許嫁「……聞いていない?」 (1000)


男「夜分に家に来た見ず知らずの女の子に、玄関先で突然そんなこと言われても……」

許嫁「何も知らないって言うの?」

男「あ、ああ。何も分からない」

許嫁「ふうん、そう。なら、それでもいいわ」

許嫁「……」フゥ

許嫁「……私はあなたの許婚です。いずれ、あなたと結婚することになっています」

男(すっげー嫌そう)

許嫁「婚姻を結ぶ前に、新しい生活に慣れるため、これから一緒に暮らします」

許嫁「だから私はあなたの家に来ました」

許嫁「どう、これで理解できたかしら?」

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男「いやいや、何かの間違いじゃ……そんな話聞いたことがない」

許嫁「あなたがそれを言うの?」

男「え?」

許嫁「まあ、良いわ。理解しなさい」

男「とは言ってもですね、」

許嫁「ぐだぐだ言う前に確認を取ればいいでしょう!」

男(何で俺怒られているんだろう)


男「……分かりました。納得はしてませんが……」

男「ええ。では、何かありましたらまた電話しますので。……、よろしく

お伝えください」ピッ

男「……」

男「はぁー」

男「事実だった」

男「なぜいきなりこんなことに」

許嫁『ちょっと、何をグズグズしているのかしら? 確認は取れたの?』

男「何かの間違いであって欲しかった……」

きたい


男「どうやら間違いじゃないらしい」

許嫁「そう。だったらボサっと突っ立ってないでこの荷物を運ぶの手伝いなさい。顔も悪ければ頭も悪い男ね」

男(この女の態度は何か間違ってるだろ……確かに顔は可愛いが)ヨイショ

許嫁「ちょっと。もっと気をつけて運びなさいよ」

男(なんでこんな敵意丸出しなんだよ)ズルズル

許嫁「に、荷物引きずってるわよっ」


男「……財閥の一人娘?」

許嫁「そうよ」

男「どこかで聞いたことのある名だと思ったら」

許嫁「知らなかった?」

男「その財閥はもちろん知ってるが、さすがに一人娘までは……」

許嫁「ふうん、そう」

許嫁「では、あなたは格の違いを知るべきね。そもそも一般庶民が口を聞けること自体畏れ多いことなのよ」

男「すごいな……」

許嫁「呆けてないで。さ、早く部屋に案内なさい」

男(こんなのがご令嬢か……)


男「ここ今は誰も使ってないから」

許嫁「庶民らしく貧素な部屋ね」

男「嫌だったら高級ホテルにでも行きなさいよお嬢様」

許嫁「それができたらそうするわよ。私だって嫌々なんだから」

男「口ではそう言っても、身体のほうはどうかな……?」ガバッ

男「や、やめていきなり何をするのケダモノ! ひ、人を呼ぶわよ」

男「へへへ、ここは俺の城だぜ……呼んだって誰も来やしない」ジュルリ

男「い、いやああああ」キャー

許嫁「……何を一人でぶつぶつ言ってるの?」

男「ちょっと現実逃避」


男「しかし、気にならないのか?」

許嫁「何の話かしら?」

男「いくら俺が外見からも理解できるように、愛と誠に溢れている紳士だとしても、だ」

許嫁「いかにも軟弱かつ頭も弱そうで残念な容姿よ」

男「男の一人暮らしに同棲とは」

許嫁「もしも、よ。もしも私に変な真似をしてみなさい。……叩き潰すから」

男「た、叩き潰す?」

許嫁「死ぬまで人間らしい生活を送れないようにしてあげるわ」

男「……」

男「一つ質問、いいか?」

許嫁「何?」

男「変な真似っていうのを具体的な例を挙げて教え……いえ、なんでもないです、すいません」

男(なんて威圧感……!)


男「じゃあ、とりあえず今夜お前はこの部屋で寝るってことで――」

許嫁「ちょっと。お前って呼ばないでよあなた何様なのよ。なれなれしい」

男「……」

男「確かにそうだな、悪かった」

男「お前がそんなこと気にしてるとは思わなかったからさ、お前がそう言うんなら金輪際お前に向かってお前のことお前って言わないよお前には」

許嫁「……」イラッ

男「今6回くらい言ったかな」


許嫁「まったく気に障る人間ね、あなたは」

男「そ、そうかな」///

許嫁「褒めてないっ」

許嫁「……よりにもよって、なんでこんな男と」

男「じゃあ俺は自分の部屋で寝るけど。『変な真似』してくるなよ」

許嫁「……」

男(うおっめっちゃ睨んできた)


男「はぁ」

男(いきなりの展開だな)

男(あの子俺に敵意すら持っているみたいだ)

男(見ず知らずの男の家に泊まるなんてそりゃ嫌に決まってるだろうが)

男(あちらさんも急だったのか?)

男(突然婚約やら同棲やら理不尽もいいところだ)

男(しかし、仕方ないことなのだろうか)

男「……」

男「考えてもしゃーないし、寝よ寝よ」

>>4
ありがとうございます
結構長くなりそうです
ぼちぼちいきます


チュンチュン

男「んぁ? 朝か……」

男「……あんまり眠れなかったな」

男「学校に行くか」

男「……あのお嬢さまどうすんだろ?」


男「おーい入りますぞ」コンコン

許嫁「むにゃ?」ネムネム

男「俺学校行くけどさ、お前どうするの? って」

許嫁「んー」ネムネム

男「……白か。随分と油断した格好で寝るんだな」

許嫁「んー?」ネムネム

男「つーか起きろよ。いつまで寝てるんだよ」ユサユサ

許嫁「んーんー」ユサユサ

男「起きないとそのおっきいおっぱい触っちゃうぞー」ユサユサ

許嫁「んっ……ん」ユサユサ

男「……」

男「はっ」

男「いかんいかん叩き潰されるところだった」


男「用意したるはこの濡れ濡れタオル」

許嫁「すやすや」ネムネム

男「ていっ」

許嫁「……」ビシャ

男「ククク、眠っているところに冷たいタオルは効くだろう?」

許嫁「……」

男「呼吸もできまい。これで目が覚めぬ奴などおらんだろうて」

許嫁「……」

男「……」

許嫁「……」シーン

男「……アレ?」


許嫁「ふああぁっ!?」

許嫁「わ、え、え、なにごと!? な、なになに」

男(この起こし方は大変危険だな。絶対にしてはいけないぞ)

男「おはようございます、お嬢様」キリッ

許嫁「!?」

許嫁「……おはようってあなたね、何勝手に入ってきてんのよ!?」

男「全然起きてくる気配がなかったからな。こっちはもう家出ないとマズイ時間なんだ」

男(とはいえ少し無遠慮だったかな……ついつい以前のクセが)


男「しかしよく眠ってたな」

許嫁「こんな兎小屋みたいな部屋じゃ窮屈で満足に眠れなかったわね」

男「よだれ垂れてるぜ」

許嫁「っ」ゴシゴシ

男「すまん見間違いだった」

許嫁「……」ワナワナ

男(眉を吊り上げてやがる)


男「まあ、顔でも拭けよこのタオルで」

許嫁「あら……。もうちょっとコレ絞りなさいよね」

男「で、俺は今から学校行くけどお前はどうするのこれから」

許嫁「私も行くわ」

男「え?」

許嫁「あなたと同じクラスに転入したのよ」

男「えー↓」

許嫁「私だって嫌々よ!」


男「制服や教科書なんかは持ってるのか?」

許嫁「全部揃えてあるわ」

男「用意の良いことで」

許嫁「だからすぐに着替えて……」ハッ

男「どうしたんだ、まるで自分のあられもない格好にたった今気がついたような顔をして」

許嫁「……」キッ

男「睨むのはやめてくれ」


男「ならスペアキー玄関に置いとくから戸締りはしてくれ。では拙者はこれにて失礼」ドロン

許嫁「ま、待ちなさい」

男「何だよ? まだ何かあんのか?」

許嫁「あなたと一緒に行くわ」

男「何お前俺のこと好きなの?」

許嫁「違う。学校の場所まだよく分からないのよ」

男「タクシーの運転手さんに頼めばいいだろ」

許嫁「……お金持ってないのよ」

男「何お前んちの財閥破綻したの?」

許嫁「破綻してるのはあなたの頭でしょう。そうじゃなくて、私個人が今持ってないのよ」


男(面倒な女だ……これは遅刻かな)

男「分かったよ、じゃあ待っててやるから40秒で支度しな」

許嫁「……」

男「……?」

許嫁「あ、あなたがそこにいるとベッドから出られないでしょう」

許嫁「そのくらい気がつきなさいよこの馬鹿」

男「HAHAHA、大した下着でもないくせに」

許嫁「っ! みっ見たのねっ!? こ、この変態っ……出ていきなさいっ」

男「やーいやーいお前の婚約者ヘーンタイ!」バタン

許嫁「何なのよあの男は……」


昼 食堂

友「この時期に転校生なんて驚いたが」

男「……」パクパク

友「あの自己紹介も驚いた。『短い間と思いますのでお気になさらず』」

男「……」モグモグ

友「初めは凄まじく可愛い子が来たもんだと思ったが、安易に近寄れない雰囲気」

男「……」チューチュー

友「恒例の質問タイムも始まらず、気をきかした委員長が話しかけるもまるで素っ気なし」

男「……」ゴックン

友「クラスも萎縮しちゃって妙な雰囲気に」

男「簡潔な説明ありがとう、クラスメイトである我が友人男性よ」


友「それで、どういうことだよ?」

男「何が?」

友「何か知ってんだろ、あの子のこと」

男「どうしてそう思うんよ?」

友「揃って遅刻してきて全く関係ないとは言えませんよ、旦那?」

男「べ、べ別にアイツとは何でもないんだから! 偶々一緒になっただけなんだから、勘違いしないでよねっ」

友「……」

男「……」


友「い、許婚のお嬢様あ!? しかも同棲だとお!?」

男「大きな声出すなよ、お前だから教えるんだ」

友「そ、そうか。あんまり他人に言うことでもないね」

男「頼むぜ」

友「はー。しっかしホントに許嫁だなんてあるんだ。すげーな」

男「俺も何をされたのかわからなかった……頭がどうにかなりそうだった……」

友「そこまで恐ろしいものなのか」

男「お嬢様も俺のこと嫌っているみたいだしな」

友「友好的ではないのは見ていてなんとなく分かった」

男「まったく厄介なことになってしまったぜ」


友「おいあれ。噂をすれば、そのお嬢様が食堂にお越しになってるよ」

男「おや、そうだね」

友「何かうろうろしてるけど」

男「きっと庶民の食事風景が珍しいんだろう」

友「取り方分からなくて困ってんじゃない?」

男「貧祖な食事内容をあざ笑ってるんじゃないかなあ」

友「いやあれはどう見ても困惑してると思うね」

男「それは大変そうだね」

友「あのさあ、お前――」

男「俺には関係ないだろー? 面倒なんだよ。いちいち突っかかってくるし。向こうさんも嫌がってるみたいだし」

男「それに、俺からしてみるといきなり押しかけてきた他人だ。ウチの家に」

友「……それは、そうなのかもしれないが」


友「言っても許婚ってことになってるんだろ? 一応かもしれないが、将来の夫婦だ。だったら……」

男「あくまでもカタチだけ。それに、そこまで言うんだったらキミが助け舟を出せばいいんじゃあないかな」

友「俺はただのクラスメイトだし……それに」

男「?」

友「見ろよあの……周囲に張り巡らされた、あなたたち近寄らないでよねフィールド。俺なんかじゃとても太刀打ちできない」

男「俺の許婚は、15年ぶりに人類を襲う謎の生命体か何かか」

友「お前ならできる。接点はあるんだし。それにこのままじゃ昼飯抜きになるぞ、あの子。いいのか?」

男「……。分かったよ、もう。ったくしかたねえなあ」ガタッ


男「ようよう」

許嫁「……何よ」

男「飯食いに来たんだろ?」

許嫁「別に。庶民の食事風景がどんなものか見識を広げにきただけよ」

男「食券システムだから。食券買って、窓口のおばちゃんに渡せばいいから」

許嫁「ふうん、そう」

男(あ、そうか。そういや金持ってないんだったな)


男「ほれ」

許嫁「何よこれ」

男「これは千円紙幣と言ってだな、何とこれ一枚で千円分の買い物ができるスゴイヤツだぜ」

許嫁「馬鹿にしてるの?」

男「お金、持ってないんだろ?」

許嫁「……」

男「腹減ってんだろ。朝も食べなかったし」

許嫁「何よ、だいじょう……」キュルルル

男「……」

許嫁「大丈夫よ」

男(ここまで意地張れるのも凄いな)


男「そうそう、そこの札INって書いてるところに真っ直ぐにだな」

許嫁「わ、分かってるわよ! 指図しないで」

男「心は歪んでいてもお札は真っ直ぐにってな!」

許嫁「……」イラッ

男「ここはオーソドックスにAランチがいいんじゃないかな」

許嫁「……」ポチッ

男(悪名高きBランチを選びやがった……ったく天邪鬼め)


許嫁「……」キョロキョロ

友「あ、席ならここ空いてますよ、ここココ。ほら、他は空いてないですし」

男「物好きな……」ボソ

許嫁「……」

許嫁「……」ストン

友「俺は、こいつの友人で。あなたとも同じクラスメイトでもある……ってBランチ!?」

許嫁「?」

男「俺はAランチを勧めたんだが」


許嫁「……」パクパク

許嫁「……うっ」

男「信じられないくらい不味いんだよなBランチ」

友「まったりとしていてそれでいてコクもあるマズさが絶えず襲いかかってくるんだ……」

男「これからは人の忠告に少しは耳を貸した方が良いと思うぞ。食べられそうにないんなら残せばいい。あとの処理はこいつがするから」

友「何で俺?」

許嫁「……別に悪くないわ、この料理。あなたの顔と性格と能力を乗算したより十分良いわ」

男「あーそうかい。なるほど、その口の悪さにちょうど合ったんだろう」

友「な、なんだか空気が悪いなあ」


許嫁「……」

男(よく食べたな)

男(しばらく朝食なんて取っていなかったから気が回らなかったが)

男(こいつはいつも朝食の習慣はあったんだろう)

男(それに昨晩も大してメシ食ってなかったのかもしれん)

男(金も持たずに来るくらいだしな)

男(腹減ってるならそう言えばいいものを……こいつ意地でも俺に弱音をはきたくないのか)

許嫁「……」

男(ったく……何でこんな気分にさせられなきゃいけないんだよ)

許嫁「……ゴチソウサマ」ボソ

男「声ちっちぇー」


男「食器の返却はあちらですの」

許嫁「言われなくても分かるわよ」ガタッ

男「あっそう。ところでさ、今日の帰りなんだけど……」

許嫁「今朝道は覚えたから結構よっ」スタスタ

男「……」

友「……」

男「とまあ、こんな関係なんだけど」

友「な、なかなかこう……強烈だね」

男「実は俺に惚れてて、あれは照れの裏返しなんだよ」

男「と言えるほどの逞しい想像力が欲しい。そういうものに私はなりたい」

レスありがとうございます。


放課後

許嫁「……」

男(スペアキーは持たせたし大丈夫だろ。険悪な関係だが変な真似はしないと思いたい)

男「っと。今日は早いんだった」

男「おう、お先~」

友「ん? 珍しく眠っていないと思ったら今日はバイトか」

男「人がいっつも寝てるような言いがかりはやめなさいよ」

友「え……?」

男「きょとんとするなきょとんと」

友「さて。友達が小銭稼ぎに励んでいる間に、自分は課金の力だけに頼ったランク上げに励むか」

男「その発言で俺の中の友人ランクぐいぐい下げてるよ」


数時間後

男「お先に失礼しまーす」

男「ふぅ……」

男「店長め……忙しいからって無理やり延長で働かせやがって」

男「本部にクレーム入れてやるか……あの店の店長、バイト全員に手を出してる変態ですよって」

男「……」

男「俺にも影響あるかもな、やっぱ止めよう」


男「いくら店長相手にでも大げさに騙るのは良くないしな、うんうん」

男「それに考えると店長にも良いところが……」

男「……」

男「何か考えている時間が人生の無駄のような気がしてきたぞ」

男「さっさと我が家に帰ろう」




男「ただいま~」ガチャ

男「おかえりっ☆遅かったね」

男「ああ、忙しくて時間伸びてね」

男「そうなんだ、お疲れ様でした。それで、どうする?」

男「え?」

男「お風呂にする? ご飯にする? そ・れ・と・も~私?」

男「ぜ~んぶっ」

男「きゃっ☆ 欲張りさんなんだから☆」

男「……」

男「シャワーを浴びよう」


男「ふう。一息ついたぜ」

男「何か妙に疲れているし今日は早目に寝るべきかな……」

男「……」

男「などと現実逃避をしたところで状況は変わらず」

男「ったく。まだ帰ってきてないのかよ。我が許嫁は」

男「荷物はあるし、出て行った訳ではなさそうなんだが……」


携帯prprprpr

男「はい、もしもし」

友『あ、もしもし。オレオレ、俺だよ俺』

男「どした? 事故って示談金が必要なのか? 口座番号は?」

友『えらい展開はえー詐欺だな。ま、それはさておき、ちょっと話があるんだが』

男「ちょうど良かった。俺も尋ねたいことがある」

友『お、そうか? お前からでいいよ』

男「ウチの許嫁のことなんだけど、何かご存知ないかしら?」

友『帰ってないの?』

男「その通り」

友『ついに反抗期か』

男「反抗していない時期を知らないんですが」


友『放課後、早くお客様にご奉仕じだいよおおお~って興奮しながらお前が教室を出て行ったあとだけど』

男「頭ヤベーなそいつ」

友『帰り支度の最中、委員長が校内や部活の説明を申し出るも、彼女素気無く断っていたね』

男「委員長、健気なコだね」

友『それからお前の許嫁は、他クラスのヤジ馬を尻目にそそくさと帰って行った』

男「ヤジ馬?」

友『特別可愛い転校生ってなれば見てみたくなるもんだよ。何かと理由つけてウチのクラスにきてた』

男「そうなのか」

友『そのあと俺は帰宅の途についたんだ。んで、商店街。そこを通りかかったときに彼女をまた見た。トボトボ歩いているところだった』

男「商店街か」

友『ただ、お前の家とは逆方向だったよ。学校へ向かってた。忘れ物でもしたのかなと思ったけど』

男「なるほどな」


友『で、大丈夫? 女子一人で歩くにはちょっと不安な時間帯に入りかかっているが』

男「しょうがないから探しに行ってくる。なんとなく理由は思い当たるし」

友『手貸そうか?』

男「見つからなかったら頼むわ。そのときはまた電話する……あ、お前の用件は?」

友『大したことじゃないしまた明日でいいよ。んじゃ』


商店街

男「商店街は多くの店がもう閉まっている……」

男(お、あの店はまだ開いてるな。ちょっと聞いてみるか)

男「すいません。お尋ねしたいことがあるんですが」

「はい?」

男「すげえ横柄かつ高慢で目つきが悪くて、外見だけは可愛い、そこの学校の女子生徒を見ませんでしたか? こんな髪形の」ヒョイ

「ああ、見た見た。なかなか目を引くコだったし、何度か店の前を通りがかっていたから覚えてるよ」

男(まさかコレで分かるとは……)

「でもどこに行ったかまでは分からないねえ」

男「すいません、ありがとうございます」

男(学校まで行ってみるか)

どんな髪型なんだろ


男「いねーな。どこをほっつき歩いてやがる」

男(もしかして何かに巻き込まれたか? いや、でも……)

男「学校についてしまったが……ん。門のところにいるのは」

許嫁『……』ショボン

男(しょぼくれておる)

男(結局帰り道が分からなくなったんだろうな)

男(覚えたなんて強がりやがって。ここらは割りと入り組んでて。行きと帰りじゃ見えるものも違うっていうのに)

男(すぐに見つかって良かったぜ。ったく)


男(しかし、これからこいつと生活を続けなければいけないのか)

男(せっかく俺は一人でも悠々と暮らしていたっていうのに)

男「……」

男(今からでも無理だと強く訴えれば拒否できないだろうか)

男(あの家で、他人と一緒に暮らすなんて到底我慢できないと言って――)

許嫁『……』ショボン

男「……」

男(何か事情があるんだろう。そうでなければ、こんな強引なやり方はしてこないか)

男「ま、仕方ない」


男「よっ」

許嫁「っ」

男「どうした、そんな顔して」

許嫁「別に」

男「どうしたんだ、こんな時間まで学校に残って? そんなにこの学校が気に入ったのか?」

許嫁「初めて来た場所だから、色々と確認しておきたいと思ったのよ。何かおかしいかしら?」

男「そうなのか。俺はてっきり帰り道が分からなくなったのかと思ったよ」

許嫁「そんな訳ないじゃない。ちゃんとあなたにも言ってたはずだけど?」

男「あー、そうだったな。悪い、忘れてた」

許嫁「しっかりしておいて欲しいわね」


男「じゃ、俺はこれから深夜俳諧に行ってくるから。気をつけて帰れよ」

許嫁「え……」

男「たまたま通りかかっただけなんだ」

許嫁「そ。好きになさい。私としても、これ以上あなたと顔あわせることなくすんで清々するわ」

男「……」

許嫁「っ」

男「……くっ」

許嫁「……?」

男「くくくっ、ははははっ」

許嫁「な、何よ?」


男「い、いや、ごめんな。本当は、俺はもう用事が終わってて。これから家に帰るところなんだが」

男(意地を張るのもここまで突き抜けると。呆れを通りこして笑えてくるぜ)

男「ま、せっかくだから一緒に帰ろう」

許嫁「……」

男「紳士だからな、レディをお送りするのは当然のことだ」

許嫁「そうね……それくらいは、あなたみたいなのでも当然よね」


男「この商店街を抜けて……」

男「次はそこのコンビニを目印に左だ」

許嫁「……」

男「ちなみに俺は、この道をカバディと連呼しながら全力疾走するのが習慣だ」

男「近所の小学生からはカバディのお兄ちゃんと呼ばれてるぜ」ドヤア

許嫁「……それそんなに誇らしげに話すことなの?」


男「あとはもう、ここを真っすぐ歩くだけで俺の家だ」

許嫁「……」

許嫁「ねえ、あの……聞きたいことがあるのだけれど」

男「何だ」

許嫁「あなたは本当に知らなかったの?」

男「何を?」

許嫁「このことよ。許婚のこと」

男「全く知らなかった。初めに言った通りだ」

許嫁「……そう。知らない振り、しているんだと思ってたわ」


許嫁「私の家はね、とても大きい。敵も多いわ。外にも内にも。だから、どんな相手にも油断できない」

男「うん」

許嫁「昨日、突然許婚のことを告げられたの」

許嫁「それまで聞いたこともなかったあなたの家に行くことになった」

許嫁「何かあったんだと思った。お父様の顔を見るとすぐに分かったわ」

許嫁「すまない、と謝られた」

男「そうか」

許嫁「さっき、ようやくまた連絡がついたの。少しの時間だけだったけど……。もうしばらくこっちに居てくれって。許婚のことは無理をする必要はないが、今はまだ、って」

男「ふむ」


男「祖父がいてね」

許嫁「え?」

男「強引な人なんだ。祖父が関わっていることは間違いない。何の目的なのか、そしてそちらの家と祖父にどんな関係があるのかは知らないが」

男「ま、あんまり物言わない人だからな」

許嫁「そう……」

男「昨日電話で確かめたとき、しばらく続けなくてはならないと言われた。すぐには解消できないとな」

許嫁「……分かったわ」

男「ん?」

許嫁「少なくとも、あなたが敵ではないことは分かった」

男「やはり……分かりますか。隠そうにも隠しきれない、この誠実さが」キリッ

許嫁「何かを企んでいるにしては、あなたはとても単純そうだから」

男「ああ、そう」


許嫁「何故私があなたみたいな庶民の家にいなければならないのか分からないし、あなたが許婚だなんて絶対に認めないけれど。今は、この生活を続けるしかなさそうね」

男「仕方ないな。ま、俺の寛大な心で今までの無礼は水に流してやろう」

許嫁「無礼だったのはあなたも同じでしょう?」

男「あ、今一緒に水に流れていっちゃったみたい。しゅゴゴゴゴゴ」

許嫁「……あなたってやっぱり馬鹿だわ」

男「いかにせん けんな娘と 仮契り」

許嫁「? 何言ってるの?」

男「深夜俳諧」

いずれもレスありがとうございます!

>>60
ご創造にお任せします…




男「で、だ」

男「とりあえず同居生活をするにあたって色々と決めておくべきことがある」

許嫁「ろくでなしと同居なんて嫌でたまらないけど、やむを得ないわね」

男「まずは食糧問題」

男「一応聞いてみるけど料理はできる?」

許嫁「一応って何よ一応って」

男「できるの?」

許嫁「……したことがないだけよ。する必要がなかったから」

男「だろうな」

許嫁「何よ、そういうあなたは料理できるのかしら?」

男「一人暮らししてたわけだし、一応はできるよ一応は」

許嫁「くっ」

男「とはいえ、俺が毎食作るって訳にもいかないしな。出来合いのものやら宅配やらも利用して何とかしよう。ご飯ぐらいは炊けるんだろう?」

許嫁「そ、それくらいなら……」

男「米洗うときはちゃんと洗剤使えよ」

許嫁「そのくらい分かってるわよ」

男「……」


男「ま、まあ次に深刻なのが経済格差だな」

許嫁「経済格差?」

男「金だよ金」

許嫁「確かにそうね。庶民のあなたと私じゃ、とても大きな開きがあるわ」

男「しかし今日の昼は、俺が金を出さなければご飯を食べられなかった」

許嫁「っ」

男「お前に持ち合わせがない以上、今は俺が上、貴様が下だあああぁ」

許嫁「くっ……こ、このっ」

男「ククク。まあ、この家の光熱費等は気にしなくていいんだが、食費や衣服等諸々は必要だ。しかしお前は現金を持っていない」

男「とは言え、俺も鬼じゃない。色々と買うものもあるだろう。……大事に使えよ」スッ

許嫁「……そんなもの受け取れないわ。私の必要な分は、お父様に言えばきっと――」

男「実を言うと、コレさっき振り込まれたお前の分なんだよね」

許嫁「それを先に言いなさいよねっ!!!!!!」バッ

男(だんだんこいつのことが分かってきた)


男「あとの家事は分担で。ま、慣れてないだろうし掃除等はお前が使うモノや場所だけでいい。洗濯もな」

男「できるだけ自分のことは自分でする、個人個人で。何かあればその都度言ってくれ」

許嫁「……」

男「ん? なんだ?」

許嫁「別に。少し意外だっただけよ」

男「?」


男「ふぅ」

男(短い間くらいなら、何とかやっていけそうか)

男(少なくとも向けられる敵意はなくなったようだし……好かれてはいないが)

男(しかし、何考えてんだろうか、あの人は)

男(彼女も全く違う環境に突然連れてこられて大変だろうに)

男(……にしても、金持ちってのは皆あんななのか?)(偏見)


翌日
教室

友「へー。とりあえず和解と」

男「和解というよりは我慢だな。互いに」

友「ははは」

男「笑いごとじゃないぜ。ったく……ん? 委員長?」

委員長「ね。ちょっと良いかな?」

友「はい、何でしょう」キリッ

委員長「うん。あのね、新しく来た転校生のことなんだけど……」


男「あー……ね。まあ確かに。全然クラスに馴染めていないよな。本人もその気がなさそうだが」

友「壁があるね」

委員長「うん。でも、やっぱり良くないと思うの。初めてのあいさつの時、短い間って言ってたけど、だからこそ良い思い出持って貰いたいし……だから、どうしたらいいかなって」

友「委員長はええ娘やで」

男「でも何で相談の相手を俺たちに?」

委員長「昨日、学食で一緒にご飯食べてたでしょう? もしかして仲、良いのかなって思って」

男「あれはまあ成り行き上で仕方なく……むしろ嫌がられてると思う。けど、よく見てるんだ」

委員長「えっ?」

委員長「そ、そうね。そこまで見ていたつもりはないんだけど、そ、その、何となく、目が向かうっていうか」

男「そこまで彼女を気にしてたのか……うーん、だったらどうにか……」

委員長「……そうね」


男(とは言ってもな、あの頑なな性格は厄介だ)

男(素直に言って聞くことはないだろう)

男(本人としても今ココにいるのは不本意なことなんだろうし)

友「お、教室に入ってきたぜ」

許嫁「……」スタスタ

男(しかし考えても埒が明かない)

男「よし、ここはストレートに言ってみる」

委員長「え?」


男「やあやあ元気かね? 困ったことはないかね? んん?」

許嫁「……何?」

男「そうか、それならば何よりだね」

許嫁「……」

男「で、そんなキミに話があるんだがね、何、悪い話じゃないよハハハ」


男「……という訳だ。君もこのクラスの一員である以上、平穏のために少しは協力し給え」

許嫁「……」

男「ついては今日の放課後、クラス委員長がキミに校内を案内してくれるそうだ。良かったじゃないか」

許嫁「……」

男「焦らなくても良い。そうやって少しずつ周りに馴染んでいけばいい。うんうん、理解してくれて結構。ではよろしく頼むよ、はっはっは」

許嫁「待ちなさいよ。私は何も言ってないわ」

男「ちっ。正面突破は無謀だったか」


友「あれで行けると思ったのかアイツは……」


許嫁「だいたいあなたの言うことを聞く義理なんてないわ」

男「俺の言うことを聞けって訳じゃねーよ。もう少し周りの人と打ち解けるようにしたらどうかって話だ」

許嫁「どうして?」

男「どうしてって。集団生活を過ごす上で必要なことだろ?」

許嫁「それはあなたたちの考え方でしょう? 私は誰かに合わせる必要なんてない」

男「はっ。合わせる必要がないんじゃなくて合わせる力がないんだろ」

許嫁「……なんですって?」


男「お高くとまっちゃって。その実、どうやって人と付き合えばいいか分からないって訳だ」

許嫁「……くだらない挑発。さっきから一人でキイキイキイキイうるさいわ。まるで猿よ」

猿「ウッキィー!!!!? ウキキキキキィィィィ!!!!!?」

許嫁「似合ってるわよ。ずっとそれでいたら?」

猿「この女、言うに事欠いて……。ふん、そんなんじゃ友人もロクにできないだろう」

許嫁「媚びて相手の顔色を伺うくらいなら、一人のほうがよっぽどマシだわ」

男「そう嘯いて、一人さびしく居る気か」

許嫁「それで結構」

男「口の減らない……」


男「○△□×~」

許嫁「○△□×……」

男「~!」

許嫁「~?」

男「!!」

許嫁「~~」フッ

猿「ムキィ!」


友「駄目みたいですね」

委員長「……あの二人、どういう関係なの?」

友「え?」

委員長「いえ……」


猿「ふう、交渉成立したぜ。とりあえず今日の放課後は学校案内だ」

友「お前猿から戻ってないぞ……って、ええ!? マジかよ。あの状況から?」

男「ああ……! 俺の熱心な説得にな、ヤツの凍りついた心もほだされたってわけさ」

許嫁「あなたがしつこいのが煩わしかっただけよっ!」

男「聞こえてたか」テヘ


放課後

許嫁「どうして、あなたもいるのよ? 案内してくれるのは彼女じゃなかったの?」

男「うん。まあ、その。成り行きだ。成り行き」

委員長「あ、あはははは……」


男『えっ? 俺も一緒に案内するの? さっきのやり取り見てたでしょ?』

委員長『でもその、な、仲良さそう? だったし……』

男『いや、委員長も首かしげてるじゃん。疑問符ついてるじゃん』

友『でも、現状彼女とまともに意思疎通してるのってお前くらいしかいないぜ』

男『あれがまともの範疇だったら、世界は概ね平和だよ』

委員長『駄目かな、やっぱり?』

男『う……』

友『委員長だけだと大変そうだろ? 君もこのクラスの一員である以上、平穏のために少しは協力し給え』

男『ぐっ……仕方ないか』


委員長「……でね、そのつきあたりが図書館。もちろん本の貸出もしているから、何か借りたいものがあれば図書委員さんに尋ねるといいわ」

男「結構蔵書も多いって評判だ。つっても俺はほとんど借りたことないけど」

許嫁「あなたって無教養そうだものね」


委員長「ここが生徒指導室。普段は使わないんだけどね、先生と個別のお話があるときはこの部屋を利用することがあるの」

男「何らかの悩みや問題を抱えた人がここに呼ばれることが多いな」

許嫁「あなたはしょっちゅう呼ばれてそうね」


委員長「武道場。私たちも体育の授業や集会等で使うことがあるわ」

男「放課後はいつも、部活生の奇声や気合が熱く飛び交ってるぜ」

許嫁「ひん曲がった根性の持ち主であるあなたとは正反対ね」

男「お前はいちいち俺の悪口を言わなきゃ気が済まんのか」


委員長「大会議室がここ。この学校ね、秋の文化祭にはとても力を入れているの。夏の終わり頃には毎日、この部屋で会議をしているわ」

男「ウチの文化祭はちょっと凄いんだぜ。外部からも客が沢山くるし、何より皆一生懸命に準備する」

許嫁「そ。でもそのときには、私はこの学校に居ないと思うわ。ここにいるのも短い間のはずなんだから」

委員長「そうなんだ……それは残念ね」シュン

男「ま、もしそうだとしても見に来ることはできるだろ?」

許嫁「私は――」

委員長「そうね! せっかく同じクラスになれたんだし! そのときはぜひ来て欲しいわ」

許嫁「……、考えておくわ」

委員長「一緒に準備出来れば一番いいんだけどね」


男(仮に、ここに委員長がいなければ)

許嫁『どうして私があなたたちの行事に付き合わなければならないの?』

男(とか言いそう)

許嫁「……何? 何か言いたいことでもあるの?」

男「さて、次はどこに行くかな」


委員長「これでだいたいの説明は終わったかしら?」

男「特別な施設があるわけでもないからな、こんなもんかな」

男「そういやお前の以前いた学校って、どんなところだったんだ? やっぱり金持ちの学校は、こことは全然違うのか?」

許嫁「……」

委員長「おかねもち?」

男「あ……悪い、これあまり言わない方が良かったか?」

許嫁「別に構わないわ。隠すようなことでもないもの」

男「ん、そうか。まあ、彼女の家はちょっとした資産家なんだよ。だからどうだって訳でもないけどな」

委員長「そうなんだ」

許嫁「失敬なことを言うわね。私の家はこの国でも指折りよ。ちょっとした、なんて余計な気でも回したつもりかしら?」

男「……だ、そうだ」

委員長「そ、そうなの……指折りって……凄いんだ……」


男「コホン。まあ、それで。学校の敷地はやっぱり広いの?」

許嫁「……」

男「生徒会執行部には絶大な権利とか与えられてたりするのか?」

許嫁「……」

男「専用のコックいるの?」

許嫁「……」

男「一人ひとりに執事がついてくる?」

許嫁「……。何であなたの質問に答えなきゃいけないのよ」

男「俺が聞きたいからな」

許嫁「何様のつもり?」

男「ここで言うのか?」

委員長「?」

許嫁「……はあ」

許嫁「分かったわ。あなたに張り合うのも馬鹿ばかしいもの。そ、お嬢様学校よ。女子生徒だけの」


男「ほー。お嬢様学校か」

委員長「あら? やっぱり憧れがあるの? そういうの」

男「いや、庶民には想像しかできないからな。実際はどんなところなんだろうと思って」

男「俺の読んだ資料では、先輩後輩で姉妹制度があるらしいが本当か?」

許嫁「さっきからあなた何の話をしているの?」


許嫁「別に……、この学校と大して変わらないわよ」

許嫁「どこに行ったって小異はあれど、同じなんだから」

男「ふうん、そんなものなのかな」

キーンコーンカーンコーン

男「あ! 悪い。もうバイトに行く時間だ」

許嫁「バイト? あなたアルバイトしているの?」

委員長「駅前のファミレスよね」

男「ああ。そういや、委員長は前に来たことあったな」

委員長「驚いたわ。まさかクラスメイトに出迎えられるとは思わなかったから」

男「あそこ、ウチの生徒が結構来るんだよな。じゃ、俺はもう行くぜ」

委員長「ええ」

男「二人とも気をつけて帰れよ。……迷子になんてならないように」

許嫁「……」

委員長「?」

長くなりそうです。


ファミレス

男「さーせーぃ」

後輩「さーせーぃ」

店長「君たちね。『いらっしゃいませ』は、ハッキリ言いなさい」

男「さーせん」

店長「ちょっと上手いこと言ってるんじゃないよ。『すいません』だろう? だいたいね、最近の若いひとは何でもハッキリと言わないのが駄目なんだ」

後輩「店長さん、最近髪薄くなってきましたね」

店長「そこはハッキリ言わなくていいよ! 人が気にしていることを!」

男「俺も今のは酷いと思う。男子は誰だってそういう話には敏感なんだ。気を遣ってあげないといけないよ?」

後輩「ごめんなさい、先輩」

店長「謝るのなら僕にだよね?」

男「いいって。気にするなよ。細かいこと気にすると店長みたいにハゲるぞ?」

店長「最近この職場辛いわー」


ガヤガヤ

男「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」

男(ディナータイムになると、さすがに忙しい)

後輩「ご注文は以上でよろしいでしょうか? ……少々お待ちくださいませ!」

男(まだ入ってきてからそんなに経っていないのに、もうすっかり慣れたようだな)

男(あの子真面目だし、よく見聞きして仕事頑張ってる。それに何より楽しい性格がいい)

男(かわいらしい女の子だから、一部のお客にもひそかに人気だという噂を聞いたが、本当だろうか?)

