美城常務、スカウトされる! の巻 (92)

武内P「アイドルに…… なってはいただけないでしょうか?」

「……は?」

武内P「どうでしょうか……!」

「……いや」

「何を…… 言っているんだ? 君は」

武内P「……失礼致しました」

武内P「私、こういう者です」

つ名刺

「ふむ」

346プロダクションプロデューサー武内……

うむ。やはりウチのあの男に間違いないな……

……いっそ他人の空似であれ

と、思ったが、そうはいかないか

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1463666403

武内P「そこに書いてある通り、346プロダクションという芸能事務所で
プロデューサー業をしている武内と申します」

そして態々自己紹介までするということは……
まさか、気付いてないのか? 私が誰なのか

……

いや、確かに今日は髪を結わずに下ろしている
化粧もいつもと比べれば薄く簡易なものではあるが……
しかも服もスーツでなく私服ときている……

……

いやいや、いつもと多少見た目が違う程度で、上司を他人と見間違える程の阿呆ではない……

筈…… きっと…… 頼む……

……

……一応、カマでも掛けておくか

武内P「あの、どうかなさいましたか?」

「いえ…… 前にお会いしたような気がして」

武内P「……そうでしたか? 私の記憶が確かなら、お会いしたのはこれが初めての筈ですが」

……うむ。この芝居臭さのない極自然な反応

冗談や悪戯の類いではないらしいな
あの子達の世代でいう"ガチ"という奴か

そもそも、この堅物が下らん遊びに興じるとは思えんし

……おおぅ

そうか、阿呆だったのか。君は

「……い、いえ、それで、アイドルがどうとか」

武内P「そうです、この度は是非貴女に、アイドルとしての活動をして頂けないかと思い声をお掛けした次第です」

うむ、阿呆の上に目も節穴だったのか。君は

まさか私が私だと気付かないどころかアイドルとしての勧誘までしてくるとは……

……

「ええぇ……」

武内P「!? ど、どうかしましたか?」

「いや…… なんでもない」

ただ気が遠くなっただけ

そう、それだけ…… それだけのことさ…… 武内君……

というか、実際問題どうするか

今すぐ正体を伝えるべきなのか……?

……いや、上司を他人と見間違えた上に、アイドルとしてスカウトしたなど
彼が自覚したら恥じ入るどころか職を辞するかも知れん

見た目の割にセンシティブというか打たれ弱いようだからな、彼は

……やはり、他人の振りをしたまま早々にこの場を去って、今回の件は色々な意味で無かった事にするべきか

武内P「あの、本当に大丈夫ですか?」

「……えっ?」

武内P「深刻な表情をしていらっしゃったもので」

「あ、ああ…… 少し考え事を」

武内P「そうでしたか」

武内P「急なお話ですので、無理はありません」

武内P「ですが、私どもとしても、真剣にお考え頂けたようで有り難い限りです」

「あ、あはは……」

武内P「それで、どうでしょうか?」

「どう、とは……?」

武内P「私ども共に、アイドルとして活動をして頂けるかについてです」

「……え~、あの、そうですね」

「……最近、芸能事務所のスカウトを装った詐欺の話を良く耳に――」

武内P「――大丈夫です」ズイ

武内P「そういったスカウト詐欺というものでは有りません
心配ならば事務所にお連れして、所属アイドルと直に確認を採って頂く事も可能です」

「そ、そうですか」

……まぁ、ウチには知名度の高いアイドルも複数在籍しているから説得力は有るだろうな

って、いや、今はそれどころじゃないっ

「ですけど、私、芸能活動には興味が無く」

武内P「でしたらっ」

武内P「是非一度、私どものアイドルや候補生の練習やコンサートを目にしてください
彼女達ならば、貴女の心に変化をもたらせると確信が在ります……!」

……ほう

やはり、彼女達には特別な何かが在ると、信じているのだな、君は

……ふふっ

……いや、まぁ、人の子を預かっている以上、その程度の熱意と愛は有って然るべきだな。うむ

っと、また脱線してしまったか

とはいえ……

体の良い理由等もう見当たらない……

……いや、有るには有るか

正直、コレを理由には使いたく無いのだが……

武内P「……」ジー

この熱視線を躱わす為には…… 仕方有るまい

「あの、そうは言われましても…… この歳でアイドルになるのは流石にどうかと思いま――」

武内P「――そんな事は有りません……!」

武内P「確かに、私は貴女の年齢は存じておりません」

武内P「ですが……!」

武内P「私の目には、若く、そして美しく魅力的だと、そう映っているんです……!!」


( Д ) ゚ ゚ ポーン


武内P「あの、どうかしましたか?」

「い、いや……」

「な、なんでも、ないですヨ……?」

君から口説き文句紛いの台詞が飛び出した事に驚いただけ…… それだけだ、うむ

……

……ドキッとなんて全然してないんだからな!

というか、何故彼はここまで……?

武内P「ご迷惑とは思いますが、今一度ご一考ください」

私の知っている武内君という人間は……

そう…… 口数が少なく、自分の感情を表に出す事を苦手としている人間だった筈だ

どうかお願い致します!

