居酒屋娘「らっしゃい、久し振り」 (22)

男「前に来たのはたったの1週間前だよ」

居酒屋娘「十分長い。毎日来なよ」

男「そんな贅沢出来ないよ。まだまだ新人なんだから」

居酒屋娘「会社勤めは大変だね」

男「どうだろうね。…今日は、おやっさんは?」

居酒屋娘「一昨日から旅行。全く、店のこと全部私に押し付けてからに…」

男「相変わらず自由な人だな」

居酒屋娘「自分勝手って言うんだよ」


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男「今日は俺の他に客はいないんだな」

居酒屋娘「今日も、だよ」

男「……ま、いいんじゃない。そういうのも」

居酒屋娘「フォロー下手くそか。…で、どうする?生でいい?」

男「いや、今日は車だから…それじゃラムネで、2本ね」

居酒屋娘「ん。……2本?」

男「ん、2本」

居酒屋娘「はい、どうぞ」

男「ありがと。それじゃ、はい」

居酒屋娘「…何?」

男「こっち、お前の分。乾杯」

居酒屋娘「……ん、ありがと」

男「…………〜っぷはぁ!…やー…染みる」

居酒屋娘「……っぷは。…おっさんくさいよ」

男「まぁそう言わず。ズリと皮、それからハツ。2本ずつお願い」

居酒屋娘「飲み終わってからね」

男「ここで社会人として働き始めたのって何年前だっけ」

居酒屋娘「今もただの家の手伝いだよ。…高校卒業してからは、4年間くらいかな」

男「4年間でよくそんな手慣れたもんだな」

居酒屋娘「ここの手伝いは生まれてからずっとやってる。知ってるだろうに」

男「もう20年以上の付き合いだもんな」

居酒屋娘「お前とこの店がな」

男「俺とお前もだよ」

居酒屋娘「…………まぁ、一応ね」

男「そういえば、じぃやは元気?」

居酒屋娘「親父と一緒に旅行行くくらいには。全く、何が隠居だか」

男「じぃやが厨房に立たなくなって6年くらい?未だに慣れないな」

居酒屋娘「代わりに私が忙しくなるんだ。勘弁してほしいよ」

男「いいじゃないか。じぃやのは勿論だけど、お前の料理も美味いよ」

居酒屋娘「そりゃどうも。ハツとズリと皮、お待ち」

男「この刺身は?」

居酒屋娘「私の分」

男「あ、そう…」

男「…懐かしいよなぁ」

居酒屋娘「急にどうしたの」

男「…いや、昔のこと思い出してな」

居酒屋娘「…昔、ねぇ」

男「親が言うには、俺が生まれた日に病院を出たその足でここに来たとか」

居酒屋娘「ああ、聞いたことあるよ。他の客に渡して自分達は飲めや騒げやの好き放題」

男「おまけに閉店時間完全無視の朝帰り。俺の人生で一番騒がしい日が初日に決定したレベルらしいな」

居酒屋娘「覚えてないのに昔の思い出とは、また適当だな」

男「一方その頃お前は?」

居酒屋娘「まだ生まれてないって。知ってるだろうに」

男「んで俺が1歳の時」

居酒屋娘「私が産まれて」

男「やっぱり飲めや歌えやの大騒ぎ」

居酒屋娘「私も生まれた日に鼓膜が危機に晒されたらしい」

男「その時俺はやっぱり他の客の手元だ」

居酒屋娘「私もね」

男「帰りに俺の親父が轢かれたってのがオチだな」

居酒屋娘「すぐさま病院に逆戻りってね」

男「枝豆と山芋のサラダ、それからバラ」

居酒屋娘「はいよ」

男「…幼稚園児の頃は、この店の何もかもがでっかく見えたもんだ」

居酒屋娘「あの頃はよく一緒に水槽に貼り付いてたね」

男「でっけぇ魚だなって。何だろうなって」

居酒屋娘「クジラじゃないかなって、2人で盛り上がって」

男「刺身用のイカ。」

居酒屋娘「よくクジラに見えてたもんだよね」

男「泳いでりゃ全部クジラだったなぁ、あの頃は」

居酒屋娘「で、そこ泳いでるイカは?」

男「醤油焼き」

居酒屋娘「はーい」

男「小学生の時、俺が酒飲んでさ」

居酒屋娘「あれは最悪だったよホント」

男「ごめんて」

居酒屋娘「怒ってないよ」

男「なら良かった」

居酒屋娘「勝手に気分悪くなってこっちの顔面にゲロぶちまけたことなんて怒ってない。ホントに」

男「ごめんって」

居酒屋娘「時効ってことにしといてあげる。はい枝豆、サラダ、バラ」

男「そのイカ刺は?」

居酒屋娘「私の分」

男「刺身好きね。知ってるけど」

男「中学生の頃からだっけ?店の手伝い始めたのって」

居酒屋娘「そうね、そんくらいだったかな」

