電「鎮守府に海賊さんが着任したのです……」 (152)

電「はわわわ……た、大変なのです……」

電「今日着任した提督が……提督が……」

電「髑髏の書かれた帽子、顔についた傷、マント……」

電「昼間っからお酒を飲んでるあの姿は……」

電「ど、どう見ても……」

電「どう見ても……」


海賊「ぷはぁー、中々美味い酒置いてるねぇ」



電「どう見ても海賊さんなのです」

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海賊「あーん?何だいアンタ」

電「あ、ご、ご挨拶が遅れたのです、この鎮守府の秘書艦を務める電なのです!」

電「よ、宜しくお願いしますなのです!」ペコ

海賊「ああ、アンタがそうなのかい、話には聞いてるよ……けど、まさか子供だとはねえ」

電「だ、大丈夫なのです、これでも駆逐艦ですし……ちゃんと戦えるのです!」

海賊「今までどれくらい殺したんだい?」

電「え、あ、実戦は……その、まだなのですが……」

海賊「なんだ、処女か」

電「しょ……じょ?」

海賊「ま、誰でも初めてってのはあねもんだしね、後生大事に取っておくもんでもないし、さっさと済ましちまおうか?」

電「え?え?」

~鎮守府正面海域~


電(処女って、戦闘未経験艦の事を指す言葉だったようなのです)

電(海賊さんみたいだけど、流石は提督なのです)

電(電が知らない事をちゃんと知っててくれるのです!)


「電、獲物の様子はどうだい?」


電「は、はいなのです」

電「えっと、前方に1隻見えるのです」

電「多分、鎮守府を偵察に来たんだと思うのです」


「はっ、一隻とは舐めてくれるね……電、戦闘ってのは思い切りが大事だ」

「出撃前に教えた事を、やってみな」


電「は、はいなのです!」

イ級「ぐぎぎぎぎ」


ズドン


電「はわわわ、う、撃ってきたのです……こっちも反撃しないと!」

電「あ、けど確か提督が……」



いいかい?

移動しながらの射撃なんて物はそうそう当たらないんだ

だからビビらずにきっちり移動しながら敵に接近しな

こっちの射撃は牽制程度でかまやしない



電「そ、そうなのです、移動しながらならあたりにくいはず……」

電「だから、牽制しながら接近して……」ズドンズドン

電「それで……」



こっからが本番だ

いいかい?

決してビビるんじゃないよ

接近してそのまま



電「た、たああああああああ!」

 


ごつんっ



イ級「ぎぎぎぎ!?」

電「い、痛いのです!電の頭が、イ級さんの頭にガチンッて……」

電「けど、なんとか成功したのです……!」

電「こ、ここまで接近したら……」



はじめて戦場に出るヤツに期待なんてできない

緊張して狙いが定まらないなんてことはよく聞く話だからね

けどね

相手にぶち当たって

船首と船首……顔と顔が当たるくらいにまで接近していたら……

絶対はずれやしないだろ?

いいかい、敵がこっちの行動にビビってる間が勝負だ

反撃を受ける前に……



電「ほ、砲撃するのです!」



ズドドドドンッ

イ級「ガガガガガ、ガ、ガ……」

イ級「ガ……」

イ級「……」



電「は、はわわわ……」ハァハァ



「電、生きてるかい?」



電「は、はいなのです、な、なんとか……何とか敵さんを倒せたのです……」


「そうかい、頑張ったじゃないか」


電「提督のお陰なのです!」


「提督じゃなくて船長と呼びな」


電「せ、船長?」


「提督なんて呼ばれると、身体がかゆくなったまうんだよ」

「船長の方が性に合ってるさ」


電「りょ、了解なのです」

電「そ、それで、ていと……いや、船長、これからどうしましょう?」

電「行き先を決めてくださいなのです」


「いや、その前にやる事があるだろう?」


電「え?あ、撤退するのですか?」


「いやいやいや、電の前にあるだろう?」


電「電の前に……?」

イ級「……」

電「イ級さんの亡骸しかないのです」


「そう、それだよ」


電「え?」


「せっかくの獲物だ」

「そいつが持ってるものは一切合財、頂いちまいな!」


電「え、けど、え?」

電「あの、イ級さんはツルツルしてるお魚みたいな感じなので、艤装とか何も……」


「外装があるだろ、それ、使うから持って帰ってきな」


電「え……」

電「これ、さばいて、剥がすのです?え……」

~鎮守府~


イ級の残骸「……」


海賊「いいねぇ、中々の戦果じゃないか、これは中々の上物だ」

電「うう……電の手が、手が、イ級さんの血でドロドロなのです……」

海賊「よーし、この調子で仕事進めていこうかね」

電「あ、ま、待ってほしいのです」

海賊「ん?」

電「さっきの戦闘で弾と燃料を消費したので、それを補充しないと出られないのです」

海賊「ああ、なるほど、幾らアンタらでも飯なして生きていけるほど甘くはないってわけだ」

電「は、はいなのです……物資は任務をこなせば手に入れる事が出来るのです」

海賊「あ?任務?任務って……この鎮守府で戦闘の指揮を執ることだろ?」

電「戦闘以外にも、色々とあるのです、えっと今説明するのです……」

海賊「はっ!冗談じゃない、こっちは公然とドンパチできるって話でこの任務に就いたんだ」

海賊「そんな細かくてややこしい任務はやってられないね」

電「け、けど、それだと物資が足りなくて戦えないのです」

海賊「はー、じゃあ仕方ない、じゃあちょっと本業に戻るかねえ……」

電「え?」

~隣の鎮守府~


提督「よしよし、イベ海域に送った艦隊は順調に進んでるな」

提督「資材やバケツの在庫も十分だ」

提督「前回は不覚を取ったが、今回こそ……!」


ビー!

