芳乃「黄昏の帰り道を、そなたと二人で」 (19)

本日もまた、みなの悩みを聞いていたため、帰りが遅くなりましてー。

あたりには五時を知らせる歌が響いていますー。

それゆえー、すれ違う子供達は、みな寂しそうな顔をしていましてー。

騒がしく話す子らもいますがー、その根底はまだ別れたくないという思いに敷き詰められているのでしょー。

表層こそ笑顔であれー、翳りが見えるのでしてー。

……今、わたくしと別れたお友達もまた、同じ顔をしていますー。

いくつ年を過ごそうと別れが寂しいというのは変わりませぬー。

わたくしもまた、別れに寂しさを感じているのでしてー。

しかし、何ゆえでしょー。

授業が終わって、お友達と別れるときよりいっそう寂しく感じるのでしてー。

……。

寂しさに包まれつつ、女子寮へ向かい歩を進めますー。

静かさが音として聞こえてくるような気がしましてー。

もう数刻経てばりぃんりぃんと虫が鳴くのでしょー。

そのころにはまんまるのお月様もでてまた違った楽しさが現れるはずですがー、この黄昏時にはどうしても寂しさを覚えますー。

何ゆえ黄昏時は物悲しいのでしょー。

目に映るすべてに、耳に聞こえるすべてに物悲しさを感じますー。

茜色も、カラスの声も、踏み切りの音も……。

……おや、踏み切りの音ー?


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カンカンカン、と前にある赤いランプが交互に点滅していましてー。

