P「ロス:タイム:ライフ」 (59)



 You'll never walk alone

   ――名もなきサポーター



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「みんな、調子はどうだ」

そんな俺の言葉に、みんなの笑顔が返ってくる。
聞くまでもなく絶好調、ということだろう。

「よしっ、じゃあ楽しんで来い!」

ようやく迎えたニューイヤーライブ。
今までよりも規模の大きなライブにもかかわらず、緊張している様子もない。
本当に、みんな頼もしくなった。

「それじゃみんな、いくよー」

春香の声を合図にいつもの儀式が始まる。
手を突き出し、円陣を組むアイドルたち。

「765プロ、ファイトー」

「おーっ!!」


円陣が解かれ、舞台へと駆け出していく。
それを見送るのは、俺ともう一人。

「頼もしくなったな」

「ええ、本当に」

それがこの上なく嬉しい。
隣に立つ律子もまた、同じ気持ちなのだろう。

ただし、今日の律子はプロデューサーに徹してもらっては困るのだ。
サプライズの企画も根回しはバッチリ。
律子の性格上、ここまで周りを固めれば否やは言えないはず。

……その分、あとで俺が絞られるんだろうけどな



  人生の無駄を精算する、生涯最後の一時
  ――それが、ロス:タイム:ライフ


「どうもありがとうございました、失礼します」

ニューイヤーライブの成功以来、765プロはますます波に乗っている。
足を棒にして営業に回り、大半が空振りに終わっていたあの頃とは大違いだ。

「……もうこんな時間か」

テレビ局で打ち合わせを終えると、赤く染まった空に迎えられた。
打ち合わせにスケジュール調整、現場指揮……
もちろん今まで通りの営業もかけなくてはならない。
言葉通りの、息つく暇もない忙しさ。
けれど、充実感が上回っているのは彼女たちのお陰だろう。

やっと芽をだし、枝葉を伸ばし始めた彼女たち。
すぐに枯れるのか、大樹となるのか、今が大事な時だ。


「おっと」

考え事をしながら歩いていて、赤信号を見落とすところだった。
踏み出しかけた足を戻し、圧倒的な大きさで迫る夕日に目を向ける。
こんな時でも頭をよぎるのは、みんなとの思い出。

「合同レッスンの帰りに見た夕日はもっと輝いて見えたなぁ」

未だ見ぬ明日を夕日に託していたからか。
ただ、みんなと一緒だったからか。
多分両方なんだろう。


そんな風に物思いにふけっていたから、気付くのが遅れてしまった。
車が猛スピードでこちらに突っ込んできている。

ああ、もう、間に合わない。
みんな、ゴメンな。

そんな言葉が浮かんで消えた。


ピーーーーッ!!

甲高い笛の音が聞こえた。

そうできることを不思議に思いつつ、目を開ける。
俺の周りに、四人の男が立っている。
黄色い服の男が三人、黒い服の男が一人。
黒い服の男は、数字が表示された電光掲示板を持っている。

【13:42】


『さあ、試合開始のホイッスルが鳴り響きました。今回ロスタイムに挑むのはなんと765プロのプロデューサー』

『最近、躍進を遂げる同事務所の、陰の功労者と目される人物ですね』

『噂によると、竜宮小町を除くすべてのアイドルを担当しているそうですよ』

『無名の新人ならまだしも、今話題のアイドルを9人ですか……鉄人ですね』

『そんな鉄人に残された時間は13時間42分です』

『長いですね。プロデューサーになってからはほとんど時間を無駄にしていないようなんですが』

『つまり、このロスタイムは若いころ無駄にした時間ということです』

『それが吉と出るか凶と出るか。注目しましょう』


何が何だかわからない。
車に轢かれたと思ったら、謎の男たちに囲まれていた。
一体なんの冗談だ、そう思って視線を横にやると。

「…………車……止まって、る?」

よく見ると、車だけでなく周りの全てが止まっていた。
動いているのは俺と、謎の男たちだけ。


ピッ!!

