、女勇者様に憧れてるよな」

戦士「…ぇあっ?」

兄「いっつもいっつも、女勇者様が近づくと顔をみっともないくらい真っ赤にして…それくらい、憧れているよな」

戦士「んな、なななな、何を言い出すんだ兄上っ!」

兄「でも、その憧れは単純なものじゃない。…お前はなりたいと、ずっと思っているんだよ」

兄「――勇者に」

戦士「…」

戦士「子供の頃言ってた事、兄上がまだ覚えてるなんてな」

兄「お前は…つくづく甘ちゃんだよ」

兄「人物の人となりを見極めると言ったってその単細胞じゃあ、いつ騙くらかされても文句は言えない。言う頃には、命は無いかもしれないんだ」

戦士「兄上…?」

兄「あの夜、父上が言ったことがもうひとつある。″大事なことは何か、常に感じ続けろ″」

兄「………どうやらお前が一番優れているのはそれさ。そしてそれは、誰しもが真似出来ることではない」

戦士「…」

兄「俺はな。お前にはひょっとしたら――」


見張り兵「な、何者だ!? うっ!」

ドサ…

戦士「!?」

兄「な、なんだ? さっきの兵士の声か?」


???「そこを動くな。物音も立てるな。何かあれば、この兵士を殺す」

戦士「…っ!」

戦士(何者だ!? 刺客か!?)チラ

兄(…いや、おかしい。だとしたら、この立場の我々に、見張りの兵士を人質に取るなんて事をする必要がどこに…)

???「…なーんてな。許せよ。本当に声を上げられては困ることになるのでな」

戦士「こ、この声…」

兄「…まさか」

???「よっと」カチャカチャ…ガチャン


ギィ…


女勇者「やあご両人。助けに来たぞ」


兄 戦士「「女勇者様!」」


女勇者「再会を喜びたい所だが、時間がない。すぐに異変に見回りの兵士が気づくはずだ」

女勇者「脱出するぞ」

兄「!」

戦士「ど、どうして…」

女勇者「どうして? 野暮なことを聞くんだな。そんなものひとつに決まっているだろう」

女勇者「君らと、君らのクソオヤジ殿の無念を晴らすためだよ」

戦士「…!」パア

女勇者「お前たちはあの男に似て、やられてばかりは性に合わない性格だと思っていたんだが…私の思い違いだったか?」

戦士「…ははっ!」

戦士「ちょうど、身体がなまってしょうがないと思っていたところですよ!」

女勇者「そう来ると思ったよ。受け取れ」ヒョイ

戦士「お、俺の剣!」ガシャ…

女勇者「さて、お前はどうするんだ?」

兄「私は…ここに残ります」


戦士「――…え?」


戦士「あ、兄上? 何を言ってるんだ」

兄「女勇者様。ここを出て何処に向かうおつもりですか?」

女勇者「さあてね。とりあえずは武器商会の連中の所へ潜り込んでみようかと思っている。奴らが一枚噛んでいるのは間違いなさそうだ」

兄「そうですね、それが良いと思います。恐らくその辺りを叩けばホコリは出てくるかもしれません」

兄「女勇者様と戦士で、外から探りを入れて下さい。俺は、そこが動いたことによる内部の動きを探ってみます」

女勇者「そうか。ま、好きにするといい」

兄「…すみません」

女勇者「気にするな。どーせ私も、こんな立場惜しくはなかった」

兄「ありがとう…ございます」

戦士「な、何を言ってるんだ!? ここに残るって、どうして!?」

兄「…戦士。俺はな、お前みたく真っ直ぐな男じゃないんだよ。自分が可愛くて、保身に走るような、情けない男なんだ」


戦士「保身だと…!? こんな所に留まることが、何の保身になるっ! 我らにこれ以上失うものなど、あるものか!」

兄「それでも俺は、いつかまた我らの栄光を取り戻せると思っていたいんだよ。…お前の帰ってくる場所は、必要だ」

兄「お前みたいな奴は、この国に必要なんだ」

戦士「わけの分からないことを言うな!!」

女勇者「落ち着け、戦士。声がでかい」

兄「俺はな、戦士。女勇者様に全ての罪を被せて、全てにそ知らぬフリをしようとしているんだ」

兄「そうしてここでしぶとく生きてる事で、得られる事は必ずあるはずだ。逆に、俺も一緒に脱出してしまえば、その機会は永遠に失われる」

戦士「だからって、こんなチャンスも二度と来ないのだぞ!」

兄「分かっている。だが、それでいい。囚人ならば私にお似合いだ。…俺は、父上のことをお前みたく信じることは出来なかった」

戦士「…!」

兄「安心しろ。それでもむざむざ生き恥をさらすつもりはないさ。必ずこちらからも鍵を掴んでみせる」

女勇者「もう、時間がない。行くぞ」

戦士「兄上…!」

兄「俺も誰に似たのか頑固なものでな。聞き分けてくれ」

戦士「………」

戦士「必ず、生きて会おう。約束だ」

兄「ああ…約束だ」


女勇者「…達者でな」

兄「このご恩は忘れません。…弟を、宜しくお願いします」

女勇者「任せておけ。行くぞ」

戦士(兄上…――)

ダッ…


兄(さらばだ…弟よ)

兄(お前は、女勇者様の隣に並び立つに相応しい男だ。俺はいつも…)

兄(――そんなお前を眩しく感じていた)

兄「………さて」

兄「ああ言ってみせた以上…俺も上手くやらなければな」


今日はここまでです





地下水路


女勇者「こっちだ」

戦士「…こんな所があったなんて」

女勇者「驚きだろう? この地下水路は迷路のように入り組んでいる。下手に迷い込めば、生死にかかわるほどだ」

女勇者「お前の兄には優雅だなどと言われたが、これでも私は勇者に成り立ての頃なんかはかなりのお転婆でな。この水路を冒険と称して歩き回ったものさ」

戦士「お、女勇者様が、ですか?」

女勇者「私は、お前が憧れているような人物ではないよ。勇者もただの人間だ」

女勇者「さ、行こう。兄はすぐに我らのことを話すだろう。捜索の手が入っても、しばくは見つからないくらいは奥に潜伏せねばな」

戦士「…あ、兄上がすぐに話す、とはどういう意味ですか?」

女勇者「その方があいつとお前のためなのさ。言っていたろう、私に罪を被せて自分はそ知らぬフリをすると」

女勇者「乱心した女勇者が王城の一室を襲撃、幽閉されている大将軍子息の一人を誘拐した…そういう事にするんだ」

戦士「…し、しかし、それでは女勇者様が!」

女勇者「あの部屋を襲撃した時点で、私の罪はどう転んでも変わらんからな。だったら、お前たち兄弟は被害者という事にしておいた方が、後々やりやすいだろう」

女勇者「まったくお前の兄はよくよく頭の回る男だよ」

戦士「………」



女勇者「納得いかない、という顔だな?」

戦士「兄上は…結果として一番利が得られそうな事を躊躇なく選べる。俺には、そういう駆け引きは向きません」

女勇者「ま、そうだろうな。私も兄上も、お前にそういう部分は期待してないよ」

戦士「うっ…」

女勇者「だが、この先その兄はいないぞ。生き残るためには、あらゆる判断が必要になる。よく、覚えておけ」

戦士「…はい」

女勇者「これからの事についてだが…」

戦士「武器商会、ですね?」

女勇者「ああ。お前たちも何か掴んでいたようだな」

戦士「はい。あの日の…謀反が行われた日の早朝、武器商会の長と名乗る女が我らの館に出入りしてるのを、この目で見ています」

女勇者「ふむ…」


女勇者「私もアレコレ探りを入れていたんだが、どうやら親父殿が武器商会を通じて密かに軍備を整えていた事は確かなようなのだ」

戦士(………父上、なぜ)

女勇者「だが、それが反逆の為とはどうしても私には思えなくてな。あいつは、人を裏切るようなやり方が何よりも嫌いな男だった」

女勇者「信じたいんだよ、私も」

戦士「…女勇者様」

女勇者「そろそろポイントか。…うん、あそこの縦孔がそうだな」

女勇者「そこの梯子を登ると、地上の井戸に繋がる。ちょっと顔を出して覗いてみろ」

戦士「は、はい」

ガタガタ… ゴトゴト

「おう、それはこっちに積め!」

「急げよォ、出発まで時間がねえぞ!」


戦士(…! あいつらは!)

女勇者「見えたか?」

戦士「武器商会…!」ギリ

女勇者「おいおい、そのまま突っ込んで行ってしまいそうだな。まあ待て、武器商会の連中は異様に用心深く、厄介だ」

戦士「…はい。しかし、どうするのです? あの様子では…近づく事すらままなりません」

女勇者「奴らの荷馬車のひとつに、底に穴を開けたものを紛れ込ませる。これは私のツテで協力者がいるので恐らく問題なく済む」

戦士(そ、底に穴を開けた荷馬車? そんな物を一体…)

女勇者「商隊の街中を通る間、水路からの縦孔が蓋をされている箇所の上を通る。我々は、穴の開いた荷馬車が頭上を通過する時を見計らって…」

戦士(まさか………)

女勇者「縦孔から飛び上がり、馬車に乗り込む」





役員「社長、荷の積み込み終わやした」

商人「よし。それじゃあ、後の事はあんたに一任する」?

役員「へい。お気をつけて」

商人「ああ。進め!!」

ガタガタガタ… ゴロゴロゴロ

「な、なんだいありゃ。何かの凱旋パレードかい?」

「港町の連中だ…。武器を積んだ馬車をしこたま引き連れて、今度はどこに行くつもりだか」

「ヤバい連中らしいぜ、関わらん方が身のためだ」

御者「ぁあん?」ギロ

「うっ…それ、言わんこっちゃないだろ」

御者「…フン」

御者(と、粋がってみたはいいものも、俺もまだ社内じゃ下っ端も下っ端、社長が恐くてしょうがない今日この頃)

御者(入る会社間違えたかなぁ。とにかく、今はこの荷を粗相なく送り届けにゃあ…)


――ドスン!


御者「うわっ!? なんだ、今の音?」

御者(ままま、まさか、なんか落としたか!?)

御者「…? いや、そんな感じもないな」

強面「おい、そこ! チンタラして隊列を乱すんじゃねぇ!」

御者「は、はぃっ!」ビクゥッ

御者(気のせいか…?)


荷馬車の中

女勇者「………どうやら、上手く行ったみたいだな」

戦士「…か、かなり無茶があった気がするんですが」

女勇者「結果良ければ全て良しだろう? タイミングは際どかったけどな。あのポイントなら商隊もそこまで速度を出していないということは分かっていた」

戦士(際どいどころの話じゃないぞ、成功したのが奇跡みたいなものだ)

女勇者「これくらいで音を上げるなよ。私が現役の頃はもっと無茶をしていた」

戦士(…お、恐るべし勇者一行)

女勇者「さーて、どこに連れていってくれるのか…」

戦士「えっ。分かっていないのですか?」

女勇者「ああ、そうだが?」

戦士(えええええっ!?)

女勇者「ま、この混乱の中で商人自らが動くんだ。それなりの場所に連れていってくれるだろう」

戦士「そ、そんなテキトーな!」

女勇者「他にアテもないのだからしょうがないだろ? あとは運任せさ。果報は寝て待て、せいぜい身体を休めておけよ」

戦士(………お、俺はとんでもない人についてきてしまったのかもしれない)





貴族「…おかしいな。何故、女勇者様が戦士を連れ去る。なんの目的で?」

兄「それは私には分かりかねます」

貴族「………」

貴族「まさか、かつての戦友の子息たる貴様らに、情でも沸いたか? 所詮は、女だからな」

兄「…」

貴族「まあいい。いつまでも知らぬ存ぜぬで通ると思うなよ」スタスタ


兄(…あのような者が、王城で大きな顔をするようになるとは。王国もいよいよ救いがない)

兄(二人は、無事に脱出しただろうか…)

兄「…」

--戦士「父上が真の反逆者であったとは、今も信じていないんだ。きっと何かの間違いだ」

兄(そうであったなら、どれだけ心が安らぐだろう。そう信じきれれば私も…)

兄(いや…あいつの言うことに賭けてみよう。そう決めたのだ。)

兄(考えろ。父上を陥れて一番得をする人物………)

兄(父上を一番大きな障害に感じていたのは、国王陛下であるはずだ。改革派の陛下にとって、父上は邪魔な存在であったはず…)

兄(しかし、どうにも釈然としない。なぜ陛下は狩り場で、我らにその身を守らせたのか)


兄(近衛隊や弓使いの殺意は本物だった。あれは父上の反逆を確実なものにするために張り巡らせた策略だったのか?)

兄(現に、陛下は襲撃を予期していた。…とは言えあのやり方は危険すぎる。しかも、その警護をなぜ…)

--戦士「狩り場でお供をした陛下からも」

兄(お前は、陛下が信用に値すると言っていたっけな…)

兄(………まさか)

兄(まさか、陛下は我らを守るために…? 反逆の罪から我らを救うために、わざとあのタイミングで呼び寄せたのか…!?)

兄(それが事実だとすれば、あの日陛下の暗殺を目論んでいた人物は)

――近衛長「女神よ、我らに加護をっ!!」

兄(………そうだ。仮に、父上が軍を率いていたとすれば…それを、十字聖騎士団ごときが撃破できるはずがない!)

兄「なぜ、もっと早く気付かなかったんだ…!」


ガタ…

「…! しかし!」

「良いと言っているのです。扉を開けなさい」

「はっ…」

兄(…今度は誰だ?)

ギィ…

兄「! じょ…」

兄「女王陛下!?」


女王「久しぶりだのう。最後に会ったのは宮殿での茶会であったか?」

女王「--少し、そなたと話がしたい」





商人「荷降ろしはまだ済まないのか」

強面「へ、へえ。ほぼ済んだんですが…」

商人「なんだ?」


御者「すいません! すいません!!」

三下「ボケが、謝って済むかこのヌケサク!!」

商人「何事だ」

三下「しゃ、社長! い、いえこの阿呆が。とんでもねぇ失態をやらかしたもんでして!」

商人「…簡潔に話せ」

三下「は、はい! 荷馬車をその、ひとつ間違えて引いてきちまって…穴の空いたボロの、別の荷が入った物でした…っ!」

商人「なんだと? …これか」

御者「お、お許しをぉ…!」

商人(なんだい、これは? 見た目は我が社の荷馬車その物だが…どこか奇妙だ)

商人「出発の際の二重確認は?」

三下「はっ、そ、その時はしっかりやった筈なんですが…」

商人「………イヤな臭いがするね。頭の良い女の臭いだ」

商人「何者かが潜り込んだやもしれん。運び込んだ商品の警戒を強めろ」

強面「へ、へい! …向こうには伝えますかい?」

商人「交渉の前にこちらが下に見られる情報を伝えてどうするんだい。商品さえ無事なら後はどうなろうと知ったことではない」

強面「へい!」

タタタタ…


女勇者「…ふう、行ったか。流石に切れ者という感じだな、あの女社長」コソ…

戦士「間違いありません、あの女です」

女勇者「やはりな。ま、自分達の荷以外には興味が無いようで何よりだ。ラッキーだったよ」

戦士「…本当ですね」


女勇者「さて、と。ここはどこだ?」

戦士「随分と長い距離を移動してきましたが…気温が低いですね。かなり揺れましたし、山岳地帯の方へ移動したんでしょうか」

女勇者「そんな田舎に武器商会が何の用で…ん?」

戦士「どうかしましたか?」

女勇者「何か、歌が聞こえないか?」

戦士「確かに…これは…」

戦士「………聖歌?」

女勇者「おい、あそこ…あの建物、聖堂か!?」

戦士「こ、この荘厳な大聖堂、間違いありません!」

戦士「ここは、女神教会の総本山…教皇領です!!」

女勇者「武器商会が、教皇領に!? 女神教会は確か…陛下の主張に同調して、軍縮を訴えていたはず…」

戦士「! 誰か来ますっ!」

ガシャガシャガシャ…

十字聖騎士Ⅰ「異常なしか。ん、ここは…武器商会の連中の荷馬車」

十字聖騎士Ⅱ「…まったく無駄に豪奢な荷馬車でありますな。たかだか積み荷を運ぶ物をなぜこれだけ飾り立てる必要があるのか」

十字聖騎士Ⅰ「虚勢さ。自分達にはこれだけ力があるという事を示して、我らに舐められまいとしているのだ」

十字聖騎士Ⅰ「まあ…この先も顔を出すことは増えるだろう。変に毛嫌いせず、愛想良くしておいた方が我々のためかもしれぬな」

ガシャガシャガシャ…



戦士「…どういう事だ!? 十字聖騎士が武器商会を黙認しているなんて」
?
女勇者「………」

女勇者「藪をつついたら蛇が出た、とはこのことだな」

女勇者(女神教会め…ここまで政に深く関わっているとはな)
?
女勇者「潜入出来る箇所を探そう。商人の取り引き内容を確認するぞ」

戦士「は、はい」

?

?
「こちらでお待ちください」

商人「…ふん」

商人(呼びつけておいて、勿体ぶった態度だね。女神に仕える方々はお忙しくあらせられるってかい?)

商人(ここまで来て下々の者と少しでも上であろうって言うのか? 面倒なことだ。ま、あたしはやりたい様にするだけだがね)

商人「冷えきった外から連れた客人に、暖かい茶の一杯も出ないとは、女神様は作法には疎いのかい?」

「…し、失礼しました。すぐお持ちします」

強面(さ、流石社長。天下の教皇様の懐だってのに、全く気圧されねぇ…)

?



戦士「…どういう事だ!? 十字聖騎士が武器商会を黙認しているなんて」
?
女勇者「………」

女勇者「藪をつついたら蛇が出た、とはこのことだな」

女勇者(女神教会め…ここまで政に深く関わっているとはな)
?
女勇者「潜入出来る箇所を探そう。商人の取り引き内容を確認するぞ」

戦士「は、はい」




「こちらでお待ちください」

商人「…ふん」

商人(呼びつけておいて、勿体ぶった態度だね。女神に仕える方々はお忙しくあらせられるってかい?)

商人(ここまで来て下々の者と少しでも上であろうって言うのか? 面倒なことだ。ま、あたしはやりたい様にするだけだがね)

商人「冷えきった外から連れた客人に、暖かい茶の一杯も出ないとは、女神様は作法には疎いのかい?」

「…し、失礼しました。すぐお持ちします」

強面(さ、流石社長。天下の教皇様の懐だってのに、全く気圧されねぇ…)


ヒュゥウウ…

女勇者「よっ。ほっと」ヒョイヒョイ

戦士「ぜえ、はあ…」

女勇者「どうした、随分息が荒いな」

戦士(こ、こんな断崖絶壁を岩から岩へと移動すれば、息も上がるぞ普通)

女勇者「おっ、あそこから大聖堂に飛び移れるぞ」

戦士「あ、あそこを? それは飛び移るというよりは落ちると言うのでは…」

女勇者「それっ」ピョーン

戦士「!」

女勇者「おっとと」スタッ

女勇者「おーい、お前も早く来い!」

戦士「ハ…ハハ…」

戦士(兄上、不肖の弟、これにて最後を迎えるかもしれません)

女勇者「はーやーくー」

戦士「…ええい、ままよ!」バッ


女勇者「…おっ、どうやら当たりを引いたな。見ろ、商人だ。こんなバカ広い聖堂を貸し切って密談とは、豪勢なものだな」

戦士「…ひゅー…ひゅー」

女勇者「天窓から侵入するぞ。この造りなら、距離が離れていても声は響いてくるだろう」

戦士「…あ、あい…」

?

?

大僧正「おやおや、お待たせてしまいましたかな。これは失礼」

商人「…我ら商いに生きる者にとって、時間は生命だ。女神様に仕え、心穏やかに日々を享受している貴殿らとは時の流れ方が違う」

大僧正「以後、肝に命じておきましょう」

商人(…タヌキめ、こちらの態度は面白くないだろうに、おくびにも出さんとは。腹の探り合いは無駄か)

商人「率直に聞こう。何故、クーデターを潰した?」

商人「貴殿と私、そして大将軍の同意の元のあの合戦であったのではなかったのか? 聞かされていた話とはまた随分と違った結末だ」

商人「これは教会の裏切りと見なされても文句は言えぬぞ」

?


女勇者「…おっ、どうやら当たりを引いたな。見ろ、商人だ。こんなバカ広い聖堂を貸し切って密談とは、豪勢なものだな」

戦士「…ひゅー…ひゅー」

女勇者「天窓から侵入するぞ。この造りなら、距離が離れていても声は響いてくるだろう」

戦士「…あ、あい…」





大僧正「おやおや、お待たせてしまいましたかな。これは失礼」

商人「…我ら商いに生きる者にとって、時間は生命だ。女神様に仕え、心穏やかに日々を享受している貴殿らとは時の流れ方が違う」

大僧正「以後、肝に命じておきましょう」

商人(…タヌキめ、こちらの態度は面白くないだろうに、おくびにも出さんとは。腹の探り合いは無駄か)

商人「率直に聞こう。何故、クーデターを潰した?」

商人「貴殿と私、そして大将軍の同意の元のあの合戦であったのではなかったのか? 聞かされていた話とはまた随分と違った結末だ」

商人「これは教会の裏切りと見なされても文句は言えぬぞ」


女勇者(どういうことだ? 大将軍が取り押さえられたのは、武器商会の本意ではなかったのか?)

戦士(…武器紹介は、本気でクーデターを完遂させるつもりでいた…?)


大僧正「我々が裏切った等と、とんでもない事です。事実はその逆、我々は裏切り者を糾弾したに過ぎません」

商人「…大将軍が、裏切ったとでも?」

大僧正「ええ、その通りです」

大僧正「当初、我らの狙いは現国王を廃し、王兄様のご子息を王座に据えることで、強い王国の復活を図ることでした」

大僧正「そうすることで、軍備の拡大は進み、武器商会の方々も利益を得て、我々は魔王軍から女神の聖なる地であるこの教皇領を守ることが出来る」

?大僧正「ですが、事を起こす直前になって状況は変わったのです。………お入りください」

ギィ…

副官「…」

商人(! この男、大将軍の)

大僧正「彼の口から直接聞く方がよいでしょう。さ、お話になってください」

副官「…はい。大将軍様は、陛下を倒したのちに王室を廃し、自らが政権を握るつもりでおられました」

?商人「!?」

副官「王兄様の息子を王位に据えても、王兄様ご本人のような求心力はもう望めないと…時折もらしておりました」



戦士(な、何を言っている…あの男はっ…!)

戦士(父上が自ら政治の主導を握ろうなどということが…そんなことを言うわけがあるか!)

戦士(なぜ、こんな馬鹿げたことが、父上の腹心であったあの男の口から並べ立てられる…!?)

女勇者「…」


大僧正「聞いての通りです」

大僧正「彼が我々に知らせてくれなければ、大将軍は暴走をし、王国を大混乱に陥れるところでした。すんでのところで、我々は道を外さずに済んだのですよ」

商人「………」

商人「下らぬ芝居はそこまでにせよ」

大僧正「なんですって?」

商人「そのような詭弁で、この私を言いくるめられると思うてか。すべては教会が実権を握るための策略であろう」

商人「今回の一件で王国軍部はほぼ無力化された。その為に駆り出されているのが教会お抱えの十字聖騎士団だ。王家を助けた、という既成事実を盾に今や軍部もその手に握っているというわけだ」

商人「そうして我らを呼びつけ、今度は教会自らが、主導者を失った軍部を抑えつけるだけの力を手にしようというわけだな」

大僧正「…」

商人「大将軍が、そこまで愚かな男であったとは思わぬ。王室を廃して維持できる王国などありはしない」

商人「あの男はそれだけの思慮はある男だったはずだ…が、部下に裏切られるとはな。憐れだ」

副官「………」



戦士(何故だ。何故)

戦士(――副官が父上をそしり、あの女が父上の肩を持っている)


商人「家族を人質にでも取られたか? だが、この場でその命を落とすことはあるまい?」チャキ…

商人「真実を言え!」

副官「…」

商人(こいつ、眉ひとつ動かさないとは…)

大僧正「………商人殿はなかなかに面白いことをおっしゃる」?

大僧正「しかし、何処にも証拠などありはしない。そうでしょう?」

大僧正「動かぬ生き証人である彼がこのように言っているのです。それを、我々が捻じ曲げて推測することは、簡単なことですよ。違いますか?」

商人「ふん、犯罪者はみなそう言うのだ」

大僧正「人聞きの悪いことをおっしゃらないで頂きたい。相手を貶めることは、お互いの為になりますまい。新たな契約を前にしているのであれば尚のこと」

商人「何だと?」

大僧正「過ぎたことをいつまでも掘り返しているよりは、新たな道を共に歩みましょう、と言っているのです」

大僧正「商売人である貴女を呼んでおいて、なんの商談もなく返すほど、我らも世間知らずではありません」

商人「回りくどい言い方だな。話があるならとっととするがいい」

大僧正「…近々、魔王の配下による襲撃が行われます」

商人「!?」

大僧正「我々はそれに備えたいのです。そして、そのためには大きな武力が必要、という訳です」


商人「要領を得ないな。何故、魔王の動向なんてものが読める」

大僧正「読めるのではありませんよ。そうするようにしむけるのです」

商人「! まさか…」

大僧正「近々、王国建国の儀式が執り行われます。年に一度、栄光ある王国の繁栄を願う大きな祭り」

大僧正「国王陛下は、この儀式でこの地に大いなる安寧を世にもたらそうと意気込んでおられます。なんと、魔王の配下を祭りに招き、魔族との和平を訴えようと言うのです」

大僧正「誠に素晴らしい心意気、実現すればこんなにも素晴らしいことはありませんが…」

商人(………)

大僧正「魔族に恐怖を抱いた一部の兵士が、魔族に攻撃をしかけてしまっても…それもまた、致し方ないことでしょうなぁ」



戦士(な、なんだ…こいつらは、一体何の話をしている?)

女勇者「…ゲスが」



大僧正「魔族は当然応戦するでしょう。しかし人々の目には、“建国の儀式に招かれた魔族が、突如人間に牙を剥いた”…という風に映る」
?
大僧正「客人として招いている以上、敵の攻撃は王国の只中で起こるでしょう。それは、国王陛下の喉元にも届きかねない危険な刃だ。当然、人々の命も危険にさらされる」

商人「…そして、人の世は軍拡の風潮を強める。最早、国王陛下の手には負えぬほど」

大僧正「お察しの通りです。我々は、その風を受けて十字聖騎士団を中心に王国軍の強化に乗り出します」

商人「なるほどな…。それが女神教会の描いた絵というわけか」

大僧正「取引を、受けて頂けますかな?」

商人「断れば、外に控えている聖騎士がなだれ込んで来て、あたしは斬り殺すってわけかい?」

大僧正「…」ニコ…


商人「いつの間に教会ってのは、ここまで血なまぐさい場所になっちまったのかねえ」

商人「…ひとつ、聞かせな。そんなことをしたら魔王軍との戦争をおっ始めるも同じこと」

商人「聞けば、あちらには新たな魔王が誕生したというが、こちらにはまだ神託を受けた新たな勇者が現れていない」

商人「その戦いに勝ちが望めると思うのかい?」

大僧正「おやおや、貴女ともあろう方が勇者の伝説を真に受けていらっしゃるのですか?」

商人「何?」

大僧正「何のために、あの男を使って研究を進めているのです?」

商人「!」

商人(………何故この男が魔導砲のことを知っている)

大僧正「驚くことはありますまい。あの男のもたらす知識は、我らが蓄えている知識に他なりませんから」

商人「き…貴様らは一体………!」


?
女勇者(まさか、教会はあの研究を…)

戦士「女勇者様」

女勇者「ん?」

戦士「お許しください。これ以上は黙って見ていられません」

女勇者「え? あ、おい、ちょっと待て」

戦士「っ」タッ



スターンッ!



商人・大僧正「!」

戦士「そこまでだ!! 王国に巣食う闇め!!」

戦士「これ以上のたくらみごとは私が許さん!! すべてを白日の元にさらすがいい!!」


商人(あれは…あの時の若造か)

大僧正「くせものだ」パチン

バタン! ダダダダダダ…

女勇者(あーあー。やってくれたな戦士よ。…それにしても、出てくる出てくる。こんな数の聖騎士が待機していたとは)

大僧正「誰かと思えば、裏切り者の息子ですか。せっかく永らえた命、大事にしてにしていればいいものを」

戦士「黙れ!! 女神に仕える身でありながら俗世にまみれ、政に関わった挙句、王国を混乱に陥れんとしたその罪、死よりも重いぞ!!」

大僧正「何を言うのやら。王国を混乱せしめたのはお前の父でしょう」

戦士「父上はそんな愚かなことはしないっ!!」

大僧正「…お話になりませんね。もう少し、大人だと思っていたのですが」

戦士「私は戦士だ。剣を授かった時から一人前と認められている。己の命を賭して誠心誠意勝負をすることを魂に刻んでいる」

戦士「陰に潜み、高みから謀をめぐらすだけの腑抜けを、私は王国民としての責務を果たすひとりの成人として認めない!」?

大僧正「…何を」?

商人「はっはっは! 面白い! 大僧正殿、ひきつっているぞ。こういう奴は苦手か」

商人「何も出来ぬ若造だと思っていたけどね。ここまで来るとはやるじゃないか」カチャ…

戦士(! 小銃を…卑怯な)

商人「口だけじゃないって所を、見せてみな」

戦士「望むところ!」ダッ

商人(前に出るか、いい度胸だ!)ズドン!!


戦士の背後の聖騎士「はぐッ」ドシュッ

戦士(! 後ろから斬ろうとしたのか!?)

商人「こいつらに騎士道なんてモノはないぞ。次は射殺しにかかってくるかもしれん。気を抜くな」

戦士「…何のつもりだ」

商人「お前にそれを教える義理はない。せいぜい暴れまわるがいい」

大僧正「…商人殿。賢い貴女なら我らを敵に回すことがどういうことか、理解していると思っていたのですが」

商人「その言葉、そのままそちらに返そう!」

商人「我らに見せぬ手の内を持って、我らを意のままに操ろうという傲慢さを、教会が持っていることはよく分かった!」

商人「我々武器紹介は何処にも属さぬ! 我らの道は我らが己で選ぶ!!」


商人「この女神教会に大僧正殿に組する者がどれだけいるのか? 純粋に女神だけを信ずる教徒たちにこの騒動を知られれば、隠蔽するのも一苦労だろうな?」

大僧正「…」

商人「これ以上、騒ぎにされたくなければ貴様らの手の内を我らにさらすのだな!」

戦士「ふざけるな、貴様らの交渉の手助けをするつもりなど毛頭ない!」

商人「まあそういうな。お前にもひとりでこの囲みを突破できる自信はあるまい。力を貸せ…!?」フワ…

商人(この香の匂いはなんだ…!? 女モノだぞ。なぜ冷気にのって…)チラ

女勇者(おっ、気づいたな。我らはあの扉より脱出する、援護せよ)チョイチョイ

商人(………なんだ、あの天窓のところにいる奴は)

――「イヤな臭いがするね。頭の良い女の臭いだ」

商人(そういうことか。この単細胞がひとりでここまでたどり着けるわけがないと思ったが)

女勇者『借りは、返す。合図する。5、4、3…』

商人(念話まで使うのか。何者だ…? チッ、まあいい。恩を売っておいてやる)

商人「女との取り引きは、しないタチなんだがね」

戦士「何?」

女勇者『戦士、前方の扉へ駆け抜けろ! 教会の闇を暴く!』

戦士(! お、女勇者様! よし)

商人「行けえ!!」

パンパンッ!!

扉の前の騎士「うがッ」ドサッ…

女勇者「駆け抜けるぞ、戦士!」

戦士「応!」


大僧正「…あの女、だれかと思えば十五年前の英雄様ですか。引退した化石が、出張ってくるとは」

ワー ワー

強面「このクソ鉄仮面ども! 姐さんをどうする気だぁ!!」

商人「さあて、どうするんだ大僧正殿? ウチの連中は短気でねぇ。ああやって暴れだしちまったら、あたしが号令をかけるか死ぬまで止まらないよ」

大僧正「くっくっく。愚かな。足掻いたところで何も変わりはしないのに」

商人「…何?」

大僧正「いいでしょう、見せて差し上げます。この女神教会の神秘を」

大僧正「人智を超えた、奇跡を。そして痛感するのです」

大僧正「――己が無力を」




戦士「ぜっ!」ブォン

「がはぁ!?」

女勇者「ふっ」ヒュン

「ぐえっ!」

戦士「女勇者様! 何処へ向かうのですか!?」

女勇者「あー、えーっとね、それはホラ、あのー…」

女勇者(しまったなー。この頑固者を動かすためにああ言ったが、ぶっちゃけ特にアテがあるわけじゃなかったりして)

戦士「女勇者様、このままでは!!」

女勇者「あーもうウルサイな! お前もちょっとは考えろっつーの!」

戦士「また考え無しですか!?」

女勇者「じゃかあしいわい! お前に言われたくねーわ!!」

女性「あなたたち…!」ザッ

戦士「!?」

女性「こちらへ! ついてきて!」

女勇者(…なんだ? 見たところ僧侶の出で立ちだが…)

僧侶(女性)「早く、急いで!」

戦士「しかし、そちらは教会の…」

女勇者「イヤ、面白い。ついてってみよう」

戦士「…女勇者様? 何か考えが?」

女勇者「無論、そんなものは無い」

戦士「…」ハァ


戦士「ここは…」

女勇者「十字聖騎士団の、兵舎か?」

僧侶「今は、ここの部屋の方は全員大聖堂の方へ出払ってるわ。この甲冑を身につけて!」

僧侶「聖騎士に紛れれば、姿を眩ませられるわ」

戦士「ちょっと待て。教会の人間であるあなたが、なぜ我々に協力するんだ?」

僧侶「………それは」

女勇者(身なりからして、それなりに地位のある僧侶だな。しかし、見たことの無い聖衣を着ている)

僧侶「…大聖堂でのやりとり、全てではないけど私も聞いていたの」

女勇者「あれをか? どうやって?」

僧侶「そういう力が、私にはあるの。…貴女は、教会の闇を暴く、と言ったわよね」

女勇者(念話を、傍受したのか!? そんな技は聞いたことがないぞ)

僧侶「私は、女神教の純粋な教徒。だけど…近頃、教会上層部があやしい動きを見せているのには気づいていたわ」

僧侶「いえ、本当はずいぶん前から…」

戦士「…」

僧侶「教会が間違いを犯そうとしているのなら、それを防ぎたいの。これ以上指を加えて見ている傍観者ではありたくない」

僧侶「女神教会が、今どんな暗闇を抱えているのか、知りたい。お願いです。力にならせてください」


女勇者(ふむ。さて、どうしたものか)

戦士「…」ガシャ…ガシャン

女勇者「お、おい戦士。もう着込んでいるのか? これが罠ってことも…」

戦士「この女性についていくと行ったのは女勇者様じゃないですか。それに、この短時間にそこまで手の込んだ罠は誰も張らないでしょう」

戦士「俺は、このひとを信じます」ガシャ…

女勇者様「…やれやれ」

女勇者「しょうがないな。ウチのイノシシ男がそう言ってるんでね、あなたの案に乗らせて貰うよ」

僧侶「…!」パア

戦士「誰がイノシシですかっ、誰が!」

女勇者「そういう所は憎らしいほど親父殿にそっくりなんだよ、お前。よく言われるだろう?」

戦士「ま、まあ言われてみれば、そうかな…?」

女勇者「おっ、なんだなんだ? 顔を赤くしちゃってっ! 照れてるのか?」

女勇者「デュフフ、親子モノかあ、妄想が捗るわい」

戦士「…な、何の話です?」


僧侶「! 二人とも、あれを見て!」

戦士「ん…?」


副官「…」フラ…


戦士「あの男…!」

僧侶「最近よく、ここで姿を見かけるの。でも、様子がおかしくて…気になっていた」

僧侶「心が閉じている。いえ…何かに、心を支配されているみたい」

女勇者「ふむ。副官が今回の件の鍵を握っているのは間違いなさそうだ。商人も言っていたが、彼が語ったことが真実とは考えにくい…」

戦士「では、そのように言わされていた?」

僧侶「…彼の後をつけましょう。あなたたち二人を巡回の供に連れているという事にして、動くわ」

戦士「分かった」

女勇者「うー、汗臭い甲冑だな」

僧侶「行くわよ」



副官「…」フラ…

女勇者(どんどん人気の無い所に行くな…)

僧侶(こっちは…では、やはり)

バタバタバタ…

十字聖騎士Ⅲ「僧侶様! こんな所にいらしたのですか!」

僧侶「あ、はい。ご苦労様です。何やら、事件があったようですね」

十字聖騎士Ⅲ「どうやら、賊が侵入したようなのです。僧侶様の身に何かあっては一大事だ、お部屋にお戻りになって下さい」

女勇者(僧侶様…か)

僧侶「そうですね。ですが、こちらの方々が護衛を引き受けて下さったので、大丈夫です」

十字聖騎士Ⅲ「はあ…しかし、この先には″虚無の塔″しかありませんが」

僧侶「…このような時にこそ、あそこで祈りを捧げたいのです」

十字聖騎士Ⅲ「そう、ですか。いや、差し出がましいことを言ってすみませんでした。道中、お気をつけて!」

僧侶「ありがとうございます」


女勇者「なあ、あなたは何者なんだ」

女勇者「こうなった以上は一蓮托生の身だ。身分くらいは明かしてくれても良いと思うのだが」

僧侶「…貴女は、十五年前に魔王を倒した女勇者さんね。そして、貴方は先日反逆者として処刑された大将軍の末の息子さん」

戦士「っ! 知っていたのか」

僧侶「知っていた、というよりは分かったのよ。貴方たちの目を見ているうちに、その生きてきた道が、透けて見える」

僧侶「子供の頃からそう言うことがよくあったの。女神様に与えられた特殊な力だと気づくには、少し時間がかかったけれど」

女勇者(神通力、か…。教会には超常の力をもった人間がいると聞いていたが、本当に…)

僧侶「女神教会は、この力を持った私を特別な待遇で迎えてくれたわ。それ以来、私は教会のために尽力してきた。けど…」

僧侶「女神教会には、いつもモヤがかかっているようだった。教徒としての使命を果たすこととは別の、何かの目的を持っているかのように感じられたわ」

戦士「何かの目的?」

僧侶「ええ。それはいつも巧妙にカモフラージュされていて、私の力を以てしても垣間見ることは叶わなかった」

僧侶「私はいつも………待って、着くわ」


虚無の塔

副官「…」フラ…



僧侶「やはり、入っていくわね」

女勇者「やはり? ある程度目星はついていたということか?」

僧侶「ええ。ちょっと待って」カランカラン…

戦士「なんだ? その鐘の音は」

聖騎士?「へいへい、お呼びですかお姫様、っと」

戦士(! コイツ、いま何処から現れた…!? 気配が感じ取れなかったぞ)

僧侶「私は、お姫様なんかじゃないのだけど」

聖騎士?「や、呼び方は個人的な気分の問題だ。気にしないでくれよ。…お? 高貴な女性の香りが致しますな」

女勇者(高貴な女性?)ピクッ

僧侶「よく鼻が効くわね…」ハァ

女勇者「僧侶殿、この御仁は?」

僧侶「ああ、そうね。彼も仲間よ」

聖騎士?「えっ、俺って僧侶ちゃんの仲間だったの? 言っとくけどなあ、俺はただ…」

僧侶「″教会のお宝をかっさらいに来ただけ″、でしょ?」

僧侶「――盗賊さん」


盗賊(聖騎士?)「そうそう…ってバラしちゃうのかよ!?」


戦士「盗賊…だと!?」

戦士「貴様! 辺境を通る王国の荷を狙って荒らし回ってる盗賊団の首領か!?」

盗賊「うぉっ!? お、おいおい軍人さんか!? ちょっと僧侶ちゃんヤバいってコレ!」

戦士「こんな所まで紛れ込むとは、肝だけは据わっているようだな…!」スラ…

女勇者「よせ、イノシシ男」

戦士「しかし、女勇者様! この男は重罪人の!!」

女勇者「重罪人と言うのであれば、もはや私もそうだぞ。クーデターの重要参考人の誘拐、教皇領大聖堂への不法侵入、鎧の窃盗…」

女勇者「ちなみにうち幾つかはお前も当てはまっている」

戦士「ぐむっ…。しかし、この者は王国の重要な荷を積んだ隊商ばかり狙う極悪人です! そのためにどれだけの被害が出ているか…!」

盗賊「…参ったねえ、こりゃ。俺も有名になったもんだわ」

戦士「何を暢気な!」

僧侶「止めませんか、仲間割れは」

戦士「仲間!? こんな男と誰が…」

女勇者「いい加減にしろ!」

女勇者「私たちの目的を忘れたのか? お前は何のためにここにいる? コソドロを捕まえるためか? 違うだろう!」

戦士「…!」

盗賊「こ、コソドロ…」

女勇者「お前に兄のような駆け引き上手になれとは言わない。だが、己が一番に何を成すべきか…それは忘れるな」

戦士「………っ。はい」チャキ…

盗賊(ひえ~、おっかねえ連中だな)


僧侶「それじゃあ、改めて。こちらは盗賊さん。ここ教皇領に忍び込んでいた所を私が見つけたんだけど、ある取り引きをして色々と協力をして貰ってるの」

盗賊「条件は忘れてないだろーな、僧侶ちゃん?」

僧侶「勿論。こちらは、女勇者さんと戦士さん」

女勇者「宜しく頼む」

戦士「…」

盗賊「そうですかぁ、こちらの美人なお姉さんは女勇者さんって言うんでs…」

盗賊「って、ぇえ!? 女勇者ぁ!? って、あの伝説の!?」

僧侶「そうよ」

盗賊(どうりで並の迫力じゃねーと思ったぜ。しかも戦士って言えば、王国軍の鬼って言われてる武人じゃねえかよ)

盗賊「ずいぶんと有名人が集まったもんだねぇ、こりゃ。アンタらみたいのが、こんな所に何の用だい?」

女勇者「話すと長いんだ、勘弁してくれ。それとも、そちらも僧侶殿との条件とやらをここで話す気があるのか?」

戦士「…」ギロ

盗賊「い、いやァまあ行きずりの関係だし、お互い深入りはしないでおこう」

女勇者「それが懸命かもな」

僧侶「行きずりの関係だなんて、そんな。仲間よ?」

盗賊「あのなあ、僧侶ちゃん…」


僧侶「私、憧れてたの。歴史に出てくる、勇者一行ってものに!」

僧侶「確か、あった筈だわ。歴代の魔王を倒した勇者一行に、女勇者・戦士・僧侶・盗賊のパーティが!」

盗賊「勇者一行…つっても、俺らが向かう先は魔王城じゃなくて、女神様の総本山の懐だぜ」

戦士(…そもそも、″仲間″というにはあまりにお互いの目的が違いすぎる)

女勇者「そう、だな。それに、あなたには分かってるんじゃないのか?」

女勇者「私はとっくに、女神の加護を失っている」

僧侶「…そう、か。そうよね。ごめんなさい、無神経だった」

女勇者「いや、気にしていないさ。それより、いつまでもこんな所で話し込んでるわけにもいくまい?」

戦士「そうだ。副官はこの塔の中に消えた。後を追うんだろう?」

僧侶「ええ、そうね。中に入りましょう」


虚無の塔 内部

シーン…

戦士(なんだ? いやに静かだ。礼拝堂のような造りになっているが…)

女勇者「ずいぶん、がらんとしているな。人の気配がない。副官は何処に消えた?」

僧侶「ここは、魔神の力が封じられし場所として普段は立ち入りが禁じられているわ。特別、災厄の前触れが訪れた時にだけ、それを沈めるための儀式を執り行うところ」

僧侶「けれど、ここに人が近づけないことに別の理由があるのではないかと、調べてもらっていたの。…盗賊さん」

盗賊「はいよ。どうやら日に数人の教徒が出入りしてるぜ。しかも真夜中にコソコソと隠れるようにな。そんでもって、この秘密の通路から…」ガコッ

ズズズ… ドスン

盗賊「地下へと消えていくってワケよ」

戦士「!」

女勇者「…」

僧侶「地下には、入ったの?」

盗賊「ああ、中は特別見張りがいるわけじゃないぜ。ただ、下はそれなりに広くって、研究室みたいな所には人もいる」

戦士「研究…?」

僧侶「他に何か見たかしら?」

盗賊「………ああ。でも、アレは…」

盗賊「口で説明するより、見た方がはえーよ、多分な」

僧侶「…分かったわ。では、行きましょうか。盗賊さん、先導をお願いできる?」

盗賊「いいぜ。ああ、それと…」

盗賊「あんたらが来る前、エラソーな格好の坊さんと、殺気ムンムンの女が入ってった。ありゃ、武器商会の人間だな」

戦士「! 大僧正と、商人か…!」

女勇者「…いよいよ核心っていう所まで来たみたいだな。この先、想像を絶するような現実が待っているかもしれないぞ、戦士」

戦士「…」

女勇者「覚悟を決めておけ」

戦士「はい」


盗賊「こっちだ」

女勇者「通路は狭いが、かなり歩くな。確かにずいぶん広いみたいだが」

戦士「貴様、何処へ向かっている? 副官の…あの男の行く先が分かっているのか?」

盗賊「確実に分かるってワケじゃあないが、向かう場所がそう多くないって事くらいは、突き止めてるぜ」

盗賊「さて、と…」

僧侶「! 扉…。何か光が漏れてるわね」

盗賊「少々ショッキングな光景がこの先広がっているが…大声なんか上げないでくれよ。とくに僧侶ちゃん」

僧侶「わ、分かってるわよっ」

盗賊「そんじゃあ、入るぜ」

女勇者「ああ」

ギィ………

戦士「!!」

僧侶「うっ…!?」

女勇者「こ、これは…」

ゴポ… ゴポ…

盗賊「………人間、らしいな」

戦士「ど、どういうことだ…。…人間が…生えてきてる…?」

女勇者(………水槽に液体が貯められ…そこで人間のような生物が、まるで植物のように地面から生えている…!)

僧侶「っ…!!」

盗賊「皮膚が出来あがらない内から、内臓が出来上がっちまってる。まるで見た目は獣に食い破られたみてえだが」

盗賊「その逆だ。コイツらは、ゆっくりと成長して自分を形造ってる最中さ」


僧侶「ど…どういうこと…!?」

盗賊「どうやら、人間を人の手で生み出してるみたいだな。ここはその実験場ってところか」

女勇者(こんな技を…何のために…)

戦士「そんなことが、可能なのか!?」

盗賊「現実、目の前で行われている。こっちを見てみな。恐らく成功例だろう。だいぶ人間らしい形になっている」

女勇者「…既に、完成した人間がいるのか?」

盗賊「さあ、そこまでは知らねーよ。盗み聞いた会話で分かったのは、奴ら曰く″実験は順調″ってことくらいだ」

僧侶「馬鹿な…っ! こんな事は生命への冒涜よ!! 侵してはならない禁忌に他ならない!!」

盗賊「おい、だから言ったろ、興奮すんなって。…気持ちは、分かるけどよ」

僧侶「…こんなに…こんなに深い闇を抱えていたなんて。大僧正様は…教皇様は、いったい何のおつもりで…!」

戦士「…ここに文字が書かれてる。番号0七四号。魔力値推定Aマイナス。合格基準クリア」

戦士「魔力の高い人間を産み出そうとしているのか?」

女勇者「かもしれないな。魔力は人間の場合、平均的に女の方が高い事が多い。見たところ、造られているものの性別はすべて女だ」

僧侶「――それが命を弄っていい理由にはならない」

僧侶「止めさせなければ。こんな事は」


戦士(魔力の高い人間を生み出す…それにどんな意味がある?)

戦士(人間兵器にするつもりか。それとも別の何かの…。おぞましい。果たして、こうして生まれた者が人間と言えるのか)

盗賊「望んでいようが、そうでなかろうが、コイツらはこうして此処に生命を受ける」ボソ

戦士「!」

盗賊「どんな人生が待ち受けていようと、それを必死に生きようとするだろう。あんたたち王国の人間は、コイツらをひとりの国民として迎え入れてやれるか?」

戦士(ひとりの、王国民として…この者たちを?)

盗賊「俺には、悪いけど期待できねーよ。使うだけ使って、用が済んだらポイ、だろう? 辺境の植民地にそうしたように」

戦士「なんだと?」

盗賊「武力で王国を栄えさせた前国王は、そりゃああんたらにとっちゃ良い王様だったんだろうさ。けどな、俺たち辺境の諸部族にとっちゃ…悪魔そのものだった」

盗賊「魔王も国王も、対して代わりはしない。理由もなく侵略し、俺たちから全てを奪い去っていった」

戦士「それは…人類の力をひとつにまとめて魔族に対抗するためで!」

盗賊「まとめる? 笑わせんじゃねーよ」

盗賊「あんたらは、只、押さえつけただけだろーが。土地も人も奪って、宗教すら自由を禁じた」

戦士「………」

盗賊「俺は、コイツらを救ってみせるぜ。自由な人生を歩ませてみせる。こんな所で、奴隷みたいに人生を終わらせるなんて事を…させてたまるかよ」

戦士「………」

女勇者(ふむ…。戦士にとっては、良い出会いかも知れないな)


女勇者(で、出来ればもうちょっと取っ組み合ったりして、組んず解れつ…デュフフ)

僧侶「…進みましょう」

女勇者「え、あ、ウン。そうね」

僧侶「これが教会の抱えた秘密の全てであるようには思えません。真実を、手にしなければ」

盗賊「あのボンヤリ野郎は、この先の研究室にいると思うぜ。教会の連中も多少なりとも居るハズだ。バレずにコッソリ、とは行かなくなるかもしれねーな」

戦士「声を上げる暇もなく倒せば良いだけのことだろう」チャキ…

盗賊「あらそ。じゃ、この先は武闘派にお任せってことで」

女勇者「そちらも相手に気づかれずここまで調べあげたんだ、それなりに使うんじゃないのか?」

盗賊「おっ、俺ってば強キャラ臭漂ってる? 嬉しいねえ!」

盗賊「でもま、適材適所ってもんがある。俺よりデキる連中の土俵には、出張らないさ」

戦士「せいぜい俺の刃圏に入らないように身を縮めていろ」

盗賊「へいへーい」

女勇者「では、行くぞ」

僧侶「…ええ」




副官「…」ボー

僧正「ふう。なんとか無事に済んだわい」

聖騎士「魂移し…でしたか。なんとも恐ろしい技ですな。何でも、心を支配し自在に操れるとか」

僧正「別人の身体に乗り移るというのも、気持ちのいいもんじゃないぞ」

聖騎士「私はいち騎士ですから、そのような技を操るお気持ちは分かりかねますが」

僧正「なに、研究が大成すれば、魔法に心得のない者でも扱えるようになるであろう。…今回この男を使った術式については概ね成功したのだからな」

僧正「それよりも、早く始末してしまえ」

聖騎士「もう、宜しいのですね」

僧正「万が一にもこの男が外部の人間の手に渡っては面倒だ。一応、証拠としての役割は果たしたのだしな」

僧正「用済みだよ。大僧正様の許可も得ている」

聖騎士「では…」チャキ

副官「………」ボー

ガタ…

僧正「ん? 何の音だ――」

戦士「」ビュンッ

聖騎士「なっ!? 貴様は!!」

戦士「南無三!!」ズドッ


聖騎士「う、ゲッ…」

ドサッ…

僧正「ちぃ、つけられていたか!?」

僧正「ぬぅ…」グォォオン…

戦士(! 妖術を使うつもりか)

僧侶「させないわ!」ォオ…!

僧正『き、貴様! 何故ここに!?』

僧侶『僧正様、あなたの操る術ではわたしは取り込めない!』

僧正『おのれ、教会の聖女たる者が教会を裏切るか!!』

僧侶『裏切りは、どちらだ!』

僧侶「今のうちに!」

戦士「ふッ!」ビュッ!