ビー!

ビー!


提督「え、何この警報」


「て、提督!大変です!敵が……!敵が鎮守府に攻めてきました!」


提督「は?」


「あ、あいつら!倉庫に火をかけてます!提督!」


提督「ま、待て!そんな話聞いてないぞ!?」

提督「どうしてこんな所に敵が攻め込んでくる!?主力艦隊がいないこのタイミングで!?」

電「は、はわわわわわ……」

海賊「よーし、燃やせ燃やせ~!はっはっはっはっ!」

電「て、提督、なんて事を……」

海賊「船長って呼びな」

電「船長!な、なんて事を!」

海賊「電、イ級の外装はちゃんと頭に被ってな、脱げかけてる」

電「あ、は、はいなのです」ゴソゴソ

電「って、違うのです!こんなのバレたら怒られるのです!」

海賊「バレないようにイ級の外装なんて被ってるんだろ?」

海賊「いいかい、全部深海棲艦の仕業に見せかけるんだ、」

電「けど、けど……」

海賊「いいかい、ここの提督は沢山の物資を貯め込んでた」

海賊「大した量だったよ、ほんと、立派なもんだ」

電「は、はいなのです」

海賊「けどねえ、大切な物……お宝ってのは貯め込んでるだけでは意味がないんだよ」

海賊「使ってやらないと、意味がないのさ」

電「使って……あげないと……?」

海賊「電だって、ずーっと倉庫に入れられてたら嫌だろう?」

電「そ、それは……嫌なのです……」

海賊「きっと、ここの提督は物を使うのが下手なのさ」

海賊「だから、私達が使ってやるんだ」

電「……」

海賊「電?」

電「さ……流石提督なのです!」パァッ

海賊「判ってもらえて私もうれしいさ……それと、船長ってよびな」

電「船長!」

海賊「よーし、持てるだけの物資は持ったね?」

電「はいなのです!」

海賊「じゃあ、防衛部隊が態勢を立て直す前にずらかるよ!」

電「あ、け、けど、この火はどうしましょう……凄く燃えてて、危ないのです」

海賊「なあに、この火事を見た防衛部隊は私達を追撃するより消火を優先するはずさ」

海賊「もし追撃を優先したら……倉庫の中に残しておいた物資まで駄目になっちまうからね」

電「な、なるほどなのです!」

海賊「よし!行くよ電!」

電「撤退なのです!」

提督「う、うそだろ……資源が……資源が半分になってる……」


「提督!敵が逃げます!どうしますか!?」


提督「く、くそ!敵より先に消火だ!」


「了解!」


提督「くそくそくそくそ……消化を優先はしたけど、絶対敵は逃がさないぞ……」

提督「僕の鎮守府に攻め込んだ事を後悔させてやる……!」


「提督!敵は隣の鎮守府の方向に逃げていくようです!」


提督「新任の提督がいるあの鎮守府か……よし、協力させよう」

提督「歴戦の僕が頼むんだ、喜んで協力するはずさ」

提督「隣の鎮守府への通信回路をひらげ!僕が直接話する!」

「はいよ、何か用かい」


提督「今、そっちに深海棲艦が行ったよね、そいつらを倒すのに協力してほしいんだけど」


「ああ、確かに来たね、深海棲艦が……けど、そいつらはもう倒しちまったよ」


提督「は?もう?そっちに行ってまだ10分も経ってないんだけど」


「自分の縄張りに入ってきた敵を即座に始末するのは当たり前だろ?」


提督「そ、そうか……そうだよね」


「話はそれで終わりかい?じゃあ忙しいからもう切るよ」



提督「いや!待て!実はさっきの深海棲艦がうちの資材を奪って逃げてたんだ!」

提督「今からそっちに部隊を送るから、回収させてくれ!」


「……」


提督「おい、聞いてるのか!?」


「……今、なんてった?」

提督「は?だから資材を回収させてって……」


「その前だよ、今、資材を奪われたって言ったのかい?」


提督「そ、それが何か問題あるのかよ」

「おいおい、冗談だろう?提督のお膝元である鎮守府に攻め込まれた揚句、資材を奪われたって言うのかい?」


提督「そ、それは……」


「鎮守府の資材は、全て大本営の管轄で管理されていて、この世界を守るために必要な物だって聞いたよ?」

「え?それを奪われた……って言ったのかい?」

「はっ……!あり得ないねそんな話!」

「そんなマヌケが居るとしたら、提督失格さ!」


提督「……!」


「……けど、あんたはそんなマヌケじゃないよねえ?」

「色々と噂は聞いてるよ?激戦区でも名を残した提督だって」


提督「そ、そうさ、僕はマヌケじゃない……今回だって精鋭部隊を派遣して……」


「そんな優秀な提督が、資材を奪われる訳がない」

「もし……もしも本当に奪われたんだとしたら……」

「これは、ちょっと見逃しておけないね」


提督「え……」


「私も気が進まないけど、仕事だからね、大本営に、報告しないといけなくなっちまうよ」


提督「……い、いや待て、それは困る」


「困る?どうしてだい?」


提督「えーと……そう、冗談」


「ん?冗談?」


提督「そうだよ、冗談だよ、ははは……うそうそ、本当は資材なんて奪われてないからさ」

提督「そんな冗談を大本営に報告したら、ちょっとアレだろ?」

提督「本当はいっぱいある、うちの鎮守府の倉庫に資材山ほど、ははは……あり過ぎて困るくらい」


「そうかい、困ってるのかい」


提督「うん、困るほど」


