モバP「佐久間」 (34)

初SS&即興なので出来はお察しです

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「……で、開始は8時だから少なくとも6時にはここに――って聞いてるか?」

「……? ――っ! す、すみません、ぼーっとしてました……」

「しっかりしてくれよ? いくら小さなCDショップとはいえ、初の握手会なんだ。ここでしっかりファンの心を掴んでおかないと」

「……」

「……資料を渡しておく。明日また説明するから、今夜は家でじっくり読んできてくれ」

「あっ……」



 まゆから視線を外しながらそう言うと、Pさんは他の子の送迎のために事務所から出ていきました。

 残ったのはまゆと、まゆが行う初の握手会の資料。
 そう、明後日はまゆがアイドルになって初めての握手会なのです。
 これまでPさんと幾度となく打ち合わせを続けてきました。
 まゆの立場になってみれば、恐らく大抵の人が緊張で押しつぶされそうになるでしょう。体調を崩す人も珍しくないかもしれません。
 でもまゆの中には、そんな緊張も霞むほどの困惑と悲しみの感情が渦巻いていました。

 まゆの中にこの二つの感情がはっきりと表れたのは、今から一か月前のことでした。


一か月前



 まゆがアイドルになって一か月ほどたった頃。
 事務所では、いつものように仕事をするPさんにアイドルたちが群がっていました。



「プロデューサーさん、これ……クローバーで栞を作ったので……よろしければ……」

「プロデューサー! ××の新作ドーナツ一緒に食べようよっ」

「そんなことよりプロデューサーさん! テストで学年一位をとったカワイイボクを褒める権利を差し上げましょう!」


「おぉ、ありがとう智絵理」

「んー、これはなかなかイケるんじゃないか? いつもながらいいチョイスだな、法子」

「流石だな幸子! ご褒美と言っては何だが明日からアマゾンでロケが入ってるぞ!」



 楽しく談笑する光景は、まるで家族のようです。でもまゆはその中に混ざることはありません。
 何故なら、それがPさんのお仕事の邪魔になるとまゆにはわかっているから。
 実際、あの子たちと笑顔で話すPさんの手は止まっています。
 あの調子では、買い出しから帰ってきたちひろさんに怒られてしまうでしょう。

 やっぱり真の意味でPさんの事を考えているのは、まゆだけなんです。

 Pさんたちは談笑を続けます。

 まるで同じ部屋にいるまゆの事を忘れたかのように。



「そろそろ時間だな。おーい、準備は出来てるか?」



 でもそんなことは決してありません。
 Pさんは、まゆのことをきちんと気にかけてくれています。そのことは、この事務所に入って一か月でしっかり理解しています。



「はぁい、ばっちりですよぉ」



 準備は完璧に済ませてあります。Pさんを待たせたくはありませんから。



「それじゃあ行くか。留守番頼んだぞー」

 車に乗り込んだまゆたちは、モデルのお仕事の現場に向かいます。

 まゆはアイドルを始める前は、読者モデルをやっていました。そのためまゆはアイドルを始めたばかりにも関わらず、すでに一定数のファンを獲得していました。
 そのお陰で、今こうやってデビューしたてなのに立派なお仕事を貰うことが出来ています。
 こう考えると、何も考えずにやっていた読者モデルのお仕事も意味があったんですね。


 斜め前に座るPさんを見つめます。

 清潔な感じにカットされた髪に真っ直ぐな瞳。その優し気な横顔はまゆを魅了して止みません。

 "ひとめぼれ"というと軽い印象を持たれてしまうことが多いでしょう。けれど、そんなことは絶対にありません。
 まゆは本気。まゆたちの出会いは運命なんです。
 お母さんとお父さんにつけてもらったこの名前も、まるでPさんに呼んでもらうために存在するかのような――


 ……あれ?



