炎賢者「炎魔法使いだからって熱い性格とは限らないのに……」(182)

< ゴミ処理場 >

炎賢者「神聖なる炎よ、けがれを浄化せよ……」パァァ…

青白い炎がパッと立ち上った。

炎賢者「……終わりました」

役人「えっ、もう終わりですか!? ありがとうございます!」

役人「おかげであの物質を、有害な気体を発生させることなく処理できました!」

炎賢者「いえ……」

役人「しかし、私はこの町に赴任してまもないのですが、意外でしたなぁ」

炎賢者「意外……? なにがです?」

役人「炎魔法の達人と聞いて、私はてっきり炎のような方を想像してたのですが」

役人「あなたのようにおとなしい方だったとは」

炎賢者「あの、おとなしいと……なにか問題でも?」

役人「いえいえ! では、お礼については後ほど……」

炎賢者(どいつもこいつも……)ブツブツ…

仕事を終えた炎賢者に、赤い衣をまとった妖精が話しかけてくる。

火の妖精「どしたの? ずいぶん不機嫌そうじゃない」

炎賢者「だってさ……さっきの人……」

炎賢者「ボクのこと“おとなしい人”なんていっちゃってさ……」

炎賢者「オブラートに包んだって分かるんだ。“暗い”っていいたいことがさ……」

炎賢者「だったら最初からハッキリそういってくれた方が、こっちも……」ボソボソ…

炎賢者「どうせボクは暗いよ……弟子もいないしさ……」ブツブツ…

火の妖精「あーもう! ブツブツいわない! さっさと家に帰りましょ!」

炎賢者の自宅は、火山のふもとに位置する小さな町にある。

< 火山の町 >

家に向かう炎賢者であったが――

母「あぁ~ら、アナタが炎賢者さんね?」

子「こんにちは!」

炎賢者「……なんでしょう?」

母「あたくし、アナタのご活躍はよく存じておりますわ!」

母「若手魔法使いでは、炎魔法においてアナタの右に出る者はいないんだとか!」

炎賢者「いえ、そんな……」

母「この町のすぐ近くにある火山の活動を鎮めたのも、アナタなんですってねぇ?」

炎賢者「は、はぁ……それはまぁ、そうですが」

母「炎魔法といえば、数ある魔法の中でも花形中の花形!」

母「ぜひ、ウチの息子を弟子にしていただきたいと思いましてねぇ~」

母「はるばる都市部からやってきたんですのよ!」

子「ぼく、すごい魔法使いになりたいんです! よろしくお願いします!」

炎賢者「ど、どうも」

炎魔法「え、と……じゃあ、家へ案内しますので……」

火の妖精「チャンスよ! 頑張って!」

炎賢者「うん……」

母(今、誰に返事をしたのかしら?)

子(独り言かな?)

妖精の姿や声は、魔法の心得がある者でなければ認識することはできない。

< 炎賢者の家 >

炎賢者「それでは、あの、ボクに弟子入りするというのであれば……」

炎賢者「まずは炎魔法について、少しお話ししましょうか」

母「ぜひお聞きしたいですわ! ほら、あなたも!」

子「お願いします!」

炎賢者「では、少し長くなりますが――」

30分後――

炎賢者「――であるので、えと、炎魔法というのは……」ボソボソ…

炎賢者「魔法の中でもっとも中心的な存在であって……」ブツブツ…

炎賢者「今後もますます研究が進んで……さらなる進歩を……」ボソボソ…

炎賢者「だからボク……えと、私としても……あの……」ブツブツ…

下を向き、か細い声で話を続ける炎賢者。

子「…………」

母「…………」

子「ねえママ……この人、なにいってんのか分かんないよ」

母「そ、そうね……」

母「あのっ!」

炎賢者「――はい? なんでしょうか」

母「やっぱり弟子のお話はなかったことに……」オホホ…

母「ねえ?」

子「う、うん!」

炎賢者「え……? ど、どうして……ですか?」

母「それじゃ失礼いたします!」

バタンッ!

母子は逃げ出すように、炎賢者の家を出ていった。



母「炎魔法の使い手なのに、なんであんなに陰気臭いのよ! ビックリだわ!」

子「ホント! ビックリでガッカリだよねー、ママ」

せっかくの弟子候補に帰られてしまい、うなだれる炎賢者。

炎賢者「はぁ……またか」

炎賢者「やっぱりボクに弟子なんかできっこないんだ……」

火の妖精「そりゃあ、あんな喋り方じゃねえ……」

炎賢者「いや、彼らの目はボクを一目見た時から、こういってたよ」

炎賢者「なんでこの人、炎魔法使いなのにこんなに暗そうなの、ってさ」

炎賢者「炎魔法使いだからって熱い性格とは限らないのに……」

炎賢者「だいたいなんなんだよ、そのイメージ……」ボソボソ…

炎賢者「放火魔は熱血漢なのかっての……絶対おかしいよ……」ブツブツ…

火の妖精「あーもう、めんどくさい奴ねえ!」

火の妖精「ネガティブなのはともかく、もうちょっとハキハキ喋るようにしなさいよ!」

炎賢者「ほら、そうやって君までボクをいじめる……」

炎賢者「だいたい、ハキハキ喋るってそんなにいいことなのかな?」

炎賢者「ボソボソ喋るのだって決して悪いことじゃないよ……個性だよ……」ボソボソ…

炎賢者「ハキハキもいればボソボソもいる……それでいいじゃないか……」ブツブツ…

火の妖精「いい加減にしろ!」ヒュオッ

ドカッ!

妖精が飛び蹴りを喰らわせる。

炎賢者「あだっ!」

火の妖精「ほら、ちゃんと大きな声出せるじゃない」

炎賢者「暴力反対……」

火の妖精「そりゃさ、あんたのいうことも分からなくはないけど」

火の妖精「性格と得意な魔法っていうのは大抵の場合、どことなく一致してるのよね」

火の妖精「水魔法が好きな人は、涼しげな性格だったり……」

火の妖精「氷魔法が得意な人は、ちょっと冷たい雰囲気があったり……」

火の妖精「あんたの友だちだってみんなそうでしょ?」

炎賢者「うう……そうだけどさ……」

火の妖精「そういえば、こないだの魔法学校の同期会はどうだったの?」

火の妖精「あたしは留守番してたけどさ」

炎賢者「うぅ~ん……あまり思い出したくないなぁ……」



………………

…………

……

~ 回想 ~

< 酒場 >

ワイワイ…… ガヤガヤ……

酒を酌み交わす魔法使いたち。

風旅人「――この中で一番の出世頭といえば、やっぱ光司祭だよな!」

光司祭「いや、そんなことはないだろ」

風旅人「だってさ、あの光魔法研究の総本山、聖教会でこの若さで司祭だぞ?」

風旅人「学校時代もみんなの模範といえる存在だったしさ」

光司祭「たまたま機会に恵まれただけだよ」

光司祭「ただし、闇賢者よりは上という自負はあるがね」

闇賢者「……なんだと?」ギロッ

雷軍人「待て待て。こんなところで光と闇で争われたらかなわんぞ」

水神官「二人はいつもいがみ合ってましたからね。懐かしい光景ですよ」

炎賢者「…………」

風旅人「水神官のことも耳に入ってるよ!」

風旅人「なんでも水不足の地域で、大活躍中だっていうじゃないか」

光司祭「ほぉ、それはすごい」

水神官「魔法で水脈を当てて、水龍様の力を借りて、砂漠の緑化事業をしています」

水神官「自然のバランスを考慮しながらの作業は、極めてデリケートで大変ですが」

水神官「やりがいがあって楽しいですよ」

闇賢者「クックック……さすがは水神官」

闇賢者「学校時代、お前は誰よりも優しかったからなァ……」ニタァ…

水神官「いえいえ、当然のことをしてるまでのことですよ」

炎賢者「…………」

風旅人「雷軍人は、得意の雷魔法でバリバリ兵士たちを鍛え上げているとか」

雷軍人「うむ、今の世は平和だが、兵士たちを怠けさせるわけにはいかんのでな」

雷軍人「たるんでいる輩には、吾輩の“雷神ナックル”を喰らわせている」バチバチッ…

闇賢者「ククッ、相変わらずの厳格ぶりだ……」

光司祭「学校中の生徒から“恐怖の風紀委員長”と恐れられたのは伊達ではないな」

風旅人「だけどね……たしかに厳しいけど、それ以上に部下想いだって評判だよ」

風旅人「がむしゃらに規律をきつくするんじゃなく、柔軟にやってるみたいだし」

水神官「厳格さに柔軟さが加われば、もはやいうことはありませんね」

闇賢者「ほぉう、校則をなによりも大事だと考えていたお前がな……」

雷軍人「吾輩も多少は賢くなったということだ」コホンッ

雷軍人「やはり上から押さえつけるだけでは、いい兵士は育たんからな」

炎賢者「…………」

水神官「そういう風旅人こそ、各地を旅して、悪党退治をしたり」

水神官「旅行記『風の吹くまま』が飛ぶように売れているそうじゃないですか」

風旅人「……オイラはテキトーに生きてるだけさ」

風旅人「この中で一番ふわふわした生き方してるのは、間違いなくオイラだろうね」

風旅人「オイラにゃ、こういう生き方が一番性に合ってるけどさ」

光司祭「フフッ、女癖が悪いのは少しは治ったのか?」

雷軍人「女性を泣かせることは絶対許さんぞ!」バチバチッ

風旅人「お、おいおい、参ったなぁ」

ハハハハハ…… ワイワイ……



炎賢者(みんな……すごいなぁ……)

炎賢者(この中で今も弟子もなく、細々とやってるのはボクだけか……)

炎賢者(あ、だけど闇賢者も一人きりで研究に没頭するタイプだし……)チラッ

闇賢者「――ん?」

炎賢者「えぇと……闇賢者は今はなにを……?」

闇賢者「俺か?」

闇賢者「俺は一人だけいる弟子とともに、闇魔法のイメージアップ運動をやっている」

闇賢者「世間における闇魔法のイメージは、お世辞にもいいとはいえんのでな」ニタァ…

炎賢者「え……」

水神官「それは素晴らしい! 闇魔法は正しく使えば、非常に有用ですからね」

雷軍人「ふむ、あの闇賢者がな……変われば変わるものだ」

風旅人「闇魔法の使い手は嫌われて本望、なんていってたのにねぇ。こりゃ驚いた」

光司祭「フフッ、どんな人間でも進歩するということだな」

闇賢者「どういう意味だ?」ギロッ

炎賢者「…………」

風旅人「さっきから黙ってるけど、炎賢者だって大活躍じゃないか!」

炎賢者「え……」ビクッ

風旅人「炎賢者が火山の噴火を止めたって話を耳にしたけど、あれ本当なんだろ?」

炎賢者「あ、えぇと、まぁね……」

水神官「火山の噴火を? さすがですね……」

雷軍人「いったいどのようにして食い止めたのだ?」

炎賢者「えと……ボクが住んでる町の近くに噴火しそうな火山があったんだけど」

炎賢者「その火山の神様を呼び出して、魔法を使って“交渉”をして」

炎賢者「半永久的に噴火を止めてもらうことができたんだ……」

炎賢者「おかげで、その火山の娘ともいえる妖精を面倒見ることになっちゃったけど」

雷軍人「なるほど! 炎の魔力に優れるキサマだからこそ可能だったことだな!」

光司祭「炎魔法は数ある魔法属性の中でもっとも人気が高い」

光司祭「火山を止めたともなれば、弟子志望者がわんさか来て大変だっただろう?」

炎賢者「うん、まあね……」

炎賢者(一人も定着しなかったけど……)