「じゃあ、少し援助してもっらて構わないかい?私は新任でね、資材が足りなくて困ってるんだよ」


提督「な、なんでぼくがそんな事を」


「冗談だったんだよねえ、さっきの話」


提督「……」

提督「……」

提督「……判った、どれくらい欲しんだよ」


「今ある資材の半分も貰えれば十分さ」

~鎮守府倉庫~


電「す、凄いのです!資源がこんなにたくさん!入りきらないのです!」

海賊「中々の稼ぎだったねえ、これからもこの調子で頼むよ?電」

電「は、はい!頑張るのです!」

海賊「よーし、じゃあ仕事も無事済んだ事だし、乾杯と行こうじゃないか!」

電「かんぱい……なのです?」

海賊「そうさ、アタシ達は命をかけた仕事をした、だったらそれに見合う楽しみを味合わないと損ってもんだろ?」

電「そういう物なのですか?」

海賊「ああ、そうさ……特にアンタは初陣で見事敵を撃ちとったんだからね、ほーら、胸を張りな!」バンバン

電「はわわっ!」バタバタ

海賊「丁度指令室に前任の提督が遺して行ったラム酒があるからね、こいつで今夜は騒ごうじゃないか!」

電「け、けど電はまだお酒は飲めないのです」

海賊「あー、確かに子供にコレはきついかもねえ、電は何が好きなんだい?」

電「え、えっと、ミルクとか……」

海賊「よーし!じゃあ、電はミルクで乾杯だ!」

電「は、はいなのです!」

海賊「ぷはあ!やっぱり仕事の後のコレは格別だねえ!」

電「な、なんだか何時もより美味しく感じるのです」

海賊「そうだろうそうだろう!ほら、電、遠慮しないでドンドンいきな!」

電「は、はいなのです!」ゴクゴク

海賊「おー、良い飲みっぷりじゃないか、これはアタシも負けてられないねえ」ゴクゴク

電「ぷはぁー……」

海賊「アッハッハ!電、口の周りが髭みたいになってるよ!」

電「え?え?」ゴシゴシ

海賊「取れてない、全然取れてないよ!アッハッハ!」

電「う、うう……」ゴシゴシゴシ



こうして夜は更けていった

電「……」

海賊「んー、どうした?もう眠くなっちまったかい?」

電「あの、良い機会なのでちょっとお聞きしたい事があるのです」

海賊「何だい改まって」

電「えっと、船長は、その……書類では男の人って書いてあったのですが……」

海賊「ああん?」

電「……けど、その……大きなお胸あるのはどうしてなのでしょう」

海賊「あー、そいつは多分、嫌がらせだろうねえ」

電「嫌がらせ……なのです?」

海賊「アタシは元々、海賊をしてたんだよ」

電「あ、やっぱりそうなのですか」

海賊「獲物は、海軍やら深海棲艦の輸送船が主だったねえ」

海賊「ま、普通の船で連中の相手を出来るはずはないんだけど……そこは護衛がいない隙を狙ったりしてね」

海賊「けど、ある時ドジっちまってさ、輸送船を護衛してる艦娘と直接戦闘することになっちまったんだ」

海賊「いやあ、あいつら強かったねえ、あっと言う間にこっちの船は沈められちまったよ」

海賊「で、アタシも捕まっちまってね、そうなったらもう腹をくくるしかない」

海賊「煮るなり焼くなり好きにしな!って啖呵切ったんだ」

電「そ、それで、どうなったのです!?」ドキドキ

海賊「そしたら……」



「おい、龍田、こいつ何か格好いいぞ」

「そうねえ、なんだか天龍ちゃんと雰囲気似てるわあ」



海賊「そしたら、何だか妙に話があっちまってね、その艦娘達と」

電「え?」

海賊「意気投合してそのまま宴会でもしようって話になってね?」

海賊「そうしたら、そいつら輸送船の中にあった上物のワインを引っ張り出してきてくれたんだ」

海賊「いやあ、あの時の酒も美味かったねえ」

電「そ、それでどうなったのですか?」

海賊「ああ、海軍に捕まったよ、アタシもそいつらも」

電「は、はわわ、大変なのです……」

海賊「で、その艦娘達は輸送品に手をつけた罪で独房行き」

海賊「アタシもそのまま死刑になるんじゃないかと思ってたんだけどさ」

海賊「どうも、提督の素養があるって話になっちまってね」

海賊「で、正義の為に提督の任につけとか、正義のために命を捨てろとか何とか言いだしたからさ」

海賊「何かムカついたから、そいつに頭突きいれちまったんだよ」

電「は、はわわわ……」

海賊「アタシは正義って言葉と女の音痴だけは許せないからね」

海賊「いやあ、大騒ぎになったねえ」

海賊「けど、連中、どうしても提督の素養がある人間を欲しかったんだろうね、最終的には不問になった」

海賊「で、その後色々と交渉して、最終的には幾つかの条件を引き出して提督の任務に就くことになったのさ」

電「条件なのです?」

海賊「一緒に酒盛りした仲間を独房に入れとくのは気がひけたからさ、まず連中の罪を不問にしてもらった」

海賊「あとは美味い酒が置いてある鎮守府に派遣するようにとか……まあ、色々さ」

電「そ、そうだったのですか……」

海賊「で、話は戻るけど……この書類を用意したのはアタシが頭突きかました相手なんだよ」

海賊「何か『まるで男みたいな女だ』とかなんとか言ってたから、多分意趣返しのつもりなんだろうねえ……」

電「船長はちゃんと女の人なのです」

海賊「アッハッハ!電は判ってるじゃないか!ほら、もっと飲みな!」ナデナデ

電「は、はいなのです」ゴクゴク



電(船長は不思議な人なのです)