ピンポーン

男「はい、ただ今お伺いします」

男(……にしても、あのオッサンが見当たらない。今はフロア担当のはずなんだが)


「えっ……ほ、本当ですか?」

店長「ホント、ホント。嘘じゃないって。今度一緒に見に行くかい?」ハハハ

「え、えー。そ、その、あのー」

店長「良いって良いって。遠慮しなくても」ハハハ

男「……」

男(バックヤードで新人の女の子にちょっかいをかけている……)

後輩「こっちゃ必死で先輩と2人でフロア回しているっていうのに……」ボソ

店長「はっ、殺気!? ……さーてと、僕はオーダー取りに行くかな」

男「大丈夫ですか? ハラスメント受けたって思ったら、遠慮なく相談してください。ガッポリ取りましょう」

「はっはい。助かりました、ありがとうございます!」

店長「ほら、こうやってね。店員同士が仲良くなっただろう? お店の雰囲気を良くするのも、店長の大事な務めだからね」

後輩「ふざけたことばっかり言ってると[ピーーー]ぞ」

店長「さ、さーせん」


後輩「もう上がりですねー今日も働きました!」

男「そう言えば店長。今日も配達の弁当注文していいですか? ご飯は要らないんですけど」

店長「別に良いけど、どうしたの? 昨日もだよね。普段夕飯は賄いで食べて帰ってるのに」

男「ええ、実は家に知人が――」

店長「はっはーん。あれだね。僕には分かったよ。コレか、コレなんだろ? いいねえ若いねえ」ニヤニヤ

後輩「えっ。そ、そうなんですか!?」

男「いえ。家で店長の顔を思い浮かべながら、ゴミ箱に全力で投げ捨ててるんですよ。これが結構ストレス解消になるんですよね」

店長「えっ」

後輩「なんだ、そうだったんですかあ……あ、店長さん。それだったら、今日は私も注文していいですか?」

店長「えっ」




男「ただいまんぼー」

「……」シーン

男(靴はあるから帰ってはいるみたいだな)


許嫁の部屋

男「多くの英霊が無駄死にで無かったことの証の為に……」

男「許嫁よ! 私は帰ってきた!!」

許嫁『……何?』

男(顔見せてお帰りくらい言えばいいのに……いや、期待する方が間違ってるか)

男「メシ持って帰って来たから伝えようと思って」

男「ま、昨日と同じでウチのファミレスの宅配のものだけどな」

許嫁『そう。じゃ、キッチンに置いといて』

男「俺もまだ夕飯取ってないんだ。どうせだから一緒に食おうぜ」

許嫁『……なんであなたと?』

男「別にいいじゃねーか、そのくらい。聞いておきたいこともあるし」

男「それに、わざわざ時間ずらすってのも逆に意識しているって感じで変だろ?」

許嫁『……』


男「ごっそさん」

許嫁「……ごちそうさま」

男(相変わらず綺麗に食うな。一度もニコリともしないけど)

許嫁「……それで?」

男「え?」

許嫁「聞きたいこと、あるのでしょう?」

男「ああ。あのあと、どうしたんだ?」

許嫁「あのあと?」

男「学校案内のあと」

許嫁「委員長にお礼を言って、そのまま帰ったわよ」


男「それから?」

許嫁「別に、ずっと部屋にいたわよ」

男「部屋で何してたんだ?」

許嫁「特にあなたに言うほどのことはしてないけれど。どうしたの、なぜそんなことを聞くのかしら?」

男「何もやることが無いんじゃ、つまんないだろうと思ってな」

許嫁「……あなたって余計な荷物まで背負いたがる人なのね」

男「それは褒めてるのか?」

許嫁「勿論貶しているのよ」


男「趣味はあるのか? やっぱり茶道とか華道とか?」

許嫁「できはするけど」

男(趣味ではないってことか)

許嫁「読書は、するかしら。本は読むほうね」

男「へえ。好きなジャンルなんてある?」

許嫁「……。別に、何でも読むわよ」

男「じゃあさ、ウチの1階北の部屋。書斎があるから、そこの本読んでみる?」

許嫁「書斎?」

男「もちろん図書館に比べるべくはないが、そこそこ蔵書はあるよ。つってもここ最近の本は置いてないし、好みにあうかどうかわからんが」


許嫁「そう。あなたは読書が趣味なの?」

男「いや、俺の趣味は掃除」

許嫁「掃除? 変わった趣味ね……」

男「家中綺麗だろ? 本当はお前の部屋も掃除したいところなんだが」

許嫁「やめて頂戴」

男「なあ、そう言わず良いだろ? ちょっとだけだからさ、ね? お前の部屋の中を掃除させてくれよお」ハアハア

許嫁「そのキャラやめて」


……

洗面所

許嫁「これ、どういうことかしら?」

男「……」

許嫁「どうしてこんなことになるのよ」

男「……」

許嫁「ねえ、何とか言ったらどうかしら」

男「……聞きたいのはこっちの方だ」

男「何故お前は今、俺のお気にのTシャツをつまんでいるんだ」

男「そしてカピカピになってる!」

許嫁「洗濯しようとしたらこうなったのよ」

男「分かった、百歩譲って洗濯しようとしたのはいい。だが、どうして俺のTシャツなんだ」

男「先に決めた通り、家事は自分のことを自分でする。お前が俺の洗濯物をする必要はないはずだろ」

許嫁「……だって」

男「だって?」

許嫁「やり方知らなかったのよ」

男「俺ので試すなあああ」


……

浴室

男「ひとりでシャンプ~ップップ~♪」ゴシゴシ

男(どうも幼い時分からシャンプー中は目が閉じられない)

男(故にシャンプーハットは必須!)キリッ

男(これは子供の時からの癖であって、決して怖いからではないのだ。うん)

男(確かに子供のときの俺は、かなりの怖がりだったが……ん?)

男「む、気がついたら、浴槽の隅が意外と黒ずんでるなあ」

男「そう言えば最近浴室の掃除が手抜かりだったな」

男「どれ、どうせだから今ちょっとだけでも綺麗にしておくか」


……

男「む、ここの汚れがなかなか……」ゴシゴシ

男「おのれ、強敵!」

男「ふ、たかが水垢がこの俺様に刃向かうとはな……!」

男「……」ゴシゴシ

……


男「ふー。だいたいこれで綺麗になったかな」

男「しかし、裸にシャンプーハットのみの装備で相対するには些か無謀であったか? やはり少し冷えるな……」

ガラガラ

男「えっ」

許嫁「……? ………………――――――~~~~~~~~!!!!!!!」


許嫁「……謝罪をしなさい。赦しを乞いなさい」

許嫁「醜いものを見せてしまい申し訳ないと平伏しなさい」

男(顔真っ赤だ……相当怒ってるんだな)

許嫁「まったく……先に様子を伺って良かったわ。もしも……」ブツブツ

男(口を尖らせてブツブツ文句を言っておる)

男「まあ悪かったよ。黒ずみ落としに没頭しててさ。でもシャンプーハットのみの後姿チラッと見ただけだろ?」

許嫁「チラッと、ってあなたね。反省しているの?」


男「それにどちらかと言えば、ぷりてぃなケツを見られた俺の方が被害者のはずだ」

許嫁「ケ……」(絶句)

男(こめかみがピクピクしておる)

許嫁「……はあ。もういい、もういいわ。もうお風呂に入らせて頂戴」

男「なあ、一つ質問いいか?」

許嫁「何よ」

男「もしも今の立場が逆で、俺が風呂場に入ってきたほうだったら……」

許嫁「言ったはずよ、叩き潰すと」

男「不公平だ……」

続きはまたいずれです。


学校

男「……」

友「あんなドリームこんなドリーム一杯あるけどー」

友「ふんふふんふふーん♪」

男「……」

友「SORAをフリィィィダムゥゥゥ~に飛びたい~NAH~」

男「はい、どうぞ」ガラッ(三階)

友「やめてえええこの高さは死んじゃうかもおおお」

男「ちっ」

友「おいおい、どうしたんだ? 随分とやさぐれてるね」

男「同居だよ。他人と、それも気の合わない人間と一緒にいるのは思ってた以上に重いストレスになるらしい」

友「そ、そうか。もう少し、互いに歩み寄りができるきっかけでもあればいいのかも……ん?」

先輩「やっほい! 元気してた?」

男「え……せ、先輩?」


先輩「そっす。先輩っす。最近顔合わせてなかったけど、どうどう元気?」

男「え、ええ。どうしたんです? この学年に何か用ですか?」

先輩「あるようでない感じであるような感じかなあ」

男「いやどっちか分からないです」

先輩「ふふ。挨拶よ挨拶。キミに会えたらね」

男「はあ」

友「……」


先輩「で、どう? 最近何かあった?」

男「え? いや、何かって言われましても……あったりなかったりあったりです」

先輩「ふふ、どっちよソレ。変なこと言うなあ」

男「先輩と同じですよ」

先輩「ふふふ。やっぱり面白いね、キミ」

友「……そろそろ授業が始まる時間だ」

先輩「あら、そう? 残念。じゃ、まったね」バイバイ


友「……あの人と仲良いのか?」

男「いや、顔見知りではあったんだけど。そこまで親しくはなかったはずなんだが……何か妙に浮かれてるような感じだったな、先輩」

友「そう」

男「変なことを楽しむ先輩だったし。何か良いことでもあったんかね。そうでなければ何か事情があったとか」

友「……」

男「何だ、好きなタイプなのか? 綺麗なひとだし、先輩人気あるらしいが」

友「まさか。あんまり好きにはなれそうにないね」

男「お前がそんな反応するとは珍しい」

友「そうかな。ま、好き嫌いは誰にでもあるだろ?」


男「もしかしてお前、先輩と俺が仲良いの見て嫉妬してるの?」

友「は?」

男「大丈夫だって」

友「何がだ」

男「お前のほうが可愛いぜ……?」

友「そっちかい」

委員長「……嘘でしょ」ワナワナ

男「委員長!?」

委員長「二人がそんな関係だったなんて……」ワナワナ

男「冗談だから」

友「今の冗談だったの!? 俺、つい本気かと……」モジモジ

男「ややこしくすな」


体育の授業

運動場

男「へいへいへい! ピッチャービビってる! へいへいへい!」

友「ふぇぇ……投げられないょぉ……」


このあと滅茶苦茶野球した。


ワーワーバッチコーイ

男(女子はマラソンか)

男「ん?」

許嫁『……』ゼェゼェ

男(何か随分と辛そうに見える)

男(体調でも悪いのか?)

男(疲れが出たのかな……)

『同居だよ。他人と、それも気の合わない人間と一緒にいるのは、思ってた以上に重いストレスになるらしい』

男(それは向こうも同じか……いや)


男(考えてみると、全く知らない場所にたった一人でいるんだ)

男(今までの生活とまるで変わって、慣れてないことばかりだろうし)

男(同居の負担は、俺よりも遙かに大きいのは間違いない)

男(……)

男(突然家に来たからって、俺は自分のことばっかり考えてすぎてたのかな)


カキーン イッタゾー

男(……はあ)

男(だけどあいつ、弱音吐かないからなあ)

男「困った奴だぜ、まったく」

友「おーい女子のマラソンに見惚れて守備しない困った奴がいるぜー」




男「よう、お帰り」

許嫁「……今日はアルバイトじゃないのね」

男「そう毎日毎日働くほど勤労学生でもないぞ」

許嫁「……そう。じゃ」

男「待てよ」

許嫁「何? 部屋に戻りたいんだけど」

男「具合、どうなんだ?」

許嫁「……何のことかしら?」


男「体調悪いんだろう? 風邪でも引いたか? 季節はずれの風邪が流行ってるって聞いたが」

許嫁「何言ってるか分からないわね」

男「見りゃ分かるよ。明らかにいつものオメーよりも覇気がないじゃねーか」

男「帰り道もフラフラ歩きやがって」

許嫁「見てたの? 気持ちが悪い男ね」

男(ぐっ、こいつ……いや、我慢だ我慢)


男「つっても体調が悪いのは本当なんだろう? 今、立ってるのも辛そうだ」

許嫁「……だとしたら何なの?」

男「え?」

許嫁「仮に私の体調が悪いとするわ。でも、それとあなたに何の関係があって? 自分のことは自分でする、そうでしょう?」

男「できるだけ、って言ったはずだ。今のお前には助けが必要だろ」

許嫁「必要ないわ」

男「お前ね、今の様子でよくそんなことを――」

許嫁「少なくとも、あなたに助けてもらう必要がないわ」


許嫁「分かってるはずでしょう? お互い仕方なく一緒に暮らしているだけ」

許嫁「ただそれだけのこと。協力する義務も必要もないわ」

男(強情なヤツめ。……ったく)

男「分かった、お前の言い分は分かった」

許嫁「だったら」

男「まあ待て。俺にも言い分がある」

許嫁「何?」

男「確かに不本意な許婚の話だし、不本意な同居かもしれない。だが状況を考えてみろ」


男「降ってわいたような話で、見ず知らずの相手と、しかもいつまでなのか期限も分からないまま同居しなければならない」

男「それに関しては俺の立場もお前の立場も一緒なんだ。仲間とまでは言わないが、敵じゃない。だったら協力しても悪くはないだろ? 義務とか必要とか、そういう話じゃなくてな」

許嫁「……」

男「それに、だ」

男「この家の中でそんな顔されてると俺の気分もよくない」

男「お前にとって単なる宿かもしれないが、ここは俺の家なんだ」

男「お前のためじゃない、俺の気分の問題でもある」

許嫁「……」

許嫁「……しつこい人ね、まったく」


許嫁「分かったわ」

許嫁「あなたがそこまでそうしたいって言うのなら――それで、いいわ……」

男(はは、看病するのにも説得が必要とは)

男「で、今どんな気分なんだ? 熱はどのくらいあるんだ?」

許嫁「少しは、ある」

男「少しって感じには見えないけどな。……どれどれ」ピタッ

許嫁「あ……」

男「!? かなり熱出てんじゃねえか!」

男(この馬鹿っ。相当無理してやがったな)

男「ったく。辛い時に誰にも頼らないのは、立派なことじゃねーぞ」

許嫁「……知ったような口を聞かないでよ」

男「……そうだな。ほれ、ベッドに行くぞ。鞄持ってやるから」


許嫁の部屋

許嫁『着替えたわ』

男「うい、では失礼してっと……お?」ガラガラ

男(この部屋)

男(ウチに来てからそれほど経ったわけじゃないのに、もうすっかりコイツの部屋だな)

男(……)

許嫁「何?」

男「や、俺は今から薬やら何やら買ってくるけど、おとなしくしてろよ」

許嫁「……ええ」

男「すぐ戻るから」

許嫁「……わかった」コク


男(ずいぶんとしおらしくなったな)

男(自分が弱っているところを決して見せないように気を張ってた)

男(その緊張の糸が切れたのか)

男(見上げたもんだ、この意地の張り方)

男(……)

男(急ぐか)


男「お待たせ」

許嫁「……早かったわね」ボソボソ

男「カバディと連呼しつつ全力疾走したからな」

許嫁「そう……」

男「いろいろ買ってきたが、食欲は――」

許嫁「……」

男「無さそうだな」

男「それから薬だが。飲み薬と座薬を買ってきたんだけど、どっちがいい?」

許嫁「……どっちでも好きに……」ボソボソ

男(かなり弱ってるな)


許嫁「すうすう」ZZZ

男(薬が効いてきて少しは落ち着いたかな)

男(あとはまあ、できるだけ様子を確かめるようにするか)

男(ただの風邪のようだし休み明けには良くなるだろう)

男「……」

男「え、座薬?」

男「いや、そんなことはしねーよ病人相手にはさすがに」

男「まあ座薬は病人に使うものではあるが」

男(……俺は誰に言ってるんだ?)


男(しかし……)

許嫁「すうすう」ZZZ

男(こうやって外見だけ見てると、やんごとないお嬢様ってのもそれなりに納得できるような気がする)

男(艶やかな髪、整った顔立ち、華奢な身体)

男(中身は何考えてるのか良く分からん高慢で意地っ張りなヤツだが……ん?)

男(枕元のところに本がある、そういや読書が趣味って言ってたな)

男(……こいつ何読むんだろ)ペラッ

男「!?」

男(意外! それは恋愛小説ッ!)


男(ちょっと前に出たラブコメじゃねーか!)

男(俺は読んだことないが……そういやウチの書斎にあったな)

男(前に好きなジャンル聞いたときに、一瞬間があったような気がしたが)

男(コイツも俺に知られるのは恥ずかしいと思っているのか)

男(クククッ、これでコイツの弱みを握ったぜ)

許嫁「う……ん……」

男(……)

男(ま、フェアじゃないしそっとしておくか)

レ、レスいずれもありがとうございます。


……

許嫁「……ん」

男「すまん起こしちゃったか。様子見に来たんだが」

許嫁「そう」

男「気分はどうだ?」

許嫁「悪いわ。起きがけにあなたの顔見たから」

男「憎まれ口叩けるくらいにはなったか。ほら、水飲んどけ」

許嫁「ん」


男「熱は――だいぶ下がったみたいだな。まだ微熱あるけど」

許嫁「うん」

男「食欲は?」

許嫁「……少し」

男「なら作ってきてやるよ。それまでに寝てたきゃ寝てても良いが」

許嫁「ん」

男「好き嫌いや苦手なものはなかったよな?」

許嫁「別に特には……嫌いなものはあなたの作った料理くらいね」

男(唐辛子大量投入したろかこのアマ)


男「お待たせしました―。こちら気まぐれシェフの特製梅粥になります」

男「熱いので、充分お気を付けになってお召し上がりください」

男「それでは、ごゆっくりどうぞ」ペコリ

許嫁「なにそれ」

男「ファミレスの店員だからな、慣れたものよ」

許嫁「そういえばそんなこと言ってたわね」


許嫁「……」

男「どうした、食べないのか? やっぱり食欲がでないか?」

許嫁「そういう訳じゃないわ。ただ、そうやってマジマジと見られると食べづらいのだけれど」

男「まあそう言うなよ。今まで何度か一緒に食事は取ったんだし、別に初めてじゃないだろ?」

男「それに快方に向かってるとは言え、病気のお前の口に合うのかが気になるしな」

許嫁「そ」

許嫁「……いただきます……」

許嫁「……」モグモグ

許嫁「……」

許嫁「まあ、食べられないこともないわ」

男「そうか、なら良かった」


許嫁「……」モグモグ

男「そうだ、何だったらフウフウしてやろうか」

許嫁「やめて」

男「はい」

許嫁「……」モグモグ

男「そうだ、何だったらアーンしてやろうか」

許嫁「やめて」

男「はい」


許嫁「……ふぅ」

男「ちょ、ちょっと無理して食べてないか? 体調悪いときにそんなに食えないだろうし、残してくれていいんだぞ?」

許嫁「残してあなたに借りを作りたくないのよ」

男「いや、借りになるのはそこじゃないだろう」

許嫁「……」モグモグ

男(変なところで負けず嫌い)

許嫁「……っ」

男「……? どうした?」

許嫁「う……?」

男「う?」

許嫁「う……うぅぅぅぅっっっっ!!!!」

男「え、ちょっ、待っ


男「とほほ」

男(ったくよ……布団の上でなかっただけまだマシか……)

男(あれから、落ち着くまで待って、口濯いで、さ湯飲ませて、歯磨いて、それからそれから……)

男「はあ、まったく手のかかる……」

許嫁「すぅ……すぅ……」ZZZ

男「……」

許嫁「すぅ……すぅ……」ZZZ

男「なんてお嬢様だ」


チュンチュンチュン

男「ん、もうこんな時間か……」

男「さすがに眠いぜ」フアー

男「……さて、と」

男「調子戻ってると良いけど」イソイソ


許嫁の部屋

男「おーい、調子はどうだー?」コンコン

「……」

男「朝だぞーまだ辛いかー?」コンコン

「……」

男(返事がないな)

男「悪いけど、入るぜ」ガラガラ

男「……!」

男「こ、これは……!?」



男「いない」

男「ベッドはもぬけの殻だ!」

男「ちなみにもぬけとは蝉や蛇のぬけがららしいぞ」

許嫁「何を、私の部屋に勝手に入ってぶつくさ言ってるのよ?」


男「何だ、もう起きてたのか……、だいぶ顔色は良さそうだな」

許嫁「ええ。いつも通りよ」

男「それなら良かったよ。俺も看病の甲斐があったってもんだ」

許嫁「……感謝はしないわよ」

男「え?」

許嫁「勘違いしてるなら、お生憎様。あなたへの感謝の気持ちなんてこれっぽっちもないから」

男「おいおい、いくらなんでもその言い草はないだろう。恩を着せるわけじゃないけど、俺は――」

許嫁「私は頼んでいないわ。あなたが勝手にやったんでしょう?」


男(うっわコイツマジかよ)

男(別にお礼を聞くために看病したわけじゃないが)

男(いくらなんでも礼儀ってものがあるだろう?)

許嫁「……ふん」

男「……そうか」

男(もういい、もうこんなヤツなんか放っておいたって――ん?)


男(なんだろう、何かとても良い匂いがする)

許嫁「どうしたのかしら?」

男「何て言うか、良い匂いが……、いや、とても食欲をそそるような匂いがしないか?」

許嫁「さあ」

男「リビングの方から……」


リビング

男(ちょっと焦げたバタートーストに、そこそこ焦げた目玉焼きとカリカリベーコン)

男(これでもかというほどチーズとクルトンがのせられたシーザーサラダ)

男(それらが食卓の俺のいつもの席に用意されてある)

男「えっと、これは……」

許嫁「……」

男「もしかして俺の朝食?」

許嫁「作りすぎたの」

男「つ、作りすぎたって……」

許嫁「まだ調子が戻ってないのね。私としたことが失態だわ」

許嫁「でも捨てるのも勿体ないし、あなたの好きにしたら? ……じゃ、私は買い物に行くから」

男「お、おう。……いってらっしゃい。気をつけてな」

許嫁「……、ええ」


男(コーヒーまである、どろどろの濃過ぎるインスタントだが)

男「……」

男(まさか)

男(これってあいつなりのお礼のつもりか……?)

男「……ひ」

男(捻くれすぎだろ……素直にありがとうも言えんのか)

男「まったく信じられんヤツだな」

男「……」モグモグ

男「あ、意外と好きな味だなコレ」

続きはまたです。


……

教室

友「最近できた許嫁と打ち解けられない。顔を合わせても言葉の応酬ばっかり。そんなことでお悩みの方に」

男「随分限定的だな」

友「テレッテレッテッテ~」ジャン

男「……映画チケット?」

友「ペア招待券だ。一緒に好きな映画を見れるぜ」

男「これで誘えと?」

友「二人で映画鑑賞して、仲を改善しようってこった! いやあ、良い友人を持ったな、旦那!」バシバシ

男「いやいや。冷静に考えろよ。誘って二人で映画に行けるような距離感だったら、不仲で苦労してないだろ」

友「そ、そこは旦那の口八丁手八丁でね」


男「何々、現在上映中のお好みの1作品、ペアで見ることができます、か」

男「うーん」

男(あいつ何か気晴らしできることってあるのかな?)

男(必要なもの買いに行く以外に、どこか出かけるってこともどうやら少ないみたいだし)

男(体調崩したのも、息抜きがないってことに関係あるだろうな)

男(そういう意味合いでは、映画なんて都合がいいかもしれない)

男「とは言ってもなあ……」

男(ペアか……俺と行っても楽しくないだろう)

男(嫌っている奴と一緒に映画観るなんて苦痛以外の何物でもないし)


男(そもそもあいつ誘えるような相手がいるんだろうか)

男(一人でこのチケットは使いづらいし……)

男(うーん)

男(……)

男(ま、ぐだぐだ考えても仕方ないな。せっかく用意してくれたんだ。直接言ってみるか)

男(断られたら断られたで当たり前さ)


男「今ちょっといいか?」

許嫁「? 何か用?」

男「ああ、実はその――まあ、大した用事ではないんだが」

許嫁「……」

男「その、無理にそうしてくれってわけでもない、気が向いたらって話であって――」

許嫁「……? はっきりしないわね。あなたらしくもない」

男(あれれ、俺何か緊張してないか? ……いやいや、これは単に休日の過ごし方の『提案』をするだけだ。緊張する要素なんてないな、うんうん)

男「や、映画って見るか?」

許嫁「映画? 特別好きってわけじゃないけれど人並みには見るわよ。それがどうしたのかしら?」

男「これな、友だちから貰ったんだ。ペアの映画チケット」ピラッ

許嫁「え?」


男「ずっと家にいるのもつまらないだろ? たまにはこういうので息抜きもいいかなと思ったんだが――」

許嫁「……ちょっとそのチケット見せて」

男「ん? ああ」

許嫁「……」マジマジ

許嫁「今上映中の映画がどれでも見られるのね」

男「せっかく貰ったんだし、無駄にするのもどうかと思ってな」

許嫁「……」

男「じゃ、コレやるから誰かと――」

許嫁「分かったわ。あんまり気は進まないけれど、つきあってあげるわよ」

男「えっ?」


許嫁「そうね、たまには映画を観るのもいいかもしれないわ……次の休みでいいかしら?」

男「えっ、お、俺と二人で?」

許嫁「? ほかに誰かいて?」

男「い、いや。そういうことじゃなくて……」

男(……)

男(や、ここで断ってもな。恥をかかせても悪いし)

男(できるかぎりこいつの息抜きになるよう努めるか)

男「よし、そうだな。次の休みに行くか」


男「でも意外だな」

許嫁「何がかしら?」

男「俺と一緒だなんて嫌がるかと思ったんだが」

許嫁「……いつまでも恩着せがましいような顔をされたくないのよ」

男「?」

男(恩着せがましいって何だ……、あ、看病のことか)

男(気にしてたのか。実は案外感謝してるのかもな)

男(つまりその借りを返すということか……んん?)

男(借りを返すために俺と映画に付き合う……? それだとまるで俺が、)

許嫁「あなたがそんなに一緒に映画を見たいのなら、仕方ないわ」

許嫁「映画に付き合ってあげるくらいなら構わないもの」

男「え……」

許嫁「じゃ、次の休日ね」

男「あ、ああ……」


男「……あっるれぇええー?」

男(何故に俺が熱心に誘ったことになったんだ?!)

男(さも俺があいつに気があるかのように)

男「……」

男(ま、まあいいか。もう決まってしまったことを深く考えるのはよそう)

男(……なんとなく二人で行くことになりそうな気はしてたし)

男「……」

男(ま、とりあえず次の休日は映画だな)


日曜日

男「気がついたらあっという間に休日になってた」

許嫁「何言ってるのかしら?」

男「いや、こっちの話だ。用意ができたんなら、さっさと行こうぜ」


映画館

男「うーむ、着いたには着いたが」

許嫁「……」

男「サスペンスやらミステリーやら結構ラインナップがあるなあ」

男「この中で見たいのある?」

許嫁「……別に、ないわ。何でもいいんじゃない?」

男(何か口ごもってるような……)

男「じゃあ、あの『優等生の少女が狂気に犯されていく。戦慄のサイコ・ホラー』なんつーのはどうだ?」

許嫁「……」

男「違うのにしようか」


男(うーんどうするかな。こいつの好みっていうと確か……ん?)

男(この映画は……、こないだベッドの枕元にあった恋愛小説じゃねーか。映像化されたのか)

男「なるほど」ボソリ

男(なんだ。映画につき合ったのも、これが見たかったってのもあったのか)

男「じゃあ、それなんかどうだ? その、コメディっぽいやつ」

許嫁「……これ? あなたこれが見たいの?」

男「ん、まあたまにはこういったジャンルもどうかなって思ってな」

許嫁「ふうん。……ま、あなたが見たいっていうのならそれでいいわ」

男「よし、じゃあそれにしよう」


上映中


『ちょっと、何をグズグズしているのかしら? 確認は取れたの?』

『何かの間違いであって欲しかった……』



男(何かつまらなそうな映画だな。そもそもこのジャンルはあんまり見ないんだが)チラッ

許嫁「……」

男(食い入るように見ている……ま、それならいいか)

男(俺は寝ないことだけ気をつけよう)


『……何をする』

『言わせたいの?』



男(をを)

許嫁「……」

男(ったく。ようやくここまで来たのかよ)

男(なんつー面倒な二人なんだ)

男(思ってた以上にやきもきさせられたぜ……)


……

男「良かったな! ついつい割高なパンフまで買っちまったぜ」

許嫁「そうね、期待通りだったわ」

男「ヒロインが高慢だったのが多少気に障ったけどな」

許嫁「主人公の斜に構えた態度が鼻についたわ。ヒロインに対してもっと敬意を払うべきよ」

男「……」

許嫁「……」

男「ま、せっかく見たんだ。悪いところじゃなく良い所を評価しよう」

許嫁「そうね、あなたにしては珍しく良いことを言うわ」

男「創作物って良いところ、それを見つけ出したほうが楽しい。だから多少の粗があっても気にしてはいけないぞ!」

許嫁「急にどうしたの?」


男「さーてと、どうする? 夕飯はどこかで食べて帰るか」

許嫁「……そうね。そっちのほうが手間がかからないし」

男「この辺で食べるところって言うと――」ウーン

許嫁「ねえ。あなた確か、レストランでアルバイトしているのよね」

男「うっ。だ、駄目だぞ。あそこは駄目だ」

許嫁「どうして?」

男「き、気まずいだろ。自分の働いているところに客として行くなんて」

男(それにこいつと一緒だと茶化されそうだし)

許嫁「ふうん」

許嫁「なおさら行きたくなったわ。駅前のファミレス……こっちの方角かしら?」スタスタ

男「あ、おっおい! ちょ、待てよ!」

今日は以上、続きはまたです。
読んでいただき、ありがとうございます。


ファミレス

男(結局来てしまった)

許嫁「じゃ、入るわよ」

男(せめて店長がいませんように)ウイーン

ピヨピヨピヨピヨ(入店音)

店長「いらっしゃいま……あれ、どうしたの? 今日シフト入ってないよね?」

男「ちっ」

店長「ひ、酷いなあ。人の顔見て舌打ちするなんて。一応ボク君の上司なんだけど……ん? あれ、お連れさんが――」

男「おいおい何だこの店はあ? 入店した客にそんな口の聞き方するのかあ? ああ?」

店長「やだ、客になった途端ガラが悪いこの子」


店長「お決まりになりましたらお呼びください~~~♪」スタスタ

男「行ったか……」

許嫁「変な人ね」

男「あれで店長なんだよ。まあ、ちょっと子供っぽいところがあるかな――ん?」

店長「……」ニヤニヤ

男(バックヤードからこっちを見てニヤついている)

店長「……」フイッフイッ

男(指さしてやがる……俺らは仮にも客だぞ)

店長「……」クイックイッ

男(小指を立てるな小指を)イラッ

男「いや、やっぱりただのムカつくオッサンだ」


許嫁「ふうん……」キョロキョロ

男「珍しいか? ファミレスが」

許嫁「来たことはないわね……あなたは、ここで働いてもう長いの?」

男「学校に入ってすぐ始めたから、もう1年以上になるかな」

許嫁「にしても、どうしてあなたは働いているの。学生でしょう?」

男「そんなの決まってる。遊ぶ金欲しさだよ」

許嫁「遊ぶ金、ねえ……」

男「ああ。質問は終わりか? 他に聞くことはないか? 一度に複数の料理皿を持つコツ聞きたくないか?」

許嫁「私がそんなこと聞いてどうするのよ」


男「じゃあ今度は俺からの質問だ。以前はどんな学校生活だったんだ?」

許嫁「またその話? どうしてそんなこと聞きたいの?」

男「単純な好奇心だ」

許嫁「あなたお嬢様学校にどんな憧れを抱いているのかしら」

男(別に学校にだけ興味があるわけじゃないんだが)

男(コイツがどんな生活を送っていたのか気になる……少しだけな)

許嫁「……あなたみたいな人が考えているような、そんな良いところではないわ」

許嫁「少なくとも、私の学校は」


許嫁「皆お互いの家を知ってて、その力関係も知ってる。学校内でもその影響はあったわ。教師も含めてね」

男「つまりお前も威張り散らしてたってわけか。国でも指折りの家の力をかさにきてな」

許嫁「……そんなことしないわよ。けど……」

男「?」

許嫁「ただ皆が勝手にそうしたのよ。私はそんなこと、必要じゃなかったのに」

男「ふうん。いろいろと煩わしそうな場所だな」

許嫁「……そうね」


店長「お待たせしました~ごゆっくりどうぞぉ★」

男(しゃべり方が気持ち悪い)

男「さて食うべ食うべ」

許嫁「ん……いただきます」

男「いただきます」

許嫁「……」チャ

許嫁「……」

許嫁「……」モグモグ

許嫁「……? なに、こっち見て」

男「や、そう言えば知り合ってからさ、お前が食べてる姿良く見てるなって思ってな」

許嫁「!?」


許嫁「そ、それはあなたがそうしたがるからでしょう? 別に私がそうしたいわけじゃないからっ」

男「何焦ってんだ。でも、そうかもな」

許嫁「な、何が?」

男「できれば俺は、誰かと一緒に食事したいのかもしれない」

男「一人で食べてるときに、そう思うことがある……偶にな」

許嫁「……」

男(何で今俺睨まれてるんだ?)

許嫁「……」モグモグ

男(分からんヤツ)


許嫁「ごちそうさま」

男「さあてお腹も膨れたことだし、そろそろ帰る……」

店長「えぇっ!? それは本当かい!」

男(ん……?)

店長「それは、それは、困ったなあ!」


店長「今からシフトに入っている君が、動けないほどの高熱なんて!」

店長「いや、いいんだ! いい! 君はゆっくり療養してくれ」

店長「病人に鞭打つようなことはしたくないんだ……!」

店長「いいんだ、いい、こっちのことは心配せずゆっくり眠ってくれ……!」ガチャン

店長「……」

店長「クソッ、まったくこんなことになるなんて!」

店長「……」

「……」

店長「……ほら」ボソ

「あ、え、えええ。て、店長、どうするんですか、これじゃあ人が足りないですよ」

「えっと、これからの忙しくなる時間、私たちだけでは到底凌げないですよお」

店長「くっ困った……、困った! 誰か働いてくれる人がいないかなあ」チラッ

「そ、そうですねえ」

店長「ほんの少しの間だけでいいんだけどなあ。忙しい間だけでいいんだけどなあ」チラッ

男(なんだあの小芝居)


店長「どうか、どうかご慈悲を!」

男「えぇぇぇぇぇ。今から急に働く気なんておきませんよ」

店長「そこを何とか! 何とか! 何とかお願いしますよ!」

男(うるさい)

店長「ただでさえ少ない人数で何とかしているところなんですよ。これで欠勤でちゃったらもう回んないですよ!」

男(何で半ギレしてるんだ)

男「そもそも元より手が不足ぎみなんですよね。その責任は店長にもあるでしょう?」

店長「うっ。ひ、人はもう少し入れようと考えているんだけど、なかなか難しくてね……」

許嫁「……」


店長「それにね、君がいないと始まらないっていうか、この店」

男「え?」

店長「やっぱりね、君みたいな皆に気が回って全体を意識できる人って貴重なんだ」

男「や、それは買いかぶりすぎです」

店長「僕もこの店に来てから、まだ日が浅いでしょう? ベテランのキミにね、サポートしてもらって助かっているよ」

男「ベテランって言えるほど長くはないですって」

店長「そうかな? その割りには、君は頼りになるってみんな言っているよ」

男「え、う、嘘でしょう? ホントですか?」

店長「ほんと、ホント!」


男「いや、僕なんてそんな、そこまで気が利くほうじゃあないですよ、いやいや」

許嫁「まあお節介なのは確かね」

店長「ほら、彼女さんもそう言ってくれてるし」

男・許嫁「「彼女ではないです」」

店長「あ、そ、そう。あはは……」


店長「つまりね。何が言いたいかって言うと、この店は君で回っているようなものなんだ」

男「そんな……」

店長「これからもね、君を中心にがんばって行きたいと思ってる。これからもよろしく頼むよ」

男「あ、ありがとうございます……! 店長にそう言ってもらえるなんて、自信がつきました!」

男「僕のほうからもぜひ、これからもよろしくお願いします!」

店長「そうかね! じゃあ――」

男「帰るんでお会計お願いしますね」

店長「違うじゃん! 今のはこのまま働いてくれる流れだったじゃん!」

店長「しょうがないなあって苦笑して。エプロン手に取る胸アツ展開だったじゃん!」


店長「やだ! 働いてくれなきゃ店長やだ!」

男(駄々をこね始めた……ここ店内だぞ)

店長「お願いします! お願いしますよおおお。何でも、なんでもしますからあああああ」

男「ええい、いい歳こいたオッサンにしてほしいことなどないわ! 放せい!」

許嫁「いいじゃない。助けてあげれば?」

男「え?」

許嫁「このあとすることもないんでしょう?」

男「そりゃそうなんだが……」

店長「頼むよ~欠勤出て人数大きくマイナスで、ホント大変なんだよ~」

男「……はあ、まったく。しょうがない。やりますよ」

店長「ほ、ホントかね? 言質取ったからね!?」

男「ここで『言質取った』は発言としておかしいだろ」


男「じゃあお前は――」

許嫁「待つわよ、長くはならないんでしょう?」

男「え? いや、」

店長「そうだね。深夜のシフトの人も早めに出てきてくれるって言ったから、この忙しい時間帯だけ、本当にゴメンだけどお願いするね」

男「あ、は、はい。分かりました」

男「じゃあ、制服取ってきますね」

店長「よろしく頼むよ」

男「……」

男(先に帰ってくれと言おうとしたんだが……)


許嫁「……」ジー

男「いらっしゃいませ! 2名様でしょうか?」

男「ご注文承りました。少々お待ちくださいませ」

男「オーダーお願いしまーす」

男「ありがとうございました。またのご来店、お待ちしております」

許嫁「……」ジー

男(あいつからの視線が痛い……何か面白いか?)