ズバンッ

僧正「ぐあッ…」ドタッ


女勇者「…何とか、間に合ったようだな」

盗賊「お、おい、殺しちまったのか?」

戦士「妖しい術を使う以上、生きていればどのような害を及ぼして来るか見当もつかない」

女勇者「確かにな。それに、今こいつらの話していたことが本当なら…」

僧侶「…″心を支配し、操る術″を使っていた」

僧侶「そのような技が、実在するなんて…彼らの研究は一体、何を得るためのものなのか」


副官「………う、うぅ……」


僧侶「! だ、大丈夫ですか」

副官「…あ…ああ」

副官「私の、手…私の身体」

副官「声も………、そうか、戻ったのか…」

盗賊「…今度は本物、ってか?」

女勇者(だが、それを確かめる術はない…)


戦士「…副官殿、なのか」

副官「!! あ、ああ…!」

副官「戦士殿…っ! 私は、何と言うことをしてしまったのか…!!」

副官「許して、くれ…! 許してくれぇ…!!」

戦士「…!」

僧侶「落ち着いて…。身体に触るわ。魂が身体から追い出されていたのならば、戻った直後は危険な状態よ」

僧侶「ゆっくり呼吸をするの…。大きく吸って、吐いて………。落ち着いたら、少しずつ、あったことを話して」

副官「………」

副官「…大将軍様は、王国を守ろうとしていらしたのだ…」

副官「…教会の十字聖騎士団が、近々反乱を企てるかもしれないと…話を聞いた大将軍様は、反乱を抑えうるだけの軍備を、整えようとなさって…」

女勇者「………っ」

副官「それを、私が…私の身体が! 勝手にクーデターを行う取引に利用して…!!」


副官「…あの日、暴走する私が率いる兵を、抑えようと駆けつけた大将軍様を…」


副官「教会は、反逆に仕立てあげた…っ!! 」



副官「………許してくれっ…!!」






戦士「………………」


コンコン…

兄「お入りください」

女王「うむ」スタスタ

兄「丁度、茶を入れたところです。どうぞ」コト

女王「頂こう…」

兄「………」

兄「女王陛下、その、大丈夫なのですか。国王陛下の妃である貴女様が、私の部屋などに何度も…」

女王「心配せずとも、我が夫はこれしきの事で妬いたりはせぬよ」

兄「い、いえ。そういう意味ではなく」

女王「ほっほ。冗談じゃ。………女神教会に目をつけられるのではないか、ということじゃな」

兄「…はい」

女王「嘆かわしい事じゃ。彼奴らは、女神様に祈る時間を惜しんで政に精を出しておる」

兄(…)

女王「そなたは、どう思っておるのじゃ?」

兄「…どう、とは?」

女王「陛下の考えを、そなたには話して聞かせてきた。その上でどう思うのか、正直なところを聞いてみたくての」

女王「或いは教会が取って代わってみせた方が、この王国を良き方向へ導く…と考えたりはせぬか」

女王「遠慮はいらぬ。申してみよ」

兄「………私は」


兄「国王陛下が進める改革は、確かに素晴らしいものだと思います。ですが…それだけではこの国を守れると思えません。しかし、教会にもまた、義がありません」

兄「力は必要です。力を持った上で、それを御した時にこそ、平和が保てると思っております」

女王「…陛下では力に乏しい。が、教会が力を握ってもそれを御するだけだの能力がない」

女王「そういう事か」

兄「はい…」

女王「…もしかすれば今まではそなたの父が、王国の圧倒的な力そのものとして、自らを押さえつけていたのかもしれぬな」

兄「…女王陛下は、本当に父上を逆賊とは思っていらっしゃらないのですね」

女王「思っておらぬよ。あやつは忠実な家臣であった。それ故に、陛下に勇み進言することもままあったが」

兄「ではやはり、あの日のことは…」

女王「確かなことは分かっておらぬ。鍵を握っている人物が行方を眩ませておってな。だが、そなたも読んでいた通り、恐らく女神教会が絡んでいるのだろう」

兄(女神教会の策略…。権威だけでは飽きたらず、権力までも握ろうと言うのか)

女王「分かっていながら、状況を覆すことが出来なかった。許せとは言わぬ」

兄「…そのような言葉を、女王陛下自らかけてくださることが…」

兄「慰みに、なっております」


兄(しかし、教会の目的が果たされたとき、王国は…)

兄「…この国は、どうなってしまうのでしょうか」

女王「大将軍が力の番人として腰を据えていたからこそ、暴走することはなかった。その楔を失った今…王国はその力を持て余しておる」

女王「力に、引き摺られておるのじゃ」

女王「教会は…力に取り憑かれておる。人間には不相応なほど強大な力に」

兄「人間には不相応な力…? それは、王国の実権とはまた違うものなのですか?」

女王「うむ。もっと強大で、恐ろしいものよ」

兄「………それは、何ですか?」

女王「――例えばそれは、勇者であり、稀に姿を見せる聖女であったりする」

女王「女神様のご加護じゃよ。神秘の力そのものを意のままにしようとしておる」


兄「女神教会は、女神様の力そのものを手にしようとしているのですか!?」

女王「それを可能にすれば、魔族に怯えて生きる必要がなくなる。天の気まぐれで現れる勇者を待つ必要がない」

兄「…にわかには、信じられません。そんなことが、本当に出来るのでしょうか」

女王「兄陛下の治世から、もう長い間その研究は秘密裏に行われてきた。…教会の頂点、教皇猊下の指導の元にな」

女王「″神秘の力を人の物とする″。それを現実にするために、兄陛下は協力を惜しまなかった。国の財産は湯水のごとく使われた」

兄「し、しかし当時はまだ魔王軍との戦も激しく行われていたはず。どこから資金源を得ていたというのです?」

女王「その為の、辺境諸国への進出よ。財政は地方から吸い上げておった」

女王「それに魔王軍との戦いでは、世に知られているほど王国軍は武勇を上げておらぬ。全ては、女勇者の…彼女の大いなる力により持っていたに過ぎぬ」

兄(そうか…それで今になって辺境の反発が噴出してきたわけだ。しかし…)

兄「本当に、その力を手にいれることが出来れば…。魔王軍との長い長い戦いの歴史に終止符を打つことが出来るかもしれない」

女王「………」


女王「陛下は、よくおっしゃっていた。人は、神にはなれぬ。大きすぎる力は人の世を乱す…と」

兄「!」

女王「…神の力を手に入れようなどと、人には無謀なことではないか?」

女王「だからこそ、″魔王を倒す″という目的のためにのみその力が天より与えられてきたのではないか?」

女王「女神教会が研究の末に手にしている力は、歪められた神秘じゃ。勇者が手にするそれと、性質から異なる」

兄(歪められた、神秘…)

女王「その意見の対立が最初であったかのう。かつて王族では珍しく仲の良い兄弟であった二人は…相容れぬ存在となっていってしまった…」

兄「女神の力を手にし、大いなる力で支配力を不動のものとしようとなさった王兄様…」

兄「そして、神秘の禁忌を犯すのではなく、生きている者同士で手を取り合うことで平和を手に入れようとする、王弟様」

女王「うむ。しかし陛下の訴える弁は、一見すると女神教の教義のようにも聞こえる。それを盾に、兄陛下亡きあとの教会は陛下の支持者という立場を取ってきたが」

女王「初めから水面下で教皇と陛下は対立しておった。教皇にとっては、陛下よりも兄陛下の子息の方が操り易い存在であったのだ」

兄(そうして張り巡らされた罠の中、あの日を迎えた…というわけか)


兄(…なあ、戦士よ)

兄(お前の言うことは、正しかったのかもしれんよ…)

兄「………どうにかして、真実を伝えなくては」

女王「そなたの、弟にか」

兄「…はい。あいつも真実を探して、動いているのです」

女王「そなたの弟は、武器商会の荷に潜り込み、教皇領へ向かった」

兄「! な、何故そんなことを!?」

女王「ふふ。我ら王族とて、黙って教会のさせるがままにしておくつもりもないからのう」

女王「色々と手は打ってあるのじゃ。何、そなたの弟にはあの女勇者がついておる。上手くすれば、教会の闇を暴いておる頃やもしれぬ」

兄「…!」

女王「のう。そなた、弟を信じられるか」

兄「…もちろんです。たったひとりの…肉親ですから」

女王「ふふ」

女王「その言葉、陛下が聞いたら…さぞ羨ましがるだろうな」

兄「え…?」

女王「こちらの話じゃ。…よいか、心して聞け」

女王「お前には話そう。女神教会の思惑を打破する策を」








女勇者(………教会は、副官を操り、大将軍を反逆者に仕立てあげた)

女勇者(軍部の頂点に立ち、目を光らせていた大将軍が邪魔だった…というわけだ)

女勇者(そして、国王陛下も同時に暗殺する筈が…それにしくじった。決定的な権力を手に入れたい教会は次の手を打つつもりでいる)

女勇者(それが、建国の儀式の策略)

女勇者(これを機に王国軍までも手中に収め、実権を握るつもりでいる)

女勇者(魔王軍との戦争が起こったとしても…この研究の成果を以てすれば勝利できると確信をしているのだ)

僧侶「…こんなのは間違いよ。全て、間違い」

僧侶「教皇様を、止めなくては」

盗賊「僧侶ちゃんの説得で…この真っ黒教会のボスが今さら止まるってか?」

僧侶「…っ」

盗賊「聞いた限りじゃ、天下の全てをまるでただの駒みたいにしか思ってねーぜ」

盗賊「王国の、お偉いさんですら、よ」

戦士「………」


女勇者「…戦士」

女勇者「どうやら、探し求めた真実は手に入った。…お前はどうするんだ?」

戦士(…俺は)

女勇者「なんなら、怒りに任せて教皇殺しでもしてみるか?」

戦士「!」

僧侶「なっ…」

女勇者「付き合ってやってもいいぞ。私も竹馬の友を殺されているのだ。こう見えて腸が煮えくり返っているんだよ」

僧侶「な、何を言っているの!? それでは憎しみが憎しみを生むだけよっ!」

戦士「………」

女勇者「どうだ?」

戦士「…」

戦士「ふ…。またそうやって、俺を試そうと言うのですね」

戦士「全く、人が悪い」


女勇者(…ふふ)

女勇者「言っただろう? 勇者もただの人間だ」

戦士「そう、ですね…。俺たちはただの人間でしかない。人間は人間らしい生きる道のりを探さなければならない」

盗賊「…」

戦士「今王国を守るために、何をしなければならないのか。それを探します」

戦士「復讐は………暫く、置いておきます」

僧侶「戦士さん…」

戦士「知ったからこそ、出来ることがあるはずなのです。今は、それに全力を尽くします」

女勇者「…イノシシ男が、能ある鷹になったかな?」

戦士「…色々なことがひとつに繋がって、今は不思議と楽な気分ですよ」

戦士「信じていたものが、正しかったのだから」

女勇者「…そうか」


盗賊「それじゃ、どうすんだい? 教会サマの研究は、その全貌が明らかになったワケじゃない。もう少し、進んでみるかね?」

僧侶「…私は、そのつもりよ」

女勇者「ま、その辺の目的は探っておきたいな。が、しかしこの先もこうすんなり行くか…」

戦士「敵が剣を用いて来るならば、遅れを取るつもりは少しもありませんよ」

盗賊「頼もしいこって。この先は俺も未知数だかんな。何が起こるか分からねーぜ」

女勇者「警戒だけは、怠らぬようにしよう」





「その必要は、ありません」

大僧正「この先は、私がご案内しましょう」


戦士「!」

女勇者「貴様…!」

僧侶「…大僧正、様!」

盗賊「げえ!? い、いつの間に!」

大僧正「構える必要はありません」

大僧正「最初から、私は貴方たちを招くつもりでいたのですから」

戦士「何を言っている…!」

女勇者「待て。この感じ…」

僧侶「え、ええ! 間違いないわ!」

僧侶「…副官さんと同じ術にかけられてる!」

盗賊「う、ウソだろオイ! こいつ、教会の黒幕側の奴じゃねーのかよ!?」

大僧正「あれは、私から生まれし奇跡の一部。しかし、偽りの業でもあります」

大僧正「私はこの世界に実体を伴えない身。それゆえ、この者の身を借りているのです」

戦士「実体を、伴えない…!? なんだ、それは…では貴様はなんだと言うのだ!?」

僧侶「そんなもの…この人の世には存在しないわ。そんなものが存在するならば、霊界や天界の…」

僧侶「!」

女勇者(まさか)

大僧侶「そう………私は、女神と人に呼ばれる存在」


盗賊「じょ、冗談だろぉ…! 本物の女神が降臨なさったってかぁ…!?」

戦士(これも教会の…)

大僧正「これも教会の妖しい術のひとつだろう」

戦士「!?」

僧侶(そんな…心を)

大僧正「心を読むなんてことが出来るはずがない」

僧侶「!」

盗賊「…っ」

大僧正「逃げ出すとするならば、この四人が全員生存できるだろうか?」

盗賊(お、お見通しってか)

女勇者「心を乱すな! つけいられるぞ! こいつは――」

大僧正「こいつは女神のふりをした化け物だ…」

大僧正「そうして″女神″否定するのは、貴女がその役割を果たさなかったからですか?」

大僧正「女勇者」

女勇者「――!!」

戦士(!? なんのことだ…)



大僧正「ついてきてください」フワ…

盗賊「…お、オイオイ宙に浮いちゃったぜ、あのオッサン」

戦士「…罠であったとしても、先へ進むしかないようだ」

僧侶「!? 通ってきた扉が、壁になってる」

盗賊「マジかよ…。ここまで来てゲームオーバーは、あんまりだぜ…」

戦士「そうとも限らんさ…。誰かが女神を語っているんだとすれば、何の目的でそれをする?」

戦士「教会のほの暗い部分を指揮している大僧正を、妖術で操る立場の者がいるとするならば、それは…」

盗賊「敵の敵は、味方ってか?」

僧侶「…心を読み取る、という技を仕掛けてきた時点で、相手はこちらの心を支配できるほどの影響力を持っているはずです」

僧侶「でも、そうしなかった…」

盗賊「もう操られてるのかもしれねーぜ。あんたらも…もしかしたら、俺もな」

僧侶「…」

戦士「どちらにせよ、進むしかないだろう」

僧侶「そう、ですね」

盗賊「あーあー…とんでもねーことになっちまったなぁ」

戦士「行きましょう、女勇者様」

女勇者「…」

戦士「女勇者様?」

女勇者「あ、ああ。そうだな」


大僧正「この扉の奥へ…」

戦士「…」スタスタ

僧侶(ここが…この地下施設の最深部?)

盗賊(こんなに深く潜っちまったら、簡単にゃ脱出できねーや)

女勇者「…」

ピシッ

女勇者(!? な、なんだ…身体が、動かない…!)

バタン…!

女勇者(扉が閉まった!)




「おぬしは通ってはならん」

魔女「おぬしは旧き勇者。新しい者共の輪へは入ることはまかりならん」

女勇者「…言ってくれるな。私はまだアラサーだぞ。まだまだ現役だ」

魔女「口ではそう言っても、心が怯えきっているの。妾には分かるぞ」


女勇者「お前、さっきの水槽の人間のひとりだろう。見た目に反してずいぶん長く生きているな」

女勇者「いつ、造られた?」

魔女「さあ。地下では時の流れは曖昧じゃ。高い魔力を生まれ持つことに初めて成功した、番号〇一七号。…分かるのはそれだけじゃよ」

女勇者「…それがどうして、教会ではなくあの女神もどきに使われている?」

魔女「使われているのではない。ただ為したのじゃ。そうすれば、妾たちをここから救い出す大きな風が吹く、と」

魔女「自由を愛する風が吹くと、そう定められているのじゃよ」

女勇者「…」

魔女「妾はそれを、ほんの少し、垣間見たに過ぎぬ」






バタン…!

戦士(扉が、ひとりでに…)

戦士「! 女勇者様は!?」

盗賊「あ、あら? 俺の後ろを歩いてたと思ったんだけどなぁ」

僧侶「待って。この部屋…人がいるわ。二人…いえ、三人!」


商人「なんだい、若造。生きてたか」


戦士「お、お前は!」

盗賊(武器商会の女社長か…!)

戦士「何故、貴様がここに!」

商人「知るかい、こっちが聞きたいね。途中から大僧正のジジイがうわ言をしゃべりだしと思ったら」

商人「…女神を名乗りだして、気づいたらここに居たんだ」

戦士「…っ。ここは、なんなんだ」

商人「はっ。分かったらこのあたしが大人しくしてる訳がないだろう」

商人「それとも…そこの隅にむっつり座ってる男どもに聞いてみたらどうだい?」

???「グガー…スピー…」

????「ようやく全員揃った、というわけですか。全く、回りくどいマネをするものですね」

盗賊(なんだ、あの二人…ただ者じゃねーぜ。片方は寝てんのか、あれ。この状況で?)

商人「いい加減口を割ったらどうなんだ? あたしが隠し事が嫌いだってのはよーく知ってるだろう?」

商人「なあ、魔法使い」

魔法使い「そうですねぇ、貴女の怒りは買いたくないものですよ」


魔法使い「さっきも言いましたが、僕は何も知りませんよ」

商人「…ほう。このあたしに嘘をつこうってかい?」

魔法使い「あはは。参りましたね。どうして怖い人達って、人の嘘を見抜くのが上手いんですかねぇ?」

商人「話す気は無いと言うことだな」

魔法使い「許してくださいよ。そのうちこの状況は説明されると思いますよ」

魔法使い「それに、事情を聞いても貴女の取る道は変わらないと思いますし、ね」

戦士(何者なんだ、こいつは…)

魔法使い「まあ、それはこの場に居合わせた誰しもがそうかもしれませんが…」

盗賊(イミフ…)

僧侶「あなた…人間じゃ、ないわね」

商人「!?」

戦士「なっ…! それじゃあ、魔族か!?」

魔法使い「おや…鋭い人がいましたか。これは困りましたねぇ」

戦士(くっ、何がどうなっている!?)チャキ…


魔法使い「そんな物騒なものは仕舞って下さいよ。僕が魔族だったら何だって言うんです?」

魔法使い「何の因果か、運命の糸に手繰り寄せられてこうして出会った者同士、魔族だからって差別することはないと思いませんか?」

魔法使い「貴方はどう思います?」

盗賊「お、俺ぇ!?」

盗賊(なんで俺に振るんだよ…!)

盗賊「ん、んーまあ、確かに魔族だからって差別は良くねーかなあ? 魔族にも良い奴は居たしな…ハーピィとか」

魔法使い「ほら、この方もこう言ってる事ですし」

商人「…」ギロ

盗賊(だからなんで俺が睨まれる!?)

戦士「…」

戦士(女神の名を語る何者かに導かれてここには六人の男女が揃えられた)

戦士(武器商会の女社長、盗賊団の首領、教会の僧侶、魔族、大将軍の息子…そしてあと一人は)




???「…ゴー…クカー…」

戦士(!! あ、あの男…)


戦士(知ってる…知ってるぞ! 見間違うはずもない!!)

戦士(父上が…生涯一度だけ敗北を喫した男!
!)

戦士(…世界最強の男にして…生ける伝説…!!)

戦士「――武闘家…っ!!」



武闘家「…グオー…ゴガー…」



『よく、集まってくれました』


盗賊「…うわっ…なんだ!?」

僧侶「…念話、にしては強烈なテレパシーだわ…」

商人「…女神とやら。対等に話す気があるのなら姿を表すがいい!!」


『それは叶わぬこと。この場には選ばれし者のみしか入れぬ結界を張っているゆえ…肉体のないまま語ることを許して下さい』

盗賊(胡散臭ぇーなー)

僧侶「確かに、聖なる波動を感じるわ…。でも、本当に貴女が女神なの?」

『証明をすることは難しいことです』

『私の持つ奇跡の加護は、今、女神教会によって模倣され偽りの術として蔓延り始めています』

魔法使い「…」

武闘家「…グー…スピー…」




『ただ証明となりしはひとつだけ。私はここにあなたたちを揃えた、ということ』

『魔王を討ち破る六人の英雄を』






『新たなる、勇者一行を!』

今日はここまでです

>>390訂正
×男「良かったんですかい…姐さん」

○強面「良かったんですかい…姐さん」


商人「勇者、一行だとっ…!?」

僧侶「わ、私たちが!?」

武闘家「…グガー…」

盗賊「六人…って、俺入ってんの? マジ?」

魔法使い「くっくっくっ」

戦士「………」


『魔王との闘いは、近いうちに起こるでしょう』

『避けることは出来ません』

『魔王は、絶大な力を示して現れます』


戦士「待て」

戦士「待ってくれ」

戦士「魔王との闘いが避けられない? では、教会の思惑通りになってしまうと言うのか!?」



『…残念ながら』


戦士「馬鹿な! 分かっているなら、まずはそれを止めるべきだ!!」

戦士「そんなことがまかり通れば、王国自体が脅かされてしまうぞ!」

戦士「ここにいる全員が力を合わせられるなら、まずそれを止められるはずだ!! そうだろう!?」

僧侶「…私は」

僧侶「私は、止めて見せるわ、教皇様を! そのつもりよ!」

魔法使い「…」

武闘家「…グォー…」





盗賊「………王国が、王国がってよ」

盗賊「あんたの頭ん中は王国でいっぱいだな」

盗賊「でもよ、王国の外にも人間はいるんだぜ」

戦士「!!」

盗賊「悪いけどよ、王国に肩を貸す気には俺はなれねーよ」

戦士「き、貴様…!」


盗賊「俺たちは散々王国に苦しめられてきたんだ。そりゃ、当然だろ」

僧侶「しかし、このままでは、魔王軍との全面戦争になってしまうんですよ!?」

盗賊「俺は俺のやりたいようにやる。最初からそういう奴だぜ、僧侶ちゃん。誰の指図も受けねー」

戦士「このっ…!」

商人「くっくっくっ。まあそう言う事だね」

商人「教会との取引を受けるんだ。上手く行って貰わなきゃ困る」

戦士「なっ!? 教会との取引を、受ける!?」

商人「教会は気に入らないが、国王の言いなりになるつもりは無いのさ」

商人「友愛に満ちた世の中で、武器商会が食っていけると思うかい?」

戦士「ば、馬鹿な…!」

戦士「これが、こんなものが…」

戦士「勇者一行だと言うのかっ!?」


魔法使い「しかしそうは言いますが、あなたも大概″王国″の事ばかりを気にかけているように感じられますがねぇ」

戦士「…っ!」

魔法使い「勇者一行とは言え、人ですからねぇ。ま、僕は人間じゃありませんが」

魔法使い「お互い、自分のことしか考えられないのでは?」

戦士「………」

――女勇者「勇者も、所詮はただの人間さ」

戦士「…そうだ」

戦士「勇者は!? 何処にいるんだ!」

戦士「今の今まで、女勇者様が一緒にいたんだ! あのひとなら!」


『彼女は、ひとつ前の勇者です』

『かつて女神の加護をその身に受けて魔王と闘いましたが、今はもう、その役目を終えています』

『新たな魔王に対抗するために、新たな勇者が選ばれます』


僧侶「それは、誰ですか!?」

僧侶「その方が居れば…勇者一行はまとめられるはずです!」

僧侶「垣根を飛び越えて、人をまとめるのが勇者であるはずです!」

僧侶「かつて、女勇者様がそうであったように!!」



『勇者になるべき者は、まだその力を目覚めさせる時ではないのです』

『しかるべき時にならねば、女神の加護を受けられません』


商人「…ハッ、女神とは言え下らぬ形式を守るのだな」

商人「乙女じゃあるまいに、ではまた次の機会にと先伸ばしをされても不愉快だ!」

商人「教えろ! その者の名を!!」


『それは、私にも分かりません』

『加護を受けるその時まで、その者は勇者ではなく、ただひとりの人間なのです』

魔法使い「くっくっくっ」

魔法使い「では、啓示を与える瞬間になって初めて、女神である貴女もその者が勇者であると分かるわけですね?」

盗賊「誰が勇者だか本当に分からねーだけじゃねーの?」

盗賊「その理屈じゃ、そいつが勇者になる前におっ死んじまったらどーすんのよ?」

『全ては定められたこと』

『勇者となりし者が啓示を受けるのも』

『勇者一行であるあなたたちが、ここに集められたのも』

商人「運命、だとでも言うのか。ヘドが出るね」

武闘家「…ガゴー…」


僧侶「…」

魔法使い「こんなにバラバラな人々が、勇者一行であるはずがない、という顔ですね?」

僧侶「…ええ。でも、勇者様がいないからに、違いないわ」

魔法使い「くっくっ…どうでしょうかねぇ」

盗賊「そもそも、勇者も居ねぇのに、勇者一行って言われてもよ。信憑性ないよな」

『あなたたちは、勇者と行動を共にすることはありません』

戦士「な、なんだと…!?」

『魔王は、勇者一行の結成を待たずして攻めてきます』

『勇者が、神託を受けるのとほぼ、同時にです』

『…あなたたちはそれぞれ別々に、魔王と闘うことを強いられます』


『それはとても過酷な闘いです。それぞれが命を落とすほどの』

『ですが、少しずつ少しずつ、魔王を追い詰めることが出来るでしょう』

『本当に僅かながら…我々は前進できるでしょう』

『ですが、この中の一人でも闘うことをしなければ、それは水泡と帰します』

『どんなに恐ろしくとも、踏みとどまり、闘ってください』

『…きっと人類は勝利を得られるはずです』

パァンッ!

商人「下らん御託は聞き飽きたっ!」

商人「結論から言おう。あたしは貴様のような正体のわからないモノの言いなりになるつもりはない!!」

僧侶「な、何と言うことを…」

『…全ては、必然』

商人「黙れっ!」パァンッパァンッ!

盗賊(やっ、ヤバくねーかあのオバサン)


盗賊(ま、無茶苦茶言うなよ、とは思うけどよ。急に勇者一行とか言われたってなー…)

僧侶「私は、一体どうすれば…」

戦士「………」

戦士「どうもこうもあるまい。例え運命だと言われても…諦めきれぬものが、俺にはあるぞ」

戦士「最後の最後まで、足掻き続けてやる」

僧侶「…戦士さん」

魔法使い「くっくっくっ」

魔法使い「だから言ったでしょう。どうせ辿る道は変わらないと」

商人「そう言うことだ!」

商人「お前の思うがまま、あたしを動かせると思うな!」

盗賊「もういーだろ、解散で…」

『…』


『優しさを隠した兵器、商人』

『快楽の真実を探求せし者、武闘家』

『風を束ねし自由の翼、盗賊』

『誇り高く鍛えられしつるぎ、戦士』

『慈愛と救済の天秤、僧侶』

『運命に抗いし魔の血、魔法使い』


『あなたたちに、幸あらんことを』


フワァア…



僧侶「…テレパスが消えた」

戦士「去った、のか」

武闘家「…スピー…ズズズ…」

盗賊(い、今更不安になってきたぜ。あんな事言って…バチ当たんねーかな!?)

商人「ふん。時間を無駄にした」

魔法使い「ああ、待って下さいよ商人さん」


魔法使い「打ち合わせ通り、次に港町にお邪魔するのは、また月が満ちる頃になりますので…よろしくお願いします」

商人「…なに食わぬ顔で、あたしと取引を続けるつもりかい」

魔法使い「魔族だからと言って私の目的に嘘はありませんし、貴女にとってもアレの完成の手助けになるのであれば、言うことはないでしょう?」

商人「…食えない男だ。まあ、いい。好きにしな」

魔法使い「ふふ、今後ともご贔屓に…」


戦士「待て!!」ザッ


商人「………なんだい、若造」

戦士「教会との取引を、させるわけにはいかない…!!」

商人「ふぅん? だったらどうすると言うんだ? あたしを殺すか?」

戦士「………」

商人「面白い…」カチャ

盗賊「あいつ…本気でやる気かよ」

僧侶「ダメよ!! 勇者一行同士が戦うなんて!!」




武闘家「…なんじゃあ、さっきからうるさいのお」


魔法使い「おや、起きたんですか、武闘家さん」

武闘家「…何処じゃ、ここ?」

魔法使い「教皇領の地下ですよ。失礼ですが、起きたら素直についてきてくれないと思ったので、勝手に転移させてもらいました」

武闘家「…ぁあ? 転移? というか誰じゃお前?」

魔法使い「覚えてくださいよ、いい加減…」

武闘家「うーむ、あまり寝た気がせんのお。妙な念仏を聞かされ続けた気がするが…」

武闘家「にしても、何をしとるんじゃ? おぬしら。そんなに殺気をバラまいて」

武闘家「--楽しそうだのぉ。ワシも混ぜろ」パキ…

ズズ…

戦士「!!」

盗賊(な、なんだこの爺さん!? 滅茶苦茶な闘気だ…! 息が、つまる程の!!)

武闘家「ぬふふふ」

魔法使い(…さて、どう転がりますかね、これは)

戦士「…」



商人(…)ポイッ

カッ!

僧侶「きゃっ!」

盗賊(閃光弾っ!)


戦士「むっ…! 待て、商人ッ!」

魔法使い「くっくっ、相変わらず引く時はあっという間ですね」

戦士「くそ、逃がすか!!」

武闘家「おい」トッ

戦士(! いつの間に前に――)

武闘家「付き合えよッ!」ゴッ

戦士「ッ!?」ドキャッ

ドシーン!!

僧侶「戦士さんっ!」

魔法使い「あれっ、ちょっと、武闘家さん! それ死んじゃいますって!」

武闘家「いやぁ? この位で死ぬタマじゃあるまいて」

武闘家「そうじゃろ?」




戦士「…ぺっ」ムク…


武闘家「ほらな」ニヤ

戦士「………」ギロ

魔法使い「…ほう…!」

僧侶「も…もう、止めてっ!」

戦士「…」スラ…

武闘家「そうじゃ。ワシを楽しませてみい」




「いやぁ、戦士が受けか、そういうのも興味深い!」

女勇者「出来ればもっとこう、絡み合って欲しいものだけどな!」ザッ


戦士(!)

僧侶「女勇者さんっ!」

武闘家「…勇者?」ピク

女勇者「私としては暫くその濃密なやり取りを見ていたい気分なのだが、そうもいくまい!」

女勇者「地上へ戻れ、戦士。お前にはまだやる事があるだろう」

女勇者「あんたの相手は私が引き受けよう、最強の使い手、武闘家殿!」


戦士「…!」

武闘家「女剣士か。勇者ってのは本当なのかの?」

女勇者「いかにも。とは言っても、十五年前の話だがな! しかし剣の技はそこのイノシシ野郎にも劣らぬぞ!」

女勇者「それにあの男の姉弟子としては、あんたには挑戦しておきたいしな!」

武闘家「なんじゃ? 誰の弟子じゃと?」

女勇者「剣豪。…私のパーティーにいた、後の大将軍になる男さ」

武闘家「…ほう! 思い出したぞ! 奴は強かったな! あの弟子か!」

戦士「女勇者様、何を…」

女勇者「そういうわけだ、戦士。決闘の権利は私に譲れ!」

盗賊「そーゆーことらしーぜ」ザ…

僧侶「盗賊さん!? いつの間に外に! …背負ってるのは副官さんですか?」

盗賊(さっきの閃光弾に紛れてしれっと逃げ出すはずがよー…この女に掴まっちまうとはな)

女勇者「モテる男はつらいな?」

盗賊「…よく言うぜ、ホント」

戦士(………女勇者様)





戦士(死ぬつもりですか)




女勇者『…戦士』


女勇者『この武闘家という男、話して分かる相手ではない。二人でかかれば勝てるかもしれんが、二人とも無事では済まん』

女勇者『行け。…兄に生きて会うんだろ』

戦士(…出来ません)

女勇者『馬鹿者。王国を守るのだろう』

女勇者『それにさっき言ったこと、嘘ではない』

女勇者『私は、死に場所を探していたのかもしれん』

女勇者『この男に挑むことで…自分が勇者であったことを、確認したいのだ』

女勇者『行け』

戦士「なぜ…」

盗賊「さっ、行くぜ僧侶ちゃん、イノシシ野郎!」

僧侶「…は、はい」

盗賊「ほら、何してんだよ!」

戦士「………」

盗賊「…しっかりしろよっ、この野郎!!」グィッ


盗賊「真実を知ったからこそ出来ることをするんだろ…!? 人間らしく生きる道を探すんだろ!?」

戦士「…お前」

盗賊「あんまり失望させんなよ、この馬鹿イノシシ…!!」

戦士(………)

戦士「なぜ貴様にそこまで言われねばならん」スクッ

僧侶「戦士さん…!」

女勇者「…」

戦士「女勇者様。私の代わりに戦うのですから…絶対に、負けないで下さい」

女勇者「誰に向かって口利いてる、馬鹿者」

女勇者「こちとら天下の勇者様だぞ」

戦士「…すみません」ダッ



女勇者『…達者でな』


武闘家「なんじゃあ? 結局二人で来んのかあ?」

武闘家「つまらん…つまらんなぁ」

武闘家「ワシとの実力差が分からぬほどでは、ないじゃろ、お前」

女勇者「まあ、そう言うな。やってみたいんだよ、私ひとりで」

武闘家「嫌じゃ」ドッ

ギュンッ!

女勇者「なっ――!?」

女勇者(速すぎる…戦士!!)



戦士「…っ!?」ゾクッ

武闘家「お前も相手せい」グワッ…



魔法使い「それ!」

ポンッ


地上

武闘家「むっ?」

女勇者「なっ… 」

武闘家「あれ? あいつ何処行った?」

武闘家「と言うか今度は何処じゃ?」

女勇者(転移か)

女勇者「…お前の仕業だな」

魔法使い「ええ、まあ」

武闘家「…」

魔法使い「あんな所でドンパチされた日には、研究が全ておじゃんになってしまいますからねぇ」

女勇者(研究、か…)

魔法使い「それだけじゃありませんよ。貴女には、個人的に借りがありましたから」

魔法使い「返しておきますよ。死んでしまう前にね」

女勇者「気が利いてるじゃないか、魔族のくせに」

魔法使い「それほどでも…!?」ヒュンッ

武闘家「喝!!」ゴッ

グシャッ!!


魔法使い「…ふう、危ないところでした」

武闘家「ふーむ。空間移動と言うやつか、厄介だのお」

魔法使い「ちょっと、待って下さいよ。僕、そういうのじゃありませんから」

武闘家「強者に武も魔もありゃせん。ちょっと相手せい」

武闘家「ワシの楽しみを邪魔したのじゃ。それなりの――」

女勇者「」ギュバッ!

ズバァンッ!!!

武闘家「っと…」

武闘家(空間を、断裂したのか…!)

女勇者「なめられたものだ…私も…」

女勇者「そこまで落ちぶれたつもりはないぞ…」ォオ…

武闘家(剣豪並の剣筋ではないか…うむ?)ズキ

武闘家「ワシに、手傷を負わせるとは…」ヌル…

武闘家「所詮は女と、少し見くびっておったか」

魔法使い『それでは、さようなら。また貴方の頭が冷えた頃に伺いますよ、武闘家さん』

魔法使い『そのひとに、勝てたらですが。それから私は魔法使いです。今度こそ、覚えて下さいね…』

武闘家「あっ、コラ待たんか!」

女勇者「シッ!!」ヒュンッ

スパァンッ!


武闘家「いつつ。やりおるな」

武闘家「………おいおい、どんどん闘気が練り上がっていくの。どこにそんな牙を隠し持っておった?」

女勇者「出し惜しみせず、全力で来い」

女勇者「でなければ」

女勇者「今度は死ぬぞ」ゴォオォオ…

武闘家「…ククッ。死ぬ、か!」

武闘家「面白い!! ワシに味わわせてみよ!!」

武闘家「死を、なッ!!」ドンッ

バギュッ!!

女勇者(――本気の突きだ。とても目で追えない)

女勇者(そうか。本気を出してくれるのだな)

女勇者(私は、それに値するのだな)

女勇者(最後の最後で私は…)

女勇者(ようやく………何者なのか、知ることが出来る)









「おい、聞いたか! 天使の塔に潜伏していたらしい!」

「なんだってそんなところに! それで、捕らえられたのか?」

「いや、まだだ! 北門の方に逃げたとのことだ! 行くぞ!」

ガシャガシャガシャ…

盗賊「ちぃ…流石に出入り口は固められてるな」

盗賊「僧侶ちゃんが嘘情報を流してくれてるとは言え、あれを突破するにはちょっとやそっとじゃ…」

戦士「…俺が突破口を開く。お前は後からついてこい」

盗賊「あのなぁ…あんなもん力づくで切り抜けた日にゃ、追っ手がゴマンとかかるだろーが!」

盗賊「逆だ逆! おら、コイツはテメーががおぶされ!」

副官「…」グタ…

戦士「!? どうするのだ?」

盗賊「俺が衛兵を引き付けて、聖堂の方へ逃げる。警備の目が離れた隙に、テメーがそいつを背負って脱出する」

盗賊「門を出て山に入れば、ちょっとやそっとじゃ見つからねぇ」

戦士「…なんのつもりだ」

盗賊「勘違いすんじゃねーぜ。言っとくが、俺は王国なんて大っ嫌いだ、クソ食らえってなもんだ」

盗賊「でもな。テメーには賭けてやるよ。馬鹿だが、真っ直ぐ走る、テメーにな」

戦士「…」


盗賊「ああ、こんなテンプレ、まさか自分で口にする日が来るなんてよぉ」

戦士「………俺がひっ捕らえるまで、他の誰にも捕まるな」

盗賊「うへっ! うすら寒いこと口走んじゃねーや! つうかこの俺が捕まるわけねーだろ! ましてやお前のよーな馬鹿に!」

戦士「お前も大概だろう」

盗賊「うるっせ! いいか、よく聞けよ!」

盗賊「--王国が腑抜けた醜態晒そうもんなら、俺が全部かっさらいに来てやるからな…!」

盗賊「よく、肝に命じておきやがれ!」

戦士「…心得た」

「おい、今こっちの茂みで声が聞こえたぞ」

盗賊「うわっ、やべ! 予定と違う!」

戦士(コイツ馬鹿だな)

盗賊「うおりゃーっ!」ガサッ

「のわっ!? 何かでた!」

盗賊「そい、せりゃ!」バキ、ドカッ

盗賊「捕まえてみやがれ、トロマどもっ!!」ダッ

「く、くせ者だー! 大聖堂の方へ逃げたぞー!!」



戦士「…ほんっとに馬鹿だな」

戦士(――…行かねば)


山道

戦士「ぜえ、はあ…」

戦士(人をおぶさって、山の中を駆けると言うのは、なかなかに…)

戦士(いや、足を止めるわけにはいかん。みなが…)

――僧侶「しばしのお別れ、ね。戦士さん。私は私の道で、動いてみるわ。だから、戦士さんも…」

――盗賊「テメーには賭けてやるよ。馬鹿だが、真っ直ぐ走る、テメーにな」

戦士(命を、賭して…)

――女勇者『達者でな』

戦士(女勇者、様)

戦士(俺は…俺も、勇者になりたいと思っていた)

戦士(憧れていた。でも俺みたいな前を向いていることだけが取り柄のような人間は、どうやら勇者には、なれないようだ)

戦士(俺が勇者一行の一員だと、あの女神は言った…だが、こんなにも無力な男が、魔王に何ができるだろう)

――国王「そら、来たぞ。しっかり余を守れよ」

戦士(生かしてもらってばかりだ)

――大将軍「あばよ、クソガキども」

戦士(父上)

――兄「弟のこと、宜しくお願いします」

戦士(兄上)




戦士(俺は…どうやら、弱い)


山道

戦士「ぜえ、はあ…」

戦士(人をおぶさって、山の中を駆けると言うのは、なかなかに…)

戦士(いや、足を止めるわけにはいかん。みなが…)

――僧侶「しばしのお別れ、ね。戦士さん。私は私の道で、動いてみるわ。だから、戦士さんも…」

――盗賊「テメーには賭けてやるよ。馬鹿だが、真っ直ぐ走る、テメーにな」

戦士(命を、賭して…)

――女勇者『達者でな』

戦士(女勇者、様)

戦士(俺は…俺も、勇者になりたいと思っていた)

戦士(憧れていた。でも俺みたいな前を向いていることだけが取り柄のような人間は、どうやら勇者には、なれないようだ)

戦士(俺が勇者一行の一員だと、あの女神は言った…だが、こんなにも無力な男が、魔王に何ができるだろう)

――国王「そら、来たぞ。しっかり余を守れよ」

戦士(生かしてもらってばかりだ)

――大将軍「あばよ、クソガキども」

戦士(父上)

――兄「弟のこと、宜しくお願いします」

戦士(兄上)




戦士(俺は…どうやら、弱い)


戦士(兄上。ほんとは、俺は)

戦士(本当の俺は…)

戦士「ぜっ…はっ…」

戦士(いかん…意識が、朦朧と、してきた)

戦士(どれだけ走ったのか、分からん…いったいここは、どこだ…)

戦士「うおっ…」ヨロ…

ドシャ…

戦士(くそ…からだが…うごかん)

ザッ

戦士(…なんだ…? だれ、だ…?)

戦士(みたことのない…)

戦士(…)




忍「戦士殿…間違いないな。背負っているのは………副官殿、か!」

忍「間違いない。運べ」

「「はっ」」

ザッザッザッ

忍「………どうやら、やり遂げましたな。戦士殿」



忍「兄上が、首を長くして、お待ちですよ」


チラ… チラ…

女勇者(………雪か)

女勇者(あの日も、こんな雪が降っていたかな………)


武闘家「…ここまで、か」

武闘家「まあ良くやったほうじゃ。誉めてやる」

武闘家「或いは男じゃったら…などと言うのは…」

武闘家「研鑽を積んだおぬしの剣技に失礼、というものじゃな」

武闘家(………しかし、なんじゃ? なんかまとわりつくような視線を感じるのお。とっとと今夜の寝床を探すか)

武闘家「どこにおるのか、ワシに死をもたらす者よ…」トーンッ

ヒュゥウウ…


女勇者(………終わりか)

女勇者(死ぬのか。ようやく)


くノ一「女勇者様!」ザッ


女勇者(…ああ、女王陛下の…)

女勇者(…荷馬車の件、世話になった…)

くノ一「待っていて下さい、今手当てを…」

女勇者(…いいよ、この傷では助からん…)ソ…

くノ一「………女勇者様」

女勇者(…もはや…念話を使う気力も無いとは…)

くノ一「…戦士殿は、我らの仲間が救出しました」

女勇者(…生き延びたか…。…そうでなくては…兄のやつに会わせる顔もないしな…)

女勇者(………そして、お前にもな)

女勇者(クソジジィ)

大将軍『…おめぇ、最後の踏み込みが甘ぇのよ。もうちょっと、こう、ガッと、よう!』

女勇者(…うるさいよ…筋肉ダルマ…)


女勇者(………また、暑苦しいのと一緒とは…)



女勇者(………死ぬっていうのに………賑やかなことだ………)





くノ一「女勇者様…! 女勇者様っ…!!」








『魔王との闘いは、近いうちに起こるでしょう』

『避けることは出来ません』

戦士「…うるさい」

『魔王は、絶大な力を示して現れます』

『魔王は、勇者一行の結成を待たずして攻めてきます』

『勇者が、神託を受けるのとほぼ、同時にです』

戦士「黙れ」

『…あなたたちはそれぞれ別々に、魔王と闘うことを強いられます』

『それはとても過酷な闘いです。それぞれが命を落とすほどの』

『ですが、少しずつ少しずつ、魔王を追い詰めることが出来るでしょう』

『本当に僅かながら…我々は前進できるでしょう』

戦士「黙れ!」

『ですが、この中の一人でも闘うことをしなければ、全ては水泡と帰します』

『どんなに恐ろしくとも、踏みとどまり、闘ってください』

『…きっと人類は勝利を得られるはずです』




戦士「黙れっ!!」


チュンチュン バサバサ…

戦士「…はっ」

戦士「夢…か。俺は…」

戦士「なんで、ベッドなんかで寝ているんだ。俺は…確か、教皇領を抜け出して…」

兄「山を走り通して越え、あと少しで城下町というところで、力尽きた」

戦士「そうだ、副官殿を背負っていて…」

戦士「…んっ!? あっ、兄、上?」

兄「なんだよ。幽霊でも見たような顔して」

戦士「ほ…本物か…?」

兄「こんなにイイ男が二人と居るか」

戦士「あ…」

戦士「兄上………っ!!」


兄「…何も泣くことはないだろう?」

戦士「な、泣いてないぞ…! 見間違いだろう。兄上こそ…!」

兄「ふぐっ…馬鹿言うな…俺が泣くわけないだろう…」

戦士「…素直じゃないな…相変わらず…」

兄「………」

兄「よく、生きて戻った」

兄「戦士」

戦士「…約束、したからな」

兄「…そうか」

戦士「でも…俺のために、女勇者様が」

兄「…話は、聞いた」

戦士「では、確認した者が?」

兄「…ああ。遺体は東方の故郷に戻って、埋葬された。つい、二、三日前の話だ」

戦士「――そう、か」

戦士(女勇者様)

―― 女勇者「己が一番に何を成すべきか…それは忘れるな」

戦士(………)

戦士(いま、立ち止まっては駄目だ)

戦士(進まなければ、全て意味が無くなってしまう)

戦士(…決めたんだ)

戦士(最後まで足掻くと)


戦士「俺は、どれくらい寝ていたんだ」

兄「お前が運ばれてきたのは、ちょうど新月の夜だったか。今夜は綺麗な三日月が出る頃さ」

戦士「そんなに寝ていたのか…」

兄「そのまま、目覚めないんじゃないかと思ったぞ」

戦士「兄上。あまり、ゆっくりもしていられないんだ」

兄「…ああ。こちらでもそれなりに突き止めていることはある」

兄「じきに、女王陛下がいらっしゃる。優秀な部下を連れてな」





女王「待たせたのう」

忍「…」

くノ一「…」

戦士(…この者たちは)

女王「無事で何よりじゃ。暫くは身体を休めよ…と、言ってやりたいところなんじゃがな」

戦士「分かっています。俺が知り得たことを…早いうちに、伝えておかないと」

女王「うむ。宜しく頼む」


――
――――
――――――

女王「ふむ…。やはり、建国の儀式でひと騒動企んでおったか」

兄「では、手筈通りに…」

女王「そうじゃな。…そなたたちには苦労ばかりをかける」

兄「私が望んですることです。忍殿。宜しく頼む」

忍「あい分かった」

戦士「手筈、とは?」

兄「…教会の中に紛れ込むのさ。敵の情報 を詳細に手に入れ、必要とあらば内側から崩す」

戦士「っ…それを、兄上が?」

兄「ああ。こちらの忍殿と共にな。なーに、お前ほどではないが、私とて父上の息子だ。教会の聖騎士どもには遅れはとらないさ」

戦士「それは、心配してないさ。しかし、敵には人の心を操る技を使う者がいるんだぞ」

忍「我らは、現在王城にて待機している貴族殿の隊に紛れて教皇領に入ります。彼は、その権限のわりに管理が甘く、つけいるのに適しています」

兄「こちらの正体がバレなければ、術にかけられることもないだろう。それに、お前が向こうで協力者を得てきたのは、かなり大きい」

戦士「僧侶殿か…。確かに彼女なら兄上の力になってくれるだろうな」

兄「後で一筆したためてくれ。それ以外は、お前も力が回復するまで安静にしていろ」

兄「今度は、俺が体を張る番さ」

戦士「兄上…」


戦士「…それで、作戦というのは?」

くノ一「作戦は、建国の儀式の最中に行われます。教会の悪行を、現行犯として天下に知らしめることによって、彼らの退路を断ちます」

女王「もはや、小細工をしたところで教会を止めることは叶わぬようじゃからのう。彼奴らの策略を、逆手に取るのじゃ」

兄「敵を追い詰めるカードは、それなりに揃って来ているからな」

忍「我らが教皇領で更なる証拠を掴めれば、教会に逃げ道はありません」

くノ一「私は、その時まで武器商会の方を探り、妨害を試みます」

兄「お前にも、当日は一役買ってもらうぞ」

戦士「? ああ、勿論私に出来ることならば…」

女王「さて、各々やる事は決まったようだのう。気がかりがあるとすれば…」

女王「地下で戦士の前に姿を現した、女神を名乗る存在…そして、そこに集められた者たち、か」

戦士「………」

忍「女神…本物なのでしょうか。勇者の前には姿を現し、天啓を授けると言われていますが」

くノ一「女神様を知る、女勇者様は、もう…」


戦士「私にも、よく分かりません。あれがなんだったのか」

戦士「ただ、確かにあれは圧倒的な存在感のある者だった。聖女である、僧侶殿も半ばその存在を認めていました」

兄「本物、だというのか? しかし、僧侶殿や戦士は分かるとして、なぜ辺境の盗賊や、武器商会の女社長まで…」

女王「勇者一行には、かねてよりその身分は様々な者が選ばれておった。その者たちが勇者一行だとしても、なんら不思議はない。だが…」

忍び「…魔族」

女王「うむ。魔族は本来、魔王の配下にある者。勇者とは相対する者のはずじゃ」

女王「何より、彼の者が平然と人の世を渡り歩いているという事実も、恐ろしいのう」

くノ一「女勇者様を殺害した武闘家についても調べさせてはいますが、依然行方は分からず…」

女王「あの者は、昔から御し難い男でのう。居場所を突き止める事すら叶わん」

忍「危険人物に対する警戒を強めます」

女王「うむ。まあ、城内は新たに組織した近衛隊がおるからのう。十字聖騎士団に任せるよりは安全じゃ」

戦士「近衛隊が、新たに…」

兄「そうだ、言っていなかったが、当面はお前も近衛隊扱いになるぞ」

戦士「…え」

兄「陛下に程近い守備位置でな。その方が、身分も隠しやすいし、何かと都合がいいのだ」

戦士「お、俺が…」

戦士「陛下の、近くに?」


国王「…」

戦士「…」

国王「お前かよ、よりによって」

戦士「…申し訳御座いません」

国王「うわー、余に対してその不貞腐れた態度。マジ許せんわー。腹切れ、お前」

戦士「…申し訳御座いません」

国王「おい、なあ。なんでこいつなの?」

女王「文句は受け付けませぬ。陛下におかれましては、この者とよく話し、理解を深めて頂きますよう」

国王「ヤダヤダヤダー! なんでこんなむさっ苦しいのにつきまとわれわれねばならんのだ!」

戦士「…申し訳御座いません」

国王「妃! お前んとこの、ほら、くノ一とかいう者おったろう! あやつがいいな、余!」

女王「くノ一は諜報活動に忙しい故」

国王「いやー、隠密たるもの、主君についてもう少し知っといた方が良かろう! とくにあーんな所やこーんな所なんかも、グフフ」

女王「陛下」

女王「私の采配に、何か問題が?」ゴゴゴゴ

国王「え、や、えーと、…アリマセン」


戦士(…まったく。国王陛下はこのような態度を取られるから、変人扱いを受けるのだ)

国王「あーお前いま心の中で余を馬鹿にしたろ。不敬罪で打ち首に処すぞコラァ」

国王「だいたい、お前のよーな直情型の阿呆と違って、人前じゃキチンと国王やってるんだもんね! TPOぐらい弁えるわ、余を誰だっと思っとんじゃ」

戦士(なんだとぉ…?)イライラ

国王「だが、まー、アレだ。これだけは言っとかねばならん」

国王「………お前の親父殿」

国王「…助けられず、すまなかった」

国王「余の至らなさ故じゃ」

戦士「陛下――」

戦士「…」

戦士「陛下はあの時、反逆の罪から我ら兄弟を救って下さいました」

戦士「…それだけで、十分過ぎるほどです」




戦士「――………ありがとうございました」





戦士(日が、暮れてゆく)

戦士(こんな風にゆったりと景色を眺めるのは、いつぶりだろうか)

兄「お、ここに居たか」

戦士「兄上」

兄「…明日、貴族の隊が教皇領に向け出発する。今夜のうちに紛れ込むつもりだ」

戦士「………いよいよ、だな」

兄「ああ。大詰めってところだ」

戦士(…この国の、行く末がどうなるのか。俺たち次第で決まるのだ)

兄「…」

兄「戦士。なんだか、雰囲気が変わったな、お前」

戦士「そうか?」

兄「なんというか、あの部屋で別れたときの、目をギラつかせていたお前とは、違う」

戦士「…色んなものを見せて貰ったんだ。様々な人々に」

戦士「報いねば、ならない」

兄「…」

兄「女勇者様のことを気に病むのは分かるが、あの人はこの国のために命をかけたのではないと、俺は思う」

戦士「どういう意味だ?」

兄「あの人は、もっと小さなものに命を賭けられる人だった。あるいは、更に大局を見越していたのかもしれんが」

戦士(………)

兄「これを渡しておく」

戦士「…手紙?」


兄「女勇者様の部屋を整理していたら出てきたそうだ。我々宛てになっている」

戦士「俺たちに…。兄上はもう見たのか?」

兄「いや…。なんとなく、な。お前が先に見るべきな気がしたんだよ」

戦士「兄上、相変わらず変なところでこだわるな」

兄「うるさい。…兄ってものはな、色々考えてるんだよ」

戦士「そう言うものか?」

兄「そう言うものだ。それに忙しくてそれを開ける暇がなかった、という事でもある」

戦士「しかし、もう行くんだろう。見ないままで良いのか?」

兄「良いさ。どうせ、向こうですることは変わらない。俺もこの目で教会の真実を手にしてくるつもりだ」

兄「帰ってくるまで、お前が預かっておいてくれ」

戦士「…分かった」

兄「ではな…」

戦士「…兄上」

戦士「もう一度、約束だ」


戦士「生きて必ず会おう」


兄「………ああ。約束する」




――――――
――――
――

ギィ…バタン

国王「…ふう」

戦士「議会、お疲れ様でした」

国王「…そう思ってんなら茶の一杯でも入れておけっつーの」

戦士「私は軍人なので、そのような能力はありません」

国王「けっ、使えねーわ、マジで」

戦士「…陛下」ハァ

戦士「議院の者たちに、あのように好き勝手を言わせておいて良いのですか」

国王「なんだ? お前見てたの?」

戦士「陛下の手腕があれば、彼らを黙らせることは容易なはずです」

国王「ひょえー、軍人のくせにいっちょまえに語るのー、お前」

国王「………。黙らせて、押さえつけることこそ簡単だ」

戦士「…」

国王「しかし、それでは分かり合えない。そして、彼らから考える機会を奪ってしまう」

戦士「考える、機会?」

国王「我が兄上は、確かに政権のカリスマだった。だが、それ故に国内はイエスマンだらけになってしまったものよ」

国王「国は、みんなで作らねばならん。国王のワンマンでやっていくやり方は、いずれ頭打ちになる」

国王「ゆくゆくは、余に権力が残されなくとも良いと思っておる」


戦士「陛下…!?」

国王「まぁ、まだ先の話だがな。いま放り出すわけにはいかんしな。土台ががまだまだ出来とらんし…それに、王国である以上、王室は王室で権威を保たねばならん」

国王「とは言え、教皇に明け渡すつもりも、大領主どもにそのまま任せるつもりもないぞ。まずは、人々が選んだ代表が発言権をもつ、議会を作らねば」

国王「まーったく、理想には程遠い。ほーんに肩凝るわー、国王tureeeee」

戦士(………陛下は、先の先まで見越しておられるのか)

国王「人は、力に翻弄される。力のために争い、争いがまた争いを呼ぶ。それはもしかしらたら、どんな世になっても変わらぬのかもしれん」

国王「だがそれでも、血を見るような争いが限りなく起こらぬ国を作らねばならん」

戦士「………肝に命じます」

国王「余は、魔族とて分かり会えると信じている。力に魅入られている教会も、救うことが出来るはずだ」

国王「争いを終わらせるのは、相手を凌駕する力ではない。憎しみを生むのでなく、理解と友愛を生む方法を探さねばならん」

国王「そのために力を貸せ、戦士。来るべき時に向け、余の懐刀としてその刃を研いでおくのだ」

戦士「…はっ!」


戦士(…俺は、この人のつるぎになる)

戦士(鞘におさめ、抜く必要もないほど、美しく鍛えられたつるぎに)




兄「…」

兄(戦士のやつ、見違えるようだったな)

兄(きっと、あいつは陛下の近くで更に様々なことを吸収するだろう)

兄(弟の成長か。これほど嬉しいものはない)

兄(…うん。そうだ。そのはずだ)


僧侶「…準備はいいかしら?」

忍「うむ。頼む」

兄「…行こう」

僧侶「…この扉の奥には、凄惨な研究現場が広がっているわ。くれぐれも、動揺して物音などを立てないように、気をつけて」

僧侶「………開けるわよ」

ギィ…








僧侶「――私に案内が出来るのはこんな所かしら」

忍「…感謝致す」

僧侶「いえ。しばらくはこの部屋で休みましょう。ここは、研究員も見張りの聖騎士も訪れない場所だから」

兄「助かります。あまりにも、非現実的な技術の数々に…今までの価値観が揺らいでしまうほどだ」

僧侶「そうね。私も、知れば知るほど、本当に現実のことなのか疑いたくなるくらいだったわ。もしかしたら、幻術にでもかけられてるんじゃないかって」

僧侶「…人間の限界値を越えた魔力を有する人造人間たち。そして、その者たちが中心となって作り上げた、強力な破壊力を生み出す、物質の融合による爆発」

僧侶「目に出来た文献だけでも、空間転移を可能にする翼や、中には時を遡る技の研究まで存在する」

忍「教会は、どうやってここまでの成果を手に入れたのだろうか」

僧侶「…元々教皇様は、古代文明の遺産の研究に熱心な方だったわ」

兄「古代文明…? 遥か昔、人や魔族が生まれる前に栄えていたとされる、あれですか?」

僧侶「ええ。そこには大いなる秘密があるに違いないと、考えていたみたい。でも、あくまで最初はこんなに規模の大きなものではなかった」

僧侶「それが、何がきっかけとなったのか…ある時から、莫大な資金を注ぎ込んで研究が行われるようになったみたいなの」

僧侶「丁度、私が教会に来てすぐ…十五年前、女勇者さんが魔王を倒した時あたりからね」


忍「十五年前に、何かがあったと言うのか?」

僧侶「これ以上は、私にも分からないわ」

忍「そうか…。ひとまず、かなりの情報は得られた」

僧侶「国王陛下は、この研究をどうなさるかしら」

忍「…神の所業とも言えるような大きな力は、存在自体が人の世を惑わす、と陛下は考えていらっしゃる」

忍「人知れず、封印・破棄されることを望まれるだろう」

僧侶「…そう、ね。それが良いんだわ、きっと」

兄「…」

忍「…如何した?」

兄「いや、何でもない」

兄「それで、ここからどうしますか。我々は、建国の儀式での十字聖騎士団の動きを把握して、それに対する策を練らねば」

忍「はい。まずは地上に戻りましょう」

僧侶「では、こちらから」

兄「宜しくお願いします」

僧侶「…意外だったわ」

兄「え?」

僧侶「あの戦士さんのお兄さんと聞いていたので、私てっきり、もっと猛々しい武人みたいな人かと思って」

兄「あ、あはは。まあ、似てない兄弟かとは思っていますが」


僧侶「こんなに物腰柔らかな人だなんて…」

兄「まあ、あいつがちょっと突っ走り過ぎなんですがね」

僧侶「そうね。こうと決めたら、なんというか、ボロボロになってもその道を突き進むような、そんな人」

兄(…)

僧侶「でも、やっぱり似てるわ。その黒々として、相手を奥深くまで映し出してしまいそうなその瞳」

僧侶「大将軍さんも、そんな目をしていたのかしら…」

兄「私は…」

兄「…私はそんな――」

忍「! 危ない!!」

兄「え?」

ガコッ…ギュルン!!