「着いたぞ」


 どうやら、まゆが考え事をしているうちに現場に到着したようです。近いところだったから、それほど時間もたっていません。

 Pさんにお礼を言って、車から降ります。
 それにしても、さっき感じた違和感は何だったんでしょう。
 ……いえ、今はそんなこと気にしている時じゃないわ。とにかく、Pさんが取ってきてくれたこの仕事に全力を注がないと――



「じゃあ頑張れよ、佐久間」



 いつもは勇気とお仕事への意欲を貰っている言葉。

 けれどこの日のこの言葉は、まゆの精神をかき乱すには十分すぎるほどの暴力性を纏っていました。

現在



 家に帰り、ごはんやお風呂などを済ませてベットに倒れこみました。

 結局、モデルのお仕事では沢山のNGを出してしまいました。
 もしかしたら、最近モデルのお仕事が少ないのもあの日の失敗のせいかもしれません。
 でも、まゆからすれば、そんなことは些細な問題です。

 あの時まではPさんと同じ空間に入れるという幸福に満ちていたため、全く気が付くことはありませんでした。
 けれど一度意識し始めると、そのことがまゆの胸を締め付け、それ以外のことを考えさせる余裕を全て奪っていきます。

 Pさん、なぜあなたは、


 まゆを「まゆ」と呼んでくれないのですか。

 Pさんは基本的に、年下のアイドルには呼び捨て。年上のアイドルには「さん」を付けます。
 これに関してはまゆも当てはまります。例外はありません。
 しかし、これに加え……Pさんは年下のアイドルには苗字ではなく名前を呼び名として使うのです。
 そう、まゆを除いて。
 
 何故か、まゆだけは下の名前で呼んで貰ったことがないのです。

 お昼の事務所はとても賑やかです。午前の仕事が終わったアイドルと午後から仕事があるアイドルに皆さんが集まるので当然と言えば当然ですね。
 そして、その中心にいるのがPさんなのも当然です。
 でも、まゆはいつもPさんに纏わりつくことはなく、少し遠くから見守ります。
 別に周りにいるアイドルと仲が悪いというわけではありません。むしろ皆さんいい人ばかりで、関係は良好と言えます。
 ただ単に、まゆは知っていただけです。皆さんのようにアピールをせずとも、Pさんは全員を――まゆをちゃんと見てくれているって。
 
 けれど……あの日から、少し怖くなりました。
 Pさんがまゆを名前で呼んでくれないのは、他の娘に比べて好感度が低いから。あまり好かれていないから。
 ……嫌われているから、と思ってしまって。

 だからかもしれません。
 お仕事の邪魔にならないようにとこの時間帯では一歩引きつつも、いつも動かすのを我慢していた両足がPさんの方に向かっていったのは。


「Pさん……」

「ん? どうした、佐久間?」

「――っ! い、いえ、何でもありませんよぉ」



 周りにいる娘たちが不思議そうな視線を向けてきたり、事務員のちひろさんがこちらを見てため息をついたりしていますが、生憎とまゆにはその視線に答えてあげることはできません。
 辛くなって、自分自身がいたたまれなくなり、まゆは自分から入り込んだにも関わらず、この場から逃げ出そうとしました。
 しかし、腕を掴まれたと思って振り返ってみれば、そこにはPさん――ではなく、ちひろさんが立っていました。



「皆さん、もう休憩の時間は終わりますよ! Pさんも忙しいんだからあんまりじゃれつかないように!」



 ちひろさんは少し大きな声で他のアイドルたちにそう言うと、まゆに向き直りました。



「"まゆちゃん"はこの後Pさんと打ち合わせですよね。握手会、頑張ってくださいね」

「……はい……ありがとうございます」



 ちひろさんからすればまゆを思った激励の言葉なんでしょう。でも、今のまゆにとっては逆効果でしかありません。

 そう呼んでほしいのは、あなたじゃないんです。


 
 十分後、Pさんのお仕事がひと段落付き、打ち合わせが始まった――のですが。
 
 昨日と同じく、まゆがPさんの言葉を理解し呑み込むことはありませんでした。

 一夜経って。
 いよいよまゆの初の握手会の日がやってきました。

 現在地は、お店の奥にある関係者以外立ち入り禁止の部屋。
 その狭い部屋の中に、Pさんとまゆの二人きり。
 最後の打ち合わせをしている最中です。

 といっても説明は何度も受けていますし、話すことは何もありません。
 それに加え、どちらも話しかけようとしないので、この部屋は耳が痛いほどの沈黙に支配されています。