男(そうか、ファミレスが物珍しいのかもな)

男(来たことないって言ってたし)


許嫁「……」

許嫁「まったく」

許嫁「お節介なひとね」

許嫁「……」

許嫁「珍しいわ」


男「お疲れさまでしたー」

店長「本当にありがとうね。助かったよ」ペコリ



男「待たせたな」

許嫁「あなたって意外と真面目に働くのね」

男「お前は俺を何だと思ってるんだ」

許嫁「聞きたいの?」

男「やっぱいいわ。好き好んで誹謗中傷を聞きたくはないからな」

許嫁「残念ね」


……

『……そうですか。では、さしあたって大きな問題はなさそうですね』

男「小さな問題は数え切れないほどありますよ」

『そこはお二人で話し合って、乗り越えていってください。ふふふ』

男(……まったく)

男「しかし、一体なにを考えているんですか?」

男「自分はまだしも大変なのは彼女だ。慣れない生活に突然放り込まれて」

男「先日も体調を崩しました――ご存じだとは思いますが」

『あら、そのようなことが?』

男「……、どのような事情があるのかは分かりませんが、あまり無理を強いるようなことは……」

『無理、ですか』

男「ええ」

『そうとばかりとは言えませんよ』

男「?」


『ご実家へされた連絡です。私も詳細を知っているわけではありませんが』

『「慣れていないことが多く苦労もあるが、悪くない」と』

男「彼女が?」

『心配をかけないように、という側面もあるでしょうが。始めのころに比べれば随分と楽しみも増えてきたようですよ』

男「そうかな……」

『最近はお二人でお出かけになることもあるそうじゃないですか?』

男「彼女が楽しんでくれているかは分かりませんがね」


『そちらに向かうまでの生活ですが、あれだけのお立場ですと窮屈なことも多かったようです』

『ご学友をお作りになることも難しく、お父上もお忙しい方ですから』

『ご自宅で食事を取られるのも、お一人の時が多かったそうで』

『プライベートで、どなたかとご一緒にお食事をするという機会も少なかったでしょう』

男「……」

『……一人は寂しいですよ。誰だって。そうはお思いになりませんか?』

男「それは」

『少し、露骨でしたね。お恥ずかしい』

男「いえ、おっしゃりたいことも分かります。僕は――」

『……あら、もうこんな時間ですね』


男「……祖父には、よろしく伝えておいてください」

『ええ』

男「それからもうひとつ」

『?』

男「自分もどんな理由でこんなことになっているのかさっぱり分かりません。だけど――」

男「今の状況も『悪くない』と」

『……、承知しました』

男「……」ピッ

男「……ふぅ」

今日は以上です。次回は少し間が空くかもしれません。
レスありがとうございます、頑張れます。


教室

ドンッ

許嫁「!」ビクッ

男「てめえいい加減にしろよ!!! ふざけたこと言ってんじゃねーぞ!!」

友「は? 何が? 抜かしたこと言ってるのはオメーのほうだろ? あ?」

許嫁「……」

男「そうやってすぐに上からの目線で話しやがって……!」

友「実際上だからなぁ~?」

男「こ、こいつ!」

許嫁「ね、どうしたのかしら? あの二人……」

委員長「えっあ、えっ?」


委員長「……」

許嫁「どうしたの?」

委員長「ご、ごめんなさい。ちょっと、その。そんなこと聞かれるって、思わなかったから」

許嫁「あれだけ煩いとさすがに気になるの」

委員長「そ、そうね」

許嫁「それに、クラスの一員だったら、平穏のために協力すべきなのでしょう?」

許嫁「……お節介かもしれないけれど」ボソ

委員長「あ……そう、うん。そうよね! ご協力、感謝します」

許嫁「それで、何が起きたのかしら?」

委員長「アレだったら……」


男「だからキノコのが良いっつってんだろうが! あの持ちやすさ、気軽さが良いんだろーが!?」

友「そうやってすぐ目をそらす。人気なのはタケノコ。はっきり分かるんだよね」

男「ぐぬぬ。もう我慢ならん! 表でろや! ここで決着つける!!!!」ダッ

友「上等。どっちが上かその身に叩きこんでやるぜ!!!!」ダッ

クラスメイト「二人もう先生来るよー」

男・友「「はーい」」スチャッ


委員長「いつものことだから」

許嫁「馬鹿ね」


渡り廊下

許嫁「……」キュッキュッキュッ

男「お、今日ここの掃除当番か」

許嫁「そうよ」

男「意外と真面目にやってるんだな。『この私に掃除は不釣り合いだわ』なんて言ってパスするかと思ったのに」

許嫁「……あなた私を何だと思っているの」

男「聞きたいか?」

許嫁「別にいいわ。毒にも薬にもならないでしょうし」

男「そりゃ残念。しかし……なっておらんな」

許嫁「何がよ」

男「掃除だよ、掃除の仕方。ほら見たまえ。ここにもあそこにも汚れが残っている。ただ漫然とモップをかけるだけを掃除とは呼ばんよ」

許嫁「あなた掃除が趣味だとか言ってたかしら」

男「見ちゃおれん。モップちょっと貸してくれ」


許嫁「……」

男「ホラホラホラホラホラァ」

男「ドラララララララララララララァァーッ!」

男「ボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラ……」


男「はぁはぁ……ゼェゼェ」

男「ほら……これで……、ハァハァ……、ゼェゼェ……、綺麗にピカピカだ!」

許嫁「あきれた」


許嫁「あなた掃除が趣味だなんて言ってたけど、本当だったのね」

男「以前は好きじゃなかったがな。掃除も熱心にやってみると意外と楽しみがあることに気がついたんだ」

許嫁「ふうん」

男「いかに綺麗に、しかし時間をかけずにできるか。工夫の余地なんていくらでもある」

許嫁「へえ」

男「そして何より綺麗になると気持ちよい。ココロもスッキリするってもんだ」

許嫁「はあ」

男「どうだ、さっきと違って廊下もピカピカだろ? 舐められるくらいだ」

許嫁「……あのね、廊下を舐める馬鹿なんて世界中探してもどこにもいないわよ」

男「ペロリ」

許嫁「……」

男「この味は……Bランチ!?」

許嫁「……さすがに、今のは恐れ入ったわ」

男「はっはっは。ようやく俺の恐ろしさを思い知ったか」

許嫁「馬鹿なこと言っていないで。さっさと口、濯いできなさい」

先輩「おやおやおや? どうしたのかしら?」


男「先輩?」

先輩「やっ元気してたー? お得意の掃除中?」

男「ええ」

許嫁「……」

先輩「ムムッ? 彼女は? あんまし見ない顔だねえ」

男「クラスメイトです。まだ転校してきたばかりで、右も左も上下関係も分かってませんが」

許嫁「一言多いのよ」

先輩「へえー」マジマジ

許嫁「?」

先輩「何だか随分と仲よさそうじゃない? キミと」

許嫁「っ」

先輩「もしかして、二人は特別な関係だったり?」

許嫁「……そんなことはありません。私は失礼します。あとはお二人でごゆっくりどうぞ」スタスタ


先輩「ありゃりゃ?」

先輩「ごめんなさい。どうしてか怒らせちゃったみたいね」

男「……難儀な性格でして」

先輩「ナンギ?」

男「ええ。俺も人のこと言えたものじゃないですけどね」

先輩「ふうん、ナンギねえ」

男「ところで、ここには何か用事で?」

先輩「ふっふー。何を隠そう隠そう、隠れたキミを探していたのだー」

男「俺をですか?」

先輩「キミです、キミなのです。――キミを、借りに来た」キリッ

男「?」


男「ういしょっと――っとと」ヨイショ

先輩「ゴメンね~。私一人じゃさ、これチョッち重くてさ」

男「何かと思ったら物運びくらい。全然構わないですよ、任せてください」

先輩「さっすが頼りになっる~」

男「でも、わざわざ俺を探さなくても。先輩でしたら手伝ってくれる人なん

ていくらでもいるでしょうに」

先輩「? そうかしら?」

男(周囲の視線を必要以上に感じるのは、気のせいではあるまい)

男(……先輩人気あるらしいからなあ)


空き教室

先輩「こっちこっち。ここに置いてもらえるかな?」

男「はい――っしょと。……これでいいです?」

先輩「うん、助かったよ。困ってたらキミの顔が浮かんでさ、思い切って頼んで良かった。アリガトね」

男「こんなことで良ければ、いつでも手伝いますよ」

先輩「ふふっ。キミって優しいんだ」

男「ところでさっきから気になっていたんですが、この部屋って何の部屋です? それに今の荷物は……」

先輩「ふふふ~。さっすが良いところに気がつくわね!」


男「ちょ、諜報部?」

先輩「そう! 学校内に隠されている秘密や陰謀を暴いていくのが主な活動内容よ!」

男「陰謀って……この学校にそんなものあったんですか」

先輩「ふふ……この話はね、学校の中でも知っている人以外は誰も知らないんだけど」

男「そりゃ知らない人は知らないでしょう」

先輩「実はこの学校はね、とある権力者によってとある目的のために作られたと言う話があったりなかったりするのじゃ」

男「随分曖昧だなあ」

先輩「それだけじゃないわ。その陰謀のために、いろんな組織からエージェントが送り込まれているって話よ」

男「エージェントて」

先輩「それを聞いた私は思いついちゃった、ってワケだ。この空き部屋を拠点とした新しい部活を作ろうってね」


男「で、実際は何をするんです?」

先輩「えーと……」

男「……」

先輩「まあ……放課後だらだらしたり、喋ったり……するの?」

男「俺に聞かないでくださいよ」

先輩「みゃあみゃあ。何か楽しそうじゃない? そういうの?」

男「うーん、分からないでもないですけどね。けど、よく下りましたね? 許可」

先輩「え? ……えへへへへへ」

男(許可とってないのか)

先輩「ま、この学校生徒たちの自主行動に寛容だからね、大丈夫、ダイジョーブ!」ブイッ


先輩「ね、どうどう?」

男「? 何がです?」

先輩「キミも諜報員になってみないかい!?」

男「え?」

先輩「もちろんキミさえ良ければなんだけど。今私しかいないからね、ココ」

先輩「キミなら優秀な諜報員になれそうな気がするニュ。それに今なら入部特典ついてるぞ!」

男「入部特典?」

先輩「なんと今、入部すると先輩スーパーポイントをもれなく66兆2000億ポインツプレゼントッ!」

男「66兆2000億!? 国家予算と同じ額じゃぞい!!」

先輩「さらに! 諜報員証は先輩私服バージョン!!」

男「わあい、SSR(スペシャルスーパーレア)だあ」

先輩「ささ、今がチャーンス! ここに名前書くだけでいいのだ! この特典がぜーんぶキミのものに!」


男(とは言え、どうするかな)

男(俺は帰宅部だが……)

先輩「さささ、書くだけなの! 書くだけだから! 痛くないよ!」

男(先輩のことも興味がないわけではない)

男(が……)

男(うーん……)


男「すいません。せっかく誘ってもらったのに悪いんですけど。俺は部活に入る気はないです」

先輩「ん、そうなんだ、残念~」

男「俺アルバイトしてますからね、放課後はそんなに顔出せないと思いますし」

男(それに今はウチにあいつがいて。何やかんややることも増えたしな)

先輩「そっか、そっかー。確かキミって駅前のファミレスで働いているんだよね?」

男「ええ。フロアのほうです」

先輩「じゃあ今度参上して、お店の売上に貢献してあげよう!」

男「ありがとうございます……つってもまあ、俺の時給は変わらないんですけどね」ハハ

先輩「それもそうね。じゃ、もしかしてまた気が変わったりして、この部に入りたくなったらいつでも言ってね」

先輩「キミのこと、いつでも待ってるから」

男「先輩だったら部員なんてすぐ集まると思いますよ」

先輩「私はキミが良かったんだけどねえ……ふっ、今はまだ多くを求めまい」

男「え……」

先輩「へへへ、覚えとけ! 今日のお手伝いのこの借りは、いつか必ず返すぜ!」バイバイ

男「……」バイバイ

男「謎の先輩だな……さて、と」


男(まだ掃除途中だったなあ……俺が最後まで終わらせておくか)

男(あいつ怒って投げ出しちゃったし)

男(俺との仲をからかわれたのが嫌だったんだろうが)

男(許婚の関係を認めたくはないわな)

男「……」テクテク

男(許婚か……、考えてみると良く分からん関係だな)

男(一応話では、今のところ二人は許婚って関係にはなっているが)

男(必ずしも結婚しなければならないっていう訳ではなさそうだ)

男(ってことは、祖父やあいつの家にとって重要なのは)

男(今、俺とあいつが許婚の関係であることか?)

男(うーん)

男「まあいい。やることやろう……あれ? 確かここだったよな?」

男(全部綺麗になってる。それに掃除道具も片づいてて)

男(ピカピカぴかりん!)

男(誰がやったんだ、って一人しかいないか)

男(意外と律儀……いや負けず嫌いなだけか?)

今日は以上です。
今後の展開はどうなるんだろう。


……

台所

男「……」トントントントン

男(今日は俺が料理当番。なのは良いんだが)

『小テスト返すぞー。これ期末の前哨戦だからな。悪かったヤツはしっかり反省しとけよー』

男(……)ピラッ

男「立派な成績ではなかった……」

男「まっずいなあー」コトコトコトコト

男(割と真面目に勉強取り組んでるんだけどな。けどバイトも家事もしてる上に)

男(……厄介事が増えたし)


ガチャリ

男「あ、厄介事が帰ってきた」


男「おう、お帰りー」

許嫁「……うん。あら、今晩は料理作ってるのね」

男「ま、今日はバイトも無かったし。いつも惣菜ってのもな」

許嫁「ふうん。……? これ、今日返ってきた小テスト?」

男「ああ。反省しながら料理してたんだ」

許嫁「あら、この点数……。へえ。意外とあなたって――」

男「あまりにも点数悪かったからさ、本番の期末では頑張んないと」

許嫁「え」

男「学生の本分は勉強だし、こんな成績じゃちょっとな」トントントントン

許嫁「……」


男「お前はどうだったの、小テストの点数」

許嫁「別に? あなたに言うほどでもないわ」

男「何だ言うほどでもない点数って」ジュワージュワー

許嫁「そのままよ。教えるほどでもない」

男「何だ、良くなかったのか」

許嫁「そうは言ってないわ。勘違いしないでよ」

男「……?」

許嫁「な、何よ」

男「はっはーん」ゴリゴリゴリ


男「お前、俺より点数が悪かったんだろ。それを認めたくないと」

許嫁「っ。そ、そうは言っていないわ」

男「動揺してるぞ」ボワワワワワ

許嫁「邪推をしないでくれる? あなたっていつもそうね。以前、私がちょっと体調不良になった時だって、勝手に私が――」

男「フッ、露骨な話題転換に惑わされるものか。今は小テストの点数の話をしている」

許嫁「っ」

男「俺のほうが上だった、そうだな?」

許嫁「いいえ。そんなわけないじゃない。あなたなんかに負けるわけがないもの」

男「じゃあ見せろよ答案」

許嫁「個人情報の取り扱い方も知らないなんて残念な人ね。現代社会の人間とは思えないわ」

男「お前は俺の答案見たじゃねえかよ」オリーブオイルドバババ

許嫁「あなたが見せびらかしたのよ、これでもかとね」


許嫁「私のが見たいからって自分のを見せびらかすなんて。気持ちが悪い人ね」

男「妙な言い方をするんじゃねー!」

許嫁「まったくもう。……これじゃ、ラチがあかないわね」

男「オメーが答案見せれば済む話だっ」

許嫁「あなたがしつこい人ってことは知ってる……仕方ないわ、分かったわよ」

男「? 見せてくれるのか?」キューキュー


許嫁「実のところ、これは小テストに過ぎないわ。本番は期末テスト、そうよね?」

男「……まあ」

許嫁「小テストの結果はもちろん私のほうが上だけど、あなたがそれを認められないのなら」

許嫁「期末テストの結果で白黒はっきりつけるってのはどうかしら?」

男「む」

男(詭弁もいいところだが……)

男(誰かと勝負って形にしたほうが勉強も張り合いが出るかもな)

男(……待てよ。良い考えが浮かんだぞ)


男「なかなか面白いな、それ」

許嫁「でしょう? それじゃあ――」

男「だが一つ、付け加えたいことがある」

許嫁「何かしら?」

男「『負けたほうは一つ、相手の言うことを何でも聞く』ってのはどうだ?」

許嫁「!」

男「こっちのほうがより真剣味が増す。お前のほうが俺より上なんだろ? 良い話だと思うがね」

許嫁「……あら、良いのかしら? 結果は既に見えてるっていうのに。気が引けるわ、弱者から搾取するなんて」

男「怖いのか?」カチャカチャ

許嫁「……まさか。いいでしょう、勝負よ」


男(何でも一つ命令ができるなんて、なかなか機転が利いたな、俺)ニヤリ

男(俺が勝った暁には)

男(思う存分……)


男(こいつの部屋の掃除をさせて貰う!)

男(家具の後ろなんてホコリが溜まってそうだしなあ……フフフ)

男(ついでに掃除の助手にこき使ってやる)

男(そのキレイな顔をホコリで汚してやるぜ)

男「ククク……」オイオリーブドバババ

許嫁「何悪い顔してるのよ」


男「勝負は期末テストの総合点。主要五教科だ。保健体育や家庭科は入れない」

許嫁「負けたほうは一つ、相手の言うことを何でも聞く。……聞くだけってのは駄目」

男「答案は実物を晒すこと。それができなければ負けだ」

許嫁「……条件はこれでいいわね?」

男「ああ」


許嫁「あなたと私のどっちが格上だったのか、思い出させてあげるわ」

男「ククク。結果が出たとき、その物言いがどうなるのか楽しみだぜ」

ピロピロピロー(炊飯器)

男「ってところでちょうど夕飯できたぞ。もう食べる?」

許嫁「ん。そうするわ。……いただきます」

男「うぃ。いただきます」

許嫁「? ……これなに?」

男「ああこれ? これは、俺の好きな料理で、へ

今日は以上です。

レスありがとうございます。
切ったのはその通りです(料理は割とざっくりです)


教室
放課後

男「すやすや……すやすや……」ネムネム

友「よく寝るねえお前も」

男「……ん? んぁ、もう朝か?」フアー

友「もう放課後だよ、何だ疲れてんのか?」

男「いやあ、今日もバイトだからさ。その時間までちょっと仮眠とっておこうと思って」

友「ふうん。もうそろそろだっていうのに随分余裕だな」

男「ん?」


友「テストの点数で勝負してるらしいじゃん」

男「まあな」

友「そんなんで大丈夫なのか?」

男「そこそこ勉強はしているし。そもそも俺のほうがあいつより随分成績良いらしいから、いつも通りで平気だろ」

男(勝利はわが手中に有り。ククク、新しい洗剤を先に買っておくか)ニヤリ

友「へえ~」

男「……? 引っかかる喋り方をするなぁ。どうしたんだ?」

友「いやさあ、委員長に聞いたんだけど……あ、委員長! ちょっとさ、さっきの話」

委員長「? どうしたの? 何かな何かな?」トコトコ


許嫁『いま、ちょっと良いかしら?』

委員長『はい、大丈夫ですよ。何か用かな?』

許嫁『今度のテストのことでちょっと』

委員長『期末のこと?』

許嫁『ええ。以前いた場所とこの学校とで、範囲が異なる箇所があって。それに他にも色々な違いがあるから』

許嫁『そういうことについて色々と教えて欲しいの。あなたが良ければ、なんだけど。その、どう……かしら?』

委員長『もちろんOKです。喜んで!』


委員長「ってね。頼まれたの。彼女、先生方にも熱心に聞きに行ってるみたい」

男「へ、へ~。そうなんだ~」

男(そうか、転校してきたんだ。今までの成績は、単純な学力だけじゃなくて、学校の違いに慣れていないってのもあったのかもしれない)

委員長「それでね。どうしてそんなに頑張っているのって聞いたら」


許嫁『絶対に負けられない戦いがそこにはあるのよ』


委員長「って。何のことかな?」

男(代表選手かあいつは)


男(しかし)

男(あいつは何かを人に訊ねるってことにあまり慣れてないハズ)

男(今回の勝負はそれだけ本気なのか)

男「……」

男(相手はとんでもない負けず嫌い、加えて俺にはバイトという時間的制約もある)

男(俺は負けるなんてこれっぽっちも考えていなかったが……)


『負けたほうは一つ、相手の言うことを何でも聞く』


男(……万が一だ。万が一、負けたらどんな命令をされるのか)


男『ま、まさか俺が負けるなんて……』

許嫁『ふふふ。だから結果は見えてるって言ったのにね。じゃ、私の命令を聞いてもらうわよ』

男『……』ゴクリ

許嫁『あなたはこれから犬よ』

男『……は?』

許嫁『私の前では犬のように振舞うこと、一生ね』

男『お、お前一体何を言って』

許嫁『犬が人様の言葉を使わないで』ビシィッ

男『ひ、ひぃ!』

許嫁『口を開くときは、どうするのかしら?』

男『……わ、わんわん』

許嫁『そう、それで良いわ』

男『……わんわん』

許嫁『ふふふ、似合ってるわよ』

男『わんわん!』ハッハッ


男(……なんて。さすがにここまではしないと思うが)

男(何考えてるか分からないとこあるからな)

男「……」

男(……まずいぞ。これはウカウカしてられんかも)ダラダラ

友「さっきから一人でニヤニヤしたり犬真似したり焦ったり忙しいやつだね」

男(俺も本腰入れないと)


ファミレス

店長「……」

男「うーむ」ヨミヨミ

後輩「うーん……」ヨミヨミ

男「あっ。そうか……ここは否定疑問文だから答え方は逆かあ」

男「こんな初歩的なミスを犯すとは……」

後輩「さりげなく潜んでいると、結構ひっかかっちゃいますよね」

店長「……」

ピヨピヨピヨピヨ(入店音)

男・後輩「「いらっしゃいませー」」


男「恐れ入ります、お客様」

男「当店での飲食以外でのご利用はお断りさせていただいておりまして。お席での勉強はご遠慮願います」

……

店長「……」

男「まあ、ファミレスで勉強したくなる気持ちは分からないでもないけどな」ヨミヨミ

後輩「環境が変えたほうが勉強が捗るような気がしますもんね」ペラペラ

男「けどなあ、本部から駄目ってお達しが来てるからなあ」ヨミヨミ

後輩「いちバイトの身としては従うしかないですしねー」ヨミヨミ


店長「君たち店員が裏で勉強するのはもっと駄目だよぉ!」


男「あ、バレちった」

店長「僕ずっと目の前にいたからね?」

後輩「もー。店長さんたらー。こっそり覗くなんて趣味が悪いですよー」

店長「何だそのノリ。今は暇だからって駄目だよ、そういうことしちゃ」

男「じゃ店長。代わりにテスト休みくださいよ」

店長「うっ」

後輩「学生アルバイトには、そういう配慮あってもいいんじゃないかと思いますよねーフツー」

店長「そ、それは」

男「テストあるって言ってたのに。まさか通常通りのシフト組まれてるなんて、目を疑ったよ」

店長「……あ、あー。じゃあさ。さすがにバックヤードではダメだけど、休憩時間に控え室でなら……」

後輩「えー。それだけですか。ううう。普段からアレコレ理由つけて早出や延長なんてザラ。なのに、あっしらの都合なんて一切構ってくれやしねえ」オイオイ

後輩「あっしらアルバイトだって、人生があるんですぜい。この店のために生きてるわけじゃないんですぜい」オイオイ

店長「そ、その。僕もさ、無理には押し付けてるつもりじゃあないんだけどもさ、なんて言うかさ。特に君たちは何やかやで入ってくれるから甘えちゃうっていうかさ」

後輩「そんなんだからってワシオ店長って陰口言われるんですよ」

店長「え?」


店長「わしお店長? 一体どういう――鷲みたいに猛々しいってことかな?」

後輩「若作りしたいだけのオッサン」

店長「おっふ」

男「こらこら。事実でも言って良いことと悪いことがあるんだよ?」

後輩「すいません、先輩。私、結構はっきり言っちゃうタイプなんです」

店長「う、嘘だよね。皆は僕のこと、そんなふうに言ってないよね?」

後輩「Yes」

店長「イエス? よ、良かったぁ~ビックリしたよぉ~。そんな冗談言っちゃダメだよ~」ホッ

男「えぇっと、否定疑問文に対する、英語の答え方は――」ヨミヨミ

店長「Oh...」




男(飯食ってパパッと風呂入って。勉強しないとな)

男「ふいーただいまー疲れたー」

許嫁「あら」

男「お、今夕食取ってるんだ?」

許嫁「ええ。……あなたも食べるのかしら?」

男「ああ。じゃあ、そうしようかな」

許嫁「それじゃ、ご飯よそって上げるわね」

男「え?」

許嫁「何?」

男「いや」

男(何か変だな……優しいというか)


許嫁「はい、どうぞ」

男「あ、ありがと」

許嫁「アルバイト、お疲れかしら?」

男「え、あ、ああ、うん。まあバイトはな、やっぱりちょっと疲れる」

男「店長、テスト期間だからって結局早めに上がらせてくれたんだけど」

許嫁「そ。良かったわね」

男「あ、ああ……」モグモグ

男(何考えてるんだ、こいつ……今日は妙に物腰が柔らかいというか)

男(分からん)


許嫁「おかわり、要るのかしら?」

男「え!?」

許嫁「いいわよ。遠慮しなくて」

男「あ、ああ。じゃあ頼む」

男(変な感じはするが……悪くはない、か?)

男(……しかし、違和感は拭えない)マジマジ

許嫁「? どうかしたのかしら?」

男「いや、別に」

許嫁「そう。はい、どうぞ」

男(け、結構よそって来たなあ)

男(まあ腹減ってたし、このくらいならまだ入るからいいかあ)モグモグ

許嫁「……」ジー


男「ふぅ、ごちそうさま」

男(ついつい、よそってくれるからお腹一杯になっちゃったなあ)

男(……何だか眠くなってきた……)

許嫁「眠そうね、もう寝たら?」

男「……そうだな、でも。何かすることがあったような――」

男「ハッ!?」

男(し、しまった!)

男「妙に優しげだと思ったら、コレが目的か?!」

許嫁「……何の話かしら? さっぱり分からないわね」ツーン

男「満腹にさせて、勉強のやる気を削ぐとは! おのれ、謀ったな!」


許嫁「何言ってるのかしら。よく分からないわね」ツーン

許嫁「やる気は私の問題じゃないわ。あなたの問題でしょう」

男「くっ」

許嫁「でも、私はあなたにもう眠ることを勧めるわ。あなたいつも放課後眠そうにしているから。もっと睡眠とったほうがいいんじゃないかって思うもの」

男「そう思い通りになると思うなよ、今夜俺は勉強するんだ……!」

許嫁「人の好意を悪く受け取るなんて、あなたって悲しいひとね」

男「ぐっこいつ……」

男(く、くそ……俺はこのあと勉強するんだ……)

男(だけど、まぶたが重くなってきて……)

男「いや、駄目だ。苦しいときこそ頑張るときだ」キリッ

男「よしっ……大丈夫だ、いけるっ」

男「パパッとシャワー浴びたら、そのままテスト勉強だ!」

男「絶対睡魔なんかに負けたりしない!!」






男(睡魔には勝てなかったよ…)オヤスミー


……

試験日

男(あれから頑張って勉強はしてきたが、はたして十分だと言えるのか)

男(あいつの出来にもよるが……)

許嫁「……」

男(いや、ここからの数日間。俺は自分のベストを尽くすだけだ)

男「よし、行くぞっ」


初日

男「シゴロ賽でゾロ目が出る確率……約11%っ……!」

男「萌えるもの。濡れた西瓜に映った幼女。(現代語訳)」

男「YES I AM!」バーン

男「え!!おなじ値段でステーキを!?(問題)」

二日目

男「金剛! 扶桑! 伊勢! 長門! 大和!」

男「自己増殖・自己再生・自己進化の能力を持つ金属細胞!」

男「首に視神経!」

男「本当に裏切ったんですか!(和訳)」

三日目

男「扇からビーム!」

男「レベルを上げて殴ればいい(物理)」

男「何が始まるんです? 第三次大戦だ!(和訳)」



男「……」

男(何か変な問題多いな)


男(ここまでは予想以上に順調だ! 残すは現代文……)

男(正直に言えば、俺は得意じゃない。読書が趣味なだけあって、あいつは得意と聞いた)

男(だが、ここまででリ-ドできているはずだ)

男(たとえ現代文で負けても)

男(ここで大きなミスさえしなければ……余裕で勝てるだろう)


現代文

男「……ん?」

男(現代文のこの例題は……前に一緒に観た映画の、原作?)

男(……こんなとこからも問題出すのか、ウチの教師は)

男(しかし、これはチャンス!)

男(あらすじを初めから知っている分、楽に答えられる!)

男(もちろんそれはあいつも同じ条件だが……これは俺の苦手科目。底上げできるのは有利!)

男「ククク」

男(取ったな、この勝負!)ニヤリ


……

男「……」ヨミヨミ

男「えっ」

男(あ、マジかー。これ映画じゃ端折られていたけど、そっか。そんな設定あったんだ)

男(ん?)

男(ってことは待てよ、主人公の台詞ってまた違う意味が……)

男(だとすると終盤のあの屋上での会話って)

男「マジか」ボソ

男(そういうことだったかー。あの二人変だったもんなー)

男「……」ヨミヨミ

……


男「ふぅ」

男(映画だけじゃ分からないことあったな。あとで読むか……ん?)

男「……アレ?」

男(おかしいな、時間が……あと……少ししか……)

男「……」

男(し、しまったああああああああああああ)

男(小説読むだけに熱中しすぎたああああああああ)

男(問題まるまる残ってるううううう)

男(あああああん時間よ止まれええええええ)アセアセ


キーンコーンカーンコーン

男「……」

友「はー。やっと終わった、終わった。これで待ち望んだ夏休みだぜー」

男「……」

友「お、それで。どうだった、お前のほうは。成績の感触は、どうよ?」

男「……」

友「……そう、か」


許嫁「何呆けてるのよ」

男「っおぉ」ビクッ

男「な、何だ? 何か用か?」

許嫁「どうだったのかしら、あなたのほうは」

男「……ま、まあ全然余裕だね。勝利を確信している」

許嫁「あら、そう。……私も同じよ、完璧だったわ」

許嫁「私が負けるはずなんてないもの」

男「そ、そうか」


許嫁「結果が楽しみね」

男「あ、ああ。そうだな」

許嫁「声が震えていないかしら?」

男「い、いや。そんなことはないぞ。余裕のよっちゃんイカだ。ワハハハハ」

許嫁「もちろん忘れてないわよね? あの決め事」

男「も、もちろんだ。『負けたほうは一つ、相手の言うことにできるだけ従う』だったよね?」

許嫁「違うわ。『何でも聞く』よ」

男「そ、そう言えばそうだったかな」

許嫁「随分と焦ってない?」

男「や、そんなことはありませんですよ」

許嫁「そう? ま、今からそのときを楽しみにしているといいわ」

男「……わ、わんわん」

許嫁「……何言ってるの?」


数日後



男(返ってきたが……俺の成績は、ほぼ予想通り)

男(勉強の甲斐もあってなかなかに良い成績)

男(だが……)

現代文「」シーン

男「なんてこったい」


男「いや」

男「まだだ、まだ分からんよ」

男「たまたま一つしくじっただけ、他の科目で充分カバーできている」

男「勝負は総合点だ。案外あっさり勝ってるかもしれんぞ」

男「よし、何だかそんな気がしてきた。いける、勝てるはずだっ」

許嫁「……一人でぶつぶつ。結果を晒す準備はできたのかしら?」

男「ああ」

許嫁「あなたが負けを悟ったときの顔が楽しみだわ」

男「その言葉そっくりリボンでもつけて返してやるぜ」


許嫁「!?」

男「ば、馬鹿な……!」

許嫁「同点……」

男(げ、現代文を残して同点だと?)

男(馬鹿な、ぶっちゃけありえない!!)

男(ここで大きなリードを取る予定のはずが、マジ意味わかんない)

男(くそ、こいつの実力を侮っていた!)

許嫁「……」ムゥ

男(残るは現代文のみ、だが)

現代文「」シーン

男(ほとんど息をしていないっ……! 負ける、このままだと負けてしまう)


男(考えろ……ここから、逆転する方法はないかっ……)

男(例えば)


男『許嫁よよくぞわしを倒した。しかし光ある限り闇もまたある。』

男『わしには見えるのだ。再び闇から何者かが現れよう』

男『だがその時はお前は年老いて生きてはいまい。わはははは…。ぐふっ。』 ゴゴゴゴゴ

男(このままフェードアウト……)


許嫁「どうしたの、早く晒しなさいよね」

男(そんなのが通じる相手じゃないなコレ)

男「ええい、ままよ!」バーン


男「……え?」

許嫁「……」

男「か、勝ってる……?」

許嫁「……」

男「うそ。ほんの僅かの差だけど……勝ってる……」

許嫁「……、仕方ないわね」ボソ

男(とても低いレベルの勝負だが)

男「信じられん。どうしたんだ、現代文は得意じゃなかったのか?」

許嫁「そうね、けど」

許嫁「……つい、読みふけっちゃったのよ。何度も読んでるのに……それで、気がついたら」ボソ

男「お前も同じか」

許嫁「え」

男「ま、過程はともかく、勝てばよかろうなのだ」

許嫁「……仕方ないわ、負けは負け。認めるわよ」

男「意外と潔いな」

許嫁「負けを認めるのは敗北者の権利だわ」

男(さすがの性格)


男(危なかったぜ……しかし勝利!)

男「僅かの差だが勝った。ククク、何でも言うことを聞いてもらうぞ」

許嫁「……分かったわ」

男(よし、俺の命令は――)

許嫁「それで? どこへ行けばいいのかしら?」

男「……は?」

許嫁「あなたのことだから、どうせ。また私に付き合って欲しい場所がある、なんて言うんでしょ。あの映画の日みたいに」

男「……へ?」

許嫁「嫌だけど、そういう決め事だったんだから仕方ないわ。例え望んでいないことでも、私は従わなければならない」

男「……ほ?」

許嫁「で、あなたは次にどういう場所についてきて欲しいのかしら? 遊園地?」

男「いや、ちょ、待っ」

許嫁「ちなみに。あまりに変な場所だったら拒否するわよ」

男「いやいやいやいやいやいや」


男「いろいろとおかしい」

許嫁「何がかしら? 何もおかしいことなんてないわ」

男「俺の要求はどこかへ一緒に行きたいってことじゃないぞっ」

許嫁「あなたが気後れするのも分かるわ。あなたみたいな賤しい人が私と一緒だなんて特別なことだものね、それも二度もだなんて」

許嫁「でも、こんなチャンスでもなければ、あの映画の日以来、私と一緒にどこか好きな場所へ行ける機会なんてもうあり得なくてよ」

男「だからそれが違うっつーの! 勘違いするなって。映画のことも、別に俺は一緒に行きたかったワケじゃないからな!」

許嫁「……知ってるわ、ソレ」

男「え?」

許嫁「つんでれ、って言うのよね?」

男「ちがあああああうううううううううううううう」


許嫁「まったく。相変わらず男らしくないわね」

許嫁「私は敗北の事実を受け入れたっていうのに。あなたは事実を受け入れることもできないのね?」

男「だからそれが事実じゃないって言ってるだろおー」

許嫁「でも。今回は、あなたが勝ったんだし、少しくらい好き勝手言うのは見逃してあげるわ」

男「好き勝手言ってるのはお前のほうだろー」

許嫁「けど、調子に乗らないことね。今回は間違いで負けてしまったけど。次、同じようなことがあったら。私が勝つから」

男(次、ねえ……)


自室

男(結局、言うことを何でも聞かせる権利はうやむやになってしまった)

男(まあいいか。そのうちいつか使うこともあるかもしれない)

男(……)

男(そのうちいつか、か)

男(初めはそんなに長く続くものじゃないと思ってた、多分お互いに)

男(気がつけば、『次』とか『そのうちいつか』とか)

男(この生活が普通になりつつあるんだろうか)

男(……あいつはどう思ってるんだろう)

男(今の生活、それに……)

男(……)

男(……あの映画の日、案外あいつも楽しかったのかな?)

今日は以上です。
皆さんのレスありがとうございます。
以前から、随分と更新の間が開いて申し訳ないです。
できるだけ、更新できるよう頑張ります。


……

ファミレス

店長「いや~もうすぐ夏休みだねえ~」

男「ええ。あと終業式までわずかです」

店長「僕としても助かったよ~」

男「?」

店長「夏休みいっぱい働いたらさ、結構な額貯まるよね、いいよね~」

男「え……?」

店長「貯まったお金で何買う? 何買っちゃう? 結構なもの買えるよ~」

男「え、え、え……?」

男(このオッサンはさっきから何を言ってるんだ?)

店長「じゃあ、週6でランチからディナーまでってことでいいかな?」

男「……あぁ?」


店長「こ、こえー……マジこえーよこの子。ちょ、ちょっとした冗談だから、ね?」

男「割と本気だったんでしょう? 人手が足りていないのは相変わらずですし」

店長「う」

店長「じ、実はそうなんだよ……それにランチのフロアの子が一人抜けちゃう予定で……」

男「マジすか」

店長「だから、仕事ができる君が少しでも来てくれれば嬉しい、んだけど……ね……」

男「いや、ですけどね……」

店長「それにね、君がいないと始まらないっていうか、この店」

男「え?」

店長「やっぱりね、君みたいな皆に気が回って全体を意識できる人って貴重なんだ」

男「お前そのやり方二回目やぞ」


店長「どうかな、この夏休み。もちろん週6なんてのは冗談だけれど、予定もない日は来ていただけると助かります……っ」フカブカ

男「……うーん」

男(せっかくの夏休みに働きづめになるのもなあ)

男(しかし最近は、懐が心許ないのも確かだ)

男(やっぱりあいつの分はかなりの負担になってる)

男(まあ、休みの間することも特にないし)

男「仕方ない、分かりましたよ」

店長「ほ、ホントかい? 良いんですか?」

男「ええ。フルで、ってことはしませんけど。できるだけ出るようにしますよ」

店長「良かった、ありがとう助かるよ! お礼に店長スーパーポインツをつけちゃう!」

男「最近そのネタ流行ってるんですか?」


……

男「ま、そういう訳で俺は夏休み中はバイトが多いから」

許嫁「そ」

男「最近懐が寂しくなってきたからな、ここらで少し貯めておきたい」

許嫁「……ひとつ、気になってることがあるのだけど」

男「ん?」

許嫁「あなた結構アルバイト入っているわよね?」

男「ん、まあそうだな。それがどうした?」

許嫁「その割りにはあなた大してお金使っていないように見えるのだけど、どうなの?」

男「まあ、金のかかる趣味は持ってないからな。けど最近野菜とかも高いし、そこまで余裕はないでござる」

許嫁「野菜……あなた、生活費自分のアルバイト代で払っているの?」

男「あ……」

男(やっべ……)


男「しょ、食費とか交通費とかそれくらいだよ。他の光熱費やら何やらは払って貰っているし」

許嫁「あなたって……」

男「あ、ああぁ! もちろんお前のためにって振り込まれてるものに手ぇつけてないぜ。ってかお前にその通帳ごと渡すべきだったよな、悪い悪い」

許嫁「そういうことは心配していないけれど。そう……」

男「もちろん俺に預けて資産運用してほしいって言うんならそれでもいいけどな。時めきファンドのごとく堅実にプラスにしてやるぜ、はっはっは」

許嫁「……そう」

男(何か変なこと考えてそうコイツ……)


男「お、お前はどうするんだ? 夏休み。実家に帰ることはできないのか?」

許嫁「難しいみたいね。聞いてみたけど、こっちにいなさいって」

男「そうか。じゃあ――」

許嫁「ご心配には及びませんわ」

男「え?」

許嫁「夏休みの間にやること、って聞きたいんでしょ? あなたのことだから」

許嫁「大丈夫よ、ちょっと前から考えていることがあるから」

男「そ、そうか。そりゃ良かった」


……

キーンコーンカーンコーン

「じゃ、これで1学期は終わりだが。夏休みハメはずしすぎるなよ。よし、礼」


許嫁「ちょっと聞きたいことがあるのだけど、いいかしら」

男「今眠ることで忙しいんだ、悪いな」

許嫁「今日はアルバイトかしら?」

男「ああ、もう少しだけ眠ったらな」

許嫁「そう」

男「ん、何か用事でもあるのか?」

許嫁「別に」

男(何か言いよどんでいる様な……ま、いいか)


ファミレス

店長「……」

男「タイガー! ファイヤー! サイバー! ……!」

後輩「素直になれないこの気持ち~」

男「Fu↑ Fu↑」

後輩「言葉にできないけど~あなたのこと~」

男「KI・MI・NO・KO・TO!」

後輩「大好き、な・の」

男「僕もだよ~!」

店長「……」

後輩「みんなー今日は来てくれてありがとー」

男「YEEEEEEEEEAH!」

店長「……」

店長「いやいや」


店長「ないわー」

店長「君たちね、いくらアイドルタイムだからってそんなんはないわ」

後輩「……私も正直このネタはどうかなって思っていました」

男「でも店長。このありさまじゃあ他にやることもないっスよ。ほら、耳をすませば」

後輩「カッコウ。カッコウ」

男「あ! やせいの閑古鳥だ!」

店長「……。やっぱり近所に新しい店ができたのは痛いね」

男「この店もそろそろ危ないかもしれませんね」

店長「僕の前でそういうことはっきりと言わないでくれる? 最近の若い人はオブラートに包むってことをしないよね」

後輩「ここが潰れても代わりはありますからねえ」

店長「……」

男「とはいえ、給料分だけは働かないとな」

後輩「了解です、先輩。行きましょう!」

店長「……」

店長「ぐすん」


男「そう言えば、キミも夏休みはここで働くんだって?」

後輩「ハイ! シフト一緒になっていることが多いと思いますけど、ヨロシクなのですよ!」

男「いいの? 俺が言えたことじゃないが、折角の夏休みをこんな掃き溜めみたいなところで」

店長「掃き溜めって……僕に聞こえてるよ?」

後輩「ええ。掃き溜めみたいな場所ですけど、大切なのは自分がどう思うかってことです」

店長「あのねえ、君たち掃き溜め掃き溜めって。いくら僕でも怒ることが――」

後輩「私。この店で働くこと、好きですから」

店長「……何も言えねぇ」


後輩「楽しいです。一緒に働くことができて」

男「そうなんだ」

後輩「はい」

後輩「……」

後輩「……って」

後輩「ちょ、ちょっと何でか恥ずかしくなってきたのでシルバー拭いてきますですぜ」タタタッ

男「ん? うん」

店長「良い子だね~」ニョキ

男「突然生えてこないでくださいよ」

店長「お客さんに人気があるのも分かるよ」

男「店長もそれ聞いたことあったんですね」

店長「うん。でも、あれだね。あの子もいつかお嫁に行くんだって思うと寂しい気持ちになっちゃうよね」

男「店長はアルバイトの子をどんな目で見てるんですか」


店長「でも、君はどうなんだい?」

男「何がです?」

店長「あの子が、できれば誰と一緒にいたいのかくらい分かっているんじゃないの?」

男「兄みたいなものでしょう」

店長「そうかな?」

男「僕は妹と接してるみたいで楽しいですけどね。でも、店長そういう話好きですねえ?」

店長「ウチには若い人も結構多いから。そういう話には敏感になるんだ」

男「そういうイザコザで辞める人決して少なくはないんですよね」

店長「う」


店長「ま、こんな話は君にしかしないよ」

男「僕で遊ぶのは止めて下さいよ」

ピヨピヨピヨピヨ(入店音)

店長「っとお客さん来たか。ククク、こんな掃き溜めみたいな場所にわざわざ来るとはな」

男「店長も大概ですよ?」


後輩「シルバー終わりましたーって、あれ? 店長? 慌ててどうしたんです?」

男「お客さんは?」

店長「いや、それがここで働かせてくれないかって子が来たのよ」

男「へーそれは渡りに船ですね、ちょうど人手が足りてませんでしたし」

店長「それがちょっとビックリした」

男「何がです?」

後輩「常に帯刀しているとかですか?」

男「戦力になりそうだなあ」

店長「……」マジマジ

男「ん、どうしたんです? 僕の顔見て」

後輩「えっまさか愛のこくは

店長「違う」


店長「君は知らなかったのかい?」

男「何のことです? ……まさか!? いや、そんな」

店長「まあ見てもらえれば分かるか」

男(嫌な……嫌な予感がする)

店長「今、窓際の席に座ってもらっているけどホラ、あの子」

男「……」ゴクリ



許嫁『……』



男「やっぱりだよ!!!」


後輩「セ、センパイ? お知り合いの方ですか!」

店長「実はあの子ね前に――」

男「クラスメイト」

店長「あ、そうだったの?」

男「ええ、少し前にこっちに越してきた転校生なんですけどね。けど、まさか――」

店長「君と一緒に働きたいってことなのかな」

後輩「ふえっ? ま、マジすか!」

男「いやいや、そんなんじゃないでしょう。どっちかと言えば対抗心のようなもんですよ、きっと」

後輩「タイコウシン?」

店長「? よく分からないけど。ちょうど暇だしね、今から面接でもいいらしいから、ちゃちゃっとやってくるよ」タタ


男「しかし、この仕事には向いていないような気がするなあ」

後輩「そうなんですか? でも、とても綺麗だし可愛らしい方ですよね?」

男「それとこの仕事ができるかどうかは関係ないよ。キミは仕事もできるし可愛らしいけど」

後輩「え!? え、……え、え!? えへへへへへへへへへ」

男「ま、それはさておき」

後輩「重要なことなのにさておかないでくださいよっ」

男「なんていうか、人付き合いの仕方が独特なんだよ彼女」

後輩「可愛らしいですか、私? 先輩から見て?」

男「それに今人手が足りていないのはフロアのほうだし、なおさら不安だ」

後輩「ホント可愛らしいです? もう一回言ってくださいよう~」

男「でも店長のことだから採用するんだろうなあ」

後輩「もー。すぐそんなこと言っちゃうんですからー。先輩ってばー。世界で一番可愛らしいだなんてー」

男「キミも大分独特だよね」


……

店長「うーん、なるほどね、大体聞くべきことは聞けたかな。あ、最後に一つ聞いていいかな?」

許嫁「ええ、どうぞ」

店長「彼とはクラスメイトって聞いたけど?」

許嫁「……あ、はい。クラスメイトです」

店長「それでさ、何か彼のさ、弱みとか弱点とかあったらさ――」

男「ぜひ俺も聞きたいですね」

許嫁「あ」

店長「さーてと。僕は色々と作業しなきゃいけないから、ね。あ、ゆっくりしていってくれていいから。ドリンクバー飲んでいいよ」

許嫁「あ、ありがとうございます」

店長「食べたいものあったら好きなの頼んでいいよ~彼の給料から天引きしとくから~」ササッ

許嫁「ありがとうございます」

男「おい待て」


男「まったく……」スタッ

許嫁「……」

男「……マジで?」

許嫁「何がかしら?」

男「本当にここで働く気なのか」

許嫁「ええ。何か文句でもあるの?」

男「そりゃお前の勝手ではあるけど……でも、どうしたんだ急に。金に困ってるわけじゃないだろ?」

許嫁「……ちょっとやってみようかなって思っただけよ」

許嫁「とりあえずは夏休みの間。暇だし」

男「そう、か」


男(大方こいつのことだから)

男(俺は働いているのに、自分は生活費全額出してもらっているってのが気に食わなかったんじゃないだろうか)

男(一応立場としては同じ状況にあるから)

男(負けず嫌いだからな、こいつ……)ジー

許嫁「なに?」

男「何か頼むか?」

許嫁「いらないわ。あるでしょ、晩ご飯」

男(俺は自立したいとか、そういう立派なものじゃないんだけどな)

男(……)


男「でも、どうしてここなんだ?」

許嫁「人手足りてないって言ってたじゃない」

男「それはそうなんだが」

許嫁「なに、さっきから。あなたは私がここで働くことが不満なのかしら?」

男「なかなか接客業も大変だぞ。お前には難しいんじゃないか」

許嫁「それはあなたが決めることではないわ。私が決めるのよ」

男「すごいなお前」

男(まさに孤高……!)


