西住みほ「堕ちていくほど、美しい」 (633)

喪うことの多い生涯を送ってきました。

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子供の頃はまだ憧れだった偉大な姉も、歳がゆけば西住の名を背負う存在となり(それは仕方のないことですけれど)、母が私にもそうあれと望み、周りの者に比べられるようになってからは、お化けのような恐ろしい存在になってしまいました。

隊長の妹。西住流の娘。

名ばかりの七光りとはならぬようにと努力するうちに、愛してやまぬはずの戦車は鉄の檻のように感じられるようになり、私は不安に陥ってしまいました。

私の一生を決定的なものにしたのは、2年前の全国大会の決勝での一件です。

崖道を走行中に、後輩の乗るIII号戦車が川に滑落し、水没したのです。

私は我知らず、己の居るフラッグ車から走り出してしまい、結果として我が校は敗れ、10連覇は喪われました。

さて私が行ったからにはその者たちは助かったのかと問われれば、残念ながら、と言うほかありません。

III号に乗っていた後輩はみな死にました。

「西住先輩、西住先輩、助けてください」

そう言って沈んでいった、後輩の顔を忘れたことはありません。

伸ばした手をつかんだのに。

当然私自身も無事とはいかず、しばらくの入院を余儀なくされました。

敗けたこと、III号の後輩がみな死んだことは、病床で逸見さんから聞いたことです。

逸見さんは怒っていました。

というより、後輩を喪った気持ちと、敗けた口惜しさと、私への怒りが綯い交ぜになってやりきれなかったのだと思います。

逸見さんはあの時、フラッグ車の砲手でしたから、落ちてゆくIII号がよく見えたのです。

後輩たちがどんな思いで落ちていったかも、きっとわかったはずです。

病室を去る前、逸見さんは、お前が殺したんだ、と言いました。

それについては、私は何とも申し上げることはできません。

私は病床で、病でもないのに臥せったまま、無為に退院までの日を過ごしました。

尋ねる人は不在でした。

ぼんやりと天井を眺めるまま、私も死んでいれば、と思いました。

何を食べる気にもなれず、点滴の世話になりました。

1週間程度で、私はすっかり痩せました。

そうして退院するころには、まるで餓鬼のようでした。

やがて退院の日が来ました。

迎える人も、不在でした。

もしかしたら、姉が迎えにきてはくれないかと期待もしたのですが、戦車で来られでもしたら卒倒していたでしょう。

私はひとりで、わずかな荷物を傍に抱えて家路につきました。



家で私を待っていたのは、恥辱であり、面罵であり、地獄でした。


私が玄関先で何も言えないで、変にもじもじしているのを一瞥した母は、

「入りなさい」

と短く言いました。


暗がりを歩くようにおっかなびっくりと家に入る時は、とても敷居が高く感じられました。


眼前に座る母は、和室の戦車柄の襖も相まって閻魔様のように見えました。

その傍に座っている姉でさえ、まるで地獄の悪鬼悪霊と見まごうほど恐ろしく感じられるのです。

いつになく険しい顔で、一文字に結んだ口を開こうとはせず、私を睨んだままでいます。

「よくもおめおめと顔を出せたわね、この恥曝し」

おおかたそのようなことを言おうとしていたのか、はたまた私を労わる言葉をかけようとしてくれていたのかは、ついぞわからぬままになりそうです。

「何故フラッグ車を放って救助に行ったの」

「...え、っと」

「貴女が助けに行こうと行くまいと、どのみちあの子達は死んでいたわ」

「っ...ぁ」

「犠牲無くして勝利は得られないのです」

母が私の心臓に金槌を振り下ろしました。

私は眼の前が暗くなりました。

がくりと項垂れ、全身をわなわなと震わせることはできても、なお言葉は出ず、身体も動きません。

勝利のためならば、人死にさえ厭わないと言うのか。

それではまるで戦争ではないか。

できることなら、母の言葉を否定しとうございました。

できることなら、母の喉笛に飛びかかってやりたいところでした。

そうして何もかも葬り去ったのちに、火を以って西住家を灰にしてやろうとも思いました。

無論そんなことはできようはずもなく、唖のように黙り、瞽のように何も見ていない私を、姉が連れ出してくれました。



部屋で私は、ぼこられ熊を抱きしめて、固まっておりました。

声は出ず、ただ涙だけが頬を伝います。

姉は私を見下ろしているばかりです。

夢なら覚めてほしいと願いました。

しかしこれは天の道理が起こした運命なのだと気づかされ、私はどうしようもない虚無の思いを抱えざるを得ないのです。


お姉ちゃん、と声が漏れました。

痩せこけた心が絞り出した悲鳴でした。

待っていたのは、武士の情けでした。


「私はもう、お前の姉ではいられないよ」

あとのことは、もう覚えておりません。

気づけば、私は熊本の生家から、大洗に転がり込んでおりました。

戦車から逃げ出したのに、また戦車に追い込まれるとは、思いもよらない出来事でした。

今日はここまで。

またよろしくお願いします。

当事者達は「まさかこんな事になるとは」と思っても
傍から見れば「起こるべくして起こった」と分かる事柄

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