闇賢者「闇魔法では考えられんことだ……。ぐぐぐ、羨ましい……!」



ハハハ…… ワイワイ……

光司祭「今の平和な時代、なかなか魔法一本で生活するのは難しい」

光司祭「どうしても魔法を商売として生かさなければならない側面がある」

光司祭「しかし、みんなそれぞれどうにかやっているようで何よりだ」

ワイワイ…… ガヤガヤ……



炎賢者(ボクは……たしかに火山は止めたけど、やったことといえばそれぐらいだ……)

炎賢者(その後はこの性格も災いして、パッとしない生活をしてしまってる……)

炎賢者(みんなはちゃんと長所を伸ばしたり、短所を克服したりしてるのに……)

炎賢者(さっき光司祭は“どんな人間も進歩する”っていってたけど……)

炎賢者(ボクだけ……まるで進歩してない……)

皆が談笑する中、一人だけ時が止まったように固まってしまう炎賢者。

風旅人「ところでさ、最近墓荒らし事件が多発してるようだね」

光司祭「うむ、聖教会の支部からも被害報告があった。各地で発生しているようだ」

雷軍人「墓荒らしだと? ……許せんッ!」ダンッ

水神官「人の死というものを冒涜する……実に嘆かわしい事件ですね」

闇賢者「クックック、そういう輩には闇魔法で制裁してやらんとなァ……」



炎賢者(ボクは……ダメだ……)

炎賢者(みんなと一緒にいる資格なんかない……あるわけがない……)

炎賢者(行く前は仲間と久々に会えるだなんて楽しみにしてたけど……)

炎賢者(同期会なんて……やっぱり来るんじゃなかった……)

……

…………

………………

~ 現在 ~

< 炎賢者の家 >

炎賢者「はぁ~……ボクの人生、お先真っ暗だぁ……」

炎賢者「お酒飲もう……」グイッ

度数の高い酒をラッパ飲みする。

火の妖精「ちょ、ちょっと無茶しちゃダメよ!」

炎賢者「大丈夫だよ……どうせ、ちっとも酔えないしね」ドンッ

火の妖精「まぁね。あんたの酒の強さはお医者さんお墨付きだもんね」

火の妖精「肝臓だって、100年だか1000年だかに一度の肝臓だとかなんとか……」

炎賢者「はぁ、なんでボクはこんな体質なんだ……」

炎賢者「おかげで、酒を飲んでなにもかも忘れることすらできやしない……」ボソボソ…

炎賢者「もっと豪快な人こそ、ボクみたいな体質になるべきなのに……」ブツブツ…

炎賢者「愚痴り疲れたし、そろそろ寝るよ」

火の妖精「しっかりしてよ。色々いったけど、あたしはあんたの味方だから!」

火の妖精「あまり落ち込まず、自分の心と体を大切にしてよね!」

炎賢者「……ありがとう。君がいると支えになるよ」

火の妖精「あら、少しは洒落たこともいえるじゃない」クスッ

炎賢者「それじゃおやすみ……」モゾッ…

炎賢者「すぅ……すぅ……」

安らかな寝顔で、炎賢者が眠りにつく。

火の妖精「…………」

火の妖精(魔法――特に炎魔法についての実力はピカイチなんだし)

火の妖精(なにかきっかけさえあればなぁ……)

火の妖精(この不完全燃焼男が、燃えられるようなきっかけがあればなぁ……)



しかし、きっかけはなかなか訪れず、実りがあるとはいえない日々が続いた。

そんなある日――

< 炎賢者の家 >

料理少女「こんにちはーっ! 炎賢者先生はいらっしゃいますか!」

炎賢者「はい……」ガチャッ…

突然の来客は、フライパンや鍋など調理道具を担いだ少女だった。

炎賢者「なにか用……? 押し売りならごめんだよ」

料理少女「いえいえ! セールスではありません!」

料理少女「実は先生の御高名をうかがいまして、弟子になりたく参上いたしました!」

炎賢者「え……?」

炎賢者「それってつまり、君は魔法使いになりたいってこと?」

料理少女「いえ! 私は魔法使いではなく、料理人になりたいんです!」

料理少女「というより、正直申し上げまして、私はもう料理人です!」バッ

少女が広げた免状には、汚い字で『もうバッチリ』と書かれていた。

炎賢者「…………」

炎賢者「ううん……よく分からないなぁ……」

炎賢者「なんで料理人目指すのに、ボクに弟子入りするの……?」ボソボソ…

炎賢者「意味が分からない……冷やかしなら帰ってくんないかな……」ブツブツ…

火の妖精「まあまあ!」

炎賢者「…………」

火の妖精「せっかく弟子入りしたいっていってるんだし、弟子にしてあげれば?」

火の妖精「あんた最近疲れてるし、いい気分転換になるかもよ」

火の妖精「それに料理人っていうなら、料理作ってもらえばいいじゃない!」

炎賢者「……君がそこまでいうなら」

炎賢者「分かった……君を弟子にするよ」

料理少女「ありがとうございますっ! 先生!」

料理少女(だけど今……だれに“そこまでいうなら”っていったんだろ?)

むろん、少女には火の妖精を認識できていない。

少女が腕まくりをする。

料理少女「さっそく、私の腕前を披露しますね!」グイッ

炎賢者「うん……お願い。期待してるよ」

料理少女「キッチンお借りします!」スタスタ…



炎賢者「料理をやってくれるのは……ありがたいな」

火の妖精「ふふっ、期待してるだなんて、さっそく師匠らしく振る舞っちゃって」

炎賢者「いや、別にそんなんじゃ……」

しばらくして――

料理少女「できました!」

料理少女「サラダにスープ、すりおろした果物でシャーベットを作ってみました!」

炎賢者「どれどれ……」

炎賢者(うん、このサラダ、味付けがしっかりしてておいしい)サクサク

炎賢者(このスープも、低温でさっぱりさわやかな味だ)ズズ…

炎賢者(シャーベットも、控え目な冷たさと甘さで抵抗なく食べられる……)シャクシャク

炎賢者はみるみるうちに完食した。

炎賢者「ごちそうさま……おいしかったよ」

料理少女「ありがとうございますっ!」

火の妖精(へぇ、どうやらこの子、実力は本物だったみたいね)

炎賢者「あれ? だけど……なんで火を使った料理が一つもないの?」

料理少女「!」ギクッ

炎賢者「あ、なんだ。そこに肉が盛りつけてあるじゃない」

炎賢者「もらうよ」ヒョイッ

料理少女「あっ、ダメです!」

制止も聞かず、炎賢者は肉を口に含んでしまう。

炎賢者「――うっ」モグッ

炎賢者「これ……生じゃないかぁ……」

料理少女「ああっ、す、すみませんっ!」

炎賢者(この子、なんで肉だけ調理してなかったんだ?)

炎賢者(焼くのを忘れてた? いや、それは考えにくいよなぁ……)

炎賢者(だとすると、そうか……。ボクの炎魔法の実力を見たいってところかな)

炎賢者「お安い御用だよ」

料理少女「え?」

炎賢者「このぐらいの肉、10秒もあれば……」ボワッ…

炎賢者の右手に、小さな炎が浮かび上がる。

料理少女「ひっ……!」

炎賢者「?」



料理少女「いっ、いやぁぁぁぁぁっ!!!」

すぐさま炎賢者は炎を消した。

炎賢者「ちょ、ちょっと……大丈夫?」

料理少女「!」ハッ

料理少女「は……はいっ! 大丈夫です! 少し驚いちゃって……」

炎賢者「…………」

炎賢者「君……もしかして……火が苦手なんじゃ……」

少女は戸惑うが、やがて観念したように――

料理少女「はいっ……! 私、火が……苦手なんです!」

料理少女「どうしても克服できずにいたところ、先生のお名前を知りまして……」

料理少女「火が苦手なくせに先生の弟子になろうだなんて、申し訳ありませんっ!」ガバッ

炎賢者「…………」

火の妖精(あちゃ~、これじゃまたこいつスネちゃうよ)

火の妖精「ね、ねぇ、この子だって悪気があって隠してたわけじゃないんだから――」

炎賢者「……分かるよ」

炎賢者「ボクもね、色んな属性の中で、一番苦手だったのが炎属性だったんだ」

炎賢者「赤いし、熱いし、メラメラしてるし、どうしても苦手だった」

火の妖精(そうなの!?)

炎賢者「だけど……学校の友だちに励まされて、なんとか火を克服して……」

炎賢者「やがて、炎魔法とボクは相性がいいと分かって……」

炎賢者「今はこうして賢者になった」

火の妖精(へぇ~、知らなかったわ……)