許嫁「じゃ、私はもう帰るわ。ごちそうさま」スック

男「うい」

許嫁「……不本意ではあるけれど」

男「ん?」

許嫁「あなたが勤めて長いのは事実なんだし。来週から、きちんと教えなさいよね」

男「え、来週!? もう採用決定されてたの?」

許嫁「店長さんからそう聞いたわ。それじゃ私は帰るわよ」スタスタ


男「決めるのはえーですよ。彼女あんまりこの仕事に向いていないような気がしますけどね」

店長「色んなことはおいおい教えていけばいいさ。大切なのはやる気! そうだろう?」

男「それはそうですけど」

店長「それに美少女だし」

後輩「うわっ……店長さんってバイトの私たちをそんな目で見てたんですね」

男「キャーこわーい狙われてるー」

後輩「キャー」

店長「やめてくれ給え! 私には妻も娘もいるんだ!」

男「脳内だけど」

後輩「キャー」

今日は以上です。
次回は少し空くかもしれません(できるだけ頑張ります)。


……

翌週

許嫁「……」

男「なかなか似合ってるな、制服」

許嫁「……それは喜んでいいのかしら?」

後輩「これから、よろしくお願いします! 私年下なので、そのように接し

て下さい!」

許嫁「え、あ、よ……よろしく」

後輩「はいっ! よろしくお願いします!」

店長「じゃあ、仕事について教えてあげてもらっていいかな」

男「はい。じゃ、俺じゃ不服かもしれんが、いろいろ教えていくぞ」

許嫁「うん」コクリ


男「今から教えていくわけだが、まず最初に言っておくことがある」

許嫁「……」メモ

男「初めのうちは速度は二の次。覚えること、ミスをしないことに集中する」

男「と言ってもなかなか難しいだろうが。失敗しても気にするな」

許嫁「うん」

男「何の為にその作業をするのか、しなければならないのか、してはいけないのかを意識する」

男「作業が重なったときに優先順位をつけやすくもなる」

男「あと、これはまあ多少余裕ができてからでいいんだが。周りの人が、どういう風に仕事こなしているかって参考にしてみるといいぞ」

許嫁「……」メモメモ

男「あと。分からないことがあったらすぐに何でも聞け、どんなことでもいい」

男「躊躇しなくていい。一度聞いたハズのことでもな。分からないまま、不確かなままやって間違うよりかは聞いてくれた方がよっぽどいいからな」

男(ま、コイツに限って俺に躊躇するなんてことはないだろうが)


男「もちろん俺もまだまだ失敗はするし、お互いにフォローできるようになろう」

男「と、こんな感じだが……」

許嫁「……」マジマジ

男「どうした?」

許嫁「いいえ、別に。言いたいことは分かったわ。早速教えてもらえるかしら?」

男(何か珍しく素直だな)

男「よし。じゃあ一度に複数の料理皿を持つコツから行くか」

許嫁「あなたそれ好きなの?」


許嫁「いらっしゃいませ。何名様のご利用でしょうか?」

許嫁「2名様、ご案内します」

許嫁「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」

許嫁「ご注文は以上でよろしいでしょうか? ……ごゆっくりどうぞ」

許嫁「ありがとうございました。またご利用くださいませ」

男「……」

許嫁「どうかしら?」

男「驚いているところだ。様になっている、いや堂に入っている」

許嫁「そんなに難しいことじゃないわ」

男「いや、すまん」

許嫁「何のこと?」

男「こういう誰かをおもてなしするようなコト、お前には向いていないと思ってた」

許嫁「あら、失礼ね」


許嫁「むしろ必須よ。いろんな付きあいをしなくてはいけないのだから」

男「付きあい? そっか。金持ちは金持ちなりに大変って訳か」

許嫁「……」

許嫁「まあ、あなた様ったら」

男「え?」

許嫁「まるで他人事のようにおっしゃるんですから。私、困ってしまいますわ」

男「え……?」

許嫁「あなた様もいずれは一緒でしょう? そのような言いざま、悲しく思います……」

男「ま、待った! お、俺にはその喋り方はやめてくれ……」

許嫁「? 何をおっしゃるんですか。あなた様は、そこまで私をお嫌いですの?」


許嫁「私は、これほどまでにあなた様を慕っておりますのに……」

許嫁「……」

許嫁「初めて。初めて、あなたを見たときから、本当はずっと、心惹かれていましたのに……」

男「待て、待って! 頼むから、いつも通りにしてくれっ」

許嫁「……。そんなに嫌がる? それも何だか、面白くないわね」

男「普段のお前のほうがいいよ、俺にとっては」

許嫁「え」

男「そっちに慣れてるんだから、妙な喋り方されても。困るっつーの」

許嫁「……」

男「どした?」

許嫁「……別に。あなたのために、こんな話し方しているわけじゃないんだから」スタスタ

男「……ツンデレ?」


店長「や、どうかね? 彼女は」

男「予想していたよりずっといいです。覚えも早い」

男「彼女を侮っていたことを本当に反省しなきゃいけない。自分の考えが浅はかでした」

店長「そうか、大丈夫そうなら良かったよ。で、君はどうするんだい?」

男「? 失礼ですが、何の話です?」

店長「どっち選ぶの?」

男「……どっち?」

店長「……自分を慕ってくれる、ノリがよく可愛い妹キャラの後輩」

後輩『いらっしゃいませ! お客様、何名様でしょうか?』

店長「お互い憎まれ口叩きあいながらも、決して仲は悪くない美少女クラスメイト」

許嫁『ありがとうございました、またお越し下さいませ』

男「店長、あのっすねえ……」

店長「!? ま、まさか他にも攻略対象が!?」

男「店長、『バックレ』って言葉ご存知です?」

店長「……え?」


店長「な。何を……急に……」

男「その人はね、それまで真面目に来てたんですよ。休みや遅刻もない」

男「まさかあんなことになるなんて、そのときは誰も思ってなかったんです」

店長「……」

男「いつも通りの営業日……ただ、その日は雨が降っていたんです。しとしと、しとしと。予報にない雨でしてね、な~んかイヤな予感がしたわけですよ」

男「その人はね、その日も来るはずだった……シフトは入っているんです」

男「でも時間になっても現れない……あれ、おかしいな~なんでだろうなぁ~って思うんですよ」

店長「……」ゴクリ

男「今までそんなことあったかな~? 連絡もないなんてなあ」

男「でも、やっぱり、心配だし、電話かけないと。やだなぁ、こわいなぁって」

男「だけど、誰も出ない。その日は急用でもできたのかなあって思って。だけど、次の日も、その次の日も電話にでない」

男「どころか、呼び出し音の最中にプチっと切られる始末……」

男「そこで、私……気がついちゃったんですよ。あれ、これもしかして……」

店長「う……うぅ……」ガクガク


男「もう店に来ることがない、『バックレ』なんじゃないかって」

店長「いやああああああああ」


男「来ないんですよ。お金かけて人募集して。いろんな仕事覚えてさせて」

店長「あ……あ……」

男「さあ、これからってときですよ。これから一緒に頑張っていこうって思ってたんですよ」

店長「あ、あ、あ、あ……」ガクガク

男「……本当にその人はいたのかなって。人手不足に悩む、自分の妄想だったんじゃないかって」

店長「ひ、ひぃぃぃいいいいい」

男「バックレ……バックレ……」ボソ

店長「ひいいいいいい。やめてっやめてっ」ビクンビクン

後輩「バックレ……バックレ……」

店長「やめてっ突然連絡つかなくなるのやめて。いやあああああああああああぁぁぁぁ




男(今日はバイトも休み……しかし)

男「あっついー」ヒョコヒョコ

ガチャ

許嫁「……何しているの、あなた」

男「俺はフローリングの冷えている場所を探し求めては移動する遊牧民となったのだ」

許嫁「エアコン入れなさいよ」

男「これはエアコンを使わないことによって精神を鍛えようという修行の一環であって」

許嫁「……」ピッ

男「あ~」


男「あー、後輩? 可愛いよね、仕事もできるし」

許嫁「少し話をしたんだけど面白い子ね。……ずいぶんと仲、良さそうだけど?」

男「シフト一緒になること多いからな、学校は違うけど」

許嫁「近くの女子校に通ってるんだったかしら?」

男「そーそー。なんでも、そこに進学する前からあのファミレス利用してたみたいで。それで働きたいって思ったんだってさ」

許嫁「ふうん。そのときにはもう、あなたはそこで働いてたのかしら?」

男「? ああ、そうらしいけど。ま、でも俺のほうは覚えていないんだよね、あそこ結構客多いから」

許嫁「……ふうん。そ」


男「で、どうだ。仕事はやっていけそうか?」

許嫁「そうね、まだ慣れていないこともあるけれど。やっていけそうよ」

男「そうか、良かったよ」

許嫁「私の仕事で、何か気にかかることがあったら遠慮なく指摘してくれていいわ」

許嫁「……まあ、あなたに限って私に遠慮なんてしないでしょうけど」

男「お前、仕事に関しちゃ偉くマジメだな」

許嫁「給料を貰っている以上責任は果たすわ」

男「お嬢様からしてみれば、はした額だと思うんだが」

許嫁「私はこれでもお金の価値を知ってるつもりよ」

男「……そうか」マジマジ

男(厄介で強情でよく分からんところもあるが)

男(割かし見習いたい点もあるな)

許嫁「どうしたの、間抜け面さらしてこっち見て」

男(前言撤回)


ファミレス

男「いらっしゃ……先輩?」

先輩「いやっほうううううう! 来たぜ! キミに! 会いに! 来たぜ!」

男「て、テンション高いっすね……」

先輩「いつか行くよって言ってたのに、ずっと来れてなくてゴメンねえ」

男「あ、いえ。律儀に来てくださって、ありがとうございます」

先輩「ふふ。ねね、どう? 夏、満喫してる?」

男「今年の夏はアルバイトばっかりですね」

先輩「あ、そうなんだ~。誰かとどこか行ったりしないのん?」

男「そんな予定は全然。先輩は?」

先輩「私ね、今年はちょっとした用事でオメガ忙しいのよ……勝負の年だもんよ」

男「そうなんですか。あ、席案内しますね」


先輩「にしても偉いなあ。働いているなんて」

男「そうですか? 言ってもアルバイトですし、そんなに珍しいことじゃないですよ」

先輩「なかなかできることじゃないよ」

男「この店にも学生バイト少なくないですけど」

先輩「キミは特別さ☆」

男「えらく持ち上げますね。……割引とか狙ってます?」

先輩「ぎくり」


先輩「ずっとバイトって言ってもお休みはあるのよね?」

男「ええ、それはまあ」

先輩「お休みの日はおウチで何してるの?」

男「特には何も。家事してたら、気がついたら一日終わってるんですよね」

先輩「分かるよ、ソレ! 大変だよねえ、家事って。イロイロ面倒だし。一人だと全部自分でしなきゃいけないからにゃあ」

男「あれ? 先輩一人暮らしなんです?」

先輩「あ、う、うん。そうよ。まあ、ね。キミと同じ」

男(……あれ、俺一人暮らしって言ってたっけ)

男(まあ、今は二人だけど)


先輩「でも、ずっと家だとつまらなくない? どっか行きたくならない?」

男「うーん、俺は家に居るのも好きですから」

先輩「ね、ね。それなんだけど、今度一緒に――」


許嫁『きゃっ』


ガシャガシャン

男「あ! やらかしやがった」

先輩「え!? あ、あの子って……」

男「すいません。それじゃ先輩。ごゆっくり……、あ、伝票に割り引き券付けときますね!」タタッ

先輩「あ……」ポツン


許嫁「……」ムゥ

男「大丈夫か、怪我はないか?」

許嫁「私は大丈夫だけど、料理が……」

料理「」グチャア

男「まあ仕方ないさ。ここは俺が片付けておくから、とりあえずお客さんに料理が遅くなること説明してきてくれ」

許嫁「う、うん」

男「そのあとキッチンに最優先で同じの作るよう伝えておく」

許嫁「分かったわ」

後輩「はい、モップです」

男「お、サンキュー」


許嫁「……私としたことが失敗したわ」

男「ま、気にするなよ。あれくらい誰でもやらかすから」

許嫁「……」ムゥ

後輩「お客様も全然気になさらなかったみたいですし」

男「むしろ優秀すぎるくらいだ。よくやってるよ」

店長「そうそう。僕もそう思う」

店長「来店した美人さんと、仕事そっちのけで話し込んじゃう店員よりずっといいよね」

男「……」ピクリ


店長「驚いたなあ~三人目か~。あと何人かいそうだよね~」

後輩「さんにんめ?」

男「あれは学校の先輩で、知り合いだったから。ちょっと話しただけですよ」

店長「でも随分と親しそうだったじゃない。『お休みの日はおウチで』なんて言われちゃってさ」

後輩「え、え! ええ!?」

男「異議有り! その発言の拾い方は悪意があるっ!」

店長「異議を却下します」

後輩「せ、先輩? それって……」

男「違うからな?」

許嫁「……」

後輩「あ、あの人と特別に親しくはないんですよね!?」

店長「ふんだ。仕事と彼女とワイシャツと私、どれが大事なの!?」

男「店長は何なんだよ、さっきから?!」

許嫁「……ふふふっ」


……

男「夏祭り? そうか、もうその時期ですね」

店長「うん。僕はまだ知らないからね。一応前任からは引き継ぎはあったけど、君からも話を聞いておこうと思ってね」

許嫁「夏祭りがあるの?」

後輩「近所の神社であるんですよ、毎年夏のこの時期に。三日間もありますし出店もいっぱい出ますよ。人もいっぱい来ますし」

後輩「……でもそっか、ウチの店にもお客さんいっぱい来ますよね」

店長「そうなんだよ、それが心配でね。凄まじく忙しいんだろう?」

男「そうですね、去年は息つく暇もないくらいでしたよ」

店長「そっかー。スクランブルのシフト組んで何とか乗り越えるしかないかな」

男「僕も出られるだけ出ますよ」

店長「ホントかい? それは助かる……でも三日間ともフルで出てもらうのも悪いし」

店長「どう、夏祭りにでも行ったら?」


男「幼い頃からずっと行ってましたからねえ夏祭り。もう特別行く気にならないというか」

店長「まあまあそう言わず。誰か誘ってみたらどう?」

男「誰か、ねえ」

店長「大丈夫大丈夫、ちゃんと休み合わせるように手配するからさ」ボソボソ

店長「あ! 誰か、じゃなくてどっちか、だったねえ。いや、この前の先輩も入れたら三択!?」ニヤニヤ

男「あのさ、店長」

店長「なんと この私が 好きと申すか!? そ それはいかん! もう1度 考えてみなさい」

おとこのこうげき!

てんちょうの きゅうしょを とれいが ちょくげき!

店長「ぬわーーっっ!!」バタリ

後輩「へんじがない。 ただの てんちょうのようだ。」


友『あー悪い、その日は用事があってな』

友『俺も話に聞くだけだから、行きたかったんだけど』

友『夏休みだっていうのに色々としなきゃいけないことがあって……お?』

友『あ、ごめん。電話来たわ。またな』

男「おう、じゃあな」ピッ

男(夏休みに入ってから、ずっとこの調子だ)

男(……よく分からないが忙しそうだな)

男(うーん)

男(夏祭りか……俺はあえて行く気もおきないが)

男(あいつはそういう場所、行ったことあるのかな)


許嫁「小さい頃に少しだけ。でも、ほとんど記憶にないわね」

男「へえ、そうなのか」

許嫁「……分かったわ。夏祭りに付き合えって言うんでしょう?」

男「はい?」

許嫁「仕方ないわね。そこまで言うんだったら夏祭り、あなたに付き合ってあげるわよ」

男「え? あ、あのー。そ、そんなことは一言も申し上げてはないのですが」

許嫁「ふふっ、冗談よ」

男(こいつの場合冗談に聞こえない)

許嫁「ただ、そうね。私も興味がない訳じゃないわね」

許嫁「行っても良いかなって思ってる。せっかくだから」

男「……そうか」

今日は以上です、皆さんのレスのおかげで出来るだけ頑張れました。
すいません、ありがとうございます。
次こそホントに割りと間が空くような気がしますです
(それでも頑張って更新したいと思っています


夏祭り

ガヤガヤ

許嫁「……こ、こんなにいっぱい人が来るものなのね」

男「まあな。全国的にも有名なお祭りだからな」

許嫁「出店もたくさんあるわね」

男「花火は……まだちょっと時間がありそうだな。色々周ってみるか」


男「焼きそば、たこ焼きはもちろんとして……お、ドネルケバブなんてのもあるのか」ツカツカ

許嫁「ねえ、ちょ、ちょっと」ワタワタ

男「む、あれはお面屋……祭りの定番だな」

男(そう言えば、よくお面買ってたなあ)

男(いつも来て早々欲しがるものだから、小遣いをいきなり削られていた)

許婚「ちょっと、ってば!」

男(俺には良さが分からなくて、射的のほうが良かったけど……)


男「よし! ここはまず、お面でも買って祭りの雰囲気を出す――くぇっ!?」

許嫁「はあっちょっと! 歩くのが早いわよっ」

男「そ、そこを引っ張るな。変な声が出たじゃねえか」

許嫁「何も考えずズンズン先に進んじゃって。はぐれちゃうでしょ」

男「悪い、我を忘れてしまった。子供のころから来ているハズなのに、意外と楽しいな!」

許嫁「あなたって変なところで妙に子供っぽいわね……まあいいわ。掴んでいるから」ギュウ

男「だからそこを掴むなっつうの。俺はペットか」

許嫁「ふふふ」


男「ほうらふはいはほう? ほんはんふったほほはいはほうほほぽっへな」ハフハフ

許嫁「何言ってるか分かんないわよ……ほら」ズイッ

男「ん、んぐんぐ……」ゴックン

男「お、お前も次々に俺の口に詰め込むな」

許嫁「エサをやるのは飼い主の大事な務めよ」

男「わんわん!」ハッハッ


男「お? 出店にお化け屋敷なんてのもあったな。ちょっと入ってみるか?」

許嫁「まったくこれっぽっちも興味ないわね」

男「あ、そう? ほら、あの入り口のところにある人形なんて、結構造りが――」

許嫁「そんなことよりあれは何かしら?」

男「え、ああ、あれか? あれは射的だ」

許嫁「射的?」


許嫁「……駄目。どうして?」

パンッ

許嫁「この銃がおかしいのよ。出力が足りないわ」

パンッパンッ

許嫁「まったく、もう! もう少しなのに……もう一回よ!」

「はい、毎度あり~」

男(負けず嫌い……)


男「何度も挑戦して。本当にそんなのが欲しかったのか?」

男「犬……、のようなくまのような、そんなぬいぐるみ」

許嫁「……」ムゥ

男「人相(?)も良いようには思えないが」

許嫁「……まあ、熱くなったのは認めるわ。当たったハズなのに全然倒れないもの」

男「遂には協力プレイという力技で何とか獲れたが……こちらの被害額も相当な強敵だった……」

許嫁「……」ムニムニ

男(険しい顔でぬいぐるみをつまんでゐる)

許嫁「ま、結局取れたんだから良しとするわ」

許嫁「それに、よく見てみると悪くないじゃないコイツ」

男「そうかあ?」

許嫁「この小憎らしい感じ。斜に構えたような雰囲気が気に障ってね」プニプニ

男「なんだそりゃ」


許嫁「ふふふふふ。これではっきりしたわね。私とあなたの、どちらが上なのかが」

男「くっ、い、意外だ! 金魚すくいでここまで差をつけられるなんて!」

許嫁「上に立つものと下で支えるものとの違い、はっきり出ただけのことよ」

男「くそう、お前らはそれでいいのか! 飼われるだけの、支配されるだけの人生でいいのか、金魚よ!!」

許嫁「与えられる餌に満足してる存在は、一生それを抜け出せないのよ」

男「それでいいのか金魚たち! 気概を見せろや! うおおおおおおおおおお」


「ちょっとうるさいよ兄ちゃん」


男「はいすいません」

許嫁「ふふふ」


『ただ今より花火の打ち上げを――』


許嫁「え? こっちじゃないの? 皆移動してるけど」

男「比較的人が少なくて、よく見える場所があるんだよ。地元の、限られた人間だけが知ってるんだ」

許嫁「へえ」

男「それに、花火だけじゃない」

許嫁「え?」


許嫁「……ぁ」

男「なかなかいい夜景だろ?」

許嫁「……うん」

許嫁「……」

許嫁「綺麗」

許嫁「とっても」


ヒュルルルルル

男「お、来たか」

ドーン

パラパラパラパラ

ヒュルルルル

ドーン

男「たーまや~」

許嫁「……」

ヒュルルルル

ドーン

男「か~ぎやー」

許嫁「……ゃー」ボソ

パラパラパラパラ


パラパラパラパラパラパラ

男「まるで流星群だな」

許嫁「凄い……」


ドドーン

男「おぉ……」

許嫁「……わあ」


ドーン

男「……なあさ、聞きたいことがあるんだ」

許嫁「……なに?」

パラパラパラ

男「今、この生活どう思ってる? 正直なところ」

許嫁「……」


ヒュルルルルル

許嫁「……悪くないわ」

ドーン

男「ん? 今何て言った?」

パラパラパラパラ

許嫁「……」

許嫁「……別に」


許嫁「……あなたは」

男「ん?」

許嫁「あなたはどう思っているの? この生活」

ヒュルルルルルル

男「悪くないよ、……俺もな」

ドーン

許嫁「……聞こえてるんじゃない」

パラパラパラパラ

男「生憎と、素直じゃなくてな」

許嫁「ばか」ポコ

今日は以上です
それでは


……

ファミレス

店長「そっか、そっか。それは良かったよ、大歓迎さ!」

許嫁「いえ……」

男「ん? 何の話しているんです?」

許嫁「ここのアルバイト。とりあえず夏休みの間って話だったけど。もうちょっと続けてみようと思って」

店長「僕としては助かったよー。長くいてくれていいからね」

男「そっか。仕事覚えてきたところだし、やりがいを感じてきた?」

許嫁「……そう、ね。そんなところよ」

店長「いやあ、良かったよ。これで秋から余裕ができる。今は他にも人を入れてるからね」

男「なるほど。ってことは……店長、折り入って頼みがあるんですが」

店長「ん、何だい? 休みかい? まあ学生の本分はバイトじゃないし」

店長「入れないって日があれば、どんどん言ってくれて構わないよ」(休んでいいとは言っていない)

男「そうですか? まあ些細なお願いなんですけど――」

店長「うんうん」

男「辞めていいですか?」

店長「!?」

許嫁「!?」


店長「それでシフトのほうだけど。学校終わりにこっちに来てくれるってことで良いのかな?」

許嫁「ええ、お願いします」

店長「じゃあまた細かい部分は、あらためて詰めていきます。引き続きこれからもよろしくね」

許嫁「はい。こちらこそ」

男「こらこら。まるで俺の話がなかったかのように進めるのはやめろ。急に時間がとんだかと思ったぞ」

店長「どうしたんだよー何を言い出すんだよー急にー。これから皆で頑張っていきまっしょいってとこなのにー」

男「いやあ、僕ももう一年以上ここで働いているじゃないですか? 仕事にも慣れてきて、そろそろ新しいこともしてみたいと思って」

店長「……甘いね」

男「え?」

店長「確かに君は仕事もこなせる。だが甘いね」

男「甘い?」

店長「ああ。大甘だよ! 私が立てた、この店の今季売り上げ予測よりも甘いね!」

男(大丈夫かこの店)


店長「いいかい、君が考えている以上にこの仕事は浅いものじゃない」

男「はあ」

店長「続けたのはたった一年? 笑わせないでくれよ。このファミレス道(みち)をそんな短い期間で登りつめたとでも言いたいのかい?」

男「えっと。ファミレス道って何です? 初耳ですが……」

店長「一旦この道に足を踏み入れたのに、このまますごすごと逃げ出して良いのかい? 志半ばで、諦めて良いのか!? それで君は納得するのか?!」

男「ちょっと言ってる意味が分からないです」

店長「思い出そうよ! 初めてこの店で働いたときのことを! やる気に満ち溢れていたあのときのことを!」

男「あの、僕の言葉通じてますよね?」

後輩「そうですよ、先輩! 私もいます! 諦めちゃダメです。一緒にがんばって行きましょうよ!」

男「突然どこから!? いや、俺諦めるとかそういう話は一切してないんだけど……」

後輩「それでも! それでも先輩がどうしてもって言うのなら! この私を倒してから行ってください! ファミレス道(みち)に則った勝負で!」

男「あえて『(みち)』って言ってるのがちょっと引っかかる」


許嫁「……」

男「何を言ってくるかと思ったらそんな詭弁を……まったくとんでもないな、この店?」

許嫁「……そうね。ここで逃げ出すのは臆病者だわ」

男「あれ? お前も?」

許嫁「気に食わない部分もあるけれど、あなたは私の指導係の役目もあるはずよ。私はまだそれが十分果たされたとは思わない」

男「え、お前はもう十分動けてると思うが……まだ俺指導係なの?」

許嫁「その責務を放り出して逃げ出す気? ずいぶんと責任感がない男ね」

店長「大丈夫だよ! 君の気持ちは痛いほど分かる! そんな不安になることがあるのは、僕にも覚えがあるから!」

後輩「私も、精一杯頑張ります! 実は新しい技を開発中だったんです! 見てください! ほあああああぁぁぁぁ……」ビビビ

男「……ナニコレ? 1対3の状況?」


許嫁「……どうやら決着がついたみたいね」

男「いや、何も決着ついてないんですけど」

許嫁「さあ、下らないことを言ってる時間は終わり。仕事に戻るわよ」

後輩「了解です!」ビビビ

店長「うっす、仕事に入ります!」ツカツカ

男「……」

男「わあ。これが話題のブラックバイトかあ」


男「ありがとうございました。またお越し下さいませ」

男(ふう、これでちょっとお客さんが空いたな)

許嫁「……ね」

男「ん?」

許嫁「さっきの。もしかして、本気だったの?」

男「さっきの?」

許嫁「辞めるとか辞めないとか」

男「いや、冗談だよ。新しいことしてみたいってのは嘘じゃないが、この仕事もまだまだ面白いことはたくさんあるから」

許嫁「……そう。あなたもつまらないことを言うわね」

男「シフト入りまくっていることへの可愛い抵抗だ。ただ、店長はともかくとして、二人にも反対されるのは予想外だったが」

許嫁「……」

男「何だ、凝視して」

許嫁「別に。ま、冗談ならそれで良いわ」

男「何がだよ」

許嫁「……もしもあなたが辞めるんだったら」

許嫁「それなのに続けるなんて言った私が馬鹿みたいじゃない」

男「……え?」

許嫁「つまらない冗談言わないでよね、まったくもう」ツカツカ


……

近所の公園

カナカナカナカナカナ

男「もう夏休みも終わりか」

男「何かバイトと夏祭りの記憶しかないような……」

男「……」

男「いやいや、気のせいだな、うん。色々忙しかったな、色々」

男「あれもしたしこれもした。そういえば水着回もあったなあ~」

男「……あったかな?」

「やあ、久しぶりだね」

男「!」


男「あなたは、父の……」

「元気そうでよかった。何せまだ暑いからね」

男「お久しぶりです! どうされたんです? こんなところで?」

「なに、少し近くまで寄ったのでね。できたら会えればと思って」

「そうしたら君がここの公園にいるのに気がついてね」

男「でしたら家に立ち寄っていただければ」

「いやいや、そこまで気を遣わせたくないよ。それに私も今ちょっと立て込んでいて、そんなに長居はできないんだ」


「今の生活はどうかな? 困ったことなんてないかい?」

男「……万事うまくいっているとまでは言えませんが。少し前に、厄介事を

抱えまして」

「厄介事?」

男「とは言え最初に思っていたよりかは悪くなくて……ああ、これじゃ伝わりませんよね、すいません」

男「今の生活は、自分で良いものだと思っています」

「……そうか」


「経済的にも無理はしていないのかな? アルバイトをしていると聞いたが」

男「バイトは半ば趣味でやっているようなものです。有難いことに、差し迫ったものはありません」

「……すまない。碌に君の力になってあげられなくて。いや、それどころか私は君に」

男「父とは古い友人だった、その縁で。あのとき家に誘っていただいたこと嬉しく思っています」

「私以外にも、誘いは少なくなかった」

男「そうですね。ただ、あなたは本当に、悲しんでくれているように見えたんです」

「……」

男「すいません、何か偉そうでしたね。結局断ってしまった上に、この言い分なんて」

「いや……」


「また近いうちに、君とは話をしなければならない」

男「ええ。またすぐにでも来て下さいよ、今度はウチに」

「もしかしたら君は私を非難するかもしれない」

男「……え?」

「これから君は、いくつもの選択をしていくだろう」

「でも、それがどういう選択であっても。真に君の心からのものであれば、私は君を応援するよ」

男「……」

「すまない、またすぐに行かなくてはならないんだ。じゃ、身体にだけは気をつけてね」

男「ええ、あなたも! その、何だか、やつれたように見えますよ」

「ふふ、そうか。気をつけよう。ありがとう」


男「……」

男「……選択、か」


『突然のことで戸惑っていると思う』

『今まで聞いたこともなかったんだ、当然だろう』

『何も今すぐ答えを出せって訳じゃない。ゆっくり自分自身のことを考えてくれ』

『ただ、これだけは覚えておいてほしい』

『お前がどんな選択をしようが、私たちは、お前のことを大切に思ってる――』


……

学校

友「おお、久しいな、わが友よ! どうだった夏休み?」

男「言ってた通りだいたいバイトしてたよ」

友「ご苦労さんだね!」

男「お前は何してたんだ? 忙しいっつって、結局一度も会えなかったが」

友「色々とゴタゴタしててな。ま、俺には俺の物語があるってことよ。ひと夏のアバンチュールってヤツさ」フッ

男「本当かあ?」

友「しかし夏休みの間に、気になる噂を聞いたんだよ」

男「噂?」

友「……目撃されたらしい」

男「何が?」

友「夏って言えばアレだよ、アレ」

男「アレ?」


友「クラスメイトの話なんだけどな、夏祭りの話だ」

男「……夏祭り」

友「ああ。俺も行きたかったんだが、すまなかったな……まあ、そのことは置いといて」

友「何人かで一緒に行った奴らの話だ。まあ、何人かって言っても悲しいかな、野郎ばっかりで行ったらしいんだが」

友「出店回って、定番のたこ焼きでも食べるかって話になったらしいんだ」

男「……たこ焼き」

友「注文して出てきたの受け取って。道から外れたところにでも座って食べようとしたらしいのよ。で、ふと横見たらクラスメイトの男子がいた」

友「なんだ、あいつも来てたんだ、声かけるかって口を開こうとしたら」


友「その隣に、最近同じクラスに転校してきた美少女が座ってたらしいんだよ」

男「……」

友「え、なにこれ。何が起きてるのって。その少女ってさ、やっぱりクラスでも人気あるからさあ」

男「……そうなのか」

友「そういや隣にいる野郎。誘ったら、先約があるからとか何とか言って断られたなあって」

友「そのまま震えながら見てるとなんと。少女がそいつの口にたこ焼きを放り込んでいくではないか!」

友「まさか、これは! 俗に言う『あ~ん』とかいう都市伝説ではないかと!」

男「都市伝説だったのか」

友「最後には、二人は仲睦まじく手を取り合ってどこか林の奥へ消えていったっていう……」

男「それは誇張されているぞ」


友「いやあ、恐ろしい話だ」

男「どこがだよ」

友「野郎だけで楽しんでたら、隣に美少女の彼女連れてイチャイチャしているクラスメイトが居たんだぞ」

友「このそこはかとない虚無感。その反動か、最高にはしゃぎながら花火を見てたらしい」

友「野郎だけでな……彼らの涙目に映る花火はとても儚く、美しかったという」

男「……一緒に行ったのは事実だが。そういうんじゃない、そういうのじゃあ」

友「じゃあ、どういうのなんですかね? 例の関係はカタチだけじゃなかったんですか!?」ニヤニヤ

男「たまたまバイトが休みになって。それにまずお前を誘っただろ? そこで断られたから一緒に行くことになっただけだ」

友「断ってファインプレイだったな、オレ!!」グッ

男「……クラスの男子がどうも生暖かい視線向けてくるなあって思ったら、そういう訳だったのか」

友「ま、なんとなくそうじゃないかな、って以前から皆思ってたらしいがな」

男「えっ」

友「あの子がいちばん活き活きと喋ってるのってお前相手のときじゃねえか」

男「え……」


廊下

男「うーん」

男(最初に会ったときより距離が縮まっているのは間違いないが)

男(……ひどかったもんな、むしろ敵意すら感じた)

男「うーむ」

男(今は……どうなんだろ)

男(面白いヤツではあるが。俺はアイツを……)

許嫁「間の抜けた顔をして何をうんうん唸っているのよ」

男「何だ、いたのか」

許嫁「目の前にいたわよ、失礼ね」

男「いや何、お前のこと考えていたんだ」

許嫁「……」

許嫁「!?」

許嫁「な、何よ急に。変なことを言わないで」


男「俺たちってさ、何なのかな?」

許嫁「え?」

許嫁「な、何って急にどうしたの?」

男「いや別になんとなく」

許嫁「なんとなくって……」

許嫁「……」キョロキョロ

許嫁「……」

許嫁「い、許婚よ……期間限定の」ヒソヒソ

許嫁「あとはクラスメイトで、バイトの同僚で、……同居人」ヒソヒソ

男「……そうか、そうだよな」

男(そんなに関係性があれば、多少は親しくもなるわな)

男「うんうん。ありがとな、じゃ」テクテク

許嫁「……な、何なの? 一体」

今日は以上です。
間が開きました、すいません。


教室

委員長「さっき先生に聞いたんだけど、今日転校生が来るんだって」

友「な、何だって!? 本当か、それは!?」

男「またこのクラスに?」

委員長「ええ。そうおっしゃっていたわ、先生」

友「そ、それでっ!? 女子か? 可愛い女子なのか!?」

委員長「い、いいえ。男子って」

友「ふーん、そうなんだ。そういやさ、今日の数学の課題やってきた?」

男「清々しいやつだな」


転校生「父の仕事の都合で、こちらに引っ越してきました」

男(教室がざわめいてる……かなりの美青年だ)

転校生「ここの学校は、秋の文化祭にとても力を入れてるって聞きました」

転校生「新入りですけど僕も是非参加したい、協力したいって思っています」

転校生「そういうわけですが、……これからよろしくね」ニッコリ

男「?」

男(こっちを見て微笑んだような……気のせいか?)


