佐々木千枝「ビター&スウィートシックスティーン」 (14)


十六、というのは何ともないようでいて、女の子にとってはちょっと特別な数字。


何か、特別な約束をした訳じゃない。特別な関係になれた訳でもない。

だけども私が……私と一緒に歩んでくれた日々は、本当にかけがえのない、大切なもの。


――臆病で、何もできないと思っていた。

ちっぽけな自分が少しだけ嫌いで、だけどどうしようもできなくて。

それでも、なけなしの勇気を出して踏みしめた新しい世界には、……とても優しく手を取ってくれる人がいた。

一歩ずつ、一歩ずつ。焦ったり、迷ったりすることもあったけれど。

精一杯、少しずつ前へ。


だから十六、というのは、本当に何でもない数字。

ただちょっとだけ、また少し……大人になれた、その証。


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「スウィートシックスティーンって、知ってますか」


イチゴのたっぷり入ったショートケーキを頬張りながら、隣に座るありすちゃんはふと思いついたようにつぶやく。

それは、一日のお仕事が終わって、事務所に戻ってきた人たちに開いてもらった、ささやかなお誕生日会の最中。

大きなホールのショートケーキを切り分けて、おめでとうのシャワーに、たくさんのありがとうを言って、そして一段落した頃のこと。


「アメリカでの慣習で、十六歳になった女性は大人の仲間入りということでお祝いをするそうなんです」

「へぇ…? 十六歳なのに、……オトナ、なんですね?」


――オトナ。

オトナってなんだろうって、近頃はよく考える。

身体が大きくなること? 心が成長すること? お勉強を頑張れるようになること?

お料理が上手に出来るようになったり、お友達や、好きな人や、嫌いな人にだって、笑顔になってもらえたりすること?