 ただ、それじゃダメなんです。嫌なんです。
 まゆはもっとPさんとお話ししたい。もっとPさんと仲良くなりたい。
 もっと、Pさんに想われたいんです。
 だからまずは、何気ない会話から……。

 何か話題は……そうだ、確かPさんは事務所を出るとにちひろさんから何か言われて――。



「……そういえば、事務所を出る前にちひろさんに耳打ちされていたみたいですが……何のお話だったんですか?」


 
 まゆの言葉を聞いた途端、Pさんは見ているこちらがびっくりするほどにびくっとしました。
 次いで「見ていたのか……」と目を逸らしながら呟きました。心なしか、顔が赤い気もします。
 そして数秒後、「何でもない」と言うと再び黙りこくってしまいました。

 何でもないはずが、ないです。
 気づいていませんか? Pさん、あの時も今も、全く同じリアクションをしているんですよ?

 話して、下さいよ。
 どうして、何も言ってくれないんですか?
 まゆはもっともっと……誰よりもPさんの事を知りたいのに……!
 


「あのっ――」



 もしここでまゆがPさんと同じく黙っていたら。もしくは全く別の話題を出せば、まだ抑えられたかもしれません。
 今までと同じく、好きな人を陰から見守る佐久間まゆでいられたのかもしれません。
 けれど、



「何でもないって言ってるだろ!」



 その怒号で。
 突然のことにびっくりすると同時に。
 すっ、と。


 まゆの中の大切なものが消え去っていくのが分かりました。

「わ、悪い、怒鳴るつもりはなかったんだ」



 ――握手会は、ファンの顔を最も近くから見ることの出来るイベントだと聞いたことがあります。
 故に、緊張すると同時にファンの笑顔を見ることにより、勇気ややる気などを貰えるらしいです。
 けれど、そんなものがまゆにプラスになるとは思えない……まゆが、本当に欲しいのは――



「貴方、なのに……」

「……ん?」



 ……また、それですか。
 
 貴方はいつも自分のアイドルのために動き、アイドルを気にかけて、みんなに屈託のない笑顔を向けていて。
 アイドルが呟いたどんな小さな悩みも拾い上げて力になってあげて。
 その度にみんなにどんどん好かれていって。



 まゆだけは、置いてけぼり。



 まゆにだけは、親身になってくれない。



 まゆの悩みにだけは、気づいてくれない。



 まゆだけは、名前で呼んでくれない。


 
 もう、そんなの。



「嫌なんです」

「……は? 何だって?」



 これまでは、貴方を見て、貴方に見てもらえればいいと思っていました。
 一番じゃなくても別にいいって。貴方の中の片隅にでもいることが出来れば、それで十分だって。
 ずっと、我慢してきたんです。


 でも、もうダメみたいです。
 まゆはもう、自分を抑えることが出来そうにありません。


 他の誰に嫌われたっていい。所詮はひとめぼれだって嘲笑われてもいいんです。
 ただ、貴方だけがいれば。貴方さえまゆを愛してくれれば。
 


「それだけで、満足なんです」

「おい佐久間、どうし――」



 瞬間。

 まゆとPさんの距離はゼロになりました。

 言葉を発していたPさんの唇を塞いでいるのは、今までPさんに見せていたのとは全く別物の佐久間まゆ。


 数秒の硬直の後、ゆっくりと唇を離していく。
 レッスンで鍛えているとはいえ、精一杯の背伸びを維持した足は乳酸がたまるため、発生するのは痛みと倦怠感。
 だからまゆは、Pさんにしな垂れかかりました。 


 
「私では、貴方の一番にはなれないんですか……?」



 甘い余韻の残るゆったりとした口づけ。スタッフさんとの打ち合わせ前にPさんが噛んでいたミントの爽快感も消え失せるほどの重く、甘酸っぱい感覚。
 いつまでも味わっていたくなるような、そんな感覚。