男「線は細いが整った顔立ち。爽やかだしモテそうだよな」

友「ついに俺のライバルが現れたか……!」

男「お前は何を言ってるんだ? って噂をすれば」

転校生「やあ。はじめまして」

男「ああ、はじめまして。よろしく」

友「よろしくね~」

男「わざわざ挨拶してまわるだなんて律儀だな」

転校生「いや、君には特別さ」

男「?」

転校生「何、僕は君に……」

男「俺?」

転校生「ああ。君に興味を持っててね」ニッコリ


ざわ・・・ざわ・・・

友「……」

男「えぇ……」

委員長「……」ゴクリ

転校生「ん、どうしたんだい?」

男「いやあ……その、あれだ」

男「そういうのは人それぞれでいいとは思うんだけどな」

男「生憎その、俺はお前の期待には応えられそうもない」

転校生「え?」

男「友人として、付き合うのはもちろんいいんだが。悪いが、恋人にはなれないと思う」

転校生「……こいびと?」

転校生「え、何で……! ってっち、違う! 興味があるとはそういう意味じゃない!」

転校生「か、勘違いするな! 別に君のことが好きってわけじゃないんだか

らなっ!」

友「属性盛りすぎだろ……」


委員長「……」ゴクリ

転校生「違くて! 今のもそういう別の意味があるセリフじゃなくて!」

転校生「そのままの意味だから!」

転校生「つまり、き、君とはライバルなんだ!」

男「は?」

転校生「言いたかったことと何か違う……あ、あー! もー!」ツカツカ

男「……よく分からんが、面白いヤツだな」

友「ははは」


廊下

先輩「呼ばれてないけどジャンバルジャン!」ジャーン

男「先輩今日も元気ですねえ」

先輩「なにせ良いことがあったんだよ! 今キミを見つけたんだよ!」

男「先輩にそう言われるとは光栄です。あ、そう言えば、新しく作った諜報部どうです? 人見つかりました?」

先輩「それがまだ私一人ぽっちなの。部室で一人さみしく、眠ってグーグー動けどタラタラぐーたらぐーたら」

男「意外ですね。簡単に集まりそうな気がしたんですが」

先輩「うぬり。希望者もそこはかとなくいなくはなくなんだけどね。弊社の求人の条件と合わずお祈りを捧げる次第です」

男「条件なんてあったんですか」

先輩「一緒にいて楽しい人。安心する人。私が無理しなくてもいい人」

先輩「目星をつけている人はいるんだけどね、その人、なかなか首を縦に振ってくれなくて」ジー

男「え、僕は……」

先輩「ね、ね。ちょっとだけでいいからさ? お試し期間でいいからさ? どうかなどうかな? ウチの部に来ない?」

先輩「ちょっとだけ、ちょっとだけだから! 何にもしないからさ」ハァハァ


友「へえ。それは興味がありますねえ。センパイ?」


先輩「……あら。どこから出てきたかと思ったら。久しぶりねえ。それとも最近どこかでお会いしました?」

友「気のせいですよ」

先輩「そっかそっか。私の勘違いね。それで? どしたの? もう授業が始まる時間かな?」

友「いえ。目に付いたんで、一応挨拶しておこうと思って」

男(……)

先輩「ふうん。シュショーな心がけね、シュショー」

友「それでさっきの話ですけど、諜報部?でしたか。僕じゃあ入れないんですか?」

先輩「えええ? あなたが? 嬉しいわ。あなたがそんなこと言ってくれるなんて!」

男(……の朝は早い……)

友「やった、でしたら入部ですか?」

先輩「うーん。今ね、厳正なる選考をしたんだけど。結果、残念ながら採用を見送りました」

友「それは残念ですねえ」

男(……いえ、自分の時間というものを大切に……)


男(……そうですね、掃除っていうのは、僕にとって……)

友「そうだ、先輩の連絡先教えてもらっていいですか?」

先輩「え?」

友「この先何が起こるか分かりませんから、ね」

先輩「……」

友「あれ? NGでした?」

先輩「いえ。そうね。先のことなんて分からないものね。例えば――」

先輩「信じていたものに裏切られることもあるかもしれない」

友「……」

男(……彼はそう言うと、我々に背を向けて……)

先輩「な~んてねっ☆ どうどう? 先輩シリアスばーじょん! あの可愛い先輩にこんな一面があったなんて……グッと来ない?」

男「え? あ! UR(ウルトラレア)じゃないですか! やった、珍しいもの見れたなあ!」

先輩「いひひっ。やっぱキミ可愛い! まだまだこれからね! じゃ、ばいばい」バイバイ


男「相変わらず敬遠してるのか、先輩のこと」

友「……まあな。どうも性格が合わないね、あの人とは」

男「仕方ないところもあるのかもしれんが。だが、一緒にいる俺の身にもなってくれ。あの空気の中で」

友「……それは、悪かった」

男「居たたまれなくて。俺頭の中でずっと、ドキュメンタリー番組が自分に取材にきたときのシミュレーションしてたぞ」

友「結構余裕あるじゃねーか」


教室

許嫁「私に? 何の用事かしら?」

転校生「少しお話がしたくて」

許嫁「あら? 私じゃなくてあの男に興味があるんじゃなくて?」

転校生「っ。あれは誤解ですよっ……、僕はっ……」

許嫁「ふふっ。あの男ってそういう冗談をよく言うから気にしないほうがいいわよ」

転校生「……、驚きました。あなたはそのような冗談をおっしゃる方には見えなかった」

許嫁「……どこかで会ったことが?」

転校生「あなたから見れば、僕のような家柄なんて大したことではないでしょうが」

転校生「以前パーティでご一緒させていただいた、しがない男ですよ」

許嫁「……」

転校生「どうしてあなたはこちらの学校に?」

許嫁「それは……」

転校生「そのあたりも含めて、お話したい。どうでしょう、帰りにどこか寄って行きませんか?」

許嫁「二人で?」

転校生「ええ。こんな話、他にする人もいないでしょう?」


許嫁「……」チラッ


男『……でさあ、が……』

友『うっそマジで!?』


許嫁「……」

転校生「どうでしょうか?」

許嫁「ええ。構わないわ」


男「へぇー。以前会ったことがあるのか」

許嫁「ええ。そういう訳だから、帰宅するのは少し遅くなるかもしれないわ」

男「あ、そうなの了解了解」

許嫁「……」

男「ん? 何だよまだ何かあるのか?」

許嫁「もしかしたら、もっと遅くなるかもしれないわね」

男「ああ、そうなの。ま、鍵は持ってるよな」

許嫁「……持ってるわよ」

男「? え、何でお前怒ってんの?」

許嫁「怒ってないわ」

男「いや、その口ぶり。怒ってるときのじゃねーか」

許嫁「怒ってないって言ってるでしょ。言うことはそれだけなの?」

男「それだけなのって言ってきたのはお前……」

許嫁「……もういいわよ」スタスタ

男「なんなんだ一体……」


友「はっはあ、何揉めてるんかとおもたらそゆこと」

男「そうだよ。いきなり機嫌が悪くなって……今一行動が掴めん」

友「お前さんも鈍いね。曲りなりにも一緒に暮らしてる許婚なんだろ? それで夜遅くなりそうっていうんだったら心配してあげてもいいんじゃないの?」

男「ああ、なるほどそういうアレですか」

男「しかし他所様の許婚はともかく、ウチのあの孤高な許婚に限ってそんなことがあるだろうか」

友「誰しもが許婚居るような話し方は止めろ」


男「ま、助かったわ」

友「いいっていいって。……ところで」

男「?」

友「本当に分かっていなかった? もしかしてそういうことかも、とか思わなかった?」

男「う……」

友「お前も可愛いとこあんね」

男「う、嬉しくねー」


男「あーこほん」

許嫁「? 何? 何か用?」

男「そう言えば、今日遅くなるって言ってたが」

許嫁「……言ったわね」

男「どれくらい遅くなるんだ?」

許嫁「何、どうしたの」

男「よっぽど遅くなるって言うんだったら、考えなきゃいけないだろ。夜道を一人歩かせるわけには行かないし」

許嫁「……」

男「かと言ってあの転校生に、同居している家まで送らせるのもな」

許嫁「そう、思うの?」

男「……。ま、遅くなりそうだったら連絡してくれ。じゃ」

許嫁「待って」


許嫁「だったら、あなたも来ればいいじゃない」

男「……え?」

許嫁「今日あなたもシフト入ってないでしょ」

男「え、ああそうだけど」

許嫁「他に用事があるの?」

男「いや、特には……」

許嫁「だったら来ればいいじゃない。駄目なの?」

男「え」


喫茶店

男「むしゃむしゃむしゃむしゃ」

男「ばくばくばくばく……ごっくん」

転校生「……」

許嫁「……」

男「……喫茶店のナポリタンって妙な魅力があるよな」

男「柔く茹でたスパゲティ。少しの玉ねぎと大雑把な輪切りのソーセージ。それをケチャップでざあっと炒める」

男「チーズなどをまぶすのもいいだろう。分かる。美味いし。だが、やはりナポリタンといえば、このシンプルな形こそベストではないだろうか?」

許嫁「口まわり真っ赤にしながら何を力説してるのよ」


転校生「……どうしてそこで君がナポリタンを食べているんだ?」

男「いやあ。最初そんなつもりはなかったんだが、メニューの写真見ているうちに、ついついな」

転校生「そういうことを聞いているんじゃないが……」

男「少し俺の食べる?」

転校生「僕はいいよ。そんなに嬉しそうに食べているのを見ると、取るのも悪い気がする」

男「そんなことはないが……あっフォークが」カシャン

転校生「! 気をつけなよ。っと。ほら」カラン

男「悪いな」

転校生「気にしなくていい。……すいません、店員さん! 替えのフォークを用意していただけませんか?」

男(こいつ面倒見いいな)


男「ふぅ。腹も落ち着いたところで」

許嫁「よく食べたわね。それで今日の晩ご飯入るの?」

男「余裕余裕。まあ食べ切れなかったら明日に回そう。で、何だっけ? 以前会ったことあるって話か」

転校生「え? あ、ああそうだ。とは言え、二三言葉を交わしたくらいだが」

男「ってことはお前は覚えていない?」

許嫁「悪いけれど」

転校生「いいですよ、仕方ない。あなたの家に比べたら僕の家なんて有象無象と変わりないですし」

転校生「まあ、僕の家だけじゃなく、ほとんどがそうなりますけどね」


男「そんなにこいつの家って巨大なんだ」

許嫁「前から言ってるでしょ? 物覚えが悪いわね」

男「いまいちピンと来なくてさ。生まれてこの方庶民なもんで」

転校生「……」

男「あ、どうした?」

転校生「いや、何て言うかちょっと意外で。以前にお見かけしたときと随分様子が変わられてて」

男「猫被るの得意だからな」

許嫁「そういうこと本人の前で言うかしら?」

男「悪い。今度からはお前がいない場所で言うことにしよう」

許嫁「あなたねえ……」


男「以前に見たときはどんな感じだったんだ? このお嬢様は」

許嫁「あなた前にもそんな話気にしてたわね。そんなに、その。私の以前のことが気になるのかしら?」

男「そりゃまあ気になるかな。想像できないし」

許嫁「……そ。気になるのね」

転校生「……」

男「で、どんな感じだったんだ? 下々の者は私の前に跪くのよオーホッホッホッホ、みたいな?」

転校生「い、いやそんなことは」

許嫁「私にどういうイメージ持ってるのよ? すぐそう言うこと言うんだから。あなたって。もう」

転校生「え、ええっと、その。特別な印象は無かった、けど」

男「影薄かったって」

転校生「ち、違いますよ!? お話できる時間が本当に少なかったからでして」


転校生「ただ、目立ってはいらっしゃいました。ちょうど今のクラスでも注目されているように」

男「お前クラスで浮いてるんだって」

転校生「ち、違う!!! 言動ではなく、佇まいのようなものの話だ。それが惹きつけられると」

男「言動についてを省きたくなる気持ちはな、確かに分かる」

転校生「そんなことは言ってない!」

許嫁「まったくもう。あなたっていちいち私の悪口を言わなきゃ気がすまないのかしら?」

男「それはお前だろ? 委員長と一緒に学校を案内したときのこと、忘れてねーぞ」

許嫁「あら。そんな前のことをいつまでも覚えているなんて、つまらない男ね」


許嫁「いい? そもそもあなたは私に敬意が足りないのよ」

男「敬意? 敬意ってのは尊敬する相手に持つものだ」

許嫁「私のどこが尊敬できないっていうのかしら?」

男「例えば、米は洗剤で洗うとマジで思っていたとこ」

許嫁「ぐっ」

許嫁「……あれは引っ掛けを出したあなたが卑怯なのよ」

男「引っ掛けって話じゃないだろ、あれ!?」

許嫁「でも、慌てて止めに入ったあなたの動転具合は滑稽だったわ」

男「洗剤の匂いがする飯を食べたくはなかったからな。そりゃ慌てるよ」

許嫁「ってことで、この話はノーカウントね。ふふふ」

男「どういう理屈だ!」


許嫁「だいたいあなたはねえ、最初に会ったときから不躾だったわ。人を『お前』呼ばわりだなんて」

男「はいはい、悪かった悪かった。じゃあ名前で呼んでやるよ。特別に下の名前でな」

許嫁「やめてくださる? 親しくもないあなたなんかに呼ばれるとゾクゾクするわ」

許嫁「それも下の名前なんて。あなたと私は特別な関係でもないのに」

男「よし、それじゃあ呼ぶぞ」

許嫁「ん……」

男「あ……れ? 何ていうんだっけ? 忘れてしまったぞ?」

許嫁「……あなたね、呼ばれること覚悟したこっちの身にもなってみなさいよね」

男「いや、どうしてだ、本当に口にできないぞ? 仕様か?」

許嫁「侮辱? 侮辱なのね、それは。まったくもう、失礼しちゃうわね。あなたっていつもそうなんだから」


転校生「あ、あんまり大声出さないほうが……目立ってますし……」ワタワタ


店外

転校生「……すまない。その」

男「ん? どうした?」

転校生「今日は話をするだけで。君たちを仲違いさせるつもりはなかったんだ。あんな言い合い、なんて」

男「あ、そうか。ごめん」

転校生「え?」

男「あれが平常運転だ」

転校生「そ、そうなのか?」

男「むしろ今日はテンション高いっていうか、機嫌が良いっていうか。理由は不明だが」

男「何考えているのかよく分からんからな、あいつ。別に不愉快ではないが」

転校生「……」


転校生「君は……」

男「ん?」

転校生「変な奴だな」

男「……。お前は何故ここに転校してきたんだ?」

転校生「え? いや、それは、父の仕事の都合で」

許嫁「だったら私と同じね? ……お待たせ」トコトコ

男「うし。じゃあ帰ろうか。俺たちは帰り一緒だけど――」

転校生「僕は逆方向みたいだね。じゃあ、ここで」

男「また明日。……そうだ、忘れてた」

転校生「?」

男「これからよろしくな」

許嫁「私も」

転校生「……ああ、よろしく」

今日は以上です。


許嫁「じゃ、帰り道はしっかりガードしなさいよね」

男「……ガード?」

許嫁「あなた言ってたじゃない。私の帰りが心配なんでしょ?」

男「いや。夜遅くなったら、って場合の話だったが」

許嫁「何よ。あなたが心配だって言うから、ガードさせてあげるっていうのに



許嫁「だいたいそう言い出したのはあなたじゃなくて?」

男「へーへー。分かりました、お嬢様。ご帰宅までわたくしめが身の回りの安

全を確保させていただきます」

許嫁「ふふふ、よろしい」


許嫁「まったく。心配でたまらないから一緒に帰らせて欲しいって言ってたくせに。素直じゃないわね」

男「堂々と捏造するなよな、本人の前で」

許嫁「あら? 違ったかしら?」

男「お前ねえ……」

男(……)

男(もしかして、さっき何故か機嫌良かったのは)

男(たったこれだけのことで?)

許嫁「じゃ、帰るわよ。私の召し使い」

男「誰がお前の召し使いじゃ」

男(……まったく、こいつは)


男「しかし、面白いヤツだったな。あの転校生」

許嫁「こんな中途な時期に転校だなんて珍しいと思ったけれど」

男「そりゃお前もだったろ。でも、お前と知り合い、しかも同じ社交界の人とはね」

許嫁「正直に言って、驚いたわ」

男「色々話聞いたけど。そっちの世界っていろいろと違うんだろうな。想像も上手くできない」

許嫁「……そう?」

男「誰かと話するのにも、その人以外のことを考えなくちゃいけなさそうだ。大変そうだな」

許嫁「……それは、そうかもしれないわね」

男「特に偏屈でへそ曲がりで口が悪いお嬢様に、俺みたいに心を砕いて接している人がいるんだろうって思うだけで、同情して切なくなるぜ」

許嫁「どこの口がそんなこと言えるのかしら? 始めて会ったときからあなた不遜だったわ。そして今でもね」

男「ちっ。覚えていたか」

許嫁「忘れるわけないでしょ。まったく。……ずっと変なことばっかり言うんだから。あなたって」


許嫁「……ねえ」

男「ん?」

許嫁「あなたはどう思ってるの? ……その、今後の生活について」

男「今後?」

許嫁「その……今のまま行けば。私と似た立場になる」

男「たちば?」

許嫁「その、私の……になるんだから。まだ、先のことなんて分からないけれど。その予定、にはなってる、から」

男(えらい言いにくそうだな)

許嫁「そうしたら、生活は今とは随分変わるだろうし。不自由なことも増えるかもしれない」

男「……」

許嫁「もちろん絶対にありえないわ、私とあなたがなんて。そんなこと」

許嫁「でも、万が一ってこともないことはないわ」

男「どっちだよ」


許嫁「……本当にやりたいことを、興味を持ったことをできないかもしれない。その立場ゆえに」

許嫁「それ以上に。周囲の人が、そういう前提で扱ってくるわ。大きな力を持つ人。機嫌を損ねればどうなるか分からない」

男「……」

許嫁「それが、本人の意思とは関係のないところで決まってしまう」

許嫁「息苦しさを覚えることもあるわ。もちろん、それが全てじゃないけれど……。あなたは、そういう生き方をどう思うのかしら?」

男「……どうかな。なってみないと分かんねーよ。うまく想像すらできないしな」

許嫁「……そ」


男「それに、必ずしも全員そんな態度になるわけじゃない。中には変わったヤツもいるだろ?」

許嫁「……そう、かしら」

男「そんなの気にせず仲良くできる人が、他愛ない話できる人が、多分いるさ。世の中には信じられないくらい人間がいるからな」

男「全く思ってもいないところで、そんな人に出会うこともあるかもしれない」

許嫁「……そう、かもしれないわね」

男「なんてな。大して歳も経験も重ねてない俺が言っても説得力がないかもしれんが」

許嫁「ふふ。そうね。でも、もしかしたら」

許嫁「互いの立場なんて全く気にしない」

許嫁「そんな小憎らしくて斜に構えたような雰囲気を持ってるちょっと腹立たしい男に出会うこともあるかもしれないわね」

男(……。もしもの話だよなコレ)


男「ま。この先どうなるかなんて、分かんねーけどな」

許嫁「それはもちろん当たり前のことよ。今のはもしもの話をしただけよ」

男「ああ」

許嫁「……でも。あなたは嫌な訳じゃ、ないのね」


……



許嫁「はい」ポン

男「え? 何これ……お金?」

男(しかもこれ結構あるぞ)

許嫁「アルバイトの給料出たのよ。だから食費」

男「食費って……別に俺は足りているが」

許嫁「あなた私の分の食費負担していること多いでしょう? 料理の食材もあなたが受け持ってるの知ってるし。それに生活用品もね」

許嫁「そのお金、あなたも貰っているものだと思ってたけど、そういう訳でもないみたいだから」


許嫁「どうしたの。受け取らない理由があって?」

男「……いや。まさか、このためにバイトはじめたのか?」

許嫁「働いたこと無かったからやってみたい、っていう理由もあったけど」

許嫁「よく分からないけど、あなたは自分で働いて自分で使う分のお金を払っているんでしょう?」

許嫁「なのに私は父親から送ってもらったお金を、はいどうぞって渡すのは違う気がしたのよ」

男「……別に俺は、確固たる信念があってそうしているわけじゃない。ただ……」

許嫁「……」

男「……」

許嫁「ま、あなたがどう思おうが良いわ。これは私の気持ちの問題だから。それでも受け取れないかしら?」

男「……分かったよ。頂いておく。ただ多過ぎる。毎日フランス料理でも食べる気か」

許嫁「こんなんじゃ前菜も食べられないわよ。何言ってるのよ」

男「マジすか」


男「家計簿つけてるから、二人で共有するものはきっちり折半しよう。残りは好きにしろよ」

許嫁「そう言われても。私は他のもののお金はちゃんと貰っているし、それを使うつもりだから、必要ないんだけど?」

男「そうか。……だったらさ」

男「プレゼントなんて買ってもいいんじゃないか?」

許嫁「? プレゼント?」

男「例えば、普段は伝える機会がないけれど感謝してる相手とかに」

許嫁「……何あなた。もしかして要求してる訳?」

男「ちげーよ。お前の親のことだよ」

許嫁「あ……」


男「お前もたまに連絡とっているとはいえ、今は別々に暮らしているんだし」

許嫁「……」

男「この状況にどういう理由でなったのかは知らないが。話を聞く限り、お前の親も手放しで喜んでいるわけじゃないみたいだ」

男「こうせざるを得ないからって感じなんだろ?」

許嫁「……そうね」

男「そんなときに初めてのバイトの給料で、何かプレゼントしてあげれば少しは安心するんじゃないか。こっちの生活もそれなりに悪くないって」

許嫁「……」

男「しかもそれが、我が儘で世間知らずな、とてもバイトなんて考えられないハコ入りお嬢様からだったら効果はばつぐんだ!」

許嫁「一言余計」

男「って。お前が今の状況をどう思っているか勝手に――」

許嫁「悪くないって言ったはずよ」

男「そうか」

許嫁「だけど、そうね。そうしてみようかしら。……たまにはあなたも良いことを言うわね」

男「なにを。俺はいつでも良いことを言う。干した布団の良い匂いはダニの死骸と聞くことがあるが、実はそうでもないらしいぞ」

許嫁「どうでも良いことね」

今日は以上です。短くてすいません。
ギリギリまで伸ばして本当に申し訳ありません…
なんとなくですが、終わりのカタチがようやく見えてきましたので、今後は更新のスパンを短く出来る、と思います。
最悪でもエタることだけは回避するつもりです。。
次の更新は今週末までには……(希望)
重ね重ね、ここまで更新が伸びて申し訳ありませんでした。では。


……

教室

委員長「では! 我が校の誇る文化祭に向け、最初にやらなければならなくて、そして一番大切なことをします!」

委員長「つまり! 『私たちのクラスが何をするか』の決定です!」

委員長「みんな今までいろいろ考えてきたと思うけど、今日決定してしまいますよ!」

委員長「じゃ、忌憚なき意見よろしくね!」


「チュロス屋さん」「焼きそば屋」「ダンスバトル」
「お化け屋敷」「けいどろ」「人類補完」「掃除」
「限定ジャンケン」「男装女装喫茶」「鉄骨渡り」「読書会」
「どろけい」「地下チンチロ」「ホムンクルス制作」「ケーキ屋さん」
「囲碁サッカー」「人体練成」「清掃」「星の屑作戦」「クレープ屋さん」
「テラフォーミング」「リアル鬼ごっこ」「親指探し」「石仮面制作」
「墾田永年私財法」「マンガ肉作り」「たこ焼き食べさせ屋」……


男「……」

男(いろいろ出たが……)

男(みんな結構無茶苦茶なこと言ってない?)

男(……)

男(何だよ墾田永年私財法って。言いたいだけ違うんか)

委員長「じゃ、ここからそれぞれ意見を出していって。無理そうなのは消していきましょう。その上で投票して決定!」


男「……混沌とした状態が秩序を持ったとき、一部としてはエントロピーは小さくなっている」

男「だが、その秩序を作るために使われたエネルギーを考えてみよう」

男「それだけの熱量を得るために、何が必要とされただろうか」

男「……」

男「そうだ」

男「宇宙は、そしてその規模で考えれば、時間とともにエントロピーが増大する……これは基本的な法則であり、原則だ」

男「うちゅう の ほうそく を身にもって感じることが出来る!」

男「どうだろう、今度の文化祭では、これをやってみないか?」

男「皆で宇宙の神秘を感じてみよう!」


シーン

男「あれ? 反応がないぞ?」

男(……そうか。みな感動してモノも言えないのか!)

許嫁「あなたのアホっぷりに呆れているのよ……たかが掃除をよくそういうもったいぶった言い回しができるわね」

男「な……なんだと!?」

許嫁「だいたい何なのよ掃除って。どこの世界にわざわざ文化祭で掃除をしたい人間がいるのよ」

男「そ、そんな! これほどまでにエントロピーの法則を分かりやすく身近にできる行為は掃除のほかにないのに!」


転校生「……ま、まあ。そこまで悪くないんじゃないかな?」

友「えっ!? 本気で!?」

転校生「掃除は確かに面倒な部分もあるけど、楽しいって思うこともあるからね」

男「……お前マジで言ってるのか? 悪いものでも食ったのか……?」

許嫁「どうしてあなたが引いてるのよ」


男「何だよ。じゃあ、そういうお前はどうなんだ」

許嫁「え?」

男「文化祭で何かしたいものがあるのか?」

許嫁「そ、それは……」

男「はっ。どうせ『男装女装喫茶』とか挙げたんだろ」

許嫁「……はい?」

委員長「……」


男「まあ、有りがちって言えば有りがちだけど。女装ってのはちょっとなあ」

許嫁「私。何も言っていないけれど」

男「分かるぜ? 確かに、女子が中途半端でなく、きっちりとした男装をすれば、それなりに見ごたえのあるものになるだろう」

男「背が低い子は可愛い感じに。長身のイケメンにもなれるだろう」

男「だが問題は男子だ。どう頑張っても仕方ない男はいるんだ……」

男「もちろんそりゃ、あいつみたいに生まれた男もいるけども!」ビシッ

転校生「……? え、あ! ぼ、僕のこと?」

男「でも、やっぱり、無理なものは無理だし!」

男「メイド服なんて着させられた日なんて恥ずかしいだけだ!」

委員長「……」

男「やれやれ、考えるだけで恥ずかしいったらねーぜ。どうせ布面積の少ないメイド服とか短いスカートとか着させられるんだろ」

委員長「……」

男「そんなん着させられたら、営業中恥ずかしくてスカートの裾必死で引っ張っちゃうな!」

委員長「……」ゴクリ


男「っと。ちょっと一人で喋り過ぎちゃったか。掃除のことを馬鹿にされてつい――」

委員長「待って」

男「えっ?」

委員長「それで? 詳しく続けて?」

男「……い、委員長?」


……

男「いや、そういうのはやっぱり男としては恥ずかしいし……。まあ、全く興味がないかって言われたら俺は……。否定はできないけど……その」

男「でも、だからと言って……」

男「いや、しかし……」

男「……」

男(って俺は何を言ってるんだ? クラス全員の前で)

男(そ、そもそも女装なんて俺がやりたいわけじゃない)

「……」

男(ほら、皆も引いてるし……特に女子が……ん?)

「良い……良いわ……」

「アリね」

「その場合受けは誰が……」

男「えぇ……」

委員長「どうやら決まったみたいね」

男(何だこのクラス……)


……

男(というわけで『男装女装喫茶』に決まってしまったが)

転校生「……」

男「どうした? 浮かない顔だな。文化祭楽しみにしてたんじゃなかったのか?」

転校生「ああ、いや。楽しみではあるんだが……ただ、その。女装ってのがちょっと……」

友「気が進まないの? 似合いそうだけどなあ」

転校生「いや、うん……まあ。その……だからこそ遠慮したいっていうか……」

友「ふうん。以前に女装したことあるんだ?」

転校生「え!? い、いや? そんな経験はないが? ただ、なんとなく、そんなふうに思っただけだ」

男「そんなに嫌だったら、お前だけ特別に普通の格好にしてもらう? せっかくの文化祭でいやいや押し付けるのもな」

友「それはそれで。男装した女子の中にまぎれても違和感なさそうだけど」

転校生「そ、それも何だか嫌だな。……、し、仕方ない。女装頑張ってみるよ、は、ははは……」


ファミレス

男「そういうことなんで、これから配慮していただけると助かります」

店長「OKOK。君の学校、文化祭大規模らしいからね。ふたりのシフト調整しておくよ」

後輩「ところで、先輩のクラスは何するか決まったんですか?」

男「あー……喫茶店をやることになって」

店長「へえ。喫茶店ねえ。いいじゃない」

後輩「むっ?」キュピーン

後輩「さてはセンパイ女装しますねっ!?」

男「な、何故分かった!?」

後輩「『あー……』←この間ですね。先輩の躊躇いと照れが少なからず表現されてました。先輩がそのような反応なのは珍しいです。そこから導き出される答えはズバリ女装! それも短いスカートの女装! 間違いないです!」

男(やだこの子ちょっと怖い)


店長「そうなんだ。面白いことをするねえ……じゃあ彼女は男装を?」

男「ええ、そうですね。まだ決まってないですけどタキシードみたいなの着るんですかね」

店長「結構似合いそうだなあ」

男(確かに)

店長「ふむ。じゃあ僕も君に協力してあげようか」

男「え?」

店長「店の女子用制服、1着用意しておくよ?」

男「……ちょっと何言ってるか分からないんですけど」

店長「文化祭に向けての練習ってことでさ、この店でも女装していいんだよ?」

男「なんで僕が許可貰う形になってるんですかね」

店長「そんな照れなくていいからさー」

男「いや照れとかじゃなくて軽蔑を含んだ拒絶なんですけど」

店長「それにもしかしたら、君の女装によって新たな客層が開拓できるかもしれない」

男「なおさら嫌だわ!」

店長「しょうがないなー。ここは僕が一肌脱ぐってことで。僕も一緒に女装してあげよう! それだったらいいかな?」

後輩「……刑法174条に定められ、罰則は6ヵ月以下の懲役もしくは30万円以下の罰金、または拘留、科料とされている」

店長「……公然わいせつ罪は言い過ぎじゃないかな」


家庭科室

男「へえ。ケーキかあ。いいじゃない」

転校生「ああ。一応とはいえ喫茶店だしね。メニューのひとつとして、申し出てみたんだ」

友「ケーキ作れるの?」

転校生「うん。実は、ってほどでもないけど。家族のためにお菓子作ることあるからね」

友「お菓子作りまでできるとは……。ギャップ萌えまで備えてやがるのか! この野郎は!」

転校生「ぎゃっぷもえ?」


男「それで、ケーキって言っても色々あるが、何作るんだ?」

転校生「ああ、パウンドケーキだ」

男「……あ、パウンドケーキかあ」

転校生「ん、何だ? 何か引っかかる言い方をするな?」

男「いや、嫌いじゃないんだけどさあ……ケーキって言われてさあパウンドケーキが出てきたら」

男「今夜はカレーよと言われてドライカレーが出てきたときのような」

男「寿司食べよか言われてちらし寿司だったときのような」

転校生「……分かるような分からないような例えを」

男「嫌いじゃない、いやむしろ好きなほうなんだけど!」

男「こんなふうに考えてしまってゴメン。ゴメンね、パウンドケーキ!」

転校生「何言ってるんだ君は……まあいい。試食してみてくれ」


男「ふむ。しかし、美味そうは美味そうだな……どれどれ」

男「……」モグモグ

転校生「……。どう、かな?」

男「!?」

転校生「? どうだ?」

男「ウッマ!? なんじゃこりゃあ!」

転校生「そ、そうか?」

男「ちょっと驚いた、めちゃくちゃ美味いぞコレ」

転校生「ほ、ほんとう?」

友「くそう。悔しいが、確かに美味い。相当な腕だ……」

「美味しい美味しい」

「これ文化祭で出てくると驚くレベルだよ!」

「お洒落な喫茶店で期待しちゃうくらい!」

「クラスのメニュー、メインに決定だね!」

転校生「そ、そこまで褒められるとなかなかうれしいな」

男「結構自信あったんだろ、これ?」

転校生「ま、まあ。弟が特に好きだったから。結構何度も改良重ねて作ってたんだ」

男「いやあ。これは良いお嫁さんに慣れそうだな!」

転校生「そ、そんなに褒めるなよ。て、照れるじゃないか」

友「……反応間違ってね?」


教室

トントントンカンカンカン

男「よし、これを繋いでっと……」カンカンカン

男「……」カチャカチャカチャ

友「お? そっちできた?」

男「OKOK! できたぜ!」

友「ほら、この長さで良い筈だ……どう?」

男「うん? ……お、ちょうどだ! 流石だな!」

友「へへ、やったぜ。……こうやって、皆で何かを作るのも楽しいもんなんだな」

男「あれ? お前のクラスって去年何してたっけ?」ギュイーン

友「え?」


友「俺のクラスは確か……展示会みたいなのやってたよ」

男「展示会……あの映画のヤツ? あのクラスだったんだ」ギュルルルルルル

友「そうそうそれそれ」

友「だから、こんなに大規模に造る、みたいなのはなかったんだよな」

男「そうだったんだ」バンバンバン

友「……。そん時はお前とはまだ知り合えてなかったよな、確か」

男「そうだったな」ギュインギュインギュイン

友「……、今年は一緒にやれて良かったぜ」

男「ははっ。そんな深刻に言うなよ! どうした、センチメンタルか?」ギュリギュルギュルギュル


友「いや、そういうわけじゃねーけどさ」

友「なんとなくだよなんとなく」

男「ははっ。だな。俺もそう思うぜ。お前と一緒にやれて楽しいよ」グワァラゴワガキーン

友「……」

男「よっしゃ。もうひと頑張りだぜ!」ギリギリギリギリジンジン

友「ところでお前は何を作っているんだ?」


……

教室

委員長「あ、ちょっといいかな?」

男「はい、喜んでー。どした?」

委員長「うんあのね。文化祭に必要なもの、どこが一番安く売っているかなって調べたいんだ」

男「どれどれ。……結構品数多いな」

委員長「そうなの。たくさんあるし学校の外だから、休日にやる必要があるんだけどね、それで――」

男「俺に? 別に構わないが、何で俺……あ、そっか。バイトで、たまに早くあがるから。こういうところで挽回していかないとってワケね」

委員長「特に誰も気にしていないんだけどね。部活で上がらないといけない人もいるし。だから、できないんだったら無理しなくてもいいんだけど……」

男「いやいや。大丈夫。やるよ。仕事回してくれて、ありがとな」

委員長「あ、ううん。こっちこそだよ。休みの日にお願いして、ごめんね」


委員長「それでね、あの。こ、これって1人でやるのは大変だと思うの」

男「ん? そうだな。他に誰かいたほうがいいかな」

委員長「そ、そうだよね。もしね、良かったらね――」ボソボソ

男「あっそうか、バイトでたまに早く上がってるヤツがもう1人いるね」

委員長「え?」

男「オーケー。提案してみよう」

委員長「え、あ、あの」


許嫁「どうして私が?」

男(言うと思った)

許嫁「せっかくの休日まであなたと顔を合わせたくはないんだけれど?」

男(何を。いっつも合わせてるだろうに)

許嫁「ま、でもクラスのためなら仕方ない――」

委員長「だ、だったら! 私が行こうかな!」

許嫁「えっ?」

男「委員長が?」


委員長「う、うん! 良いよ、私行くよ」

男「いや、でも悪いよ。委員長、普段から色んな仕事頑張ってるのに、休日まで頑張らせるなんて」

委員長「全然大丈夫! それに、私、休日にすること何もないから。だったら、何か用事が入ってたほうが嬉しいよ」

委員長「……それとも、私とじゃ気が進まないかな?」

男「いや。そんなことはないが」

委員長「よ、良かった。じゃあ決まりだ!」

許嫁「……」

男「そういえば、委員長とは去年も一緒に文化祭の買出し行ったな」

委員長「あ。覚えててくれたんだ? そうだね。今年もだね!」

男「去年も去年で色々バタバタしたよな」

委員長「そうだね。なかなか思ってた通りに行かなくて、大変だった」

男「去年も委員長だったもんな委員長って」

委員長「な、何だよーその言い方ー」

許嫁「……」


男「で、お前はどうするんだ?」

許嫁「え?」

男「来る?」

許嫁「……私は」

男「ん?」

許嫁「……。言ったでしょ。休日にまであなたと顔合わせたくないって」

委員長「……」

男(……?)

男「どうした、何か、」

許嫁「他に用がないなら失礼するわね」ツカツカ

男(何だ?)

今日は以上です
不徳のいたすところです……


ファミレス

許嫁『……』

男(ったく。何だ、黙りこくって)

男(さっきからずっとこの調子だ)

男(仕事は真面目にしてるみたいだが……)

許嫁『……』

男(怒ってる、のか? それとも……)

男「……わからん」

男(普段はずけずけ言ってくるくせに)


店長「……どしたの?」

男「何がです?」

後輩「空気がへびぃじゃありません?」

男「そう思う?」

後輩「ええ。まるで、全員願いで生き返ったと思ってたらツーノ長老の村の人だけが見当たらなくて、原因はその場にいたと気がついたときみたいな」

男「不思議な例え方をするね。いつも通りだよ? ……俺はな」

後輩「……そーですかね?」

男「? 俺は別に普通だろ?」

後輩「ふっふっふー」

男「何じゃあ、その意味深な笑みは」


後輩「先輩って分かりやすいようでいて分かりにくいようでいて、意外と分かりやすいのです」

男「分かりにくいセリフだ」

後輩「一見無愛想ですが――」

男「え、そんな風に見える?」

後輩「実は他の人のこと、とても気にかけてるのです。お世話をするのが好きなのです」

男「い、いや。そんなことはないぞ。俺は極悪非道唯我独尊傲慢無礼な人間として有名だ」

男「皆で頼んだからあげにも有無を言わさずレモンをかけてやるぜ、へへへ」

店長「やることがちっちゃいなあ」


男(だいたい今日だって、これは気にかけるというより気に障るってヤツだな)

男(何なんだ、急によそよそしい態度取り始めて……)

男(……ん?)

