佐久間まゆ「未完成の中身」 (22)

今からまゆの話をしたいと思います

まゆという存在ができて、アイドルになって、アイドルを辞めた所までの話をしましょう

話そうと思った理由ですか?そうですね…

語るべき時が来たから、とでも言っておきましょう

いえ本当は建前を作っただけです、ただの暇つぶしに

では、話していきますね

一人の人の人生なので少々長くなると思いますが

よければ付き合ってくれると幸いです

佐久間まゆが佐久間まゆとして生きてきた軌跡を

しっかりと見届けてください

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佐久間まゆ、それがまゆの名前

両親が常に変化し続ける人になれと

そう願って付けた名前

この名前が付けられた理由

それを説明するにはまゆの知らない

まゆの姉について語る必要があります

まゆのお姉さんの名前は茅蜩という名前でした

茅蜩お姉さんはそれはそれは美人で有名だったそうです

美人で、秀才で、けれどもそれをまったく鼻に掛けず誰にでも親切に接し

誰からも信頼を寄せられていたそうです

ここまで話してきて察しの良い方はもう気づいていらっしゃると思います

そう、もう茅蜩お姉さんは亡くなっています

茅蜩の名に相応しく七歳の誕生日を迎えた後ふっとその魂を散らしたそうです

お姉さんについてのことをすべて過去形で話しているのは、まゆがお姉さんについて何も知らないからです

いえ、何も知らないというのは嘘ですね

よく、よく知っています

まゆの人生の前に常に存在してきたのですから

まゆは昔学校の宿題で自分の名前の意味をお父さんとお母さんに聞きました

そしてこう答えて貰いました

まゆと名付けたのは常に変化し続けて欲しいから、決して完成しないで欲しいから

そう、答えて貰いました

普通の人なら不快に思ったかもしれません

ですがまゆはしっかりとその両親が付けた名前の意味を理解しました

両親は茅蜩お姉さんが死んだのは完成してしまったからだと思っているのでしょう

だから未完成の象徴である繭を名前に付けたのでしょう

永遠に完成することがなく永く生きて欲しいという両親の切実な願い

まゆはその願いを心に刻み生きてきました

だからでしょうか

まゆはよく欲がないねと言われました……駄洒落ではないですよ、極めて真面目な話です

こほん、話を戻しましょう

欲がないと言われてもまゆは作り物の人形ではおりません

眠くなりますし、お腹が空きますし、性欲だってあります

ただ、それが、限りなく薄いのです

自分自身の欲求、それが限りなく薄かったのです

だから、欲しいものはほとんどありませんでした

あったとしても手に入れて、直ぐにガラクタにしてしまっていました

だからまゆは自分の欲を出すことをほとんどやめてしまいました

まゆが古着を好んでいたのもこの影響です

影響と言うのは少しおかしいですね

こだわり、そんな言葉が適切だと思います

一度は誰かに必要とされたものの、飽きられ売り払われた他人の欲の絞りかす

そんな残り物で繭の材料を作る行為はとても楽しい行為です

この行為をしている時にまゆは自分に与えられたこの名前を名乗れる

そんなとんちんかんなことも考えていましたね

もう、昔の話ですけど

そういえばまゆがあの人に初めて会った時は、まるで生まれ直したかのような不思議な感覚を感じましたね

まゆから羽化するためにはあの人が必要だと、そう感じたんです

あの人からそういわれたのかって?

残念ですがそんなことはありませんでしたねぇ…あの人は口下手な人ですから

でもいいんです

口には出さなかったですけど、あの人の目はしっかりとまゆが必要だ、と語りかけてくれましたから

だから東京にも出てこれましたし、モデルだって辞める選択が出来ました

本当にあの人には背中を押されっぱなしでしたね

ああ、また話がそれてしまいました

何を話していましたっけ?

ああ、そうです、お姉さんの話でしたね

といっても、もう語ることなど殆どありませんけど

そうだ、一つ言っていなかったことがありました

お姉さんはとても歌が上手かったそうです

よくテレビのアイドルと一緒に歌っていたそうです

東京にアイドルになりに行くことに特に反対されなかったのは、そんな背景があったからかも知れませんね

今となってはもう、どうでもいいことですが

お姉さんのことは大体語り尽くしたかしら

そろそろ、まゆ自身の話をしていきましょうか

まゆはプロデューサーさんに拾ってもらってからとても、とても頑張りました

辛いレッスンも、長く苦しい下積み時代も、アイドルとして一人前だと

プロデューサーさんに認めてもらうために、見初めてもらうために、すべてはそのために

そのためだけに「アイドル」の佐久間まゆは存在していたんです

そしてまゆは見初められました、選ばれました、彼だけのシンデレラに

「プロデューサーさん、気づいているんでしょう」

「何のことだい?」

「私があなたのことを慕っているということです」

「そうだね、まゆの目から伝わってくる物はほかの子とは違うことには気づいていたよ」

「なら―――」

「付き合ってほしいって?」

「…はい」

「それは駄目な事だとわかっていても?」

「私は…私はもしあなたと始まることになって、その代償として全てを捨てなければならなくなったとしても」

「かまわないと、そう…強く言えます」

「そうか…」

彼はほほえみ、優しく、そして力強く私の左手を取り―――

そこからはとても幸せな時間が続きました

続きすぎてしまったんです、ええ

彼との関係は自分でも言うのが恥ずかしいぐらいプラトニックなものだったのですが

油断をしてしまったんです、プロ失格ですね

最も、彼とつきあっている関係でプロとは到底呼べませんが

「ばれちゃったなあ」

「ばれちゃいましたねぇ」

「どうしようか?」

「どうしましょうか…」

このときは二人とも酷く情けない顔をしていましたね

「まあ、なんとかしようか」

彼はぽつりと、そう言いました

「なんとかなるんですか?」

私は聞き返しましたが

「…なんとかはならないだろうね」

そんな彼の言葉にくすりと、笑ってしまった

「そうだろうと思ってました」

火消しが失敗してからは寮から出られず、彼にも会えない生活が続きました

まゆもさすがにこの状況は堪えましたね

中も、外も、視線だらけ

様々な視線が感情と共にまゆの心を突き刺していきました

嫉妬の視線は快感を覚えることはなくなり虚しい気持ちを募らせるばかりになっていきました

ああ、虚しい、虚しい、虚しい

なぜ世界は愛を認めてくれないのか

なぜ愛を育ませてくれないのか

なぜ、なぜ、なぜ―――

夢を見る時間はもう尽きました

永遠に夢を見られる時間など存在しない

夢は少女じゃなければ見られない

少女は無垢でなければならない

無垢であるためには無知でなければならない

私は、まゆは知ってしまった

もう無知ではない

無知であることに耐えられませんした

もう夢はおしまい

夢という名前の繭から出るときが来た

世界に、現実に立ち向かわなければいけない

もう大人なんだから

歩く 歩く 歩く

永遠にも感じられるこの道を

結局まゆは完成することはできませんでした

欲しいもの全てを手に入れたというのに

まったくお笑いですね

部屋に入ると光り輝くフラッシュと尽き刺さる視線が私に向けられた

私は真っ直ぐ先を見据え

「初めまして、佐久間まゆです」

左手首にリボンはもう巻けない

終わりです

なぜ、彼女はまゆという名前をもって生まれたのだろう

そんなことを考えながら書きました

楽しんでいただけたらうれしいです

20さん
「ひぐらし」であっています
申し訳ありません

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