なのに、この武内君は、何度も食い下がっている…… 退く事等、知らないかの様に

まるで、あの時のように

「どうしてだ」

武内P「え?」

「……あっ、いえ、その」

「どうして、そこまで熱心に誘ってくださるのか…… 不思議に思ってしまって」

武内P「ああ…… なるほど」

「きみ…… いえ、貴方と私は初対面の筈なんですよね」

武内P「はい」

「それなのに、こうしてアイドルとして誘って頂いている
それはきっと、貴方の目には私の何処かが魅力的に映ったのからなのでしょうが」

私にはそれが何処なのか、どうしてなのかが分からない

……私など、アイドルという人種からは最も遠い人間だろうに

それなのに…… 君は何故……

それから少しの間、武内君は私の問いに答えず
軽く俯きながら難しい顔を

いつもより更に難しい顔を浮かべていた

重苦しいその空気に

問うべきてはなかった

そもそも、どうしてあんな事を訊ねたのか、と

ついつい、そんな疑念と後悔が胸に生まれてきてしまい

体良くこの場を収める言葉を、私は探し始めた

のだが

次の瞬間、彼は私の目を、強く射抜く様に見詰め

武内P「……微笑みです」

と、呟いた

小さな声でありながら、確かな意思を感じさせるその声で


「……は?」

ただ、生憎、私には理解出来なかった

余りにも意外過ぎて、不意討ちの様なその言葉に私の脳が追い付かなかったらしく

「ほほ…… えみ……?」

片言のオウム返しという無様を晒してしまう

そんな私に対し、武内君は少し困った様に顔を背けながら口を開いた

武内P「気を悪くされるかも知れませんが、先程の……」

武内P「迷子のお子さんをあやすところを拝見しておりました」

「……えっ?」

「見てたのか?」

武内P「は、はい。すみません」

「……」

そうか…… 見られていたのか

確かに私は、ここで彼に出会う前、とある子供に声を掛けた

その子供は街中に有る自販機の前に座り込み、泣いていた
チラチラと遠巻きに見ながらも、そのまま通り過ぎて行く不甲斐ない木偶の坊共に若干の怒りを憶えつつ

私は声を掛けた

怖がらせぬよう、胸に憶えた怒りを彼方に追い遣り、優しく穏やかに

それからどうにか泣き止ませて事情を訊けば、なんの事はない、単なる迷子
親とはぐれ転々と親を探し歩いたものの、疲れ果て自販機の前で泣き出してしまったというわけだ

幸いその子の鞄には保護者の連絡先が書かれたキーホルダーが付けられおり
その連絡先に電話を入れ、親が迎えに来るまでの少しの間、相手をしていただけで終わった

ただそれだけの話なのだが

うーむ…… 微笑み……?

「あの、微笑みというのは?」

「申し訳ありませんが、心当たりがなくて」

武内P「……ああ、それは、泣きじゃくっていたあのお子さんに向けた貴方の微笑みの事です」

「……」

おお、確かにしたな。あの子に向かって

「いや、でも、それは単に安心させる為のもので深い意味は」

「それに、私の笑みがそんな特別な物だとはとても……」

そう…… 彼女達の様な、特別な笑みではない

それなのに…… 彼は何故……?

武内P「いえ、それは違います」

武内P「確かに、貴女にとっては特別なものでは無いかも知れません
ですが、そのお子さんにとっては、特別な…… 不安や悲しみを振り払ってくれた、特別な笑みだった筈です」

武内P「貴女も憶えていらっしゃる筈です」

武内P「貴女が声を、そして微笑み掛けた時、確かにそのお子さんの涙は止まり、そして嬉しそうに頷かれたその事を」

武内P「……私は、一人の人間をアイドルとしてプロデュースするという仕事の中で、
アイドルとは何かを常に考え続けてきました」

武内P「以前は、それが分からず、大きな過ちも犯した事も有ります」

武内P「ですが、今になって学びました…… いえ、彼女達が教えてくれました」

武内P「……アイドルとは」

武内P「人を笑顔にする存在だと」

武内P「痛みや悲しみに涙を流す者が居るのなら…… その涙を吹き払い、その人を笑顔に…… 幸せにする存在だと」

武内P「私はそれを、今になって教わりました」

武内P「だからです……!」

武内P「貴女をスカウトしたのは」

武内P「貴女の微笑みには、誰かの涙を止め、笑顔にさせる特別な力が
アイドルとして、恐らくは最も大切な資質が有ると」

武内P「そう感じたからです」

武内P「ですから、どうか、我々と共に…… アイドルという道を歩んでは頂けないでしょうか!」

「……」

……ふふっ

ああ…… そうか

そう…… だったのか

正直、前々から不思議ではあった

口下手でお堅いこの男に対して
どうして、ウチの子供達はあそこ迄の信望を寄せるのかと

確かに、彼は口下手で色々とお堅い人間ではあるが、同時に、実直で誠実を地で行く信頼出来る人間でも有るのだろう

しかし、彼のその人間性というものは

まだ若い彼女達の感性からすると、面白味の無い、取っ付き難い人間だとも受け取れてしまうのでは

と、思っていたからだ

……だが、違った様だな

そう…… 彼には、これだけの熱さが在った

上っ面の人物評など吹き飛ばす程の

誰か心に火を着ける程の

激しく、目映い程の熱量が

彼には…… 確かに

どうやら…… 上っ面の部分しか見ていなかったのは、彼女達ではなくて、私の方だったらしいな

……まだまだ私も未熟者、か

……

いや、未熟故に見誤ったのは確かではあるが……

それは、今の今まで彼は私にはその熱さの欠片も見せてくれなかった、とも言えるわけで……

……なんか

悔しい!

「武内さん」

武内P「はい……!」

「私も、アイドルというものに興味が出てきました」

武内P「あっ、ありがとうございます!」

「この場で即答をする、というのは流石に難しいので、事務所を見学させて頂いた後、というわけにはいきませんか?」

武内P「はい。勿論です。返答の方は、ゆっくりと時間を掛けて思案して頂いた後で構いませんので」

武内P「では、事務所の見学は何時頃に行いますか?」

「そうですね…… なるべく早い方が良いですね。出来れば今日これから、というのは」

武内P「問題有りません。そういうわけならば今からお連れしますので」

「そうですか。助かります」

武内P「では、行きましょうか」

「はい」

武内P「……あの」

武内P「それで、もしよろしければ…… お名前をお教え頂けないでしょうか」

「……名前?」

武内P「はい」

「名前……」

うーむ…… 名前か……

本名というわけにはいかんだろうが…… 適当な名前など直ぐには……

「ヨシムラ〈美城〉です」

こんなところか

……字面的には嘘は吐いてないしな

武内P「よしむら…… 吉村さんですね」

武内P「改めまして、武内です。どうぞよろしくお願いいたします」

美城「はい、こちらこそよろしくお願いします」

武内P「早速ですが、近くに車を停めているので」

美城「はい、分かりました」

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――――――
―――

もう寝ます。続きはまた明日やります。ではおやすみなさい

>>1です
昨日の続き(>>16)を投下していくので、よろしくお願いします

あと、美城常務の見た目はトレーナーさんに近いイメージです
http://nicoten.web.fc2.com/mobamas/i/trainer-summerl.jpeg