兄(なんだっ、足場が持ち上がって!)

兄(罠か、これは!?)

ドサッ!

兄「…い、つつ」

兄(何処かに落とされた…という感じだな。どうやら掛かったのは俺ひとりか)

兄(! 人の気配…)


「おやおや、珍客ですか」

魔法使い「僕の研究を盗みにでも来たんですかね。いただけませんね…そういうのは」



兄「なんだ…貴様は!」チャキ





ビュォオ…

戦士(西風が、強いな。そう言うのは不吉の前触れだって言い伝えのある国が何処かに存在するとか)

戦士(そんなことを言っていたのは、兄上だったかな…)

戦士(しかし、だだっ広いな。ここが儀式場…古いコロシアムを使った建物。中央の広場で舞いや剣の模擬試合も行われる)

戦士(多くの民衆が集まる。平民も、貴族も…。警備は厳重だが、教会の人間は十字聖騎士団の受け持ちから、容易に武器を持って入り込むだろう…)

くノ一「戦士殿。下見ですか」

戦士「…くノ一殿」

戦士「ああ。建国の儀式は間もなくだからな」

くノ一「そうですね…」

戦士「陛下は、やはり観覧席を大僧正や大領主たちと同じテーブルを囲う形にするようだ」

戦士「王族連中に顰蹙を買っていたよ。王室の威厳に関わる、とな」

くノ一「そして、戦士殿も陛下の身を案じて苦言を呈したい気持ちを、抑えていらっしゃる、と」

戦士「鋭いな、くノ一殿は」

くノ一「ふふ。私も似たようなものですから」

戦士「お互い気難しい主君に仕えたものだ」

くノ一「そのようですね」

戦士「しかし、その席で女王陛下は教皇を追い詰めるおつもりだ」

くノ一「権力者が一同に介する席ですから、教会の悪行をその場で暴けば、言い逃れは出来ません」

戦士「…幸い、大僧正に教皇と、教会の上層部に加え僧侶殿も列席することになっている。これはチャンスだ」


くノ一「戦士殿は、大役を任されていますから、そちらの重責もおありでしょう」

戦士「魔族の代表と立ち会うことか?」

戦士「まあ、式典の一種の模擬試合であるとは言え、魔族と戦うというのは、な。正直、私は陛下ほど魔族を信頼出来んし…」

戦士「しかし、その瞬間は試合云々より大事なことがあるだろう?」

くノ一「魔族を狙う教会の人間をその場で捕らえて見せること…ですね」

くノ一「そちらは、私たちの方で抜かりなくやります」

戦士「くノ一殿にそう言われると、心強い限りだな。…まあ、私の方も抜かるつもりはない」

戦士「どんな者が出てくるかは知らないが、勝てばそのまま我が一族の汚名を返上出来よう。負けるつもりはない」

戦士「私が相手を負かしてしまわぬ内に、敵を捕らえてくれよ?」

くノ一「承知しました。最大限の速力を以て望みましょう」

戦士「ふふ。…さて、私は部屋に戻っていよう。また全てを終えたら、まみえよう。くノ一殿」

くノ一「はい。ご武運を」

戦士「互いにな」



戦士「ぜっ!」ヒュン

戦士「ふっ!」バッ ギュン

戦士「…ふう」

戦士(身体の調子はいいようだ。しっかり休養が取れたのは有り難かった)

戦士(…きっと上手くいく)

戦士「…」カサッ…

「――これをお前たち兄弟が読んでいるということは、私はもう死んでいるという事かもしれない」

「そうだとしたら、それもまたしょうがないことだな。既に私もそれなりの覚悟はしている」

「戦士の方は、私が死んだことで自分を責めている姿が目に浮かぶ。まったく、分かりやすい奴だ」

「私がお前たちを生かすために命を賭けたのだとしたら、それはお前に"私の分まで務めを果たせ"なんて呪いをかけるために死ぬんじゃないってことを、理解してほしい」

「手に入れた生は、思うさま生きろ。お前たち兄弟が自ら選んだことならば、例え私が生きていても、恐らく口は挟まないだろう」

「それから…兄だからって弟に遠慮ばかりするなよ。その優しさは尊いが、少し危うい」

「お前は力がないんじゃない、必要ないんだ。弟にお前のような計算が出来ないように」

「だから、胸を張れ。お前たち兄弟は、どちらもが、王国には必要な存在さ」

「いつまでも二人協力して、時には取っ組みあいなどしつつ、私を楽しませてくれ」


「追伸」

「結局、私も大将軍の奴も、あいつの目を覚ますことは出来なかった」

「お前たちなら、或いはあいつを正気に戻せるかもしれない。だから」

「賢者にあったら、宜しく伝えてくれ」


「――女勇者」


戦士「…女勇者様」

戦士「分からないですよ」

戦士「思うまま生きるなんて…どうしたらいいか」

戦士「僅かに見える光を、ただ追いかけることしか…そんな道を選ぶことしか出来ないですよ」

戦士「兄上が、俺に遠慮してるとか…」

戦士「賢者様が、どうしたとか…」

戦士「…俺、分からないですよ…頭、悪いから…」

戦士(………兄上)

戦士(頼むから…無事でいてくれ…)



くノ一「…」


ワァアア…

国王「おー、盛り上がってるな。余もちょっと祭りに混じって踊ってくっかなー」

女王「およしなさい」

国王「大領主や教皇たちももう席についてるのか。あの円卓、ちゃぶ台のごとくひっくり返したらウケるかな? ひと笑い取れるかな?」

女王「およしなさい」

国王「イチかバチか裸で出ていくってのはどうだ? これは馬鹿には見えぬ服であるっ! とか言ったら先制パンチになるんではないか?」

女王「およしなさい」ゴゴゴゴ

国王「じょ、冗談だっつーの」

女王「陛下。私の気を粉らわせようとして下さっているようですが、むしろ気が散ります」

国王「あ、スイマセン」

女王「…ですが、お気持ちは有り難く思います。ありがとうございます」

国王「…」

国王「お前には、世話ばかりかけるな」

女王「およしなさい、そんな顔」

女王「らしくありませんよ」

国王「…そうか」


国王「では、ま」

国王「行ってくっとすっか」


女王「仰せのままに」




「国王陛下の、御成ー!!」





パンパァン…!


忍「花火が上がった。どうやら式典は始まったようですな」

兄「…ええ」

兄「ここまでは、教会側も我々も予定通り、と言ったところでしょうか」

兄(十字聖騎士団は、魔族に攻撃をしかけるために密かに軍をコロシアム付近まで動かしている)

兄( 教会の威光を示す手品に使うために、ずいぶんと大所帯になっているみたいだ。例の魔導士たちや、"女神の像"なるもの…だが)

兄(今や聖騎士の一員として紛れこんでいる我らには、その位置も把握出来ている)

忍「うむ。しかし、一時はどうなる事かと、肝を冷やしました」

兄「ご心配をおかけして、申し訳ない」

忍「ご無事で何よりだ。しかし、件の魔族らしき男が、あの地下に居たとなると…教会の闇は思っているより深いかもしれぬ」

兄「かも、しれませんね。一目散に逃げ出さなければ、私はここに居なかったかもしれません。武人としては、恥ずべきことかもしれませんが」

忍「戦士殿なら剣を抜かれたかもしれませぬが。今は、生きて務めを果す事こそが肝要。正しい判断をなされました」

兄「…そうであるとよいのですが。…さて」


兄「このまま行軍が進んでしまうと、コロシアムの外で出番を待つ来賓の魔族の所へ、辿り着いてしまう」

忍「僧侶殿の話では…そろそろあの者たちが行動を起こすはずですが。本当に協力するのかどうか」

兄「…」

――僧侶「あのひとは、きっと来るわ。私と約束したもの」

兄「…"約束"、か」

忍(…)

ズズー…ン

「な、なんだ!?」

「爆発音が…! あれは、女神像を乗せた荷馬車の方向だぞ!」

「何者かの攻撃か!?」

十字聖騎士団長「くっ、何者だ? 二番隊、三番隊! 中央の援護へ急行! 荷の無事を確認せよ!!」

「はっ!」


忍「…始まったか」

兄「では、我々も今のうちに動きましょう」



盗賊「さーて、お仕事お仕事!」

盗賊「目標は女神像だ! 他には脇目も振るな!」

「おう!!」

盗賊「…へへ。約束通り、お宝頂いてくぜ、僧侶ちゃん!!」




コロシアム
主賓の円卓

「ほう、見事な舞だ。まさに建国の式典を彩るに相応しいですな」

「しかし…このように、陛下と卓を同じくして眺められるとは思わなんだ」

「ははは。正に。我が一族、末代までの語り草になりましょう」

国王「皆に喜んでもらえて、嬉しい限りだ」

国王「さらには教皇猊下にも、このような趣向にお付き合い頂いたこと、感謝申し上げます」




教皇「…最早、席の高さで権威を語る時代ではない…」

教皇「国王陛下のご意向は世のあり方を先んじておられる。我ら女神教会も、いつも新しい思いで教典と向き合わねばなりませぬ」


国王(相変わらず、余を立てる素振りに余念がないな。それも今日まで、という腹づもりか)

「ほう、古きを大事にする女神教会におかれても、新しい思いを持つ、とおっしゃられますか…」

大僧正「新しい解釈が、また女神様への理解を深めるのです。そうでなければ取り残されるというのも、世の常。諸侯の皆々様と、何も違いはありませぬ」

国王(まあ、地下の研究は未知への探究そのものなわけだが。もう隠すつもりもない、と牽制しているのか?)

女王「…」

「ほう、素晴らしい。寧ろ我らの方が見習わなければなりませんな!」

僧侶「…」

大僧正「新しい、と言えば…」

大僧正「やはり、国王陛下の改革の右に出るものはありますまい。しきたりに捕らわれず大胆な王道を貫く様は、亡き王兄陛下にも勝りし手腕!」

大僧正「…特に、この建国の儀式に魔族を招き、平和を実現せんとするなど…過去のどの賢王も思い至らなかったことでありましょう」

「…うむ、確かにな」

「それは、そうだな…」

国王(けっ、嫌みかよ)

女王「…」ギュウ

国王(あいてて! ツネるなよ、顔には出してないだろう)


国王「…魔王と勇者を中心に据えた、人と魔族の戦いは…遥か昔から行われてきた」

国王「魔族は邪なる者。そう我々人間は幼少の頃から聞かされてきており、それを説いた父や祖父も、また同じように聞かされてきたはずだ」

国王「しかし、何がいさかいの最初であったのかを記憶している者は、既にこの世に存在しない」

大僧正「…」ピク

大僧正(まさか、女神教の教典を否定するつもりか?)

国王「戦う理由は何であったか? それはもしかすると、人間が隣人と争う理由の方がはっきりしているやもしれん」

国王「魔族が、魔族であるから戦う。本当にその必要があるのか?」

シーン…

僧侶(…静かな口ぶりから、強い統制力を感じる)

僧侶(教典を毎朝読み上げてきた私すら、その問いに簡単に答えることを憚りたくなるほどの、重い力が)

国王「魔族も、ひとつの生命には違いはない。生命はみな尊いものと知っているのに、なぜ魔族ならば奪って良しとする?」

国王「魔族が人の命を脅かすから? それは人と人でも同じことだ。ならば、理解をすることもまた、同じくすることが出来よう」

国王「…それを、この場で民に示すことが、余の願いである」



教皇「陛下のお言葉は――」

教皇「女神の存在に疑問を呈することと同義であることは、理解しておられるか」

教皇「建国の式典で、諸侯を前にして発言なさるにしては、些か危うさが過ぎるのではないか?」


国王「…女神は我らをあまねく照らす存在にして、我らの母。私も数多い息子の一人に過ぎないと心得ておりますが」

国王「今の言葉が女神の存在を否定するものであらば、まるで女神は魔族とは相対しておらねばならぬ…と言っているようですな」

国王「慈愛こそを真理とする女神が、なぜ争うことを宿命付けるのか。猊下、愚かな私にお教え下さりませぬか」

教皇「答えは私が説くまでもないこと。魔族の性こそが"邪"である」

教皇「闇から生まれ出る存在である彼らは、聖より生まれ出る我ら人とは、生命の源が違う」

教皇「或いは、今日の祭典ではそれが顕著に現れる結末となるやもしれぬが…我ら女神教会は敢えて、見守りましょう」

教皇「全ての人の子らは迷い、進むものであるから…」

国王(…あくまで傍観者として参加し、魔族に暴れさせさえすれば"それ見たことか"と躍り出てくるつもりか)

国王(しかし、そうは問屋がおろさぬよ)




「――御一同」

女王「闇より生まれし者と向かい合うその前に、我らは人の闇と向き合う必要があります」

女王「それは、この王国に渦巻いたある策謀についてです」

大僧正「――!」


女王「先日謀反を企て処刑された大将軍のことは周知のことかとぞんじます。しかし、事実はそれだけではなかった」

女王「事の顛末を説明するためには、一人の兵士を皆様に紹介せねばなりません」

スタスタ

副官「お初にお目にかかります。大将軍様の副官を勤めていた者です」

大僧正(くっ…! まさか、この場で全てを明るみにするつもりか…!?)

女王「…この者の語る現実を、どうか皆々様」

女王「その胸に焼き付けて頂きたく、ぞんじます」





コロシアム近郊
森の中



盗賊「…はあ、はあ…!」

「お頭!?」

「お頭、大丈夫ですか!」

盗賊(何だったんだ…いまのは。女神像に近づいたら、急に像が光だして)

盗賊(俺の、身体に………吸い込まれていきやがった!)

『さあ…その身に宿りし力を、信じるのです』

盗賊「…っ! その声は…!?」

盗賊(あの地下の、怪しい女神か!)

『あなたはもう、飛べるのですから…』

盗賊「俺が、飛べる…!?」

『イメージするのです。大きな翼を』

『自由に羽ばたく、奇跡の翼を』

バサァ…


十字聖騎士団長「な、に!? 盗賊団が、消え失せただと!!」

「は、はい! 突然、純白の翼のようなものが現れて…! 何かの魔法かもしれません!!」

十字聖騎士団長「…そんな、馬鹿な!!」

十字聖騎士団長「草の根分けてでも探し出せっ!! あれはかような者に奪われて良いものではないっ!!」

十字聖騎士団長「二、三番隊は引き続き盗賊団の拿捕に専念しろっ!! 四番隊は中継地点で待機、一騎、増援を呼びに走れっ!!」

十字聖騎士団長「残りの者は全て、コロシアムへ向かう!! 急げっ!!」

「はっ!!」


十字聖騎士団長「…」スタスタ

十字聖騎士団長(まずい。まずいまずいまずい!!)

十字聖騎士団長(あの力が奪われるなど、そんな事が本当にあってなるものか…!)

兄「随分な慌てようだな、団長殿?」

十字聖騎士団長「!?」バッ

兄「そんなに大事なものなのかい?」

十字聖騎士団長「なんだ、貴様――」

忍「ぬん」ドッ

十字聖騎士団長「か、は…」

ドサ…

兄「悪いね。甲冑を借りるぞ」

忍「急いで下され。時間がかかると他の聖騎士に勘ぐられます」



兄「こんな所か。ずいぶん重いな」ガシャ…

忍「では、予定通り。十字聖騎士団長に成り代わり、軍団を率いて…」

兄「はい。タイミングを見計らって、コロシアムから見下ろせる丘の上に軍を展開、でしたね」

忍「コロシアムの円卓では、教会を追い詰められているはず。十字聖騎士団長の展開がそれに拍車をかけます」

兄「…あちらも、そろそろ佳境かな」




コロシアム
主賓の円卓


副官「………」

「…そ、そんな」

「では、大将軍は、無実…」

「教会が…? どういうことだ?」

「説明を、していただけますかな?」

僧侶「…」

僧侶(…これは、教会が追うべき業。与えられし、試練…)

大僧正「…女王陛下。何のためにこのような劇を催されたのですか」

大僧正「これでは、教会と王家の亀裂を生むだけですぞ」


女王「劇などではありません。全てはただの現実」

大僧正「その現実として語るのが、"心を操る技"とおっしゃるか? あまりにも陳腐ですな」

大僧正「このように現実味のない話。子供の描いた空想と言っても過言ではありませんぞ!」

僧侶「――空想などではありません」

教皇「!」

大僧正「…聖女、殿?」

僧侶「その力は実在します。教会には、封じられし忌むべき技があるです」

大僧正「何を、言っているのです…」

大僧正(まさか…一連の事件は、この女の裏切りか!?)

大僧正(消えた副官、殺された僧正…まさか虫も殺せぬようなこの小娘が、手を回していたとは…!!)

大僧正(まずい!! 他にも計画を狂わす手引きをしているかもしれん!!)

大僧正(何とか、外の者たちに伝えねば…)

僧侶「お見せしましょう。その奇跡の、一端を」ォオ…

大僧正「な、何を…よせ!!」

僧侶『天を、仰げ…』

フッ…











国王「…む?」

国王(な、なんだ? 今、声が響いたと思った…刹那、意識が飛んで…)

国王(空を、眺めていたのか?)

「…う?」

「うむ? 私は、いま…」

女王「…これが、技の力」

女王(間違いない。今この僧侶は、この円卓の権力者たちを一瞬とは言え…)

女王(意のままに、操ってみせた)

国王(…実際に受けてみると身の毛もよだつな。本当に、無意識にそれを行っていたのだ、余は)

僧侶「お分かり頂けましたか?」

大僧正「…な」

大僧正「なんという愚かなことを!! あなたはいま、王国の中枢を担う方々全てを、危険に晒したのですよ!!」

僧侶「罰は甘んじて受けます。しかし、心を操る技が空想でないことの、何よりの証明になったはずです」

「た…確かに」

「なんと、恐ろしい…」

「信じられぬが…現に我らは今…」

大僧正(くっ!! この小娘が!!)


大僧正「恥を知れ!! お前の技は女神様より授かりし、大いなる加護によるものだろう!!」

大僧正「それをこのような…」

僧侶「私の術から造り出したものこそが、此度の悲劇の元凶なのです」

僧侶「良かれと研究に提供した私の加護が…まさかこんな形で利用されることになろうとは」

大僧正(なんだそれは!? 事実無根のデタラメだぞ!!)

女王「…問題は」

女王「その策謀が、今なお終わりを迎えていないことです」

女王「教会は、敢えて魔族を刺激し、戦乱を巻き起こそうとしています。そうして、十字聖騎士団を中心とした、教会主導の軍隊を手に入れんとしているのです」

大僧正「嘘だ!! そんな証明はどこにもないっ!!」

フワ…

大僧正「な、なんだ…!?」

僧侶(光り輝く石が…宙を舞って私の周りに集まってきた…。これは、魔法石?)

「むっ!? なんだこれは…?」

女王「この光る石は、波動感知。王立魔術学院の総力を結集し、つい先日完成したものです」

女王「今のような、魔法とは異なる波動が発せられると、そちらに魔法石が吸い寄せられるようになっています」

「な、なんと…。ものすごい技術だ」

女王「教会内部の研究に腐心するあまり、魔法学会の研究にはご興味ありませんでしたか? 大僧正殿」

大僧正(…っ!)ドクンッ…


女王「では…。この石のことを覚えた上で…次の催しをご覧下さい」


ボワァン…

大僧正「! この、銅鑼の音…」

国王「…」スクッ


国王「みなの者!!」

国王「建国を祝うこのめでたき日に、遠路より遥々祝いの使いが駆けつけてくれた!!」

国王「彼は我が客人であり、未来の友である!!」

国王「まずはまなこを見開き、そして知れ!!」

国王「彼らも同じ血の巡る生命であることを!!」

国王「恐れではなく、理解を!! 憎しみではなく、友愛を!!」


??(まったく、仰々しい物言いだ…が、まあ民衆を煽動するにはそうでなくてはならんのは、人も魔族も変わらんか)

??(魔王様も、いずれそうして魔族を引っ張っていかれるのだ)

??(…まあいい。今日は人間どもをじっくりと値踏みしてくれよう。それが、魔王様に託された務めでもある)

??(品の無い視線だ、ヘドが出る。だがまあ、つきあってやろうではないか)

??(魔王四天王の、この雷帝がな)

雷帝「電龍。おまえはここに座していろ」

電龍「うーっス」


雷帝「………」スタスタスタ


「お、おい。あれが魔族の使い」

「ひ、ひえ…」

「だが、確かに戦う気はなさそうだぞ」

ドヨドヨ…

国王(…そうだ)

国王(その違和感を、胸に刻んでくれ)

国王(戦いの場ではない空間を、我々人間と魔族は、共有出きるのだ)

国王(今日、この瞬間が歴史を変える――)


雷帝「我は、魔王四天王が一人、雷帝なり」

雷帝「此度は仇敵である人の地に、あえて剣を持たずして参った」

雷帝「人間の作法に我らは疎い。だが、この場に仇敵を招き入れたその勇気を、称賛しよう」

雷帝「同時に、この文化を築いた偉大なる国への、建国祝いの言葉とさせていただく」

シーン…

国王「よくぞ参った。雷帝殿」

国王「お互いを仇敵と呼び合わずに済む日が来ることを、待ち遠しく思う」

雷帝(ふっ。果たして本心かな。まあどちらでも良い)

国王「僅かながらではあるが、式典に参加して頂ければうれしい」

国王「ついては、"命を奪い合わない剣"にて、華を添えて頂きたい」

雷帝「承知した。荒々しい催しは、我ら魔族の常でもある」

雷帝「我に刃なき剣を向ける者よ。名乗りをあげよ!!」



戦士「…」ザ…


戦士「我は東方一の剣豪にして、王国大将軍たる父の子!!」

戦士「魔王四天王の名に挑戦させていただく!!」

ザワッ…

「あれは…謀反人の息子か!?」

「"王国軍の鬼"じゃないか! 失踪したって聞いてたけど、生きてたのか!?」

「戦士殿だ…! 戦士殿が生きていた!!」


雷帝(…ふむ。それなりに使う者を用意してきたか。そうでなくてはな)

雷帝「勇気ある者は魔族にも称えられる。勝負を受けよう」


――ワァァアア…!!


僧侶「戦士さん…!」

女王(魔族が無事に現れた…という事は、忍たちは上手くやったようじゃな)

女王(そして、この戦いの最中…魔族へと攻撃を企てる教会の手の者を…)



くノ一「――その場で押さえつける…!」

くノ一「何処だ…何処にいる…」

ワァァア…


「はじめっ!」

ボワァン…!


雷帝(剣豪…あの時の勇者一行のひとりの、息子か)

雷帝「………」

ピシィ…

戦士(…ものすごいプレッシャーだ)

戦士(だらりと構えているが、下手に踏み込めば一瞬で負ける)

戦士(これが四天王…。だが…父上は、この者すら突発して魔王の元へ辿り着いたはず)

戦士(俺に勝てぬ道理はない)

雷帝「………」


電龍「うっひー…部長マジじゃねーっスか。まあ、木刀で闘り合うんだし、魔力は使う気ねーんだろーけど」

電龍「にしてもあの人間、よく立ってられんなぁ」


僧侶「…戦士さん」

国王(大したものだ。よくぞあそこまで、練り上げた)

国王(父を越える日は、近いか)



戦士「か!!」ドッ


雷帝「…」ドンッ


ズザァ…!!


戦士(…手応えなし、か)

雷帝「…」


「な、なんだい今のは?」

「分からん、二人が剣を降り下ろしざますれ違ったようにしか見えなんだ」

「こ…こっちにまで剣圧を感じたぞ、今」


電龍「へーえ。後の先を狙った部長の太刀が、届かねー速さとはねぇ」


戦士「…」

――大将軍「てめぇの伝えたいことを…忘れんな。もののふだったら、その剣に誓ったことを忘れるな」

戦士(俺は………)

戦士(もう、うんざりだ)

戦士(何も知らずに運命に振り回されるのも)

戦士(わけも分からないことを、怒りに変えて喚くのも)

戦士(正しいと思うことを、自分の手で)

戦士(守りたいのだ!)

戦士「ぁあッ!!」ギュンッ

雷帝「!」



ズバンッ ダッ ビュバッ!!


「おお、激しく斬り結びはじめたぞ!」

「す、すげえやこりゃ!」

「いけーっ、負けんなぁ!」

ワァァアア!!


くノ一「………」

くノ一(研ぎ澄ませろ…)

くノ一(色の違う者がいるはずだ)


「うおお、頑張れ戦士!」

「人間の意地、見せたれー!!」

「…」カチャ


くノ一(! なんだ、今の違和感)

くノ一「………あいつだ」


チリッ…

電龍「!」

電龍「なんか…嫌な感じだな」

電龍(…オイオイ。誰かこっちを狙ってやがんのか。まさか人間のヤツら…これ罠ってか!?)

電龍「ちぃ、だから信用ならねーって言ったんだよなぁ! とんだ貧乏クジだ!」

電龍「まじぃな、部長はアイツ相手じゃ余裕ねーんじゃねーか!? …今狙撃されたら!」


狙撃手「………」ピタ…


くノ一(あの魔族の従者、気づいている!)

くノ一(まずい! 魔族に先に行動を起こされては、教会の思惑通りになってしまうっ!!)

くノ一「うおおおおおぉっ!」

見物人1「…」フラ…

見物人2「…」フラフラ…

くノ一「!」

くノ一(なぜ立ちはだかる!? まさか、操って盾にしたのか!? …卑劣な!!)

くノ一「やむを得ない!」

女の子「…」フラ…

くノ一「っ!!」ピタッ

くノ一「…くそぉ!」パンッ

女の子「きゃあ…っ!」


雷帝「…」ヒュババッ!

戦士「ぜぇッ!」ドヒュッ!

――大将軍「そいつでお前が正しいと思う道を示せ」

戦士(俺が、正しいと思うのは…!)

――大将軍「人を切り伏せる時こそ…自分を伝えろ」

戦士(俺は!!)



くノ一「はァっ!」ドガッ バキッ

見物人1「うっ!」

見物人2「ぁぐっ!」



狙撃手「…」カチャリ…



電龍「冗談じゃねーぜ、人間!! 付き合ってられっか!!」グワッ

くノ一(まずい――間に合わない)









戦士「 が あ あ あ あ !!!!」








狙撃手「!!」

電龍「!」

くノ一「っ」



僧侶(――その一瞬…コロシアムにいた全ての人々が、戦士さんの発した咆哮に、圧倒された)

女王(それは円卓にいた我々も、魔族の従者も、狙撃手も、恐らくはくノ一ですら)

国王(ただ一人動じなかったのは…その戦士の一番近くにいた――)



雷帝「…」ヒュ

ズバァンッ…!!


戦士「――がっ…」

グラ…

…ドタ………

戦士「………く、はは」

戦士「俺の、負けだ 」

………ドサッ………



狙撃手「…」ハッ

狙撃手(今のうちに――)

くノ一「せりゃぁあっ!!」

バキッ!!

狙撃手「っ!?」



ドサッ

電龍「!」

「お!? なんだなんだ!?」

「勝負がついたと思ったら…人が転がり出てきたぞ!?」


狙撃手「」ゴロゴロ…グタ


くノ一「…」スゥ

くノ一「その者、我らが王国の客人に武器を向けし者!!」

くノ一「神聖な式典を汚さんとする策略は、我らが王国は断じて許さん!!」


くノ一「幾つ策略を巡らせても、我らは何度でもそれを防ぎ、友との絆を守るだろう!!」


雷帝「…!」

戦士(くノ一殿…良かった、これで…)


「え、衛兵、出会え! そ、その者を捕らえよ!」

バタバタバタ…!!

「おい、何がどうなってるんだ?」

「いや、俺にはさっぱり…」




主賓の円卓

女王「…大僧正殿」

女王「どうやら、はっきりしたようですね」

大僧正(………)ドクッ…ドクッ…


大僧正「な…何を言うか。あの者は教会とは何の関わりも…」

女王「そうでしょうか。あの狙撃手を守るためか、どうやら例の奇術が使われたようです」

女王「波動感知をご覧下さい」

フヨフヨ…

「光る石が…ひと所に集まっているぞ!」

「あ、あそこに居るのは…教会の司祭ではないか…!?」

大僧正「で…デタラメだ。策略だ」

大僧正「教会の本意ではない…!! 一部の教徒が暴走して、あのような!!」

女王「そうですか。それではあくまでこの式典を静観するつもりであったと」

女王「女神教会が、手を加えるつもりは欠片も無かったと、言うのですね」

大僧正「………っ」ドクッ…ドクッ…


ボワァン…!




兄「…三つ目の銅鑼。頃合いか」

兄「全軍、丘上に展開!! 魔物の襲撃に備えよ!!」



ザッ…

女王「………では、あの丘の上に展開する十字聖騎士団は、どう説明なさるおつもりですか」

大僧正「!!」

大僧正(馬鹿な…合図があるまで姿を見せぬ手筈がっ…!!)

女王「…」


大僧正(この女…謀ったな…っ!!)


「な、なんだ。何故あのような大軍勢が、あんな所に」

「どういうことだ…これは本当に…」

女王「…ご説明願えますか」

女王「出来ることなら、教皇猊下ご自身の口から」


教皇「………」



ワァアァア…

雷帝「おい」

戦士「…!」

雷帝「人間もまた…一枚岩ではないと、そういうことか」

戦士「…恥ずかしながら」

雷帝「ふん…。何処も変わらん、というわけだ」

戦士「このような、非礼…なにとぞお許し下さいますよう」

雷帝「確かに、命を狙われたことは事実だし、どうやらそれを利用したフシも感じ取れる」

戦士「………」

雷帝「だが」

雷帝「お前が発したあの気合いは…この結果を得るための、渾身の気だった」

雷帝「木剣とは言え、私の本気の一太刀を正面から受けるのを覚悟した上での、な」

雷帝「それは、並大抵の精神力では出来んことだ」


雷帝「…よく、意識を保てたな」

戦士「今にも、飛びそう、だ。骨が、何本か、イカれてしまってる」

雷帝「それはそうだろう。肩を貸してやる」

戦士「…!」

雷帝「言っただろう? 勇気のある者は、魔族からも称賛される」

雷帝「意識のあるうちにこの歓声に答えておくがいい」

ウォオオオォオ…!

「なんか、よくわからないけど、とにかく凄かったぞ!」

「ほぼ互角だったじゃねえか! 魔族相手によく頑張った!」


電龍「………」

電龍「…ちぇー。部長、なんだかんだ人が良いかんなぁ」

戦士(………)

戦士「…かたじけない」

ワァァアアァア…


国王(もしかすれば、あの二人が人と魔の架け橋になるかもしれん、な)

国王(………さて)

教皇「………」


教皇「………なんということか」

教皇「………これは…由々しき事態と言わざるを得ぬ」

女王「………」

教皇「…認めよう。我ら女神教会の腐敗を」

大僧正「きょ、教皇様!!」

教皇「――大僧正」

大僧正「は、はひっ…」

教皇「破門を、命ずる」

大僧正「…っ!!」

ザワッ…

僧侶「教皇様…。恐れながら、大僧正殿ひとりを罰して終わる事では…」

教皇「そなたの言う通りだ。聖女よ」

教皇「よく、女神教会の毒を示してくれた。感謝申し上げる」ス…

僧侶「…!」

国王(………待て)

国王(何かがおかしい)


教皇「最早この席を共にしておる権利すら、私には無いようだ」



教皇「今、この時を持って」





教皇「私は教皇の座から…――」







バリバリバリッ!!




「うわぁ!?」

「な、なんだ!! この光は!!」

国王「…電撃!?」

女王(…なぜ! 一体誰が!!)




雷帝「…っ! どうした、しっかりしろ!!」

雷帝「電龍!!」


電龍「う、ギ、がっ、ァアァアッ!!」

電龍「たす、助け…グォオオォオ!!」


戦士(なんだ!? 突然魔族の従者が暴走し始めた…!!)


バリバリバリバリバリィ!!


「う、うわぁあぁあ!!」

「ま、魔族が暴れだしたぞ!!」

「に、逃げろぉ!!」

「きゃあぁあああぁあっ!!」


ズズーン! ドカァン!!


国王「ば、馬鹿な…」

国王(まさか…魔族すら操る能力を…!?)

国王「波動感知は…!? 一体誰がここまでの干渉をしている!?」

女王「は…反応していません…!」

国王「何だと…!!」

女王(まさか…何故!?)

国王「………これではまるで」

教皇「………」




教皇「…」ニィ…



「陛下、危険です! 待避を!!」

国王「………」

国王(おのれ………)

教皇「………待機しておる十字聖騎士団に指示を出せ」

「はっ」

教皇「やはり、魔族は魔族…分かり合えぬようです、陛下」

国王「…」ギリッ…!

教皇「一度は、間違いを犯した者により地に落ちた女神教会ですが…」

教皇「緊急事態ゆえ、臨時に軍の指揮を取らせていただく」

国王「………くっ!」

女王「陛下…今は引きましょう! 危険過ぎます!」

女王「それに、十字聖騎士団には今彼らが………信じましょう!」

国王「………」

僧侶「教皇様…!!」ザッ…

僧侶「これ以上罪を重ねるのは、お止めください!!」

教皇「…聖女」

教皇「…小娘が。誰の許可を得て、私に口を利いているのだ…」オォオォオ…



丘の上

ズゥン…ドォ…ン

忍(魔族が…攻撃している!?)

忍(作戦は失敗したと言うのか!!)

「お、おい見ろ! 魔族が暴れている!」

「やはり裏切ったか!!」

「団長、指示を!!」

兄「…っ」

忍(教会が手を出してしまったか、魔族が本当に裏切ったか…それ以外か)

兄(いずれにせよ、こうなれば少しでも状況を好転させるために動くしかない)

忍(行きましょう)チラ

兄「…ああ」

兄「一番隊のみ私に続け!! 他の者はその場で待機!!」

「い、一番隊だけ…?」

「魔導士隊に攻撃させないのか!?」

兄「我に続け!!」ダッ

忍(…やむを得ん。今はこうするしか…!)

忍(間に合え…!!)



ドスッ






忍「う…?」




忍「な…」

忍「…ぜ…」

ドサッ……







兄「………すまんな、忍殿」




「だ、団長、殿?」


兄「ヤメだ、ヤメ」


兄「騎兵が突撃などしてもあれではどうにもならん」

兄「魔導士部隊、魔方陣をしけ」





兄「…四天王もろとも、魔族をぶち抜け」






キャアァア… ワァアア…

ビリビリビリ!!

電龍「うッ、ばッ、がぁッ!!」

雷帝「…電龍!!」

雷帝(力が制御できなくなっているのか! しかし一体どうやってそんな真似を…!)

戦士「まさか、操られて、いるのか!? 何処かに術士が…」

くノ一「どうやらその様です」ギロ…

戦士(くノ一殿…! …あれは!)


教皇「…」ォオォオ…


戦士「………教皇自らが…操っているというのかっ!」


教皇「魔族よ!! 我ら人間の信頼を裏切ったその罪、何よりも重いぞ!!」

雷帝「………」

戦士「どの口がッ…!!」

教皇「貴様らは女神の名の元に、裁かれよう!!」

教皇「巫女たちよ、その怒りの炎を此処に送れ!!」


ギュォオオォオッ…!

戦士(巨大な火の玉が作り上げられていく…あれをここに落とすつもりか!!)

くノ一「!? 丘上の魔導士部隊が機能している!? あちらには忍たちが策を講じてるはずなのに…!」

戦士(そうだ…! 兄上達が妨害工作をしかけていたはずが!)

戦士「どうなって、いるんだ…!?」

戦士(! あれは…)

戦士(誰だ…? 魔導士隊の前に立って指揮をしている、あの人影…)

戦士(………まさか)

戦士「嘘だ」

戦士「嘘だろ? 」

戦士「なんで」


戦士「――なんで…」





兄「許せよ、戦士」

兄「――やれ」




くノ一「…っ!」

戦士「ちょっと待て…!」

戦士「待ってくれッ…」

戦士「何をしているんだよ!!」

戦士「操られているのか!! なあ、そうなんだろう!!」

戦士「兄上ぇッ!! 」

くノ一「戦士殿っ! 離脱しましょう! 巻き込まれます!」グイッ…

戦士(何故…どうして…!!)


雷帝「…」

戦士「…っ」

雷帝「お前の兄? あれがか」

雷帝「なるほど。よく、分かった」


雷帝「――人間は、信用するに値しないという、現実が」


戦士(違うんだ…)

戦士(待ってくれ…)

戦士(ああ、くそ、駄目だ…)

戦士(意識が………遠退く…)



電龍「ぶ、ちょー…!」

雷帝「電龍、気を取り戻したか! 逃げるぞ!」

電龍「へっ…へへ…」

電龍「俺は、無理っス、わ。部長…」

雷帝「馬鹿を言うな。泣き言は聞かん。跳べ!」

電龍「ひ、ひえ…。相変わ、らず、鬼だなァ」

電龍「お、れ、もう動け、ないっス。置いてってください、よ」

電龍「あんなの、落ちてきたら、流石の部長も、やばい、しょ」

雷帝「もう喋るな」

電龍「…うらァ!!」バチィッ!

雷帝「っ…!?」ビュオッ

電龍(おー、ぶっ飛ばせたぶっ飛ばせた。四天王の部長相手にも、俺けっこうやれるもんだなァ)

電龍(ま、不意打ちだけどな。日頃の怨みってことでね、勘弁してくださいよ。いっぺんやってみたかったんだよなー、上司ぶっ飛ばすのとか)

電龍(怒られるかもしんないけど…。けどね、あんたみたいな良い上司、部下としちゃ死なすわけにはいかねーんすよ)

電龍(我ながらカッコつけたなーとも思うけどさ)

電龍(ったく。貧乏クジ、引いたわ。マジで)


ゴォオオオオォオォオッ…!!



「す、すごい魔法だ!」

「これなら魔族もひとたまりもないぞ!!」


教皇「………ふん、四天王を始末しそこねたな」

教皇(だが、四天王ですら逃げ惑う他ない程の破壊力。これは大きな成果だ)

教皇「おい、そこの」

「はっ」

教皇「聖女は魔族の邪気に当てられて気を失っておる」

僧侶「」グタ…

教皇「丁重に教皇領へ連れ帰り、自室で落ち着いて頂け。暫くは心が乱れ、暴れるやもしれぬ。部屋から出すな 」

「はっ!」


雷帝「――人間よ」


教皇「………」


「うわ!? どこから声が聞こえてくるんだ!?」

「い、いやあ! 魔族の声だわ!」


雷帝「我々を陥れたその罪。必ずその身をもって償わせてくれよう」

雷帝「戦場で、汝らの死神として姿を現すその日までに、覚悟を決めておくがいい」


教皇「我ら女神の子らは、魔族には屈さぬ!!」

教皇「聖なる力の導きのもと、魔王を討つであろう!!」


雷帝「クックック…聖なる力、か」

雷帝「女神もとことん、墜ちたものだな…」


サァアァア…


教皇「去ったか」

教皇「聞け!! 女神の子らよ!!」

教皇「魔族の卑劣な裏切りにより、最早魔王軍との戦いは避けられぬところまできた!!」

教皇「だが恐れるな!! 我らには大いなる力がついている!!」

教皇「今こそ武器をとれ!!」


教皇「女神の名の元、立ち上がるのだ!!」




国王(くっ…)

国王(糞ったれ!!)

十字聖騎士「動かれませぬよう、お願いいたします」グイ

女王「王族へのこのような狼藉、許されると思っておるのか!!」

十字聖騎士「緊急事態ゆえ…御二人にもしものことがないようにお守りするよう、教皇様より仰せつかっています」

女王「これは、拘束というのじゃ!!」

「へ、陛下っ…!」

「糞、何故体が、動かん!?」

女王(近衛隊…! 術に嵌められているのか!?)

女王(それなのに何故、波動感知が作動しないのじゃ!)


教皇「女王陛下…そのように昂られてはお身体に触りますぞ」


女王「教皇…貴様!!」


教皇「王立魔術学院の総力を上げて…ということでありましたが」

教皇「それが反応していない、ということは…これは紛れもない、魔族の裏切り」

教皇「…まあ、魔法の原理から導いた感知能力では、魔法を遥かに越える密度の波動は…或いは感知出来なかったのやも、しれせぬな」

教皇「しかし、結果は結果」

女王「………」ギリ…!

教皇「国王陛下…」

教皇「幻の和平を唱え、魔族を招き入れ、王国を危険に晒したこと…城の自室で悔いて頂こう」

国王「………人間は、滅びるぞ」

教皇「まだおっしゃるか。陛下も目にしたはずだが。あの強大な力を」

教皇「それに…我々を人間の闇と蔑んだ王家の皆様も、随分と策謀を巡らせたものだ」

教皇「女神を信ずる、若く賢い勇士が現れたことが…我らにとっても、救いであった」

女王「………洗脳にかけたのか…!?」

教皇「…さて」

教皇「それはどうでしょうな」





兄「………」

兄「…十字聖騎士団! 民の救助に向かえ!!」

「はっ!」

兄「急げ!」

兄「………」

兄「これで」

兄「…これでいい」


――ダンッ!!


兄「!」バッ

忍「ぬぉおおっ!」ジャキィ!

スパッ

兄「くっ…!」ツー

忍(外した…!?)

兄「ちっ、簡単には倒れんか!」

兄「やむを得ん…」オォオ…

忍「………!!」

忍「この技は…まさか!!」

兄「………」

忍「き…」

忍「貴様ァアァアッ!!」

兄「おさらば」ブン


ザクッ…



「だ、団長! 平気ですか!」

兄「…ああ」

兄「私は平気だ。それより住民の避難を最優先」

兄「やる事は山のようにあるぞ。急げよ」

「はっ!」

兄(そう)

兄(もう引き返せはしないのだ)

兄(…父上)

兄(父上がしなかったやり方で、俺は王国を守ってみせます)






盗賊「………」

盗賊「あの馬鹿…。しくじりやがった」

??「どうするのかしら? あなたはまだ、迷っているみたいだけれど」

盗賊「――…もう」

盗賊「あの王国には、賭けられるものは残っちゃいねぇ」

盗賊「全部、かっさらう」

盗賊「力を貸せ。今日からお前は…」

盗賊「俺の軍師だ」

軍師「…ふふ」

軍師「そう来ると思って、既に手は打ってますよ、盟主様」


港町 商館

商人「………」

役員「社長…。あの女からの使いが来てやす」

商人「…ちっ」

商人「女は嫌いなんだよ、あたしゃ」

役員「追い返しますか」

商人「辺境連合軍か…まあ、実現するなら、良い金ヅルになりそうじゃないか」

商人「乗ってやるよ」

役員「…しかし、今回の教会との取引で、既にノルマは達成してます。少々、危険過ぎやしませんか」

商人「危険? はっ、この商売がヤバくなかった時なんてあるかい」

商人「………金はあればあるほどいい」

商人「我々武器商会は誰にも属さず、誰にも寄りかからず」

商人「自分達の身は、自分達で守るんだよ」

役員「へい」




――
――――
――――――

ここまでにしておこうと思います
来週の投下で、新章に入るところまで行けると思います




王城

兄「…それで? 教皇様より兵を預かってしてきたことが、たったこれだけか?」

貴族「はっ…それは、そのぅ…」

兄「お前の部隊長の任を解く。能力のないものは十字聖騎士団、改め王国正規軍には必要ない」

貴族「!! お、お願いですぅ!! もう一度、もう一度チャンスをぉっ!!」

兄「本来ならば、新たな軍法に照らし合わせて処刑とするところを、降格で良しとすると言っているのだ。下がれ、私は忙しい」

兄「今後は一兵卒として、活躍してくれ」

貴族「うぅ…そんなぁ…」

「将軍閣下。そろそろ王国軍出陣の儀の時間であります」

兄「分かった。すぐに向かおう」

兄「………いよいよか」


教皇「――汝、その血と肉に、戦場を駆けるその風に、女神の加護を授けん」

兄「…有り難き、幸せ」

「最後に、国王陛下よりお言葉を賜るッ!」


国王「………」


兄(…陛下)

国王「――あれは女神の力などではない」

国王「人の欲望が生み出した、幻影だ」

国王「存在もしないものに魅了されて…それに多くの命をかけるのは愚かなことだ」

兄「………」

兄「例え、幻影だとしても」

兄「魔王が討てるのならば…人には幻影が必要なのです」

兄「力があれば、平和すら手に入ります」

国王「…馬鹿なことを。真の女神の加護なくしては、魔王は討てん」

兄「………そうではないことを、証明して参ります」


女王「………」

兄(女王陛下…やつれたな。俺にあの日の策を託したことを悔いておられるのか)

兄(その選択は、間違いなかったという事を…示してみせます。だから…)

兄「…どうか、心穏やかな日々を、お過ごしください」

女王「………」




兄「…ふう。後は軍を率いて旅立つのみ、か」

兄「私の部屋に見送りにくる者など、ひとりも居ないな。これでも将軍なんだが」

兄(…嫌われたものだ。まあ、当然か。信頼の全てを裏切ってみせたのだからな)

兄(それでも…。全てと引き換えに、今や力は我が手中にある)

兄(成し遂げてみせる)

兄(真の平和を)









戦士「………」


兄「…おや」

兄「こんな私にも、見送りが居たか」

兄「傷は良くなったようだな。送別の花でも手向けにきてくれたか?」

兄「…なんて、気の利いたことが出来る男じゃないよな…」


戦士「………」チャキ…


兄「…まったく。お前は理解できないことがあればすぐ剣か?」

兄「そんな事だから、いつまでたっても甘いのだ、お前は」

戦士「…黙れ」

戦士「兄上の顔で、声で、言葉で」

戦士「それ以上語るな」

戦士「お前は兄上などではない」

戦士「操られ、ままならぬ姿の兄上を見ているのは………もう俺には耐えられない」

兄「…戦士」

兄「信じているのだな。俺を」

兄「父上を信じていたのと、同じように」

兄「でもなあ…戦士よ」


兄「俺は、操られてなど、いないんだよ」

兄「それが、現実なんだ」

兄「………受け入れてくれ」


戦士「嘘だっ!!」

兄「嘘じゃあない。俺の身体は俺のもので、俺の記憶だってそうだ」

兄「お前が小さな時、勇者ごっこに夢中になりすぎて、屋敷の階段から落ちたことだって覚えてる」

戦士「…やめろ」

兄「そういえば、あの時から俺は魔王の役回りばかりさせられていたな」

戦士「…やめてくれ」

兄「あれからもう二十年経つが…今のお前にしてみれば、俺は魔王のごとき存在に見えるのか?」

戦士「やめてくれっ!!」

兄「………」

兄「そう言えば、お前は勇者一行になったんだっけな。夢が叶って良かったな」

兄「でも、そんなものでは国は守れない」

兄「現実は………お伽噺話のようには、いかないんだよ」



戦士「うあああああああああああッ!!」

ダッ


ビタッ…!

戦士「ッ!!」

戦士(か、身体が…動かない…!!)


兄「…お前は、無力だ」

兄「考えも無しに突っ込んで、何が出来るというのだ」

兄「今や将軍たる俺に刃を向ければ…また謀反人に逆戻りだということも、分からんのか?」


戦士「…謀反人になろうが何だろうが…!」

戦士「俺には、もう譲れないものがあるんだ…!!」ググ…

戦士「守りたいものが、あるんだっ!!」グググ…


兄「力の無い者に、何も守れはしない!!」スッ

ズダァン!