許嫁『……』

男(こっちを伺っているような……)

許嫁『……』フイッ

男(あ、露骨に顔背けやがった……あんにゃろう)

後輩「……先輩いつも通りですか?」

男「む」

後輩「ふふふ。先輩優しいですもんね」

男「……少し買いかぶりすぎだよ。そのうち値崩れ起こしても知らないぞ」

後輩「実を言うと、初めはそこまで高くなかったですけどね?」

男「なぬ!」


後輩「覚えてますか? 私の受験のときのこと」

男「そりゃもちろん」

後輩「あのときはまだ、先輩のことよく知らなかったですし。スッゲー怖そうな人、だなんてちょと思ってたんですけど」

男(……あの頃はな)

後輩「この店に受験票忘れて泣きそうだったんです。電話したら、すぐに届けてくれる、って。その怖そうな人が」

店長「僕も驚いたよ。君のことはクールな子なんだな、って思ってたから。即店を飛び出てった」

男「いや。あれは代わり映えのしないファミレスの仕事に飽いて、これ幸いと出て行っただけで……」

後輩「息を切らせたまま励ましてくれたこと、私は忘れません。あのとき先輩価はストップ高を記録したのです」

男「……優しいって訳じゃないよ。きっと、誰にでもそうしたとは思わないし」

後輩「……! そ、それはつまり、私は特別な扱いであるってことでいいんですか?」

男「え? あ、あーっと」

店長「わ、私は? 私が困ってるときには君は助けてくれるのかな!?」ワクワク

男「は?」


許嫁「取り込み中のところ、悪いのだけれど」

男「!」

許嫁「……お会計、来られるわ。私は、お皿を下げてるから……」

後輩「あ! お、お客様! ありがとうございます!」タタタ

許嫁「お願いするわね」

男(店長いつの間にか消えてる……)

男「悪い、気がつかなかったよ」

許嫁「そ……」スタスタ

男「む」

男(……普段だったら嫌味の一つも言いそうなものだが)

許嫁「……」スタスタ

男(ったく。何だって言うんだよ)

また明日です




男「ただいまー」

男(さて。帰宅はしてるみたいだが)

男「……」

男(一人で考えても答えが出ないな)

男(話、聞いてみるか)


許嫁の部屋

男「おーい。元気ィ?」コンコン

『……』

男(無視かい)

男「ちょいと話があるんだけども、出てきてくれないか」コンコン

『……』

男「よし、沈黙は肯定と見なして入ることにする! そうしよう!」

許嫁『……、何かしら」ガラガラ


男「何だ、居たのか? 居なかったら勝手に入ろうと思ってたのに」

許嫁「……そう」

男(やっぱり反応が悪いな)

許嫁「何かしら、話は?」

男「あー……。いや。その、どうしたんだ、今日は?」

許嫁「……突然、何の話?」

男「ちょっと様子が変だったからさ」

許嫁「そう?」

男「体調でも悪いのか?」

許嫁「いいえ。そんなことはないわ」


男(まあ、体調が悪いようには見えないな)

許嫁「私は何も問題ない。話はそれだけかしら?」

男「……」

許嫁「何か言いたそうね」

男「それは、そっちのことじゃないのか?」

許嫁「え?」

男「言いにくいことでもあるのか?」

許嫁「あなたに対して? 何言ってるのかしら? そんなもの、何もないわ」

男「本当に?」

許嫁「……ないわよ。しつこいわね」ボソ

男(何だか今日はいつもに増して言葉にトゲがある……俺の気のせいだろうか)


男「分かった。じゃあ何もないならそれでいい」

男「だけどさ、だったらその態度やめろよな」

許嫁「態度?」

男「ああ。その、俺を――……」

許嫁「……? 何かしら?」

男(おいおい、俺は今何を言おうとした?)

男(俺を避けるような態度?)

男(俺は避けられたくないと思ってるのか? こいつに……)

男「……」


男(俺もよく分からなくなってきた……俺はこいつに何を求めているのか)

男(それに)

男(何で自分が……こんなに不愉快な気持ちになってるのか)

男(……思いがけず)


男「……」

許嫁「何よ。言いかけて途中で」

男「いや、なんていうか……いつものお前らしくないって思う」

許嫁「……私らしくない、ですって? 何よ、私らしいって」

許嫁「あなたが私の何を知っているって言うの?」

男「それは……」

許嫁「もしかして、あなた。私が何を考えてるのかわかってるつもり?」

男「……わかんねーよ。わかんねーから聞いてんだろ?」

許嫁「聞けば何でも答えてくれるとでも思ってるの?!」

男「そういう訳じゃ……」

許嫁「私だって! 私だってよく……こんな、自分がこんなに――」

男(こんなに……何だ?)

許嫁「……っ」

男「……?」

許嫁「……だいたい。あなたこそ、何のつもりなのかしら?」

男「え?」

許嫁「どういう立場で、無神経に踏み込んでくるの?」

男(無神経に踏み込んで……)


男「立場って。その、俺たちは曲がりなりにも、これまで一緒に暮らしてきたんだから――」

許嫁「私とあなたは仕方ない事情でこういう状況になっただけでしょう」

男「それはそうだが……」

許嫁「なのに、何なの? あなた」

許嫁「随分と人のことに立ち入るような真似して」

男「いや、俺はそんな……」

許嫁「何なのかしら、偉そうに」

男「お前ね……」

許嫁「そう、そうなのね。分かったわ」

男「?」

許嫁「あなた……もしかして、」


許嫁「『家族ごっこ』でもしたいのかしら?」


男「え……」

男「……?」

男(今、なんて言った……?)

許嫁「少し一緒の時間を過ごしたくらいで」

許嫁「私と特別な関係にでもなったと勘違いしたのかしら?」

男(家族、ごっこ……?)


男(家族ごっこ……なんて。俺は、そんな……)

許嫁「残念ね。私にとって、あなたなんて、どうでも――」

男「……本気で」

許嫁「っ」

男「本気で、そう……思ったのか?」

許嫁「!?」

男「――」


許嫁「な、何よ? そんな顔をして」

許嫁「何かしら。何よ。何か、本当のこと言われて、気に障ったのかしら?」

男「……」

許嫁「何? どうしたの? 何か、反論あれば言いなさいよ」

許嫁「違う? 私たちは結局お互い我慢するだけの関係だった」

許嫁「それだけ、それ以上の関係でもなかった。違うの!?」


男「……いや」

男「そうか、そうだな」

男「お前の言う通りだ」

男「俺とお前なんて、ただの他人にすぎない」

男「互いの意思に関係なく、たまたま居合わせただけだ」

許嫁「……っ」

男「気持ちなんて慮る必要もない。単純に一緒の生活してるだけ」

男「俺とお前との間になんて何もない」

男「……ごっこ? 笑わせるなよ」

男「ろくに知らない他人と、そんな遊びなんてするわけないだろ?」


男「悪かったな」

男「話をしたいと思った俺が馬鹿だったよ」

男「お前と話すことなんて何もなかった」

男「じゃな」ツカツカ

許嫁「……っ!!」

許嫁「何よ、私だって!! ……私だって……」


部屋

男(……)

男「くそっ」

男(馬鹿か俺は……)

男(単なる挑発だって分かってたのに)

男(思わず……)

男(けどさっきのは)

男(……)



『あなた……もしかして、』

『「家族ごっこ」でもしたいのかしら?』


男「……っ」

男(……)

男(……)

男(……それとも俺はただ、本当に……)


男(……)

男(もう、寝よう)

男(そうだ、明日は委員長と出かけなきゃ)

男「……」

男(モヤモヤする)

男(……)

男(……俺はまだ子供だ……)

また明日です(願望


翌日

駅前

委員長「あ。こっちこっち!」ブンブン

男「あれ、もしかして待たせた?」

委員長「ううん。私が早く着きすぎただけだよ。じゃ、どれ観る? とりあえず映画館行ってから決める?」

男「ああ、そうだな。とりあえず……って違う違う。今日は価格調査だ」

委員長「てへへへ」

男(委員長、テンション高いな)


男(……しかし)マジマジ

委員長「? ど、どうしたのかな?」

男「いや、私服の委員長ってなかなか見ることがないからさ」

委員長「そっか。去年は制服だったものね」

男「だから何か新鮮というか」

委員長「そ、そうかな? どう? 頑張り過ぎてない?」クルクル

男「いや、良いと思うぜ。あんまりファッション分からないけどな」

委員長「あ、ありがと。君にそう思ってもらえるんだったら、思い切って頑張って良かった」ニコニコ


……


男「どれどれ……おっ。こっちの店のがまあまあ安いな」

委員長「えっほんとう?」

男「同じ商品なのに。ほら百円くらい……ん?」

委員長「……これ一桁違うね」

男「うそん!」


男「むっ!?」

男(掃除機パックが安い……! 確かウチの予備が切れてたよな)

委員長「どうしたのかな? 商品見つかった?」

男「あ、悪い。関係のないものだった」

委員長「んー? あ。これ安いね? おうちに足りてなかったかな、買っていっちゃおうかな?」

男「あれ、もしかして委員長も家事してるんだ?」

委員長「うん、そうなの。母が忙しい人だからね、私がしなきゃいけないの」

男「そりゃ大変じゃないか?」

委員長「何言ってるんだよー。君だって家事してるんでしょ?」

男「掃除以外はテキトーだよ。その点委員長はしっかりソツなくこなしてそうだ」

委員長「そうかなー。うーん。ちゃんとやるほうではあるけど」


商店街

委員長「これで、このエリアは大体見たかな。もう半分以上終わってるよ」

男「このペースだと案外早く終わりそうだな」

委員長「ちょっと残念だね」

男「? 早く終わるに越したことはないんじゃ……ん?」

「ま、ままああああぁぁぁぁぁぁ。ままあああああああ」

男(泣いてる小さな女の子……周りにそれらしき親御さんは見当たらない……)

委員長「あの子、もしかして迷子かな?」

男「みたいだな」


男「やっ」

女の子「!?」

男「どうしたんだ? もしかしてママとはぐれちゃったか?」

女の子「……」

男(反応なし。驚いた顔で俺を見つめておられる)

男「あーっと。迷子、かな?」

女の子「……」

男(依然、反応ありません)

委員長「ママ、いなくなっちゃったのかな?」

女の子「……うん」コクリ

委員長「そっか。さっきまで一緒だった?」

女の子「うん」コクリ

男「……」

男(さすが委員長。しかし……)

男(俺って怖そうに見えたりするのか……?)


委員長「どうしよっか?」

男「一緒に商店街歩いてたら、母親見つかるんじゃないか? そんなに規模が大きいわけじゃないし」

委員長「……ふふふ。そうだね」

男「? 何で嬉しそうなんだ?」

委員長「ううん。前提が違ってたから」

男「前提?」

委員長「いいの。こっちの話。ね、じゃ。お姉ちゃんたちといっしょにお母さん探そうか?」

女の子「……うん」コクリ


委員長「わあ。えらいね! よくママのお手伝いするんだ!」

女の子「うん。おそーじ、たのしいよ」

男「ほう。その齢にして、掃除の楽しさを知るか。なかなか見所があるな」

女の子「よわい?」

委員長「このお兄ちゃんもおそうじダイスキなの」

男「ああ。ゴハンよりもオカシよりも好きなんだ」

女の子「それ、すごい――」

男「ハハ! だろう!?」

女の子「へんなひとー」

男「……」


女の子「ぜんりょく?」

男「そう、そうなんだ。自分の持てる力ぜんぶで掃除をするんだ」

男「ぜんりょくでぞうきんで拭くし、そうじきで全力ですいとるんだ」

女の子「そうじきまだつかったこと無い」

男「そうか。でも、キミがこのまま、掃除道を精進していけば、すぐに手足のように使えるようになる!」

女の子「そーじみちってなに?」

委員長「子どもに変なこと教えないほうが良いと思うけど?」

男「へ、変なことぉ? これって変なことかなあ?」

女の子「へん。へんだよ-。へんなお兄ちゃんだー。あはははは」

男「俺がか……」ガーン

委員長「ふふふ」

女の子「へんなお兄ちゃんからへんなこと教えてもらったー」

男「……決してそのままお母さんに言ってはダメだよ?」


女の子「ねえねえ、お姉ちゃんたちってツキあってる?」

男「え?」

委員長「ううん違うよ」

男(最近の子はマセてるんだなあ)

委員長「ケッコンしてるの」

男「え……」

女の子「え、そうなんだ。すごーい」

委員長「ね、パパ」

男「お、おう」



女の子「じゃあいっしょに住んでるの?」

委員長「うん。小さな家だけどね」

女の子「だからそんなに仲良しさんなんだー」

委員長「うふふ。そう見える、かな?」

男(なんだこれ)

委員長「でも、たまにはけんかもしちゃうよね?」

女の子「そうなの?」

男「お、おう」

女の子「ダメだよ。仲良くしないと」

男「すいません」

委員長「あはは。けんかしてもね、仲直りするのが楽しいんだよー」

女の子「そうなの?」

男「あぁ。まあな」

男(……ま、いっか楽しそうだし)


男「ん、あれは……」

男(辺りをキョロキョロと探しているような女性が……)

女の子「あ、ママだ!」



「本当に、ご迷惑をおかけしまして……」ペコペコ

男「いえ、僕たちも楽しかったですよ」

委員長「元気で、可愛らしいお嬢さんですね」

「人見知りなところがあると思ってたのですが、良くしていただいたみたいで。本当に、どうもありがとうございました」

女の子「じゃあね! またね! お姉ちゃんとへんなお兄ちゃん!」

男「へんじゃないぞ。バイバイ」

委員長「じゃあね!」バイバイ


男「元気な子だったな」

委員長「ええ。可愛かったね」

男「あれくらいの年齢の子と接する機会ないから、実はちょっと緊張した」

委員長「あ、そうなんだ? その割りにはかなり打ち解けてるように見えたけど?」

男「委員長はその点落ち着いたものだったな」

委員長「……うん。それはちょっと自分でも驚いたかな? そういうの、自分には向いていないと思ってたから」

男「そうなのか? 意外だぜ」

委員長「ん。じゃあ、価格調査あとちょっと。パパっと終わらせちゃおうか、パパ?」

男「お、おう……」

委員長「な、なーんて、言ってみたりしましたー。え、えへへへへへ」

また明日です(多分)


……

委員長「よし。これで、一応は全部チェックできたね、良かった」

男「思ったより最後は時間かかったな」

委員長「うん。でも今日出来て良かったよ。付き合ってくれてありがとうね」

男「何言ってるんだよ? 元は俺の仕事だったろ?」

委員長「あはは。そっか、そうだったっけ」


男「委員長さ」

委員長「? どうかした?」

男「あんまり頑張りすぎないようにな」

委員長「え?」

男「勉強も、クラスのことも、それに家事までやってるなんて。もうちょっと怠けてくれていいくらいだ。ま、頑張りすぎるのが委員長だって知ってるけどな。無理は禁物だ」

委員長「ううん。私、無理、じゃないけど。私は、そうしたいからそうしてるだけで……」

男「そっか。いらないお世話だったかな」

委員長「ううん。ありがと。その気持ちが嬉しいよ」


男「そんながんばり屋さんの委員長がしたいことなんてあれば言ってくれ。いちクラスメイトとして、できるだけ意に沿うように協力しよう」

委員長「あ……」

男「ん?」

委員長「じゃ、じゃあさ。今日……ご飯、食べていかないかな?」

男「ご飯?」

委員長「うん、夕飯。どこかで一緒に……どう、かな?」


男(夕飯か……今日、家の当番は確か……)

男「……」

委員長「あ、その。無理、だったら別にいいんだけど」

男(いや)

男(あいつはあいつで勝手にするだろ……気にすることはないな)

男「いいぜ。どこか行きたいところある?」


……

定食屋

男「ふー。食べた食べた。ごちそうさま」

委員長「ごちそうさま。……何か、不思議な感じだね?」

男「? 何が?」

委員長「君と……いえ、クラスメイトと夕食を一緒にするなんて珍しいかなって思って」

男「ああ、そっか。そうだよな。そんな機会ってそうそうないもんな」

男(誰かと一緒に夕食か……)

委員長「新鮮、なのかな?」

男「はは。だな」


男「でも、家の人は大丈夫だったのか? 結構遅くなって」

委員長「うん。全然大丈夫だよ? 心配なんて、あんまりしない人だから」

男「そっか。委員長、しっかりしてるもんな」

委員長「え? う、うん。 いえ、そうかな? あんまり、私しっかりしてないと思うけど」

男「委員長がしっかりしてないっていうんなら、ウチのクラスの誰もしっかりしてないことになるぞ」

委員長「それは言いすぎだと思うけど……」


委員長「面白いクラスだよね。いろんな人がいて」

男「委員長がまとめるのも一苦労だろ。協調性が著しく欠けている疑いのある人とかいるもんな」

委員長「んー? 誰のことだろ?」

男「それでも文化祭の予定順調なんだろ? ご苦労、お察しします」

委員長「ふふふ。大丈夫だって。みんな協力してくれるから、私の力なんてちょこっとだよ」

男「なんてええ子なんや。五臓六腑に染み渡るで」

委員長「なんで関西弁?」

短くてすいません…
明日はもっと長い(といいなあ)


男(に比べて。今日のことでも、『どうして私が?』なんてのたまいやがって)

男(まあ、予想通りではあったが)

男「……」

男(それに、昨日のこともよく分からないままだ)

男(……ったく。いきなり不機嫌になって)


男(そう言えばあいつ。以前、文化祭のときはもう学校に居ないだろう、なんて言ってたな)

男(委員長と学校案内したときだったか)

男(あのときはまだ、俺に悪口を浴びせてばっかりだった)

男(あれから時間が過ぎて、あいつも変わって……)

男(……)

男「……いや、今もそんなに変わらんぞ?」

委員長「? 何が?」

男「い、いや。何でもない。こっちの話」

男(……じゃあ何が変わったんだろう)


男(……)

男(なるべく考えないようにしてたのに、顔がちょくちょく頭をよぎる)

男(あの目つきの悪いふてぶてしい顔が)

男(小癪なヤツめ)

男(……)

男(昨日は)

男(触れられたくないところを、無理に踏み込んだのかな、俺……)


男「……」

委員長「何か悩みごとかな?」

男「あ、悪い。そういうわけじゃないんだけど、ちょっとな」

委員長「良ければ、聞くよ?」

男「別に悩みごとってほどでも……」

委員長「難しい顔してたよ?」

男「実はな。こっちのメニューより委員長のメニューのが美味しそうだったかなって――」

委員長「……やっぱり、私じゃ頼りにならないかな?」

男「……、そんなことは」

委員長「もしかしたら、自分だけじゃ分からないことがあるかも」

男「……」

委員長「誰かに話すことで少しは楽になれるかも」

男「……」


委員長「無神経に踏み込んでこないで……って?」

男「ああ。言われてみて確かに、配慮が足りなかったかもしれないって」

委員長「その人って……」

男「ちょっとした知り合いだ。だけど、ちょっと変わってて。何考えてるか俺にはいまいちよく分からんヤローで」

男「……まあ、そんな相手とはいえ。俺も少し無遠慮だったかなって」

男「もしかしたら、そういうところあるのかな、俺」

委員長「……」

男「って。まあ、そこまで気にしてるってわけじゃないんだけどな。昨日そういうことがあったってだけで」ポリポリ

委員長「……分かりやすいな、もう」ボソ

男「ん?」

委員長「ううん。そっか、そんなことがあったんだ。それで、今日たまに難しい顔してたんだ」

男「え? いや。今ちょっと思い出しただけだよ。不意にな、悪い」

委員長「……そっか」


委員長「私は――」

委員長「私は、それは君の良いところだと思うけど、な」

男「え?」

委員長「相手のこと、気にかけてるんでしょう? それで、もしも何かに困ってるんだったら自分ができることがないだろうか、って思うんだ」

男「や、そんな善人じゃないよ」

委員長「そうかな?」

委員長「今日のあの女の子のことだって、そうでしょう? 初めから、どうやってお母さん探してあげようかって考えてた」

委員長「子供と接するのだって慣れていないのにね?」

男「な、なんだよ、急に。そんなにおだてて、さてはココ奢らせる気ですか?」

委員長「フフ。知らなかったな。実は照れ屋さんだったのかあ」

男「ぬあっ」


委員長「今回はちょっと上手く行かなかったのかもしれないけれど」

委員長「だからって、次を躊躇わなくていいよ」

委員長「私は、それは君の良いトコだと思うから」

男「……う」

男「め、面と向かってそんなこと言われると、スゲー恥ずかしいんだが」

委員長「……あ、あはは。言わないでー。私もちょっと恥ずかしくなってきちゃったよ」


男「そう言ってくれてありがとう」

委員長「ううん。ホントのことだよ」

男「……そうなれれば良いよな」

委員長「え?」

男「俺に良くしてくれる人がいるから、だから俺もできるだけ人にやさしく、って思う」

男「だけど、なかなか難しい。昨日だって結局相手のつまらない挑発に乗ってしまって、腹を立ててしまった」

委員長「……そうなんだ」

男「ああ。まだまだ俺も修行が足りないと痛感したぜ」

委員長「……」

男「日々是精進、ですな」

委員長「……贅沢、だよ」ボソ


男「え?」

委員長「そのひと。贅沢だと思う」

男「ぜいたく?」

委員長「君みたいなひとがいるのに。自分のこと、気にかけてくれるひとがいるのに、それなのに、そんなこと」

委員長「そういう人が居てくれるってこと、当たり前のことなんかじゃないのに……」

男「……。委員長は優しいな」

委員長「えっ?」

男「ありがと。……だけど、まあ、そいつも色々。考えるところがあったんだろう」ポリポリ

男「今思い返すと、俺はもう少し配慮するべきだったのかもしれない」

男「スゲー変わったヤツとはいえ、アイツにはアイツの考えや感じることがあるだろうし。それにあの挑発だっていくらアイツでも、本心だとは到底思えないし――」

男(……そうか)

男(俺も思わず腹を立てたみたいに、アイツの態度も本意じゃなかったのかもしれない)

男(自分でも思いがけず……)

委員長「……」


委員長「……そのひとって、親しい人、なのかな?」

委員長「君にとってどういう人、なんだろ?」

男「俺にとって?」

男(それは……)

男(勝手に決められた許婚で、同居人。それにクラスメイトで、バイトの同僚で――)

男(いや、そういうことじゃなくて。俺にとっては……)


『俺とお前なんて、ただの他人にすぎない』

『互いの意思に関係なく、たまたま居合わせただけだ』


男(……なんて。昨夜は頭に血がのぼってあんなこと言ってしまったが)


男「難しい質問だ」

委員長「そうなの?」

男「知り合ってからそこまで長いってわけでもないんだけど」

委員長「……うん」

男「振り返ると。迷惑かけられたことしか思い浮かばないんだ、コレが」

男「プライド高くて負けず嫌いだから、面倒なヤツなんだよ、まったく」

委員長「……あはは、そんなひとなんだ」

男「うん。その割りにリターンは限りなく少ないような……」ウーム

男「それ考えると、今ウジウジ考えてるのがなんか馬鹿らしくなってきたぞ」

委員長「……」

男「まあ、その人となりが面白い、って思うときもあるっちゃあるけど」

委員長「……そっか、そうなんだ。……そっかそっか」


委員長「ちょっと羨ましいかな、そのひと」

男「そうかあ?」

委員長「そんな風に自分が好きなように振舞っても、結局君が世話を焼いてくれるんだもの」

男「え……」

委員長「な、なーんてね。あははは」


男「このままじゃ良くはないってのは自分でも分かるし、もう一度話してみるよ」

委員長「……うん」

男「聞いてくれてありがとう」

委員長「ん。……何も、君にとってプラスになるようなこと言えなかったかも」

男「そんなことねーよ。委員長が言ってた通りさ。話すことで、少しは楽になった気がする」

男「ありがとな」

委員長「……ううん。どういたしまして」


委員長「何だか今日、いろんなこと喋ったね?」

男「そうだな。つい、言わなくて良いようなことまで言ってしまったような……」

委員長「そう?」

男「委員長って話しやすいから」

委員長「そ、そうかな? そう君に言われると嬉しいけど」

男「アレだな、これはもう委員長の母性のなせる業だな」

委員長「……え?」

男「母親のごとき委員長の慈愛がそうさせるのに違いないな、うむ」

委員長「母親……?」


委員長「……」

男(驚いた顔で、こっちを見ている……)

男「っと悪い。ちょっと今のはいくら何でも変すぎた発言だったか?」

委員長「ううん。そうじゃなくて。私……」

委員長「本当に?」

委員長「君が、本当にそう思うの?」

男「え? あ、ああ。そう思うけど……」


委員長「だけど私。私――」

男「委員長?」

委員長「っ」

委員長「あ、も、もう。変なこと突然言わないでよ。君からそんなこと言われるなんて、ビックリしちゃったなあ、もう」

男「悪い。同級生に言うセリフじゃなかったな」

委員長「そうだよ。私には、良い母親なんて無理な話だよ」

男「え、そう思ってるのか?」

委員長「あ、いや。深く考えてるワケじゃないけどね。私には難しいかなって」

男「そんなことはないと思うが……、まあ。良い母親って言葉は抽象的すぎるけど」

男「委員長が母親だったら、子供は嬉しいんじゃないかなって思うけど……、委員長?」


委員長「……本当に?」

男「今日の迷子の女の子だって楽しそうにしてただろ?」

委員長「……うん。可愛い子だった」

委員長「そっか、ありがと……ありがとう」

委員長「ふふふ。でも、駄目だよ?」

男「え、何がだ?」

委員長「せめていい奥さんになりそうって言ってほしかったなー。もしかして私所帯じみてるのかな? なんて思っちゃうよ」

男「悪い、気がきかねーな、俺」

委員長「なんてねー。ふふふ」


男「さて、もう良い時間になったな。そろそろ出るか?」

委員長「……仕方ないなぁ」ボソ

男「委員長?」

委員長「あのね」

男「?」

委員長「君のこと、気になってしかたないみたい」

男「……え?」


委員長「ふとしたときに、君のことばかり見てるの」

委員長「授業中、休み時間。お昼のとき、放課後になっても。ふと気がついたら、君のこと見つめてるの。君は気がついていないのかもしれないけどね」

男「え……」

委員長「……。彼女の話だよ」

男「彼女って誰のこと言ってるんだ?」

委員長「本当に分からない?」

男「……」

委員長「特に最近。新しい学期に入ってから。その頻度が増えたかな? ……何かあったのかな?」

男「何かって。いや。別に何も……」

委員長「例えば。一緒にファミレスで働き始めたり、一緒に夏祭り行ったりとか?」

男「……よくご存知で」

委員長「えへへ。耳ざといかな、そうかな、私」


男「だからと言って、特別に大した何かがあったわけじゃないよ」

委員長「でもそうやって、一緒の時間を積み重ねた……違う?」

男「……委員長、何が言いたいんだ?」

委員長「あのときね」

委員長「私が、今日のことの誘ったあのとき。どうして、彼女あんな態度になったのかな? 急にそっけない感じ」

男「……何考えてるかよく分からないヤツだよ」

委員長「私だって同じだよ」

男「え?」

委員長「私だって良い気分にはならないと思うな」


委員長「だって」

委員長「自分の気になる人が、自分では入っていけない話を楽しそうに誰かとしてるんだもの」


男「それは……」

男(……前に。アイツが転校生に誘われたとき、その対応で機嫌損ねたことがあった)

男(あれは帰りの心配じゃなくて、もっと別のことを心配してほしかった……のか?)

男(……)

男「や、でも。それは随分子供っぽいというか」

委員長「そうかな? 自分って思い通りにならないもの。そして、そのことに戸惑っちゃ

う」

委員長「それで……それで。後悔したりする」

委員長「どうして私は、あんな気持ちになっちゃったんだろう、あんなことしちゃったん

だろう、とか」

委員長「君はそんなことない、かな?」

男「……。いや、そうだな。俺もそうだ」

男(まさに昨夜、そう思ったばかりじゃないか)


委員長「多分ね」

委員長「君が考えているよりずっと。彼女の中の君の存在は大きいの」

委員長「ふと。目で追ってる自分に気がつく、なんてね」

男「俺には、とてもそんないじらしいヤツとは思えないが――」

委員長「今、何してるんだろう、とか。何考えてるんだろう、とか」

委員長「私のこと、どう思ってるんだろう、とか」

委員長「そればっかり考えてしまうの」

男(……委員長?)


委員長「なのにね」

委員長「なのに。対面すると、素直に言葉が出てこないんだ」

委員長「色んなことが邪魔して、ホントに伝えたいことも伝えられない」

委員長「自分が思ったとおりに自分が動いてくれない」

委員長「なのに、こころは自分勝手なことを叫び続けて」

委員長「それに私は混乱してしまう」

委員長「どうすればいいのか分からなくなる」

委員長「本当は、ただ」

委員長「ただ……」

委員長「私を見て欲しいだけなのに」


委員長「……な、なんてねー」

委員長「えへ。えへへへへへ。ちょっと演技過剰だったかな?」

委員長「調子に乗りすぎちゃった、つい。真面目な話しているのに、ゴメン」

男「いや……」

委員長「これはもしかしたら言いすぎたかもしれないけど、彼女も近いこと思ってるんじ

ゃないかな?」

委員長「私はクラス委員長としてそう思うのです!」

委員長「……って考えると、悪いことしちゃったかな? 私」

男「それはさすがに、委員長が謝ることじゃないと思うが……」


男「……」

委員長「ふふふ。早く彼女と仲直りしなきゃだね」

男「……そんなに分かりやすかったか?」

委員長「うん。君はね、分かりやすいよ」

男(つい昨日、バイト先で同じこと言われた)

委員長「ずっと見てれば、ね」ボソ


店外

委員長「ごちそうさま。……ホントに良かったの?」

男「ああ。こういうときカッコつけるためだけに、嫌々バイトしてるからな」

委員長「ふふふ。そうだったんだ? じゃあ、お言葉に甘えることにするよ」

男「随分、日が落ちるのが早くなってきたな。もう秋か」

委員長「これから寂しい季節だね」

男「何言ってんだよ? 文化祭もこれからだし、食欲の秋に、読書の秋だ」

男「それに、片付けの秋だし、バイトの秋だし↓、ハッピー・ハロウィンの秋だし。うーん。掃除の秋ってのも風流があっていいなあ」

委員長「そんな秋もあるんだ? 掃除の秋って初めて聞いたよ」

男「何だったら委員長も作ってみると良い。委員長は何の秋にしたいんだ?」

委員長「ふふふ。うーん私は、できれば、リスタートの秋にしたいかな?」

男「おっ、いいな。秋はそれにぴったりの季節だ!」

委員長「おやおや? それってホントかなあ? ふふふ」


……

帰り道

男「あったあった! 中学のときだよな、それ」

委員長「そうそう。黒服の人たちがたくさん来てね。とんでもない事件かと思ったよ。なんだったのかしら?」

男「うーん。実はお偉い出自の生徒が、お忍びで通ってたとかじゃないか」

委員長「ロマンがあるね。だとしたら、誰だろ?」


男「え、そうなの?」

委員長「そう言ってたよ。実は子供の頃、ここら辺に住んでたんだって」

男「で、今またこっちに転校してきたってことか?」

委員長「うん。住んでる場所は変わったらしいけど」

男「そうなのか。じゃ、もしかしたら、俺たちとも以前に会ったことあるのかもしれないな」

委員長「そう思ったんだけどね。絶対に分からないよって言ってた、彼」

男「子ども会とか、地域の集まりとかにあんまり参加してなかったのかな」

委員長「あったねー子ども会。懐かしい響きだ」


男「そうか。そう考えると、幼なじみでもあるのか俺たち」

委員長「幼なじみって言えるほどかなって思うけど。昔から一緒のクラスになること多かったね」

男「そう言えば、その度にクラス委員長だったような……」

委員長「うん。そうでなきゃいけないって思ってたから」

男「真面目なんだな」

委員長「そんなことないよ。でも、それももうやめる。次からはいちクラスメイトに戻ります」

男「そか。じゃもう委員長って呼べないな」

委員長「……それもちょっと名残惜しいかもしれないって思った」

男「ははは」

委員長「ふふふっ」


委員長「あ……着いちゃった」

男「え?」

委員長「私の家、すぐそこなんだ。だから、ここでいいよ。ありがと」

男「そっか。意外と家、近かったんだな。知らなかったよ」

委員長「……うん、知ってる」

男(? 何を?)


男「今日は滞りなく仕事が終わって良かったな」

委員長「……うん」

男「文化祭が成功すればいいな……いや、成功させるぞ」

委員長「うん。そうだね」

男「じゃ。また学校でな!」

委員長「……うん。また」


委員長「……」

男「……」テクテク

委員長「ねえ!」

男「? どうした? まだ何かあった?」

委員長「……あのね。私、私――」

男「? 委員長?」

委員長「私……」

男「……」


委員長「ううん。今日は、ありがと! 今日行くことができて良かったよ!」

男「や、今日のは元から俺の仕事だって話――」

委員長「私、嬉しかったよ。本当に嬉しかった!」

男「……委員長?」

委員長「文化祭、頑張ろうね!」

男「……ああ。こっちこそ、ありがとな! じゃ、また!」

委員長「うん! またね!」

男「おう、バイバイ!」

委員長「うん!」


委員長「……バイバイ」


……



委員長「……本当は分かってたんだよ?」

委員長「私の気持ちって本当は、つたないものだって」

委員長「最初から間違ってるって知ってた」

委員長「だから、結末なんて分かってた」

委員長「でも、そんな気持ちでも。濁っていても。大事にしてきたつもりだったんだよ」

委員長「……」

委員長「今、外で良かったな。私……」

委員長「……」


委員長「……ふふふ」

委員長「いいお母さん、だって」

委員長「おかしいよね? だって私――」

委員長「……」

委員長「でも、そっか。私なんかでも。なれるかな?」

委員長「……うん。よし。ガンバロ。少しずつ、ね」

委員長「……」

委員長「そうだ。ありきたりだけど……」

今日は以上です
明日(予告)→ギリギリ2ヵ月後 ふがいないです…
読んでいただきありがとうございます。

>>742
>>743

この間なんか抜けてない?


……


男「……」


『あなた……もしかして、』

『「家族ごっこ」でもしたいのかしら?』


男(正直、グサリときた)

男(もしもあいつが俺にとって単なる他人だったら、何も感じなかっただろう)

男(俺が思わず動揺したのは、それは――)

男「……」

男「とはいえ」

男「それを素直に認めるのは何かに負けた気がする」


男(口は悪いし高飛車だし)

男(常識的なこと何も知らないしその割りにそれを認めようとしないし)

男(すぐ見下すような言い方するし)

男(妙に子供っぽいところもあるし)

男(負けず嫌いだしすぐ意地になるし)

男(口は悪いし目つき悪いし)

男(……)

男(……まあ、悪いとこばかりってわけでもないが)

男(良いところがないこともない)

男(……)

男「ほんのちょっとだけだぞ」


男(単なる他人じゃない)

男(情を抱いていないわけではない)

男(これはあれだ、つまり……)

男(目つきの悪い野良猫を仕方ないから少しの間保護していたら、いつの間にか情が移った、とかそういうアレだ)

男(……)

男(そういうことにしておこう、うん)


男(それで。今の状況は良くない)

男(少なくとも、俺が面白くない)

男(どうするか)

男(うーん……)

男「ま、正解の出ないことをぐだぐだ考えても仕方ないな。直に向き合ってみるか」

男(……)

男「くそう。何か最近、あいつのことばっかり考えてるぞ」




玄関前

男(ちょっと緊張してきた)

男「……よし」

ガチャ

許嫁「!」

男「!」

男(げ、玄関開けてすぐ居るとは)

許嫁「あ……」

男「……た、ただいま」

許嫁「え、ええ。案外、早かったのね」

男(そうか? 結構遅くなったと思うけど)


男「……」

許嫁「……」

男「あ、あーっと。夕食、外で食べてきたんだ。悪い」

許嫁「……うん。そうかなって思ったわ」

男「そ、そうか」

男(気まずい……)

許嫁「……」

男(……いや。伝えたいことは言えるときに言うべきだ)


男(……よし)

男「悪かったよ」

許嫁「夕飯なら別に。私も取ったから――」

男「や、そうじゃなくて。昨夜のことだ」

許嫁「っ」

男「お前にさ、本当は思ってもないこと、言ってしまった」

許嫁「ぁ、いえ、私……っ」

男「ろくに知らない他人ってのは、言いすぎた」

男「まあ、その……俺は、お前のこと」

男「ろくに知らない他人、じゃあないとは思ってる」

許嫁「あ……」

男「それに、お前の気持ち全く考えずに。無理に聞き出すような真似して悪かった」

男「ごめんな」

許嫁「……。そんな、こと」


許嫁「そんなこと言わないでよ」

男「え?」

許嫁「今日一日、考えたの。……昨日のこと」

許嫁「夜のことだけじゃなくて、その、あなたに対する態度のこと」

許嫁「……」

許嫁「私が浅はかだった」


許嫁「私、自分のことが、自分でも思ってもみなくて」

許嫁「そのことに戸惑ってて、それで」

許嫁「でもそれで。自分のことを棚に上げて、それであなたを責めるなんて、私――」

男「……」

許嫁「っ。……」フゥ

許嫁「要領を得ていないわね。……色々、考えたのに」

許嫁「……結局、一番言いたかったのはひとこと」


許嫁「ごめんなさい」

今日は以上です。
レス本当にありがとうございます。


>>755
全く別の会話を切り取った形のつもりでした、
とても分かりにくく、確かに抜けてるように見えますね…ご指摘ありがとうございます!


許嫁「……」

許嫁「あんなこと、言うつもりじゃなかった。今更、だと思うけど……」

許嫁「本当は、思ってはいないわ。私……。だから、その……」

男「……」

男(もしかして玄関にいたのは、偶然じゃなくて。待ってたのか)

男(こいつも俺と同じように、謝ろうとして)

許嫁「……」

男「……よし!」

許嫁「っ」

男「じゃ、これで。お互い至らぬ点を謝って、昨日のことは片がついたな!」

許嫁「ぁ……そんなこと言って……」


許嫁「……馬鹿。相変わらず馬鹿なんだから」フイッ

男「え。ええええええ!? 和解したと思った、次の言葉が罵倒?!」

許嫁「あなたが謝る必要なんて無かった。昨日のは、私が――」

男「俺はそうしたいと思ったからそうしただけだ。ま、お互いこれで水に流そう。しゅゴゴゴゴゴ」

許嫁「……あなたってやっぱり、馬鹿だわ」

男「お前ね、こっちを見もせずに人のことを馬鹿馬鹿って。こう見えても、いずれ俺はお前の……ぁ」

許嫁「……」

男(こ、こいつ。急に背を向けたと思ったら。も、もしかして……)

男(声もどことなく震えてるし……)

許嫁「……何よ」

男「え?」

許嫁「いずれあなたは私の……何よ」

男(一応それは聞くんだ)


許嫁「……驚いたの。戸惑ったの」ボソ

許嫁「なんとなく、そうなのかな、なんて思ったりはしてたけど。だけど、ここまで、なんて思ってなかった」

男「?」

許嫁「今までたくさん本も読んでたし、想像も、いっぱい」

男「何の話だ?」

許嫁「でも、私には。そういうの向いてないんじゃないかって思ってた」

男(無視かい)

許嫁「……私、少し。人と違うところがあるから。だから、そんな風になんてなれないって。でも――」

男「人と違うって自覚あったんだ」

許嫁「……」ム

男(あ、今ちょっとムスっとしたな)

許嫁「……もう」

許嫁「なんでこんな人に……ここまで……」ブツブツ


男「だから何の話してるんだって。俺にも分かりやすく言え」

許嫁「私の中の問題だから。あなたには分からなくて良いことよ」

男「だったら俺に向かって言うなよ」

許嫁「うるさいわね。あなたはただ黙って聞いていればいいの」

男「うっひゃー。なんつーワガママなお嬢様だー」

男(涙目のクセに)

許嫁「なんて言いつつ、それに付き合うのがあなたでしょう? 余計な荷物まで背負いたがる人だっていうのは私、知ってるわ」

男「それは褒めているのか?」

許嫁「どうかしらね」


許嫁「もう、私分かったから。……ちょっと気に食わないけれど。こうなってしまったのならば仕方がないわ」

男「こっちは結局お前が何を言いたいのか全然分からんぞ」

許嫁「昨日みたいな、子供じみた態度なんてもう取らないわ。約束する」

男「……いいよ、そんな約束なんて」

許嫁「え?」

男「偶にはいいんじゃないか。そこまで自分に厳しくする必要もないし、それに。それで初めて気がつくものも、あるかもしれない」

男「今回のことでも、俺も色々と考えた」

許嫁「え」

男「まあ、それがしょっちゅうだとお互い大変だろうから、偶に、くらいで頼むぜ」

許嫁「っ……まったく、もう。すぐそういうこと言うんだから、あなたって。もう」

許嫁「……」

許嫁「だから私……」ボソ


許嫁「……」

許嫁「今、言いたいことは、それだけ」

男「確かに言いたいこと言ったな。割りと一方的に」

許嫁「じゃ、私は夕飯食べることにするから」

男(何だよ、本当は夕飯取ってなかったのか)

男「……少し、付き合っていいか?」

許嫁「え?」

男「今日の、委員長との文化祭の仕事のことも、一応話しておきたいし」

許嫁「……そう、ね。聞いておくわ」

男「うし。じゃあ、そうしよう」

許嫁「……」

男「ん? どした? まだ何かあるのか?」

許嫁「……覚悟、してよね」

男「何を?」

許嫁「さ、何かしらね」ガチャ


男「……」

男「何だよ、覚悟って。何か勝負でもするのか」

男(ったく。素直じゃねーな。相変わらず)

男「……」

男(あいつも、そして……)

男(……俺も)


リビング

許嫁「そう言えば、お父様から連絡があったの」

男「何て?」

許嫁「プレゼント、ありがとうって。感謝してるって」

男「ああ! そうか、バイトの給料の話か。良かったじゃねえか。喜んだだろう」

許嫁「そうね。ま、感謝はしないでもないわ。あなたにしては良いことを言ったわね、と褒めてあげるわ」

男「何を。俺はいつも良いことを――」

許嫁「どうでもいいことね」

男「先に言うなし」


許嫁「……それから。あとこれ。偶然、それがセットでついて来たの」

男「ん? これは……Tシャツ?」ガサガサ

許嫁「……渡す機会が、ちょっと無かったから」

男「え? これ俺に?」

許嫁「前の借りを返しただけだから」

男「前の借り……? あ、以前にお前が洗濯でカピカピにしたやつのことか?」

男(意外とこういうところ義理堅いよなコイツ)


男「ふーむ」マジマジ

許嫁「……」

男(なかなか……、気に入るデザインじゃないか、これは?)