黒髪ロングで若干目が細めで、勤務時よりかは全体的に柔和な感じで

―――
――――――
―――――――――

武内P「ここが我々346プロダクションの事務所が入っているフロアです」

武内P「……そして、ここが入口です」

ドア<ガチャ

武内P「ではどうぞ、お入りください」

美城「はい、失礼します」

……ふうむ。一見したところ、部屋に居るのは千川君だけか

僥幸だな。彼女なら協力も得やすいというものだ

ちひろ「あっ、おかえりなさいプロデューサーさん」

武内P「はい、只今戻りました」

武内P「吉村さん、こちらはこの事務所でアシスタントをしている」

ちひろ「千川と申します」

ちひろ「それで、プロデューサーさん、その方は……」

武内P「吉村さんです」

武内P「先程街でスカウトをさせて頂いたところ、事務所の見学を希望されましたのでお連れした次第です」

美城「美城〈ヨシムラ〉です」

美城「突然お伺いしてしまい申し訳ありません」

ちひろ「いえ、この度は私共の不躾な誘いをお聞き入れくださりありがとうございました」

ちひろ「私共一同心より歓迎致します」

ちひろ「粗茶ではありますが、今直ぐご用意致しますのでどうぞあちらの……」

ちひろ「って…… あれ?」

ちひろ「……?」

……ほぅ。この反応

武内P「どうかしましたか、千川さん」

ちひろ「あ、いえ、失礼しました」

ちひろ「どうぞあちらの席にお掛けください」

美城「お気遣い頂きありがとうございます」

……ふむ。どうやら、私の顔を見て何か思うところが有った様だな、千川君の方は

……ふっ

残念だったな武内君。阿呆は君一人だけらしいぞ

美城「ただ、お茶の前に化粧室に連れて行って頂けませんか?」

ちひろ「あ、はい、分かりました」

美城「では、お願いします」

通路

ちひろ「こちらです」

美城「いや、それはもういい」

美城「化粧室云々は二人で話す為の方便だからな」

ちひろ「……えっ?」

美城「……まだ分からないのか? 私が誰なのか」

ちひろ「えっ?」

美城「さっき誰かに似ているな、と思っただろう? それが答えだ」

ちひろ「え、いや、でも、まさか……」

美城「そのまさかだよ」

ちひろ「じゃ、じゃあ…… 美城常務…… ですか……?」

美城「うむ」

ちひろ「……」

ちひろ「……えぇぇぇっ!?」

ちひろ「じょっ、常務っ!?」

ちひろ「ど、どうされたんですか!?」

美城「どうと言われてもな」

美城「さっき武内君が言った通り」

美城「街を歩いていたら彼にスカウトされてな」

ちひろ「スカウトっ!?」

美城「うむ。この格好だと私を私だと全く気付かないらしい、武内君は」

ちひろ「……」

ちひろ「ええぇ……」

……その気持ち、良く分かるぞ千川君

ちひろ「いや、でも、その格好はどうされたんですか……?」

美城「どうと言われても、私は今日休みなんだが」

ちひろ「……あっ」

ちひろ「失礼しました」

美城「いや、構わん」

ちひろ「……ですけど、プロデューサーさんの気持ちも何となく分かります」

美城「……ん?」

ちひろ「確かに、アイドルとしてスカウトしてしまうのも無理ないと思いますから」

ちひろ「……その姿を観れば」

美城「……はぁ?」

ちひろ「あっ、いえ……」

ちひろ「それより、スカウトされた事は理解出来ましたが」

ちひろ「常務は何故事務所まで?」

ちひろ「その場で立ち去っても良かったのでは……?」

美城「ああ、当初は私も他人の振りをしたまま立ち去ろうと思ったんだが……」

美城「……」

美城「つい…… こちらの方が面白そうでな」

ちひろ「ええぇ……」

美城「それよりもだ」

美城「すまないがフォローを頼む、千川君」

ちひろ「フォロー…… ですか?」

美城「うむ。事務所を出る迄は正体を隠しておきたいからな、武内君に対してだけは」

美城「だからアイドル達が事務所に戻って来たとしても」

ちひろ「プロデューサーさんにはバレないようにフォローすればいいんですね」

美城「理解が早くて助かる」

美城「礼としてこの件で彼をイジる権利を進呈しよう」

ちひろ「……」

ちひろ「こんな人だったかなぁ……?」

美城「さて、用も済んだことだし戻るとするか」

ちひろ「あ、はい」

美城「失礼します」

そんな言葉と共に再び事務所の中に入ってみれば、最早見馴れた3人のアイドルがそこにいた

そして同時に

卯月「あっ!」

卯月「来ましたよっ、プロデューサーさん!」

未央「うわっ! 綺麗な人っ」

凛「へぇ、あの人なの?」

待ちきれないとばかりに口を開く

武内P「はい、あの方です」

……ニュージェネレーションの面々か

どうやら、私と千川君が部屋の外に出ていた間に帰って来たらしいが

さて、どう説明するかが問題だが……

まぁ…… 力業で大丈夫か。彼女達なら

美城「武内さん、その方達は……?」

武内P「はい、紹介致します」

武内P「弊事務所に所属している」

未央「はじめまして! 本田未央ですっ」

卯月「島村卯月です」

凛「渋谷凛です」

美城「美城<ヨシムラ>と申します」