電(海賊さんで、気分次第で人を殴ったりするのに)

電(一緒にお酒を飲んだだけの人を助けたり)

電(こうやって、電を撫でてくれたりするのです)

電(……本当は怖い人なのかもしれないのです)

電(けど……)

電(けど、電はそんな船長さんを嫌いにはなれないのです)

電「あ、そういえば忘れていたのです」

海賊「んー、なんだい電、おかわりほしいのかい」ヒック

電「えっと、いっぱい資源を貰ったのはいいのですが、これはどうやって手に入れた事にしましょう?」

海賊「どうやってー?そんな物は適当でいいんだよ」ヒック

電「けど、資源の入手経路は報告書に書かないといけないのです」

電「隣の鎮守府からもらったって書いておいたらいいでしょうか?」

海賊「あー、それは駄目だね、そんな事書いたら憲兵がすっ飛んできちまう……」ヒック

海賊「んー、そうだねえ、自然に増えた事にしときな、真面目に書くこたぁー、ないんだよ」ヒック

電「了解なのです!」カキカキ

海賊「そんな事よりもっと飲みな電、飲まないと大きくなれないよ、こんなにちっこいままじゃ嫌だろ?」グリグリ

電「はわわ、船長、重いのです……」

海賊「いやあ、やっぱり他人と飲む酒は楽しいねえ、電が飲んでるのはミルクだけど、アッハッハ!」

電「電も、何だか楽しいのです!」

~朝~


電「あれ……もう、朝なのです」ムニャムニャ

電「結局、明け方まで騒いでしまっていたのです……」

電「船長は……」

海賊「むにゃむにゃ、さけもってこーい……むにゃむにゃ」

電「もう暫く、寝かせておいてあげるのです」


ドンドン


電「あ、あれ、扉を誰か叩いてるのです」


ドンドン


電「は、はいなのです!どちらさまでしょう!」


「……憲兵隊の者です、速やかに開けてもらいたい」


電「憲兵隊さんですか?は、はい、少し待ってて下さいなのです」

海賊「あー……昨日はちょっと飲み過ぎちまったかねえ……」

電「あ、船長、おはようございますなのです」

海賊「んー、おはよう電……ちょっと水持って来てもらえるかい……」

電「はいなのです!」

海賊「いやあ、昨日は楽しかったねえ、酒は上手いし、お宝も沢山手に入ったし」

海賊「沢山……」

海賊「……」

海賊「あれ」

電「船長!お水なのです!」

海賊「ああ、ありがとうよ、電」ゴクゴク

電「どういたしましてなのです!」

海賊「ふー……ねえ、電」

電「はい?」

海賊「アタシの記憶が正しければ、確か昨日手に入れた資材は倉庫からはみ出すくらいあったよね?」

電「はいなのです!沢山沢山あったのです!」

海賊「そうだよねぇ」

電「はいなのです」

海賊「……けど、今倉庫の中にある資材ってかなり少なくなってないかい?」

電「ああ、それは今朝、憲兵さんが来たからなのです」

海賊「……憲兵が?何しに来たんだい?」

電「はいなのです、倉庫に入りきらなかった資材を回収にいらしてたのです」

海賊「……は?」

電「鎮守府が資材を手に入れる方法は幾つかあるのですが、基本的に倉庫の許容量以上の資材は備蓄してはいけない事になってるらしいのです」

電「でないと、保管状況が悪くなって弾が錆びたり燃料に変な物が入ったりしてしまうらしいのです」

海賊「……つまり、昨日手に入れた資材の大半は……」

電「はいなのです、今頃は海軍の倉庫に……」

海賊「あー、しまったあ……こいつぁ……しくじっちまったねえ……」ポリポリ

電「あ、あの、一応船長を起こそうとしたのですが……全然駄目で……」

海賊「……」

電「あの、あの、電は何か間違った事を……」

海賊「まあいっか」

電「船長?」

海賊「電は、昨日、楽しかったかい?」

電「……はいなのです、はじめての事ばかりで大変でしたけど、いっぱいいっぱい楽しくて、勉強になったのです」

海賊「アタシも楽しかったねぇ、久しぶりに笑わせてもらったし」

海賊「昨日の仕事の報酬は、それで十分さね」

電「船長……」

海賊「そんな不安そうな顔しなさんな!幸運が逃げちまうよ!」ワシャワシャ

電「は、はわわ、髪がくしゃくしゃになるのです!」

海賊「よーし、じゃあ気を取り直して、今日も仕事に取り掛かるとするかねえ!」

電「は、はいなのです!」

~数日後~


電「船長!イ級さんの解体終わったのです!」

海賊「はいよ、ご苦労さん……けど、あれだねえ」

電「はいなのです?」

海賊「もう少し、人出がほしいねえ」

電「人出なのです?」

海賊「ああ、人出が増えればやれることも増えるからね、もっと大きく儲けられるはずさ」

電「それなら……建造がいいと思うのです」

海賊「建造?」

~工廠~


海賊「なるほどねえ、ここで艦娘を作れるわけだ」

電「そうなのです」