許嫁「なんとなく、前のと似てると思うけど」

男(そう言われればそうだな)

許嫁「……探したけど、同じのは見つからなかったから」

男「え……」

男(ぐ、偶然セットでついて来たんじゃないのかあ?)

許嫁「どう、かしら?」

男「……」


男「正直に言えば――」

許嫁「うん」

男「なかなか気に入るデザインだ」

許嫁「そ、そう? お世辞だったら、必要ないわよ」

男「んなことねーって。お前にわざわざお世辞なんて言うと思うか?」

許嫁「それも何だか納得いかない発言だけど……」

男「はは。本心だよ。ありがとな」

許嫁「……そ。なら良かったわ。あなたにも、一応芸術を理解する感性はあったのね」

男「よっしゃ! これは俺の顔がプリントされたTシャツとツートップで着こなしていこう!」

許嫁「私の感性も疑いたくなるような発言はやめて頂戴」


……

教室

委員長「はい! ではでは皆さん注目です! クジに選ばれた、栄えあるモデル第一号っ」

男(うう……なんで俺がこんな恥をかかねば……)モゾモゾ

委員長「熟考に熟考を重ねた上で勢いで決められた男子用のメイド服、そのお披露目の時間です!」

委員長「では、張り切ってどうぞ!!」

ジャーン

男(メイド服)「こ、こんなん出ましたけど~」

「「……」」シーン

男(反応なし……)

男(う、ううう。なんだこの羞恥プレイ……)

男(せめて何か反応を……)


許嫁「……ふっ。ふふふ。あなた、似合ってるわよ。ふふふふ、あははははは!」

男「お、思いっきり笑ってんじゃねえかお前」

ドッ

「アンバランスさが絶妙で、逆に似合ってる」

「微妙に可愛い部分があるのが腹立つ」

「スネ毛が汚い。永久脱毛、しよう?」

男「だ、男子どもは他人ごとみたいに笑ってるんじゃねーぞっ。お前らもこれから着るんだからな!」

委員長「うん。……うんうん。少しだけ恥ずかしそうにしているのが良いわ、凄く良い、うん」ボソ

許嫁「ふふふ。似合ってるじゃない。将来は掃除婦として雇ってあげても良いわね。その格好が条件でね」

男「掃除婦か……」ウーン

友「悩むんかい」


許嫁(執事服)「ど、どうかしら」

「「……おぉ」」

男「さすがだな。男物がよく似合っている」

許嫁「それは……、褒めているの?」

男「さすがだ、男前だよな。なっ」

転校生「え? 僕? え、ええ。男前だと思います」

男「よっ男前!」ヨッ

許嫁「……本当に褒めているの?」


ざわ・・・ざわ・・・

転校生(メイド服)「ぅ……ぅぅ……」ジャーン

友「mjk」

男(に、似合うとは思ってたが)

「な、何だよ……これ……」

「起きたな……事件が……」

「こんな可愛い子が女の子なワケ……」

友「ヤ、ヤバくないコレ? どう見ても女の子にしか見えんぞコレ!」

転校生「う、うるさいな。だから気が進まなかったんだ……あんまり見るな……」

男(確かにすごいな、これは)

男(ちょっと髪型変えて、化粧と衣装だけで、どっから見ても女の子だ……ん?)

男「……」マジマジ

男(何か……)

転校生「な!? キ、キミもそんなふうにじっくり見るな!!!」

男「いやあ。やっぱり分かってても可愛くてさ」

許嫁「……」ム

転校生「か……かわあああ!? そんなことはないぞ! ボクは男だぞ!?」

友「なあ……、今度、映画でも一緒に行かないか?」

転校生「やめろ、ボクをそんな生温かい目で見るなぁぁぁぁぁ……」


友(メイド服)「……」

男「どうした、なんでそんな無反応なんだ?」

友「なんだか……すぅすぅ、する」

男「そ、そうか」

友「初めての感覚……」

男「……は?」

友「何だか、新しい扉が開いていく音がするよお」

男「閉じろ」


許嫁「……」マジマジ

男「どうしたんだ、メイド服を凝視して」

許嫁「私も、着てみようかしら」

男「? あれか、お嬢様だからこそメイドに興味があるのか?」

許嫁「そういうわけじゃないわ。ただ私がこれを着たら、あなたは……」

男「なんだよ」

許嫁「……。別に」

男「出たよ」


……

委員長「ふふふっ似合ってたよ、メイド服」

男「ホントか? それ?」

委員長「うん。本当。君にずっとその姿でいて欲しいくらいだよ」

男「さすがに委員長の頼みとは言え、それは全力でお断りする」

委員長「それは残念だなあ。……仲直り、できたみたいだね」

男「ああ、ありがとな、委員長のおかげだ」

委員長「ううん。きっと君の力だけでも、大丈夫だったよ」

男「例えそうだとしても。委員長が力になろうとしてくれたことは、とてもありがたいことだぜ」

委員長「こ、このヤロー。またそんなこと言いやがってー。ふふふ、どういたしましてっ」


男「髪型、変えたんだな。バッサリ」

委員長「あれ? 気がついてくれてたんだ?」

男「おいおい。そこまで俺のこと鈍感だと思ってた?」

委員長「ふっふー。どーだろー?」

男「なんだそれ。……でも、似合ってると思うぜ」

委員長「ありがと。君にそう言われて私嬉しい。実はね、昔はこんな髪型だったの。子供の頃。今一度戻そうと思ってね」

男「そっか、そう言えば委員長はリスタートの秋だったよな」

委員長「そうです! ここに私は、また新たな一歩を踏み出しはじめたのです!」

男「をを! 気合入ってんな」

委員長「はい! これからは頑張らないことを頑張ります!」

男「をを……お?」


委員長「……でもね」

委員長「私、思うの。もしかしてさ」

男「?」

委員長「ボタンがひとつでも掛け違っていたら、違う道もあったのかな?」

男「違う道?」

委員長「……なーんてね。こっちの話。何でもない。じゃあ文化祭に向けて、張り切ってガンバロー」オー

男「お、おー」


……

教室

委員長「本日は予備日です。ですが現在。文化祭準備は立てた計画以上に上手く行ってるので、皆さん今日はゆっくり好きなことを楽しんでください」

委員長「ずっと準備ってのも大変だし、万が一体調崩したりしたら、残念だからね?」

委員長「頑張りすぎるのも禁物ですよ!」


男「そっか予備日だったか」

男(とはいえ今日俺はバイトも休みだし。何するかな)


男「おう。たまには遊んで帰るか?」

友「ん? ああ、悪い。今日はすることがあって」

男「なんだ、珍しくそんな深刻そうな顔して。……何かあったのか?」

友「あ、いや……。ちょっと、考えることがあってな」

男「何か手貸せることあるか?」

友「あ、それだったら……いや。大丈夫だ、ありがとな。これは俺の問題だから……じゃあなっ」タタタッ

男「お、おう。じゃあな!」

男(どうしたんだあんな急いで)

男(それに、なんで今あいつは……)


男「大事そうにメイド服抱えていったんだ?」


男「しかし、どうするか」

男(このまま家に帰っても特にやることもないしな……ん?)

男(ここは渡り廊下だが……妙に汚れが目立つ)

男「ここも、あそこも。おや、この箇所なんて特にだぞ」

男「いや、これは……結構汚れていないか?」

男「……マジか……」

男(結構この渡り廊下通ってたのに、この汚れに気がつくことなくスルーしていたとは……何たる不覚!)

男(しかし、文化祭前に気がついたのは僥倖! 外部の人も来られるし、清らかたる我が校を見てもらうには絶好のチャンスだぜ!)

男「そうと決まれば話は早い! 道具を持って来い、汚物は消毒だああああああ!」


……

男「ふふふふ……ふはははははは! どうした、その程度か!」サッサッ

男「!? ……馬鹿な。効果が無い……? いや、効いている筈だ、全軍、攻撃を止めるな!!」キュッキュッ

男「犠牲は……、少なくない、な。だが、彼らの働きはムダにはしない!!」ゴシゴシ

男「ようやく、ここまで……。いざ、この戦いが終われば、我らの勝利だ!!!」シュッシュ

男「闇より生まれし眷属よ、汝らがいるべき闇へと還れ!」ガリガリ

男「……ここは、平和になる……。だから、守ろう……」ヌリヌリ


……

男「……」

男「見ろよ。凄いだろう? 信じられるか、これがあの渡り廊下なんだぜ?」

男「俺だけの力じゃここまではできなかった。みんな(掃除道具)、……ありがとう、心から」

男「……ありがとう……」

男「……」

男「……」

男「……」

男「うん、綺麗になったし道具片付けたら帰るか」


校門

許嫁「……あ! あら。偶然ね。今帰りかしら?」

男「ああ、掃除に熱中していたらいつの間にかこんな時間だぜ」

許嫁「掃除の何がそれほどまでにあなたを熱くさせるのよ……」

男「うむ。それはだなあ」

許嫁「言わなくて結構。まるで興味ないから」

男「そりゃ残念。お前は何してたのよ?」

許嫁「久しぶりに空いた放課後だから。図書館で読書してたのよ」

男「ふーん、そうか。何か面白い本でも見つけたのか?」

許嫁「そうね。……今日あなた、アルバイトもなかったわよね」

男「ああ。シフトはお前と同じだよ」

許嫁「そ。じゃ、このまま帰るのね」

男「? うん。もうすることもないし」

許嫁「ふうん、そ。じゃあ私も帰ろうかしら」

男「……?」

男(何だこの会話)


許嫁「……」

男「……」

男「帰らないの?」

許嫁「帰るわよ」

男(何故そう言いながら動きださないんだ、こいつは)

男(相変わらずよく分からんやつだな)

許嫁「……」

男「何か待ってるの?」

許嫁「いいえ。特に、そんなものはないわね」

男「じゃ、何で帰らないんだ?」


許嫁「帰るわよ。そう言ったでしょう?」

男「そうか。じゃ、迷子にならないよう帰れよな」

許嫁「……っ。そうね。帰るわ、じゃあね」

許嫁「また家でね」ツカツカ

男(……。こいつ、もしかして)

男「あーっと。このまま、真っ直ぐ帰るのか?」

許嫁「……え?」


許嫁「え、ええ。そうね。他にすることもないから、帰るわ」

許嫁「あなたもそうなのかしら?」

男「ああ、そうだな」

許嫁「そ。ふーん。そうなのね」

男「……」

許嫁「……」

男「……せっかくだし、一緒に帰る?」

許嫁「……せっかくって何よ」

男「まあ、帰り道一緒だからな。それに、わざわざずらすってのも変だろ?」

許嫁「……そう、ね。まあ。あなたがそうしたいって言うんだったら、そうしようかしら」

男「うし。じゃあ行こうぜ」

許嫁「あんまり、早く歩かないでよね」

男「へいへいお嬢様」


……

自室

携帯prprprpr

男「電話……ん、あいつか」ピッ

友『もしもし』

男「カメよ、カメさんよ~♪」

友『せかいのうちで俺ほど~♪ 罪深き、ものは……ない……んだ……。すまない……っ』

男「何をしたんだよ」


友『今、大丈夫か?』

男「ああ。全然平気。どうした?」

友『お前のお嫁さんのことだけど』

男「まだ嫁じゃねーよ。で、何だ」

友『ちょっと気になることがあってな』

男「……気になること?」


友『や、今日の放課後なんだけどさ。彼女、校門で立ってるの見たのさ』

男「何……だと……? 校門に、だと……?」

友『いや、まだ伝えたいところじゃないから』

男「ああ、そう。それで?」

友『なんていうかさ、何かを待ってるような感じ。ちょっとソワソワしているような』

男「……。ふうん」

友『彼女を気にしてるヤツらから色々声をかけられてたりもしたけれど』

男(そんなヤツら本当にいるのか。まあ外見はいいからな。外見だけは)

友『結構長い時間そこにいたなあ』

男「その間、お前は何してたんだよ」

友『……』

男「もしもし?」

友『……何度やってもあの味に敵わないんだ』

男「味?」

友『混ぜ方か? 材料か?』

友『俺とあいつの何が違うって言うんだ! くそう! 上手くパウンドケーキ作れるようになって俺もチヤホヤされたいのに! クラスで注目を浴びて。キャーキャーすごーい。本当は家庭的なこともできるんだね。って。そして女子達が俺にぐふふふ……』

男「そういうヨコシマな考え方が味に影響してるんじゃないかな」


友『そういうわけで家庭科室にいたんだが、まあ、俺の話はいい』

男「ちょっと待て。お前、メイド服着てケーキ作りしてたのか?」

友『……』

男「……」

友『……まあ、俺の話はいい』

男「あ、ああ」

男(深く触れないでおこう)


友『それで。彼女、何してたんだろうな?』

男「はあ? 何か待ってるようだったんなら、その通り何か待ってたんだろ」

友『何待ってたんだろうね? かなりの時間あったぞ』

男「……さあね。俺には分からんな。何考えてるのか分からないヤツだし。用件はそれだけか?」

友『そうか。いやあ。その後お前が一緒に帰ってるの見たからさ、何か知ってるかと思って』

男「……。お前ね」

友『ははは。友人をおちょくるのは楽しいな』

男「……ったくよ。良い性格してるぜ」


男「……」

男(校門で何かを待ってた……)

男(しかもそれなりの時間)

男「……いやいやいやいや」

男(偶然って本人が言ってたし)

男「うんうん。そうに違いないな。そうに違いない」ウンウン

男(確かに、あのときは一緒に帰りたいようなそんな空気を……)

男「……。いやいやいや、俺の勘違いかもな!」

男(……)

男「まあ、一緒に住んでるしな。分かるよ? 一緒に帰るのはな!」


男「だからってわざわざねぇ? そんな、そこそこの時間待ってまでさ。まさかね?」


『何待ってたんだろうね? かなりの時間あったぞ』


男(……)

男(まさかね。あいつが、わざわざ俺をずっと待つような真似をするわけが――)

コンコン

男「のわっ!?」

許嫁『っ。な、何驚いているのよ?』

男「な、何だ? 何か用か?」

許嫁『……別に。私もう寝るから』

男「あ、ああ。分かった」

許嫁『……、オヤスミ』

男「お、おやすみー」

許嫁『うん……』スタスタ

男(最近、行動に驚かされるな)

男「……あれ?」

男(おやすみ、なんて今まで言われたことあったっけ……?)

今日は以上です。それでは。


……

教室

転校生「ちょっと聞いたんだが。文化祭について、この学校には言い伝えのようなものがあるらしいな」

男「? 言い伝え? そんなのあるのか?」

友「もしかして、後夜祭のときのイルミネーションがうんぬん、ってヤツ?」

転校生「ああ、それだ! その話だな」

男「後夜祭……文化祭の終わりにやるアレか。それがどうしたんだ?」

友「なんだお前知らなかったの? 結構有名だと思ったんだが……」


友「この学校の文化祭で、男女二人。一緒に色々周って楽しむってのがまずあって……」

男「オチがなんとなく読めたぞ」

友「はは、まあ最後まで聞け。それで後夜祭だ。最後に伝統的な行事として、中庭のイルミネーション点灯式あるだろ?」

男「あー、そういや去年もそんなイベントあったな」

友「あのイルミネーションが輝いている間。男子から愛を告白して、それを女子が受け入れれば。その二人は永遠に幸せになる、という」

転校生「そうだ、僕が聞いたのはまさにその話だ」

男「ほーん。そんなのあったんだ。どっかで聞いたような設定だな」

転校生「む、君は興味がないのか?」

男「全然ねー。『夢』と『dream』が異なる文化の言葉なのに、何故睡眠中に見るものと将来の理想の意味をどちらも持ちあわせるのか、という疑問と同じくらい興味ねーな」

転校生「……今僕は、その疑問がかなり気になってしまったんだが」

男「そもそもがこの学校創立してからまだ新しいほうだろ? それで言い伝えやら永遠やら、なんて言われてもな」

転校生「あ、今の疑問の答えって教えてくれるわけじゃないんだ……」


友「実際ここ最近にできたらしいけどな、後夜祭のその話」

男「ウチの学校ってそういった話が全くないからな。そういった物が欲しいって人が言い始めたんだろう」

転校生「君は身も蓋もないことを言う」

男「まあ、そういう類の話、好きな人は好きなんだろうが。俺にはとても……ん?」

許嫁「……」

男「どうした? 何か用か?」

許嫁「……え?」

男「そんなぼんやりとして。何だ、見とれたか?」

許嫁「……あなたそんな顔でよく言えたものね?」

男「別に俺に、とは言ってないが」

許嫁「っ。……相変わらずの減らず口なんだから」

男「お前にそれを言われるとはな……で、何だ? 用事があるのか?」

許嫁「内装班の段取りについて、ちょっと聞きたいことがあってきたの」

転校生「あ、僕ですか。何のことです?」

許嫁「ええ。このクロスについてなんだけど……」


廊下

先輩「天が呼ぶ、地が呼ぶ。そろそろ出せと誰かが呼ぶ!(希望)」

先輩「説明不要っっ!!! 先輩の登場だぁぁぁぁ!」

男「こんにちは先輩」

先輩「……」キョロキョロ

男「? どうしたんです?」

先輩「君のトモダチ、いないよね?」

男「ああ……。あいつなら今日も家庭科室に居ますよ」

先輩「そっかそっかーそれなら良かったでござるよ」ホッ

男「どうしてそんなにソリが合わないんですか?」

先輩「えっ? ……これ、言ってもいいのかなあ」

男「?」

先輩「うーん。キミにだったらいっか。これ、他の人にはナイショだかんね」

男「……はい」


先輩「実はね、彼……」

男「……」ゴクリ

先輩「伊賀、なんだ……」

男「……イガ?」

先輩「そう。私は……甲賀なの。だからお互いを敵としか見られない、これは命より重い……運命(サダメ)……」

男「あ、そうだったんですか。納得がいきました。じゃあ仕方ないですね、それは」(棒)

先輩「あ、あれれ? 信じてないでござるか? その顔は?」


先輩「さ、さてはキミも伊賀のモノ?!」

先輩「ああ! キミと敵味方に分かれるなんて、天はなぜ私にかくも、重い運命(サダメ)を負わせるのか!」

男「いえ。伊賀でも甲賀でもないです。俺はノーマルなんで」

先輩「何かそれ、私がアブノーマルみたいな言い方だねっ?」

男「嬉しそうに言わないでくださいよ」

先輩「むむむッ。さては信じておらんでござるな、御主!?」

男「先輩って嘘下手ですからね」

先輩「……そうかな? そう思う?」

男「ええ。俺にはそう見えますが」

先輩「そ。私も修行が足りぬみたいでござるな!」


先輩「そう言えばさ、文化祭。君のトコ喫茶店やるんだって? 調べたよ! ニンニン!」

男「そうなんですよ。ちょっとだけ衣装が特殊ですけどね。先輩のクラスは何するんですか?」

先輩「んっふっふー。私のクラスはねえ……YAKISAVAだよ!」

男「ああ、やきそ……焼き鯖?」

先輩「うん、焼き鯖屋。大量のサバ仕入れるよ~教室がサバ臭いよぉ~」

男(い、一体どういう経緯でそんな店をすることになったんだろう……恐ろしいクラスだ)

男「でも大丈夫なんですか、主に衛生面で」

先輩「ダイジョーブダイジョーブ! ウチのは腐らないサバだから!」

男「え?」

先輩「何しろ生命力がそこらのとはダンチガイだから! 仕入れてから結構経つのにまだピチピチ跳ねてるの!」

男「え……」

先輩「首をはねられても、他の個体の身体を乗っ取って生き延びたって目撃例もあるくらいよ!」

男「えぇ……」


先輩「常温保存可! 生物を超越した回復力! 百年たってもダイジョーブ! 」

先輩「……まあ日光に当てちゃいけないとか、特殊なエサとか、面倒な条件はあるんだけど」ボソ

男(そ、そんな代物があり得るのか……? 本当だとしても、絶対に口にしたくないぞ)

先輩「絶対食べに来るんだよ、絶対だかんね! もし来なかったら君の教室まで食べさせに行くかんね! 大量のサバと共に襲来するかんね!」

男(……絶対にやめて欲しい)


……

自宅

男「ただいまんぼう」ガチャ

許嫁『……!』

男(ん? リビングから話し声?)

許嫁『……らない?』

男(アイツの他に誰かいるのか……? いや、電話か)

許嫁『別に大したことじゃないのだけれど』

許嫁『一緒に文化祭周らない? 別にあなたが暇だったら、でいいのだけれど』

許嫁『ま、あなたならこの学校の文化祭よく知っていて面倒がなくてすむと思うし』

許嫁『……あ、でも。変な風に取らないでよね? あなたがいたほうが多少は便利かなって思っただけだから。それだけよ』

男(文化祭に誰かを誘ってるのか。にしても相変わらず偉そうな態度だな)

許嫁『そう。だったら一緒に周りましょう?』

男(へえ、誘いたい相手なんていたのか)


男(案外男子相手だったりして)

男(そういやアイツを気にしてるようなヤツらはいるって聞いたな)

男(外見だけはいいからな)

男(……)

男(いや……それは、しかし……)

許嫁「……はぁ」ガチャリ

男「!」

許嫁「きゃっ!? か、帰ってたの!?」

男「ああ。たった今帰ってきたところだ」

許嫁「……、もう。驚かせないでよね。突然帰ってこないで」

男「普通に自分の家に帰ってきたのに突然て……どないせーって言うんじゃ」


……

教室

転校生「君に一つ聞きたいことがあるのだが」

男「絶対に一つだけだぞ」

転校生「……君は言葉の綾というものを知らないのか?」

男「知ってます。じゃあな、答えたぞ。質問は終わりだ」

転校生「違う、今のが聞きたかったわけじゃない!」

男「何だよ早く言えよ。質問一つをどれだけもったいぶるんだよ」

転校生「誰のせいだ誰の……まあいい。今度の文化祭だが、君は誰かと周る約束なんてしたのか?」

男「え……?」ドキン

転校生「違う! 君を特別に誘ってるわけじゃない!」

転校生「器用だな! なんだ、今のドキンってのは!」


転校生「君はすぐに僕の話を茶化す」

男「なはは。お前は可愛い反応をしてくれるからな、ついつい。許せ」

転校生「……可愛いとか言うな」

男「ま、約束なんてしてないが、いつものメンツで遊ぶんじゃないかな。聞きたいのはそれだけか?」

転校生「いや。……その、誘ったりはしないのか?」

男「?」

転校生「……ほら」クイッ

男(アイツのことか)

許嫁『……』

男(席に座って頬杖ついて……何か難しい顔で物思いにふけってるな)

許嫁『……』チラッ

転校生「おや? 君を見たぞ」

男「俺とは限らないだろ。この辺に妖気でも感じたんじゃないか」

許嫁『!? ……』フイッ

転校生「君の視線に気がついて、必要以上に顔を背けた」

男「今度はあの辺に妖気を感じたんだな」


転校生「……誘わないのか?」

男「何でそんなこと聞くんだ?」

転校生「あの話を忘れたのか? 一緒に文化祭を周って、そして後夜祭でイルミネーションが――」

男「何故俺が、アイツを誘わなければいけないのか、と聞いている」

転校生「そうだな。確かに、彼女があの話に関心があるかどうかは分からない」

男「あれ? 俺の言ってること、聞こえた?」

転校生「これは仮に……仮に、だが。僕もそういう話にあまり興味はない。だが、しかし。それでも僕なら。誘われて悪い気はしないと思う」

男「お前の意見なんて尋ねていないぞ?」

転校生「君の態度、分からなくはない。こういうの誘うのって、思ったより勇気がいるものな。なんせ好意を持ってると、相手に告げているようなものだから」

男「何だ? 俺の周りには人の話を聞かないヤツが揃っているのか?」


転校生「……誘わないのか」

男「あのな。誘う誘わない以前に、アイツ誰かともう――」

転校生「そうだ! 僕が誘ってくるぞ? それでいいのか? いいんだな?」

男「……ん?」

転校生「よし! それがいいな! 誘う、誘うぞ~。僕があの人を誘って来るぞ~!」チラッ

男「え……?」ドキン

転校生「僕が、あの人と二人。文化祭を楽しもう! 後夜祭で、イルミネーションを見よう! そして、それで……! よし、誘うぞ~っ」チラッチラッ

男「っ……そ、それだったら俺が……」

転校生「! やっぱり君は――」

男「みたいな流れに本気で出来ると思ったのかお前は」

転校生「くっ、演技か!? ……今のは少し無理があったか」

男「……少しか?」


転校生「君も思っていたより強情な人だ。いや、あるいはそれは余裕というものなのか?」

男「お前も最初の印象に比べると随分と強引なヤツだった」

転校生「何か君、意固地にはなってないだろうか?」

男「……んなことはない」

転校生「本当か?」

男「……。そもそも、お前は何がしたいんだ?」

転校生「えっ? 僕?」

男「何が目的だ? なんで、こんなことを俺に言う?」

転校生「え、いや。僕は、その、なんというか。その……」

男「……」

転校生「その。ええっと……」


男「……。まあ、本人に直接確かめたワケじゃないけど、既に誰かと文化祭周る予定みたいだぞ、アイツ」

転校生「え。ほ、本当か? 嘘じゃないだろうな?」

男「こんな嘘つかないっつーの」

転校生「君も案外素直じゃないところがあるみたいだからな。……本人に確かめてくる」

男「だったら最初からそうしておけよ」


……

転校生「……本当に君は約束をしていないんだな?」

男「ああ。どうだった?」

転校生「先約がある、と」

男「だろ?」

転校生「……君じゃないとしたら、一体誰なんだろう?」

男「聞かなかったのか?」

転校生「あまり言いたくなさそうだったから、聞くのがためらわれて……」

男「何故俺に対して発揮した強引さがそこでは出ない」

転校生「君に心当たりは?」

男「さあね、分からん。本当だ」

転校生「そうか……」


……

校門

許嫁「あら、偶然ね。今、帰りかしら?」

男「ああ。さっき、班の今日の作業が終わったところでな、こっちは順調に行ってるぜ」

許嫁「そ。私の班も良い感じよ。まあ、全くトラブルがないとは言えないんだけど」

男「こっちも同じだ。まあトラブルの一つや二つあるのは当然だし、それに今はそれすら楽しくあるな」

許嫁「そうね、私もそう思うわ。じゃ、私は帰ろうかしら?」

許嫁「……この後、することもないから」

男(……)

男「そうか。じゃあ、せっかくだし――」

許嫁「そうね。そうしようかしら。わざわざ帰りをずらすってのも意識しているみたいで変だものね」

男(……まだ全部言ってないんだが)


……

帰り道

男「……と、こういった顛末で。俺と白い悪魔との死闘が幕を閉じたんだ」テクテク

許嫁「え? ……あ、そうなの。それは大変だったわね」テクテク

男「……?」

男(なんだ、反応がいまいち悪いな)

男(……やはりコンロの白い油汚れと戦う話は高度すぎたか?)

男(俺的にはツボなんだが……よし。こうなったらとっておきだ、赤い絨毯のシミと遭遇した話を――)

許嫁「……」テクテク

男(いや、待て。どこか上の空のような感じがするぞ、コイツ)

男(……よし。確かめてみるか)


男「ところで、今晩のご飯なんだが。シュールストレミングのキビヤック和えなんてどうだろう?」

許嫁「……え?」

男「晩御飯だよ。献立、今のでいいか?」

許嫁「え、ええ。そうね。私はそれでいいと思うわ」

男「……」

男(やはり。コイツ、全く人の話を聞いてないぞ。生返事だ……どうしたんだ?)

男(まあ変なのは今に始まったことじゃないが)

男(何か悩みごとでもあるのか? でも、中々打ち明けてくれないからな)

許嫁「……」テクテク

男(随分険しい顔をしてるな。もし、悩み事だとしたら何だろう?) 

男「……」

男(もしかして許婚って関係のことか?)


男(結局のところ。今の状況に甘んじて、俺は何も選べていない)

男(選ぶ……いや、それ以前に)

男(もう俺は、受け入れなければいけないはずなんだ)

男(……)

男(俺の甘えが、こいつにも。無理をさせてるのかな……)

許嫁「……っ」

男「っと。なんだ、急に立ち止まって?」


許嫁「あ、あの! い、いいかしら!?」

男「っと。どうした? そんな力込めて」

許嫁「!? そ、そんなことないわ。その! 私は……」

男「?」

許嫁「……」

男「……どうした? 何か俺に言いたいことがある?」


許嫁「……べ」

男「べ?」

許嫁「別に――」

男「?」

許嫁「別に大したことじゃないのだけれど、一緒に文化祭周らない? 別にあなたが暇だったらでいいのだけれど」

許嫁「ま、あなたならこの文化祭の学校よく知っていて面倒がなくてすむと思うし――」

男「え?」

許嫁「あ、でも。変な風に取らないでよね? あなたがいたほうが多少は……、困らなくてすむかなって思っただけだから。それだけよ」

男「え……?」

許嫁「……っ。あっ……。べ、別に、大したことじゃない……のだけれ、ど……」

今日は以上です

かわいい(建前)

かわいい(本音)

きゃわゆいいいいいいいんんん!!!!(深層心理)


許嫁「……その、……一緒に……」

男(あれ? 文化祭、他の人と周る予定だったんじゃ?)

許嫁「ぁ……」

許嫁「……」

許嫁「……他に、約束した人が……居て?」

男「いや。俺は、特に誰かと約束なんてしていないが……」

許嫁「っ。そう。……だ、だったら――」

男(……一緒に文化祭か)

男「そうだな。俺には特に断る理由もないし、一緒に行くか」

許嫁「!!  そ、そう! だったら。だったら、一緒に周りましょう?」

男「ああ」


許嫁「…………………………………………はー」テクテク

男「あ、でもさ」

許嫁「っ。……? な、何かしら?」

男「確かに、俺は去年もこの学校の文化祭、参加してるけど。今年とはクラスも何もかも違うんだから、大して参考にもならんと思うぞ?」

許嫁「……、そんなことないわよ? プログラムとか、流れとか、私知らないから。あなたがいればその……困らないから」

男「そんなものかな?」

許嫁「そんなものよ、分からない人ね? ……そう言えば、何かしら? さっきのあなたの言い草」

男「?」


許嫁「……俺には、特に断る理由もないしな」フッ

男「え。それ、俺の真似か? そんなキザっぽい言い方したか、俺!?」

許嫁「あら? もしかして自分で気がついてなかったのかしら? あなた?」

男「し、したつもりなんて全くないぞ? 過剰演技だろ、それ!?」

許嫁「いいえ? 確かに、そんなキザったらしい感じで言ったわ。私、聞いたもの」

男「でっちあげだ! 再審を要求する!」

許嫁「即却下。あら、もしかして……今までも気がついてなかったのかしら?」

男「え?」

許嫁「あなた。今までにもこんな気取った言い方、私にはよくしてるのよ?」

男「嘘だッ! 嘘だと言ってよ、」

許嫁「ホントよ? まったくもう。あなた、私の何様のつもりなのかしらね? ……ふふふっ」

男(……。急に、口数が増えたな)


許嫁「ふふふっ。相変わらずおかしい人なの、あなた」

男「……あ、そういやさ。クラスの喫茶店にも、出なければいけない時間結構多くなるだろうから」

許嫁「?」

男「組まれたシフトの関係次第では、一緒に周る時間そんなにないかもしれないな」

許嫁「あ、それだったら大丈夫よ。だって、あなたと私の勤務時間まったく同じだから」

男「そうなのか。……あれ? まだシフト決めてる段階じゃなかったか?」

許嫁「あ……」

男「委員長が希望を聞きますよ、みたいなことは言ってたが――」

許嫁「か、仮のシフト表が出来たって彼女が言ってて。見せてもらったら、偶然そうなってたのよ、偶然ね」

男「あ、そうなの」

男(委員長と結構仲良くなったのかな?)


許嫁「でも。どんな感じなのかしらね? 前の学校では、文化部の発表くらいしかなかったから、分からなくて」

男(何だか妙にテンション高いのはそのせいか? そんなに楽しみなのか)

許嫁「その、後夜祭も……ある、らしいじゃない? ちょっと、こみみに挟んだんだけど!」

男「ああ。あれが一番盛り上がるかな、最後だし」

許嫁「へー。後夜祭だなんてあるのね。……どんなことするのかしら? あなた知ってるの?」

男「特設ステージがあって。そこでコンテストやったり、部活動で何かやったりするヤツらもいたな」

許嫁「他には?」

男「他に? 去年も色々イベントがあったけど、その年によって結構変わるらしいからなあ」

許嫁「……。あ、そういえば、なんだけど……。点灯するとか、なんとか、聞いたけれど?」


男「……ああ。中庭のイルミネーション点灯式があるな」

許嫁「へえ。イルミネーション……今年もあるのかしらね?」

男「ウチの学校の伝統的行事らしいから、あるんじゃないか?」

許嫁「そうなの。だったら――せっかくだから。良い場所から見たいわね?」

男「え?」

許嫁「あら? あなたは、そうじゃないのかしら?」

男(今の口ぶりだと……そうか、後夜祭も一緒に周ることになってたのか)


許嫁「夏祭りの花火だって」

許嫁「あのときだって。良い感じで……花火が、良い感じで見られたじゃない?」

男「……ああ、そうだったな」

許嫁「だから、その、ね? できればだけど。綺麗に見られる場所を選びたいじゃない?」

許嫁「……。せっかく、だから」

男「なるほど、分からないでもない……だけど悪いな。イルミネーションが良く見える場所ってのを、俺は知らない」

許嫁「そうなの……あ、だったら、そうね。今パッと思いついただけなんだけど?」

許嫁「例えばだけど。例えば、屋上なんて良いんじゃないかしら?」

男「屋上?」

許嫁「ええ。文化祭の間も開放されてるって聞いたわ。後夜祭の時間もね」

男(……何か俺より文化祭詳しくない?)


男「屋上か……そうだな。高いところからだと、また格別かもしれないな」

許嫁「そうよね? 私も、そう考えたの。奇遇ね? それに――」

男「?」

許嫁「後夜祭の時間には、もう暗くなってるから。屋上からだったら、夜空なんて……綺麗よね?」

男「ああ。そういや、そうだな。屋上からだったら良く見えるから」

許嫁「……夏祭りのとき。花火も良かったけど夜景も綺麗だった、でしょう?」

男「まあな。じゃあ、屋上から見るって予定にしとこう。……それでいいか?」

許嫁「え、ええ。じゃあ、そういうことにしましょう? それで約束よ?」

男「約束するってことのほどでも――」

許嫁「忘れないでよね?」

男「あ、ああ」

男(妙にこだわる……)


許嫁「……………………ふー」テクテク

男「……」テクテク

男(そういえば、気になることがあったな)

男(しかし、これは。聞いてもいいものなのか?)

許嫁「……」テクテク

男(うーん、どうするか)

男(でも、モヤモヤしたものを抱えておくのも好きじゃないしな)


男(……、よし)

男「その。一つ、聞きたいことがあるんだが」

許嫁「……? 何かしら、改まって」

男「や、その……大したことじゃないんだが」

許嫁「? 何よ? あなたが躊躇するなんて、久しぶりね」

許嫁「でも、今なら特別に許可してあげるわ。あなたが言ってた通り一つだけだけど?」

男「……お前ね」

許嫁「ふふふ、何かしら? あなたが私に聞きたくてたまらないことって?」

男「……その、文化祭一緒に周る相手についてだが。他にいたんじゃなかったのか?」

許嫁「え? 他に? ……何の話?」


男「誰かを誘わなかったのか?」

許嫁「? 何言ってるの? あなたの他に、誘いたい――」

男「え?」

許嫁「いいえ。誘ってあげた相手なんて、いなかったわ?」

男「あれ、そうなのか?」

許嫁「何よ。変なことを言うわね? ま、あなたはずっと変なことばっかり言うけど……」

男「いや、実は――」

許嫁「……っ」

許嫁「も、もしかしてだけど――」


許嫁「その。もしかして、気にしてたのかしら? 誰と文化祭一緒なんだろう……とか?」

許嫁「他に誰かいるのかしら、なんて、あなたも……」

男「いや。実は、その。これ謝らなくちゃいけないことなんだが」

許嫁「え?」

男「昨日、俺が家に帰ったとき。電話でお前が誘ってたの聞いてしまって」

許嫁「電話? 一体何の……? ……昨日……」

男「リビング出たときに、バッタリ鉢合わせただろ? その前だ」



許嫁「……」

許嫁「…………」






許嫁「………………………………………………………………ぅぁ」







 


許嫁「…………ぁ…………ぅぁ……ぁ…………」

男「立ち聞きしたのはすまん。本当に悪かったと思う。偶然タイミングがあってしまったみたいで」

男「俺が全面的に悪い。謝る、ごめんな」

許嫁「…………ぇ、ぁ、あっ、そ、そう、ね!」

許嫁「で、電話! 電話で! そう、ね!」

許嫁「だ。誰か、を、誘っててね! そんな感じだったの!」

男「誰か?」

許嫁「そ、そう。知らない誰かよ。あなたの知らない誰か!」

男「そうか……」

許嫁「あ、うん……あ! だけど! そうなんだけど! あいにく、断られたのよ。相手に、前々から用事があったらしくて……」

男「ん?」

許嫁「え?」

男「でも、そのとき了承して貰っていたような返事を言ってたような……」

許嫁「ぅ、あっ。…………成功例まで……」

許嫁「くっ、あっ。き、聞き間違いよ? ちょっと、立ち聞きしただけなのに何言ってるのよ?!」


男「それに転校生には、先約があるって言ってたらしいが……」

許嫁「……え? あ、そうね! 私、勘違いしてたわね! 一度了承してたの、確かに!」

許嫁「けど、そのあと。不都合があったらしくて、断りを入れられたのっ」

許嫁「だからー、仕方なく、あなたと回ることになったのよー。残念だけど!」

男「いや。そうか、納得した。……すまん。悪いこと聞いてしまったかな」

許嫁「え……いや、ちが、そうじゃなくて。べ、別に私は……」

男「いや。何か色々と悪かった。どう見ても、俺が一方的に悪いな、ごめん……」

許嫁「っ、、まったく、もう……! あなたって……。まったく! もー!」ツカツカ

男「!? ちょっ、歩くの速い……速いって!」


男(しまったな。また、やってしまったかな)

男(どうも俺。コイツ相手だと、つい)

許嫁「……」ツカツカ

男「……」テクテク

男(こいつのこと、もっと知りたいって思……)

男(……)

男(……って)

男(おいおい。何考えてんだ、俺?)