美城「突然の見学という事で恐縮ではありますが、本日はどうぞよろしくお願い致します」

未央「あ、はい、ご丁寧にどうもです」

未央「こちらこそどうぞよろしくお願いします」

卯月「よろしくお願いします」
凛「よろしくお願いします」

武内P「吉村さんがここに来た経緯はおおよそ伝えてありますので」

美城「そうですか」

未央「見学って事らしいので、訊きたい事が有ったらどんどん訊いてくださいね!」

卯月「アイドル活動や事務所の事なら答えられると思いますので」

美城「そうですか。ありがとうございますね」

美城「……では早速」

と、言うが早いか私は彼女達3人の首に腕を回し

美城「お訊きしたい事が有るので、少し外に行きましょうか」

ドアに向かい歩き始める

「「「えっ、ちょっ!?」」」

美城「それでは、少しの間失礼しますね」


ドア<ガチャ

武内P「……どうしたんでしょうか」

ちひろ「た、多分、女同士じゃないと訊きづらい事とかが有ったんじゃないでしょうかね、アハハ……」

武内P「成る程、そうかも知れませんね」

ちひろ「アハハ……」

通路

未央「ちょ、どうしたんですか吉村さん?」

美城「いや、どうもしないさ」

未央「えっ……?」

美城「分からないのか?」

「「「……はい?」」」

美城「私が誰なのか」

未央「えっ、いや、吉村さん、ですよね……?」

美城「……はぁ」

未央「なんか呆れられてるっ!?」

美城「いや、落胆しただけだ」

未央「もっと酷かった!?」

美城「ほら、もっと良く見ろ。もう見慣れてる顔の筈だぞ」

未央「う~ん、そうかなぁ…」

美城「……」ジーッ

未央「……」ジーッ
卯月「……」ジーッ
凛「……」ジーッ

未央「……///」ポッ
卯月「……///」ポッ
凛「……///」ポッ


……なんだこの反応は

美城「で、どうだ」

未央「えっと……」

未央「美城常務…… ですよね?」

美城「そうだ。分かるじゃないか」

卯月「確かに髪型とか化粧は違ってますけど」

未央「基本的な顔の造りは同じだもんね」

凛「それに身長や声質もね」

未央「でも、一体どうしたんですか?」

美城「どうしたと言われても、既に武内君から経緯は聞いているのだろう?」

美城「その通りだ」

未央「……まさか」

美城「うむ。街を歩いていたら彼にスカウトされてな」

未央「ええぇ……」
卯月「ええぇ……」
凛「ええぇ……」

美城「面白そうだからそのまま事務所の人間に触れ回ってから、ネタバラしをする事に決めたわけだ」

未央「ええぇ……」
卯月「ええぇ……」
凛「ええぇ……」

美城「そういうワケだから、ネタバラしするまでは、私の事はヨシムラとして接してくれ」

未央「はぁ、分かりました」

未央「けど……」

美城「けど、なんだ?」

未央「あー…… その、プロデューサーって意外と打たれ弱…… じゃなくて繊細な人だから……」

……ああ、成る程な

美城「心配は要らん。やり過ぎない程度に抑えておくさ」

美城「……第一、化粧と髪型が少し違ったくらいで誰が誰だか分からなくなる様な輩が繊細なものか」

未央「……拗ねてる?」

凛「拗ねてるね」
卯月「拗ねてますね」

美城「なんか言ったか?」ギロッ

未央「いえっ!」
凛「なんでもっ!」
卯月「ありませんっ!」

美城「そうか。ならばいい」

美城「説明は以上だ」

美城「では、あの節穴お目々の阿呆の元へ戻るとするか」

未央「酷い言われようだっ!?」

美城「事実だからな」

美城「まぁ、あと数時間後には彼もそれを自覚するだろうしな」

美城「……ふふっ」

未央「……」
凛「……」
卯月「……」

美城「では行くか」



未央「……あのさ」

未央「なんで直ぐ常務だって気付かなかったのか分かった気がする」

凛「……うん、多分、メイクとか服装とかじゃなくてさ」

卯月「雰囲気が違っていたから…… なのかな? やっぱり」

美城「ん? どうかしたのか」

未央「あ、いえ、今行きます」

それからも

事務所に来るアイドルを片っ端から取っ捕まえては事情を説明し

美城「こんなところか」

二時間程でほぼ全てのアイドルにこの件を行き渡らせた

武内P「何か仰いましたか?」

美城「いえ…… そろそろお暇しようかと思いまして」

美城「結構な時間お邪魔してしまいましたし」

武内P「そうですか」

武内P「では、ご自宅まで車でお送りします。もしよれしければ、ですが」

美城「はい、是非お願い致します」

美城「あ、でも、途中で寄って頂きたい所が有るのですけど」

武内P「分かりました。お連れ致します」

美城「よろしくお願い致します」

公園


美城「態々すいません、少しお話がしたかったもので」

武内P「いえ、構いません」

武内P「事務所内では話し辛い事も在るでしょうから」

美城「そう言って頂けると助かります」

……とはいえ、どうするか

差しで話すところまでは来たが、ここからどう持っていけば……

あっさりとバラすべきか、出来るだけ引っ張ってからバラすべきか……

ううぅむ…… もっとバラエティ番組という物を見ておくべきだったかも知れん

武内P「……事務所はどうでしたか?」