海賊「こないだの資材がまだ残ってたはずだよね、それ使って何人か作れるかい?」

電「えっと……どんな艦娘を作りたいかにもよるのです」

海賊「どんな艦娘ねえ……そりゃあ強いのを……」

海賊「……いや、それより歌だね」

電「歌?」

海賊「そう、歌だ、歌える奴がいたら百人力さ」

海賊「海の上ってのは色んな事が起こるからね」

海賊「けど、退屈な時や厳しい時でも歌える奴がいりゃあ、楽しくなるだろう?」

海賊「気分が乗ってくれば結果も付いてくる」

海賊「だから、歌は重要なのさ」

電「なるほどなのです!」

電「けど……残念ながら歌える艦娘を出すレシピを電は知らないのです……」

電「ですから、運次第になってしまうのです」

海賊「そりゃ残念だねえ」

海賊「ま、とりあえず作ってみるさね。会ってみない事には気が合うかどうかも判りゃしないからね」

電「投入する資源はどれくらいにしますか?」

海賊「投資する時はケチっても仕方ないからね、めいっぱい入れておきな」

電「了解なのです!」ポチポチ

電「前に居られた提督さんがドックを開放してらっしゃったようなのでこちらも使って……」ポチポチ

電「ドック3か所に必要な資材と高速建造材を投入したのです!」

電「船長!建造開始のレバーを!」

海賊「あいよ!」ガチャッ


バリッ


バリバリバリバリバリッ


プシューーーーーー



海賊「ゴホッゴホッ、凄い煙だねえ……」

電「けど、建造は成功したのです!」

海賊「よーし、じゃあ顔を拝見しようじゃないか」

「艦隊のアイドル!」


「那珂ちゃんだよ!」



電「船長!那珂さんなのです!歌える方なのです!」

海賊「ヒュー、そいつは幸先がいいね!」

電「那珂さんは川内型軽巡洋艦姉妹の三番艦さんなのです!」

那珂「よろしくね!きらっ☆」

電「煙が晴れてきたので他の二人もそろそろ見えるのです」

電「あ、あれは……!」

「艦隊のアイドル!」

「艦隊のアイドル!」

「那珂ちゃんだよ!」

「那珂ちゃんだよ!」

「よっろしくぅ!」

「よろしくぅ!」



海賊「……」

電「……」

那珂「わーい!那珂ちゃんが出たよ!やったね!」

電「え、えっと……」

海賊「……ああ、そういや川内姉妹って言ってたね、じゃあ三つ子なのかい?」

電「い、いや違うのです、ちょっと説明すると長くなるのですが……」

海賊「つまり、時々同じ艦娘が建造される事がある……と」

電「そうなのです」

海賊「はあー、不思議な話もあるもんだねえ」

那珂1「3隻同時に那珂ちゃんが出るなんて、提督はよっぽど運がいいんだと思いまーす!」

那珂2「思いまーす!」

那珂3「まーす!」

海賊「まあ、確かに昔っから運は良かったからね」

海賊「建造する時に歌える奴を望んじまったからこうなったのかもねぇ」ポリポリ

電「船長、どうしましょう」

海賊「いいんじゃないかい?戦えて歌えるヤツが一気に三人も増えたんだからね」

海賊「同じ顔でもアタシは気にしないよ?」

電「しかし、先ほども説明しましたが形式が艦は同一の戦場で共に戦う事が出来ないのです」

海賊「ああ、何か面倒くさいルールがあるみたいだねえ」

海賊「けど、アタシの艦隊のルールはアタシが決める」

海賊「アンタ達だって艦娘として生まれたからにはちゃんと海で死にたいだろう?」

那珂1「おー!提督、話が判るねぇ!」

那珂2「判るねぇ!」

那珂3「ねぇ!」

電「了解なのです!」

電「では艦隊の構成に組み込んでおくのです!」

海賊「さて、残りの資材はどれくらいだい?」

電「えっと……あと一人くらいなら建造できそうなのです」

海賊「ふーん、じゃあ……そうだね、電はどんなヤツに来てほしい?」

電「ふえ?電が……なのですか?」

海賊「アタシの希望ばかり聞いてちゃ、不公平だろう?」

海賊「アンタはこの艦隊の旗艦なんだしさ、何か希望を挙げる権利はあるさ」ポンポン

電「せ、船長……」ジーン

海賊「ほらほら、早く言っちまいな?」

電「電は、えっと、暁型駆逐艦の姉妹が来てもらえると嬉しいのです!」

海賊「よーし、任せな!」ガチャッ


バリッ


バリバリバリッ


プシュー

「暁よ!」


「一人前のレディーとして……」


電「はわわわ!暁ちゃんなのです!船長流石なのです!」

海賊「あっはっは!アタシの運も捨てたもんじゃないね!」

那珂1「さっすが提督!」

那珂2「親分!」

那珂3「船長!」


「一人前の……レディーとして……」


海賊「よーし!中々の面子が集まった事だし、乾杯しようじゃないか!」

海賊「電!酒持ってこい!ミルクもね!」

電「はいなのです!」


「……」

 




「海賊が居るじゃない!?」



 