男「聞いたことなかったけど何で手伝いなんて始めたんだ?部活とか入れば良かったのに」

居酒屋娘「お前が私の料理が美味いって言ってくれたから」

男「えっ」

居酒屋娘「何だよ、悪いか」

男「え、あ、いやごめん、覚えてない」

居酒屋娘「そりゃ嘘だからな」

男「おい」

いい雰囲気

期待
ハッピーエンドだといいな

男「高校の時に一時期、店の手伝いしてなかった時期あったよな」

居酒屋娘「思春期だったからな」

男「おやっさんがいやだった?」

居酒屋娘「それもあったけど…お前に会うのも気恥ずかしくってさ」

男「そりゃ見事なまでに思春期で。…でも1年くらいでまた手伝いだしたよね」

居酒屋娘「店の手伝いしてないと、店に来たお前に会えないだろ」

男「……なるほど」

居酒屋娘「…納得するなよ」

男「そういえば、今の話で思い出したけどさ」

居酒屋娘「ん」

男「あの頃、おやっさんから相談受けたことがあってさ」

居酒屋娘「…はい、イカの醤油焼き」

男「ありがと。…んで、その内容なんだけどさ」

居酒屋娘「知ってる。前も聞いたよ」

男「あれ、話したっけ」

居酒屋娘「『どうして彼氏を作らないのか』でしょ、余計なお世話だ」

男「でも本当、何で彼氏作らなかったの?引く手は数多だったろうに」

居酒屋娘「…別に。お前以上に好きになれそうな奴がいなかったってだけだよ」

男「…そっか、なるほどなるほど…」

居酒屋娘「…だから納得するなっての…」

居酒屋娘「お前はどうなんだよ」

男「何が」

居酒屋娘「…恋人」

男「ああ…あんまり欲しいって思ったことも無いな」

居酒屋娘「へぇ、そりゃまた無欲なことで」

男「…まぁ、何というか、お前がいるからな。それで十分だ」

居酒屋娘「……次の注文は?」

男「そう急かさないでくれ、ゆっくり食べる派なんだよ」

居酒屋娘「知ってるよ」

男「ん…じゃあ、フライドポテト」

居酒屋娘「…了解」

男「…お前って居酒屋と関係無いメニュー頼むとちょっと怒るよな」

居酒屋娘「別に。怒ってないよ」

男「お前の飯はちゃんと美味いから安心しろよ」

居酒屋娘「……別に、そういうこと言ってるわけじゃ…」

男「……………」

居酒屋娘「……………」

男「……お前が初めて俺に食わせた料理、覚えてるか?」

居酒屋娘「……覚えてない」

男「あの味、今でも忘れられなくてさ。正直、ここに来てる理由の一つですらあるんだよ」

居酒屋娘「…そんな特別なもの作った覚えはないよ」

男「俺にとっちゃ人生で一番特別なものだったよ」

居酒屋娘「そんなに美味かったのか」

男「いや、味が良かったわけじゃない。むしろ悪かったよ」

居酒屋娘「悪かったな、不味い飯で。ほらよフライドポテト」

男「怒るなよ、昔の話だ。…見た目は悪い。味も良くない。…でも、食べる前からそれを好きになった」

居酒屋娘「…………」

男「…なぁ、俺の好きな料理知ってる?」

居酒屋娘「唐揚げだろ」

男「うん、パリッと揚がってて塩が効いてて、噛んだらジュワッとなるやつ。好きなんだよなぁ、あれ」

居酒屋娘「私は苦手だけどな」

男「知ってる」

居酒屋娘「下味付けるのが難しいし、油は跳ねるし」

男「あの時、手ぇ火傷してたもんな」

居酒屋娘「…どうやってもパリッと仕上がらないし、すぐに焦げるし」

男「黒焦げだったもんな、最初は唐揚げって気付けなかった」

居酒屋娘「……変な味になるし、中の肉は変に硬くなってるし」

男「作りたてだったのになんかふやけてる風になってたな」

居酒屋娘「………あれから10年以上経ってるのに……一向に上達しないし……」

男「何でだろうな、他の料理は凄く美味しくなったのに、唐揚げだけはあの頃のままだ」

居酒屋娘「パリッとしてないし、塩加減は適当、変に固いし、肉汁なんて以ての外」

男「…全く、不思議だよな。…俺の好みとはかけ離れてるのにな」




























居酒屋娘「…お待ちどう、こちら、唐揚げです」

男「あぁ、あの時と同じ、俺の大好きな唐揚げだ。


———いただきます。」




いい雰囲気だった

生まれた時から世話になってた居酒屋が、近いうちに畳むと言う話を聞いて。

ふと昔話をしていると、ずいぶん時間が経ったんだなと実感します。

それでは。

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