戦士「うぐぅッ…!」


戦士「………兄上までもが…あの忌まわしき術を使うのか…」

戦士「父上を死に追いやった…その呪われた技を…!」

兄「使えるものは利用するだけだ」

兄「紛い物だろうが何だろうが、強きものだけが残るのだ!!」

ドタドタドタ…

「将軍閣下! 今なにか物音が…っ!? これは…!」

戦士「………」

兄「………」

兄「…なに、弟が見舞いに来てくれただけのことさ」

兄「我が一族には、こういう荒々しいしきたりがあってね…」

「し、しかし閣下! この者は武器を!!」

兄「暫くは動けない。放っておけ」

兄「………出陣するぞ」


兄「………」ツカツカ

戦士「…兄上が」

戦士「兄上が言ってくれただろ…」

戦士「"お前には、大事なことを感じ続ける力がある"って」

戦士「俺が…大事だと信じていたこと…」

戦士「――…間違って、いたのか?」

兄「…間違っていたのかどうかは、後の世の人間が好きに決めればいい」

兄「俺は俺で、お前はお前で、この国のことを思った」

兄「ただ歩く道が………遠く離れてしまった」

兄「それだけのことさ」

戦士「…待て、よ」

戦士「約束しただろ。女勇者様の、手紙…」ググ…

兄「………」

兄「もう………」

兄「俺には必要ないものだ」

戦士「………っ」



兄「さらばだ」




兄「我が弟よ」






戦士「………」

くノ一「………戦士殿」

国王「…」

国王「…兄弟とは、不思議なものだな」

戦士「………」

国王「同じ親を持ち、数えきれぬほど多くのことを共にしていたはずなのに…」

国王「気づけばいつの間にか、全く別の生を歩んでいる」

国王「それでいて…失ってしまえば、その代わりなるものなど、ひとつもない」

戦士「………」

くノ一「…」

くノ一「――忍は、血の繋がらない兄でした」

戦士「え…?」

くノ一「陛下の陰の力となるべく、一緒に育てられてきた義兄妹」

くノ一「兄者は私よりも遥かに優秀で、大事なことのためならどんなことも犠牲に出来る人でした」

くノ一「私は、まだまだ未熟で…あの日ですら、小さな子供を相手に手をあげることを、躊躇した」

くノ一「兄者が見たら、怒っただろうな…」


戦士「………俺は」

戦士「弟なのに、兄上のことを何も分かっていなかったんだ」

戦士(俺は…いつまでたっても)

戦士(結局、何も分からないままだ)

くノ一「………どんなに絶望を感じても」

くノ一「ひとには、出来ることが必ず残されている筈です」

くノ一「何度だって、立ち上がる権利があるはずなのです」

戦士「…くノ一」

くノ一「共に、陛下を支えましょう」

くノ一「最後の最後まで」

国王「――まだ、全てが終わったわけではない」

国王「お前の役目を、終わらせてやれはしないぞ」

国王「お前の居場所は」

国王「余の側だ」

戦士「………」

戦士「はい」


――
――――
――――――
――――――
――――
――


「戦士さんへ」

「王国正規軍は魔王の大陸を攻め上がり、猛進を続けているようですね」

「そして、今回のあの件…。一見、人類の行く末には、光が射し込んだように見えますが」

「私にはどうしても、このまますんなりと事が運ぶようには思えません」

「女神のあの言葉を、覚えているでしょうか」

「魔王は勇者一行の結成を待たずして攻めてくる。それは勇者が神託を受けるのとほぼ、同時だ…と」

「感じるのです…魔王の力が、大きな衝動を抱えているのを」

「………私たちが対峙するものは、もしかするととてつもなく強大なもので」

「あまりに無力な我々には、成す術もないのかもしれません」

「王国も抜かりなく備えているとは思いますが、くれぐれも注意して下さい」

「それと…」


「王国と、辺境連合との戦いが熾烈化していると聞いて、胸を痛めています」

「戦士さんと、盗賊さんが戦うなんて…和解の道は無いのでしょうか」

「私に出来ることがあれば、何でも言って下さい」

「僧侶」


戦士「…僧侶殿」

戦士(幽閉されていて尚、こうして秘密裏に文書を送ってくれる)

戦士(なんとかしてやりたいが…教皇領には、近づくこともままならん)

戦士「勇者一行…か」

戦士「それが真のことかどうか…今日こそ、はっきりするのだろう」

戦士(例えそれが真実だったとして…)

戦士(今さら何になるんだろうな)

「戦士殿。お時間です」

「勇者が、謁見の間に入室します」

戦士「…そうか」


王城 謁見の間?

戦士「…陛下」

国王「ついにこの日が来たな」

戦士「はい。彼は、本物なのでしょうか」

国王「まあ、教会の発表だからな。どうとも取りづらいが…。実際にその力で、地方の小さな集落をオークから救ったのだとか」

国王「女神に会ったお前は何も感じんのか?」

戦士「…はい。あの場に居た者たちにはそもそもその自覚はないですし、女神も勇者が誰とは言わなかったので…」

国王「そんなものか。なんか、こう、ないわけ? 運命を感じる…! みてーなの」

戦士「陛下におかれましては、絵巻物の読みすぎかとぞんじます」

国王「うるせーや」

国王「だが、しかしこれで…前線の兵士がいたずらに死ぬことも、防げるかもしれん」

国王「王国軍も…魔王軍もな」

戦士「………」

国王「その運命を、魔王と…一人の人間に任せるのは、間違っていると言わざるを得ないが」

国王「…まったく、ままならんな。女神様は何をお考えなのだか」

戦士「陛下…」

国王「それでも、余は勇者を激励せねばならん」

国王「むごたらしい運命を背負わせると分かっていても、送り出してやらねばならん」

国王「それが余の仕事だ」


「勇者様、入室されます!」


国王「…よくぞ参った。勇者よ」

勇者「はっ」

戦士(………あれが、勇者)

戦士(若いな。しかし、女勇者様も魔王を討った時はあれぐらいの歳だったと聞く)

戦士(本当にあの者が、女神の言っていたものなのか)

戦士(なんとも、感慨の無い出会いだ)

国王「知っての通り、魔王軍には王国正規軍が攻撃をしかけているが、未だ魔王撃破には至らない」

国王「女神の加護を…」

国王「…真の強さをもつそなたならば、きっと魔王を討てるのはずだ」

勇者「………」

国王「世界の重みをその肩にかけることを…許せ」

国王「勇者よ! 遊撃隊として勇者一行を組織し、魔王を撃破するのだ!」

勇者「はっ!」


国王「さあ、勇者よ!」


国王「いざ、旅立ち――」


バタンッ…!


伝令「で、伝令!」



伝令「魔王が、攻めてきました!」






国王「なに…!? それは真かっ!?」?

勇者「…!」?

ザワザワ…?

伝令「はっ!!」?



「ま、魔王が…?」?

「そんな馬鹿な…! 勇者が旅立ってこれからと言う時に!」?

「なんということだ…っ」?


国王「…状況を詳しく申せ」?

伝令「はっ!本日未明、魔王軍との最前線基地へ、新たな敵軍が出現!」?

伝令「我が国の軍は、新手の出現からわずか半時で全滅しました…!」?

国王「な、なんだと…!?」?








戦士(――全、滅?)




戦士(王国正規軍の、"全滅"--)

戦士(それは………)

戦士(司令官の死をも、同時に意味する)


伝令「新手はどうやら、魔王と直属の精鋭兵のようです!」?


戦士(死んだ?)

戦士(こんなにも、あっけなく?)


勇者「魔王が、自ら…!」

?
――兄「いつもいつもそういう場は面倒だと私に押しつけて…」

――兄「ふっ、可愛くない弟だ」

―― 兄「…約束だ」


伝令「魔王の部隊は、その後直近の拠点を蹂躙!南方大陸から海路に出ました!」?


――兄「もう、俺には必要ないものだ」

――兄「さらばだ。我が弟よ」


伝令「その猛進凄まじく…我が国の港町までおよそ数刻…!!」?



――兄「ふぐっ…馬鹿言うな…俺が泣くわけないだろう………」

――兄「よく、生きて戻った」

――兄「戦士」









戦士(………………兄…上)


>>624
貼り直します


戦士(王国正規軍の、"全滅"--)

戦士(それは………)

戦士(司令官の死をも、同時に意味する)


伝令「新手はどうやら、魔王と直属の精鋭兵のようです!」


戦士(死んだ?)

戦士(こんなにも、あっけなく?)


勇者「魔王が、自ら…!」


――兄「いつもいつもそういう場は面倒だと私に押しつけて…」

――兄「ふっ、可愛くない弟だ」

―― 兄「…約束だ」


伝令「魔王の部隊は、その後直近の拠点を蹂躙!南方大陸から海路に出ました!」


――兄「もう、俺には必要ないものだ」

――兄「さらばだ。我が弟よ」


伝令「その猛進凄まじく…我が国の港町までおよそ数刻…!!」



――兄「ふぐっ…馬鹿言うな…俺が泣くわけないだろう………」

――兄「よく、生きて戻った」

――兄「戦士」


>>623
も貼り直します。
もう許さん。マジで文字化け許さん…


国王「なに…!? それは真かっ!?」

勇者「…!」

ザワザワ…

伝令「はっ!!」



「ま、魔王が…?」

「そんな馬鹿な…! 勇者が旅立ってこれからと言う時に!」

「なんということだ…っ」


国王「…状況を詳しく申せ」

伝令「はっ!本日未明、魔王軍との最前線基地へ、新たな敵軍が出現!」

伝令「我が国の軍は、新手の出現からわずか半時で全滅しました…!」

国王「な、なんだと…!?」








戦士(――全、滅?)



>>623
も貼り直します。
もう許さん。マジで文字化け許さん…



国王「なに…!? それは真かっ!?」

勇者「…!」

ザワザワ…

伝令「はっ!!」



「ま、魔王が…?」

「そんな馬鹿な…! 勇者が旅立ってこれからと言う時に!」

「なんということだ…っ」


国王「…状況を詳しく申せ」

伝令「はっ!本日未明、魔王軍との最前線基地へ、新たな敵軍が出現!」

伝令「我が国の軍は、新手の出現からわずか半時で全滅しました…!」

国王「な、なんだと…!?」








戦士(――全、滅?)




「う…嘘だ…港町まであと数刻だと」

「港町からは、もうこの王城まで砦ひとつ隔てるのみだぞ!?」

「お、王国軍は!? 王国軍はどうなって…」

「主戦力の半分以上は最前線に送られているはずだ…それが全滅…」

「で、ではもはや港町以降を守れる人類の戦力は…!!」

「そんな…そんな馬鹿な!!」


国王「………」

兵士「し、失礼致します!」

国王「…今度は何だ」

兵士「陛下、こちらの書状を…。港町の長から、火急の報せとのことです!」

国王「港町…長というと、武器商会の長か」

国王「よい。読み上げてみよ」





『魔王との闘いは、近いうちに起こるでしょう』

『避けることは出来ません』

『魔王は、絶大な力を示して現れます』

『魔王は、勇者一行の結成を待たずして攻めてきます』

『勇者が、神託を受けるのとほぼ、同時にです』

『…あなたたちはそれぞれ別々に、魔王と闘うことを強いられます』



戦士「――どうやら全ては現実のこととなるようです」

国王「そうみたいだな」

戦士「私は、戦いに赴かなければなりません」

国王「そう言うことに、なるだろうな」

戦士「残存の王国軍を全て率いて、王国南方の砦に布陣します」

国王「確かに、それが良さそうだ」

戦士「…陛下?」

国王「………」


国王「こうなるかもしれんと分かっていて…それを止めることも出来なんだ」

国王「余は、人類の歴史上最も愚かな国王として記憶されるだろうな」

国王「しかし、どうやら悲劇に酔っている時間もどうやら残されてはいない」

女王「………陛下」

くノ一「………」

国王「戦士」

戦士「…はっ」

国王「共に足掻いてくれるか」

戦士「…」

戦士「私は、陛下のつるぎです」

戦士「最後の、時まで」

国王「そうか。では――」








国王「お前に、将軍の地位を授ける」







将軍「御意」


くノ一「戦士殿…」

くノ一「…いえ、将軍閣下」

将軍「…はは。お前にまでそう言われてしまうのは寂しいな」

くノ一「………いつか」

くノ一「この時が来るであろうと、覚悟はしておりました」

将軍「そうか」

将軍「………離れていても、我らのすべきことは変わらんさ。そうだろう?」

くノ一「…はい」

将軍(…例え、それが生と死ほどの距離であっても)

くノ一「隠密である私は、涙も失って久しく…可愛くない女ですね」

くノ一「こういう時に泣くことも出来ません」

将軍「…」

くノ一「将軍閣下」

くノ一「我らは、陛下をお守りすると誓い合った身。なまじ本懐を遂げずにおめおめと戻られようものなら」

くノ一「私は、あなたを許しません」

将軍「…ああ。分かっている」

将軍「それではな」

くノ一「はい」


将軍(よく分からんな…女心というものは)

将軍(嘘をついてまで、激励しなくてもいいだろうに)

将軍(兄者を失った時も人知れず、泣いていたろう。知ってるぞ、私は)

将軍(そして、私が去ったその部屋で、泣くことも)

将軍(優しさを捨てきれないお前が、そうまでして…)

将軍(…よく、分からんよ)

将軍(なあ、兄上。兄上だったら分かるのか?)

――兄「俺はな。お前にはひょっとしたら――」

将軍(…あの時、何を言おうとしていた?)

――兄「いや…。なんとなく、な。お前が先に見るべきな気がしたんだよ」

将軍(あの手紙を、兄上が読んでいたら…こんなことにはならなかったのか?)

――兄「うるさい。…兄ってものはな、色々考えてるんだよ」

将軍(何を考えていたんだ?)


――兄「…間違っていたのかどうかは、後の世の人間が好きに決めればいい」

――兄「俺は俺で、お前はお前で、この国のことを思った」

――兄「ただ歩く道が………遠く離れてしまった」

――兄「それだけのことさ」


将軍(分からないよ…そんな言葉で)


将軍「納得、できないよ」

将軍「死んでしまうなんて、ずるい」

兵士「か、閣下?」

将軍「………」

将軍「…中央、左翼は重装歩兵を前に出せ!!」

兵士「し、しかしあの破壊力の前では」

将軍「敵がいかに屈強でも、立ち止まるな!!」


将軍「決して歩みを止めるなッ!!」


将軍「我らの後ろに逃げ場などとうにないッ!!」


将軍「ここが、この王国軍が人類最後の砦だッ!!」


将軍「進めッ!!」


将軍「死して尚も前へッ!!」









将軍(全てを失った時…)

将軍(私は只のいち戦士へと戻るだろう)

将軍(そしてその時、私は)

将軍(死んでいるんだろう)

(そう思っていた)

「…それなのに」

「何故、私は生きているのだろうな」



「教えてくれないか? 魔王よ」ユラ…




氷姫「! 何、コイツ…」

炎獣「お前…」

魔王「炎獣、見覚えが?」

炎獣「…ああ。戦場でデカイ声張り上げてたからな。こいつは王国軍の…」




「そう。私はずっと、王国を守るために戦ってきた」

「守るべきものが、王国にはあった」

「色んなものに守られもした。そういう幾つもの想いを胸に進んでいくうち」

「人は私を、将軍、と呼ぶようになった」

「だが今の私は将軍などではない」

「兵を失い、旗は燃え尽き、剣は折れた」

「私は最早何も持たない」

「そう、私は只の――」














戦士「戦士だ」




戦士(滑稽だ)

戦士(何も出来はしなかった)

戦士(何も守れなかった)

戦士(何も分からないまま死んでいく)

戦士(何が勇者一行だ)

戦士(………万死に値する)


――「それでも」

――「何度でも立ち上がる権利が、あるはずです」


戦士(…うん)

戦士(そうか、だから私は)

戦士(身体は軋み、剣は折れ、兵を失い、誇りは費えても)


戦士「…」ザ…


戦士(この者達の前に立ち塞がろうとしている)





炎獣「退かないってか」

戦士「それが、私の権利だ」

炎獣「…そうかよ」

炎獣「じゃあ、手加減しねえからな」

戦士「…いざ」


ヒュオオォ…


炎獣「…」


戦士「…」


炎獣「…」


戦士「…」



ガラ…






戦士「」ドンッ


炎獣「」バッ




戦士(………盗賊。貴様は何を思いながら死んだ?)

戦士(商人、貴様はどうだ?)

戦士(………兄上)

――戦士「あにうえ!」

――戦士「オレ、おおきくなったら、ゆうしゃになるんだ! そして、まおうをたおすんだ!」

――兄「ゆうしゃ? おまえ、しってるのか? まおうのてしたには、まおうしてんのうってヤツがいるんだよ」

――戦士「じゃあ、してんのうもたおす!」

――兄「…あのな、ゆうしゃって、めがみさまにえらばれなきゃ、なれないんだぜ」

――戦士「ええ!? じゃあ、どうしよう?」

――兄「おれは、りっぱなせんしになりたいんだ。ちちうえみたいな!」

――戦士「せんしだったら、なれるのか!?」

――兄「うん、たいせつなココロエをもてばなれるんだって、ちちうえがいってた!」

――戦士「じゃあ、おれもせんしになりたい!」

――兄「…まねするなよ」

――戦士「べつに、いいだろ! あにうえといっしょがいい!」

――兄「…おまえが、おれよりいいせんしになったら、おれヤだなあ」

――戦士「あにうえより、いいせんしになんて、なれっこないよ! あにうえはスゴいもん!」

――兄「おまえ…」

――戦士「たいせつなココロエをまもって、いっしょにつよいせんしになろう!」

――戦士「そして、ちちうえみたく、まおうやしてんのうを、たおそうよ!」

――兄「…もう、いいだしたらきかないんだから」

――戦士「やくそくだよ、あにうえ!」

――兄「…」

――兄「うん。やくそくな」


戦士(兄上)

戦士(俺は、ほんとは)

戦士(勇者なんて大きなものになれずとも良かった)

戦士(兄上と共に並び立つ、ひとりの戦士であれば、それだけで)

戦士(――だから、最後まで)

戦士(俺はただただこの剣に)

戦士(俺の思いを託して)

戦士(死んでいくよ)




《――己の全てを、伝えるために剣を振れ》


《自分の伝えたいことを…忘れるな》


《もののふだったら、その剣に誓ったことを忘れるな》


《相手の命を奪う剣だから…それで正しいと思う道を示せ》


《人を切り伏せる時こそ…自分を伝えろ》





戦士(それが、戦士であることの、大切な――)



炎獣(――なんだ、こいつの剣…)

炎獣(ああ、そうかよ)

炎獣(お前も、守りたかったんだな)

炎獣(守るための、剣だったんだな)

炎獣(俺も、あんたみたく)

炎獣(守るための道を行けたらって思うよ)

炎獣(………羨ましい、な)


――狩人「………皆の、仇」


炎獣「…っ!」ズキッ…






ズガァアァンッ!!!







氷姫(一瞬――)

氷姫(炎獣の爪がほんの僅かにブレた)

氷姫(敵に受けた銃弾の傷が、微かに炎獣の踏み込みを甘くした)





戦士「」





氷姫(敵は一撃で消し飛んだ)

氷姫(――でも、折れた剣を握った腕だけが)

氷姫(怨念のように魔王の方へ、吹き飛んできたのに)

氷姫(咄嗟にあたしは反応出来なかった)


氷姫「――魔王っ!」

魔王「!」

魔王(腕だけになってまで――!! なんて執念)

魔王(弾き落とさなければ)サッ

ヒュンッ

魔王「なっ!?」

魔王(消えたっ!?)






ドシュッ













木竜「がァッ………!」



魔王「爺…!?」

炎獣「爺さん!!」

氷姫「ジィさんっ!!」


木竜「ぐっ、ごっ………」



魔王(何故っ…!)





魔法使い「やはり…人間と言うのは興味深いですね」


魔王「――!!」

炎獣「誰だっ!」

氷姫(この魔力…あの時の!)


魔法使い「想いの力…それは時より奇跡のような結果をもたらすのですよ」

魔法使い「折れた聖剣にも、あなたの想いのエネルギーは充分に蓄積された」

魔法使い「僕は、それをちょっとだけお手伝いしましょう…"王国軍の鬼"、戦士殿」


魔王「あ…」

魔王「あなたは--」


魔法使い「解放せよ」



木竜「グッ…」

木竜「………側…近………」

木竜「………貴様………」


魔法使い「お久し振りですね、木竜」

魔法使い「そしてさようなら」










ギュオォオォオオォオッ!!


木竜「グァアァアァアァアァアァアァア!!」

魔王「じっ…」

木竜「グァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアァアッ…!!」



魔法使い「………弾けろ」






パァンッ…!!





魔王「――爺ぃぃっ!!」




氷姫「そん、な」

炎獣「…爺…さん…?」



魔法使い「おや」

魔法使い「すんでのところで、間に合いませんでしたか。まったく、集中治癒とは恐ろしい術ですね」

魔法使い「四天王を二人片付けられると思ったんですが――」




雷帝「――貴様ァアァアッ!!」ダッ




魔法使い「久しいですね、雷帝」

魔法使い「ですが、病み上がりで無理をするものではありませんよ」


ポンッ



雷帝「っ!?」グルンッ

ドサッ

氷姫「雷帝…!」

氷姫(こいつ、転移を…)

炎獣「」ドンッ!


炎獣(――殺す)


魔法使い「おっと」ヒュンッ


炎獣「!? 消えた――」


魔法使い「おお、恐い。武闘家さんを倒したひとと、まともにやり合いたくなんかないですよ」

魔法使い「それに、本調子じゃ、無さそうですし、ね」ス…

ズゥンッ!…

炎獣「がっ!?」

炎獣(なん、だ…身体に…何かが、のし掛かってる、みてぇだ…!!)

氷姫「炎獣っ!」


魔法使い「…さて」

氷姫(こいつ、何者なの…っ!?)

氷姫(じ、尋常じゃない魔力…!!)

氷姫「ま、魔王…。下がって!」

魔王「………」


魔法使い「…ふふ。絶体絶命、といった所ですか? 今までにないピンチですねぇ」

魔法使い「…ですが、こんな所にしておきましょうか」

魔法使い「これ以上、手を出すと………貴女は怒り狂って、世界を破滅させてしまうかもしれませんし、ね?」

魔法使い「――魔王」



魔王「………」



魔法使い(ただならぬ圧力ですねえ。魔王の貫禄、ってやつですか)

魔法使い(あなたの娘はこの通り、ご立派に成長なさってますよ………先代。しかし…)


魔法使い「そんなに高ぶっては…コントロール出来ないのではないですか?」

魔法使い「…今、正に力を取り戻しているのでしょう」


魔王「………」


魔法使い「そんなに睨み付けないで下さい。これでも貴女の発する圧のせいで、息苦しくってしょうがないんですから」

魔法使い「分かりましたよ。私はこれで引きましょう」

魔法使い「まあ、木竜の撃破、という目標は達成したわけですし」

魔法使い「底なしの魔力で回復をし続ける彼が居ては、人間に勝ち目はありませんから。ヒーラーから撃破、は定石ですしねぇ」

雷帝「………側近…貴様ァ…!!」

魔法使い「ふふ。それはもう…死んだ者の名ですよ」

魔法使い「私はただの、魔法使いです」

魔法使い「それでは…また後程、まみえましょう…」


ヒュゥン…



氷姫(…さ、去った…)

氷姫「………雷帝」

氷姫「あんた…今、"側近"って…言った?」

雷帝「………」

雷帝「ああ」

雷帝「間違いない…奴は、先代様の側近を務めていた魔族だ」

雷帝「あいつは………女勇者に殺されたはず…」


炎獣「………」フラ…

炎獣「…なあ」

炎獣「爺さん」

炎獣「死んじまったのか?」


魔王「………っ」ギュウ…!


雷帝「――…」

雷帝(私が…)

雷帝(私が死ぬべきだった)

氷姫「…う…」

氷姫「うぅ…」ポロ…

氷姫「ジーさん…」ポロポロ


魔王「………………」








炎獣「…こんなもんかな」

雷帝「…」

氷姫「こんな…人間の土地で、木々もないところに墓なんて、さ」

氷姫「酷いもんだよね…」

氷姫「ごめんね…ジーさん」

炎獣「…」

魔王「………」

魔王「全て、終わったら」

魔王「きちんと、埋葬しましょう。木竜が治めていた森に」

炎獣「…そーだな」

魔王「今は」

魔王「進まなきゃ」

氷姫「…うん」

雷帝「…」

雷帝「翁の治癒魔法と翼を失った私たちは」

雷帝「地上からの行軍で、最小限のダメージに抑えつつ、勇者の元を目指す必要があります」


雷帝「炎獣は片腕を失い、致命的とも言える弾丸の傷を首筋に受けている」

雷帝「氷姫は、究極氷魔法で魔力を使い果たしており…それも翁がいない今となっては、時間経過による回復を待つ他ない」

雷帝「私は…魔剣を失い、その呪いも完全には浄化出来ていない」

雷帝「それでも、我々四天王の力で魔王様をお守りし、王城を突破しなければならない」

炎獣「…」

氷姫「…」

魔王「城下町か…あるいは、王城でなのか…。彼は再び私たちに牙を向いてくるでしょう」

魔王「加えて、勇者。この二人を、残りの力を振り絞って倒さなきゃならない」

魔王「私も皆と一緒に、前線に立つ。ただ…」

魔王「…」ギュウ

氷姫「魔王…?」

雷帝(魔王様…)

炎獣「…魔王の力は、近接戦向きじゃない。これから城下町に入っていくのだとして…もし人間がゲリラ戦を挑んでくることがあれば、力も使いづらいだろ?」

炎獣「細々としたのは、俺たちで蹴散らすぜ。それでいいよな、雷帝」

雷帝「…ああ、そうだな」

魔王「…」

魔王「うん。分かった」


炎獣「さあ、行こうぜ」

炎獣「悲しくても、進まなきゃ」

魔王「炎獣…」

雷帝「…ああ」

氷姫「………」

氷姫「アンタに言われるまでもないわよ」

氷姫「偉そうに言ってんじゃないわよ、このチビ! トンチキ! スンタラズ!」

炎獣「ぇえっ!? ここでそれを言うかぁ…」

氷姫「ふふ。さ、魔王!」ス…

魔王「…うん!」

ギュ…

魔王「行きましょう!」




雷帝(さあ、いよいよ王国の懐だ)

雷帝(ここまで来て、我らに何を見せるつもりだ…)

雷帝(人間)


教皇領

僧侶「………」

僧侶「戦士、さん…」

僧侶「逝って、しまったのね」

僧侶(盗賊さんも、商人さんも、武闘家さんも。そして…)

僧侶(戦場に立った、沢山の人々も…)

僧侶(――もはや人類は滅び去ろうとしている。希望を託す存在があるとすれば、それは…)

僧侶(勇者)

僧侶「…なんとか、ここを脱出しなければ」

僧侶「勇者様に、会わなければ…」

ガタガタ…ゴトンッ

僧侶「!?」


僧侶「誰…?」

???「僧侶殿…ですね?」

僧侶(女性の声…)

???「私は女王陛下の使いの者。いまお助けします」

僧侶「女王陛下の…」

ガチャン…!

くノ一「お待たせしました。さあ、十字聖騎士に気付かれぬうちに、脱出しましょう」

僧侶「…!」

僧侶「私を何処へ連れていくつもりなの?」

くノ一「勇者様のところへ」

くノ一「かつて、貴女は女神の啓示を受け、聖女として勇者一行として認められたことがおありのはずです」

僧侶「…魔王に抗う手段のために…ということね」

くノ一「はい。確認できる勇者一行は、もはや貴女1人だけなのです」

僧侶「分かりました。行きましょう」

僧侶(何が出来るか、分からないけれど…それでも、少しずつでも前進できるのなら)

僧侶(この身は惜しくない)


くノ一「さ、こちらへ」

くノ一「我々の手の者が馬車を用意しています」

僧侶「はい」

僧侶「でも…女神教会の人間である私を、王家に仕えるあなたが信用してくれるの?」

くノ一「…ええ」

くノ一「貴女はあの日…建国の儀式の時、我らと共に教皇を倒そうとして下さいました」

くノ一「結果は、どうあれ」

僧侶「そう。あなたもあの時…」

くノ一「…」

くノ一「戦士殿から、よくお話を伺っておりました。僧侶殿は、聖女の名に相応しい高潔で強い心を持った方だと」

僧侶「戦士さんが…」

僧侶「…聖女なんて、名ばかりよ。私は、多くを救うために誰かが犠牲になることを、厭わない」

僧侶「あの日だって、この超常の力を策謀のために利用してみた」

くノ一「円卓の席で見せた術ですね。両陛下すら、操られるままであったとか」

僧侶「操ってなどいないわ。私に出来るのは、せいぜい任意の方向へ気を反らすことくらい。それに念話を織り混ぜて、まるで暗示をかけたように装った」

僧侶「女神様に授かった力であるはずなのにね…必要だと思えば、人を騙すことにも使う。私は、そんな女」

僧侶「聖女なんて…おこがましいわ」


くノ一「教会の者たちは、こちらの意思に関係なく身体の動きを止めてみせたり、人格を乗っ取って自在に動かしたりしてみせていました」

くノ一「女神から力を授かった貴女の力よりも…教皇の"作り出した神秘"の念力のほうが、強力だと、いうことですか?」

僧侶「ええ。表面的な能力で言えば、私の力より教会のそれのほうが遥かに強力よ」

くノ一「…」

僧侶「矛盾してる、わよね。何故、純粋な祈りよりも、強い力を彼らが…」

僧侶「………女神様に祈り続けてきた私は、あの教皇様の力の前に成す術はなかった…」

くノ一「………希望は」

くノ一「希望は、あります」

僧侶「え?」

くノ一「全てを覆せるかもしれないものを、私たちは掴んでいます」

僧侶「…魔王を、倒せる…ということ?」

くノ一「………おそらく、それすら可能です」

僧侶「それって…一体…」

くノ一「詳しい話は、王城に向かいながらお話しします。まずは教皇領から脱出を」

くノ一「そこの裏手に、馬車が止まっています。とにかく今は勇者様と合流して…」

くノ一「――!」


僧侶「…どうしたの?」

くノ一「…おかしい。部下の気配がしない」

くノ一(まさか)



大僧正「やっと来ましたかぁ。待ちくたびれましたよぉ」

僧侶(! だいそうじょ--)

くノ一「僧侶殿!! 走れ!!」

僧侶「っ! はいっ」ダッ

大僧正「はぁあぁ…やれやれぇ。逃がしませんよぉ、私は…」

くノ一「つッ!!」ビュッ

大僧正「あれぇ、けっこう速いですn

ドスッ!

くノ一(心臓を捉えた)ズブ…

大僧正「おお、痛い痛いぃ…」

くノ一「!?」

大僧正「それはぁ、痛いに決まってるじゃないですかぁ」ガシ…


くノ一「うがッ…!」

大僧正「心臓なんて刺すんですからぁ…」

ミシミシ…

くノ一(馬鹿な…何故…!!)

僧侶「くノ一さん!!」

大僧正「くへへェ…さあ、あなたのばん」ォオォオ

僧侶「術を…!」

僧侶(…く! もう、破れてなるものかっ!!)

僧侶「はぁっ!!」コォオォオ

大僧正「あれっ! ああ、あっれっ」

大僧正「おかしぃ、おかしいぞぉ、なんでだぁ、なんで捕らえられないんだぁ!?」

大僧正「すごくぅ、強くなったはずなのにぃ…大変だぁ、もしまた失敗したら…」


大僧正「…」ピタッ


大僧正「失敗は許されない」

大僧正「失敗は許されない失敗は許されない失敗は許されない失敗は許されない」ォオォオ

くノ一(な…なんだ、こいつ…!!)

僧侶「うぐっ…!!」

僧侶(なんていう強大な力!! あの時の教皇様のもののよう…!!)


「ふむ。…足止めくらいの役は果たせるか」

教皇「急拵えにしては機能したほうと言える」


僧侶「!! きょ、教皇…」

大僧正「ヒィッ! きょ、きょうこうサマ…!!」

教皇「何度も私を手間取らせるでない。愚図が…」ス…

ドンッ!!

僧侶「げふッ…!?」

僧侶(何…!? この波動!! あ…頭が破裂する!!)

僧侶「ぐ………!」ドサッ…

くノ一(僧侶殿!!)

くノ一「教、皇…貴様…!!」

教皇「王家の犬か…。またしても我らの研究施設に入り込むとは。よくあの警戒網を潜り抜けたものだ。全く、盗人猛々しい」


教皇「私がわざわざ足を運んだのだ。吐いて貰わなくてはいかんな」

教皇「"アレ"を何処へやった?」

くノ一「………」

教皇「まあ、言わぬか。ならば言わせるまでのこと…」ォオオ

くノ一(不味、い…!!)



僧侶「…」ボソ



教皇「…ん?」


--バシュゥウウッ!!


大僧正「ヒッ!!」

くノ一(なんだ…!? 僧侶殿の身体光って…!!)

くノ一(か、身体が軽く…なっていく)


ドヒュンッ!!


大僧正「わ、わぁ!」

大僧正「アイツの身体が、消えた!!」

教皇「転移…だと!?」

教皇(馬鹿な…たかが聖女ごときにそのような能力は…!)

教皇「………僧侶自身も消えている。が」

教皇(この肉の焼けたような匂い。地面についた焦げあと)

教皇(蒸発したのか。転移を使う代償に?)

教皇「…全く、大した聖女だ。王家の犬を生かすために、躊躇なく死を選んだ」

大僧正「きょ、きょうこうサマぁ…わ、わわ、わたしのせいじゃ、ないんですぅ…」

教皇「黙っていろ」

大僧正「は、はひっ…」

教皇「これは、どういうことだ」

教皇「勇者一行の人物が、自ら命をかなぐり捨てたぞ」

教皇「お前は、何か知っているな?」



魔法使い「さあて、ね」

魔法使い「僕は何も知りませんよ」


魔法使い「ですが、強いて言うとしたら…」

魔法使い「運命がズレてきている…という所ですかね」

教皇「…」

教皇「魔王を倒していないのか?」

魔法使い「ええ。ムリでした」

魔法使い「いやぁ、怖いのなんのって」

教皇「ふざけるな」

教皇「魔王は戦士との闘いの際、お前の手にかかって死ぬ。そして残存の四天王を、勇者、僧侶と魔法使いが倒す」

教皇「それが"啓示"だったはずだ」

魔法使い「死んだのは木竜です。そして、それと同時にこちらの陣営の僧侶さんも」

魔法使い「色々と、ねじ曲がってきていますねぇ。もしかしたら、関与してきているのかもしれませんよ?」

魔法使い「女神が、ね」


教皇「………それは、"どっちの"だ?」

魔法使い「さあ? しかし、聖女が命と引き換えにたった一度きりの転移を使う…なんてことが起こったことを考えると…」

教皇「………」

魔法使い「さて。我々がこれからどうするのか、それを考えねばなりませんね?」

教皇「言われるまでもなく、考えている」

魔法使い「何か、策がお有りなんですか?」

教皇「…僧侶を使って、魔王を倒す」

魔法使い「いま、お亡くなりになってしまった様ですが?」

教皇「ふん。私を幾度も欺こうとした女だ。必要ない」

教皇「代わりを作ればいい」

教皇「女神の奇跡など…いくらでも作り出せるのだから」







【僧侶】


今回はここまでです
文字化け、寝落ちなどグダグダ投下すみません



城下町
大通り

ヒュゥウゥウ…

少年「………」

少年「誰もいない。いなくなってしまった」

少年「かつて、お客を呼ぶ声で通りを賑わせた商売人たちはいなくなって」

少年「歓声をあげて駆け抜けた子供たちの姿も見えない」

少年「分厚い雲の覆う昼間の城下町。でも、その姿はまるで眠ってしまったかのよう」

少年「…あれ? でも、微かだけれど、聞こえるな」

少年「悲しみに包まれたしまったこの街に、不釣り合いな明るい声」

少年「不安と期待がないまぜになったかのような、少しかん高い、子供たちの声」

少年「…ふふ。大人が叱るような冒険って、どうしてこんなにワクワクするんだろうね?」

少年「さあ、早くお姫様を起こしてあげなきゃ」

少年「彼女はまだ、夢の中。不思議な気持ちの、夢の中」

少年「見たことあるような、始めてみるような」

少年「そんな世界の中にいる」




『救いの巫女は、現出します』

『祈るのです。その少女に』

『人々の希望の僧侶は、突如として舞い降りて』

『水の上に佇み、魔王と相対するでしょう』

『祈るのです…』


――「…この子たちが生き延びれば、親身になって導く存在が必要だ」

――「もう、これ以上………私の前から、居なくならないでよ…!」

――「――ガァアァアァアァアッ!!」

――「それを覆してきたのはいつだって勇者だった。ただの町娘が救いの巫女などと、ありえんことだ」










――「泣かないでね」





チュンチュン


赤毛「…ん…」モゾモゾ

赤毛「…朝かぁ…」

赤毛「へんな夢…」

赤毛(でも、何だか…気持ちの良い夢だったなぁ)

赤毛(空を飛んでるような心地で…皆があたしを見てて)

赤毛「…でも、夢は夢、だよね」

赤毛「現実は…」


赤毛「おはよー、ママ」

母「おはよう」

赤毛「パパは?」

母「町の集会所。…これからのこと、話し合ってるわ」

赤毛「これからのこと?」

母「…」

母「国王陛下は全面的に降伏すると発表なされた。それは、あんたも知ってるわね」

赤毛「…うん」

母「でも、肝心の教会の方々が武器を取って立ち上がるように声をかけている」

母「…この先どうすることがいいのか。私たち一人一人が自分で考えなければいけないわ」

母「本当は集会は禁止されているのだけど、町内の代表になる人たちが集まることになったの。パパも集会所へ向かったわ」

赤毛「…」

母「分かるわね。あなたも…気持ちの準備だけはしておいて」

赤毛「…うん」


母「…ねえ」 赤毛「…あのさ」

赤毛「あ、ゴメン。何?」

母「…ううん、なんでもないわ」

赤毛「はは。そっか。あたしも、なんでもないや」

赤毛「部屋に、いるね」

母「…ええ。窓は開けちゃ駄目よ」

赤毛「分かった」

トタトタトタ…

母「…」

母「こんな時に、あたしったらなんて夢を…。願望でも、現れたのかしらね」


赤毛「…はあ」

赤毛「魔王が攻めてくる…?」

赤毛「本当なのかなぁ」

赤毛(………)

コツン!

赤毛「!」

赤毛(なんだろう、いま窓に何か…もしかして!)ガタッ

キィ…

坊主「あ! 赤毛、顔出した!」

三つ編「しーっ! 大きな声出さないのっ。家の人に見つかっちゃうでしょっ」

金髪「よう」

赤毛「…みんな!」パァ


赤毛「ほっ、と」スルスル

スタッ

坊主「よぉし、ずらかるぜ!」

三つ編「だから、声が大きいってばっ」

金髪「お前んち、不便だよなぁ。二階建てなんてさ、抜け出すのにひと苦労だよ」

赤毛「3人とも…どうして?」

金髪「…どこの家も同じだよ」

赤毛「え?」

金髪「息、詰まるだろ。大人がみんなして暗い顔してさ」

赤毛「…そっか」

金髪「だから、こんな時こそ――」

金髪「秘密結社が集うべき時なのだ!」

坊主「その通りっ!」

三つ編「は、恥ずかしいなあ、もう」

赤毛「ふふ…! そだね!」

金髪「だからさ、赤毛!」

金髪「秘密基地、行こうぜ!」

赤毛「…うんっ!」



秘密基地
街の時計台の中


坊主「着いたー!」

三つ編「はー、ドキドキした」

金髪「ったく、どこもイカツい鎧の騎士がウヨウヨしやがって」

赤毛「見つかったら、ウチに連れてかれてたねぇ」

金髪「三つ編の調べた抜け道のおかげだな!」

三つ編「エッヘン!」

赤毛「ここまで来れば、大丈夫だよね。時計台の上からの声は、下までは聞こえないだろうし」

金髪「だな。大人も来ないし。やっぱ、秘密基地は最高だぜ!」

坊主「それにしても、みんなピリピリしちゃって…なんだか変だよねぇ」

坊主「城下町が、城下町じゃないみたい」

三つ編「…それは、魔王が攻めてくるんだから、仕方ないじゃない」

赤毛「本当なのかな?」

金髪「実感湧かねーけどなー」

坊主「ついこの前まで、普通に学校行ってたのにね」


金髪「ま、大手を振って学校を休めるっつーのは魅力だよな!」

赤毛「同感」クスッ

三つ編「もう、金髪も赤毛も。暢気なこと言ってる場合?」

金髪「暢気なこと言いたいから、ここに抜け出して来たんだろ?」

三つ編「それは…そうだけど」

坊主「あ、そーだ。そういえば」ゴソゴソ

赤毛「? どうしたの、坊主?」

坊主「ジャーン! ビックチョコレートの大袋!」

三つ編「わあ、凄い!」

赤毛「やったー! あたしコレ、大好き!」

金髪「やるな坊主!」

坊主「でへへ」


赤毛「…」モグモグ

赤毛「魔王、かあ」

三つ編「…」モグモグ

赤毛「魔王に負けたら、あたしたち、どうなっちゃうのかなぁ」

坊主「…た、食べられちゃう、かな!?」

金髪「かもな。魔族は、ハラ減ってなくても人間食うからな」

坊主「そ、そうなの…?」

金髪「ああ。あいつらは俺たちに脅かして恐がらせるために食うんだ」

坊主「ひっ…」

赤毛「金髪! あんまり坊主を怖がらせちゃダメだよ」

金髪「へーへー」

三つ編「授業で習ったけど、人と魔族はお互い、勝ったり負けたりを繰り返してるのよね」

坊主「勇者様が勝つときと…魔王が勝つときと、あるんだっけ」

金髪「ええ? そんなこと習ったかあ?」

赤毛「この間習ったばっかりじゃん」

金髪「そーだっけ…?」


三つ編「ここ数十年間は、勇者様が負けてないから、私たちもそういう感じがしないのよ」

坊主「じゃあじゃあ、今回も勇者様が勝てる!?」

三つ編「そ、それは分からないわよ、私だって」

金髪「でも、王様はもう降伏宣言してるんだぜ? それって人間の負けってことだろ?」

赤毛「それじゃあ、勇者様が負けちゃったのかなあ?」

坊主「ついこの間、神託を受けたばっかりじゃないの!?」

金髪「気の毒なこった。旅に出る前にやられちまうなんてよ」


赤毛「………勇者様が負けた時」

赤毛「昔の人は、どんな風だったのかな」

三つ編「…れ、歴史の教科書では」

三つ編「町やお城が壊されたりして、沢山の人たちが奴隷になって、連れていかれたりしたって 」

坊主「ど、奴隷…?」

金髪「…」

坊主「それじゃあ、僕らもそうなっちゃうの、かな?」

坊主「お父さんやお母さんは…?」

三つ編「…だ、大丈夫よ」

三つ編「きっと、教会の騎士様が、守ってくれるわよ…」

三つ編「きっと………」

赤毛「…」

赤毛「今日、うちのパパは町の集会に行ってるんだって、ママが言ってた」

赤毛「これからどうするのか…自分達で決めなきゃいけないって」

坊主「…そ、それって」

坊主「どういう、こと…?」

赤毛「………分からない」


金髪「だー、もう!」

金髪「お前たちまで暗くなってどーすんだよ!? 秘密基地のルール、忘れたのか!?」

金髪「ひとつめ! 言ってみろ、赤毛!」

赤毛「え、えっと…」

赤毛「秘密基地では楽しく過ごす。暗い話はご法度」

金髪「そうだ。ふたつめは!?」

三つ編「学校や家でイヤなことがあったら、いつでも来て良し。誰かが困ってたら、駆けつけること」

金髪「坊主、みっつめ!」

坊主「しゅ、宿題の話をしたものは、秘密基地から出ていく!」

金髪「そのとーり! 秘密結社は、困った時は助け合い、どんな時でも明るく楽しく過ごす!」

金髪「それがなんだよ、俺たちのこの有り様は!? 秘密基地まで来て、暗い顔すんなっての!」

三つ編「そんなこと言ったって…この状況で楽しい事なんか…」

金髪「そういうトコ、アタマが硬いんだよな三つ編は!」

三つ編「な、なによ!? 金髪だって、文句言うばっかじゃない! なんのアイディアも無いくせに!」

金髪「ぐむっ…。そ、それはだな」


金髪「よし、赤毛!」

赤毛「あ、あたし!?」

金髪「なんか、面白いことのアイディア! 言ってみろ!」

赤毛「…えっとー、うーん」

赤毛「あ、そうだ!」

坊主「何か思い付いたの!?」

赤毛「"大人達の集会所に潜入大作戦"、なんてのはどう?」

金髪「…」

赤毛「…ダメ?」

金髪「いいな! それ!」

坊主「うっひゃー、格好いい! 面白そお!」

三つ編「で、でも…外は危ないよ!」

金髪「――三つ編さ。気になってんだろ」

金髪「父さんのこと」

三つ編「!」

金髪「気になるんなら、自分で知りに行けばいい。違うか?」

三つ編「………」

三つ編「分かったわ」

金髪「っしゃ決まりィ!」

三つ編「その代わりひとつ約束! 潜入作戦の陣頭指揮は私がとります! 本当に危ないことは、禁止なんだから!」

坊主「三つ編、一番やる気なんじゃない?」

赤毛「かもね」フフ

三つ編「そこ! 何か言った?」

赤毛 坊主「なんでもありませーん」





少年「さあ、子供たちの大作戦が始まるよ」

少年「彼らは友達で仲間で、別ちがたい友情で結ばれてるんだ」

少年「少なくとも、彼らはそう信じている」

少年「大人になると、そんなものはないんだって言う人もいるよね」

少年「友達のこと、忘れちゃったって言う人もいる。忘れるつもりなんかなかったのに、いつの間にか離れてしまったって人もいる」

少年「あの頃とは全てが違ってしまって、カチカンが違ってしまったとか、タチバが変わってしまったとか」

少年「全ては、一瞬の煌めきだったって、みんな昔を懐かしむ顔になったりして」

少年「でも、子供にはそれが分からない。彼らにとってはその一瞬一瞬が全世界で、それに持てる全てで立ち向かっていくんだよ」

少年「それが、子供の特権なんだ」





三つ編「いーい? 私たちは今、三区の時計台裏の秘密基地にいる。目標は、町の集会場。ここに行くまでには…大通りを2つ、通っていかなきゃならないわ」

三つ編「でも、そういう所には教会の騎士様が沢山いて、見つかったら最後大変な目に会うかもしれない」

坊主「う、うぅ…」

金髪「坊主、今さらビビったのかぁ?」

坊主「そ、そんなことないよ!」

赤毛「でも、どうするの? 集会所には通りを越えて行かなきゃいけないでしょ?」

三つ編「そうね…1つめの通りは、富豪さんの敷地の中を通っていくのはどうかしら?」

金髪「あんのバカでかいウチか。確かに、通りを行くより安全だな」

赤毛「敷地の中の庭園を通って行くって事? だ、大丈夫かなぁ?」

三つ編「多分平気よ。どうせどこのウチかも、ウチに閉じ籠ってじっとしているはずだから」

赤毛「そっか…」

赤毛(けっこう強引な作戦な気がするけどなあ。三つ編、やっぱり一番ノリノリなんじゃ?)

三つ編「2つめの通りは、集会場の近くまで小川が流れてる。この水路に降りて、小舟で行きましょう!」

坊主「あ、そういえばあそこ、ボロの小舟があるよねぇ!」

金髪「おお…すごい。何だか上手く行きそうな気がしてきた!」


金髪「よーし、早速決行だ!」

赤毛「坊主、ビックチョコレート忘れないでよね! 大事な食料なんだから」

坊主「オッケー!」

三つ編「三区の地図ってどこかにあったかしら? 一応持って行きたいんだけど」

赤毛「ああ、それなら確かこの辺に…」

金髪「へへ! 久々にワクワクすんなあ! 早く行こうぜ!」

赤毛「ちょっと待ってよぉ。あ、あったあった!」

三つ編「良かった、これで準備万端」

金髪「坊主は?」

坊主「………」

金髪「? おい、坊主」

赤毛「どうかしたの?」

坊主「………本当にいいのかな」

坊主「僕たち、こんな事してて」


金髪「あん? 急にどうしたんだよ、お前」

坊主「王様が…外出禁止だって。チョクレイが降りたんだって、言ってた」

坊主「そんな命令を出したの、初めてだって」

坊主「父ちゃんも母ちゃんも言ってた。すっごく、恐い顔してた」

坊主「………本当に、僕たちこんな事してて、いいのかな」

赤毛「………」

三つ編「………」

金髪「はん」

金髪「王様が、なんだよ。あんなやつ」

金髪「魔族と戦うの怖がってばかりの、腰抜けじゃねーかよ。あんなやつが守ってくれるなんて、元々オレは思ってないぜ」

金髪「父さんだって………」

三つ編「金髪…」

金髪「…」

金髪「赤毛の親が言ってたってこと、聞いてたろ。これからどうするのか、自分たちで決めなきゃいけないって」

金髪「もしそうならオレたちだって、知って、考えなきゃいけない」

金髪「大人達に任せっぱなしにしてたって、魔族から守ってくれるなんて決まったわけじゃないんだ」

赤毛「…」

金髪「だから、行こうぜ。集会所」

金髪「そんくらいは出来るんだ…オレたちだって。もうコドモじゃない」


赤毛「そうだね。一緒に行こう。坊主のパパもきっとそこに居るから」

赤毛「三つ編が居れば、安全な道で行けるはずだし、もし騎士様に捕まりそうになったらその時は…」

金髪「オレがやっつけてやるぜ!」

赤毛「でしょ?」クス

赤毛「それに、坊主のビックチョコレートがあれば、元気も出る」

坊主「…」

金髪「おいおい、そんじゃあ赤毛は何するんだよ?」

赤毛「え!? えーっと、そうだなぁ…」

三つ編「…赤毛は」

三つ編「何だか、居てくれるだけで、安心する」

赤毛「えっ! や、やだなぁ何言ってるの!」

三つ編「ご、ゴメン。変だったね、私」

坊主「で、でも。分かる気がする、かも…」

金髪(…)

赤毛「坊主までっ! 止めてよー!」

金髪「おいおい、坊主! まさかお前、赤毛のこと…!?」

坊主「ち、違うよー!!」

赤毛「き、金髪ぅ!」バシッ

金髪「痛っ! 叩くことねーだろ!?」

三つ編「ふふふふ」








少年「あの時好きだった子のこと、覚えてる?」

少年「それとも、君のことを好きだと言ってくれたあの子のことを?」

少年「あの時、頬を撫でていった風を、差し込んでいた眩しい日差しを」

少年「胸のうちに燻っていたあのどう言ったらいいのか分からない気持ち」

少年「覚えてる?」

少年「案外、そんなあの子がケッコンなんかすると、"でもあいつ、昔俺のこと好きだったんだぜ"とか内心思ってる君たちを、よく知ってるよ」

少年「子供の好きってのは、本当に好きだったのかもしれないし、"好きっていうことにしていただけ"なのかもしれないよね」

少年「今の君は、誰かのことを好きだと思うかい?」

少年「それはあの時の好きとは違う好き? アイシテルって奴なのかな?」

少年「それとも…」

金髪「ん?」

坊主「あれ、この子…」

少年「やあ。お出かけ?」

金髪「…まあな」

三つ編「坊主、知ってる子?」

坊主「う、ううん。知らない。と、思う」

赤毛(…見たことない、男の子だ)


金髪「お前、こんな所で何やってんだよ。こんな時に」

少年「君たちこそ、何やってるのさ?」

金髪「オ、オレたちは…」

坊主「僕たちのは、秘密結社の大作戦中なんだよ! 凄いでしょ!?」

三つ編「それ、言っちゃったら全然秘密じゃないじゃない…」

少年「秘密結社か、凄いね!」

坊主「でしょ!? きみも仲間になる!?」

金髪「お、おい坊主! 勝手になに言ってんだ!」

赤毛「良いんじゃない? 別に」

金髪「だ、駄目だ! 誰でも入れたら秘密結社じゃないだろ!」

坊主「ええー」

金髪「駄目なものは駄目!」


少年「ふふ。それは残念」

少年「でもね、大丈夫だよ。一人で遊んでるから」

赤毛「そうなんだ…」

少年「そういうのが好きなんだよ」

坊主「そっかあー」

金髪「…」

少年「秘密結社の皆さん!」ビシッ

少年「作戦の無事成功をお祈りしてます!」

坊主 金髪「!」

坊主「了解でありますっ!」ビシッ

金髪「…そっちも気ぃつけてな!」ビシッ

三つ編「も、もう! 恥ずかしいってば!」

赤毛「じゃあね!」

少年「うん!」


金髪「富豪の家はすぐそこだぞ。気を抜くな、副長!」

坊主「イエッサー、隊長!」

三つ編「や、やめなってばぁ…」

赤毛(一人で遊ぶのが、好き…かあ)

赤毛「………」クルッ

少年「…」ジッ

赤毛(わ! 振り向いたら、め、目が合っちゃった!)