暁「え、あれって海賊よね、どう見ても海賊よね?」

暁「ど、どうして海賊が居るのかしら」

暁「ひょっとして、まさか、もしかして、いやあり得ないけど」

暁「あれが提督……とか?」

暁「そ、そんなわけないわよね?」

暁「そ、そうだ、電がいるし、聞いてみればいいわ」

電「船長!お酒持ってきたのです!」

暁「ねえ、電?」

電「はわわ、挨拶が遅れたのです、暁ちゃん、来てくれてありがとうなのです!」

暁「え、ええ、私も会えてうれしいわよ?」

電「今から乾杯なのです!暁ちゃんもミルクでいいですよね?」

暁「待って、その前に聞きたいたんだけど」

電「はいなのです」

暁「あの……えっと……あそこの髑髏の帽子かぶった人は……」

電「船長なのです」

暁「船長?ああ、そうなの、じゃあ提督とは違うのよね?そうなのよね?」

電「いや、提督なのです」

暁「くそが」

暁「し、しまった、ついレディーとして相応しくない言葉使いをしてしまったわ……」

暁「けど……あれが提督って……」

暁「一人前のレディー目指してる私が馴染めるのかしら……」

電「暁ちゃん!ミルクなのです!」

暁「う、うん」

海賊「よーし!じゃあ乾杯だ!」

那珂1「わーい!那珂ちゃんの大歓迎会ありがとねぇ!」

那珂2「嬉しいので那珂ちゃん、歌っちゃうよ~!」

海賊「いいねえ!ドンドン騒ぎな!」

那珂3「船長も飲んで飲んで!」

海賊「おっと、すまないねぇ!」

電「はわわわ、みなさん、凄いテンションなのです!」

暁「はぁ……」チビチビ

~明け方~

那珂1「ぐぅ……」zzz

那珂2「すぴぃ……」zzz

那珂3「那珂さんだよぉ……」zzz

暁「ううん……うるさいよぉ……」zzz

海賊「……んあー」ムク

海賊「……ありゃ、妙な時間に目が覚めちまったねぇ」

海賊「仕方ない、飲みなおすか……」

海賊「……ん?」

電「……」

海賊「電?まだ起きて……」

電「……第103……により……秘書艦の……」

海賊「……電?」

電「ふえ?あ、あれ、船長?」

海賊「なんだい、寝ぼけてたのかい?」

電「寝ぼけて?」

電「えっと、電は昨日、いっぱい乾杯して……そうなのです、那珂さんが飲んでらしたお酒を少しだけ頂いて……」

海賊「アッハッハ、途中でひっくり返ってたのはそのせいかい」

海賊「で、どうだった?はじめての酒は?」

電「ううう、凄く辛かったのです」

海賊「ふふふ、まだアンタには早いのかもねえ」

海賊「けど、酒を飲むのはアタシ達にとっては必要な事だ」

海賊「すぐにとは言わないが、少しずつ慣れといた方がいいかもね」

電「が、頑張るのです!」

海賊「よーし、良い返事だ!」

海賊「思うんだけどね、電は多分、良い海賊になれると思うよ」

電「海賊さんに……ですか?」

海賊「ああ」

電「けど、私達は海軍なのです」

海賊「そうだね、今は」

電「今は……」

海賊「そうさ、未来の事は誰にも判らないからね」

海賊「私がまた元の海賊に戻るかもしれない」

海賊「電が海軍としてそれを打ちに来るかもしれない」

海賊「そういう可能性は、常に考えておいた方がいい」

海賊「でないと、何かあった時に後悔が残っちまうからねえ」

電「後悔……」

海賊「そうさ、後悔は毒だ」

海賊「少しずつ心を蝕んで、身体の動きを鈍くする」

海賊「最後に待ちうけるのは無様な死だけさ」

海賊「だから……」ナデナデ

電「あ……」

海賊「電は、後悔だけはしないようにするんだよ?」

電「む、難しいのです」

~朝~


那珂1「提督!那珂ちゃんの初仕事は何かな~?」

海賊「ああ、仕事の前にちょっと準備してもらう事があってね、それと船長って呼びな」

那珂2「親分!艤装の準備とかはもう出来るよ?」

海賊「その辺は電から説明を受けておくれ、それと船長って呼びな」

那珂3「了解ですぜ船長!」

海賊「アタシが言うのもなんだけど、アンタ順応性高いねえ」

暁「ねえねえ、電」

電「はいなのです」

暁「準備って何をすればいいの?」

電「えっと……その前に聞きたいのですが」

暁「ん?」

電「暁ちゃんや那珂さん達は、処女なのです?」

暁「……え?」

電「暁ちゃん?」

暁「ご、ごめん、私ちょっとぼーっとしてて聞き逃しちゃった、もう一回言ってくれるかしら」

電「暁ちゃんって、処女なのですか?」

暁「……」

電「……」

暁「な……」

電「暁ちゃん?」

暁「ななななな、何言ってるの電!?正気!?」

電「え、電何か変な事聞いたでしょうか……」

暁「変よ!絶対変!そんなの……そんなの……だって!」

暁「だって電も処女でしょ!?そんな当たり前の……」

電「あ、電はもう処女じゃないのです」

暁「……は?」

電「電はもう、船長の手ほどきを受けて処女を卒業したのです」

暁「て、提督の?」

電「ちょっと怖かったし、痛かったし、血で汚れてしまいましたけど」

電「電はちゃんと最後まで頑張ったのです!」

暁「……」

電「暁ちゃん?」

暁「あ……」

電「あ?」

暁「あの海賊なにやってるのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

暁(し、信じられない!)

暁(やっぱり海賊なのねあの人!)

暁(電の処女を奪うだなんて!)

暁(け、けど電に悲壮感とかは無いし……同意の上でなのかしら)

暁(もしそうなら、私がとやかく言う問題じゃないんじゃない?)