炎賢者「ボクなんかができたんだから……君も火を克服できると思うよ」

炎賢者「いや、させてみせる。だって君は……ボクの弟子なんだから」

料理少女「――は、はいっ! ありがとうございますっ!」

少女は大粒の涙を流した。

炎賢者「――ほっとしたら、疲れがどっと出たみたい。ぐっすり眠っちゃったよ」

火の妖精「ふうん、あんたもなかなかやるじゃん」

炎賢者「え……?」

火の妖精「てっきり“火が苦手なのに、ボクに弟子入りなんてふざけてる”なんて」

火の妖精「いつものようにブツブツとこぼすかと思ったのにさ」

炎賢者「うん……昔のボクを思い出しちゃったからね……」

炎賢者「それに、さっきの料理は本当においしかったし……」

炎賢者「たとえ魔法使いにならないとしても、火は克服させてあげたいと思ったんだ」

火の妖精「なるほどねえ」

火の妖精「で、明日からはどうするの?」

炎賢者「とりあえず、炎や炎魔法について講義をしてあげたいと思う」

炎賢者「物事を正しく理解することは、不必要な恐れを抱かないことにつながるから」

火の妖精「あんたもだいぶ“賢者”らしくなってきたじゃない。ファイト!」

今回はここまでとなります
よろしくお願いします

翌日――

炎賢者「え、と……じゃ、授業を始める。しっかり聞いてね」

料理少女「はいっ!」

炎賢者「炎魔法は、自らの魔力を炎に変換したり、あるいは炎を呼び出す術で……」

炎賢者「特殊な力を付随させにくい属性ではあるけど、こと攻撃力に関しては」

炎賢者「数ある魔法属性の中でもトップクラスと、いわれてる……」ボソボソ…

炎賢者「極めれば、巨大な火柱を起こしたり……溶岩を生み出したり……」ブツブツ…

火の妖精「ちょっとちょっと! 声が小さいってば!」

炎賢者「!」ハッ

炎賢者「あ、ごめんね……小さい声で」

料理少女「いえ、ばっちり聞こえてますよ。私、耳いいですから!」

料理少女「極めれば火柱を起こしたり、溶岩を生むこともできるんですよね?」

炎賢者「う、うん……ありがとう」

火の妖精(弟子に気づかわれる賢者って……あぁ、情けない)ハァ…

炎賢者「講義はこれぐらいにしよう」

炎賢者「次は……これ」ボワッ

炎賢者は右手に小さな炎を浮かべた。

料理少女「きゃっ!」

炎賢者「大丈夫……この火は熱くもないし、燃えもしない」メラメラ…

炎賢者「さぁ、さわってみて……」メラメラ…

料理少女「…………」スッ…

おそるおそる手を近づけるが――

料理少女「ううっ……!」ジリ…

料理少女「すっ、すみませんっ! できませんっ……!」

炎賢者「いや、気にしないでいいよ。じっくりやっていこう」

夜になり、食事の準備を始める二人。

炎賢者「ボクが火を使った料理を作るから、君はそれ以外を頼むよ」

料理少女「はいっ! お任せを!」

炎賢者「それじゃ、ボクは君が持ってきてくれた肉を焼こうかな」

料理少女「あ、先生、あのお肉はまず塩とコショウで味付けしてから」

料理少女「肉汁が少し浮き出るよう、裏表を焼き上げるととってもオイシイですよ!」

料理少女「強火でグワッとやっちゃって下さい!」

炎賢者「グワッと? ……ありがとう」

少女の野菜料理と、炎賢者が焼き上げた肉が並ぶ。

炎賢者「うん、君の料理はおいしいね。さすがはプロだ」サクサク…

炎賢者「さて、ボクが焼いた肉は、と……」モグッ

炎賢者「よかった……まともな味だ」ホッ…

料理少女「ホント、おいしいです! 先生の炎魔法のおかげですね!」モグモグ…

炎賢者「いや……君のアドバイスのおかげだよ」

炎賢者「ボクも自炊はするけど、肉なんていつも適当に焼いてたしね」

料理少女「えへっ、お役に立てて嬉しいです」

料理少女「おやすみなさい、先生!」

炎賢者「おやすみ」



ようやく一息つく炎賢者。

炎賢者「ふぅ……」

火の妖精「お疲れさま! 頑張ったわね!」

炎賢者「うん……ありがとう」

火の妖精「だけど、あの子に火を克服させるのはなかなか骨が折れそうね」

炎賢者「焦ってもしょうがないし、じっくりやっていくよ」

火の妖精「それにさ、なーんか妙じゃない?」

炎賢者「妙って……なにが?」

火の妖精「火が苦手なはずのあの子が、どうして肉の焼き加減を知ってるんだろ?」

炎賢者「あっ……」

火の妖精「それにさ、そもそも火が苦手な子が料理人を目指すかな?」

火の妖精「ましてや、免状なんてもらえると思う?」

炎賢者「うーん……たしかに……。いくら腕がよくても、考えにくいなぁ……」

炎賢者「つまり、あの子は後天的に火が苦手になったってことか……」

炎賢者「火が苦手になるきっかけといえば、火災なんかが考えられるけど……」

火の妖精「彼女の過去……なにかありそうね」

炎賢者「かといって、こんなことを無理に聞くわけにもいかないしね」

炎賢者「トラウマを克服させるために、むやみに過去をほじくり返したら」

炎賢者「ますます症状がひどくなった、なんてこともあるらしいし……」

火の妖精「うん……彼女が話してくれるのを待つのがベストでしょうね」

炎賢者は懸命に火を克服させようとするが――



炎賢者「炎魔法のはじまりは……まだ国という概念もなかった頃……」ボソボソ…

料理少女「ふむふむ……」カリカリ…

火の妖精(この子、熱心に聞き取ってるわねえ。あいつのボソボソ声を)



炎賢者「さぁ、さわってみて。燃えないし、熱くもないよ……」ボワッ…

料理少女「は、はい……」スッ…

料理少女「ううっ……す、すみませんっ! 手がこれ以上、動かなくて……!」

炎賢者「大丈夫だよ。じっくりやっていこう」



なかなか思うようにはいかなかった。

今回はここまでとなります

料理少女が弟子になってから、およそ一ヶ月――



< 炎賢者の家 >

料理少女「すみませんっ、先生っ!」

料理少女「私ったら、いつまでたっても火を怖がって……!」

炎賢者「別に……謝ることなんてないよ」

炎賢者「だって、火っていうのは……怖いものなんだから」

炎賢者「ボクは火をまったく恐れない人より、火をちゃんと恐れる人こそが」

炎賢者「炎を使役する権利があると思ってるしね」

料理少女「先生……」

炎賢者「といってみたものの、ボクって何様なんだろう……」ボソボソ…

炎賢者「ボクに権利を語る資格なんて……あるのかな……ないよなぁ……」ブツブツ…

火の妖精「あーもう! そこでボソボソしない!」

< 火山の町 >

炎賢者「うーん、なかなか上手くいかないなぁ……」

火の妖精「自分でもいってたでしょ? 焦っちゃダメだって!」

炎賢者「そうだけど、彼女も自分を責めるようになってきちゃったし……」



ザワザワ…… ガヤガヤ……

憲兵隊長「今日から、客員としてこの町に滞在してくれることになった探偵剣士殿だ」

探偵剣士「よろしくお願いします」

ワイワイ…… ガヤガヤ……

「おおっ、かっこいい!」 「すごい名探偵らしいぜ」 「ステキねえ……」



炎賢者「……なんだろ?」

火の妖精「いってみよっか」

町民「炎賢者さん! こういう騒ぎに駆けつけるなんて珍しいね」

炎賢者「あの人は……どなたですか?」

町民「彼は各地を転々としながら、数々の難事件を解決してる探偵さんさ!」

炎賢者「探偵……」

町民「しかも剣の達人で、魔法も扱えて、医学知識もあって検死までやるらしい」

町民「他にも、自作の絵画を発表したり、食通でもあり、演劇のシナリオを作ったり……」

町民「マルチな才能を持ったすごい人さ」

町民「各地の憲兵隊を統括する憲兵本部にも、特別扱いされてるらしいよ」

炎賢者「本当にすごいですね……」

町民「ハハハ、炎賢者さんだって負けてないじゃないか」

町民「今、この町があるのはあなたのおかげなんだから!」

炎賢者「いや……そんなことは……」オドオド…

すると――

憲兵隊長「炎賢者殿、お久しぶりですな」

炎賢者「あ、どうも、こんにちは……」ビクッ

憲兵隊長「火山の一件以来、めっきりあなたの活躍を聞かなくなりましたが――」

憲兵隊長「憲兵隊一同、あなたには期待しておりますぞ! ワァッハッハッハ!」

炎賢者「あまり期待しないで下さい……」

炎賢者(ううう……どうも憲兵の人は苦手だなぁ。威圧感がすごくて……)

探偵剣士「おや、あなたが炎賢者さんですか。はじめまして」

炎賢者「えと、こちらこそ……」

炎賢者(この人……オシャレでかっこいいなぁ……。ボクとは大違いだ)

探偵剣士「あなたの名声は存じております」

探偵剣士「たしか“火山噴火寸前事件”を解決に導いたとか……」

探偵剣士「さすが、炎魔法においては右に出る者なしといわれるお方だ」

炎賢者「あ、いや……ボクの右に出る人なんていっぱいいますから……」

探偵剣士「ご謙遜を」フフッ

探偵剣士「いざという時は、そちらの可愛い妖精さんともども力をお貸しください」ペコッ

炎賢者&火の妖精「!」

炎賢者「は、はい……」

火の妖精「あらま、可愛いだなんて……」ムフッ

憲兵隊長「妖精……?」

炎賢者(彼女が見えるってことは、この人は本当に魔法の心得があるんだ……)

炎賢者(しかも、剣術の達人で、色んな知識が豊富で、事件を解決して……)

炎賢者(すごいなぁ……ボクなんか魔法ぐらいしか取り柄がないもの……)

炎賢者(――あ、そうだ。だったら……)

炎賢者「あのう……探偵剣士さん」

探偵剣士「なんでしょう?」

炎賢者「質問……なんですけど」

炎賢者「火が苦手な人に、火を克服させるには……どうすればいいでしょうか?」

火の妖精「!」

探偵剣士「ふむ……“火炎苦手事件”ときましたか。そうですね……」

炎賢者(事件ではないと思うけど……)

探偵剣士「たとえば……“賢者”としてではなく――」

探偵剣士「ありのままの自分として、その人に接してみるというのはいかがでしょう?」

探偵剣士「難事件でも、“探偵”や“剣士”という目線ではなく」

探偵剣士「一個人としての“私”という目線で事件を観察すると」

探偵剣士「手がかりが見えてくるということがありますから」

炎賢者「……あ、ありがとうございます」

探偵剣士「いえいえ」ニコッ

炎賢者(一個人としての“ボク”として、接する……か)

< 炎賢者の家 >

炎賢者「あ、あの……」

料理少女「なんでしょうか、先生?」

炎賢者「これから……二人で山に行かないか?」

料理少女「山……ですか?」

炎賢者「うん……かつて、ボクが噴火を止めた火山にね」

料理少女「!」

火の妖精「こらこら、三人でしょうが」

炎賢者「あ、ごめん」

料理少女「?」

町の近くにそびえ立つ、小さな火山。
かつて噴火の危機を迎えたが、現在は炎賢者の手によってしんと静まり返っている。

< 火山 >

火口に到着した一行。

料理少女「ここが……」

料理少女「噴火寸前だったというのが信じられないぐらい、静かですね」

炎賢者「うん……だけど少し前まではこの火口は溶岩が煮えたぎってたんだよ」

炎賢者「だけど、ボクがこの山の神様と“交渉”して……半永久的に噴火を止めたんだ」

料理少女「すごい……!」

炎賢者「おかげで、とんだじゃじゃ馬を引き受けることになったけどね」チラッ

火の妖精「だれがじゃじゃ馬だってぇ!?」ゲシッ

炎賢者「あうっ!」ヨロッ

料理少女「どうしたんです、先生?」

炎賢者「あ、いや……なんでもないよ」

料理少女「先生がいたから、火山の噴火から町は救われたんですね」

炎賢者「うん、だけど……」

しばしの沈黙。

炎賢者「あの時ボクは……本当は――」

炎賢者「この山は噴火させるべきなんじゃないかって思ってたんだ」

料理少女「!」

炎賢者「噴火は止められないと結論づけ、町の人には立ち去ってもらう」

炎賢者「少なくとも、自然や魔法を司る“賢者”としての答えはそうだった」

炎賢者「だって、噴火することが自然の流れなら、それは仕方ないことだからね」

炎賢者「けど――」

炎賢者「噴火に怯えたり、必死に対策を考える人たちを見ていて、ボクの考えは変わった」

炎賢者「炎になすがままにされるんじゃなく……」

炎賢者「炎を恐れ、怖がりながらも、立ち向かうのが人間なんだって……」

炎賢者「これがボクが炎魔法使いとして……いや、一人の“人間”として得た答えなんだ」

火口から目を外し、少女を見つめる。

火の妖精(へえ、こいつ結構いい顔するじゃない)

料理少女「先生……」

料理少女「私、頑張ります! 絶対に火を克服してみせます!」

炎賢者「……あ、いや、プレッシャーをかけたつもりじゃないからね」

炎賢者「ただ、ふとこういう話をしてみたくなっただけで……」ボソボソ…

炎賢者「本当に無理はしなくて……いいから……」ブツブツ…

火の妖精(すぐいつもの顔に戻りやがった!)