なるほど、開かずの踏み切りの音でしたかー。

黄昏の中ではー、普段よりいっそう強く響いていますー。

普段ならばここで迂回路へと向かうのですがー。

ですがー。

……。

理由もなく、わたくしは踏切が開くのを待つことにしましてー。

あえて理由をつくるのなら、直感でしょー。

何かが起こる予感がした……といった、単純なものでしてー。

もっとも、何も起こらなければそれはそれでかまいませぬー。

静かに歩を止めて、考えを深めるのもよきものかとー。

黄昏時はなぜ寂しいのか、その考察をー。

ガタンガタン、と最初の電車が通り過ぎましてー。

なんとなく目で追いますが、面白きものは何も見つからずー。

次いで、二つ目の電車が通り過ぎましてー。

今度は目で追わず、ほうと正面を見据えていましてー。

……。

電車が踏み切りを越えた後、前方遠くに人の姿が見えましてー。

わたくしには、それがかの者に見受けられたのでしてー。

もう少しよく見て確かめたいと思ったのですがー、三つ目、四つ目の電車が流れるように踏切を通りますー。

その間、わたくしは対岸が見えず、なんともむずかゆい気持ちを味わったのでしてー。

……。

やがて、四つ目の電車が姿を消し、踏切がその腕をあげますればー。

確かにわたくしの知るかの者が、対岸に立っていましてー。

……なるほど、わたくしの先ほどの直感はこの逢瀬を示していたのでしてー。

わたくしは少し早足で対岸にいるかの者のもとへ向かいますー。

かの者は踏切から少し下がった位置でわたくしを待っていましてー。

「よう、芳乃」

「こんばんはでしてー」

手を上げてかの者はわたくしを迎え入れてくれましてー。

寂しさが露と消え、ほわりと暖かなものがわたくしを包みますー。

……なるほどー。

「学校の帰り道か?」

「そうでしてー。そなたは……もしや、わたくしを迎えに来てくれたのでしてー?」

「いや、事務所へ帰る途中だ」

「おやー」

少しだけ残念ではありますが、なればこれは本当に偶然の出会いでしてー。

それこそ、まさにさだめであったかのようなー……えへー。

「迎えに来てほしかったか?」

「一緒に帰って友達に噂されると恥ずかしいので結構でしてー」

「……なんだそれ?」

「お友達から教わりましてー。男の人に誘われたときはこうしろとー」

このように振舞うとクラスのマドンナとやらになれるそうなー。

その立ち位置に興味があったわけではありませぬがー、教わった手前一度くらい実践してみるのも一興でしてー。

「……そうか」

「なら、女子寮まで送ろうと思ったがやめておくよ。じゃあな」

「待つのでしてー」

……二度とこの言葉は紡ぎませぬー。

「ここでそなたとまみえたのも何かのさだめでしてー」

「ゆえに、このまま別れるのはいかがなものかとー」

せっかくの逢瀬。一度の挨拶だけで済ませるのはもったいないのでしてー。

直感に任せ、長い踏切も待ち続けたゆえー、少しばかりの褒賞はいただきたくー。

「友達に噂されるぞ?」

にやり、と悪戯っぽくかの者は笑いましてー。

「そなたとなら噂されてもかまいませぬー」

負けずとわたくしもニコリと言葉を返しましたら、かの者は黙ってしまいましてー。

しばし沈黙が流れますー。

……してやったりでしてー、ふふー。

「……まあいいや」

こほん、と咳払いをしてかの者は話しますー。

「それじゃあ送っていくよ」

「感謝いたしますー」

「それではー」

かの者に手を差し伸べるのでしてー。

「……?」

しかし、かの者は察することなく首を傾げますー。

ふむー……言葉にするのは面映いのですがー。

「手と手を重ねて歩きましょー?」

「いや、それはダメだろ」

「えー?」

まさかの却下でしてー。

これなら、自分から無理やり握った方がよかったかもしれませぬー。

……まあ、隣を歩けるだけでも、わたくしは幸せでしてー、

なんてー、えへー。

「しかし、そなたは大丈夫なのでしてー?」

つい、わたくしのよろこびを優先してしまいましたがー、かの者は事務所に戻る途中と言っておりまして。

なれば、まだかの者には仕事が残っているのではー?