きっとそのどれもが正解で、それ以外にもいっぱい正解はあって、一歩ずつ登っていくけれども……オトナの階段は、どこまでも続いているように思えて。


「……最近だと本来の意味合いは薄いみたいですけど、でも友人同士でお祝いのパーティをしたりとかというのは未だに一般的みたいです」


ありすちゃんの返答に、明後日の方へと向かい始めていた意識が戻ってくる。

スウィートシックスティーン。

……甘い、十六歳? 舐めたら甘いのだろうか、私たちは。

梨紗ちゃんが聞いたらぷんすか怒りだしそうなことをふと思いつつ、綺麗に整ったありすちゃんの横顔へついと視線を向ける。


「……あの、でも、どうしてそのお話を?」

「いえ、その……私たち、もうそんな年齢なんだなって思いまして。大人の仲間入りって」


――オトナ。

私から見れば、ありすちゃんはもうオトナだ。

思えば、早くオトナになりたいって想いを抱いていた私と、名前のこともあってか子ども扱いされるのを嫌がっていたありすちゃんは、似た者同士だったかもしれない。

五年前だったろうか、気絶するほど美しくなってみせますと強気に宣言していたありすちゃん。

今はまさしくその言葉の通り、しっとりと潤んで流れるような黒髪の、すごく素敵な女の子になっている。

凛と瞬く切れ長なその瞳は、たれ目な私とは違ってかっこよくて、ちょっとだけ羨ましい。


「ふふ、でもありすちゃんのスウィートシックスティーンはもうすぐ終わっちゃいますね?」

「わ、私もまだ一月以上はありますからね!」


顔を紅くしてむくれるありすちゃんは、ぷすりとフォークをショートケーキに刺して、そのまま一息に、ぱくり。

いかにもご機嫌ナナメですといった顔をして、リスのようにもぐもぐするその様子は、……そこだけは昔と変わらない、コドモのままのありすちゃんだった。


「……あの、それになんていうか、ほら……そういうのって、楽しそうじゃないですか」


ぼそりと、聞き取れないくらい小さな声で漏らしたその言葉。

こういう時はたいてい、ありすちゃんの本音が出ている時だと、もう何年も一緒にいるからわかっている。


「えっと、……パーティのこと、かな?」


どうやら正解だったようで、ありすちゃんは少しうつむいたまま、こくりと頷く。


「最近は忙しくてなかなか会えませんし……いえ、仕事が多いのは喜ばしいことなのですが、その」

「そっか、そうだねぇ……」


みなまで言うな、といった感じでため息をつく。ありすちゃんの気持ちはよくわかるつもりだ。

自分用に取り分けたショートケーキに、プラスチックのフォークをぷすり。

誰かの誕生日の度に、こうやって集まれる人たちだけでもお祝いをしたり、してくれたり。

すごく嬉しいことなんだけど、でも……甘い甘い十六歳の私たちは、どうしてもワガママに出来てしまっているらしい。


――足りない、もっと。もっと。

もっと会いたい、もっと一緒にいたい。

時にそれが叶わないことだってわかっていても、私たちのために頑張ってくれているってわかっていても、それでも……


「そういえば私、昔ね? 誕生日プレゼントはお仕事が欲しいって、プロデューサーさんに言ったことあるんです」

「……それは、その。中々ブラックな感じですが、どういう意図なんでしょう?」

「あはは、えっと、……そうすればプロデューサーさんが頑張っているところ、いっぱい見られるからって。お仕事をしていれば、ずっと一緒にいられるかなって」


そうだ、確かにそう言った。

しあわせですって、大好きですって、……コドモだからこそ言えたことも。

オトナなプロデューサーさんの隣に並んで、一緒にお仕事をしているって実感できるのが、嬉しかった。

初めて自分だけの衣装をもらえた時、ユニットのリーダーを任せてもらえた時、……お仕事で、だけど……花嫁衣裳を着せてくれた時もあった。

星の数ほどの思い出は、遊園地の夜を彩るパレードのように私の心を照らしてくれている。


「……忙しくなりすぎちゃうと、一緒にいられない時間が増えちゃうなんて、まったく思ってもいなかったんです」

「事務所も大きくなりましたし、……ある程度は仕方ないですよ」

「そうだよね、仕方ないよね…うん」


フォークを刺したままのショートケーキを、もぐり。生クリームとイチゴの甘い味が、口の中に広がる。


……大丈夫。

私も少しはオトナになったから、ちょっとだけ残念だけど、わかっています。

ちょっとだけワガママを言うとすれば、今の気分はビターなチョコレートケーキといった感じですけど。


「仕方がないから、ありすちゃん? 今度さ、やってみましょうか…?」

「……なにを、ですか?」

「えっと、パーティ。スウィートシックスティーンの。……それでね、女の子のお祝いだからって、プロデューサーさんは呼んであげないの」

「おお、……それは、なかなか」


――楽しそうですね、と。

ありすちゃんは中々意地が悪そうな顔で微笑んだ。

きっと私も、同じようなコドモっぽい顔をしているのだろうけど。


「シックスティーンというと、お誘いするのはみりあさん、梨沙さん、こずえさん。……あとは、既にセブンティーンではありますが、戦略的観点から桃華さんに協力いただきたいところですね」

「わ、桃華ちゃん! 良いね、良いと思います!」


桃華ちゃんを誘うのがありなら、シックスティーンではないけれど同年代のみんなを集めたっていい。

一人、また一人。

あの子が欲しい、この子が欲しいって、コドモの頃にやった遊びのように、たくさんの名前が出てきます。


「あと、晴ちゃんは…?」

「あー、いましたね。うん、いや…忘れていたわけではないですよ」

「もぅ、ありすちゃんは晴ちゃんにはいじわるだよね?」

「どっちかというとあちらの方が……。ま、まあいいです、かわいそうなので結城さんも誘ってあげましょうか」


しぶしぶといった感じでそう言ったありすちゃんが、なんだかおかしくて、くすくすと笑みがこぼれてしまう。

そんな私をありすちゃんは渋い顔で見ていたけれど、やがてこらえ切れなくなったかのようにつられて笑いだす。


「……千枝さん、ホントにやりましょうね、スウィートシックスティーン」

「うん、絶対やろうね…! えへへ、楽しみです…」


ひとしきり笑って、ちょっとだけ淋しさを追いやれたような気がして、残りのショートケーキをまた口に運ぶ。

甘い味、だけじゃない。

ちょっとだけほろ苦い。スウィートでビターなシックスティーン。


……十六になった私の、それが最初の一日目のこと。

もう五年目、まだ五年目。

初めて出会ったその時から、想いを乗せて、月日はあっという間に過ぎていってしまう。


だから、――ねえ、プロデューサーさん?

知っていますか、十六って、女の子にとってはちょっと特別な数字なんです。

ちょっとくらいなら我慢しますけど,……あんまり待たせると、千枝はワガママになっちゃいますよ?

毎日、毎日、少しずつオトナになって。

きっと、いつか、プロデューサーさんの想像だって超えてみせて。

放っておいたら、……きっと、後悔させちゃいます!


だから、お願い。

今日だけは、この日だけは。

早く、帰ってきて。……千枝にいっぱいいっぱい、言ってください。





「――千枝ちゃん、お誕生日、おめでとう!」





END

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