その笛の音に我に返った。
分からないなら、とりあえず聞いてみよう。

「俺、助かったの?」

こうして生きているのだから、そう考えるのが妥当だろう。
だが、黄色い服を着た男の一人が首を横に振る。
合掌し、空を指さす。

「…………助かってない?」

今度は頷かれた。

「でも、俺生きてるし……」

訳が分からず問い返そうとする。
すると、黒服の男が電光掲示板を指さす。

【13:38】


数字が減っていた。

とりあえず頭の中を整理しよう。
この人たちを信じるなら、俺はやっぱり死ぬらしい。
周りの時間は止まっているが、電光掲示板の数字は減っている。
この数字は……時間?

そこまで考えて、男たちの姿に見覚えがあることに気付いた。
まるでサッカーか何かの審判じゃないか。

……サッカー……電光掲示板…………止まる時間と、減る時間……

「………………ロス、タイム?」

四人が一斉に頷いた。
つまり、この時間がなくなったときに死ぬってこと?


『ようやく事態を飲み込めたようですね』

『ここまで約10分、なかなかのタイムではないでしょうか』

『おっと、プロデューサー走り出した!』

『どうやらタクシーを捕まえるようですね。冷静なプレイが光ります』

『さすが、やり手と噂されるだけはありますね』

『さて、どこに向かうのでしょうか?』


「ここまでお願いします。できるだけ急ぎで」

もう時間がないのなら、やるべきことは一つしかない。
そう思ってタクシーを捕まえ、事務所の住所を告げる。

もう共に歩めないのなら。
せめて道を示しておきたかった。


『どうやら、765プロの事務所に向かっているようですね』

『成程。清々しいまでに仕事人間ですね』

『と、言うと?』

『落ち着いた中にも闘志を秘めた顔つき。まさに戦場に向かう男の顔ですよ』

『彼にとっての戦場。つまり、あくまでプロデューサーとしての務めを果たそうとしていると』

『そう思います』

『それにしても、目的地が比較的近くてよかったですね』

『そうですね。これなら時間のロスは最小限で済みそうです』

『ええ。それとは別に、走って追いかける審判団のスタミナも何とかなりそうです』

『そちらも是非頑張って欲しいですね』


【13:13】

慣れ親しんだビルを見上げる。
もうここに来ることもないのかと思うと、体中の力が抜けそうになる。

「……嘆くのは後だ」

意を決して階段を上がり、扉に手をかける。
弱気を振り払うように声を出した。

「ただ今戻りました」

「あら? プロデューサーさん今日は直帰のはずじゃ……」

事務所には音無さんしかいなかった。

「ちょっと今日中に片付けないといけないことが出来まして」

「もう。仕事熱心なのはいいですけど、体を壊したら元も子もないんですよ?」

ちょっと口を尖らせながら、音無さんは俺の心配をしてくれた。
……体を壊す、か。
もう俺には関係ないんだよな。

「はは、気を付けます」

何とか笑ってごまかす。
……いつも通り笑えているだろうか?


『思ったよりも落ち着いていますね』

『確かに、外からはそう見えます』

『……内面はそうではない、と?』

『何となくですが、私には仕事に逃げているように見えますね』

『逃げている……ですか』

『目の前のことに没頭して、現実から目を逸らしているというか』

『その通りだとしたら、彼は、周りから言われているほど強くはないのかもしれませんね』

『人は誰しも、そういうものではないでしょうか』

『……仰る通りです』


これまでの活動の資料をかき集める。
それぞれの課題、成長、可能性……
俺がいなくなっても、すぐに困るようなことが無いように。
……俺が…………いなく、なっても。

「お、音無さん!」

耐え切れなくなって声を上げる。

「はい?」

「実は俺――」

ピーーーッ!!

続く言葉は笛に遮られた。
笛の音とともに扉から入ってくる審判たち。
その内の一人が胸ポケットに手をやり、黄色いカードをちらりと見せる。

ただ、見せただけ。
それはつまり、これ以上続けるならカードが出されるということで。
……自分の死を伝えてはいけない、ということなのだろう。


『おっと、これは主審のファインプレイ!』

『ようやく事務所に辿り着いた審判団、早々にいい仕事をしましたね』

『彼らが間に合ってくれなければ危うくイエローが提示されるところでした』

『冷静に見えて、やはり内心穏やかではいられないようです』

『どこまで彼の思うところを貫けるか、しっかり見ていきましょう』


「どうかしましたか?」

急に押し黙った俺を、音無さんが心配そうな目で見る。
……どうやら審判のことは見えていないようだ。

「い、いえ。ちょっと時間がかかりそうなので、先に帰ってもらっていいですよ」

何とか取り繕ってはみても、彼女の不信感は拭えなかったようだ。

「本当に大丈夫ですか? なんだか今日はちょっと変ですけど……」

音無さんは、いつもの音無さんだった。
その優しい気遣いが、今の俺には痛い。


「大丈夫ですよ、ちょっと疲れてるだけで」

おどけたように返す。

「プロデューサーさんが倒れでもしたら、みんな悲しむんですからね?」

その言葉の一つひとつが突き刺さる。

「わかってます。適当に休みながらやりますから」

「……それじゃあ、お先に失礼しますね」

「ええ、お疲れ様です。また明日からもよろしくお願いします」

分かってくれたのか、何か察してくれたのか。
心配そうな眼差しを残して、音無さんは帰っていった。

「………………また明日、か」

明日の日が昇るころには死んでるんだよな、俺。
この嘘を、彼女は許してくれるだろうか。

【09:47】


『音無小鳥さん、優しくて気遣いが出来て、おまけに美人』

『嫁に欲しいです』

『まったくです』

『でも、だからこそ彼には辛かったのかもしれませんね』

『あー、確かに』


事務所に一人きりになった俺は、再び資料に向き直る。
雑念を振り払い、自分がやるべきだと思ったことに没頭する。

春香
 お前がいるだけで、どれだけ救われたかわからないよ。
 みんながお前を頼りにしてるけど、みんなもお前に頼って欲しいんだ。
 そのことを忘れないでくれ。

千早
 最近少しずつ笑うようになったよな。
 優君のことをやっと受け入れられたのに、俺がこんなことになってごめん。
 でも大丈夫だ、お前にはみんながついてるんだから。
 
美希
 気分屋で、マイペースで、最初はどう接していいのかわからなかったよ。
 でも、いつでも美希は自分の気持ちに正直だったな。
 これからもっともっとキラキラしていく美希を見ていたかった。
 

 いつでも全力で、真っ直ぐに突き進んで。
 時々一人で突っ走ってしまうこともあったけど、それがまた真らしくて。
 そんな姿が、みんなから迷いを取り除いてくれてたんだ。

 
雪歩
 引っ込み思案で臆病なのに、誰よりも強いものを持っていて。
 その勇気があれば、これからも前に進んでいけるよ。
 雪歩の淹れてくれたお茶、もう飲めないんだよな。
 
あずささん
 みんなのお姉さんなのに、お茶目で可愛らしくて。
 誰かが悩んでいたら、いち早く気付いて、相談に乗ってくれていましたね。
 そんなあなたに助けられていました。

伊織
 プライドが高くて意地っ張りで、でも本当はもの凄い努力家で。
 いつも上を見て、自分を厳しく律していたよな。
 それだけに、たまに見せる素直な表情が信頼の証のようで嬉しかった。
 
やよい
 家族の為にアイドルになって、それと同じくらいみんなを大事にして。
 みんなの為にって頑張る姿が、みんなを支えていたんだよ。
 でも、もっとわがままになってもいいんだぞ。


亜美
 竜宮小町に入っても、亜美は亜美のままだったな。
 ライブもレッスンも、何でもかんでも楽しく遊んでしまっていた。
 あまりに楽しそうだから、怒る気にもなれなかったよ。
 
真美
 亜美と比べられて苦しんでいた時期もあった。
 辛かったと思うけど、そのお陰で真美は少し大人になったんじゃないかと思う。
 これからも、みんなが一緒に楽しくなれる遊びを見つけてくれ。
 

 みんなをあったかい気持ちにしてくれる、太陽みたいな存在だった。
 カンペキだって言う割に抜けてたり、寂しがり屋だったり。
 怒られるかもだけど、そんな響も可愛かったよ。
 
貴音
 神秘的な表情をしたと思ったら、年相応の女の子になったり。
 掴みどころがないけど、そこがまた魅力で。
 でも、一人で抱え込もうとするのはやめて、もっと仲間を頼ってくれ。

 
律子
 アイドルからプロデューサーに転身して、いつも俺の前にいた。
 プロデューサーにやりがいを感じてるのも、アイドルに少し未練があるのも知ってる。
 ごめん、俺がいなくなったらアイドルやらなくなるよな。
 
音無さん
 貴方が陰から支えてくれたから、あいつらは伸び伸び活動できました。
 いつも事務所で待ってくれているのが、この上なく嬉しかった。
 これからもあいつらを見守ってやってください。
 
社長
 あの時声をかけてもらったから、今の俺があります。
 社長のお陰で、かけがえのないものを手に入れられました。
 俺は、幸せな男です。

次々と流れゆく思い出。
その全てが、みんなと過ごした日々のことだった。
人生の一割にも満たない時間が、俺の全てだった。
これだけ濃密な時間が過ごせたことが、誇らしかった。

「俺は、幸せだ……」


【02:53】


『まさに、鬼気迫る勢いですね』

『彼がこの事務所の躍進の立役者というのも納得です』

『審判団も息をひそめて見守っています』

『さて、ここからの彼は見ものですね』

『それはなぜ?』

『プロデューサーとしての仕事を終えた、彼自身の姿が見えるはずです』

『成程。この後も目が離せませんね』


心は正直だ。
歪む視界と震える指先が、何よりもそれを物語っている。
それでも、なんとか押さえ込んで資料を作り終えた。

だが。

もう限界だった。
椅子を跳ね飛ばし、扉を乱暴に開け、階段を駆け上がる。


【01:49】


「…………う、うぅ……あ゛あ゛あ゛ーーっ!」

屋上に辿り着き、まだ明けぬ空を見上げた瞬間。
嗚咽とも咆哮ともつかない声がほとばしった。
散々格好をつけてきたけど、やっぱり怖いものは怖い。

「死にたくない! 死にたくねぇよーっ!!」

堪らず膝をつき、無愛想な床に拳を打ちつける。
何度も、何度も。


これからも彼女たちと歩んでいきたかった。
輝く姿を見たかった。
その背中を押してやりたかった。
たまにぶつかって、仲直りして、お茶を飲んで笑い合いたかった。

「くそっ! なんで俺なんだ!? なんで今なんだ!?」

もう叶うことはない願い。
当たり前にあると思っていた明日は、もう俺にはない。


「……なあ。ここで逃げたらどうなるんだ?」

律儀に俺を追いかけてきて、けれど背中を向けていた審判に問いかける。
その内の一人が哀しげに首を振り、胸ポケットに手をやる。
こちらにちらりと見せたのは、赤い色のカード。

そうだよな、分かってはいたんだ。
最後の悪あがきは、逃れられない現実を俺に叩きつけた。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーっ!!」

俺の叫びは、答える者のない空に吸い込まれていった。


『えー、何と言えばいいのでしょうか』

『残念ですが、我々にできることはありません』

『……そうでしたね』

『ただ一つ、出来ることがあるとするならば、それは祈ることです』

『祈る?』

『彼の為に、彼が愛した者の為に、祈ることです』

『……無力ですね』

『……まったくです』


【00:58】

ピッ!

泣いて喚いて、声も涙も枯れようかという頃。
小さく、鋭く、笛が鳴った。
電光掲示板を指し示す審判は、相変わらず何も話そうとなしなかったけど。

本当にやり残したことはないのかと、問いかけられている気がした。
ロスタイムが終わりに近づき、ここまでの自分を振り返って。

一つ、やり残したことがあった。
プロデューサーではない、俺という人間が遺したい言葉があった。


【00:03】

あの場所に帰ってきた。
俺の人生を終わらせる為に。
出来ることなら、一目彼女たちに会いたかったな。
いや、会ったら会ったで後悔したかもしれない。
未練が出るに決まっているのだから。

徹夜明けの目に朝焼けが眩しくて、目を閉じる。
そこに見えたのはみんなの顔。
朝焼けよりも何よりも眩しい、みんなの笑顔。

だから、それで満足できた。

【00:00】


***************************


「今日は君たちに伝えなければならないことがある」

アイドルたちの前に立ち、社長である高木が口を開く。
そこにいつもの優しげな表情はない。
厳しく、苦しげな顔が、事務所の空気を重くする。

「我々の大切な仲間であるプロデューサー。彼が今朝、事故に遭って亡くなった」

プロデューサーが亡くなった。
確かに耳に入ったはずのその言葉を、誰も理解できていなかった。


765プロに所属する者は仲間であり家族。
何の前触れもなくその一員が突然死んだと言われて、誰がすぐに理解できようか。
しかし、それが嘘や冗談でないこともまた、分かってしまう。
何より高木の顔が、それを物語っていた。

小さな波紋が広がって徐々に大きくなっていく。
じわじわと、プロデューサーの死という現実が重みを増してくる。

「彼はこのことを知っていたのかもしれない」

唐突に口を開いた高木は、懐から封筒を取り出した。

「ここに、彼からの伝言がある」

事務所中の視線が一点に集まる。
ひょっとしたら、手の込んだ冗談なのでは。
そんな淡い期待が込められた視線。
これを聞いたら後戻りできなくなるのでは。
そんな不安に駆られた視線。

「これも社長たる私の務めだろう。読ませてもらうよ」

それらの視線を一身に引き受け、高木は封筒を開く。
そこにあったのは、間違いなくプロデューサーの最期の言葉だった。


『はじめに

こんな形でのお別れになってしまって申し訳ない。
本当なら、ちゃんと顔を合わせて、声に出してお別れしたかった。
でも怖かったんだ。
みんなと話したら、顔を見たら、もう会えない現実に負けてしまいそうで。
こんな弱い俺を許して欲しい。


この手紙が読まれているということは、俺は死んだということだ。

悲しい、ただただ悲しい。

みんなも悲しんでくれているのだろうか。
もしかすると、泣いてくれているのだろうか。
もしそうなら、不謹慎だけど、とても嬉しく思う。

それはつまり、俺がみんなの仲間であった証だから。


でも一つだけ、俺から最後のお願いがある。

悲しくて、辛くて、悔しいけど、俺はもうみんなと一緒に歩けない。
だから、これからのみんなに指導じみた何かを言う資格もない。

だけどお願いだ。
どうか、自分自身が選んだ道を、これからも進んでほしい。
アイドルを続けてくれとか、そういう話じゃなくて。
自分らしくあれる道を自分で見つけて、自分の足で歩いてほしい。
顔を上げて、一歩ずつ進んで行ってほしい。

今すぐじゃなくてもいい。
立ち止まってもいい。
振り返ってもいい。
だけど決して、前に進む意思を失わないでほしい。


みんななら出来ると信じている。
俺にとって、世界の何よりも大切なみんななら。

覚えておいてくれ。
お前たちは一人じゃないんだ。

ありがとう』


「以上だ」

高木が口を閉じると、事務所は静寂に包まれた。
いつ切れてもおかしくないくらいに、空気が張り詰めている。

受け入れたくない現実。
認めたら、大事な何かが根本から崩れてしまいそうで。
でも、目を逸らすことも出来なくて。

静寂の薄皮一枚向こうには、混沌が広がっていた。


「見るかい?」

そんな状況を見かねた高木は、手紙を広げてみせた。
このままでは彼女たちが潰れてしまいかねないと思ったのだ。

吸い寄せられるように手紙の下に集まる、その足取りは幽鬼のようだった。

「(キミの最期のお願いは、聞いてあげられなかったよ)」

高木は心の中で故人に詫びる。
添えられたメモには、手紙をアイドルたちに見せないようにとあった。
あまりにも不恰好だから、と。

「(だが、キミなら許してくれるだろう?)」

大切なものの為なら、自分の身をなげうってでも手を差し伸べる。
プロデューサーは、そういう人間だったから。

高木の目から、光るものがこぼれた。


彼女たちに示されたもの。
それは、手紙と呼ぶにはあまりも不様なものだった。

くしゃくしゃになった紙。
震え、歪んだ文字。
あちこちでにじんだインク。

そこには、死の恐怖と戦うプロデューサーの姿があった。
絶望に負けずに、その想いを伝えようとする姿があった。

嗚咽が漏れ、涙があふれ出す。
決壊した悲しみが事務所を満たしていく。


***************************


お久しぶりです、音無小鳥です。
早いもので、あの日からもう一年です。

あまりにも突然で、信じがたい現実。
でも、プロデューサーさんの手紙を見て、分かっちゃったんです。
……ああ、本当のことなんだなって。

きっとみんなも同じだったんでしょうね。
あとからあとから涙があふれてきて、どうしようもなくて。
涙が枯れるくらいに泣いて、悲しんで。


空が赤く染まりだした頃、私は思い出しました。
最後に会ったプロデューサーさんが、何をしていたのか。
プロデューサーさんがプロデューサーさんとして遺した、もう一つのメッセージ。

これまでの活動の成果をまとめた資料。
仕事やレッスンを通して、みんながどう成長したのかを記していました。

長所や短所を洗い出して、どう伸ばせばいいのか、どう補えばいいのか。
みんながみんならしく輝くには、どこに向かっていけばいいのか。
一つひとつにコメントを添えた、いかにもプロデューサーさんらしい丁寧な仕事。

それを見ていると、枯れたと思っていた涙がまたこぼれてきました。


やっぱりみんな、ショックは大きかったみたいです。
あの日からしばらく、765プロは開店休業状態になってしまいました。
そんな中で、私は社長に呼び出されたんです。
その時のことは鮮明に覚えています。


――
――――
――――――

「音無君、キミにはプロデューサーの代行を務めてもらいたい」

「………私がプロデューサーの代行……ですか?」

「うむ。アイドル諸君は、そう遠くないうちに立ち直ってくれるだろう」

社長の目は確信に満ちています。

「ならば、我々もできることをやっておかなければならない」

確かに、プロデューサーさんの代わりが簡単に見つかるとは思いません。
でも、なんで私なんでしょうか。

そんな疑問が浮かんだ時、プロデューサーさんと最後に交わした言葉が思い出されました。

 『ええ、お疲れ様です。また明日からもよろしくお願いします』

自分の死を予感していたらしいプロデューサーさんは、そう言いました。
明日からもよろしく、と。
それこそが、私が託された想いだったんじゃないでしょうか。

「彼の為にも我々が足を止めてはならんのだ。頼む」

プロデューサーさんの遺志を引き継ぐ、なんていうとちょっと大げさですけど。
私はしっかりと頷きました。

――――――
――――
――


私の最初の仕事は、みんなのケアでした。
話もできないくらいの落ち込んじゃった子もいました。
いつも通りに振舞おうとして、逆に壊れてしまいそうな子もいました。

そんな中で、千早ちゃんの言葉がすごく印象に残っています。

 『次は私の番ですね』

そう言って、強い意志を宿した目でこちらを見た千早ちゃん。
弟さんのことでみんなに助けてもらったから、今度は自分が、って。
ほかの誰よりも早く立ち上がった千早ちゃんは、みんなの為に一歩を踏み出しました。

千早ちゃんもみんなと話をしてくれて、やがてその輪が大きくなっていって……
結局、みんなは今も765プロでアイドルを続けています。

 『アイツが想像もできなかった私になってやるんだから』

伊織ちゃんのこの言葉が、今の私たちの合言葉です。
時々寂しくなることもありますけど、それでも笑えるようになってきました。


そして今日。

「えー、不肖音無小鳥、本日より正式にプロデューサーとして働くことになりました」

みんなが笑顔と拍手で迎えてくれました。

「そして、事務担当兼私の補佐役として、新人さんもやってきました」

「よ、よろしくお願いします!」

「ぴよ子の補佐かー。大変だぞー?」

意味ありげに笑う響ちゃん。
確かに最初の頃は随分迷惑もかけたけど……

「響ちゃん、それはどういうことかなぁ?」

新人さんに変な先入観を植え付けようとするのは見過ごせません。

「あはは、冗談さー」

そんな他愛のない会話で、事務所に笑いがあふれる。


……プロデューサーさん、見ててくださいね。
あなたのようにはできないと思いますけど。
私たちは私たちなりに、これからも前に進みますから。

「それじゃいつものやつ、やりましょうか」

そう言って手を出す。
組まれた円陣は、一人分の手が減って、一人分の手が増えました。
でも、私たちの想いは変わりません。

「765プロ、ファイトー!」


 目指せ、トップアイドル!!



<了>

多数の作者さんによって書かれている、アイマスとロスタイムライフのクロスです
Pをメインに据えたことは賛否あるかとは思いますが、いかがでしたでしょうか
他の作品に恥じない出来となっていることを祈るばかりです


お付き合いいただきまして、ありがとうございました

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