「ん……まあ、今日はもう仕事らしい仕事も残ってないし大丈夫だ」

「ほー」

「……いや、本当だからな?」

「む……わたくしはそんなに疑り深い目をしていましてー?」

「わりとな」

ふむー……顔には出していないようにしていたつもりなのですがー。

表情を創るというのはやはり難しいものでしてー。

「まあ、芳乃を女子寮まで送ったくらいじゃ支障なんて何も出ないから大丈夫だ。心配してくれてありがとな」

「いえいえー」

「それに、芳乃が一緒に帰りたがってるしな。その思いを無碍にするわけにもいかないだろ?」

「……うむー」

確かに引き止めたのはわたくしではありますがー。

……他人から指摘されると少々照れましてー。

「芳乃は今日どうだった?」

歩を進めると、かの者が私に尋ねてきましてー。

「本日もまた、みなのお悩みを聞いておりましてー」

「どんなのだ?」

「ふむー……多かったのは文化祭関連でしてー」

「文化祭……ああ、もうそんな時期か」

「でしてー。わたくしの学び舎も翌週に控えておりますー」

ゆえに、みなの心は浮き足立っておりましてー。

「みなの投票で一番楽しかったクラスを決める戦を行うためー、みながそれに勝てるようにとわたくしに拝みにきましてー」

授業中も紙を回して文化祭用のアイディアなどを話し合うことも多くありますー。

……学生の本分は勉学でしてー。

と、いいつつわたくしもそれに参加しているので強くは言えないのですがー。

「悩み相談というよりは必勝祈願だな、それ」

「わたくしは神様ではないのですがー」

ですが、人によってはわたくしにお供え物まで持ってくる始末ー。

うむー……わたくしを何者だと思っているのでしょー。

「それに、わたくしが神様ならば、不公平になってしまうのでしてー」

「というと?」

「万能の力を持ってして、わたくしのクラスを優勝させるためー」

「……そりゃそうだな」

「文化祭で芳乃は何をするんだ?」

「わたくしのクラスはカフェを営むことになりましてー」

「カフェか……」

「以前の経験を活かしてみなの力になろうかとー」

当日、わたくしは接客をいたしますー。

メイドとなり学んだ奉仕の心がまさかこのようなところで役立つとはー。

「……そういえば、そんな仕事もあったな?」

「む……もしかして忘れてまして?」

「そんなことはないぞ」

「ほー」

今度は明確に疑いの表情を表に出しましてー。

「ねー、ご主人さまー、本当に忘れてないのでしてー」

「忘れてないって。芳乃がホコリじゃなくけがれをはらおうとしたことや冥土とメイドが同じものだって思ってたこととか……」

「そなたはミスしか覚えていないのでしてー?」

「後は、メイド姿の芳乃がかわいかったこととかな」

「……えへー」

ふむー……。

かの者に褒めてもらえるだけで直前のむっとした気持ちが霧消するほどうれしくなるとはー。

まったくー、人の心とは如何ともしがたいものでありましてー。

「ねーねー、そなたー。文化祭に来てくれましてー?」

くいくいとかの者の服を引っ張り尋ねますー。

「……一週間後だよな?」

「でしてー」

わたくしが頷くと、かの者はメモ帳を取り出しましてー。

ぱらぱらとページをめくり、予定を確認していますー。

期待と不安が混じりー、わたくしの心がどきどきと高鳴りますー。

「えっと……ああ、大丈夫だな。空いてる」

「……よし、わかった。絶対に行くよ」

「おー、うれしいのでしてー」

えへー。

今の私の顔はどうでしょー、にへらりと笑っていそうでしてー。

えへー、表情を作る練習がやはり必要でしてー、えへへー。

「後は誰か休みの奴いるかな……ええっと……」

「……」

などと嬉しさに浸っていたのも束の間でしたー。

……しかし、これにより普段の表情に戻ることはできましてー。

その点では感謝をー……感謝をー……いえー、うむー……。

「……芳乃?」

「……いえ、なんでもありませぬー」

「みなでわたくしの学び舎の文化祭を楽しみませー」

結局、幾人かの方を誘うそうなー。

誰が来てくれるかはわかりませぬがー、お友達が訪れるというのは嬉しいのでしてー、ふふー。

……先ほどは少々落胆してしまいましたがー、嬉しいのは真でしてー。

「……」

「……」

さて、話もまとまりましてー、わたくしたちは静かなまま歩を進めますー。

正面を見据えれば変わらず黄昏が見えますがー、わたくしを包むのは心地よい静寂でしてー。

「……夕暮れ時ってなんか寂しいよな」

ふいに、かの者はそう呟きましてー。

「おや」

「ん、どした?」

「いえ、わたくしも先ほどそのようなことを考えていたためー」

「そうなのか」

「踏切を待つ間にー」

そして、その答えを持論ではありますが見つけましてー。

奇遇にも、かの者との逢瀬がわたくしにその答えを示したのですー。

「黄昏は誰ぞ彼はという言葉が元になったと言う説がありましてー」