< 炎賢者の家 >

料理少女「よ~し……今日こそ!」ソロ…

炎賢者が作った熱くもなく燃えもしない炎に、手を近づける。

炎賢者「…………」ドキドキ…

火の妖精「いけっ! もうちょい!」

料理少女「うっ、くっ……」

料理少女「えーいっ!」スッ…

ついに少女の手が炎に触れた。

料理少女「や、やったぁ……!」

火の妖精「よくやったっ!」

炎賢者「…………」ホッ…

炎賢者「それじゃ、次はもうちょっと大きな炎にしてみようか……」ボワァッ

料理少女「きゃっ! あの、すみません! これはまだ怖いです……」

炎賢者「あ、ごめん」

料理少女「いえっ、私が悪いんです!」

炎賢者「いや、調子に乗って次はなんて言い出したボクが悪いんだ……」ボソボソ…

炎賢者「ほんとボクって暗いくせにせっかちで……ダメな奴……」ブツブツ…

料理少女「ああっ、先生! 落ち込まないで下さい!」

火の妖精「やれやれ……」

少女は感激していた。

料理少女「先生が火山に連れてって下さったおかげで、私、勇気が出たんですよ!」

炎賢者「ど、どういたしまして……」

火の妖精「師が弟子に恐縮してどうすんのよ」

炎賢者(とにかくこれで、この子の炎克服は一歩前進した)

炎賢者(これというのも、あの探偵剣士さんのおかげだ……)

炎賢者(ボクも……少しでも彼みたいな人になりたいなぁ……)

炎賢者「あのさ……ボクにも料理を教えてくれない?」

料理少女「もちろん、かまいませんよ!」

火の妖精「いきなりどういう風の吹き回しよ」

炎賢者「ボクも……マルチな賢者になろうかなって……」

料理少女「マルチ?」

火の妖精(ったく、こういうとこは炎魔法使いらしく単純なんだから……)

キッチンにて――

料理少女「包丁の使い方からやってみましょうか!」

料理少女「まずはいつもやってるように、握ってみて下さい」

炎賢者「こ、こうかな」グッ…

料理少女「……これだと、余計な力が入っちゃいますね」

料理少女「親指と人差し指で柄の付け根を持って下さい」

料理少女「あと、手首はもっとリラックスした方がいいですね」

炎賢者「なるほど……」ギュ…

料理少女「そうですそうです!」

料理少女「じゃあ、このニンジンを切ってみましょうか」

料理少女「さ、どうぞ」

炎賢者「うん……」

炎賢者(賢者の称号を得るための試験の時より、緊張するなぁ……)ドキドキ…

料理少女「あ、ニンジンを押さえる手は指を丸めた方がいいです」

炎賢者「え、あ、うん……」

炎賢者「…………」ザクッ…ザクッ…

たどたどしい手つきで、ニンジンを切っていく。

料理少女「そうです、その調子ですよ! お上手です!」

料理少女「それじゃ、私も……」トントントン…

さすがの手際のよさで、ニンジンを切っていく。

火の妖精「すごい、すごい! まるで魔法だわ!」

炎賢者「…………」ザクッ…ザクッ…

炎賢者「炎の刃よ……」メラッ…

火の妖精「なにイカサマしようとしてんの!」ゲシッ

炎賢者「ぐあっ!」

料理少女「先生!? もしかして、お怪我を!?」

炎賢者「あ、いや……ズルしようとしたら蹴られただけだから……」

料理少女「ズル? 蹴り?」

火の妖精「こんなことで魔法使ったりしたら、賢者の名が泣くわよ」

料理少女「こうして切ったニンジンに、調味料を合わせます」

料理少女「酢とオリーブオイルと、砂糖、塩、コショウを少々……」

料理少女「これでニンジンサラダの出来上がりです!」

細長く切られたニンジンを手に取る炎賢者。

炎賢者「うん、サッパリしてておいしい」ポリポリ…

料理少女「いいおやつになるんですよね、これ」ポリッ

火の妖精「それにしても、あんたの切ったニンジン、ひっどいわねー」

火の妖精「形は整ってないし、大きさはバラバラだし……」

炎賢者(マルチな賢者への道は……険しいなぁ)

それからしばらくして――

< ゴミ処理場 >

炎賢者「神聖なる炎よ、けがれを浄化せよ……」パァァ…

青白い炎がパッと立ち上った。

炎賢者「……終わりました」

役人「いつもながら鮮やかなお手並み。ありがとうございます」

炎賢者「いえ……」

役人「それにしても炎賢者さん、前と少し雰囲気が変わりましたよね」

炎賢者「そうですか?」

役人「ええ、ええ、なんというか生き生きとしておられるというか……」

炎賢者「……ありがとうございます」

炎賢者(こんなこといわれたの、初めてだ……)

帰り道――

火の妖精「どしたの? 珍しく上機嫌じゃない」

炎賢者「そ、そうかな」

火の妖精「なにしろ、生き生きしてるなんていわれちゃったからねぇ」ニヤニヤ

炎賢者「あ、いや……」

火の妖精「よかったじゃない! あの子だけじゃなく、あんたも成長してるってことよ」

炎賢者「うん……ありがとう」

炎賢者「でも、順調な時ほど、ひどいことってやってくるんだよな……」ボソボソ…

炎賢者「それにいい年して、こんなことで成長してるっていわれるのも……」ブツブツ…

火の妖精「前言撤回しようかしら」

今回はここまでとなります

やみっしーを覚えて下さってる人がいて嬉しいです
次回へ続きます

< 火山の町 >

探偵剣士「ほぉら、ここにあった。これで“ボール紛失事件”解決だ!」

子供A「わぁっ、すごい!」

子供B「さすが名探偵! ありがとう!」

探偵剣士「それじゃ、もしそれらしい子を見つけたら、教えておくれよ」

子供A&B「はぁ~い!」タッタッタ…



そこへ炎賢者たちが通りがかる。

探偵剣士「おや、炎賢者さん、妖精さん。こんにちは」

炎賢者「こ、こんにちは……」

火の妖精「こんにちは!」

探偵剣士「お仕事の帰りですか?」

炎賢者「仕事っていっても……ゴミ燃やしただけですけど……」

探偵剣士「なにをおっしゃる。立派なお仕事じゃないですか」

炎賢者「探偵剣士さんは、なにを……?」

探偵剣士「小さな事件を解決して、大きな事件解決の糧としていたといったところです」

炎賢者「大きな事件……? この町でなにか起こってるんですか?」

探偵剣士「いえ、この町ではないんですが……私はある事件を内密に追っているのです」

炎賢者「えっ……。ど、どんな事件ですか?」

探偵剣士「各地で相次いでいる、“連続墓荒らし事件”です」

炎賢者「あ……」

探偵剣士「おや、炎賢者さんもご存じで?」

炎賢者「といっても、魔法使い仲間が話題にしてるのを聞いただけですけど……」

炎賢者「相当深刻なことになっているようですね……」

探偵剣士「ええ、亡くなった方の遺骸を辱めるなど、許しがたい行為です」

探偵剣士「しかし、いまだに犯人を捕えられず……情けない限りですよ」

炎賢者「犯人の目星はついているんですか?」

探偵剣士「確証がない話なので、憲兵隊にも話していないのですが……」

探偵剣士「あなたは信頼できそうだ。特別にお教えしましょう」

炎賢者「…………」ゴクッ…

火の妖精「…………」ゴクッ…

探偵剣士「犯人はおそらく、女の子です」

炎賢者「お、女の子……」

炎賢者「なんで女の子が墓荒らしを……?」

探偵剣士「さぁ、それは分かりません」

探偵剣士「が、独自の調査の結果、ある少女が事件に絡んでいることは明白でしてね」

炎賢者「ち、ちなみに……特徴は……?」

探偵剣士「非常に料理が上手な子と聞いております。さらに――」

探偵剣士の語る内容には、料理少女を思わせるところが多々あった。

探偵剣士「心当たりはございませんか?」

炎賢者「あ、ありません」

探偵剣士「そうですか……残念です」

探偵剣士「もしなにかご存じでしたら、私までお知らせください」

探偵剣士「子供といえど、許すわけにはいきませんからね」

炎賢者「そうですよね……」

探偵剣士と別れて――

火の妖精「……どうして話さなかったの?」

炎賢者「い、いや……なんとなく」

炎賢者「それに、あの子は火が苦手だし、一般的な料理上手とは少しちがうからね」

炎賢者「でも……」

火の妖精「でも?」

炎賢者「彼女の正体、いよいよ聞かなきゃいけない時がきたのかもしれないな……」

火の妖精「……うん」

< 炎賢者の家 >

料理少女「先生、お帰りなさい!」

炎賢者「た……ただいま」

料理少女「あれ? どうしました、先生? 顔が真っ青ですけど」

炎賢者「え、あ? そ、そうかな? ボクはいつもこんな顔だよ」

炎賢者「…………」

炎賢者「いや、今さら遠慮しても仕方ない……ずばり聞かせてもらおう」

炎賢者「君がどうして……火を苦手になったのか、を」

料理少女「!」

炎賢者「……話してくれるね?」

料理少女「分かりました……! 今なら、大丈夫です!」

火の妖精(さて、いったいどんな話が飛び出してくるのかしら……)

少女は静かに語り始めた。

料理少女「私は幼い頃に両親を亡くして……」

料理少女「物心つく頃にはすでに、ある町の料理店で働いていました」

料理少女「その頃は火が怖いなんてことはなく……」

料理少女「煮たり揚げたり焼いたりするのは、むしろ得意分野だったんです」

炎賢者(やっぱりそうだったのか……)

料理少女「やがて、私はその店のご主人に認められて」

料理少女「自己紹介した時にお見せした“免状”をいただきました」

料理少女「ご主人は免状を出す資格をお持ちでしたから」

炎賢者(あの『もうバッチリ』ってやつか……)

炎賢者「ところで、あの免状って持ってるとなにかいいことあるの?」

料理少女「あれがあれば、大抵のお店でほぼ無条件で雇ってもらえますし」

料理少女「自分で店を開く時も、役所から優遇措置を受けられるんですよ」

炎賢者(そんなにすごいものだったのか、あれ……)

料理少女「ですが、ご主人がお体を悪くして、店を畳むことになりまして」

料理少女「その時、いいお店を紹介するともいわれたんですけど……」

料理少女「私、自分の力を試してみたくなっちゃいまして」

料理少女「独立して、屋台を作って移動料理店のようなことを始めたんです」

炎賢者「おおっ、すごいなぁ……」

火の妖精「あんたがまだ、学校に通ってた年頃にこの子は独り立ちしてたのねえ」

炎賢者「せ、先生と呼ばせて下さい」

料理少女「いえいえっ! そんなっ!」

料理少女「まだまだ未熟でしたが、物珍しさもあってか屋台は順調でした」

料理少女「それで、色々な町を回って、なんとかやっていたのですが……」

炎賢者「が……」

火の妖精「が……」

料理少女「ある町にいた時、私のもとにこんな手紙が届いたんです」



『先日、あなたの屋台で食した肉料理に、大変感激いたしました。

 つきましては今、わたくしの家には“特別な肉”があるのですが、

 どうか我が家にてそれを調理していただけないでしょうか』



料理少女「とても奇麗な字だったことを覚えています」

料理少女「私は、私にもついにファンができたんだ、なんて大喜びして――」

料理少女「手紙に書いてあったとおりの時間に、指定された場所に向かいました」

料理少女「そこは……町外れにある小さな廃屋でした」

料理少女「廃屋の中は真っ暗で……私はおそるおそる声をかけました」

料理少女「すると、暗闇の中にボワッと火がついて……」



料理少女『あ、あの……』

『おや、待っていたよ』

『さっそくだけど、この肉を焼いて欲しいんだ』

『もう普通の味付けじゃ、満足できなくなってしまってね……』



料理少女「あの時、差し出された肉の異様な雰囲気……」

料理少女「炎に照らし出された、あの人の恐ろしい顔……」

料理少女「私は……私は、直感してしまいました」

料理少女「あれは……人間の肉だって」

炎賢者「なんだって……」

料理少女『いやぁぁぁぁぁっ!!!』



料理少女「私は無我夢中で逃げました」

料理少女「町から逃げて、屋台も放って、逃げて、逃げて、ひたすら逃げました」

料理少女「そして、遠くの町でようやく落ちついて、料理を再開しようとしたら……」



料理少女『あああっ……! 火が……こ、怖い……!』



料理少女「火が……炎が……怖くなっていたんです」

料理少女「どうしても、あの時の光景が……忘れられなくて……」

青ざめた顔で目をつぶる少女。

炎賢者「ストップ。今はそれ以上、深く思い出さない方がいい」

火の妖精(それで、火を克服したくてこの家を訪ねてきたわけね……)