少年「泣かないでね」

赤毛「え…?」

少年「君には、女神様がついてるよ」

赤毛「………?」

三つ編「赤毛ー、早くぅー!」

金髪「置いていくぞー!」

赤毛「あっ、待って!」タタッ



少年「………」

少年「そう。泣いちゃ駄目だ。笑わなきゃ、ね…」




富豪の家

金髪「おし、こっちだ」コソッ

坊主「ホントに平気かなぁ」

三つ編「バレなければ平気よ」

赤毛「み、三つ編…」

三つ編「でも金髪、そっちは庭園を横切っていく道みたいよ。塀に沿って迂回した方が良くないかしら」

金髪「こっちのが良いんだよ。どうせあのオッサン、今頃震え上がって部屋の奥に引っ込んでら。庭なんか誰も見てねーよ」

金髪「それに、あそこ見てみろ」

三つ編「え? …何、あれ。犬小屋?」

金髪「うん。ロクに働かないヤツなんだけど、一応番犬がいることにはいる。塀伝いに歩けば、アレの近くを通ることになる」

金髪「万一吠えられたら、流石にマズイだろ?」

坊主「ば、番犬…!」


赤毛「金髪、ずいぶん詳しいんだね?」

金髪「ああ。小さい頃よく来てたからな、ここ。母さんの、取引相手だった」

坊主「金髪の母ちゃんって、行商人だったんだよね。僕の父ちゃんも商人ギルド勤めだから、昔は一緒によくご飯食べてたもんね!」

金髪「ははは。あの時は、楽しかったな。でも」

金髪「コドモの頃の、話だよ。もう」

三つ編「…」

赤毛「今でも金髪はコドモだと思うけど?」

金髪「…へっ。いつまでもパパとママにべったりの奴に言われたくないぜ。区のお偉いさんだからってよ」

赤毛「なっ…! パパとママのお仕事は関係ないでしょ!?」

三つ編「ちょ、ちょっと。こんな所でケンカ始めないでよ、二人とも!」



ジャラ…


三つ編「…ん? 何の音?」

金髪「! まさか、なんで!?」

坊主「ひっ…!」

赤毛「!」



番犬「…」ジャラ…


坊主「ひぃいっ…モガッ!」

金髪「馬鹿! デカイ声出すな!」ガシッ

番犬「…」キョロキョロ

三つ編「お、大きな犬っ…!」

赤毛(確かに…かなりの大型犬だ…!)

金髪「あ…慌てて大きな音を立てたりすんな。コイツ、滅多に吠えないんだけど…近くで子供が暴れたりすると、鳴くことがあるんだ」

赤毛「め、滅多に吠えないって、番犬としてどうなんだろ」

三つ編「でも、確かに今日は。もしこの犬が吠えたりしたら、何事かと家の人が出てくるかもしれないわ…」

金髪「魔王が来たかも…てか? こんな老いぼれの犬に吠えられる魔王って、どんなだよ」

坊主「~!」ジタバタ

金髪「ああもう、お前は暴れんなっつの!」


番犬「…」キョロキョロ

三つ編「………ねえ」

三つ編「普段から吠えない犬にしても、何か、変じゃない? こんなに近くに私たちがいるのに…この犬、まるで見えてないみたい」

金髪「!」

赤毛「そうだね。…死んじゃう少し前の、ウチの犬に良く似てるな」スタスタ

金髪「お、おい赤毛!」

赤毛「平気よ。ホラ、こうやって前から近づいて触ってあげれば」ソ…

番犬「…」

赤毛「多分、もう目も耳も………。鼻詰まりもおこしているみたい。これじゃあもう…周りのこと、全然分からないよね」

赤毛「不安だったんだよね、お前」ナデナデ

金髪「…!」

赤毛「ご主人様だと思ったの? ゴメンね、違うんだよ…」ナデナデ

坊主「わわわ…! こ、怖くないの赤毛!?」

金髪「………。あのオッサン、自分ちの犬がこんなになってんのに。面倒も見ずに、放し飼いにしてんのか」

三つ編「きっと、余裕ないのよ」

三つ編「…"魔王が攻めてくる"。自分達だってどうなっちゃうのか分からないんだもん」

金髪「…」

赤毛「それでも…」

赤毛「お前の居場所は、この庭なんだね」ナデナデ

番犬「…」


番犬「…」ヨタヨタ…

金髪「!」

赤毛(金髪の方に、すり寄っていく)

金髪「…お前」

番犬「…」スリスリ

金髪「う、うお…」

赤毛「ふふっ。もしかしたら、金髪のこと覚えてたんじゃないかな」

金髪「ん、んな事言ったって目ぇ見えないんだろ?」

赤毛「犬が覚えるのは匂いだよ。遊んでくれたこと、覚えてて…会いに来たのかも」

金髪「…ったく」

金髪「あん時は、まだお前ちっこかったじゃねぇかよ」

金髪「こんな、馬鹿でかくなっちまってよ」ナデナデ

赤毛「あはは、ぎこちない」

金髪「うるせっ」

坊主(…だ)

坊主(駄目だ、もう無理)プルプル


坊主「こ、怖いよぉーっ!」ワッ


金髪「ば、馬鹿お前…!」

番犬「…」ピクッ

番犬「バウッ! バウッバウッ!」

三つ編「きゃあっ!」

番犬「バウバウッ!!」

金髪(マズイ!)


「な、なんだ! 何事だ!」


金髪「やべぇ、人が来る! 走れ!」

赤毛「う、うん! ほら、坊主立って!」

坊主「ウウぅ…もう帰るぅ!!」

三つ編「いいから、急いで!」

ダッダッダッ…








水路 ボロの小舟

金髪「…………はぁー」

金髪「もう駄目かと思った」

赤毛「…ほんと」

坊主「うう…」エグッ

三つ編「ほら、もう泣かないで。男の子でしょ」

坊主「だってぇ…」エグッ

金髪「おい、布だけはちゃんとすっぽり被っとけよ。じゃないと、ここに居るのバレるからな」

赤毛「うん、そだね。ほら、坊主」

坊主「もう、帰りたいぃ…!」エグッ

三つ編「ここまで来て、何言ってるのよ」

ドタバタドタ

金髪「!」

金髪「しっ! 声出すな。たぶん、騎士だ。橋の上を通る」ヒソッ


「…どうだった?」

「どうやら、子供が数人で敷地に入り込んでいたみたいですね。住人が後ろ姿を見たそうです」

「ちっ。こんな時に、とんだ悪ガキが居たもんだ。今にも、魔王が来るかも分からんと言うのに」

「全くですね。保護しますか」


「本来はそれが我々の勤めだ。…だが。考えてもみろ。今さら子供のひとりやふたり助けた所で、どうなると言うんだ」

「…………魔王が来れば、全て滅ぼされてしまうかもしれない。そう言う、ことですよね」

「…。城下町の港町側に配置されてた連中は、命懸けの特攻をさせられるんだろう。我々はそうではない」

「…………」

「お前も…少し自分の心配をしてみろ。家族がいるんだろう? 教皇領まで逃げ延びればあるいは…」

「…そう、ですね」

ドタドタ…


赤毛(…)

坊主「…」グスッ

三つ編「…」

金髪「…」

金髪「なあ。…やめにするか?」

三つ編「え?」

金髪「帰っても、いいぜ。自分ちに、さ」

金髪「…オレが無理矢理ついて来させたようなもんだし。これ以上は…さ。ノリでいける感じじゃないだろ」

金髪「…いいよ。帰っても」

坊主「…」

三つ編「…」

赤毛「金髪は、行くつもりなの?」

金髪「…………オレは」

金髪「オレは、行く」

金髪「もう、コドモじゃないんだ。任せてられないんだ」




少年「子供に与えられる選択肢はいつだって多くなかった」

少年「精一杯虚勢を張って、大人の真似事をしようとしてみても、それは多くの人が許してくれなかった」

少年「危ないから、まだ早いから、あなたの為だから」

少年「大人も、叱る言い訳に必死だな…なんて思ったりもしたな」

少年「でも、その代わり子供はとても守られていた。安全で、安心なところに」

少年「大人は時々凄い力を誇示して、子供は所詮それに敵わないんだと思い知らされる」

少年「でもね…その大人が泣いてしまった時」

少年「どうしようもない不安な世界へ、放り込まれたような気がしてた」






赤毛「じゃ、あたしも行く」

金髪「んな…!」

金髪「…何でだよ。ウチに帰れば、ママが待ってんだろ?」

赤毛「呼び方、真似しないでよ。今帰ったら、ずっと金髪に馬鹿にされるもん。そんなのイヤ」

金髪「おまっ、分かってんのか!? そんな理由でなぁ…!」

赤毛「理由なんて、なんでもいいじゃん」

赤毛「誰かが困ってたら駆けつけること。それが秘密結社のルール」

赤毛「そうでしょ?」

金髪「っ…。か、勝手にしろ!」

赤毛「三つ編は、どうする?」

三つ編「――私は」

三つ編「私も、行くよ」

三つ編「集会所に行けば、お父さんのこと何か分かるかもしれないから」

金髪「そ、か」

赤毛「三つ編のパパって…兵士だったよね?」

三つ編「うん。まあ、教会の騎士様とは全然違うんだけどね。ずっとお城の警備をしてたから」

三つ編「でもこの間の出兵の時に、砦の防衛に行くんだ…て、城下町を出てったの」


赤毛「…そうだったんだ。あたし…知らなかった」

三つ編「隠してるつもりは無かったんだけどね。何か、どう言ったらいいか分からなかったから」

金髪「…」

三つ編「昨日あった、大きな地響きと…南の空に登った煙…。きっと、何かあったんだって思う」

三つ編「お母さんは、何も教えてくれないから。だから、私が聞きに行くんだ」

赤毛「…偉いね、三つ編は」

三つ編「ふふ。そうかな」

赤毛「うん。あたしは、そう思う」

三つ編「ありがと、赤毛」

金髪「…さて」

坊主「…」ズビ

赤毛「坊主、帰る? なら、三つ編の地図に帰り道を書いて、持って行って貰えば…」

三つ編「そうね。ここから集会所へは、この小舟で水路を下ればすぐだから、地図は必要ないもんね」

三つ編「えーっと、今いるのがこの辺りだから、坊主の家までは…」

坊主「…」ガサガサ

ドサッ…!


赤毛「…そうだったんだ。あたし…知らなかった」

三つ編「隠してるつもりは無かったんだけどね。何か、どう言ったらいいか分からなかったから」

金髪「…」

三つ編「昨日あった、大きな地響きと…南の空に登った煙…。きっと、何かあったんだって思う」

三つ編「お母さんは、何も教えてくれないから。だから、私が聞きに行くんだ」

赤毛「…偉いね、三つ編は」

三つ編「ふふ。そうかな」

赤毛「うん。あたしは、そう思う」

三つ編「ありがと、赤毛」

金髪「…さて」

坊主「…」ズビ

赤毛「坊主、帰る? なら、三つ編の地図に帰り道を書いて、持って行って貰えば…」

三つ編「そうね。ここから集会所へは、この小舟で水路を下ればすぐだから、地図は必要ないもんね」

三つ編「えーっと、今いるのがこの辺りだから、坊主の家までは…」

坊主「…」ガサガサ

ドサッ…!


金髪「!」

赤毛「どうしたの? ビックチョコレート出して」

坊主「…ぼ、僕は」

坊主「しょ、食料係だから…! みんなのビックチョコレートを管理する、大事な役目だから!」

坊主「…」ガソゴソ…パクッ

坊主「…」バリボリ

坊主「チョ、チョコレートで元気が出たから、もう平気なんだ!」

三つ編「…坊主」ポカーン

金髪「ぷっ」

金髪「あっはっは! 見栄っ張りだな、お前!」

赤毛「でも、そっか。坊主もパパの事、心配だよね。会いたいよね」

坊主「食料係だからだよっ! あ、赤毛がそう言ったんだ!」

赤毛「ハイハイ、分かったよ」クスクス

金髪「…じゃ、決まりだな。小舟、出すぜ」

三つ編「うん」


サラサラサラ…

赤毛「わあ…あはは! あたし、1度船に乗ってみたかったんだよね!」

金髪「…赤毛。お前、けっこう度胸あるよな」

赤毛「何で?」キョトン

金髪「何で…って、これから行くのは大人達ばっかりの集会所だぜ」

三つ編「ほんと。富豪さんの家でも、おっきな犬に平気だったし」

赤毛「んー。犬には慣れてたし…集会所には、パパも居るだろうしさ」

坊主「…あっ!」

金髪「どうした? 坊主」

坊主「僕、なんであの時、赤毛は居てくれるだけで安心って思ったのか、分かったよ!」

赤毛「ええっ? またその話ぃ? もう、恥ずかしいから止めてよ…」

坊主「ち、違うんだって! 僕、今朝赤毛の出てくる夢を見たんだ!」

金髪「!」

三つ編「!」


赤毛「えーっ!?」

坊主「魔王が、怖い獣を率いて城下町を進んでくるんだけどね、噴水広場の所で、赤毛が水の上に立って、光で魔王を照らすの!」

坊主「そしたら、魔王が急に苦しみ始めて…」

三つ編「連れている獣と、同士討ちを始める」

坊主「そう! …って、三つ編、何で分かったの?」

三つ編「私も見たわ。その夢」

赤毛「み、三つ編まで、何言ってるの!?」

三つ編「…女神様が、優しく赤毛を見守っていて、赤毛は温かい光に包まれていく」

坊主「えっ! い、一緒だ…。僕の見た夢と!」

金髪「………オレも」

金髪「オレも見たぞ。その夢」


坊主「エエッ!?」

三つ編「じゃ、じゃあ私たち三人とも、同時に赤毛の夢を見たってこと!?」

金髪「そ、そうみたいだな…」

赤毛「ちょ…ちょっと皆何言ってるの、もう! あたしのこと、からかってるでしょ!」

坊主「からかってなんてないよ! 本当に見たんだよ!」

金髪「しかも…お前らの話が本当なら、夢の内容まで同じだぜ」

三つ編「こんなことって、あるんだ…」

金髪「オレはてっきり、魔王を怖がってばかりいる自分が見た、妄想だと思ってたんだけど」

三つ編「私も…友達が魔王を倒してる姿なんて、変な夢だなあって思って」

赤毛(ど、どういう事…? 三人とも本当に同じ夢を見たの?)

赤毛(…夢…。夢…?)

赤毛(そう言えばあたしも今朝、変な夢を見たなぁ)

赤毛(見たこともないような、翼の生えた女の人が私を包んでくれて…すごく大きな力に身を委ねる夢)

赤毛(そう、この人はきっと女神様なんだ…って思ったんだ)

赤毛「――女神、様…?」


三つ編「どうかした? 赤毛」

赤毛「…う、ううん」

赤毛「何でもない…」

坊主「あっ、あれ! 集会所だよね!?」

金髪「おう、そうだな。降りる準備、しねーと」

三つ編「そうね」

赤毛「…」

金髪「? 何、難しい顔してんだ」

赤毛「あ、あはは。なんでもないよ、ほんと」

金髪「なんだか良く分からないけどさ、縁起が悪いってわけでもないだろ。むしろ良いくらいだ、きっと」

金髪「ご利益期待してるぜ」ナムー

赤毛「…人を地蔵みたいに拝まないでよ!」

金髪「へへっ。ほら、行くぜ」

赤毛「…うん!」



古びた教会(第三区町民集会所)

坊主「あ、相変わらずボロボロだなぁ。気味が悪いよぅ」

三つ編「でも何度か忍び込んでるし、坊主ももう平気でしょ」

坊主「そうだけど…神父さん怖いからなぁ…」

金髪「へっ。あんな偏屈ジジイ、大したことないぜ。それより問題は…」

赤毛「見張り。立ってるね」

金髪「うん。教会の騎士だな」

三つ編「…でも、それっておかしくない? 町の人たちは、女神教会に集会を開くのを禁じられてるのよ」

三つ編「なんで、あの騎士様たちは集会所の外を見張るようなことをしてるんだろう…」

赤毛「確かに。そもそも、集会所を開く場所が教会って言うのもヘンだよね」

金髪「ここで考えてたって分かんないだろ。とりあえず、いつも通り二階の部屋から忍び込むぜ」

坊主「う、うん!」


古びた教会 二階

坊主「よ、よいしょ!」スタッ

三つ編「大きい足音立てちゃダメよ。見つかったら、私たち大目玉どころじゃ済まないかも」

金髪「坊主、頼むから父さんや母さんを見つけても、大声で呼んだりするなよ。近づくのは、ちょっと我慢だ」

坊主「わ…分かった」

赤毛「町の人たちは、礼拝堂にいるみたいだね。丁度そこから見下ろせるよ」

三つ編「ほんとだ…神父さんに、町の人たち」

「…そんなことに、命を懸けるのか!」

赤毛(え…? この声)

金髪「お、おい…あれ」

金髪「赤毛の、父さんじゃねぇか?」

三つ編「…本当。皆の前に立って、何か話してるわ」

赤毛(………パパ?)



赤毛父「そんな事をして、何かが変えられる可能性があるのか!? 馬鹿げてる!」


神父「落ち着きなさい。見張りがいるとは言え、集会が見つけられては事だ」

赤毛父「落ち着け? これが落ち着いていられるものか! あんたらが言っているのは、体の良い生け贄を差し出して、自分達は逃げ出そうって話だ」

神父「そうは言っていない。しかし、例のことは紛れもない事実なのだ」

赤毛父「何が事実だ。魔王が攻めてくるって臆病風に吹かれて、妄想に逃げているだけじゃないか!」

赤毛父「これだけの大人が集まって、導き出した答えがそれなのか!?」

区長「…妄想。もはや、これは妄想の域を越えた話ではないですか?」

赤毛父「何?」

区長「相手は、魔王だ。私たちの理解を遥かに越えた存在。それを相手にする時…私たちの常識の範疇で事を起こしても、それが通用するとは思えない」

区長「そして、常軌を逸した事態が…昨晩、多くの人々の上に同時に降りかかった。このような時には、それこそ女神様のような存在にしか、すがるものがない」



金髪「…おい。何の話をしてるんだ?」

三つ編「分からない…」

坊主「………」

赤毛(…あれは…本当にパパ?)

赤毛(あの優しいパパが、あんな風に怒鳴るなんて…見たこと、ない)

赤毛(なんだろう………)

赤毛(怖い)ドクン…


坊主父「でも、皆さんにも、子供を持つ方は居るでしょう?」

坊主父「自分の子供がそうであったら、同じことが言えますか? 私は…正直ホッとしている。私の息子がそうでなくて良かった…と」

坊主父「自分の子供を、魔王と戦わせるなんて…そんな酷いことを受け入れられる親が、何処にいますか?」



坊主「父ちゃ…!」

金髪「こらこら」ガシッ

坊主「モガモガッ」

三つ編「あ、危なかったね」

金髪「やると思ったぜ。ったく、あれだけ言ったのによ」

坊主「…」

赤毛「………」ドクン…ドクン…

赤毛(ねえ)ドクン…ドクン…

赤毛(何の話を、しているの?)ドクン…ドクン…




坊主父「うちの倅もあなたのウチのお嬢さんとずいぶん仲良くしてもらってる。気持ちは…私も分かるつもりだ」

赤毛父「………」

区長「確かに、これだけの大人が集まって決めたことが"たった一人の少女に命運をかける"…などと言う答えなのは、情けないことかもしれない」

区長「しかし…その子供が、他の数千、数万の子供を救うかもしれないのです」

区長「分かって下さらぬか」

赤毛父「…娘が役目を果たせる確証は何処にもない…!」

区長「確証がない…と言うのであれば、勇者様とて同じです。女神の加護、というひどく曖昧なものに人類は依存している」

区長「そして…今確認出来ただけでもここに集まったすべての町民が、女神の信託にも似たものを見た」



区長「赤髪の少女が、噴水広場で魔王を討つという夢を」





赤毛「――!!」ドクン…!


三つ編「!」

金髪「な、なんだよ、それ」

坊主「ぼ、ボクたちが見た夢を…皆が見ていたってこと?」

三つ編「町の人みんなが、赤毛の夢を!?」

金髪「…どーなってんだよ」

赤毛「………」



赤毛父「…ああ、見たさ。その夢なら私だって見た」

赤毛父「娘が…教会の僧侶の出で立ちで、水の上を舞っていた。美しい女神を頭上に従えて」

赤毛父「親の欲目で見た、馬鹿げた夢だと思った。だってそうだろう、まだ目覚めぬ娘の様子を一目見ようと部屋に行ったら」

赤毛父「そこには、普段と変わらないあどけない寝顔があっただけだ。巫女だとか、軌跡の僧侶とか、そんなものとはまるで縁の無い――」

赤毛父「愛しい娘の寝顔だけがあったんだ」

赤毛父「それが、私の全てだ。奇跡も何もない、ただの優しい娘でいてくれれば、それだけでいいんだ」

赤毛父「夢を再現するために………娘を魔王と戦わせる? 噴水広場に、ひとり置き去りにして? そんな事が、出来るものか」

赤毛父「なあ、俺はまだ夢を見てるんだろう? もう沢山だ…! 目を覚ましてくれよ…!」

坊主父「赤毛さん…」

赤毛父「王国軍ですら、全滅したんだぞ!!」

赤毛父「あの爆発で、砦ごと吹き飛んだんだ!! そんな恐ろしいモノと子供を戦わせるなんて…正気の沙汰じゃあないっ!!」



金髪「!」

三つ編(王国軍が…全滅?)


三つ編(砦ごと、吹き飛んだ…)

三つ編(それっ…て………)

金髪「…」ギュ…

三つ編「…金、髪…」



バタン!

十字聖騎士「し、神父殿!」

神父「どうした!?」

十字聖騎士「教皇様の名義で、御触れが出ました…!」




十字聖騎士「"赤髪の娘を噴水広場へ連れてくるべし"」


十字聖騎士「""彼の者は、人々の救いの僧侶なり"…!!」


赤毛(――これは、なに?)

赤毛(いま、一体なにが起こっているの?)

赤毛(分からない…分からないよ)


ザワッ…

「きょ、教皇様が!?」

「…やはり、王国中の人々があの夢を見ていたんだ!」

「た、助かるのか? あの少女がいれば、助かるのか!?」

神父「そうか…」

区長「神父さん。これで迷う必要も無くなった」

区長「あなたは、女神教会の人でありながら私たちに場所を提供してくださった。人々にも選ぶ権利があると…」

区長「そうした結果、件の少女が誰なのか…今どうしているのか。それすら知ることが出来ている」

区長「私たちは、自分達で決断し、それを選ぶ」

神父「…」

赤毛父「馬鹿な…本当に娘が…」ヨロ

区長「これで、ご理解頂けますね」

区長「私たちは、あなたの家に向かいます。ついてきて、頂けますな」

赤毛父「…」ブンブン

区長「さあ。我儘は終わりにして下さい。私たちに、手荒な真似をさせんでくれ」ガシッ

赤毛父「…っ!」

坊主父「ダメだ!!」


坊主父「こんな事を子供にさせるのは間違っている!」グイッ

区長「何を…!?」

坊主父「逃げろ、赤毛さん!」

赤毛父「…!」

坊主父「女房と子供を連れて、早く!!」

坊主父「こんなことは、ただの殺戮だ!!」

区長「あなたまで何を言うのか! 同情もそこまでにしなさい!」

坊主父「大人たちの責任を子供に押し付けるな!!」

坊主父「ならば、我々だって武器を持って立ち上がるべきなんだっ!! 」

赤毛父「坊主さん…」

坊主父「行け!!」

赤毛父「…っ!」ダッ

区長「い、いい加減になさい! 人が滅びるか否かと言う時に!」

「そ、そうだ! 邪魔すんなよ!」

「赤毛の一家を、の、逃すな!」

「どけっ!」

バキッ!

坊主父「うがっ!」ドタ…!




坊主「――っ!!」



坊主「父ちゃんッ!!」




金髪(しまった――!)


赤毛(――ああ。大人たちが皆、こっちを見上げる)

赤毛(たくさんの顔が、あたしを見る)



「な、なんだ…? 今子供の声が…」

「どうしてこんな所に子供が…!?」

坊主父「…お、お前たち」

赤毛父「!!」


赤毛「パパ…」


「おい、アレ…」

「…そうだよな!? 夢に見たんだ、見間違いようがねぇ!」

区長「…!」

区長「赤髪の少女はあそこにいる!!」

区長「捕まえるんだ!! 保護するんだ!!」

ザワッ…!

「に、二階だぞ! 階段はどこだ!?」

「あそこだ! 急げ!」




少年「泣かないで」

少年「君は物語を紡ぐひと」

少年「君が泣いたら、皆が悲しむよ」

少年「忘れないで」

少年「友達のこと。その時の輝き」

少年「優しい思い出を」




赤毛(何人かの大人たちが、階段を登ってくる)

赤毛(下の大人たちは、みんな驚いた顔でこっちを見てる)

赤毛(どうすればいいの? どう、すれば…)

赤毛「…パパ」


金髪「保護…?」

金髪(違う。これはそんなんじゃない)

金髪(誰ひとり、そんな目でオレたちを見ちゃいない)

金髪(そう、だから)

金髪(オレがすべきことは)


赤毛父「――逃げろォっ!!」


赤毛「っ」ビクッ

金髪「…」ガシ

赤毛「! …金髪」

金髪「逃げるぞ、赤毛!!」

赤毛「で、でも…」

金髪「いいから走れっ!! 今すぐ!!」

赤毛「…う」

赤毛「うんっ」ダッ


三つ編「…」

金髪「三つ編、一緒に逃げるぞ!」

三つ編「…うん」

三つ編「でも、坊主は」

金髪「…っ」

坊主「父ちゃあんっ!!」

金髪「………ダメだ。一緒に行けない」

金髪「ここに残った方が、アイツは良いんだ」

三つ編「…っ!」

金髪「急げ!」

三つ編「分かった…!」

ダッ


「お、おい逃げたぞ!」

「追いかけろっ! 逃がすな!」


金髪「この、ついてくんな!」ドカッ

ガタガタガタ!

「う、うわあ! 木材が倒れてきた!」

「この餓鬼め!!」

「しかし、上に登っても逃げ道はないぞ! 追い詰めろ!」

金髪(へっ、甘く見んなよ!)

金髪「赤毛ぇっ! "いつもの逃げ道"で逃げるぞ!」

赤毛「! う、うんっ」

赤毛("いつもの逃げ道"…。教会の屋根の上)

赤毛(煙突の所に掛けてある梯子を、となりの民家の屋根にかけて、逃げる!)

赤毛「はあ、はあ」ガタタ…!

赤毛(いいんだ、これで。多分、きっと)

赤毛(パパが逃げろって、言ったんだから…!)


金髪「おし、赤毛は渡ったな」

赤毛「二人とも、早く!」

三つ編「…っ」ビクッ

三つ編「さ、先に行って。金髪。わ、私時間かかっちゃうよ…」

金髪「ダメだ。お前が先に行け、三つ編」

金髪「お前が高いところ駄目なのは知ってる。でも、頑張れ」

三つ編「でも、私…」

金髪「頼む。三つ編 」ギュ

三つ編「!」

金髪「お前が赤毛を守るんだ。お前にしか頼めない」

三つ編「………わ、分かった」

金髪「ありがとな」ニッ


三つ編(し、しっかりしろ私)ヨロ…

三つ編(そうだ、私が皆の分もしっかりしないと)ヨロヨロ…

赤毛「頑張って、後少し!」

三つ編(赤毛を守らないと…!)グッ

パシッ

赤毛(手が掴めた…!)グイッ

三つ編「はっ、はっ…」スタッ

三つ編「渡れ、た…」

赤毛「金髪も、急いで!」

金髪「よっと」ガコ…

パタン…!

赤毛「!? な、何してるの、金髪!」

赤毛(は、梯子を下に落としちゃった…!)

三つ編「金髪…?」

金髪「これでよし。ほら、行けよ! 猛ダッシュ!」

赤毛「金髪はどうするの!?」

金髪「オレはちょっと時間稼いでいく! ナメくさった大人たちに、目にモノ見せてやるぜ!」


三つ編「何言ってるのよ! 無理よ、そんなの!!」

金髪「つったって、もう梯子は落ちちまったしな。こうするしかないだろ!」

「あそこだ! 屋根に登ってるぞ!」

金髪(ああ、くそ)

金髪(声が震える。足も)

金髪「秘密基地で会おうぜ! ほら、アイツら来ちまう! 早く行けって!」

赤毛「…っ!」

三つ編「――必ず」

三つ編「必ず来てよね!!」

金髪「おう、任せとけって!」

三つ編「きっとだからね!!」ダッ

赤毛「三つ編…」

三つ編「急いで、赤毛! 逃げよう!!」グイ

赤毛「…!」

赤毛(き、金髪が…)


「この餓鬼、なんてことしやがる!」

「巫女様が、もうあんな遠くへ…!」

金髪「うるせぇ!!」

金髪「あいつは巫女様なんかじゃねえ!! 赤毛っていう、な…!」

金髪「オレの友達なんだよッ!!」


「黙れ、こいつ…!」

バキッ

金髪「うぐっ…!? 何すんだ!」

金髪「クソォっ!!」



赤毛(金髪――!!)

三つ編「………っ!!」ギュウ…!

タッタッタッ…






――
――――
――――――




秘密基地


赤毛「………」

三つ編「………」

赤毛(…)

赤毛(まだ、胸がどきどきしてる)


――「捕まえろ!」「そっちだ、追い詰めろ!」「逃がすなっ!」

赤毛(………)

赤毛(あの人たちの顔が、頭から離れない)

赤毛(いつも、学校に行く途中すれ違うおじさん。友達の家のおばさん)

赤毛(まるで知らない人みたいな顔をしてた。あたしのこと、いつもと全く違う目で見てた)

赤毛(………金髪…)




――赤毛「秘密結社?」


――金髪「おう、そうだ! 今日からオレたちは秘密結社の仲間っ!」

――坊主「うおーっ、カッケー!」

――三つ編「えぇ…なんか、可愛くないよね?」

――赤毛「そうだねー、金髪らしいけど」クスクス

――金髪「秘密結社の仲間は、ずっと一緒だ! 学校を卒業しても、大人になっても、ずっと!」

――赤毛「ずっと一緒?」

――坊主「いいなあ、それ!」

――三つ編「…私、ずっと一緒にはいれないと思うよ。みんな、おうちの仕事も違うし」

――三つ編「大人になったら、会えなくなっていくんだよ」

――坊主「そおなの!?」

――金髪「バカだなぁ、三つ編は!」

――金髪「大事なのは、仲間ってことだ。毎日一緒にいれなくなっても、仲間でいるって覚えてれば」

――金髪「いつか、会うための力になるんだよ!」






赤毛(金髪のバカ)

赤毛(ずっと一緒だって、言ったのに)

赤毛(………金髪も坊主も、なんで一緒に来てくれなかったの)

赤毛(………)

三つ編「…来ないね、金髪」

赤毛「…うん」グス

三つ編「ずっと一緒だって、言ったのにね」

赤毛「…そうだね」

三つ編「お父さんも言ったんだ。お前を置いてどこかに行ったりしないよって」

三つ編「なのに、みんな嘘つき」

三つ編「嫌いよ、皆…」

三つ編「嫌い…大嫌い」ポロ…

赤毛「三つ編」

三つ編「うっ…うぅ…!」ポロポロ…

赤毛(………パパ。ママ)

赤毛「う…っ」ジワ

三つ編「うわああぁん…!」

赤毛「ううぅうっ…!」ポロ…ポロ…






赤毛「えぐっ…ふぐっ…」

三つ編「…、あの、ね」

三つ編「この間の、雨の日にね」

赤毛「…?」グスッ…

三つ編「私、ひとりでここに来てたんだ。お父さんのことで…辛そうなお母さんを、見てられなくて」

三つ編「そしたらね、偶然、金髪も来てね。私、泣いちゃってたから。すぐにバレちゃって、色々話したんだ」

赤毛「…そうだったんだ」

三つ編「金髪もね。お母さん、亡くなってるんだよ」

赤毛「えっ…」

三つ編「知らなかったよね。金髪、居なくなったとしか言わなかったから」

三つ編「坊主はもしかしたら知っていたのかな、お父さんも同じ仕事だし。でも、金髪が言わないで欲しいってお父さんに話してたかもしれない」

三つ編「…魔物に食べられちゃったんだって。お母さん」

赤毛「…!!」

――金髪「魔族は、ハラ減ってなくても人間食うからな」

――金髪「ああ。あいつらは俺たちに脅かして恐がらせるために食うんだ」

赤毛(あれは…怖がらせようと思って言ったんじゃ、なかったんだ)

三つ編「つらいよな、て言って、背中さすってくれてた」

三つ編「俺が一緒に居てやる、て。そう言ったのに」

三つ編「なのに…」

赤毛「………」


三つ編「城下町まで伝わった、あの地響き。砦がやられたんじゃないかって、みんな話してた。だからね、本当は…」

三つ編「本当は、分かってた。お父さん、死んじゃったんだって」

赤毛「三つ編…」

三つ編「ゴメンね。赤毛だって辛いのに、私の話ばっかり…」

赤毛「ううん」

赤毛「あたしは…」

赤毛(――あたしは、自分が何をどう感じればいいのか…それも分からない)

赤毛(逃げてきて本当に良かったの? パパは? ママは? 金髪と坊主はどうなったの?)

赤毛(あたしは、どうすればいいの…)

ガタッ…

赤毛「!」ビクッ

三つ編「…金髪?」

赤毛「そ、そうかな? 帰ってきたのかな!?」

三つ編「そうかも…!」

ガラ…

ヌッ

三つ編「っ!」

赤毛(ち、違う。逆光で見えないけど、子供の背丈じゃない…!)

赤毛「だ、誰…!?」

??「やっぱりここでしたか。あの時、秘密基地でまた…なんて金髪くんが言っていましたからね」

赤毛(この声…!)

赤毛「…先生!?」

先生「ええ、はい。先生ですよ。探しました、二人とも」


三つ編「だ、ダメよ、赤毛!」グイ

赤毛「えっ…?」

三つ編「先生…! 何しに来たんですか!?」

三つ編「赤毛を、連れていきに来たんですかっ!?」

赤毛「っ! …先、生?」

先生「…ふう」

三つ編「答えてください、先生っ!」

先生「…三つ編さん。ありがとう」

先生「あなたは、とても強い気持ちで赤毛さんを守ろうとしていたのですね。周りの大人を、誰も信用しない覚悟で」

三つ編「…!」

先生「この状況では、そうする事が正しいと言わざるを得ないのが、なんとも悲しい所です。あなたはやっぱり利口な子だ。ですが」

先生「安心して下さい。先生は、純粋にあなたたちが心配で来ました。中に入れてください、他の人たちに見つかってしまいます」

赤毛「先生…!」





少年「大人はいつだって難しい話をしてるみたいだった」

少年「新聞を読んで、誰かの噂話をして」

少年「たまにお酒を飲んで、それだけでとても楽しそうにしたりして」

少年「楽しみはこれだけだー…て。そんなにつまらないなら、大人になんかなりたくないって思った」

少年「でも」

少年「大人も、不安だったんだよね」

少年「"これで大人になった"なんて称号を貰うことはないし…もしかしたら、貰ったのかもしれないけれど、"これが大人ってことなのかな?"ってずっと、不安だったんだよね」

少年「子供たちが、"これが好きってことなのかな?"って不安に思うみたいに」

少年「ようやく大人になったと思っていたある日、子供に大人なんて嫌い! って言われて」

少年「ふと、幼い頃の自分が胸をつきんと刺す…」

少年「…どうやら、大人も、大変そうだね」





先生「全く…以前からここには立ち寄らないようにと、あれほど言っているのに。秘密基地なんて名付けたりして」

三つ編「先生…知ってたんですか? ここに私たちが集まってるって」

先生「確証はありませんでしたが。優等生のあなたが、ずいぶん上手く振る舞うものですから」

三つ編「うっ…」

先生「しかし、何か最近ずいぶんと楽しげに放課後を過ごしている様子なのは知っていましたし、ここはあなたたちの家も近い」

先生「あの時の金髪くんのひと声で、もしやと思いましてね」

赤毛「せ、先生もあの場所に居たの!?」

先生「ええ。先生は、先生ですから。大事な大人の集会にはもちろん居ますよ」

三つ編「先生、金髪は!? 金髪はどうなったの!?」

先生「安心して下さい。ちゃんと保護されています」

先生「まあ、危うい所ではありましたが。一部の町民が暴徒化して、奇跡の僧侶を逃がした罪人だなんだと叫んで――」

赤毛「っ…!」

先生「…すみません、不安にさせるような事を言ってしまいましたね。とにかく、学校の先生方を中心に、金髪くんは保護して、安全な場所にいます」

先生「坊主くんは、親御さんのところへ戻っています。集会所は緊張状態にありますが…」

先生「あなたがここにいる以上は、こじれないはずです」

三つ編「金髪…坊主も。良かった」

赤毛(………なんでだろう。聞きたいのに、言葉がでない)

先生「………」

先生「赤毛さん。よく聞いてください」

先生「赤毛さんのお父さんは、教会の騎士に連れていかれました」


赤毛「………」

先生「でもね、平気です。先生、教会の騎士はご両親にひどいことはしないと思います。ただ、あなたの捜索の協力は求められるはずです」

赤毛「………」

先生「ご両親は、この場所の事は?」

赤毛「…知らないと、思う。あたし、誰にも話していないから」

三つ編「私たち、お父さんやお母さんには知られないように集まってたんです。私たち以外は、誰も知らないと思います」

先生「そうですか。不幸中の幸いですねぇ」

先生「つまりはここにいる以上は、安全という事になりますね」

三つ編「………」

赤毛「…先生」

先生「はい?」

赤毛「これから、どうすればいいんですか…?」

先生「どうとでもなるでしょう」

赤毛「………え?」

先生「どうとでもなりますよ。先生に任せておいて下さい。助けてあげますから」

先生「先生は、先生ですからね」


先生「勿論、三つ編さんもね」

三つ編「…はい」

先生「しばらくはウチに帰らない方が良いでしょう。あなたが赤毛さんと逃げていること、三区の人々には直に知れ渡るでしょうし」

先生「………こんなことを、二人に話すのは変かもしれませんけど。先生はね、子供が好きで先生になったんです」

赤毛「…?」

先生「子供には沢山の未来がある。その可能性の塊みたいな君たちと触れ合うことが、先生のエネルギーになるんです」

先生「そんな子供の未来を奪うようなことは、先生絶対させません」

赤毛「先生…」

先生「夢は、私も見ましたよ。赤毛さんがとても立派に輝く夢をね」

赤毛「!」

先生「でもね、先生にはちょっと違和感がありました。赤毛さんは、いずれとっても素敵な女性になるのかもしれないけれど」

先生「今のままの赤毛さんが、あんな風に人々の前に立って導く姿は、何かおかしい」

先生「もしかしたらね、赤毛さんにはそんな使命があるのかもしれません。でも、女神様がやれと言っても、赤毛さんが"やります"と言わなきゃならないなんてことは、絶対にないんです」

先生「逃げちゃっても、いいんですよ」

赤毛「………」





「全く、無責任なことをぺらぺらと子供に吹き込むな、あんたは」ガタ…

神父「それが聖職者のすることかね?」


三つ編「!!」

赤毛(教会の、神父さん…!)

先生「…なぜ、ここが分かったんですか?」

神父「そこの悪ガキに、どれだけこっちが被害を受けていると思っている。ねぐらくらい、私だって押さえておくよ」

神父「しかし時計台の中とはな。大したものだよ、全く。あんたの教育の賜物だな」

先生「悪戯も子供の仕事ですよ。それに、あなたは一度もこの子たちの事を届け出ていない」

先生「文句など言いつつも、好きにさせていたんではないですか?」

神父「馬鹿を言うんじゃないよ。私がどうして悪ガキの肩を持たねばいかんのだ。私は子供が嫌いなんだよ」

先生「そうですか。それでは」

先生「この子を連れていくつもりですか?」

赤毛「…!」ビク…

神父「………」ハア


神父「どうにも、不自然なことが多すぎる」

先生「え?」

神父「私が何年、教典を読み返していると思う?」

神父「五十年以上だ。物心ついた時にはもう教典を手にしていた。女神様のもたらした啓示の内容も、記述のあるものはほぼ全て暗記している」

神父「その私が言うんだ。今回のことは何かがおかしい」

先生「昨夜の、夢のことですか?」

神父「そうだ。女神様は、勇者には啓示を与えるが、それ以外の者には姿を現したことはないはずだ」

神父「教会にも、聖女と呼ばれる超常の力をもった女性がいるが…かつて一度話を聞いた時には、それは生まれもったもので、啓示を受けて手にしたものではないと言っていた」

先生「つまり…今回の件は今までに例を見ない事態だと?」

神父「…人間が魔王に追い詰められたことは、これまで幾度もあった。人々の文化は破壊され、搾取されたが」

神父「それを覆してきたのはいつだって勇者だった。ただの町娘が救いの巫女などと、ありえんことだ。ましてや、こんな悪ガキが」

赤毛「…」ムッ


赤毛(あ、あれ…?)

赤毛(さっきの神父さんの言葉…どこかで………)

先生「では、あなたも…この事態に赤毛さんを頼ろうと言うのは、間違いだと思っている」

先生「そう言うことですか?」

神父「………」

神父「分からないことはあまりに多く、残された時間はあまりに少ない」

神父「結局、人は自分の信ずる道を行くしかない。事態はそこまでのところまで来てしまっている」

神父「…女神教会の人間の心にも、その数だけ女神がいると私は思っている。役立たずの聖騎士だって、逃げ出すものから、人々を守ろうとする者まで様々だ」

神父「子供を逃がそうとするあんた。子供にすら縋ろうとする区長。そしてあのヤンチャ小僧さえも、自分が欲する結果のために動いた」

神父「結局は、本人が決めることだ」

赤毛(!)

赤毛「………あたし、が?」

先生「子供に、こんなに重大な決断を任せると言うのですか?」

神父「子供も大人も、みんな死の前では平等だ。残りの人生の時間で人の価値を判断するのは、所詮差別でしかない」

神父「そもそも、私の持論を言わせて貰えば…滅びは既に人の定めのひとつだ」

神父「ひとは、勇者と魔王の…もっと言えば女神と邪神の、膨大な年月をかけたシーソーゲームの中で揺れ動くことしか出来ん」

先生「…」

神父「人の時代がひとつ、終わる。だがそれを悲観することも、足掻くことも必要ない」

神父「それは、また新たな時代の幕開けでしかないのだから、な」


――ゴゥンッ!

グラグラ…

先生「っ!」

三つ編「きゃっ! な、何!? 今の音!」

赤毛(時計台が、揺れた…。すごい衝撃。もしかして)

赤毛(もしかして、これは――)



神父「………来た、か!」














城下町
城門下



魔王「………」ザッ…



「ま、魔王がきたぞォ!!」

「城門が破られたっ!!」

「魔王は何処にいるんだ!?」

「も、もう城壁の中だっ!!」

「なんだってッ!?」



魔王「………」スタスタ



「あ、歩いてこっちに来るぞ!!」

「くそっ舐めやがって!!」

「機械弓隊、撃てッ!!」

パシュパシュッ!!




「…矢か」

雷帝「もはやロクな武器も用意出来んと見える」



スパパパパパパパパッ


「!? 矢がバラバラにっ!?」

「魔王の前方に、敵影っ!」

「気をつけろ!! 四天王だ!!」


雷帝「気をつけて、どうにかなるのか?」パリッ

バリバリパリバリッ!!

「う、うわあ!?」

「バリケードが吹っ飛ばされるぞ!!」


ズズゥン…!


雷帝「ふん…降伏すればいいものを」チャキン



「た、待避ーっ!」

「後列に任せるんだ、退けー!!」


魔王「………」スタスタ


「砲台、用意!」

「しかし、町の一区画も吹き飛んでしまいます!」

「元よりそのつもりだっ!! 発射、急げ!!」

「くそっ…こんなに簡単に城下町に入られるなんて…!」

「城壁上の連中は何をしてんだ!?」

「…おい、あれ。城壁の上が…」

「ん!? どうなってるんだ、あれは…もしかして………凍りついてるのか!?」

「な、何か飛んできます!!」

「なんだ、あれは――」


――ズガァア…ン!





氷姫「ビンゴ」

氷姫「きっちり砲台、潰したわよ」

雷帝「あんな巨大な氷柱なんぞ飛ばして、魔力のムダ使いだ」

氷姫「足りたんだから、文句ないでしょ」

雷帝「それでお前の魔力は空だろうが。全く無計画な」

氷姫「ぴったり使いきるように計算したんだから、計画的でしょうが」


雷帝「何をたわけた事を! このあとの、側近や勇者との戦いはどうするつもりなのだ!?」

氷姫「うっさいわね! あたしレベルだとそれまでには魔力が回復すんのよ! あんたと一緒にすんじゃないわよ!」

雷帝「何だと貴様…!」

氷姫「つーか、あんたそれ熱くないわけ? 燃えてるわよ、身体。それ、魔剣の呪いじゃないの?」

雷帝「ふん、これしき全くあ゛づ゛ぐ゛な゛い゛…!」メラメラ

氷姫「あ、そう。…なんか、悪かったわね。触れちゃって」

雷帝「な゛に゛が゛だ゛っ…! 」メラメラ

氷姫「…まったく。"先鋒はお任せください"なんて見栄張るから。これから、魔力使うたんびに焼かれるわけ?」

雷帝「な゛ん゛の゛ば゛な゛じ゛だ゛…!」メラメラ

氷姫「あーはいはい。いーから進むわよ」

氷姫「行きましょ。勇者をぶっ倒しに」

氷姫「ね、魔王?」

魔王「うん」

魔王「行こう」


「くそ、止められない!!」

「こうなれば白兵戦だっ! 全員で突っ込むぞ!!」

「待て、"アレ"を出す!」

「じ、実用段階なのか!?」

「今しか使い時はない! 起動させろ!!」


ウォオオ…!!


氷姫「ん?」

雷帝「ちっ、白兵戦を挑んでくるつもりか。我々に勝てるつもりでいるのか?」

ドシーン…ドシーン…

氷姫「ちょ、ちょっと。何、この音」

雷帝「…巨大な影が見えるな。あれは…」

魔王「ゴーレム、ね」

魔王(人の力で操るゴーレム)

魔王(あなたたちは、そんなものすら手にしているの?)



ゴーレム「ゴ…ギ…!」ドシーンドシーン

「ゴーレムのあとに続けぇ!!」

「行くぞぉッ!」


雷帝「往生際の悪いことだ」

氷姫「んな事言って、アレ、あんたに止められるわけ?」

雷帝「無論だ。人間の作り出したゴーレムなど、我が剣技の前には紙切れも同然」メラメラ

氷姫「…火、消えないわね」

雷帝「うるさいっ!」

魔王「…」スタスタ

氷姫「…ま、少しは見せ場がないと、後でヘソ曲げそうだしねぇ」

雷帝「ふん。譲ってやるとするか」

魔王「…出番よ」

魔王「炎獣」





炎獣「――ガァアァアァアァアッ!!」

ギュンッ!!


ゴーレム「――!?」グンッ

ビュォ―――ドシィン…ッ!!

「なっ…」

「ゴーレムが…!!」

「王城まで、吹っ飛ばされたっ!?」

「一体なにが…!?」



「おい」

炎獣「死にたい奴から前に出ろ」

炎獣「ゴーレムと同じ目に会いたいやつだけな」ユラ…



「ひ、ひぃっ!!」

「に、逃げろ!!」

「ぱ、馬鹿者!! 退くな!!」

「無理だ、勝てっこない…!!」

「踏みとどまれ!! この奧は人々の住む町で――」


炎獣「やるのやらないのか」

炎獣「――どっちなんだよコラァアッ!!!」

ゴォオォオォオォオッ!!







氷姫「アンタ、血管ぶち切れるわよ」ザッ

雷帝「少しは血を抜いた方がまともな思考回路になるだろう」ザッ

魔王「これで…無駄な戦闘が避けられればいいのだけど」ザッ

炎獣「かかってこねぇならこっちから行くぞォッ!!」ザッ




「な、なんなんだコイツら…!!」

「だ、駄目だ…強すぎるっ!!」

「もうおしまいだ…!!」

「イヤだ、死にたくないぃ…っ!」

「退け、王城で体制を立て直せ…!!」


ワァアァアァア…






赤毛「………」




少年「そうして、その時は訪れる」

少年「いや、こういうことってある日突然来るものではなくて、日々の積み重ねが呼び込むものなのかもしれないよね」

少年「もっと知りたい。もっと強くなりたい」

少年「もっと出来るようになりたい。弱いままで居たくない」

少年「…そういう思いが、大人になるための扉に、手をかける」




赤毛「あたし、行きます」

先生「えっ………?」

神父「!」

三つ編「………あ、赤毛…」

三つ編「いま、何て言ったの?」


赤毛「――噴水広場に、あたし行きます」


先生「…何を、言っているんですか」

先生「今見ていたでしょう、赤毛さん! 魔王の、あの圧倒的な戦力を!」

先生「兵士だって、魔王の歩みすら止められなかったのですよ!」

神父「………」

三つ編「あ、赤毛…」

赤毛「………だからです」

先生「え?」

赤毛「普通の人達じゃ、たぶん、無理なんです」

赤毛「だから、あたしが行くんです」


先生「…ダメです。行かせられません」

先生「行けばあなたは死んでしまう。先生は、そんなことは許せません」

赤毛「…先生」

赤毛「行かせて、下さい」ペコ…

先生「っ…」

先生「………どうして」

先生「どうしてそこまでして…」

神父「先生。生徒は、あんたの所有物じゃない」

神父「自分で決めたことだ。…そうなんだろう?」

赤毛「はい」

赤毛「パパやママを、守りたいんです」

先生「………」

赤毛「あたしには、それが出来るかもしれないから」

赤毛「他の人には、それが出来ないから」

赤毛「だから」

赤毛「あたしが行くんです」

今日はここまでです。


先生「………」

先生(どれだけの人間が、あれを見てそんなことを思えるのでしょう )

先生(目の前に迫る絶望。恐怖。死)

先生(命は、本能的にそれから逃れようとするはずです。それをこの小さな少女が、自ら律していると?)