 それは、まゆがずっと望んでいたものの一部。それを手に入れたと考えると、喜びに打ち震えたくなる。
 けれど、まゆを待っていたのはそんな楽しく生易しい世界ではなく。

 ドンッ! という擬音の直後に襲ってくるのは背中と頭への鈍痛。


 次いで、Pさんの怒号と今の音を聞きつけたスタッフさんたちが部屋に次々と入ってきて。

 どうやら大騒ぎになっていっているようで。

 その渦中にいるPさんはまゆをどう形容していいかも分からない表情で見ていました。

 けれど、それでも十分にわかります。いえ、分かっていたはずなのに。


 とっさの行動というのはとても大きな力を生むことがあり。

 背中と後頭部に受ける痛みはこれまでにないほどのものだったけれど。

 そんなことも忘却の彼方に飛んで行ってしまうほどに。


 まゆは自分の初恋が終わったことを自覚しました。

 目を覚ましたのは、CDショップから最も近い病院。
 何の変哲もない個室でした。

 お見舞いに来たちひろさんの話を聞く限り、重症だったのは頭の方で、それでも軽い脳震盪だそうです。もうしばらく安静にしていれば何の後遺症も残らないそうです。

 次いでちひろさんの口から紡がれるのは、Pさんのこと。

 あの後、まゆを突き飛ばしたPさんはなんと、社長に辞表を出したといいます。担当のアイドルを傷つけたから、と。
 しかし、それを聞いてちひろさんは社長を説得してなんとか辞表を取り下げてもらったそうです。
 それからPさんとも話し合いをして。
 そして、それが終わって今、まゆのお見舞いに来ていると。

 それを聞いている最中、そういう道もいいか、とまゆは思いました。
 つまり、Pさんと同じく。



「アイドル、やめようかしら」



 自然と声に出ていました。なんの突っかかりもなく。
 だって、所詮アイドルなんて、Pさんとの繋がりを作るためにやっていたに過ぎないんですから。
 楽しくなかったといえば嘘になりますが、それでも、それだけまゆの中の"Pさん"という存在は大きかったのです。

 でも、そう呟いたまゆの言葉を、Pさんとは違い敏感に拾い取ったちひろさんは、まゆを抱きしめました。そして囁くように言います。

「まゆちゃんはね、悪くないの」

「どちらかと言えばプロデューサーさんが悪い」

「でも本質的にはどちらも悪くないの」

「どういう……ことですかぁ?」



 思わず聞き返します。



「私から言うことはできません。私が言ったところで、どうせまゆちゃんは信じないでしょうしね」



 ちひろさんは柔らかく微笑むと、まゆの手を引きました。



「さあ、行きましょう」

「あのっ……!」

「ああ、外出許可なら取ってますよ。私の同伴付きですけどね」

「そんなことではなくて……」

「あのおバカさんに付き合わされるのもそろそろ疲れたんです。ほら、行きますよ」

 まゆが立っているのは、いつもの見慣れた事務所の前。
 まゆがもうお別れするつもりの少し大きな建物。
 
 背中を押され、階段を上り、二階にある事務所の扉の前まで連行されます。



「まあ、向こうはもう折れていますので、話し合いも何もありませんけどね」

 

 最後にちひろさんはそう呟くと、事務所の扉を開けました。

 中にいたのは、薄々予想はしていましたが――スーツ姿のPさんでした。

 Pさんはまゆを見て、次いでちひろさんを見て頭を深く下げました。



「ありがとうございます、ちひろさん」

「どういたしまして。ただし、今月の給料は全部消えると思ってくださいね?」



 Pさんはその言葉に苦笑いをすると、まゆに向き直ります。
 その瞳はまるで、地元で初めてスカウトしてきた時のように真っ直ぐで。何かを決心しているようで。けれど少し怯えているようで。
 まさに、まゆが初めて惚れたPさんの瞳でした。

 Pさんの瞳はまゆの瞳を掴んで離しません。
 思わず息をのみます。
 もうすでに諦めたはずなのに。終わっているって理解しているくせに。
 今まゆが抱いているのは誰がどう言ったって完全に――恋心。
 



「佐久間」

「――っ!」



 やっぱりPさんはPさん……。
 まゆの思い描いた、まゆだけを見てくれる理想のPさんなんかじゃ断じてないっ……!



「今から言うことをよく聞いてくれ。ちょっと恥ずかしいから一回しか言わないからな」



 嫌ですっ……!
 何を言うつもりなのかは大体予想できます。
 大方、あんなことされて迷惑だとか、もう二度と会いたくないとか、自分の前から消えろとか、そういうことを言うに決まっています。
 あの日、CDショップでPさんがまゆを突き飛ばしたことで、もうまゆは全てを理解しているんですよ。

 もう諦めますから。二度と貴方の前に姿を現さないと誓いますから。
 だから。

 まゆの大好きな貴方から、その口からこれ以上拒絶の言葉を吐かないでくださいっ……!