料理少女「すみませんっ! こんな大事なことを!」

料理少女「弟子入りした時、真っ先に話すべきだったのに……!」

料理少女「だけど……あの人が本当に悪い人なのかも分からないので……」

炎賢者「いや、ボクはなにも気にしてないよ」

炎賢者「それに……君が墓荒らしじゃなくてほっとしたしね」

料理少女「墓荒らし?」

炎賢者「実は――」

炎賢者は探偵剣士との一件を話した。

料理少女「そんな……私が犯人……!?」

炎賢者「いやいやいや、ただ、料理上手な女の子ってだけだから」

炎賢者「あ、いや、だけど、えと、ボクはそう思ってなかったよ」

炎賢者「ボクは君を信じてるから……」ボソボソ…

炎賢者「でもボクに信じられても嬉しくないか……頼りにならないし……」ブツブツ…

火の妖精「このっ!」ゲシッ

炎賢者「ぐふっ!」

炎賢者「えぇと……君は墓荒らしじゃないし、今話してくれたことも信じるよ」

炎賢者「もし、君が犯人にされたりしたら、ボクは絶対君を守る」

炎賢者「だって……君は大切な弟子なんだから」

料理少女「先生……ありがとうございます!」

少女の顔がぱっと明るくなった。

炎賢者「だけど恐ろしい人だなぁ……人間の肉を焼かせようだなんて」

火の妖精「ねえねえ」

炎賢者「――ん?」

火の妖精「もしかしてさぁ、墓荒らしとこの子が出会った人って同一人物なんじゃない?」

炎賢者「あっ、そうか……そうかもしれない」

炎賢者「墓を荒らして、人の肉を食べる……か。たしかにつじつまが合う」

炎賢者「だとしたら、今の話を探偵剣士さんにすれば、力になってもらえるかもしれない」

火の妖精「そうそう!」

料理少女「…………」

炎賢者「あ、ごめん。独りでブツブツと」

料理少女「あのう、先生」



料理少女「その妖精さんは……誰ですか?」

火の妖精「あら! あたしが見えるの?」

料理少女「は……はい」

料理少女「先生に全て打ち明けたら、心がスーッと軽くなって……それで……」

料理少女「そしたら……あなたの姿が……」

火の妖精「実はね、あたしは突然現れたんじゃないの。ずーっといたのよ」

料理少女「えーっ! そうなんですか!?」

火の妖精「あなたが料理上手なことも、火が怖かったこともみんな知ってるわ」

料理少女「そうだったんですか……」ポッ…

火の妖精「なにも照れることないでしょ」クスッ

炎賢者「そうか……精神的な負担が軽くなったおかげで」

炎賢者「今までの魔法講義の効果が出たのかもしれない」

炎賢者「実技じゃなく講義で、潜在的な魔力が開花する人もいるからね」

炎賢者「ということは、もしかして……」ボワッ

炎賢者は熱くもなく燃えもしない炎を生み出した。

炎賢者「どう?」

料理少女「あっ……平気です! もう全然怖くありません!」スッ

平然と炎の中に手を入れる料理少女。

料理少女「手を往復だってできちゃいます!」スッスッ

炎賢者「や、やった……」

火の妖精「やったね!」

料理少女「これも先生と妖精さんのおかげです……」ウルッ…

料理少女「私なんかのために、本当に……ありがとうございますっ!」

炎賢者「い、いや……そんなことは……」

火の妖精「ったく、素直にお礼を受け入れなさいよ」

料理少女「――そうだ! 火が克服できたのなら……!」

料理少女「私、火を使った料理を作ります!」

炎賢者「い、いきなり……? 大丈夫なの……?」

炎賢者「もう少しリハビリを挟んだ方がいいんじゃ……」

料理少女「いえ、平気です! やらせて下さい!」

炎賢者「で、でも……」

火の妖精「もう、心配性なんだから!」

火の妖精「本人がやりたいんなら、やらせてあげればいいじゃない」

炎賢者「うぅ~ん、分かったよ」

炎賢者「じゃあ、料理を作ってみてくれるかな?」

料理少女「はいっ!」

料理少女「それじゃまず、ササッと揚げものから……」

料理少女「ジャガイモの皮をむいて、小さく切って……っと」トントントン

料理少女「切ったジャガイモを水に浸します」

火の妖精「手際いいわねえ」

料理少女「水を切って、小麦粉をまぶします」パッパッ

料理少女「そして、フライパンに油をひいて――」

炎賢者「…………」ドキドキドキ…

汗だくで見守る炎賢者。

火の妖精「あんた、すごい顔になってるわよ」

料理少女「揚げますっ!」ジュワァァァァァ…

炎賢者「……どう?」

料理少女「平気です! 私、炎を克服できたみたいです!」ジュワァァァァァ…

炎賢者「…………」ホッ…

火の妖精「やったわね!」

料理少女「キツネ色に揚がったイモに、塩をまぶして、と……」

料理少女「さ、どうぞ!」

炎賢者「いただきます……」モグッ…

炎賢者「はふ、はふ……うん、おいひい」モグモグ…

火の妖精「もっと気のきいたコメントできないの?」

炎賢者「えと……イモのほくほく具合を、塩がピリリと引き締めてるね」サクサク

炎賢者「ボクももっとピリリとしなくちゃなぁ……」

火の妖精「いちいちネガティブにならんと気が済まんのかい、あんたは」

料理少女「うふふっ。じゃあ、料理を続けますね!」

料理少女「カボチャを切って……」ザクッザクッ

料理少女「お鍋に玉ねぎ、バターを入れて、よぉく炒めます」ジャッジャッ

料理少女「ここで、水と砂糖、塩……さらに、私特製の調味料を入れます!」

料理少女「じっくり煮込んで、カボチャを柔らかくします」

グツグツ……

炎賢者「いい匂いがしてきたね……つまみ食いしたくなってきた」

火の妖精「子供かい」

料理少女「柔らかくなってきたら、カボチャをよく潰して混ぜます」グニッグニッ

料理少女「さらにミルクを加えます」

料理少女「あとはゆっくり煮込んで、よぉく混ぜれば……」コトコト…

料理少女「カボチャスープ完成です!」

炎賢者「おお~」パチパチパチ…

火の妖精「おお~」パチパチパチ…

料理少女「どうぞ!」

炎賢者「いただきます」ジュル…

炎賢者「おいしい……」

炎賢者「ほんのり甘くて、体の中から温まるよ……」フゥ…

火の妖精「こいつのこんな酔っ払ったような表情、初めて見た気がするわ」

料理少女「先生はお酒は飲まれないんですか?」

火の妖精「たまに飲むけど、アルコールに異常に強いのよ、こいつ」

料理少女「そうなんですか! ご両親からすばらしいお体を授かったんですね!」

炎賢者「…………」ハッ

炎賢者「……そうだね。感謝しなきゃいけないことなんだよね」

炎賢者(お父さん、お母さん、ありがとう……。今度、里帰りするよ)

料理少女「メインディッシュはステーキです!」

料理少女「お肉にコショウをかけて……」パッパッ

火の妖精「ふむふむ」

料理少女「焼く直前に塩をかけ、よぉく揉みほぐして……フライパンに投入!」

ジュワァァァ……!

料理少女「それじゃ……フランベしましょうか」

炎賢者「フランベ? なにそれ?」

料理少女「度数の高いお酒をフライパンに落として、香りをつけるんです!」

料理少女「よっとぉ!」ボワァッ

炎賢者「おお……まるで、炎の魔法使いだ」

火の妖精「そりゃあんたでしょうが」

炎賢者「あ、そうか」

炎賢者「いただきます」モグッ

炎賢者「お、おいしい……!」

火の妖精「おおっ、こいつがあたしに蹴られる以外でこんな大きな声出すの初めてよ!」

料理少女「ありがとうございます!」

料理少女「やっぱり料理には火は欠かせません。久々に熱くなれましたよ!」

炎賢者「君のこんなすごい料理の腕をひどいことに利用しようとするなんて……」

炎賢者「絶対、犯人を捕まえよう」

火の妖精「そうね!」

料理少女「先生、よろしくお願いします!」

炎賢者「あ、だけど……世の中に絶対ってのはありえないから……」ボソボソ…

炎賢者「やっぱり、できるかぎり頑張る、という方向で……」ブツブツ…

翌日――

< 火山の町 >

町民「おはよ」

炎賢者「あ、おはようございます」

町民「昨晩、炎賢者さんの家からものすごくいい匂いがしたんだけど……」

炎賢者「えと、あれは、その……」

主婦「そうそう! おいしそうな匂いがしたんで、気になってたのよ」

幼女「すごくいいニオイしたのー!」

炎賢者「え、あの、その」

炎賢者「最近、ボクの弟子になった子が、料理上手で……」

「お弟子さんが?」 「思わずヨダレが出ちゃったぜ」 「今度食べさせてくれよ!」

ワイワイ…… ガヤガヤ……



炎賢者(すごいな……一晩でこんなにウワサが広まってるなんて)

< 炎賢者の家 >

炎賢者「すごく評判だったよ。さすが若くして、免状をもらっただけのことはあるよ」

料理少女「ホントですか! えへへ、なんだか照れますね」

炎賢者「今度、ぜひみんなにも腕前を披露して欲しいんだけど……」

料理少女「はいっ! もちろんですっ!」

炎賢者「だけど……火を克服した以上、君は目的を果たした」

炎賢者「だからもう……君は自分の料理人人生をまい進していいんだよ」

料理少女「いいんですか? 私は先生の弟子なのに……」

炎賢者「もちろんだとも」

炎賢者「せっかく火を克服できたんだ。ボクは君の料理人としての人生を応援するよ」

炎賢者「君の料理のファンの一人として、ね」

料理少女「先生……」

料理少女「私……絶対すごい料理人になります!」

火の妖精「いいの?」

炎賢者「うん……。だって……火を使って料理してる時……」

炎賢者「彼女、ボクの講義を聞いてる時なんかより、ずっと生き生きしてたもの」

炎賢者「いつまでも、ボクなんかの弟子にしてたらもったいないよ」

火の妖精「ご立派な意見だけど、ホントは寂しいんでしょ?」

炎賢者「そりゃ寂しいに決まってるよ……初めての弟子だったのに……」ボソボソ…

炎賢者「でも、こうなることは最初から分かってたのに、やっぱりボクって……」ブツブツ…

火の妖精「あーはいはい、あんたも早く寝なさい!」

……

……

……



その夜、町で事件が起こった。



メラメラメラ…… パチパチパチ……

「火事だーっ!」 「水だ、水ーっ!」 「早く消すんだっ!」

町の一角にある木材置き場で、ボヤが発生したのである。





さいわい火山近くの町ということもあり、住民の炎に対する危機意識は高く、
すみやかな消火活動が行われ、火はすぐに消し止められた。

レスありがとうございます
今回はここまでとなります

次の日――

< 炎賢者の家 >

炎賢者「さっき近所の人に聞いたけど……昨夜、火事があったみたいだね」

火の妖精「あんたが犯人なんじゃないの~?」

炎賢者「そ、そんな……ボクそんなことしないって」

火の妖精「冗談よ、冗談」クスクス

料理少女「原因はなんだったんでしょう?」

火の妖精「今、町の憲兵たちが調査してるところじゃないかしら」

炎賢者「ってことは、探偵剣士さんも忙しいだろうなぁ……」

炎賢者(今日あたり、墓荒らし事件について相談に行こうと思ってたけど……)