許嫁「……」ツカツカ

男(でも、そうか。コイツ、他のヤツと一緒に行く予定だったのか)


許嫁「……」ツカツカ

男「……」テクテク

男(でも、何か変だな?)

男(このうろたえ方、妙だ?)

男(なんか耳まで赤いぞ……寒さのせいだけではなさそうだが)

許嫁「……」ツカツカ

男「……」テクテク

男(そういえば、こいつから直接何かに誘ってくることって今までなかった)

男(そういうのがあまり得意でないのは分かるが……)

許嫁「……」チラッ

許嫁「!? な、何よ、許可無くこっち見ないでよねっ」

男「お前だって俺見てるってことじゃねーか」

許嫁「私はいいのよ」

男「不公平なやつめ」


男(……待てよ。さっきの誘われたときの台詞)

男(家で立ち聞きしてしまったときも、同じようなこと言ってたような)

男(確か、偉そうな態度で――)


『別に大したことじゃないのだけれど』

『一緒に文化祭周らない? 別にあなたが暇だったら、でいいのだけれど――』




男(……)

男(…………)



男(……………………………………………………ぅゎ)


男(ま、まさか!? こいつ!?)

男「い、いやいや! そんなわけ……!」

許嫁「!? な、何、突然?」

男「う、いや、な、何でもないぞ? 夕飯にキビヤックはキツすぎるかな、って思っただけだ!」

許嫁「? きびやっく?」

男「あ、あはは!」

許嫁「? ……?」



男(あれは、誰かに電話してたんじゃなくて……)

男(……)

男(……)

男(……ひ、一人で、俺を誘う練習をしてた、のか?)


男(く、くそう。これでつじつまが合ってしまう……!)

許嫁「……」テクテク

男(な、なんつーことしてやがる、このお嬢様……っ!!)

許嫁「……?」

男(しまった。こんな事実、気がつかなきゃ良かった……!)

許嫁「何よ、難しい顔して。何か私に言いたいことでもあるの?」

男「ね、ねーよ!」スタスタ

許嫁「え?」

男「何もねー!!」スタスタスタスタ

許嫁「あ、ちょ、ちょっと!? 速いわよ!?」

男(……こ、こっちのが恥ずかしくなってきたじゃねーか!!)

今日は以上です、レスありがとうございます


……

教室

男「……分かったよ。アイツが文化祭を一緒に周る、例の相手が」

転校生「何? 誰だ?」

男「お前もよく知ってる奴だ」

転校生「僕も? 誰だ? このクラスの人間か?」

男「……、少し。俺の口からは言いにくいんだが……」

転校生「君が躊躇する人? なんだ、ちょっと怖いな」

男「……いや、やっぱり……。すまん、今のは忘れてくれ。じゃあな」

転校生「っ。おい、何だよ。そこまで言って止めてくれるな。僕も知る必要があるんだ……頼むっ」

男「……。お前が、そこまで言うんだったら……」

転校生「いったい、誰と……?」


転校生「……」ゴクリ

男「……生まれは、この近所でな。長男として生を受けた、たまのような愛らしい子だったという……」

転校生「え?」

男「ん?」

転校生「いや待て。生まれ? 何でその人の生まれから言う必要がある?」

男「大事なことなんだ、いいから聞けよ」

転校生「それが大事なことなのか? ……分かった。近所で生まれたんだな。それで?」

男「……幼少期は眠ることが大好きで、両親の手をあまりかけさせない子だったそうだ」

転校生「は?」

男「というか、やたら眠りすぎでちょっと心配してたらしい。『眠り王子』なんてあだ名をつけられていたとかなんとか」

転校生「……もしかして、君。ふざけてない?」

男「!! ふざけ……!? お前……、そんなこと、言うのか?」

転校生「っ」

男「だったら。この話はここで終わりだ……」

転校生「あ……、いや、僕は……」

男「本当だったら俺だって……俺だって!! こんな話、言いたくはないんだっ……!」

転校生「! ……すまない。そうとも知らずに僕は……。頼む、続けてくれ」


男「それから彼は……優しい両親と、少しだけ我が侭な妹に囲まれ、すくすくと育ちましたっ……!」

転校生「とはいえやっぱりおかしくない?」

男「幼い頃から妹の面倒を良く見る、ひょうきんなお兄ちゃんだったそうですっ……!」

転校生「誰なのか名前言えば良いだけの話なのに」

男「小学校の頃は、テーブルクロス引きに熱中っ……!」

転校生「妙に力が入ってるのだけは確かなんだが」

男「後ほど持つことになる、掃除という生涯の趣味に通ずるものがあったのかもしれませんねっ……!」

転校生「……趣味が掃除? おい、それって。もしかして」

男「次は、中学っ……! 小学校の次っ……! 圧倒的中学っ……!」

転校生「もういい、止めろ」

男「そういえばっ……! 今思い出したんだけどっ……! 中学のとき、すげー笑える話があってさっ……!」

転校生「おい止めろ、聞こえてるのか、止めろおっ!!」


男「何だよ。まだ波乱!入学編や戦慄!ファミレス編が残ってるって言うのに」

転校生「誰が君に自伝を話してくれと言った? というか、『っ……!』てどうやって話してるんだ君は?」

男「偉大なる先人に聞け」

転校生「よく分からないが……やれやれ。あの人と一緒に周るのは結局君だったか。心配して損したじゃないか」

男「心配?」

転校生「あ、いや……。しかし、君も可愛いところがあるな?」

男「あん?」

転校生「先に質問したとき、正直に答えなかったのは照れていたってことだろう?」

男「いや、ちげーよ。あのときには、そういうことになるとは知らなかった。本当だ」

転校生「しかし、彼女は先約があると言っていた……それは君のことだな?」

男「む……」


男(あらためて言われると確かに)

男(俺を誘う前から先約がある、なんて言ってたはずだな、アイツ)

男(おいおい、何だよ。誘えば俺は必ずOKするとでも思ってたのか?)

男(……。何か、そう思われてるのも癪だな……)

男(……)

男(……)

男(なーんて、流石に思えないよなー……あのとき確か、『成功例』なんて口走ってたし……)

男(だとすると『失敗例』もあった……)

男(……)

男(先約ってのは。約束というより、アイツの中だけの決意っていうような意味あいで――)

男(……う)

転校生「……? どうした君、様子が変じゃないか?」

男「いいえ? そんなことはありませんがが?」


男「事実だけを言う。あのときは知らなかった」

転校生「本当か?」

男「好きにとってくれて構わないぜ。にしても、お前も飽きないね? この話」

転校生「ふふ、それか? その理由だが……君をからかうためさ。僕はいつも君にからかわれてばかりだからね」

男「反応が可愛いからな」

転校生「……ふっ。君が僕をからかう、お決まりの台詞だな? 残念だが、僕はもう慣れたよ」

転校生「君から言われたところでもう僕はドキドキしないぞ?」フフン

男「……ん?」

転校生「そういう訳だから、これからは君をからかうことを楽しませてもらう。ぜひ期待しておいてくれ、フフフ」

男「そうか、分かったよ。だけどさ、あんまり無理だけはしないでくれよな?」

転校生「ああ、ありがとう……ってそれ君が言う台詞か?」


……

教室
放課後

委員長「これもよし、これも大丈夫だから……うん! これで全部OKです! 文化祭の準備、完璧です!!」

「「「おお……」」」

「委員長のOK貰いましたー!」

「疲れたねー」

「久しぶりに……本気……出した……」

委員長「ふふ。皆さん、今日まで準備、お疲れ様でした! でも本番は明日ですよ?」

委員長「いろいろ計画を張り巡らしている人も、そうでない人も!」

委員長「明日は! 思いっきり楽しんじゃいましょう!」

委員長「ではでは! また明日、皆に会えることを楽しみにして! 散!!!」

ザッ

男(をを、あの委員長がテンション高い……!)


……



男「ただいまーすとりひとじょうやく」ガチャ

リビング

男(準備はコレで終了。いよいよ明日が文化祭か……ん?)

男(見慣れたはずのリビングだが、何か妙だ?)

男「何だ……? 違和感があるぞ……?」

男(一見いつもの光景だが……)


男「何かが違う。それだけは間違いないんだが、はっきりしない……」

男(キャビネットは……うん。特に変わったところはないな)

男(テレビ台もいつも通り……ちょっとホコリ溜まってきたかな?)

男(本棚……以前よりタイトルが増えている気がするが、変なところはない)

男(テーブルの上には、誰かが飲みかけのココアに、誰かが読みかけの雑誌)

男(ソファには猫のクッションと、そしてそれを抱きかかえて)

男(さきほどから怪訝な表情でこっちを見ている俺の許婚)

男(うん。いつもの光景となんら変わりないが……)

男「む……ムムっ!?」

男「窓のそばに何かが吊り下がっている……?!」

男「な、何だコレは……!?」


男「カタチは……そうだな。例えるなら、てるてる坊主に近い」

男「頭の部分は丸く、身体はスカートのように広がっていて」

男「全体的に白いのも同じだ」

男「首のところには青いリボンが巻かれて、そこから別の紐が伸び、カーテンレールに結わえ付けられている」

男「顔。人でいう顔の部分には、簡略化された顔らしきものが書き込まれていて」

男「一見すると、まるで……そう。てるてる坊主のように見える」

男「……これは、いったい何だ?」

男「何かの符丁? それとも他に意味が……?」

男「それに、誰がこんなことを……っ。まさか!?」

男「………………天、狗…………?」

男「っ。…………天狗じゃあ! 天狗の仕業じゃあ!」ハワワワワ

許嫁「そのひとり芝居、いつまで続くの?」


男「何だ、いたのか」

許嫁「い、いたわよっ。というか目合ったでしょう?! もう。さっきから、あなた戯けたことばっかり」

許嫁「何か悪いものでも……あ、もう。道に落ちてるもの食べちゃ駄目っていつも言ってるでしょう?」

男「食わねーよ! わんわん! ……んで、この下がっているヤツはいったい?」

許嫁「? 何よ。てるてる坊主を見たことがない、とでも言いたいの?」

男「いや、そういうわけじゃないが……、お前が作ったのか?」

許嫁「勿論そうよ。それ以外に誰がいるのかしら」

男「へえ……」

男(意外と子供っぽいことするんだな)


男「コイツをねえ……」マジマジ

許嫁「? さっきから何か引っかかるわね。そんなに、その……私のってヘンって言いたいの?」

男「ヘン?」

許嫁「このコよ。今回は、特に上手くできたかなって、思ったんだけど」

男(このコ?)

男「いや、結構可愛くできてるんじゃないか?」

許嫁「そ、そう思う? あなたも?」

男「ああ、よくできてると思うぜ。……いやさ、てるてる坊主なんて久しぶりに見てさ。ちょっと懐かしくて」

許嫁「あら……。あなた、そうなの? もしかして、あまり作らない人?」

男「え? あ、ああ。そうだな。作ったことはあるはずだが、それがいつだったかももう思い出せないな」

許嫁「へえ、そうなの。随分、変わってるのね?」

男「え?」

許嫁「そういう人も、いるのね……」

男「……え?」


許嫁「あなたも変わっている人だとは分かっているつもりだったけど」

男(あれ?)

男(今まで俺は。てるてる坊主なんて、子供が遊びがてら作るものだと認識してたが)

男「……」

男「……ちなみに、だけど」

男「今もよく作ってるの?」

許嫁「? 勿論じゃない。明日がどうしても晴れてほしいときって、てるてる坊主作るのが常識でしょ?」

男「え……」

男(俺? 俺か? 少数派なのは俺のほうだったのか? みんなは当たり前のように作ってる!?)

男(こ、こいつの冗談じゃ……)

許嫁「?」

男(なさそうだ……平然としているぞ)


男「う、うむむ」

男(俺の認識が間違っていた……? まさか……)

許嫁「作る習慣のない人から見たら、不思議に見えるのかしらね、このコ?」

男(やってることが子供っぽく見えるとは……言えないぞ)

男(それに、だ。コイツが一生懸命てるてる坊主を作ってる姿が想像しにくい……)

男(……)


(想像)

許嫁『明日の文化祭、晴れてほしいけれど、どうかしら……』

許嫁『……』

許嫁『よし、決めたわ。ここは、てるてる坊主の出番ねっ』



許嫁『……』ちくちく

許嫁『……』ちくちく

許嫁『……』ちくちく



許嫁『……うん。良いわ。なかなか可愛く出来たわね、このコ』

許嫁『あとは……そうね。あそこの窓際に下げて……』

許嫁『よし。これで良いわ』

許嫁『……』

許嫁『明日の文化祭。どうか、晴れますようにっ』

許嫁『……ふふふ。分かってるの、そんな顔して? あなた、お願いするわよ?』ツンツン


男(……なーんてな)

男(ハハハ。コイツこんないじらしい性格じゃないよな? 俺の想像力が足りてないぜ)

男(……)

男(いやでも、今までを振り返ると案外こいつ色々と容疑が……)

男(う、うーむ)ウムム


許嫁「可愛いのにねー」ツンツン


男「にしても。そんなに文化祭晴れになってほしいのか? コイツに頼むくらいに」

許嫁「え? え、ええ。まあ、それはね」

男「そうか。でも多少雨が降ったとしても、それはそれで乙なものだと思うぞ」

許嫁「……あ」

男「そりゃ、屋内へ移動する展示とか、催しの縮小とか。避けられないこともあるだろうが……」

男「それでも十分楽しいものだと思う。むしろ雨で風情が出るやもしれんな」

許嫁「……そう、かしらね」

男(……明日、雨天の可能性。割りとあるんだよな)

男(仮に雨だったときに、変にがっかりなんてしてほしくはないんだが……)


許嫁「でも、その……晴れたほうが、予定通りに動きやすいだろうし」

許嫁「お客さんも、たくさん来るでしょう? そっちのほうが」

男「まあ、そうだろうな」

許嫁「それに、う、嬉しいじゃない? 晴れたほうが、空、見渡せるし……。私は……そう、思うのよ」

男「……」

男(こいつこんな文化祭初めてだからか、ずいぶん楽しみにしてるのな)

男(準備も熱心にやってたみたいだし)

男(どうしても晴れてほしい、みたいだ。このぶら下がってるヤツに、願をかけるくらいには)

男(もしかして他に何か理由があるのかもしれないが……)

男(……)

男「そか、そうだな。分からんでもない。やっぱり、晴れたほうが良いか。どうせだからな」

許嫁「え、ええ……そうよね」

男「じゃあさ、折り入って一つお願いがあるんだが」

許嫁「? 何かしら?」


男「てるてる坊主の作り方、俺に教えてくれないか?」

許嫁「え?」

男「ひとりより二人のほうが、効果あるんじゃないか?」

許嫁「ぁ……」

許嫁「…………ぅ」

男「? どうした?」

許嫁「……あ。い、いいえ。何でもないわ……だったら、そうね。特別に――」

許嫁「私のとなりに下げること、許してあげるわ?」

男「はははっ。それは身に余る光栄です、お嬢様。さて、そうと決まれば早速製作に取り掛かりましょうかね」

許嫁「うんっ。それじゃ、私は必要なもの持ってくるわね? あなたはその間に……――」


……

文化祭当日

男(そして今朝。見事な秋晴れとなった)

男(予報でも、夜まで一日中晴天だとか)

男(俺の許婚は空を仰いで……)

許嫁「……」

男(安心したような表情を浮かべていた)

男(……)

男(てるてる坊主たちのおかげ……ということにしておこう)


今日は以上でス


……

教室


委員長「みんな、待たせたな!」

委員長「いよいよ今日こそ本番、待ちに待った文化祭だ!」

委員長「そんな今……。皆に聞きたいことがある……」

委員長「文化祭とは、結局のところ。何ぞや!?」

委員長「……そうだ、そうだ! その通り!! お祭りだー!!!」

委員長「ではでは! 皆さん、お祭りテンションで!! 思いっきり楽しんでいきましょう!!!」


男(委員長もお祭りテンション……!)

男(……)

男(何だお祭りテンションって)


男(クラスの喫茶店に俺が出ている時間は、午前と午後で一回ずつ)

男(それも初っ端とラストだ)

男(その間の自由時間に、模擬店やら色んなトコ見て周って)

男(んで、ラストの勤務が終わったそのあとが)

男(後夜祭)

男(長い一日になりそうだ)

男(……)

男(そういえば、一日中一緒か)


教室(喫茶店)

『メイドインヘヴン』

男「さて。オープンからを仕事任されているワケだが」

男(とはいえなぁ……)ゴソゴソ

友(メイド服)「うん? どうした? そんな顔して」

男「今から着るのはメイド服だぞ? 何でこんな恥ずかしい真似をしなきゃなんねーんだよ……」ゴソゴソ

友「そうぼやくなって。皆もやってるんだし、文化祭を盛り上げるためだと思ってさ。な?」

男「っつっても、いくら何でもこんな恥をかきたくはねーよ……」ゴソゴソ

友「そんなにメイド服も悪くないだろ?」

男(メイド服)「……お前みたいに考えられねーよ。まったく。やってらんねーぜ……お?」


カランカラン(来客音)


男「わあわあ! お帰りなさいませ、ご主人様~♪」(裏声)ビューン

友「それにしてもこの男、ノリノリである」


男(メイド服)「ありがとうございまーす♪ またお越しくださいませーごしゅじんさまー♪」ハワワワワ

男「……」

男「……ふぅ」

男(意外と……いや。かなり忙しいぞコレ)

男(ここまで繁盛するとは思わなかった)

男(何がいったいここまで客を引き寄せるのか……)


転校生(メイド服)『こ、困ります! 僕もちゃんと男ですよ!? え!? だ、だから良い? ど、どういう……』

許嫁(執事服)『これはお戯れを……お嬢様。私を困らせるのがお好きなようですね?』


男「……なるほど」

男(ってかアイツ執事役ハマりすぎだろ)

男(そういえば、ああいうのを取り繕うの得意だったな。金持ちの付きあい、だったか?)


……

男(メイド服)「はい。というわけで、お客様。さっさと退いてくださーい」シッシッ


転校生(メイド服)「た、助かったよ、ありがとう。何か変なこと言ってきてしつこくて……」

男「たちの悪い客をあしらうのは任せておけ。にしても、大変だな。お前も?」

転校生「……うん。けど、悪いことばかりじゃないかな? 接客は初めてだったから楽しいこともある」

転校生「……君も助けてくれる」

男「そか? なんなら、ウチのファミレスで働かない? 即採用間違いなしだぞ?」

転校生「一緒なら、楽しそうだな。だけど難しい。さすがに学校の外では……」

男「そりゃ残念」


友(メイド服)「ご指名入りましたー♪ お願いしまーす♪」

男(メイド服)「はーい♪ ってそんなシステムウチの店にねーぞ!」

友「まあまあ。可愛い女の子からのご指名だぞ?」

男「?」

友「近くの女子校の生徒らしいけど。お前のこと、先輩だと言ったな」

男「あ、分かった。バイトの後輩だよ、ファミレスの」

友「そかそか。よし。じゃあ、こっちの仕事は俺に任せろ」

男「いいのか?」

友「接客も重要な仕事だろ? 行ってきな行ってきな」

男「悪いな。そうだ、このこと――」

友「そか、彼女さんも同僚だったな。伝えておくぜい!」


男(メイド服)「お嬢様。ご指名ありがとうございま……す……?」

「はい。僭越ながら、ご指名させていただきました」ニコ

男「……」

男(……誰?)

男(くっきりとした美人、て感じのコだが……覚えがないぞ?)

「? どうかされました? 先輩?」

男「いえ。その……大変失礼なのですが。どなたなのか失念しておりまして」

「私は先輩のこと、よく存じていますのに。掃除がご趣味でしたよね?」

男「え、ええ」

男(誰だろう? どこかであったことあるかな?)


男「先輩とお呼びになるってことは。お嬢様は年下……でいらっしゃいますか?」

「はい。その通りです、フフフ。お嬢様でなく、そのように接してくださって結構ですよ?」

男(なおさら分からない。年下の女の子の知り合いなんてそんなにいないはずだが)

男(……)

男(いるとすれば、妹の……?)

男「……。あの、申し訳ありません」

「え?」

男「本当に、思い出せなくて」

「あっ、い、いえ。すいません、そんな真剣に……」

男「?」

「大変失礼をしました。その。私はですね……」


後輩「……あっ! あーーーー! やっぱり、いました!」

「あ、もう見つかっちゃった」

後輩「も、もー! 勝手に先に……あっ!! せ、センパイ!!」

男「あっ、来てくれたんだ? ありがとう」

後輩「何言ってるんですか、モチのロンですよー! 行かない理由なんてこの宇宙のどこにも存在しないです!」

男「そこまでのもの? ……お帰りなさいませ、お嬢様」フカブカ

後輩「あっ……えへへ。お嬢様かあ。メイド姿の先輩からそう呼ばれるのも、実に良いものですねえ」

男「喜んでいいのかな、それ?」

後輩「モチのロンです!」

「……ふふふ」


男「彼女はキミのお知り合い?」

後輩「ええ、そうです。私のクラスメイトで――」

後輩友「この子の友人です。先ほどは、ご無礼をしました」フカブカ

後輩「ご、ご無礼? 私の先輩に何をしたんですか?」

後輩友「それは……」

男「いいえ。何、少々お戯れを。無礼と言うほどのことでもございませんよ?」

後輩「オ、オタワムレ!? 何という字面!」

後輩友「……先輩は。噂に聞いていたとおりのセンパイみたいですね」

後輩「ム」

男「噂? それはどういう噂なのか気になるな」

後輩友「それはもちろん――」

後輩「オーダーあああ!!! チョコ味のケーキとみるくここああああっ!!」

男「ず、随分と気合の入ったご注文、ありがとうございます……」


……

後輩「うっわ! 美味しいですねえ、コレ……」モグモグ

男(メイド服)「お褒めいただき、ありがとうございます。俺も相当なものだと思うよ、このケーキ」

後輩「こういうのでいいんだよ、こういうので」モグモグ

後輩友「……あの、質問してもよろしいですか?」

男「はい。何でしょうか? お嬢様?」

後輩友「あら? 私にもこのコと同じように喋って頂いて結構ですよ? いえ。そうお願いします」

男「そう、ですか? では、ご期待に沿えるよう、頑張りま……ろう」

後輩友「ふふふ。ありがとうございます、先輩」

後輩「……ん? ……ぬ?」モキュモキュ


後輩友「このコとは、もう一緒に働いて長いんでしたよね?」

男「入学してすぐにウチに来たから……もうそれなりになるよね?」

後輩「あ、はい。いつも、先輩にはお世話になってます」

男「いやいや。俺はお世話なんてしてないぞ? キミはすぐに十二分に働いてるから」

後輩「そ、そんなことは……」

後輩友「じゃあ、先輩は。もしかして――」

後輩「ちょ、ちょっと待ったあっ!」


後輩「……あの。さっきから気になってたんですけど。いえ、先輩でなく」

後輩友「? 私? 何?」

後輩「ええ。何で、先輩を先輩って呼んでるんですか?」

後輩友「え?」

男「え?」

後輩「だって先輩は私の先輩ですよ? あなたの先輩でなく」


後輩友「何言ってるの。ということは、同学年の私の先輩でもある訳でしょう?」

後輩「ち、違いますよ! 何厚かましいこと言ってるんですか、もう」

後輩「先輩は私の先輩であってあなたの先輩ではないのです。だから、あなたは先輩を先輩とは呼べないですよ?」

男(なんだか先輩って単語の意味が崩れてきた)

後輩友「なら、どう思うか本人に尋ねてみたらいいんじゃないかしら? ……先輩に」

後輩「ム」


後輩「はー。もう、すいませんねえ、センパイ? 私の友達が変なこと言っちゃって」

後輩「こう見えてよく冗談も言うんですよ。このひと。私を困らせたくて」

男「いや……」

後輩「こういう分かりきったこと聞くのも、気が引けますけど。先輩は私の先輩であって、彼女の先輩じゃないですよねー?」

男「俺は別に構わないけど」

後輩「ほら、聞きましたか……って、え?! せ、センパイ?」

男「二人とも学年的には後輩にあたる訳だし。彼女からも先輩って呼ばれて変には思わないけどな」

後輩「……え」

後輩友「ですよね、先輩? 私。先輩なら、そうおっしゃってくれると思ってました。ありがとうございます!」

後輩「え、ええ……?」

男「いや、感謝されるようなことでもないと思うよ」

後輩「えええええええええええええええええ!?」


後輩「じょ、冗談ですよね!? ……あ、そうか! これが話題のオタワムレですか。なあーんだ」ホッ

後輩友「もちろん冗談のつもりではないですよね? 先輩?」

男「あ、ああ。そうだけど」

後輩「はうあー」

男「……今の声どっから出したの?」

後輩友「ふふ。今の面白かった。もう一度やってくれない?」

後輩「……。はうあー」


後輩「そ、そんなあ……。先輩を先輩と呼べるのは、私のあいでんてぃてぃですよ?」

後輩「それをポンポン他人に分け与えるなんてえ……分かってますけど! 先輩の人柄は! でも! でもですねえ! 私はあ!」

男「……先輩呼びとは分け与えるものなのだろうか?」

後輩「う、うう……。こうなればグレてやる!! グレてやりますよ!!?」

男「そこまでショックを受けるとは……でも、グレるっていったい何を」

後輩「ようし。ウチの店で休憩時間でも働きまくって。他の皆が休憩に入りにくい雰囲気を作り出してやるぜ、へへへ!!」

男「それは悪いコだな」

後輩「……悪いコ? ……えへへ」

後輩友「喜んじゃ駄目よ?」


男「誰が誰をどう呼ぼうが、そんなに気にすることでもないと思うんだが……」

後輩友「……ではひとつ。想像してもらっても良いですか?」

男「?」

後輩友「例えば、の話ですけど」

後輩友「今のお店に、先輩と同じ学年の男の人がアルバイトとして入ってきて……」

男「やった、助かるぜ」

後輩友「仕事もテキパキこなせて、気配りも出来、面倒見も良い方です」

男「おのれ、デキるヤツ! なおさら嬉しいな」

後輩友「それにいつでも、優しく包みこむような微笑みで『誰か』の話を聞いてくれるような人です」

後輩「ぁ……」

男「ほうほう。それで?」


後輩友「このコがその人を先輩と慕うんです、楽しそうに」

男「……ふむ」

後輩「いいえ、それはおかしい。私にとって先輩とは先輩一人だけで――」

後輩友「あなたはちょっと黙っててね?」

後輩友「それで、それを傍から見ている訳です。……どう思われますか?」

男「どう? うーん、そう言われてもな……」

後輩友「深く考えずに、思ったままで良いですから」


男「うーん……」

後輩「……」ゴク

男(例えばこのコがいつもみたいに。ファミレスにて)


後輩『センパイ、センパイ! 何かスッゲー偉そうな人が来客ですよ!』


男(これを別の知らないヤツに……)

男(……)

男(なるほど)

男「まあ、確かに。面白い気分にはならない……かな?」

後輩「!!! ……イエス、イエス!!! 先輩、私。休憩ちゃんと取りますね!!」ガッツポ

男「あ、うん。是非そうして」


後輩友「そういうことですよ、お兄さん?」

男「分かったような、分からないような。 ……ん? お兄さんってその呼び方は――」

後輩友「だってこのコ。割りと本当に、ちょっとだけ嫌そうな顔してましたから。センパイって呼び方」

後輩「……う、うぐ」

後輩友「だから『お兄さん』」

男「まあ、どう呼んでくれようが特に構わないよ」

後輩友「犬」

男「わんわん! ハッハッハッハッハッハッ……ちょっと待ってください」

後輩友「フフフ。お兄さんとの会話、楽しいわ」

後輩「ム」

後輩友「それに普段からよくお話聞いてるから。初対面って気がしない」

後輩「う」

後輩友「私はストレートに攻めるタイプだから」

後輩「え」

後輩友「ねえお兄さん。今度、ご飯でも行きません? 二人だけで」

後輩「がるるるるるるるるるるるるるるるるるっ」

後輩友「あら、コワイコワイ」


後輩「もう。私で遊ぶのは止めてくださいよう」

後輩友「ごめんね? これ、私のライフワークだから」

後輩「そんなのライフワークにしないでくださいよ。私のこのモヤモヤはどこにやればいいんですかあ」

後輩友「じゃあお兄さんに」

後輩「そうですね。フツツカですがこれからもよろしくお願いします」ペコリ

男「よろしくお願いされても困るぞ。じゃあ俺のはどうすればいいんだ?」

後輩「うちの店にたまに現れるおじさんになんて、ぶつけたら良さそうじゃないですか?」

男「おじさん……? あ、店長のことね。え、もしかしてキミそんな認識だった? ……ん?」

許嫁(執事服)「お待たせ。来てくれたのね?」

後輩「わ! わあ」

後輩友「……っ」


許嫁(執事服)「ようこそ。お帰りなさいませ。お嬢様がた」フカブカ

後輩「わあわあ! すっごい男前! これは……予想以上に、凄いですね!!」

後輩友「……、驚きました……」

許嫁「そう? ふふっありがと」

後輩「危ないところでした……私が女の子だったら、心持ってかれてましたよ?」

許嫁「女の子でしょう? 何言ってるの、ふふ」

後輩友「お話を聞いたことがあります。初めまして、私はこのコの友人で……」

許嫁「これはご丁寧にありがとうございます。以後お見知りおきを、お嬢様?」

男(……結構コイツもノリノリでやってるなあ)


……

後輩「そうそう。そーなんですよー」

許嫁「そうなの? そんなクラスもあるのね……それは、楽しそうね」

後輩友「ええ。私たちもこの後、行ってみるつもりです」

許嫁「そうなのね……あ。ごめんなさい。待たせてる仕事あるから、もう行かなくちゃ」

後輩「あー、そうなんですか……」

許嫁「またお店でね。……ぜひ、この学校の文化祭、楽しんで行ってください。お嬢様がた」フカブカ

後輩「はい! そのつもりです!」

後輩友「ええ。ありがとうございます」

男(メイド服)「そこまで言うなら、そうしてあげなくもないわね」

許嫁「……あなたには言っていないわ……というかその喋り方何?」


男(メイド服)「喋り方? 何よ、何かおかしいかしら?」

許嫁(執事服)「……。もしかしてだけど。それ、誰かの真似のつもり?」

男「? 何のことかしら、分からないわね? 相変わらず変なことばっかり言うんだから、あなたって」ツーン

許嫁「……ふ。悪いけれど? 全然、似ても似つかな――」

後輩「わあ……完コピだあ」

許嫁「……ぐ」

男「フハハハッ! どうだ? 恐れ入ったか? 披露するなら今だと分かってた!」ニヤリ

許嫁「……この前のこと、案外根に持ってたのねあなた」

男「ククク。なかなかのものだろう? 普段からよく見てるとはいえ、思ったより長い練習期間だったぜ」

許嫁「え?」

後輩「え」

男「だが、コツを覚えたらもう軽いものさ……ん? どうした?」

許嫁「……そんなこと、練習してるんじゃないわよ、……ばか」ポコ

後輩友「……」


後輩「ご馳走さまでした! ケーキやココアも美味しかったでしたし、何より楽しかったです!」

後輩友「私もです。今日はお兄さんに会えてよかった」

男「いいえ、こちらこそ来てくれてありがとう。……それでは。行ってらっしゃいませ、お嬢様方」

後輩友「ええ。またお会いしましょう、お兄さん」

後輩「はい。行ってきますね? セーンパイ!」


……

後輩友「いい人。それに、とても楽しい人ね」

後輩「……えへ。えへへへへ。でしょう……でしょう?! えへへへへへへへ」

後輩友「もし私が先に会ってれば、逆の立場だったかもしれないくらい」

後輩「うんうん。でしょう? ……ってえええ!? も、もしかしてさっきの誘い、ちょいと本心だったとかじゃないですよね!?」

後輩友「フフフ? だけど友人としてはココロが痛むわね」

後輩「……うっ。な、何か気がついたことでもあるのかな? ワトソンくん?」

後輩友「これは勝ち目の薄い戦いかもしれないわね?」

後輩「ぐ、ぐはあっ!! 相変わらず的確に核心を突くなあっ……!!」


後輩「……ああ見えて」

後輩「先輩って本丸が堅いんですよね。……何か、あるのかな……」

後輩「それでも足場を固めようとしてたんですけどー……いつの間にか……特に最近……」

後輩「……」

後輩友「そうだったの」

後輩「で、ですがあ!!」

後輩「勝ち目のあるなしだけで戦いはするものじゃねーですよ、得たいものがあるから戦うんです!」

後輩友「フフ、あなたのそういうところ、好きだわ? 慰めてあげることしかできないのが残念」

後輩「ま、まだ負けてねーですよ! 負けてねー! 私が負けたと思わぬ限り敗北ではないっ」

後輩「終わっちゃったのかな? バカヤロ、まだ始まっちゃいねーよです!!!」

後輩友「そうね。まだ分からないわね? フフフ、頑張って。骨は拾ってあげるから」


……

委員長(執事服)「お疲れ様! 交替の時間だよ?」

男(メイド服)「あれ? もうそんな時間?」

委員長「気がつかなかった? 忙しいものね。繁盛してくれて私も嬉しいよ」

委員長「あ。ところでだけど、君のメイド服、借りていいかな? 次のシフトにはもちろん返すけど」

男「? 別にかまわないが……どうしたの?」

委員長「服がほつれちゃった人がいるらしくて。それ補修するまでの間だけでも、貸してほしいんだ」

男「ああ、そういうこと。分かったよ」

委員長「ありがと。着替え終えたら私に渡してね? あ、それから――」

男「ん?」

委員長「例えば。頑張って、いつもと違う格好していたら。誰でも感想を言ってほしいものだと思わないかな?」

男「? ……ああ、そうだな。委員長、カッコいいぜ?」

委員長「あはは。ありがと! 君がそう言ってくれて嬉しい」


男(さて、と。これから文化祭周る時間だ)

男(教室前で待ってる)

男(が……)

男「妙に時間がかかってるな……?」

男(うーむ)

……

男「お、やっと来た……か……?」

男(委員長……)

男(……)

男(謀ったな、委員長)



許嫁(メイド服)「……ま、待たせたわね」

今日は以上です

次スレ近日たてます…

後輩「はうあー」

男「……今の声どっから出したの?」

後輩友「ふふ。今の面白かった。もう一度やってくれない?」

後輩「……。はうあー」
ジャック「ばうあー」

次スレ立てました。

許嫁「……聞いていない?」 2
許嫁「……聞いていない?」 2 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1488025436/)

読んでいただけたら幸いです。

梅うめ

(どんどん長くなっていく……)

(にしても『……』『えっ?』が多いSSだなあ)

うめうめ梅

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年03月31日 (木) 00:12:08   ID: n4ZEy5NC

こういうのを待っていた

2 :  SS好きの774さん   2016年07月07日 (木) 20:09:31   ID: uX_sie9A

気長に書いてねー

3 :  SS好きの774さん   2016年10月27日 (木) 02:17:21   ID: Uk3Um9F2

やっと追いついたぜ
無理せず書いて下さい

4 :  SS好きの774さん   2016年11月03日 (木) 11:49:53   ID: 0ZyeBDmc

好きだけど、後半駆け足な展開になってきたな。

ついでにかなり風呂敷広げて、そろそろイベントからの回収にはいるだろうから考えすぎない程度にがんばってほしい。

5 :  SS好きの774さん   2017年01月09日 (月) 03:10:15   ID: iLhFEI2k

出て来るジョークがツボすぎて面白い

6 :  SS好きの774さん   2017年01月10日 (火) 23:57:20   ID: Of019NGI

ファンタスティック

7 :  SS好きの774さん   2017年01月14日 (土) 09:42:11   ID: -dAgKeGt

(ノ∀≦。)ノオモロイ凄くいいゾ~^

8 :  チキンヘッド   2017年01月14日 (土) 10:46:39   ID: 0sKmytKx

とても良いと思う。
続きが楽しみ。
そして転校生(男)が実は女説はよ

9 :  SS好きの774さん   2017年01月17日 (火) 01:49:52   ID: TyyGY3uk

時間を無駄にした

10 :  SS好きの774さん   2017年01月19日 (木) 23:38:42   ID: CLoNdqWJ

9>
どうせお前はなにやっても時間の無駄だろ^^

11 :  SS好きの774さん   2017年01月29日 (日) 20:00:10   ID: 6_796UNV

可愛すぎだろ・・・

12 :  SS好きの774さん   2017年02月08日 (水) 23:58:00   ID: X2wqRDQN

支援

13 :  SS好きの774さん   2017年02月12日 (日) 09:56:36   ID: RBwZYx6c

支援

14 :  SS好きの774さん   2017年02月13日 (月) 14:22:14   ID: QiQQlvqn

あーつまんね

15 :  SS好きの774さん   2017年02月14日 (火) 01:18:10   ID: JmZviE4x

かわいいなあ!

16 :  SS好きの774さん   2017年02月15日 (水) 13:00:40   ID: ukRsupo8

14
お前の方がつまんねぇわ

17 :  SS好きの774さん   2017年02月15日 (水) 21:21:46   ID: AwihlnYz

素晴らしいツンデレ

18 :  SS好きの774さん   2017年02月25日 (土) 13:41:57   ID: jc-o7Cno

ヤンデレタグに騙された

19 :  SS好きの774さん   2017年03月18日 (土) 21:17:07   ID: KFKJ7oT6

許嫁の男への好感度が蓄積されていったのはわかるがいつ明確に男に惚れたのかわかりにくいかな
だが、ナイスツンデレ!

20 :  SS好きの774さん   2017年04月01日 (土) 23:06:35   ID: 3-b0ZirB

かわわわわわ

21 :  SS好きの774さん   2017年05月03日 (水) 20:04:44   ID: CNv-K-4G

あんた達近寄らないでよねフィールド、略してATフィールド
さらに鯖は石仮面でも使ったのか?

22 :  SS好きの774さん   2017年08月11日 (金) 11:02:05   ID: Bwx3aleL

0083ファンなのかな?
それはそうといい感じの甘酸っぱさ

23 :  SS好きの774さん   2017年12月09日 (土) 03:41:30   ID: 2SpbZsRf

何だかんだ皆こういうベタなの好きなのね。
自己投影して悦に浸れるからかしら。

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