 まゆの心の中の訴えもよそに、Pさんは「ふぅ」と息を吐いて、その後大きく息を吸って。



「俺は佐久間のことが好きだ!! 優しそうなたれ目も、艶やかな髪も、シュッと整った鼻も、小ぶりな耳も、話し方も、服のセンスも、一歩引いて俺を見守ってくれるような奥ゆかしさも、柔らかい唇も、全部――全部!!」



 ……え?



「ひとめぼれなんだよ!!」

「ひとめ……ぼれ?」



 どういうこと……ですか?
 ひとめぼれ? あれだけまゆを避けていたのに?
 アイドルとプロデューサーという関係を気にしているのなら、アイドルを家に呼んでお酒を飲んでそのままお泊りとかしている時点でアウトだからそれは無いでしょうし……。
 じゃあやっぱり嘘……? まゆを傷つけないため? 

「やっぱりお前、嘘だと思ってるだろう。俺、人生でここまで嘘偽りなく自分の思いをぶちまけたの初めてだぞ?」

「だ、だってPさんは……」

「おう、俺がなんだ。言ってくれ」



 Pさんは完全に聞く姿勢に入りました。
 それを見て、まゆは震える声で、言葉を紡ぎました。



「他の娘と違って、まゆが視線を向けても気づいてくれませんし」

「恥ずかしかったから意図的に意識の外に追い出してた。心臓はバクバクだ」

「他の娘と違って、まゆの小さな呟きに過敏に反応してくれませんし」

「恥ずかしかったから話しかけられなかった。それに、もしそれが触れてほしくないことで、それが原因で嫌われるなんてことだけは絶対に避けたかったんだ」

「まゆのこと……名前で呼んでくれない、ですし」

「恥ずかしかったからな。それにそんな可愛い名前、呼んでたら理性を抑えられる気がしなかったんだ」

「まゆの質問に、答えてくれませんでしたし……」

「お前を『襲うな』って言われてたんだよ。こんなの教えたら好意がばれて俺は恥ずかしさで死ぬ」

「キ、キスをした後、まゆを突き飛ばしますし……」

「あぁ、それに関しては本当に申し訳なかった。どうしようもないほどに動揺してたんだ」



 Pさんは頭を下げ、謝意を示しました。

「か、顔を上げてくださいよぉ!」



 まゆが必死にそう言うと、Pさんは数秒後にゆっくりと面を上げました。
 そもそも、自分から言っておいてなんですが、あれはまゆが悪いんです。誰だって、いきなりキスされたらびっくりして正常な判断が出来なくなるに決まっています。

 Pさんはどこか申し訳なさそうな、けれど幾ばくかの期待を乗せたぎこちない笑顔をまゆに向けてきました。



「理解……してくれたか?」



 理解したか……ですか。
 理解したかしていないかで言われれば、まゆは全く理解できません。
 まゆなら、好きな人が視線を送ってきたら笑顔で返しますし、好きな人の言葉なら一字一句聞き逃さずにいつでも相談に乗りますし、相手が嫌がらない限りは名前で呼びますし、好きな人からキスをされちゃったら甘んじて受け入れます。
 そういった点では、まゆは永遠にPさんの事を理解できないのかもしれません。

 でも……たった一つだけ。
 Pさんがまゆのことを一番に想っているということだけは、分かります。
 理解、できます。

 よく見れば、Pさんのお顔は真っ赤です。お酒の匂いがするわけでもないから……恥ずかしいというのも、どうやら本当みたいですね。



「ふふっ……」

「な、なんだよ」



 恥ずかしさでお顔を真っ赤にするPさんが可愛らしくて思わず出てしまった小さな笑い声。
 余裕のなさそうなPさんは恐らく、黙りこくったまゆを見て不安になったのでしょう。表情が先程よりも固いです。