先生(その上で、あれと相対する決断をしたと、そう言うのですか)

三つ編「――嫌よ!!」

先生「!」

三つ編「絶対、ダメよ!! もう、これ以上…」

三つ編「………私の前から、居なくならないでよっ!」

三つ編「お願いだよ、赤毛…!」

赤毛「三つ編…」


赤毛「大丈夫だよ。あたし、負けないから」

三つ編「嘘よ」

三つ編「みんな、そうやって嘘をつくんだ」

赤毛「………大丈夫。絶対、大丈夫だから」ナデナデ

神父「………」

神父「もしかしてお前…あの戦いを、夢に見たのか?」

先生「!」

赤毛「はい。多分、見ました。途切れ途切れだけど」

赤毛「…全部、夢に見た通りなんです。多分、この会話も」

赤毛「あたし…今はもう、それをなぞっているだけ」

先生「………!」

神父(やはり…。この娘の気持ちだけとは思い難い、とは感じていたが)

神父(この肝の座りようが娘の人格から来るものならば、それは蛮勇だとかいうことすら超えている)

神父「この子は、起こりうることを夢に見ていた。そして…それが順を追って現実のこととなっている」

神父「このまま行けば…夢の通り、お前は奇跡の僧侶となる」

神父「そう言う事なのか」

赤毛「はい…多分。そうなんだと、思います」


三つ編「………」

神父「多分、か」

神父「…くくく、はははっ!」

先生「何が可笑しいんですか?」

神父「なに。この子供のこんなにも曖昧な、こんなにも頼りない言葉を、信じようとしている自分が笑えてな」

神父「だが、面白いじゃないか。それもまた小気味いい。決めたぞ。私はこの娘を噴水広場まで送り届ける」

赤毛「ありがとうございます」ニコ

神父「私がこう言うことも、知っていたか?」

赤毛「うーん…多分…」

神父「くっくっくっ」

先生「…」


先生「先生も行きます」

赤毛「…先生」

神父「おや? あんたはあの夢を、寝言の類いだと思ってるクチじゃなかったのかね?」

先生「赤毛さんひとりには背負わせない。先生は、先生ですから」

先生「いつでも赤毛さんの味方です」

赤毛「…はい」


三つ編「………あ」

三つ編(あたし、も…)


赤毛「三つ編は、ここに居て」

赤毛「ここは安全なんだ。あたしは知ってる」

赤毛「絶対、平気だから」

三つ編「………」

赤毛「誰かが秘密基地、守らなきゃ」

赤毛「ね?」




三つ編「――…分かった」


――――――
――――
――



少年「初めて友達と離ればなれになったときは、心細かったなあ」

少年「今までと違う環境にぽんと飛び込んだ時、周りの人がひどく怖く思えた」

少年「でも、それは皆一緒だったんだよね」

少年「一緒にいた友達も、別の場所で同じ不安と戦っていたんだ」

少年「そうして、当たり前のように別々の時間を過ごしていくうち」

少年「久しぶりに会った彼らが、どきっとするくらい大人びて見えた」

少年「その時になって、"時間"というものを実感した気がするよ」

少年「そして、それと同じものが自分の内側にも流れているんだということも」



三つ編「………」

三つ編「なんて…」

三つ編「なんて、臆病なのかしら。私」

三つ編「友達が、勇気を出しているのに、私は」

三つ編「一人だけでも…助かりたいって思った」

三つ編「最低だ…」

三つ編(ごめんね、金髪。赤毛を守るって、私言ったのに)

三つ編(ごめんね。許して…)

三つ編(許して)




表通り

ヒュゥウウウ…

赤毛「………」

先生「…驚くくらい、静かですね」

神父「さてはて、住民の避難は終わったのか、十字聖騎士だけ城に逃げ込んだか」

先生「そんなこと言うと、女神教会の評判が落ちちゃいますよ?」

神父「誰も聞いていまい。それに、あんな見かけ騙しの騎士に守られる評判なら、地の底まで落ちてしまえばいい」

神父「教会は下らんものにアレコレと手を出し過ぎた。そろそろ女神直々に天罰を下される頃だろうさ」

先生「…」

神父「なんだ、その顔は」

先生「いえ。あなたほどの人が、教会組織で出世していかない理由が、よく分かりましたよ」


神父「何を偉そうに。あんただって、先生方の中じゃ浮いてるらしいじゃないか」

先生「誰が言ったんですか、そんなデタラメ」

神父「違うのか?」

先生「違いますよ」

神父「あんたに聞いてない。私にその情報をもたらした人間に聞いているんだ」

先生「え?」

赤毛「…え、えーっと」

先生「あ、赤毛さん!?」

赤毛「だ、だって先生、普段はあんなに口数多くないし。行事の時も、一人で離れてポツンといること多いし」

先生「そ、それはですねぇ、教師の威厳を出そうと先生なりに試みてる結果でして!」

神父「生徒にそんなことを説明しているようでどうする」

先生「うぐっ…」

神父「まあ、案外子供たちも驚くほどあんたら教諭を注視してるってことだな」

先生「…」シュン

赤毛「げ、元気出して。先生」

先生「あ…赤毛さん…!」

先生「よーし! 先生が必ず、ご両親やお友達に会わせてあげますからね!」

赤毛「はい、お願いします」ニコ

神父「まったく。どっちが見送る側だか分からんな」


神父(しかし…恐ろしい落ち着きようだ。いくら夢に見ているからと言って、そこまで冷静でいられるものか?)

赤毛「………」スタスタ

神父(いや。どちらかと言うと、熱に浮かされているような様子にも見えるが)

先生「…怖い、ですか」

赤毛「………はい、少し」ギュッ

神父「!」

先生「やめたって、いいんですよ」

赤毛「…平気です」

神父「…」ポリポリ

神父(まあ、この辺りは流石教員ってところか。そもそも、子供の考えてることなど私の知ったことではないからな)

赤毛「それに…怖いのは魔王じゃなくて、男の人なんです」

先生「男の人?」

赤毛「はい。とても、怖い笑い方をする男の人」

神父(? 誰のことを言ってるんだ?)




「くへ…」

「くへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへ」

大僧正「見ィつけたァ…」


先生「!」

赤毛「き、来た…」

神父「あ、あんたは」

神父「………こんな所で何をしている? あんたみたいな男はいの一番に教皇領に逃げ帰っていると思っていたが」

神父「大僧正」

大僧正「く、く、クチのきき方に気を付けろ、教会神父風情が」

神父(………様子がおかしい)

大僧正「あ、あ、赤髪の娘をこちらにわた、せ。わたじの、手柄だ」

神父「必要ない。この娘は自らの足で噴水広場に向かっている」

神父「今更あんたら上層部の出る幕はないだろう。それとも、お得意のお涙頂戴演出が必要か?」

神父「教会の権威の誇示のために」

大僧正「へ、へ、返答は求めていな、い」

大僧正「 わ タ せ !」ゴッ

神父「ッ!?」

先生「危ないっ!」ドンッ

赤毛「うっ!?」


先生「ぐぁあ…!」ミシ…!

赤毛「先生!」

神父(な、なんだ、これは…)

神父(大僧正の背から、人間のものとは思えない青黒い腕が伸びててきて…!)

神父(大人の男一人を掴んで、持ち上げてしまっている…!!)

神父「お、おい先生!」

先生「うぅ…!」

大僧正「じゃ、じゃ」

大僧正「邪魔をするなんてェ…人間のクセにィ…!!」

先生「こ、の…ッ!」パチッ

――バチバチッ!

大僧正「!? あ、あづぅうウぅいッ!?」

パッ

先生「はあ、はあ…」ヨロ…

神父「だ、大丈夫か!?」ガシッ

先生「え、ええ」

先生「こんな事もあろうかと、魔法の勉強をしておいて、助かりました」

神父「魔法!? …どうやってそんなモノを…」

先生「神父さん」

先生「赤毛さんを連れて、先へ行って下さい」


神父「あんた、何を言ってる!?」

先生「この人は、危険です。赤毛さんを渡してしまえば、どんな目に合わせられるか分かったものじゃない」

赤毛「先生…!」

先生「なんとか、抑え込んでみます。だから、早く…!」

神父「馬鹿なことを! あんたみたいな痩せっぽち一人に、何が出来るって言うんだ!」

大僧正「ぐぉおォおっ!? なんだ、コレはァっ!? や、焼けただれるようだゾォ…!!」

神父「!?」

大僧正「き、き、貴様ァ…毒の魔法かぁッ!?」

先生「ええ。痛いでしょう? 先生の日頃のストレスの捌け口に作った毒魔法」

神父(………この男、本当に魔法を?)

先生「赤毛さんも、さあ急いで!」

赤毛「先生…」

先生「夢に見た通りに、進むんです! 赤毛さんになら、分かるんでしょう?」

赤毛「…うん」

赤毛「先生、すごく強いんですね」

神父「!」

先生「ええ!」ニッ

先生「先生は、先生ですからねぇ…!」


神父「…この子たちが生き延びれば、親身になって導く存在が必要だ」

神父「分かっているな?」

先生「分かっていますよ。なんですか、悲観する必要はないのだ…とか言ってたクセに」

神父「ふん。気まぐれだ」

先生「有り難く頂戴しておきますよ。神父様の説法を」

神父「行くぞ!」

赤毛「は、はい!」

タッタッタッ…

大僧正「あ、あ、あ!」

大僧正「赤髪の少女ォ…! わたじの手柄がァ!!」

先生「危険人物もいいところですねぇ。通報しても兵隊さんが来てくれないってところが痛いですが」

先生「ウチの生徒に手を出して、只で済むと思わないで下さいよ…!」

大僧正「――ほザけぇえええぇエェええぇッ!」

ビュンッ!!



ドカァン…!


赤毛「! せんせ…」

神父「振り向くな!」

赤毛「っ!」

神父「噴水広場はもうすぐだ。だが、今足を止めれば、お前の思いは叶わない」

神父「両親や友達を、守るんだろう。口先だけだったのか?」

赤毛「………」

赤毛「いいえ」ギュッ

神父「…ふん」

神父(こういう時に覗く表情は、子供のそれでしかない。今にも泣き出しそうなのを、必死に堪える顔)

神父(この小娘が、未来を知っている…)

神父「………おい」





少年「誰かは君に、"期待"した」

少年「君はきっと立派な大人になるだろうって」

少年「誰かは君を、"慕って"いた」

少年「君のように出来たらいいな、と小さなことを尊敬して」

少年「誰かは君を、"蔑ん"だ」

少年「君のことは理解できないと、分かり合えないと拒んだ」

少年「…沢山の人たちの想いの濁流の中を、君は溺れそうになりながらも、なんとかかんとか、息をしている」




神父「大僧正の、アレが何なのか…お前には分かるのか?」

赤毛「分かりません」

神父「…お前は、魔王に勝つのか?」

赤毛「分かりません」

神父「結果までは、見えていないと言うことか?」

赤毛「…」

神父(…やれやれ。私も焼きが回ったか)

赤毛「魔王さんは…」

神父(魔王"さん"!?)

赤毛「敵では、ないから」

神父「な、なに…?」

赤毛「あっ…」ピタッ

神父「!」


サァァアア…


神父「――たどり着いたか」

神父「噴水広場…」

>>786>>787は順序が逆でした。お見苦しくて申し訳ないです


噴水広場


赤毛「………」

神父「………」

神父「ここで、待つのか」

赤毛「…はい」

神父「…そうか」

赤毛「………」

神父「………」

神父「寒いか?」

赤毛「え?」

神父「…マントをやる。くるまっていろ」ファサ

赤毛「………ありがとう、ございます」

神父「もはや…」

赤毛「?」

神父「私の理解の範疇を越えていることばかりだ。予想をいくらしても、それらは想像の域を出ることはない」

神父「私が…お前にしてやれることは何かあるのか?」

赤毛「…じゃあ」

赤毛「お守りを下さい」




少年「ねえ、覚えてる?」

少年「読んでもらった絵本の続きを、自分で想像して胸踊らせた、あの夜を」

少年「夢の中では、いつの間にか君が冒険の主人公だった」

少年「旅行に行く日に、どきどきしながら見知らぬ場所を思いを馳せていた、あの朝」

少年「未来はどこまでも続いているような気がした」

少年「皆の夢を、覚えてるよ」

少年「皆が忘れてしまった思い出も」

少年「今でも一人で描いてる」

少年「だから、こんな物語だって、大好きなんだ」




神父「お、お守り?」

神父「…何も持っていないぞ。やれるものなど」

赤毛「十字架持ってないんですか? 神父さんなのに」

神父「…うるさい。形式にはこだわらない主義なんだよ、私は」

神父「そうだな…それじゃあ、せめて」

神父「この帽子をやろう」ス…

赤毛「神父さんの、帽子…」

赤毛「に、似合いますか?」

神父「ちょっと、大きいな…」

赤毛「…そっか。そうなんだ」

神父「何?」

赤毛「これで、あたし…僧侶になれるんですね!」

神父「…!」

神父(そうか…! これは、夢に見た奇跡の僧侶の姿だ)

神父(風に赤い髪をなびかせ…その赤がよく映える純白の帽子と、純白のマント)

神父(………女神の見せた…未来。知らず知らずのうちに私は、その手伝いをしていた)


「――女神の子らよ!」

「奇跡の僧侶は来たれり…!」


神父「!」

神父「あ、あれは…」

神父「教皇!!」


教皇「今こそ勇気をもって、そのまなこを開け!」

教皇「祝福されるのだ!!」

ザワザワ…


「おお…お告げの通りだ!!」

「赤髪の巫女だ…!」

「た、助かるぞ!!」

「奇跡の僧侶よ…! 教会を信じてよかった…!」


神父(ここで出番を待っていたか…! 教会の力を示す機会を!)

神父(娘が絶対に姿を現す自信があったのか!?)

神父(いや、そんなものがあるはず…いや、まさか…!?)


赤毛父「お、お前…その姿…!」

赤毛「パパ!」

赤毛父「何でここに来たんだっ!? 逃げろと、言ったのに…っ!!」

赤毛「…大丈夫だよ、パパ」

赤毛父「!?」

赤毛「いま、助けてあげるね」

赤毛父「た…助けるって…」

赤毛(沢山の人たちが、遠くからあたしを見てる)

赤毛(あたしは、この人たちを助けるんだ)

赤毛(そう、夢の通りに)スッ…

フワ…

「お、おい見ろ。み、水の上に立っている!」

「おお…奇跡だ!」

「お告げの通りだ!」




少年「さあ、勇気を持って」

少年「君の大作戦の、ハイライト」

少年「雲の隙間から光が差し込み」

少年「祈る君を、奇跡みたいに照らすんだ」

少年「それは子供たちが一度は夢見る」


少年「救いの巫女」




少年「奇跡の僧侶」






サァアァア…

「み…水がまるで生き物のように…」

「僧侶様をのせて、宙を舞っている…!」


赤毛父(………あれは、誰だ?)

赤毛父(本当に…私の娘か?)


教皇(――まさに、奇跡の僧侶。申し分ない)

神父「…申し分のない、演出だ」

教皇「!」

神父「そう言うことだろう。教皇」

教皇「…三区の教会神父だな。よくぞ女神の子としての勤めを果たした。褒美を取らせよう」

神父「いらないよ。私は私の興味本意であの娘をここに連れてきた。それ以上でもそれ以下でもない」

教皇「…そうか」

神父「結果だけは知っていたが、過程は知らなかったか?」

教皇「何?」

神父「これは勘だが、この一連の騒動を起こしている女神は、本物ではない」

神父「あんたら上層部の…いや、教皇。あんたの思い通りに世界を導く偽りの女神だ」

教皇「気でも触れたか? なんの確証もない話だ」

神父「勘だと言っただろう。そういう人間性を感じるんだよ、私には」


教皇「女神を相手に、人間性だと?」

神父「ああ。意思のあるもの全てにそれはある。私の持論だがね」

神父「あれは私のよく知る女神ではない」

教皇「おい。この男を連れていけ」

「はっ」

神父「あんた、あの夢を見てないだろう」

教皇「…」

神父「大した自信だが、全てを思うがままに動かせるかな」

神父「人の意思は、そう簡単に従えられないぞ」

「こっちに来い」

神父「人は…簡単には屈さない」スタスタ…



教皇「…ふん。愚民が、知った風な口を利く」

教皇「そもそも私は従えてなどいない。頼んだだけだ」

教皇「なあ」

教皇「友よ…」














氷姫「…静かね」

雷帝「ああ。気味が悪いほどな」

炎獣「戦いを放棄したと見せかけて、どこかから狙ってくるかもしれない。気を付けろよ、魔王」

魔王「うん」

雷帝「張りつめ過ぎても、持たんぞ。炎獣」

氷姫「そうよ。あたしたちもいるんだから、ちょっとは…」

炎獣「もう」

炎獣「誰も失いたくないんだ、俺。後悔はしたくない」

氷姫「っ…」

炎獣「俺が守るんだ」

魔王「炎獣…」

雷帝「………」

「――バウッ!」

炎獣(! この塀の向こうに何かいる!)ビュッ

ドガァアンッ!!

炎獣「…」

炎獣「なんだ、犬かよ」

番犬「バウッ! バウバウッ!」


炎獣「脅かしやがって…」

番犬「バウバウッ!」

氷姫「ねえ。あんたちょっと敏感になりすぎよ。気持ちは、分かるけどさ」

炎獣「…」

炎獣「消えろよ」ゴォッ…

番犬「…!!」

番犬「バウッ! バウッ!」

炎獣「…はあ」

炎獣「勇敢なんだか馬鹿なんだか」クル…

雷帝「お前も、体調は万全ではないはずだ。傷口が開くような行動は控えろ」

炎獣「へいへい」

魔王「…」

番犬「バウッ! バウッ!」

炎獣「…あいつにも守りたい主がいるのかもしれねえな」

炎獣「…」

炎獣「喚かれちゃ迷惑だし、殺しちまえば良いのによ。そうしなかったのは…情けだ」

氷姫「情け?」

炎獣「ああ。こんなケモノ一匹の命、わざわざ取るもんじゃないってよ」

炎獣「今まで人間を殺しまくってた俺が、今さら何言っちゃってんだって感じだよな」

氷姫「…」

氷姫(情け、か)


――氷姫「………そんな姿になってまで、向かってくるって言うわけ?」

――氷姫「あたしは、魔王の四天王なのよ」

――「魔族が、憎い…!」

――「私にあるのは、それだけだ…っ!」

氷姫「…」

炎獣「こう言うこと、氷姫にもあるか?」

氷姫「――さあ」

氷姫「どうかしらね」

雷帝「…やはり馬鹿だな、お前は」

炎獣「え?」

雷帝「気を引き締めたいのならば、そんな感情はさっさと捨ててしまえ。考えるのは全てが終わってからでいい」

雷帝「迷いながら戦っていては、死ぬぞ」

炎獣「………そっか」

炎獣(でも、終わってからじゃあ、その間に消えた命は甦らない)

雷帝(…翁ならば、もう少し上手く諭したのだろう)

雷帝(分かっているのだ。私も)

魔王「…」

氷姫「そもそも!」

氷姫「一人で全部守ろうなんて、お門違いもいいトコ。誰もそんな事頼んでないわよ」

炎獣「うっ…」

氷姫「こういう時こそ、連携が大事でしょ。さっきはそれで上手くいった。違う?」

炎獣「…そう、か」

氷姫「そうよ。ここまでだって、補いあって来たんだから」

氷姫「一緒に、進みましょ」

炎獣「…ああ。そうだな!」


魔王(氷姫…)

氷姫(魔王。あんたは、前だけ見てればいい)

魔王「…」コク


炎獣「…じいさん。あんたに出された宿題の答え…見つけなきゃな」

魔王(爺の死…魔法使いを名乗る彼の出現。みんな、心の内は混乱しているはず)

魔王(でも、ここまで辿り着くまでの道程が、私たちを強くした)

魔王(私たちは一人じゃない。補い合える)

魔王(勇者には………負けない)


『来ましたね…魔王』


魔王「――っ!?」ゾクッ

炎獣(殺気!?)バッ

雷帝「いや…! これは」

氷姫「聖なる、波動!」

魔王「………勇者!?」


『魔王。そして魔王四天王』

『あなたたちを迎え撃ちます』


魔王(違う!)

魔王「あなたは、女神!?」


炎獣「め、女神だって!?」

氷姫「なんで…女神が自ら…!」

雷帝「あれを見ろ!!」




サァアァアァアァ…

赤毛「…」




炎獣「人間の、子供…?」

魔王「気をつけて! 様子がおかしいわ!!」

氷姫(なに………あの子供)

氷姫(膨大なエネルギーを纏っている! 魔力とは違う…これは…)


赤毛「…」ス…


魔王(手をこちらにかざした)

魔王「――来る!!」



赤毛「…」ォオォオォオォオ…!!

 ズ ン ッ !!


魔王「うぐっ!!」

炎獣「がっ…!?」

氷姫「あう…ッ!」

雷帝「くっ!」


魔王(濃密な)

魔王(空気すら重苦しく感じるほどの、波動)

魔王("これ"の目的は何?)

魔王(意識を、侵食しようとしているの?)

魔王(そう、不安を掻き立てて敵意を、怒りを燃え上がらせようとしている)

魔王(そしてその矛先までも操る気だ)

魔王(不味い…これでは!!)


氷姫「がっ…ぎっ…!!」

氷姫(感じたことのない、圧力…!! 魔力を持ってしても、抗えないなんて…!!)

氷姫(感情が、揺れ動かされる! 気分が、意識とは無関係に高揚して)

氷姫(身体が、熱いッ!!)

炎獣「…」ユラ

氷姫(炎、獣…っ? なんで、こっちに向かって…)

氷姫(――待って。これは、あたしに向けられたこの感情は、間違いなく)

氷姫(炎獣の)

氷姫(――憎悪!!)

炎獣「炎ぉ」

氷姫「!!」




炎獣「――パンチ」ゴッ

ドゴォオォンッ!!








ヒュン…

氷姫「はあ、はあ…!」

氷姫(危なかった…! 転移が間に合わなければ、塵になっていた!!)

炎獣「ちっ、外したか…」ユラ

氷姫(あれは確かに炎獣の全力…。殺そうとしたの…あたしを!?)

氷姫(これが敵の…!! や、ヤバい…いっ、意識が…!!)

氷姫「」ガクンッ

氷姫「………」

氷姫「上等じゃない」ゴォ

氷姫(………殺す)

氷姫(そう、殺すんだ…)

雷帝「」ヒュバッ!!

氷姫「っ!」

氷姫(雷帝…!)

雷帝「…斬る」ユラ

氷姫「――やってみなさいよッ!」


魔王(敵の狙いは同士討ち…! 強大な戦力同士をぶつけさせるつもりだ!)

魔王(なんて、強制力! 呪いとも言うべき力!)

魔王(駄目…っ!!)

魔王(自我を保つので精一杯だ…止められない!!)



氷姫「らぁあッ!」パキィンッ!!

炎獣「くっ…」

炎獣「ガアァアァッ!!」ギュンッ

雷帝「去ね!!」ギュバッ


――ゴォウンッ…!!!



魔王(通りの家々が、消し飛んだ)

魔王(三人とも、本気だ)

魔王「どう、すればっ…!!」ギリ…



赤毛「…」


パキッ…!

炎獣「!?」

氷姫「もらった――!」ギラ…

雷帝「ちっ、氷の刃…!!」

炎獣(噛み砕いてやらァ)ガキィン!

雷帝「…」パリッ

バリバリバリ!!!

氷姫「くそ…まだこんな魔力を!!」

雷帝「ナメるなよ…」


炎獣(雷帝も氷姫も魔力が厄介だ)

氷姫(でも呪いの炎が発動している。そう何度も使えないはず)

雷帝(氷姫の魔力は全快には程遠い。いずれ底をつく)

炎獣(魔法の発動を凌駕するスピードで動く)

氷姫(炎獣の破壊力は致命的。まず潰すべきは炎獣)

雷帝(炎獣がどちらを狙うかは読めない。だが今の奴の拳なら見切れる)

炎獣(瞬発敵に距離を縮める。そして穿つ)

氷姫(来るなら来い。氷の切れ味に沈め)

雷帝(雷光のごとき斬撃で滅殺する)

炎獣(破壊する)

氷姫(跪け)

雷帝(消し去ってやる)


 ド ン ッ !!


今日はここまでです


教皇(素晴らしい)

教皇(素晴らしい成果だ。これで四天王は陥落したも同然)

教皇(魔王は流石辛うじて耐えているが、その状態では四天王を相手取ることは出来まい)

教皇(四天王の敵意を魔王に向ける)

教皇(この私の得た力と、それを受け、拡張して発する能力を持ったこの娘がいればそれが出来る)

教皇(魔王…貴様はここで死ぬ)

教皇(惨めに地を這い、敗北しろ)



赤毛「…」ォオォオォオォオ



魔王「ぐっ…!」

魔王(仕方ない。全てを)

魔王(――全てを、無に帰す)

魔王(もう、こうするしか…!)

魔王(爺、力を貸して!)


魔王「力、を…!」

魔王「その、すべてを…っ!」

魔王「"壁"に変換する………!!」

ズォオォオォオ………!

魔王「――"魔壁"!!」


ドドドドドドドドドドドドド!!!

教皇(なんだ…あれは!?)

教皇(地面から巨大な漆黒の壁がせり上がってっくる…!)


炎獣「!?」

氷姫「っ!」

雷帝「…!!」


教皇(魔王と四天王を包み込むように覆っていく………あれは、まさか!)

教皇(こちらの波動を遮断するつもりか!)


ドドドドドドドド!!!


教皇「むっ!?」

教皇(こちらの足元からも壁が…!!)

赤毛「…」

教皇「私と娘を包み込もうというのか!!」

教皇(何が狙いだ…魔王!!)


魔王「………」









キィ――――ン………






























魔王《………》

魔王《真っ暗だ》


魔王《暗い、という言葉さえ覚束ないほどの闇》

魔王《それを、私はただ、さまよっている》

魔王《そしてそれは》


フワァ…


炎獣《…》

氷姫《…》

雷帝《…》

赤毛《…》

教皇《…》



魔王《壁に飲み込まれた者全てが、同じ》

魔王《意識を分解され、暗闇をただ流れる存在になる》

魔王《肉体の感覚は消え、自分が何者かさえ分からない》

魔王《…私たちを襲った波動は間違いなく、女神の力にも似た巨大な何か》

魔王《女神を名乗る存在と、私たちですら抗うことが出来なかったあの獰猛なエネルギー》

魔王《こうして全てを解体する以外に、あの支配から逃れる術は思いつかなかった…》

魔王《私の力の解放形態のひとつ。壁に覆われた者の"存在を解体する"》

魔王《魔壁》

魔王《使うことは、ないと思っていた…いや、今までの私では使えなかった》

魔王《この膨大な力を制御できたのは………》

魔王《――爺。確かに、受け取ったよ》

魔王《………さあ、私たちの存在をもう一度繋ぎ合わせなくては》

魔王《記憶や想い。私たちの精神に干渉する絆を、手繰り寄せて…》




《――魔王》

教皇《貴様、何をした》


魔王《!?》

魔王《そんな…意識が残っている!?》


教皇《意識を奪われる刹那、最後の気力でどうにか思考力だけを残した》


魔王《まさか…! そんなことを、自らの力だけで成し遂げるなんて…っ》

魔王《生命の力の持つ領分を越えているわ!》

魔王《あなたは…本当に人間なの!?》

教皇《控えろ、下郎が》

教皇《私は人を超越した存在。女神に肩を並べるべくして生まれた者》

魔王《神に、肩を並べる?》

教皇《そうだ》

教皇《大いなる力。神のみぞ知る気宇広大な精気………だが、その正体はなんだと思う?》

魔王《!? 正体、ですって?》

教皇《生命に神秘などないのだよ、魔王》

教皇《ただの必然を繰り返して、命はこれまでただただ無尽蔵に広がる時の海をたゆたってきた》

教皇《そして、魔王と勇者の争いも、はるか古代より繰り返され………もはや生命の営みのひとつとなりつつある》

教皇《しかし、それが必然なればこそ、またこの手で作り出すことも可能だ》


魔王《………あなたが、偽りの奇跡を作り出していたのね》

教皇《偽ってなどいない。奇跡は奇跡だ。だがそれは、幾度でも模倣することすらできる奇跡だ》

魔王《そんなものは、奇跡とは言わない》

教皇《名前などどうでもいいことだ。私はその力をこの手に収めて………魔王、貴様の奥義すら耐えてみせた》

教皇《――私は現世に姿を形作る神となる。そのための能力は十二分に用意できている》

教皇《後は………人々の心を惹く伝説があればよい》

魔王《魔王である私を倒すこと》

魔王《あなたの計画の最終段階…ということ?》

教皇《多少の計算違いはあったが、それも問題ない。私は貴様を殺し、終極の存在となる》

教皇《女神の体現者という名を持ってな》

教皇《貴様にも分かるだろう? 私の見ている世界が》

教皇《世を滅ぼしかねんほどの膨大なエネルギーを有する貴様なら》

魔王《………》

教皇《この闇の中では、自我を保つひとりの自分を認識できない》

教皇《…貴様は我々が四天王にかけた洗脳を解くために、意識はおろか、存在もろともばらばらにしたのだ》


教皇《自分すら巻き込んだのは、その存在をもう一度繋ぎ合わせる役目を自ら担うためか》

教皇《自分の思考力を残せる自信があったのか? それとも、全ては賭けだったか》

魔王《………》

教皇《しかし残念だったな。道連れに倒そうとした私も、思考力を守りきった》

教皇《私は自らの存在を繋ぎ合わせる。そしてこの小娘もな。…まだ利用価値はある》

赤毛《…》

教皇《貴様が、四天王と自分を修復し終えるのと…私のそれと。どちらが早いかな》

教皇《くくく…我らは先に復活を果たし、貴様らを覆う壁を砕くだろう》

教皇《貴様らは概念となったまま空中へ溶け出し、消えてゆく》

教皇《………楽しみだな》







魔王《いなくなった…か》

魔王《急がねば、私も》

魔王《…いえ。惑わされては駄目》

魔王《焦ったところで、上手くはいかない。落ち着いて、ひとつひとつの欠片を集めて行こう》

魔王《まずは私の存在を》

魔王《自分を、再構築する》


魔王《私。その存在。時間と空間を感じる》

魔王《その交差する場所に、私はいる》

魔王《――時間。過去》

魔王《私は、お父様の…先代魔王の、娘》

魔王《母の胎内で肉体を受け、そして外へと生まれ出た――》











先代「玉のような娘だ」

側近「おめでとうございます」

先代「おぉ、見ろ。笑ったぞ」

側近「そうですね…」

先代「なんだ、お前は興味が無さそうだな」

側近「…いえ、それはもう数百年生きていますから。今さら赤ん坊を見て感動しませんよ、僕は」

先代「歳のせいにするなよ。幾つになっても赤子とは可愛く感じるものだろう」

側近「そうですかねえ…?」


先代「やっぱり、へその緒という奴は取っておくべきだろうな」

側近「いらないでしょう、そんなもの。親の勝手で気持ち悪い思い出作りに付き合わせるのは、どうかと思いますよ」

側近「そもそも魔族がへその緒って、気持ち悪いですよ」

先代「…お前、気持ち悪い言い過ぎじゃないか。魔王だぞ、私は」

側近「はあ、すみません」

先代「まあいいんだ、そんなことは」

側近(いいんですか)

先代「こういう事はな、意味が無くてもいいし、分からなくてもいいんだ。ただな、ふとした時に…」

先代「この一族の血が、自分にも流れてる…そう実感する時がくる」

先代「魔族の生涯は、長い。そんなひと時は、生涯の中で本当に数えるほどかもしれん」

先代「それでもその想いは…ふと自分を見失いそうになった時に、自分を今の立つ場所に引き戻してくれたりするものだ」

側近「…そうですか」

先代「ああ。お前はお前でいいのだ…とな」


先代「私の娘だ。いずれ次の王座を巡る争いに巻き込まれるだろう。血で血を洗う醜い戦いを知る」

先代「可哀想なことだが…それでもこの一族に生まれたことを、抱えて生きて欲しい」

先代「私は魔界の隅の、片田舎から成り上がった身。お前に流れるのは魔王の血であると同時に…田舎の農夫の血なのだ」

先代「不思議だな?」




魔王《そうですね、お父様》

魔王《私は、農夫であり魔王だったお父様の娘》

魔王《もしかしたら、今頃魔界の外れで田畑を耕していたかもしれない、そういう女》

魔王《そっちの方が、本当は私に合ってたんじゃないかって、ずっと思っていますよ》

魔王《お父様》



??《…あの》

魔王《ん? あなたは………》


赤毛《へその緒、ちゃんと取ってあるんですか?》

魔王《…へその緒だってまだ取ってあるわ。その意味を考えたことなんてなかったのだけれど…なんとなく、ね》

赤毛《そうなんだ。あたしのも、あるのかなあ…》

魔王《…》

魔王《あなたは、不思議な子ね。人間の子供なのに、私に敵意を抱いていない》

赤毛《あたし、今はあたしが誰かも分からないんです》

赤毛《…真っ暗闇で、ただ、恐い》

魔王《………》

魔王《途中まで一緒に、行きましょうか》

赤毛《いいの?》

魔王《ええ。でも…魔界の様子は、あなたには刺激が強すぎるかもしれないわ》

魔王《怖くなったら、目と耳を塞いでいるのよ?》

赤毛《うん。分かりました》

魔王《ふふ。………それにしても、いやに鮮明な映像だった》

魔王《赤ん坊だった私には、当時の記憶なんかないのに》


赤毛《誰か、別のひとの記憶じゃないですか?》

魔王《…ふむ。なるほど。そうかもしれないわね》

魔王《ああ、ほら。来たわ、彼が》




雷帝「失礼します、魔王様」

先代「雷帝か。いつ戻ったのだ?」

雷帝「つい先刻、魔王城に」

先代「そうか。ご苦労だったな。報告ならひと休みしてからでも良いのだぞ」

雷帝「それが、そう言うわけにもいかなくなりました」

先代「何…?」

側近「人間界に、何か動きがありましたか」

雷帝「…はい」

雷帝「魔王様。勇者が現れました」

雷帝「女神の神託が降りたようです」

>>825酉ミス

魔王《そう。これは雷帝の記憶。私を形作るには、あなたの記憶がいるわ、雷帝》

魔王《幼い頃から…お父様が魔王でいた頃から私を見守ってくれた、あなたの》

赤毛《魔王さんの記憶のない頃の魔王さんを、思い出す必要があるの?》

魔王《ええ。私自身が何も持っていなくても…そんな私に向けた誰かの眼差しが、この世界の中で私を形作るわ》

赤毛《ふぅん…》

魔王《そしてこの空間で私が雷帝のことを思うこと…それが、雷帝の存在を作っていき、記憶の扉を開いていく》

魔王《そういう作業が、彼をまた形作る》

赤毛《なんだか、難しい…》

魔王《そうね。考えるよりは、感じてみましょう。雷帝の、記憶を》




雷帝「女の勇者…らしいのですが。どう思いますか」

木竜「ふうむ。しかし、たった一人でキメラの軍勢に突っ込んだとか何とか。厄介なタイプだのう。考えていることが読めんわい」

玄武「しかも…それを突破したんだべ。だとすんだば、恐ろしい能力の持ち主だべよ」

鳳凰「ふん…恐いのならそなたは四天王から退くがよい」

玄武「そうは言ってねえべ。オラ、おめぇのそういうやっすい挑発にはもう乗らねえかんな、ボーボー」

鳳凰「ボーボーではない、鳳凰だっ! 何度言えば分かるのだ、このニワトリ頭が!」

玄武「トリはおめえだべ」


赤毛《あれは…?》

魔王《魔王四天王、ね。お父様の頃の》

赤毛《雷おじさんは、前も四天王だったんですか?》

魔王《か、雷おじさん…? 雷帝のこと?》

赤毛《うん》

魔王《お、おじさん、かあ…。雷帝が…。それは、人間の年齢で言えばかなりいってる方だと思うけど。この幹部の顔触れの中では一番若手よ、多分》

赤毛《そうなんだ》

魔王《雷おじさん…。ふくくっ…》

赤毛《…》

赤毛《魔王さんって、そんな風に笑うんですね》

魔王《えっ?》

赤毛《なんだか、普通のお姉さんって感じ》

魔王《…わ、私が?》

赤毛《うん》

魔王《………》

魔王《本当に不思議な子だわ、あなた》

赤毛《そうですか?》

魔王《うん。とても》



雷帝「側近様…正気ですか!?」





魔王《なんだろう、雷帝の心が悲しみに暮れている》

魔王《強い思いが、伝わってくる》

赤毛《なんだか…恐い》




鳳凰「血迷ったのかえ? 側近」

側近「いいえ。僕は至って正常ですよ」

側近「異常なのはこの事態です。あってはならないことなんです」

先代「………」

雷帝「だからと言って、そんな!」

玄武「んだ。話が飛躍しすぎだべ、側近」

側近「そんな事はありません。このまま魔王様の邪神の加護が弱まれば、確実に勇者一行に敗北します」

木竜「じゃから、殺せと言うのか? まだ赤ん坊の、その子を」



魔王《え…?》





側近「はい」

側近「魔王様、僕はもう一度ここに進言します」

先代「………」

側近「あなたのお嬢様は、今の内に、殺してしまうべきです」


少し短いですが今日はここまでです



側近「………王者は魔界に一人だけ………………………………あなたのはず……………………………」

先代「………」

側近「………邪神の………………………………………受け継がれ………………」

側近「………あなたが破れ………宿命づけ………………………?」



魔王《な、何?》

魔王《急に景色がぼやけ始めて…》





雷帝「………………!!」

木竜「………過ぎるの………」

側近「事実を…………………………………………打開策が…」

側近「………魔王様………吸いとる………………………………加護を………………その赤子を殺………」

先代「………」

雷帝「………」

先代「…………………………………許せるはず………………」

側近「………………とるべき道………………魔族にあるまじき………」

玄武「いい加減………! 側近!」

鳳凰「我らが王を………………我らを侮辱して…………………………それなりの覚悟を………………」



魔王《雷帝の心が、閉じようとしている…!》

魔王《待って、雷帝! 何があったの!?》

魔王《お願い、教えて…!》




側近「邪神の気まぐれに翻弄され、それを正す力も考えもない、この世界にはウンザリだと、言ったんですよ」

先代「………側近、お前」

側近「守る価値もない。ならばいっそ――」






雷帝《止めてくれ》

雷帝《もう思い出したくない》

雷帝《私は守れなかった。止められなかった》

雷帝《私は無力だった》

雷帝《私には、力が必要で》

雷帝《だから、強くなったはずだった》

雷帝《それなのに、私は》

雷帝《私のせいでまた》

雷帝《………私が死ぬべきだったのだ》

雷帝《翁ではなく、私が》


魔王《雷帝…》

魔王《………知らなかった。雷帝がこんなにも、苦しんでいたなんて》

魔王《こんなにも、自分を責めていたなんて》

魔王《だって、いつも冷静沈着な判断で、私たちを導いてくれていたから》

魔王《…》

魔王《雷帝! 雷帝、聞こえる!?》




雷帝《………私を助けようとして、翁は死んだ》

雷帝《私はあの頃から、何ひとつ変わってなどいない》

雷帝《強くなってなど、いない》




魔王《駄目だ。私の声、届かない…!》

赤毛《ねえ、魔王さん》

赤毛《誰かもう1人…いるよ。雷おじさんの側に》

魔王《え…?》

魔王《本当だ。あれは》


??《泣いちゃだめだよ》

??《泣いたりしたら、余計に悲しくなるよ》

雷帝《放っておいてくれ》

??《僕だって泣きたいけど、我慢してるんだよ》

雷帝《知ったことか。私に構うな》

??《でも…でも、僕、赤毛に会わなきゃだから!》

??《暗くて進めないんだよ。一緒に行こうよ!》

雷帝《………お前は、誰なんだ》

??《僕? 僕は…》

坊主《赤毛の、友達だよ!》





魔王《!?》

赤毛《あれ、あの子…》

赤毛《知ってる…。知ってるのに、思い出せない》

魔王《どうして…》


坊主《こ、こんな所まで来ちゃったけど、真っ暗で何が何だか分からないんだよ!》

坊主《せめて何か、光るもの、持ってない?》

雷帝《光るものなど…》

坊主《も、持ってるじゃない! それ、それ!》

雷帝《? これか》

坊主《ちょっとだけ、貸してよう! もう暗くって、何も見えなくって、限界なんだ!》

雷帝《…ふん。くれてやるから、何処へなりとも行ってしまえ》

坊主《くれるの!?》

雷帝《ああ…》

雷帝《………》

雷帝《いや、待て。それは、私の大事な――》

坊主《? 大事な?》

雷帝《…思い、出せないな。なんだ、これは。すごく大事なものだったような》

雷帝《どこかで、諦めたものだったような》

坊主《でも、すごく光ってるよ、それ!》

雷帝《………ふん。いいさ。だが貸すだけだ》

雷帝《無くすなよ》

坊主《ありがとう!》


キラッ

魔王《…何? こっちを何かが照らして…》


坊主《あっ! …赤毛!!》


赤毛《えっ?》

坊主《よ、良かった、見つかって!! 探したんだよ、もう!》

坊主《赤毛が1人で噴水広場に行っちゃったって聞いて、僕もう大慌てで!!》

赤毛《噴水、広場…》

赤毛《なんだろう…思い出せそうなのに、思い出せない》

坊主《思い出せない…って、赤毛、もしかして忘れちゃったのぉ!?》

赤毛《うん、そうみたい》

坊主《ぇえ~!?》

魔王《あなたは、1人でここまで来たの?》

坊主《えっ、あ、はい。いや、えーっと…あれ?》

坊主《ど、どうしちゃったんだろう。どうやって来たか、お、思い出せない》


魔王《思い出せないって…解体が始まっているの?》

魔王《それにしても、どうして子供が魔壁の内側に…》

坊主《あれ? ええっと…僕、どうやって…?》

魔王《二人は、友達なのね?》

坊主《は、はい!》

赤毛《うーんと、多分…》

坊主《ェエ~!? 赤毛、それも忘れちゃったのぉ!?》

赤毛《う、うん…》

坊主《そんなぁ~》

赤毛《え、えへへ》

魔王《今までがどうであれ、今現在、あなたたちは友達よね?》

坊主《もちろん!》

赤毛《多分…》

魔王《それじゃあ、その事は忘れてはダメ。お互いを思うことが、あなたたちを繋ぎ止めるわ》

坊主《わ、分かりました》

赤毛《はい》


魔王《それと、あなたの持っているその光るもの…見せてもらって良いかしら?》

坊主《いいよ。でも返してね。借り物だから》

魔王《ええ。…これは》

魔王《雷帝の気持ち? なんだか、私まで暖かい気持ちになる。これは…》





魔王「――みんな」

魔王「ここまで、長い道のりだった」

魔王「けど、とうとう人間をここまで追い詰める事ができた」



魔王《これは…そう。港町を攻める直前の…》

魔王《雷帝の、視線?》




魔王「あと少し…あと少しの間だけ」

魔王「私に、力を貸して…!」

雷帝(魔王様…)

雷帝(――本当に、お美しくなられた)





魔王《え!?》


魔王《………》

赤毛《? どうしたんですか?》

坊主《変なの。顔真っ赤だぁ》

魔王《…なっ》

魔王《なんでもないワ。これ、返すわネ》

坊主《? う、うん》

魔王《ちゃ、ちゃんと雷帝に返すのヨ! 覗き見たりしちゃ、だめヨ!》

坊主《分かってるよぉ。覗き見たのはお姉さんでしょお?》

魔王《うう…》

魔王《…落ち着け、私》

赤毛《なんか、急に輪郭がはっきりしてきましたね!》

魔王《…! 本当だ》

魔王《雷帝の強い思いが、私を形作ってくれたんだ》

魔王《………》ボフン

坊主《あ、また赤くなった》


魔王《…ありがとう、雷帝》

魔王《必ずあなたを救いだしてみせるわ。でもまだ今の私には、足りない》

魔王《存在が解体されたときに、押さえていた感情が溢れ出たのね。周囲の世界を、強く拒んでる》

魔王《もっと私自身の存在が確かになってからじゃないと…あなたに届かない》

坊主《…行くの?》

赤毛《うん、多分》

坊主《そっか。またここへ来るんだよね?》

魔王《ええ。来るわよ。あなたも、私たちと一緒に行く?》

坊主《…僕は》チラ…


雷帝《………》


坊主《僕は、あの人の所に居るよ。ひとりにするのは、可哀想だから》

魔王《…そう》

魔王《ありがとう》

赤毛《じゃあね》

坊主《うん、またね》

坊主《………赤毛!》

赤毛《?》

坊主《離れていても、友達だからね!》












――「おう、そうだ! 今日からオレたちは秘密結社の仲間っ!」

――「うおーっ、カッケー!」

――「えぇ…なんか、可愛くないよね?」

――「そうだねー、金髪らしいけど」


赤毛《…!》

魔王《どうしたの?》

赤毛《ううん…。なんでもない》

赤毛《また、会いに来るから!》

赤毛《泣いちゃダメだよ! 坊主!》

坊主《わ、分かってるよう!》


魔王《!》

魔王《…記憶が、戻り始めているのね。同時に輪郭もはっきりしてきた》

魔王《それにしても、あの男の子は一体…。私では届かない雷帝と意思の疎通ができて、私たちを認識する事ができる》

魔王《特殊な力を持っているのは、この子だけだと思っていたけれど》

赤毛《魔王さん、早くー!》

魔王《………》

魔王《全ての存在が証明できた時。私たちが元の姿に戻って、この子が記憶と存在を取り戻した時》

魔王《こんな風に、並んで歩くことはもう叶わないのだろうな》

魔王《私は魔王。この子たちは人間の子。…私は、どうして…》

赤毛《魔王さんってばー! あそこに誰かいるよー!》

魔王《…待って!》


魔王「あ、ちょうちょだ! じい、ちょうちょだよー!」パタパタ

木竜「ほっほっ。捕まえられますかな」

魔王「それ! あ、にげられちゃった…」

木竜「姫様。あそこにもいますぞい」

魔王「あ、ほんとだぁ~!」キャッキャッ

木竜「ほっほっほっ…」



赤毛《わ、わあ。あれが、魔王さん!?》

魔王《そうみたいね。まだ小さい頃の私》

赤毛《かっ、可愛いぃいっ!》

魔王《ふふ。暫くは木竜や氏族のみんなが面倒を見てくれた》

魔王《先代魔王のお父様が、女勇者に倒されて…魔界は人間の手を逃れるための動きと、次期魔王を巡る争いとで、泥沼化していたはず》

魔王《そしてその動きの中で、私の命は常に狙われていた。先代の血を引く娘なんて、玉座を狙う者にとってはこの上なく邪魔な存在だった》


鳳凰「ここに居たのかえ。木竜」

木竜「…何の用じゃ」

鳳凰「随分邪険にするではないか。これでも四天王として席を同じくしていたものであろう?」

木竜「かつての、じゃろう。今のお前さんは――」

木竜「魔王候補の第一有力者じゃ」


鳳凰「そうおだてるでない。まあ、炎部署の長で四天王も歴任しているなどと、この上ない実績を有しているからな。朕は」

木竜「自分でよく言うわい。自慢話をしにわざわざ来たのかのう?」

鳳凰「…あの娘の命を取りに来た」

木竜「………」

鳳凰「などと言ったら、そなたも本気で朕とやり合う気になるのかえ?」

木竜「お前さんの冗談は、笑えんのう」

鳳凰「くくっ…。まあ、朕にも義理を重んじようなどというつもりが、無いこともない」

鳳凰「仮にも我らが忠誠を誓ったあの方の娘だ。朕に無害であれば手を出すつもりはないぞよ」

木竜「………」

鳳凰「どうだ? 少しは安心したかえ?」

木竜「何を偉そうに。つまりは邪魔をするようなら容赦せん、という忠告に来たと言うわけじゃろう 」

鳳凰「話が早いではないか。伊達に長く生きてないな」

木竜「言っとれ」

鳳凰「………」

鳳凰「玄武と違い、我らはあの戦いを生き延びたのだ。お前も雷帝も…あの方に義理立てするような生き方を選んでいるのが、朕には理解できぬ」

鳳凰「まあ、魔王候補が減るのであればどうでもいいことなのだがな」

木竜「………お前さんには分からんよ」



魔王《私は、何も分かっていなかった。皆が命懸けで私を守っていてくれたこと》

魔王《…爺》

魔王《爺には爺の立場があった。きっと難しい選択を幾つもして、その上で私に笑顔で接してくれていたんだ》

魔王《…私、何も返せなかったね》

魔王《………》

赤毛《魔王、さん?》

魔王《何でもないわ》

魔王《今は、悲しむべき時では、ない》

赤毛《…これも、魔王さん以外の誰かの記憶なの?》

魔王《そうね。これは、誰の視点かしら…?》




木竜「ん? あれは誰じゃ?」

鳳凰「ああ、手土産だ。あの娘もそろそろ年頃だろう。あんな境遇では、ろくに友達も作れてなかろうと思ってな」

鳳凰「こっちに来るが良い。炎獣」

炎獣「………」


鳳凰「どうだ? 同じ年頃同士、上手くやりそうであろう?」

木竜「お前さんがあの子にそんな気を遣うとは思えんが?」

鳳凰「なに、これも我が部署での問題児でな。子供に似合わぬ力を持て甘した挙げ句、親を殺しおったのよ」

炎獣「………」

鳳凰「すでにこちらに居場所もないが、力は凶悪。くびり殺してしまおうかとも考えたのだが…」

鳳凰「あの娘なら、渡り合えるかもしれんと思い立ってな。子供同士通じる部分もあるであろう」

鳳凰「…そして何より、邪神の加護がある」ニヤァ

木竜「…ふん」

木竜「つまるところ、体のいい厄介払いではないか。その子供が、姫様に危害を加えるような事があったらどう責任を取るつもりじゃ」

鳳凰「それはそなたらで管理することだ。朕の知ったことではない」

木竜「おぬし…」

炎獣「お、おれ!」

炎獣「………もう、だれもなぐらない、から。だから…」

木竜「…」

鳳凰「木竜。そなたは、朕に借りがあったな…?」

木竜「…ちっ」

木竜「とっとと去れぃ」

鳳凰「くくく…では、任せたぞよ」




魔王《…炎獣》




木竜「ひ、姫様! しかし…!」

魔王「えんじゅうと、ふたりであそびたいのー!」

魔王「じい、あっちいってて!」

木竜「ひ、姫様…!」

魔王「ほら、いこ!」タッタッタッ

炎獣「え、う、うん」

木竜「…!」ガーン


雷帝「翁、今戻りました」スタスタ

雷帝「魔王城は海王の一派が占拠していますね。前長の玄武が死んで後がないのでしょう。鳳凰以外の有力者も圧力をかけるように城に集まってきています」

雷帝「我々はひとまずここから動かず…………翁?」

木竜「…姫様」ガクッ…

木竜「これが反抗期というやつか…!」

雷帝「は、はい?」


魔王「ね、ちょうちょつかまえるあそび、しよっ!」

炎獣「ちょうちょ?」

魔王「うん! あ、ほら、とんできた!」

炎獣「…つかまえればいいの?」

魔王「え? うん、そうだけど…」

炎獣「」ヒュッ

炎獣「つかまえたよ。ほら…」ボロ…

魔王「! ちょ、ちょうちょが…」

炎獣「え?」

魔王「ちょうちょが、しんじゃった…!」ジワ

魔王「かわいそう!」ポロポロ…

炎獣「こ、ころしちゃ、ダメなの!? ゴ、ゴメンおれしらなくて…!」

魔王「うわーん!」


木竜「姫様、如何しましたか!?」バッ

魔王「じいはあっちいってて!!」

木竜「…!」ガーン


魔王「もういっかいだよ。こんどは、しなせたらメだよ!」

炎獣「わ、わかったよ…」

魔王「あ、あそこ!」

炎獣「よーし、こんどこそ…」

炎獣(ころしちゃダメだ。ころしたらまたおひめサマがないちゃう。おれはわるい子供だから、すぐころしちゃうんだ)

炎獣(そうしたら、またここも出ていかなくちゃいけないかもしれない。それは、イヤだ)

炎獣(もう、おいだされたくない。もう…)

ヒラヒラ…

炎獣「…それ!」

炎獣「! やった! やったよ!」クルッ

魔王「!」ビクッ

魔王「い、いや…」

炎獣「え、どうしたの?」

魔王「あなた、だれ…?」

炎獣「え?」


風鬼「ちぃ、気づいたんか。勘のいいガキやな」ヌッ


炎獣「!?」

風鬼「どけ」バキッ

炎獣「ゴハッ!?」

ザザザザ…!

魔王「っ!!」

風鬼「邪神の加護を持ったガキだと聞いとったが、成程。これは厄介そうやな」

風鬼「本当やったらちぃとばかし遊んでやりたかったんやけどな。綺麗なガキを切り刻むのは楽しいしなぁ」

炎獣「…おえっ…!」ビシャビシャ

魔王「えんじゅう…!」





魔王《ああ、そうね。この時のことは私も覚えているわ》

魔王《とは言ってもすぐに記憶は途切れてしまうのだけど》

赤毛《こ、こわい…。あの鬼、魔王さんを狙っているの?》

魔王《ええ。私の命を狙った刺客。こういうことは、おそらくよくあったのでしょう。私の知らないところで、爺や雷帝が始末していただけ》

魔王《でもこの時は、私が我が儘を言ったせいで、二人は側にいなかったの》







魔王「こ、こないで…」

風鬼「万が一があると、わいも風神様の怒りを買うてまうし。とっとと殺っときましょか」

魔王(こわい)

魔王(こわい、こわいこわい!)

魔王(だれか、たすけて!!)

『――…』

魔王(え?)


――ゾクッ

風鬼「ッ!? なんや!? この圧は――」

ドス!!

風鬼「ぇぐッ!?」

魔王(…な、なに?)

魔王(なにが、おきてるの?)

風鬼「グハッ…! はぁ、はぁ」

風鬼「じょ、冗談やないで!! なんやねんワレェ…!」



ズォオォ…!

魔人『………』



風鬼(なんや、コイツの禍々しい波動は!? いったいどこから現れたんや!)

風鬼(…そうか、読めたで! これも魔王の娘の手品ってワケやな! これが邪神の加護の正体っていうことや!)

魔人『…』

風鬼(コイツそのものの戦闘力は尋常やない。とてもわいが太刀打ち出来るレベルやないが)

風鬼(コイツは娘に存在を依存しとる。娘を先に消してしまえば、こっちのもんや)

風鬼「とくれば、的をバラけて攻撃やでぇ…!」

風鬼「"分身"…!!」ヒュゥウン…


風鬼「わいは、自分を10体にも増やすことが出来る」

風鬼「アンタもこの全てから娘は守れへんやろ」

魔人『…』

風鬼「さあ、どうするんや、化け物…!」

風鬼「手も足も出せへんか…!?」

魔人『…』ス…

――ヒュッ

風鬼「ほんならそろそろ決めさせてもらうで。わいのスピードの餌食になr  ボ ッ

魔人『………』

風鬼(…? な、なんや…? 体が動かへん)

風鬼(お、おかしい…まさか、たったひと薙ぎで………分身の…全ての…)

風鬼(か………下半身が…もがれ…)

ゴシャ

魔人『…』

魔人『…』クル…

魔王「ひっ!!」

魔王(こ…こっちにくる…!!)