美城「ん?」

武内P「長い時間ではありませんでしたが」

美城「え、あ、はい」

美城「結構、皆さん和気藹々としていて少し意外でした」

美城「芸能事務所というと、もっとギスギスとしたりドロドロとしているものだと思っていたので」

美城「皆さん本当に良い子なんだろうなぁ、と」

とは言え、もう少しギラついた貪欲さや狡猾さを持って欲しいと思わないでもないが……

……いや、無いな

やはり、彼女達にはそのままでいて欲しい…… というか、そのままでいられる様にするのが私の仕事だろう

武内P「そうですか」

武内P「確かに、皆さん穏やかで優しい方々なので、一般の方がイメージされやすい陰悪な雰囲気とは縁遠い事務所だと思います」

武内P「……ですので、どうでしょうか、また事務所に来て頂くというのは
先ずは事務所の雰囲気やアイドルがとういうものなのか知ってから決断をする」

武内P「即断即決という考え方も有りますが、そういった考え方もまた有ると思いますので」

武内P「何れにしましても、アイドルの道を志望されると仰るなら、全霊を以てお応えする所存です」

美城「……ふふっ」

武内P「!?」

美城「あっ、申し訳ありません」

美城「まさかここでもう一度勧誘されるとは思ってなかったので」

あと、イザとなったら饒舌な人間になるとも思ってなかったものでな

そして…… なによりも

武内P「失礼しました」

美城「いえ、素晴らしい熱意だと敬服しているんです」

……素直に

掛け値なしにそう思うよ

上司や組織の意向を突っ張ねてまで、自己の信念を突き通す

誰だって、本当は、心の奥深くでは、そんな人間で在りたいと思っている

指を指し、馬鹿だの浅慮だと嘲笑う人間達だって、本当は……

でも、本当に、そうであれた者がどれだけいたのか

絶対的な現実の前に、青き日に抱いた炎はいつしか燻り、そして消えてしまう

それが、人間というものだろう

それなのに、この男は……

どうして

美城「……一つ、訊いても?」

武内P「え、あ、はい。なんなりと」

美城「どうして…… 武内さんはプロデューサーをしてらっしゃるんですか……?」

武内P「……えっ?」

美城「プロデューサーという仕事に、どうしてそこまでの熱意を燃やせるのか」

美城「貴方の情熱を掻き立てるものとは、一体なんなのか」

美城「お訊きしても…… よろしいですか……?」

武内P「……」

武内P「……正直、明白な答えは、自分でも分かっていないのかも知れません」

武内P「……ですが、もしかしたら」

武内P「……最高の笑顔が見たいが為にやっているのかも知れません」

美城「最高の…… 笑顔?」

武内P「アイドルのプロデューサーと、レーシングチームのチームスタッフは、業種は違えど似通っていると、私はそう思っています」

美城「……へっ?」

武内P「アイドルのプロデューサー同様、レーシングチームのチームスタッフもまた」

武内P「所属するドライバーを勝利させる為」

武内P「出来る限り最高のトレーニング環境を提供し、出来る限り最高の車を用意し、考え付く限り最高の戦略を練って」

武内P「ドライバーを戦場へと送り出します」


武内P「……確かに、戦いの勝敗を、表彰台に上るか否かを決めるのは」

武内P「ドライバー自身です」

武内P「決して、ドライバー以外の何者かが決めるものではなく、また、決めてよいものでも有りません」

武内P「ですので、どんなに力を尽くそうとも、どんなに背中を押そうとも、詰まるところ彼らは裏方であり」

武内P「決して、表彰台に立つ事も」

武内P「トロフィーを掲げる事も有りません」

武内P「……ですが」

武内P「それでも、彼らは全力を尽くします」

武内P「己の全てを、一人の男に注ぎ込みます」

武内P「それはきっと、日々の糧を得る為だけではなく……」

武内P「チームの看板の為というだけでもなく」

武内P「スピードの世界に全てを賭した一人のその男に、表彰台を上って欲しいと」

武内P「表彰台の頂上で、誇り高くトロフィーを掲げて欲しいと」

武内P「そう、自分の心が、熱く強く希求したからなのではないかと、私はそう思っています」

美城「……それは、君も同じだと?」

武内P「……はい」

武内P「今までは、プロデューサーという存在は、アイドル自身の為にその職務を全うする者だと考え」

武内P「その考えの元、職務を遂行して来たつもりでした」

武内P「……ですが、本当のところは」」

武内P「彼女達の、最高の笑顔が観たいが為に」

武内P「彼女達の夢が叶ったその時の、その笑顔が観たいが為に」

武内P「私はプロデューサーとしての職務を遂行してきたのではないかと思います」

美城「……彼女達の為だけではなく、自分の為に」

美城「だからこそ、全力を傾けられる」

美城「自分がそれを観たいから…… か」

美城「……それが貴方の情熱の源泉であり、プロデューサーをしている理由?」

武内P「はい。余りにも利己的で恐縮ですが」

美城「……いえ、武内さんがなんと思おうとも」

美城「貴方のその行為は、献身と呼ぶに相応しいものだと、皆さんそう思っている筈ですよ」