料理少女「もしも、放火だったりすると……怖いですね」

火の妖精「平気よ、平気。ここに炎のエキスパートがいるんだから。ね?」

炎賢者「うーん、ボクは炎魔法は得意だけど、犯人捕まえるとかはちょっと……」ボソボソ…

炎賢者「そういうのは探偵剣士さんや憲兵隊に任せた方が……」ブツブツ…

火の妖精「朝から辛気臭いわねぇ~、あんたは」

しかし、昼ごろ――

憲兵A「憲兵隊の者だが」

炎賢者「!」

炎賢者「こ、こんにちは」

憲兵B「お話ししたいことがある。我々についてきてもらえるだろうか」

炎賢者「は、はぁ……分かりました」

おどおどしつつ、二人の憲兵に同行する炎賢者。



火の妖精「なんだかきな臭いことになってきたわね……」

料理少女「どうしましょう?」

火の妖精「あいつ一人じゃ心配だわ」

火の妖精「あたしもついてってくるから、あなたは留守番しててくれる?」

料理少女「はいっ!」

< 火山の町 >

人通りの少ない路地に案内される炎賢者。

炎賢者「えと……なんのご用でしょう?」オドオド…

憲兵A「昨夜のボヤ騒ぎ、我々はあなたが犯人であると結論付けつつある」

憲兵B「取り調べをしたいので、駐屯所まで来てもらおうか」

炎賢者「!」

炎賢者「そ、そんな……。理由を……教えていただけますか?」

火の妖精「そうよ、そうよ!」

憲兵A「火災現場を調査したところ、現場からは“魔力の痕跡”が検出された」

憲兵A「この町で魔法を使えるのはあなたのみ……あなた以外にありえないのだよ」

炎賢者「そんな乱暴な……」

炎賢者「通りすがった魔法使いがやった可能性だって、あるじゃないですか……」

憲兵B「通りすがりの魔法使いがどうして木材を燃やすんだ? なんのために?」

炎賢者「いや、それは、ボクには分からないですけれど……」ボソボソ…

炎賢者「と、とにかく……ボクは同行を拒否します」

憲兵A「なんだと!?」

憲兵B「賢者といえど、憲兵に逆らうと罰せられることになるぞ!」

炎賢者「どうしても連れていくというのなら……」

炎賢者「炎よ……」ボワッ…

炎賢者の手にうっすらと炎が浮かび上がる。

憲兵A&B「うっ!」ビクッ

炎賢者「ボクにだって……賢者としてのプライドはある」

炎賢者「いきなり犯人扱いされて、はいそうですか、というわけにはいかない……です」

憲兵A「くっ、おのれ……!」

火の妖精「おおっ、あんたらしからぬ行動じゃない! いけいけーっ!」



「おや、手こずっているようですね。それでは私がお相手しましょう」

憲兵たちの応援として現れたのは、探偵剣士であった。

憲兵A&B「探偵剣士殿!」

炎賢者「探偵剣士さん……」

探偵剣士「炎賢者さん。あなたのおっしゃることは分かります」

探偵剣士「この“木材置き場放火事件”には多くの疑問が残されている」

探偵剣士「しかし、私は私で憲兵隊の協力者として全力を尽くすのみ」

探偵剣士「こうなった以上……遠慮せずかかってきて下さい」チャキッ

剣士らしい鋭い眼差しに、炎賢者も冷や汗を浮かべる。

火の妖精「むぅ……こうなったら戦うしかないわよ!」

炎賢者「うん……戦うしかないね」

炎賢者が体内の魔力を練り上げる。

炎賢者「……炎よ、かの敵を打ち倒せ」ボウッ…



ボワァァァッ!



憲兵A「うわっ!」

憲兵B「でかいッ!」



巨大な炎が探偵剣士に向かっていく。

ところが――



ザンッ!



炎賢者(ボクの炎が切り払われた……)



シュバアッ! ――ピタッ!



剣先が、炎賢者の首に突きつけられる。

炎賢者(なんて速さだ……。次の魔法を繰り出す暇すら、なかった……)

刃を突きつけたまま、探偵剣士が指示する。

探偵剣士「さぁ、手錠を」

憲兵A「は、はいっ!」ガチャッ

炎賢者の両手首に手錠がかけられる。

炎賢者「探偵剣士さん……。ボクはやっていません……」

すると――

探偵剣士「心配いりません。悪いようにはしませんから」ボソッ

探偵剣士「とにかく今は、憲兵たちに従って下さい。私を信じて下さい」ヒソヒソ…

炎賢者「わ、分かりました……」



こうして、炎賢者は連行されることになった。

< 憲兵隊駐屯所 >

牢屋に閉じ込められた炎賢者。

炎賢者「とんでもないことになったなぁ……」ハァ…

火の妖精「ホントね。まさかあんたが手も足も出ないとは」

火の妖精「でも、探偵剣士さんは悪いようにはしないっていってたわよ」

火の妖精「きっとなにか考えがあるのよ」

炎賢者「うん……今は大人しく取り調べ受けるよ……」

炎賢者「あーあ、でもこれで本当に犯人になっちゃったらどうしよう……」ボソボソ…

炎賢者「それで、死刑になっちゃったら……なりそうだなぁ……」ブツブツ…

火の妖精「ったく、あの子を家で待たせてるんだから、しっかりしなさいよ!」

火の妖精「くれぐれも、脅されて嘘の自白なんかしちゃダメよ!」

炎賢者「うん……そうだね。頑張るよ」



憲兵A「取り調べを始める。すぐに出てくるように!」ガチャッ

取調室で、二対一にて尋問が行われる。

憲兵A「さっそくだが、あなたは昨晩どこに?」

炎賢者「え、と……ずっと家にいました。寝てました」

憲兵B「それを証明できる人は?」

炎賢者「……弟子と妖精です」

憲兵A「弟子? あなたに弟子がいたのか」

炎賢者「は、はい……といっても料理人志望なんですけど」

憲兵A「料理人?」

憲兵B「ああ、あなたの家からおいしそうな匂いがしたと評判になってたな」

憲兵B「ちなみに、妖精ってのは?」

炎賢者「ボクが火山噴火を止めた時、面倒を見ることになった子です」

炎賢者「ただし、魔法の心得がないと認識することはできませんが……」

憲兵A「その弟子や妖精も、ずっと起きてたってわけではないんだろう?」

炎賢者「そうですね……」

憲兵A「ようするに証明はできないってことになるな」

炎賢者「ええ、まぁ……」

火の妖精「ええ、まぁ、じゃない! 認めちゃダメだって!」

炎賢者「う、うん……」

炎賢者「だけどボクはやってません……し、信じて下さい……」

炎賢者「ボクは……火なんかつけません……」

憲兵A「しかしなぁ……」

憲兵の一人が諭すような口調になる。

憲兵B「今さらいうまでもなく、あなたはこの町にとって英雄だ」

憲兵B「だが、今のあなたは正直いってあまり実のない生活をされていると聞く」

憲兵B「いってみれば、町の人間に対して恩知らずと感じてもおかしくない状況だ」

憲兵B「その現状に腹を立て、放火をした……十分考えられることだ」

炎賢者「そ、そんな……」

炎賢者「たしかにボクはいい生活をしてるとはいえないけど……今は幸せです」

炎賢者「たとえ、不幸せであったとしても……絶対放火なんかしません」

炎賢者「そんなことするぐらいだったら、ボクは……自分を燃やします」

炎賢者「信じて……下さい……」

震えながら懸命に主張する。

憲兵A&B「…………」

怯えきった炎賢者の姿に、憲兵たちも戸惑う。

憲兵A「どうする? なんだか気の毒になってきたんだが」

憲兵A「まるで小動物をいじめてるみたいな……」

憲兵B「しかし、証拠も動機もあるにはあるんだぞ」

憲兵B「とにかく、取り調べを続けなきゃなるまい」



火の妖精(ビビりまくったことが逆に彼らの罪悪感を刺激してるみたい。結果オーライね)

憲兵A「なにしろ全て彼の指示だからな……我々は逆らえんさ」

炎賢者「ん?」

炎賢者「彼って誰です? 隊長さんですか?」

憲兵B「隊長? そんなわけないだろう。探偵剣士殿だよ」

炎賢者「え……」

憲兵A「はっきりいって、彼は隊長よりも発言力や影響力はずっと上だよ」

憲兵A「なにしろ数々の事件を解決し、憲兵本部からも重宝されてる名探偵だからな」

炎賢者(ボクを逮捕するように仕向けたのは、探偵剣士さんだったのか……)

炎賢者(さっきは悪いようにしないっていってくれたのに……)

炎賢者(なんで……? ボクを逮捕して、あの人になにか得はあるのか……?)

炎賢者(今の状況じゃ、ボクを放火犯にするのは難しいって、彼なら分かるはずなのに)

炎賢者「あのう……探偵剣士さんは今どこに?」

憲兵A「今は駐屯所にはいないよ。ついさっき出かけていったから」

炎賢者「出かけた……? どこへです?」

憲兵A「そんなこと、俺たちに分かるもんか」

憲兵B「また別の事件を追いかけてるんじゃないか? 例の墓荒らし事件とかさ」

憲兵A「あの人の行く先々で、墓荒らし事件が起きてたっていうからな」

憲兵A「プライドはだいぶ傷つけられてるだろう。よっぽど捕まえたいんだろうよ」

炎賢者(別の事件……)

炎賢者(もし……もしも、彼の本当の狙いがボクじゃない別の人物だとしたら?)

炎賢者(ボクをここにとどめておくことが狙いだとしたら?)

炎賢者(ボクがここに釘付けにされることで、一番困る人物は――)

< 炎賢者の家 >

ゆっくりとドアが開く。

ガチャッ……

料理少女「!」

料理少女「あっ、先生、妖精さん、遅かったですね。お帰りなさ――」

探偵剣士「おや、久しぶりだね」ニコッ



料理少女「!!!」



料理少女「あ、あなたは……!」

< 憲兵隊駐屯所 >

炎賢者(確証はない……。だけど、ものすごく嫌な予感がする……)

炎賢者(今すぐここを出ないと……手遅れになるかもしれない……)

炎賢者「お、お願いします……。ボクをここから出して下さい」

憲兵A&B「!」

憲兵A「なにをいきなり……いくらなんでもそれはダメだ」

憲兵B「うむ、あなたが犯人だと決まったわけじゃないが――」

憲兵B「潔白が証明されたわけでもないからな」

憲兵A「少なくとも探偵剣士殿が戻ってくるまでは、いてもらうことになる」

炎賢者「そ、それじゃ……それじゃ……」

炎賢者「間に合わないかもしれないんです……」

憲兵A「あなたがそんな切羽詰まった用件を抱えてるようには思えんがな」ハハ…

憲兵B「紅茶でも飲むかね? なんなら菓子も」

炎賢者「どうしても出してくれないんですか?」

憲兵A「しつこいな。出さないっていってるだろう!」

憲兵B「容疑者に出せといわれて出したら、憲兵はいらんよ」

憲兵A「ハハハ、いえてる」

憲兵A「憲兵がいらなくなったらどうする? 賢者にでもなるか?」

憲兵B「ハハッ、それもいいかもな」

炎賢者を無視して、冗談を飛ばし合う二人。

炎賢者「そうですか……」

炎賢者「ならもう、頼みません」

憲兵A「さすが賢者。物分かりがよくて助かるよ」

炎賢者「だったら――」メラッ…

火の妖精(お?)