魔人『…』

魔王(あ…なに…きゅうに、ねむく…)

魔王「…」ドサッ…

魔人『………』グワ…



「おひめさまに…!!」バッ

炎獣「さわるなっ!!」

ドカッ!!


魔人『…』

炎獣(! くっ、ビクともしない!!)

魔人『…』ズォオ…

炎獣(だ、だめだ。やられる――)



雷帝「"一閃"…!!」

ズバァンッ!!

魔人『!』

雷帝「今です、翁!」

木竜「グォオォオォオォオッ!!」カッ

ゴォオォオゥン…!!



魔人『――…』

フッ…



雷帝「…消えた」

炎獣「はあ、はあ…」

魔王「………」グタ…

雷帝「いや、戻ったというべき、か」

木竜「…姫様の中に、か?」

雷帝「ええ」


木竜「今の者が…邪神の加護が姿を現した存在。…儂も、初めて見るわい」

雷帝「魔王の素質を持つ者がその身に宿す加護。その器が自らの力を制御出来ない時、魔人の力となって姿を現すと言われていますが」

雷帝「姫様がこの小さな身体で、あの化け物を身体に秘めていると言うことですか?」

木竜「どうやら、そう言うことのようじゃのう。先代様の時にはこんな事はなかったが…確かに、こんな子供に邪神の加護など御せるはずもあるまいて」

雷帝「ある種の暴走、というわけですね。先ほどは確実に、姫様にすら殺意を向けていました」

雷帝「…我らが目を離した隙に…。風神の刺客の事もですが、危うく姫様は命を落とされる所でした」

木竜「ふむ。しかし、お前。よくアレに立ち向かったのう」

炎獣「…」

木竜「うむん? なんじゃ、気を失っておる」

雷帝「…翁。私は反対です。只でさえ姫様の周囲には危険がつき纏う。そんな得体の知れない子供を姫様の側に置くなど」

雷帝「鳳凰がその子供に何か言い含んでいるやもしれません。…姫様に害を及ぼすような事を」

木竜「…ふうむ」

木竜「傷の具合から見て、どうやら刺客から一撃貰っておるが、そのダメージを負った上で魔人へ攻勢に出たか」

木竜「なんとも無茶をしおる」


木竜「そうじゃな。この先、他の魔王候補からの攻撃が過激になれば、儂らが常に姫様のお側におると言うことも叶わなくなるかもしれん」

雷帝「ええ、ですから…」

木竜「――こやつに、魔人から姫様を守らせる」

雷帝「…!?」

木竜「おぬしも見ておったろう、雷帝。魔人への一撃を。子供とは思えん動きをしておった」

木竜「どうやらこの子供には、天賦の才がある。今はとても太刀打ち出来んが、長い目で見れば姫様の支えとなりうるかもしれん」

雷帝「し、しかし!」

木竜「何者にも、な。居場所は必要じゃよ。雷帝。儂はそれを先代様に与えて頂いた」

雷帝「…!」

木竜「おぬしとて、そうではないか?」

木竜「少々過酷かもしれんが…この子供が立てる場所はどうやらそう多くない。お互いが、お互いを必要とする時が来るやもしれぬ」

雷帝「………」

雷帝「分かりました」ハァ

雷帝「しかし、その子供が姫様を傷つけようとしたその時は、私は迷わず剣を抜きます」

木竜「ほっほっ。頑固だのう、おぬしも」

木竜「まあそれも良いじゃろう。魔族なら、自分の居場所は自分で勝ち取ってみせねば、な」

炎獣「…」スヤスヤ



炎獣《あの時から、俺の居場所はいつでも魔王の側だった》

炎獣《親父やお袋のことはロクに覚えちゃいない。けど、なんとなく自分が殺しちまったんだってことは分かっていた》

炎獣《時々頭が真っ白になって、気づけば周りに誰かが倒れてる…そういうことは、昔はよくあった》

炎獣《じーさんや雷帝が、場所をくれたのが不思議なくらいヤバい奴だったと思うよ、実際》

炎獣《でも、だからこそ、魔王の気持ちも少しは分かることが出来たんだと思う》

炎獣《正体の分からない強大な力に、いつ自分が喰われちまうか分からないような感覚》

炎獣《大切な人を、自分が傷つけてしまうかもしれない恐怖》

炎獣《辛いよな。俺はずっと、自分はここに居ちゃいけないんじゃないかって思いがあった。それは魔王も同じだったはずだ》

三つ編《…可哀想》

炎獣《ん?》

三つ編《自分が居ることを、許せないなんて…》

炎獣《…そうでもないぜ。俺のやることははっきりしてたから、それ以外のことはあんまり悩まずに済んだ》

炎獣《それに、"あいつ"とやりあう時が、忌み嫌われていた自分の力を、唯一生かせる場所でもあった》

炎獣《この日のことを、何度も頭の中で反芻しながら俺は修行に明け暮れた。記憶の中の"あいつ"に勝てるように、てな》

炎獣《次に"あいつ"とやり合ったのは、ちょうどお前くらいの年だったかな》

三つ編《私くらいの年の時…》

炎獣《ああ》




炎獣「姫! 姫、しっかりしろ!」

魔王「うぐ…あぁあっ!!」

炎獣「くそ、こんな時に発作が起こっちまうなんて!!」

魔王「苦し…!!」

ズォオォオォオォオォオォオォオ…

炎獣「く…来る!」ゾクッ…



魔人『………』



炎獣「じいさん達がいないこんな時に…!!」

――木竜「よいか、炎獣。おぬしの使命は"戦い"じゃ」

――木竜「魔人が現れて、その時儂らが側にいなければ…おぬしは命を賭して戦うのじゃ」

――木竜「その時だけは、自分を魔人を倒すための装置だと思え。他に何も考えるな」

――木竜「自分を開放するのじゃ」

炎獣「…」ゴクッ

炎獣「やるしか、ねぇ…!!」

魔人『………』

炎獣「行くぞォッ!」


炎獣《でも、それは俺にとっては喜びですらあったな》

炎獣《恐怖もあった。でも、それより"我慢"しなくていい、っていう快感に身を委ねていたと思う》

炎獣《結果は、ボロ敗けだったんだけどな。いつも》


炎獣「げヒュッ…」

魔人『………』

炎獣「かふっ…ゲフッ…!」

炎獣(クソ、負けちまったのか…)

魔人『…』ォオ…

炎獣(や、べぇ…)


「させんぞ…!」

木竜「グォオォオォオォオッ!!」


炎獣(…じーさん)

炎獣(さすが…あのブレスは鬼だなぁ…)

魔人『…』フッ…

炎獣(ちっ…次は…)

炎獣(殺してやる、からな………)

炎獣「…」

魔王「はあっ、はあっ。………!?」

魔王「炎獣ッ!!」

魔王「炎獣、しっかりして!!」

魔王「じ、爺!! 大変、炎獣が――」


三つ編《…恐い》

炎獣《そう、だよな。普通の子供はそう思うはずなんだ》

炎獣《俺は頭のネジがぶっ飛んじまってて…命を自分から投げ棄てるみたいな戦い方をしてた》

炎獣《死んじまってもいいやって心の何処かで思ってたんだな。それは本当の意味での"恐怖"とはかけ離れていた》

炎獣《何処かが壊れた俺の心じゃあ、俺のために魔王が泣く理由が分からなかった》

炎獣《魔王の白い頬を伝う綺麗な涙が…何処か遠い所の出来事みたく感じていた》

魔王《…港町での戦いの後の炎獣は…ちょうど、この頃みたいな顔をしてたな》

炎獣《そうだな。港町でオッサンと闘った時は…闘うことの喜びを、思い出していたから》

炎獣《昔の俺に戻ってた部分はあったかもしれない。もっとも、死の恐怖ってもんを知っているのといないとじゃ、天と地の差》


――炎獣「今、俺は際の際に立たされてる。だからこそ、見えそうな景色がある気がする」

――炎獣「こんな気持ちは、初めてなんだ。こんなに怖くて………こんなに楽しいなんて」

――武闘家「ぬふふふふふふ。ようやく理解したか、小僧。それこそが命のやり取り」

――武闘家「死の深淵を覗き込み、尚且つ生を掴み取らんとすること…そのために己の全てを賭ける」

――武闘家「それが、まことの、″闘い″じゃ」
?

炎獣《魔人とやり合っていたのと、オッサンとの闘いじゃ、俺にとっての意味合いは全然違ったんだ》

炎獣《なのに、俺、氷姫にひどい事言っちまった》


――炎獣「――なんで」

――炎獣「なんで手出ししたッ!!」

――氷姫「っ…」


――氷姫「…」

――氷姫「…ごめん」

――魔王「………炎獣」

――魔王「自分が死んでしまっても構わなかった…なんて言うつもりでいる?」

――炎獣「…」ギュッ



魔王《ふふ。炎獣って、結構ちゃんと自分のことを…何て言うか、分析してるよね》

炎獣《そうか?》

魔王《うん。自分の気持ちと向き合って、整理しようとしている》

炎獣《そ、そうかなぁ…って》

炎獣《魔王!? いつの間に隣に!?》

魔王《今、気づいたの?》クス

三つ編《そう言うところは鈍感なんだね》

炎獣《いや、何でお前こんな所に…! つか、この子誰!? 人間じゃん!》

炎獣《そもそも、ここは何処だぁ!?》

三つ編《お兄さん、うるさいよ》

炎獣《お、お兄さんて…お前な…》

魔王《私が思い出した炎獣の記憶。そうして掘り出された私が今炎獣を想う気持ち。炎獣自身が思い出した遠い過去、近い過去》

魔王《そういうものが、炎獣の曖昧だった自意識を、ハッキリとしたものに変えたのね》

炎獣《つ、つまり》

炎獣《どーいうことだってばよ》

魔王《考えて分からない時は?》

炎獣《え? あ!》

炎獣《身体を動かすっ!》

魔王《ふふ。そう。もう少し、炎獣の記憶を開いてみよう。私と炎獣の記憶!》

炎獣《…よく分からないけど、お前がそう言うなら、そうすっか!》


三つ編《ま、待って!》

三つ編《私、友達を探してここまで来たの!》

炎獣《友達ぃ?》

魔王《ああ、彼女ならほら…そこに居るわ》

三つ編《え?》

赤毛《………》

魔王《赤毛ちゃん。もう終わったわよ》トンッ

赤毛《ほ、本当? 戦うシーン、ない?》

魔王《ええ》ニコ

三つ編《赤毛!》

赤毛《あっ、え!?》

三つ編《良かった…!! 無事で本当に…!》

赤毛《う、うん…》

三つ編《追いつけて…良かった…!》ポロポロ

赤毛《………》





――三つ編「もう、これ以上………私の前から、居なくならないでよ…!」


赤毛《…三つ編》

赤毛《ここまで、追いかけて来てくれたの?》

三つ編《うん》

三つ編《だって私たち…》

三つ編《秘密結社の、仲間…でしょ?》

赤毛《………うんっ》



炎獣《…》

炎獣《どうなってんだよ? これ。あの子供達は、何者なんだ?》

魔王《…私にも分からない》

魔王《でもあの子達の存在が、私たち一人一人に干渉してくれているおかげで、今こうして私と炎獣が話が出来るのだと思う》

魔王《あの子達の結び付きと、私たちの結び付きが、リンクしている。いや…誰かがそうさせている?》

炎獣《誰かって?》

魔王《…うーん》

炎獣《ま、いいや。次行こうぜ、次!》

炎獣《俺の存在って、まだまだ不完全なんだろ、これ。自分のことなのにモヤモヤして分からないこと、沢山あるんだ》

魔王《そっか。じゃあ、行こう!》


雷帝「ここまででいい。電龍」

電龍「え、いいんスか? 部長たちの住んでるとこまで送ってくっスよ」

雷帝「少しここから走っていく。体力作りにな」

電龍「ええっ!? まじっスか!? これ以上鍛えてどーすんスか、部長」

電龍「今日、稽古つけられてた連中泣いてましたよ。死ぬかと思ったって。特に最近、気合い入り過ぎじゃねっスか?」

雷帝「あの程度では、準備運動にもならん。少しも気を抜くわけにはいかんのだ」

雷帝「今日はどんな手を使ってくるつもりだ。あの単細胞め、闘いになると妙に頭が回るからな…」ブツブツ

電龍「ぶ、部長? アレで準備運動って…うち帰ってから戦争でもするんスか…?」





炎獣「でりゃあっ!!」ギュオンッ!

雷帝「…ちっ!」シュバッ!

ドォンッ…!!

木竜「そこまでっ!」


炎獣「だーっ、くそっ!! もうちょっとで勝てたのによお!!」

雷帝「ふん。顔を洗って出直すんだな」

炎獣「くぅ~っ! 次こそはぶっ倒してやるかんな、雷帝!!」

雷帝「千年早い」スタスタ…

木竜「………随分と、汗をかいとるのう?」

雷帝「…見間違いでしょう」

木竜「ほっほっほっ。そうかのう」

炎獣「あー、悔しい! じいさん、ちょっと相手してくれよ!!」

雷帝「!」ギョッ

木竜「まーだそんな体力があるのか。全く若さとは恐ろしいのう」

木竜「炎獣、おぬし明日の仕度は済んだのか?」

炎獣「仕度ったって、何もいらねーよ。俺、姫についてくだけだし」

木竜「そんな甘いものにはならんと思うが…まあよい。聞け、炎獣」

木竜「姫様の、魔人の件じゃ」

炎獣「…?」


木竜「もう、お前を子供扱いはせん。ひとりの男として、儂はお前に姫様を託す」

木竜「…良いな?」

炎獣「………」

炎獣「ああ。分かった…!」




炎獣《この時初めて、じいさんが正面切って俺に頼み事をしたんだ》

炎獣《今でも良く覚えてる。男同士の約束ってやつだ。………嬉しかったな。あれは》

三つ編《男の子ってそう言うの好きだよねぇ》

赤毛《そうだねぇ》

炎獣《ま、女の子には分からねぇかなー!》

魔王《…私、炎獣に沢山負担をかけてたんだね》

炎獣《魔王がそんな事思う必要は、ねぇよ。俺にとっては場所があるってことが大事だった》

炎獣《お前だって…それはわかるだろ?》

魔王《"ここに居てはいけないんじゃないか"…》

魔王《そうだね。私もいつでもそんな気持ちでいた》

魔王《私の存在が、皆の生を縛り付けている。私が内包するこの邪悪な力は、その命を奪いすらするかもしれない》

魔王《お師匠様の所へ行くって言い出した時も…きっと、少しでも誰かにとって価値ある存在になりたかったから》

魔王《ずっと…自分の生き方を他人のせいにして、何も考えないようにしてたんだ》

炎獣《………でも、お前は見つける。お前の生き方を》

魔王《ずいぶん、時間はかかるんだけどね》クス

炎獣《お互い様だろ、そりゃ。………でもなあ、師匠のところは、正直キツかったよな》

魔王《ふふふ。炎獣、お師匠様にずうっと怒られてたもんね》

炎獣《だってよぉ…俺はただ魔王についてっただけなのに、弟子入り志願と間違われてしごかれて…》

赤毛《お師匠様って、先生ってこと?》

魔王《そうよ。私たちの、魔法の先生》

三つ編《魔法の、先生! 魔法の学校があるの?》

魔王《学校………かあ》

炎獣《…そんな、いいもんじゃなかった気がするぜ、あれ》

三つ編《え?》


冥界の入り口
断罪の滝

ドドドドドド…

炎獣「…こーんな辺鄙な所が集合場所なんてよ。良い趣味してるよな、冥王って奴もさ」

魔王「爺が言ってたでしょう? ここに辿り着くことそのものが、試験みたいなものなのよ」

魔王「冥王様に教えを乞う魔族は多いけれど、その全てを受け入れることをするような方ではないわ。ここに辿り着いた者はみな、それなりの使い手ってことよ」

炎獣「ふーん…」


水精「いつまで待たせるつもりだわさ。アタイも暇じゃないってのに」

土髑髏「全くだぜ。定刻は過ぎてるって言うのによ。これじゃあ落ちこぼれまでここに辿り着いちまうじゃねえか」

幻妖蝶「聞いていたより志願者が多いですな。今回は猛者が多いってことですかな?」

毒虎「………」

ザワザワ…


魔王「…魔界では名の知れた者も多いみたい」

炎獣「姫はヘーキなのか?」

魔王「私は、あまり顔を知られていないから」






「ごきげんよう、皆々様」

冥王「なんとも可笑しな馬鹿面を下げて、ようこそお集まり下さいました」


炎獣「な、なんだあ? 何処から聞こえて来るんだよ?」

幻妖蝶「あそこですね。滝の上に、誰か居ます」


冥王「よくもまあ、雁首揃えて阿呆のようにぼうっと突っ立っているものでございますね。あたくし、笑ってしまいます」


土髑髏「テメェが冥王か。遅れてご登場の上に、ずいぶんな口の利き方じゃねぇか?」

土髑髏「あんた、俺っちが誰だか分かってんのかい? 魔界じゃ知らぬものは居ねえ、恐怖の暗黒騎士様の魔術部隊、隊長様だぜ」

冥王「………ぷっ!」

冥王「おほほほほほほほほほ!」

土髑髏「…何がおかしい」

冥王「ごめんあそばせ。何とも凡庸の域を出ない自己紹介だったものですから、あたくし可笑しくって」

土髑髏「何ぃ…!?」

冥王「悔しかったらここまで登っていらして。泥臭いあなたには少し難解かもしれませんけれど」

冥王「そうね。今回の自殺志願者は豊作みたいですので、少しばかり篩に掛けさせて頂きませうか」

冥王「このような物であたくしが妨害致しますので、そちらを掻い潜って、皆様滝の上までいらして下さいまし」フヨフヨ


毒虎「!」

水精「巨大な岩石が…冥王の回りに集まってくる…!」

炎獣「…おい、姫。本当に大丈夫なのかアイツ。自殺志願者とか言ってるぞ」

魔王「…正直、私も不安になってきたよ」


冥王「最初に辿り着いた5名様に、わたくしに教えを乞う権利を差し上げませう」


冥王「さーあっ! チンケな皆様の、醜い滝登りショーの始まりですわーあっ!」

土髑髏「な、何だとぉ!? 話が違うじゃねえか!!」

土髑髏「ここに辿り着きさえすりゃ、あんたの魔法を寄越して貰えるって話で――」

水精「ふっ!」ザバァッ

水精(まともに話が通じる相手じゃないってのは、事前情報から何となく察しがついてるわさ)

水精(ならば動揺している時間も惜しい。とっとと課題をクリアしてしてやるわ。幸い滝は水部署のアタイの得意とするフィールド!)

水精(一着はアタイのもんだわさ!)


魔王「私達も行こう。炎獣」バッ

炎獣「お、おう!」ダンッ

土髑髏「お、オイてめぇら…!! アイツの言いなりかよ!?」


冥王「…あら、随分ねぇ。判断力の欠如は、死に値する罪ですのよ。わたくし、度を過ぎた愚か者って見ていて気持ちが良くありませんの」

冥王「視界から、消えて下さる?」ヒュンッ

土髑髏(!? 岩石が物凄い勢いで飛んで――)

ドゴォッ…!!



炎獣「う、うひゃあ。容赦ねぇ…」

魔王「ほ、本当…。でも他の弟子入り志願者も皆、冥王様の提示に乗るみたいね」

炎獣「ああ。こりゃ負けてられねえぜ!」

魔王「炎獣、来るよ!」

ビュオ…!

炎獣「へへ。こう言う分かりやすいのなら、任せろっての!」

炎獣「ちぇすとォっ!!」ビュッ

ドゴォンッ!


冥王「あらあら。随分と元気な方がいらっしゃいますこと」

水精(ふん。しかし、もはやアタイに追いつけるものはいやしない)

水精(岩石の妨害など、水に同化してしまえば)

ザバァンッ

水精(…ただ、飛沫を上げて通りすぎていくだけだわさ!)


魔王(物質に変化する術…! あの魔族、相当な魔力を持ってる!)

炎獣「あぶねぇ、姫!」

魔王「え?」

シュルシュルシュル!

魔王(触手!? 危うく、絡めとられるところだった!)

幻妖蝶「ほう、見かけより素早いですな、お嬢さん」シュル…

魔王「なんのつもり!?」

幻妖蝶「弟子入りの資格を得られるのは、上位5名。なら、厄介そうなのを消してしまえば、繰り上がって小生が資格を得るというわけです」

魔王(くっ、志願者同士の潰し合いか!)

炎獣「ちっくしょ、こんな事してちゃあ、上位とは更に離されちまう!」


水精「この勝負、貰った!」

――パキィン

水精「…え?」

水精(な、何? 身体が、動かな…)

ゲシッ!

水精「痛! 誰よっ、今アタイを踏んづけたたわけ者は!?」



「悪いわね」

氷姫「あんたはそこで凍ってるのがお似合いよ、水精」

氷姫「お先」


水精「ひょ、氷姫! あなたも此処にっ…!?」

水精「ちょ、待て! 待ちなさいってば!!」


炎獣「へえ、あいつ俺らと同じ年頃だぜ! やるもんだなぁ!」

魔王「え、炎獣!」

シュルシュル…!

炎獣「おっと!」

幻夢蝶「小生を相手に、余所見とは良い度胸ですなぁ」

炎獣「…姫。先に行ってろ」

魔王「でも!」

炎獣「元々俺は弟子入り志願じゃねぇしよ。お前が入りゃあ問題ないだろ?」

魔王「それは、そうだけど。…わ、分かった。気を付けてね!」

炎獣「おう!」

幻夢蝶「ほう、お姫様を守るナイトってやつですかな? 美しいですね。せっかくですから、更に美しく…」

幻夢蝶「非業の死というやつを、遂げてみては!?」シュルシュル!

炎獣「」フッ

幻夢蝶「!? 消え――」

炎獣「おいおい」

炎獣「俺がこんなに遅い攻撃してたら、雷帝に脳天割られちまうトコだぜ?」


ズズゥン…!

炎獣「さ、片付いた。って、あれ? 姫は?」


魔王「おーいっ、炎獣ー! はやくー!」


炎獣「え!?」

炎獣「あ、あいつ…」

炎獣「もう、滝を登りきっちまったのか!?」


魔王「炎獣ってばー!!」

氷姫「………」

氷姫(どういうこと? あの状況では、どう考えてもあたしの位置が群を抜いてゴールに近かった)

氷姫(でも…滝を登りきったあの時…もうこの女がすぐ後ろまで来ていた)

氷姫(一体どうやって…。この女、何者なの?)


魔王「炎獣、急いでー!」

炎獣「どうやって登ったんだよ!」

魔王「魔力を脚に流して凝縮して、水の上を滑ったんだよ! 炎獣もやってみなよー!」

炎獣「出来るか、んなもん! いつの間にそんなこと覚えたんだよ!」

魔王「えへへー! 私だって、炎獣と雷帝がお稽古してる間、爺に魔法を教わってたんだもんねー!」

炎獣「くそぉ!」


冥王「まあ、何だか耳障りな娘っ子さんがいらしてますわね。これで合格者は二人…いえ、三人せうか」

氷姫「!?」

毒虎「…」

氷姫(こいつ、いつの間に…?)

冥王「さて枠は後ふたつだけ。揃い次第、わたくしのお屋敷に案内致しますので、他の方々とはここでお別れですわね」

魔王「大変、炎獣! 間に合わないと、一緒に来れないよ!」

炎獣「うがーっ!」

炎獣(はっ、待てよ? 水の上を走る…その手があったか!)

炎獣「やるきゃねぇ! おりゃりゃりゃりゃりゃ!!」

ザパパパパパァンッ!

魔王「わあ! 炎獣すごいすごい!」

氷姫「何あいつ、水の上を走ってる!?」

炎獣「とーちゃく!」ズダッ

魔王「どうやってやったの!? 今の! 魔力を足の裏に貼り付けた!?」

炎獣「はっはっはっ! ただの気合いだぜ!! 魔力なんか、よく分からんしなー!」

氷姫(い、意味不明だわ…。なんでこんな脳筋がここにいるのよ)

冥王「さて、あとお一人さんは…」


びちゃっ…

水精「ぜえ、はあ…」

氷姫「何よ、間に合ったわけ、あんた」

水精「ナメんじゃ…ないわさ…小娘が…!」ゼェハァ


冥王「ターイムアーップですの!」


冥王「蹴落とされた負け犬の皆々様。おめでとう、そしてさようなら!」

冥王「あなたがたは惨めながらもごくごく普通のちっぽけな一生を過ごす権利を得ましたのですわ!」

冥王「登り詰めてしまったうっかり者の皆様。御愁傷様、そしてようこそ!」

冥王「あなたがたには、まだ見ぬ絶望にうちひしがれ、泣く事も許されず、己が無力を更に胸に刻まれることになるでせう!」

冥王「さあ、参りませう! わたくしとご一緒に、愉快で悲しい冥界のひと時に!!」


ゴゴゴゴゴゴゴゴ…





炎獣《と、そんなわけで冥界での修行の日々は、それはそれは大変でしたとさ、ちゃんちゃん》

魔王《駄目よ、炎獣。ちゃんと思い出さないと》

炎獣《…い、嫌だあ! 思い出したくねえ!》

三つ編《な、なんだか想像してた魔法の先生とは全然違うんだけど》

赤毛《確かに、綺麗な女の人だったけど…。何て言うか、目が少しも笑ってなかったよね》

魔王《後で聞いたけど、この時のお師匠様は誰も合格させる気がなかったらしいわ。全員、岩石で潰してしまうつもりだったとか》

炎獣《は、はは。今聞くと恐ろしいぜ》

魔王《うん…。実際、冥界での修行は厳しいなんてものじゃなかったしね》

魔王《でもその分、そこで私と炎獣と、そして氷姫の絆は強くなったよね》

炎獣《そうだったな。でもさ、氷姫のやつ最初の頃はツンケンしちゃって、とても近寄れる感じじゃなかったぜ》

魔王《あ、あはは》



氷姫「な、納得がいきません!! 冥王様っ!」

冥王「まあ嫌だわ。修練の後ですのに、あたくしの気分を害するのに十分な大声を出しますのね、あなた」

冥王「後ろで虫けらみたく転がっている方々を見習って、お静かになさってはいかが?」


水精「ぜえ…ぜえ………し、死ぬ…」

炎獣「ウギギッ…! アタマ痛ぇよぉ…!」

魔王「はあ、はあ…」


氷姫「あたしがこうして立っていられるのは、他の誰よりも魔力の総量が多いからです! それは以前の測定の結果からも明らか!」

氷姫「なのに、何故転移の術を習得する権利を、あたしではなくこの女にしたんですか!?」

魔王「はあ、氷姫、さん、はあ…」

冥王「そうですわね。その理由を強いて言うとするならば…」

冥王「あなたが、その理由さえ分からない愚か者だからではなくて?」

氷姫「っ!!」

氷姫「…くっ!」クルッ

ツカツカ…バタンッ!

冥王「若い娘っ子さんのヒステリーって、目も当てられないほど無様ですこと。幻惑の術で自我を壊して差し上げようかしら?」

冥王(に、しても。この這いつくばっている子猫さんの、この力は…)

魔王「はあ、はあ…」







炎獣「…まだ、やってんのか? 姫」

魔王「あ、ごめん。起こしちゃった? 炎獣」

炎獣「姫のせいじゃなくてさ、体中バキバキで眠れねえんだよ」

魔王「ふふ。炎獣、修練から逃げ出したりするからだよ。お師匠様、本当に怖かったんだから」

炎獣「あの時の大津波の魔法、マジで死ぬかと思ったぜ。まさかここまで来て、じいさんや雷帝との組手よりしんどい修行させられるなんてなぁ」

魔王「私たちとは違う疲れ方してるよねえ、炎獣は」クスクス

炎獣「へへ。とは言え、お前たちのも辛いんだろ。しっかり寝といた方が良くないか?」

魔王「あ、うん。これだけ読んだら、寝るよ」

炎獣「そんな分厚い本、よく読む気になるよなぁ。まさか、隣に積んであるやつ全部読んだのか?」

魔王「えへへ…読んじゃいました」

炎獣「マジかよ…」

魔王「お師匠様の持ってる本って、貴重な物も沢山あるんだよ。これなんか、魔界の成り立ちについての神話が記されてる」

炎獣「勝手に読んで怒られないのか?」

魔王「あ…どうだろう。怒られるかなあ?」

炎獣「あ、あのな…」


炎獣「…なあ。やっぱり姫は…魔王に、なりたいのか?」

魔王「………うーん。何となく、そうなのかもしれないって思う」

炎獣「何となくそうなのかも、だけで、こんな所まで修行に来ないだろ」

魔王「あはは。そうだよね」

魔王「…お父様が立派な魔王だったから。私も頑張らなきゃ、て思うんだ」

魔王「皆も…口には出さないけど、それを望んでいるんだと思う」

炎獣「そっか…。でもそれって」

魔王「?」

炎獣「…いや」

炎獣(お前自身が…本当にしたいこととは…違うんじゃないのか?)

炎獣(………ま、お前の決めたことなら、俺はついていくだけさ)

炎獣「…魔王になりゃ、あの雪女だって見返せるかもしれないしな。あいつ、何かと姫を目の敵にしてきやがるし」

魔王「雪女じゃなくて、氷姫さん、でしょ? ちゃんと、お話しする機会でもあれば…誤解も解けるかもしれないんだけど」

炎獣「ま、そんな余裕も時間もないからな。集中してなきゃ、下手したら死にかねないぜ、あのスパルタじゃ」

炎獣「だから、ちゃんと寝ろよな、姫」

魔王「分かったよ。もう少しだけにする」

炎獣「うん。じゃあな」

魔王「おやすみ、炎獣」





魔王「………」ズキ…

魔王(…なんだろう、頭が痛い。ちょっと、無理しすぎたかな。明日もあるし本当にそろそろ寝なくちゃ…)

魔王「…うぅ」ズキズキ

魔王(くっ…様子が、変…! これは…もしかして!)


ズォオォ…

炎獣「!」

炎獣(この気配…まさか!)ガバッ


――ズォオ…

魔人『………』


魔王「…うっ………こんな所で…!」

炎獣「姫っ!!」

魔王「え、炎獣…!」


魔人『………………』


炎獣「くっ!」ダンッ

炎獣「姫から離れやがれぇえ!!」ゴオ!





ズゥン…

氷姫「な、何…? 今の音」




冥王「この気配は…」




毒虎「………」









炎獣「――らっ!!」ドンッ!


魔人『………』ゴッ!


炎獣「ぜっ!!」ボッ!!


魔人『………』ズンッ!!




炎獣(っくしょ!! やっぱ強ぇ!!)

炎獣(一手一手のやり取りで、命が削られるみてぇだっ!)

炎獣(けど!)

炎獣「見えるぞ…今なら!」

炎獣「お前の距離。お前の時間。お前の判断………!!」


炎獣(繰り返した死闘が!!)ドガン!!

炎獣(それを反芻して没頭した無数の鍛練が!!)ギュオン!!

炎獣(俺の沸騰した血液を、剥き出しの闘気を、導く!!)ズバァン!!


炎獣「――俺が!!」




炎獣「勝つッ!!!」




ドッ



魔王「え、炎獣…!」

魔王(…す、すごい、戦い)

魔王(誰も入り込む余地のないような、打ち合いだ)

魔王(炎獣は今までにないくらい集中している。魔人をたった一人で倒すために、身体を暴力の器と化してる)

魔王(でも、その戦い方じゃあ………!)


ズジュッ!

炎獣(――右耳が潰された。代わりに奴の肩口を削いだ)

ドシュッ ドロ…!

炎獣(脇腹にかなり深く入った。でも庇うな、隙になる。敵の目を抉れ、視界を減らしてカバーしろ)

メキメキッ バキッ!

炎獣(左手の指がほとんどイッた。これじゃ打てるのは手刀だけだ。右足の小指が食いちぎられて、踏み込みが不充分だ)

炎獣(でも、それは敵も同じだ)


ゴシャッ!

パキン!

バシャ!

ボキッ!





炎獣(俺が死ぬ前に、殺す――)






魔王(もし炎獣が勝てても)

魔王(治療できる木竜がいない…っ!)

魔王(私の魔法じゃきっと足らない!! このままじゃ、炎獣が!!)

魔王「………止めて」

魔王「もう、止めて…っ!」



炎獣「」ボンッ!!


魔人「」ゴッ!!


炎獣「」ドギュッ!!


魔人「」ドシャッ!!



魔王「止めてよ…っ!!」

魔王「どうして、炎獣を傷つけるの!? どうして…私の中から出てくるの!?」

魔王「どうして、私なんかに宿ったのっ!?」

魔王「私は、あなたなんか………!!」

魔王「――望んでいないのにッ!!」



炎獣(倒せ)

炎獣(倒せ)

炎獣(倒すんだ)


炎獣(何が終わったって、何でもいい)


炎獣(ただただただただ)


炎獣(目の前のこいつを――)




炎獣(  倒  せ  !  !  )







炎獣「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


魔人『………………………………………………………………』

















冥王(………これが)

冥王(これが、邪神の加護ですって?)

冥王(この娘っ子さん、随分な狂気を内包して、のうのうと平気な顔をしていたものですのね)

冥王「お前様方も、大層な運命劇を目撃したものですね?」

毒虎「………」

氷姫「…っ」

氷姫(一体、今のは何だったの?)

氷姫(あの、暴虐の権化みたいな恐ろしい魔物。それを打ち倒した、あの脳筋男の技)

氷姫(こいつらは、何者? 何と何が戦って、何が残されたって言うのよ…?)




魔王「炎獣…! 炎獣っ!」

魔王「死なないで、お願い…っ!」

炎獣「………ひ、姫」


炎獣「姫…。見て、たか」

炎獣「勝った…ぜ。俺」

魔王「うん。見てた。見てたよ」ポロ…

魔王「凄かった。炎獣、強かったよ」ポロポロ

炎獣「………だろ?」

魔王「うん。でも、ダメだよ。まだ休んじゃ」ポロポロポロ…

魔王「明日も修練頑張らなきゃなんだから。明後日も、明々後日も」

魔王「それが終わったら、木竜と雷帝のところに帰るんだから」

魔王「また二人に、稽古つけてもらうんでしょ?」

魔王「ねえ、炎獣」

魔王「炎獣ってば…!!」

炎獣「………」

魔王「………どうして?」

魔王「どうして、こんなことになるの?」ギュゥ…ッ

魔王「私、本当はただ、普通に生きてたいだけだったのに」

魔王「友達になってくれた炎獣と。いつも見守ってくれる木竜や雷帝達と」

魔王「ただ過ぎていく日常を守るだけの力があれば、それで良かったのに…っ」

魔王「どうして、それすら許されないの…!?」

魔王「こんな風になるしかないなら、奇跡の力なんていらなかった!!」

魔王「なんで、なんで私なのっ!?」

魔王「なんで………」


魔王「…うわあああああぁっ!!」



炎獣《やっと》

炎獣《やっとだったなぁ。魔王の涙を見て、それが嬉しく思えたんだ》

炎獣《魔人を倒したことだって嬉しかったはずなのに》

炎獣《なんだかそんなのは、どこかへ行ってしまっていて、別の気持ちが俺の中に沸き上がっていた》

炎獣《自分のために泣いてくれる誰かがいる。――それが、自分の居場所ってことなんだって》

炎獣《暗闇の中で伸ばした手が、自分の身体を支える壁をようやく見つけた時みたいに》

炎獣《実感となって"それ"は俺の中に入り込んできた》

炎獣《魔王はずっと俺の友達でいてくれた。いつも一緒に笑ってくれて、魔人と戦った時はいつも俺の代わりに泣いてくれた》

炎獣《そんな欠片のひとつひとつが、どこか壊れていた俺の心の内側を、この時ようやく満たしたんだ》

炎獣《だから、悲しかったよ。折角手に入れた気がしたのに、もう、別れなくちゃいけなかったから》

炎獣《死んでもいいって思いながら戦ってたこと………初めて後悔した》

炎獣《もう一回だけ、魔王の顔が見たいと思った》

炎獣《そうして、何とか薄目を開いた俺の視界の中に》

炎獣《お師匠にひれ伏す魔王がいた》






冥王「…」

魔王「………お師匠様」



魔王「お願いです。炎獣を助けてください」


冥王「………あたくしの手を煩わせて、そこのやかまし屋のぼろ雑巾を、治療したいと」

冥王「そんな七面倒臭いことを、何の得も提供できないお前さんがごとき娘っ子が、恐れ多くもあたくしに対して申し入れようって」

冥王「そう言うんですの?」

魔王「はい」

魔王「そうです」

冥王「…ふう。まったく、呆れた図々しさだこと」

魔王「………お願いします」

冥王「………」

冥王「けれどもまあ、やぶさかではなくってよ」

氷姫「!」

魔王「…ほ、本当ですか?」

冥王「ええ、ええ。よろしくってよ。でもその代わり」

冥王「あなた、その身を以てあたくしの研究に益をもたらすことをお約束なさいな」

魔王「――私に出来ることなら、なんでもしますっ!」

冥王「おほほほほほほ!」

冥王「邪神の加護を受ける身でありながら、なんとも重要なことを安請け合いしますのね。そら恐ろしくすらある愚かさですこと」

魔王「…炎獣を助けられるなら」

魔王「安いことなんて、少しもありません」

冥王「………」

冥王「そう。では、下がって黙っていらっしゃいな」







炎獣《お、おいおい魔王! お師匠相手にこんな啖呵切ってたのかよ!?》

魔王《だって、この時は炎獣を助けるために必死だったんだよ?》

炎獣《うっ…んん、ああ》

炎獣《そりゃ嬉しいけどさ》

三つ編《ニヤニヤ》

赤毛《ニヤニヤ》

炎獣《なに笑ってんだ、おめーら!》ボッ

三つ編《あ、熱ぅいっ!》

魔王《炎獣、ダメよ、子供相手に》

炎獣《むぐ。ついつい…》

魔王《でも…この空間で炎が出せるくらい、炎獣の存在ははっきりしたものになったんだね》

炎獣《そう、みたいだな…》

魔王《ふふ。良かった》

炎獣《………なあ、魔王》

魔王《ん?》


炎獣《………ありがとな》


炎獣《…お師匠に回復して貰ってる時、俺はずっと震えてたんだ》

炎獣《失うことが………初めて怖いと思った》

炎獣《そして、ようやく、死にたくないって》

炎獣《そう思えたんだ》

炎獣《魔王のおかげだ》

魔王《………》

魔王《炎獣が自分で見つけたんだよ》

魔王《いつだって苦しかったのに、炎獣は自分の足でちゃんと歩いてた》

魔王《必死になって探し続けていたから、見つかったんだよ》

魔王《きっとね》

炎獣《へへっ》

炎獣《だと良いな》


炎獣《魔王》

炎獣《俺と友達でいてくれて………ありがとう》

魔王《――うん》

魔王《私をずっと守ってくれて》

魔王《ありがとう、炎獣》





赤毛《素敵だなあ》

三つ編《そうねえ》

赤毛《あたしたちも、大人になっても友達でいられたら…こんな風に話せる時が来るのかな?》

三つ編《そうだね。大人になって…その時》

三つ編《仲間だったってこと、覚えていられたその時は………》

赤毛《…三つ編?》

三つ編《ううん。私も伝えたい想いがあるな、って思ったの》

赤毛《…そっか》

三つ編《うん》

赤毛《皆で揃って、またあの秘密基地に会わなきゃね!》

赤毛《坊主と、三つ編と、それに》

――「だからさ、赤毛!」

――金髪「秘密基地、行こうぜ!」




赤毛《金髪も、一緒に!》

三つ編《………うん!》


炎獣《さて、ここからも色々と苦労するわけだけど》

魔王《そうだね。この後は…》

炎獣《――魔王》

炎獣《俺は、この先はもう一人で大丈夫だ》

魔王《!》

炎獣《きっとこの時のこと、一杯不安に思ってる奴がいるからさ》

炎獣《そっちに行ってやってくれよ》

魔王《炎獣…。分かった》

赤毛《もう少しだね、魔王さん》

魔王《そうね。行きましょうか》

三つ編《お兄さんは私に任せて下さい!》

炎獣《ええっ!?》

炎獣《お前残るのかぁ!?》

三つ編《だって、お兄さん一人だと変なところに走って行っちゃいそうだし》

炎獣《あ、あのなぁ…》

魔王《ふふ》

魔王《炎獣を宜しくね》

三つ編《はい!》

炎獣《オイオイ、魔王まで…》


魔王《それじゃあ行きましょうか》

赤毛《うん!》



魔王《私達は進まなくちゃ》

魔王《たどり着いた現実で、例え》

魔王《隣を歩けなくなったとしても》

今日はここまでです

我「(りんどー先輩に言ったらめんどーな事になりそうだしやめとこ)」

久我「(口は災いの元ってね?ボクちん賢い!)」

久我「あーこれねー?これは昨日階段から落ち……」

もも「これは昨日寧……」

久我「ストーっプ!もも先輩!」バッ

もも「モガ」

もも「な、なにするの久……」

久我「もも先輩ー?面倒な事になりそうだし頼むからやめてちょ?」

もも「……わ、わかった……」

竜胆「ね………?」

久我「な、なんでもないよーん?」

竜胆「んー?あ、そーいやーさ?今日斎藤見てないんだけど、知らね?」

もも「綜みゃんなら警………」

久我「もも先輩ー!」バッ

もも「モガ」

竜胆「警…?」

久我「じ、自分探しの旅に出ました!」

竜胆「自分探しの旅だ~?」

久我「(やっべ、流石に無理あったかな?)」

竜胆「いいなぁ斎藤…かっけーなぁ…」

久我「………………」

竜胆「あたしも行きたいなぁ…自分探しの旅…」ウットリ

もも「……もも達もいく?」

久我「一人で行ってちょ」

司「腹が…」ヨロッ

寧々「楽しそうね?」

竜胆「おっ!寧々ー!」

久我「ちょりーっす!ウサギちん!」

もも「あっ!ウサギだ!」

竜胆「ウサギ?」

寧々「>>79

 清ヶ「ん~・・・挟美ちゃんの料理は美味しいし、気配りもできるし、きっといいお嫁さんになれると思うよ、俺は」


 挟美「!///」カァァァ


 エステル「だ、そうだ!よかったな、挟美」ニコリ


 挟美「あ、ぅぅ・・・///」モジモジ


 薬丸「てか恋人が居ないってとこに怒らないのね?」パクッ,モグモグ


 ナル「あ、そう言えば」モグモグ


 清ヶ「別に・・・気にしてることじゃねーしな。これから先出来るからどうかも考えたことないからな」パクッ,モグモグ


 薬丸「ふーん・・・そう」ズズッ






























































ああ
2017/07/12(水) 17:38:04.11ID: FO/WkdNt0 (4)
372: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]
乙です
2017/07/12(水) 17:46:27.91ID: HeBea9beo (1)
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氷姫《なんで…あたしこんなことばっかり思い出してんだろ》

氷姫《誰かの気持ちが記憶の扉をノックしていくみたいに、順繰りにあの頃の映像を引き出して行く…》

氷姫《この時のあたしは…そう、逃げてばっかで》

氷姫《どうしようもなく弱かった》

??《ひでーな》

??《大人はすぐ、そうやって子供の頃の自分を馬鹿にするんだ》

氷姫《…仕方ないでしょ。そう言うときにやらかしたことってのは、目を逸らしたくなるもんなの》

氷姫《まあ、でも…そうね》

氷姫《今のあたしがそれに比べて強いかって聞かれたら》

氷姫《飛躍的に成長しました、なんて、口が割けても言えないわ》

氷姫《あくまであの頃から地続きなあたしでしかない》

氷姫《…冥王様の元での修行の日々、か》

氷姫《懐かしいな》


冥王「それでは、本日も引き続き魔力変化基礎学ですの」

冥王「この電撃発動装置の発する電圧に合わせて、己の体を電撃に変換しなさいな」

冥王「朝から、晩まで、ねえ」


ビリビリビリビリ!!!

魔王「うっ、くっ…!」

氷姫「ぐっ………!」

水精「うがー!!」

毒虎「………っ」


氷姫(ちょっとでも集中力が乱れたら、電撃が身体に流れる…!)

氷姫(上手く魔力の舵を取って、しかも電圧に合わせて針の穴を通すような調整を続けなきゃいけない………が)

氷姫(この鬼畜な修練にも慣れてきた。力をコントロールしながら、周りを観察出来るようになってきたわ)

冥王「…」ズズ…

氷姫(冥王。魔界でどの勢力からも一目置かれ、決して何者にも与しない謎の人物)

氷姫(気まぐれで弟子の受け入れを行い、やって来たものをしごき抜きながら、その悲鳴を聞きつつお茶を飲むのが趣味だとか)

氷姫(冗談だとばかり思っていたけど、どうやら噂は本当だ。とんでもない実力者だけど、性格は破綻しまくってる)

水精「うごごぉっ!」

氷姫(…水精。魔術師としてはエリートコースを突き進んできたはずのコイツは、ここじゃ劣等生もいいとこ)

氷姫(ほとんど根性でついて来てる辺り、逆に尊敬するわ。でも、悲鳴を聞かされ続ける側の身にもなって欲しいわね)

毒虎「………」

氷姫(こいつは、よく分からない。とにかくどんな修練もそつなくこなす。拷問級の修練をそれなりの成績でクリアするあたり、只者ではない…と思う)


氷姫「…うっ!」ビリ

氷姫(ちっ、気を抜きすぎた。いまいち、今日は調子が良くないな)

氷姫(昨夜、あんなのを見せられたせい…?)

魔王「…ふっ………くっ…!」ビリ

氷姫(…この女と、あの脳筋男。あれは何だったの?)

氷姫(脳筋の方は、流石に今日は修練を免除されたみたいだけど…いつも冥王様から逃げ仰せようって命知らずで、正直どうしてここにいるのか不思議でしょうがない)

氷姫(なんで冥王様はあんなのの命を助けたんだろう。それも、この女が取引をしたから…?)

魔王「うっ…んっ………!」ビリビリ

氷姫(明らかに、今日のこの女は体調が整っていない。昨日あれから冥王様に連れていかれて…一体何をしてたのよ?)

氷姫(冥王様は、邪神の加護を持つ娘と言った。ということは、この女…まさか行方不明って言われている魔王の娘?)

氷姫(だとしたら、その生まれもった邪神の加護で、冥王様から依怙贔屓うけてるっわけ…?)

氷姫(………嫌いなタイプだわ…そういうの…っ)

冥王「まあ!」

氷姫「!」

冥王「まあまあまあまあ!」

冥王「電波に乗って、随分な邪念が流れてきますこと! 修練中に気もそぞろなスットコドッコイはどちら様?」

冥王「いずれにせよ、お弟子さん皆様の、連帯責任に致しましょうねぇ」

氷姫「…ちょ、冥王さ…!」

冥王「電圧アーップですのっ!」






魔王「ぜ、ぜ、ぜ…」

水精「ヒュー…ヒュー…」

毒虎「………………」

氷姫「はあ、はあ、はあ」

氷姫(お)

氷姫(終わった…。乗り切っ…た)

氷姫(流石にあたしも、今日はもう動けないわ)

冥王「あらあら、ごゆっくりなさっている暇はなくってよ、子猫さん?」

氷姫「!」

魔王「は、はい…」ヨロ…

氷姫(ば、馬鹿な! ここまでやった後に、まだ何かするって言うの!?)

魔王「あぅ…っ!」グラッ

冥王「まあ、だらしない。これくらいで倒れちまふなんてことじゃ、あたくしが融資した分は少したりとも返せっこなくってよ」

魔王「は………はい」ヨロ…

氷姫(これは…)

氷姫(………近いうちに、あの女死ぬかもしれないわ)

水精「…氷姫」ゼェハァ

氷姫「?」

水精「あんたで、しょうが。師匠の、言ってた邪念って」

氷姫「…な、なんのことよ」

水精「あの時の慌てよう…アタイの目を、誤魔化せると思ってるわけ? 余裕があるからって、ずいぶんな、態度じゃない」

氷姫「う、うっさいわね! だったら何よ!」

水精「あの娘…。ひたむきな、いいコだわさ」

氷姫「…っ」

水精「あんたのせいで、死んだら…それであんたの自尊心は守られるってわけ?」

氷姫「なによっ! あんたが言えた義理なの!? 自尊心の固まりみたいだったあんたが!」

水精「アタイのは…」

水精「もうとっくに、粉々になったわさ…」

氷姫「…!」

水精「今、あるのは…只の………意地………」ムニャムニャ

氷姫「………」

水精「ぐがー…」





氷姫(べ…別に)

氷姫(水精に言われたから気にかけてるとか、そういうんじゃないわよ)

氷姫(秘密の訓練なんてしてるようなら、それを盗み見てやる。抜け駆けなんて許す気はない。それだけ)

氷姫「…それだけよ」

炎獣「ん?」

氷姫「!」

炎獣「お前、何してんだ? こんなとこで」

氷姫「…ちょ、ちょっと冥王様にお話が、あるの」

炎獣「ふーん、そうか」

氷姫「あんたこそ、何してんのよ。あれだけやられといて、もう動いて平気なの?」

炎獣「ああ。所々死ぬほど痛ぇけどな!」

氷姫(それ、平気って言わないじゃない)

炎獣「なんだ、心配してくれんのか? 案外イイ奴だな、お前」

氷姫「はあ!? 今のをどう聞いたら心配してることになんのよ!?」

炎獣「俺もお師匠に用があるんだ。姫が、部屋に帰って来なくてよ」

氷姫(人の話聞いてんのか、この単細胞…)

炎獣「もしかして、お前も姫のこと気になってんのか?」

氷姫「ばっ…!」

炎獣「?」

氷姫「バッカじゃないの!? 何をトンチンカンなこと言ってんのよ!!」

氷姫「このチビ! トンマ! 死に損ない!」

炎獣「な、なんだよ、急に…」


「っああぁ!」


炎獣「!」

氷姫「な、何、今の悲鳴」

炎獣「姫の声だ!!」ダッ

氷姫「あ、ちょっと! 待ちなさいよ!」


魔王「うぅっ…あぐっ…!!」

冥王「なるほど、なるほど。邪なる波動は勿論のこと、聖なる波動にも同様の反応が見られる……」

魔王「ふぐぅっ……!!」


炎獣「ひ、姫っ!」

氷姫(な、何よこれ…!)

氷姫(妙な装置に、あの女がくくりつけられて…そこに物凄い力が渦巻いてる!)

氷姫(これは、魔力? いや、別の何かの…!)

炎獣「師匠っ! 何だよこれ!! どーゆーことだよ!?」

冥王「極論を言えば、プラスの因子とマイナスの因子と思われていた両極の力はイコールで繋げることが出来ると言うこと…」ブツブツ

炎獣「おい! 聞いてんのかよ!!」ダッ

冥王「重力10倍」

ズンッ!!

炎獣「うがッ!?」ドタンッ!

冥王「あら。煩わしいハエが飛んでいると思ったら、ボロ雑巾さんでしたのね、ごめん遊ばせ」

氷姫(く、区間を限定しての重力変化! 初めて見る…!)

冥王「お前さん方、あたくしの研究の成果を見学なさりに来たんですの? おほほ、いつもならその万死に値する厚かましさに相応の裁きを差し上げる所ですけれど」

氷姫「っ…」ビクッ

冥王「今宵のあたくしは特別機嫌がよろしくってよ」

冥王「光栄に思いなさいな、世紀の大発見の生き証人になることを許可致しますわ!」

氷姫(ど…どういうこと…!?)

炎獣「ぐっ…! 姫…!!」



魔王「あぁっ…!!」

冥王「さあ………お出でなさい!」

冥王「邪神の加護の化身!! 大魔人!!」


魔王「っあああああああぁ…!!」



――ズォオオオオオオオオッ!

魔人『…………………………………………』



炎獣「なっ―― 」

氷姫「!!」


冥王「おほほ…」

冥王「おほほほほほほほはほほほほほほ!!」


炎獣(魔人を…強制的に呼び出した…!!)

魔王「うぎっ…あぁあっ…!!」


氷姫(あの時の、化け物…!! 何て圧なの…!)

魔人『………………』ギュン!

氷姫(来る!!)

炎獣(やべえっ!!)


冥王「物理反射レベルA」ギュィインッ!


氷姫「えっ?」


魔人『!』ガツンッ!!

パリィッン!

冥王「あらあら。これでは相殺が限界ですのね」

魔人『………』ブォン!!

冥王「――物理反射レベルS」

パキンッ!!

魔人『………』グラッ…

炎獣「あ…あいつの打撃を、弾き返した…!?」

冥王「ふぅむ…少しぐらいは興になりそうですのね」

冥王「けれども、あたくしに手傷を負わせようなんて」

冥王「――百万光年早くってよ」ニヤァ…


魔人『…』ビュオッ!!