武内P「……お気遣い感謝致します」

美城「本音ですよ」

美城「そう思っていなかったら、誰も貴方に付いて行きはしないでしょう?」

私自身、その実直で純粋なところに関しては、敬服しているわけだしな

武内P「そうなんでしょうか」

美城「そうに違い有りませんから、もっと自信を持ってください」

武内P「……ありがとうございます」

美城「いえいえ」

武内P「……申し訳ない事をしてしまいました」

武内P「自分の事ばかり、長々と話してしまって」

美城「いえ、お訊きしたのは私の方ですから」

美城「……それに、お話を聞けて本当に良かったと、思っていますから」

武内P「……ありがとうございます」

美城「ただ、ついでと言ってはあれですが、もう一つよろしいですか?」

武内P「え、はい」

美城「では」

美城「先ほどの話を鑑みると、私をアイドルに勧誘したのは」

美城「私の笑顔が観たいから」

美城「そう考えてもよろしいんでしょうか?」

武内P「……えっ?」

美城「どうなんですか?」

武内P「あ、は、はい」

武内P「吉村さんは気を悪くされるかも知れませんがそう受け取って頂いても特には差し支え」

美城「んー、もっとハッキリとダイレクトに」

武内P「は、はい」

武内P「その…… 吉村さんの笑顔が観たいから…… です」

美城「んー、もっと大きな声で」

武内P「……えっ、あの」

美城「んー?」

武内P「……」

美城「……」


武内P「で、ですから! 貴女のっ、笑顔が観たいからです!!」





美城「へぇ…… そうでしたか……」ニヤァ




武内P「……え?」

美城「いえ、武内さんの本心が聞けて良かったなと」

武内P「そ、そうですか」

……さて、もうこの辺にしておくか

美城「そろそろ行きましょうか、武内さん」

武内P「そうですね」

美城「ただ、その前に化粧直しをしてきたいのですが」

武内P「あ、はい、お待ちしておりますので」

美城「すみません、直ぐ済みますので」

美城「失礼致しますね」

公園化粧室内


美城「まぁ、こんなものか」

服装は兎も角、髪型と化粧は勤務時のそれと同じに出来た筈……

しかし

美城「……うーむ」

人違いに見える程の変化の度合いが在るとは思えんのだが……

やはり、阿呆の上に節穴だということか

……まぁ、私が嘆いても詮ない事か

それより今は、ネタバラしだな

なんとか彼に気付かれずに近付いて、話し掛けたいのだが……

……取り敢えず、覗いてみるか

そう思い立つと、私は手洗いの出入り口まで移動し、そっと外の様子を探ってみる

美城「……いけそうだな」

幸い、彼が座るベンチはこの手洗いに対して背を向ける様に設置してある

つまり、気付かれずにここから出さえすれば、彼の後方から近付く事が出来るという事だ

距離もそう有る訳でもない

美城「……行ってみるか」

そう心に決め、そろりそろりと私は歩き始める

美城「お待たせしました」

気付かれる事なく彼の背後にまで近付いた私は、そう言いながら彼の隣に座り

彼もまた

武内P「いえ」

そう言って、ゆっくりと、私に顔を向け

そして

武内P「……えっ?」

固まった

武内P「……………………………………………」

美城「どうかしたのか?」

武内P「……まっ、まさかっ」

美城「こわーい上司でも現れたのかね」

美城「た け う ち クン」ニヤァ

武内P「常務ぅぅぅぅぅーーーっ!?」

武内P「なななっ、一体っ、どうしてっ!?」

美城「……ふふっ」

武内P「……!?」

美城「はあっはっはっ―――」

―――――――――
――――――
―――

―――
――――――
―――――――――

美城「……ふう」

美城「こんなにも声を上げて笑ったのは人生初だな。間違いなく」

武内P「……」

美城「フフッ」

美城「いかん、さっきの様子を思い出すと吹き出してしまいそうだ」

武内P「……」

美城「……そう睨むな。笑い過ぎたとは思っている」

武内P「……睨んでいるつもりはありません」

武内P「ただ、今回の件は一体どういう事なのかお訊きしたいだけです」

美城「どういう事と訊かれても」

美城「君にスカウトされたから付き合ってやっただけなんだが?」

武内P「う゛っ」

美城「突然君からアイドルやりませんかと言われた時には、驚きの余り言葉を失ってしまったよ」

武内P「う゛っ」

美城「下らんお遊びの類いかとも思ったが、君は本気そのもので、しかも、時間が経ってもまるで気付きもしない」

美城「あれかね? もしかして、君は自分の上司の顔を、ビタ一文足りとも憶えていないという事かね?」

武内P「いっ、いや! その様な事は決して……! 本当に……!」

美城「……プッ」

美城「ふふふっ」

武内P「じょ、常務……?」

美城「冗談だよ。そんなビク付かなくてもいい」

美城「君は忘れているみたいだが私は今日、休日なんだ」

武内P「……あっ」

武内P「それで格好がいつもと……」

……千川君もそうだったが、私という人間は、何時如何なる時も勤務時のあの格好をしていると思われているのか?

もう少しバリエーションを増やすべきか……?

武内P「常務……?」

美城「いや、なんでもない」

美城「とにかく、折角の休日にまで上司面をして小言なんて言うつもりはないさ」

美城「そもそも、私自身は今回の件で某かの不利益を被ったわけではないのだからな」

美城「それに君だって悪気が在ってしたわけではない」

美城「ただ自分が遣るべき職務の一つを遂行しただけだ」

美城「よって、君に懲罰を与えよう等とはさらさら考えてない」

美城「安心したまえ」

武内P「……寛容な措置に感謝致します」

美城「いや、礼を言われる程の事ではないさ」

美城「寧ろ、退屈な休日を刺激的で有意義な休日に変えてくれたと、君に感謝したいくらいだ」

武内P「……?」

美城「例えば…… そうだな」

美城「君からの情熱的な口説き文句の数々」

美城「嗚呼…… あれは本当に刺激的だったよ」

武内P「……えっ?」

美城「『私の目には、若く、そして美しく魅力的だと、そう映っている』だとか」

武内P「グハァッ!?」

美城「『貴女の笑顔が観たいからです』だとか」

武内P「グゥォッッ?!」

美城「普段の君からは考えられない程に、情熱的かつ激しい言葉で、もう忘れられない程だよ」

美城「……なぁ」

美城「た け う ち クン」

武内P「……」

美城「……?」

武内P「……」

美城「……おい」

武内P「……」

美城「し、死んでる……!」

武内P「生きてます……!」

美城「おお、そうだったか」

美城「みるみる内に顔が青白くなっていったから、つい昇天したのかと」

武内P「単に気が遠くなっただけです」

武内P「絶対に渡してはいけない言質を、絶対に渡してはいけない相手に渡してしまったと」

武内P「そう思った瞬間、血の気が引いて意識がフワッと遠くへ」

美城「……奇遇だな。私も君にスカウトされた時には気が遠くなったものさ」

武内P「誠に、すみませんでした!」

美城「ふふっ」

美城「まぁ…… でも、悪い気はしなかったよ」

美城「あんなにも真っ直ぐで真剣な言葉……」

美城「人生で、そうそう在るものじゃない」

……少しの気恥ずかしさは在ったが、本当に

……うん

悪くなかった

武内P「……常務?」

美城「……いや、なんでもない」

美城「ただ、彼女達が君に信頼を寄せる理由の一端を理解出来たと、思ってな」

武内P「……そうでしょうか」

武内P「自分の上司を上司と気付かない」

武内P「そんな男、とても皆さんのっっってぇ!?」

美城「!?」ビクッ

美城「な、なんだ一体?」

武内P「そ、そうでした!」

武内P「皆さんはどうだったんですか……!?」

美城「いや、もう少し分かりやすく言ってくれ」

武内P「ですから……! 事務所の皆さんは、美城常務だと気付いたのでしょうか……!?」

美城「……ああ、成る程」

美城「それは勿論……」

武内P「勿論……?」ゴクリ

美城「全員気付いたに決まっているじゃないか」

それなりにヒントは与えたがな

武内P「ああぁ……」

美城「当然だろう? 毎日の様に顔を会わしている相手だぞ」

武内P「ぐっ」

美城「ワケを話したら皆一様に」

美城「ええぇ……」

美城「と、なんとも言えない顔でそう言葉を漏らしていたよ」

武内P「ううっ」

美城「まぁ、つまりもう事務所中に知れ渡っているという事だな」

美城「君は、自分の上司を上司と分からぬままアイドルとしてスカウトした、恐らく世界初のプロデューサーであるという事が」

武内P「……」

武内P「……」

美城「二度も死ぬんじゃない!」

武内P「い、生きてます」

武内P「……生きては、いますが」

武内P「……」

生ける屍といったところか

武内P「……これから、どうやって事務所に帰れば」

美城「車で、だろう?」

武内P「……」

美城「悪かったよ。そう睨むな」

武内P「睨んだつもりはありません」

武内P「ただ…… これからの事を考えると……」

武内P「……はぁ」

美城「深刻に考えすぎだ。武内君」

美城「所詮は笑い話じゃないか」

武内P「私には…… そうは思えません」

武内P「プロデューサーとしての資質を疑われて当然の失態としか……」

美城「……ふぅ」

美城「少なくとも…… 彼女達はそんな事は思ってないさ」

美城「なんたって」

美城「『余りやり過ぎないでくださいね』」

美城「等と、私に対し忠言をしてきたのだぞ?」

武内P「皆さんが…… 美城常務にですか?」

美城「ああ、君の為なら、たとえ恐ろしい相手だろうと物を言える」

美城「これは、しっかりとした情と信頼が、彼女達には在るという左証じゃないのかね?」

武内P「……」

美城「君はもっと自分を、自分がやってきた事を、信じてあげるべきだな」

美城「君が彼女達を信じる様に、自分自身も」

武内P「……はい」

武内P「ありがとうございます」

美城「まぁ、暫くは笑いのネタにされるだろうが」

武内P「えっ?」

美城「私も事在る毎にネタにするつもりだ」

武内P「ちょ、あの」

美城「そこは甘んじて受け入れるんだな。それだけのボケをかましたのだから」

武内P「はい……」

美城「それに、良い機会だ」

美城「君のそのお堅い印象も、今回の失敗談のお陰で薄まるかも知れない」

武内P「お堅い……」

美城「ああ、お堅いな」

美城「しかし、お堅い割に抜けている処が有るというのも興味深いな、君の場合」

武内P「……? それは一体?」

私の言葉に対し、彼は怪訝な表情を浮かべながら言葉を返し

美城「ああ、それはな――」

そう言いつつ、私は結っていた髪をパサリと解き

そして

彼のネクタイにゆっくりと両手を伸ばした

武内P「……?」

一瞬、怪訝な表情を浮かべるものの、心当たりを思い出したのだろう

若干恥ずかしそうに目を反らながら、彼は背筋を伸ばした

武内P「すいません、常務。また、手を煩わさせてしまって」

美城「また、ですか?」

美城「武内さんのネクタイを直させて頂くのはこれが初めてですけども」

私の言葉に再び怪訝な表情を浮かべるものの、本当の意図を察したのだろう

武内P「……そうでした。吉村さん」

武内P「だらしがない姿をお見せして、恥ずかしい限りです」

彼にしては珍しく、少し弾んだ声で言葉を返した

美城「いえいえ、これくらい誰でもしてしまうものですよ」

美城「ですけど、やっぱり、もう少ししっかりとして欲しいかも知れませんね」

そう言って、私は彼の少し曲がったネクタイを正し、そっと手を離す

そして

美城「私がアイドルになるのなら、武内さんにプロデュースしてもらうんですから」

美城「ですよね? プロデューサーさん」

にこやかに微笑み掛け

武内P「……はい!」

武内P「その時が来たら、全身全霊を持ってプロデュースさせて頂きます」

彼もまた、笑みを浮かべた

朴訥で少しぎこちない、けれどもどうしてか温かい笑みを

美城「……」
武内P「……」

それから私達は、数秒程見詰め合い

美城「……っく」
武内P「……っふ」

吹き出し

「「ははははっ」」

笑い始めた

ケラケラと、子供の様に

これまで彼に憶えていた手前勝手な蟠りや
いつの間にか大きく、凝り固まっていた下らない自負心が

静かに融けて消えて行く

そんな不思議な気分に心を遊ばせながら

彼と私は、子供の様に笑い合う