暁(そ、そうよ、大人のレディーとして受け入れてあげないと)

電「あの、暁ちゃん?」

暁「は、はい!」

電「大丈夫なのです?」

暁「だ、大丈夫にきまってるじゃない!狼狽なんて全然してないわよ!」

電「そ、そうなのですか」

暁「あったりまえよ!」

電「ならいいのです……それで、暁ちゃんは処女なのでしょうか?」

暁「……」

暁「そ、そりゃあ……」

電「そりゃあ?」

暁「も、勿論、あれよ」

電「あれ、とは?」

暁「あれって言ったらアレよ!」

電「ご、ごめんなさいなのです、判らないのです……」

電「暁ちゃんの口から、はっきり聞きたいのです」

暁「う、うう……」

電「処女なのですか?どうなのですか?」

暁「うううう……」

電「どうなのですか!?」

暁「あ……ああ……」

電「暁ちゃん?」

暁「……処女」

電「処女なのですか?」


『姉の威厳』


暁「……じゃないわよ!当たり前じゃない!」

電「は、はわわわ!暁ちゃん凄いのです!」

暁「と、当然よ!」

電「今までどれくらいやったのですか?」

暁「ど、どれくらいって……」

電「電は10回くらいなのです!

電「は、はわわわ!暁ちゃん凄いのです!」

暁「と、当然よ!」

電「今までどれくらいやったのですか?」

暁「ど、どれくらいって……」

電「電は10回くらいなのです!」

暁「じゅ……じゅっかい……」

電「なのです!」

暁(あ、あわわわ……電が、電が、私の予想以上のレディーになっているわ)

暁(け、けどここで引いたら姉としての威厳が!)

電「暁ちゃん?」

暁「……ひゃ」

電「え?」

暁「ひゃっかいくらい……」

電「!!!」

電「す、凄いのです!暁ちゃん本当に凄いのです!」

電「歴戦なのです!」

暁「そ、それほどでもないわよっ」

電「これなら、例の作戦は暁ちゃんにお任せした方がよさそうなのです!」

暁「……作戦?え?処女かどうかってのと作戦が関係しているの?」

電「はいなのです」

暁「どんな作戦なのよ……」

電「それは……えっと、まず服を脱いでもらうのです」

暁「へ?」

電「脱いでもらうのです」

暁「え、ちょ、電?服引っ張るのやめて?」

電「大丈夫なのです、すぐに済むのです……」

暁「電、だ、駄目だってば!あなたやっぱりあの海賊に変な影響を受けて……」

暁「や、やだぁぁぁぁぁぁ!!!」

~鎮守府近海海域~


暁「……」

電「暁ちゃん、似合ってるのです!」

暁「……なにこの格好」

電「イ級さんの外装を加工して作った衣装なのです」

暁「な、なんでこんなもの着なくちゃならないのよ!」

電「それは……」


「そいつを着てれば深海棲艦に偽装できるからだよ」


暁「提督?」

暁「深海棲艦に偽装って……そんな事できるの?」

電「はいなのです!電もそれを着て何度かイ級さんと戦ったのです!」

暁「へー、それで結果は?」

電「8割くらいはイ級さんを誤魔化して接近出来たのです」

電「至近距離まで接近して先制打撃さえ加えれば、後はやりたい放題なのです」

暁「8割……って、残りの2割は?」

電「イ級さんに気付かれて先制攻撃受けてしまったのです」

暁「そ、それって逆に危険なんじゃないの?」

暁「というか、イ級くらいなら私達5人でかかれば楽に倒せると思うんだけど……」


「イ級はただの餌さね」


暁「餌?」


「イ級をコツコツ倒してるだけじゃ、大した儲けにはならないからね」

「何とかそれで大物を釣り上げるのが、今回の作戦さ」

暁「大物を釣り上げるって……そんなのどうやればいいのよ」

電「大丈夫なのです!作戦は船長からちゃんと聞いてるのです!」

暁「ううう、こんなやり方、教習時代には習ってないし……不安だわ」

電「けど、暁ちゃんはもう処女じゃなくて戦闘経験も100回を超えているのですよね?」

暁「え?」

電「それだけ経験豊富なら、きっとどんな作戦でも対応できるのです!」

暁「しょ、処女って……え、もしかして……」

電「処女は戦闘未経験艦の事なのです」

電「電は何とか船長の手引きで初陣を突破できたのですが、正直ギリギリだったのです」

電「だから、戦闘経験豊富な暁ちゃんがいてくれて、本当にうれしいのです!」

暁「あ、あははは……経験って、そういう意味だったのね……あははは……」

暁(ど、どうしよう……正直言って自信ない……)

暁(けど、けど今更ホントの事なんて言えないし……)