冥王「衝撃波風速10000」ゴンッ!!

魔人『…』グォッ!!

冥王「大地震動マグニチュード11」ズゴンッ!!

魔人『…』ギュバッ!!

冥王「雷撃威力設定255」ドカンッ!!


魔人『――…』フラ…

冥王「大爆発…」

冥王「最大級!」


ドガァアァアァアァンッ!!!


炎獣「うわぁあぁあっ!! し、死ぬぅ!!」

氷姫「きゃあぁあぁあっ!?」


冥王「捕獲」キュウゥン!

魔人『…!』

冥王「あらあら。案外呆気ないんですのね」

冥王(さて、ここからがメインですのよ)

冥王(あたくしの予想では、捕獲した魔人が囲いを脱しようとした瞬間…)

魔人『…』ズンッ!!

魔人『………』ズンッ!!!

冥王(そう、この瞬間、魔人自身が本来持ち合わせていないほどの、膨大な力の渦が発生する。それすなわち――)

冥王(邪神の加護! そしてそれが、最大限に発揮されるこの時に)

冥王(子猫さんの、器としての力を引き出す…!)

魔王「がっ…あっ………!!」

ギュオォオォオッ!!


炎獣「な、何が起こってんだ…!」

氷姫「…あっ、あたし生きてる…」

氷姫(冥王様の屋敷、跡形も無くなってるんだけど)


水精「………ちょ、ちょっと…死ぬとこだったわさ…これは何の騒ぎ!?」フラ…

毒虎「………」


ヒュイィインッ――


炎獣「!」

氷姫「な、何…この光」

水精「光の柱が、空に延びていく…! 今度は何が起こるっての!?」

炎獣「姫は…姫はどこだ!?」

氷姫「あそこよ! 光の柱の根元!」

氷姫「この光、あの女から伸びてるんだ…!!」

炎獣「! 姫…」


魔王「………」フワフワ


水精「ちょ、ちょっと! あれ!」

水精「星がひとつ、光ってる!」

氷姫「え!?」



キラッ



炎獣「…流れ星だ」

水精「な、なんだ。ただの偶然ってわけ?」

氷姫「………違う」

氷姫「今の光。あの光の柱が、星に作用して墜としたのよ」

水精「っ!? そ、そんなまさか!」

水精「そんなこと、そんなことあり得ないわ!!」

水精「星を落とすなんて、そんなことが出来たら、世界だって破滅させられるってこと――」

氷姫「それだけの力を」

氷姫「あの女が持ってるってことよ…!」

水精「…っ!」


魔王「………」フワフワ


炎獣「姫………」

毒虎「…」


冥王「………ふむ」

冥王(これが、邪神の加護の真骨頂)

冥王(そう………そうですの)

冥王(そういうことですの)

冥王「おほほほ…! 面白いですわぁ…!」


水精「…わ、笑ってる」

氷姫(じょ、冗談じゃない)

氷姫(冥王…こんな事を引き起こして平然としているなんて………天才とか超人とか、そういう域を越えてる!)

炎獣「姫!」ダッ

魔王「う………え、炎獣…」

炎獣「姫、大丈夫か」

魔王「よ、良かった…動けるように、なったんだね…。わ、私は、平気…」

炎獣「平気って、お前…!」

魔王「お、お師匠、様」

魔王「どう、でしたか…。出来そう、ですか」

魔王「魔人を、従える、技…」

炎獣「!」

冥王「うふふ。お馬鹿さんねぇ、誰に向かって質問をしているんですの?」


冥王「あたくしに不可能はなくってよ」


炎獣(魔人を、従える…)

炎獣(魔王はその術を得るために、お師匠とこんな危険なことをやってんのか?)

冥王「既に今日の実験で、魔人の力をある種コントロールすることに成功しましたわ」

冥王「けれども、毎回あたくしが戦って辺りを更地に変えてからというのも面倒ですし、もう少し効率を追求したいものですのね」

冥王「明日も実験を行いますわ。よろしくって?」

魔王「…は、い」

炎獣「なっ…」

炎獣「何言ってんだよ!? こんなこと、毎晩やってたらお前、本当に死んじまうぞ!?」

魔王「私は、平気、だよ…」ヨロ…

炎獣「わっ、馬鹿! まだ動くなって」

魔王「み、皆さん…迷惑を、かけて、ごめんな、さい」ヨロ…

氷姫「!」

水精「…め、迷惑ってーか、あんた…!」

魔王「氷姫、さん。すみま、せん。怒って、ますか…?」ヨロ…

氷姫「…っ!」

炎獣「何言ってんだよ! 自分の身体の心配しろって!」

魔王「本当、に…。ごめん、な、さ………」グラッ

炎獣「お、おい!」

氷姫「………」





氷姫《あたしだってね》

氷姫《冥王様の所に行くために人一倍努力していたつもりだった。それこそ、血ヘド吐く思いでね》

氷姫《自分で言うのも何だけど、才能もあったわ。だから、他の連中より優れてるのも当たり前だと思ってたわ》

氷姫《…あの子の存在は、そんなあたしを打ちのめした》

氷姫《あたしより可能性を秘めていて、邪神の加護なんて規格外のものも持っていて、そして、あたしよりも努力していた》

氷姫《なんでそんなに頑張れるの…って》

氷姫《…けーっこう、へこんだなぁ》

??《めんどくせー》

??《そいつが頑張ってるんなら、応援してやればいーじゃんか》

氷姫《…ガキんちょには分からないわよ》

??《な、なんだとー!?》


氷姫《…しばらくは、修練と言う名の、屋敷の修復だった。まあ、修復ってったって冥王様が一日でほとんどを再現しちゃったんだけどね》

氷姫《まったく、そのぶっとんだ能力には尊敬を通り越して笑えてくるわよ》

氷姫《それらを魔法で固定したり、書物の整理したりが、あたし達の仕事だった》




魔王「硬化」ヒュゥ…

魔王「これでよし」

炎獣「姫、無理してねぇか?」

魔王「あ、炎獣。うん、平気だよ。エントランスはほとんど終わったから、次は蔵書室かな」

炎獣「昨日の夜もやったんだろ…アレ。本当に大丈夫なのか?」

魔王「うん。身体が順応してきたから、苦痛も前ほどは感じないし。最後にはお師匠様が治療してくれるから」

炎獣「治療ってもさぁ。睡眠も少ししか取れないし、疲れが溜まらないわけねーだろ」

炎獣「朝飯も、ちゃんと食ってなかったじゃねぇか」

魔王「あはは。食欲沸かなくて」

炎獣「…」

炎獣(そうまでして…。いや)

炎獣(姫にとってあの力の驚異を無くすことは、俺が思ってる以上に意味があることなんだ)

炎獣(だったら、俺が出来るのは、応援してやることだけだ)


魔王「ね、炎獣。それよりその担いでる石像、重くないの?」

炎獣「ん? ああ、この熊の石像か?」

魔王「獅子だと思うけど…」

炎獣「これって、この辺りにあったと思うんだけどさー、向きとか覚えてないか」

炎獣「こうだったかな?」ドシーン

魔王「きゃ!?」

炎獣「テキトーにやるとお師匠キレるからさぁ。"あらあらあら、とんだズボラ屋さんが居たものね、地平線の彼方まで吹き飛ばして差し上げようかしら"とかナントカ言ってよ…」

魔王「じゃ、じゃあ炎獣、この石像は中庭に置いてあったやつだよ。多分東側から獅子の顔が噴水の方を向くようになってて…」

炎獣「えー!? ちょ、ちょっと待て! 覚えらんねえよ!」




書庫

ズシーン…

氷姫「…うっさいわね。またあの連中?」

氷姫「ったく。遊びに来てんじゃないんだってのよ」チッ

氷姫「…」

――魔王「本当、に…。ごめん、な、さ………」

氷姫(遊びに来ているのは…どっちよ?)

氷姫「はあ」


氷姫「ん? 何、この本…」

氷姫「………"究極氷魔法"!?」

氷姫「これっ…もしかして!」

氷姫「…間違いない。これは禁忌の魔法のひとつ」

氷姫「これを…もし、あたしがマスターすることが出来れば………」

グラッ ゴゴゴゴ…!

氷姫「!?」

氷姫(は、柱が倒れてくる! しまった、気づくのが遅れた…!)

氷姫(やば――)

ドスン!

氷姫「………っ」チラ

氷姫(あれ…柱が止まってる!?)

炎獣「あっぶねーなぁ!」ググ…!

氷姫「あ、あんた…!」

炎獣「早く、そこ出ろ! こいつを元に戻す!」

氷姫「わ、分かった」

炎獣「姫、いけるか!?」

魔王「うん! 炎獣お願い!」

炎獣「オラァ!」グイッ!

魔王「硬化!」ヒュゥ


炎獣「ふう、なんとかなったな」

魔王「良かった、間に合って」

氷姫「…」

炎獣「書庫は最初に硬化したはずだよな? 誰かやり残したのか?」

魔王「分からないけど…。あ、氷姫さん怪我してる! 待ってて、いま回復…」

氷姫「じっ、自分でできるっつーの!」バッ

魔王「あ…そ、そうだよね。ごめんなさい」

炎獣「おいおい。助けてもらっといてその態度はないんじゃねーの?」

氷姫「あたしは…っ!」

氷姫「この女に助けて貰ったんじゃない! あんたに助けて貰ったの!」

炎獣「え? あ、おう」

氷姫(…な)

氷姫(何言ってんだ? あたし)

炎獣「なんか改めて言われる照れんなぁ」

氷姫「照れるな気持ち悪い!」パキィン!

炎獣「おわちゃ!? こ、氷はやめろよっ!」

魔王(いいなぁ…炎獣は氷姫さんと普通に話せて)

魔王「…あれ?」

魔王「氷姫さん、この本…」

氷姫「っ! か、勝手に見るな!」バッ

魔王「それ、第五二代魔王の著書だよね…! その文読めるの!? 」

氷姫「は? …そりゃ、これは氷部署の奴なら読める文字…」

魔王「す、すごい!」ガバッ

氷姫「うわっ!?」

魔王「じゃあじゃあ、この本のこの部分何て書いてあるか分かる!?」パラパラ…

氷姫「な、なによ、あんた! …これは、"樹枝状の氷晶の魔方陣がもたらす効果"って…」

魔王「わー!!」

氷姫「ひぃ!」

魔王「じゃあ、これはこれは? 私この表記が分からなくってこの本が読み進められなくって!」

魔王「氷姫さん、読める!?」キラキラ

氷姫「な、なんなのよあんた!?」

炎獣「や…やべぇ。姫がスイッチ入っちまった」






炎獣「…」zZZ

氷姫「…も、もう勘弁して」グッタリ

魔王「うふふふ。これで読める本が増えたぞぉ」

氷姫「…」

氷姫「あんた、勝手に蔵書室に忍び込んで冥王様の書物漁ってたわけ?」

氷姫「とんだ猫ババ娘ね。あたしがこの事を冥王様に告げ口したら、あんたどうなると思って…」

魔王「ふっふーん」

魔王「氷姫さんだって、勝手に本読んでたの知ってるよ、私!」

氷姫「うげっ」ギク

氷姫(こ、こいつ案外抜け目ないわね)

魔王「えへへ。だから本当は、どんな本読んでるのか、お話したかったんだ」

氷姫「!」

――「本当はね…私、お姉ちゃんともっとお話したかったの」

氷姫「…」

魔王「だ…ダメかな? 氷姫さん」

氷姫「………名前」

魔王「え?」

氷姫「呼び捨てで…いーわよ…」

魔王「!」パァッ

魔王「うん! 氷姫!」




氷姫《…友達、って言うのかな。あたしにはそういう存在は、初めてだった》

氷姫《肩を並べるような存在はいなくて、あたしはいつも独りで、強くいなければならなかったから》

――「気高くありなさい、氷姫」

――「誰よりも気高く」

氷姫《…そうね、お母様。あたしは貴女の言いつけ通りにやってきたわ》

氷姫《回りの奴は、みんな見下してた。そうする事が正しいって、信じてた》

??《うっわー。友達になりたくねぇタイプ》

氷姫《ぐっ…言ってくれるわね、アンタ》

氷姫《まあ、実際高慢でどうしようもないあたしは…なかなか現実を受け入れられない。それはこの後もあたしの行動を鈍らせる》

氷姫《それに、誰かに助けられるってことも初めてのことで…どうしようもなく困惑したっけなぁ》

氷姫《あたしがそんな風にしてる間にも、事態はどんどん、動いていたんだけどね》






水精「…あー…だる…朝から晩まで修復しても終わんないわさ」

水精「なーんでアタイこんなことしてんだろ…必死にやっても誰も誉めちゃくれないし…」

水精「むしろコケにされ続けて…下手すりゃ死にかねないような修行を永遠とさせられて…」

水精「はーあ。どうして見目麗しき花のヤングジェネレーションを、こんなところで浪費せにゃならんのか…アタイにはもっと向いてることがある気がするわさ」

水精「…くそ…サボってやろっかしら」


毒虎「――水精」

水精「ヒョエッ!?」

水精「な、なによ! あーた、いつからそこに…」

水精「てか、喋れたわけ!?」

毒虎「海王の命を伝える。うぬに拒否権はない」

水精「――っ!? か、海王様の…」

水精「あ、あーた………何者!?」

毒虎「口外せぬと誓え」メキ…メキメキ…

毒虎「我が名は………」



――――――
――――
――


氷姫「ついに、この日が来たか…」

氷姫(…悪名高き、冥界からの生存修練)

氷姫(弟子を全員冥界に放り込んで、そこから自力で脱出することを目的とする修業)

氷姫(ってのは建前で、実際は楽して弟子を選りすぐろうっていう、冥王様の悪魔的横着。そのまま冥界の住人になって帰って来ない者も少なくないとか)

氷姫(けど、これはあたしにとってはチャンスだ。あの本に書いてあることが本当なら)

氷姫(冥界に進入することは、究極氷魔法を習得する条件になる。…絶対、モノにしてやるんだから)

魔王「あ、氷姫!」

氷姫「…何よ」

魔王「この本、ありがとう。おかげで翻訳出来る部分が増えたよ」

氷姫「もう読んだわけ? …あんたさ、昨夜も例の実験やったんでしょ?」

氷姫「いつ本なんか読んだのよ?」

魔王「明け方は自由時間だから。そこで読んじゃった」

氷姫「…それって睡眠時間じゃないの?」

魔王「えへへ」

氷姫「えへへじゃないわよ、この読書狂。あんたそのうちほんとに死ぬわよ」

魔王「そうかなあ?」


炎獣「ふわーあ…。よお」

氷姫「…っ」ピク

魔王「おはよ、炎獣」

炎獣「なんか天気悪くねーかぁ? いや、冥界なんていつも暗いけどよー、今日はなんか、嵐が来そうっつーか」

魔王「うん…この天候の中で、本当にあの修練をやるのかな?」

炎獣「まあ、お師匠のことだから"今日はお休みになさいませ!"とは言わねーだろうな」

魔王「炎獣…お師匠様のマネ、似てないね」

炎獣「なぬっ!? 似てるよなあ、氷姫?」

氷姫「…」フイ

炎獣「あ、あれ?」

魔王「氷姫?」

氷姫「…」スタスタ

炎獣「な、なんだよあいつ。今度は俺を無視かぁ?」



氷姫「…」

氷姫「…っ」

氷姫(ちょ…あ、あたしどうしちゃったわけ?)

氷姫(なんであいつの目が見れないの…?)

氷姫(昨日あいつに助けられてからだ。なんなの、これ)

氷姫(…。助けられたのよ、ね。あたし…)



水精「…っ。…」

毒虎「………。…」


氷姫「…ん? 何、あれ」


毒虎「…分かっているな」

水精「くっ…!」

毒虎「繰り返し言うが、お前に拒否権などないのだ」

水精「う、うっさい!」

水精「放っておいて!」

毒虎「…失敗は許されんぞ」

水精「………」



氷姫「…何を話てんだろ? よく聞こえないな」

氷姫(にしても珍しいわね。あの二人がしゃべってるなんて)

氷姫(と言うかあの男、喋れたんだ)





冥王「おはようございます。蒙昧なお弟子さんは揃ってまして?」

魔王「はい、全員います」

炎獣「眠ぃ…」

氷姫(…ひどい言われようだわ、相変わらずだけど)

水精「…」

毒虎「…」

冥王「では、早速始めませう」


冥王「本日は楽しい楽しい冥界ツアー。冥界でも随一の観光名所、死の森に皆様をご案内差し上げますわ!」

冥王「この修練の目的は、生きて屋敷まで帰ってくること。あたくし制限時間は設けませんので、どうぞ心行くまで冥界を堪能なさって頂いて結構です」

冥王「もっとも、時間が立てば立つほど、生者の臭いに霊魂共が集まってきて…」

冥王「気づけば自分の魂もすっぽり肉体から抜け落ちてる…なんてことも、あるかもしれませんわね?」

魔王「うぅ…」

炎獣「マジかよ」

冥王「それと、冥界を徘徊する死神にはお気をつけ遊ばせ。あの巨人は迷い混んだ生者の首を大鎌で跳ねることが生き甲斐の陰気さんですので」

冥王「皆様みたいなヒヨッコは、視界に入りでもしたら一巻の御仕舞いでせう」

水精「…っ」

氷姫(…死神)

氷姫(究極氷魔法の発動条件。どんな形であれ、死神に接触すること)

氷姫(隙を見て、必ず成し遂げてやる)

毒虎「…」


冥王「それでは、準備は宜しくて?」

魔王「はい」

冥王「あら、子猫はそんな準備でよろしいの?」

魔王「え?」

冥王「他の皆様はあたくしの魔法で吹き飛ばして差し上げますけれども、あなたはおんなじではなくってよ」

魔王「そ、それってどういう…」

冥王「何のために、あたくしが暗愚な子猫一匹のために毎晩特別授業をしていると思ってらっしゃるのかしら?」

冥王「お前さん、もう空間転移をマスターしてなくてはならない時期ですのよ」

魔王「!」

氷姫「…っ」

冥王「お前さんは死の森までは転移で飛ぶこと。邪神の加護がついてるんですもの、簡単ですわよね?」


氷姫「…」

氷姫(邪心の加護…特別授業…)

氷姫(そう…そうよね。この子は特別なんだから)

氷姫(所詮あたしは…あたしは………っ!)


炎獣「ちょ、ちょっと待ってくれよ。転移って物凄い魔力を使うんだよな?」

炎獣「今の姫じゃ無理だって! 昨日だって実験したんだろ? 体力が持たねぇよ!」

氷姫「…」イラ

氷姫「あんたが、口出すことなわけ?」

炎獣「は?」

氷姫「この修練だって、実験だって、そいつの意思でやってることじゃない。あんたがピーピー騒ぐことじゃないでしょって言ってんのよ」

魔王「…!」

炎獣「何だよ、その言い方」

魔王「いいの、炎獣」

炎獣「馬鹿野郎! 何かあってからじゃ遅いだろうが!」

冥王「――甘やかしの頓珍漢はお黙りなさいませ。あんまり締まりのない言動は、あたくし見下げ果てましてよ」

炎獣「!」

冥王「元々ここは何があってもおかしくない、冥界の狭間。遠足気分でお休みできる暇など微塵もありませんの」

冥王「それに。なるんですわよね?」

冥王「――魔王に」


炎獣「っ!」

氷姫(!!)

魔王「………」

魔王「はい」

魔王「そうです」

冥王「おほほ!」

冥王「でしたら、死ぬほど無理しなくては、お前さんのような子猫が魔王になれる希望など万に一つもなくってよ」

冥王「転移くらいのことは、やってのけなさいな」

魔王「…はい」

炎獣「………」

氷姫(魔、王…)

氷姫(魔王に、なる…?)

氷姫(この荒れ果てた乱世の魔界を統一して?)

氷姫(我が物顔で搾取する人間の驚異を排除して?)

氷姫(そんなこと…そんなことが)

氷姫「出来る、もんですか…!」

氷姫「…何を、思い上がってんのよ!」

氷姫「ちょっと特別扱いされたからって、何言っちゃってんの、あんた!」

氷姫「あんたなんかに…あんたなんかに」

氷姫「魔王が勤まるもんかっ!」

魔王「………」

魔王「うん、そうだよね」

魔王「でも、もう」

魔王「決めた事だから」

氷姫「っ!」ギュゥ…


炎獣「姫…」

魔王「…炎獣」

魔王「私――」

炎獣「うん」

炎獣「…お前が決めたなら、俺はついていくだけだから」クル…

魔王「あ…」

氷姫「…」

冥王「あらあら。急に静かで快適になりましたわね。辛気臭いのが鼻につきますけれど」

冥王「いつまでもおしゃべりしていられませんわよ」

冥王「出発の時間ですわ」




毒虎「…」ジリ

水精「…っ。どう、すんのさ」

毒虎「………」

毒虎「…我らのする事は変わらぬ」

毒虎「………ひとまずは、期を待つのだ」


フワァ…

水精「わわ、か、身体が…」

氷姫(勝手に、浮いてる!)

炎獣「うおっ…」

毒虎「………」


冥王「さあ、お前さん方は出血大サービスであたくしがぶっ飛ばして差し上げますわ。気持ちいいフライトを楽しんでいればすぐ冥界ですのよ。なんて素晴らしいことでしょうね」

水精「お、お師匠様…。飛ばされるのは良いけど、着地はどうやってするの?」

冥王「おほほほ!」

水精「…? あ、あはは…」

冥王「――それくらい、ご自分でどうにかなさって?」

水精「………で」

水精「デスヨネー」




冥王「そおれ!!」

ギュンッ!!


水精「ひ、ひやあぁあぁ~!」

炎獣「う、うおお! 飛んでる…っ!」

氷姫「…っ」

氷姫(あたしたちの身体をこう自在に飛ばせるなんて…どう風魔法を使ったらそんなことが出来るのよ!)

毒虎「………」

炎獣「しっかし…これが冥界…!」

水精「ひ、ひい…。どうなってるわけ、これ!?」

氷姫(…美しい極彩色の霧が立ち込めて…見たことのない幻獣がうろついている)

氷姫「…ここが、魔界の禁域。死者の旅立つ場所…!」

ゴゴゴゴ…

氷姫「くっ…! 空模様も最悪ね!」

氷姫「嵐だわ!」

炎獣「霧の向こうに、なんか見えるぜ!」

水精「あれが、死の森ってわけ!?」






冥王「たぁーまやぁー!」 

冥王「今日も我ながら惚れ惚れするかっ飛ばし具合ですわぁ」ウットリ

冥王「…さて」



魔王「………」コォオオオオ…

冥王(ふむ。術式の展開は、初めてにしては及第点といったとこらでせうか。しかし)

冥王(魔力の捻出量がお粗末ですわ。このペースで行くと…)



水精「くっ…、これ、ホントどうやって着地すんのさ!」

炎獣(枝葉に身体をぶつけて勢いを殺すしかねーか…!)

ズシン… ズシン…

氷姫「! な、何の音!?」

炎獣「お、おい! 霧の中に何かいるぞっ!」

毒虎「………あれは」



死神「………」ズシン…



水精「ひっ!」

炎獣「あれが、死神…! で、でけぇ!」

氷姫「………!」

氷姫(あれが死の巨人、死神! あれに、接触する!?)

氷姫(出来るの? あたしに…)


キラキラ…


炎獣「!? 死神の近くが、光ってるぞ!」

水精「こ、今度は何!?」

氷姫「あの光は…」

氷姫「転移の光だ!」

水精「て、転移!?」

水精「まさかあの娘っ子、あんな死神のすぐ近くに転移してくるわけ!?」

炎獣「!!」

氷姫「いや、あんな不安定な時空に、普通着地点は設定しないはず…!」

氷姫「座標が狂ってるんだ!」

氷姫「転移に失敗してるっ!」


毒虎「!」

炎獣「なんだって!?」



キラッ ――ヒュオゥッ!

魔王「………」フワ…



水精「ほ、ほんとに出てきちゃったわさ!」

炎獣「姫っ! そこはやべぇ!! 離れろォ!!」



魔王「………」

魔王「…」グラ…


炎獣「ッ! 気絶してるのか!?」

氷姫「不味い!! 死神の上に落ちるわ!!」

炎獣「姫っ!!」

――冥王「あの巨人は迷い混んだ生者の首を大鎌で跳ねることが生き甲斐の陰気さんですので」

――冥王「皆様みたいなヒヨッコは、視界に入りでもしたら一巻の御仕舞いでせう」

炎獣(やべぇ…っ!!)


炎獣「くそがっ!!」ゴゥンッ

氷姫「あんた、どーするつもりよ!?」

炎獣「…できる限り発火して、死神の注意を俺の方に引き寄せる!!」

氷姫「や、止めなさい!! あんたが殺されるわよ!!」

炎獣「そうかもしれなくても、やるしかねえっ!!」

炎獣「姫を守るには、これしかねぇんだっ!!」

氷姫「――!」

氷姫(………どうして)

氷姫(どうしてそうまで、あいつを守ろうなんて、出来るのよ。あんたは…)










??《カッコいいな。炎の兄ちゃん》

氷姫《………ええ》

氷姫《いつだって炎獣は真っ直ぐで、そして》

氷姫《魔王を守ることに必死だった》

氷姫《笑っちゃうわよね》

氷姫《あたしの入り込む隙なんて、二人の間には少しも無かったのに》

氷姫《………それなのに》

氷姫《あたし、思っちゃったんだよなぁ》

氷姫《あたしも、こいつみたいに真っ直ぐになってみたいって》

氷姫《あたしだって………ちょっとくらい、カッコよくなりたいって》

氷姫《格好悪くてどうしようもなかったあたしの、小さな願い》

氷姫《………だからね、あたし》


氷姫《「酷いこと言ってごめん」って》

氷姫《魔王に謝らなくちゃっ…て》

氷姫《そう思ったの》

須鎖之御之命之命「俺様に新人類須賀京太郎に処女膜捧げるろ」

西條拓巳「おっハーレム物善いよね」

全提督「次のメンテンス明け配信は全提督に成績表リセットアイテム無期限三個貰える設置にして下さい」


氷姫「………っ!」

氷姫「あたしに考えがあるっ!」

炎獣「!?」

氷姫(あたし達の飛行スピードはかなりのもの。でも、冥王様のコントロールは既に離れてる!)

氷姫(この速度で進行方向を変えて、魔王を救うにはこれしかないっ!)

氷姫「――はあぁっ!!」パキパキパキッ!!


水精(!? 自分の前方に、氷の道…いや、氷のレールみたいなもんを作った!)

水精(娘っ子の所まで伸びていく…! まさか、あれを滑って、娘っ子を助けるつもり!?)


炎獣「この嵐の中だぞっ! いけるのか!?」

氷姫「――やるしか」

氷姫「ないでしょうが!!」ザァアッ



死神「………」…ピタ


炎獣「っ! 死神が姫に気づいた!」

炎獣(姫は死神の方へ落ちる一方だっ!)

炎獣(間に合うのかっ!?)


氷姫「…くっ!」ザァアッ!

氷姫(最短ルートであいつの所へ!)

氷姫(もっと速く滑るんだ! 全魔力を足元に集中して!!)

氷姫(死なせ、ないわよ…!)

氷姫(だって、まだ…)

氷姫(まだ………――あたし、謝ってない!!)


死神「…」ブゥン…!


水精「し、死神が鎌を振るうわっ!」

毒虎「…」


炎獣「――…いけ」

炎獣「いけぇっ!! 氷姫っ!! 」



氷姫「うおおっ…!!」





――ズバンッ!!!







氷姫「………」

氷姫「…捕まえたわよ…っ」

氷姫「この、お転婆」

魔王「………」グタ…



炎獣「や…やった!!」

炎獣「すげぇ!! すげぇぞ氷姫!!」





赤毛《わ、わぁ…凄い》

赤毛《死神の鎌を、すれすれで掻い潜って…ドキドキしたぁ》

魔王《ほんとに、間一髪だったのね》

魔王《私、こんな風に氷姫に救われたんだ》

赤毛《また、魔王さんの知らない魔王さんを、知れたねっ》

魔王《ええ、そうみたい》

魔王《氷姫は……沢山悩みながら、私を助けることを選んでくれた》

魔王《そうすることに、命まで懸けて》

赤毛《…どうして、魔王さん、この時こんなに無茶したの?》

魔王《…そうね》

魔王《この時は、ただ単にお師匠様に言われるがままだったわ》

魔王《炎獣を助けた時の契約…それには、邪神の加護の実験に身体を提供することと、そして》

魔王《魔王の座について、いつか現れるであろう勇者を倒すこと》

魔王《そういう条件が含まれていたの》

魔王《私はこの時…まだ何ひとつとして、自分で選べてはいない》

赤毛《………そっか》


赤毛《…》

赤毛《魔王さんは、勇者様を、その…》

赤毛《殺す、つもりなの…?》

魔王《………あなた、そこまで自我が戻ったのね》

魔王《私を魔族と…人間の敵と認識できるまでに》

赤毛《………》

魔王《…勇者は》

魔王《倒さなければならないわ。それが、宿命だから》

赤毛《………そ、か》

魔王《…》

魔王《私が、憎い?》

赤毛《ううん》

赤毛《………ただ》

赤毛《悲しい》

魔王《…》









氷姫《そう言えば、あんた…何者なの?》

氷姫《どうして、こんな所にいるのよ?》

??《俺だってわかんねーよ》

??《それに…そういうこと、何となく思い出したくねー》

氷姫《なんでよ?》

??《思い出したら、俺。こんな風にお姉さんと一緒に居れない》

??《そんな気が、するからだよ》

氷姫《………》

??《だからさ、今は》

??《お姉さんの話、聞かせてくれよ》

氷姫《…》

氷姫《分かったわ》

氷姫《…言っとくけど、おねーさんの弱音をこんなに聞けるなんて、魔界の男共なら泣いて喜ぶところなんだからな?》

??《ふーん。俺にはよくわかんねーや》

氷姫《こんガキャ…》






氷姫「はあ、はあ…」

氷姫(なんとか、死神の目から逃れられた…はず)

氷姫(ぶっちゃけ…もう駄目かと思ったわね)

氷姫(でも、何とかなった…)

氷姫「…守りきった」

魔王「…」スヤ…


氷姫「こいつ、気持ち良さそうに寝ちゃって」プニプニ

魔王「…」スヤスヤ

氷姫「ぷっ、はは…」

氷姫「………そう。あんたを見てると、あの子を思い出すのよ」

氷姫「あたしの、妹」

氷姫「母親は違うんだけどね。…でも、初めて会ったときは無邪気に懐いてきたもんだったよ」

氷姫「あたしの気も知らずに、ね。そーゆーとこが、似てんのよねぇあんた…」

魔王「…」スヤー

氷姫「………ね。あたしの懺悔を、聞いてくれない?」

氷姫「寝しなの絵巻物語って言うには、ちょっと侘しいけど、さ」


氷姫「――あたしはね、元々魔界の片隅でお母様と静かに暮らしてた」

氷姫「お母様は、あたしは本当は由緒ある血筋なんだって言っていたけど」

氷姫「氷の湖で魚を捕る暮らししながらそんなこと言われたって、あたしには信じることができなかった」

氷姫「でもある日、氷部署の男がやって来て言ったの」

氷姫「"貴女は前部長の雪狼様の血を引いている"」

氷姫「雪狼様が病に臥せっているのに世継ぎが事故で行方不明になったから、氷部署の跡取りとして来てほしいっ…て」

氷姫「………嘘みたいな本当の話よ。あたしは、本当に氷の姫だったってわけ」

氷姫「それから、全てが変わった。住む世界も、見える景色も、ね」

氷姫「あたしは知識を積み、下を従えるための力を得るために、魔法を習得した」

氷姫「辛くて、苦しかった。本部の連中は、所謂妾の子であるあたしへを好奇の目で見ていたし…雪狼様も決して笑顔であたしを受け入れなかったから」

氷姫「それでもね。お母様の言葉が、呪いみたいにあたしに前を向かせた」

氷姫「"あなたは氷の姫。どんな時も、誰よりも気高くありなさい"」

氷姫「あはは。変だよね。そんな言葉でもお母様の言葉だから、あたしはそれを守るために必死だった」

氷姫「実際、あたしにはそれなりに才能があった。確かな実力がついた頃、周囲は嫌が応にも黙るしかなかった」

氷姫「少しずつだけど、あたしは氷部署の跡継ぎとしての威信を得ていった。…そんな時よ」

氷姫「…本来、氷部署を継ぐはずだった娘が、生きていた」

氷姫「そんなニュースが、入ってきたの」


氷姫「あたしの努力は無に帰した」

氷姫「正統な継承者が現れたことで、あたしはたちまち無意味な存在へと変わった」

氷姫「何のために歯を食い縛ってやってきたんだろう…って感じよ」

氷姫「辛かった。でも何より」

氷姫「あたしを価値ある存在へ引き上げ、また無意味な存在へと追いやったその娘が」

氷姫「誰にも好かれるような、美しく思慮深い娘だったの」

氷姫「あたしにさえ人懐っこく話しかけてきて、自分のせいで失ったあたしの居場所を、必死に作ろうとしてくれた」

氷姫「そういうことが、またあたしを追い詰めたわ」


――「本当はね…私、お姉ちゃんともっとお話したかったの」

――「あ、えへへ。お姉ちゃんって呼ぶの、変かな?」

――「わたしは年下だから…。ね、お姉ちゃん」

――「わたしに、力を貸してください」


氷姫「…ああ、生まれ持ったものってあるんだ…ってその時のあたしは思った。どんなに努力したって、敵わないものがあるんだ、てね」

氷姫「…――時を置かずして、お母様が亡くなったわ」

氷姫「丁度いい機会だって思った。どうせ本部じゃ煙たがられていたし、仮初めの貴族としての地位なんて、少しも有り難くなかった」

氷姫「あたしにあるのは、この魔法の腕だけ。だったら、それで世界を渡り歩いてやろうと」

氷姫「そうして冥王様の所へ来たってわけ」

氷姫「そしたらさ、そこに居たのよ」

氷姫「あんたが」プニ…

魔王「………」クー


??《妹が助けてくれって言ってんのに、ほっぽり出したのかよ?》

氷姫《悪かったわね》

??《い、いや。俺は妹なんていねーから、わかんねーけどさ》

??《俺だって兄弟欲しかったんだぞ。でも…その前に母さん死んじまったから》

氷姫《…そっか》

氷姫《病気?》

??《いや。魔物に食われたんだ》

氷姫《!》

??《でも、そうだよな。妹だからって拘りすぎるのも、良くないよな》

氷姫《………あんた、なんでそんなこと》

??《叔父さんが居たんだ。母さんの兄さんにあたる人》

??《そうだ、思い出してきた》

??《叔父さんは、あの時………》

??《俺は――》







――金髪「叔父さん! なんでいっちゃうんだよ!」

――金髪「そばにいてよ! どこかへいっちゃわないでよ!」

――金髪「おれ、みのまわりのことてつだうからさ! だって、だって叔父さん」

――金髪「――目がみえなくなっちゃったんでしょ!?」

――金髪「それなのに、どこいくんだよぉ!」



――「ありがとうな」

――「でも、私は魔族が許せないんだ」

氷姫《!!》


氷姫《こ、この男…!!》

金髪《え?》

金髪《お姉さんが、なんで俺の叔父さん、知ってるんだ?》

氷姫《この男は…》

氷姫《あの時の………》




港町

男「不安、ですか?」

商人「何?」

男「大丈夫。大丈夫ですよ」

男「女神様は、全てを見ています。貴女の悪行も。悪態の裏の、優しさも。…貴女の孤独も」

商人「………あたしは、女神は嫌いなんだよ」

商人「最後まで…自分の道は自分で開く」

男「そうですか。しかし、旅は道連れ。こうして運命のいたずらで時を同じくした者同士です」

男「私も、お供しましょう」

商人「…はん。分からない男だね」

商人「あたしは、運命って言葉も嫌いなんだよ」



商人「………なんだい」

商人「あんたが、あたしの″死″か」

商人「…女神といい、魔王といい――」



商人「全く、女ってのは、キライだよ」




「それはそれは」

氷姫「ご愁傷さま、ね」






キィィイン…!




商人「」



氷姫「そして、さようなら」

氷姫「………。敵の頭は、これで倒したことになるのかしら」

氷姫「…さて」

男「しね…っ!」ダッ

氷姫「あん?」ヒョイ

男「ぐわ!?」ドタッ…!

氷姫「お粗末な奇襲ね。素人以下じゃない」

氷姫「…? あんた、目が見えないの?」

男「く…ッ! 妹の仇!!」


氷姫「………そんな姿になってまで、向かってくるって言うわけ?」?

氷姫「あたしは、魔王の四天王なのよ」

男「魔族が、憎い…!!」?

男「私にあるのは、それだけだ…っ!」?

氷姫「じゃあ、どうすんのよ」

男「殺してやるっ!」

氷姫「殺す? あんたが、あたしを…?」

氷姫「はっ」

氷姫「――やってみなさいよ!!」

カッ

バキバキバキバキバキ!!!






金髪《………な》

金髪《なんだよ、これ》

金髪《どうして叔父さんを、お姉さんが…》

氷姫《………っ》

金髪《なあ、どうして――》

赤毛《…》ギュッ

金髪《! お、お前!》

赤毛《今度は》

赤毛《あたしが、金髪の側に居るから》

金髪《…!》

金髪《赤毛………》


氷姫《人間の子供》

氷姫《あたしは、人間の子に向かってこんなに話をしていたの?》

氷姫《しかもその子供の、親族を、あたし…》

氷姫《…》

魔王《氷姫》

魔王《立ち止まっちゃ駄目》

氷姫《!! 魔王!》

魔王《この子達には辛い思いをさせるかもしれない》

魔王《けれど、私たちもこの先にある辛い想い出を紐解いて進まなければならない》

魔王《それが………元に戻る、ということだから》

氷姫《………》

氷姫《元に、戻る…》

氷姫《そうか。あたしは思い出さなきゃいけないのね》

氷姫《この先の想い出を…》















氷姫「…あんたが、あの子に」

氷姫「あたしの妹に似ていて、あたしはここでもまた無力で」

氷姫「だからさ…いっぱい酷いことしちゃって…」

魔王「…」スー

氷姫「………はは。寝ているからって、このまま謝っちゃうのは、卑怯か」

氷姫「あいつだったら…炎獣だったら、そんな風にはしない、わよね」

氷姫「………」

氷姫「ね、知ってる?」

氷姫「あたしの故郷。わりとここに近いのよ」

氷姫「氷の世界…生けるものが絶える場所。そんなところだから、冥界とは繋がってるの」

氷姫「行き来したことはないんだけど、さ」

氷姫「………」

氷姫(あたし、いつまで独りでこの子に話しかけてんだろ)

氷姫(我に反ったら恥ずかしくなってきたわ。これ、誰かに聞かれてたら恥ずかしくて死ねるかも)

ガサッ…!

氷姫「っ!」ビクゥッ

氷姫「だ、誰!?」



「ったく、あーた…」

水精「話が長いのよ。アタイまで寝ちまうかと思ったわさ」


氷姫「すっ…!?」

水精「しっかし、かの有名な氷の女王が、こんなにおセンチなとこがあるなんて、ちょいと驚きだわねぇ」ニヤニヤ

氷姫「うっ、うるさい!」カァアッ

水精「なるほどなるほど。妹への嫉妬と劣等感があの振る舞いの源だけだったってわけ」ニタニタ

氷姫「黙れぇっ!」プシュゥウ

水精「…」

水精「嫌な奴だと思ってたけど、案外カワイイとこあんじゃないのさ」

氷姫「黙れって言ってんのよ!! 盗み聞きなんて、どういう了見よこらァ!!」

水精「あんたが勝手に話し始めたのよ。終わるまで待ってやったんだから、感謝して欲しいくらいだわ」

氷姫「くそっ…!」

氷姫(ん? 待ってやった?)

氷姫「…そう言えば、どうしてあんたこんな所居るのよ。大きく方向転換したあたしとは、別の場所に飛ばされてたはずでしょうが」

水精「…」


水精「あんたが、もっと早くそんな顔してくれたら、アタイはこんな所に来なくて済んだかもしれない」

氷姫「?」

水精「アタイだって劣等感の塊で、だからここでこんなことをする羽目になっているんだ」

氷姫「…あんた、何言ってんのよ」

水精「海王様のお言い付けなんだ。逆らうわけに、いかないんだ。だから」

水精「――怨まないで、頂戴な」スッ

氷姫(えっ!?)ゾワッ


ヂッ




ドゴォオン!!




氷姫「あっ、危なかった…!」

氷姫(水蒸気爆発…!? あたし達を、狙った!?)

水精「ちっ。流石に良い勘だわ」

氷姫「………どう言うことよ」

水精「あんたが知る必要は、ないわさ」

氷姫「はぁ!? ふざけんな!」

氷姫(なんで、こいつがあたし達を狙うの…っ!?)

氷姫(…"海王の言い付け"って、こいつそう言った…)

氷姫(っ! もしかして、これ)

氷姫「魔王の玉座争いか………!」

水精「…」

氷姫「狙いは、この子ね!」

魔王「…」グタ…



水精「さあ、どうかしらね」

氷姫「…ざけんな…」

氷姫「ふざけんじゃないわよ!!」

氷姫「こいつのこと、"ひたむきないいコ"だなんて言ったのは、あんたでしょうが! それを手のひら返して、今度は殺そうって言うの!?」

水精「…忘れたわさ、そんなこと」

氷姫「あんたっ…!」

水精「破裂しろ」パチンッ

氷姫「くっ!」


ドカァアン!!


氷姫「…くそ!!」

氷姫(この子を抱えながら戦うには、限界がある。相手は腐っても、あの水精)

氷姫(逃げ回ってばかりじゃ、いつかやられる!)

魔王「…」グタ…

氷姫「ったく、世話が焼けるんだから…!」

氷姫「………ちょっと手伝わせるわよ!」


魔王「…」フワ…

水精「!」

水精(立ってる!? 目が覚めたってーの?)

氷姫「もらった!」バッ!

水精(!? 後ろから! あの子は囮!)

水精(風魔法で操ったのか!)

氷姫(ターゲットが視界に入ればそれを注視してしまうもの! あんたの負けよ!)

氷姫「食らえ!」キュィイ…!




「残念だったな。我らの標的は」

毒虎「うぬだ。氷姫」

――ズドッ!

氷姫「!? がはっ…!!」


氷姫「うぐぅっ!」ガク…

氷姫(胴に打撃をもろに食らった…! 辛うじて爪を躱せたのは不幸中の幸い…!)

氷姫「あんたら…」ハァ…ハァ…

氷姫「…グルだったってわけ」


毒虎「何をやっている、水精」

毒虎「独断専行した挙げ句、決定的な好機をみすみす逃すとは」

水精「…」

毒虎「………命が、いらんのか?」

水精「っ…」

毒虎「今すぐにでもその首を落としても良いのだがな」

水精「はは…か、勘弁してよ…」

毒虎「嫌ならば本気でやれ」



氷姫「無視すんなコラァっ!!」ギュゥウン!

バリバリバリバリッ――!!



毒虎 水精「!!」


水精(一瞬で辺り一面が氷の世界に…!)

氷姫「狙いは、あたし、ですって…?」

氷姫「上等よ。やってみなさいよ」

氷姫「あたしを――」

氷姫「誰だと思ってんだ!!」ギロ

水精「っ…!」ビリ…

毒虎「流石だ。氷の女王」

毒虎「だがいくらうぬでも、相手にした者と、条件が悪すぎたな」

氷姫「はあ?」

氷姫「ごたくはいいから、とっととかかって…」ピクッ

氷姫(?)

氷姫(何だ? 魔力が)


毒虎「うぬの立つそこは、我の張った罠の只中」

毒虎「既に我が術中だ」ミシ…



氷姫「魔力が、地面に吸われている…!?」

氷姫(こんな魔法、見たことがない!)

氷姫「あんた、一体…!」


毒虎「この身は仮初めの姿」メキメキ…!

氷姫(!! 皮膚が、破けていく…!)

水精「………っ」

毒虎「我が真の名は…」グパァッ…


虚無「――虚無」ドロ…


虚無「我は闇部署の長であり、全ての呪いの頂点に立つ者なり」

氷姫「や…闇部の長っ!?」

氷姫「なんで、そんな奴がここに…うっ!」ガク ッ

氷姫(くそっ…道理で修練も並外れた器用さでこなすと思ったわ! 体を変化させた上で、今までひたすら冥王様の試練に耐えてきたって言うの!?)

氷姫(この時を…あたしを確実に抹殺できる機会を狙って!!)

氷姫(まずいっ…魔力がとてつもない勢いで吸われていく!)


水精「禁忌の魔法…!」

虚無「うむ。冥王すらこれを知り得ておらぬだろうな」

氷姫「ああ、そう…っ!」

氷姫「でも…だからってあたしが!」

氷姫「やられなきゃなんない理由には!」

氷姫「なんないわよ!!」ゴォオッ!!!

虚無「!」

水精(滅茶苦茶な魔力の噴出…! 魔方陣が吸いきれないほどの!)

虚無(…くく)

虚無(罠がそれだけと思うのか。冷静ではないな)

虚無「来るがいい…」




氷姫「氷の切れ味に」

氷姫「沈めぇえええっ!!」バッ!!



炎獣「炎、キック!!」――ドギュッ!!

 ボ ッ ! !



虚無「!?」

水精「うぐっ!!」


氷姫(!)

炎獣「助太刀すんぜぇ!」

氷姫(…こいつ、また)

炎獣「食らえっ!!」ギュン!


――ゴォッ!!!



水精「ぁあっ!!」

水精「あたしの水が…!!」ジュッ…!!

虚無「うぬ…」

虚無(魔方陣すら塵と化した。やはりこいつは企画外の破壊力…!)


炎獣「ぼさっとすんな! 行くぞ!!」

氷姫「………」

氷姫「足引っぱんじゃ、ないわよ…!」

炎獣「へっ!」

炎獣「氷付けは勘弁だぜ!?」

氷姫「言ってなさい!」



氷姫「はぁああああっ!!」

炎獣「つぇりゃぁあぁあっ!!」




ボォオオォオオオォオンッ!!



水精「うあっ…!!」

虚無「ちっ!」

虚無(厄介な…)


………ヒュ

虚無「!!」

水精「あぅっ!!」ズバッ!!

虚無(鎌鼬…! 一体どこから!?)





魔王「…はあ、はあ」フラ…


氷姫「!」

炎獣「姫っ! 目ぇ覚ましたのか!」

虚無(くっ。邪神の加護の娘まで…)

水精(ま、まともに喰らった…! くそ、このままじゃあ…)


炎獣「姫!」

魔王「炎獣…! これは一体!?」

炎獣「俺もよくは分からねぇんだ。でも、氷姫が狙われてたのは確かだ」

魔王「氷姫…!?」

氷姫「………ふん」


氷姫「あたし達三人を相手にして、勝てると思うのかしら、お二人さん?」

炎獣「氷姫を狙うなら、俺の敵だぜ、お前らは」

魔王「………」


水精「ぜぇ、はあ」

虚無「………」


氷姫「そろそろ、聞かせて貰いましょうか?」

氷姫「闇部署の長がこんな所まで出張ってきてまで、あたしを消そうとする理由は?」

虚無「………」

虚無「くく」

虚無「こんな所で足掻いていても全ては手遅れだ」

氷姫「!? 手遅れ…?」

虚無「…本隊と合流するぞ」

水精「! そんな、ことしたら…!」

虚無「なんだ?」ギロ

水精「…っ」

水精「な、なんでも、ない、わさ」

虚無「行くぞ」

バッ


魔王「ま、待って! ちゃんと、話を…!!」

炎獣「くそ、逃げ足の早い奴らだ!」

氷姫「………」

炎獣「魔王、動けるか?」

魔王「…うん、なんとか。でも、彼らは一体どこに逃げたのかな?」

炎獣「分からねぇ。でも、今は後を追うしか…」

氷姫「…おかしい」

炎獣「氷姫…?」

氷姫「あいつら、本隊と合流するって、言った」

氷姫「どこかに軍勢がいる? いや、この冥界にそんなものが入り込めるはずがない」

魔王「…そうだとしたら、冥界の出入口にいるってこと?」

炎獣「でもよ、出入口はお師匠の館があるんだぜ。軍隊なんて連れてこれないだろ」

氷姫「ある」

氷姫「もうひとつ、冥界と繋がっている土地が」

魔王「え?」

氷姫「………っ」ダッ

炎獣「お、おい氷姫!」

魔王「炎獣、追おう!」






氷姫《…》

魔王《…氷姫》

氷姫《大丈夫よ。あたしは》

氷姫《一人で大丈夫》

魔王《………氷姫は強いね》

氷姫《…ううん。本当は、笑っちゃうくらい弱いのよ》

氷姫《今だってこうやって強がって、感情をさらけ出すまいと必死》

氷姫《弱さをさらけ出せないことは…強さじゃないって、今は分かるんだけど、ね》

魔王《…そっか》

氷姫《ねえ、魔王。この先のこと、あの子達には見せられないわ》

魔王《そう、だね》

魔王《ねえ、あなたたち………?》


金髪《おい! おい、赤毛!》

金髪《赤毛ってば!》

赤毛《………》

氷姫《どうしたの?》

金髪《わかんねー! 急に赤毛が眠ってるみたくなっちまって…!》

赤毛《………》

魔王《これは》

魔王《…心が閉じてる。いえ、拐われかけている! これは、もしかして》

魔王《教皇の、影響…!? 自我がはっきりしてきたところを、狙ってきたの!?》


グイ…

魔王《!》

金髪《なあ………助けてくれよ…!》

金髪《俺、赤毛の友達なんだよ》

金髪《赤毛を、助けなきゃいけないんだ!》

魔王《…!》

金髪《お願いだよ…!!》

魔王《………》

魔王《分かったわ》

魔王《この子は、私が助ける》

金髪《!》パァ

金髪《ありがとう…!》

魔王《ええ》ニコ


魔王《氷姫》

氷姫《うん。あんたにそっちは任せるわ》

魔王《………変、かな》

魔王《人間の子供を、助けようなんて》

氷姫《ふふ》

氷姫《あんたらしいわよ》

魔王《…そうかな》

氷姫《あの子達を、お願い》



氷姫《…助けてくれ、か》

氷姫《敵かもしれないあたし達に、あんな真っ直ぐな目でそんなことを…》

氷姫《――もし、あたしもそうできたなら》

氷姫《こんな道を歩かずに済んだかもしれないのにね》

氷姫《………さあ、そんじゃいっちょ、思い出すとしますか》

氷姫《ずっと目を逸らし続けていた、傷と》




過去の誤字を訂正しておきます

>>347
盗賊(もし出来るなら、貴方の元へ………)

○軍師(もし出来るなら、貴方の元へ………)

>>631
国王「しかし、どうやら悲劇に酔っている時間もどうやら残されてはいない」

○国王「しかし、どうやら悲劇に酔っている時間も残されてはいない」

>>958
氷姫(この速度で進行方向を変えて、魔王を救うにはこれしかないっ!)

○氷姫(この速度で進行方向を変えて、あいつを救うにはこれしかないっ!)


>>873
幻夢蝶

○幻妖蝶
ですので、張り直します

↓↓↓

水精「ひょ、氷姫! あなたも此処にっ…!?」

水精「ちょ、待て! 待ちなさいってば!!」


炎獣「へえ、あいつ俺らと同じ年頃だぜ! やるもんだなぁ!」

魔王「え、炎獣!」

シュルシュル…!

炎獣「おっと!」

幻妖蝶「小生を相手に、余所見とは良い度胸ですなぁ」

炎獣「…姫。先に行ってろ」

魔王「でも!」

炎獣「元々俺は弟子入り志願じゃねぇしよ。お前が入りゃあ問題ないだろ?」

魔王「それは、そうだけど。…わ、分かった。気を付けてね!」

炎獣「おう!」

幻妖蝶「ほう、お姫様を守るナイトってやつですかな? 美しいですね。せっかくですから、更に美しく…」

幻妖蝶「非業の死というやつを、遂げてみては!?」シュルシュル!

炎獣「」フッ

幻妖蝶「!? 消え――」

炎獣「おいおい」

炎獣「俺がこんなに遅い攻撃してたら、雷帝に脳天割られちまうトコだぜ?」

――――――






中途半端で申し訳ありませんが、このスレはここまでにしようと思います

次スレは完結編として建てるつもりですが、しばらく時間をおいてから建てることになるかもしれません

スレを跨ぐ長編は初めてですが、風呂敷を畳んで終わろうと思っていますので、宜しければお付き合い下さい

このスレの感想など頂けると泣いて喜びます

それでは!


このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2017年09月17日 (日) 22:01:10   ID: Kxfh1jl8

中々読みごたえあった
最後は魔王側が勇者に敗北してもらえれば言うことなし

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