「いえ……。ただ、Pさん、お顔が真っ赤ですよぉ?」

「それお前もだからな」



 すっぱりと言い切られ、思わず恥ずかしくなって下をむいてしまいました。もう既に真っ赤な顔は見られているので手遅れだと思いますが。



「……本当に」

「……」



 言い出したまゆの言葉をPさんは静かに待ってくれます。



「本当に、まゆでいいんですか?」

「あぁ」

「まゆ、自分で言うのもなんですが面倒くさい娘ですよ?」

「大丈夫だ、俺も相当面倒くさい人間だから」

「……Pさんにならもっといい人が見つかると思いますよ?」

「残念ながら恋愛的な好意で言えば、俺のこれまでの人生で出会った全ての女性はお前の足元にも及ばない。それはこれからもだ」

「事務所に限ってももっといい人がいると思いますよぉ? ほら、ちひろさんとか……」

「だから言ったろ、お前を前にしては霞むって」

「本当に……本当に……まゆがPさんの一番で、いいんですか?」

「当たり前だ。お前以外はあり得ない」

「うぅっ……ぐすっ……」



 泣き出した私を、Pさんは優しく抱きしめてくれます。



「まゆ……Pさんにっ、嫌われてると、思って……」

「なわけないだろ。むしろ、いつも遠くにいるから俺の方こそ嫌われてるかと思って毎日辛かったし寂しかったよ」

「一か月前のモデルのお仕事、何度もリテイクだしちゃったせいでその関連のお仕事減っちゃいますし……」

「いや、あれはモデルの仕事をするときの佐久間の表情があまり良くなかったから、モデルの仕事嫌いなのかなって断ってたんだよ」

「まゆ、元読者モデルですよぉ?」

「分かってるよ。ただ、スカウトしてすぐに長年続けてきた読者モデルを辞めたから、実は読者モデルの仕事に不満を持ってたのかなって思ったんだよ」



 そんな理由が、あったんですか。
 じゃあPさんは……、



「ちゃんと、まゆのことを見ていてくれたんですねぇ……」

「当たり前だ。好きな女の子に話しかけられない時は、陰からそっとサポートするのが男ってもんだからな」



 まさに縁の下の力持ちさん、ですね。
 アイドルのプロデューサーであるPさんにはぴったりです。

 俯いていた顔をあげ、まゆの大好きなPさんの瞳を見据えます。
 本当のところ、涙でぐしゃぐしゃの顔は多分とっても醜いので、Pさんに見せるのはとても恥ずかしいです。
 でも……今は、今だけはPさんの瞳を真っ直ぐと見つめたいから。
 その思いはPさんにも伝わったのか、Pさんもまゆから視線を離しません。


 Pさんは恥ずかしそうに一度視線を彷徨わせると、もう一度まゆを見つめて、



「じゃあ改めて言わせてもらうけど……さく――」



 言いかけたPさんを人差し指を口の前に持っていくことで静止します。



「そうじゃないですよねぇ、Pさん?」



 まゆの言葉の意味を理解したのか、Pさんは急に慌てだしました。



「お、おい、話聞いてたのか? そんなことしたら理性が――」

 今度は指で言葉を遮るなどという無粋なことはしません。
 けれど、押すタイミングだけは絶対に間違えません。



「まゆはもう、身も心もPさんの物なんです。だから、我慢する必要なんて――ないんですよ?」



 キスした時以上の高さが必要になって、ほんの一瞬しか保つことが出来なかったし。


 涙のせいで若干声がかすれていたのは残念だったけれど。


 精一杯の背伸びと共に繰り出された耳元での囁きは、Pさんにはどうやら効果抜群だったようで。



「……俺だけのものに、するからな」



 目の色を変えたPさんにまゆはソファーに倒されました。
 抵抗はしません。まゆは、貴方だけの物なんですから。



「愛してるよ、まゆ」

「はい、まゆもですよ、Pさん……」



 これから先何があっても、ずっと、ずーっと、貴方だけを見つめ続けていきます。


 だから――よそ見なんて、しないでくださいね?

短いですが終わりです。
ままゆのお誕生日&デレステ一周年記念に抱えていただきました。

なんとか誕生日に間に合わせようと、後半特に雑になってしまったのが唯一の心残りです。


ままゆ誕生日おめでとう!!

書かせて、ですね。

HTML化依頼は忙しいので明日出します。

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