電「暁ちゃん」

暁「え、あ、な、なに?」

電「そろそろ敵艦との遭遇予想地点なのです」

暁「え、え、けど私まだ作戦とか聞いてないし……」

電「えっと、船長から聞いた作戦は……」


ボソボソボソ


暁「……え?」

そのイ級は深海棲艦の中でも落ちこぼれだった。

錬度の低いイ級の中でも更に性能の劣る者だった。


本来、イ級には自我が少ない。

あるのは「上位艦からの指令を順守する事」のみ。

戦闘に必要な「自己判断能力」は存在するが、それ以外の精神は希薄である。

故に人間のように自らの性能を誇ったり、他者を貶したりはしない。



しかし、この「落ちこぼれ」は違っていた。

平均性能にすら達していないという「ストレス」が、そのイ級に特別な思考形態を持たせていた。


悪い言い方をすると「劣等感」

良い言い方をすると「向上心」


勿論、そんな思考形態が性能や任務に大きな影響を与えるわけがない。

だから、同胞は誰もそのイ級の些細な特異性に気付かなかった。

その日、イ級は鎮守府付近を単独巡回しながら考えていた。


「どうして自分は弱いのだろう」

「どうして自分の速度は他の同胞より劣っているのだろう」

「イ級の監督役である上位艦は経験を積めば強くなれると言っていた」

「その為の単独巡回だと」

「単独で艦娘と戦闘し」

「生還出来れば」

「その経験が糧になると」

「けれど」

「自分は艦娘と遭遇する機会に恵まれていない」

「もしかしたら」

「このままずっと」

「弱いままなりではないだろうか」

「成果を上げられないままなのではないだろうか」

「不安だ」

「不安、疑問、停滞、疑問、不安、疑問、停滞、疑問……」

心の中で応えの出ない問答を行っていたイ級のセンサーは、何かの匂いを察知した。


「西側からの何かが近づいてきている」

「艦娘か?」

「とうとう戦いの機会が訪れたのか」

「いや、どうも妙だ」

「この匂いは」

「……同胞?」

「けどこの海域で巡回しているのは」

「自分だけのはず」

「違和感」

「疑問」」

「おかしい」

「いやけれど」

「もしかしたら」

「自分が巡回してる事なんて」

「忘れられたのかもしれない」

「自分は落ちこぼれだから」

「居ても居なくてもいい」

「落ちこぼれだから」

そうこうしている内に、相手はイ級の目視圏内にまで接近してくる。


「この匂いは」

「確かに同胞」

「武装も外装も」

「確かに同胞なのに」

「……」

「どうして」

「人型をしているんだろう」

「違和感」

「不思議」

「どうして」

「なぜ」

「うらやましい」

「うらやましい?」

「自分も」

「自分もいつか……」


思考が結論を迎える前に、目の前の同胞は行動を起こした。

 



「ガ、ガオーーーー!」





 

同胞から発せられた音声を聞いてイ級は驚いた。


「びっくりした」

「びっくりした」

「突然どうしたんだろう」

「不安になる」

「大きな音声だった」

「いや、それ以上に」

「あの音声には」

「怒りが含まれていた」

「上位艦が時々発する感情を込めた音声に似ていた」

「だとしたら」

「自分はひょっとして」

「怒られたのだろうか」

「どうして?」

「ああ、疑問に思うまでもない」

「当たり前だ、当たり前だ、当たり前だ」

「自分が落ちこぼれだからだ」

「落ちこぼれだからだ」

「だから怒られたんだ」


イ級が持つ劣等感は全ての疑問を強引にそう結論付けた。

同じイ級の匂いがする同胞が人型であることの違和感に蓋をしてしまった。

「怒られた」

「悲しい」

「不安だ」

「どうしよう」

「けど、同胞はもう何も言ってこない」

「動きもしない」

「どうしたらいいんだろう」

「……」

「よく見たら、同胞の後ろに何か」

「あれは……」

「そうか、この同胞は資源調達任務の途中だったのか」

「だから燃料缶なんて引っ張ってるのか」

「沢山の燃料缶」

「うらやましい」

「いいな」

「自分もいつか……」

暁「……」ドキドキドキ

暁(う、うう、どうしよう、このイ級動かなくなっちゃった……)

暁(やっぱり、さっき怒鳴っちゃったのがいけなかったのかな……)

暁(けど、けど作戦で強引に行けって言われてたし……)

暁(ああ、もう、どうしよう、どうしたら)ドキドキ

暁(というか、どうして私1人でこんな事を……)ドキドキ

暁(那珂さん達は後方だし、電はドラム缶の中だし……)ドキドキ

暁(ううぅぅぅ……)ドキドキ

暁(あの海賊、許さないんだからっ……)ドキドキ

イ級「……」

暁「……」ドキドキ

イ級「……」

暁「……」ドキドキ

イ級「……」フラッ

暁「……!」

イ級「……」フラフラ

暁(動いた、動いたわ)

暁(どうしよう、どっか行っちゃう、えっと、追いかければいいのよね)

暁(えっと、作戦を、作戦をもう一度思い出して……)



「鎮守府付近を偵察するイ級やハ級、ロ級は錬度の低い艦ばかりなのです」

「にもかかわらず、倒しても倒してもわいてくるのです」

「このイ級達は何処から来ているのでしょうか」

「南の方にいる主力艦隊から派遣されてるにしては再配置が早いし、何より遠すぎるのです」

「という事は、この近海にイ級達がご飯を食べる場所……隠れ潜む場所があるのではないかと予想されるのです」

「それを発見して、奪い取るのが今回の作戦なのです」

「作戦の詳細について、船長のお言葉を借りると……」コホン


「いいかい、ここに配置されてるイ級達は大半がひよっこだ」

「多分、新兵に度胸付けさせる為に単独偵察なんてやらせてるんだろうね」

「その手のひよっこの中には、どうしても意志が弱い奴が出てくるんだよ」

「仲間のふりして思いっきりビビらせてやれば、気の弱いヤツは眼をそらすはずさ」

「一度眼をそらしたヤツは、もう前を向けない」

「多少の違和感なんて見過ごしちまう」

「そこに付け入る隙が出来るってわけさ」



暁「……本当に、大丈夫なのかしら」

イ級「……」フラフラ

暁「……」フラフラ


イ級「……」チラッ

暁「……」ピタッ


イ級「……」フラフラ

暁「……」フラフラ


イ級「……」チラッ

暁「……」ピタッ

イ級「……」ジー

暁「……が、がおー!」

イ級「……!」ビクッ



暁(あれ、何か面白いこいつ)

暁(ひょっとして、ビビってるのかな本当に)

暁(おっと、ビビるなんてレディの使う言葉じゃなかったわね)

暁(えーと、そう、萎縮?萎縮してるのかしら)

暁(……ふふふ)

暁(作戦を聞いた時は、気の弱いイ級なんて見つけられるのか心配だったけど)

暁(案外何とかなりそうかも)

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年05月27日 (金) 20:32:31   ID: skB16XBm

コレは中々おもしろそう
失踪しないことを祈っておこう

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