美城「……ふぅ」

漸く笑いも収まり、私はゆったりと息を吐くと

美城「なあ、武内君」

美城「今度、飲みにでも行くか」

そんな言葉を口にした

数時間前までは考えもしなかった、自分でも意外な言葉を

何の気負いも打算もなく、ただ極自然に

私のその言葉は彼にとっても意外なものだったのだろう

武内P「……」

数瞬ほど驚いた様に目を瞬かせ

しかし、次の瞬間

武内P「はいっ! 是非行きましょう」

彼にしては珍しく、声を弾ませそう返し

そんな彼の反応が無性に面白く、そしてどうしてか嬉しく思えて

らしくもなく

美城「ああ、その言葉、忘れるんじゃないぞ」

私もまた柄にも無く、声を弾ませ応えてしまうのだった

それから私は

美城「さて、そろそろ本当に帰るとするかな」

と、口を開いた

時刻はもう夕方

頃合いだろう

私がそう告げると

彼は

武内P「お送り致します」

と、気遣ってくれたのだが

美城「……いや、いい」

美城「君もこれから忙しくなる時間だからな。これ以上拘束しておくわけにいかないさ」

彼の提案を辞退した

すると彼は首に手を当て

武内P「……」

無言のまま心配そうに私に見詰めた

そんな仕草に私は笑いそうになるのをどうにか堪え言葉を続ける

美城「そう心配そうな顔をするな」

美城「私の自宅はここの近くなんだ。時刻もそう遅いわけでもないしな」

安心させるように敢えて鷹楊に

美城「……それに、今日はぶらぶらと歩いて帰りたい気分だ」

そう、どうしてか、今の私はそんな気分になっていて

彼もまた私の言わんとしている事を感じ取ってくれたのだろう

武内P「……はい、承知致しました」

武内P「なんとなくですが、私にもその気持ちが理解できますので」

そんな台詞を返してくれた

美城「……そうか」

武内P「はい」


そして私は

美城「それじゃあ、失礼するよ」

簡潔な挨拶を告げ、彼と別れ歩き出した

今日という日はらしくない言動ばかりを採ってきた

だからこそ、最後くらい私らしくいたかったから

……なんてな

本当は、ただ気恥ずかしくなっただけ

余りにも、今日の私は私らしくなかったから

せめて最後くらいはと、格好を付けただけ

……情けない

けれど…… 不思議と、悪い気は……

美城「ふう……」

足を止め、何の気なしに沈み行く夕日に目を向ける

……思えば、こう夕日をゆったりと眺めるのは、本当に久しぶりな気がする

本当に……

地平の彼方に消え行く太陽

それは人の心に言い知れない寂しさや空しさを喚起させる

洋の東西、古今を問わず
誰の心にも、きっと、そう

美城「……らしくない」

それは、今の私にも例外ではなかったらしい

どうしてか、私の心には、ほんの僅かな寂寥感が確かに在って

感傷なんて……

らしくない

けれども、らしくないのはそれだけではない

確かに、心の中には少しの寂しさが生まれたが

同時に

わくわくとした高翌楊感がそこには在って

……そう

私はあの夕日に、一日の終わりではなく、明日の始まりを見ているのかもしれない

夏休みの子供の様に
明日という日に心を躍らせる子供の様に

本当に

美城「らしくない……」

静かにぼやいて、私はまた歩き始めた

けれども…… 悪くない……

心の中でそんな呟きを澪しながら

夕日に染まるこの道を、ぶらりぶらりと歩き始めた

今日の余韻に浸りつつ

明日という日へ思いを馳せて

私はゆっくりと、家路に就くのだった

後日・事務所内

美城「だから、そんな保守的でどうする……!? もう少し新しい物に挑戦する気概を養うべきじゃないのかね……!」

武内P「いいえ……! このケースでは無難な物を選ぶべきです……! わざわざ得体の知れない物を選ぶのは余りにも危険かと……」

美城「なんだと……!? アボカドシュリンプが得体の知れない物だと?」

武内P「はい。正直に言えば」

美城「……ふん」

美城「君のモッツァレラのマルゲリータなどという面白味の無い選択肢よりは期待できると思うのだがな」

武内P「私は別にピザに対して面白さは求めていませんので」

武内P「そもそも常務もアボカドシュリンプとやらは食べたことがないのでしょう?」

武内P「それなのに期待できると言い切るのは如何なものかと」

美城「……未知なる物への挑戦こそが人類繁栄の原動力」

美城「言い換えれば、挑戦を捨てた人間に未来はない」

美城「違うかね?」

武内P「やらなくてもよい挑戦も在ると思いますが」

美城「……」

美城「……臆したか」

武内P「残念ですが、私は常務の様に蛮勇とも言える程の勇気は持ち合わせていないもので」

美城「……ほぅ」

美城「蛮勇……」

美城「そうか……」

美城「……ふふ」

武内P「……?」

美城「いやぁ…… あそこまで勇ましく、情熱的な口説き文句を放った人間の台詞とは思えんなぁ」

武内P「!?」

美城「見ず知らずの女を引っ掛ける程の勇気は何処へ行ってしまったのか……」

美城「いやぁ…… 残念でならないよ、武内クン」

美城「ああ、そうだ」

美城「あの時の君が言った台詞を、またここで口にしてみるのもいいかも知れないな」

美城「君の情熱がまた、甦るかも知れないからなあ」

武内P「それには及びませんっ実は私もアボカドシュリンプが食べたいと思っていましたのでっ!!」

美城「ん~? 無理してないかね?」

武内P「大丈夫です全くもって問題ありません挑戦する情熱も失っておりません今すぐ注文致しますのでどうかお待ちくだくださいどうかお願いします後生です」

美城「うむ。サイズはLを頼むよ、武内君」

武内P「イエスッマム!」

未央「なーんかさ、急に距離が近くなったよね。あの二人」

凛「……うん」
卯月「……そうですね」

未央「というか、柔らかくなったって感じかな? 二人とも」

凛「……うん」
卯月「……そうですね」

未央「ちょっと前まではさ、一緒にランチは勿論、あんな風にじゃれあうなんて絶対なかったのにさ」



「サイドメニュー? ではフライドチキンとポテトを頼もうかな」

「イエッマム!」



未央「じゃれてるっていうか、尻に敷かれてるっていうのが正確なんだろうけどね、はははっ」

未央「まぁ……」


ちひろ「……」ハイライトオフ


未央「その代わりでちひろさんの様子がちょっとおかしくなった気がするけど」

未央「でも、事務所内でギスギスされるよりかは断然良いもんね」

凛「……うん」
卯月「……そうですね」

未央「……?」

未央「もうっ、二人とも同じ単語しか言ってないじゃん」

未央「どうかしたの? しまむー、しぶり」

未央「……あっ」





凛「……うん」ハイライトオフ
卯月「……そうですね」ハイライトオフ



未央「うわー…… こっちもだったかー……」


おわり

常務ってネットではよく無能とか自己中ヒステリックパワハラといった評価をされてますけど
アイドル事務所のお偉いさんでありながら、アイドルに対して枕とか愛人とかの仕事を一切強要しない事を考えると
破格の人格者だと思うんです(無能ではないとは言ってない)

ちょっと前コカイン使用で捕まった女優兼声優さんの一件を見てそんな事を思いました

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