炎賢者「どうしても、出してくれないんだったら……」メラッ…

炎賢者「あなたたちも……」ドロ…



憲兵A「え!?」

憲兵B「て、手錠がっ……!」



炎賢者「この手錠みたくしちゃうけど……いい?」ジュゥゥゥ…



金属製の手錠が跡形もなく溶けてしまった。



憲兵A&B「…………!」ゾッ…

憲兵A「キ、キサマッ!」バッ

憲兵B「憲兵隊に盾突く気か!?」ババッ

声だけは勇ましいが、二人とも腰は引けてしまっている。

炎賢者「どくか、燃やされるか、早く決めてよ」

憲兵A「あ、う……」ジリ…

憲兵B「うぐぐぐ……」ジリ…

取調室に隊長が入ってきた。

憲兵隊長「炎賢者殿」ガチャッ…

炎賢者「隊長さん……」

憲兵隊長「私が許可します。行って下さい」

炎賢者「あの、ありがとうございます……」

憲兵隊長「かまいません」

炎賢者「この手錠はあとでちゃんと弁償しますから……」

炎賢者「あ、でももし100万ゴールドとかだったらどうしよう……」ボソボソ…

炎賢者「そんなのとても払えない……溶かさなきゃよかった……」ブツブツ…

火の妖精「そんな心配は後にしろ!」ゲシッ

炎賢者「うん、ごめん」ダッ

タッタッタ……

駐屯所を出ていく炎賢者と妖精。

憲兵A「隊長、いいんですか!?」

憲兵B「指示に逆らったら、探偵剣士殿が怒りますよ!」

憲兵B「もし、憲兵本部に報告されたら、どんなペナルティがあるか……」

憲兵隊長「よいのだ」

憲兵隊長「おそらく、彼は探偵剣士のもとへ向かうのだろう」

憲兵A&B「!」

憲兵隊長「実は私も、探偵剣士のことはどこか怪しいと思っていた」

憲兵隊長「しかし、結局尻尾はつかめなかった……」

憲兵隊長「仮につかめても、私では太刀打ちできなかっただろう」

憲兵隊長「だが、彼なら……火山噴火を食い止めた英雄である彼ならあるいは――」

駐屯所を出た二人。

火の妖精「まったくムチャするんだから! 時々こういうとこあるのよね、あんた」

炎賢者「ごめん……」

火の妖精「だけどいつになく燃えてるじゃん!」

炎賢者「そうかな。いつも通りのつもりだけど」

火の妖精「自覚なしか……ま、いいや」

火の妖精「急いで家に戻らなきゃ! ってことで、ここはあたしの出番ね!」

火の妖精「火山の神よ、我が父よ……炎の眷属たる私に力をお貸しください!」



ゴォワァァァッ!



火の妖精が、鳥のような姿に変身する。

炎の鳥「ふぅ~、この姿になるのもいつぶりかしら」バサァッ…

炎賢者「うーん、かっこいいね」

炎の鳥「可愛さはゼロになっちゃうけどね」

炎の鳥「――おっと、くっちゃべってる暇はないわ。さ、いくわよ! 乗って!」

炎賢者「頼むよ」ヒョイッ

炎の鳥「さぁて、文字通り飛ばすわよ!」バサッバサッ…





ギュオォォォォォ……!





大きく翼を広げた炎の鳥が、大空へと羽ばたく。

今回はここまでとなります

その頃――

< 炎賢者の家 >

探偵剣士「やっと会えたね」

料理少女「なんで……? どうしてあなたがここに……」

探偵剣士「君に逃げられてから、私はずっと君のことを探していたんだよ」

探偵剣士「各地の憲兵駐屯所を転々としながらね」

探偵剣士「しかし、まさか魔法使いのもとにいるとは思わなかった」

探偵剣士「私はてっきり、どこかの飲食店にいるものとばかり思っていたからねえ」

探偵剣士「だけど、料理を作ってしまったのが運の尽きだ」

探偵剣士「炎賢者の家からおいしそうな匂いがしたというウワサで、すぐピンときたよ」

探偵剣士「君がここにいるってね」

探偵剣士「君の料理の才能は大したものだ」

探偵剣士「気づいてしまったんだろう? 私が用意していた肉が“人肉”だって」

料理少女「や、やっぱり……」

探偵剣士「君には顔を見られたし、もし誰かに喋られたらと思うと気が気じゃなかった」

探偵剣士「私のイメージに大きな傷がついてしまう恐れがあるからね」

探偵剣士「というわけで、君にはここで死んでもらうよ」スラッ…

探偵剣士「おっと、安心してくれ。君の肉はちゃんと食べてあげるから」ニコッ

料理少女「いやっ、来ないで!」

料理少女「先生が……きっと先生が帰ってくるわ!」

探偵剣士「来ないよ。彼は私が起こしたボヤ騒ぎの容疑者として、取り調べ中だ」

探偵剣士「彼には“木材置き場放火事件”と“少女殺人事件”の犯人になってもらう」

料理少女「あの火事は……あなたが……!」

探偵剣士「万が一、彼がここに駆けつけたとしても同じことだがね」

探偵剣士「すでに彼の実力は把握している」

探偵剣士「魔法使いには魔法を実戦で生かせる者と、魔法を使える“だけ”の者がいる」

探偵剣士「彼は典型的な後者だった。あれじゃいくら魔力があろうと、私の敵じゃない」

探偵剣士「さぁ……観念したまえ」チャキッ

料理少女「う、くっ……」

料理少女「観念、しないわ!」

料理少女「先生はあなたのせいで火が怖くなった私のために、力を尽くしてくれた!」

料理少女「恐れながらも立ち向かうのが人間だって教えてくれた!」

料理少女「だから私も諦めない!」サッ

フライパンを構える少女。

探偵剣士「ああ、なるほど……“火炎苦手事件”の犯人は君だったのか」ククッ

探偵剣士「君があの時、あの肉を調理してくれてれば、こんなことにはならなかったのに」

探偵剣士「本当に残念だよ」ヒュッ

ガキィンッ!

料理少女「きゃあっ!」

フライパンが弾かれる。

探偵剣士「自ら手を汚すのは初めてだが、クセになってしまいそうだな」チャキッ

探偵剣士「さぁ、これで“名探偵不安事件”解決だ」

ヒュオッ!

少女に剣が振り下ろされる。

ゴォワァァァッ!



巨大な炎が飛んできた。探偵剣士はバックステップで回避する。



探偵剣士「おや……?」

炎賢者「……ボクの弟子から離れろ!」シュゥゥ…



料理少女「先生!」



火の妖精「あぁ、疲れた……!」ゼェゼェハァハァ…

火の妖精「でも間に合って……よかったわ……」

探偵剣士「おかしいな。私が帰るまでは、取り調べしておけといっておいたのに」

探偵剣士「取り逃がしたのか……使えない奴らだ」

探偵剣士「もしくはあの隊長の仕業か。コソコソと私を嗅ぎ回ってたようだしな」



すかさず、少女が炎賢者に駆け寄る。

料理少女「先生ぇっ! この人がっ! ――この人がっ!」

炎賢者「分かってる。君に人間の肉を調理させようとした人だろう」

炎賢者「放火と墓荒らしも……あなただな?」

探偵剣士「そのとおりさ」

探偵剣士は悪びれた様子もない。

炎賢者「どうして……。あなたはボクにアドバイスをしてくれた……」

炎賢者「いい人だと、思ってた……」

探偵剣士「アドバイス? ああ、ありのままの自分を……ってやつか」

探偵剣士「お役に立てたようで、なによりだ」ニコッ

炎賢者「…………」

探偵剣士「せっかくだ。ここらで私もありのままの自分ってやつを教えてやろう」

探偵剣士「私は剣も魔法も、学問も、芸術も、なんでもそつなくこなせた」

探偵剣士「ようするに私はなんにでも興味を持つタイプの人間でね」

探偵剣士「色々な事件が舞い込む“探偵”という職業は天職ともいえたよ」

炎賢者「どうせ……今回みたいに自分で事件を起こして解決してたんだろう」

探偵剣士「そう思われても仕方ないが、名誉のためにいっておこう」

探偵剣士「私の“名探偵”としての功績は全て本物だよ」

炎賢者「…………」

探偵剣士「しかし、そんな日々にも飽き飽きしてきた頃……」

探偵剣士「私は猟奇的な殺人事件に出くわした。いわゆるバラバラ殺人ってやつだ」

探偵剣士「その時……私の中で新しい好奇心が芽生えた」

探偵剣士「人間ってどんな味なんだろう、ってね」

探偵剣士「衝動を押さえきれず、私は散らばっている肉片の一つを食べてしまった」

探偵剣士「私はたちまち、その味に魅了された!」

探偵剣士「あの時の興奮、あの時の感動、今でも忘れられないよ!」グッ…

芝居がかった動きで、恍惚とした表情を浮かべる探偵剣士。

探偵剣士「以後、殺人事件や事故の現場で検死のついでに肉をちょいといただいたり」

探偵剣士「それだけでは飽き足らず、死体が埋められたばかりの墓を掘り起こし」

探偵剣士「死体から肉を調達することまでするようになった……」

探偵剣士「この職業だと、そういった情報には事欠かないものでね」

料理少女「じゃあ、あの時の肉もそうやって調達を……」ゾクッ…

火の妖精「それにしても、よくもまあこんなことをバレずに続けてこれたもんよね」

炎賢者「……憲兵たちに信頼されてたあなたなら」

炎賢者「墓荒らしの捜査をおかしな方向に誘導することもたやすかっただろうね」

火の妖精「むむ……なるほどね」

炎賢者「いや、もしかしたら……憲兵の中にもすでに気づいてる人はいるかもしれない」

炎賢者「だけど墓荒らしというのは、結局は生きてる人には害が及ばない犯罪だ」

炎賢者「それをわざわざ解決して名探偵を失うよりは……と考えてもおかしくはない」

料理少女「そんな……!」

探偵剣士「ハハッ、そのとおり! 炎賢者さん、君も探偵の素質があるのかもな」

探偵剣士「憲兵本部から進んで私を逮捕しにかかることは、100%ないといっていい」

探偵剣士「仮にあの隊長のような人間が、私の墓荒らしの証拠を掴んだとしても」

探偵剣士「私にひれ伏すことになるだろうな」

炎賢者「ボクはあなたを許せない……。ボクがあなたを……止める」

探偵剣士「おやおや、まるで私が犯人のような言い草だな」

炎賢者「犯人のような、じゃなく犯人じゃないか……」

探偵剣士「これは失敬」ククッ

両者の間に、異常な緊張感が漂い始める。

探偵剣士「さて、当然君は私を倒したいところなんだろうが」

探偵剣士「私も魔法をかじった身、魔法に対する抵抗力はそれなりに備えている」

探偵剣士「君が私を一撃で倒すような魔法を放つには時間がかかる」

探偵剣士「だが……今、君と私の距離は3メートルほどしかない」

探偵剣士「私の距離だ」ニィ…

炎賢者「…………」

探偵剣士「こうなればちょうどいい。賢者の肉というのも一度味わってみたかった」

探偵剣士「培われた魔力によって、きっとジューシィな味になっているに違いない!」

炎賢者「いいよ……さっさとかかってきてよ」

探偵剣士が踏み込む。

探偵剣士「はあっ!」

シュバァッ!



刃は鋭い軌道を描き、炎賢者に一閃を浴びせた。

一瞬の出来事であった。



料理少女「先生ぇっ!!!」

探偵剣士「賢者といえど魔法使いなど、接近戦ではこんなもの――」



炎賢者「…………」

炎賢者は平然としていた。

探偵剣士「な!?」

炎賢者「…………」

探偵剣士「た、たしかに斬ったはず……!」

探偵剣士(なんで!? まちがいなく、私の剣は奴をばっさりと――)チラッ

自身の剣を確認する。

探偵剣士「!」ドロ…

探偵剣士(剣が!? 溶けてる!?)ドロドロ…

探偵剣士(まさか……刃が熱で溶けて奴に届かなかったのか!?)

探偵剣士(止まってる剣ならまだしも、高速で振るった剣が……!? バカな!)