「夕暮れ時ともなればあたりは暗くなり、相手の顔が見えず、『そなたは誰でしょー』と聞くことが由来だとされていますー」

「そうなのか……芳乃はかしこいなぁ」

「えへー」

「ゆえに、黄昏時は自らが一人になったように感じて寂しいのだと私は考えましてー」

そなたが首を傾げましたゆえー、わたくしは言葉を紡ぎますー。

「誰ぞ彼はと聞かなければならぬほど人の顔が見えなければそれはもはや見知らぬ人でしかありませぬゆえー」

「自分以外はすべて見知らぬものとなってしまったように感じるのでしょー」

「いつも暮らしているこちらではなく、あちらに行ってしまったように感じるでしょー」

「ゆえに、黄昏は寂しさを感じるものなのだと私は考えるのでしてー」

「なるほどなぁ……」

例えるなら見知らぬ土地で迷子になった感覚と同様のものと言えるでしょー。

右も左も知らぬものしかない土地へ迷い込んでしまった際の寂しさと同様のー。

……ですがー。

「しかしそなたー」

「ん?」

「わたくしは、そなたと逢瀬してからはこの夕暮れが寂しいものとは感じませぬー」

「確かに夢現な景色ではありー、この場を一人出歩いていたらわたくしも未だ哀に包まれていたでしょー」

「しかし、わたくしのそばにはそなたがいますゆえー」

1歩2歩、かの者の先へ進み前へ踊り出て、振り返りましてー。

鳴くカラス、茜色の空、静かな公園などがわたくしの瞳に映っておりますー。

普段なら寂しいと感じるこの情景ではありますがー、今はまったくそのような感情が浮かびませぬー。

なぜなら、真正面にかの者が立っていますゆえー。

「そなたとわたくしの間柄ならば、誰ぞ彼はの言葉もいりませぬー」

「わたくしは、薄暗くて顔が見えなくてもそなたはそなたとわかりましてー」

「そなたはどうでしょー?」

「もちろん、わかるさ」

「えへー」

ついつい笑みがこぼれてしまいますー。

……と、まだ話の途中でしてー。

こほん、と咳払いをひとつ。言葉を紡ぎましてー。

「なれば、そなたも寂しさを感じることはありませぬー」

「こちらもあちらもなく……そなたの傍にわたくしはいましょー」

「さすれば、わたくしたちはたとえ夕暮れでも寂しさを感じることはありませぬー」

見知らぬ景色に見知らぬ顔ばかりの土地であったとしてもー、見知った顔が一人いるだけで大きく変わりましてー。

それだけで寂しさはなくー、楽しさで心が包まれるのでしてー。

無論、今もー。

「わたくしは今、そなたが傍にいるから物悲しさは感じませぬがー、そなたはどうでしょー」

「……まあ、寂しくはないな」

「なれば、夢みたいに綺麗なこの情景を楽しみましょー」

「わたくしも、そなたも、茜色となった今をー」

「手と手を重ねてー」

「や、だからそれはだめだって」

「うむー……」

自然な流れで手を伸ばせたと思ったのですがー、やはり承諾は得られずでしてー。

先ほども許可はもらえなかったゆえー、今後頼んでもおそらく重ねてはくれないでしょー。

なればー、とわたくしはうでをさらに伸ばしー。

「……ていー」

ぐいとかの者の手を握りましてー。

「あっ!」

「ふふふー、重ねてくれないならこちらから重ねるまででしてー」

おそらく今後も許可はもらえぬゆえー、我が侭ではありますが無理やり手と手を重ねましてー。

してやったりでしてー、ふふふー。

「……」

「……おや、離さないのでしてー?」

先ほど拒否されたゆえー、振りほどくかれることも覚悟したのですがー。

「そんなにも楽しそうにされたら離せないからな」

「……なんとー」

ふむむー……嬉しいのですがー、どことなくこそばくー……。

しかし、手のひらを伝って確かにかの者の暖かさを感じますー。

心地よいのでしてー、えへー。

また歩を進め、ふと空を見上げると小さく光る星が見えましてー。

「そなたーそなたー、あの星はなんでしてー?」

「あ、もう一番星が出てるのか。えっと……あの星は――あ」

わたくしが指差した星の傍を一筋の光が駆け抜けていきましてー。

「流れ星でしてー」

「お、芳乃も見えたか」

「見えましてー。三度願うことはかなわずでしたがー」

「あー、それは残念だなー」

「ふむむー……次こそはー」

……とは言ったもののー、わたくしには願うことはありませぬー。

……いえ、正確に言えば願わなくてもいいのでしてー。

なぜならば――

「……どした、じっと俺の顔を見て?」

「いえ、なんでもありませぬー……ふふふー」

――今この時、願いなど何もないほど幸せであるゆえー。

そなたの隣に手と手を重ねて並び立てる、今がー。

なんてー、えへへー。









おしまい

黄昏の映し人よしのんに言葉にできないトキメキを感じたので。

思い出エピソードが本当にすばらしいからみんな見て


誤字脱字、コレジャナイ感などはすいません。読んでくださった方ありがとうございました。

前のよしのん
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