炎賢者「ねえ……」メラメラ…



探偵剣士「!?」ビクッ

探偵剣士(剣では倒せん! ――なら、魔法でッ!)

探偵剣士「水よっ、奴を浄化せよ!」ザバァッ

探偵剣士「氷よ、打ち砕けっ!」パキィンッ

水魔法や氷魔法を次々放つが、全て到達する前に消えてしまう。

探偵剣士「…………!」

探偵剣士(一見ただ突っ立ってるだけなのに、体にはとんでもない熱量が宿っている!)

探偵剣士(なんなんだ、こいつは……)

探偵剣士「――なんなんだ、お前はァッ!」

炎賢者「不思議な気分だよ……」

炎賢者「ボクはあなたに対してものすごく怒ってるのに……」

炎賢者「心は……ものすごく落ちついてる……ひんやりしてる……」

炎賢者「なのに……熱くたぎって仕方ないんだ……」ゴォッ…

探偵剣士「ひっ!」

炎賢者「ボクを放火犯扱いしたことだけじゃない……」

炎賢者「人の肉を調理させられそうになり、口封じまでされかけた、彼女の怒り……」

炎賢者「そして、あなたに辱められた墓地で眠っていた人たちの怒り……」





炎賢者「勝手な話だけど……全部背負わせてもらう!」ゴォォッ…



女魔道士「先生!」

女魔道士「数ある魔法属性の中で、もっとも攻撃力が高いのはどれになるんですか?」

光司祭「単純な攻撃力だけを比較したなら、炎属性になるだろう」

光司祭「あの熱量と破壊力は、他の属性ではなかなか生み出せるものではないからな」

女魔道士「じゃあ――」



巫女「神官様がご存じの中で、特に優れた炎魔法の使い手はどなたになりますでしょう?」

水神官「有名な炎魔法使いは数多くいますが――」

水神官「今後、間違いなく指折りの使い手になるであろう人物を私は知っています」

巫女「まあ……いったいなんというお名前なのです?」

水神官「炎賢者です」



遊牧民「炎賢者?」

風旅人「オイラの友人さ。魔法学校時代のね」

風旅人「全体的な成績自体はそこそこだったけど、炎魔法に関してはピカイチだったよ」

風旅人「炎に愛されてるといっても過言じゃない」

遊牧民「アンタがそこまでいうなんて、すごい人がいたもんだ。ちなみにその人って――」



弟子「どんな人なんですか? やはり……炎のような性格を?」

闇賢者「いや……そうではない。むしろ燃え尽きそうなロウソクの火といった感じだ」

闇賢者「なにしろ……俺以上に闇魔法が似合いかねん奴だからな」ニタァ…

弟子「ええっ、師匠以上に!? とても信じられませんよ!」

闇賢者「おい、驚きすぎだぞ。だが――」



兵士「だが?」

雷軍人「ひとたびあの男が燃え上がったのなら――鎮火することは困難を極める」

兵士「教官ほどの魔法使いでもですか?」

雷軍人「無論だ。とはいえ、炎賢者が燃え上がるなど滅多にあることではない」

雷軍人「なにしろ、奴が燃え上がるのは決まって他人のために怒った時、だからな」

雷軍人「ともかく、これだけはいえる」



光司祭「燃え上がった炎賢者は……なによりも熱い!」



水神官「燃え上がった炎賢者は……この世のどんな人より熱いでしょうね」



風旅人「燃え上がった炎賢者は……熱いなんてもんじゃないな、へへっ」



闇賢者「燃え上がった炎賢者は……熱すぎてかなわん」



雷軍人「燃え上がった炎賢者は……熱きこと烈火の如し!」

炎賢者「じゃ……いくよ」

炎賢者「ボクが本気になったら、多分骨も残らないけど……」

探偵剣士「ほ、骨……!」

炎賢者「化けて出てきてもかまわないから……」

炎賢者「そしたら、今度は魂ごと燃やしてあげるから……」

探偵剣士「……ま、待て! 参った、降参ッ! ――自首するぅっ!」

炎賢者「業火よ……悪しき者を現世から塵灰も残さぬよう滅却せよ」ゴォォォ…



火の妖精(なんて熱気! 火山から生まれたあたしでも熱いぐらいよ!)

料理少女「先生っ!」

ゴォワァァァァァッ!!!







探偵剣士「ぎぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」







赤黒い巨大な炎が、探偵剣士の全身をくまなく呑み込んだ。

炎賢者「――なぁんて……ね」

一瞬で炎が消える。

探偵剣士「あ……あ、あ……」

炎賢者「あなた風にいうなら、これで“連続墓荒らし事件”解決だ」

探偵剣士「あ……ああ、あ……あ……アハァ……」ドサッ…

探偵剣士は白目をむき、なにかが壊れたような笑顔で崩れ落ちた。



料理少女「あっ……。いつもの熱もない、燃えもしない炎……」

炎賢者「そりゃそうさ。ここで大魔法を使ったら、ボクの家が丸焼けになっちゃうもの」

炎賢者「それにあんな人燃やしたら……炎が怒っちゃうだろうしね」

火の妖精「別に怒りゃしないけどね」

料理少女「先生……すごかったです!」

炎賢者「いや……全然大したことないよ」

炎賢者「もう少しで君を死なせてしまうところだったしね」

火の妖精「まさに間一髪だったわね」

炎賢者「でもこれで、この事件は終わった。探偵剣士さんを憲兵のところに連れていこう」

炎賢者「あ、でも、もしこの人が犯人だって信じてもらえなかったらどうしよう……」

炎賢者「それにボク、さっき手錠溶かしちゃったし……」ボソボソ…

炎賢者「手錠を壊した罪で投獄されちゃったりしたら……どうしよう……」ブツブツ…

火の妖精「大丈夫だっての!」ゲシッ

炎賢者「ぐえっ!」

料理少女「ふふっ、先生ったら!」

< 憲兵隊駐屯所 >

もはや探偵剣士の心はズタズタであり、抵抗することなく憲兵隊に逮捕された。

憲兵隊長「ありがとうございました」

憲兵隊長「探偵剣士殿のことは、我々が責任を持って対処いたします」

炎賢者「い、いえ……こっちこそ手錠を溶かしてしまい、すみません……」

炎賢者「あの、やっぱり……弁償しなきゃ、ダメですかね?」

憲兵隊長「とんでもない! 誤認逮捕をしたのはこちらの方なのですから!」

炎賢者「よかった……」ホッ…

憲兵隊長「それどころか、もし炎賢者殿が動かなければ」

憲兵隊長「あなたの弟子は殺され、墓荒らし事件は解決しなかったのですから」

憲兵隊長「やはりあなたは素晴らしい賢者……いえ、英雄です! ワァッハッハッハ!」

炎賢者「ど、どうも……」オドオド…

< 炎賢者の家 >

テーブル一杯に料理が並ぶ。

料理少女「いっぱい料理を作りました! 食べて下さい!」

炎賢者「今日は色々あって腹ペコだからね……喜んでいただきます」

ミートパイやコーンポタージュ、サラダを次々に平らげていく。

炎賢者「…………」モグモグ…

炎賢者「うん……おいしい」ニコッ

料理少女「わぁっ、先生が笑って下さるなんて!」

火の妖精「ふふっ、珍しいこともあるものね。明日は雪かしら」

そして――

料理少女「……先生」

炎賢者「うん?」

料理少女「私、この町でまた屋台を開きたいのですが、ダメでしょうか?」

炎賢者「もちろん、かまわないけど……。いいの、こんな小さな町で?」

料理少女「はいっ!」

料理少女「それに私……まだ先生のもとを離れるわけにはいきませんから!」

炎賢者「ボクのもとを……?」

料理少女「私……本格的に魔法を習ってみたいんです!」

炎賢者「え……」

料理少女「私を助けに来て下さった時の、メラメラと燃える先生のお姿」

料理少女「本当にかっこよかったです! 私……もうシビれちゃいました!」

炎賢者「そんなに燃えてたかな……」

火の妖精「燃えてたわよ」

料理少女「あれを見て、私は確信したんです」

料理少女「あんな風に炎を扱えるようになれば、もっといい料理が作れるって!」



料理少女「だから私は……“魔法料理人”を目指します!」

炎賢者「魔法料理人か……。考えもつかなかったよ」

火の妖精「いいじゃない、面白そう!」

料理少女「だから、これからもよろしくお願いします! 先生!」

炎賢者「うん、よろしく」

料理少女「それにもっと……先生と一緒にいたいですし……」ボソッ

炎賢者「え?」

料理少女「いえいえ! なにもいってません! いってませんから!」

炎賢者「よかった……。さすがにボクが君の声を聞き取れなかったら、失礼だからね」

火の妖精(あらあら……)クスッ

炎賢者「なら……ボクにも引き続き料理を教えて欲しいんだ」

炎賢者「マルチな賢者になるって目標を引き下げるつもりはないからね」

料理少女「もちろんです! 先生とはいえ、容赦はしませんよ!」

炎賢者「え、いや……あの、お手柔らかに」

料理少女「あはは、冗談ですよ冗談」

火の妖精「こいつって本当に心弱いから、優しく教えてあげてね」

火の妖精「それとさ、マルチな賢者目指すんなら、まず喋り方頑張らないとね」

炎賢者「ううっ……」

二週間後――

< 火山の町 >

町役場に申請し、炎賢者の家の近くに屋台が開かれる。



ワイワイ…… ガヤガヤ……



料理少女「さあ、いらっしゃいませ! いらっしゃいませ!」

料理少女「燃え上がる炎と愛情で、スピーディにおいしい料理を提供しますっ!」

炎賢者も店の一員としてサポートする。

炎賢者「い……いらっしゃいませ」ボソッ

火の妖精「声が小さい!」

炎賢者「いらっしゃいませぇ」

火の妖精「これが限界か……ホント火がつきにくい男なんだから」ハァ…

料理少女「先生、火をお願いします!」

炎賢者「あ、う、うん」ボッ…



オォ~……!

パチパチ……! パチパチ……!

「すごいなぁ!」 「さっすが炎の賢者!」 「火山の町の英雄だ!」



思わぬ拍手に、困惑する炎賢者。

炎賢者「あ……どうも……」

火の妖精「ふふっ、なんだかんだあんたってみんなから慕われてるじゃない」

炎賢者「うん……嬉しいよ」

夜になり――

< 炎賢者の家 >

料理少女「今日も手伝って下さり、ありがとうございました!」

炎賢者「いや、いいんだよ。おかげでボクも人と話すのに慣れてきたしね」

火の妖精「あれで“慣れてきた”だなんて、ずいぶん甘い自己採点ねえ」

火の妖精「だけどこのまま評判がよくなれば、きっともっとお客さん増えるわよ!」

料理少女「はいっ、頑張ります!」

炎賢者「……さてと、じゃあ今日の授業を行うよ」

料理少女「よろしくお願いします!」

炎賢者「だけど、昼は働いてたんだから、あまり無理しないようにね」

料理少女「ありがとうございます。でも大丈夫です!」

炎賢者「あ、ごめんね、君のことを見くびってるわけじゃないんだけど」ボソボソ…

炎賢者「ホント、ボクってダメな奴……余計なことしかいわない……」ブツブツ…

料理少女「ああっ、先生!」

火の妖精「さぁて、次こいつに火がつくのはいつになるやら、ね」





この火山の町から世界有数の炎魔法使いと、世界初の魔法料理人が誕生するのは、

もう少し先の話となる――







                                 ~ おわり ~

これで完結となります

続編というわけではないので闇賢者らは出すか迷ったのですが
覚えて下さった人もいたので今は出してよかったなと思っています

どうもありがとうございました!

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom